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天声人語

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2011年2月7日(月)付

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 いまでも言うのか、「拵(こしら)え勝負」という言葉があるのを70年ほど前に書かれた『相撲百話』で知った。勝負をこしらえるとは八百長のこと。筆者の栗島山之助は小紙の記者でもあった文人で、「呑込(のみこ)み八百長」という言葉も説明している▼事前に話をつけるのではなく、土俵の上で互いの事情や気分を呑み込み合って加減することだという。とはいえ当時、相撲界はこうしたなれ合いにも厳しかった。栗島は「八百長という隠語は角界ではもはや死語」と文を締めくくっている▼その栗島は泉下で何を思うだろう。どっこい生きていた八百長の問題で来月の春場所(大阪)の中止が決まった。当然だろう。少なくとも全容が明らかになるまで、ファンは一番一番に熱くなれまい。歓声もため息も座布団が舞うのも、ガチンコの真剣勝負が大前提である▼星を売り買いするメールに世間は落胆した。しかし青天の霹靂(へきれき)ではなかった。正体のおぼろだったお化けのようなものが、「やっぱりいたのか」というのが大方の印象だろう。だが真相を知って多くの心が離れよう▼相撲はスポーツとされる前から伝統芸であり、見せ物だった。八百長の入り込む「ゆるさ」は生来のものだ。昨今も「噂(うわさ)」が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。否定の一点張りで無策を通した相撲協会の責任は重い▼『相撲百話』は八百長に厳しい親方として入間川の名を挙げていた。今回の仲介役とおぼしき力士が入間川部屋なのは皮肉というべきか。浪速の街は、触れ太鼓の聞こえぬ寂しい沈黙の春となる。

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