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[25782] 【ネタ】機動戦士ガンダムBlackCat(オリ主)【多重クロス注意】
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 01:29
初めまして「エルザス」と申します

まず初めに

・これはとある掲示板(2ちゃんではない)の「こんなガンダム面白くねwww」みたいなノリでの雑談・ネタスレが元になっております。(起動戦士Yガンダムみたいなものです)

・元々はそこに支援?として投稿していたものがこの度どうにかこうにか完結しましたので今回こちらの方に再投稿します。

・元々がネタ雑談だったこともあり、登場人物や登場兵器類がカオスになっています。
ついでにオリジナル主人公です。

・また結果的に他作品からキャラクターを借りることになり、クロスオーバー…もといやる夫系のようなスターシステムを一部採用しております。

・適時雑談の内容を反映した都合上、全体的に見て整合性の取れてない面がままあります。

・元ネタと性格、設定が一部改変(故意、結果的含む)されたキャラクターが存在します。

・作者の趣味で百合描写があります。

・主人公はややチート気味ですが…ガンダムもといRXナンバーがチートぞろいだから仕方ない。

・設定、考察(いいわけ)は作者とは別人物が担当しております。

・感想、批評等々お待ちしています。

・以上を踏まえて、了承の上当SSをお楽しみください。

・俺妹とは何の関係もございません。

著者:エルザス
設定・考察:神 長門

※習作→ネタに変更しました。



[25782] プロローグ
Name: エルザス◆12e13612 ID:4ed1fde8
Date: 2011/02/02 22:53
人類が、増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになってから半世紀以上が過ぎた、U.C.0079。
地球の周りには、数百基の巨大なスペースコロニーが浮かべられていた。
地球から最も遠い宇宙都市サイド3は、「ジオン公国」名乗り、地球連邦政府に対して独立戦争を挑んできた。
ジオン、連邦はともに甚大な被害をもたらしつつも、戦争は未だにおさまる気配もなく、戦火は拡大の一途をたどった。


だが、ホワイトベース隊とガンダムの奮戦により壊滅の危機を脱した地球連邦軍は、ガンダムの後継機の開発をすすめ、いまここに新たなガンダム、「RX-79BC ブラックキャット」が完成した。


ジオンは新型MS完成の情報をキャッチし、これを破壊するために新型MSが保管されている連邦軍北米オークリー基地に工作部隊を送りこんだ。
時を同じくして、武功をたて昇進ばかりのパイロット、シン・ナガモン中尉と、同じく黒猫中尉がオークリー基地に着任した。物語はここから始まる。


† † † † †

北米随一の穀倉地帯のど真ん中にある基地のゲートには、任官されたばかりの士官達が集まってセキュリティチェックを待っていた。
誰も彼もみな鍛え抜かれた体格をほこり、制服の袖をまくりあげて遮るもののない日差しに太い腕を晒している。
かくいうわたしもまたそんな士官にまぎれて、誰と話すわけでもなく順番を待っていた。日差しが強い。
地面のコンクリートからの照り返しもキツい。じっとしていると暑さのことしか考えられない。わたしは話し相手を探して、周囲を見渡した。
どの士官も暑さに負けずに意欲むき出しの表情をしている。ご苦労なことだ。


戦争の形勢は徐々にではあるが連邦側に傾きつつあった。
これまで連邦はジオンのザクになすすべもなく叩かれ、国力で言えば30分の1に満たない相手に敗北直前にまで追い込まれた。
だが、新兵器「ガンダム」の登場が流れを変えた。
ガンダムの一騎当千の活躍でMSの製造に自信をつけた連邦は、後継機と量産型の製造に乗り出していた。
もっとも新型機についてわたし達一般の士官が知っていることはごくわずかで、噂では新型機はこの基地にあるらしかったが、わたし達はその性能はおろか正式名称すらわからなかった。


それはさておき、わたしは話し相手を見つけていた。気だるい暑さにもかかわらず、一人だけ凛とした涼しさを釀している人影があった。
後ろから見ても明らかに女性のそれとわかる、華奢ながら均整のとれた体つき、周りの男たちより頭ひとつ低い背丈。銀髪のロングヘアーで、連邦軍の制服を着ていなければとても軍人には見えない。
わたしは彼女の正面に回り込んで声をかけた。


「ねぇキミ、キミも新任の士官なの?」


うつむき気味だった彼女の視線がわたしをまっすぐ捉えたとき、彼女のあまりに綺麗な顔立ちに、わたしは息をのんだ。淡い青と黄色のオッドアイがわたしを見つめていた。


「オレのことなら、答えはノーだ。昇進はしたが新任じゃない。お前は?」


男みたいな話し方をする。無理をしているような印象を受けた。


「実はわたしも昇進したところ。良かった、仲間がいて。わたしは黒猫。よろしくね。」
「オレはシン・ナガモンだ。よろしく。」


右手で握手。シン・ナガモンのほうがわたしより10センチは背が高い。わたしは終止彼女を見上げて喋っていた。
出身や戦歴などききたいことはいろいろあったが、セキュリティチェックの順番が来てしまった。
簡単なチェックの後、二人で連れだってゲートをくぐった。偶然にも、わたし達の目的地は同じ格納庫だった。
こんなに早く同じ女性の士官と知り合いになれて、私は素直に嬉しかった。


† † † † † †


オレは自分より背の小さな女性士官と歩いていた。彼女はその名を黒猫という。ついさっき偶然に知り合い、目的地も偶然に一緒だ。
少女じみた口調と、何よりもその可愛らしい見た目のせいだろう、彼女はとても軍人には見えなかった。
オレ達の目的地、L-12格納庫には、今時大戦の行方を左右しかねない代物が保管されている。彼女はそれを知っているのだろうか。
いや、そうは思えない。
だが、彼女もL-12格納庫に召集されたということは、オレはひょっとすると彼女と共に戦うことになるのかもしれない。そんな予感があった。


L-12格納庫は真新しい建物だった。閉じられている巨大な搬入口は、明らかにMSの出入りを想定している。
オレ達は搬入口の横のある小さなドアから中に入っていった。
照明は足元にわずかに光るだけで、格納庫の中はほとんど暗闇に近い。その暗闇の向こうから、聞きなれた声が聞こえてきた。


「お待ちしてました。ナガモン先輩。」
「乃人か。久しぶりだな」


薄明かりの中に、後輩のパイロット、乃人の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。


「そちらの方は?」
爽やかで凛々しい顔立ちの乃人は、オレの隣に立つ黒猫を見ながら言った。
「黒猫中尉だ。さっき知り合った。同じ部隊に配属らしい。」
「そうですか、自分は乃人准尉です。これからよろしく。」


乃人はそう言って一歩前に進み、黒猫に握手を求めた。それでようやく乃人の姿が多少ははっきりしてきた。身長はオレと同じくらい。彼女とはけっこう前からの付き合いだ。


「こちらこそよろしく。ナガモン中尉とは知り合いなの?」
「あぁ、以前同じ部隊に所属していました。士官学校の先輩でもあります。」
「そういうことか。ところで、ここが真っ暗なのはなんで?」
「最高機密ですからね、基地内の人間がうっかり見てしまっては困りますから。」
「乃人、説明は後回しにしてくれないか。オレは早く現物を見てみたい。」
「了解です。ではこちらへ。」


乃人はそう言ってくるりとターンすると、暗闇のただ中へ向かって歩き出した。足下のわずかな灯りを頼りに、オレと黒猫もあとに続く。


「ここです。度肝をぬかれますよ!」


乃人は立ち止まってそう言うと、何かの端末を操作した。すると、真っ暗だった格納庫内が急に明るくなった。


「ッ!!」


黒猫が息を呑んだ。何があるか知っているオレですら、圧倒される心地がした。
目の前には、高さが18メートルにもなる巨人が直立していた。


「これが…ガンダムか…」
「その通り、RX-79BC、通称BlackCatガンダムです。」


RX-79BC、BlackCatガンダム。RX-78の細身で流れるようなボディラインとは異なり、BlackCatのそれはかなりがっしりとした印象だ。
機体はその名の通り全体に黒っぽく塗装されており、頭部の黄色いV字アンテナだけが妙に目立っている。


「それで?」


呆然と立ちつくしていた黒猫が、不意に口を開いた。


「誰がのるのかな?」


同刻、オークリー基地司令室に、監視塔からの緊急無線が飛び込んできていた。曰く、


「オークリー基地より北東約5キロ地点、敵MS3機接近中。」


基地司令は直ちに警戒態勢をとるよう指示し、基地内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。


黒猫の疑問をかき消すように、格納庫内に警報を知らせるサイレンが響き渡った。敵襲らしい。状況を知らせるアナウンスが続く。


「総員、第一種戦闘配置!敵のMS3機がこの基地を目指して進撃中!61式戦車は全車、基地を出て迎撃態勢を整えよ!繰り返す、……」


状況は一刻を争うらしい。だが着任したばかりのオレ達に、配置につくべき部署はない。この場合は待避壕に行くのが正解だ。


「敵はここにこの機体があることを知っているんでしょうか?」


乃人が怪訝な表情で言った。


「わからんが、とにかく退避しよう。乗ったことのない機体でいきなり実戦と言うわけにもいかない。」


オレはそう言いながら黒猫を振り返った。彼女は搬入口の方を睨むようにしながら立ちつくしている。


「さあ、黒猫中尉、行こう。」
「・・・来る!」
「え?」


刹那、ものすごい爆音と同時に搬入口が砕け散った。オレ達は爆風でなぎ倒され、地面にはいつくばった。耳鳴りがひどい。
乃人がこっちを向いてしきりに何か叫んでいるが、何を言っているのかまったくわからない。必死で外を指さしている。
オレはそちらに目を向けた。灼熱の炎の中、悪魔か化け物のように、一つ目の巨人がこちらを睨んでいた。


「ザク!!」


もうこんな所へ、早すぎる。友軍は足止めもできなかったのか?


「退避するぞ!バンカー目指して突っ走れ!」


乃人に向かって叫んだ。彼女は大きくうなずき、すぐに走り出した。


「黒猫中尉、はやく・・」


逃げろと言いかけて、オレは黒猫がその場にいないことに気がついた。一体どこに?
すると、頭上でウィンチが巻き上げられる音がした。
まさかと思って上を見ると、黒猫の小柄な体がBlackCatのコックピットに消える瞬間だった。こいつを動かそうというのか?


「バカな真似はやめろ!いきなり動かせるはずがない!中尉!」


必死で叫ぶが、黒猫は返事をするどころか、コックピットのハッチを閉めてしまった。その時、オレの背後でズンッ、と地響きが起こった。
振り返ると、ザクが格納庫内に一歩足を踏み入れ、マシンガンでBlackCatに狙いを定めていた。


† † † † †


わたしは無我夢中だった。このMSを破壊されるわけにはいかない。ただその思いだけが頭を支配していた。主電源は生きている。


「こいつ、動くぞ!」


武装は頭部バルカンとビームサーベル。ザク相手なら十分だ。メインカメラをオンに。姿勢制御も問題ない。
目の前にはザクがこっちを狙っている。足下ではシン・ナガモンが何かを叫んでいる。だがもう戦うしかない。覚悟は決めた。


† † † † †


ザクのパイロットは、すでに勝者の優越感を感じ始めていた。奇襲は完全に成功し、連邦軍が体勢を整える前にこの格納庫に到達できた。
そしてここには、事前の情報通りに新型MSが保管されていた。あとは目の前のMSを破壊できれば、彼は間違いなく勲章を授与されるであろう。
だが、彼は新型MSの性能については何も知らなかった。
彼のザクが手に持つザク・マシンガンは、ガンダムの装甲の前にはまったく無力であることも。
そして彼は、今ガンダムに乗り込んだパイロットについても、何も知らなかったのである。


† † † † †


ザクは、ついにマシンガンを発射した。オレはとっさに近くの作業台の陰に身を隠した。爆音が頭上ではぜる。
目を閉じ、両手で耳をふさぎ、ぐっと身を固くして耐えた。何かを叫んでいたかも知れない。また耳がおかしくなりかけたとき、不意に爆音がやんだ。
マシンガンの弾が切れたのか?そっと目を開けたそのとき、さっきとは比べものにならないくらい近くで、ズンッ、と地響きが起こった。
空間そのものが振動したようだった。そして、オレの体のすぐ横を、巨大な足が唸りを上げて通り過ぎていった。そしてまたズンッと響く。 作業台の上にあったスパナが5㎝は跳ね上がった。
BlackCatが動いていた。黒猫は初めて乗る機体を見事に操り、ザクとの間合いを一歩ずつ詰めていった。
ザクの方に焦りが生まれたのが手に取るようにわかった。


「なんてMSだ。ライフルをまったく受け付けなかった…!」


BlackCatは今やザクに躍りかかろうとしていた。頭部バルカンが火を噴き、ザクの持っていたマシンガンがその手の中で砕け散った。
ザクはたまらず身を引いたが、すぐにBlackCatに捕まった。BlackCatはザクの腰部にある動力パイプを掴むと、それを引きちぎった。
そしてついにビームサーベルを抜くと、真一文字に切り払った。
一瞬、時間が止まったかのような静寂がながれ、次の瞬間ザクは大爆発を起こした。オレは再び作業台の陰に隠れた。
爆風が格納庫内を吹き荒れる。ようやくそれがおさまった時には、BlackCatは格納庫から出て、日差しの中にその勇姿をさらけ出していた。と、新たなザクがBlackCatの前に姿を現した。
ヒートホークで武装したザクは、BlackCatの真正面から大きなスイングで斬りかかった。だが、BlackCatの動きはザクの機動を完全に凌駕していた。
BlackCatは身を低くかがませてザクの攻撃をやり過ごすと、今度はすくい上げるようにサーベルを振るってザクの腕を切断した。
両手を失ったザクは、それでもなお戦闘をやめない。右肩を突き出して、BlackCatに体当たりを試みる。


「まずい、避けろ!」


思わず叫んでいた。ザクのタックルを受けると、たとえ外部に損傷を受けずとも、内部のデリケートな配線などが破壊される危険があるのだ。
しかし、BlackCatはタックルをひらりとかわし、すれ違いざまにザクの首を切り落としてみせた。ザクの胴体と頭部が同時に地面に落下し、燃え上がった。


オレはその光景を唖然として眺めていた。目の前の光景が信じられなかった。まずBlackCat自体の性能が驚異的だった。ザクの主武装であるマシンガンはその装甲の前にまったく歯が立たなかった。
だが、なににもまして驚異的だったのは、パイロットの、黒猫の操縦センスだ。常人離れした順応性、反射神経、一瞬での判断力。
奴には未来が見えているのだろうか。そんな空想すら頭に浮かんだ。だが、果たして空想と言い切れるだろうか。


「ニュータイプ・・・。」


ぽつりとつぶやいた自分の言葉に、オレはなぜだかひどく納得したような気持ちになっていた。


† † † † †


わたしは疲れがどっと湧き出してくるのを感じていた。
まず頭に浮かんだのは「生き残った」という、素朴で、だけど何か後悔を感じさせる想いだった。
戦死したザクのパイロットに懺悔したいのだろうか。実戦は初めてだった。初めてこの手で人を殺した。だから後悔するのだろうか。
だけど、モニターの片隅にこちらに走り来るシン・ナガモンを見つけたとき、もう後悔の気持ちは消え失せて、ただ安堵だけが残っていた。
つまり、生き残ることができて良かった、と言うことなのだろう。わたしの戦いはまだ始まったばかりだ。
戦いはまだまだこれからなのだ。



[25782] ブラックハウス
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/02 23:00
“危険な武器などというものはないのだ。危険な人間だけがいるということだ。俺たちは貴様らを危険な人間に仕立てあげようと教育しているのだ”
  ロバート・A・ハインライン「宇宙の戦士」


オークリー基地の司令は、指令室から硝煙ただよう基地内を見渡していた。オークリー基地の被害は甚大だった。
15輌あった61式戦車は2輌を残して全滅し、基地内の至るところに配されていた各種砲台も壊滅状態となった。死傷した兵士は基地の医務室を埋め尽くすほどだ。
しかし、オークリー基地内部で最大の施設、戦艦用ドックは被害を免れていた。
襲来した3機のザクのうち、2機はBlackCatに撃破され、基地の外に待機していた残る1機はそのまま退却していったのだ。
ジオン側にBlackCatの存在がはっきりと確認されてしまった可能性は極めて高い。しかし基地司令は、さほど危機感を感じていなかった。
というのも戦略的に見れば、戦艦ドックの中にあるもののほうが、BlackCatよりも重要だったからである。
基地司令は制帽を手にとると、指令室を出て戦艦用ドックに向かった。


† † † † †


L-12格納庫で待機していたオレ達は、基地司令から戦艦用ドックに呼び出された。
戦艦用ドックに入るセキュリティチェックは基地のゲートのそれとは比べ物にならないほど厳密だった。
ようやくドックに入った時には、制服にこびりついた硝煙の匂いにも慣れきってしまっていた。
オレ達は戦闘の直後であり、疲れていた。しかしドックにあったものを見たとたん、そんな疲れはどこかに吹き飛んでいってしまった。。
オレ達の目の前には、巨大な漆黒の飛行戦艦が鎮座していた。


「新造戦艦、ブラックハウスだ。」


背後から基地司令の声が聞こえた。


「正確にはペガサス級強襲揚陸艦ということになる。ナガモン中尉、黒猫中尉、乃人准尉の三名はこの船に乗り込み、MSのパイロットとしてジオンと戦ってもらう。」


「質問してもよろしいですか。」
「なんなりと、ナガモン中尉。」
「パイロットは我々3名だけですか?」
「現段階ではそうだ。なにぶんMSの絶対数が圧倒的に足りないからな。ブラックハウスに搭載されるのは現状ではBlackCat一機だけだ。本来はボール2機の支援が必要なのだが、地上ではそれもできない。もっともブラックハウスの火力は相当なものだがな。」
「わかりました。」
「出発日時と最初の目的地は追って知らせる。まずは乗艦したまえ。以上だ。」


基地司令が姿を消すと、黒猫が待ってましたとばかりにブラックハウスに向かって走り出した。乃人もあとに続く。
オレはもう一度だけブラックハウスを見上げてから、二人の後に続いた。


† † † † †


わたしは胸が高鳴るのを感じていた。新造戦艦。なんていい響きなんだろう。
これにBlackCatが載せられて、そのパイロットがわたしたち。素敵だ。
艦長は誰なのだろう。これだけ重要な船を任せられるのだ。百戦錬磨の強者に違いない。
そしてシン・ナガモンや乃人はどんなパイロットなのだろう。
クルーはどんな人たちだろう?ベッドはふかふかなのかな?腕のいい人がコックだといいな。
今はわからないことばかりだけど、わたしは不安をいっさい感じていなかった。むしろ未来への希望が膨らんでいた。わたし達の活躍で、この戦争を早く終わらせたいと思った。
そして、それができると信じていた。


ザクの襲撃から2日後、ブラックハウスに艦長が着任した。わたし達パイロットは艦橋に呼び出され、艦長と対面した。
アズサ・ナカノ少佐。私より5cmほど背が高いが、女性としても小柄なほうだ。つやつやした黒髪のツインテールがトレードマーク。
驚いたのはそのあどけなさだ。わたしは身長のせいで幼く見られることがあるけれど、そんなわたしからしてもこの艦長は年下に見える。


「ネコミミとか、似合いそうだな。」


ナガモンが突然ぽつりと呟いた。まったく同感だ。


「にゃ~って言ってみて。にゃ~って。」


わたしも便乗する。


「二人とも、相手は上官なんですよ?」


乃人がたしなめるが、目が笑っていて説得力がまるでない。


「ナカノ少佐はこれが初めての艦長任務だ。古参兵の君たちはしっかりと彼女をささえてほしい。」


基地司令の口元も少しゆるんでいた。艦長には周囲を和ませる程度の能力があるのかもしれない。
基地司令はそのまま艦橋をあとにし、わたし達は残った。艦長とパイロットの交流は大切だ。
戦艦のクルーは一蓮托生。お互いに相手に命を預けて戦うことになる。今から信頼を築いておいたほうがいい。
そんな言い訳を考えつつ、わたし達は艦長をからかった。
艦長も部下の古参兵の扱いは心得ているようで、恥じらいながらもわたし達の言うがままに遊ばれていた。


「に、にゃあ~///」
「かわいい!あだ名はあずにゃんで決まりだね!」


翌日、ブラックハウスに命令がとどいた。曰く、
「第14独立戦闘団(以下ブラックハウス隊と呼称する)は、明朝0630、オークリー基地を発進、アリゾナ戦域を通過し、連邦軍最高司令部ジャブローへ回航せよ。途中敵と遭遇した場合には任意に交戦を許可する。
なお、途中テキサス戦域においてミデア輸送中隊から補給を受けること。
ブラックハウス隊は連邦軍の最高機密に属する。交戦した際には敗北は決して許されない。
いかなる障害に遭遇しようとも、隊の総力をあげてこれを排除し、必ずジャブローに到達すること。諸君の健闘を祈る。」


あずにゃん艦長が船の乗組員を集めてこの命令文を読み上げている時、わたしは周囲を見回してばかりいた。
艦長は乗組員全員(わたし達パイロットやBlackCatの整備兵を含めて)を召集したはずなのに、実際にここにいる人数はその半分にも満たないようだった。わたしはこの疑問を艦長にぶつけようと思っていた。しかし、その必要はなかった。


「この命令にもある通り、ブラックハウス隊は必ずジャブローに到達します。しかしそれまで、みなさんの全員を生きて連れていけるかどうか、私には約束できません。戦局は我が方に傾きつつありますが、ジオンはいまだに強大な戦力を誇っています。そして彼らの戦闘意欲がただならぬものであることは、みなさんが先日目にした通りです。
さて、すでに不思議に思っている人もいると思いますが、ここにいる人数は本来の半分にも足りません。残りの半分は…」


艦長はここでいったん話をきった。わたしはもうその続きがわかってしまった。


「先日のザク襲来により戦死、又は負傷し、船に乗って戦うことはできなくなりました。」


かすかにどよめきが起こった。無理もない。たった3機のザク相手に、仲間がこれだけやられたのだ。
だが、これから立ち向かわなければならない敵はそんな小さなものではあるまい。
新造艦に着任したばかりのわたし達にとって、あまりにショッキングな船出になってしまった。


「人員補充の見込みは全くありません。慎重に検討した結果、現在の人数でも船はギリギリ動かせるものと思われます。従って司令部はこのままのメンバーでブラックハウスを発進させることに決めました。
みなさんにかかる負担は大きくなるでしょう。しかしジャブローに着けば必ず補充があるはずです。それまでは全員の獅子奮迅の働きを望みます。どうか頑張ってください。以上です。」


艦長がみんなを解散させたあと、わたし達は艦内の格納庫に向かった。BlackCatの状態を確認するためだ。
格納庫には整備士長のMKⅡと、彼の優秀な助手であるLv.57が待っていた。
二人とも女性だが、整備の腕は折り紙つきだ。連邦軍中の整備兵からあつい尊敬を集めている有名な整備兵らしい。
MKⅡなどは、61式のエンジン音を聞いただけでどこが悪いのかわかってしまうという。
一方Lv.57はコンピュータのほうが専門で、ミノフスキー粒子の影響にも負けずありとあらゆるハイテク機器を操っていた。


「二人とも、艦長は全員を呼んだはずだぞ。ここで何をしている。」


ナガモンが艦長の呼集に応じなかったことを咎めたが、別段怒っているわけではなさそうだった。
MKⅡはLv.57と顔を見合わせると、肩をすくめて言った。


「機械も私達を呼んでたのさ。」


事実、MKⅡの端正な顔と彼女が着ている体操服には真新しいオイルが付着していた。どうやら二人して整備に没頭していたらしい。


「まぁいいだろう。で、BlackCatの仕上がりは?基地を出ればいつ敵と遭遇するかわからないぞ。」


ナガモンの問いに、今度はLv.57が答えた。


「現状でBlackCatの性能は100%出せます。」
「右手がついてない。たしか、どでかい爪をつけるはずじゃなかったか?」
「あんなの飾りです!偉い人にはそれがわからんのですよ!」
「…使い方はマニュアルを読んだからわかるが、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲な。オレに使いこなせるか?」
「中尉の腕前は僕にとって未知数です。保証できるわけありません。」
「はっきりものを言う。気に食わんな。」
「どうも…。気休めかも知れませんが、中尉ならきっと使えますよ!」
「ありがとう。信じよう。」

ナガモンが言った装備について少し説明しておこう。BlackCatの右手につける予定だった爪というのは、「トンガリコーンスマッシュ」と呼ばれる鋭いクローのことである。このクローは極めて頑丈で、ザク・マシンガンの弾丸を簡単に弾き飛ばしてしまうし、戦艦程度の装甲を引き裂くことさえ可能なのだという。
ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は、BlackCatの股間部に装備されている長大なビーム砲だ。どうしてこんな長い名前になってしまったかわからないが、威力は抜群だそうだ。


翌日午前6時30分、ブラックハウスは予定通りオークリー基地を出発した。
クルーの数は絶望的に不足していて、きちんと操艦できるのかはかなり不安だったが、発進は意外にもスムーズだった。
ブラックハウスは真南に向かって飛ぶ。
わたしは艦橋に来ていた。右舷から差し込む朝日が眩しい。艦橋CICのフロアはかなり広々としている。
いま舵をとっているのは副長の京大尉だ。彼女の家系は名門の軍人貴族で、彼女自身いたって真面目な性格で軍規を重んじるタイプだ。
控え目なあずにゃん艦長とは対照的な存在と言えるかもしれない。
とは言っても、艦長だってかなり真面目で、お茶を飲んでゆっくりする時間よりも、訓練の時間のほうが好きらしい。
その艦長はいま、レーダー担当のオペレーターであるカントー・ドゲザ少尉のところにいた。二人は何事か話し合っている。
なにかの確認をしているらしい。カントーが一度大きくうなずくと、艦長はCICの中央にある自分の席に戻った。
カントーはそれを見届けると、自分のコンソールに向き直った。と、すぐさまインカムに向かって叫んだ。


「2時の方向にザク4機が接近中!距離7800!」


即座に艦長が命令をくだす。


「コンディションレッド発令、対MS戦闘用意!総員、第一戦闘配備!!」


艦内にブザーが鳴り響き、人と物が一斉に動き出した。わたしも大急ぎで格納庫へ向かわなくてはならない。


† † † † †


あずにゃん艦長の元には、各部所から配置完了の報告が続々と入ってきていた。各砲台、機関室、カタパルト、そしてMS格納庫。
それらすべての報告が出揃った時、あずにゃん艦長はマイクを取り上げ、全艦放送のスイッチを入れた。


「艦長より達します。ただ今の訓練の所要時間、4分33秒。初めてとはいえ遅すぎます。3分を切るまで訓練を続けます。総員第一戦闘配備解除、コンディショングリーンに速やかに移行してください。」


船のあちこちから、ため息とも安堵ともとれる、はぁ、という声が聞こえてきた。そう、カントーの報告は艦長の指示によるでまかせだったのだ。


「副長、次からは転進する必要はありません。針路180を維持してください。」
「了解しました、艦長。」


あずにゃんの指示に副長の京がうなずく。


「艦長。」


MS管制担当のアーク少尉が手を上げていた。


「なんですか?」
「シン・ナガモン中尉がBlackCatの発進許可を求めています。」
「なんのために?」
「慣らし運転をしたいそうです。自分はまだBlackCatに乗っていないから、と。」


あずにゃん艦長は少し考えると、言った。


「発進を許可します。ただし緊急の際は直ちに帰還するように。ブラックハウスから5km以上離れないように言ってください。」
「了解しました。」


† † † † †


ようやくこいつを操縦するチャンスが巡ってきた。オークリー基地での戦闘を、オレは見上げているだけだった。
オレ達3人のパイロットのうち、誰がBlackCatの正式パイロットになるかまだわからない。
3人ともが乗ってみて、実戦を経験して初めて正式決定が下るだろう。
黒猫の腕は確かだ。奴こそニュータイプに違いない。
だがオレだって負けてはいられない。
アーク少尉が発進シークエンスを進める。


「カタパルト接続、システムオールグリーン。発進、どうぞ!!」
「シン・ナガモン、BlackCat、いきます!!」


体がシートに強く押し付けられる。カタパルトからの射出でかかるGはかなり強烈だ。
飛び出した機体をうまく着地させ、オレはレーダーを注視した。識別できる範囲において敵影はない。ゆっくりと練習できそうだ。
疾走、膝立ち、ジャンプ、横ステップ、またジャンプ、後退…。
様々に機体を操ってみると、BlackCatの驚異的な運動性能がはっきりとわかった。この機体はすごい。BlackCat量産の暁には、ジオンなどあっと言う間に壊滅するだろう。
はやく実戦でこいつを駆ってみたい。そんな邪な気持ちが首をもたげていた。よくない傾向だ。焦りは禁物、じっと機会を待つべきだろう。遠からずその時はくる―――

そしてその機会は、予想より遥かに早く巡ってきたのだ。


† † † † †


ブラックハウスの艦橋CICでは、カントー・ドゲザ少尉が交代を待っていた。彼女の受け持つレーダーに機影はない。
もっともミノフスキー粒子の干渉で、レーダーがはっきりと映るのは本来の70%が限界だった。
とくに左舷側の乱像がひどく、その方向の監視は目視のほうが信頼できそうだった。
あずにゃん艦長はようやく3分半を切った戦闘配備訓練を続けている。熱心なものだ、とカントーは艦長を見ながら思う。
あのあどけない艦長が、連邦軍の最高機密を任されている。考えてみればこれは異常なことだ。
あずにゃん少佐にとってはこれが初めての艦長勤務だという。重要な船であるならば、なぜ彼女が艦長なのだろう。
もう一つ疑問がある。この船は女だらけなのだ。艦長に副長、パイロット、自分たちオペレーターは別として、整備兵まで女性が多い。どう考えても普通の船ではない。もちろん男子クルーもたくさんいるのだが。
まぁいいや、私には関係ない。カントーはそう思って、レーダーに視線を戻した。そしてそこには、敵を表す機影がはっきりと映されていた。


「レーダーに機影!9時方向、ザク6機、距離8000より接近中!」


即座にあずにゃん艦長がマイクを掴んだ。


「コンディションレッド発令!総員第一戦闘配備!!これは訓練ではありません!!繰り返します!これは訓練ではありません!!対MS戦闘用意。アーク少尉、BlackCatをすぐに呼び戻してください。」


艦内の配置はすぐに完了した。訓練の途中で、すでにほとんどのクルーが戦闘配置についていたのだ。
ブラックハウス全体に異様な空気が漂っていた。
船として初めての実戦を前に、興奮と不安のいりまじった奇妙な雰囲気がブラックハウスを包んでいる。
あるものは笑みを浮かべ、あるものは神に祈り、あるものは表情を変えなかった。
結局クルー達にできるのは、自分のなすべきことをすることだけだ。
そしてそれは、シン・ナガモンにとっても同じことだった。


† † † † †


アーク少尉から敵を発見したと伝えられ、オレは我が身の幸運を喜んだ。実戦だ。現れたザクは6機、相手にとって不足はない。
ブラックハウスから見える位置まで戻り、戦艦からの援護射撃を受けつつ戦うことになった。あわよくば敵を全滅させられるかもしれない。
いや、絶対に全滅させる。そう決めた。
東から近づいてきたザクは、2つのグループに別れて行動した。ツノ付きの指揮官用ザクが率いる4機はまっすぐ突っ込んでくる。
残る2機は大きく北へ迂回し、オレ達の背後へ回るつもりらしい。あまりにセオリー通りの攻撃法だ。
艦長はオレに単独で4機と戦うよう命令した。2機のほうはブラックハウスの艦砲で叩く。艦長の期待に答えなければ。


† † † † †


4機のザクはBlackCatに向かって全力疾走してきた。両翼の2機は左右に分かれ、足をとめて強力なザク・バズーカを撃ちかけてきた。
十字砲火がBlackCatを襲ったが、シン・ナガモンはこれをジャンプでかわした。
BlackCatはその勢いのまま一気に距離をつめ、指揮官用ザクの懐に飛び込んだ。
指揮官用ザクは白兵戦用のヒート・ホークを構えると、BlackCatに斬りかかった。だが、BlackCatの運動性は桁違いだった。
指揮官用ザクはヒート・ホーク振り下ろしたが、BlackCatは難なく身をかわした。かと思うとビームサーベルを抜き、瞬時にそのザクの胴体を突き刺した。
ザクの装甲が貫かれる強烈な音がして、まるで時間が停止したかのように、双方が動きを止めた。
と、BlackCatが後ろ向きに飛び跳ね、敵機との距離を離した。その瞬間、胴体を貫かれた指揮官用ザクは大爆発を起こした。
残る3機のザクは、その間にBlackCatを中心としてほぼ正三角の配置をとった。
2機は先と同様にザク・バズーカを発射し、もう1機はマシンガンの引き金を引いた。
3方向から砲火を浴びる格好となったナガモンは、しかし冷静そのものだった。
彼女は二発のバズーカ弾だけをかわし、マシンガンの弾はまったく避けようとしなかった。
BlackCatマシンガンを持つザクに向かって走った。
その間、機体はマシンガンの銃撃を受け続けていたが、ナガモンはBlackCatの装甲がそれに十分耐えうることを熟知していた。
連射を浴びせてもまったくひるまないBlackCatを見て、このザクのパイロットは恐怖を憶えたに違いない。BlackCatの姿がコックピットのモニターいっぱいにまでなった時、ザクのパイロットは自分の死を悟っていた。
BlackCatはまずマシンガンをまっぷたつに叩き斬ると、ビームサーベルをザクのモノアイに突き刺した。
その時、バズーカを持ったザクの1機が、仲間を助けようとBlackCatの背後に回り込んだ。そのザクはヒート・ホークでBlackCatに斬りかかった。
ナガモンはサーベルを突き刺したザクを盾にし、身を守った。
味方に切り裂かれたザクは爆発せず、大音響をたててその場に崩れ落ちた。
斬りかかったほうのザクは味方を殺したショックで一瞬呆然となった。ナガモンはその隙を見逃さなかった。
新たなビームサーベルを引き抜き、一瞬で敵機の腕を切り落とすと、その腕が握っていたバズーカをゼロ距離で発射し、とどめを刺した。
残る1機はすでに離脱をはかっていたが、ナガモンはこれを見逃そうとはしなかった。


「逃がすか!!」


彼女はBLackCatの腰部後面からビームライフルを抜くと、走るザクの頭部を一発で撃ち抜いてしまった。


ブラックハウスの艦橋では、シン・ナガモンの戦いをクルー達が固唾を呑んで見守っていた。
ブラックハウスはすでに迂回した2機のザクを砲撃でしとめ、BlackCatの援護に回ろうとしていたのだった。
だが、その前に戦闘は片付いてしまった。たった1機のMSが、連邦をあれほど苦しめたザクを、しかも4機も、わずか数分で撃破してしまった。


「…歴史が変わろうとしています。この戦争と、MSの歴史に、大きな変化が起ころうとしています…」


あずにゃん艦長が思い詰めたような顔で言った。戦闘は終わったのに、ひどく緊張しているようだった。
彼女は戦闘配備を解除し、BlackCatに着艦を命じると、艦橋をでていった。



[25782] ガルマ、散る
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 14:26

† † † † †

ブラックハウスのMS格納庫は、今や祭りのような熱狂に包まれていた。
ハルヒ・スズミヤ技術中尉が自らの整備中隊とBlackCatの追加武装をともなって乗艦し、さっそく整備作業を開始したのである。


「トンガリコーンの取り付けは後回し!まずは鉛筆削りを立ち上げて、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を整備するわよ!みんな、全力で働きなさい!!」


整備兵たちは手際よく作業をこなしている。
ハルヒ中尉の整備中隊、通称SOS団は凄腕の技術集団と言われており、その信頼性は連邦軍随一だ。
オレは黒猫、乃人と並んで着々と進展する作業を見守っていた。すると、自分の部下に指示を飛ばしていたMKⅡがこちらにやって来た。


「驚いたね。カタログデータからすれば、BlackCatは一機だけでも戦艦並の性能だよ。ただ全備重量が100t近くになるねえ。駆動系統を補強したいところだが、あいにくそれだけのスペースが機体内部にない。もっともここの設備だけじゃそんな大規模な改造は無理だがね。上層部は何考えてこんなもの作ったのかね?」
「実戦の許可は下りてるし、プロパガンダという訳ではなさそうですね。」


乃人が言った。


「どうやら上層部もコイツの扱いには頭を痛めているみたいだよ。」


いつの間に現れたのか、Lv.57が端末を持って立っていた。


「と、言うと?」


乃人が先をうながす。


「BlackCatの情報が欲しくて連邦軍参謀本部のコンピューターにハッキングしたんだけど…」
「無茶するなぁ。」
「まあね。どうやらBlackCatの開発にはK・Y・Tっていう組織が関わっているみたい。」
「そのK・Y・Tっていうのは?」
「よくわからないけど、僕的には、連邦軍内の実験兵器開発組織みたいなものなのかなって思ってる。参加してるのがどんな人間なのかはほとんど不明なんだけど、わかってる限りではちょっと問題のある技術者が多いみたい。マッド・サイエンシストとまではいかないけど、開発コンセプトが奇抜な人ばっかりなんだよね。」


Lv.57の説明を聞いて、MKⅡが「ひょっとすると…」と口を開いた。


「SOS団もその一部なんじゃないか?BlackCatの開発から携わっていたから、今こうして追加武装の整備ができるのかも。普通の整備兵にはあの複雑な機構は難しいぞ。」


オレもMKⅡと同意見だった。整備のことには詳しくないが、なぜ彼らがオークリー基地からこの船に乗り込まなかったのか大いに疑問だったからだ。


「いっそ連中のうちの誰かを問い詰めてみたらどうだ?同じ船に乗る以上オレ達は一蓮托生。連中がミスをすれば連中もオレ達も死ぬ。オレ達がミスしても同じだ。この際腹割って話してみるべきだろう。」


オレはそう言って、SOS団の整備兵たちの方へ近づいて行った。
SOS団の整備兵のうち、さっきからオロオロとして全然作業が進んでいないひとりの女性整備兵が目についた。
ネームプレートには「M.Asahina」とある。


「少しいいか?オレはBlackCatのパイロットでシン・ナガモンという者だ。」
「ふぇ?パイロットの方ですか?」
「そうだ。お前らSOS団のことについてききたい。どうしてオークリー基地から搭乗しなかった?後から乗って来た理由は?お前らのボスはどんな人間だ?」
「ボスって、スズミヤさんのことですか?どんな人間といわれても・・・。」
「違う。SOS団よりもっと上の人間だ。ええい、面倒だから単刀直入にきくぞ。K・Y・Tについてどこまで知ってる?」


K・Y・Tの名前を出した瞬間、どこか抜けた印象のあるこの整備兵の表情がさっと緊張した。
しかし次にでた言葉は条件反射のように正確で、冷静だった。


「禁則事項です。」


彼女は微笑とともにそう言ったのだった。
オレはなんだかあっけにとられて、それ以上彼女と話すのをやめた。意外にも口は堅そうだ。だが、連中がなにかを知っていることはわかった。
オレは次の整備兵を探した。ほとんどの者が作業に携わっているので話しかけられる者は限られている。
鉛筆削りと呼ばれる機材の傍らに立っている男は暇そうだ。彼に決めた。
その細身の整備兵は顔に貼り付けたようなほほえみをたたえていた。甘いフェイスで本心を隠している。そういう男だろう。
ネームプレートの文字は「I.Koizumi」と読めた。


「SOS団の整備兵だな。オレはシン・ナガモンという者だが、訊きたいことがある。」
「これはこれは、パイロットの方と直々にお話できるとは、身に余る光栄です。」


やたらと下手にでるが、少しもいやらしくないしゃべり方をする。手強そうだ。


「オレのこと知ってるのか。」
「知らないものはありませんよ。失礼ですがあなたは自分の立場をもう少し知ったほうがいいと思いますよ。」
「そうか?」
「それで、訊きたい事とは何でしょうか?」
「ああ、K・Y・Tという組織について知りたい。どうやらお前らとつながりがあるみたいだが。」
「つながり、というほどのものではありませんよ。僕たちはK・Y・Tの下請けのようなものです。僕たちは本来ただの整備中隊なんです。今もそうだと思っていたいのですが、軍務がからむとただ整備をしていれば良いというものでもない。政治というものが絡んできます。そしてそのしがらみから逃れるためには、K・Y・Tというのは絶好の保護者だったんですよ。と、同時にK・Y・Tの奇想天外な新兵器の数々は、僕たちの団長の趣向を満足させるのに十分でした。彼女は一風変わった兵器が大好きなんです。彼女には力があります。自分の趣向を貫き通すためなら、世界そのものだって変えてしまうような方です。」


コイズミは終始笑顔でそう語った。どうやらあの技術中尉がK・Y・Tとの接触を図ったらしい。
世界そのものをかえてしまう、という言葉が弱冠気がかりだが、いま必要な情報は聞き出せた気がした。あとは本人に直接聞いてみよう。


オレはコイズミと別れ、スズミヤ技術中尉を探した。しかし、見つからない。ついさっきまで大声で指示をとばしていたのだが・・・
とりあえず近くにいた整備兵に聞いてみる。


「なあ、スズミヤ中尉はどこへいった?」
「ん?ハルヒか?」


見た目の割にずいぶん老けた声だ。おっさんのような、と言えばいいのだろうか。ネームプレートはなぜか白紙だ。


「お前、名前は?」
「キョンって呼ばれてる。キョンはあだ名だが好きに呼んでくれ。キョンでもジョンでもなんだって似たようなものだ。」


投げやりな話し方が印象的な男だ。


「それで、スズミヤ中尉は今どこに?」
「さぁね。気まぐれな奴だからな。またろくでもない思いつきして帰ってくるんじゃないのか?」
「お前らの隊長はずいぶんな変わり者のようだな。」
「まあな。よく言えば一緒にいて飽きることがない。悪く言えば落ち着くひまもない。普通の生活が懐かしいよ。もっともハルヒだけが変人なわけではないけどな。」
「ほかにも変わり者がいるのか?」
「『ほかにも』どころじゃない。みんな変わり者さ。未来人、宇宙人、超能力者のたぐいがうじゃうじゃいる。SOS団ってのはそういう奴らの集まりさ。」
「お前は?一見普通の人間に見えるけど?」
「オレは唯一の平々凡々な男さ。いつもみんなに振り回されてる。」
「そうか・・・。」


いかにも迷惑って顔をしているが、キョンは実際にはそんなSOS団が大好きなのだろう。
決して表には出さないが、本人もそれを自覚しているはずだ。唯一の平凡な男。平凡だったからこそ、彼はSOS団に居場所があるのだろう。
オレはそんなことを思いつつキョンと別れた。格納庫内にスズミヤ技術中尉の姿はなさそうだ。艦橋にでも行ってみるか。


† † † † †


ブラックハウスは、広大な廃墟と化したシアトル市の郊外にさしかかっていた。
レーダーには接近するジオン軍の攻撃空母、ガウの機影があった。あずにゃん艦長はブラックハウスを廃墟の中に隠し、これをやり過ごすことに決めた。


「つい最近絨毯爆撃があったようですね。ここは以前から廃墟だったはずなのに、なぜなんでしょう?」


あずにゃん艦長が言った。


「我々以外の何者かがここに潜伏しているのかも知れません。あのガウはその追っ手と考えられます。」


副長の京が答える。


「カントー少尉、レーダーにほかの反応は?」
「ありません。建物の影は感知不能です。これだけ廃墟が多いと・・。」
「仕方ありません。ひとまずここでガウの通過を待ちましょう。」


† † † † †



ガウの内部では今まさにかの「赤い彗星」、シャア・アズナブルが自分の専用機に乗り込もうとしていた。
彼は見送りに来たガルマ・ザビ大佐の方に向き直ると、姿勢を正して敬礼した。


「勝利の栄光を君に!」


ガウの前部ハッチが開放され、シャア以下3機のザクが降下する。


† † † † †


カントーはこの機影をレーダーにしっかりと捉えていた。


「ガウからザク3機、降下しました!」
「コンディションレッド発令、総員第一戦闘配備。BlackCatには出撃準備をさせてください。」
「無理です!ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の取り付けが終わっていません!今は動かせません!」


あずにゃん艦長の指示にアークがすかさず報告をはさむ。


「まずいですね、もしザクがそれぞれ別方向から攻めてきたら、対抗する術がありません。副長、最悪の場合は全速で離脱します。準備しておいてください。」
「了解。」


あずにゃんは京にそう言うと受話器を取り上げ、砲術長のトレイン・ハートネット曹長を呼び出した。


「最悪の場合は艦砲だけでザクと戦うことになるかも知れません。その時はお願いします。」
「了解。派手な花火を撃ち上げてやるぜ!」
「レーダーに新たな機影!連邦のMSです!」
「まさか、ガンダムがここに?となると、潜伏しているのはホワイトベースということですね。」


カントーの報告をうけて、あずにゃんが言った。京も同意する。


「まず間違いないでしょう。ホワイトベースならば絨毯爆撃を生き延びている可能性は十分にあります。わざわざザクを降下させたのはそれを確認するために違いありません。艦長、どうします?ホワイトベースと合流すれば、火力は二倍になりますし、互いの背中を守ることもできます。ブラックハウスを動かしますか?」


あずにゃんはしかし、京の提案を否定した。


「いいえ。私たちがホワイトベースと合流する前にザクがこちらに来てしまうと厄介です。ホワイトベースにはMSがありますが私たちのは動かせません。ここはホワイトベース隊に任せましょう。カントー少尉は戦況を逐次報告してください。」


† † † † †


シアトル市内では、ガンダムとザクがすでに砲火を交わしていた。双方がバズーカを撃ち合い、すでに廃墟と化していた建物が更地に戻される。
ガンダムはビルの窓越しに1機のザクの頭部を撃ち抜いた。シャアのザクは即座にそのビルに砲撃を加えた。
ガンダムはきわどいところで爆風を避け、さらに撃ち返す。と、今度は高いビルの上からもう1機のザクがヒート・ホークで攻撃してきた。
これをシールドで防いだガンダムは、大きくジャンプしてザクを引きつける。この様を見ていたシャアはガンダムの真意を悟っていた。


「やるな、MSめ。我々をおびき出すつもりか。と言うことは、木馬は後ろというわけか。」


シャアはそう言うとガンダムを追わず、ビルを飛び越えて後方を見渡した。
そして野球場の中に隠れている木馬、すなわちホワイトベースを発見した。


「なるほど、良い作戦だ。」


シャアはそう言って、ガウとの通信を開いた。ガルマ・ザビの姿がモニターに映し出される。
シャアの報告を受けたガルマは、ガンダムを追うため自らの戦隊をただちに回頭させた。


「ビーム砲開け!全機攻撃スタンバイ!」


ガルマはこの時を心待ちにしていた。恋人であるイセリナとの交際を認めさせるため、彼には軍功が必要だった。
このチャンスを逃す訳にはいかない。
だが、ガルマの熱意は彼が親友だと思っていた男、シャア・アズナブルの陰謀によって、無惨にも踏みにじられようとしていた。
シャアはわざとホワイトベースの策略に乗ったふりをし、ガルマ戦隊をホワイトベースの強力な火線の前におびき寄せた。


時に、U.C.0079、10月4日21時50分。ガルマ・ザビの命運は決した。


彼が眼下にガンダムを確認し、まさに攻撃を命じようとしたその瞬間、ホワイトベース、ガンタンク、ガンキャノンの砲門が一斉に火を噴いた。猛烈な砲撃がガルマ戦隊に襲いかかる。ドップが、ガウが、次々に火を噴いて爆散し、乗組員の命を散らしてゆく。
一瞬にして窮地に陥ったガルマは、それでも最後まで戦う決意をしていた。


「シャア、謀ったな、シャア!!」


もはやガルマの乗るガウは正常に飛ぶことすらできなかった。ガルマは自ら操縦席につくと、操縦桿を握りしめた。

「・・私とて、ザビ家の男だ。無駄死にはしないッ!!」


砲弾の直撃でガウの右翼は半分にへし折れたが、ガルマは諦めなかった。ホワイトベースに一矢報いなければ、死んでも死にきれぬ。
彼が特攻するつもりであることに、ホワイトベースもすぐに気がついた。ホワイトベースは慌てて上昇を開始する。
その間にも、無慈悲な砲火はガウの船体に巨大な穴を穿ってゆく。それでもガウはホワイトベースめがけて突っ込んでくる。
ついに激突かと思われたその瞬間、今度はガウの左翼に砲弾が直撃した。


「ジオン公国に、栄光あれェェェェェ!!」


その瞬間、ガルマの脳裏に走り寄ってくるイセリナの姿がよぎった。
どこまでも愛しい人よ、さらば―――
刹那、ガウは大爆発をまき起こし、ジオン地球方面軍司令官ガルマ・ザビは、シアトルの空にその命を散華させた。



[25782] ジオンの脅威
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 15:05

† † † † †

わたし達はホワイトベースと接触しないままシアトルを出発し、なおも散発的に現れるジオン残党部隊と交戦しつつ、南下を続けていた。
ブラックハウスはすでにメキシコの高原地帯にさしかかっており、南米ジャブローの連邦軍総司令部までの行程の半分を消化していた。
わたし達パイロットはこの間にガンダムBlackCatの操縦に充分熟達していた。
操縦時間が長くなるにつれ、機体に特有のクセや動作性などがわかってきたのだ。
だがそれと引き換えに、BlackCatのパーツの損耗が激しくなってきた。
これはなにもジオン残党との交戦で損傷を負ったからと言うわけではない。駆動系に対してそもそも重すぎる武装に加えて、劣悪な補給事情がパーツの交換の障害となったからだ。
それでもSOS団の努力とMKⅡやLv.57の卓越した技術によって、BlackCatは稼動状態を維持していた。
だが、それにも限界はあった。特に関節部分にかかる負担はいかんともし難く、最悪の場合は戦闘中に足が動かなくなる可能性すらあった。
わたし達はそんな不安なコンディションで戦うことを強いられていた。
これまでは散発的な襲撃が相手だったが、これから先大規模な攻撃を受ければBlackCatはどうなってしまうかわからない。
そして敵は、こちらの都合はおかまいなしに、新たな攻撃の準備をしていたのだ。


† † † † †


メキシコの高原地帯は険しい崖と鋭く天にそびえる山と濃密な森林が混在するような場所だった。ジオンはここにも拠点を築いていた。
この拠点にはザクⅡ12機、旧ザク3機が配備され、それらは北米方面からジャブローへ向かう艦船、輸送機、自動車の車列などを襲っていた。
そして彼らは新たな目標を捉えていた。たった今、拠点の司令室に監視所からの報告が届いた。曰く、


「北北西より接近する飛行戦艦1隻を確認せり。その形状は連邦軍の新造艦、通称『木馬』に酷似しており、MSを搭載しているものと思われる。」


この拠点の長、カスペン戦闘大隊の部隊長でもあるヘルベルト・フォン・カスペン大佐は、この報告書を読んで満足そうに微笑んだ。
その微笑みはあくまでも冷徹であった。
格好の獲物を前にして、彼は自分の戦闘意欲が氷の炎のように不気味に燃え上がるのを感じていた。
彼は即座に戦闘準備を下令する。そして自らも出撃の準備をするべく、拠点司令室をあとにした。




ブラックハウスのCICでは、いつものようにカントー少尉が声を張り上げていた。


「接近する敵機を確認!方位340、距離9000、多数のザク!かなりの数です!」
「ザクの数は正確には何機ですか?」
「少なくとも10機はいますが、ミノフスキー粒子の影響ではっきりとはわかりません。敵の反応は明滅しています。」
「コンディションレッド発令、対MS戦闘!副長、ブラックハウスの高度を上げます。針路020、上げ舵10、前進強速!」
「針路020、上げ舵10、前進強速、アイ!」
「アーク少尉、BlackCatを発進させて下さい。」
「アイ・マム!発進シークエンスを開始します。」


BlackCatのコックピットでは、乃人が計器をチェックしていた。BlackCatはいま初めて完全武装での実戦を迎えようとしていた。
機体重量は100t近くになり、着地する場所を選ばなければ地盤が陥没してもおかしくない。
武装はどれも一撃必殺の強力なものばかりだが、接近戦に持ち込まれると分が悪い。乃人は戦い方を熟考していた。火力はこちらが上だ。アウトレンジからの長距離射撃で敵を狙う。


「システムオールグリーン。発進、どうぞ!」


アークからタイミングよく指示が入った。


「BlackCat、乃人、出ます!」


高度2000から射出されたBlackCatは、重力に引きずられて急速に落下を始めた。重量のせいでバランスをとるのにも一苦労だ。


「地球の自由落下ってやつは、言葉で言うほど自由じゃないなッ!」


なんとか機体をコントロールし、頑丈そうな岩盤の上に着地する。ザクとの距離は約6000。こちらが一段高い場所にいる。
第一斉射で2機は仕止めたい。
両腕のビームライフルとネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の状態を確認した乃人は、それぞれを違うザクに向けて同時に発射した。




カスペン大佐は部下と共にBlackCat目指して突撃していた。
見る限り射撃武装が主体のあのMSに対抗するには、接近戦に持ち込むしかあるまい。
通常なら支援するチームと進撃するチームが交互に前進するべきだが、カスペンは無駄な時間をとらなかった。全員で全力攻撃。機動に次ぐ機動。それがカスペンのMS戦術だ。
敵のMSは両腕にライフルらしきものを構えていた。下腹部にも砲身らしきものが見える。敵機は明らかに射撃体勢をとっている。


「敵が撃ってくるぞ。全員、跳べェェェッ!!」


言うや否や、カスペンは自分の指揮官用ザクをジャンプさせた。敵の砲火を避けながら同時に間合いをつめるのだ。
そしてカスペンがジャンプした瞬間、予想通り敵が射撃を開始した。
放たれた砲火はカスペンの予想よりはるかに速い初速で飛翔し、ジャンプしかけていた2機のザクをかすめ、1機を直撃し、それを消滅させていた。


「ビーム兵器を三つもか!しかも一撃でザクを撃破だとッ!」


カスペンは驚きを隠せなかった。これまでジオンのザクは最強の機動兵器として地上に君臨してきた。それが一瞬で覆された。
一撃で3機のザクを破壊、もしくは戦闘不能にしたあのMSこそ、噂に聞くガンダムに違いない。
ならば、とカスペンは思う。この手で、今日この場所で葬ってやる、と。




BlackCatに乗る乃人もまた、驚きを隠せなかった。三つのビーム兵器を同時に放った瞬間、なんとモニターの電源が落ちたのである。
幸い3秒ほどしてすぐに復旧したが、もしこれが接近戦だったら致命的なハプニングだった。斉射は避けねばならないらしい。
だがネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の威力は想像以上だった。見事に直撃弾を得たこともあったが、被弾したザクは瞬時に蒸発してしまった。これだけの威力ならば、戦艦すら貫けるのではないか?
とんでもないMSに乗ってしまった。乃人はそう思った。だがそれをかみしめている暇はない。レーダーに映るザクはまだあと9機もいる。
距離は4000にまで迫っている。今度は斉射ではなく、順番に射撃する。手動で複数の目標を同時追尾しなければならない。
この上ない集中力を費やして的をしぼると、乃人は再び射撃を開始した。
右腕のビームライフル。外れた。狙っていたザクは健在。左腕のビームライフル。命中、1機撃破。
ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲。ザクの一機をかすめた。撃破ならずか?
そう思われた次の瞬間、ザクは内部から爆発した。直撃させる必要はないらしい。かすめるだけでも敵を撃破できるのだ。とてつもない威力。
これで残りは7機。距離3500。そろそろ敵の足を止めたい。
アームストロング砲の射撃は一時取り止め、ビームライフルだけを連射する。だが、ザクはどの機体も勇敢だった。まったく足を止めることなく、砲火をかいくぐって突撃してくる。連射は正確さに欠けるとタカをくくっているのだろう。
事実、一発の命中弾も得ることができなかった。そして今度は、ザクが射撃を開始した。


「ちぃッ!」


乃人はアームストロング砲を発射しようとしていたが、その前に回避運動をとった。
たった今までBlackCatが立っていた場所に、ザク・マシンガンの弾丸が嵐のように飛来する。
7機のザクは一斉射撃で弾幕を張りつつさらに接近してくる。濃密な弾幕は乃人が狙いを定めるのを妨げる。まったく狙う隙がない。
乃人は意を決してBlackCatの機体を敵前に晒した。
ナガモンによれば、BlackCatのルナ・チタニウム装甲はザク・マシンガンの攻撃に十分耐えられるそうだ。ならばそれを信じて攻撃に移るしかない。
BlackCatを照準サイトにはっきりと捉えた瞬間、ザクは無数の弾丸をBlackCatに浴びせかけていた。
想像を絶する衝撃がコックピットの乃人を襲い、しかもそれが延々と続く。
耳元でトラックが壁に激突しているかのような騒音が響き、乃人の体は不規則に、そして連続的に揺さぶられる。
それでも乃人はBlackCatを駆り、どうにか致命症を避けながら一機のザクにアームストロング砲を向けた。発射。
ザクは攻撃を避けようと横にステップしたが、すでに機体の半分は吹き飛ばされていた。残りは6機。


カスペン大佐に初めて焦りが生じていた。戦闘開始から五分足らずで、部隊の半分が失われてしまった。
そして何より、あのMSにはザクの攻撃がまったく通用しないではないか。カスペンは思わず叫んでいた。


「連邦のMSは化物か?!」


その時、BlackCatが新たな一撃を放ち、また別のザクが撃破された。


「大佐ッ!撤退しましょう!あのMSは倒せません!」


部下の一人が通信を入れてきた。完全にパニックに陥っている。


「バカ者が!今背中を見せれば狙い撃ちにされる!なんとしても接近戦に持ち込むのだ!!」


カスペンは叫び、再びザクをジャンプさせた。彼我の距離は2000にまで縮んでいた。
この跳躍で敵の背後に着地し、一気にカタをつける。彼の部下も続いたが、一機のザクだけが突如反転し退却を始めた。
さっき通信を入れてきた兵士だった。カスペンは唖然とした。自分の部隊から逃亡者が出るとは…。
込み上げてきた猛烈な怒りを、カスペンは敵のMSにぶつけた。
彼の指揮官用ザクはBlackCatの後ろに上手く着地し、他のザクもBlackCatを囲みこんだ。
BlackCatは素早く1機を撃ち抜いたが、残った3機が一斉にBlackCatにとびかかった。


1秒の何千分の一かの時間で、乃人は決死の決断を下した。ついに白兵戦距離にまで接近され、いま3機のザクが一息に襲いかかってきている。これらを同時に撃破しないかぎり、BlackCatが助かる道はない。
乃人は次の数瞬で3機全てのザクに照準を合わせ、意を決して発射ボタンを押した。


「落ちろおッ!!」


カスペンが乗る指揮官用ザクのヒート・ホークがBlackCatを捉えようとしたまさにその瞬間、彼の視界はまばゆい光に包まれていた。
モニターが真っ白になり、何が起こったのかをカスペンが悟る前に、彼の機体は胸部から上を爆砕されていた。
ほかのザクにも同様の運命が待っていた。ザクはまったく同時にビームに撃ち抜かれ、機体は四散した。


モニターが復旧するまでの数秒間、乃人は呼吸も思考も、止めてしまっていた。ひょっとしたら鼓動さえ止まっていたかもしれない。
永遠のような数秒の後、モニターが復旧した。乃人は自分が生きていることを初めて認識できた。BlackCatの周囲には、バラバラになったザクの破片が散らばっている。
指揮官用ザクだけは比較的原型を留めており、パイロットは生存しているかもしれなかった。だが乃人はトドメをさそうという気にはなれなかった。彼はブラックハウスに帰還を告げ、戦場を後にした。


カスペンは誰かが何かを叩く音で目を覚ました。コックピットの上部は吹き飛ばされて、煙ただよう灰色の空が露になっていた。
音のするほうに目をやると、一度は逃亡したあの兵士が、ハッチを無理矢理こじ開けようとしているのが見えた。
天井がなくなってもハッチから入ろうとするとは、律義な奴だ。カスペンはただそう思った。
自分の左腕がなくなっているのを見ても、なんの感情もわいて来なかった。
ただ、あの兵士が早く自分を野戦病院に運んでくれればいい、それで逃亡の件は不問にしよう。カスペンそう決めて、再び意識を失った。


† † † † †


わたし達は乃人を迎えに格納庫へ来ていた。12機のザクをほぼ全滅させるなど、空前絶後の大戦果だ。
お祝いしてあげようと待っていたのだが、乃人の反応はずいぶん淡白だった。疲れていたのだろう。ろくに話もせずに自室に籠ってしまった。


「大変な戦いの直後なんだ。そっとしておいてやろう。」


シン・ナガモンがそう言って、わたし達はBlackCatの点検を手伝い始めた。


「まずいねえ。膝の関節は婆さんみたいにガタガタだ。こりゃオーバーホールが必要だよ。しかし、あまりにもパーツが足りない。」


MKⅡが困りきった表情で言った。SOS団もパーツがないことにはどうしようもないらしく、作業は完全に滞ってしまった。
願ってもない連絡が来たのはその時だった。


「艦長より達します。まもなくマチルダ中尉のミデア輸送中隊と接触します。輸送中隊は私達への補給物資を運んで来てくれました。各員、現在行っている作業は中断し、補給作業の準備に取りかかって下さい。マチルダ隊との合流予定は15分後です。以上。」


うぉおおおおッ!と言う雄叫びがあちこちから上がった。途方にくれていた整備兵たちが先を争って甲板に上がっていく。
ん?まてよ?甲板に上がっていく?なぜだろう?
MKⅡにこの疑問をぶつけてみると、


「あぁ、男どもは甲板に並んでマチルダさんの出迎えだよ。あの人は大人気だからね。」


と笑う。補給作業の準備はいいのだろうか。


実際に左舷デッキに上がってみると、ブラックハウスの男性クルー全員が整列しているみたいだった。
実際には機械科所属兵など、ここに来られない者も複数いただろうが、来られる者は皆来ているらしい。
遠くにミデア輸送機の姿が見えるようになると、列の中の誰かが号令をかけた。


「親愛なるマチルダ中尉に対し、最大の敬意を払って、全員敬礼!!」


ザッ、と揃った音がして、全員が測ったような敬礼をした。閲兵式の儀杖兵だって、これよりは乱れた敬礼になるだろう。




補給作業は順調に進んだ。まずBlackCatの各種パーツの受け渡しが行われ、続いて食料、医療品、衣服などがブラックハウスに積みこまれた。パーツを受け取った整備兵達はさっそくBlackCatのオーバーホールに着手した。
わたしも手伝おうとしたが、妙に熱心な整備兵達に断られた。よっぽどマチルダさんに良いところを見せたいらしい。
わたしはそのマチルダさんに会ってみることにした。彼女はいま艦橋のCICにいる。


CICに入ると、あずにゃんと京大尉がマチルダさんと話していた。あずにゃんはわたしをマチルダさんに紹介してくれた。


「マチルダ中尉、こちらがBlackCatに最初に乗ったパイロット、黒猫中尉です。」


マチルダさんはこちらに向き直ると片手を差し出した。わたしはその手をとって握手する。


「はじめまして。実はあの戦闘のとき、私たち補給部隊もオークリー基地にいたの。あなたの戦いがなければ私たちもやられていたかもしれない。お礼を言わせてね。ありがとう。あなたはエスパーかも知れないわね。」


マチルダさんが言った。素敵な女性だった。男たちが夢中になるのもわかる気がする。


「どういたしまして。正直、あのときのことはほとんど覚えていないんだ。無我夢中だったから。でもこうしてあなたと会えたのはとても嬉しいです。」


もっと話していたかったのだが、とんだ邪魔が入ってしまった。ギレン・ザビ総帥の世界に向けた演説の放送が始まったのだ。
この模様はガルマ・ザビ地球方面軍司令の国葬会場から、世界中に流されていた。


「諸君の父も子もその連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ。この悲しみも怒りも、忘れてはならない!それを、ガルマは死をもって我らに示してくれたのだ!我々は今この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて初めて、真の勝利を得ることが出来る!
この勝利こそ戦死者全てへの最大の慰めとなる!国民よ!立て!悲しみを怒りに変えて!立てよ国民よ!!
ジオンは諸君等の力を欲しているのだ!優良種たる我らこそ、人類を救いうるのである!
ジィィィィィィーク!ジオン!!」


ギレンの演説は圧倒的だった。言葉の端々から磁場のような力が溢れだし、会場を埋めつくした群衆をひきよせているかのようだった。
いや、ひきよせられているのは会場にいる人間だけではないだろう。この放送を見たすべてのジオン公国国民が、熱狂しているに違いない。
ジオンが今日まで戦って来られたのは、一重にこの男の引力によるものなのではないか?わたしにはそうとさえ感じられる。


「何を言うか!」


わたしの思考は突然の叫び声に中断させられた。見ると、京大尉が怒りに肩を震わせ、拳を強く握りしめている。


「世界の人間を殺しつくさんとしている男が、何を言うのか!!」


あまりに強く握りしめすぎて、京の指の爪は手のひらにまで食い込み、血の滴がしたたり落ちた。


「副長、落ち着いてください。あれがジオンのやり方なんでしょう。」


ややおびえた表情であずにゃん艦長が京をなだめた。たしかに、いつも冷静な京らしくない言動だった。
マチルダ隊はほどなくして、あらたな任務のためにわたし達のもとを去った。
戦いによる疲労と消耗が限界に達しつつあったわたし達にとって、彼女の部隊からの補給は本当にありがたいものだった。
BlackCatの各種消耗品と追加の武装も、わたしとっては水や食べ物のように大切な補給品だ。
格納庫では、整備兵達がBlackCatの両手に巨大な鋼鉄の爪を装着しようとしていた待ちに待った必殺のクロー、トンガリコーンスマッシュ。ハルヒが率先して作業にあたっている。


「キョン!さっさとここのプラグカバーを外しなさい!コイズミ君、ここのバルブ点検してちょうだい。こらそこぉっ!私の前では道具を投げない!メガネレンチだって粗末に扱う奴は承知しないわよ!!」


訂正しよう、作業にはあたっていない。さかんに指示をとばし、士気を鼓舞している。部下に仕事を割り振って自分はMKⅡと談笑している。大物だ。
だがひょっとするとあれが彼女の役割なのかも知れない。
その証拠に、作業はみるみるうちに進展し、あっという間に片腕のトンガリコーンが取り付けられた。
SOS団の団員に混じって、もともとブラックハウスに乗っていた整備兵達も手伝いに来ている。
艦内の整備部隊は本来、この二つに完全に分離している。
すなわち、右舷側のカタパルトおよび格納庫を担当するブラックハウス整備第一班。彼らがブラックハウスにもともと乗っていた者達だ。
MKⅡが班長ということになるが、彼女はいつも「整備士長」と呼ばれている。
他方、左舷側のカタパルト、格納庫を担当するのが整備第二班、SOS団である。
いつも快活なハルヒ・スズミヤ技術中尉に率いられた彼らの腕は確かに見事だ。
両班は互いに手助けをしあい、いい意味でのライバル意識を燃やしている。
もっともいま第一班の手元にあるのは予備のパーツだけで、BlackCatとその武装はすべて左舷側、SOS団のところににあった。
第一班の面々が自発的にSOS団を手伝うようになるのに、たいして時間はかからなかった。


† † † † †


マチルダ隊と別れたブラックハウスは、再び針路を南にとり、ジャブロー目指して天空を疾走した。
パナマ地峡を何事もなく通過し、南米大陸に入った頃には、誰もが皆ジャブローへ無事にたどり着けるだろうと思っていた。
しかしジオンは、新たな部隊を地球に降下させていた。その部隊の名は「黒の騎士団」。ジオンが誇る精鋭の独立遊撃部隊である。
彼らは今、ザンジバル級巡洋艦ダモクレスに搭乗し、大気圏への突入を図っていた。
ダモクレス艦橋、フロアから少し高くなっている艦長席よりもさらに一段高い指揮官席に、ゼロと呼ばれる男が座っていた。彼こそが黒の騎士団の指導者である。
ゼロの姿はほかのジオン兵とは似ても似つかない。
彼は素顔を特異な形状のマスクで覆い隠し、尊大なまでの威圧感を感じさせるマントを羽織っていた。もちろんこれはジオンの制服ではない。
ジオンでは特別な勲功をうち立てたものに、個性的な衣服の着用が認められる。赤い彗星ことシャア・アズナブルはその典型である。
つまりこの人物は、これまでにシャアに匹敵する戦果を上げてきたのだ。
そんな彼が率いる黒の騎士団が、いまブラックハウスの行く手に立ちはだかろうとしていた。



[25782] 追撃!ナイトメアフレーム
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 15:40

† † † † †


出撃指令は唐突だった。ジャブローはすぐそこまで近づいており、すでにジャブローとの通信も確立されていた。
だが北東の方角に敵艦の反応を確認すると、あずにゃん艦長は躊躇なく戦闘配備を下令した。ジャブローへ敵を連れていけば、その防備の弱い侵入路を悟られる危険があるからだ。
ちょうど左舷格納庫に居合わせたわたしは、そのままBlackCat上の人となった。


「ガンダムBlackCat、黒猫、いきます!」


† † † † †


戦艦ダモクレスでは、二機の人型機動兵器が発進準備を整えていた。その機体の大きさははMSのそれよりはるかに小さく、全高は5mほどしかない。


「カレンとスザクはまず敵のMSに接近し、それがどんな性能を持つか調べろ。連邦のMSを相手にするのはこれが初めてだ。MSとKMF、どちらが強いかを比べる絶好の機会だ。私も後から蜃気楼で出よう。」


黒の騎士団を率いるゼロは、自信に満ちた尊大な喋り方で言った。彼が「KMF」、ナイトメアフレームと呼んだものが、黒の騎士団が所有する機動兵器の名称である。
KMFはジオンが地上に重力戦線を形成する直前に開発された。
地上機動師団4個を降下させたジオンは、しかし機動兵器の絶対数不足を克服できていなかった。
地上に降り立ったザクは連邦軍に対し圧倒的な力を発揮し、地上戦の王者として君臨する。
占領地域は急速に拡大し、補給線は延びる一方だ。だがこの延びきった補給線に、連邦軍が襲いかかってくる危険性があった。
結果、前線部隊の物資が不足し、MSを装備していない連邦軍部隊から思わぬ損害を受けてしまうこともあり得る。
それを恐れたジオンは、当初KMFを、補給部隊を護衛するためのあくまでも小型のMSとして開発したのだった。
だがこのKMFに、兵器としてのさらなる可能性を見出した人物がいた。その人物こそゼロであった。
ゼロと黒の騎士団は、ザクに乗ってルウム戦役から実戦に参加してきた。
まごうことなき精鋭部隊である彼らだったが、その活躍が公にされることはまずなかった。それはゼロの誕生にまつわる未確認情報が原因だった。つまり、ゼロの父親は実はかのデギン・ザビであり、ゼロはデギン・ザビが期せずしてもうけた不実の子である、との噂である。
もしこれが真実であれば、彼の皇位継承権はどうなるのか。
単なる軍の指揮官ではなく、ジオン公国を導く正統な指導者となりえるのではないか。
ジオン軍上層部はゼロの待遇に悩んだ末、彼に自分の部隊と地上に降下しいち軍人として戦うか、軍によって監視されながらサイド3で生活するかを選ばせた。ゼロは迷わず前者を選び、同時にKMFの開発に関して自分の意見を取り入れるよう条件をだした。
この条件は承認され、ゼロは自分と部下たちそれぞれに専用の機体を手に入れた。
いまダモクレスから発艦しようとしている機体がそれだ。
スザク・クルルギが搭乗するランスロットと、女性パイロットであるカレン・コウヅキの紅蓮弐式。
両機はダモクレスから勢いよく飛び出すと、BlackCatに接触すべく大地を駆け抜けて行った。


† † † † †


敵艦から出てきたMSのレーダー反応は奇妙だった。反応が通常のMSよりずいぶん小さい。これは本当にMSなのだろうか?
わたしはBlackCatをゆっくりと歩かせていた。両手のトンガリコーンと股間のアームストロング砲のせいで機体重量は100tに近い。できるだけ脚部に負担をかけたくない。ジャンプの回数だって気を付けなければならない。
着地の衝撃が繰り返されれば、関節がどうなるかわかったものではない。
敵機がMSならばもう見えてもいい距離だ。だがそれらしき影はない。辺りは樹高10mほどの木々が生い茂るジャングルで、いかにも南米、アマゾンと言った風景だ。木々の上に上半身を出しているBlackCatからはそれがよく見えた。
あたりは奇妙なまでに静まりかえっている。レーダーの故障なのだろうか。
その瞬間、500mほど離れた場所の木々から、小鳥の群れが一斉に飛びたった。
そしてその場所は、レーダーにある反応の位置とほぼ合致していた。
木の下に何かがいる!
反応はあっという間に100mにまでせまる。
わたしは反射的に機体をジャンプさせていた。
そして次の瞬間、たった今までBlackCatが立っていた位置に、奇妙な人型兵器が赤熱したサーベルを振り下ろしていた。
わたしはそれを空中から見た。人型ではあるが、ザクのようなMSとは違う。全長はその3分の1にも満たない。
そして機動性はザクの比ではない。


「ジオンの新兵器か!」


思わず口走っていた。間違いない。ジオンはBlackCatに新兵器をぶつけてきたのだ。しかも新兵器は一機ではなかった。
滞空しているBlackCatの真横に、別の紅い一機が飛び出してきた。
そいつは何も武器を持っていなかったが、いきなり右手を突きだしてきた。
わたしは反射的にトンガリコーンでそれを防いだ。その瞬間、轟音とともにトンガリコーンが粉砕された。

「なっ!!」


何が起こったのかまったくわからなかった。敵機の腕と突き合わせただけで、トンガリコーンがバラバラになってしまった。
とにかく体勢を取り直し、なんとか着地する。紅い敵機も着地し、密林の中に姿を消した。もう一機の姿も見えない。
こうなるとレーダーが頼りだ。レーダー上の反応はものすごい速さで動いている。だが肉眼では広がるジャングルが見えるだけだ。


「こなくそッ!」


視界を開かなくてはどうしようもない。わたしはアームストロング砲のトリガーを引いた。
レーダーである程度方角を定めてみたが、命中を期したわけではない。
アームストロング砲の先がまばゆく輝き、太いビームが照射される。わたしはそのまま機体をよじり、ビームの光跡は扇形を描いた。
その分木々は焼き払われ、少なくとも正面のある程度は視界が開けた。わたしは扇形に開いた土地の真ん中にBlackCatを移動させた。
とりあえずこれで敵が接近してくる時には見える。だが、もし敵に強力な射撃オプションがあれば、この程度の視界では対応できない。
どうするべきか。答えが出る前に、アークからの通信が入った。


「黒猫中尉、今からその周囲に弾幕を張り、敵の機動力を削ぎます。木を爆風で倒して、敵の移動を阻害するんです。その場所を動かないでください!」


通信が終わるや否や、BlackCatの周りにブラックハウスの放った艦砲射撃が着弾し始めた。
ブラックハウスはかなり接近してきており、砲撃は正確そのものだった。


「不吉を届けに来たぜ。」


トレインによる主砲レールガンの連射がジャングルのあちこちに次々に大穴をうがっていく。
わたしも再びアームストロング砲を放ち、さらに木々をなぎ倒す。
レーダーの反応は健在だが、圧倒的な砲火を前に攻撃を躊躇せざるを得ないらしい。そこに新たな反応が加わった。
視界にはとらえられないことから、やはりこれもMSより小型の機動兵器らしい。
味方の弾幕があるとは言え、もし3機の敵が決死の攻撃をかけてきたら、BlackCatは無事では済まない。わたしは拳を握りしめた。手のひらにいやな汗をかいていた。
だが、敵は突如として退却していったのだ。意外だった。わたしはBlackCatの片腕が破壊されていたために、追撃はしなかった。精神的にもそんな余裕はなかった。
ブラックハウスの砲撃だけが敵を追ったが、濃密なジャングルの下をゆく見えない敵を撃破することは不可能に近く、間もなく敵はレーダーの範囲外へ消えていった。


ブラックハウスに着艦したわたしは、報告のためただちに艦橋に呼ばれた。
艦橋ではあずにゃん艦長らCICのスタッフと、シン・ナガモン、乃人、MKⅡ、Lv.57が待っていた。


「ご苦労様です。黒猫中尉。」
「どうも、艦長。」
「さっそく戦闘の詳しい経過を教えて下さい。私達もここから見ていましたが、どうやらジオンの新兵器と遭遇してしまったようですね。」
「あんな兵器は見たことがないよ。MSよりずっと小さかった。」


わたしは新兵器の外観、機動性、そして何よりわたしを驚かせた、あの紅い敵機の右腕のことを話した。


「腕を突き合わせるだけでトンガリコーンを粉砕するなんで芸当、可能なんでしょうか?」


あずにゃんがMKⅡにきいた。


「戦闘時の映像は見ていたけど、あれはただ単に腕をぶつけてきた訳じゃない。輻射波動砲だよ。」
「輻射波動砲?」
「そう、マイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステムのことさね。高周波を発生させて莫大な熱量を生み出す兵器だよ。原理は電子レンジとだいたい同じと思ってくれていい。奴は掌にオープン型の電子レンジを持ってるんだよ。このシステムは攻撃だけでなく盾としても使える。実質弾しか防げないけどね。」
「なにか弱点は?」
「小型であれだけの機動力となると、装甲はほとんどないんじゃないか?それに今回の確認できた武装は二機とも近接戦闘向けだった。サイズからして強力な射撃武器は持てないんだろう。あれにあったビーム兵器も無いわけではないが、電源が持たないよ。通常の火砲だって、あれが持てるサイズならザク・マシンガンより小さい口径になるのは間違いない。BlackCatには無効だねえ。」
「つまり、敵の新兵器は接近戦に特化している、と。」
「その通り。」


† † † † †


ダモクレスにゼロ達が帰還したころには、夕日は西に大きく傾き、果てしないジャングルは燃えるような紅に染まっていた。
艦橋に戻ったゼロは翌朝もう一度攻撃を仕掛けることを告げ、自室へと戻った。部屋には碧色の髪の少女が寝そべっていた。


「C.C.…今はまだ戦闘配備のはずだぞ。」

C.C.と呼ばれた少女は、ゼロを興味なさげに一瞥した。戦闘にさえ興味がない、とでも言いたいようだった。
ゼロはそれを気にせず、まずマスクをとった。黒髪。綺麗な紫色の瞳をした青年の顔が露になった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
それがこの青年の本名だ。彼は表舞台に立つ際には必ずマスクをつける。それがジオンと彼が結んだ契約である。
ゼロの素顔を知るのはジオン上層部の一握りの人間と、黒の騎士団の兵士達だけだ。


「連邦のMSはどうだった?」


不意にC.C.が口を開いた。


「連邦も厄介なものを作ってくれた。あのMSの主砲はかなり強烈だ。かすっただけでも被撃破は確実だな。それにパイロットの腕もかなりのものだ。不意をついたはずのスザクの斬撃をかわしたからな。」


ルルーシュは自分を見るC.C.の意地悪な視線に気付いた。


「なんだ?俺の顔になにかついてるか?」
「いや、妙に楽しそうだな、ルルーシュ。」
「そうか?」


ルルーシュはじっと考えるような仕草をとった。

「…そうだな。俺は今楽しいのかもしれない。久々にやりがいのある敵だ。明日もう一度攻撃をかける。敵がおとなしくジャブローへ向かうならそっとしておくが、そんなヘマはしないだろう。ジャブローへの道案内はしたくないはずだ。」
「勝てるんだろうな?」
「誰に訊いてるんだ?脅威なのは敵のMSだけだ。戦術は戦略を覆せない。そして俺の戦略に、間違いはない。」


† † † † †


夜はあっという間に過ぎ去り、太陽が東から再び姿を現した。
ブラックハウスは夜通し細かく位置を移動したが、ジャブローへは向かわなかった。オレと乃人は徹夜でBlackCatの修理を手伝った。
黒猫も手伝おうとしたが、あずにゃん艦長の命令で強制的に就寝させられた。彼女が再び出撃することになったからだ。すでに一度敵の新兵器と戦闘している分、オレ達より上手くやれるとあずにゃんが判断した。正直羨ましいかったが、正しい判断だ。
BlackCatの右手には応急的に通常の腕がつけられた。
MKⅡ曰く、敵の紅い新兵器の持つ輻射波動砲には、実質弾は防がれてしまう。だがビーム兵器はそうとは限らないらしい。正直言ってわからないようだ。
電子レンジの中でビーム兵器を発射したことがある奴はそういないだろう。
間もなく格納庫に黒猫が現れた。結局あまり眠れなかったようだ。黒猫はオレ達に手を振って、コックピットにもぐり込んだ。
既に戦闘配備が下令されている。修理は終わったばかりで、SOS団の整備兵達は大急ぎで機体をカタパルトにのせる。


「ガンダムBlackCat、黒猫、いきます!」


カタパルトから射出されるBlackCatを、オレは黙って見送った。ジャブローは目の前だ。
やられるなよ、黒猫。


† † † † †


BlackCatのレーダーはすでに敵機を捉えていた。数は3。どうやら昨日戦った敵と同一機らしい。だけど今日は同じ轍は踏まない。
ブラックハウスは手当たり次第に砲弾をばらまいていた。倒された木々は大きなBlackCatには大した障害にはなり得ない。しかし小型な敵機にとっては大きなバリケードになるかもしれない。少なくとも一直線に間合いを詰められるということはないはずだ。
敵が本当に近接戦闘用の装備しか持たないのであれば、勝機は十分にある。わたしもアームストロング砲を撃ち放ち、視界を切り開く。
レーダーの反応を確認すると、二機のみが先行し、もう一機は止まったまま動いていなかった。二機が同時に攻撃してこなければなんとか対抗できるはずだ。BlackCatにはそれだけの力がある。わたしはもう一度アームストロング砲を発射し、さらにジャングルを焼き払った。
かなり視界を確保した。機体の周り200mは更地だ。さぁ、来るなら来い!


その瞬間、森の途切れたところから紅色の機体が飛び出してきた。やはり昨日の敵だ。わたしはBlackCatの右腕にもつビームライフルを放った。
直撃コースだが敵機は身を翻し、いとも簡単にこれをよけた。紅の敵はそのまま突っ込ん来る。右腕を突き出した姿勢、輻射波動砲だ。
わたしはBlackCatを跳躍させようとするが、間に合わない。咄嗟にビームライフルで敵の攻撃を受けた。
刹那、ビームライフルの外観は融解し、直後に大爆発を起こした。BlackCatはかろうじて無事だ。
左腕のトンガリコーンで切りつけるが、空振り。紅の機体はすばやく後退し、そのままジャングルに戻った。
と、今度はもう一機の白い奴が飛び出してきた。両手にはブレード、ヒート・ホークと同様に高周波震動しているらしい。
鉄の装甲ならば一太刀で真っ二つだ。だがトンガリコーンの特殊装甲はこの攻撃を弾き返した。
敵の小さな機体は反動で吹っ飛ぶが、その勢いのまま後ろに宙返りし着地する。激しく地面が抉られ、敵機はようやく止まった。
わたしはすかさずビームライフルを撃ち込む。かなりの近距離だが敵はこちらが撃つ一瞬前に機体を翻し、ジャングルへ消えていった。


息つく暇もなく、再び紅い奴が弾けるようにして突っ込んできた。わたしはバルカンを撃ち紅い奴の足元を狙う。
紅い奴はジャンプしてそれをよけると、再び森に姿を消した。妙にあっさりした攻撃、嫌な気配を感じた。
わたしはとっさにBlackCatを振り返らせつつ、機体の真後ろをトンガリコーンで切り裂いた。
何もないかと思われたその空間だったが、確かに衝突の手応えがあった。
見れば、白い奴がトンガリコーンの直撃をくらい、小石のように吹き飛ばされていく。白い奴はそのままジャングルに突っ込み、姿を消した。
わたしは直ぐに紅い奴を探す。だが、紅い奴は出てこない。レーダー上の反応は白い奴のほうへ近づいていく。
やられた味方を助けようというのだ。
わたしは白い奴が消えていった方向の森に、アームストロング砲を向けた。


† † † † †


「スザクッ!!」


カレンは思わず叫んでいた。スザクのランスロットが、敵の左腕に装着された巨大な爪に弾き飛ばされたのだ。
カレンは敵への攻撃を中止し、スザクを助けに向かった。
試験機であるランスロットには、まだ脱出装着が取りつけられていなかったのである。
木々が密集した薄暗い森を駆け抜け、紅蓮弐式はようやくランスロットのもとに辿り着いた。
スザクは自力でハッチを開け、機体の外に倒れていた。


「スザク!しっかりしろ!」


カレンも機体を飛び出す。


「カレンか…僕のことはいい……早く、逃げろ…」
「バカ言ってないで!さぁ立って!ダモクレスに戻るわよ!」


そう言いながらカレンはスザクの肩に腕を回す。が、スザクの躰は予想以上に重く、カレンは体勢を崩してしまった。
その瞬間、倒れこんだ二人のわずか1mほど上を、強力なビームがほとばしっていった。
ランスロットが直撃を受けて瞬時に爆発し、恐ろしい勢いで機体の破片が四散し、二人を襲った。
カレンはスザクが自分に覆い被さってくるのを感じた。
恐怖の爆風が過ぎ去り、カレンはスザクごと我が身を起こした。
カレンをかばったスザクの背中は見るも無残に焼けただれ、あちこちに機体の破片が突き刺さっていた。


「早く、逃げ…」


スザクはなおもかすれる声を絞りだした。


「自分の心配をしなさい!紅蓮弐式まで担いで行くわ。我慢しなさい!」
「君じゃ無理だ…置いて行け…」


スザクがまだ反論するのを見たカレンは、自分の体内に怒りにも似た不思議な力が沸き上がってくるのを感じた。


「怪我人一人くらい運んでみせなきゃ、おさまらないんだよ!!カレン・コウヅキを安く見るなぁ!」


カレンは一喝し、今度こそスザクを抱き起こした。一歩一歩踏みしめながら、カレンは歩いていく。
こいつを連れて帰らなきゃ、ゼロに会わす顔がないじゃない!


† † † † †


わたしは、白い奴が爆発したと思しき場所に来ていた。
真新しい爆発の跡を中心に、無数の破片が散らばっており、木々の枝があちこちに散乱していた。
回収できるパーツがあるかもしれないと思ったが、無駄足に終わった。アームストロング砲の威力ではあの小型機には強烈過ぎたらしい。
パイロットはどうなっただろうか。紅い奴が回収して行ったのだろうか。レーダー上では紅い奴は確かにここに来ていた。
願わくばアームストロング砲で白い奴と同時に仕止めたかったのだが、そう上手くはいかなかった。
白い奴が爆発したあと、残る敵機は全速で戦域を離脱していった。


こうして、わたしとあの新兵器との最初の会戦は2日間に渡って戦われ、わたしはどうにか勝利を手にすることができた。
だがBlackCatとて無事ではない。昨日の戦闘では右腕のトンガリコーンを粉砕されたし、今日は左腕のトンガリコーンに損傷を負った。
何より急激な機動を繰り返す無茶をしたために、関節の各部に負担がかかってしまった。BlackCatの行動は、今や怪我人のようにぎこちないものだった。
それでもこの勝利は喜ぶべきものに違いなかった。ブラックハウスからの通信によれば、敵機の母艦であるザンジバル級は姿を消したらしい。
これで安心してジャブローへ入港できる。


太陽は今や南の空高く昇っていた。わたしはブラックハウスへの帰途についた。



[25782] 天使の時間
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 15:57
ジャブロー入港の瞬間は、わたしもさすがに興奮した。
森以外なにもないと思われた場所で、なんとその森そのものが移動して、戦艦ドックへの大きな入り口が見えてきたのだ


「これがジャブローか…」


思わず呟いた。


「艦長より達します。本艦は間もなくジャブローの秘密ドックに着岸します。ドックではレビル将軍がお待ちです。必要最低限の人員を除いて全員、衣服を整えて右舷デッキに整列してください。大至急お願いします。以上です。」


なんと、かの有名なレビル将軍が来ているらしい。わたしはシン・ナガモン、乃人と連れだってデッキへ向かった。


「レビル大将閣下に対し、全員敬礼!」


あずにゃん艦長の号令一下、デッキに並んだクルーたちの挙手の礼が揃う。答礼するレビル将軍の態度も自信たっぷりだ。
ここにいる誰もが、ブラックハウスを無傷でジャブローまで運べたことを喜んでいた。それはレビル将軍も同じらしい。
ブラックハウスが係留されると、レビル将軍がさっそく艦橋に乗り込んできた。


「ナカノ少佐、実によくやってくれた。来るヨーロッパ反攻作戦を前に、心強い戦力をよくぞ届けてくれた。君たちは3日間ここジャブローに滞在し、補給と休息をしてくれたまえ。人員と武装の補充は明日行われる、今日はとにかく休みたまえ。」
「ありがとうございます。ヨーロッパ反攻作戦ですが、私達はどこから攻撃を?」
「エルラン将軍の部隊で戦うことになるだろう。それについては後日詳細を教えよう。では、これで失礼する。」


あっという間に帰ってしまった。あずにゃん艦長は敬礼してレビル将軍を見送ると、艦内放送のスイッチを入れた。


「艦長より達します。すでにジャブローの軍港事務所から、下船許可が出ています。各員、下船の際は階級と名前を申告してからドックへ行くこと。当番に当たっている者以外、今日は完全に自由行動とします。明朝0600までに船に戻ること。わたしからは以上です。」


船の各部署で歓声が上がった。みんな先を争ってドックへ下りて行く。当番兵だけが地団駄をふんで悔しがる。


「自由行動だからといって無茶はするな!軍人としての振る舞いをわきまえろ!」


下船する者の名前を控えている京が注意するが、焼け石に水だろう。みんな今夜はどんちゃん騒ぎに違いない。
伽藍としてしまった艦橋CICには、あずにゃんとわたしたちパイロットだけが残った。すると、あずにゃんがわたしたちに言った。


「3人にお願いがあります。医務室のスピーカーが壊れているらしいので、軍医さんに下船許可が出たことを知らせに行ってくれませんか?」
「おやすいご用だよあずにゃん。」


わたし達は快諾して医務室に向かった。


医務室に近づくと、扉の向こうからただならぬ声が聞こえてきた。


「アッ―――――――!!」


わたし達は驚いて顔を見合わせてしまった。ひとまずドアをノックする。途端に部屋の中は静かになった。今度は太い、いい声が聞こえてきた。


「どうぞ。」


わたし達は部屋の中に入った。中にいた軍医は白衣ではなく、何故か青いツナギを着ていた。ウホッ!いい男。


「何か用か?今患者の集中治療の真っ最中なんだが。」


わたしは面食らってしまった。部屋の中で何が起こっていたのか、およそ明らかだ。集中治療とはね。


「軍医殿、艦長からの伝言で、すでに下船許可が下りていることを伝えにまいりました。お取り込み中に邪魔をして申し訳ありませんでした。失礼します。」


ナガモンが冷静に責務を果たしてくれた。わたし達は医務室を後にした。
扉を閉めて、廊下の最初の角を曲がった瞬間、わたし達は一斉に吹き出してしまった。


「あははははは!あの軍医さん、傑作だね!」
「まったくだ!あんな人が軍の船に乗ってたとは!」
「すごい人ですね!ありゃ下船なんかしないで治療に専念するでしょう!」


まぁ、とにかくいい男だった。この船が女性クルーばかりなのを疑問に思っていたが、少し謎が解けた。
男性クルーは艦内にも危険が付きまとう。


「真面目な話、軍じゃよくあることさ。」


ナガモンがこの話を締めくくるように言った。わたし達は船を下り、ジャブロー内の散策をすることに決めた。


† † † † †


ジャブローのとある区画には、戦火から逃げてきた避難民たちが押し寄せていた。
ジャブロー周辺ではジオンの偵察部隊が神出鬼没の襲撃を繰り返していたからだ。
そしてジオンは、ごったがえす避難民の中にも紛れ込んでいたのである。
今まさにジャブロー内への避難が認められた、1台の馬車がいた。馬車には一組の男女が乗っている。
男のほうは白髪に不精ヒゲ、そう年をとっているわけではない。女のほうはフードを被っている。
その女が、下を向いたまま隣に座る男を肘で小突いた。


「ルルーシュ、なんでここまで変装しなきゃならないの?」
「ルルーシュじゃない、今はロレンスだ。だいたいカレン、お前の紅い髪は目立ちすぎる。それくらいでちょうどいい。」
「カレンじゃなくて今はホロでしょ!自分だって間違えてるじゃない。」


黒の騎士団の指導者ゼロことルルーシュは、紅蓮弐式のパイロット、カレンをともなって、ジャブローへの潜入を試みていたのである。
彼らの狙いは一つ。ジャブローに入港したと思われる連邦の新造戦艦を見つけ出し、あの黒いガンダムごと爆破することである。
だが避難民に化けたところで、ジャブローの中を自由に行き来できるはずもない。作戦は困難を極めるだろう。しかしやらねば気がすまない。
スザクは一命をとりとめたが重症だ。あのMSを許すわけにはいかない。手綱をとるルルーシュの拳が強く握りしめられる。
ルルーシュとカレンは馬車から下りると、とにかく歩き始めた。
基地内の区画の境界にあるゲートでは、武装した連邦軍兵士が避難民を見張っている。
ルルーシュとカレンがそこに差し掛かると、兵士は銃を二人に向けて構えた。


「どこへ行く?この先は許可がある者以外通れない。」
「あ、ちょっとトイレに…」
「トイレなら向こうにあるだろう。そっちを使え。」
「あっちは全部使用中で、妻がどうしても間に合わないと。」


ルルーシュの勝手な、しかもいい加減な言い訳に、カレンは恥ずかしいやら怒りやらで顔を赤らめ、うつむいてしまった。
もっとましな言い訳はなかったの?


「ふむ、ではすぐに戻るのだぞ。通れ。」


なんと連邦兵はこの言い訳を信用し、ルルーシュ共々カレンを通してくれた。
確かに、連邦軍の中枢であるジャブローにジオンが潜りこんでいるなどとは、彼らは夢にも思うまい。
ルルーシュとカレンが隣の区画に入ると、廊下の角の向こうから突如銃声が聞こえてきた。二人はギクリと身を強ばらせる。
まさかもう侵入がバレたのか?二人は恐る恐る廊下の角を覗き見た。そして思わず息をのんだ。
その先は広い倉庫のような場所で、なんとジオン兵が一列に並んでいた。彼らの足元には別の兵士達の死体。
血だまりが床一面を犯している。
そこから少し距離を置いた反対側には、ライフルを持った連邦軍兵士の群れがいた。次の銃声が響き渡り、ジオン兵達は地面に崩れおちた。


「あいつら!一体何を!!」


思わず飛び出そうとしたカレンの肩を、ルルーシュががっしりと掴んだ。


「落ち着け!見つかったら厄介だ!」
「放して!!あいつら、捕虜を虐殺してる!」
「俺達も殺されるぞ!」
「でも…!」


つい大声を出してしまったカレンの口を、ルルーシュは手のひらで封じた。しかし、遅かった。


「そこにいるのは誰だ!」


連邦軍兵士の一人が二人の声に気づき、こちらに近づいてくる。
まずい。もしジオンだと気づかれなくても、虐殺の目撃者とわかれば口封じのために殺されてしまうかもしれない!
ルルーシュはそう判断し、この場から離れようとした。だが、カレンがテコでも動かない。連邦兵は廊下の角のすぐそこまで来ている。
あと3m…、2m…、1m…!もう駄目かと思われたその時、まったく別の方向から、よく通る叫び声が響いた。


「貴様ら!そこで何をしているか!これは一体何だ!」


ルルーシュがそっとうかがうと、倉庫の向こう側の入口から、一人の女性士官が歩いてきていた。
ルルーシュは知らなかったが、それは京大尉であった。
たむろしていた連邦兵の一人が京の質問に答えた。


「こいつらは連邦軍の後方でゲリラ戦をやったジオン兵の捕虜です。無差別のゲリラ戦は南極条約違反ですので、処刑したのです。」


悪びれもせずそう言った兵士を前に、京の怒りは最高潮に達してしまった。


「南極条約によって罰せられるべきはゲリラ戦の命令を下した人物であり、前線で戦った彼らではない!軍人が命令を守って何故処刑されるのだ!!無抵抗の捕虜を虐殺するとは!」
「しかし…こいつらはジオンです。情けをかけてやる必要は…」
「恥を知れ馬鹿者!貴様ら全員軍法会議にかけてやるぞ!」
「この女、大人しく聞いていればつけあがりやがって!」


そう言った兵士は、突然京の躰を押し倒した。


「そういえば最近女の匂いをかいでなかったなぁ…うへへへ。」
「き、貴様何をする!」
「よく見るといい女じゃねぇか。おい、お前らも手伝え!」


その場にいた数人の連邦兵は、京の手足を抑えつけてしまった。


「見ろよこの白い肌。どれ、お味のほうは…?」
「貴様ら、こんなことをしたらどうなるかわかってるのか!」


ついにカレンが、ルルーシュの制止を振り払って飛び出した。


「うへへ、どうなるか教えてもらおうか!」
「こうなるのよ!」
「なにッ?」


京の躰に覆い被さっていた兵士が背後からの声に振り返った瞬間、彼の顔面にカレンの廻し蹴りが炸裂していた。
兵士は吹っ飛ばされ、地面に落ちたときには完全に気を失っていた。


「な、なんだお前は!避難民がここで何を…ぐわぁッ!」


あっけに取られた連邦兵たちを、カレンは次々にノックアウトしていく。ものの1分で、カレンは兵士達を全員気絶させていた。


「い、一体お前は…」


京が乱された衣服を整えながら言った。


「さては、ジオンだな?」


カレンは京のあまりの勘のよさに仰天した。言い逃れできそうにない。


「言い訳もできなさそうね…」
「いや、言い訳のしようがないのはこちらだ。無抵抗の捕虜を処刑するなど…」


京は地面に横たわるジオン兵の死体を見ながら、心痛な調子で言った。


「だが、すべての連邦兵がこのような無法者ばかりというわけではないのだ。どうかそれだけはわかって欲しい。」
もちろん、それはカレンにもわかっていた。中にはこの女性士官のように、軍人であることにプライドを持って戦争に臨む者もいる。だが…
「それでも、許すわけにはいかないわ…」


そう言わずにはいられなかった。死体の中にはカレンと同い年くらいの兵士も混じっていた。
彼らの母親は軍からの電報で息子の死を知るだろう。ご子息は勇敢に戦い、名誉の戦死を遂げられました、と。
だが、これが名誉の戦死と言えるだろうか?こんなチンピラみたいな連邦兵に、抗うこともできずに殺されて…。
不意に倉庫の外から複数の足音が聞こえてきた。ようやく騒ぎに気付いた者がいたようだ。
京はその音に気づくと、目の前の真紅の髪のジオン兵に言った。


「彼らの遺体は私が必ず篤く敬い葬る。今は退いてくれ。この基地の人間に君を引き渡したくない。」
「あなたはここの兵士ではないの?」
「違う、戦艦勤務だ。ここには偶然居合わせた。それより早く逃げろ。彼らのことは私を信用してくれ。」
「わかった。ありがとう。…名前をきいてもいい?」
「京大尉だ。君は?」
「カレン・コウヅキ。」
「さらばだ、カレン。次は戦場で会おう。その時は全力で、な。」
「えぇ。それじゃあ…」


カレンは京に背を向けると、あっという間に走り去った。
残された京は、まず軍帽をとり、戦死者たちに哀悼の敬礼を捧げた。



[25782] マ・クベ防衛網をやぶれ!
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 16:25

† † † † †


ジャブロー2日目の朝、ブラックハウスの点呼は順調に進んでいた。オレは正直言って驚いていた。ようやくとれた休息らしい休息に、みんな羽目を外しきってしまうと思っていたのだ。しかし、軍人として最低限の規律は守られた。
それは点呼をとっている京大尉にとっても意外だったらしい。彼女は昨日ちょっとした揉め事に巻き込まれ、一時は憲兵隊に身柄を抑えられた。
と言っても彼女が問題を起こしたわけではなかったのだが、彼女がブラックハウスに戻ったのは明け方だった。ろくに休めていないだろう。
だが今日はクルー全員が忙しい。ようやく補充人員が配属されるのだ。新しく艦に乗る連中に様々なことを教えてやらなければならない。新兵が配属されるとは限らないが、この船独特の癖みたいなものがある。
機関の息継ぎだったり、銃座の回転速度だったり、他にも艦橋の壊れたままの床だとか、士官室のシャワーで頭を洗う時は「だるまさんが転んだ」と言ってはいけないとか、実践的なものから迷信的なものまで、教えることは無数にあるのだ。


「補充人員は1030時に到着する。各部署の班長はそれを迎えにくること。配属はその場で伝える。また、新たな機動兵器が搭載される。それらは1200時にここへやってくる。各員準備を怠るな。以上。艦長、なにかありますか?」


京がキビキビとした口調で言った。


「待ちに待った補充です。早くブラックハウスに慣れてもらえるように、今から艦内の大掃除を開始します。皆さん自分の部屋と担当部署を徹底的に綺麗にしてください。」


あずにゃんのお願いとも命令とも取れる言葉に、クルー達から「え~ッ」という非難の声が上がった。


「艦長の命令だ!さっさと始めるぞ!解散ッ!!」


京によれば命令らしい。命令ならば仕方ない。クルー達がとぼとぼと解散する。


「掃除なんてやだよ~。」


黒猫が全身からけだるさを放出しながら言う。部屋はともかく担当部署となると、オレ達パイロットにとってはBlackCatと言うことになる。整備でもしろと言うことか。オレ達はとりあえず部屋の掃除をするため、士官用の居住区画で別れた。


そして1030時、オレは補充人員を迎えるためデッキに上がった。パイロットの中で隊長というのは決まっていなかったが、オレが京大尉に頼まれた。
補充パイロットは二人だった。波打つブロンドの髪が魅力的な少女と、黒髪で気が強そうな少年。
少女のほうは見るからに魔法使いという身なりをしている。本当にパイロットなのだろうか。MSより箒が似合いそうだが。
少年のほうも連邦軍の正式な軍服ではなく、真っ赤な制服を着用していた。


「シン・ナガモンだ。ブラックハウスに歓迎する。」
「霧雨魔理沙だZE☆」
「シン・アスカです。」
「二人ともよく来てくれた。居住区画に案内する。まずはその両手の大きな荷物を置こうか。ついて来てくれ。」


オレは霧雨魔理沙のパンパンな荷物袋を一つとり上げ、艦内へ向かった。まずは魔理沙を女性士官用の区画へ案内する。


† † † † †


一通り艦内を回った後、シン・アスカは自分の部屋に戻っていた。どういう訳か自分以外のパイロットは皆女性だ。一瞬、シンの心の中に邪な考えがよぎる。
シンは思わずブンブンと首を振り、ポケットから大切そうに何かを取り出した。戦争で亡くした妹の形見、壊れかけの携帯電話だった。
マユ――――
お前と家族を俺から一瞬で奪ったジオンに、俺は必ず復讐する。それまでは浮かれてはいられない。そういえば、実戦はいつになるのだろう。シン・ナガモンならわかるかもしれない。
シン・アスカはそう思い、女性士官用居住区画にいるはずのナガモンを尋ねることにした。
居住区画はひっそりとしていた。照明もついていないし、人の気配が全然ない。
シンはナガモンの部屋が見つからなくて困っていた。この辺りをうろうろしている様は不審者以外の何者でもない。
不意に、ドアが開いたままの近くの部屋から人の声が聞こえてきた。部屋の電気はついていない。声は暗闇から聞こえてくる。


「んっ、…あっ、はぁん…」


シンの鼓動が一際高く鳴った。何だこの声は?まるで、というよりも明らかに…


「…くっ、あん!ダメ、そんな一気に…」


シンの鼓動がますます大きくなる。どうやら声の主は霧雨魔理沙らしい。だが、もう一人いるはずだ。


「あっ、痛い痛い!…もっと優しく…」


人を呼んだほうがいいのか?シンはそうも思ったが、そんな理性は好奇心とリビドーの前に敗れ去った。もう少し様子を見てみよう。


「んぁっ!ダメ!…やぁっ!んん~…」


魔理沙は痛みをこらえるような声を出した。シンがついに部屋に踏み込もうとしたその時、背後から声がした。


「なにしてるんだ?そんな所で?」


シンが慌てて振り返ると、ナガモンが腕を組んで立っていた。


「あっ、ナガモン中尉!?いや、この中から変な声が聞こえたので!」
「変な声?どれどれ?」


ナガモンは躊躇なく部屋に入ると、照明のスイッチを入れた。シンは慌てた。いま電気をつければ、めくるめく官能の全貌が露になってしまう…!


だが、灯りがついた部屋の中の様子は、シンの想像とはまったく異なるものであった。
ベッドの上に長座前屈の姿勢で魔理沙が座り、その背中を黒猫が押している。


「なにやってるんだ?」


ナガモンが黒猫にきいた。


「魔理沙の肉体開発。」
「誤解を生む言い方はやめてほしいぜ。私はただ柔軟を手伝ってもらってただけなんだZE☆」


シンは落胆してしまった。心にどこかにあった期待は粉砕されてしまった。ナガモンにいつ戦闘になるか訊こうという気にもならない。
そうこうしているうちに、ブラックハウスに新しく搭載される機動兵器が到着した。
パイロットも積載作業を手伝わなければならない。


左舷格納庫には新たに二機のMSが配備された。射撃専用MS「マスタースパーク」と、格闘専用MSの「ブラックサン」だ。
見るからに重そうなマスタースパークは横から見ると象のような形状に近い。機体上部のマスパ砲は艦船のメガ粒子砲がほぼそのまま搭載されたものであり、両腕にあたる部分には補助ジェネレーターが取りつけられている。
下半身はガンタンク用のキャタピラ仕様で、不整地の走破性は高い。上からみるとまるで男性器だが、搭乗者は霧雨魔理沙になる予定だ。下半身パーツはガンキャノンの足にも付け替えが可能らしい。
格闘戦専用機であるブラックサンは、もともとは実験機だったゴルゴムという機体を改造したものだ。直線的なフォルムの多い連邦軍MSだが、そんな中でこの機体は異色のまるっこい形態をしている。
これは「モノコック構造」という機体構造で設計されたためで、主にジオンのMSで採用されている方式である。ブラックサンの機動性は機械のそれを逸脱したものであり、人間並の柔軟な運動ができるという。
これは先に黒猫が交戦したKMFと呼ばれるジオンの新兵器に、接近戦で対抗するためだった。最大の武装は右腕に仕込まれた輻射波動砲「バイタルチャージ」。敵の紅いKMFに搭載されていたものと同じシステムである。これをくらった物体はなんであれ瞬時に砕け散ってしまう。
ブラックサンには黒猫が乗る予定だ。
一方右舷側の格納庫には、鹵獲したザクを改造したMS「ヤラナイカ」と、「ゼッチョー」とよばれるMAに近い兵器、そしてGメカの各パーツ予備が積みこまれた。
ようやくMSを任された整備班第一班はさっそくヤラナイカの整備に取りかかった。ヤラナイカは開発されてからしばらくの間倉庫に放置されていたらしく、徹底的な重整備を必要としていた。
ぱっと見では単なる青いザクだが、両腕には試作型のトンガリコーンが装着されており、股間に対人機銃をつけたその武装概念は後のBlackCatへと発展していく。ヤラナイカにはシン・アスカが乗る。
ゼッチョーはシロネコとよばれるガンダム系MSの上半身にGメカのBパーツが取りつけられたもので、高速で飛行して戦う。
またシロネコは上半身のみでも飛行可能であり、さらにガンダムの下半身と合体することでガンダムWhiteCatともなる。だが今の段階では余剰な下半身パーツはなかった。ゼッチョーには乃人が乗り込む。


† † † † †


ジャブロー滞在の3日目、わたし達は新しい機体の操縦訓練を兼ねて、2チームに別れての模擬戦闘を行っていた。
機体よりも背の高い木が林立するジャングルは、見通しが効かず緊張感は満点だ。わたしはナガモンとペアを組み、乃人、シン、魔理沙のチームと対抗していた。
乃人チームは魔理沙のマスタースパークを防御の拠点とし、その周囲を乃人のシロネコとシンのヤラナイカが警戒している。守りはかなり固いと言っていい。わたしとナガモンはこれに攻撃を加えなければならない。
と言っても、レーザーポインタのビームと模擬刀と寸止めの格闘なのだが。
しかし双方共に本気だ。わたし達は常に機動しながら徐々にマスパに肉迫してゆく。マスパの主砲を表すレーザーポインタが機体のすぐ横の木に光った。射撃はかなり正確だ。
わたしの乗るブラックサンのセンサーがあの光をキャッチすると、わたしは一撃で大破されたという判定が下る。一時も気を抜けない。格闘戦専用機であるブラックサンだが、ナガモンのBlackCatからの援護射撃のおかげで敵に接近できた。
隠れていた木の陰から飛び出し、動きの遅いマスパを狙う。だがその前にシンのヤラナイカに気づかれてしまった。真っ青なザクがわたしの前に立ち塞がる。


「いかせませんよ!猫さん!」


シンのやる気は十分だ。


「受けて立つよ!シン!」


わたしは右腕の輻射波動砲を起動した。すると、肘から先全体が赤く輝きだした。


「わたしのこの手が光ってうなる!!お前を倒せと輝き叫ぶ!!」
「な、輻射波動砲?!反則でしょう!?」
「くらえ、愛と怒りと悲しみのォ、シャイニング・フィンガー!!!!」


わたしは右手をまっすぐに突きだし、ヤラナイカの顔面に強烈なアイアンクローをくらわせた。輻射波動砲を使うまでもなく、ヤラナイカのセンサーが頭部破損の信号を出した。ほんとに壊したのかもしれない。
シンが初めて本物のMSに乗るというから、少しからかってやるつもりだったのだが、やり過ぎてしまった。


「猫さん!反則ですよ!!」


乃人から通信が入る。だから反省してるってば。


「全員、戦闘を中止してください。訓練はここで終了します。17番ゲートから基地内に戻ってください。」


あずにゃんの声で通信が入った。まずい、あずにゃんに怒られてしまう。


ドキドキしながらブラックハウスに戻ったわたしは、皆と一緒に艦橋に上がった。あずにゃんが難しい顔をして立っている。その隣の京大尉の表情も険しい。


「ご、ごめんなさいッ!!」


先に謝ってしまった。それで済むとは思わないけど。


「ヤラナイカの破損なら心配はいらない。メインカメラがいかれただけだ。すぐに直る。」


京大尉が厳しい表情のまま言った。ならどうしてそんなに深刻そうな口調なの?


「実はレビル将軍から正式な作戦指令が届いた。ブラックハウスはすぐにオデッサに向けて発進する。いよいよ反攻作戦だ。」


京大尉がそう言って、わたしはようやく胸をなでおろした。怒られることはなさそうだ。険しい表情は作戦が決まった緊張からだったらしい。


「急なことで申し訳ないんですけと…レビル将軍から直直の命令なんです。現在行われているヤラナイカの修理が済み次第、ジャブローを発ちます。パイロットの皆さんにはそれまでにニュータイプの適正試験を受けてもらわなければいけません…せっかくの休息だったのにごめんなさい。」


あずにゃんが泣きそうになりながら説明した。あずにゃんが悪いわけではないことくらい、わたし達はわかっていた。でも、適正試験とはなんだろう?
ジャブロー内のとある一室で行われた試験は、手の込んだ身体検査といったものだった。わたしの試験が終わった時には、みんなはとっくに試験を完了していて、服を着替えているところだった。


「猫さんの試験だけ妙に長かったな。ニュータイプなのか?」


魔理沙が言った。わたしに自覚はないけど、確かに時々不思議な直感があったりする。


「さぁね、人の革新たるニュータイプの理論だけなら、あり得る話ではあるけどね。」


† † † † †


かくして、戦艦ブラックハウスはジャブローを発進した。大西洋を一またぎに飛び越え、途中一切の補給も受けずに飛び続けたブラックハウスは、翌朝未明にはオデッサ作戦総司令部が置かれたワルシャワに到着していた。
ブラックハウスはさらにここから黒海西岸に飛び、その日の夜には作戦開始位置へ到着していた。ブラックハウスが配されたのは、エルラン中将の第4軍。
オデッサに西から向かうレビル将軍の第3軍から、北隣すぐの位置だ。目の前にはウクライナの大平原が広がっている。
オデッサ作戦において、ブラックハウスは初めて友軍部隊と共に戦うこととなった。
エルラン中将の指揮下に置かれた部隊のうち、ブラックハウスはビッグ・トレー級2隻、特殊自走砲部隊一個、61式戦車大隊二個、陸戦型ジム一個中隊と共にブラックハウス戦闘団を編成し、敵陣突破の先鋒を務めることになった。
ブラックハウス戦闘団は作戦開始後、マ・クベ率いるジオン軍の防衛網を迅速に突破し、その前線の後ろを撹乱して後続部隊の進撃を助ける役割を与えられた。
このような戦術は浸透作戦と呼ばれ、それを任されるのは敵の後方に入っても自軍の勝利を確信して戦える優秀な部隊だけだ。もっとも実際に敵陣を突破するのはブラックハウスと陸戦型ジム中隊のみで、他はこれらの援護に回る。
このため、ブラックハウス戦闘団の名称とは裏腹に、戦闘団の旗艦はビッグ・トレー級の一隻が務め、司令官もそちらに搭乗した。
ブラックハウスにはかなりの自由裁量権が与えられ、ジム中隊があずにゃんの指揮下に入った他、攻撃開始と退却の判断以外はほぼ完全に自由だった。
作戦開始日時は刻一刻と迫って来ていた。すでにビッグ・トレー級の艦砲は目標の調整を終え、砲口は晴れわたる空に向けられていた。
特殊自走砲はそう簡単には展開できなかった。口径80センチという空前のスケールの砲は、61式の車体4輌の上の砲架に載せられ、人が歩くようなスピードで前身してきた。
この砲には独立対空砲二個大隊が付属し、砲弾を運ぶ車輌も61式を改造しクレーンをつけた特殊車を使用している。その運用には200人以上の人員が携わっていた。コストパフォーマンスは最悪と言っていいだろう。
連邦軍は攻勢の主力がどこにあるかをさとられないようにするため、各部隊に特異な兵器をいくつも配備していた。
例えばブラックハウス戦闘団の隣の戦区にいる、コレマッタ少佐の独立混成第44旅団、通称「死神旅団」には、陸戦強襲型ガンタンクなる兵器が配属予定だ。
作戦開始は2日後の11月7日。すでに部隊の配置は完了しつつあった。マ・クベの防衛ラインは不気味な沈黙を守っていた。決戦の時は近い。



[25782] オデッサ、鉄の嵐!
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 17:02


U.C.0079、11月6日。地球連邦軍の反撃の狼煙が、ここオデッサにおいて上がろうとしていた。作戦開始は翌7日 0600時。空前の大作戦を前に、対峙する両軍の戦線は奇妙に静まりかえっていた。
偵察機が飛ぶことも、脅しの砲撃が行われることもなかった。今や作戦準備は完璧に終わっていた。レビル将軍を作戦の最高司令官として編成された地球連邦軍の数は、後方支援の部隊を含めると守りにつく公国軍の実に8倍にも昇っていた。
それでも、連邦軍作戦本部の将星たちには、先行きへの不安がつきまとっていた。報告によれば、ルウム戦役で多大な武功をあげたかの「黒い三連星」が、ここオデッサに降り立ったという。
彼らは作戦司令官であるレビルを捕虜にした張本人であり、その戦力は一個師団をも凌ぐとさえ言われていた。
また、連邦軍には別の不安要素があった。
作戦を準備する間、秘密裏に補給に向かった輸送部隊が何故か敵に捕捉され攻撃を受けたり、守備の手薄な位置が敵に筒抜けになっていたりと、情報の流出が疑われる事態が幾度も発生していたのである。
作戦本部内にスパイの存在が疑われたが、確証を得られぬまま作戦が始まろうとしていた。
レビル将軍はそれでも、最後には自分が勝つのだということを信じて疑わなかった。連邦はようやくMSのマスプロに漕ぎつけ、工場をでたジムは続々と戦場に到着していたのである。
オデッサ作戦は連邦軍がMSの大部隊を初めて運用する作戦であった。連邦軍兵士はこれまで、ジオンのMSによる一方的な殺戮を生き延びてきた。多くの仲間、あるいは家族を失った彼らにとって、この作戦は復讐戦であった。
その闘志は焔より熱く、多くの者が死ぬまで戦う覚悟を決めていた。
一方、これを迎え撃つ公国軍の戦力は、連邦の8分の1しかなかった。プラハ近辺やイタリア戦線ではまだジオン残存兵力が頑強に抵抗し、連邦軍を悩ませていたが、オデッサに集結した公国軍にこれらの救援に向かう余裕はまったくなかった。
作戦が始まった時、彼らは猛烈に抵抗するであろう。局所的には連邦軍を圧倒する部隊もあろう。だが大局的に見れば、彼らがいずれ力尽きることは明らかだった。
ジオンの兵士達の間では、マ・クベの戦略眼に疑問を投げかける意識も流れ始めていた。
これ以上の資源採掘は止め、宇宙へと撤退するべきではないのか。そんな意見まで飛び出した。
だが、彼らはこんな噂を耳にし始める。「連邦軍の一部隊が、ジオンに寝返る」と。


そして決戦の日、U.C.0079、11月7日。早朝にもかかわらず、オデッサ地方の各戦線には、静かな熱気が立ち込めていた。その後方にある一隻のビッグ・トレー級地上戦艦に、レビル将軍はいた。レビルは全部隊との回線を開くと、静かに語り始めた。


「オデッサ作戦に参加する兵士諸君。私はレビル大将だ。いよいよ決戦の時が来た。地球圏から独裁と圧政を一掃するための崇高な任務につかんとする諸君に、まずは敬意を表したい。
諸君、敵は強大である。我々は長い間、敵によって苦渋をなめさせられてきた。だが今この瞬間も、敵によって苦しむ人々がいるのだ。彼らを一刻も早く解放しなければならない。今日ここから、この日から、地球連邦の新たな歴史が始まるのだ。
すべての兵士は、見物人となってはならない。戦闘部隊のものも、後方部隊のものも、全員が作戦の進行に献身し、最前線の部隊を全力で支援すること。各員、この作戦が世界注視の戦いであると銘記せよ。諸君らの働きを歴史が見下ろしている。奮戦してくれ。諸君と共に戦えることを誇りに思う。諸君の幸運を祈る。
オデッサ作戦、開始せよ!」


時刻は、午前6時ちょうどであった。


作戦開始の瞬間、200kmに渡る戦線のあちこちで、無数の砲が火を吹いた。砲の操作に携わる砲兵たちは念入りに耳栓を用意していたが、彼らの耳は一撃で麻痺してしまった。
大きいものは地上戦艦の艦砲から、小さいものは迫撃砲まで、連邦軍がこの作戦に投入した火砲はのべ25,000門にのぼった。それらの放った砲弾は公国軍の陣地に雨あられと降り注ぎ、戦線の地面を端から掘り起こしていった。
公国軍の小型のトーチカや銃座、露出砲台などはことごとく破壊され、前線と後方の司令部との連絡は瞬時に断たれてしまった。それでも砲弾の雨は降り続き、あらゆる施設、兵器、車輌、そして人員のすべてが粉砕されていった。
大地を揺るがす轟音は連邦軍の全兵士を鼓舞し、感激させた。音だけでなく、砲弾の爆発が見える場所にいた者たち、すなわち最前線にいた兵士たちは、あの砲撃のあとで生き残っている敵は、まずいないだろうと考えた。
砲撃は自分たちに仕事を残さないかも知れない。自分たちはただ、ねじれ曲がった兵器の残骸が点々とする焼け野原を進むだけになるのではないか?そんな楽観的な気持ちにさえなった。
そしてそんな思案を巡らせている間にも、幾千の砲弾はとどまることを知らずに爆発していた。


公国軍の各級司令部は、瞬時に大混乱に陥っていた。前線の各部隊からの報告は互いに矛盾しあっていた。どの報告も自分の戦区こそ敵の攻勢の主要目標に違いないと断言していたのだ。
限られた情報しかない前線の部隊にとって、自分たちが今まさに経験している猛烈な砲撃は、そこに敵の主力があると判断するに十分すぎる衝撃だった。
本当の最前線にある部隊はほぼすべてが第一報を発進する前に壊滅していたし、連邦軍の部隊を確認することは爆煙のために不可能だった。ただ一つ確かなことは、この広いオデッサ地方で、連邦軍の反抗作戦が始まったということだけだった。
だが、この事態に対してもっとも大きな責任を持つ男、マ・クベ司令は、信じられないことにまだ最初の報告すら受け取っていなかった。彼は前日の深夜まで続いた会議のあと、睡眠薬をのんで眠っていた。
マ・クベの代わりに報告を受け取ったウラガンという男は、あいまいかつ矛盾だらけの報告のためにマ・クベを起こそうとはしなかった。
公国軍には情報が絶望的に不足していた。どの情報が正しいのか誰にもわからなかった。
攻勢に対する公国軍の反応は極めて緩慢なものとなった。砲撃のため、一部の部隊では指揮命令系統がズタズタになった。連携するべきMS部隊と防衛拠点の守備兵たちは、お互いを無視して個別に進撃してくる連邦軍を待った。
連邦軍が姿を現すのは砲撃がやんだあとであろう。熾烈極まりない砲撃はいまだに勢いを緩めていなかった。公国軍の最初の防衛ラインがあった場所全域が、轟然たる砲火の嵐を浴び、まるで噴火しているようだった。
間断なき砲撃によって、黒い煙の大きなかたまりがオデッサのあちこちに雲のように漂っていた。この砲撃は最終的に二時間ほど続き、爆煙が未だに晴れない0830時、ついに連邦軍の攻撃部隊が前進を開始した。

61式戦車が、GMが、陸上戦艦が、そしてこの時代になっても決して消滅しない歩兵が、黒煙の中へと進撃していく。彼らは楽観していた。あの煙の向こうで、敵が友軍の砲火を生き延びているとはとても考えられなかったのだ。
だが、敵はたしかにいたのである。突如、黒煙のカーテンを突き破り、眩い洩光弾が飛んできた。それも一発や二発ではなく、すぐに濃密な十字砲火へと変貌を遂げた。
射線上に捉えられたジムが全身に被弾し、天を仰ぐようにして後ろにのけぞり、腕を青空へつきだしたまま倒れた。周囲にいた何機かのジムはその僚機が倒れるさまに目をとられ、動きを止めた。
あの集中砲火を耐え抜いた敵がいる!
そして次の瞬間には、止まってしまったジムの全てに熾烈な火線が集まった。煙のカーテンを通して飛来する敵弾の狙いは、決して正確ではない。だがあっけにとられて足を止めたジムは、百戦錬磨のジオン兵達にとって巨大な標的と同じだった。
また一機、別のジムが崩れ落ち、部隊の他の機体はようやく動きを取り戻した。それまで、足元をゆく戦車に合わせてゆっくりと前進していたジムは、今度は身を踊らせて走り出した。ジムの機体が黒煙のベールの中に消え、戦車部隊が後に続く。
煙の中では飛来する洩光弾だけがはっきりと視認でき、ほかには何も見えなかった。先頭をゆくジムの新人パイロットの脳裏に、「一寸先は闇」という言葉が浮かんだ。だが、彼はようやく煙のカーテンの切れ目までたどり着いた。
視界が開けて、何機かのザクが確認できた。彼は自分のジムをそれまでより大きく躍進させた。その瞬間、ジムの機体は巨大な穿孔に落下していた。ジムはMSの背丈より高い崖を転がりながら落ちて、底の地面に激突した。
後続のジム数機と61式戦車が同様の運命を辿った。


「来るなぁ!これは罠だ!!」


新人パイロットはインカムに叫んだが、後の祭りだった。さらに複数のジムが煙から飛び出すと、そのまま穿孔に落下した。
その様子を双眼鏡で見ていた公国軍の工兵大尉は、部下を振り返って叫んだ。


「爆破ぁ!!」


部下の兵士は起爆スイッチを押した。その途端、崖の底に仕掛けられていた大量の爆薬が炸裂した。落下していたジムと戦車はその場でスクラップとなった。
だが、ジムは次々に現れた。1機を倒せば3機が現れ、3機を倒すと10機が現れた。それらの練度は決して高くはなかったが、ジオンの兵士たちは休む暇もなく必死に戦わなければならなかった。
ザクはマシンガンを乱射し、その銃身はあっと言う間に赤く焼けた。


「誰か弾を早くよこせ!!」


そんな叫びが戦場のあちこちから聞こえた。それほどに連邦軍の物量は圧倒的だった。今、ようやく崖を飛び越えたジムが、工兵大尉のいる観測所を踏み潰そうとしていた。
工兵大尉は部下に「逃げろ」と叫んだが時すでに遅く、二人はコンクリート製の建物共々踏み潰された。ジオンの最初の反撃は、粉砕されつつあった。
津波のように押し寄せるレビルの連邦軍第3軍は、嵐のように荒れ狂い、敵という敵を呑み込むかのようだった。だが、エルラン中将指揮下の第4軍の戦線では、不可解なことにこのような激戦はまったく発生していなかった。


† † † † †


オレはアークにもう一度命令を繰り返すよう頼んだ。オレはいま、ブラックハウスの格納庫でBlackCatに乗っていた。


「繰り返します。『第4軍の全部隊は現在の位置で別命あるまで待機、絶対に前進しないこと。前進した場合その行動は敵前逃亡と見なし、厳罰に処す。』発信元はエルラン中将の第4軍参謀部となっています。」
「バカな…攻勢準備砲撃がようやく終わってこれからという時に…。艦長、どうします?」


コックピットのモニターにあずにゃんが映し出される。


「軍参謀部からの命令です。従うほかありません。得策とは考えにくいですが…何か敵に関する新たな重大情報を掴んだのかもしれません。別命というのを待ちましょう。」


得策とは考えにくい、その通りだ。むしろ愚策だ。二時間に及んだ砲撃がやっと終わり、オレ達はすぐに前進できるものと思っていた。と言うより、砲撃が終わった直後に前進しなければ意味がない。
猛烈な砲火が敵の前線を破壊したとしても、時間を置けば敵の新たな部隊が戦線を再構してしまうかもしれないからだ。そんなことは一兵卒にだってわかる。にもかかわらず、エルランの参謀部はオレ達の移動を禁止してきた。
オレは再びあずにゃんに質問した。


「すでに発進してしまった偵察隊はどうします?」
「すぐに引き返すよう指示を出しました。しかし、電波障害がひどくて、ちゃんと指示が届いているか心配です。かといって迎えにいくこともできない…」


あずにゃんは心配そうに言った。実は今から少し前、砲撃が終わる直前に、あずにゃんは黒猫とシンに強行偵察を命じていたのである。オレ達の前方で守りにつく敵の規模はどれくらいで、その内どの程度の敵が砲撃で被害を受けたのか。また、他の戦区の部隊、特にブラックハウス戦闘団の隣に陣を敷いていた第3軍所属の死神旅団の戦果はどれほどか。
こういったことを調べるための偵察だった。
だが、黒猫ともシンとも連絡が取れない。彼女らの乗るブラックサンとヤラナイカ、どちらもレーダーの範囲外にいる。心配だ。


「艦長、オレが出撃して黒猫達を探しに行ってもいい。司令部に許可を求めてくれないか?」
「すでに意見具申はしてありますが、応答がありません。エルラン中将にはまったく進撃する気がないとしか思えません…とにかく今は黒猫さん達が戻るのを待ちましょう。」
「…了解。」


だが、はたして黒猫達は戻って来るのだろうか。もし戻らなかったら、オレは…。


† † † † †


辺りにはシン以外誰もいなかった。揺らめく炎が方々に散在していたが、ジオン兵の姿はまったく見えない。わたしは奇妙な感覚にとらわれていた。と言ってもかなり確信に近い感覚だ。
この付近には、最初から敵がいなかったのではないか?
わたしはそう感じていたのだ。事実、周囲の荒廃した平野には兵器やその残骸のようなものはまったく見られなかった。二時間に及んだ猛烈な砲撃は、何もない土地をいたずらに掘り起こしただけだったのか?そんな疑念さえ沸き上がってきた。


「猫さん、どう思いますか?誰もいないけど…」


疑問を感じているのはシンも同じらしい。わたし達は機体を背中合わせにして辺りを警戒していた。


「絶対に変だよ。この辺りには敵の痕跡すらない。いま攻め込めば敵の防衛ラインは簡単に破れる。だけどこれじゃ怪し過ぎるね。どこかに伏兵がいるのかもしれない。警戒を怠らないで。」
「了解。」


わたし達は移動を開始した。敵陣のさらに奥深くまで進出する。敵に遭遇するまで進まなければ、偵察の意味がない。


「進撃開始時刻ですが、後方から誰も来ないですね。」


シンが言った。


「何かトラブルが起こったのかもしれない。隣の死神旅団の戦区では戦闘が始まってるらしいね。」


南に目をやれば、地平線ギリギリに陽炎のようなジムの姿が見えていた。時々飛び交う洩光弾も見える。第3軍の戦線では戦闘は熾烈を極めているようだ。だが、この辺りの静けさは一体なんなんだろう。敵も味方も静まりかえっている。


「今ならチャンスなのに、ブラックハウスは何をしてるんだ?なんで進撃してこない!?」


シンがやや焦り気味に言った。たしかにこの静けさは神経にさわる。だが冷静にならなければいけない。


「シン、落ち着いて。あと3キロ進出して敵と遭遇しなかったら、一度報告に戻ろう。いいね?」
「わかった。」


† † † † †


ブラックハウスの艦橋には、気まずい沈黙が流れていた。
誰もが前進したいと考えている。だが命令は絶対だ。部隊の移動は許されない。
あずにゃんの脳内では軍人としての義務と、人間としての正義とが激しく争っていた。黒猫とシンだけを死地へ送り込んでしまった。今すぐ迎えにいってやりたいのだが…
黒猫達はまだ戻ってこない。通信もつながらないしレーダーも役に立たない。もし黒猫達が、後ろからブラックハウスが進撃してくることを信じて、いまだに前進を続けているとしたら…。
そう考えるだけであずにゃんは青ざめてしまう。だが艦長として、それを表情に出すわけにはいかない。


「はちゅねさん、後方の戦闘団本部を呼び出してください。ムスカ大佐にもう一度意見具申してみます。」


あずにゃんは通信士のはちゅねミクにそう言うと、表情を引き締めた。モニターにはブラックハウス戦闘団司令、ムスカ大佐が映し出される。


「ナカノ少佐、意見具申ならさっきも聞いたぞ。第4軍司令部の答えはノーだ。今もう一度やっても答えは変わらないだろう。」
「それは偵察隊の報告を聞いても同じでしょうか?」
「戻ったのか?」
「まだです。しかし戻り次第軍司令部に直接報告に行かせて、再度突撃を具申したいんです。」
「見上げた心上げだな、ナカノ少佐。…よし、偵察に出したMSのパイロットが戻り次第連絡したまえ。私とパイロットとでエルラン中将に直訴してみるとしよう。」
「ありがとうございます。」


通信が切れた。ムスカ大佐と言う男には不明な点が多い。表向きには連邦軍士官として非常に優秀な働きを見せているが、裏では何をしているかわからない。
彼の身の回りには常に黒眼鏡の下士官たちが控えている。ムスカが自分の手駒として使っているこの下士官たちがいかにも怪しい。情報部の人間だという噂があるが、それも定かではない。
あずにゃんは正直言って、ムスカの元へ黒猫とシンを使わずのには気が進まなかった。
しかし、今進まなければオデッサ作戦は全体が危機に陥る。少しでも可能性があるなら、それにかけるしかないだろう。
あずにゃんは艦長席に座り直すと、指を組んで二機のMSの帰還を祈った。


その頃、渦中の人物エルラン中将は、作戦の総司令官であるレビル将軍を尋ねていた。


「予定通りの展開ですなぁ。」
エルランはレビルの部屋の壁に貼られた作戦の進展状況図を見ながら言った。地図上の表示では、第3軍の部隊が公国軍の戦線の一角を突破することに成功していた。彼は地図のあちこちを指差しながら続ける。


「マチルダ隊はホワイトベースとの接触に成功しているようだし、あと後方撹乱として部隊を北方より南下させる。で、万全ということですなぁ。」

その言葉には妙な引っかかりがあった。それを鋭敏に感じとったレビル将軍はすかさずエルランに尋ねていた。


「何が気に入らんのだね?」
「はぁ、ホワイトベース一隻で右翼の後方撹乱。本当に将軍は、彼らをニュータイプの可能性ありとお考えなのですか?」
「報告書は君も見たんだろう?」
「しかし、わずかなデータだけで彼らをニュータイプと即断するのは、危険ではありませんか?」
「だが、正面の戦力をこれ以上割くわけにもいかんしな。ジオンの赤い彗星のシャア、彼もニュータイプだと噂されているな。それが事実であるなら、我が軍にそういう連中が現れても不思議ではないじゃないか。赤い彗星すら退けた彼らの力に、期待してみようじゃないか。」


レビル将軍はそこで一旦言葉を切ると、ちょっと間を置いてから思い出したようにこう続けた。


「君の第4軍の指揮下にあるブラックハウス、あれもニュータイプの可能性ありと判断されていたな。彼らを真っ先に前進させればどうだ?聞けば、第4軍はまだどの部隊も行動を開始していないらしいじゃないか。」
「実は我々の正面に展開する敵が、水素爆弾を持っているとの情報があるのです。しかし裏付けがまだとれていませんので、報告はしていなかったのですが…」
「本当かね。ならばそれが使用される前に敵の息の根を止めなくてはならん。戦況はまだ流動的だし、私としては早く決定打が欲しい。」
「もちろんそれはわかっております。情報の確認ができ次第、第4軍も前進を開始します。」


† † † † †


わたしとシンは偵察から戻ると、休む暇もなく戦闘団の旗艦であるゴリアテに派遣された。
大急ぎで駆けつけたにもかかわらず、わたし達を迎えた戦闘団司令、ムスカ大佐はやけに落ち着いていた。そこが癪にさわった。


「ご苦労、強行偵察のあとすぐに来てもらってすまなく思うよ、黒猫中尉。」


シンの存在を何故か無視するところも気にくわない。美少女にしか興味がないのだろうか。


「だが急いで来てくれたのはどうやら無駄になってしまった。先ほど確認したが、エルラン中将はいまレビル将軍のもとを訪問していて、第4軍司令部にはいない。」


ここでわたしはムスカのことが決定的に嫌いになった。どうしてもっと早くそれを知らせてくれないんだ。


「移動禁止の命令は解かれていないし、今すぐブラックハウスに戻る必要はないだろう。なんなら今夜はゴリアテで過ごしたらどうかね?」


わたしが思わず「このロリコンッ!」と叫びそうになった瞬間、横からシンがそれを遮った。


「待ってください!エルラン中将がいないのなら、あんたが命令してくれればいいだろ!?俺達は早く前進したくてうずうずしてるんだ!」
「移動禁止命令は軍団本部からの命令だ。私がそれに背けるわけがないだろう。」
「だけど…ッ!!」
「君も男なら聞き分けたまえ。今の発言は軍への反逆ともとれるぞ。」
「シン、ブラックハウスに戻ろう。」
「猫さんッ?!」
「わたし達は機体の整備に立ち合わなきゃ。あずにゃんがわたし達に命令したのは、エルラン中将に前線の状況を説明することだよ。それができないなら、今日は帰るしかない。」


わたしはシンを真っ直ぐ見据えて、語気を強めてそう言った。シンは唇を噛むようにしてうつむくと、がっくんと首を縦に振った。どうやらわかってくれたようだ。


「大佐、そういうことですので、わたし達はブラックハウスに戻ります。」
「良かろう。エルラン中将は明日の朝には第4軍司令部に戻るだろう。その時もう一度来たまえ。」


わたしとシンはムスカ大佐に敬礼をし、ゴリアテを後にした。


† † † † †



夕刻になるにつれ、第3軍の戦域におけるジオンの反撃は激しさを増していた。後方から駆けつけた数隻のダブデ陸戦艇の砲撃により連邦軍の進撃は頓挫し、戦いは早くも膠着状態になりつつあった。
ジムの機動力と火力では一気に突破、浸透するという戦術に限界があり、また公国軍は死に物狂いで奮闘したため、戦いの行く末は未だに不透明であった。
全体的に見て、マスプロされたばかりで初期不良が頻発するジムと、初めて実戦を経験するパイロットの組み合わせは最悪だった。彼らは激戦を生き延びてきたジオンのザクや他のMSとそのパイロットに対して圧倒的に不利であり、一機のザクを倒すのに複数のジムを囮にしなければならなかった。それでも第3軍が戦線を突破できたのはまさに物量のなせる技であり、ジオン兵に「一機倒してもまた三機現れる」と言わしめた彼我兵力上の優位のたまものであった。
だが、日が沈んで夜のとばりが降りる頃には、連邦軍の進撃は完全に停止してしまっていた。朝から戦闘を続けていた部隊は弾薬をほぼ全て使い果たし、ジオンの局地的反撃に対してまったく抵抗ができなくなるという、危険な状態に陥っていた。
レビル将軍は夜を徹して補給作業を行うことを命令し、輸送部隊の護衛のため、いまだに前進を開始しない第4軍から部隊を引き抜いた。その部隊こそ、第3軍に一番近い戦区にいたブラックハウス戦闘団であった。




[25782] グラハム隊、襲来
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/03 17:34

† † † † †


格納庫内は真っ暗で、視界はほとんど効かなかった。ブラックハウスは艦内の灯りもほとんど落として、この闇の中にとけこみ密かに移動していた。
オレは BlackCatのコックピットで、赤外線暗視装置の使い方を確認していた。といってもモニターの明度は機体のOSが自動的に調節してくれるので、オレはほとんどなにもしなくていいらしい。だが視界が独特のグリーンに染まるこの装置は、オレを不必要に緊張させるのだった。
いや、夜間任務そのものが緊張を強いる原因なのだ。オレ達の任務はトラック輸送隊の護衛である。トラックの走る約20kmの街道をオレ達だけで防衛しなければならない。
5機のMSがあるため、街道を4kmずつAからEの区間に区切り、その区間ごとを一機のMSが担当することになった。
MSを輸送隊と並走させたほうが安全なのだが、魔理沙が乗る射撃専用機体の機動力ではトラックについていけないことと、数波にわたる輸送隊の強行軍をすみやかに行うためにはそのほうが早いことから、この戦術が採用された。
正直に言って、無理のある任務だと思った。連邦軍の最前線より後方とはいえ、戦線は複雑に絡み合っており、どこが敵陣でどこが友軍の占領下なのかかなり漠然としていた。ジオン残党兵は戦線のこちら側にもたくさんいるだろう。
MSからすれば玩具みたいな輸送トラックを、MS一機だけで守りきるのは不可能ではないか?
ブラックハウス戦闘団のうち、特殊自走砲部隊、陸戦型ジム一個中隊は、輸送部隊の目的地である最前線拠点周辺に広く展開し、申し訳程度の防衛ラインを構築した。
最前線拠点には例の死神旅団が補給を待っている。彼らは甚大な被害を受けつつも不屈の闘志で前進をつづけ、今や進出する連邦軍の先頭に立っていた。
旅団長のコレマッタとか言う男がやり手らしい。そういう噂を聞いたことがあった。部下にはオニのように厳しく、上官には犬のように忠実。軍隊ではこれをやり手と呼ぶ。あずにゃんが上官で良かったとしみじみ思う。


時刻は間もなく午前零時。日付が変わると同時に行動を開始する。オレはBlackCatを発進デッキに移動させる。カタパルトによる射出は行わず、歩いて発進口まで移動し、ブラックハウスから降下した。
着地する直前に一瞬バーニアを吹かして落下速度を緩める。着地した瞬間に数歩ダッシュして地面にふせた。夜間、バーニアの光は遠くからでも良く見えるからだ。着地した途端に狙い撃ちされてはたまらない。
幸いどの方角からも攻撃はなかった。
オレが降り立ったのは街道の最初の4km、A区間だ。となりのB区間には魔理沙が降下し、以降E区間まで順に乃人、黒猫、シンが配される。輸送部隊はトラック20輌のグループが3波。15分おきに発進してくる。
第一波には61式戦車大隊がつきそう。第二波にはもう一つの 61式戦車大隊とゴリアテ、第三波に残るビッグ・トレー級、タイガー・モスがよりそって来る。
最前線拠点の方角に照明弾が上がった。E区間にシンが降り立った合図だ。そして午前零時、もう一発の照明弾が同じ方向からあがり、作戦が開始された。
西のほうから轟々たる走行音が近づいてくる。61式戦車一個大隊とトラック20輌の全力疾走だ。かなり目立ってしまう。これで敵が気付かなければいいが。
小さな光点が急速に接近してくる。一瞬敵のマゼラトップかと思ったが、友軍の偵察ヘリだった。


「ナガモン中尉ですか?間もなくトラック隊が到着します。彼らの護衛をくれぐれもよろしくお願いします!」


名前も知らないヘリのパイロットから通信が入った。


「了解した。哨戒任務ご苦労。」


程なくして、無数の戦車とトラックがやってきた。街道をトラックが走り、その両サイドを戦車が護衛している。グループの上空をさっきの偵察ヘリが旋回しながら周囲を警戒している。今のところレーダーに敵影なし。
オレはBlackCatをグループのそばに寄せて並走させた。暗闇とグリーンの視界は精神を張りつめさせる。だが、わずか4kmの行軍はあっと言う間に終わった。魔理沙の乗るマスタースパークが見えてきた。B区間に入ったのだ。
グループはノンストップで走り続ける。マスパの移動速度ではついていくのもやっとだ。オレはとっさの判断でB区間もグループについて行くことにした。代わりにマスパをA区間に向かわせた。A区間のほうが味方の陣地に近い。敵がいる可能性も低いだろう。
B区間にはあちこちに兵器の残骸が転がっていた。A区間にもあったが数がずっと多い。いかにも最前線に近づいているという感じだ。
考えてみれば、最前線拠点に至る道はこの街道一本のみ。しかも拠点のまわりには死神旅団以外の連邦軍部隊はない。ある意味で彼らは孤立していると言っていいだろう。補給路の街道を守るのはオレ達だけ。よくとどまっていられる。たいした根性だ。コレマッタと言う男、あなどるわけにはいかない。
ようやく乃人のWhiteCatが視界に入った。BlackCatの下半身予備パーツをシロネコに合体させたガンダムWhiteCatは、BlackCatの血を分けた兄弟のようなMSだ。
ひとまずオレの輸送部隊第一波護衛はここまでだ。オレは第一波を乃人に任せ、A区間にとって返した。


30 分後、第二波までが最前線拠点に到着し、残るは第三波のみとなった。恐れていた敵の襲撃はない。上手くやれそうだ。第三波は発進からものの数分でA区間を駆け抜け、オレが担当するB区間にやってきた。
先頭をゆくトラックにこの輸送部隊の隊長が乗っているらしい。隊長は運転席の窓を開け、こっちに向かって太い腕を突きだして親指を立てた。「護衛よろしく」ってことか。オレはBlackCatの右手の親指を立てて答えた。
するとその隊長は通信を入れてきた。


「護衛ご苦労。君たちMS隊のおかげで、無事に補給任務を達成できそうだ。感謝する。」


隊長が今度は手を振った、その指に何かが光った。指輪らしい。大きな宝石がついているようだ。月明かりに照らされて地上の星のように輝く。綺麗だ。


「ずいぶん高そうな指輪だな。」


そう尋ねた。


「あぁ、これか。嫁さんにプロポーズするときに奮発してな。高かったがあんないい女はいないしな。もう2年ほど会ってないが、この作戦が終わったら休暇がとれる。久しぶりに会って来られるよ。」
「そうか。愛妻家なんだな。」


戦場という地獄の真っ只中なのに、この隊長は人間の持つ暖かさをまだ失っていなかった。少なくともこの隊長には守るべきものがある。だから戦っているのだろう。その揺るぎない気持ちが、あの指輪の輝きとなって結晶している。そんな気がした。
乃人の待つC区間は近い。なんとかこの隊長を奥さんのもとへ帰してやれそうだ。オレはそう思った。だが次の瞬間、沈黙していたレーダーが突然警報音を発した。


「敵襲ッ?!」


刹那、轟音と共に無数の砲弾が飛来し、トラック隊の周囲に着弾しはじめた。何輌かの61式が直撃をくらい爆散する。


「ひるむなッ!走り続けろ!!」


隊長は部下達にそう叫び、自分のトラックをさらに加速させた。オレはレーダーに複数の敵機を確認していた。上空から急降下してくる。再び攻撃してくるつもりか。


「させるかッ!」


上空の敵機は見えないが、レーダーを頼りにビームライフルを放つ。輸送部隊に随伴してきたビッグ・トレー級のタイガー・モスも対空火器の砲門を開いた。これでほかの仲間も異変に気づくはずだ。前方には乃人にWhiteCatが見えていた。


「乃人!敵の武装は実体弾だ!着弾する前に撃ち落とせ!!」


目前に迫るWhiteCatにそう告げ、オレはBlackCatをトラック隊のそばに寄せた。乃人も近づいて来て上空を警戒する。音速よりもはやく飛翔する敵弾をビームで撃ち落とすのは神業に等しいが、不可能ではない。


「来ました!」


乃人が輸送部隊の後方を狙いながら叫んだ。真後ろから車列を一気に粉砕するつもりか。だが、レーダーは真正面からの敵も感知していた。


「挟み撃ちか!乃人は後ろの敵を!オレは前からのをやる!」


ようやく敵機が見えて来た。戦闘機にも見えるが、手足がついているようにも見える。その機体が三機、同時にミサイルを放った。真正面から飛来するミサイルなら迎撃はたやすい。
オレは狙い済ましたビームを三連射、ミサイルすべてを撃ち落とした。続けて敵機を狙うが、あっと言う間に後方へ飛び去っていく。乃人が狙った編隊は砲火をかいくぐり、機関砲を発射した。
無数の砲弾に61式の装甲は耐えてみせたが、ソフトスキンのトラックは瞬時に爆発を起こした。
機関砲の弾数では防ぎようがない!
その時、輸送部隊の隊長から通信が入った。


「俺達は構わないから、敵弾より敵の機体を狙ってくれ!このままじゃ全滅しちまう!狙われたトラックは諦めるしかない!!」


衝撃だった。そんなことっていいものか。


「そんな無茶な!なすすべもなくやられていいのか!」


オレの気持ちを乃人が代弁してくれた。だが、頭のどこかでは、そうするより他にないこともわかっていた。


「議論してる暇はない!また敵の編隊が来るぞ!」


隊長が叫んだ。今度は車列の左右から、敵の編隊が近づいてきていた。


「乃人は右を頼む。弾丸ではなく敵機そのものを狙え!」
「ナガモン先輩ッ!」
「いいからやるんだ!!」


オレは車列の左側から来る敵を狙った。数は三機、やはりこいつらはMSの一種と見ていいだろう。


† † † † †


輸送部隊を襲っていたのは、フラッグと呼ばれる機体だった。ナガモンの印象とは異なり、ジオンではこの機体はあくまでも「可変戦闘機」として扱われていた。
フラッグはツィマッド社が社運をかけて開発した機体で、プラズマ過熱型熱核ジェットエンジンを搭載し、ほぼ無限の航続距離を誇る。ツィマッド社はこのフラッグと連邦軍から鹵獲したMSなどで試験部隊を編成し、地上に送り込んでいた。
この試験部隊はフラッグ及び鹵獲MSを実戦で使用し、その性能を調査することを目的としていた。だが重力戦線の戦況が悪化してくると、ジオンはツィマッド社の私兵であるこの傭兵部隊を通常の戦力として頼りにするようになった。
結果、彼らはこうしてオデッサに配され、連邦軍の攻勢を脅かしていたのである。そしてその部隊を率いている男は、いま自身の専用フラッグを操り、連邦軍の補給部隊に恐怖の襲撃を仕掛けているのだった。
彼の名はグラハム・エーカー、ガンダムの存在に心奪われた男だ。
グラハムはガンダムを生け捕りにすることを部隊の至上命題としていた。そしていざ戦闘を開始し、生け捕りにはできないと判断された場合には、躊躇なく撃破するつもりだった。
今すぐにでも地上に舞い降りてガンダムと一戦を交えたいグラハムだったが、マ・クベ司令はまず補給部隊を壊滅させることを命令してきた。戦略的見地から言えば、ガンダムよりも最前線の死神旅団のほうが邪魔者だったからだ。


「補給部隊はさっさと片付けて、すぐにでもガンダムに戦いを挑ませてもらおう!」


グラハムはそう叫ぶと機体を翻して急降下を開始した。二機のガンダムのうち、黒いほうがビームを撃ちかけてきたが、当たりはしない。グラハムは目標を定め、ライフルのトリガーを引いた。
月の出る夜空に爆音がはぜ、洩光弾が尾をひいて飛んでゆく。発射された弾丸は輸送部隊の車列に吸い込まれるように飛翔し、トラックが玩具のように舞い上がり爆発する。輸送部隊にはもう5台ほどのトラックしか残っていなかった。
走り続けるそれらも爆風や飛散した破片に傷つき、全滅は間近に思われた。


「ジョシュア!スチュアート!ランディ!あとのトラックは任せる!私はガンダムにダンスを申し込む!ハワード、援護してくれ!」


グラハムは部下達に指示を飛ばすと、自分の機体を戦闘機形態からMS形態へと変形させた。


「抱きしめたいな!ガンダム!!」


グラハムは嬉しそうに叫ぶと、愛機を駈ってBlackCatにとびかかった。


† † † † †


突如、敵の一機が編隊を離れ、オレのほうへ突撃してきた。その機体は空中で変形し、より人型に近いものとなった。


「変形した!?」


敵機はヒートソードを抜くと、間髪入れずに切りかかってきた。オレはトンガリコーンでそれを防ぎ、ビームライフルを放った。敵機は再びの変形でそれをかわし、ジェットを吹かして舞い上がった。


「逃げるのか!」


オレはさらにビームライフルを撃ち、敵機を狙う。だが、瞬発的に加速した敵を捉えることはできなかった。そうしている間にも、別の敵機がタイガー・モスに襲いかかり、地上戦艦は砲塔の一つから煙を吐いていた。


「こちらタイガー・モス!機関室にも被弾した!!我、行動不能!繰り返す!我、行動不能!ここで固定砲台になる!補給部隊は前進を続けてくれ!」


タイガー・モスの巨体がトラック隊から落伍してゆく。後方の闇にその姿が消えた時、反対方向から黒猫とシンの機体が現れた。


「ナガモン!乃人!応援に来たよ!」


黒猫から通信が入る。オレ達はMS四機でトラック隊を囲み、尚も走り続ける。


「上からくるぞ!気をつけろ!」


シンが叫び、オレ達は一斉に対空砲火を浴びせる。急降下してきた敵機のうちの一つが火をふき、地面に激突した。


「敵の装甲はたいしたことはない!当てれば落とせます!」


乃人が叫び、ビームライフルを連射する。さらにもう一機の敵が被弾し、編隊から飛び出て空中で爆発した。気付かなかったが、2編隊いたはずの敵が1編隊しかいない。残る敵はあと3機。だが、もう一つの編隊はどこに?


「ナガモン!前ッ!前ッ!!」


黒猫の通信で我に返ったオレは、上空に向けていた視線を正面に戻した。すぐ先の街道上に、MS形態に変形した敵が二機、並んで待ち構えていた。


「地上に降りてたのか!?」


シンが驚きの声をあげると同時に、その敵が襲いかかってきた。一機はトラック隊に、もう一機はオレのところに。


「クソッ!」


敵はナイフをふりかざし、オレはトンガリコーンでそれを防いだ。だが、トラック隊を守る余裕はなかった。トラック2輌が瞬時に蹴散らされた。その内の1輌は、先頭を走っていた隊長車だった。


「くっそォォォォォォォ!!」


オレは目の前の敵をそのままトンガリコーンで捕まえ、アームストロング砲の前にかざした。ゼロ距離射撃を喰らわせてやる!


† † † † †


一瞬でトラック2輌を葬ったグラハムは、再び機体を変形させ上空への離脱をはかった。だが背後を振り返ると、彼の部下、ハワード・メイスンの機体は黒いガンダムに捕獲されていた。
ガンダムがハワードのフラッグを下半身の巨大な砲の前にかざすと、強力なビームがその砲口にほとばしり、フラッグは瞬時に砕け散った。


「ハワードッ!!おのれガンダム!」


グラハムは機体を反転させ、再びガンダムに襲いかかろうとした。だが部下の一人がそれを遮った。


「隊長!我々の任務は輸送部隊の殲滅です!もうほとんど達成しました!これ以上の戦闘は無意味です!」
「くっ……この仇は必ず伐たせてもらうぞ、ガンダム!フラッグ全機へ、帰投する!」


グラハムはフラッグファイターたちに基地への帰還を告げ、機首を東へ向けた。だがその視線は、後方へ遠ざかってゆく敵の黒いMSに向けられたままだった。強い決意が、その目に満ちていた。




「敵機、戦域を離脱していきます!」


ブラックハウスの艦橋では、カントーが状況を報告していた。最前線拠点にいたブラックハウスは、輸送部隊の第三波とMS隊を迎えるべく、戦線の後方、すなわち西の方角へと移動していた。
激しい戦闘の間にも走り続けていた輸送部隊は、すでにE区間にさしかかっていた。ブラックハウスはそれらとすぐに接触できた。すると、黒猫が通信を入れてきた。


「わたし達はこのまま拠点までトラックを護衛するから、A区間にいる魔理沙とマスパを迎えに行ってあげて!」


あずにゃん艦長は黒猫の提案の通りにし、ひとまず輸送部隊とすれ違った。黒猫が最後まで守ると言ったトラックは、すでに3輌しか残っていなかった。
ブラックハウスはマスタースパークと会う前に、落伍したタイガー・モスと行きあった。あちこちに被弾したタイガー・モスの船体は、艦橋こそ無事なものの、その他の部分はスクラップ置き場のように滅茶苦茶になっていた。
船体からつき出たたくさんの砲身はあらぬ方向にへし折れ、直撃弾を受けた第一砲塔ではいまだに小規模の連鎖爆発が続いていた。砲塔内の弾薬が引火しているのだ。
だが、傷つけうち棄てられたようなタイガー・モスを、ブラックハウスはどうすることもできない。タイガー・モスが戦列に復帰できるかどうかもわからなかった。
ブラックハウスがタイガー・モスの横を通過していく時、あずにゃんが黙って敬礼を捧げ、他のクルーもそれにならった。


魔理沙はようやく現れた迎えに思わずガッツポーズした。彼女は第三波がA区間を通過してから、ずっと暗闇に一人ぼっちだったのだ。ブラックハウスを待っている間、無線も通じない場所に孤独でいるのはたいそう不安なことだった。
途中、最前線拠点の方角に爆発の明かりが何回かまたたき、彼女を一層不安にさせた。だが彼女は、第二波までが無事に拠点に到達したという連絡を受けていたため、第三波も無事に走り抜いたものと思っていた。
通信が回復するや、彼女は無邪気な口調でアークにこう尋ねた。「補給部隊の連中は護衛に感謝してたか?」と。
アークは言葉に詰まった。感謝されているとはとても思えなかった。壮絶な戦いを走り抜いた3輌のトラックと、途中で撃破された無数の残骸をたった今見てきたアークにとって、魔理沙の無垢な質問は心に痛かった。
見かねた京大尉が代わりに答えた。


「第三波は3輌のトラックを残して全滅した。敵の…新型機の襲撃を受けた。みんな善戦したのだが、どうしようもなかった…」


彼女らしくない、歯切れの悪い口調だった。魔理沙は「え?」と呟いただけで、その言葉の意味をうまく理解できなかった。あんなにうまくいっていた輸送作戦が…
じゃあA区間を颯爽と駆け抜けていったあのトラック隊のドライバー達は、ほとんど全員が…


「わ、訳がわからない…ぜ?」


魔理沙の視界が急に曇った。彼女の大きな明るい瞳が、涙に濡れていた。嗚咽が込み上げてきて、もうここがどこなのかわからなくなってしまった。


「魔理沙さん、着艦を。ここはまだ戦地です。あなたまでやられてしまう。」


あずにゃんが彼女らしからぬ厳しい口調で言った。だがその目は魔理沙と同じように、涙でいっぱいだった。あずにゃんは必死で自分を抑え、責務を果たしていた。それを見た魔理沙は、こくりとうなずき、震える手で機体を操縦しはじめた。
マスタースパークを収容したブラックハウスは最前線拠点にとって返し、ゴリアテとともに敵の警戒に当たった。第三波はすでに先に到着していた第一波、第二波と合流し、死神旅団への補給を開始していた。


† † † † †


オレは広大な平野を一人歩いていた。BlackCatに乗ってではなく、自分の足で、だ。オレの背後、東のほうの空は、もう薄紫色からオレンジ色に変わりつつあった。
さっき、輸送部隊の副隊長という男にあった。副隊長は補給作業で忙しいはずなのにわざわざオレの所まで来ると、深々と頭を下げて言った。


「ありがとうございました。みなさんのおかげで、これだけ生き残れました。本当に感謝しています。自分も第三波にいました。みなさんがいなかったら自分もやられていたでしょう。隊長や、ほかの戦死した連中だって、みなさんが全力を尽くして守ってくれたことはわかってるはずです。あの世で感謝してるに違いありません。


副隊長はそこでニッコリと笑うと、最後にもう一度頭を下げて、作業に戻っていった。オレは言葉もなかった。ただうつむいて黙って立っていた。自分の無力を痛感して、死んでしまったドライバー達に申し訳なく思った。
それでオレは、来た道を歩いて戻り始めたのだ。戦死したドライバー達に謝ろうと思って…。
トラックの残骸の前まで来た時、太陽は地平線のすぐ下まで来ているようだった。オレは鼓動が速く大きくなるのを感じていた。残骸の運転席の窓から、焼け焦げた腕がたれさがっていた。
オレがその手に光る指輪に気付いたとき、太陽が地平線から顔を出した。指輪の宝石が奇跡のようにキラリと光った。


「隊長……」


その指輪は間違いなく輸送隊の隊長のものだった。彼が奮発して買って、奥さんに送ったエンゲージリング。黒く煤けた残骸に確かに光る地上の星。


「……くっ、……うっ…」


突然涙が溢れてきた。嗚咽が止められない。息を整えようとしてもできない。涙も止まらない。


「…あっ、……あぁ…あぁぁぁ」


しまいにオレは、声を上げて泣き出していた。その場に膝をつき、両手に顔を埋め、あらん限り泣いた。心の中でごめんなさいと謝りながら。隊長を奥さんに会わせてやれなかったことを悔やみながら。
オレのせいだ。オレのミスだ。オレが殺したんだ。
そんな言葉が次々に浮かんできて、涙はますます溢れ出して、叫びはいよいよ凄まじくて、オレは自分がなんなのかわからなくなってしまった。オレはとにかく泣いているなにかだった。
人間でも生物でもない、ただ悲しいだけの感情だった。


どれくらい泣いていただろう。長い時間がたってから、オレは肩に暖かいものが触れるのを感じた。びっくりして後ろを見ると、優しい顔をした黒猫が立っていた。


「ナガモンも泣くことあるんだね。」


黒猫は静かに言った。オレは泣き顔を見られたくなくて、また下を向いた。美少女の泣き顔を覗くなんて、同じ女でも許せない。


「ねぇねぇ、隠さないで顔を見せて。わたし、ナガモンの綺麗な顔みたいよ」
「…こんな変な顔見られたらお嫁に行けなくなる…」
「じゃあわたしがもらってあげるよ」
「からかうなバカ…」
「本気だよ。それに…」


黒猫は下を向いたままのオレをそっと抱き寄せた。暖かい。


「つらいことも楽しいことも、分けあったほうがいいんだよ?」


不思議な気持ちだった。黒猫と接しているところから、暖かさが全身に巡っていくような、そんな感覚を覚えた。オレは黒猫に身を預け、ずっとそのままでいたかった。オレより小さな躰なのに、黒猫に身を委ねると何故か安心できた。
…そうだ、こいつと何もかも分けあおう。喜びも悲しみも、快楽も苦痛も、オレが受け取るもの全てを黒猫にも与えよう。そして黒猫の全てもオレがもらおう。オレは黒猫と生きていこう、だってオレは、こいつのことが…


「好きだ。」
「え?」


思わず口に出してしまった。黒猫はきょとんとしてこっちを見ている。オレはもう何も言わないで、黒猫に躰を預けていた。猫耳の不思議な少女は、いい匂いがした。




[25782] オデッサの激戦
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/04 00:26


† † † † †


作戦二日目、11月8日の朝である。夜通し激戦の続いた戦区では、兵士たちが疲れ切った体を起こし、今日も続くであろう死闘を待っていた。連邦軍の第二次攻勢はまもなく始まろうとしていた。
公国軍側の戦線では、ジオン兵達が夜の間に自分たちの陣地を強化していた。複雑になった戦線を一部で退却させ、そこから兵力を捻出したのである。
しかし、公国軍の圧倒的劣勢の状況には変化がなかった。損害を受けた部隊に速やかに補充を行えた連邦と異なり、公国軍には戦略予備というものが存在しなかったのである。
さらに、指揮系統が複雑に絡み合っていた。
オデッサ地方を守る公国軍は形式上マ・クベ司令の突撃機動軍に所属していたが、西ヨーロッパから退却してきた欧州方面軍に所属する部隊は、マ・クベ司令部の命令に従うことをよしとしなかったのである。
このため戦域全体の連携が取れなくなっていた公国軍は、各部隊が独自に反撃することを強いられていたのである。


前日と同様、戦いは激しい砲撃によって始まった。戦線全体が轟音と炎に包まれ、戦い疲れた兵士達の上に襲いかかる。


「伏せろ!伏せろ!」


圧倒的な砲撃の前に無力な歩兵たちは、ただ自分の体を地面に埋めるようにして伏せることしかできなかった。
だが無慈悲な砲撃は彼らの隠れている掩蔽壕やトーチカそのものを吹き飛ばし、必死に取り繕われた公国軍の戦線は再びボロボロになっていった。それでも、一部のジオン兵達はこの砲撃のさなかにも戦う準備を続けていた。
MSのパイロット達は砲弾の爆発が舞上げた土砂の中を駆け抜け、愛機によじ登った。ろくな補給も整備も受けていない機体がほとんどだった。それでも彼らは戦う。最後の勝利を無心で信じて、ジオンの栄光を示すために、愛する者達を守るために。
死地へ赴かんとする彼らの姿は、紛れもなく戦士のそれであった。ザクが、ドムが、グフが、目の前に広がる地獄へと繰り出していく。
そこでは今も、彼らの戦友が苦痛にもがきながら死んでいく。そして彼らとていつその後を追うことになるかわからない。だが、誰も足を止めようとはしない。いかなる困難に遭遇しようとも必ず敵を殲滅する。それがジオンのMSパイロットだ。


そんな砲撃の嵐の中で、その場にあるまじき厳粛さで語る男がいた。


「括目させてもらおう、ガンダム。今日こそ君の姿をこの太陽の下で見てみたいものだ。」


その男、グラハム・エーカーはそう独りごち、愛機である専用のカスタムフラッグに乗り込んでいった。彼の決意は固い。部下を失った仇、必ず討たせてもらおう。


そしてもう一人、ガンダムへの復讐に燃える人物が、ここオデッサにいた。彼はオデッサ上空を飛翔するザンジバル級巡洋艦、ダモクレスから、燃え上がる戦場を見下ろしていた。
黒の騎士団の指導者ゼロは、ブラックハウスは敵の第4軍麾下にあるとの情報を掴んでいた。ガンダムとの戦闘で重傷を負ったスザクは驚異的な回復を見せていたが、全快とはほど遠い。
そしてゼロは、自分に敗北の汚名を浴びせた敵を決して許さない。彼は燃え上がる復讐の炎をそのマスクとマントに隠し、戦場へ舞い降りようとしていた。


† † † † †


わたし達はあずにゃんに呼ばれ、艦橋に来ていた。そこには意外にもムスカ大佐がいて、あずにゃんに命令文書を手渡していた。


「これはこれは。王女様ではないか。」


相変わらず芝居がかった言葉がこざかしい。どうにも好きになれない。


「では、確認するぞナカノ少佐。我々の行動は依然第4軍司令部によって制限されているが、強行偵察の許可はおりた。ブラックハウス戦闘団はここから単独で進撃し、敵の防衛ラインがどの程度強力であるか、実際に攻撃を仕掛けて調べるのだ。私はゴリアテで左翼を進む。君のブラックハウスはここから右へそれつつ前進するのだ。だが死神旅団の戦域には入るな。お互いに誤射の危険性がある。いいな。」
「了解しました。」
「期待しているぞ。では失礼。」


ムスカは余裕たっぷりに敬礼をすると、艦橋から去っていった。


「意外だけど、あの大佐は前線にはよく出ていくんだな。」


ナガモンが言った。確かに昨夜の輸送部隊護衛でも、ムスカはゴリアテに乗艦して最前線拠点までやってきていた。若くして大佐の地位にまで上り詰めるのは楽ではないらしい。


「みなさん来てますね。聞いていたと思いますが、強行偵察の任務が回ってきました。ブラックハウスのMS隊は2グループに分かれて行動してもらいます。グループ1はBlackCat、ブラックサン、ヤラナイカの三機、ブラックハウスに先行して露払いをしてもらいます。残るマスタースパークとWhiteCatは、ブラックハウスの直援として船のすぐそばにいてもらいます。マスパは甲板の上で、船からエネルギーの供給を受けつつの戦闘になります。」
「おまかせあれだぜ。」


あずにゃんが任務を簡単に説明し、魔理沙が陽気に答える。


「偵察任務はわかったけど、本格的な攻撃はいつになるの、あずにゃん?」


わたしはずっと思っていた疑問を口にしてみた。


「まったくわからないです。いよいよエルラン中将の考えはわかりません。どうして攻撃に移らないのか…集まった情報はどれも、わたし達の正面の敵が弱体であることを示しています。それなのに…」




各々のコックピットに収まったわたし達は、次々にブラックハウスから飛び出していった。南の方角では次々に爆発が起こり、真っ黒な煙がわき上がっていた。第3軍の戦域では、今この瞬間も激戦が続いている。
死神旅団の受け持ち地域では、すでに攻勢準備砲撃が終わったらしい。最前線拠点から繰り出していくジムがかろうじて見える。


「なんで隣は戦ってるのに、わたし達は偵察任務なのかなぁ。」


ついつい不平を漏らしてしまう。


「オレ達の任務だって戦いには変わりない。油断は禁物だぞ。」


ナガモンがすかさず注意を促してくる。わかってるって。


「前方!敵戦車3輌!高速移動中!!」


シンが叫んだ。マゼラ・アイン空挺戦車だ。わたし達から見て左から右へ、すなわち北から南へ向かって疾走している。第3軍に叩かれている友軍の応援に向かうらしい。


「あれをやるぞ!二人はこのまま進め!オレはここから援護する!」


ナガモンが素早く指示を飛ばす。待ってました!
わたしはシンとともに機体を駆り、敵戦車の前方へ回り込むように走らせる。敵もこちらに気づいている。戦車にしては身軽な車体を軋ませ、わたし達が針路上に来ないように急旋回、疾走を続ける。手慣れた運転だ。
わたしの乗るブラックサンは完全に素手だから、逃げられたらどうしようもない。なんとしても針路に飛びでなくては。そう思った瞬間、一発のビームがさらに加速する敵戦車を捉えた。
敵戦車は瞬時に大爆発を起こし、後続の戦車2輌がそれに巻き込まれた。一瞬で3輌とも撃破。ナガモンの狙いすましたアームストロング砲だった。見事過ぎる。わたしとシンには出る幕が無かった。
わたし達の機体は格闘戦に特化しているから、接近できないとどうしようもない。だがアームストロング砲を有するBlackCatならば、かなりの距離での射撃戦も可能だ。
だけどわたしはこの機体、ブラックサンがとても好きだった。
まさしく徒手空拳の設計思想は、わたしのセンスにぴったりだった。ブラックサンは、ジャブローに着く直前に交戦した敵の新兵器に対抗してつくられた。小型MSのようなその兵器は、正式名称をKMFというらしい。情報部からの報告があったのだ。
たしかにこれだけの柔軟な機動性があれば、あのKMFにも対抗できるだろう。


「2時方向に新たな敵!今度はザクだ!単独行動で偵察中の模様!」


シンが再び敵を見つけた。めざとい奴だ。


「発見されたな。ブラックハウスが見つかる前に倒すぞ!」
「了解!今度はわたしがやる!二人は周囲の警戒を!」
「了解!頼むぜ猫さん!」


わたしはブラックサンをジャンプさせ、一気にザクと接近していった。ザクは空中にあるブラックサンを狙い撃ってきたが、ナガモンほど正確ではない。このまま間合いを詰める。うろちょろするより当たらないものだ。
ザクの懐にまで飛び込んで、まずはその手に持つザク・マシンガンをはたき落とす。ザクはヒート・ホークを抜いたが、遅い遅い!


「くらえ、愛と怒りと悲しみのォ!」


わたしはブラックサンの左手で振り下ろされるザクの腕を止め、同時に右手で頭を鷲づかみにした。


「シャイニング・フィンガー!!」


バイタルチャージが作動し、ザクの頭は粉々に砕け散った。昨夜このオデッサに散った補給隊員の仇討ちだ。まずは一機!


† † † † †


黒の騎士団の母艦、ダモクレスでは、三機のKMFが発進準備を終えていた。その内の二機は蜃気楼と紅蓮弐式であり、それぞれにゼロとカレンが搭乗していた。もう一機は「斬月」と呼ばれる機体だった。
黒を基調としたカラーリングの機体だが、もっとも特徴的なのはその頭部から伸びる赤い髪である。もちろんこれは本当の髪の毛ではなく、「衝撃拡散自在繊維」と呼ばれるれっきとした装備である。
これにより機体の放熱機構や通信機能の強化などが可能であり、また敵機の武装にからめて無効化したり、直接攻撃から機体を守ったりすることもできた。
その斬月に乗り組んでいるのは、キョウシロウ・トウドウ中佐。
彼もまたこの戦争の初期から戦い続けてきた男である。ジオンの地球降下作戦の際にはたった一人で敵の守備隊を壊滅させ、その戦功から「奇跡のトウドウ」の異名をとっていた。
いま彼は、初めて交戦する連邦軍のMSに関するデータを読みふけっていた。
機動力、火力、防御力、どれをとってもジオンのザクをはるかに凌駕する性能を持ち、彼も一目置くパイロットであるスザク・クルルギに重傷を負わせた敵のMS。今度はこのオデッサに現れたらしい。
彼は自問する。
「自分にあのガンダムを倒すことができるだろうか」と。
そして彼は自答する。
「たとえ差し違えてでも、あれは自分が倒すのだ」と。
それはもはやできるかできないかの物理的な問題ではない。やるかやらないか。自らの精神的な問題なのだ。根っからの堅物軍人である彼にとって、任務とは命をなげうってでも達成せねばならないものなのだ。
シグナルが点滅し、三機のNMFは硝煙漂う戦場のまっただ中へ飛び出して行く。何の因果か、彼らが防衛を命じられたのは連邦軍第4軍の正面、ブラックハウス隊のいる戦区であった。


運命に導かれるように、黒の騎士団とブラックハウス隊は広い戦場の中で互いに急速に接近していった。最初に敵を見つけたのはブラックハウスのレーダー係、カントー・ドゲザであった。


「センサーに感!11時の方向、距離8000!かなりの大型艦です。ライブラリ照合…出ました!ザンジバル級です!」
「やはり手薄とはいえある程度の兵力はいるようですね…攻撃を掛けます。総員第一戦闘配置!」


あずにゃん艦長の号令一下、ブラックハウスの戦闘機器が次々に起動してゆく。


「敵ザンジバル級より発進する機影!これは、アマゾンで交戦したKMFと同一のものと思われます。」
「アークさん、ナガモンさん達に伝えてください。先遣隊は敵KMFの攻撃に専念、ザンジバル級はブラックハウスとマスパ、WhiteCatに任せるように。遠慮はいりません。今度こそあの新兵器を倒してください。」
「了解!」
「副長、ブラックハウスは転進します。針路335、高度3000、両舷最大戦速!」
「アイ・マム!取り舵10、上げ舵15、両舷最大戦速!」


一方、ブラックハウスの前方にいるナガモン達は、すでに黒の騎士団のKMFを目視距離にとらえていた。


「猫さん、あれが敵の新兵器ですか?」


シンが黒猫に訊いた。


「そうだよ。三機のうち二機はこの間と同じ、もう一機は初めて見るけど、同じような性能と見て良いだろうね。」


黒猫がそう答えると、今度はナガモンがシンに訊いた。


「長距離行軍のあといきなりの戦闘になるが、機体に問題はないか?」
「もちろん!いつでも行けます!」
「よし、シンは敵の側面に回り込め。オレと黒猫はこのまま前進し、敵の足を止める。そこへ突っ込んでこい。」
「わかりました!」


シンはヤラナイカの機体を旋回させると、バーニアをふかして宙に舞い上がった。それに対応したのか、敵のKMFはバラバラに散り、その内の一機、紅い機体がシンのヤラナイカに向かった。


「シン!紅い奴は輻射波動砲を持ってるよ!気をつけて!」
「わかってますよ猫さん!」


着地したヤラナイカと紅い機体との距離はみるみる詰まり、紅い機体、紅蓮弐式とヤラナイカは、どちらも右腕を振りかざした。紅蓮弐式の腕には輻射波動砲が、ヤラナイカの腕には試作型のトンガリコーンスマッシュが装備されている。
両者はかなりの高速ですれ違った。その瞬間、両方の機体は強い衝撃に揺さぶられ、双方のパイロットは一瞬何が起きたのかわからなかった。紅蓮弐式は頭部を損傷し、ヤラナイカはトンガリコーンを粉砕されていた。
しかし、これで引き下がる両者ではなかった。シンは即座に体勢を立て直し、残された左腕だけで格闘戦を挑んだ。一方のカレンも、戦闘意欲を失ってはいなかった。カレンはヤラナイカの巨体を鋭く見つめ、次なる攻撃に移ろうとしていた。だがそこに蜃気楼からの通信が入った。


「退け、カレン!今は一機でもやられるわけにはいかない!」


ゼロはすでにBlackCatとの交戦状態に入っていた。それでも僚機の状況に気がつくのは、彼の戦略家としての有能さを物語っていた。カレンはヤラナイカの対人機銃を避けつつ答える。


「たかがメインカメラをやられただけです!負けられません!わたしの紅蓮弐式は!!」
「これは命令だ!お前を失うわけにはいかないんだ!!」
「ゼロ………わかりました。」


カレンはシンの攻撃をやり過ごすと、スモークチャフばらまき、戦域からの離脱をはかった。


「あぁっ!くそ、逃げるのか!」


文字通り煙に巻かれたシンは毒づくが、すでに紅蓮弐式は遠く走り去っていた。その上空、かなり低い所を、ザンジバル級巡洋艦ダモクレスが飛行していた。
ダモクレスはその主砲であるコイルガン式の連装主砲を撃ち放ち、シンは反射的に機体を後退させた。刹那、ヤラナイカの立っていた場所に砲弾が爆ぜ、オデッサの大地に大穴を穿った。


「シン!大丈夫か!」


高速で機動する蜃気楼を狙い撃ちながら、ナガモンが叫ぶ。


「このくらい!なんともないです!」


一方黒猫は、斬月の持つ巨大な日本刀に翻弄されていた。無駄な動きのない太刀筋は、黒猫の直感力を以てしても避けることの難しい攻撃だった。
また太刀筋が読めたとしても、柔軟性に富んだブラックサンでなければ、何もできないまま機体を切り刻まれていたに違いなかった。
黒猫は疲れを感じていた。一瞬でも気を抜けば斬られる。だが次々に繰り出される攻撃はこちらに反撃の隙すら与えてくれない。


「これはッ、分が悪いね!」


一瞬のタイミングを見計らい、黒猫はブラックサン腰部の拡散ビーム砲、キングストーンフラッシュを放った。だが、MSよりずっと小型の敵機には直撃させることができない。
黒猫が敵機からの次の攻撃を予感して身構えると、今度はダモクレスが主砲を撃ってきた。間一髪でこれをかわす。すると、今度こそ斬月の刃が襲いかかってきた。刀身が機体をかすり、ブラックサンは一瞬バランスを崩す。
「マズイ」と思ったその瞬間、日本刀をまっすぐ突き出した敵機がモニターに映し出された。その刃がブラックサンを突き刺すかと思われたまさにその瞬間、敵機とブラックサンの間を強烈なビームが駆け抜けていった。


「助かったよナガモン!」


BlackCatのアームストロング砲だった。アームストロング砲のビームは敵機が突き出していた日本刀をかすめたらしく、それを瞬時に蒸発させていた。


トウドウは機体をいったん敵機から離し、自分の額の汗をぬぐった。危ないところだった。敵の黒いガンダムの主砲は、想像以上に強力だった。もしあと1メートルでも前にいたら、やられていた。
トウドウは軽く深呼吸し、斬月の足を止めないように絶えず機動しながら辺りを見渡した。カレンと戦っていた青いザクモドキは、今度はゼロの蜃気楼に向かっていた。その蜃気楼はいま、黒いガンダムと至近距離での射撃戦を演じていた。
蜃気楼はその機体の周囲に全方位エネルギーシールドを展開し、ガンダムのビーム攻撃に対して異常なまでの防御力を証明していたが、防戦一方にも見えた。戦況は押され気味と言わざるをえない。
だがゼロとトウドウはダモクレスからの援護射撃をうまく利用しながら、機体の瞬発力を生かしてどうにか戦い続けていた。トウドウはザクそっくりの青い機体に目標を絞り、接近していく。
ダモクレスから発射された砲弾が青いザクモドキめがけて飛来し、ザクモドキがそれをかわしたところへ斬月がすかさず切り込む。ザクモドキの機動性は本家ザクと大差ないように思われた。ならば、小回りのきくKMFが有利だ。
トウドウはそう判断し、果敢に攻撃を仕掛ける。日本刀はビームに溶かされてしまったから、トウドウは使い慣れないスラッシュハーケンを準備し、ザクモドキに踊りかかった。


一方ザクモドキことヤラナイカに乗るシンの額にも、じっとりと汗が浮かんでいた。ヤラナイカの主武装である試作型トンガリコーンは、先の紅い敵機との戦闘で粉砕されてしまった。
いまやヤラナイカは、ブラックサンのように完全な素手での格闘戦を強いられているのである。だが、やるしかない。機動性はザクのそれとまったく変わらないが、MSより小さな機体の敵に負けるわけにはいかない。


「負けてられないんだよォ!MS崩れなんかにィ!!」


気合一閃、シンは飛びかかってくる斬月の機体に蹴りを入れる。だが、ヤラナイカの脚部はむなしく空を蹴った。斬月はとっさにスライディングし、ヤラナイカの脚をくぐり抜けていた。
ヤラナイカの後ろに回った斬月は素早くヤラナイカの軸足付近にスラッシュハーケンを撃ち込み、ワイヤーを瞬時に巻き取ってヤラナイカに体当たりを敢行する。
軸足のバランスを崩されたヤラナイカは一瞬ぐらつくが、シンは卓越した操縦テクニックですぐさま体勢を立て直した。


「決死の体当たりも効果なしか!このパイロット、ただ者ではない!!」


トウドウはそう叫び、再び敵機との距離を置いた。だが敵機の戦闘意欲は凄まじく、瞬時に斬月に突進してきた。あまりの行動の速さに不意を突かれたトウドウは、ヤラナイカの再びのキックを今度はまともにくらってしまった。


「ぬあっ!!」


強烈な衝撃とともにコックピットが揺さぶられ、斬月の小さな機体が人形のように宙を舞う。トウドウの意識が飛びかけるが、着地の瞬間の振動がそれを防いだ。機体に深刻なダメージを受けたかも知れない。
トウドウはどうにか機体を起こすと、今度は全力で敵機から離れる。
蜃気楼にちらりと目を移すと、ゼロは敵の黒い機体二機を相手に懸命の戦いを続けていた。だが、このままでは蜃気楼も斬月も撃破されてしまう。機体性能やパイロットの技量の問題ではない。もっと単純な数的劣勢のせいだ。
さらに悪いことに、今度は敵の母艦が砲撃を開始した。敵艦の甲板上にも二機のMSの姿があり、それらはダモクレスに対して濃密な弾幕を展開していた。
ダモクレスはこれをどうにか避けているが、回避に手一杯でKMFの支援どころではなくなっている。黒の騎士団は一気に壊滅の危機に瀕していた。だが、ゼロは何の指示も出してこない。
このままではやられてしまうのは彼もわかっているはずなのに、なぜ?
トウドウは気づいていなかった。斬月のレーダーが、接近する友軍の機体を捉えていたことに。レーダーが示す機種名は「SVMS-01 Flag」。ゼロが密かに呼び寄せていた、強力な援軍の到着であった。
トウドウが再びヤラナイカと対峙した瞬間、彼の受信機は抑揚のある声をがなりたてた。


「こちらはツィマッド社特務隊、グラハム・エーカーだ。黒の騎士団に助太刀する!会いたかった!会いたかったぞ、ガンダム!!」


トウドウはとっさに空を見上げた。細身でなんとも不思議な形の機体が、高速で飛翔していた。MSとも戦闘機ともとれるそのシルエットは、トウドウがこれまで見てきたどのMSとも異なる。
彼は戦いも忘れ、飛び交う友軍機をただ見つめてつぶやいた。


「あれが、ツィマッド社の新型機か…」




グラハムは自分の気持ちが子供のように浮かれているのを感じていた。この広いオデッサで、あのガンダム一度ならず二度までも戦えるとは。いや、これも運命の導きに違いない。ここで昨夜の屈辱を晴らすのだ!


「黒いガンダムは私がやる!ジョシュア編隊は敵の母艦を叩け!行くぞ!!」


グラハムは機体をMS形体に変形させ、BlackCatめがけて急降下していく。BlackCatのナガモンもこれに気づき、僚機に警報を発する。


「昨夜補給部隊を襲った新機種だ!ここで墜とすぞ!」


グラハムにとっても、ナガモンにとっても、いま目の前にいる敵は仲間の仇だ。絶対に討たねばならない敵。二人はどちらかが倒れるまで戦わねばならない。誰に強制されたのでもなく、ただ己の意志の為に。それ故に勝たねばならない。己の正義を示すために。
フラッグが舞い降り、試作型の135mm対艦ライフルを発射する。だが相対距離はまだ100m以上あった。BlackCatの機動力を以てすればたやすくよけられる。ナガモンはすかさずアームストロング砲を撃ち返す。
だがグラハムの反射神経も負けてはいない。ビームを避けながら、グラハムは異様な圧迫感を感じていた。そのプレッシャーのようなものはあの黒いガンダムから発しているらしい。だが、もう一つのプレッシャーがある。
グラハムは機体を変形させ、一度上空へと離脱をはかった。あのプレッシャーに気をとられ過ぎては足下をすくわれる。冷静にはなれないが、余分な感情は捨て去らなければならない。グラハムは再び敵機を見下ろした。
黒いガンダムは、今度は素早く飛び回る蜃気楼に向かってビームライフルを撃ちかけている。


「感謝するぞ、黒の騎士団!」


グラハムはそう叫ぶなり、機体を変形させながらハヤブサにように降下した。


ナガモンは、いくら撃っても通用しないビームライフルに苛立っていた。正確にはビームライフルが悪いのではなく、敵機を覆うビームシールドが強力すぎるのだ。ナガモンにもそれはわかっていたが、それにしてもあまりに堅い守りだ。
しかも敵機は決してこちらの格闘戦距離には入ってこない。あの紅い小型MSとは異なり、この機体のパイロットは野心的な突撃は欠けてこない。見たところ指揮官機のようだ。


「間合いさえ詰められれば!」


ナガモンは毒づき、もう一度アームストロング砲を発射した。ビームはまっすぐ蜃気楼を捉えたが、ビームシールドはアームストロング砲すら防いでみせた。さすがのナガモンもこれには焦らざるを得なかった。
今のところ蜃気楼は攻撃を仕掛けてはこない。だがこちらの攻撃は敵にとって無効だ。もし敵の機体にとんでもない威力の武器が搭載されていたら…考えただけでも背筋が凍る。ナガモンはぶんぶんと首を振り、不吉な想像を頭から追いやった。
今はできることをやるだけだ。ナガモンは自分にそう言い聞かせ、括目して敵に向き直った。だがその瞬間、ナガモンは頭上に不愉快なプレッシャーを感じていた。反射的にバーニアを噴かし、機体をジャンプさせる。
その途端、BlackCatの立っていた場所は上空からの一斉射撃で爆風のるつぼと化していた。見上げれば、昨夜補給隊を襲ってきたあの戦闘機のようなMSが編隊を組んで飛び交っていた。
ナガモンは飛び去る編隊の一気に狙いを定め、ビームライフルのトリガーを引いた。


グラハムはBlackCatがライフルを上空に向けているのに気づくと、僚機に警戒を呼びかけた。


「黒いガンダムが狙っているぞ!全機散開!!」


だが、時すでに遅かった。ナガモンの狙いすました一撃が編隊を襲い、フラッグの一機を瞬時に葬りさっていた。さらに続けてもう一撃が別のフラッグを直撃し、フラッグのか弱い機体はコックピット付近からまっぷたつに折れ、爆発した。


「堪忍袋の緒が切れた!許さんぞ、ガンダム!!」


グラハムは今度こそ決死の特攻を仕掛けた。135mm対艦ライフルを投げ捨て、ヒートサーベルを両手に構えると、地面すれすれを背面飛行の姿勢でBlackCatに襲いかかった。


「なんて無茶な飛行するんだ!」


ナガモンはそう叫びつつ、BlackCatをジャンプさせる。脚をなぎ払おうとしたグラハムの攻撃は外れ、フラッグはそのまま飛び去っていく。
その針路にいたシンがフラッグを捕捉しようとするが、想像以上の加速度でスピードに乗ったフラッグはヤラナイカの鼻先をかすめて急旋回し、勢いを落とさずに再び BlackCatに向かってきた。


「あんな急旋回、人間業じゃない!」


シンは思わず叫んだ。急旋回に伴うGに機体は耐えられても、中に乗るパイロットが耐えられるとは限らないのだ。
グラハムは必死に耐えていた。体は悲鳴を上げていた。
のどの奥から鉄の匂いがこみ上げて来るかと思うと、グラハムはこらえきれず吐血していた。


「さすがに今のはギリギリだったな…だが、これしきのことでッ!!」


グラハムのフラッグはさらに加速し、ブラックハウスから放たれる援護射撃をものともせずに飛翔した。この一撃で雌雄を決する!


† † † † †


わたしは複数の敵に囲まれて、身動きが取れなくなっていた。赤毛の生えたKMFと、昨夜の戦闘機風MS二機。即席のチームらしいけど、連携は見事だった。いつもながらジオンのパイロットの状況適応力には恐れ入る。
しかしいつまでも相手をしてはいられない。敵の隊長機とおぼしき機体は、さっきからBlackCat を執拗に追い回している。ブラックハウスは敵機とBlackCatとの距離があまりに近すぎて思うように攻撃できない。
シンはわたしと同じく、敵の戦闘機風に苦戦してナガモンのバックアップには回れそうもない。わたしがなんとかしなくちゃ、戦況はこのまま膠着状態だ。もし敵にさらなる増援でも現れたら、たまったものではない。


「次に来る奴は問答無用で倒す!」


そう宣言して、次なる敵の攻撃を待つ。こういう時には射撃武器が無いのがもどかしい。だけど敵が接近してきたら必ずしとめる。それがブラックサンの使命だ。
来た。戦闘機風が単独で突っ込んでくる。ライフルを撃ってきたが狙いが甘い。半歩横へずれるだけでかわす。距離500、バイタルチャージを準備。すれ違いざまに喰らわせる!
しかしその瞬間、わたしは奇妙なプレッシャーを感じた。
わたしはとっさに機体を横へステップさせ、後方頭上を振り返った。思った通り、別の敵機がライフルを発射していた。わたしはさらに機体をステップさせつつこの攻撃をよけ、先ほどの敵機に目をやった。
距離は150、この攻撃はハッタリではない。わたしは渾身の力でブラックサンの右腕を動かし、猛スピードで突っ込んでくる敵機の鼻先を押さえた。衝突の瞬間にバイタルチャージを起動、腕が引っこ抜かれるような衝撃が走った。
歯を食いしばって振動に耐える。モニターが明滅したが、わたしは機体に損害がないことを文字通り直感的に悟っていた。敵機は突然推力を失い、轟音とともに砂煙を巻き上げながら地面に突っ込んだ。これで今日の二機目だ!
わたしは他の敵機を警戒しつつ、ナガモンの援護に回った。


† † † † †


ナガモンは、接近してくる敵機の細かい動きに注視していた。その両手に握られたヒートサーベルの微弱な動きから、敵がどうやって攻撃してくるのかを予測するのだ。
敵のパイロットが左利きらしいことは、先ほどからの戦闘でほぼ確信していた。だが、この攻撃はどうだ?どちらのサーベルで切ってくる?太刀筋は上か?下か?
ナガモンは敵機の右腕がわずかに下に引かれるのを見切った。
だが、彼女の不思議な直感は、敵が左腕で斬りかかってくることを教えていた。反射的に下した判断は、直感を信じる方であった。


「これでダメなら、お慰みだぁ!」


BlackCatの機体が後ろ向きに宙返りし、ナガモンはその円の頂点でビームサーベルをかざした。機体のほんの少し下を、敵機が猛スピードで突き抜けていく。
敵機のヒートサーベルがBlacCatの左足をなぎ払い、BlackCatのビームサーベルが敵機の右腕に突き刺さる。
ナガモンもグラハムも、直接は見えない相手パイロットの存在をはっきりと感じ取っていた。他とは違う尋常ならざる圧力と、不思議にひかれ合うような引力とを、同時に感じていたのだ。だが、この矛盾した感覚はいったい何だ?
永遠のような一瞬が流れ、二つの機体は別々に地面に落下した。BlackCatは左足を、フラッグは右腕を失っていた。だが、それ以上の衝撃のようなものが二人の精神を揺さぶっていた。この相手はただ者ではない。
自分とは切っても切れない、絡み合った因縁のようなものを感じる。それだけではない。この相手は自分だけが倒せるのだ、そんな運命をも感じとっていた。


両者はともに次の行動に移った。ナガモンは片足を失ったBlackCatをどうにかコントロールし、敵機に肉迫する。フラッグはそれを待ち受けるかのようにすくっと直立すると、残された左腕を斜め下にまっすぐ伸ばした。
グラハムなりの居合いの構えらしい。それを見たナガモンはBlackCatを滑らせるように飛翔させ、フラッグのやや横合いから斬りかかった。
直前まで居合いの構えを崩さなかったフラッグはBlackCatの斬撃が襲いかかるまさにその瞬間にゆらりと動き、ナガモンの攻撃をやりすごした。
と、同時に力強い鼓動のような一撃が発せられ、サーベルの鈍く輝く刀身がBlackCatの胴体に吸い寄せられるように振るわれた。ナガモンは周りの景色がすべてスローモーションで映っているように感じていた。
今、敵機の見事な一閃が、彼女のコックピットを叩き斬ろうとしている。


「これまでか…!!」


しかし次の瞬間、迫り来る刀身は横から飛び出してきた巨大な手に掴まれ、一瞬鋭く光ったかと思うと、爆音とともに幾千もの破片へと粉砕され、飛び散ってしまった。


「間一髪だね!ナガモン!!」


黒猫の軽妙洒脱な声が聞こえたが、ナガモンは何が起きたか一瞬理解できなかった。どうやら黒猫がギリギリのところで両者の間に割って入り、バイタルチャージで敵機のサーベルを破壊してくれたらしい。


グラハムは怒り心頭に発していた。黒いガンダムとの一騎打ちを邪魔されたことは許し難かった。
だが、二機を同時に相手にすれば分が悪い。まして肝心のヒートサーベルを失った今、接近戦を仕掛ける意味はない。
グラハムはフラッグ脚部のミサイルを放つと、機体を飛行形体に変形させ、BlackCat、ブラックサンから一気に離脱していった。だが撤退するつもりはなかった。格闘がだめなら射撃戦だ。
最も強力な武器、試作型135mm対艦砲は失ったが、まだ翼下には四つのミサイルパイロンもある。差し違えてでもガンダムを倒さねばならない。グラハムは上空でフラッグを旋回させると、再び攻撃態勢に入った。
だが、彼がミサイルを放つより先に、思わぬ人物からの通信が入った。


「グラハム・エーカー!無謀だ!退却しろ!!お前の部下は叩かれているぞ!」


それは黒の騎士団の指導者、ゼロからのものだった。ゼロは混乱するこの戦場の状況をいち早く察知し、どうするのが適確かを常に考えていた。
今のグラハムはガンダムのことで頭がいっぱいだ。だがブラックハウスに攻撃を仕掛けたフラッグ隊はのほかの機体は、ブラックハウスの対空兵器や主砲、マスタースパークにWhiteCatまで総動員しての圧倒的弾幕の前に次々と被弾し、傷ついていた。
今のところ撃墜された機体こそ無かったが、中には姿勢を保って飛ぶのがやっとのフラッグもあった。グラハムはそうした戦況を目の当たりにすると、口惜しげに撤退を命令した。


「くっ…、ここでも凱歌をあげられないか…一時撤退する!全機高度5000に集合、基地へ帰還する!」


一方、蜃気楼に搭乗するゼロもまた、トウドウとともにダモクレスへと帰投していった。蜃気楼の防御力はゼロに傷一つつけなかったが、それでもこの激闘は彼にとってかつて経験したことがないほどの消耗を強いるものであった。
だがそれなりの代価は得ていた。この蜃気楼に蓄積された戦闘データ、これを徹底的に洗い出せば、必ずあのガンダムの弱点がわかるはずだ。
そしてあのフラッグファイター、グラハム・エーカー。
彼をけしかけることができれば、黒の騎士団を危険にさらすことなくガンダムを葬り去ることができるだろう。
ゼロは自らの勝利を疑わなかった。戦術は戦略を覆せない。そして、自分の戦略に狂いは無い。
その絶対的自信からか、ゼロは自分でも気づかないうちに笑っていた。悪意に満ちた、底意地の悪い微笑だった。


† † † † †


長かった戦いは突然に終わった。オレはヘルメットを外して深く深呼吸した。激しい戦いだった。いま隣に立っているブラックサンと黒猫がいなければ、オレは敵のMSにやられていただろう。
昨夜の戦闘でも感じたが、敵のパイロットはただ者ではない。他のパイロットとは違う、あのパイロットは本物だ。オレの直感がそう断定している。
自分のことなのだが、オレはそんなインスピレーションをまるっきり信じてしまう自分がおかしかった。躰の奥から笑いがこみ上げてくる。急に緊張が解けたからかも知れない。
オレの中の、精神とは違うもう一つの意志が、オレに笑えと言っているのかも知れない。
そんな妄想がまたおかしくてますます笑ってしまう。終いにオレは声を出して一人で大笑いしていた。こんなこと初めてだ。
オレ達はブラックハウスに帰還した。疲れがどっと押し寄せてくるが、オデッサ作戦は今も続いている。いつまた敵が来るかわからないから、休むのも交代になってしまう。
整備兵達は損傷のひどい機体から早速修理に入り、格納庫はいまだに戦闘の熱気に包まれていた。オレ達は例によって艦橋に呼ばれた。作戦全体の状況が気になる。第3軍はさらに進んだのだろうか?
そしてエルラン中将は、第4軍に前進命令を出しただろうか?


† † † † †


エルランは第4軍の移動禁止命令を取り下げていなかった。小規模の威力偵察は行われていたが、その結果はどれも、軍団の正面には公国軍がほとんどいないと言うことを示していた。
一方第3軍の戦域ではこの日、11月8日にも、一進一退の攻防が繰り広げられていた。最初の混乱から立ち直った公国軍は数で勝る連邦軍と互角の戦いを見せ、全体的に見れば戦況は膠着状態に陥っていた。
第3軍戦区の右翼に位置する小さな村は、連邦軍、公国軍双方の目標となり、そこを占領する部隊がそこの日だけで七度も入れ替わった。最後に連邦軍の消耗しきった中隊が村に入ったときには、村の建物は跡形もなく吹き飛ばされていた。
それでも公国軍はその村に砲撃を加え続け、その中隊を殲滅した。以降両軍はこの名も無き村を挟んで対峙し、互いに牽制を掛け合った。一方第3軍左翼では、あの死神旅団が終日奮戦し、最前線拠点を死守し続けた。
コレマッタ少佐は一度ならず野心的な攻勢に出て、戦線を5kmほど押しやった。しかし夕刻に公国軍によるダブデ陸戦艇を用いた反撃に遭遇し、元の位置に戻らざるを得なくなった。
目視で確認できないほどの彼方から砲撃してくるダブデ陸戦艇に対し、独自の長距離砲を持たない死神旅団はまったくの無力であった。
第3軍は偵察機を飛ばしてダブデ陸戦艇の位置をどうにか捕捉しようとしたが、ダブデ陸戦艇はそれ自体強力な移動対空陣地であり、出撃した偵察機はことごとく撃墜され連続しての追尾は不可能であった。
激戦を終え、最前線拠点に戻ったコレマッタ少佐は、荒れていた。移動指揮車であるホバートラックから降り立った彼は、たまらず毒づいた。いま彼の旅団は第3軍左翼の最前線にいる。それは昨夜の時点からそうだった。
夜が明ける前に補給を受けた旅団は、今日も快進撃を続けるはずだった。だが…


「ダブデ陸戦艇めぇ!明日こそが決戦だ!!」


コレマッタの怒りは収まらない。その時、彼は周囲の兵士達が何かに浮き足立っているのに気づいた。コレマッタは西の方角を振りむいた。
沈む夕日を背に、巨大なMS3機がこちらに向かって走ってきていた。
それを見たコレマッタは急に邪悪な笑みを浮かべた。これで勝てる、そんな考えが手に取るように読み取れた。
やってきたのはRTX-440、陸戦強襲型ガンタンクの小隊だ。コレマッタの脳裏には、すでにオデッサ作戦の行方が描き出されていた。



[25782] 激闘は憎しみ深く
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/04 12:43

エルラン中将は、自分の指揮する第4軍の戦線の後方約10km地点に、旗艦であるビッグ・トレー級地上戦艦マルケッティアを鎮座させ、作戦開始からの二日間、自室からほとんど出ていなかった。
彼の元には総司令官レビル将軍の元から「早急に進撃するように」との命令が届いていたが、彼はこれを黙殺していた。
当初は「核攻撃を受ける危険がある」という理由で進撃の先延ばしをはかっていたが、ことここに及んではそれも無理な言い訳に思われた。
彼は自分の計画を実行に移すことを躊躇していた。
その計画とは、連邦軍を裏切り、連邦の最高機密とともにジオンに寝返るというものだった。彼はこの計画のために長い間地道な努力を重ねてきた。
少しずつ連邦軍の情報を漏らすことでジオンの信頼を得た彼は、さらに高度な最高機密とともに公国軍にくみすることで、ジオンにおける高い地位を勝ち取ろうとしていたのである。
ジオンは彼のもたらす情報を高く評価し、彼の持ちかけた計画を受け入れていた。その証拠に、彼の第4軍の正面には公国軍がほとんど配備されていなかったのである。
マ・クベ司令はエルランが裏切ることを前提に兵力を配置し、その結果第4軍の前面はがら空きとなっていたのだ。
後は情報とともにジオンの戦線後方に飛ぶだけであった。しかし、エルランは迷っていた。果たしてジオンが本当に自分を優遇してくれるだろうか。そして何より、ジオンはこの戦争に勝利するのであろうか。
これまでの彼の経験からすれば、ジオンが連邦を圧倒することは自明の理といえた。だが、ここ最近の戦況は極めて複雑だ。現にこのオデッサの戦いも、最終的にどちらが勝利するのかいまだにわからない。
エルランはそのせいで決断を下せずにいたのだった。
もう1日、いや、もう半日だけ様子を見て判断しよう。彼は内心にそう決定し、新たな報告を待った。


戦いは夜通し散発的に発生し、連邦とジオン双方の兵士を緊張させ眠らせなかった。月明かり以外に光源のないこの荒野において、兵士達は見えない敵兵に怯えなければならなかった。いつ敵が夜襲を仕掛けてくるかわからなかったからだ。
特に経験豊富な公国軍は夜間戦闘をも得意としていた。夜間にはろくに訓練もしていない連邦軍にとって、ジオンの夜襲はもっとも恐るべき脅威であった。彼らは照明弾を次から次へと打ち上げ、暗い戦場の様子をどうにか把握しようとしていた。
だが、ゆらゆらと揺れながら落下してくる照明弾は、時にタコツボで身を隠している連邦軍部隊を照らし出した。すると、公国軍がその格好の目標めがけて砲撃を加えてくるのだ。
地獄のような何時間かが過ぎ、ようやく太陽が顔を出した。連邦軍兵士はもう味方の照明弾に脅えなくてよくなった。結果的にジオンは夜襲を仕掛けて来なかった。
作戦3日目、11月9日の夜明けである。
戦線は夜中よりも静かになっていた。連邦軍は第三次攻勢にでる準備を終えていなかったのである。補給部隊が最前線の戦闘部隊に全力で物資を運んでいたちょうどその頃、アムロ・レイとセイラ・マスの二人は新兵器の慣らし運転を行っていた。
二人は偶然にも、敵艦から平然と発進してくる一機の連邦軍の連絡機を発見した。不審に思った二人はその連絡機を追跡した。連絡機は戦線を飛び越え、第4軍の旗艦であるマルケッティアに着艦した。
ますます怪しく感じた二人はその後に続き、アムロはエルラン中将のもとへと乗り込んで行った。


あずにゃん艦長は、ムスカ大佐と共にマルケッティアへ向かっていた。
いまだに前進命令を出さないエルラン中将に業を煮やしたムスカ大佐は、まさしく最前線にいるブラックハウスの戦闘記録を持ってくるようあずにゃんに命じ、戦闘団長自ら直談判に乗り出したのである。
あずにゃんはムスカという男を見直していた。彼は単なる駆け引きだけで出世してきた訳ではなかったようだ。時にはこうして自ら行動を起こして、実績を上げてきたらしい。
あるいは勲章目当ての直談判かもしれないが、それにしてもこの行動は評価できる。
しかし、あずにゃんはムスカの真意に気づいていなかった。彼はマルケッティアにいる部下からある報告を受け取っていた。「エルランは間もなく逮捕されるであろう」との報告だった。ムスカは即座に動いた。
あずにゃんをゴリアテに召喚した彼は、そのままマルケッティアに向かった。彼はエルラン逮捕の瞬間に居合わせることで、第4軍の指揮権を手中に収めようとしていたのだった。
彼とあずにゃんがマルケッティアに到着し、エルラン中将の部屋の前まで来たとき、部屋の中から大きな叫び声が聞こえてきた。


「あなたみたいな人のおかげで、何十人となく無駄死にしていった人がいるんです!!わかりますか!?あなたみたいな人のおかげで!!」


それはエルランの裏切りを知り、怒り心頭に発したアムロの怒号であった。ムスカは思わずニヤリと微笑んだ。自分は最良のタイミングで到着したらしい。
エルランはレビル将軍の命を受けていた士官によって逮捕され、即座に連行された。あずにゃんは再び前線に舞い戻っていく若い少年パイロットを目にしていた。


「彼がアムロ・レイ…」


まだほんの子供だった。彼がジオンのMS乗りを震え上がらせたというパイロットなのか。あずにゃんはにわかには信じられなかった。


ムスカはマルケッティア艦橋の戦闘司令室に来ていた。いま司令室は、突如として始まった公国軍の局地的反撃の情報が入り乱れ、指揮官の不在も相まって、予想もしなかった混乱状態に陥っていた。
ムスカは何も言わず司令官用コンソールにつくと、送話器を取り上げ第4軍の全部隊に無線を繋いだ。


「私はムスカ大佐だ。エルラン中将はスパイ容疑により逮捕された。緊急事態につき、私が臨時に指揮をとる。敵の反撃は北方の補給所を狙っている。視界に捉えたところを撃破しろ。砲弾をたっぷりお見舞いしてやれ。補給物資を傷つけるな!!」


第4軍戦線の各地で指示を待っていた部隊は、突然の攻撃命令に半ば跳び上がるようにして喜んだ。第4軍に配属された各種長距離砲が砲身を上げ、一斉に砲門を開いた。
第4軍の兵士達はここぞとばかりに突進を開始し、反撃に出ていた公国軍の小部隊を瞬時に蹴散らした。兵卒から将官にいたるまで、ムスカが指揮権を掌握したことに疑問を呈するものはいなかった。
今や第4軍全体が一丸となって戦闘にのめり込んでいた。ブラックハウス戦闘団にも前進が命じられた。ムスカはあずにゃんに戦闘団の指揮をとるよう命じ、ブラックハウスに送り返した。


第3軍の戦区でも、すでに消耗していた筈の各部隊が、第4軍に遅れをとらじと再度進撃を開始していた。
だが、第4軍の進撃スピードは尋常ならざるものであった。
彼らの前面には有力な防衛ラインは形成されていなかったのである。ムスカ大佐は第4軍に無制限の進撃を許可し、2日間待ちぼうけを強いられた兵士達は、被弾を恐れず猛進していった。
わずかに配置されていた公国軍部隊は絶望的な抗戦を始めた。マゼラ・アイン空挺戦車の小隊が、突撃してくるジムに懸命に砲火を浴びせる。一機のジムが被弾し体勢を崩したが、僚機はやられた味方に構わずマシンガンを乱射する。
被弾した戦車は紙細工のようにペシャリと潰れ、炎上した。戦線にそって掘られた歩兵用の塹壕では、MSに対して何らの抵抗手段も持たない公国軍兵士が、ジムに押し潰されていた。必死で逃げた何人かの歩兵に、61式戦車が無慈悲な砲弾を叩き込む。
ほんの少数配備されていたザクは勝機がないとみるやコックピットを開き、パイロットが両手を上げて降りてきた。だが連邦軍の大部分の兵士は、捕虜を取ろうとはしなかった。
ジムのパイロットは自然な仕草でザクに弾丸を撃ち込むと、何事もなかったかのように前進を再開した。




ブラックハウス戦闘団は他の部隊に比べればややゆっくりとしたスピードで前進していた。
これは戦闘団長たるあずにゃんの合流を待っていたためであるが、そのために彼らは先に進撃していった部隊の破壊の爪痕をまざまざと見せつけられる羽目になった。
穴だらけになって倒れたザク。5分前まで戦車だったスクラップ。折れ曲がった砲身が不気味に虚空を指している大砲。そして、原形がなんだったのかわからないほど損傷した死体と、どす黒い血だまり。もはやそこに人間だった形跡はまったく残っていない。地面はあらぬ色に染まっている。
その光景は人に根源的な嫌悪の念を抱かせた。見てはいけない、そんな考えがすぐに浮かんだ。艦橋CICからそれを見てしまったアーク少尉は、思わず気分が悪くなった。手のひらで口を抑え、込み上げてくるものを必死にこらえた。


「地球の戦争というものは、醜い…」


操舵手のジョーンズが突然呟いた。普段はめったに言葉を発しない彼の一言は、艦橋にいる全員の胸に重くのしかかった。確かに戦争は醜い。だがその戦争に身を投じている自分は果たして美しいのだろうか。
代々軍人の家系に生まれた京大尉ですら、軍人としての自らの存在に疑問を投げかけずにはいられなかった。彼女は今まで故郷である地球を守るために戦ってきた。そのつもりだった。
だが、守るために戦うとは、こういうことなのか?最初から矛盾しているその信念は、こんなにも残酷な悲劇を招くのか?


「これが戦争…。」


京は思わずそう漏らしていた。立派な大義や理想など、この光景の前にはたちの悪い冗談としか思えなかった。


第4軍の侵攻スピードは進撃が進むにつれ加速していった。戦線の崩壊を知った公国軍は各方面で撤退を開始し、マ・クベ司令は早くもオデッサの放棄を決定していた。
彼は黒い三連星が乗ってきたザンジバル級巡洋艦で早々に宇宙へ上がることにした。その時間を稼ぐため、彼は屈指の精鋭である黒の騎士団とツィマッド社特務隊に、崩壊した戦線を支えるよう命令した。
両部隊はできる限り最前線に留まり、掘削した資源とマ・クベ司令が宇宙へと脱出した時点でダモクレスへと帰還、地球からの離脱をはかることとなった。彼らは宇宙へ退却する部隊のしんがりを務めることになったのだ。
しかし、彼らの戦いに臨む姿勢は極めて積極的であった。彼らが防備する戦域は連邦軍第4軍の進路に当たっていた。前日に戦ったあの黒い木馬の部隊に遭遇する可能性は高い。
そうなれば黒いガンダムや、他の強力なMSと再び剣を交わすことになるだろう。
ゼロにせよグラハムにせよ、あの黒いガンダムとの決着は地上にいるうちにつけたいと思っていた。大切な部下を傷つけ、あるいは死に至らしめたあの敵機は許せない。
ゼロとグラハムは綿密な打ち合わせを始めた。すでにあの敵が一筋縄ではいかないことはわかっている。今こそ戦略が重要なときだ。
二人は資源の採掘が行われていた坑道地帯を防衛の拠点に選んだ。
その地帯にはMSがギリギリ通れるサイズの坑道がクモの巣状に広がっており、地下を移動することで、地上にいる敵を翻弄することができそうだった。ましてKMFの大きさならば、さらに細かい坑道に入ることも可能だった。
ゼロとグラハムは部隊の初期配置を完了すると、整備が終わったばかりのそれぞれの愛機に乗り込んだ。ダモクレスは公国軍の最終拠点に後置され、部隊の帰還を待つ。その最終拠点では、採掘された資源の打ち上げ準備が行われていた。
この大量の物資を全て打ち上げるには、少なくとも半日はかかりそうだった。黒の騎士団と特務隊はその間、必ず前線を死守しなければならない。戦いは熾烈を極めるだろう。部隊が無事に帰れるかもわからない。
それでも彼らは、ガンダムを討つことができればそれでいいと思っていた。
今日の戦いは、今次大戦のミリタリーバランスを一変させるであろう。きらびやかに着飾った高級将校たちは、この戦いを単なる数字上の増減と見なすかもしれない。
だがその数字の一つ一つには、血塗られた死闘と、散っていった者たちの怨念とが渦巻いているのだ。


† † † † †


オレ達は前進の途中、重症を負って地面に横たわっているジオン兵を発見した。彼は右腕と両足を失っており、虫の息で倒れていたのだが、とにかく生きていた。黒猫が真っ先に機体から降り、ジオン兵の元へ駆け寄った。
オレはブラックハウスへ衛生兵を呼びに行った。アベ軍医が自ら名乗りでて、彼をBlackCat の手のひらに乗せてジオン兵の所へ戻った。黒猫が兵士の左手を握って、「もう少しだよ、頑張って!」と励ましていた。
その周りでシンのヤラナイカと乃人の WhiteCatが警戒に当たっている。オレは機体を降りて、アベと共に兵士に駆け寄った。アベはさっそく応急処置を始めたが、オレが見たところでは出血が多すぎて助かりそうになかった。
黒猫はどこからかタバコを取り出すと、自分の口にくわえて火をつけ、それからジオン兵に吸わせてやった。彼はそれで少し落ち着いたらしく、かすれる声で「ありがとう」と言った。
ジオンなまりがひどくてよく聞き取れなかったが、彼の表情がすべてを物語っていた。彼は左手でポケットを探ると、チョコレートの包みを取り出し、黒猫に差し出した。


「連邦のお嬢さんに……」


彼はやっとそれだけの言葉を絞りだした。黒猫がチョコレートを受け取ると、彼の腕はパタリと地面に落ちた。アベが黙って首を振った。
彼は死んだ。
黒猫は自分の手に残されたチョコレートの包みを見つめていた。


「これ、食べられないよ…」


チョコレートの包みは、血によって真っ赤に染まっていた。


オレはブラックハウスにアベを送り届け、再び前進を開始した。黒猫の様子が気になった。ここは戦場だ。感傷に流されれば、次には自分がやられてしまう。戦場とはそんな無慈悲な地獄なのだ。
その時、ブラックハウスの甲板上で警戒に当たっている魔理沙のマスタースパークから、通信が入った。


「1時の方向で何か動いた!資源採掘用の大きな坑道のあるあたり!」
「確認するぞ。乃人、オレと一緒に来てくれ。黒猫とシンはここで警戒を。」


オレは各パイロットにそう告げ、BlackCatを足早に歩かせた。乃人のWhiteCatが後に続く。坑道の入口が地面にぽっかりと開いているのが見えた。
坑道は50mほどの深さまで垂直に掘られていて、そこから水平方向にたくさんのトンネルが始まっていた。オレはBlackCatを坑道の入口の淵に立たせ、下を覗き込んだ。
既に日は高く昇っていて、坑道の底まではっきりと明るく見えた。異常はないように思われた。魔理沙の見間違いか?
そう思った次の瞬間、見たことのある紅い機体がトンネルから飛び出した。輻射波動砲を装備したあの機体だ。情報によると、公国軍ではMSではなくKMFと呼ばれる兵器らしい。
紅いKMFは上を見上げてBlackCatの姿を認めると、こちらに向かってグレネードランチャーを撃ってきた。オレはBlackCatの機体を軽く後退させ、これをかわした。再び坑道を覗き込むと、紅いKMFはトンネルに引き返していた。


「追撃しましょう!」


乃人が言った。


「待て、どう考えても変だ。今までオレ達を散々苦しめたあの機体にしては、攻撃があっさりしすぎてる。罠だという気がしないか?」


「だとしてもBlackCatとWhiteCatなら敵を返り討ちにできますよ!今すぐ追撃しましょう!」
「…よしわかった。やってみよう。ブラックハウスへ、オレ達は坑道を降りる。上手くすれば敵のKMFを撃破できるかもしれない。トンネル内部では通信はできないと思うが、20分ほどで戻る。そこで待っていてくれ。」
「こちら艦長です。了解しました。気をつけてください。」
「よし、行くぞ。」


オレは乃人を伴い、坑道に飛び降りた。着地の瞬間バーニアを吹かして、衝撃をやわらげる。MSが通れるサイズのものから人ひとりがやっと入れるようなものまで、大小様々なトンネルがいろんな方向に向かってのびている。
トンネル内の照明は少なく、奥がどうなっているかはわからない。
オレはとりあえず紅いKMFが姿を消したトンネルに入っていった。薄暗いトンネルの中には敵機の姿はない。どこに隠れた?


「気をつけてくださいナガモン先輩。敵は一機だけじゃない気がします。」


乃人が後方を警戒しながら言う。確かにその通りだ。いよいよ待ち伏せの可能性が高い。


「初弾から直撃を喰らわなければ、ガンダムならやれる。小さいトンネルに注意しろ。KMFなら隠れられる。ただしむやみに発砲するなよ。落盤して生き埋めは嫌だからな。」
「了解です。」


オレ達はトンネル内を進み始めた。いたるところに作業用の車輌や機材が放棄されている。スクラップ同然のそれらに敵が隠れていたら、と思うとぞっとする。だが、1kmほど進んでも敵は現れない。想像以上に長いトンネルだった。
オレ達はトンネルの交差点に来ていた。探索開始からすでに10分がたっている。そろそろ戻るか…?
その時横合いのトンネルから、一本のヒートサーベルがBlackCatめがけて繰り出されてきた。BlackCatは持っていたライフルを貫かれが、間一髪でこれをかわした。刹那、戦闘機に似たあのMSが飛び出してきた。それも改良型、隊長機だ。


「またお前か!厄介な奴!!」


オレはそう叫び、ビームサーベルを抜いた。敵は後ろにもいた。やはり同型のMSが一機、WhiteCatとの交戦に入っていた。挟まれた…!
だが、オレには後ろを気にしている余裕はなかった。常にバーニアで浮遊している敵は、高速で前進と後退を繰り返し、執拗に一撃離脱の攻撃を図っていた。オレは敵の攻撃を受け流し、反撃に移る。
だがその時には敵機はバックしていて、オレのサーベルは空振りを繰り返すだけだ。


「逃げるな!」


バーニアをふかし、敵機に肉迫する。サーベルを真っ直ぐに突き出し、そのまま突撃する。
サーベルが敵機を貫くかと思われたその瞬間、敵の姿が突然消えた。今度は間一髪で横合いのトンネルに逃げられたのだ。
BlackCatはそのトンネルを通り過ぎ、ようやく停止する。直ちに振り返るが、敵機は目前に迫っていた。やられる…!!
敵のヒートサーベルがうち振られ、BlackCat最大の武器、アームストロング砲が叩き斬られた。凄まじい衝撃。BlackCatの股間が爆発を起こした。機体は一瞬制御を失い、敵機の更なる一撃を受けた。今度は左腕を持っていかれた。
落下した腕のパーツが爆発し、トンネル内は煙に包まれる。オレはこの隙に機体をトンネルの奥へと後退させた。乃人との距離が開いてしまうが、やむを得ない。
この時オレは初めて、BlackCatが負けるかもしれないと感じていた。


† † † † †


ナガモンがグラハムを相手に苦戦を強いられていた頃、乃人もまたフラッグと激しい戦いを繰り広げていた。敵のパイロットは勇敢であり、時には捨て身の突撃を仕掛けてきた。乃人はその度に攻撃を回避し、果敢に反撃していた。
いま、敵は再びの突撃を掛けてきた。WhiteCatは真っ向からこれを受け止める。フラッグのヒートナイフとWhiteCatのビームサーベルが激しくぶつかり、ヒートナイフが弾け飛んだ。


「もらったぁ!!」


無防備になったフラッグに乃人が斬りかかろうとしたその瞬間、WhiteCatはバランスを崩し、地面に倒れこんでいた。乃人は何が起こったかとっさに理解できなかった。モニターは右脚の異常を知らせていた。
WhiteCatの右脚は、膝の下から粉々に砕け散っていた。乃人はようやく状況を理解した。MSの機体を粉砕する兵器、輻射波動砲だ。乃人が機体の上半身を起こすと、目の前に二機のKMFが立っていた。
そのうちの一機、斬月は、刀身の大きな日本刀をWhiteCatのコックピットに向け、もう一機の紅いKMF、紅蓮弐式は、右腕の輻射波動砲を構えていた。そしてその後ろには、先ほどまで戦っていたフラッグが控えている。


「降伏しなさい!さもないとその機体、バラバラにするわ!」


紅蓮弐式から通信が入ってきた。乃人と同じく、女性パイロットの声だ。状況は絶体絶命。だが、乃人は答えを迷わなかった。


「誰が降伏なんて!!」


乃人はビームサーベルを振り上げた。斬月が即座にWhiteCatの腕を切り落とした。乃人は構わず機体を無理矢理起こし、正面突破を図った。だが、それを見逃すカレンではない。


「脚を壊せばっ!!」


紅蓮弐式は自分の機体程もあるWhiteCatの左脚を粉砕した。しかし乃人は冷静だった。彼女は瞬時に機体の下半身をパージし、上半身すなわちシロネコだけでフラッグに体当たりした。
不意をつかれたフラッグを押し倒したシロネコは、一気に坑道の出口へと飛び去った。ナガモンのことが気がかりだが、今の機体ではどうしようもない。早く増援を呼ばなくては。




だが、地上に残った黒猫、シン、魔理沙、そしてブラックハウスにも、重大な危機が迫っていた。彼らはゼロに指揮されたフラッグ数機の襲撃を受けていたのだった。


「6番機、もう一度ザクモドキに攻撃をかけろ。4番と5番は黒い木馬上の射撃専用機を攻撃!他は直援にまわれ!」


戦況を素早く分析し、ゼロは執拗な攻撃を仕掛けてくる。黒猫のブラックサンとシンのヤラナイカはブラックハウスから離れ、孤立しつつあった。黒猫はそれに気づき、どうにかブラックハウスに戻るようにシンに言う。


「このままじゃまずい!なんとかしてブラックハウスに近づくよ、シン!」
「そうしたいけど…!」


しかし、シンはフラッグの正確な射撃の為に足止めをくっていた。攻撃を避けるために機動すれば、ブラックハウスは離れていくばかりだ。
だが、ヤラナイカの装甲はガンダムほど頑丈ではない。
直撃をうけたが最後、ヤラナイカは二度と立ち上がれないだろう。格闘に特化したブラックサンとヤラナイカでは空中を自在に飛び回るフラッグには文字通り手も足もでない。
一方のブラックハウスは、甲板上のマスパと船に装備されたあらゆる火器を総動員し、フラッグ編隊の波状攻撃をどうにか退けていた。


「針路038に転針、ブラックサンとヤラナイカに接近します!」


艦橋ではあずにゃんの指揮が飛び、クルー達が全力でそれに答えていた。命令の履行が少しでも滞れば、ブラックハウスは沈むに違いない。フラッグの攻撃はそう感じさせるほどに強力だったのだ。


「左舷よりミサイル、来ます!」


カントーが叫び、あずにゃんがすかさず返す。


「上げ舵20!取り舵一杯!!」


操舵手のジョーンズが無言のまま力強く舵を回し、ブラックハウスの船体が急速に傾く。だが、絶妙な角度をつけて放たれたミサイル群は扇状に広がり、その全てを避けることは叶わなかった。
二機のミサイルが左舷底部を直撃し、艦橋を激しい震動が襲う。アークが自分の椅子から放り出され、躰を床に強く打ち付けた。


「大丈夫か!アーク少尉!!」


京がアークを助け起こし、再び管制用コンソールに座らせた。京はそのままあずにゃんの方を振り向き、言った。


「艦長、このままでは敵機相手に5分と持ちません!ブラックサンとヤラナイカを収容し、撤退するべきです!」
「BlackCatとWhiteCatを置いていくわけには行きません!ここで持ちこたえます!」
「しかし、ナガモン中尉の約束した20分はとっくに過ぎています!残念ながらナガモン、乃人両パイロットはMIAと認めざるをえません!」
「MIA?!」


MIA、戦闘中行方不明。それは事実上の戦死認定に他ならない。あずにゃんはそんなことを考えたくはなかった。
いや、京とて気持ちは同じだろう。それでも船を救うため、MIAの認定を持ち出したのだ。だが…


「ナガモンさんと乃人さんは生きています。」
「艦長!クルー全員に、死ねとおっしゃるつもりですか!!」


京も必死だった。こうして議論している間にも、船の回りにはフラッグからの攻撃が降り注いでいた。
ナガモンと乃人が生きていてくれたら、もしそうであったらどれだけ嬉しいか。彼女だってそう信じていたかった。
だが、確証のない可能性に賭けて船を危険に晒すわけにはいかない。彼女がMIA認定を進言したのも、苦渋の選択だったのだ。
しかし、あずにゃんの返事は変わらなかった。


「ナガモンさんと乃人さんは生きていますッ!!」


言葉は同じだが、あずにゃんの瞳には涙が浮かんでいた。危険は承知だ。それでも待つのだ。その瞳は強く訴えていた。


「…了解しました、艦長。」


京は引き下がった。こうなれば全力で生き残る。それだけだ。


「右舷より新たな熱源、ミサイル四基が急速接近!!」


カントーが再びの攻撃を告げる。今や艦橋の全員が一体となり、持てる力のすべてを出しきって船を守ろうとしていた。いや、艦橋のスタッフだけではない。ブラックハウスの全てのクルーが、死力を尽くして戦っていた。
機関科のクルーは、焼き切れそうなエンジンを相手に必死の格闘を続けていた。砲手達は集中力のすべてを振り絞り、敵を狙った。整備兵達は艦内のあちこちを駆け回り、損傷した箇所の修繕に当たっていた。
だが、戦いは無慈悲だった。ジョーンズの懸命の操艦も虚しく、いま新たに一発のミサイルが右舷デッキを直撃した。フラッグが至近距離まで急降下してきて放ったミサイルだった。
魔理沙のマスタースパークがこのフラッグを撃破したが、ミサイルは船に深刻なダメージを与えていた。


ハルヒ技術中尉は妙な胸騒ぎを覚えていた。左舷の修理にあたっていた彼女は、状況把握のためにキョンを右舷デッキに派遣していた。そしていま着弾したミサイルは、確証はないが右舷側に直撃したらしかった。
ハルヒは作業の手を止め、額の汗を拭った。
キョンに限って巻き込まれたりはしないでしょう。
そう自分に言い聞かせた。だけど、この胸に渦巻く不快なわだかまりはなんなの?


「整備士長、少し外すわ。ここは頼んだわよ。」


ハルヒは修理の陣頭指揮にあたるMKⅡにそう言い残し、右舷デッキへ向かった。残されたMKⅡは指示にますます力をいれた。


「あと5分で作業を終わらせるよ!整備班の底力を見せてみな!!」


SOS 団の作業に活力が充填され、ブラックハウスの死んでいた機能が一部回復した。だが、損傷は増え続ける一方だった。新たな砲弾がブラックハウスを襲い、船体は大きく揺さぶられる。
右舷デッキに向かっていたハルヒも体勢を崩し、廊下に転んでしまった。躰のあちこちが痛かったが、胸の不快感はますます大きくなるばかりだった。彼女が再び立ち上がった時、廊下の向こうから衛生兵が担架をはこんできた。
その担架にのせられていた兵士を見たとき、ハルヒは息をするのも忘れていた。運ばれているのは、他ならぬキョンだったのだ。彼の作業着は血で真っ赤に染まっていた。
その光景はひどく非現実的で、ハルヒの思考能力を瞬時に奪ってしまっていた。


「嘘……」


ハルヒは、担架が目の前を通り過ぎても動けなかった。
どうしてキョンが?よりにもよって、どうしてキョンなの?
ハルヒはようやく担架を追い始めた。持ち前の運動神経のおかげで。彼女はすぐに担架に追いつけた。だが、キョンの目は固く閉じられ、荒い息が傷の深さを物語っていた。ハルヒはキョンに掴みかかるようにして叫んだ。


「キョン!!しっかりしなさい!キョン!聞いてるの!返事をしなさい、バカキョン!」


担架を運ぶミチシタ衛生兵が慌ててそれを止める。


「乱暴にしないで!!出血がひどくなる!」


だがハルヒは聞く耳を持たなかった。彼女はなおも叫び続ける。


「キョン!私が返事しろって言ってるのよ!!キョン!キョン!」


担架はようやく医務室にたどり着いた。その入口に立った時、ハルヒはあまりの惨状に今度こそ絶句した。


いくつもある治療台には血まみれの負傷兵が横たわり、軍医のアベが歩き回りながら応急処置を施していた。そしてその足元には、治療を待つ無数の兵士達が、血だまりの中に這いつくばっていた。
ある者は苦痛に泣き叫び、ある者は静かに祈り、ある者はすでにこと切れていた。想像を絶する地獄絵図だった。
ハルヒの脚がわなわなと震え始めた。こんな所にキョンを置いておけない。
ハルヒは部屋の血だまりに担架を下ろそうとするミチシタに言った。


「お願い、キョンは廊下に置いて。私が面倒を見るから。」
「そんな無茶な!今すぐ治療しないとやばいんですよ!」
「廊下でも応急処置くらいできるでしょ。後から軍医に来てもらうから。お願い。」


いつもとは違うハルヒの深刻な表情に、ミチシタはついに折れた。彼は薄暗い廊下にキョンを下ろすと、再び負傷者を探しにその場を後にした。ハルヒはキョンの枕元にしゃがみこむと、自分の膝の上にキョンの頭をのせた。


「今だけ特別なんだからね…」


ハルヒはそう言いながらキョンの頭を優しく撫でた。苦痛に歪んでいたキョンの表情が、すこしだけ和らいだようだった。


艦橋では、いまだに退こうとしないフラッグ編隊を相手に、クルー達の必死の戦いが続いていた。
船体のダメージレベルは20%を超え、推力は激減していた。
それでもどうにか持ちこたえていたのは、あずにゃんの未来を読むような操艦と、それに全力で答えるクルー達の努力のたまものであった。
だが、限界が近づいていた。船の速度はフラッグに比べれば止まっているに等しく、次の攻撃は避けられそうもなかった。
奇跡が起こらない限り、ブラックハウスは沈む。
マスタースパークと艦載火器は全力で射撃を続け、フラッグをどうにか遠ざけようとしていた。だが、マスタースパークが新たな一撃を放ち、弾幕が途切れたほんの一瞬、一機のフラッグが急降下を開始した。
フラッグはあっと言う間に艦橋の正面まで降下し、MS形体に変形してライフルを構えた。艦橋のクルー達はその場に凍り付いた。ライフルの銃口は艦橋の窓にピタリと向けられ、日の光りを浴びて不気味に輝いていた。
クルー全員が、次の瞬間自分がどうなるかを悟った。万事休す ―――!


だが、奇跡が起こった。
フラッグが引き金を引くかと思われたその瞬間、その機体は何者かの強烈な体当たりを受け、大爆発を起こしていた。爆発の閃光が艦橋にも飛び込み、クルー達は一瞬目を背ける。
再び正面に視線を戻した時、火だるまになったシロネコが地面へと落下していくのが見えた。フラッグに体当たりしたのは、乃人のシロネコだったのだ。シロネコはフラッグを粉砕した代償に、自らの機体にもかなりのダメージを受けていた。
地面に墜落したシロネコはそのまま荒地を転がり、土砂を跳ねあげてからようやく止まった。


「乃人!!」


魔理沙が叫び、マスタースパークがブラックハウスの甲板から飛び降りる。艦橋ではあずにゃんがいまだに激しく脈打つ鼓動を感じながら、乃人を救う為の指令を飛ばしていた。


「砲火をたやさないで!今ので敵は怯んだはずです!!」


あずにゃんの言う通りだった。ゼロは無謀な特攻を掛けたシロネコに完全にあっけにとられていた。あの機体は坑道でグラハム達が仕留めるはずだった。それが地上へと戻ってきた。ということは…。


「グラハムめ、しくじったか!全機、ダモクレスに帰還する!作戦は失敗だ!!」


ゼロの乗る蜃気楼が機体を翻し、戦域からの離脱を図る。生き残りのフラッグもあとに続くが、一機のフラッグが編隊から離れ、坑道の入口へと向かって行った。


「ダリル・ダッジ中尉!どこへ行くのだ!」


ゼロが目ざとくそれを見つけるが、ダリルの決意は固かった。


「隊長を置いては帰れない!先に行ってくれ!ダモクレスで会おう!!」


彼のフラッグはそのまま坑道に消えた。
ゼロはダモクレスへ向かいながら、無線でカレンとトウドウを呼び出した。しかし、どちらともつながらない。


「くそっ!」


ゼロは蜃気楼の機体を再び反転させ、自らも坑道へと飛び込んで行った。これ以上KMFとパイロットを失う訳にはいかない。呼び戻さなければ。
蜃気楼の機体が坑道に消えた。だが、さらにその後に続く機体があった。黒猫のブラックサンだった。


「待て黒猫中尉!お前は行くな!」


ブラックハウスの艦橋で京が叫ぶが、無駄だった。ブラックサンは坑道に飛び降りると、通信を断った。


「なんてこと…!」


† † † † †


オレはトンネル内で敵との鬼ごっこを続けていた。おそらく敵は全部で四機。
戦闘機型のMSが二機、うち一機は隊長機でパイロットの腕も秀逸。そしてKMFが二機。紅い奴と赤髪の奴だ。
一方オレのBlackCatはアームストロング砲を切り落とされ、左腕も失ってしまっている。乃人のWhiteCatがどうなったかもわからない。
状況は最悪だ。もし敵がBlackCatを挟撃してきたら、なすすべはない。
オレは暗いトンネル内を駆け回っていた。どこかに別の出口があるはずだ。地上にでて増援を呼ぶしかない。だが、このトンネルの構造は予想以上に複雑だった。何度か行き止まりにもぶつかった。
地上の光が見えるのに、トンネルの直径が足りないところもあった。だけどオレは機体を捨てようなどとは考えなかった。
BlackCatを捨てるくらいなら死んだ方がマシだ。
そしてその「死」は確実にオレに迫ってきた。BlackCatのセンサーが接近してくる敵をキャッチした。戦闘機型だ。
やり過ごすわけにはいかないだろう。戦うしかない。オレはBlackCatをゆっくりと暗闇に動かした。
先に不意打ちできれば生き残る道はある。
敵機はゆっくりと歩いてきた。やけにぎこちない歩き方だった。本来は歩くようには設計されていないのかも知れない。
敵はこちらに気づかずそのまま接近してきて、その手に握られたライフルの銃口が BlackCatの鼻先をかすめていった。
今だ!
BlackCatの頭部でバルカン砲が唸りを上げ、弾丸は敵機の頭部を粉砕した。これで目は潰した。あとはとどめだ。


「悪く思うな!」


トンガリコーンスラッシュが持ち上がり、敵機に振り下ろされる。
背中から斜めに引き裂かれた敵機はその場に崩れ落ち、上半身だけが爆発した。オレはすぐにBlackCatを移動させる。
さらにトンネルの奥へと逃げ込んで敵を待つのだ。今の爆発で残る敵がここに気づいた可能性は高い。
オレはBlackCatを疾駆させた。
あまり乱暴な操縦はしたくないがそんなことは言っていられない。ブラックハウスに戻ったら整備班には怒られそうだ。戻れればの話だが。


「ブラックハウスはどうなったかな…」


急に不安になってきた。トンネルに入った敵が四機だけだとすれば、残りは地上にいるということになる。
敵には少なくともあと数機の戦闘機型がいるはずだ。それに指揮官機らしいKMFも。
ブラックハウスが襲撃されている可能性は高い。はやく地上にでなくては、オレもブラックハウスもやられてしまう。


前方に少し明るい場所が見えた。照明器具がしっかりしていて、どうやら地下の十字路になっているらしかった。
まっすぐつっこもうとした瞬間、右側の道からKMFの二機が飛び出してきた。


「邪魔だどけぇッ!」


オレは強行突破すべく、紅い奴を蹴り飛ばそうとした。
だがしの瞬間、敵の右腕が繰り出された脚を掴むと、輻射波動砲がそれを粉砕していた。 BlackCatの巨体が十字路の中心に倒れ込む。
機体を起こす間もなく赤髪の日本刀が一閃し、BlackCatは右腕も切り落とされた。
バルカンを撃とうとした瞬間今度は頭部が輻射波動砲の餌食になり、BlackCatは戦う術を失った。
わずかに生き残った補助カメラがKMFを映し出す。


「降伏しろ。決着はついた。命を無駄にするな。」


赤髪のKMFのパイロットの声。オレに捕虜になれというのか?


「…ダメだ…ダメだ……!」


捕虜になることを想像しただけで躰が震え出す。息が苦しくなる。目の前が真っ暗になる。世界が音を失う。屈辱の記憶が蘇ってくる。
前に捕虜になった時の、忌まわしく恐ろしい記憶。
何人もの男がオレを取り囲み、オレの躰を弄び、陵辱し、オレがボロボロになってもまだやめない。
そんなのもう嫌だ。
捕虜になんかなりたくない。捕虜になんかなりたくない!だってあいつらは、オレの躰を…!


「そんなの嫌だああああ!!」


† † † † †


トウドウは、ナガモンの恐慌にかられた叫びを降伏の拒否と受け取った。あくまで死を選ぶというのか、このパイロットは。
トウドウは斬月の機体を踊らせ、BlackCatにとどめを刺しにかかった。斬月の機体が跳ね上がり、日本刀が下に向けられコックピットを狙う。


「これまでだ、ガンダム!」


† † † † †


赤髪の機体がジャンプして、その手に握られた日本刀がまっすぐこちらに向けられていた。オレは死を悟った。ここまでなのか?
こんな、空も見えない場所で、オレは死ぬのか。まだジオンに対する復讐は果たせていないのに。
だけど、それもいいかも知れない。
所詮は血塗られた道だ。残虐な行為に走っているのはオレも奴らも同じなのだ。
オレは赤髪の日本刀がコックピットを貫くまでの数瞬で、色々なことを考えた。
ブラックハウスは大丈夫だろうか?
ほかのパイロットはどうなっただろう?
みんなオレがいなくてもやっていけるかな?
オレが死んだら誰か泣いてくれるかな?
すでにオレは泣いているな―――
目と鼻の先まで日本刀が迫り、オレは目を閉じた。不思議なことに、オレにほほえむ少女の姿が浮かんだ。
それは黒猫だった。迎えにきたのだろうか。じゃあお前も死んでしまったのか?一人じゃなくて良かった。お前がいてくれて嬉しいよ。
オレが内心につぶやくと、黒猫が笑顔のままで言った。


「助けにきたよ、ナガモン。」


その瞬間、強烈な爆発音がコックピットを襲った。衝撃は外からだった。オレは何が起きたのか理解できず、目を見開いた。
トンネルの薄明かりの中に、ブラックサンの右腕が目の前まで伸びてきていた。赤髪のKFMを握りつぶしたかのように。
実際には握りつぶしたのではなく、バイタルチャージで粉砕してしまったらしい。


「大丈夫してる?無茶してばっかのナガモン君♪」


黒猫が、本当に助けに来てくれたのだ。ブラックサンの真っ黒な機体が、オレには天使みたいに神聖なものに見えた。


† † † † †


カレンは息もできずに、その場に凍りついてしまっていた。たった今まで目の前にいたトウドウが、死んだ。
機体をバラバラにされて、断末魔も上げられずに。


「嘘…」


カレンの躰が震え始めた。あの「奇跡のトウドウ」が、いま自分の目の前で死んだ。
怖い。怖い。怖い…!


「これが…戦場で死ぬってことなの?」


たった今まで確実な勝利に向かっていた人間が、何もできない一瞬のうちに、この世を去る。
これが戦死なのか?
戦いで死ぬということは、もっと激しい叫びや慟哭の中で起こることではなかったのか?
カレンは逃げることも忘れて自分の両肩を掴み、身を縮めるようにしてうち震えていた。
本当に怖い。すべてから目を背けていたい。震えがとまらない。
だが、急につながった無線が彼女を正気に返らせた。


「カレン!すぐに退くぞ!!作戦は失敗した!ダモクレスに帰還する!!」


ゼロの声だった。我に返ったカレンは、自分の後方に接近してくる蜃気楼の姿を認めた。
逃げなくては。
トウドウのことを考えている場合ではない。自分まで死んでしまう。それはなにより怖い。
紅蓮弐式が蜃気楼の元まで来ると、ゼロはカレンを地上へといざなった。
ゼロの脳裏にトウドウの姿がよぎった。優秀な軍人だった。
不器用を絵に描いたような男で、自分にはどこまでも厳しく、任務を愚直なまでの正直さで全うしていた。
もし黒の騎士団が無事宇宙に脱出できれば、それはトウドウのおかげに他ならない。


「貴様の死、決して無駄にはしないぞ、トウドウ!!」


二機のKMFは地上に飛び出し、全速力でダモクレスへと向かっていく。


その後を追うようにして、坑道から飛び出してきた機体があった。二機のフラッグ。グラハム・エーカーとダリル・ダッジの機体だった。
トンネル内でガンダムを見失ったグラハムはダリルと合流し、ゼロが退却を命じたことを聞いた。
彼はそれでもトンネル内でガンダムを探そうとしたが、ダリルがすでにオデッサの戦いに意味がないことを説明すると、彼もようやく退却に合意したのだった。
飛び去るフラッグの眼下には、破壊された無数の兵器と、すでに腐敗臭を発しつつある両軍の兵士の死体が点在していた。


この戦いで数多くの者が死に追いやられ、数多くの者が体の一部を奪われ、数多くの者が仲間を失った悲しみに涙を流した。
地上のミリタリーバランスを一変させようと実施されたこの作戦でも、繰り返される殺戮と絶望は、ほかのすべての戦いと変わるところがなかった。結果はいつも同じだった。ただ帰らぬ者の数が増えていく。それだけが違う点だった。


3日間に及んだオデッサ作戦は、結果的に連邦軍の圧勝に終わった。だがジオンはマ・クベ司令ほか一部の部隊と、大量の採掘資源とを宇宙に上げることに成功していた。
宇宙へと脱出するザンジバルで、マ・クベ司令は不敵にほほえんでいた。


「戦いはこの一戦で終わりではないのだよ。考えてみよ、我々が送り届けた鉱物資源の量を。ジオンは、あと十年は戦える。」


オデッサでの狂気に満ちた殺戮と絶望を経てなお、戦いは続いていく。




[25782] 地中海、血に染めて
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/04 13:17

オデッサの戦いに敗北した欧州方面の公国軍は、戦力をすり減らしながらさらに後退し、残存部隊はクリミア半島へと追い詰められていた。
半島すべてが要塞化されたこの地で、連邦軍の攻勢は一時的に頓挫し、公国軍は与えられたわずかな時間のうちに脱出作戦の準備を進めていた。
脱出作戦はクリミア半島の西南端にあるセバストポリから始まり、ボスポラス、ダーダネルスの二海峡を突破したのち、スエズを守る友軍に合流することを目的としていた。
だが連邦軍はこの二海峡打通作戦を察知し、オデッサの戦いを終えたばかりの部隊を急遽アフリカ北岸へと送り込んだ。その傷だらけの部隊の中に、ブラックハウスの姿があった。


オデッサ作戦中に重大な損傷を負ったブラックハウスは応急修理を済ませ、本格的な修理の為にジャブローへと向かうはずだった。しかしあずにゃんは、ムスカ大佐から予定の変更を告げられた。
彼女が受けた命令は、「アフリカ北岸に回航し、現地の公国軍の後方を撹乱せよ」というものであった。
第4軍の他の部隊はクリミア半島から脱出してくる敵を迎えうつため、アフリカに着いたら北に向かって展開することになる。これは元々アフリカにいる公国軍に背中を見せる格好になるため、ブラックハウスが敵を撹乱することで、後ろから撃たれる可能性を減らそうという戦略であった。
あずにゃんは愕然とした。ブラックハウス単独で出来る任務ではない。
彼女の手元にあるMSのうち、WhiteCatは大破し、パイロットの乃人も負傷したためシロネコの出撃も不可能、そしてBlackCatは両腕と頭部と最大の武器たるアームストロング砲を失っている。ブラックハウスにしたって穴だらけのボロボロだ。
マスパ、ブラックサン、ヤラナイカの三機で、強大な敵をどう撹乱しろと言うのだ。


「とても不可能ですムスカ大佐。ブラックハウスの窮状は大佐もご存知のはずです。」
「もちろん知っているナカノ少佐。だがそれは君たちの部隊だけではない。ほかの部隊も同様に苦しいのだ。すでにスエズ運河奪回作戦も始まっている。だいいち君たちが撹乱に失敗すれば、我々も背中から狙われる羽目になる。状況はみんな変わらんよ。」
「しかし…」
「これは命令だ。わかったな?」


ムスカはそれ以上話さなかった。あずにゃんは失意のまま、ブラックハウスに戻った。


「なんて説明すればいいんだろう…」


思わず泣きそうになる。いけないとわかっていても涙が止められない。すでにたくさんの部下を死なせてしまったのに…。


† † † † †


わたしはブラックハウスのとある病室に向かっていた。決死の特攻でブラックハウスを救った乃人がいる部屋だ。本来なら後方の病院に送られるような怪我なのに、ブラックハウスはそんな暇もなく移動を始めたのだ。
部屋に入ると、乃人はベッドに身を起こして本を読んでいた。本を持つ手に巻かれた包帯が痛々しい。彼女はいつもポニーテールにしている髪を、今日はほどいて下ろしていた。これはこれで乙なものだ。


「おはよう。傷の具合はどう?」
「猫さん、わざわざ来てくれたんですか。傷ならたいしたことないです。と言っても、肋骨にヒビが入ってるとか…痛みはないんですけど。」
「そんな重症なのに、ブラックハウスから降ろしてもらえないなんて…ひどい話だよね。」
「でもブラックハウスにいられて嬉しいですよ。猫さんとも会えるし。」


乃人はそう言うと朝日を受けて笑った。凛々しい笑顔がとても素敵だ。思わず飛びつきたくなる。と言うより、飛びついてみる。


「乃人かわいい!」
「ちょ!猫さん!!」


ベッドに横になって乃人の首筋に顔を埋めると、これまたいい匂いがするんだな。ずっとこうしていたい。


† † † † †


その頃、シン・アスカもまた、乃人の病室に向かっていたのだった。彼が部屋に入ろうとすると、中から突然声が聞こえてきた。


「ひゃんッ!そこ、だめぇ!」
「あ~乃人はここが弱いんだ。どれもう一度…」
「ら、らめえぇぇぇぇぇぇぇ!!」


シンの心臓がひときわ大きく鳴った。なんだこれは。こんな朝から、この病室の中では一体なにが起こっているんだ。シンは廊下の壁に張り付き、そっと病室を覗き込んだ。
ベッドの上に何者かがうごめいているが、布団をかぶっていて何をしているかわからない。声からして乃人と黒猫がいるらしいが、二人でなにをしているんだ!?


「猫さん、ダメだって…んッ!」


シンの呼吸が荒くなってきた。そういえば軍医のアベは、治療と称してあらぬ行為に及んでいると聞く。これもその一種だろうか。シンが意を決して部屋に突入しようとしたその時、背後からナガモンの声がした。


「何してるんだ、そんな所で?」
「な、ナガモンさん!?いや、あの、部屋の中から変な声が…」
「声?どれどれ?こいつか?」


ナガモンは部屋に入ると、躊躇せずベッドの布団をはがしにかかった。シンは仰天した。そんなことをすれば、めくるめく官能が露になってしまう!
ナガモンが一気に布団をはがすと、乃人に巻き付くようにしながら、包帯を手に持っている黒猫がこっちを向いた。


「何してるんだ?」
「乃人の包帯巻きなおしてたんだよ?」
「くすぐったいのに猫さんが無理矢理やったんですよ?ついつい笑っちゃって。」
「乃人って手のひらくすぐるのに弱いんだよ。」


黒猫はそう言うと実際に乃人の手のひらをくすぐった。


「あんっ!だめッ…!」


乃人は悶えるようにして笑いをこらえる。
シンはがっかりしたようなほっとしたような、複雑な心境だった。ようやく黒猫が包帯を巻き終えたところへ、魔理沙がやってきた。


「あずにゃんが皆を呼んでるぜ?あ、乃人はそのままでいいって。」


身を起こそうとした乃人を両手で制し、魔理沙が言った。パイロット達は乃人に別れを告げ、あずにゃんの待つ艦橋へと向かった。


艦橋にはあずにゃん、京の他、MKⅡとLv.57の姿もあった。


「それで、BlackCatの修理の進行具合は?」


京がMKⅡに訊いた。


「とりあえず両腕はつけたけど、トンガリコーンとアームストロング砲はパーツがないから直せないね。それと頭部はWhiteCatから移植しようと思ってる。乃人はまだ出られないんでしょ?」


今度はMKⅡがナガモンに尋ねる。


まだ操縦は無理だな。アベ軍医の話では全治2週間で済んだらしいが…本人は元気そうだけどな。それで艦長、新しい任務は?」


そしてナガモンはあずにゃんに質問した。


「ブラックハウス戦闘団は解消し、ブラックハウスと搭載MSはまたブラックハウス隊として単独行動をとることに決まりました…。敵の後方の撹乱が任務です。」


あずにゃんはこの中で階級が一番上なのに、一番か弱い声でそう答えた。思わず漏れた皆のため息が、あずにゃんをますます苦しめた。


「どうにかならないんですか?ブラックハウスの戦闘能力は限界まで来ています。船もMSも修理すべき箇所は山ほどあります。この任務はとても無理です。」


京大尉があずにゃんに言った。


「それはわかっています。ムスカ大佐にもそう言ったんですけど、取り合ってくれませんでした…本当にごめんなさい。」


あずにゃんは部下達に頭まで下げた。しかし、京大尉の言葉は続く。


「艦長、船がここまで傷ついたのは、艦長がオデッサで下した判断に原因があります。私もこんなことは言いたく有りませんが、はっきり言ってあの坑道を調査したとき、もっと早急に後退していればこんなことにはならなかった。クルーに多数の死傷者を出し、MSにも重大な損傷を負ったのは、艦長の責任です。」
「あの時ブラックハウスが後退していたら、ナガモンさんは坑道で孤立してた!副長はナガモンさんを見殺しにするべきだったって言うのかよ!!」


シンが京に食ってかかった。京はシンを真っ直ぐ見据えて答える。


「そうは言わない。私だってナガモン中尉が生きて帰ってきてくれて嬉しい。だが実際問題として、あの時退いていれば今の窮状はなかった。」
「やっぱり見殺しにするんじゃないか!」
「やめろシン!!」


ナガモンが一喝し、シンも京も黙った。二人は黙って睨みあっていたが、あずにゃんがおずおずと喋り始めると、そちらを向いた。


「…もう一度、ムスカ大佐に意見具申をしてみます。このままジャブローへ直行できるとは思いませんが、せめて単独行動ではなくなるようにしてみせます。本当にごめんなさい。でも、喧嘩はしないで下さい…」


あずにゃんは今にも泣き出しそうだった。


「…失礼しました、艦長…」
「…すいません…」


京とシンが順番に謝罪し、黒猫がその仲を取り持つように言った。


「それじゃあ二人とも、仲直りの握手ってことでどう?」


京とシンがぎこちなく手を差し出し、互いに握りあった。シンは京の細身の手を握ったとき、不思議なふくよかさを感じていた。この感触、どこかで…。


「…それでは私は、艦内を見回って来ます。」


京はそう言うと手を引っ込め、足早に艦橋から出ていった。


「私もムスカ大佐の所へ行く準備をしますね…。ジョーンズ少尉、行程の通りに操艦してください。」


パイロット一同は、その時初めて舵を握る男に気がついた。視界には入っていたはずなのに、それまで全く気づかなかった。一同がジョーンズに驚いている間に、あずにゃんも艦橋を出ていった。


「それで、これからどうする?」


魔理沙が一同を見回しながら言った。


「とりあえず整備班を手伝おうか。整備班にも死者が出たんだな?」


ナガモンがMKⅡに尋ねた。


「四人かな…みんな右舷の修理中に、ミサイルの直撃を受けて…」
「いや、五人です。さっきタニグチ二等が死にました。」


MKⅡの言葉をLv.57が訂正した。艦橋の空気はとてつもなく重かった。


ムスカ大佐が指揮権を掌握したままの連邦軍第4軍主力は、オデッサから急いでバルカン半島を南下し、地中海を渡ってリビアの沿岸部に展開していた。
クリミア半島の公国軍はここより東のスエズ運河を目的地としていたが、運河の河口はすでに連邦海軍の艦隊が海上封鎖を行い、制空権も連邦空軍が確保していた。
このため、クリミアを発った公国軍は二海峡を突破したあとそのまま南へは向かわず、一度スエズより西のここ、リビアを目指すと思われていた。海岸線から 10kmも内陸に入れば、その先には広大な砂漠地帯が広がっている。
その砂漠地帯には、ジオンのロンメル中佐の部隊がいるのだった。
「砂漠のロンメル」の異名をとる彼の部隊は、砂漠仕様のザク、「デザート・ザク」を装備し、第4軍は背後から重大な脅威に晒されていた。それでもムスカ大佐は、アフリカにまで持ち込んだ旗艦マルケッティアをあえて地中海に向けて鎮座させていた。
あずにゃんがマルケッティア艦橋に到着した時、ムスカは誰かと電話で話していた。あずにゃんが敬礼すると、彼は喋りながらも答礼した。


「焦ると元も子もなくなりますよ、閣下。第3軍が無理してダーダネルス海峡で敵を全滅させる必要はないのです。我々第4軍が、ここで敵を引き受けようと言うのです。」


電話の相手はレビル将軍らしかった。ムスカは自分と第4軍団で敵を討つことを望んでいるらしかった。彼は会話を続ける。


「増援部隊ですか?それはありがたい。とにかくおまかせ下さい。第4軍が必ずや敵を殲滅してみせましょう。では。」


ムスカは受話器を置くと、あずにゃんの方に向き直った。


「ナカノ少佐、私は君にブラックハウスで待機するよう命令したんだがね。」
「大佐、第4軍の背後をブラックハウス隊だけで支えるのは無理です。どうか他の部隊も同じ任務につけて下さい。お願いします。」


あずにゃんは一気にまくしたて、頭を下げた。この要求が認められない限り、ブラックハウスには戻れない。しかしムスカは意外な返答をしたのだった。


「増援部隊ならすでに手は打ってある。君たちの支援に回るようにな。その部隊の指揮権を君に渡すわけにはいかないが、まぁ安心したまえ。部隊の指揮官と参謀は君の知り合いだよ。」
「誰ですか?」
「リツ・タイナカ中佐とミオ・アキヤマ中佐だ。」


同じ頃、ブラックハウスのクルー達は、海上から接近してくる巨大な艦影に目を奪われていた。船体からそそり立つ高い艦橋から、その大きさをうかがい知ることができた。明らかに巡洋艦かそれ以上のサイズだ。
あずにゃんの留守を預かっていた京は、艦橋からその艦影に双眼鏡を向けていた。


「ホバー式の水陸両用巡洋艦って奴だな。こちらに向かって来るが、増援の話は聞いていたか?」


京は通信担当のはちゅねみくに尋ねたが、はちゅねは黙って首を振った。その間にも艦影はどんどん迫ってきて、ついに海上から浜辺に上陸してきた。その巡洋艦はブラックハウスの近くまでやってくると減速し、そのまま真横に停泊した。
その途端、短波の無線が飛び込んで来た。


「やっほ~あずさ~!!元気でやってるか~?」
「不用意に無線を使うな!」


元気な声とクールな声が聞こえてきた。二つの声はそのまま口論を始める。


「だって、あずさと会うのなんて久しぶりなんだよー?早く話したいじゃん!」
「だからって、敵が傍受してかも知れない地域で無線を使うな!」
「傍受されて困るようなこと話さないもん。」
「だったらなおさら使うな!」


京はあっけにとられてしまった。軍隊の無線とはとても思えないやりとりだ。漫才と言っても良いくらいだ。あずにゃん艦長の知り合いらしいが、一体誰なのだ?


「あー、こちらはブラックハウス副長、京大尉であります。現在艦長は不在の為、自分が船を預かっております。そちらの所属をお聞きしたい。」


無線の相手もまた、あっけにとられているらしかった。あずにゃんが不在とは思わなかったらしい。


「し、失礼した。私はこの船の副長をまかされている、ミオ・アキヤマ中佐だ。それでこっちが…」


クールな方の声が答えた。元気な方の声がそれに続く。


「艦長のリツ・タイナカ中佐!よろしく大尉。それで、あずにゃんは今どこに?」
「ムスカ大佐のマルケッティアへ、意見を直接具申しに行っておられます。まもなく戻られるはずですが。」
「んじゃあ、二人でそっちに行って待ってるよ。構わないよね?」
「こちらは構いませんが…、あの、そちらの指揮は誰が?艦長と副長が同時に船を離れても大丈夫なのですか?」
「ああ、いーのいーの。ちょうどみんなお茶の時間だし、まだ戦闘にはならないよ。」
「はあ…。」


京はますます困惑してきていた。ブラックハウスのクルーもかなり個性が強いが、この二人も軍人としては異色の存在だ。今からこの二人がこちらに乗ってくるのか…。


あずにゃんがブラックハウスに戻った時、彼女の先輩である二人の中佐は、すでに艦橋で京と歓談していた。あずにゃんが艦橋フロアに入ると、まずミオが彼女に気づいた。


「久しぶり。士官学校以来だな。」


続いてリツもあずにゃんの方を向き、言った。


「相変わらずかわいいなぁ、あずさは。」


あずにゃんは二人の姿を見て心から嬉しくなった。自分の顔がほころんでいくのがはっきりとわかった。


「お久しぶりです。まさかこんなところで会えるとは思いませんでした。本当によく来てくれました。」


孤立無援の状態だったブラックハウス隊にとって、リツの巡洋艦はさしのべられた救いの手、あるいはようやく差し込んだ希望の光に等しかったのだ。


「あずさも貧乏くじひいたね。あのムスカの部隊なんて。」


リツが同情するように言った。ミオもそれに同意する。


「同感だな。自分の目的のためなら手段を選ばない男だからな。」
「でも、こうしてお二人の増援部隊を送ってくれましたよ?」
「それがおかしいんだよ。私らは海軍だぞ?何で陸軍の言う事を聞いてるんだよー。あのロリコン、見た目以上に胡散臭いぜ。」
「まぁ流石にリツは言い過ぎとしても、信用は出来ても信頼出来る上官ではないと思う。」


話がきな臭くなりそうな気配を感じた京は、あえて会話に割り込むことにした。


「ところで、クリミア半島の敵はどうなんです。いつ頃動くと思いますか?」
「早ければ明後日、遅くとも一週間以内だとレビル将軍の参謀本部は考えてる。遅くなればなるほど、包囲が厳しくなるだけだからな。わざわざ注意するように訓示があったよ。」


どうやら思った以上に状況は逼迫しているらしい。こうなったのものオデッサの最初に「サボった」報いだろうか。



「敵の規模は?」
「一個師団にも満たないと思われる。だけど油断はできないな。脱出部隊を指揮しているのはあのアンドレアス・ダールトンらしい。」
「知らない名前です。有名なのですか?」
「キシリア親衛隊の将軍だよ。まさか地上に残っているとは思わなかったけど…」


ミオはそう言って肩をすくめた。よっぽどの強敵らしい。すると、あずにゃんが口を開いた。


「とはいえ、わたし達の任務は砂漠にいる敵の撹乱です。どこまでやれるかまだわかりませんが、先輩が来てくれたから、やっていけそうな気がします。」
「うれしいこと言ってくれちゃって、おだてても何も出ないよ?」


リツがあずにゃんをちゃかすように言った。あずにゃんは怒ったように「本気です!」と答えた。


その日の午後、あずにゃんの元にムスカから命令が届いた。曰く、


「ブラックハウス、ヒップギグの両艦は、明日午前0時をもって南に向かって進撃を開始。敵を発見し、可能な限りの損害を与えること。ブラックハウスはクリミア半島から脱出してくる公国軍が殲滅された時点で転進し、ジャブローへ向かうこと。ヒップギグは地中海艦隊に復帰せよ。」


ヒップギグというのがリツとミオの巡洋艦の名前だ。新しいブラックハウス隊はブラックハウスとその搭載MS、そしてヒップギグで構成される。
クリミアの公国軍が二海峡打通作戦を開始する前に、ブラックハウス隊がロンメルの部隊を引き付ける作戦らしい。困難な任務だが、ヒップギグという仲間を得たブラックハウスクルーは、その士気を取り戻していた。


その頃、クリミア半島のジオン残党は、二海峡打通作戦の最終準備に入っていた。どうにか生き残った数少ないガウ、鹵獲したミデアに、虎の子のMSが積み込まれる。一部のザクはドダイYSの上に載せられ、敵の襲来に備えることになった。
ホバー走行のドムは水上を走り抜くことになっていた。作戦開始を2日後に控えて、死地から脱出できるジオン兵達は浮き足だっていた。
だが、彼らの脱出行は容易なものではないだろう。
作戦開始と同時にスエズの友軍が二海峡目指して突進することになっていたが、それに割ける戦力はスエズ守備隊にもあまり残されていなかった。結局は自力で二海峡を突破するしかない。連邦軍は二海峡の海上封鎖を完璧に終えていた。
かつてビザンツ帝国が難攻不落を誇った首都の跡地には、無数の対空砲が黒海の方角に向けて配置されていた。今や二海峡一帯は、ジャブローと並んで世界でもっとも多くの火砲が配置された場所となっていたのである。
だが、クリミアの公国軍には、他に残されたルートは東しかなかった。輸送機に乗りきれない戦力は、東方へと全力で突破する予定だった。この別動隊はやはりキシリア親衛隊の士官であるギルフォードという男が率いることになった。


ギルフォードは、セバストポリ要塞の一室でダールトンと向き合って座っていた。彼は間もなく自分の率いる別動隊の元へ行かなければならなかった。生きてダールトンと会うのは、これが最後かもしれない。
だが、ダールトンは至って冷静に作戦内容を確認していた。彼は忠誠を誓うキシリアのために、できることをすべてやろうとしていた。そしてそのために、彼はあくまで冷静な態度を崩さなかったのである。
前途にある希望は儚い。
部隊すべてが連邦の餌食になり、誰も祖国の土を踏むことができないかもしれない。それでも不安を感じさせないダールトンの振る舞いに、ギルフォードは名将の名将たる所以を知ったのである。
特に会話が弾んだわけでもないまま、ギルフォードが出発する時間が来た。ダールトンはギルフォードと握手をかわすと、言った。


「ソロモンで会おう。必ず生きて、友軍のもとへたどり着くのだ。」


ギルフォードは強く頷いた。しかし彼は、ダールトンの言葉の裏に隠された本心に気づいていた。
おそらく二海峡打通作戦は失敗する。そうなったらキシリア様のことは貴官が守りぬいてくれ。
ダールトンの目はそう言っていた。
ギルフォードはダールトンの為に何か出来ることがないか考えた。だが、ダールトンはギルフォードのいかなる提案も拒絶するだろう。彼には彼の覚悟があるはずだ。
キシリア親衛隊は、マ・クベ司令の命令で宇宙に退却する友軍のために最後までオデッサで戦った。オデッサに取り残された公国軍には奇妙な一体感が生まれていた。クリミア半島にいるすべてのジオン兵が、自らをキシリアの騎士と自負していた。これは一重にダールトンの人望の賜であった。
彼は最後までジオン公国兵士として、そしてキシリアの騎士として誇り高く戦い抜くことを宣言し、今日まで陣頭に立って士気を鼓舞してきた。雑多で複雑極まりなかった部隊編成は、キシリア親衛隊の指揮下に一本化された。
クリミアの公国軍は今や名実共にキシリアの騎士だったのである。続出していた脱走兵は、ダールトンが全権を握ってからピタリといなくなった。すでに全部の兵士が、彼の元で死ぬ覚悟を決めていたのだ。
そんな真の名将であるダールトンに対して、今さら自分にできることがあるだろうか?
ギルフォードは自問する。
答えは皆無だ。ダールトン自身も覚悟を決めている。彼の名誉を傷つけるような真似はしたくない。
ギルフォードは最後の挨拶をかわすと、ダールトンの部屋を後にした。




[25782] 砂漠のロンメル
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/04 13:55

リビアでは、ブラックハウスとヒップギグが闇夜の中で南進を始めようとしていた。この広い砂漠のどこにロンメル隊が潜んでいるのか、全くわからなかった。だが間違いなく敵はいるのだ。
ブラックハウスはヒップギグに先行し、フェンダー級のそれより強力なレーダーを駆使して警戒に当たっていた。しかし砂漠地帯のミノフスキー粒子濃度は意外に高く、レーダーはほとんど頼りにならなかった。
それでもブラックハウス隊は砂漠を進む。夜が明ける頃には、二隻の船はロンメル隊の懐深くに入り込んでいたのだった。


「レーダーに微弱な反応!9時の方向、距離8000にMSがいる模様です。数は3、接近してきます!」


朝日が差し込む艦橋では、今日もまたカントーが接敵を報告していた。クルーの視線が一斉に左舷に向けられる。起伏がある地形のためMSの姿は確認できないが、敵が移動したために舞い上がったらしい砂埃が見えた。砂埃はかなり大規模に立ちのぼっていた。


「三機のMSだけとは思えません。かなりの大部隊と思われます。」


双眼鏡を覗いていた京があずにゃんに言った。あずにゃんも同感だった。少なくとも戦車が10輌はいそうだ。さもなければ、あれほどの砂塵が舞い上がることはないだろう。


「ロンメル隊は、私たちが思っているよりも強大なものなのかも知れません。先手を打って攻撃します。MS隊発進準備!」


あずにゃんはそう言って受話器をとり、ヒップギグを呼び出した。艦橋正面のモニターにヒップギグのリツが映し出される。


「リツ先輩、左翼の敵に攻撃をかけます。ヒップギグは艦砲射撃で支援をお願いします。ブラックハウスはこのまま敵に向かいます!」
「合点承知だよ!ミオ、左翼の敵に主砲全力射撃用意!!」
「まず副砲で距離を測った方がいいんじゃないか?」
「チマチマしたのは嫌い!」


通信が切れ、アークがあずにゃんに報告を上げる。


「ブラックサンとマスパは発進準備完了、ヤラナイカも間もなく出られます!BlackCatはジャイアントバズの最終調整がまだ終わりません!」


あずにゃんはそれを聞くと、今度は艦内通信を開いた。


「ハルヒさん、ジャイアントバズの調整はまだかかりますか?」
「わからないけど、5分でなんとかしてみせるわ。」
「4分でお願いします。」
「やってみる。ユキ!手伝ってちょうだい!」


通信が切れ、あずにゃんは再び受話器を置いた。丁度その時、後方のヒップギグが全砲門を一斉に開いた。




ロンメルは自ら砂漠仕様のザクを駆り、最前線で指揮をとっていた。だが、彼の指揮するMSは自身のものを含めて3機しかいなかった。カントーの報告は正しかったのである。
しかし、MSに付随して走るトラックがいた。
トラックの荷台には航空機用のプロペラエンジンが回っており、これが砂塵を派手に舞いあげていたのである。これこそ、ロンメルが得意とした砂漠ならではの欺瞞作戦であった。
彼はこの他にも農業用の犂のような装備も用いていた。
これはプラウと呼ばれ、トラックの両サイドに取り付けられていた。プラウからは数本の爪が伸び、これが地面を引っ掻いて舞い上がる砂塵を倍増させていたのである。
ロンメルは少数の部隊を大部隊に見せかけるこうした手段によって、物量に勝る連邦軍に何度も手痛い一撃をくわえていたのだ。しかし彼の作戦の真の意図は、単に部隊を大きく見せることではなかった。
ロンメルを含めた三機のザクはあくまでも囮であった。彼は自分の位置からブラックハウス隊を挟んだ反対側、つまり西の方向に、部隊の主力を配置していたのである。
この主力部隊、デザート・ザク15機は、砂漠の稜線に隠れながらゆっくりとヒップギグに近づきつつあった。
ヒップギグは囮役であるロンメル達に熾烈な砲撃を繰り返していた。ロンメルはザクを細かく機動させながら直撃をさけ、チャンスを伺っていた。主力部隊がヒップギグのすぐ近くまで接近した時、彼らは一斉に突撃をかける算段になっていた。
しかしそれを待つ間に、ブラックハウスからMSが発進してきた。マスタースパークはブラックハウスの甲板上にあがり、100mmマシンガンを握ったヤラナイカと、相変わらず素手のブラックサンが展開しながらロンメルの方に向かってくる。
ロンメルの周りには二隻の戦艦から発射される無数の砲弾が次々に降り注ぎ、砂塵をさらに巻き上げてロンメル達の機体を隠してしまった。
ロンメルはプロペラエンジンを積んだトラックに後退を命じた。すでに敵はこちらの全容を確認することはできないだろう。トラックの役目は終わった。ここからはMSの仕事だ。


† † † † †


わたしとシンは、マスパの援護射撃の下をゆっくりと進んでいた。マスパが載っているブラックハウスはわたし達のすぐ後ろにいて、さらにその後方4000mに、砲撃を続けるヒップギグの姿があった。着弾地点はもう目の前だ。
かなり激しい砲撃だが、敵がこれをしのいでいる可能性は十分ある。あたりは砲弾の爆発が舞い上げた砂塵のせいで視界が悪い。わたしは通信でブラックハウスに言った。


「敵の位置を確認するから、ヒップギグに砲撃を止めさせて。これじゃなんにも見えないよ。」


間もなくヒップギグが砲撃を止め、徐々に視界がクリアになってきた。


「気をつけてシン。何機の敵がいるかわからないよ!」
「わかってますよ!」


シンが答えた時、遥か後方、ヒップギグの背後に一発の信号弾が上がった。


「なんだ?あれ…」


シンのヤラナイカが後ろを振り向いた。その瞬間、砂塵のベールを振り払い、一機のザクがヤラナイカに襲いかかった。


「シン!後ろッ!!」


わたしは慌ててヤラナイカの所へ駆け出した。その途端、今度は遠くのヒップギグで爆発が起こった。艦尾が炎と黒煙に包まれ、今にも艦橋が飲み込まれそうだった。
そして正面に視線を戻すと、ヤラナイカとザクが取っ組み合って地面を転がっていた。


「シン!今行くよ!!」


だが、わたしの進路を阻むようにして、新たなザクが飛び出して来た。ザクはマシンガンをブラックサンの足元に撃ち込み、砂埃がもうもうと舞い上がった。


「こいつッ、目潰しのつもりか!!」


わたしはブラックサンを一歩下がらせ、見えなくなった敵を探した。劣悪な視界状況の中、わたしは背後に敵機の影を見た気がした。


「そこかッ!!」


振り向き様にブラックサンの右腕を繰り出し、確かに何かを掴んだ。だがそれはバイタルチャージを起動する前に弾けてしまった。


「風船ッ?!ダミーか!」


刹那、わたしの直感が真後ろにいる敵を察知していた。すぐさまもう一度振り向こうとするが、わたしの操作に機体の反応がついてこない。ブラックサンは振り返る前に強烈な衝撃を受け、地面に押し倒された。
見上げると、ヒート・ホークを振り下ろそうとしているザクの姿が目に入った。


† † † † †


「艦尾に被弾!ヘリ格納庫より出火しています!!」
「ザクが突撃してきます!!」


ヒップギグの艦橋では、突然現れた新たな敵を前に、クルーの焦った報告が飛び交っていた。


「両舷全速前進、取り舵いっぱい!ブラックハウスに合流してから反撃に移るよ!」


リツが素早く命令を下し、動き出したヒップギグの行く手に一機のザクが立ちはだかる。


「主砲!当てなくていいからザクに砲撃!」


リツの命令が直ちに実行され、第一砲塔の3門の40.6cm砲が同時に火を吹いた。砲弾はほぼ水平に飛翔し、ザクを飛び越えてその後方に着弾したが、爆風はザクを後ろから吹き飛ばし、ザクの機体はすくなくとも100mは飛ばされて地面に激突した。
ようやくザクが立ち上がった時には、今度は副砲の12.7cm砲が正確に照準を測ってザクを撃ち抜かんとしていた。発射された砲弾は主砲のそれより速い初速でザクを捉え、機体は胴体を爆散させながら崩れ落ちた。
その間に他のザクはヒップギグに追いすがり、至近距離から後部第3砲塔と撃ち合いを演じていた。戦艦の主要部分は「自艦の主砲攻撃に耐えうる防御力」を持つよう設計されている。そして各砲塔の正面防盾もその例外ではなかった。
第3砲塔はザク・マシンガンの弾丸をはね返し、逆にザクに向かって40.6cm砲弾を叩きこんだ。あまりの近距離のため、砲弾の芯管は作動せず、直撃を受けたザクは胸に巨大な貫通痕を開けて倒れこんだ。
しかしロンメル隊主力のザクは、ヒップギグを追うのをやめようとはしなかった。ヒップギグはすでにブラックハウスからさほど離れていない場所まで来ていた。ブラックハウスの後部ミサイルが発射され、群がるザク13機が一斉に回避行動を取る。
ミサイルが地面に着弾し、またしても砂塵が舞い上がって視界を奪った。
この隙にヒップギグはその船体をブラックハウスの横に並走させた。二隻の戦艦の目前では、ロンメルを含む三機のザクと、黒猫のブラックサン、そしてシンのヤラナイカが入り乱れて戦っていた。
黒猫とシンは不慣れな砂漠に足を取られ、機体がもつ起動力を生かしきれていなかった。一方のザクは砂漠戦に熟練しており、わざと砂塵を巻き上げて黒猫達を翻弄しつつ、はるかに高性能なはずの連邦のMS相手に善戦を続けていた。


† † † † †


BlackCat の修理を手伝っている最中に、オレは一人の整備兵からパイロットスーツを手渡された。小柄で寡黙なその女性整備兵は、黙ってスーツを差し出してきたのだ。胸のプレートの文字は「ユキ・ナガト」と読めた。
たしかSOS団の整備兵で、専門はコンピュータの筈だ。今まで話したことはなかった。


「あなた、私と同じ感じがする。何故?」


ナガトはオレに向かっていきなりそう言ったのだ。戦闘中なのにオレたちの周囲はやけに静かで、オレたち二人だけが別世界にいるような気がした。オレは驚いたはずなのに、妙に落ち着いて答えていた。


「確かに、オレたちは似ている気がするな。でも違うのは、これまで誰と出会い、どう生きて来たかってこと。お前とオレは似てるけど、同じじゃないよ。」
「そう…。…頑張って。」


ナガトは無表情のままそう言うと、足早にオレのもとから去っていった。再び周囲が騒がしくなり、ハルヒの声が聞こえて来た。


「ナガモン中尉!もうすぐ修理が終わるわ!さっさと着替えなさい!!あんたたち、中尉の着替え覗いたら承知しないわよ!!」


減るもんじゃなしに、別に構わないと思うのだが。


† † † † †


ブラックハウスの射撃指揮所では、砲術長のトレインがやきもきしながら戦闘を見守っていた。すぐにでも主砲のレールガンでザクを撃ち抜いてやりたかったが、 MSは互いにもつれあうようにしながら戦っており、味方を撃ってしまう危険があった。
悔しいが黒猫達を支援することはできない。トレインはそう判断すると、艦内通信を艦橋に繋いだ。


「艦長!ブラックハウスは黒猫達の方を向いてたって役には立たない!後方のザクを狙うから船を反転させてくれ!」
「正気ですかトレインさん?!戦闘の真っ最中ですよ!」


あずにゃんはトレインの突然の提案に思わず大きな声で反応していた。だが、確かに今のMS戦闘を支援することはブラックハウスには不可能だった。魔理沙まで「トレインの言う通りだぜ!」と通信を入れてきた。
その時、アークがあずにゃんを振り返って叫んだ。


「BlackCatの発進準備が完了しました!」


これを聞いた瞬間、あずにゃんはトレインの提案をのむことに決めていた。


「BlackCatは直ちに発進してください。BlackCatの射出後、ブラックハウスは180度回頭、後方の敵を叩きます!!」


「いいぜ艦長。あんたはいい!」


トレインはそうひとりごち、BlackCatの発進を待った。


「シン・ナガモン、BlackCat、いきます!!」


カタパルトからBlackCatが飛び出し、黒猫とシンのもとへ向かって行く。直後にブラックハウスが信地旋回し、後方にいたザクに狙いを定めた。レールガンが射撃を開始し、ヒップギグの砲撃と相まって、猛烈な弾幕が展開された。
一方のザクも残る全機が弾幕を避けながらマシンガンを乱射し、二隻の戦艦の周囲に無数の弾丸が撃ち込まれた。両者の射撃戦は激烈を極め、一機のザクが直撃を受けて大破したが、他のザクはひるまなかった。
ブラックハウス甲板上でマスタースパークを操る魔理沙は、目の前で展開される猛烈な弾幕に心奪われていた。そしてその中に飛び込んで行きたい衝動にかられた。
マスタースパークは自身の機体とブラックハウスとを繋ぐエネルギーケーブルをひきちぎり、濃密な弾幕の中へと突進していった。決して移動速度の速くないマスタースパークだが、魔理沙は際どいタイミングで弾幕をかわしながら走った。
星屑のような弾丸がマスタースパークを掠めて飛んでいき、ブラックハウスのクルー達はその光景に息をのんだ。だが、魔理沙はあくまで弾道を見切り、一発の直撃弾もくらわなかった。
そしてマスタースパークは、ついに敵のザクすべてを射程に捉えた。ここからなら敵の12機のザク全てを狙える。


「弾幕ごっこはこれで終りだぜ!マスタースパァァァァァァァク!!!!!!」


まばゆい光とともに、魔理沙の渾身の一撃が放たれた。4機のザクが瞬時に消滅し、5機のザクが慌てて地面に伏せたが、それらは地面ごと粉砕された。残る3機のザクはどうにか魔理沙の攻撃をよけ、取り乱しながら退却を開始した。
トレインのレールガンが一機を瞬殺し、その砲弾が舞い上げた砂埃で敵は見えなくなった。


一方、黒猫たちの戦いはいまだに混戦状態のままだった。ナガモンが黒猫とシンに合流し、数の上では互角になったものの、やはり彼女も砂漠戦は初めてだった。
アームストロング砲に代わって取り付けられたジャイアントバズーカを使おうにも、彼我の距離が近すぎて味方を誤射してしまう可能性があった。
やむなくビームサーベルを使っても、軟弱な地面のため大きな太刀筋でそれを振るうことはできず、斬りかかったところでヒート・ホークにあっさりと弾かれてしまうのだ。


「ブラックハウス、冗談じゃない!MSだけじゃ無理だ!一度敵から離れるから支援してくれ!!」


シンがそう叫び、弾がきれた100mmマシンガンを敵に投げつけた。シンと戦っていたザクはヒート・ホークでそれを真っ二つにし、シンのヤラナイカにとびかかった。だが、その足元に芯管を抜いた砲弾が着弾した。
ヒップギグの12.7cm砲だった。ザクは一度退いたものの、再びヤラナイカを追撃しようとした。だが、ロンメルのザクがそれを制した。


「隊長?!」
「これ以上は無駄だ、シュトライヒ。退却するぞ!本隊がやられたのだ!!体勢を立て直して、再び攻撃にでる!」


ロンメルのザクは自分の足で砂を巻き上げ、それに隠れて退却を開始した。しかし、ナガモンは経験と勘で敵機のおよその位置をつかんでいた。ナガモンは敵の進路と速度を計算し、狙いすました一撃を放った。


「そこぉ!!」


BlackCatのジャイアントバズーカがついに火を吹き、ロンメルの隣を行くザクが背中に直撃を受けた。ロンメルの耳に、部下の断末魔が無線を介してはっきりと聞こえた。


「ぎゃあぁああぁぁあ!!!!」
「シュトライヒ!!」


ザクの内部から炎が上がり、ロンメルの部下は生きながらにしてその身を焼かれた。しかし、ロンメルにはどうすることもできなかった。ぐずぐずしていては自分も同じ運命を辿るだろう。


「この恨み、決して忘れんぞ!ガンダム!!」


ロンメルはそう叫び、戦場から離脱していった。


「敵のMSは全て退却していきます。」


ブラックハウスの艦橋では、カントーがほっとしたような口調で報告していた。


「船体で被弾した箇所の確認を急いで下さい。しばらく戦闘体勢を継続します。アークさん、MS隊に着艦するように伝えて下さい。ヒップギグの被害は?」


あずにゃんがてきぱきと指示を飛ばし、京に尋ねた。


「艦尾の火災はおさまりつつあります。敵の規模からすれば軽微な被害です。ヒップギグの練度はかなり高い。」


京がヒップギグのほうを見ながら言った。


「今回の勝利の立役者は、ヒップギグと魔理沙さんですね。」
「たしかにそうですが、彼女の判断は賢明とは言えません。ただでさえ動きの鈍いマスパで、あの弾幕の中に突っ込んでいくなんて、狂気の沙汰としか言いようがありません。」


そのマスパは今、砂漠の軟弱な地面にキャタピラをとられて動けなくなっていたのだった。


「助けてくれ~!!」


魔理沙の慌てた声が通信から聞こえて、シンのヤラナイカがマスパのもとに向かった。ヤラナイカは半ば砂に埋まりかけているマスタースパークを助け出し、ブラックハウスの所までエスコートしてきた。魔理沙はシンに通信を入れる。


「ありがとな、シン。」


魔理沙はシンににっこりと微笑んだ。シンはモニターに映る魔理沙の笑顔を見て、なんだか気恥ずかしい感じがして思わず視線をそらした。


「…別に、これくらいな。」


その様子を見ていた黒猫がシンを茶化す。


「あれれ、シン・アスカくん、ひょっとして照れてるのかな?」
「なっ!!違いますよ猫さん!」
「みんな~シンは魔理沙にありがとって言われて照れてますよ~。」
「そんなんじゃないって!魔理沙もなんとか言えよ!」


シンは魔理沙に自分を擁護して欲しかったのだが、魔理沙はそれとは全く違う言葉を口にした。


「私じゃ、ダメなのか?」
「はぁ?!」


ちょっと伏し目勝ちな魔理沙の言葉に、シンは何と答えればいいのかわからなくなってしまった。もっとも、当のシン以外はみんな魔理沙がふざけているだけなのを知っていた。


「妬けるなシン。お幸せにな。」
「ナガモンさんまで!やめて下さいって!」
「わたし達は先にブラックハウスに戻ろっか、ナガモン。」
「そうだな。」


ブラックサンとBlackCatは、ヤラナイカとマスタースパークを残して行ってしまった。モニターの魔理沙を見ると、彼女はやけに楽しそうに笑っていた。


「…それじゃ、帰ろうか。」
「おう!」


シンがおずおずと尋ねると、魔理沙が元気よく答えた。ヤラナイカはマスタースパークが足を取られないようにその機体をそっと支え、ブラックハウスに向かって歩き出した。その様子は後ろから見ると、まるで寄り添い合う恋人同士のようだった。


「二人とも、さっさと戻らないか!まだ戦闘体勢なんだぞ!まったく…」


突然京が言った。京は何故か自分の頬を赤らめていた。こういう場面には弱いらしい。


ブラックハウスがMSを全機収容したあと、リツとミオが作戦会議の為にやってきた。両艦の艦長と副長、そしてパイロット達と整備班からMKⅡが士官室に集まった。今回は乃人も一緒だ。


「MS戦力が一機欠けた状態での戦闘だったわけですが、現状の戦力ではかなり苦戦を強いられそうですね。」


まずあずにゃんがそう切り出した。ナガモンも同意する。


「数の上でも劣勢だし、それにもまして敵は砂漠での戦いに熟練してる。数値化できない不安要素があるよ。」
「乃人准尉の容体はどうなんだ?」


ミオが乃人に尋ねた。


「自分ではたいしたことないと思ってるんですが、アベさんから絶対安静だと言われてます。」


乃人がすぐにでも出られると言わんばかりの口調で言った。しかし、彼女の淡い期待は京大尉の言葉によって断ち切られた。


「アベ軍医のいいつけは守らなければなりません。乃人准尉は出撃させられません。」


京がきっぱりと言い放つと、黒猫が手を上げた。


「ブラックハウスの格納庫に、予備のコアファイターがずっと置いてあるけど、あれは使えないの?」


黒猫の質問にMKⅡが答える。


「もちろん稼動状態にしてあるよ。だけどパイロットがいないんだろう?」
「MSならともかく、コアファイター単体なら動かせる人いるんじゃない?整備兵さんとか、整備ができるなら動かせる人もいるんじゃない?聞いてみる価値はあると思うよ。」


黒猫がそう言うと、一同が顔を見合わせた。黒猫の言葉にはやけに説得力があった。案外あっさりと見つかるのではないか?


「だあ~!議論してても始まらない!!今から格納庫行ってきいてみようよ!」


リツが立ち上がってそう叫んだ。反論するものはいなかった。MKⅡ曰く、彼女の班にはパイロット候補はいないらしい。となると、候補はSOS団から探すことになる。


一同が左舷格納庫に来ると、ハルヒが大声で作業の音頭をとっていた。


「たかが砂ごとき、なんとかして見せなさい!!このSOS団の名にかけて!」


整備作業は機体のあちこちに入り込んだ砂粒によって難航しているらしい。シンのヤラナイカなどは敵と取っ組み合いながら地面を転がったのだから無理もない。
ハルヒはあずにゃん達に気がつくともう一度檄を飛ばした。


「ほら!艦長達が見に来たわよ!!麗しの美少女たちに、いいところを見せてやりなさい!!」


整備兵たちに気合いが入り、作業効率が上がり始めた。


「それで?」


ハルヒがあずにゃんのほうを向いて言った。


「なにか用かしら?」
「ハルヒさん、実は今、コアファイターを操縦できる人を探しているんです。SOS団の皆さんの中にはいませんか?」
「そうね…、キョンは操縦できたけど、入院中だし、コイズミ君はアベさんと一緒にキョンの治療に当たってるからダメ、みくるちゃんも乗れるらしいけどやめたほうがいいわね。ユキはわからないけど…みんなに聞いてみるわ。」


ハルヒはそう言って団員たちのほうを向くと、再び大声で叫んだ。


「みんな、手を休めずに聞きなさい!この中にコアファイターを操縦できる人がいたら挙手しなさい!ただの整備兵には興味ありません!!」


一瞬の静寂のあと、すぐに作業が再開された。この中にはいないらしい。と、一同はシンがおずおずと手を挙げていることに気づいた。黒猫が笑いながらシンにいう。


「シンがあげてどうするんだよー。戦力を増やそうって話なんだよ?」


一同が爆笑し、シンが決まり悪そうに手を下げる。


「どうやらコアファイターは使いようがないみたいですね。とりあえずのところは現行の戦力でやるしかありません。元々ブラックハウスだけだったわけですし、先輩達が来てくれただけでもありがたいです。」


あずにゃんが明るい口調で言った。確かにその通りだった。元々ブラックハウス単独での作戦だったところに、ムスカの尽力のおかげかはわからないが、とにかくヒップギグが応援に来てくれた。前途を悲観するには早すぎる。
現に今日の戦闘では魔理沙の大活躍もあり、13機もの敵MSを葬った。この仲間とならやれる。そんな希望がわいてきたのだ。
だが、一同の中でただ一人、そう簡単には楽観的になれない者がいた。
ブラックハウス副長の京大尉その人である。彼女は内心に漠然とした不安をいだいていた。もし次に今日と同じ規模の敵が襲って来たら、今度こそ無事ではすまない。
今日の戦闘はたまたま魔理沙が被弾しなかったから勝てたものの、その幸運がいつまでも続くとは思えない。
彼女は自分が少しネガティブになりすぎだと思った。無理もない。ブラックハウス内の風紀は乱れに乱れ、それを注意する者は実直な京くらいだったのである。
更に、先日のあずにゃんとの不和が京の心を未だに締めつけていたのだった。自分の意見が間違っていたとまでは思わないが、辛い立場はあずにゃんも一緒なのに、ついきつい言い方をしてしまった。しかし京はそのことをまだあずにゃんに謝っていなかった。
だが、素直に謝ることもできる気がしなかった。どうすればいいのだろう…。その時京の頭に、ふとアベ軍医のことが浮かんだ。彼なら相談に乗ってくれるかもしれない。
作戦会議はその場で解散となり、一同は三三五五散っていった。京はその足で医務室へ向かった。医務室に入ると、アベはいつものように、白衣ではなく青いツナギを着て部屋の中のベンチに座っていた。
医務室の中に公園にあるようなベンチがあるのはいかにも不自然だが、今さら驚く京ではなかった。しかし真面目な京なので服装だけは注意した。


「その格好ではダメだと何度言えばわかるんですか、アベ軍医?」
「入ってくるなりお小言か大尉?まあ座ったらどうだ?」


京はアベの示した椅子に座り、彼と向かいあった。


「それで用件は?わざわざ服装を注意しにきたんじゃないだろ?」
「…実は相談に乗ってほしくて来ました。ブラックハウスのこれから、不安なことが色々あって…」
「そんなことをフォイフォイ俺に相談しちまっていいのか?まぁ話は聞かせてもらおうか。」


アベがそう言うと、京はコクリと頷き、いま自分の胸にある不安を順に喋り始めた。艦内の風紀の乱れ、上層部からの無茶な指令、あずにゃんにきつく当たってしまったこと、そして戦力が足りないこと…。
アベは黙って聞いていたが、京が一通り話終えると言った。


「最大の問題は戦力不足だな。そのことが一番のストレスになって、いろんなことを悲観的にしか見られなくなってるんだ。はっきり言って軍事に関しては素人だが、他の問題はそれ自体たいしたことじゃない。」
「そうですか…。しかし困りました。一番解決が難しい問題が原因なんて…」
「なんなら俺が力になってやろうか?」
「と、いいますと?」
「戦闘機は無理だが、MSなら操縦できる。」
「本当ですか?!」
「もちろん本格的な格闘戦なんかは無理だけどな。マシンガンくらいなら撃てるぞ。」
「そのこと、艦長はご存知ですか?」
「まさか。いま初めて人に教えた。あまりあてにできないかもしれないが、戦闘に出る覚悟ならあるぞ。」
「さっそく艦長に報告してきます!!」


京は言うなり医務室を飛び出していった。彼女の心はすでに晴れやかだった。アベはほんの少し話しただけで、京の悩みを吹き飛ばしてしまった。


「本当にいい男なんだな…」


艦橋へと走りながら、彼女はそう呟いた。
艦橋では、あずにゃんがムスカと映像による通信を行なっていた。


「さらに増援が来るんですか?」
「そうだ。到着予定は明後日、MSが一機、ミデア輸送機と陸上巡洋艦一隻が一緒に来る。また君の顔馴染みだよ。楽しみにしていたまえ。」
「はあ…」
「明後日までは今ある戦力で持ちこたえるのだ。その頃までにはクリミアの敵は二海峡打通作戦を開始しているだろう。そう長い戦いにはならない筈だ。期待しているぞ。以上だ。」


ムスカは一方的に通信を切り、はちゅねが接続を解除した。


「艦長、新たに増援が来るのですか?」
「京さん、いつの間に。そのようですね。ありがたいです。」
「実はアベ軍医がMSを操縦できるとのことで、出撃してもいいと言っています。シンをコアファイターに乗せて、軍医にはヤラナイカに乗ってもらえば、戦力は増強できます!」


京にしては珍しく、興奮した口調だった。あずにゃんは一瞬あっけにとられたが、我に返ると言った。


「アベさんと直接話してみます。ヤラナイカに乗ってもらうかどうかはそのあとで私が判断します。副長はブラックハウスをヒップギグと共に100km南下させて下さい。今の通信で敵がここを察知したかも知れません。ここの指揮はまかせます。」
「了解しました。」


あずにゃんが医務室に向かって歩き出し、艦橋から出ようとした時、京は突然あずにゃんを呼び止めた。


「あの、艦長!」


あずにゃんが振り向く。


「なんですか?」
「その…あの…」
「?」
「このあいだは、すみませんでした。上官である艦長に対して、失礼なことを言ってしまって…」


あずにゃんは少し考えるようにして天井を見ると、ひらめいたようにこっちを見て言った。


「あのことなら全然気にしてません。京さんのことはいつも頼りにしてますし、いつも助けてもらってばかりです。それより、いいニュースを持ってきてくれてありがたいございました。」


あずにゃんは京に優しく笑いかけた。京のほうも微笑みを浮かべた。
あずにゃんが行ってしまってから、京は考えるのだった。
もし自分が艦長になるとき、足りないものがあるとしたら、それはきっとあずにゃんの持つような優しさだろう。もっと艦長を見習わなきゃ。


あずにゃんはアベにシミュレータに乗ってもらい、戦闘シミュレーションを行った。
聞けば、アベの実家は作業機械の修理とメンテナンスを行う会社だったらしい。いつも着ているツナギはその頃の名残だそうだ。
アベがシミュレーションを終えると、あずにゃんはアベに向かって言った。


「すごいですアベさん!これなら本当に実戦にでてもらえます!…でも、絶対にやられないでくださいね。アベさんがいないと怪我を治してくれる人もいなくなっちゃいますから。」
「大丈夫だ。」
「明後日には新しい増援が到着するはずです。この作戦中の特例として、アベさんにヤラナイカパイロットの任を与えます。」


あずにゃんが表情を引き締めてそう言い、アベに敬礼した。アベも手馴れた敬礼を返した。


ブラックハウスとヒップギグはすでに、サハラ砂漠の奥深くに入り込んでいた。昼間は骨の髄まで溶かしそうな灼熱の砂漠も、夜になるとセーターがほしくなるほどに冷え込むのだ。
星が広がる空の下、二隻の戦艦が並んだまま停泊している。ブラックハウスの左舷格納庫では、ようやく出番が来たコアファイターにシンが乗り込んでいた。


「コアファイター発進準備完了。いつでも行けます。」


艦橋でアークが報告する。


「先輩たちによろしく伝えて下さい。行ってらっしゃい。」


あずにゃんがモニターの中のシンに微笑み、シンはぎこちなく頷いた。


「シン・アスカ、コアスプレンダー、いきます!!」


シンのコアファイターがカタパルトから飛び出して行くが、京が眉をつりあげて言った。


「コアスプレンダー?」
「コアファイターです。」


はちゅねが訂正すると、ジョーンズが意味深な言葉を口にした。


「彼は時代を間違えている。」


彼の言葉の意味は誰にもわからなかったが、とにかくシンは飛び立った。舞い上がったコアファイターはすぐに反転して勢いを殺すと、ヒップギグの艦尾へと向かった。
先の戦闘で、ヒップギグは艦尾の格納庫を損傷していたが、すでにコアファイターの受け入れ準備は完了していた。
艦尾飛行甲板上には、艦長のリツと副長のミオがわざわざシンを迎えに来ていた。
コアファイターは推進ノズルを真下に向けて空中に静止すると、そのまま下降してきた。甲板上を強い風が吹き荒れる。


「うわっ!!」


突然ミオが悲鳴を上げた。強い風で彼女の儚いスカートがめくられそうになったのだ。ミオは両手でスカートを必死に抑えつつ、リツと一緒にコアファイターに近づいていった。
リツはスカートの下に長いジャージをはいていたのでへっちゃらだった。


「おやおや~?ミオ中佐、何を慌ててるのかな?」


リツが意地悪な口調で言った。


「う、うるさいな!慌ててなんかない!!」


そんなやり取りをしているうちに、コアファイターはスムーズに着地し、シンが降りてきた。


「シン・アスカ、ただ今コアファイターとともに着任しました!」


シンが元気よく報告してから敬礼し、二人も敬礼を返す。


「ご苦労!ヒップギグに歓迎するよ!改めて、艦長のリツ・タイナカで~す!」
「ミオ・アキヤマだ。よろしく頼む。さっそく船を案内するよ。ついてきてくれ。」


そう言って歩き出した瞬間、ミオは何かにつまずいてしまった。


「うわぁっ!!」


ド派手な音がして、ミオが前のめりに倒れこんだ。その後ろにいたシンとリツの視界に、水色と白の縞々模様が飛び込んできた。


「縞…パン…」


リツがぽつりと呟いた。シンに至っては突然の出来事に目を見開いて、呼吸するのも忘れてしまっていた。一瞬の静寂の後、ようやく我に返ったミオが慌ててスカートを抑え、涙ぐんだ目で叫んだ。


「み、み、見るなあああああああ!」


ミオは顔を両手にうずめた姿勢のまま、全力疾走で艦内へと入っていった。あとにはいまだに唖然としているシンと、カメラがなかったことを悔しがるリツが残された。


「くぅ~、カメラがある所でやってくれればなぁ…」


リツが言ったが、シンはまだ固まってしまっている。


「シン?どうした?お~い?」


リツがシンの顔の前で手を振ると、ようやくシンの意識が戻ってきた。


「あっ、すいません。びっくりして…」
「ふふ~ん、ミオの縞パンに見とれて声も出せなかったか。若いねぇ。」




[25782] 二海峡打通作戦
Name: エルザス◆12e13612 ID:cbcfaa9b
Date: 2011/02/05 02:01

クリミア半島のセバストポリでは、ダールトン率いるジオン公国軍残党――今やその全員がキシリア親衛隊を名乗っていた―― が、出撃を前に仲間同士の最後の挨拶を交わしていた。
すでにギルフォード率いる別動隊はクリミアを発進し、東へと脱出していった。報告によれば、黒海北東地域には連邦軍部隊はさほど存在せず、別動隊の脱出行はおおむね順調であった。
ダールトンは最後の晩餐になるかもしれない夕食を、長年苦楽を共にしてきた参謀達と、オデッサで初めて会った士官達と共に食べていた。
クリミア半島のあちこちでは、兵士達が最後のばか騒ぎにはしゃいでいることだろう。
ダールトンはセバストポリ要塞内にあった酒保をすべて開放し、今夜の内に食料庫を空にするよう命じていた。
もはやクリミアに公国軍が舞い戻ることはあるまい。後に残しておくことはない。


そして翌朝、U.C.0079、11月14日。ダールトンは無線を介して、自らが率いるすべての兵士達に語りかけていた。


「思えば、今時独立戦争の開戦以来、我々は常に最前線に立って戦ってきた。そして今、我々は最大の試練の時を迎えようとしている。残念ながら、諸君ら全員を無事に連れて帰ることはできないだろう。敵の戦力は圧倒的である。我々が目指す二海峡にも連邦軍の大部隊が展開し、我々の行く手をはばんでいる。だが我々は万難を排し、鋼の意思でスエズへとたどり着く!いかなる障害に遭おうと、決して歩みを止めるな!倒れた仲間は見捨てよ!たとえそれが肉親であってもだ!一人でも多く生き残るために、自分の身は自分で助けるのだ!
奮い立て!キシリア様の騎士たちよ!!苦難の時を乗り越えて、永久の栄光を我らの手に掴むのだ!」


ダールトンはそこまでは熱っぽい口調で叫んでいたが、突然トーンを落として言った。


「名誉の戦死などいらん。ただ生きてスエズへたどり着け。今や勝つというのは、生き残ることを意味する。自らの魂を失わずに生き残ること。それが我々にとっての勝利と心得よ。蛮勇はいらん。臆病者と罵られようとも、とにかく生き残れ。我々はすでに多くの死を目にしてきた。今は生き残る者が必要だ。」


彼は再び熱い口調で語り始めた。


「険しい道こそが、我々を偉大なる高みへといざなうのである!昨日から学び、今日のために生き、明日に希望を持て!勇敢なる我らキシリア親衛隊こそ、ジオンの最終勝利を確約するものである!
ジィィィィーク・ジオン!!!」


ジーク・ジオンの叫びがあちこちで起こり、それらは一体となってクリミアにこだました。その響きの中で、最初のドダイが大空へと舞い上がっていった。ドップが、ガウが、そして鹵獲したミデアがそれに続き、戦士達はついに死の行軍へと出発していった。
ダールトンは自身の専用機であるグフカスタムをドダイの上に立たせ、巨大なジオンの旗を掲げて次々と飛び立つ戦士達を見送っていた。
彼らは皆、敬愛するダールトンに覇気に満ちた言葉をかけていった。


「スエズでお会いしましょう!閣下!!」
「閣下、自分がいるからには大型MAに乗った気でいてください!」
「やりとげてみせます!」
「オールハイル・キシリア!ジーク・ジオン!」


ダールトンは戦士達の声に旗を振って答え、彼らの士気を鼓舞した。しかし、内心では後ろ向きな思いにとらわれていた。
このわいわい言ってる兵隊たちの多くは、明日になればもう生きてはいないだろう。それも、自分の下した突破命令のために。
しかし残酷な戦争は、ダールトンに苦悩する時間さえあたえなかった。彼のグフが乗るドダイも離陸し、黒海上空へと繰り出していった。
彼のグフはジオンの旗を高く掲げたままだった。空気抵抗が強烈だったが、彼はこの旗を捨てる時は自分が死ぬ時だと決めていた。
彼はグフを器用に操作して、どうにか姿勢を安定させた。これで旗の空気抵抗にも耐えられる。
今や彼のキシリア親衛隊は、嵐のような勢いで二海峡を目指していた。


† † † † †


黒海から見て最初の海峡であるボスポラス海峡の畔に、かつてオスマン帝国の首都として栄えた街、イスタンブールがあった。
その中心から少し外れたところに、「壮麗王」スレイマン一世が建立したスレイマンモスクがある。
今ここには、ジオン残党を撃滅するための作戦司令部が置かれていた。
スエズ奪還作戦を開始した連邦軍にとって、クリミアの敵がジオンアフリカ方面軍に合流する事態は、なんとしても避けねばならないことだった。
撃滅作戦の指揮はコーニェフ将軍がとっていたが、彼は自分の指揮下にある全部隊に「捕虜は不要」と通達してあった。
彼は敵がクリミアを発進したとの報告を聞くや否や、全部隊にボスポラスへの集結を命じた。
報告によれば、敵輸送機につく護衛はごく僅かであるらしい。ならば、二つ目の海峡であるダーダネルスに敵が到達する前に、このボスポラスで総力をもって公国軍を壊滅させてしまおう。
彼はそう判断したのだった。連邦の陸・海・空軍からなるボスポラス海峡封鎖部隊は、隣の機体や船と肩を接するほどの距離にまで密集し、砲門を北東の空に向けていた。敵の輸送機編隊はそちらからやってくるはずだ。
敵が視界に入るや否や、史上稀に見る密度の弾幕が展開されることであろう。連邦の兵士達は、その時を今や遅しと待ちわびていた。


「北東正面に敵戦闘機を確認!最大望遠でモニターに出します!」


司令部のオペレーターが叫び、コーニェフの正面モニターに黒海の様子が映し出される。
その水平線ギリギリのところに、羽虫のように小さな点がいくつか確認できた。


「よし、全部隊に通達。司令部の命令があるまで発砲は厳禁、敵を引き付けてから一斉に射撃を開始して、これを殲滅する。」


コーニェフが自信たっぷりに言い、その指示が各部隊へと連絡される。その間にも敵の姿は接近しつづけていた。
すでにガウの大きな姿はその輪郭がはっきりと見えていた。敗残の部隊とはいえ、敵の輸送機の数は予想より少なかった。
空軍総出で行ったクリミア半島への絨毯爆撃が効いたのかもしれない。


「正面の敵、ガウ攻撃空母8、ミデア輸送機6、ドップ20、ドダイに乗ったMSも20、さらにマゼラ・トップが15です!」


レーダーによる計測結果が知らされ、コーニェフはニヤリと笑った。


「ふん、これだけの部隊でよくも我々に向かってくるものだ。もっと手強いかと思っていたが、これでは向こうからやられにきてくれたようなものではないか。口ほどでもない。」
「航空隊からの報告で、コアファイター戦闘中隊二個が、後方のダーダネルス上空に待機しているそうです。」


副官がコーニェフに告げると、コーニェフはますます勝利を確信するようになった。
それもそのはず、彼の指揮下にはオデッサ作戦に参加したばかりの50機近い ジムと、海峡を埋めつくすほどの戦艦群、戦闘機を中心とした航空部隊、そして無数の対空砲があったのである。
これら雑多な編成の「コーニェフ追撃軍」は、追撃作戦の総司令官コーニェフ将軍のもと、陸海空の各部隊が独自の司令部をもちつつも、あくまでコーニェフの意思にそって連携をとりあって戦うという、全く新しい形の部隊であった。


「敵編隊、更に接近!距離、20000!」
「予定通り10000を攻撃距離とする。敵が8000まで近づく前に全てを終わらせろ!」
「距離、15000!」
「全部隊、攻撃用意!」
「12000!」
「よし…」


コーニェフがまさに攻撃を命令しようとした、その時だった。突如として、海峡に浮かぶ戦艦の一隻から爆発が起こった。


「何事だぁ!」


コーニェフが叫ぶが、何が起こったか誰にもわからない。


「敵編隊が一斉に回頭!我々の予想進路から外れて行きます!」


オペレーターがそう言った瞬間、新たに二隻の戦艦で爆発が起こった。
船の下から突き上げられるような爆発で、二隻のうちの一隻は一瞬で真っ二つになった。即座に艦隊の司令部がコーニェフ司令部に通信を入れてきた。


「敵の潜水艦がいます!これは魚雷による攻撃です!」
「構わん!敵の航空機に対して、全部隊攻撃を開始しろ!!」


コーニェフは艦隊の報告をかき消すような大声で叫ぶ。刹那、ボスポラス海峡の両岸に展開する無数の対空砲が、一斉に火を吹いた。
その数は500を越えていた。射撃の瞬間、海峡の両岸全体に雷が落ちたかのような轟音がとどろいた。
その衝撃で、海峡に展開していた艦船の聴音ソナーが、ほぼすべて故障した。
彼らは見えない潜水艦を探すため、ソナーの感度を最大にまであげていたのである。
事実、ソナー係の兵士の何人かは、突然の爆音に鼓膜を破られて失神していた。
そして味方に損害を与えたこの砲撃は、敵に対してはほとんど効果がなかった。
攻撃距離10000に合わせて調整された砲弾は、回頭した敵編隊のはるか手前で爆発し、キシリア親衛隊が受けた被害はわずかにドップ4機の撃墜だけであった。


「ええい何をしている!対空砲部隊、各個に敵編隊を狙え!観測班は各隊に情報を送れ!」


コーニェフが激怒しながら叫んだ。その時、海峡の反対側、小アジア岸の丘の頂上に、突如として真っ赤な旗が翻った。
それは間違いなくジオンの旗であった。


「あれはなんだ!?観測班はどうした!」


その旗のたもとに観測班の拠点があるはずなのだ。しかし、そこに立っていたのは一機のグフカスタムであった。




「…高射砲、戦艦、MS、そして戦闘機か。よくもこれだけ集めたものよ。」


海峡を封鎖した連邦の大部隊を前に、グフのパイロットはそう呟いた。このパイロットこそ、ダールトンであった。
彼は少数のMSを率いて編隊に先行し、海峡から少し離れた場所に降下してここまで進出してきた。
途中には連邦のジム数機が警戒に立っていたが、練度の低いただの連邦兵など、ダールトンと百戦錬磨の部下達の敵ではなかった。
彼は海峡を見下ろす丘にあった連邦軍の観測所を破壊し、たった今ジオンの旗を掲げたのである。




コーニェフは突如現れた敵のMSに驚愕した。どうしてこんな所まで侵入されているのだ?
いや、理由はわかる。
コーニェフがこの大部隊を隠すためにばらまいたミノフスキー粒子が裏目に出たのだ。
しかし、対岸の部隊はこの敵の襲来を知らせることが全くできなかったのだろうか?だとすれば、対岸の部隊は全滅したと判断するべきだろう。10機近くのジムを、この敵はすべて葬ってきたというのか。


「艦隊はあのMSを狙え!陸の味方に当てても構わん!このままでは対岸の味方が全滅するぞ!」


コーニェフは立ち上がってグフを指さし、大声でどなった。しかし、艦隊からの応答はなかった。


「コーニェフ将軍、艦隊の旗艦が撃沈されました!艦隊は未だに敵潜水艦の魚雷攻撃を受け続けています!」
「なんだと!?」


海峡の水面は、今や地獄絵図と化していた。密集し過ぎた艦隊は次々に放たれる魚雷を避けることもできず、被害を増やし続けていた。
小型艦はどうにか反撃を開始していたが、すでにソナーが壊れている水上艦は、潜水艦に対してほとんど無力であった。
闇雲に放たれた連邦軍の爆雷は敵潜水艦を捉えることはなく、逆に味方の船に損害を与えることもあった。


空中へ弧を描くようにして発射された爆雷は、起爆震度の調整も射出角度もでたらめであり、水面に着水せずに味方の船の甲板に落下したのである。
そして仮に水面に落下しても、そこには沈没する船から脱出した水兵たちがいた。
彼らの頭上に降り注いだドラム缶ほどもある爆雷は、運の悪い水兵の頭蓋を砕き、直撃を受けなかった水兵たちも続いて起こった爆発の巨大な水柱に巻き込まれて命を落とした。
そのそばでは転覆した戦艦がその赤い腹を見せて燃えており、その内部では脱出できなかった船員たちが迫り来る水位に絶望していた。


それでも何隻かの戦艦が、コーニェフの命令通り砲塔をグフへと向けていた。
ダールトンは部下を振り向くと、「続け!」とだけ叫んで丘を駆けおりていった。
ダールトンのグフと3機のザクからなる決死隊は、すでに兵士たちが逃げ出した対空砲陣地を蹴飛ばしながら海峡へ向かった。
ようやく旋回を終えた戦艦の主砲が火をふいたが、丘の上に立ったままの旗が吹き飛んだだけだった。


「こちら側のジムを対岸に送れ!」


コーニェフは無意味な命令を下していた。ジムを送ろうにも、両岸を繋ぐ橋はすでに戦いのために落ちていたのである。増援の出しようがない。
そうこうしている内に、ダールトンの決死隊は丘を下りきり、ついに海峡に浮かぶ艦隊に襲いかかってきた。
まだたくさんいた無傷の戦艦に飛び乗ったザクが、その手に持ったヒート・ホークで艦橋を叩き斬る。
ダールトンのグフは戦艦には構わず、次々に戦艦を跳び移って対岸を目指していた。
ゼロ距離まで迫ったザクとグフに対し、艦隊は全くの無力であった。
すでにグフは海峡の半分を渡りきり、こちらの岸に展開していた砲兵隊は恐れをなして逃げ出し始めた。


「艦隊はなにをしている!敵はたったの4機だぞ!ジムを海岸に前進させろ!砲兵には射撃を続けさせるんだ!!ぬおっ!?」


コーニェフのいる司令部のすぐそばに、戦艦が放った砲弾が着弾した。激震が司令部を襲い、屋根裏からほこりが降り注いだ。


「くそっ!どこを狙ってるんだ!」


司令部要員の一人が毒付いたが、これはやむを得ない事態であった。
海峡を埋め尽くしている戦艦の多くは、ヒップギグと同じフェンダー級であった。
正確には重巡洋艦に分類される船であるが、短期間に次々と大量生産されたために、「週刊支援戦艦」とさえ呼ばれた代物だった。
だが、戦艦は量産できても、それに乗る優秀なクルーを用意するのは、短期間では不可能である。
基礎訓練さえ不十分な水兵たちが操る戦艦群は、このボスポラスに到着するまでにも多くの事故を起こしていた。


「艦隊にこう言え!狙うならMSではなく輸送機編隊と潜水艦にしろとな!敵編隊はどうしている!?味方のコアファイター戦闘中隊は?!」
「艦隊とはすでに通信できません!旗艦は沈没、艦隊司令部がどうなったのかまだ報告はありません!」
「敵の輸送機編隊、黒海海上を周遊中。もう一度ここに戻ってくるようです。コアファイター戦闘中隊二個はまもなく到着します!」
「コアファイターは敵編隊に向かわせろ!敵の護衛はわずかだ!二個中隊もあれば十分だろう!」
「敵のMSがこちらの岸に上陸しました!」


見ると、ダールトンのグフが海峡のヨーロッパ側に上陸していた。ジム数機がただちにこれを取り囲むが、ダールトンは全く動じなかった。


「死にたい奴から前に出ろ!MSの格闘戦がいかなるものか、しかとその目に焼き付けよ!!」


しかし、ジム達はその手に握った100mmマシンガンを乱射した。


「腰抜けどもめ!」


ダールトンは銃弾をあっさりかわすと、手近なジムに襲いかかった。
ダールトンはシールドの裏からヒート・サーベルを抜くと、ジムを袈裟に斬りつけた。
ジムもマシンガンを捨ててビームサーベルを抜こうとしたが、パイロットが不慣れ過ぎた。彼はあっと言う間に目の前に迫ったグフに圧倒され、ビームサーベルを取りこぼしてしまった。
次の瞬間、グフのヒート・サーベルが一閃し、ジムの首と胴は別々に崩れ落ちた。
他のジムはその光景を前に恐慌状態となり、先を争って逃げ出そうとした。
だがダールトンはグフのヒートロッドでジムの一機を捕まえ、強力な電撃がジムを襲った。
ジムの持っていたマシンガンが暴発し、他のジムが穴だらけになって倒れた。
ヒートロッドに捕まったジムはじたばたと暴れたが、ついに頭部の回線がショートし、火を吹きながらも動かなくなった。


その様はいかにも残酷だった。肉食獣に捕食される無力な草食動物。そんな風にも見えた。
グフのモノアイがコーニェフのいる司令部を睨み付けた時、コーニェフは初めて恐怖を覚えた。


「や、奴を止めるんだ!ジム全機で一斉にかかれ!」


コーニェフは声を裏返しながら叫んでいた。20機近いジムがダールトンを包囲し、3機がグフに一斉に斬りかかった。
だが、グフはジムのビームサーベルをかわしながらジャンプし、ジム部隊を飛び越えてイスタンブール市街に迫った。
コーニェフの顔が真っ青になった。こっちにくるつもりか!
その時、コアファイターの編隊がようやく飛来した。


「よ、よし。あいつらには敵のMSを攻撃させろ!もう敵編隊には構うな!」
「コーニェフ将軍!?正気ですか?!」


コーニェフの余りに自分本位な命令に、副官が唖然として反論した。


「黙れ!あれをやらねばここにいる全員が死ぬぞ!」
「敵編隊を見逃すのは命令違反ですぞ!」
「それがどうした!リビアには第4軍が待ち構えておるのだ!どっちみち奴等に未来はない!コアファイターは何をしている!さっさと攻撃せんかぁ!」


コーニェフの凄みに圧倒されたオペレーターが、コアファイター部隊にグフを攻撃するよう伝える。コアファイターの編隊はグフ目がけて急降下してきた。
ダールトンはコアファイター編隊を一瞥し、叫んだ。


「攻撃が単調過ぎるのだ!」


グフの左手前椀部に取り付けられた三連装バルカン砲が、コアファイター編隊に向けられる。
教科書通り目標に向かってまっすぐ降下していたコアファイターは、端から次々に叩き落とされ、燃え上がった機体がイスタンブールの街並みに激突した。


しかしこの間に、別のコアファイター編隊がグフの背後から襲いかかろうとしていた。
編隊長機のパイロットがトリガーを引こうとしたまさにその瞬間、彼の機体はバラバラに砕け散ってしまった。
黒海方面からドダイとドップが突入してきたのである。
最良のタイミングで突っ込んできたドダイの上では、マシンガンを持ったザクが残るコアファイターを次々に撃ち落としていた。
ドダイはそのまま地表近くまで降下し、乗っていたザクがイスタンブール市街へと飛び降りた。


ドップの編隊はすでに瀕死になっている水上艦艇に攻撃を加え、海面に流出していた重油が引火してボスポラス海峡は文字通り火の海となった。
その中では船から脱出した水兵たちが生きながらにして焼かれ、あるいは真っ黒な煙にまかれて水中深く沈んでいった。
そして炎を掻き分けるようにして、艦隊を散々痛めつけた公国軍の潜水艦二隻が、大胆にも水面に浮上して通り抜けようとしていた。
連邦軍の艦隊にこれを攻撃できるものはいなかった。
水兵たちは完全なパニックに陥っており、それを指揮するはずの将校はすでに脱出をはかっていた。
ドップは動ける戦艦を集中的に攻撃し、潜水艦の進路から敵を排除しつつあった。


コーニェフはスレイマンモスクを取り囲んだザクに度肝を抜かれ、完全に戦意を失っていた。
彼はつい先ほどまで圧倒的な優勢に立ち、このボスポラスで敵を殲滅するはずであった。
だが、実際に殲滅の浮き目にあったのは彼の部隊だった。
艦隊はほぼ全滅し、砲兵は高射砲を捨てて逃げ出し、コアファイターは次々に撃墜され、ジムは半分がやられて残りの半分はすでに武器を捨てて投降しようとしていた。
コーニェフの副官は懸命に増援を呼ぼうとしていたが、すでにコーニェフは諦めていた。
彼はふらふらと司令部を出ると、モスクに向けてマシンガンを構えるザクを見上げて、両手を上げた。生き残るにはこれしかない。
コーニェフの見上げた空を、敵の輸送機編隊が地中海方面へと脱出していく。


「よし!中の者にも出てくるように言え!」


ザクのパイロットの声が響き、コーニェフは司令部にもう一度入ろうとした。その時、遥か遠くで砲撃の音が聞こえたような気がした。
次の瞬間、空気を切り裂くような轟音が迫ってきたかと思うと、ザクの背後で巨大な爆発が起こった。
ザクは爆風にあおられ、体勢を崩して倒れてきた。


「うわあああああああ!!!!」


コーニェフの真上にザクの巨大がのしかかり、彼の姿は見えなくなった。
直後、さらに多くの砲弾が飛来し、イスタンブール市街に降り注いだ。


「これは何事だ!?」


ダールトンは機体を走らせながら叫んでいた。砲弾は無作為に発射され、ボスポラス周辺のいたるところに着弾していた。
降伏したジムのパイロットが並べられていた場所でも一発が炸裂し、後には何も残らなかった。


† † † † †


ダールトンらが突然の砲弾に忙しく対処していた頃、イスタンブールの北西10kmの地点で、オデッサからやって来たビッグ・トレー級とヘビィ・フォーク級、それぞれ二隻が全力で射撃を行なっていた。
そしてその前方には、イスタンブールへ向かって全力で進撃するジム、61式、ホバートラックの一団がいた。
一台のホバートラックの荷台で、一人の男が興奮した様子で大声を張り上げていた。


「他の部隊に遅れをとるなぁ!ひたすら全速前進だ!進めっ!進めぇ!!」


その男、死神旅団を率いるミケーレ・コレマッタ中佐は、イスタンブール市街へ突入しコーニェフ将軍ら高官を救出し、さらに降下した敵のMS部隊を撃滅するよう命令を受けていた。
死神旅団はオデッサ作戦終了後も最後まで敵の掃討任務についていた。しかしクリミアの公国軍が脱出する素振りを見せるため、バルカン半島を南下してイスタンブールへ向かうことを指示されていたのである。
コレマッタの上官は、この任務が成功した曉には彼を大佐に昇進させることを約束していた。
旅団の兵士達は長い戦いに疲れきっていたが、彼らに鞭打つのを躊躇するコレマッタではなかった。


「気合いを入れろ貴様ら!この任務が終わったら勲章をくれてやる!!」


コレマッタはなおも叫んだ。と、その視界に炎上するイスタンブール市街が飛び込んできた。


「見えたぞ!旅団このまま前進!一気にファーストダウンだッ!!」


すでに全力で走っていたはずの旅団にターボがかかり、市街の外壁が一気に迫ってくる。
その城門から、連邦軍の車輌が慌てて脱出してきていた。
その多くは砲兵隊のものだが、大砲を引いている車両など皆無だ。溢れんばかりの兵士たちが、車のあらゆる出っ張りに必死でしがみついていた。
コレマッタはその先頭の車輌を呼び止め、旅団にも停止するよう命じてから市内の様子をきいた。
完全に動転したようすの砲兵中尉が、コレマッタの質問に答えた。


「いきなり敵のMSが現れたんです!艦隊も次々にやられて、追撃軍は総崩れに!そこへきてこの砲撃です!勝てるわけありません!」


彼はこの砲撃が敵のものだと思っているらしい。無理もない。市街から脱出しようと必死に駆け回っていた彼らの真上に、この砲撃は襲いかかったのだ。


「貴様らは何故反撃しなかったのだ?」
「目の前まで敵が来たんです!高射砲になにができるって言うんですか!」
「どんな状況だろうが、兵隊には死ぬまで戦うことができるのだ!例え相手が18mの巨人であろうと!」
「そんな無茶な!うわっ!!」


大地が震え、砲兵中尉もコレマッタも体勢を崩した。市街に目をやると、砲弾の連続直撃を受けた外壁の一部が崩れ落ちていた。


「よぉし突破口が開いた!ジムはあの穴から突っ込め!61式はこのまま進んで、門をくぐって市内に突入しろ!」


コレマッタが叫んだが、戦車隊の隊長が異論を唱えた。


「門へ至る道は脱出してくる味方の車輌でいっぱいです!進めませんよ!」
「逃げようとする腰抜けどもなど踏み潰してしまえ!さっさと行かんかぁ!」


戦車隊の隊長はやむ無く砲塔のハッチに潜った。一度言い出したら聞かない旅団長なのはもうわかりきっていた。


「全車輌、街道沿いに前進!門をくぐってイスタンブール市街にはいる!行くぞ!」


61 式の車列が唸りをあげ、街道上に乗り上げた。逃げてきた車は慌ててハンドルを切り、街道から外れて刈り入れが終わったばかりの畑に突っ込んだ。
乗っていた負傷兵が畑にぶちまけられ、それを脇目に戦車が進んだ。ジム部隊はすでに外壁の穴にとりつき、市街へ入ろうとしていた。


「ビッグ・トレーに砲撃を前に伸ばすように伝えろ!我が旅団はすでに、イスタンブール市街に突入せり!」


コレマッタが無線手に叫び、彼の乗るホバートラックも前進を再開した。


† † † † †


その頃ダールトンたち決死隊は、立て続けに落下する砲弾に少しずつ機体を削られつつも、どうにか無事でいた。
海峡を封鎖していたはずのコーニェフ追撃軍は今や完全に壊滅し、キシリア親衛隊の輸送機編隊はほとんど無傷でボスポラスを通過していた。
今度はダールトン達がここを脱出する番だった。
しかし、砲弾が無作為に飛来するこの状況で、ドダイが彼らを回収できる可能性はゼロに近い。
ダールトンはやむなくイスタンブールから西へ突出して、砲弾が降って来ない場所で回収してもらうことに決めた。海峡周辺一帯には激しい砲撃がくわえられていたから、そこから離れる以外に道はなかったのである。


「市街を通り抜けて行くぞ!ついて来い!」


ダールトンは部下に命じ、グフを走らせた。だが、その行く手にまたしてもジムが立ちはだかった。


「ええい!忙しい時にッ!!お前たちは先に行けっ!」


ダールトンは部下にそう告げると、グフを敵のジムに向かって突進させた。


「グフが突っ込んでくるぞ!奴を撃て!」


ジム小隊の隊長が叫び、ダールトンのグフに100mmマシンガンの弾丸が集中した。
ダールトンはシールドで弾をはじきつつ、なおも敵に肉迫していく。
機体は無傷ではすまなかった。いくつもの弾丸が機体をかすめ、一部のパーツをえぐりとっていく。
しかしダールトンはそれに構わず、一機のジムに向かって走る勢いのまま体当たりをかけた。
ジムのほうは目の前にグフが迫っても最後までマシンガンを撃ち続けたが、体当たりを受けてふっ飛ばされた。
仲間のジムがビームサーベルを抜いてグフに踊りかかるが、ダールトンはこれを難なくかわした。
お返しとばかりにヒート・サーベルを突き出すが、ジムのパイロットも伊達にオデッサを戦い抜いていなかった。
ジムはギリギリのところでヒート・サーベルを避けると、シールドをグフに叩きつけるようにして、体当たりしてきた。


「連邦にも多少は骨のある奴がいるようだな!だが!!」


ダールトンは繰り出されるシールドを鋭くにらむと、ヒート・サーベルを真一文字に振るった。
シールドが真っ二つに割れ、それと同時にジムの腹部から火花が散った。ヒート・サーベルの剣先は、ジムの機体をもかすめていたのだ。
コックピットを切り裂かれたジムは、真後ろにのけぞって倒れた。ジム小隊の隊長は判断を迫られた。
敵は一機を残して街の外へ離脱していった。残されたこのグフ一機相手ならば、ジム小隊には十分勝ち目があると思った。だが、このグフは強敵だった。そのパイロットはエース級だ。このままではジム小隊は全滅する。退却するべきか…?
その時、無線からコレマッタのやかましい声が聞こえた。


「ジム小隊!街の城門前に敵を誘導しろ!!61式の待ち伏せであいつを撃破する!」


見ると、街の一角の少し離れたところに、にホバートラックが停車していた。その荷台ではコレマッタらしき人物が拳銃を握った手を盛んに振っている。
ホバートラックについていけばいいらしい。小隊長が部下を振り返ってみると、すでにもう一機のジムがグフの餌食になっていた。
ヒートロッドに腕を引き抜かれ、悲惨な状態になったジムが地面に転がる。
グフのモノアイがこちらを睨んだ時には、小隊長はすでに走り出そうとしていた。


小隊には隊長の他にさらにもう一機のジムがいたが、その一機は隊長の命令を待つこともなくホバートラックに続いて走っていた。
イスラム風の建物が続く旧市街を駆け抜け、廃墟ばかりの地区を通過する。街の外壁が見え始め、城門がぽっかりと口を開けていた。
ホバートラックとジムが全速力でそこを通過する。
門の陰には死神旅団の61式戦車部隊が、すべての砲身をやや傾けて獲物がワナにかかるのを待っていた。
門を出てすこし行った所でホバートラックが停止した。ジム小隊の二機もそのそばに立ち止まり、門を振り返る。
市街から門に至る広い道路を、先ほどのグフが走ってくるのが見えた。小隊長は思わず「よし!」と叫んでいた。
そのまま門をくぐってくれれば、61式の砲弾をたっぷりくらわしてやれる!


だが、グフが門に差し掛かるほんの一瞬前、ダールトンは機体を大きくジャンプさせた。
グフの巨体が跳び上がり、機体は門の上に立って死神旅団を見下ろした。
すでに西に傾いた太陽がその傷だらけの機体を朱色に染め上げ、グフはまさに死神のような形相でそこにたたずんでいた。


「悪魔かッ…!」


小隊長は気付かないうちに呟いていた。
グフは足元の61式部隊を一瞥すると、シールドに取り付けられた75mmバルカンをゆっくりと構えた。
何台かの61式のハッチが跳びはねるように開き、クルーが必死に飛び出してきた。
その瞬間、グフのバルカン砲が唸りをあげ、膨大な数の弾丸が戦車隊に降り注いだ。
脱出を図ったクルーたちは身体をずたずたにされ、最終的には戦車隊全体が爆発を起こしてひとつの巨大な焔と化した。
グフは、あっけにとられているコレマッタ達を睨んだ。
コレマッタの目が見開かれ、その口がパクパクと魚のように開閉するが、なんの言葉もでてこない。
その時、突如としてジムの小隊長機がグフに向かって走り始めた。小隊長の一か八かの賭けだった。
この敵に背を向けても、逃げおおせることはできないだろう。それならば、戦って自分の手で血路を開くしかない。


「うわぁあぁぁあああああ!!!」


小隊長は悲鳴のように叫んで、ジムのビームサーベルを引き抜いた。
グフも再びヒート・サーベルを構え、ジムの最初の一撃を見極めるかのように姿勢を低くした。
ジムはビームサーベルを腰だめに構えると、足元からすくい上げるように門の上のグフを斬りつけた。
グフは門から飛び込むような姿勢でジャンプしてこれをかわすと、そのまま地面で前転して素早く背後を振り返った。
ジムはすでに第二撃を繰り出していたが、ダールトンはこれをシールドで容易く防いでいた。


「今度はこちらの番だ!」


ダールトンはヒート・サーベルを槍のように突き出した。意外なことにジムは身体を思いきり曲げてこれをかわした。


「やるではないか!」


ダールトンは若干の嬉しさを感じていた。量産型にしては珍しく骨のある相手だ。MS戦はこうでなくては。
余裕を見せるダールトンに対して、コレマッタは戦いをハラハラしながら見守っていた。
彼はもう一機のジムに小隊長を援護するよう命じたが、パイロットは頑として聞かなかった。しかし、逃亡もしなかった。
コレマッタの目の前で敵前逃亡をしたところで軍法会議が待っているだけだ。
ジムは100mmマシンガンを構えたまま、グフに照準をあわせようとしていた。
だが、激しく前後を入れ替えながら戦う二機のMSのうち、グフだけを狙い撃つなど、達人技以外の何者でもなかった。
そうして射撃を戸惑っている間に、小隊長機の旗色はどんどん悪くなっていた。攻撃の姿勢は果敢だったが、相手の力は圧倒的だった。
小隊長機はグフのヒートロッドにシールドを奪われ、ビームサーベルを構える姿も今や無防備に見えた。
グフが再びヒート・サーベルを構え、小隊長のジムに突進して来たとき、小隊長はついに最期だと思った。
グフは目の前に迫り、そのヒート・サーベルが振り下ろされる―――かと思われたその瞬間、横合いから一本のビームサーベルが突き出され、グフの斬撃は寸でのところで止められてしまった。


「!?」


ダールトンも、コレマッタも、そしてもちろん小隊長も、突然の出来事に絶句していた。グフと小隊長機のすぐ横に、新たなジムが現れていた。


「助太刀するぜ。死神旅団さんよぉ。」


そのジムのパイロットと思しき声が聞こえた。新手のジムはグフの機体に素早い回し蹴りをきめ、グフは二、三歩よろめいて後退した。


「貴様、何者かぁ?!」


コレマッタが叫び、そのジムがグフの真正面に歩みでる。


「通りすがりの傭兵だ。ホントはアフリカまで行かなきゃならんが、強そうな奴がいたもんでな。」


パイロットの声が答える。再びダールトンの声が聞こえた。


「…貴様、名前は?」
「サーシェス。アリー・アル・サーシェスだ。」


夕日が戦場を染めていた。両者の機体の濃厚な影が、地面に不気味にのびていた。


「サーシェスか。その名前、覚えておこう。」
「別に覚えなくていいぜぇ?あんたは今日ここで死んじまうんだからよォ!」


サーシェスのジムが地面を蹴り、グフが反射的にシールドを構える。
サーシェスはそのシールドに自分の機体をぶつけ、同時にグフの腕に斬りかかった。
グフは腕を振り上げてこの斬撃を抜き、逆にジムの頭部に斬りかかる。
途端にジムがシールドを突き飛ばすようにして後ろに下がり、グフの攻撃も外れた。


「やるじゃねぇか。」


サーシェスはそうこぼすと、コレマッタとの通信を開いた。


「旅団長さん、聞こえるか?」
「私はコレマッタだ!!」
「ヒトヨンマルロクフタロクマル。」
「はぁ?」
「今言った座標に砲撃を要請しろ。そこまで敵を追い込む!」


サーシェスはそう言うなり、接近してくるグフの突きを横っ飛びにかわしていた。サーシェスのジムはイスタンブールの市街地を背にすると、サーベルを手早くマシンガンに持ち替えて、グフに射撃を集中した。


「そこのジム二機!ボサっとするな!お前らも俺に続け!」


サーシェスは死神旅団所属の二機にそう叫ぶと、イスタンブール市街に向かって走り出した。残されたジム二機も後に続いた。突然の援軍に戸惑いつつも、今度は勝てるかもしれないと思ったのだろう。
ジム二機は街の外壁を飛び越え、市内に姿を消した。
残されたダールトンは背後を振り向いたが、コレマッタの乗るホバートラックは遥か遠くに走り去っていた。


「ふん…」


ダールトンはしばらくそこに佇んでいたが、夕日が地平線に沈むのを見届けると、意を決したように市街に入って行った。


† † † † †


イスタンブール市内はひっそりと静まり返っていた。
道端に転がった連邦兵の死体のすぐ横を、グフの巨大な足が通り過ぎてゆく。
すでに視界は藍色から漆黒へと変わろうとしていた。その中でグフのモノアイはギラリと光り、逃げ出した獲物を探している。
ダールトンは一歩踏み出すごとに左右を見渡し、警戒に隙はない。新たな一歩を踏み出したとき、グフの真横のビルが突然崩壊した。
ダールトンは反射的にグフを後退させ、何が起きたかを見極める。粉塵が舞い上がる中に、確かにMSの腕らしきものが見えた。
その先には鈍く光る刀身。ビームサーベルだ。


「待ち伏せのつもりか!甘いッ!!」


ダールトンは機体を走らせ、瓦礫だらけのビルに向かってヒート・サーベルを突き出した。
刹那、サーシェスのジムが廃墟から跳び上がり、グフを飛び越して目抜き通りに着地した。
ジムはそのまま角を曲がり、建物の陰に姿を消した。足音は遠ざかってゆく。
ダールトンはゆっくりとグフを歩かせ、角の向こう側を慎重に伺う。狭い通りが続いているが、ジムの姿はない。
ダールトンがグフを進ませようとしたその時、彼の機体は背後からマシンガンの斉射を浴びていた。
見れば、死神旅団の二機が並んでマシンガンを乱射している。ダールトンはひとまず角を曲がって、この射撃を避けた。
グフの損傷は軽微だが、弾丸は間断なく飛んでくる。


(片方がマガジンを変える時がチャンスだ…今に見ていろ…)


ダールトンはそう考え、どちらかのマシンガンの弾が切れるのを待った。そう長い時間はかからなかった。
小隊長機の弾が切れ、ジムはマガジンを交換しにかかった。その瞬間、ダールトンはグフを突進させていた。
もう一機のジムは射撃を続けていたが、それには構わない。シールドで凌ぎながら一気に間合いを詰める。


「あぁ!うわぁあぁああぁあ!」


撃ち続けていたジムのパイロットが絶叫し、グフのヒート・サーベルが一閃した。ジムはマシンガンごと叩き斬られ、バラバラになって崩れ落ちた。
グフのモノアイが小隊長機を睨み、小隊長は今度こそ死を覚悟した。


「ところがぎっちょん!!」


突然サーシェスのジムがグフの背後から現れ、その腕を切り落とした。
ヒート・サーベルと右腕が地面に落ちたが、グフは振り向き様に左腕でパンチを繰り出した。
サーシェスは危うくこれをかわすと、そのままグフの懐に飛び込んだ。グフはそのまま体当たりを受け、少し開けた交差点に吹っ飛ばされた。
その時、遠くに雷鳴のような音がした。グフはどうにか立ち上がろうとしたが、片腕ではそれにも時間がかかった。
ようやく立ち上がりかけたその時、空気を切り裂くような音と共に巨弾がグフの周りに降り注いだ。
直ちに爆発したそれは爆風でグフをもう一度吹き飛ばし、ダールトンは瞬時に意識を失った。
この交差点こそ、先ほどサーシェスがコレマッタに伝えた座標の位置にあったのだ。
砲撃はすぐに止み、あとにはスクラップのようになったグフが転がっていた。小隊長機が慎重に近づき、完全に撃破したかを確かめる。
今やグフは両腕と頭部をもぎ取られていた。戦闘力は皆無と言っていいだろう。
だが、そのコックピットハッチが開いた時、小隊長はびくっと驚いてしまった。
見れば、グフのパイロットがもうろうとしながら外に這い出してきていた。
パイロットは倒れたグフの機体の上にゆらりと立ち上がり、黙って小隊長機を睨み上げた。
その顔面には額から左頬にかけて大きな傷がぱっくりと開いており、真っ赤な血が激しく流れ出ていた。
小隊長は鬼のようなその形相に畏怖の念を感じたが、そのパイロットはそのまま失神しグフの上に倒れた。


「そいつを捕虜にしろ!敵の指揮官クラスだ!」


突然コレマッタの声が聞こえて、ホバートラックが姿を現した。
コレマッタは砲兵隊との通信のために後退していたと説明したが、小隊長はそれをまったく信じなかった。
小隊長はホバートラックの運転手と共に捕虜を捕らえに向かった。
グフから少し離れてそれを見守るコレマッタのもとに、サーシェスが歩みよってきた。


「クリミアから脱出した敵は捕虜にする必要はないはずじゃねぇのか?」


サーシェスが言ったが、コレマッタはとりあわなかった。


「あれはかなりの高級将校だ。捕まえれば私の評判もあがる。戦時に出世するのは容易いが、平時には難しいものだ。」
「あんたも戦争狂いか。俺と同じだな。」


サーシェスはそう言って意地の悪い笑みを浮かべた。つられてコレマッタも得意の皮肉な笑みを浮かべる。


「サーシェスと言ったな。わが旅団だけでもあの敵は倒せただろうが…、まぁ…その、なんだ?…助かった。」
「いいってことよ。それより俺はそろそろ行くぜ?アフリカに行かなきゃならんからなぁ。」


サーシェスがそう言ったちょうどその時、二人の上空に一機のミデア輸送機が飛来した。
ミデアは発光信号を放ち、街の郊外のほうへ下りていった。


「今のはなんだ?」


コレマッタがきいた。


「俺のお迎えさぁ。勝手に出撃したから探してたんだろう。それじゃあな。」


サーシェスはそれだけ言うと自分のジムに駆け寄り、コックピットにおさまった。
ジムはコレマッタのすぐそばを大音響をあげながら駆け抜け、ミデアのいるほうへ走っていった。
コレマッタは耳がおかしくなってしまい、大声でありったけの悪態をついた。


† † † † †


イスタンブール郊外に着陸したミデア輸送機では、機長のノドカ・マナベ中佐がサーシェスを待ちわびていた。
アフリカのリビアへ向かう途中でサーシェスのジムは勝手に輸送機から飛び出し、イスタンブール付近に降下してしまった。
探し回ってようやく発見したが、すでに行程には多大な遅延が出てしまっていた。
真面目な性格のノドカにとって、この遅刻はまさに万死に値する失態だった。
サーシェスのジムがようやく現れたとき、ノドカは受話器を掴んで思わず叫んでいた。


「アリー・アル・サーシェス!独断先行は厳禁です!」
「いやぁ悪い悪い。」


サーシェスはにやつきながら悪びれもせずに言った。


「とにかく早く荷台に入って下さい!いますぐアフリカに向けて出発します!!」
「はいよ。」


ジム が収容され、ノドカのミデア輸送機が夜空に舞い上がる。輸送機は直ぐに地中海に出た。
ジムはサハラ砂漠のどこかにいるブラックハウスに届けなくてはならない。
困ったことには、ノドカにはブラックハウスの正確な位置が知らされていなかった。ミノフスキー粒子散布下を縦横無尽に飛び回るブラックハウスの所在は、その上級司令部である第4軍すら正確にはわからないらしい。
ノドカはまずリビアの第4軍司令部に向かい、そこからブラックハウスの足取りを追うことになる。配達期限は明日の夕刻。
それまでにでブラックハウスを広い砂漠の中で見つけ出さなくてはならない。
ノドカは彼女のトレードマークである赤の下ぶちメガネをクイと上げた。


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