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[18389] 【習作】朝起きたらレギオス世界にいた男の話 (オリ主 現実→レギオス)
Name: 青星◆996184ac ID:f63f4812
Date: 2011/02/06 05:57
これは筆者がノリと勢いで執筆した鋼殻のレギオスの二次創作SSです。

タイトルにも【習作】とは入れてありますが、正直なところSSを書くというのはこれが初めてです。


なので至らぬ点が多々あるとは思いますが、少なくとも自分が書いていて楽しいと

思える物を投稿したいと思いますのでよろしくお願いします。


誤字や文法の間違いなどがあれば、筆者の力の及ぶ限りは直していきたい思いますので、指摘して頂けるとありがたいです。


8/1
タイトル変えてみました。

ご指摘頂いた誤字を修正。あまりに多すぎて青くなりました(汗
次からは気をつけていきます。有難うございました。




[18389] 1話
Name: 青星◆996184ac ID:f63f4812
Date: 2010/08/01 01:57
ふと目が覚める、頭が重い、体がだるい。

おかしい、昨日はそんなに飲まなかったはずなんだが…?

重い体を気力で無理やり起こす。

「……あぁ?」

体を起して目に入ったのは見たことのない部屋。

…ヤバイ、酔って全然知らない人の家に入り込んだんじゃないか?

いいや、確かに昨日は自分の部屋で寝たはずなんだが…

そんな風に混乱しているとドアがガチャリと開き、4歳か5歳か、という位の年齢の

女の子が部屋に入ってきた。

女の子と目が合う、すると女の子はびっくりとした様子で慌てて駆け寄ってくる。

「兄さん!目が覚めたのね、大丈夫!?」

兄さんって誰だよ。と思ったのだが口にする前に女の子はすごい勢いで部屋から飛び出し大声で部屋の外に向かって叫ぶ。

「父さん、兄さんが起きたよ!」

父さん?待て、なにがどうなってる…

訳が分からない、ふと視線を自分の手に落としてみる。

手のひらが見える、いやそれは当然なのだが何故こんなに小さい?ありえん、まるで幼い子供の様な…

「ラウル、良かった…具合はどうだ?」

自分の様子に気を取られていると、いつの間にか知らない男性がすぐ傍に来ていた。

すぐ後ろにはさっきの女の子もいた。

「熱が下がらず意識を失くした時はどうなるものかと思ったが…」

男性が安心した様に顔を綻ばせる。

まるで親が子にするように俺の頭を撫でる。だが、この人とは初対面だし、大体俺はもう23歳…

「あの…誰、でしょうか…?」

起きぬけで酷く掠れた声だったが確かに二人には聞こえたようだ。

凄く驚いた様子で女の子が問いかけてくる。

「なにいってるの?父さんでしょ」

女の子はひどく心配した様子で俺を見る。

の子にこんな顔をさせたくはないが分からんもんは分からん。

「デルク父さんだよ、それに私はリーリン!」

デルクにリーリン?なんだその外人みたいな…というかアニメかラノベのキャラみたいな名前…

いや待てラノベ?とふと男性の顔をみる。心配し困惑した様子のその顔は何処かで見たような…?

「デルク……、サイハー、デン?」

「そうだよデルク・サイハーデン!私たちの父さんでしょ?」

頭に浮かんだのは『鋼殻のレギオス』というライトノルベのタイトル。

ありえんだろう、と頭で否定するが、現状を見るとこれは…

「兄さん、どうしちゃったの?」

「医者を呼んだ方が良さそうだな…」

異世界トリップってヤツですか…?、なんてこったい。



[18389] 2話
Name: 青星◆996184ac ID:f63f4812
Date: 2010/08/01 02:26
ラウル・クーヴルール

デルク・サイハーデンの経営する孤児院で育てらている孤児で、誕生日は不明、歳は大体5歳ぐらい。

それが、『今の』俺らしい。

あれから暫くして、やって来た医者の先生によって今の俺の状態は、『高熱の後遺症による記憶障害』という事で落ち着いてしまった。

そんなに簡単に記憶なんて無くなる物じゃないと思うんだが…

しかし、なんでもこの体は剄脈持ちだったらしく、原作でチラっと出ていた『剄脈の拡張』というやつになっていたらしい。

先生の話だと、武芸者の中でも稀にしかないソレなのだが、幼い子供がなったとなると前例はほぼ皆無だとかで、

原因が何かと言えば、それだと仮定するしかない、といった感じだった。

まあ、普通は5、6歳の子供の中身が丸ごといい歳した男に入れ替わってるなんて思う訳ないよなぁ…

だがしかし、これからどうしたもんか…



それではお大事に、と医者の先生が帰ると、部屋には俺とリーリンとデルクが残される。

さっきは混乱してて気付かなかったけど、この小さな女の子ってリーリンなんだよなぁ、と今更ながら考える。

鋼殻のレギオス、荒廃した大地に、人間が唯一生きることができる移動する都市が無数に行き交う世界が舞台の作品。

本編はそんな世界の中の、学園都市を舞台とした『学園ファンタジー』で、リーリンは物語のヒロイン。

原作は全て読んだファンとしては喜ぶべきとこなんだろうが…ううむと考える。

この作品、学園ファンタジーなんて銘打ってはいるが、その背景は結構ハードなSFものだ。

ぶっちゃけ、何が言いたいかと言うと………死亡フラグが透けて見える。

幸か不幸か、この身は武芸者としての資質を持っている。

汚染獣なんて物がいる、この世界で生きるとなると戦いというものからは逃げられない訳である。

原作に極力関わらず一般武芸者A、として生きるのも有りかとも考えたが、

最悪な事に、此処は世界一安全な都市(笑)と名高いグレンダンだ。

最強の武芸者である12人の天剣授受者、そしてその頂点に立つ女王。

自ら汚染獣に挑みかかるかのように危険地帯を放浪し、それこそ年中戦い続けている狂った都市とも言われるグレンダンは彼女達の存在により今日まで戦い抜いてきたと言える。

そんな都市だから武芸者の人死になんかしょっちゅうだろう、一般兵士Aなんぞあっという間にやられてしまいそうだ。

頭を抱えたくなる様な事を考えていると、どうやら変な顔をしていたらしい、リーリンが心配そうに覗き込んでくる。

「兄さん、大丈夫?まだ横になっていた方がいいよ…」

こんな子に、不安げな顔をさせるのは正直気がひけるなぁ…

兄さん、なんて呼ばれる位だから普通の兄弟位には親しいんだろうな、と適当な当たりをつけ、

リーリンの頭をグリグリ撫でてやる。

「大丈夫、ちょっと考え事してただけさ」

そういってニッと笑顔を作ると今度はリーリンだけでなく父デルクにまで、ぎょっとした顔でに見られた。

ちょぉぉい!なにやらかしたんだ、俺ェ!!

「兄さんが、そんなふうにに笑うの、初めてみた…」

リーリンがポツリと呟いた。初っ端から躓く俺。

いや、どうせ記憶喪失って設定になっちまったんだからそのままのキャラで通せばいいじゃんかよ。

と半ばヤケクソでデルクに話しかける。

「俺って、そんなに無愛想だったんですか?」

「そうだな…余り喋らない、静かな子だな」

さらに言えば、そんな敬語も使ったことはない、とデルク。

そりゃあ、養父とはいえこの歳で、親に敬語で話す子供もいないよな…と今更後悔する。

後で聞いた話によると前の俺は、普段は殆ど喋らず、表情も乏しく、孤児院の兄弟の中でも結構浮いた存在だったらしい。

そんな時だった、部屋の中にグキュルル、と場違いな音がする。

リーリンがクスクスと笑い、デルクが表情を緩める。赤面しそうになる俺、い、今は5歳だから恥ずかしくないッ

「朝ごはんの残り、兄さんの分ちゃんと残してあるから、持ってくるね」

パタパタと音をたてリーリンが部屋から出て行く。

二人きりになり、部屋が静かになったので、何となく気まずくなり、デルクへ話しかけてみる。

「…今日は、レイフォンはどうしてるんですか?」

『鋼殻のレギオス』の主人公であるレイフォン。ここで養父が「誰だ、それは?」なんて言ってくれればここは俺が知ってる本に良く似てるだけの世界って事になるかもしれないのだが…

「ん、先程皆で外に遊びに行かせた。病み上がりの人間がいるから、な」

うん、まぁ…解っちゃいたんだけどね?……違ってくれたら良かったんだけど、やっぱここはレギオスの世界で後十数年で世界の危機ってやつが来る場所なのである。

うおお、マジかよ、ってことはその時になったら俺もドゥリンダナやらその分裂体やらと戦うハメになるんだろうか?

最高にヘヴィだ……いや、その前に普通の汚染獣との戦闘で戦死、何てことも考えられるじゃないか?…結局なるようにしかならないんだろうなぁ。

前途多難過ぎる未来に想いを馳せる俺。まだ何もしない内から挫けそうだ…。









意識を取り戻した息子が記憶を失っていたと聞いた時、私は…正直ほっとした。

ラウルは戦災児だ。両親は共に武芸者で汚染獣との大規模な戦闘で数年前に戦死している。

勇敢に戦い、そして死んだ者達の子だ、本来ならば親戚に引き取られるのが筋だろう。

しかし、ラウルの親戚達は皆、彼を引き取ることを拒んだ。

クーヴルール夫妻の間に生まれた子は両親と同じ剄脈を持つ武芸者として生まれた。

しかし問題はその剄脈から生み出される頚の量があまりに少なく、基本となる剄技の使用すら困難だという事だった。

この世界で、戦えない武芸者に居場所などない。引き取り手のいないラウルが最後に行き着いたのが自分の孤児院だ。

記憶を失う以前のラウルは、一切の感情を失ってしまったかのような子供だった。

無理もないことだ思う、この子は血の繋がった者達、そしてこの世界に見放されたのだ。

だから、記憶を失くしてしまったことは、ある意味では救いだったのかもしれない。

不幸中の幸いか、事の原因だった剄脈の拡張により平均的な剄脈として機能を得る事ができたのは医者から聞いた。

これからラウルは武芸者としての人生を歩むことができる。ならば、忌わしい過去など忘れ去ってしまった方が良いだろうと思う。

なんて勝手で傲慢な考えだ。私はこの様な事を考える自分を恥じた。

ならばこそ思う、私はこの子を強くしようと。それが剣を振るうしか能の無い自分が子の親としてできる、唯一の事なのだから。













あとがき

はじめまして青星と名乗る者です。

レギオス原作は結構前から読んでたのですが、このSSを書く直前になってレジェンドやら聖戦を読み始めたので設定など結構いい加減な部分があるかもしれません。

この2話の時点で結構ご都合展開な感じですが…あんまり原作無視しているようなら教えて頂けると大変有り難いです。



[18389] 3話
Name: 青星◆996184ac ID:29f37951
Date: 2010/08/01 10:17
俺の第二の人生が始まってからあっという間に時間は流れた。

あれから5年が過ぎ、その間に色々と大変な事があったわけなんだが、始めの方の想い出は、特に思い出したくない。

なにせ武芸の稽古を始めて、いきなり寝ている時でも剄息を止めるなだの、模擬刀の素振り千本だのとても5歳の子供にやらせる内容じゃあない。

遣り過ぎだよ、養父さん………まったく疑問に思わず、言う事全部聞いてた俺も俺だが。

流石に毎日ゲロ吐くまでやらされるのはおかしいって気付くだろう、と過去の自分に言いたい。

御蔭でかなり強くはなってきたとは思う。他にも俺の初陣やら超ヤバイ食糧危機やらがあったんだけど……

まぁ、これについて今考えるのはよそう。

うん、いい加減現実逃避は止めるか、今意識を向けるべきなのは、そんな昔の話じゃなくてだ。

「GYAAAAAAA!!!」

コイツだよ。



「レストレーション」

小さく呟くと手に持った小さな棒が一振りの刀へと変わる。鋼鉄錬金鋼製のそれの重さは、もうすっかり手に馴染んだものだ。

刃物なんて包丁くらいしか縁のなかった自分が、と感慨に耽る暇もない。

剄を流し、活剄により身体能力を水増する。体に力が漲るその感触を確かめもせず向かってきた幼生体を一瞬で斬り裂く。

「状況は?」

(やや苦戦しています。防衛ラインが崩される事はないでしょうが、数が数です、幾らかの討ち洩らしはあるでしょう)

近くにあった念威端子へと問いかけ、返ってくる無機質な声。まったく嫌になる。

場所は都市の外縁部、エアフィルターのすぐ手前で今ここにいるのは俺一人。見えるは無数の汚染獣。どうしてこうなった。

……状況を整理しよう。グレンダンでは汚染獣との戦いは割とありふれた日常だが、今日のやつは何時もよりやっかいだった。

結構成長した雄性体と複数の雌性体、そして万を越える幼生体。老生体こそ出ていないものの、この数がやっかいだ。

全方位から襲われる事になったグレンダンは武芸者を広域へ配備することが必要になった、だから一つの場所での配備の人数が減った。

ここまではいい。問題は、だ……問題は、なんで俺が一人でここを守らされてるかって事だよ!!

討ち洩らしとは言っているが、元の数が数だ。俺の所に来るのも10や20なんてもので済む訳が無いだろう。

(それは先程説明した通りです。都市部への被害を最小限に留める為には都市外での敵勢力の駆逐が必須。ならエアフィルター内の戦力が手薄になるのは仕方のない事でしょう)

なにせこの都市は貧乏ですからね、と念威操作者。都市へ侵入しようと次々と向かってくる幼生体を俺は斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る―――

「だからってどうしてここは俺一人!?」

(それも説明しました。個人の適性、実力を考慮した結果です。貴方の所属部隊の隊長からも推薦をいただいています。『クーヴルールならば問題ない』と)

今のグレンダンでは、歴代最年少で天剣になったサヴァリスという前例があるため、実力ががあれば年齢は問わない、という場合は結構あるが、それにしてもこれは酷い。

ここに来るのは幼生体だけだろう、ならば何匹きても遅れをとるようなことはまずない、だが背後の都市部めがけて一斉にこれだけの数に来られては、全て抑えろというのも厳しい話である。

サイハーデン刀争術 焔切り

炎を纏った刃で纏めて数体の敵を斬り裂く、こうなってはもう温存などしていられる状況ではない。

更に一歩踏み込み、振りぬいた刀身をそのまま別の敵へと向ける。

サイハーデン刀争術 焔重ね・紅布

炎と化した衝剄を敵に叩き付ける、数体が纏めて吹き飛び、焼き払われるが、焼け石に水だ。俺一人じゃカバーできる範囲にも限界がある。

このままでは、都市部への侵入を許してしまうのも時間の問題だ。当然都市内にも武芸者はいる。

なので幼生体の数匹通したところで戦局に大きな変化など起らないだろうが、俺のしでかしたミスで都市部に被害など出ようものなら始末書の提出や報奨金の取り消しの可能性もある。

(加えて言えば、この配置は以前に貴方の言っていた、一人で少しでも多くの汚染獣を倒せる場所に就きたいという願いを考慮した物でもあります)

そういえば、そんなことを言った気がしないでもない……孤児院に入れるお金を少しでも増やそうとしての発言だったのだろうが、こうも裏目に出るとは。

それだけ実力を認められてるって事になるのかもしれないが、こうなっては有り難さもクソもない。

「そうは言っても、これ以上は俺一人じゃ支えきれませんよ?」

(その点は心配要りません、間もなく増援が来ます)

増援?端子の向こうに居る念威操作者にそう聞く前にそれはあらわれた。

俺と同じ鋼鉄錬金鋼の刀を片手に、溢れんばかりの剄をそのまま衝剄にして群がる幼生体たちをバッタバッタとなぎ倒しながら来るのは―――

「兄さん、大丈夫!?」

「レイフォンか!?」

フェイスヘルメットを被っていたので一瞬誰か分からなかったが、声を聞いてすぐ判別できた。

レイフォン=アルセイフ。若干9歳にして、既に並みの武芸者では敵わない程の実力をもつ、俺の弟。

レイフォンが配属していたのは、ここの隣の区域だったはずだ。

ここに来るまでにも結構な数の敵はいたはず、それを蹴散らしながら来たのか?流石というかなんというか……

(第二波、来ます)

端子から聞こえる抑揚のまったく感じられない声。ごちゃごちゃと考えてる暇はないらしい。

「蹴散らすぞ、レイフォン!」

「うん!」







あぁ、今日もなんとか生き残る事が出来た。

あれから結局、埒が明かないということで女王の命令により天剣が出撃。

パワーバランスが一気にグレンダン側へと傾き、数時間の間に敵勢力の駆逐に成功。これが今回の戦いの結末だ。

俺達の苦労は一体何だったのやら………グレンダン政府には文句の一つでも言ってやりたくなる。女王があの人では無駄だろうが。

「でも、やっぱり兄さんは凄いよ。一人であんな数の汚染獣を倒してたんだから」

孤児院への帰り道、レイフォンが興奮した様に言う。いや、それを言うなら単騎駆けして俺のとこまで来たお前の方が凄い。

「何言ってるんだよ、もう俺よりレイフォンの方が強いだろ」

「そうかなぁ?でも僕は、周りを気にしながら戦うのって苦手だから…」

照れたように顔を掻くレイフォン。

そんな事を話しながら歩いて、孤児院へと到着した。扉を開き、ただいまと声をかけると奥のほうからバタバタとやって来るのが聞こえる。

「お帰りなさい、レイフォン、ラウル兄さん!」

最初に迎えてくれたのはリーリンだ。この向日葵のような笑顔を見る度に帰ってこれて良かった、と心底思う。

ラウル=クーヴルール、現在10歳。今日も逞しく生きてます。









あとがき

主人公の実力がどの程度なのか考えるのにやたら苦戦しました。

現在、主人公10歳レイフォンが9歳(天剣になる2年前)

現在二人で孤児院の経営を助けるため、バッサバッサと幼生体なんかを狩ってる感じ?

今はレイフォンとそこまでの差は無いけど、そのうち剄量やら鋼糸やらでえらい差がでてくるみたいな

この時点があやふやでも、原作の時くらいまで成長してその時の実力がハッキリとしてればどうでもいいんじゃないかという気もしてきましたが…



[18389] 4話
Name: 青星◆996184ac ID:7fd1b92b
Date: 2010/08/01 11:51
青い空に白い雲。

ここはグレンダンの片隅にある商店街だ。

雑多な建物が立ち並び、平日でも大通りには人が絶え間なく行き交っている。

「リーリン、メモ見せて」

「あ、はい」

言われてポケットから小さなメモを取り出すリーリン。

今日はリーリンと町まで買い出しにきている。

何時もは大体これにレイフォンが一緒なのだが、今日は公式試合に出ていて留守なので二人だけだ。

リーリンの手にある、メモを覗き込む。うぅむ、まだ結構買い残しがあるな。

「こんなに買って、全部持ち切れるかな?」

メモに書かれた食料品の量は結構凄いことになっている。

大所帯な家なのでいつもの事ではあるのだが、

「俺がいるから大丈夫だよ」

しかし、早いとこ済ませないと夕飯の支度に間に合わなくなる。

少し急がなきゃな、隣に居るリーリンの手を掴む。

「ら、ラウル兄さん?」

「はぐれちゃ拙いからな。少し急ごうか」

なんかリーリンの顔が赤かかった気もするが、気のせいだろう。

時は金なり、特売は待ってはくれんのだ。さあ行こう。





商店街の大通り。隣を歩くリーリンを何故か上機嫌だ。

なにか良い事でもあったのかと聞いても笑顔で「教えない」と言われてしまった。

前の人生の時も思ったが、やはり女の子の考えている事を理解するのは難しい。

話は飛ぶが、前世といえばそう『鋼殻のレギオス』だ。

この数年間、訓練してゲロして訓練して…の繰り返しで忘れそうになってはいたが。俺はこの先の未来を大まかには知っている訳だ。

なのでレイフォンとリーリンがお互いにくっつくようにしようなんて考えて色々気をまわしてはみたんだが…

結果は惨敗。原作でも超ド級の鈍感なレイフォンだが、ここまでとは。

俺が稽古の自主練習をするときにも、リーリン達と遊んでろよ。と言っても一緒にすると聞かないし。

兄さん兄さんと後ろをついてくるのは微笑ましくて、つい甘くしてしまう俺もいけないのかもしれないが。

余談だが俺にベッタリくっついてくるレイフォンなんだが、最近それを見るリーリンの目が、その……結構怖い。

しかもそれが俺じゃなくてレイフォンに向けられている気がするんだよなぁ………

親としては不器用なデルクの代わりに色々と面倒を見てきたから兄である俺を独占されてやきもち焼いてたって事なんだろうが………

どうにもリーリンの方にも脈が無さそうなのはどうしたものか。こんなことで大丈夫なのだろうか?

「ラウル兄さん?」

ぼんやりとしていた俺を不思議に思ったらしくリーリンが見上げて来る。

なんでもない、と笑って誤魔化す。

「でも、ホントに良かったのかな?まだ結果もわからないのに」

実はこの普段を越える大量の食糧、俺のゴリ押しによって買ったものだ。

最近になって公式戦へ出場し始めたレイフォンだが、やはり強い。

今日もどうせ勝ってくるんだから、と買い出しのついでにお祝いでもしてやろうと思ったわけだ。

「もし負けて帰ってきたら皆もがっかりするんじゃ…?」

気の早い事この上ない、リーリンが心配するのも無理はない。

だが今朝見た感じでは調子も良さそうだったから、負けはしないだろう。なんたってレイフォンだし。

「今日はぜったい勝つって。俺が言うんだから間違いないよ」

ちょっと冗談めかして言うとリーリンがむぅっとむくれた。

「なんかズルい、そういうの」

「ズルい?」

「なんか二人だけ、お互いの事なんでもわかってるみたい」

院の中で養父以外では、俺とレイフォンの二人しか武芸者はいない。

なのでリーリンが疎外感を感じるのも仕方ないことかもしれないと思った。

「リーリンの事だって色々知ってると思うけどなぁ」

と誤魔化すようにリーリンの髪をクシャクシャにする。嫌がるかと思ったが嬉しそうにはにかむ。

なにこれ超可愛い。

「さぁ、早く帰らないと仕度に間に合わなくなっちゃうな」

レイフォンとリーリンをくっつけようとか以前に、俺が弟離れ妹離れ出来なくなるかもしれん。

そんなしょうもない事を考えながら孤児院へ帰った。





孤児院に戻り、玄関の扉を潜ると下の兄弟たちがワイワイと駆け寄ってくる。

「兄ちゃんおかえりー」

「レイにい勝ったよー」

「リーリンねえデートどうだったー?」

どうやら先にレイフォンが帰ってきてしまったらしい、しかしやっぱり勝ったか。

なんか妙なものも聞こえたが子供の言うことなので苦笑いでスルー。

顔を真っ赤にして否定しているリーリンに先に準備してると声を掛けて台所へ。

「さぁて、やるとしますか」

孤児院で生活をし始めてからは料理は皆で作るものだったので俺にも料理はできる。

前世で酒のつまみかカレーぐらいしか作らなかった時にくらべればだいぶ上達したと言えよう。

「手伝うよ、兄さん」

手際良く準備をしていると先に帰っていたレイフォンが顔を出した。

「休んでろよ、おまえの連勝祝いも兼ねてるんだから。」

「でも、悪いよ」

レイフォンはこういう事になると結構強情だ。

試合で疲れてるだろ、と居間へ押し戻そうとしているとリーリンが駆け足で入って来る。

「ご、ごめんなさい兄さん。すぐ手伝うから―――レイフォン?」

「あ、おかえりリーリン」

間が抜けたような声を出すレイフォンをみたリーリンの目が厳しくなる。

よくみるとレイフォンは埃やらで結構汚れている。

「お帰りじゃないでしょ、そんな格好で台所にはいって」

「で、でも……」

「でもじゃないの!すぐ仕度するから先にお風呂に入ってきなさい!」

リーリンに言われてしぶしぶと引き下がるレイフォン。

ほんとにとことんリーリンには弱い。

もう!と怒るリーリンを微笑ましく見ながら料理を再開する。

こんな日が毎日続けばいいんだが、史実通りいけばあと2年もしないうちにレイフォンは天剣となり闇試合へ参加することになる。

俺がいる事によって孤児院はレイフォン一人が稼ぎに出るよりずっと余裕がある。

少しずつではある他の孤児院へも寄付は出来ているのが現状だ。このままならレイフォンは闇試合へでなくても済むかもしれない。

その場合色々原作と食い違ってくるかもしれない。

だが最悪ツェルニには俺が行けばいい、老成体一期なら俺でも倒せる目途もなんとか立っている。

その後ならサリンバンもいる、ならばレイフォン不在でツェルニが壊滅することもないだろう。

「まぁ、結局なるようにしかならんわけだが」

もう何度目になるかわからないソレを呟いた。









修正作業の時に最後の辺りが消えてしまったようで、急いで直しました。

ホントすいません;;報告有難うございます。



[18389] 5話
Name: 青星◆996184ac ID:9d594930
Date: 2010/08/01 10:31
因果律という言葉がある。

大まかに言えば物事には起こるには必ず原因があるという事だ。

ラウル=クーヴルールという少年が孤児となったのも、『俺』という存在がラウル=クーヴルールの代わりにこの世界に現れたのにもきっと意味があったのではいかと、最近になって思えてきた。

正直、最初の頃は現実味がなかった。

フィクションの世界に入り込んで、自分が自分でない誰かになってしまうなどと。

我武者羅に強くなろうとする事で考えない様にしてきたが、間違いなく今の『ラウル』は異常なのだ。

記憶がないというのを言い訳にして今までズルズルときてしまったが、俺の在り方は酷く歪なのだと思う。

今の俺はラウルという少年を演じているだけなのだ。

レイフォンやリーリン。孤児院の兄弟達の良き兄貴分になろうと進んで世話を焼いてきた。

グレンダンに嘗てない食糧危機が来れば、院にお金を入れる為に誰よりも多くと汚染獣と戦った。

でもそれは、俺が本心で皆を助けようとやったことじゃない。

そうやって誰かに頼られて尊敬されることで満たされなければ、自分が誰かもわからなくなってしまいそうだったというだけだ。

結局のところ今の俺は『ラウル』という仮面を被った異邦人なのだろう。

長い前振りだったが、結局なにが言いたいのかと言うと、異常な存在はやはり異常な存在を引き寄せるということらしく。

「どうしてこうなった」

「いいから戦ってください!」

「全てはイグナシスの理想の元に」

また最高に面倒なフラグが立った、ということだ。










その日はどうにも寝付きの悪い夜だった。

やたらとムシムシするし、いつも使ってるはずの枕の高さがどうにも気に入らない。

隣で寝息を立てているレイフォンを恨めしく思いながらもなんとか寝ようとしてみたが一度こうなるとなかなか寝れない。

のそりとベッドから起きて、音を立てない様に部屋から抜け出す。

そのまま居間まで来て時計を見ると短い針が午前1時を差していた。

「……少し素振りでもしてみようか」

体を動かせば眠くもなるだろうし、なかなかの名案だろう。

しかし真夜中に道場を使えば寝ている誰かを起こしてしまうかもしれない。

それならどこかの広場にでも行ったほうがいいかもしれない。

こんな遅くに出掛けてはデルクや年上のルシャ姉さんにしかられるかもしれないが…

「バレなきゃ大丈夫だしな」

そうと決まれば即実行である。殺剄で気配を消し外へ出る。

外へでるともう人の気配はなく、建物からも灯りは消えていた。

外灯に照らされた道を音もなく駆ける。

ちょっとした冒険気分にワクワクする。随分昔に一人で夜、自販機に飲み物を買い出た時の事を思い出す。

「結構な間こっちで過ごしたけど、人間って案外変わらないもんだな…」

昔の事を思い出し少しブルーになりそうになる、なので余計な事を考えないように走る速度をあげた。






「…?」

住宅街から少し外れた広場についた俺はぐるりと周りを見渡す。

広い敷地にもうしわけ程度にあるブランコ、普段は近所の子供達の遊び場としてあるはずのそこが酷く不自然なものに感じた。

相変わらず蒸し暑い気温で生温い風が肌に触れる、だというのに何処か寒々しく、ピリピリとした空気をかんじる。

これじゃまるで、これから戦闘の起こる戦場みたいじゃないか。そう思った時だった。

(………人?)

誰もいないはずの広場に人影が見えた。

それもレイフォンやリーリンと同じくらいの背の高さで、影の形から女の子であることが解った。

もしかして家出か?通りがかった手前放っておくわけにもいかないだろうと近づく。

「なにしてるんだい?こんな時間に」

「えっ!?」

女の子は何かに気をとられていたようで、後ろから声をかけるとビクリと体を震わせこちらに振りむいた。

「一人で女の子が出歩くには危ない時間だと思うけど?」

「……何故、貴方は此処に入る事が出来るんですか?」

「は?」

「今、此処は危険です。とにかく離れて――」

「いや、なんの話をしてるんだ?」

要領を得ない会話に思わず聞き返してしまう。

だが、よく見ると女の子の身なりが良いのがわかった。黒い髪を束ね、幼い顔立ちもどこ気品が漂っている。

どこかのお嬢様なのか?と思ったところで、彼女の手に何かが握られている事に気づく。

「錬金鋼?」

紅色に輝く紅玉錬金鋼の小剣。ということは武芸者か?

しかし街中で復元状態にするとは穏やかではない。

「――ッ、来ます!」

「いや、なにが――って!?」

気がつくとさっきまでは俺と隣に居る女の子しかいなかった広場に無数の人影が現れている。

周囲に気を巡してみれば俺とこの子を囲むように少なくとも十人以上はいる。これだけの数にここまで近づかれて気がつかなかったってのか!?

人影が一つ、俺達のほうへと近づいてくる。平均的な成人男性程の背丈にすっぽりとフードを被り、顔には何かの獣を模っした仮面を付けている。

いや、ちょ、ま、こいつらってまさか狼面sy――

あまりの事態に混乱している俺に女の子が檄をとばす。

「訳がわからないとは思いますが、とにかくアレは敵です。死にたくなければ戦って!」

「ったく!」

レストレーション、とヤケクソになって錬金鋼を復元させると、それに呼応するかのように仮面の男達は襲いかかって来る。

一人が俺に斬りかかろうとしてくるが、相手の武器が届く前にそれ以上の速度の抜き打ちからの一閃で斜めに斬り上げる。

腰から肩にかけてバッサリと斬られた相手は溶けるように消えていく。

予想よりあっけない、と思ったところで消えた狼面衆の背後から別の相手が今度はまとめて飛びかかって来る。そういやこいつ等の武器は数だったっけ!?

「どうしてこうなった」

「いいから戦って下さい!」

「すべてはイグナシスの理想の元に」

誰が発したとも解らない声が狼面衆達から聞こえる。

出来心で抜け出したがために、最悪の夜になったよチクショウ!





「はぁッ!」

向こうは数があるので守勢にまわらない様に、とにかくなにもさせない内に撃破していく。

一人一人は大した事がないので慣れてしまえば簡単なもので、立ち回りさえ気をつければ問題なく倒せる。

旋剄で一気に相手との距離を詰め、焔切りでの横薙ぎの一閃。数に任せての連携は厄介ではあるが穴も多い。

これならば汚染獣相手の方がよっぽどキツイ。

ふと一緒に戦っている彼女の方を見ると、向こうも順調に敵を撃破している。

小剣の扱いの方はまだ拙いところが多いが、それに併用している化錬剄は彼女の頚量の豊富さもあってなかなかの威力だ。

うちのレイフォンは別格として、この歳にしては相当できるんじゃないか?

最期の一人を衝剄で打ち抜く、するとさっきまでの重苦しい空気が嘘のように辺りに静寂さが戻った。

「お疲れ様です」

汗を拭おうとすると女の子がハンカチを差し出してきてくれた。

汚すのは悪いとは思ったが断るのもなんなので有り難く借りておく。

「ん、有難う」

「しかし、意外でした。王家の方で私以外に彼らと戦っているのはもう一人だけかと思っていましたので」

……今、なんかトンデモナイ単語が聞こえてきた気がする。

「……王家?」

「ひょっとして、アルモニス家の縁の方でしょうか?ユーノトール家の男子はミンスだけでしたから」

一人で納得顔になっていく彼女だが、見当違いもいいところである。

凄まじく飛躍する話を慌てて否定する。

「とんでもない、俺は孤児だし」

「孤児?黒髪に黒目なのでてっきり…彼らと関わりがあるのは血筋の影響かと思ったのですけど」

不思議な事もあるんですね。と、どうでもいいことのように首を傾げる彼女。

それは俺が言いたいと喉まで出掛けた言葉を飲み込む。

「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「あ、ああ。ラウル、ラウル=クーヴルールだ」

「ラウル……」

告げた俺の名前を噛み締めるように呟く。な、なんか視線がどことなく熱っぽい様な……?

「申し遅れました。私はクラリーベル=ロンスマイアです」

「な、なんだってー!?」

ロンスマイア、という事は彼女は天剣授受者ティグリス=ノイエラン=ロンスマイアの孫にして三王家が一つロンスマイア家の正式な跡取りだ。

な、なんてこったい 。昔なら原作ヒロインktkr!とか言って喜んだかもしれないがグレンダンに馴染んだ今となっては予想外のビックネームに青くなるしかない。

「どうして、クラリーベル様のような方がこんなところで―― 」

「クラリーベル様ではなくクララ、とお呼び下さい」

それから、そんな敬語もいりませんと笑顔で告げる彼女。

ひいぃ、高すぎる好感度が逆に怖い!とにかく話題を変えようとさっきの戦いの事を切りだす。

「そ、それでクララ?さっき相手の事は知ってるのか」

「狼面衆と名乗る彼らですね、と言っても私はそれ以上の事はなにも知らないんですけどね。恐らくは王家のゴタゴタに関係してるのでしょうけど、大した相手ではありません」

集団戦の練習には丁度いいですけどね。と、見た目に似合わず剛毅な事を言うクララ。

確かにあれだけの実力があれば先程の戦い程度は朝飯前だろう。

しかし、クラリーベルが狼面衆と戦いだしたのってこの頃だったのか?流石に十年以上前に読んだ本の内容はそこまで細かいところまで覚えてはいられない。

どうしたものか、と思案するが俺にクララはそんなことよりも、とズイと顔を近づけて来る。

「ラウルは刀を使っている様でしたが、どこかの流派で剣を学んでいるのですか?」

「養父がサイハーデン流刀争術の師範だから、そこでね」

「サイハーデン?確か、今のサリンバンの団長と同じ流派でしたか」

なるほど、道理で。と納得する彼女。

「素晴らしい腕前でした。同年代で貴方程の使い手は始めて見ましたから。次は是非手合わせをお願いしたいです」

「いや、はは……」

興味があるのを隠しきれない、といった様子で言われては苦笑いで返すしかない。

この頃から既に戦闘狂の一面はあったらしい。クララって一応はお姫様なんだよなぁ、これだからグレンダンは嫌だ。

そんなこんなでいると、いつの間にか空が白み始め、辺りも明るくなってきていた。

「って帰らないと!?」

「私も、そろそろ戻らないと不味いですね…」

ヤバイぞ、夜中に抜け出したなんて養父にしれたら地獄の特訓が再び帰って来る……!

急いで戻らなければ、と走りだそうとしたところで先程クララに借りたハンカチの事を思い出す・

「借りたハンカチ、洗って返すよ。…どうせまた近いうちに逢えそうだ」

「ふふ、そうですね。」

クスリと笑うクララ。今回だけならいいのだが、今後も狼面衆に関わらせられるのは間違いないだろう。勘でしかないが、こっちに来てからの俺の勘はやたらと当たる。

正直笑いごとではない、一体どうしてこうなった。

「それでは、また逢いましょう。ラウル」

「ああ、また」

それを最後に孤児院へ向かって全力疾走。

だったのだが……やはり居ない事がバレて大騒ぎになったらしい。

おかげで大目玉を喰らった上に訓練のメニュー倍乗せだよ。なんてこったい。







「ラウル=クーヴルール…」

帰路の途中、クラリーベルは小さく呟いた。

狼面衆と名乗る彼らと戦いは、始めの頃こそは修行になると、進んで彼らの気配を追ってはいたが。慣れてしまえば数ばかりで質の伴わない退屈な物だった。

今日の戦闘も彼らの目的が多少なりとも解れば儲けもの、という程度の気持ちで臨んだのだが、結果として予想外の成果を得る事ができた。

ラウルと名乗った少年は、クラリーベルにとって非常に興味深い存在だった。

ロンスマイア家の跡取りとして幼い頃から鍛えられてきたクラリーベルは同年代では敵はいないと自分でも思っていた。

しかし、彼が最初に放った抜き打ちを見た時は思わず震えがきた。

「あれは、良いものでした……」

一瞬彼の手がブレたかと思えば、次の瞬間に狼面衆は真っ二つになっていた。剄で視力を強化していなければ彼が何をしたのかすら分からなかっただろう。

鋼鉄錬金鋼の刀が舞う度に放たれる技の数々には剄だけではなく、それ以外のなにか強いものが込められている様にも感じられた。

あの年齢で、どれだけの修練を積めばあれだけの技が放てるようになるのだろうか。

剄量こそ自分が勝っていたがそれ以外の技術は全体的に彼の方が一回り以上は上だったように感じられた。

「きっと、また逢えますよね」

自分と変わらない歳なのにどこか、大人びた様子の彼の姿を思い出す。

別れ際の約束、どうも彼からは流されやすそうな印象を受けたが一度言った事を反故にするようなタイプには見えなかった。

ならばきっと期待は出来るだろう。

「楽しみです」

クラリーベルは誰にともなく笑みをこぼした。












あとがき

クラリーベル&狼面衆、フラグ乱立の回。

…実はこれ、初めはラウルは王家人間の隠し子やら駆け落ちした者の血をひいてるんじゃないのかみたいな話にして

後のリーリンフラグにしてやろう、なんて思って書いてたんですが…

何故かクラリーベルの話に、どうしてこうなった

後で補足修正するかもしれません(汗)



[18389] 6話
Name: 青星◆996184ac ID:a2d2be4d
Date: 2010/08/01 12:14
「天剣の選抜試合?」

「うん、出て見ようと思うんだ」

昼過ぎの道場でレイフォンが相談があるというので話を聞くとそんな言葉が出てきた。

「先週の戦闘で出動回数も規定までいったし、もしかしたら良いとこまで行けるんじゃないかと思うんだ」

天剣の選抜と言えば政府の公認試合の中でも最も大きく、出場の条件も厳しい試合だ。

出場している武芸者もルッケンスやミッドノッドなど名門流派の師範代などグレンダンでも最高レベルの者達だ。

そんな試合に十歳の子供が出ようと言うのだ。普通なら考えられない事なんだが…問題はそこじゃない。

俺からしてみれば、遂に来るべき時が来てしまった、という感じだ。

俺の知る鋼殻のレギオスならば、その試合でレイフォンは刀を捨て、後に天剣の名を使い禁じられた闇試合へと身を投じて行く。

長年一緒に暮らしてきた弟がそんな事する訳がないと思う反面、自分が今ここに居る事で一体何が変えられたのかという思いもある。

それが表情に出ていたのか、レイフォンが不安げに問いかけて来る。

「やっぱり、駄目かな?」

「……いや、今のお前なら十分にやれるさ」

そう言うと途端に笑顔になるレイフォン、それに反して俺の内心は複雑だ。

俺は今、兄である自分を無条件で慕ってくれる弟を疑っているのだ。この世界に来た時から覚悟はしていたつもりだったが、いざその時になってみれば穏やかではいられない。

まだお前には早い、俺がそう言えばレイフォンは試合への出場は多分諦めるだろう。

だけど、この世界に来て武芸者として生きてきた俺には目標に向かって進むレイフォンを邪魔するなんて出来ない。

天剣授受者とは武芸者の頂点であり、栄光であり、希望なのだ。『原作』だなんて不確かな未来を理由に、それを邪魔していい訳がない。

「申請はまだなんだよな?その前に義父さんにも話しておかなきゃな」

「うん。でも、その前に兄さんに如何しても頼みたい事が有あって」

ん、なんだ?とレイフォンを見ると何やら緊張した面持ちで俺を真正面から見て来る。

「一度だけ…一度だけでいいから、僕と本気で戦ってほしいんだ」

「レイフォン……?」

レイフォンとは実戦を想定した組み稽古は何度もしてきた。回数でいえば師匠であるデルクよりも多いだろう。

しかしお互い全力の試合となると一度もした事がない。強さを求める事に執着が無いわけではなかったが、もともと生きる上での手段として武芸をしていた俺と、それを真似するように始めたレイフォンではそういう機会は生まれなかった。

それをこのタイミングで切り出してきたとなると、どうも嫌な予感が確信へと近づき始める。

「駄目、かな…?」

僅かに緊張し、手を固く握るレイフォン。

断ればいい、逃げてしまえばいい、俺がラウルになる前から持っている部分がそう囁く。だが…

「いいぞ、ただし模擬刀でだからな」

内心を顔に出さないよう、出来る限り何時も通りに応える。

そうするとほっとした様にレイフォンの表情も緩む。

逃げるな、ラウルとして生きてきた俺が言う。ここで逃げれば、お前は何者にもなれないと自身を責め立てる。

なるようにしかならない、少なくとも今はそう思う事にしようと気持ちを切り替えた。












模擬刀を正面に構え、向かいあう。

普段はどこかぼんやりとした印象を受けるレイフォンの青い瞳が、今は無機質な光を放つ。

「シッ!」

「はぁぁッ!」

同じ構え、同じタイミングで同時に前に出る。刀同士がぶつかり合い、衝突した剄が周囲へ吹き荒れる。

互いに全力の戦い、とはいっても使う得物の点でレイフォンには大きなハンデがある。

今使っているのは鋼鉄錬金鋼の使用を想定し設定した模擬剣だ。剄よりも刃物としての性能を重視したソレは剄技の使用に関しては俺でさえ些か不満が残る。

生まれ持った膨大な剄量を活かしきれず、剄技の出力に大きな制限のある今の状況はレイフォンの最大の長所を潰しているといえる。

レイフォンからの斬撃を払い、返し放った下段からの攻撃をレイフォンが受け止める。

レイフォンが後ろへ跳び距離を取る、すかさず衝剄で追撃をかける。

しかし、レイフォンが返し放った衝剄に飲み込まれ、俺へと返って来る、それを身をひねる事で避ける。

確かに出力に大きな制限はある、だが剄の密度では圧倒的にレイフォンが上である事が解る。

おまけに剄の総量が多い、ということはそれだけ身体能力を増幅させる内力系活剄の濃度が増すという事でもある。

今の俺はレイフォンの活剄に対抗するために、かなりのオーバーペースで自身に剄を流している。

最初の内は実力が拮抗していてもこのままではそう遠くない内に俺の剄が枯渇し、勝負はレイフォンの勝利で終わるだろう。

「―――くッ!?」

旋剄で距離を詰め、強引に打ち合いへ持ち込む。そのまま数合打ち合う。

経験と体格差によるリーチ。僅かではあるが、刀を扱う技術ではレイフォンより俺の方が上だ。

自画自賛にはなるが、センスはあるのだ。ラウル=クーヴルールには。だが……


外力系衝剄の変化、轟剣


剣戟と剣戟の合間。その一瞬に驚異的な速度で練り上げた剄が、剣閃と共に衝剄となり俺へと向かってくる。

反射的に刀でレイフォンの一撃を防ぐが、衝剄による衝撃までは防げず後ろへと大きく吹き飛ばされる。

「しまっ――!?」

「ああああッ!」


サイハーデン流刀争術、水鏡渡り


旋剄を越えた超移動によりレイフォンが間合いを詰める。

轟剣により僅かに体制を崩したために対応が一瞬遅れる。


サイハーデン流刀争術 焔切り


サイハーデンの剣の基本にして奥義ともいえる技がレイフォンから放たれる。

同じく焔切りでなんとか弾き返すが、僅かな遅れが威力に決定的な差となって現れている。

唯の剣撃ならば今の一撃を防ぐことで活路を見出す事も出来たかもしれないが、この技の真髄は二撃目にこそある。

「はぁぁぁ!!」

「つッ…!?おおおお!!」


サイハーデン流刀争術 焔重ね


押し負ける。そう確信したが一度焔切りを放った以上、レイフォンの焔重ねを追撃するには同じ技を使う以外にはなかった。

刀と刀が、剄と剄とがぶつかり合う―――――――――!











「まったく……本当に強くなったな」

一応の決着がつき、俺とレイフォンは道場の床にに二人で座りこんでいた。

結果は引き分け…とはいえ実質俺の判定負けだ。

最後にお互いの焔重ねぶつけ合ったところで、レイフォンの剄にとうとう模擬刀が耐えきれなくなり錬金鋼が爆散、酷使し過ぎた俺の模擬刀も運命を共にした。

唯でさえ余裕の無い孤児院暮らしなのに、予定外の出費を出すハメになるとは……これが嫌で武器破壊の技である蝕壊も使えなかったってのに。

「これじゃ、後で大目玉喰らうだろうな……」

「あはは…」

完全に鉄屑と化した錬金鋼を持ち上げて思わず溜息をつく。

金に無頓着過ぎる養父はともかくとして、最近孤児院の財布を握る様になったリーリンが怖い。

乾いた笑いを浮かべるレイフォンの目も遠い。

後でバレたら二人とも大層なお叱りを受けることになるだろう、あの子もレイフォンとは別の意味で逞しくなったからなぁ…

「でも、やっぱり兄さんには勝てなかったよ」

「何言ってるんだ、殆ど俺の負けみたいなものだろ?」

最後の焔重ねが、実際の鋼鉄錬金鋼ならどういう結果になっていたかは解らないが、そもそもの地力で俺が完全に負けてたわけだし。

少し前までは、まだ俺のほうが強かったんだけどなぁ。

「ホントに大したヤツだよ、お前は」

ガシガシと乱暴にレイフォンの頭を撫でる。

されるがままになるレイフォンは笑っていたが、どこか申し訳なさそうな雰囲気も纏っていた。

「ありがとう兄さん、…これで選抜試合も頑張れるよ」

「…そっか」

恐らくレイフォンは刀を捨てる気なのだろう、『原作』通りに。

以前に起こった食糧危機は知識として知っていたが、実際に目の当たりにして見れば本当に酷い物だった。

俺達の院はまだよかったが、余所では孤児たちのなかにも少なくない餓死者が出たというのは聞いていた。

純粋なレイフォンが養父の技を捨ててでも同じ境遇の者達を救いたいという気持ちになるのも仕方がない事だろう。

天剣になるのはいい、闇試合に出るのは止めさせなければならないとは思う。

だが、果たしてそれが正しい事なのか俺にはわからない。

お世辞にも良いとは言えないグレンダンの経済状況では、食糧危機が去った今になっても孤児院への援助が満足に行われているとは言えない。

レイフォンが闇試合へ出れば救われるものがいるだろう、たしか原作でも天剣が闇試合に出ていた事が公になり孤児院への援助が見直されていたような記憶もある。

それを、本来いる筈のない俺の独断で無かった事にするのか?そんな事が許されるのか?

解らない、レイフォンと名も知らぬ大勢の孤児、どちらを選ぶことなどこの世界の人間じゃない俺が決めることなんかできやしない。









「ごめん、兄さん」

レイフォン=アルセイフは口の中で小さく呟いた。

レイフォンが武芸者としての修行を始めたのは剄脈を持って生まれた者としては当然の事であったが、それ以上に兄への憧れがあったからだ。

グレンダンを襲った食糧危機、このままでは生きる事もままならないと皆が途方に暮れていた時に、兄は自分が稼ぎに出ると告げた。

当時は師匠である養父を初め年上の兄弟達も、お前には早過ぎると揃って反対した。しかしこのままでは結局食べる事も出来ないと皆の反対を押し切って一人戦場へと向かっていったのだ。

兄が初めて戦場から帰ってきた時の事は今でも覚えている。リーリンが大泣きして、普段物静かな養父でさえ大きく胸を撫で下ろしていた。

その頃からずっと兄は皆の憧れでヒーローだった。レイフォンにとっても目指すべき場所で、誰よりも尊敬する大好きな兄さんだった。

兄の後を追うようにレイフォンが戦場へと身を投じるようになり、院の運営も安定してきた所で他の孤児院へも出来るだけ寄付しようと兄が提案した時は驚いたがレイフォンは二つ返事で了解した。

誇らしかった、兄が誰にとっても正義の味方であったことが、嬉しかったのだ、自分がそんな兄と共に誰かの為に剣を使える事が。

しかし、そんな時だった。

寄付をする為に兄と共にある孤児院へ訪れた時。

兄が院長と話をしている間、外で一人待っていると開けられた窓から、院の人らしき者の会話が聞こえてきた。

『今更、金なんか貰ったって死んだあいつが帰って来る訳じゃないだろうに』、と

その孤児院では食糧危機の時に幼い子供が亡くなっていたと後で知ったが、その時のレイフォンは冷や水を浴びせられたような心境だった。

兄のしている事を無駄だと言われたことが許せなかった、だが武芸者だというだけで他の人間よりも多くの食糧が配付されていた自分に彼らを非難する資格はないと思えた。

結局は全てお金がないのが悪いんだ、自分と同じ境遇の者たちが苦しい思いをしているのも、兄さんがあんなに必死になって戦っているのも、全部。

そんな風に考えていた頃だった、グレンダンの陰で行われている闇試合の存在を知ったのは。

多額の賞金が賭けられているそれに出場し、勝利できれば今とは比べ物にならない額の金を得ることができる。

しかし十歳の子供がそんな違法な試合に出場したいと詰め掛けたところで、門前払いを喰らうのは明らかだった。

だがもし、もし自分が天剣授受者になったならばどうだろう、そう考えた。

天剣の位がそんなに簡単に手に入る物とは考えてはいないが、以前に天剣の選抜試合を見た時を思い出すと自分でも十分にやれるのではと思えたし、自分の実力にも少なからず自信はあった。

もし天剣授受者になれたら、今よりもっと多くのお金を稼げる。闇試合だって天剣授受者が出たいと言えば、違法な事をしている手前断るなんて出来ないはずだ。

お金さえあれば、もう誰も悲しまなくて済む、兄さんの負担だってずっと減る、そうすれば自分と同じくらい兄さんの事が好きなリーリンだってもっと笑顔になる。

自分の考えている事が悪い事だというのは理解している、だけどそれでもやるしかない。たとえ自分を育ててくれた養父の剣を、兄の剣を捨てることになったとしても。レイフォンはそう思った。











あとがき

久々の投稿です。

しかし、暗っ!バトルの練習を兼ねて、と思って書いてたんですが最後の方とかあとから自分で見て若干引きました(汗

書いてて疑問に思ったことが、レイフォンが闇試合に参加したの何時だっけ?ということでした。

原作だと選抜試合の時には刀は捨ててたけど、闇試合は天剣の名前で脅して参加してたとか言ってた記憶が…?

その辺りが曖昧なのでもしかしたら結構独自設定になってるかも……

あとはラウルのスペックがなぁ、今でも十分な気もするけどレイフォンがいないところで色々活躍するなら廃貴族ぐらい憑けなきゃ駄目なのかなぁ、とかなんとか考えてます。



[18389] 7話
Name: 青星◆a9b17cc5 ID:8f47ca8a
Date: 2010/09/16 00:16

『優勝ーーーー!!たった今、最年少にして最後の天剣授受者が誕生しました!その名もレイフォン、レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフです!』

その日生まれた12人目の天剣授受者にグレンダン中が驚愕と喜びの声に包まれた。

その手に握られているのは…剣だ。

「兄さん、どうしてレイフォンは刀を使うのを止めちゃったのかな…?」

どうしてこうなった?決まってる、俺が逃げたからだ。

一体、俺はどうすればよかった?どうすればいい?

俺の手を握るリーリンの問いに、応える事は出来なかった。

















「ごめんなさい」

ただ一言、頭を下げたレイフォンからデルクへと告げられた言葉はそれだけだった。

「……そうか」

差し出された錬金鋼を受け取るデルクの表情からは何も窺い知る事は出来なかった。

錬金鋼をデルクへと返したレイフォンはそれ以上は何も語らず、部屋を後にした。

俺と養父の二人が残された部屋はまるで音が死んでしまったかの様に静かだった。

「レイフォンは…驕ったのか?」

沈黙を破ったデルクから発せられたのは失望とも落胆ともとれる言葉だった。

「あれは優秀だ、優秀過ぎる程に。…いつか、サイハーデンの刀技を窮屈に思うやもしれぬとは考えてはしていたが――」

「…っ!養父さん、違う、違うんです」

思わず出た声の大きさに自分自身が驚いた。だが黙っている事は出来なかった。

「レイフォンが刀を返したのは、もっと純粋な想いからです。養父さんの剣が要らなくなったなんてことは絶対に無い…!」

罪悪感がジクジクと俺の胸を焼く。レイフォンを止めようとすれば止められたはずだ。

自分のしている事を正当化しようとしているだけな事は解っている。自分自身の言葉がこれ程虚しく感じた事はない。

普段ここまで感情を露にしない俺の様子に、少し驚いた様なデルクは静かに口をひらいた。

「そうか、ならば良い」

「え…?」

あっさりと出た言葉に俺は間の抜けた返事をしてしまう。

「私には、何を思ってレイフォンが刀を捨たのかは解らん。だがお前が見ていてくれるのだろう?」

優しげな眼でを俺を見るデルク。俺にはそれを直視する事が出来なかった。

このまま何も気付かないふりをしていれば、レイフォンが都市外退去になる代償に大勢の孤児が助かるだろう。

しかし、レイフォンを闇試合から遠ざければ孤児院への資金援助は見直される事無く、行くあてのない孤児は増えるだろう。

中には死んでしまう子供もいるかもしれない、そうなれば俺が殺したのと同じ事だ。

しかも、レイフォンが天剣のままでいられればツェルニへ行く必要もなくなる。そうなると当然リーリンもツェルニへ行く理由はなくなる。

そうなれば『眼』を持つリーリンがニーナやニルフィリアといったこの世界の命運を握る重要な人物達と背触する機会を失う可能性もある。

些細な事なのかもしれないが、それが俺の知る『原作』に大きなズレをもたらせば、世界そのものの運命すら変えてしまうかもしれない。

最低だ、結局俺は自分自身の行動に責任持つのを恐れているだけだ。

「…はい」

俺が養父に返せる言葉はそれだけだった。
















試合が終わり、受賞式の途中だったが俺とリーリンは院の皆より先に帰ることにした。

レイフォンの祝勝記念パーティーをやる事になっていたので、その準備のためだ。

「レイフォン、優勝できてよかったね」

「うん、そうだな」

嬉しそうに言うリーリンに無理矢理作った笑顔で返事をする。

正直、まだ気持ちの整理ができていない、情けないにも程があるとは思うんだが…

「…兄さんはどうして武芸者になろうと思ったの?」

ふと、リーリンがそんな事を聞いてきた。

「武芸者になろうとした理由?そうだなぁ…」

ううむ、と考えてみる。

この世界なら剄脈を持っているならば当然、と言うのが第一に来るよなぁ。6年前は養父さんも当たり前のように俺の訓練を始めたし。

後は…初めての戦闘は、思ってた以上に院の運営が危なくて、この場所がなくなったら困ると思ってたんだよな。だからまぁ…

「孤児院の皆を助けたかったから、かな」

人間誰だって一人では生きられない。右も左もわからぬ場所で、受け入れてくれた人たちはがいたのは俺にとって本当に幸運だったと思う。

そう答えるとリーリンはそうなんだ、と頷いた。

「でも兄さんは怖くないの?もしかしたら死んじゃうかもしれないのに、他の孤児院の人達の為に、人よりずっと戦ってるし」

人よりずっと、か…確かに俺の出撃回数は正直、生き急いでると思われても仕方がない数になっている。

未来の事を考えれば実力なんてどれだけあっても足りないと思ったから、実戦経験を出来るだけ積むべきだと思ってやってきたといえばそうなんだが…

言われてみればどうしてそこまで必死だったのか自分でもよくわからなくなってくる。俺自身がどれだけ強くなったって、この世界には天剣や女王、レイフォンがいるんだから…

「兄さん?」

「ん?ああ…」

どうやら考え事に没頭していたらしく、リーリンの声で現実へ引き戻された。

「怖くないって言ったらウソになるけどな。でも、まぁ…もう慣れたよ」

「…そっか」

はは、と冗談めかして言うとリーリンもクスリと笑顔になった。

「…なぁ、リーリン。レイフォンが天剣になったら今までと全部同じって訳にはいかないと思うんだ。大変な仕事だって任せられるだろうし、10歳のレイフォンが天剣になった事を悪く言う人も出てくるかもしれない」

「兄さん…?」

これを言うべきか正直迷った。でも言うべきだろう、俺の知る未来へ少しでも近づけられるなら。

「だから、リーリンだけはどんな事があってもレイフォンの味方でいて欲しい、頼めるか?」

「うん、もちろん。レイフォンは大切な家族だもの」

そう答えてくれたリーリンの頭をクシャクシャと撫でる。

なるようにしかならない、だけどこの子が笑顔でいられる未来を願うくらいは俺にも許されるんじゃないかと、そう思いたかった。













「……うん?」

ツン、と鼻腔を刺激するような微かな異和感。

錆び付いた金具のような、付いた血が固まった刃物の様な匂い。そして、殺気。

日中の街中には余りにも場違いな空気を感じ取り、俺は足を止めた。

「どうしたの?」

「ごめんな、先に帰っていてくれないか。用事が有るのを忘れてたんだ」

「え、うん」

そう言うやいなや、俺は今来た道を後に戻りながらなるべく人の気配のしない方へと歩き始めた。

どうしてこんなタイミングで来るかは解らないが、リーリンを巻き込む訳にはいかない。

しばらく歩くと街の外れ、いつか『奴ら』と戦った時の公園へとたどり着いた。

「…さっきから人の周りをコソコソと、出てきたらどうだ」

すると背後からザリ、と地面を踏む音が聞こえてくる。

振り返るとそこにはいつか見たのと同じ獣の面を被ったローブ姿の男達が居た。

「ラウル=クーヴルール……漸く、見付けたぞ」

誰から発せられたとも解らぬ声が奴らから発せられる。やっぱり、狼面衆か。

というか、いつの間にか名前が知れてやがるじゃないか…!一体全体なんで俺みたいなモブがこいつらとエンカウントするハメになるんだよ。

…しかも、この前よりも数が多い、パッと見ただけで20人以上いる様に見える。

「我らと共に来てもらおうか」

「断る、というか、大人しく着いて行くなんて言うと思ったのか?」

腰の剣帯から鋼鉄錬金鋼を引き抜き復元し、戦闘の構えをとる。

狼面衆が俺を連れて行こうとしている?どうしてこうなった。

援軍は、期待できないか。周囲がオーロラ=フィールドで隔絶されているのが解る――何故俺に解るのかは知らないが――こうなってしまえば干渉できるのは一部適性を持った者かグレンダン王家の人間だけだ。

頼みの綱のクララもどうやら現れる気配はない、一人でやるしかないか…!

「狼面衆、参る」

「ったく、面倒な!」











正面にいる狼面衆を鋼鉄錬金鋼の刀で斬り裂く。そのまま反回転し、背後から来る長剣での斬撃を刀で受け流し、すかさず放った蹴りで相手を吹き飛ばす。

大剣での一撃を懐に飛び込む事で避け、剄で強化した拳撃を叩き込む。小剣を投合しようとしていた狼面衆を衝剄を打ち込んで黙らせる。

確かに一人一人は大した事はない。だが数が多い、多すぎる。

既に俺が倒した狼面衆の数は二十を越えているのに、奴らは初めに見たときから全く数を減らしていない。むしろ増えている様な気さえする。

分裂しているのか都市間の移動を可能とする縁システムを利用しているのかは解らないが、今見えている分を倒しただけでは終わらないのは確かなようだ。

此方の体力だって無尽蔵じゃない、終わりの見えない戦いにジリジリと焦燥感が沸いてくる。

そんな此方の焦りを見透かされたのか、散発的な攻撃しかしてこなかった狼面衆が俺を囲むように展開し一斉に投げ縄の様な物を投げる。

咄嗟に避けようとするが30近い変則的な動きをする縄を避けきれず、そのうちの一つが俺に巻き付き縛り上げられてしまう。

「――ッ舐めるな!この程度の捕縛術で…!?」

内力系活剄を上げるのと同時に衝剄を放つ事で縄ごと周囲の敵を吹き飛ばす。そう判断し、剄を練ろうとしたところで体からガクンと力が抜ける。

「その程度、確かにそうだろう。我らとて、それで貴様を捕えられるとは思っていない…僅かに貴様の動きを止められれば十分だ」

次第に意識までも朦朧としてきた。いつのまにか、俺の顔には仮面が覆いかぶさっていた。











これは、夢か?真っ暗やみの中に、まるで映画でも見ているかに様に映像のようなものが映し出されるのが見える。

『まさか、あの二人が死ぬとはな…』

『夫婦共に優れた武芸者だった…惜しい者達を失くした』

場所は、墓地らしい…まさか、これは『ラウル』の記憶か?

祈りを捧げる神父、埋葬される二つの棺、大勢の大人達。それがコマ送りのように現れては消えてゆく。

『それで、一人残された子供…ラウルはどうなるのですか?』

『おそらくは何処かの孤児院に預けられる事になろう。いくらあの二人の子と言え、剄息も満足に行えないような剄脈ではな』

『先代が亡くなられてからクーヴルールの家も勢いを失った。政治の駒にも使えぬ子供を自分達から引き取るなどと言いだす親族もおりはすまい』

『アルモニスの、王家の血を引く名家がこのような事で潰えるとは…』

『最期の置き土産が戦えぬ武芸者とはな、王家の血の威光に泥を塗りおって…!』

静粛な、死者の眠る場所には似つかわしくない侮蔑をこめた言葉の数々だった。

両親を一度に亡くした幼子に聞かせる言葉じゃない。幼いラウルがこれを聞いて何を感じ、何を思ったか俺には解らない。解る筈がない。

「だが、こんな事はこの世界ではそれこそありふれた出来事だよ」

いつの間にか映像は消え、俺の前には一面の闇が現れていた。そしてどこからか男の声が聞こえてくる。

「今この瞬間にも、誰かが死に、誰かが不幸になり、誰かが怨嗟の声をあげる。」

不快な声だ。快活で、皮肉げで、狂気に侵された、どうしようもなく不快な――その声を聞きたくない…!

「君の生き方には絶対的に主体性というものが欠けている。ただ生きていられればいい、過去を…自分自身さえ持たない君にはそれで十分だったのだろうがね。本当は嫌だったんじゃないのか?
その才と『知識』を、この狂った世界とそんな世界に染まりきった人間のために使うのが。戦いとは無縁でいられた筈の自身が、死と隣り合わせの狂った戦場に投げ出されるのが」

違う、そうじゃない!俺は生ていたかった、でもそんな理由でここまできたわけじゃない!

「その体は私が頂こう。君の『力』を使い偽りの月を破壊し、彼女によって創られた仮初の世界をゼロへと戻してみせよう」

世界をゼロに、つまり滅ぼすということか…?俺の体を使って?

そこまで考えたところで、俺の中に沸々と熱い物ががこみ上げてくる。これは、怒りだ。

滅ぼす?この世界を、レイフォンがリーリンが養父さんが、孤児院の皆がいるこの世界を…俺が?

―――巫山戯るな!!!!

そんな事は絶対にあってはならない。あっていいはずが、無い!

「…ほう、まだそこまで感情を奮わせるだけの意志が有ったか。だが所詮君は異邦人だ、何故そうもこの世界に拘る?」

純粋に俺を慕ってくれるレイフォンが、リーリンの笑顔が、養父の優げな眼差しが、俺の脳裏に浮かぶ。

決まっている、そんなの―――

「このどうしようもなくイカれた世界に生きる、どうしようもなく優しい人たちを失くしたくないからに決まってるだろうが!!!!」

その瞬間、感情が爆発し、闇は裂け、光が全てを支配した。













「ぅぉぉおおおおお!!」

「なに!?」

俺を縛り付けていた拘束を弾きとばす。そして自由になった腕を使い自らの顔面に拳を叩き込む、すると仮面は粉々になり消えていった。

「馬鹿な、イグナシスの支配から逃れられたと言うのか…!?」

さっきまで朦朧としていた意識も、今はどうしようもないほどにクリアだ。

抑えきれない怒りが俺を支配し、制御出来なくなった剄が周囲に光となってあふれ出す。

いつの間にか周囲は暗くなり、空には蒼く輝く月が浮んでいる。俺は月に向かって力の限り叫んだ。

「お前がこの世界を滅ぼそうと言うなら、俺を利用して、あいつ等を傷付けようと言うなら…!お前の野望もなにもかも俺が全て薙ぎ払ってやる、イグナシスッ!!!」

俺は今までずっと恐れていた。今にも崩れ落ちてしまいそうなこの世界を。自分が何かをすることで責任負う事を。誰かに恨まれるのをが怖かった。誰からも嫌われたくなかった。

世界の裏側に関われるだけの力がないことを理由に逃げていた。何を知っていようとも、本来それをやるべき誰かがやってくれると目を背けていた。

でも、力が無いのを理由に逃げるのはもう終わりだ。奴らが俺を狙う理由は解らない、ラウルが一体どんな存在なのかも相変わらず解らないままだ。

だが、もう逃げない。降りかかる火の粉は払ってみせる、このサイハーデンの刀技で――!

「ラウル=クーヴルール…!最も旧く、最も憎き怨敵よ。時を越え、ゼロ領域を越え、なおも我らの前に立ちふさがるというのか!?だが…!」

浮足立っていた狼面衆達が再び戦いの構えを取る。

「ならばこそ、ここで貴様を討つ!長き眠りから覚めたばかりの貴様では、我らを突破することは叶うまい!」

「訳の解らない事をゴチャゴチャと…!俺が何者かなんて関係ない。お前らを倒して、俺は皆が待っている家に帰るんだ!」

戦力は歴然で救援も無し。だが絶対に負けられない。鋼鉄錬金鋼を構え、活剄で身体能力を強化する。

旋剄で敵陣へ跳びこむために脚へと剄を集中させていく。お互いの緊張感が限界まで高まった瞬間に剄を爆発――

させようとしたその時、空間が、裂けた。

『見付けたぞ。強き意志を、強き魂を待つ者を!我が名はヴェラクルス。強き者よ、我を求めよ。さればその身は彼の者を討ち滅ぼす無二の剣となろう!』

「な、廃貴族だと!?」

突然に現れたのは白銀の輝きを放つ一角獣だった。いや、待ってくれ。

確かに逃げないって今決めたばかりだ、こいつらと…イグナシスと戦おうってのだって嘘じゃない。

だけど廃貴族は待て!いや、確かに強くはなれるだろうけどさ!?いくらなんでもリスクが高すぎるっての!

ここは天下の女王陛下のお膝元であるグレンダンで、廃貴族っていえばその女王陛下が捜している代物なわけで。

危険なフラグが一杯だから受け入れるのにも心の準備ってものが必要って何でお前はこっちに向かって来るんだよあああああ!!??

『名を聞こう、強き者よ』

「……ラウル=クーヴルールだ」

もう、いい。こいつの事がなくたってもう後には引けない状況だったんだ。

突然に降って降りてきた力に対する戸惑いはあるが、それでも今の俺ならばやれる、やってみせる。

『ならばクーヴルールよ、眼前の敵を討て。守るという意志があるのならば』

「言われるまでもない!」















戦いは直ぐに決着が着いた。ヴェラクルスが現れた事で勝ち目を失くしたと思ったのか、狼面衆達はあれ以上の数を繰り出してくる事はなかった。

夜の静寂に包まれた公園の真ん中で俺は、仰向けになって倒れて指一本動かすのさえ難しい状態になっている。

当然の事だ。ついさっきまで並み以下の剄量しか持たなかった奴が、瞬間的に天剣授受者並みの出力の剄を放ったのだから。剄脈が負荷でガタガタになっている。

早く帰らないと不味いんだけどな…リーリンと別れてからもう随分たってしまった。院の皆には相当な心配をかけてしまっている筈だ。

「ラウル!?大丈夫ですか、ラウル!」

そんな感じで途方に暮れていると酷く慌てた様子のクララが俺の方へと駆け寄って来た。

その姿には所々に小さな傷が見える、どうやらクララの方も奴らと戦っていたようだ。

「こっちの方で戦闘の気配を感じたので、急いで応援に駆け付けようと思って来たんですが途中で足止めを喰らってしまって…大丈夫ですか?」

大丈夫だ。と言おうとしが酷く眠い。

何か言わなくちゃ、と俺はグチャグチャな思考のままに口を開く。

「クララ、俺はもう逃げないよ。俺は俺の意志でこの世界を、この世界の人たちを――」

「ラウル…?――ラウル!?」

駄目だ、もう眠い。おやすみ。












あとがき

やらかした…

狼面衆と戦わせた時点で廃貴族を出すのは考えていたのだけど、いざやってみたら元から怪しい文章がなんとも継ぎ接ぎみたいな事に

1話をいっぺんにを作らないで何日にも分けて書いたり書かなかったりしてたのが原因の一つなんだと思うんだけれども…

うん、とにかく寝不足で文章作るのは拙いってのが今回でよく解りました(汗)



[18389] 8話
Name: 青星◆a9b17cc5 ID:530485e2
Date: 2010/11/28 18:15
一人の少女が月を見上げている。

この都市の中で最も高い建物の最も高い場所に腰かけ、高い場所を怖がるでもなく一心に月を見詰め続けていた。

腰まで届く黒い髪。黒曜石の瞳と白磁の様に白い肌。少女は、まるで夜を体現したかの様な神秘的な美しさを持っていた。

「何をしているんだい?」

気が付けば声をかけていた。

少女の姿に見惚れてしまったのもそうだが、なにより彼女がどこか寂しそうに見えたからだ。

「人を、待っているんです」

「人?」

「私を守るために、あの月になることを選んだ私の大切な人が帰って来るのを、ずっと」

話をしながらも、一度も月から目を離さない彼女を真似するように俺も空に目を向ける。

いつからだったか、この世界に満ちる汚染物質とそれを糧に生きる汚染獣が、悪意ある者によって人為的に存在させられていると気付いたのは。

そして、その悪意の持ち主が空に浮かぶあの蒼い月にいることを。

「…俺が、守るよ」

「え…?」

「君も、この都市も。…いつか、君の大切な人が帰って来るその時まで」

彼女が何者、いや"何であるか"は俺には解らない。だが人々の目を掻い潜るように暗躍を続けるあの仮面の集団が、この都市で何かを探しているのは知っていた。

そしてその何か、とはきっと彼女なのだろう。勘でしかないが、確信めいた思いが俺の中にあった。

そしてなにより、俺の中にある何か…月からの悪意に気付かせ、仮面の集団達の存在を認識させ、人々が脅える汚染獣と戦うだけの力を俺に与えているソレが、俺に彼女を守れと狂おしい程に荒れ狂っている。

しだいに制御しきれなくなってきた力が俺からあふれ出し、光となって周囲を照らし始めた。それを見た少女が微かに息を飲む。

「――貴方は、アインの…?」

「アイン?いや、俺の名前は―――」

ラウル=クーヴルール。


















ふと、目が覚めた。なにか、夢を見た気がするが漠然としていて思いだせない。

ぼやけていた視界が次第にはっきりとしてくる。すると天井が院の自分達の部屋でないことに気付いた。

「つぅ…っ!?」

起きあがろうとした瞬間、身体に走る痛みに思わず声が出てしまう。

初めての訓練の日を思い出す様な筋肉痛。それに加えて異様に身体が熱っぽい、剄脈を酷使した時に感じる倦怠感を更に酷くした感じだ。

「そうか、廃貴族…」

寝起きの頭がだんだんと覚醒してきて、色々と思いだしてきた。

たしかヴェラクルスとかいう廃貴族の力で狼面衆を蹴散らした後に、剄の放出に剄脈の方が耐えきれずにぶっ倒れたんだっけ。

クララと会った所で気を失ったのかのだったか。そこから先の記憶がまるで無い。

「…此処、どこなんだろうな」

『此処に、お前を連れてきた少女の私邸だ』

独り言のつもりで口にした疑問に返事が返ってきた事に思わずビクリとした。

そういえばいたんだっけ…正直、色々あり過ぎて忘れてたんだが。

「まだ、俺の所にいたのか?」

『当然だ。彼の者を打倒する為に、それに足る強者に付き従う事こそが我が使命であるのだから』

当然だとばかりにヴェラクルは俺に告げる。まぁ、一度気に入られればそう簡単に離れて行くような代物でもなかったんだよな…

それにしても、さっきからこいつの声は頭に直接響くように聞こえてくるので、どうにも違和感を感じずにはいられない。

「というか、どうして俺なんだ?この都市なら俺より強い人間なんていくらでもいるだろうに」

既に廃貴族を持つ女王はともかく、十二人の天剣授受者を筆頭にして俺より強い武芸者なんてのは沢山いる。

廃貴族が強い感情に引き寄せられるというのは知っていたが、それでもコイツが俺のところに来るというのはどうにもしっくりこない。

『ただ力があれば、意志があればよいというわけではない。強き心を持ち、彼の者を認識し、明確なる意志をもって彼の者に立ち向かう者こそが必要なのだ』

「明確なる意志?」

『イグナシスの名も知らぬ者に力を与えた処で、出来る事などたかが知れている。何故お前がイグナシス、そして我…朽ちた都市の意志の事を知るのかは解らぬ。

だがあの夜、意志の力をもってイグナシスの呪縛を振り払い、月に吠えるその姿を見た時、お前こそが我ら電子精霊の待ち続けた者だと確信したのだ』

「ちょっとまて、廃貴族の目的ってのは汚染獣への復讐じゃなかったのか?」

ヴェラクルスの説明を黙って聞いていたが、思わず口を挟んだ。

俺の記憶が確かなら、廃貴族というのは自身の宿る都市を失った電子精霊が汚染獣への憎しみによって変質した存在だ。

故にその行動に合理性というものは存在せず、見つけだした宿主を支配してでも汚染獣との戦いを望むものだった筈だ。

だというのに、ヴェラクルスは俺を自分の支配下に置こうともせずに俺自身がイグナシスと戦おうとすることが重要だと言う。

『普通の電子精霊が己の宿る都市を失った怒りによって、その身を堕としたのならばそうだ。だが我は違う、確かな目的をもって廃貴族となったのだ』

「目的?」

『嘗てイグナシスの存在に気付いた者達が居た。彼らはイグナシスを倒す為の力を用意すべく、自身達と同じ素質を持つ者を探し始めた。

いつしか人が集まり、彼らの生きる都市が一つの≪都市レギオス≫としての機能を持つに至った。そして何時しかその都市に付けられた名前が、ヴェラクルスだ』












あれから結局ヴェラクルスは語るだけ語って黙り込んでしまったので、ぼんやりと天井を見ながらこれからの事を考えていた。

イグナシスと戦う――それ自体は武芸者として、なによりこのグレンダンに生きる者として少なからず関わる事だったのだろう。

だが世界の真実を知り、廃貴族という力を持つ今の俺がやるべき事は末端の兵士として戦いに参加する事などではないだろう。

「とは言っても、だからどうするって話だよなぁ…」

廃貴族を持つことで以前とは比べ物にならない量の剄を扱えるようになったとはいえ、それだけで向こう側の主戦力であるナノセルロイドに対抗できるようになったのかといえば間違いなく無理だろう。

今までの剣術主体の訓練に加えて剄を扱う為の訓練を徹底的にやれば何処まで行けるかは解らないが、相応の実力にはなると思う。

しかし問題は、どれだけ強くなったところでゼロ領域に干渉できない俺では自分から攻めることはできず、向こう側が此方に来るのを待つしかないということだ。

現時点でやれる事といえば狼面衆の活動の邪魔をするぐらいなんだが、まさかどこぞの狼男の様に奴らの行く所を虱潰しに当たっていく訳にもいかないだろう。確かアレは目的の半分は憂さ晴らしだったと思うしなぁ。

やっぱり、行くしかないのか?ツェルニへ……

そんなふうにしていると、部屋の扉のがガチャリと音を立て開いた。言う事を聞かない身体を無理矢理起こしてみると、そこにはクララがいた。

「ラウル、よかった!目が覚めたのですね」

「クララ――ってうおお!?」

俺の姿を確認するや否や俺のいるベッドに駆け寄ってくたクララだが、なんとそのまま俺の胸めがけて飛び付いてきた。

咄嗟の事に思わずそのまま受け止めてしまい、お互い抱き合うような形になる。

「心配しました、私が貴方を此処に運んでから三日も眠り続けていたから」

「すまない、本当に助かった…って三日!?」

クララに感謝を伝えようとしたところで驚愕の事実に気付く。あれから三日、それはつまり俺がリーリンの前から失踪してから三日もの時間がたったということだ。

「マズイぞ、直ぐに家に連絡しないと……!」

いつぞやは夜に出歩いただけで大騒ぎされたんだ、となれば今度はどうなっているか想像もしたくない。

「それなら大丈夫ですよ。貴方がサイハーデンの門下である事は私が知っていましたから、貴方のお父様へは家の者が伝えに行きました」

「そうか、良かった…」

危惧した事態が回避されていたらしくほっ…と息をつく。

そこでふと気付く、突然の事態に頭の隅に追いやられていたが今の俺とクララは抱き合ったままになっていた。

それに…うん、近いな、顔が。

「あの、ところでクララ?いつまでこの格好のままで――」

「ラウルは私とこうしてるのはイヤですか…?」

上目遣いでそんな事を聞いてくるクララに、嫌だなどと言えるわけもなく。

「そんなことないさ」

「ふふ、よかった」

いや、悪い気はしないんだがね。両腕にある女の子らしい柔らかさを感じる事に後ろめたさを覚えるのは何故だ。

どうしようないとばかりに苦笑しか出ない俺に対して、クララの方は喜色満面といったふうに俺に腕を回し身体を擦り寄らせてくる。

好意をストレートに表現する人物ではあったけど…この異様な好感度の高さはなんなんだろうね、うん。内心テンパる俺。







「ほう、デルクのところの小僧の様子を見にきたが、仲が宜しくて結構な事じゃの」

俺とクララしかいないと思っていた室内に、予想だにしなかった第三者の声が聞こえ思わず顔を上げる。

そこには面白い物を見つけたとでもいうように笑みを浮かべた、白い顎鬚を蓄えた老人がたっていた。

一体何時から。いやそんなことより、いくら身体が絶不調とはいえ部屋に入って来たことにさえ気付かなかったなんて――!?

「もうお帰りになられていたのですか、お爺様」

「孫の客人が今日にでも目を覚ましそうだと聞いていたのでな」

その様子ではお邪魔だったようだがな、と悪戯っぽい笑みを浮かべる老人。クララのことを孫と呼ぶってことはこの人は―――

「ノイエラン卿……!?」

「いかにも、そういうお前は最近天剣になった小僧の兄弟だったか」

ティグリス=ノイエラン=ロンスマイア……ノイエラン卿は俺を見るとニヤリ、と不敵な笑みを作る。どうやら俺が接近に気付けなかった事に驚いたのを見透かされたらしい。

それに対してクララの方は何時もの事なのか俺に抱きついたまま溜息交じりでティグリスの方に顔を向ける。

「お邪魔だと解っていたのならそのまま放って置いてくだされば良かったではないですか」

「そうしてやりたかったのはやまやまじゃが、そこの小僧に用があったのでな」

そういって俺を見るティグリスの視線に思わず身体を固くする、考えてみれば当然か。

数十人もの狼面衆との立ち回り、イグナシスからの接触、更には廃貴族。デルボネというこの世界で最高の念威操者のいるこの都市でこれだけやっておいてバレないはずもない。

しかし、なんでよりによって天剣授受者が出てくるんだ?問答無用で捕まえてヴェラクルスを引き剥がそうとするにしても、わざわざこの人が出てくる必要は無い筈だ。

「ふむ、どうやらその様子では儂が何の用でお前に会いに来たかは理解しているようだな」

「……はい」

僅かに鋭くなった視線に、誤魔化そうなどとは考えることもできず、俺は答えた。

「クラリーベル。外に出ていろ、これからこの小僧と話す事の内容はお前が聞いてよいものではない」

「お断りします」

有無を言わさぬとばかりに言うティグリスに対してクララはその視線を真っ向から受け止めた。

「ラウルは私の客人です。それにあの夜、私が不甲斐ないばかりにラウル一人にここまでの負担をかけてしまいました。私とて王家の一人です、あの仮面の集団の目的がなんであるかくらい知る権利はある筈です」

俺へと回した腕に力を込め、キッとティグリスを睨みつけるクララ。

「ならん。少なくとも今のお前ではな」

しかし、ティグリスをそんなものをものともせずクララに対して無情にそう告げた。

なおもティグリスに反論しようとしたクララだが、何かを言う前に俺がそれを止めた。

「ありがとう、クララ。でも…ごめん」

俺の心配をしてくれるクララを突き放す様な真似をするのは正直気が引けた。だがまだ幼い彼女に世界の真実を聞かせて余計な重荷を背負わせたくはなかった。

なにより、知れば『引きずり込まれる』かもしれない。それだけは絶対にあってはならない事だと思った。

俺がそういうとクララは悔しげに「わかりました」と一言告げ、俺から手を離し、俯きながら部屋をあとにした。

「やれやれ、孫の成長に喜ぶべきか、もう男ができたと嘆くべきか…さて小僧、単刀直入に聞こう。何処まで知っている」

ようやく本題だというように問いかけてくるティグリスに俺は言葉を詰まらせた。知っている、とはいっても一体どこまでを話すべきなのか。当然全てを話す訳にはいかない。

これから俺が自分の意志でイグナシスに関わろうとすればすれば少なからずグレンダン王家の思惑に影響を与える結果になるだろう。

それをこれから起こる未来を知っている等と言えば最悪の場合、危険要素とみなされこれから起きる物事に関してかかわる事が出来ない様にされるかもしれない。

あるいはヴェラクルスを俺から引き離そうとする可能性もある。これから俺がなにかを成すためにヴェラクルスの力は絶対に必要だ、ここで取り上げられる訳にはいかない。

「俺を襲った集団が狼面衆という名前であること、彼らがイグナシスという存在に従っていること、俺に憑いているのが廃貴族と言われているものだということ…そんなところです」

「ふむ…」

とりあえず当たり障りのないところをティグリスへと話すことにした。

この程度ならば狼面衆に、もしくは廃貴族から聞かされたと言っても誤魔化せる範囲だ。

「そこまで知っているのならば儂からお前に教える事はほとんどない。だが一つ言うことがあるのならば、お前が手にしたその力は容易く振るってよい物ではないということだ」

「…どういうことですか?」

「廃貴族とは、その力故にグレンダン王家が捜し続けていた物だ。それを王家以外の人間が持つなどとなれば、喧しい連中が騒ぎ出しかねんのだ」

ティグリスがいう喧しい連中、というのは恐らくリヴァネスのような三王家の亜流に位置する武門やらなにやらのことだろう。

実力こそが全てであるこの都市で、半人前の武芸者ですら絶大な剄を扱う事の廃貴族は確かに喉から手が出るほど欲しい物だ。

「俺から廃貴族を取り上げようとはしないんですか?」

だからこそ俺の身の回りで何が起ようとしているのかを教えてくれているティグリスに疑問を抱かずにいられなかった。

「うむ、全ての天剣が揃った今、どうしても必要なものとはいえなくなったというのもあるが」

更に言えば…とティグリスは僅かに笑い

「廃貴族に選ばれたのがクーヴルールの一族の最期の一人だということに、なにかしらの因果を感じずにはいられんのだよ。儂も、陛下もな」

「え?」

ティグリスのその言葉は俺にとって意外なものだった。

クーヴルール家が王家の亜流だということは"ラウル"の記憶を見る事で少しだけ知る事はできたが、アルモニスに近い家だったことしか解っていなかった。

「ノイエラン卿は、俺の両親の事を知っているんですか?」

「…なるほど、デルクの所に預けられるまでの記憶を失くしているという話は本当だったか。すると少しばかり話し過ぎたか」

ティグリスは僅かに顔をしかめると、まぁよいと呟いた。

「クーヴルールは先々代のアルモニス家当主の弟が起こした家系でな。お前の祖父は陛下の叔父に当たる人物だ」

「…は?って、ぇぇえええ!?」

「もっとも、お前の祖父が勘当同然で家を出たために政治的な権力は殆ど持ち合わせてはいなかったがな」

淡々と語られるティグリスの言葉は正直俺にとってとんでもない話ばかりだった。

女王陛下の叔父?確かにそれなら今まで不思議に思ってた"向こう側"への異常な感覚の鋭さへの疑問も解けるのだけれど。

なんでそんな家の子供が孤児院なんかに預けられるのかって聞くのは野暮なんだろうなぁ…頚が使えない身体だったのもそうだけど、グレンダン王家の方も相当ゴタゴタしてそうだし。

「ってことは、俺が廃貴族を持ってると騒ぎだす人達っていうのは…?」

「お前の両親が死んだ時にお前を外へと放りだした連中のことだ。奴らがその事実を知れば、お前が恨みを抱いて自分達に復讐を考えるのではないかと思うことは間違いあるまい」

出来る出来ないは別にしてもな、とティグリスは付けくわえた。

うわぁ、聞きたくなかった…早々に見せびらかせる能力ではないとは思ってたけど、バレたらここまでマズいものだとは思ってなかった。

思いっきり顔を引き攣らせた俺を見てティグリスは面白そうに笑った。

「はっは、お前がそんなことに力を使わない程度に分別のあるというのは解っている。まぁ、精々大人しくしていることだな」

「そうですね…」

どうやら、俺が思ってた以上にラウルは面倒事の近くにいたらしい。まったく、これから先どうなることやら…









クラリーベルが連れてきた客人。ラウル=クーヴルールとの面会を終えて、ティグリスは王宮へ戻るための道を歩いていた。

するとティグリスの顔のすぐ横に仄かな光を放つ蝶が舞い降りてきた。

(話したのですか、あの子に)

「ああ」

蝶型の念威端子から発せられる声の主はデルボネ・キュアンティス・ミューラ。グレンダンが誇る最高の念威操者である。

(全てを失う代償に運命の輪から逃れた子が、再びその運命に絡めとられるなどと、残酷な事です)

「だとしても廃貴族はあれを選び、あれもまた自らの意思を持って彼の存在への敵対を決めた」

(それでは、やはりラウルが。あの子が"来るべき者"だと?)

「それは解らんよ」

グレンダンに伝わる世界の創世と終末に関わる伝説。

錬金術師達とイグナシス。サヤとアイレイン。そして現れる世界で最初の武芸者。

「奴が何をもって自分の孫にラウル=クーヴルールの名を与えたかを知る術はもうない、しかし終末はすぐ其処まできている。儂らに選べる選択肢はもう殆ど残ってはおるまい」

(運命。そうですね、そうとしか言えないのでしょうね…)

「そうだ、"右目"がヘルダーの娘に宿った事も、"ラウル=クーヴルール"がヘルダーの娘の下で力を得るに至った事も、そこに天剣を得るに足る才を持つ者がいた事も、全てが予兆であった」

(見守るしかないのですね。子供達が運命に立ち向かい、歩き始めるその時まで)

















リアルの方で時間が取れずに、更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

正直国試舐めてましたよ、えぇ…

でも書こうという気持ちはあるので、またお付き合い頂けたら有り難いと思っています。

しかし、このSS書き始めた時はレイフォンの兄貴キャラがツェルニでフェリ先輩とイチャイチャする話が書きたかったのに、どうしてグレンダンでクララのフラグを立てて王家やら伝説やらの話をしてるのか。

しばらくグレンダン編が続くと思いますが宜しくお願いします。




[18389] 9話
Name: 青星◆a9b17cc5 ID:d33099d9
Date: 2011/01/24 02:10
「はい兄さん、あーん」

「うん、いやリーリン。自分で食べれる――」

「駄目」

有無を言わさぬと差し出された匙を仕方なく受け入れる。あれからロンスマイア邸から院へと戻って来た俺だが、戻った後が大変だった。
クララの言った通り確かに俺が倒れて保護されたという事は養父の方へと伝わっていたのだが、何故そうなったのかという事を養父が聞いた際に
連絡をしたロンスマイアの人が『答えられない』の一点張りで通したらしい。

「すっごく心配したんだから、ね」

「そ、それは悪かったと思ってるけどな…」

ティグリスと面識のあるデルクはともかく、最後に俺を見送ったリーリンは心配のあまりに食事も喉を通らなかったらしい。
帰って来た俺を見るなりポロポロ泣きだしてしまったリーリンを見た時は初めて狼面衆と会った時ぐらい焦った気がする。

「そう思ってるならほら、あーんして」

「解った解った…あむ」

うん、旨い。ただの粥と思うなかれ、リーリンは良いお嫁さんになるなぁ。世話焼き過ぎる気がしないでもないが。
狼面衆達との戦いの後に俺が倒れた原因は分不相応の剄量の使用による剄脈疲労だったのだが、どうやらそれと同時に剄脈の拡張が起きていたらしい。
あれだけ色々あった後に起こる身体の変調に、正直イヤな予感がしないでもないが家族に倒れた原因を言い訳するのに一役かってくれたと前向きに考えて見る。
どのくらい剄が増えるか解らないが、今はとにかく強くなることが先決でもある。

「はい、あーん」

「う、うむぅ」

それにしても、これは恥ずかしい。外見はともかく中身は割といい歳だけに。
リーリンが原作ぐらいの年齢だったらまた別の意味で嬉し恥ずかしなイベントだったのかもしれないが、今だと微笑ましさしかない。

「普段から兄さんは無理し過ぎなんだから。もっと自分を大事にしなきゃダメだよ」

「解ってるよ。丁度、戦闘に出る回数も減らそうと思ってたとこだしな」

「ええっ!?」

「…なんでそんなに驚くんだ?」

「だ、だって」

持っていた匙を床に落としてしまう程に驚くリーリン。
そこまで驚かれるとは心外だ。俺だって流石に年がら年中戦ってる訳じゃない。今までだってある程度は期間を開けて休んで――

ないな、うん。年がら年中戦ってるよ。そりゃリーリンも驚く。

「今まで汚染獣がきたら誰よりも先に!ってぐらいの勢いで飛び出してた兄さんがそんなこと言うなんて思わなかったから」

「ああ。まぁ、それもそうなんだけどな…」

言われてみれば初めの頃は確かに汚染獣戦にはそんな感じで行ってた様な気もしないでもない。
早く行ったからって報酬額が変わる訳じゃないんだけど、家計難に加えて元々が貧乏性な俺は『早く行った方が汚染獣を多く倒せる気がする』
という訳が解らない理由で院を飛び出していったりしていた。
傍からみたら戦いたくて仕方がない人間みたいだな、コレ……

「レイフォンが天剣になって院の方も余裕ができるだろうし、暫くは訓練の方に集中したいからな」

「そっか…」

そう言うとリーリンは少し嬉しげに微笑んだ。
思ってた以上にリーリンにも心配を掛けていたようだし今後は少しは自重しないとなぁ。
もっとも狼面衆やレイフォンの闇試合の件といい、問題は山積みなんだが。
まったく、前途多難だな。はぁ…

















ようやく体調の方も落ち着き、なんとか剄の使用のお許しが出るくらいには回復した。
なので今の俺の状態を確認するべく道場へとやって来た。

「さて、と。レストレーション」

復元健語に反応し、錬金鋼が復元状態へと変わる。
刀の形状へと変化したそれを一閃、二閃とさせ、久々の感触を手に馴染ませていく。
寝たきりの状態が長かったので大分鈍ってはいるが思っていた程でも無い、これなら勘もすぐにもどるだろうと一安心する。
次は、剄の方か。

「よっ、と」

身体強化を行う活剄の濃度を徐々に高めていく。
剄脈の拡張による頚量の増加が、どの程度のものかは解らないけれど、以前のそれでほぼゼロの状態から並より少し下程度には増えたので
今回もそれなりに増えてるのではないかと期待しながら確認をしていく。
活剄の濃度が前までの通常で使用していた位になったところで活剄をあげる速度を緩やかにしていく。
急に剄を流し過ぎて息切れするのも嫌なので、まだ余裕はあるが少しずつ慎重に剄を練り上げて行く。
活剄へと流す剄の量を徐々に増やす、増やす、増やす――――

「って、どこまでいくんだコレ!?」

前だったら数分も持たずに息切するぐらいの量の剄を流しているが、これといって不具合があるといった様子はない。
流石に天剣レベルとまではいかないだろうけど、一線級の武芸者クラスぐらいはあるんじゃないか?
刀という線と点での攻撃を前提とした得物を使う以上、剄が増えたからといって劇的に技の威力が増したりする訳ではないが
今まで難のあった持久力が改善されるのは相当有難い。
とりあえず剄はこんなものか…剄技の方は後にしておいて、前との一番の変化を試してみるか。

「起きろ、ヴェラクルス」

自身の中に居る廃貴族に対して呼びかける。
それを待っていたかのようにヴェラクルスは呼びかけに応え、俺の剄脈へと剄を送り込んでくる。

「―――ッ!」

二度目とはいえ、急激に増した剄脈への負担に一瞬立ち眩みにも似た物を感じる。
流石にこれを使いこなせるようになるには時間が必要か。
試していないから確実とは言えないが、今の俺ではヴェラクルスの力を使って全力での戦闘を行えば十数分で剄脈疲労で行動不能ってところだろう。
だが、全身に漲る膨大な剄は、それだけで自分が無敵の存在にでもなったかのような錯覚すら与えてくれる。
…というか、このレベルの剄を普通に使っている天剣がどれだけぶっ飛んでるのかって話だよな。
全身を支配していた剄を落ち着かせ、ヴェラクルスに剄の供給を止めるよう促す。
降って湧いた力に浮かれている場合じゃない。この力を完全にものにして、ようやく本格的にこの世界の本質に近づけるかどうかなんだ。
やらずにする後悔はもういらない。今はただ、やれるだけの事をやろう。

『それでこそだ。我らの求めし英雄よ』

ヴェラクルスが俺のなかで小さく囁く。
その声が、不思議なくらい心強く響いた。

















グレンダンの王宮の中にある空中庭園。武芸者が訓練を行うに十分な広さを持つそこで、一人の少年が剣を振る。
そして、それを王宮から眺める青年が一人。後ろで一つに纏めた長い銀髪に、美形といって差し支えない整った顔立ち。
サヴァリス=クォルラフィン=ルッケンスはその日、普段あまり立ち寄らない庭園へと足を運んでいた。
目的はつい最近、自分の記録を塗り変え、歴代最年少で天剣授受者になったレイフォンを見る為である。
歴代最年少という記録に特に意味を感じていた訳ではないが、自身が打ち立てたそれを越えた者が現れたとなるとやはり興味があった。
加えてレイフォンには、近いうちに天剣授受者でも最強の使い手であるリンテンスが、直々に鋼糸の技を教えるという話もある。
曲者揃いの天剣の中で、特に偏屈で知られる彼が自分の技術を教える程の人物とはどれ程の者なのだろうか。
戦う事にのみ生き甲斐を感じるサヴァリスは居ても経ってもいられず、王宮で真新しい設定をしたばかりの天剣を振るう彼の元へと訪れた。

「やあ、精が出るね」

「…サヴァリス、様?」

サヴァリスが声を掛けると、レイフォンは行っていた自主訓練を中断しサヴァリスの方へと振り向いた。

「"様"だなんて付けなくていいよ。もう君も僕と同じ天剣授受者なんだから、ね」

「あ、はい。じゃあサヴァリスさん」

「うん」

一見、誰もが好意をもってしまいそうな柔らかな物腰のサヴァリスだが。対するレイフォンには幾分か警戒の色があった。
ほんの一瞬だが、サヴァリスが自分に対して品定めでもするような目を向けた事もあるが。目の前にいる人間が、自分や兄とは完全に別の
方向性の理由で戦う武芸者であることを本能的に理解したためでもあったかもしれない。
しかし、当のサヴァリスの方はそんなレイフォンの様子を気にもせず、相変わらずのにこやかな表情でレイフォンへと話しかける。

「少し見せて貰っただけでも、やっぱり大した物だね、君の剣は」

「いえ、そんなこと…」

「謙遜することないさ。さすが天剣に選ばれるだけの事はあるよ」

謙遜するレイフォンに、サヴァリスは笑みを浮かべる。
確かに天剣に選ばれるだけの実力はある、頚量に至っては自分達天剣の中でもトップクラスの物を持っているだろう。

(…でも、やっぱり若すぎるかな)

レイフォンが、おそらく5年――或いはもう少し掛かるかも知れないが――も天剣授受者として修行を積めば、自分達と同等の武芸者に成長することは容易に想像がつく。
しかし、現時点ではまだまだ未成熟。というのがサヴァリスの感想であった。
あわよくば手合わせを申し込もうかとも思っていたが、今のレイフォンを相手にしても自分は満足しないだろうと考えを改める。
ま、数年後に期待かな。そう思い、サヴァリスは適当な所でレイフォンとの会話を打ち切ろうとした。が―――

「僕の剣なんて全然大した事ないですよ。…兄さんにだって、まだまだ全然追いつけないし」

レイフォンから、何気なく呟かれた一言であった。
だがその一言は、サヴァリスの熱を失いかけていた好奇心に、再び火を点けるには十分な威力を持っていた。

「―――お兄さんが、いるのかい?」

努めて平静を装った積りであったが正直、声が震えていなかったのか自信がない。
しかしレイフォンは気付かなかったらしく、サヴァリスの問いに少し誇らしげに答えた。

「はい。血は繋がっていないんですけど、孤児院でずっと一緒に暮らしてきた兄弟で――」

「うんうん、それで?」

どうやら余程その兄という人物に懐いているらしく、サヴァリスが聞かずとも次々とその人物の情報がレイフォンの口から飛び出してくる。
物心ついた頃には既に戦場に居た事。剄こそ自分が多いが剣を扱う事に関しては自分より優れている事。
全部が全部を鵜呑みにする訳ではなかったが、それでもサヴァリスにとっては見逃せない、興味深い事実が一点だけ存在した。

(天剣授受者を越える剣技、か)

流石にサヴァリスも、その人物が天剣に選ばれたレイフォン以上の実力者だとは考えてはいない。
だが、ここはグレンダンだ。剄量が足りなくとも、技術のみでいえば天剣以上。そういう武芸者が居る可能性も否定はできない。
どうせ、女王陛下からの命令があるまでは暇な身だ。その噂の彼を見るのも面白いかもしれない、そうサヴァリスは思った。

「ところで、そのお兄さんの名前は?」

「え?はい、ラウルです。ラウル=クーヴルール」

ラウル=クーヴルール。それが彼の名前らしい。
サヴァリスは誰に気付かれるともなくそっと笑みを深くした。
















あとがき

今回の話でようやくラウルというキャラの土台が完成。…だと思いたいw

次回からはもっと原作キャラとの絡みを書けたらなぁ、と思っております。



[18389] オリ設定解説
Name: 青星◆996184ac ID:b23c9b08
Date: 2011/01/31 06:48
!注意!

これは本編の執筆が進まない作者が、感想板にて頂いたパラメーターを記載してほしいという意見を元に
本編を作る上で溜めておいたオリジナルの設定の一部を無理矢理公開しようという悪あがき的な代物です。
なので本編中で使いきれていない設定、今後の展開の若干のネタバレ、原作無視などの要素を含みます。
その手の物が駄目な方は注意して下さい。




















































ラウル=クーヴルール(9話現在)

デルク=サイハーデンの孤児院で暮らす少年。中身は現代の二十代の男(独身)。
アルモニス戴冠家に近しい由緒ある血筋の生まれだったが、両親が戦死した後、クーヴルール家は廃嫡され最後の一人であるラウルは孤児院へ流れ着く。
現女王でもあるアルシェイラとも近い関係にありながら引き取り手が現れなかったのは、剄脈を持ちながら剄を扱えないという前例のない体質のせいだと
ラウル本人を含め関係者の多くが思っているが、クーヴルール家の一代目であったラウルの祖父が色々とんでもない人物だったために
それを良く思わなかった他の王家亜流が、王位継承者の地位から遠ざけたというのが真実。

孤児院に預けられてしばらくした後、剄脈の拡張という形で剄が使えるようになる…が、当時の剄量は正直かなりしょっぱいレベル。
だが剣に関しては天剣クラスの才能があり、学んだ流派サイハーデン流だったこともあって修行開始から数年で末端とはいえ
グレンダンの武芸者の一人に数えられるまでに成長する。

オーロラ・フィールドへの感覚が異常に鋭く、実はこれに限って言えば世界最高レベルだったりする。
しかしそのおかげでクララと狼面衆の戦いに偶然乱入してしまい、その時にできた"縁"によって狼面衆達から直接狙われる事になる。
自分の身体を乗っ取ることでアイレインの封印を破り、世界の破滅をさせようとするイグナシスへの敵対を決める。
狼面衆から"最も旧く、最も憎き怨敵"と呼ばれることからイグナシスを初めとする世界の創世に関わる人物達となんらかの関係があるとされるが、詳細は不明。

というかこのオリ主、原作知識があるのに自身の不幸に関わる出来事が全部原作と関係のない所で起こる上にどれもこれもが致死レベルという最悪の転生を果たしている。
更に狼面衆、イグナシス、サヴァリスと関わりたくないと思えば思う相手ほど濃いフラグが立つという謎の体質を持っていることが最近判明した。ラウルの明日はどっちだ。



凄く大雑把なパラメーター

刀技=S
剄技=B
剄量=D(初期)→B(剄脈拡張)→S-(廃貴族、制限時間有り)
幸運=E

基準
S=天剣授受者、廃貴族持ち(ディック、ジルドレイド)
A=準天剣(ハイア、エルトラッド)クララ、第3部ニーナ
B=グレンダン武芸者、サリンバン教導傭兵団
C=ツェルニ小隊員(ゴルネオ、シャーニッド、ニーナ)
D=学生武芸者レベル

かなり適当なので、あくまでイメージとして、と考えてください(汗







???

ラウルの夢の中に現れた青年。
世界に汚染獣が現れてまだ間もない頃、サヤがまだ眠りにつく前に生きていた人間であり、サヤとの面識がある。
ラウル=クーヴルールの名を名乗り、武芸者の資質を持っている。






ヴェラクルス

白銀の一角獣の姿をした廃貴族。
シュナイバルの系譜としてはかなり古い部類に入る電子精霊であり、世界の裏側に関しては結構な知識がある。
『ヴェラクルス』という都市はオーロラ・フィールドを知覚できる人間がイグナシスを倒すために集まって出来た都市であり、その電子精霊もまたイグナシスを打倒することを使命ととしていた。
都市を失い、廃貴族となった後もひたすらにイグナシスを倒す事を望み、自身を託すに足る人物が現れるのを待ち続けてた。
廃貴族としては異例な宿主に対して従順な性格…ではあるのだが、実は都市を失ってから現在ラウルに憑いている現在に至るまで一度もシュナイバルの元へと戻いないので今の状況は完全にヴェラクルスの独断。
そのためシュナイバルからは『戦いを望む異端の子』と半ば危険視され、ヴェラクルス自身もそれを自覚している。
そして当然それを知らないラウル。ああ、こんなところにもフラグが!ラウルの明日はどtt(ry






セヴラン=クーヴルール

ラウルの祖父であり、クーヴルール家の一代目当主。
先々代アルモニウス家当主の弟であり、正統な王家の血筋の生まれである。
天剣授受者になれるほどの実力の持ち主であり、当時空席のあった天剣の座に就くよう請われるが、とある理由によってそれを固辞。
それが原因となって本家との関係が拗れに拗れた結果勘当される。
その後、王家の血と天剣級の実力を盾に強引にクーヴルール家を興すに至るが、それが他の王家亜流の不興を買ったことは言うまでもない。
クーヴルールとはグレンダン王家に伝わる伝説の一節に残る英雄の名前であり、セヴランはそれにあやかってこの名前を名乗ったとされる。
天剣を固辞した理由を聞いた関係者に対してセヴランは「神のお告げがあった」「夢枕に黒猫が立った」等と意味不明な事を口走り、周囲を困惑させたという。
ラウルの不幸の原因は、半分ぐらいコイツのせい。ラウルのあs(ry





朝起きたら世界の出来事

原作1巻16年前 ラウル=クーヴルール誕生。

14年前 ラウル、セヴランと共にアルシェイラと会う。その後セヴラン死去。

12年前 ラウルの両親が戦死。ラウルがデルクの孤児院へ引き取られる。

11年前 ラウルの意志が消滅。現実世界より"ラウル"が現れる。

7年前 ラウル、周囲の反対を押し切って初陣。

5年前 激動の年。クリーベルと出会う。狼面衆に見つかる。イグナシスに狙われる。廃貴族に憑かれる。サヴァリスに狙われる。←いまココ



[18389] 10話
Name: 青星◆996184ac ID:70f6108c
Date: 2011/02/06 05:43
ついこの間まで俺とレイフォンと養父の3人しか使用していなかったサイハーデンの道場。
しかし今は10人以上の武芸者達の掛け声や素振りの音などで前に比べて随分と賑やかになっている。
急に人が増えた理由としてはもちろん最近、天剣授受者になったレイフォンの学んだ流派がサイハーデンだということ事実が都市中に広まったためである。

「ここを、こう。で、こんな感じで…」

「なるほど…」

自分よりも一回りも年上の武芸者に、剣の基本の型見せる。すると感心したように相槌を打ち、俺の型を真似する。
レイフォンが天剣になってすぐ後にはそれこそ今居る10人どころか、100人でも済まないような数の武芸者達がこのサイハーデンの道場に押し掛けてきていた。
しかし、というかやはりというか、サイハーデンの"とにかく戦場で生き残る"という独特のスタンスは一般的な武芸者には受け入れがたいものであったようで
入門希望者の殆どが、初めの段階からして辞めていってしまった。
それでも、まだその時点ではまだ結構な数が残っていたんだが……我が養父が門下生達に対して俺にしたのと同じ訓練メニューをかましたのだ。
よりによって、刀を初めて握った俺を数年で一人前にしたあの地獄のメニューを、である。気が付いた俺が慌てて止めに入ったが、時既に遅く
かなりの門下生が逃げて行った後だった。養父さんマジ自重。いや、真面目な人ではあるんだがな……時々それが凄まじい程に裏目にでるだけで。
でもまぁ、変わり者というのはどこにでもいるらしく、武芸者の誇り云々に寛容で、それなり以上に強くなりたいと思っている人たちが残ってくれて今に至る訳である。

「そう、いい感じですよ。その調子」

「はは、どうも。ありがとう、若先生」

「若先生はよして下さいよ」

前はどこかの小さな流派で学んでいたという武芸者は、照れたように笑った。
師範であるデルクが休憩や用事で居ない時の手伝い程度ではあるのだが、俺もサイハーデンの技を門下生達へ指導する立場になっていたりする。
正直、まだ人に教えるには未熟が過ぎると自分では思っていたのだが、道場に顔を出している内に門下生の人たちから色々と聞かれるようになり、なし崩し的に今の状況におさまってしまった。

「若先生、こっちもお願いしますよ!」

「はいはい、今行きますよ!」

というか若先生だけは本気で勘弁してほしい、どこぞの戦闘狂な天剣授受者と同じ呼ばれ方なんぞ、恐れ多いを通り越して寒気すらする。
何度も止めてくれとは言ってるんだが愛称として定着してしまったらしく、今では門下生全員から呼ばれる始末である。
そんなこんなで門下生たちとワイワイやっているといつの間にか時間が経っていたようで、道場の入り口から、食事の用意をしていたリーリンがひょっこりと顔をだした。

「兄さん、お昼ご飯できたよ」

「ああ、今行くよ」

「ちゃんと皆さんの分もあるから。…あ、待って」

とてとて、と俺の元へと駆け寄ると背伸びをしながら俺の襟元に手をやる。
どうやら自分では気が付かなかったが道着の襟が曲がっていたらしいく、それを直しそうとしてくれたようだ。
俺とリーリンでは結構身長差があるので、俺へともたれかかるような体制になりながらも、何とか襟を正す事ができたようだ。

「うん、これでよし。って、きゃっ!」

いつの間にか顔が近づいていたリーリンとバッチリと目が合うと、リーリンは驚いたように俺から離れた。
なんだか顔が赤かったような気もするが、気のせいだろう。

「そ、それじゃ兄さん、早く来てね」

「うん、ありがとな、リーリン」

そう言うと、にっこりと笑って戻っていくリーリン。その後ろ姿をなんとなく見詰めてしまう。
元々可愛いリーリンだが、最近は一層女の子らしくなってきたような気がする。特にあの笑顔には癒されっぱなしである。
そんなシスコンじみた事を考えていると、後ろに多数の気配があるのに気が付いて後ろを振り向く。
すると、そこにはさっきまで熱心に訓練に励んでいた門下生が何故か全員そろって俺のすぐ後ろまで集まっていた。…どういうわけか、みんな口元が笑っているのだが

「…何やってるんです?」

「いやぁ、リーリンちゃんは可愛いなぁって思ってたんですよ」

「やっぱ、若先生はああいう娘が好みなんスよね?」

…変わり者の集まりだとは思っていたがここまで下世話な連中だったとは、と内心絶望する俺。こっちは日本でいえばやっと中学生になったぐらいの年齢だってのに。
大体、リーリンは妹だ。妹が好みのタイプとか人としてマズいだろう。そう言うとニヤけていた連中は一転して苦い顔になる…なんでだ。

「いや、だって、なぁ?」

「ああ、あれはどう見ても…」

「若先生にぞっこんだろ、リーリンちゃん」

なにやらボソボソと囁き合い始める門下生たち。

「父がああいう人で、前はよく面倒みてたから普通の兄妹より仲がいいってだけですよ。」

そう言うと今度は揃って溜息をされる始末である。
しかも「これがリア充ってやつか」「ラノベの主人公じゃないんだからよ…」などと、なにやら怪しげな声まで聞こえてくる。
ああ、気にしたら負けってやつだな、これは…














午後からは、道場にはデルクがいると言う事で俺は暇を出されてしまった。
昼食の後は他の門下生と一緒に稽古をしようと思っていたのだが、養父から家にいるんだからもう少し休めと言われてしまったのである。
そんな訳で、しかたなく一人でブラブラしながら途中で見付けた自販機で買った缶コーヒーを啜りながらベンチでぼんやりすることにした。

「うん、苦いな」

昔はそれこそ胃に穴が開くんじゃないかってくらいに飲んだコーヒーではあるが、"こっち"にきてからは随分久しぶりだ。
年下の兄弟たちに真似させるわけにいかなかったし、なにより自分があまり子供らしくないのもどうかと思ったってのがある。
けど、これはまた癖になりそうだ。所詮缶ではあるのだが一度染みついた嗜好というのはなかなか無くなったりしないものらしい。

「なんて、暢気にしてる場合でもないんだよな」

こうして、暢気にコーヒー啜ってる間にも、レイフォンが天剣を剥奪され、ツェルニへと向かう時は近づいてきているのである。
闇試合に参加したことを、ルッケンス流を修めるガハルド=バレーンに脅迫され、逆にガハルドを殺すことでその口を封じようとするレイフォン。
俺の不甲斐なさ故に、レイフォンが闇試合へ参加することに目をつぶってしまったが、せめてガハルドを殺そうとする事態になることだけは防ぎたい。
クララを通じてティグリスへ事情を説明してみようか?…駄目だ、それじゃ結局レイフォンを止める事しか出来ない。本来助かった、救われない孤児が生まれるだけだ。
いっそ、俺がガハルドを……冗談じゃないな、そういうのが嫌だからこうして悩んでるってのに。

「いや、待てよ?」

俺にとっての理想は、天剣が闇試合に関わる程に切迫した今の孤児院の状況をグレンダン中に知らしめ、なおかつレイフォンが人殺しの汚名を受けず、都市外退去の処罰をうけないことだ。
なにもレイフォンを告発するガハルドを再起不能にする事なんてない。要はガハルドが天剣授受者としての地位を諦めざるをえない状況を作り出せばいい。
つまりは…

「天剣の選抜試合で、俺がガハルドを倒せばいい」

俺の中であやふやだった未来へのビジョンが一つ決まった。
これでは結局ガハルドは闇試合の事実を告発し、レイフォンには何かしらの処罰が下されてしまうだろうが、大勢の観客の前で殺人未遂をさせるよりは遥かにマシだろう。
問題があるとすればツェルニの事だが、これは俺が向かう事でなんとかできるか?今ならヴェラクルスの力でレイフォンの代わりが勤まる可能性も高くなってきた。
しかし、老成体もそうだが、最初の幼生体の群れへの対処が心配ではある。だが何か、剄の消費を度外視してでも広範囲の攻撃方法を習得さえしてしまえば―――
やれるか?いや、やってみせる。何れにしても、俺がこの世界の脅威に立ち向かうに事に対して、グレンダンに留まり続ける意味は殆ど無い。
ニーナ=アントーク、ディクセリオ=マスケイン、そしてニルフィリア=ガーフィート。これらの人物が集うツェルニはこれからの未来で世界の中心へと変わっていくだろう。
なによりも、マザーIレヴァンティン。彼女の存在を無視する事は出来ない、イグナシスが俺を狙うなら尚更だ。
この身一つで、一体どこまでできるのか……いや、結果を恐れて尻込みするのは止めよう。だって、今の俺はラウル=クーヴルールなのだから。
もう目を背けたりしない。この世界が、俺にとっての現実だ。














「すいません、ちょっといいですか?」

どうやら考え事に没頭していたらしく、不意に後ろから声を掛けられハっとする。
慌ててベンチから立ち上がり、後ろを振り向くと逆光でよく見えないが武芸者らしき長身の影が見えた。

「この辺りにあるサイハーデンの道場に行きたいんだけれど、どうやら道に迷ってしまってようで。よければ道を教えて頂けませんか?」

「サイハーデン、もしかして入門希望の方ですか?それなら俺の家の事です――」

そこまで言いかけた時だった、さっきまで晴れていた空に一つ大きな雲が現れ太陽を覆い隠した。
すると、影になっていた武芸者らしき人物の姿が見えるようになった。がっしりとした長身に、何処にいても一目で見付けられそう銀色の長髪。そして見ようによっては胡散臭い笑み。
その人物の姿を見たときに俺の目は点になった、鏡を見た訳じゃないが間違いない。だって、もう随分昔に感じられる程の過去に、"鋼殻のレギオス"という本で見た人物なのだから。
こんな目立つ人を忘れるはずがない。なぜなら――――

「そうか、それは良かった。入門ではなくて人を尋ねに来たんだけれどもね」

サヴァリス=クォルラフィン=ルッケンス。この都市で最も危険な男がそこにいた。
すげぇ、厄介事が自分からタップダンス踊りながらやってきやがったよ。

『現実から目を背けないのではなかったのか?』

ヴェラクルスのツッコミが、俺の中に虚しく響いた。















「ほら、守ってばかりじゃどうにもならないよ!」

「ちぃッ…!」

俺へと迫る剄弾を避わし、続けざまに放たれる空中からの踵落としを鋼鉄錬金鋼で受け止めるが、
受けた俺の足が地面にめり込む程の威力に身体がギシギシと嫌な軋みをあげる。
軽やかに地上へと着地したサヴァリスはそのまま、閃光かのような凄まじい速度で肉薄し、連撃を放ってくる。

「一体どうして、こんな…!」

あの後、どういう訳だかは知らないが、初めから俺を目的として来たらしいサヴァリスは俺が誰であるか確認することもしないで
俺の腕を掴み、凄まじい力で空中へと放り投げたのである。
あまりに突然の事態に咄嗟の反応が遅れ、なんとか空中で体制を整えるが元から都市の外れであった道場の近くから、都市の外縁部にまで飛ばされてしまった。
着地することに難はなかったが、人気のないこの場所に連れ込む事がサヴァリスの目的だと気が付いた時には既に遅く、あっというまに絶体絶命の状況に追い込まれてしまった。

「どうして、と聞かれれば君と戦いたかったからとしか言いようがないな。なにしろレイフォンが絶賛していたんだから、"自分より強い自慢の兄がいる"ってね」

レイフォーーーーーン!!!???衝撃の事実に俺の混乱は最高潮に達した。
なんでよりによってこんな超ド級の危険人物に目をつけなければならないのか。こっちは廃貴族というチートツールがなければただの一般武芸者だってのに!?

「大体、俺が誰かなんて、知らないでしょうに…!」

「知ってるさ、君がラウルだろう?一目見てすぐに判ったよ。その立ち振る舞いに、全く無駄の無い剄息、レイフォンが言っていた事もあながち嘘じゃあなかったってね!」

舞うようにしてサヴァリスから連続で放たれる攻撃を死に物狂いで捌く。見たところ、サヴァリスの手と脚に装着されている錬金鋼は天剣ではなく、通常の規格品の様だ。
だというのに一撃一撃に込められた威力と剄の凄まじさは、本気で冗談じみたレベルだ。
天才とはいえ、まだ武芸者として未完のレイフォンとは違う。これが、本物の天剣授受者――――!

「なかなか頑張るね。だけど受ける事に精一杯になってるようじゃ、こうなるよ!」

「ぐ、ああぁッ!?」

連携と連携の間に生じた本当に一瞬の隙。普通の武芸者だったら初見では絶対に見抜けるはずもないその一瞬を見抜かれ放たれた、強烈な回し蹴り。
刀で防御する事も叶わず吹き飛ばされた俺は、恐らく建設途中であった資材の山へと激突し、そのまま中に埋もれていってしまった。










「これは、終わったかな?」

無残に崩れ落ちた資材の山を眺めながら、サヴァリスはなんでもないことのように呟いた。
まぁ、天剣でもない武芸者としては出来るほうだったか、と内心でラウルへの評価を下す。

「吹き飛ぶ直前に頚でガードは出来ていたし、死んではいないか」

もう少し長引かせるつもりがついつい興が乗ってしまい、最後の蹴りは半ば本気で放ってしまった。
たとえ武芸者であっても致死に至らせる一撃から、あの刹那の時に生き延びて見せたその判断力は称賛にあたいするだろう。
と、いうか本当に殺してしまっていたら、いくら天剣授受者でもただで済むわけがないので、その点は一安心であった。
あれで、まだレイフォンと変わらない年齢だというのだから大した物だ。
初めに考えていたよりは随分あっけなく終わってしまったが、天剣に選ばれる者とそうでないものとの違いとはそういうものだ。
自分達は彼らと同じ武芸者という存在ではなく、初めから汚染獣と戦う為だけに生まれた最強の一振り。例えでは無く、自分やレイフォンが
天剣を持つ事は、生まれた瞬間かた決まっていた事なのだと。少なくともサヴァリスはそう思っていた。
それじゃあ、帰ろうか。そう思い振り返ったときであった。サヴァリスの背後の崩れた資材の山がガラリと音を立てた。

「驚いた。見た目以上にタフだね」

再び目を向けると、そこには先程自分が蹴り飛ばした少年が立ちあがっていた。
少年は無言のままにダラリと下げた腕に持つ刀型の錬金鋼を八双に構えると、通常旋剄と呼ばれるもの以上の速度を持ってサヴァリスへと肉薄した。

「いいね、それでこそ来た甲斐があったていうものさ!」

そしてサヴァリスは、それを獰猛な笑みをもって迎え討った。











死んだかと思った。
ギュルンギュルンと回りながら放たれたサヴァリスの蹴りをくらった時には本当に意識がとんでたし、剄でガードできたのも奇跡だと言っていい。俺って運はないのに悪運だけは強いよな、まったく……
水鏡渡りでサヴァリスへ迫りながら、俺はそんな場違いな事を考えていた。
別に諦めた訳でも、ヤケになったわけでもない。むしろさっきまでの動揺はどこかへ吹き飛び、意識は不思議なぐらいにクリアだ。
目前へと迫ったサヴァリスへ放つ横薙ぎの一閃、それをサヴァリスは難なく払いのけるが、俺はそのまま前へと踏み込む。
返しに放たれるサヴァリスからの攻撃を避けながら、限界まで強化した内力系活剄をもって愚直なまでにサヴァリスへと斬りかかる。

「なるほど、逆境で燃えるタイプだったのか。面白い!」

さっきまでの胡散臭い笑顔はどこへやら。感情丸出しの獰猛な笑みは、むしろさっきよりも好感が持てるんじゃないか、などとどうでもいい感想が頭に浮かぶ。
目で見るんじゃない、さっきはそれで失敗した。感覚で、経験で、そして勘をもってサヴァリスの動きを予測し、常に自身の持つ最強の一撃を叩き込む。
前へ、前へ。後ろに下がれば今度こそ首を持っていかれる。ならば俺が進むべきは前だ。今も俺を死の淵に叩き込もうと、拳を振るう、最強の天剣授受者バケモノがいる、その場所だ。

「ッはああああァァァ!!!!」

「そうだ、それだよ!僕が求めていた君は、ラウル=クーヴルールは!!!」

やれる、相手がサヴァリスであっても俺ならばやれる。
いくら相手が非常の存在であったとしても、その力がサヴァリス自身の持つ得物によって制限されているのならば、活路はある。
事実として今俺とサヴァリスの戦いは拮抗している。理由は言うまでもない、今以上の力を発揮すれば、サヴァリスの錬金鋼はサヴァリス自身の剄によって自壊するからだ。
終わりの見えない攻防。しかし負ける気はしない、いつかイグナシスと相対した時と同じだ。意志の強さが、最後まで生きることにしがみ付くことが、そのまま勝利を呼び込む事に繋がる。

『だが、このままでは埒が明かん。我を使え、クーヴルール』

(ヴェラクルス!?)

俺の中のヴァラクルスからの突然の申し出に驚くが、確かにこの拮抗を崩すには有効かもしれないとサヴァリスへの攻撃を一層激しいものにしながら耳を傾ける。

『今の奴は確かに本気だ。しかし奴の、自身が絶対の強者であるという侮りが消えた訳ではない。一瞬で良い、我の力を使え。お前なら勝てる、絶対にだ』

(………!)

ヴェラクルスの力強い声が、俺の中へと響き渡る。
全力の一撃、今の俺の渾身の力を持ってサヴァリスを押し込む。錬金鋼を限界まで酷使しているサヴァリスは錬金鋼の自壊を恐れ、後ろへと跳躍する。
そして俺はそれを敢えて追いかけず、抜き打ちの構えを取る。

「次の一撃で決めるってことかい?ふふ、受けて立とうじゃないか」

俺の持つ最強にして最速の一撃。サイハーデンの基本にして極意ともいえる技。焔切りだ。
それに対するサヴァリスも腰を深く落とし、俺に対し極限まで高められた闘気と殺気をもって答える。
もはや、お互いが誰であるのか、この後どちらかでも生き残っているのか。そんな事すらも頭から消え失せ、ただただ眼前の敵への戦意を高めて行く。
そして、それはサヴァリスも同じことだったであろう。

「往くぞ、ヴェラクルス!!!」

「見せてもらおうか!君が、天剣に届うる存在かどうなのか―――」

緊張が極限まで高まり、次の瞬間にどちらかの命が断たれるであろうその瞬間。
サヴァリスの動きが、止まった。

「な、なぜ、貴女がここに―――?」

「ハメを外し過ぎたどっかの馬鹿を連れ戻しに来たに決まってんでしょ」

獰猛な笑みはなりを潜め、顔面蒼白、唇は紫になり、信じられない物をみたように、ワナワナと震えるサヴァリスの尋常でない様子に思わず後ろを振り向く。
圧倒的な存在感。圧倒的な剄力。化け物だと思っていたサヴァリスが哀れな小動物に見える程の巨大で強大な存在。
グレンダン女王、アルシェイラ=アルモニス、がそこにいた。

「クォルラフィン。確かに君には、私の剣としてある程度の無茶は通せる権限は与えてはいるけれどね。それで天剣でもない一般の武芸者と本気で殺し合いとか、どこまで馬鹿なのよ」

蛇に睨まれた蛙とはこの事か。
意地と言うか、最後のプライドだったのだろう。サヴァリスは俺に向かって引き攣りながらもなんとか笑みを作った。

「ら、ラウル。残念だけど、今日はここまでみたいだね。だけど、次に会う時は―――」

別れ際の挨拶だったのだろう。しかしそれを最後まで言い切る事なくサヴァリスは俺の視界から消えた。
ふいに上空を見ると驚異的な速度できりもみ回転をしながら宙を舞うサヴァリスが、そしてそのまま俺が突っ込んで行った資材の山へと埋もれて行った。
アルシェイラの方を見ると、右手を銃を構えるように人差し指サヴァリスの居た処にを向けていた。シャレにならん、なにをしたのかすら分からなかった。

「ゴチャゴチャやってんじゃないわよ、このスカタン」

これは酷い。
ぼんやりとそんな事を考えていると、アルシェイラはツカツカと俺の方へと歩みより、俺の顔をマジマジと見る。

「そっか、君がラウルだね。君とはセヴランが、君のお祖父さんが生きていた頃に一度だけ会っているんだけれどね」

俺を見るアルシェイラの目は無遠慮ではあるが、それでも不快なものではなかった。

「覚えている筈ないだろうけど、それでも私が誰であるかは解っているみたいだね」

「っ、俺は―――」

全てを見透かされている様な奇妙な感覚に、思わず声がでるが、アルシェイラは俺の口へとそっと手を当てそれを遮った。

「強く生きなさい、ラウル」

酷く厳しく、酷く優しい一言だった。
それだけを告げるとアルシェイラはガレキの山となったそこに歩いて行き、その中からサヴァリスの頭を見つけると、その首根っこを掴んで引きずり出した。
俺はそれをただ呆然と見ているだけしか出来なかった。色々な事がありすぎて。色々な思いが飛び交っていて、何かする事なんてできなかった。
サヴァリスを引きずったまま去っていくアルシャイラの背中が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしたままだった。



























「本当に、本当にこれで良かったの?サヤ……」

沈み行く夕日に照らされたアルシェイラが、ポツリと一言だけ呟いた。













あとがき

過去最長にして最高のテンションで書きあげました。ああ、誤字が怖い…。
スーパーラウルタイム発動にして自重しないサヴァリスの回。サヴァリスが恐ろしく書きやすいです。


















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