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ルーアン地方編
第二十四話 ロマンス・オブ・スリーナイツ
<ルーアン地方 ジェニス王立学園 社会科教室>

コリンズ学園長が鑑定中の宝石『女神の涙』を怪盗紳士から守るため、ジェニス王立学園に張り込む事になったエステルとヨシュア、アネラスの3人。
アネラスはクローゼと同じ社会科のクラスに転入した。

「エステルちゃんと、ヨシュア君と同じクラスになれればよかったのにね」
「仕方がありません、教室にはそんなに空きがありませんし」

アネラスの言葉にクローゼは寂しそうに答えた。
ジェニス王立学園のクラスは1つの教室に机と椅子が9組並べられていて、だいたい6~8人で構成されているのだ。
新しく入りこめるのは1~2人ほどの余裕しか無かった。
アネラスとクローゼが受けている社会科の授業は現代の政治経済に関する内容が主だった。

「と言うわけで、王国から帝国や共和国に輸出されているオーバル製品には高い関税が掛けられていたの。でも、王国も帝国や共和国から輸入されてくる農作物に関税を掛けていたのよ、国内の農家を保護するためにね」

担任のウィオラ先生が黒板に貿易摩擦についての図を書いて行く。
彼女はその気さくで話しやすい所が生徒達から好かれていた。

「だけど、この関税を撤廃しようとする条約が3国間で結ばれたわね。その条約名は分かるかしら?」
「はい、『クロスベル合意』です」

ウィオラ先生に指されたクローゼは迷わずに即答した。

「凄い、クローゼちゃん」
「このくらいたいした事ないですよ」

感心して拍手をするアネラスに対して、クローゼは照れ臭そうに答えた。

「条約が結ばれた後、王国は農家に対する戸別補償の他に、ブランド品としての農作物を帝国や共和国に輸出する政策を……」

その後も続く授業に、アネラスはウツラウツラして来た。

「アネラスさん、眠ってはいけませんよ」
「やっぱり体を動かしていないと眠くなっちゃうよ」

授業中、アネラスは何度もクローゼに起こされていた。

「もしかして、ヨシュアさんもエステルさんをこうして起こしているのかもしれませんね」
「あはは、きっとそうだよ」

クローゼとアネラスはそう言って笑い合っていた。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 人文科教室>

エステルとヨシュアの2人は人文科のクラスで授業を受ける事になった。
他に自然科のクラスもあるのだが、自然の事なら得意と自然科のクラスに乗り込んだエステルは開始数分で退出した。
自然科にはもちろん生物の授業も取り扱うのだが、その日の授業は化学と物理だった。
黒板に書かれた化学式を見た瞬間エステルの顔は真っ青になり、退屈だが計算式の無い人文科の教室へ入れてもらうのだった。
人文科は文学、言語、歴史に焦点を当てた授業の内容だった。
そして、授業中のエステルの態度はクローゼ達の予想を大きく超えるものになった。

「これは、完全に爆睡してしまっていますね」
「すいません、すいません」

ヨシュアが泣きそうな顔になって謝ると、ラティオ先生は仕方が無いなと苦笑した顔でヨシュアに優しく接した。
この日は恋愛をテーマにした文学の授業だった。

「このクロスベルを舞台にした作品は共和国から独立したばかりの混沌とした状況での悲愛が描かれていますが、ヨシュア君はどの場面に作者の気持ちが一番こめられていると感じますか?」
「はい、酒場の中で帝国の国歌と共和国の国歌が歌われる中で、どちらにも関係が無い王国の国歌を歌う事で、恋人に国境を越えた愛を伝えようとする帝国軍人の場面だと僕は思います」

ヨシュアの答えを聞いたラティオ先生は感心したようにうなずく。

「素晴らしい、ヨシュア君はこの物語がロマンスだけでなく反戦の意味も込められていると理解しているのですね」

クラスの生徒達からも拍手が上がり、ヨシュアは照れ臭そうにお辞儀をしながら席へ座った。
ヨシュアは授業を聞きながら自分の置かれている状況について考えてみた。
帝国と王国の間で戦争が起きれば自分はエステルと会う事すら出来なくなる。
自分が帝国の国籍を捨てて王国で暮らすにしてもハーメル村の家族に迷惑がかかる。

「僕は家族とエステル、どちらかを選ぶような事にはなりたくないな……」

ヨシュア達が文化祭で行う予定の演劇でも国家間の争いで姫が命を落とすと言う話になっている事を思い出し、ヨシュアは憂鬱そうにため息をついた。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 食堂>

午前の授業を終えたエステル達は、自然科のクラスで授業を受けていたジルとハンスと一緒に食堂で昼食を取る事にした。
エステルとアネラスは食堂で『お嬢様プレート』を注文してそのおいしさに感激していた。

「このハンバーグ、いつも家で食べるものよりおいしい!」
「パスタのゆで具合も完璧だよ!」
「お嬢様プレートというのに意外と肉とかが入っているんだね」

ヨシュアは感心したようにそう言った。

「部活などにも体力を使うので、肉類などもバランス良く入っているんですよ」

クローゼはおっとりと微笑みながらそう言った。
お嬢様プレートにはミニハンバーグ、ポテト、ナポリタン風のパスタ、カップに入ったコーンスープ、ミニトマトとレタス、ベーコン、ミニライス、エビフライ2本と充実したものが揃っていた。

「ヨシュア、このエビフライはおいしいよ! ほら、あーんして!」

笑顔でエステルがフォークに刺したエビフライをヨシュアに向かって差し出すと、ジルとハンスはたちまちニヤケ顔に表情を変えた。

「いやはや、最近の若い子ったら大胆ね」
「ああ、俺だったら公衆の面前で無くてもこんな事はできないな」
「僕達は君達と同い年じゃないか!」

ヨシュアは顔を真っ赤にして言い返し、覚悟を決めて素早く差し出されたエビフライを食べた。
一刻も早くこの恥ずかしい状態から抜け出したかったからだ。
ヨシュアが差し出されたエビフライを食べると、ジルとハンスは拍手をした。

「それって、間接キスですよね……」

クローゼが顔を赤らめてつぶやいた。

「あーあ、午後も授業か。文化祭が近いんだから、そのくらい考えてくれればいいのに」
「ええっ、午後も授業があるの?」

ハンスがけだるそうにそう言うと、エステルは驚きの声を上げた。

「エステルは午後の授業の方がさらに危なそうだけど」
「文学とかより、カブトムシの種類についてとかの授業なら興味あるんだけどなあ」

エステルは人文科の授業内容について不満を述べた。

「でも、ミリア先生は抜き打ちテストをやるからね。油断が出来ないんだ」
「やっぱり、自然科のクラスに入らないで良かった」

ハンスの言葉を聞いたエステルはホッと胸をなで下ろした。

「ところで君達、部活はどうするの?」
「どんな部活があるんですか?」

ヨシュアはジルに聞き返した。

「クローゼの居るフェンシング部とか、クレー射撃部とか、吹奏楽部、機会研究部なんかがあるわよ」
「釣り部は無いの?」
「残念ながら、釣り部はありません」

エステルに尋ねられたクローゼは困った顔でそう答えた。

「じゃあ、あたしが釣り部を作る!」
「ええっ?」
「あたしが部長で、アネラスさんが副部長ね。それで雑用係がヨシュア」
「なんで、僕が雑用係なのさ」
「釣りの腕前によるランク付けよ!」
「えーっ、じゃあ私は副部長じゃ無くて部長が良い! 私の方がエステルちゃんより凄い物を釣ってるもん」
「じゃあ今度爆釣勝負で決着を付けようじゃないの!」
「望むところだよ!」

ヒートアップするエステルとアネラスを、ジルとハンスとヨシュアはあきれ顔で眺めていた。

「あの、エステルさん達は短い期間しか学園に居ないので、新しい部活を作る事は難しいと思いますよ?」
「えーっ、そうなの?」

クローゼがそう言うと、エステルは残念そうにため息をついた。

「それじゃ、私達生徒会の活動を手伝ってくれないかな?」

ジルが提案すると、エステル達は驚いて声も出ないと言った感じだった。

「ジルが生徒会長で、ハンス君が副会長。そして私はフェンシング部に在籍しながら生徒会のお手伝いをしているんです」
「ええっ、ジルって生徒会長だったの?」

クローゼの紹介を聞いて、エステルは驚きの声を上げた。

「でも、僕達が生徒会に入ったら邪魔にならないかな」
「大丈夫だよ、生徒会は俺達3人しかいないから」

ヨシュアの言葉に、ハンスは笑顔でそう答えた。

「じゃあ放課後、生徒会室に集まってね!」

ジルがそう締めくくり、エステル達は生徒会に参加する事になってしまった。



<ルーアン地方 マーシア孤児院>

その日の夜、学園に怪盗紳士らしき人影は現れなかった。
しかし、エステル達の居る学園から離れた場所で異変が起きていた。
マーシア孤児院では院長であるジョセフは用事で遠方に出掛けていて留守だった。
妻であるテレサ先生は夜なべをして孤児達の破れた服の縫物をしていた。

「ふう、子供達が元気なのは大変結構な事ね」

テレサ先生は神に祈りをささげてそろそろ寝ようとした時、外から物音が聞こえてくるのに気が付いた。
そして鼻につく油の匂いをかぎ取ったテレサ先生はすぐに子供達が眠っている部屋へと駆け込んだ。

「みんな、起きて!」

テレサ先生が大声を出すと、クラム達は驚いて飛び起きた。

「うみゅ~」

子供達のうち、ポーリィがまだ寝ぼけ眼で目をこすっている。
テレサ先生はポーリィを抱き上げると子供達と一緒に1階に降りた。

「うわああん、あたし達のお家が燃えちゃうよ!」

テレサ先生達が1階に降りた時、すでに部屋は火の海だった。
先にクラム達が出口に向かって走り、ポーリィを抱えたテレサ先生が最後に脱出する事にした。
しかし、テレサ先生が外に出ようとした時、天井から炎に包まれた梁の木材が落下して来た!
直撃を受ければ2人とも大やけどを負ってしまう可能性がある。

「テレサ先生ーー!!」
「ポーリィーー!!」

その姿を目撃したクラム達から悲鳴が上がる。
絶体絶命かと思われたその時、一組の男女の声が夜空に響き渡った!

「百烈撃!」
「パニッシャー!」

リベール王国最強クラスのカシウスとレナの攻撃を食らった木材は粉砕を超える衝撃を受けて消滅した。
そしてレナの手によってしゃがみこんでしまったテレサ先生は救い出され、クラム達から歓声が上がる。

「うわあ、すっげえ!」
「テレサ先生ー!」

クラムとダニエルはすっかり目を輝かせてカシウスを見つめていた。
マリィとポーリィは無事だったテレサ先生に安心の涙を流しながら抱きついていた。

「ありがとうございます、来て下さらなかったらどうなっていたか」
「間に合ってよかったわ、久しぶりね」

お礼を言ったテレサ先生に、レナは嬉しそうに微笑んだ。
テレサ先生達が脱出した後、孤児院の建物は激しく燃え上がる。

「コキュートス!」
「ダイヤモンドダスト!」

レナとカシウスは水のアーツを立てつづけに詠唱し続けた。
急激に火の勢いは弱まって行く。
しかし、油を使って放火されたらしく、鎮火した時にはすでに建物は全焼してしまっていた。

「これじゃあ、どうしようもないな」

カシウスはがれきの山を見つめてため息をついた。
クラム達は火が付いたように泣きじゃくっていた。

「俺には建物の火は消す事はできても、この子達の火は消す事は出来ないな」
「何を言ってるんですか、あなた」

レナはそうつぶやいたカシウスの後頭部にチョップでツッコミを入れた。

「夏とは言え、このままここで夜を明かすわけにはいきません、ジョセフも居ないしいったいどうすればいいのか……」
「とりあえず、ここから移動しましょう」

落ち込むテレサ先生にレナがそう提案した。
テレサ先生は泣いている子供達なだめて出発を促した。
カシウスはクラムとダニエル、レナはマリィ、テレサ先生はポーリィの手を引いて歩き出した。

「あなた、どこへ行きましょう?」
「マノリア村の方が近いからな、そちらの方へ向かうとするか」

カシウスは遊撃士ギルドや市長邸などがあるルーアン市では無く、マノリア村の方を迷わず選択した。
マーシア孤児院の子供達が村の方と交流がある事もエステル達の件でアネラスから聞いていた。
マノリア村の宿屋、白の木蓮亭の主人のマスターや女将は突然の訪問に驚いたが、快く孤児達に部屋を提供した。

「でも、カシウスさん達の泊まる部屋がありませんね」
「ああ、俺達はこれからルーアン市の遊撃士協会に顔を出すつもりだ」
「夜通し歩くつもりなんですか?」

カシウスの言葉にテレサ先生は驚きの声を上げた。

「さあ、ルーアン市に行けば海鮮料理が食べ放題だぞ」
「そうですね」

カシウスとレナはおどけた調子でそう言い合った。
テレサ先生達に気を使わせないための演技なのだろう。

「えー、カシウスはもう行っちゃうのか」
「ああ、お前達の孤児院に放火した犯人をとっ捕まえてやらないとな」
「頑張ってなのー」

カシウスとレナは短い間にすっかりとクラム達の心をつかんでしまったようだ。
そして、白の木蓮亭を出たカシウスとレナは村の出口でマスターに声を掛けられる。

「どうぞ、我が店自慢のランチセットです。ルーアンの海鮮料理に負けない程の自信作ですよ、ルーアン市までの道中につまんで下さい」
「あらあら、ありがとうございます」

レナは笑顔でマスターからランチセットを受け取った。

「おい、1人で全部食べるなよ」
「私はそんなに食い意地は張っていません!」
「じゃあ、きっちり2等分だな」
「どうしてそうなるんですか、私の方が高位のアーツを詠唱したのでその分お腹が減っているんですよ!」
「あのなあ……」

マスターはそんな言い合いをしながら去って行くカシウスとレナの夫婦をぼう然と見送って行くのだった。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 学園長室>

「本当にそれで構わないのかね?」
「うん、僕は宝物を見つけられただけで満足だからね。大金があっても邪魔なだけさ」

コリンズ学園長に尋ねられたジミーはしっかりとそう答えた。
マーシア孤児院が全焼してしまった話を聞いて、ジミーは『女神の涙』を寄付すると申し出たのだ。

「凄い、ジミーさん太っ腹!」
「はは、おかげでいつも遊撃士に頼むお金が無いんだよ」
「危険だからそれは止めてください」

エステルに褒められて笑ってそう言ったジミーにヨシュアがため息交じりにツッコミを入れた。
これで女神の涙の売却代金が孤児院の復興費用に充てられる事になった。
宝石は数日後にオークションで競り落としたボースの商人に売却される事になり、それまで学園の保管庫に保存される事になった。
元々学園には重要な書物を守るための防犯設備が充実しており、移動させるよりその方が安全だと判断されたのだった。

「孤児院の子達のためにも、怪盗紳士に宝石を取られるわけにはいかないね」
「うん、気合を入れて守らないと」

ヨシュアとエステルは顔を見合わせてうなずき合った。

「でも、すぐに孤児院が再建されるわけではありません。孤児院の子達を元気づけるために、今度の学園祭に招待する事を決めました」
「じゃあ、演劇の方も頑張らないといけないね!」

クローゼの言葉を聞いて、アネラスはガッツポーズをした。

「そういえば、父さん達があたし達の劇を見るためにルーアン地方に来てくれたんだっけ」
「カシウスさん達のおかげで、全員無事でした」

クローゼはホッとした様子でそう言った。

「これは恥ずかしがらずに頑張らないといけないわね、ヨシュア?」
「原稿用紙1枚分のセリフを覚えられない君の方こそ頑張らないとね」

ニヤケ顔で言うエステルに対して、ヨシュアはそう言い返した。

「劇のセリフなんて後3日もあるんだから平気で覚えられるわよ!」
「今すぐ覚えようと言う気は無いんですね」

クローゼは困った顔でそうつぶやいた。
それから数日、エステル達は授業を受けて放課後には演劇の稽古をして一日を終えると言う日々を続けた。
その間全く怪盗紳士は姿を現さず、エステル達は平穏な学園生活を送れた。
教会の日曜学校にしか通っていなかったエステル達にとっては学園生活はとても楽しいものだった。

「うわあ、こうして飾りつけると文化祭って感じがするね!」

エステル達は用務員の仕事を手伝った後、色とりどりの旗で飾られた校舎を見て、歓声を上げた。
屋台も着々と明日の文化祭に向かって準備されている。
ジェニス王立学園の文化祭は観光客や貴族、市議会議員がたくさん訪れる事で知られている。
明日は警備の人間もここに集中するため、夕方の演劇開始まで自由行動ができる。
エステル達のテンションは上がりに上がっていた。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 グラウンド>

そして迎えた学園祭の日、講堂で演劇の舞台の準備を終えたエステル達。
生徒会の仕事があると言うジルとハンスと講堂の前で別れてエステル、アネラス、ヨシュア、クローゼの4人は一緒に学園祭を見て回る事になった。

「ハンスとジルも一緒に回れば楽しいのに」
「学園の生徒会長と副会長となれば、学園祭のお客様とあいさつをしなければなりませんから……」

エステルのつぶやきに対して、クローゼは苦笑しながら答えた。
屋台が立ち並ぶグラウンドに足を踏み入れようとしたエステル達は、警備の部隊を率いているのがリシャールだと言う事に気が付いた。
リシャールの方もエステル達に気が付いたらしく声を掛ける。

「おや、君達はボース地方でも会ったカシウスさんの娘さん達だね」
「学園祭の警備をするのはリシャールさんの部隊なんですか?」
「ああ、別件でリベール王国特別任務チームを組む事になってね」

ヨシュアの質問に、リシャールはうなずいた。

「怪盗紳士ってそんなに大物なんだね」
「ああ。それに、ここは私とカノーネ君の母校でもあるんだよ」

エステルが尋ねるとリシャールは肯定し、懐かしそうに辺りを見回した。

「リシャールさん達が居るなら、女神の涙も安心だね」
「それに父さん達も居るし」
「おや、カシウスさん達はルーアン市の遊撃士協会にまだいるはずだよ」

リシャールがそう言うと、エステル達は驚きの声を上げる。

「父さん達、あたし達の演劇を見るのを楽しみにしていたのに」
「はは、きっとカシウスさんの事だから、演劇が始まるギリギリのタイミングで駆けつけるに違いないさ」

エステルが落ち込んだ様子でつぶやくと、リシャールは笑い飛ばすようにそう言って元気づけた。
リシャールと別れたエステル達はグラウンドに並ぶ屋台に向かって突撃を開始した。
色気より食い気がまだ優先するエステル達は、何種類ものお菓子やアイスを片っ端から食べる事にした。
1つのアイスを4人で分け合う。
ヨシュアやクローゼにとっては赤面物の光景なのだが、エステルとアネラスは気にならないようだった。

「よう、両手に花とは青春してるな」
「からかわないでくださいよ、ナイアルさん」
「私も居るよー」

ナイアルと共に姿を見せたドロシーは、カメラを片手に綿あめを食べると言う何とも器用な事をしていた。

「ドロシーさん、は、文化祭、の、写真、取りに、来たの?」
「うん、エステルちゃん、達、が、出るって、言う、演劇も、撮る、からね」
「2人とも食べながら話すのは止めなよ」

お互い綿あめを食べながら話すエステルとドロシーにヨシュアがツッコミを入れた。

「そうだ、良いネタをありがとな」
「ジミーさんの寄付の話ですか?」
「ああ、次号のメインの記事は汚職に関する事になりそうだから、バランスをとるために他の記事に美談を入れたいところだったんだ」

ジミーが孤児院に宝石を寄付した事がリベール通信に取り上げられる事になったのだ。
それに関連して、ルーアンの市政が市民からの善意の寄付金などを着服しているのではないかと言う疑惑を取り上げる事になっている。

「あらエステルさん、お久しぶりですね」
「……どうも」
「メイベルさん!」
「おっ、こんな所で市長令嬢さんに会えるとはな。ドロシー、写真だ!」

エステル達がナイアル達と話していると、メイベル市長令嬢とリラがやって来た。

「メイベルさんはどうして学園祭に?」
「ふふ、私もこの学園の卒業生ですのよ、毎年学園祭には顔を出していますわ。ところでエステルさん達はどうしてこちらに?」
「うーん、いろいろ事情があってね、文化祭で演劇の助っ人をする事になったんだ」
「ちょっと、エステル」

ヨシュアが止める間も無くエステルはメイベルに演劇の事を伝えてしまった。

「まあ、ヨシュアさんがお姫様役ですか?」
「ほほお、それは是非写真に収めないとな」
「あああっ」

メイベルとナイアルの表情が変わるのを見て、ヨシュアは顔を赤くして下を向いてしまった。

「私は演劇部に所属しておりましたの。ふふ、エステルさん達の騎士とヨシュアさんのお姫様、どちらも楽しみにしておりますわ」

エステル達が話していると、今度はメイベルの姿を見て、ダルモア市長と秘書のギルバードが近寄って来た。

「やあ、メイベル君じゃないか」
「お久しぶりです、ギルバード先輩」

ギルバードに声を掛けられたメイベルはそう言ってお辞儀をした。
一方ダルモア市長もエステル達に気が付いて声を掛ける。

「おや、君達は遊撃士だね」
「はい」
「事件の話は聞いたよ。孤児院が放火されるとは何とも遺憾な出来事だ」

そう言ってダルモア市長は辛そうな表情になった。

「きっと、街の不良達の仕業に違いありませんね」
「ふむ、カシウス殿の事情聴取が終わればきっと明らかになるだろう」

怒った顔で話すギルバードに、ダルモア市長はうなずいた。
するとそこに、絶好の取材機会だと考えたナイアルが目を輝かせてダルモア市長に詰め寄った。

「市長、孤児院再建に宝石を寄付した青年についてどう思われますか? 本来は真っ先に市が援助をするべきでは無かったんですか?」
「何だ君は、取材ならアポイントを取ってからにしたまえ!」
「私は構わないよ、ギルバード君」

話し辛い雰囲気になってしまったので、エステル達はあいさつをしてその場を離れる事にした。
そして、校舎内に足を踏み入れたエステル達は見知った顔が廊下を歩いているのを見つけた。

「いやあ、君の案内が無かったら迷子になるところでしたよ」
「ふふ、下見をした甲斐があったものだ」
「下見って何の事?」
「うわっ?」

背後からエステルに声を掛けられたアルバ教授とブルブランは驚いて飛び上がった。

「こんな所で2人と会えるとは思いませんでした」
「この学園の文化部の発表はレベルが高いので研究の参考にさせてもらっているんですよ」

ヨシュアのつぶやきにアルバ教授はそう答えた。

「アルバ教授は分かるけど、ブルブランさんはきっと制服姿の女子目当てで来ているんでしょう」
「し、失礼な! 私はそんな趣味は持っていない!」

ブルブランはエステルに言い返した後、エステルの隣に居るクローゼを見て驚きの声を上げた。

「あなたはなんと美しい女性だ……」
「あ、あの……」

突然ブルブランに声を掛けられたクローゼは戸惑ってしまった。

「ほら、やっぱり制服姿の女の子が目当てなんじゃない!」
「違う、服装は関係無い! 私は彼女から感じられる気高さに魅了されたのだ」
「ご、ごめんなさい……!」
「ははは、これで今年は振られた記録が伸びそうですね」

アルバ教授はそう言って笑った。
その後教室の展示を回ったエステル達は、食堂で昼食を食べた後いよいよ講堂で演劇の準備に取りかかるのだった。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 講堂>

夕方近くになり、講堂では演劇の開始を告げるアナウンスが流された。
アナウンスを聞いた来客で講堂は立ち見客が出るほどの超満員だった。
そしてナレーションからいよいよ演劇が開始される――。

「これより、ロマンス・オブ・スリーナイツの上演を開始します。この物語はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係がありません」

幕が上がり、騎士に男装した主役のエステル・クローゼ・アネラスの3人が姿を現すと大きな拍手が上がった。

「大陸を統一していたマックス王国が国王の死によって崩壊し、平和だった大陸は再び戦火に包まれてしまいました。そこで平和を取り戻すために3人の英雄が立ちあがったのです」

舞台の照明が落とされ、エステルにスポットライトが当てられる。
エステルは青色の衣装に身を包んでいた。

「まず始めに台頭したのが”青の騎士”と呼ばれたエリッツ卿でした。王国の北半分を統一した彼は国王の姫と結婚すると宣言し、王国は彼の下で再統一されるものかと思われました」

そして今度はクローゼにスポットライトが当てられる。

「しかし、南西の地で”緑の騎士”と呼ばれたクロイツ卿が立ち上がり、彼の結婚に異議を唱えました。彼は姫の幼なじみで、エリッツ卿とも親友でした。しかし、エリッツ卿を支持する人達に南西の辺境に追放されてしまったのです」

最後にスポットライトを当てられたのはアネラス。

「さらに、南東の地では”赤の騎士”を自称するアルベル卿まで立ち上がり、姫に求婚したのでした。そして、南下したエリッツ卿の軍はレッドクリフの地でクロイツ卿とアルベル卿の連合軍と激突。エリッツ卿の軍は大きな被害を出し、武力で大陸を統一するのは困難になってしまいました。そんな状況にマックス王国の姫、ヨハンナ姫は心を痛めていました」

舞台が明るくなって、長い髪のカツラを被り白いドレスとティアラを身につけたヨシュアが姿を現すと、エステル達の時よりも大きな拍手が上がった。

「ああ、何と言う事でしょう。私は大陸が一刻も早く平和を取り戻してほしいとエリッツに身を捧げましたのに」
「姫、やはりあなたの心はクロイツ卿に捕らわれたままなのですか?」
「そ、そのような事はありません。あなたとクロイツは親友だったはず。それがどうして血で血を洗うような事になってしまったのですか?」

そう言うとヨシュアは顔を手で覆って泣く演技をした。

「それは、あなたをクロイツに渡したくないからです」
「もう、昔のように3人で笑い合う事は出来ないのですか?」

エステルは辛そうな顔で舌打ちすると、舞台袖に退出し、幕が下がる。
いきなり始まった三角関係に観客達も興奮しながら劇の行く末を見守る。
3人の騎士の物語はその後も続き、ついに3人とも国王を名乗る事態にまで発展した。
国境には城壁が築かれ、王国の分裂は決定的になってしまった。
戦局を有利にするためにエリッツ卿はアルベル卿の国と手を組み、クロイツ卿の国を攻める事にした。
そして、エリッツ卿とクロイツ卿の国境で大きな戦いが起こり、大敗したクロイツ卿の軍はエリッツ卿の追撃部隊に追いかけられる事になってしまった。
勝ち誇ったエリッツ卿はヨハンナ姫の目の前でクロイツ卿の最期を見せようと、ヨハンナ姫を同行させた。
逃げるクロイツ卿に追い付いたエリッツ卿は、弓兵部隊にクロイツ卿を射殺す事を命じた。

「ダメ~っ!!」

ヨハンナ姫役のヨシュアがそう叫んで、クロイツ卿役のクローゼをかばうように抱きしめると、客席からどよめきと悲鳴が上がった。
それだけ、観客達もこの劇に魅入られていたのだろう。
エリッツ卿は驚いて射殺命令を中止するように命じたが、すでにたくさんの矢が放たれていた。
その場に居たエリッツ卿、クロイツ卿、アルベル卿の3人は悲鳴を上げ、観客達も誰もが矢が刺さりハリネズミのようになったヨハンナ姫の姿を想像した。
しかし、矢は一本もヨハンナ姫に刺さる事が無く、避けるように岩壁や地面に突き刺さった。
そしてヨハンナ姫に青い色のスポットライトが当てられる。

「奇跡だ……!」
「女神さまが姫様をお守りくださった!」

舞台上の役者達が歓声を上げると、客席からも大きな拍手が起こった。

「私はなぜ、生きているのでしょうか」

ヨハンナ姫役のヨシュアはクロイツ卿役のクローゼに抱き起こされてそうつぶやいた。
そして最後はヨハンナ姫が涙ながらに3人に仲直りをするように訴え、3人が握手をしたところで幕が降り始める。

「こうして、3つの王国は争う事を止め、繁栄を続けるのでした」

締めくくりのナレーションと共に幕が閉じ終わると、観客達からスタンディングオベーションが巻き起こった。

「男女逆転の演劇と聞いた時はどうなるかと思いましたが、とても素晴らしい劇でしたね」
「ああ、元は1つだった国が3つに別れた後も仲直りして大団円か。そんな世界が実現すると良いのだが、いや、必ず実現させてみせる」
「頑張ってくださいね、あなた」

演劇を立ち見していたカシウスはレナの肩を抱きながらそうつぶやいた。
レナも穏やかな笑みでカシウスを見つめ返すのだった。
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