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天声人語

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2011年2月6日(日)付

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 四季に恵まれたこの国に、花木を観賞して楽しむ言葉が色々とある。たとえば桜は花見と言い、秋には紅葉狩り、そして梅なら探梅である。〈探梅や遠き昔の汽車にのり〉山口誓子。これは、記憶の中に開く花一輪であろうか▼梅は寒さのきわまる時節、百花にさきがけて咲く。その早咲きを山野に探すのが言葉の意味だという。だから冬の季語で、立春を過ぎれば観梅に変わる。探梅は「一輪ほどのあたたかさ」をいとおしみ、観梅は盛りの色香を愛(め)でるといったところか。微にして妙な季節の移ろいである▼とはいえ梅見は、華やいで浮かれる花見とは趣が違う。ゆるやかに歩を進め、咲き姿を楽しむ。陽気に誘われるというより寒さの中へぱちりと開く紅白には、どこか励まされ、背筋の伸びる思いがする▼そんな梅が、学問の神様の天神様のシンボルなのもよくできている。りりしい梅に願をかける。晴れて合格すれば春がきて「サクラサク」と相成る。桜の「いいとこ取り」のような気もするが、そこは凜然(りんぜん)と艶然(えんぜん)。使い分ける花に恵まれた幸せだろう▼きのう、受験生の聖地、東京の湯島天神を訪ねたら、名高い白梅はまだちらほらだった。伊豆の熱海など暖地ではもう見頃らしい。便りを聞けば、清らかな香が鼻腔(びくう)によみがえる▼〈春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる〉と古今和歌集にある。闇が花を見えなくしても香は隠れない、と。その香によって花の存在は知られる――。容色を誇る桜と違う奥ゆかしさが、早春と呼ぶ季節にふさわしい。

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