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[25741] 【習作・ネタ】人妖先生、海鳴へ行く (あやかしびと×リリカルなのは×propeller)   
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3
Date: 2011/01/31 23:24

ども、散々雨と申します。
これはpropeller作品【あやかしびと】と【魔法少女リリカルなのは】のクロスです。
主人公は女たらしな人妖先生です。
世界設定は色々と変です。あと、propeller作品から色々と引っ張ってきます。
内容はちょっとのシリアスとちょっとのギャグと、九割なおっさんで出来ています。











「――――ふむ、今……なんと言いました?」
ヨレヨレのスーツにヨレヨレのワイシャツ。ぼさぼさの髪はある程度失礼に値しない位に整えているが、ある程度という値は彼の中だけであり、初対面の人物が見れば確実にこう言うであろう―――お前、やる気あんの?と。
そんな服装をしていながらも、男はこの神沢学園の立派な教師の一人なのだ。
例え、ギャンブル狂だとしても。
例え、万年平教師だとしても。
例え、最強なんて恥ずかしい肩書をもっていたとしても。
この男は一応、教師なのだ。
しかし、そんな教師である男は実に面倒そうに頭を掻き、それから今度は耳を穿りながら、
「俺……いや、私の耳が間違ってなければ、ですが」
もの凄く嫌そうな顔をする。
「転勤、という事ですかな?」
「そういう事だよ、加藤先生」
「嘘でしょ?」
「いやいや、本当だよ」
そう言ってぶよぶよな触り心地が良さそうな腹をした神沢学園の校長は言った。
「私は一応は人妖なんですがね」
「私だってそうだよ」
「人妖が外出ちゃ駄目でしょ?」
「最近は申請さえきちんとしておれば問題は無いんだよ」
そう言われれば確かにそうだと想った。

人妖―――正式呼称は【後天的全身性特殊遺伝多種変性症―ASSHS〈アシュス〉―】

通称【人妖病】と呼ばれる遺伝性とされる原因不明の奇病に罹患した人々を総称する言葉である。そして、人妖病になった者が送られる楽園にして監獄、普通というカテゴリから外された人々が迎えられる砦である都市が、この神沢と呼ばれた土地である。
この街に入った人妖達に自由はある。しかし、それはこの街の中の自由という意味。自由の反対は拘束であり隔離。それがどういうわけか同じ意味を持っている。
反対でもなく同意でもない。
一度入ったら余程の事がない限り、人妖達はこの街を出る事が出来ない。絶対に不可能ではないが、可能という領域か。
可能とは、決して安易という意味ではない事は誰にでもわかる。故に人妖は殆どこの街を出る事は無い。しかし、出ないからこそ安全であり、出ないからこその安住の地なのだろう。
そんな神沢という街は、この下手をすればこの世界で唯一、人妖が人妖になる前と【似た】生活を送れる場所として確立され、隔離される場所だった―――そう、かつては。
「君は【海鳴】という街を知っているかね?」
「……まぁ、人並みには」
かつては一つだった人妖都市は気づけばもう一つ増えていた。
此処、神沢が山に囲まれた地方都市として存在するように、もう一つの人妖都市は海に面した地方都市(もっとも、この街よりは近代化は進んでいるらしい)として存在する。
「行った事は?」
「ありませんね」
「それじゃ行ってくれ」
「なんで私が?」
「君、暇だろ」
「暇は暇ですが……私じゃなくてもいいでしょう?」
正直、面倒でしょうがないというのが本音なのだが、
「君でないと駄目だね」
「どうして?」
「君が教師だからさ」
「理由になってませんね」
しかし、こうは言ってもこの時点で彼は覚悟を決めていた。
覚悟と言っても諦め、そして受け入れて、事情に流されると言う選択肢を選んだだけに過ぎない。
内心、これにはあの鴉少年が関わっているのだろう。なら、自分がどうこう言ってもどうにもならないと半分諦め、半分覚悟を決める。
「というわけで、君がこれから向かって貰う学校だが……」
「人の話、聞いてませんね」
校長が差し出した辞令に記されていた場所。それを見た瞬間に彼の顔は酷く疲れた顔をしたらしい。
「…………校長。これは何の冗談ですか?」
「冗談に見えるかい?」
「私は高校教師です」
「教員免許を持っている事にはかわらんさ」
「いや、変わるでしょ。だって、此処―――」
流石にこれは無いだろうといった顔で、加藤虎太郎は書類に記された文字を指差す。



「小学校じゃないですか……」



「―――――と、いうわけで海鳴に行く事になった」
「急ですね……」
「だから今晩にも発たんと行けないんだがな」
「だったら今すぐ発ってくださいよ」
「ふむ、それもそうだな」
加藤虎太郎は校長からの急な異動辞令を受けて数時間後、出発の準備もまったくせずに、かつての教え子である如月双七の家にいた。
「まぁ、あれだ。しばらくお前等とも顔を会わせられないからな。こうして久々に顔を見に来たんだが……」
「虎太郎先生が家に来るのなんて毎日じゃないですか」
「そうだったか?」
「主に給料日が近付くと、ね」
「そうだったか?」
「おかげで何故か家の家計簿には家族ではない、他人の分が存在しますね」
「そうだったか?」
双七、そして虎太郎は向かい会う。間に卓袱台、上にはお茶。そしてそんな男二人を見つめる仲睦まじい母子。
「ねぇ、母様」
如月双七の息子、如月愁厳は母親に尋ねる。
「虎太郎叔父様と父様は喧嘩してるの?」
子供の眼にはそう見えたらしい。しかし、それも強ち間違ってはいない。母親である如月刀子は優しい微笑みで我が子に語りかける。
「喧嘩はしていませんよ」
「本当に?」
「えぇ、本当です」
少なくとも、今はまだ―――と、刀子は愁厳に聞こえない小さな声で呟いた。
「さ、お風呂に入りましょう」
「はいッ!!」
騒ぎが起こる前に母は息子と共に逃亡。残された居間には一家の大黒柱とその教師だった男。
「…………」
いや、もう一人いた。正確に言えば一人ではなく一匹。子狐というには些か大きい気もするし、大人の狐というにはまだ未熟、そんな雰囲気を醸し出した狐が今の座布団の上に寝ていた。
呑気にすやすやと眠りこけている狐。名前は狐ではなく、すずというのだが―――ここで語る必要はまったくない。
例え、この狐が毎日の様に愁厳に会いにくるお姑みたいな存在になっている万年ロリ狐だとか、そろそろ働けよと双七に言われてるとか、級友であるロシア娘と毎日夜遅くまで飲んで唄ってゲロ吐いて双七の家の前で倒れているとか、そういう事はまったく関係ない。
この場で関係あるとすれば、虎太郎が双七を真剣な表情で見据え、双七がソレに対して確固たる意志を持って迎え撃つ構えがあると言う事だけ。
「――――如月双七」
「――――虎太郎先生」
男達は視線をぶつけ合う。
虎太郎が懐に手を入れ、双七がカッと目を見開く。
そして、虎太郎の懐から飛び出したソレ。ソレを虎太郎は双七に見せつけ、双七は顔を反らせる。
見たらいけない。
アレを見ては、何時もの同じパターンの繰り返しだ。
しかし、悲しいかな―――この場の力関係は学生時代と何も変わらない。双七が目を反らした瞬間、それを狙っていたかのような速度で虎太郎は回り込み、
「これが……今の俺の現状だ」
無駄にダンディな声で呟いた。
見てしまった。
そう、双七は見てしまったのだ。
自分の倍は生きて社会経験豊富な人間の、手合わせすれば未だに勝てない人間の、この街では最強という称号を得ている人間の、これから転勤だという教師という人間の、加藤虎太郎という人間の―――財布の中身。
「また……スったんですか」
空っぽだった。
「あぁ、また……スッたんだ」
見事に空っぽだった。
「なんで、こんな時に……」
「この街ともしばらくお別れと思ったら……最後くらいは勝たせて貰えると思って……今月分の給料を……一点買いした」
「あ、あれほど……あれほどギャンブルはしないって……しないって約束したじゃないですか!!」
「双七。男には、戦わなくてはいけない時があるんだ。それが例え、一点買いした瞬間に我に返ったとしても、だ」
「それ、完全に手遅れじゃないの……」
何時の間に起きたのか、欠伸をしながら突っ込む狐。
さて、加藤虎太郎がこうして如月家の晩餐に訪れたのは他でもない。これから転勤だというのに給料を競馬で全て失い、引っ越し代はもちろん、海鳴まで移動する為の交通費すら失っていた。
「あの、俺が言うのもなんなんですが……虎太郎先生は、そんな生き方で良いんですか?」
「まさかお前にそんな事を言われるとは思ってもなかった」
「俺も恩師にこんな事を言葉を贈るとは思ってもなかったですよ」
「成長したな、双七」
「落ちぶれましたね、虎太郎先生」
加藤虎太郎、神沢市最後の夜は教え子だった男と大乱闘という出来事で幕を閉じた。



ちなみに、金は借りれなかったらしい。






「――――そ、それで……歩いて来たんですか?」
「応、意外となんとかなるもんだ」
煙草を加えながら歩く虎太郎の隣を歩くのは、これから同じ職場で働く女教師だった。
「神沢から此処までどれくらいか知ってます?」
「知ってたら心が折れそうだったからな。とりあえず地図だけ見て、距離は見ない事にしたんだ」
スーツを肩にかけ、汗一つ掻かない虎太郎を女教師は驚きを通り越し呆れ顔だった。
「並の教師ではないと聞きましたが、まさか此処までとは」
「並の教師がこんな場所に来ますか?」
「…………来ない、でしょうね」
虎太郎、女教師は同時に上を見据える。
高い高い壁。世界を二つに分けるような巨大な壁がそこにはあった。
「アンタ、神沢の壁を見た事は?」
「ありません。逆に尋ねますが……」
「俺もこの街の壁は初めて見るな」
神沢の壁よりも良い材質だ、虎太郎は皮肉な笑みを浮かべる。
「お偉い人が考える事は大抵は似たり寄ったりだが、まさか神沢と同じ事を考える輩がいるとはね……正直、驚きよりも感心するよ」
「人妖を集める、という事がですか?」
「そういう事でもあるし、そういう事でもないな……まぁ、どうでもいい事だが」
海鳴の街をぐるっと囲むように建てられている巨大な壁は、神沢にあったソレと酷似している。当然、似ているのは光景。物や風景だけでなく、人もだった。
プラカードを掲げた犠牲者、悲痛な顔を浮かべる犠牲者、憎悪の言葉を吐き出す犠牲者。様々な人々が怒り、憎しみ、そして蔑んでいる。
「此処も変わらんな」
人妖は病気だ。感染した者もその周囲にいた者すらも不幸にする病気。同時にそれは人と人との関係すら腐らせる死の病となった。
第二次世界大戦後に初めて発病を確認されて数十年、人妖は人にとって何よりも脅威となる存在となっていた。人でありながら人ではあり得ない力を持ち、人でありながら人を殺す怪物、それが人妖と呼ばれる所以なのだろう。
「人とて、変わりはなかろうに……」
感情を表に出さす、虎太郎は煙草を加える。
「やはり、そうなんですね」
女教師は力ない笑みを作る。
「人妖は何処でも同じ様な扱い……同じ人なのに、どうしてなんですかね」
「同じ人だからこそ、だろうな」
煙草の煙が空に昇る。しかし、それはこの高い壁すら超えられず、霧散する。
「全ての人妖が悪いわけじゃない。しかし、ごく一部の人妖が悪いわけでもない。人も人妖も変わらんさ。人を傷つけ陥れ、そして殺して嬲ってゴミの様に扱う様な輩はごまんといるだろうよ」
人は人であるが故に悪がある。
だが、人妖は人妖であるが故に悪と罵られる。
「まぁ、慣れろとは言わんが……あまり重く考えるな」
そんな虎太郎の言葉は女教師にはどう届いたのだろう。
少なくとも、先程から虎太郎の眼に映る、疲れた、苦しい、辛いという気持ちを一つにまとめ、それに縋りつかれているという表情だけは消えなかった。
「海鳴だけが特別というわけじゃないんですね」
「特別なんぞないさ。特別を求めたら、教師なんてやってられんよ」
何かを諦める様な言葉。
女教師は何となく想っていた。
新しい教師が来る―――その言葉を聞いた瞬間、職場の同僚は全員が同じ事を想っただろう。

あぁ、今度はどれくらいで出ていくのだろうか……

第二の人妖都市である海鳴にだって学校があり、生徒がおり教師がいる。だが、教師は必ずしもこの街の者というわけではない。中には外の街から来る教師もいる。その教師が人妖なのか人間なのかは問題ではない。
どちらも似た様な存在なのだ、この街にとって。
仮に人であるならば、人妖という外の世界での化物を前にして普通な態度は出来ない。出来たとしても最初だけ、すぐに潰れる。潰れてすぐにこの街を出ていくのだろう。そして、人間ではなく人妖だとしても問題は変わらない。
人の世界から追い出された者が、何を教えられるというのだろうか。
人の命は尊いのだ―――なら、自分達の命は人として見られないのだろうか?
人の意思は大切だ―――なら、自分達の意思は人の意思ではなく、化物の意思なのだろうか?
人と人は手を取り合うべきだ―――なら、どうして自分達の手は振り払われるのだろうか?
外で迫害を受けた者が教える言葉は、どれもこれもが絶望に満ちている。だから外から来る教師は駄目だった。故にこの街の教師の殆どは海鳴で生まれ、海鳴で育ち、海鳴で教師になった者だけ。
女教師も、心の中で諦めている。
どうせ、アナタも数日でこの街から消えるのでしょう―――と。
ゲートが開く。
巨大な壁の向こうに見える街を見て、

「――――――綺麗な海だ」

虎太郎はそう呟いた。
キラキラと光る海を見据え、虎太郎は歩きだす。
迷いすらなく、止まる事すら考えない様に。
だから女教師は驚いた。
今まで見て来た教師達には感じられない、瞳に宿る強さというもの。
この状況を望むところとしているかのような、そんな眼だった。
「…………」
「ん、どうした?」
「あ、いえ……なんだか、楽しんでいる様に見えましたから」
楽しむ、という言葉に虎太郎は首を傾げる。
自分は何かを楽しみに此処に来ているのだろうかと考え、首を横に振る。
別に悲観した笑みを作ったわけじゃない。別に侮蔑する様な笑みを作ったわけじゃない。当然、逆境が楽しみだというわけでもない。
「初めてだからな」
「初めて?」
壁に囲まれた街の風景が綺麗だと思ったのも事実。そして、視界に宿った光景を見た人々が憎悪の言葉を吐き出すのも事実。
そんな人々を虎太郎は振り向きもせず、背中越しに指差す。
「ああいう輩はどんな場所にもいる。当然、それが同じ人であろうと人妖であるともだ。そんな輩が居る世界に生まれたガキ共をどうにかするのが俺の仕事だ」
憎悪の言葉を受け、倒れる者もいる。
憎悪の想いを受け、反発する者もいる。
憎悪に答え、憎悪で返す者もいるだろう。
世界は誰かにでも優しい作りではない。少なくとも、人と人妖を並べて人を優先する程度には優しいかもしれない。しかし、当然ながら人妖には優しい世界ではない。
この壁の向こう、ゲートの向こうがそんな人妖達が暮らせる唯一優しい世界。
故に想う。
故に想わされる。
「この世界だけ、この街だけが自分達の唯一の場所だってな……」
それは事実だろう。
「だが、それだけが可能性だなんて想わせるのは面白くない」
希望を持てとは言わない。だが、希望に縋るべきではない。
「生徒には真っ直ぐ世界を見据える力を持たせるべきだ。そして、それがでかくなった時にどう転ぶかを選ばせたい。ただ転んで大怪我するか、しっかりと受身をとって起き上がって行動するか……それを選ばせる何を俺達は教えるべきだろうな」
歩く。
教師は歩く。
「そんな事が、可能なんでしょうか……」
女教師は言う。しかし、教師は脚を止めない。
「なぁに、出来るさ」
脚と止めず、肩にかけたスーツに袖を通す。
ヨレヨレのスーツにしか見えないのに、ヨレヨレのワイシャツにしか見えないのに、キチンとした髪型なわけでもない、威厳もない、何も無さそうな、そんな男の後ろ姿。
それがどういうわけか、



「狙うは何時だって大穴だ……俺は、こっちの賭けに負けた事は無いんでね」



女教師が見て来た教師の中で――――誰よりも教師に見えた。





加藤虎太郎、次なる勤務地は私立聖祥大附属小学校――――彼が言う様に、初めての小学校勤務だった。










次回「人妖先生と月村という少女」



[25741] 【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女』
Name: 散々雨◆ba287995 ID:862230c3
Date: 2011/02/05 00:39
人妖隔離都市―――海鳴。

そこには一部の人間と多くの人妖が住んでいる。
国が新たに作りだした―――この場合は指定した第二の人妖都市だが、その都市を管理するのは当然国だろう。だが、国が全てを管理しているわけではない。むしろ、国はあくまで管理であり監視だ。
そこには支配という言葉は似合わないだろう。
支配―――民主主義を語る国においてはもっともあってはいけない言葉だ。しかし、多かれ少なかれ存在する事には代わりはない。
故にこの街、海鳴にも支配という言葉は存在し、生き続けている。
海鳴の街に存在する【支配者】は大きくわけて二つ。

一つは【人】

一つは【妖】

この二つが支配者となり、【人妖】を支配する。
人妖を支配する一つが人というのは些か疑問は残る。当然、それで良いのかという疑問は国からも上げられる。しかし、その疑問を握りつぶし、実際の結果を出しているのが人の領域であった。
人が支配する領域は街。
主には都市の発展や街の外との外交。鎖国状態の日本と変わらない海鳴において、人が動かす富は在らなければいけないライフラインとなる。
結果、人は街を支配する。

その人の支配者の名を―――バニングスという。

そしてもう一つ。
人が支配するのが街であるのならば、妖は何を支配するのか。
妖が支配するのは―――力。
人の力、妖の力、人妖の力。【三つ】の種族が存在この街で力を均等に、何か一つが突出しない様に支配するのが妖の役目。
現在、日本にはドミニオンという組織がある。この組織は主に【第三種】と言われる人妖を捕獲、駆逐、殲滅する事を仕事とする。故に人妖にとってはもっとも忌むべき存在であり、唯一の外敵といっても過言ではないだろう。
しかし、そんな組織ですらこの街には手出しは出来ない。そういう取決めが行われているからだ。この街の力を支配する一族との協定であり、ドミニオンの上にいる【妖怪】との協定。
人と人ではない。
妖と妖怪との協定。
それを知る者は少ない。
結果として、この海鳴は平和だ。
神沢という街が出来て数年は中々の賑わいだったが、神沢という前例であり悪例がある故に海鳴が人妖隔離都市となった時には大した騒ぎは起こらなかった。
正確に言えば、騒ぎなど起こさせなかった、が正しいのだろう。
起こさせない程の力を持った存在が、この街にはいた。

それを知らず、一人の男が海鳴へ訪れる。

人の妖と人妖が重なる不可思議な街、そんな街にある私立聖祥大附属小学校。見た目は何気ない小学校であり、その中身は何気ないわけがない場所に、一人の人妖が現れた。
生別は男、年齢はもうすぐ初老を迎えるであろうオジサンといった感じだった。少なくとも、教室に入ってきた教師を見た生徒の感想はそれだった。
ある者は興味を抱き、ある者は無関心で、ある者は敵意を、ある者は諦めを、ある者は素直な歓迎を―――様々な視線と想いを背中に受けながら、白のチョークで自身の名を黒板に記す。
「さて、今日からお前等……じゃなくって、君達の先生になった加藤虎太郎だ」
教室をぐるりと見回し、出来るだけ笑顔でそう言った。だが、どうも反応が芳しくない。というよりは、歓迎されていないという方が正しいのかもしれない。
「この街に来て一週間も経ってないから、海鳴の事は良くわからないから色々と教えてくれ。代わりに俺は君達に色々な事を教えよう」
歓迎されていない理由。それは今言った言葉一つでしっかりと確認できた。
このクラスの内の半分以上――いや、九割が同じような反応をした。
自分は【外】から来た。
虎太郎は内心で溜息を吐く。
外からの来訪者は歓迎されない。それはなんとなくは理由としてわかる。しかし、虎太郎は解せないと感じだ。否、解せないというよりは不信感に近いかもしれない。
ゲートを虎太郎と共にくぐった女教師がフォローするように子供達に虎太郎の事を紹介するが、やはり芳しくない。
それも当然だろう。
念の為、スーツは新調してきた。当然シャツも新しい。昨日の内に紳士服のコーナーに行って一番安い新社会人用コーナーに行って買ってきた新品だ―――当然、新社会人に見えない初老っぽい男への従業員の視線は厳しかった。そして何より、虎太郎が一日三箱は吸う煙草を今日は一度も口にしていない。
完璧なはずだ。
少なくとも、子供受けはしなくとも嫌われる様な要素はまるでないはずだ。
しかし歓迎はされない。歓迎されないという当然を知り、虎太郎は素直に溜息を吐く事にした。
やれやれ、まさか【子供から】こんな視線を受けるとはね。
人通りの自己紹介を終え、最初の出席を取る事になった。
「それじゃ、自己紹介がてら元気良く挨拶するように」
と言ってはみたが反応は微妙だ。名前を読んでも小さな声で「はい」というなんとも消極的な反応をされては肩すかしだ。
中には、
「アリサ・バニングス」
静寂。
「アリサ・バニングス、居ないのか?」
静寂。
女教師、生徒達がある一点を見つめる。そこにはこの日本人らしくない、金色の髪をした少女がつまらなそうに窓の外を見ていた。
予め生徒の名前、顔は頭に入っている。それでも朝の出席は取らなければならない。例え、居る筈の生徒が居ない様に振るまっていてもだ。
虎太郎は教壇から歩み寄り、アリサ・バニングスの席に近づき―――ポンッと出席簿で頭を軽く叩く。
「――――――ッ!!」
これはアリサの反応ではない。
これは周囲の反応だ。まるで自分がしてはいけない事をしてしまった、それが何なのか誰も教えてくれない、そんな居心地の悪さを感じた。
「一応、返事はしてくれると助かるんだが……」
アリサはゆっくりと視線を外から虎太郎へ向ける。
「外、何かあるのか?」
「…………」
呆、と虎太郎は自分を見つめるアリサの視線を受け、とりあえず笑ってみた。
「―――――さい」
ポツリ、とアリサは言った。
「煙草臭い」
「…………臭い、か?」
アリサは頷く。
自分では自覚は無い。念の為に女教師にも匂わないか確かめて貰ったが問題は無し。
「そうか、煙草臭いか……バニングスは鼻が良いんだな」
「…………」
誉めたつもりだが、どうも不評らしい。アリサは興味を失くした様に虎太郎から視線を外し、外を見つめる。どうやらこれ以上は会話をする気は無いらしいと感じた虎太郎は諦め、教壇に戻る。
そこからは多少は素直に出席確認は進んだ。特に虎太郎に好印象を与えたのは、高町なのはという少女だった。他の生徒がどうも元気が足りない感じがしたが、高町なのはだけは元気いっぱいに、言ってもいないのに手を上げる始末だ。
どうやら、生徒全員に歓迎されていないわけではないらしい。それに少しだけ安堵し、最後まで出席を確認し終えた―――と、思った。
「――――ん?」
このクラスの出席番号は名前の順になっている。だから、最後に確認した渡辺という少年が最後のはずだった。しかし、どういうわけか出席簿には『わ』の次に『つ』があった。
本来なら高町なのはの次にくるはずの名前。
はて、この出席簿に間違いがあるのか、そう思いながら虎太郎は口にする。
「ふむ、どうやら先生が飛ばしてしまったらしいな……」
何気なく口にする。
その名前が意味する事を知らず、あっさりと口にする。
「月村すずか」
教室の空気が微かに引き締まる。
生徒も、教師も、そして不審に思いながら虎太郎は視線を出席簿から教室へ。
唯一の空席。
出席簿に張られた写真。
あるべきはずの場所に居ない少女。居ないはずなのに存在を許された少女。
海鳴の街において、街を支配する人のバニングスと並び、力を支配する一族がいる。
その一族は古くから海鳴の街に住み。そして人妖病が世間に広まる前、【人妖病が発病する前】から海鳴にその一族の名前があった。
夜の一族と言われ、人でも人妖でもない。
正真正銘の【妖‐アヤカシ‐】

その一族の名を――――月村という






人妖先生、海鳴りへ行く
【人妖編・第一話】『人妖先生と月村という少女』







ゆっくりとした時間が流れる。
静かな時間、空虚な時間、その二つは同じ事だと思っている。何故なら、そこには一人だけしかいない。一人だけなら静かな上に空っぽだからだ。
だが寂しいとは思わない。
現は虚。
虚しいだけ、虚しいだけ、何かを望む事すら虚しいだけ。
だとすれば、自分は本当は寂しいのだろうかという疑問にたどり着き、そして思考を停止する。
現から虚へ。
視界に写すは世界ではなく文字の羅列。
本という媒体に意識を戻す。世界という現実は意識を戻すべき場所ではない。本が現実、世界が虚実、少なくとも本の世界には必ずハッピーエンドが待っている。
悲しい終わりは無い。
虚しい終わりも無い。
終わりは終わり、始まりは始まり、全てが最初から決まり切っている予定調和。だからこそ安心する事が出来るのだろう。現実は筋書きが無い駄作に近い。一分先の未来すら想像できず、想像しても裏切られる。
そして、どれだけ頑張っても楽しい、幸福な結末なんて存在しない。仮に幸福が待っていても、その後に来るのは不幸かもしれない。ハッピーエンドではない。ハッピーエンドレスでもない。エンドすら、無いではないか。
それが、堪らなく苦痛だった。
世界はこんなにもつまらない。
つまらないから孤独になる。
孤独だから逃げられる。
逃げた先は一つだけ。
現実逃避。
現実は存在しない現。
虚実の世界こそが本当。

月村すずかにとって、世界は敵なのだろう。もしくは、世界にとって、なのかもしれない。

授業と称して子供達を教室に監禁しているであろう時間に、すずかは一人で図書室にいた。時間が時間なだけに誰も居ない。居る筈の司書すらいない。彼女が図書室を訪れたのは最初の授業ベルが鳴って数十分が過ぎた辺り。普通なら遅刻とされる時間だろう。だが、すずかにはそんな遅刻魔というレッテルは貼られていない。
そもそも、遅刻すらしていない。
そもそも、授業に参加すらしていない。
そもそも、クラスにすら行っていない。
そもそも、月村の名を持つ自分が――人妖と慣れ合う事なんて出来はしない。
ページを捲る。
読んでいる物語は童話。
何度も何度も読み返した大好きな童話。
この中には一人の少女がいる。その少女には人間ではない仲間がいる。だから少女は一人じゃない。孤独じゃない。自分の様に、孤独である事はなかった。
クスリと小さな苦笑を作る。
あぁ、なんて幸せな物語なのだろう。すずかはこの物語を読み返すたびにそう想う。この中の少女を自分と投影させ、物語の中に入り込む。物語の中こそが現実、現実こそが虚実。だから自分は在るべき場所にいない。そうだ、この世界は自分がいるべき場所じゃないんだ―――なんて戯言を何度も何度も考え、その度に自分が嫌になる。
苦笑、苦笑、苦笑すら悲しい。
わかっている。
これが現実だという事は、嫌という程わかっているつもりだ。
自分は人じゃない。
自分は人妖じゃない。

自分は、正真正銘の化物。

月村、夜の一族は人妖病が初めて発病される前から存在している。つまり、人妖の前から存在する妖という事になる。
その事を聞かされた時、すずかは良く理解できなかった。
自分は人妖だ。
みんなと同じ人妖なんだ。
幼いすずかはそう思っていた。
それが、彼女にとっての救いだったからだ。
幼いながらに自分が他人とは違う事は理解していた。それを教えたのも月村という家。それを受け入れるのも月村という家に生まれた者の宿命。それが幼いながらに辛いと想った事はあった。だが、海鳴が人妖都市となった時、すずかは内心喜んでいた。
あぁ、これで自分は【普通】に生きていけるんだ、と。
この身体に流れている血は人には無い血。だが、世間ではそんな人間達が次々と生まれ、疎まれている。そんな人間達を隔離という言葉で守る為に、海鳴は生まれ変わった。なら、この街に来る人々はきっと自分と同じ様な人々なのだろう。
それが嬉しかった。
嬉しくて、嬉しくて―――――それが絶望という毒になるとは思ってもみなかった。
「月村の者は人じゃない。同時に人妖でもない」
それがすずかの聞いた、理解したくない言葉。
「生まれながらの妖。太古から存在する人でない人間、人を超えた人間、それが私達……だからね、すずか」
理解なんか出来ない。
「私達は……違うのよ」
理解を拒否する。
「この街に住む人間とは違う。この街に来る人妖とも違う」
拒否する事で最後の抵抗を示す。
「私達は――――正真正銘の化物なのよ」
姉はそう語った。
姉は他人を信用しない。
他人に心を開かない。
他人には人妖を含めた全ての人。
それ故に姉には親しい者は居ない。家族だけが姉の大切な者、家族だけが姉を見捨てない者、一族全ての中で、家族だけが唯一の心支え。
それを知っているからこそ、すずかは頷いた。
否定したいという想いにふたをして、月村の名を噛みしめる。だが、それでも憧れは捨てきれない。自分は姉の言うような化物かもしれない。だが、この街に住む人々だって普通じゃない。なら、自分を受け入れてくれるかもしれない。
そうすれば、姉だって少しは他人を信じる事が出来るかもしれない。
絶望という毒は、こうやって彼女の身体と心を蝕んでいく。

月村、その名が持つ重みを彼女は知らない。

月村、その名を聞いた者がどういう反応を示すのか、誰も知らない。

月村、その名こそが人々にとって禁忌の証。

彼女は拒絶され拒絶する。
人を拒絶し、人妖を拒絶し、一族だけが心を許せる唯一の存在。
そう割り切る事にした。
十にも満たない少女が、そう割り切ってしまったのだ。
月村すずかは孤独に時間を過ごす。
始業のチャイムを聞きながら、クラスにすら戻らず読書にふける。終業のチャイムを聞きながら、クラスに戻る事すらなくページを捲る。
昼休みを告げるチャイム。図書室には人が来るので人気の無い場所に移ってお弁当を一人で食べる。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったら再び図書室へ戻り、読書を再開。
そして全ての授業の終了を知らせるベルを聞き、彼女は帰宅する。
孤独に寂しく、それを理解しない―――理解しない様に振るまいながら、帰宅する。
それが月村すずかの毎日だった。

少なくとも、この日までは。





虎太郎は渋い顔で廊下を歩いていた。
理由の内の一つは朝から一本も煙草を吸っていないから。
超弩級のヘヴィスモーカーである虎太郎にとって煙草を吸わないという行動は、日常的生活を著しく壊す行動である。いわば、生理現象が崩れる事になる。
だが、悲しいかなここは小学校。
昨今の禁煙騒動の影響か、親達がそういう人種を差別するような働きをしたのだろう。この学校には教師専用の喫煙スペースは愚か、吸う事すら出来ないという始末だ。
虎太郎は想う、この学校は自分を殺す気なのだろうか、と。
しかし、それでも我慢は出来る。これでも初老に近い年齢、辛い事は色々と体験してきた。ソレに比べれば半日程度煙草を吸わない事など大した事ではな―――
「あぁ、無理だ……」
大した事ではないが、それが我慢できる事とは違うらしい。
虎太郎は昨日案内された校舎の中で、人気の無い場所を選ぶ。幸いな事に今日の授業は全て終了している。仮に今から吸っても問題はないはずだ―――実際はもの凄く問題があるのだが、この時の虎太郎にはそう思えてならなかった。
「とりあえずは、体育倉庫なんかが一番だな」
学生時代を思い出しながら、とりあえず一番人気のない場所を選択する。当然、その現場を誰にも見られてはいけない上に、吸っていたと知られるわけにもいかない。
その為に消臭スプレーやら何やら、吸った事がバレない事に努力するグッズを大量に持ち込んだこの男は、本当に教師なのかと疑いたくなるが、
「なぁに、バレなきゃ問題ない」
と、独り言を漏らす始末。
善は急げと体育倉庫へと訪れた虎太郎は早速至福の一服へと移る。煙草の煙を全身全霊でお迎えする紫煙に染まった肺。それだけで心がすっと軽くなる気分だった。
「…………さて、と」
ある程度心の安泰を得た状態で、虎太郎は紙の束を取り出す。
これが虎太郎が渋い顔をする原因の二つ目である。
「これはまぁ……なんとも夢の内容だ事で」
虎太郎が持ってるのは原稿用紙。作文などで使用する一マス一マスが囲まれているタイプの原稿用紙だ。それの最初の一行にはこう書かれている。
【将来の夢】
安直な課題だと自分でも想うが、まさかここまでヒットするとは思いもしなかった。と言っても、良い方向にヒットするわけはなかった。加藤虎太郎という男に良い方向にヒットするなんて事は自覚して出来る事ではない。むしろ、無自覚だからこそのヒットなのだろう。故に、これは悪い方向へのヒットだった。
「最近の子供は夢が無いとか言うけど……まさか、本当だったとはなぁ」
それが特に悪いとは言わない。夢なんて別にすぐに抱かなければいけないというわけじゃない。将来の夢はあってもなくても別に問題にはならない。しかし、これはまた何かが違う感じがした。
一人一人の作文を見ていく内に虎太郎の渋い表情は徐々に薄まり、とうとう無表情になる。
口に咥えた煙草の煙が空気中に消える様に、虎太郎の表情は完全に消えた。
「夢が無い、なんてレベルじゃないな」
現実的なのだろう。
あの程度の年齢なら将来の夢に夢想してもおかしくは無いはずだ。少なくとも虎太郎が子供の頃などはそうだった。将来の夢なんて題材が出たら、野球選手やらサッカー選手、菓子屋さんにお花屋さん。警察官に消防士。なれるかどうかもわからない、なろうと想うかどうかもわからない夢を沢山書き綴った記憶がある。
だが、先程書かせた作文にはそれがない。
酷く現実的な夢。
夢というには色合いの足りない将来。
希望も何もない、淡々と書かれた文章。
「…………」
全員分の作文を見終わり、煙草の吸殻を携帯灰皿に放り込み、身体に消臭スプレーをかける。
「やれやれ、これは違った意味で問題だな」
体育倉庫から校舎へ戻る際に周囲を見渡す。
確かに良い学校、校舎だ。神沢学園よりも新しい建築技術を取り入れた校舎なのだろう。何処となく近代的な雰囲気を感じる。しかし、それは今となっては別に意味に捉えてしまいそうだった。
冷たい雰囲気。
無色な雰囲気。
「生きてない学校、なのかねぇ」
思えば長い間、自分は神沢学園の教師をしてきた。むしろ、それ以外の場所で教鞭を振るった記憶が曖昧になる程、自分はあの高校にいた。それ故に慣れてしまっていたのだろう。あれが普通の学校であると。近くに馬鹿な事をしでかす馬鹿な高校は存在したが、アレはアレで良いものだと思っている。
だが、此処はそうじゃない。
神沢にも金嶺にもない、どこか寂しい雰囲気だった。
「流行りの学園ドラマじゃあるまいし」
一人呟きながら校舎に戻り、廊下を歩く。すると、前から金髪の少女が歩いて来た。虎太郎のクラスの生徒、アリサだった。
「よう、バニングス。今から帰りか?」
「…………」
相変わらず無機質な、冷めた視線を向ける少女に苦笑しながら、虎太郎は先程読んだ作文をアリサに渡す。
「なら丁度良いな。お前に特別課題だ」
アリサに手渡した原稿用紙には何も書かれていない。別に新しい紙を渡したわけではない。これは作文を書かせた時間にアリサに渡り、そのまま返された原稿用紙だった。
「流石に白紙は駄目だぞ。適当でもいいから、なんか書け。というかせめて題名と名前くらいは書いてくれ」
「どうして?」
「いや、どうしてって……」
手に持った白紙の原稿用紙を見ながら、アリサは言う。

「こんなの書いても意味ないじゃない」

「…………」
それは何処か嘲笑している様にも見えた。
「将来の夢……馬鹿みたい」
書く事すら拒否する、そういう態度を示す様に白紙のままアリサは虎太郎に提出した。これが自分の書いた文章であり答えだと、そう明確に示す様に。
「とうせ、私達は此処から出られないんでしょ?だったら、夢やら希望やら持ってもつまらないわ」
此処から出られない、アリサはそう言った。
それは確かにそうだろう。この街は人妖隔離都市。人妖病の人間を隔離する為に存在する街。ならば、そんな人間を外に出す事など到底不可能なのだ。無論、絶対的に出られないというわけではない。それなりの地位の人間や、仕事の人間だけは外に出る事が出来る。虎太郎とてその一人であり、神沢の地から一度も出た事が無いなどという事はない。
だが、大抵の人間――人妖達はそうだ。
出られたとしても一瞬だけ。
一日、良くて数日。それが過ぎれば元の場所に戻るだけ。
自由なんてありはしない。
夢なんてありはしない。
希望なんてありはしない。
この白紙こそが自分の未来であり、自分達の現状。
それを、この子達はあまりにも知り過ぎている。
虎太郎が全員分の作文を読んだ感想がそれだった。全員がそういうわけではないが、大半の生徒が書いた作文には【将来の夢】というテーマを嘲笑う様な内容だった。別に否定的な文章を書いているわけじゃない。子供らしい文字で、子供らしい文章だった。
ただ、そこに夢なんて甘い言葉は一つも存在しないだけ。
「なるほど、それは確かにそうだな」
「でしょ?なら―――」
「だが宿題は宿題だ」
提出された白紙をそのまま返す。
「確かに夢も希望もないだろうな。だが、それとこれとは話は別だ。いいか、作文っていう授業があり、お前はそれをサボった。なら宿題は当然だと想わないか?」
「…………」
何か納得していない顔だが、アリサは素直に受け取った。
「また、白紙で出すかもよ」
「そしたら再提出だな。お前が何か書くまで何度も何度もやるから覚悟する様に」
「―――夢も希望も無いのに」
「夢も希望も無いなら……夢と希望を想像して書いてみろ」
それだけ言って、虎太郎はアリサの肩を軽く叩いて歩きだす。
「提出は明日じゃなくても良いからな」
「…………」
その無言は肯定として受け取る事にした。
それでも最後の抵抗、もしくは仕返しとばかりに、
「――――煙草臭いですよ、さっきより」
と言うと、虎太郎は引き攣った笑みを浮かべる。
「お前、本当に鼻が効くんだな……」
その時だけは、アリサは不敵な笑みをうかべ、
「そういう体質ですから……」





アリサと別れ、虎太郎は職員室へ戻る。
どの学校でも職員室というのは騒がしくもあり、重い落ち着きを持っている。だからこそ、こういう場所ではキチンとしなければいけない、という想いが強くなるのだろう。
「お疲れ様です」
虎太郎が自分の席に座ると、珈琲の入ったカップが差しだされる。
「どうでしたか、今日一日は?」
虎太郎のクラスの副担任である女教師、名を帝霙と書いてミカド・ミゾレというらしい。堅い名前だと思ったが、霙はまだ二十代前半、虎太郎よりもずっと年下だった。
「いや、随分と疲れましたよ……」
苦笑する虎太郎に、そうでしょうと頷く霙。虎太郎は高校教師としては長年勤務してきたが、小学校となれば話は別だ。まず、高校では一つの教科を専門的に教えていれば良かったが小学校はそうはいかない。
「とりあえず、俺には音楽はまるで駄目だという事はわかりましたよ」
「それでも努力はしてくださいね」
「えぇ、努力はしますよ」
国語や算数は特に問題はなかった。だが、音楽や図工といった教科は思いのほか駄目だと気づかされた。特に音楽。ピアノなんて弾けない。歌もロクに唄えない。下手をすれば歴代の音楽家の名前すら知らない可能性すらあった。
霙のおかげで何とかその授業を乗り越える事は出来たが、ずっと彼女に手伝ってもらうなんてわけにはいかないだろう。もっとも、この学校に何時までいるかは分からないが。
「とりあえず、私が使っていた教材を貸しますので、それで勉強してください」
「了解です。いや、高校の悪ガキ共を相手にするよりも辛いですな、小学校という場所は……」
「虎太郎先生はずっと神沢で教鞭を振るってらしたんですよね」
「というより、そこ以外では教師なんてした事はなかったですがね」
更に言えば、表では言えないような事もその街以外では出来ない。
「どうですか、この学校は?」
「…………」
どうなのか、と聞かれれば当然周囲へ一瞬だけ視線を向ける事になる。自分の中でこの学校の評価はある程度固まっている。その評価をこんな場所で堂々と口にする様な事はしない。
ならば、少し遠まわしに言う事にしよう。
「―――――帝先生、少し気になった事があるんですが……」
珈琲を口に含み、出席簿を開く。
「この、月村すずかという生徒なんですが」
月村すずか、その名前を口にした瞬間―――職員室の空気が凍りつく。
ソレを感じとった虎太郎は小さく舌を打つ。
やはり、そういう扱いになるのか。
「あ、あの……月村さんの事ですが」
「確か……特別扱い、でしたよね?」
朝の出席を取る際、最後に月村すずかの名前を読んだ瞬間、教室はこの職員室と同じ空気になった。まるで、その名前を口にしてはいけない、それが何を意味するのかさえ知ってはいけないという様な、そんな重い空気。
当然、虎太郎は自分が何か不思議な事を口にしたわけではない、という事はわかっている。だが、この空気はどうも腑に落ちないのも事実。
「あの時、帝先生は言いましたよね―――『月村さんは良いんです』ってね」
「それは……」
「俺もあの時は生徒の手前、素直に従いましたがね。納得は出来ないんですよ。何故、月村の名前を出すだけであんな空気になるのか、どうして月村が出席していない事に問題が無いのか―――」
黙り込む教師一同を睨みつける様に見据え、全員に尋ねる様に言葉を吐き出す。
「どうして、月村の名前に【恐怖】しているのか……俺はそれがどうしてもわからない。わからないから納得できないんですよ」
虎太郎の問いには誰も答えない。
答える事を恐れる様に誰も口を開かない。
その姿に呆れて何も言えなかった。
だが、そんな無言の空間に言葉を漏らす者はいる。この学校の教頭である皆橋という女教師だった。
「加藤先生。差し出がましい事を言う様で申し訳ありませんが」
まるでテレビドラマに出てくる嫌味な教師だ、と虎太郎は思った。そして、その印象は実に的確だった。
「月村さんのご親族より、月村さんにはあまり干渉しないように言われています。ですので、月村さんが我が校の生徒である限り、彼女の行動を私達がどうこう言う事はできません」
「干渉するな、ですか。そいつは随分とおかしな事をいうご両親ですね。私ならむしろ干渉するべき、干渉する事が仕事だと思いますが?」
それでは月村すずかをこの学校に通わせる事事態が間違いだと言っている様なものだ。それは明らかにおかしい。干渉するなと言っているのなら、どうして月村すずかをこの学校に通わせているのか、まるでわからない。
「一つ言わせてもらいますがね、私は今日一日、月村の姿を見ていません。それどころか、誰も月村の事を話題にすらしない。教室の月村の席だってそうです。一番後ろの一番端。その席が存在する事にすら目を反らす始末だ」
プリントを配る時、最初から居ない事が前提とされた枚数しかなかった。
掃除の時間、一番後ろの一番端だけは動かされる事すらなかった。
その席には誰も触れない。触れる事を恐れ、完全に無視をしている。
「わかりますか?私達教師がそうしているなら呆れる事は出来る―――だが、生徒がそんな事をするのは、呆れなんて言葉で片付ける事は出来ないはずです」
「アナタがどう思おうと構いません。ですがこれは決定です」
「生徒に関わるな、という命令が決定ですか?」
「いいえ、生徒に関わるな、ではありません―――【月村すずかに関わるな】が決定なのです。この学校の決定であり、この街の決定です」
盛大に、そしてわざとらしく溜息を吐き、虎太郎は席を立つ。
「あ、あの……虎太郎先生」
彼女がどちらの味方なのか、この反応であっさりと理解できる。だから、せめて自分と同じ様に月村すずかが在籍しているクラスを預かる一人として、
「帝先生。俺は自分の職業にプライドやら誇りやら、そんな大層なものを持っているつもりはありません」
これだけは言っておきたかった。

「ですがね、好きではあるんですよ」

霙だけではない、この職員室にいる教師全員に言う様に、
「自分の好きな仕事だからこそ、中途半端には出来ない」
そう言って、虎太郎は職員室を後にする。




気づけば夕方になっていた。
時計の針を見て、下校時間をとっくに過ぎている事にすずかは気づいた。読んでいた本があまりにも面白かったせいか時間が過ぎる事すら忘れていた。
慌てて携帯を見ると、着信数が凄い事になっていた。もちろん、全てが家からの着信だった。
本を鞄に仕舞い、図書室を後にしようとする―――が、ドアの前で誰かとぶつかった。
「きゃっ!?」
「おっと!」
倒れそうな所を寸前で支えられた。
すずかの手を掴んだ手は石の様に堅かった。それでもどこか温かい、そんな手だった。
「大丈夫か?」
声をかけたのは眼鏡をかけた男。少なくともこの学校で見た事がない人物ではあった。だが、よくよく考えてみれば自分はどれだけこの学校にいる大人を知っているのかという話になり、結果はまったく知らないという結論になる。
つまり、誰であろうとすずかにとっては初対面であり、安易に話せるような人物ではないという事になるのだろう。
すずかはバッと手を離す。男はその行動に特に不快に思う様な事はなく、ただ苦笑する。
おずおずとすずかは男を見る。
おかしい、と思ったからだ。
この学校に在籍する生徒、教師を含めた全ての人間は自分に対して皆が同じような表情を浮かべるはずだ。少なくとも、月村の名を知っているのなら当然だろう。しかし、目の前の男は恐れるどころか、まるで自分を普通の女の子を見る様な眼で見ている事に気づいた。
「…………」
だから、反射的にすずかも相手を見る。見るというよりは睨みつけるという眼つきになってしまうが、それだけで自分がどう思っているか相手には伝わるだろう―――少なくとも今まではそうだった。
しかし、今度の相手は違った。
「ん?俺の顔になんかついてるか?」
睨まれているという自覚すらないのか、男は自分の顔を触る。
なんだ、この男は。
この男は自分を誰かと知っていてこんな反応を示すのか、それとも知らないからこんな反応を示すのか。
初めての反応に、
「あ、あの……」
すずかは男に声をかけていた。
「私、月村です」
これでわかる。
月村という名前に驚くのなら、相手は自分の事を何も知らない者。逆に知っていてるのなら何かを企んでいる者。前者も後者も自分にとっては味方にはなってくれない相手だと知っている。それどころか、姉の言葉を借りれば―――後者は敵でしかない。
「月村……すずかです」
「俺は加藤虎太郎だ」
「…………」
「…………」
「…………あの、私は月村ですけど?」
「あぁ、そうらしいな」
知っているらしい。
なら、後者。知っているからこそ普通の態度を示すという、何かを企んでいる者。つまり、月村にとって敵となる者に違いない。
「―――で?」
だが、虚を突かれた様にすずかは固まる。
この男、加藤虎太郎という男は今、なんと言ったのだろうか。
すずかは自分が月村だと答えた。
男はそれに対して知っていると答え「―――で?」と尋ねたのだ。
「だ、だから!私は月村なんです!!」
「うん、知ってるけど―――で?」
何を言ってるんだという想いでいっぱいになった。
おかしい、この男は何かおかしい。
「……何が目的ですか?」
「目的?」
キョトンとする男に短答直入に尋ねるが、
「生徒に話しかけるのはおかしい事か?」
質問に質問で返された。
「お、おかしくは―――いや、おかしいです」
この学校はすずかに対して不介入、不干渉である事は知っている。だからすずかはこうして授業を受けずに図書室に居る事が出来るし、好きな時間に登下校が可能だった。それは全て月村に干渉しないという協定によって得られた結果のはずだった。
しかし、この男は、
「おかしいか?普通だろ、別に」
「普通じゃありません」
「俺は教師でお前は生徒だ。なら話しかもするし、こうして普通に接する事もする」
「それが普通じゃない……」
不干渉こそが月村に対する全て。この街に関わる者の全てが月村対して、そういう扱いになるはずだ。
「私に構わないでください……そういう決まりなはずです」
「いや、そう言われてもな」
困った様に男は頭を掻く。そして、すぐにこう答えた。
「この街に来て数日しか経って無いし、この街のマイナールールなんて知りもしない。だから慣れるまでは俺は俺のルールでやるつもりだ」
「なら、すぐに慣れてください」
そして自分には不干渉を貫いて貰う。
「―――と、思っていたのはさっきまでだ」
「――――え?」
「慣れる気はなくした、そう言ってるんだよ」
男、加藤虎太郎は笑っていた。
「この街のルールなんて知るかって事だ。俺は俺のしたい様にする。だから俺はお前に会いに来たんだよ、月村」
ルールのはずだった。
決まりのはずだった。
それが誰の為にもなるはずだった。
「ちゃんと自己紹介しておこう……俺は加藤虎太郎。前まで神沢という場所で高校教師をしていたんだが、どういうわけか今はこの学校でお前のクラスの担任になった」
そのルールすら無視すると言った。
自分のルールに従うと、この男は言ったのだ。
「そういうわけでよろしくな、月村」
そう言って、握手を持てる様に手を差し出す。
その手は大きき、堅いと知っている。そして、それに似合わない温かさを持っていると知っている。
これは希望だ。
すずかはゆっくりと手を上げる。
希望という存在だ。
「先生は……人妖なんですか?」
「一応、そうだな」
希望という存在は、

「―――――――それじゃ、私と違いますね」

何時だって、自分にとっては毒なのだ。






「―――――――虎太郎先生!?」
気づくと、虎太郎は大の字に転がっていた。
身体中は痛い上に、額に手を当てると真っ赤な血が垂れている。
「虎太郎先生!」
そんな自分を心配そうな顔で見つめる少女が一人。確か、高町なのはという少女だった気がする。
「…………大丈夫だ、心配ない」
そう言って虎太郎は身体を起こす。起こした瞬間、頭にズキンという痛みが奔ったが問題は無い。
「本当に大丈夫なんですか……なんか、凄い勢いで飛んできましたけど」
凄い勢いで【飛んできた】と言ったのか、この少女は。虎太郎は頭を振って意識をはっきりさせる。
そして改めて見た。
改めて見て、苦笑した。
本当に今日は良くこんな笑みを浮かべる日だと思った。
それでもそのはず、虎太郎の視界にあったのは大きな穴だった。

図書室を合わせた教室六つをぶち破って開けられた、巨大な穴だった。

「あ~、高町。もしかして俺は、向こうから飛んできたのか?」
「は、はい……多分ですけど」
なのはは言った。
帰ろうと廊下を歩いていると、急に爆音が響き渡り廊下が揺れたらしい。その後に廊下に接する教室にドガッという破壊音が次々と響き渡り、何事かと教室に入ったらなんと教室の前と後ろに巨大な穴が開いてるではないか。
「つまり、教室をぶち破って吹き飛ばされたってわけか……」
ズボンについた埃を払い、立ち上がる。
「やれやれ、まさかあんな子供に投げ飛ばされるとは―――俺もやきが回ったか?」
「あの……投げ飛ばされたって」
虎太郎の言う様に、彼は投げ飛ばされたのだ。
自分よりも何倍も幼い、小柄な少女によってだ。
挨拶という事ですずかに手を差し出した虎太郎。すずかもその手を掴んでくれて、少しだけ安心した―――それが隙となったのだろう。
虎太郎の手を掴んだ瞬間、すずかの眼の色が変わった。
まるで小説の中に登場する怪物―――吸血鬼の様な黄金色の瞳。
「これ以上、私に干渉しないでください」
それが虎太郎が投げ飛ばされる前に聞いた、すずかの最後の言葉だった。
そう、見事に投げ飛ばされた。
子供だからという油断はあった。如何に相手が人妖であろうとも対応できない事は無いだろうとタカをくくっていた。それが立派な油断となった。
月村すずかの速度は虎太郎の想像よりも早い。
月村すずかの腕力は虎太郎の想像よりも強い。
月村すずかのスペックは虎太郎の想像よりもずっと上だった。
想像以上のスペック持っていたすずかの腕力で強引に投げ飛ばされた虎太郎は、漫画の様に壁に大穴をあけて教室六つ分を突き破って停止した。
「―――――こりゃ、思ったよりは甘く無い様だな」
まだ身体はズキズキするが問題は無い、と思ったが頭からギャグみたいに血が吹き出た。
「あ、グラッときた」
「せ、先生達を呼んでこなくっちゃ!それとも救急車?もしくは消防車!?」
軽くパニックになっているなのはに対して虎太郎は、
「あ、そういえば」
思い出した様になのはに向かって言う。
「高町の作文、なかなか良かったぞ」
「そんな事よりも病院に行かないと!!」
「大丈夫大丈夫、先生はこれでも頑丈だからな」
それよりもこの大穴はどうするべきなのかと考え、とりあえず逃げる事にした。あれだけ月村に関わるなと言われて置きながら、勝手に関わってこんな大穴を開けたとバレたら、給料が黒から赤に変わる事は間違いないだろう。
「よし、そうと決まれば逃げるか」
「それよりも病院に―――」
行きましょう、と言おうとしたなのはを抱えて虎太郎は逃走を開始する。
「虎太郎先生!?」
「――――高町。この街は面白いな」
自分に、そしてなのはに語る。
「俺がいた街と同じくらいに面白い街だ」
これが恐らく燃えているという状態なのかもしれない。
気に入らない事がある。
己が許せない事を強要する事が気に入らない。
そしてそれを平然とする事が許せない。
だからこそ燃えるのだろう。
まるで教育ドラマの先生になった気分だ。自分には絶対に似合わないであろう役柄だろうが、今だけはそんな気分になった。
「変わらんのさ、何処に行ったって」
自分が教師である様に、人が人である様に、生徒が生徒である様に、何処の街も何も変わりはしない。大切なのはソレに気づくかどうか、それだけだ。
教師は奔る。
風を斬る虎の様に奔る。


やるべき事が見えた虎に、立ち止まるという事はないのだろう。





それから数時間後。
海鳴のとある建築会社の電話がなる。
電話の内容はある小学校の壁が壊れたので修理に来てほしいという内容だった。
時間も時間な故に明日でも良いかと建築会社の所長は尋ねたが、早急に直してほしいという依頼だった。当然、それなりに賃金は弾むらしい。
所長は面倒だが仕事だからしょうがいないと諦める。
しかし、問題はある。
作業員の殆どが返ってしまったのだ。残っている者に声をかけても当然嫌な顔をするだろう。殆どが若者所帯な会社では良くある事だが、残業代を出すと言っても良い顔などしてくれない。
そんな時だった。
「――――所長、倉庫の整理が終ったぞ」
所長の眼に飛び込んできたのは、一年ほど前からこの会社で働いている長身の男だった。年齢は三十を超えているが、その体つきはそんじょそこらの若者よりも鍛え抜かれている。当然、力仕事をさせたらこの会社で一番だろう。それに、かなりの働き者でもある。
所長は尋ねる。
今から急な仕事が入った、最悪の場合は明日の朝までかかる可能性もある、悪いが引き受けてはくれないか、と。
すると男は嫌な顔一つせずに、
「俺は構わんさ」
了承してくれた。
「それじゃさっそく準備をするが―――その前に、ちょっと家に連絡させてもらうぞ」
そう言って男は備え付けの電話のボタンを押し、電話をかける。
所長はそんな男を見て、来月の給料は少し弾んでやろうと決め、準備に取り掛かる。
「――――あぁ、俺だ。悪いが、急に仕事が入って今日は帰れなくなった……ん、そうか、なら今日はあの子の所に泊ればいいさ。その方があの子も喜ぶ」
男は小さく笑った。
その姿を見て、所長は想う。
見てくれは怖い印象を抱かせるが、中身は優しい人間だ。だからもう少し見てくれに気を使えばモテるのだろうと考える。
人に威圧感を与える長身に白い髪。そして眼帯。とても堅気の人間に見えない鬼の様な男は電話を切って小さな溜息を吐く。
「奥さんにかい?」
「そんな関係じゃないさ……単に昔の同僚、上司といったところかな」
「それにして親しげだった気がするけど」
「俺とアンタがこうして親しげに話せるんだ。元上司とだって話せる」
なるほど、それはそうだ。
「だが、お前さんみたいな奴と付き合う人だ。一度会ってみたいな」
「別に付き合っているわけじゃないと言ってるだろ?ちなみに、普通の女性だよ。少々強情で見た目と中身にギャップがある人だがね」
「ふぅん……仕事は何を?」
「聞いてどうするんだ?」
男は呆れ顔で所長を見る。所長はいいからいいからと言って先を促す。
「家庭教師だよ……わけあって学校に行けない子供のな」
「へぇ、それでお前さんは頭脳労働ではなく肉体労働というわけか。うん、実に理にかなっている割り当てだな」
「所長……頼むから仕事の話をしよう。じゃないと、俺は今すぐに帰宅するぞ」
「はいはい、お前さんの意外と初だねぇ」
「そんな年齢じゃないさ」
所長はそれで私語と終わらせ、仕事の説明にはいる。
白髪隻眼の男は所長の説明を黙って聞き入る。





次回『人妖先生、激突!!家庭訪問』





あとがき
このお話はリリカルなのは×あやかしびと、のクロスとなっております。
ですが、ぶっちゃけリリカルなのは×(あやかしびと×弾丸執事×クロノベルト)が正しいのですがね。
というわけで、ここで質問です。
この物語の今後は
1.『あやかしびと』の世界で『リリカルなのは』をする
2.『あやかしびと』の世界に住む『リリなのキャラ』で話を進める。
この二つのどちらかになるのですが、どっちがいいですかね?

具体的にな例を上げると、
1を選択すると『管理局』になり、2を選択すると『ドミニオン』になる。
1を選択すると『レイジングハート』になり、2を選択すると『ベイル・ハウター』になる。

ちなみに、二つの内一つは嘘です……多分。


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