<リプレイ>
● 獣の遠吠えが意外と近い、そう最初に気がついたのは不破・赤音(迅雷・b22569)だった。 姿を現わした群れの先頭が他を呼び集める前に、練り上げた水の手裏剣を投げつける。 ほぼ同時に成上・瑞羽(霧幻の翼・b61342)もゴーストウルフに馬乗りになり、脳天に刃を突き立てた。 「ごめんなさい」 ウォッチャー・ミガトリバド(殲滅砲台・b74339)の放つ光線に合わせ、クラウディアは自身より2倍はあろう巨体に臆せずかぶりつき葬り去った。 ウォッチャーの地図をのぞき込み、九頭竜・亞貴名(死の抱擁・b64903)は次のルートを探る。 「フェンリルが20体だと……カリストの野郎、一体何を」 喉の奥が焼け付くような不快な焦燥感。 舌打ちする犬神・リディヤ(ラビリンスドール〜白夜迷宮録・b77255)だが、雪の積もり具合を亞貴名と共に見極め、冷静にルート選定をしている。 「また木に登ってみましょうか」 雪に紛れた白布の下から提案するのは朋・朔夜(闇夢を抱く光・b54873)だ。 戦闘をほぼ最小限に抑えられてはいるものの、そろそろ辿り着きたいところ――そして、その願いはようやく結実する。
● 宵闇の中、横殴りの風に煽られる頼りなげな粉雪が当たって砕ける。そうして出来た白の軌跡はまるで天への道筋のようで。
「こっちの方が、ラプンツェル姫の塔って感じなの」 蒼空色の瞳で赤煉瓦の塔の光が落ちた窓を仰ぎ、ルアン・ニーチェ(光凰・b21130)が零した。 魔女により塔に封じられし髪長姫――つい先日逢った同じ名を持つ女性こそが魔女で奔放で自ら望み妖精郷のみで生きていた。 では、ここに棲まう少女は? アリスに聞けば8才時からここにひとりでいるらしい。 「単なる人嫌いなら、それでいいの、ですが」 木村・小夜(神様よりも大切なもの・b10537)は、瞳を閉ざすと手袋に包まれた掌を胸に押し当てる。 もし、務めで、ひとり居るのなら。それは、あまりにも――。 「髪長姫のお話とは違って入り口はありますよ」 重たくなりかけた空気を振り払うようにウォッチャーが努めて明るく塔の下部を示しす。 亞貴名は「気を悪くされたらすみません」と添えアリスの方を向いた。 「欧州の人狼騎士は仲間との信頼はあっても、交友に乏しい感じがします」 「そう……かもしれませんね」 一瞬瞠目、だがすぐに微笑みに書き換わる。 「率直な亞貴名さんのお言葉が嬉しいです」 この旅路の中、違う意見を交しあうことを厭わなかった銀誓館の彼ら。それは確立した個が互いを信頼しているから出来ること。そこに含まれている扱いが誇らしい。 「彼女をビャウォヴィエジャの森へ誘ったことがあるのですが……」 複雑な表情を浮かべた後で、アリスは唇を閉ざし塔の窓を見上げた。 皮肉な話だが、吸血鬼株式会社で心の闇を利用した今ならわかる――生来の『フェンリルを大人しく出来る』力で十騎士になった少女へは、夥しい嫉妬が向くことが。 「……とても冷たい、です」 歩み寄り触れたレンガに指を握り、朔夜は切なげに唇を震わせる。 「誰かを好きになれる力になれたら、いいのだが」 救われた過去を思い起こし瑞羽は不器用な笑みを浮かべ、同じく孤独を知るルアンも力になれたら、と頷く。 恐らくは人のぬくもりも知らぬ少女に、心通わせる安らぎを教えてあげたい。 「……」 前ゆく面々を見据える赤音の眉間険しく寄り、ありありとした憂慮が滲んでいた。 (「人には人の価値観がある。なぜ人嫌いで悪い?」) 自分達が正義と思い込みがちな銀誓館の悪癖は、時に押しつけがましく映る。未成熟そうなローラとぶつからなければ良いのだが、と。
● ぐるぐるぐるぐる……。 螺旋の石階段を何回廻り昇っただろう? ようやく冷え冷えとした回廊の終わりが見えてきた。 「……」 ローラの私室であろうドアに耳をあてたリディヤの目配せに、イグニッション済みの面々が頷く。 極限まで音を殺しドアを押せば、漏れてくるのは暖炉の赤に揺らめく簡素な木作りのベッド。ボサボサの白髪と黒の毛皮が並んで眠る。 床で丸まっているのは白と茶の毛皮、先程対峙したゴーストウルフよりは小柄だ。 ぴくっ。 白の個体の耳が外側に揺れもぞりと肩が動いた。空気の揺れが伝わったのか、隣の茶色も金色の目を開く。 「路をひらきます、行って下さいっ」 素早くローラの額に掌を翳し目を閉じる朔夜。亞貴名が彼女を庇う位置に立つ。 「大人しくなさい」 鞭を腰におさめたリディヤは、シロに飛びかかり押え込むとチャを挑発するように腕を差し出す。 「ガウッ」 見事釣られ腕に牙をたてるチャ、滲む血は亞貴名が瓶を投げ素早く癒した。 「Psychofeld Entwicklung……」 幻夢繰る朔夜の声を背に、6人はローラの夢へ侵入する。
● 降り立ったのは、荒野。 雪。 緑。 そしてアトランダムに舞うは、巨大な紙。 綴られているのは他の国の花だったり日本の漫画だったり人気歌手のグラビアだったりととりとめがない。 だが詳しく確認する暇は無かった。 「これ、は……っ」 周りを観察していた小夜は息を呑む。他の皆も同様に驚きやがて憤りを面に刻んだ。 もはや馴染みとなった暗銀色の螺子。 蠢く螺旋で締め付けるのは痩せた少女の躰。 周りを巡回する2体の螺子は、時折止まっては無数の複眼を脂のようにギラつかせ、勘に障る硬質音にて少女をいたぶる。 『フェンリルを呼び出せ』 「……」 『フェンリルの大軍勢を呼び出せ』 「……ゃ……」 『破壊の魔物フェンリルを呼び出すのだ』 「……や、だ……」 ほんのりとした薄紅色の髪が俯く少女の顔を隠し、辛うじて確認出来る口元が力なく拒絶を紡いだ刹那、 タンッ! 銃声。 複眼の一部を灼かれ、右の螺子が苦しげに痙攣する。 「下郎の螺子よ、ローラを離しなさい」 漆黒の銃身を構え希有なる憎悪を剥き出しに睨むはアリス。
――人狼全てを螺子から解放し、カリストを倒すことに全力を尽くす。
その路を拓き示してくれたのは、8つの光。 「そう言うわけで、急いでいる」 進み出た赤音は地を蹴り飛び上がると、更に複眼を潰すべく上空から力を注ぐ。 「……軽いな。やはりあわせて1体分か」 螺旋には螺旋を。 風切丸の手ごたえから瑞羽は敵戦力を分析、後方に伝達した。 「汝の名は、クラウディア」 無機の配列を瞳に映しながら、ウォッチャーは傍らの黒い刃にそっとなぞる。 3人を外に残しここに来た――戦いは熾烈を極めるだろう。いつも以上に無茶を乞う、だけれど! 「ゆけ、命を賭して護るべきものを知る戦士」 誇り高き獣は咆吼あげて恐れなく前へ、螺子の胴へ牙をたてた。振り落とさんと揺さぶられても、絶対に離れぬと喰らいつく。 「光ある路望む者に始まりを、阻む者には破滅を!」 白光帯びた扇を前にルアンが叫べば、螺子3体を巻き込み光が爆ぜた。 共に歩みし彼らは、もはや意識せずともあうんの呼吸で攻撃をつないでいける。 「短期決戦、です」 躊躇わず前に出て、小夜は琥珀をクロウの真横に突き刺しねじる。 ギギギギぎぎギ……。 前で捻れ廻る2体の螺子が解けた螺旋で赤音と瑞羽を叩き打った。 「その程度か」 「動きが鈍い」 2人は短刀で堰きとめ勢いを殺し堪える。 力はやはり3分の1、しかもローラを戒める螺子は攻撃叶わぬ様子……押し切れる! 「私も前に出ます」 アリスは螺子の頭頂へ歯を立て血を啜りあげる。 ――忌まわしの力を奮う嫌悪なぞ、囚われの同族を助けるためなら些細なこと。 3人欠いた状態なれど、彼らの猛攻は3つの螺子を薙ぎ払う。1人とて膝折ることなく。
● 黒狼を抱いて眠る少女の瞼がゆるゆるとあがる。気配を悟ってか朔夜が眠らせた2匹も、ひくりと鼻をそよがせた。 「……? あ、アリス」 目覚め身を起こし、渇いたアルトヴォイスは抑揚無く瞳に映る同族の名を呼んだ。 「わたし……群れる気、ないよ」 「今日は、その話ではあ……」 わうっ。 わうわうっ。 「シロ、チャ……どしたの? あ、わぁ……」 初見だらけの顔に、首から下がるごつい鎖を指でなぞりローラは困惑を浮かべた。 「あ、あの、争う気はないのっ」 と、目の前でイグニッションを解くルアンを無視して、枕元のノートを手に取りひらくローラ。 「……なんか、アリスがいっぱい人、連れてきた。眠い。あ、クロが起きない……クロ」 ぺちん。 鉛筆を置いて、ローラは未だ温い布団の中で夢の中のゴーストウルフの額を叩く。 ちなみに。 ローラは『〜起きない』までを口に出しながらノートにぐりぐり綴っていたり。そんな奇矯な行動に口火を切る機会を逸した能力者達。 そして少女は状況をまるっと無視、素足をぺたぺた部屋を出て行く 「随分、肝が据わってるのね」 尻尾をふりふりお供するシロとチャに視線を向け、リディヤは鋭い眼差しを投げる。 「だって殺す気なら、わたしもう死んでる。でも、生きてる……だから、平気」 鎖を一つ一つ確かめるように人差し指でつつき、ローラは再び歩き出す。 「あ、あの……ごめんなさい」 ウォッチャーは不法侵入の無礼を詫びた。 孤独なローラに掛けられる言葉を見つけられなかったため、引いていたのだが……淡泊な反応に戸惑いが隠せない。 謝られても思い当たりれないと首傾げ、ローラは廊下突き当たりのドアの先へ。シロとチャはドアの前でお座り。やがて水の流れる音、どうやらトイレらしい。 「これは……」 「どうしましょうか?」 困惑した朔夜の視線を受け、亞貴名が苦笑する。 「成程」 そしてずっと状況を観察していた赤音は、腕を解き続けた。 「ローラは孤独を苦にしていないようだな。好きの反対は無関心というが、そういう『人嫌い』か」 赤音が予想していた人物像が一番正解に近かったことになる。 「好きでひとりでいることを念頭に、押しつけがましい言動は避けた方がいいだろうな、まぁ、怯えたり激高されたりするよりはマシだろう」 先程の瞳には敵意が無かったとウォッチャーは添える。 ――螺子を抜いた影響は確実にあるはずだ、とも。 「そう、ですね」 暖炉の光を頼りに部屋を見回していた小夜は、夢の中で浮遊していた紙に似たもの――世界の四季の花々を解説した百科事典の1ページ、を見つけ頷いた。
● 「読者家なんだな」 ベッドに寝転がり本を読み出すローラに瑞羽が静かな口調で話しかける。 「ん……本、好き」 ぱたん。 百科事典を綴じた際に起きた風が、少女の不揃いな前髪を持ちあげた。 「色々、写真や説明……おもしろいよ」 無表情のままだが僅かにうわずる声。そしてその間も少女は言葉をノートに書き綴る。 「それは、なんですか?」 「日記」 小夜の問いに更に続く答え。 「後で読み返すの、楽しい。わたし……こんなこと考えてたんだ、とか」 書き留めるのはクセで、更に一々口にしているのには気がついていない様子。 過去の自分はある意味彼女に一番近しい他者だ。 孤独は退屈。 だが他者と話すのも億劫な彼女は、常にこうやって過去の自分と対話し退屈を紛らわしてきたのだろう。 「ひとりは寂しくないか?」 「別に。だって……」 瑞羽の問いを受けベッドを降り本棚へ。古びたノートを取り出し最初のページを確認すると、再び口を開く。 「5年前から、ここいるし……人狼十騎士、やる条件で静かで気ままに過ごせる場所、欲しいって言ったの」 その言葉から、彼女がメガリスの代償のため孤独を選んだわけではないと理解出来た。 小夜が投げた「グレイプニル」「ゲルギャ」という単語にも反応はない、知らないようだ。 (「よかった……」) 瑞羽はメガリスのせいで彼女が孤独に歪められているわけではないことに胸を撫で下ろす。 ぺらり、ぺらり……ぺら……。 ページを繰る音が不意に、止まった。 「カリ、スト……」 零れ落ちた名に、すかさずルアンは自分達がここに来た経緯を話しはじめる。 「カリストさんは沢山の人を思い通りにして何かをしようとしてるみたいなの」 ……それはネジによる洗脳で、ローラにも施されていたこと。 ……ローラを、更には他の人達を洗脳から助けることが目的だということ。 その間も、ローラはノートから目を離さない。
「――呼ばないと、ふぇんりる」
唐突に読み上げられた一文は強制されていた過去。 あんな怖いモノを何故嫌々ながら喚びだしていたのか? その理不尽さがじわじわと胸に染みてくる。 「それが、十騎士としての、お仕事ですか?」 「メガリス、壊すと……フェンリル、飼い慣らせる。わたしにしか、出来ないって」 もしかしたらローラは、メガリスを壊す際に特殊な効果を発揮できるタイプのメガリス・アクティブなのかもしれない。 「……」 ノートを閉じ顔をあげた薄紅の瞳に、今初めてルアンそして夢の中に入った面々が映る。 「なんか……すっと、してる……あなた達、名前は?」 相変わらず感情は見えづらいが、声と表情には明らかな好奇心が滲んでいた。
自己紹介が済む頃には、皆の前にシチューが並ぶ。 ローラに断りリディヤは3匹に冷ましたシチューを振舞ってやる。 「このコ達のような忠義に厚いコは好き」 撫でていい? には「どぞ」と返った。 「シチューはお口に合いますか?」 「これ……どの、缶詰?」 朔夜は柔らかに首を揺らすと、材料を借りて作ったと返す。 キッチンには、保存の利く缶詰やレトルトの他に賞味期限が明日までの牛乳がストックされていた。つまり誰かが食料を届けているのだ、定期的に。 「そ……じゃ、書いて」 ぐいっとノートと鉛筆を突き出すローラ。 「ね、ローラちゃん。その鎖は大切なものなの?」 快くレシピを書く朔夜の隣、ルアンは自分の宝物――両親からの首飾りを見せながら話をふる。 「ずっとつけてる、し……大事、なのかな。でも、クロとチャとシロ、もっと大事」 手の甲にすり寄るシロを撫でとつとつと。 「わたし、ここでこいつらと、一緒。それだけで……いい。でも…………」 続かぬ声を急かさぬようにじっと待つ。
「……フェンリル、怖い。でも、いっぱい、呼び出した」
頼りなげに俯き、ローラはぎゅっと唇を噛みしめる。 リディヤの元から2匹が戻り、心配そうに喉を鳴らし主に躰をこすりつけた。 洗脳時の行いだと他者が慰めてくれても自分を赦せるわけもない、と、痛い程に知っているアリスは気遣わしげにローラを見つめる。 「ローラちゃん、ぼくたちに任せて!」 「ああ、私たちがなんとかする。安心するといい」 ルアンと瑞羽の声を皮切りに、皆口々に申し出る。 フェンリル討伐――。 そもそもローラへの接触の目的はそれだった、だからむしろ望むところだ! 「フェンリル、強いのに……ま、でも」 くす。 笑い慣れていない少女は不器用に小さく唇をあげる。それは初めて見せる、笑顔。 「お願いしちゃおう、かな……」 顔をあげたローラは、フェンリルの居場所を語りはじめる――。
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参加者:8人
作成日:2011/02/07
得票数:カッコいい2
知的8
ハートフル17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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