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[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION (Muv-Luv オルタ&SRWOGクロスオーバー作品)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2011/01/20 23:50
皆さん初めまして、アルトと申します。

最近こちらのサイトの事を知りまして、様々な作品を拝見させて頂いております。
そんな自分が何を思ったのか、小説を書いてみたいと言う思いにかられ、今回投稿させて頂こうと思いました。

実を言うと、自分はマブラヴシリーズをプレイしたのはつい最近です。
そして、いきなり書いた小説をお気に入りであるスーパーロボット大戦OGとのクロスオーバー作品にしております。
と言う訳で、スパロボOG並びにマブラヴシリーズをプレイした事が無い方には解り辛い内容かもしれません。

何分小説を書く事自体初めてでして、誤字脱字や分かりにくい表現などもあるかと思いますが、温かく見守って頂けると嬉しいです。

それでは、私の無謀な挑戦である処女作をお楽しみください。


追記

2008年

8月28日 題名のスペルミスをご指摘いただいたので訂正しました。
8月29日 第一話にて指摘いただいた誤字を訂正しました。
8月31日 第二話にて自身で気付いた箇所を何箇所か修正しました。
9月5日  第六話にて時系列的な部分でおかしい個所とご指摘いただいた誤字を修正しました。
9月16日 第四話にてご指摘頂いたラミアの乗機に関する描写を追加しました。
9月21日 第十一話にて発見した誤字を訂正しました。
9月23日 第十二話にてご指摘いただいた表現と誤字を修正しました。
10月16日 夕呼のキョウスケ達の呼び方をファーストネームからファミリーネームに修正しました。
10月18日 タイトルを若干修正しました。
10月22日 第十六話にて純夏の発言に関する描写を修正しました。
10月24日 第十七話にてご指摘いただいた誤字を修正しました。
11月3日 第二十三話にてご指摘頂いた部分を修正させて頂きました。
11月6日 第二十三話にて書かせて頂いた装備の設定を修正しました。
11月16日 第二十五話にてご指摘頂いた脱字を修正しました。
12月6日 第二十八話にてご指摘頂いた誤字を修正しました。

2009年

1月12日 第三十一話にておかしいと判断した部分を修正しました。
3月13日 第三十四話にて発見した誤字を修正しました。
4月29日 第三十九話にてご指摘いただいた誤字を修正しました。
4月30日 ご指摘いただいたキャラクター、ロボット図鑑を修正しました。
5月18日 第四十一話にてご指摘いただいた部分を修正しました。
5月29日 第四十二話にて崇司(たかつかさ)の名前を崇宰に修正しました。
6月10日 キャラクター、ロボット図鑑を修正のため一時的に削除しました。

2010年

1月27日 修正のため一時的に削除していた図鑑を再度掲載しました。
1月31日 指摘していただいた誤字を修正しました。
9月12日 第六十三話にて御指摘頂いた部分を加筆修正しました。
10月5日 第十九話にて御指摘いただいた誤字をを修正しました。

2011年

1月20日 本編登場機体設定資料の武御那神斬の設定を修正しました。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第0話 プロローグ
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/08/28 21:08
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GEBERATION

第0話 プロローグ




とある一室で一人の男が目を覚ます・・・

「ここは・・・俺の部屋か・・・?」

目を覚まして周りを見渡すと、彼は懐かしい思い出の詰まった自分の部屋にいた。
そう呟いた青年の名は『白銀 武』・・・
かつて自分の住んで居た世界とは似て非なる世界、
極めて近く、そして限りなく遠い世界において、平和を勝ち取る為に仲間と共に幾多の困難を乗り越え戦い続けた男である。

「・・・あれは夢だったのか・・・?」

夢と思うには余りにも鮮明すぎる内容だ。
そう思いなが彼は現状を確認する為にベッドから起きる・・・そして窓の外を見て愕然とした・・・

「・・・元の世界に戻った訳じゃないのか・・・」

武は落胆と共に軽く溜息を吐く。しかし現状は現状だ、外の様子を確認する為にも武は着替えて外に出た。

「やっぱりそうだ・・・ここは俺が初めてこの世界に来た時と同じだ・・・でもなんで・・・」

武は自問自答する。この世界での自分の仕事は終わったと言われた事を・・・
そして因果導体でもなくなり、香月 夕呼と社 霞の二人に見送られながら元の世界へと戻った筈・・・
しかし、目の前に見える光景は自分の運命を大きく変えてしまったあの日2001年10月22日と全く同じだったのである。

「夕呼先生の理論が間違っていたのか・・・それともまだ何か解決できていない事が合ったのか・・・?」

根拠はない、しかしその感覚は三度この世界のあの日に戻って来たという確信を与えていた。
それを証明する手だては無い・・・しかし夕呼ならば怪しげな理論で説明してしまうに違いない。
現状では情報が少なすぎるのだ・・・

「ここにいつまでも居ても仕方ないな・・・とりあえずは行動だ」

自分がなぜ再びこの世界の、そしてこの日に戻って来たのかを確める為に武は横浜基地のある場所へと向かった。
以前とほぼ同じような行動を取りながら横浜基地へと向かう。
しかし、無駄な時間を過ごす事は勿体ない。
武はその時間を利用しながら考えをまとめる事にした。


とりとめのない事を考えながら歩いているうちに、桜並木の坂道を上りきり、武の前に見慣れた物が現れた。
建物の上にはアンテナ、これを見て最初に大笑いした事も今となっては懐かしい思い出だ。
そしてゲート前には見覚えのある衛兵が二人・・・突っ立っていると衛兵が気づき近づいてきて、フレンドリーに話しかけてくる。
これも記憶通りだ。何せこれで3度目なのだから・・・

「こんなところで何をしてるんだ?」
「外出していたのか?物好きな奴だな。どこまで行っても廃墟だけだろうに」
「隊に戻るんだろう?許可証と認識票を提示してくれ」

衛兵たちは自らの職務に忠実に、身分照会を求めてきた。
しかし武は許可証など持っていない。それどころか認識票も認識番号もなく、身分を証明するものは何一つなかった。
だがここでトラブルを起こすのは考えものだ。適当に誤魔化すしかない・・・そう思っていた時だった。

「ちょっと待て、ひょっとしてコイツ・・・すまないが君、名前を教えてくれないか?」

武は驚いた。対応が以前と違うのだ。以前は確かここで一悶着あった筈・・・そう思いながら考えていると衛兵の一人が口を開く。

「ひょっとしてシロガネタケルか?」
「・・・な、何故俺の名前を知っているんです?俺とは初対面のハズですが・・・」

自分の記憶と照らし合わせても矛盾している。
それ以前になぜ衛兵が自分の名前を知っているのか?その疑問ばかりが頭をよぎっていた。

「やっぱりそうか、香月副司令から聞いているんだ」
「へ・・・?」
「今日、シロガネタケルと言う少年が私を訪ねて来る筈だからそいつが来たら私の所へ案内するようにってな」

一瞬の出来事に武は戸惑った。
何故彼女が自分がここに来る事を知っているのかと言う事・・・それよりも自分の記憶と一致しない出来事が起こっている事・・・
どうしたものかと悩んでいると、衛兵が訪ねて来る。

「お前、シロガネタケルじゃないのか?」

一瞬にして表情が険しくなる。
このままではマズイ・・・とっさに頭を切り替えると武は口を開く。

「す、すみません、俺は白銀 武で間違いないです。ちょっと驚いてしまって・・・」
「そう言うことか、なら良い。ちょっと待っててくれ、副司令に連絡を取るから」

そう言うと衛兵の一人が詰所へと向かう。
しばらくして連絡を取りに行っていた衛兵が戻ってくる。

「直ぐに迎えの人間が来る。それまでここで待っていてくれ」
「解りました」

待っている間に武はもう一度自分の記憶を思い返してみる。
余りにも自分の記憶と違いすぎる・・・
最初に来た時は衛兵に捕まって拘束された筈だ、次は一悶着あったもののなんとか夕呼には会えた。
しかし今回はどうだ・・・夕呼は自分が来ることが分かっていた・・・そして衛兵にまで話を付けてくれている。
一体どういう事だと考えている武に覚えのある声が聞こえてきた。

「遅かったわねぇ白銀ぇ」
「先生・・・」
「ま、立ち話もなんだし着いていらっしゃい」

そう言うと夕呼はスタスタと基地の方へ歩いて行く。

「何やってんの?時間が勿体ないんだからグズグズしてると置いてくわよ?」
「あ、はい」

武は言われるがままに夕呼の後を追いかけて行った。

着いた部屋は見慣れた執務室。
夕呼は自分の椅子に腰かけると武の方を見ている。
しばらくの沈黙・・・訳が分からない現状を何とかする為に武は口を開いた。

「・・・先生ですよね・・・?」

率直な疑問をぶつけてみる。

「そうよ・・・久しぶりに会ったって言うのに酷い言い方よねぇ・・・あ、私は久しぶりでもアンタはそうでも無いか」

どういう事だ・・・この先生は俺の事を知っている・・・そして俺がどういう状況に置かれているかも解っている。
自分の記憶と違いすぎる事に対して考えている武を見た夕呼が驚くべき事を口にした。

「えーっと・・・アンタはこれで何度目のループになのかしら?」
「っ!」

武は驚いた。
この世界を何度か体験した事を目の前の夕呼は知っている。
しかし、どこまで話していいのか分からない。
下手な事を話してしまっては取り返しがつかなくなると言う事は今までの経験で良く解っている事だ。。
そう考えているうちに夕呼が口を開いた。

「私の記憶が正しければアンタが解っているだけで3度目と言ったところかしら?」
「な、なんで・・・」
「なんで分かるのか?・・・教えてあげましょうか?」
「は、はい・・・」
「記憶が有るのよ・・・私にもね・・・オルタネイティヴⅣをアンタ達と共に成功させた世界の記憶がね・・・」

『どういう事だ・・・以前とは違いすぎる・・・』
「何がどうなっているのか分からない・・・そんな顔ね・・・」
「そりゃそうでしょうっ!!俺は確かに元の世界に戻った筈です。
因果の鎖から解き放たれた俺は再構築された元の世界へ戻る。
そう言ったのは先生でしょ?・・・それが何でまたこの世界のこの日に戻ってきてるんですか?
それよりも、先生にも前の世界での記憶があるってどういう事なんですかっ!?」

武は声を荒げながら問いただす。

「大声出していっぺんに言うんじゃないわよっ!今から順番に説明してあげるから」

そう言われた武はハッとなって我に返る・・・

「すみません・・・俺も動揺してしまって・・・あまりにも自分の記憶と違いすぎる事が起こってて・・・」
「そう思うのも無理は無いわね・・・私自身驚いたんだし・・・」
「どういう事ですか?」
「順を追って説明してあげるわ・・・」

武が頷くと夕呼は順を追って説明し始めた。

「まず最初に、何故こうなったのかは解らないわ『ちょっと待って下さいよっ!』いいから黙って聞きなさい!!」
「・・・はい・・・」
「私の記憶がハッキリしだしたのは2年前・・・明星作戦終了後しばらくしてからよ・・・
理由は解らない・・・でも私の中にオルタネイティヴⅣが成功するまでの記憶が現れてきたのよ・・・
そして、今後この世界で起こる出来事もね・・・
恐らくきっかけは二発のG弾・・・以前、その爆発で発生した高重力潮汐力の複合作用と、
反応炉の共鳴で時空間に深く、鋭い歪みが発生しその時ほんの一瞬、
比較的分岐が近い世界との道が繋がってしまった・・・って言うのは覚えてるわね?」
「・・・はい・・・」
「それが原因の一つだと私は考えている・・・今の所それしか原因が考えられないのよ・・・」
「じゃあ、今回の俺のループもそれが原因だと言う事ですか?」
「そう・・・とも言い切れないかもしれない・・・」
「どう言う事ですか?」
「言ったでしょ・・・あくまで原因の一つだと考えてるって・・・今の段階じゃ情報が少なすぎるのよ・・・」
「では他に原因が有ると・・・?」
「・・・それも分からないわ・・・私は今オルタネイティヴⅣ遂行と同時にその原因を調査しているところなのよ・・・
以前、アンタに世界は安定を求めている・・・そう言ったのは覚えてる?」
「はい、だから失った物を補おうとする力が働くって・・・確か先生はそう言ってました」
「実を言うとね・・・この世界のアンタに会うのはこれで二度目なのよ・・・」
「えっ?」
「少なくとも、今回の世界ではアンタはBETAには殺されていない・・・」
「・・・どう言う事ですか・・・?前の世界もその前の世界も俺は既にBETAに殺されてて・・・
俺に会いたいって思った純夏が様々な世界から俺を呼び寄せ構築したんじゃ・・・今回は違うんですか・・・?」
「やっぱり覚えてないか・・・アンタはね、確かに一度BETAに殺されかけたわ・・・それでも今回は運良く生き残った・・・」
「生き残った・・・?BETAに捕まったんじゃないんですか?」
「本当に偶然よ・・・この辺一帯がBETAに占領されそうになった時、アンタは鑑と一緒に逃げてたそうよ・・・
本当に覚えていない?」
「・・・・・・」
「恐らく今日になっていきなり前の世界の記憶が流れ込んで来た事で本来の記憶に障害が起こってるようね・・・」

そう言われた武は明らかに動揺していた。

『どう言う事だ・・・俺は確かにBETAに殺された筈だ・・・純夏と一緒にBETAに捕まって、
純夏が連れて行かれそうになった時にあいつを助けようとして・・・そしてBETAに引き裂かれて・・・』

その時の光景がフラッシュバックする・・・
と同時に今度は違う光景が頭の中に見えてきた・・・
それは純夏の手を引きながらBETAの群れから逃げ惑う自分・・・
そしていよいよ追い詰められ、襲いかかろうとするBETAに無我夢中で戦いを挑もうとしている自分が居た。

「・・・そうだ・・・確かあの時・・・俺は純夏を守ろうとしてBETAに殴りかかって・・・吹っ飛ばされて川に落ちたんだ・・・」
「それで?」
「その後、気付いたら病院か何かのベッドの上で・・・そこで見覚えのない女の人に変な質問をされたんだ・・・」
「そう、それがアタシよ・・・覚えてるじゃない。どんな質問をしたか覚えてる?」
「いえ・・・そこまでは・・・」
「そりゃそうよねぇ・・・アンタあの直ぐ後に気を失ったんだもの。こっちはアンタに色々聞こうと思って準備までしてたってのに・・・」

一瞬、背筋に嫌な汗が流れる・・・武は恐る恐る何をしようとしたのか聞いてみた。

「いったい俺に何をしようとしてたんですか?」
「聞きたい?」
「止めておきます・・・どうせロクでもない事に違いありませんから・・・」

ため息交じりに言うと夕呼はニヤニヤと笑みを浮かべた。

「だから今回の世界でアンタは死んでないのよ。だから失った物を補おうとする力が働くのはおかしい。」
「確かにそうだとすると先生の仮説と矛盾しますよね・・・」
「そう・・・それでアンタはどうするの?・・・私としては以前みたいに私の下で働いてくれると助かるんだけど・・・?」
「それしか無いと思ってます。と言うより、あまりにも自分の記憶とかけ離れてる事が起こってます。
原因を突き止めないと下手に動けませんし、何よりオルタネイティヴⅣを成功させないといけませんから・・・」
「ま、アンタが居なくても第四計画は問題なく進むでしょうけどねぇ・・・例の数式も解ってる事だし、
それに00ユニットの作業に関しても問題無いし・・・あ、でも調律はやって貰わなきゃいけないわねぇ・・・」

彼女の言葉を聞いて武はハッとした。
思い出した記憶では自分はBETAに捕まらなかった。
あの後、純夏はどうなったか自分には解らない・・・
思い出したくもない記憶が鮮明に蘇ってくるのが分かった・・・

「・・・やっぱり純夏は奴らに捕まって・・・あんな風にされちまってるんですね・・・俺が不甲斐ないばっかりに・・・」

分かっていた事とは言え、武は自分が許せなかった・・・あそこで自分がもう少し頑張っていたら・・・
そうすれば純夏は二度とあんな目に遭わなかったかもしれない・・・そう思いながら表情が暗くなる。

「白銀・・・気休めかもしれないけど、こればかりはどうしようもないわ・・・
鑑の事は気の毒だけど、彼女には一度ああなって貰うしか人類を救う道は無いのよ・・・」
「解ってます・・・解ってますけど・・・俺は二度とアイツにあんな目には遭って欲しくなかった・・・それに・・・」
「・・・それに・・・?」
「いえ・・・何でもありません・・・それよりも純夏に会わせて貰えませんか?」
「会ってどうするの?あの子は相変わらずの状態よ・・・社のリーディングやプロジェクションにも大した反応は見せてない・・・それでも会いたいの?」
「俺が無事だって事を教える事で何かしらの変化があるかも知れません・・・それに・・・」

武は夕呼との会話の中で疑問に思う事が一つあった・・・
前の世界での記憶を持ったまま今の世界にいるのは自分と夕呼だけなのだろうか?
ひょっとしたら自分たち以外にも居るのでは無いかと・・・
もしかしたら純夏も記憶を持っているのでは・・・切っ掛けを与えれば自分の様に何らかの反応が有るのではないか・・・
そう思わずにはいられなかった・・・

「先生、確認したい事があります」
「・・・何かしら?」
「前の世界の記憶を持ったまま今の世界に居るのは俺と先生の二人だけなんでしょうか?」
「他にも居るわよ」
『やはりそうか・・・』

武は幸運だと思った・・・
しかし、さっきの話を聞く限りでは純夏は記憶を持ってない様子だ。
そうすると一体誰が・・・そう思いながら夕呼に問いただす。

「後は一体誰が?」
「今の段階で解ってるのは社だけね」
「霞が?」
「ええ、そうよ」

霞までもが記憶を持っている。何と言う幸運だ・・・武は素直にそう思わざるを得なかった。

「霞に会わせて下さ・・・」

そう言いかけた直後であった・・・


『防衛基準体勢2発令。全戦闘部隊は完全武装で待機せよ。繰り返す・・・』


突然の警報。
前の世界、その前の世界でもこんな事は無かった。
記憶にない突然の事態。
武は顔を青くしながら夕呼に向って叫ぶ。

「先生っ!!」
「落ち着きなさい・・・今、司令部に確認を取っているわ・・・」
『クソッ・・・どうなってんだ・・・こんな事は今までなかった・・・BETAの侵攻なのか・・・
何にせよ今の状態じゃ俺は何もできない・・・現状では完全に部外者だ・・・下手に戦術機に乗って戦う事も出来ない・・・
今の段階ではXM3も完成していない・・・もし戦術機で戦いに出れたとしても満足に戦えないかもしれない・・・
それに使える機体は有るのか?・・・それでもやらないよりはマシだ・・・このままむざむざと死んで堪るかよっ!!』

自問自答を繰り返しているうちに夕呼が通信を終えたようだ。

「とりあえずはBETAでは無いようね・・・基地のレーダーが重力異常を感知したのよ・・・」
「・・・重力異常・・・ですか?」
「そう、センサーが異常な数値を示してる・・・近くでG弾が爆発したのならまだしも、こんな数値はありえないわ・・・」
「いったい何が起こってるんだ・・・」

自分の持っている記憶とあまりにも違いすぎる今回の現象。
それが新たなる来訪者の訪れを示す戦鐘になろうとは、この時は誰もまだ知る由もなかった・・・



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第1話 異世界からの来訪者
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/08/29 21:41
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第1話 異世界からの来訪者



「・・・ここは何処だ・・・」

男は現状を把握できずにいた。目の前に広がる光景はまさに廃墟と言うに相応しい。

「こちらアサルト1、CP(コマンドポスト)応答せよ、CP応答せよ・・・状況が解らない、指示を求む・・・CP聞こえないのか?」

通信機から返ってくる返事はノイズばかり・・・男はCPとの通信を諦め周囲を確認する。

「あの爆発の影響で周囲が吹き飛んだのは解らないでもないが・・・この地形は・・・」

目視で確認できるのは廃墟・・・そして仲間の乗っていた機体だけであった。それを確認すると仲間の機体に通信を送る。

「こちらアサルト1、各アサルト返事をしろ・・・エクセレン・・・聞こえないのか・・・?」
『・・・んん・・・キョ・スケ・・?』
「エクセレン・・・無事か・・・?」
『頭がボーっとするわ・・・一体何が起こったの・・・?』
「解らん・・・俺も今さっき目が覚めたところだ・・・兎に角他の連中の生存も確認しなければならない・・・動けるか?」
『ええ、何とかね・・・』
「よし、とりあえず外は大丈夫そうだ・・・機体の方はどうだ?」

キョウスケはエクセレンに問う。

『んー・・・駄目ね・・・機体の損傷が大きすぎるわ・・・生きているのは通信機とレーダー位かしら』
「こっちも同じだ・・・あの爆発だ、命があっただけマシと言う事か・・・
とりあえず俺は外に出てほかの連中の救助に行く、お前は周囲の警戒をしてくれ」

『了解』

そう言うとキョウスケは機体の外に出て周囲を見渡す。一番近くに居たヒュッケバインMk-Ⅱに近寄ろうとしたその時であった。

『キョウスケっ!レーダーに反応あり。光点は4機・・・ライブラリを照合してみたけど未確認機ね・・・どうする?』
「どうするも何も現状ではどうしようもない・・・敵でない事を祈るしか無いな・・・」

そうこうしてる間にも謎の機体はキョウスケ達に近づく。目視で確認できる程の距離になった時、相手の機体から通信が入る。

『未確認機の衛士、応答せよ。こちらは国連軍横浜基地所属のヴィクター小隊だ。
繰り返す、未確認機の衛士は、速やかにその所属を述べよ。
なお、当方の指示に従わない場合、敵性勢力とみなし実力行使も辞さない構えである』

どう言う事だ・・・?衛士・・・?国連軍・・・?戦術機・・・?聞いた事のない単語ばかりだ・・・
それ以前に国連軍とはなんだ?連邦軍では無いのか?戦術機・・・?PTの事を言っているのか?
謎の機体から発せられた言葉に対して彼は状況を整理しようとする。

『キョウスケ、どうするの?かなりヤバい状況だと思うけど?』
「解っている・・・」

そうしている間にも相手は警告を続ける。

『どうした?要求に答えるのであれば、即座に所属部隊、氏名、階級を述べよ』
『素直に従う他無いんじゃない?下手な事を言って実力行使なんかされたらヤバいわよ?』

キョウスケは両手を挙げて通信機をオープンチャンネルにして答えた。

「こちらは特殊部隊ATX所属、キョウスケ・ナンブ中尉だ、此方に敵対の意思は無い・・・こちらも状況がよく掴めていない。負傷者も居る、申し訳ないがそちらの基地までエスコートを願いたい」

『失礼しました中尉。今、基地の方に照会しておりますので少々お待ち下さい』

これは一種の賭けであった。
それもかなり分の悪い賭けだ・・・
状況が不透明なまま下手な行動をとる事は出来ない。
こう言う場合の最善策は第三者に尋ねる事だ。
余計に怪しまれて不審人物として処分される危険性もあったが、なりふり構ってはいられない。
・・・しばらくして基地へ照会していたパイロットから通信が入った。

『申し訳ないが中尉、此方側のデータベースに特殊部隊ATXなるものは存在していない。用心のため拘束させてもらう』

仕方がない・・・そう思うとキョウスケはエクセレンに通信を繋ぐ。

「エクセレン、機体から出て来い・・・ここは相手の言うとおり従うぞ・・・」
『え?いいの?』
「仕方有るまい、下手に動くよりはマシだ・・・それに他の連中の状態が解らん今どうしようもない・・・それに、少しでも情報が欲しい。ただし、機体の方にロックは掛けておけ・・・下手に触られると不味いからな」
『解ったわ・・・今外に出るから・・・』

そうこうしている間にキョウスケ達の周りに武装した兵士が降りて来る。
それぞれキョウスケ達に近づくと、その手に手錠を掛けた。
そのうちの一人が話しかけてくる。

「一応規則なのでな、すまない。・・・しかし随分と変わった強化装備だな、機体の方も見た事が無い、新型か?」
「詳しくはここでは話せない、申し訳ないが他の機体に負傷者が居る、手荒な真似はよしてもらえると助かる」
「極秘任務中と言うことか?安心しろ、負傷者を手荒に扱うような真似はしないさ、今は人類同士で争っている場合じゃないからな」

人類同士で争っている場合じゃない・・・?やはり何者かと戦争しているという事か・・・?
まさかエアロゲイター?もしくはインスペクターか?それとも他の異星人が攻めて来たというのか?
そう考えている間にキョウスケ達の目の前に1台の軍用車が現れた。

「この車に乗るんだ。安心しろ、他の連中は後から来る救護班が何とかしてくれる」
「了解した」

そう言われ、キョウスケはエクセレンと共に車に乗り込んだ。
基地までの間にキョウスケは今まで起った事を思い返していた・・・




ここは伊豆基地より北西にある研究施設。

最近、この施設で不可解な重力異常が検知される事が多くなり、伊豆基地にテストの為駐留していた特殊戦技教導隊が人員不足を理由に派遣される事となった。
しかし、運悪くこの施設がテロリストに占拠された事により事態は急変する。
事態を鑑みた基地司令部は護衛の為、補給に立ち寄っていたATXチームを急遽派遣する事にした。
護衛とは名ばかりで、基地司令は教導隊に少しでも恩を売っておきたかったがために自分の管轄の部隊を出さず、ATXチームを派遣したのであった。

「こちらアサルト1、ブリット、状況はどうだ?」
『こちらアサルト3、最大望遠で確認してみましたが、護衛はリオンタイプ3、ガーリオンタイプ1、それからバレリオンでしょうか?確認できるのはそれだけです』
「ラトゥーニ、レーダーに反応は?」
『・・・施設周辺にある反応はあの5機だけです・・・』
「施設内部は?」
『・・・センサーによると、施設動力部周辺に約10人程度・・・それから倉庫区画だと思われる場所に30名ほど確認できます・・・』
「了解した・・・各自別命あるまでそのまま待機」
「カイ少佐、どう思われますか?」
『恐らく動力部周辺に居るのが本命だろう。倉庫区画は人質とその監視だな』

『カイ・キタムラ』・・・新生特殊戦技教導隊の隊長で、階級は少佐。
今回はCPにて作戦指揮を執っている。

『キョウスケ、先程のブリーフィングの確認だ・・・作戦内容をもう一度復唱してみろ』
「ハッ、敵のレーダーレンジ外まで接近した後、エクセレン並びにゼオラの両名にて敵機を狙撃、その後、自分とアラドの突貫力を生かし施設と敵機を分断、後続のブリット、クスハ、ラミア、ラトゥーニにて施設周辺を制圧後、待機させておいた歩兵部隊を突入させ施設を奪還する事です」
『施設の奪還もそうだが人質の救出を最優先にな』
「了解です少佐」
『各機、聞いていた通りだ。教導隊とATXチームを一度に相手にする事がどう言う事かをテロリストどもにしっかりと教えてやれ!!』
『『「了解っ!!」』』

目標地点に到達後、作戦開始の合図をキョウスケが出そうとした時だった。
索敵を担当していたラトゥーニから通信が入る。

「・・・中尉、センサーに反応あり・・・これは、大規模な重力震を感知・・・重力異常指数、尚も増大中!!」

ラトゥーニが叫ぶ。

『こちらでも確認した。全機一時停止っ!ラトゥーニ、状況を報告しろ』
『数値尚も上昇中です・・・っ!これは・・・少佐、何者かが転移してくる可能性があります』
『クッ・・・こんな時にかっ!!各自衝撃に備えよ、敵の可能性もある、十分に警戒するんだ』
『『「了解」』』

空間が歪む・・・センサーが捉えた数値は尚も上昇していた。
空間の歪みが収まった時、そこに現れたのは見た事も無い異形の物だった・・・

「な、何だあれは・・・アインスト・・・イェッツト・・・いや違うな・・・」
そこに現れたのは彼らが知る生物とは全く違っていた。
以前の大戦で確認したアインストやイェッツト、そのどれにも当てはまらない。
10本の足の様なものを生やし、体構造は昆虫に似ており、尾節の様なものが生えている・・・
動きは鈍く、今はまだ周囲を見渡しているだけであった。
しかし・・・突如として現れた謎の生物に驚いたテロリストの一人が発砲した事で事態は急変する。

『な、何だこの化け物はっ!!』
『やめろバカッ!施設に当たったらどうする!!』

外部スピーカーで叫んでいる為にその大きな声がキョウスケ達にも聞こえてくる。

「少佐、指示を・・・あのままでは施設の人間が危険です・・・」
『う、うむ・・・各機、作戦通りに行動開始、ただし、あのアンノウンもターゲットの一つだ、人質と施設奪還を最優先に考えろっ!』
『『「了解」』』

キョウスケ達が踏み出そうとしたその時であった。
アンノウンの尾節から触手の様なものが飛び出し一瞬にしてテロリストの機体を破壊する。
その直後、アンノウンが動きを止めその巨体を地面に低く埋め始める。

『レーダーに反応あり。アンノウンから小型種と思われる物が放出されています・・・数は・・・爆発の影響で正確な数値は解りませんが、尚も増加中』

この状況下でキョウスケは冷静に判断し指示を出す。

「クスハ、ブーストナックルで奴を施設から押し出せ・・・アラド、お前は俺と一緒に来い、あのデカブツの相手だ・・・残りはアンノウンから出てきた小型機を掃除しろ」
『了解しました。・・・ブーストナックル、行ってっ!!』

グルンガスト弐式のブーストナックルがうねりを上げる。
しかし、アンノウンはピクリとも動かない・・・弐式のブーストナックルでは出力が足りないのだ・・・

『クソッ・・・参式がオーバーホール中でなければあんな奴っ!!』
「嘆いても仕方がない、現状でできる事をやれブリット・・・アラド、このまま奴に突っ込む・・・何としても施設から押し出すぞっ!!」
『了解ッス中尉!!』

キョウスケのアルトアイゼンリーゼに続き、アラドのビルトビルガーもアンノウン目掛けて加速する。

「撃ち抜くっ!!」
『うぉぉぉぉ!!』

アルトのリボルビングバンカーがアンノウンを貫き、ビルガーのスタッグビートルクラッシャーが頭部と思われる部分を挟み込む。
そのまま二体のPTは突貫力にモノを言わせてアンノウンを施設外へと押し出した。

『ヘヘッ、やったぜ!!』
「油断するなよアラド・・・こいつは今までの敵とは違う・・・」
『ゲゲッ・・・クラッシャーが効いてない・・・何つー硬さだよオイ・・・』
「このままこのデカブツを引き付ける。エクセレン、ゼオラ、援護しろ」
『りょ~かい・・・全く人使いが荒いんだからキョウスケは・・・』
『了解です中尉』

エクセレンとゼオラの支援を受けつつも攻撃の手を休めないキョウスケとアラド、しかしアンノウンも黙ってはいない。
尾節にある触手を器用に振り回し攻撃を仕掛けてくる。

『クソッ・・・これならどうだっ!!』

アラドがビルガーの左腕部に装備された3連ガトリング砲で牽制しながら接近する。
弾幕を張りつつ接近するが、着弾時のスモークで敵が見えなくなっていた・・・

「アラド、一端下がれっ!!」

キョウスケが叫ぶとほぼ同時にビルガーの左肩部分に鈍い音と共に衝撃が走る。
尾節から延びた触手がビルガーの左肩部分を貫通していたのだ。
『し、しまったっ!!』
『ア、アラドッ!!このっ、アラドを放しなさいよっ!!』

ゼオラが叫びながらオクスタンライフルをEモードで放とうとするが、アンノウンはそれを読んだのかビルガーを盾にする。

『クッ・・・これじゃぁアラドに当たっちゃう・・・』
『鈍そうな割に中々やるわね・・・』
「・・・感心してる場合か・・・クッ・・・」

そうしている間もアンノウンは手を休める事無く攻撃を続ける。
此方側はアラドのビルガーを盾にされている為に迂闊に攻撃を仕掛ける事が出来ないでいた・・・
そうして手を拱いている間にビルガーのコックピットに損傷度が危険値を示すアラートが鳴り響く。

『な、何だ・・・装甲が解け始めてる・・・クソッ、放せよっ!!』
「アラド、左腕をパージしろっ!そのままでは機体本体までやられるぞ!!」
『クソッ・・・左腕部パージっ!!・・・どうなってんだよ!!何でパージできねぇんだっ!!』
「どうしたアラド、早くパージしろっ!!」
『・・・駄目ッス中尉・・・機体からの制御を受け付け無いッス・・・』

この状況下では下手に脱出させる事は出来ない。
そう判断したキョウスケはアンノウンの触手を何とかする為にプラズマホーンにエネルギーを送る。

「待っていろ、今触手を・・・」

キョウスケがそう叫ぼうとしたと同時にビルガーに刺さっていた触手が両断されアンノウンが吹き飛ばされる・・・
一瞬の出来事に驚いたキョウスケであったが、視界に入って来た機体を確認した事でさらに驚愕する事となる。

「・・・ソウルゲイン・・・アクセル・アルマーか?」
『久しぶりだなキョウスケ・ナンブ・・・』
「・・・何故貴様がここに居る・・・」

突然の出来事に驚きを隠せないキョウスケは思った事を口にしていた。

『最近、この辺りで妙な重力異常が観測されましたの・・・イェッツトかと思って調査に来たのですけれど・・・どうやら違ったようですわね・・・』
『ア、アルフィミィちゃん?貴方まで・・・』
『ご無沙汰してますのキョウスケ、それにエクセレンも』

アルフィミィが笑顔と共に答える。

『そんな事よりもキョウスケ・・・何だこの化け物は・・・こいつもまたツェントル・プロジェクト絡みか?』
「解らん・・・重力震の後に転移してきた・・・」
『なるほど、な・・・』

そう言うとアクセルはアンノウンに向かって身構える。

「手を貸してくれるのかアクセル?」
『勘違いするなよ・・・たまたまこいつが俺の通り道に居た・・・それだけだ・・・』
『そうは言っていても何だかんだでアクセルはキョウスケを手伝ってくれますの』
『ホント、素直じゃないわねぇ・・・』
『最近流行りのツンとしてるアレですの』
『なるほど』
『・・・勝手に言っていろ・・・行くぞっ!!』
「了解した・・・エクセレン、アルフィミィ、援護は任せる。ゼオラ、アラドを連れて一度体制を立て直せ」
『『「了解」』』
『中尉っ、自分は大丈夫ッス!まだやれます!』
「その損傷では無理だ・・・ゼオラと共にブリット達と合流して施設周辺の奴を片づけろ。ここは俺達でやる・・・」
『・・・了解しました・・・』

渋々命令を受諾するアラドを尻目にキョウスケ達はアンノウンに向けて攻撃を再開する。
第二ラウンドの始まりである。

『そんな動きで俺とソウルゲインは止められん・・・食らえっ・・・青龍鱗っ!!』
「このまま突っ込む、エクセレン、アルフィミィ援護しろっ!」
『了解・・・行くわよぉ、ヴァイスちゃん!!』
『・・・お任せあれ、ですの』

アクセルが青龍鱗で牽制し、エクセレンがハウリングランチャー、アルフィミィがライゴウエで援護する。
続けざまにキョウスケがフルブーストで突っ込みアルトの右腕に装備されたバンカーが火を噴く。

『このまま一気にトドメを刺す・・・リミット解除、ソウルゲインフルドライブッ!!』
「援護する・・・アクセル、ぬかるなよ・・・」
『ぬかせ・・・コード麒麟っ!はぁぁぁぁぁぁ!!』

ソウルゲインの最強技である麒麟がアンノウンに叩き込まれる。

「・・・良い位置だ・・・全弾持ってけっ!!」

アルトのクレイモアが火を噴き至近距離からアンノウンの体に命中する。
やがてアンノウンは低いうめき声をあげながら絶命した・・・

「アサルト1から各機、状況は?」
『施設周辺の小型生物、掃討完了しました。施設内部の人質もすでに解放されています』
「了解した。アサルト1よりCP、任務完了です」
『ご苦労、皆良くやってくれた。各自警戒を厳に・・・重力異常はどうなっている?』
『・・・現在は安定しているようですが、異常数値のままです・・・っ!!』

戦闘終了後、状況確認を行っているその時だった。
ラトゥーニのビルトラプターのコックピット内部にアラートが鳴り響く。

『・・・こ、これは・・・』
「どうした?」
『・・・重力震です・・・それもさっきよりも大きな・・・っ!今度は何・・・?』

別のアラートが鳴り響いた直後、計器に目をやるラトゥーニ・・・

『・・・大変です少佐、施設内部から高エネルギー反応・・・恐らく動力炉が暴走しています。このままではやがて臨界を超えて・・・』
『な、なんだとっ!!原因は何だ!?』
『・・・基地内部に動体反応アリ・・・恐らく先程の小型種と思われます』
『そいつが動力炉を暴走させているのか・・・現状を持って施設を破棄、各機離脱しろ!!』
『『「了解」』』

そう言うと、基地周辺に居たメンバーは離脱を試みる・・・
しかし・・・推力を最大にしてもその場から誰一人として動く事が出来ない。

『・・・重力震中心部分で起こっている歪みの影響で機体が引き寄せられています・・・』
『クッ・・・何と言う事だ・・・』

このままでは間に合わない・・・誰もがそう思ったその刹那、ブリットが叫ぶ・・・

『行くぞクスハッ!!』
『了解っ!』
「ブリット、何をするつもりだ?」
『Mk-Ⅱのグラビティウォールと弐式の念動フィールドを最大出力で展開してバリアを張ります・・・それ以外に助かりそうな方法はありません・・・』
「まて・・・そんな事をすればお前やクスハはどうなる・・・そんな危険な手段を認める訳にはいかん・・・」
『そんな事言ってる場合じゃ無いでしょう・・・それに分の悪い賭けが嫌いじゃないのは中尉の専売特許じゃありませんでしたっけ?』

ブリットが冗談交じりに言う。

「こんな時にそんな冗談を言っている場合か・・・俺は許可でき『キョウスケ・・・』なんだエクセレン・・・」
『・・・状況が状況だわ・・・ブリット君とクスハちゃんを信じましょう・・・』
「しかし・・・」

キョウスケは許可する事が出来なかった・・・当然である・・・
部隊指揮を預かるキョウスケにとっては、例え助かる手段がそれしか無いにしても簡単に決定する事は出来ない。
指揮を預かると言う事は隊員を守る義務と言うものがある。
しかし、危機的状況下に置いて判断が遅れると言う事は、部隊全滅にも繋がる・・・彼はその事で悩んでいるのだ。
そうしている間にも時間は無情にも過ぎて行く・・・
その時、ラトゥーニが口を開いた。

『・・・中尉、分析結果が出ました・・・Mk-Ⅱと弐式のフィールドを最大出力で展開する事によって、辛うじて基地爆発時の余波を最小限に止める事が可能です・・・ただ・・・』
「・・・ただ、何だ?」
『どちらか片一方の出力が下回ってしまうと均衡が崩れ余波を防ぎきれません・・・』
「・・・悩んでいる暇は無いか・・・ブリット、クスハ・・・やれるな?」
『やって見せます・・・俺とクスハの息の良さを見せてやりますよ!』
『ブリット君・・・』
『ハイハイ・・・続きは後でね御二人さん・・・』
『な、こんな時に何言ってるんですかエクセレン少尉!!』
「こんな時に茶化すなエクセレン・・・」
『何よ、私なりに二人をリラックスさせようとしたんじゃないの・・・』
「・・・頼んだぞ、二人とも・・・」
『了解!行くぞっクスハ!!』
『ええ』
『『フィールド出力最大っ!!』』

Mk-Ⅱと弐式のフィールドが最大出力で展開される・・・
その直後、辺りは閃光に包まれた・・・
そこから先の記憶は無い・・・
気づいた時には辺り一面が廃墟だったのである。



暫くすると、見慣れない建物が見えてきた。

『一体どうなっているんだ・・・』

キョウスケは知る由もなかった・・・
ここが自分達が住んで居た世界とは異なる世界であり、地球は滅亡の危機に瀕している事を・・・
そして、ここ国連軍横浜基地での出会いが自分の運命を大きく変えて行く事になるという事も・・・



あとがき

OGの面々の登場です。
まず誰を登場させるかでかなり悩みましたが、気付けばお気に入りのキャラばかり出ておりました・・・(苦笑)
OG世界の時間軸は丁度OG外伝が終わって暫くした辺りとなっております。
ブリットとクスハの乗機がヒュッケバインMk-Ⅱとグルンガスト弐式についてですが、あえて参式や超機人にしてません。
理由は後々書けると良いのですが、とりあえずの処置としてオーバーホール中で使用不可能と言う事にしてます。

世界観とかを壊してしまうかも知れませんが、ご容赦して頂けると幸いです。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第2話 新たなる出会い・・・そして・・・
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/08/31 20:44
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第2話 新たなる出会い・・・そして・・・



「大人しくしていろ」

暗闇に無機質な音が響き渡る・・・
キョウスケとエクセレンが放り込まれたのは、横浜基地の拘置所。
放り込まれた理由は先の取調べにある。
この基地に連れてこられた二人は簡単な身体検査の後、直ぐに取調べを受ける事となった。
彼らの言う事があまりにもチグハグだらけだった事、そして聞きなれない単語などもあった為、最終的に不審者として連行される事となった。


「・・・いったいどうなっているのかしら」
「・・・解らん、現状で分かっている事と言えば、あの爆発の後、俺達は謎の組織に拘束されここに拘置されているという事だけだ」
「・・・楽観的ねぇ」

キョウスケは牢屋の中で今までの出来事をまとめようと思考を展開した。

施設動力炉の爆発に巻き込まれたと思ったら、次の瞬間見慣れない土地に放り出された。
辺り一面は廃墟・・・最初は施設の爆発の影響で周囲が吹っ飛んだ為だと思ったが、直ぐにそれは違う事だと気付いた。
直後にやって来た見知らぬ機体、聞いた事も無い軍事基地名、更には自分が地球連邦軍の兵士でATXチーム所属だと言う事を明かした時の態度もおかしかった。

『どう言う事だ。ここは地球の筈だ・・・連邦軍が存在しない?それ以前にATXチームと言えば先の大戦において最前線で戦っていた部隊の一つだ。それを知らない軍関係者が居るだろうか・・・』

「・・・ねぇ、キョウスケ・・・」
「何だ?」
「さっきの取調官が言ってたベータって何なんでしょうね・・・話からすると敵対勢力の呼称みたいだったけど・・・」
「それは俺も気になった・・・DC残党や異星人とも違うようだったしな」
「・・・それよりも他の皆は無事かしら・・・あの後そんな事確認する暇も無かったし・・・」
「負傷者は丁重に扱うと言っていた・・・それを信じるしかあるまい・・・」

そのまま二人は黙りこんだ・・・
沈黙が続く・・・

『・・・今は機会を待つしか無いか・・・』

他に方法が無い以上、キョウスケは機会を待つことにした。



こう言う時、その機会と言うものは思いの外向こうからやって来る物である。
拘束され一日が過ぎようとしていた頃だろうか、牢屋の前に一人の兵士がやってくる。
先程、自分達を牢屋に連れて来た男だ・・・

「・・・釈放だ、出ろ」
「どう言う事だ?」
「俺は貴様らを連れて来るように命令されただけだ。それ以上の事は知らん」

そう言うと兵士は牢屋の鍵を開ける。
そして、キョウスケ達に付いて来るように告げる。
状況が飲み込めないがここから逃げ出すチャンスだ・・・
キョウスケとエクセレンはアイコンタクトを取ると従うフリをして相手の後に続いた。

二人はその後ろを歩きながら周囲の状況を窺う。
施設内の通路の造り、兵士の数、警備装置の配置、敵施設で拘束された場合での脱出訓練も行っている・・・二人は慎重に情報を集めていた。
そんな二人の行動に気付いたのか、今まで黙っていた兵士が口を開く・・・

「そうそう、もう一つ命令を受けていたのを忘れていた。おかしな事は考えない方が貴様らとお仲間の身の為・・・だそうだ」
「・・・・・」

二人は沈黙で返す他無かった・・・
向こうもそれ以上は話そうとはしない。
そのまま目的地に向かって足を進める・・・
その後ろに続きながら、キョウスケはリスク覚悟で情報を得るべきと考え、大人しく彼の後に続いた。
彼の言葉から察するに、自分達の仲間は恐らく人質として囚われている・・・
下手に行動を起こせば危険なのは彼らだけでは無いのだ。


暫くすると、男が急にエレベーターの前で立ち止まる。
すると何やらインカムの様なもので誰かと連絡をとっている様だ。
何を話しているのかは聞こえないが、相手の目線は此方を向いたままで、こちらの動きを警戒しているのが良く解った。
話を終えたところで兵士はキョウスケ達に受けた指示を伝える。

「ここから先は貴様らだけで行って貰う」
「何故だ?」
「貴様らは指示に従えば良い・・・この先は一本道だ。とんでもない方向音痴で無い限り迷う心配は無い」

そう言われるままにエレベーターに乗せられる二人。
エレベーターはB19と書かれたフロアで停止した。
ドアが開くと、二人はゆっくりと足を進める・・・
この先は一本道だと言われたが、用心するに越した事は無い。
暫く歩くと、通路の突き当たりと思われる場所に一人の女性が立っていた・・・

「やっと来たわね」
「誰だ?」
「・・・そうね、アンタ達にとって救いの神となるか、絶望に叩き落とす悪魔となるか・・・それはアンタ達次第と言ったところかしら?」
「・・・」

いきなり現れた女性は、いきなりとんでもない事を言い出す。
キョウスケ達は状況が整理できないまま戸惑っていた。
それを見てかどうかは解らないが、目の前の女性はニヤニヤと笑みを浮かべている。
どうやらこの状況を楽しんでいる様だ・・・
暫くして、女が口を開く。

「ま、良いわ。入りなさい」
「・・・」
「随分と警戒されてるみたいね・・・安心しなさい、別に捕って食おうなんて考えちゃいないわ」

そう言うと女は部屋の中へと入って行く。
彼等にとっては現状が分からない以上、彼女の指示に従う他無かった。
意を決した二人は、ゆっくりと部屋の中へ入る・・・


二人が連れてこられた場所は執務室のような場所。
正面には大きな机と乱雑に積まれた書類の束、見ているだけで目の前の人物がこの基地内の重役だと想像できる。

「先ずは自己紹介からかしらね。アタシの名前は香月 夕呼、この横浜基地の副司令よ」
「自分は・・・『ストップ』」
「アンタ達二人の名前は聞いてるから別に言わなくてもいいわ」

彼女のマイペースっぷりに二人は何も言えない・・・

「さて、それじゃあ話を聞かせて貰おうかしら?」
「・・・既に取調官から聞いているのでは?そもそも、何故俺達をこのような場所に?」
「質問してるのはこっちよ・・・まあ、いいわ」

そう言うと夕呼は説明を始める。

「妙な事を口走る正体不明の人物が数名、そして出所どころか未確認の技術を使った怪しげな機体が複数収容された。こんな面白そうな事下っ端の人間にやらせるには惜しい尋問じゃなくて?」

そう言うと夕呼はニヤリと笑う。

「で、どっちが事情を話してくれるのかしら?アタシもそれほど暇じゃないのよ」

暫く時間をおいてキョウスケが口を開く・・・

「・・・俺から話そう・・・」

そう言うと、キョウスケは今まで起った出来事を話し始める。
自分達の素性、任務の為の作戦行動中に遭遇したアンノウンの事、それからその直後に起こった重力異常と施設の爆発事故。

「成る程・・・大体の話は解ったわ。つまり、爆発事故を切り抜けて、気付いたらあの場所に居た・・・そう言う事ね?」
「そうだ」
「嘘って断定できない証拠もあるしね」

夕呼が言う証拠とはキョウスケ達の機体である。
明らかに違う技術が使われたその機体は証拠としては十分であった。

「少し待っていて貰えるかしら?ああ、ちなみにこの部屋はアンタ達が入った時点でロックしてあるわ。逃げようとしても無駄よ・・・」

そう言い残すと夕呼は部屋を出る。

「どう思うエクセレン?」
「どうって?」
「あの女は何かを知っていそうな感じだった・・・少なくとも俺達の話を聞いて、あまり驚くような素振りを見せていない」
「確かにそうだけど・・・」

そう言うと再び部屋は沈黙に包まれた・・・



夕呼が向かったのは隣室。
そこには武と社 霞が居た。

「白銀、あの二人の話を聞いて何か思い出せた?」
「いえ・・・と言うよりも、俺の記憶の中には連邦軍とかパーソナルトルーパーでしたっけ?そんなロボットなんかも存在してません・・・話を聞く限りでは、俺の記憶にある世界とは違う世界から来たんだと思います・・・」
「社、あの二人の言っている事は本当?」
「・・・はい・・・少なくともあの二人は嘘を付いている様には思えません・・・」
「と言う事は、別世界からの来客第二号って事ね」
「・・・何か俺の時に比べて随分とあっさり信じますね先生・・・」

武は不満を隠すことなく口に出す。
すると夕呼は、相変わらずの口調で返す。

「そりゃアンタの時と違って確たる証拠があるからね。どう見てもアタシ達の世界とは違った技術が使われた物を見せられちゃ疑いようがないわ・・・」
「これですか?」

武が示したのはPTの写真だ。
様々な角度で撮られた概観はもとより、破損部分の拡大写真、操縦席の内部構造、パイロットが装備していた物・・・殆ど資料となりそうなものは全て撮られていた。
無論、許可など得ていない。
アルトとヴァイスに関しては、機体の方にロックを掛けられている。
しかし、他の機体にまでは手が回っていない・・・
だが夕呼は、データ解析等は行わせていなかった。
理由は簡単である。
ヘタに手が出せないのだ・・・
機体側にどの様なトラップが仕掛けられているか分からない。
機体を格納庫へ搬入する際に一応は爆発物の有無はチェックしている。
だが、自分達の知る技術とは違う物が使われている以上、常に危険性は付き纏う。
そう言った点から、現時点では目に見える範囲のみの解析だけを行っているのだ。

「まだ全ての解析が終了した訳じゃないけどね・・・関節、装甲材・・・どれも見たこと無いものばかりだわ。極めつけは、この白い奴と赤い奴よ・・・白い方は部分的に機械が使われているけど、動力源は不明・・・更には装甲材質は一種の生物の様でもある。赤いのに至っては、殆ど生物に近いわね・・・こんな物を見せられちゃ信じるしかないでしょ?」
「確かにそうですね。戦術機とも違うようですし・・・」
「・・・ここでこうやって話していても仕方がないわ。アンタの事も紹介したいから、あの異邦人さん達に状況を説明に行くわよ」
「解りました」


しばらくして夕呼が戻って来た。
その傍らには一人の青年を連れている。

『・・・誰だ?』

キョウスケが疑問に思っていると夕呼の口が開く。

「グダグダ話すのは好きじゃないから結論だけ言うわね。この世界はアンタ達が居た世界じゃないわ。アンタ達はこの世界とは違う世界、並行世界とでも言いましょうか・・・そこから来たって事になるわ」
「・・・」
「あら、あんまり驚いていないようね・・・?」
「薄々は感じていた・・・ひょっとしてそうでは無いかと・・・」
「それに、私達の居た世界でも事例が無い訳じゃ無いしねぇ・・・」
「理解が早くて助かるわ・・・一つ聞いていいかしら?」
「どうぞ」
「今、アンタ達は事例がない訳じゃ無いって言ったわよね?それってどう言う意味?」
「私達の世界では過去に何件かそう言う事例が起こってるのよ・・・意図的に転移してきた人物が何人かいるって事」

エクセレンは先の大戦でのシャドウミラー隊やデュナミス一派の事を例にあげる。

「なるほどね・・・」
「こちらからも質問よろしいかしら?」
「何かしら?」
「そっちの男の子は何方?少なくとも私達の知り合いじゃ無さそうだけど・・・?」
「ああ、コレ?」
「・・・先生、コレは無いんじゃないですか?」
「この子は白銀 武・・・アンタ達と同類よ」
「うわぁ、スルーですか・・・しかもアッサリばらしちゃってるし・・・」
「だったら自分で自己紹介しなさいな」
「・・・解りましたよ。俺は白銀 武って言います。
なんて言うか・・・俺も前にこことは違う世界から飛ばされてきた経験があるんですよ・・・」

彼は過去に二度、この世界に飛ばされて来たと言う事をあえて言わなかった。
今まで起った事と違いすぎる為に、下手な事は言わない方が得策だと思ったのだ。

「なるほどねぇ・・・じゃ、私達お仲間って事ね。ヨロシク~」
「よろしくお願いします」
「あ、自己紹介がまだだったわね。私はエクセレン・ブロウニング、
で、こっちでダンマリ決め込んじゃってるのは『キョウスケ・ナンブだ』・・・ってもうっキョウスケ、もう少し愛想良くしなさいよ・・・」

エクセレンは溜め息交じりに言う。
そんなエクセレンを横目にキョウスケが口を開く。

「別にダンマリを決め込んで居た訳じゃ無い・・・白銀と言ったか?」
「あ、タケルで良いですよ」
「じゃあ、タケル・・・先程の君の話を聞く限りでは、君は飛ばされて来た経験が有ると言った・・・」
「・・・はい・・・」
「少なくともそういう物言いをするという事は、何度も経験しているという風に聞こえたんだが・・・」

武はハッとした・・・改めて自分の言い方が不味かった事に気付く。
どう説明するべきか悩んでいると夕呼が割って入って来た。

「なかなか鋭いわね・・・そうよ、この子はこれで三度の転移を経験している。
ま、今回は記憶の転移だけだけどね」
「ちょ、先生!!良いんですか?」
「何がよ?本当の事だから仕方ないでしょう・・・それに下手な説明をした自分自身のミスでしょ?」

武は言い返す事が出来なかった・・・
確かに、自分の言い方が不味かったのは認めざるを得ない。
しかし、下手な事を言ってしまって未来が変わってしまったりしたらそっちの方が問題だ。
どうしたものかと考えている間に夕呼はどんどん話を進めて行っている。

「まあ、白銀の事に関しては追々説明していくとして、この世界の事、そしてこれから起こりえる事を話すわ」

武はもう任せるしか無いと思い、それ以上は何も言わないようにした。



オルタネイティヴ計画・・・

人類の英知の全てを束ねた対BETA戦略計画。

その計画の最終形・・・オルタネイティヴⅤ・・・
地球を放棄し、人類を未知なる惑星に移住させるという物。
そして、この計画は一部の選ばれた人間のみを移住可能な他の惑星へ逃がし、それ以外の人類は死を待つしか無いというものだった。

武はそんな世界の終焉から再び、世界を渡る事となる。
そこは時間の巻き戻った世界・・・先に待つ終末を知っている武にそれを甘んじて受ける事は出来なかった。

目的はオルタネイティヴⅤの阻止・・・そして救う事の出来なかった人類を救う事。
その為に必要なのは、以前の世界では失敗に終った第四計画であるオルタネイティヴⅣを完遂させる事。

その為に武は一人未来を知る者として、再び平穏な地球を取り戻す為に戦う事を決意し、紆余曲折を経て計画を成功させた後、再び元居た世界へと帰った筈であった。

・・・しかし・・・

武は再びこの世界に戻って来た・・・正確には以前の世界での記憶だけが・・・

そして、何が原因なのかを追求する為に、今後どうするべきなのかを話していた矢先に起こった今回の転移事件。

異世界からの新たなる来訪者が現れた時、物語の歯車は再び回りだそうとしていた・・・


あとがき
第2話です。
武達とキョウスケ達の初顔合わせとなっております。
やはり小説って難しいですね・・・
相変わらずの駄文ですが、感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第3話 イレギュラー
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/08/31 20:40
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第3話 イレギュラー



「こんなところかしら・・・私の話はこれで終わりだけど、何か質問は?」

これまでの出来事をおおよそ話し終えた夕呼に対し、エクセレンが率直な疑問をぶつける。

「・・・えーっと、副司令さん?」
「何かしら?」
「今私達に話してくれた事って、ものす~っごく機密性の高い話だと思うんですけどぉ・・・」
「ええ、そうよ」

夕呼はあっさりと答える。
暫くして今まで沈黙を続けていたキョウスケが口を開いた。

「香月副司令・・・貴女は俺達に何をさせたい?この様な重要な話、おいそれと部外者に話して良い様なものでは無いハズだ・・・貴女は我々に何を求めようとしている?」

キョウスケの問いは尤もな話である。
夕呼が自分達にした話、オルタネイティヴ計画、武の転移、数度に亘る時間の逆行、更にはそれらの世界での記憶の維持・・・
どれもこれもおいそれと他人に話して良い様なものでは無い。
こんな事を話すという事は、必ずしも裏がある・・・キョウスケはそう考えていた。

「察しが良くて助かるわ。アンタ達にお願いしたいのはね、この世界で下手に動かないで欲しいって事よ。本音を言うとね、私の監視下に居て貰いたいって事」
『・・・やはりそう言う事か・・・』

ここまでの情報を明らかにしたのだ、ここで断るような事をしてしまっては力付くにでもそうするつもりだろう・・・
それ以前に、キョウスケ達には断る理由が見つからなかった。
元の世界に帰るにしても方法がない。
この世界で生きていくにしても情報が少なすぎる。
ましてや、この世界はBETAと呼ばれる侵略者に襲われている。

『ここは下手に動かずに情報収集の意味も含めて素直に従う方がよさそうだな・・・』

キョウスケはそう頭の中で考えを纏めると、チラリとエクセレンの方に目をやる・・・
無言で頷くエクセレン・・・

「了解した」
「助かるわ・・・私と白銀の目的の為にはある程度、世界は私達の知る通りに動いて欲しいわけよ。ところが今回は、アンタ達っていう不確定因子が紛れ込んだ・・・これは非常に良くない事だわ・・・例えばアンタ達の行動が発端となってオルタネイティヴⅤの発動が早まる可能性もある。もしもそうなってしまったら取り返しがつかなくなってしまう・・・それどころか、そうなってしまった先に何があるか今の私達じゃ見当もつかないわ・・・」

キョウスケは、ふと武の方へ眼を向ける・・・
そこには絶望した未来だけは迎えたくない・・・この世界を救いたいという意思が感じ取れた。

『この少年は強い意志を持っている・・・少なくともあの眼はそういう眼だ・・・』

キョウスケは心の中でそう呟くと、夕呼に対して自分達の要望を伝える。

「貴女の監視下に居ろと言うのは解りました。しかし、我々にも条件があります」
「アンタ達の要望次第だけど?」
「先ずは、我々のこの基地内部での行動などを制限付きでも構いませんので許可して頂きたい。それから転移に関する情報が入り次第、包み隠さず教えて頂きたい。
後、我々の使用している機体の情報を外部に漏らさないで貰えると助かります。
軍事機密の塊ですし、そこから得られる情報が原因で何かしらのトラブルに巻き込まれる事だけは遠慮したい・・・」

それを補足するようにエクセレンが付け加える。

「後は衣食住の確保・・・と言ったところかしら?」
「それだけ?」
「今の所は・・・」
「それ位ならお安い御用よ・・・と言っても、私としてもアンタ達に色々と協力して貰いたいし・・・」

等価交換とはまさにこう言う事を言うのだろうなとキョウスケは思った。

「具体的には?」
「今、世界は滅亡の危機に瀕している・・・ぶっちゃけ少しでも戦力が欲しいってワケ。アンタ達は機動兵器のパイロットみたいだしね。それから、士官になればこの基地内でのある程度の自由は保障されるし、衣食住も確保できるわ」
「・・・それに関しては一度仲間達と相談させて貰えませんか?流石に自分の一存で全てを決定する訳にはいきません。」
「当然よね・・・、そろそろ来る頃だと思うけど・・・」

夕呼がそう言い終えた時、執務室のインターホンが鳴る。

『香月副司令、例の方々をお連れ致しました』
「部屋へ通してくれる?」

執務室のドアが開く音と共に見慣れた人影が入って来る。

「キョウスケ中尉、良かった、無事だったんですね・・・」
「ブリット、再会の挨拶は後回しだ・・・」
「・・・はい」
「・・・一体どうなっている、キョウスケ」
「アクセル、俺達も先程説明を受けたところだ・・・これから順を追って説明する。みんなも聞いてくれ・・・」

キョウスケは先ほどまで夕呼に説明された事を仲間達に話した。
驚き戸惑う者・・・比較的あっさり受け入れる者・・・反応は様々だ・・・
しかし、アクセル・アルマーとラミア・ラヴレスの二人に関しては驚いた様子も無く、落ち着いた反応を見せていた。

「やはり、な・・・あの時の感覚、あれは俺達が向こうの世界から転移して来た時の感覚に似ていた」
「はい・・・状況は違えど、あの感覚は間違いなく時限転移の感覚と似ていたと思ってみちゃったり・・・いや、思います」

そして、夕呼からの提案を受けるかどうかの相談を持ちかけたキョウスケであったが、皆の反応は聞いてみるまでも無かった・・・

「満場一致・・・そう受け取っても構わないかしら?」

夕呼が問う。

「少々、強引な手口ではあるが、な・・・しかし、それ以外に方法はあるまい?」
「自分達には他に手段がありません。それに侵略者に襲われてると聞いて、黙って見てるなんてできませんよ」

夕呼はアクセル、ブリットの話を聞きながら秘書官の持ってきたファイルに目を通していた。
ざっと資料に目を通しただけであったが、そこに書かれた記述に面白い部分を発見すると思わず口に出す・・・

「へぇ、なかなか興味深い資料ね・・・そこの赤髪のアンタと金髪のアンタ、それからそっちの女の子。ここに書かれた身体検査の結果だけど・・・」

三人は何を言っているのか分からないと言った表情だ・・・

「人体を構成している成分の約8割が不明・・・と書かれているわ・・・どう言う事かしら?説明してほしいんだけど」

三人は黙り込んでいる・・・

「別に変な意味じゃないわ。私も一応科学者の端くれだし・・・興味本位、と言ったところかしらね?」

どうしたものかと悩んでいるアクセルとエクセレンを他所にアルフィミィが口を開く。

「簡単な事ですの、アクセルとエクセレンは一度死んでしまってるんですの。
それを私がペルゼインの力を使って蘇生したと言う訳ですの・・・ご理解頂けましたでしょうか?」
「・・・なるほどね。死者を蘇生する事が可能な技術。この世界の科学者が聞いたら卒倒するような話ね。アンタ達の世界じゃそんな技術が発達しているの?」
「そんな都合の良い技術は無い・・・そんな事が可能ならば、人類全てが不死者になってしまう。俺達が助かったのはそこのアルフィミィの気まぐれだ・・・これがな」
「気まぐれとは酷い言われ様ですの・・・」

アルフィミィがシュンとして肩を落とす・・・

「そんな事は無いわアルフィミィちゃん・・・貴女のおかげで私はこうしてまたキョウスケと一緒の時間を過ごす事が出来るようになった。それに、アクセルだって口ではあんな風に言っているけど貴女に感謝している筈よ・・・」

そう言われたアルフィミイは彼の方を見る。
口ではああ言っているものの、その表情からは感謝をしているという様子が読み取れる。
基本的に自ら礼を言うといった行動をあまりしない彼のその表情を見ただけで、アルフィミィには伝わったようだ。

「それじゃ、そちらのお嬢ちゃんはどうなのかしら?」
「私はエクセレンを元に創られた存在ですの・・・言うなればエクセレンのコピー、複製人間と言ったところですの」

アルフィミィの表情が暗くなる・・・

「前にも言った筈だ・・・お前はお前、自分の好きなように生きれば良い、とな」

おもむろに口を開いたアクセルが彼女にそう告げる。

「なかなか良い事言うじゃない、色男さん・・・そうよアルフィミィちゃん、貴女は貴女、私は私なんだから・・・ね?」
「茶化すな、エクセレン・ブロウニング」
「・・・御二人とも、ありがとうですの」

そう言うとアルフィミィの表情が明るくなる。

「・・・あまり聞いて良い話じゃ無かったようね」
「そんな事ありませんの。私達の事を知って貰うには仕方のないことですので・・・それより、お話を進めて下さいですの」
「そう?・・・じゃ、ちゃっちゃと進めちゃいましょうか。白銀っ」

話の輪に入れずにボーっと眺めていた武は、いきなり自分の名前を呼ばれてハッとした。

「は、はい・・・」
「・・・何ボーっとしてんのよ・・・まあ、いいわ。ところでアンタはどうするつもり?」
「どうするも何も、前と同じで先生にIDを貰って、それから207訓練部隊に配属じゃ無いんですか?」
「・・・んー・・・そうねぇ、それもそうなんだけど・・・」
「先生?」
「ヨシッ、決めたわ。白銀、今回はアンタの207訓練部隊への配属は無し!」
「はぁっ?ちょ、ちょっと待って下さいよ先生、そんなことしたら・・・」
「いいから黙って話を聞きなさい。今更、訓練部隊に配属させても意味ないでしょ?訓練部隊で生活させるよりも私の指示通り動けるようにしておいた方が良いと思うのよ。今回は彼らの存在がイレギュラーになっている・・・もしも何かが起こったとしても、アンタが近くに居れば直ぐに対応できるでしょ?」

夕呼の言う事は尤もだ・・・下手に武を訓練部隊に配属させるよりも、自分の近くに置いておき、何かが起これば即座に対応させた方が安全である。
今回でのこの世界で起きている出来事はイレギュラーな出来事が多すぎる。
言うなれば武は保険と言う事になる。

「でも・・・あまり歴史を変えない方が良いって言ったのは先生じゃないですか?
それに207訓練部隊の連中と接点がなければ、それこそ歴史が変わり過ぎます。
下手をすればあいつ等にだって何が起こるか・・・」

武の言い分も尤もだ。
確かに武が207訓練部隊の面々と接触を図った事で、前回の世界でのオルタネイティヴⅣは成功したと言っても過言では無い。
それ以上に苦楽を共にした彼女達と過ごす事が許されない事の方が武にとっては辛かったのである。

「あーもうっ五月蠅いわねぇ!!解ったわよ。アンタには訓練部隊の特別教官をやって貰うわ。そうすれば彼女達との関係も築けるでしょ?」
「お、俺が教官?・・・でも207訓練部隊には神宮司軍曹が居るじゃないですか?」
「あー言えばこう言う・・・ったく、そうよ207訓練部隊にはまりもが居るわ。
だからアンタは特別教官。基本的には、まりもに任せてアンタは手が空いた時にあの子たちの面倒を見る。これなら問題はないでしょ?」
「でも、俺まだ任官されてませんよ?それにここの訓練部隊の教官は軍曹までだって・・・」
「アタシを誰だと思ってるの?その程度の事アタシの手にかかればどうってことないわ」
「しかしっ!」
「五月蠅いっ!これはもう決定事項なのよ。アンタは本日只今を持ってアタシ直轄の特務大尉!・・・良いわね?」
「特務大尉って、そんないきなり・・・」
「前に言ってたじゃないの。アタシに認めて貰おうにも、計画をサポートしようにも訓練兵じゃ話にならない・・・同じ情報でも訓練兵が言うのと基地司令が言うのとでは、まるっきり重みが違う・・・とか言ってなかったっけ?」
「・・・確かにそんな事言ったかも知れません」
「じゃ、問題無いじゃない。と言う訳でアンタは少佐相当官の特務大尉って事で決定ね」
「さ、更に凄い階級になってるじゃないですかっ!!特務大尉ってだけでも驚きなのに、少佐相当官って何ですかそれっ!!」
「だってアンタには207訓練部隊の教官以外にも、A-01部隊の教官もやって貰うからよ?」
「更にヴァルキリーズの教官までって・・・先生一体何考えてるんですか!?」
「白銀・・・アンタ、自分の言った事には責任を持ちなさいよ?アタシに認めて貰って、更には計画のサポートもするんでしょ?認めるのはどうでも良いとして、
サポートして貰うからにはアンタにもそれ相応の立場が必要になって来る・・・一訓練生では発言力なんて物は無いに等しいわ。
ある程度の権限を持たせるのは別にアンタの為じゃない・・・全てはアタシの計画の為よっ!」
「うわ、言い切ったよこの人・・・」
「何か言ったかしら?あんまりグダグダ言ってるとこっちにも考えがあるわよ?」

そう言った彼女の表情は、かつて武が幾度となく見せ付けられた顔だ。

『や、ヤバい・・・あの顔はマジだ・・・しかも、何か恐ろしい事を考えてる時の顔だ・・・さっきから俺の第六感やら危険を知らせるセンサーが全力で反応してる・・・』

彼の脳裏に様々な悪夢が浮かぶと同時に背筋に嫌な汗が流れる・・・

「し~ろ~が~ね~」
『ヤバいっ!マジでヤバい!ええいっ、こうなったらもう腹を括るしか無い。どうにでもなりやがれっ!!』
「い、いえ何でもありませんっ!白銀 武、本日只今を持って香月 夕呼副司令直轄の特務大尉として粉骨砕身、全力でサポートさせて頂きますっ!」
「あら、随分とまあ簡単に納得してくれたわね。それじゃ、そう言う事でヨロシク~」

『やられた』・・・武は心の中でそう呟いた。
初めからこの人はそのつもりだったのだ・・・
先程の表情も演技だろう。
毎回毎回そうだが、良い様に彼女の手のひらで転がされている・・・
自分は一生この人には勝てないんじゃないだろうか?
彼女の前では常に敗北と言う二文字が付いて離れない・・・
武はそう思うしか無かった・・・


「香月副司令、我々はどうすれば・・・?」

漫才の様な会話を止める為にキョウスケが口を開く。

「ああ、ごめんなさいね。一応アンタ達にも階級とIDを用意するわ」
「一つ宜しいでしょうか?」
「何かしら?」
「自分達の機体は今何処に?」
「安心しなさい。この基地でも一番安全で安心のおける場所に搬入させてあるから大丈夫よ」
「機体の状態は?」
「・・・それに関しては、アタシからは何とも言えないわ」
「どう言う事でしょう?」
「先ず初めに、黙って調査させて貰った事は謝るわ。目に見える範囲の調査結果だけど、現状では殆どの機体が大破状態に近い。中には比較的損傷の少ない機体もあるけど、修理しようにも使用されている技術が違い過ぎるのよ。戦術機のパーツが使えるかどうかはもっと大掛かりな解析が必要になるわ。その為には内部構造の調査なども必要になって来るし、アタシ達だけじゃかなりの時間を要するわね」
「なるほど・・・」

キョウスケは解っていた。
転移直後にざっと見まわしただけだが、自分達の機体が受けたダメージは相当の物だと言う事が・・・
中でもMk-Ⅱと弐式の損傷は酷い物だった・・・
たった2機で仲間を守る為の楯となったのだ。
ブリットやクスハが無事だったのは奇跡に近いと言っても過言では無い。
これからどうすべきかを考えるキョウスケを他所に、夕呼は再び武に話しかける。

「白銀、まりもには話を付けておいてあげるから、とりあえずアンタは207訓練部隊の所へ向かいなさい。
IDやその他諸々は後でピアティフにでも届けさせるわ」
「了解しました。それじゃ、行ってきます。キョウスケさん達もまた後で」
「ああ、俺も君に色々と聞きたい事がある」

そう言うと武は執務室を後にしようとしたが、ふと自分の服装について気付く。

「先生」
「何?」
「服ですよ服、流石に大尉として出向くのに訓練兵と同じ恰好じゃ不味いでしょ?」
「ああ、アンタが前に使ってた部屋あるでしょ?あそこ使えるようにしてあるから、そこで着替えて行きなさい・・・場所は覚えてるわよね?」
「大丈夫です。それじゃ行ってきます」

そう言うと武は、今度こそ執務室を後にした。
彼が部屋を出た直後、夕呼は机の上にあるインカムでどこかに連絡を取り始める。
恐らく、先程言っていた訓練部隊だろう。
頃合いを見計らってキョウスケは自分達の機体を確認させて欲しい事を伝える。

「そうね、下手に触ったりして爆発でもしたら困るし、一度見て貰いましょうか・・・」

そう言うと夕呼は皆を引き連れて第90番格納庫へと向かう事にした。



その頃武はと言うと、注意しながらも自分の部屋へと向かっていた。
一応特務大尉と言う事になっているが、注意するに越した事は無い。

『なんだかスニーキングミッションを得意とする某ゲームの主人公みたいだな・・・』

武が心の中で呟いたとおり、その動きは彼に似ていた。
と言っても、流石に段ボールを被ったりはしてはいないのだが・・・
自分ではそう思っていないのか、第三者から見ればその動きは非常に怪しい。
本人は注意しているつもりでも、その行動は不審者と見られてもおかしくない動きだった。
通路の曲がり角で壁に張り付き、先を覗き込んで安全を確認してから進むなどと言う行為は、彼らしいと言えば彼らしいのだが・・・


運良く誰にも見つからないまま自室に到着すると、国連軍の制服に着替えエレベーターへと向かう。
1階フロアに着いた時、彼の眼に懐かしい顔が飛び込んできた。

・・・神宮司まりも・・・

元の世界、そして前の世界でも自分にとっては掛け替えの無い存在・・・
自分にとっては記憶にあるだけの存在の筈なのに、気づけば彼の眼は涙が浮んでいた・・・

「お待ちしておりました白銀大尉・・・どうかされましたか?」

敬礼をし、様子がおかしい事に気づいたまりもが武に問う。
武はハッとしながらも敬礼を返す。

「すみません、まり、神宮司軍曹・・・こちらこそお待たせしました」
「いえ、大尉」
「では、案内の方よろしくお願いします」
「ハッ・・・、あの大尉・・・よろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「できれば敬語はお止め下さい・・・私の方が年上でしょうが、私の方が階級は下ですので・・・」

武は懐かしさの余り『まりもちゃん』と呼んでしまいそうになった上に敬語で話しかけていた。
前の世界では任官される前までは、まりもは自分の上官であり教官だった。
気を付けているつもりでも、その癖が抜けきって無い為か想わず敬語で話してしまっていたのである。

「すみま・・いや、すまない軍曹。実はあまり慣れていないのだ・・・」

武は使いなれない言葉で返す。

「いえ、こちらこそ下官に有るまじき発言をお許し下さい」
「構いませ、っと構わん・・・では、案内を頼む」
「ハッ、こちらです」

そう言うとまりもは士官学校施設の方へと歩き出す。
武もそれに続く形で歩き出した。

その間、武はこれから再び会う事になる207訓練部隊の面々とどう接するかを考えていた。
いや、正確には心が躍っていたと言う方が正しいであろう。
あの時、桜花作戦において、自分を守り、そして先へ進める為、人類の未来を守る為に散って逝った彼女たち・・・
もう会えないと思っていた彼女たちに今こうして再び会えるのだ・・・
嬉しさの余り自然と顔が綻ぶのが自分でもよく分った。
それに気づいたまりもが訪ねる・・・

「大尉、どうかなさいましたか?」
「え?」
「いえ、随分と嬉しそうな顔をなさっていたもので・・・」
「・・・いや、何でもないよ」
「・・・そうですか、もうすぐ到着しますので・・・」

そう言うとまりもはそのまま先を急いだ・・・

見覚えのあるグランド・・・そして校舎・・・自分もここで訓練を受けていた事が随分と昔に感じられた。
暫くすると自分達の方へ眼鏡をかけた少女が近づいてくる・・・

『委員長・・・』

武は心の中で呟く・・・再び委員長こと榊 千鶴に会えた事が嬉しかったのだ。
千鶴はまりもと2,3会話をした後、大声で招集を掛ける。

「207訓練部隊集合っ!!」

召集の掛け声に釣られ、今までグランドにて訓練をしていた面々が集合する。
そこには、再び会う事は出来ないであろうと思っていた懐かしい顔が揃っていた・・・
自分でも自然と顔が綻ぶのが分かる。

『たま・・・彩峰・・・そして・・・』

そう心の中で呟きながら顔を見回す・・・
次に瞑夜の顔を見ようと思ったその瞬間であった・・・

「た、タケルっ!!・・・よもや再びそなたに会えようとは・・・うっうぅ・・・」

武は一瞬何が何だか解らなかった・・・冥夜と目が合った瞬間、彼女はその顔に涙を浮かべながら武の胸に飛び込んできたのだ。
突然の出来事に周囲の人間は呆然としていた・・・
何が何だか分からない・・・それが武の率直な気持ちだ。

戸惑いと驚きを隠せないまま、無情にも時間だけが流れて行くのであった・・・


あとがき

第3話です。
相変わらず自分の才能の無さに落ち込んでおります・・・
今回の話でタケルちゃんは少佐相当官の特務大尉に任命されました。
初めは中尉位にしようかと思っていたんですが、色々と考えた末に少佐相当官の特務大尉に落ち着きました。
これは後々の為に考えた結果です。
キョウスケ達のPTに関しては、次のお話以降で更に詳しく書かせて頂くつもりです。
上手く纏めて皆様のご期待に沿えるようにできれば良いのですが・・・(苦笑)

駄文で申し訳ありませんが、ご感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第4話 再会
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/16 23:44
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第4話 再会




「タケルッ・・・タケルっ・・・」

目に涙を浮かべながらその少女は武の名を何度も繰り返し叫ぶ・・・

・・・御剣 冥夜・・・

元の世界で突然自分の家に押しかけて来た少女・・・
前の世界、その前の世界では共に戦った少女・・・
再びこの世界に戻って来たと言う事は、彼女との再会も当然である・・・
武にとってはそれは心待ちにしていた事ではあったが、以前とは状況が違う・・・
初めてこの世界に来た時、武は自分が知っていると言う事で彼女に抱きついてしまった事がある。
しかし、此方側の世界では彼女は自分の事を知っている訳が無かった・・・
そして二度目のループ・・・その時はそれを踏まえた上で行動していた訳だったのだが・・・

「ちょ、ちょっと落ち付けって冥夜・・・」
「っ!・・・そ、そなた、私の事が分かるのか?」
「ああ、だからとりあえず落ち着けって」
「・・・あ、ああ、すまない・・・嬉しさの余りつい・・・」

そう言うと冥夜は、恥ずかしそうにしながら後ろへ下がる。
事態が飲み込めない周囲は、ただ茫然としているしか無かった・・・
それに気づいたまりもが咳払いをしつつ話し始める。

「大尉は御剣訓練生とお知り合いなのですか?」
「・・・ええ、まあ・・・」
「そうでしたか・・・ですが、御剣訓練生っ!!」

そう言うと、まりもは冥夜の方を向く。

「いくら知り合いと言っても相手は上官だ・・・分を弁えんかっ!!」
「・・・失礼しました」
「い、いや、構わん・・・軍曹、話を続けてくれ・・・」
「ハッ」

そう言いながらも武は考えていた・・・

『何故俺の事を冥夜が知っているんだ・・・それ以前に前の世界とは全然違う事が起こっている・・・これもイレギュラーの一つと言う事なんだろうか・・・』

その間にもまりもは淡々と説明を続けていた。

「本日付で我が207訓練部隊の特別教官に就任された白銀 武大尉だ。皆、粗相のないようにな・・・では、大尉どうぞ・・・大尉?」

武は呼びかけられハッとした。
慌てて自己紹介を始める。

「白銀だ、先程の紹介にもあったように本日付で207訓練部隊の特別教官として就任する事となった。いきなりの事で皆驚いているかもしれないが、今後ともよろしく頼む」
「敬礼っ!」

まりもが指示を出す。
続けて、207訓練部隊の面々が自己紹介を始める。

「榊 千鶴訓練兵です。207訓練部隊の分隊長を務めております」
「・・・彩峰 慧訓練兵です」
「珠瀬 壬姫訓練兵です」
「・・・御剣 冥夜訓練生です・・・白銀大尉、先程は失礼いたしました・・・」
「現在負傷して入院中の訓練生が1名、207訓練部隊員は以上です」

簡単な自己紹介が終わる。
今日はあくまで顔合わせだ。
武は冥夜の事が気になったが、これ以上ここに留まる理由が無い。
どうしたものかと考えてはいたものの、なかなか良い案が浮かんでこない・・・
この件に関しては後で考えようと思った彼は、夕呼の所へ戻る事にした。

「時間を取らせて済まなかったな、各自訓練に戻ってくれ」
「ハッ!・・・敬礼っ!」

敬礼を終えると、皆は訓練に戻って行く。
しかし、冥夜は武に対して何か伝えたい事がある為か、直ぐにその場を離れようとはしなかった。
武も彼女に対して聞きたい事があったのだが、ふと横に目をやると、まりもが今にも怒鳴りそうな雰囲気で居る事に気づく。
このままでは不味いと判断した武は、とっさに口を開いていた。

「御剣訓練生。俺に対して何か質問があるのなら後で時間を作ってやる。今は訓練中だと言う事を忘れるな」

武はこの場ではあくまでも上官であると言う立場ゆえにこう言うしか無かった。
しかし、彼女はその言い方から何かを察したようだ。
一言、『失礼しました』と言うと、急いで訓練に戻って行く。
武はまりもに夕呼の所へ向かう事を伝えると、その場を後に執務室へ向かった。
その道中、慣れない言葉を使った為か軽く頭痛がしているような気がしたのは言うまでもない。



・・・第90番格納庫・・・

夕呼に連れられたキョウスケ達は、自分達の機体が運び込まれた90番格納庫へ来ていた。
90番格納庫は彼らが思っていたよりも広く、この大きさならば特機であるソウルゲインなども易々と格納可能であろう。
格納庫の一区画には囲いの様な物が組まれており、夕呼が言うには彼らの機体はそこにあるそうだ。

「とりあえず整備兵達は一度下がらせたわ。機体に関しては、計画絡みの試作機と伝えてあるから安心して頂戴。それからこの格納庫内のスタッフは極秘計画専用に集められた者達ばかりだから、情報が外部に漏れる心配は無いわ」

ここのスタッフは守秘義務と言う物が徹底されていると言う事だろう。
それは彼女の口振りからも想像できる。
先程彼女が話していたオルタネイティヴ計画絡みだと伝えれば、易々と情報漏洩などは起きないであろうとキョウスケ達は考えていた。

「後はアンタ達に任せるわ。適当な所で切り上げて、さっきの場所へ戻ってきてくれるかしら?」
「了解しました」

そう言うと彼女は格納庫を後にする。

「とりあえず、各自分担して自分の機体からチェックしましょうか?皆も自分の機体が気になってしょうがないでしょうしね?」
「そうだな・・・香月副司令の性格から考えてあまりのんびりはしていられんだろう。一時間したら一度ここに集合し、各機の状態を報告してくれ」
『『「了解っ!」』』

そう言うと彼らは各自の機体へと散って行く。
キョウスケは自分の愛機であるアルトアイゼンリーゼの前に来ると、改めてその損傷度を確認すると共に今後どうすべきかを考えていた。

「やはり酷いものだな・・・」

彼の機体は、現在戦術機用のハンガーに固定されている。
外見から解るそのダメージは散々なものだ・・・
脚部は殆ど原形を留めていない。
更に、バックパックやスラスターと言った物は殆ど大破していた。
幸いな事に、上半身は数か所の装甲破損程度で済んでいる。
まさに奇跡と言っても過言では無かった。
下半身の損傷と比べ、上半身の損傷は不自然なぐらいだ。
まるで何者かの意思が働いているかの様に・・・

「・・・外部の損傷は戦術機とやらのパーツで何とかなるかもしれん・・・問題は中身だな・・・」

そう呟くと、彼はリフトを用いてコックピットへと向かう。
コンソールを操作し、ロックを解除した彼は自己診断プログラムを走らせる。
暫くして、モニターに様々な情報が提示される。
一つ一つその内容を確認し終えた彼は、一端外へ出るとエクセレンの所へ向かう事にした。

「エクセレン」
「な~に?」
「ヴァイスの様子はどうだ?」
「んー・・・難しいわねぇ・・・」
「どうした?そんなに酷いのか?」
「ちょっと待っててくれる?もう直ぐ終わると思うから~」

彼女はそう言うと作業を続ける。
彼女を待つ間、キョウスケはヴァイスを眺めていた。
外観からも分かるように、彼女の機体は比較的ダメージが少ないようだ。

『ヴァイスに関しては特に問題は無さそうだな・・・しかし、エクセレンは難しいと言っていた。何かしらのトラブルを抱えていると考えるべきだろうな・・・』

暫くして、作業を終えたエクセレンがキョウスケの元にやって来る。

「どうだ?」
「んー・・・一応、この子には自己修復機能があるから大丈夫だと思うんだけど。自己診断プログラムの結果は微妙なモノだったわ」
「どう言う事だ?」
「私のヴァイスちゃんはアインストによって『超絶マ改造』が施されてる訳なんだけど、部分的にPTのパーツが残ってるのよねぇ・・・多分、爆発の衝撃が原因でそこがダメージを受けてるみたいなのよ」
「では使えないと言う事か?」
「動くのは動くと思うんだけど、現状じゃ100%の力は出せないでしょうねぇ
・・・こればっかりは実際に動かしてみないと私でも分からないわ」
「・・・そうか」

やはりネックとなるのはPT用のパーツであった。
恐らく、他の機体も一番のネックとなるのはそこであろう。
現状では戦術機のパーツを用いて修復が可能かどうかも分からない。
彼等には戦術機に関する知識が無いのだから当然ではあるのだが・・・

「・・・そろそろ時間じゃ無い?」
「そうだな・・・一度さっきの所へ戻るとしよう」

そう言うと彼らは、先ほどの場所へと戻る。
集合場所には既に何名か集まっている様だ。

「どうだった?」
「私のペルゼインは特に問題ありませんの。時間が経てば元通りになると思いますのよ」
「そうか、アクセル、そっちはどうだ?」
「ソウルゲインには自己修復能力がある・・・だが、その力にも限界と言う物がある・・・これがな」
「そんなに酷いのか?」
「使えない訳では無い。100%の能力を発揮するにはちゃんとした場所での整備が必要だと言う事だ」
「・・・私のヴァイスちゃんと同じなのね。ラミアちゃんの方はどうだったの?」
「私のアンジュルグに関しては、機体そのものは問題ありません。ですが、兵装システムの損傷が酷すぎますです・・・酷すぎます。武器の殆どが使用不可能と言ったところでございますですわ・・・」
「そう・・・後はブリット君達だけど・・・そう言えばアルトちゃんはどうだったの?」
「・・・無事だったのは上半身だけだな。脚部やバックパックの損傷は思ったよりも酷い・・・幸いにもバンカーやクレイモアユニットは無事だった・・・不自然なぐらいにな。恐らく脚部とバックパックを補う事が出来れば何とかなるだろう」
「何とかなれば良いけどねぇ・・・あ、ブリット君達が戻って来たみたいよ?」

機体の状況について話し合っていた彼らの元に遅れてブリット達がやって来た。
しかし、彼らの表情は重い・・・
特にブリットとクスハの二人からは最悪の状況だったのだろうと言う事が見て取れる。

「遅くなって申し訳ありません中尉」
「構わん。それでどうだったんだ?」

そう言われた彼らは、順番に自機の損傷具合について話し始める。
しかし、彼らの表情から察する通り、残る機体の損傷度は最悪のモノだった・・・
特にMk-Ⅱと弐式は、キョウスケの予想通り完全に使用不可能な程大破していた。
彼ら二人の機体は仲間を守る為の盾となったのだから当然である。
特にダメージを受けていたのはジェネレーターで、恐らくフィールド展開時の過負荷が原因であろう。
残るビルトシリーズ3機は、Mk-Ⅱや弐式に比べれば比較的損傷は軽微ではあるのだが、それでも直ぐに使用可能であるかと問われればNoと言わざるを得ない状態だった。

「・・・状況は最悪だな・・・」

そう呟いたキョウスケは、改めて自分達の置かれた状況を確認していた。
比較的損傷の低かったラインヴァイスリッター、ソウルゲイン、ペルゼイン・リヒカイトは簡単な整備で使えるようになるだろう。
しかし、その性能をフルに発揮させようとするならば、今の状態では無理だ。
そして、殆ど大破に近い状態のPT達。
戦術機のパーツを回して貰う事で修復が可能かもしれないが、完全に元通りと言う訳にはいかないだろう。
何か方法は無いものかと考えているが、流石の彼も手詰まりだ・・・

「とりあえず俺は香月副司令の所へ報告に行ってくる。お前達は自分達の機体の無事な汎用パーツを探しておいてくれ」
「そんな物探してどうするのよ?」
「現状では修理もままならん。他の機体から部品を調達してでも修復するしか無いだろう?」
「なるほど、そう言う事ね。でも、私達だけじゃ手が足りないんじゃ無い?」
「その辺は副司令に整備兵を回して貰う様手配するつもりだ」
「・・・あの人の性格からすると何かしら要求されるんじゃ無い?」

確かにそうだ、彼女の性格を考えるとタダで整備兵を回してくれるとは考えにくい。
どうしたものかと考えていると徐にアクセルが口を開いた。

「俺達の機体のデータを取らせてやると言えば問題無いだろう・・・あの女にしてみれば俺達の機体データはかなりの価値がある。科学者と言うモノは昔っからそう言うものだ・・・これがな」
「形振り構ってはいられんか・・・」
「でも良いの?一応機密よコレ・・・」
「状況が状況ですもの、私は仕方ないと思うですの。それに、皆が黙っていれば問題無いですの」
「あ、アルフィミィちゃん!?・・・もう、仕方ないわねぇ・・・」
「そう言う事だ。後は頼んだぞエクセレン」

そう言うとキョウスケは執務室へと向かう事にした。


30分程前・・・

武は執務室へと戻ってきていた。
彼は先程の冥夜とのやり取りを夕呼に話すかどうかを悩んでいたのだが、肝心の彼女は彼が部屋に戻った時には居なかった。
彼女以外のメンバーも姿を消していたので恐らく夕呼と一緒に何処かへ行ったのだろうと考えた彼は、霞にもちゃんとした挨拶をしていない事を思い出す。

「先生は居ないみたいだし、霞の所に行ってみるか・・・そう言えばドタバタしてて純夏の様子も見に行って無いしな」

そうやって一人呟いた彼は、一端執務室を出て霞と純夏の居る部屋へと向かう。
同じフロアに在る彼女らが居る部屋へ向かう廊下は薄暗い。
そしてその無機質な廊下は、歩く度にコツコツと高い音をその空間に響き渡らせる。
まるで侵入者を拒むような空間だ・・・
ひょっとしたら何か出てくるんじゃないだろうか?
気の小さい者や怖がりな者であったならば逃げ出すかもしれない・・・
そんな事を考えながら彼は歩いていた。
そうしている間に彼女達の居る部屋のドアへと到着する。
必要は無いかもしれないが、一応の礼儀としてドアをノックすると、武は部屋へと入る。

「・・・霞・・・」
「・・・お帰りなさい白銀さん・・・」
「ああ、ただいま・・・さっきは悪かったな。ドタバタしてたもんでロクに挨拶も出来なくてさ」
「・・・構いません」
「霞、元気してたか?・・・と言っても、俺にとっちゃつい昨日別れたばっかりなんだけどな・・・」

武は笑みを浮かべながら言う。

「・・・私は約2年ぶりです・・・白銀さんにまた会えて嬉しいです・・・」

霞が見せた笑顔・・・
それは自分にしてみればつい先日の事なのに、随分長い間見て無かったように思える・・・
初めて会った時の霞に比べれば、随分と明るくなったものだ・・・
そう思いながらも武は会話を続ける。

「・・・純夏は、相変わらずか?」
「・・・はい・・・話しかけてみても、返ってくるのは暗いイメージばかりです・・・」
「・・・そうか」

霞のその言葉に武は落胆した・・・
ひょっとしたら純夏にも自分と同じ様な事が起こっているのでは・・・?
そう心のどこかで思っていたのだ・・・
その表情を察してか、霞が口を開く。

「・・・大丈夫です白銀さん、純夏さんはきっと元気になります。そして、あの笑顔を私達に見せてくれる筈です・・・」
「そうだな・・・霞が付いて居てくれるんだもんな」
「・・・それは違います。白銀さんが居るからです・・・純夏さんも白銀さんに会いたがっている筈です。純夏さんを信じて待っていてあげて下さい・・・だからそんな顔をしないで・・・」
「ありがとう霞・・・そうだよな、こんな顔してたら純夏に何言われるか分んないよな・・・」
「・・・はい」
「そう言えば、先生達が何処に行ったか知らないか?部屋に行ってみたら誰も居なかったんだよ」
「・・・多分あの人達の機体を見に行ったんだと思います」
「と言う事は90番格納庫か・・・まだID貰ってないし、今の俺じゃ行く事が出来ないんだよなぁ・・・」
「・・・」
「ん、どうしたんだ霞?」
「・・・いえ、何でもありません」
「そっか・・・」
「・・・どうやら博士が戻ってきたようです・・・」
「じゃあ、純夏に挨拶してから先生の所に行くよ」
「・・・はい」

彼女にそう告げた武は純夏の脳髄が収められているシリンダーへと目をやる。
それは相変わらず青白い輝きを放ったままだ・・・
自分が目の前に現れれば何かしらの変化が有るのではないかと期待していただけに少々落胆していた彼であったが、
直ぐに気を取り直すと彼女に話しかけてみる事にする。

「ただいま純夏・・・何故だか解らないんだけど、また戻って来ちまったんだよ俺・・・ごめんな・・・あの時俺がもっと頑張っていたらお前をこんな風にしなくて済んだのに・・・」
「・・・白銀さん・・・」
「っと、悪い・・・こんな顔してちゃいけないよな。ハァ~俺ってば成長しないよなぁ・・・毎度毎度自分が情けなくなってくるぜ」

そう言った彼は即座に気持ちを切り替える。

「純夏、もう少しだけ待っててくれ。近いうちに必ずお前を自由にしてやるからな・・・その時はまたあの笑顔を俺達に見せてくれよ?霞だってお前にまた会いたいって思ってるんだからな」
「・・・そうです純夏さん。私も早く元気な純夏さんに会いたいです・・・っ!?」
「どうした霞?」
「・・・い、いえ・・・今何か反応があった様な気がしたんですが・・・」
「ほ、本当か?」
「・・・解りません。微かに何かを感じたような気がしたんですが、今は何も感じ取れません」
「分かった・・・しばらくの間純夏の事頼むな。俺もなるべく時間を作ってここに来るようにするからさ」
「・・・はい」
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ・・・またな霞」
「・・・はい・・・バイバイ・・・」
「ああ、バイバイ」

そう言うと武は二人の居る部屋を後にし、夕呼の居る執務室へ向かった。

「先生失礼します」

そう言うと武は部屋の中へと入る。

「あら白銀、意外と早かったわね」
「少し前に戻ってきてたんですが、先生が居なかったんで霞達の所へ行ってました。キョウスケさん達は90番格納庫ですか?」
「ええ、彼らは自分達の機体を見に行ってるわ」
「どんな感じなんでしょうね?」
「そのまま使うのは多分無理でしょうね。使える機体があればそのまま使って貰うとして、無理な場合は彼らにも戦術機に乗って貰うつもりよ」
「でも直ぐに用意できる機体なんてあるんですか?」
「不知火の予備機を回す事になるでしょうね・・・もしくは試作機を使って貰う事になると思うわ」
「試作機ですか?」
「第四計画と並行で進めている計画があってね。近々その機体の試作1号機が組みあがる予定よ」
「それをキョウスケさん達に使って貰うんですか?」
「残念ながらそれとは別の機体よ。試作1号機はアンタにテストして貰う予定」
「お、俺がですか?」
「そう、この機体は第四計画の概念実証も絡んでいるわ。それから、この計画は国連軍のみで行われている計画では無く、正確には横浜基地と帝国斯衛軍との共同開発なのよ」
「前回の世界じゃこんな話ありませんでしたよね?」
「そうね・・・この計画は斯衛軍から打診されてきたの・・・煌武院 悠陽殿下直々の親書と一緒にね」
「で、殿下から直々にですか?」
「そう、だからアタシも驚いているのよ。斯衛軍のシンボルである武御雷が去年配備されたばかりだって言うのに、いきなり新型の開発よ?まあ、アタシにしてみればお偉いさんは何を考えているのか解らない・・・って言うのが本音ね」

先生もそのお偉いさんの一人じゃ無いのかと武は心の中で苦笑する。
しかし、今になって新型機開発計画と言うのはいささかおかしいものがある・・・
ハイヴ攻略の為の新型なのだろうか?
そう考えた彼は率直な疑問をぶつけてみる。

「・・・佐渡島ハイヴ攻略の為の軍備増強でも考えてるんでしょうか?」
「それだったらわざわざ手間のかかる新型の開発なんて行わずに従来機の量産を進めるでしょうね」
「それもそうですよね・・・ところでさっきの話に戻りますけど、試作機ってどんな奴なんですか?」
「どっちの方?」
「ああ、すみません。キョウスケさん達に乗って貰う予定の試作機の方です」
「帝国製の第3世代戦術機開発に当たって、米国のイーグルを使ってそのノウハウを取得しようとしたのは知ってるわね?」
「はい。そのノウハウをベースにして吹雪や不知火、それから武御雷が作られたんですよね?」
「実はね、それらが制作される前に何機か製造された機体があるのよ」
「じゃあなんで正式採用されなかったんですか?」
「当時の設計思想とコスト面、それから運用が困難であった事などが主な理由ね」
「そんな機体じゃ使えないんじゃ無いんですか?」
「そのままじゃ無理ね。でも当時の技術では無理だった事も今の技術を用いれば問題は無いわ。それにね、当時の資料を見ていて気付いたんだけどなかなか面白い機体なのよ。斯衛軍と進めている計画にも応用できそうな物が有ったし、第四計画にも使えそうだったから接収したってワケ」
「なるほど。流石先生と言ったところですね」
「褒めても別に何も出ないわよ?」

そんなやり取りをしている彼らの耳にドアをノックする音が響き渡る。

「失礼します」

そう言って入って来たのはキョウスケだった。

「機体の方はどうだったの?」
「何機かは暫くすれば運用可能になると思います。ですが100%の力を発揮する事は不可能でしょう。残りの機体は補修用の資材が揃わない限り修理は無理ですね」
「修理無しに使える機体があったの?」
「我々の機体の一部には自己修復機能を持った機体があります。それらは時間の経過と共に使用可能になる筈です」

それを聞いた武が目を輝かせながら『凄い』とか『ナノマシンが使われているのか?』などと聞いて来る。

「いや、詳しい事は俺にも解らん・・・副司令、ひとつお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」
「何かしら?」
「自分達の機体を修復する為に資材とスタッフをお借りしたい。現状では我々は協力しようにも機体があの様な状態ですので・・・」
「なるほどね・・・でも、此方にも条件があるわ」

やはりそう来たかと彼は思っていた。
エクセレンが言った通りタダでは動かないと思ってはいたが、この手の人間は自分にとって理に叶わないと判断した場合は簡単に動かないのが基本だ。
キョウスケは交換条件として自分達の機体のデータを提供する事を伝えると、彼女はあっさりと了承した。
やはり自分達の技術とは違う異世界の技術・・・彼女が推し進める計画にとって必要となるかもしれない物が目の前にあるのだ。
こう言った条件を呑まない者はそうは居ないだろう。

そう言った彼女は早々にスタッフを手配すると、90番格納庫へと向かわせる。
それを聞いたキョウスケは、自分も戻る事を伝えると部屋を後にする。
彼が立ち去った後、ちょうど良いタイミングだと悟ったのか、先程の冥夜とのやり取りについて夕呼に聞いてみる事にしたのだが・・・

『先生にも冥夜の事を聞いてみるかな・・・いや、でも待てよ・・・』

だが武は一瞬躊躇した。
冥夜からは何も聞いてはいない。
ここで下手な事を言ってしまうより、様子を見てから話す方が良い・・・
一人難しい顔をしていた彼に気付いたのか、何を考えているのかと武に問いただしていた。

「い、いや何でもありませんよ先生」
「その割には難しい顔をしてたじゃ無い?何か言いたい事があったんじゃないの?」

なかなかカンの鋭い人だと武は思っていた。

「何よ、言いたい事があるなら早く言いなさい?」

『別に何でもない』と答えようと思ったが、次第に彼女の表情は険しくなって行く。

「えーっと・・・そ、そうだっ、OSですよOS」

このままでは不味いと思った武はOSについての話題に変える事にした。

「OS?ああ、XM3の事?」
「そうですよ、今回はなるべく早く作って貰えると嬉しいんですけど・・・」
「それならもうプロトタイプが出来てるわよ?」
「へっ・・・?」
「アンタが来るだろうと思ってたから、一応ベースになる物は既に作っておいたわ。ただし、初期のデータ取りとかはやってないから、この辺はアンタにお願いする事になると思うけど・・・って言うより、基本的にアンタの戦術機動概念をトレースする為のOSだからね、アンタが居ない事にはβ版すら完成させられないわよ」
「そう言う事なら明日にでもデータ取り作業を手伝いますよ」
「頼むわ・・・今回も社に無理させちゃったんだから、後でお礼、言っておきなさいよ?」
「はい」
「じゃ、私は他にやる事があるから、アンタは自分の部屋に戻りなさい」
「解りました」

そう言うと、武は部屋を後にする・・・



自分の部屋に戻って来た時には夜9時を回っていた。
これからどうするかを考えていると、不意に部屋の外に気配がする事に気づいた・・・
暫くして外の誰かがドアをノックする。

『こんな時間に誰だ・・・?』

そう思いながらも武は返事をする。

「はい」
『・・・タケル、私だ。その・・・少し話したい事があるのだが・・・』
「ああ、冥夜か・・・ちょうど良かった。俺もお前に話したい事が有ったんだ、入ってきてくれ」
『うん、解った』

そう言うと彼女は武の部屋に入る。
だが、その表情は何故か少し暗い・・・

「どうした?」
「い、いやすまぬ・・・昼間はいきなりあの様な事をしてしまって・・・」
「気にするな・・・まあ、いきなりで俺も驚いたけどな・・・」

そう言いながら、武は笑みを浮かべる。

「で、話ってのは何だ?」
「・・・実は、この様な事そなたに話しても信じて貰えるかどうか解らないのだが・・・」
「何だ言ってみろよ?」
「う、うむ・・・実は、私は一度死んだ筈なのだ・・・あの時、桜花作戦に参加しあ号標的と対峙した際に・・・そして、気が付いたら私はそれまでの記憶を持ったまま自分の部屋で目が覚めたのだ・・・」

同じだ・・・武はそう思う他無かった・・・
話を聞く限りでは彼女も自分と同じ事を体験している・・・

「ば、馬鹿げた話をしていると思うかもしれない・・・でも、確かに私は時間を遡り過去の世界へ来てしまったのだ・・・信じて貰えぬかタケル・・・?」
「・・・ああ、信じるよ。お前がそんな冗談みたいな嘘を言う訳が無い・・・実を言うとな、俺にもその時の記憶があるんだ・・・」

そう言った武の表情は暗く口調も重い・・・
それはあの時、仕方が無かったとはいえ彼女に手を掛けてしまった事が原因だった・・・
それを察した冥夜が口を開く。

「まさかそなた、あの時の事を気にしているのか?」
「・・・ああ、仕方が無かったのは解ってる・・・でも、俺は作戦遂行の為、あ号標的を倒す為にお前を・・・いや、お前達を犠牲にしちまったんだ・・・これは許される事じゃ無い・・・」
「・・・タケル・・・」

タケルの表情は尚も暗い・・・

「タケル・・・お願いだからその様な顔をしないでくれ・・・私は今こうやって生きている・・・あそこで私の命は潰えてしまったかもしれない・・・でも、今の私はこうやって生きてそなたの目の前にいるのだ・・・
その様な顔をされると・・・」

武に釣られるように冥夜の表情も暗くなる・・・
その眼にはうっすらと涙が滲んでいた・・・

それに気づいた武はハッとした・・・
自分は二度とあのような事が起こらない様にする為に再び動き出したのだと・・・
それなのに、冥夜にまで心配をかけてしまっている・・・

『何やってんだ俺は・・・』

武は自分にそう言い聞かせると彼女に話しかけた。

「スマン冥夜、お前もそんな顔しないでくれ・・・今はそんな話をしてる場合じゃ無かった」
「・・・タケル、そうだったな・・・それよりも、そなたもあの時の記憶が有ると言ったな?」
「ああ、俺にもその時の記憶がある・・・俺はこの記憶や経験の事を前の世界の記憶と便宜上名付けているけどな。冥夜、この事は他の誰かに話したりは?」
「いや、自分からこの様な事を話したのはそなたが初めてだ・・・」
「・・・そうか・・・『ん?』」

武はふと疑問に思った。
冥夜は今『自分から』と言った・・・と言う事は、以前に誰からかそういう話をされたと言う事になる。
初めは夕呼かとも思ったが、あの人が冥夜も記憶を持っている事を言わないだろうか?
性格から考えると言わない可能性もあるが、この手の話はかなり重要な話だ・・・隠し立てする必要性は無い。
そう考えると武は、恐る恐るその相手が誰なのかを聞いてみる事にした・・・

「冥夜・・・」
「どうしたタケル?」
「さっきお前は『自分から』って言ったよな?それって他の誰かに尋ねられた事があるって事か?」
「・・・ああ、そうだ」
「それって誰なんだ?もし良かったら教えてくれないか?」

武はあえて夕呼の名前は出さずに問う。
彼女はどうすべきかと言う様な表情を浮かべた・・・
直ぐに答えられないと言う事は、よほどの人物なのか?
そう思っていると、ゆっくりと冥夜の口が開く・・・



その名前を聞いた時、武は驚かざるを得なかった・・・
そして、冥夜の口からその人物の名前が出てくると言う事すらも予想できなかった・・・
以前の記憶を有した人物が複数存在している・・・
異世界からの転移者・・・
そうした事象が起こっているにも拘らず、世界はその歩みを止める事は無いまま、ゆっくりと時は流れて行くのであった・・・


あとがき

第4話です。
前回のあとがきで書いた様にキョウスケ達のPTに関して書かせて頂きました。
現状のままでは運用不可能な状態に追い込まれている機体ばかりになっています。
活躍を期待していたのに・・・と言う方も多いと思います。
この辺は考えがあっての事ですのでご了承ください。
最終的には必ずOG組の機体は復活させます。
時期などはいつになるかはまだ明かせませんが、その時をお待ち下さい。

それでは感想お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第5話 姉妹の絆
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/04 01:33
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第5話 姉妹の絆




「・・・タケル、そなたも良く知る人物だ・・・」
「え?」
「・・・姉上だ」
「・・・な、何だってっ!!」

冥夜が口にした人物・・・
それは冥夜の双子の姉であり、この国の征夷大将軍でもある人物・・・

・・・煌武院 悠陽・・・

煌武院家では双子は忌児であるとされ、妹の冥夜は遠縁の御剣家へ養子と出された。
そして、あの事件・・・12.5事件の際に二人の関係は一部の者に明かされる事となったのである。
二人の立場が公のものになったその後も冥夜は彼女の事を表だって姉上と呼ぶ事は無かった。
それ以上に驚いたのは悠陽にも記憶が有ると言う事だ・・・
状況を整理する為に武は冥夜に問う。

「・・・何で殿下が・・・いや、それよりもお前、今姉上って・・・」
「・・・解らない。私自身も話を聞いた時に驚いたのだ。何故姉上にも記憶があるのか・・・」
「そうか・・・じゃあ、お前が悠陽殿下の事を姉上って呼ぶ様になった理由を教えてくれないか?」
「・・・」

その言葉に対し彼女は黙り込んでしまう・・・
迂闊だった・・・
武は昔から思った事を口に出してしまう癖がある。
彼は冥夜が自分の口から悠陽の事を姉と呼ぶ所を聞いた事が無い。
単純にどう言った理由から彼女が悠陽の事を『殿下』では無く『姉上』と呼ぶ様になったかが知りたかっただけなのだ。
しかし、この件に関しては自分が気軽に立ち入って良い事では無かったと察する。
その事を後悔した彼は素直に謝っていた。

「・・・スマン、嫌ならいいんだ。いくら俺が図々しいとは言っても、聞いて良い事と悪い事が有った・・・」
「いや、構わない・・・どこから話すべきかと考えていた」

そう言うと、冥夜は事の始まりをゆっくりとした口調で話しだす。


『あれは丁度2年ぐらい前、その頃の私はまだ訓練学校にも入隊しておらず、帝都にある実家に居たのだ・・・
明星作戦が終わった頃だったと思う・・・その日を境に自分の頭の中に変な記憶が現れたのだ。最初は疲れているからだと思っていた・・・
もしくは夢か何かだと・・・でも、それは夢と言うには余りにも鮮明で、体にもその感触が有った。それから程無くして、私はとある人物に呼び出され、向かった先に居たのが姉上だった・・・』


「・・・この様な場所に呼び出して申し訳ないと思います」
「・・・いえ、殿下・・・そのようなお言葉、私の様なものには勿体ないお言葉です・・・」
「・・・」
「・・・」

二人の間に沈黙が訪れる・・・

「・・・そなたは、やはり私の事を姉とは呼んでくれないのですね」
「今の私は将軍家所縁の者・・・たとえそれが表向きの事であり、殿下と血の繋がりが有ったとしてもその様な事はできませぬ」
「・・・」

悠陽の表情が暗くなる・・・

「・・・畏れながら殿下・・・本日はどのような御用件でしょうか?」
「・・・」
「・・・殿下?」

彼女の表情は暗いままだ・・・
しかし、このままでは話が進まない。
そう判断したからだろうか、ゆっくりと悠陽が口を開いた・・・

「そなたに尋ねたい事があります」
「なんなりと」
「最近、変な夢を見ました・・・いえ、あれは夢では無いのかも知れません・・・」
「・・・どう言う事でしょう?」
「オルタネイティヴ第四計画・・・桜花作戦・・・そして白銀 武」
「っ!!殿下っ!その者の名前をどこで!?」
「・・・やはりそなたも知っていましたか」

冥夜は驚いていた・・・
オルタネイティヴⅣに関しては日本主導で行われている極秘計画だ。
その件に関してなら知っていてもおかしくは無いだろう。
しかし、その終極とも言える桜花作戦・・・
これが実行に移されるのはまだ数年先の話であり、現段階では作戦名がつけられている筈もない。
それ以上に武の名前が出た事が一番の驚きだ・・・
この時点で彼女はは『白銀 武』の事は知らない筈である。
そう・・・二人の出会いはあの12.5事件の時だ。
それ以前に武と悠陽が出会っていた事などあり得ないと彼女は思っていた・・・

「驚くのも無理はありませんね・・・これから話す事はすべて事実です。その話を聞いた上でそなたの意見も聴かせて欲しいのです」
「・・・はい」

悠陽の口から語られた事・・・それはまさに自分の中に最近になって現れた記憶と殆どが一致していた。
武の事、オルタネイティヴ計画の事、12.5事件の事・・・そして、あの時手渡された人形の事・・・

「・・・殿下」
「どうしました?」
「・・・実は、私にも有るのです。これから先の未来に起こりうる・・・いや、正確には起こるであろう事態の記憶が・・・そして、私は仲間と共に桜花作戦において・・・」
「それ以上は言わなくても構いません・・・私も知っている事です・・・」
「・・・では、殿下にも私と同じ様な事が起こっていると?」
「・・・そうです」

どう言う事だろうか・・・
この様な事は普通に考えたらありえない・・・
ただ一つ分かっている事と言えば、自分と悠陽は桜花作戦終了後、それまでの記憶を持ったまま時間を遡ったと言う事だけだ・・・
徐に悠陽が口を開く・・・

「・・・あの時、私には声が聞こえたような気がしました」
「・・・声?」
「そう、そなたの声が・・・『姉上』と呼ぶ声が・・・初めてそう呼んでくれたような気がしたのです・・・私は嬉しかった、そなたに姉上と呼ばれる日が来るとは思っていなかったから・・・」

その時、悠陽の目から大粒の涙が零れ落ちた・・・

「・・・たとえ幻聴でも構わなかった・・・私はそなたから姉と呼ばれた事が嬉しくてたまらなかったのです・・・」

冥夜は全てを覚えていた・・・
平和な世界を取り戻す為、そして愛する者を守る為、自分共々あ号標的を撃てと武に言った事も・・・
凄乃皇から放たれた荷電粒子砲の閃光に消える中、自分の目の前に現れた悠陽の姿・・・
例え幻と言えどその姿を見たとき、思わず『姉上』と呼んでいた自分の事を・・・

「・・・冥夜・・・」
「・・・はい・・・」
「もう良いのです・・・掟や柵に囚われずとも良いのです・・・私は私、冥夜は冥夜なのですから・・・私とそなた、たとえ離れていても心は共に在る・・・私はそう思いたいのです・・・だからせめて、私と二人きりの時は姉と呼んでくれませんか?」

冥夜は自分の胸が締め付けられる想いだった・・・
そう・・・自分自身もかつてそう思っていたのだ。
たとえ離れていようとも、心は・・・心だけは共に在りたいと・・・
冥夜自身が気づいた時、彼女の瞳からも大粒の涙が零れ落ちていた・・・

「・・・泣かないで下さい姉上・・・今、やっと私にも決心が付きました・・・そして・・・姉上も私と同じ事を考えてくれていた事が嬉しいのです・・・」
「・・・冥、夜・・・?」
「・・・私も常々思っておりました・・・たとえ離れていても、心だけは、そしてその思いだけは共に在りたいと・・・」
「・・・やはり、私達は双子の姉妹なのですね・・・考える事まで同じとは・・・」

次第に悠陽の顔が笑顔になる・・・
それに釣られるように冥夜も次第に笑顔になっていた。

「・・・やっと・・・やっと呼んでくれましたね・・・」
「・・・え?」
「今、そなたは泣きながら私の事を『姉上』と呼んでくれました・・・」

冥夜はハッとした・・・状況に流されるままとはいえ、つい悠陽の事を姉と呼んでしまったのだ・・・

「も、申し訳ありません殿下!!」
「何を謝るのです?それに・・・先程のそなたの言葉は嘘だったのですか?」
「い、いえ・・・申し訳ありません・・・そ、その・・・あ、姉・・・上・・・」
「聞こえません・・・」
「申し訳ありません『姉上!』」
「よろしい・・・ふふふ・・・」

そう言うと悠陽は笑っていた・・・気づけば冥夜も・・・



「・・・と言う事があったのだ」
「そうか・・・良かったな冥夜・・・」
「うむ、そなたに感謝を・・・」
「・・・感謝されるような覚えは無いんだけどな」
「いや、そなたにはいつも助けられてばかりだ。私が姉上を姉上と呼べる様になったのもそなたのおかげなのだから・・・」
「そうやって改めて言われると照れるな・・・」

武は顔を赤くして答える。

「照れずとも良い。そんな顔をされてはこちらまで恥ずかしくなるではないか・・・」
「・・・スマン。ところで冥夜、何故訓練部隊に?」
「・・・何故だと?」
「ああ、殿下と上手く行ってるんだったらそのまま帝都に居ても問題無かったんじゃ無いのか?」
「・・・ハァ・・・そなたは本気でそう言っているのか?」
「いや、愚問だったな。お前はそう言う奴だったって事忘れてたよ。お前にも護りたいものがあったんだよな。その為にここへ来たんだろ?」
「・・・いや・・・私こそそなたのその鈍さを忘れていた・・・」
「?」
「いや、何でもない・・・私とて考えているのだ。もちろんそなたが言った事もここに来た理由の一つだ。だが、もしも私が記憶とは違う事を行ったとする。それが原因となって歴史が変わってしまう事も考えられた。だからなるべく以前の世界と同じ様な行動を取るべきだと思ったのだ」
「そうか・・・」
「まあ、他にも理由があるのだがな・・・」
「他の理由?」
「・・・ここに来なければ、そなたに会う事も出来ないと思ったからだ」
「そうだな・・・確かにここに来て俺に会わなけりゃ、歴史は大きく変わっていたかもしれないな」
「・・・ハァ・・・」
「何だよさっきから溜め息ばっかり付いて・・・」
「いや・・・何でもない、すっかり話し込んでしまったな。そなたも疲れているであろうに・・・」
「いや、大丈夫だ」
「そうか、では私は自分の部屋に戻るとする・・・タケル、おやすみ・・・」
「ああ、オヤスミ冥夜・・・」

そう言うと冥夜は武の部屋から出て行った。

『・・・すまないタケル・・・私がここに来た本当の理由・・・それはまだ話せないのだ・・・』

部屋を出た彼女は一人心の中で呟いていた。
彼女が横浜基地に来た本当の理由・・・
その理由は武にも関係している事だった。
この事を彼が知るのはもう少し先の話になるのだが・・・


今日は色々な事があった。
その疲れが今になって現れた為か、冥夜が立ち去った後直ぐに彼は体を休める為にベッドに横になる・・・

「・・・う~ん・・・眠れねぇ・・・」

一人呟く。
今日は色々な事が起こり過ぎた・・・
キョウスケ達の事、冥夜から聞かされた事・・・
そう思いながら、武は先ほどの冥夜の話と昼間聞かされた夕呼の話を思い出していた・・・

『先生と霞、冥夜、それに殿下も記憶を持ったまま時間を遡った・・・そして、その兆候が表れだしたのは明星作戦終了後・・・一体どう言う事なんだろうか・・・』

そう考えている間に疲れが押し寄せて来たのであろうか、気付けば彼の意識は深い闇へと吸い込まれて行く・・・


・・・翌日・・・

例によって霞に起こされた武はミーティングルームへと来ていた。
キョウスケ達にこの世界についての簡単なレクチャーが行われる為、それに参加するよう命令を受けた為だ。
この世界の日本の政治体制は内閣総理大臣を国家元首とする事とは異なり、
「皇帝」を日本帝国の元首とし、皇帝より任命された「政威大将軍」(将軍)が政務と軍の指揮権を委譲されるという形で統治している。
その下に、内閣総理大臣が位置しており、内閣総理大臣は将軍の政務を補佐する役割にある。
また、日本の首都は大政奉還後も京都であり、東京は経済中心地として発展してきた。
しかし、数年前のBETAの本土進攻の際、京都が壊滅したため現在は東京に遷都しているのである。
以前の世界の武はこの話を聞いた時は流石に混乱した。
その為、世間知らずも良い所だと言う感じの白い目で見られた事も少なくは無い。
しかし、キョウスケ達はもっと混乱していた様である。
あまりにも世界観が違いすぎたようだ・・・

程無くして、BETAに関するレクチャーが始まる。

BETA(ベータ)とは Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race の略で、
人類に敵対的な地球外起源種のことを指す。
現時点で分かっている事は、人類と同様の炭素系生命体。火星や月は既にBETAに支配されており、地球では1973年のBETA来襲以来、28年間にも渡って人類との戦争が続いている。
人類は再三BETAと接触しているが、生命体として認識されていない。
これはオルタネイティヴ計画の第3段階までの時点で分かっていることである。
BETAの言語やコミュニケーション手段は一切不明だが、高度な科学技術と、生物が生きる上で過酷な環境にも適応すると言う恐るべき能力を備えている。
地球に来た目的などは一切不明。
しかし『ハイヴ』と呼ばれるBETAの「巣」から外宇宙へシャトルのようなものを発射されているのが確認されている。
地球周辺の宇宙空間も既にBETAが支配しているが、衛星軌道上の人工衛星や、
ラグランジュ点で建造中の地球脱出用宇宙移民船などは攻撃を受けていない為、
BETAは地球そのものに対して、なんらかの目的があると現状では考えられている。
現時点で確認されている種の説明が始まり、暫くして画面が要塞級の映像に切り替わった時、キョウスケ達の表情が変わる・・・

「こ、こいつは・・・」
「どうしたの?」
「間違いないわね・・・あの時転移してきた怪物よコレ、どうやらこっちの世界のBETAって奴のお仲間だったみたいね」
「どう言う事かしら?」
「我々がこちらに転移して来るきっかけとなった事件・・・その直前に起こった重力震の時に発生した空間の歪みから、アンノウンが出現しました。それがこの要塞級と呼ばれるタイプに非常によく似ています・・・」
「・・・なるほど・・・他所の世界から転移して来るモノが居るんだもの、別に不思議な事じゃ無いでしょ?それにアンタ達の世界ではそういう転移事件が過去に何度も起こってると聞いたけど」
「ええ、ですが、この様な生物が転移してきたのは初めてです・・・」

彼らが見たと言う要塞級BETA。
現在こちらの世界で確認されている7種のうちの最大種で、全長52m、全幅37m、全高66m、標準的な特機よりも一回りほど大きい物だ。
動作は比較的緩慢であり、対人探知能力も高くはないが、防御力は高い為、120mm砲もしくは近接戦闘で、三胴構造各部の結合部を狙うのが効果的とされる。
彼らの攻撃が通じ難かったのは、弱点部位を的確に攻めれなかった事が要因であると言う事が分かった。
攻撃力は高く、10本の脚による打撃は要撃級のそれに勝るとも劣らないうえ、先端が鋭くなっているため踏みつけられると戦術機といえど串刺しとなる。
また、尾節には全長約50mの触手が収められており、その先端にはかぎ爪状の衝角(モース硬度15以上)がある。
この触手を器用に振り回して攻撃してくるため、側方・後方にも死角は存在しなくなっている。
この衝角が何かに激突した際に分泌される強酸性溶解液にも注意が必要で、戦闘の際にビルガーのシステムが一時動作不良に陥った原因もこれにあったようだ。
この時点での説明には体内から小型種が現れる事があると言う点が見当たらなかった。
恐らくはデータベースに登録されていないのであろう。
しかし、武や夕呼はその事を知っていた。
それは前の世界、横浜基地襲撃の際に解った事実であり、現時点ではこの二人以外に知っている者など居なかったのである。
かといって、情報を付け加えなかったのには理由がある。
その理由とは証拠だ。
それが無ければ皆を納得させる事も出来ないし、下手をすればそこから何を聞かれるか分かったものでは無かったからである。

「まあ、いいわ・・・その事に関しては追々考えましょう。引き続き話を続けるけど構わないかしら?」

そう言うと、夕呼は話を続けていた。

BETAについての話が終わると、次は戦術機に関する話だ。

戦術機とは対BETA戦用人型兵器のことで、正式には「戦術歩行戦闘機」という。
それまでは航空機を中心にした制空権争いが戦闘の主体であったのだが、BETAの光線属種(レーザー級)の出現により航空機が全く役に立たなくなったのである。
その為、1974年に対BETA戦用に開発されたのが人型兵器である「戦術機」だった。
戦術機は第1世代機から第3世代機まで存在し、第1世代機では機動性より防御性、耐久性を重視した重装甲装備が特徴である。
第2世代機では耐熱対弾複合装甲の使用を主要部に限定し、機体重量の軽量化と機動性の向上させている。
第3世代機では新素材による装甲の軽量化やデータリンクの高速大容量化、機動性重視の設計が特徴で、それまでの第1第2世代機と比べて機動性だけでなく、柔軟性、即応性も大幅に向上している。

基本的な操縦方法や運用方法などはPTと大差なさそうだと、この時は誰もが思っていた。

「パーソナルトルーパーだっけ?あれのパイロットをやってたんだから、
簡単な機種転換訓練で戦術機の操縦に関しては問題無いと思うわ・・・これまでの事で何か質問は有るかしら?」

これまでの説明に対し、自らの意見を伝えるべくキョウスケが発言する。

「何かしら?」
「戦術機に関する事は大体分かりました。しかし、戦力として考えるのであれば我々は自分の機体を使った方が良いと思うのですが」
「そうね・・・そう来るだろうと思って昨日の解析結果の資料を読ませて貰ったわ。提供して貰ったデータを見た結論から言って、戦術機のパーツを組み込む事で運用が可能になるかもしれない」
「本当ですか?」
「現在、双方のパーツの適合性をチェックしているところよ。上手く行けば何機かは使えるようになるでしょうね。でも、直ぐに使用可能になる訳ではないわ。それまでの間は戦術機を使って貰う事になると思う」
「なるほど」

そう言った直後、今度はエクセレンが自分達の今後の扱いについて質問していた。

「ああ、その事?それは今から説明させて貰うわ。アンタ達は極秘裏にアタシの計画に参加していた。そして、主な任務は第四計画においての試作機のテスト。それから有事の際はアタシの直衛任務を行う事となっている。テスト部隊って事にした理由は、アンタ達の機体の事もあってよ」

ここに来て少し疑問に思った事があったのだろうか。
ブリットが自分達全員がテスト部隊配属なのかと夕呼に問う。

「それに関してだけど、何名かは訓練部隊の方へ行って欲しいのよ」
「何故です?」
「それに関しては俺から説明させて下さい」

そう言ったのは武だった。
前もってこの提案をしていたのは彼で、彼も彼なりに考えがあっての事だ。
その理由はこうである。
常に自分が教官として207B訓練小隊の面々に付いている事が出来れば良いのだが、彼は特別教官と言う位置づけだ。
それ以外にも夕呼の手伝いもある。
そう言った理由から常に訓練部隊と共に居る訳にもいかない。
そこで彼女達の練度を上げる為にブリット達を表向きは訓練生と言う形で配属してはどうかと言うものだった。
無論、そのまま配属してしまってはかえって怪しまれる。
その為、他の訓練学校からの異動と言う形を取る事にしたのである。
これならば、兵役経験のある彼らであったとしても他校のレベルは自分達の物よりも高いと認識させる事が出来、尚且つ彼女達にも良い刺激が与えられると武は考えたのだ。

「なるほど、そう言う事でしたら構いません。自分達も白銀大尉のお手伝いをさせて貰いますよ」
「頼むよブルックリン少尉。それから俺の事は呼び捨てでも構わないぜ、同い年だしさ白銀でもタケルでも好きな方で呼んでくれ」
「ああ解った。じゃあ俺もブリットで構わないよ。お互い頑張ろうなタケル」
「ああ、こっちこそよろしく頼むよブリット。他の人達も階級なんか気にしないで呼んでくれ」
「解ったわ白銀君。私はクスハ・ミズハ。改めてよろしくね。私の事もクスハで構わないから」
「よろしく、クスハ」
「俺もタケルさんって呼んで良いッスか?」
「おう、構わないぞ・・・えーっと・・・」
「アラドッス。アラド・バランガ」
「よろしくなアラド」
「ウッス、こちらこそヨロシクッス。ところでタケルさん、その訓練部隊に配属になるメンバーって誰になるんですか?」
「そうだな・・・俺が考えたメンバーは比較的207小隊のメンバーと年齢が近い方がいいと思ったんだけど」
「ゲッ・・・と言う事は俺もメンバーに入ってるって事?」
「まあそう言う事になるかな」
「うへぇ・・・また訓練かよ・・・最悪だぜ」
「文句を言わないのアラド」
「・・・アラドには丁度いい機会だと思う」
「お、お前らなぁ・・・」
「ハハハ、彼女達の言う通りだぞアラド・・・えーっと・・・」
「ゼオラです。ゼオラ・シュバイツァー。よろしくお願いします白銀大尉」
「・・・ラトゥーニ・スゥボータです」
「こっちこそよろしくなゼオラ、ラトゥーニ」

そんな彼らのやり取りを見て何かを思ったのか、エクセレンが口を開く。

「若いって良いわねぇ~。副司令さんもそう思わない?」
「ちょっと、何でそこでアタシに振るのよ?大体ねぇ、アタシはまだまだ若いわよっ!!」

武は夕呼の反応に驚いていた。

『先生でもあんな反応をする時が有るんだな・・・ちょっと意外だ』

その間も夕呼とエクセレンの漫才の様な会話が続く。

「そう言うアンタこそどうなのよ?そんな発言が出るって事は実は結構おばさんなんじゃないの?」
「嫌ですわ副司令さん。私はこう見えても23歳、まだまだピッチピチなのよん」
「ムカつくわね・・・」

エクセレンの年齢を聞いた夕呼はそれ以上何も言い返せないでいた。
それを見たキョウスケが口を挟む。

「ならお前も訓練部隊に行ってみるか?」
「別に構わないわよ?さっきチラッと見たんだけど、訓練生の制服、可愛かったしねぇ~」
「キョウスケ中尉、流石にエクセレン少尉じゃ無理がありますよ」

そう言ったのはブリットだ。
その表情は苦笑いを浮かべている。

「あ~ら、ブリット君・・・それはどう言う意味かしら?お姉さんに解り易く説明して貰えるか・し・ら?」

明らかに失言だった・・・
しかし彼が後悔した時にはもう遅い・・・
そんな彼に助け船を出したのは意外な人物だった。

「ブリットはエクセレン程の人物じゃ訓練生だと言う事に無理があると言う意味で言ったんですの。
エクセレンなら訓練生よりも先生の方が似合ってると思いますのよ?」
「そうなのブリット君?」
「は、ハイッ!俺が生徒だったらエクセレン少尉みたいな方が教官だったらなぁ~なんて・・・」
「そっかぁ・・・ンフフ、そう言う事なら許してあげるわ」
「ならアンタも教官やってみる?」
「え?」
「だってアンタの同僚がそう言ってるんですもの、アタシとしては別に構わないわよ?」
「んー・・・なんだか面白そうねぇ・・・ヨシッ、じゃあこれからは私の事を女教師ブロウニングと呼んでもらって結構よ。生徒の憧れ・・・まぶしい白衣・・・あ~考えただけでも楽しそう」
「・・・保健教師が混ざっているぞ・・・冗談はそれ位にしておけエクセレン」
「私は本気よ?」
「・・・副司令、あまりアイツを煽らないで頂きたい・・・」
「そうね・・・いつの間にか本題から話がずれてるし・・・何だか疲れちゃったわ。白銀、後よろしく・・・」

そう言うと彼女は部屋を出て行く。
引きとめようとした武であったが、『アタシは忙しいし疲れた』の一言で逆に追い返されてしまった。

「お前も大変だなタケル」
「そう言ってくれるのはキョウスケさんだけですよ・・・」
「そうか・・・落ち込んでいる所すまないが話を続けてくれるか?」
「はい。と言う訳で、訓練部隊にはブリット、クスハ、アラド、ゼオラ、ラトゥーニの5名に行って貰おうと思います。正式な配属は明日からと言う事になってるんだけど、この後空いた時間に一度紹介したいと思うからそのつもりでいてくれ」

そんな中、自分の役割を伝えられていないアルフィミィは自分はどうすれば良いのか分からないでいた。
それを察してか、エクセレンが武に問う。

「ところでアルフィミィちゃんはどうなるのかしら?」
「んー・・・実はまだ決まって無いんですよ。えーっと、アルフィミィで良かったっけ?」
「はい、アルフィミィ・ブロウニングと申しますですの」
「あ、アルフィミィちゃん?貴女今ブロウニングって・・・」

彼女がブロウニングを名乗った事にその場に居た殆どの物が驚いていた。
そんな中、アクセルが徐に口を開く。

「ブロウニングを名乗ってはどうだと提案したのは俺だ」
「どう言う事かしら?」
「別に大した意味は無い。理由は簡単だ。こいつが行動する時にキッチリとした名前が必要だと思って、な」
「そう・・・」
「ついでに言わせて貰うと、エクセレンの妹って事で認識して貰えれば良いですの。私はもう一人のエクセレン、言うなれば双子の様なもの・・・でも、双子と言うには見た目に無理がありますの。だから私は妹と言う事にした方が何かと都合が良いだろうと言った訳ですの。これにはエクセレンはエクセレン、私は私と言う意味合いも込められていますのよ?」
「・・・解ったわアルフィミィちゃん。今日から貴女は私の妹、娘って言うには無理があるしね」
「それは流石に無理があると思いますの」

そう言った彼女達には笑みが浮かんでいた。
エクセレンは思っていた。
昨日の彼女の発言から、彼女が未だに自分のコピーである事を気にしていると・・・
いくら表面上は気にしていないと言ってはいても、やはり心のどこかでその事に対しての負い目を感じているのだと思っていた。
しかし、彼女は彼女なりに自分と言うものを見つけたのであろう。
恐らくその発端となったのはアクセル・アルマーだ・・・
気付けばエクセレンは、彼に礼を言っていた。

「何か言ったか?エクセレン・ブロウニング」
「何でもないわ。タケル君、私から提案があるんだけど良いかしら?」
「何でしょうか?」
「うちの妹も訓練部隊に配属って事は無理?」
「ええっ!?」
「そんなに驚かなくても良いでしょ?」
「すみません・・・でも、訓練内容ってかなり厳しいですよ?そんな所にこんな小さい子を配属させるのはちょっとどうかと・・・」
「訓練が大変だって言う事は私も十分理解しているつもりよ。
私がこの子を配属させたいって言う理由はね、単純に同年代の子達と一緒に過ごさせてあげたいって事なのよ。この子はまだまだ学ぶ事が沢山あるわ。その為には私達大人と一緒に居るよりは年齢の近い子達と一緒の方が良いって思った訳。それにね、アルフィミィちゃんにもお友達が必要でしょ?そう言った考えからこの子を訓練部隊に配属させたいって思ったのよ」
「・・・なるほど。アルフィミィ、君はどうしたい?お姉さんはああ言ってるけど」
「・・・私もそうしたいですの」
「そうか、じゃあ俺の方で手配しておくよ」
「ありがとう御座いますのタケル、それにエクセレンも」

そう言った彼女は笑顔だった。
こうして互いの絆を深めあう事が出来た彼女達。
そんな二人を見た武は、冥夜と悠陽の関係もこの様なものになったのだろうと思っていた。
そして改めて、皆がこの様に笑って暮らせる世界を取り戻してみせると言う決意を胸に彼はまた一歩前へ進んで行くのであった。


あとがき

第五話です。
感想掲示板を読ませて頂いていると頑張って良い物を書こうと言う気になります^^
頂いている感想を読ませて貰うと、色々なネタも生まれてきたり、中には採用させて貰おうと思う物もあります。
応援して下さる皆様にこの場を借りて感謝の言葉を送らせて頂きますね。

さてさて、感想掲示板の方に多数寄せられておりましたが、皆さまの予想通りループして来ていたのは悠陽殿下です。
同じような手法を何度も使うなよ・・・と言われそうですが、冥夜と悠陽の記憶のループに関しては小説を書くに当たって、当初から考えていた設定です。
実はマブラヴシリーズのオルタードフェイブルをプレイした後、オルタ世界の彼女達もこんな関係になっていれば良かったのになぁと思った事がありました。
やはり色々な意味で彼女達にも幸せになって欲しかったですし、ある意味自分のエゴを押しつけてしまうようなやり方になってしまいましたが、自分は後悔していません。
皆様にも納得して頂けると嬉しいです。
流石にOGの面々を全員訓練部隊へ配属と言う事は難しいと考えました。
よって、本編でも書かれている通り年齢の近いメンバーを訓練部隊の207C小隊へ配属と言う形にしました。
最初はアルフィミィをどうするかで悩んだのですが、冥夜と悠陽について書いているうちに、彼女達にも姉妹的な設定を与えても良いのではないだろうかと言う考えに落ち着きました。
賛否両論あるでしょうが、ご理解いただければ幸いです。

最後に、何だか説明クサイ内容になってしまった事をお詫びさせて頂きます。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第6話 不協和音
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/05 08:43
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第6話 不協和音




「ハァ・・・」

部屋に響き渡る溜め息・・・

「なんであんな事になるかなぁ・・・」

そう項垂れているのは武であった。
その原因は207B小隊とC小隊の顔合わせの際のトラブルが原因であった。
互いに自己紹介を終え、訓練終了後にPXで雑談が始まっていた時に事件は起こる・・・
事の始まりはとても些細な事であった訳なのだが、いきなりの出来事に彼は落胆していた・・・


こちらの世界に関するレクチャーが終了し、207B小隊の面々に新たに結成された207C小隊の面々を紹介する為に彼らは訓練校へと向かっていた。
前もってまりもにその旨を伝えてあった為、彼らがグランドに到着するとそれに気付いた彼女が招集をかける。

「敬礼っ!」

武が居る事に気付いた千鶴が指示を出す。
それに対して敬礼を返すC小隊の面々。

「訓練中に悪いな。お前達に集まって貰ったのは他でも無い。彼らは本日付で新たに配属される事になった新人達だ。今日は顔合わせと言う事で、訓練には明日からの参加となる・・・ブリット」
「ハイ・・・207C小隊分隊長のブルックリン・ラックフィールドです。急な配属で驚いている方も居ると思いますが宜しくお願いします」

ブリットを筆頭に自己紹介が始められる。
彼が分隊長になった理由は、C小隊の中で一番軍歴が長かった事と小隊を率いる事を学ばせたいと思っていたキョウスケからの推薦があったからだ。

「水羽 楠葉です。C小隊の副隊長を任されています。よろしくお願いします」

彼女を副隊長に推したのはエクセレンだ。
その理由はブリットのフォローに関しては彼女が一番の適任であろうとの判断もあるのだが、アラドやゼオラと言った他の面々では色々な面で厳しいであろうと言う意見もあったからである。

「ゼオラ・シュバイツァーです。よろしくお願いします」
「アラド・バランガッス・・・右に同じ・・・」
「ちょっとアラド、自己紹介ぐらい真面目にやんなさいよっ!」
「うるせぇなぁゼオラは・・・別にいいじゃねぇかよ」
「な、何ですってぇ!!大体いつもいつも貴方はそうやっていい加減で・・・」
「あ~、もう解った。真面目にやりゃぁ良いんだろ?アラド・バランガ訓練生です。よろしくお願いします」

恐らくこの二人が副隊長に推薦されなかった理由はこれだろうなと武は心の中で苦笑していた。
B小隊の面々は漫才の様な会話に少々驚かされている様だ。
続けて残りの面々が自己紹介を始める。

「ラトゥーニ・スゥボータです。よろしく」
「アルフィミィ・ブロウニングですの。よろしくお願いしますですの」

彼女達が自己紹介を終えた後、B小隊の面々も自己紹介を始める。

「榊 千鶴訓練生です。207B小隊分隊長を任されてます」
「御剣 冥夜訓練生です。B小隊の副隊長を任されてます」
「・・・彩峰 慧訓練生です。ヨロシク」
「珠瀬 壬姫訓練生です。よ、よろしくお願いします」
「現在入院中の1名を加えた5名が207B小隊のメンバーです。白銀大尉、質問があるのですが宜しいでしょうか?」

分隊長である千鶴が率直な疑問を投げかけて来る。
その内容は今になって何故新人が配属されるのかと言う事だった。
確かに総戦技演習が迫っているこの時期に新人の配属だ、彼女らが疑問に思うのは無理も無い。

「彼らは元々他校の訓練生だ。現在、副司令の下で極秘裏に進められている計画があってな。彼らはその計画に参加する為の適正があると判断されこちらに回されてきたと言う事だ。新人と言っても彼らは向こうでかなりの訓練を受けてきている。油断してあっさり抜かれない様に注意しろよ?」
「解りました」
「他に質問は?・・・特に無い様だな。それじゃ、引き続き訓練の方頑張ってくれ。あ、敬礼は良いからそのまま解散してくれ」
「了解です」

そう言うと彼女らは訓練に戻って行く。

「じゃあ俺達も行くか・・・神宮司軍曹、後はよろしくお願いします」
「ハッ!」


・・・PX・・・

武達はB小隊の面々と別れた後、PXへと来ていた。
PXとはPost eXchangeの略で、軍基地内購買の事を指す。
この横浜基地では食堂も兼ねており、今も賑わっている。
ここを切り盛りするのは京塚 志津江。
階級は臨時曹長。
元々彼女は民間人であったのだが、BETA侵攻の際住んでいた柊町を追われる事となり、戦時特例法によって臨時に階級が与えられ横浜基地内のPXで働いているのだ。
皆からは『おばちゃん』と呼ばれ親しまれている。
おばちゃん曰く「食い物の前では階級などは関係ない」そうで、皆おばちゃんの前では頭が上がらないのだ。

「殆どの食品が合成品で賄われているって聞いてたけど、味はそんなに悪くないよな」
「ああ、これも単衣におばちゃんのおかげだよ。あの人は元々柊町で食堂を開いててな、色々あってここに来てるんだけど、おばちゃんの創意工夫で合成食料でも美味い飯が食えるって訳だ」
「なるほどな。話を聞いてた限りは軍事用のレーションと大して変わらない物が出されるのかと思ってたけど、こんなに美味い飯が食えるとは思ってなかったよ」
「俺はレーションも美味いと思いますよブリットさん」
「アラドの場合は食べ物なら何でも美味しいんでしょ?」
「いや、ゼオラの飯は正直あんまり美味くねぇ・・・」
「な、何ですってぇ!!」
「だってホントの事だろうが、悔しかったらレーツェルさんみたいな料理を作ってみろよ」
「くぅ~アラドのくせにぃ・・・」
「まあまあ落ち着けって二人とも・・・それにしてもアラド、お前よくそんなに食えるよな。ざっと見ても3倍位の量無いか?」
「・・・これでも少ない方。普段はもっと食べてる」
「そ、そうなのか?その小さい体の何処にそんなに入るのかわかんねぇなぁ・・・」

暫くして207B小隊の面々がPXへやって来る。
時間的には午前の訓練が終了した辺りだ。
武達に気付いた彼女らはトレーを片手にこちらへやって来る。

「失礼します大尉。こちらの席、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないぞ。お前達も別に問題無いよな?」
「俺達も彼女達ともっと話したいと思ってたところですから構いませんよ」

そう言われると席に着く彼女達。

「えーっと、榊さんで良かったかな?」
「ええ、別にさん付けでなくても良いわよ」
「じゃあ、俺の事もブリットで構わないよ。改めてよろしく」
「こちらこそよろしくブリット。それにしても貴方、日本語が上手ね」
「彼の特技は剣道なの。それで日本文化にも詳しいから日本語も上手なんですよ」
「ほほう、そなたは剣道をやっているのか、フム、確かにその物腰・・・只者では無い様だ。一度手合わせ願いたいものだな」
「いやいや、俺なんかまだまだだよ」

こんな感じで会話が続いてゆく。
武は問題無く纏まって行くだろうと考えていた・・・
ふと彩峰の方に目をやると、何やらアラド達の方を見ている。
最初は彼の食欲に圧倒されているのかと思っていたのだが、どうやらそうでは無い様だ。

「どうした彩峰?」
「・・・別に何でもありません」
「その割にはさっきからアラド達の方ばっかり見てるじゃないか?」

そう言われたからだろうか、気になったアラドが彼女に話しかける。

「何かあるんだったら遠慮なく言ってくれよ。明日から一緒に訓練に参加するんだしさ」
「・・・じゃあ言わせて貰う。何でアンタ達みたいな子供が訓練生なんかやってるの?」
「え?」
「・・・それはどう言う意味ですか?」
「・・・どう見てもアンタ達3人はまだ子供・・・いくら副司令の極秘計画に参加する為とは言え、普通に考えたらおかしい」

彼女の言い分も尤もであろう。
ブリット、クスハ、ゼオラの三人は自分達と左程年齢は違わないだろう。
だが、どう見てもアラド、ラトゥーニ、アルフィミィの3人は年下だ。
恐らく徴兵年齢以下だと考えられる。
それは彩峰だけが思った疑問では無かった。
207B小隊の面々全てが思っていた事だ。
しかし、この隊ではお互いの経歴などには不干渉と言うのが暗黙の了解となっている。
そのおかげで誰もその事を口にする事は無かったのだが・・・

「俺達がガキだって言いたいのかよ?」
「・・・別にそうは言って無い。ただ、危険な任務もこなさなきゃならない衛士になる為の訓練に子供が参加するのがどうかと思っただけ」
「それをガキ扱いしてるって言うんじゃねぇのか?」
「・・・別に・・・でも、そうやってムキになる所はガキかもしれないね」
「なんだとっ!」
「お、落ち付けってアラド」
「タケルさんは黙っててくれよ・・・こんな風にバカにされたら落ち着いてなんかいられねぇ」
「アラド、ここで言い争っても仕方ない・・・私達が子供かどうかは訓練中の行動で見せればいいと思う」
「そうですの、私達が彼女達よりも優れていると言う所を見せつければ何も問題は無いと思いますのよ」
「・・・今の言い方を聞いていると貴方達は私達よりも優れていると言う風に聞こえるわね」

そう言ったのは千鶴だ。

「さあ、それはどうでしょう?少なくとも外見だけで判断される方々よりはマシかと思いますのよ」
「ほほう、ではそなた達の実力とやら、明日の訓練でしっかりと見せて貰うとしよう」

不味い・・・非常に不味い・・・
これが武の今の心境だ。
せっかく上手く行きかけていたのに彩峰の一言で全体に不協和音が響き始めている。
更には最後のアルフィミィの発言だ・・・
間違いなく彼女が最後に言い放った台詞は火に油を注いでいると言っても過言では無い。

「いい加減にしろお前らっ!」

そう言ったのは意外にもブリットだった。

「確かに彩峰の言い分もわかる。子供扱いされたアラドが怒るのも無理はないと思う。でもな、ここは軍隊だ。常にどんな奴が配属されてくるかなんて解らない。そうやって事ある毎にお前らは些細な事で言い争うのか?そんなくだらない事で常に言い争っててBETAに勝てると思ってるのかよ!それに『ブリット、もう良い・・・』・・・大尉?」
「すまないなブリット、本来ならそれは俺が言うべき事だ」
「・・・いえ、自分も言い過ぎました」
「いや、構わないよ。だがな、ブリットの言う事も尤もだ。お前達はいずれ衛士となって前線に赴く事となる。今みたいに些細な事で言い争ってたらお前達は直ぐに死ぬ事になるだろう・・・だが、そうやってお互いの事を知ろうとする事は悪い事じゃ無い。いずれは背中を預けて戦う仲間になる訳だからな。そこの所をもう一度よく考えてみてくれ・・・」

暫くの間沈黙が続く。
どうしたものかと考えていたのだが、武は午後からXM3のデータ収集がある事を思い出しその場を後にする事にした。
正直、あのままにしておくのは不味いと思ったが、これは彼らの問題である。
彼ら自身が自分達で納得のいく答えを見つけない限りは解決しないのだから・・・


・・・シミュレータールーム・・・

PXで色々とあった後、武はXM3のデータ収集の為にシミュレータールームにやって来ていた。

「早速あの子達色々とやり合ったみたいね?」
「ええ・・・まさかいきなりあんな事になるとは思いませんでしたよ」
「それにしても面白い事になったわね」
「でもあいつ等にとってはいい機会かも知れません。そうやって前向きに考える事にしますよ」
「あら、意外ね・・・アンタの事だからもっとうろたえるかと思ってたけど」
「確かに最初はどうするか悩んでましたけどね。前の世界でも問題になってましたけど、お互いに相手に対して不干渉主義を貫いてちゃ駄目ですし、今回の一件でそれが解消してくれればと思ってます」
「なるほど・・・じゃあ、こっちもちゃっちゃと終わらせちゃいましょうか?」
「そうですね、時間も勿体ないですし」

そう言うと彼らは互いのポジションへ散って行く。

「準備は良い白銀?」
『いつでもどうぞ』
「社の方も問題無いわね?」
「・・・はい、行けます」

XM3開発に向けての最終調整が始まる。
武の3次元機動のデータ収集とその後のバグ潰しが今日のメインである。
順調にデータ収集が行われ、それを基にOSが構築されて行く。
今回もその作業には霞が加わっている。
以前も思った事だが、この年齢であれだけの事をやってのけるのだから彼女のスキルは凄いものだ。


データ収集が佳境に差し掛かった頃、戦術機ハンガーから夕呼宛てに連絡が入った。

『香月博士、例の機体の件でお話があるんだが・・・忙しい所悪いんだけど、一度こっちへ来てくれんかね?』
「私のプラン通りに行けば問題無い筈だけど・・・何かトラブル?」
『それが、OS関係のトラブルでな、ワシらじゃではどうしようも無いんだよ』
「そう言う事なら分かったわ・・・30分程待ってもらえるかしら?」
『忙しいのに悪いねぇ・・・じゃあ、機体の方の組み上げを進めながら待ってるんでよろしく頼むわ』

そう言って通信を終えると、夕呼はインカムを手に武を呼び出す。

「白銀、私はちょっと野暮用ができたから席を外すわ。社を残して行くから、引き続きバグ潰しの方をやって頂戴」
『了解です』
「それじゃ社、後は頼むわ」
「・・・はい」
そう言うと、夕呼はシミュレータールームを後にする・・・


・・・戦術機用ハンガー・・・


基地の整備員達が声を張り上げながら働いている。
その中でもひと際大声を出している人物が夕呼に気付くとこちらへやって来る。

「忙しい中、悪いね博士」
「こちらこそ遅くなってしまって悪いわね・・・で、何があったの班長?」
「例の機体なんですがね、現状のOSじゃ予定されていた反応速度が出無いんだよ。テスト用に回してもらった新型CPUとのマッチングが上手く行かなくってねぇ・・・」
「やっぱりね。あのCPU何だけど、実は新型OS用なのよ・・・今現在、プログラムの最終調整中なんだけど、今日明日中には間に合わせるわ。他にトラブルは無いかしら?」
「そうだな・・・強いて挙げるならパーツ毎の精度にバラつきが出てるって事ぐらいかね」
「なるほど・・・その辺もこちらの方で何とか調整してみるわ」
「了解だ。しっかし凄い機体だな。完成すれば基になったType94式よりも出力、剛性、反応速度全ての点で上回る・・・とんでもない試作機だよ」
「この機体は新型CPUとOSの搭載を前提とした次世代機のテストヘッドだと思って貰って良いわ。なるべく早く完成させて、実機テストを行いたいのよ」
「例の計画絡みですかい?」
「・・・それは言えないわ」
「まあそうでしょうな、ワシら技術屋は機体を完璧に仕上げる・・・それが結果に繋がると思ってますからなぁ」
「OSと一緒にテストパイロットのデータも持って来させるわ。できる限り急いで貰えるかしら?」
「了解だ博士。それからType90の方はどうする?」
「それに関してはこの機体が組みあがり次第テストを行う予定よ」
「そうか、しかしこいつが陽の目を見る日が来るとはなぁ・・・開発に携わった事がある俺にしてみりゃ嬉しい限りだよ」
「そう言えばそうだったわね。それじゃよろしく頼むわ」
「任しといてくれ」

順調に作業が行われている事を確認すると、彼女はその場を立ち去ることにした。


・・・シミュレータールーム・・・


整備班との話を終えた夕呼は再びシミュレータールームへと来ていた。

「・・・お帰りなさい博士」
「ただいま。その後の経過は順調?」
「・・・はい、今の所スケジュール通りに進んでます」
「そう・・・実はね、試作機の方に若干問題が出たのよ。XM3の開発と同時進行で別のプログラムを組む事になったわ」
「・・・どう言ったプログラムですか?」
「やはり思っていた通りパーツ毎の精度のバラつきが問題になっているみたいね。
若干性能は落ちるかもしれないけどリミッターを掛けるか何かで統一させるしか無いわね」
「・・・解りました」
「こっちの方はアタシがやっておくから、アンタはXM3の方をお願い。前にも経験があるから問題無いでしょ?」
「・・・はい」
「それじゃアタシは部屋に戻るわ。適当な所で切り上げてくれて構わないから」
「・・・了解しました」

そう言うと彼女は部屋を出て執務室へと向かう。
夕呼が部屋に戻った直後、彼女の部屋に来訪者があった。

「失礼します副司令」
「あら、ちょうど良いタイミングで来たわね」

彼女の部屋にやって来たのはキョウスケだった。

「今後の俺達の事についてお話があると聞いてきたのですが」
「ええ、アンタ達の配属先についてよ。アンタ達は今後試作機のテスト部隊と言う名目でアタシの直轄部隊に入って貰うわ。部隊名は特殊任務部隊A-01。その中の中隊の一つをアンタに任せる予定よ」
「了解です。メンバーにはブリット達も含まれるのでしょうか?」
「暫くの間、彼らは訓練部隊の方で頑張って貰うわ。合流の時期は207の面々が任官されてからになるわね。それから、アンタを中隊長として配属させる予定だからアンタの階級は大尉、残る3人は中尉と言う事にさせて貰って、ブルックリン達には少尉として合流して貰う予定よ」
「解りました。俺達の機体の方はどうなってますか?」
「ある程度の修理の目処は立ったと思ってくれて結構よ。暫くの間は戦術機を使って貰う事になると思うから、明日にでもシミュレーターで機種転換訓練を行って頂戴。それから、アンタにテストして貰いたい機体があるのよ」
「自分にですか?」
「そう、一応名目上はテスト部隊だからね。ある程度の事をやって貰わないと怪しまれるでしょ?」
「それもそうですね。それで、その機体と言うのは?」
「詳しくはこの書類に書いてあるから後で目を通しておいて頂戴。日程は決まり次第連絡するからそのつもりで居てくれるかしら?後はそうねぇ・・・あ、そうそう一応中隊長としての配属だから、今後アンタにも報告書を書いてもらう事になるわ。その為の端末をアンタの部屋に設置するから」
「了解しました」
「話は以上よ」
「ハッ、それでは失礼します」

そう言うと彼は部屋を出て行く。
キョウスケが部屋を出ると夕呼はリミッター用のプログラムの制作に取り掛かる。
XM3の完成と機体が組み上がるまでに仕上げなければならない為、彼女はまた徹夜になるだろうと考えていたのであった・・・


あとがき

第6話です。
自分でも驚くほどの更新スピードだと思ってます。
これも単衣に応援して下さる皆様のおかげだと思っておりますのでこれからも宜しくお願いします^^
さてさて、今回は207B小隊とOG訓練兵組の顔合わせです。
最初はすんなり仲良くさせようと思ってたんですが、後々の事を考えると一悶着あった方がお互いの事を知れて結束力が生まれて良いかなと思いました。
劇中でブリットが武に対して敬語を使ってますが、これは彼の性格を考えた上での描写です。
彼は真面目なので、こう言った場では上下関係を重視すると考えました。
劇中に登場した試作機と謎のType90と呼ばれる機体ですが、私のオリジナルです。
こう言った設定を考えるのも楽しいですね^^
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第7話 過去、そして現在(いま)・・・
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/07 08:55
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第7話 過去、そして現在(いま)・・・



データ収集を終えた武は昼間の一件について考えていた。。
夕呼に口ではああ言ったものの、彼自身も気になっていたのだ。
確かに彩峰が指摘した点は疑問である。
自分達から見ればまだ幼い年齢であるアラド達が何故軍に身を置きパイロットをやっているのか・・・
あまり立ち入って良い話で無いのは重々承知なのだが、それを知る事で何かしらの解決方法が模索できるかもしれないと思ったからだ。
そんな彼の元にとある人物が近づいてくる・・・

「こんな所で何をなさっちゃってるんでござい・・・なさってるんですか、白銀大尉?」
「ああ、ラミア中尉。ちょっと考え事を・・・」
「なるほど・・・私で宜しかったら相談にのっちゃったりしちゃったりなんか・・・ゴホン、相談にのりますが?」
「ハハハ、ラミア中尉、別に俺なんかに敬語なんか使わなくても構いませんよ?
普段使わない言葉だと話しにくいでしょう?俺の事は白銀でもタケルでも好きなように呼んでくれて構いませんから」
「そうか、別にそう言う訳では無いんだが・・・助かる。で、悩み事と言うのは何だ?」

そう言われた彼は昼間の件を彼女に話していた。

「なるほどな・・・確かにその彩峰と言う訓練生の言う事も一理ある。彼女から見れば自分達よりも幼い少年少女が兵役に就こうとしているのは納得がいかないだろうな」
「確かにそうでしょうけど、いきなりあんな言い方をするって言う事を俺は疑問に思ったんですよ。俺自身もアラド達の境遇は解らないですし、かと言って知る必要が無いのかもしれない・・・でも知る事によって何かしらの解決策が浮かぶかもしれないと思ったんですよ」
「知りたいか?」
「え?」
「知りたいのかと聞いているんだ・・・だが知れば後悔する事になるかもしれん。それでもお前が知りたいのであれば私から話そう」

彼女の表情は真剣だ。
そしてその表情から彼らの境遇がどう言ったものなのかと言う事が想像できなくも無い・・・
武は迷っていた。
聞くべきか聞かないべきか・・・
しかし、知る事によって何かしらの糸口が掴めるかもしれないと考えた彼は、気付けば彼女に対し無言で頷いていた・・・

「そうか・・・私も人に聞いた程度の話しか知らん。彼らは元々軍のパイロット養成機関、通称スクールの出身だ。パイロット養成機関と聞けば聞こえは良いかもしれない・・・だが、その実態はとんでもない物だった・・・」
「・・・どう言う事ですか?」
「身寄りのない子供達を集めた上で、暗示による記憶操作や薬物等を使用した強化措置を受けさせる人体実験場だ」
「な、何ですって!?」
「アラド、ゼオラ、ラトゥーニの三人はそのスクールの生き残り、そしてアルフィミィだが、彼女はエクセ姉様のコピーであると言うのは本人からも語られている事だから知っていると思う・・・彼らは戦う事を強いられた存在だった」
「そ、そんな・・・」
「・・・そう、かつての私の様にな・・・」
「ラミア中尉も?」
「そうだ、私もかつては戦う為だけに作られた存在だった・・・」
「作られた存在って・・・」
「私はシャドウミラーと言う組織によって作られた人造人間Wシリーズの最新型。
W17(ダブリュー・ワン・セブン)、それがかつての私の名だ」
「・・・アルフィミィも同じだって言うんですか?」
「彼女は私とは違う。彼女はアインストと言う存在によって人を知る為に作られた存在だ」
「・・・」

それを聞いた時武は何も言えなかった・・・
そんな彼を他所に彼女は尚も淡々と話を続けて行く。

「私達は最初はキョウスケ大尉達とは敵同士だった・・・だが彼らと出会った事で今の自分があると思っている。敵だった私ですら彼らは仲間として迎え入れてくれた。そして私は彼らと過ごす内に戦う為の存在としてでは無く人として生きる事を学んだのだ。無論、それはアラド達にも言える事だ。彼らは確かに兵士として教育されたかもしれない。しかし、彼らはそんな自分達が成すべき事は事は何かを知り、そしてそれを実現する為に戦っている・・・」

それを聞いた武はハッとした。

『人は国のために成すべきことをなすべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』

彩峰の父である帝国陸軍中将彩峰 萩閣の言葉だ・・・
それを思い出した彼は、何故彼らが幼い年齢でありながらも戦いに身を投じているのかが解った様な気がした。
彼らは自分達に与えられた力をどう使うか、その為には何をすれば良いのか、それを考えた上で軍と言う場所に身を置いている。
そう武は考えたのだ・・・
しかし、彩峰にこれを伝える訳にはいかなかった・・・
そう、彼女が何故彼等に対してあの様な事を言ったのかが分からなかったのだ・・・
それが分からない以上は彼女に対し何を言っても無意味である。
初めは聞かない方が良かったかもしれないとも思えた。
しかし、得られたモノは大きい。

「ありがとう御座いました中尉。何故彼らが戦いに身を投じているのかが分かった様な気がします」
「そうか、正直私も話すべきか悩んだのだが・・・良い方に向かうと良いな」
「はい」
「それでは私はこれで失礼する。悩むのも良いが程々になタケル」
「はい、ありがとう御座います」

そう言うと彼女はその場を立ち去って行く・・・
彼女の話を聞いたおかげで彼の悩み事の一つが解決した訳なのだが、もう一つの悩みは解決していない。
彩峰が何故あのような事を言ったのか・・・
それが彼には解らなかった。
彼女の事をすべて理解している訳では無い。
しかし、彼女がどう言う人間であるかと言う事は解っているつもりだ・・・
それでもあの場での彼女の発言内容がどうも腑に落ちない。
理由も無く彼女があの様な事を言う人間でない事は武も良く知っていたからだ。

「ここで悩んで居ても仕方が無いか・・・」

そう言うと彼は食事を取る為PXへと向かう事にした。


「おばちゃ~ん、鯖味噌定食一つ」
「あいよっ!おやタケルどうしたんだい?そんな暗い顔して・・・何か悩み事かい?」
「ちょっとね・・・」
「そうかい、あんたみたいな歳で大尉何かやってると色々とあるんだろうねぇ・・・まあ、これでも食べて元気だしなっ!」
「ありがとう、おばちゃん」
「気にしないで構わないさ。がんばんなさいよ!」
「あまり無理しない様に頑張るよ」

そう言うと武はトレーを手にテーブルへと向かう。
その時PXではブリット達も食事を取っていた様だ。
タケルに気付いたのかクスハがこちらに向けて手を振っている。
彼らと話がしたいと思っていた武は、ちょうど良いタイミングだと思い彼らの居る席へ向かう事にした。

「タケル、お前も今から飯か?」
「ああ、ここ座っても良いかな?」
「構わないよ白銀君」

そう言われた武は彼らと同じテーブルに着く。

「昼間はすまなかったなタケル・・・」
「いや、お前が悪い訳じゃないよブリット」
「そうッスよブリットさん。先に絡んで来たのはあいつ等じゃ無いですか」
「ああ、確かにそれはそうだ・・・俺もあの時は熱くなりすぎてたから考えなかったんだが、彼女も何か思う所があってあんな事を言ったんじゃないかって思うんだ」
「でもさぁ・・・」
「アラド、お前の言いたい事も分かる。でもな、彩峰だっていきなりあんな事を言うような奴じゃ無い。ブリットの言う通り、あいつがあんな事を言うには何か理由があるんだと思うんだ・・・」
「タケルさんまでそんな事を言うのかよ・・・」

アラドはイマイチ納得が行かない様子だ。
そんな彼に対して武は疑問に思う事があった。
何故彼はこれほどまでにして拘るのだろう?
確かに彼が年相応の少年であったならば、馬鹿にされた事に対して文句を言うかもしれない・・・
だが、彼を見ていると左程そう言った事に対していつまで文句を言い続ける様には思えないのだ。

「なあ、アラド一つ聞いて良いか?」
「何ですかタケルさん?」
「お前が怒っているのは彩峰の発言に対してだよな?」
「・・・そうッスよ」
「何でそこまで拘るんだ?理由があるなら教えてくれないかな?」
「・・・別に俺一人がバカにされてるんだったら構わないんですよ・・・ただ、ゼオラやラト、それにアルフィミィまで子供扱いされてるみたいに思えてきて・・・皆それぞれ色々あって今の俺達が有るんです。なのに何も知らない人達に見た目だけで判断されたような気がして・・・それがだんだんムカついて来て・・・」
「・・・そうか、だから彼女に謝って欲しいと言う訳なんだな?」
「・・・別にそう言う訳じゃ無いです。ただ、いきなりあんな風に言われた事が悔しかっただけッス」

彼の行動は自分よりも仲間の為を思っての行動だった。
確かに彩峰自身は彼らの事を何も知らない。
だからと言って彼女が全て悪い訳でもない。
アラドの本心を聞いた武は、解決の糸口になればと思い隠れて彼らの事を聞いていた事を悔いていた。
彼らの事を聞いた件を言うべきか先程まで悩んでいたのだが、意を決した彼は全てを打ち明ける事にする。

「俺もお前達に謝らなきゃいけない事があるんだ・・・」
「・・・何ですか白銀大尉?」
「実はお前達の事を聞かせて貰ったんだ・・・その歳で何故軍に居るのかを・・・そしてどんな辛い目に遭ってきたのかって言う事も・・・」
「そうですか・・・」
「気軽に聞いて良い事じゃ無いって言うのは十分解ってるつもりだ。でも、お前達の事を知るにはこれしか無いと思った」
「タケルはそれを聞いて後悔してるんですの?」
「いや、後悔はしていない・・・むしろお前達の事が解って良かったと思ってる」
「なら俺は全然問題無いッスよ。スクールなんかにいれられたくらいだからロクな過去じゃないって思ってますし・・・
それにそんな昔の事よりも現在の方が大事ですから」

アラドに続いて残りの3人も頷く・・・

「私達は自分達の過去を否定するつもりはありません。過去の私達があるからこそ現在の自分達があると思っていますから」
「・・・ゼオラの言う通り・・・現在の私達があるのは皆のおかげ。だからこそあの人達にもそれを解って欲しい」
「タケルだって解ってくれたですの。だから私達の思いは彼女達にも伝わる筈だと思いますの」

この子達は強い・・・
それが武の本心だった・・・
自分達の過去と向き合い、そしてそこから今の自分達が何を成すべきかを十分理解している。
彼らにも護りたいモノがあるのだ・・・
それを護るために彼らは戦いに身を投じている。
だからこそ彼女達207Bの面々にもそれが解って欲しいと思った。
今回の事件の発端となった彩峰の一言だが、彼女も意味も無くあの様な言い方はしない筈だ。
彼女達も護りたいモノの為に戦いに身を投じている。
もしかしたら今回の一件もそれに関する事が原因なのかもしれない・・・
そうに違いないと武は思っていた。

「そうだな・・・お前達の思いはきっと通じると思うよ。皆が同じ目的のために戦ってるんだ・・・それには年齢や性別なんて関係ないと俺は思う。だからあいつ等も本気であんな事を思ってる訳じゃ無いと思うんだ。今直ぐにそれを解ってやってくれとは言わない。あいつ等の事を知ってくれれば、恐らく理解できると思うんだ」

武の言葉に対して彼らは頷いていた・・・
恐らくこれで良い方向に向かってくれるだろう・・・
そして、この事件が切っ掛けとなってお互いを仲間として認め合う事が出来るようになるであろうと信じていた。


・・・訓練校グランド・・・


アラド達と話を終えた武は食事の後、自主訓練のためにグランドへと来ていた。
以前は訓練部隊に所属していたのだが、今回はそう言う訳では無い。
油断していると体が衰えると考えた武は、以前も自主的に行っていた自己鍛錬を行うべく夜になって誰も使っていないグランドへと来ていたのだ。
そんな中、グランドには黙々とランニングをする人影があった。
冥夜だ・・・

「そう言えばいつも訓練が終わってから、自主訓練をしてるって言ってたな・・・」

そんな武に気付いたのか、彼女が駆け寄ってくる。

「よう冥夜、相変わらず自主訓練か?」
「ああ、そなたもそうなのであろう?」
「ああ、少しでも鍛えておかないと体が鈍るからな・・・今回は訓練部隊への配属じゃ無いし、油断してるとヤバいんだよ」
「そうか・・・しかし、いきなりで驚いたぞ」
「何がだよ?」
「そなたが特務大尉として我等の目の前に現れた事だ。しかも少佐相当官と言う話ではないか」
「ああ、その事か・・・相変わらずの夕呼先生の気まぐれだよ」
「そうなのか?だが、そなたの実力なら訓練部隊で人に教えを請うよりも、人の上に立ち人に教える立場の方が良いと私は思うのだがな」
「よしてくれよ。正直教官をやって貰うなんて言われた時はかなり焦ったんだぜ?俺なんかまだまだ人に教えれるような立場じゃねぇよ」
「ふふふ、謙遜するな。まあ、そう言う所がそなたらしいと言えばそなたらしいのだが・・・」
「あんまり褒めるなよ。褒められると俺ってスグ調子にのっちゃうからさ」
「そうであったな・・・ところでタケル、少し良いだろうか?」
「何だよ急に改まって・・・」

今まで談笑していた冥夜の表情が急に真面目な顔付きになる。

「立ち話もなんだ、座らないか?」
「ああ・・・」

そう言われた武はその場に腰を落とす。
彼の隣りに冥夜も腰を落とすと、落ち着いた口調で彼女は話しだした。

「実は昼間の件についてそなたに謝らねばならぬと思ったのだ」
「ああ、それか・・・」
「うむ、確かに我々もいささか言い過ぎたと思う。だが、彩峰が言った事は我等全員が思っていた事だ・・・あの様に幼い者達が何故この様な場所に居るのか・・・そなたは何か知っているのではないか?」

やはり冥夜は鋭い・・・
それは前の世界でも思った事だ。
彼女の洞察力のおかげで救われた事も少なくない・・・
武は言うべきかを悩んでいた。
だが、全てを打ち明ける訳にはいかない・・・
彼らの生い立ちや経歴はむやみやたらに人に話して良いものでは無いのだ。
しかし、解決の糸口がハッキリしていない以上はそれも仕方ないのかもしれない。
そう思った武は差支えない程度の事を彼女に伝える事にした。

「彼らが何故軍に居るのか・・・俺もあまり詳しい事は知らない。彼らは軍のとある衛士養成機関の出身なんだ・・・」
「衛士養成機関?」
「ああ、彼らはそこで色々な事があった。だが、その過去と向き合う事で、今の自分に何ができるか・・・それを考えた上でここに来ている」

そう言った武の表情は重い・・・
恐らくそれは自分の考えている以上のものなのだろう・・・
そして、おいそれと人に話して良いものでは無い・・・
武の表情から冥夜は彼らの過去が自分の想像のつかないものなのだろうと察する。

「・・・そうか・・・何かを成そうとする信念、以前そなたが言った『目的があれば人は努力できる』だったな・・・だからあの者達はここに来たと言う訳か」
「そうだと思う。あいつ等にも護りたいモノがあるんだよ」
「そうだな。あの者達も私達と同じ気持ちだと言う事が解った。すまないタケル・・・そなたに感謝を」
「いや、俺もお前に感謝しなくちゃならない。正直どうすべきか悩んでいたんだ・・・お前に話せた事で俺も少し気が楽になったよ」
「そうか・・・」
「なあ冥夜」
「ん、何だ?」
「彩峰はなんであんな事を言ったんだと思う?」
「・・・私には今の話を聞いて少し解ったような気がする」
「どう言う意味だ?」
「いや、これは私の口から言うべき事では無いな。そなたも少し考えれば直ぐに分かると思うぞ?」
「何だよ、ケチケチせずに教えてくれたって良いじゃねぇか」
「ふふふ、駄目だ。そうやってそなたは直ぐに楽をしようとする。それではそなたの為にならんし、意味が無い」
「・・・そうか、そうだよな。ありがとう冥夜。やっぱりお前に話して正解だったよ」
「ああ、私も出来る限り協力させて貰う。私達とあの者達、目指すものは同じなのだ。だからお互いに解り合えると思う」
「そうだな・・・お前が協力してくれればこれほど心強いものは無いよ・・・ありがとう」
「そうやって改まって礼を言われると照れるではないか・・・」

そう言った彼女の顔がだんだんと赤くなる。

「はは、さっきのお返しだよ」
「な、まったくそなたと言う奴は・・・」

だが、そう言われた彼女は嬉しかった・・・

「なあ、タケル・・・」
「何だ?」

彼女は武の肩に寄り掛かっていた。

「暫くの間、このまま居させてくれないだろうか?」
「・・・ああ」
「ありがとう・・・」

彼女は束の間の間の幸せを実感していた。
それは常々願っていた事・・・
そして、記憶にある前の世界では決して実現しなかった事・・・

『すまぬ鑑・・・今は、今だけはこのまま居させてくれ・・・』

そう彼女は心の中で呟いていた・・・


そんな二人を見ている影があった・・・

「あれが白銀 武か・・・なるほど、彼女の言った通りの人物の様だな」

そう言うとその人物は闇の中へと姿を消して行く・・・
武とこの人物との再会はまた後日となるのだが、その時彼はその人物の自分に対する接し方が今までと違う事に戸惑う事となる。
そして夜は更けて行くのであった・・・


あとがき

第7話です。
戦術機の登場を心待ちにしていた皆様、申し訳ありませんTT
最初はそっちの話を書いていたんですが、どうしてもこちらの話にある程度の区切りを付けたかったのです。
楽しみにしていた方々、本当にすみません。
キョウスケがテストする予定の試作機の話は近日中に必ず何とかするようにします。
ですのでもうしばらくお待ちくださいませ。
今回のお話は感想掲示板に寄せられた感想を基に色々と自分でも考えて書きました。
色々なアドバイスを頂けるのが本当にうれしいと思います。
これからも頑張りますので、よろしくお願いしますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第8話 侵入者の影
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/16 22:13
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第8話 侵入者の影



「・・・思ったよりも早く完成したわね」

香月 夕呼はそう言うと机の上に置いてあったコーヒーを飲んで一息つく・・・
試作機の為に必要になったプログラムの作成は予想よりも早く完成した。
しかし、それが終わったからと言って彼女は休んでいる場合では無かったのである。
後日キョウスケ達に行って貰う機体について色々な問題が残っているのだ。

「OS面に関する心配はXM3を搭載すれば問題は無くなるわね・・・後は彼らの機種転換訓練次第だけど・・・」

そう言いながら彼女は別の資料に目をやる。
それは彼らの機体を解析したデータの一部だ。
無論、全ての解析が終了している訳では無い。
現時点で自分が行っている計画に短時間で転用できそうなものを探していた彼女は、先ずPTのOSに着目したのである。

『戦術的動作思考型OS』(Tactical Cybernetics Operating System)

これが彼らの機体に使用されているOSの正式名称である。
このOSは、最小の操作でOSがあらかじめ登録されているモーションから適切なものを選択し動作に移す事が可能となっており、
操作の簡易性が増しパイロットの負担が大きく軽減されるものとなっている。
これにより、機体の姿勢制御と言う煩雑な作業を最小限に抑え、パイロットは戦闘の状況判断に集中する事が可能となり、
訓練生や新兵などでも簡単に機体を扱う事が可能となった画期的なシステムである。
更にはモーションパターンデータの種類や実行の優先順位はパイロットが任意で設定できる為、
パイロットは自身の好みや操縦の癖に合わせて機体の動きを最適化する事が可能となっている。
この点はXM3の概念に通ずるものがあった。
武が発案した『コンボ、キャンセル、先行入力』と言ったものは流石に彼独自の考えであったのだが、『パターン認識と集積』と言った面ではXM3とTC-OSは非常に似ている。
現存の戦術機用OSはOSが蓄積情報を基に統計的に予備動作を判断していたのに対し、XM3では動作シーケンスとその予備動作の優先順位を乗り手である衛士が任意に選択、変更が可能となっているのだ。
この点を考えればOSの違いから来るであろう機動制御の戸惑い等は最小限に抑えられそうだと彼女は考えていた。

「OSに関しては問題無さそうね。彼らも様々な機体に乗ってる訳だから機種転換に掛かる時間は比較的最小限で済みそうだし・・・」

誰も居ない執務室で一人彼女は呟く。
元々彼女は考え事を始めると周囲に人が居ようが居まいが独り言を発しながら物事を考える癖があった。
まさに自分の世界に入ると言う奴である。
ここで彼女は面白い点に着目した。
PTのモーションデータである。
これを応用する事で更なる即応性が増すであろうと考えていたのだ。

「彼らの機体のモーションパターンデータは戦術機にも応用できそうね・・・さっそく使わせて貰うとしましょうか」

そう呟きながらも次のデータに目をやる。

「テスラドライブ、グラビコンシステム・・・なるほど、彼らの世界では重力制御システムがかなり発達しているようね」

次に彼女が着目したのは、重力制御を応用したこれらのシステムであった。

「現状で戦術機を飛行させる事は戦術、戦略的にも危険だけど、これは後々使えそうね・・・後、このグラビコンシステム・・・ラザフォード場の様な物をこれだけ小さい機体で使用可能だなんて・・・開発した人間はホントに天才ね」

珍しく彼女が他人を褒めていた。
確かにこの技術は凄い・・・
パーソナルトルーパーの機体サイズは戦術機とほぼ同じサイズだ。
重力制御の防御フィールドをこれだけのサイズの機体に搭載可能と言う事は、それだけで凄い技術の塊である。
だが、これらのシステムは彼らの世界の技術者が1から開発した訳では無い。
地球に落下したメテオ3と呼ばれる隕石から発見された異星人の技術を基にしたEOT(Extra Over Technology)だと言う事を彼女は知らない。
そもそもEOTに関しては何も聞かされていないのだから知らないのは当然なのだが・・・

「完全に解析できてる訳じゃ無いけど、これの理論が分かればXG-70のラザフォード場の制御が更に安定するかもしれないわ・・・」

彼女はそう呟くとメモを取る。
データを閲覧し、重要度の高そうなものを選別しているのである。
それによって時間の掛かりそうな物を優先的に整備班に調べさせようと考えているのだ。

「・・・あら、もうこんな時間なのね」

ある程度のデータを見終わった頃、彼女はふと時計を見上げる。
時間は既に明け方の4時だ。
このままでは本当に徹夜になってしまうと思った彼女は少し眠る事にする。
00ユニットに関する情報等は既に自分の頭の中に入っている為、前回ほど焦る必要も無いと考えているのだ。
そして彼女は、久々に落ち着いてベッドで横になれると考えながら隣の仮眠室へと向かっていくのだった・・・


・・・翌日・・・

キョウスケは前日に夕呼から渡された資料を見ていた。
これから機種転換訓練が始まるのだが、訓練に使用される機体はこれでは無い。
夕呼の話では、A-01部隊が使用している不知火を使って訓練を行うと聞かされている。
その為彼は昨日の内に不知火に関するマニュアル等に目を通しておき、訓練までの空き時間に今度のテストで自分が乗る事になる機体のデータを把握しておこうと考えたのである。

「第二世代型戦術機・Type90-叢雲・・・正式採用を見送られた戦術機か・・・」

彼が今言ったこの戦術機は、帝国軍が第三世代型純国産戦術機開発の過程で生まれた試作機である。
第二世代機の傑作と言われた米軍のF-15イーグルのライセンス生産機である陽炎をベースに開発された戦術機で、位置的には2.5世代辺りに属する機体である。

「さっきから何を一人でブツブツ言ってるのキョウスケ?」

そう言ったのはエクセレンだ。
どうやら彼は自分でも気付かないうちに声に出していたらしい・・・

「昨日副司令に試作機のテストを頼まれてな、それについて考えていた」
「なるほどねぇ・・・でも、私達今から機種転換訓練なのよ?そっちよりも訓練で使う機体のマニュアルを見ておいた方が良いんじゃないの?」
「それなら既に昨日の内に終わらせてある。お前の方はどうなんだエクセレン?」
「一通りは読んであるわ・・・流石にあんなに分厚いマニュアル全部は読んでないけどね」
「読んでないのか?」
「ええ、だって面倒だし・・・そう言うキョウスケはどうなのよ?」
「全て頭に入っているかは微妙な所だが、一応は全部読んだ。おかげで寝不足だ・・・」

確かに彼の眼にはクマが出来ていた。
こんな彼の表情を見るのは非常に珍しい光景だ・・・

「意外と真面目なのねぇ・・・」
「お前も少しは見習ったらどうだ?エクセレン・ブロウニング」

そう言ったのはアクセルだ。
それが少々嫌味に聞こえたのだろうか・・・
エクセレンはお前はどうなのだと言った表情である。

「そう言うお前はどうなんだアクセル」
「愚問だなキョウスケ・・・短い間とは言え自分の命を預ける事になる機体だ。覚えておく事に越した事は無い、これがな」

彼らしい言い分だ・・・
そして、エクセレンは彼の横に居たラミアもそれに同意するように頷いている事に気付く・・・

「・・・まさかラミアちゃんも全部読んだとか?」
「はい、私も全部読んじゃってるんでございます」
「どうやら不真面目なのはお前だけの様だ、な」

そう言われたエクセレンは、かなりばつが悪そうな表情を浮かべている。
何かしら言い返さねば不味いと感じたのだろうか、彼女は『自分は習うよりも慣れろだから』などと言って誤魔化していた。
彼女らしいと言えば彼女らしい言い分である。

「フッ、ならそう言う事にしておいてやるか。ところでキョウスケ、その試作機のテストとやら俺達もやる事になっているのか?」
「いや、副司令は俺だけに頼んで来た。だが、この機体の仕様を見ているとそう言う訳にもいかん様だ・・・」
「どう言う事でございましょう?」
「どうやら複座型らしい・・・今の所そう言った指示は受けていないが、ひょっとすると誰かもう一人テストに参加して貰う事になるかもしれん」
「なるほど、な・・・だったら貴様の相棒が一番適任だろう。そもそも俺には貴様と共に同じ機体に乗る事など考えられんしな」
「そうでしょうね。普段の大尉とエクセ姉様の連携を見る限りではそれが一番だと思っちゃったりしますのよ」
「と言う訳だキョウスケ。テストは貴様とエクセレンの二人でやってくれ」
「・・・そんな事言って、二人とも実はテストが面倒なだけなんじゃ無いの?」
「別にそう言う訳じゃ無い」
「エクセ姉様、隊長はお二人に気を使ってらっしゃるんだと思いますです」

そう言われたエクセレンはニヤニヤとした表情を浮かべながらアクセルの方を見る。

「・・・何だ?」
「別に~・・・貴方がそう言う気遣いをするなんて少し意外だっただけよ」
「・・・心外だ、な・・・こう見えてもそこの朴念仁とは違う」
「・・・誰が朴念仁だ」
「おっと、聞こえていたか。だが、誰も貴様の事だとは言っていないぞ?」
「聞こえていたかと言った時点で俺の事を指しているだろう?」

このままでは一触即発・・・そう言っても過言では無い状況だ。
ラミアはどうすれば良いのか考えている様だが、どちらのフォローにも入れそうにないと言った表情だ。
そして、しばらく静観して居ようかと考えていたエクセレンだったが、状況を見兼ねてか止めに入る。

「ハイハイ、二人ともそれ位にしなさいよ・・・副司令さんがお見えになってるわよ」

エクセレンにそう言われた彼らは彼女が目をやった方向を見る。
彼女は彼女で彼らのやり取りを見て楽しんでいる様だ。

「仲が良いんだか悪いんだか・・・まあそんな事は別にどうでも良いわ。とりあえず、時間も勿体ないしちゃっちゃと始めましょうか」
「了解です」
「基本的にはオペレータールームからの指示に従ってくれれば良いわ。基本的な操縦方法は昨日渡しておいたマニュアルを読んで貰ってるから問題無いと思うけど、今の段階で何か質問はあるかしら?」

そう言われた彼らではあったが、現状ではこれと言った質問のしようが無かった。
マニュアルを見た限りでは操縦桿やコンソールの位置などの差異はあっても、それ以上の問題は見つからない。
先ずは機体に乗ってみる事でしかPTと戦術機の違いが分からなかったのである。

「じゃあ、始めるわよ?一号機から南部、ブロウニング、アルマー、ラヴレスの順に搭乗して頂戴」

そう言われた彼らはシミュレーターに乗り込む。
それを確認した彼女はオペレータールームへと向かい、霞に指示を出す。
本来ならばピアティフに手伝わせる所なのだが、彼女はまだXM3については殆ど何も分かっていない。
現状で一番精通している人物と言えば武と霞なのだが、武は訓練校の方に行っている。
と言う訳で霞がサポートする事になったのだ。
その他の理由としては、武では機動概念に関する指示は出せたとしても、
OSの細かな部分の仕様に関しての説明は不可能だろうという夕呼の勝手な考えが在った為なのだが・・・

「それじゃ社、機種転換プログラムFから始めて頂戴」
「了解しました」

そう言うと彼女は端末を操作し、プログラムを開始する。



数時間後、機種転換訓練の第一段階が終了し、一度休憩と言う事になった。

「どうだったかしら、はじめての戦術機は?」
「基本的な操縦方法は俺達のPTと大差無いと感じました」
「確かに良くできたインターフェイスよね。最初のうちはちょっと戸惑っちゃったけど、後半はそこそこ動けてたと思うわ」
「流石ね・・・」
「・・・だが、操縦方法は少し複雑かもしれん、な・・・慣れていない分は仕方ないとは思うが・・・」
「確かにそうでございますわね・・・私達が乗ってた機体はOSに予め登録されたモーションをベースに動かしていましたから」

それを聞いた夕呼は、なるほどと言った表情を浮かべる。
彼らはシミュレーターとは言え、今日初めて戦術機に乗ったばかりである。
言うなればデータが存在していないのだ。
そう言った点で考えるならば、操縦方法が複雑と取れない事も無いだろう。

「その辺は問題無いと思うわ。データが強化装備の方に蓄積されればその情報がフィードバックされるから」
「なるほど、後は我々がどう慣熟させるか・・・と言う事ですね?」
「その通りよ」
「それのしてもこの衛士用強化装備って凄いわねぇ。見た目は薄い素材なのに、寒くも無いし暑くも無い。それにこの網膜投影方式ディスプレイだっけ?便利よねぇこう言うの・・・キョウスケもそう思わない?」
「確かに俺達が使っているパイロットスーツよりは高性能だな」

彼らが使用している強化装備は99式衛士強化装備と呼ばれる物だ。
高度な伸縮性を持ちながら、衝撃に対して瞬時に硬化する性質をもった特殊柔軟素材と、各種装置を収納したハードプロテクター類で構成されており、耐Gスーツ機能、耐衝撃性能に優れ、防刃性から耐熱耐寒、抗化学物質だけでなく、バイタルモニターから体温・湿度調節機能、カウンターショック等といった生命維持機能をも備えている。
内蔵バッテリー容量は連続フル稼働で約12時間、生命維持機能に限定した省電力モードで72時間であり、コクピット着座時は機体側の電力で稼働し、自動で充電モードへ移行する。
同機能ではあるが種別として男性用と女性用、カラーリング別に訓練兵用と正規兵用の4種が存在し、待機時の電力消費を防ぐ外部バッテリーユニット(Cウォーニングジャケット)が付随する。
戦術機操縦においては、ヘッドセットとスーツ全体で脳波と体電流を測定し、装着者の意思を統計的に数値化し常にデータを更新、戦術機や強化外骨格の予備動作に反映させるという、間接思考制御のインターフェイスとして機能する。
ヘッドセットは戦域情報のデータリンク端末であり、それ自体に高解像度網膜投影機能を有しているため、ディスプレイ類を必要としないだけでなく、視力の強弱も影響しない。
機体側コンピューターとの回線接続は、シート全体でコネクトする接触式と無線式の二系統であり、操縦の際、スーツの一部でも座面に接触していれば直接リンクが成立し、離れれば無線に切り替わる仕組みになっている。

「さて、今までの所で何か質問はあるかしら?」
「先程気付いた事があるのですが、XM3の基本動作パターンはベースはタケルのモノなのでしょうか?」
「どう言う事かしら?」
「例えば、目標物を打つ動作を行おうとします。そう言った面で自分の思った通りの動きが出来ない事があるのですが、これは基本動作パターンに彼の持つ癖の様な物が反映されている事が原因だと感じたのですが・・・」
「なるほどね・・・現状でアンタ達の強化装備にはデータの蓄積が行われていない。だからベースとなっている白銀のデータがメインに出てきているのよ」
「では、今後我々のデータが蓄積されれば解消されると?」
「そうなるわね。現在データリンクの更新作業をしているわ。次にシミュレーターに乗った時に、先程のデータが更新されてる筈だから比較的アンタ達の思い通りに動くようになっている筈よ」
「了解しました」
「じゃあ、訓練を続けるわよ」

そう言われると彼らは訓練に戻る・・・
その頃訓練学校の方はと言うと・・・


・・・訓練校グランド・・・


昨日あの様な事があったからと言う訳ではないが、C小隊の訓練初日と言う事で武は教官として訓練校へと来ていた。
現在グランドでは10キロのランニングが行われている。
そこで武はC小隊の実力のほどを見せられる事となる・・・

「凄いな・・・」

彼は見たままにそう呟いていた・・・
正直武は彼らの力量を甘く見ていたのである。
中でも一番驚かされたのはアルフィミィだ。
体も小さく、そして大人しいイメージのある彼女なのだが、他のメンバーに引けを取っていない。
それどころか平然とした表情で付いて行っている。
これにはB小隊の面々やまりもも驚かされたようだ。
後れを取る訳にはいかないと思っているのか、B小隊の面々はいつもよりも少しペースが速い様な気がすると彼は思っていた。

「軍曹、彼らC小隊の面々をどう思いますか?」
「正直驚かされています・・・前の訓練校でもかなり優秀なメンバーだったのでしょうね」
「俺もそう思いますよ・・・話には聞いていましたが、これ程とは思いませんでしたから」

彼らがそう話している間にランニングは終了する。

「よーし次っ!ケージの装備を担いで10キロ行軍!」
「り、了解・・・」「了解」

この時点で明らかに差が出ていた・・・
B小隊の面々は一部を除いて息を切らしている。
しかしC小隊の面々に至っては、息を切らすどころか余裕の表情を浮かべていた。
ここで武は一つ思いついた事を実行に移す。

「C小隊の面々は随分と余裕がありそうだな?お前達は完全装備でやれ」
「えー!タケルさん、そりゃないッスよ」

彼の発言に対して異を唱えたのはアラドだ。
それを聞いたまりもが『上官に対して何と言う口のきき方だ!』と怒鳴っていた。
そして更に・・・

「そんな貴様には特別サービスだ。分隊支援火器のダミーも担いで行っていいぞ!」
「ゲゲッ!」
「ん?そうか・・・あんまり嬉しくなさそうだな。まだ不足・・・」
「ハッ!りょ、了解しましたっ!!」

そう言うと彼はこれ以上重装備にされてたまるかと言った表情で走って行く。

「榊さん、お先に~」
「う、嘘・・・私達より重装備なのに・・・」

気付けば彼はいつの間にやら先頭を走っていた。
あの体のどこにその様な体力があるのだろう・・・
殆どの者がそう思っていたのだが・・・

「うぅ・・・調子に乗り過ぎた・・・」
「馬鹿ねぇ・・・」
「うるせぇよゼオラ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

序盤で飛ばし過ぎたのが影響したのだろうか・・・
残り3キロ程になった時点で彼は最下位グループの方まで順位を落としていた。

「ペース配分を考えないからそう言う事になる」
「ラトまで・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「次行くぞー」
「うぅ・・・タケルさん鬼だ・・・」

そんなアラドを他所に、尚も訓練は続いて行く。
続いての訓練は射撃訓練だ。

「目標、距離100mのターゲット!セレクターフルによる指切り点射!・・・撃ぇ!!」

小刻みにリズムよく響く銃声音・・・
ここでもC小隊の面々はその実力を発揮していた。
中でもゼオラとラトゥーニは別格と言っても過言では無かった。
銃口から放たれる弾丸は、その殆どが的の中心近くを射抜いている。

「す、凄い・・・」
「ああ、確かにあの者達・・・特にゼオラとラトゥーニの二人は凄いな・・・珠瀬と同等か、もしくはそれ以上かもしれん」
「・・・確かにあの子達は別格・・・でもあの二人は違った意味で別格」

彩峰がそう言った先を見ると、そこに居たのはアラドとアルフィミィだった。

「確かに・・・」
「ま、まあしょうがないんじゃないですか?アルフィミィさんは体も小さいですし、銃の反動に耐えられないのはしょうがないですよ」
「・・・でも、アラドは耐えてるけど上手くいってない」
「彼は射撃が苦手なようね・・・的には当たっているけど、集弾率が悪いわ」

彼女達の言う通り、アルフィミィはその小さい体がハンデとなっている。
自身の身長と左程大差無いライフルを使用しているのだが、その反動を打ち消す事が出来ない為か的に当てれない事が多い。
対するアラドは、元々射撃が苦手な部分もあってか、弾は的に当たってはいるのだがバラつきが多い。

「貴様らっ!何を勝手に手を休めている!」

怒鳴られた彼女らは大急ぎで訓練を再開する。

「まあまあ、軍曹。彼女達も気になるんでしょう」
「解らない事も無いですが、今は訓練中です」
「でも、ああやって他の人間の動作を見るのも良い訓練になると思いますが」
「・・・それはそうですが」

彼らの能力はB小隊の面々と比べてもそん色ない物だった・・・
いや、総合的な能力ではC小隊の方が若干上だろう。
個人レベルでの能力差もそうであるが、訓練生と呼ぶには相応しくない力量を持つ者もいる。
それがまりもの本音であった。
一方B小隊の面々はと言うと・・・
予想以上の彼らの力量にただ驚かされるばかりだった。
正直、自分達の方が優れていると言われた時は流石に腹が立った・・・
しかし、彼らはそう言えるだけの実力を持っている・・・
それが彼女達の率直な感想だ。
確かにこのままでは、昨日武に言われたとおり『油断していたら追い抜かれる』のも時間の問題・・・
と言うよりも、部分的な能力では既に追い抜かれているのは明白であった。

「それにしてもC小隊の面々は凄いですね・・・本来の身体能力の高さもあるのでしょうが、それ以上に技術面で驚かされています。彼らの元教官だった方は凄い人物だったのでしょうね」
「俺もあまり詳しい事は聞いていませんが、アラド、ゼオラ、ラトゥーニの3名を指導した人物は、かつては鬼教官と呼ばれた人物だったらしいですよ?」
「なるほど・・・私ももっと厳しく彼女達を鍛えるべきかもしれませんね・・・」
「ハハハ、程々に頼みますよ軍曹」
「ハッ!・・・しかし大尉、前にも言いましたが私には敬語は不要です・・・失礼だとは思うのですが、部下に対して示しが付きませんので・・・」
「すみま、いや、すまない軍曹。自分でも注意するようにしているのだが、どうも慣れなくてな・・・それに・・・」
「・・・それに?」
「実を言うと、軍曹が昔世話になった上官によく似ているんだ・・・どうもその人と重なってしまう部分があるせいか、つい敬語を使ってしまうんだよ」
「・・・なるほど、そう言う事でしたか」
「ああ、これからは気をつける様にするよ」
「ハッ!度々この様な発言をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、構わないよ」
「ありがとう御座います」

まりもに注意された事に対して武は、心の中で苦笑いを浮かべていた。
確かに今は自分の方が上官だ。
しかし、自分の記憶の中にある彼女は教官だった存在であり、もっと教えを請いたいと思っていた尊敬する人物の一人だ・・・
そんな彼女に対して敬語を使ってしまうのは仕方が無い事かもしれない。
だが、こればかりは自分自身が気をつける他無いのだ。
そして彼は訓練生の方へと目を向ける・・・

『そう言えば、あいつ等の射撃について前の世界じゃアドバイスしてたんだっけ・・・』

以前の世界では彼女達にそのアドバイスをした直後、千鶴に『戦術機に乗った事があるのか?』と疑われた。
しかし、今回は教官と言う立場でここに居る。
彼女達の能力向上の為に自分はここに来ているわけなのだから、気付いた点はどんどん注意していくべきだと彼は考えていた。

「B小隊、集合!」

武がそう言うと彼女達は一度手を休めこちらへ向かってくる。
そして彼は、前回と同じ様に彼女達に『狙いを定めてから撃つまでのタイミングの速さ』などを指摘していた。

「なるほど・・・解りました」
「ああ、これからも気付いた点はどんどん指摘して行くつもりだからそのつもりでいてくれ」
「ハッ!ありがとう御座います」

そう言うと彼女達は散って行く。
この時彼はこう考えていた・・・
自分の提案は間違っていなかったと・・・
確かに今の所はまだギクシャクした関係が続いている。
しかし、B小隊の面々はC小隊の面々の実力を見た事で彼らの力を認めようとする傾向がみられる様に感じた。
このままお互いが競い合う事で個々の能力を高めて行ってくれれば、それだけ戦場に出た時の生存率が上がる。
一番良いのは自分が一緒になって訓練に参加する事なのだろうが、今回はそう言う訳にはいかない・・・
初めはそれで歯痒い思いをしていたのだが、こうして教官として接する事で力になれればそれで構わないと思うようになっていた・・・


・・・夕呼の執務室・・・

キョウスケ達の訓練がある程度の段階へと進んだため、夕呼はスケジュール通りにこなせば問題無いと霞に伝え自身の部屋へと戻って来ていた。
訓練に付き合っていても良いのだが、彼女にはやるべき事が多い。
パーソナルトルーパーの解析の件もそうであるが、それと並行して第四計画の進行、新型戦術機開発などクリアしなければならない問題は山積みだ。
第四計画に関しては、既にある程度の目処は立っている。
当面の問題はPTと新型機の開発に関する事だ・・・
そう言った訳で彼女は、空き時間の殆どをそちらに使うようにしていたのである。

「それにしても挙がって来るデータには毎回驚かされるわね・・・」

彼女が今言っているデータと言うのはPTの物である。
PTと戦術機では基本的に全く異なる技術の塊なのだから驚くのも無理はない。
PTは地球製の技術と異星人の技術のハイブリッド機だ。
その事を知らない物がデータだけを見たならば彼女と同じ反応をするであろう。

「・・・この技術を何とかして戦術機や凄乃皇に応用したいものね・・・」

そう呟きながらも彼女は端末を操作していた・・・

「・・・あら?・・・っ!!これはっ!」

突如として彼女の表情が変わる・・・

「クッ、どうして今まで気付かなかったのかしら・・・アタシとした事がとんだ失態だわ。でもどうやってこの端末に侵入したって言うの・・・」

彼女が驚いた理由・・・
それは彼女の端末がハッキングを受けていたのだ・・・

「外部からの侵入では無さそうね・・・だとすると基地内の何者かが?」

外部からの侵入であったならば犯人は誰かおおよそ見当はつく。
第四計画反対派か第五計画推進派、もしくは彼女を陥れようとする存在だ。
しかし、内部の人間であったならば彼女が気付かない訳は無い。
この基地の人間で彼女の端末に侵入可能な人物は限られてくる・・・
それ以前にこの端末は基地のコンピューターとは独立したものであり、そう簡単に侵入する事は不可能なのである。

「一体誰が・・・まさかっ!!」

そう言うと彼女は、端末を操作しあるデータを確認する・・・

「・・・やってくれるわね。巧妙にデータを改竄してあるようだけど・・・だとしても何故・・・?」

データを確認した事で彼女はある事を確信していた・・・
しかし、この件に関しては情報が少ない・・・
決定的な証拠が無いのである。

「確認してみる必要がありそうね・・・」

そう呟いた彼女は、引き続き作業を開始していた・・・



あとがき
第8話です。
キョウスケ達の機種転換訓練が始まりました。
それから試作型戦術機Type-90の名前と一部の設定を出しました。
詳しい設定はテストのお話の際に書かせて頂きます^^;
いやはや、難しいですねぇ・・・色々とTT
説明クサイ部分が多い気がしますし・・・orz
今回はB小隊とC小隊の訓練風景も少しだけ入れてみました。
部分的なセリフや内容は本編やコミックスなどを流用させて頂きましたが、果たして上手く行ったのやら・・・w
さて、夕呼の端末に侵入した人物は一体・・・と言ったところで次回に続きますw
これからも頑張りますので、感想の方よろしくお願いしますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第9話 抹消された戦術機(前編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/12 22:09
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第9話 抹消された戦術機(前編)




訓練部隊の午前中の訓練も佳境に差し掛かった頃、グランドに思わぬ人物がやって来ていた。

「訓練中失礼します・・・白銀大尉、香月副司令が御呼びです」
「ピアティフ中尉・・・珍しいですね貴女がこんな場所にいらっしゃるなんて。何かあったんですか?」
「私も詳しい事は聞いておりません。急いで大尉をお連れするようにとの命令でしたので・・・」
「そうですか、解りました。と言う訳で神宮司軍曹、後はよろしくお願いします」
「ハッ!了解しました」

そう言うと武はピアティフと共に急いで夕呼の執務室へと向かう。
その時武はふと疑問に思う事があった。
こうやって急に呼び出される時は、殆どの場合霞が連絡役を引き受けるケースが多い。
何故霞では無くピアティフなのだろうかと考えていたのだが、それを察したのだろうか、彼女が口を開く・・・

「・・・どうかなさいましたか大尉?」
「い、いえ・・・こう言う時って大体霞が連絡に来ることが多かったもんで、霞にも関係してる事なんでしょうか?」
「彼女は今手が離せないそうです。何か別の作業を受け持ってるそうですよ」
「あ~、そう言えばキョウスケ大尉達の訓練を手伝うとか言ってた様な気がするなぁ・・・」

武は訓練開始前の事を思い出していた。
今日はキョウスケ達の機種転換訓練が行われている。
自分も参加しようと夕呼に言ってみたのだが、『アンタが居ても邪魔』の一言で参加させて貰えなかったのだ。

「そう言えばこうやって大尉とお話するのは初めてですね」
「・・・そう言えばそうですね」
「・・・白銀大尉は不思議な方ですね」
「どうしたんですか急に?」
「いえ、その年齢で大尉になられた方ですから、きっと真面目で厳しい方だと思っていたのですが、ちょっと自分の思っていたイメージとは違うと言うか・・・」
「なるほど、良く言われますよ」
「すみません、変な事を言ってしまって・・・」
「いえ、全然気にしてませんよ。それを言うならピアティフ中尉だって凄いじゃないですか。夕呼先生の秘書官なんですから」
「私なんてまだまだですよ。いつも必死と言うか余裕が無いと言うか・・・」
「そんな事無いと思いますよ。中尉が頑張ってくれるおかげで先生も自分の仕事に集中できるんだと思いますし」
「ありがとう御座います大尉・・・一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「以前から気になっていたのですが、大尉は何故副司令の事を先生と?私の記憶では、副司令はどこかで教鞭を執っていたと言う話は聞いた事が無いのですが・・・」
「ああ、その事ですか・・・」

この時武はどうしたものかと考えていた。
自分が何故夕呼の事を先生と呼んでいるのか・・・
自身の記憶の中にある夕呼は別世界の彼の教師である。
その記憶があるせいで彼女の事を先生と呼んでしまうのだが、この事をそのまま伝える訳にはいかない・・・

「えーっとですね・・・昔、少しの間なんですけど先生の下で色々と勉強させて頂いていた時期があるんですよ。その時の癖で先生って呼んじゃうんです・・・本当は副司令とか博士とか呼ばなくちゃいけないんでしょうが、先生自身もあまり気にしてらっしゃらないようなんでついそのままに・・・」

正直、彼自身これが通用するとは思ってなかった。
現状で武が考えうる最良の策だと思い、とっさにこう答えたのであったが・・・

「・・・なるほど、やはり大尉は凄い方なのですね」
「どうしてです?」
「新型OSの発案者は白銀大尉だと窺ってます。副司令の下で指導を受けていたと言うお話を聞いて納得がいったと言う訳ですよ」
「いや、そんな大したものじゃ無いですよ俺は・・・」
「そんな事ありません。私も技術仕官の端くれです、資料を拝見させて頂いてこう思いました。このOSなら前線の衛士の損耗率は大幅に下がるだろうと・・・もっとご自分に自信を持たれても大丈夫だと思います」
「そ、そうですかね?」
「はい!」

彼女の意外な一面が見れた様な気がする・・・
それが武の率直な感想だった。
正直今までピアティフとこうして話した事は無かった。
武の中の彼女は落ち着きのある、そして少し硬そうな人物・・・と言ったイメージだった。
しかし、目の前の彼女は笑顔で自分にもっと自信を持てと言っている。
この様に言われて喜ばない男は居ないだろうと彼は思っていた・・・

「ありがとう御座います中尉。そう言って貰えるとなんだか俺も自信が湧いてきましたよ」
「いえいえ・・・ってヤダ、私ったら上官に向って・・・申し訳ありませんでした大尉」
「いえ、俺の方が年下ですし、どちらかと言うと俺も今みたいに接して貰える方が嬉しいですよ。階級が上ってだけで自分より年上の方から敬語で話されるのって何か肩がこりますし」
「・・・そうですか?」
「ええ、ですからこれからも気にせず今みたいに接して下さい」
「解りました。でも時と場所は選ばせて貰いますね」
「はい、これからも宜しくお願いしますピアティフ中尉」
「こちらこそよろしくお願いします」

そんな会話が続いているうちに気付けば夕呼の執務室の前まで来ていた。

「失礼します。白銀大尉をお連れしました」
「御苦労さま、貴女は下がってくれていいわよ」
「了解しました」

敬礼をし執務室を後にするピアティフ。

「まったく、敬礼は良いっていつも言ってるのにねぇ・・・あら白銀、何か良い事でもあったの?」
「え?なんでですか?」
「随分と顔がニヤけてるわよ?ま、そんな事はどうでもいいわ・・・」

そう言うと彼女は急に真剣な顔つきになる。
彼女の表情から武は呼び出された理由がかなり深刻な内容だと言う事を察した。

「先生、一体何があったんですか?」
「・・・南部達の機体データの解析がある程度終了したわ」
「そのデータに何か問題でも?」
「データそのものに問題は無いわ。こちらとしても計画を進める上でかなり有意義な物を手に入れる事が出来たし・・・」
「では一体何が?」
「・・・そのデータの一部と第四計画に関するデータの一部が何者かによってハッキングを受けたわ」
「な、なんですって!?」
「巧妙にハッキングの後を改竄してあるけど、ほぼ間違いないわね」
「先生落ち着いてますね・・・ひょっとして既に犯人の目星は立ってるとか?」
「・・・まだ断定はできていないけどね。恐らく内部犯の犯行よ」
「でも、かなりヤバいんじゃないですか?データが外部に漏れたりしたら・・・」
「今の所は大丈夫そうね・・・基地内部から外部にデータを送信しようとすれば隠し通せるものじゃ無いし、もし持ち出そうと考えていたとしても、警備の連中の目を掻い潜って持ち出す事は不可能に近いわ」
「・・・でもどうやってハッキングを?」
「そこが問題なのよ・・・この端末は基地内の他の端末とは独立してるわ。それにアクセスするにはパスワードが必要になって来るし、そのパスワードに関しても定期的に変更している・・・パスワードを変更したのはアンタが来る前日、こんなに早く解読されるはずも無いでしょうしね」
「・・・なるほど」

ここで武はふと疑問に思う事があった。

「先生」
「何かしら?」
「この部屋の端末から他の部屋の端末へのアクセスとかは可能なんですか?」
「一応は可能よ、ただし常時接続可能と言う訳じゃないわ。何重ものプロテクトも掛けられているし、基本的にアタシ以外の人物がここから他の端末へアクセスする事は不可能と言っても過言ではない位にね・・・」
「・・・と言う事は、相手がその回線を利用すれば外部端末からハッキングは可能なんじゃ無いんですか?」
「無理よ」
「何故です?」
「その回線の使用にはS5レベルのセキュリティーを解除できる人物のIDが必要となって来るわ。アンタや南部達に渡したIDはS4レベルまで、それに情報閲覧に関するレベルは一般兵と何ら変わりないもの。それにS5レベルのIDカードは基地内部でも極限られた人間にのみ与えられる物・・・その全ての人間をアタシが把握している訳だから、使用すればすぐに分かるって訳・・・解ったかしら?」
「でも、ハッキングの後は巧妙に改竄されてたんでしょ?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、そのIDを持っている人物の中でそれだけの事ができる人物が居れば可能なんじゃ・・・」
「そう言う事になるわね・・・だから暫くは様子を見る事に決めたのよ」
「その様子見の間に外部にデータが漏れたらどうするんです?」
「その辺は既に手を打ってあるわ。基地内部からある特定のデータが送信されようとしたら即座にその発信源を突き止めウイルスプログラムが流れる様になっているわ。バックアップを取ってある可能性も否定できないでしょうけど、その時には既に遅し・・・保安部の連中にしょっ引かれているでしょうね」
「なるほど・・・ある程度泳がせておいて時期が来たら捕まえると言う訳か・・・」
「そう言う事・・・また何かあったらアンタにも知らせるわ。それからこの事は誰にも言ってはダメよ?」
「キョウスケ大尉達にもですか?」
「正直言うとね、アタシは彼らの内の誰かが・・・と言う線も考えているの」
「エエッ!!」
「彼らの中には潜入工作のエキスパートも居るわ・・・正直アタシのセキュリティーを破れるとは思っていないけど、警戒するに越した事は無いのよ」
「でも、あの人達がデータを盗んだとしても何に利用するんです?俺には何のメリット考えられ無いんですけど・・・」
「確かに、ね・・・でもね白銀、念には念を入れる事に越した事は無いわ。だから彼らにも内密で事を進めるのよ」
「・・・解りました」
「じゃ、次の話に移るわね」
「まだあるんですか?」
「こっちの話は直ぐに終わるわ。今日の夕方頃に例の試作機がロールアウトする予定よ。それでアンタにはその機体が完成次第それの調整をお願いしたいって訳」
「意外と早かったですね。調整って基本的にテストか何かですか?」
「今日は着座調整と簡単な稼働テストだけやってくれればいいわ。それからこれがその機体の資料。時間までにしっかりと目を通しておきなさい」

そう言われた武は資料に目を通す。

「・・・Type94K・不知火改型(仮)ですか?」
「ええ、とりあえず正式な名称はまだ決まってないわ。改型って言うのは便宜上つけた名前なのよ」
「なるほど、だから(仮)か・・・ざっと見ただけですけど、何か凄そうですね」
「期待して良いわよ。詳しい事は後で整備班の班長にでも聞いて頂戴」
「了解しました」
「それから、南部に今日の午後からの訓練内容を変更する事を伝えて貰えるかしら?」
「機種転換訓練じゃ無いんですか?」
「アンタが来る少し前に叢雲の整備が完了したって連絡があってね。機種転換訓練も問題無さそうだから実機テストに変更した訳」
「シミュレーター訓練も無しにですか?」
「残念な事にこの基地に複座型のシミュレーターは今は無いの。手配はしてあるんだけど、納期が遅れていてね」
「叢雲って複座型なんですね・・・って言うか名前も今聞いたところだし・・・」
「あら、言ってなかったかしら?まあ良いわ、そう言う事だから頼んだわよ」
「解りました。それじゃ失礼します」

そう言うと武は部屋を後にしPXへと向かう。
丁度時間帯は昼飯時だ。
恐らく彼らもPXに居るだろうと考えたのである。


・・・PX・・・

PXでは午前の訓練を終えたB、C小隊の面々が食事に来ていた。

「おばちゃ~ん、鯖味噌定食頂戴」
「あいよっ!アンタはよく食べるからねぇ、サービスで大盛りにしといたよ」
「やったぜ!サンキューおばちゃん」
「なーに良いってことよ。午後からの訓練も頑張るんだよ」
「了解ッス!」

そう言ってアラドはトレーを手にテーブルへと向かう。

「相変わらず良く食べるよなお前も・・・」
「消耗したエネルギーを回復するには飯を食うのが一番ッスから」
「それも一理あると思うけど、午後からは座学よ・・・お腹一杯で眠くなったりしたら困ると思うなぁ」
「大丈夫ッスよクスハさん」

そうは言ったアラドであったのだが、この後の座学で案の定寝てしまい一人腕立てを命じられてしまったと言うのはまた別のお話・・・


暫くして武がPXへとやって来た。
207訓練部隊の面々が食事をしていた事に気付いた彼はトレーを片手に隣の空いている席へ向かう事にする。

「よっ、ここ座っても良いか?」
「た、大尉!?」
「ああ、敬礼とかは良いからさ・・・俺階級とかそう言うのお堅いの嫌いなんだよ」
「しかし・・・」
「あー、細かい事は気にすんなって。とりあえず先ずは飯だ飯」
「はぁ・・・」

そう言うと武は食事を始める・・・
食事を続けながら彼は昨日の一件で自分も色々と考えさせられた事を思い返していた。
武はC小隊の面々が戦う理由を知った。
そしてB小隊の面々が戦う理由は既に知っている。
しかし、皆の気持ちを再確認しようと考え質問してみる事にした。
これによってそれぞれの理由を再確認し、より良い方向へと持って行きたいと考えていたのだ。

「皆に聞きたいんだけどさ・・・守りたいモノって・・・ちゃんとあるか?」
「どうされたんですか突然・・・」
「・・・以前言っておられた、目的があれば人は努力できる・・・と言う話でしょうか?」
「ああ、俺は2、3年ぐらい前まで自分の命が一番大事だと思ってた・・・確かに今でもそれは大事だ・・・けど、それを危険にさらしてでも守らなきゃならないものがある。一番守りたいモノが自分の命であってもなにか他の大切なものであっても・・・自分一人の力じゃ守れないんだ・・・」
『『「・・・!」』』

『・・・それをお前らが教えてくれたんだぜ』

武はそう心の中で呟く。

「強い意志と高い志を持った奴らが協力し合わなきゃBETAには勝てない。俺達の誰か一人が失敗して失うものは・・・そいつのものだけじゃ無いんだ」
「・・・それ・・・わかります!」
「だから、さ・・・皆にも一つのチームとして頑張って欲しい」
「はい!!」
「・・・そだね」
「・・・うむ」
「・・・そうね、がんばりましょう」

彼女らB小隊に続き、C小隊の面々も頷く。
武は自分の中にある昔の事を思い出していた・・・
丁度良い機会だと判断したのか、皆との交流を深める為に彼はある提案をする。
それは以前と同じ様な関係を気付く為の第一歩であった・・・

「・・・と、真面目な話が終わったところで・・・だ」
『『「?」』』
「榊の事委員長って呼んでいい?」
「ええ!?・・・ど、どうして今の話から突然そんな所に飛ぶんですか!?」
「さっきも言ったけどさ、そう言うお堅い奴ってあんまり好きじゃないんだ。それにいずれは背中を預け合う戦友になる訳だろ?歳も同い年なんだし、お互い親近感があった方がいいじゃん」
「・・・開き直ったな・・・」
「冥夜、今更何言ってんだお前。皆が居ない時はお前だって俺の事タケルって呼ぶじゃねーか」
『『「!?」』』
「と言う訳で、榊は『委員長』、御剣は『冥夜』、珠瀬は『たま』、彩峰は『彩峰』って呼ぶからな。
俺の事は『タケル』でも『白銀』でも構わないからさ。あ、できればたまにはタケルさんって呼んで欲しいかな?
何となくその方がしっくりくるから」
「・・・しかし、大尉」
「んじゃ、『俺の前で敬語は使うな』って言う命令だって事にしよう。俺も常にそうしろって言ってるんじゃ無いんだ。俺たち以外の人間が居る時は敬語を使ってくれても構わないから。それにブリット達は既に名前で呼んでくれてるんだぜ」
「そうそう、それなのに訓練中にタケルさんって呼んだら怒られるし・・・」
「・・・訓練中に上官をあんな風に呼んだら怒られるのは当然」
「そばには神宮司軍曹もいらっしゃいましたものね」
「そうよね、あれは場を弁え無かったアラドが悪いわね」
「うう・・・そっちの言い分が正しいだけに言い返せない・・・」

アラドがそう言った直後にそんな彼を見て皆が笑っていた。
彼が『笑うなよ』と反論したのは言うまでも無いが、そんな彼らを見て武は上手く打ち解けてくれたようだと安心する。

「・・・そう言う事なら・・・解りました」
「そうだな、今更かしこまる必要性は無いな」
「・・・なんだか私、猫みたいですねぇ~」
「・・・私だけ普通」
「じゃあ、お前も慧って名前で呼ぼうか?」
「・・・断固拒否」
「そんなに否定しなくても良いじゃねぇかよ・・・」
「・・・ところで白銀、さっき御剣に言ってた『皆が居ない時は』って言うのはどう言う事?」
「え?」
「・・・初めて訓練部隊に白銀が来た時も抱きついてたし、この前の夜もグランドで何か良い雰囲気だったし」
「ゲッ・・・見てたのか彩峰」
「・・・それはもうしっかりくっきりと」
『最悪だ・・・あの時感じた気配は彩峰だったのか・・・ヤバい、どうする俺・・・」

皆その話に興味津々と言った様子だ・・・
そんな中冥夜の方へ眼をやると、彼女は真っ赤になっている。

『オイオイ、そんなあからさまなリアクション取ったら変に疑われるじゃねぇか!』
「タケルさん、二人は恋人同士なんですか?」
『勘弁してくれアラド・・・何でそんな事を言うんだ・・・』
「・・・ねえ、どうなの?」

そう言った彩峰の表情はどこかニヤけている。
どうやら彼女はこの状況を楽しんでいる様だ・・・

『こ、コイツ、明らかにこの状況を、と言うより俺で遊んでやがる・・・下手な事を言ったら後々とんでもない事に発展しかねないぞコレ・・・』

この状況を打破する為にどうするかを必死で考える武。
冥夜に救援を求めようにも彼女は相変わらず顔を赤くしたままだ・・・
覚悟を決めようと思ったその時、彼の眼に丁度PXへやって来たキョウスケの姿が映った。

『ナイスタイミングだ大尉!俺は今、もの凄く神様の存在を信じたくなったぜ』

そう心の中で呟くと彼は『急用を思い出した』と言い、大急ぎでキョウスケの元へと向かう。

「逃げたわね」
「逃げられましたですの」
「ああ、逃げたな」
「・・・でも大丈夫。もう一人の獲物がここに・・・アレ?」
「御剣さんも居ませんよ?」
「あ、あそこに!」
「逃がすかよっ!」

アラドはそう叫ぶと冥夜の腕を掴む。

「ええい、放せっ放さぬかアラド!」
「ダメッス。いい加減白状して下さいよ冥夜さん」
「良いから放せっ!それにしても何と言うバカ力だ・・・振り解けんではないかっ!」
「・・・御剣、潔く観念した方がいいよ」
「そうですの、皆さんこの手の話には興味津々ですの」
「くっ、タケルめ・・・まんまと一人だけ逃げおって・・・」
「・・・二人で手と手を取って逃避行?」
「違うっ!」
「み、皆さん、御剣さんが可哀想ですよ」
「そ、そうですよぉ」
「・・・白状するまでは駄目」
「もう、ブリット君も黙ってないでなんとか言ってよ」
「そこで俺に振られてもなぁ・・・と言うか、止めれないだろこの状況じゃ」

ブリットの言う通りこの状況下で止めに入れば今度は自分が何を言われるか分からない。
それこそ今度は自分とクスハの事について色々と聞かれる可能性もある。
そんな中、状況を見兼ねた千鶴が場を収めようとする。

「いい加減にしなさいよあなた達!ここはPXなのよ・・・こんな所で大騒ぎしたら他の方々に迷惑になるじゃないの!」
「・・・あんたの声が一番五月蠅い」
「何ですってっ!」
「ほら、榊も落ち着けって。確かにここで大騒ぎするのは良くないよな・・・」

そう言って周りを見渡すと、PX内の目線がこちらに集中している。
騒がせて申し訳ないという思いからか、そのまま皆大人しく席に着いていた。
結局、冥夜は武との関係を白状させられる事になったのだが、『昔からの友人』と言う事で一応納得して貰う事が出来た。
一部の人間は疑っているようだったが、千鶴の『これ以上の詮索は無し』と言う一言でこの一件は片付く事となった。


・・・その日の午後・・・

武から連絡を受けたキョウスケとエクセレンは指定されたハンガーへと来ていた。
相変わらず整備員達が慌ただしく働いている。
そんな中、彼らに気付いた班長が近づいてくる。

「よう、あんた等が90式のテストパイロットかい?」
「ハッ!南部 響介大尉とエクセレン・ブロウニング中尉です。よろしくお願いします」
「ワシはここの整備班を預かっている班長の飯塚だ。よろしく頼む」
「班長、これが我々がテストする叢雲ですか?」
「ああ、既にOSも新型に換装してある。今回のテストは今後こいつを改良して実戦配備する為のデータ収集だそうだな」
「はい、副司令からはそう窺ってます」
「それにしてもなんだか他の機体とは雰囲気が違う機体よね・・・」
「こいつはな、設計された当時は画期的な機体って事でかなり評価が高かったんだ・・・
しかし、テストを行ううちに色々な欠陥が見つかってな。そんな訳で存在を抹消された可哀想な奴なのさ・・・」
「・・・班長?」
「おっと、すまねぇな・・・ワシはこいつの開発に携わってた事があるんだよ。こいつがまた陽の目を見る事になるなんて考えても居なかったんでな・・・」
「そう言う事でしたか・・・」
「そう言う事なら班長さんの為にも頑張らないといけないわねキョウスケ」
「ああ、そうだな。ところで班長、隣の機体は例の新型機ですか?」
「もうじき組み上がる予定だ。こいつは凄いぞ・・・スペックデータを見て年甲斐も無くはしゃいじまう程にな」
「なるほど、これがタケルが言っていた新型か・・・」
「見た目は不知火にそっくりだけど、そんなに性能が違うものなのかしら?」
「こいつは帝国製戦術機を帝国の技術で強化、発展させる事を目的に開発されたそうだ。米国の技術を導入した弐型が気に入らないって奴らも居るんだろうな・・・まあ、ワシら技術屋にとっては関係ない事だが」
「色々と事情があるのはどこも同じなのね・・・」
「そう言う事だお嬢さん。それじゃあボチボチテストを始めるとするか・・・オペレーターは先に演習場に行って準備を始めているそうだから急いでやってくれ」
「了解です」

そう言うと彼らはハンガーに固定されている叢雲に乗り込む。
その存在を抹消されていた戦術機・・・
この機体が未来を掴む事が出来るかどうかはキョウスケとエクセレンの二人に委ねられる事となったのであった。



あとがき

今回はどうも上手く纏める事が出来ずに話が長くなってしまいそうだったので前後編とさせて頂きました。
そのお詫びと言っては何ですが、ついにそのベールを脱いだ試作型戦術機『Type90・叢雲』の詳細を書かせて頂きます。

Type90・叢雲
正式採用が見送られた戦術機。
帝国軍が第3世代純国産戦術機開発へ向けたノウハウ収得の為に陽炎をベースとして開発された戦術機の一つ。
位置的には2.5世代辺りに属する。
複座型として開発されており、前部座席が基本操縦を、後部座席が火器管制処理やナビゲートなどを行うようになっているが前部座席のみでも運用可能。
防御性や耐久性を重視した設計で従来機よりも一回り大きい外観となっているのだが、基本的に現存の戦術機の手持ち兵装の殆どは使用可能。
また専用の武装もいくつか装備されている。
陸戦運用を主眼に開発されており、機動性を向上させる目的で脚部に無限軌道が装備されている。
長時間の匍匐飛行による推進剤の消耗を抑える為に採用された無限軌道であるが、
今までに無いシステムであった為にその扱いは極めて困難なものとなった。
軽量化による機動性を重視した第3世代機の設計思想とは異なる事と、上記の無限軌道採用による機体の扱い難さ、コスト面、また現存のOSでの運用が困難などの理由で試作機が数機作られた時点で開発は中止となる。
名前は東雲級駆逐艦二番艦、叢雲より。
形式番号は自衛隊の90式戦車より拝借。

武装
腕部内蔵型36mmチェーンガン×2
折り畳み式電磁粉砕爪(プラズマクロー)×2
240mm迫撃砲×2
65式近接戦闘短刀×2

この機体を考えた理由はいたって単純、
『戦術機が航空機をモチーフにしているのなら戦車をモチーフにした機体があっても良いのでは?』
と言った理由からです(笑)
機体のイメージとしては、オルタ登場の陽炎に劇場版機動戦艦ナデシコに出て来たアルストロメリアを足して2で割った所に戦車っぽい物をプラスしてみた感じでしょうか。
無限軌道やクローと言った装備はアルストロメリアから拝借しております。
無限軌道は足裏からかかとの部分に装備されていて、ローラーダッシュが可能と言う事になっています。
240mm迫撃砲は折り畳み可能で、74式稼働兵装担架システムにマウントして使用可能な他、主腕で持つ事で運用も可能と言う設定です。
そしてこの機体にはさらなる秘密が・・・
これは後々明らかにさせて頂きますね。
そして、初のオリキャラ・・・と言うほどのモノではないですが、整備班の班長の登場ですw
と言っても以前から登場していたんですが、今回登場させるにあたって名前を考えました。
叢雲の活躍は次回の後編にて書かせて頂きます。
引っ張って本当に申し訳ないですがご容赦ください^^;
それでは感想の方お待ちいたしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第10話 抹消された戦術機(後編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/16 22:17
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第10話 抹消された戦術機(後編)



叢雲に乗り込んだキョウスケとエクセレンは直ぐに着座調整を開始する。
網膜投影ディスプレイに表示される情報を一つ一つ確認しながらデータをチェックすると同時にコンソールを操作する。
初期起動が終了し、機体がアイドリング状態になるのを確認したキョウスケは、そのまま各部の動作チェックに入る。

「ジェネレーター出力、アイドリング状態で固定。各フレームならびに駆動系異常なし・・・エクセレンそっちはどうだ?」
「FCS、IFF問題なし、各種兵装、全て模擬弾頭に変更完了。データリンクの方も問題無いわ」
「了解した・・・出るぞっ!」
「了解」

機体をロックしていた装置が全て解除されるとキョウスケは徐々に機体の出力を上げて行く・・・
予定の数値に達すると、ゆっくりとした足並みで機体を前へと動かす。
何せこれが初めての実機だ・・・緊張しているのが自分でも良く分かる。

「どうしたのキョウスケ?随分と慎重じゃない」

彼の動きを察してかエクセレンが口を開いた。

「・・・シミュレーターと実機では勝手が違う。ちょっとしたミスが事故につながるからな」
「貴方らしくないわね?」
「そうかもしれんな・・・」

エクセレンと会話をしている内に少しばかり緊張が解れた様だ・・・
そう感じた彼は、内心彼女に感謝するとともに気を引き締める。

「エクセレン、今の所問題は?」
「・・・大丈夫そうね。行けるわよ」
「解った・・・行くぞっ!」

ハンガーの外に出た叢雲は一気に出力を上げ加速を開始する。

「ちょ、ちょっとキョウスケっ!」
「何だ?」
「イキナリ過ぎよっ!もっと丁寧に扱わないと」
「この程度で壊れる様じゃテストには耐えられん」
「それはそうだけど・・・もっと私を扱う時みたいに丁寧に・・・」

彼女がそう言いかけた直後、更に加速する叢雲・・・

「ちょっとぉー!私の話聞いてるの?」
「お前を扱う様にだろう・・・違うのか?」
「もーッ!誰もこんな激しく扱ってくれだなんて頼んでないわよっ!」
「いちいちうるさい奴だ・・・そう言うのは後にしろ」
「えっ・・・『後で・・・ってヤダ、キョウスケったら・・・』」
「それよりも黙ってないと舌を噛むぞ・・・聞いているのかエクセレン?」
「な、何?」
「・・・黙っていないと舌を噛むぞと言ったんだ・・・いきなりボーっとして、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
「なら良い・・・『まったく・・・テスト中に何を考えているんだこいつは・・・』」

キョウスケは心の中でそう呟くとディスプレイに目をやる。

『出力は安定している。各部関節やシステムも問題無さそうだ・・・それにしても少しばかりピーキーな機体だな。OSのせいで即応性が3割増になっていると聞いているが、シミュレーターで使った不知火より反応速度が速い気がする・・・だが機体は重いな。恐らく内蔵火器が多い分重量が増えているからだろう・・・今の所はさほど問題は無いように思えるが、実戦で使えるかどうかはテスト次第・・・と言ったところか』

そう呟きながら彼は自分の愛機であるアルトアイゼンと叢雲を比べていた。
重装の陸戦タイプと言う点で、それぞれの機体は似ている。
流石にスペックでは叢雲の方が劣るが、コンセプトは非常に似ている機体だと彼は感じていた。
そう考えながら彼は機体を左右に旋回させたり、低空のブーストジャンプなどを繰り返しながら機体の挙動を確認する。

「どう?いけそう?」
「どうだろうな・・・今の所問題はなさそうだが、こればかりは実際にテストをしてみない事には解らん」
「確かにそうよね・・・でもこの機体、なんで正式採用されなかったのかしら?」
「資料には詳しく書かれていなかったが、班長の言っていた欠陥が一番の原因だろうな」
「あと、考えられるのは扱える衛士が居なかったとか、コストとかシステム面なんかでしょうね」
「・・・恐らくな」

そうしている間に指定された演習区域が見えて来た。
演習場には既に準備を終えたスタッフが彼らの到着を待ち侘びているのが確認できる。

『南部大尉、ブロウニング中尉、お待ちしておりました』
「遅れてすまない」
『いえ、時間にはまだ余裕がありますから問題ありません。本日のテストでオペレーターを務めさせて頂きますイリーナ・ピアティフ中尉です。宜しくお願いします』
「こちらこそよろしく頼む中尉」
『では、今から指定するポイントへ向かって下さい。御二人が到着次第簡単なブリーフィングを行った後、テストを開始させて頂きます』
「了解した」

通信を終えると彼らは指定されたポイントへと向かう。
今回オペレーターを務める事になっているピアティフとは何度か面識がある彼らだが、通信を聞く限りでは夕呼は一緒に居ないようだ。
試作機のテストを自分達に頼んでおいて、当の本人がこの場に居ないのはおかしいものだが、その程度のテストと言う事なのだろう。
後で上がって来たデータさえあれば問題無いと言うのであれば、態々自分達がテストをする必要など無いのではないかと考えたのだが、
そう言う訳にもいかない。
一応彼らは彼女直属のテスト部隊と言う位置付けであり、軍人は上からの命令には従わねばならない。
自分達は協力者とは言え、国連軍に身を置いている以上はそれも仕方が無いのである。
その様な自問自答を繰り返すうちに、気付けば指定されたポイントへと到着していた。


簡単なブリーフィングが終了し、いよいよテストが開始される。

『それではこれよりテストを開始します。なお、テスト中はコールサインを使用します。大尉のコールサインはアサルト1と聞いていますが、間違いありませんでしょうか?』
「問題無い。自分をアサルト1、エクセレンをアサルト2と呼称してくれ」
『了解しました。それではアサルト1、アサルト2、テストを開始します・・・状況開始っ!』
「アサルト1、了解」「アサルト2、りょ~かい」

最初のテストは市街地を想定したこの演習区域での運動性能を見るテストだ。
この演習区域はG弾の影響で廃墟となってしまった柊町の一部が使用されている。
周囲は倒壊を免れたビルなどの建物で覆われており、それが丁度良い具合の障害物となっている。

『HQよりアサルト1へ、これよりデータを送信します。指定されたポイントを通過しつつ、目標地点へ向かって下さい』
「アサルト1、了解」

データを受信したキョウスケは、スロットルを踏み込み徐々に加速を始める。
操縦方法はシミュレーターで訓練した不知火と大差は無い。
大きな違いと言えば、この機体に装備されている無限軌道だろう。
匍匐飛行に比べて速度は遅いものの、単純に歩いたり走ったりするものと比べればその速さは全然違う。
推進剤の消費量を抑える為と言う事で採用された装備であるが、その走破性に今の所は問題を感じられない。
感覚で言うならばホバー走行しているような感じだ。
しかし、彼には匍匐飛行と大差無い様に感じるこのシステムのどこに問題があるのか解らないでいた・・・
実はこのシステムの弱点は急旋回時の挙動にあったのである。
従来のOSでは、機体のオートバランサーが反応すると一時的に機体側が制御を受け付けなくなる。
これは体勢を立て直そうとする時に起こる現象で、従来のシステムであれば何の問題も無かった。
しかし、無限軌道と言う新しいシステムに対しては別だったのである。
急旋回時に働く慣性によって、Gの掛かっている方向に倒れこみそうになると機体側が認識しオートバランサーが作動する。
その結果、機体を立て直す事に時間がかかる分、次の行動に対しての遅れへと繋がってしまい、それが弱点になると指摘されたのであった。
だが、OSをXM3に換装した事により、そのタイムラグは大幅に削減される事となったのである。
この事は、従来のOSを搭載した叢雲に搭乗した事のある者にしか分からない欠点であり、初めからXM3を搭載した機体を前提として訓練を行っていたキョウスケ達には解るはずも無いのである。
彼は急旋回時に機体の上半身を使い、バランスを取ることでGを上手く打ち消していた。
そして、XM3にはキャンセルと先行入力と言う物が存在する。
オートバランサーをキャンセルし、先行入力を用いてマニュアルでバランスを取る事で無意識にこの弱点を打ち消していたのだ。

「アサルト1よりHQ、現状でこちらには特に問題は感じられない。そちらの方はどうなっている?」
『こちらHQ、送られてくるデータには異常は見られません。引き続きテストを続行して下さい』
「了解した」
「無限軌道には問題無さそうよね・・・一体何処に欠陥があったのかしら?」
「そうだな・・・欠陥は他の所にあるのか、またはOSを換装した事によって解消されているのかもしれないな」
「OSが違うだけでそんなに変わるかしら?」
「その辺は俺にも解らん。だが、制御系が変われば機体も劇的に変わる。従来型のOSとXM3の資料、読んでないのか?」
「確かタケル君が考えた『コンボ、キャンセル、先行入力』だっけ?それのおかげで即応性が3割増になったんでしょ?」
「ああ、それのおかげで姿勢制御にかなりの柔軟性が出たそうだ。一概には言えないが、それによってこのシステムの弱点を克服したのかもしれん」
「なるほどね・・・そうやって考えるとあの子って凄いわね」
「まったくだ・・・この様な柔軟な発想はそう簡単に思いつくようなモノではないだろうな」

XM3が開発された理由は武が元の世界で遊んでいたバルジャーノンと言うゲームと同じ様な動きを戦術機で再現したいと言う考えからであった事を彼らは知らない。
だが、それを知らない者からすれば白銀 武独自の機動概念は今までの常識を覆すものであったのだから驚くのは無理も無い。
機動概念と言った面だけで考えるのであればPTパイロットであるキョウスケ達も同じような機動を描く事は可能だろう。
しかし、この世界のパイロットたちは違う。
元々彼の様な三次元機動を行う様な者は居なかったし、上空へと回避行動を行えば即座に光線級のレーザー照射を受ける事となる。
そう言った点を考えれば、武の発想が柔軟で今までの常識を覆すものと言われてもおかしくは無かったのである。

「そろそろ目標ポイントに到着するわよ」
「解った。今の所何か問題は?」
「そうねぇ・・・特にこれと言った問題はなさそうだけど、機体の内部温度が少し上がってきている位かしら」
「内部温度が?」
「ええ、許容範囲内だと思うけど・・・ジェネレーター周辺の温度が規定値より若干高めになってるのよ」
「解った、確認を取ってみる。アサルト1よりHQへ、確認したい事がある」
『こちらHQ、アサルト1どうかしましたか?』
「許容範囲内だとは思うんだが、ジェネレーター周辺の温度が規定値よりも高い数値を示している。指示を仰ぎたい」
『了解しました。こちらの方でも確認してみますので少々お待ち下さい』
「了解した」

ピアティフは即座にデータを確認する為、端末を操作すると叢雲の機体データが表示される。
確かに彼らの言う通り、モニターの数値は規定値よりも高めだ・・・
彼女はその場に待機している整備員に詳しい説明を求める。

「恐らく出力を上げた為による一時的な上昇だと思います。現状では問題無いと思いますが、もしもこの状況が続くようであれば一度テストを中断してチェックしてみた方がいいですね」
「解りました。HQよりアサルト1、聞こえていた通りです。このままテストを続行して下さい」
『アサルト1、了解』

暫くして目標ポイントに到着すると続いてのテスト内容が説明される。

『次のテスト内容は、各種兵装のテストです。機体の方はどうですか?』
「今の所は大丈夫そうね。内部温度も正常値に下がって来てるみたいだし」
『了解しました。ではこれより兵装テストを開始します。ターゲット用のドローンを射出しますので、そのまま待機して下さい』
「了解」

暫く時間をおいてターゲットが射出される。
ターゲット用のドローンはバルーンを用いて浮遊している物や、ビルの残骸に固定されている物の他にレール上を動いている物がメインである。
今回は兵装テストと言う事で相手は攻撃してこない。
しかし、こちらの機体を補足し照準用のレーザーを照射して来るタイプだ。
テスト前のブリーフィングでは、このレーザーを光線級のレーザ照射に見立て、同じ個所に連続して被弾した場合は大破扱いになると説明を受けている。

『それではテストを始めて下さい』
「了解」

テストが開始される。
先ずは比較的近くに居る目標からだ。

「兵装選択はお前に任せる。こう言ったものはお前の方が得意だからな」
「分かったわ」

お互いの役割を確認すると彼らはまず一番近いドローンに対して照準を合わせた。
ターゲットがロックされ、右腕部内蔵のチェーンガンが火を噴く・・・

「・・・照準がやや左にずれている。修正してくれ」
「りょ~かい」

そのまま数機のドローンを破壊、次の目標に移ろうとした直後にコックピット内に警告音が鳴り響く。

「キョウスケ、レーザ照射警告が来たわ」
「分かっている・・・」

そのまま回避行動に移る叢雲。
遮蔽物に隠れ、レーザーをやり過ごすと次のターゲットに照準を合わせる。
次々と目標を破壊し、続いて240mm迫撃砲のテストに入る。

「次、3時の方向、距離があるから迫撃砲を使うわよ」
「了解だ」

轟音とともに240mmが火を噴く・・・
しかし、ターゲットは沈黙しない・・・

「照準補正は?」
「問題無いと思うけど・・・あ~、迫撃砲って風とかの影響受けちゃうからそれで流されちゃったのかも・・・」
「なるほどな・・・この武器は扱い辛い。射撃が苦手な俺には向かないな・・・」
「そうかもしれないわね・・・それよりも戦術機で運用するのには少し無理があると思うわコレ・・・」
「どうしてだ?」
「威力は確かにあると思うけど、命中率が悪いもの・・・私だったらまず使わないわね」
「・・・砲撃支援には使えるかもしれんと言う事か」
「そうね、これを使うぐらいなら手持ちの87式突撃砲に装備されてる120mm滑空砲か別の固定武器を使うべきでしょうね」
「後で提出する予定の報告書に記載しておく」
「りょ~かい」

暫く240mmを試してみるが、直撃するケースは低かった。
これはキョウスケの射撃能力にも関係しているが、全てがそうとは言えないものだ。
直撃ぜずとも爆風などでダメージを与える事が出来るのだが、それでは効率が悪い。
密集地帯へ向けての砲撃には使えるかもしれないが、初速が遅い為に回避されるケースも多いだろう。
これならば先程エクセレンが言ったように120mmを使うか92式多目的自立誘導弾システムを用いる方が効果的だ。

『HQよりアサルト1へ、続いて近接兵装のテストに移行して下さい』
「アサルト1、了解」

近接兵装テスト用のドローンは固定されたものだ。
しかし、今までのターゲットと同様のシステムとなっている。
攻撃を回避しつつ目標へ接近すると、キョウスケは右膝から65式近接戦闘短刀を引き抜く。
そして彼は一気に間合いを詰め懐に入ると、次々と目標を破壊していく・・・
10体ほどのターゲットを破壊した頃だろうか、ジェネレーター周辺の異常加熱にエクセレンが気付いた。

「キョウスケ、またさっきの症状が出てるわ。どうするの?」
「整備班の方は問題無いと言っていた。お前はそのままデータチェックを行ってくれ。続いて電磁粉砕爪のテストに移る」
「解ったわ」

キョウスケは右腕の電磁粉砕爪を展開させる。
この装備は腕部に装備された折り畳み式のクロ―である。
ジェネレーターから生じる余剰電力を攻撃に転換する事を目的として開発された兵装で、クロー部分を目標に突き刺した後、超高圧の電撃を放つと言うものだ。

「行くぞっ!」

目標に向けて突進するキョウスケ。
自分の愛機であるアルトアイゼンリーゼと同じ様にブーストを全開にしターゲットに向けて接近、相対距離と自機の速度を調整するとそのまま目標に対してクロ―を突き刺すと、そのまま躊躇せずトリガーを引く・・・
その直後、最大出力で放出された電撃がターゲットを一撃で粉砕していた。

「私が一緒に乗ってる時はアルトちゃんみたいな使い方をするのはやめて貰いたいわね・・・キョウスケらしいって言えばキョウスケらしいけど、これって結構キツイのよ?」
「何故だ?ヴァイスに乗っているお前からすればこの程度のGは問題無いだろう?」
「・・・Gの掛かり方が違うのよ・・・これじゃブリット君がダウンするのも無理無いわねぇ」
「そうなのか?だが、アルトに比べればこれでも軽い方だ・・・もう少し突進力が欲しいな」
「ハイハイ・・・次のターゲット行くわよ」
「了解だ。次は少しアプローチを変えてみる」
「お手柔らかにね・・・」

そう言うとキョウスケは次のターゲットに向けて機体を動かす。
今度は脚部の無限軌道も使用し、先程よりも突進力を加味していた・・・

「ちょ、ちょっとキョウスケっ!お手柔らかにって言ったじゃないのっ!!」
「これもテストだ・・・我慢しろ」
「もうっ!」

続け様に次のターゲットを破壊、そして別のターゲットに目を移したその時だった・・・
コックピット内部に響き渡る警告音・・・

「っ!キョウスケっ!ジェネレーターがオーバーヒートしそうになっているわ。直ぐに停止してっ!」
「何っ!?」

跳躍ユニットを逆噴射させ急停止する叢雲・・・
コックピット内部に強烈なGが掛かる・・・

『HQよりアサルト1、南部大尉どうしました?』
「こちらアサルト1、トラブルだ・・・ジェネレーターがオーバーヒート寸前になっている。どうやら先程の異常加熱はこの前兆だったようだ」
『了解しました。一度テストを終了します。そのままこちらまで戻れそうですか?』
「・・・少し待ってくれ。エクセレン、どうだ?」
「うーん・・・駄目ね、さっきから温度が下がらないわ。ここは下手に動かさない方が良いかも・・・」
「解った。ピアティフ中尉、すまないが整備班をこちらへ回してくれ」
『了解しました。そのままそこで待機して下さい。直ぐにスタッフをそちらに向かわせます』
「了解だ」

通信を終えるとピアティフは整備班に現状を伝え、直ぐさま87式自走整備支援担架を現場に向かわせるように指示を出す。
実は叢雲の最大の欠陥はここにあった。
試作型兵器である電磁粉砕爪はジェネレーターの出力を最大まで高め、その余剰電力を放出する。
その為、機体内部温度が必要以上に上昇するのだが、これを冷却する為のシステムに問題があったのだ。
当時の技術者はこの問題点を改善すべく、色々と手を考えたのであったが、それらは殆ど失敗に終わっていた。
最終的に新型の冷却システムを開発する事に成功したのであるが、完成時期が遅すぎた為にこれ以上の開発費の投入は採算が合わないと言う理由などからテストを行う前に計画は中止される事となったのである。
今回のテストでは、その新型の冷却システムを搭載した機体が使用された。
しかし、この新型を用いてもその欠陥は解消される事は無かったのである・・・
それには理由があった。
それは装甲である・・・
この機体は防御性や耐久性を重視した結果、従来の装甲よりも重装甲の機体となっている。
その為余剰熱が外部に逃げ難い仕様なのだ・・・
これは第一世代型戦術機によく見られた原因の一つで、装甲を厚くした分、その排熱が追い付かなくなり機体がオーバーヒートを度々起こすと言うものだった。
近年の戦術機は、新素材や新型の複合材の開発によりそう言った問題点は改善されているのだが、この機体が開発された当時はそう言った点が全て改善されていたとは言えず、結果として冷却システムを大型化するなどして対処する他無かったのである。

「・・・なるほどな、確かにそのような欠陥を抱えていては正式採用するのは難しいな」
「そうねぇ、下手をすれば中のパイロットもろとも大爆発だもんね・・・」
「別の意味で特攻兵器と言えない事も無いと言う訳か・・・だが、この機体の改善点はこれで明らかになった」
「どういう事?」
「装甲に関しては第三世代機の物を流用すれば解決が可能だろうし機体の軽量化に繋がる。機体が重い分はどうしても負荷がかかるからな。それからジェネレーターだが、これも出力が叢雲の物よりも高いものに換装すればさほど出力を上げなくても電磁粉砕爪は使用可能な筈だ。それでも駄目なら、装備そのものを排除する他無いな・・・それにこの無限軌道、これはかなり使えると判断した。このまま眠らせておくのは勿体ない」
「さっき最後にテストしたアレね?」
「ああ、跳躍システムと併用する事でかなりの突進力を得る事が出来る。それ以外にも地上での機動に関してはかなり有効なシステムの一つだと感じた」
「・・・なるほど、解りました。この件に関しては私の方からも報告書を副司令の方に提出しておきます。それから申し訳ないのですが、今日のテストはこれで終了させて頂きます。本来ならテストをして頂きたかった装備があったのですが、整備班からの報告ではジェネレーターと冷却装置にかなりの負荷がかかっているそうです。このままテストを続けるのは危険と言う事ですので・・・」
「解った。報告書に関しては俺の方も副司令の方に提出しておく。ピアティフ中尉もそれで良いだろうか?」
「はい、では私はテストに関する報告書を書きますので、大尉には機体の方に関する報告書をお願いしても構わないでしょうか?」
「ああ、俺の方は問題無い。エクセレンは火器管制や武装面に関する報告書を提出してくれ」
「ええ、私も?」
「当然だ・・・」
「わ、解ったわよ・・・」



叢雲のテストは意外な形で終了した・・・
しかし、このテストのおかげで様々な改善すべき点が見つかった事は事実だ。
従来の機体にXM3を搭載する事によってかなりの性能向上が見込めると言う事も改めて分かった。
そう言う点で考えればこのテストによって得られた収穫はかなりのものであろう。
そしてこのテストを踏まえ、後にType90・叢雲は新たな力を手にし、人類を守る為の盾として・・・人々を救う為の剣として・・・生まれ変わる事となるのだった・・・


あとがき

後編です。
前回に引き続いて叢雲のお話です。
今回の話で叢雲の欠陥について色々と書かせて頂きました。
欠陥については本当に考えさせられました・・・
書き終えた今でも何となく矛盾が生じてそうな気がしてなりません・・・orz
ピアティフ中尉が最後の方でチラッと言った装備ですが、これは叢雲専用の装備と言う訳ではありません。
詳細はまだ明かせませんが、近いうちに登場させる事が出来ればと思います。
次回はタケルちゃんが乗る事になる新型試作機について書かせて頂こうと思ってますのでそちらの方もお楽しみに^^
それでは感想の方お待ちいたしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第11話 戦乙女再び
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/21 23:33
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第11話 戦乙女再び




キョウスケ達がテストを終了してから数時間後。
戦術機ハンガーでは、新型試作機であるType94K・不知火改型の最終調整が行われていた。
調整も後は着座調整を残すのみとなり、技術者達はテストパイロットの到着を待ち望んでいる状態だった。
その頃、テストを担当する筈の武はと言うと・・・

「・・・それにしても凄い機体だな。資料によると出力は20%増し、フレームは新素材を部分的に用いる事で、剛性の強化と軽量化を図っているか・・・でも、ここに書かれた安定性を高める為に装備されたリミッターってのが凄く気になるんだよなぁ・・・さっきキョウスケ大尉達に叢雲のテストの事で色々と聞いてみたのは良かったけど、あれを聞いた後じゃなぁ・・・」

彼はロッカールームで昼間手渡された資料を眺めながら呟いていた・・・
叢雲のテストが終了して間もなく、彼の元に改型が完成したとの報告があった。
報告を受けた後、他に予定も無かったので早めにロッカールームへ向かい、資料を読みながら時間を潰そうと考えていたのである。
丁度その時、テストを終えたキョウスケがロッカールームに現れた為テストについて色々と聞いていたのだが、彼から語られた内容によると叢雲は予想以上の機体であり、その欠陥はとんでもないものだと言う事が分かった。
そして、改めて改型の仕様書に目を通している訳なのだが、このリミッターと言う単語が気になって仕方が無かったのである。
本来リミッターと言うものは、安全性を重視して装備される物だ。
こう言う物が装備されているという事は、この機体は叢雲の様に暴走する危険性があるという事になる。
普段の彼なら何も考えずにいたのだろうが、テスト前に叢雲の事を聞いてしまったが為に不安なのだ。
そうして悩んでいる内に、かれこれ1時間が過ぎようとしていた・・・
暫くして部屋のドアがノックされ、時間だという事に気付かされる。

『白銀大尉、そろそろお時間ですが準備の方は宜しいでしょうか?』
「あ、すみません。今すぐ行きます」

そう言うと部屋を出る武。
廊下には今回のテストでオペレーターを担当する事になっているピアティフが待っていた。

「すみません、ピアティフ中尉」
「いえ、時間的にはまだ大丈夫ですし問題はありませんよ」
「そうですか・・・それじゃあ行きましょうか」
「はい」

彼女に連れられハンガーへ向かうと、班長である飯塚が武の元へとやって来た。

「お前さんが新型のテストパイロットかい?」
「はい、白銀 武です」
「そうか・・・若いと聞いていたがまさかこれ程とはな・・・」

そう言われた武は少しムッとする・・・
確かに彼から見れば自分は若い。
若造だと思われても仕方が無いだろう。

「おっと、スマンスマン。別に悪気があった訳じゃ無いんだ。資料でお前さんの事は読んだんだが、こんなに若い坊主があんなに凄いデータを叩き出したって事に驚いててな。それに聞けばあの新型OSはお前さんの発案だそうじゃないか、そんな奴がテストパイロットと聞いてどんな奴かと思ってたんだが、想像していた以上に若かったんでな。つい変な事を口走っちまった」
「・・・そう言う事でしたか。俺の方こそすみません」
「いやいや、先に難癖つけちまった様に思わせたのはこっちだ。お前さんが謝る必要はないよ」
「解りました。それで、新型はこいつですか?」
「ああ、こいつはスゲぇぞ・・・スペックもそうだが、本当に乗りこなせる衛士が居るのかって考えちまう程にな」
「そんなに凄いんですか?」
「お前さんも資料を読んだんだろう?」
「ええ、確かに凄いスペックだとは思うんですが、実際に乗ってみない事には何とも言えませんよ」
「なるほどな、そいつは確かにお前さんの言う通りだな」
「スペックもそうですけど、この機体のカラーリング・・・今までに無い色ですね。試作機だからですか?」

彼らの目の前にある不知火改型・・・
そのカラーリングは従来の戦術機とは違うものだった。
外観もそうだが、一目で気になるのはその色だ。
全身の殆どが銀色・・・
かつて武はこの様なカラーリングの機体を見た事は無かった。
そして内心、専用機みたいでカッコイイなどと思っていたのである。
しかし・・・

「あ~・・・実はな・・・組み上げを急ぐあまりに全部塗装する時間が無かったんだ。まあ、テストには問題無いから今日の所はこれで勘弁してくれないか?」
「なるほど・・・」
「どうした?何か落ち込んじまってるみたいだが・・・」
「いえ、銀色のカラーリングなんて専用機みたいでカッコイイなぁなんて思ってたんですよ」
「そうか、お前さんはなかなか面白い奴だな。気に入ったよ、何なら銀色に塗装してやろうか?」
「えっ!?そんな事できるんですか?」
「基本的に戦術機の色は目立たない色で塗装されているだけだ。それにこいつはお前さんの専用機みたいなもんだからな。専用機カラーって言う点で考えれば斯衛の機体みたいだし、それにお前さんの要望だ、それに答えてやるくらいワシにとっちゃ朝飯前よ」
「ならお願いします。テスト機って見た目も重要ですしね」
「任せとけっ!・・・っと、そろそろ着座調整を始めんといかんな・・・」
「そうですね」

そう言うと彼らは機体の調整を開始するためにコックピットへと向かう。
武にとっては久しぶりの実機だ。
今まではXM3の最終調整の為にシミュレーターに乗る事はあったが、やはりシミュレーターと実機は違う。
コックピット内部に違いは無いのだが、これは久しぶりに戦術機を動かせるという彼の思いから来るモノが大きい。
改造機と聞いていたので、恐らく不知火の予備機を改造したのだろうと思っていた彼だったが、操縦桿などの動きが硬い事に気付く。
後で班長に聞いてみると夕呼が無理を言って帝国側に新造機を回す様に手配したものを使用したそうだ。
その為に、機体が搬入されると直ぐに彼女が現れ、ビニールを破いて行ったらしい。
それを聞いた武は『先生らしい行動だ』と苦笑いを浮かべていた。
調整に時間がかかると思っていたのだが、シミュレーターで蓄積されたデータがあった為に予想よりも早く終了した為、そのまま稼働テストに移る事となった。

「坊主、オペレーター達の準備が整い次第演習場に行ってくれ」
「了解です班長」

武はそう言うとコンソールを操作し、機体の出力を徐々に上げて行く・・・

「データチェック開始、ジェネレーター出力上昇・・・出力60%をキープ、各フレーム、駆動系異常なし、FCS、IFF問題なし、各種兵装異常なし・・・コンディションオールグリーン。不知火改型・・・白銀 武、出ますっ!」

固定装置がすべて外され、武の駆る改型が動き出す・・・

『どうだ坊主?問題はないか?』
「はい、現状では異常は認めれれません」
『よし、なら行って来い!』
「了解っ!行きますっ!!」

ハンガーの外に出た彼はペダルを踏み込み更に出力を上昇させる。
指定されている演習場はハンガーからほど近い位置にある。
今回この場所が選ばれた理由は、動作チェック中に機体に問題が出次第直ぐに調整を行う事が必要だったからである。
叢雲とは違い、改型は殆ど新造機に近い位置づけだ。
組み立てが終わっただけの状態では機体の蓄積データが何も無い。
それは調整を行う側にも同じ事が言え、作業を円滑に進める為の処置と言えよう。
演習場へ向かいながらも彼は各部チェックを怠っていない。
テスト中に問題が出る事の方が多いが、油断は出来ないのである。
暫く機体を歩行させながら簡単な動作チェックを行ってみる武。
そうしている内に彼は少々違和感を感じていた。

「・・・何だろうな、妙に違和感があるって言うか・・・反応速度に若干タイムラグがある様に感じる」

武が感じた違和感・・・それは些細なものであった。
しかし、今回のテストでは少しでも違和感を感じたら報告するよう前もって言われている。
一度ハンガーへ戻っても良いのだが、衛士としての勘がそう告げているだけであってデータ上では何も問題は発生していないのだ。

「ガラにも無く俺ってば緊張してるのかな・・・」

そう呟くと彼はそのまま演習場を目指す事にした。
演習場に到着した武は、違和感を感じた事をピアティフに伝えると直ぐさま彼女は端末を操作し始める。
特にこれと言った問題も無かった為にテストが開始されるのだが、ふと武の眼に見慣れない女性が映った。

「・・・誰だろう?国連軍の制服を着てるって事は、横浜基地の人なんだろうけど・・・あんな人見た事無いよな。でも、この場所に居るって事は関係者って事だし、俺が気にするほどの事でも無いか・・・」

見慣れない人間が居た事に対して彼は少々気になっていたのだが、それよりも今は目の前のテストの方が重要だ。
彼はピアティフからテスト項目のデータを受け取ると、ざっと資料に目を通す。
本日のテスト内容は機体の動作チェックがメインである。
武装や装備のテストに関しては、明日以降に持ち越され、最終的に改型と不知火で模擬戦を行う事で性能評価をするらしい。

『それでは大尉、これよりテストを開始します。準備は宜しいですか?』
「問題ありません。初めて下さい」
『了解しました。それでは状況開始っ!』

ピアティフの合図とともに武は改型を走らせる。
思っていた通り機動性や旋回速度、反応などと言ったものは不知火とは全然違う。
言うなれば武御雷に近い様な感じだ。
彼の記憶の中には武御雷を操縦した経験もある。
それはオルタネイティヴⅤが発動した後、他星へと移住させた冥夜から託された機体だった。
彼女から託された機体は武御雷の中でも最も高性能な機体である将軍専用機。
そんな機体と比べるのは無理があるのかもしれないが、どことなくそのような雰囲気を感じていたのだ。

「流石に言うだけの事はあるな・・・リミッターとか色々聞いてたけど、かなり扱いやすい。ひょっとしてその為のリミッターなのかな。てっきり暴走とかを防ぐためだと思ってたけど、かなり良い感じだぞこいつは」

そう考えた彼は自分のテンションがだんだん上がって来ているのが分かった。
これなら不知火以上の動きをする事も可能だ。
吹雪から不知火に乗り換えた後も今までできなかった事が出来る様になった。
ならば、不知火でできなかった事がこの機体なら出来るかもしれない・・・
そう考えただけでワクワクして来る・・・
いつの間にか武は、歓喜の声をあげながら子供のようにはしゃいでいた。

「・・・大尉ったら子供みたいにはしゃいじゃって」
「男性はいくつになってもああ言うものなのでしょう。可愛らしいじゃありませんか」
「かもしれないわね・・・ところで少尉、今の所何か問題は無いかしら?」
「・・・特にこれと言った問題は無い様ですね。出力も安定してますし、フレームや駆動系に関しても大丈夫そうです」
「解ったわ。それじゃあ引き続きデータ収集をお願いするわね」
「了解です・・・それにしても白銀大尉は凄いですね。あのような変則的な機動は見た事がありません。それでいながら、機体の方に掛かるダメージは最小限に抑えられている・・・先程から驚かされてばかりですよ」
「確かにそうね。新型に乗っていきなりあれだけの機動を行いながら機体へのダメージを最小限に抑えるなんて熟練の衛士でもそう簡単にできるかどうか・・・」

彼女達の言い分は尤もだ。
いくらベテランの衛士であったとしても、新型に乗せられてこれだけの事をやってのけるのは不可能に近い。
実を言うとこれは、彼の考案したXM3による影響が大きかった。
彼独自の機動概念をフルに活用する為に開発されたOSであるXM3なのだが、即応性のアップやキャンセル、先行入力と言ったものは普通に考えれば機体に掛かる負荷は通常に比べて高いものになる。
しかし、それらをすべて考慮した上で彼はキャンセルと先行入力を上手く使用する事によってダメージを最小限に抑えているのだ。
ここでいくつか例を挙げよう・・・
噴射跳躍を用いて低空ジャンプを行ったとする。
これらは低空であるがゆえに殆どの衛士は着地時に脚部のアブソーバーで衝撃を吸収させる。
しかし彼は、着地の瞬間に跳躍ユニットを軽く噴かす事によってアブソーバーへの負担を抑えているのだ。
そして、空中機動中での姿勢制御は機体の四肢を上手く動かす事でその空力を生かし、跳躍ユニットへの負荷を最小限に止める方法を取っている。
これらは従来のOSでは殆ど不可能な事も多く、特に着地時の衝撃緩和に関してはキャンセルと先行入力ができなければ無理なのである。
こう言った機動は今までの機体でも行って来た事だったのだが、それでも機体に掛かる負担は大きかった。
だが、改型はそのフレームや関節に新素材を用いる事で剛性の強化が図られている。
恐らくこれは、武の機動概念による機体へのダメージについて知っていた夕呼が考え付いたのであろう。
そう言った点で考えるならば彼女の思いついた案は素晴らしいものだと言える。


暫くして、収集したデータを纏めるという事になり休憩時間となる。
データを纏めている間に簡単な整備を行うという事なので、一度武はハンガーへと戻る事にした。

「どうだった坊主?」
「かなり良い機体ですね。こいつが正式採用されたらBETA相手にかなり有利に戦えるようになると思いますよ」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか!そう言って貰えると俺達も頑張ったかいがあるってもんよ」

武の背中をバシバシと叩きながらそう言う班長。
そんな武は、強化装備を着けている為痛みは感じないのだが、つい反射的に『痛いから勘弁してくれ』と言っていた。
それを見ていた整備班達がどっと笑い声を上げる。
そんなやり取りをしていた彼らの元に、収集したデータの報告を行う為にピアティフ達がやって来た。
隣には先程の見慣れない女性も一緒だ・・・

「お疲れ様です大尉」
「そちらこそお疲れ様です。どんな感じですか改型は?」
「おかげさまで良いデータが取れました。現在の所これと言った問題も無い様ですし、この調子で残りのテストも頑張りましょう」
「そうですね・・・ところで中尉、さっきから気になっていたんですが、そちらの方は?」
「ああ、申し訳ありません。自己紹介がまだでしたね・・・少尉」
「はい、挨拶が遅れて申し訳ありません。私は『月詠 凪沙』と申します。階級は少尉です。よろしくお願いします白銀大尉」
「白銀 武です。こちらこそよろしくお願いします」

敬礼をする彼女に対し、武も敬礼を返す。
見た目は自分達と同じか少し年上ぐらいだろうか・・・
その物腰は柔らかく落ち着いた感じの女性だ。
しかし、その瞳からはどこか冷たさを感じさせるようなイメージがある。
長い黒髪を一つにまとめてアップにしている彼女からは、まさに大和撫子と言ったところだろうか・・・
だが、それよりも彼には気になる事があった。
彼女は今『月詠』と名乗ったのである。
この名前を聞いた時、ある人物が彼の脳裏をよぎる・・・
『月詠 真那』
帝国斯衛軍に籍を置き、冥夜やその他の皇族に忠誠を誓っている女性だ。
彼女の事は知っているのだが、この基地に来てからはまだ一度も会っていない。
会えばまた一悶着ある事は間違いないであろうと考えた為、此方から態々出向く必要なども無いからだ。
月詠中尉に妹が居るなどと言う話は聞いた事が無い。
まあ、そう言った話をした事が無かったからなのだが、それ以前に彼女と中尉はあまり似ていない。
姉妹と思うにはおかしい点だ・・・

『こんな事を考えていても仕方が無いな』

彼はそう心の中で呟くと月詠少尉に対して質問していた。

「月詠少尉はひょっとして月詠中尉の身内の方ですか?」
「大尉は真那様の事を御存じなのですか?」

質問に対し質問で返してくるのはどうかと思ったのだが、そんな事はどうでも良かった。
彼女は今、中尉を『真那様』と呼んだ。
と言う事は妹と言う線は外れた事になる。

「え、ええ。何度かお名前を耳にはさんだ程度ですが・・・」

本当は彼女がどのような人物か彼は知っている。
そして、どう言った目的で横浜基地に居るのかも・・・

「そうだったのですか。私は月詠家の分家に当たる筋のもので所属は斯衛軍です。以後お見知り置きを」
「なるほどそう言う事ですか・・・変な事を聞いてしまってすみません」
「いえ、そんな事全然構いませんよ」

そう言った彼女は笑顔だった。
そんな彼女の表情に一瞬ドキリとさせられた気がした・・・
大人びた彼女の雰囲気は、武の様な青年にはある意味恐ろしいものがある。

「どうした坊主?嬢ちゃんの色気にやられたか?」
「は、班長!?そ、そんなんじゃないですよっ!」

そんな二人のやり取りを見ていた飯塚がニヤニヤとした表情を浮かべながら武をからかっていた。

「照れるな照れるな。若いって言うのは良いもんだなあ・・・ワシも後10年ぐらい若ければ嬢ちゃんにアタックしてたんだが」
「いや、10年若くても釣り合わないでしょう・・・」
「・・・何か言ったか坊主?」
「ちょ、は、班長!ギブギブッ!首はヤバいですって首は!」

余計な事を言ったが為に武は班長にヘッドロックを掛けられていた。
強化装備を着けていたとしても流石にこれはヤバい・・・
整備兵として鍛え上げられた班長の腕はその辺の兵士の物とは違うのだ・・・
暫くして本当に危なくなってきたのか、武の口数がだんだん少なくなってくる。
そろそろ許してやるかと考えた班長は『これ位で今日は勘弁してやる』と言って彼を解放すると作業に戻って行った。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・し、死ぬかと思った・・・」
「大丈夫ですか大尉?」
「な、何とか・・・それよりも少尉、ひとつ質問の方宜しいですか?」
「何でしょうか?」
「斯衛軍の方が何故国連軍の制服を着てこんな所に居るんですか?」
「その事に関しては私から説明させて頂きます」

そう言ったのはピアティフだった。
彼女が言うには月詠少尉は帝国斯衛軍軍工廠の技術者と衛士を兼任しており、今回の新型機共同開発における帝国側の技術者として此方に出向しているそうだ。
衛士としての腕前も優秀であり、戦術機に関する知識も豊富な為に少尉と言う階級でありながら派遣されて来たらしい。

「なるほど、凄い方なんですね」
「私などまだまだですよ」
「そんな謙遜しなくても」
「凄いと言えば白銀大尉の様な方を言うんだと思いますよ。新型OSのデータ、見させて頂きましたが本当にこれは素晴らしいものです。戦術機の操縦に関しても、私なんかじゃ足元にも及びませんもの・・・」
「ハハハ、何かそう言われると照れますね・・・」

武は照れ笑いを浮かべていた。
先日ピアティフにも同じ事を言われたばかりなのだが、こう褒めて貰えると自分でも照れてしまうのが良く分かる。
自分が認められるという事は誰でも嬉しいものだ。
暫くしてメンテナンスが終了した事が伝えられる。
それを聞いた武は、再び改型に搭乗すると演習場へと向かう・・・
この後のテストは何も問題無く終了する事となった。
稼働テストに関しては現状で見つかったものに関しては許容範囲内と言う事だったそうだ。
細かな設定については整備班達に任せる事にし、自分は報告書をまとめる為にハンガーを後にしたのだった。



・・・数日後・・・


先日、叢雲のテストが行われた演習場にて、これからA-01部隊所属の伊隅戦乙女中隊による模擬戦が行われようとしていた。
演習場の片隅に2台の指揮車が止まっている。
そのうちの1台はヴァルキリーズのCPと言う事になっており、中ではこれから行われる模擬戦に関して隊長の伊隅とCP将校である涼宮が打ち合わせを行っていた。

「伊隅大尉、本日の模擬戦ですが、水月達に詳しい内容を話さなくて良かったんでしょうか・・・」
「副司令からは新型機のテストだと聞かされている。その新型機を敵と想定しての訓練と言う事だが、敵の突発的な出現に対応する為の訓練でもあると仰っていた。
不用意な事まで伝えてしまっては訓練にならないからな」
「なるほど・・・解りました。ですが、何故大尉までCPで待機なのでしょうか?」
「副司令は私が居ない状況で、どれだけ臨機応変に動けるかをテストしたいと仰っていた。恐らくそれ以外にも理由は有るだろうが私にも解らん」
『二人ともそろそろ準備は良いかしら?』

そう話している二人に対して通信が開かれる。
相手は夕呼だ。
今回のテストでは彼女は別の所からモニターしている為、ヴァルキリーズとは一緒に居ない。
これは改型のデータを彼女達に見せない様にする事と別の角度から彼女達がどう動くかを見たかったからである。

「ハッ!こちらの方は問題ありません」
『そう、ならそろそろ始めるわね』
「了解しました。涼宮、模擬戦を開始するぞ」
「了解しました大尉。ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、これより模擬戦を開始します。尚、ターゲットは模擬戦開始数分後に出現する予定です。各機状況に応じてこれを撃破して下さい」
『『「了解っ!」』』
「それでは、状況開始っ!」

模擬戦が開始される。

「ヴァルキリー2よりヴァルキリーズ各機、伊隅大尉が居ないからって油断するんじゃないわよ・・・大尉が居ないから負けてしまいましたなんて言うのは言い訳にならないんだからね」
『『「了解っ!」』』

副隊長である速瀬 水月が隊員に檄を飛ばす・・・
今回の模擬戦に関する詳しい情報は与えられていない。
兎に角現れた仮想敵をせん滅すれば良いとだけ教えられていた。
どの様な敵が現れようとも、死力を尽くして事に当たるだけだ・・・
彼女達は皆そう考えていた・・・
しかし・・・
この模擬戦が食わせ者だった・・・
模擬戦が始まった直後に彼女らは改型の性能と武の力量に驚愕する事となろうとはこの時はまだ誰も気づいていなかった・・・



あとがき

ついに登場したType94K・不知火改型。
その設定と次回搭乗予定の装備について書かせて頂きます。

Type94K・不知火改型

94式戦術歩行戦闘機「不知火」の改造機。
XFJ計画で開発された不知火・弐型とは違い、第四計画の概念実証ならびに帝国斯衛軍より打診された新型戦術機共同開発計画を基に、横浜基地副司令「香月 夕呼」によって出された案を元に開発された機体であり、言うなれば現地改修機に近い位置づけである。
機体フレームの強化、ジェネレーターの換装、新型CPU並びに改良型OSの搭載などをメインに改修されている。
関節やフレームに新素材を用いる事で剛性の強化と軽量化が図られており、搭載されているジェネレーターは従来の不知火の改良型で、出力は約20%増しとなっている。
また、各部シリンダーやアクチュエーター、サーボモーターなども強化されているが、部品毎の精度にバラつきが出ており、安定面では従来の不知火には劣る為、OSの一部にリミッタープログラムを組み込む事で性能の均一化が図られている。
無論、リミッターを外す事によって最大出力での運用が可能となるが、機体にかかる負担が大幅に増大する為に最大で3分が限界となっており、それをオーバーすると完全に動作不良を起こす。
ちなみに改修の際に用いられたパーツは帝国斯衛軍軍事工廠より提供されたパーツと言う事以外は明らかになっていないのだが、恐らく帝国軍が独自に開発を進めていた新型機のパーツであろうと予想されている。
また、この機体の背面には独自の装備換装機構が採用されており、高機動型、遠距離支援型、広領域戦闘型と言った様に多彩な性能を付加する事が可能となっている。
「白銀 武」が搭乗する試作1号機は試作段階の高機動ユニットが装備されており、圧倒的な加速力と高機動性を得る事が可能となった事で、彼の考える独自の機動概念をフルに発揮する事が可能となっている。
なお、これらのユニットは74式稼動兵装担架システムとは干渉しない様に設計されている為、従来の装備を損なう事無く運用が可能。

武装
65式近接戦闘短刀×2
84式突撃砲×1
74式近接戦闘長刀×2

装備
試製01式高機動型噴射跳躍システム
不知火改型用に開発された試作型高機動噴射跳躍システム。
機体背面と肩部ウェポンラックに装着される高機動ユニットで構成されており、機体の更なる機動性向上のために開発された。
現段階ではシステムの小型化が難航しており、バックパックの左右に91式噴射跳躍システムを装備させたものとなっている。
重量増加は否めないものの、腰部の跳躍システムと連動させる事により大型の可動式スラスターとして使用する事で従来機を凌ぐ高機動性を獲得している。
また、極秘裏に入手した米軍開発のF-15・ACTV アクティヴ・イーグルのデータにより稼働時間の低下が懸念された為、ユニット内部に大型のバッテリーパックを搭載する事によってそれを解決している。
システムの小型化が難航している原因の一つは、稼働時間低下を防ぐためのバッテリーパックの搭載が占める割合が大きく、大容量の小型バッテリーパックの開発が急務となっている。

こんな感じの機体です。
イメージとしては、不知火+ストライクガンダム+クロスボーンガンダムと言ったところでしょうか(笑)
換装される残りのユニットに関しては今後明らかにさせて頂こうと思っております。


続いてはオリキャラの『月詠 凪沙』についてです。
彼女は帝国斯衛軍所属の衛士件、技術将校で、新型機開発の件で横浜基地に派遣されてきたスタッフと言う位置づけです。
詳しい設定は後々明らかにさせて頂きますので楽しみにしていてください。

次回は改型(武)VS不知火(ヴァルキリーズ)の模擬戦を書く予定です。
この模擬戦には夕呼先生の悪巧み?も絡んでくる予定ですのでお楽しみにw

今回はあとがきが長くなって済みませんでした^^;
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第12話 白銀の力
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/09/23 21:34
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第12話 白銀の力



「っ!・・・一体何がどうなっているって言うの・・・こんな事・・・あり得ないわ・・・」

彼女は不知火のコックピットで現在起こっている出来事に対して驚いていた。
彼女の名は『速瀬 水月』・・・A-01部隊伊隅戦乙女中隊所属の衛士で、同部隊のナンバー2であり突撃前衛長(ストーム・バンガード1)を務めている。
模擬戦が開始されるや否や水月を含むヴァルキリーズの面々は、見た事の無い機体の動きに先程から翻弄されっ放しだった。
そして、レーダーで相手の動きを追うのが精一杯と言う現状に彼女はイラつく・・・
そんな中、その機体に対してあまり驚いていない人物が約二名・・・

「あらあら、圧倒的ねぇ・・・」
「まったくです。こうも簡単に5機も落とされるとは・・・」

彼女達の発言が更に水月をイラつかせる・・・

「ヴァルキリー11、ヴァルキリー12ッ!私語は慎め!」
「・・・失礼しました速瀬中尉」
「まあまあ、怒らないでよ水月ちゃん・・・怒ると折角の美人が台無しよ?」
「・・・茶化さないで下さいエクセレン中尉・・・今は模擬戦中です。今回の模擬戦に参加する為の臨時的処置とは言え、現在は貴女もヴァルキリーズの一員です。ふざけて貰っては困ります」
「ハイハイ、でも圧倒的って言うのは本当なんだから仕方ないんじゃ無い?」
「そんな事は解ってますっ!」
「・・・速瀬中尉、この様な所で言い争っていても仕方ありません。エクセ姉様もそれくらいにされた方が宜しいかと」
「確かにラミアちゃんの言う通りね。そろそろ真面目にやらないと何にもさせて貰えないうちに終わっちゃいそうだし・・・」

確かに彼女らの言う通りだ。
このままでは相手に良い様に翻弄されたまま終わってしまう。
水月は落ち着きを取り戻そうとする為にも今までの事を整理しようとした・・・


数分前に開始された模擬戦・・・
自分達の目の前に唐突に現れた敵機は見た事が無い機体だった。
外観は不知火に酷似しているが、細部が異なっている。
一目見て分かる違いは、機体背部に装備された跳躍ユニットだ。
その機体を見たとき、今回の模擬戦はその機体のテストなのだという事が直ぐに解かった。
だがその機体の周囲はおろか、演習場内にはその機体以外の敵機の反応は無い・・・
と言う事は、相手はたった1機で11機の不知火全てを相手にするつもりなのだ。

「・・・随分と舐められたものね」

こんな事を言ってしまっていた自分を後悔する・・・
相手の力量を見る前に舐めてかかっていたのは自分達だったのだ。
何故この様な模擬戦が行われる事になったのか・・・
それは夕呼からの提案だったのだが、敵の突発的な出現に対応する為の訓練としか聞かされてはいない。
『Need to know』
訓練内容を聞いたところで、こう返されていただろう。
今回の訓練に関しては唐突な事が多すぎた。
謎の戦術機の事もそうだが、模擬戦の為だけに見知らぬ人物が二名、臨時要員としてヴァルキリーズに配属された事も謎である。
これに関しては、今回のテストに彼女らの存在が必要だと言う事は明かされたが、それ以上の事は聞いていない。
二人とも自分と同じ階級と言う事だが、それ以上の事も伝えられていない。
そんな状況でいきなり彼女達と足並みを揃えろと言われたのだ。
そう簡単に行く筈も無い・・・


そして時間は二日ほど前へと遡る・・・


・・・夕呼の執務室・・・

「ヴァルキリーズとの模擬戦ですか?」
「ええそうよ。改型のデータ収集も思ったよりも早く進んでいるし、アンタもそろそろ慣れて来たころでしょうから問題無いでしょ?」
「確かに機体の方には慣れてきましたけど、いきなり彼女達と模擬戦って言うのは・・・」
「あら、不安なの?」
「いえ、自信が無いとかそう言うのじゃありませんよ。改型って一応機密扱いなんでしょ?それなのにヴァルキリーズと模擬戦なんかやっちゃって良いのかと思って・・・」
「なるほどね・・・今回の模擬戦は改型のデータ収集以外にも彼女達にアンタの機動を見せるという意味合いもあるわ」
「XM3をヴァルキリーズの機体に搭載させる為にですか?」
「そう、あの子達には口で説明するよりも実際に見せた方が速いと思ったのよ」
「見せるだけなら映像や同じ機体で模擬戦をするとかでも問題無いんじゃないですか?確か前の世界でも映像やデータを見せてから納得させたって言ってませんでしたっけ?」
「確かにね。でも今回は別・・・改型の性能評価も行わなきゃならないもの。その為には中途半端な衛士と模擬戦させるより、ヴァルキリーズと模擬戦する方がより良いデータが取れるわ。データに関しては帝国軍へも提出しなくちゃならないし、向こうを納得させれるような内容じゃなきゃ意味が無いって訳よ。それにアンタ、同じ機体で彼女達と模擬戦して勝てる自信あるの?」
「・・・それだとちょっと厳しいですね・・・そう言う事なら解りました」
「詳しい内容はまた後で連絡するわ。今日の所は下がってくれていいわよ」
「はい」

そう言うと武は部屋を後にする。
彼が部屋を出た事を確認すると、夕呼は続いての企みを実行に移す為の行動に出ていた・・・


・・・模擬戦開始直後・・・

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、間も無くターゲットが出現します。予定通り、これを撃破して下さい』
『『「了解っ!」』』

CPにてオペレーターを担当している『涼宮 遙』が現状を報告する。
ヴァルキリーズの面々は、敵がいつどこから現れても良い様に二機連携(エレメント)を組んでそれぞれのポイントに待機していた。
しかし、今回は隊長である伊隅が模擬戦には参加して居ない為、どうしても一人余ってしまう。
その為、新任である七瀬、麻倉、高原達は三人で隊列を組んでいた。
これは彼女達の力量を考慮した上で水月が指示を出していたのだが・・・

『白銀、準備は良い?』
「問題ありません。いつでも行けますよ」
『そう・・・そろそろ時間だからタイミングはアンタに任せるわ。好きなように暴れてらっしゃい・・・ただし、機体は壊すんじゃないわよ?』
「相手はヴァルキリーズですからね、その辺はなるべく努力します・・・」

そう言うと武は一旦通信を終える。
彼はレーダーに目をやると、ヴァルキリーズの配置を確認する。

「9時方向に2機、正面に3、その奥に2、3時方向に2、後方に2機か・・・9時方向の機体は距離がある事を考えると、恐らく宗像中尉と風間少尉だろうな・・・動きから考えると正面の三機は恐らく新任だな。動きが微妙にぎこちない・・・まあ、考えててもしょうがないし、とりあえず始めるとするか」

そう言うと武は、ペダルを踏み込み機体を跳躍させる。
轟音と共に自らの機体の位置を晒すと、彼は正面にあるひと際大きいビルの残骸へと飛び移った。

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、今回のターゲットはその機体です。ターゲットの撃破が最優先ですのでよろしくお願いします』
『『「了解っ!」』』
『それにしてもたった一機とは・・・』
「たった一機で私達11人を相手にしようだなんて、よっぽど腕に自信があるのか、それともただのバカか・・・随分と舐められたものね」
『あの様な場所に居ては狙って下さいと言っているようなものですわね』
「・・・一番近いのは七瀬達の班か、七瀬、麻倉、高原っ!そいつにありったけの弾を撃ち込んでやんなさい!風間はミサイルで援護、宗像、エクセレン中尉、ラミア中尉は敵機を狙撃しつつ接近、茜、柏木、築地は私と一緒に来なさい。奴を追い込んで包囲、せん滅するわよっ!」
『『「了解っ!」』』

水月の号令を受けてヴァルキリーズの面々はそれぞれ与えられた役割をこなそうと行動に移す・・・
この時一部を除いて、これだけの圧倒的な戦力差なのだから直ぐに決着がつくと考えていた。
そう、明らかに彼女らは油断していたのである。
一番近くに居た七瀬達は、弾幕を張る事で相手の機体を足止めし、その間に水月達が接近するまでの時間稼ぎを行うべく射撃体勢に入る・・・
轟音と共に突撃砲から発射される36mmが武の改型の元へと飛んで行く。
武は機体を少し後方へ下がらせると、そのままビルの上から飛び降りた・・・
彼は機体を反転させながら最小限の動作でそれらをかわすと、そのまま一気に跳躍ユニットを吹かして加速し七瀬達3人の目の前に着地する。
そして一言・・・

「遅いっ!」

改型の突撃砲が火を噴く・・・
一瞬にして3機の不知火を行動不能にすると、次のターゲットへ向けて機体を走らせる。

「う、嘘・・・」
「今のは一体・・・」
「何が起こったの・・・」

一瞬の出来事に対し、彼女らは何が起こったのか解らないでいた。
戦術機が着地する時、姿勢制御の為のオートバランサーが働く為にどうしても機体が一瞬硬直する。
彼女達はその隙を突こうとしたのだ。
だが、目の前の機体は着地とほぼ同時にこちら側を攻撃していた。
そして更に三機の状態を確認する前に次の行動に移っていたのである。
一連の動作はとてもスムーズで、あまりにも見事なその機動に彼女達は唖然としていた。

「そ、そんな・・・一瞬で3機も?」
『茜っ!驚いてる場合じゃないよ。こっちに向かって来てる!』
「っ!わ、解ったわ晴子、私が食い止めるから援護をお願いっ!」
『了解っ!』

突撃砲を構え、相手を牽制しようとする茜。
柏木も支援突撃砲を構えると、彼女の動きにあわせ援護を開始しようとする。
敵機が有効射程内に入るのを確認すると、柏木は躊躇する事無くトリガーを引く・・・
しかし、相手の機体は遮蔽物を上手く利用しこちらの攻撃をすべて防いでいた。
だが、それもこちらの計算の内だ・・・
突撃砲で弾幕を張りつつ、敵機に接近する茜。
このまま一気に距離を詰めれば仕留める事が出来る・・・
彼女はそう考えていた。

「涼宮と柏木か・・・相変わらず良いコンビだな。でもっ!」

武はそう言うと、右手に持った突撃砲を少し前方の地面へ向けて乱射する。
撒き上がる土煙り・・・
そう、彼はその土煙りを利用し、相手の死角を作っているのだ。
だが、これは逆の事も言える。
この土煙りのおかげで相手から自分は見えないのだが、こちら側も向こう側が見えない・・・
いくらレーダーやセンサーがあると言っても、こう接近した状況ではあまりあてにならない。
無造作に突撃砲を撃たれるだけでも命中する可能性があるのだ・・・
茜も柏木も相手は恐らく左右かそのまま前に来るかのどちらかだと考えていた。
相手の後方に水月と築地の機体が接近してきているので、この状況下では後退し距離を取る事は考えにくい。
普通に考えればそのどれかしか回避パターンは無い筈である。
茜は兵装を長刀に変更し身構える。

「晴子、相手が突っ込んで来たら私が仕留める。左右の場合は貴女が仕留めて」
『了解。油断しないでよ茜』
「解ってるわよ」

だがこの考えが甘かった・・・
通信を終えた直後に響き渡るブースト音・・・
来ると確信した彼女らは、神経を研ぎ澄ませ、どちら側に現れても良いように体制を整える。
しかし・・・

「なっ!」
『う、上から!?』

彼女らは光線級の怖さを良く知っている。
こう言う状況下で上空へ回避行動を取るというケースはまず考えられない。
そんな事をすれば間違いなく光線級の餌食になるからだ。
だが目の前の機体はそんな誰もが予想しなかった行動に出ている。
普通に考えたならば相手の衛士は自殺志願者としか言いようが無い・・・
確かに今は模擬戦だ。
そう言った点から考えるのであれば、この様な回避行動もあるのかもしれない。
しかし、目の前の機体は躊躇する事無く上空へと飛びあがっていた。
この瞬間、彼女達は明らかに戸惑いを見せているのが良く解る。
そして、その隙を見逃すほど武は甘くない・・・

『ハッ!茜、下がってっ!』

彼女が叫んだ時には既にもう遅かった。
銃弾の雨にさらされる茜の不知火。
そして、突撃砲を発射しながらも武は空いた左手で長刀を引き抜く。
そのまま一気に距離を詰めると、目の前の不知火をすれ違い様に一閃・・・続け様に柏木の不知火も沈黙させられていた・・・

「やられたっ!?」
『そんな・・・』

一瞬の出来事に彼女達は反応できなかった。
油断していたとは言え、こうも簡単に落されるなど考えられなかったのである。

「茜っ!柏木っ!こんのぉ!!」
『は、速瀬中尉、落ち付いて下さいっ!!っ!クッ・・・』
「築地っ!?」
『だ、大丈夫です・・・左腕をやられただけですから・・・』

武は柏木の機体を撃墜した後、そのまま後方に向けて威嚇射撃を行っていた。
別に狙って撃った訳では無い。
水月達との距離を取る為に無造作に乱射していただけだった。
築地はそれに偶然当たってしまっただけなのだが、おかげで距離を稼ぐ事に成功する。

「ふー・・・運が良かったな。現状で速瀬中尉を相手にするのはちょっと無理がある・・・もう少し数を減らさないと」

現在ヴァルキリーズ側は11機中5機が行動不能、1機が損傷軽微と言ったところだ。
数の上で考えるなら武の方が圧倒的不利である。
速瀬と築地を同時に相手するだけならば、上手く立ち回る事で何とかなるかもしれない。
だが、演習場のどこかに宗像や風間が潜んでいるまま彼女達と戦うのは得策とは言えない。
なぜならば、常に周囲を警戒しなければならないのだ。
目に見える位置からの攻撃ならば回避する事は可能かもしれないが、そこへ第三者の介入があった場合はそう言う訳にもいかない。
そして、狙撃された場合はもっと危険度が増す。
距離がある為に回避行動をとった際に目の前の相手に隙を突かれる可能性もあるのだ。

「今の所確認できてるのは誰か分かるんだけど・・・この二機が気になるな。
前の世界では俺達が配属される前に何人か居たらしいから、多分その人達なんだと思うけど・・・」

彼は一番最初に確認したデータを見ていた。
以前の世界の記憶を基にこの模擬戦に挑んでいる訳なのだからある程度動きを見ていれば誰が誰だか分かる。
しかし、最初に倒した3人や築地、それから残る二機の動きに関しては情報が無い。
幸いな事に相手が油断して居てくれた為、問題無く落とす事ができたわけなのだが、この二機だけは何かが違うと彼は感じていた。
先に宗像や風間を落としたかったのだが、反応を捉えると直ぐにこの二機のどちらかが援護に入って来るのだ。
狙撃や牽制もかなり上手く、なかなか此方側に追撃のタイミングを与えてくれない。

「新任衛士って訳じゃ無さそうだな・・・伊隅大尉とも違うみたいだし、それに何だろうこの違和感・・・ちょっと試してみるか」

そう言うと武はレーダーに映る一番近い反応を目指す。

「・・・こちらに来たか。エクセ姉様、援護の方よろしくお願いしちゃったり・・・ゴホン、お願いします」
『りょ~かい。あんまり無理しないでね~』
「了解」

ラミアの駆る不知火の視界に武の改型が映る・・・
彼女は右手の突撃砲を構えると、後退しながら改型に目掛けて36mmを発射する。

「クッ、良い腕だ・・・でもっ!」

回避行動をとりつつ武も突撃砲で応戦する。
しかし、相手の機体は遮蔽物を上手く利用しながら彼の機体をかわす・・・

「このままじゃらちが明かないな・・・よしっ!」

武は正面にラミアの不知火を捉えながら機体を左右に旋回させ相手をかく乱する。
だがラミアは落ち着きながらそれに対処していた。

「なるほど、良い動きだ。だがっ!」

彼女はそう叫ぶと一気に上空へ跳躍する。

「この状況で上へ逃げる?・・・ハッ!」

とっさに回避行動に移る武。
すると、先程まで彼が居た場所に数発の銃弾が着弾する。

「ん~もうちょっとだったわねぇ・・・」
『このまま仕掛けます。援護を』
「おまかせ~」

そう、ラミアは闇雲にジャンプした訳では無い。
彼女は武の攻撃を避けるフリをしながらエクセレンの射線軸上に彼を誘導していたのだ。
後少し彼女の存在に気付くのが遅れていたら間違いなく武の機体は損傷を受けていただろう・・・
いや、下手をすれば直撃を受けていたかもしれない・・・
それほどまでに彼女の射撃は正確だった。
尚も射撃は続いている。
そして改型のコックピット内に鳴り響く警告音。
先程上空へジャンプしたラミアが長刀を構え斬りかかろうとしていたのだ・・・

「クッ!そうは行くかよっ!」

急いで武器を長刀に持ち変え、ラミアの斬撃を受け止める武。

『流石だな、良い腕をしている』
「ら、ラミア中尉?」

接触回線が開かれた事で相手の衛士が誰かと言う事が解った・・・
まさか模擬戦相手の中に彼女が混じっているなど武には考えられなかったのだ。
それ以上に驚かされたのは彼女の腕前である。
機動兵器のパイロットをしていたとは言え、先程までの彼女の動きを見ている限りでは機種転換訓練を終えたばかりの腕前だとはとても思えなかった。

「な、なんでラミア中尉がヴァルキリーズに?」
『私も居るわよタケル君』
「え、エクセレン中尉まで?」
『こんな事で驚くとは、お前もまだまだ青いな・・・』
「クッ!」

そう言いながらも彼女は攻撃の手を休める事を止めない。
振り下ろされる長刀を受け止めるのがやっとの状態だ。
少しでも気を抜けばあっという間に撃墜される。
不意に彼女の機体が後ろに下がったと思うと、ピンポイントでエクセレンの援護射撃が飛んでくる。

「クソッ!なんて連携の良さだ・・・このままじゃ囲まれる!」

武はレーダーに目をやりながらそう叫ぶ。
徐々にではあるが何機かこちらに向けて近づいて来ている。
この状況で囲まれてしまえば間違いなくこちらの負けだ・・・
しかし、目の前のラミアを何とかしない事には身動きが取れない。

『随分と焦っているようだな・・・すぐに楽にしてやろう』
『ラミアちゃん、それってなんだか悪者のセリフよ?』

苦笑いを交えながらエクセレンはそう言うが、その射撃の手を休めている訳では無い。
絶妙なタイミングでラミアを援護し続けているのだ・・・

『・・・どうすれば良い・・・このままじゃヤバいぞ』

武はその思考をフル回転させ、現状を打破するにはどうするかを考える・・・
この状況を打破する方法は一つだけあるのだが、今後の事を考えるならばリスクが大きい。
その方法とはリミッターを解除する事だ・・・
だが、制限時間は3分。
たった3分で残り6機の不知火を倒す事は厳しい。
それ以前にリミッターを解除した改型の機動がどれ程のものかを彼は試していない。
この状況で博打とも言える危険を冒すのは正直分が悪すぎる・・・
リミッターを解除する以外の方法で目の前の二人を倒すしかないのだ。

『これで終わりにさせて貰うっ!』

ラミアはそう叫ぶと武に向けて機体を突っ込ませる。
振り下ろされた長刀を何とか受け止めた武はとっさに思いついた方法を実行に移す。

「こうなったら一か八かだっ!」

武はそう叫ぶと武器セレクターを操作する。
74式稼働兵装担架システムが前方へスライドしマウントされている突撃砲が火を噴く・・・

『な、何っ!』

突然の事に反応できないラミア・・・
彼女のディスプレイには『動力部損傷により大破』の文字が映し出されていた。

「このまま一気にっ!」

4機の跳躍ユニットをフルブーストさせエクセレンの不知火に向けて距離を詰める武。
その間も彼女は此方を狙撃して来るのだが、ラミアが落とされた事によって若干動揺しているのだろうか?
先程までの正確さが嘘の様にブレている・・・
そのまま勢いに乗せ長刀を振るうと彼女の機体も沈黙していた・・・

『あ~あ、やられちゃったか・・・』
「仕方ありません。それに香月副司令に言われた役割は果たせている訳ですし、後は残りの面々に任せちゃいましょうです・・・任せましょう」
『そうね・・・後で水月ちゃんに何か言われそうで嫌だわ・・・』
「ですが、白銀大尉の実力を測ると言う任務は達成してます。今回限りの配置ですし、後に響く事は無いと思いますが・・・」
『ま、そうなんだけどね・・・』
「ところで中尉・・・最後の狙撃、わざと外してましたね?」
『あら、解ってた?・・・まあ、あんまり長引かせても駄目かと思ったのよねぇ~。それに気付くなんて流石はラミアちゃんねぇ、お姉さんは嬉しいわよ』
「は、はぁ・・・」
『とりあえず、残りの子達にデータを送信して見物と洒落込みましょうか』
「了解です」

そう言うと彼女達は端末を操作し、現在の細かな状況を伝える。

「あの御二人さんもやられたか・・・梼子、どう考える?」
『あの機体の動き・・・まるでこちらの動きを読んでいるような気がしますわね』
「確かにそうだな・・・機体性能にも差があるのは解るが、それ以上にこちらの攻撃に対しての対処方法があまりにも正確すぎる・・・」
『あの機体の衛士は我々の事をよく知る人物と言う事かしら?』
「どうだろうな。偶然と言う事も考えられなくも無いが、我々の動きや癖などを把握している人物などそうは居ない。現状で考えられるのは伊隅大尉と神宮司教官ぐらいなものだが・・・」
『と言う事は、美冴さんはあの機体の衛士は神宮司教官だと?』
「それが分かれば苦労はしないよ・・・それ以前に神宮司教官にしては、機動が違い過ぎる・・・あの人はあそこまで無謀な動きはしないだろう?」
『それもそうですわね・・・』
「さて、御喋りはこの位にしよう・・・お客さんからのご指名だ」
『援護は任せて下さいね』
「頼りにしてるよ」

改型に向け進撃を始める宗像と風間の2名。

『ヴァルキリー4、フォックス・ワン!』
「ヴァルキリー3、フォックス・スリー!」

それぞれが友軍に注意を促しながら攻撃を開始する。
風間がミサイルで武の足を止め、その隙に宗像が突撃砲で攻撃を仕掛ける。
それぞれのポジションの特性を生かしたシンプルな戦い方だ。
先程のエクセレンとラミアの攻撃パターンを応用しているようなものだが、二機連携での戦闘は戦術機運用の基本と言っても過言では無い。
宗像は迎撃後衛(ガン・インターセプター)、風間は制圧支援(ブラスト・ガード)・・・
二人は本来ならば前衛の援護に入るポジションである為、武の改型を前衛が撃ち漏らした敵と想定すればこう言う位置取りになるのだろう。

「流石風間少尉だな・・・弾幕の張り方が絶妙だ。宗像中尉も次のミサイルが来るまでの時間を上手く稼いでいる・・・ミサイルの弾切れを待っていても良いんだけど、その間に速瀬中尉達が来るだろうなぁ・・・」

そう呟きながらも、攻撃をかわし続ける武。
相手が単純であれば彼のこの行動に対し、痺れを切らして突っ込んでくるのだろうが、彼女達はこの部隊でもかなり冷静な部類に入る。
その為、間違いなく速瀬達がこちらに来るまでの時間を稼いでいると言う事が簡単に分かるのも事実だ。
迂闊に距離を詰めて攻撃を仕掛けてくるなどあり得ないだろうと彼は思っていた・・・

「そろそろかな・・・梼子、例の作戦を実行に移すぞ」
『了解』

彼女達の攻撃が唐突に止んだ・・・
武は弾切れかと考えたが、そんなに早く弾切れが起こるはずも無い・・・
それに二人揃って弾切れを起こすなど、普通に考えればあり得ない事だ。
何かあると考えていた武であったが、ふと目の前に何かが落ちている事に気付く・・・

「・・・不発弾?い、いや、これはっ!」

その時、彼の耳に突撃砲の発射音が響く・・・

「クッ!・・・やられたっ!まんまと誘い込まれたって言うのかよ」

そう、彼の周囲には本来突撃砲に装填されている筈の120mm用の炸裂弾が転がっていたのである。
そして現在、それらが風間の手によって的確に撃ち抜かれている・・・
正確に言うならば、撃ち抜かれていると言うよりは衝撃を与える事で爆発させているのだが、まさにその光景は知らずに地雷原に立ち入ってしまったと言ってもおかしくは無かった。
次々と炸裂弾が爆発し、彼の視界が遮られる。
回避しようにも、不用意に回避行動をとればいつ足下の炸裂弾が爆発するか分からない。
いくら訓練用の模擬弾とはいえ、爆発に巻き込まれれば被弾した事と同じだ。
被弾してしまえばプログラムによってダメージを受けたと判定された部位は損害個所として認識されてしまう。
前後左右と逃げ道を塞がれた彼の逃げ道は上空しか無い。
こうしている間にも容赦なく攻撃は続く・・・

「上手く掛かった様だな・・・仕留めさせて貰うよっ!」

そう言うと宗像は武の改型に向けて突き進む。
改型に向けてスラスター音が近づいてくるのが分かる・・・
このままでは危険だと彼の勘が告げる。

「そうは行くかよっ!」

武は意を決して一つしか無い逃げ道である上空へ向けて跳躍する・・・

「そう来るだろうと思ってましたわ」
「何っ!」

モニターに表示される被弾報告・・・
どうやら、風間の狙撃によって肩部に装備されていたスラスターユニットが被弾したようだ。

「このまま行かせて貰うっ!」

長刀を引き抜き、改型に向けて跳躍する宗像・・・
そう、二人は最初から彼の行動パターンを予測していたのだ。
戦術機にはデータリンクを行う事で、戦術パターンの共有を行う事が可能である。
彼女達二人は、今まで倒された仲間達のデータを基にタケルの回避パターンをある程度予想していたのだった。
相手の視界を遮り、その一瞬の隙を突く・・・
これは先ほど武が涼宮と柏木を倒した時に行った戦法を応用したものだ。
予め逃げ道を一つに絞り込んでしまえば、ほぼ間違いなく上空へと回避行動を取るであろうと考えた彼女達の策が見事に決まったのである。

「まだだっ!」

こちら側に向かってくる宗像機を確認した武は、跳躍をキャンセルし急遽下降し始める。

「なっ!そんな馬鹿なっ!」

宗像が驚くのも無理はない。
跳躍の途中で急降下など、普通に考えれば出来ないのである。
そして武は地面に向けて突撃砲を放つ。
次々と爆発する炸裂弾・・・
足場を確保した彼は、着地するとそのまま跳躍ユニットを吹かし風間機へと突撃砲を放ちながら突貫する。
突然の事に驚いていた彼女は成す術無く撃墜させられていた・・・
そして直ぐに機体を反転させると、宗像の背後に回りこみ彼女の機体を行動不能に追い込んでいた・・・

「・・・やられたか」
『ええ、まさかあの様な方法で回避されるとは思いませんでしたわ・・・』
「まったくだな。跳躍中に急降下など普通では考えられん・・・」

彼女達がそう思うのは当たり前だ。
従来のOS搭載機である彼女達の不知火はキャンセルや先行入力と言った概念が存在しない。
跳躍中に姿勢制御を行う事は可能であっても、跳躍事態を急停止し更に急降下する事など不可能なのだ。
この勝負の勝敗を分ける結果となったのは機体の性能差では無く、OSの性能だと言う事がこの一瞬の攻防から見てとれる。
二人の機体を撃墜した武は、その場に留まる事無く次の目標へ向けて突き進む・・・

「さっきのはヤバかった・・・流石に時間がかかってる分、相手にもこちらの手の内が解って来るか・・・」

武は少々焦っていた。
流石は伊隅戦乙女中隊と言ったところだろうか。
彼女達はこの模擬戦の中でも成長を遂げている。
データリンクを介する事で情報を整理し、それらを生かす事で戦況に応じて行動している。
これは先程の宗像と風間を見ていれば解る事だ。
恐らく、さっきの戦闘データは既に残りの2人にも伝わっているだろう。
ここに来て武は、水月を後回しにした事を後悔しそうになっていた。

「こんな事なら先に先任達を落としておくんだったな・・・まあ、今更愚痴っても仕方ないのは解ってるけど」

そう考えているとモニターに『敵機接近中』の警告が表示される。
レーダーを確認すると、速瀬機と築地機が後方に迫っている事が解った。

「築地、何としてもあいつを落とすわよっ!」
『り、了解です中尉!『あっという間に皆落されちゃった・・・わ、私に中尉の援護が出来るのかな・・・』』
「・・・築地、大丈夫よ。普段の訓練を思い出しなさい・・・アンタなら出来るわ」
『は、はいっ!』
「よ~し、その意気よその意気!その調子であのムカツク奴をぶっとばすわよっ!」
『了解っ!』

そう言うと彼女達は36mmを放ち武を牽制する。
操縦桿を小刻みに操作しながらそれらを回避する武。
最大速度で言えばこちらの方が上なのだが大型のスラスターユニットを装備している分、小回りが利きにくいと言う弱点がある為に簡単に彼女達を引き離す事が出来ない。
跳躍を行い一気に引き離しても良いのだが、既に回避行動パターンがある程度バレている為、迂闊にジャンプできないでいた。

「築地、迂回ルートを使ってポイントA-05へ向かいなさい。そこへ私が奴を追い込むから、そのまま挟み撃ちよ」
『了解です』

二手に分かれる二機の不知火。
武は本来ならば1対1の状況に持ち込めたこの有利な展開を生かすべきなのだろうが、水月は反撃の隙を与えようとはしない。
36mmを乱射し、時折120mmも織り交ぜて攻撃して来る。
下手に反撃しようにも、築地が何処に居るかが解らない現状で進行方向から目を離す事はあまり良い事では無い。
最も警戒すべきなのは挟み撃ちにあう事だ。
恐らく二手に分かれたと言う事は、それを実行する為の行動だろうと武は予想する。
水月に対しては記憶からどう言った行動を取るかが考えられるのだが、築地に至っては全く分からない。
ある意味今回の模擬戦でのジョーカーと言える存在かもしれないのだ。

「流石は速瀬中尉、何とかして中尉の隙を作らないと・・・」

武は現状を踏まえた上で相手の行動の先を考えていた。

「現在の進行ルート、と言うか中尉が俺を追い込もうとしている場所は恐らくポイントA-05だな。あそこは両脇に廃ビルが沢山並んでて、殆ど一本道・・・左右への回避行動は著しく制限されるし、待ち伏せには絶好のポジションだ。もう一機の不知火は、多分新任だと思うんだけど、実力が解らない以上は速瀬中尉クラスと思って考えた方がいいな・・・アーッ!くっそー・・・解っていながら追い込まれてる自分が情けないぜ・・・」

状況を把握しているのだが、打開策が見つからない。
そして追い込まれているポイントとは違う方へ行きたいのだが、背後の水月がそうさせてはくれない・・・
そうこうしている内にポイントA-05はもう直ぐそこだ。

「どうする・・・このままじゃ相手の思うつぼだ・・・何か、何か無いのか・・・」

次第に焦りが見え始めていた。

「築地、聞こえる?後少しで追い込みが完了するわ。準備は良いわね?」
『だ、大丈夫ですっ!』
「よしっ!奴が射程内に入ったら迷わず撃ちなさい」
『了解ですっ!』

仕込みは万全、後は目の前の敵機を追い込むだけ・・・
散々引っかき回された揚句にこういう勝ち方しか出来ないのは少々悔しいが、負けるよりはマシだと水月は考えていた。
このまま自分達がやられてしまえば先に落とされたメンバーは犬死にと言う結果になる。
『Never die in vain. 』
決して犬死にするな・・・
彼女達の隊規にある様に、彼女達にとってのそれは任務失敗よりも辛い事である。
しかし、勝てると考えた時点で彼女は少なからず油断をしていた事に気付いていなかった・・・
こう言う時に限って運命の女神と言うものは気まぐれに微笑むものであるのだ。


ポイントA-05に差し掛かり、いよいよ万事休すとなってしまった武・・・
それでもなお勝ちに行く為に彼は策を考える。
そんな彼に二つの物が眼に入る・・・
一つは築地の不知火。
もう一つは彼女の機体の手前、廃ビルの側面に架かった看板だった・・・

「っ!あれだっ!」

彼はそう叫ぶとその看板周辺へ向けて36mmを発射する。
着弾時の衝撃で崩れ落ちるビルの外壁と看板・・・
それを確認すると同時に彼はフルブーストで跳躍を敢行する。
そんな武を追う為に水月も跳躍を行おうとするが・・・

「は、破片がっ!」

目の前には先ほど彼が破壊したビルの残骸が落下して来ていた・・・
そして武は跳躍とキャンセルを繰り返し、その破片を回避すると前方の築地機に向けて加速する・・・
距離が開いた事によって水月は彼女のカバーに入る事が出来ない。
そして築地は、ビルの破片で武の機体を見失っていた。
反撃する間もなく沈黙させられる築地の不知火。

「後は速瀬中尉だけだっ!」

そう言いながら振り返ると、そこに彼女の機体は居なかった・・・
いや、正確にはビルの残骸の向こうに居たのだ。
彼女は武の機体を追って跳躍を開始した直後に落下する破片の存在に気付いた・・・
回避しようにも跳躍をキャンセルする事が出来ずにその破片とぶつかってしまったのである。
幸いにも機体本体へのダメージはそれほど深刻では無く直ぐにでも戦闘可能だったのだが、その隙を見逃すほど武は甘くは無かった。
コックピットに響き渡るロックオンサイン・・・
この時点で彼女の負けは決定してしまったのである。

「チェックメイトですね速瀬中尉」
『クッ・・・』

彼女は何も言い返せないでいた・・・
この様な無様な負け方をしてしまっては、仲間に会わす顔が無いと考えてしまう程に悔しかったのである・・・
そして、模擬戦終了が告げられようとしていたその時である・・・

「状況終了・・・っ!レーダーに反応あり、これは・・・」
「どうした涼宮?」
「データに無い機体がこちらに近づいてきてます」

突然の事に対し戸惑っている彼女達に対し夕呼が通信を開く・・・

『それなら問題無いわよ。それは次の模擬戦相手、今回の模擬戦は突発的な敵の出現に対応する為の物だって言ってなかったかしら?』
「そ、それはそうですが」
『ちょ、ちょっと待って下さいよ先生!聞いてませんよそんなの』
『だから言ったでしょ?模擬戦に参加している以上、これはアンタにも適応されてるのよ』
『そんな無茶苦茶な』

また夕呼の気まぐれが始まったと武は思っていた。
確かに改型の性能評価試験の為の模擬戦と聞いていたが、ヴァルキリーズ以外にそれを担当する者が居るなどと聞いてはいない。
やっとの事で勝てたと言うのに、更に模擬戦を続けろと言うのだ・・・
愚痴の一つも言いたくなるものである。
だが、不意に開かれた通信相手の声を聞いた事で、彼のその様な考えは吹き飛ぶ事となる・・・

『言いたい事はそれだけかタケル?』
「き、キョウスケ大尉?」
『お前も衛士ならば自分の置かれた状況を理解し、即座に頭を切り替えろ・・・それが出来ない奴は戦場で死ぬだけだ』

確かに彼の言う通りだ。
戦場に置いて戸惑いや迷いと言った感情は大きな弱点となる。
武は頭を切り替えると、接近する機体に目を向ける・・・
だが、その機体を見た事で彼は更に戸惑う事となる・・・

「そ、その機体は・・・」
『そう、彼の機体よ・・・だからアンタも本気でやらないと簡単に落される事になるわね』
『そう言う事だ・・・本気で掛かって来いっ!』
「・・・解りました・・・行きますっ!」


彼の眼に映ったその機体・・・
それは戦術機とは似て非なるもの・・・そう・・・

「いきなりのぶっつけ本番だが、こう言う事には慣れている・・・生まれ変わったアルトの力、試させて貰うぞっ!」

不知火改型VSアルトアイゼンリーゼの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた・・・



あとがき
改型の模擬戦内容をお届けしました。
何だかとても長くなってしまって申し訳ありません・・・
上手く纏める事が出来ない自分が情けないですねTT
今回登場したヴァルキリーズの新任衛士達はマブラヴエクストラなどからかき集めて登場して貰いました。
恐らく彼女達が207A分隊のメンバーなのだろうと勝手に解釈しております。
今回、ヴァルキリーズに臨時要員としてエクセレンとラミアを配属させた事には色々と理由があります。
この事に関しては次回で詳しく書かせて頂くとして、アクセルはどこ行った?と仰りたい方もいらっしゃると思います。
彼は今、別件で動いております。
皆様から寄せられるアドバイスを基に奮闘しているのですが、上手く纏める力量が無い自分が情けないッスTT
207C分隊の面々の活躍も色々と書きたいのですが、なかなか上手く行かないですね・・・
表現方法についてもう少し勉強しようと思います。
そして、最後に登場するキョウスケと改修されたアルト・・・
これは以前から考えていたネタです。
改修には戦術機のパーツとかき集めたPTのパーツが用いられております。
こんな場所でアルトの存在を明かしてしまって良いのか?と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、その辺はきちんと考えております。
詳しくは次回でと言う事にさせて頂きますが、正直受け入れられるかどうかが心配でたまりません・・・
長々と書いてしまって申し訳ありませんでしたが、次回もお楽しみに。
それでは感想お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第13話 激突!孤狼と白銀
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/16 22:30
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第13話 激突!孤狼と白銀



「あの機体は一体何なの・・・?この新型と言いあの赤い機体と言い、スペックが段違いじゃないのよ・・・」

不知火のコックピット内で水月が呟く・・・
模擬戦が継続される事となり、彼女達は一度自分達の機体を下がらせるよう指示を受けていたのだが、彼女はその場から動く事が出来なかった。
目の前で繰り広げられている攻防に目を奪われそれどころでは無かったのだ・・・

「これが、これがパーソナルトルーパーの力・・・いや、キョウスケ大尉の実力なのか・・・」
『どうしたタケル、お前の実力はその程度か?これなら先程お前が戦っていたヴァルキリーズの方が良い動きをしていたぞ』
「クッ!あんなに重そうな機体なのに、何だよこのスピードは・・・改型の速度について来れるなんて・・・」

模擬戦開始直後から武は相手の速度に翻弄されていた・・・
一見鈍重そうな外見からは想像もつかないような速度で目の前の機体は彼の改型に追従してくる・・・
それ以前に相手の手の内が全く分からない。
距離を取りつつ突撃砲で牽制しているのだが、全くと言っていいほどダメージが与えられない・・・
ある程度距離が離れている為、通常より威力は低いかもしれないが、こちらの攻撃はすべて外れている訳では無い。
何発か命中しているにも関わらず、目の前の機体はその速度を落とす事無くこちらに向けて距離を詰めようとしているのだ。

「戦術機の装甲よりも頑丈って事かよっ!こんな相手どうやって倒せって言うんだ!」

コックピット内で武が叫ぶ・・・
突撃砲では有効打が与えられない。
距離を取り過ぎていると言う事も一つの理由なのだが、相手がどの様な攻撃を仕掛けてくるか分からない以上迂闊に近づく事は出来ない。
この様な膠着した状態が続いている事が彼をイラつかせている原因の一つでもあった・・・

「あらあら、うちのダーリンったら手加減なしね」
『ですが、現状でアルトアイゼンは100%の力を出す事ができません。本来のアルトなら開始早々決着がついていると思っちゃったりなんか・・・思うのですが』
「そうね・・・それにしてもアルトちゃんったら、前にも増してゴツゴツした機体になったわねぇ・・・差し詰めフリッケライ・アイゼン(独語で継ぎ接ぎだらけの鉄)と言ったところかしら?」
『戦術機のパーツで足りない部分を補っているそうですからそれも仕方ないのでは?』
「私のヴァイスちゃんもあんな風にされちゃうのかしら・・・私って結構面食いなんだけどなぁ~」
『は、はぁ・・・』

そんなやり取りが続いている間も武とキョウスケの戦いは続く・・・
今回の模擬戦は夕呼の提案なのだが、これには色々と理由があった。
一つ目はヴァルキリーズの機体にXM3を搭載するにあたって、その概念実証と従来機との違いを見せつける為。
二つ目は改型の性能テスト。
三つ目は『白銀 武』の実力を測る為・・・
実はこの三つ目の理由が重要なのだ・・・
この世界の彼は数多の世界に散らばる『シロガネ タケル』と言う存在の経験と記憶を引き継いだ存在である。
と言う事は、『香月 夕呼』自身の記憶にある『白銀 武』と全く同じと言う訳ではないのだ・・・
確かに以前の世界では彼の存在が計画成功に繋がったと言っても過言では無い。
しかし、この世界の『白銀 武』が彼と全く同じ事が出来るとは言い難いのである。
武は戦術機の操縦に関してはヴァルキリーズと同等かそれ以上の腕前を見せている。
だが、言い換えればそれは経験と記憶のなせる業であり、この世界の彼の本当の実力とは言えないのだ。
そう言った意味で彼女は今回の模擬戦を思いついたのである。
先ずヴァルキリーズと戦わせ、これに負ける様であれば彼の現状での実力はその程度だと言う事だ。
ヴァルキリーズを退けたならば彼の実力は彼女達以上・・・
そして、更なる相手をぶつける事で彼の上限を測ろうという考えだった。
その為には更なる猛者をぶつけなければならない・・・
現状で考えられる者と言えば数は限られてくる・・・
自分の手持ちの駒でそれが可能な者と言えばキョウスケ達しか居なかったのである。
しかし、キョウスケ達がいくら機動兵器の扱いに慣れているとは言え、スペックの劣る不知火で相手をさせる事は無謀だ。
そこで今回の模擬戦を思いついた時点で、何としてでも模擬戦までに彼のアルトアイゼンを使えるようにしなければならないと考えた。
不知火のパーツを用いて修復作業を行っていたのだが、ここに来て難問にぶち当たる事となる・・・
機体の重量だ。
アルトアイゼンはその両肩に装備されているクレイモアによって機体重量がかなり重い部類に入る。
不知火では満足のいく状態に持って行くどころか、機体重量を支える事が極めて困難と言う結果になったのである・・・
そのアルトアイゼンが何故模擬戦に参加する事が可能となったのか?
それを語る為に話は少し前へと遡る・・・


・・・叢雲性能テスト終了後・・・

夕呼は悩んでいた・・・
改型の模擬戦までに何としてもアルトアイゼンの修復を完了したいと考えていたのだが、重量問題を解決する為の策が思いつかないのだ。
バックパックの改修プランは問題無いのだが、機体の重量を支える為の脚部が使えないとなるとそれも無意味になる。
それなりの知識はあっても彼女は元々戦術機の専門家では無い。
これ以上無駄な事に時間を割きたくは無いと言うのにそれが理由でイライラしていた・・・

「失礼します」

ノック音が部屋に響くと共に執務室へとキョウスケがやって来る。

「副司令、叢雲の報告書をお持ちしました」
「その辺においといてくれる?」
「・・・何かあったのですか?」
「・・・別に何でもないわ」
「そうですか・・・少しお話したい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「何?」
「本日のテストで思いついた事があります」
「・・・どう言う事?」
「テストをしていて思ったのですが、叢雲の脚部パーツ・・・特に無限軌道はかなり使える物だと判断しました。一応報告書にも記載しておいたのですが、自分としてもなるべく早く慣れ親しんだ機体を使いたい・・・そう思って早めに伝えるべきと判断したのですが・・・」

彼の話を聞いた夕呼の表情が変わる・・・

「・・・ったく、アタシとした事が何故その事に気付かなかったのかしら」
「は?」
「パーツよパーツ!叢雲の脚部パーツよっ!そうよ、あれなら上手く行くわ!元々あれだけの重量の機体を支えれる脚部ですもの、これを使わない手はないわね・・・だとすると問題は関節部分よね・・・ジョイントに関しては、改型の素材を上手く流用するとして・・・それから・・・」
「・・・また始まったか・・・」

彼女の悪い癖が始まったのだ・・・
何か良い案が浮かぶと周囲をそっちのけで自分の世界に入り込む・・・
こうなってしまっては彼女は暫く戻っては来ない。
彼はそう考えると『失礼しました』と言い残しその場を後にしていた・・・


そして時間はそこから模擬戦の二日前へと進む・・・


「さてと・・・アンタ達、もう入って来ても良いわよ」

彼女がそう言うと、部屋に入って来る人影が4つ。
丁度武が模擬戦の件で夕呼と話し終えた直後だった。

「今の話から察すると、我々にも模擬戦に参加しろと言う事でしょうか?」
「物分かりが良くて助かるわ・・・ただし、ちょっと趣向を凝らした参加をしてもらうけどね」
「どう言う意味かしら?」
「簡単に説明すると、アンタ達の中からまず三人を選抜して貰って、その内の二人には臨時的に伊隅達の部隊へ入って貰うわ。もちろんこれは今回の模擬戦だけの措置よ・・・残る一人なんだけど、それは南部に担当して貰う予定よ」
「その理由は?」
「南部には模擬戦終了後に残った方とテストをして貰いたいのよ。そして残った一人には別の仕事を頼みたいって訳」
「なるほど、了解です。では、ヴァルキリーズの方にはエクセレンとラミアに、アクセルは別件に当たって貰う事にします」
「了解です大尉」
「あら、私とラミアちゃんのコンビなんて珍しいわね?」
「ヴァルキリーズは女性ばかりの部隊と聞いている。ならばエクセレンとラミアが適任と思っただけだ・・・」
「・・・なるほど」
「それじゃ、そう言う風に手配しておくわね」
「・・・質問がある」
「何かしら?」
「俺が担当する仕事と言うのは何だ?まさかとは思うが、あの欠陥機のテストを押しつける気じゃあるまいな?」
「ああ、その事なら大丈夫よ。叢雲は現在、南部達の報告を基に改装作業に入っているから暫くは使えないのよ。今は詳しく話せないけど、ちょっとしたテストをお願いしたいの」
「・・・内容が気になるが、まあ良いだろう」
「そんなに危ない事じゃ無いと思うから安心して頂戴」
「・・・了解した」
「それで、模擬戦に使用する機体は?」
「ヴァルキリーズの方へ行って貰う面々には、不知火の予備機を用意するつもりよ。それから南部の機体だけど、アンタにはアルトアイゼンを使って貰うわ」
「ひょっとして例の改修プランが上手く行ったのですか?」
「ええそうよ。若干関節のジョイント部分に問題が残っているけど、それ以外は比較的上手く行ってる筈だから安心して頂戴」
「ですが宜しいのですか?」
「自分達の機体を私達以外の人間に知られてしまう事かしら?」
「そうです。前にも言った通り、PTを第三者に知られては何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性がある。そう言ったものは避けるべきだと考えるのですが・・・」
「その辺はちゃんと考えてあるわよ。まあ、これは後で格納庫に行って貰えれば分かると思うけど・・・」
「・・・何かしらの手を打ってあると?」
「そう言う事よ」
「解りました」
「話は以上よ。南部は90番格納庫へ行って貰えるかしら?それからブロウニングとラヴレスは伊隅の所へ行って頂戴。アルマーは残って貰える?」
「了解です」
「それじゃラミアちゃん、行きましょうか?」
「はい」

そう言うとそれぞれは指定された場所へと向かう。

「さて、アンタに残って貰ったのは他でもないわ・・・さっき言ってた仕事に関する事よ」
「それ位は想像がつく・・・それで俺に何をやれと?」
「・・・現在この基地に居るある人物の行動を見張って欲しいのよ」
「なるほど、スパイを監視しろと言う事か・・・だが良いのか?貴様からすれば俺達とてそのスパイと同類だろう?」
「フフフ、流石と言うべきかしらね。確かにアタシはアンタ達を100%信用している訳ではないわ。でも手持ちの駒は有効に使うべきではなくて?」
「なるほど、な・・・今は泳がせておくと言う事か」
「別にそう取って貰っても構わないわ」
「それで、その人物とは一体どんな奴なんだ?」
「詳しい事はこの資料を読んで頂戴」

そう言って彼女は数枚の資料をアクセルに手渡す・・・

「・・・っ!こ、こいつは・・・」
「どうしたの?」
「い、いや、何でも無い・・・知り合いに似ていただけだ、これがな・・・」
「そう、まあこの世界は並行世界みたいなもんだからアンタ達の世界の人間とそっくりな人物が居ても不思議じゃないわね」
「そうだ、な・・・」
『・・・しかし、他人の空似にしては似過ぎている・・・まさか、な・・・』
「問題が無いようならば調査に行って欲しいんだけど・・・」
「ああ、だがどうやって調査しろと言うんだ?接点も無い以上、いきなりそいつの所へ行けと言われても逆に怪しまれると思うのだが・・・」
「だからテストだって言ったでしょ?詳しくは資料を読んで頂戴。そこにある程度の事は書いてあるから」
「解った」

そう言うと彼は執務室を後にする・・・
しかし、彼は資料に書かれた人物の事が気になって仕方が無かった・・・
その人物はあまりにも彼の知る者に似ていたのである。
この人物との遭遇がまた新たな波紋を生む事になろうとは、この時はまだ誰も気づいていなかったのだが・・・


・・・90番格納庫・・・

キョウスケは改修作業の終わったアルトを見に90番格納庫へとやって来ていた。
整備兵に案内され、愛機であるアルトアイゼンの前にやって来た彼はその姿に驚かされる事となる・・・

「これは・・・」
「驚かれましたか大尉?」
「ああ、いかにも急造仕様と言った感じだな・・・」
「その辺はご了承下さい・・・なにぶん自分達もこの機体に関しては解らない事だらけですので・・・」
「すまん、だがこれはこれで良い機体だ・・・ありがとう曹長」
「そう言って貰えると助かります。これから細かい調整を手伝って貰う事になるのですが・・・っと、それからこれが仕様書です」
「・・・なるほど、解った。急いで調整作業に取り掛かるとしよう」
「了解です」

そう言うとコックピットへ向かうキョウスケ・・・
アルトアイゼンはその姿を大きく変えていた・・・
失われたバックパックと脚部をそれぞれ改型の高機動型ユニット、叢雲の脚部を流用する事で補い、更には各部に装甲の様な物が取り付けられている。

「曹長、この増加装甲だが、重量に関しては問題無いのか?」
「その辺は大丈夫です。こいつは元々改型用に開発されていた増加装甲でして、ビルトビルガーでしたっけ?あれのデータを基にこの機体用に合わせたものです。一応任意にパージする事は可能ですが、副司令からはなるべくならパージするなと言われています」
「何故だ?」
「偽装の為の処置だと言ってました。重量増加も許容範囲内に抑えられてますので、機動性と言った面で邪魔になる事は無いと思いますよ」
「なるほどな、了解した」
「それから火器管制に関してですが、少々弄らせてもらってます」
「具体的には?」
「偽装と言った面で戦術機用の兵装も使えるようにした方が何かと都合が良いだろうと言う事でして、背部の高機動ユニットに稼動兵装担架システムを追加し、それを運用する為にOSにも若干手を加えてあるとの事です」
「副司令はこの短期間でそれだけの事をやってのけたのか・・・凄いな」
「何せ『横浜の牝狐』とか『横浜の魔女』とか言われる位の天才ですからね・・・っと、自分がこんな事言ってたって言うのは秘密にして下さいね」
「ああ」
「助かります・・・それじゃ、さっさと作業を終わらせちゃいましょうか」
「そうだな・・・」

そう言うと作業を始める二人・・・
そしてその日から模擬戦当日まで細かな調整作業が続く事となり、模擬戦がいきなりのテストとなった訳である。


再び時間は元へと戻る・・・

「だいぶ焦っているようだな・・・だがこのままではテストにならん・・・俺もこいつの能力を試さねばならんのでな。そろそろ本気で仕掛けさせて貰うっ!」

キョウスケはそう叫ぶと武器セレクターを操作し、武の改型をロックすると同時にペダルを踏み込む・・・

「行くぞ、アルトっ!!」

背部のスラスターを吹かせ、改型に突撃するアルト・・・
無論、彼の選んだ武装は右腕のリボルビングバンカーだ。
一番慣れ親しんだ武装を選択するのは彼らしいと言えば彼らしいのだが、今回の模擬戦ではバンカーには弾薬は装填されていない。
射突型兵装(パイルバンカー)と言うものはその一撃が強力である為、当たり所によっては統合仮想情報演習システムであるJIVES(ジャイブス)が上手く機能せずに下手をすればパイロットに致命傷を与えかねないからだ。
その為、素手で殴りかかるような格好になっている。
だが、アルトの右腕はその重量も相俟ってさながら鈍器と言ったところだろうか?
この様な物で殴られては、戦術機と言えども一溜まりも無い・・・

「クッ!!」

相手の動きを見た武は、急いで回避行動を取る・・・
彼の真横を通り過ぎたアルトは、従来の戦術機を凌ぐスピードで突っ込んで来ていた。
その速度は突撃級BETAをはるかに凌駕し、あんなものを食らってしまっては一溜まりも無いと感じさせるほどだ。

「速いっ!・・・それにあれだけ重量級の機体だ、機体そのものが質量弾頭みたいなもんじゃねぇかよ!堅いし速いし、あークソッ!こんなんだったらまだ突撃級の方が可愛いぐらいだぜっ!」

片手で頭をかきむしりながら叫ぶ武・・・
現状では打つ手が無い・・・
先程から彼の頭の中はその言葉で一杯だった・・・
いくらPTと戦術機が同じ人型兵器であったとしても、そのスペックは雲泥の差だ。
大げさかもしれないが、それ位に考えないと彼には良い表現が浮かばない・・・
異星人のオーバーテクノロジーを基にしたPTと戦術機では技術面からして違うのだ。
いくら改型が現存の戦術機の中でも高性能の部類に入ると言っても、それはあくまで戦術機としての枠組みの中での話だ。
全く異なった技術体系の前では、悲しい事だが高性能と言う響きも霞んでしまう程の差なのである。

「うーん・・・まさかこれ程までに差があるとは思わなかったわねぇ・・・」
「・・・ですが白銀さんも改型の全てを出し切っている訳ではありません。それにアルトアイゼンのスペックに翻弄されて本来の実力が出せて無いのも事実です」
「確かにそうなのよね・・・一度、アルトアイゼンの動きを見せてから模擬戦を行うべきだったかしら」
「・・・それでは今回の模擬戦の趣旨に反するのではありませんか?」
「社、アンタも言うようになったわね・・・」

アルトの性能は改型の制作に関わった彼女も驚くべき性能だった。
それと同時にこの技術をすべて解析する事が出来れば、人類はBETAに対して更なる有効な手段を得る事が可能になるだろうと考える。
そして彼女は次世代機にPTの能力を取り込む為に解析を急がせる事を模索する。
なおも模擬戦は続く・・・

『どうしたタケル、避けてばかりいては模擬戦にならんぞ。お前からも仕掛けて来い!・・・それとも何か?普段はあれだけ大口を叩いておきながら、いざ戦いとなったらお前はその程度なのか?』

左腕の5連チェーンガンで改型を牽制しながらも、あえて挑発するような台詞を吐くキョウスケ・・・
これは武を馬鹿にしている訳ではない。
キョウスケ自身も彼の実力は認めているつもりだ。
その彼に本来の実力を出させる為にあえてこの様な行動に出たのである。

「好き勝手言ってくれるぜ・・・クソッ!何か、何か手を考えないと・・・『白銀さん』っ!霞か?・・・悪いけど今は呑気に話してる場合じゃ無いんだ。っと、悪いけど通信切るぜ?」
『・・・落ち着いて下さい白銀さん。貴方なら大丈夫です。落ち着いて冷静に考えれば白銀さんなら勝てますよ』
「・・・霞・・・」

武はハッとした・・・
そして霞の一言で次第に落ち着きを取り戻し始める・・・

「・・・そうだよな、どうかしてたぜ・・・機体の性能差なんて関係ねぇ!気持で負けてちゃ勝てるもんも勝てないもんな」
『・・・そうです。白銀さんならやれます・・・だから、頑張って下さい』
「おうっ!やってやるぜっ!」

完全に落ち着きを取り戻した武は、先ずは冷静に相手の動きを分析する所から始める。
アルトアイゼンの特徴としてはその圧倒的な突破力だ。
今まで攻撃を回避し続ける事が出来たのは、直線以外の機動が困難である事も理由の一つとして挙げれるだろう。
武装に関しては、現状で解っているのは右腕のバンカーと左腕のチェーンガン、それから背部にマウントされた二丁の突撃砲だ。
恐らくまだ何か武器を隠し持っているのだろうが、現状では解らない・・・
予想からして肩口にハッチが見える事からミサイルでも積んでいる可能性があると武は考える事にする。

「背部のユニットは改型と同じ・・・と言う事は本体に比べて比較的軟らかい筈だ。何とか背後を取る事が出来れば勝機はあるっ!」
『・・・動きが変わった?どうやら効果があった様だな・・・いや、違うな・・・他の何かが原因で冷静さを取り戻したと言う所か・・・』

これでようやく本当の武の実力が見れる・・・
キョウスケはそう考えていた。

「キョウスケ大尉、行きますよっ!」
『ああ、お前の本当の力を見せてみろっ!』

武は36mmを放ち、キョウスケのアルトを牽制する。
キョウスケは脚部の無限軌道を用いてこれをかわす・・・
かわされる事を予想していた武は、牽制を続けながらも距離を詰める。

「自ら接近戦を挑むか・・・面白いっ!」

キョウスケも負けじと5連チェーンガンで応戦する。
突進力ではこちらが上だが、機動性と言った面ではやはり軽量な改型の方に分がある。
彼は武の足を止める為にわざと改型の足元へ向けてチェーンガンを放つ・・・

「クッ!!横がダメなら上だっ!」

そう叫びながら跳躍を開始する武の改型。
しかし、キョウスケは彼の行動を読んでいた・・・
彼が跳躍を開始するとほぼ同時にジャンプするキョウスケ。
だが、武も彼の行動を読んでいた。
左腕で長刀を引き抜くと、相手に向けて斬りかかろうとする・・・
相手は長刀を装備していない。
リーチはこちらの方が上・・・
右腕のバンカーが命中する前に一撃入れる事が出来ると武は確信していた・・・
しかし・・・

「そう来ると思っていた・・・」

セレクターを操作し、頭部のプラズマホーンを始動させるキョウスケ・・・
無論、模擬戦である為に出力は落としてある。
アルトアイゼンの頭部に電撃が走っている事に気付いた武は、とっさに斬りかかるのを止め、防御体制に入る・・・
間一髪の所でプラズマホーンを受け止めた彼は『アンテナが武器になるなんて聞いてない』と叫んでいた。
対するキョウスケは『伊達や酔狂でこんな頭をしている訳では無い』と言い返す・・・
そして武は、着地と同時にキョウスケの背後を取ろうとするのだが、彼は完全にそれを読んでいた・・・
スラスターを吹かし機体を一気に反転させ着地すると、そのまま武に向けて突っ込んで来る。
とっさに回避する武だったが、アルトの突撃力の方が上であった為にその攻撃は右肩をかすめていた・・・
コックピット内部に響き渡る損傷警告。
モニターには『右肩部スラスターユニット破損』の文字が浮かんでいる。

「・・・こうなったらやるしか無いな」

そう言うと武は一端距離を取りコンソールを操作し始める・・・
使い物にならなくなった両肩のスラスターをパージする為だ。
そして更に背部の高機動ユニットまでもパージしていた・・・

『機動性を捨てる気か?何を考えているつもりだタケル』
「・・・勝ちに行く為ですよ」

使い物にならなくなった両肩のパーツをパージする事に対しては誰も驚きはしないだろう。
戦場ではよくある事だ。
だが、使えるはずである背中のユニットまで捨てると言う行動に対しては誰もが驚き、そして無謀だと考えるだろう・・・
しかし、武には考えがあった・・・
高機動ユニットを捨てる事で機動性は低下してしまうものの、これで重量は幾分か軽くなる。
機体の重量が軽くなれば、その分パワーウェイトレシオが稼げる。
彼は自分の武器になりそうな物は全て使うつもりなのだ。
アルトアイゼンと比べて、唯一と言っても良いぐらいに勝っている物・・・
それは機体重量だ。
機体重量が軽ければ機体の俊敏性も上がる。
彼の最も得意とする三次元機動で相手を翻弄し、疲弊した所を仕留めるつもりでいるのだ・・・

「XM3と改型の能力をフルに使って大尉をかく乱する・・・でなきゃあの人には勝てない」

彼はそう呟くと更にコンソールを操作し続ける・・・

『Max Mode Standby』

モニターに表示されるそれはリミッター解除を意味していた・・・
ジェネレーターの出力が上昇し始め、次第に大きな唸りをあげる・・・
先程まで緑色だった不知火の眼が真紅へと変わった時、周囲の者もその異変に気付いた・・・
そして彼は両手に短刀を装備すると、そのままスピードに乗せてキョウスケに向け連続攻撃を仕掛ける。

「っ!速いっ!だがっ!」

負けじとキョウスケも両膝から短刀を引き抜き応戦する・・・
一進一退の攻防・・・
しかし、先程までの動きに目が慣れていた為、捌き切れない攻撃が徐々にアルトの機体へとヒットし始める。

「クッ!これが改型と奴の本来の力かっ!」

今までの動きとはまるで違う改型の機動・・・
武はヒット&アウェーを繰り返しキョウスケを翻弄する。
コックピット内に相殺できないGが彼を襲う・・・

「グッ!・・・こんなにGがキツイなんて・・・でも、負けられない・・・負けられないんだ俺はっ!!」

もはやこの戦いは模擬戦では無くなっていたのかもしれない・・・
言うなれば漢(おとこ)同士の真剣勝負。
モニターで観戦していたヴァルキリーズの新任達は彼らの動きに対して驚きのあまり言葉を失っていた・・・
そして先任達は・・・

「凄い・・・」
「あの様な動きが出来る衛士が本当に存在していると言うのか・・・」
「何なのアレ・・・」
「ありえませんわね・・・」
『不知火なんか比べ物にならない・・・あの機体は一体何なの・・・?この新型と言いあの赤い機体と言い、スペックが段違いじゃないのよ・・・』

それぞれが目の前の出来事に驚愕していた・・・
モニター越しに見る彼らの動きは、今まで自分達が体験した事の無い動きだ。
攻撃、防御、回避と言った全ての動きを目で追っているのがやっと・・・
彼女達はそれらの機動がとても人間業とは思えないのだった・・・

「フフフ、随分と驚いているようね」
「副司令・・・」
「あの二機はね、機体もそうだけど搭載しているOS自体が従来機とは別物なのよ。あの機体に搭載されている物は、新規概念に基づいて開発されたOS・・・操縦系のOSをごっそり換装してあるから機体の即応性は現行の30%増しになってるわ」
「30%・・・!」
「・・・ほぼ別の機体・・・と言う訳ですか」
「そうね、けど目玉はそこじゃないわ・・・
現行のOSでは『転倒時に足を出して踏ん張る』といった自動制御シーケンスが存在していたわ。それを衛士が任意にキャンセルできるようにしたのがこの新OS・・・これによって今まで必然的に発生していた機体の硬直時間を短縮すると同時に連続した一連の動作をより短い時間でスムーズに繋げる事が可能になったのよ・・・加えて今までの様に機体側のデータリンクを介して姿勢制御情報を共有すれば一人の衛士の錬度向上が即部隊全体の機動向上に繋がる・・・」
「と言う事は・・・このOSがあれば誰にでも今の動きが出来るようになる・・・と言う事ですか!?」
「ま、そう言う事になるかしらね・・・」

今の話を聞いていたヴァルキリーズの面々は全員が驚愕すると共に歓喜の声を挙げていた・・・
そのOSが搭載されれば、自分達も目の前の機体と同じ機動が行えるようになる・・・
それはとても喜ばしい事だ・・・
この様な物を考え付くなどやはり『香月 夕呼』と言う人物は天才としか言いようが無い・・・皆はそう思っていた。

『・・・にしても副司令・・・あの二機・・・特に銀色の機体の衛士、一体何者です?神宮司教官ってオチは無しですよ?』
「あら・・・気になる?」
『あんなバケモノ染みた動きをする衛士・・・気にならない方がおかしいと思いますけど?』

水月の言う事は尤もだ・・・
先程まで自分達を相手にしていた機体の衛士・・・
まるで自分達の動きを予測するような動きを見せていたその機体の人物・・・
その場に居た人物の殆どが自分達の癖を把握しているような人物が乗っていると考えていた・・・
だが、まりもにしてはその機動は無謀すぎるものも含まれている。
もしあの機体の衛士がまりもであったならば、上空への回避行動など取る筈が無いと考えていたからだ。
それに現在見せているあの機動・・・
こんな事を言っては彼女に失礼だが、とても人間業とは思えない・・・
それが彼女達の考えであった。

「あの機体・・・不知火改型の衛士は私の秘蔵っ子・・・って事にしておくわ。心配しなくても後でちゃんと紹介してあげるわよ」
「その様な人物が何故今までヴァルキリーズに配属されなかったんでしょうか?」

伊隅は夕呼に対し率直な疑問をぶつける。
あれだけの動きが出来る衛士は国内・・・いや、世界中を探してもそうそう居ないだろう・・・
斯衛軍の衛士ですらアレだけ機動が出来るかどうか解らない・・・
そして、そのような人物が今まで表舞台に出てこなかったと言う事が不思議でしか無かったのである。

「少し事情があってね・・・これ以上はいくらアンタでも教える事は出来ないわ」
「・・・了解しました」

モニターには改型とアルトが一定の距離を保った状態で制止している状況が映し出されていた・・・
お互いが最後の一撃を繰り出そうとしているのだ。
そして・・・

「時間が無い・・・この一撃で仕留めるっ!」

武は右手の短刀を長刀に持ち替えると意を決し、キョウスケのアルトアイゼンに向けて突っ込む・・・
スラスターを吹かし迫って来る改型に向けて突撃するキョウスケ・・・

『「うぉぉぉぉぉぉっ!!」』

二人の叫びが木魂する
武は左手に持った短刀をアルトに目掛け投げつける・・・
それはアルトの跳躍ユニットにに命中し、ダメージ判定から右側のスラスター能力が奪われる・・・
胴体左側面にヒットする長刀・・・
それと同時にアルトの右腕も改型の左肩にヒットしていた・・・
誰もが武の勝利だと思ったその瞬間・・・

『まだだっ!!』

アルトの両肩が展開され、放たれる無数のクレイモア・・・
武は何とか回避しようとするものの、リミッター解除による反動で機体が上手く反応しない・・・
タイムリミットだ。
吸い込まれる様にクレイモアがヒットし、吹き飛ばされる改型・・・
肉を切らせて骨を断つ・・・まさにこの表現が正しいであろう。
そして互いのコックピット内に表示される警告・・・

『動力部損傷大、戦闘続行不可能』
『機体各所の損傷度大、大破』

『引き分けか・・・』
「そうみたいですね・・・」
『二人とも御疲れ様、状況終了よ。機体をハンガーに戻したら、ブリーフィングルームに集合してくれるかしら?』
『「了解」』


模擬戦は引分けと言う形で終了した・・・
それぞれが納得のいく結果だったかどうかは解らない・・・
あくまで今回は模擬戦だ。
もしこれが実戦であったならば最終的に負けていたのは武だっただろう・・・
自分の攻撃がヒットした時点で彼は勝利を確信していた。
しかし、その油断が命取りとなったのも事実だ。
実戦での敗北・・・即ちそれは死に繋がる・・・
今回の模擬戦で彼が得られた物は大きかったに違いない。
様々な思いが交錯する中、物語は次のステージへと進もうとしていた・・・



あとがき

第13話です。
キョウスケVS武の模擬戦。
これは小説を書くにあたって最初から考えていたネタです。
ですが、そのままのアルトと改型では圧倒的に改型が不利だろうと考え、戦術機のパーツを用いる事で若干スペックダウンしたアルトと戦わせると言う考えになりました。
何故アルトをそのまま出さないのだ!と思う方もいらっしゃると思いますが、最終的に必ず本来のアルトアイゼン・リーゼを出す事はお約束させて頂きます。
欠損部分のパーツの入手方法とかも色々と考えてますので、しばらくはこのアルトで我慢して頂ければと思います。

さて、ここで戦術機のパーツなどを用いて改修されたアルトについて詳細を書かせて頂きます。


PTX-003-SP1-TFS アルトアイゼン・リーゼ・TFS

転移時の衝撃で損傷したアルトアイゼン・リーゼを試作型戦術機のパーツや同じく転移時に損傷していた他のPTのパーツを用いて修復した機体。
形式番号は識別の為に付けたものであって特に理由は無い。
主な破損個所であったバックパックと脚部をそれぞれ試作型戦術機である改型の高機動跳躍ユニットと叢雲の脚部を改良したものを用いて補っている。
これによって機体の持ち味である突破力が本来の物よりも低下しているのだが、逆に安定性は向上している。
しかし、急造仕様と言う事で関節部分に若干の不安を残している為、あまり無茶な機動を行う事は出来ない。
機体各部に装着されている増加装甲は、本来改型用に開発された特殊装甲で、防御面と言うよりは戦術機に見せる為の偽装の意味合いが強い。
また、物量で攻めてくるBETAに対し、内蔵火器だけでの戦闘は生存率を下げる可能性を考え、背部ユニットに74式稼動兵装担架システムが新たに装備されている。
これによって戦術機の武装もある程度使用可能になり、攻撃のバリエーションの増加にも繋がった。
従来の武装も問題無く使用可能で、正面からの一点突破と言うコンセプトは損なわれていない。
エクセレンはこの機体を見たとき『フリッケライ・アイゼン(独語で継ぎ接ぎだらけの鉄)』と言っていた。
尚、形式番号と機体名の後ろのTFSは戦術機(Tactical Surface Fighter)の頭文字をとったものである。

武装
5連チェーンガン
プラズマホーン
リボルビングバンカー
アヴァランチクレイモア
87式突撃砲
65式近接戦闘短刀×2

ついでと言っては何ですが、増加装甲の設定も書いておきます。

試製94式増加装甲システム改
第三世代機である不知火は、新素材による装甲の軽量化やデータリンクの高速大容量化、
機動性重視の設計が特徴で、それまでの第1、第2世代機と比べて機動性だけでなく、柔軟性、即応性も大幅に向上している。
だが、対BETA戦を意識した近接戦闘能力と近接機動性を重視した結果、防御性や耐久性にやや難色を示す事となった。
それを改善するべく開発されたのが試製94式増加装甲システムである。
新開発の耐熱対弾装甲材で成形されており、理論上は重光線級の単照射は15秒弱、光線級なら45秒弱は耐えられる仕様となっている。
しかし、機体重量の増加の為に第三世代型の特徴である機動性が失われる事となった他、メンテナンス面でも問題が発覚し、試作用のパーツが数機分開発された時点で計画は中止された。
試製94式増加装甲システムの問題点を改善するべく不知火改型用に調整されたのがこの改型で、こちらの特徴としてはパイロットの任意で増加装甲をパージする事が可能である事が挙げられる。

劇中でも整備兵が語っている通り、ビルガーのジャケットアーマーを参考に考えています。
これは皆様から感想掲示板に寄せられた案を採用させて頂きました。
こうやってアドバイスやネタを提供して頂ける事は感謝の極みです><

次回は訓練部隊の面々のお話を書く予定です。
色々と考えている事もありますので、お楽しみに^^
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第14話 失われし記憶
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/16 22:41
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第14話 失われし記憶



・・・ブリーフィングルーム・・・


模擬戦を終えた武は、夕呼に指示されたとおりにブリーフィングルームへとやって来ていた。
ちなみにキョウスケは、先程の模擬戦終了後にアルトアイゼンに若干の不具合が見つかったと言う事で、先に整備に立ち会ってから遅れてデブリーフィングに参加する事になっている。

「彼が先程の模擬戦で不知火改型を操縦していた衛士よ」
「初めまして、白銀 武です」

簡単な自己紹介が終わる・・・
ヴァルキリーズの面々の反応は様々だ。
誰もが率直に思ったのは『若い』と言う事だった・・・
それも当然である。
先程の動きを見た限りで想像するのならば年齢を重ねた熟練の衛士だろうと考えていたのである。

「ふ~ん・・・アンタがあの無茶苦茶な機動をやってた衛士ねぇ・・・」
「そうですが・・・何か問題でもありましたか速瀬中尉?」
「別に~・・・って言うか、何でアンタが私の名前知ってるのよ?」
「速瀬 水月・・・A-01部隊所属の凄腕衛士って事で有名ですからね。名前位は存じ上げていますよ」
「ま、そう言う事にしといてあげるわ・・・ところで白銀っ!」
「は、はい?」
「私はアンタの腕前に負けたとは思ってないからね・・・負けたのは機体の性能差よっ!同じ機体だったらアンタなんか瞬殺なんだから、そこの所はよ~く覚えておきなさいよ?」
「・・・それはどうでしょう?模擬戦での彼の勝利は、機体の性能差と言うより彼自身の操縦技術が凄かったと思いますが」
「む~な~か~た~!」
「と、涼宮少尉が言ってました」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ宗像中尉っ!私そんな事言ってませんてば」
「じゃあ、築地少尉が・・・」
「わ、わ、わ、私もそんな事言ってません!」
「はいはい、速瀬中尉も美冴さんもそれぐらいにしませんか?・・・困ってみえますわよ彼・・・」
「チッ・・・後で覚えておきなさいよ?」
「・・・もう忘れました」
「なんだとぉ!」
「貴様らっ、いい加減にせんかっ!!」
「「失礼しました・・・」」
「まったく・・・ところで副司令、もう一方の機体の衛士はデブリーフィングに参加しないのでしょうか?」
「彼は遅れて参加する事になっているわ。とりあえず彼が来るまでの間は新型OSの説明をしようと思うんだけど・・・白銀、これはアンタに任せるわ」
「え、俺がですか?こう言うのは先生が説明した方が良いと思うんですけど・・・」
「何言ってんのよ。このOSの発案者はアンタなんだからアンタがやった方が良いに決まってるじゃないの」

その話を聞いたヴァルキリーズの面々は驚きの表情を浮かべていた。
新型OSの発案者は自他共に認める天才である香月 夕呼では無く、目の前にいる青年だと言うのだ。
そして更に一衛士の話を聞き入れ、それを実行に移したと言う事に対しても彼女達は驚いていた。
普通に考えるならば横浜基地副司令であり第四計画の責任者でもある彼女を動かせるほどの人物などそうは居ない。
考えられる人物など限られているのだ。
それを行わせた人物・・・この男は只者ではないのかもしれない・・・と言う考えが彼女達の頭を過ぎっていた。
そんな中、水月が口を開く・・・

「副司令、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「白銀は一体何者なんですか?私達にはただの衛士にしか見えないんですが・・・」
「さっきも言ったと思うけど?彼は私の秘蔵っ子・・・もしくは重要な手札の一つ、と言ったところよ」
「・・・」
「あまり納得が出来てないようね。まあその辺は追々明かして行く事にするわ。アンタ達は今はまだ知る必要が無いから」
「Need to knowですか?」
「そう言う事よ。あ、それから言い忘れてたけど、この子はアタシを除けば今ここに居るメンバーの中で一番偉いから」
「ど、どう言う事ですか?」
「彼はアタシの直属の部下であり、少佐相当官の特務大尉なのよ。ま、本人にはあんまり自覚は無いみたいだけどねぇ~」

武は夕呼を見て、明らかにこの状況を楽しんでいると感じていた。
そして、その事実を知ったヴァルキリーズの面々はさらに驚愕している。
目の前の青年は、この若さで少佐相当官の特務大尉だと言うのだ。
彼女達の目から見ても彼は新任少尉達と大して変わらない年齢だろう。
極端に童顔と言う場合もあるかもしれないが、そんな事はどうでもよかった。
この若さであれだけの機動を行い、それが出来るOSの発案者でもあるのならば少佐相当の階級であってもおかしくは無いだろう。
だが、その場に居たメンバーの殆どはそれだけでは納得できなかったのだ。
それほどの人物が何故これまでの間表舞台に出てこなかったのだろうか?
普通に考えるならば、これだけの実力を持った衛士だ。
先程同じような質問を伊隅が夕呼にしていたが、白銀 武と言う人物を詳しく知らない人間であるならばそう思うのが普通である。
しかし、彼に関する情報は先程夕呼が追々明かして行く事にすると言ったばかりだ。
そう言われた直後に色々と聞き出そうとするのは少々問題があるという事を考えるのは皆同じである。
彼女達は戸惑いの表情を浮かべたまま、どう対応するべきかで悩んでいる様子が見て取れる。
とは言ったものの時間も勿体ない。
武はこの後も先程の模擬戦のデータを纏めたりなどと色々やる事があるのだ。
限られた時間を有効に使わなくてはいけないので、後で纏めて質問を受けると言う事にして彼は新型OSのレクチャーを開始する事にした。

「それでは時間もあまり無いので新型OSの説明を始めさせて頂きます・・・」

各自に資料を配布し終えると、武はXM3に関する説明を開始する。
元々彼はこう言った仕事は苦手なのだが、前もって用意されていた資料と幾度となく世界をループしている経験や記憶のおかげで新OSのレクチャーは思いの外上手く行ったように見えた。
しかし、今一納得できていない様子なのがヴァルキリーズの先任達だ。
それも無理はない・・・
彼女達は新任達よりも長い時間戦術機に乗っている。
と言う事は、頭と体に従来のシーケンスが叩き込まれていると言う事だ。
確かに先程の模擬戦での動きを見れば、新型OSの性能と言う物が凄いと言う事は解るのだが実際に乗ってみない事には何とも言えないといった表情を浮かべていた。

「とりあえずはシミュレーターのOSの換装が今日明日中には終了する予定ですから、それが終わり次第順次簡単な機種転換訓練を受けて貰う事になると思います。それでなお不都合があるようでしたら俺の方に行って下さい。具体的なアドバイスやレクチャーなどもその時に行うつもりです。何か質問があったら今の内に言って下さい。答えられる範囲内で答えさせて頂きますから」
「じゃあ早速質問よろしいですか?」
「どうぞ」
「新型OSの機動概念ですけど、あれは白銀大尉独自のものなんでしょうか?」
「基本的にはそうだな・・・ベースになっているのは俺の機動概念だけど、慣熟させる事によって自身の機動がフィードバックされるから、最初の内は戸惑うかもしれないけど問題は無いと思う。最終的にモノにできるかどうかは涼宮少尉の腕次第ってところかな」
「なるほど、解りました」
「では白銀大尉、私からも質問をよろしいでしょうか?」
「風間少尉、どうぞ」
「OSに関しては大体理解できたのですが、改型についていくつかお聞きしたい事があります」
「答えられる範囲内であればOKですよ」
「ベースとなっている機体は不知火の様ですが、従来機とはどう違うのでしょうか?」
「基本的に従来機に比べて出力が約20%増し、関節やフレームに新型の素材を用いる事によって合成の強化と軽量化が主眼に置かれているそうです。また、新型OS搭載を前提としている為、CPUも従来機とは別のものになってます」
「それはFXJ計画で開発された不知火・弐型とは違うのでしょうか?」
「弐型は帝国軍主体で開発された機体ですが、この改型は国連軍、と言うよりも横浜基地の現地改修機みたいなもんですよ。詳しい事は話せませんが、香月副司令が進めている計画の概念実証機の一つと言う事です」
「・・・なるほど、解りました」
「では他の国連軍基地や帝国軍には配備される予定は無いと?」
「宗像中尉の仰る通り、今の所横浜基地だけだと思います。従来の不知火の改造機、と言うよりは夕呼先生の気まぐれで作られた機体みたいなもんですから・・・」
「その割には何機か量産されてるんですよね?だったら私達ヴァルキリーズにも回して欲しいもんですけど・・・」
「速瀬中尉の仰りたい事は解りますが、基本的にテスト機ですからね・・・安定性と言う面では従来の不知火の方が勝ってると思いますよ?」
「どう言う事でしょうか?」
「実を言うと、概念実証機と言う事で改良型と言うよりは試作機に近いんですよ。弐型の様に米国製のパーツを部分的に用いて強化改造されている訳では無く、夕呼先生独自の理論を基に改良が加えられていますから、結構無茶な仕様になってるんですよ。おかげで機体毎に若干性能にバラつきが出てましてね・・・安定させる為にリミッターが装備されています。だから唐突に何かしらの不具合が出る可能性もありますし・・・無論リミッターを解除する事も可能ですが、制限時間付きですし、それをオーバーした結果があれですから・・・」
「なるほどね・・・それじゃもう一つ質問」
「何ですか?」
「OSに関する質問じゃ無いけど宜しいでしょうか?」
「構いませんよ」
「白銀大尉は一体御幾つなんでしょうか?」
「一応、速瀬中尉達より年下ですよ。年齢は涼宮少尉達と同い年です。先日昇進したばかりの若輩者なので階級とかはあまり気にしないで貰って構いませんよ。俺に対しては別に敬語とか使わなくても大丈夫ですから」
「な、何ですってぇ!!」

武の年齢を聞いた水月は驚いていた。
いや、水月だけでは無い。
その場に居た殆どのメンバーが驚いていたのだ。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか・・・俺自身が堅苦しいのが苦手なんで、できれば『白銀』とか『武』とか気楽に呼んでもらえる方が嬉しいんですよ。それにこの隊は香月博士の命令で畏まった言動は不要で、無駄な事はするなと言われてるんじゃありませんでしたっけ?」

彼の言う通り、ヴァルキリーズは基本的に皆フランクに接している。
無論、場を弁えた行動はきっちりと行っているが、それほど厳しいと言うほどでもないのだ。
しかし、今回ばかりは状況が違う。
武はヴァルキリーズのメンバーではないし、伊隅よりも階級が上なのである。
彼女達が戸惑っているなか、代表して伊隅が武の問いに答えていた。

「確かに形式ばった話し方は他の人間が居る時だけで構わないとは言ってますが、大尉はヴァルキリーズのメンバーではありませんし、階級も私達よりも上です。そう言う部分をいい加減にしてしまっては下の者にも示しがつきません・・・ですが、白銀大尉の御命令と言う事であれば我々も従わねばならないのですが・・・」

武は彼女の言い分に『そう来たか』と思っていた。
確かに自分の権限を利用すれば彼女達にそう接するように仕向ける事も出来るだろう。
だが、それは武自身が望むところでは無い。
できるだけ上下関係を抜きに彼女達ヴァルキリーズの面々と接していきたいのだ。
207B小隊の面々には仕方なく命令だと言う事にしてしまった部分もあるが、
彼女達に関してはその後の関係からも分かるように左程問題にはなっていない。
その大きな理由はC小隊の面々や冥夜のおかげである。
元々C小隊の面々は、比較的フランクに接してくれる者が殆どであったし、冥夜に至っては以前の世界の記憶があるおかげで前以上に親しく接してくれている。
まあ、彼女の場合は記憶云々はあまり関係ないのだが・・・
武自身が階級を振りかざすと言う行為が嫌いな為、親しくなりたいと考えている人達にはそう言う手段はできるだけ取りたくないのである。
どうしたものかと考えている武であったが、ふと伊隅の顔が目に留まる・・・

『・・・やられた・・・これは伊隅大尉がそう言う風に仕向けてるって事か・・・完全に見透かされてるな俺って・・・』

やはりここは軍隊である以上、形式と言うものには拘らなければならない。
彼女は口ではああ言っているものの、その表情からは武の意を酌もうと言うのが見て取れる。

『間違いなく俺は試されてる・・・だったら・・・』

武はそう心の中で呟くと、相手の出方を見ると言う事も含めて考えだした答えを彼女達に伝える事にする。

「うーん・・・じゃあこうしましょう。これは命令では無く俺個人として皆さんへのお願いです。階級は俺の方が上かもしれませんが、俺自身ここに来て間がありませんし、まだまだ学ぶべき事が沢山あります。そう言う訳ですから俺としても尊敬できる先輩方に色々とご教授願いたい訳です。ですから階級は関係無しに新しくヴァルキリーズに配属された一人として考えて下さいませんか?」

ちょっと下手に出過ぎたかも知れないと思った。
案の定、新任達はざわついている・・・
しかし隊長の伊隅はそれほど驚いては居ない。
むしろ上手い方向へ持って行ったなと言う様な表情を浮かべている。

「・・・なるほど、そう言う事ならば我々もそう接するべきだろうな。了解した白銀大尉。これからは君を上官としてではなく、我々と同等に扱わせて貰う。しかし、時と場合は弁えさせて貰うがそれで構わないか?」
「はい、俺としてもその方が助かりますのでよろしくお願いします」
「お前達もこれからは彼と気楽に接しても構わん。呼びたいように呼んでやれ」
『『「了解っ!」』』

ちょっと無理があったかもしれないが、隊長である伊隅がこう言うのであれば問題は無いだろう。
むしろ、彼女がそう接してくれる事でほかの隊員達も接しやすくなる筈だ。
後はなるべく接する時間を作れるようにして親しくなって行けば上下関係などあまり気にならなくなって行くだろうと彼は考えていた。

「タケル君ってばなかなかやるわね」
「はい、ですが伊隅大尉がそう言う風に仕向けた様にも思えますが・・・」
「確かにね・・・でも、伊隅大尉も彼がどう出るか試してたみたいよ?」
「腹の探り合いと言った所でしょうか?」
「うーん・・・そんなもんじゃ無いと思うけどねぇ・・・ま、上手く行ったんだからこれでヨシって事で」
「そうで御座いますわね」

エクセレンとラミアがその様な会話をしていると、ミーティングルームのドアが開く。

「失礼します。副司令、遅れて申し訳ありません」

そう言いながらドアの所で敬礼をしているのはキョウスケだった。

「南部・・・毎回言ってるけど敬礼はいいって言ってるでしょ?いいから早く中に入って頂戴。皆お待ちかねよ」
「ハッ!」

そう言うと彼は部屋へと入り夕呼の隣りに立つ。

「彼が先程の赤い機体を操縦していた衛士よ。簡単に自己紹介してくれるかしら?」
「ハッ!・・・A-01部隊第三中隊所属、隊長の南部 響介大尉です」
「A-01部隊第九中隊、通称伊隅戦乙女中隊(ヴァルキリーズ)隊長の伊隅 みちる大尉だ。よろしく頼む」
「ハッ!、こちらこそよろしくお願いします大尉」
「敬礼は無しだ大尉・・・先程副司令にも言われただろう?ここではそう言う畏まった態度は抜きにして貰って構わん。それに階級も同じだしな」
「了解しました」

同じ階級と言っても彼女の方が先任だ。
必要最低限の敬意は必要だろうとキョウスケは考えていた。
そして、他のメンバーの簡単な紹介が始まる。
隊員全員が女性で構成されているのは珍しい・・・彼はそう思っていた。
しかし、この世界の情勢を考えるとそうも言っていられないのだろう・・・
殆どの男は徴兵され戦場へ赴き、更に女性までもが出兵しているのだ。
挙句の果てには徴兵年齢が下げられているのが現状である・・・
例え自分達の世界とは違っていたとしても、キョウスケ達はこの泥沼の様な世界を救いたいと言う思いが強くなっていたのは言うまでも無かった・・・


キョウスケが参加した時点で今回のミーティングは次の作戦へ向けてのミーティングへと移行する。

「次の任務から彼等にはヴァルキリーズと行動を共にして貰うわ。彼らは試作機のテスト部隊も兼ねててね、基本的にはアンタ達と同じで私の直轄部隊って事になってるから。特に事情が無い限りはヴァルキリーズと同じ任務をこなして貰う予定だけど、形式上は独立部隊扱いだから任務の優先順位は異なると思っておいて頂戴・・・何か質問は?」
「南部大尉の乗ってみえた機体について質問があります。あれは戦術機なのでしょうか?」

そう言ったのは水月だ。
いや、この質問をしたかったのは彼女だけではないだろう・・・
機体の外観は戦術機に似ているが、開発コンセプトは戦術機とは全く違う様にも見て取れる機体だ。
試作機と言う事は解るのだが、あまりにも従来の機体とは一線を画している。
特に水月は改型とアルトの模擬戦を間近で見ていただけに興味津津と言ったところだ。

「そうよ。ただし、普通の戦術機とは違うわ。とある計画に基づいて開発された試作機で、従来機とは異なったコンセプトで開発された機体よ。現時点では彼の機体しかロールアウトしていないけど、今後ロールアウトする機体は色々な意味で従来の機体とは違う物になる予定よ」
「ひょっとして私達の部隊にも配備されるんですか?」
「悪いけどそれは無いわ。アンタ達ヴァルキリーズには引き続き従来機で任務に当たって貰うからそのつもりでいなさい。その代わりと言っては何だけど、新型OSの換装と改型のデータを基に改良した不知火を配備するつもりだから・・・とは言っても、マイナーチェンジ程度だけどね」
「・・・了解しました」

アルトの性能を間近で見て居ただけに新型機の配備は無いと聞かされた水月はガックリと肩を落としていた。

「ほ、ほら水月、そんなにがっかりしないの・・・新型は無理でも改良型が配備されるんだから・・・ね?」
「分かってるわよ遙・・・ちょっとだけ私も新型に乗ってみたかっただけだから・・・」
「速瀬中尉は新型に乗ってみたいんですか?」
「そりゃそうよ。別に今の機体に不満が有る訳じゃ無いけど、あれだけの性能を目の前で見せられちゃね・・・」
「うーん・・・先生、俺から一つ提案があるんですけど良いですか?」
「何?・・・大体予想は付くけど」
「テスト用に改型を何機かロールアウトさせる事になってるんですよね?」
「ええ、データ収集も兼ねて現状では3機ほど用意する予定よ」
「だったらそのうちの1機を速瀬中尉にテストして貰うのはどうでしょうか?」
「・・・仮に速瀬にテストして貰うとしてもこの子に扱いきれるかしら?」
「確かに最初は振り回されるだけでロクなデータも取れないかも知れませんが、中尉の実力は折り紙付きだと言う事は誰もが解ってます。それに様々なデータが有る方が今後の為にも役立つと思いますけど・・・」
「・・・確かにアンタの言う事も一理あるわね・・・解ったわ、2号機をヴァルキリーズに配備しましょう。速瀬、やれるわね?」
「もちろんです!!そこに居る白銀よりも上手く扱って見せますよ!」
「随分と大きく出たわね・・・ま、頑張りなさい。ロールアウトしたら即テストに入るからそれまでに新型OSを慣熟させなさいよ。あの機体は新型OSの能力をフルに発揮できない衛士には到底乗りこなす事は不可能な機体だからそのつもりでね」
「了解しました!!」
「良かったですね速瀬中尉」
「あんたのおかげよ白銀ぇ~・・・ロクなデータも取れないなんてちょっとムカツク言い方されたけど、まあ許してあげるわ」
「ありがとう御座います。でも俺も負けませんよ」
「・・・やっぱコイツムカつくわ・・・」
「もう水月ったら・・・」
「とりあえずアタシは2号機の手配に行くから後の事は伊隅に任せるわ。それじゃ後はよろしく・・・あ、いつも言ってるけど敬礼とかはいいからね」

夕呼が部屋を出て行くと今後の任務についてのミーティングが開始される。

「ではミーティングを開始する。
近々、偵察任務を兼ねて我々A-01部隊は新潟へ出撃する。本日のミーティングは各隊の受け持ち区域などの打ち合わせだ」
「偵察任務でありますか?」
「そうだ・・・最近、佐渡島のBETA共の動きが活発になっているらしいとの報告があった。もしもに備えて我々が偵察及び警戒任務に就く事となる」
「場合によってはBETAとの戦闘もあると言う事ですか?」
「そうだな・・・だがそれは最悪の事態を想定した場合だ。だが、我々に出撃命令が下ると言う事は、その最悪のケースが起こる可能性が高いと思っておいた方が良いだろう」
「了解しました」
「今回はヴァルキリーズをA小隊、B小隊の二つに分け、南部大尉達の部隊をC小隊とする。A小隊の指揮は私が、B小隊の指揮は速瀬に取って貰う。無論C小隊は南部大尉だ。受け持ちの区域は後日、小隊長に連絡する」
「了解です」
「それからもう一つ、次の任務までに新型のOSが搭載される事になる。今後の任務にはそのOSのデータ収集なども含まれる予定だ。よって今後は出撃が無い限り新型OSの慣熟訓練がメインだと言う事になる。各自気を引き締めて掛かる様に・・・以上だ」
『『「了解っ!!」』』
「では解散」
「敬礼っ!」

水月の号令と共に全員が敬礼しミーティングは終了する。
各自がそれぞれ部屋を出て行く中、武はとある人物に呼び止められた・・・

「久しぶりだよね白銀。元気してた?」
「あ、ああ。久しぶりだな」
「あれ?ひょっとして私の事忘れちゃった?」
「そんな事無いよ柏木・・・ちょっと驚いてただけだって」
「本当かなぁ・・・?」
「本当だって、まさかお前がヴァルキリーズに居るなんて思っても無かったから・・・」
「そう言う事にしておいてあげるか・・・でも驚いたよ。君が大尉だなんてさ」
「俺自身が驚いてるんだからそりゃそうだよな」
「アハハ、確かにそうだね」
『・・・何故だ・・・何故柏木が俺の事を知っているんだ?この世界の柏木とは面識はなかった筈だ・・・まさか柏木にも前の世界の記憶が?』
「どうしたの白銀?ボーっとしちゃって」
「い、いや・・・あのさ柏木・・・『あらあら、タケル君も隅に置けないわねぇ・・・』・・・え、エクセレン中尉?」
「いきなりヴァルキリーズの女の子をナンパだなんて、国連軍のエースは伊達じゃ無いって事かしら?」
「な、何でそう言う事になるんですか!!」
「アハハ、違いますよ中尉。白銀とは同級生だったんですよ」
「え、そうなの?」
「はい、中学時代の同級生で、久しぶりに会ったんで懐かしくて私の方から話しかけたんです」
「な~んだ、てっきり私はタケル君がまた撃墜数を稼いでるんだと思ったのに」
「ちょ、ちょっと何て事言うんですか!!」
「知ってるわよ~訓練生のえーっと、冥夜ちゃんだっけ?あの子と良い関係なんでしょ?」
「ちょっと待って下さい!!それは誤解ですって!・・・って、何でその事を中尉が知ってるんですか?」
「アラド君が言ってたわよ」
「・・・アラドの奴・・・今度の訓練の時覚えてろよ・・・」

その頃訓練校では・・・

「!!!」
「どうしたのアラド君?」
「い、いや、何か急に悪寒が・・・」
「どうせまた変な物でも食べたんでしょ?」
「あのなぁ!そんな事で寒気がする訳無いだろっ!」
「風邪でも引いたんじゃないのか?」
「そんなんじゃ無いッス・・・なんて言うか、殺気の様な物が・・・」
「周りには訓練生しか居ないですの・・・気のせいだと思いますのよ?」
「あまり深く考え込まない方が良いと思う」
「だと良いんだけど・・・なんか激しく嫌な予感がする・・・」
「ほらそこっ!何をサボっているんだっ!」
「ヤバいっ!訓練に戻るぞ。このままじゃ連帯責任でまた腕立てだ」
『『「了解っ!」』』


「へぇ~そうなんだ・・・御剣に手を出すなんて、相変わらず度胸が良いんだか何も考えていないんだか・・・私も気をつけないとなぁ・・・」
「ちょっと待て柏木・・・お前なんか凄い誤解して無いか?」
「別に~。それよりさ、鑑や剛田は元気?」
「え・・・?」
「え、じゃなくてさぁ・・・久しぶりに白銀に再会できたんだし、二人も元気なんでしょ?」
「すまない柏木・・・その話はまた今度な・・・この後もまだ仕事が残ってるんだ。悪い・・・」

そう言うと武は逃げる様に部屋を後にする・・・

「ちょ、ちょっと白銀!」
「行っちゃったわね・・・私なんか悪い事しちゃったかしら?」
「いえ、中尉のせいじゃありませんよ・・・ひょっとしたら私、聞いちゃいけない事聞いたのかもしれない・・・」
「さっきの二人の事?」
「はい・・・鑑は白銀の幼馴染で、剛田は彼の友人です」
「そう・・・」
「・・・ひょっとしたら二人はもうこの世に居ないのかもしれない・・・だからそれが伝えられなくて行っちゃったのかも・・・」

そう言った柏木の表情は暗い・・・

「大丈夫よきっと。彼忙しいみたいだし、本当に時間が無かっただけなんじゃないかしら?」
「でも、あの表情・・・きっと私には伝えられない何かがあるんですよ」
「例えそうだったとしても結論を出すのはまだ早いわ。だから、ね、元気出して」
「・・・はい」

エクセレンは何とかして彼女を元気づけようとするが上手く行かない・・・
そして武は自室に戻っていた・・・

「・・・なんで柏木が純夏の事まで知ってるんだ?それに俺と柏木が同級生だったってどう言う事だよ・・・アレ・・・何だ・・・何で今になって中学時代の事が浮かんでくるんだよ・・・」

武は困惑していた・・・
自分の記憶の中にあるこちら側の世界の柏木との出会いは、任官後ヴァルキリーズに配属されてからだ。
それが中学生時代の同級生だったと言うのだ・・・
そして更に驚くべき事は、今になってその時の記憶が浮んで来たと言う事だ・・・

「落ち着いて考えよう・・・俺の中には確かに柏木と共に中学時代を過ごした時期がある・・・でも、今までその事は全く覚えていなかった・・・この際、剛田の事は後回しにするとして、何で今の今までそこの記憶が抜け落ちてたんだ?・・・いや、違うっ!おかしいぞ・・・何で今まで気付かなかったんだ・・・俺の中の記憶・・・何で無いんだよ・・・何で10月22日以前の記憶が浮かんでこないんだよっ!!浮かんでくるのは前の世界やその前の世界での出来事ばっかり・・・何で・・・何でなんだ・・・それじゃあ一体俺は誰なんだ・・・いや、俺は俺だ白銀 武だ・・・それ以上でもそれ以下でも無い筈だ・・・クソッ!訳がわかんねぇ!!一体どうなっちまってるんだよっ!!」


柏木との出会いによって甦った記憶の一部・・・
それは白銀 武本人の記憶である事には間違いないのだが、彼はそれ以上に自分の中に在るべき筈の記憶が欠落していると言う事実に戸惑っていた。
そして、これがまた新たなる事件の発端となろうとはこの時は誰も知らなかったのである・・・
そう・・・彼女を除いて・・・

「・・・不味い事になったな・・・急がないと駄目かもしれない・・・」

そして物語は急激に動き出すのであった・・・


あとがき

更新が停滞して申し訳ありませんでした><
何かネタは無いかとブラブラしていたらブレイクザワールドに巻き込まれて多元世界へ飛ばされてしまいまして、やっと帰って来た次第であります(マテw
と言う冗談はさておき、プライベートで色々とありまして、小説を書く時間が取れなかった事が主な原因でありまして、楽しみにされていた方、本当に申し訳ありませんでした。
さて、今回はヴァルキリーズとタケルちゃん、そしてキョウスケ達の出会いを書かせて頂きました。
本当は207小隊の話を書く予定だったのですが、デブリーフィングの話を書かない訳にはいかなかったので、今回はそっちの話にさせて貰いました。
ほんの少しだけブリット達207C小隊の面々を出したのでそれでご容赦くださいTT
改型2号機はヴァルキリーズの速瀬中尉に乗って貰う事になりました。
これは当初から予定していた事で、3号機にはキョウスケ達の誰かに乗って貰う予定となってます。
今後、彼女がどのように活躍するか楽しみにしていてください。
さてさて、記憶が欠落している事に気付いたタケルちゃん・・・
何故彼の記憶が欠落しているのか・・・そして今後どのようになって行くのか・・・この辺は近々明らかになると思いますのでお楽しみに。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第15話 真実が明かされるとき
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/18 23:16
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第15話 真実が明かされるとき



「10月22日、確か先生の話じゃこれまでの世界の俺は因果導体となった事でこの日を起点に何度もループしているって話だ。でも、考えてみたらおかしいじゃないか・・・この世界の俺はこれまでずっとこの世界で生活していた筈なんだ。それなのにそれ以前の記憶が抜け落ち、別世界での記憶だけが鮮明に残ってる・・・いや、話を聞いた限りじゃこちら側の世界に来たって言う俺は元居た世界の記憶も持っていた。と言う事はその記憶も持っている筈なのに、それも曖昧になってる。だめだ、俺一人で考えていても何も分んねえよ」

一人になり自問自答を繰り返すうちに武は少しずつではあるが冷静さを取り戻していた。
前回の世界での出来事を思い出し、因果空間に漂っている他世界の記憶が自分に流れ込んで来ても、何かしらの条件が得られない限りはその記憶は自身の奥底に眠り続けたままだと言う事を思い出したのである。
恐らく柏木との一件は、彼女が彼に話した過去の事が引き金となり思い出されたのだろう。
しかし、それでは夕呼に聞いた事とは真逆の事になってしまう。
今回のケースは元々あった記憶が欠落し、それが得られた条件によって呼び起されているのだ。
夕呼の話では、元々無かった筈の記憶が何らかの理由で自分の中に流れ込み、それが得られた条件によって呼び起されると言うものだ。
彼自身、この手の事に関しては経験者であるだけで専門家ではない。
こう言った事は専門家である夕呼に尋ねてみるのが一番なのだが、不用意にこの様な事を彼女に告げる事は何故かやってはいけない事だと考えていた。
そう、まるでその事に関しての部分だけをブロックされるかの様に・・・


暫くして廊下に人の気配がする事に気付いたと同時にドアがノックされる。
部屋に戻って来てから1時間ぐらいが経過していただろうか。
ミーティングが終了した後は、特に何も指示は受けていない。
言ってみれば自由時間だった為に彼は模擬戦に関するレポートを纏めるつもりでいたのだが、先程あの様な出来事があった為それも手つかずだったのだ。
誰だと考えているうちに部屋の外からノックした相手が話しかけて来た。

『タケル君、少し良いかしら?』
「『エクセレン中尉か?』どうぞ、鍵は開いてますからそのまま入って貰って構いませんよ」

武がそう言うと彼女は少し申し訳なさそうな表情で部屋に入って来た。
恐らく、先程逃げる様にしてミーティングルームを後にした事を気にしているのだろう。
そう考えていると、彼女は『さっきは申し訳なかった』と案の定誤って来た。

「いえ、俺の方こそすみませんでした・・・柏木にも悪い事をしたと思ってます」
「そう・・・でもねタケル君。伝えにくい事だったからってああやって逃げる様に立ち去るのは良くないわよ。彼女、本当に落ち込んでたんだから」
「純夏と剛田の事ですか?」
「ええ、彼女ね貴方と再会できたって事、本当に喜んでたみたいよ?BETAの本土侵攻時に行方不明になったって聞いてたから、生きてる事が分かって本当に嬉しかったって・・・」
「そうですか・・・」
「ねえタケル君。純夏ちゃんって晴子ちゃんが言ってた鑑さんって人?」
「はい・・・あいつとは幼馴染で、小さい頃からずっと一緒に過ごしてました。
でも、ここら辺がBETAの侵攻に巻き込まれた際に離れ離れになっちゃって・・・先日無事だったって言うのは分かったんですが、その時に酷い怪我を負ってしまって今はまだ話す事すら出来ないんですよ・・・」
「ごめんなさい。私ったら聞いちゃいけない事聞いちゃったみたいね」
「構いませんよ。誰かに聞いて貰う事で楽になる事もありますから」
「そうね・・・じゃあ、剛田君って子の事も聞いて良いかしら?」
「・・・剛田に関しては俺も分からないんです」
「彼もその時に一緒に行方不明に?」

武は迷っていた。
本当の事を彼女に話すべきかどうかで・・・
剛田に関する事は全く何も覚えていない。
と言うよりも、10月22日以前の記憶が欠落している為にどう言って良いか分からないのだ。

「すみません。剛田の事は本当に何も分からないんです。生きているのか、死んでいるのかすら・・・」
「そう・・・無事だと良いわね。純夏ちゃんも無事だったんだし、きっと彼も大丈夫よ。ね、だから元気出して」
「ありがとう御座います・・・」

しかし、そう言った武の表情は暗いままだ。
エクセレンは何とか彼を元気づけようと考え話題を変える事にした。

「ねえタケル君」
「何ですか?」
「タケル君の昔の話聞かせてくれないかしら?」
「え?」
「突然過ぎておかしいかもしれないけど、前々から貴方に色々と興味があったのよ。横浜基地が誇る国連軍のエースパイロット。超が付くほどの腕前でありながらそれを過信する事無く偉そうでも無い。それでいて仲間との絆を大事にし、内に秘めたる熱い闘志と平和を守りたいと言う志を持ったカッコいい青年・・・女の子から見れば興味津々なんだけど。駄目かしら?」
「ハハハ、エクセレン中尉。俺の事を過大評価しすぎですよ。俺はそんなに凄い人間じゃありませんって」
「そうかしら?たった数日だけど、貴方を見ていて本当にそう思ったのよ。ね、話してくれないかな?」
「・・・」
「タケル君?」
「・・・」
「ねえ、タケル君どうしたの?」
「無理ですね」
「そう、残念ね・・・」
「そうじゃないんですよ中尉・・・俺、昔の事覚えてないんです」
「え?」
「さっき柏木と話すまで昔の事何も覚えて無かったんですよ。10月22日・・・それ以前の記憶が抜け落ちてるんです」
「で、でもさっき晴子ちゃんと親しそうに話してたじゃない」
「あれは話を合わせただけです。柏木と別れて部屋に戻ってから急に中学時代の事が頭に浮んで来たんですよ・・・俺の中にある柏木との記憶は、前の世界で俺がヴァルキリーズに配属された後からの記憶しか無かったんです」
「記憶喪失って事?」
「簡単に言えばそうかもしれません。でも俺にはこの世界で過ごしてきた記憶がある筈なのに、過去の記憶が一切無いんですよ。いや、本当は自分の奥底に在るのかも知れません・・・最初に会った時に俺の事については聞きましたよね?」
「記憶を持ったまま世界を何度もループした経験があるって事よね?」
「そうです。その際に記憶が引き継がれるのには、様々な世界の間にある因果空間に漂っている俺と言う存在の記憶が世界を移動する際に少しずつ俺の中に流れ込んでくるからなんです。そしてその記憶は、最初は夢か何かだろうと言う位にしか感じ取れません。だけど、何かしらの原因がファクターとなって一気に記憶として流れ込んでくるんです。その際に記憶の補間が行われ、俺自身の記憶として引き継がれると言う事になるそうです」
「でもそれだと・・・」
「ええ、中尉の仰りたい事は解ります。今回の俺のケースとは矛盾してるって事は、自分自身でも分かってるんです。本来ならこれを夕呼先生に相談すべきなんでしょうけど、何故か頭の隅で何かが引っ掛かって伝えちゃ駄目な気がして・・・」
「なるほどね・・・でも一度相談してみるべきなんじゃないかしら?」
「そうでしょうか?」
「私も専門家じゃ無いから何とも言えないけど、その原因を究明しない事には貴方自身も辛いでしょ?それに仲間と共に過ごした日々の事を忘れちゃうなんて寂しいじゃない」
「・・・それもそうですね。自分の中で考えが纏まったら、一度先生に相談してみる事にしますよ」
「それが一番良いと思うわ。私で力になれる事があったらいつでも言って頂戴ね」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「それじゃ、私はそろそろ失礼するわね。夕呼センセの話じゃ私のヴァイスちゃんの改修がそろそろ終わるらしいのよ」
「中尉の機体ってあの白い奴ですよね?」
「そうよ。もしも模擬戦って事になったらお手柔らかにね」
「ハハ、こちらこそお手柔らかにお願いしますよ」
「じゃあね~」

そう言うとエクセレンは武の部屋を後にする。
武は彼女と話をしたおかげで幾分か気が楽になったと感じていた。
ヴァイスリッターの改修が終わると言う事は、次の新潟での任務に投入する予定なのだろう。
彼女が本来の力を発揮できる機体で出撃すると言う事は、それだけ他のメンバーの生存率も上がると言う事になる訳だ。

「そう言えば俺は出撃するかどうか聞かされていなかったな・・・後で報告書を持って行くついでに聞いてみるか」

そう言うと彼は、机の上の端末を立ち上げ報告書の作成を開始する。
報告書は思いの外スムーズに作成する事が出来、あれから時間は一時間程度しか経っていなかった。
端末を立ち上げたついでに彼は、報告書を提出する前に端末に送信されてくるメールをチェックする事にした。
つい最近まで模擬戦や演習の日程、訓練校での授業を担当する場合などの仕事は全て口頭で伝えられていたのだが、端末が支給された事により左程重要ではない物に関してはこうしてメールが送信されて来るようになったのである。
別に日に何件もメールが送られてくる訳ではないが、まめにチェックしておかないと困る事も多々ある訳だ。
そして最後のメールをチェックしようとしたとき、送信者の名前が見慣れないものだと言う事に気付く・・・

「誰だ?この端末にメールを送って来るのはそんなに居ない筈なのに・・・まあ良いか、とりあえず読んでおくかな・・・」

『貴方が今悩んでいる事についてのキーとなる人物はあなたの直ぐ傍に居る。だが、今はまだ知るべきでは無い。無暗に踏み込むと後で取り返しのつかない事になるかもしれない・・・それでも貴方は知りたい?』

「何だこれ・・・こいつは俺の記憶が欠落している事を知っているって言うのか?そんな馬鹿な話があるかよ。大体、俺の記憶が欠けてる事は今さっきエクセレン中尉に話した以外、誰にも話しちゃいない・・・それに、このキーとなる人物は俺の直ぐ傍に居るって何なんだよ。誰の事言ってるんだ?最後の一文、無暗に踏み込んじゃ駄目ってどう言う事だ?俺の中に眠っている記憶ってのはそんなにヤバいものなのか?ああっ!クソッ!もう訳がわかんねぇ・・・差出人も不明だし、悪戯かもしれないな。とりあえずは無視だ無視っ!」

そう言うと彼は端末の電源を落とし、報告書の提出に向かう事にした。
だが無視すると言ったばかりであるにも拘らず、夕呼の部屋に向かう途中も先程のメールが気になって仕方がなかった・・・
この時かなり難しそうな顔をしていたのだろう。
夕呼の執務室まであと少しと言う所でピアティフに呼び止められた事にすら気付かなかったのである。

「大尉、白銀大尉、白銀大尉っ!」
「えっ、ああ、ピアティフ中尉。すみません、ちょっと考え事をしていたもので・・・」
「やっと気付いてくれましたね。何かあったんですか?」
「いえ、大した事じゃ無いですよ。それで俺に何か用ですか?」
「はい、改型の事で班長がお話したい事があるそうです。直ぐにでもハンガーに来て欲しいとの事なんですが」
「分かりました。報告書を提出したら直ぐに向かいますよ」
「それでしたら私が副司令にお渡ししておきますのでハンガーの方へ行って下さい。できるだけ急いで来て欲しいとの事ですので」
「それじゃあお願いします。じゃあ俺はハンガーの方へ行きますね」
「はい、それでは失礼します」

そう言うと彼女は来た道を引き返して行く。
武は言われたとおり急いでハンガーへ向かう事にした・・・


・・・戦術機ハンガー・・・

ハンガーに到着すると自分の改型の他に二機の改型の整備が行われていた。
自分の機体は外装が全て外されている。
外装以外にも腕部やジェネレーターなどが取り外され、まるで解体している様にも見えるのだが、恐らく模擬戦でリミッター解除を行い負荷をかけ過ぎた事が原因なのだろうと判断した。

「殆どオーバーホールしてるのと変わらないよな。ひょっとして班長が急いで来いって言ったのって俺を怒る為だったりして・・・」
「そんなに怒られたいんならそうしてやっても構わんぞ?」
「ゲッ!は、班長!?」
「そんなに驚く事は無いだろう?安心しな坊主、怒ってるんじゃねぇよ。お前さんに話たい事があってな」
「何ですか?」
「ああ、模擬戦を終えた直後の改型を見た時は確かに俺も腹が立ってしょうがなかったよ。でもな、データを見せて貰って怒るどころかむしろ嬉しくなって来たんだよ」
「どう言う意味です?」
「お前さんの模擬戦相手、正直言ってあの機体は化けモンだ・・・悔しいがスペックなんかを考えてもこいつをはるかに凌駕している。そんな相手にお前さんは引き分けに持ち込んだんだ。俺達が整備した機体でよくぞここまでやってくれたって気になって来てな。どうやったらあいつに勝てるかって事を考えてるうちに怒りなんてどこかへ吹っ飛んじまったって訳だ」
「なるほど・・・確かにキョウスケ大尉のアルトアイゼンは凄い機体でした。模擬戦じゃなく実践だったら負けてたのは俺の方だと思いますよ」
「ほう、あの機体はアルトアイゼンって言うのか・・・戦術機にしちゃ洒落た名前だな」
「そうですかね?確かにカッコイイ名前だとは思いますが」
「独逸語で『古い鉄』って意味だ。確かに杭打ち機なんか装備してたりするのは時代を逆行したコンセプトかもしれねぇな。それでここからが本題なんだが・・・」
「何です?」
「改型は試作段階だって言う事はお前も知ってるよな?」
「ええ、次期主力機開発の為のテスト機だって事は聞いてます」
「そうだ。言い換えればこいつはまだまだ改良の余地があるって事だ」
「ひょっとして、更にパワーアップさせる事が可能って事ですか?」
「その通りっ!実はな、模擬戦が終わった後暫くして副司令から連絡があったんだ。開発中の新型ジェネレーターと高機動型跳躍ユニットを改型に装備させたいってな。データを見せて貰ったんだが、こいつが本当なら改型は今までの数倍の能力を発揮する事が可能になる。アルトアイゼンにも勝てるかも知れねぇって訳だ。まあ、本来ならBETAに勝つためなんだがな。当面の目標は奴を追い越すってのを目標にしようや」
「マジですかっ!!」
「おうよっ!こんな話聞いたら怒ってなんかいられねぇだろ?近日中に試作機が出来上がるそうだから楽しみに待ってると良い。お前さんの期待以上のモンに俺が仕上げてやるからよ」
「分かりました。期待させて貰いますよ班長。ちょっと俺先生の所に行ってきますよ」
「おう、完成が近付いたら直ぐに連絡してやるからな」
「はいっ!」

先程まで落ち込んでいたのが嘘のように武ははしゃいでいた。
班長の言った事が本当なら自分の想像のつかないような機体が出来上がると言う事だろう。
新型ジェネレーターや跳躍ユニットについて詳しく知りたくなった彼は急いで執務室へと向かう事にした。



・・・基地内某所・・・

横浜基地内にはいくつか使われていない建物がある。
ここはその建物の一つで、基本的に誰にでも出入り可能な場所であった。
基地の一画に在るのだが、周囲が薄暗い事もあってあまり人は立ち寄らない。
その建物に近づく影が四つ・・・
先頭を行く人物は周囲を警戒しつつ、足早にその建物の中へと入って行く。
残りの三人は一つしか無い入口の前で周囲を警戒していた。

「なるほど、な・・・確かにここならば人目に付きにくい。情報交換を行うにはうってつけの場所と言う事か。見張りは三人・・・恐らくリーダーは中に入って行った奴だろう。内部の情報が分からん以上、迂闊には近づけんか」

極秘任務を遂行中のアクセルは、今日この場所でスパイが何者かと接触しようとしていると言う事を突き止めた。
そして現在、一定の距離を置いた場所で監視しているのだが、先に現れたのは相手側の方だった。
見張りの三人の服装から相手の所属は直ぐにでも分かったのだが、肝心のスパイが現れない。
ひょっとして自分の方が罠に掛かってしまったのかなどと考えていたのだが、直ぐにその考えは吹き飛ぶ事となる。
遅れる事約10分少々・・・
ついにターゲットが現れたのだ。

「やはり来たか・・・奴が俺達の世界に居た人間ならば色々と確かめたい事がある。もしかすると俺達が元の世界に戻れるヒントが得られるかもしれんしな」

そう言うと彼は、見張りの三人の気が緩んだ隙に一気に接近しあっという間に二人を気絶させる。

「き、貴様!何者だっ!」
「大声を出すな・・・お前には少しの間眠っていて貰う」
「な、なにっ!?グッ!」

そう言い終えた直後、彼の拳は相手の鳩尾にめり込んでいた。

「悪く思うなよ・・・とは言うものの、やはり女を殴ると言うのはあまり良い気がせんな・・・」

そう呟くと彼は、手に持っていた通信機で保安部に向け通信を入れる。
もしもの時を考え、相手の退路を断つためだ。
慎重にドアを開け、建物の内部へと侵入するアクセル・・・
案の定、建物の中は使われていない為に埃だらけだ。
だが、こう言った場所だからこそ密会を行うには適していると言うものである。
廊下伝いに歩いて行くと暫くして話し声が聞こえてくるのが解った。
彼は気配を殺しつつ話し声のする方へと近づいて行く・・・

「すまないな。お前にはこの様な仕事を押しつけてしまって・・・」
「その様な事は仰らないで下さい。素性も分からぬ私を月詠家に迎え入れて下さったばかりか色々と便宜を図って下さったのです。私にお手伝いできる事があれば何でもお申し付け下さい」
『相手も女か?』
「助かる・・・それで、例のデータは?」
「はい、彼女の協力で全て抜かり無く」
『彼女だと?他にもまだ協力者が居ると言う事か・・・』
「正直この様な事をせねばならないのは心苦しいのだがな。だが、香月副司令は簡単に全てのデータを我々に提供しないだろう。それに冥夜様や御友人である彼女の願いだ。後の世の為に我等が影となって動く事で世界が救われるのであれば私は喜んで事を運ぶつもりだ」
「それは私も同じです」
『冥夜・・・確か207訓練部隊の訓練生だな。奴もグルと言う事か・・・』
「引き続きお前には任務を継続して貰う。ただし、危ないと感じたら即座に手を引け。恐らく時間はあまり残されていない筈だからな」
「了解しました」
『そろそろ頃合いか・・・』

ある程度の情報を引き出せた事でアクセルは、二人を拘束する為の行動に出る。
普通に考えたならば保安部の到着を待ってから行うのだろうが、モタモタしている間に逃げられてしまっては本末転倒だ。
それに相手は女二人。
最悪一人だけでも捕まえる事が出来れば、そこから更に調査を進める事で芋蔓式にスパイを捕まえる事が可能になる。

「そこまでだ!」
「何奴っ!?」
「あ、貴方はっ!」
「フッ、まさか貴様とこの様な場所で再会できるとは思ってもいなかったぞアウルム1・・・いや、オウカ・ナギサ!」
「知り合いか凪沙?」
「はい・・・」
「元上官の一人・・・と言ったところだ、これがな。死んだと聞かされていたが、まさかこちら側の世界に飛ばされていたとは、な」
「シャドウミラーは向こう側の世界だけでは飽き足らず、此方側の世界まで手に入れるおつもりですか?」
「残念だが俺はもうシャドウミラーの兵士では無い。今は厄介事に巻き込まれてここの副司令直轄部隊の所属だ。昔の好で見逃してやっても構わんのだが、これも任務でな・・・悪く思うなよ?」
「クッ!外の神代達は一体何をしていたのだ!」
「悪いが外の三人なら始末させて貰った」
「き、貴様っ!」
「おっと、言葉が足りなかったな。安心しろ、気を失ってるだけだ。さて、そろそろ時間だな・・・後は保安部の連中に任せる事にさせて貰う」
「我々をどうするつもりだ?」
「さあな?俺はスパイを捕まえろと命令されただけだ。その後の事までは知らん」

暫くして保安部の兵士達が建物に突入してくる。
アクセルは彼女達を連行するように伝えると、報告の為に夕呼の所へと向かった。


・・・夕呼の執務室・・・

班長と話をしている裏でそのような事件が起こっている事など知らない武は、はしゃぎながら執務室を訪れていた。
部屋に入った直後に『五月蠅い』と怒鳴られたのは言うまでも無い。
先程まであれだけ落ち込んでいたと言うのにまるで別人の様である。
だが、こうでもしないと落ち込んでしまうのであろう・・・
彼の心は思ったよりも脆い。
気を紛らわせることで、少しの間だけでも例の事を忘れていたいのだ。

「で、何?」
「改型に今度搭載される予定のパーツの事ですよ」
「ああ、それの事」
「はい、そんな物が有るんだったら何で最初から組み込まなかったんですか?」
「データ解析が終わって無かったのよ」
「データ解析?って事は、新型パーツってPTの物なんですか?」
「正確にはそうじゃないわ。PTに搭載されているプラズマジェネレーターとテスラドライブを解析したデータを基に開発した言わばデッドコピー品よ。いえ、デッドコピーなんて言いすぎね・・・コピーしようとした物と言った方が正しいわ」
「じゃあ、それを搭載しても今までの改型とあまり変わらないんじゃないんですか?」
「そんな事は無いわ。戦術機で使える物に出力を落とした物だから性能はオリジナルに劣るってだけだもの」
「テスラドライブって、確か重力制御で飛行させるシステムですよね?って事は改型は飛行可能になるんですか?」
「一応飛べるでしょうけど、死にたいならやってみれば良いわ。あくまで高出力の跳躍ユニット程度の物だと考えていて頂戴」
「それでも凄いじゃないですか。こんな短時間で解析を終わらせただけじゃ無く、そのコピーまで作っちゃうなんて。やっぱり先生って天才ですね」
「当たり前でしょ・・・と言いたいけど、これはアタシ一人の力じゃないわ。とある物を使って短時間に解析を終わらせたのよ」
「とある物ですか?それって・・・」

そう言いかけた直後、インカムの呼び出し音が部屋に響き渡る。

「ちょっと待ってくれるかしら?・・・アタシよ。そう、アルマーには執務室に来るように伝えて頂戴。それから捕縛した奴らもこっちへ連れて来てくれるかしら?」
「何かあったんですか?」
「前に言ってた例のハッキング犯が捕まったわ」
「本当ですか?」
「ええ、先日からアルマーには犯人を追って貰ってたのよ。流石は元特殊部隊の隊長ね。仕事が早いわ」
「で、犯人は誰だったんです?」
「アンタもよく知る人物よ。こっちへ連れて来るように伝えたから、もう暫くすれば来ると思うけど」
「情報が外部に漏れる前に捕まって良かったですね」
「そうとも言えないわ・・・どうやら他にも協力者が居るみたいだしね」
「協力者ですか?」
「どうやらそいつがアタシの端末に侵入したらしいのよ。我ながら自分の才能が怖いわ」
「どう言う意味です?」
「さあ、ね・・・」
「そんな、はぐらかさないで教えてくだ・・・」

武がそう言いかけた直後に執務室のドアが開く。

「スパイを連行した。だが良いのか?この様な場所に連れて来て」
「御苦労さま。別に構わないわ。取調室で色々と聞き出すよりもここの方が安全だもの」
「なるほど、な。それで俺はどうすれば良い?」
「もしもの時に備えてここに居てくれるかしら」
「了解した。さて、中へ入って貰おうか?」

アクセルが連行してきた犯人を見た武は驚愕していた。
何故彼女達がスパイ行為などを働く必要があるのか信じられないでいたのだ。

「な、何で月詠中尉と月詠少尉が・・・いったいどう言う事なんですか?」
「それは本人の口から語って貰う事にしましょ。さて、何故この様な真似を?」
『「・・・」』
「そう、それじゃあ質問を変えましょうか。あなた達のバックに居るのは殿下?それとも御剣かしら?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!斯衛のお二人の後ろに殿下が居るかもしれないってのは分かります。でもなんでそこに冥夜が関係してくるんですか!?」
「白銀、アンタは少し黙ってなさい。これは恐らくアンタにも関係してる事よ」
「俺にですか?」
「そうよ、殿下や御剣では無いとすると・・・『鑑 純夏』ね?」

純夏の名前が出た直後、二人の表情が変わった。
それ以上に驚いているのは武だ。
何故ここに来て純夏の名前が出てくるのか?
彼女は脳髄のまま隣の部屋のシリンダーの中に居る筈だ。
なるべく時間を作り、武は殆ど毎日のように彼女の元へ足を運んでいる。
霞も頻繁にリーディングとプロジェクションを行ってくれているものの一向に変化は現れないのだ。
そんな状態の純夏が何故二人と接点を持っているのだろうか?
彼女はまだ00ユニットとして覚醒すらしていない。
例え覚醒していたとしても調律無しには会話すらままならない筈だ。
何が何だか解らない・・・
武は混乱しつつも思った事を口に出していた。

「ちょっと待って下さいよ先生!二人と純夏にどんな関係があるって言うんですか?大体純夏はまだ隣の部屋に居る筈でしょう?まさか・・・俺に黙ってあいつを00ユニットにしちまったって言うんですか!?」
「落ち着きなさい白銀。隣の部屋のアレはそのままよ・・・鑑は00ユニットになっていない。でも、アンタに黙っていた事が一つあるわ」
「・・・何ですか?」
「00ユニット本体は既に完成している。後は鑑の意識を移植するだけの状態だった」
「だったってどう言う事ですか?それに本体が既に完成してるって本当なんですか?」
『本当だよタケルちゃん』
「!!」

声の聞こえた方に振り返ってみると、そこには彼女が居た・・・

「すみ、か・・・?」
「久しぶりだねタケルちゃん。会いたかったよ・・・」
「な、何で・・・どうしてお前がここに・・・」

武は更に混乱していた。
目の前にはBETAによって脳髄だけにされた筈の純夏が立っている。
00ユニット?
本当に純夏?
頭の中をその事だけが駆け回っているのが自分でも分かる。
だが、そんな事はどうでも良かった・・・
気付けば彼は彼女に歩み寄り、涙を流しながら彼女を抱きしめていた。

「純夏なんだな・・・」
「うん・・・私は鑑 純夏だよタケルちゃん」
「そうか・・・お前に会えて嬉しいよ」
「うん、私も嬉しい・・・でも」

そう言った直後であった・・・

「そいつから離れろ白銀っ!!」
「え?」
「・・・ごめんねタケルちゃん。そして、さようなら・・・」
「グッ!」

武は何が起こったのか解らなかった・・・
アクセルの叫び声が聞こえた直後、体に鈍い衝撃と激しい痛みが走ったと思うと、意識が段々と遠くなって行くのが解ったぐらいだ。
朦朧とする意識の中、何をされたのか解らぬまま彼の意識はただ闇の中へと吸い込まれて行くのであった・・・

「すみ、か・・・なん・・で・・・」


武の前に現れた『鑑 純夏』彼女の行動の意味するものは一体何なのか・・・
そして彼女の口から語られる真実・・・
『白銀 武』は一体どうなってしまうのか?
物語は更に加速していくのであった・・・



あとがき

第15話です。
この話で一気に物語が動き出しました。
スパイの正体。
そして何故彼女がこちら側の世界に居るのか?
更なる改良を加えられる改型。
そして・・・最後の最後に登場したヒロイン鑑 純夏?
彼女は一体何者なのか?
そしてタケルちゃんは一体どうなってしまうのか?

次回、第16話をおたのしみにっ!!

それでは感想お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第16話 純夏の想い
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/22 01:41
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第16話 純夏の想い



「貴様っ!」

彼はそう叫ぶと同時に彼女の胸倉に掴みかかり、そのまま締め上げようとする。
しかし、目の前の女性の表情は変わる気配すら無い。

「不意打ちとは随分と舐めたマネをしてくれる。いったいどう言うつもりだ?」
「貴方には関係ない事だよ」
「なんだと・・・『少し落ち着きなさいアルマー。白銀は死んではいないわ』・・・それ位は俺でも分かる。香月 夕呼、この女は一体何者だ?貴様も白銀もこいつの事を知っている様だが・・・それにさっき白銀が言っていた00ユニットとは何だ?この女がそうなのか?」
「それに関してはアンタには関係の無い事よ」
「チッ!」

そう言われたアクセルは純夏を掴むのを止め解放する。
彼が言ったように武は死んではいなかった。
純夏によって気絶させられていただけなのである。
武本人は何をされたのか気付かなかった訳だが、周りの人間は純夏がどうやって彼を気絶させたのかに気付いていた。
彼女の手のひらが光り輝いたかと思うと、鈍い音と共に武がその場に倒れこんだのである。
そう、彼女はバッフワイト素子をスタンガンの様に使う事で武の意識を奪ったのである。
だが、傍から見ればそれはただ単に武に対してスタンガンを使用した程度にしか見えないだろう。
この場に居る人間は夕呼を除き、彼女がただの人間だと思っているのだから・・・


暫くの間、沈黙が空間を支配する。
そんな中口を開いたのは夕呼だった。

「さて、そろそろ本題に入りましょうか。正直驚いているわ、ここまでアタシを騙せ通せるモノが居るなんてね」
「流石は夕呼先生ですね、いつかは気付くと思ってましたよ」
「まったく、してやられたとしか言いようが無いわね。アタシだけじゃ無く社まで騙していたんですもの。我ながら自分の才能が怖くなってくるわ」
「フフフ、相変わらずですね先生。そうやって自分自身が常に優位な位置に立っていると考えているから足元をすくわれる様な事になるんですよ」
『カチリ・・・』

室内に無機質な金属音が鳴り響く・・・
それは夕呼が手に持った拳銃のハンマーを起こした音だった。

「御託はいいわ・・・何故アンタがここに居るのかを教えなさいっ!そして本物の鑑はどこに居るの?」
「本当の事を言われて頭に来ました?フフ、別に私に聞かなくても先生なら本当は分かってると思うんですけどね」
「そう、話す気は無いって事ね・・・じゃあアンタには消えて貰うしかないわね」

彼女はそう言うと銃を握った人差し指に力を込めようとする。

「よせ、ここでこの女を始末した所で意味は無い」
「話すつもりが無い奴とこれ以上会話する必要はないわ」
「そうやって直ぐに結論を出す必要はないだろう?それに貴様の腕ではこの距離で奴に致命傷を与える事は不可能だ。どう見てもシロウト以下だから、な」
「言ってくれるわね。じゃあアンタがやってくれるって言うのかしら?」
「流石の俺もその命令には従えん。無抵抗の奴を殺す様な趣味は無いからな・・・さて女、確か鑑とか言ったか?話さないつもりは無いんだろう?でなければ態々危険を冒して俺達の前に現れる必要はない筈だ、これがな。そして、白銀を気絶させたのは奴に聞かれては不味いと言う事だ。違うか?」

頭に血が上っている夕呼とは違い、アクセルは冷静だった。
いや、初めは武がやられた事に対して怒りを露わにしていたのだが、彼女達のやり取りを見ている間に冷静さを取り戻したのである。
流石は元シャドウミラーの隊長と言ったところだろうか。
状況判断能力が高い事が良く解る。

「流石は元シャドウミラーの隊長・・・とでも言わせて貰いましょうか。貴方の言う通り、これから私が話そうと思っていた事はまだタケルちゃんには明かせません。知れば彼がどうなるか私にも解らない・・・最悪の場合、精神が崩壊するかもしれないから」
「どう言う事なの?」
「今のタケルちゃんにはあの日、10月22日以前の記憶が有りません。その原因の一つは夕呼先生、貴女にもあるんですよ」
「何ですって?アタシは白銀に何もしていないわよ」
「・・・覚えていないんですね。それも無理ありませんけど。でも先生が、先生があんな事をあんな実験をしなければタケルちゃんはこんなに苦しむ必要は無かった!それに先生のせいでこの世界はこのままじゃ滅びの道を歩んでしまう。全ては先生のせいなんだよっ!!」

そう言われた夕呼は何が何だか解らなかった。
彼女自身、武に何かをした覚えなど無かったのだ。
目の前の純夏は声を荒げながら自分が行ったと言う事に対して物凄い怒りを露わにしている。
それ以前に白銀の記憶が無いとはどう言う事なのだ?
今まで彼からはその様な話は聞いていない。
彼女が言った10月22日以前の記憶・・・
それは恐らくこの世界で彼が過ごしてきた日々の記憶の事だろう。

「ありえないわ・・・以前の世界の記憶を引き継いだアタシには、この世界で過ごしてきた記憶もあるのよ?それが何故白銀には無いって言うの?」
「・・・タケルちゃんの記憶が無いのは、私が封印したから・・・でも、そうしないと彼の精神は崩壊してしまう恐れがあった。本来ならそんな事する必要なんて無かったんですよ。先生が自分の都合であんな実験にタケルちゃんを巻き込まなければ全ては上手く行く筈だった。それに私だってこの世界に来る必要は無かったのに」

そう言った彼女の表情は暗い。
彼女自身、そのような手段は取りたくなかったのだろう。
最愛の人の記憶を封じる。
その様な事を喜んで出来るだろうか?
普通に考えればそれは不可能だ。

「ちょっと待て、今貴様は白銀の記憶を封印したと言ったな。そんな事がただの人間に何故できる?」
「今ここに居る私は機械の体に人間の魂を宿らせた存在。鑑 純夏と言う存在の人格を移植された人であって人でない物・・・」
「人造人間・・・いや、サイボーグやロボットの様なものか?」
「そう考えて貰っても構いません」

アクセルの問いに対して純夏は迷う事無く真実を告げる。
その事に対して夕呼以外の人間は驚いていた。

「か、鑑様。今の話は本当なのですか?」
「本当ですよ凪沙さん」
「では、殿下や冥夜様と親しげに話しておられたあの方は一体何者なのです?」
「あれはこの世界の本当の私、今まで騙すような真似をしてしまって本当にごめんなさい。でも私達だけではどうする事も出来なかった。タケルちゃんとこの世界を救う為には、こう言う手段を取るしか無かったんです」
「社の言った事は本当だったのね・・・やはりこの世界の鑑は死んではいなかった。そして今もどこかで生きている」
「その通りですよ先生。よく気付きましたね」
「やられた・・・としか言いようが無いわね。教えてくれないかしら?アンタが一体どうやってアタシや社、それに白銀をだまし続ける事が出来たのか。それに何故アンタがこの世界に居るのかを」

夕呼の疑問は尤もである。
霞には幾度となく隣の部屋にある脳髄にはリーディングとプロジェクションを行わせている。
確かに頻繁に情報が得られた訳では無いが、得られた情報は『鑑 純夏』の物であった。
そして、彼女がこの世界に存在している理由だ。
今までの彼女の口振りからして、目の前に居る純夏は前の世界の彼女なのだろう。
だが、彼女がこの世界に来た理由が解らないのだ。

「霞ちゃんがあの脳髄にリーディングを行っていた際に感じたものは、私が別の所からプロジェクションを行っていたからです。でも、頻繁に行う事は私にとっても負担が大きい。だから先生や霞ちゃんにも私の力を使いました。プロジェクションで二人の深層心理に働きかけ、あの脳髄は私の物だと思い込ませていたんです」
「なるほどね。あの脳髄が鑑の物だと私達に思い込ませる事でアンタは時間を稼いでいたって訳ね」
「そうですよ。でも途中から上手くいかなくなりました。この世界のタケルちゃんが初めてあの部屋に来た時に霞ちゃんは違和感を感じてしまったから」
「その違和感と例の機体のデータ解析時に量子電導脳を用いたおかげでアタシ達はあの脳が鑑の物では無いと言う事に気付けたのよ・・・巧妙に起動時のログを改竄してあった様だけどね」

この世界の武が初めてあのシリンダーの部屋にやって来たとき、霞は違和感を感じたと言っていた。
それは00ユニットである純夏が武の存在に一瞬動揺してしまった事が原因である。
彼女は自分自身の内なる感情を抑える事が出来なかったのだ。
それには彼の記憶を封印してしまった事による後ろめたさもあった。
武を騙す事になってしまった事に対して酷く罪悪感を感じていたのである。
その違和感を感じた事を霞は夕呼に伝えるかどうか悩んでいた。
だが、感じた違和感は些細なものであった上に、隣に武が居た事で変化が起きただけかもしれないと言う可能性も捨てきれなかった。
そしてPTのデータ解析に量子電導脳を使用した際、ODLが予定値よりも大幅に劣化して居た事で事態は急変する。
普通に考えるのであれば、解析に使用した程度であればこれほどまでの劣化は考えられなかった。
彼女達が起動させる以前から稼働していない限り在りえなかったのである。
例え巧妙に起動時のログは改竄されていたとしても、ODLの劣化までは改竄する事は不可能なのだ。
純夏がODLの浄化作業を単独で行う事も可能であったかもしれないが、作業を行えばストックしてあるODLは減ってしまう。
そして浄化作業を行うと言う事は、BETAに対して情報が漏れてしまうと言う事に繋がるのだ。
そう言った点から彼女は作業を行う事が出来ず、結果として00ユニットは随分前から起動していた可能性があるかもしれないと言う結論に至ったのである。
またこれらの結論から、ハッキング犯に関しても00ユニットであるならば可能だと言う考えが浮かぶ。
量子電導脳は世界最高のコンピューターとも言われている。
これを用いれば世界中のコンピューターにハッキングし支配下に置く事すら可能であるのだから、00ユニットが起動していたとするなら犯人は彼女以外に考えられなかったのだ。
だが夕呼は、彼女が単独でこの様な事を行うとは考えられなかった。
そして様々な情報を基に指示を出している、もしくは協力している者が居ると考えたのだ。
アクセルに月詠やオウカを探らせたのはその為である。
もっとも彼女達を捕まえた時点で、純夏がこの場に現れるのは一種の賭けであった訳なのだが・・・


「次の質問に答えて貰おうかしら?何故アンタはこの世界に存在しているの?」
「それは先生の行った実験が原因だよ」
「だからその実験って何なのよ!?アタシはそんな事やった覚えは無いって言ってるでしょ!」
「覚えていないのは仕方ないですよ。先生の記憶の一部も私の力で書き換えているんだから」
「な、なんですって!いったいどう言う事なの!?説明しなさい!!」
「ちょっと待ってて下さい」

そう言うと彼女は眼を閉じる・・・

「今、私がプロジェクションで書き換えた記憶を元に戻したから思い出せた筈ですけど?」
「何を言っているの・・・クッ!どう言う事よこれは、アタシがあんな実験を行っていたって言うの?」

夕呼の表情が次第に変わり始める。
純夏は再度プロジェクションを用いる事で彼女の封印された記憶を呼び起したのだ。

「そう、それは全部事実、本当の事だよ」
「ちょっと待ちなさいよ。おかしいじゃない。あの実験は全て失敗に終わった筈よ?それが証拠に白銀は10月22日になってから向こうの世界の記憶を得ている。それにこの記憶が本当ならアタシと白銀は明星作戦前に出会っている事になるじゃないのよ」
「そうですよ。先生とこの世界のタケルちゃんの本当の出会いはこの辺一帯がBETAに侵攻された直後の帝都。そして、その後回復したタケルちゃんに先生が行った実験のおかげで私はこの世界に来ることが出来たんですから」
「と言う事は、アンタは因果空間に漂っていた以前の世界の00ユニットや別世界の『鑑 純夏』の記憶の集合体と言う事ね」
「そう言う事になるのかな。それでね、先生や殿下、御剣さん達に前の世界の記憶を引き継がせたのも私」
「全てはアンタの掌で踊らされていたって訳ね・・・流石は世界最高のコンピューターと言ったところかしら?でも、その実験と白銀の記憶がどう関係してるって言うの?今までの話だけじゃアタシが悪いとは思えないんだけど」

彼女の言う通りである。
これだけでは夕呼が原因とは言い難いのは事実だ。
彼女は以前、武に面会した直後に彼の記憶が以前の世界の記憶を引き継いでいるかどうかを調べている。
だが、その際彼は記憶を引き継いではいなかった。
その為彼女は、前の世界で武に例の数式を回収させに行かせる際に用いた装置を応用し、因果空間に漂っている可能性のある彼の記憶を引き寄せようとしたのだ。
しかしその実験は失敗に終わり、武にそれらの記憶が宿る事は無かったのである。
いや、実は宿っていたのだ。
彼が以前の世界で体験した記憶は2001年10月22日を起点にしている。
要するにその日が訪れると言うファクターを得られない限り彼の記憶は呼び起こされなかったのである。
そんな単純な事に気付かなかったのはある意味焦っていたのだろう。
自分には以前の世界での記憶がある。
しかし武には無い。
00ユニットが完成したとしても調律の為には『白銀 武』と言う存在は必要不可欠だ。
いや、00ユニットの被検体を『鑑 純夏』にしなければ別に武は必要では無い。
しかし、前の世界で00ユニットが真の完成を見たのは『白銀 武』と言う存在があったからだ。
もしも他の人間を被検体にする事で00ユニットが完成しなければ、第四計画の全ては水泡に帰す事になるのである。
彼女はそれだけは絶対に阻止せねばならなかった。
その為に少々焦りを感じていたのであろう。

「そうですね・・・先生、因果空間に漂っている記憶ってどれ位あると思います?」
「様々な世界から流出した記憶が有るんですもの、世界の数だけあるって事ぐらいしか分かる訳無いでしょ」
「先生の言う通りです。じゃあ、人が意識して覚えていられる記憶ってどれ位あると思いますか?」

そう言われた時、彼女は気付いた。
記憶とは言い換えれば脳に蓄積される情報である。
一言で記憶と言っても様々な物があり、感覚記憶と呼ばれる物や、短期記憶、作動記憶や中期記憶、長期記憶などと色々な物があるのだが、ここではその種類やプロセス等はあえて省略させて貰う事にしよう。
ここでは長期記憶と呼ばれる物について解説させて頂こうと思う。
長期記憶と呼ばれる物は、その名の通り長期間保持される記憶である。
この記憶は忘却しない限りは死ぬまで保持される物なのだが、その忘却の原因として減衰説と干渉説と言う物がある。
減衰説とは、時間の経過と共に記憶が失われて行くものであり、干渉説はある記憶が他の記憶と干渉を起こす事によって記憶が失われて行くと言う説である。
そう、武の記憶が失われたのは因果空間に漂う数多の世界の『白銀 武』と言う存在が持っていた無数の記憶が彼の記憶に干渉した事が原因であった。
そして、人が脳に蓄積できる記憶には限界がある。
その為に人の脳は記銘、保持、想起、忘却と言うサイクルを繰り返す事でその許容量をオーバーする事を防いでいるのだ。
これは人によって個人差があるのだが、一連の動作に至ってはほぼ同じと言っても良いだろう。
偶然とは言え、夕呼が行った実験により武の脳内には無数の情報が流れ込む事となり、それら全てを保持すると言う事は彼の精神に異常をきたす可能性があった。
そう言った理由から純夏は、因果空間から流れ込んだ彼の記憶の一部をプロジェクションを用いる事で元々無かったものと思い込ませる事で封じたのである。
だが、彼女が封じたのは因果空間から流れ込んで来た記憶の大半であり、元々彼が持っていた記憶を封じた訳では無い。
元の記憶が無くなってしまったのは因果空間から流れ込んで来た記憶が原因なのだが、処置を行うのが遅すぎた為に彼は記憶が欠落してしまったのである。
そして、記憶の忘却と言うものには検索失敗説なる物が存在する。
これは記憶された情報自体が消失しているのでは無く、適切な検索手がかりが見つからない為に記憶内の情報にアクセスできない事から記憶を喪失してしまった様に感じてしまうと言う事なのだ。
柏木との会話の後に彼が過去の記憶の一部を取り戻せたのは、彼女の一言がキーワードとなり記憶内の情報にアクセスできたからである。

「気付いて貰えたみたいですね」
「ええ、でもそれと世界が滅びの道を歩んでしまうと言う事の何が関係しているのよ?」
「普通に考えればそうですね。でもその実験が基で自分の思っていたもの以外の物まで呼び寄せていたとしたらどんな事になると思います?」
「なっ、どう言う事!?」
「それは・・・」

純夏は事の真相を全て話し始める・・・
それを聞いた夕呼の表情は真っ青になっていた。

「なんて言う事なの・・・」
「やっと事の重大さを理解して貰えましたか?先生が不用意にあんな事をしなければこんな事にならずに済んだんだよ」
「確かにそうね。偶然とはいえ自分がやった事を否定するつもりはないわ」
「じゃあ、その実験が切っ掛けでこの世界の時空の壁に頻繁に歪みが起こる様になってしまっていると言ったらどうですか?」
「何ですって?じゃあアルマー達がこの世界に飛ばされてきた理由もそのせいだって言うの?」
「それは違うよ。その人達は私が呼び寄せる切っ掛けを作ったから」
「何だと?」


その一言がその場に居た者全てを戦慄させた・・・
キョウスケやアクセル達がこちらの世界に飛ばされた原因は夕呼にもあるのだが、彼らがこの世界に飛ばされた理由は純夏の力だと言うのだ。
いや、正確には彼女の力だけでは無かった。
以前の世界で夕呼が言っていた事を思い出して欲しい。
『世界は常に安定を求めている』
そう、夕呼が行った実験による事故で呼び寄せたモノ。
それを何とかする為に世界が動いたのだ。
その力を利用し、彼女は自らの力を使い彼らを呼び寄せたのである。

「アクセルさん達には本当に申し訳ない事をしたと思ってます。本来ならこんな事をしなくても全て上手く行く筈でした。でもあんなモノが現れてしまった以上、それに対抗しうる力を得る他に手段が無かった。全ては私が独断で行った事です。貴方達の世界は何故か所々に空間の歪みが起こってます。それを利用させて貰い、貴方達をこちらの世界に招かせて貰ったんです」
「随分と勝手な言い分ね。それはアンタの為では無く、それも白銀の為と言う事?」
「そうです。前の世界のタケルちゃんは全てが終わる前に元の世界に戻らなきゃならない事を悔やんでた。
そして、自分の尊い者達を犠牲にしてしまった事、殿下や御剣さんの関係についても・・・
全てが終わってタケルちゃんが元の世界に戻った際、あの世界での経験や記憶は因果空間に漂う事になった。
本当なら私は彼に戦いの無い世界に戻って欲しかった。でも、タケルちゃんの願いや想いを無視する事は出来ない。
そんな時、この世界のタケルちゃんもこの世界の私を失ったと思った事で自分自身を追い込んで無茶をしてる事を知ったんです。
無視する事も出来た・・・でも私にはそれが出来なかった。
だから以前の世界に比較的良く似たこの世界のタケルちゃんにその想いを引き継いで貰う事でその願いを叶えて貰おうと思ったんです。
自分勝手な我儘だって事は十分解ってるんだよ。
でも私はあのタケルちゃんが私に言ってくれたように、どの世界のタケルちゃんにも幸せになって欲しかった。
だから決意したんです。何としてでもこの世界に干渉し、タケルちゃんを救おうって・・・」

純夏の想い・・・
それは彼女なりに色々と考えた上での結論だったのだろう。
まったく関係の無い者を巻き込んでしまった事はあまり褒められたモノでは無い。
しかし、この場に居た全ての人間は彼女の武を思う気持ちを否定する事は出来ないでいた。
一つ間違えば世界全てを敵に回すと言っても過言では無い事を彼女は行っているのだ。
だが彼女の眼にはそれでもたった一人の愛する者の為に全てを敵に回してでも事を成し遂げようとする決意が見て取れる。

再び沈黙が制する中、最初に口を開いたのはアクセルだった。

「なるほど、な。こう言うのを愛とでも言うのか・・・俺には良く解らんが、お前の気持ちや意思は良く解った。乗りかかった船とでも言うべきか・・・俺は協力させて貰おうとしよう」
「アクセルさん。ありがとう」
「フッ、礼を言うのはまだ早いと思うが、な」

アクセルの発言に対してオウカは驚いていた。
自分の知る以前の彼からは考えられないような台詞なのだからそれも当然である。
だが、彼女はそれほど長い時間彼と接した訳では無いので彼の本質を知らないのは仕方の無い事だ。
彼は本来、相手を気遣ったり、諭したりするなど、分別の付いた人間である。
そして受けた恩を返す義理堅い一面も持っているのだ。
だが、彼の素っ気ない言動のおかげで他人に誤解を招いていると言う事も事実であり、オウカはアクセルと言う人間を誤解して捉える事となっていたのである。

「鑑様、正直驚かされることばかりですが、我々も協力させて頂くつもりです」
「月詠中尉、ありがとう御座います」

話を聞いた月詠は正直どうするか迷っていた。
目の前の彼女は悪く言えば自分達を騙していたことになる。
だが、悠陽や冥夜とこの世界純夏との関係を考えれば、恐らく二人は彼女の意思を理解し協力するつもりでいるのであろう。
そして以前、訓練校のグランドで冥夜と武を見ていた彼女は、冥夜の想い人が武である事に気付いていた。
悠陽と冥夜の関係が以前の物と違うものに変わった事も『とある者のおかげだ』と聞かされていた。
そして純夏に『白銀 武』がどの様な人物かを聞いていた彼女は、今までの話を聞いた上で、それは武と純夏の事なのだろうと判断したのである。
本来ならば自分がこの様な事を思うのはおこがましい事なのだが、自分の主達が真に姉と妹と言う関係になれた事に対して感謝していたのだ。
受けた恩を仇で返すような真似は月詠には出来ない。
そして、隣に居たオウカも同じ思いであった。
自分の名前以外の殆どの記憶を失い帝都を彷徨っていた彼女は悠陽に拾われ、その際、純夏や月詠のおかげで今の居場所を用意して貰う事が出来たのである。
彼女もまた受けた恩を返す為に、純夏に協力しようと考えていたのであった。

「ハァ・・・不本意だけどアタシも協力せざるを得ないわね。話を聞いてる限りじゃアタシにも責任がある訳だし」
「やけに素直だな?貴様の事だからどうせまた難癖つけてゴネると思っていたんだが」
「勘違いして貰っては困るわ。アタシは世界を救う事に協力はすると言っただけよ。ここまでアタシをコケにしてくれたその子を許した覚えはないわ。逆に今まで自由にさせていた事を感謝して欲しいぐらいよ」
「やだなぁ先生、少しは感謝はしてますよ。その事に関してだけはこの世界の先生にあの時系列の記憶を受け継がせた事が正解だったと思ってますから」
「フンッ!」

夕呼はそっぽを向いているが別に怒っている様子では無かった。
以前の世界の彼女は武が元の世界に戻った後、最悪の事態を想定して00ユニットの再起動ならびに、稼働時間の延長や情報漏洩に関する防護策を練っていたのだ。
本来ならばそのような事はしたくは無かったのだが、武が救おうとしたこの世界を再び滅亡させる訳にはいかないと考えたのである。
そして約2年の歳月を経て改良は成功する。
しかし再起動実験の際に事故が起こり、それが原因で彼女は大けがを負ってしまったのだ。
そして次に目覚めた時、彼女はこちら側の世界に飛ばされていた事に気付いたのである。
そう言った経緯から、彼女の記憶には改良型の00ユニットのプランが存在し、明星作戦終了後に横浜ハイヴ内で発見された純夏の脳髄と思われる物を確認した後に改良型00ユニットの製作に取り掛かったのである。
その後、完成していた00ユニットに以前の世界の純夏が憑依する事が可能となったのだ。
そして彼女はその力を駆使し、夕呼に気付かれないようプロジェクションを用いてこの世界の自分にコンタクトを取ったのである。
最初は戸惑っていたこの世界の純夏ではあったが、彼女の気持ちを理解し、彼女の指示通り『御剣 冥夜』や『煌武院 悠陽』にコンタクトを取る事で協力を取り付けたのである。
これは前もって彼女達に以前の世界の記憶を引き継がせておいた事が功を奏したと言っても良いだろう。

「ところでこの二人はどうするんだ?この様な状況になっては拘束しておく意味など無いと思うんだが」
「そうね・・・二人にはアタシと殿下を繋ぐパイプ役になって貰うわ。いえ、恐らく殿下は最初からそのつもりで二人をこっちに寄越したんでしょうしね。御剣の護衛は兎も角として、この時期に新型機開発の協力を打診してくるなんておかしいと思ってたのよ。最初から件の話を知っていた上でアタシの協力を取り付けれるようにした・・・まったくあの歳でとんでもない策士だわ・・・流石は殿下と言ったところかしらねぇ」

彼女がそう言った直後に斯衛の二人が鋭い眼光で睨んでいたのは言うまでも無い。

「で、今後アタシ達は如何すればいいの?・・・ちょっと、聞こえてるんでしょ?返事位しなさいよ」
「・・・すみ・ま・せん」

その問いに対して純夏の反応が鈍い。
様子がおかしい事に気付いた面々が次々と話しかける。

「鑑様?」
「如何されたのですか鑑様?」
「・・・そうか、時間が来たのね」
「時間・・・ですか?」
「彼女は元々長時間動ける体では無いのよ。詳しくは話せないけど00ユニットには活動限界時間があってね。恐らくタイムリミットが近いんだわ」
「と言う事はそろそろ活動停止すると言う事か?」
「大丈夫よ。メンテナンスハンガーに戻せばまた元通り活動できるから」
「それは・・・無理・・・」
「なんですって?どう言う事なの、説明しなさい」
「元々私は・・・この世界には居ない・・存在・・・だから、この世界に・・留まる事にも限界があるの」
「同じ世界に同じ存在は二人も居られないと言う事か・・・皮肉なものだな」
「大丈夫。後の事は・・・全てこの世界の私に・・・お願いしてあるから・・・」

彼女の顔は苦痛を浮かべている。
本当に最後の力を振り絞っているのであろう。
そして・・・

「私達の・・・やって来た事を許して欲しいとは・・・言わない。だからこの世界の私を・・・責めないであげて欲しいんです」
「解ったわ。アンタの想いは決して無駄にしない」
「ありがとう・・・フフフ、これでもう思い残す事は無いかな・・・最後にタケルちゃんに会う事も出来たし・・・でも、もう少しだけ一緒に居たかったな。先生、タケルちゃんの事、よろしくお願いしますね。タケルちゃん、誰かが止めないと・・・直ぐに暴走しちゃうから・・・」
「ええ、白銀の事は大丈夫だから・・・」
「それじゃあ、皆さん・・・後の事はよろしく・・・お願いします・・・さよう・・・なら」

そう言った直後、彼女の体はまるで糸の切れた操り人形の様にその場に倒れこんだ。

「アルマー、手を貸して頂戴。この子を運ぶわ。月詠中尉達は白銀を医務室へ運んでくれるかしら?気絶していただけとは言え、何らかの後遺症が残る可能性もあるわ。念の為にドクターに精密検査をしてもらって頂戴」
「了解した」
「了解しました」

彼女達の心境は複雑なものであった。
00ユニット・・・もう一人の『鑑 純夏』から語られた事実は想像を絶するものだった。
そして、BETAと同等、もしくはそれ以上の脅威が地球に迫っている・・・
だがそれはこの世界にまだ姿を現していない事が幸いだったと言えるだろう。
今ならばまだ間に合うと皆考えていたのである。


・・・帝国内某所・・・

一人の少女が空を見上げていた。
その表情はどこか悲しげであり、何かを考えているようにも見える。

「如何されました?」

不意に彼女の後ろから声が聞こえた。

「もう一人の私が逝ったようです・・・」
「そうですか・・・我等も事を起こさねばならぬ時が来たようですね」
「はい、私も彼女の意思を継ぐつもりです。ですから殿下、私に力を貸して下さい」
「それは私の台詞です。そなたの力私に、いえ、この星を護る為に貸して貰えるか?」
「はい・・・その為に私はここに居るんですから」



あとがき

第16話です。
何だか自分で書いてて色んな意味で泣きたくなっちゃいましたTT
相変わらずマブラヴキャラ中心の話になってしまいましたが、ここで下手にOG勢を絡ませるとややこしくなると思いこの様にさせて頂きました事をご容赦ください。
さて、前回登場した純夏の正体が明らかになりました。
彼女は前の世界の記憶を引き継いだ00ユニット純夏です。
純夏のセリフを書いていて、所々この子ってこんな話し方だったかな?何て考えながら書いていたんですが、もしもおかしい所があったら指摘して貰えると助かると思ってます。
そして、タケルちゃんの記憶欠落の原因も色々と書かせて頂きましたが、結構無理な設定だったかもしれません・・・(苦笑)
記憶と言う概念について自分でも色々と調べてみた結果、この様な設定とさせて頂きましたがいかがでしょう?
オウカ姉様ですが、部分的な記憶が欠落しております。
彼女に関してはタケルちゃんとは違い、転移前の衝撃で重傷を負い記憶障害が起こっていると言う設定とさせてもらってます。
それじゃあ何でアクセルやシャドウミラーの事を覚えていたんだ?とツッコミが来そうな気がしますが、部分的な記憶が欠落していると言う事でご容赦ください^^;
そして、此方に転移してきた際に偶然悠陽に助けられ、保護されたと言う事になってます。
そんな経緯から恩返しの為に斯衛軍に所属する事となった訳なんですが、何で月詠さんと苗字が同じなの?と言う疑問を持たれる方も多いと思います。
その辺も追々明らかにできればと思っていますのでお楽しみに^^
今回のお話はちょっと説明クサイ内容になってしまった様な気がしたのと、色々なネタを明らかにし過ぎたかなぁ~って気がしない訳でもないんですが、そろそろある程度のネタを出さないと面白みにも欠けるであろうと考えたので書いてみました。
今後どの様に話が展開していくのか・・・楽しみにお待ちくださいませ。
それでは感想の方お待ちしておりますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第17話 拒絶
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/24 01:19
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第17話 拒絶



・・・横浜基地内医務室・・・

一連の騒動から三日ほど経過しようとしていた。
キョウスケ達がこちらの世界に飛ばされてきた理由、武の記憶が欠落した原因、この世界の純夏の存在など得られた情報は大きかったのだが、失ってしまった代償も大きかった。
そしてあの事件以来、武はずっと眠り続けているのである。
身体的なダメージ等は左程無く、彼が目覚めない原因は不明。
医者の話では、恐らく精神的なものだろうと言う事だった。

「どう?何か分かった事はある?」
「・・・いえ、白銀さんの意識は深層心理の奥底に閉じこもった様な状態です。恐らく記憶の欠落に関する事や純夏さんの事など混乱するような事が一度に起きた事で精神的ショックを受けてるんだと思います」
「そう・・・このまま永久に眠り続ける可能性もあると言う事かしら?」
「・・・解りません。自分の記憶の中にある様々な出来事を彼自身が認めたくないんだと思います。だから目を覚まそうとしないとしか考え付かないんです」

普段から霞は自分の力をあまり使おうとはしない。
だが、今回は状況が状況だ。
精神的なものが原因であるのならば、自分の力を使う事で彼を救う事が出来るかもしれない・・・
そう言った考えから彼女は、一向に目を覚まそうとしない武を救う為に彼女は何度もリーディングとプロジェクションを行っていたのだ。
しかし、何度呼びかけても武からは何の反応も返って来ない。
精神的なショックはかなり大きかったのだろう。

「眠れる森の美女・・・この場合は美男とでもいうのかしらね。童話じゃ王子がキスをすれば目覚めるけど、白銀の場合は王女・・・鑑がキスをすれば目覚めるとでも言うのかしら?」
「・・・博士!」
「フフ、冗談よ。それにしてもアンタも変わってきたわね。これまでのアンタじゃ考えられない成長だと思うわ」
「・・・多分、白銀さんや純夏さん達のおかげです。だから私は白銀さんを助けたい・・・色々と恩返しをしたいんです」
「まったく、こんなに色々な人から想われてるって言うのに、こいつは何をウジウジと悩んでるのかしらね。まあ、白銀らしいと言えば白銀らしいんだけど・・・」

そう言った彼女の表情はどこか複雑な物だった。
彼がこうなってしまった原因は彼女にもある。
口ではああ言っているものの、彼女自身も武の事を心配しているのだ。

「アタシはそろそろ行くわね。アンタはどうするの社?」
「私はもう少しここに居ます」
「そう・・・あまり無理し無い様にね。今度はアンタが倒れちゃうわよ?」
「・・・はい」
「じゃあ行くわ。アタシもやれる事はやっておかないとね・・・」

そう言うと彼女は医務室を後にし、ハンガーへ向かう事にした。
改型の強化用パーツは既に完成している。
現在、ハンガーでは組み立て作業が行われている筈だ。
しかし、機体が完成したとしても白銀が目覚めない限り改型は真の完成を迎える事は出来ないだろう。
あの機体は彼専用に用意したものだ。
そしてそれには彼に対しての贖罪の意味も込められている。
かつての世界で夕呼は、彼の最愛の人の命を奪うと言う行為を手伝わせた。
無論、その時はそれが人類を救う為の最良の手段だと考えていたのだ。
その為には人に蔑まれようとも悪魔だと罵られようとも構わないと思っていた。
そして、全ての事に決着がついた後ならば武に殺されても構わないと考えていたのだ。
しかし彼は、生きて罪を償えと言った。
そう言われた彼女は、正直複雑な心境だった。
彼が世界を去った後、彼女は今まで以上に世界を、そして人類を救う為に努力した。
それこそがこれまで自分が行って来た事に対しての贖罪だと考えたのである。
この様な事を書くと、彼女はそんな人間では無いだろうと思う者もいるかもしれない。
だが思い出して欲しい・・・
桜花作戦の時、彼女は親友であった『神宮司 まりも』の遺影と共に武達を見送っている。
その時の彼女の心情を察する事が出来れば、彼女が如何に自分を押し殺してきたのかが解ると思う。
自分の行いにより彼女は自分の親友を失ってしまった。
失ってしまった直後は気丈に振る舞い、ただの使える駒が死んでしまっただけと言っていた彼女であったが、
彼女を知る人物であるならばその様な嘘は直ぐに見抜く事が出来るだろう。
武はそれに気付いた為、彼女に生きて罪を償えと言ったのである。
しかし、その想いも志半ばで潰えてしまう事となった。
そして自分自身も異世界に転移した際、改めて世界を救う事に尽力する事で以前の世界での自分が犯した罪を償おうと考えていた。
これは彼女の勝手な言い分かもしれない・・・
自分の身勝手な振る舞いだと言う事は十分に理解していた。
だが、何もしないのであればそれは逃げている事と同じだ。
彼女はそれらの事から目を背けたく無かったのである。
そんな中彼女は、この世界にも『白銀 武』が存在している事を知る。
そして彼女は、以前の世界で武に返せなかった恩をこの世界の武に協力する事で返そうと思いついたのだ。
だが、彼は以前の世界の記憶を有しては居なかった。
そう言った経緯から彼に力を与えようとしてあの様な事を行ってしまったのだが、
結果として再び彼を苦しめる事となってしまったのである。
たかが一人の人間に力を与えた事で世界を変えられる筈はない事は彼女も十分理解している。
それでも彼女は、力を与える事で彼の大切な物を護れる手助けを行う事こそが彼に対する真の意味での贖罪だと考えたのだ。
彼が目覚めた時、力が無ければ彼は戦えない。
その為には今できる事はすべてやっておく必要があると考えたのである。
そして再び自分を押し殺し目的を達しようとしたのだった。

「どうした?随分と浮かない顔だな」

声のした方に振り向いて見ると、そこに居たのはアクセルだった。

「まあ、あの様な話を聞いた後だ、解らんでも無いが、な・・・」
「・・・言いたい事はそれだけかしら?」
「すまない。そんなつもりで言った訳ではないのだが」
「構わないわ。アンタも白銀の事が気になるのかしら?」
「多少は、な。それで白銀はどうなんだ?」
「一向に目を覚ます気配はないわ」
「そうか・・・どうやら無駄足だったようだな」
「白銀の事やアンタ達の事、他のメンバーには話したの?」
「訓練部隊の方に言っている奴等には話してはいない。俺達とて要らぬ混乱は避けたいからな」
「そう・・・」
「あまり思い詰めるなよ?貴様一人が背負い込んだところでどうなる物でもあるまい」
「・・・」
「どうした?」
「アンタの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったから少し驚いただけよ」
「フッ・・・では俺も行くとしよう。これから新潟での作戦のミーティングが始まるからな。遅刻してはかなわん」
「アタシも行くわ・・・ありがとうね、アルマー」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないわ」

自分では表に出さない様に心掛けているものの、アクセルには簡単に見抜かれてしまったようだ。
そして彼はそんな彼女の心情を察してか、心配して声を掛けてくれたのである。
これには彼女自身も驚いていたが、この事が切っ掛けで夕呼は少しばかり楽になった様な気がしていた。

「やれやれ・・・恩返しをしなくちゃならない人が増えちゃいそうだわ」

彼女はハンガーへと向かいながら、一人そんな事を呟いていた・・・


・・・第五ミーティングルーム・・・

A-01部隊に配属となった事により、キョウスケ達には専用のミーティングルームが与えられていた。
何かと秘密が多い彼らにとっては迂闊に話せない事も多い。
そう言った理由から夕呼が彼らにこの部屋を用意したのである。

「キョウスケ大尉、何で俺達までミーティングに呼ばれてるんですか?」

そう言ったのはブリットだった。

「それを今から説明する所だ。少々厄介な事になったのでな・・・」
「解りました」

今回のミーティングは、近々行われる予定の新潟での作戦についての打ち合わせが行われる予定だ。
その様な打ち合わせの中にブリット達訓練部隊に配属されている207C小隊の面々が参加している事は不思議である事には違いない。
唐突にミーティングに参加するよう言われたC小隊の面々はそれが気になって仕方なかったのである。
彼等にはそのミーティングの詳細は明らかにされていない。
今朝になって集まるよう指示を受けたのだ。


暫くしてアクセルが到着するとミーティングが開始される。

「今日集まって貰ったのは他でもない。近々行われる任務についてだ。これにはブリット達207C小隊の面々にも参加して貰う事になった」
「どう言う事でしょうか?」
「本来ならば俺達の部隊にはタケルが参加する予定だったんだが、アイツは副司令から別任務を与えられてな。
そう言った理由からお前達に白羽の矢が立ったと言う訳だ」

キョウスケは、彼らに余計な心配を与えない為にも武の状態をあえて伏せる事にした。
無論、この世界に自分達が呼ばれてしまった理由もだ。
この世界に飛ばされる切っ掛けを作ったのは00ユニットと呼ばれる『鑑 純夏』と言う少女の意思に世界が呼応する形で作用したと言う事は既に承知して貰えていると思うが、彼女は既にこの世にはいない。
と言う事は現状では帰る手段が見つかっていないと言う事だ。
そんな事を今彼らに伝えてしまってはいらぬ混乱を招いてしまう。
彼自身、アクセルからその事実を聞いた時には驚かずには居られなかったのだからそれも当然であろう。

「でも大尉、俺達訓練生扱いですよ?それに機体はどうするんですか?こんなに早くビルガーの修理が終わってるとは思えませんし・・・」
「機体の方は副司令から託っている。俺とエクセレンはそれぞれアルトとヴァイス、ラミアには不知火改型の3号機をアクセルにはソウルゲインを使って貰うそうだ」

そう聞いたアクセルの表情が変わる・・・

「ちょっと待て、新潟での任務にはヴァルキリーズや帝国軍も参加するんだろう?偽装の完了しているMk-ⅢやMk-Ⅳを使用するのは解るが、俺のソウルゲインは偽装を行って居ない筈だぞ」

彼の疑問は当然だ。
アルトやヴァイスはPTと左程サイズに違いは無い。
簡単な偽装を行う事で戦術機として誤魔化す事は可能だった。
しかし、ソウルゲインに関しては機体サイズが大きすぎるのだ。
普通に考えれば戦術機と言い切るには無理なのである。

「その辺は副司令が何とかすると言っていた。それから帝国軍とは受け持つ区域が違うらしい。余程接近しない限りは大丈夫だと言う事だろう」
「・・・あの女の言う事だ。どうせ駄目だと言っても聞かないのだろうな」
「そう言う事だ。話を戻すぞ。ブリット、クスハ、アラド、ゼオラの4名には不知火の予備機を使用して貰う。ラトゥーニとアルフィミイには改修の終わった叢雲を使って貰うように指示を受けている」
「ですが大尉、私達は戦術機に関する訓練を受けていません。そのような状態で任務に参加できるのでしょうか?」
「お前達にはミーティングの後で機種転換訓練を行って貰う予定だ。今後は任務前日まで訓練終了後にシミュレーターで訓練を行って貰う手筈になっている」
「・・・任務の日程はいつから何でしょうか?」
「11月10日から11日の予定だ。副司令の話では10日の夕刻より現地に向かう事になっている」
「後5日しか無いじゃないッスか!そんなんで間に合うんですか?」
「それはお前達次第だ」
「うへぇ・・・訓練だけでも結構大変なのに、その後更に訓練かよ」
「ハイハイ、そこ愚痴らないの。条件はみんな同じなんだから」
「うう、解りましたよエクセレン中尉」
「それからお前達の存在は極秘扱いと言う事になっている。無論、ヴァルキリーズにもお前達の詳細を明かすつもりは無い」
「何故ですか?」
「形式上とは言え一介の訓練生を参加させていると言う事実が広まれば、そこから変に俺達の存在を怪しむ者達も出てくると言う事だ、これがな」
「そう言う事だ。特にアラド、無暗矢鱈に他人に話すなよ?」
「なんで俺だけに言うんですか?」
「アラドの性格を考えれば当然だと思うですの」
「なっ!」
「普段の行いを悔い改めろって事だな」
「アルフィミイと言い、ブリットさんと言い酷いぜ・・・俺はそんなに御喋りじゃねぇっつーの!」
『『「・・・」』』
「な、何でそこで皆黙るかな?・・・なんだか俺スッゲェ泣きたくなってきた」
「アラド君可哀想・・・」
「駄目ですよクスハさん。アラドには良い薬なんですから」
「お前にだけは言われたくないぞゼオラッ!」
「なんですってぇ!」
「大体お前はなあ!『それ位にしろお前達』・・・ラミア中尉?」
「ミーティングの途中だ。ただでさえ時間が無い事はお前達も聞いたばかりだろう?そのような事で時間を浪費するのは非効率的だ」
『「すみません・・・」』
「すまんなラミア・・・続けるぞ、今から配布する資料がお前達の機体の詳細だ。マニュアル等も一緒に配布するから頭に叩き込んでおいてくれ・・・今までの所で何か質問は?」
「質問がありますのキョウスケ」
「何だ?」
「私とラトゥーニが乗る叢雲と言う機体はどう言った物ですの?」
「以前俺達がテストを行った複座型の試作機だ。今回はそいつのテストも兼ねての出撃と言う事になる」
「ところで例の欠陥は改善されたのか?」
「・・・欠陥ですか?」
「ああ、班長がかなり頑張ってくれたらしい。PTと改型の技術を流用する事で解決できたそうだ」
「欠陥と聞いた時には驚きましたけど、それならば安心ですわね。でもキョウスケ、私は戦術機を使うよりペルゼインを使う方が良いと思うのですけど?」
「流石にペルゼインをそのままこの基地から搬出するのは無理だろう。あれを誤魔化すのには無理があるしな」
「そう言われればそうですのね・・・なら私は大人しくラトゥーニと叢雲で出撃させて貰うとするですの」
「他に質問は無いか?・・・それでは以上でミーティングを終了する。ブリット、第5シミュレータールームが俺達専用として宛がわれている。今後暫くはそこを利用してくれ」
「了解しました」
「それからエクセレン、お前はピアティフ中尉と一緒にブリット達の訓練を手伝ってくれ」
「何で私が?」
「XM3に関しての操縦経験がある者が居ない事には適切なアドバイスができんだろう?」
「それだったら私じゃなくてキョウスケやアクセル、ラミアちゃんでも問題無いじゃない」
「俺達はこれからヴァルキリーズの訓練に付き合わねばならん。タケルの代わりだ・・・」
「そう言う事なら仕方ないわね・・・それじゃ第二回、女教師エクセレンの蜂蜜授業と行きましょっか」
「・・・いらん事を教えるなよエクセレン・ブロウニング」
「ところで第一回っていつの間にやったので御座いましょう?」
「知らん・・・ラミア、すまないがお前も向こうについて行ってくれ」
「わ、解りました」

エクセレン一人に任せておいても大丈夫なのだろうが、正直なところキョウスケは不安だった・・・
彼女も真面目にやる時はやるのだが、一度ふざけると止まらない時もある。
そのストッパーの為にラミアを派遣したのであったが、後でそれが無駄に終わったのは言うまでも無い。

「それでは俺達も行くぞ」
「貴様と二人で、と言うのはいささか不本意ではあるが、な。まあ仕方有るまい」
「それはこっちのセリフだ」

そんな事を言いながら彼らはヴァルキリーズの元へと向かうのであった。


・・・第3シミュレータールーム・・・

キョウスケ達が到着した時には、既にヴァルキリーズは準備を整えておりいつでも訓練が開始できる状態であった。
本来ならば武が担当する事になっていた為に驚いている者も居たのだが、それほど問題では無かったようだ。
今回の訓練は二チームに分かれての模擬戦だ。
Aチームは伊隅、宗像、涼宮(妹)、築地、麻倉。
Bチームは速瀬、風間、柏木、七瀬、高原。
キョウスケとアクセルはそれぞれコントロールルームにてデータのチェックを行う事になっている。

「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、これよりシミュレーターでの模擬戦を開始します。準備は宜しいですか?」
『『「了解っ!」』』
「それでは状況開始っ!」

模擬戦が開始される。
以前、実機での模擬戦を見ていたキョウスケだが、改めて彼女達の能力に驚いていた。
昨日からシミュレーターで使用されている不知火はOSをXM3に換装し、改型からのデータをフィードバックしたものになっている。
流石に昨日の今日で完璧に扱い切れている訳ではないのだが、それを差し引いても彼女達の動きは従来機のそれを凌いでいた。

「流石はヴァルキリーズと言ったところか、彼女達の順応性は凄いな」
「当然だろう。どんな状況であっても即座に対応できねば特務部隊など勤まらん」
「それは自身の経験からか?」
「そうだ。特務部隊と言う物はそう言った事が出来る者の集まりだからな。貴様とてそうだろう?」
「まあな」
「お二人は試験部隊の所属と聞いてましたが、元々はヴァルキリーズの様な部隊の出身なのですか?」
「そうだ。今も形式上は試験部隊と言う事になってはいるが、どちらかと言えば特務部隊と言う位置づけの方が正しいだろうな」
「それよりも涼宮中尉、状況はどうなっている?」
「はい、やはり先任達は少々苦戦している様です。新任達は任官してから日が浅い為、予想以上の伸びを見せています」
「なるほどな。後で詳しいデータを見せてくれ、それを検証して悪い点を洗い出す」
「了解しました」

その後何度かチームを入れ替えながら訓練を行い、データの検証を行っていく。
5度目の模擬戦が終了し、本日の訓練は一応終了と言う形となった。

「御疲れ様です伊隅大尉」
「ああ、それにしてもこのOSには驚かされる事ばかりだ。最初はあまりの反応の鋭さに戸惑ったが、慣れてしまえばその様な事はかんじなくなった。OS自体もそうだが、これを発案した白銀は本当に凄いな。あの歳で大尉だと言うのも頷けると言う物だ」
「それは本人の前で言ってやって下さい。まあ、あまり褒めすぎても駄目かもしれませんが」
「フフ、確かにそうだな。それで我々の動きはどうだろうか?」
「データを見せて貰いましたが、やはりキャンセルと先行入力をもう少し有効に使うべきでしょうね。特に着地時の先行入力をもっと有効に使う事が出来れば、それだけ優位に動く事が可能になる筈です。まあ自分もあまり偉そうな事を言えた身分ではありませんが・・・」
「いや、このOSの扱いに関しては南部大尉達の方が上だ。それが証拠に細かい点を指摘してくれている」
「恐れ入ります」
「新任達に関してはどうだろうか?」
「彼女達は戦術機に乗って日が浅い。それだけ頭の中は白紙に近いと言う分、呑み込みが速いと感じました。特に築地少尉に関しては、かなりの柔軟性を示してます」
「そうか・・・速瀬はどうだ?」
「彼女の場合は機体そのものが違いますからね。自分は改型に乗った事が無いので何とも言えませんが、今はまだ機体に振り回されていると言った所でしょうか」
「フム・・・やはり今度の作戦では改型は無く、我々と同じ機体を使わせるべきなのかもしれんな」
「その結論はまだ早いと思います。彼女は模擬戦で見たタケルの動きを真似ようとしています。その為に彼女は装備まで武の機体と同じ物を選んでいる・・・それでは駄目なんですよ。あいつが言うには、あの機体はかなりピーキーな仕様になっているそうです。それを安定させる為にリミッターが設けられているんですが、彼女の機体はタケルの物とは違います。あいつと全く同じ動きをしようと考えている限りは駄目なんですよ」
「と言う事は、改型は機体毎にその特性が違うと言う事か?」
「そう聞いています。恐らく彼女は、模擬戦で見たタケルの動きに相当衝撃を受けた筈です。あれはあいつ独自の機動概念であり、彼女の物とは違います。その事に彼女が気付かない限りはこれ以上伸びる事は無いでしょうね」
「なるほど・・・難しい問題だな」
「だったらそれに気付かせればいいだけの話だ」
「アクセル?」
「要は奴本来の動きが出来る様になれば問題は無いのだろう?」
「その通りだが・・・何か考えがあるのか?」
「俺が改型を使って奴と模擬戦を行う」
「何だと?」
「速瀬の動きを見せて貰っていたが、奴は機体の特性を自身の腕で何とかしようとしている。機体のせいにせず自分の腕で何とかしようとする意気込みは買ってやるが、そんな事をしても無駄だ。そこに来て白銀の動きを真似ようなどと考えていても出来る筈もないと言う事だ、これがな」
「それは解っている。だがそれと模擬戦とどう言う関係があると言うんだ?」
「まあ見ていろ。ついでに貴様と俺の違いを見せてやる。涼宮中尉、シミュレーターの準備を頼む」
「了解しました」

そう言うとアクセルは部屋を出て行く・・・
指示を受けた遙はその旨を水月に伝えると直ぐに作業に取り掛かる。

「聞こえるか涼宮中尉」
『はい』
「俺の改型の装備は今から送信するデータの通りで頼む」
『了解しました・・・えっ、アルマー中尉、本当にこれで構わないんですか?』
「構わん。速瀬中尉には好きな武装を選べと伝えろ。ただし、機体には武装以外の余計なオプションを装備させるな。スタンダードな改型で来いと伝えてくれ」
『解りました』

アクセルからの指示をそのまま水月に伝える遙。
彼女は高機動ユニットを外した改型に突撃前衛用の装備を施した改型をチョイスしていた。

『二人とも準備は良いですか?』
「こちらは問題無い」
『こっちも問題無いわ』
『了解しました。それでは状況開始っ!』

それぞれのモニターに相手の機体が表示される。

「な、ふざけてるんですかアルマー中尉・・・武器も持たずに私に模擬戦を挑むなんて」
『別にふざけてなどいない。貴様の相手をするにはこれで十分だと言う事だ、これがな』
「何ですってっ!」

水月はアクセルの行いに対して怒りを露わにしていた。
それも当然である。
アクセルの機体には突撃砲はおろか長刀すら装備されていない。
彼の改型の両腕には92式多目的追加装甲が装備されている。
この装備は戦術機用に開発された耐熱対弾装甲材で成形された盾であり、主に日本帝国軍及び在日国連軍が使用している兵装の一つだ。
そしてこの装備には盾としての使用可能な他に、変形させる事で殴打兵器として使用する事が可能となっている。
滅多な事でそのような使い方をする事は無いのだが、資料でこれの用途を見た時、一度試してみたいと思っていたのだ。
元々彼の乗機であるソウルゲインは近接格闘型の機体だ。
彼自身、そう言う戦闘スタイルが得意な事からソウルゲインとの相性はかなり良いものと言える。
しかし、戦術機で近接格闘戦を行うには色々とリスクが伴う。
一番の理由は関節やフレームの耐久性だろう。
元々戦術機はその様な運用方法は考えられていない。
近接戦闘は長刀や短刀を用いて行うケースが殆どなのだ。
無論、彼は格闘戦以外の戦闘においてもスペシャリストだと言う事は承知して頂いていると思うが、
今後どの様な事が起こるか分からない以上、試しておいて損は無いと考えたのである。
そしてこの模擬戦の意図するものは、あくまで機体の特性を水月に気付かせると言う事がメインだ。
そう言った点から彼はあえて自身の機体に飛び道具を装備させ無かったのである。

『御託はいいから早く掛かって来い』
「後で負けた時の言い訳にしないで下さいよ?」
『フッ・・・いちいち口数の多い奴だ。来ないのなら此方から行くぞっ!』



改型VS改型の模擬戦が開始される。
果たして水月はアクセルの意図するものに気付くのか?
そして、未だ目を覚まさない武はどうなるのか?
様々な思いが交錯する中、物語は新たなるページを刻んでいくのであった・・・


あとがき

第17話です。
今回は少々短いです。
冒頭からとんでもない事?になってます。
タケルちゃんは純夏との一件で眠りから覚めない状態です。
これは色々と考えた末にこの様な描写とさせて頂きました。
今後彼がどうなるのか楽しみにして置いて下さい。
夕呼先生に関しては色々と考えました。
なんかかなり偏ったイメージで書いてしまったような気がしましたが、オルタをプレイした後で感じた彼女と言う女性は、実はこんな人だったのでは?と言う考えが入ってます。
色々とツッコミを受けそうな気がしないでも無いですが、その辺はご容赦して頂けると幸いです。
そして、新潟での作戦に急遽ブリット達207C小隊の面々が参加させられる事になりました。
少々ネタバレになりますが、ブリットとアラドの不知火にはとある物が装備される予定です。
そしてファンの皆様、大変お待たせしました・・・近々ソウルゲインを出します!!
心待ちにされてた方々もたくさんいらっしゃると思いますがもう少しだけお待ちくださいませ。
ご期待に沿えるような活躍ぶりを書かせて貰うつもりです><
後はラミアの乗る改型3号機とラト&アルフィミィの乗る改良型の叢雲ですね。
3号機には新装備が装備される予定です。
叢雲に関しては最初の物から大幅に変貌を遂げていると言う設定となってます。
ですが、その設定が認められるかが怖いのも事実です・・・(苦笑)
登場はソウルゲインとほぼ同時期の予定ですので楽しみにお待ちください。
それでは感想の方お待ちしてますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第18話 得られたモノ
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/24 01:19
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第18話 得られたモノ



「そんな真正面から突っ込んで来るなんて、狙ってくれって言ってる様なもんじゃないのよ!」

そう言いながら水月は迷う事無くトリガーを引く。
しかしアクセルは、回避するどころか両腕に装備された92式多目的追加装甲でその攻撃を防ぎながら突っ込んで来る。

『フッ、甘いな』

臆する事無く水月の改型に接近するアクセル。
攻撃を行っている水月は、当然避けるだろうと考えていた。
前回武と行った模擬戦で、XM3に精通しているものであるならば被弾する恐れのある行動を取らずに回避行動を取るであろうと思っていたのだ。

「チィッ!、一体どんな考えで飛び道具を装備し無かったのかは知らないけど、距離を取って攻撃している限りはこちらの方が優位な事には変わりないわ。接近さえさせなければ負ける事なんてあり得ないんだからっ!」

彼女は弾幕を張りつつ後退を始める。
この場合の彼女の選択はある意味正しいと言える。
対BETA戦の場合でも、光線級を除けば殆どの敵は接近戦を挑んでくる。
距離を取る事で優位に戦闘を運ぶ事が可能になるからだ。
しかし、目の前のアクセルはそんな事など関係ないと言った様子で突っ込んで来ている。
その動きは宛ら突撃級の様だ。
そう、アクセルは突撃級の戦法を真似ている訳なのだが、彼は資料で読んだ程度の知識しか無い。
先ず彼は水月の出方を見る事から始めようと考えているのだ。
飛び道具を持っていない相手が真正面から突っ込んでくる。
こう言ったケースで相手が取る行動は大きく分けて二通りだろう。
チャンスと見て攻撃を仕掛けてくるか、慎重に相手の動きを見極めて回避行動を取るかである。
本来の水月ならばギリギリまで引きつけて回避行動を取ると言う後者の方を選択していただろう。
しかし今回の模擬戦では、相手は一切の飛び道具を装備していない。
要するに彼女は油断していたのだ。
相手は今日初めて改型に乗った衛士だ。
そして、飛び道具を持っていない。
まあ、こう言った条件であれば油断してしまうと言うのも無理は無いのだが・・・

「完全にアクセルの術中に嵌っているな」
「どう言う事でしょうか?」
「単純な心理戦だ。速瀬中尉は相手が飛び道具を持っていない事で簡単に勝てる相手だと踏んだ。要するに相手を舐めてかかっていると言う事だ」
「ですが、相手にあの様な行動を取られてはそれも仕方ないのでは?」
「宗像中尉の言う通りだ。今回は人間相手の模擬戦だが、もし相手がBETAだったらどうだ?」
「あ・・・」
「もっともBETAはこの様な心理戦を仕掛けては来ないだろう。だが、今回の模擬戦相手は人間だ。どのような相手であったとしても、油断してかかっていればすぐに足元をすくわれる事になる。戦場での油断は即、死に繋がる・・・そして、冷静さを欠いた者もだ」

そんな中、ふと疑問を感じた者が居た。
涼宮 茜である。
彼女は速瀬 水月を尊敬している。
そして、彼女を目標にもしている。
そんな水月が現在、冷静さを欠いていると言われたのだ。

「南部大尉は速瀬中尉が冷静さを失っているとおっしゃるんですか?」
「そうだ」
「そんなの私には考えられません・・・」

茜の疑問は尤もである。
確かに水月はどちらかと言えば短気な方だが、戦闘中に冷静さを失うほど馬鹿では無い。
だが、キョウスケの言う通り、彼女は冷静さを欠いていた。
彼女に与えられた不知火改型と言う機体は予想以上に曲者で、従来通りの動きが出来ないでいた。
そんな不甲斐ない自分に苛立っていたのである。
そんな中提案された模擬戦で、相手は武器を装備せずに勝負を挑んで来ている。
彼女は、自分は相手に舐められていると受け取り、更に苛立っていたのだ。
人間誰しも、イライラしている時は状況が見えなくなる事が多くなる。
普段の彼女ならばこの様な事には冷静に対処していただろう。
アクセルは最初からこう言った心理戦を仕掛ける事も視野に入れ、あえて飛び道具を装備し無かったのである。

「何故そんな事が言える?」
「普段の速瀬中尉を見ていれば解ります」
「・・・そうか。だが、そう言う価値観で物事を捉えていると今後お前も戦場で足元をすくわれる事になるぞ」
「・・・」

そう言われた茜はキョウスケに対し苛立ちを覚えていた。
何故彼にそこまで言われなければならないのかが解らないのだ。
確かにキョウスケの言う事にも一理ある。
しかし、それを簡単に鵜呑みにできるほど彼女は大人では無い。
衛士になって間が無く、戦場に出た事も数えるほどしか無いのだ。
これは様々な経験を積んだ者でない限りそう簡単に理解する事は難しいだろう。

「クッ!このままじゃ埒が明かないわ。弾だって無限に有る訳じゃない。こうなったらそっちの誘いに乗ってやろうじゃないのよ!」

距離を詰めようと接近を試みるだけのアクセルに対し、ついに水月は痺れを切らせてしまった。
背部にマウントされた長刀を引き抜くと、それを正眼に構え相手を迎え撃つ準備を整えようとする。

「ついに痺れを切らしたか・・・36mmでは無く120mmを使用していればもっと早くに決着が付いたものを・・・」

そう言いながらも彼は水月に向けて突き進む。
このまま彼女へ向けて進めば例えシールドであったとしても彼女の斬撃は防ぎきれないだろう。
距離を取っている分、シールドへのダメージは最小限に抑えられている。
しかし、こちらは相手に向けて高速で接近しようとしている為、相手からの斬撃によるダメージは上乗せされる事になる。
アルトアイゼン程の突進力があれば当り所によっては逆に吹き飛ばす事も可能かもしれないが、こちらの機体も相手と同様にスタンダードな改型だ。
そう言う可能性は期待できない。

「さあ来なさいっ!そのシールド諸共真っ二つにしてやるわ!」
「やれやれ・・・何の為にXM3のレクチャーを受けたんだ奴は?」
「こんのぉ!」
「甘いっ!」

水月の改型まであと数十メートル・・・
誰もが水月の攻撃で勝負が付くと考えていた。
しかし・・・

「なっ!?」

彼女の攻撃は虚しく空を切っていた・・・
アクセルは彼女が攻撃のモーションに入り始めたとほぼ同時に逆噴射をかけると、直ぐさまそれをキャンセルし上空へと跳躍したのである。
無論、この様な事をすれば機体にかかる負荷はかなりのものになる。
しかし彼はその様な事を気にせず上空で機体を反転させると、彼女の背後に在ったビルを蹴り、そのまま彼女の機体の背後へと急降下する。
そして意表を突かれた水月は、その行動に対して一瞬反応が遅れてしまう。
機体を反転させ何とかその攻撃を回避しようと試みるが、回避は間に合わない・・・
彼女は『やられた』と考えていた。
だが・・・

「・・・何のつもりですか中尉?」
『今ので貴様は一度死んだ・・・冷静さを欠いた結果と言う事だ、これがな』

一連の攻防から、アクセルの逆転勝利だと誰もが思った。
しかし彼は、水月の改型に対しての攻撃を寸止めしていたのだ。
この様な行動を取られては、流石の水月も怒り心頭だろう。

「なっ!バカにしてるんですか!?」
『貴様はいったいXM3のレクチャーを受けている間何を聞いていた?貴様はこのOSの性能を全く使いこなせていない。無論改型もだ。あれだけの大見えを切った結果がこれとは、な・・・正直失望したぞ速瀬 水月』
「なんですって!」
『今俺がやって見せた動作はXM3の基本中の基本であるキャンセルと先行入力だ。こんな初歩的な事は新任でも簡単に遣って退けるだろう。そして、OSの概念を理解している者ならば、相手がどのような行動を取るかなどと言う事は少し考えれば予測が付く。貴様はヴァルキリーズのナンバー2なんだろう?貴様がこの様な体たらくでは、ヴァルキリーズの底も知れていると言う事か・・・』
「・・・」
『つまらん奴だ。これだけ言われて反論もできんとは、な』

これら一連の会話はコントロールルームでモニターしている全員に聞こえている。
その場に居た大半の人間がアクセルの事を非難していたのは言うまでも無いだろう。
口に出さない者も居たが、その表情からは怒っているという事が見て取れる。
ヴァルキリーズの結束はその辺の部隊よりも固い絆で結ばれている。
副隊長である水月がバカにされるのも許せない事だが、ヴァルキリーズの事を何も知らない第三者であるアクセルに言われる筋合いは無いのだ。
だが、そんな中彼の意図に気付いている者が居た。
キョウスケと隊長である伊隅である。
アクセルの取った行動は、こう言うケースではよくある手段の一つだ。
相手を口汚く罵る事で先ずは相手を怒らせる。
この場合、深く意味を考えない者はただ単に怒るだけだ。
しかし、言われた事が自分自身も気付いている事であれば、また違った意味で怒りが込み上げてくる。
後者の場合、大概は不甲斐ない自分に対しての怒りと言う場合が多い。
そして、それに気付けた者は失っていた冷静さを取り戻す事が多いのだ。
これを狙ってアクセルは、あえてこの様な暴言を彼女に対して吐いたのである。

「私の事をどれだけ悪く言われても別に構わないわ。でもヴァルキリーズの何たるかを知らないアンタなんかに言われる筋合いは無い・・・見せてやろうじゃないの、私の本当の実力を。後で絶対吠え面かかせてやるわっ!」

アクセルは当初、逆方向に結果が出てしまったと考えていた。
しかし、モニター越しの彼女の表情から見てとれるそれは違うものだと言う事に気付く。

『そうこなくては面白くない。見せてみろ、貴様の本当の実力をな!』
「言われなくてもやってやるわよっ!」

第二ラウンドが開始される。
開始早々アクセルは、仕切り直しの為にあえて距離を取る。
そして水月は、手に持った突撃砲を足元に投棄していた。

『突撃砲を捨ててどう言うつもりだ?』
「持っていても意味がないからよ。どうせアンタは接近戦しか挑んで来ない・・・距離を取って攻撃しても防がれてしまうんじゃ意味が無いもの」
『なるほど、な・・・あえて接近戦を挑むと言う事か』
「そうよ。アンタと同じ土俵で勝負してやるって事」
『フッ、面白い。・・・行くぞっ!』

地面を蹴り、前に出るアクセルの改型。
対する水月も長刀を構え相手の攻撃に備える。
改型の両手に装備されたシールドは宛ら籠手や大きなボクサーグローブと言ったところだろうか?
相手の攻撃を防ぐという使い方以外にも打突兵器としての使用方法も視野に入れて開発されたものだが、滅多な事ではこの様な使われ方はしない。
主な理由としては、近接戦闘において戦術機は長刀や短刀を用いる事が多いためだ。
だが、その硬度や質量は武器として十分な威力を持っていると言っても良いだろう。
長刀や短刀と違い、殺傷能力は高いとは言えない。
殆どの生物には骨や内臓と言った物がある。
骨が折れれば折れた箇所は当然動きが鈍くなる。
内臓へのダメージであれば、それらは徐々に蓄積され徐々に動きが鈍くなる。
相手がBETAであったとしても、これは同じ事が言えるだろう。
だが、彼らはその個体によりその様な概念が通用しないものもいる。
そう言った点から打突兵器よりも、殺傷能力の高い刃物が使用されるケースが多いのである。
しかし、今回の模擬戦は対人戦である。
先程の骨や内臓と言う物をフレームや関節、中に乗っている人間に置き換えればそれらの概念は通じる事になる。
衝撃でフレームや関節が歪めば動作不良を起こす。
内部の人間は衝撃によって多方向からのGを受ける事になる。
特に人体に掛かる強烈なGは、後になってから効いて来るものだ。
相手が疲弊した所を攻める事が出来るならば、これほど有効な手段は無い。
だが、今回の模擬戦でアクセルは武器と言えるものを装備している様には思えない。
相手が疲弊したところで致命傷を与える事は出来ない様に思えるのだが・・・

「そんな物で攻撃して来たって無駄よ。斬撃でもない限り致命傷を与える事はできないわ」

水月の改型は右手で長刀を持ち、左手に92式多目的追加装甲を装備する事でアクセルの攻撃を防いでいる。
基本的に彼女はシールドを装備して戦闘に出る事は少ない。
突撃前衛の基本的な装備は突撃砲と長刀、短刀にシールドと言った物がスタンダードなものなのだが、シールドは取り回しの悪さもあって滅多に装備しないのだ。
しかし今回の模擬戦では、相手がどのような装備で来るのかが分からない為、一応装備していたのである。
彼女は内心、『こんな所で役に立つ』とは思っていなかったのは言うまでも無い。
とは言うものの、シールドばかり用いて防いでいては、やがて蓄積されたダメージによってそれは使い物にならなくなるだろう。
そう言った事から彼女は、避けられないであろう攻撃に対してのみ、盾を用いて攻撃を防ぐ手段を取っているのだ。

『防戦一方の割には言ってくれる・・・貴様の方こそ反撃してきたらどうだ?』
「言われなくたってやってやるわよ!」

何度か切り結んでいるものの、相手はなかなか反撃の隙を与えてくれない。
何とかして隙を作らない限り、彼にダメージを与える事は出来ないのである。
アクセルは時折フェイントを混ぜながら攻撃を仕掛けてくる。
ここで相手に隙が出来たと考えて攻め込んでは、逆にカウンターの餌食となってしまう。
それでは意味が無い・・・
そんな単純な手に引っ掛かってしまってはいい笑い者だ。
あそこまで言われてしまったからには、アクセルには絶対に勝たねばならない。
勝てなければ他のヴァルキリーズの面々にも合わせる顔が無いとさえ思っていたのだ・・・

『先ずは何とかして隙を作らなきゃならないわね・・・』

彼女はそう呟くと、何か手段は無いかと模索する。
突撃砲は投棄してしまった為に使えない。
手持ちの装備は背部にマウントされた長刀一本と腕部のナイフシースに収納された短刀が二本だ。
これだけでは相手に隙を与える事は不可能であろう・・・

『何かを考えているんなら早くした方が良い・・・時間は限られているんだからな』

水月はあえて反論しない。
時間がもったいない事も理由の一つなのだが、一々相手の挑発に乗っていられないのだ。
それ以外にも理由はある。
何故かは解らないのだが、同じ機体であるにも拘らずこちらの盾は彼の物よりもダメージが大きい。
アクセルは攻撃時に意識して相手のシールドの一点を集中して攻撃していた。
そう、あえて相手のシールドを使い物にならなくする為にわざとシールドで防がせていたのだ。
使用していたフェイントはこの為の布石だったのである。
そして、耐久値が同じはずである水月の盾のダメージが、彼の物よりも大きい事にはもう一つ理由がある。
それは攻撃の接する面積だ。
打突面である六角形のリアクティヴアーマーはそれだけ表面積が小さい。
その分威力もその一点に集中すると言う訳である。
相手の攻撃のダメージが大きい事には他にも理由があるのだが、この時彼女はまだその事に気付いてなかったのである。
そんな中、目の前の機体がいきなりバックステップを行い一端距離を取る・・・
水月は相手が何かするつもりだと判断していた。
そしてアクセルは勢いよく地面を蹴り、体重を乗せた一撃を放って来る・・・
この一撃を食らってしまってはもうシールドはもたないであろう。
だが彼女は逆にそれをチャンスだと思った。
相手の攻撃がヒットする直前にシールドを放し、攻撃をサイドステップでかわす。
とっさの事でアクセルは、相手の行動に対して一瞬反応が遅れる・・・

「このぉぉッ!!」
『クッ!!』

彼女はアクセルの攻撃をサイドステップで回避し、着地前に先行入力で着地時の硬直をキャンセルするとともに反転、彼の背後から攻撃を仕掛ける。
対するアクセルも硬直をキャンセルし攻撃を防御しようとするが、反応が遅れた分、直ぐには対処できない・・・

「シールドがやられたか・・・」
『これで攻撃力は半減したわね』
「フッ、今のは良くやったと褒めておこう。だが及第点だ、これがな」
『負け惜しみ?情けない男ねえ』
「今のはそのまま追撃をかけ畳み掛けるべきだった。及第点をやるのも勿体ないぐらいなんだが、な」
『いちいちカンに障る男だわ・・・』
「褒め言葉として受け取っておくとしよう」

先程の一連の動きで、アクセルの改型は右腕に装備された盾が破壊されていた。
後数秒遅れていたら腕ごと持って行かれていただろう。
彼はとっさにシールドを手放し回避行動を取る事で致命傷を防いだのである。
そして彼の言う通り、水月があのまま追撃を掛けていたら本当に致命傷を受けていただろう。
しかし彼女は追撃をかける事は出来なかった。
アクセルの一連の動作があまりにも早すぎたのだ・・・
もしかするとこれも罠かも知れないと一瞬戸惑ったのである。
この疑問はモニターしていた者達も同じように受け取っていた。
いくらXM3の神髄が即応性のアップや先行入力、キャンセルにあると言ってもここまでの動きは出来ないだろう。
彼の一連の動作に関して疑問を持たない方がおかしいと言っても過言では無い。
その後も何度か切り結ぶうちに水月は、完全にと言う訳ではないがある程度XM3の特性を理解し始めて来ていた。
それが証拠に、キャンセルと先行入力を上手く使う事で攻撃する回数が増えてきている。
先行入力と言う物は使いようによってはかなり便利なものだ。
相手に攻撃がクリーンヒットするかどうか解らない以上、前もって攻撃動作を入力しておくと言う事はその分手数が増えると言う事になる。
そしてキャンセルは、攻撃が防がれた際に次の行動に移る為の硬直時間を打ち消してくれる。
その分早く次の行動に移れると言う事は、カウンターを貰ってしまう事も少なくなると言う事だ。
これには彼女自身も驚いていた。
今まで出来なかった動きが出来ている・・・
XM3の特性を理解し始めたからだろうかとも考えていたが、実は根本的な所は別の所にあった。
彼女は模擬戦で見た武の動きを再現しようとするあまり、装備まで彼と同じ物を選んでいた。
改型に装備される高機動型跳躍ユニットは出力が大きい分、その機体特性を著しく変化させる。
大げさに言うと、原付バイクに750ccバイクのエンジンを搭載している様なモノなのである。
武はこれらをキャンセルや先行入力を用いる事で上手く打ち消し自在に操っていたと言う訳だ。
アクセルはこの事に気付き、彼女に先ずOSの特性を理解させようとしたのである。
そして、その上で改型の特性を理解する事が出来れば、彼女は一気に化けるであろうとさえ考えていたのだ。
結果としてアクセルの目論見は上手く行ったと言えるだろう。

「こう着状態だな」
「ええ、でもさっきの攻撃で決まったと思ったのに・・・あんな動きが出来るなんてXM3って本当に凄いんですね」
「ああ、私も驚いているよ・・・」

宗像と風間はXM3の性能に驚いていた。
それ以上にアクセルの能力にも驚いていたのだが、先程の一件があった為、あえてそれを口にはしないでいたのは言うまでも無い。

「あれはXM3の性能だけじゃ無い」
「え?」

彼女達の意見に異を唱えたのはキョウスケだ。

「XM3の性能では無くアルマー中尉の腕だと仰りたいんですか?」
「無論それもある・・・しかしあれは改型の性能と言った方が正しい」
「どう言う事でしょうか?」
「涼宮中尉、アクセルの操作ログを表示してくれ」
「はい」

彼女はそう言うと、キョウスケの指示通り操作ログを表示させる。

「何かをこまめに操作しているようですけど・・・一体これは?」
「改型のリミッター解除シーケンスです」
「何だと?」
「ちょっと待ってよお姉ちゃん。確か改型のリミッターは3分が限界だった筈でしょ?模擬戦が始まってから悠に10分以上が経過してるのに何故アルマー中尉の改型は動き続ける事が可能なのよ?」
「伊隅大尉や涼宮少尉が驚くのも無理は無い。いや、本音を言うと俺自身も驚いているんだがな」
「アルマー中尉は部分的に改型のリミッターを解除する事で機体へのダメージを最小限に抑えています。更に驚くべき事に中尉は先ほどからほぼ全ての動作をマニュアルで行っているんです。恐らくは更なる即応性を求める為に、オートが働くシーケンスを全てキャンセルしている事が理由だと思われます」
「そ、そんな事が可能なんですか?」

彼女達が驚くのも無理は無いだろう。
これは発案者である白銀だったとしても思いつくかどうかは正直微妙な所だ。
機体のリミッターに関しては、夕呼の案が基になっている訳なのだから当然かもしれないのだが、この方法に気付けるのはこの世界に居る人間では難しいかもしれない。
ここで一つ思い出して頂きたい。
この世界に無くてキョウスケやアクセル達の世界にある物・・・
それは『特機』と呼ばれる機体だ。
特機に搭載されているプラズマ・リアクターは炉心を臨界まで稼働させる事で一時的に高出力を得る事が可能な物だ。
これは主に内蔵火器を使用する際にエネルギーを供給している訳なのだが、一時的に臨界稼働させると言う点に着目して頂きたい。
要するに普段は出力を抑えていると言う事だ。
最初から常にフルドライブ状態でいたとしたら、あっという間にオーバーヒートを起こしてしまうだろう。
最悪の場合はブローしてしまうケースも考えられる。
さて、少々話が逸れてしまったが、これを改型のリミッターに当てはめて考えて頂きたい。
改型は使用されているパーツ毎の精度が違う為に安定性を求めてリミッターが設けられている。
すなわち安定性を求めずに最大出力で稼働させれば、出力は大幅に上がる訳である。
しかし、機体に掛かる負荷が大きすぎて自壊してしまう恐れがある為に普段はその性能を抑えられていると言う訳だ。
もうお解り頂けたであろう。
最大で3分と言う制限はあるものの、置き換えればこれは連続で稼働させ続ければ3分しか持たないと言う事になる。
瞬間的にリミッターを解除し、その時だけ一時的に最大限の能力を発揮できるようにすれば機体へのダメージは最小限に抑えられる事となり、稼働時間の延長にもつながると言う事だ。
これは特機の特性を理解している者でない限り思いつく事は無いと言っても過言では無い。
無論、機体へのダメージが無い訳ではないのだが、それでも連続使用しているよりかは幾分かマシと言えるだろう。
それが証拠にアクセルの乗機であるソウルゲインも、必殺技である麒麟を用いる際に機体のリミッターを解除している。
マニュアルで動作を行っていると言う点もソウルゲインの操縦方法から来ているのだ。
ソウルゲインにはダイレクト・フィードバック・システムとパイロットの動きを機体にトレースするダイレクト・アクション・リンクシステムを搭載している。
極めて高い機体追従性を得る為には、オートと言うものは邪魔なのだろう。
そして、先程のシールドへのダメージについても思い出して貰いたい。
同じ硬度を持った物同士がぶつかり合ったとしても、相手の出力の方が上回っていれば『作用・反作用の法則』と言う物は発生しない。
どうしても力の強い方に押し切られてしまうケースの方が多い訳だ。
この様な事からアクセルの実力と言うものがどれだけ凄いのかと言う事もお解り頂けると思う。

「普通に考えれば無理・・・いや、我々では思いつかんだけだろうな・・・彼は口は悪いがその実力だけは本物だと言う事だろう」
『『「・・・」』』

彼女達は伊隅の言った事に対して素直に『そうだ』とは言えなかった。
確かに彼の実力は凄い・・・
それはこの場に居た誰もが認めている事だろう。
しかし彼女達も人間だ。
先程も言った通り、自分達を馬鹿にした人間を素直に認める事は出来ないでいたのである。

「さて、これ以上遊んでいても時間の無駄だな・・・そろそろ勝負を決めさせて貰う」
『・・・望むところよ』

そう言うとアクセルは、残っていたシールドも足元へと投げ捨てる。

『な、アンタ今さっき勝負を決めるって言ったところでしょ?盾を捨ててどうするつもりよ』
「いちいち五月蠅い奴だ・・・」

そう言うとアクセルは両肘のナイフシースを展開させ、中から短刀を取り出す。

『ちょ、ちょっと武器を持ってるなんて聞いてないわよ!?』
「俺が武器を持っていないなどと言った覚えは無い」
『あ~もうっ!いちいちカンに障るヤツね・・・ホントにムカつくわ!!』

アクセルはそんな彼女を無視し、コックピットで目を瞑り呼吸を整える・・・

「行くぞ・・・リミット解除、改型フルドライブ!!」

今まで部分的に解除していたリミッターをここに来て全て解除するアクセル。
彼の改型は次第に大きな唸りを上げ始めると、頭部センサーの色が緑から赤に変わる。
そして地面を蹴って一気に相手の懐に飛び込むと、短刀を用いて攻撃を繰り出す・・・

『は、速いっ!』

先程までの攻撃速度とは段違いだと水月は思っていた。
彼女はとっさに背部にマウントされたもう一本の長刀を引き抜くと、機体を巧みに操り何とか相手の攻撃を凌いでいる。
この場合長刀を選ぶのは取り回しの面で考えても不利なのだが、相手の速度から考えてもそうは言ってられなかった。
リーチではこちらに分があるのだが、どうしても手数の面では相手に分がある。
そんな状況であるがゆえに、水月の機体には徐々にダメージが蓄積されてきている・・・
手数が多い事もそうなのだが、相手の攻撃は予想の範囲を上回る速度で繰り出されている。
そして、こちらの隙を的確に付いてくるのだ。
それが証拠にモニターには損傷警告が至る所に出始めている。
このままでは負けてしまう・・・
頭の中にその言葉がよぎった時、彼女は驚くべき行動に出ていた。

『こうなったら!』

そう叫ぶと彼女は、とっさにコンソールを操作しリミッターを解除していた。
彼女はアクセルに対抗する為に、自身の機体のリミッターも解除したのである。

「向こうもリミッターを解除したか・・・ならばっ!」

彼は今まで短刀のみで攻撃を繰り出していたのだが、ここに来て攻撃手段に蹴りを混ぜ始めたのだ。
とっさの事に驚いた水月ではあったが、何とかその攻撃にも対応している。
それどころか彼女も足技等を逆に繰り出し始めたのだ。
これにはアクセルだけでなく、モニターしていた面々も驚かざるを得なかった。
何としてでも勝ちに行くと言う彼女の執念がなせる業なのであろう。
しかし運命の女神と言う物は時に残酷な仕打ちを与えて来る・・・
運良くアクセルが繰り出した一撃に彼女の放った蹴りがカウンターとして入ったのだが、当り所が悪かった為に逆に脚部が動作不良を起こしてしまったのである。
バランスを崩し、その場に倒れこもうとする水月の改型・・・
アクセルがその隙を見逃す筈は無い・・・
最後の一撃を入れようと踏み込んだ直後であった。
そのまま前のめりになる様に倒れこむアクセルの改型・・・

『各部フレームに致命的な損傷を確認。戦闘続行不可能』
「チッ・・・時間切れか」

そして水月は・・・
長刀を杖代わりに立ち上がろうとしていた。
誰もが彼女の勝ちを確信していた・・・
このまま立ち上がり、アクセルの改型に一撃入れれば彼女の勝利は確定したも同然なのである。

『どうした?早く止めを刺せ・・・』
「・・・」

彼女は立ちあがっても一向に攻撃しようとはしなかった。
そんな彼女を見た遙が通信を入れる。

『どうしたの水月?そのまま止めを刺せば水月の勝ちだよ?』
「・・・私の負けだわ」
『え?』
「私の負けよ・・・」
『み、水月?』
『・・・状況終了だな。二人とも落ち着いたらコントロールルームまで来てくれ』
「了解しました」『了解だ』

暫くして二人がコントロールルームへと現れる。
水月の表情は暗いままだ。
最後の最後で勝てていた筈なのに、彼女は自分から負けを認めた。
その事を問い詰めている者もいるのだが、なかなか彼女は答えようとはしない。
皆が不思議に思う中、彼女はただ一言だけ『ゴメン』と誤っていた。


それから程無くしてXM3の教習は終了する事となった。
各々が部屋から退出して行くのを確認すると、キョウスケとアクセルは部屋に残ったまま会話を始める。

「あえて憎まれ役を買って出るとはお前らしくもないな」
「フッ、言っただろう?俺と貴様の違いを見せてやると、な。貴様や白銀では甘さを捨てきれん。隊長である伊隅が言った所で奴らは深く考えないだろう。誰かがやらねばならんと思っただけだ、これがな」
「そうか・・・」

普段は皮肉めいた事を言っているアクセルなのだが、それはただ素っ気ない態度を取っているだけで本当は思いやりのある人間だ。
確かに自分は甘さを捨てきれない部分がある。
以前、ラミアがODEシステムのコアとして自分達の目の前に敵として現れた際、
彼は自分の中の甘さを捨てきる事が出来ずに一歩間違えれば部隊を全滅させてしまいそうになった事があった。
その時もアクセルは自分が彼女に止めを刺す事で自分一人が罪を被ろうとしたのである。
そうした一件からキョウスケは彼に対する考え方を改める経緯に至ったのだ。
この様な男であるのならば、アルフィミィが付いて行くのも納得できると言うものだろう。
今回も彼は自分が矢面に立つ事でそれを実践したのである。
彼はこれまでに様々な部下や友人達を亡くして来ている。
自分はこの世界の人間では無いとは言え、彼女達は今後背中を預ける事になるであろう戦友なのだ。
武と同様に、自分も彼女達に少しでも長く生き延びて貰いたいと思ったのだろうと考えられる。
現状で彼の意図に気付いている者は少ないかもしれないが、今後それは何らかの形になって返って来るであろう。
そして、それが武を想い志半ばで逝ってしまった彼女に対しての手向けになると考えていたのだった・・・



あとがき

第18話です。
何だかもうアクセル隊長が主人公みたいになってしまってます・・・(苦笑)
今回のお話は、アクセルってどんな人なんだろうと言う考えから書いています。
ゲームをプレイしていると、色々な面から彼の本質と言う物が感じ取れます。
そう言った面から、独自の解釈としてこの様な表現を取らせて頂きました。
ちょっとおかしくないか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、できればご容赦いただけると幸いです・・・^^;
次回は新潟のお話に向けて色々と書く予定です。
今後の展開を楽しみにお待ちくださいませ。
それでは感想の方お待ちしていますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第19話 とある日常の訓練風景
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/10/05 18:39
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第19話 とある日常の訓練風景



青年は、朝から憂鬱だった。
事の発端は、昨日いきなり行われる事になった訓練での出来事である。


キョウスケ達によってヴァルキリーズのXM3慣熟訓練を兼ねた模擬戦が行われている裏で、
ブリット達207C小隊の機種転換訓練が密かに行われていた。
そして、その教官を務めているのがエクセレン・ブロウニングとラミア・ラヴレスの二人である。

「あ、あのエクセ姉様?」
「ん?どうしたのラミアちゃん」
「これから行われるのは訓練でございましたよね?」
「そうよ」
「それでは何故、私はこの様な格好をさせられているのでしょうか?」
「雰囲気作りよ雰囲気作り。よく似合ってるわよ~」
「エクセ姉様のその白衣も雰囲気作りと言う事であったりしちゃったりするのでしょうか?」
「やあねぇ、教官と言えば先生、先生と言えば白衣は定番じゃないの」
「先生は先生でも、エクセレンの格好はどちらかと言えば保険医だと思うですの」
「相変わらず手厳しいわねアルフィミィちゃんは・・・」
「それよりも俺は、ラミア中尉の眼鏡とスーツ姿にどんな意味があるのかが知りたいッスね・・・」
「美人教師と言えば知的なイメージ!知的な女性と言えば眼鏡にスーツ姿!これも定番でしょ?」
「・・・そんな定番はエクセレン中尉の中だけだと思う」

彼女の発言に対し、ラトゥーニはやや呆れ顔で答える。

「そうだよな、どっちかって言うと美人秘書の方がしっくりくると思うけど」
「大体そんな情報、一体どこから仕入れてくるんですか?」
「ンフフ、秘密よ、ひ・み・つ。イイ女にはね、色々と秘密があるものなのよ」
「そんな事前にも言ってましたよね」

アラド、ゼオラ、クスハに至っては苦笑い混じりだ。
そして分隊長を務めるブリットはと言うと・・・

「嫌な予感がする・・・何か激しく嫌な予感がする・・・」

などと周りに聞こえないような声で呟いていた。

「そんな事よりもエクセ姉様、そろそろ訓練を始めた方がよろしいのでは?」
「そうね、ピアティフ中尉を待たせ過ぎちゃっても悪いし、とっとと始めちゃいましょうか」
『『「了解」』』
「とは言ったものの、何から始めれば良いのかしらねぇ・・・」
「何も指示は受けてないんですか?」
「だっていきなりキョウスケに訓練を手伝って来いって言われたのよ?何でもかんでも強引に決めちゃうんだからホント困ったもんだわ~。あ、でもそこがキョウスケの良い所なんだけど」
「そこでいきなりノロケ無いで下さいよ!・・・そう言う事なら俺がピアティフ中尉に聞いてきます」
「流石分隊長さんは違うわねぇ~。んじゃヨロシクね~」

最初からこの様なやり取りで始まった訓練であったが、C小隊の面々は別に何とも思ってはいなかった。
こう言った訓練であっても彼女は、非常に陽気で楽天的に行動するのは毎度のことなのである。
しかし、彼女の本質は冷静で知的であり頭の回転も非常に速い。
普段は明るいノリで周囲の人間をからかったり、冗談などを言って場を和ませるムードメーカー的な役割を担っているのだ。
先程の言葉を訂正しよう。
彼女はあえてこの様な態度を取る事で、ブリット達がこれから行う訓練をリラックスして取り組めるように努めているのだ。
その為その場に居た者達は、いつもの様に自分達を和ませる為の立ち振る舞いだと考えていたのである。
しかし、そんな事を知らないピアティフ中尉は『こんなので本当に大丈夫なんだろうか?』と思っていたのは言うまでも無い。

「それでは訓練を始めさせて頂きます。先ずは戦術機がどの様なものかと言う事から始めさせて頂く訳なのですが、生憎時間があまりありません。そこで機体の特性や仕様などと言ったものは、後で配布する資料に各自目を通しておいて下さい」
「ようするに自分で予習して来なさいって言う事よ」
「皆さんには申し訳ありませんが、エクセレン中尉の仰る通りです。と言う訳で本日の訓練は、簡単な適正チェックのみとさせて頂きます」
「適正チェックって言うけどさ、俺達は基本的にPTのパイロットだぜ?機動兵器って言う点じゃ、戦術機の適正もあると思うんだけどなぁ」
「アラドの言う事も一理あるが、万が一と言う事もある。PTと戦術機は同じ人型兵器であったとしても全くの別物だ。その為の訓練を兼ねた適正チェックだと思ってくれ」
「ん~、イマイチ納得できた訳じゃ無いですけど・・・解りました。最近基本的な訓練ばっかりで飽き飽きしてたし、息抜きだと思って素直に従うッス」
「駄目よアラド君、息抜きだなんて油断してたら後で色々と痛い目にあうわよ?」
「了解」
「それじゃ貴方達、隣の更衣室で強化装備に着替えてきてくれるかしら?」
『『「解りました」』』

そう言うと彼らは更衣室へと向かう。
そんな彼らを尻目にニヤ付くエクセレン。

「さて、あの子達がどんな反応をするか楽しみねぇ」
「どう言う事でしょうか?」
「ンフフ~、それは見てのお楽しみよ」
「はあ・・・」

彼女の言いたい事は比較的簡単に想像が付く。
C小隊の面々が、それぞれ強化装備を着用した際にどのような反応をするのかを楽しみにしているのだ。
衛士強化装備には大きく分けて4種類ある。
正規兵用と訓練兵用、そしてそれぞれに男女用が存在している訳なのだが、訓練兵用の物は少々特別なものとなっている。
それを知っている者であれば、彼女が何に期待しているのかと言う事は自ずと見えて来るものなのだが・・・

・・・更衣室・・・

「強化装備ってこれですかね?」
「多分そうだろうな。ところでこれってどうやって着るんだ?」
「んー・・・パイロットスーツと同じ様な感じですかね・・・っと、ここにマニュアルみたいな物が置いてありますよ」
「ちょっと貸してくれ・・・なるほど、ここがこうやって開くようになってるんだよ。それで・・・」
「・・・なるほど。案外簡単に着れるもんなんですね。うおっ、何かスゲぇ!凄いッスよブリットさん」
「ああ、もっと動きにくいものかと思ってたけど」
「でもなんか全身タイツみたいッスね」
「ハハハ、確かにそうかもしれないな。後はこのヘッドセットを装着してっと・・・」
「何か変な感じッスね」
「そうだな、ヘルメットとは違うから多少違和感があるけど直ぐに慣れるだろう」
「それもそうッスね。それじゃあ行きましょうか?」
「ああ」

男性用更衣室ではいたって普通の会話が行われていた。
単に彼らは強化装備の性能に対して驚いていただけ・・・
そして、女性用更衣室はと言うと・・・

『『「・・・」』』
「皆どうしたんですの?」
「どうしたもこうしたもねえ・・・」
「ええ、これを本当に着なくちゃいけないのかしら」
「・・・確かにこれはちょっと恥ずかしい」
「でもこれを着ないと訓練に参加できませんの」
「解ってはいるんだけど、流石にちょっと抵抗が・・・」
「エクセレン中尉達に見られるのは仕方が無いけど、ブリットさんやアラドに見られるのは私もちょっと・・・」
「確かに・・・」
「そう言われれるとそうですわね」

彼女達が強化装備を着用する事に躊躇しているのも無理は無い。
訓練生用の強化装備は機能などに関しては正規兵用と大差無い。
しかし、その見た目が問題であった・・・
青と白を基調とし体にフィットするように作られた全身タイツの様な物で、殆どの部分がシースルーと言っても過言では無い程に透けているのだ。
背中だけならまだ我慢は出来るかもしれないが、前面部分に至っては彼女達にとっては大問題なのである。
そして、パイロットスーツを着用した事のある彼女達なら装備の下に下着を着用出来ないと言う事は知っている。
それは急激なGによって体が必要以上に締め付けられるのを防ぐ為なのだが、下着を着用出来ないと言う事は殆ど裸に近いと言う事だ。
幸いな事に大事な部分は見えないように出来ているものの、流石にこれを着るには抵抗がある。
これらの装備がこう言った仕様になっている事には勿論意味がある。
それは羞恥心を殺す為だ。
衛士と言う物は男も女も関係ない。
一度最前線に出れば一人の衛士として扱われる。
そう言った場面で一々自分の性を意識していると言う事は、精神面で負担が大きいと言う事になる。
そう言った事を防ぐ為、訓練生時代にわざとこの様な格好をさせて羞恥心を麻痺させようという訳だ。
だが、そのような事を知らない彼女達はイマイチ踏ん切りがつかない。
いくら戦場に立っているとは言え、彼女達はうら若き乙女なのである。
かと言って、これ以上戸惑っていればその分訓練に宛がわれた時間が短くなり、他のメンバーにも迷惑がかかる。
互いの顔を見合うと彼女達は意を決し、装備を着用する事にした・・・

「・・・着てみるとやっぱり恥ずかしいね」
「そうですね」
「・・・」
「どうしたんですのラトゥーニ?」

先程から彼女はクスハとゼオラの方をじっと見ていた。
それに対して何かと思ったアルフィミィが訪ねたのだが・・・

「・・・別に何でも無い」
「ねえラト、恥ずかしいのは皆一緒よ?」
「そうよ、だから恥ずかしがらずに堂々と行きましょう」
「そうですの。赤信号も皆で渡れば怖くないと言いますし」
「・・・アルフィミィちゃん、それはちょっと違うと思う」
「また間違ってしまいましたの・・・」
「いや、そもそも赤信号は渡っちゃ駄目だから」
「・・・別にそう言う意味で言ったんじゃない。ちょっと気になった事があっただけ」
「何が気になったのラト?」
「だから別に何でも無い」
「そう・・・」

彼女が何に気になったのかはあえて書かないでおこう・・・
そして彼女達は、お互いに見せ合う事には慣れて来たのだろうか?
最初は苦笑いを浮かべたりしていたのだが、気付けば談笑を始めていた。

『お前達、随分と時間がかかっている様だが大丈夫か?』

そんな中、なかなか戻って来ない彼女達を心配してラミアがやって来る。

「ラミア中尉、だ、大丈夫です」
『そうか、ブリット達はもう集合している・・・急げよ』
「はい!・・・勢いで返事しちゃったけどどうしよう」
「アラド達も同じ恰好なんですし、こうなったら覚悟を決めるしかありませんね・・・」
「もしも変な眼で見て来たら引っ叩いてやれば良いと思うですの」
「それもそうね。そんな事をしてきたら力一杯ぶん殴ってやりましょ。ね、クスハさん」
「でも暴力は良くないよ」
『どうしたんだお前達。やはり何か問題でも起きたのか?』
「いえ、直ぐに行きます」

そう言うと彼女達は更衣室を後にする。

「まったく、一体何にそんなにも時間がかかっていたんだ?」
「すみません中尉」
「まあ良い。行くぞ」
『『「はい」』』


・・・シミュレータールーム・・・

「皆遅いッスね」
「ああ、着替えるのに手間取ってるだけだと思うんだけど」
「果たしてそうかしらねぇ」
「他に何かあるんですか?」
「さあ、それは見てのお楽しみって事で」
「何か怪しいですね」
「ンフフ~」

この時のブリットの勘は当たっていた。
エクセレンは彼女達が遅れている理由について大体想像がつくのだ。
そして、彼女達が現れた際にブリットとアラドが一体どのような反応をするのかが楽しみでしかたなかったのである。

「ん、来たみたいですよブリットさん」
「だな、声が聞こえて来た」

そう言うと二人は声の聞こえた方向に振り向く・・・そして・・・

「なっ!」
「ゲッ!」
「ブリット君もアラド君もそんなにジロジロ見ないで・・・」
「二人ともイヤラシイ」
「いや、誤解だ!別にそんなつもりで見てたんじゃないっ!」
「ブリットさん、鼻血鼻血・・・」

慌てて手で鼻血を拭うブリット。
それを見たエクセレンはニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「ンフフ~予想通りの反応ありがとうブリット君。でも、アラド君はそれ程でも無いみたいねえ?」
「いや、別に驚くほどの事でも無いと思うんですが」
「あらん、意外な反応ね」
「確かに見た目はかなりエロイですけど、エクセレン中尉やラミア中尉の方が凄いと思いますし、ラトやアルフィミィに関しては別に何とも思わないッスよ?」
「な、なんですってぇ!」
「何でそこでお前が怒るんだよ」
「そ、それはその・・・」
「あらあら、女心が解ってないわねぇ・・・まあ良いわ、とりあえず訓練の方を始めましょうか?」
「その前にエクセレン中尉、一つ宜しいでしょうか?」
「な~に~ラトちゃん」
「アラド達と私達の装備が違うようですが、これには何か意味があるのでしょうか?」
「それは私も思いましたの。なんだか私達だけ恥ずかしい思いをしてこれでは不公平ですの」

彼女達の言い分は尤もだ。
ブリット達の強化装備は訓練兵用の物では無い。
武と同じ正規兵用の物なのである。

「ああ、これ?実はね、今のご時世、男の訓練生は珍しいらしくて男物の訓練生用強化装備のストックが無いそうなのよ。だからブリット君達の物が用意できなくて正規兵用の物を使って貰ってるって訳。解ったかしら?」
「だったら私達の物も正規兵用の物でも良かったんじゃ無いですか?」
「それはそうなんだけどねぇ~」

彼女達が異を唱えるのも無理は無い。
自分達だけ恥ずかしい思いをさせられている訳なのだからそれも分からないことでは無いが、彼女達は訓練兵用の装備に先ほど挙げた意味がある事を知らないのだ。
その様な疑問を持つのも尤もだろう。

「お前達は訓練生だと言う事を忘れたのか?兵士は与えられた装備を最大限有効に活用しなくてはならない。これも訓練の一つだと言う事だ」
「ですけど・・・」
「ラミアちゃんの言う事もそうだけど、もう一つ付け加えさせて貰うわね。あなた達は総戦技演習が終わったら戦術機に乗る予定でしょ?『どうせ支給されるんだから前もって渡しておいた方が楽だから』って夕呼センセが言ってたのよ」
「と言う事は今後の訓練でもこれを使用すると言う事でしょうか?」
「そうなるわねぇ」

エクセレンはそう言っているが、顔は相変わらずニヤ付いたままだ。
明らかにこの状況を楽しんでいると言う事が見て取れる。
そんなエクセレンの表情を見た彼女達は『諦めるしか無い』と言う結論を出す他無かった・・・
そしてブリットはと言うと・・・

「ねえブリット君・・・大丈夫?」
「ああクスハ、もう大丈夫・・・だぁぁぁぁ!!く、クスハ・・・近いって」
「近いって何が・・・きゃあっ!ブリット君のエッチっ!」
「グハッ!」

至近距離で顔面にパンチを受けたブリットはその場に倒れこむ・・・

「ブリットさん、大丈夫ッスか?」
「あ、アラド・・・もう駄目かもしれない」
「・・・迷わず成仏して下さいッス」
「勝手に殺すなッ!」
「ん~、初々しいわねぇ」
「あ、あの・・・訓練の方始めさせて頂いても宜しいでしょうか?」

完全に置き去りにされていたピアティフが『私はどうすれば良いの?』と言った表情でエクセレンに聞いてくる。
そんなこんなで色々あった訳だが、訓練の方は比較的順調に終了する事となった。
一番の心配はアルフィミィだったのだが、意外なほどに安定した数値を弾き出していた事にエクセレン達は驚いていた。
それも無理は無い。
彼女は一応機動兵器のパイロットではあるのだが、彼女の乗機であるペルゼインは戦術機やPT、特機などと言った兵器とは全く異なるものである。
彼女達はひょっとすると彼女は適正検査で弾かれてしまうのではないかと考えていたのだが、どうやらいらぬ心配に終わったようだ。

「それでは本日の訓練は終了とさせて頂きます。明日からは本格的な操縦訓練に入る予定ですので、それまでにマニュアル等の確認の方よろしくお願いします」
「それじゃあ今日は解散って事で」
『『「了解」』』

そう言うとエクセレン達はその場を後にする。

「これからマニュアルを読まなきゃならないのかあ・・・面倒だよなぁ」
「ぼやくなよアラド、みんな同じなんだからさ」
「そうッスね」
「ねえ、夕食が終わったら後でミーティングルームに集合して皆で勉強会にしない?」
「それは良い案ですね。その方が色々と私達のためになると思いますし」
「そうね」
「それならアラドもサボらないと思いますの」
「ちょっと待てよ。誰も面倒だから読まないなんて言ってないだろ?」
「口ではそう言っててもアラドは誰かが見て無いと読まない気がする」
「そうねえ」
「何で毎回俺ばっかりこんな扱いなんだろう・・・」
「アラド・・・」

アラドの右肩に手を置き、真剣な表情で彼を見つめるブリット・・・
一瞬アラドはブリットだけは解ってくれたのかと思っていた。
そしてその考えは直ぐに吹き飛ばされる事となる・・・

「頑張れ」
「なっ!酷いッスよブリットさんまで・・・」
「さっきのお返しだ」
「ううっ・・・なんだかマジで泣きたくなってきた」
「だ、大丈夫だよアラド君。皆で一緒に頑張りましょ?」
「うわ~ん、クスハさんだけッスよそんな風に言ってくれるの『ガシッ』・・・何すんだよゼオラ」
「アンタこそ何ドサクサに紛れてクスハさんに抱きつこうとしてるのよ」
「チッ、バレたか」
「ア・ラ・ド・の・・・」
「ゲッ!ま、待てゼオラっ!話せば分かる!だから落ち着けって」
「バカァァァァァァァ!!」
「グハァッ!!」

その時の彼は、宛ら武が純夏に『どりるみるきぃぱんち』を食らったのと同じ様に吹き飛ばされていた。
流石に成層圏に届くまでとは行かなかったが、それほどまでの威力だったと言う事だろう。
無論、彼らがそのような事を知ってる訳では無いのだが、ここではそのように表現させていただく事にする。

「アラド~大丈夫か~?」
「流石の俺でも駄目かもしれないっす」
「そうか・・・それじゃあ晩飯は要らないな」
「もう大丈夫ッス!全然平気ッス!」

直ぐには立ち上がれなさそうなダメージを負っていた筈なのに、食事の事を出されると即座に反応するとは・・・
この時その場に居た者は、色々な意味でアラドを感心していたのだった。


次の日・・・


207訓練部隊は、近々行われる予定の総戦技演習に向けて最後の追い込みをかける所まで来ていた。
入院していた『鎧衣 美琴』も先日退院し、徐々にではあるが纏まり始めている。
本日の訓練は午前中は座学、午後はグランドで格闘訓練が行われる予定だ。
C小隊の面々はそれらの訓練が終了次第、シミュレーターで本格的な戦術機の訓練を行う事になっている。
しかしその日は朝から少々おかしな事が起こっていた。
訓練開始時間になっていると言うのに教官であるまりもがまだ来ていないのだ。
時間に厳しい彼女が遅れるなんて珍しい・・・
訓練部隊の面々は、今日に限って遅れているまりもの事が心配であると共に不思議がっていたのである。

「教官遅いですねぇ」
「うむ、開始時間から既に15分が経過している・・・教官に何かあったのだろうか?」
「・・・寝坊?」
「貴女じゃあるまいし、教官に限ってそんな訳ないでしょ」
「それもそうだね~。でも教官が遅刻するなんて何か変だよねぇ」
「ブリット、そなた達は何か聞いてはいないか?」
「いや、俺が何か聞いてるんだったら榊だって何らかの連絡を受けている筈だろ?」
「それもそうだな・・・」
「神宮司教官、風邪でも引いたのかしら?」
「それだったら良い物があるわよ」
「まさか例のドリンク?」
「うん、この間新作が出来たばかりなの。栄養価も高いし、これだったら風邪にもよく効くと思うんだけどなぁ」
「クスハさん、今度俺にも飲ませて下さいよ」
「もちろんよ、皆の分も用意するわね」
「へぇ~、クスハさんはそう言うのが得意なんだ。僕も色々と知ってるけど、今度教えてほしいなあ」
「今度レシピをプレゼントするね」
「ありがと~。お返しに僕も何か用意するね」
「楽しみにしてるね」

彼女達の会話を聞いた他の面々は徐々に顔から血の気が引いて行くのが解った。

「ど、どうしたのだブリット、顔が真っ青だぞ?」
「い、いや・・・そう言うお前こそ顔が真っ青だぞ御剣」
「だ、大丈夫だ。少々嫌な事を思い出しただけにすぎん」
「そうか・・・だがクスハの栄養ドリンクと言う物は興味があるな。楽しみにさせて貰うとしよう」
「うん、今度のは自信作なの。だからブリット君も楽しみにしててね」
「あ、ああ・・・」
「・・・どしたのブリット?顔色が悪いよ?」
「ブリットさん風邪ですか?」
「じゃあ早速クスハさんのドリンクを飲ませて貰わなきゃだね」
「い、いやっ!大丈夫だ!俺は元気だから」
「そう?でも無理は良くないわよ。総戦技演習も近いんだから体調管理はしっかりしてよね。貴方はC小隊の分隊長なんだから」
「ああ、その辺は解ってるつもりだって」
「なら良いけど・・・」

昨日の訓練終了後から憂鬱だったブリットは、この一件で更に憂鬱な気分となる事になった。
確かにクスハの気持ちは嬉しい。
自分の事を想って言ってくれているのだ。
最愛の人にこの様な事を言われて喜ばない男は居ないだろう。
しかし、内容が内容だ・・・
彼は彼女が新作ドリンクを作る度にそれを飲まされている。
そしてその度に色々な意味でダメージを負っているのだ・・・
彼女のドリンクは味に問題は有るものの、効果は絶大なのは解っている。
そしてクスハの気持ちも理解している。
彼女に悪気は無いのだ。
毎回何かと理由を付けて断ろうと考えてはいるものの、最終的には彼女を傷つけまいと考えそれらを飲んでいるのだが、やはり色々と辛いものがる事は事実だ。
そう言った理由から彼の気分は更に憂鬱になっていったのである。

「む、どうやら教官が来られた様だぞ」

誰かが来た事に気付いた冥夜がその場に居た皆に注意を促す。
教官が来ていないとは言え、訓練開始時間は過ぎているのだ。
雑談している所を見つかる訳にはいかないのである。

「敬礼っ!」

教室のドアが開くとほぼ同時に分隊長である千鶴が皆に号令をかける。
C小隊の面々が来る前まではすべて彼女が行っていたのだが、現在は開始時の号令は彼女が、終了時の号令はブリットが行うようになっているのだ。

「はい皆おはよう~」
『『「お、おはよう御座います」』』
「さて、私の名前はエクセレン・ブロウニング。階級は中尉よ。今日から座学を担当させて貰う事になったんでよろしくね~」
「な、何でエクセレン中尉が?神宮司教官はどうされたんですか?」

いきなり彼女が現れた事に驚いていたのはブリットだ。
正確にはC小隊の面々全てが驚いていたと言って良いだろう。
まりもが来ると思っていたのに現れたのはエクセレン。
しかも格好は例によって例の如く白衣姿である。
これには驚くなと言う方が無理かもしれないのだが・・・

「ハイハイ、これからそれを説明する所よ。本来なら今日の座学の担当はタケル君だったでしょ?でも彼は今特殊任務で居ないじゃない」
「それは聞いてますよ。だから神宮司教官が本日の座学も受け持つって聞いてたんですけど・・・」
「神宮司軍曹も毎日毎日お仕事じゃ大変でしょ?だから私が夕呼センセに提案してみたのよ。タケル君が戻って来るまでの間、私が代わりにやりましょうか?ってね。そしたら彼女、『面白そうだから試しにやってみなさい』って言うんですもの。だから、今日から私も座学を受け持つ事になったって訳。解って貰えたかしら?」
「しかしエクセレン中尉・・・」
「駄目よブリット君、今日から私の事は『先生』もしくは『教官』って呼びなさい。皆も良いわね?」
「でも『ハイ、ストップ!』・・・今度は何ですか?」
「それ以上文句を言うと昨日の事皆に話しちゃうわよ?」
「昨日の事?」
「皆聞いてくれる~?ブリット君たらねえ、昨日クスハちゃんのあられも無い姿を見てまた鼻『だぁぁぁぁっ!!解りました。解りましたよ』・・・やっと解ってくれたのね。先生嬉しいわ」
「殆ど脅迫に近い事やっておいてよく言いますよ・・・」
「あら、続きを言っても良いみたいね?」
「・・・もういいです。授業を始めて下さい先生」
「じゃあブリット君の御許しも出た事だし、授業を始めましょうか。今日の座学は・・・」

そう言うと彼女はテキストを開き、黒板に今日の講義内容について書き始める。
訓練小隊の面々は三人三様の受け取り方をしていた。
彼女の発言に対し納得する者、驚く者、そして呆れている者・・・
C小隊の面々は言うまでもなく呆れていた。
彼女に対してもそうであるが、面白そうだと言う理由から納得した夕呼に対してでもある。
彼らは正直『本当に大丈夫だろうか?』と考えていたのは言うまでも無い・・・
そんな中、講義中であるにも拘らずブリットに話しかける者が居た。

「・・・ねえブリット」
「何だ彩峰?」
「ムッツリ?」
「なっ!それは違うぞ彩峰!」
「力一杯否定する所が怪しい」
「まて、それは誤解だ!俺は別にそんなんじゃ・・・がっ!」
「ハイそこ、今は授業中よ・・・解ってる?」
「・・・先生、いきなりチョークは痛い」
「五月蠅い生徒を黙らせるにはこれが一番なのよ。ちなみに私の狙いはほぼ百発百中だから避けようと思っても無駄だからね?」
「・・・流石先生。油断も隙も無い」
「褒めてるのかそれ?」
「え、褒めてるの?」
「お前が言ったんだろうが!」

彼等には学習能力が無いのだろうか?
周囲の人間がそう思っている矢先、再び宙を舞う白い物体・・・
気付けばそれは、ブリットの額を射抜いていた。

「くぅぅ・・・」
「さて、こう言う場合如何するべきなのかしらねぇ・・・バケツ持って廊下にでも立ってる?」
「ブロウニング教諭、この様な場合、神宮司教官なら迷わず腕立てをさせております」
「あらそうなの?ん~、じゃあブリット君は後で罰として腕立てね。後、冥夜ちゃん。私の事はエクセレンで構わないわ。私もタケル君と同じで堅苦しいのって嫌いなのよねぇ」
「ハッ!了解しました」
「そんな事よりもエクセレン中尉!なんで俺ばっかりそんな目にあうんですか!?」
「・・・講義の時間を邪魔してるから?」
「だからお前が言うな彩峰!」
「昔から言うじゃない。頭の悪い子ほど可愛いもんだって・・・言わばこれは愛のムチなのよ。先生だって辛いの、でもいつか、いつの日か解ってくれると信じてるわブリット君」
「・・・もういいです。後で腕立てでも何でもしますよ」
「素直で宜しい。じゃあ続けるわよ~」

そう言うと彼女は再び授業を再開する。
その内容は驚くべき事だった。
授業そのものと言うよりも、彼女の教え方である。
まりもの授業内容もかなり素晴らしいものなのだが、彼女の授業内容はまりもに匹敵する程解り易く、それでいて要点を的確に捉えていた。
ブリット達はエクセレンが教官をやっていたなどと言う事は聞いた事が無い。
しかし問題が無い訳でもない。
彼女は皆の事をファーストネームでしかも『君付け』か『ちゃん付け』で呼んでいるのだ。
これでは軍のとしての規律が成り立たない。
この場は訓練学校であり、普通の学校では無いのだ。
だが彼らはそれに対して文句を言う訳では無い。
むしろ新鮮な感じがして良いとさえ思っていた。
まあこれはエクセレンだから許される事であり、まりもであったならば絶対に許されないだろう事なのだが・・・

「それじゃあこの例題を・・・アラド君、答えてくれるかしら?」
「ハイ・・・えーっと、この場合は味方の援護を信じて突撃します」
「その理由は?」
「敵は後退を始めていますけど数の上ではこっちが優位です。後続と合流される前に叩いた方がこっちの損耗も少ないと思ったッス」
「なるほど・・・じゃあ、千鶴ちゃん。貴女はどう?」
「私はこちらも一度後退し、態勢を整えてから追撃を仕掛けます」
「理由は?」
「はい、先程アラドが言ったように数の上ではこちらが優位ですが、伏兵が居る可能性も捨てきれません。もしも相手が後退して見せただけだったとした場合、背後から挟み撃ちにあう可能性がありますので」
「なるほど・・・流石は千鶴ちゃんね。優秀で先生は嬉しいわ」
「あ、ありがとう御座います」
「じゃあ俺の答えは間違いって事ッスか?」
「う~ん・・・この場合だと二人とも正解かしら」
「どう言う意味でしょうか教諭」
「この場合は確かに二人が言った様な可能性が考えられるわ。でもね、戦場は常に絶えず変化している。
そう言った点で常に臨機応変に対応できなければいけないのよ」
「なるほど」
「二人の答え以外にも色々な方法があると思うわ。それぞれの視点で見てみるとまた違った物が見えてくる。
そしてそれらの意見を基に部隊運用を考えるのが隊長の務めって訳よ。だから隊長にはそう言ったスキルが求められる・・・その事を分隊長の二人は良く覚えておいて頂戴ね」
「了解です」
「・・・了解しました」

何故か千鶴は浮かない表情をしていた。
それは先程エクセレンに言われた事にあるのだが、彼女はそんな千鶴を他所に授業を進めて行く。

「じゃあ次の問題。前線が瓦解し敵が直ぐ傍まで迫っている。司令部に如何するべきか指示を仰いでみるものの後続が到着するまで現場で対応せよとの命令が返ってきた。さて、この様な場合にどう言った対応を取るべきか・・・慧ちゃん、答えてくれるかしら?」
「・・・はい、現場で対応せよとの命令ですので、その場で防衛線を構築し後続到着まで時間を稼ぐべきだと思います」
「それは貴女の独断?それとも隊長の指示?どちらを基準にしているのかしら?」
「・・・隊長の能力が信用に値するものであるのならばそれに従います。ですが、先程先生が仰られた通り戦場は常に変化しています。この様な事からこれは私の判断を基準に考えました」
「そう・・・確かに貴女の言う事も一理あるわ。でもね、もしも隊長が違う指示を出していたら貴女はどうする?」
「・・・どう言う意味でしょうか?」
「確かに貴女の言った通り、その場で防衛線を構築して後続を待つのも手段の一つよ。ただし、あくまでこれは隊長がそう言う指示を出した場合。戦場ではね、指揮系統と言う物がある。部隊を率いる隊長は上や下からの意見を基にそれらを判断し行動しなくちゃならない。いくら自分の考えた案の方が優れていたとしても上がそう言う判断をした限りは従わなくてはならないのよ。貴女は今、隊長の能力が信用に値するものであるのなら従うと言ったわね?」
「・・・はい」
「と言う事は意にそぐわない物であるならばそれを無視すると言っているようなものだわ。結果として状況次第では独断専行も辞さないと言う意味になる。この例題では、前線が瓦解したとあるだけで敵の規模までは示されていない。と言う事は敵の規模は不明。こう言った場合では少しでも早く友軍と合流を視野に入れるべきなのよ。そして、貴女が勝手な行動をとった分だけ隊の仲間にも危険が及ぶ可能性が出てくる。要らぬ犠牲が出る可能性も否定できなくなるわ」
「・・・解りました。教官は私の答えは間違ってると仰りたいんですね?」
「全部が全部と言う訳じゃないわ。あくまでどれを判断基準とするか、と言う事よ」
「解りました」

そう言うと席に着く彩峰。
彼女が席に着くと同時に教室の中を沈黙が支配する。
訓練部隊の面々は何故この様な事をエクセレンが言ったのか解らないでいた。
いや、正確には何故この状況下でこのような事を言ったのかが解らなかったのである。
先程の二つの例題における関係は千鶴と彩峰の事を言っている様なものだ。
彼女達は仲が悪い・・・
お互いの考え方や価値観が違う為にどうしても意見が合わないのだ。
榊 千鶴は規律に厳格で常に隊全体の利を重んじる。
しかしその結果、原則や立場論にこだわる側面があり、特に彩峰 慧とは意見の衝突が多い。
逆に彩峰 慧は常に冷静ではあるが、臨機応変さを重視するあまり、結果として独断専行型で協調性に欠ける傾向が見受けられる。
分隊長である榊 千鶴とは特に考え方が両極で衝突することも多い。
エクセレンは以前、武から彼女達の事を聞いた事があった。
以前の世界では武の介入もあり、紆余曲折を経てまとまりを見せた彼女達であったが、今回はそうもいかない。
武はあくまで教官として彼女達と接する事になっており、同じ部隊の訓練生では無いのだ。
そしてここ数日、彼は様々な任務のおかげで此方に顔を出せていない上に、現在は昏睡状態が続いている。
総戦技演習が近づいている今、彼女達が纏まらなければ合格する事が出来ない可能性が出てくる。
そう言った点からエクセレンは武に代わって彼女達にそれを気付かせる為に行動した訳なのだが、少々焦り過ぎたかも知れないと考えていた。
エクセレンは彼女達と接するのは今日が初めてである。
聞いていただけであって彼女達の本質を自分で理解している訳では無いのだ。
そして、現在207訓練部隊が抱えている問題は他にもある。
B小隊とC小隊の関係だ。
最近では比較的打ち解けてきては居るものの、お互いにまだ遠慮している部分がある。
これはB小隊の面々が行って来た不干渉主義に主な原因があるのだが、武が居ない分、どうしてもそれぞれの垣根を越える様な事をする人物が少ないのである。
以前に比べれば比較的冥夜は色々な事に干渉するようになってきている。
しかし、遠慮している点が多いのも事実だ。
ブリット達に至っては、自分達にも明かせない事情がある為に度が過ぎる干渉の仕方は下手をすれば逆効果になりかねないと考えている為に極端な干渉は控えている。
正直このままでは不味いのである。
彼女達にはもう後が無い・・・
実はエクセレンが武の教官代理を言い出した理由はそこにあったのだ。
彼が介入できない以上、何とかして彼女達には纏まって貰わねばならない。
武の目が覚めた時、彼が抱える不安を一つでも解消してやる事が出来ればその分負担は減る。
彼にはこちらの世界に来た際、色々と世話になっている。
老婆心からと言う訳では無いのだが、彼女もまた武に恩を感じている一人なのである。

「・・・そろそろ時間ね。それじゃあ本日の授業はここまでにさせて貰うわ。さっき私が言った事、皆も良く考えて置いて頂戴。それじゃ解散」
「敬礼っ!」

エクセレンが教室を出た後、誰もその場を動こうとしなかった・・・
正直、動こうと言う気分になれない空気だったのである。


再び沈黙が世界を制する中、各々が今後どうするべきかを考えていた。
そして、近々行われる訓練で彼女達がそれらの解決方法に繋がる切っ掛けを掴む事になるのだが、この時はまだ誰もその事に気付けなかったのである・・・



あとがき

第19話です。
今回はちょっとした息抜きっぽいお話です。
前半の暴走しすぎな描写から一変、後半と言うかラストでやっぱりシリアスムードになってしまいました・・・やっぱり色々な意味で難しいですねTT
前半は機種転換訓練での一コマを書かせて頂きました。
女教師エクセレン、若干暴走しております(笑)
ラミアとピアティフ中尉も中途半端に巻き込まれております。
もう少し面白おかしく書ければ良かったのですが、改めて自分のスキル不足を痛感しております。
新潟でのお話を楽しみにされている方々。
大変申し訳ありませんが、もう少々お待ち下さいませ。
次回、もしくはその次あたりにきっちりと書かせて頂く予定ですのでお楽しみに。
それでは感想の方お待ちいたしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第20話 BETA侵攻
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/28 21:51
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第20話 BETA侵攻



あれから数日が経過し、ヴァルキリーズのナンバー2である速瀬 水月は更に練度を高める為に日々奮闘していた。
模擬戦終了後は少々落ち込んでいる様に見られたのだが、今の彼女からはその様な感じは見て取れない。
ヴァルキリーズの面々は、自分達が模擬戦でアクセルに罵られた事を見返してやろうと言う一心で尚も訓練に励んでいる。
彼女達は水月もその為に頑張っているのだろうと思っていたのだ。
そんな中、最近の水月に対し違和感を覚えている物が居た。
彼女の親友の涼宮 遙である。
そして彼女は、訓練終了後に水月を休憩室に呼び出していた・・・

「どうしたのよ遙、急に話があるって呼び出したりなんかして?」
「うん、ちょっと気になる事があったんだ」
「気になる事?一体何よ?」
「あの模擬戦の時、何で自分から負けを認めたの?」
「何でって・・・別にいいじゃない」
「良くなんかないよ。水月あの後からずっと様子が変だよ?無理に笑顔なんか作ったりしてる」
「そ、それは・・・」
「本当の事を教えて欲しいの。私達親友でしょ?水月の事が心配なんだよ」
「・・・あの模擬戦ね、アルマー中尉は最初から本気を出して無かった」
「え?」
「それどころかね、あの人は私達をあえて挑発する事で私の本当の力を見ようとしたのよ。そして、あの人は私が白銀の動きを真似ようとして躍起になっている事にも気付いてた・・・中尉が私の改型の装備を指定して来たのは何故だと思う?」
「・・・」
「あれは改型の純粋な性能を私に解らせる為だったのよ。私はね、白銀と同じ動きが出来るようになればその分余計な犠牲を出さずに済むと思ってた。でもそれは間違いだったって事に気付かされたのよ」
「どう言う事?」
「白銀は白銀、私は私って事よ・・・正直私は焦りと苛立ちで自分を見失ってたんだわ。あの模擬戦の前まではそれが理由でOSや機体の特性なんて考えてる余裕も無かったんだと思う。その事を中尉は模擬戦を通じて教えてくれた・・・それに気付かされたのは模擬戦終了間際、アルマー中尉の改型がタイムリミットで動けなくなった直後よ。それにね、中尉の改型が動作不良を起こして無かったとしたら負けていたのは私だと思う。だからね、私は決めたんだ・・・早く改型とXM3を自分のモノにしてアルマー中尉を見返してやろうって・・・」
「そうだったんだ・・・」
「ごめんね遙、遙にだけはもっと早く話すべきだったかもしれないわね」
「私の方こそごめんね・・・でも、そう言う事なら私も協力させて貰うよ。今度こそアルマー中尉に勝ってあの人を見返してあげようよ」
「そうね。アルマー中尉だけじゃないわ、今度こそ白銀にもギャフンと言わせてやるんだから」
「ほう・・・ではその時を楽しみにさせて貰うとしよう」

不意に休憩室に男の声が響き渡る・・・
彼女達が振り向くと、そこに居たのはアクセルだった。

「あ、アルマー中尉!?」
「立ち聞きなんて随分と趣味が悪いわね」
「俺には盗み聞きなどと言う趣味は無い、あれだけ大きな声で話していては聞かないでくれと言うのは無理と言うものだ、これがな」
「うっ・・・」
「フッ、今度から聞かれて困る話は自分達の部屋でするんだな」

そう言うと彼は自販機で飲み物を購入し、その場を立ち去る。

「相変わらず嫌味なヤツね・・・ホントムカつくわっ!」
「また負けちゃったね」
「五月蠅いわよ遙!」
「フフフ、でもさっきの水月の顔はそうは言ってないみたいだったよ?」
「えっ、嘘・・・私そんな顔してた?」
「どうだろうね」
「勘弁してよね遙・・・私はあんな奴全然タイプじゃないんだから」
「そう言う事にしておいてあげるよ。それじゃお昼に行こうっか?」
「ちょっと待ちなさいよ!アンタ絶対勘違いしてるって、待ちなさいってば遙ぁ~!」
「待たないよ~」

どうやら水月は本当の意味で元気を取り戻してくれたようだと彼女は感じていた。
アクセルに聞かれていたと言う事は予想外であったが、この際だからそれは別に構わないだろう。
彼としても自分の意図が伝わった事に安堵している筈だと遙は考えていた。
そしてこの日を境にヴァルキリーズは更なる進歩を遂げる事となるのだが、それらが証明されるのはもう少々先の話となる。


・・・訓練校・・・


「それでは午前の訓練はこれまでとする。解散」
「敬礼っ!」

ここ数日の間、訓練部隊の面々は複雑な心境だった。
あの時、最後にエクセレンが言った言葉の意味をそれぞれが考えていたのである。
将軍の双子の妹、内閣総理大臣の娘、元陸軍中将の娘、国連事務次官の娘、帝国情報省外務二課課長の娘、そして異世界からの転移者達・・・
彼女達はそれぞれが様々な事情を抱えているのだ。
そしてそれらは簡単に解決できるものでは無い。
彼女が何故あの様な事を言ったのかは容易に想像が付く。
総戦技演習が近づく今、隊は本当の意味での纏まりを見せていない。
その事を気付かせる為の行動だったのだろうと誰もが考えていたのだが、今まであえて互いの事に対して不干渉を貫いてきたのだ。
皆の考えが一致している。
こう言った点では纏まっていると言っても過言では無いのかもしれないが・・・

「あ~、それにしても疲れたぁ・・・」

沈黙を破ったのはアラドだった。

「そんなに今日の訓練って疲れるような内容だったかしら?」
「・・・鍛え方が足りない証拠」

アラドは別に疲れてなどいない。
多少は疲れているのだが、あまりにも場の空気が重い為に何とかしようと思ってこの様な事を言ったのだ。

「そんな事言ったってよ~、俺たち昼間の訓練が終わった後も訓練やってるんだぜ?疲れない方がおかしいって」

こう言った直後に彼はハッとした。
話の流れ的に何とか合わせないといけないと思ったのが原因だった訳なのだが、つい口が滑ったとでも言うのだろうか?
こう言う所でポロリと言ってしまうのは彼らしいと言えば彼らしいのだが・・・

「どう言う事だ?そなた達はなにか他にも訓練を行うように言われているのか?」
「い、いやそう言う訳じゃ無いけどさ『ヤッベェ・・・どうしよう、散々釘を刺されたって言うのにこれじゃ皆の言う通りじゃないかよ。うわっ、C小隊の皆やっぱり睨んでる・・・どうするよ俺』」
「じゃあどう言う訳なの?」
「え~っと・・・」

そんな彼を見兼ねたブリットが助け船を出す。

「だから言っただろうアラド、気をつけろって・・・俺達はここ数日前から自主的に訓練をやってるんだ。総戦技演習も近いからな。御剣だって毎日自己鍛錬やってるんだろ?それを見習わなきゃならないって思ってさ」
「でも~それだったら隠す必要は無いんじゃないですか?」
「壬姫さんの言う通りなんだけどさ・・・なんて言うか、コソコソやってたのは皆に見つかると恥ずかしかったって言うかなんて言うか・・・」
「それに俺達は訓練以外でも頑張ってます。って大っぴらに言うのもなんか変だろ?だから黙ってたんだよ」
「・・・意外と照れ屋?」
「うるせぇよ・・・お前みたいな反応をされると嫌だったから黙ってたんだよ」
「へぇ~、ちょっと意外ね」
「うむ、だが我々も負けてはいられんな。今後とも日々精進をせねばなるまい」

B小隊の面々は冥夜の発言に対し、無言で頷いていた。
とっさに誤魔化してみたがどうやら上手く行ったようだと安堵の溜息を洩らすブリットとアラド。
しかしこの後、アラドは昼食のおかずを一品減らされると言う罰を受けていたのはここだけの話。


そして昼食も終わり、午後の訓練に向けての話が始められた直後の事だった。

「すまぬ皆」
「どうしたの御剣さん?」
「実はこれから少々外出せねばならんのだ。皆には申し訳ないが2,3日留守にさせて貰う」
「午後からも訓練はあるよ?」
「この件に関しては神宮司教官には既に話してある。総戦技演習も近いと言うのにすまんな」
「そっか、それじゃあ仕方ないよな。俺達の事は気にしなくて大丈夫だから頑張って来い」
「ブリット君、何をしに行くか分からないのに頑張って来いはおかしいと思うよ?」
「そ、そう言えばそうだな」
「違いない。っと、そろそろ時間だ。私はこの辺で失礼させて貰うとしよう」
「行ってらっしゃい冥夜さん。お土産の方よろしく頼むッス」
「うむ、何か考えておこう」
「もうアラドったら・・・御剣さん遊びに行くと決まってるんじゃないのよ?」
「いいじゃん別に、こんな時の定番台詞だろ?」
「なんだか白銀みたいね・・・」
「フフフ、そうだな。では行ってくる」
「御剣さん、気をつけてね」
「ああ」

そう言うと彼女は一端部屋に戻り、荷物を片手に基地正面ゲート入口へと向かう。


・・・基地正面ゲート・・・


「お待ちしておりました冥夜様」
「すまぬ、少々遅くなってしまったな」
「いえ、冥夜様も何かと忙しい御身分だと言う事は十分承知しておりますゆえ」
「ありがとう月詠。それで此度の姉上からの召集・・・帝都で何かあったのか?」
「申し訳ありません。私も詳しい事は聞いておりませんので」
「そうか・・・ところで凪沙殿はどうしたのだ?」
「彼女は先日から一足先に帝都に戻っております」
「彼女も色々と忙しい様だな。ん、どうやら迎えが来たようだ」
「そのようですね」
「では行くとしよう」
「ハッ!」

そう言うと彼女達は迎えの車に乗り込み、一路帝都を目指す。
帝都へ向かう間、冥夜は様々な事を考えていた。
この時期に姉である悠陽直々に呼び出しを受けるとは思っていなかった事もそうなのだが、それよりもどう言った用件で自分を呼び寄せたのかが解らなかったのである。
考えられる理由は色々とあるのだが、どれもこれも現状ではそれほど重要な事では無い。
単に会いたくなったからなどと言う理由で呼び寄せる事などは考えられないし、不測の事態が起こった可能性が高いと考えるべきなのだろうと思っていた。
しかし、これが本当の事になろうとはこの時彼女は気付いていなかった。
悠陽達から知らされる真実が彼女の想いをより複雑な物にする事になろうとは思っていなかったのである・・・


・・・シミュレータールーム・・・

「アラド、前に出過ぎだ!もう少しブリットと足並みを揃えろ。ゼオラはもう少し敵を引きつけてから攻撃するんだ。お前ならそれでも間に合う筈だ」
『『了解』』

その日の夕刻、シミュレータールームでは新潟での作戦に向けての連携訓練に入っていた。
現在行われているのは作戦に向けての最終調整である。

「ラミア、ラトゥーニ、今の戦闘の観測記録を回してくれ」
『『了解』』
「・・・ふむ、まずまずと言ったところか」
『キョウスケ』
「何だアクセル?」
『何故ラミアとラトゥーニの機体は電子戦装備なんだ?こちらは数が少ない上にこの様な仕様では正直戦力低下は否めんと思うが』
「当日二人には戦域管制も行って貰う予定だ。装備のテストと言う事も含まれているが、今回の作戦では戦闘区域がかなり広範囲になるらしい。そう言った点から安定したデータリンクの為に必要になってくるという話だ」
『なるほど、な』
『それ以外にも理由が有るらしいわよ。帝国軍や他の国連軍機に対して、私達の機体を隠す意味合いがあるみたい』
『ジャミングを掛けて機体の存在を隠蔽すると言う事か・・・』
「そう言う事だ。次はポジションを変更して訓練を行う。ピアティフ中尉、プログラムをパターンA3からD5で頼む」
『了解しました。それでは状況開始』

訓練が再開される。
今回のミッションでは新たに開発された改型用の電子戦装備が導入される事になっている。
先程言った通りの事が主な理由なのだが、彼らはあくまで新型機や装備のテスト部隊と言う位置付けだ。
その為にこの様な仕事が回って来るのも仕方が無いと言える訳である。
その後、数回に亘って様々なポジションを試したり、装備の変更を行うなどして訓練が行われ、特に問題は無いと言う結果になった。
後は当日になって微調整を行う程度である。
そして様々なデータを検証した結果、当日担当するポジションが発表される。
突撃前衛(ストーム・バンガード)をアクセル・アルマーとアラド・バランガ。
強襲前衛(ストライク・バンガード)のポジションにキョウスケ・ナンブとブルックリン・ラックフィールド。
砲撃支援(インパクト・ガード)はエクセレン・ブロウニングとゼオラ・シュバイツァー。
迎撃後衛(ガン・インターセプター)ラミア・ラヴレスとラトゥーニ・スゥボータ、アルフィミィ・ブロウニング。
制圧支援(ブラスト・ガード)担当はクスハ・ミズハ。
最終的にこの様な感じの配置と言う事が決定された。

「なお、先程も言ったようにラミアとラトゥーニ、アルフィミィには戦域管制も行って貰う予定だ。そして、状況に応じてお前達にはクスハのバックアップにも入って貰いたい。本来ならばもう少し煮詰めるべきなのだろうが、現状で一番良い成果を弾き出しているのはこのポジションだ。後は戦況に応じて臨機応変に対応するとしよう」
『『「了解」』』
「これまでの所で何か質問はあるか?」
「機体性能を考えると俺よりもキョウスケ大尉の方が突撃前衛に向いてると思うんですけど、これには何か意味があるんですか?」
「本来なら俺は伊隅大尉の様に迎撃後衛のポジションに付くべきなんだが、機体の特性上そう言う訳にもいかん。そして、あまり前に出過ぎると隊全体の様子も把握できんからな。それとお前はどうしても前に出過ぎる傾向がある。下手に下げるよりも前に出した方が得策だと判断したからだ」
「なるほど・・・」
「ブリットとアラドの機体にはシミュレーターでは無理だったが、実機にそれぞれシシオウブレードとスタッグビートルクラッシャーが装備される予定だ。上手く使ってくれ」
「自分のシシオウは解りますが、ビルガーのクラッシャーがよく戦術機に装備で来ましたね?」
「班長が頑張ってくれたそうだ。アジャストさせるのに相当骨が折れたそうだがな」
「俺、後で班長のおっちゃんに礼を言っておくッス」
「ああ。だがなるべく他の人間との接触は避ける様にしてくれ。前にも言ったと思うが、今回の任務ではお前達の存在は秘匿扱いだからな」
「大丈夫ッスよ。そんなに俺って信用無いッスかね?」
「今日の昼休み前に危うくバレそうになったのを忘れたのか?」
「ゲッ・・・ブリットさんそれはもう勘弁して下さいよ。あの時上手く誤魔化してくれた事は本当に感謝してるんですから」
「まったく、お前と言う奴は・・・。それでは各自これより機体の最終チェックを行ってくれ。俺はこれから作戦前の最終ミーティングに参加してくる」
『『「了解」』』

各々が自分の持ち場へと散って行く。
集合時間まではまだ余裕があったのだが、他にする事も無いのでキョウスケもミーティングルームへ向かう事にした。

「少し良いかキョウスケ」

廊下に出た所で不意にアクセルに呼び止められる。
この様な場所でと言う事は、あの場では話せない内容だと言う事だろう。

「どうした?」
「今回の任務、貴様はどう思う?」
「どう言う意味だ?」
「BETAの行動を予測する事は不可能だと聞いている。まあ香月 夕呼には以前の世界の記憶が在る訳だから今回の件は解らんでも無いが、どうもキナ臭い・・・」
「何か裏があると?」
「先程格納庫で偶然見かけたんだが、装備の中に妙な物が混じっていた。恐らくあれは麻酔弾などと言った類のものだろう。それ以外にも基地の方に必要ないと思われる大型車両が搬入されている。多数のコンテナもだ・・・貴様はどう思う?」
「・・・恐らく今回の任務でBETAを捕獲するつもりだろうな。だが個体の研究はあらかた終了していると聞いている。ただ捕獲するだけならば必要ないと思うんだが」
「俺も同じ結論に至った。そして俺達に捕獲任務が回ってこないと言う事は、ヴァルキリーズが担当すると言う事だろう、な」
「なるほどな、俺達は彼女達が作業を円滑に進められるようにする為の露払いと言う訳か」
「それだけでは無いだろう。帝国や他の国連軍の目をこちらに集めると言った意味合いも込められていると俺は考えている。あの女、なかなかの食わせ者だぞ」
「彼女がそう言った人間だと言う事は見ていれば解る。俺達の機体の開発経緯はオルタネイティヴⅣの副産物と言う事になっているからな。恐らく彼女はその能力を意図的に第三者に見せる事で更に足場を固めるつもりなんだろう」
「だがその様な事をすれば余計な敵を増やす事になる。帝国とは将軍との繋がりが出来た事によって何とかなるかもしれんが、他の国連軍や米国は下手をすれば情報の提示を求めてくる可能性がある。そんな事になってからでは本末転倒と言うものだ」
「確かにな・・・だがどうする?今更俺達が作戦参加を拒否する事は出来んぞ?」
「それは百も承知だ。しかしあの女の思惑が分からん以上、どうする事もできまい」
「何故この様な話を今になってする?」
「ただの気まぐれ・・・と言う訳ではないが、俺達は現在の境遇を考えるとあまり宜しくない立場だ。今後何かあった時の為に、俺達も香月 夕呼に対するカードを持っておいた方が良いと思ってな」
「・・・お前の言いたい事は大体理解した。俺の方でも何か考えておくとしよう」
「ああ、そうしてくれ」
「それだけか?」
「今の所はそれだけだな・・・っと、そう言えばキョウスケ、部隊名は決まったのか?」
「まだ考え中だ・・・なかなか良い案が浮かばなくてな」
「エクセレン・ブロウニング辺りに相談してみたらどうだ?」
「既にした・・・『キョウスケと愉快な仲間達』などと言った部隊名、お前も納得いかんだろう?」
「確かに、な。しかしあの女、いつもその調子なのか?」
「毎回そうだと言う訳では無いがそう言う奴だ。また何か良い案があったら教えてくれ。スマンがそろそろ時間だ」
「ああ」

そう言うとキョウスケは、やや足早にミーティングルームへと向かう。
彼と別れたアクセルは、先程の会話を思い出していた。

「部隊名か・・・」

そう呟いた彼の表情はどことなく暗い。
そして・・・

「そろそろ俺も本当の意味で過去にケリを付ける頃なのかもしれんな」

そう呟くと彼はソウルゲインの最終調整の為に90番格納庫へと向かうのであった。


・・・ミーティングルーム・・・

「遅れて申し訳ありません」

ミーティングルームに到着すると、参加メンバーは既に集まっていた。
時間的な余裕はあった筈なのだが、アクセルとの会話が思いのほか時間を食ってしまったらしい。

「構わないわよ。それでどう?上手くいきそうかしら?」
「概ね順調です。当日トラブルでも起こらない限りは問題ないでしょう」
「流石ね・・・さて、ミーティングを始めさせて貰うわね。事前に伊隅から連絡が行ってると思うけど、アンタ達にはそれぞれ異なった地点の警戒任務について貰うわ。A地点には伊隅、B地点は速瀬、最後のC地点を南部の隊に担当して貰う。中越と下越新潟地域の帝国軍にはその他の地点を担当して貰うよう手配するつもりよ」
「副司令、他の国連軍部隊は今回の作戦に参加しないんですか?」
「今回の作戦はあくまで警戒任務と言う事になっている。BETAの動きを完全に予測出来ている訳じゃないしね。もしもの時に備えて厚木基地の部隊に待機命令を出すつもりではいるけど、現状で割ける人員はこれが限界よ」
「了解しました」
「なにか他に質問は?」
「南部大尉達の部隊が我々の隊と距離が離れている事には何か意味があるのでしょうか?」
「彼らの部隊は今回の任務で色々とテストを行って貰う事になっているの。その為にあえて帝国軍の部隊から離れた位置に待機して貰う事になるって訳」
「以前言ってた新型機ですか?」
「ええ、詳細は資料の方に書いてある通りよ」
「・・・全高41.2mってこれって戦術機なんですか?それに見た所武器も装備されてないようですし」
「その機体はね、南部達の機体と同じ計画で開発された試作機の一つで『特殊戦術歩行戦闘機』、略して『特機』と呼ばれるものよ。武装に関しては近接格闘戦に主眼が置いて開発されている為、一切の携行武器は無いわ」
「と言う事は徒手空拳で戦うって事ですか?」
「基本的にはそうなるけど、何か問題でもあるのかしら?」
「い、いえ・・・ただこんな機体に乗せられる衛士はちょっと可哀想だなぁ~って思っただけですよ」
「なるほどね。まあ性能の方は問題無いと思うから大丈夫よ」
「これも例の計画絡みなのでしょうか?」
「そうね。今の所それ以上は明かす事は出来ないけど、そうだと思って置いて頂戴」
「了解です」
「それじゃあ今晩22時、っとこの場合22:00(ふたふた:まるまる)って言うんだっけ?まあ良いわ、その時間になったら各自ハンガーへ集合、その後問題が無いようなら新潟に向けて出発して頂戴」
『『「了解しました」』』
「んじゃ、悪いけど伊隅と速瀬は残ってくれるかしら?南部は解散して貰って構わないわよ」
「ハッ!それでは失礼します」

そう言ってキョウスケは部屋を出ると、先程のアクセルとの会話を思い出していた。
自分だけを退出させたと言う事は、アクセルの予想通りと言う事なのだろう。
少々面白くない話ではあるのだが、これも致し方ないと考える事にした。
現状では有効な手札が無い事も事実だ。
そして、下手に自分達で動こうにも良い手が無い。
こんな時武が居たならば何かしらのアドバイスが貰えたかもしれないが、彼は未だに眠り続けていると聞いている。
自分は現場に居た訳では無く話を聞いただけだったのだが、未だに目を覚まさないと言う事はそれだけ精神的にショックが大きかったと言う事だろう。

「顔だけでも見て行くか・・・」

そう言うと彼は、武が眠っている医務室へと足を向ける事にした。


・・・横浜基地医務室・・・


あれから数日が経過したと言うのに武は一向に目を覚まさないでいた。
いくら話しかけても、体をゆすっても何の反応も返ってこない。
彼は本当にこのままずっと眠り続けたまま目を覚まさないのではないかと言う不安が頭を過ぎる・・・

「白銀さん・・・」

社 霞は毎日この場所を訪れていた。
以前の世界で自分がしていた様に、ここに来て彼を起こそうとする事で目が覚めるかもしれないと言う考えもあったのだが、それ以外にも彼女は様々な思いを胸に秘めていたのである。

「いつになったら起きてくれるんですか白銀さん。いい加減に起きて下さい。皆待ってます・・・貴方が返って来てくれる事を」

だが武からは何の反応も返って来ない・・・

「・・・やっぱり待っているだけなのは辛いです。お願いです。早く目を覚まして下さい」

ここ数日、彼女は同じ事ばかり繰り返していた。
自分の力を使わず、ただ耳元で彼に話しかけているだけなのだ。
意識を回復しない患者に何度も呼び掛ける事で、目を覚ます事があると聞いた事がある。
恐らく彼女はそれを実践しているのだろう。
しかし武はピクリとも反応しない・・・
でも彼女は諦めたく無かった。
彼は自分を救ってくれた。
そして色々な思い出をくれた。
そんな彼に対しての恩返しと言うだけでは無い。
武もまた彼女にとって大事な人なのだ。
そんな彼を救いたい・・・
彼女はただひたすらそれだけを願っていたのである。
だが、そんな彼女もそろそろ限界に来ていた。
次第に武はこのまま戻って来ないかもしれないと言う感情が大きくなってくる・・・

「こんな時、純夏さんが居てくれたら・・・『コンコン』・・・どうぞ?」

不意に病室のドアがノックされる。
そこに現れたのはキョウスケだった。

「社・・・だったか?タケルの様子はどうだ?」
「まだ目を覚ましません」
「・・・そうか」
「お見舞いですか?」
「ああ」
「・・・」
「どうした?」
「・・・最近不安に思うんです。白銀さんはこのまま目を覚まさないんじゃないかって」
「そうか・・・だが君の想いは彼に伝わる筈だと俺は思う」
「え?」
「人の想いと言う物は時としてとんでもない力を発揮するものだ。君が目覚めて欲しいと願っていれば、それはいつかタケルの元にも届くはずだ」
「そうでしょうか?」
「ああ、だから信じて待ってあげるんだ。それでこいつが起きたら愚痴の一つでも言ってやれば良い」
「・・・ちょっと意外です」
「何がだ?」
「貴方は私が思っていたイメージとは随分違う印象の方だと思って」
「そうか、少しばかり心外だが仕方ないな。普段の態度を思い返してみれば、そう言った風に取られても仕方が無いと思っている」
「すみません。そんなつもりで言ったんじゃないんです」
「大丈夫だ。心得ているよ・・・それじゃあ俺はそろそろ行くとしよう。社もあまり無理はするなよ?」
「はい、ありがとう御座います」

キョウスケもまた普段の態度から誤解されやすい人間である。
彼は普段は無愛想で寡黙な男だが、表面に出ないだけで実は静かに燃える熱血漢である。
そして普段は相棒であるエクセレンの事を素っ気なく扱っているものの、内心では彼女の事を何より大切に思っている。
過去にエクセレンが激しく傷付き落ち込んでいても周囲の人間はその態度に誤魔化され気付いていなかったのだが、彼だけは彼女のそんな一面に気付いていた。
そしてその時彼女に『他の人間の前では笑っていろ、自分の前だけではこうしていて構わない』と言い励ました事もある。
普段はその様な態度を取っていても、本来の彼は他人を思いやる事の出来る優しい男なのだ。
彼もまた不器用な人間の一人だと言う事である。


・・・2001.11.11 AM03:00・・・

昨夜の内に横浜基地を出発したA-01部隊の面々は、当初の予定通り新潟に到着していた。
そしてそれぞれが自分の機体に搭乗すると、最終チェックを行い始める。
これと言った問題も特になく、輸送車両から機体が降ろされると、指定された集結ポイントへと向かう事になった。
これからブリーフィングが行われるのである。

「これよりブリーフィングを開始する。今一度確認しておくが、今回の任務はあくまで不穏な動きを見せているBETAに対しての警戒だ。よって、奴らが攻めてこない限りは無駄足になる可能性もある。だが、BETAの動きが予測できない以上、我々も油断はできない。そこで・・・」

作戦内容が全体の指揮官である伊隅より伝えられる。
本来ならこう言ったブリーフィングは前もって基地や仮設テントなどで行われる事が多い。
だが、キョウスケ達の隊には訓練部隊に所属しているブリット達が臨時的に配備されている為、彼らは表だってブリーフィングに参加する事は出来ない。
そう言った点から、今回は強化装備に内蔵されている通信機を用いてのブリーフィングが行われていると言う訳だ。
そして、彼等が機体に搭乗したままこの様な事を行っているのには他にも訳がある。
予定ではBETAが侵攻してくるのは明け方と言う事になっているのだが、あくまでそれは予定だ。
動きが予想できない以上は、唐突に攻めてくる可能性も否定できないのである。

「それでは各自、指定されたポイントへ移動してくれ。なお、今回の作戦では長距離データリンクを行う為、若干のタイムラグが発生する可能性がある。その事に留意して作戦行動に当たるように・・・以上だ」
『『「了解」』』


・・・AM06:18・・・


辺り一面は静かだった・・・
聞こえてくるのは波と風の音だけ・・・
これから戦いが始まるかもしれないとは思えないほどの静けさだった。

『大尉・・・本当に奴らは来るんでしょうか』
『さあな、だが副司令の御言葉だ我々は信じる他あるまい?』
『そうそう、私達は与えられた任務をこなすだけ・・・っと!』

通信機越しに会話をしている彼女達の耳に遠くから聞こえる爆発音。
程無くして全部隊に対して通信が開かれる。

『ヴァルキリーマムより各隊へ、先程佐渡島より旅団規模のBETA群が日本海海底を南下するのを確認。現在、帝国軍日本海艦隊がこれに対し迎撃を行ってますが、有効な打撃を与えられていないようです。予想では06:25に第一次海防ラインに到達する恐れがあります。各機警戒して下さい』

CP将校である涼宮 遙から現在の状況が報告される。
予想通りの時間にBETAが動いた。

『・・・どうやら手ぶらで帰らずに済みそうだ。全機出撃っ!』
『『「了解!!」』』

戦いの火蓋が切って落とされた。
それと同時に横浜基地にもBETA出現の報が伝えられ、司令部は一気に忙しくなり始める。

「状況を報告したまえ」
「ハッ!06:20旅団規模のBETA群が日本海海底を南下。帝国軍日本海艦隊がこれを迎撃に当たるも、06:27BETA群は第一次海防ラインを突破し新潟に上陸。同時刻、第56機動艦隊が全滅したとの事です」
「香月博士、君の予測が当たったと言う事かね?」
「これほど的確に当たるとは思ってはいませんでしたが、概ね予想通りと言う事ですわね」

夕呼はあえて驚いたような表情を浮かべながらその質問に答える。

「フム・・・その後状況は?」
「現在、旧国道沿いに展開している帝国軍第12師団が迎撃に向かっています。もう間もなく接敵するようですが・・・」
「そうか・・・そのまま随時戦況を報告してくれたまえ」
「ハッ!」
「・・・此度の一件、どう見るかね?」
「何らかの目的があるようですが、相手の動きが予測できない以上、今は何とも言えませんわね」
「今回BETAが侵攻してくると予想した君でもかね?」
「正直今回BETAが仕掛けてくる可能性は正直60%にも満たっていませんでした。念の為にA-01を警戒任務にあたらせたのですが、まさか本当に現れるとは思ってませんでしたので」
「フム、現状では情報不足と言う所か・・・」
「そう言う事です」

もちろん夕呼が言っている事は真っ赤な嘘である。
彼女は以前の世界での記憶を基に今回の作戦を立てている。
武から聞いた話では、この後一部に戦線を突破され一時的にBETAをロストしてしまう結果になったと言う。
だが前回の世界では、この後帝国軍第14師団が12師団と合流した事により戦況は優位に傾き、BETAは殲滅される事となった。
そして・・・

「06:48帝国軍第12師団がBETA群と接敵、その後第14師団が合流した事により現在順調に迎撃が行われているようです」
「BETAの進軍予測はどうなっている」
「ハッ!少々お待ち下さい・・・モニターに出ます」
「なっ・・・奴らの戦略目標はこの横浜基地だと!?」
「不味いですわね・・・」

彼女の思惑を知っている者ならば、よくもまあこの様にしれっとした顔で言えたものだと思うだろう。
彼女は顔に出してはいないものの、心では予定通りと思っていた。

「現時刻を持って国連軍太平洋第11方面軍横浜基地は防衛基準体制2へ移行する。関係各所への通達を急げっ!」
「了解っ!」
『さて、ここまでは順調ね・・・後は伊隅達や南部達がどれだけ頑張ってくれるかだけど・・・』

この時彼女は予定通りに事が運んでいる事に安心しきっていた。
それも当然であろう。
彼女は以前の世界での記憶を持っているのだ。
そして、今回もBETAは概ね同じ動きを見せている。
油断するのも無理は無いと言うのは仕方ないのであろう。

しかし、こう言う時にこそ予想外の事は起こるものである・・・
突如として基地に鳴り響く警戒音。
そして、オペレーターから事態を震撼させる報告が伝えられる。

「緊急連絡です!第二次防衛線を警戒中の帝国軍第13師団が全滅したとの報告が来ています!」
「なんですってっ!?」
「どう言う事だね?状況を詳しく説明したまえ」
「申し訳ありません。報告によると、突如として地下から大量のBETA群が出没し迎撃する間もなく全滅させられたとの事です」
「地下からだと?それは本当なのかね?」
「はい、信じられない事ですが、そのように報告を受けています」
「博士、どう思う?」
「・・・恐らく、地下を掘り進んで来たのでは無いでしょうか?」
「そんな事が可能だと思うのかね?」
「現状ではそれ以外に考え付きません」
「そうか・・・その後状況はどうなっている」
「少々お待ち下さい・・・大変です!先程地下から出現したBETAが二手に分かれ、一方は第二次防衛線を北上、もう一方は帝都方面へと侵攻を開始した模様。このままでは日本海方面で迎撃に当たっている部隊が挟み撃ちにあう恐れがあります」
「何と言う事だ・・・現状を即座に前線の部隊へ通達。各国連軍基地、並びに帝国軍に支援要請を行いたまえ」
「りょ、了解!」


想定外の事件が起こった。
これには流石の夕呼も驚きを隠せない・・・
恐らく以前の世界で横浜基地を襲撃した時と同じ方法を用いてBETAを防衛線の内側へ送り込んで来たのだろうと予測は付くのだが、こんな事は以前の世界では無かった。
BETAがこちらの動きを読んでいたと言う事になる。
そして、先程のBETAの行動はまさに戦術と呼べるものだ。
新潟へ侵攻して来ているBETA群を陽動に使い、本命を地下から輸送して来ている事からそれは容易に想像が付く。
『ありえない・・・』
これが彼女が率直に思った事だ。
現状で情報が漏れる可能性は少ない。
可能性があるとするならば00ユニットなのだが、ODLの浄化も行っていない現状ではそれは考えられないのだ。
これもまたキョウスケ達が転移して来た事によるイレギュラーの一つなのだろうか?
こんな事が起こってしまっては、派遣した部隊が全滅してしまう恐れがある。
この時夕呼は初めて自分が今回の事を楽観視していたことを後悔していたのであった・・・


あとがき

第20話でーす。
序盤はなんだか前回と前々回の補足みたいになってしまいましたね。
別に今回の話で書かなくても良かったかもしれないと、書きあげてから少々後悔しております・・・orz
何だか場面展開とかも詰め込み過ぎたような気がしないでも無いですが、本当に自分の文才の無さに凹んでおります。
もう少し上手く纏める様になれれば良いのですが・・・

さて、今回登場する事になった改型の電子装備型について書かせて頂きます。

Type94KE 不知火改型・電子兵装仕様

不知火改型に偵察、電子戦用の装備を施した機体。
頭部側面、胸部、肩部、脚部のそれぞれに複合センサーを搭載しており、背部には巨大なレドームが装備されている。
基本的な運用は戦場でのデータ収集並びに索敵、また強力なジャミング能力も搭載している。
その為、装備可能な武装は限られており、戦闘力は従来機に比べて低下している。
よって、部隊の最後方に配備される事が基本となっている他、広域データリンクを行う為の機能も搭載している為臨時の指揮車代わりに使用される事が多い。
ちなみにこの装備は接続部のアタッチメントを交換する事で吹雪や不知火などの帝国製戦術機に装備する事も可能だが、その場合は背部に装備された74式稼動兵装担架システムが使用不可能となる。

こんな感じの仕様となってます。
ついでに書かせて頂きますが、改修された叢雲に関してですが、改修時に改型と同じ様に機体背面にコネクターが増設されております。
詳細は次回以降で書かせて頂きますのでもう少々お待ち下さいませ。
後、皆様の予想通りブリットとアラドの機体に装備される武装はシシオウとクラッシャーでした。
彼等が戦術機である程度本領を発揮する為には必要かと思ったので装備させてみたのですが如何なものでしょうか?

そして物語は急展開。
佐渡島から侵攻して来たBETAですが、当初は原作通りに話を進める予定でした。
でも折角キョウスケ達も参加しているんだからそれじゃあ面白くないだろうと思い、今回この様な描写とさせて頂いております。
そしてお待たせしました。
次回はいよいよキョウスケ達が大暴れです。
更にはとんでもない?サプライズも用意しておりますので楽しみにお待ちください。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第21話 紅き機神来たりて・・・
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/10/30 17:56
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第21話 紅き機神来たりて・・・



予想外の出来事に横浜基地司令部は動揺を受けていた。
横浜だけではない。
BETA侵攻の報を受けた日本帝国内の基地全てが現在起こっている出来事に対し驚愕していたのである。
奴らは圧倒的な物量で攻めてくる。
戦術など行う筈が無い・・・
この世界の人々はそう思い込んでいた。
だが今現在、佐渡島ハイヴから攻め込んで来ているであろうBETA群は戦術を用いている。
いや、断言するのはまだ早いかもしれない・・・
偶然が重なっただけかもしれない・・・
しかし現実は違う。
今までこの様な戦法を取って来なかったBETAが戦術と呼べるものを展開しているのだ。
戦いにおいて戦術を用いると言う事は、それだけで十分な力となる。
特に陽動作戦などと言った類の物は相手の裏をかく分、それが決まった時の効果は絶大だ。
現に最初に接敵した帝国軍第13師団は瞬く間に壊滅している。
圧倒的物量とそれを用いた戦術・・・
完全に裏をかかれてしまった彼らは明らかに動揺してしまっていた。
迎撃を順調に行っていた筈の帝国軍第12、第14師団はその報を受けた直後から徐々に劣勢に立たされ始めている。
それが証拠に、瞬く間に四つの中隊が全滅している。
このままでは不味いと判断した師団長は防衛ラインの後退を上層部に進言し、それらが受け入れられると即座に後退を始めていた。

「ヴァルキリーマムより各機。帝国軍第12、第14師団が後退を開始しました。これから3分後に帝国軍機後退の為、支援砲撃が行われる予定です。ヴァルキリーズは陽動を行うと共に帝国軍の集結が終了次第、BETAを指定されるポイントへ向けて誘導して下さい」
『クッ!帝国軍は一体何やってんのよ!』
『ぼやくな速瀬。これから3分間、何としてでもこの場を死守するんだ!』
『了解っ!行くわよB小隊っ!』
『『「了解!」』』
「A小隊っ!こちらも行くぞ」
『『「了解っ!」』』

帝国軍後退の支援を行うヴァルキリーズ。
今度はこちら側が陽動を行う事でBETAを引き付けようと言うのだ。
そしてBETAは即座に彼女達に向けて進軍を開始する。
こんな単純な陽動に引っ掛かっていると言うのに、何故奴らはあの様な戦術をとったのかが不思議でしか無かった。
しかし、あれは戦術では無く、ただの偶然だったのでは無いだろうかなどと言った事を考える余裕は今の彼女達に無い。
尚も此方に向けて進軍してくるBETA群。
その数は徐々に増えている。

「よしっ、陽動は成功だ!ヴァルキリー1よりヴァルキリーマム、帝国軍の状況はどうなっている?」
『こちらヴァルキリーマム、現在帝国軍はポイントB3に向けて集結中。新たな防衛線を構築するまで最短で約10分ほどかかる予定です』
「10分か・・・南部大尉達の方はどうなっている?」
『それが、先程から何の連絡もありません・・・マーカーは健在なのですが・・・』
「何だと?状況を報告させろ!もしも支援が必要ならば何機かそちらに回すと伝えるんだ」
『了解!』

伊隅と遙がそんなやり取りを続ける中、キョウスケ達はと言うと・・・

『いいんですかキョウスケ大尉?』
「何がだ?」
『状況を報告しなくてって事ですよ』
「報告しようにもこれではな・・・」
『元々こちらに流れて来たBETAは少なかったとは言え、早く片付き過ぎちゃったしねぇ』
「まったくだ・・・これだけ早く殲滅が完了してしまっていてはかえって怪しまれるかもしれんな」
『ヴァルキリーズの方はどうなってるのかしら?ねえラトちゃん、何か情報入って来てない?』
『丁度、涼宮中尉から通信が入ってますので大尉に回します』
「了解だ・・・こちらアサルト1、連絡が滞ってしまって申し訳ない」
『南部大尉、ご無事でしたか・・・現状を報告して下さい』
「こちら側に来たBETA群はすべて殲滅が完了した」
『え?』
「どうした涼宮中尉?」
『い、いえ・・・少々驚いてしまっただけです』
「そうか・・・現在ラミアに索敵を行わせているが反応は無い。指示を求む」
『了解。現在帝国軍が防衛ライン再構築の為に後退を開始してます。ヴァルキリーズはそれらの陽動を行っているのですが、逆に現在押され気味です。彼女達の支援をお願いします』
「了解した・・・聞いたとおりだお前達。俺達はこれからヴァルキリーズの援護に向かうぞ」
『『「了解」』』

こちら側に流れて来たBETAの数はキョウスケが言った様に少数。
主に要撃級や突撃級と言った中型種と戦車級などの小型種が殆どだったのである。
少数と言ってもかなりの数だった事には違いないのだが、こちらの殲滅力は圧倒的だった。
光線級や要塞級が居なかった事も理由の一つなのだが、それでも短時間で殲滅するのは普通に考えれば難しい。
だが、ここで言う普通と言うのはあくまで戦術機での話だ。
この部隊には戦術機とは異なる物が数機存在している。
中でも目を引くのはアクセルが搭乗しているソウルゲインだろう。
その巨体からは想像出来ないほどの運動性で相手を翻弄、圧倒的な破壊力で次々とBETAを打ちのめして行く姿はまさに機神と言っても過言ではない。
実際にキョウスケ達も、彼の周辺に近付こうものなら巻き込まれる事は必至だと考えていたのだ。
特機の存在はそれ程の力を発揮する。
元々特機と呼ばれる機体は、PTで対応できない敵を想定して開発された為、PTなどとは一線を画す能力を有している。
圧倒的な破壊力と堅牢な装甲、そしてそれを操るパイロット・・・
その三つが合わさった時、特機と呼ばれる機体はまさに一騎当千の力を発揮すると言っても良いだろう。

「それにしてもやっぱりシシオウは凄いッスね」
『そうか?まあ戦術機の長刀と比べたら切れ味は段違いだと思うけど』
「ブリットさんの腕もあるんでしょうけど、要撃級の腕ってダイヤモンド並みの硬さなんでしょ?それを一刀両断なんて、普通じゃ無理ですって」
『偶然だよ偶然・・・お前はそう言うけど、さっきのは自分の思った動きが出来てた訳じゃないんだ。やっぱりPTと戦術機じゃ勝手が違うって事かな』
「ブリットさんもですか?実は俺も無んですよ・・・やっぱり戦術機じゃビルガー程の突進力が無い分、思った動きが出来ないって言うか・・・」
『は~い、そこっ!そろそろヴァルキリーズと合流なんだから、御喋りの時間はそれくらいにしなさいよ~』
『「了解」』

レーダーには徐々に敵を示す赤い光点が増え始める。
そんな中モニターにレーザー照射警告が表示される。

「各機、乱数回避っ!!」
『『「了解っ!」』』

回避行動を開始するキョウスケ達・・・
しかしそんな彼らを他所にレーザー照射地点に向けて突貫する者が居た。

「よせアクセルっ!」
『フッ、隠れるのは性に合わん・・・まあ見ていろ』

そう言うとアクセルはその場に停止し、ソウルゲインの両手にエネルギーを収束し始める。

『喰らえBETA共っ!青・龍・鱗っ!!』

両手の掌から放たれる青い閃光・・・
相手のレーザー照射を打ち消しながらそれは、群れをなしているBETA群を次々と飲み込んで行く。

『チッ、少々喰い損ねたか・・・やはり100%の威力と言う訳にはいかんな』
「ソウルゲインもやはり全力は出せんか・・・撃ち漏らしは俺達で何とかする。お前はデカブツを頼む」
『任せておけ』

アクセルは今のソウルゲインでも目の前の目標全てを殲滅できると考えていた。
しかし転移時の衝撃で追ったダメージは、そう易々と完治できるものでは無かったのだ。
ソウルゲインの修復には大破していた弐式のパーツが用いられている。
グルンガスト弐式は準特機型の機体ではあるが、使われているパーツの殆どは特機用の物である。
ソウルゲインも同じテスラ研(アクセルが元居た世界)で制作された機体である為、流用できる汎用性の高いパーツをこちら側に移植する事で戦闘可能なレベルまで修復されたのだが、100%の力を発揮するにはそれなりの設備や調整が必要と言う事なのだろう。
流石に特機と言う機体を扱った事の無い、無論PTもそうであるがそのような者ばかりで構成されているこちら側のスタッフだけではできる事は限られてくるというものなのである。

「な、何なの今の光・・・」
『荷電粒子砲でしょうか?』
『凄い・・・』

ヴァルキリーズの面々はその圧倒的な破壊力に呆然としていた。
しかしここは戦場である。
一瞬たりとも油断をしている暇などないのだ。
だが彼女達は、その一撃に見とれていたと言っても過言ではない。

『涼宮っ!』

名前を呼ばれた茜はハッとする・・・
彼女の目の前には圧倒的な硬度を誇る腕を持つ要撃級が今まさに腕を振り下ろそうとしていた・・・

「や、やられるっ・・・」

彼女がそう思った瞬間、いや彼女だけでは無い。
周囲に居た仲間の殆どが間に合わないと考えていた。

「そうは行くかよっ!チャクラムシューターGO!!」

ブリットは左腕に装備されたチャクラムを要撃級の腕に向けて射出し巻き付ける・・・

「キョウスケ大尉!」
『任せろ・・・多少古臭い武装だが威力は関係ないっ!』

一瞬動きを止められていた要撃級はそれらの攻撃を回避する事が出来ない。
胴体側面部分に直撃するリボルビングバンカー・・・
バンカーが突き刺さったのを確認すると、キョウスケは躊躇する事無くトリガーを引く。
全てが終わった時、彼女の目の前の要撃級は呻き声をあげながら絶命していた。

「大丈夫か涼宮少尉」
『・・・』
「どうした?どこか損傷したのか?」
『い、いえっ、助けて頂いてありがとう御座います』
「そんな事は気にするな。油断せずに行くぞ」
『りょ、了解っ!・・・そっちの不知火もありがとう御座いました』
『いえ、気にしないで下さい。それではお気をつけて』
「行くぞアサルト5」
『了解!』

そう言うと次の目標に向けて動き出すキョウスケとブリット。
茜は先程の流れるような連携に少しの間心を奪われていた・・・

「あんな風に動けるなんて、やっぱり南部大尉って凄い人なんだ・・・って呆けてる場合じゃない。油断してたらさっきの二の舞だわ」
『あ、茜ちゃん、大丈夫ですか?』
「大丈夫よ多恵。私達も行くわよっ!」
『は、はいっ!』

築地と共にエレメントを組んで攻撃を再開する茜。
こう言った場面で即座に気持ちを切り替える事が出来るのは流石はヴァルキリーズの一員と言えるだろう。
彼女は任官して日が浅い。
実質、この様な大規模戦闘は初めてと言っても良いだろう。
そんな中であっても彼女は自分にできる事をする為に奮闘している。
彼女もヴァルキリーズの一員であると言う事を自覚しているのだ。
いや、彼女だけでは無い。
彼女達ヴァルキリーズは、それぞれがこの部隊の事を誇りに思っている。
その為に己の成すべき事を成そうと考えているのだろう。
そう言った先達から学べるものは大きいのである。


「デカイだけではこの俺とソウルゲインは止められん!玄武剛弾・・・撃ち抜けいっ!」

両腕を高速回転させて敵に目掛けて放つ玄武剛弾。
見た目は俗にいうロケットパンチなのだが、これは本体と肘のブレードから発せられる衝撃波が加味される事で威力を底上げしている武器である。
確かに威力は折り紙付きなのだが、彼が今相手をしているのは要塞級。
流石に現在のソウルゲイン単体では、その動きを止める事は可能であっても致命傷を与える事は難しい。
だがアクセルの狙いは相手を一瞬でも良いから止める事にあったのである。

『わお!!いい位置じゃなぁい!?』
『行きます!』

即座に援護射撃に入るエクセレンとクスハ・・・
ハウリングランチャーと突撃砲から放たれる金属の雨が容赦なく降り注ぐ。

「これも受けろ!・・・舞朱雀・・・貴様に見切れるか!」

肘のブレードを展開させ、まるで機体が複数に見えるほどの高速移動を行いながら相手を切り刻むアクセル・・・

「でええい!!」

最後は止めと言わんばかりに上空へ跳躍し、全体重を乗せながら相手に切り付けると、目の前の要塞級は反撃する間もなく頭から真っ二つに両断されていた。

『わお!!流石にやるじゃないの』
「フッ」
『な、何なのよあの動き・・・あんな出鱈目な機動見た事無いわ』
「出鱈目とは心外だな速瀬 水月・・・貴様には解らんかもしれんが、これが俺とソウルゲインの戦い方だ」
『な、その特機の衛士ってアンタだったの!?』
「何か問題でもあるのか?」
『べ、別に何でも無いわよ・・・』
「そうか・・・『お取り込み中申し訳ありませんアクセル中尉』・・・何だラミア」
『中尉のソウルゲインに向けて徐々にBETAが集まりだしています。敵は最優先ターゲットとして狙いをソウルゲインに定めたと思っちゃったり・・・ゴホン、思われます』
「好都合だ・・・片っ端から叩き潰してやる」
『んじゃ、おとり役頑張ってねぇ~。それじゃ水月ちゃん、私達も行きましょっか?』
『了解!突撃前衛長の力見せてやろうじゃないの!』
「勝手に手を出すのは構わんが、良く狙って撃てよ・・・巻き添えを食うのは御免だからな」
『いちいちムカツクヤツね・・・一発位本当に当ててやろうかしら』
『水月ちゃん・・・程々にね?』

二人のやり取りに対し苦笑いを浮かべるエクセレン。
先程ラミアが言った通り、敵は徐々にこちらに向けて集まって来ている。
彼女はエレメントを組んでいるクスハと共に態勢を立て直すと、前方のBETA群に対して威嚇射撃御行う。

「クスハちゃん、奴らの足を止めるわよ」
『了解です中尉。私だっていつも助けられてるばかりじゃありません!』

再び武器を構え、射撃を開始する二人。

「ラトゥーニ、私達も負けていられませんの。こちらも攻撃に加わるですの」
「了解、BMセレクト終了。攻撃開始・・・」

叢雲改型の両肩に新たに装備された電磁速射砲が火を噴く・・・
叢雲は改修の際、81式強襲歩行攻撃機海神の後継機に採用が検討されている電磁速射砲の試作タイプが装備されていた。
キョウスケ達の案を基に生まれ変わった叢雲は、様々な新技術を用いて改良が施されている。
特に武装面に関しては大幅な見直しが検討され、両肩に電磁速射砲、手持ち兵装として試製99式回転式多砲身機関砲(ガトリングガン)が装備される事となり、更なる攻撃力を得る事になったのである。
そして、改装の際に不知火改型に採用された装備換装機構がこの機体にも採用され、改型の装備も使用可能となったことで更なる汎用性をもたらす事となり、第三世代機と遜色無い機体に生まれ変わったのだ。

「ゼオラ、俺達も行くぜ!」
『解ったわアラド、フォーメーションで行くわ!』
「了解、援護は頼んだぜ・・・クラッシャー、セットアップ!」

前方の要撃級に向け突撃を開始するアラド。
その後方からは彼の動きを予測しているゼオラが精密射撃を行いながら後に続く。

「捕まえたぜっ!スタッグビートル・クラッシャー!!」

勢いよく顔の様に見える尾節を両断すると同時にゼオラの援護射撃が止まる事無く降り注ぐ・・・

「こいつでトドメだっ!」

彼は振り向きざまに長刀を引き抜くと、そのまま要撃級を縦に一閃・・・
先程からのダメージも相俟って目の前のそれはあっという間に沈黙していた。

『やったわねアラド』
「ああ、でも調子に乗り過ぎちまった・・・」
『どうしたの?』
「やっぱり急造仕様だな・・・おっちゃんにも気を付けるよう言われてたんだけど、クラッシャーとの接続部に負荷がかかり過ぎちまったみたいだ」
『それじゃあクラッシャーは使えないの?』
「いや、後何回かは大丈夫だろうけど使い所を考えないと腕ごとイカレちまうなこりゃ」
『私がその分フォローするわ。なるべく長刀を使うようにしましょ』
「そうするよ。完全に壊しちまったらおっちゃんの鉄拳制裁が待ってるかも知れねえしな」

アラドは苦笑い混じりに答えると意識を次のBETAに向ける。
キョウスケ達はヴァルキリーズと共闘し、着々とBETAを駆逐していた。
そんな中、突如としてコックピット内に鳴り響く通信・・・

『ヴァルキリーマムより各機、緊急事態です!』
「どうした涼宮!?」
『先程出現したBETA群が防衛線を構築中の帝国軍部隊に向けて進路を変更しました。帝国軍はこちら側の敵を迎撃する為に部隊を展開中で直ぐには動けない為、支援要請が来てます』
「クッ!まったく、面倒事は全てこちらに押し付けるつもりか・・・速瀬、何機か連れて向こうの援護に向かえ」
『伊隅大尉、そちらには自分達が向かいます』
「なに?」
『こんな事を言っては失礼ですが、我々の方が足が速い。敵の進軍速度を考えて計算したところ、上手く行けば帝国軍が展開中の地点よりもかなり手前で迎撃する事が可能です。許可を頂きたい』
「しかし・・・」
『フッ、お前達にはお前達に与えられた仕事があるのだろう?その為には俺達が居ては都合が悪いと思うんだが、な』
「っ!『この男、副司令からの捕獲任務の事を知っているのか?』・・・仕方無い。南部大尉、そちらの方は任せる。我々はこの場に残り、帝国軍の展開が完了するまで時間稼ぎを行う」
『了解。アサルト各機、聞いたとおりだ。これより我々は北上中のBETA群を迎撃に向かう』
『『「了解っ!」』』
『では伊隅大尉、御武運を・・・』
「ああ、あちらの方を頼む」
『ハッ!』

そう言うと彼らは目的地に向けて出発する・・・

「アクセル・・・」
『何だキョウスケ』
「相手を納得させる為とは言え、さっきのあれは何だ」
『ああ言う手合いはあんな風に言った方が即座に納得すると言うものだ、これがな」
「まったく、お前と言う奴は」
『フッ』
『ねえラミアちゃん』
『何でございましょうエクセ姉様?』
『何かあの二人いつの間にか仲良くなって無い?』
『確かに・・・』
『・・・漢と漢で突いたり突かれたりして・・・お前なかなかやるな・・・いやお前こそ・・・的に解り合ったんだと思いますのよ』
『どこで覚えるんだそう言う馬鹿な物言いは』
「まったくだ・・・」
『馬鹿とは酷い言われ様ですの』
『やっぱり仲良くなってるわよねぇ』
『ええ・・・『隊長も変わられたと言う事か・・・』』
『どうしたのラミアちゃん、なんか良い事でもあった?』
『えっ?い、いえ、何でもありませんです』
『そう?んじゃ行きましょっか』
『はい』

ラミアはアクセルの変化に対し自然と笑みがこぼれていた。
自分が変われた様に彼もまた変わったのだろうと言う事を素直に喜んでいたのである。
そんなやり取りを行いながらも彼らは、一路目的地に向けて最大戦速で進軍を開始する。
だがこの時、彼らは知る由も無かった。
この後遭遇する事件が基で、彼等にとっての転機が訪れる事を・・・
それは吉と出るのか、果たして凶と出るのか・・・
今はまだ誰も知らない・・・


・・・日本帝国帝都・・・

時間は少々前に遡る。
新たなBETA群が地中から出現したと言う報を受けた直後、帝都に居る彼女達もまた動き出そうとしていた。

「状況はどうなっているのです?」
「現在、我れら帝国軍と国連軍が協力してBETA共を迎撃中です」
「帝都へ向かっているとの報告のあったBETAはどうなっている」
「北関東絶対防衛線手前、群馬県境において斯衛軍第3大隊が迎撃に当たっておりますが、事態は戦況はやや不利と言った所でしょうか・・・」
「分かりました。至急増援部隊を編成し、出撃準備を整えさせるのです。何としてでもBETAを帝都に入れてはなりません」
「ハッ!」

指示を受けた将校が部屋を後にする。
日本帝国国務全権代行である政威大将軍、煌武院 悠陽は現状を把握すると、部屋の片隅に待たせてある少女達に向けて目線を送る。
それに気づいた二人は悠陽の元へと足を運ぶと、彼女の表情から状況があまり思わしくないと言う事を察していた。

「姉上、状況は思わしくないのですか?」
「ええ・・・国連軍、帝国軍の将兵が共に奮闘してくれてはいますが、状況はあまり宜しくありません。この様な時に呼び戻してしまい、そなたには悪い事をしたと思ってます」
「そんな事はありません姉上、私にも何かできる事があればなんなりとお申し付け下さい」
「冥夜、そなたに感謝を・・・」
「殿下、私にも協力できる事があれば何でも言って下さい。お力になれるかどうかは分かりませんが、精一杯頑張らせて頂きます」
「ありがとう鑑、ですがそなたは私にとっても、冥夜にとっても大事な友人の一人です。むざむざと危険な事に巻き込む訳には参りません。その気持ちだけありがたく受け取らせて貰うとしましょう」
「ですけど・・・」
「鑑、私達はそなたのその気持ちだけで十分だ。私からも礼を言わせてくれ」
「そんなの当たり前じゃない。私達友達なんだよ?私には大事な友達が困ってるのを見捨てるなんてできないもの。私だって大切な物を護りたい・・・だから私はそんな一心で斯衛軍に入るって決めたんだよ」

純夏もまた己に与えられた責務を全うしようとしていた。
彼女はあの日、BETAによって住む所を追われた際、武によって命を救われた。
だが武は自分を守ろうとして一時的に行方不明となっていたのである。
彼女もまたその時に負った傷が原因でかなりの重体となっていたのだが、懸命なリハビリの結果元通り動けるまで回復した後にとある決意をする。
あの時、自分にも力があれば武はあんな事にならなかったかもしれない・・・
守られているばかりではなく、武の力になりたい・・・
彼女はそんな一心から帝国軍へ入隊しようと考えたのだ。
そして時を同じくしてもう一人の自分とも言える存在、00ユニットである純夏と出会う。
いや、実際の所彼女との面識は無い。
彼女はこの世界の純夏に対しプロジェクションを行う事でこれまでの事実を伝え、そして先ず『御剣 冥夜』に接触するように指示を出していた。
当初は戸惑っていた純夏であったが、彼女に会った事で事態は急変する。
自分の事を知らない筈の彼女が純夏の事を知っていたのだ。
そして武の事も・・・
純夏は冥夜に対し事のあらましをすべて伝え協力を申し出た。
すると彼女は快く了承してくれるどころか姉である悠陽にまでもコンタクトをとりつけてくれたのである。
そして純夏は彼女の力添えもあり斯衛軍訓練部隊へと入隊、約1年の訓練終了後に少尉として斯衛軍に配属されたのだった。

「そうか・・・姉上、無礼を承知で申し上げます。私にも機体をお貸し下さい。足手纏いになる事は十分に承知しております。ですが、私にはここで黙って見ている事など出来ないのです」
「何を言っているのだ冥夜、殿下に対して無礼であろう!そのような事、許されるわけあるまい」
「師匠、いえ紅蓮閣下、それは十分に承知しております。ですが、私もこの国を、いえこの星を護りたいと願う者の一人なのです。差し出がましい事を言っていると言う事は十分解っております・・・姉上、処罰は後でいくらでも受けます。この願いなにとぞ聞き入れては貰えませぬか?」
「殿下、私からもお願いします。御剣さんの頼みを聞いてあげて下さい」
「鑑少尉、貴様まで何を言い出すのだ!いくら殿下や冥夜の御友人の一人とは言え、一介の斯衛軍少尉が口を出して良いものではない!」
「閣下の仰りたい事は十分に承知しています。ですが私には御剣さんの気持ちが十分に解るんです。彼女も私と同じ様に、これ以上大切な物を失いたくないんですよ。だからお願いします」
「・・・」
「姉上!」
「殿下!」
「そなた達の願いを聞き入れる訳にはいきません・・・そなた達だけを危険な目に合わせる訳にはいかないのです」
「そ、そんな・・・」
「何でなんですか殿下」
「・・・話は最後まで聞きなさい」
『「申し訳ありません」』
「紅蓮、出撃準備を整えさせなさい」
「ハッ!我が斯衛軍第1大隊、出陣の御命令があり次第即座に対応できるよう準備はできております」
「そうではありません。私の武御雷の準備を行えと申しておるのです。そして、彼女達の機体も用意なさい」
「あ、姉上!?」
「殿下!?」
「な、何を仰られるのですか殿下っ!殿下が自ら前線に赴くなど危険です。私はいくら殿下の仰る事とは言え、その様な命に従う事はできませんぞ!」
「そなたこそ何を言っておるのです。将軍家の人間は、自ら第一戦に立って臣民の模範となるべしと言う言葉を忘れたのですか?今帝都は危機に瀕しているのです。この様な時だからこそ私が出撃せねばならぬのがそなたには解らぬと申すのか」
「しかし・・・」
「姉上、紅蓮閣下の仰る通りです。姉上自ら前線に赴くなど危険すぎます」
「そうですよ殿下。それに私達の機体まで準備するように命令するなんて、さっきは駄目だって言ったばかりじゃないですか」
「鑑の言う通りです姉上。私には姉上のお考えが解りませぬ」
「先程も申したでしょう?私はそなた達だけを危険な目に合す訳にはいかないと・・・私が自ら出撃すると言ったのはそれだけではありません。先程の将軍家の人間としての在り方もそうですが、私とてこの国やこの星を護りたいと願うものの一人なのです」

それぞれが複雑な思いだった。
悠陽の言う事は尤もだ。
彼女は心の優しい持ち主である。
そんな彼女が自分だけ後ろで見ている事など出来ようか?
否、断じて否である。
確かに自分が前線に出たところで戦況が一気に優位に傾くとは彼女も思ってはいない。
彼女とて自分の力量などと言うものは十分に弁えているつもりだ。
ならばそんな彼女が何故自ら前に立とうとするのか・・・
彼女は自身の持つ記憶から以前の世界で起こってしまった不幸な出来事を思い出していた。
国を想い、民を想い散って逝った者達・・・
それらの原因は自分にもあると自身を責めていたのだ。
贖罪と言うだけでは無い。
そして、自らが動く事で現在も水面下で進められているであろう彼の者達の行動を阻止しようと考えていたのだ。
彼らの国を想う気持ちは否定できない。
かと言って許す事も出来ない。
無駄に流される血はこれ以上在ってはならないのだ。
彼女は自らが彼らに対し道を示す事でそれらの事を回避しようとしていたのである。

「・・・もう何も言いますまい。殿下の御決意、この紅蓮 醍三郎お供いたしますぞ!」

紅蓮はずっと彼女達の眼を見ていた・・・
幼少の頃から彼女達の事を知っている彼にとっては悠陽や冥夜の決意は本物であると言う事など直ぐに解る。
彼女達の国を想い、民を想う気持ちを無下にする事は出来ない・・・
しかし、二人を危険な目にあわす事は出来ない。
それならば自分が盾となる事で二人を守れば良い。
先代から託された彼女達を護り、そして力添えをする事こそが悠陽や冥夜の為だと考えたのである。

「解って貰えましたか紅蓮・・・そなたに感謝を」
「ハッ!ありがたき幸せに御座います・・・月詠中尉、至急殿下と二人の機体を準備させるよう通達せい」
「ハッ!ただちに・・・」

急ぎ足でその場を後にする月詠。
彼女もまた二人の成長を喜んでいた。
恐らく悠陽や冥夜にこの様な決意をさせたのは純夏だろう。
協力するとは言ったものの、あのような事件があった事から彼女は正直純夏を疑っていた部分があった。
だが今回の一件でその迷いも振り切れる事となる。
彼女は改めて純夏に対し恩義を感じると悠陽や冥夜だけでなく、彼女の事も守らねばならないと心に誓うのであった。

「さて、私達も出撃の準備に掛かるとしましょう」
『『「ハッ!」』』

出撃準備を整える為に部屋を後にする三人。
彼女らの眼には決意と言う名の新たな光が宿っていたのであった・・・


・・・帝国斯衛軍戦術機ハンガー・・・

「こ、これは・・・」

冥夜は自分の為に用意された機体を見て驚いていた・・・
斯衛軍の機体なのだから武御雷であると言う事は予想していたのだが、彼女の目の前にある機体は従来の武御雷とは違う。
特に驚いていたのはその色である。
斯衛軍が使用する武御雷は大きく分けて6種類に分類される。
これらは冠位十二階に沿ったカラーリングが施されており、それぞれ性能も異なっている。
そんな中彼女の為に用意された機体は外観こそ将軍機の物と同じなのだが、機体色だけがやや違っていたのだ。

「この武御雷はそなたの為に用意したものです」
「姉上・・・」
「さあ冥夜、この機体で私と共に戦いましょう」
「ハイッ姉上!」
「殿下、冥夜様、僭越ながら私共もお供させて頂きます」
「月詠中尉、そなた達に感謝を」
「勿体無きお言葉・・・凪沙少尉、鑑少尉、貴様らは私の指揮下に入れ。この命に代えても殿下と冥夜様をお守りするのだ」
『「了解しました」』
「では参るとしましょう」
「ハッ!」

それぞれがそれぞれの想いを胸に秘め、戦いの地へと赴く。


・・・北関東絶対防衛線・・・


展開中の帝国斯衛軍第3大隊は苦戦を強いられていた。
予想以上にBETAの物量が多かったのである。

「クッ、状況を報告せよ!」
『左翼に展開中の第5、第6、第7中隊の損耗率が上がっています。このままでは突破されるのは時間の問題です』
「中央の第8、第9中隊をそちらの援護に回せ。それから援軍の方はどうなっておるのだ」
『もう間もなく斯衛軍第1大隊が到着する予定です』
「おお!紅蓮閣下の部隊か、これは心強い。皆の者聞いているな?後しばしの辛抱だ、全力でこの場を死守せよ!」
『『「ハッ!!」』』

帝国斯衛軍第1大隊・・・
紅蓮 醍三郎率いるこの部隊は、斯衛軍きっての精鋭揃いで有名である。
無現鬼道流という剣術を極めた彼は、若い頃から数々の武勲を収めその実力は一人で衛士数十人分に相当すると言われている。
少々大げさかもしれないが、その彼が戦場に出てくると言う事は彼を知る者であればこれほど心強いものは無い。
彼の存在は居るだけでも戦意高揚に繋がるのである。

『皆の者、遅れてすまぬ』
『おお、紅蓮閣下!お待ち申し上げておりました』
『うむ、後は我等に任せ貴公らは一時後退せよ』
『お気使い感謝します。ですが我らなら御心配無用!元より死は覚悟の上であります』
「その様な事を申してはなりませぬ。ここは我等に任せ、そなた達は一時後退し態勢を立て直すのです」
『っ!で、殿下!?殿下が何故この様な所に?』
「足手纏いは重々承知の上ですが、此度の戦何としても勝たねばなりません。私とてこの国を、民を想う者の一人です。そんな中、一人後ろでのうのうと見て居る事など出来ましょうか・・・そなた達ばかりに無理をさせる事など私には出来ないのです」
『勿体無いお言葉・・・殿下のお心遣い、一同に代ってお礼を申し上げる所存でございます』
「そなた達に感謝を・・・さて、先程も申した様にそなた達は一時後退し態勢を立て直し反撃の準備を整えなさい。宜しいですね?」
『ハッ!損耗率の高い部隊から順次後退させます。殿下・・・御武運を』
「ありがとう・・・では紅蓮、参るとしましょう」
『ハッ!行くぞ皆の者!帝国斯衛軍第1大隊の力、BETA共に存分に見せつけてやれいっ!』
『『「ハッ!!」』』

第1大隊VSBETAの戦いの火蓋が切って落とされる。
そんな中、彼らの目の前に突如として光球体の様な物が現れる・・・

「ムッ、何だあれは・・・BETA共の新兵器か?」
『解りません・・・ですがこれは!?』
『如何したのです凪沙少尉』
『あの球体周辺に異常な重力変調を感知しました・・・このまま進むのは危険です!』
「全軍一時停止っ!近くに居る者は直ぐに後退せよ!」

球体は徐々に強い光を放ちだし、そして大きくなっている・・・
その場に居た者全てが何事かと静観している中、それはまるで爆発する直前の様な光を放ちだす。

「全機衝撃に備えよ!!」

紅蓮がそう叫んだ直後。
突如として光の中から現れる影・・・
やがて光が終息すると、そこには見た事も無い紅の巨人が立っていた。

「な、何だあれは・・・」
『まさかあれは特機?』
「月詠少尉、貴公はあれが何か知っておるのか?」
『い、いえ、詳しくは解りませんがあれは特機と呼ばれる戦術機の様なものによく似ています』
『そなたの居たと言う世界に存在している物なのですか?』
『断言はできませんが、恐らく・・・』
『と言う事は味方・・・なのでしょうか?』
『解りません。ですが用心するに越した事は無いかと』
『あれは敵じゃないと思います・・・あの機体からは悪意と言った物は感じられません』
『どう言う事だ鑑?』
『上手く言えないけど、あの機体からは悪意って言うより、戸惑いって言った方がいいのかな?そんな感じの声が聞こえるの』
『兎に角一度話してみる事にしましょう。私が通信を試みます。その間、そなた達はBETAを頼みます』
『『「ハッ!了解いたしました」』』


彼らの目の前に現れた紅き機神・・・
それが意味するものは?
果たしてこの紅き機神は敵なのか味方なのか?
物語は風雲急を告げる動きを見せようとしていた・・・


あとがき

21話でーす。
今回少々長くなってしまいました・・・
もう少し上手く纏めるスキルを身につけれればと思ってますTT

さて、今回のミッションでキョウスケ達が使っているコールサインは以下の様になってます。
アサルト1から4はそれぞれ、キョウスケ、エクセレン、アクセル、ラミア。
アサルト5から11はブリット、クスハ、アラド、ゼオラ、ラトゥーニ、アルフィミィです。
原作ではブリットがアサルト3、クスハが4なんですが、色々考えた結果彼らはこの世界では任官前と言う事ですのでこの様にさせて頂いてます。
今後、彼等が正式に配属されたら変更するかもしれませんが、今回はこれでご容赦ください。

予告通り、改良された叢雲の詳細データを書かせて頂きます。

Type90K 叢雲改型
正式採用が見送られた戦術機である叢雲の改造機。
キョウスケ達が行ったテストで得られたデータと彼の提出した案を基に改良されており、その運用方法は大きく変わる事となった。
主な改良点はジェネレーターと冷却ユニット、跳躍ユニットの換装、装甲材の変更ならびにリアクティブアーマーの採用、不知火改型と同様の背部コネクターの搭載、武装面の大幅な見直しと言ったところで、全身に亘って改修が行われている為、改造機と言うよりは殆ど新型に近い位置づけとなった。
ジェネレーターは改装された不知火改型に用いられたプラズマジェネレーターと同じ物が採用され、跳躍ユニットに関しては不知火改型と同等の物に変更されている。(テスラドライブでは無い)
装甲材と冷却ユニットを第三世代機に準じた物に変更した結果、弱点であった排熱面も改善される事となり、アルトアイゼンに採用された試製94式増加装甲システム改を基にしたリアクティブアーマーが採用された事で更なる対弾性を得ている。
武装面に関しては大幅な見直しが検討され、肩部に81式強襲歩行攻撃機・海神の後継機に採用が検討されている電磁速射砲の試作機と92式多目的自律誘導弾システムが新たに採用された為、腕部内蔵型36mmチェーンガン、折り畳み式電磁粉砕爪、240mm迫撃砲と言った武装は取り除かれている。
電磁粉砕爪が排除された主な理由はジェネレーターにかかる負荷によるオーバーヒートの可能性と言った点もあるのだが、複座式と言う点から、近接戦闘に主眼を置くよりも遠距離戦や後方支援に向いていると言った結果がテストによって得られた事と、当初の装備のままでは遠近両用のバランスが悪かった為とされている。
しかし、近接戦闘が不利と言う訳ではなく、基となった機体同様に従来機の武装も装備可能である事から戦術機用の長刀なども使用可能。
また、改型に採用された装備換装機構がこの機体にも採用され、改型の装備も使用可能となっているのだが、全ての装備がそのまま使用できるという訳では無い。
尚、武装やリアクティブアーマーは搭乗している衛士が任意でパージする事が可能である為、使用後にデッドウエイトとなる心配は少なくなっている。

武装
01式試製電磁速射砲×2
92式多目的自立誘導弾システム×2
99式回転式多砲身機関砲(ガトリングガン)×1
65式近接戦闘短刀×2
脚部マイクロミサイルポッド×4

おまけで手持ち武器について。

試製99式回転式多砲身機関砲(ガトリングガン)
試製99型電磁投射砲と同時期に開発された回転式多砲身機関砲。
整備などと言ったコストの問題から採用されなかったのだが、面制圧能力の高さに着目した整備班班長が叢雲改型の改良の際に同機の専用武装として半ば強引に採用させた。
班長曰く「ガトリングガンはある意味漢のロマン」だそうである。

と言ったオリジナル設定です。
叢雲の設定変更に関してですが、どうせやるなら徹底的にやっちまえと言う事でかなりいじらせて貰いました。
取り外された電磁粉砕爪ですが、今後別の機体に装備される予定です。
モチーフはガンダムヘビーアームズと言った所でしょうか?
砲戦仕様に特化している訳ではなく、改型と同じ様に武装を換装する事で近~中距離戦闘をこなす事も可能となってます。
少々やり過ぎたかもと思う点も多々ありますが、ご容赦ください^^;
エクセレンのヴァイスリッターの詳細については後日書かせて頂く事にします。

さて今回のサプライズ?
殿下出撃です。
更には冥夜も出撃です。
そして更に純夏も出撃です(笑)
更にはオウカ姉様も出撃です(爆)
今回のお話でチラッと出てきましたが、純夏は斯衛軍に入ってます。
これらに関しては私にも考えがあっての事ですので何とぞご容赦くださいませ。
純夏とオウカが搭乗している機体は武御雷の黒バージョンです。
そして、冥夜の搭乗している機体は将軍仕様の武御雷の2号機でカラーリングは冠位十二階に沿って上から二番目の小徳 (しょうとく)(薄紫) 色と言う設定にさせて貰いました。
折角12種類もあるんだから使わない手は無いですよね?(笑)
サプライズと呼べるほどのモノかどうかは分かりませんが、今後殿下も前線に出て来る事が増えると思って頂いて構いません。

さーて、物語はここに来て大きく動き出そうとしてます。
彼らの目の前に現れた紅き機神。
詳しくは次回のお話で書かせて頂きますが、彼らが現れた事がキョウスケ達の機体の完全復活へのキーの一つとなります。
次回はこいつが大暴れ!w
それから近々タケルちゃんも復活する予定です。
復活後のタケルちゃんも大暴れの予定ですので続きを楽しみにしていてください^^
それでは感想の方お待ちしていますね。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第22話 覚醒
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/11/01 01:04
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第22話 覚醒




「っ!・・・一体さっきのは何だったんだ?」
『解らん・・・兎に角ゲートが開かれたという事は間違いない』
『って事は私達はどこかへ飛ばされたって言うの?』
『恐らく・・・』
「クソッ!訳がわかんねぇよ・・・それよりもここは何処なんだ?」
『それよりもコウタ、周囲を警戒するんだ。何やら俺達はとんでもない所へと飛ばされてしまったようだぞ』
「何っ!?・・・ゲ、なんだよあの気色の悪い生き物は」
『うわぁ何アレ・・・気持ち悪い』
『あの生物は此方に対して敵意を向けている様だ・・・それに周囲に展開しているロボット。どうやらこの世界も戦争しているようだな』
「んな事はどうでもいい。ケンカを売って来るって言うんなら相手をしてやるぜ!」
『まて、状況が解らん以上、迂闊に手を出すのは危険だ』
「ヘッ!ケンカの極意は先手必勝!やられる前にブッ飛ばす!」
『駄目だよお兄ちゃん。ロアの言う通り下手に手を出して両方を刺激しちゃったらどうするのよ』
「だったらどうしろって言うんだ!?このままじゃ埒が明かねえ・・・考えてる間に攻撃されたらどうするんだよ!」
『確かにそうだけど・・・っ!何?』
「どうしたショウコ?」
『オープンチャンネルで通信が入ってる』
『どうやら我々の後ろに居るロボットからの様だ。どうするコウタ?』
「何が何だか解かんねぇけど、こっちも情報が欲しいのは事実だ。通信を繋いでくれショウコ」
『了解』

ショウコはコンソールを操作し、先程から呼びかけられている通信に対しチャンネルを合わせる。

『この様な通信をいきなり送り付けた事、大変申し訳なく思います。私の名は煌武院 悠陽、この国の政威大将軍を務めさせて頂いている者です。宜しければそなたの名前を教えて頂けませぬか?』
「俺の名前はコウタ・アズマだ。ところでここは一体何処なんだ?あの目の前に居る化け物は一体何か教えてくれ」
『ちょ、ちょっとお兄ちゃん。いきなり失礼だよ?』
「いきなり通信に割り込んで来て何だよ?」
『政威大将軍って多分凄く偉い人だと思うよ・・・それをいきなりタメ口で・・・』
『まったくだ。お前と言う奴は自分の身分を弁えろ』
「うるせえよ!そんなもん俺の知ったこっちゃねえ。それより悠陽さんって言ったか?さっきの質問に答えてくれ」
『は、はい・・・ここは日本、そして我々の目の前に居るのはBETAと呼ばれる人類と敵対している地球外起源種です』
「敵対って事は要するに侵略者って事か・・・やっぱりブッ飛ばして正解だったんじゃねえかよ」
『我々には後がありません・・・ここを突破されては帝都に住む人々が危ないのです。いきなりで申し訳ありませんが、私達にそなたの力をお貸し頂けませぬか?』
「要するにあいつ等をぶっ飛ばしちまえば良いって事だろ?任せとけ!」
『ありがとう御座います。そなた達に感謝を』
「ヘッ、良いって事よ。目の前で困ってる人がいたら助けるのが江戸っ子ってもんだ!行くぞショウコ、ロア!」
『うん』
『了解だ』

相手の話し方などに少々驚いていたものの、協力を取り付ける事が出来た悠陽は内心ホッとしていた。
目の前に現れた見た事も無い戦術機は、これまでの情報から異世界のものだと言う事は予想が付く。
しかし、異世界の協力者が身近にいるとは言え、その全てが味方をしてくれるとは限らないのだ。
だが、今はその様な事を考えている場合では無い。
今は目の前のBETAを如何にして駆逐するか・・・
何としてでもここで奴らを食い止めなければならないのだ。
その為に彼女は自身を鼓舞し、自らも敵を倒すべく皆の後に続くのだった。

『先ずは牽制だ。唱えろ、コウタ、バーナウ・ファー・ドラグ・・・!』
「言われなくてもやってやらぁ!バーナウ・ファー・ドラグ!!」

Gコンパチカイザーの周辺に光が収束される・・・
そしてそれらが魔法陣の様な物を形成すると徐々にエネルギーが集まり始める。

「ファイヤー・ドラゴン!!行けぇぇぇっ!」

真紅の炎に身を包んだ龍が召喚され、眼前に広がるBETAに向けて発射される。
炎の龍は唸りを上げながらBETA達を飲み込むと、一瞬にしてそれらを灰に変えていた。

「ヘッ!どんなもんだ」
『コウタ、最初から全力を出し過ぎだ。周りにいる人達の事も考えろ』
「いちいちうるせえんだよ。加減なんてしてたらこっちがやられちまうだろうが!」
『駄目だよお兄ちゃん。ちゃんと考えないと他の人たちまで撒き込んじゃうよ?』
「・・・解ったよ。ちょっとだけ手加減してやらあ」

そんな彼らのやり取りを他所に、目の前で起こった出来事に斯衛軍の面々は驚愕していた。
彼等が驚くのも無理は無いだろう。
一瞬にして彼らの目の前に居たBETAは消し炭になっている。
彼らは驚愕すると共にその圧倒的な力に魅了されていたのだ。

「今度はあのデカブツをやる!」
『了解!』
『撃て、カイザーの両拳を!』
「よし!・・・ダブル!スパイラルナッコォォォッ!!」

胸の前で組み合わされた両腕が要塞級に向けて発射される。
しかし、要塞級はよろめくものの、大したダメージは与えられていない。

「まだまだぁっ!!必殺!!・・・」

カイザーの胸部装甲が展開されエネルギーが収束され始める。

「カイザァァァ・・・バーストッ!!!」

エネルギーの波に飲み込まれ、一瞬にして蒸発する要塞級。
そしてカイザーの放った攻撃の余波は、周囲に居た要撃級や突撃級と言ったBETAにも甚大なるダメージを与えていた。

「す、凄い・・・」
「さっきの炎の龍も凄かったけど、何今の・・・」
「荷電粒子砲でしょうか?それにしても凄いです」

神代 巽、巴 雪乃、戎 美凪の三名は目の前の出来事に対して驚くあまり攻撃の手を休めていた。
それも当然であろう。
いきなり自分達の目の前に現れた紅い機神は、瞬く間に多数のBETAを倒している。
目の前の光景に対し心奪われるなと言う方がおかしいのである。

「貴様らっ!呆けている場合ではないだろう。あの者が撃ち漏らした敵を我々が掃討するのだ!」
『『「りょ、了解っ!」』』

三人の部下に対して檄を飛ばす月詠。
しかし、本当の所は彼女自身も目の前の光景に心奪われていた。
今まで散々苦汁を飲まされてきたBETAに対し、圧倒的な破壊力で目の前の機神は立ち向かっている。
それを見て素直に喜ばない者はこの世界には居ないだろう。
だが彼女は、正直複雑な気持ちだった。
今は自分達の味方として戦ってくれているが、目の前の機神は味方とは限らないのである。
もしも敵に回ったとしたら・・・
彼女はその様な一抹の不安を覚えていたのである。

「オラオラオラオラ!BETAってのも案外大した事無いんだな。こんな奴らあっという間に片付けてやるぜ!」
『油断するなコウタ!敵の戦力が不明だと言う事を忘れては駄目だ』
「ヘッ、こんな弱っちい奴らの何に油断するって言うんだよ。このまま行くぜ!」

両肩のショルダー・キャノンを連射しながらそう叫ぶコウタ。
現在こちら側に展開中のBETAは小型種や中型種が中心で、大型種である要塞級はほとんど存在していない。
だが、そう言った油断からこそ隙と言う物は生まれる・・・

『レーザー照射警告が出ました!各自回避行動に移って下さい!』
「レーザー照射?なんだそりゃ」
『そこの特機、何をしている!光線級の攻撃が来るぞ、回避行動を行うんだ!』
「レーザーだかビームだか何だか知らねえが、そんなもんでこの俺とカイザーがやられるかってんだ!」

コウタがそう言った直後、Gコンパチカイザーに向けて照射される無数の光・・・

「ショウコ、フィールドだ!」
『了解!』

Eフィールドを展開して光線級のレーザー照射を防ごうとするカイザー。
どうしても特機と呼ばれる機体はそのサイズが大きい分、被弾してしまうケースが多い。
そう言った点からこれらの機体には堅牢な装甲や相手の攻撃を防ぐバリアなどと言った物が装備される事が増えてきている。
カイザーにもEフィールドと呼ばれる防御用のエネルギーフィールドが装備されている。
コウタはそれを用いる事で光線級のレーザーを防ごうとしているのだ。
レーザーと言っても所詮は粒子兵器。
装備されているフィールドで防げる・・・彼はそう考えていた。

「クッ!耐えろっ、Gコンパチカイザー!!」
『駄目お兄ちゃん、フィールドがもたない!』
「くっそぉぉぉ!!」

レーザー照射が終わる直前、負荷に耐えられなくなったフィールドが消滅してしまう。
幾分か減衰していたとは言え、機体に直撃を受けてしまうカイザー・・・

「グッ!」
『きゃぁぁぁぁっ!』

後方に吹き飛ばされるような形で倒れこむカイザーの元に迫る無数の要撃級。
このままでは危ない・・・

「皆の者、あの特機と呼ばれる機体を援護!第3中隊、レーザーの照射元を割り出し、即座に光線級を殲滅するのだ!」
『『「了解っ!」』』

紅蓮が指示を出し行動に移る斯衛軍の部隊。
カイザーに取り付こうとするする要撃級の殲滅を彼らに任せていた悠陽は、彼らの無事を確認する為に急いでカイザーに向けて通信を繋ぐ。

「大丈夫ですか?」
「ああ、ショウコそっちはどうだ?』
『・・・』
「おいショウコ、どうしたんだ返事をしやがれっ!」
『落ち着けコウタ。彼女は気を失ってるだけの様だ』
「ビックリさせやがる・・・ロア、カイザーの状態は?」
『戦闘は可能だが暫くフィールドは使用できん。それからショウコが気を失ってしまっている上に詳しい状態が判らん以上、このまま戦闘を行うのは危険だ』
「だったらGサンダーゲートを分離させてカイザー単体で戦えば良いだろう?」
『この様な混戦状態で分離させる事は許可できない』
『ならば斯衛の者に全力で死守させましょう。光線級の殲滅が済み次第、機体ごと彼女を安全圏まで離脱させるよう手配します』
「悠陽さん、すまねえ恩にきるぜ・・・ロア、ショウコが心配だ。早くしてくれ!」
『解った・・・だがお前も無理はするなよ?』
「俺だってこんな所で死ぬつもりはねえよ。爺ちゃんも心配してるだろうしな」

彼らはGサンダ―ゲートを分離させると即座に臨戦態勢を整える。
悠陽が手配した斯衛軍の部隊が防御に特化した円壱型(サークル・ワン)の陣形を組んだ事を確認すると、コウタ達は再びBETAに向けて進軍する。

「待ってろよショウコ・・・こんな奴らさっさと片付けてやるからな」
『ショウコ殿はそなたの大切な妹君なのですね・・・』
「ああ、たった一人の妹だ。ちょっと口五月蠅い所もあるけどな」
『フフ、羨ましい限りですね』
「アンタには居ないのか?そう言う兄弟とか姉妹とか」
『私にも大切な妹が居ます。私達姉妹もそなた達の様な関係であれればと思ったもので・・・』
「何か良くわかんねぇけど・・・きっとなれると思うぜ?アンタを見てると何かそんな気がする」
『ありがとうコウタ殿。そなたに感謝を・・・』
「別に感謝される程の事でもねえよ。兎に角今は目の前の奴らを何とかしようぜ?話は後でゆっくりできるだろ?」
『そうですわね。では参るとしましょう』
「おうっ!」

彼らは通信を終えると眼前の的に意識を集中させる。
先程のやり取りの後、悠陽は彼等が敵でない事を確信していた。
もしも自分達に敵対する様な人物であるのならば、あの様な事は言ったりはしない。
決め手となったのは、コウタのショウコを思いやる気持ちである。
そしてそれらを含めて他人を思いやれる者は、信じるに値する人物だと彼女は感じていたのだ。
彼女はこの戦いが終わったら冥夜を交えて彼らと一度ゆっくりと話をしてみたいと思った。
そんな思いを胸に、再び彼女は戦場を駆け巡る・・・
大切な物を護るために・・・


そして舞台はキョウスケ達の方へと移る。


コウタ達がこちらに転移して来た時とほぼ同じ頃、キョウスケ達は北上中のBETA群との戦闘を開始していた。

『ねえ、報告された数より少ない事ない?』
『確かにそうですね・・・』

敵を迎撃しつつ、彼らは報告された数よりもBETAが少ない事に疑問を浮かべる。
周囲に味方の部隊は居ない。
それどころか、自分達よりも先に接敵した部隊が居ると言う報告は受けていないのだ。
そして彼等が感じた違和感は、戦況を観測していたラトゥーニからの報告によって確信へと変わる・・・

『何か変です大尉』
「どうした?」
『前方に展開中のBETA群が後退を開始しています。いえ、正確には進行方向を帝都方面に変更していると言った方が正しいのかもしれません』
「どう言う事だ・・・帝都方面から何か情報は?」
『いえ、今のところ何も・・・ただ』
「些細な事でも構わん。何か気付いた事があるのなら報告しろ」
『センサーが微弱な重力変調を感知しました。ポイントは帝都方面、北関東絶対防衛線の戦闘区域周辺です』
「奴らはそれに反応してそちらに向かったと言う事か・・・」
『キョウスケ大尉、ひょっとして俺達みたいに誰かが転移して来たのでは?』
『ブリットの言う事は一理あるかも知れません。BETAは自分達の脅威となりうる物を全力で排除しようとするそうです。もし我々の知る者が転移して来たのであれば可能性は否定できなかったり・・・できないかもしれません』
「しかしここを手薄にする訳にもいかん。確認しに行きたいところではあるが・・・」

状況を確認したいのは当然だ。
味方であるならば何としてでも保護しなくてはならない。
だが敵と言う可能性も否定できない。
もしも敵であった場合、接触した帝国軍が危険に晒される。
だがキョウスケが言ったようにこの場を離れると言う事は、迎撃準備を整えている帝国軍に危険が及ぶ可能性がある。
後退しているように見えるBETAは、ひょっとしたらまた陽動を仕掛けているのかもしれない。
そう言った状況から彼は即座に決定できないのだ。

『ならばここは俺とラミアに任せてお前達が確認に行けばいい。隊を防衛線構築の支援と追撃に分かれたと言えば問題はあるまい?』

不意にアクセルが口を開く・・・

「だがお前達二人だけを残して行く訳にもいかんだろう?もしもまた地下からBETAが湧いてきたらどうするんだ」
『でしたら私が残りますの』
「アルフィミィ、気持は解らんでも無いが機体はどうするつもりだ?」
『それについては心配には及びませんの。ラトゥーニ、ハッチを開けて下さいませ』
『う、うん』

言われるままにハッチを開閉するラトゥーニ。

「ペルゼイン・・・出てきても良いですのよ」

彼女がそう言った直後、叢雲改型の背後に空間の歪みが発生する。
徐々に広がり出す歪み・・・

「なっ!」

驚く彼らを他所に、その歪みの中から出現する赤い鬼を模した巨人・・・
アルフィミィの愛機であるペルゼイン・リヒカイトである。

『こんな事もあろうかと持って来ておいたですの。ここなら帝国や他の国連の方に見つかる可能性も低いでしょう?』
「本当にそう言う悪知恵だけは誰かさんそっくりだな」
『何か言ったかしらキョウスケ?』
「いや、ではお前達に任せるとしよう・・・危険だと感じたら各自の判断で離脱してくれ」
『了解ですの』
『任せておけ。それからこれは餞別代わりだ・・・お前達用の花道を作ってやる。行くぞアルフィミィ!』
『ハイですの』

それぞれが自分の機体にエネルギーを収束し始める。

「青龍鱗!」
「まとめて・・・いきますの」

彼らの機体から放たれる閃光・・・
それはやがて巨大な一筋の道となり、次々とBETAを飲み込んで行く。
光が消えた後、彼らの目の前には巨大な道が作られていた。
多少危険ではあるが、これならば時間を無駄に浪費する事無く最短ルートで目的地に向かう事が出来る。

「アクセル、ラミア、アルフィミィ、無理はするなよ?」
『この程度の相手に心配はいらん』
『きちんと私がアクセルの手綱を握っておきますから心配は無用ですのよキョウスケ』
『キョウスケ大尉、御気を付けて』
「了解だ。各機、ザコは無視してかまわん。こちらに仕掛けてくる奴だけ迎え撃てばいい。奴等が態勢を整える前に行くぞっ!」
『『「了解っ!」』』

一路帝都方面を目指すキョウスケ達。
そこでは再会と新たなる出会いが待っていると言う事を彼らはまだ知らない・・・


・・・???・・・

ここが何処なのかは誰にも解らない・・・
漆黒の闇に包まれたその空間に青年は一人漂っていた。

『君はいつまでそうしているつもりなんだい?』
「・・・またお前か」
『君の気持は解らないでもない・・・でもそうやっていつまでも落ち込んでいては何も始まらないだろう?』
「お前に俺の何が解るって言うんだ・・・」
『解るさ・・・』

彼がそう言った直後、青年の目の前に集まり出す光・・・
やがてそれらは人の形を成すと、再び目の前の彼に対して語り始める。

『君は僕であり僕は君だ。いや、正確には因果空間に漂っていた様々な世界の君と言う存在の集合体かな』
「それがどうした?俺には関係ない」
『確かに関係ないかもしれない。でも聞いて欲しい』
「聞くつもりは無い」
『グダグダといつまでそんな寝言みたいなことを言ってやがるんだよテメェは!』

先程とは別の方向から聞こえてくる声・・・

『ったくよう、こんな情けねえ奴が別世界の俺だと思うと泣けてくるぜ・・・』
「だからなんだって言うんだよ。俺は俺だ、お前達じゃない」
『そりゃそうだ。俺はお前と違うからな。俺はお前みたいにいつまでもウジウジしてるヘタレとは違う』
「なんだとっ!」
『いい加減にしたまえ・・・我々はこの様な不毛な争いをする為に居る訳ではない』
『チッ!』

また別方向から声が聞こえ始める。

『・・・さて、この世界の私よ。君を随分と辛い目に合わせてしまった事に先ずは謝罪しよう』
「お前に謝って貰った所で何も変わらない」
『確かに君の言う通りだ。だが彼女の想いも分かってあげて欲しい』
「・・・」
『彼女が君にした事はショックだったかもしれない・・・だが君だって気付いているんだろう?彼女が意味も無くあの様な事をするはずが無いと』
「ああ、あいつがそんな奴じゃないって事は俺が一番良く解ってる」」
『だったら何故君は目覚めようとしないんだい?』
「分からないんだ。俺がやろうと思っていた事は本当に自分の意志だったのか・・・」
『自分に流れ込んで来た記憶のせいで行動していたかもしれない。君はそう言いたいんだね?』
「俺は一体何をすれば良いって言うんだ?俺がこの世界を護りたいって思ったのは、お前達の意思が介入したからなんだろ?それじゃ今までの俺の想いは全部俺自身のもんじゃないって事じゃないか」
『それは違う・・・良く思い出してみるんだ。君の本当の想いを・・・そして願いを』
「俺の想い・・・そして願い・・・」
『君には僕達が介入しなくても戦う意思があった筈だ。そしてこの世界を護りたいと言う願いも・・・』

青年は眼を閉じ、意識を集中させる。
徐々にではあるが自分の頭の中に甦って来る記憶・・・

『段々と思い出せて来ただろ?』
「・・・ああ、確かに俺はあいつを護れなかった事を後悔し、再び同じような思いをする人を出したくない一心で軍に入った」
『だったら何故目覚める事を否定する?』
「解らない・・・俺にはもう俺の事を待ってくれている人も居ないんだ。あいつが居ない世界に戻ったとしても俺にはもう護る者も存在しない」
『それは違う・・・君の事を待ってくれている人が居る事は君にも解る筈だ。そして、護るべき者も・・・』
『聞こえんだろ?お前を呼んでる声が・・・みんなお前の事を待ってるんだよ』
「・・・」
『よく耳を澄ますんだ。今も君の傍で君の名を呼んでる少女の声が聞こえるだろう?』
『・・・さん。・・銀さん。起きて下さい白銀さん』
「・・・か、霞?」
『彼女だけじゃない。他にも聞こえる筈だ』
『今度は私がタケルちゃんを助ける番だ・・・だから絶対タケルちゃんに会うまで私は死ねない・・・だから早く帰って来てタケルちゃん!』
「すみ、か?」
『彼女は生きている・・・無論00ユニットとしてでは無い。彼女は君が助けたんだ』
「な、何だって!?そ、それじゃあの脳髄は?」
『あれは偽物だ。彼女もまた君と同じく後悔していた・・・そして君をこの様にしてしまった事も』
「・・・」
『この世界の鑑 純夏は君を助ける為に戦いの世界に足を踏み込んだ。いつも護って貰ってばかりだった君に対して恩を返したいと・・・そして彼女は今も君を待ち続けている』
「そうだったのか・・・」
『今の君になら彼女の本当の気持ちが解る筈だよ。そして、君にあの様な仕打ちをしたもう一人の鑑 純夏の想いも』
「ああ・・・俺は一体何をやってたんだろうな。お前達に教えられたよ」
『いや、僕達は切っ掛けを与えたに過ぎない』
『そうだ、私達が言った事を抜きにしても最後に結論を出したのは君だ』
『お前が最後までグダグダ言ってるただのヘタレだったらマジどうしようかと思ったけどな』
「ありがとう」
『礼を言うのは僕達の方だよ』
『これで君は再び戦える筈だ』
『都合の良い話だけどよ、俺達が叶えられなかった想いを叶えてくれ』
「任せてくれとは言えないかもしれない・・・でも俺にできる事を精一杯やらせて貰うよ」
『それじゃあ僕達は行くよ』
「行っちまうのか?」
『消えて無くなる訳ではない』
『俺達は元々お前の中に存在しないもんだからな・・・不要なもんは取り除かせて貰うって事だよ』
「どう言う事だ?」
『これからの戦いにおいて君に必要のない記憶などを元の因果空間へ戻す。これで君が本来持っていた記憶も完全に蘇る筈だ』
「そうか、ありがとう」
『バ~カ、礼を言うなら俺達じゃなくって純夏に言えよ。あいつが頑張ってくれたから俺達はお前の意識の中に干渉できたんだからな』
「解った」
『それでは後の事は頼む、この世界の白銀 武』
「ああ、お前達の想いも無駄にしない。俺はこの世界を絶対に救ってみせるよ」


徐々に光を取り戻し始める空間。
そして彼は自分の戦いを再開する為に覚醒する・・・


「んっ・・・」
「白銀さん?」
「おはよう霞」
「白銀さん・・・やっと目を覚ましてくれたんですね・・・うっうぅ」
「悪かったな、心配掛けてゴメン」
「うっうっ・・・い、いえ良いんです。こうやって白銀さんが目を覚ましてくれたんですから」
「ありがとう霞・・・色々話したい事もあるけど、もうちょっとだけ待っててくれ」
「え?」
「俺行かなくちゃ・・・」
「行くってどこへ行くんですか?」
「純夏が・・・いや、皆が待ってるんだ。だから行かないと」
「・・・解りました。でも、無事に帰って来て下さいね。もう待つのは嫌です」
「ああ、さっさと片付けて戻って来るよ」
「はい」

そう言うと武は医務室を後にする。


・・・戦術機ハンガー・・・

「班長!」
「おお、坊主じゃねえか。任務中って聞いてたけどいつ戻って来たんだよ?」
「そんな事より、改型の方はどうなってます?」
「あ、ああ、改修は終わってるよ。後はテストをするだけだ」
「と言う事は動かせるんですね?」
「動かせるには動かせるが、こんな時にお前さんはテストするつもりか?」
「改型で出撃します」
「なっ、ちょっと待て坊主!お前まさか今から新潟に行くって言うんじゃねえだろうな?」
「違いますよ。北関東絶対防衛線の戦闘区域に行くと言ってるんです」
「馬鹿言っちゃいけねぇ!今から行ったところで間に合う訳ねえだろう!?それ以前にテストもしてねえ機体を実践に投入するなんて許可できん!」
「一つだけ方法があるわよ」
「何?」

二人は声が聞こえた方に振り向く。

「・・・先生」
「やっと起きたのね。こんなタイミングで起きてくるなんてアンタも物好きねぇ~」
「そ、そんな事はどうでもいい。副司令からもなんか言ってやってくれ。このバカが今から改型を出すって言って聞かねえんだよ」
「班長の言いたい事も分かるけど、アタシも改型を出すつもりよ」
「なっ!お前さんまで何て事を言い出すんだ。例え出せたとしても今からじゃ間に合うはず無いだろう!」
「一つだけ方法が有るって言ったでしょ?基地に設置されてるリニアカタパルトを使って改型を打ち出して時間を短縮させるのよ」
「馬鹿野郎っ!あれは元々そんな風に使う為にあるんじゃねぇ!それ以前にあんなもんで戦術機を飛ばしたら機体がどうなるか分かってんのか!?」
「その辺はちゃんと考えてあるわよ。改型を再突入殻(リエントリー・シェル)に格納して一度高高度まで打ち上げる。その後再突入殻を上空で分離、後はそのまま一気に目標地点まで降下させる・・・理論上は可能な筈よ?」
「それでも俺は許可できん。何よりもテスト前の機体を使う事なんか絶対に認められん!」
「機体の方は班長の腕前を信じてますよ。だからお願いします!」
「・・・」
「こうしている間にも失われずに済む命が消えて行くんです。そしてその分悲しい想いをする人も増える事になる・・・そんな想いをする人を俺はこれ以上増やしたく無い。俺一人が行った所で大して変わらないって事は十分に承知してます。でも俺にはここで黙って見ている事なんてできない!だから・・・お願いします!!」
「・・・ったく、お前さん達には負けたよ」
「班長!・・・ありがとう御座います!!」
「まあ、貴方が駄目だと言い張っていたとしてもアタシは強行させてたけどね」
「お前さんには敵わんな・・・」
「夕呼先生ですからね」
「ケッ!しばらく見ねぇうちにいっちょ前の顔するようになりやがって・・・お前ら!白銀大尉殿の出陣だ!改型とリニアカタパルト、それから再突入殻を大急ぎで準備しろっ!」
『『「了解っ!」』』

出撃準備に取り掛かる整備班の面々。
着々と準備が進められる中、夕呼はふと白銀の変化に気付く・・・

「いきなり目覚めた事にも驚いたけど、アンタ変わったわね」
「いきなりどうしたんですか先生?」
「いえ、何となく雰囲気とでもいうのかしらね?まるで数日前のアンタとは別人みたいよ?」
「気のせいですよ。俺は俺です。今までも、そしてこれからも・・・」
「そう・・・じゃあ頑張ってらっしゃい。アタシは司令室に戻るわ」
「・・・先生」
「何?」
「いえ、何でもありません」
「そう・・・無事に帰って来るのよ。色々と話したい事もあるしね」
「はい」

やはり白銀は変わった・・・
以前の彼とまるっきり別人と言う訳ではないが、どことなく変わったイメージがあると夕呼は感じていた。
彼が眠っている間、何があったのかは解らない・・・
しかし、自分の知りえない何かがあったのだろう。
それはどことなく、以前の世界でまりもの一件を乗り越えた直後の彼によく似ている気がした。
彼はまた一つ成長したのだろう・・・
別に彼の成長を見守っている訳ではないが、彼女は素直にそれを嬉しいと感じていたのである。

「可笑しなものね・・・このアタシがこんな事を考えるなんて」

彼女はそう呟きながら、一人ハンガーを去って行く。
自信に芽生えた一つの感情を胸に・・・



『いいか坊主、副司令が開発した新型ジェネレーターと跳躍ユニットの出力は従来機とは比べ物にならんほど強力なもんだ。それからお前さんの機体に装備された新型武器はかなり癖のある物になってる。壊すなとは言わんが、気をつけろよ?』
「了解です班長・・・ありがとう」
『おう、頑張って来い!』

カウントダウンが開始される。

『10秒前・・・5秒前、3、2、1、ゼロ!』
「白銀 武、行きますっ!!」



噴煙を巻き上げながら天へと昇る光・・・
新たな決意を胸に、白銀 武は戦いの地へと赴くのであった・・・



あとがき

第22話です。

皆様色々と想像されてましたが、転移してきたのはGコンパチカイザーとコウタ達です。
何故彼等がこちらに来たのかは後日書かせて頂きますが、前にも言った通り、彼等が来た事がキョウスケ達の機体復活のキーになる予定です。
少々無理やりな気がしないでもありませんが、単機で転移可能なものを考えると現状では彼らしか思いつかなかった事から登場させる事となりました。
今後の活躍にご期待下さい。

さて、中盤以降で書かれているのはタケルちゃんの精神世界でのお話です。
会話をしているのは因果空間から流れ込んで来た異世界のタケルちゃん達、と言ったイメージです。
今回あえて性格や話し方を変えてみました。
イメージとしては、他作品のタケルちゃんの中の人?と言った感じです(笑)
どれがどれかは皆様のご想像にお任せするとして、やっと復活させる事が出来ました><
人の内面と言うか、こう言った物を書くのは本当に難しいですね。
もう少し上手く表現できればと思うのですが、今の私にはこれが限界・・・orz
何かアドバイスを頂ければと思います。

さて、以前告知したように改修されたヴァイスリッターの設定を書かせて頂こうかと思います。

PTX-007-UN-TFS  ヴァイスリッター・ヘクセ

転移時の衝撃で損傷したライン・ヴァイスリッターを試作型戦術機のパーツなどを用いて修復した機体。
形式番号はアルトアイゼンと同じく識別の為に付けただけのものである。
元々この機体には自己修復能力が備わっている為、表面装甲などに関しての損傷は比較的簡単に終了したのだが問題はその外観にあった。
植物の蔓のようなものが随所に見られるその外観はどう見ても戦術機として誤魔化す事が不可能と判断された為、表面に更なる外装を施す事で問題を解決している。
外装に用いられているのは修復されたアルトアイゼンと同様に改型用に開発されていた特殊装甲が用いられている。
背部テスラドライブユニットに関しても同様の処置が取られる事となり、翼と言うよりはマントやバインダーと言ったイメージが強い。
武装面に関しても戦術機用の武装を装備できるよう、背部ユニットや増加装甲にマウント用のラックや74式稼働兵装担架システムが追加されている。
この機体のメイン装備であるハウリングランチャーにも手が加えられており、それを見たパイロットのエクセレンは『魔女の杖みたい』と言っていた。
そう言った事から機体名称も一時的に変更される事となったのである。
ヘクセと言うのはドイツ語で『魔女』と言う意味なのだが、これは先ほどのエクセレンが言った事に対して夕呼が名付けた為である。
エクセレン本人は『魔女なんて御婆さんってイメージがあるから嫌だ。魔性の女って意味でなら納得する』などと言っていたのはここだけの話。

武装
スプリットミサイル
3連ビームキャノン
ハウリングランチャー
87式突撃砲
65式近接戦闘短刀×2
74式近接戦闘長刀×1

とまあこんな感じの設定です。
ヴァイスもアルトと同じ様に偽装の意味合いが強い改修がなされてます。
ちなみに機体名称なんかは適当に辞書を開いて考えた思い付きですのでツッコミは勘弁して下さい(笑)
改修された改型に関しての設定は後日書かせて頂く事にします。

次回辺りで新潟編は終了する予定です。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第23話 新たなる力
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/11/06 00:09
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第23話 新たなる力




「はぁぁぁぁぁっ!!」

彼女は眼前に広がるBETAに向け尚も直進しながら、自身が最も得意とする近接戦闘を用いて次々と両断していく。

『御剣さん、前に出過ぎ!そのままじゃ孤立しちゃうよっ!』
「大丈夫だ。そなたの援護を期待している」
『冥夜、鑑少尉の言う通りです。一度下がりなさい』
「あ、姉上・・・了解しました」

悠陽にそう言われた冥夜は素直にそれに従うと、機体を下げ彼女達と合流する。

「姉上、例の特機は無事なのですか?」
『機体そのもののダメージはさほど心配ないそうです』
「そうですか・・・それにしても凄いものですね。あの者が我等の味方をしてくれている事が本当に心強く思えます」
『でも油断はできないよ。さっきからBETAの数が少しずつ増えてきてるし』
「うむ・・・凪沙少尉、何か情報は来ていないか?」
『どうやら新潟に向けて北上中だったBETA群の一部がこちらに反転している様です。恐らくあの特機に反応しているのではないかと』
『厳しい戦いになりそうですね・・・ですが我々はここで引き下がる訳にはいかないのです。辛い戦いになるとは思いますが、ここは皆の力を一つにあわせ、何としても食い止めるとしましょう』
『『「ハッ!」』』

彼女達はそれぞれエレメントを組みながら、尚も眼前に広がるBETA群に対し攻撃を続ける。

「くらえ!オーバー・ビームッ!!」

額に収束されたエネルギーが次々とBETAを打ち抜いてゆく。

「くそっ!キリがねえ・・・」
『ぼやくなコウタ。ここを突破されてしまえば帝都と呼ばれる街が危ないんだぞ』
「そんな事は解ってるっ!・・・それよりもロア、敵が何だかこっちに集中していると思わないか?」
『あくまで俺の予測だが、BETA共はカイザーに引き寄せられているのかもしれん。いや、カイザーと言うよりはオーバーゲートエンジンに引き寄せられていると言った方が正しいか・・・』
「なんだって!?それじゃあショウコのGサンダ―ゲートもヤバいじゃねえか!」
『既に彼女は安全圏に離脱している。最後尾の部隊が突破されない限り、彼女に被害が及ぶ心配は無い筈だ』
「それでも万が一って事もある。こっちに向かって来るってんなら、纏めて相手をしてやるぜ!」
『その意気だ・・・と言いたいところだが、あまり無茶をするなよ?』
「解ってるよ。さっきの二の舞は御免だからな」
『なら良い。来るぞっ、コウタ!』
「おうっ!・・・くらえ!必殺!!」

カイザーの胸部装甲が展開されエネルギーが収束される。

「カイザー・バァァァストッ!!」

再び放たれた高エネルギーの波に次々と飲み込まれて行くBETA達。
こう言った物量戦において、これらの武器を用いる事は戦闘を優位に運ぶ上での常套手段と言えよう。
相手にもよるが、広範囲への攻撃が可能な武器は群がる敵に対してかなり効果的な装備となる。
破壊力を一点に集中させる事で目標に対して甚大なダメージを与える他、拡散もしくは薙ぎ払うように放つ事で短時間で敵を殲滅する事が可能となる事が主な理由と言えよう。
戦術機にはこう言った兵器は装備されていない。
機体サイズや動力源と言った物も一つの理由なのだが、この様な武器は一種のオーバーテクノロジーと言える。
現在の所、この様な兵装が装備されている機体は米国が開発したXG-70と呼ばれる戦略航空機動要塞に搭載された荷電粒子砲だけである。
荷電粒子砲とは機体に搭載されたML(ムアコック・レヒテ)型抗重力機関とそこから発生する重力場(ラザフォード場)で機動制御及びBETAのレーザー兵器を無力化し、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した兵器である。
しかしこの機体は実戦配備が行われていない。
その主な理由はこの機体に搭載されたML型抗重力機関と重力場が完全に制御できていない為である。
当時の技術力ではラザフォード場の多重干渉問題などが解消されず1987年に開発を一時凍結、現在はモスボール処置が行われ米国によって厳重に保管されている。
結果としてこれらの事から米国は、G弾使用を前提としたハイヴ攻略作戦に切り替える戦術を用いる事となったのだが、もしもこの機体が実戦投入されていたならばG弾の台頭などと言う事にもならなかっただろう。
だが、これらのオーバーテクノロジーは扱いは難しいものの、一度制御化に置く事が出来ればこれほど心強い物は無い。
現にこの機体が完成していたならば、従来の百分の一以下の戦力でハイヴ攻略が行えるようになっていたという事からこの様な兵器が持っているポテンシャルは相当なものだという事が解る。

『司令所より全軍に次ぐ、12時方向より旅団規模のBETA群の増援を確認。数はおよそ1万から1万5千。このままの進軍速度でBETAが南下した場合、約10分後に接敵すると思われます。各自、敵の増援に備えて下さい』
「クッ、ここに来て旅団規模の増援か・・・ただでさえ手一杯だってのに勘弁して貰いたいぜまったく」
『剛田中尉、ぼやいている場合ではないぞ!気を引き締めんか!』
「ハッ!申し訳ありませんでした紅蓮閣下。この剛田、この程度の事で負けはしません!友との約束を果たす為にもここを何としてでも食い止める所存であります!」
『うむ、その意気だ剛田よ。もう少々堪えてくれ、何とかしてそちらに支援部隊を回すよう手配する』
「ハッ!ありがとう御座います。皆、聞いているな?増援が来るまでの間、何としてでもここを死守するぞ!」
『『「了解っ!」』』
「行くぞBETA共!この俺が居る限り、絶対に帝都には行かせん!」

剛田は部下に檄を飛ばすと共に自分自身も鼓舞する。
彼の名前は『剛田 城二』、帝国斯衛軍第1大隊所属の中尉である。
その性格は一言で言うならば猪突猛進型、そして時々もっともらしい事を言う為侮れない男である。
かつての彼は現在よりも更に人の話を全く聞かない猪突猛進型で、あまりのワンマンプレーぶりから周囲の人間に鬱陶しく思われていた。
しかしBETAの本土侵攻の際、自身の無力さを思い知らされた彼は打倒BETAと言う信念と友に託された願いから、斯衛軍大将紅蓮 醍三郎を師と仰ぎ日々精進を重ねた結果、幾分かその性格もまともになり現在は斯衛軍第1大隊の小隊長を任される程に成長していた。

「友よ・・・お前も今何処かで戦っているんだろう。帝都の事は俺に任せろ、そしてお前が帰って来るまでの間何としてでも俺が帝都を守ってやる。それがお前との約束だからな・・・くぅぅぅぅっ!やっぱ俺ってカッコイイ~。何か俄然やる気が出て来たぜっ!」
『剛田中尉、さっきから何をブツブツ言ってるんですか?』
「い、いや何でも無い。それよりも行くぞお前ら!」
『『「了解」』』

彼の部下達は『また中尉の悪い妄想癖が始まった』と考えていた。
だが、戦場でこの様な妄想にふける事が出来るという事はそれだけ余裕があるという事の裏返しである。
少々間の抜けた感じのある上官ではあるが、彼の部下達はそんな剛田の事を信頼していた。
こんな彼であっても実力は本物なのだ。
幾度となく窮地を救われた事もある。
普段は変な奴と思われている彼であっても、ひとたび戦場に立てば頼れる上官だという事を部下達は十分に承知している。
そんな彼らは、剛田の妄想癖も自分達をリラックスさせる為の芝居なのではないかと考える事で納得していた。
尤も当の本人はそんなつもりなど全く無いのだが・・・

『司令所より各機、第18中隊が敵増援部隊の第一陣である突撃級と接敵しました。敵後方に戦車級並びに要撃級多数。更に後方に要塞級が10体確認されています。各機警戒して下さい』
「皆の者、ここが踏ん張りどころだ。何としてでもここで食い止めるぞ!」
『『「ハッ!」』』

斯衛軍大将、紅蓮 醍三郎が皆に檄を飛ばす。

『司令所より各機、増援の最後尾に光線級を多数確認。レーザー照射に・・・』

CP将校がそう言いかけた直後、次々とレーダーから消滅していく光線級。

「どうした。何があったのだ!?」
『ハッ!申し訳ありません。先程確認した光線級が何者かによって次々と倒されています』
「何だと?現在そちらに展開している部隊は居ない筈ではないのか?」
『現在確認中です・・・紅蓮閣下、国連軍からの増援部隊です。通信をそちらに回します』
「おお、それはありがたい」
『こちらは国連軍横浜基地所属A-01部隊南部 響介大尉です。これよりそちらを援護します』
「帝国斯衛軍大将紅蓮 醍三郎である。我が主に代わって礼を言わせて貰おう。南部大尉、協力に感謝する」
『ハッ!こちらに展開している部隊は少数の為、少々心許無いと思われるかもしれませんが現在展開中の光線級は我々にお任せ下さい』
「うむ、貴公らの働きに期待させて頂くとしよう」
『了解です閣下・・・行くぞ、第一優先目標は光線級だ。手当たり次第叩き潰せ!』
『『「了解っ!」』』
「皆の者!南部大尉達に後れを取らぬよう、こちらも戦線を押し上げる!我に続けぃっ!!」
『『「ハッ!」』』

この状況下でのキョウスケ達の増援に紅蓮は心底感謝していた。
こちらは確かに精鋭部隊で構成されている。
そして謎の特機と呼ばれる機体が自分達を助けてくれてはいるものの油断は出来ないのだ。
紅蓮は彼が連れて来た援軍は、少数で心許無いかもしれないと言っていた事に対し心の中で否定していた。
それには理由がある。
BETAの増援部隊は二手に分かれたとはいえかなりの規模の部隊だった筈だ。
彼らはそこを突破して来た。
そして彼らの後にBETAが続いてこないという事は、その大多数を彼等が撃破して来ている証拠だと考える。
こう言った事から紅蓮が導き出した答えは、キョウスケ達の部隊は少数精鋭で構成された特殊部隊だという結論に達したという訳だ。

「おいロア、今紅蓮っておっさんが言ってた南部大尉ってもしかして・・・」
『ああ、こちらでも確認した。機体の見た目は変わっているが、機体の識別コードはこちらに記録されているアルトアイゼンの物に間違いない』
「本当か!?やっぱりキョウスケさん達もこっちへ飛ばされてたんだな。他の奴らの事も気になる。通信を開いてくれ」
『了解した』

キョウスケ達に対して通信を試みるロア。

『キョウスケさん、無事だったんだな』
「っ!コウタか?先程ラトゥーニが言っていた反応はカイザーの物だったのか」
『ラトゥーニもそっちに居るのか?』
『ラトちゃんだけじゃないわよコウタ君』
『エクセ姉さんも!なあ、他の奴らは居ないのか?』
『俺達も居るぜコウタ!』

次々とモニターに映し出される懐かしい顔・・・

『アラド、ゼオラ、ラトゥーニ、ブリットにクスハも・・・良かった、みんな無事だったんだな!心配させやがってコンチクショウ!』
「コウタ、詳しい話は後だ。今は協力してBETAを殲滅するぞ!」
『ああ!そうと決まれば一気に行くぜ!』

仲間の無事を確認した彼らは展開中のBETAを殲滅すべく行動を開始する。

「はいはい、押さないで~。一列に並んでね?」
「あんた達なんかに負けてたまるもんですか!」

それぞれが支援突撃砲を片手に光線級に対し狙撃を行う。
背後を取られる形となっている光線級は、直ぐに反撃を行う事は出来ず次々と沈黙していく・・・

「俺達も行くぞアラド!」
『了解ッス!』

ブリットとアラドはシシオウと長刀を引き抜くとBETAに向けて突撃を開始する。

「受けろ!獅子王の刃を!たあああっ!!・・・シシオウ・ブレードッ!!」
『スピードに乗せて・・・斬るっ!!』

戦場を駆け抜けながら次々とBETAを両断していく二機の不知火。
その姿はまるで疾風の如く駆ける野生の獣と言ったところだろうか?

「凄い・・・機体の動きもそうだが、あの剣捌き・・・何と見事なものだろうか」
『見とれてる場合じゃないよ御剣さん。私達も頑張らないと』
「ああ、だがあの太刀筋・・・以前どこかで見た事がある様な・・・」
『知ってる人なの?』
「いや、多分気のせいであろう。あの者がこの様な場所に居る筈無いからな」

冥夜の推測は間違ってはいない。
彼女は以前の訓練で見たブリットの太刀筋と目の前の戦術機のものが似ている事に気付いたのだが、一介の訓練生である彼が戦場に居る訳が無いと考えていたのだ。
後にこの事が原因となり一悶着あるのだが、詳しくは時が来た時に明らかにさせて頂く事としよう。

『キョウスケ大尉、前方の要塞級の様子が変です』
「どうしたラトゥーニ」
『いきなりその場にしゃがみ始めて・・・ハッ、もしかすると私達が転移してくる前の戦闘と同じく、体内から小型種を出そうとしているのかもしれません』
「クッ!各機、要塞級から敵の増援が出てくるぞ。注意するんだっ!」

キョウスケは各自に警戒を促すと、自身も増援に備え迎撃の準備を整える。

『敵増援の識別完了しました。光線級を多数確認』
「このタイミングで光線級か・・・エクセレン、ハウリング・ランチャーEモードの使用を許可する。奴等が発射態勢に入る前に倒すんだ!」
『いいのキョウスケ、後で夕呼センセに何か言われるわよ?』
「斯衛軍の連中に見られてしまうのは確かに問題だが、この状況では形振り構っていられん。放っておけば被害が増える事になる」
『りょ~かい。んじゃ、ハウリング・ランチャー・・・Eモードっと。いざ!』

封印を解かれたハウリング・ランチャーが咆哮を上げる。
次々と打ち抜かれて行く光線級・・・
だが、数体撃ち落としたところでこちらの攻撃が届かなくなる。

「もう!邪魔しないでほしいわね。そんなに慌てなくてもあなた達の相手は後でゆっくりしてあげるのに・・・」
『そんな冗談を言っている場合か。ブリット、アラド、こちらの攻撃を防いでいる突撃級を叩く。俺に続け!』
『『了解っ!』』

エクセレンの攻撃が届かなくなった理由。
それは数匹の突撃級が光線級の前にでてそれらの攻撃を防いでいるからであった。
突撃級は前面に頑強(モース硬度15以上)な装甲殻を持ち、確認されている8種の内で最大の防御力を誇る。
無敵と言う訳では無く、36mmの一点集中攻撃や、120mmの連続攻撃で全面装甲を貫通する事は可能であるが、強固な盾と言う事には変わりない。
例えビーム兵器であるハウリング・ランチャーEモードであっても、突撃級ごと光線級を打ち抜く事は難しいのだ。
これにはヴァイスリッターがフルスペックを発揮できない事も一つの理由なのだが、現状ではそのような事も言ってはいられない。
光線級は高度1万mの標的に対し有効射程距離は30km。
決して味方誤射はしないと言われ、戦場で確認した場合は優先的に排除する事が基本となっている。
斯衛軍の被害を最小限に留めたいキョウスケ達は、邪魔な突撃級を排除すべく攻撃を開始する。

「伊達に大きくなったわけではないぞ・・・!」

前方に展開する突撃級の一つに目標を定めると一気に距離を詰めるキョウスケ・・・

「どんな装甲だろうと、ただ撃ち貫くのみ・・・!!」

その攻撃は真正面からこちらに向かって来る突撃級の装甲殻を撃ち抜く。
そして彼は続け様に肩部のハッチを展開させトリガーを引く・・・

「一発一発がチタン製の特注品だ。受け取れ・・・!!」

至近距離で発射されるアヴァランチ・クレイモア。
機動制御能力や旋回能力の低い突撃級は成す術無くそれらをすべて受ける事となり一瞬にして肉塊に変えられていた。
そして後に続くブリットやアラドも側面から攻撃を行う事で次々と突撃級を排除していく。

「何と言う事だ・・・突撃級に真正面から挑んだだけでなく、一瞬にしてあのような姿にしてしまうとは」

流石の紅蓮もこの光景には驚いていた。
その姿はまさに一騎当千。
それと同時に彼は『この戦は勝てる』と確信していた。

「ワシも負けてはおれん。この紅蓮 醍三郎、まだまだ若い者に後れを取るつもりは無い!」

気持ちを切り替えた彼は、キョウスケ達の後に続くかの様にBETAに向けて突撃する。
しかし、その直後に彼は光線級がこちらに向けて攻撃を仕掛けてこない事に気付く・・・
いくら光線級が味方を誤射しないとは言えこれはおかしいと考えていた。
その直後、HQより全部隊に向けて通信が開かれる。

『司令所より各機、上空より接近する物体を確認・・・これは再突入殻です!』
「再突入殻だと?援軍か・・・数は」
『確認できるのは1機だけです』
「なに?所属はどこだ」
『少々お待ち下さい・・・敵味方識別コード確認できました。国連軍横浜基地の物です』

この状況でたった一機のみの増援に対し、紅蓮はそれが不思議に思えて仕方が無かった。
確かに援軍は嬉しい事なのだが、その数がたった一機だけという事に妙な違和感を覚えたのだ。

『レーザー照射警告が出ました。各自回避行動を取って下さい』

警告が出た直後、光線級が既にレーザー照射態勢に入っていた。
しかし、光線級は此方に照準を向けている訳ではない・・・
何処を狙っているのかと光線級の目線を追って見た紅蓮は、奴等が上空の再突入殻に狙いを定めている事に気付く。

「いかん!再突入殻に向けて警告を出すのだ。こちらも全力で光線級の排除を試みる!」
『先程から通信を開いているのですが、一向に反応がありません』
「なんだと!中には何も乗っていないとでも言うのか?」

そう言いながらも彼は危険を承知で光線級の排除に取り掛かる。
だが、全てを排除する事は間に合わず、何体かの光線級にレーザー照射を許してしまう。
次々と再突入殻に直撃するレーザー・・・
このままでは後数秒と持たずに再突入殻は破壊される。
誰もがそう考えている中、突如として再突入殻の上部が吹き飛ぶ。
最初は誰もが光線級の攻撃によるものだと考えていたのだが・・・

『再突入殻の内部から何かが出ました・・・これは、戦術機です!!』
「なに!?」

CP将校がそう叫んだ直後、上空の戦術機から放たれる無数の光弾。
それは次々と地上の光線級を撃ち抜いて行く・・・

「今のは粒子兵器か!?」
『ええ、フォトン・ライフルの粒子ビームによく似ていますけど・・・』
『戦術機にフォトン・ライフルが装備できるわけ無いじゃない。確かに見た目はフォトン・ライフルそっくりみたいだけど』

彼等が驚くのも無理は無い。
フォトン・ライフルとはPT用に開発された非実体弾ライフルである。
本来これらの兵器はジェネレーターから発せられる余剰電力を転換し使用される物で、戦術機に搭載されているジェネレーターでは発射させる事は不可能と考えられている。
それ以前にPTと戦術機では規格が違い過ぎる為、実体弾ライフルや実剣がメインの戦術機の装備をPTが使用する事は可能であってもその逆は不可能だと誰もが思っていたのだ。

「どうやら俺達は香月副司令を甘く過ぎていた様だ」
『どう言う事です?』
「彼女には交換条件として俺達の機体のデータを提供した。それらのデータを基に戦術機を改良したんだろう」
『じゃあアレはPTと戦術機のハイブリッド機って事ですか?』
「恐らくはな。そしてあの戦術機は不知火改型だろう」
『まさか!』

彼等がそのような会話をしている最中も、上空の改型は攻撃の手を緩めない。
地上の光線級をあらかた片付けた彼は、次の目標に狙いを定めると機体を一気に下降させる。

「兵装を近接戦闘(クロスレンジ)モードに」

コックピット内の彼はそう呟くと、改型の手に持たせていた兵器を両手に持ち替える。
ライフルのストック部分から光りが発せられ、徐々にそれは刀身を模って行く・・・

「うおぉぉぉぉっ!!」

彼は目標に定めた要塞級に向けてさらに加速するとすれ違いざまに一閃・・・
そのまま機体を上空へ飛翔させる。
要塞級はそのままその場に崩れ落ち絶命していた。

『今度はビームソードかよ』
『そんな、この短期間でライフルだけじゃなくソードまで再現したって言うの?』
『しかも複合兵装なんて・・・どう考えても無理ですよ』
「案外、Mk-Ⅱのフォトン・ライフルにビームソードをそのまま使ってたりして・・・夕呼センセもやってくれるわね~。こう言うのもリサイクルって言うのかしら?」
『彼女が何を考えているのかは解らんが、今のあの機動・・・テスラドライブも装備しているなあの機体』
『マジっすかキョウスケ大尉!?』
『戦術機があの様な機動をとれるとは思えん。現に今もあの改型は上空で停止しているからな』
『そんな、まさかこんな短時間で解析を終えたどころかコピーまで用意するなんて・・・』
『でも完全なコピーは出来て無いと思う。それが証拠にあの機体からはT・ドットアレイを用いたフィールドが形成されてないもの』

驚いていたのは彼らだけでは無かった。
現存の戦術機を知る者であれば、目の前に突如として現れた機体が従来機とは一線を画すものだという事に気付くだろう。
帝国斯衛軍の衛士達は次々と起こる出来事に対して驚きを隠せない。
そんな中、謎の戦術機からその場に居た全ての者に対して通信が開かれる。

「こちらは国連軍横浜基地特務部隊所属、白銀 武大尉です。これよりそちらを援護します」
『た、タケルだと・・・本当にその機体に乗っているのはタケルなのか?』
「ああ、ってその武御雷に乗ってるの冥夜なのか?」
『私も居ますよ白銀』
「で、殿下!?」
『何をそんなに驚いているのです?私が戦場に出ている事がそんなに不思議でしょうか?』
「い、いえ・・・殿下も決意なされたという事ですね」
『はい、ですが今はその様な事を話している場合ではありません。そなたの力、私達に貸して頂けますね?』
「もちろんです殿下。俺はその為にここに来たんですから・・・」
『やっと起きたか』
「キョウスケ大尉・・・心配をおかけしてすみませんでした」
『気にする事は無い。色々と聞きたい事もあるが、今は目の前のBETAを倒す方が先決だ』
「はい」

この時純夏は武の方を見る事が出来なかった・・・
自分が直接やった事では無いとは言え、今の彼女は面と向って武と顔を合す事は出来ないと考えていたのだ。
そんな彼女の元に悠陽から秘匿回線が繋がれる。

『鑑少尉、いえ純夏さん。彼と話さなくて良いのですか?』
「殿下・・・私はまだタケルちゃんと話す事はできません。それにどんな顔して会えば良いのか分からないから・・・」
『そうですか・・・ですが白銀はそなたが考えている様な男では無いと私は思います。あの者は私達に力を貸す為にここに来たと言いましたが、恐らくそなたに会いに来たのでしょう。それ程までに一人の殿方に想われているそなたが羨ましいですね』
「でも・・・」
『先程そなたはどのような顔をして会えば良いのか分からないと申しましたね』
「・・・はい」
『そう言う時は自分が白銀に一番見せたいと思う顔をすれば良いのです。あの者ならば笑ってそなたを迎え入れてくれると思いますよ?』
「ですけど」
『これは政威大将軍である煌武院 悠陽としてではなく、そなたの友人の一人として申しているのです。そなたはあんなに白銀に会いたがっていたではありませんか』
「・・・ありがとう御座います殿下。でも今はまだ決心がつきません・・・自分の考えがまとまり次第、近いうちに私の方からタケルちゃんに会いに行く事にします」
『そうですか、では私ももうこれ以上は何も言いません。ですが、その為にも先ずは目の前のBETAを何とかしましょう。ここで我等がやられてしまってはそなたの決意も無駄になってしまいますからね』
「はい」

悠陽に対してそうは言ったものの、彼女は悩んでいた。
恐らく武は自分に会う為にここへ来たのだろうと言う事は彼女にも解る。
だが純夏は彼が自分に会いに来た事には他に理由があるのではないかと考えていた。
もしかしたら武に罵られたりするかもしれない。
その様な不安もあって彼女はなかなか彼に会う決心がつかないのである。

そんな彼女の不安を他所に物語は二人の再会に向けて歩みを進めて行く・・・
様々な人間模様を描きながら・・・



あとがき

23話です。
新潟編の佳境です。
今回で終わらせる予定だったのですが、もう少しだけ引っ張ってみる事にしようと思います。
特に理由は無いのですが、強いて言うならば私の力量不足と言った所でしょうかTT
何だか上手く纏める事が出来なかったので、戦闘シーンの終了は次回以降に持ち越させて頂こうと思います。

さて本編についてですが、キョウスケ達と斯衛軍が合流しました。
キョウスケとコウタも再会しました。
後、ちょっとだけ剛田君にも出て貰いました。
彼は斯衛軍所属とさせて貰ってます。
性格に関しての描写は現状で自分が解ってる範囲内の物などから書かせて頂いてますが、違和感などを感じられた場合は教えて頂ければと思ってます。

相変わらずカイザーは圧倒的な破壊力でBETAをなぎ倒してますw
そして今回のアルトに関する描写ですが、キョウスケ自身がどんな装甲でも打ち貫くと言っているので突撃級を撃ち抜いて貰った次第であります(笑)
正直無理があるかとも思いましたが、最近あまり活躍させる事が出来て無かったのでこう言うのもアリと思って頂ければと思います。

遂に復活したタケルちゃんとその力の片鱗を見せた改型。
もっと色々と書ければと思ったのですが、この辺も次回以降に書かせて頂くと言う事でご了承ください。

さて、前回告知したとおり改修された改型のデータを書かせて頂きます。

Type94K 不知火改型・壱号機改
ヴァルキリーズとの模擬戦終了後に改修された改型。
改修の際に通信機能やアビオニクスなども改良が施され機体の総合性能はさらに向上している。
今後、残りの機体も同じような改修を施される予定となっている事から形式番号や名称は変わらず同じ物が用いられている。
PT解析によって得られたデータを基に開発されたプラズマジェネレーターとテスラドライブのデッドコピー品が搭載される事となり、ジェネレーターの換装によって得られた余剰電力により、叢雲改型で不採用に終わった電磁粉砕爪(プラズマクロー)が新たに固定兵装として追加されている。
テスラドライブは、現状では完全に再現する事は不可能と判断され、能力はオリジナルの物と比べ劣るものの、高機動型跳躍ユニットとして考えれば従来機を凌ぐ性能を持っており、短時間であれば飛行も可能。
なお、解析によって開発された装備類はこちら側の世界に現存する技術を用いて作成されたものであり、設計者である香月 夕呼自身がコピーしようとした物と発言している他、出力などの性能もオリジナルの物と比べ約70%程度しか出せず完全なデッドコピー品とは言えない物となっている。
その他にも正式採用には至らなかった試製92式小型突撃砲が新たに装備されている。
これは87式突撃砲を小型化したもので、近距離での取り回しと連射性を重視し開発された物なのだが、弾倉が小型化された事による装弾数の低下、120mm滑空砲ユニットの装着が不可能と言った点から正式採用が見送られた兵器である。
しかし、近接戦闘時での取り回しの良さと武のポジションを考えた結果、彼の機体にのみ試験的に採用される事となった。
通常時はサイドアーマーに増設されたラッチにマウントされている。
そして武の搭乗する壱号機には更なる武装として遠近両用の複合兵装が装備されている。
これはヒュッケバインMk-Ⅱの解析時に得られたデータを基に武の戦闘スタイルに合わせて開発された武器で、現在は武機に装備されている物のみとなっている他、弐号機以降の改型に装備される予定は今の所無い。
尚、武用の壱号機の頭部には通信機能強化の為と識別の為のブレードアンテナが新たに装備されている他、牽制や対小型種用の近接防御機関砲が新たに増設されている。
それ以外の機体外観の差異はほとんど他の改型と同様の物となっている。

武装
試製01式頭部近接防御機関砲×2
65式近接戦闘短刀×2
試製92式小型突撃砲×2
74式近接戦闘長刀×2
折り畳み式電磁粉砕爪(プラズマクロー)×2
試製01式可変型複合兵装・Sraipnar-V.C.W.S(Variable Composite Weapon System)×1

こんな感じの機体となってます。
イメージとしては戦術機版のストライクノワールガンダムと言った所でしょうか?
以前感想掲示板に書き込んで頂いた案を基にさせて頂きました。
続けて複合兵装の解説です。

試製01式可変型複合兵装・Sraipnar-V.C.W.S(Variable Composite Weapon System)

Mk-Ⅱのフォトン・ライフルとビームソードを合体させた複合兵装。
武用に改良された不知火改型は新型ジェネレーターが搭載された事により、従来機に比べ大幅な出力向上を得る事が出来た。
その為、発生する余剰電力を武装に転換出来ないものかと考えられ新型武器の開発が行われようとしていたのだが、現状ではそれらの物を開発できるだけの時間や労力も無く、あえなく廃案となってしまう。
そこで香月 夕呼は、90番格納庫に放置されていたMk-Ⅱのフォトンライフルとビームソードに着目し、それらを半ば無理やり合体させる事で壱号機の新型武装として採用する事にしたのである。
二種類の兵装を合体させると言う案は米軍が開発した試作型戦術機YF-23用に開発された突撃砲でも採用されており、これらの案を基にこの兵装ではライフルのストック部分にビームソードを二本束ねる様に配置する方法が取られた。
また、二本の刃を収束させる事で威力の向上が図られている他、取り回しの良さなども考慮されライフル本体の各部形状なども改良が加えられている。
ロングレンジモードでは通常のライフルとして、クロスレンジモードではバレル部分を柄の様に持つ事で運用されるのだが、サーベルと言うよりは槍に近い装備になっている。
しかし、戦術機とPTでは規格が違う為にそのまま装備する事は不可能であり、苦肉の策としてコネクター類や制御系を含めてごっそりMk-Ⅱから移植すると言う強引な手段が採用された。
しかし、搭載されているジェネレーターがあくまでコピーしようとしたものである以上、オリジナルと同等の出力を得る事は不可能であることから威力などは70%程度に低下している。
この様な物に仕上がった理由は、開発者である『香月 夕呼』の『面白そうだから』と言う一言だったらしいのだが、本当かどうかは定かでは無い。
ちなみにこの件に関してはキョウスケ達に内緒で行われていたらしい。
なお、名称のSraipnarはEX世界で武がプレイしていたゲーム内に登場する機体の武器から、V.C.W.Sは可変型複合兵装の英訳の頭文字を取ったもので、命名者は白銀 武本人となっている。

クロスレンジモードは参式斬艦刀をイメージして頂ければ分かりやすいかもしれません。
それからこの武器の名前なんですが、全くと言っていいほどいい案が浮かびません・・・TT
改良された改型も良い名前が浮かばなかった事からとりあえずそのままの名前を使ってますが、こう言った名前はどうだろうと言うのがあれば何かアドバイスを頂けませんでしょうか?
もちろん機体や武器に関するアドバイスだけでは無く、小説を書く上での表現方法などのアドバイスも頂けると嬉しいと思ってます。


今回皆様から様々なご指摘やアドバイスを頂き、自分としても色々と考えさせられました。
一度アップした内容を再度検討し、後半部分と設定に関しての部分を修正して再度アップさせて頂いております。
修正内容に納得のいかれない方もいらっしゃるかも知れませんが、自分の現在の力量ではこれが限界です。
以上の事を踏まえた上で今後とも私の駄作を読んで頂ければと思います。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第24話 邂逅
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/11/06 00:07
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第24話 邂逅




「皆の者、国連軍の衛士達に後れを取る訳にはいかぬ。今こそ我ら斯衛の力を見せる時だ!」
『『「ハッ!」』』

紅蓮が檄を飛ばし、斯衛の兵士達はそれに呼応するように戦場を駆け抜ける。

「お前達、俺達も閣下に続くぞ!陣形(フォーメーション)楔弐型(アローヘッド・ツー)で一気に目標を畳み掛ける!」
『『「了解しました!」』』

剛田も援軍に来た国連軍衛士達に負けまいと部下達に指示を出す。

「それにしても驚かされたぜ。あの新型もそうだが、あの野郎・・・更に腕をあげてやがる」
『剛田中尉、先程援軍に来られた白銀大尉とお知り合いなのですか?』
「ああ、奴とは同期でな。いわゆる強敵と書いて『とも』と読む関係だ」
『それは凄いですね。是非一度お会いしたいものです』
「おう、後で絶対に紹介してやるから楽しみにしてろよ。だが、先ずはBETAの殲滅が優先だ。お前達もその実力を国連軍やタケルに見せつけてやれ!」
『『「了解!」』』

剛田は旧友との再会を心底喜んでいた。
彼とはつい先日別れたばかりだと言うのに、まるで何年も会ってなかったかの様な気がしていたのだ。
何故かは自分でも良く解らない。
恐らくこれは戦場に漂う空気がそうさせているのだろう。
絶体絶命と言う訳ではないが、戦場では神経をすり減らしながら戦っている者も多い。
そんな状態の中で援軍として駆け付けてくれた友の存在が、彼を安堵させると共に更なる戦意高揚を促す事となる。

『斯衛軍の人達、何だか張り切ってるわねぇ~』
「無理もないだろう。この戦場には殿下や紅蓮大将が居る。言い方は悪いかもしれんが彼らにもプライドがあると言う事だろうな」
『お国の為にって奴?それとも主の為にって奴かしら?』
「その両方だろう。それだけ彼らの背負ってる物は大きいと言う事だ」
『ん~、言い換えれば忠誠心ってものかしらね。御立派だとは思うけど私には無理ね。護るものの為に戦うって言う点では共感できるけど・・・』
「今の台詞はお前の中だけに留めておけよ。必要無いいざこざに巻き込まれるのは御免だからな」
『ハイハイ、私だってそれ位解ってるつもりよ?』
「なら良い・・・それよりも今は目の前の敵に集中するとしよう。俺達も負けていられんからな」
『そうね。さっさと終わらせて帰るとしましょっか』
「アサルト1より各機、これより我々は斯衛軍の援護をメインに戦闘を行う。アラド、ゼオラ、ラトゥーニの三名は右翼に展開中の部隊を、ブリットとクスハは左翼の部隊を、俺とエクセレンは中央の部隊を援護すると同時に残りの要塞級を仕留める」
『キョウスケさん、俺はどうすればいいんだ?』
「お前はそのままのポジションで戦ってくれれば良い。敵はお前目掛けて攻撃を仕掛けようとしている。下手に動き回っては戦力の低下した所を突破される恐れがあるからな」
『解った。要するにおとりになれって事だろ?』
「言い方は悪いかもしれんがそう言う事だ。それからお前の機体が一番殲滅力が高い。余裕があれば要塞級の方も頼む」
『任せといてくれよ。俺とカイザーの恐ろしさって奴をBETAにも教えてやるぜ』
『コウタ、くれぐれも無茶な事はするなよ』
『ったく、心配性な奴だなお前は』
『ロアの言う通りよコウタ君。私達も居るんだからね』
『了解了解』
「よし、全機散開!!」
『『「了解!」』』

彼らは与えられた役割をこなすべく行動を開始する。
キョウスケが彼等に援護を中心とした戦闘を行うよう指示した事には意味があった。
彼らの機体は新潟からこの場所まで補給を行っていない。
キョウスケやエクセレンの機体に関してはそれほど問題は無い。
キョウスケのアルトアイゼンは、移動時に脚部の無限軌道を使用する事で極力推進剤の消耗を抑えている他、この機体には改修の際に合計四基の跳躍ユニットが装備されると同時にプロペラントタンクも増設されている為長時間の戦闘行動が可能になっている。
エクセレンのヴァイスリッターに関しては、搭載されているテスラドライブが推進剤非依存推進が可能である事から、装備されている跳躍ユニットを用いての戦闘行動はほとんど行われていないのである。
しかし、他のメンバーの機体は純粋な戦術機である為、なるべく無駄弾や推進剤の消耗を抑えて戦闘を行っていたものの、流石にこれだけ長時間に亘って戦闘を行っていればエネルギーの残量なども含めて少々心許無くなってくる。
一度後退して補給を行っても良いのだが、この場に展開しているのは帝国斯衛軍の部隊である。
弾や推進剤などと言った補給物資はある程度のストックが有るだろうが、現状で彼らとの必要以上の接触は避けるべきだとキョウスケは考えていた。
補給を要請すると言う事は、一時的にとは言え彼らの機体の情報を与えてしまう事になる。
補給コンテナを設置させれば問題無いかもしれないが、設置にかかる時間やそれに対して無駄な労力を割くぐらいならこのまま戦闘を続行し、短時間でカタを付ける方が得策だと判断したためだった。
そして自分達がなるべく前面に出ずに、後方から撃ち漏らしや前衛部隊の援護を行えば機体の損耗率は幾分か少なくなる。
しかし、言い換えればこれは自分達が消耗しない分、斯衛軍に負担を強いる事になってしまう。
本来ならばこの様な手段は取りたくないのだが、この場合は状況が状況だ。
ここは帝都と目と鼻の先、つまりは斯衛軍並びに帝国軍のテリトリーと言っても過言では無い。
その様な場所で必要以上に自分達が出しゃばってしまっては彼らの面目が潰れてしまう恐れもある。
そう言った理由などを考えた結果、キョウスケは自分達の部隊はなるべく援護に徹するべきだと判断したのであった。

「エクセレン、息は俺の方で合わせる。頼むぞ」
『了解~!んじゃ、二人の愛の力で!』
「・・・・・・」
『・・・って、ちょっとぉ!合わせるんじゃないの?』

アルトのクレイモアが火を噴き、その背後からヴァイスがハウリング・ランチャーで援護する。

「・・・毎度の事だが何が愛の力かを説明して貰いたいもんだな」
『だってぇ~二人の共同作業だし・・・』

二機のPTがそれぞれ左腕の五連チェーンガンと三連ビームキャノンを乱射しながら要塞級に向けて距離を詰める。

「勝手に言っていろ」
『今度こそ本当にアルトちゃんの方を刺すわよ?』

そう言いながらも二人は見事な連携で攻撃の手を緩めない。
止めと言わんばかりにお互いがゼロ距離で最後の攻撃を叩きこむ・・・

『援護しますキョウスケ大尉!』

彼らの後方から接近する武の改型。

「了解した」
『ちょっと~タケル君、二人のラブラブ空間に割り込んで来るなんて強引過ぎやしない?』
『す、すみません』
「無視して構わんぞ・・・」
『なっ!二人とも、後で覚えておきなさいよ・・・』

キョウスケに言われたからという訳では無いが、武はそのまま兵装をクロスレンジモードに切り替えると要塞級に向けて突撃する。
しかし要塞級も黙ってはいない。
ダメージを受けているにも拘らず尾節にある触手をこちらに向けて発射すると、器用にそれを振りまわし改型に向けて反撃を行う。

『うおぉぉぉぉっ!!』

武はそれらをキャンセルと先行入力を用いて紙一重で回避すると、目標の手前で機体を急上昇させ上空から全体重を乗せて目標を一気に斬り付ける。

『まだまだぁっ!!』

着地と同時に兵装をミドルレンジモードに切り替え敵の真下からこれでもかと言わんばかりにライフルを連射、ある程度のダメージを与えた事を確認すると噴射滑走(ブーストダッシュ)でそのまま相手の足もとをすり抜ける。
流石の要塞級もこれらの攻撃には耐えきれず、低い呻き声をあげながら沈黙していた。

「流石だな」
『いえ、大尉達の連携には敵いませんよ』
「謙遜するな・・・このまま一気に他の奴らも仕留めるぞ」
『了解っ!』
『普通ホントに無視する?何だか本当に泣きたくなって来ちゃったわ・・・』
「行くぞエクセレン、ボヤボヤするなよ」
『エクセレン中尉・・・その、なんて言うか・・・』
『良いのよタケル君、いつもの事だから・・・慰めようとしてくれる気持ちだけ受け取っておくわ』
『は、はあ・・・』
『兎に角行きましょ。援護は私に任せてくれていいから』
『了解です・・・エクセレン中尉』
『な~に?』
『どさくさに紛れて後ろから撃ったりしないで下さいね?』
『フフフ、大丈夫よ~。あ、でも流れ弾には気を付けてね?戦場じゃ何が起こるか分からないって言うでしょ?』
『ちょ、狙う気満々じゃないですかっ!』
『失礼ね、私がそんな女に見える?』
『い、いえっ!中尉の援護に期待させて頂きますっ!(顔は笑ってるけど、その背後から発せられてるオーラは何だよ・・・ヤベェ、中尉マジで怒ってる・・・)』
「タケル、エクセレン、何をしている。グズグズするな」
『り、了解っ!(大尉、俺達マジでヤバいかもしれません・・・)』
『解ってるわよキョウスケ(さて、冗談はこれ位にしておきましょうか。ちょっと気分もスッキリした事だし)』

彼女にからかわれている事に気付かない武は、内心ビクビクしながらもキョウスケ達の後に続く。
そして、別の場所では・・・

「何かスゲェなあの機体・・・」
『ええ、あんな戦い方してる人が斯衛軍に居るなんて信じられないわね』

アラドとゼオラはBETAを相手にしながらも目の前の漆黒に彩られた機体の動きに注目いた。
戦術機の名は『武御雷』、帝国斯衛軍専用の機体である。
その機体は動きもさることながら、戦い方や装備の運用方法も他の機体とは違っている。
右腕に支援突撃砲を構え、左腕には短刀、そして左側の兵装担架システムにマウントされた突撃砲を前部に展開し、更に両肩には92式多目的自立誘導弾システムが装備されており、それらを用いながら特定のポジションを決めずにオールラウンドで戦っているのである。
本来武御雷には自立誘導弾システムを装備する事は不可能である。
これは機体の運用方法が近接戦闘に主眼が置かれている事が理由の一つなのだが、この機体は肩部のパーツを不知火の物と置き換える事で装備を可能にすると言う方法を取っている様だ。
支援突撃砲やミサイルを発射しながら前衛の味方機を援護していたかと思うと、今度は突撃砲を乱射しながら弾幕を張りつつ接近し左手の短刀で近接戦闘も行う。
一見すると無茶苦茶な動きに見えるのだが、その動きは洗練されていて一連の動作がまるで舞い散る桜の如く優雅なものに見える。
この様な動きを見せられてしまっては見惚れてしまうのも無理は無いと言うものだ。

『あの動き・・・』
『どうしたのラト?』
「あの機体の動きがどうかしたのかよ?」
『ちょっと気になっただけ』
「確かに動きだけ見てると気になるよな」
『そう言う意味じゃないの。ただ似てるなと思って』
『似てるって誰に?』
『オウカ姉様に似てると思ったの。変だよね、オウカ姉様はもう居ないのに・・・』
「・・・ラト」
『元気出してラト、私達は姉様の遺志を継いで頑張るって決めたでしょ?』
「そうだぜラト、いつまでもメソメソしてちゃ姉さんに笑われちまうぞ?」
『ゴメン・・・もう大丈夫だから』
「よしっ!俺達もあの機体の衛士に負けてらんねぇな。とっととBETA共をやっつけちまおうぜ」
『そうね』
『うん』
「行くぜ!ゼオラ、ラト、援護は任せる!」
『『了解!』』

そう言うと彼らは次の目標に向け戦場を駆け抜ける。
だが彼らは知らない・・・
先程彼らの眼に映っていた衛士の正体を・・・
そして、彼女が記憶の一部を失っていると言う事を・・・

『どうかしたんですか凪沙さん?』
「いえ、誰かに見られていたような気がして・・・」
『先程近くに居た国連軍の機体では無いのか?』
『凪沙さんの機動は特殊だしね。きっと驚いてたんだよ』
『だろうな。私もタケルの機動を見せられた時は驚いたものだが、そなたの機動にはあの者とは違った意味で驚かされいるのだから当然であろう』
『確かに冥夜の言う通りですね。そなたが上手く立ち回ってくれているおかげでこちらの被害は最小限に済んでおりますし』
「私の動きなどまだまだですよ。接近戦では殿下や冥夜様に敵うと思ってませんし、戦況の先読みに至っては鑑様の方が優れています」
『謙遜する必要はありませんよ凪沙少尉』
『姉上の言う通りだ。そなたが居てくれるからこそ我々は安心して戦えていると言うものだ』
『そうだよ凪沙さん。凪沙さんは私の事を褒めてくれるけど、私の方が優れているなんて思ってないもの』
「その様に言って頂ける事、本当に光栄です。援護は私にお任せ下さい」
『うむ、そなたの援護に期待させて貰うとしよう』
『私も頑張らなきゃ・・・』
『では参るとしましょう。私と冥夜が前衛を、凪沙少尉と鑑少尉の二人は後衛を頼みます』
『『「ハッ!」』』

先ず凪沙が両肩に装備されたミサイルランチャーを発射し、メインターゲットである要撃級の周囲に展開している戦車級を殲滅する。
続け様に彼女が撃ち漏らした敵を支援突撃砲で仕留める純夏。
ターゲット周辺の敵が掃討された事を確認した悠陽と冥夜は、噴射滑走を行いながら敵との距離を詰める。

「行きますよ冥夜っ!」
『了解です姉上っ!』
『「はぁぁぁぁっ!!」』

前衛である悠陽と冥夜が長刀を構え、眼前の要撃級に向けて突貫する。
要撃級の前肢はダイヤモンド以上の硬度とともにカルボナードを凌駕する靭性を併せ持つ事で有名だ。
彼女達は相手が攻撃を行う為にその両腕を振り上げようとした瞬間、もっとも無防備である隙を付き比較的軟らかい腕の付け根を狙って長刀を振り下ろす。
見事にカウンターが決まり、互いの一太刀で両断される要撃級の両腕。
相手の両腕を切り落とした事を確認する事も無く、彼女達は噴射跳躍(ブーストジャンプ)を用いて急上昇。
すかさず凪沙と純夏が相手の弱点部分目掛け支援突撃砲を連射する。
両腕が存在していたならば防御されていたかもしれないが、要撃級は成す術無く放たれた銃弾をその身で受け止める事となる。
要撃級は攻撃に抗いながらも前進を止めない。
それに気づいた悠陽と冥夜が上空から突撃砲を乱射した事が止めとなり、要撃級は辺りに肉片をまき散らしながら絶命していた。

「このまま一気に仕留めます。皆の者、宜しいですね?」
『『「ハッ!」』』

勢いに乗った彼女達はそのまま次のターゲットに向けて行動を開始していた。


それから数時間後・・・

『司令所より各機、戦闘区域内のBETA群の殲滅を確認。くりかえす、戦闘区域内のBETA群の殲滅を確認。これより警戒態勢に移行する。くりかえす・・・』
「どうやら片付いたようだな」
『流石に補給なしじゃ無理だったわね』
『ええ、自分達がもう少し上手く立ち回れていれば行けたかもしれないですけどね』
「流石に無理だろう。弾薬が底をついたとしても長刀などで何とかなるかもしれんが、推進剤だけはどうにもならんからな」
『そうね。補給を手配してくれたタケル君に感謝しないといけないわね』
「ああ、どうやら奴が直々に殿下に頼んでくれたらしいからな」
『で、殿下に!?殿下って確かこの国で一番偉い人でしたよね?そんな人に直に頼み事ができるなんて、タケルさんってスゲェ人なんだなぁ』
『タケル君と殿下って知り合いなのかしら?』
『どうしたんですか急に?』
『だって普通に考えたらおかしいじゃない。いくら国連軍大尉とは言え、一兵士である事には変わりないわ。斯衛軍の偉い人ならまだしも、違う軍の兵士に頼まれたからって最優先で補給を用意させるなんていくらなんでも無理があるでしょ?』
「確かにエクセレンの言う通りだが、それは俺達がどうこう言う事じゃない。ここは素直に感謝すべきところだ」
『そうですね。お二人の関係を詮索しても仕方ない事ですものね』
『んー・・・なかなか面白そうなネタを仕入れられると思ったんだけどなぁ~』
「そんな物を仕入れてどうするつもりだ?」
『そんな野暮なこと聞かないでよ。使い道は色々あるでしょ?』
「まったくお前と言う奴は・・・『キョウスケ大尉』・・・何だラトゥーニ?」
『ラミア中尉から通信が入ってます』
「了解した。こちらに通信を回してくれ、各機は警戒態勢のまま待機だ」
『『「了解」』』
『御疲れ様でございますです大尉』
「そちらもご苦労だった。状況はどうだ?」
『こちらはこれからヴァルキリーズと合流する所です。それからアルフィミィの事なのですが・・・』
「どうした、何かあったのか?」
『いえ、ペルゼインに搭乗したままヴァルキリーズと合流しては問題があると思いまして、一度キョウスケ大尉に指示を仰ぐべきだと考えたのでございます』
「アクセルは何と言っている?」
『アクセル中尉は私の改型に乗せて行けば問題無いだろうと仰ってるのですが、流石にそう言う訳にもいかないと思いまして』
「そうか・・・ならばこちらから迎えに行こう。斯衛軍には味方と合流する為に後退するとでも言っておく」
『了解しました。合流地点はどうしましょう?』
「そちらで決めてくれ。詳細が決まり次第、此方に連絡をくれれば良い」
『了解。では一度失礼します』

彼女はそう言うと一旦通信を終了させる。
キョウスケは先程のやり取りを部隊メンバーに説明し、斯衛軍に連絡しようとしたところで今度は武から呼び出されていた。

「如何したタケル?」
『忙しい所すみません大尉。実は殿下が直に会ってお礼が言いたいらしいんです。それで大尉と俺に司令所に来て欲しいって事なんですけど』
「なるほどな・・・解った。殿下の申し出を断る訳にもいかんだろう。エクセレン、隊の指揮はお前が取ってくれ。俺はタケルと共に殿下の所に行ってくる」
『解ったわ。ねえ、コウタ君はどうするのよ?』
「コウタには申し訳ないが俺と一緒にこちらに残って貰おうと思う。そのまま横浜基地に連れて帰ろうにも問題があるしな」
『キョウスケさん、すまねえ・・・実はショウコが斯衛軍の救護所に居るんだ。先にそっちに行かせてくれないか?』
「どう言う事だ?」
『実はショウコも一緒に飛ばされてきてたんだけど、戦闘中に受けたダメージが原因で気を失っちまって斯衛の人達に助けて貰ったんだよ。状態も確認したいし、何より一人きりにさせておきたくねえんだ』
「解った。ならお前は後で合流してくれれば良い」
『助かるぜ。悪い皆、先に行かせて貰うぜ』
『ああ、また後で会おうぜコウタ』
『おう、俺もお前達に色々と聞きたいしな。それじゃあ行ってくる』

そう言ってその場を後にするコウタ。

「では俺達も行くとしよう。タケル、案内を頼む」
『了解です』
「それじゃ私達も行きましょうか?」
『エクセレン中尉、ちょっと良いッスか?』
「な~に、アラド君」
『何かさっきから機体の調子が悪いんですよ。戦闘でダメージは受けて無い筈なんですけど、何か挙動が変っていうか』
「う~ん・・・合流地点まで持ちそうにない?」
『正直微妙ッスね。戦術機の事はあんまり詳しくないから何とも言えないんですけど・・・』
「仕方無いわね。斯衛軍の人に頼んで整備班を回して貰えるよう手配して見るわ」
『スンマセン』

エクセレンは近くに居た斯衛軍の機体に対してこちらの不具合について説明し協力を求める。
相手は快く受け入れてくれ、直ぐに輸送車両と人員が手配される事となった。

「それじゃアラド君は後でキョウスケ達と一緒に戻ってきてくれる?」
『了解ッス』
「直に斯衛の人が来てくれる筈だから、そこからは向こうの指示に従って頂戴。一応私の方からもキョウスケに連絡しておくわ」
『解りました』
「じゃ、私達も出発するとしましょう」
『『「了解」』』

合流地点に向けて出発する彼女達を見送ったアラドは、コックピット内で先程の戦闘データをチェックしながら先程の黒い武御雷の事を考えていた。
今思い返して見ても、あの機体の動きは本当にオウカに似ている・・・

「そんな訳ねえよな・・・姉さんはもう居ないんだ」

一人呟きながらデータチェックを終わらせると、今度は機体のチェックを開始する。

「ん~・・・駄目だ、PTでも微妙な所なのに勝手が違う戦術機じゃ全然解んねえや。戦術機に関しては訓練校でもまだ何も習ってないしなぁ」
『お待たせしました』
「っと、斯衛軍の人か・・・申し訳ないッス、そっちも忙しいのに無理言ってしまって」
『いえ、そんな事は気にしないで下さい。こちらが誘導しますのでトレーラーに機体を固定して下さい』
「了解」

整備兵の誘導に従い、機体をトレーラーへと動かすアラド。
機体の固定が完了するとトレーラーはゆっくりと発進し、司令所近くに設けられている簡易型整備スペースへと搬送される。
簡易型とは言うが、実際の所は輸送用のトレーラーに機体を固定したまま簡単なチェックが行われるだけであり、本格的な整備はここでは行う事が出来ない。
機体を診て貰っている間、特にする事も無いアラドは時間をつぶす為に斯衛軍の機体を見て回る事にした。

「へぇ~、これが斯衛軍の零式戦術機か~。あれ?これってさっきの機体じゃねえかよ。やっぱ間近で見ると何かスゲェな・・・やっぱ装甲材とかも違うのかな?」

こう言った物に興味をそそられると言うのはやはり彼も男の子と言う事だろう。
やがて見ているだけでは飽き足らず、装甲の表面を触ってみたり軽く叩いてみたりしている。

「ん~、こんなんじゃ何も解んねえよな。かと言って勝手にコックピットに入る訳にもいかねえし」
「そんな所で何をしているのです!!」

腕を組みながらそのような事を考えていた矢先、急に背後から呼び止められた事に気付いた彼は慌てて後ろを振り返る。

「国連軍の兵士がこの様な所で一体何をしていたのです?答えなさいっ!」
「す、すみません!この機体に興味があって見ていただけなんです・・・別に悪さをしようと思ってた訳じゃないんです!」
「こ、子供・・・?こんな小さい子が衛士をやっているなんて・・・」
「勝手に機体に近づいた事は謝りますけど、馬鹿にしないで貰えませんか・・・っ!!」
「ご、ごめんなさい。少し驚いてしまったもので・・・どうしたのですか?」

自分自身はバカにしたつもりは無かったのだが、どうやら相手を怒らせてしまったらしい。
そう思った彼女はすぐ謝罪しようとした直後、少年の表情が何かに驚いている事に気付く・・・

「ねえ・・さん・・・?」
「えっ?」
「やっぱり姉さんだ!俺だよアラドだよ!」
「ちょ、ちょっと待って・・・私が貴方のお姉さんだと言うの?」
「何言ってんだよオウカ姉さん!俺の事忘れちまったのかよ!?」
「確かに私の名前は桜花だけど、私は貴方の事は知らないわ。人違いじゃないのかしら?」
「人違いなんかじゃない。俺が姉さんを見間違えるはず無いだろ!?こんな時に冗談言ってる場合かよ!」
「冗談なんか言ってないわ」
「そ、そんな・・・ウソだろ姉さん」
「・・・」

彼女の目の前に居る少年は真剣な表情で自分が弟だと言っている。
しかし彼女には自分に弟が居たなどという記憶は存在していなかったのである。
この時まで彼女は気付いていなかった。
自分の失われた記憶の大切さを・・・
そして、その記憶が自身にとってとても大切な日々を、とても大切な人達と過ごした時間だと言う事を・・・
目の前の少年はその場に泣き崩れていた。
彼女は少年に対して声をかける事も出来ないままその場に立ち尽くしていた・・・

気付けば空はどんよりとした雲に覆われている。

まるでその場の空気を表現するかのように・・・



あとがき

第24話です。

とりあえずは新潟編終了と言った所でしょうか。
少々駆け足で進め過ぎた気がしない気も無いですが、あまり長引かせてもどうかと思いこの様にさせて頂きました。
今回の戦闘シーンでキョウスケとエクセレンがランページっぽい攻撃を行っていますが、アルトとヴァイス版のランページもどきです。
これには理由がありまして、完全復活していない機体ではこれが限界だと考え、リーゼとラインヴァイスバージョンとは違う表現とさせて頂くと共に若干アレンジを加えさせて頂いてます。
オマケとしてタケルちゃんに援護攻撃に加わって貰ったのですが如何でしたでしょう?

オウカ姉様の搭乗する武御雷は黒なんですが、そのままだとなんだか味気ないと思った事から劇中で語られている様なカスタマイズが行われていると言う設定です。
右腕の支援突撃砲をO.O.ライフル、左腕の短刀をマグナム・ビーク、両肩のミサイルランチャーをスプリットミサイルH、脇から出てる突撃砲をマシンキャノンに見立てております。

前々から言っていた通り、オウカ姉様はこちらの世界に来た時の衝撃で部分的な記憶を喪失しております。
これはタケルちゃんとは違った症状で、因果空間とかは関係なく純粋な記憶喪失です。
部分的な記憶と言うのは主にアラド達スクールの面々と共に過ごした間の記憶の大半となっており、以前アクセルと会った時に彼の事を覚えていたのはDC所属時代の記憶が失われていなかったからという事になってます。
都合のいい解釈かもしれませんが、物語の進行上の処置と言う事でご理解下さい。


さて、改型の新型兵装の名称が決まりましたのでご報告させて頂きます。
『試製01式可変型複合兵装・Sraipnar-V.C.W.S(Variable Composite Weapon System)』
と名付けさせて頂きました。
感想掲示板に寄せられた名称を基に色々と試行錯誤を重ねた上でこの様な名称とさせて頂く事にします。
様々な案を書き込んでくれた皆様にこの場を借りてお礼を申し上げます。
名称決定に伴い、23話に書かせて頂いた設定も若干修正させて頂いております。

次回からは総戦技演習に向けてのお話と、この世界のタケルちゃんの詳細について書いて行こうと考えていますのでお楽しみに。
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第25話 忘れられぬ日々
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/11/16 21:36
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第25話 忘れられぬ日々




空がどんよりとした雲に覆われる中、少年は一人その場にうずくまる事しか出来ないでいた。

「ごめんなさい・・・私は本当にあなたの事を知らないのよ」

彼女がそんなことを言っていた様な気がする。
一体それからどれだけの時間が過ぎたのだろう・・・
彼が気付いた時には彼女の姿は既になく、そして自分の心境を表すかの如く空は更に暗くなっていた。
自分達を護るため、その身を呈し閃光の中へと消えて行った掛け替えのない存在。
死んだと思っていた。
もう二度と会えないと思っていた。
そんなにも大切な人と再びこうして会えたと言うのにもかかわらず、彼女は自分達の事を覚えていなかった。
彼はそんな事実を認める事が出来ず現実を否定しようとする。

「なんでだよ・・・何でこんな事になるんだよ。本当に姉さんじゃないって言うのかよ・・・」

先程から降り出した雨が彼の頬を伝う・・・
せめてもの救いはこの場にゼオラやラトゥーニが居なかった事だろうか?
もしも彼女達が居たならば、二人は自分以上に悲しむ筈だ。
生きていてくれた事は教えたいところだが、こんな事実を彼女達が知ってしまえば今の自分より落ち込んでしまうのは間違いない。
伝えられはしない・・・
やっとの事で立ち直った彼女達に今の現実を突きつけると言う事は自分には出来ない。
事実を隠し続ける事は可能かもしれない。
だがそれは彼女が言った事を受け入れると同時に取り戻す事が出来た絆を否定する事になる。
一向に答えが見つからない・・・
姉は何故自分達の事を覚えていないのか?
以前と同じく、何者かによって記憶を操作されているのか?
本当に自分達が慕っていた姉では無いのか?
だとすれば彼女は一体何者なのか?
そう言った考えが先程から何度も頭の中をループし続ける中、彼は姉達と過ごした日々を思い返していた・・・


「こんな所で何をしているのだ?」

不意に聞こえてくる女性の声・・・

「どうしたのだ。具合でも悪いのか少年」
「い、いえ・・・大丈夫ッス」
「・・・そのような顔ではとても大丈夫には見えんな。先程の戦闘で何かあったのか?」
「いえ、本当に大丈夫ですから。御心配をおかけしてすみません」
「そうか、ではこんな場所で国連軍所属の貴様は一体何をしていたのだ?」
「さっきの戦闘で機体に不具合が出てしまって斯衛軍の方に機体を診て貰ってるんですよ。それで時間潰しにその辺をウロウロしてただけッス」
「フム・・・ならば私について来るといい。この先に暖をとれる場所がある。機体のチェックが終わるまでの間そこで待っているといい」
「お気持ちだけ受け取っておきますよ。御迷惑おかけする訳にもいかないですし」
「遠慮するな。貴様も先程の戦闘で疲れているだろう?その様な者に対してなにも礼をせず帰したとあっては斯衛の名が廃ると言うものだ。何も言わずに受け取ってくれぬか?」
「解りました。お言葉に甘えさせて頂くッス」

彼は折角の好意を無下にできないと考え、素直について行く事にする。

「礼と言ってもこの様な物しか出せんが、これを飲んでくつろぐと良い」
「ありがとう御座います」

そう言って差し出された合成宇治茶を口にするアラド。

「暖まりますね」
「そうか、そう言えばまだ名を聞いていなかったな」
「すみません。アラドッス、アラド・バランガ。アラドって呼んで下さい。えっと・・・」
「失礼した。私は帝国斯衛軍中尉、月詠 真那だ」
「よろしくお願いします月詠中尉」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

名を聞いていないなどと言っていたが、彼女は彼の事を知っていた。
彼は確か横浜基地所属の訓練兵だった筈。
その様な者が何故先程の戦闘に参加していたのかと言う事が少々疑問に思う所ではあるが、だからといって問い質す訳にもいかない。
理由は簡単だ。
先程援軍に来た国連軍の部隊はA-01所属と言っていた。
と言う事は、横浜基地副司令直轄部隊所属の者と言う事になる。
下手をすれば香月 夕呼を敵に回してしまう可能性があるのだ。
正規兵が何故身分を偽って訓練部隊に所属しているのかは解らないが、今の所自分の主に対して害をなす存在と言う訳では無い。
これがもし主に害をなす存在だったとしたら、この場で何とかしていただろう。
怪しい事には変わりないのだが、彼がどのような人物か分からない以上、深く立ち入る事は出来ないのである。
その様な事を考えている最中、彼女は目の前の少年が何やら思い詰めた表情をしている事に気付く。

「・・・」
「どうしたのだ?」

もしも万が一、何か企んでいるのだとしたら先程の考えを改めねばならない。
そう考えた彼女は彼に対して問い質してみたのだが、相手は一向に答える気配が無い。
辺りを沈黙が支配する。
この時アラドは考えていた。
彼女ならオウカの事を知っているかもしれない。
しかし彼女に何をどう聞けば良いのか考えがまとまらないでいた。
自分の素性を明かす事は出来ない。
国連軍の訓練兵である前に自分はこの世界の人間では無い。
姉の事を聞こうにも彼女の素性を明かすわけにもいかない。
下手な事を聞いてしまえば自分以外にも仲間達にも危害が及ぶかもしれない。
それでも自分は真実を確かめたい。
この時の彼はそんな事よりも、再会できた姉の事しか考えられなくなっていたのである。
そんな中、先に口を開いたのは月詠の方だった。

「何か悩み事か?」
「えっ?」
「いや、何やら思い詰めた顔をしていたのでな。何か悩んでいる事があるのなら話してみると良い。力になれるかはどうか分からんが、何か解決の糸口になりそうなアドバイス位はしてやれるかもしれん」

この時月詠は自分自身でも意外な事を言っていると思っていた。
目の前の少年は国連軍の兵士である。
いくら日本にある横浜基地所属の衛士であったとしても、国連軍の母体となっている組織は米軍だ。
過去の一件以来、日本人は米国にあまり良い感情を持って居ない。
それは国連軍とて同様である。
過去に米軍は日米安保条約を一方的に破棄してこの国から撤退している。
その様な事実から彼女も国連軍に対してはどちらかと言えばあまり良い感情を抱いては居ないのだ。
そんな彼女が何故アラドの悩み事に対して相談に乗ると言ったのだろうか?
深い意味は無かったのかもしれない。
雨に打たれ、一人うずくまっていた少年を何故か放っておく事が出来なかったのである。
彼女は義に厚く、理に厳しい実直な軍人であり、非常に真面目で自他共に厳しい性格で通っている。
しかし本来の彼女は、根はとても優しい人物であるという事はあまり知られていない。。
これは彼女自身の母性本能的な一面から来ているのかもしれない・・・

「良いんですか?」
「構わん。だが、無理に話せと言うつもりは無い」

こう言われた彼は、彼女に話す事で幾分か気が楽になるかもしれないと考えた。
そして、何か解決の糸口になる物が掴めるかもしれないと思い自身の胸の内を明かす事にする。

「ありがとう御座います。実は機体を斯衛の人に預けた直後、死んだと思ってた姉さんに会ったんです・・・」

そして彼はこれまでの出来事を思い返す様に話しだしていた。
無論、自分達がこの世界の人間でないという事を話すつもりは無い。
あくまでこの世界の人間であるように見せる為に自分の思い出だけをかいつまんで話していたのだ。。
自分とオウカが同じ施設の出身である事、本当の姉弟では無い事、そこで他の兄弟や姉妹達との生活の日々・・・
そして姉が自分達を護るためにその身を犠牲に散って行った事。
楽しかった事や辛かった事、今思い返してみても本当に忘れられない日々だった。
そんな中突きつけられた現実・・・
うっすらと目に涙を浮かべながらも彼は話を続ける。

「・・・でも姉さんは俺の事覚えてなくて・・・人違いじゃないかって言われたんです。でも俺にはそうは思えないんですよ」
「すまない・・・辛い思いをした直後にまた思い出させるような事をしてしまって」
「いえ、話そうと思ったのは俺なんですし、月詠中尉が謝る必要は無いッスよ」
「そうか、それでその者は斯衛の衛士なのか?」
「多分そうだと思います。強化装備を着てましたし」
「それで貴様の姉上の名は何と言うのだ?」
「オウカ・ナギサです。まあ、さっきも言った通り俺達は本当の姉弟じゃないんですけどね」
「オウカ・ナギサだと?」

オウカの名を出した途端、急に彼女の表情が変わった事にアラドは気付いた。

「知ってるんですか?」
「あ、ああ、彼女は私の部下の一人だ。そうか・・・アラド、一つ聞きたい事がある」
「何ですか?」
「私が質問しようとしている内容などに関する事は決して他の者には話さないと誓う。だから素直に答えて欲しい・・・」

その真剣な眼差しから彼女の言った事は本心なのだろうと察する。
そして、彼女はオウカが自分の部下の一人だと言った。
という事は上手く立ち回ればオウカの情報を得る事ができるかもしれない。
そう考えたアラドは一刻も早く情報を得たいがため質問に答える事にする。

「・・・はい。でも答えられる範囲内という事にさせて貰えませんか?」
「それは構わん。では質問させて貰う・・・貴様はこの世界の人間では無いな?」
「なっ!何を言ってるんですか中尉。言ってる意味が良く分んないッスよ」

あくまで平静を装うとするものの、彼は彼女の発言に対して驚いてしまっている為に効果が無い。
自分はこの世界の人間であるように話したつもりだった。
どこかで言葉を選び間違えたのだろうか?
そんな事が頭の中を駆け巡る。

「すまない。実はこのような事を言ったのには理由があるのだ」
「どう言う事ですか?」
「貴様が姉だと言ったオウカ・ナギサの事だ。私は、いや、正確には私を含む何人かは彼女がこの世界の人間でない事を知っているのだ」
「な、なんだって!」
「これから話す事はすべて事実だ。そのうえで聞いて欲しい」
「・・・はい」
「彼女との出会いは今から約2年前、ちょうど明星作戦が終わった直後の事だ。その時の彼女は酷い重症だった。当時の我々はBETAとの戦闘に巻き込まれてしまった民間人の一人なのだろうと思っていたのだ」
「それで?」
「彼女を発見したのは殿下だ。偶然帝都内を視察されていた時でな、当時の彼女は自分の名前以外の記憶を全て失っていた。そして時が経つにつれ、彼女は次第に自身の記憶を取り戻し我等に恩返しがしたいと言い出したのだ。そして私は殿下の命により、彼女を一時的に月詠家の養子として迎え入れれるよう手配し、斯衛への入隊の手筈も整えたという訳だ」
「やっぱりあの人は俺達の姉さんなんだ・・・」
「そしてある時、彼女は自分がこの世界の人間でないという事を我等に話してくれた。初めは信憑性に欠ける話だと誰もが思っていたのだがな・・・とある出来事が切っ掛けで、彼女の話を信じるに至ったという訳だ。だが私も彼女の口から弟が居るなどという事を聞いた事が無い。貴様の話から察するに、彼女は未だ部分的に記憶を失っているのかもしれないな」
「そ、そんな・・・でも、何で俺達の記憶だけ覚えてないんだよ。中尉は俺達の世界の事も姉さんから聞いたんですよね?」
「ああ」
「他に、他に何か聞いた事は無いですか?何でも良いんです。何かあったら教えて下さい!」

藁にも縋る思いとはこの事を言うのだろうか・・・
今の彼はオウカが失ってしまった自分達との思い出を取り戻す為に少しでも良いから何かの切っ掛けを得たかったのである。

「横浜基地にアクセル・アルマーという男が居るな?確か以前横浜で彼の者に会った時、奴は彼女の事を元部下と言っていた。そして彼女もまたあの男の事を知っているようだったが・・・」
「アクセル中尉の事は覚えてるのか・・・という事はノイエDCに居た頃の記憶はあるって事じゃないかよ。クソッ!!なんで一番辛い思いをした時の記憶だけが残ってるんだ!そっちの記憶の方を忘れてくれてた方が良いのにっ!!」

アラドは苛立ちを隠せなかった。
アクセルがオウカの事を黙っていた事もそうだが、それ以上にノイエDC時代の記憶が残っているという事実の方に怒りを露わにしていたのだ。
それと同時にノイエDC時代に彼女が受けた仕打ちを思い出し、更に怒りが込み上げてくる。
当時の彼女もまた今と同じ様に自分達と過ごした日々の記憶を忘れ、敵として自分の前に現れた事を思い出していたのだ。
あの時、最終的にオウカは記憶を取り戻したものの、救う事は出来なかった。
自分の無力さを呪った事もあった。
もう少し上手く立ち回れていれば姉を救う事が出来たかも知れないと嘆いた事もあった。
だが今は違う・・・
記憶を消された訳では無い。
月詠は彼女の記憶が部分的に失われていると言った。
と言う事は、彼女の中には自分達と共に過ごした日々の記憶もある筈だ。
恐らく転移時の衝撃か何かで記憶喪失になってしまっているのだろうと彼は考える事にする。

「すまないアラド、その様な思いをさせる為に話した訳では無かったのだが・・・」
「いえ、俺は大丈夫ッス。今の月詠中尉の話を聞いて確信しました。あの人は間違いなくオウカ姉さんです。記憶を失ってしまっているって言うんなら思い出させればいいんですから」
「そうか・・・彼女に想いが伝わると良いな」
「ありがとう御座います中尉。俺頑張りますよ!何としてでも姉さんに俺達の事を思い出して貰う為にも・・・」
「ああ、そうだな。私にも協力できる事があれば言ってくれ。力になる事を約束しよう」

彼女はアラドに対し笑顔で答える。
恐らくこの少年は、我が主に害をなす存在では無い。
その理由は彼女が信頼している凪沙の弟であるという事もあるのだが、彼女は彼の真剣な眼差しを見て敵では無いと決定付けたのである。
彼女はこれまでに何人もの人間を見て来ている。
悪意のある人間と言う者は必ずと言って良いほど濁った眼をしている事が多い。
彼の眼からはその様な邪念は感じられない。
それどころか突き付けられた現実に対し、真摯な態度で立ち向かおうとしている。
何らかの目標を持った人間の眼だったのである。

「ん、どうしたアラド?」

先程からアラドが何かを見ている事に気付いた。
どう考えても、彼の目線の先にある物は自分の顔だ。
彼女はそれが気になって仕方が無かったのである。

「い、いえ別に何でも無いッス」
「人の顔をジロジロとみておいて何も無いという事は無いだろう。私の顔に何かついているのか?」

彼女はそう言うとペタペタと自分の手で顔を触り始める。

「いやぁ・・・中尉の笑顔が可愛いな~って思って」
「なっ!何を言っているのだ貴様はっ!」
「す、スンマセン!・・・でも本当ですよ中尉。中尉って美人だし、スタイルも良いみたいだし、俺の上官達と比べても遜色ないぐらいッスよ」
「ば、馬鹿者っ!何処を見ているのだ!人をからかうのもいい加減にしろ!」

先程まで落ち込んでいたのはどこの誰だったのだろう・・・
やはりアラドはこう言った冗談や軽口を叩いている方が彼らしい。
彼女は彼の性格を知る訳ではないが、この様な事を言われて嬉しくない女性はいないだろう。
顔は怒っているように見えても、心では喜んでいた。

「別にからかってる訳じゃないんですけどね・・・月詠中尉、本当にありがとう御座いました。おかげで何か気分がスッキリしましたよ」
「う、うむ・・・大分引きとめてしまったな。私はこれから行かねばならん所があるので失礼させて貰うとしよう。機体のチェックが終わり次第、整備兵にはこちらへ連絡を入れる様に手配をしておく。それまではここでゆっくりして行ってくれ」
「ありがとう御座います。あ、うちの隊長に連絡を取りたいんですけどどうしたら良いですかね?何か殿下に呼ばれたって言ってタケルさ・・・っと、白銀大尉と一緒にどこかに行っちゃったんですけど」
「ならば殿下との謁見が終わり次第、此方に来てもらうよう連絡を入れておこう。それではな、アラド」
「はい、またお会いできるのを楽しみにしてるッス」
「フフ、私もだ」

そう言うと彼女はその場を後にし、アラドは言われたとおり寛がせて貰う事にした。
疲れていたのだろうか・・・
気付けば彼は、椅子にもたれ掛りながらいつの間にか寝息をたてていた。


アラドと月詠のやり取りが行われている裏では、悠陽に対しての謁見が行われていた。
呼び出されているのはキョウスケと武の二名で、この場には他に斯衛軍大将である紅蓮と数名の部下も列席している。
恐らく彼らは彼女の護衛も兼ねているのだろう。
いずれも屈強な衛士ばかりが揃えられており、その容姿からは間違いなく紅蓮の部下であるという事が見て取れる。

「先ずはこの様な格好でそなた達の前に出る事を許して頂きたい・・・此度はBETA殲滅に協力して頂いた事、本当に感謝すると共に皆を代表して私から礼を言わせて頂きます」
「勿体無いお言葉です殿下。我らとてこの世界を救いたいと願う者です。今後とも何かあれば協力を惜しまない所存であります」
「ありがとう南部大尉。そなたに感謝を」
「ハッ!」
「久しぶりですね白銀」
「ハッ!ご無沙汰しております殿下」
「そう畏まらなくても良い。そなたの話しやすい様に話して構わぬと以前も申した筈ですよ?」
「いえ、そう言う訳にも参りません。いくら殿下に個人的に目をかけて頂いているとは言え、今の自分は一介の衛士ですので」
「そうですか・・・」

そう言った悠陽の表情はどこか悲しげな様子であった。
そして、武の隣に居たキョウスケは先程の彼の発言から悠陽と武が政威大将軍とただの衛士と言う関係では無いという事を察する。

「ハッハッハ、相変わらずだな白銀よ。今からでも遅くは無い、斯衛に来る気は無いか?」
「いえ、以前も申し上げた通り、自分には荷が勝ち過ぎています。自分には殿下をお守りするなどと言う大役が勤まると思えませんので」
「ますます貴公のことが欲しくなる物言いよのう。やはりあの時無理やりにでも斯衛に引き入れておくべきだったわ」

この様なやり取りが行われている中、キョウスケはふと疑問に思う所があった。
先程の会話を聞いている限りでは、武と紅蓮は面識があるという事だ。
それどころか斯衛に引き抜こうとしていた過去があるというのである。
よくよく考えてみれば、キョウスケは武の過去を詳しく知らない。
彼が知っているのは、異世界の記憶を引き継いだ存在と言う事、記憶を引きついた事によって元々持っていた記憶が無くなってしまった事などである。
別に深く立ち入るつもりは無いのだが、少々興味が湧いたというところだろうか?

「ムッ、どうしたのだ南部大尉?」
「いえ、何でもありません。どうやら殿下に初めてお会いした事で少々緊張してしまっていたようです」

もちろん嘘だ。
キョウスケ・ナンブと言う男はこの様な事を言うような男では無い。
この場にエクセレンが居たならば、間違いなく彼に対しツッコミを入れていただろう。
それが証拠に、先程から武は必死に笑いをこらえようとしている。

「フフフ、その様に緊張する必要などありませんよ。もっと楽にして頂いて構いません」
「ありがとう御座います」
「それよりも殿下、自分とキョウスケ大尉を呼んだ事には何か理由があるのではありませんか?」
「どう言う事だタケル?」
「何となくですよ。特に深い意味はありません」

武がそう言った直後、悠陽は紅蓮に人払いを命じる。
これから話す事は他の者には聞かれたくないという事だろう。
命を受けた護衛の者達は、即座に部屋を後にしていた。

「流石ですね白銀。実はそなた達を呼んだのは礼を言いたかっただけではありません。そなた達に折り入ってお願いがあるのです」
「自分達にですか?」
「ええ、特に南部大尉には聞いて頂きたいのです」
「要件次第とだけお答えさせて頂きます。自分はここに居る白銀と同じく一介の衛士でしかありませんので」
「それは十分に承知しています・・・私はそなた達に力を貸して頂きたいのです。この星を護るために・・・」
「それは自分達がこの世界の住人では無いという事を知った上での事でしょうか?」
「っ!!キョウスケ大尉!」

唐突に自分達の素性を明かしたと思った武は、思わず声を荒げてしまう。

「大丈夫だタケル。殿下は俺達がこの世界の人間でない事を既に知っている。お前が眠っている間に色々とあってな、彼女達が俺達の素性について知っている事は香月副司令も承知済みだ」
「・・・そうですか」

一体何があったのかは知らないが、夕呼が承知しているという事であるのならば左程問題は無いのだろう。
少々納得がいかない面も多々あるものの、彼女の名前が出た以上、武はそれに従う他無かった。

「それで南部大尉。先程の答えは?」
「協力させて頂くつもりです。これは元居た世界に戻る手段が今の所存在しないからと言う訳ではありません。無論、乗りかかった船だからと言う意味でも無い。住む世界が違ったとしても、我々にはこの星を見捨てる事はできませんので」
「ありがとう南部大尉。そなたに多大なる感謝を」
「キョウスケ大尉。俺からも礼を言わせて下さい」
「タケル、礼を言うのはまだ早いぞ。それはこの世界に本当の平和が訪れた時で構わんさ」

そして尚も話は続く・・・

「それで殿下、具体的に我々は何をすれば良いのでしょう?」
「今回そなた達を呼んだのは協力を取り付ける為と言うだけではありません。先日『戦略研究会』なる物が発足されました・・・これがどう言う意味か解りますね白銀?」
「・・・はい、ですが少々時期が早すぎませんか?」
「そなたの言う通りです」
「少々よろしいでしょうか?その戦略研究会とは一体?」

キョウスケの疑問は尤もだろう。
彼はその名称、そして組織については何も知らない。
武や悠陽が忘れもしない出来事・・・12.5事件を起こした帝国軍将校が結成した組織。
首謀者の名は『沙霧 尚哉』帝国本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊所属の大尉である。
国を憂い信念に散って逝った誠実で実直な、実直過ぎた武人・・・
彼らはその事を忘れようにも忘れる事は出来ないでいた。

「・・・なるほどな。彼らの考えや想い・・・俺になら少し位は理解できるかもしれん」
「どう言う事だ南部大尉」

そう言ったのは紅蓮だ。
口調は穏やかであるものの、彼の表情からはそうは感じ取れない。
この件に関しての事は今初めて聞かされたところだ。
ならば事を起こす前に捕えれば良いと悠陽に進言もした。
しかし彼女は首を縦に振らなかった・・・
確かに紅蓮も彼らの想いは解らないでも無い。
わが国の現状を鑑みれば、祖国の為を思ってこその行動と言う事は理解できる。
だからと言って全てを許す訳にはいかない。
彼等が行動を起こした結果、流されずに済む血が流れる事になると言う事を知ってしまったのだから・・・

「自分にも似たような経験があります。沙霧大尉と同じ様に国を、世界を、そして地球の未来を想って行動を起こした者と戦った事があるのです」

彼が言っている人物・・・
それはDC総帥ビアン・ゾルダークの事である。
異星人の存在とその襲来を早くから察知し、国際連合にいずれ異星人が襲来してくる事を説いたが、EOT特別審議議会が自分たちの保身のため、秘密裡に異星人に全面降伏しようとした為、独自にDCを結成し南極事件を機に宣戦布告、連邦に対して反旗を翻したのである。
しかし、それは地球連邦や人類に地球の危機を分からせる為であり、最後は自らの開発した巨大兵器ヴァルシオンでハガネ隊に戦いを挑み、志半ばで地球の未来を彼らの託し散って逝った。
まさにこの世界で沙霧がやろうとしている事は、ビアンの行った事に似ている。
キョウスケが理解できると言った部分は方法では無い。
彼らの信念なのである。
だが、彼らの行おうとしている事を全て容認する事は出来ない。
彼も紅蓮と同じく、無駄な血が流れる事を望んではいないのである。

「・・・なるほど。しかし、このまま手を拱いて見ている訳にも行くまい」
「もちろんです閣下。何としてでも彼等が事を起こす前に阻止せねばならないと自分も考えています」
「協力してくれると言うのだな?」
「ハッ!」
「しかし、どうやって沙霧大尉達を説得するんです?」
「それは殿下に説得して頂く他無いであろう。ワシでは意味が無い」
「ですが紅蓮閣下、彼らが事を起こしてない以上、下手な説得は逆効果になりかねません。状況次第では決起を早める可能性も考えられます」
「南部大尉の言う通りですね。私も彼らを説得する方法を考えていたのですが、良い案が浮かびませんでした。我等がこの事を知っているのは以前の世界で起こった出来事の記憶から・・・この様な事を彼等に伝えたとて信じては貰えぬでしょう」
「自分も殿下の仰っている事と同じ考えです。どこからか情報を仕入れたと言ったとしても一筋縄ではいかないでしょうね」
「・・・う~む」
「私が今回出撃した理由の一つは彼らの想いに応える為でもあったのです。無論その為だけではありませんが、彼らはこの国の上に立つ者達が私の存在を蔑にしていると考えて事を起こしました。それを防ぐには私自身が行動を起こす事で彼等に道を示せればと思ったのですが・・・」

この話を聞いた武には悠陽の考えが理解できた。
彼女は本当にこの国や地球の未来の事を想っている。
以前彼女は武にこう言った事がある・・・『自らの手を汚す事を厭うてはならない』と・・・
彼女がこうして自ら表舞台に起とうとする事は、彼女なりの決意と覚悟の証なのであろう。
こんな事を言っては何だが、以前の彼女は聞いた事を鵜呑みにしていた部分があった。
以前の世界では政を取り仕切っている筈の現内閣が効率と手間を重視し、国民を蔑ろにしていたという事実を聞かされるまで知らないでいた。
その様な事はただの言い訳でしか無い。
ならばどうすべきか?
結果は自ずとして明らかである。
悠陽自身が矢面に立ち、行動すれば良いのである。
そうする事によって沙霧達戦略研究会に属する将校達が考えを改めてくれると彼女は信じていたのだ。

「今暫くは彼らの様子を見る為にもあえて泳がせるべきかもしれません」
「南部大尉の言う通りかもしれませんね」
「ですが、彼等が決起する様な事があれば、その時は殿下も覚悟を決めて頂かなければならないと思います」
「解っております。そうならない為にも私は自ら矢面に立つ覚悟でいるのですから・・・」
「殿下、その時は自分も協力させて頂きます」
「自分もです」
「ありがとう・・・そなた達に多大なる感謝を」


後日、武とキョウスケには改めて礼がしたいという話になり、こうして謁見は終了する事となった。
それぞれが部屋を後にし、武とキョウスケはコウタやアラドと合流するべく移動を始める。

「タケル、少し良いか?」

移動中、不意にキョウスケが口を開く。

「何ですかキョウスケ大尉」
「一度お前に聞いてみたい事があった。お前に起こっていた事は知っている。記憶に関する事も全てだ」
「俺が眠ってる間に聞いたんですね。それで聞きたい事って言うのは何です?」
「ああ、俺はお前の事を元民間人だと思っていた。だが、先程の紅蓮閣下とのやり取りを聞いていて以前から感じていた違和感が確信に変わった・・・お前は元々軍人だったな?」
「ええ、大尉の言う通り、俺は元帝国軍の衛士です。まあ、俺自身記憶を取り戻すまで忘れてたんですけどね」
「やはりそうか・・・」
「いつからです?」
「ヴァルキリーズや俺との模擬戦の時だ。あの動き・・・記憶や経験を頼りに一朝一夕でできるものでは無い。そしてその肉体もだ」

以前から気になっていた事・・・
彼の技術的な面や鍛え上げられた肉体に関して。
知識等は記憶を受け継いだことによって何とかなるかもしれないが、技術と言う物はそれだけでは何とかなる様なものでは無い。
頭で解っていたとしても、体が反応しないというケースが多いのだ。
そして、それらの技術に対処できる肉体。
そう言った点からキョウスケは、この世界の白銀 武は元々軍属だったのではないかと言う事に気付いたのだ。
そして紅蓮とのやり取りから国連軍ではなく帝国軍に所属していたのだろうと・・・

「流石ですね大尉。多分横浜基地に居るメンバーでそれに気付いたのは大尉だけですよ」
「手に入れた情報を分析した結果だ。それにしても意外だな、香月副司令までもがその事に気付いていなかったとは」
「解りませんよ。あの人の場合、気付いてないフリをしていただけかもしれませんしね」
「確かにそうだな」
「・・・ちょうど良い機会かもしれません。大尉には話しておきますよ。この世界の俺の過去を」


ゆっくりとした口調で語り出す武・・・
彼自身の口から紐解かれる彼自身の過去・・・
それがいったいどう言った内容なのか。
そして、それを聞かされたキョウスケは今後どう出るのか。
物語の新たなるページが今開かれようとしていた・・・



あとがき

第25話です。

落ち込んだ時の人の心情を表現する事は難しいですね。
前回のあとがきでも書かせて頂いたとおり、オウカ姉様は部分的な記憶を失っている訳なのですが、元々は名前以外の記憶を失っていたという事にさせて頂きました。
そして徐々に記憶を取り戻して行く過程で、自分がこの世界の人間でない事を悠陽達に明かしたという設定とさせて頂いております。
今回、アラド君と誰を絡ませるか非常に悩んだのですが、最終的にこう言った事は大人に相談すべきかと考え、月詠さんにしてみました。
別に月詠さんがEXの方でショタ疑惑があるからとかそう言う訳ではありませんのであしからず(笑)

さて、前回のお話に寄せられた感想の中に、オウカ姉様搭乗の武御雷の詳細が知りたいという物がありましたので書かせて頂こうと思います。

Type00C 武御雷改

帝国斯衛軍所属の月詠 凪沙少尉専用にカスタマイズされた武御雷。
基本的な性能は一般的なC型と同じであるが、彼女の機体はセンサー類が強化されている他、両肩部分をType94・不知火の物と交換されている。
これは彼女の戦闘スタイルも理由の一つなのだが、元々近接戦闘に特化しているこの機体に汎用性を持たせる事でどのような結果が出るかを検証する為でもあり、武御雷をベースにした次期主力機開発の為のデータ収集も兼ねている。
武御雷は搭乗する衛士の出自を表しており、地位の高い順から紫・青・赤・黄・白・黒と色分けされている他、機体ごとに細かな調整が行われているのだが、彼女の搭乗する機体は武家以外の衛士に与えられる機体であり、本来ならば専用にカスタマイズされる事は無い。
しかし彼女は、有力武家の一つである月詠家に養子として迎え入れられている為、こう言った事が許されておりいるのだが、月詠の人間とは言え養子である為、高性能機を与える訳にもいかないという声もあり、先程挙げた理由などから標準機であるC型をベースにしたこの機体が開発される事となったのである。

武装

74式近接戦闘長刀×1
65式近接戦闘短刀×2
87式突撃砲×1
87式支援突撃砲×1
92式多目的自立誘導弾システム×2

こんな感じの設定です。
即興で考えたので、少々無理があるかも知れませんがご了承ください。
イメージ的には武御雷(黒)の両肩が不知火の物と換装されているだけとお考えください。

今回の中盤とラストで武の過去についての一部分を書いてみました。
以前はこの事を伏せる為に記憶を引き継いだ存在である事だけを書かせて頂きましたが、この世界のタケルちゃんは元帝国軍衛士と言う設定とさせて頂きました。
その理由や謎に関しては次回のお話で書かせて頂こうと思いますので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第26話 立脚点
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/11/16 21:35
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第26話 立脚点




「俺が軍に入ったのは、西関東一帯がBETAによって占領された直後、今から約3年ぐらい前ですね―――」

その頃の日本は、重慶ハイヴから東進したBETA群が日本に上陸し、九州・中国・四国地方へと侵攻し、犠牲者約3600万人、日本人口の約30%が犠牲となった年である。
そして、一ヶ月に及ぶ熾烈な防衛線の末に京都が陥落。
首都が京都から東京に移されるとほぼ同時期に、佐渡島にハイヴが建設され、それに伴い米国は日米安保条約を一方的に破棄し在日米国軍を撤退、この頃から帝国と米国の関係は徐々に悪化し始め、現在に至るまで殆ど関係の修復は図られていないと言っても良かった。

「丁度その頃、俺は徴兵を控えてる時でした。今思い返しても最悪でしたよ。米国が撤退した事が原因でミリタリーバランスが一気に低下、おかげで帝国軍白陵基地は壊滅し、現在の横浜基地一帯はBETAに占領されちまったんですから」
「その時にお前も巻き込まれて怪我を負ったと聞いていたが?」
「ええ、大尉の言う通り、俺はその時BETAに襲われて重症を負ってたそうです。約2週間位だったかな、意識不明の重体で、気付いたら全身包帯だらけで帝都の病院で寝てたんですからね。あれだけの重症だったのに、良くここまで回復できたと自分でも驚いてますよ」
「その後、帝国軍の訓練学校へ入隊したのか?」
「半年ぐらい経過してからですね。入院中にも色々ありましたよ・・・丁度その頃です。悠陽殿下に初めてお会いしたのは」

意外な事に、この世界の武と悠陽の出会いは以前の世界とは全く違うものだった。
並行世界、並列世界と言った世界であるからには、この様な歴史であってもおかしくは無いのだろう。
そして武は、その時の事を徐に話し始める―――

「あれは動き回れる程度に傷が回復した頃、外出許可を貰って死んだ親父やお袋の墓参りに行った時でした―――」

この頃、BETA侵攻に巻き込まれた人々は、その殆どが共同墓地に埋葬されていた。
身元の確認など取れるケースが珍しく、中には死んでもいないのに死亡扱いされていた者も沢山居たという。
帝都の一画に設けられた共同墓地には、慰霊碑が建てられ、犠牲になった人々の殆どはそこに埋葬されているという形が取られていたのだ。
無論、遺体や遺骨などは埋葬されていない。
弔おうにもそのようなものは殆ど存在していなかったのである。


「―――親父、お袋、本当に死んじまったんだな。信じたくは無いけどさ・・・」

彼の目からは涙が零れ落ちていた。
家を空ける事が多かった両親だが、常に自分の事を考えてくれていた。
たまに突拍子もない事を言ったりして困らされる事もあったが、最終的には自分の為になっていたと思う。

「すまない親父、お袋・・・墓参りに来るのが遅くなって・・・親不孝な息子だって思ってるよな。本当にゴメン―――」

そして彼は手をあわせ、両親に黙祷をささげる。
この時武の中には様々な感情が蠢いていた。
BETAに対して無力だった自分に対しての怒り。
両親の死に直面した悲しみ。
そして次第に彼は叫びたい衝動に駆られ始めるのだが、あえてこの場ではそれを我慢し涙を拭う。

「―――そろそろ行くよ。近々俺も衛士としての訓練を受ける事になるんだ。訓練校は仙台だから頻繁には来れないかもしれないけど・・・」

そう言って彼は両親の名前が刻まれた慰霊碑を後にする。
言葉が見つからなかった。
言いたい事は山ほどあった筈なのに、いざ両親の死に直面すると何も言葉が出て来なかったのである。
これは両親の死を未だ受け入れる事が出来ないからなのだろうか。
話しかけても何も返事が返って来ない事が、これほど辛い事だと彼は思ってもいなかった。

「風が出てきたな―――」

一人呟きながら墓地を後にした武はそのまま病院へは向かわず、直ぐ傍に在った高台へと来ていた。

「帝都の直ぐ傍までBETAが押し寄せてきてるって言うのに静かだよな。まるで今までの事が全部ウソみたいに思えるぜ」

彼は自分の住んでいた横浜の方を見ていた。
無論この場所から横浜が見える訳では無い。
気付けば自分は帝都の病院で目を覚まし、両親の死と共に住んでいた所を追われたという事実を突き付けられた。
そして、その時一緒に逃げていた彼女はどうなったのだろうと考える。

「純夏は無事なんだろうか・・・先生に確認して貰ってはいるけど、今は色々な事で情報が錯綜してるから直ぐには難しいって言われたんだよな」

意識が回復した直後、担当医に現状の確認と両親やBETAに襲われた時に一緒に逃げていた幼馴染の事を尋ねていた。
両親に関しては直ぐに分かったのだが、純夏に関する情報は殆んど皆無と言っても良いぐらいに手に入らなかったのである。
死んだという情報が入って来ないという事は、彼女は生存している可能性が高い。
だが楽観視はできないでいる。
両親の死が告げられた時、彼は相当ショックを受けた。
気を失うような事は無かったにせよ、話を聞いた直後は涙が止まらなかったという事実は記憶に新しい。
その様な事を考えながら彼は、冷え込んで来た事もあってその場を後にしようとしていたのだが―――

「グッ・・・何だ、急に頭が―――ヤバ・・・」

急激な頭痛と共に意識が遠くなる―――
PTSD・・・心理的外傷後ストレス障害と呼ばれるものだ。
武は意識を取り戻してから度々この様な事が起こっている。
彼の場合はBETAによる無差別攻撃によって、一度に色々な物を失った事が原因であり、急性トラウマだろうと医者は言っていた。

「大丈夫ですか?」

不意に背後から聞こえる女性の声。

「・・・」

しかし彼は、大丈夫だと答えようにも声が出ない。
その様子を察した彼女は、慌てて彼の元へと駆け寄り、彼を抱きかかえようとする。
武は何とかして体に力を入れようとするのだが、彼の意思に反するかのように体からは力が抜けて行く。

「誰かっ!誰かいませんか!?」

耳元で女性の叫び声が聞こえたような気がした―――
体中の感覚が深い闇へと沈んでいく事にすら気付けないまま、彼の意識はそこで一度途絶えた。


「―――ここは?」

気付けば武は見知らぬ所で寝ていた。
病院のベッドとは違う。
周囲を見渡してみるものの、まったく見覚えの無い部屋。
だが、どこかの寝室なのであろうと言う事は解った。

「そうだ、確か俺は親父たちの墓参りに行って・・・」

思い出す様に一人呟いていると、急に部屋のドアが開く。

「お目覚めになられましたか?」
「は、はい(誰だ?何かどこかで見たことある様な顔だけど・・・)」
「気分はどうです?」
「まだ少し頭がボーっとしますけど大丈夫です」
「そうですか、それは良かった。急に私の目の前で倒れられた時は驚いてしまいましたが、大事無さそうで何よりです」
「御迷惑をお掛けしてしまったみたいですみません」
「その様な事はありませんよ」
「ありがとう御座います・・・えーっと」
「あら、私とした事がまだ名前を名乗っていませんでしたね。悠陽と申します」
「俺の方こそすみません。えっと、白銀 武です。本当にありがとう御座いました悠陽さん」
「先程も申しましたが、気にする必要はありませんよ武殿。今はゆっくりとお休みなさい」
「はい(何だろうな、スゲェ気品にあふれてるって言うか、俺とは住む世界が違うって感じの人だな)」
「どうかなされましたか?」
「い、いえ・・・何でも無いです」
「そうですか、では私は失礼させて頂きますね」
「はい」
「もしも何かありましたらそこの電話で用件を伝えて下さい。それではお休みなさい武殿」
「お休み悠陽さん」

彼女が部屋を後にすると、武は言われたとおり休む事にする。
この時の事を思い返すと今でも自分が恥ずかしい。
彼を助けてくれた人物こそ、この国の政威大将軍である『煌武院 悠陽』だったのである―――


「大物と言うか何と言うか・・・この場にエクセレンが居なくて良かったな」
「言わないで下さいよ・・・今思い返してもスゲェ恥ずかしいんですから」
「ああ、それにしてもお前はその時の相手が殿下だとは気付かなかったのか?」
「その時は全く気付かなかったんですよ。情けない話なんですが、軍に入隊して初めて気付いたんです」
「お前らしいと言えばお前らしいな。そしてお前は帝国軍訓練校に入り、衛士を目指したという訳か・・・」
「ええ、仙台の衛士訓練学校に入隊しました」
「確か仙台第二帝都に首都機能移設準備が始まった頃、白陵基地に在った訓練学校も移されたんだったな」
「よく知ってますね」
「一応この世界についてのレクチャーは受けているからな。一般人が知っていそうな事は理解しているつもりだ」
「なるほど。俺はそれから約1年の訓練期間を経て、帝都防衛第1師団第5戦術機甲連隊に配属されたんですよ」
「帝都防衛師団配属か、だとすると沙霧大尉と面識があるんじゃないのか?」
「確かに同じ師団所属ですからね。でも違う連隊でしたから沙霧大尉とは少しばかり面識がある程度でしたよ。その後、俺は衛士として明星作戦にも参加しました―――」


1999年8月、国連軍と大東亜連合によるアジア方面では最大、BETA大戦においてはパレオロゴス作戦に次ぐ大規模反攻作戦が開始されようとしていた。
日本国領土内に新たに建設された二つ目のハイヴである『横浜ハイヴ』の殲滅と本州島奪還が優先戦略目的であり、これらの作戦は全て香月 夕呼の提案によって行われている。
無論、彼女がこの様な作戦を提案したのはオルタネイティヴⅣを成功させるためであり、ハイヴ殲滅や本州奪還などと言ったものは建前でしか無かったのは言うまでも無い。

『いよいよだなタケル』
「ああ、まさか初陣から間が無い俺達がこんな大規模作戦に参加するなんて思ってなかったよ」
『お前らしくねえな、ひょっとしてビビってんのか?』
「解んねえよ・・・お前はどうなんだ?」
『俺か?そんなもん聞くまでもねえだろう。何時だって俺は物事に対して全力投球だからな』
「聞いた俺がバカだったよ」

相変わらず剛田は暑苦しい奴だと武は考えていた。
彼とは中学時代からの付き合いで、訓練学校時代も同じ隊に所属する事となった。
腐れ縁とはこの様な事を言うのだろう。
相変わらずの猪突猛進ぶりに、訓練兵時代の武は終始振り回されっ放しであったのだが、何だかんだで彼の事は認めていた。
そして剛田は剛田で、勝手に武の事を『強敵と書いて友と呼ぶ存在』などと言い、一方的にライバル扱いしていたのは言うまでも無い。

『―――タケル』
「何だよ、急に改まった顔したりして」
『死ぬなよ』
「―――こんな所で死ねるわけ無いだろ?お前こそ死ぬんじゃねえぞ剛田」
『フッ、俺様がこんな所で死ぬ筈が無いだろう!BETAなんぞにくれてやる程、俺様の命は安くは無いぜ!ハァッハッハッハ―――』

声高らかに笑う剛田を他所に、武はこれまでの事を思い出していた。
別に緊張している事を紛らわす為では無い。
任官して間もない頃、偶然とはいえ彼は悠陽と話す事があった。
その時彼女に言われた事を思い出していたのだ―――


「殿下、その節は助けて頂き、本当にありがとう御座いました」
「気にする必要は無いと申した筈ですよ白銀」
「いえ、気付かなかったとはいえ殿下に対して働いた無礼の数々、許されるものではありません」
「私は怪我人を助けたまでです。それにあの時そなたと出会えた事は、私にとっても有意義な時間を過ごせる事となりました」
「どう言う意味でしょうか?」
「そなたにこの様な事を申すのはおかしいかもしれませぬが、私はそれまで同じ年頃の者達とあのように接する機会が無かったのです。例え数日とは言え、そなたの様な友人ができた事が本当に嬉しかったのですよ」
「自分の様な者をそのように言って頂けて本当に嬉しく思います・・・ですが―――」

次の言葉が出てこなかった。
今自分が彼女に伝えようとしている言葉を口にしてしまう事は出来ない。
何故ならば目の前の彼女は、当時の出来事を本当に嬉しそうに語っているのだ。
思った事をそのまま伝えてしまえば、彼女の気持ちを無下に扱ってしまう事になる。
本音を言えば嬉しかったのは当たり前だ。
彼女が将軍であるという事を抜きにしても、彼女の様な人物と知り合えた事は自分にとっても本当に良かったと思っている。
両親を失い、最愛の幼馴染も行方不明。
失意のどん底に叩き込まれていた自分を救ってくれたのは、言うまでもなく彼女なのだから―――

「―――武殿」

ふいに悠陽が口を開く。
その表情からは、恐らく武の心情を察したのであろう事が見て取れる。

「はい」
「確かに今はお互いの立場と言う物があります。ですが、こうして私と二人で居る時はその様な事を気にする必要はありません」
「しかし・・・自分は帝国軍衛士、殿下はそれらを統べる者です。自分には殿下を自分と同等に扱う事はできません」
「どうしてなのです?」
「先程申し上げた通りです」
「その様に自分を偽って無理をするのは辛くは無いのですか?」
「っ!!」

全てを見透かされている様な気がした―――
本音を言えば嬉しいに決まっている。
あの時彼女と過ごした数日が在ったからこそ自分は立ち直る事が出来たと言っても過言では無いのだ。

「私にはそなたが無理をしている様にしか見えません。言葉遣いもそうですが、そなたが時折見せる悲しげな表情・・・あえて詮索するつもりはありませんが、もう少し楽にしても良いと私は思いますよ?」
「御心遣い感謝します。ですが、今の自分にはこういう生き方しかできませんので」

肯定出来なかった―――
自分は彼女に助けられたと同時に、一つの誓いを起てた。
BETAからこの世界を救うまでは一人の戦士として生きるのだと・・・

「―――そうですか」
「お忙しい所、わざわざ自分の様な者の為に時間を割いて頂きありがとう御座いました。今後の作戦についてのミーティングがありますので、これにて失礼させて頂きます」
「解りました。今後のそなたの活躍に期待させて頂きます」

そう言って部屋を後にしようとする武。
しかし、彼は何かを思い立ったかのように出口の前で立ち止まっていた。
どうかしたのかと悠陽が声をかけようとした瞬間、唐突に武が口を開く―――

「これから言う事は俺の独り言です・・・俺もあの時悠陽さんと話せて良かった。俺を立ち直らせてくれたのは悠陽さんのおかげだと言っても良いと思う。本当にありがとう」

こう応える事しか今の自分には出来ない。
これが今できる精一杯の感謝の気持ちだと武は考えていたのである―――


『アストレア1から各機、そろそろ時間だ・・・各自、気を引き締めてかかれよ!!』
「アストレア7了解!」
『アストレア8了解っ!!』

程無くしてCPより作戦開始の合図が出され、太平洋側と日本海側からの艦砲交差射撃による後続の寸断が始まる―――

『アストレア1から各機、我々は斯衛軍第3大隊の援護が目的だ。彼等が撃ち漏らした敵を残らず頂くぞっ!』
『『「了解!!」』』

第3大隊がその殆どを駆逐しているにも拘らず、やはりここはハイヴ周辺。
敵が圧倒的な物量である以上、何体かの要撃級や突撃級は隙間を縫うようにして進軍を続けて来る。

『アストレア1からアストレア7、8へ。お前達はアストレア10から15を引き連れて右翼部隊の援護に回れ!』
『「了解っ!」』

中隊長からの命令により、斯衛軍の援護に向かう武と剛田。
彼らの所属する第5戦術機甲連隊は、発足後幾度となくBETAと戦い続けて来た事で軍内部でも有名な部隊だ。
しかし、その分損耗率も高く、彼らの所属する第4中隊は最近再編されたばかりであり、隊長を除いた殆どのメンバーは新任少尉で構成されている。
そんな中武は、新任であるにも拘らず何故か小隊長を任されていた。

「アストレア7より各機、エレメントを組んで敵を掃討する!14、15は後方より支援砲撃を、12、13は二人の直衛に付け、8、10、11は敵陣に切り込むぞ!」
『『「了解」』』

一進一退の攻防が続いて行く―――
彼らは死の8分を潜り抜けたとはいえ、それほど場数を踏んでいる訳では無い。
だが、彼らは同じ訓練校の同期生と言う事もあって互いの癖を知り尽くしていた。
互いの欠点を補いながらも次々とBETAを駆逐していく。

『俺様が居る限りここは一歩も通さんぞBETA共っ!!』

突撃前衛を務める剛田が吠える。
彼の性格が猪突猛進である事が、彼等にとっては心強かった。
一見無謀にも見える彼の突撃戦法は、意外な事に戦場では驚くほどの成果を挙げているのだ。
両手に長刀を構え、次々と要撃級を斬り伏せて行く剛田。
そしてその彼の一歩後方を意識して動いているのは武だ。
彼の牽制や援護が在るからこそ剛田はこの様な戦法が取れると言っても過言では無かったのである。
しかし―――

「剛田、前に出過ぎだ!一端下がれ!」
『大丈夫だ。この程度俺にとっちゃ問題無い!』

武からの命令に従おうとしない剛田。
それは武ならばこのぐらい自分が無茶をしたところでキッチリと援護をしてくれるという信頼の裏返しでもあった。

「馬鹿野郎!他の奴らとの距離が開き過ぎてるって言ってんだ!素直に従えっ!」

彼は目の前の敵に集中するあまり、自分と仲間との距離が開き過ぎている事に気付いていなかったのである。
そしてレーダーには新たな敵影が映し出されていた―――

「クッ!このままじゃ不味い・・・10、11、お前達だけでも先に下がれ!」
『しかし、お前達を残しては・・・』
「レーダーを良く見ろっ!右翼の一部分が決壊してBETAがこっちに来てるんだ。このままじゃ後方の4人がヤバいんだよ!」
『わ、解った!』

後退を始めるアストレア10と11の二人。
このままの位置に展開していては、後方に位置する打撃支援と砲撃支援の4名との距離が離れ過ぎてしまうどころか、こちら側に向かって来ているBETAに側面から襲われる事になる。
後方のメンバーも後退したいところなのだが、ここで彼らまで下がってしまえば武と剛田の二人が敵に包囲されてしまう為にそれが出来なかったのだ。

『スマン武』
「ああ、俺達も急ぐぞ!」

彼等がそう言った直後、モニターに表示されるレーザー照射警告。

「各機回避行動を取れ!!」

急いでレーザーの照射予測地点を確認する武。
一番最悪の位置に陣取っているのは最後方に位置している支援ポジションのメンバー達だった。
支援を行うという以上、周囲に邪魔な遮蔽物があっては満足な援護は行えない。
それを考慮した上での位置取りだったのだが、ここに来て光線級属種の攻撃が来るなどと武は考えていなかったのである。
本来、光線級は最優先ターゲットとして真っ先に排除される相手だ。
戦闘開始と共に放たれたAL弾から発生する重金属粒子雲のおかげで、そこを透過する敵レーザーを著しく減衰させることにより無力化している間に確認された光線級を一気に補足殲滅する。
これらは総攻撃前の準備攻撃によく行なわれる手段であり、戦闘開始からかなりの時間が経過している現状で、光線級の生き残りが存在しているなどとは考えられなかったのだ。
これは偏に、実戦に対する経験不足から来る読みの甘さと言っても良いだろう。

『タケルっ!俺達も下がるぞ!』
「下手に動くな剛田!俺達の周囲にはBETA共が居る以上、奴らはこっちを狙わない筈だ!」

その様な事を言ったとしても危険である事には違いは無かった。
後退すれば側面からのレーザー照射に晒される。
かと言って前に出れば無数の要撃級に囲まれる事になる。
そんな中、無数に放たれる光―――

「クッ!・・・皆は!?」
『だ、大丈夫だ白銀。何とか間一髪で遮蔽物に隠れる事が出来た』
「良かった・・・俺達も直ぐにそっちに向かう。そのまま遮蔽物越しに援護を頼む」
『了解だ』

しかし、そう簡単には行かなかった。
そして先程のレーザー照射によって何が起こっていたかと言う事も―――


光線級のレーザーを回避している間に、武と剛田の二人は完全に孤立してしまっていた。
周囲に群がる要撃級と戦車級の群れ。
今は何とか防ぎきってはいるものの、このままでは二人揃って餌食になるのは時間の問題だ。
一心不乱に突撃砲を乱射し、近寄る戦車級を肉塊に変えるものの、徐々に機体にはダメージが蓄積されてゆく。

「クソッ!機体が重い!」

彼らに与えられた戦術機は撃震。
旧式化が進んでいるが、新型複合装甲による軽量化や対レーザー蒸散塗膜加工の導入などの近代化改修を重ねながら、第一世代機ながらも帝国軍戦力の中核を成している。
しかし、第二世代機や第三世代機と比べると、どうしても見劣りしてしまうのは確かだ。
現に老朽化が進み、機体各部には完全に修復できないダメージが蓄積されている。
これらを修理するには、機体を一から作り直す方が速いとさえ言われていた。
しかし、現状ではそのような事も不可能であり、彼らは機体を騙し騙し運用する他無かったのである。

『この野郎っ!!』

剛田が自機に飛びかかって来た戦車級に向け92式多目的追加装甲で殴りかかる―――
グシャリと音をたてながら潰れる戦車級。

『ヘッ、脆いもんだぜ』
「馬鹿野郎、この状況下で格闘戦なんかするんじゃねえよ!」
『馬鹿とは何だ馬鹿とは!』
「いくら帝国軍機が近接戦闘用に腕部を強化されてるって言ってもな、お前みたいな戦い方してたら機体がもたねえって言ってんだよ!」
『甘いなタケル、俺のこの手が真っ赤に燃えるってな。俺の機体はお前のと違ってヤワじゃないんだよっ!』
「何が真っ赤に燃えるだ。まあ、確かに返り血で気色の悪い色はしてるがな」

そんなやり取りを続けながらも、なんとか相手の攻撃を防ぎつつ突破口を開こうと試みる二人。
互いを信頼しているからこそ、この様な軽口が叩けると言うものなのだ。
しかし状況は悪くなる一方である。
彼らの眼前には無数の戦車級が集まって来ている。
一匹一匹は大した事は無いのだが、数が集まればこれほど脅威になる存在はいない。
奴らに取り付かれてしまったが最後、戦術機の装甲などあっという間に食い破られてしまうのだから―――

「剛田、キャニスターの残弾は?」
『あと3発だ。何か考えがあるのか?』
「―――正面の敵に対してありったけのキャニスターをぶっ放す」
『それだけじゃ突破口は開けないぜ?』
「ここからが肝心だ・・・着弾と同時に短距離噴射跳躍(ブーストジャンプ)、奴らの頭上を飛び越える」
『なっ!・・・解ってんのかお前、光線級の殲滅は確認されてないんだぞ?』
「そんな事は解ってる。だけどこのままじゃ、こいつらにやられるのも時間の問題だ」
『ったく、いつからお前はそんな博打好きになったんだ?』
「どっかの誰かさんの猪突猛進ぶりが俺にもうつったのかも知れないな」
『ケッ!仕方ねえな、タイミングはお前に任せるぜ相棒!』
「誰が相棒だ・・・行くぞっ!」

カウントが開始される―――

「5秒前、3、2、1、今だっ!ありったけのキャニスターをぶち込んでやれ!」
『おうっ!!ついでに36mmも食らわせてやるぜ!』

轟音を立てて突撃砲より放たれる120mm砲弾。

「行くぞ剛田っ!!」
『了解だっ!』

一か八かの賭け―――
成功すれば相手の背後に着地が可能だが、失敗すれば光線級の餌食になる。
しかし彼らは、この一か八かの方法に賭けるしか無かったのだ。

「着地と同時に水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)、奴らと距離を取って一気にNOE(匍匐飛行)で皆と合流するぞ!」
『おう』

味方機の援護も在ったおかげで彼らは無事小隊メンバーと合流する事が出来た。
跳躍中にレーザー照射を受ける事も無く、運が良かったと言う他無いだろう。

「一度本隊と合流するぞ、15、本体の位置は?」
『それが・・・』
「どうした?」
『反応が無いんだよ。さっきのレーザー照射の直後位からだ』
「なっ!・・・こちらアストレア7、CP応答してくれ!本隊は、隊長達は無事なのか!?」

CP将兵から返ってきた言葉は、彼らを落胆させた―――
彼らの所属する大隊は先程のレーザー照射でその殆どが蒸発し、生き残っていた面々も態勢を立て直すべく奮闘していたのだが、指揮系統の乱れから武達の部隊を除く殆どが壊滅状態に陥ったという悲惨なものであった。

「クッソォォォォォッ!!」

コンソールに拳を叩きつける武。
慕っていた隊長や部隊の先輩衛士達、その殆どが先程の攻撃で死んでしまったというのだ。
彼は自分の無力さを呪っていた。
今回の様な事は戦場ではよくある事かも知れない。
しかし、今の彼にはそんな事を考える余裕は無かったのである。

『タケル・・・悲しむのは後だ。今は奴らを一体でも多く倒す事を考えよう』
「―――ああ、俺は奴らを許さねえ・・・一匹残らずぶっ殺す!!」

彼の心の中を殺意や憎悪と言った負の感情が支配する。
自暴自棄と言っても良いかもしれない。
彼の小隊は怒りに任せ、次々と眼前のBETA群を駆逐していく―――

「いかんな、あの様な精細さを欠いた動きで戦っていては、いずれその身を滅ぼす事になる」

真紅に塗られた武御雷のコックピットの中で、一人の男が彼らの戦いぶりを眺めていた。
動きから察するに、新兵であろうという事は容易に察しが付く。
恐らく此度の戦闘において何かあったのだろうと彼は考えていた。
そんな中、不意に開かれる通信―――

『閣下、国連軍より緊急連絡が入っています』
「何事だ?」
『ハッ・・・これより米軍が新型爆弾を用いて敵ハイヴに向けて攻撃を仕掛ける為、前線の部隊は即座に最終防衛ラインまで後退せよとの事です』
「何だとっ!事前通告も無しにか?」
『はい、尚この件に関しては既に政府の了承を得ているとの事です』
「クッ、米国め・・・一方的に安保条約を破棄したかと思えば、いきなり事前通告も無しにこの様な暴挙に出るか―――全軍に通達せよ。ただちに最終防衛ラインへ向けて後退を開始せよとな」
『了解しました!』

HQより全軍にG弾の使用が告げられる。
G弾・・・正式名称 Fifth-dimensional effect bomb (五次元効果爆弾)
ムアコック・レヒテ機関の開発からスピンオフした技術の産物でグレイ・イレブンの反応を制御せずに暴走させる構造の爆弾。
いわば安全装置のない簡易ML機関である。
ML機関よりも安価で、省資源、しかも運用も容易ということで開発元である米国がオルタネイティヴⅤ計画を推進する理由ともなっているものだ。
しかし放射能物質こそださないものの、被爆跡地では半永久的に重力異常を引き起こし、植生も回復しないという深刻な欠点もあり、各国ではその性能においての脅威や危険性が指摘されている。

『タケル、後退命令だ』
「解ってる! 各機、指定されたポイントまで後退だ」

それから暫くして、米軍が放った二発のG弾が横浜ハイヴ周辺を瓦礫だらけの土地に変えた―――
その圧倒的な破壊力を目にした帝国の人々の心には様々な感情が生まれていたのは言うまでも無い。
無通告のG弾使用が、日本国民の心に更に深い反米感情を刻み込んだのは確実だったのである。
その後、残存していたBETA群は一斉に大陸に向け撤退を開始。
戦術機甲部隊による追撃戦、艦砲射撃などによって敗走するBETA群に大損害を与え、歴史的な大勝利となった。
そして―――

「―――柊町が」
『ああ、俺達の生まれ故郷がこんな事になるなんてな』

武と剛田の眼前に広がる光景は悲惨としか言いようが無かった。
BETAによって住む所を追われ、今度は米軍によってそれが荒野に変えられた。
確かに自分達は勝利したのかも知れない。
だが、彼らはそれを素直に喜ぶ事は出来なかったのである。

『俺は今日ほど自分の無力さを呪った事は無い』
「俺も同じだよ・・・」


この日を境に二人の青年は決意を改める。
彼らは更なる高みを目指し、互いが互いを鍛え上げるべく奮闘する。
しかし、傍から見ればそれは無茶としか言いようが無かった。
特に武は周囲が止めるのも聞かず、寝る間も惜しむように訓練に明け暮れていた。
それは偏に自分と同じ様な思いをする人達をこれ以上増やしたくは無いという意思の表れであったのは言うまでも無い―――



あとがき

第26話です。
帝国軍に入隊するまでと入隊後のタケルちゃんについて書かせて頂きました。
いやはや、何と言いますか・・・自分でもかなり無茶苦茶書いてしまった様な気がします。
タケルちゃんが殿下に気付かなかったのは、彼が鈍いという事で勘弁して下さい^^;
今回は剛田君とも絡ませてみました。
しかし、彼についてあまり詳しく知らないのでこんな感じだろうと考えながら書いてみたのですが如何でしたでしょうか?
彼らの機体についても撃震にするか陽炎にするかでだいぶ悩んだのですが、最終的に激震にさせて頂きました。
新任少尉に陽炎とかが与えられるとは思えませんでしたし、A-01の新任達に不知火が与えられているのは特例だろうと解釈した結果です。
戦闘シーンに関しても、もう少し上手く纏めれればと思っていますが、やはり難しいものですねTT
後、今回は以前よりご指摘頂いていた三点リーダーをなるべく排除しようと心掛けてみました。
小説などを読んで色々と勉強しているのですが、やはり難しいですね。
改めて自分の文才の無さに落ち込んでいますTT
それでは次回のお話も楽しみにお待ち下さい。
感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第27話 運命のあの日
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/11/22 00:26
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第27話 運命のあの日




・・・某所・・・

薄暗い部屋の中で一人の男がモニター越しに通信している。

『それは本当なのか?』
「ええ、先程アズマ博士から連絡を頂いたところです」
『クッ、キョウスケ達に続いてコウタ達まで行方不明になるとは―――』
「少佐、その後キョウスケ中尉達については?」
『伊豆基地司令部は彼らの捜索を打ち切ったよ。彼らに関してはMIAと認定された』
「そうですか・・・自分はこれから例の場所で今後の事について話し合う予定です。何か情報が入り次第、此方から連絡させて頂きます」
『頼む。こちらも何かしらの手段を講じてみるつもりだ』
「了解です少佐。それでは―――」

男は一つ溜息を付くと、これまでに起こった事件に関しての事をもう一度考え直していた。

「情報が少なすぎる以上何とも言えんが、今回の一件は何者かによって引き起こされている可能性が高いな―――」

事件当時の資料を眺めながら彼は、現在起こっている案件に対して一つの推論に達していた。

「事故現場を改めて調査してみる必要があるかもしれん」

そして彼は、これまで幾度となく共に死線を潜り抜けて来た盟友に対し連絡を取るべく行動に移る。
拭いきれない不安を他所に、彼はただ行方不明となったキョウスケ達の無事を祈るほか無かった―――



「お前も辛い思いをしたんだな」
「俺なんかまだマシな方かもしれませんよ。世の中にはもっと酷い目に遭ってる人たちだって居ると思いますし」
「そうか―――」

本人は否定しているものの、彼の表情は重いままだ。
キョウスケには目の前の青年が、未だ過去を拭いきれずにいる事に気付いていたのである。

「そして明星作戦終了後、お前達はどうなったんだ?」
「隊長や先輩衛士達は皆死んでしまって、俺達の部隊は壊滅状態でしたからね。その後も色々あって、最終的に俺と剛田を除く他の隊員達は別の師団に転属、剛田は斯衛に配属され、俺は兼ねてから計画されていた試験小隊に組み込まれる事になったんです。」
「任官間もない新任衛士を試験部隊に配属とは意外だな」
「普通に考えればそうですよね。その頃は新型戦術機開発の為に様々なデータ収集が行われていたんです。それで今後の衛士達の為の実証実験や戦術機運用を考える為に任官間もない俺達が選ばれただけなんです。単純に遊ばせておく衛士が居なかったって言う事と、下手に癖の付いていない新人の方が都合が良かったってだけですよ」

その頃の日本は、純国産第三世代主力戦術機である不知火や吹雪を基に斯衛軍専用の新型戦術機の開発が行われていた。
無論、これらは斯衛軍によって開発が行われている為、通常の帝国軍は殆ど関与していない。
彼が配属されたのは帝国軍第8試験小隊、帝国陸軍直轄の試験小隊の一つである。
現存戦術機強化計画の一環で開発された改造機の試験運用を主な任務としており、ここで開発された機体の一つに不知火・壱型丙が存在している他、撃震や陽炎、吹雪などの強化計画も進められていたのである。


明星作戦から約半年余りが経過しようとしていた―――
あの大規模反攻作戦の後、武の居た部隊は解散され、それぞれ他の部隊へと配属する事になった。
そして武はその操縦技術を買われ、一人試験小隊へ配属されたのである。


「クッ!速いっ!」

模擬戦の最中、コックピットの中で一人の衛士が呟く。
演習場では二機の戦術機による模擬戦が行われている。
一つは斯衛軍中尉『篁 唯依』が駆る不知火・一型丙。
もう一つはこれまで見た事の無い新型機であった。

「この私がこうも翻弄され続けるとは・・・まったく無様な―――」

開始から約10分―――
相手の予想以上の動きに、彼女は攻めあぐねていた。
一定の距離を取りつつこちらを牽制し続け、こちらが隙を見せると一気に距離を詰め、機体の特性を生かした攻撃を仕掛けてくる。

『「ハァァァッ!」』

互いに気合の籠った叫び声をあげながら交差する二機―――

「チッ!流石は不知火の強化型、一筋縄ではいかないか」

武はコックピット内で一人ぼやいていた。
機体性能の差もあるだろうが、彼女の技量も相俟って、不知火・一型丙は並の戦術機以上の機動を描いている。
そして相手は、自分から決して近付いてこようとせず、こちらが接近した時のみ反撃を繰り出してくるのだ。
恐らくカウンター狙いなのだろうと武は考えていたのだが、彼女はその様な事は考えていなかった。

『問題児と聞かされていたが、奴のどこが問題児だというのだ。クッ、またしてもあの変則的な動きか!』

彼女が先程から彼の機体に近付こうとしない理由―――
それは武の用いている変則的な機動が原因である。
彼の戦術機は匍匐飛行を用いながら、まるでダンスを踊るかの様に前後左右にフェイントをかけて来る。
そして、一定のリズムで此方に向けて一気に距離を詰め、攻撃を行ってくるのだ。
武は決して三次元機動を用いて翻弄している訳ではない。
彼女は今まで経験した事の無い武の動きに対して、どう対処すべきかを考えていたのである。

「こっちは接近戦に特化した機体だって言うのに、こうも距離を取られ続けてちゃ埒があかないぜ―――」

そう言いながらも武は、右腕に装備された突撃砲から36mmを放ち、相手を牽制し続ける。
彼女は自分からは近づいてこないが、こちらのレンジ外からの攻撃はしてくるのだ。
本来、相手に自分の間合いに入って貰いたいのであれば、この様に相手を牽制し続けるのは得策では無い。
しかし、自分から相手の間合いに踏み込む事は、決して容易いとは言えない。
機体の性能で言えば、彼女の一型丙はかなり高性能な部類に入り、そして彼女の実力も侮れないからである。
いくらこちらの機体が接近戦に特化しているとは言え、機体の総合性能で考えるのであれば向こうの方が一枚上手だ。
そして彼女は斯衛軍の衛士、帝国軍内部でもトップクラスの実力の持ち主なのである。
今までこちら側に見せていた隙は、油断させる為の行動なのかもしれない。
それをブラフかどうか見極めるだけの実力や経験は、武にはまだ無かったのである。

「推進剤も残り少ないし、制限時間も迫ってる。こうなったら一気に仕掛けるしか無いな―――」

このまま時間切れになってしまってはテストの意味が無い。
そう判断した武は、意を決して彼女に向けて機体を突進させる。
だが、ただ闇雲に仕掛けた所で状況は変わりはしない。
機体の特性をフルに生かした攻撃を叩きこもうと言うのである。

『流石に痺れを切らしたか・・・ならば、こちらもやらせて貰う―――」

彼女は機体の背部にマウントされた長刀を正眼に構え、相手の機体を見据える。
この時唯依は、真正面から来るのであれば簡単に対処できると考えていた。
しかし武の機体は、彼女の目の前で突如として上空へと跳躍したのである。

『な、何だと!?』

流石の彼女も、彼の突拍子もない行動には驚かされたようだ。
そして武は、そのまま空中で跳躍ユニットを吹かし、機体の向きを強引に変える。
横方向からの強烈なGに耐えながらも彼は、相手の背後を突く事に成功したと感じていた。

「止められるもんなら止めてみやがれっ!!」
『甘いっ!』

当初彼女は驚いてはいたものの、冷静にそれに対処し、直ぐさま武のいる方に向き直っていた。
だが武もそのような事では驚きはしない。
飛び蹴りを放つ要領で、彼女の方へと急降下し、そのまま体重を乗せて右腕の旋棍(トンファー)を振りかざす。
寸での所で彼女はそれを回避するのだが、着地の硬直を終えた武が、再び両腕に装備された旋棍を構え一気に唯依へと距離を詰めてくる。
怒涛のラッシュ―――
この距離であればこのまま押し切れると武は考えていた。
しかし、両腕から右、左と交互に繰り出される攻撃は全て長刀でいとも容易く薙ぎ払われてしまう。
そして彼女は、最後の一撃を長刀で自身の右側にそらし、続け様にカウンターとなる一撃を武に向けて放つ。
その一連の流れは驚くほどスムーズに決まり、相手は沈黙したかに見えたのだが―――

「まだまだぁぁぁっ!!」

倒れこみながらも彼は、最後の一撃を加えるべく右腕を振りかぶる―――
自分の機体は沈黙してしまうものの、相手の不知火は左腕を持って行かれていた。
互いのモニターに表示されるダメージ判定。
武の機体は動力炉損傷の為、戦闘続行不可能。
唯の機体は左腕部大破・・・結果として勝利の女神は彼女に微笑んだのである。

『そこまでだ、2人ともご苦労だったな』

オペレータールームから模擬戦の終了が告げられる。

「クッソォォォッ!完璧に決まってたと思ったんだけどなあ」
『惜しかったな白銀少尉』
「やっぱり篁中尉には敵いませんね」
『謙遜するな。最終的に左腕がやられてしまったが、殆ど紙一重の差だ。貴様が臆せずに後一歩、いや後半歩踏み込んでいたら、負けていたのは私の方かもしれん』
「いえ、純粋に技術の差ですよ」
『・・・』
「どうしたんですか中尉?」
『いや、何でも無い。さて、午前中のテストはこれまでだ。午後からのテストに向けて貴様は今の内にしっかりと休め』
「了解です」

武にそう伝えると唯依は、コックピット内でこれまでの模擬戦内容を改めて思い返していた―――
彼女は、斯衛軍の実戦部隊である白き牙中隊(ホワイトファングス)の中隊長を務めている事でも有名であり、衛士としての実力もかなり優秀な部類に入る。
今回の模擬戦相手の機体は試作機とは言え、自身の駆る一型丙に比べれば随分劣る機体だと考えていた。
運良く勝てたものの、このまま回数を重ねて行けばいずれ自分が負ける事もあり得るだろう。
そして彼女は、序盤で明らかに油断していた自分を責めていたのである。

「斯衛に所属する身でありながら何たる失態だ・・・機体の性能差で勝てるなどと考えていた自分が情けない」

彼女は譜代武家である篁家の当主であり実直で生真面目、他人に厳しく己にも厳しいという正に堅物と言っても良い人物である。
その様な性格である為に、今回の様なミスを犯した自分が許せないのであった。

『どうした篁中尉?午前のテストは終わりだぞ』

不意に通信が開かれ、彼女は我に返る。

「巌谷中佐・・・申し訳ありません。少々考え事をしていたもので―――」
『相変わらずだな、唯依ちゃんよ。もう少し気楽にやってくれて構わんぞ』
「お、お止め下さい中佐・・・現在は任務中です!」
『またいつもの反省癖か?それにこの通信はどうせ誰も聞いちゃいない。普段通り巌谷の叔父様と呼んでくれたって良いんだぞ?』

その男の名は巌谷 榮二。
元帝国斯衛軍が誇る歴戦の勇士にして、F-4J改・瑞鶴を開発した伝説のテストパイロットだった人物。
そして幼い頃より唯依を知り、実父亡き後は父親に代わり彼女を鍛え、育て上げてきた恩人なのである。
彼女は現在、彼の頼みでこの試験小隊へと出向している。
彼が言うには、斯衛に是非とも推薦したい人物が居る為、彼女にそれを見極める手助けをして欲しいとの事だった。

「申し訳ありません。己の未熟さに恥じ入るばかりです」
『気にするな、お前さんは良くやってくれてるよ。それよりもどうだ、白銀少尉は?』
「問題児だと聞かされていましたが、とてもその様には感じませんでした。戦術機の操縦技能や戦法、その殆どが実戦でも十分に通用するレベルだと思います」
『そうか・・・本当の事を言うとな、奴は問題児なんかじゃないんだよ。問題児どころか衛士としての心構えや能力は優秀すぎるぐらいなんだ』
「では、そのような者が何故問題児扱いされているのです?」
『―――白銀は明星作戦で自身の無力さを痛感した事で己を鍛え上げて来た。そして徐々にではあるが実力が付いて来ている。それこそ寝る間を惜しんで訓練に明け暮れていたそうだ。そんな彼を疎ましく思う輩も居るって事さ」
「そうですか・・・」

唯依は複雑な心境だった。
自身の無力さを痛感しているのは自分も同じだ。
何がそれほどまでに彼を追い込んでいるのだろう。
そして、そんな彼を何故疎ましく思う必要があるのだろうか?
この時彼女は、巌谷がどう言った理由で自分に彼を見極める手助けを求めて来たのかが解らなかった。
話を聞いている限りでは、このまま彼を推薦したとしても、何も問題無く斯衛に入隊する事ができるだろう。
彼はここに来て日が浅い為、彼女は武とじっくり話した事は無い。
しかし、自身が尊敬する巌谷が優秀とまで言い切る人物なのだ。
概ねその通りで間違いないだろうと彼女は考える。
では一体何が問題なのだろうか?
武には自分の知らない何か『致命的な欠点』とでも言える物が存在しているのだろうか―――
心構えや実力に問題が無いとすると、協調性に欠けるのだろうかなどという事が頭をよぎる。
だが、模擬戦終了後の彼との会話からは、そのような感じは見て取れなかった。
協調性に欠ける様な人物であれば、あのような素振りは見せないからだ。
考えてはみるものの、答えは一向に見つかりそうにない。

『唯依ちゃんよ、どうした?そんなに奴の事が気になるのか?』

唐突に巌谷に話しかけられ、彼女はハッとした。
モニター越しに見える彼の顔は、どことなくニヤけている様子だ。

「べ、別にそんなんじゃありません!」
『そうか、てっきり俺は唯依ちゃんが白銀に興味を持ったのかと思ったんだがなあ』
「お、叔父様!」
『ハッハッハ、そう怒るなよ。親代わりとしてはそう言った事も心配になるってもんさ。それじゃあ俺は午後からの打ち合わせがあるから失礼させて貰うとしよう。唯依ちゃんも今の内にしっかりと休んでおけよ?』
「解りました・・・ハァ」

通信を終えた唯依は、コックピット内で溜息をついていた。
再び彼女の反省癖が首をもたげる。
そして彼女が気付いた時には、それから小一時間ほどが経過していたのであった―――


時計が午後二時を回ろうとしていた頃、オペレータールームでは巌谷が午後の模擬戦についての一人の衛士と話し合っていた。
目の前の男は老齢であるにもかかわらず、鍛え上げられた肉体を斯衛軍の赤服に身を包み、その風貌からは只者では無いと言った威圧感が感じられる。
男の名は、紅蓮 醍三郎。
帝国斯衛軍大将であり、将軍である悠陽を除けば斯衛軍のトップに立つ漢である。

「彼はどうだ巌谷中佐」
「はい、ここに配属されてから良くやってくれています」
「そうか・・・しかし、見極めるのはまだ早いな」
「と申しますと?」
「午後の模擬戦の結果しだいと言ったところか―――ワシ自身、あの者があの戦いの後どれほど成長したのかを見極める良い機会だと考えておる。その為に篁中尉を当て馬の様にしてしまったのは、少々心苦しい所ではあるがな」
「彼女もその辺は理解してくれると思います。ですが、態々閣下自らがお相手をする必要など無いのでは?」
「なに、たまにはこうやって戦の空気を味わわねば勘が鈍ると言うものだ。貴様とて解っているだろう?」
「どうやら失言だったようですな」
「フッ、構わんさ。さて、そろそろ準備を始めるとしよう」
「ハッ!既に閣下の機体の準備は完了しています」
「うむ、それでは行って来るとしよう」

そう言って部屋を後にする紅蓮。
彼と入れ替わるように唯依が入室して来ると、巌谷は一人呟いていた。

「さて、どうなるか見物だな―――」

この時巌谷は、自身の若かりし日の事を思い出していたという。


「巌谷中佐、午後の模擬戦の詳しい内容を聞いていませんが、相手の機体はどの様なものなのでしょうか?」
『そいつは見てのお楽しみだ少尉。一つだけ言える事は、機体も衛士もとんでもないもの・・・とだけ教えておいてやる』
「は、はぁ・・・」

恐らく午前の模擬戦相手である篁中尉とは違う相手が宛がわれるのだろう。
これは先程の巌谷中佐とのやり取りから容易に想像が付く。
ただ引っかかる点は、機体も衛士もとんでもないものと言う一点のみだ。
開発中の新型機という線も捨てきれないが、ここに来てそれは無いだろう。
開発中の新型は、現在自分が乗っている烈火だけの筈なのだ。
それ以外の機体となると、現存の機体か他国の機体という事になる。
だが、開発中の試作機を部外者に見せる訳にはいかないので、恐らくは現存の機体が模擬戦相手なのだろうと武は予想する。
しかし、彼の予想は的中する事は無かった。
彼らの目の前に現れた機体は予想だにしないものであり、本来ならば自分達が関わる事はありえない機体だったのである―――


「おいおい、斯衛軍の最新型が模擬戦相手なんて聞いてないぜ」
『準備は良いか白銀少尉?』
「やはりあの機体の衛士は篁中尉じゃないんですね」
『そう言う事だ。今回私はオペレーターを務めさせて貰う』
「まさか、巌谷中佐が相手だとか言うんじゃ無いでしょうね?」
『安心しろ白銀少尉、俺も篁中尉と一緒にここで見させて貰うつもりだ』

これから模擬戦を行う衛士は誰なのだろう?
先程からこの様な考えばかりが頭をよぎる。
目の前の機体から感じられる威圧感は只者では無い―――
これが武の素直な感想だった。
それが証拠に、目の前の武御雷は先程から微動だにせず両腕を組みながらこちらを見続けている。
まさか武御雷と模擬戦をする羽目になるとは考えてもみなかった。
近々、斯衛軍に正式配備される予定の最新型戦術機、通称零式。
帝国軍のうち、将軍家直属である斯衛軍がF-4J改・瑞鶴の後継機として開発させた純国産の第三世代戦術機であり、94式戦術歩行戦闘機不知火の開発によって培われた技術を応用し、富嶽重工と遠田技術によって共同開発された不知火よりもさらに進んだ第三世代戦術機である。
生産性や整備性よりも性能を優先している為か、ずば抜けた機動性と運動性能を持ち、世界最高クラスの戦術機になるであろうと言われている。
そして何よりも目を引くのはその色だ。
鮮やかな赤一色で彩られたその機体は、五摂家に近い有力武家出身者が乗っているのだろうというのが一目で分かる。

『どうした白銀小尉。今更怖気づいたのか?』
「そんな事はありません!相手が武御雷だろうがなんだろうがやってやりますよ!」
『フッフッフ、このワシも随分と舐められたものよのう』

不意に開かれる通信―――
彼らはモニターに映ったその通信相手を見て驚愕していた。

「ぐ、紅蓮閣下!?」
『いかにも、帝国斯衛軍大将紅蓮 醍三郎である』
「まさか、その機体の衛士は・・・」
『そのまさかだ白銀よ』
「どう言う事ですか巌谷中佐!?午後の模擬戦相手が紅蓮閣下だなんて自分は聞いていません!」
『さっきも言っただろう?機体も衛士もとんでもないものだとな』
「グッ、ですけど・・・」
『それにな白銀少尉、今回の模擬戦は閣下直々の申し出だ。それだけ閣下はお前に期待しているという事だよ』
「・・・解りました。閣下の胸を借りるつもりで―――いや、倒すつもりで挑ませて貰います」
『その意気や良しっ!だがワシとて容易く貴様に勝ちを譲るつもりはないぞ?』
「望むところです!」
『良く言った!!さあ戦を始めるとしよう―――』

模擬戦の火蓋が切って落とされる―――
武は相手の出方を見る為、右腕に装備された突撃砲を発射し相手を威嚇する。
対する紅蓮は、尚も腕を組み続けたままの状態でそれらの攻撃を最小限の動作で回避している。
牽制は無意味だと判断した武は、両腕に装備された旋棍を展開し、紅蓮に向けて一気に距離を詰め攻撃を仕掛ける。

『ほう、この武御雷に接近戦を挑むか』

そう呟きながらも彼は、全くと言って良いほど微動だにせず武の攻撃を回避し続けていた。

「クソッ、この距離で攻撃が当たらないなんて・・・」
『どうした白銀、ワシはここだぞ?』

相手の挑発ともとれる発言に対し、武は徐々にではあるが冷静さを失いつつあった。
その理由は発言だけでは無い。
紅蓮の武御雷は、先程から腕組みをし続けたままの状態で全ての攻撃を回避し続けているのだ。
完全に遊ばれている―――
確かに技量と言った面では、彼に到底及ばないであろう事は自分にも解っている。
だからと言って、全ての攻撃を腕組み状態のまま回避し続けられる事は、武にとっては屈辱以外の何物でもない。
ついに武は痺れを切らし、無謀とも言える攻撃に出る。
更に距離を詰めながら小刻みにフェイントを織り交ぜた攻撃を加え、相手のバランスを崩そうと考えているのだ。
だが、相手はバランスを崩すどころか、当たる筈の距離の攻撃を全て回避して行く。

「当たれっ、当たれっ、当たれぇぇぇっ!!」

次第に苛立ちが声となって現れ、大振りになる武の攻撃―――

『フン、とんだ期待外れだな・・・』

紅蓮がそう言った直後、武の烈火は前のめりになる様にそのまま彼の足下に転倒してしまう。

「なっ!・・・」

武は自分が何をされたのか理解できなかった。
モニターに目をやると、右脚部損傷軽微の表示が映し出されている事に気付いた。
そう、紅蓮は彼が攻撃を仕掛けた直後、軸足となっていた右足に向けて足払いをしていたのである。
体重が乗っている方の足に向けて軽く攻撃を行うだけで、相手はいとも簡単にバランスを崩す。
武は目の前の武御雷にばかり気を取られ、自身の足下を全くと言って良いほど警戒していなかったのだ。

『貴様の実力とやらはこの程度か白銀よ?だとすれば少々興醒めだな。もう少し腕の立つ奴だと思っていたのだがな―――』

モニター越しに映し出されている紅蓮の表情は、明らかに落胆している。
この時武は何も言い返す事が出来なかった。
まったくもって紅蓮の言う通りだったからだ。
焦りや苛立ちと言った感情は、戦場では大きな弱点となる。
冷静に物事に対処できなければ、待っているのは死だけだ。
無論、彼は死ぬ事など望んではいない。
何が何でも生き延び、両親や死んでいった仲間達の仇を取る―――
その為に彼は、これまで日々精進を重ねて来たのだ。
相手が誰であろうと負ける訳にはいかない―――
こんな所で躓いていては、先に逝った者達に会わせる顔が無いのだ。
そして彼は、無言のまま機体を置きあがらせ目を閉じる。

「スゥゥゥ―――ハァァァ―――っ!!」

目を瞑ったまま軽く深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる―――
それと同時にこれまでの事を思い出し、自身を鼓舞する。

『ほう・・・』

モニター越しに移る武の表情の変化に気付いた紅蓮は、やっと目が覚めたかと考えていた。

「閣下、無様な所をお見せして申し訳ありませんでした―――ここからは本気で行かせて貰います」
『面白い、貴様は今まで本気を出していなかったと申すのか?だとすればワシは、とことん貴様に舐められていたという事になるな』
「そんなつもりは在りません。ですが、自分が更なる高みを目指すのであれば、閣下はいずれ越えねばならぬ御方。何度地に這い蹲る事になろうとも、負ける訳にはいきません!」
『フンッ!先程篁中尉に負けた奴が、よくもまあその様な戯言を吐けるというものだ―――面白い、面白いぞ白銀 武!!』
「・・・挑発にはもう乗るつもりはありませんよ。行かせて頂きます!!」
『ならば、ワシも少しだけ本気を出すとしよう・・・来るが良い白銀よ!!』
「うおぉぉぉっ!!」

先程までとは違い、紅蓮も長刀を携え、こちらに向けて斬撃を放って来る。
その一撃は鋭く、そして重い―――
だが武は、先程までとはうって変わってそれらを冷静に対処していた。

『なかなかやりおるではないか』
「・・・」

今の武には彼の声に耳を傾ける余裕などなかった。
いくら冷静に対処しているとは言え、一瞬たりとも油断はできないのだ。
絶えず状況が変化するなか、重く鋭い一撃一撃を回避し続けるという事は、想像以上に体力と精神力を消耗する。
こんな事を言っては紅蓮に失礼だろうが、今の彼は極力無駄な事に労力を割きたくはなかったのだ。

「想像以上の動きですね。先程の模擬戦で彼が今と同じ動きをしていたらと思うと正直ゾッとします」
「確かにな、集中した数分は数年分に勝るとも言う。だがな、流石にこれは無理をし過ぎだ」
「どう言う事でしょうか?」
「モニターを良く見てみろ。脳波、血圧、心拍数、どれもこれも数値がかなり上がって来ている。それだけ消耗しているって事さ」
「模擬戦を中断させるべきです。このままではデータ収集どころか白銀少尉の命に係るかもしれません」
「悪いがそれはできん。紅蓮閣下からの厳命でな、本当に危なくなった時にのみ止めろとの事なんだよ」
「しかしっ!!」
「大丈夫だ。白銀のバイタルデータが危険域に達したら必ず止めさせる」
「・・・了解、しました―――」
「すまないな」
「いえ、引き続きデータ収集を行います」
「頼む」

オペレータールームでその様なやり取りが行われているなど知る由もない武は、どうすれば紅蓮に一矢報いる事ができるかを考えていた。
通常、対戦術機戦闘において、最大の弱点である腹部を狙う事は常識である。
稼働を確保する為に柔軟な積層耐弾樹脂で覆われている関節部分は、戦術機の致命的な弱点だ。
特に腹部は下半身の制御を司る配線などが集中している為、全周投影面積を最小限にする努力がなされている。
武の駆る烈火も、紅蓮の駆る武御雷も弱点はほぼ同じ箇所なのだ。
先程から武は、何とかしてその一点を狙えないかと頑張っているのだが、流石の紅蓮も容易く狙わせてくれるような真似はしない。
逆に紅蓮は、何故かその場所を狙って来なかった。
一度だけわざと隙を作ってみたものの、あえてその場を狙わずに攻撃して来たのである。
この時武は、また遊ばれているのかとも考えてみたが、そう言う訳では無い様子だ。
これはその様な場所を狙わずとも勝てる、と言った無言のプレッシャーなのか?
その様な事が先程から頭をよぎってばかりいる。

「クッ、駄目だ。弱気になるな・・・さっき篁中尉にも言われたじゃないか、何としても紅蓮閣下の隙を見つけて臆せず相手の懐に潜り込むんだ。それしか俺に勝ち目は無いっ!」

そして武は、相手の態勢を崩す為の方法を模索する。
こちら側の兵装は両腕に装備された旋棍、背中の長刀と突撃砲、後は防御用に装備されているリアクティブアーマーぐらいだ。

「正直この兵装で相手の態勢を崩すのは難しいよな―――リアクティブアーマーは防御用と対戦車級用の装備だ、パージしたところで身軽になるだけだし・・・っ!!そうか、この手があった!!」

どうやら彼は何かを閃いたようだ。
そして、意を決して紅蓮の武御雷に向けて距離を詰める―――

『勢いに任せて攻撃を仕掛けてくるか・・・』

そう呟いた紅蓮も武に向けて水平跳躍噴射(ホライゾナルブースト)を行う。
長刀を構え、一機に振り抜こうとしたその刹那、突如として目の前の機体が火を吹いたかに見えた。

『何っ!』

紅蓮は一瞬何が起こったのかと考えたが、直ぐさまそれはアーマーをパージしただけだという事に気付く。
そして、こちらへ向けて飛んでくるアーマーの破片を冷静に回避し、武の烈火へと距離詰めるべくペダルを踏み込もうとするのだが、先程まで目の前に居た烈火は忽然と姿を消していた―――

『ム、奴はどこだ!?・・・上かっ!!』

自身の足下に広がる黒い影から、武が上空へと跳躍した事に気付いた紅蓮は、直ぐさま長刀を構えなおしそれに対処する。
武は先程唯依との模擬戦で行った様に、紅蓮の武御雷に向けて噴射降下(ブーストダイブ)を行い、右腕の旋棍を振りかざす。

『その様な攻撃など、ワシには通用せんわっ!!』

武の攻撃は長刀で受け止められ、いとも容易くはじき返される―――
着地後の硬直時間を狙い、紅蓮は長刀を振りかざしながら距離を詰めて来る。
間違いなくこれで決まりだと、誰もが考えていた―――

「ここだぁぁぁっ!!」

武はそう叫びながらいつの間にか引き抜いていた長刀を地面に突き刺し、跳躍ユニットを全力で噴射させ、それを軸に反転。
予期せぬ武の行動に対し、一歩反応が遅れた紅蓮は、彼が放った回し蹴りを左肩にまともに受けてしまう―――
左肩部中破の警告が表示され、そのまま距離を取るべく後退する紅蓮。
当然武の方も脚部が損傷してしまい、モニターには右脚部中破の表示が出ていた。
しかし、この機を逃す訳にはいかないと、武はそのまま紅蓮に向けて短距離跳躍(ショートブースト)を行いながら距離を詰めようとする。
誰もが武の方に勝機が傾いたと思っていた。
だが武は、突如として跳躍を中止し、その場に立ち尽くしてしまう。
モニターしていた唯依は、機体のトラブルかとデータをチェックしてみるものの、戦闘続行不可能と言うレベルでは無い。
だとすると、武が意図的に距離を詰める事を止めたのだ。
そんな中、武に向けて開かれる通信。

『フッフッフ・・・やるではないか白銀よ。模擬戦とはいえ、このワシによくぞ一撃入れた!!』
「まだ一撃だけです」
『そうか・・・何年ぶりかのう、このワシをここまで楽しませてくれた者はここ数年誰もいなかった。そして、このワシに模擬戦で本気を出させた者もな―――』

紅蓮がそう言った直後、武は目の前の武御雷から発せられるプレッシャーによって今にも押しつぶされそうな気になってしまう。
先程、追い打ちをかけるのを止めたのもこれが原因だった。
無意識のうちに彼が放つ覇気に気押されてしまい、迂闊に飛び込めなかったのだ。

「閣下が本気になるか・・・」

オペレータールームで巌谷が一人呟く―――
そんな彼を他所に、武は完全に紅蓮の放つ覇気に飲み込まれていた。
かつて、ここまでの経験をした事があっただろうか?
先程から額には汗が滲み、体は言う事を効いてくれない。
これが現時点での武と紅蓮の圧倒的な力量の差だったのである。
技術面だけでは無い。
精神的な部分でも武は紅蓮に遠く及ばない。
悲しいがこれが現実なのだから仕方ないだろう。
そして武は、そのまま成す術無く一瞬のうちに撃破されていたのであった―――


「少々やり過ぎてしまったかもしれんな」
「いえ、改めて自分の力量を認識させられました。先程の無礼の数々、お許し下さい」
「なに、気にしてなどおらん。むしろ貴様の事を逆に気に入ったぐらいだ」
「恐れ入ります」
「さて、白銀よ。此度の模擬戦がワシからの申し出だという事は聞いておるな?」
「はい」
「ではその理由は?」
「いえ、そこまでは聞いておりません」
「そうか・・・実を言うとな、貴様を斯衛に迎え入れたいと思っているのだ」
「自分をでありますか?」
「うむ、此度の模擬戦で貴様の力は十分見せて貰った。貴様の実力は十分斯衛でも通用するだろう。だが、無理強いするつもりは毛頭ない。貴様の意思を最大限に尊重するつもりだ」
「・・・自分をそれほどまでに評価して頂けるのは本当に嬉しいと思います。ですが、しばらく考えさせて頂けませんでしょうか?」
「そうか、では良い返事を期待しておるぞ白銀よ」
「ハッ!」

結局武は、斯衛行きの話を断った。
色々と悩んだ上での結論だったのだが、やはり今の自分には斯衛軍と言う肩書は重いと感じたのだろう。
その後も彼は試験部隊で腕を磨き続け半年後に中尉に昇進。
それから約一年と数か月後、2001年の10月に上層部からの命令で国連軍横浜基地へと出向する事になったのである。


そして2001年10月22日―――
この日を境に自分を取り巻く全てが一変してしまう事を知らずに彼は、運命のあの日を迎える事となる―――




あとがき

タケルちゃん達の過去編その2です。
もうなんて言いますか、どんだけリテイクかましたのか分かりません・・・orz
今回は多数のゲストキャラを登場させてみました。
冒頭に登場している方々は、あえて誰とは言いませんが今後も登場するかもしれません。
そして、トータルイクリプスファンの皆様、お待たせしました(え?待って無い?
唯依姫こと『篁 唯依』中尉をゲストとして出させて頂きました。
彼女は完全にゲスト扱いですので、恐らく今後は登場しないと思います。
本音を言うと、完結していない作品のキャラを出すのは難しいからだったりするのですが(笑)

さて、今回タケルちゃんが模擬戦で使用している戦術機は試作型の第三世代機です。
その名は『烈火』、近接戦闘に特化した機体です。
簡単に機体データを書かせて頂こうと思います。


第三世代型戦術機・Type98・烈火

帝国軍によって開発された試作型第三世代機。
耐用年数が迫った撃震に代わる量産機としてType97・吹雪をベースに開発された試作機である。
吹雪と約70%程度の部品共有度を実現し、ある意味兄弟機とも言える位置づけとなっている。
特出すべき点は脚部に装備された新型ショックアブソーバーで、これは元々武御雷用に開発されていた物が流用されている他、搭載されている主機も高出力の物に換装されている。
また、武装面では両腕に試作型兵装としてスーパーカーボン製の旋棍(トンファー)が装備されている。
これらは通常の旋棍とは違い、形状はソリッドなブレードとなっている為、斬撃兵装としても使用が可能。
そして、肩部にはソビエト製戦術機に採用されているスパイク・ベーンが試験的に導入されている。
結果として烈火は、武御雷に匹敵する瞬発力を得ると同時に従来機以上に近接戦闘に特化した機体として開発されたという事が見て取れるだろう。
近接戦闘を重視した結果、胸部ブロックと腰部装甲ブロックなどのバイタルパート周辺の弱点部位が狙われやすくなるという欠点が指摘され、それらを保護する形でリアクティブアーマーが採用されている。
ちなみにこれらの増加装甲はパイロットが任意でパージする事が可能なほか、機体に取り付いた戦車級を爆砕・排除する事も可能となっている。
また、オプション兵装として57mm試製87式散弾砲の導入が検討されている。
しかし、コスト面は比較的抑えられたものの、極端に近接戦闘に特化させてしまった事と扱いの難しい兵装を採用してしまった為、最終的に練習機である吹雪の主機を換装したものを実戦配備する計画が採用され、試作機が3機製造された時点で量産計画は中止。
その後は次世代機開発の為のデータ収集用のテストベッドとして運用される事となった。
ちなみに武が搭乗していた機体は壱号機で、壱、弐号機の仕様は同じなのだが参号機のみ複座型仕様となっている。

設定としてはこんな感じです。
旋棍はそのまんまブレードトンファーです^^;
現状では過去編のみの登場予定ですが、今後リクエストなどがあれば登場させるかもしれません。
誰ですか?ラトを乗っけて『リュウセイみたいにやってみる』ってシーンを想像している方は?(笑)

さて、タケルちゃんと紅蓮閣下の模擬戦を経て、運命の日である2001年10月22日へと続くお話でした。
正直なところ、紅蓮閣下強すぎ・・・と自分でも思ってしまいます。
ですけど、斯衛軍大将であり、老齢でありながら斯衛を率いる猛者ですからこれ位が丁度いいかもなどと考えていたりもします。
現状ではタケルちゃんはオルタ世界の彼ほどの実力は持っていません。
どちらかと言うとEX世界からUL世界へ来た直後の彼を思い出して頂ければと思います。
まあ、あそこまでヘタレではありませんが・・・(苦笑)

とりあえず今回のお話で、タケルちゃんの過去編は終了です。
次回からは総戦技演習に向けてのお話を書いていければと考えておりますので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第28話 蠢く陰謀
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/12/06 21:15
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第28話 蠢く陰謀




「なるほどな、2001年10月22日が全ての発端となったという事か―――」

武の話を聞いたキョウスケは様々な物事を整理した結果、概ね彼の歩んできた道を理解する事が出来た。
そして、それまで歩んで来た彼の苦難の道のりを知ったことで、今後とも彼に協力を惜しまないという確固たる決意を固めるまでに至っていたのである。

「丁度大尉達がこちらの世界へ転移して来たのもその日です。恐らく2001年10月22日は、この世界を構築する為の重要なファクターの一つなんだと俺は考えています」
「フム・・・確かにお前の言う事も一理あるだろうな。だが、俺達までもが来てしまったが為に、お前の記憶にある物とは違った道を歩んでいる事は確かだ。下手をすれば今後も想定外の事が起こるやもしれん」
「その事に関しては、追々対処していくしか無いと考えてます。以前の世界でもその前の世界とは違った事象が起こる事もありましたしね。その為にも俺は、横浜基地と帝国の関係をもっと密接な物にすべきだと考えているんですよ」
「それに関しては俺も同感だ。恐らく新型機開発の打診も、それがあっての事だろうと俺は読んでいる。問題は、香月副司令がどう出るか―――という一手につきるがな」
「確かにそうですね・・・あの人の性格を考えると、利用するのは良いけど利用されるのは嫌だってタイプですしね」
「だが、彼女としても帝国との関係が密になるのは好ましい筈だ。第四計画が日本主導で行われている以上、殿下との太いパイプができる事は計画遂行の上でもメリットが大きいと俺は考えている」
「大尉の言う通りですね。そして、殿下と先生の関係が密になってくれれば、もし万が一何かあった時には大尉達も殿下を頼る事が出来る―――」
「っ!!そこまで見抜いていたか・・・確かにお前の言う通りだ。現状で俺達は、香月副司令に対しての有効なカードを持って居ない。彼女の敵に回るつもりは毛頭無いが、万が一の備えはあるに越した事は無いんでな。別にお前がこの事を彼女に伝えようと構わん。それなりのリスクはあると考えた上での行為だ。だからと言ってお前を恨むつもりもないという事だけは覚えておいてくれ」
「伝えるつもりはありませんよ。大尉の仰る事も尤もですからね。ただ、そう言う考えに至った本当の理由は聞かせて頂きたいところですけど・・・」
「やれやれ、本当にお前が白銀 武かと疑いたくなるな―――理由は簡単だ」

そしてキョウスケは本当の理由を明かす。
それは武の乗っている改型の改修に使われている技術は、間違いなく自分達の機体を解析したデータを基にしているという点だ。
そして彼女はそれを隠すつもりが無い様な素振りを見せている為、このまま行くと最悪の場合、第三者からの要らぬ詮索を受ける羽目になってしまう。
だが幸いな事に、帝国の一部は自分達の素性を知った上で協力を求めてきた。
上手く行けば、もしも最悪の事態が起こる手前で圧力をかけてくれるかもしれない。
そう言った考えから彼は、悠陽と夕呼の関係が密になってくれればと考えたのである。

「ありがとう御座います大尉」
「いや、お前を信頼しているからこそ言わせて貰った。試す様な真似をしてすまない」
「それは俺の方もですよ。俺自身も大尉達に助けられてばっかりです。俺の方でもそうならない様に頑張ってみますよ」
「ありがとうタケル―――さて、だいぶ時間を食ってしまったな。俺は少々寄り道をして行く。お前だけでも先に横浜へ戻ってくれ」
「了解です」
『あ、居た居た。やっと見つかったぜ』

不意に背後から聞こえる声―――

「ったくよう、探すのに苦労したぜキョウスケさん」
「コウタか、ちょうどお前を探しに行こうと思ってたところだったんだ。そう言えばショウコは大丈夫なのか?」
「ああ、命に別状は無いよ。ただ、頭を打ってるから精密検査が必要らしくてさ、これから帝都って所にある病院へ搬送される事になったんだ」
「そうか、となると少々厄介だな―――」
「キョウスケ大尉、彼は?」
「ああ、すまないタケル。彼の名はコウタ・アズマ、先程の戦闘で紅い特機を操縦していたパイロットだ」
「よろしくな・・・えーっと―――」
「白銀 武だ。階級は大尉だけど気にせず白銀でも武でも好きな方で呼んでくれ」
「んじゃ、タケルって呼ばせて貰うぜ。ところでキョウスケさん、この世界は一体何なんだ?ここは日本みたいだけど、俺達の住んでいたところとは違う。やっぱり異世界なのか?」
「ああ、正確には並行世界と言ったところか・・・ただし、俺達の住んでいた世界とはかなり異なった並行世界だがな」
「やっぱりロアの言った通りだったんだな。それにしてもキョウスケさん達が無事で良かったよ。行方不明になったって聞いた時は本当に心配したんだぜ?」
「心配を掛けてすまなかったな。それでお前達はどうやってここへ来たんだ?」
「えーっと、カイザーの調整作業を行ってる最中に声が聞こえたんだ」
「声?」
「ああ、女の声だったな。弱々しい感じの声だったんだけど、『助けて』って聞こえたんだ。そしたらカイザーのオーバーゲートエンジンが急に制御不能になってさ、気付いたらこっちの世界に飛ばされてたって訳なんだよ」
「・・・なるほどな。コウタ、ロアと話をする事は可能か?」
「ちょっと待ってくれ・・・確かここに・・・っと、あったあった。ロア、このDコンを媒介にしてくれ」
『了解だ。それでキョウスケ、私に話とはなんだ?』
「確かカイザーは単体での次元跳躍が可能だったな?」
『ああ』
「今回お前達が転移して来たのはシステムの暴走が原因の様だが、自分達の意思で元の世界へ戻る事は可能なのか?」
『恐らくは可能だ。ただし、カイザー単体での跳躍しか出来ない』
「なるほどな―――コウタ、ロア、お前達に頼みがある」
「何だよキョウスケさん」
「ショウコが回復次第、お前達は俺達が元居た世界へ戻って貰いたいんだ」
『どう言う事だキョウスケ?』

キョウスケは、彼らに自分達の置かれている現状を説明する事にした。
自分達の居た世界での事故の後、彼らはこちら側の世界へと飛ばされ、その際に国連軍横浜基地副司令によって保護されたという事。
その際に殆どの機体は中破ないし大破状態に追い込まれてしまい、やむなくこちら側の技術を用いて修復を行った事。
そして、元居た世界へ戻る為の方法を探しながら、この世界を救うべく協力しているという事。
最後に、この世界はこのままでは滅亡の一途をたどってしまう可能性が高いという事を付け加える事にした。

『―――フム、話の大筋は理解した。俺達に一度戻って貰い、機体修復用の資材調達とBETAと呼ばれる敵と戦う為の戦力を持って来て欲しいという事だな?』
「理解が早くて助かる。このままでは俺達は本来の力を発揮する事が出来ない。そして、現状ではそちらへ帰る手段も見つからない状況だ。こちらの世界よりも技術力が進んでいる分、向こうから何らかのアプローチをかける事で俺達が元居た世界へ帰る手立てが見つかるかもしれんと考えた」
「要するにだ、向こうに戻ってキョウスケさん達は無事って事を軍に伝えて、救出手段を講じて貰えば良いって事だろ?」
「いや、恐らく向こうでは俺達は既にMIAに認定されている頃だろう。できればギリアム少佐かクロガネのレーツェルさんに連絡を取ってくれないか?」
「何でだよ?」
「上層部は俺達が『異世界に飛ばされていました』などと言ったところで信じるとは思えん。それにケネス司令は以前から俺達の事を厄介者扱いしていたからな。これ幸いと思っているだろうさ」
「なるほど、あのタコオヤジの考えそうな事だな。解ったよキョウスケさん。ギリアム少佐は兎も角としてレーツェルさん達なら軍とは関係なく独自に動く事も可能だし、その二人になら爺ちゃんから連絡を取って貰う事も簡単だと思う」
「そうしてくれると助かる。近いうちに俺達はまた帝都へと来る予定になっている。それまでに必要なデータを纏めておく事にさせて貰う」
「解った。ところでさ、悠陽さんって人の事知らないか?」
「殿下がどうかしたのか?」
「実はさ、ショウコの事で礼が言いたいんだ。人に聞こうにもなんか聞けそうな雰囲気じゃなくてさ・・・キョウスケさんやタケルなら何とかならないかと思ったんだけど」
「んー、ちょっと難しいな」
「なんでだよ?」
「コウタ、相手はこの国を治めている人物だ。すまないが流石に彼女に会うとなると俺達ではどうする事も出来ん」
「・・・あの人ってそんなに偉い人だったのかよ。将軍とか言ってるぐらいだから精々軍隊の偉いさん程度だと思ってたぜ」
『だから言っただろう。自分の分を弁えろと・・・』
「うるせえよロア!そっか、流石にそんな偉い人となると会うのも無理か」

その様なやり取りが行われている中、彼らの元へ一人の少女がやって来る―――

「御話し中失礼いたします」

不意に声をかけられた方を見ると、そこに居たのは月詠 真那の部下の一人で斯衛軍少尉である神代 巽だった。

「神代少尉?どうしたんですか?」
「邪魔をしてしまい申し訳ありません。南部大尉に託を受けてまいりました」
「俺に?」
「はい、部下の方がこの先の詰め所でお待ちになっております。謁見が終わり次第、そちらの方へ行って欲しいとの事でした」
「了解した。御苦労だったな少尉」
「ハッ!では私はこれにて失礼いたします」
「あ、神代少尉、少し構いませんか?」

この時武は、ふと思い立ったかのように彼女に声を掛けていた。
先程のコウタとのやり取りを思い出し、彼女ならば真那を通じて悠陽に面会できるかもしれないと考えたのである。

「―――なんでしょうか白銀大尉」
「実は彼が殿下に妹を助けて頂いた事に対してお礼を言いたいと言っているんです。できればとり継いで頂きたいのですが」
「畏まりました。ですが、殿下も色々とお忙しい身ですので少々お時間を頂けませんか?」
「解りました。それではよろしくお願いします」
「了解です。それでは暫くお待ち下さい」

そう言うと彼女は、彼らに背を向け足早にその場を後にする。

「ありがてぇ、悪いなタケル、何から何まで世話になっちまって」
「気にしないでくれよ。困った時はお互い様だろ?」
「ハハハ、違いねえや。お前とは今後も上手くやっていけそうな気がするよ」
「でも、あんまり期待はしないでくれよ?会えるとは限らないんだからさ」
「とりあえず会えなかったとしても礼だけは言えるだろ?俺はそう言う機会を作ってくれた事に感謝してるんだよ」
「そうか、それじゃ俺とコウタはここで神代少尉を待ってますから、キョウスケ大尉は先に詰所へ行って下さい」
「ああ、そうさせて貰うとするよ」

そう言うとキョウスケは、支持された場所へと向かう―――
程無くして武とコウタは悠陽と謁見する事が出来、逆に彼女から『礼を言うのはこちらの方だ』と言われてしまったそうだ。
そして、コウタとショウコは暫くの間帝都に留まる事となり、キョウスケ達とは暫しの別れとなった。


「アラド、機体の方はどうだ?」
『今の所問題は無いッス』
『ところで原因は何だったんだ?』
『ビルガーのクラッシャーを装備した事で、電装系にかなりの負担がかかってたみたいなんですよ。特に右腕部に関する回路の一部が焼き付いてたりしてたらしくて、それが原因で動作不良を起こしてたみたいですね』
「なるほどな・・・今後機体を運用する際には、その辺も視野に入れながら考えねばならんか―――」
『まあ、元々がPTの固定武装ですからね。それに暫くは俺も訓練部隊での生活ですし、次にこの機体に乗るのはまだまだ先の事ですよ』
『楽観視はできないかもしれないぜ?今後、今回の様な事が起こらないとも限らないしな』
『タケルさん、縁起でも無い事言わないで下さいよ。ただでさえ総戦技演習まで残りが少ないって言うのに、これ以上仕事を増やされちゃたまりませんって』
『悪い悪い―――(総戦技演習か・・・確かに問題だな。現状で207Bの皆は纏まってるとは言い難い。このままの状態が続いてしまうと、下手をすればまた失格って事になりかねないよな―――さて、どうしたもんか)』

基地への帰路に就きながら武は今後の事を考えていた。
以前の世界では、自分も207Bに所属していた事もあってか、総戦技演習前に彼女達は何とか多少の纏まりを見せていた。
しかし、今回は教官と言う立場でしか接する事は出来ていない。
当初の目論見通りならば、ブリット達207Cの面々との交流で自分達に足りないものは何かと言う事に気付いてくれるかもしれないと考えていた彼だったが、それ程上手くいっているとは言い難かったのである。
技術的な面で言えば、彼らの存在によって、かなりの上達が見込まれている。
だが、隊の纏まりと言った点に関しては、相変わらずと言って良い程にギクシャクしっぱなしなのだ。
207C小隊のチームワークの良さに触発される事を期待していたのだが、逆にそれが裏目に出てしまっているのである。
こんな事になるならば、最初に無理を言ってでも自分が207Bに所属すべきだったかもしれない―――
武はこの様な事を考えていたのである。

『タケルさん、どうかしたんですか?』

そんな彼の表情を察してか、アラドが心配そうな面持ちで話しかけてくる。

「いや、少し考え事をしていただけだ。お前の言う通り、総戦技演習も近い。頑張ってくれよアラド」
『任せておいて下さいッス!大船に乗ったつもりでいてくれて構わないッスよ』
『お前の場合、大船が実は泥でできた大船だったというケースが多い。張りきるのは構わんが、空回りしすぎん程度にな』
『うう・・・酷いッスよキョウスケ大尉』
「ハハハ、キョウスケ大尉は口でああ言っててもお前の事を信頼してるって。もちろん俺もな」
『タケルさん、俺頑張るッス・・・絶対一発で合格してキョウスケ大尉の鼻をあかしてやりますよ』
『フッ』
「おう、お前ならできる!だから頑張れよ」
『了解!!』
『上手いなタケル』

そう言ったキョウスケの表情は、どことなくニヤけている感じだ。
これに対して何かを悟った武は、ただ一言『何の事ですか?』などと自分も少々ニヤけながら返したのだが、キョウスケには伝わったらしい。

『どうしたんですか二人とも?』
『いや、何でも無い・・・それより急ぐとしよう。あまり遅くなってしまっては副司令に何を言われるか分からんからな』
「ヴァルキリーズの事も気になりますしね。了解です大尉」

様子が変な事に気付いたアラドが問いかけてみるものの、上手い具合にはぐらかされてしまい、話題の中心になっている当の本人はそれで納得してしまったのは言うまでも無い。


・・・国連軍横浜基地・香月 夕呼執務室・・・


「二名が病院送りの重症ですか・・・原因は我々が戦線を離れた事ですか?」

横浜基地に到着した彼らを待っていたのは想定外の事実だった。
新潟での戦闘においてヴァルキリーズの隊員二名が負傷したとの報告を受けたのだ。
XM3を搭載した事によって、ヴァルキリーズ達の戦力は総合的に見て考えても従来の彼女らを凌ぐ実力を発揮していた筈だった。
恐らく負傷した二名と言うのは、以前の世界の新潟で戦死した者達だろう。
考えようによっては、これは幸運な事だ。
早期にXM3を搭載していた事で最悪の事態だけは回避する事が出来たのだ。
しかし油断は出来ない。
彼女達が負傷するに至った経緯を聞かない事には、今後も同じような事が起こってしまう可能性が高いのである。

「それも原因の一つかもしれないけど、今回の件に関しては明らかに油断していた麻倉と高原が悪いわね」
「先生、二人の容態はどうなんですか?」
「命に別状はないわ。ただ、暫くの間は戦線復帰不可能でしょうね」
「・・・そうですか」

夕呼の話では新潟での捕獲任務の際、少しの油断から麻倉と高原の二名は生き残りの要撃級に背後から襲われてしまったそうだ。
幸いにも副隊長である水月が彼女らのピンチに気付き、事無きを得たそうだが、一歩間違えば彼女達は死んでいたかもしれない。
この時武は、記憶にあるXM3のトライアル中に起こった事件を思い出していた―――
XM3は確かに戦術機運用において従来機を凌ぐ力を持っている。
だが、それと同時に機体性能が大幅に上がった分、それを自分の実力と勘違いしてしまう者が多くなる可能性がある事に武は気付いていた。
何せ以前の世界の自分もその一人だったのだ。
彼自身、トライアル中に上官の命令を無視し、模擬弾を装備した機体でBETAをかく乱し続けた。
確かにあの時は精神安定剤や後催眠暗示キーなどを用いられた事により状況判断能力が低下していたとは言え、明らかに彼は自分ならできると実力を過信し、結果として機体は大破―――そして、もう少しで死んでしまう所だったのである。
恐らく今回の件も、あの時の自分と同じ様に過信や油断から起こった事故だと言っても過言ではないだろう。
彼女達は任官して日が浅い。
機体性能が飛躍的に上昇した結果、自分達の実力が上がったのだと勘違いしてしまうのも仕方のない事なのかもしれない。
だが、戦場ではそのような事は通じないのだ。
過信や油断、その他諸々の感情は、時としてBETA以上の脅威となるのだから―――

「今回の件で、あの子達も身に沁みたでしょうね。特に新任達は、自分達の同期があんな事になったんだから」

夕呼は武を見ながら平然とした表情と相変わらずの口調で話しかけている。
だが、口ではそう言っているものの、その眼だけは明らかに違っていた。
それに気付いた武は、喉元まで出掛かった言葉をとっさに飲み込む。

「―――何か言いたそうね白銀?」
「いえ、とりあえずヴァルキリーズの事に関しては解りました。今後の事も含めて、俺の方でも色々と考えてみます」
「そう・・・それで具体的には?」
「OSの慣熟もそうですが、場合によってはポジションの変更や、別部隊からの追加要員の補充などですかね」
「それに関しては207Bの子達が任官すれば問題無いでしょ?」
「任官できればですがね・・・」
「確かに今のままじゃB小隊は総戦技演習をパスする事も難しいでしょうね。アンタが訓練部隊に配属されていない事が予想以上に裏目に出てるわ」
「それを何とかするのが俺の役目だって言いたいんでしょ?」
「あら、良く解ってるじゃない」
「俺なりに色々と考えてるんですよ・・・それじゃあ俺はこの辺で失礼します。機体のチェックもあるし、今後の事も色々と考えなくてはならないので」
「解ったわ。それじゃあそっちの方は頼んだわよ」
「了解です」

そう言って部屋を後にする武―――

「さて、アンタも何か言いたい事があるんでしょ?」
「タケルの機体についてお聞きしたい事があります」
「そう来ると思ってたわ。彼の改型はアンタ達の技術を基に強化したものよ」
「そんな事は見ればわかります。自分が副司令にお聞きしたい事は、何故あの機体を増援に送ったのかと言う事です」
「白銀が行きたいと言ったから・・・なんて理由で済ませるつもりはないわ。あの機体を送った理由は、第三者に対しての牽制よ」
「・・・クーデターを画策してる連中に対してですか?」
「あら、12.5事件の事知ってるのね。半分は正解よ」

キョウスケは考える―――
彼女は第三者に対しての牽制だと言った。
自分の答えに対して彼女は半分正解だと答えた。
12.5事件を計画している者以外に対しての牽制と言うのであれば、思い付くのは一つしか無い。
そう、第五計画だ。
何故彼がこの様な結論に至ったかと言うとこうである。
不知火改型は帝国と共に開発が進められる予定の次世代試作機であると共に、第四計画の概念実証機と言う意味合いも込められている。
そして自分が聞いている話では、第四計画の要と言える兵器は、現存する兵器群を凌駕する機能を有しているそうだ。
となれば、意図的にオーバーテクノロジーを用いた武の改型を白昼に晒すという事は、彼女の研究は着々と予定通りに進行しているという事になる。
第五計画推進派は主に米国だ。
彼の国はクーデター軍の一部と接触し、日本での権力回復を試みようとした事は聞いている。
恐らくそれは第五計画を円滑に進める為の方法の一つなのだろう。
権力回復が成功するにしろしないにしろ、事を上手く運べば第四計画の遂行を遅らせる事が可能になる。
恐らく彼女は、そう言った妨害工作を取られる前に、こちら側はここまで計画を進めているといった意味合いも含めて今回の様な事を実行に移したのだろうと彼は察していた。
だが、それはあくまで彼女の考えだ。
もしも万が一、その技術の出所は何処なのだと疑われれば、まっさきに危ないのは自分達という事になる。
異邦人である自分達の存在は、夕呼にとってイレギュラーであると同時に切り札でもあるのだ。
何らかの形で米国に自分達の素性がばれてしまった場合を想定するならば、今回の事は明らかに分が悪い。
いくら彼女が様々な手を講じたとしても、彼女もまた国連軍の一員である以上、上からの圧力には逆らえない可能性が高いのだ。
まあ、彼女の性格を考えるならば圧力に屈するという事は考えられないが、相手は国連軍の母体となっている米国軍だ。
上層部を通じて第四計画の取り止めを盾に情報公開を迫って来るかも知れない。
そんな事になってしまえば、いくら夕呼であっても情報を提示しない訳にはいかないだろう。
今後もこの様な事を彼女が続けるのであれば、独自に悠陽との関係を密にする必要性があるかも知れないとキョウスケは考えていたのである。

「何を考えているのか知らないけれど、あの機体に関する事なら問題は無いわ」

まるで自分が今何を考えているのかが解っている様な発言だった―――

「どう言う事です?」
「どうせアンタの事だから、上層部があの機体に使われている技術を提示しろ、とか言われた時にどうするつもりだとか考えてたんでしょ?改型に使われている技術は、アンタ達の機体を解析して得られたデータを基に、こちらの世界で再現できるレベルの技術を用いているわ。余程の頭脳の持ち主でもない限り、異世界の技術を基にしているなんて気付かないでしょうね」
「ではあの粒子兵器は何なんです?こんな短時間であれだけの出力を持ちながら携帯できる兵装・・・普通に考えれば不可能ではありませんか?」
「・・・流石ね、確かにあれを現在ある技術で再現するのは不可能ね」
「やはりあの兵装は我々の機体の物をそのまま流用したんですね」
「黙ってやった事は素直に謝らせて貰うわ。でもね、白銀に力を与える為にはこれしか方法が無かったのよ。無論、ただの言い訳でしか無い事は重々承知の上よ」

正直キョウスケは、彼女の発言に対して怒りを覚えていた。
しかし彼女の表情から彼は、本当に申し訳ない気持ちでいるのだという事を察する。
そして、彼女が言った武に力を与える為の方法という言葉がどうしても引っ掛かっていたのだ。

「・・・何故貴女はそうまでしてタケルに力を与えようとするんです?」
「以前の世界の彼に対する私なりの贖罪・・・とでも言うのかしらね。この世界の白銀と以前の世界の白銀は別人だという事は解っているつもりよ。以前の世界の私は、彼に最愛の人を奪う手助けをさせてしまった・・・それどころか幾度となく彼を追い詰めてしまったわ。そんな彼とこの世界の白銀を重ねるのは見当違いも良い所かもしれない。でもね、アタシにはあの子を放っておく事は出来ないのよ。今度こそ、あの子の想い描く最良の未来を手に入れる為の手助けをしようと心に決めたのよ」
「その行為によって多くの者を敵に回す事になったとしてもですか?」
「アンタの言う通り、数え切れないほどの敵を作る事になるだろうし、それによって被害を被る人間も出るでしょうね。だからと言ってやめるつもりはないわ」
「・・・貴方のやろうとしている事はただの自己満足に過ぎない。そして、自分のエゴを押し通そうとしているだけだ」
「否定はしないわ。そこに白銀の名前を出して正当化しようとしているという事も否定はしない」
「そうですか・・・では、今後の展開次第では俺達は貴女の敵になるかもしれないという事を覚えておいて下さい」
「覚えておきましょう。確かにアタシはアンタ達を敵に回すような事をしている。これは否定できない事実だわ。でもね、これだけは言わせて頂戴・・・こちらの都合に巻き込んでしまったとはいえ今まで助けて貰った事、これに関しては心の底から貴方達に感謝しているわ。言葉では足りない位にね・・・」

これは彼女の本心なのだろう。
声からは察する事は出来ないが、その表情からは何かを必死に伝えようとする様が見て取れる。
キョウスケは、あくまで最悪の事態を阻止する為に彼女に釘を刺しておくだけのつもりだった。
そして彼女の出方次第では、本当に敵に回るつもりでいたのだ。
だが、最後に彼女が言った言葉でもう少しだけ様子を見る事にしたのである。

「解りました。今後暫くは様子を見させて貰う事にします。部下から任務に関する報告をまだ受けていませんので、自分はこれで失礼させて貰います」
「・・・ええ」

キョウスケが部屋を出た後、彼女は一人呟いていた―――
それは誰に対しての言葉だったのか・・・
それを知る者は彼女の他には居ない・・・


執務室を後にしたキョウスケは、気持ちを切り替え、今回の任務についての報告を受ける為にブリーフィングルームへと来ていた。

「他の面々はどうした?」
「アクセルは知らないけど、ブリット君達は部屋に帰したわ。あんまり長々と私達と一緒に居させる訳にもいかないでしょ?」
「そうか・・・それで、話とはなんだ?」
「それがね、アルフィミィちゃんと合流する前に変な部隊を見かけたのよ」
「どう言う事だ?」
「ペルゼインが見られたら不味いって事で、比較的戦域から離れていて部隊展開が行われていない筈の場所を合流地点にしたんだけどね。合流前にラトちゃんの叢雲のセンサーが二小隊規模の反応をキャッチしたってワケ」
「それで?」
「でね、データリンクで部隊の配備状況や展開状況を確認して見たんだけど、該当する部隊は全くなし。一方の機体は帝国軍みたいだったけど、もう一方は分からないわ。一応相手に気取られない位置からモニターしていたんだけど、どうやら何かを話し合ってたみたいよ?」
「・・・何か臭うな」
「どう言う事でございますか?」
「詳しい事は解らんが、今回の様な状況下にあってそんな場所で密会しているなど普通に考えればおかしい。エクセレン、映像や写真はあるか?」
「班長さんに言えばログを出してくれると思うけど?」
「解った。すまないが二人共、この事は皆には黙っていてくれないか?ブリット達にもそう伝えてくれ」
「どうしてでしょうか?」
「この件は一度副司令の耳に入れた方が良いと思ったからだ。どうもキナ臭い・・・」
「何か良くない事を企んでる輩が居るって事ね」
「ああ、どこから情報が漏れるか分からん以上、迂闊には動けん。俺はこれから班長に頼んでログを見せて貰って来る。悪いがお前は報告書を纏めておいてくれ。ただし、コウタ達とカイザーの事は伏せておくんだ」
「何でよ?戦力アップに繋がるんだし、別に構わないんじゃないの?」
「現状であいつ等の存在を明かす事は得策じゃないからだ。言うなればあいつ等の存在はトランプで言うジョーカー的なポジションだからな」
「・・・なるほど、こちらの手の内を全て明かし過ぎるのは得策では無いという事でございますわね」
「そう言う事だ。それじゃあ後を頼む」

そう言うとキョウスケはハンガーの方へと向かう―――

「私はOKを出した覚えは無いのに・・・面倒事を全部こっちに押し付ける気ね。まったく、してやられたわ」
「エクセ姉様、私も手伝いますのでちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」
「そうね、手早く終わらせてさっさとシャワーでも浴びに行きましょ」

そう言いながら彼女達は報告書を纏め始める。
だが、彼女達はキョウスケが言ったキナ臭いという言葉が引っ掛かって仕方が無かった。
彼女達が合流前に発見した部隊―――
その存在こそが、後に引き起こされる事件の前触れだったなどとはこの時はまだ誰も知る由は無かったのである―――



あとがき

第28話です。
前回から間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
最近、年末と言う事で色々と忙しいものでして、落ち着くまでの間は少々間が開く事が多くなる可能性があるという事をご理解頂ければと思います。

さてさて、今回のお話は今後の展開に向けての色々な伏線を書いてます。
前々からコウタ達の存在が、キョウスケ達の機体復活のキーになると書いておりましたが、こう言った流れに持って行く為でした。
ちょっと無理があるんじゃないかと言われてしまいそうな気がしないでも無いですが、その辺はご了承ください^^;
今回はあまり長々とあとがきは書かないようにしようと思います。
それでは次回も楽しみにお待ち下さいませ。
感想の方、お待ちしておりますね~^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第29話 総戦技演習へ向けて
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/12/07 00:13
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第29話 総戦技演習へ向けて




「昨日受けた報告についてだけど、恐らく帝国軍が接触している部隊は米軍で間違いないでしょうね」

夕呼の発言に対しキョウスケは内心、やはりそうかと頷いていた。
同席している武は、初めは驚いていたものの戦略研究会が先日発足されたという悠陽の言葉を思い出した事で直ぐに冷静さを取り戻す。

「でも先生、片一方の機体は不知火だから帝国軍だろうという事は直ぐに分かりますけど、もう一方の機体は見た事無い機体ですよ?どうして米軍だって気付いたんですか?」

彼の言い分も尤もだろう。
データログから抽出した写真に写っている機体は、一般に公開されている資料には掲載されていない機体だったのである。

「この機体はね、YF-23・ブラックウィドウⅡ―――米軍が正式採用したF-22A・ラプターと次期主力を争った試作機よ」
「その機体なら知っています。でも、不採用になった結果、米国各地の航空博物館の展示機になった筈ですよ?それに以前読んだ事のある資料と細部がかなり違ってます。それに正式採用されたって話は聞いた事が無いし、そんな情報も出回っていません」
「確かにアンタの言う通りね。ただし、それはあくまで一般的な話・・・とある筋からの情報からなんだけど、米軍の一部隊がこの機体を態々量産させて配備させる計画があったそうなのよ。恐らくこの機体はF-23Aとしてその部隊に採用された機体なんでしょうね。一般に秘匿されている機体ならば、クーデター軍と接触している事が公になったとしても強引に隠し通せるとでも思ったんじゃないかしら?」

とある筋からの情報・・・恐らくそれは帝国情報省外務二課課長である『鎧衣 左近』から得たものだろう。
彼は米国からXG-70を手に入れる為に動いてくれていると聞く。
その時に得られた情報を夕呼に流したに違いないと武は考えていたのである。

「しかし副司令、いくら秘匿されている機体とは言え、日本国内でレーダーに引っ掛からずに運用が可能なのでしょうか?現に叢雲の強化型レーダーには引っ掛かっています。いくらなんでも国内各地の基地が密入国する機体に気付かないとも思えないのですが・・・」
「この機体はね、ラプター同様に他国の第三世代機を遙かに上回る高ステルス性と超高速巡航性能を持っているわ。恐らくクーデター軍の一部が協力する事によって、警戒の薄いルートを指示したんでしょうね。それから叢雲のレーダーに引っ掛かった事だけど、あのレーダーは特別製なのよ。正直なところ対BETA用というよりは、対ラプター用と言った方が良いかもしれないわね」
「対戦術機戦を考慮した上で開発したという事でしょうか?」
「それもあるんだけど、一番の理由はハイヴ内戦闘時においての通信網確保と各種データの処理を最優先に行う為よ。その為にあの装備にはかなり強力な電子機器を搭載しているわ。無論、詳細は明かせないけどね」
「なるほど、その恩恵が対ラプター用になったという訳ですね」
「そう言う事よ・・・さて、問題はこの事をどうすべきかね」
「俺としては悠陽殿下に報告すべきだと思います」
「自分もタケルと同じ意見ですね。不用意に連絡を取るのは危険ですが、今回の件は早めに殿下の耳に入れておくべきだと考えます」
「確かにアンタ達の言う通りね。確か近いうちに帝都へ行く事になっているのよね?その時までに資料を作成しておくから持って行ってくれるかしら?」
「了解です。あ、それから先生」
「何?」
「改型の事なんですけど、残りの機体も俺のと同様の改修作業に入るって聞いたんですが、全く同じ仕様にする予定なんですか?」
「現状ではジェネレーターの交換とドライブユニットの追加の予定よ。それがどうかしたの?」
「いえ、俺の機体に装備されてるスライプナーも量産されるのかと思ったんで聞いてみただけですよ」
「スライプナー?・・・ひょっとして試製01式可変型複合兵装の事?」
「ええ、何か味気ないと思って名付けてみたんですけど駄目ですかね?」
「別に構わないわよ。アレに関しては量産は無理、というよりも南部達の機体から部品を調達してるからあれ一台しか存在しないのよ」
「そうなんですか!?でもそれだと破損したり消耗した部品の交換が出来ないですよね?」
「そうね。だから余程の状況じゃない限り使用しない方が無難という事よ」
「・・・解りました。使い所に注意するようにします。でも、良くキョウスケ大尉達が自分達の機体から部品を調達する事を許可しましたね?」
「事後承諾だ・・・作戦終了後に問い詰めたら勝手に使わせて貰ったと白状されたよ」
「済んだ事は別にいいじゃないのよ。こっちだってアンタ達の機体を修理する為に資材と人材を提供してあげてるんだから」
「提供して頂く代わりに我々も機体データの一部を渡した筈ですが?」

部屋の中に重苦しい空気が充満する―――
どうやら昨日自分が部屋を去った後、この二人の間で何かやり取りが行われていた様だと武は察していた。
それは二人のやり取りや発する雰囲気から簡単に気付く事が出来る。

「と、兎に角!今はクーデターの件を何とかする方が先でしょ?」
「そうね・・・」
「了解した」

この時武は、自分の発言を後悔していた。
理由は分からないが、自分の知らない所でいつの間にやらキョウスケと夕呼の関係が極端に悪化している様に感じていたのだ。
いや、薄々ではあるが彼は感づいていた―――
事の発端は間違いなく、キョウスケ達の機体から勝手に部品を調達した事、そして最近の夕呼が明らかに彼らの存在を隠そうとしないような素振りを見せ始めている事だろう。
確かに度が過ぎてしまえばキョウスケが怒ってしまうのも無理は無い。
しかし、今現在の武には彼女の行いを阻止する術が無いのである。
何かしらの方法を見つけて食らい付いたところで、いとも容易く彼女にあしらわれてしまうだろう。
以前の世界の彼女であれば、その前の世界の記憶を用いる事で何とかイニシアティブを取る事も可能だった。
だが、この世界の『香月 夕呼』は以前の世界の記憶を持っている。
普通にやり合っても勝てない事の方が多かったのに、記憶という更なる武器を手に入れた彼女に対抗する事は自殺行為にさえ等しいのだ。
少々オーバーかもしれないが、彼女の事を通常の物差しで測る事は不可能に近い。
本気で彼女に勝てる人物はこの世に存在するのだろうか、とさえ思わされるほどなのである。

「とりあえず俺はこの辺で失礼しますね。午後から訓練部隊の方にも顔を出さないといけないんで・・・あ、そうだ、キョウスケ大尉に相談に乗って貰いたい事があるんですが」
「・・・別に構わんが、相談なら副司令でも構わないんじゃないのか?」
「出来れば大尉の方が良いんですよ。先生じゃちょっと―――」
「何よ、アタシじゃ頼りにならないって言いたい訳?」
「そうじゃありませんよ。機体運用に関する事なんで、大尉の方が適任かと思っただけなんです」
「・・・そう言う事なら仕方が無いわね」
「すみません。それじゃ大尉、行きましょう」
「ああ、解った」

そう言って部屋を後にした二人は、基地内の休憩室へと足を運んでいた―――

「さて、話とはなんだ?機体運用に関する事なんて言うのは嘘なんだろう?」
「やっぱりばれてましたか」
「当たり前だ。戦術機に関する事ならば俺よりもお前の方が詳しいからな。大方、場の空気が辛くなって逃げ出す口実に俺を利用したんだろう?」
「うっ、本当にすみません・・・それもあるんですけど、あのままだと本当に言い争いになりそうな雰囲気だったもんで―――」
「そうか・・・要らぬ心配を掛けてしまっている様だが大丈夫だ」
「そうですか、解りました」
「そう言えばタケル、総戦技演習が近いんだったな。訓練部隊の方はどうなんだ?」
「色々と考えてはみたんですけどね。正直なところ俺が参加して無いからという訳では無いかもしれませんが、隊の纏まりと言った点ではかなりヤバいんですよ。C小隊は何の問題も無くクリアするでしょうね。個人の力量もそうですが、纏まりと言った点では本当に優れてますから」
「あいつ等はこれまでも互いに協力して幾多の死線を乗り越えてきたからな。チームワークなどという物は、自然と生まれてきたという事だろう」
「確かにそうでしょうね。でもB小隊にはそれが圧倒的に不足してます。互いの事になるべく干渉しないでおこうとする姿勢がそれに拍車を掛けているのは十分解ってる事なんですけど」
「そうか・・・何か良い案があれば良いのだがな―――」
『フッフッフ~それならお姉さん達に任せなさ~い!!』

彼等が振り返るとそこにはエクセレンとラミアが居た。

「・・・立ち聞きとは趣味が悪いな」
「そうですよエクセレン中尉にラミア中尉。いったいどこから湧いてきたんですか?」
「ちょっとぉ~、人をゴキブリみたいに言わないでくれる?」
「私達は偶然通りかかったまでだ。それに白銀、聞かれては困る話ならばこんな所でしている方が悪いと思うぞ?」
「別に聞かれて困る話って訳じゃないですよ。それでエクセレン中尉、何か良い案があるんですか?」
「モチのロンよ。大船に乗ったつもりでいてくれて構わないわよ」

そう言った彼女の表情は大層自信あり気な様子だ。
しかしこの時武は、キョウスケが小声で『ヤレヤレ』と言っていたのを聞き逃していなかった。

「一応話だけでも聞かせて貰って良いですか?」
「ダ~メ」
「何でですか?方法次第じゃ俺も協力できるかもしれないじゃないですか?」
「もちろんタケル君にも協力して貰うつもりよ。という訳だから、午後の訓練、楽しみにしててね~ん」
「ちょ、ちょっとエクセレン中尉!?」
「それでは私も失礼します」

軽く敬礼をし、その場を後にするラミア。
この時武は、午後の訓練がまたとんでもない事になりそうな予感がしてならなかった。
間違いなくエクセレンは何かを企んでいるのだろう。
それが吉と出れば良いのだが、逆の事になってしまえばますます最悪の事態を招いてしまう。
一抹の不安を覚えながらも武は、午後の訓練に向けての準備を進めるほか無かったのである―――

「まあなんだ・・・頑張れよタケル」

そう言ったキョウスケの声など、今の彼の耳には全く届いてなかったのは言うまでも無い。


「さ~て皆、午後からの訓練も張り切って行きましょうか~!!」
『『「はいっ!!」』』
「ところでエクセレン中尉、何で基地の裏山に来てるんですか?」
「それは今から説明させて貰うわ。午後の訓練の舞台はココ、そして訓練内容はズバリ『鬼ごっこ』よっ!」
「なっ、なんですってぇ!!ちょ、ちょっとエクセレン中尉、一体何考えてるんですか!?」
「もう、焦らないの。今から順を追って説明するから・・・という訳でラミアちゃん、後ヨロシク~」
「了解です」

説明は丸投げかよっ!!とツッコミたい気持ちを抑えながらも武は、ラミアの説明を聞いてみる事にした。

「私はラミア・ラヴレス、階級は中尉だ。本日の訓練の補佐を務めさせて貰う事になっている。さて、貴様らにはこれからこちらが決めた者とペアを組んで貰い訓練を行って貰う予定だ。これは戦術機運用の最小単位がエレメントである事を考えており、そして貴様らはお互いに連携をとりつつ、逃げ回る目標を捕まえる。これが今回の訓練の大まかな流れだ」
「(なるほどな、確かに鬼ごっこと聞いただけじゃ何を考えてるんだって事になるけど、これだったらキッチリとした訓練になるな)」
「中尉殿、質問があります」
「何だ御剣訓練生?」
「訓練内容は把握できました。しかし、逃げる目標というのは一体誰が行うのでしょうか?」
「それは私とエクセレン中尉、そして白銀大尉だ。そして貴様らは全部で11人、どうしても一人あふれてしまう為、アラド訓練生にもこちらに加わって貰う」
「俺もそっち側なんですか?」
「そうだ、ちなみに反論は許さん。それではペアを発表する―――」

ラミアが発表した組み合わせはこうだ。
『冥夜・ブリット組』『千鶴・彩峰組』『たま・ラトゥーニ組』『美琴・アルフィミィ組』『クスハ・ゼオラ組』

「なお、これらは各々の身体能力並びに技術力を考慮した組み合わせだ。何か質問は?・・・無いようだな。それでは15分後に訓練を開始する。それまで準備をしておけ」
『『「了解っ!」』』

組み合わせを聞いた直後、武はこの分け方を考えた人物に対し、何を考えているんだと言いたくて仕方が無かった。
確かに個々の能力や技術力と言った面で考えるならばこれが妥当なのは間違いないだろう。
しかし問題は千鶴と彩峰のコンビである。
彼女達二人は言われるまでもなく犬猿の仲なのだ。
それが証拠に、今現在も言い争いが始まろうとしている。

「・・・何で私が榊と―――」
「それはこっちのセリフよ。私だって不本意だけど、貴女と組めと言われたのだから仕方ないじゃない」
「ヤダヤダ、これだから優等生は」
「な、何ですって!!」

案の定言い争いが始まってしまっている。
しかし、エクセレンやラミアには彼女らのやり取りを止める気は全く無い様子だ。
別に無視している訳では無いだろうが、彼女達のやり取りを見て何とも言わないのであれば教官としては大問題である。

「お前らなぁ、今は訓練中だぞ!遊びでやってんじゃないんだ。そう言う事は後でやってくれよ」
「・・・アラドは黙ってて、これは私と榊の問題だから」
「そうよ、貴方は少し黙ってて」
「・・・はい―――」

二人の迫力に押され、成す術無く引きさがってしまうアラド。
流石にそれを見兼ねた冥夜とブリットの二人が、彼女達の仲裁に入る。

「榊、彩峰、アラドの言う通りだ。教官達も見ておられる、そのくらいにしておくが良い」
「そうだぞ二人とも、言い争うなら訓練の後でもできるだろ?」
「・・・そうね、兎に角今は訓練に集中しましょ」
「・・・仕方が無いから今は二人の顔に免じてそうしてあげる」

冥夜とブリットのおかげでその場は収まったものの、問題は依然として解決しそうになかった。
やはり現状で最大の問題点は、この二人がいかに協力して事に当たれるかという事なのだろう。
恐らくエクセレンは、彼女達にそう言った事を解らせる為にわざとこう言った組み合わせにしたという事だ。
そして、止めに入らなかった理由としても、互いに不干渉を貫かせない為だという事に武は改めて気付かされる事になる。

「さ~て、そろそろ始めるわよ~」
『『「はいっ!」』』
「っと、言い忘れるところだったわ。今回の訓練だけど、普通にやっても面白くないじゃない?だから罰ゲームを考えてあるの。私達逃げる方が捕まった場合は、捕まった者が捕まえたペアに今日から総戦技演習前日までの間夕食をごちそうするわ。それから各ペアは一人捕まえた時点でここに戻って頂戴。ちなみに制限時間内に誰も捕まえられなかった場合は、そのペアの負けって事だから訓練終了後にそのペアは筋トレよ」
「ちょ、ちょっと待って下さいッスエクセレン中尉!!俺も捕まってしまったら捕まえたペアに夕食をおごるんですか?」
「流石に訓練生の貴方にそんな事はさせられないわよ」
「ホッ、良かったぁ~『総戦技演習までの間、夕食のおかず2品抜き位で勘弁してあげるから』っ!!マジですか!!やべぇ・・・絶対に捕まえられてたまるもんかよ!!」
「それじゃ私達は今から逃げるから、今から5分後に貴方達はスタートして頂戴。制限時間は午後三時までにさせて貰うわね」
「それでは訓練を開始する」

ラミアより訓練開始の合図が告げられ、逃げる側に回っている者達はそれぞれ林の中へと向かう。
今回の訓練は逃げる側が4名、追いかける側が5名となっている為、どうしても一組だけ罰ゲームを受ける羽目になってしまう訳だ。
いかに互いが上手く連携を取りながら相手を追い詰められるかが勝利のカギとなって来るだろう。

「さて、誰を狙う?」
「現状で一番能力が解っているのはアラドだ。次にタケル、エクセレン教諭とラヴレス中尉殿に関しては情報が不足している以上何とも言えんな」
「エクセレン中尉に関しては俺も良く解らないけど、恐らくこのメンバーの中ではラミア中尉が群を抜いてると思う」
「その根拠は?」
「アラド以外は全員特殊部隊の衛士だ。その中でもラミア中尉は元々潜入工作のエキスパートだからな。身体能力の面ではとんでもないって事さ」
「なるほどな、だがそなた、そんな情報をどこで仕入れたのだ?」
「中尉達は前に俺達が居た所からこっちに配属されたんだよ。その時から色々と面倒を見て貰ってるんだ」

もちろん真っ赤な嘘だ。

「ふむ、という事は中尉達はそなた達C小隊の癖を知り尽くしておられるという事になるな」

しかし、冥夜は根が素直な為に疑う事無くすんなりとこの嘘を受け入れていた。
この時ブリットは、この様な嘘が通用するとは思いもよらなかったのは言うまでも無い。

「そうなるかな。だから俺としてはアラドかタケルを狙うべきだと思う」
「私としてはタケルだな。彼の者とは比較的付き合いが長い故、上手く立ち回れると考えている」
「じゃあ俺達はタケルを優先的に狙おう。頼りにしてるぜ御剣」
「ああ、私もそなたを頼りにさせて貰う。では参るとしよう」
「了解だ」

冥夜・ブリット組は武に狙いを絞った様だ。
他の面々も色々と協議した結果、たま・ラトゥーニ組はアラドを、美琴・アルフィミィ組はエクセレン、クスハ・ゼオラ組はラミアを優先する方向で話が纏まった。
そして、千鶴・彩峰組はというと―――

「だから、どうしてそうなるのよ?」
「どこで誰と遭遇するか分からないのに、誰を狙うかなんて決めても意味が無い」
「それはそうかも知れないけど、優先順位を決めておくにこした事は無いでしょ?」
「見つけた相手を捕まえればそれで問題無い。榊の言い分は、誰かに的を絞らないと何もできないって言ってる様なもの」
「何ですって!!誰もそんな事言ってないでしょう!」
「本当の事を言われたから直ぐそうやってムキになる・・・ふぅ~ヤダヤダ」

先程から互いの意見が常にぶつかり合い、平行線のままなのだ。
これには周りの者達も一部を除いて呆れ返っている。

「また始まってしまいましたの」
「うん・・・でも、あの二人の場合はいつもああだから仕方ないよ」
「それはそうかも知れないけれど、今は訓練中ですのよ?」
「そうなんだけどねぇ~」
「・・・止める人間が居ないから、いつも以上にヒートアップしてる」
「ど、どうしましょう」
「壬姫さん、放っておけば良いわよ。あの二人の言い争いは年中行事みたいなもんなんだし」
「で、でも~」
「流石にそれは不味いんじゃないかな?一応訓練中だし・・・」
「いや、私もゼオラの意見に賛成だ」
「み、御剣さん?」
「クスハ、俺も二人の意見に賛成だ。放っておけば良い」
「・・・ブリット君まで」
「私がゼオラの意見に賛成だと言った事には理由がある。今回は指定されたペア同士での連携を見る為の訓練だ。戦場に出ればどのような者と組まされるか分からん、その都度不平不満を言っていれば作戦行動に支障が生じる。それをあの者達に理解させる為に、教諭はあえてこの組み合わせを選んだのであろう」
「俺も御剣と同意見だよ。あいつ等にもそれを解らせる良い機会だって事さ」
「でも本音は『二人があのまま言い争って、お互いに足を引っ張り続けてくれれば罰ゲームから逃れれる』・・・とか考えていたりしませんの?」
「おいおいアルフィミィ、俺がそんな事考えてると思ってるのか?」
「冗談ですの」
「ヤレヤレ・・・ホント、そんな所はエクセレン中尉にそっくりだよな」
「姉妹だから当然ですの」
「へぇ~、アルフィミィとエクセレン中尉って姉妹だったんだぁ。僕気付かなかったよ~」
「いや、そこは気付く所だろ!?」
「・・・そろそろ時間。行こう、壬姫」
「う、うん」
「それじゃあ僕達も行こうか」
「ハイですの」
「クスハさん、私達も行きましょ」
「ええ・・・ホントに大丈夫なのかなあの二人―――」

皆の心配を他所に千鶴と彩峰の二人は、尚も言い争いを続けている。
この場にまりもが居たならば、間違いなく二人の言い争いはここまでヒートアップしてはいないだろう。
彼女が居ない事を良い事にとは言わないが、止める者が居ない事によって二人の言い争いはこれまでに無い程になっていたのである。

「さて、我らも参るとしよう」
「ああ、榊、彩峰、そろそろ時間だぞ?」
「・・・解った」
「ちょっと、話はまだ終わってないわよ!?」
「これ以上アンタに付き合ってたら、何もできないまま終わる。罰を受けるのは嫌」
「解ったわよっ!勝手にすればいいじゃない!!」
「言われるまでも無いよ」

そう言うと彩峰は、千鶴を置いて一人林の中へと入って行く―――

「待ちなさいよ!一人で先に行っても仕方ないでしょ!?」

彩峰の後を追うようにして千鶴も林の中へと入って行き、その場に残された冥夜とブリットの二人は、何故か疲れた顔をしながら自分達も林の中へと向かって行く。
そんな彼女達のやり取りを陰で見ている者が居た。
今回の訓練の発案者である『エクセレン・ブロウニング』その人である。

「さてと、時間までなにしようかしらねぇ」

彼女はスタート地点から森の奥へと入るフリをし、訓練部隊の面々の死角を通る様にして迂回しながら元の位置へと戻って来ていたのである。

「まさか私がスタート地点に戻ってるとは思ってないでしょうねぇ~。ま、見つかったら見つかったで別に構わないけど」

まったくもってやる気が在るのか無いのか解らない発言である。
そんな彼女を他所に訓練部隊の面々や逃げる側に回っている武達は、必死になりながら訓練に勤しんでいたのは言うまでも無い。

「それにしても想像以上ねあの二人は・・・一体何が原因であそこまで言い争えるのかしら?」
「まったくですの。あからさまに互いを否定し続けていても何の解決にもなりませんのにね」
「そうよねぇ・・・えっ!?」

一人呟いていた筈なのに答えが返って来た事に驚いた彼女は、慌てて後ろを振り返ってみる。
そこに居たのは、予想通りの人物だった―――

「ホント、アルフィミィの言った通りだね」
「ア、アルフィミィちゃん!?それに美琴ちゃんも・・・な、何で私がここに居るって分かったの?」
「エクセレンの考えそうな事は直ぐに分かりますもの」
「アルフィミィが『エクセレンの事だから逃げるフリをしてどこかで休んでるに決まってると思うですの』って言ったんですよ。僕は教官に限ってそんな事は無いと思うって言ったんですけどねぇ~」
「流石は我が妹・・・そこまではこのエクセレンの目を持ってしても見抜けなかったわ」
「という訳で今日から暫くの間、夕食を御馳走して下さいね」
「う~ん、約束だし仕方ないわねぇ」
「エクセレン、私達はこの後何をすれば宜しいんですの?」
「そうねぇ・・・時間はまだまだ在るし、暫く休んでいて構わないわよ―――と言いたいところだけど、流石にそれは無理よね。その変で軽く自主トレでもやっておいてくれるかしら?」
「解りました。じゃあアルフィミィ、その辺を軽く走ってこようか?」
「了解ですの。ではエクセレン、ごきげんよう」

ランニングに向かう彼女達を眼で追いながら、エクセレンは一人『今晩の夕食だけおごる』と最初に言っておくべきだったと後悔していた。
それ以上に、こうもあっさりと捕まってしまった事に対して、後で何か言われるかもしれない事をどう切り返すか考える事に必死になっていたという。
そしてほかの面々はというと―――

「クッ、よりにもよって冥夜とブリットのコンビかよ」
「逃がしはせんぞタケルッ!!」
「御剣、俺は迂回して武の前に出る。お前はこのまま後ろからプレッシャーを掛け続けてくれ」
「承知した。ぬかるなよブリット」
「ああ、了解だ!」

武に聞こえないように打ち合わせを行い、ブリットは武に気付かれぬように迂回を始める。
武が逃げている場所は、一直線に伸びている道だ。
両脇には林が茂っており、そちら側に逃げ込めば生い茂る木々が上手くカモフラージュしてくれる可能性がある。
しかし、逆を言えばその木々が邪魔になり、迂回する為に速度を落とさねばならない。
だが武は、二人の身体能力が訓練部隊内でもトップに入る以上、このまま走りやすい場所を行く方が何が起こっても対応しやすいと考えこのまま道なりに逃げる方法を選択する事にした。

「・・・足音が一人分しか聞こえない―――」

走りながら器用に背後を確認すると、先程まで追って来ていた筈のブリットの姿が見えない事に武は気付いた。

「いつの間にか二手に分かれてたのか。左右は林、前はこのままずっと一直線・・・恐らくブリットは林の中だろうな」
「後ろを見る余裕があるとは、随分と余裕だな」
「そうでも無いぜ?お前ら二人が相手じゃちょっと油断しただけで捕まっちまうからな」
「なるほど、流石はタケルだ。だが・・・」
「たぁぁぁっ!!」

冥夜がそう言った直後、雄叫びをあげながら飛び出してくる影が一つ―――

「っと、そうは行くかよ!」
「クッ、御剣に気を取られてると思ったのに」
「あんまり俺を舐めるなよブリット。気配ですぐ分かるって」
「だが、スピードが落ちた事には変わらん!!」

そう言って一気に距離を詰める冥夜。
しかし武は、あまり慌ててはいない。

「捕った!!」
「残念、まだ捕まらねぇよ!」

こちら側に飛び込んで来た冥夜の腕を掴み、そのまま武はその反動を利用して彼女を自分の背後に投げる。
バランスを崩す形となってしまった冥夜は、勢いを殺す事が出来ずにその場に倒れこんでしまった。

「クッ!」

何とか受け身は取れたものの、転んでしまった分だけ対応が遅れてしまう。
その間に武は距離を稼ごうとするのだが、彼の目の前には既にブリットが回り込んでいた。

「御剣、挟み撃ちだ!」
「ああ・・・タケル、形勢逆転だな?」
「ゲッ・・・ヤバいな」
「俺達の勝ちだなタケル」

そう言いながらジリジリと距離を詰める二人。

「ん~、流石の俺も年貢の納め時かな・・・あぁぁぁっ!!ブリットあっちを見ろっ!クスハが水着姿で手を振ってるぞ!」

一瞬顔がニヤけたと思った途端、唐突に大声を出しながらブリットの背後を指差す武―――

「その様な戯言にブリットが引っ掛かる『えっ!?』・・・馬鹿者っ!!」
「じゃ~な~」

驚くほど単純な嘘にブリットは引っ掛かってしまい、その隙を突いて武は一気に彼の横を素通りして行く。

「あぁぁぁっ!!」
「この大馬鹿者っ!!あのような単純な嘘に引っ掛かりおって!!」
「ス、スマン・・・」
「大体良く考えてみるのだ。この様な寒空の中、クスハが水着でいる事などあり得んだろう!?」
「・・・本当に面目ない」
「まったく、これだから男というものは・・・大体そなたはだな―――」

それから暫くの間ブリットに対する冥夜の説教が続く事になり、武は余裕で逃げ切れる事となった。
その頃アラドはというと―――

「まるでお猿さんみたいですねぇ・・・」
「・・・うん」

林の中でラトゥーニとたまに見つかったアラドは、とっさに木の上によじ登り、木を伝いながら彼女達から逃げていた。

「絶対に捕まるもんかよ!おかず2品抜きなんて俺は絶対ヤダかんなぁ~!!」

大声で叫びながら逃げ続けるアラド。

「アラドさんの食べ物に対する執着心って凄いね」
「食べ物が絡むと、アラドはとんでもない力を発揮するから」
「アハハハ、でもアラドさんの運動神経が羨ましいよ。私じゃ絶対あんな逃げ方出来ないもん」
「アラドが普通じゃないだけ・・・兎に角このまま追い続ければ、いつか林も切れる。そうなったら降りるしか手が無いから、それまで頑張ろう」
「そうだね」

そう言いながら必死になってアラドを追いかける二人。
しかし―――

『バキッ』

アラドが次の枝に飛び乗った瞬間、鈍い音を立てて折れる足下―――

「ちょ、ありえねぇぇぇっ!!」
「あ、落ちた」
「・・・チャンス。行くよ壬姫」
「う、うん」

そしてアラドは遭えなく御用となったのである。

「だぁぁぁっ!!俺の晩飯がぁぁぁ!!」
「それよりもアラド大丈夫?」
「これ位何ともねぇよ・・・うう、それよりも俺の晩飯・・・おかず2品ぁぁぁ」
「残念だけどこれは仕方ないよ」
「俺にとっちゃ死活問題なんだよ」
「あんな危ない逃げ方してたアラドの自業自得だと思う。兎に角元の場所に戻らないと。他の皆もそろそろ誰かを捕まえてる頃だと思うし」
「そうだね。ほらアラドさん、次頑張れば良いじゃない・・・ね?」
「アラド、いつまでもそうしてても無駄」

後でこの話を聞いたエクセレンは『実にアラド君らしい捕まり方だったわね』と言ったそうだ。
しかし、捕まった事には変わりなく、この日から総戦技演習までの間、彼の夕食はおかず2品マイナスとなり、食事の度にアラドは涙を流していたという。


「もうっ、何で貴女はいつもそうなのよ!?」
「榊みたいに頭カタくないから」
「何ですってぇぇぇっ!!」
「ふぅ・・・ヤレヤレ、お前達はいつまでそうやってるつもりだ?」

千鶴と彩峰は、相変わらず足並みを揃える気配を見せないまま訓練に臨んでいた。
そして偶然ラミアを発見し、彼女を追いかけていたのだが上手く連携が取れない事から再び言い争いが始まってしまい、目標を目の前にしながらケンカを始めてしまったのである。

「お前達、今は訓練中だという事を忘れていないか?」
『「すみません中尉」』
「榊のせいで怒られた」

小声で彩峰が呟いた事に千鶴は気付いたのだが、ここはラミアの手前我慢する事にする。

「貴様らの仲が悪い事は聞いてはいるが、一体何がそうさせるんだ?私には理解できん」
『「・・・」』
「どうした、何か理由があるのだろう?」
「では言わせて頂きます。彼女が私の意見をまるで聞き入れようとしないからです」
「榊の言い分はいつも基本に忠実すぎる。それじゃ臨機応変に対応できない」
「だからと言って勝手なワンマンプレーは許されるものじゃないわ」
「効率が悪いから私が動かざるを得ない。そんなんじゃ何かあった時に対応できないもの」
「・・・解った。もう良い」

再び言い争いが始まりそうになった為に、ラミアは彼女達の会話を止めさせる。

「お前達それぞれの言い分は解らんでも無い。だが、お前達は自分の意見を相手に押し付けようとするだけで相手の事を何も考えていない。それでは今後も同じことの繰り返しだ」
『「・・・」』
「二人は自分の意見を相手に認めて貰う為に何かしたのか?恐らく普段のお前達を見る限りではそのような事はしてないだろうな」
「そ、それは・・・」
「最初から相手は自分の意見を聞き入れない。だから言うだけ無駄だ。などと言った考えでいる限り、お前達はそこから前へ進む事は出来んだろう。互いが歩み寄ろうとしない限り、相手の事など分からんものだ。もう一度よく考えてみると良い」

二人は相変わらず黙ったままだ。
ラミアの言った事があまりにも的を射ていた為に、彼女達にも思う所があったのだろう。
この時ラミアは、これが切っ掛けになってくれればと切に願っていた―――

「さて、訓練を再開するぞ・・・ムッ!?」
「えーっと・・・御話し中だったんでどうしようかと思ったんですけど―――」

唐突に袖口を掴まれたラミアは、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこに居たのはクスハとゼオラのコンビで、二人は揃って申し訳なさそうな顔をしていた。

「してやられたな。私とした事が、お前達二人の接近に気付けなかったとは」
「すみません中尉。ズルイかと思ったんですけど、中尉を捕まえる為の隙を探すにはこれしか無かったので」
「いや、油断していた私のミスだ。それに榊と彩峰にもチャンスはあったからな」

クスハとゼオラの二名は千鶴と彩峰に対しても申し訳なさそうな顔を向けるが、彼女達はまるで反応しなかったのである。
どうやら先程ラミアに言われた事が相当こたえている様子だ。

「さて、そろそろ時間だな。4人とも、元の場所へと戻るぞ」
『『「了解」』』

元の場所へと帰る際、千鶴と彩峰は顔を合わせようともしなかった。
そして、クスハとゼオラはこの重い雰囲気の中、どうする事も出来ずにラミア達の後について行くしか無かったのである。
結果として訓練は武以外のメンバーが捕まってしまい、捕まえられなかった冥夜・ブリット、千鶴・彩峰ペアは罰を受ける事となり、エクセレンとラミアは総戦技演習までの間、捕まえた者達に食事をおごる事となった。
最後の最後までアラドが抗議をしていたが、全く聞いてもらえずにいたのは言うまでも無い。

「ラミア中尉、委員長と彩峰の二人、何かあったんですか?」
「さあな、恐らく誰も捕まえられなかったからでは無いのか?」
「そうですか、解りました・・・じゃあ、午後の訓練はここまでとする。解散っ!!」
「敬礼っ!」

訓練兵達が敬礼を終え、各々が順次基地へと戻って行く―――

「どうやら上手く行ったみたいね」
「ええ、後は本人次第だと思います」
「やっぱり何かあったんですか?」
「さてどうかしらね。まあ、そのうち分かると思うけど」
「女同士の秘密・・・という奴だ。そうでございますわねエクセ姉様」
「そう言う事よタケル君。でも貴方にとっても悪い事じゃないと思うわよ」
「はぁ・・・」


武の知らぬところでラミアが彼女らにあのような話をしているとは誰も気づいてはいないだろう。
結果としてこの件が理由で千鶴と彩峰は、今一度互いの事を考え直す事となる。
しかし、それらの結果が出るのはまだまだ先の話であり、今はまだ互いを完全に認める事は出来ないまま彼女達は総戦技演習を迎える事となるのであった―――




あとがき

第29話です。
今回は総戦技演習に向けてのお話です。
ちょっとした遊び心なんかも入れながら書いてみました。

序盤に登場しているF-23Aですが、YF-23を一部隊が正式採用した物として登場させてみました。
細部の形状が違う以外、殆どの仕様は試作機と大差無いという事にさせて頂いてます。

そして、久々に訓練風景を描いてみました。
千鶴と彩峰は、これを機会にどの様に互いを認め合うようになって行くのか?
オルタ本編の様に上手く書ければと思っています。
今回、彼女達に色々と言う役目をラミアにしてみました。
当初はエクセレンにやって貰う予定だったんですけどね^^;
ぶっちゃけてしまうと、この様な方向に持って行ってしまうと、タケルちゃんが必要ないかもしれません・・・orz
しかし、OG勢とオルタ勢を少しでも絡ませようと考える為の処置として受け入れられればと考えております。
さて、次回からは総戦技演習本編の予定です。
一体どの様な話になるのか・・・楽しみにお待ち下さいませ。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第30話 島を行く
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2008/12/20 00:23
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第30話 島を行く




総戦技演習が明日に迫る中、207訓練部隊の面々は今日も訓練にいそしんでいた。

「どうしたアラド、もっと気合い入れて走らないとまた5周追加だぞ~」

先日行われた訓練の罰により、夕食のおかずを2品取り上げられているアラドは本調子では無い。
周回遅れになっている訳ではないのだが、ここ数日、訓練始めのランニングではいつも最後尾を走っているのだ。
その理由は、序盤から飛ばし過ぎるとスタミナが続かない為、あえてセーブしているからなのである。
しかし現在は訓練の真っ只中であり、手を抜くなどと言った行為が許される筈は無い。
そう言った理由から武は、C小隊に連帯責任を取らせず、彼にだけランニングの周回数を増やしているのだ。

「くっそぉ~、手を抜いてる訳じゃないんだけどなぁ・・・」

走りながらその様な事を呟きながらも彼は、これ以上のペナルティを増やされぬようにスパートをかける事にする。

「いよいよ明日からですね白銀大尉」
「ええ、神宮司軍曹から見てあいつらはどうですか?」
「正直なところ、何とも言えません。個々の能力は優れているのは確かですが、やはりチームワークと言った面では・・・」
「やはり考える事は同じですね。俺も全くの同意見なんですよ」
「それよりも大尉、演習内容についてはあれでよかったのでしょうか?」
「B、C小隊合同で行う演習ですからね。これでも互いの力量を考えた上でのチーム分けだったんですが、何か問題でもありましたか?」
「いえ、特に問題はありません。ただ、大尉が考えられたにしては少々意地が悪い内容だと思ったもので・・・」
「ああその事ですか。実を言うと基本的なプランに関しては夕呼先生が考えたんですよ。俺がやったのはそれを見て多少のアレンジを加えた程度です」
「なるほど・・・夕呼、いえ香月副司令の考えそうな事ですね」
「確かにそうですね。俺も最初のプランを見たときにかなり驚かされましたから」

まりもはあえて言葉にはしていないが、苦笑いを浮かべているその様子から夕呼の行いに対して呆れているのだろうというのが武には良く分かった。
そうこうしている間に訓練生達がランニングを終え、次の訓練に移る為の準備を始めている。
今日の訓練は、明日からの総戦技演習に備えて午後からは休みとなっている為、それ程厳しい訓練をするつもりは無い。
演習前日になって訓練生に怪我をさせてしまっては元も子もないからである。

「ん?」

そんな中、武の目に珍しい人物が映っていた。

「何でこんな所に霞が・・・それに何であんな格好をしてるんだろう?」

訓練が行われているグラウンドの隅を横切るようにして彼女は、彼らに目もくれず何処かへ向かおうとしている様子だ。
それだけなら別にどうという事は無いのだが、問題は霞の服装だったのである。
普段の黒を基調とした制服ではなく、現在彼女が着ている服装は訓練生達と同じBDU(野戦服)、違和感を感じるなと言う事に無理があるというものだ。
呼び止めようかとも考えたのだが、今は訓練中である以上そのような事は出来ない。

「後で聞いてみるかな―――」

最終的にそのような結論に達した彼は、総戦技演習前の総仕上げを行う為に各々に細かい指摘を行うべく訓練に集中する事にした。


・・・訓練校内某所・・・

そんな武の考えを他所に霞は、訓練校の片隅にある特別訓練用に設けられた場所へと来ていた。

「おはよう御座いますアルマー教官」
「ああ、それではいつもの様に軽い準備運動の後、ランニングだ」
「はい」

そう言われた彼女は、入念なストレッチを行いながら体をほぐし、ランニングを開始する。

「調子はどうかしら?」

唐突に現れた夕呼に驚く様子も無く、アクセルは淡々と質問に答えていた。

「ここ数日はそこそこ基礎体力も付いてきたおかげか、人並みに走れるようにはなって来ている、これがな」
「そう・・・それでも意外だったわ。アンタがあの子の訓練に付き合ってくれるなんてね」
「大した理由は無い。自分でも少々驚いているぐらいだが、な・・・一つ質問しても良いか?」
「何かしら?」
「何故奴は自分からこの様な訓練をやりたいと言い出したのかと思ってな。奴は貴様の助手みたいなものだろう?そんな奴にこの様な訓練をさせる意味は無いと思うんだが、な」
「そんなのアタシにも解らないわ。普段からあの子は何を考えているか解らないしね。強いて言うならば自分も白銀達の力になりたい―――そんな事でも考えたんじゃないかしら?」
「なるほど、な。それで、奴も明日の総戦技演習とやらに参加させるつもりなのか?」
「そのつもりは無いわ。それに現状であの子がクリアできると思う?」
「まず無理だな。座学と言った面では他の訓練生達以上の成績だろうが、それ以外となると一般人よりやや上と言ったところだ。その様な奴が演習に参加したところで足手纏いにしかならん」
「手厳しいわねぇ・・・まあ良いわ。これから暫く、あの子の訓練に付き合ってやって頂戴。どうせ大した任務も無いんだし暇でしょ?」
「別に構わん・・・と言いたい所なんだが、な」
「何よ?なんか予定でもあるの?」
「少し調べたい事がある。時間はそう掛からんと思うが、できればその間はそっちに集中したい」
「そう言う事なら仕方ないわね」
「その間、社の訓練に関してはラミア辺りに頼もうと考えている。教導隊所属の奴の方が俺よりも教官職に向いているだろう」
「その辺はアンタ達に任せるわ。好きにやって頂戴・・・それじゃ、私も仕事があるから行くわね」

そう言うと夕呼はその場を後にし、自分の部屋へ戻りながら今後の事を考えていた。
今後起こりうる可能性のある問題で最優先で対処せねばならないものは、HSST落下事件と12.5事件の二つ。
少しずつとは言え、以前の世界と違う出来事が起こり始めている以上、この二つの事件は楽観視する事は出来ない。
以前の世界と同様の処置をとれば、同じ歴史を辿るかも知れないが、それはあくまで可能性の話であって確実とは言い切れないのだ。
簡単な例を一つ上げるとするならば、BETA新潟侵攻の際、奴らは予想外の行動を取った。
この事から考えても、全てが同じ様に行くとは限らないのである。
その為に彼女は、それらの事件が起こると仮定した上でのプランを考えねばならない。
最悪の事態は、これらが原因となってオルタネイティヴⅣが取り消されたりする様な事が起こる事。
そうなってしまえば、現状でいくら成果を挙げていたとしても取り返しのつかない事になってしまう。
こうしている間にも第五計画推進派は、虎視眈々とこちら側の隙を突く為の策を講じている筈なのは明白なのである。

「報告のあった謎の米軍部隊―――確かに妙だわ。正式採用されなかった筈の機体を使用している点や、現在日本近海に展開している米軍は居ない筈。それ以前に、アタシの所に何も情報が入って来ないのがおかしいわね」

何か事を起こすには情報収集を行うのが鉄則だと言っても過言では無い。
現に彼女は、様々なルートから多くの情報を得る事で行動を起こしている。
それなのにこの件に関する情報は一切入って来ないのだ。
意図的に誰かが隠蔽しているのは間違いないだろうが、それにしても不自然過ぎると彼女は考えていた。
戦術機が単独で活動するには限界がある。
その為に長距離移動の際は、車両や航空機、船舶などを用いるのが基本となっているのだが、そう言った物の目撃情報なども無いのだ。

「国内に拠点でも在るというのかしらね・・・」

最終的に彼女はそのような結論に達し、情報を集める為、諜報部にこれらの件に関する情報収集を最優先で集める様に指示を出す事にした。
しかし、その考えは後に大きく覆される事となるのだが、このときはまだ知る由も無かったのである―――


・・・横浜基地内PX・・・


その日の夕方、訓練部隊の面々は食事と演習前の打ち合わせを行う為にPXへと来ていた。

「うう、やっぱりこれだけじゃ足りねぇよ」
「ペナルティなんだから仕方ないでしょ?今更愚痴を言っても始まらないわ」
「千鶴さん、それは分かってるけどさぁ、明日から総戦技演習なんだぜ?これじゃ本領発揮できないって」
「それは不味いな・・・アラド、これ食って良いぞ」
「ほ、本当ですかブリットさん!!」
「ちょ、ちょっとブリット、貴方何考えてるの?」
「明日からの演習でアラドが本領発揮できないのは困るからな。それに、エクセレン中尉はおかずを分けてやるなとは言ってないだろ?」
「でもそれじゃ意味ないじゃない!?分隊長である貴方がルールを破ってどうするのよ!!」
「分隊長なら今後の作戦に向けて最良の策を講じるべきだろ?だから俺は、別にルールを破っているとは思っていないよ」
「ああ言えばこう言って・・・貴方まで誰かさんみたいな事言わないでくれる?」
「・・・別に誰かさんってのを詮索するつもりは無いけど、今回のはブリットの言い分の方が正しい。榊は頭が固過ぎる」
「な、何ですって!?」
「私もこの件に関してはブリットの言い分が正しいと思うな」
「御剣まで・・・」
「いや、彩峰の様にそなたの頭が固いと言っている訳ではないのだ。部隊全体を考え、より良い方向に持って行く為にどうするか―――アラドがこのままでは本来の力を出せないと言うのであれば、それを手助けする為のブリットの行いは、ある意味チームワークの一つだと私は思ったのだ。恐らく彩峰もそう考えたのでは無いのか?」
「別に・・・」
「でも、ルールはルールよ。上からの命令に従わないのはいけない事だわ」
『相変わらずだな委員長は』

その場の面々が声のした方へ振り返ると、そこに居たのは案の定武であった。

「白銀大尉からも何か言ってやってください。これでは隊全体の規律に関わります」
「ん~・・・まあ委員長の言いたい事も分かるんだけどさ、この場合は冥夜の言い分も一理あると思うんだよ。だけど委員長の言い分も正しい事は正しい」
「じゃあタケル、この場合はどっちも正しいって事なの?」
「いや、そう言う事じゃない。エクセレン中尉が言ったのは、暫くの間アラドは夕食のおかず2品抜きだったよな?別に他の誰かがアラドにおかずを分けてはいけないとは言っていない・・・さて、ここで問題だ。何で中尉は細かく指定しなかったんだと思う?」

その様に問われた訓練部隊の面々は、それぞれ武の言った事に対して考え始める―――
それぞれ難しい表情を浮かべながら考えているが、何名かはエクセレンの意図に気付いている為かあえて答えようとはしない。

「私、何となく中尉の考えが解った様な気がします」

そんな中、意外な人物が声を上げる。

「それで、答えは?」
「多分エクセレン中尉は、私達が自分達で考えて行動する為にあえて指定しなかったんだと思います」
「たまの言う通りだ。まあ、その辺に関しては当の本人にしか分からない事だけど、恐らくチームワーク強化の為の宿題みたいなもんだな」
「・・・結果として私の言い分は間違っているという事では無いのでしょうか?」
「いや、委員長の考えも正解の一つだよ。中尉は各々が考えて、最終的にどの様な結果を出すかが見たかったんだと思うんだ。最終的に委員長が出した結論は、ルールに違反しているという事になった。ブリットの結論は、ルールの穴を上手く利用したって事になったってだけさ」
「・・・要するに榊は頭が固いって事」
「そこまで固くは無いと思うぞ?ただ、もう少し柔軟な発想は持つべきだな」
「・・・解りました。今後の参考にさせて頂きます」
「それから委員長、前にも言ったけど俺に対して敬語は無しで良いぜ」
「はい、じゃなかった。解ったわ白銀」
「よし、それじゃあ邪魔して悪かったな。俺も期待してるんだから、明日からの演習頑張ってくれ」

武はそう言い残し、その場を後にした。

「結局これって食って良いのかな?」

その様な事を一人呟いていたアラドが居た事は言うまでも無い―――



・・・翌日・・・


「それではミッションを言い渡す!!」

翌朝、ついに総戦技演習が開始され、207衛士訓練部隊の面々は演習の行われる南の島へと来ていた。

「本作戦は戦闘中、戦術機を破棄せざるを得なくなり、強化外骨格も使用不能と言う状況で―――」

皆は教官であるまりもから伝えられる演習内容の説明を一言一句聞き逃さぬよう、熱心に耳を傾けている。
今回の作戦のクリア条件は大きく分けて2つに分類される。
一つ目は、戦術機を破棄せねばならなくなり、強化外骨格も使用不可能と言う状況でいかにして戦闘区域から脱出する事。
そして二つ目は、行動中に地図上に示された目標の破壊と後方撹乱、ちなみに破壊対象は全部で四か所となっている。
前回の世界での演習との違いは、チーム分けと目標が全部で四つに増えている点だ。

「―――これに受かれば貴様らは晴れて衛士の仲間入りだ。全力を尽くせ!」
『『「ハイッ!!」』』

説明が終了し、各自支給された装備を再点検し終わると、簡単なミーティングが開始される。

「さてと、チーム分けなんだが、事前に組み合わせを決められてたみたいだ。問題は、各ポイントにどのチームを向かわせるかなんだが―――」

今回の演習でのチーム分けはこの様になっている。
Aチーム『千鶴、冥夜、クスハ』
Bチーム『彩峰、たま、ゼオラ』
Cチーム『美琴、ラトゥーニ、アルフィミィ』
Dチーム『ブリット、アラド』
これらのチーム分けは、全て武の独断によるもので、各チームの小隊長はそれぞれ千鶴、彩峰、美琴、ブリットが務めるよう指示されている。
基本的に前回、前々回でのチーム分けをベースに、個々の能力に見合った物を考えた上での編成である事と、意図的にブリットとアラドを同じチームに編成している。
ちなみにチームの編成に関しては武が決めているが、どのポイントへどの小隊が向かうかなどの細かい指示は行っていない。
これは訓練部隊の面々を試す意味合いも込められており、ブリットとアラドを同じ小隊にした事はそれを気付かせる為の策であると言っても良いものだった。

「―――私としてはDポイントにはブリット達に行って貰いたいわね」
「その理由は?」
「このポイントはこの場所から一番距離があるわ。多分体力と時間との勝負になると思うのよ」
「なるほど、ある程度の強行軍をやらなきゃならないからって事か」
「理解が早くて助かるわ」
「それじゃあ、このポイントは俺達が引き受けよう。俺からも一つ提案して良いか?」
「ええ」
「Cポイントには美琴達に行って貰いたい」
「僕は別に構わないけど、理由はなに?」
「この地点までは地図を見る限り、かなりの確率で罠が仕掛けられていると思うんだ。お前のサバイバルスキルは隊内でもトップクラスだしな。解除に手間取ってしまえば、その分時間のロスに繋がる。だからお前達の班が適任だと思ったんだ」
「なるほど、適材適所って訳だね。うん、それじゃあここは僕達に任せておいてよ」
「ああ、頼む。残りのポイントにはそれぞれ榊、彩峰の班に行って貰おう。榊もそれで問題無いか?」
「大丈夫よ。彩峰も良いわね?」
「問題無い」
「それじゃあ各自5分以内に最終チェックを行いましょう。準備が完了次第出発よ」
『『「了解!!」』』

どうやら分隊長の二人は武の意図に気付いたようだ。
実を言うとこのチーム分けと目標地点は、各小隊の能力を最大限に発揮できるよう考えられたものなのだ。
予め与えられた戦力、この場合は各自の能力に相当するものだが、それらを分隊長が把握し、上手く運用する事で比較的彼女らにとって演習を優位に進められるよう武が手配したのである。
無論、彼女らを甘やかしていると取られても仕方ないかもしれないが、武にとってはこの演習をさっさと終わらせて訓練部隊の面々には次なるステップへと進んで貰いたいのだ。
個々の能力に関しては、以前の世界での記憶から十分に把握している。
そして今回の演習には、前回の世界での自分に相当する人物が参加しているというアドバンテージがある。
そう、『御剣 冥夜』である。
彼女も以前の世界の記憶を保有している一人である事から、予め武はこの演習に関しての保険を掛けていたのだ。
時間は昨日の午後へと遡る―――

「―――明日からはいよいよ演習だな」
「うむ、正直そなたが居ないと言う事が少々不安ではあるがな」
「あまり俺を買い被ってもらっちゃ困るな。お前たちなら大丈夫だよ」
「フフフ、謙遜とはそなたらしくないな。だが正直なところ、ここぞという時にそなたが居ないのが心許無いというのは事実なのだ」
「それはチームワークと言った面でか?」
「ああ、実際の所、B小隊は以前の世界程の纏まりを見せていない。何かあった時、そなたが居てくれれば皆を良い方向へと導いてくれるのだが・・・」
「だったらお前が俺の代わりを務めれば良いじゃないか」
「・・・私が?」
「ああ、ここぞという時にお前が皆を導いてやればいいんだよ。以前の世界での演習の事は覚えてるだろ?」
「確かにそうだが・・・」
「少々ズルイかもしれないけどさ、お前の中にある記憶は大きなアドバンテージだと思うんだ。利用できるものは最大限に利用した方がいい。俺も以前の世界での記憶や経験にはかなり助けられてる。これから先、俺達がBETAに勝つにはこんな所で立ち止まってる場合じゃないだろ?」
「・・・そうだな。私なりにそなたの代わりを務めて見せよう」
「あまり気負い過ぎるなよ?」
「うむ、私は私であってタケルでは無いからな。その辺は心得ている」
「そうか・・・それを聞いて安心したぜ。それじゃ冥夜、明日からの演習頑張れよ。俺は一緒に行けないけど、ここからお前達の合格を祈ってるよ」
「それだけで十分だ。私達もそなたの気持ちに答えれるよう頑張らせて貰う」
「おう!」

保険と言えた程のものでは無いかもしれないが、これによって演習はある程度優位に進められるだろうと武は考えていた。
実を言うと武は、冥夜の性格から考えて『その様な卑怯な真似は出来ない』と言い返されると思っていたのだ。
事前に起こりうる事を知っているという事は、テストなどで答えを知らされている様なものである。
彼女が武の提案を素直に受け入れた事に関しては、彼自身も驚いた事は否定できないでいた。
だが彼は、彼女もまた『あのような結末だけは迎えたく無い』と願っていることからの行動なのだろうと判断するのだった―――


「それでブリットさん、どう言うルートで目標へ向かうんですか?」
「そうだな・・・地図を見る限りでは、この地点を経由して東へ向かえば比較的簡単そうなんだが・・・」
「でもそれだとこのポイントが危なくないッスか?」
「ああ、恐らくトラップだらけだろうな。だからこの地点を最初の目標地点として、そこから一度南下する。そして、この谷を迂回しつつ回り込んでそのまま一気に目標のD地点へ向かうとしよう」
「了解ッス」

ブリット達が向かう予定のD地点は、今回の演習にて新たに作られたポイントだ。
一見すると地図上ではそう距離は無い様に見えるのだが、地形はかなり複雑であり、至る所に罠を仕掛けるのに絶好の場所が多数存在している。
その分、どうしても行軍スピードを抑える事になってしまい、他の地点よりも時間が掛かってしまうのである。
他の地点に関しては、前回の演習と同じなので、後は彼女達次第という事になるだろう。
事前に集合地点には、ミッションスタートから3日以内に到着するよう打ち合わせをしてある為、今日中に最初に指定したポイントには到着したいというのが彼らの本音だ。
無論、これは他の小隊メンバー達にも言えることなのだが―――


「二人とも問題無いかな?」
「私は大丈夫ですの」
「私も問題無い」
「それで美琴、最初の地点まではあとどれ位ですの?」
「そうだねぇ・・・目視だと1、2キロって所だけど、実際の距離は倍位あると考えた方が良いかなぁ」
「正確には約3倍位の移動距離だと思う。危険なルートを通って時間の短縮を図るより、今後の事を考えるなら安全な道を通る方が良い」
「ラトゥーニは随分と慎重ですのね」
「そりゃそうだよ。罠の多いルートに入っちゃって解除に時間を取られるのは困るからね」
「それにもしもルート選択を間違ってしまったら、その分時間のロスに繋がる。与えられた144時間の内、72時間以内に目標の破壊と皆との合流を考えるなら無駄な時間の浪費は極力抑えて行かないと・・・」
「なるほど、良く解りましたの」
「だから役割分担を決めようと思うんだ。ラトゥーニは分析能力に長けてるから、ルート選択と行軍速度の調整を、アルフィミィは周囲の状況確認、僕は主にトラップの解除かな?」
「なら先頭は美琴、次が私、最後がアルフィミィの順番で行くのがベストだと思う」
「そうですわね。私達では見逃してしまいそうなトラップも、美琴なら発見できると思いますし」
「それじゃ、その編成で行ってみようか」
『「了解」ですの』

Cチームは各々が得意とするポジションを選択して事に当たる様だ。
実際の所このルートには、かなりの数のワイヤートラップが仕掛けられている。
美琴が先頭に立って先へ進んでくれているおかげで、彼女達は殆どトラップの心配をせずに進軍する事が出来ていたのは言うまでもないだろう。
武がラトゥーニとアルフィミィの二人を美琴と組ませた事には理由がある。
それは彼女のサバイバル能力の高さだ。
いくら身体能力が優れていても、仕掛けられたトラップを上手く回避したり、短時間で解除する事は難しいと言えるだろう。
恐らくラトゥーニは軍人である以上、そう言った訓練は一通り受けているかもしれないが、アルフィミィに関しては訓練中の座学で習った程度の知識しか無いと彼は考えていた。
尤もこれは、彼の憶測でしか無いのだが、彼女達を合格させるという事を第一に考えるのであれば、少しでもその確立を引き上げねばならない。
そして今後の事を考え、今回の演習でB、C小隊の連携が上手く行くのかを見るという目的もあったのである。
その為にDチームを除いた各隊にC小隊の面々を配置し、彼女等が加わる事によってその能力がどこまで引き上げられるかを知りたかったのだ。
千鶴、冥夜チームにクスハを加えたのは、彼女の医療スキルやいざという時の行動力がどのような結果を齎すのかを見る為。
彩峰、たまチームにゼオラを加えたのは、彼女がアラド以外の人物とどれだけ連携が取れるかを見る為。
美琴チームにラトゥーニ、アルフィミィを加えたのは、最年少であるが故に彼女達の安全を優先した事もあるのだが、二人の能力がどれ程のものかを再確認する為でもあったのである。
そして女性同士で組ませた事も、異性間ではどうしても下手な確執やいざこざを生まれてしまう可能性があった為、あえて男は男、女は女同志でチームを編成したのだった。
しかしこれらのチーム分けは、本来ならば男女混合で編成すべきである。
だが、今回はどうしても207訓練部隊の面々を合格させねばならない。
前半である程度の時間が稼げていれば、多少強引であっても演習をクリアする可能性が高くなる。
その為、どうしても序盤から纏まらない様な編成に持って行く訳にもいかず、時間短縮の意味も込めて武はあえてこの様な編成にしたのだった―――


「そう言えばこうやってゼオラさんとチームを組むのって初めてですね」
「そだね」
「そう言われればそうね」
「二人とも凄い実力の持ち主だから、何だか私一人が足引っ張っちゃいそう・・・」
「そんな事はないわ。珠瀬さんだって十分凄いわよ」
「そうそう。狙撃に関しては珠瀬に勝てると思えない」
「そ、そんな事無いですよ。私なんてまだまだですから」
「謙遜しなくたって良いじゃない。実際の所、訓練小隊内で貴女に勝てた人なんていないんだし」
「私達が勝てる所と言ったらココぐらい・・・」
「キャッ!ちょ、ちょっと彩峰さん!どこ触ってるのよっ!!」
「ニヤリ」
「『ニヤリ』じゃないわよ!もうっ!」
「良いではないか、良いではないか」
「いい加減にしないと打つわよ!?」
「・・・良いなぁ二人とも・・・」
「た、珠瀬さんも見てないで、彩峰さんになんか言ってよ!もうっ!彩峰さんも、ホントいい加減にしないと本気で怒るわよ!?」
「あ、彩峰さん、あんまりふざけてるとそ、その・・・ゼオラさんも困ってますし」
「・・・解った。名残惜しいけど我慢する」
「名残惜しくなんかない!」
「短気は損気・・・怒るとシワが増えるよ?」
「誰のせいよ!」
「誰のせいだっけ?」
「・・・もう良いわ。ハァ―――」
「ア、ハハハハハ・・・」
「さて、十分スキンシップを楽しんだところで、そろそろ行くとしますか」
「―――もう好きにして頂戴」

Bチームでその様なやり取りが行われている中、Aチームはというと―――

「榊、もう少しペースを落とせないか?後の事を考えるならば、序盤から飛ばし過ぎるのはどうかと思うのだが・・・」
「そうかも知れないけど、なるべく今日中に最初の目標地点に到着したいのよ」
「先を急ぎたい気持ちは解らないでもないが、まだ演習は始まったばかりだ。時間的余裕は大丈夫であろう?」
「何を言ってるのよ御剣。貴女らしくないわね」
「そう言うそなたこそ変では無いか。いったい何を焦っているのだ?」
「焦ってなんかいないわ。私達にはもう後が無いのよ?それを忘れたの?」
「その様な発言が出る事自体、焦っている証拠ではないか。いったいどうしたというのだ?そなたらしくも無い・・・」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて・・・ね?」
「すまぬ・・・私とした事が少々感情的になり過ぎたようだ」
「・・・ごめんなさい。御剣の言う通り、私は焦っているのかもしれないわね」
「私の方こそごめんなさい。私が二人の足を引っ張っちゃってるから・・・」
「そんな事はないわ」
「そうだぞクスハ、そなたが居てくれなければ我々はあのまま言い争いを続けていたやも知れぬ」
「でも実際の所、私は二人に比べてかなり劣っているもの・・・」

チーム内に沈黙が流れる―――
千鶴は正直焦っていた。
彼女達207B小隊の面々は、今回の演習を落とす事は出来ない。
そして彼女は、以前ラミアに指摘された事を今も尚悩み続けていたのである。
仲間を信頼し、自分から歩み寄らない限り彼らはそれに応えてはくれない・・・
頭では解っているものの、いざ実行に移そうと思っても上手くいかない。

「(駄目ね・・・これじゃラヴレス中尉の言う通りだわ。もっと私がしっかりしないといけないのに―――)」

そう簡単に人は変われないのだろうか?
いや、そうでは無い。
変わろうと考えるだけでは無理なのだ。
何事も行動に移さない限り駄目なのである。
彼女はそう考えているだけで行動に移してはいないのだ。
やはり心のどこかで割り切れていない部分があるのだろう。
これが俗に彩峰の言う『榊は頭が固い』といった部分なのかもしれない―――
そんな中、最初に口を開いたのは冥夜だった。

「榊、もしも何かに悩んでいるのなら我等に相談してくれないか?」
「そうだよ榊さん。力不足かもしれないけど、私達に話す事で少しは楽になるかもしれないよ?」
「ありがとう・・・でもこれは私自身が解決しなければならない問題だから・・・二人の気持ちだけ頂いておくわ」
「―――そうか」
「解った・・・でも本当に何か困った事があったら私達に相談してね?私達は仲間なんだから」
「ええ、その時はそうさせて貰う・・・それじゃあそろそろ行きましょうか?これからはもう少しペースを抑えて慎重に進む事にするから」
『「了解」』

彼女達が再び進軍を開始しようとしたその時だった―――

「な、何だ!?」
「地震?」
「結構大きいわよ。二人とも気を付けて!!」

唐突に大地が大きな唸りを上げながら揺れ始める。

「(クッ!この様な事は以前の世界では無かった・・・それにこの島は火山島では無い筈。一体何が起こっているというのだ!?)」


時間にして数十秒―――
ほんの一瞬の出来事であったのだが、明らかに以前の世界と違う出来事に対し、冥夜は戸惑っていた。
記憶と違う予期せぬ出来事。
これがこの演習においてどのような結果をもたらす事になるのか?
様々な可能性を秘めたまま、物語は新たなるステージへの扉を開こうとしていたのである―――



あとがき

皆様お待たせしました。
待って無い方が多い気がしないでもないですが第30話です。
ついに30話まで書いちゃいました・・・
当初の予定ではこんなに長くなると思っていなかったのですが、それだけ上手く纏めれていないという証拠ですね・・・(苦笑)

最近ホントに寒くなってきましたね。
風邪など引かれてませんでしょうか?
私は現在進行形で風邪と格闘中です・・・orz

さてさて、今回のお話は総戦技演習序章 と言った所でしょうか。
予定としては2~3話程度で終わらせる予定です。
序盤の霞についてですが、詳しくは後のお話で書かせて頂く事になりますが、今後の展開の為の伏線とお考えください。
今回の話でも、色々な伏線を用意させて頂いておりますのでご自由に想像してみて下さいw

彩峰とゼオラのやり取りですが、恐らくその部分を書いた時、風邪が結構ピーク時に近かった事が原因だと思います(笑)
次回は合流前後の話を書ければと思ってますのでお楽しみに。
それでは感想の方お待ちしております^^




[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第31話 動き出す影
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/01/12 15:06
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第31話 動き出す影




総戦技演習の行われている南の島は、突如として発生した地震によって演習に参加している訓練部隊の面々はもちろんの事、スタッフとして参加していた夕呼達ですら予想だにしない出来事だった事は言うまでもない。
兎に角今は状況確認及び、自分達の安全が最優先されるため、夕呼は関係各所に連絡を取り情報収集を開始すると共に現地スタッフに高台への避難を命じていた。
実を言うと夕呼は、今回の一件に関して何とも言えぬ不安に駆られていたのである。
それもそうであろう。
前回同様、今回も息抜きを兼ねたバカンスの為にこの島へと彼女はやって来たのだ。
しかし、そこでいきなり発生した地震。
近くに海底火山は存在しているかもしれないが、それが噴火する可能性があるなどといった情報は入ってきていない。
だとすると火山噴火が原因の地震では無いという事になる。
そうなれば原因の一つに挙げられる事と言えば、何者かが地中深くを動いているという可能性も否定できないのだ。
この時彼女は、もしかするとBETAがこの島の近くを移動しているのかも知れないという考えに達していたのである。
無論、あくまで可能性の話であって、ただ単に近場の海底火山が噴火しただけなのかもしれない訳なのだが―――


「―――という事なのよ。そちらの方で何か観測できた事は?」
『もう少しお待ち下さい・・・出ました。どうやらその島から南西20キロ程の地点に海底火山が存在している様です』
「今回の地震はそれが噴火しようとして起こってると考えるべきかしら?」
『恐らくその通りだと考えられます。ですが細かな情報が得られていない為、此方からの観測データでは何とも言えません」
「そう・・・悪いけど白銀と南部達の部隊、それから観測部隊をこっちによこしてくれないかしら?」
『失礼ですが副司令、白銀大尉達を出撃させるより近隣基地の部隊に応援を要請する方が短時間で済むと思うのですが・・・?』
「確かにアンタの言う通りね。でもね、あの連中がそう簡単に動くと思う?それこそ難癖つけられて最悪の場合対応が遅れてしまう可能性が高くなるわ。アタシが横浜の部隊を出撃させろと言ったのはそれもあるけど、彼らに周辺海域の調査を行って貰いたいのよ。その方がアタシも指示を出しやすいし、もしも最悪の事態になった場合は脱出する為の手段が必要になって来るわ。いざという時にスムーズに動けない奴等が駒よりは白銀達の方が便利でしょ?」

この演習はインドネシア諸島に存在する国連軍基地の所轄内の無人島で行われている。
本来ならば自分達の管轄内で起こった事に関しては、同基地の部隊が担当するのは当たり前だ。
普通ならば近隣で何かが起こればそうなるのであろうが、この場所には夕呼が居るという事を忘れてはならない。
彼女の存在は、時として大きな切り札になる事もあれば、その逆もまた在り得るという事なのである。
国連軍もそうだが、彼女の頭脳や性格と言った物は軍上層部に身を置く者であれば噂位は聞いた事がある者が殆どだろう。
己の利の為に協力をしてくる者もいれば、逆に利用される事を嫌う者もいる。
そして夕呼自身が自分が利用されるのを嫌う為、その殆どが後にどの様な無理難題を吹っ掛けられるか分からないと言った理由から率先して協力を申し出て来る可能性は低いのだ。
恐らく彼女は、こう言った理由から近隣の基地に協力を求めずに横浜の部隊を動かす事にしたのであろう。
無論、この様な事は越権行為以外の何物でもないのだが、彼女にそのような事を言った所で無駄なのだ。
まさに暖簾に腕押し、糠に釘といった言葉が似合っていると言っても良い程に―――

『なるほど・・・了解しました。』
「頼んだわ。また何かあったらこちらから連絡するから」
『ハッ!』

通信を終えた夕呼は、とりあえずの処置として現在演習に参加しているスタッフに訓練生達の状況を調べさせる事にした。
この様に想定外の事故が起こった場合の事を考え、訓練生達には予めGPS発信器が装備されている。
もちろんこの事は訓練生達には内緒なのだが、彼らの現在位置が把握できていなければこちらとしても問題が多いのだ。
彼らの進軍速度や現在の状態が解らなければ、此方としても対処が遅れてしまう。
これは、過去の演習での事故を基に得た教訓でもあった。


「結構大きな地震だったね」
「ええ、他の皆は大丈夫かしら?」
「・・・」
「御剣さん、どうかしたの?」
「いや、大した事では無い。少々考え事をしていたのでな」
「地震の事?」
「ああ、この島は火山島で無かったと記憶している。それに過去の演習においても地震が発生したなどという事は聞いた事が無かったのでな」
「確かにそうね。でも、今まで起らなかっただけかもしれないわ」
「フム・・・榊の言う通りかもしれんな。兎に角、津波の心配もある故、暫くは海岸方面へは行かない方が良いだろう。今後も地震が頻発するようであれば進軍ルートを考え直す事も視野に入れねばならぬやもしれん」
「そうね・・・とりあえず、今のところは最初のプラン通りで問題無いと思うわ。私達が考えたルートには切り立った崖なんかも無いし、落石や崩落といった心配は無い筈よ」
「うむ、先程の意見と逆を言ってしまう事になるが、今後どの様になるか分からぬ以上、先を急いだ方が良いかもしれん」
「御剣さんの言う通りかもしれないわ。榊さん、私は大丈夫だからもう少しペースをあげましょ?」
「解ったわ」

千鶴達Aチームは、状況把握を最優先とし、満場一致で進軍速度を速める事にした。
結果としてこれが功を奏し、彼女達は予定よりも早く目的地に到着する事となったのである。
そして他のチームはというと―――

「かなりの揺れだったな・・・アラド、大丈夫か?」
「俺は問題無いッス。それよりもブリットさん、この先のルートは大丈夫ですかね?」
「どうだろうな。一度確認してみない事には、何とも言えないかもしれない」
「このルートが使えないとなると、トラップが多い方のルートになっちゃいますね」
「ああ、できればそれだけは避けたいところなんだが―――」

当初彼等が予定していたルートは、渓谷に沿う様な形のルートであった為、先程の地震が原因となり通れない可能性が出てきていた。
流石にこればかりは現在の位置からでは確認する事は不可能であり、ブリット達Dチームは再度進軍ルートを検討しなおさなければならなくなってしまっていたのである。

「やはりこのまま闇雲に進むよりは、多少危険だとしてもこちらのルートを通った方が良いかもしれないな」
「トラップはどうするんです?」
「解除して行くしか無いだろう。とりあえず、どうしても解除しなければならない物だけに限定して行くとしよう」
「了解ッス」

彼らは当初のプランを変更し、なるべくならば通りたく無いルートを選択する事となった。
訓練部隊内でトラップ解除のスペシャリストは美琴である事は言うまでもないのだが、彼女にはより多くのトラップが存在しているであろうルートを選択して貰っている。
無い物強請りをしたところで意味が無い事は重々承知している彼らであったが、後にこの選択が吉と出る事になろうとはまだ誰も気付いていなかったのであった―――

「二人とも大丈夫?」
「こっちは問題無い」
「私も大丈夫ですの。それよりも美琴、私達はこのまま進んでも良いのでしょうか?」
「・・・うーん、僕達のルートは目標地点までは比較的森ばかりだから大丈夫だと思うんだけど」
「問題は目標地点周辺。地図を見る限りではこのポイントは崖下に在るみたいだから、下手をすると目標地点にたどり着けない可能性が出てくる」
「ラトゥーニの言う通りなんだよねぇ・・・でもこればっかりは近くまで行かないと確認できないし・・・」
「迂回しなくてはならない可能性が在るというのなら、もう少し行軍速度を速めた方が良いと思いますの。いざ現場に辿り着いて目標が破壊できないという事になってしまったら演習そのものの失敗を意味しますし・・・」
「そうだね。後の事を考えるなら、序盤はなるべく温存しておいた方が良いんだけど今回ばかりはそうも言ってられないしね」
「そうと決まれば善は急げですの」
「了解」

そして、彩峰チームは―――

「大きな地震でしたねぇ」
「そだね・・・どうしたのゼオラ?」
「うん・・・何か妙な胸騒ぎがして・・・」
「どんな?」
「なんて言うのかしら、言葉では言い表せないって言うか・・・」
「気のせいですよ。ほら、演習で緊張してるからじゃないですか?」
「そうそう」
「だと良いんだけど・・・」
「何なら緊張を解してあげようか?」
「え、遠慮しておくわ」
「チッ」
「と、兎に角先を急ぎましょうよ。さっきの地震でこの先がどうなってるか判らないし、時間も勿体ないわ」
「そうですね。行きましょう」
「解った」

この場に武が居たならば、さぞかし驚いていた事だろう。
総戦技演習合格という共通の目標があったとはいえ、彼女達は予想以上の纏まりを見せていたのである。
各々が予期せぬ出来事に対し、柔軟な発想で事に当たっている事を他の誰も想像出来なかったに違いない。
そして彼女達は、当初の予定よりも早く最初の目標地点に到着した事により、今後の行軍について綿密な打ち合わせを行う事が可能となっていた。
その頃横浜では―――


「―――なるほど、そう言う事なら直ちに出撃準備に取り掛かるとしよう」
「でもキョウスケ、私達の機体もそうだけど、戦術機じゃこんな長距離を短時間で移動できないわよ?」
「それでしたら問題ありません。現在、整備班が急ピッチで長距離移動用のブースターユニットの準備に取り掛かっています。それからこれが仕様書です。」
「ねえイリーナちゃん、あんまり高い所を飛んじゃったら光線級のレーザー照射の餌食になっちゃうんじゃなかったっけ?」
「エクセ姉様、仕様書によると飛行ユニットでは無い様です。匍匐飛行用のホバーユニット的な物と考えれば問題無いかと・・・」
「なるほどね。そう言えばタケル君とアクセルはどうしたのかしら?」
「白銀大尉は現在こちらへ向かっているとの事です。アルマー中尉は副司令から別任務を与えられているとかでそちらを優先させろとの事なんですが・・・」

ピアティフが言ったアクセルの任務というのはもちろん嘘である。
彼が現在行っているのは、夕呼からの指令では無く個人的な調べものだ。
そちらを優先的に進めて良いと彼女に言われている事から彼は、召集に応じずにブリーフィングには参加していない。
そんなアクセルはピアティフに、夕呼からの指令でとキョウスケ達に伝える様に指示を出していたのだった。
その後、遅れて武もブリーフィングルームへと現れ、再度今回の任務が伝えられる。
そしてミーティングが終了し、彼らは総戦技演習の行われている島へと向かう事になったのであった―――


・・・横浜基地郊外・・・

ミーティングが行われている中アクセルは、廃墟と化した柊町へとやって来ていた。
ピアティフには調べものがあると言っていた筈の彼が、何故この様な場所に来ているのか?
それは新潟での任務終了後へと遡るのだが―――

「―――指定されたポイントはここか・・・さて、居るんだろう?隠れてないで出てきたらどうだ?」

だが、周囲に人影はおろか生物の気配すらしていない―――
アクセルは新潟での任務中、とある特種回線を用いた暗号データを受け取っていたのである。
それはかつての自分が所属していた部隊でのみ使用されている暗号通信であり、その組織内のメンバーにしか解読は出来ない物だった。
この世界でそれを使用できる人物に心当たりがあるのはラミアだけであるのだが、彼女からはその暗号通信を使用したり受け取ったという様な素振りは見て取れなかった。
という事は、自分達以外の何者かがこの世界へと訪れている証拠であり、その人物が自分にだけ連絡を寄越したという事になるのだ。
恐らくその人物は、戦場でソウルゲインを目撃した事で行動を起こしたのであろうが、明らかに軽率な行いだと初め彼は考えていた。
しかし、その内容を最後まで読んだ後、考えを改めざるを得なくなってしまったのである。

「・・・やはり居るな。数は1,2,3・・・全部で5人か、随分と俺を舐めてかかっているようだ、な」
『そうでもないさ、下手に大人数で押し寄せて貴様に要らぬ警戒心を抱かせるのはどうかと思ってな』
「っ!?」
『久しいなアクセル、よもやこの様な場所で貴様に会えるとは思ってもいなかったぞ』
「それはこっちのセリフだ!死んだ筈の貴様が何故ここに居る!?」

声のした方に振り返りながらアクセルは、その人物を睨み付けながら率直な疑問をぶつけていた。

「驚く事はあるまい?私から見れば貴様が生きている事、そしてこの世界に居る事の方が驚きだ」
「フッ、それは神とやらにでも聞いてくれ。さて、貴様の目的は何だ?どうして俺だけをここに呼び出した?」
「簡単な事だ。我等に手を貸せ!そして共にこの世界を闘争によってのみ支配される世界へと導こうではないか!!」
「・・・相変わらずだな。飽きもせず同じ事を繰り返し、そしてまた敗北を重ねようと言うのか?」
「変わったなアクセル・・・どうやらベーオウルフ達と共に過ごす内にすっかり奴らに感化されてしまったようだな」
「確かに俺は変わったかもしれん。だがそれとキョウスケ達は関係ない、これがな」
「まあ良い。我々の計画遂行の為には何としても貴様とソウルゲイン、そしてあの紅い特機が必要だ。力ずくでも従って貰うぞ?」
「流石はシャドウミラーと言ったところか、コンパチカイザーの事まで調べ上げていたとはな・・・確かにあの機体があれば次元跳躍が可能だ。この世界が危なくなれば別の世界へと逃げる事もできるだろう。だが、ここで貴様を始末すれば全てカタは付く、これがな」
『それはどうかしらね?』
「何っ!?クッ!!」

突如として背後から聞こえた女性の声―――
気付けば彼女の手に握られた銃がアクセルの背中に突きつけられている。

「お前もこちら側に来ていたか。てっきり死んだとばかり思っていたんだが、な」
「貴方が生きているんですもの、私が生きていてもおかしくは無いでしょう?」
「そうかもしれんな・・・だが、甘いっ!!」

アクセルは相手の一瞬の隙を突き、彼女が握っていた銃を奪いとると、そのまま彼女に対して銃を発砲する。
そして、周囲に居た者達にも銃弾を浴びせ、その場にはアクセルと男だけになっていた―――

「これで形勢逆転だ、な」
「どうかな?」
「フッ、負け惜しみは止せ。人形風情で俺を騙せると思うなよ?」
「流石だな。だがいくら貴様が生身での戦闘能力が高いとはいえ、これを相手にして今の様な事が言えるかな?」

そう言った男が右手を振りかざすと、彼の後ろに徐々に大きな影が現れる。

「なっ、戦術機だとっ!!」
「流石の貴様も驚いただろう。この機体はF-23A・ブラックウィドウ、米軍が開発した試作型戦術機YF-23基に我々が手を加えた物だ」
「なるほど、な。OCA(光学迷彩・Optical Camouflage,Active camouflage)か・・・これならば元々機体が有しているステルス性に加え、視覚情報すら隠す事が可能になるという訳か、どおりで誰にも見つからない筈だ。だが良いのか?ここは横浜基地の直ぐ傍だ、こんな近くで機体を晒してしまえば直ぐに追撃部隊が来るぞ?」
「クックック、奴らと腑抜けた生活を送るうちに貴様は、我々が得意とするものまで忘れているとみえる。そんなものは既に対策済みだよ」
「やれやれ、既に横浜にもスパイを送り込んでいたという事か・・・あの女の言うセキュリティとやらも当てにならんな」
「さて、どうするかね?アクセル・アルマー中尉」
「そんな事は聞くまでもないだろう?さっきも言ったようにここで貴様を始末すれば良いだけの話だ!!」

そう言い放った彼は、相手を始末する為に一気に男へと距離を詰める。
恐らくF-23Aに登場している衛士は、量産型のWナンバーズである以上、この男の傍に居る限り発砲される恐れは無い筈だと彼は考えていた。
案の定F-23Aから攻撃は行われない。
このまま相手を行動不能に追い込めばこちらがかなり優位になる事は明白だったのだが―――

「何っ!?」
「何をそんなに驚いている?」

相手の腹部にはアクセルの拳が減り込んでいる。
だが男は苦痛を浮かべるどころか大したダメージを受けた様子は無かったのだ。

「やはり腑抜けになったな。パンチというものはこの様な物を言うのだっ!!」
「グハッ!!」

男はお返しにと言わんばかりにアクセルの腹部を殴りつける。
想像以上の衝撃を受けたアクセルは、その場に倒れこんでしまう。

「ゴフッ・・・ゲホッゲホッ・・・グッ、ク、クソッ・・・」

逆流して来た胃液に混じる真っ赤な液体・・・
右手で口元を拭いながらアクセルは立ち上がろうとするものの、予想以上にダメージは大きく足に力が入らない。

「き、貴様!!いったいその力は何だ!?グッ・・・(クッ、内蔵をやられたか。この出血量からして肋骨が折れて臓器に刺さっているかもしれん・・・このままではっ!!)」
「どうした?もうお終いか?素直に従えば良いものを」
「だ、黙れっ!!・・・だ・が・様にな・・・グッ」
「気を失ったか、まあ良い・・・さて、長居は無用だ。撤収するぞ!」
『『「了解」』』


彼らはその場に倒れこんでいたアクセルを回収すると、再び機体のステルス機能を展開させ、まるで何事もなかったかのようにその場を後にしていた。
無論、アクセルによって倒された量産型のWナンバーズ達は既にコードATAを発動させており、その場には何も残ってはいなかったのは言うまでもない。
だが、誰にも気付かれない程度の物がその場には残されていた。
しかし、今は誰もそれに気付く者は居なかったのである―――


あとがき

第31話です。
えー、心待ちにされている方、そこそこ待っていた方、そうでもない方、遅くなって申し訳ありませんでした。
職業柄、年末年始はかなり忙しく、そしてなかなかネタが纏まらなかった為にかなり間が空いてしまいました事をお詫びしたいと思います。(おかげで今回はいつもより少々短めですTT)

さて、今回は総戦技演習の続き&謎の敵さん登場のお話です。
以前から予想されていた方も多数お見えになられていると思いますが、クーデター軍に接触していた謎の軍隊はシャドウミラーです。
ですが、今までのシャドウミラーとは少し違った物にしようと考えています。
何故この世界でシャドウミラーが再現しようとした世界を作ろうとしているのか?
などと言った謎も今後明らかにする予定ですので、楽しみにお待ち下さい。

今回登場した戦術機、F-23A・ブラックウィドウですが、米軍の試作機をシャドウミラーが手に入れ独自の改良が施されています。
光学迷彩機能なんかもその一つなんですが、これの元ネタはフルメタのアームスレイブに装備されてるECS不可視モードだったりします。
流石にそのまま使う訳にはいかないだろうと考えたのでOptical Camouflage,Active camouflageの頭文字を取ってOCAにして見たんですが、如何なものでしょうか?

次回は総戦技演習の続きと拉致されたアクセルのその後を書こうと考えていますので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第32話 南国の激闘
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/01/12 23:27
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第32話 南国の激闘




夕呼の命を受け、キョウスケ達は一路総戦技演習の行われている南の島を目指していた。
だが、その遥か後方に迫る影の存在に今は誰も気付いていない―――

「目標地点に到着後、俺達は観測部隊の護衛を兼ねて周辺地域の哨戒任務に当たる予定だ。BETAの存在は確認されていないが、何が起こるか分からん。各自注意して事に当たってくれ」
『『「了解」』』

今回の任務で指揮を取っているのは武ではなくキョウスケだ。
本来ならば同じ階級であっても、少佐相当官の権限を持つ武が指揮を執るべきなのだが、これには理由があったのである。
現在武の改型は、機体の制御系に問題が発覚した事が原因で調整作業に追われているのだ。
彼の機体は従来の戦術機や他の改型とは違い、専用装備を運用する為に部分的にPTのパーツが使用されている。
元々、戦術機とPTは規格が違う機体といった事から、現存の戦術機用OSでは細かな制御を行う事が難しいのだ。
これは以前から懸念されていた事だったのだが、初期起動において特に問題が見られなかった為に夕呼自身も問題無いと考えたのである。
しかし、昨日行われたテストにより問題が発覚し、PT用のTC-OSのデータを組み込む事で解決を図ろうとしたのだが、翌日から行われる総戦技演習に夕呼も赴く事となっていた為に先送りとなっていたのであった。
そこに来て急遽出撃命令が下され、武は仕方なく不知火の予備機で任務に当たる事となったのである。

『タケル、本当に不知火で良かったのか?』
「ええ、ラミア中尉の改型は専用に調整されてますし、一時的にとは言え俺が借りてしまったら余計なデータが蓄積されかねませんからね」
『別に不知火じゃなくて叢雲でも良かったんじゃないの?』
「どちらかと言うと不知火の方が慣れてるんですよ。それにあっちは複座型ですからね。どうしても性能をフルに発揮しようと思うならコパイロット(副操縦士)が必要になってきますし、そう言った点から不知火を選んだって訳です」
『なるほどねぇ~。ひょっとして、キョウスケに指揮を頼んだのもそれが理由?』
「それもありますけど、俺が指揮を取るよりキョウスケ大尉の指揮下の方がお二人は動きやすいと思ったんですよ。それに機体性能を考えると、どうしても俺の不知火は劣ってますからね。もし何か起こった場合に、戦闘と指揮を両立するのは難しいと判断したんです」
『実は難癖つけてやりたく無かっただけだったりして』
「ち、違いますって!!」
『慌てるところがますます怪しいわねぇ・・・ま、今回はそう言う事にしておいてあげましょうか』
「勘弁して下さいよエクセレン中尉」

その後もそんな他愛のないやり取りを続けながら彼らは、特に問題も無く島へと到着する事となった。
一方、島では―――


「ここが俺達の目標地点か・・・ただのコンテナの残骸ッスよね?」
「ああ、だけど人が居た形跡があるな」
「演習の為に下見に来た人か何かじゃないんですか?」
「下見に来た人間がこんな所で火を起こしたりする訳ないだろう。それに長い間放置されていた割にそれほど風化していない」
「確かに・・・」
「兎に角、何か使えそうな物を探そう。幸いな事に時間的余裕はまだあるけど、早いに越した事はないからな」
「了解ッス」

彼らに指定された場所に存在していたのは多数のコンテナの残骸であった。
恐らく、急ごしらえの補給基地跡を再現したものなのであろう。
それが証拠に、この地域の気候から考え、スコールなども頻繁に起こっている筈なのに風化がそれほど進んではいない。
所々に錆びは浮いているものの、殆どのコンテナはその形状を留めていたのである。

「ブリットさん、何か見つかりましたか?」
「いや、こっちにはそれといった物は無いな。そっちはどうだアラド?」
「使えるかどうか解りませんけど、こんなのが隠してありましたよ」
「・・・マチェットか、装備にナイフがある以上、あまり意味は無いかもしれないかなぁ」
「でも隠してあったって事は、何か使い道があるって事じゃないですか?俺は持って行った方が良いと思うんですけど」
「そうだな、それ程かさばる物でも無いし、一応持って行くとしよう」
「ですね。それじゃ、さっさとここを破壊して合流ポイントに向かいましょうか」
「そうしたいのは山々なんだが、今日はここで休むとしよう」
「何でですか?さっきは合流するのは早いに越した事は無いって言ってたじゃないッスか」
「ああ、それはその通りなんだが、良く考えてみたんだ。こう言った施設を破壊する任務において、襲撃は真夜中、もしくは夜明け前に行うのがセオリーだ。もしもそれが評価基準になっていたとしたら、いくら早く合流したいからと言って早々と事を起こすのは不味いと思ったんだよ」
「なるほど・・・教官達がどこでどう目を光らせているか分からないですもんね。じゃあ交替で休息を取りつつ周囲の警戒を行うって事で、目標地点の破壊と出発は夜明け前にやりましょう」
「そうだな。とりあえず火を起こして食事にするとしよう」
「そうッスね。実を言うと俺、だいぶ前から腹が減ってかなりヤバかったんですよ」
「だが、その前に食料の調達だな。レーションだけじゃ物足りないだろ?」
「了解ッス。よっしゃ!頑張るぞぉ!!」
「訓練や演習でもそれ位頑張ってくれると嬉しいんだけどなぁ・・・」
「うっ、耳が痛いッス・・・」
「それじゃあ行くとするか」
「ハイッ!!」

その後、他のチームも目標地点へと到達し、施設破壊任務に成功。
時間差はあったものの、3日目の夜には全員が無事合流する事となった。
一番心配されていた美琴達のチームは、意外な事に合流地点一番乗りだった事もあり、他のメンバー達は彼女達の想像以上の行軍速度に驚きを隠せない者も居たが、左程合流に時間差があった訳ではない為に特にこれといった問題も起こらなかったのである。

「―――早速だけど全員揃ったところで現状の把握をしましょう。改めて確認するけど、この試験は戦術機も強化外骨格も使用不可能という状況で、いかに敵支配地域から脱出するか・・・という想定よ」
「第二優先目標である四箇所の拠点爆破による後方撹乱は既に達成している。後は珠瀬達が得た情報である脱出ポイントに俺達が到着すれば試験は終了だな」
「ああ、だが島の端だな・・・時間的余裕は幾分かあるとみて良いと思うが、油断はできんだろうな」
「御剣の言う通りね。どちらにせよペースは落とさずに行くわ。それじゃあ、各班が確保した装備の確認をしましょうか」
「私達の班が手に入れたのは、対物体狙撃銃(アンチマテリアルライフル)が一挺」
「うおっ、でっかいライフルッスね・・・」
「そうですね~、でも弾は一発しか無かったんですよぉ」
「じゃあ使い所は慎重に選ばないといけないね」
「そだね。クスハ達の班は何を手に入れたの?」
「私達はラペリングロープを手に入れた。他にこれと言って使えそうな物は無かったのでな」
「僕達はこのシートだけだね」
「他にもガソリン何かがあったのですけど、水筒に入れて持ってくる訳にもいかなかったので最終的にシートだけにする事にしたんですの」
「そうだな。ガソリンなんてこの先使い道は無いだろうし、限りある水を減らしてまで持って来る必要はなかったと思うぞ」
「ブリット君の言う通りね。あるとしたら何か機械を動かすとか位だし、無人島じゃそんな物がある訳無いと思うけど・・・」
「でもさ、そう言う時に限ってなんか機械を使わないと先に進めないってオチがあるんだよなぁ」
「ちょっとアラド、不吉な事言わないでよ!」
「冗談だって・・・でもさ、あの副司令の事だから有り得ないとも言い切れないだろ?」
「確かにアラドの言う事も一理あるかもしれんな。今後どのような事が待ち受けているか分からん以上、気を引き締めて掛かるに越した事は無いだろう」
「御剣の言う通りね。それで、ブリット達が手に入れたのは、そのマチェットだけなのかしら?」
「ああ、ナイフがあるから要らないかとも思ったんだけどな。解り辛い位置に隠してあったし、ひょっとすると何かに使えるかもしれないって事で持って来たんだ」
「なるほど・・・それじゃあ今から各班毎に交替で見張りを立てながら休息を取る事にしましょう。出発は明朝、ここからは小隊での行動になるわ。チームワークの悪さが作戦の失敗に直結する・・・それを忘れないで」
『『「了解っ!」』』
「(ここまでは特に何も問題無く来る事が出来た。恐らく我々がこうして歩兵として行動する機会もこれが最後であろう・・・初日に起こった地震の事が少々不安ではあるが、それ以外に以前と違った出来事は起こっていない。だが、安心して良いものなのだろうか―――)」

特に大きな問題も起こらぬまま、皆と合流できた事に冥夜は安心していた。
合流までの間、特に変わった事もなく、行軍速度も以前と大して変わってはいない。
正直、初日に起こった地震が何かしらの影響を及ぼすと考えた居たのだが、今に至るまで大きな揺れはおろか余震すら起こってはいなかったのである。

「(先程から何やら胸騒ぎがしてならん・・・こんな時武が居てくれればなどと考えてしまう自分が情けないな)」

余りにもスムーズに事が運び過ぎている・・・
その事に対して冥夜は一抹の不安を覚えていた。
それもそうであろう、自分の中にある記憶とは全てが同じ様に進んでいる訳ではない。
今回の演習にはブリット達が参加している事もそうだが、初日に起こった謎の地震。
かなり大きな揺れであったにも拘らず、その後は全くと言って良いほどに何も起こらないのだ。
まるで何か大きな事が起こる前触れ、嵐の前の静けさとでも言うのだろうか?
そんな彼女の不安は、彼女達の知らぬところで徐々にその姿を現そうとしていたのである―――


「それで先生、その後何か動きはありましたか?」

調査班よりも一足早く現地に到着した武達は、現状を再確認するべく夕呼に指示を仰いでいた。
調査班が到着するまでは特にする事もなく、言うなれば自由時間と言ったところだ。
どうやら津波の心配もない様で、早速エクセレンはラミアを引き連れて砂浜へと繰り出している。
流石に武やキョウスケ達は一緒に行く訳にもいかず、担当区域の打ち合わせや、機体のチェックを行う前に夕呼の所へと向かい情報を集めていたのだった。

「最初の地震以降、大きな揺れもなければ余震すら起こっていないわ。火山活動などによる地震だったとしたら、もっと頻繁に起こっても良い筈なんだけど・・・こうなってくると違う線を考えるべきかもしれないわね」
「それでは、やはりBETAが地下を掘り進んでいる可能性があると?」
「もしもそうだったとしたら、アンタ達がここに来る直前にBETAが地上に姿を現しているでしょうね。戦術機や南部達の機体に反応せずに素通りって事は無いと思うし」
「確かにそうですね・・・」
「兎に角、今は調査班が来るまでの間、自由にしてもらってて構わないわ。何ならアンタ達もブロウニング達みたいに泳いで来ても構わないわよ?」
「遠慮しておきますよ。それに今回も俺水着持って来てませんし」
「自分もです。とりあえず俺とタケルは、周辺区域の偵察に出ようかと考えています。地形の把握も行っておきたいですし、何よりも空いた時間が勿体無い」
「そう、それじゃアンタ達の好きにして頂戴。ただし、あまりこの島の内陸部には入らないようにね」
「承知しています。訓練部隊の面々が演習中である以上、下手に戦術機がうろついている事を気付かせて要らぬ不安を与えるのは得策ではないですからね」
「流石ね」
「それよりも先生、あいつ等は順調に演習をこなしているんですか?俺の予想では、そろそろ合流している頃だと思うんですが」
「GPSによると、問題無く合流できたみたいね。アタシとしては面白みに欠けるけど、まああの子達の事は問題無いと思うわ」
「そうですか・・・(そっか、冥夜達も順調に進んでるみたいだな。皆が合流したんなら、とりあえずの問題は最初に指定されている脱出ポイントか。そこも冥夜が居れば無事にクリアできるだろうし、それとなくあいつが導いてくれれば大丈夫だろうな)」
「それでは俺達は偵察に行ってきます。行こうかタケル・・・タケル、聞いているのか?」
「あ、はい、すみません」
「どうした?ボーっとして」
「大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですよ」
「そうか・・・訓練部隊の面々が気になるのは解らんでもないが、今はこちらの任務に集中してくれ」
「はい、すみませんでした大尉」
「いや、解ってくれればそれで構わん。では行くとしよう」
「了解です」

武とキョウスケは自分達の機体の元へと戻り、周辺区域の偵察へと出発したのだが、武の機体は従来の不知火である為に長時間の飛行を行う事は出来ない。
ここに来る時に使用したブースターユニットは、既に燃料切れで使用不可能となっており、帰りの分は調査部隊が持って来る事になっているのだ。
そこで海底火山の存在すると思われる場所はキョウスケが担当する事になり、武は島の周囲に存在する大小様々な無人島を調査する事になったのである。
キョウスケのアルトアイゼンは、バランサーに使用しているとは言えテスラドライブが装備されている。
現に彼の機体は元居た世界でのバルトール事件の際、海上をホバー移動するようにして日本までの距離を移動している事から海上探索は彼の担当となったのだった。
高高度の飛行は不可能であったとしても、低空飛行ならば何の問題も無く海上探索をこなす事が可能と言う事だ。
キョウスケは、最初に指定された海底火山の存在するポイントへと到着していたのだが、海面には何ら異常は見られなかった。
それもそうであろう・・・
海底火山と言う物は、概要は陸上にある火山と同じだが、周りに大量の海水が存在し、その高い水圧がかかるため、陸上の火山と比べると噴火の規模は小さい事が多い。
その為、比較的浅い場所で噴火した場合以外は観測が難しいのである。
そして現在確認されている火山島の多くは、噴火活動が盛んだったものの山頂が、徐々に海面から露出して火山島を形成した物がほとんどであり、それらはホットスポット上に生まれるとされているそうだ。
そして、その殆どはカムチャッカ半島の方向へと移動しつつ水没し、ハワイ海山群や天皇海山群を形成している。
海山とは、海底において周囲よりも高く盛り上がっていながら、その頂上が海面上に出ていない為島となっていない地形や場所、すなわち海中の山の事である。
それらの事を踏まえたうえで考えると、恐らくピアティフが確認したという海底火山は、火山と言うよりは海山の可能性が高いという結論が導き出される事になるのだが、地震が起きている以上は噴火の前兆として捉えざるを得ない訳であり、調査をせずにいる訳にはいかない。
そう言った事から彼らは、手の空いた時間を有効に使う為に付近の偵察を行う事にしたのである。


「こちらアサルト1、指定されたポイントに到着したが、肉眼で異常は確認できない。指示を求む」
『海面に異常が見られないとなると他のケースも考えられるわね・・・とりあえず南部、なるべく早いうちにそこを離れなさい。もしも万が一、海底火山が噴火する様な事があれば海水がマグマに触れて一瞬に気化する事によりマグマ水蒸気爆発が起こる事があるわ。そんな事になったら恐らく、頑丈なアンタの機体でも一瞬でスクラップになる事間違いないわよ」

マグマ水蒸気爆発とは、全体反応型水蒸気爆発と呼ばれる物に分類される。
密閉空間内の水が熱により急激に気化・膨張する事により、密閉していた物質が一気に破砕されて起きるタイプの水蒸気爆発で、例えば地殻内のような密閉した空間に帯水層があった場合、そこへマグマが貫入する事によって大量の水蒸気が急激に発生すると、このタイプの水蒸気爆発が起こる。
そしてその際にマグマも一緒に放出された場合の事を、特にマグマ水蒸気爆発と呼ぶのである。

ちなみに天ぷらなどの揚げ物を調理中に油に火が点いた場合、火を消そうとして水をかけると水蒸気爆発が起こる為、注意が必要である。

―――少々横道にそれてしまった事はお詫びするとして・・・

一応ではあるが、夕呼の言いたい事はキョウスケに伝わった様で、指示を受けた彼はそのまま別のポイントを調査する為にその場を後にする。
一方武は、長距離飛行が出来ない為、匍匐飛行を用いながら一つ一つ順番に無人島をチェックしていた。
比較的小さい島が多数存在している事と、前もって夕呼から火山島の位置を教えて貰っていたのだが、流石に一機の戦術機でそれらを調査する事はかなり骨の折れる仕事だ。
そして3つ目の無人島に差し掛かった時、彼はモニター越しにとある物を発見する―――

「何だあれ?山にトンネルみたいな物が存在してるみたいだけど・・・」

彼が発見したもの・・・巧妙にカモフラージュされてはいるものの、それは遠目に見れば何かの資源採掘場の様にも見える。
しかし、いくらこの地域が鉱業資源に恵まれてるとは言え、無人島にこの様な物が存在しているのはおかしい―――
確かに資源の大半を掘り尽くし、枯渇したのであれば人が居ないのもおかしくは無いが、目の前の採掘場は比較的最近作られたようにも見える。

「何か妙だな・・・人が居ない筈の無人島で、人が居そうな形跡が在るなんておかしくないか?それに何でこんなにも見つかり難い位置に採掘場を作るなんて怪しいよな―――」

そう考えた彼は、採掘場へと機体を近づけ、カメラをズームさせ周辺を調べる事にした。

「―――周囲にこれと言った物は見られないな・・・一度先生に連絡を取って指示を仰いでみるとするか・・・こちらフェンリル1、先生、応答願います。先生、応答願います・・・」
『ザ、ザー』
「何だ?この距離で通信が通じない筈無いのに?そうだ、キョウスケ大尉の方は・・・」

通信機でキョウスケを呼び出してみるものの、夕呼の時と反応は変わらない。

「オイオイ、こんな時に通信機の故障かよっ!」

その後何度か通信を試みるものの、一向に無線が繋がる気配が無い。
そして彼は、ふとメーターや計器類に目を向けた事で自分の周囲で何が起こっているかに気付く事となる。

「レーダーに異常?いやっ、そうじゃない!!これはジャミングだ。しかもレーダーだけじゃなく計器類も上手く作動していないじゃないか・・・っ!!何だ!?」

突如として機体周辺に撒き上がる土煙り―――
慌てて周囲を確認するが、視界には何も映っていない。
レーダーをチェックしたところで正常に働いていない事から武は、何者かがこの周囲にジャミングを掛けた上で自分を攻撃して来ているのだと確信した。

「クソッ!いったい誰が・・・それよりも敵はどこから攻撃して来てるんだ!?」

そう考えている間にも砲撃は続く―――
相手の位置が解らない以上、この場に立ち止まっていては良い的になってしまうと考えた彼は、兎に角動き回る事で相手の攻撃を回避しようと試みるのだが、如何せん分が悪い。
当初彼は、自機の射程外からの攻撃なのだろうと考えていたのだが、相手の攻撃はどう見てもミドルレンジからの突撃砲を用いた攻撃だ。
これはあくまで彼の勘でしかないのだが、相手の気配は直ぐ近くに居るとしか思えなかったのだ。
必死に逃げ回りながら盾を用いて弱点部分である胴体を防御しているものの、次第に機体各所に被弾し始める。
洋上へ逃げようにも距離があり、下手に上空へ逃げようものなら集中砲火を浴びて一気に落とされてしまうだろう。
相手もそれを踏まえたうえで行動している様で、洋上ルートへの逃げ道は完全に断たれており、もはや撃墜されるのは時間の問題となっていた―――

「―――それにしても機体の反応が鈍い!まさか被弾したダメージが影響しているのか!?」

相手の攻撃を得意とする三次元機動を用いて回避しているものの、機体の反応速度が追い付いていない事が原因となり、武は更に焦り始める。
確かに被弾したダメージも多少は影響しているのかもしれないが、根本的な部分はもっと他にあった。
彼が普段乗っている改型は、彼の戦術機動を最大限発揮できるように調整されている。
そしてその機体を操るうちに彼は、徐々にではあるが自分でも気づかぬうちにその才能を更に伸ばしていたのだった。
そんな事とは思わない武は、被弾し始めた事によるダメージが原因であると考えたのである。

「このままじゃ嬲り殺しだ・・・何か、何か方法を考えないと・・・っ!?雨・・・よりにもよってこんな時にスコールかよ!!」

唯でさえ機体の動きの不調に悩まされているというのに、ここに来て唐突に振り出した雨。
丁度この雨は、最初の世界で武が蛇に噛まれた時に振り出した雨だった。
そして、この地方独特のこの雨が、彼に幸運をもたらす事となる。

「―――何だ?」

突如として機体後方を捉えるセンサーが反応し、その様子を表示したモニターに二体の戦術機がその姿を現す。

「あれはF-23Aじゃないか!」

突如として武の前に姿を現したF-23A・ブラックウィドウ。
彼は米軍のとある特種部隊がこの機体を運用している可能性があると聞かされていたが、その部隊の詳細までは知らないでいた。
そして、その機体性能も知る術を持ってはいない。
あの夕呼ですら解らない以上、それもそうであろう。
この戦術機に装備されている光学迷彩機能は、周囲の風景に溶け込む事で機体のステルス性を更に向上させている。
だが、その光学迷彩機能を持ってしても、絶えず降り続ける雨などは搭載されるているセンサーやコンピューターだけでは処理が追いつかずに機能しないという弱点を持っていたのだ。
まさに偶然が重なって舞い込んだ奇跡と言っても良いだろう。
これで相手の位置が判明した事から、武は直ぐに反撃に移ろうとする。
しかし、自分が何故攻撃されているのかが解らない以上、下手に攻撃は出来ない。
一方的に攻撃を受けているとは言え、相手は米軍であり、もしかすると自分は米軍の領地に無断侵入してしまった事が原因なのかもしれないと考えたのだ。

「こちらは国連軍横浜基地所属、白銀 武大尉。こちら側に戦闘の意思は無い。繰り返す、戦闘の意思は無い」

必死になって通信機で呼びかけてみるものの、相変わらず通信機はジャミングの影響からか相手に伝わっている様には思えない。
そこで武はカメラアイを点灯させ光通信を試みるのだが、それでも相手には伝わらないどころか更に相手の攻撃は激しさを増す。

「戦闘の意思が無い事を伝えても駄目。それ以前に警告も無しに撃って来たって事は、領空侵犯じゃないって事か・・・だとするとさっき見つけたあの採掘場・・・あれを見た事による口封じって事かもしれないな」

相手の機体が見える様になった事から、幾分か落ち着きを取り戻す事が出来た武は、冷静に相手の攻撃理由を考えていた。
やはりどう考えても最終的に到達する答えは先程の採掘場であり、米軍はそこで見られてはならない何かを隠しているという事になる。
そして武は、この部隊が運用している機体からして、間違いなくクーデターに関する何かが絡んでいるのだろうと確信した。

「追撃部隊がこれ以上出てこない所を見ると、敵はあの二機だけって事になるな。話し合いも通じる様な感じじゃ無いし、何とかして相手を振り切るか行動不能にして逃げ切るしか手は無いか―――」

意を決した武は、急遽機体を反転させ、先ずは自機から見て右側の敵機に向け突撃砲を放つ。
正直、性能の劣る不知火では些か不安ではあるが、何もしないままでは逃げ切る事など出来ないのだ。
二対一という不利な状況にもかかわらず、彼は得意とする三次元機動を用いて状況を覆すべく奮闘する。
彼が今相手をしているのは米軍では無い。
もうお分かりだと思うが、異世界からの転移者の軍勢・・・『シャドウミラー』と言われる者達だ。
恐らくこの場所は、シャドウミラーの前線基地か何かなのだろう。
その様な事を知る由もない武は、運悪くこの地に足を踏み入れてしまったが為に彼らに攻撃を受けたのだった。

「―――相手のとっさの行動に対しての反応が鈍い?その割にはとんでもない機動を使って来るし・・・ひょっとして無人機なのか?」

武の考えは憶測にしか過ぎないのだが、これは的中していた。
相手の機体はAIを搭載した無人機であり、先程から機械的な動きしか見せていない。
それでもその機動力はかなりのものであり、二機の連携は熟練衛士のエレメントにも匹敵する物がある。
武はその性格からして人を殺める事を嫌う人物だ。
そう言った事から彼は、相手を行動不能にする為にあえて弱点である胴体部周辺を狙わない様にしていたのである。
先程から相手は、一機を相手にするともう一方が自分の背後に回り込もうとする動きを行う。
どうしても二対一である以上、両方を一度に相手する事が不可能であったことから気付いた事なのだが、あまりにも規則正しいその動きをみた事で、彼は相手をしている二機は無人機だという事を確信していた。

「無人機なら俺の呼びかけに対して反応しないのも無理は無いか・・・人が乗っていないっていうんなら、相手の心配をする必要もないよな」

もしかすると、などという可能性も否定できないのだが、手を抜いていては勝てるものも勝てない。
そして武は、先ず相手の連携を崩すところから始める事にする―――
一方のF-23Aに真正面から切掛かり、先ずはそいつの動きを封じる。
案の定、もう一機が背後に回った為、彼はそのまま鍔迫り合いを行いながら背部にマウントされている突撃砲を後方へと展開し、そのまま敵機へ向けて攻撃を開始。
とっさの事で反応が遅れた相手は、その攻撃をまともに受けてしまう事となり、機体各所にダメージを負ってしまう。

「お前らのコンビネーションは正確すぎる・・・そしてっ!!」

そのまま武は、鍔迫り合いを行っていた相手を蹴り飛ばし、後方へ向けて一気に跳躍。
上空で反転し、キャンセルで急降下。
一気に距離を詰め、先ずは一機目を袈裟斬りにし大破させる。

「お前らは必ずどちらかが背後にいるっ!!」

蹴り飛ばされた相手が態勢を立て直そうとしている最中、着地と同時に相手に向けて跳躍を開始していた武は、そのまますれ違い様にもう一機も沈黙させていた―――

「やっぱり無人機か・・・」

撃墜した機体を確認したところ、コックピットブロックと思われる場所には強化外骨格が存在しなかった。
武は、相手が無人機であった事に安堵し、報告の為に急いでその場を後にしようと跳躍を開始したのだが―――

「っ!?ロックオンサイン?」

突如としてコックピット内部に流れる警告。
次の瞬間、機体に装備された跳躍ユニットの傍を一筋の光が通り過ぎる。

「粒子兵器だって!?・・・クッ!!し、しまったっ!!」

次の攻撃が彼の不知火の右足を的確に射抜いた事で爆発し、その衝撃でコックピット内部には跳躍ユニット損傷の警告が流れる。
誘爆の危険性があった為に、彼はとっさに右側の跳躍ユニットをパージし、着陸を試みようとするものの、バランスを欠いてしまった不知火は自分の思い通りに動かない。
次々と粒子兵器の雨が降り注ぐ中、何とかそれを回避しようと試みるものの、一つしか無い跳躍ユニットではそれを行う事は不可能だった―――

「クッソォォォッ!!」


成す術が無いまま武の機体は次々と残った四肢も撃ち抜かれ、その場には彼の叫び声だけが木魂していた―――



あとがき

第32話です。
前回のお話で物凄い初歩的なミスをしてしまいました。
恥ずかしい話なのですが、クアドループの詳しい位置を調べないままに設定に盛り込んでしまったのですが、クアドループってカリブ海に位置する島だったんですね・・・
日本からそんな短時間で戦術機だけでアメリカを超えて行けるわけ無いじゃないかという事に気付きまして、前回のお話をこっそり修正させて頂いております。
まったく地理に疎いくせに適当な設定を考えた自分が恥ずかしいですTT
何とかしてTEと絡ませたかったんですけどね・・・(苦笑)

さて、それでは今回のお話について行かせて頂きます。
今回、訓練部隊はブリット達の班についてのみ書かせて頂きましたが、他の面々は原作と同じ目標地点での出来事ですし、原作でもタケルちゃんが行った場所の事しか詳しく書かれていなかったことからオリジナル設定の部分のみとさせて頂きました。
本来ならば他のメンバーの事も書くべきなのかもしれませんが、情報が少ないという点からあまり良い案が浮かばなかった為にこの様な描写となっております。

そして後半はタケルちゃんの不知火VSシャドウミラーのF-23Aのバトルです。
当初から次の話の為にこのお話のラストでタケルちゃんの機体を撃墜させようと考えていたのですが、何となく改型を撃墜させるのは勿体ないというか、個人的にまだ早いと考えた事から、タケルちゃんには不知火で任務に当たって貰いました。
F-23A二機を不知火で落とせたのは少々無理があったかもしれないと自分でも思っていますが、物語進行の都合と相手が機械的な動きしか出来ない無人機だったから可能だったという事でご容赦ください。

話しの中で海底火山の事などを色々と書いていますが、小説なのにこんな風に説明臭いものを長々と書いて良いのかと思っております。
必要な気もするし必要ない気もするのですが、如何なものでしょうか?

それと、今回からタケルちゃんはコールサインを使っています。
何故フェンリルにしたかというと、何となくフェンリルって銀色ってイメージがありまして・・・まあ私の勝手な想像なのですが^^;
後は孤狼に名前負けしないような物は何だろうと考えた事が主な理由です。

それでは次回も頑張りますのでよろしくお願いします。
感想の方もお待ちしていますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第33話 脱出
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/02/02 21:19
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第33話 脱出




いったいあれからどれだけの時間が流れたのだろうか?
降り始めた雨は、全く止む気配を見せないどころか更に勢いを増し、まるで水のカーテンの様にも見える。

「―――まさか、一人だけで総戦技演習と同じ状況を体験する羽目になるなんて思ってなかったよなぁ・・・」

青年はひとり呟いてみるものの、先程から降り続けている雨と風の音によってそれは掻き消され、やはり自分は一人なのだと改めて思わされる。

「兎に角、嘆いていても仕方ない。先ずは何としてでもこの島を脱出する事を考えないとな」

そう言うと彼は、改めて自分の置かれた状況を再確認していた―――
この島に到着した直後に発見した怪しい採掘場と思われる場所。
それの調査を開始しようとした矢先、突如として米軍特殊部隊と思われるF-23Aに襲われ何とか撃破する事に成功し、即座に脱出しようと空に向けて跳躍を開始した直後、謎の機体から放たれた粒子兵器によって機体の四肢を撃ち抜かれそのまま地面へと墜落―――
機体は完全に沈黙し、ベイルアウトで管制ユニットごと脱出した所までは覚えていたのだが、そこで一度彼の意識は途絶える。
それからどれだけの時間が流れたのか確認できていないが、敵に発見されなかったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
そして気がついた彼は、強化外骨格を装着して島を脱出しようと試みたのだが、運悪くシステム不調により外骨格自体が起動しなかった為に強化装備のみでの脱出を試みる事となったのである。

「内蔵バッテリーだけでのフル稼働時間は約12時間・・・省電力モードで72時間だったよな?それまでに救援が来てくれれば良いんだけど・・・」

念の為に強化装備に内蔵されている通信機をチェックしてみるが、先程までと変わらずジャミングがかけられている様で連絡を取る事は不可能だった。
通信手段も封じられ、現在位置も不明。
時間などは太陽の位置などである程度の予測は付けられるものの、現在の天候は大雨。
まさに最悪だと言わざるを得ない状況下に置かれているにも関わらず、彼は諦めてはいない。
彼は、管制ユニットに収納されているサバイバルキットと外部バッテリーユニット(Cウォーニングジャケット)を手に取り、島からの脱出を図るべく行動を開始しした。
これから彼の身に降りかかろうとしている禍などに気付く事もなく―――



武がその様な状況下におかれている中、訓練部隊の面々は自分達の置かれた状況をどう対処するべきか悩んでいた。

「―――本降りになる前に川を渡れたのは良かったけど、これじゃ慧さんにロープを回収して貰うのは無理だね・・・」

手に入れたシートで雨露を凌ぎながら美琴が一人嘆いている。

「この地域特有のスコールかと思ったけど、すぐには止みそうにないわね」
「ああ、そうだな。この程度の雨、進むだけなら問題は無いところなんだが・・・」

更に激しさを増す雨を見つめ、悩むクスハに自分も同意見だとブリットが話しかける。

「(確かこの時、ロープを回収するかどうかで揉めたのだったな・・・前回は皆が武の意見に同調し、事無きを得たのだが・・・やはり今回もそうするべきなのだろうか・・・)」
「どうする?止むのを待ってみる?」
「できればロープは回収したいところだけど・・・この雨じゃ直ぐには止みそうにないし、下手したら時間のロスに繋がるぜ?」

悩む冥夜を他所に、他の面々はそれぞれ意見を出し合いながら、この状況をどうするかを話し合っている。
そんな中、分隊長である千鶴は一人思い詰めたようにしながら何かを考えている様子だ。

「―――珠瀬」

不意に何かを思いついたように彼女は、たまに声をかけていた。

「何?」
「ロープの縛り目をライフルで狙撃して欲しいの」
「え?」
「そうすればロープの回収は可能よ」
「待て榊、ライフルの弾は一発だけだ。他の物で代用できない以上、ここで消費してしまうのは惜しい」

前回とほぼ同じ流れになりつつあると感じた冥夜は慌てて自分の意見を声に出す。
ここで自分が意見を出さなければ、ほぼ間違いなくロープ回収の為にライフルを使われてしまうだろう。
そうなってしまえば今後待ち受けている難関に対処する為の術が限られてしまう。
何としてでもこの場でライフルを使わせるわけにはいかないのだ。
だがそんな彼女の意見に対し、分隊長である千鶴は直ぐには納得しない―――

「それはそうだけど・・・この先もこんな地形になっていたらロープは必要になるわ」
「でもさ、それはライフルにも言えるんじゃないか?冥夜さんが言ったみたいに弾が一発しか無い上に、他の物じゃ代用できないぜ?」

今度はアラドが彼女の意見に異を唱える。

「それにさ、ロープの代わりならその辺の蔓とかでも何とかなると思うんだけど」
「いや、一件頑丈そうに見えても植物の蔓なんかは脆い。それにラペリングロープほどの長さの蔓となるとそう簡単には見つからないだろう。俺はロープを回収する意見に賛成だ」

その後も意見の交換を行うものの、以前として良い答えが見つからない―――

「(やはり前回同様、タケルの意見を採用する方が良いだろうな。このままでは徒に時間を浪費してしまうだけで何の解決にもならん―――)」

途中から一人考え込むような仕草をしている冥夜に気付いた物が居た。

「どうしたの御剣さん?さっきから何かを考えている様だけど?」
「(―――頃合いだな)うむ・・・先程から色々と考えていたのだが・・・」

良いタイミングで声を掛けてくれたと心の中でクスハに感謝しながら冥夜は、続けて自分の考えを皆に伝える。

「・・・川の水が引くのを待ってはどうかと思うのだ」
「ええっ!?」
「・・・本気なんですの冥夜!?」

未来を知らない皆が驚くのも無理は無いだろう。
彼女は一度この演習を経験している。
そして彼女は、前回の世界で武が行った事を代わりに実践しようとしているのだ。

「雨がいつ止むのか全然わからないんだよ!?」
「・・・のんびりしたいなら一人でして」
「普段の貴女らしくない。いったい何を考えているの?」

予想通り、皆の反応は否定的だ。
彼女は心の中で『当然の反応だろう』と呟くと、尚も自分の意見を述べる。

「選択肢は出来るだけ多く残しておいた方が良いと思うのだ。ここでロープを放棄して、今後ロープが必要になった場合、我々はそこで手詰まりとなってしまう恐れがある(この雨は3~4時間もすれば止む筈だ。しかしその未来を知っているのは私とタケルの二人だけ・・・何としてもこの方法を皆に選んで貰わねばならんのだ。頼む、誰でも良い・・・この意見に賛同してくれ!!)」
「・・・なるほどな、御剣の言う事も一理ある。幸いな事に予定よりも時間は稼げてるんだ。なあ榊、ここは御剣の意見を採用してみないか?」

彼女の真剣な表情を察してか、ブリットが助け船を出す。
内心彼女はホッとすると共に、彼に感謝していた。

「(ブリット、そなたに感謝を・・・)榊、四時間で構わぬ・・・それだけ時間をくれないだろうか?」
「榊さん、ブリットさんもああ言ってる事だし、御剣さんの意見を採用してみましょうよ?」
「・・・そうね。ただし、四時間だけよ・・・時間が来て雨が止まないようなら私の意見通り珠瀬にロープを狙撃して貰うわ。皆もそれで構わないかしら?」

満場一致で冥夜の意見が採用され、彼女達はその場で四時間の休息を取りながら雨が止むのを待つ事にした。
その間も冥夜は、以前の記憶を頼りに今後起こりうる事態を想定し、事が起こった場合即座に行動に移せるよう頭の中でシミュレートを繰り返す。

「(次に起こる問題は、回収ポイントに指定された地点での砲撃だったな・・・ここも私が受け持つようにすれば問題は無いだろう。だが、楽観視はできん・・・これまではほぼ前回の通りに事が進んでいるとは言え、今後も同じような流れになるとは限らん。恐らく問題は無いと思うが―――)」
「どうしたんですか冥夜さん?」
「い、いや、何でもない」
「そんな事無いでしょう?何かスゲェ難しそうな顔をしてたッスよ?」

冥夜は要らぬ不安を与えてはいけないと判断しそう答えたのだったが、どうやらそう簡単には誤魔化せなかった様だ。
それもそうであろう、この時の彼女の表情は絵に描いたように物事を深く考える様な顔をしていたのだ。
この様な顔をしていれば、普段この手の事に気付かなさそうなアラドであったとしても気付かない方がおかしいというものである。

「御剣の事だ、時間が来るまでの間に何か他の策が無いかを考えてたんじゃないのか?」
「なるほど・・・」
「いや、それもあるのだが、実はこの先の事を考えていたのだ」
「この先の事ですの?」
「うむ・・・ここまで比較的大きなトラブルもないまま来る事が出来た。無論、皆の実力があっての事だというのは重々承知しているのだが、何やら嫌な胸騒ぎが治まらんのだ―――」

本当の事を話す事が出来ない彼女は、遠まわしな物言いで皆に再度の警告を促す。

「―――御剣もか・・・実は俺もさっきから嫌な感じがしてしょうがないんだ」
「やっぱりブリット君も同じだったのね」
「そなた達もそう感じていたのか?」
「ええ、なんて言うか変な空気って言うか、こう嫌な念みたいなのを感じるの」
「馬鹿馬鹿しい・・・胡散臭い超能力者じゃあるまいし、変な事を言わないで頂戴」
「いや、こう言う時のブリットさんやクスハさんの勘ってスッゲェ良く当たるんだぜ?」
「ナンセンスだわ。大体、勘なんてものは言ってみれば博打みたいなもんじゃないの。分隊を預かる身としてはそんなものを信用する訳にはいかないわ」
「でも、長年戦場に居た兵士の勘は、時としてこう言う場合にはよく当たると聞いた事がありますのよ?」
「長年も何も私達は訓練生でしょ?それとも何、実はブリット達は正規兵だとでも言うのかしら?」
「例え話ですの」

アルフィミィは笑顔でそう答えるが、当のブリット達は内心ヒヤヒヤものである。
自分達の立場がこの様な事でばれてしまっては元も子もないのだ。
だが幸いな事に、周囲の人間はそんな彼らに気付いてはいない。
しかし、その場に生じてしまった何とも言えない空気は、彼女の一言で更に悪化する事となる。

「・・・だから榊は頭が固い」
「な、なんですって!!」

小声で彩峰がポツリと呟くものの、地獄耳とも言える千鶴の耳はそれを聞き逃さない。
このままでは些細な事から言い争いが始まってしまうと感じたブリット達は、直ぐさまフォローに入っていた。

「ま、まあまあ、千鶴さんも落ち着いて」
「彩峰も要らないところで余計な事を言うなよ・・・別に俺達の言った事を素直に受け止めて欲しいなんて思ってないんだ。ただ頭の隅にでも留めておいてくれる程度で構わないからさ。こんな事でケンカをするのは止そうぜ?」
「・・・解ったわ」

千鶴が素直に納得した事は正直意外だったが、207小隊は未だ完全な纏まりを見せている訳ではない。
彼女らは総戦技演習合格という目標の為に行動している。
つまり、些細な事であったとしても、直ぐにバラバラになってしまうのは誰にでも予想が出来るのだ。
そんな状態である以上、再発の憂いは出来るだけ取り除いておかなければならないと彼女なりに考えた結果、自分が折れる形で話を終わらせる事にしたのだろう。
以前の訓練終了後のラミアとのやり取りから、彼女もまた何かを学んだようだ。
今回の一件は、彼女の成長が見て取れると言っても過言では無いかもしれない―――


彼女達がその様なやり取りをしている中、キョウスケ達は未だ戻らぬ武の身を按じていた。
かれこれ二時間近く彼からは何の連絡も送られてきてはいない事から不審に思った夕呼は何度も通信を試みるものの、返ってくるのはノイズばかり・・・
流石に何かあったと感じた彼女は、直ぐさまキョウスケを呼び戻し彼の捜索を行わせる事にしたのである。

「―――普通に考えれば何かしらの事故に巻き込まれた・・・と考えるのが妥当でしょうけど、通信機の有効圏外に出てしまった可能性もあるわ」
「ですが、改型のシステムを用いても連絡が取れないという事はあるのでしょうか?」
「さっきラヴレスに白銀の機体を確認して貰ったんだけど、レーダーからは完全にロスト・・・この機体のシステムで追えないという事は、機体が動いていない可能性も否定できないわね」
「何かしらの事故に巻き込まれて機体が頓挫している可能性がある・・・という事かしら?」
「それも否定できないわね」
「最後に白銀大尉が確認された地点はどこだったりするのでございましょう?」
「残念だけど詳しい地点はここにある機材じゃ解らないわ。ここにあるのは簡単な通信用の設備だけ・・・改型のデータリンクのログを調べればわかるかも知れないけどね」
「了解しました。ラミア、早急にログをチェックしてくれ。タケルが最後に立ち寄ったと思われる場所を重点的に調査する」
「ハッ、直ぐに作業に取り掛かります」

ここにきてキョウスケは、互いに単独行動を取っていた事が仇になったことを悔やんでいた。
この世界での戦術機運用の最小単位はエレメント、すなわち二人一組で行動するという事は基本なのである。
迂闊にも彼はそれを怠った事により、今回の様な事故を招いてしまった。
酷い言い方をすれば指揮官失格と言っても仕方ないかもしれないだろう。
もしも武がBETAと遭遇しており、それが原因で撃墜されたとしたら―――
先程からそのような不安が頭を過ぎって仕方が無い。
だが、そんな事よりも今は行方不明となってしまった武の捜索が第一だ。
念の為に彼等が調査に赴く際、ラミアの改型を待機モードにしておいた事が功を奏したと言っても良いだろう。
データリンクのログを調べれば、彼の大まかな足取りをつかむ事が出来るという訳だ。
彼は先程からそれほど時間が経過している訳でもないのに、既に何時間も待たされている様な錯覚に陥っているのが自分でも良く解っている。
それ程までに今回の出来事を重く受け止めているのだ。

『キョウスケ、あまり思い詰めないでね?』

ふと通信機越しにエクセレンの声が響く。
彼は一言だけ『ああ』とだけ返事を返す・・・
普段はあまり表に出さないが、こんな時に優しく声をかけてくれる彼女の行為を彼は素直にありがたいと感じていた。
彼女に甘える訳ではないが、気持ちを切り替えると共に、彼は武の無事を祈りながらラミアからの報告を待つ間、今後どの様な事態にも対応できるよう入念に機体をチェックしていた。
それから数分後、ラミアからの情報を基に彼らは行動を開始する―――

だが彼らは、現在武がどのような状況に置かれているかを知らなかった。
危険な目に遭っている事には違いないのだが―――


「なあ、あんた達は米軍なんだろ?この島で一体何をしようとしていたんだ?」
「・・・」

脱出を図る為、島の南部を目指していた武は、どこをどう迷ったのか運悪く例の採掘場と思われる場所へと到着してしまった。
地図も無く、方位も分からぬ状態ではそれも致し方ないかもしれないのだが、何を思ったのか彼はその場所を単独で調査しようとしたのだ。
まったくもって愚かとしか言いようが無い行動だろう。
案の定、敵兵に発見されそのまま拘束。
そのまま採掘場近くの地下施設へと連行されたのである―――

「別に質問に答えてくれたって良いじゃないかよ・・・あ、ひょっとして日本語がわからねえのか?」
「黙れ。我々は貴様と話をしろという命令は受けていない」

そう言って武を連行していた兵士の一人が、彼に向けて手に持ったライフルを突き付ける。
目の前のライフルの銃口は、金属独特の鈍い光を放ちながらこちらを見据えている―――
下手に抵抗しようものなら間違いなくこちらに向けて発砲して来るのは明白と考えた武は大人しく黙る事にした。

「(だけど妙だ・・・問答無用でこちらを攻撃してきたかと思えば、今度はこっちを拘束して連行している。それにこいつらの装備は何なんだ?強化装備に似ているけど、ヘッドセットじゃなくてバイザー、いやゴーグルか?特殊部隊用の装備って考えれば合点は行くけど・・・)」

その様な事を考えながら歩いていると、だんだん薄暗い場所へと連れていかれている事に気が付く。
見えてきたのは独房の様な場所だ。
兵士の一人が手に持っていたカードキーを差し込み、扉が開いたかと思えば武は抵抗する間もなく強引にその中へと押し込まれた。

「イテテ・・・ったく、もう少し丁寧に扱って貰いたいもんだぜ」

そんな彼の物言いを全く無視し、兵士はその場を後にして行った。

「おやおや、この様な所でお客さんとは珍しい」

その言葉で武はハッとした。
その場で振り返り、薄暗い部屋を見渡すと気配が二つ・・・
そして、聞こえた声には聞き覚えがあった。

「そう警戒しなくても大丈夫だよ。シロガネタケル君」
「―――やはりその声は鎧衣課長でしたか」
「おや、私の事を知っていたかね?いやはや、私も有名になったものだ」

無論、武に鎧衣との面識は無い。
正確に言えばこの世界の鎧衣との面識の記憶だ。

「帝国情報省外務二課課長鎧衣 左近・・・お名前位は存じてますよ」

とっさについた嘘ではあったが、彼はその様な事はお構いなしに話を続けていく。

「フム、まあそう言う事にしておくとしよう・・・そうそう、君には息子がいつも世話になっているね」
「鎧衣課長、息子さんではなく娘さんでしょう?」
「ん・・・ああ失敬、娘の様な息子・・・いや違うな、息子の様な娘―――だ。うん・・・私は屈強な息子が欲しかったのでね。ついそのような事を言ってしまったんだよ」
「・・・(相変わらずだなこのオッサンは・・・)それで、貴方の様な方が何故こんな所に?」
「いやはや、こればかりはいくら君とは言え話す事は出来ないねぇ」
「そうですか・・・(大方XG-70関連の調査を行ってる時にドジを踏んで捕まったって所だろうな―――)」
「実は横浜の香月博士に頼まれていた仕事の途中で初歩的なミスを犯してしまってね。日本へ到着した直後に彼らに拉致されたという訳だ。ハッハッハ、自分で言うのもなんだが年は取りたく無いものだねぇ」
「(結局言うのかよっ!!このマイペースっぷり、間違いなく美琴の親父だよなぁ・・・)という事は、やはりあいつ等は米軍なんですね?」
「いや、彼らは正確には米軍ではないようだ。彼らについては私よりもそこで寝ている彼の方が詳しいから聞くと良い」
「彼?」

鎧衣に言われるままに部屋の片隅に設置された簡易ベッドの様なものに目をやると、そこには誰かが横になっていた。
薄暗い部屋である為に顔までは確認できないが、背格好からして男だろうという事は想像ができる。

「安藤君、起きたまえ。いくらする事が無いとは言え、いい若い者がいつまでも寝ているのはどうかと思うぞ」

そう言って鎧衣は、安藤と呼ばれた青年の肩をゆする。

「―――ん、何だ?もう飯の時間かオッサン・・・って言うか誰だお前?」
「やれやれ・・・彼は新しいお客さんだよ。国連軍大尉、シロガネタケル君だ。君に聞きたい事があるそうなんで起こさせて貰った」
「白銀 武です。よろしくお願いします安藤さん」
「マサキ・アンドーだ。いや、この場合は安藤 正樹って言う方が良いのか・・・ま、どっちでも良いや、俺の事はマサキって呼んでくれ。それで聞きたい事ってのは何だ?」
「この施設に駐留している部隊の事です。鎧衣課長が言うには米軍では無いという事なんですが・・・」
「その事か・・・あいつ等はシャドウミラー。俺達の世界に並行世界からやって来た軍隊だ。と言っても奴らはその生き残りみたいだけどな」
「俺達の世界・・・ひょっとしてマサキさんもあいつ等も別の世界からこっちに飛ばされてきたんですか?」
「ああ、って言うかお前はあっさり信じるんだな?鎧衣のオッサンはなかなか信じてくれなかったんだけどな・・・」
「別世界の住人などという話は確かに信じがたいものがあるが、あの様な物を見せられては信じる他無いと思うのだがねぇ」
「俺の場合は知り合いに貴方と似たような経験に遭っている人が居るんですよ」
「そうか・・・それよりもタケル、俺の事は呼び捨てで構わないぜ?見た感じ歳も近そうだしさ」
「解った。それでマサキ、お前は何でこんな所に捕まってるんだ?見た所一般人みたいなんだけど」
「奴らとは少なからず因縁があるのさ。奴らのボスだった奴は、ラミアが間違いなく倒したと思ってたのに生きてやがるし・・・大方あいつ等の仲間だった俺を見つけて倒すのに絶好のチャンスとか思ったんだろうぜ」
「ラミア・・・ひょっとしてラミア・ラヴレス中尉の事なのか?」
「知ってるのか!?」
「さっき言ってた知り合いの一人だよ。そっか、マサキもキョウスケ大尉達と同じ世界の人間だったんだな」
「キョウスケもこっちに来てるのか!こいつは運が良いぜ。そうと決まればこんな所はさっさと脱出してあいつ等と合流しねぇとな」

意外な接点を見つけた二人はいつの間にか意気投合していた。
だが・・・

「ところで君達、私の存在を忘れてはいないかね?」

彼の一言が一気に武を現実に引き戻す。
そう・・・鎧衣はこの世界の住人。
という事は、今彼等が話していた事は本来ならば知られるべきでは無い事なのだ。
マサキが異世界からの来訪者であるという事は、彼自身が説明し納得させたようだが、キョウスケ達の事はトップシークレットに属する事柄だ。
おいそれと話して良い事でない事は十分に承知していたが、こうなってしまってはもう後の祭り―――
武は慌てて彼に口止めを要求する事にした。

「鎧衣課長、さっき言ってた事は聞かなかった事にして下さい!!」
「フム・・・ではここから脱出しないという事かね?」
「へっ?」
「いやはや、私が言いたかったのは、二人だけで脱出の算段を整えようとしないでほしいという意味だったのだが・・・違ったのかねシロガネタケル君」
「・・・」
「どうしたんだよタケル?」
「い、いや・・・何でもない」
「ああ、ひょっとして彼等が異世界の人間だという事を聞かなかった事にしろという意味だったのかね?ならば安心したまえ、こう見えても私は口は堅い方だ。伊達に情報部に所属しておらんよ」
「そうですか・・・」
「それに異世界からの客人は彼に始まった事ではないだろう。殿下の下に居る彼女も異世界から来たと聞いているしねぇ」
「って、オイおっさん!!アンタ俺以外にそんな奴は居ないって言ってたじゃねぇか!!」
「おや、そうだったかな?ハッハッハ、年はとりたく無いものだねぇ」
「・・・マサキ、この人はこう言う人だ。ペースに巻き込まれたら疲れるだけだぞ?」
「失礼だな君は・・・さて、問題はどうやってここから脱出するかだが・・・」

相変わらずのマイペースっぷりに二人は呆れていた。
だが裏を返せば、この様な状況においても自分のペースを崩さないという事は心強い証拠である。
流石は情報部に身を寄せ、殿下に信頼されている人物といったところだろうか?
そんな事を考えていると、マサキが策があると言い出した。

「一体どんな方法何だ何だよマサキ、見た所扉を開くような道具を持ってる様には見えないけど・・・」
「そろそろだと思うんだけどな―――」

彼がそう言った直後、基地内部に地響きが起こる。

「何だ?」
「どうやらこれは爆発の様だね。安藤君、これが君の言っていた策かね?」
「い、いや、これじゃねぇよ」
「どう言う事だ?」
「もうじき俺の相棒がここに来る予定だったんだ。そいつが脱出の為の道具を持って来る事になってたんだけど・・・」
「これはその人がやってるんじゃないのか?」
「いくらなんでもそれは無理だ。あいつにこんな手の込んだ事できるわけがねぇ」
「という事は・・・ひょっとしたらキョウスケ大尉達かもしれない。外からこの施設に攻撃してるのかも・・・」
「これは違うねぇ・・・この振動は内部からの爆発によるものだ。何かしらの事故かもしれない」
「だとしたらなおさら好都合だぜ。混乱に乗じて脱出できる」
「でもどうやってこの扉を開けるんだよ?鍵がかかってる以上、出る事は出来ないぜ?」
『マサキ、お待たせニャ』

彼らがその様なやり取りをしている所に突然聞こえてくる声。
武達は、直ぐにそれがマサキの言っていた人物だという事に気付く。
しかし、声が聞こえてくるのは部屋の中・・・もちろん自分たち以外に人はいない筈である。
何処からだと武が周囲を見渡していると、部屋の隅にある排気口に光る二つの何かを見つけた―――

「・・・ネコ?」
「遅かったなぁクロ。頼んでおいた物は持って来てくれたか?」
「ばっちりニャ、後はこれを使って上手く格納庫の所まで行ければ脱出可能だニャ」
「ネ、ネコが喋った!?」
「マサキ、この人は誰ニャの?」
「こいつはタケルだ。こいつも一緒に脱出する」
「マ、マサキ・・・お前の言ってた相棒って化け猫だったのか?」
「ば、化け猫とは失礼しちゃうわね!!・・・私はマサキの使い魔(ファミリア)、無意識の一部を使って作られた分身みたいニャものよ」
「使い魔・・・ファンタジーの世界に出てくる魔法使いのペットみたいなもんか?って事は、マサキは魔法使いなのか?」
「そんなんじゃねえよ。とりあえず話は後だ、早くここから出ようぜ」

そう言うとマサキは、クロから受け取ったポーチの様なものから小さい棒状の物体を取りだすと、それをドアに貼り付け何やら呪文の様な物を唱え始める。

「よし、これで鍵が開いた筈だ。クロ、道案内を頼む」
「解ったニャ」

こうして彼らは牢屋からの脱出に成功し、クロの案内で一路格納庫を目指す事になった。
マサキが言うには、そこにはここを脱出する為に必要な物が置いてあるらしい。

だが彼らは気付いていなかった。
この爆発が誰によって引き起こされたものなのかという事を―――
そして、この島に隠された真の秘密が何かという事を彼らはまだ知らない―――


あとがき

お待たせしました。第33話です。
一ヶ月近く間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

さて、本編登場の新キャラお二方。
マサキ・アンドーと鎧衣課長の二人です。
マサキに関しては、実を言うと以前から出すつもりでいました。
ただ、どのタイミングで出すかという事に非常に悩んでいた為、絶対に出すと言い切れなかったのであえて口には出しませんでしたが、彼の登場を期待していた方々には良いサプライズになったかと思います。
何故彼がこちらの世界に来たのか?という事に関しては近々明らかにさせて頂きます。
大多数の方の予想通りの展開だと思って頂いてOKですよ(笑)
課長に関してはどうしようかと思ったんですが、凄乃皇(XG-70)の事を含めて謎の米軍特殊部隊の事を調査している内にシャドウミラーの存在に辿り着き、その事を夕呼に報告しようと帰国した直後、丁度アクセルが拉致される前辺りに彼らに捕まってしまい、この島に連れてこられたという設定とさせて頂いてます。

牢屋を脱出する時に使ったアイテムですが、ラ・ギアス製のマジックアイテムの一種と考えて頂ければと思います。
魔装機神本編にこの様な物が登場した描写は無かったと思いますが、こう言う物が存在しても良いんじゃないかと思いオリジナル設定として使わせて頂きました。

次回は例の機体が大暴れの予定です。
そして、脱出の際にちょっとした物が登場する予定になってますのでこの辺も楽しみにしていてください。
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第34話 吹き荒れる熱風、疾風の如く
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/03/13 00:46
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第34話 吹き荒れる熱風、疾風の如く




・・・某所・・・

「そうか、伊豆基地はキョウスケ達の捜索を打ち切ったか・・・」

何処かの洋館の一室を思わせる場所で一人の男が軍のキョウスケ達に対しての処遇を嘆いていた―――
彼にその事を伝えた人物は、ただ短く『ああ』とだけ相槌を打つ。

「それで、カイ少佐はなんと?」
「少佐の方でも何かしらの手は打って見るとの事だった。恐らくあの人のことだ、単独でも動くつもりだろうな・・・」
「あり得ん話では無いだろうな・・・レーツェル、お前の方はどうだった?」
「ルスランの話しでは、その後軍内部やそれに関する施設などでの行方不明者は出ていないという事だ。尤も一般人までとなると事件や事故なども含まれる為に一概には言えんという事だが・・・」

軍がキョウスケ達の捜索を打ち切ってから数日、元教導隊の面々は彼らが行方不明となった直後から独自に捜索を行っていたのである。
元々ゼンガーやレーツェル達と言ったクロガネのクルーは、彼らの影となって活動している為、軍などに入ってこない情報なども手に入れることが出来る。
流石に人海戦術といった類の事は無理であるが、裏社会に生きる者達はそれぞれが独自のルートでの情報を持っている為、こういったケースに置いては有利なのである。

「ギリアム、お前の意見を聞かせて欲しい」

室内の空気が重くなる中、口を開いたのはゼンガーだった。

「・・・私の考えでは、恐らくキョウスケ中尉達はどこか別の世界へと転移した可能性が高い。情報が少ないうえに根拠と言える物が存在している訳では無いのだがな」
「そうか・・・実はアズマ博士もお前と同じ事を仰っていた。コンパチカイザーが消失する直前、次元の歪みが計測されたそうだ。そして、格納庫内には僅かではあるがこの世界には無い未知のエネルギーが残留していたらしい」
「未知のエネルギー?」
「重力波に似た物だが、現在これと同じ様な物質は発見されてはいないとの事だった。恐らく時限の壁を越える為のゲートの様な物が開かれた際にこちらの世界に流れ出てきた物ではないかと言うことだ」
「なるほどな・・・次元跳躍に関する事に関しては、専門家である博士の意見を参考にすべきだろう。今の話を聞いてキョウスケ中尉達は異世界に転移した可能性が高いと判断しても良いかもしれん」

自身も何度かの転移を経験している事とアズマ博士の見解から、爆発事故が原因となってキョウスケ達が異世界に飛ばされたであろう可能性がかなり濃厚な線になってきた。
実際、彼らは異世界へと飛ばされ、BETAと呼ばれる敵と戦う中に居る。
そんな事を知らない彼らが独自調査の結果、ここまでの場所に辿り着いた事は素直に驚くべきことだろう。

「問題はどうやって彼らの居場所を突き止めるか・・・と言うことなんだが」

既に彼らはキョウスケ達が異世界へと飛ばされたという考えで話を進めている。
あくまで可能性でしかないのだが、彼ら自身はキョウスケ達が死んだと誰一人考えていなかった。
そして、その可能性を信じて行動に移すことにしたのである。
だが、問題はギリアムの言ったように『どうやって彼らの居場所を見つけるか』、という点だ。
現状ではこちら側に次元転移を可能とするシステムは存在しない。
システムXNが存在していればそれを利用して彼らを捜索する事も可能だったかもしれないが、無い物強請りをしていても仕方が無い。

「・・・その件に関してだが、一度テスラ研やマオ社に相談してみてはどうだろうか?」
「そうだな、我々だけで話し合っていても拉致が明かん」
「では私がカイ少佐と共にマオ社へ赴くとしよう。丁度RVと改型のオーバーホールが終わる頃合だ。機体の受領と言う名目ならばそこでカイ少佐と合流しても軍に怪しまれる事も無いと思う」
「そうか、ではテスラ研へは我々が行くとしよう。ダイゼンガーとトロンベの調整も行わねばならんしな」
「了解した。それでは私はこの件をカイ少佐に報告し、マオ社へ向かう事にする。何か新しい情報が入り次第連絡をくれ」
「分かった」


こうして旧特殊戦技教導隊の面々によるキョウスケ達の捜索が開始されたのである―――



・・・シャドウミラー前線基地・・・


室内にはけたたましく異常を知らせるアラートが鳴り響いていた―――

「一体何事だ!」
「基地警備用のオートマトンが破壊活動を行っている模様」

首領と思われる男の問いに対し、部下の一人が機械的な口調でそれに答える。

「何だと・・・原因はなんだ?」
「システムの一部にハッキングの形跡アリ。何者かによって制御システムの一部が書き換えられた事が原因と思われます」
「クッ、アクセルめ・・・やってくれるではないか。早急にオートマトンの制御を取り戻せ。W12(ダブリュー・ワン・ツー)、貴様は量産型のナンバーズを率いて奴を探し出し、何としても捕まえろ!!」
「了解しました」

男の命令を受けた彼女は、即座に部隊を編成しアクセル捜索任務に当たる事にした。
その直後、オペレーターの口から新たな情報が発せられる。

「オートマトンの破壊活動に便乗し、捕虜3名が脱走した模様」
「アクセルの仕業か?」
「独房周辺にはナンバーズ以外の人影は見当たりません。扉のロックは内部から解除された様子です」
「フム・・・その3名に関しては放っておいても構わん。どうせ袋の鼠だからな・・・アクセルの捕縛とシステムの修復を最優先事項とする」
「了解」

システムの書き換え等といった芸当は、元々この部隊に所属していたアクセルならば容易い事だろう。
そして、恐らく彼の元素性を考えれば、その時に基地内部の構造なども把握している筈だと男は考えたのである。
となると、この施設内で研究している物に関しての情報も彼の手に渡ってしまった可能性が高い。
彼の手によってここの機密が洩れてしまうという事は、男にとっては最悪の事態に発展する。
現状で武達を放って置いても害は無いと判断したのは、彼らの能力をアクセルと比べて過小評価した事が主な理由である。
そして、是が非でも『アクセル・アルマー』と言う人間を支配下に置きたいというその考えが、後に彼の首を絞める結果になろうとはこのとき彼自身も気付いてはいなかったのだった―――



「格納庫はもうすぐニャ」

薄暗い通路をクロに先導される形で武達は進んでいる。
何かしらの目的があって格納庫を目指しているのだろうと武は考えてはいるものの、その理由を知らされないまま先へ進み続ける事に対して徐々に不安がこみ上げてくるのが分かっていた。

「なあマサキ、格納庫に何があるんだ?脱出するための機体でも奪うのかよ?」
「いや、俺達が捕まった時に俺の機体も奴らに奪われちまったんだ。そいつを取り戻すのさ」
「なるほど・・・」

理由を聞いた事により、多少の安堵感に見舞われるものの今のところ状況は不利と言えるだろう。
三人と一匹は先程から格納庫への道を走り続けている。
偶然かどうかは分からないが、これまで一度も敵兵と遭遇していないのは不幸中の幸いだ。
武器も持っていない状況での敵との遭遇は最悪のケース以外の何物でもないのである。

「しかし妙なものだねぇ・・・これだけ走り続けているというのに敵兵と一向に遭遇する気配が無い。クロちゃん、ひょっとして君は敵の巡回ルートを知っているのかね?」
「流石にそこまで調べている余裕はニャかったわ。敵の気配がしたら身を隠してやり過ごす位しか考えていニャかったもの」
「だとすると奇妙な偶然も有ったものだねぇ」

鎧衣の口にした疑問も尤もである。
いくら基地内部の騒ぎに便乗しているとはいえ、捕虜の脱走に気付かないほど敵も間抜けでは無いだろう。
そちらの方がいかに重要であったとしても、こちら側に人員を割く事が出来ない等と言う事は無いはずなのである。

「ストップッ!!」

そのような事を考えながら走っていると、唐突にクロが皆に対して制止を呼びかける。

「どうしたクロ?」
「シッ!・・・ダメだニャ、あの扉の向こうが格納庫ニャんだけど、敵兵が二人も配備されてるニャ」

突き当りを曲がった先が格納庫へと続く扉だ。
あれを潜り抜ければ脱出まで後一歩という場面に来て、遂に敵兵と遭遇してしまったのである。
幸いな事に相手はこちらに気付いていない様だが、それも時間の問題だろう。
もたもたしていれば更に見張りが増えるかもしれない。
そうなってしまえば脱出は更に困難になってしまうのだ。

「クッ、格納庫は直ぐそこだって言うのに・・・なあクロ、君はどうやって牢屋まで来たんだ?」
「この上に排気用のダクトが流れているニョよ。私はそれを通ってきたんだけど・・・」
「じゃあ俺達もそこを通れば良いじゃないか?」
「それが出来たら苦労しニャいわよ。至る所に赤外線のセンサーが設置されてて人が通れる隙間なんてニャいもの」
「ネコといった小柄なクロちゃんだからこそ出来た芸当という訳だね・・・さて、どうしたものか・・・」
「ウダウダ考えてても仕方ねぇ!正面突破で行くっきゃねえだろ!」
「ちょ、マサキ、それはいくらなんでも無謀すぎるぞ」
「そうよ、相手は銃を持って武装してるニョよ?」
「だったらどうしろってんだ!?」
『やれやれ・・・貴様らはここが敵地の真っ只中だという事を忘れてないか?』

言い争う彼らの背後から聞こえてくる声―――
その時誰もが敵に見つかったと思っていた。
武は恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこに居たのは意外な人物だったのである。

「ア、アクセル中尉!?な、何で中尉がここに?」

彼が驚くのも無理は無いだろう。
この場に居る筈の無い人物が目の前に居るのだ。
これで驚かない者は余程肝が据わっていると言っても過言では無いと言える。

「それはこっちの台詞だ・・・と言いたい所だが、奴らに招待されて、な。あまりにもツマらん話だったんでこれから帰る所だ」

ヤレヤレと呆れた表情で彼は答えていた。

「アクセル、まさかお前までこっちに来てるとはな」

そして彼は一つため息をつくとこう言い放つ―――

「酷い方向音痴だと聞いてはいたが、次元の壁をもブチ破って迷子になったか・・・ここまで来るとあまり笑えん話だな、マサキ・アンドー」
「なんだと!?てめぇケンカ売ってんのか?」
「スト~ップ!二人ともケンカは止めるニャ」
「うむ、クロちゃんの言うとおりだねぇ。今はまず、あそこに陣取っている彼らを何とかしないと」
「それなら問題は無い、これがな・・・来たか」

彼がそういった直後、武達の背後に1機のオートマトンが現れる。
そしてアクセルは、手にしていた端末をそれに接続し、なにやらプログラムを施している様だ。

「中尉、一体何をやってるんですか?」
「まあ見ていろ。これからコイツを奴らに向けて突っ込ませて道を作る」

そう彼が言った直後、目の前のオートマトンは徐々に加速し、扉の方へ向けて進み始める。
扉を警護していた敵兵は、始めは巡回中のオートマトンであろうと考えていたのだが、それは速度を緩めることなく彼らの元へと進んで行く―――
兵士は暴走している機体の一つだと気付き、徐に手に持っていたマシンガンを乱射するものの、オートマトンはその足を止める事を止めない。
破壊は無理だと判断した敵兵は、即座にその場から飛びのき衝突を回避する。
そしてそれはそのまま勢いよく扉へと突っ込んだと同時に沈黙したかに見えたのだが―――

「伏せろっ!!」

アクセルがそう言った直後、通路上に響き渡る爆発音。
扉にめり込んでいたオートマトンが勢いよく爆発したのである。
無論、その爆発に扉を警護していた兵士達は巻き込まれたのは言うまでも無い。

「これで道は開けた、な・・・どうしたお前達?」
「どうしたもこうしたもあるかっ!!こんなに派手に動いちまったら俺達がここに居るのがバレバレじゃねえかっ!!」
「それで?」
「それで、って中尉・・・」
「どうせ敵にはバレている。だったら派手に暴れまわった方が脱出もしやすくなると思うんだが、な」
「フム・・・なるほど、確かに彼の言う通りかもしれないね」
『「納得するなッ!!」』
「そんニャ事より、早く行かニャいと敵が来ると思うんだけど・・・」
「おお、クロちゃんの言うとおりだ。ここまで来て敵に捕まってしまっては意味が無い。さっさと行くとしよう」
『「好きにしてくれ・・・」』

鎧衣の相変わらずのマイペースッぷりに項垂れつつも、彼らは再び格納庫へと向かう事にした。
急いで破壊された扉を潜ると、彼らの目には見た事も無い機体が数機飛び込んで来る。
中でも目を引くのは西洋の甲冑を着込んだような機体だ。
その中に在る機体の中でも群を抜いて異質な存在―――

『風の魔装機神・サイバスター』

風の精霊サイフィスと契約した風の魔装機神。
魔装機神の中では最後に完成し、最後に起動した機体であり、最もバランスに優れた機体である。
また比類無き潜在能力を持つと言われており、風の精霊の力により機動性は凄まじく、神鳥ディシュナス(龍と隼を掛け合わせた姿をしている)を模したサイバードという巡航形態に変形できる他、全魔装機の中で、唯一単独でラ・ギアスと地上世界のゲートを作り出すことのできる機体である。
実を言うと、マサキがこの世界にやってきた理由はここにあった。
彼は地上での仕事が一段落した為、一度ラ・ギアスへと帰還しようとゲートを開いたのである。
ところがゲートを潜り抜けた先は地上、再びゲートを開こうとするものの、一向にゲートが開かれる気配が無い。
おかしいと思った彼は、地上界の仲間と合流すべく日本を目指していたのだが、運悪くシャドウミラーの部隊と遭遇してしまッたのである。
そして、そのまま戦闘に突入してしまい、彼自身のプラーナも尽きてしまった事もありサイバスター共々捕獲されてしまったのだった―――

「敵は居ないみたいだな・・・よしっ!」

一足先に自分の機体へと走り出したマサキは、見慣れた愛機であるサイバスターの元へと近づいて行く。

『マサキ、遅いニャ』

コックピット内で待機していた彼のもう一人の使い魔であるシロは、到着の遅れた彼を攻めるような口ぶりをしているものの無事だった事に安堵していた。

「悪い・・・シロ、サイバスターはどうだ?」
『問題無いニャ』
「よし、シロ!コックピットへ上げてくれ!」
『了解』

機体に搭乗したマサキは、コンソールを操作し機体の状況を改めてチェックする。
その頃、武達はというと―――

「こ、この機体は・・・特機!?」

武の目の前には見た事もない機体がハンガーに固定されていた。
それは赤銅色を基調としており、外見的なイメージからは渋い印象が受け取れる。
中でも目を引くのが背部にあるドリル状の物体だ。
それに気を取られている彼の背後からアクセルが話しかける。

「ほう、参式か・・・丁度良い。白銀!!」
「は、はい!?」
「確かシミュレーターでのPTの操縦経験はあったな?」
「経験って言ってもキョウスケ大尉達に1、2回触らせてもらった程度ですよ」
「動かせれば問題は無い。貴様はこの機体でその男と共に脱出しろ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよアクセル中尉!!戦術機ならまだしも特機の操縦なんて無理ですって・・・どうせ奪って逃げるならこの機体より戦術機のほうが良くないですか?」

このとき武は、とんでもない事をアクセルが口にしたと思っていた。
確かに以前、キョウスケとの模擬戦の後にPTと戦術機の違いをその身で体験する為に機体のシミュレーターモードを使わせてもらった事があった。
しかし、規格の違いもあって動かす事は出来ても戦闘を行う事は無理だったのである。
そんな状態である以上、彼ならまだしも自分にこの機体を満足に動かせるとは到底思えないのだ。
反論してしまうのも無理はないだろう。
だが、そんな彼の言い分など聞く耳持たないといった様子でアクセルは話を続ける―――

「この機体は俺達の世界で開発された対異星人用の人型起動兵器だ。こんな物を奴らが保有していると分かった以上、見過ごすわけにはいかん、これがな。後々の事を考えて俺達で有効に使わせてもらおうと言うわけだ」
「じゃあ、中尉がこれに乗って下さいよ。俺は奥のF-23Aで脱出しますから」
「生憎だが、俺はこっちの機体を使う。それにグルンガストシリーズより俺にはアサルト・ドラグーンの方が扱いが慣れているんでな」

アクセルが指差した方には、戦術機と同サイズ程の機体が固定されていた。

『ASK-AD02・アシュセイヴァー』

指揮官用機として製造された強襲用人型機動兵器。
搭乗者の脳波パターンを解析・記録した後、機体側からのフィードバックによって半強制的に同調させるシステムを搭載しており、更に戦況分析や戦闘パターンを搭乗者の思考にフィードバックするD.P.S(ダイレクト・プロジェクション・システム)により操縦をサポートさせる事で比較的誰にでも操縦が可能な機体である。
むしろ参式よりもこちらの方が武に適していると思うのだが、アクセルにはこの機体の危険性を考えて彼に参式に乗るよう指示を出したのである。
この機体はD.P.Sによるサポートが有るのだが、解析しやすい脳波パターン、更にはパイロットが強靭な意志力を持たなければ適応できず、これらの要求に応えられない場合はシステムがパイロットの精神をデバイスとして取り込んでしまう危険性があるのだ。
そしてこの機体は、ソウルゲインに乗る前に愛機としていた機体でもある。
脱出の際には間違いなく戦闘になるだろうと彼は予測していた。
そのような状況にあって満足に動けない者が何人も居ては脱出は不可能になる。
そういった点から彼は、堅牢な装甲を持つ参式に武を搭乗させる事で脱出を優先させ、追撃してくる敵をマサキと一手に引き受けようと考えたのである。
その事を武に伝えると、彼は渋々ながらもそれを了承する事にしたのであった。

「鎧衣課長、そちらは問題ありませんか?」
『うむ・・・しかし、本当に強化装備無しで大丈夫なのかね?』
「機体そのものにGキャンセラーが搭載されているそうですから大丈夫だと思います」
『では操縦は君に一任するとしよう。やってくれたまえ』
「了解・・・マサキ、アクセル中尉、そっちはどうですか?」
『俺の方は問題ないぜ』
『こっちはもう少し時間が掛かる・・・少々面白いものを見つけたんで、な』
「面白いもの?」
『なんだか知らねぇけど早くしろよ。グズグズしてたら敵が来ちまう・・・っ!!』

マサキがそういった直後、唐突にアシュセイバーの背後に居た機体のカメラアイが点灯する。
彼はいつの間に敵が乗り込んだのかと焦ると共に急いで臨戦態勢を整えようとするのだが―――

『安心しろ、後ろの3機は敵じゃない・・・これがさっき言った面白いものだ』
「どういう事です中尉?」
『マリオネット・システム、以前俺が居た世界で研究中だったシロモノだ』

『マリオネット・システム』

その名が示す通り、AI制御の無人機を操るシステムである。
AI制御の無人機は様々な戦闘データを基に作られた戦闘アルゴリズムが組み込まれており、完全な自立行動がとれる他、有人機と違い、人体が耐え得る以上の高G機動が可能であり、精密無比な攻撃力と併せ運用次第では強力な兵器となる。
しかし、従来機以上の機動が可能となる反面、次々と状況が変化する戦場においてはそれらに対処できなくなる事がしばしばあった。
それを打開する為に開発されたのがこのマリオネット・システムなのである。
親機である機体に搭載された管制システムによって集中制御され、優れた戦術センスを持つ者が操作する事によって戦況に応じて細かな指示をだす事で柔軟に対応させる事を目的として開発されたのだが、機械的な動きが読まれやすいといった弱点も持ち合わせており、量産型Wナンバーズの量産態勢が整った事も相俟って研究途中で開発は一時中断されたのであった。

『ゲシュペンストMk-Ⅱに・・・その白い機体はヴァイスリッターか?』
『こいつはゲシュペンストMk-Ⅳ・・・俺の居た世界でプランだけ存在していた機体だ。こいつもシステムの支配下に置けるようなのでな。手数が多いに越した事は無いだろう?・・・これでこちらも準備OKだ。いつでも発進できる』
「了解、それじゃあ格納庫の壁をブチ破ります!!」
『やれるのか白銀?』
「多分大丈夫です・・・行きますよ!!」

ゆっくりと武の乗る参式が隔壁へと足を進める―――
彼が自分から隔壁の破壊を言い出した事には理由があったのだ。
使い慣れない機体を用いて脱出を謀らねばならない以上、少しでも機体に慣れておく必要がある。
更に言うならば戦闘になった際、何も出来なければ良い的になってしまうのは明らかだ。
武が念動力者であったならば機体に装備された念動フィールドが使えた可能性はあるかもしれないが、図体がデカイ分いくら堅牢な装甲を持つ参式とはいえ、集中砲火を浴びてしまえば一溜まりも無い可能性が高い。
短い時間で戦術機と同じく自分の手足のように動かす事は無理であっても、動き回れる位にはなっておきたいと考えた結果からこの様な事を言い出したのだった。

『ところでタケル、お前どうやって隔壁を破るつもりなんだ?』
「え・・・それはこのまま拳でぶん殴ろうかと思ってたんだけど」

その発言に対し、モニター越しのマサキは呆れていたのは言うまでも無い。
アクセルに至っては溜息をついている。

「な、だって仕方ないじゃないか!!動かし方は多少とはいえ分かるけど、どうやって操作すれば兵装が使えるのかとか分からないし・・・」
『呆れた奴だ・・・時間が無いから簡潔にレクチャーしてやる。基本的に特機の兵装は音声認識によるマルチ入力だ、これがな。戦術機の様に兵装を自分で選択する必要は無い・・・兵装のチェックは逃げながら自分で確認しろ』
『という訳だ。お前は機体の制御だけ考えてれば良いってことだな。隔壁は俺がブチ破る』
「・・・了解」
『じゃ、行くぜ!!』

参式の前に出たマサキは、二人に少し下がるように伝えると隔壁の前でいつの間にか剣を身構え、それを地面へと突き立てる―――

『コール・フェニックス!』

彼がそう叫んだ直後、サイバスターを中心に魔方陣が展開される。
展開されたそれの中から炎を纏った不死鳥の様な物が飛び出すと同時に隔壁へ向けて跳躍を開始するマサキとサイバスター。

『いっけぇぇっ!!』

そのままサイバード形態へと変形し、更に加速するマサキ―――

『アカシック・バスターッ!!』

炎を纏った不死鳥と同化し、青白い炎の鳥へと変貌したサイバスターは、そのまま更に加速し一気に隔壁へと距離を詰める。

『おりゃぁあああっ!!』

次の瞬間、格納庫を塞いでいた隔壁は爆音と共に崩壊し、その周囲には青白い炎だけが残っていた―――

「す、スゲェ・・・」
『何を呆けている・・・俺達も行くぞ』
「り、了解!!」



こうして彼らの脱出劇が始まった―――
しかし、このまま易々と彼らを逃がすシャドウミラーではなかったのである―――




あとがき

皆様、お待たせしました。
第34話です。
一ヶ月以上も間を空けてしまい、本当に申し訳ありませんでしたm(__)m

さて、今回の冒頭で登場した教導隊の方々、待ちに待ってた方もいらっしゃると思います。
今回は顔見せ程度の出演でしたが、今後間違いなく再登場する予定です。
いつになるか・・・と言うことはまだ言えませんが、かなりオイシイ登場をさせる予定ですので楽しみにお待ち下さい。

以前、掲示板に書かせて頂いたように武ちゃんには戦術機以外の機体に乗ってもらいました。
何にするか散々迷った挙句、参式をチョイスしたのですがいかがでしょうか?
ちなみに今後の彼の乗機になる予定はありません。
今回限りの限定搭乗という形とさせていただきます。
アシュセイヴァーもそうですが、ゲシュペンストMk-ⅡやMk-Ⅳの登場に関しては理由があります。
これは追々明らかにする予定ですのでその時をお待ち下さい。
ちなみにMk-Ⅳは無限のフロンティアに登場したアーベントをそのままPTサイズとして出したものと考えて頂ければと思います。

サイバスターを含め、劇中での活躍は次回に持ち越させていただきますので楽しみにお待ちくださいませ。
それでは感想お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第35話 暴れまわる幽霊達
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/03/13 00:45
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第35話 暴れまわる幽霊達




無事に敵基地からの脱出に成功した武は、皆が無事だった事に安堵していた―――
一旦上空に飛翔していたマサキも彼らの脱出を確認し、索敵を続けつつ合流を開始する。

『今のところ追撃は無いみたいだな・・・それでタケル、この後どうするんだ?』
「一度キョウスケ大尉達と合流したい所なんだけど、このまま向かう訳にはいかないんだ。一先ず北上して迂回するしかないな」
『どうしてだよ?敵の追撃部隊が出てくる可能性が高い。って事は、あいつらと早めに合流した方が良いんじゃないのか?』
「大尉達の居るポイントには演習中の訓練生や非戦闘員が居るんだ。下手に彼女達を巻き込むわけにはいかないんだよ」
『・・・なるほどな、そういうことならしょうがねぇか。そうと決まればこんな所に長居は無用、さっさと行こうぜ!』
『・・・そうしたいのは山々なんだが、な。お喋りの時間が長すぎたようだ』

アクセルがそう言った直後、次々とレーダーに映る機影。
現在の所、そう数は多くは無いが、徐々に増え始めている。

『チッ、もたもたし過ぎちまったか・・・こうなったらサイフラッシュで一気に片付けてやるぜ!!』
『ダメよマサキ!!』

MAP兵器であるサイフラッシュを使おうとした矢先、彼の行動を遮る様にファミリアのクロが制止を呼びかける。

『そうだニャマサキ、こんな所で下手にプラーナを消費してこの前みたいにぶっ倒れたらどうするんだニャ!』
『うっ、そうだった・・・だったらアカシックバスターで―――『「いい加減学習するニャ!!」』―――わりぃ・・・』

マサキの耳元で二匹のファミリアが口を揃えて叫ぶ。
プラーナとは生命が持っている生体エネルギーで、俗に言う『気』や『オーラ』のようなものと言われ、魔術や結界等を発動させたりするための魔力とは別物であり、魔装機の操縦にはこれが必要不可欠なものとされている。
そのため、プラーナが高ければ高いほど魔装機の性能を引き出すことができるが、プラーナが低いとまともに動かすこともできない。
また、プラーナは人間の生気ともいえる物で、多量に消費すると命を落としかねない事から、戦闘などを行う際は細心の注意を払わなければならないのだ。
この世界に来た直後、シャドウミラーとの偶発的な遭遇戦に巻き込まれてしまった彼は、大技を連発しプラーナを大量に消耗し過ぎてしまい、結果として遭遇した部隊を退ける事は出来たものの、後から来た増援部隊に捕縛されてしまったと言う訳である。

『・・・という事はサイバスターと貴様は当てに出来んということか・・・使えん奴だ』
『何だとテメェ!!』
「ふ、二人とも落ち着いて!それよりも今は敵の追撃部隊をなんとかしないと・・・」
『そうだニャ!タケルの言うとおり、まずは敵をニャんとかしニャいと』

三人がこのようなやり取りを続けている間にも敵の数は更に増え始めている。
確認できただけでもざっと20機近くは居るだろうか―――
その多くは戦術機であるF-23A・ブラックウィドウだが、敵がこれだけとは限らない。

『・・・ここで言い争っていても仕方あるまい。今回は白銀の顔に免じてやるとしよう』
『一々感に障る言い方をする野郎だな・・・まあ今回ばかりは俺もタケルの顔に免じてやるぜ』

何だかんだで意見が纏まり、三人は敵部隊に備えて身構える―――

『敵部隊は戦術機で構成されているが、恐らくこれで終わる筈は無いだろう。増援の可能性が高いと肝に銘じておけよ』
『ああ「了解です」』

指揮官としての能力は、やはり武よりもアクセルの方に分が有る。
元シャドウミラーの隊長という事も理由の一つでは有るが、彼はこれまでに幾多の戦いを経験している。
そのため部隊運用や戦術構築など、様々な面で武を上回っているのは当然と言えよう。
また、彼が増援を懸念している事には他にも理由がある。
それは自分達の乗機に関することも含まれていた。
彼自身が搭乗しているアシュセイヴァーは、シャドウミラーが指揮官機として採用しているF.I社製の機体だ。
後に量産された量産型は、ゲシュペンストMk-Ⅱに変わる主力機としてアースクレイドル内で行われた物だが、プラン上は存在していた事から確認できていないだけの可能性が高かった。
次にゲシュペンストMk-ⅡとMk-Ⅳだが、Mk-Ⅱに関しては自分達が元居た世界、(ここでは『あちら側の世界』とさせて頂く)から持ち込まれた物だろう。
Mk-Ⅳはプランのみ存在していた機体だが、設計図を元にMk-Ⅱを用いて再現した機体だと予測が付く。
では、参式はどうだろう?
流石にこれだけの機体をこの世界のものだけで再現する事は不可能に近い。
それができるのであればキョウスケ達の機体の修復も可能になってしまうからだ。
という事は、この参式はあちら側の世界でテスラ研から強奪した三機の内の一機でほぼ間違いない。
三機の内の一機はアースクレイドルでの戦いで破壊されており、もう一機は現在目の前に有る物、残る一機は所在不明という事になる。
ここまで来ればもうお分かりだろう。
少なくとも後何機かのMk-Ⅱと参式が一機は存在している可能性が高いという事だ。
足止めの為に戦術機を前面に展開し、後続としてPTや特機が出てくる可能性が高いと彼は予想したのである。

『白銀、俺達で奴らを牽制しつつ引き付ける。貴様は俺達が討ち漏らした奴を叩け』
「大丈夫です。俺もやれますよ」
『満足に機体も動かせねぇ奴が前に出たっていい的になるだけだろ?お前は自分の事だけ考えてればいいって事さ』
『そういうことだ、これがな。念の為に貴様らの直衛としてMk-Ⅱ達を使う。手数は減ってしまうが問題は無いなマサキ・アンドー』
『ああ、その分俺が敵を落とせばいいって事だろ?』
『フッ、意外と物分りが良いな。問題は無いな白銀?』
「クッ・・・了解」

このとき武は、マサキやアクセルの発言に対して怒りを覚えることは無かった。
彼の言い分は尤もであり、自分自身の力量の無さに対して苛立っていたのである。
現に先程もロクに動かすことも出来ない機体で隔壁破壊を言い出し失敗に終わったばかりだ。
下手に自分が前に出て的になってしまえば、それをカバーする為にマサキやアクセルがこちらの方に気を取られてしまう。
そして彼一人がこの機体に搭乗しているのであれば問題は無いが、サブコックピットには鎧衣が乗っているのだ。
当たり所が悪ければ彼を巻き込んでしまう可能性が高い。
そうなってしまえば美琴に対して顔を向けることも出来なくなってしまうだろう。
そのような事を踏まえた上で、彼は大人しく彼らの意見に従ったのである。

『行くぜ、サイバスター!お前達に風の魔装機神の力を見せてやる!』

マサキはディスカッターを構え前方に展開する敵機に向けて突撃する―――

『ディスカッター、霞斬り!』

風の魔装機神のスピードを生かした動きで敵を翻弄しつつ、すれ違い様に次々と敵機を斬り付けて行くマサキ。
霞斬りの由来は、斬った軌跡が青白い霞のようになっていることから付けられたと言われている。
元々威力を重視した攻撃ではなく、相手に対しての牽制を目的とした技であるため致命傷を与えることは出来ていないが、現在の最優先事項はいかにこの場から脱出するかという点だ。
敵を仕留めるまでは行かないにしても、後を追って来れなくすれば逃げ切ることは可能なのである。
彼がこのような戦法を取った理由は、先程の武との会話が挙げられる。
敵を引き連れたままキョウスケ達と合流することは、非戦闘員を危険に晒してしまう可能性が高いのだ。
敵を撃墜してしまえば問題ないのだが、先程クロ達にプラーナを抑えて戦闘を行うよう言われたばかりであるため、あえてこの様な戦い方を選択しているのであった。

『フッ、奴らしくも無い戦い方だ、な・・・っ!!』

彼の乗るアシュセイヴァーの直ぐ横を36mm弾が通過する。
マサキの戦闘に目を奪われていた訳ではないが、油断していた事には違いない。
とっさに回避した彼は、攻撃してきた機体に向けて自機を突撃させる―――

『やり返さねば気が済まない性質でな・・・受け取れ!!』

高速で敵機に向けて跳躍しながら彼は、装備された兵装より右腕に構えたガン・レイピアを選択し更に加速する。

『物事はスマートに、な』

一度に数機の相手を見据え、彼は躊躇無くトリガーを引く。
ガン・レイピアから青白く細長いビームが次々と発射され、F-23Aの装甲を撃ち抜いて行く―――
いくら最新の対レーザー蒸散塗膜加工を施された機体とはいえ、至近距離でこれだけのビームを撃ち込まれれば一溜まりも無いのだろう。
出力は光線級に比べ劣るかもしれないが、元々戦術機の装甲は対ベータ用の物であり、技術的な面で考えてもビームを易々と防げるものではないのだ。

『どうした、それで終わりか?所詮は人形、この程度では俺達を止める事など出来んぞ!』

無人機のMk-ⅡとMk-Ⅳに遠距離から敵を牽制させ、出来た隙を突く形で次々と敵機を撃墜していくアクセルとマサキ。
近距離をマサキ、中距離をアクセル、遠距離を無人機に担当させることによって彼らは見事に三位一体の戦術を繰り広げていた―――

「クソッ、ただ見ているだけしか出来ないなんて・・・『ちょっといいかい白銀君?』・・・何ですか鎧衣課長?」
『先程からレーダーと思われるものを見ていたのだが、敵の布陣が少々変だと思ってねぇ』

そう言われた武は慌ててレーダーを確認する。

「確かに妙ですね・・・わざと俺達が脱出を考えていた方向に移動しているような・・・まさかっ!!」

彼が何かに気付いた矢先の出来事だった。
自分達を中心に次々とレーダーに新たな機影が表示され始めたのだ。

『クソッ、伏兵かよ・・・』
「そんな、レーダーには何も映っていなかった筈だ!」
『OCA、簡単に言えば光学迷彩だ。俺としたことが迂闊だった・・・奴らの使用している戦術機には特殊装備として光学迷彩が搭載されているのさ、これがな』
『何でそんな大事な事を言わねぇんだ!』
『騒いでいても仕方が無いだろう・・・今はどうやってここを突破するかを考えろ・・・っ!!どこからの攻撃だ!?』

武達は相手の罠にはまってしまい、伏兵が展開しているポイントへと誘い込まれたのだった。
そして、予期せぬ位置からの攻撃を受けるアクセル。
その発射元を特定した彼は驚かざるを得なかった―――

『な、なんだと?』

彼のアシュセイヴァーに攻撃を仕掛けたのは味方機―――
そう、武の直衛に回していたMk-Ⅳだったのである。

「そ、そんな・・・なんで味方の機体が中尉を攻撃するんだよ?」

次の瞬間、ゆっくりとこちらに振り返るMk-Ⅳ達―――
そして、その銃口は武達の機体に狙いを定めていたのである。

『何の冗談だアクセル・・・まさかテメェ、俺達を裏切るつもりか!?』
『残念だが違う・・・どうやら俺達は尽く罠にハメられてしまったようだ、これがな』
「一体どういう意味です?―――『流石はアクセル隊長、私が仕掛けたトラップに気付くとは』―――誰だ!?」

通信に割り込んでくる女性の声―――

『お久しぶりですねアクセル隊長』
『・・・W12か、確か貴様は電子工学のエキスパートとして調整された個体だったな。これだけの短時間でマリオネット・システムのコントロールを奪い返すのは造作も無いということか』

W12、その名が示す通りラミアと同じWナンバーの兵士だ。
アクセル達がF23-Aとの戦闘を行っている間に彼女は、システムのコントロールを奪い返し主導権を得たのである。

『覚えて頂いていたようで光栄ですわ・・・さて、貴方のお仲間は私の手の中・・・どうすれば良いのか御理解頂けますわね?』
『人形風情が俺に命令か?貴様も随分と偉くなったものだ』
『状況が見えていらっしゃらない様子ですね。私がそのMk-Ⅳに彼を撃てと命令すれば、彼の命は無いのですよ?』

彼女の言うとおり、いくら堅牢な装甲を持つ参式と言えども、この距離でビームの直撃を受ければただでは済まないだろう。
そうしている間にも周囲に展開中のF-23A達は、徐々に包囲網を狭めていく。

「(クッ、敵はこの機体に鎧衣課長も乗っている事や俺自身が機体の扱いに不慣れだって事を知っているんだ。だからあんな事を言って中尉の動揺を誘っている・・・どうすればいい?ロクに動けない俺じゃ攻撃をかわす事も出来ない可能性が高いし、かといってこの距離で直撃を受けたら間違いなくやられる―――『・・・そんな事で俺が動揺するとでも思ったのか?』―――え?)」

武がどうすれば良いかを悩んでいたその矢先、アクセルは意外な言葉を口にした。

『別に白銀達がどうなろうと俺には関係が無い、これがな。人質を取ったつもりだろうが、こいつらは俺の弱点にはなりえん。ここで奴らが死ぬと言うのなら所詮はそれまでの運命だったと言う事だ』
『なんだとっ!テメェは俺達を犠牲にして自分は逃げ切ろうってのかよ!?見損なったぜアクセル!!』
『別に貴様にどう思われようと俺の知ったことではない』
「(そ、そんな・・・中尉にとって俺達はその程度だったっていうのか?)」

これまでのやり取りを聞いていた武は言葉が出てこなかった。
確かに武は彼とそれほど親しい間柄と言う訳ではない。
だが彼は、アクセルの事を仲間だと信じていた。
ここに来て彼の口から発せられた言葉により、武は絶望に近い感覚に陥りそうになるのが自分でもよく分かる。
こんな所では終われない―――
そして、徐々に何かが込み上げて来るのが分かる。
何も出来ないと諦めたらそこで終わりだ。
これまで何度絶望に近い感覚を味わった?
自分は死ねない。
死ぬ訳には行かないのだ。
そして武は―――

『・・・そうですか、非常に残念です。交渉決裂、と言うことで宜しいのですね?』
「悪いけど最初っから交渉なんてもんは行われてねえんだよっ!!」
『なにっ!?』

一瞬の隙を突いた攻撃―――
武は無我夢中で参式を動かし、目の前にいたMk-Ⅳを蹴り飛ばした。
そして―――

「アイソリッド・レーザー!!」

続け様に参式の目から二本の光の矢が放たれた事でMk-Ⅳはそれを回避するための行動を余儀なくされ、参式との距離が開ける。

『今だっ!!』

参式と敵機の距離が開けた事により、アクセルは二機のMk-Ⅱを引き離すため、ガン・レイピアを発射し牽制する。
しかし、無人機で有るが故の無理やりな機動によりそれは回避されてしまうが、完全に武と敵機の距離は開いた。

『やれば出来るじゃないか白銀』
「アクセル中尉・・・まさか今のは全部芝居だったんですか?」
『さあ、な』
「酷いですよ。俺、本気で中尉がそう言ってると思ったじゃないですか!!」
『まあまあ、白銀君。昔から言うじゃないか、『敵を騙すには先ず味方から』そうだろうアルマー君』
『別にそんなつもりで言ったわけじゃあない、これがな』
『マサキ~、これがツンデレって奴かニャ?』
『知るか!ったく、性質の悪すぎる冗談だぜ』
『フッ・・・さて、これで仕切りなおしだ、な。どうするW12、いい加減隠れてないで姿を見せたらどうだ?』
『私とした事が迂闊でした。貴方の弱点となるであろう彼が、弱点で無くなってしまうとは計算ミスですね』
『策士、策に溺れるってな。くだらねぇ小細工で俺達をどうにかしようってのが間違ってるって事が分かっただろ』
『やれやれ・・・弱い犬ほどよく吼えるとはよく言ったものです。いいでしょう、私も切り札を使わせて頂く事にします』

彼女がそう言った次の瞬間、敵PTが近くの崖の上に飛翔し、続けてその横に赤い機体が現れる―――

『ラーズアングリフか、そんな物が貴様の切り札と言う訳ではあるまい?』
『仰るとおり、この機体を切り札と呼ぶには相応しくはありません。さて、もうそろそろなのですが―――』

彼女がそう言い終るとほぼ同じタイミングで武達のレーダーに映る光点が一つ、しかも従来の戦術機やPTを上回る速度でこちらを目指しているのが見て取れる。
位置的には彼らの背後から迫るその機体は、なおも加速を続けながら跳躍し武達の頭上をフライパスするとW12のラーズアングリフに並び立つようにこちらに振り返った。

『な、んだと・・・』

それはその機体を知るものであれば誰もが驚愕する機体だったのである―――

「まさか・・・あれはアルトアイゼン!?」

彼らの目の前に現れた謎の機体。
それはキョウスケの駆るアルトに良く似ているが細部が異なっている。
特に一目で分かるのがその色だ。
暗めの青を基調としたカラーリング、そしてこちらを見据えるその機体の目は禍々とした赤い色をしており、明らかにこちらに向けて敵意を剥き出しにしていた。

「いや、違う!あれはよく似てるけどアルトアイゼンじゃない・・・一体あれは?」
『Mk-Ⅲだ』
「Mk-Ⅲ?やっぱりあれはアルトアイゼンじゃないんですか?」
『ああ、チッ・・・正式採用された機体とはいえ、あんな物まで用意しているとは、な』
「アクセル中尉?」

モニター越しのアクセルの表情は、Mk-Ⅲと呼ばれた機体を見た途端、苛立ちや怒りといったものを感じさせる物に変わっていた。
明らかに普段の彼ではない―――
武は直感的にそう感じていたのである。

『W12・・・そんな物を持ち出すという事は、俺を殺す気で来たと受け取っても構わんという事だ、な?』
『いえ、私が受けた命令は、貴方を捕まえろという一点だけです。流石に量産型のゲシュペンストや戦術機では貴方を抑える事は不可能と判断し、この機体を使う事にしました。設計図を元に量産型のMk-Ⅱをベースに製造した分、オリジナルに比べスペックは劣りますが、貴方に対してこれほど有効な機体は無いでしょう?』
『人形風情が、随分とこの俺を舐めてくれているじゃないか?』
『お気に触ったのであれば謝罪しましょう。別に貴方を舐めているという訳ではありません』
『パイロットは誰だ。あの男ではない事は分かっている。そして他のナンバーズでもないという事もな』
『残念ながらこの子達は私の可愛い操り人形です。どうですか隊長、宿敵と会い見えた感想は?』
『忌々しい奴だ・・・貴様らは下がっていろ。こいつは俺が仕留める』
「で、でも・・・」
『いいから下がれッ!!』
『何を熱くなってやがるんだ。お前もアルトとヴァイスの手強さはイヤってほど分かってんだろ?』

Mk-Ⅲとアクセル、二人の因縁は別世界においても切れぬ間柄なのかもしれない。
かつて、自分が元居た世界において、彼は苦難の末に宿敵と呼ばれたこの機体とパイロットを倒す事に成功した事など武は知る由も無い。
いつの間にか心の奥底に眠っていた筈の感情が、なんとも言いがたいものとなって込み上げて来ているのだ。
そんな彼の感情が、無意識の内に表情や態度に出てしまっていたのであろう。
その事に気付いたアクセルは、気持ちを切り替え、冷静さを取り戻す事に成功する。

『別に冷静さを欠いている訳ではない・・・あの二機とW12、そしてゲシュペンストに戦術機をまとめて相手にするのは危険だと判断した結果だ。恐らくW12は、無人機の制御に手一杯で自分からこちらに仕掛けてくることは無い。そして、あの中で群を抜いて強力な機体はあの二機だ。プラーナとやらを温存せねばならん貴様や、特機に関しては素人同然の白銀が相手をするには分が悪すぎる・・・俺が奴ら二機を引き付けている間に、貴様らは周囲のザコと指揮官機を破壊してくれ・・・頼む』

意外だった―――
あのアクセルが自分たちに対して頼みごとをしているのだ。
これには武やマサキも驚きを隠せないでいたのは言うまでも無い。
それもそうだろう、普段の彼を知っているものならばこの様な態度に出る彼を見たことがある者などそうそういないのだ。
非常に珍しい光景であると共に、これは彼自身の本音なのだと気付かされる。

『お前が俺達に頼みごとをするなんてな・・・こりゃ明日は槍でも降るんじゃねぇか?』
「茶化すなよマサキ・・・そういう事なら了解しました中尉。中尉はMk-ⅢとⅣを、俺とマサキは他をやります」
『スマンな・・・恩に着る』
『んじゃ、行くぜタケル!俺が仕掛けるからお前は援護を頼むぜ』
「了解っ!」

ディスカッターを片手に群がるF-23Aの部隊へと跳躍を開始するマサキ。
その後方を覚束無い足取りではありながらも武が続く―――

「敵機補足、距離算出、データロード・・・いっけぇ!ドリル・ブーストナックル!!」

参式の両腕に装備されたドリル・ブーストナックルが轟音と共に発射される。
まるで大きな渦の様なうねりを上げながら敵に向けて飛んでいくそれは、例え当たらずとも十分な威圧効果があるだろう。
武は初めから自分の攻撃が当たるとは考えていない。
あくまで自分は牽制に徹しようとしているのだ。
相手の陣形を崩し、そこをマサキに仕留めてもらう。
満足に機体を扱えない彼自身が現状でできる事を考えた上での戦法だった。

『相手の陣形が崩れた・・・たのんだぜ、クロ、シロ!』
『おいら達に任せときニャって!』
『行くニャ、シロ!』

魔装機神共通の武装であるハイファミリア。
使い魔であるクロとシロが融合し、標的の近くまで飛翔した後、不規則に動きつつ光弾を発射する兵器だ。
鳥の様な形状をしているが、縦横無尽に駆け回るそれはまるで自由気ままに動く猫のようにも思える。
そして、その不規則な動きはそう簡単に捕らえられるものではなく、武の牽制によって孤立した敵機を次々と撃ち落していった。

『へへん、ざっとこんなもんだぜ』
『やったのはあたし達ニャんだけど・・・』

敵は孤立していては各個撃破されると判断したためか、何機かで小隊を組んで行動を開始する。
だが、それこそがマサキの狙いであった。

『行け、タケルっ!!』
「了解!チャージ完了・・・オメガ・ブラスター、発射!!」

参式の胸部装甲から放たれた光の渦に次々と巻き込まれていく敵機。
何とか回避した機体も存在していたが、熱線の余波に巻き込まれ無傷というわけにはいかなかった様だ。

『やるじゃねえか』
「まぐれだよ、まぐれ」
『へぇ~ちょっと意外だニャ』
『何がだよ?』
『マサキと一緒でおだてれば調子に乗るタイプだと思ってたニャ』
「マサキはおだてると調子に乗るタイプなのか・・・やっぱり見た目どおりのキャラなんだな」
『グッ・・・後で覚えてろよ』
「悪い悪い、この調子で一気に片付けよう。俺も少しずつだけど感覚が掴めてきたしな」
『よし、行くぜ!!』
「おうっ!」

武とマサキの二人は順調に敵機を破壊していく。
一方、アクセルはというと―――

『奴らを追い詰めろ、ソードブレイカー!』

W12が後方にいるおかげで二対一とはいえ、アクセルの相手をしているのはあちら側のアルトとヴァイス。
普通に戦っていては埒が明かないと判断した彼は、自動誘導兵器であるソードブレイカーを射出する。

『さあ、行けいっ!』

ソードブレイカーは、レーザーによるオールレンジ攻撃だけでなく、敵機に直接ぶつけて攻撃する事も考慮された設計である。
両肩に合わせて6機装備されたそれは、この機体を象徴する装備だと言っても過言ではないだろう。
不規則な動きをするハイファミリアと比べれば分が悪いかもしれないが、一対多の戦闘や相手の死角から攻撃する事が可能というこの兵器は、かなり有効な武装といえる。

『残念ですが、この子達にそれは通用しませんよ』

不敵な笑みを浮かべながらコンソールを操作するW12。
彼女の言ったとおり、アクセルの放ったソードブレイカーは次々と回避され、それどころか相手に反撃を与える隙を作ってしまう。

『っ!!だが、当たってはやれん!』

Mk-Ⅳによる遠距離からの砲撃を回避しつつ、接近してくるMk-Ⅲに対してガン・レイピアを放つアクセル。
だが、それらの攻撃も紙一重で回避され、有巧打を与えられない。

『残念ですが隊長、貴方には万に一つも勝ち目はありません』
『そんな事はやってみなければわからん』
『やれやれ・・・人という存在は、やはり理解しかねますね。この子達にはアシュセイヴァーのスペック、そして貴方の戦闘時におけるモーションパターンの全てをインプットしてあります。手の内がばれていると言うのに何故貴方はこの期に及んで勝てると言い切れるのでしょうね』
『言いたい事はそれだけか・・・さっきも言った筈だ、人形風情が俺をなめるなよ、と』
『負け惜しみですか?まったく、貴方も地に落ちたもので・・・っ!!何!?』
『チッ、やはり距離とタイムラグの関係で直撃は無理か』
『な、何をやったのです?』
『たいした事じゃあない。ハルバート・ランチャーを前もって貴様らの死角に配置し、時間差で発射しただけだ・・・もっとも失敗に終わったがな』
『なるほど・・・どうやら考えを改めねばならないようですね』

再び不敵な笑みを浮かべつつコンソールを操作する彼女。
その間にも敵の攻撃は止む事を知らず、Mk-Ⅳが牽制しMk-Ⅲが近接戦闘を挑んでくる。
次々とMk-Ⅳのパルチザン・ランチャーから銃弾とビームが発射され、その間隙を縫うようにMk-Ⅲの5連チェーンガンとレイヤード・クレイモアが放たれる―――

『さあ、御行きなさい。私の可愛い人形達!』

それらを何とか回避したアクセルは、続け様に上空からのダレイズ・ホーンをレーザーブレードで受け止める。

『押しが足りん!』

ダレイズ・ホーンを防がれたMk-Ⅲは、そのまま右腕に装備されたリボルビング・ブレイカーでアクセルを攻撃しようとするが、それを読んだ彼は寸でのところで後方へ跳躍し、それを回避する。
だが、それは囮だった―――
着地の瞬間、アシュセイバーの右足にパルチザン・ランチャーのストック部分に装備されたコードを巻きつけられ体勢を崩してしまうアクセル。

『クッ、しまった!!』
『これで終わりです。アクセル隊長・・・っ!!』

Mk-Ⅲ達の放ったランページ・スペクターを辛うじて回避することに成功したアクセルであったが、完全に体勢を崩されてしまい直ぐには立て直す事が出来ない。
W12は好機と判断し、他の二機を下がらせ、自分自身が止めを刺すべく一気に距離を詰める―――
シザースナイフを右手に構えながらこちらに向けて突進してくるラーズアングリフ。

『やられる!?』

W12がアクセルのアシュセイヴァーに止めを刺そうとしたその時、二人の間に割って入る一筋の光―――
敵機からの援護だと考えた彼女は、一先ず後方へと距離を取る。

『逃がさんっ!!』
『何っ!?』

通信機越しに男の低い声が聞こえたかと思うと、彼女の機体に鈍い衝撃が走る。
幸いな事に装甲を掠めた程度で済んだ事を確認した彼女の目の前に先程の赤い機体が再び飛び込んできた。
寸でのところで相手の攻撃を回避した彼女は、スラスターを吹かし、更に後方へと距離を取り相手を見据える―――

『Mk-Ⅲのカスタムタイプ・・・ベーオウルフか!?』
『生憎だが俺はそんな名前じゃない・・・大丈夫かアシュセイヴァーのパイロット』
『余計な事をしてくれるな・・・キョウスケ・ナンブ』
『アクセルか?どうして貴様がここに居る?』
『そんな事はどうでもいい・・・邪魔をするな、こいつは俺がやる!』
『さっきまでピンチだったのはどこの誰かしらん?多勢に無勢ってのはフェアじゃ無い、ここはひとつ協力すべきだと思うわよ?』

そう言いながらキョウスケの横に並び立つエクセレンとヴァイスリッター。

『貴様もいたか、エクセレン・ブロウニング』
『あら、助けてあげたってのに何よその言い草は』
『助けてくれなどと頼んだ覚えは無い、これがな』
『素直じゃないわねぇ・・・それにしても、アレってヴァイスちゃんよねぇ?何でこんな所にあの子が居る訳?』
『エクセ姉さま、アレは恐らくプラン上存在していたゲシュペンストMk-Ⅳだと思われます。言うなれば我々が元居た世界のヴァイスリッターと言ったところで御座いますでしょうか』

二人に遅れる事少し、後続のラミアが敵機を牽制しつつ彼らに合流する。

『説明役ご苦労様ラミアちゃん。という事は、あの子は私のヴァイスちゃんの従姉妹みたいなもんね』
『どういうことで御座いましょうか?』
『だって、異世界のゲシュちゃんをベースに生み出された子なんでしょ?どの世界のゲシュちゃんも兄弟姉妹みたいなもんなんだし、その子の子供達同士=従姉妹ってワケ。解ってくれたかしら?』
『お前の言っている事を当てはめると俺のアルトも従兄弟という事になるな』
『そこ、野暮なツッコミを入れない・・・さて、どうするのキョウスケ?』
『敵である以上、破壊するほかあるまい・・・多少気が引けるがな』
『そうよねぇ・・・できればヴァイスちゃんを傷つけたくは無いんだけど、これも運命・・・恨まないでね異世界のヴァイスちゃん』
『勝手に話を進めるな。あのMk-Ⅲは俺がやると言った筈だ』
『譲ってやりたいのは山々だが、俺も異世界のアルトには興味があってな。お前には悪いがここは譲れん』
『隊長、隊長はまだあの男とあの機体に拘ってらっしゃるのですか?』

このときアクセルは、彼女の問いに対してハッとした。
先程冷静さを欠いたつもりは無いと武達に言ったばかりだというのに、いつの間にやら熱くなっていたようだ。
Mk-Ⅲとベーオウルフ、自分でも無意識のうちにこの二つが絡むと冷静さを欠いてしまうのだろう。
人はそう簡単に過去を忘れる事は出来ない。
だが、それに拘ってばかりいてもいけないのだ。
それを気付かせてくれたラミアに感謝すると共に、彼は再び冷静さを取り戻していた。

『・・・いいだろう、キョウスケ、今回だけは貴様に譲ってやる。後で泣き言を言うなよ?』
『ぬかせ・・・アクセル、お前はラミアと共に指揮官機を頼む』
『了解した。いくぞラミア!!』
『了解』

二人にMk-Ⅲ達を任せ、アクセルとラミアは後方へ下がったW12目指して行動を開始する。
そしてキョウスケとエクセレンは、改めて眼前にて臨戦態勢を整えている二機に対し、自分達も戦闘準備に取り掛かる。

『異世界のアルトとやる事になるとはな・・・だが、相手にとって不足は無い!』
『わおっ、キョウスケってば意外と熱くなっちゃって・・・さ~て、私も行こうかしらね!』



アルトVSアルト、ヴァイスVSヴァイスの戦いがここに幕を開ける。
陰謀蠢く南の島での戦いは、更に激しさを増そうとしていた―――



あとがき
第35話です。
南の島での脱出劇中編です。
今回は戦闘をメインに考えた結果、このような話とさせていただいてます。
Mk-Ⅳが登場した時点で気付いた方もいらっしゃったかも知れませんが、Mk-Ⅲことあちら側の世界のアルトを出してみました。
ですが、そのまま出すと言うことには無理があると判断したので、設計図を元にMk-Ⅳ共々量産型のMk-Ⅱをベースに開発されたレプリカという設定にさせて頂いています。
と言う訳で、無限のフロンティアのナハトとアーベントっぽくしてみたかったのでランページ・スペクターもどきの様な描写も入れています。

さて、次回はアルトVSアルト、ヴァイスVSヴァイスの戦い&脱出劇後編を書きたいと思います。
207訓練部隊のお話はもう少々お待ちくださいませ。
この話が纏まり次第、同時間軸上で起こっていた話的な感じで書かせていただく予定です。
それでは感想のほうお待ちしていますね^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第36話 Dancing dolls
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/03/19 22:21
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第36話 Dancing dolls




無人機との激闘を続けていた武は、キョウスケ達が合流した事も気付かぬほどに眼前の敵に集中していた。
いつの間にかアクセルとの距離が開けてしまったというのも理由の一つだが、慣れない機体を扱うと言う事がこれほど集中力を要し、体力を消耗する事になろうとは考えていなかったのである。
戦術機と特機、同じ人型機動兵器ではあるが、やはり操縦方法は大きく異なると言う事だろうか。
今もなお肩で息をしつつ、彼はマサキの援護に徹している。

「クッ、特機の操縦がこんなに大変なものだったなんて・・・」

ついその様な事を口に出してしまう自分が情けないと共に、少しでもマサキの負担を減らすため、彼は改めて前を見据えると共に次の標的に向けて攻撃を開始する―――
そんな彼を気遣ってか、マサキは一度後方に下がるよう伝えるが、マサキを孤立させる事を良しとしない武はその提案を否定し、更にマサキに向けて言い返していた。

「ただでさえ敵が多いんだ。下手にお前一人を孤立させちまったら危険だろ?それにアクセル中尉の事も気になる・・・」
『そんな顔で言われても説得力がないぜ・・・それにそいつに乗ってるのはお前だけじゃないんだ。鎧衣のオッサンの事も考えろ』

鎧衣の存在を忘れていた訳ではないが、マサキの言う事も一理有る。
操縦は自分が担当しているものの、同じ機体に乗っていることには違いない。
そんな中、不意に聞こえてくる鎧衣の声―――

『私の事なら気にしなくとも大丈夫だ。多少揺れは酷いが、昔グランドキャニオンで経験した激流下りに比べれば軽いものだよ。ハッハッハ・・・』

自分がこれだけ疲弊していると言うのに、サブコックピットに乗っている鎧衣は大丈夫だと言う。
始めはそんな筈はないだろうと考えてい武だが、それはやせ我慢などではないと言う事に直ぐに気付かされた。
心配していた当の本人はケロッとしているだけでなく、笑えるだけの余裕まで見せている。
このとき武は、記憶に有る彼との出会いを思い出していた。
夕呼の執務室において、不意を突かれたとはいえ一瞬にして自分の懐に入られた時の事である。
普段の彼は見た目通り飄々としており、自身の本質と呼べるものを余り表に出さない人物だ。
そして、諜報機関に身を置いているという以上は、並みの人物ではないと言う確証がもてる。
それが証拠に先程の脱出の際、彼は全力で走っている自分達に遅れることなく付いて来ていた。
普通に考えれば彼の年齢で殆ど息を切らさずに付いてくる事など不可能だろう。
そのような点を踏まえた上で武は、自身の考えをまとめ、マサキにその旨を伝える事にした―――

「課長もああ言ってるんだ。アクセル中尉の事もある・・・こいつらを早くなんとかして早く中尉の援護に向かわないと」

単独でW12と戦っているアクセルの方が自分たちよりも危険な目にあっている筈だ。
こちらの相手は戦術機だが、向こうはラーズアングリフとゲシュペンストタイプが四機。
実際の所、二機のMk-ⅡはW12の直衛に当たっていて動く様子はみられないのだが、それでも動かないと言う保障はどこにもない。
1対5という圧倒的に不利な立場である事は変わらないのである。
武はマサキに対し、なにをそんなに悠長に構えていられるんだ、と心の中で思っていた。
そんな彼の表情を読み取ったのだろうか、モニター越しのマサキの口元が綻ぶ。

『それなら暫くは大丈夫だ。レーダーを良く見てみろ』

そう言われた武は、慌ててレーダーを確認する。
始めはアクセルに対しての増援が現れたのだと考えた。
しかし、レーダーに表示されている新たな反応はunknownを示している。
これは敵味方識別コードが上手く機能していない証拠だ。
元々彼が乗っている機体は、シャドウミラー側の機体であったため、初期の識別コードはシャドウミラー側になっている。
だが、それは既に書き換え済みであり、サイバスターならびにアシュセイヴァーのみが味方機として表示されている筈なのだ。
そういった点を視野に入れたことで武は、増援の正体が敵ではなく味方なのではないかと思い始めたのだ。
それはマサキが大丈夫だと言った事も理由の一つだが、その機体の動きはアクセルのアシュセイヴァーにではなく、敵に向けて攻撃を仕掛けているような様子が見て取れた事も大きい。
半信半疑ではあったが、援軍の可能性が高いと踏んだ彼は、即座にマサキに対し確認を取っていた―――

「・・・反応が三つ?援軍なのか?」
『たぶんな。この反応は恐らくキョウスケとエクセレンだ。だからあいつの事は心配ない』

二人のの名を聞いた武は、ホッと胸をなでおろすと共にこれほど心強い援軍はないだろうと感じていた。
表示されている三機の内、二機が彼らならば残る一機はラミアの改型だろうと言う事は直ぐに予想がつく。
恐らく彼らは、この島での異変に気づき、駆け付けてくれたのだろう。
だが油断は出来ない―――
こちら側は彼らを合わせても六機、ここが敵の前線基地である以上、更なる増援の可能性も否定はできないのだ。
そして武は、改めて気を引き締めると共にマサキに対し自身の考えを伝える。

「そうか・・・それでも油断は出来ないだろ?こっちを速く片付けるに越した事はないじゃないか」
『ああ、お前の言うとおり油断は出来ねえ。それは俺達の方にも言える事だからな・・・俺達が先ず片付けなきゃならねえのは、こっちの雑魚を追って来れなくする事だ』
「それもあるけど、ここは敵の前線基地だ。更に増援が増える可能性だって否定は出来ないと思うんだ。だったら尚更、こっち側の敵をなるべく早いうちに叩いておけば、たとえ増援が現れたとしてもそれなりに対処できる」
『なるほどな、仮に敵が現れたとしてもこっちが派手に暴れ回ってれば俺達の方に目を向けられるって訳か・・・意外と考えてるんだなお前も」
「マサキ、ひょっとしてお前、俺の事バカだと思ってないか?」
『い、いや、そんな事はねえって』
「力一杯否定する所が怪しい・・・」

武の目に映るマサキの表情は、どことなく顔が引きつっているように見えた。
内心『明らかにバカにされていたんだろう』と考えながらも彼は、先程の隔壁破壊の一件を思い出し、彼にそう思われても仕方が無いのだろうと悟る。
以前の彼ならばムキになって言い返していたに違いない。
だが、彼もそれなりに成長しているのだということが見て取れる―――

『マサキ、いくら否定してもその顔じゃ嘘だって直ぐにばれるニャ』
『そうそう、マサキって直ぐに顔に出るからニャ~。それにしてもタケルは凄いニャ、何も考えていないように見えるのに意外とやる男ニャんだニャあ』
「それは褒めてくれてるのか馬鹿にしてるのかどっちなんだ?」
『んな事より、さっさと敵を片付けるぞ』
「あ、ああ―――」

彼はそう短く返事をすると、再び操縦桿を強く握りなおし戦闘を再開していた―――



『クッ・・・この動き、本当に量産型のMk-Ⅱか?』

ラミアは無人機ならではの機動に対し、改めて驚かされていた。
幾度となく戦った事のある無人機ではあるが、今回ばかりは少々分が悪い。
現在自分が乗っている機体は戦術機という事に対し、相手の機体は量産型とは言えPT。
スペック的な物もそうだが、更に言うなれば有人機と無人機といった理由も挙げられる。
無人機という物は、人が乗っていない分、中のパイロットの事を考えない機動が可能だ。
駆動系や装甲材、関節フレームなどと言った物は、損傷しても変えがあるが、パイロット・・・つまり人命と呼ばれる物は変えが利かない。
それらを踏まえたうえでパーソナルトルーパーや特機と呼ばれる物は、機体にリミッターが掛けられたり高度なGキャンセラーなどを搭載することで人体にダメージを与えない様に安全なマージンが多めにとられているのである。
そして、無人機と呼ばれる物は疲れを知らない。
基本的に与えられた命令を搭載されているAIが判断し、プログラムコードの集合体であるルーチンが特定の処理を実行するだけなのだ。
強いて言うならば、エネルギー切れによるガス欠が人における疲労と言った物に該当するだろう。
このまま行けばジリ貧になるのは間違いない。
相手のエネルギー切れを待っていられる余裕はないのだ。
それに彼女にはもう一点だけ気になる事が存在していた・・・それはアクセルのことである。
何故彼がこの場に居るのかなどと言う事はこの際どうでも良い。
では一体なにが気になるというのだろうか―――

『(私が苦戦するのはスペック的な問題だという事は容易に想像がつく。だが、隊長が苦戦する理由は何だ?機体スペック、パイロットの技量、全てにおいて無人機など足元にも及ばない筈なのに―――)』

彼女の疑問は尤もであろう。
何故こうも無人機相手に苦戦しているのか・・・その理由は彼自身にあった―――
実を言うとアクセルは、横浜からこの島に拉致された際に受けた傷が癒えておらず、そのまま戦闘を行っていたのである。
当初相手にしていた無人機は、戦術機をベースにしていた機体だったため、ダメージを追った体でも問題はなかった。
しかし、後詰で現れたMk-Ⅲ達はPTであり、手を抜いて勝てる相手ではない。
先程二機による連携攻撃、ランページ・スペクターを受けてしまった際、塞がり掛けていた傷口が再び開いてしまったのである。
そのような事など知る由もない彼女は、彼の不調を機体のせいだと考えたのだが、疑問を拭う事は出来ないでいた。
そんな矢先、Mk-Ⅱと鍔迫り合いをしていたアシュセイヴァーが膝を着いてしまう―――
慌てて彼女は彼の前に居た敵機に36mmで牽制し、機体のカバーに入りながら通信を試みる。
モニターに映ったアクセルの表情を見た途端、彼女は彼が何か痛みに耐えているように感じられた。
ここに来て彼女は、当初は機体のトラブルか何かかと考えていたものが、彼の不調だったという事実に気付かされる。
現に彼は、今も苦悶に満ちた表情を浮かべている事から、体のどこかを負傷しているのだろうと考え、即座に後退を進言したのだが―――

『これぐらいどうと言うことはない。今は目の前の敵に集中しろ!』
『ですが、その様子では・・・『くどいっ!!』・・・隊長―――』
『俺は大丈夫だと言っている。貴様こそ俺の心配をしている余裕はあるのか?相手は量産型のゲシュペンストとは言え、マリオネット・システムで動く無人機・・・俺の心配をしているぐらいなら先ずは奴らをなんとかする方法を考えろ!』

額に汗を浮かべながらラミアを叱咤するアクセル。
確かに彼の言うとおり、こちら側に余裕はない。
現状では相手の攻撃をかわすので手一杯なのだ。
そんな中、味方に気を取られていては自分自身が危ない。
ラミアは敵の攻撃を回避しつつ自問自答を繰り返し、何か打つ手は無いかと模索する―――

『(クッ、確かに隊長の言うとおりだ。このままでは二人ともやられてしまう・・・何か手を考えねば)』

しかし、そのような事を考える余裕など彼女にはなかった。
敵の攻撃は止む事無く続き、油断をしていればあっという間にこちらが食われてしまう。
相手が人形のように操られている無人機である以上、親機であるラーズアングリフを叩く事ができれば無効化することは可能なのだが、先程からW12は後方に下がったまま命令を出し続けているだけ。
直衛に就いている二機のMk-Ⅱは見事な連携を繰り返し、そう易々と自分達を突破させてくれるようには思えない。
彼女は改めて自分の創造主たる『レモン・ブロウニング』の凄さをその身に感じていた。
何を隠そうマリオネット・システムの基礎理論を考えたのは彼女なのである。
そしてそれらを利用する形で造られたのが量産型Wナンバーズ行動ルーチンということだ。
量産型のナンバーズは、その殆どが自己の意思を持っていないと言っても過言ではない。
彼らは与えられた命令を実行するための忠実な兵士であり、それらには絶対遵守する存在だ。
アクセルが彼らを人形と呼ぶ理由は正にそこに有るのである。
意思を持たず操られるだけの存在、すなわち操り人形(マリオネット)という訳だ。

『マリオネット・システム・・・操り人形を動かす装置。操り人形か・・・まるで以前の私そのものだな―――』

そんな事を考えている余裕など無い筈なのに・・・
彼女はそんな自分の行いに対し失笑していた。
かつての自分は、任務を遂行する事を至上とし、自身が戦争の道具であるということに何の疑問も抱かない存在だった。
しかし、潜入先での仲間との交流により、戸惑いながらも次第に人間性を得ていったのである。
そして最終的には仲間を守る為に与えられた命令を無視し、組織を裏切り自らの意思で彼らと合流したのであった。
人形だった自分を人間として自立させてくれたのは言うまでもなく彼らの存在であろう。
操り人形の糸を断ち切り、人として自立させてくれた仲間達。
そして、人として自分を認めてくれたアクセル、造られし存在でありながらもその可能性に期待し散って逝ったレモン―――
諦める訳にはいかない―――
これが彼女の出した結論だ。

『相手が人形であるというのなら、その操り糸を断ち切ればいい・・・たったそれだけの事だ―――』

一人そう呟いた彼女は、とっさに思いついた無謀な賭けを実践するための行動を開始するべくアクセルに通信を入れる―――

『隊長、私に良い考えがあったりしちゃいます・・・あります』
『何だ?言ってみろ』
『いえ、隊長は時間を稼いでくれるだけで構わないでございます。後は私を信じて下さい』

モニター越しの彼女の表情は、自信に満ち溢れているように見て取れる。
彼は以前からラミアの任務達成率を高く評価していた。
達成率だけで見るのならば、彼女は自分を上回る実力を示していたのだ。
そんなラミアの表情から、彼は彼女が何か名案を思いついたのだと悟る―――

『良いだろう・・・俺の命、貴様に預けてやる』
『ありがとう御座います・・・ですが、一言だけ言わせてください。何があっても決して動揺しないと・・・』

何があっても動揺しないで欲しい・・・彼はこの一言が妙に引っかかった。
この様な物言いをするということは、何かしらの意味があると言うことだ。
そして、彼の脳裏に不吉なビジョンが浮かび上がってくる―――

『何!?どう言う事だラミア!・・・まさか―――『行きますっ!!』―――待て!何をするつもりだ!!』

彼からの言葉を遮り一方的に通信を切ると、続け様に彼女はコンソールを操作し、自身の改型から電子装備ユニットをパージする。
一見すると何かの行動を起こすために機体を軽くしたようにも思えるその行為は、更にアクセルの不安を加速させる・・・そして―――

『キョウスケ大尉ではないが、今回ばかりは私も分の悪い賭けに出させてもらう!!』

左腕のナイフシースから短刀を取り出し、逆手に身構えたまま片一方のMk-Ⅱに狙いを定めると、彼女は何の躊躇もせず相手に向けて突進する―――
これを見たW12は好機と判断し、最優先ターゲットを彼女の機体に絞っていた。
銃弾の雨が飛び交う中、被弾する事も気にせず彼女は敵に向けて更に距離を詰める。

『よせ!何を考えているラミア!!』
『・・・』

アクセルからの通信を無視し、ターゲットに向けて接近するラミアの改型。
被弾した影響で左腕が吹き飛び、機体が大きく揺れる。

『まだだっ!!』

地面を蹴り、敵機に向けて跳躍ユニットを吹かすと、彼女は相手の頭部目掛けて右手の短刀を振り下ろす―――

『はぁぁぁっ!!』

勢いに任せた彼女の攻撃は、見事に敵機の頭部を破壊。
攻撃されたMk-Ⅱは暫く苦しみに悶える様な動きを見せていたが、暫くするとまるで糸の切れた操り人形のようにその場に倒れこむ。
そしてその直後、モニターに流れる脱出警告。
既に改型のダメージレベルは限界に達していたのだ。

『脱出しろラミアっ!!』

アクセルがそう叫んだ直後、轟音を立てて爆発する彼女の改型。

『な、んだと・・・』

彼は彼女の行動に対し、愕然としていた。
ベイルアウトした形跡は見られない。
上半身は完全に吹き飛び、残っているのは下半身だけだ。
そして、彼女の反応は完全に消えている。
そんな中、不敵な笑い声と共に開かれる通信―――

『フフフ、自らを犠牲にし、突破口を開く・・・なんと愚かな行為でしょう。そうは思いませんか隊長?』

その光景をずっと見ていたW12だ。
彼女は相変わらず距離を取ったまま、こちらに近づいて来る素振りを見せない。
なおも彼女はラミアの行動を嘲笑うかのようにアクセルに向けて会話を続ける―――

『自己犠牲、やはり人間とは愚かなものです。勝ち目が無いと解っているとは言え、そのような事をしても無駄なのに―――』

彼女は改型のパイロットがラミアだという事を知らない。
そして次々と彼女を口汚い言葉で罵っている。
そんな中、徐にアクセルが口を開いた―――

『・・・ああ、そうだ、な』
『あら、意外な反応ですわね。もっと私に対して怒りを向けてくるかと思ってましたのに』
『・・・怒っているさ、これでもな。だが、勘違いするなよ・・・これは貴様に対してではない。止められなかった俺自身に対する怒りだ』
『そうですか・・・それで、どうするおつもりなのです?怪我をしている体を押して、仲間の敵討ちでもするのですか?』
『俺の怪我など貴様らを相手にするためのハンデに過ぎん。それに・・・』
『それに?』
『俺を舐めるなと言った筈だっ!!』

彼がそう言った直後、残る一機のMk-Ⅱが一瞬にして上下に両断される―――

『なっ・・・』
『人形風情が、俺達をコケにしてくれた礼だ。楽に死ねると思うなよ』
『フッ、減らず口を・・・良いでしょう。お相手致します・・・と言いたい所ですが、いくら負傷している相手とは言え私が貴方を相手にしても勝ち目はありません。更なる奥の手を出させていただきます』

彼女がそう言った直後、不意に上空に現れたそれは、アクセルに向けて急降下すると共に右腕に装備された兵装をアシュセイヴァー目掛けて打ち込んできた。

『・・・Mk-Ⅲか、もう一機居たとは、な』
『驚かないのですね』
『今更何が出てこようが驚きはせん。Mk-Ⅳは居ないのか?』
『ご期待に添えなくて残念ですが、Mk-Ⅳはベーオウルフと戦っている機体のみです』
『そうか・・・話半分に聞いておいてやる。油断した所を背後から撃たれては叶わんから、な』


再びアシュセイヴァーVSMk-Ⅲの第二ラウンドが開始される。
そして、もう一機のMk-Ⅲと戦っているキョウスケ達はというと―――


『いやらしい攻撃するわね、まったく!』
『・・・俺が行く、援護を頼む!』
『はいはい!・・・ねえ、キョウスケ』
『ああ、こちらでも確認した。だが死んだと決まった訳じゃない』
『それはそうだけど・・・』
『ラミアの安否が気になるなら少しでもこいつらを早く仕留める事を考えろ』
『ええ・・・(ラミアちゃん、無事で居てね。こんな所で死んだりなんかしたら、お姉さん許さないんだから!)』

先程、爆発を確認したとほぼ同時刻、ラミアの改型の反応もレーダーから消失した。
その事に彼らが気づかない筈は無いだろう。
無論、武やマサキ達も同じだ。
本来ならば直ぐにでも彼女達の下へと駆けつけたい―――
それが彼らの本音だ。
だが、目の前の敵は、そのような事を許してくれはしない。
特にキョウスケ達が戦っている相手は、あちら側の世界のアルトアイゼンとヴァイスリッター。
自分達の機体と同一の存在である二機の幽霊は、思いのほか手強い相手だった。
当初は異世界の技術で作られた機体という事から、自分達の機体とは違った技術が用いられているのかとも考えた。
しかし、この機体を操っているW12は、量産型のMk-Ⅱをベースにしたレプリカで、性能はオリジナルに劣ると言い切ったのである。
では、何故彼らがこれほどまでに苦戦するのか―――
無人機特有の人の限界を超えた機動が相手という事も理由の一つだが、彼ら自身の機体がフルスペックを発揮できていないという事の方が幾分かその割合を占めていたのである。
転移時の衝撃で損傷してしまった彼らの機体は、修復の為に戦術機のパーツを用いている。
規格の違うパーツを用いている他、PT用の部品は予備がない。
これまでそれらの事を念頭においていた彼らは、無意識の内にその力をセーブせざるを得なかったのである。

『撃ち抜くっ!!』

敵機に向けて一気に距離を詰め、右腕のリボルビング・バンカーを振りかざすキョウスケ。
しかし、相手はまるでこちら側の動きを予測するかのような動きでそれを回避する。
すかさず援護射撃を行うエクセレンだが、こちら側に攻撃をさせないようにMk-Ⅳが牽制してくる。

『ホントいやらしいわねぇ・・・』
『愚痴っていても仕方が無い・・・と言いたいところだが、この動き・・・本当に無人機かと疑いたくなるな』
『そう言えばあの時に似てると思わない?まるでホワイトスター攻略戦の時出て来た私達の偽物ちゃん達と戦ってるような気分だわ』

キョウスケの言葉に同意するような形でエクセレンが付け加える。
彼らが戦っている機体の動きは、彼女の言うとおりあの時の偽物とよく似ていた。
動きだけではなく、戦法や連携といった物までまるで二人の生き写しと言っても過言ではないほどに―――

『いかがです?この子達の実力は・・・お気に召していただけたでしょうか?』

不意に聞こえてくる女性の声―――
その声の主が、目の前の二機を操っている人物だと気付くのにそう時間は掛からなかった。

『そうね、まるで自分自身と戦っているみたいだわ』
『そうですか、それは良かった』

顔は見えていないものの、その話し方からイヤらしい笑みを浮かべているのだろうという事は直ぐに想像がつく。

『どういう意味だ?』
『フフフ、簡単な事ですわ。この子達のロジックは貴方方の戦闘を解析した結果作られたものです。まるで自分自身と戦っている様だと言って頂けるのならば、戦闘データのコピーは完璧に行われたという事ですからね』
『なるほどねぇ~。でも、そんなデータ何時の間に手に入れたのかしらん?事と次第によっちゃ裁判所に訴えちゃうわよ?』
『別に訴えて頂いても構いませんよ。まあ、折角ですのでお答えしましょう。データを手に入れる方法などいくらでもあります・・・例えば横浜基地へのハッキング、それにこの世界の戦術機にはデータリンクと呼ばれるものが存在します。それらを少しいじればその場に居なくとも戦場でのデータ収集など私にとっては容易な事、貴方方は手の内を晒しすぎたという事ですわ』

この世界に来てからキョウスケ達は、何度か戦闘行動を行っている。
恐らくハッキングで得たデータというのは、模擬戦時の物や新潟での戦闘の物だろう。
実際の所、戦場といった場所は、データ収集を行うのに最も適した場所だといえる。
支援などで諸外国への出兵の際、一番懸念されるのは自国の機体を晒してしまう事による技術の漏洩だ。
各国で開発されている戦術機は、いわば最新鋭テクノロジーの塊。
それだけ自国の手の内を晒してしまうという事になるのである。

『ようするに覗き見って事ね。フフフ、ネクラでムッツリな女の子は男の子にモテ無いわよん』

そんな彼女に対してエクセレンは挑発じみた言葉を投げかけるが、相手は乗ってくる様子はない。
そして彼女は深く溜息をつき、まるで呆れ返るように言い返す。

『やれやれ・・・ここにもよく吼える負け犬が居ましたか・・・全くもって不愉快ですね―――『言いたい事はそれだけか?』―――っ!?』

ずっと静観を決め込んでいたキョウスケが、ここに来て口を開いた―――

『貴様の言っている事を要約するとつまりはこういう事だ。所詮は俺達の物真似しか出来ん人形・・・とな。そんな物では俺達を倒す事などできん!ましてや、いくら俺達の動きを解析した所で、操る人間が二流以下では話にならんという事だ!!』
『そうよねえ・・・自分だけ高みの見物洒落込んでるムッツリちゃんが相手じゃお話にならないわね』
『どうやら貴方方は、まだ自分達に勝ち目があると思い込んでいるようですわね・・・良いでしょう、二度とそのような口が利け無い様にして差し上げます』

二人は相手が一方的に通信を切った事を確認すると、互いの顔を見合わせる。
どうやら二人の策は上手く行ったようだ。
それが証拠に通信を終えた直後、敵の攻撃は更なる激しさを増していた。
彼らが取った行動は、いたって簡単なものだ。
単純に相手を怒らせて思考を鈍らせる・・・戦場では有効な手段だと言える。
一度戦場で冷静さを欠いた者は、意図も簡単に相手の術中にはまってしまう者が多い。
そして今回の相手の様に、自分が優位と思っている者ほど、この手のトラップに掛かり易いケースが多いのである。

『予想通り動きが単調になって来たわね・・・でもキョウスケ、この後どうするの?』
『・・・』
『ちょっと~、まさか考えて無かったなんて言わないでしょうねえ』
『・・・多少分の悪い賭けだが、やってみる価値のある方法が一つだけある』
『凄く嫌~な予感がするんだけど・・・一応言ってみてくれないかしら?』
『簡単な事だ。アルトとヴァイス、互いの機体の癖は自分達が一番良く知っていると言う事だ』
『ハァ~・・・やっぱりそうなるのね。んじゃ、そっちは頼んだわよ』
『ああ、油断するなよ』
『正直言うと、あんま接近戦はやりたくないんだけど!』

通信を終えた二人は、弾幕を張りながら一度後方へ下がり態勢を整える。

『オブジェクトモード凍結・・・挙動トリガーコントローラー分配、ROφモード分離・・・行くぞエクセレン!!』
『りょ~かい』

キョウスケは、エクセレンに作戦開始の合図を伝えると、再びMk-Ⅲに向けて自機を加速させる。
左腕の5連チェーンガンで弾幕を張りながらMk-Ⅲに接近するキョウスケのアルトアイゼン。
対するMk-Ⅲもこちらをチェーンガンで牽制して来る―――
そして二機がほぼ同時に主兵装である右腕を振りかざした次の瞬間、二機の丁度真ん中の地面に着弾する無数のビーム。
それをエクセレンからの援護だと考えたW12は、Mk-Ⅲに回避行動を取らせ、こちらもMk-Ⅳに援護の指示を出す。
しかし、先程までMk-Ⅲの目の前に居たアルトは完全に視界から消えていた―――
キョウスケは着弾時の煙に紛れ突進をキャンセル、そのまま上空へ跳躍すると同時にMk-Ⅲをフライパス。
これらの戦法は、この世界に来て武の動きから学んだ事だ。
これは直前にシステムの一部をマニュアルに切り替えていたキョウスケの咄嗟の判断であった。
XM3とは違うPTのTC-OSでこれほど上手く行くとは思っていなかったが、ほぼXM3搭載機と同じ動きが出来ていただろう。
先程までとは明らかに違う動きに対し、一瞬戸惑いを見せてしまうW12。
直ぐに態勢を立て直させるべく、Mk-Ⅲに彼の追撃を命じるが、それはエクセレンの攻撃によって阻まれてしまう。

『残念、その先は通行止めよん!アナタの相手はお姉さんがターップリしてあげるからこっちへいらっしゃいな』

手持ちの火器を乱射し、弾幕を張り続けるヴァイスリッター。
ハウリング・ランチャーEモードから放たれる無数の光に混じり、左腕の3連ビームキャノン、36mm突撃砲を用いての一斉発射。

『更にオマケよ、これも取っといてね』

トドメと言わんばかりにスプリットミサイル、ハウリング・ランチャーBモードまでをも用い、圧倒的な火力を持って相手を足止めするエクセレン。
流石のMk-Ⅲもこの攻撃に対しては距離を詰める事が出来ない。
アルトアイゼンと同種と思われるこの機体は、正面からの一点突破をコンセプトに製作されている。
加えて、過剰なまでの装甲にはビームコートまで施されており、突破力、防御力共に並みのPT以上のものだと言えるだろう。
だが、そんなMk-Ⅲであっても、これだけの攻撃をまともに受けてしまってはいくらなんでも機体が持たない。
機体の保護を最優先と判断した機体のAIは、突撃を止め回避行動に専念する。

『小賢しい真似を・・・ならばMk-Ⅳで』
『そうはさせんっ!!』

Mk-Ⅲをフライパスしたキョウスケは、そのままMk-Ⅳに向けて急降下―――
既に頭部のプラズマ・ホーンは電撃を帯びている。
相手はとっさの判断でプラズマカッターを展開し受けようとするものの、その勢いを殺す事は出来ずに膝を着いてしまう。
キョウスケは着地とほぼ同時にスラスターを吹かし、相手の胴体部分に向けて膝蹴りを放つ。
回避しきれないMk-Ⅳはそれをまともに受けてしまい、そのまま遥か後方へと吹き飛ばされる―――
好機と判断したキョウスケは、右側のスラスターを吹かしながら反転し、今度は勢いに任せMk-Ⅲへ向けて突貫する。

『エクセレン、ここでカタをつけるぞ!』
『わお、正念場って奴ね!・・・んじゃ、出し惜しみ無しでいくわよん!』

本来の力を発揮する事は出来ないが、高速で移動しながら敵に対しハウリング・ランチャーEモードを乱射するエクセレン。
再びプラズマホーンのエネルギーをチャージしたキョウスケは、全てのスラスターを全開にし、敵機に向けて更に加速する―――
負けじとギリギリのところでその攻撃を回避したMk-Ⅲは、カウンターを狙うべくリボルビング・ブレイカーを振りかざす。
回避しきれないと悟ったキョウスケは、とっさに左腕でその攻撃を受け止めながらも武器セレクターを操作。
鈍い音を立てながら打ち抜かれるアルトの左腕―――
しかし、キョウスケは躊躇せずに次の行動に移っていた。

『左腕の一本位くれてやる!!』

アルトアイゼンの両肩ハッチが展開し、中から現れるクレイモアユニット。

『クレイモア・・・!この距離で抜けられると思うなよ・・・!!』

チタンで出来た無数の球体が、吸い込まれるようにして次々とMk-Ⅲの装甲を削っていく。
勢いよく後方に吹き飛ばされるMk-Ⅲ―――
これで決着はついたかに思えたが、吹き飛ばされたMk-Ⅲも最後の力を振り絞るようにして立ち上がろうとする。
だが、その隙を見逃すキョウスケではない。
一気に距離を詰め、最後の一撃を叩き込む―――

『俺の・・・いや、俺達の勝ちだ・・・!』

胴体部分に突き立てられたリボルビング・バンカーが火を噴き、完全に沈黙するMk-Ⅲ。
だが、彼らの直ぐ傍にはMk-Ⅳが居る。
いくら僚機が破壊されたとは言え、それに動じる筈は無いだろう。
相手が無人機である以上、命令には絶対服従なのだ。
やはり案の定、聞こえてくるW12の罵声。
Mk-Ⅳや他の無人機に向け、何かを命令しているのだが、何か様子がおかしい。
だが、そんな事は無視し、次の攻撃に備えて態勢を整えるキョウスケとエクセレン。
しかし、当のMk-Ⅳは一向にこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる様子が無い。
また下らぬ策でも講じているのかとも考えたのだが、どうやら様子が違うようだ。

『Mk-Ⅳ、何故こちらの命令を実行しないのです!!速く態勢を立て直し、やつらを・・・『無駄だ』・・・っ!?どういう意味ですアクセル隊長?』
『気付かんのか?貴様の周りを良く見てみろ!』

言われるがまま、周囲を見渡すW12。
いつの間にか島全体が静寂に包まれている。

『な、何が・・・』
『フッ、やはり貴様は無能な人形という事だ、これがな。貴様は己の力を過信するあまり、まんまとラミアが仕掛けた置き土産に引っかかったという訳だ』

先程まで多数存在していた筈の味方機が、これほど短時間で殲滅されたなどとは考えられない。
レーダーでは若干のノイズ交じりではあるが味方機の反応は確認できる。
そして彼女は何故ノイズが混じっているのかという疑問を持った瞬間、今現在自分の周りで起こっている事態に気付いたのである。

『・・・なるほど、そういう事ですか。先程特攻してきた戦術機が装備していたユニット。それを時間差で作動させ、強力なジャミングで無人機の操作を出来なくする・・・私とした事が完全に出し抜かれてしまったようですわね』

ラミアの改型に装備されていた電子装備は、高性能レーダーの他、強力なジャミングユニットも兼ねている。
そして、プログラム次第では自機から切り離しても使用が可能というシロモノだ。
彼女は闇雲に装備をパージした訳ではなく、時間差でシステムを作動させる事でその存在を相手に気付かせないようにしたのである。

『確かにこれは完全に私のミスですね・・・ですがこの程度のジャミング、対応することは造作もな・・・『残念だがそうはいかん』・・・っ!?』

コックピット内に接敵のアラートが流れたかと思うと、機体に走る大きな衝撃。
とっさに回避行動を試みた彼女であったが、砲戦に特化したこの機体はどうしても機動性といった面で相手に劣ってしまうため、背後からの直撃を受けてしまった。

『クッ、システムの中継ユニットが!!』
『残念だが貴様の企みは阻止させてもらう』

彼女の後方にM950マシンガンを構え、仁王立ちしているゲシュペンストMk-Ⅱが一機。

『き、貴様はW17!?』
『悪いなW12・・・貴様の人形、使わせてもらっているぞ』

そう言いながらマシンガンを乱射するラミア。

『キョウスケ、聞いた今の声!?』
『ああ、やはり無事だったようだな』
『皆様、ご心配かけちゃったようで申し訳ないで御座いますです・・・申し訳ありません』
『やっぱりこの話し方、間違いなくラミアちゃんだわ。もう、心配かけて・・・』
『敵を騙すには、先ず味方から・・・という事です。本当にすみませんでした』

彼女の無事を確認できた仲間達は、その事に安堵すると共に何故あの爆発から助かったのかという疑問に駆られていた。
それどころか自身が行動不能にしたはずの機体に乗ってこちらを援護している。
爆発した改型からコックピットがベイルアウトした形跡は見られなかった。
いくら彼女が頑丈とは言え、怪我一つ追っていないというのはあまりにも不自然だろう。
そんな疑問を持っていたのはW12も同じだった。

『な、何故生きているのです・・・あれだけの爆発、普通なら助かる見込みはありえません』

彼女の口調からは明らかに動揺しているのが見て取れる。

『簡単な事だ・・・』

そういって親切に説明を始めるラミア。
敵機の頭部を破壊し、組み付いていたその時、彼女は自機の損傷警告を無視し、あえてベイルアウトせずそのままハッチを開放。
そしてMk-Ⅱのコックピットハッチを外部から強制開放し、自らが考えた策を実行するために乗り移ったのである。
その時敵機が糸が切れた操り人形の様に倒れこんだのは、彼女がコントロールを奪うため、一時的に機体を緊急停止させたためであった。
本来ならば即座に敵機を奪い取る予定だったのだが、思いのほかシステム解除に時間が掛かってしまい、時間差で仕掛けたトラップの方が先に発動してしまったのである。

『・・・という訳です』
『なるほどねぇ、流石ラミアちゃんだわ。説明役ご苦労様』
『お褒めに預かり光栄で御座いますです・・・さて、完全に形勢逆転だな。聞くまでもないだろうが、どうするW12?』
『クッ、仕方ありませんね・・・』

このままでは分が悪いと察したW12は、即座に離脱すべきと判断し、機体に装備された有りっ丈の兵装を周囲に向けて発射しながら後退を開始する。
爆発の噴煙に紛れて逃げようと考えた彼女だったのだが、それに逸早く反応した者が居た―――
レーザー・ブレードを展開し、ラーズアングリフに目掛け突撃するアクセルのアシュセイヴァー。
だが、彼女も簡単に逃がして貰えると考えては居なかったのだろう。
シザースナイフでそれを受け止め、そのままパワーに任せて相手を押し返しながら吹き飛ばす―――

『残念ですが、そう来るのは予測済みです。そんな体で私を止めようとした心意気は認めますが、もう一押しでしたわね』

アクセルを押し退けた事により、退路は確保できたと悟った彼女は、尚も強気な物言いで悪態をつくのだが―――

『そうだな・・・貴様の言うとおりだ』

吹き飛ばされながら不敵な笑みを浮かべるアクセル。

『だからもう一押しくれてやるっ!』
『何を今更・・・ハッ、まさか!?』

彼女の目に入ったアシュセイヴァーには何かが欠けていた・・・そして次の瞬間―――

『さあ、行けいっ!ソードブレイカー!!』

周辺の木々の隙間を縫って次々と現れるソードブレイカー。
予めアクセルは、敵機に突撃する前にソードブレイカーを射出し、周辺の木々を死角にして攻撃するという二段構えの策を用いていたのだ。
流石のW12もこれには全く対処できず、全身を串刺しにされてしまう。

『グッ・・・私とした事が・・・』
『言った筈だぞ、あまりこの俺を舐めるな、と・・・』

そう言った直後に放たれる無数の光炎。

『おのれ、アクセル・アルマァァァァァァッ!!』


それが彼女の最後の言葉だった―――
轟音と共に崩れ落ち、ダメージが限界に達したラーズアングリフは光の中へと消えていく。

『どうやらそっちも終わったみてえだな』

不意に通信機から聞こえてくる声。

『その声・・・わお、マーサじゃない!』
『いい加減その呼び方やめろって言ってんだろ・・・』
『別にいいじゃないのよ。で、そっちのグルンちゃんは・・・まさかボスが乗ってるなんて事はないわよねえ?』
「俺ですよエクセレン中尉」
『タケル君も無事だったのね・・・って、何で貴方がその機体に乗ってるのよ?』
「まあ色々とありましてね・・・」
『・・・そう。でも皆無事で良かったわ。ホント心配したんだから・・・特にラミアちゃん!キョウスケじゃないんだから二度とあんな危ない事しちゃダメよ?今度やったらタダじゃおかないからそのつもりでね』
『はい・・・流石にあのような分の悪い賭けは、そう上手くいかないものでございますので今回限りにしておくつもりです』
『解れば宜しい・・・さて、色々と聞きたい事は山ほど有るけどそれは後回しね』
「ええ、敵の増援がないとも限りません。早々に撤収すべきだと思います」
『そうだな、こちらの損傷も大きい。島の調査は一先ず後回しだ・・・アクセル』
『何だキョウスケ・・・』
『後で話がある』
『ああ・・・』
『よし、それでは全機撤収するぞ』
『『「了解」』』


こうして南の島での戦いは、一先ずその幕を閉じた―――
だが、この島で起こった事を含む一連の出来事は全て解決した訳ではない。


『―――今回は貴様らの奮闘に敬意を表し、見逃してやるとしよう・・・今はまだ、事を荒立てる時ではないのでな―――』


既に島を脱出した男は、不敵な笑みを浮かべながら次なる戦いに向けての策を講じようとしていた。
一時の休息、その後に待ち受ける新たなる戦い。
島全体に立ち上っている噴煙は、まるで新たなる戦乱に向けての狼煙のように感じられる。
様々な思惑が渦巻く中、物語は新たなるステージへとその扉を開くのであった―――



あとがき

第36話です。
脱出劇を含めた南の島の戦いはこれにて一先ず終了です。
書き終えてから思ったのですが、少々詰め込みすぎたかもしれないですね・・・
今後はもう少し上手くまとめれるよう努力したいと思います。

今回のお話は、序盤は武ちゃん&マサキ、中盤でアクセル&ラミア、後半キョウスケ&エクセレンの戦闘といった流れです。
特機の扱いに苦戦しながらも奮闘する武ちゃん。
サブコックピットで余裕綽々の鎧衣課長。
何と無く課長のキャラを考えるとこんな感じかと思いこの様な描写にさせていただいてます。

中盤のアクセル&ラミアですが、結構悩みました。
結局、改型を大破させて・・・という一連の流れになりましたが、もう少し煮詰める事が出来ればよかったかもしれないと思っています。
特にMk-ⅢVSアシュセイヴァーのところとか・・・orz

後半のアルト&ヴァイスVSMk-Ⅲ&Ⅳ対決ですが、賛否両論あるかもしれませんね。
ランページ合戦にするべく頑張ろうと試みたのですが、合体攻撃を二体に向けて放つという描写に苦労し、この様な流れとさせていただきました。
やっぱり戦闘シーンとかは難しいです。
自分の頭の中では、こんな感じだろうとイメージを膨らませるのですが、いざ文章にしようとするとあれれ・・・といった感じになってしまいますTT
この辺も今後努力を重ねていかねばならない場所ですね。
時間があるときに色々な小説やこのサイトで連載されている方々の作品を読んだりして勉強しているのですが、自分はまだまだだと痛感させられてしまいます。

次回更新はちょっと間が空くかもしれません。
丁度こちらのサイト様もお引越しでお休みという事なので、その間に今後に向けて勉強しておこうと思います。
次回は裏側で行われていた総戦技演習のお話の続きを書く予定ですので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想のほうお待ちしています^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第37話 疑念
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/04/06 23:14
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第37話 疑念




時間は武がシャドウミラーの兵士に捕まった辺りへと遡る―――
彼がそのような状況に追い込まれている事など知る由も無い訓練兵の面々は、急に振り出した雨により川が増水した結果、ロープを回収するかどうかで論議を交わした後、最終的に時間制限を設けてその間に雨が止めばロープを回収するという結論に達していた。
良い方向に考えれば、つかの間の休息という事になる。
流石に状況が状況なだけに談笑する者は居ないが、それぞれ各々が限られた休息時間を有効に活用していたのは言うまでも無い。
そして―――

「二時間・・・本当に止んだよ!」

先程まで降り続いていた雨が急激に止み、徐々にではあるが雲の切れ間からは光が差し込んできている―――

「この調子なら増水が収まるまで大体一時間ってところか・・・」
「回収作業を行って丁度四時間ってところですね」
「御剣さんすごいよ!」

ブリットの言葉に続くようにしてゼオラが発言し、自身の驚きを隠せない壬姫は、素直にそれを冥夜に伝えていた。
だが、中にはそれを素直に受け入れられない者も居る―――

「・・・どういうこと?」
「御剣・・・まさか本当にあなたの言ったとおりになるなんて・・・」

疑念と驚愕が入り混じった表情を浮かべながら千鶴、彩峰の両名は率直な意見を述べていた。
口には出さないが、二人以外にも戸惑いの表情を浮かべている者は何名か居る事は事実だ。
中には『スゲースゲー』と子供の様にはしゃいでいる者も居るのだが―――

「たまたま読みが当たっただけだ。それに待つ決断をしたのは榊であろう?彩峰、すまぬが後でロープの回収を頼めるか?」
「・・・解った」

雨が上がったとはいえ、直ぐにロープを回収することは出来ない。
徐々にではあるが、水かさが減ってきているとはいえ、川の流れはかなりの急流だ。
時折川の濁流に混じって折れた木の枝や樹木などが流れてきているため、今すぐに回収作業を行えば危険が伴うのは明白。
その場に居た全員は、作業が行える程度に水かさが減るのを待つ間、再び休息を取り始めていた。
だが、この一件に関しての疑問は拭えていない―――
冥夜の発言は本当に読みが当たっただけなのだろうか?
偶然にしては出来すぎている・・・その場に居た一部の者、特に千鶴と彩峰の両名はそう感じていた。
普段はこのように息を合わせるような事は滅多に無い二人だが、流石に今回ばかりは同じ疑問にそうも行かないのだろう。
何故ならば、冥夜は事前に四時間だけ待って欲しいと指定してきたのだ。
いくらこの地域特有の雨であったとしても、相手は自然現象なのである。
どれほど凄い気象予報士だろうと完全に天候を予測する事は不可能に近い。
ましてや彼女はこの手の事に関しては素人の筈だ。
そのような者がここまで見事に天候を予測し、四時間という猶予を与えてくれと頼んできたのである。
千鶴や彩峰が彼女の不可解な行動に対し懸念を抱くのも無理は無いと言うことだ。

「(やはり疑われてしまうのも無理は無いか・・・当然であろうな。私とて以前の世界で武が見事に天候を予測した時は、今の皆と同じ気持ちだった。未来でも知っていない限り天候を予測するなど不可能なのだからな・・・未来・・・いや、まさか、な―――)」

言葉にはしないまでも彼女たちの表情から、自らの不可解な点に懸念を抱かれているのだろうという事を彼女は薄々感づいていた。
そして、その時に感じた点から自身も、以前の世界での武の行動に疑問を浮かべてしまう。
何故あの時、彼は的確に天候を予測できたのだろうか?
天候の話だけではない。
当初の脱出ポイントと思われた場所での出来事。
その時の彼の行動もまた、これから起こる事を予想しているかのような動きだった。
偶然が重なっただけなのかもしれないが、これほどまで頻繁に偶然が起こるものなのだろうか?
以前の世界での武の行動やその口から発せられる言葉の数々―――
これまで何の疑いもしなかったが、今の自分を武に置き換えてみると妙な違和感を感じざるを得ない。
ここに来て彼女は、もしかすると以前の世界での彼もまた、今の自分と同じく記憶を有したまま過去へと遡ったのではないかという考えが頭を過ぎる―――

「(―――何を考えているのだ私は・・・例えそうだったとしても、彼の者は白銀 武以外の何者でもないではないか。住む世界が違えども武は武、そして私は私だ。それ以上でもそれ以下でもない・・・この様な馬鹿馬鹿しい事、考えるのはもう止そう。今は総戦技演習に集中せねば―――)」

心の中でそう呟いた彼女は、改めて気合を入れなおすために両手で自身の頬をパシパシと叩く。

「ど、如何したんッスか冥夜さん!?」
「ん、ああ、これからまだまだ難関が待ち受けているだろうからな。気合を入れ直しただけだ」
「な、なるほど・・・」
「そなたもやってみてはどうだ?」
「別に俺はそんな事しなくても大丈夫ッスよ」
「フフ、そうか。ではそなたに期待させてもらうとしよう」
「ウッス!大船に乗ったつもりで居てくださいッス」
「・・・泥舟の間違いじゃなきゃいいけどね」
「うおっ!彩峰、何時の間に!?ってか、何で泥舟なんだよ」
「・・・なんとなく」

そう言った彼女の手にはロープが握られているところを見ると、既に回収作業を終えたようだ。
川の方に目をやると、既に殆ど水が引いている。
雨が止んでから時間は1時間も経過していない。
という事は思いのほか早く水が引いたという事だろう。
早く先に進む事ができるという事はそれだけ時間の短縮にも繋がる。
いくら予想よりも速いペースでここまで進んで来れているとはいえ、時間は限られているのだ。

「それにしても早いな。流石は彩峰と言ったところか」
「優秀だからね」
「自分で言うか普通?」
「ニヤリ」
「クッ、何かその勝ち誇ったような笑顔がムカつく・・・」
「だったら貴方も彩峰さんに負けないように努力するしかないわね。実際の所、彼女はアラドと違って優秀ですもの」
「うるせえよゼオラ!今に見てろよ彩峰・・・そのうちギャフンと言わせてやるからな!!」
「・・・ギャフン」
「・・・」
「今回ばかりはアラドの負けだな。さて、天候も回復してきた事だし、そろそろ出発の準備を整えようぜ」
「そうね、予定より早く進んでいるとはいえ、この先どうなっているかわからないわ。皆、この先も気を引き締めて行くわよ」
『『「了解」』』


休息を行えた事により、幾分か体力を回復する事ができた彼女達は、そのまま次の目標地点へ向けて歩みを進めることにした―――

「ねえねえアラド」
「何ですか美琴さん?」

木々が生い茂る密林を進んでいる最中、隊列の先頭を進んでいた美琴が、突如として口を開く。

「前々から思ってたんだけどさ、何で慧さんだけ『彩峰』って呼び捨てなの?」
「如何したんですか突然?」

突拍子の無い彼女の発言に対し、何事かと思ったアラドであったが、蓋を開けてみれば他愛も無い話だ。

「いや、さっきも冥夜さん達と会話してた時、慧さんだけ呼び捨てだったでしょ?今もボクをさん付けで呼んでたし、何か理由があるのかなあって思ったんだよね」
「・・・そう言えばそう。何で?」
「ん~、特に理由は無いッスね。強いて言えばタケルさんがそう呼んでたからかなあ」

確かに彼の言うように、彩峰の呼び方に関しては特別な理由は無い。
アラド自身が呼びやすかったことと、どこと無くさん付けで彼女を呼ぶ事に抵抗があったからだ。
だが、さん付けで呼ぶ事に対して抵抗があるからなどと言っては相手に対して失礼に当たる。
だから彼は、特に理由も無く武がそう呼んでいた事が主な理由だと答えたのだ。

「でもさ、千鶴さんの事は『委員長』って呼ばないよね?それに壬姫さんのことも『たま』って呼んでないし」
「そうですよねぇ。でも、私の事を『たま』って呼ぶのはタケルさんだけですし」
「確かに榊さんは委員長っぽいけど、なんとなくそう呼びにくいし・・・珠瀬さんはなんでだろうな。よくわかんねえや」
「ふ~ん、そうなんだ。てっきりボクは慧さんを特別扱いしてるのかと思ってたよ」
「何でそうなるんッスか?」
「いや~、好きな子相手には意地悪したくなる、みたいな感じかな?だから慧さんだけ呼び捨てなのかと思ってたんだ~」
「・・・そなの?」
「な、何言ってんですか美琴さん!絶対そんな事ありえねえって!」

徐々に話が噛み合わなくなって来るのが解る―――
アラドも以前から思っていた事だが、彼女は本当にマイペースな人間だと改めて気付かされてしまう。
何処を如何解釈すればこの様に曲解した答えになるのだろうか?
このままでは彼女の良いように解釈されっぱなしになってしまうのは間違いない。
だが、彼がそう考えたときには既に遅かった―――

「そんなに力一杯否定しなくてもいいよ。ボクは応援してるからいつでも相談に乗るよ?」
「だから違うって!ああ、もうっ!大体俺が彩峰を好きになるなんて事ありえねえよ!」
「じゃあ、誰が好きなの?」
「そ、それは・・・」

完全に美琴のペースだろう。
会話に巻き込まれる形となった彩峰に至っては、先程からさほど表情に変化は見られないが、若干口元をニヤ突かせながらアラドの方を見ている。
彼女はアラドをからかうべくこの状況を楽しんでいるのだろう。
だが、流石にこの件に関しては正直に答えるわけにはいかない。
口に出して言っているわけではないが、彼が好きな女性はゼオラだ。
その事はC小隊の面々の殆どが気付いている。
当の本人同士は、互いの事を想ってはいるが、互いに好きだと言った事がある訳ではない。
大事な、そして掛け替えの無い存在だと認識している程度なのである。
そんな彼の考えなどお構い無しに、美琴は更に言葉を続けていく―――

「答えられないって事は、やっぱり慧さんなんだね~」
「だから違うって!」
「・・・ポッ」
「って、オイ!お前もそこで顔を赤らめるな!!」
「・・・お前だなんてそんな」

美琴のマイペースに引っ掻き回され、彩峰にはいいようにからかわれ、流石の彼も限界のようだ。

「だぁぁぁっ!!マジでいい加減にしてくれよ!!」
「ホント、いい加減にしなさいよ貴方達!!今は演習中なのよ?ふざけている場合じゃないでしょう!!」

ついに助け舟が来た―――
そう考えて振り向いたアラドの目に入ってきた千鶴の顔は、憤怒の形相を浮かべていた。
下手な事を言い返してしまえば間違いなく火に油を注ぐという行為に繋がってしまうだろう。

「そうだぞ三人とも。いくら順調に事を運んでいるからって油断しすぎだ」

千鶴に比べればブリットは比較的穏やかな口調ではあるものの、怒っているという事には違いない。

『ごめん『・・・ゴメン「すみません」』』
「私達にはもう後が無いのよ?なのにそんな話、今する必要は無いでしょう!?」
「すみません榊さん・・・」
「謝って済む問題じゃないわ。大事な演習中だって言うのに貴方達は一体何を考えているのよ!今がどういう状況か解ってるの!?」
「ごめん千鶴さん。ボクが悪かったよ」

約一名を除いて申し訳無さそうに誤る美琴達。
確かにこの様な話は、今するべき内容ではない。
美琴のちょっとした疑問から始まったこの話は、場を和ませるつもりだったのかも知れないが時と場所が悪かった。
これが先程の休息中であったのならば、この様に千鶴が怒る事も無かったであろう。

「ま、まあまあ榊さんも落ち着いて下さい」
「貴女はちょっと黙ってて!」

彼女を落ち着かせようと思った壬姫の言葉を遮り、彼女は怒れる視線を三人に向けている。
ちょっとした事が原因だったにも拘らず、徐々に周囲の空気が重くなって来ていた。
それを感じ取ったのだろうか?
自分も言い過ぎたと思った千鶴は、折角纏まり始めていた面々が、この件で再びバラバラになってしまっては元も子もないと判断し、自身の非礼を詫びていた。

「・・・解ってくれれば良いのよ。ごめんなさい、私もちょっと強く言い過ぎたわ。珠瀬も、ごめんなさいね」
「う、ううん。私の方こそごめん」
「いや、悪いのはボクの方だよ。いくら順調に行ってるからってふざけ過ぎたと思う。本当にごめんね」

互いが互いの悪かった点を謝罪する。
そんな中、一人別の視点でこのやり取りを見ていた者が居た。
御剣 冥夜である。
これは良い傾向ではないかと彼女は思っていたのだ。
今までの千鶴であったならば、この様に素直に自分の至らない点を即座に謝罪するという事はしなかったであろう。
常にマイペースを貫いている美琴や彩峰も自分の非を認め素直に謝っている。
そしてこのような状況においては、今までの壬姫ならばただオロオロしているだけだったに違いない。
間違いなく彼女達は、徐々にではあるがチームとしての纏まりが出来始めている。
少なくとも今の状況を見ている限りはそう感じられたのだ。
その光景を見ていると、自然と顔が綻んでくるのが自分でも分かる。

「如何したんですの冥夜?何と無くですが、とても嬉しそうな顔をしている様な気がするのですけれど・・・」

そんな冥夜に気付いたアルフィミィは、何故この状況でそのような顔が出来るのかを疑問に思っていた。
彼女が冥夜から受けたイメージは、何かに喜んでいる様に感じられたのである。
如何考えても今の状況において、彼女が喜ぶべき事があった様には思えない。
以前、エクセレンが自分にもこの様な表情を向けていた事があった。
その時も彼女は、何に対してエクセレンが喜んでいるのかという事に疑問を抱いていたのだ。
元々アインストとして生を受けた彼女は、自分でも理解できない感情や人の行動が数多く存在する。
アインストから独立し、自分という個を確立した彼女にはまだまだ学ばなければならない事が多い。
エクセレンが彼女を訓練部隊に入るよう進めたのは、同年代の者達との交流からそれら多くの物を学んで欲しいという願いからであったのである。

「・・・大した事ではない。人はこうやって成長して行くのだと感じていただけだ」
「よく解りませんの」
「いずれそなたにも解る時が来よう。私とてまだまだ学ばねばならぬ事は多いのだからな」
「なるほど・・・」

様々な想いが交錯する中、再び彼女らは目的地へ向けて歩みを進めて行く―――

それから数時間程経過し、彼女らの目に真っ青な景色が見え始める。
先程までとは打って変わって雲一つ無い快晴。
風に乗せて漂って来る潮の香りは、海が直ぐ傍にあるのだという事を改めて確認させてくれる。
徐々に生い茂っていた木々が切れ始め、次第にゴツゴツとした岩場に切り替わると共に明らかに異質な物が見えてきた。
天然自然の中に在って明らかに異質な人工物、それは誰が見てもヘリポートに間違いないだろう。

「ここが回収ポイントかしら・・・?」
「このまま行けば四日目でクリアかぁ・・・すごいよ!」
「そんなに凄い事なんですの?」
「そりゃそうだよ。ひょっとしたら最短記録かも知れないからねぇ」

その場に居た殆どの者がこれで演習は終了だと考えていた。
そんな中、明らかに怪訝な表情を浮かべている者が居る。

「どうしたの御剣さん?なんだか顔色が青いよ?」
「大丈夫か御剣?どこか具合でも悪いのか?」
「いや・・・何でもない」

彼女を心配したクスハとブリットが声をかけるが、その表情からはとても大丈夫そうには見えない。
体調不良といった様子では無い様だが、何かを深く考え込んでいるようにも思える。

「(以前は回収ポイントに到着し、皆で喜んでいたところを砲撃されたのだったな・・・恐らく香月副指令の事だ、このまますんなりと脱出させてくれる筈などあるまい)」

やはり彼女は以前の世界の事を思い出していたのであった。
前回の世界では、苦労の末、やっとの思いでこの場に辿り着いたにも関わらず、一瞬にして登ってきた崖を蹴落とされた様な気分にさせられたのだ。
これから仲間が落胆するかもしれないという事が分かっているだけに顔に出てしまうのも仕方の無い事だろう。

「発煙筒発見!」

笑顔で皆にそれを伝える壬姫の表情を見ているだけで更に辛くなってくる。

「(下手に砲台を黙らせようものならこの後の展開がどうなるか分からん。かといって先に砲台の存在を皆に知らせるわけにも行かぬし・・・さて、如何したものか・・・)」

そうこうしている間に発煙筒は彩峰の手に握られている。
このまま何も知らずに発煙筒を焚いてしまえば彼女の身が危険に晒されてしまうのは明白だ。

「ちょっと待った彩峰!俺にやらせてくれよ」

如何すべきか悩んでいる冥夜を他所に、アラドが自分にやらせて欲しいと言い出す。

「・・・何で?」
「こういうの前から一回やってみたかったんだよ。な、別にいいだろ?」
「・・・やっぱりお子様だね」
「うるせえ。なあ、俺にやらせてくれよ」
「・・・さて、どうしようか」

この時冥夜はマズイと考えた―――
彩峰と比べ、アラドはどちらかと言えば注意力が散漫な方だ。
身体能力の上ではかなり高い部類に入る彼とはいえ、そんな彼が何も知らずに発煙筒を焚いてしまえば彩峰以上に危険に晒されてしまう可能性が高い。

「(ここはやはり私が行くべきだろうな・・・)二人ともちょっとよいだろうか?」
『何?「何ですか?」』
「すまぬが私にやらせてはくれないだろうか?じ、実は私も一度こう言うのをやってみたかったのだ(こう言えば私に譲ってくれるだろう・・・幸いな事に砲撃が来る位置は分かっている。それを知っていながらむざむざと仲間を危険な目に遭わせる必要もあるまい・・・)」
「・・・どしたの?」
「え?」
「いや、何かいつもの冥夜さんらしくないって言うか・・・」
「ど、どこが私らしくないと言うのだ?私はいつもどおりだぞ?」
『「・・・明らかに何か動揺してる」ッス』
「そ、そんな事は無い!(クッ、何故この様な時ばかりこやつらは勘が鋭いのだ!)」
「・・・そうやって声を張り上げるところがますます怪しい」
「怪しくなどないっ!いいからそれをこっちに渡すのだ彩峰!」

これが武だったならば変に勘ぐられることも無かっただろう。
下手に怪しまれては不味いと考え、そう思われないような表情で彼女らに言葉を発したつもりだったが、彼女の普段真面目過ぎるほど実直な振る舞いを見せている事がここに来て仇となっているのだ。
このまま変に勘ぐられたままでは不味いのは重々承知している。
だが、避けられる事は避けるに越した事はないのだ。
先に起こる事を知っていながら仲間を危ない目に遭わせる訳には行かない。
そういった性格ゆえに起こした行動だったのだが―――

「何か今日の冥夜さんおかしいッスよ。変な物でも食べたんですか?」
「・・・アンタじゃないんだからそれは無い」
「なっ、バカにすんなよ!今日は取っておいたレーションしか食ってねえって!」

このままでは堂々巡りになってしまう。
なんとしても自分が発煙筒を焚いて仲間を守らねばならないという考えが先行してしまっているため普段どおりに振舞う事が出来ないのだ。

「いい加減にしろよお前ら!こんなくだらない事で言い争ってる場合じゃないだろう!」

三人の言い争いに対し、流石に業を煮やしたブリットが仲裁に入る。

「たかが発煙筒を焚く位、別に誰がやっても同じだろう!?彩峰、それをこっちに渡せ・・・俺がやる」

普段の彼はこの様に大声を張り上げて怒ったりはしない。
という事は思っている以上に激怒しているという事なのだろう。
それを察した彩峰は、素直にそれを彼に渡す。

「まったく・・・子供じゃあるまいし、こんな事でケンカなんかするなよな」
「すみません」『・・・ゴメン』『・・・すまぬ』

そう言って発煙筒を受け取ったブリットは、徐に準備を始める―――

「すまなかったブリット・・・」

彩峰とアラドがその場を離れる中、申し訳無さそうな表情で彼に謝る冥夜。

「いや、俺も少々言い過ぎた・・・なあ、御剣」
「ん?」
「あれこれと詮索するつもりは無いけどさ・・・あんまり気負うなよ?」
「な、何を・・・(まさか、気付いているのか?私がこの先起こりうる事を知っているという事を・・・)」
「今日一日、ずっと何か考え込んでるって感じだったぜ?」
「す、すまぬ・・・顔に出ていたのだな」
「ああ、いつもの三割り増し位に険しい顔してたからなぁ。不安なのは解るけど、もう少し皆を信頼しても良いんじゃないか?俺達は仲間だろ?」
「そうだな・・・そなたの言うとおりだ」
「分かってくれれば良いさ・・・よし、準備完了だ」
「ブリット・・・気をつけてな」
「解ってる」

そう言ってヘリポートの中央へと向かうブリット。
これから起こり得る事態を知っているだけに不安な表情を隠せない冥夜―――
彼女はただ彼の無事を祈る他なかったのである。

「(恐らく御剣は何かを隠している・・・ふう・・・俺も人の事言えないな。さっきあんな事言った俺自身が彼女を信じてやらなくてどうするんだよ)」

そのような事を考えながら歩いていると、いつの間にかヘリポートの中央へと到着していた。
発煙筒に着火し、両手を挙げ暫くその場に立っていると、何処からともなく聞こえてくるヘリのローター音。
回収のためにこちらにやってきた味方のヘリだという事は間違いないだろう。

「ヘリが来たよ!」

美琴の喜び混じりの声が聞こえてくる―――

「これで終わりか・・・っ!!?(何だこの感じ!?)」
「これでボクたちも合か―――」

彼女がそういい掛けた直後、轟音と共に爆ぜる地面―――

「!!?」
「な・・・何!?」
「砲撃!?・・・何処からなの・・・」

その場に居た殆どの者が驚きを隠せないで居る。

「あそこだ!」

大声を張り上げ冥夜が指差した方向は海を挟んだ対岸。
そこには一台の砲台がこちらに向けて尚も砲撃を繰り返している。

「あんな所に砲台が・・・!?」
「こっちに撃ってきてるよ!!」
「狙われているぞブリット!!」

砲撃の着弾地点は、徐々にブリットに向けて近づいている。

「ブリット君下がって!狙われているよ!!」
「わかってる!!(クッ、さっき感じた妙な気配はこれか!!)」

急いでその場を離れるブリット―――
尚も砲撃は止むことなく続いている。

「ブリットこっち!急いで!!」

既に岩場に退避していた美琴が安全圏へと誘導する。
岩場まで後数メートル―――

「(頼む・・・間に合ってくれ!!)」

必死に彼の無事を祈る冥夜を他所に、彼の背後で一際大きく地面が爆ぜた―――

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

雄叫びを上げながら彼は、岩場の陰へと飛び込む。
数秒後、先程まで彼が居た所は見るも無残な光景へと変貌していたのは言うまでもない。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・し、死ぬかと思った・・・ん?(何だ?この柔らかい感触・・・?)」

砲撃の影響で彼の周囲には砂埃が立ち込めているため視界が悪い。
とっさに岩陰に飛び込んだのだが、地面の感触が何やらおかしい事に気付く。
もっとゴツゴツとしている筈なのにまるで柔らかいベッドの上にでも居るような感覚だ。

「あ、あのブリット君・・・」
「えっ・・・?」

徐々に晴れて来る視界―――

「なっ!!」

彼の目の前にはクスハの顔。

「・・・え、えっと・・・そのぉ・・・」

岩陰に飛び込んだまでは良かったのだが、必死だった事もあり彼はクスハを押し倒すような形になってしまっていたのだ。

「ご、ごめんクスハ!!す、直ぐに退くから!!」
「う、ううん・・・私は大丈夫だから・・・」

先程からクスハの顔は真っ赤だ。
直ぐに彼女の上から退こうと右手に力を込める。

「キャッ!」

再び右手に感じる柔らかい感触―――

「ブ、ブリット君・・・で、できればその手を先に退けてくれないかな?」

顔を真っ赤にし、目に軽く涙を浮かべているクスハ。
言われるがままに右手に視線を移すと、彼の右手は何かを鷲掴みにしている事に気付く―――

「・・・う、うわぁぁぁぁぁっ!!ご、ごめんクスハっ!!」

飛び退く様にして彼女から離れるブリット。
案の定彼の顔も真っ赤だ。

「・・・やるねブリット」
「どさくさ紛れに何やってんですかブリットさん」
「不潔です」
「ご、誤解だ!!これはワザとじゃない!!」
「・・・とか言いながらしっかりクスハの胸揉んでた」
「そ、それは・・・」
「・・・不潔」
「だからそれは誤解だラトゥーニ!!」

次々と周囲から発せられる言葉と視線にブリットは必死になって釈明する。

「わ、私は大丈夫だから・・・」
「でも責任取らなきゃいけないね」
「せ、責任!?」
「クスハを傷物にしてしまった責任ですの」
「だからこれは事故だって・・・俺だってワザとじゃないっ!!」
「あら、この期に及んで逃げるんですか?男らしくないですよブリットさん」
「なっ!」

会話に参加している者は一部を除いて終始ニヤニヤしっぱなしだ。
要するにブリットをからかっているという事なのだろう。
彼も頭が回らないのかその事に気付かないのである。

「はいはい、それくらいにしなさいよ貴方達」
「そうだな。それよりも問題はあの砲台だ・・・それにしても何故あのような物が稼働しているのかという事が気になる・・・」
「そうね・・・(何故かしらこの違和感・・・さっきの御剣の行動、まるでこれから何が起こるかを知っているようにも見て取れたけど・・・)」

千鶴の疑問も尤もであろう。
冥夜との付き合いはさほど長い訳ではないが、普段の彼女を見ていれば否応無しにその違和感に気付いてしまうのも無理はない。
この演習に入ってからの彼女の行動や発言は、まるで何かを知っているような感じだ。
先程の一件、そしてロープ回収時の事を踏まえて考えてみると更にその疑問は大きくなってくる。

「どうしたのだ榊?私の顔に何か付いているのか?」
「ううん、何でもないわ(考えすぎか・・・)兎に角、改めて今後の事を考えなければならなくなったわ。皆、集まってくれる?」
『『「了解」』』

今後の事を話し合うため、集合する訓練舞台の面々。
この場が回収ポイントだとすると、対岸に位置した砲台を黙らせなければならなくなる。
その為には何故あの砲台が稼働しているのかという原因を突き止めねばならないのだが―――

『あー・・・皆生きてる?』

突如として通信機から流れてくる女性の声。
この声が救いの声となるのか、悪魔の囁きになるのか・・・殆どの者が後者と受け取っていたのは言うまでもない―――


あとがき

第37話です。
今回は前回言ったとおり総戦技演習の後半部分を書かせていただきました。
全体的な流れは分かっているものの、やはり文章にしてみると難しい物ですね。
一気に最後まで書いてみるかとも思ったんですが、それだと無駄に長くなりすぎると判断したので砲撃シーンが終わった辺りで一度切らせて頂きました。
総戦技演習の結末や武ちゃんやキョウスケ達今後の展開については次回以降に持ち越させていただきます。

さて、今回のお話ですが、武ちゃんと冥夜の違いという物をメインに考えて見ました。
二人のキャラクターを考えてみると、冥夜が武ちゃんと全く同じ行動を起こしたとしてもすんなりと事が進む事は無いだろうというのが理由です。
それによって様々な疑念を生んでしまったというのが今回のコンセプトになってます。
これが今後の展開にどう影響するのかを楽しみにお待ち下さい。
それでは感想のほうお待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第38話 一時の休息、そして新たなる始まり
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/04/09 22:43
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第38話 一時の休息、そして新たなる始まり




『あー・・・皆生きてる?』

突如として聞こえてくる声―――
その声の主が横浜基地副指令『香月 夕呼』のものだと気付くのは、そう時間の掛かる事ではなかった。
彼女は通信が繋がった事を確認すると、現在の状況を掻い摘んで説明し始める。

『ちょっと予定が狂っちゃったわ。困ったことに『何故か』岬の砲台が稼働しちゃってるのよね~』

この通信を聞いた冥夜は、前回と全く同じ状況である事を再確認すると共に、あからさまにわざとらしい彼女の態度に少々呆れていた。

「(何故か・・・か、よくもそのような事が言えたものだな。この場に居る誰もが副指令の悪知恵だという事に気付いているというのに・・・)」

そのような事を考えている間にも彼女の言葉は続いていく―――

『新しく回収ポイントを設定するからそこへ行ってちょうだい・・・場所は―――今撃ってきた砲台の裏側』
「そこに行くまでに再度砲撃される可能性がありますが・・・」
『アタシにできるのは新しい回収ポイントを教えることだけよ・・・以上、通信おわり』

ブツンと言う独特の音を立てながら一方的に打ち切られる通信。
その場に居た全員がしばし無言の状態であった事は言うまでもない。
彼女の物言いに驚いている訳でもなく戸惑っている訳でもない。
香月 夕呼という人物を知るものならば、彼女がどう出るかなど容易に想像がつくのである。
どちらかと言えば面倒事を全てまる投げしているかの様な彼女の言動に対し、彼らは皆呆れていたのだろう。

「あとは自分でなんとかしろ・・・か。いかにも副指令らしい」
「ここで文句を言ってても仕方がないわ。砲台も黙らせないといけないし・・・」

その時彼女らは、腕を組みながら高笑いをしている夕呼が見えたという―――

「でもさ榊さん。あの砲台、どうやって黙らせるんだ?流石にあれだけの物を破壊しようとすると、ちょっとやそっとじゃいかないぜ?」
「無人の砲台が稼働しているという事は、どこかに何らかのセンサーか何かが設置されてるんだと思う。ブリットが発煙筒を焚き始めてから砲撃されるまでの時間を逆算して考えてみると、動体探知機(モーショントラッカー)か何かだと思うんだけど・・・」
「赤外線とか熱感知センサーは当てはまらないのか?」
「その線も捨てきれ無いけど、赤外線は大気に吸収される事もあるから一概には言えないわ。熱感知だったらヘリ、もしくは発煙筒の方が人体よりも高い温度を出しているからそっちに反応するだろうし、砲台とこの場所との距離を考えてみても動体探知機の可能性が高いと思う」
「なるほど・・・イマイチ解んねえケド、ラトが言うなら間違いないんだろうな。砲台を無力化させるには、そのセンサーを探して破壊するのが一番手っ取り早いって事か・・・」
「・・・アラド君、確かこれ先日の座学で習ったと思うんだけど」
「そ、そうでしたっけ?いや~そういう小難しい事って頭ん中素通りしちまうんだよなぁ・・・アハハ~」
「ちょっとアラド、笑い事じゃないでしょ?もしも演習終了後に砲台のセンサーについて問われたら貴方どうやって答えるつもりだったのよ!?」
「えーっと・・・そこはまあ・・・勘で?」
「呆れた・・・そうやって何時も何時も勘に頼ってばかりいちゃ駄目だってカイ少佐にも言われてるでしょ?」
「な、何でそこでカイ少佐の名前が出て来るんだよ!!」
「ねえゼオラ、そのカイ少佐って言うのは誰なの?」
「え~っと・・・」

ここでカイの名前を出したのは明らかに失言だっただろう。
『カイ・キタムラ』新生特殊戦技教導隊の隊長であり、アラドやラミア達の上官に当たる人物である。
C小隊の面々はよく知る人物であるが、B小隊の面々にしてみれば初めて聞く名だ。
ましてや一介の訓練兵が佐官クラスの人間と面識があること自体珍しいのだ。
流石に自分達が元居た世界で所属していた部隊の上官などと答えるわけにはいかない。
その場の流れからつい彼の名前を出してしまったゼオラは、迂闊な自分の発言に対して苦虫を噛んでしまったような顔を浮かべている。
このままでは不味い・・・下手な説明をしてしまえば、明らかに自分達の素性が疑われてしまう。
どう説明すべきか悩んでいた彼女達に助け舟を出した人物は意外な者だった―――

「ひょっとしてその方は、そなた達が以前所属していた訓練校で世話になったという方か?」
「め、冥夜さん!?何で冥夜さんが少佐の事を知ってるんですか?」

アラド達が驚くのも無理はない。
彼女がこの世界の住人である以上、異世界の人間であり、面識のないカイの事を知っている筈が無いのだ。
そのように驚く彼らを他所に、彼女は話を続けていく―――

「うむ、以前タケルから聞いた事があってな。彼の者の話では、そなた達三名はかつて鬼教官と呼ばれる程の猛者の教え子だと聞いていたのだ。先程のカイ少佐と呼ばれる御方がそうではないのかと思ったのだが・・・違うのか?」

実際の所、武は彼女にそれほど詳しく彼らの事を話した訳ではない。
彼らが特別な施設出身であるという事だけを話していたのだ。
つまり彼女は、自身に与えられていた情報からカイという人物を想像し、アラド達の元教官ではないかという憶測で物を言っているのである。
だが、彼らにしてみれば少々大げさな物言いかも知れないが、地獄に仏、運良く垂れてきた蜘蛛の糸と言っても差し支えないだろう。

「え、ええ、そうなんッスよ(ナイスだタケルさん!いつの間にそんな話してたのか知らないけど助かったぜ!)」
「少佐は私達の元教官なんです。横浜に来る前にも勘に頼る癖を何とかするように言われてたのを思い出して・・・少佐の名前を出せばアラドももう少ししっかりしてくれるかなと思ったんです(白銀大尉のおかげで助かったわ・・・)」

明らかに怪しい表情を浮かべながら、冥夜の発言を肯定する二人。
だが、彼女が言った事であれば信憑性は高いと踏んだのだろう。

「へぇ~、そんな凄い人が教官だったんだ。だからC小隊の皆は凄いんだねぇ」
「なるほどね。ひょっとしてブリット達もその教官に教えを受けたのかしら?」

一時は妙な眼差しを向けていたB小隊の面々も、冥夜が武から聞いたという事で納得している様子だ。

「いや、俺とクスハ、アルフィミィは直接の面識はあっても教えを受けたことは無いよ。確かに厳しい方だけど、鬼って言われるほどじゃなかったと思うけどな」
「ええ、部下思いのとても優しい方よ」
「でも、無断行動をした人に何時間も正座させてお説教してた事があると聞いた事がありますの」
「・・・やっぱり鬼?」
「神宮司教官とどっちが怖いのかなあ」

その場に居た殆どの者が『この場にまりもが居なくて良かった』と考えていたに違いない。
相変わらずの美琴の発言に、一時的とはいえ周囲の時間が凍り付いた様にも感じられる―――


「ックシュン・・・」
「あら、まりも・・・風邪でも引いたの?まったく、アンタ教官なんだから自分の体調管理ぐらいしっかりしてよね」
「ち、違うわよ!何か急に鼻がムズムズしてきて・・・」
「ふ~ん・・・ひょっとして誰かがアンタの噂でもしてるのかも知れないわねえ・・・」
「・・・それはどういう意味かしら?」
「お~怖っ」

一方、別の場所では―――

「風邪ですか少佐?」
「い、いや、急に鼻がムズムズしてな・・・誰かがまたよからぬ噂でもしているのだろう」
「そうですか・・・」

そんなやり取りが行われていたのはまた別の話―――


「兎に角、ここで考えていても時間が勿体無いわ・・・砲台の射角を迂回するようにして移動しましょう」
「そうだな。ひょっとすると近くに砲台のセンサーがあるかもしれない。榊、地図を貸してくれないか?」
「ええ」

そう言って地図を受け取るブリット。

「ラトゥーニ、君ならこの地図を見て何処にセンサーを仕掛ける?」
「・・・ヘリポートの位置と砲台の位置、それから砲台の射角を考えると・・・恐らくこの場所とこの場所・・・そしてここだと思う」
「三箇所か・・・一つは新たに指定された回収ポイントへ向かう途中から見えそうだな」
「残る二つは対岸・・・しかもかなり迂回しないと難しい位置ですね」
「珠瀬、もしこのポイントにセンサーが存在するとして、対物体狙撃銃で狙撃する事は可能か?」
「うう~ん・・・その場所しだいですねぇ。距離もそうですけど、風向きや風力なんかも関係してきますし・・・」
「そうか・・・とりあえず、先ずはこのポイントを目指す事にしよう。そこにセンサーが設置されていたら状況に応じて珠瀬に狙撃してもらう。皆もそれで構わないか?」

全員がブリットの意見に賛成する。
そんな中、一人冥夜だけがブリットやラトゥーニの考えに驚いていた。

「(流石というべきか・・・この状況下において彼らはレドームの設置されている位置をほぼ特定している・・・そして、それがそこに存在すると仮定して現状の人員と装備でどう対応すべきかを即座に導き出している。ブリットの指揮能力、ラトゥーニの分析力・・・本当に彼らは我々と同じ訓練生なのだろうかと驚かされるな・・・)」

実際の所、ブリットは前線で指揮を執った経験は皆無に等しい。
どちらかと言えば戦闘中に熱くなりすぎてしまう事の方が多いだろう。
この世界に来てキョウスケの推薦で分隊長を任されてから彼は、自分なりに色々と考えてみた。
こういった状況下において自分の先達がどの様に動いていたかを今一度思い出しながら行動しているのだ。
そして自分の仲間達を信頼し、彼らが特に優れている分野に関しては率先して意見を求め、それらを参考にする事によって数ある選択肢からその場における最も有効な手段を模索しているのである。
これが同じ分隊長である現在の千鶴と彼との違いだろう。
隊を預かるという事は、所属する部下や仲間の命をも預かるという事だ。
そして、部下からの信頼を得れないという事は、それだけその人物がワンマンだという証拠になる。
その殆どが人の意見を聞き入れず、相手に自分の意見を押し付けてしまうというケースだろう。
結果として強引に自分の意見を相手に押し付けてしまえば、それが原因で更なる亀裂が生じてしまい、纏まりを得ないままの状態に陥ってしまうという訳だ。
これまで互いに干渉せずにここまで来たB小隊の面々とは違い、共に幾多の死線を潜り抜けてきたC小隊の面々は、それぞれが仲間を、そして友を大事にすることでこれまでの道を歩んできた。
そうやって互いの事を思いやる事でそれぞれが信頼を得てきたのである。
現状でブリットが千鶴よりも優れた指揮を発揮しているのは、彼が仲間を信頼し、自分に無い物を彼らの助力で補おうと努力しているからに他ならない。
気付けば冥夜は、自分たちと彼らの違いについて考えてしまっていた。
そしていつの間にかまた険しい顔をしてしまっていたのだろう。
そんな彼女に気付いたブリットが、そっと彼女に近づき声をかけてくる―――

「―――御剣?」
「あ・・・ああ、ブリットかどうした?」
「また何か考え込んでいるみたいだったんでな・・・」
「・・・すまぬ。実はそなたやラトゥーニの行動に驚いていたのだ」
「どういう事だ?」
「うむ、この演習に入ってからというもの、そなたの指揮能力は改めて凄いものだと思い知らされてな・・・それに彼女の分析力もだ。本当に同じ訓練生かと考えてしまう自分が情けないと思って、な・・・」
「そんな事は無いさ。現に今も皆の意見を参考にしてるわけだしな・・・自分の力量を踏まえた上で行動しているだけさ」
「謙遜するな・・・そなたは本当に凄い人物だ。もっと自分に自信を持ってよいと思うぞ」
「それを言ったらお前だって凄いじゃないか。さっきの雨といい、回収ポイントでの砲撃の件といい・・・俺の方が驚かされてるよ」
「・・・それはただの偶然だ。偶然が重なったに過ぎん―――(本当の事を知ったら、そなたは私の事を軽蔑するだろうな・・・これから起こり得る事を解っていながら、何も知らぬフリをして演習に参加しているのだから・・・)」

彼女はいつの間にかブリットの顔を真っ直ぐに見る事が出来なくなっていた。
先程から今後自分がどうすべきか・・・様々な考えが頭の中を駆け巡っている。
本当にこのまま自分の知っている情報どおりに事を運んで良いものか、と。
そして徐々にではあるが冥夜の表情が暗くなる―――

「なあ御剣・・・さっきも言っただろ?あまり気負うなって、さ。そうやって思い詰めた顔ばかりしててどうするんだよ?他の皆も心配してるぜ?」

そうやって自分達から離れた位置でこちらの様子を窺っている面々の事を教えるブリット。

「不干渉主義ってワケじゃ無いけどさ。お前が何を思って何を考えてるのか、あれこれ詮索するつもりは無い。だけど、な・・・もう少し俺達の事を信頼してくれよ。俺達は仲間だろ?」

この時彼女は、目の前にいるブリットと武がダブって見えていた―――
もしもこの場に彼が居たら間違いなくブリットと同じ事を言っていただろう。
武には『そなたの代わりを務めてみせる』『武は武、私は私』などと言っておきながら、いつの間にか無意識の内に彼を深く意識してしまっていたという事に気付かされたのだ。

「フ、フフフ・・・何をやっているんだろうな私は。演習前、タケルにあのような大口を叩いておきながら、なんと無様な事か・・・」
「御剣?」
「すまなかった。そなたのおかげで幾分か気が晴れたような気がする・・・ブリット、そなたに感謝を」
「たいした事じゃないさ。それじゃ行こうぜ、皆も待ってる事だしな」
「了解だ」

迷いが吹っ切れた―――
自分は一体何を迷っていたのだろう。
現在最も優先されるべき事は、如何にして皆が無事この演習を潜り抜けれるか、という事だ。
その為には自分がなすべき事をすればいいだけ。
少々越権行為になる可能性が高いかもしれないが、ブリットの様に率先して自分から動けばいいのだ。
千鶴には悪いが、なんとしてでもこの演習はクリアせねばならない。
もしも失敗するような事があれば、この場に居ない武に対し、会わせる顔が無いだろう。
彼は自分達ならば大丈夫だと信頼してくれている。
ならばその信頼に是が非でも応えねばならないのだ。
それを気付かせてくれたブリットに対し、改めて礼を言うと共に、彼女は新たな決意を胸に再び歩み始めた。
自分がなすべき事を行うために―――



それから数分後、自分の記憶を辿りに彼女は次の行動に移る―――

「(―――そろそろ砲台のセンサーが見えてくる頃合だな・・・)先程のラトゥーニの予想では、この辺りにセンサーが仕掛けられている可能性が高いのであったな?」

周囲に気取られぬ様、あくまでも先程ラトゥーニが指定したポイントがこの辺りだという事を念頭に置いて話し始める冥夜。

「ええ、距離や角度から言って位置的にはこの辺になると思う」
「そうか・・・では皆で周囲を警戒しつつ探索を始めるべきだな・・・珠瀬、ちょっと良いだろうか?」
「何ですか御剣さん?」
「そなたは目が良い。できれば珠瀬には海岸方向の警戒にあたって欲しいと思うのだ・・・どうだろうか榊?」
「・・・そうね。御剣の言うとおりだわ。彼女の他にゼオラとラトゥーニの二人にも海岸方向の警戒にあたって貰いましょう。残りは反対側を重点的に、鎧衣とアルフィミィは周囲にトラップが無いかを確認してちょうだい。皆、くれぐれも気をつけてね」
『『「了解」』』

本来ならばこれらの指示は自分が出すべきではない事は重々承知している。
多少強引な手段ではあるが、こうでもしなければ早急にレドームを発見する事は困難になるだろう。
時間的余裕があるとはいえ、今後どの様な事態が待ち受けているとも限らないのだ。
今後もし何か自分の記憶に無い出来事が起こった場合、それを対処するだけの時間は残しておかねばならない事になる。


「(レドームが発見されるのも時間の問題だろう・・・だが、一体何なのだろうか・・・先程から妙な胸騒ぎがしてならん。何やら好からぬ事が起こる前触れでなければ良いのだが・・・)」

彼女がこの様な事を考えている理由―――
それはこの演習が始まった直後の事の事だ。
演習開始後、暫くして起こった謎の地震―――
そして先程のロープ回収時、予想以上に早く川の水が引いた事―――
いくら以前とは違う世界とはいえ、予想外の出来事が複数起こっている。
これまでほぼ自分の記憶どおりに事が進んできていただけに、この島に来てから起こった出来事は些細な事であっても気になってしまうのは仕方が無いだろう。

「(・・・いかんな。先程ブリットに言われたばかりではないか・・・今は珠瀬が無事にレドームを発見してくれる事だけを考えねば・・・)」

再び一人で悩んでしまっていた事に気付いた冥夜は、気持ちを切り替え、自分に与えられた仕事に集中する。

「!?・・・あれは・・・」
「どうしたの珠瀬?」
「(どうやら見つけてくれたようだな・・・)見つかったのか?」

その声に反応するようにしてその場に全員が集まってくる。

「ほら、あそこ・・・彩峰さん、スコープを貸してくれる?」


彼女が指差した場所は、切り立った崖の中腹にある窪みと思わしき場所。
上空からではそう簡単に見つかりそうにはない場所にその場には似つかわしくない物が設置されていた。
彩峰から手渡されたスコープで確認してみると、やはりあれはレドームに違いないという確信が得られる。

「やっぱり・・・崖の中腹にレドームが設置されてる。一部が欠けてその間から何か機械が動いてるのが見えるよ」
「・・・位置から言って砲台のセンサーの可能性が高そうッスね」
「ええ、あの位置ならヘリポートが十分見渡せる範囲だと思うわ。お手柄ねラト」
「私は設置されてる可能性が高いって言っただけ。レドームを見つけたのは壬姫だもの・・・」
「謙遜する必要は無いだろう。そなたの助言が有ったからこそ我らは早期にレドームを発見できたのだからな」
「そうですよぉ~。私が発見できたのはラトゥーニさんのおかげです。多分何も情報が与えられていなかったらもっと時間が掛かってたと思いますよ?」
「珠瀬もああ言っているのだ。だが此度の手柄はラトゥーニと珠瀬の二人のおかげだな。そなた達の頑張りがあったからこそだと私は思うぞ?」
「・・・」
「え、えへへ~、何んだかそうやって言われると照れちゃいますね」

照れ笑いを浮かべながら冥夜のほうを見る二人。

「兎に角あれを破壊できれば砲台を無力化できる可能性が高いわね・・・ここで対物体狙撃銃を使わない手は無いわ。珠瀬、狙撃準備!」
「でも・・・ここからだとかなり距離があるよ?大丈夫?」

美琴の言うとおり、対岸までの距離はおよそ500から600といった所だろうか?
普段の訓練であれば何の問題も無いだろう。
だが、今回は状況が状況だ。
使用する銃は現地調達品。
という事は細かな調整が行われている可能性は低い。
通常、狙撃銃と言う物は、精密な射撃を行うために弾道を確認したりする必要がある。
また、スコープの照準が狂っていないかも確認しなければならない。
現在所持している弾丸は一発だけ。
となればぶっつけ本番で目標を無力化せねばならないという事だ。
一説によれば、狙撃成功の七割は銃の整備と調整で決まると言われているらしい。
壬姫の腕を疑う訳ではないが、状況が状況だけに彼女でなくても不安に駆られてしまうのは無理は無いだろう。

「・・・」

対岸のレドームを前にし、右手にライフルを持ったまま目を閉じて何かを感じ取ろうとしている壬姫。

「―――うん、今なら風もないし何とかなるよ!」

こちらに振り返りながら空いた左手を握り締め、自信に満ちた表情を見せる彼女。
そして再び対岸のレドームを見据えると、彼女は銃の微調整に入る。
だが、彼女は内心、とてつもないプレッシャーに襲われていた。
皆に背を向け、心配をかける訳にはいかないと勤めている様に見えるが、何処と無くその動作はぎこちない。
このように失敗の許されない局面においては、彼女生来のあがり性が表に出てきてしまうのだ。
それが証拠に右手に持つマガジンが小刻みに震えている。

「・・・!」
「(やはりプレッシャーを感じているか・・・)珠瀬・・・」

そっと彼女に近づき、肩に手を当てて優しく語り掛ける冥夜。

「御剣さん・・・?」
「―――大丈夫だ。そなたならやれる。訓練の時、我らに見せてくれたであろう?」

冥夜は優しい表情を向けたまま、彼女の不安を取り払うべく尽力する。
そんな冥夜の顔を見て安心したのだろうか?
気付けば壬姫は肩の力も抜け、次第に自信に満ちた表情を取り戻す―――

「―――はいっ!!」

その声からは既に迷いや重圧などといった物は感じられない。
そのまま彼女は地面に伏せ、最も得意とする伏射姿勢、通称英国式と呼ばれる射撃スタイルをとると集中するため二、三度深呼吸を繰り返し目標を見据える。
そして次の瞬間―――
ズドンという独特の鈍い音が聞こえたとほぼ同時に、真っ直ぐと目標へ飛翔する弾丸。
息を呑む訓練部隊の面々。
成功か、失敗か・・・その答えは直ぐに解る事となる―――

「―――目標破壊!!」

辺り一面に乾いた銃声が響き渡ってから数秒後、壬姫から目標狙撃成功の知らせを受けた面々は、皆安堵の表情を浮かべていた。

「―――これで砲台を気にせず進める可能性が高まったわ。回収ポイントまであと少し・・・一気に行くわよみんな!!」
『『「了解!!」』』

無事砲台の破壊は成功した。
後は回収ポイントに向けて一気に突き進むだけだと誰もが考えていた。
そしてそれから数時間後、途中で朽ちた釣り橋を補修して渡る事になった以外、然したる問題も無いまま目標の回収ポイントが見えて来た。
そこに立つ見慣れた人影―――
207訓練部隊の教官である『神宮司 まりも』だ。
息を切らせつつ、彼女の元へと歩み寄る訓練部隊の面々。
先程まで明るかった空は、徐々に夕暮れ時が近づいて来ているためか幻想てきな赤みを帯び始めている。

「状況終了!207訓練部隊集合!・・・只今をもって総合戦闘技術評価演習を終了する!ご苦労だった」

彼女の口から演習の終了が伝えられる―――
後はこの演習に関しての評価を受け、合否の発表を待つだけだ。
全員が敬礼し、彼女からの発表を待っている。

「(さて、今回は前回に比べ、更に時間の短縮が出来た。だが油断は出来ん・・・)」
「早速だが評価の結果を伝えておこう。敵施設の破壊とその方法・・・鹵獲物資の有効活用、いずれも及第点といえる。最後の難関である砲台を最小の労力と時間で無力化したことは特筆に価する―――しかし・・・」
「(やはり、な・・・)」

恐らく美琴達の班の事を指摘されるのだろう―――
冥夜は前回の演習で、彼女らが基地襲撃を日中に行った事を指摘されていたのを思い出していたのだ。
案の定、まりもはそこを指摘し、彼女らも退路の確保できていない夜間のジャングルにおいての行動は危険だったからと釈明している。
ここは以前も減点の対象となっていたため、彼女はそれほど大きな問題では無いと考えていた。
しかし、ここに来て事態は急変する事となる―――

「そしてラックフィールド、バランガ、貴様達は必要以上に敵施設の破壊を行ったな?これは何故だ?」
「そ、それはですね・・・」
「(な、何!?)」

アラドが何か言い難そうな顔を浮かべている。
実を言うと彼らは、当初一番大きなコンテナのみを破壊するつもりでいた。
しかし、急ごしらえの爆破装置であったため予想以上の破壊力を生んでしまい、当初の予定以外の物まで破壊してしまったのである。
これは装置の設置に不慣れだった事と、アラド自身がブリットにやらせて欲しいと頼み込んだことが原因だったのだが―――

「じ、自分達が向かった目標地点は、恐らく前線での補給施設を模した物だったと考えられます。そこを叩いておく事は、今後の作戦において敵の補給を絶ち、味方部隊の展開を優位に進めれるようになるだろうと判断しました」

もちろん嘘だ。
それが証拠に必要以上に破壊した理由が明確に提示されていない。
このような事を即興で考えたアラドを褒めてやりたいものだが、如何せん説得力に欠ける。
普段の彼から見れば賞賛に値する解答かもしれない。
だが、この様な即興で考えた嘘などそう簡単には通用しないだろう。

「なるほど・・・だが、敵の重要な補給施設であれば、今後味方がそこを制圧した際、施設を再利用する可能性も否定できない筈だが?」

やはり彼女からはその考えに対し否定的な発言が返って来た。
それを見かねたブリットが補足する形で付け加える。

「教官の仰るとおりかもしれません。ですが、この補給施設は主にコンテナばかりを集めた如何にも急造仕様といった感じでした。という事は施設そのものの再利用を考えるよりも、その場所を確保しておけば今後の重要な補給線を構築できる筈です。それだけではありません。コンテナ自体がブービートラップという可能性も考えました。敵が撤退した後に残されたコンテナなどといった物は、罠を仕掛けるのには絶好の物です。そういった理由を踏まえ、完全に破壊した方が良いと自分が判断しました」
「そうか・・・いかにも今考えましたと言わんばかりの理由だな・・・?」

完全にバレていた。
それもそうだろう。
ブリットはその性格からして隠し事と呼べるものが出来ない人間である。
そして、そういった事は直ぐに顔に出てしまうのだ。
普段から教え子を見ているまりもからすれば、この様な嘘を簡単に見破る事は造作も無いと言うことだろう。
そして彼女は更にこう付け加える―――

「これらの減点は決して小さくは無いぞ・・・」

唇を噛み締めながらうつむいている者、悔しさで目尻に涙を浮かべている者、彼女らの様子を見る限り殆どの者が落胆していたに違いない。
そして、冥夜自身も戸惑いを隠せないでいた。
確かに今回の演習は前回と違い、C小隊の面々が参加している。
ここに来て彼らの存在が、まさかこの様な事態を招いてしまう事になろうとは、武であったとしても想像できなかっただろう。
彼らならば安心だと明らかに油断していた自分自身を責めると共に、物事を楽観視していた自分に怒りが込み上げて来る。
そして彼女は、その怒りの矛先を事もあろうにまりもに対し、ぶつけてしまったのだ。

「少々お待ち下さい教官!!確かにアラドやブリット達の行動は大きな減点対照になるかもしれません。ですが、今回の演・・・『やめなさい御剣!!」・・・榊・・・?」
「貴女は何を考えているの!?事もあろうに上官に向かってそんな事を言うなんて・・・」

自分でもそれは重々承知している。
だが、彼女は納得できないでいた。
一概には言えないが、軍隊において上官からの命令や発言といった物は絶対である。
そうしなければ軍という物は正常に機能しないばかりか、要らぬ損失を被ってしまう可能性が高いのだ。
自分でも解っていた筈なのに―――
次第にその場の感情に支配され、上官に食って掛かるような発言をしてしまった自分が、いかに愚かな存在だったのだろうかと後悔の念で押し潰されそうな気持ちになってくる。
そして、それと同時に自分の不甲斐無さが招いた今回の一件は、更なる減点対照となる可能性が高い。
そんな事になれば仲間達はおろか武にすら会わせる顔が無いと余計に彼女を落胆させてしまう。

「・・・申し訳ありませんでした神宮司教官。訓練兵にあるまじき暴言の数々・・・お許し下さい」

その目に涙を浮かべながらまりもに対し謝罪する冥夜。
その涙が悔しさによる物か、後悔から来る物かは分からない。
自分でも理解できないほどに様々な感情が蠢いているのだ。
だが、落ち込んでしまっていた彼女の耳に聞こえてきたのは意外な言葉だった―――

「構わん・・・本来ならば上官侮辱罪だがな・・・今回ばかりは見逃してやる。めでたい日だからな―――」
『『「え・・・!?」』』

彼女は今、何と言った?
状況が理解できない―――
それが彼女らが感じた率直な感想だった。
今の今まで落胆していた彼女らにとっては、それを直ぐに理解する事は難しかったのである。

「聞こえなかったのか?見逃すと言ったんだ・・・おめでとう・・・貴様らはこの評価演習をパスした!」
「で・・・でもそれだけ重大なミスをしたのに・・・」
「・・・榊、この演習の第一優先目的は何だ?」
「脱出・・・です」
「そうだ。実戦において計画通りに事態が推移する事は稀だ。タイミングや運・・・そういった要素を味方につけ、結果的に目的を達成できればそれが正しい判断だったという事になるんだ」
「・・・」
「結果として貴様達を狙える位置に追撃部隊は存在しなかったし、砲台のセンサーは一つだけだった。そして貴様達は全員無事に脱出した・・・違うか?」
「・・・いえ・・・」
「榊・・・」
「・・・はい」
「・・・ここまでよく頑張った。これで・・・戦術機だな」

自然と涙がこぼれて来るのが解る―――

「あ・・・はい・・・!」

彼女に釣られる様にして次々と涙を流す訓練舞台の面々。
総戦技演習の終了が告げられ、様々な事があったものの彼女達は合格する事ができた。
しかし、これでやっとスタートラインに立てたところだと言える。
次は戦術機教程へと駒を進める事になり、それらを経てようやく衛士として認められる様になるのだ。
だが、今は演習合格の余韻を楽しむべきだろう。
これから先、幾多の試練が待ち受けている事になるのだから―――


「なあ、アラド・・・」
「何ですかブリットさん・・・」
「皆楽しそうだよなぁ~」
「そうッスね~」

演習を終えた次の日。
207訓練部隊の面々は、つかの間のバカンスを楽しんでいた。
だが、中にはこの状況を楽しめない者も居る。

「・・・何よ陰気くさいわねぇ・・・合格したんだからもっと喜んだらどうなの?」
「いや・・・試験の事で頭一杯で・・・」
「俺達遊ぶ用意なんてしてこなかったんッスよ・・・」
「あら、そう・・・勿体無いわねぇ~」

女性陣が挙って水着に着替え海を満喫している中、そのような物を準備してこなかったブリット達は、ボーっとそれらを眺めている他無かった。

「それにしても皆元気だよな・・・」
「それだけ女は強いって事じゃないッスか?」

何処となく背中に哀愁を漂わせながら語り合う二人。
そんな彼らに気付いた美琴が、遠くから手を振りながら何やら叫んでいるようだ。

「二人とも~!そんなとこにいないで泳ごうよ~!」
「だーかーらー!俺達水着とか持ってきてないんだって!」
「いいからいいから!あ、それとも二人は砂に埋まる方がいいかな?」
「『少しは人の話を聞け!!』」

彼らのつかの間の休息は、相変わらずのマイペースっぷりに翻弄されて行く事となる―――


「副指令、南部大尉から通信です。無事に白銀大尉を発見し、現在こちらに向かっているそうです」
「無事だったのね・・・それで南部は何て言ってるの?」
「直接お伝えしたい事なので、副指令をお呼びするよう言われているのですが・・・」
「そう・・・解ったわ。直ぐに行くから少し待つように伝えなさい」
「ハッ、了解しました―――」



あとがき

第38話、今回で総戦技演習は終わりです。
武ちゃんが参加していないため、話の大筋は同じでも違った展開にせざるを得ないのはやはり難しいですね。
その分、冥夜には頑張ってもらえたと思います。
ちょっと彼女らしくない部分もあったかも知れませんが、そこは物語の都合上と解釈していただければと思います。

次回は敵地を脱出した武ちゃん達のその後、他をお送りしたいと考えていますので楽しみにお待ち下さい。

ここで一つ、皆様にお願いがあります。
今後、小説を書く上でこの様な展開や話が見てみたいなどと言ったリクエストがあれば是非お聞かせ下さい。
例えばこのキャラとこのキャラの絡みが見たいなどといった物でも構いませんし、ちょっと横道に逸れた番外編的な話が見たいなどといったものでも構いません。
折角こちらの様なサイト様に投稿させていただいているのですから皆様の意見を積極的に取り入れたいと考えております。
正直な所、私一人でこの小説を作れているとは考えていません。
他力本願じゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、読んで下さっている皆様が居てこその作品だと自分は考えています。
全てを叶える事は不可能かもしれませんが、今後の参考にさせていただければと思ってますのでよろしくお願いします。

それでは感想の方もお待ちしていますのでよろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第39話 悠陽からの招待状
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/04/29 20:43
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第39話 悠陽からの招待状




キョウスケからの連絡を受けた夕呼は、一先ず彼らに帰還を命じ、今後の対策を講じようとしていた。
先ず彼らが脱出してきた島についてのデータの収集をピアティフに命じ、調査部隊を再編成すると共に関係各所からの抗議などが来ていないかを確認する。
その理由は、相手が米国軍の特殊部隊の可能性が高かったからである。
いくら一方的にこちらが損害を受けたからとはいえ、相手の詳細が分からぬまま行動を起こした事による問題は、下手をすれば国際問題に発展しかねないのだ。
最悪の場合、これが原因でオルタネイティヴⅣに影響が出る可能性もある。
現在の所、ある一定の成果は出しているものの、相手は常にこちらの隙を虎視眈々と狙っている物達なのだ。
例え多少の綻びであっても、付け入る隙としては十分な物になってしまう。
無論、キョウスケ達を攻める事は出来ないし、かといって楽観視できる問題でもない。
とりあえずは相手の出方を見てから判断せざるを得ないという状況がもどかしくて仕方が無かったが、できる限りの対策は講じておくべきだろうと彼女は考えていた。
そして、それから約三日の時が流れる事となる―――


「殿下からの招待状、ですか?」

夕呼の執務室に呼び出された武は、状況がいまいち理解できていなかった。
総戦技演習も無事終了し、訓練部隊の面々は次のカリキュラムへと駒を進めた事で、暫くは教官としての任務に突く予定だったのである。
だが、今回の一件の事後処理を任されていたため訓練部隊への合流は暫く延期となってしまったのだ。
そして鹵獲した参式やアシュセイヴァーは、現在90番格納庫で調査を行うと共に解析が行われており、昨日も夜遅くまでその手伝いをさせられていた。
勿論キョウスケやエクセレンもそれに参加していたのだが、そこに何故自分が必要だったのかは分かっていない。
何かしらの意味があっての事だとは思うが、如何せん夕呼の考える事だ。
簡単に理解するのは難しいという物である。
ようやくそれから開放され、本来ならば今日からまりもと共に彼女達の教官を務める事となっていたのだが、唐突に今朝になって夕呼に呼び出されたのだった。

「そう・・・以前、BETAの襲撃があった際、改めて礼をしたいって言われてたでしょ?覚えてないの?」
「ああ、そういえばそんな事言われてましたね・・・最近、バタバタしてたんですっかり忘れてましたよ」
「まあ良いわ。今回アンタ達が呼ばれた理由は他にもあるのよ。今回の事件、何故か解らないけど帝国側にも情報が洩れていたみたいなのよねぇ・・・その事も含めた上で今後について話し合いをしたいって事なんだけど・・・白銀、アンタ何か隠してない?」

彼女からは何やら殺気に似た物が感じられる。
口調やしぐさはやんわりとした物だが、彼女の目はそうは言っていない。
今回の一件を何故帝国側が知っているのか・・・その理由は『鎧衣 左近』の存在である。
実を言うと武は、今回の一件であの場所に鎧衣が居た事を夕呼に伝えてない。
その理由は、彼自身に口止めされたこともそうなのだが、余計な情報を彼女に与える事でまた何か悪巧みをされては困ると言ったキョウスケの意見を採用したのだ。
余計な情報の中にはマサキ・アンドーとサイバスターの情報も含まれている。
彼の存在もそうだが、サイバスターという機体は、明らかなオーバーテクノロジーで開発された物であり、そしてそれが持つシステムや情報などは下手をすればこの世界に更なる混乱を招いてしまう可能性が高かった。
そこでキョウスケは、コウタ達やコンパチカイザーの時と同じく、悠陽を頼る事を思いついたのである。
彼女の元で匿って貰えれば、たとえ夕呼といえどもそう易々とは手が出せない。
いくらオルタネイティヴⅣの最高責任者とはいえ、実質、計画を推奨しある程度の権限を与えている悠陽の方が彼女よりも立場は上なのだ。
下手に噛み付いてしまえば、いくら夕呼といえども手痛いしっぺ返しを食らう事となるのは明白。
これには以前から危惧している、もしもの時の切り札的意味合いも含まれていた。

「別に隠し事をしているつもりはありませんよ?提示すべき情報は報告書に記載したとおりですから」

自分でも極めてポーカーフェイスを貫いたつもりだった。
だが、内心はヒヤヒヤ物である。
あちらを立てればこちらが立たずとはよく言ったものだろう。
キョウスケ達と夕呼の間に入る形となっている武にしてみれば、なるべくならば自分もこのようなことはしたくは無い。
しかし、下手に情報を与えすぎてしまうという事は、相手に対し様々な面でメリットやデメリットを発生させてしまうという事を記憶にある以前の世界での出来事から嫌と言うほどに思い知らされているのだ。
恐らく彼女には簡単に見破られてしまう事だろうが、その時はその時として考える事にする。
だが、そんな夕呼から返って来たのは意外な台詞だった―――

「・・・そう・・・まあ良いわ」
「ところで先生は呼び出されていないんですか?」
「お呼びが掛かっているのはアンタと南部の二人だけよ。A-01の存在はあまり公にできる物じゃないもの・・・一応向こうもこちら側の事に関して理解があるみたいね」
「・・・解りました。それで、いつからなんです?」
「明日よ」
「随分と急な話ですね」
「向こうの都合に合わせなきゃならないんだから仕方ないじゃない。文句があるなら殿下に直接言うのね。アタシからは以上よ。何か質問はあるかしら?」

唐突に決まった今回の召集に関する話もそうだが、武には他にも気になることが一つあった。
それは総戦技演習中、自分が一時的に拘束され、脱出した島の事である。
その後、米国や他の国々、軍隊などから何らかの抗議があった訳ではないのだが、今後どうなるかは分からない。
それ以上に気になっていることは、シャドウミラーと米軍の繋がりである。
この一件で米国の特殊部隊の正体が、シャドウミラーの残党である事が明らかになった。
アクセルの話では、自分が元居た世界から当初の予定にはないこの世界へと転移してしまった部隊だろうという話だったのだが、彼もそれ以上自分の口からは多くを語ろうとはしない。
一応、報告書として夕呼に色々な情報を提出している筈だが、彼女が自分から話さないという事は、彼女自身もまだ自分の考えが纏まっていないという事だろう。
そのような状態では、何かを聞いたところで納得の行く答えが返ってくるとは到底思えない。
そこで武は、とりあえず現在調査が行われている島の事を聞いてみる事にした。

「ラヴレスからの報告ではこれといった情報はあがって来てないわね。今のところ分かっているのは、何かの実験場だったという事ぐらいかしら?」
「実験場ですか?」

現在ラミアは、夕呼の指示で調査隊と共に現地に残っている。
当初はアクセルと共に調査を命じられたのだが、彼の負傷は予想よりも酷く、暫くは安静にするようドクターから指示を受けたため、彼女が調査隊と共に任務に当たることとなったのである。
元シャドウミラー所属だった事もあり、様々な面で安心して任せられると判断されたから事が主な理由だが、一番の理由は彼女ならば最悪の事態が起こったとしてもデータを持ち帰ってくれるだろうとアクセルが夕呼に進言したからであった。

「ええ、データなどは完全に消去されててサルベージすることは不可能だったらしいわ。ご丁寧にある特定のコードを入力しないままデータベースにアクセスすると、それごと爆発するってトラップまで仕掛けてね・・・ちなみに今回起こった地震だけど、施設で行われていた実験が原因の可能性が出てきたわ」
「それで、ラミア中尉達は無事だったんですか?」
「安心なさい、何名かは負傷したみたいだけど、命に別状はないそうよ。それから無事だった区画からF-23AとPTやそれらの予備部品なんかも見つかったらしいわ」
「使えるんですかそれ?」
「ざっと見ただけで今はなんとも言えないけど、恐らく大丈夫じゃないかって言ってたわね。それとアンタ達が無力化した機体も含めて、それらを運び出させるために輸送機や車両なんかを手配しているわ。詳しい調査はあそこじゃ出来ないからね」
「という事は、キョウスケ大尉達の機体修復の目処が立ったって事じゃないですか!」

まるで自分の事のように喜ぶ武。
それもそうだろう、今まで本来の力が出せなかったキョウスケ達の機体が、完全な力を取り戻す事が出来るのだ。
そうなれば戦力アップに繋がるほか、任務の達成率や安全性なども飛躍的に上昇する可能性が高い。
しかし、夕呼の口から告げられたのは厳しい現実だった。

「残念だけど、そう簡単には行かないわね」
「何でです・・・?」
「補修部品が見つかっても、うちのスタッフはPTの専門家じゃないもの・・・完全に修復させるにはまだ時間が掛かるでしょうね。それまでは今の状態のまま機体を使ってもらうか、鹵獲したPTを使ってもらうしかないわね」
「そういえば、大尉達の機体にそっくりなPTがありましたね」
「強化前の機体とほぼ同じ物だと言ってたわ。若干損傷しているけど、それほど酷くはないみたいだし、問題なく使えるんじゃないかしら」

前回の戦闘で、キョウスケのアルトアイゼンは予想以上のダメージを受けていた。
左前腕が大破、関節部分の過負荷などが主な損傷箇所なのだが、これに関してはこれまでの無理がたたった結果だろう。
特に関節部分の負荷による金属疲労は致命的とも言える。
主兵装であるリボルビング・バンカーなどといった近接用の武器は、その用途や重量も相俟って腕の関節部分に掛かる負担は相当なものになるというのは誰にでも予想がつくというものだ。
幸いな事に今回の一件で補修のための資材は手に入ったものの、修理するにはある程度の時間を要してしまう。
そのため、急遽出撃などといった事になった場合には問題が生じてしまうほか、武が使っていた不知火の予備機とラミアの改型も大破してしまっているため、戦力低下は否めないのが現状なのである。

「それにアンタとラヴレスが壊した機体の事もあるし・・・まったく、これ以上余計な仕事は増やさないで貰いたいものね・・・」
「すみません・・・」
「とりあえず、殿下からの書状を渡しておくから後でしっかりと目を通しておきなさい。ああ、それからもう一つあったわ」
「・・・まだ何かあるんですか?」
「たいした事じゃないわ。帝都に行くついでに軍工廠に行って訓練部隊用の機体を受け取ってきて欲しいのよ」
「俺がですか?」
「ええそうよ。今回、練習機を借り受けるにあたって帝国側には結構無理をお願いしたのよ。まあ、アタシの権限を使えばどうって事はないんだけど、流石にそうも行かないでしょ?だから、機体に関しては用意してもらえればこちらから受け取りに行くって言ったってワケ。丁度アンタが帝都に行くわけだし、仕事が一つ増える位問題はないでしょ?」
「・・・分かりました。丁度いい機会なんで、元上司にでも会って来ますよ」
「じゃ、そっちの方は頼んだわね・・・他に何か質問はある?」
「いえ、特にありません・・・それじゃ失礼します」

そう言って部屋を後にする武。
彼は自室に戻る途中、改めて今回のことを考えていた。
今後の事についての話し合いという事は、恐らく何かの対しての策を講じようとしているからなのだろう。
何度も異世界からの転移者が現れている事で予想外の出来事が立て続けに起こっている。
今現在の所、一番の問題になりうる転移者達はシャドウミラーだ。
米軍と何らかの繋がりを持ち、陰で暗躍している彼らの行動は不気味以外の何ものでもない。
アクセルやラミアの話では、彼らは永遠の闘争こそが文明を発展させるという考えの元に反乱を起こすも失敗し、空間跳躍装置で次元転移を行ったという事だ。
そして、様々な勢力にスパイを送り込み、手を結んでは様々な戦争の引き金を引く切っ掛けを与えていたという。
だが、彼らが言うには人類が滅ぼされようとしているのにも関わらず、その事を優先しようとするのはおかしいとの事だった。
確かに言われてみればそうだろう。
永遠の闘争を行う世界を作ろうとしても、世界そのものが無くなってしまっていては話にならないのだ。
彼らの言い分はそれに巻き込まれてしまう一般人の事など考えていないという身勝手な思想ではあるが、理に適っていると言える部分もあるかも知れない。
何故ならば、この世界はBETAと呼ばれる存在により、滅亡に瀕した事で軍事的な技術や医療技術などが急速に発展していった。
結果として考えるならば、闘争によって文明が発展したと言っても差し支えは無いだろう。
だが、それによって失われたものも数多く存在しているという事も事実。
そして今もなお、世界中の至る所でBETAによる被害は増え続けているのだ。
こういった現状ならば、まずBETAを駆逐する事を優先し、平和になった世界で事を起こす筈だとアクセル達は考えていたのである。

「う~ん・・・考えていても全くわかんねえ・・・」

一向にシャドウミラーの行動の意味を見出せない。
元々考えるよりも先に体が動くタイプである彼にしてみれば、このような頭脳労働は管轄外なのだ。

「止めよう・・・考えていても埒が明かないしな。とりあえず、部屋に戻るか―――」

一人そう呟いて部屋に帰ろうとした矢先、突如として視界が真っ暗になる。

『だ~れだ?』

不意に聞こえてくる女性の声―――

「え!?・・・だ、誰だ?」
「酷いわねえ白銀・・・アンタがそんな薄情なヤツだったとは思わなかったわ~」
「・・・その声は、速瀬中尉ですね?」
「ピンポ~ン、正解!」
「何か用ですか中尉?」

そう言いながら振り返ると、そこには水月以外に遙も居た。
基本的にこの二人は一緒に行動していることが多いため、それほど驚くべき事ではないのだが、その表情・・・特に水月の顔はなにやら不機嫌そうな様子だ。

「久々に会ったって言うのに随分な物言いねえ白銀・・・」
「い、いや、そんなつもりはありませんよ」
「いーや、今の顔、それに口調・・・まるで私に会いたくないって感じがしたわ!」
「勘弁してくださいよ中尉・・・あ、そういえば速瀬中尉、その後改型の調子はどうですか?」
「話題をすり替えようったってそうは行かないわよ!!」
「クッ、バレたか・・・」
「ほほう・・・良い度胸ねえ。ちょっと今から私に付き合いなさい!」

そう言って武の右腕を掴む水月。
強引に引っ張られた彼の腕には何やら柔らかい感触が伝わってくる。

「な、何でですか!?(ちょ、ちょっと待ってくれ中尉!確かにこの状況は嬉しいけど・・・)」

そんな事などお構い無しにグイグイと彼の腕を引っ張る水月。
勿論、武の右腕はそのままの態勢だ。

「五月蠅い!四の五の言わずにアンタは私の言うとおりにすればいいの!言う事聞かないとブッ飛ばすわよ!?」
「(ヤバイ・・・目が据わり始めてる・・・そ、それよりもこの腕を何とかしないと・・・こんな所エクセレン中尉にでも見つかったらまた何か言われるぞ)」
「ちょ、ちょっと水月。白銀君も忙しいんだから、無理言っちゃ駄目だよ~」
「遙は黙ってなさい!これは私と白銀の問題なの!!」
「どういう問題なんですかぁ!」

声を張り上げて反論する武。
傍から見れば恋人同士の口論に見えなくもないが、生憎彼女とはそんな関係ではない。
武から見た水月は、尊敬できる先輩の一人なのだ。
今のところ、それ以上の関係になる予定もないしなる事も無いと彼は考えている。
確かに武は、ここ数日彼女達と会っていなかった。
同じ基地内に居ても、今の彼はヴァルキリーズに所属しているわけではないため、任務以外で顔を会わせる事は少ないのである。
先程の自分の態度に非があった事は認めるしかないが、必要以上に絡まれる理由も無い。
水月は助け舟を出してくれた遙を一蹴し、尚も食い下がらずに自分を連れて行こうとしている。
彼女に付き合う以外に解放してもらえる手段は無いと悟った武は、仕方なくそうする事にしようとしたのだが―――

「取り込み中のところ悪いが、ちょっと良いだろうか?」
『「な、南部大尉!?」』

突如として現れたキョウスケに対し、即座に敬礼をする水月と遙。
釣られて武も彼に敬礼を行うと、この場に現れたのがエクセレンではなく彼だった事に安堵していた。
間違いなく彼女だったらまたからかわれていたに違いないだろう。
そんな彼らを他所に、徐に口を開いたキョウスケは、水月と遙の二人に自分が先約だと伝えるとその場を後にしようとする。

「どうした?行くぞタケル」
「あ、ハイッ!!・・・という訳なんで、すみません速瀬中尉に涼宮中尉。お話は今度またゆっくり聞かせてもらいますよ。それじゃ!」

そういってその場を後にする武。
一方的に武を連れて行かれてしまった水月は、遙に対し何やら不満をぶつけていた様だが、上官からの命令という事で仕方なくそれに従う事にしたのだろう。
そんな中武は、意外な人物によって救いの手を差し伸べられた事に感謝しつつも、必死になって彼と何か約束事を取り付けていたかを思い出していた―――

「助かりましたよキョウスケ大尉。ところで何か約束してましたっけ?」
「いや、何やら困っているようだったんでな・・・それよりもタケル、副指令から話は聞いたか?」
「ええ、明日の事・・・ですよね?」
「ああ・・・丁度良い機会だ、明日帝都に赴いた際にコウタ達に向こうへ行ってもらおうと考えている」
「その事なんですけど、ラミア中尉からの報告の件は聞きましたか?」
「一応な・・・だが、完全に修復可能とは限らん。予備部品の事もそうだが、何よりも専門のスタッフが必要になると俺は考えている。俺達で何とかする方法も無い訳ではないが、細かな調整は難しいからな」
「なるほど、コウタ達に頼んで技術者も連れてきてもらうんですね」
「幸いな事に協力を頼もうと考えている人物は、様々なコネクションを有しているからな。恐らくその辺も問題なく確保してもらえると思うんだが・・・」
「問題は、こっちに来てもらってからどうするか・・・ですね?」
「そうだな・・・流石に横浜基地にこれ以上の厄介ごとを持ち込むわけにもいかん。だから俺はこの件を殿下に頼んでみようと考えている」
「殿下にですか?」

キョウスケの意外な提案に武は驚いていた。
そんな彼の驚きを他所に、キョウスケはその理由を説明し始める。
横浜基地は日本に在るとはいえ国連軍の基地だ。
極端な話になってしまうが、夕呼がいくら第四計画の総責任者とはいえ、軍という立場上、どうしても上層部からの命令には逆らえない可能性がある。
国連軍の母体が米国軍である以上、あまりに強大な力を彼女が保持していれば、情報の開示を迫られる可能性が高いのだ。
下手をすれば第五計画への移行を盾に脅迫されるかもしれない可能性が出てきてしまう。
彼女の性格を考えれば多少強引にでも拒否し通すかもしれないが、そうは行かない可能性も否定できないのである。
事が起こってからでは、取れる対応策はかなり限られてしまう故にキョウスケは、この件を悠陽に頼むことを思いついたのである。

「その点、殿下・・・いや、斯衛軍ならば一国家の、しかも将軍直属の軍隊。それなら諸外国から必要以上に詮索される心配も少ない・・・という事ですね?」
「そういう事だ・・・俺達の存在をあまり公にするわけにもいかんからな。殿下ならば信用の置ける人物という点でも問題はないし、俺達の事も理解してくれている。副指令には申し訳ないが、彼女にこれ以上手札を見せるのは危険だというのが俺達の考えだ。無理にとは言わんが、お前も理解して欲しい・・・」

正直な所、武は悩んでいた。
確かにキョウスケが危惧している事も解る。
彼らの駆るPTや特機と呼ばれる機体は、この世界の誰がどう見ても明らかに異質な存在だ。
機体スペックや兵装、20m弱のサイズの機体ですら粒子兵器や重力を応用した防御システムなどを有しているこれらの物は、下手をすれば数十年、いや数百年先を行った技術だと言っても良いかもしれない。
これらの技術が世界中に広まれば地球上から、如いては太陽系からBETAを一掃する事も不可能ではないだろう。
だが、その後の事を考えてみてもらいたい。
この太陽系からBETAを一掃できたとして、次はどうなるのか・・・戦後の事を考える者は多く存在するだろう。
現に今も米国などは、その事を考えた上で様々な所で暗躍している。
復興の兆しが見え始めた人類は、間違いなく領土や覇権争いといった物を始めてしまう可能性が高い。
特にユーラシア大陸などは、極めてその確立が高いと考えられる。
オリジナルハイヴの存在する喀什(カシュガル)を中心に、大陸の殆どはBETAによって焦土と化し、草木も育たない不毛な土地へとその姿を変えている。
そして国境などといった物は、殆どその意味をなさないものとなっているだろう。
その時に彼らがこの世界に持ち込んでしまった技術があればどうなってしまうか―――
過ぎた力は新たな戦乱を呼ぶ・・・すなわち、今度は人と人の争いに繋がってしまうのである。
ここ最近の夕呼の行動は、少々度が過ぎている部分がある事も否定できないが、彼女もまた不用意に情報を洩らすような人物で無い事は十分に理解しているつもりだ。
では何故、彼女は情報が洩れても構わないような行動を取るのだろうか?
考えられる理由は、彼女自身の計画遂行のための障害を排除する・・・事位しか思いつかないが、もしそうだとしてもキョウスケ達の情報を洩らす必要はないとしか考えられない。
障害になりうる何かを釣り上げるための餌としては、彼らの情報は大きすぎるのだ。
それこそ下手をすれば最悪の事態が訪れてしまう。
全てに納得が行った訳ではないが、全てを否定するだけの理由も無い。
そういった事から武は、一先ず彼の提案を呑む事にした。

「・・・解りました。一応俺からも殿下に頼んでみますよ」
「頼む。一国の主にこのような事を頼むのは、無礼だという事は重々承知しているが、俺達もなりふり構ってはいられん。流石にこの一件は、彼女の賛同が得られん限り実現は不可能だからな・・・」
「ですけど、あまり期待しないで下さいね?」
「それは解っているつもりだ。駄目な時はまた別の方法を考えれば良いだけの事だからな―――」


その後昼食までの間、キョウスケと明日の打ち合わせを行った武は、予定よりも早く翌日の準備が終わったため、訓練部隊の方へと顔を出してみる事にした。

「確か今日は、適性検査の日だったよな・・・」

別に疚しい気持ちがあった訳ではない。
今後、自分も彼女らの指導に当たる以上、空いた時間にはなるべく訓練部隊の方に顔を出すべきだと考えたのだ。
それと彼には二つほど気になる事があった―――
一つは207Bの戦術機適性だ。
恐らく問題はないだろうが、もしも・・・という場合もある。
訓練時のデータや総戦技演習に関するデータは、一応閲覧しているが、あくまでそれは数値上の物。
実際にこの目で見ない事には信用できないのである。
もう一つは霞の存在だ。
先程夕呼の執務室へ赴いた際、彼女は居ない様子だった。
隣の部屋かとも思ったのだが、例のシリンダーに入っていた脳髄は純夏のものでない以上、そこに居座る理由も考え難い。
となれば考えられるのは、以前目撃した不可解な彼女の行動だ。
その時の彼女の服装は、普段の黒を基調としたものではなく、訓練生と同じ格好だった。
ここ数日、彼女には会ってなかったが、何故彼女がそのような格好でグラウンドをうろついていたのかも気になるし、その理由も依然として不明なままなのだから疑問に思うのも無理はないだろう。

「とりあえず、冥夜達の様子を見に行ってみるか・・・」


一人そう呟いた彼は、一先ず彼女らの元へと向かう事にした。
そこで予想だにしない人物と遭遇する事になるとも知らずに―――




あとがき

第39話です。
今回は総戦技演習終了後から訓練部隊戦術機編に繋がる間のお話です。
更衣室イベントを期待していた皆様、その話は次回へと持ち越させていただきます。
楽しみにされていた方々、本当に申し訳ありませんTT

前回から言われておりましたマサキの処遇ですが、一時的にコウタ達と同じく悠陽預かりとさせて頂きました。
当初は横浜に連れて帰ると言う考えだったのですが、流石にサイバスターを見た夕呼先生が何もしないわけないだろうという考えに至りこのような処置を取らせてもらってます。

補修資材や機体に関してですが、これは色々と悩みました。
当初はコウタたちに資材を運んでもらい、その後修復完了と言う流れにする予定だったのですが、それだと完全復活した彼らの機体を待ち望んでいる方々に申し訳ないと考えたのが主な理由です。
暫くキョウスケとエクセレンには鹵獲したナハトとアーベントに乗ってもらう予定ですが、当初の予定よりも早い段階でアルトやヴァイスが一応の形として復活するとお考え下さい。
無論、劇中でもキョウスケが語っているように、完全復活は細かな最終調整が行われた後と言う事になってしまいますが・・・

そして鹵獲したF-23Aですが、横浜で解析終了後に自軍戦力に組み込む予定です。
ただし、そのままという訳には行かないので、多少の仕様変更を行うつもりです。
その辺の機体設定も考えていますので楽しみにお待ち下さい。

次回は訓練部隊のお話(更衣室イベントとかw)と悠陽殿下との謁見その2をお送りする予定ですので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしております^^

追伸
最近ふと思ったのですが、他の方のSSを読ませていただいていると、キャラ設定や機体設定などを見かける事があります。
自分の小説も無駄に長くなりつつあるので、そういったものがあった方が良いのかと考えたりするのですが、いかがな物でしょうか?
こちらの方でもご意見を求めたいと思いますのでよろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第40話 新たなる仲間
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/05/04 17:07
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第40話 新たなる仲間




午前中の講義が終了し、訓練部隊の面々は午後からの戦術機適性検査のためにドレッシングルームへと来ていた。
総戦技演習をパスし、やっとの事で戦術機に乗れるようになった筈の彼女らの表情は何処となく重い・・・
本来ならばもっと喜ぶべき筈なのに彼女らは素直に喜べないでいたのだ。
その理由は言うまでもない・・・訓練生専用の強化装備である。
羞恥心を無くす為の訓練として与えられるこの装備は、年頃の少女から見ればどのような罰ゲームだと言わんばかりの格好だ。
いくら訓練のためとはいえ、すんなりと受け入れられる物ではないのだろう。

「・・・やっぱり着ないとダメなんですかねぇ?」
「珠瀬、貴女の言いたい事は解るけどこれも訓練の一つなのよ?我慢するしかないわ」
「そういうアンタも顔が引きつってる」
「私だって恥ずかしいんだから仕方ないじゃない!そういう貴女はどうなのよ!?」
「・・・別に」
「慧さんは凄いね・・・」

先程からこの様なやり取りばかりが行われている。
戦術機教習課程に勧めた事は素直に喜ばしい事だ。
しかしこの装備を着用して人前に出なければならない・・・
それを想像しただけで顔から火が出そうになるのは明白。
いくら衛士としての道を志しているとはいえ、彼女達はうら若き乙女なのだ。
そう簡単に羞恥心を無くす事は出来ないのである。

「・・・まったく、そなた達は一体何時までそうしているつもりなのだ?早く着替えねば集合時間に遅れてしまうぞ!?」

かれこれ三十分近くの時間が流れているのだが、そろそろ集合時間も近づいてきている。
時間に遅れるという事はそれだけで大きな問題だ。
この状況に対し、ついに業を煮やした冥夜が彼女らを急かす様に口を開いたのであった。

「そうは言うけど冥夜さんは恥ずかしくないの?」
「私とて恥ずかしい訳ではない。だがこれは訓練なのだから仕方ないだろう・・・」

あくまでこれは訓練の一環なのだと言う冥夜ではあるが、その表情からはそうは見えない。
それが証拠に彼女の表情はやや赤らめた様子が見て取れる。

「ねえ皆、恥ずかしいのは皆一緒なんだしここは我慢しましょうよ」
「恥ずかしがる必要はありませんの。幸いな事にここに居るのは女性ばかり・・・何も問題は無いと思いますのよ?」

C小隊の面々は既に着替えを終えている。
彼女達は以前の任務で一度この儀式とも言えるものを経験しているため、さほど抵抗は無い様子だ。

「・・・その割には顔が赤い」
「そ、そりゃ私だって恥ずかしいもの・・・」

それから数分間、そのようなやり取りが続けられていたのだが、流石に皆も諦めが付いたのだろう。
躊躇していた面々も、恥ずかしいのは皆同じなのだと納得し、落ち着かない様子ながらも着替えを行っていた―――

「思ったとおり体のラインがくっきり出ますね・・・」
「そうだね・・・ボクなんて胸が無いから余計に恥ずかしく感じちゃうよ。ハァ~慧さんやクスハさん、それにゼオラはいいよねぇ」
「まあね」
「で、でも・・・そこは慣れないと・・・いよいよ本格的に戦術機の訓練なんだし」
「そ、そんな事別に関係ないじゃない」

誇らしげに答える彩峰とは対照的にクスハとゼオラの両名は顔を真っ赤にしながら答えている。

「ゼオラの言うとおりだと思いますのよ。美琴に壬姫、二人ともそんな事気にする必要はありませんの」
「どう言う事?」
「私達の様に未発達な女性が好みだと仰る殿方もいらっしゃると言う事ですのよ」
「・・・アルフィミィの言うとおり。まだチャンスはあるからガンバレ」
「それにこれだけの面子ですもの、私達はある意味希少価値が高いということですの。ねえラトゥーニ」
「わ、私に振られても・・・」
「・・・ラトゥーニ、顔真っ赤」
「だ、だって・・・」
「う~ん・・・これは結構レアかも」
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!ラトゥーニが困ってるじゃないの!時間も無いんだし、皆準備が出来たなら行くわよ」

集合時間まであとわずか、流石にこのままでは完全に遅刻してしまうと踏んだ千鶴が、急かす様にして会話を打ち切らせる。
彩峰は不満そうな表情を浮かべていたが、いじられる側に回っていたラトゥーニは、助かったと安堵していた。
一方、男性側ドレッシングルームの二人はと言うと―――


「ブリットさん、大丈夫ッスか?」
「え?別に体調はなんとも無いぞ?」
「いや・・・午後の訓練って戦術機の適性検査でしょ?ってことは、皆あのスケスケ強化装備で来るんですよ?」
「ああ、その事か・・・」
「ブリットさんは真面目すぎるんですよ。もっとこう何も考えずに状況を楽しんでみたらどうッスか?」
「馬鹿なこと言ってないで早く着替えろ。俺の心配より自分の事を心配したらどうだ?」
「俺は大丈夫ですよ。ブリットさんと違いますからね」
「そうじゃない。午後から適性検査だって言うのに、お前いつも以上に飯食ってただろ?」
「だって、皆が進めるんだから仕方ないじゃないッスか」
「・・・武に聞いたんだけどな。あれは適性検査前の儀式みたいなもんだ。何も気が付かなかったのか?」

午前の訓練が終了し、皆で昼食を取ろうとした時の事だった。
何故かB小隊の面々は、いつも以上にアラドに世話を焼き、彼の昼食を準備したり、自分の食事を分けたりしてくれたのだ。
基本的に食べ物に目が無いアラドにしてみれば、その様な行為を疑う必要も無く、喜んで受け入れていたのである。
先程ブリットが武から聞いた儀式とは、まさにこれだ。
シミュレーターと呼ばれるものは、本物の戦術機とほぼ同等の揺れが起こる。
それこそ上下、前後左右からのGが止め処無く襲ってくるのだ。
基本的に初めてシミュレーターに乗った訓練生は、殆どの者がその機動に耐え切れず乗り物酔いを起こしてしまうケースが多い。
胃の中に物が入っている状態であれば尚更だ。
適正試験終了後、フラフラの状態になった者を見て楽しもうという魂胆なのである。
そんな事とは知らないアラドは、まんまと彼女らの罠にハマってしまったと言うわけだ。
ブリットはその事で彼を心配していたのだった。

「なるほど・・・ったくあいつ等もヒデェ事考えるよなぁ。喜んでホイホイあいつ等の企みに引っかかった俺が馬鹿みたいじゃないかよ」
「お前は日頃からもう少し洞察力を身に付けるべきだな」
「うう・・・返す言葉も無いッス・・・『ブリット、アラド!?』・・・あ、はい!?」
『神宮司教官がシミュレータールームに集合しろと怒っていらっしゃる。着替えが終わったのなら急いだほうが良いぞ』
「ああ、了解だ御剣・・・行くぞアラド。急がないとまた腕立てだ」
「了解ッス」

そう言って部屋を後にする二人・・・時間は既にギリギリだ。
余裕を持って行動していたつもりだったが、思いのほか無駄話が過ぎたという事だろう。
廊下に出た時点で、既に冥夜はその場におらず、廊下は静寂に包まれている。
という事は残りのメンバーは既にシミュレータールームへと向かっているに違いない。
自分達が遅れてしまえば、連帯責任という形で全員に罰が課せられる事は明白。
そう考えた彼らは、やや足早に集合場所へと向かうのであった―――


・・・シミュレータールーム・・・


『「すみません!!遅くなりました!」』

無機質な機械音と共にドアが開かれ、慌てて部屋へと入って来るブリット達。

「遅いぞ二人とも!!早くこちらに来て整列しろ!」
『「ハイッ!!」』
「それから貴様ら!そんな隅っこで何をしているんだ!一箇所に集まらないか!」
「う・・・は、はい・・・」

B、C両小隊の女性陣は部屋の隅の方に集まったままオロオロしている。
恐らくはブリット達が現れた事で、先程まで緩和されていた恥ずかしさが再び込み上げてきているのだろう。
それが証拠に殆どの者が顔を赤くし、腕で前を隠すようにしている。
それを悟ってかどうかは解らないが、ブリットはなるべく彼女たちの方を見ないように心がけていた。
紳士的な振る舞いといえば聞こえは良いが、正直目のやり場に困っていたという事の方が正しい。
流石にそう何度も鼻血を出すわけにも行かないと考えた彼なりの予防策なのだろう。
そんな彼女らを他所にまりもは、淡々とこれから行われる適性検査についての説明を始めていた―――

「それでは今日からいよいよ貴様らには戦術機のシミュレーター訓練に入ってもらう・・・とはいえ、まだ演習から帰ってきて数日だし、マニュアルの熟読も出来てはいないだろう。よって本日は、午前中に伝えたとおり衛士適性検査のみとする」

適性検査・・・つまり簡単に言うならば戦術機に乗って戦闘が行えるかどうかを判断するための検査だ。
一応、入隊時に簡単な適性検査は受けさせられるものの、訓練中の事故や怪我などが原因でその時得られた数値と異なった値が得られるケースがこれまでに幾度と無く存在している。
そのためカリキュラムが戦術機教程に移行する際、もう一度その適正を検査する事が義務付けられているのだ。
判断方法はいたってシンプルであり、シミュレーターに入り座っているだけと言う極簡単なもの。
シミュレーターが戦術機の通常動作を一から行い再現する事で、それに対する身体的変化を見て教官が判断するというものだ。
これの結果次第では、いくらこれまで厳しい訓練を耐え抜いてきたとしても、適正なしと判断された時点で衛士としての未来は無いと言っても過言ではない。
その後は、歩兵になるもよし、戦車乗りや整備兵に転向すると言ったケースが殆どなのである。

「これから行う適正検査は、衛士としての適正を具体的に数値として出すものだ。場合によっては落ち込むケースもあるかもしれんが・・・」
「・・・アラド」
「ん?何だ彩峰?」

まりもがこれから行われる適性検査の説明をしているというのにも関わらず、私語を始める彩峰とアラド―――

「元気出せ」
「・・・っ!!まだ落ち込んでねぇよ!!つーか、お前の方こそ散々な結果に終わるんじゃねえのか!?」
「こらそこ!!真面目に聞かんかっ!!」

案の定、まりもからの怒声が飛んでくる。

「これからの訓練は今まで以上にお前達の生死を左右する重要な物になるんだぞ!?今後この様な事を繰り返すようなら、貴様らには検査を受けさせんからそのつもりでいろ!!」
『「す、すみませんでした!!」』
「・・・さて、話が逸れてしまったが、私からの説明は以上だ。これからシミュレーター前へと移動する事になるのだが、その前に貴様らに紹介したい方がいらっしゃる」
「紹介したい方・・・ですか?」
「ああ・・・少尉殿、お入り下さい」

まりもがそう言った直後、独特の強化装備を身に纏った少女が入室してくる。
その形状は訓練生用の青を基調とした物ではなく、全身が黒一色で統一されており、それらが醸し出す雰囲気は彼女独特の銀色の髪をより際立たせ、神秘的なイメージを連想させられそうな錯覚に陥るようだ。

「紹介しよう・・・社 霞特務少尉だ。本日より貴様らと共に戦術機教程のカリキュラムを学ばられる事となった」
「社 霞です。皆さん、よろしくお願いします」

その場に居た誰もが驚いていたのは言うまでも無い。
まりもが紹介したい人物などというからには、武やエクセレン、ラミアに続く新たな教官が配属されるのだろうと考えていたのである。
ところが彼女達の目の前に現れたのは予想外の人物。
横浜基地に居る以上、彼女の存在を知らぬ者は少ないうえに、完全に場違いとも呼べる場所に強化装備を纏って現れたのだ。
それどころか、本日から自分達と共に戦術機を動かすための訓練を行うというのだから、驚くなと言う方に無理があるというものだろう。

「社少尉は本来なら香月副指令の補佐を勤められている。詳しくは明かせないが、少尉殿たっての希望で我が207訓練部隊へと一時的に配属される事となったというわけだ。階級は我々よりも上だが、副指令からは訓練兵と同じ様にあつかうよう指示を受けている。よって、彼女にはB小隊の指揮下へと入ってもらう事になった・・・榊、頼んだぞ?」
「ハッ!了解しました」

了承したものの、千鶴はかなり戸惑っていた。
この時期になって新たにメンバーが配属され、更に自分達よりも上の階級の人物が指揮下に入るのだ。
いくら自分達と同等に扱うよう指示されているからと言ってそう簡単に納得できるものでは無いだろう。

「訓練兵と同じ様に扱うよう言われているが、一応彼女は貴様らの上官に当たる人物だ。皆、粗相の無い様にな」
『『「ハイッ!!」』』
「よし、ではシミュレーター前まで移動するぞ」

正直驚きと戸惑いを隠せないが、副指令である夕呼の名前が出ている以上、反論する事は許されない。
それ以前に、自分達が訓練兵である限り、情報の提示を求めた所で答える必要は無いと一蹴されるのがオチだ。
そんな事で無駄な時間を割くよりは、素直に従ったほうが無難と言う事だろう。
もしもこの場に武が居たならば、間違いなくまりもに理由を聞かせろと詰め寄っていただろうが―――

「よろしくお願いします社少尉」

シミュレーター前に移動するまでの間、少しでもコミュニケーションを図っておいた方が良いだろうと考えたブリットは、さり気なく霞に挨拶をしていた。
以前、夕呼の執務室に赴いた際、何度か彼女を見かけたことはあったが、こうやって話をすることは始めてである。
それはC小隊の面々全員に言える事であり、誰もが彼女に興味津々と言った感じでその会話に耳を傾けている。

「こちらこそよろしくお願いしますブルックリンさん・・・それと私の事は霞で良いです。階級と言っても便宜上のもので意味はありません・・・ですから敬語も使わないで下さい」

ぎこちない様子でありながらも、命一杯頑張りながら会話を続けようとする霞。
彼女はその生まれた境遇ゆえに、あまり人と会話する事も少なく、どちらかと言えば引っ込み思案な方だ。
そんな彼女を察してか、自分もなるべくフランクに接するべきだと判断したブリットは、笑顔でこう答える。

「そうか・・・なら俺の事もブリットで良いよ。改めてよろしくな霞」

そう言って笑顔を浮かべながら右手を差し出すブリット。
相手が握手を求めているのだと気付いた霞は、そっと彼の手を握り返した。

「・・・!!(な、何だ今の感じ!?・・・まさか、この子も念動力者なのか?)」

何かを見透かされるような感じがした―――
それがブリットが率直に感じた物である。
念動力者であるが故に、彼の感受性は強い方だと言っても良い。
正直な所、霞は皆に受け入れてもらえるかどうかで不安であった。
そんな彼女の心の奥底にある恐れや不安といった物によく似た何かを無意識のうちに感じ取ってしまっていたのだろう。

「・・・どうかしたんですか?」
「い、いや、何でもないよ・・・可愛い手だなぁって思って、さ」

表情に出てしまっていたのだと気付いたブリットは、慌てて彼女に笑顔を向けると、ありきたりな世辞を伝えていた。
そんな彼の台詞を見逃さない人物がここに居る―――

「ブリット・・・」
「何だ彩峰?」

背後からブリットの肩に手を置き、話しかけてくる彩峰。
何故か真面目で、何かを伝えたそうな表情をしている。

「ロリコン?」
「なっ!!ば、馬鹿、何言ってんだ!!」
「だよね・・・だったら胸の大きなクスハを選ぶ筈が無い」
「ちょ、ちょっと待て!それは関係ないだろう!?」
「じゃあ、小さいほうが好み?」
「い、いや・・・そういう訳じゃ・・・って、何言わせるんだ!!」
「ブリットはやっぱりムッツリ・・・」
「・・・ブリット君」
「ご、誤解だクスハ!」
「ブリット君なんて知らないっ!」
「あ~あ・・・怒らせた」
「誰のせいだよっ!!」
「誰のせい?」
「お前なぁ・・・」
「あ、あの・・・ケンカはやめて下さい」
「ほら、社もああ言ってることだし」
「・・・もういい・・・悪いな霞」
「いえ・・・」

この様なやり取りが行われているにも関わらず、まりもは一向に何も言っては来なかった。
恐らく何かしらの意味があって静観を決め込んでいるのだろうが、それがかえって不気味さを醸し出している。
千鶴や冥夜は、何時彼女が爆発するやも知れないと考え、ブリット達に私語を慎むよう伝えると、そのままやや足早にシミュレーターの方へと向かって行く。
その後、何事も無くシミュレーターの前へと移動が完了すると、まりもは簡単にこれから行う試験内容を説明する前に訓練兵達に向けて一つの質問を投げかける―――

「さて、対BETA戦において戦術機を起用しだした当時、衛士の役目を担っていたのは元空軍のパイロット達だ。操縦技術と言う経験を活かしてな・・・バランガ、彼らの初陣における平均生存時間を知っているか?」
「え・・・っと、確か八分じゃありませんでしたっけ?」
「ほほう、きちんと予習をしているようだな・・・そうだ、今貴様が言ったようにたったの八分だ。この数値は人類を震撼させた」

そういった彼女の表情は何処と無く影を落としている。
死の八分―――
新米衛士が初陣で先ずクリアせねばならない難関だ。
殆どの者が戦場で初めて本物のBETAを見た事で動揺し、パニックに陥ったまま何も出来ずに散って逝った。
訓練で見るものは成功に作られた立体映像などが殆どであり、本物を見る機会など戦場に出てからというケースが多い。
そして予期せぬBETAの行動に翻弄され、何も出来ないまま終わる・・・すなわち死んでしまうと言うことだ。
BETA大戦初期の頃は戦術機に関する運用が殆ど手探り状態に近かった。
無機質な骨格に鋼の鎧を身に纏った機械は、全く未知の領域であり、いくら操縦技術に長けた空軍パイロットであってもその操縦は困難極まりないものだったのだろう。

「だから今はお前達のように戦術機乗りは戦術機乗りとして、若いうちから専門の洗練された教育を受けさせている。だが客観的事実として戦術機の操縦技能が低い物は生還率も低い。その事を踏まえて訓練に挑め!!」
『『「ハイッ!!」』』
「では・・・榊、シミュレーター一号機。御剣は二号機に搭乗しろ。残りの者はその場で待機!」
「教官」
「何だ榊?」
「適性検査というのは・・・具体的に何をしたら良いのですか?」
「あまり深く考えるな。ただ十五分間座っていればいい」

そう言いながら彼女は、手に持っていた袋から何かを取り出し千鶴の前に差し出す。

「・・・これを持ってな」
「ビニール・・・袋・・・?」

何故ビニール袋が必要になるのか・・・少し冷静に考えれば誰でも気付くことなのだが、今の彼女にはそれを理解する事は出来なかった。
そしてそれを受け取ると、それぞれ指示された機体へと搭乗を開始する。

「・・・準備は良いか?」
『「はい」』
「よし、ではこれからテストを開始する。お前達はただ十五分そこに座っていればいい。気分が悪くなったら横の非常停止ボタンを押すようにな」
『「了解」』
「(さて・・・いよいよだな。私は搭乗の経験が有るゆえ何も問題は無いが、他の者は少々辛い思いをすることになるのだろうな・・・)」

殆どの者が今回の適性検査で初めてシミュレーターに搭乗する者ばかりだ。
だが冥夜は、以前の世界での記憶がある事に加え、新潟でのBETA侵攻時において武御雷に搭乗して出撃している。
その時も問題なく操縦できていた事から、今回も機体の揺れに対して酔う事などありえないだろうと考えていた。
程なくして独特の駆動音と共に機体が揺れ始め、徐々にではあるがその振動が体にも伝わってくる―――

『続いて・・・駆け足前進!』
「う・・・うわ~、揺れてる~」
「こ・・・これはちょっと・・・」

外からシミュレーターを見ている彼女達にとって、その動きは想像以上の物だった様だ。
現在もなおシミュレーターは小刻みに上下左右に動きながら低い唸りを上げている。

『我慢できなくなった者は横の非常停止ボタンを押すこと・・・では全速力!』

容赦ない揺れが搭乗している二人を襲う。
その激しさは中に居るよりも外からの方が解り易いこと請け合いだ。
残るB小隊の面々、特に美琴と壬姫の二人は目を丸くし、徐々に顔が青ざめている。
これから自分達も同じ目に遭うのだと思うとそれも仕方の無い事だろう。

『急停止!!・・・状況終了。以上だ・・・二人とも外に出て良いぞ』

最初のの適性検査が終了し、ややふら付いた状態で外に出てくる冥夜。
千鶴にいたっては真っ青な表情を浮かべ、冥夜以上にふら付いている。

「(う、迂闊であった・・・まさかこれ程揺れが酷いものだったとは・・・私もまだまだだな)」

自分が想像していた以上に揺れが酷かった事に驚き、自身の不甲斐無さに嘆く冥夜。
実際の戦術機は、蓄積されたフィードバックデータとコックピットの制揺システムのおかげで、操縦者は殆ど揺れを認識しないで済むのだが、彼女の場合、経験はあっても強化装備に蓄積されたデータが存在していないのだ。
蓄積されたフィードバックデータが存在しない以上、システムの恩恵は受けられないのである。

「こ・・・これが戦術機の乗り心地なのね・・・ウッ!」
「ああっ!さ、榊さん!」

乗り心地に耐え切れず、酔ってしまった千鶴は、完全にダウンしている。
その場にへたれ込み、肩で息をしている事からも解るように、想像以上の揺れを体験させられるという事だろう。

「フッ・・・脆い脆い・・・」

そんな彼女を嘲笑うかのごとく余裕の表情を見せ付ける彩峰。
しかし、十五分後―――

「うぅ・・・」

案の定彼女もその乗り心地に耐え切れずダウンしていた。

「はうあうあ~・・・」

続けて現れた壬姫もフラフラとした足取りや、その表情から見て解るように完全にグロッキー状態。
何を言っているのか解らない様な言葉を口にし、そのままその場に倒れこんでしまう。

「た、珠瀬!大丈夫か!?」

とっさに彼女の元へと駆け寄り、声をかける冥夜。

「て、天国・・・」
「え・・・?」

ニヤリと笑みを浮かべながら何かを口にしているが、彼女の目は焦点があっていない。

「天国の・・・お花―――っ!!」
「お、落ち着くのだ珠瀬!!しっかりしろ!」
「う、うわぁぁぁ・・・壬姫さぁぁぁん!!」

一体どの様な乗り心地なのだろう・・・これがまだ搭乗していない面々の率直な感想だった。

「な、なんか凄い事になってますね・・・」
「ああ・・・」
「俺達が前に経験した物とは違うって事ですかね?」

他のメンバーに聞かれては不味いと小声でブリットに話しかけるアラド。

「そんな事は無いと思うぞ・・・それに俺達の強化装備には以前搭乗した時のデータがあるからな。それがフィードバックされる筈だ」

彼の言うとおり、C小隊の面々の強化装備には新潟での任務の際のデータが蓄積されている。
つまりは彼女達よりは幾分かマシになる筈なのである。
ただし、これはあくまでシミュレーターであり実機ではない。
実機では戦術機独特の三次元機動に加え、シミュレーターでは再現できないGがかかるのだ。
それらはフィードバックでは誤魔化す事も出来ず、それどころか揺れるどころの騒ぎではない。
所詮はシミュレーター・・・要は慣れなのである。

『次、鎧衣一号機!、社二号機!』

指示を受けた美琴と霞は、それぞれ指定されたシミュレーターに搭乗を開始する。

『それではテストを開始する。準備は良いな?』
『「はい」』

準備が出来た事を確認すると、まりもは今までと同じ様に検査検査を開始。
丁度その時だった―――

「お疲れ様です神宮司軍曹。どうですか訓練部隊の面々は?」
「白銀大尉!?本日は訓練に参加できないのではなかったのですか?」
「時間が空いたんで様子を見に来たんですよ。それでどうです皆の調子は?」
「そうでしたか・・・現在はB小隊の検査を行っている所です」
「データを見せてもらえますか?」
「これが榊、御剣、そして彩峰と珠瀬の物です」

映し出されたデータを目にした武は、特に問題が無い事を確認すると素直に喜んでいた。

「なかなかのデータですね。想像以上だ」
「確かに驚くべき結果がでています。特に御剣に関してのデータは、成績歴代一位に匹敵するかも知れません」
「なるほど・・・(まあ、当然だよな・・・)ちょっとあいつ等の方にも顔を出してきます。それじゃ、軍曹も頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」

そう言ってコントロールルームを後にし、冥夜達の元へと向かう武。

「ようお前ら、調子はどうだ?」
「今日は来られないのではなかったのかタケル?」
「空き時間を利用して顔を出しに来ただけさ・・・どうしたんだ冥夜、なんか顔色が悪いぞ?」
「ああ・・・予想以上の揺れに少々酔ってしまっただけだ。どうという事は無い」
「流石だな・・・それに引き換えお前等・・・だらしないぞ?」
「し、仕方ないじゃない!こんなに酷い揺れだなんて思わなかったんだから」
「社さん大丈夫かなぁ・・・」
「そうだよな・・・パッと見スッゲェ病弱なイメージがしたし、あんなので本当に耐えられるのか心配だよな」
「ちょっと待て二人とも・・・今言った社ってまさか霞の事か?」

ここで初めて武は事実を知ることになった。

「ええ、そうよ。今日から私達B小隊のメンバーとして加わる事になったのよ・・・白銀、貴方知らなかったの?」
「知らないも何も、なんで霞が適性検査なんか受けてるんだ!?それにB小隊に加わるだって?一体どういうことだよ!!」

霞がB小隊に配属されたという事実を知り、明らかに動揺してしまう武。
それが証拠に、口調は荒くなり、大声を張り上げながら千鶴に向けて詰め寄ってしまっている。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられるか!!」
『そんなんだからアンタには黙ってたのよ』

不意に背後から聞こえてくる声―――

「こ、香月副指令!?・・・敬礼っ!!」
「榊~・・・敬礼はいいって何時も言ってるでしょ?」
「どういう事ですか先生・・・」
「何が?」
「霞の事です!!しらばっくれないで下さい・・・なんであの子が戦術機に乗る為の適性検査を受けなければならないんですか!?」
「理由を知りたいって言うのね?」
「そんな事、聞かなくても分かってます!!どうせ先生が乗るように指示したんでしょう?」

相手が副指令であると言うにも拘らず、そんな事はお構い無しに捲し立てる武。
傍で見ている訓練生は内心ヒヤヒヤものだ。
一介の衛士である彼が、いくら納得が行かない出来事とはいえ明らかにこれは越権行為。
いくら佐官クラスの待遇を与えられ、彼女の下で働いているとはいえ、度が過ぎるというものだろう。

「止せタケル!・・・そなたが納得いかないのも解らなくはないが、副指令に向かってそんな口を利いて良いものではない・・・周りに居る皆の目もあるのだぞ!?」

無意識の内に武を制止してしまう冥夜。
この場で暴走し始めている彼を止める事が出来そうな人物は彼女しか居ないとはいえ彼女の行為もまた越権行為に他ならない。

「冥・・・夜・・・?」

彼女の一言で我を失っていた武は、幾分か冷静さを取り戻す。
確かにこの場で夕呼と言い争うのはあまり好ましい事ではない。
周囲の状況を鑑みれば、いかに自分が感情的な行動に走ってしまっていたかという事に気付かされる。
それが証拠に周囲の訓練生達は、戸惑いを隠せないで居る。
自分は彼女らの教官としてこの場に来ているのだ。
今現在の自分の行為は、彼女らの模範とは成り得ないと言えるだろう。

「構わないわ。こいつが無礼なのは今に始まった事じゃないしね・・・さて、残念だけど白銀、アタシは社に戦術機に乗れと指示を出した覚えは無いわ」
「・・・じゃあ、霞が自分から言い出したとでも言うんですか?」
「それは本人に直接聞いてみれば良いじゃない・・・もっとも素直に話してくれるとは限らないけどね」

そう言うと夕呼は、それ以上は何も語らずその場を後にしていた。
正直なところ、霞と夕呼の二人が何を考えているのかが解らない。
戦術機に乗ってBETAと戦うという事は、それだけ死に近い場所へと赴くことになる。
出来れば霞にはそんな血生臭い場所へ行って欲しくない・・・これが彼の素直な気持ちである。

「・・・皆スマン。ちょっと頭に血が上り過ぎてたみたいだ・・・悪いな、なんだか変な空気にしちまって」

以前、訓練兵と同じ格好をし、訓練施設をうろついていた霞を見たときから何かしら嫌な予感はしていたが、まさか本当に訓練を行っているなど考えてもいなかった。
そしてその事で我を忘れ、あろうことか訓練兵の目の前で夕呼に食って掛かるなど醜態もいいところだろう。
今の自分は訓練兵ではなく、一人の衛士・・・弁えねばならぬ分もあり、彼女らとは立場も違うのだ。
だが、裏を返せばそれほどまでに彼が霞の事を大切に思っている証拠だ。
当初は今まで見たことの無い武の行為に戸惑っていた彼女達であったが、それなりに落ち着きを取り戻し始めている。
徐々にではあるが、彼の行動に対して理解し始めているという事なのだろう。

「いや、私の方こそすまない・・・訓練生である自分が上官であるそなたにあのような口を利いてしまうなどあってはならん事だ・・・」
「いや、悪いのは俺の方だ。お前が止めに入ってくれてなかったらもっとヤバイ事になってたかも知れないしな」

相変わらず空気は重いままだ。
その原因は武にある事は自分でも理解しているが、次の言葉が出てこない―――
そんな中、意外な人物が口を開いた。

「白銀・・・社少尉の事だけど、私達に任せてくれないかしら?」
「・・・委員長?」
「私達も貴方の言おうとしている事は何と無くだけど理解できるわ。確かに彼女が衛士として私達と行動を共にしようとする事に納得の行かない部分もある・・・でもね、彼女も彼女なりに何かしらの考えがあっての事だと思うのよ」
「・・・」
「私達はそれぞれ色々な想いを持って衛士を目指しているわ。それは多分、彼女にも言えることだと思う」
「前にタケルさんも言ってたじゃないですか、目的があれば人は努力できるって・・・」
「・・・そだね」
「なあ、タケル・・・皆もああ言ってるんだ。ここは一つ、彼女の意志を尊重してやったらどうだ?」
「そうッスよタケルさん。俺達もフォローしますから」
「だけど・・・」

彼女達の意外な反応に正直戸惑っていた。
確かに皆の言う事も一理ある。

「皆の言うとおりかも知れない・・・でも、霞はまだ子供なんだぞ?そんな子が衛士としての訓練を受け、戦場に出る・・・そうですか、と簡単に納得できるもんじゃない」
「それは差別だと思う・・・」
「そうですの。それを言ってしまえば私やラトゥーニだって霞と大して年齢は変わりませんの。武は私達が衛士としての訓練を受ける事には納得して、彼女はダメだと言うのはやっぱり変だと思いますのよ?」

返す言葉が無いとはこの事だろうか・・・
それぞれ衛士を志した理由は千差万別だが、言おうとしている事は同じ。
だが、それを素直に受け入れられるだけの懐の広さは武には存在していなかった。

「―――タケル・・・そなたは何の為に衛士になったのだ?そなたにも護りたいものが在ったのではないのか?」
「っ!?」

冥夜の一言が胸の奥深くに突き刺さるのが解る―――
自分は何の為に衛士を目指したのか・・・それはこれ以上不幸な想いをする人を増やさないため。
そして、友を仲間を、最愛の人を護るために衛士を目指したのだ。
自分が今彼女達に言っていることは、納得が行かない事に対しての我が侭。
全ての事に納得が行った訳ではないが、霞もまた何か護りたいもののために戦う道を選んだのだろう。

「・・・白銀君、霞ちゃんの気持ちを尊重してあげましょうよ」
「そうですよ大尉。社少尉の事は私達も全力でフォローします・・・だから認めてあげて下さい」
「・・・ああ。全部が全部、納得できたわけじゃないけどな」
『ありがとうございます白銀さん・・・』
「か、霞!?」
「うう~、凄い揺れだった・・・あれ?皆どうしたの・・・何だか難しい顔してるみたいだけど?」

思ったよりも時間は経過していたようだ。
何時の間にかシミュレーターは停止し、中に乗っていた二人も外に出てきている。

「聞いていたのか?」
「・・・はい」
「そうか・・・」
「理由、聞かないんですか?」
「今は聞かないでおくよ・・・俺自身、まだ気持ちに整理がついてないからな・・・それじゃあ頑張れよ霞。皆も霞の事頼んだぜ?」

無言で全員が肯いていた―――
それを確認した武は、自分を落ち着かせるためにその場を後にする。
ここで理由を聞いてしまえば、間違いなく反論してしまうだろう。
一度頭を冷やし、冷静になったところで今一度考えたほうが良いと判断したのだ。
そして今回の一件で改めて気づかされた事がある・・・207訓練部隊の面々に仲間意識や強い絆が芽生え始めたということだ。
何時の間にこれほど強い団結力が生まれていたのかは知る由も無いが、その事だけは素直に嬉しいと感じて良いだろう。
これならば霞が加わったとしても、問題なくやって行けるはずだ。
気付けば先程まで納得の行かない事に苛立っていた感情は、何時の間にか落ち着いている。

「―――霞の気持ちか・・・」

一人廊下で呟いた所で答えが返ってくるわけではないが、口に出さなければその言葉の持つ意味が薄れてしまうような感じがした―――
彼女が何を想い、何を考えて衛士としての訓練を受ける気になったのかは解らない。
そして、皆がそれを後押しするようにしている。
だったら自分に出来る事はなんだろうか?
彼女が衛士を目指そうとした本当の理由が解らない武は、全てを否定せず、肯定もしない中立の立場でその事を考えようと努めていた。
今はまだ否定的な部分が強いが、彼女の想いを理解できればそれも肯定へと変わるだろう。

様々な想いが交錯する中、歴史はまた新たなる時を刻み始める事となる―――


あとがき

第40話です。
今回は衛士適性検査のお話です。
以前から陰で一人訓練していた霞がB小隊に合流する事となりました。
現状での彼女は、体力的にかなり劣っている部分もありますが、それは今後の彼女しだいという事でご容赦下さい。
霞には特務少尉としての階級を与えてありますが、劇中でも書かれている通り夕呼の補佐として与えられている階級です。
よって、あまり意味の無い物ですので、訓練生達は上官というより仲間としてみているといった描写とさせて頂くことにしました。
まりもは軍属である以上、上官として考えていますが、訓練中は207の面々と同一に扱う様にする予定です。

今回のお話をアップする前にロボット図鑑とキャラクター図鑑をアップしました。
本編を読んでいない方にはかなりのネタバレを含む形となっていますが、いかがなものでしょうか?
今後も図鑑の方は随時更新していく予定ですので、そちらの方でもご意見等ありましたらよろしくお願いします。

次回は帝都でのお話になります。
マサキやコウタ達も登場しますので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第41話 天照計画(Project Amaterasu・プロジェクトアマテラス)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/05/18 22:58
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第41話 天照計画(Project Amaterasu・プロジェクトアマテラス)




前日の一件以来、武は未だ悩み続けていた―――
霞が何故自分達と共に戦う道を選んだのか?
そもそも彼女は、オルタネイティヴ計画の重要人物として夕呼の傍に居たのである。
本来ならば夕呼が彼女の言い分を素直に聞き入れるわけも無いだろう。
この世界の夕呼は、以前の世界とは違い、計画に必要な物は殆ど揃えている事で様々な分野に手を出している。
その良い例が悠陽から頼まれた新型機開発計画だ。
元々戦術機等といった物に大して関心を見せなかった彼女だったが、今回は色々と絡んでいる。
だからと言って霞の補佐が必要にならないとは限らないだろう。
基本的に彼女は、自分に利益が無いと判断すれば容赦なくそれを否定する人物だ。
という事は、今回の一件も何かしら彼女に対してメリットが存在するという事なのだろうか―――

「どうしたのですか白銀?先程から何やら難しい顔ばかりしているようですが・・・」

現在彼は、キョウスケと共に帝都へと赴いている。
そして今は、悠陽が開いてくれた御茶会の真っ最中。
彼女に話しかけられた事で彼は、次第に申し訳無さで頭が一杯になってきたのだった―――

「す、すみません殿下・・・少し考え事をしていたもので・・・」
「―――そうでしたか・・・てっきり私の点てた御茶が口に合わないのかと思っていたのですが・・・」
「い、いえ!そんな事はありません!!」

彼らに振舞われている茶は、無論合成品等ではなく、今の日本では滅多に手に入らない天然物だ。
余程の事が無い限り普通に煎れたとしても不味い訳は無い。
ちなみに出されている和菓子も合成品ではなく、この日のために悠陽が用意させた物である。

「白銀よ・・・そんな顔をしていては、折角殿下が用意してくださった御厚意の数々を無碍にする行為だととられても否定は出来んぞ?一体何を悩んでいるのか解らんが、今はこの場を楽しむべきだろう・・・違うか?」
「申し訳ありません紅蓮閣下・・・」
「うむ、解れば良いのだ・・・して、どういった悩み事なのだ?良ければこの紅蓮 醍三郎、貴公の相談に乗ろうではないか」
「・・・お心遣い感謝します。ですが、これは自分自身で解決せねばならぬ悩みですので・・・」
「そうか・・・」

一瞬、重苦しい空気が流れかけるが、その後は冗談などを交えながら茶会は進んでいく―――

「ところで殿下、コウタ達は今どちらに?」

丁度会話が途切れた頃合を見計らい、キョウスケが自分の目的を果たすべく口を開いた。
自分が今日この場に来た理由は、悠陽からの招待とコウタ達に今後の事を伝えるためである。
てっきりこの場に彼らも同席するのだろうと考えていたのだが、一向に現れる気配の無いまま今に至っているという訳だった。

「かの者達にはこの帝都城より少し離れた場所に滞在していただいています。勿論、皆無事ですので大丈夫ですよ」
「そうですか・・・彼らに今後の事を伝えたいのですが、出来ればその場所を教えていただけませんか?」
「その事ならば問題は無いぞ南部大尉。丁度この後、視察を兼ねてそなた達にもついて来て貰うつもりだったからな」
「解りました・・・」
「そろそろ準備も整っている頃合でしょう・・・真耶さん?」
『ハッ・・・こちらに』

茶室の外から聞こえてくる女性の声―――
『月詠 真耶』
日本帝国斯衛軍に所属する忠義に篤い冷徹な武人で、悠陽に仕える人物の一人だ。

「準備の方は出来ていますか?」
『はい、問題は有りません』
「分かりました・・・それでは参るとしましょう」


その場に居た者達は部屋を後にすると、帝都城の奥深くへと案内されていた―――

「―――ここは?」
「知らぬのも無理はあるまい・・・ここは緊急事態を想定して建造された脱出用地下鉄道のホームだ」
「(・・・確か12.5事件の際に殿下が塔ヶ島城への脱出に使ったヤツだな)・・・という事は、コウタ達は国内の離城のどこかに居るという事ですか?」
「確かにここは日本各地に点在する離城へと繋がっています。ですが、これから向かう先はそれとはまた別の場所なのです」
「別の場所ですか?」
「ええ・・・白銀、高天原(たかまがはら)の事は知っていますね?」
「確か、東京湾上に建設中の人工島区画ですよね?難民収容施設だと聞いていますが・・・」

高天原・・・数年前から東京湾上に建設されていた人工島区画の名称で、BETA関東侵攻の際に危険と判断された事で開発は一時中断され、明星作戦終了後に開発が再開された施設だ。
メガフロート構造を採用しているのが特徴で、その規模は東京湾の約五分の一程度を占めている。

「そこでは斯衛軍と横浜基地が主体となった極秘計画が進められているのです」
「極秘計画・・・ですか?」
「そなたが知らぬのも無理はありません。これは極一部の者のみが知る日本独自の計画なのですから」
「・・・その様な事、タケルは兎も角として自分にも聞かせてしまって良かったのでしょうか?」
「そなたならば信用に値する人物だと思ってのことですよ南部大尉」
「吾妻や安藤達も高天原に居るのだ。そなたに秘密にする必要もあるまいて」
「なるほど、そういう事でしたか。お心遣い感謝します」

それから約半時間後、武達は悠陽に案内され高天原へとやってきていた―――
メガフロートの名称自体は聞いていた事があった武であったが、到着してみて改めて思い知らされる。
施設内部は想像以上に巨大で、桁違いの規模を誇っていたのだ。
海上に浮かぶ人工島と呼ばれているが、本当に人工物なのかと思わされるほどに自然も多く、そして海上に設置されているというのに揺れも少ない。
メガフロートの構造は、直方体形状の浮体ブロックを大量に生産し、つなぎ合わせて大型化したのち、固定した杭などに係留したものとなっている。
各ブロックは主に造船所で建設されて建造現場へ曳航され、海洋上にて接合される事から、彼は一種の船の様なものだと考えていたのだ。
その考え方はあながち間違いではないが、メガフロートは最終的には固定されるため、移動することが出来ない点で厳密には船舶とは異なる。

「凄いですね・・・本当に人工施設なんですか?」
「驚くのも無理は無いでしょう。ここはBETAによって住む所を奪われた者達の避難施設も兼ねて開発が再開されたのです。なるべく民に辛い思いをさせぬよう努めてはいるのですが・・・」
「そんな事はありませんぞ殿下。ここに居る者達は、皆殿下の御心を理解している者ばかりです・・・それが証拠に皆が自分に出来る事はないかと率先して強力を申し出てくれているからこそここまで短期間にこの場所が復興できたのですから」
「―――ですが衣食住の全てをまかなえている訳ではありません。民に辛い思いをさせてしまっている事は事実なのですから・・・」

確かに彼女の言うとおり、今の日本は衣食住の全てをまかなえている訳ではない。
いや、一部を除いた世界中の殆どの国がそうだと言っても良いだろう。
特にBETAによって焦土と変えられた地域は、住む所もままならない状態だ。
そこで高天原再開発の際、この土地の一部を避難民の居住区画とする計画が持ち上がったのである。
そしてそれとは別にこの人工島区画では元々進められていた極秘計画が存在していた―――

通称、天照計画(Project Amaterasu・プロジェクトアマテラス)。

オルタネイティヴ第四計画と並行して進められている日本独自の計画で、オリジナルハイヴ攻略ならびにBETA殲滅のほかに、地球の環境再生を目的としている。
メガフロートの地下に食料などの生産用プラント、ならびに汚染された土壌などの再生を行うための施設が建造されており、プラントで生産されているものは合成品が殆どだが、再生施設での実験が成功すれば、再び合成品でない食料の自給自足が行えるようになるだろうと考えられている。
だが解決できない問題はまだまだ山積みであり、それが原因となって避難民に辛い思いをさせていることも事実―――
武はそんな状況とは知らずに先程自分達に振舞われた合成品ではない茶や菓子を喜んで堪能していた自分を責めていた。
難民達の殆どは、食事もままならない状況が続いているというのにもかかわらず、自分達軍に属する者達は衣食住の全てをまかなえているのだ。
その幾分かをまわす事が出来れば、苦しむ難民の多くを救えるかもしれない。
きっと悠陽も同じ様な気持ちなのだろう。
だがそれと同時にこの様な計画ならば、賛同してくれる国々も多く存在のではないかという考えが浮かんでくる。
やはり一番の問題はやはり資金面だ。
それに人的資源なども必要になってくる。
そういった面を考慮して考えるならば諸外国に助けを求めても良いのではないのだろうか?
何故そこまで極秘にする必要があるのかという疑問が浮かんでくる。
それを悠陽に問い質そうとしたのだが、即座にその考えは吹き飛ぶ事となる―――
それはここが単なる避難施設や実験施設ではないからだ。
当初建造されていた高天原は、対BETA用の軍事施設だった。
実験施設や難民収容施設は、悪く言えば元々の計画自体に組み込まれる形となったものに過ぎない。
そして、それらに並行する形でこの施設内では、対BETA用の兵器なども建造されているのである。
極秘に進めている計画である以上、情報の漏洩は極力避けねばならないのだ。
特に米国などにこの施設の本来の姿が見つかってしまえば、それこそこの施設を自国の戦力として取り込むために躍起になる可能性が高い。
元々避難施設や実験施設の建造を提案したのは悠陽で、指定した場所はここではない別の場所だった。
彼女が政府に提案を持ちかけたのは、明星作戦終了後間もない頃。
しかし。当時の日本には新たにその様な施設を用意する余裕も無く、また提供できる土地も直ぐに用意することは不可能に近かったのである。
協議の末、計画が廃案になろうとしていたその時、五摂家に属する崇司(たかつかさ)家の当主が、開発の再開されたこの場所を提示した事で政府もこれを承諾する形となったのだった。

「ですがあの時、崇司殿がこの場を利用する事を提案して下さらなければ全ては水泡に帰していたのです。確かに皆には不自由を掛けていますが、生きてさえいればなんとでもなります・・・」

そう言った紅蓮の表情は重く、そして暗いものだった。
彼とて辛い思いをしているのだろう。

「―――殿下、それに紅蓮閣下、その様な顔をしないで下さい・・・お二人がその様な顔をなさっていては民にも不安を与えてしまいます」
「南部大尉・・・そうですね、そなたの言う通りかもしれません」
「自分に出来る事は少ないかもしれませんが、何か力になれる事は無いでしょうか?」
「自分もです殿下・・・今は国連軍に籍を置いていますが、元は帝国の軍人です。生まれ育ったこの国の惨状をこのままにしておく事は出来ないと考えています」
「・・・ありがとう二人とも、そなた達に多大なる感謝を」

二人に対して頭を下げる悠陽。
その様子から、彼女は本当に二人に感謝しているのだということが見て取れる。

「あ、頭を上げてください殿下!俺達は当たり前の事を言ったまでです。そんなお礼を言われるような事は何も・・・」
「ワシからも礼を言わせてくれ・・・悲しい話、今の帝国内にはそなた達の様に民の事を重んじてくれる者は、ほんの一握りしか居らんのだ・・・何とかせねばならんと考えてはいるのだがな・・・」

確かに彼の言うとおり、今の帝国内・・・特に政府高官達の殆どが行っている政策は、率先して民の事を考えているものだとは言い切れないだろう。
やはりどの国もそういった点では様々な問題を抱えているのだ。
中には民のためと言いながらも自分達の事を優先している者が居るというのも事実。
その様な輩が存在しているからこそ、真摯に民の事を考えている者達が怒りを露にし、行動を起こそうとしてしまうのも仕方のない事なのかも知れない。
しかしその結果、巻き込まれずに済んだ者が命を落としてしまう事になる事は明白。
それを阻止せんがために悠陽達は、難民達を助けようと日々考えを巡らせているのだが、中々想う様に事が進まないのである。

「申し訳ありませんが殿下、そろそろ会議のお時間です。お二人は私めがご案内しますゆえお急ぎ下さい」
「もうそんな時間でしたか・・・二人とも、申し訳ありませんが、私はこれで失礼させていただきます。それでは真耶さん、後は頼みましたよ」
「お任せ下さい」
「では、また後ほど・・・そうそう、白銀に伝えておく事がありました」
「何でしょうか?」
「会議が終わった後、そなたに話しがあります。後で私の部屋まで来て頂けますか?」
「はい」
「終わり次第使いの者を出しますので、それまではゆっくりすると良いでしょう。では・・・」

悠陽と紅蓮の両名は、会議に出席するためにその場を後にする。
それを見送った後、二人は真耶に連れられてコウタ達の下へと向かう事となった。

「申し送れました。帝国斯衛軍大尉・月詠 真耶と申します」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね・・・国連軍横浜基地所属・白銀 武大尉です。こちらは南部 響介大尉です。よろしくお願いします月詠大尉」
「よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「ところで月詠大尉、個人的な質問なんですが、月詠中尉とはご家族か何かですか?」
「真那の事でしょうか?でしたら彼女は私の従姉妹に当たります・・・それが何か?」
「いえ、日頃から月詠中尉にはお世話になっているものですから、ご家族の方ならばお礼をと思いまして」
「そうでしたか・・・」

在り来たりな世辞だが、こういう場合にはこう答えるしかないだろう。
真那の時も思った事だが、この一族はこうも硬い人物ばかりなのかと改めて思い知らされる。
先程の挨拶や真那との関係を答えるにしても彼女は、大して表情も変えず、淡々とした口調で返してくるだけだ。
帝国軍人、なかでも斯衛に所属している者達は、皆この様な人物ばかりなのだろうかと考えると、正直紅蓮からの誘いを断って正解だったかもしれないという気持ちになってくる。

「(剛田のヤツ苦労してるんだろうなぁ・・・)」
「それではご案内しますのでついて来て頂けますか?」
「あ、はい・・・(う~ん・・・月詠中尉とはまた違ったタイプみたいだな。かなり厳しそうな人物っぽいし、黙ってついて行く事にするか・・・)」

それから数分後、彼らは厳重に警備された扉を何度も潜り、目的地である部屋へと案内される事となった。
部屋の中に入ると、コウタやショウコ、それにマサキ達が彼らの到着を待ちわびていた様子が見て取れる。
ちなみに真耶は、武達を部屋に案内し終えると、仕事があるという理由でその場を後にしていた。
簡単な挨拶が行われ、武とキョウスケは、全員の無事を確認すると用意されていた椅子へと腰を下ろし談笑を始める。

「ところでコウタ、それにマサキも・・・なんで斯衛の軍服なんか着てるんだ?」
「悠陽さんや紅蓮のオッサンの計らいでな。俺達の存在は何かと面倒ごとが多いからって、事情を知らない奴等に怪しまれねぇようにするための処置なんだとさ」
「もうお兄ちゃん!!悠陽殿下と紅蓮閣下でしょ!?」
「別に良いじゃねぇかよ。俺達はこの世界の人間じゃねえんだし・・・」
「コウタの言うとおりだな。別に本人達もそれで構わないって言ってるんだし良いじゃねえか」
「でも・・・」
『まったく・・・お前達は目上の人間を敬うという事を知らないのか?』
「うるせえよロア」
「ところでコウタ、そっちの女の子が前に言ってた妹さんか?」
「あ、ハイ。ショウコ・アズマです・・・え~っと・・・白銀 武さんでしたよね?」
「あれ?俺達って初対面だよな?」
「お兄ちゃんやマサキさん達に聞いてたんですよ」
「そうか・・・ところで怪我の方はもう大丈夫なのかい?」
「おかげさまでもう大丈夫です」

それから暫くして、今後のための話し合いが行われ、意見が纏まった時点でコウタ達アズマ兄妹は準備のためにと部屋を後にする。
キョウスケとマサキは何やら話があると言う事だったので、武はその間に自分の用件を済ます事にし、その旨を伝えた上で彼もまた部屋を後にしていた―――


・・・高天原工廠ブロック・・・

武は一人高天原工廠ブロックへと足を運んでいた。
その理由は、元上官である帝国陸軍中佐・巌谷 榮二に会うためである。

「ご無沙汰してます巌谷中佐」
「おお、白銀じゃないか・・・何時帝都に戻ってきたんだ?」
「殿下に謁見するために今朝到着した所です。工廠の方に問い合わせたら、中佐はこちらだと窺ったのでご挨拶をと思ったんですよ」
「そうか、元気そうで何よりだ」
「中佐の方こそ御変わり無さそうで・・・そういえばアラスカの篁中尉は元気ですか?」
「ああ、色々と問題も多いようだがな」
「でも篁中尉なら大丈夫でしょう。あの人なら問題は無いと踏んだから中佐も彼女を推薦したんでしょう?」
「まあな・・・ところで白銀、時間の方は大丈夫か?」
「ええ、この後、殿下に呼ばれているんですが、会議が長引いているようなんで問題はありませんよ」
「そうか・・・丁度いい機会だ。貴様に面白い物を見せてやろう」
「面白いもの・・・ですか?」
「ああ、現在開発中の新型機でな。詳しい事は向こうで話すとしよう」
「解りました」

武は巌谷に案内され、工廠ブロックの奥深くにある第七ハンガーへと足を運ぶ事になった。
薄気味悪いほどの静寂に包まれた第七ハンガーでは、一機の戦術機が調整を受けていたのだが―――

「こ、この機体は!?」
「お前も聞いた事ぐらいはあるだろう?試作型第三世代型戦術機・武御那神斬(たけみなかた)だよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!?確かあの機体は、武御雷の姉妹機として建造されてたけど実験中の事故が原因で施設もろとも吹き飛んだって聞いてますよ?」
『ああ、そうだよ・・・あの横浜の牝狐のせいでな!!』

声のした方へと振り返ると、そこには見慣れぬ一人の衛士が強化装備をまとった状態でこちらを見ていた。
いや、見ているなどというほど生易しいものではない―――
睨む・・・とまではいかないものの、その目は鋭い眼光を発し、なにやら殺気に近いものを感じさせる。

「白波中尉・・・客人の前だぞ!?」
「申し訳ありません中佐・・・ですが、本当の事を言ったまでです」

初対面の人間を前にしての物言いだとは思えない彼の発言に少々戸惑う武。

「巌谷中佐、彼は?」
「白波 耕平中尉だ。今俺が受け持っているプロジェクトの開発衛士を担当してもらっている。いわばお前の後任だな」
「なるほど・・・始めまして、極東方面軍国連横浜基地所属・白銀 武特務大尉です」
「・・・」
「どうした白波!?挨拶をせんか!!」
「・・・帝国斯衛軍中尉・白波 耕平です。すみませんが、自分は仕事が残っていますのでこれで失礼させていただきます」

そう言うと彼は、敬礼も程々にその場を後にしていた。

「・・・なんか俺不味い事言いましたかね?」
「いや、お前さんは悪くはないよ・・・値は良い奴なんだが、時折帝国内の施設に国連軍の人間が居るとああいう態度を取っちまうんだよ」
「国連軍嫌いってヤツですか?」
「嫌いと言うよりは、むしろ憎んでいると言った方が良いかも知れんな・・・奴の両親は元帝国軍人でな、今の貴様のように国連へ出向した際に起こった事故で死んじまったんだよ・・・お前も知ってる武御那神斬の機動実験でな」
「―――そうだったんですか・・・でも、さっきの口調からすると、国連を憎んでいるって言うより、夕呼せ・・・香月副司令をって感じがしたんですが」
「ああ・・・あまり公になってはいないが、武御那神斬開発計画には彼女も参加していてな。その際の生存者は彼女一人だと聞いている」
「まさか、彼は副司令令が事故を仕組んだと考えているんですか?」
「それは解らん・・・ただ、事故の一報を聞いた二人が、事故現場でなにやら一悶着あったらしいという事位しか解らんのだよ」
「なるほど・・・(どうせ先生の事だ、彼をいたずらに刺激するような事でも言っちまったんだろうな・・・)・・・中佐」
「どうした?」
「ちょっと彼と話してきますよ。なんか俺まで誤解されたままってのは居心地が悪いですしね」
「そうか・・・だが、気をつけろよ?」
「解ってますって」
「多分、この先のB-32区画に居る筈だ。基本的にうちのスタッフ以外は立ち入り禁止だが、お前なら構わんだろう。話を通しておいてやるから見学がてら行って来い」
「ありがとうございます」


・・・B-32区画・・・

ここは現在巌谷が引き受けているプロジェクト専用に用意された場所だ。
通称、天岩戸と呼ばれるこの区画は、他のどの場所よりも厳重に警備が施されており、すれ違う兵士や整備班の人間は、その殆どが武の事を警戒している様子が見て取れる。
そんな中彼は、あまり長居は出来ないと判断したのか、急いで耕平を探す事にした。
幸いな事に強化装備姿の衛士は殆ど見られず、彼を発見するのに然程時間は要さなかったのは運が良かったからだろう。
早速彼の元へと向かい、話しかける武―――

「白波中尉」
「・・・何ですか白銀大尉?自分は今仕事中なんですが・・・」

明らかに不機嫌そうな表情を浮かべながら答える耕平。
だが、武も引くつもりは毛頭無い。

「仕事を続けながらで構わないよ。ちょっと機体の見学をさせてもらおうと思ってね」
「部外者は立ち入りを禁じられている筈ですが?」
「巌谷中佐から許可は貰ってるよ。それに俺は元々この開発部隊の衛士なんだぜ?」
「なるほど・・・でも、今は国連軍の衛士なんでしょう?」
「ああ、副司令の下で新型機開発の手伝いをしているよ」
「確か不知火改型・・・でしたね」
「良く知ってるな」
「データを見せて貰いましたから・・・ですが、俺の刃皇には到底及ばない機体ですね」

その物言いに多少の怒りを覚えた武だったが、なんとかそれをこらえる事に成功し、会話を続けることにする。

「刃皇って言うのかこの機体・・・武御雷と同じ近接戦闘を主眼に置いた機体に見えるけど、やっぱり接近戦用の機体なのか?」
「詳しくは話せませんが、武御雷をベースに新規概念で開発されたパーツを組み込んだ機体ですよ」
「へぇ~・・・開発コンセプトは改型とよく似てるんだな」
「あんな紛い物と一緒にしないで貰いたいですね・・・」

事ある毎に何かと突っ掛かる様な物言いで切り替えす耕平。
流石の武もそろそろ限界が近いようだ。

「どういう事だ?」
「・・・開発衛士を努めている割には何も知らされていないんですね・・・あの機体は試作型武御雷の余剰パーツを組み込む事で性能の底上げを図ると同時に、今後の機体開発のためのテストベッドなんですよ。いわば武御雷の劣化品といった所ですね」
「劣化品とは言ってくれるな中尉・・・」
「本当の事でしょう?性能にバラつきが出ているのが何よりの証拠じゃないですか・・・いくらリミッターを掛けて安定化を図ったところで武御雷の性能を超えることは不可能ですよ。所詮は横浜の牝狐の浅知恵・・・いや、悪あがきかな?」
「・・・」

何故初対面の人間にここまで言われなければならないのだろうか?
確かにこの男は夕呼に対してかなりの恨みを持っている様だというのはこの会話からも解る。
そして、彼女と関わりのある人間に対してもという事も―――

「もう宜しいですか?」
「ああ、すまない。時間を取らせちまったな」
「別に構いませんよ・・・」
「中尉・・・一つだけ言っておく。君と副司令の間に何があったのかは知らないが、言いたい事があるなら自分で彼女に伝えるんだな。言いたい事も言わずに陰でコソコソとそんな事ばかりやっていては事態は何も好転しないぞ?・・・それじゃあな」

これ以上ここに居ても事態は好転しないと踏んだ武は、誤解を解くどころかますます険悪なムードになってしまった事に後悔しつつその場を後にする。
その後、巌谷の下へと戻った彼は、機体の受領のための打ち合わせを行っていたのだが、そこで思わぬ問題に直面する事になった。
本来ならば6機の吹雪を受領する予定だったのだが、ブリット達C小隊の面々の機体と教導用の機体、合計で13機の機体が必要となっていたのだ。
しかし、現状で用意できる吹雪は10機が限界だったのである。
いくら練習用の機体とはいえ、他の訓練校が併設されている基地でも必要となっているほか、一部の部隊では実戦用に主機を換装した機体も配備されているため、訓練兵用に回せる機体には限りがあるのだ。
更に言うならば、夕呼が指定してきたのはなるべく新造機を回して欲しいとの打診であったため、既に配備されている機体を回すわけにも行かず、この様な状況となっていたのだった。
そこで急遽、テスト用の機体として保管されていた試作型の第三世代戦術機・烈火に白羽の矢が立ったのである。
元々この機体は吹雪の兄弟機として設計されており、部品共有度も高いため吹雪と同じ主機に換装する事でほぼ同性能の機体として扱えるのではないかと言う意見が上がった事からこの機体を横浜に提供する事になったのだった。

「流石にこちら側も無理を言い過ぎましたからね・・・」
「貴様が使っていた壱号機と予備機として保管されていた参号機のコックピットブロックの換装を行わせた。これで壱号機を教導用の機体に回せば問題はないだろうと考えているんだが」

過去に武がテストを行っていた壱号機と違い、弐号機、参号機は予備機として扱われていたため、殆ど新品同様の機体だった。
そういった経緯から、コックピットブロックの換装を行う事で一応の処置を取ったのである。

「そうですね。訓練兵用の機体として新造機を回せという副司令からの話には一応の筋は通せてると思います。不足分の機体の埋め合わせの件や教導用の機体に関する事は俺の方で何とかしてみますよ。色々とご無理を行って申し訳ありませんでした中佐」
「すまんな・・・本来なら俺の方から香月副司令に直接言うべき事なんだが、幾分かやりやすくなるよ」
「ですが、あまり期待はしないで下さいね・・・どちらかというと難癖付けられる可能性の方が高いですから」

自分で何とかすると言ったものの、相手はあの夕呼である。
一応期待はするなと釘をさす武の表情が苦笑い交じりだった事もあり、巌谷はもし不都合があるのならば交換条件として機体の方を好きに使ってもらって構わないと言う条件を提示してくれと付け加えてくれたのだった。
これだけ下手に出れば夕呼も納得するだろうと考えていた巌谷であったが、相手はあの横浜の牝狐とまで言われる人物だ。
念の為に何とかして不足分の機体を調達する手筈を裏で整えていたというのは言うまでもない。


色々と話し込んでいるうちに会議も終了したようで、武は急ぎ悠陽の下へと向かう事にした。
暫くして部屋へと通される事となったのだが、悠陽の表情は先程までとはうって変わって疲れているといった様子が見て取れる。

「大分御疲れのようですが大丈夫ですか殿下?」
「ええ・・・少し疲れているだけなので大丈夫ですよ」
「それで、お話と言うのは?」
「そなたに折り入って頼みがあります―――」

悠陽の頼みとあらば断る理由も見つからない・・・これが武の率直な気持ちである。
彼女から頼まれたのは、今後起こりうる事態をなんとしても阻止したいという事だった。
それは12.5事件に関する事である。
本日行われていた議題は、近頃天元山付近での火山性地震が活発となっており、現地住民の救助活動をどうするかといった内容だった。
前回の世界では、被害を最小限に食い止めるために住民を強制退去させた事が引き金となり、クーデターが発生してしまった。
これを阻止するためには、強制退去という形を取らずに住民達を避難させねばならない。
しかし、現在の帝国軍には彼らの救助に回せるだけの余力も無く、また何時BETAが攻めてくるかも分からぬ状況で防衛線を空ける事も難しいといった結論に達してしまう。
そこで彼女は、自らが赴いて彼らの説得に当たると言い出したのだが、将軍自らがその様なことをしては下々の者に対して示しが付かないなどと言った理由から、話は平行線のまま先へ進むことなく現在に至っているというわけである。
流石の彼女も自分の権限を最大限に利用して強攻策を進めるわけにも行かず、何か良い案はないかと考えた結果、横浜基地に助けを求める事は出来ないかと考えたのだった。

「なるほど・・・殿下のお気持ちは十分に理解させて頂きました。自分の方からも香月副司令に頼んでみます」
「ですが、上手く行くでしょうか・・・確か前回の世界でも彼女に打診したものの断られたと記憶していますが・・・」
「自分に良い考えがあります。現在、横浜基地所属の訓練部隊がようやく戦術機教程へと駒を進めました。訓練の一環と言う事で対応させてみようかと思います」
「可能なのですか?」
「自分は彼女達の教官も勤めている事から訓練カリキュラムに関しての変更も可能です。それに第四計画遂行のためには、彼女達の練度が高くなるに越した事はありません。確かに危険も伴いますが、自分も救助活動に参加するつもりですし問題はないでしょう・・・いざとなったら自分だけでも住民達の説得に行きますよ」
「解りました・・・一応私の方でも今一度良い策は無いかと協議してみるつもりです。頼みましたよ白銀」
「はい」

暫くの間、部屋の中を沈黙が支配していた―――
これで話は終わりなのだろうかと考えた武であったが、悠陽はまだ何か言いたそうな素振りを見せている。
しかし、こちらから何かあるのかと尋ねる事は無礼に値すると考えた彼は、彼女が口開くのを待つ事にした。
そして―――

「白銀・・・実はそなたをここに呼んだのにはもう一つ理由があるのです」
「・・・なんでしょうか?」

そう口にした彼女の表情は、何処と無く重い雰囲気を醸し出している。
まるで、自分がこの様な事を口にして良いものなのかと言わんばかりの表情だ。

「鑑 純夏の事です・・・そなたは彼女のした事を今でも怒っていますか?」
「な、何故そんな事を聞くんです?」
「質問しているのは私です・・・正直にお答えなさい」
「―――怒ってはいません。むしろ感謝していますよ・・・純夏のおかげで俺は何の為に衛士としての道を選んだのかを再確認させられました。そして再びアイツに会いたいという想いも・・・」
「そうですか・・・」
「純夏を失ったと気付いて始めて解った事があります・・・しょうがないぐらいあわて者で、うるさくて乱暴なヤツでした。ずーっと隣に居て・・・それが当たり前だったヤツが居ないのはやっぱり寂しい。ガキの頃からずっと一緒で・・・最初の遊び相手で・・・最初のケンカ相手で・・・色々と思い出しますよ。一度思い出してしまうと改めて思い知らされますね・・・まるで自分の心が半分になったみたいに感じさせられてます・・・」
「それが・・・そなたの本心なのですね?」
「・・・はい」
「そなたの気持ちはよく解りました・・・この様な不仕付けな質問をして、本当に申し訳ないと思います」
「いえ・・・そんな事はありませんよ殿下」
「謝らねばならぬのは私の方です。そなたを試す様な事をしてしまった事・・・本当に御免なさい」
『殿下は悪くありません・・・悪いのは全部私なんです』
「・・・純夏!?い、いつから聞いていたんだ!?」

この部屋に居るのは自分と悠陽の二人だけだと思っていた武は、動揺を隠せないでいる。

「ゴメンねタケルちゃん・・・」
「白銀、彼女を責めないであげて下さい・・・彼女をここに呼んだのは私なのです」
「・・・どういう事ですか殿下!?」
「私が悪いの・・・私はあの一件以来、ずっとタケルちゃんに会わす顔が無いって思ってた・・・殿下はそれを心配してくれてたんだよ」
「会わす顔が無いってなんだよ・・・まだそんな事気にしてたのか!?」
「だって・・・」
「だってじゃねえよバカヤロウ!!」
「ッ!?・・・タ、タケルちゃん!?」
「お前は悪くねえよ・・・むしろ悪いのは俺の方だ・・・ゴメンな純夏・・・本当にゴメン・・・」

武はそれ以上何もいわず純夏を強く抱きしめていた。

「・・・止めてよタケルちゃん!!私にはそんな事を言って貰える資格なんて無いの・・・だから、お願い・・・」
「・・・」
「お願いだからこれ以上私に優しくしないでよっ!!もうこれ以上イヤなんだよぉ・・・」

勢いよく武を突き飛ばす純夏。
あまりの勢いにその場に倒れそうになる武だったが、何とかバランスを取り再び彼女に向き合う。

「いいから黙って俺の話を聞け!!」
「イヤだ、聞きたくない!」
「だったらその涙は何なんだよ?本当にイヤだから泣いてるのか?」
「うっ、うぅ・・・ち、違うよ。でもダメなの・・・」
「俺は怒ってないし、お前の事を嫌ってもいない・・・お前がこうやって無事でいてくれて、そして再び俺に会ってくれた事が嬉しいんだよ・・・だから、そんな事言わないでくれ・・・頼むから」
「タ、タケルちゃん・・・私だってタケルちゃんの傍に居たい・・・でも駄目なんだよ・・・私は自分自身が許せないの・・・いくらああするしか他に方法が無かったからって、タケルちゃんにあんなに苦しい想いをさせて・・・」
「あれはお前が直接やった事じゃないじゃないか・・・」
「確かにあの事は私が直接やった事じゃない・・・でも、私がやった事に変わりはないもの・・・」
「・・・でも、お前達二人が俺の事を想ってやってくれたんだろ?」
「そうだけど・・・でもダメなんだよ!!・・・あの子は私に全てを託して逝った。それなのに私だけが幸せになるなんて許されない!!」

純夏は自責の念に囚われている・・・それが武の率直な意見だった。
だが、武もここで引き下がるわけには行かない―――
ここで引き下がってしまえば、今度こそ本当に彼女は自分の前から姿を消してしまうに違いないだろう。
昔から彼女は頑固な一面を持っていた。
幼馴染であり、永く共に過ごしてきた自分の半身ともいえる存在である彼女を失いたくはない―――
これが彼の本心なのだから―――

「誰がそんな事決めたんだよ!?お前が何と言おうと俺はそんな事認めねぇ!!お願いだ純夏・・・もう何処へも行かないでくれ。俺にはお前が必要なんだよ」
「タケルちゃん・・・?」
「お前が生きてるって分かった時、本当に俺は嬉しかった・・・その時解ったんだよ。俺にはお前が必要なんだって・・・さっきの話聞いてたんだろ?あれが嘘偽り無い俺の本心なんだ・・・それにもうこれ以上自分を責めないでくれ。そんなことアイツだって望んじゃいない筈だ」
「で、でも・・・」
「アイツは後の事を全部お前に託して逝ったんだろ?それは自分の分もお前に幸せになって欲しかったからじゃ無いのか!?」
「・・・」
「アイツは違う世界の存在とはいえ、お前自身だ・・・だからアイツの考えていることは俺にだってよく解る」
「タケルちゃんには解らないよ」
「・・・解るさ・・・白銀 武と鑑 純夏は、何処の世界でも幼馴染でずっと一緒だったんだからな・・・そして、これからもずっと一緒だ・・・そうだろ、純夏?」
「タケル・・・ちゃん・・・ぅうわあああああん・・・」

武の胸に飛び込む純夏―――

「私も・・・私もずっとタケルちゃんと一緒に居たい!!私だってタケルちゃんと同じ気持ちだもん。私はタケルちゃんと居て、タケルちゃんとの思い出がって、はじめて私なんだから・・・」
「・・・俺もだよ純夏」
「・・・うわあああああん・・・」

純夏の目からは大粒の涙が止め処なく流れ続けている。
彼女は武が自分を必要としてくれた事が本当に嬉しいのだ。
最後の最後までこれだけは望んではいけないと考えていた彼女だったが、武の『これからもずっと一緒だ』と言う一言が引き金となり、ずっと胸に秘めていた想いが爆発するような形で表に出てきたのだろう。

「泣くなよ純夏・・・な?」
「だって・・・嬉しいんだよぉ・・・」
「そうですわ純夏さん。ほら、これで顔をお拭きになって下さい」
「あ、ありがとうございます・・・」
「雨降って地固まる・・・ですわね」
「で、殿下!?」

この場に悠陽が居た事などすっかり忘れて自分達の世界に入っていた二人―――

「何を驚いているのです?初めから私が居ると分かっていながらそうしていたのでしょう?」
「うっ・・・そ、それは・・・」
「何はともあれ、これで万事解決ですね・・・本当に良かった」
「・・・あ、ありがとうございます殿下」
「礼には及びませんよ純夏さん。貴女は私の大事な友人なのですから」
「・・・その割には何だか残念そうな顔してませんか?」
「オホホホ・・・それは気のせいですわ」

悠陽が何を考えていたのかは御想像にお任せするとして、武と純夏の事は全て上手く行ったようだ。
全てが丸く収まり、ずっと悩み続けていた純夏の事が片付いたことで、武は改めて自分の決意を再確認していた。
自分にしか出来ない事を実現するために―――


「殿下、本当にありがとうございました」
「たいした事ではありません・・・そなたも、そして純夏さんも私の大切な友人なのですから」
「ありがとう・・・悠陽さん」
「・・・久しぶりに名前で呼んでくれましたね武殿。出来れば今後もそうして頂きたいのですが・・・っ!?」
「な、何だ!?」

先程まで静寂に包まれていた空間を切り裂くようにして突如として警報が鳴り響く―――

「解りません・・・ですが、これは・・・」
「わ、私が司令室に問い合わせてみます・・・」

純夏がインカムを手にした次の瞬間、施設全域に向けて通信が開かれる。

『現在、当施設に向け所属不明の部隊が接近中。防衛部隊は即時に所定の位置にて待機せよ。繰り返す・・・』
「敵襲なのか?・・・まさかBETAが!?」
「そんな筈は無いよ!だってBETAだったら部隊だなんて言う筈がないよ!!」
「落ち着きなさい二人とも・・・急ぎ司令室へと赴き、状況を確認する事が先決です」
「は、はいっ!!」

急いで部屋を後にし、司令室へと向かう武達―――

未だ鳴り止まぬ警報。
そして慌しくなり始める高天原。
果たして、接近する所属不明の部隊とは何者なのか?
予想だにしない出来事に対し、高天原は緊張に包まれる事となるのだった―――




あとがき

第41話です。

今回から暫く帝都編です。
三部構成ぐらいで完結させようと考えていますが、どうなるかは私の文才次第と言ったところでしょうか・・・^^;

今回登場した白波耕平と刃皇ですが、これは私の作品の外伝小説を執筆されている絶対零度(レイオス)氏の作品に登場予定のキャラクターと戦術機です。
彼の詳細な設定は伏せさせていただきますが、武御那神斬建造の際に起こった事故で両親を亡くし、その原因が夕呼にあると考えているために彼女や彼女に係わりのある人物を恨んでいるという設定だそうです。
ですから、この様な感じで登場させて見ました。
ちなみに、登場に関しては許可を頂いています。

さて、序盤に登場した高天原は私オリジナルの設定で、東京湾上に建造されている人工島区画です。
ここでは作中でも書かれている通り、対BETA用の兵器などが建造されている他、難民収容施設や地球環境再生プロジェクトなども行われているという設定です。
ちなみに、この高天原にはまだ隠された設定が存在していますが、それは今後のお楽しみと言う事でご了承下さい。

天照計画の詳細も後々明らかにさせていただく予定ですが、まず最初の引き出しとして、同計画で開発中の機体としてオリジナルの戦術機・武御那神斬を登場させました。
ロボ図鑑の方に詳細をアップさせて頂きますので、そちらの方を参考にして頂ければと思います。

後半部分ですが、ぶっちゃけると書いてて何だか凄く恥ずかしくなってきました。
何書いてんだろ俺・・・と言う気分になったのもそうですし、もう少し上手く書ければなぁ・・・と思ったりもしました(苦笑)
こういう男女間のネタって本当に難しいですよねTT
と言うか、これで実質的に武ちゃん純夏ルート確定?ってな事になってしまってるような気がしないでも無いですが、今後どうなる事やら・・・という事にさせて頂くとしましょう(笑)

次回は帝都編の中編?の予定ですので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしております^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第42話 武神の産声
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/06/10 23:09
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第42話 武神の産声




「現状は一体どうなっているのです!?」

司令室へと赴いた悠陽は、現状を確認すべく声を張り上げていた。
普段の冷静な彼女からは到底想像の付かない様子に驚く者も居たが、時は一刻を争う事態である以上、そのような事を一々考えていられるはずも無い。

「先程から当施設へと接近中の部隊に向けて、オープンチャンネルで呼びかけていますが反応がありません」
「呼びかけを続けるのです。それから避難民のシェルター収容状況はどうか?」
「現在、およそ6割といった所です」
「急がせなさい!何があろうと民の安全を最優先にするのです!!」
「ハッ!」

悠陽からの問いに答えた紅蓮は、即座に指示を出し、それを受けたオペレーターが次々と関係各所へと連絡を行っていた。

「これだけの規模の敵部隊、何故ここまで接近を許したのです?」
「海面スレスレを匍匐飛行で接近してきたようなのだ・・・それ以外にも強力なジャミングを仕掛けることでこちらの探知を遅らせるといった方法まで用いておる」
「部隊の展開状況はどうなっているんですか?」
「先程、我が斯衛軍第一大隊の戦術機中隊、および支援砲撃用の戦車部隊が沿岸部への展開を終了した所だ」
「(なるほど・・・相手が洋上から攻めて来ている以上、遠距離からの砲撃で数を減らした後に戦術機で確固撃破するつもりか・・・だが、相手は小回りの効く戦術機だ、支援砲撃は当てにならんと考えた方が無難だろうな)」

現状確認を行うため、マサキと別れたキョウスケは、武や悠陽達よりも先に司令室へと到着していた。
本来ならば部外者である彼が、この場に入室出来るはずも無い。
しかし、状況が状況なだけに違った視点から物事を捉えることの出来る人物が必要だと判断した紅蓮によって入室を許可されたのであった。
レーダーに確認されている機影は、今もなお増え続けている。
その数およそ30機前後―――
該当機首の照合を急がせてはいるが、難航しているのが現状だ。

「この状況、貴公ならどう見る南部大尉?」
「・・・敵の目的がハッキリしていない以上、迂闊な事は言えませんが・・・状況から察するに当施設の占拠が目的ではないかと考えます」
「やはりそう考えるか・・・」
「表向きはここが難民施設となっている以上、敵がここを占拠するメリットがありません・・・食糧生産プラントや研究施設の占領を目的としているにしても、明らかに迂闊すぎる行動です。仮に占拠が成功し、篭城を行う事が可能となったとしても奪還されるのは時間の問題でしょう・・・ですが、敵の目的が別のものだとすれば辻褄が合うかもしれません」
「それは天照計画の研究成果という事か?」
「それもありますが、この場にはそれ以上に興味を引く物が存在しています・・・ただし、情報が洩れていたという事を仮定してですが・・・」
「なるほど、吾妻や安藤の機体・・・敵はそれを狙っている可能性が高いということか・・・」
「おそらくは・・・(だが、このタイミングで仕掛けてくるのはおかしい・・・仕掛けるならばもっと警備の薄い時を狙う事も出来た筈だ・・・まさかとは思うが、な・・・)」

幸いな事と言っては不謹慎に当たるかも知れないが、この日高天原には通常よりも多くの部隊が駐留していた。
それは日本帝国を統べる者、すなわち煌武院 悠陽の視察が行われるためである。
キョウスケが言った様に、敵の目的がカイザーやサイバスターであるとすれば、この様な時を狙ってくるはずは無いだろう。
厳重な警戒網が敷かれている中、襲撃を行うなど自殺行為もいいところと言っても過言では無いのだ。
それにそういった物が狙いだと言うのなら、同じ様な機体が存在する横浜基地の方が狙われる確立が高い。
特機やPTの奪取が目的なのならば、この世界に存在するそれら全てがターゲットになり得る筈なのだ。
にも拘らず、敵が襲撃を仕掛けてきているのはこの高天原のみ―――
そうまでしてこの場に狙いを定めるという事は、それ以外に目的があるのではないかと考えたのだった。
そんな矢先、ついに敵が警告を無視してこちらを攻撃し始める。

「クッ、不本意だが止むを得ん・・・前線部隊に敵の迎撃を行うよう指示を出せ!何としても敵を水際で食い止めるのだ!!」
「了解!!」

戦闘の火蓋が切って落とされる―――
だが、こちらはあくまで防衛行動に徹さねばならない。
何故ならこの場には多くの避難民が生活しているのだ。
彼らの避難が完了する前に下手に打って出てしまえば、その隙を突いて一気に敵が懐に侵入してしまう可能性が高い。
もしその様な事態になってしまった場合、敵は間違いなく難民達を人質に取り、こちらの武装解除を勧告してくるだろう。
そうなってしまえば完全に後の祭り・・・瞬く間に施設は占領され、全てが水泡に帰してしまうに違いない。

「所属不明部隊の機種、特定できました・・・モニターに出します!!」
「F-15E(ストライク・イーグル)、F-16C(ファイティング・ファルコン)、それに露軍のSu-27SM(ジュラーブリク)だと!?」
「(国連軍でも使用されている機体か・・・在り来たりなカモフラージュで誤魔化してはいるが、恐らく敵はシャドウミラーの残党だろうな・・・)閣下、ステルス機能搭載の伏兵が存在する可能性があると考えます・・・警戒が手薄な地点をっ!?」

突如として爆発音が響いたと同時に、暗闇に閉ざされる司令室。

「停電だと!?直ぐに予備電源に切り替えるのだ!!」
「は、はいっ!・・・B-12ブロックに敵影1、単機での特攻と思われます!!」
「遅かったか・・・」
「どういう事だ南部大尉!?」
「先日、調査任務に訪れた施設における戦闘で、光学迷彩機能を搭載した機体と遭遇しました。現存のレーダーといった類の物では探知する事は困難であったため、伏兵の可能性を考えたのですが・・・どうやら遅かったようです」
「鎧衣の報告にあった機体か・・・被害状況はどうなっておる?」
「施設への送電システムが敵の攻撃によって損傷、なお敵機はその後、友軍機の攻撃によって撃破されたようです」

何故敵が自分の所在を明らかにしてまで攻撃を行ったのかは解らないが、こちらにしてみれば運が良かったと言える。
姿が見えれば接近する事でこちら側のレーダーでも目標を捉えることは可能なのだ。
もしも敵が隠れたまま攻撃を続けていれば、こちらの損害は更に酷いものになっていただろう。

「援軍はどうなっている?」
「少々お待ち下さい・・・閣下、緊急事態です!!」
「何事だ!?」
「現在、援軍を要請していた帝都周辺の駐留部隊が、謎の戦術機群に襲撃を受けているとのことです」
「クッ、こんな時に・・・」

敵の襲撃をキャッチした直後、紅蓮は近隣に展開中の部隊に向けて援軍を要請するよう指示を出していた。
しかし、それらもまた襲撃を受けているということは、帝都防衛を優先させるだろう。
完全に高天原は孤立無援の状況に追い込まれてしまったという事になる。

「(クソッ!こんな事になるんなら自分の機体を持ってくるべきだったぜ・・・)」

この様な状況で、自分一人が出て行ったからといって事態が変わるわけではない。
いくら武の改型が優れた機体だとはいえ、単機で戦況を覆す事ができるほどの物ではないのだ。
先程から武は、皆が危険に晒されているこの状況下において、何も出来ない事に歯痒さを感じていた。
そんな彼の心情に気付いたのだろうか、傍に居た純夏がそっと彼に視線を投げかける―――

「タケルちゃん、ここは皆を信じて待つしか無いよ・・・」
「解ってる・・・そんな事は解ってるんだ・・・でも・・・」
「白銀、鑑少尉の言うとおりです。私も出来る事ならば戦場に赴き、皆と一緒に戦いたい・・・ですが、それが出来ない以上、ここは皆を信じて待つしかありません」
「・・・はい」

悠陽も自分と同じ気持ちなのだろう。
恐らくこの場で一番苦しい思いをしているのは彼女だ。
そんな中、突如として通信が開かれる―――

『おい、紅蓮のオッサン!俺達にも出撃許可をくれ・・・俺達とマサキが出て一気に敵をやっつけてやるよ!!』
「良いのか?」
『良いも悪いもあるかよ!色々と世話になったんだ、こういう時に恩を返さねえでいつ返すんだよ!!』

それぞれの機体から通信を送っている二人は、既に準備を整えている。
普段の彼らなら態々許可を得ずに飛び出しているところだろう。
だが、自分達は悠陽や紅蓮に世話になっている以上、勝手な事をすれば二人に迷惑が掛かる。
基本的に恩を仇で返すような事を嫌う二人は、先ず許可を得てから出撃しようと考えたのだった。

「スマンな二人とも・・・オペレーター、彼らの出撃準備に掛かれ!」
「了解しました・・・駄目です!先程の停電が原因で中央部大型ゲートの開放ができません!!」
「なんだと!?」
『だったらこっちで無理やり破壊してでも出る!』
「落ち着け吾妻、この施設はメガフロート構造だ。下手に衝撃を与えては、損傷した区画から崩壊する恐れがある」
『っ!!何か他に方法はねえのかよ!?』
「・・・」
『オッサン、俺のサイバスターやショウコのGサンダーゲートは戦術機ってヤツと大して変わらねえ大きさだ。そっちのゲートは使えねえのかよ!?』
「オペレーター、一番近い戦術機用のゲートは何処だ?」
「第3ゲートです」
「よし、二人の機体を急いで第3ゲートへと誘導しろ!吾妻はもう暫く耐えてくれ・・・」
『・・・解った。でも急いでくれよ?江戸っ子は気が短いんだからなっ!!』

即座にゲートへの誘導が開始される。
しかし、出撃にはもう少々時間が掛かるだろう。
こうしている間にも敵の攻撃は止む事は無い。
むしろ先程から激しさを増しているようにも感じられる。
恐らく敵側の方に増援が現れているのだろう。
このままこちら側の増援が見込めないのであれば、時間と共にこちら側は不利になる一方だ。
何か他に打つ手はないかと考える紅蓮であったが、そう簡単に良い手が見つかるわけも無い。
だが彼は、不安や恐れ等といったものを微塵も感じさせる事無く部下達に激を飛ばす。

「良いか皆の者!今しばらくの辛抱だ。敵がどれだけ多くとも、先に心が折れてしまっては戦えん!!必ず援軍が来ると信じて守りに徹せよ!!殿下も見ておられるのだ・・・期待に沿えるだけの働きを見せよっ!!」

皆が彼の激励により、折れかけていた闘争心を取り戻す。
そんな時だった―――

『失礼致します』

突如として司令室の扉が開かれたかと思うと、一人の男が入室してくる。
その風貌は老齢であり、後ろに二人の直衛を連れていることから、いかにも軍の上級将校といった感じだろうか?
そのまま何も言わずに部屋へと入ってくると言うことは、余程の権限を持った人物なのだろうという事が窺える。

「崇宰大将・・・何用かね?」
「そう邪険にあしらわなくても良いではありませんか紅蓮大将・・・貴殿に秘策を授けに来たのですよ」
「秘策だと?」

先程からこちらに向けて笑顔を振りまいているものの、彼の目は笑ってはいない―――

「援軍も期待できず、敵の目的も不明・・・現在この場にある手札のみで状況を打開せねばならぬというのなら、出せる機体は全て出すべきだという事ですよ」
「その様な事、貴公に言われんでもやっておる。待機中の機体は全て出撃の準備をさせているところだ」

皮肉めいた物言いをする崇宰に対し、紅蓮はあえてそれを無視するようにして言い返す。

「なるほど・・・それにしては武御那神斬の発進準備が行われていないようですが?」
「っ!?・・・あの機体は天照計画の試作機だ。現状でおいそれと戦場に出すわけには行かん」
「何を悠長な事を言っているのです。この様な状況において機体を遊ばせて置けるような場合では無いでしょう?」
「しかし、肝心の衛士がいないのだ・・・」
「貴殿の目は節穴かね紅蓮大将・・・ここにいるではありませんか」

そう言って武の方に目をやる崇宰。

「気は確かかね!?彼は国連軍の衛士、しかも今は客人としてこの場に居るのだぞ!?」
「彼は元々帝国軍の衛士の筈・・・しかも、貴殿が斯衛の衛士として欲したほどの人物ではないか」
「しかし・・・」
「白銀大尉は、先の新潟での戦においても一騎当千の活躍を見せたほどの衛士・・・武御那神斬の衛士としては十分すぎる逸材だと思うのだがね」

確かに彼の言うとおり、武の資質は自分も認めている。
だが、彼は悠陽の客としてこの場に居る以上、彼女を差し置いて彼にそのような事を命令できる筈も無い。
それを解っていて崇宰はこのような事を言っているのだ。
いくら五摂家の一つ、崇宰家を纏め上げる存在とはいえ、彼は技術開発局の人間だ。
軍務に対して口を挟むことはおろか、彼女のいる前でこの様な脅迫じみた台詞をよく吐けたものだと考えるものもいるだろう。

「・・・崇宰閣下、部外者である自分が口を挟むべきでは無い事は重々承知しているのですが、一つ宜しいでしょうか?」
「何だね南部大尉?」

彼もまたそう考えていた一人だ。
キョウスケは先程から彼の物言いが引っかかって仕方が無かったため、このような事を言い出したのである。

「敵の狙いが分からぬ以上、下手に新型を出すべきでは無いと愚考します」
「その理由は?」
「仮に敵の狙いが、その武御那神斬と呼ばれる新型だった場合、満足に動けない状況下で戦闘に出すのは危険です。敵が機体の奪取、もしくは破壊を狙いとしているのならば、相手は間違いなく新型を狙ってくるでしょう」
「・・・フム、流石は横浜基地・A-01所属の衛士だ。中々良いところを突いてくる・・・しかし、敵の目的がそうだとは限らないであろう?もし貴公の言うように武御那神斬に狙いが集中するのであれば、それはそれで好都合だろう。なにせその分民間人の退避する時間が稼げるのだからねえ」
「・・・閣下は白銀に囮をやれと仰るのでしょうか?」
「貴公がそのように解釈したのならばそれで構わんよ・・・私は民の事を考えて言っているだけに過ぎないのだが、そう取られてしまったのならば仕方が無い。不愉快な思いをさせてしまったのならば謝罪しよう」
「いえ、自分の方こそ閣下に対して言葉を選ぶべきでした・・・申し訳ありません(この男・・・一体何を企んでいる?先程からの物言いといい、何としてもタケルと新型を戦場に出そうとしているとしか思えん・・・)」
「いやいや、気にする必要は無いぞ南部大尉」
「ありがとうございます・・・(目が笑っていないぞ・・・さて、どうしたものか・・・)」

室内が静寂に包まれる―――
先程から悠陽は、彼らのやり取りを黙ったまま聞いているため、それが余計に他の者の発言を遮る事となっていた。

「閣下、自分にやらせて下さい・・・」

時間にしてほんの数分・・・その沈黙を破ったのはやはり武であった。

「し、白銀!?」
「確かに紅蓮閣下やキョウスケ大尉の仰る事も一理あります。ですが、自分はここでただ見ている事など出来ません・・・機体をお貸し頂けるならどんな機体でも構いません。ですから、自分にやらせてください!!」
『残念だがそいつは無理な相談だ白銀大尉』
「巌谷中佐!?何故ここに?」
「崇宰閣下に呼ばれてな・・・スマンが話は聞かせてもらった。技術開発局側から言わせてもらえば、武御那神斬の出撃は不可能に近い」
「どういう事だね巌谷中佐?武御那神斬は動かせるのだろう?」
「閣下の仰るとおり、動かす事は可能です。ですが、OS部分の最終調整が終了しておりません。現状では動く事は出来ても良い的になるだけです」
「調整作業はどれくらいかかるんですか?」
「まともに動けるようになるまで最短で1時間・・・だが、調整中に多くのバグが発見されればその分時間は掛かるだろうな」
「何とかならないんですか?」

折角出撃できると思った矢先、調整作業に最短で1時間も掛かってしまっては被害は増える一方だ。
しかし巌谷の言うとおり、満足に動けない機体で戦場に出れば足手まとい以外の何者でもない。
そんな中、半ば呆れ顔に近い表情で崇宰が口を開く―――

「方法が無い訳では無いだろう中佐・・・現在コックピットブロックは、テスト用のために複座型の管制ユニットに換装してあったはずだ。リアルタイムで副衛士にOSの書き換え処理を行わせれば良いではないか」
「いくら閣下のご命令とはいえ、そんな事は許可できません!!戦闘中にOSの書き換えなど危険すぎます!!」
「それで動けるようになるんですね?だったらそれで行きます!いや、行かせて下さい!!」
「馬鹿な事を言うもんじゃない!それに副衛士は一体どうするんだ!?」
「わ、私がやります!」
「か、鑑少尉!?」
「なるほど・・・確か彼女は、武御那神斬の開発スタッフの一人でしたな。それならば問題は無いでしょう」
「ですが・・・」
「お願いです。私にやらせて下さい。私だってタケルちゃんと同じ気持ちです・・・一人でも多くの人々を助けるためにそれしか方法が無いのなら尚更です!!」
「確かに貴様ならば書き換え作業も行えるかもしれん・・・だが、テスト前の機体では何が起こるか分からん以上、俺は出撃を許可できん」
「この期に及んで君は何を言っているのだね?彼女の言うとおり、今は一人でも多くの民を救うのが先決だろう?」
「・・・そうやって貴方は、また同じ悲劇を繰り返そうというのですか!?」

彼が頑なに武御那神斬の出撃を拒む理由・・・それは過去の暴走事故が原因だった。
あまり公になっていない事実の一つとして、暴走事故を起こした壱号機の稼働実験の際、実験を強行させた人物が存在する。
そう・・・その時に実験を強行させた人物こそがこの崇宰なのだ。

「上官に向かって無礼であろう!!貴様はまだあの時の事を引き合いに出すのか!?」
「無礼は百も承知です!あの時、貴方が実験を強行させなければあのような事故は起こらなかったかもしれないのですよ!?」
「今回は状況も違うだろう・・・それに弐号機には例の動力炉は搭載されてはおらん。暴走事故など起こるわけも無い・・・違うかね?」
「・・・」
「二人とも、もう良いでしょう?今は言い争っている場合ではありません」

先程まで沈黙を守り、事の成り行きを見守っていた悠陽がついに口を開いた―――

「・・・白銀、それに鑑・・・そなた達に武御那神斬での出撃を命じます」
「で、殿下!?」
「巌谷中佐、全ての責任は私が取りましょう・・・なんとしてもかの者達を撃退し、民の安全を守らねばなりません・・・こうして論議を重ねている間にも民は危険に晒されているのですから」
「・・・解りました」
「皆の者、聞いての通りだ。急いで準備に取り掛かれ!!」
『「了解っ!!」』

いくら悠陽の言葉とはいえ、全ての事に巌谷は納得したわけではなかった。
だが許可してしまった以上、もう後戻りは出来ない。
今の自分に出来る事は、少しでも武と純夏の生存率を上げる事―――
準備のためと言い残し、彼はその場を後にすると武達と共に急いで武御那神斬の専用ハンガーへと向かう。
一方、崇宰はと言うと・・・彼らが部屋を後にした事を確認した後、誰にも気付かれぬよう一人廊下へと退室していた。

「フッフッフ・・・これで全てのお膳立ては整った。後は奴等次第と言ったところか・・・」

誰もいない廊下でそう呟いた彼は、一人ほくそ笑むのだった―――



『いいか白銀、それに鑑少尉。武御那神斬の出力は、従来の戦術機とは比べ物にならんほどのじゃじゃ馬だ。主機の出力調整に気をつけてくれ』
「了解です中佐・・・純夏、準備は良いか?」
「いつでも行けるよタケルちゃん!」

サブシートに備え付けられたキーボードを操作しながら答える純夏。
予想外の出来事に驚かされていた武であったが、今はそんな事を気にしている場合ではないと考え操縦に専念する。

『よし、機体をカタパルトデッキへ移動させろ・・・二人とも、無事に帰って来るんだぞ!!』
『「了解!!」』

まともに動かせないと聞かされていた機体は、今のところは問題なく稼働している。
とりあえず歩行に関しては然程問題は無いようだ。

『リニアカタパルト展開、射出タイミングを武御那神斬に譲渡します。大尉、御武運を』

オペレーターの指示に従い、タイミングを計る武―――

「了解・・・フェンリル1、武御那神斬発進する!!」

跳躍ユニットに火が入り、轟音を立てながら燃焼される推進剤。
想像以上のGが体全体へと伝わってくるのが分かる。
カタパルトによって射出された事で一気に距離を稼いだ武御那神斬は、上空から一機の武御雷を発見すると、その周囲にいた敵機に向けて突撃砲を発射―――
相手が沈黙したのを確認すると、その黒い武御雷に並ぶ様に着地し、接触回線での通信を行っていた。

「こちらは国連軍大尉・白銀 武。故あってそちらの援護を頼まれ、この機体を借り受けている。指揮官はどちらに?」
『タ、タケル!?本当にお前なのか?』
「剛田か?丁度いい、お前の隊の指揮官に繋いでくれ」
『オイオイ何でお前が新型に乗ってるんだ?』
「そんな事はどうでもいいだろう?早く指揮官に『タケルちゃん』・・・何だよ純夏?」
「指揮官は目の前にいる剛田君だよ・・・」
「な、何だって!?こいつが指揮官?」
「そんな事言ったら剛田君に失礼だよぅ・・・」

口ではそう言っている純夏であったが、苦笑いを浮かべている表情からはそうは受け取れない。

『俺様が指揮官で悪かったなタケル・・・』
「い、いや、スマン・・・それよりもお前が指揮官なら頼みがある」
『急に改まってどうした?』
「俺と純夏をお前の指揮下に加えて欲しい」
『・・・理由は?』

説明を求められた武は、簡潔に機体の状態について答える。

『なるほどな・・・要するに動ける砲台程度の役割しか果たせないって事か・・・』
「悔しいがお前の言うとおりだ。お前の隊に負担を強いる事になるかもしれないが・・・」
『っと、それ以上は言うな友よ。俺とお前の仲だろ?任せておけって』
「スマン・・・もうじき援軍も来てくれる筈だ。それまで頑張ってくれ」
『良いって事よ・・・聞いていたなお前等!こんな状況下で試作機の実戦テスト紛いの事をやろうとしてる上の考えなんて知ったこっちゃねぇ。だが、ここに居る白銀 武は、あの明星作戦や新潟でのBETA襲撃において一騎当千の活躍を見せた衛士・・・心強い事には変わりねぇ!!一気に敵を蹴散らすぞっ!!』
『『「了解っ!!」』』

散開して近づいてくる敵機を迎撃し始めるフレイム小隊の面々。
武は彼らが討ち漏らした敵機を中心に距離を取って攻撃を加えていく。
その頃一足先に出撃したマサキとショウコの二人は、武達とは違う場所で敵の掃討に当たっていた―――

「これで決めてみせるんだから!行っけぇっ!Gサンダーゲート!!」

ショウコの叫び声に呼応するような形で加速を開始するGサンダーゲート。
機体から発せられる粒子の様なものが徐々にフィールドを形成し、前方に向けて集束される。

「必殺!ゲートブレイカー!!」

次々と衝撃波に巻き込まれながら爆散する敵機。
この場所がメガフロートであるため、地上部分で火力のある兵器を使用することは危険と判断した彼女は、上空に展開している敵を中心に攻めている。
逆にマサキはハイファミリアで牽制し、ディスカッターで接近戦を仕掛けるという戦法を取っていた。

「地上戦はあんまりサイバスターの得意とするところじゃねえんだけどな・・・」
「愚痴っていてもしょうがないニャ」
「そうだニャマサキ~」

サイフラッシュが使えれば敵を一箇所に誘い込む事で一気に殲滅する事も可能だろう。
しかし、先程言ったようにここはメガフロート・・・戦闘が行われているのは主要区画では無い端の方とはいえ、下手に衝撃を与えないほうが良いに越した事は無い。
いくら操者の意識により敵味方の識別が可能とはいえ、最大半径数十キロに及ぶ射程を持っている兵器である以上、使用すれば避難中の難民を巻き込みかねないのである。
そういった理由から彼らは、なるべく敵に接近する事で敵を無力化しているのだった。


再び場所は武達の下へと戻る―――

「クッ・・・純夏、もう少し反応速度を上げる事は出来ないのか?」
「直ぐには無理だよ・・・」

武は先程からこちらに向かってくる敵機の数が増えている様な気がしていた。
最初は突撃砲のみで敵機の掃討に当たっていた彼だが、今は左手に長刀を構え近接戦闘まで行っている。
こうなって来るともはや錯覚ではない・・・明らかに前衛を任されている味方の討ち漏らしが増えてきているのだ。
だが、剛田の部隊は誰一人として撃墜されていない。
と言うことは、敵は前方に展開している彼らを無視し、武の駆る武御那神斬を優先的に狙っているという事になる。
ここに来て武は、先程のキョウスケと崇宰の会話を思い出していた―――

「(やっぱりキョウスケ大尉の考えたとおり、敵の狙いはこの機体なのか?)」
「タケルちゃん、これでどう?」
「ああ、幾分かマシになったけど敵を振り切れない・・・次は主機の出力を上げてくれ!!」
「これ以上は駄目!そんな事したらタケルちゃんが耐えられない!!っ!!タケルちゃん、二時方向!」
「何っ!?ぐぁぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁぁ!!」

敵のSu-27SMのショルダーチャージにより、勢いよく吹き飛ばされる武御那神斬。
会話に集中するあまりレーダーの監視を怠ったため、死角から接近する敵機への反応が送れたことが原因だった。
体勢を立て直そうとする武だったが、先程の衝撃により脚部が損傷してしまい、直ぐには立ち上がれそうに無い。
接近させる訳には行かないと踏んだ武は、右手の突撃砲を乱射し弾幕を張るものの、相手はそれらに臆することなくこちらへと突っ込んで来る―――

『タケル!純夏さん!!待ってろ、今援護に・・・』

二人のカバーに入ろうとする剛田。
しかし、その行く手は敵によって阻まれてしまう―――

『邪魔をするなっ!!フレイム2、3、二人の援護に回れ!!』

自分が動けないため、部下に指示をだす剛田であったが、彼らもそう簡単に敵機を振り切る事が出来ない。

『逃げろ二人とも!!』

戦場に悲痛なまでの剛田の叫びが木霊する・・・その時―――

『!?何処からの攻撃だ?』
『何とか間に合ったみたいね』

次々と放たれる光の矢―――
先程まで武御那神斬に群がっていた敵機は、瞬時に距離を取り、体勢を整えるべく後退していた。

『ぱんぱかぱ~ん♪騎兵隊、ただ今と~ちゃく♪♪』
『な、何だあの機体は!?』

彼の目に映る機体は、戦術機とは似て非なる物・・・そしてその手に装備された武器からは、今もなお輝く粒子が止め処なく発射されている。

「エクセレン中尉!?」
『もう、タケル君たら・・・こんな所で盛大なパーティーやってるだなんて、お姉さん達を除け者にするなんて酷いじゃない』
「冗談言ってる場合じゃないですよ中尉・・・でも、助かりました。ありがとうございます」
「タ、タケルちゃん!?あの人は?」
「横浜からの味方だ」

一方、司令室では予想外の援軍に、多数の者が驚いていた。
まさか帝都守備隊よりも早く、横浜から援軍が来るとは思っていなかったのである。

『エクセレン、そのヴァイスは例の機体か?』

そんな彼らを他所にオペレーターから通信機を借りたキョウスケは、急いで援軍に来た味方を確認すべく連絡を試みていた。

『そうよ、人呼んでヴァイスリッター・アーベント!!・・・ってトコかしらん?』
『なるほどな・・・使えるのか?』
『特に問題は無さそうよ・・・ちょっとばかし昔のヴァイスちゃんよりはお転婆な気がしないでもないけどね』
『そうか・・・なら、タケル達を援護してやってくれ』
『チョイ待ち!私一人だけ重労働させる気?』
『使える機体が無いんだ、仕方あるまい?』
『心配には及びませんでございます大尉』
『ラミアか?』
『Mk-Ⅲをお持ちしました。これを使いやがれ・・・使ってください』
『行けるのか?』
『破損した装甲部分は、既に交換済みでございます。弾薬、推進剤共に問題は有りません・・・今からそちらに向けて誘導します』
『了解した』

アシュセイヴァーに搭乗したラミアが、敵機を牽制しつつMk-Ⅲをキョウスケの元へと誘導する。
インカムを手に指定されたポイントへと急ぐキョウスケ。

「キョウスケ大尉、大丈夫なんですか?」
『今のお前よりは、な・・・それに調整が不十分な機体に乗るのはこれまで何度もあった・・・それに個人的にもこのアルトには興味がある』
「解りました・・・でも、無理はしないで下さいよ?」
『ああ・・・』

インカム越しのキョウスケの声は、何処と無くそっけないものを感じさせるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

『ここだラミア!』

両手を振りながら自分の位置をアピールするキョウスケ。
彼の位置を確認したラミアはMk-Ⅲを先行させると、一定の距離を保ちながら敵機を近づけさせないように牽制を続ける。
戦場で機体に搭乗する場合、どうしても機体は一定時間その場に留まる事になってしまう。
そのための時間稼ぎを行っているのだ。

『急いでくださいませ大尉』

キョウスケの元へと辿り着いたMk-Ⅲは、その場に立膝をつくと自分の主を迎え入れるべくその右手を差し出す。
マニピュレーター部分のコンソールを操作し、腕をコックピットハッチへと近づけたキョウスケは、即座に機体へと乗り込むと機体のデータチェックを開始し、臨戦態勢を整えながらこう一言呟いていた―――

『何の因果かは知らんが、この俺が向こう側のアルトに乗る事になるとはな・・・だが、そんな事は問題じゃない・・・お前の力、試させてもらうぞ、アルトアイゼン・ナハト!!』


彼の叫びに同調するかのごとく、蒼き孤狼の咆哮が戦場に轟く―――
未だ暗雲立ち込める高天原を舞台に、戦いは佳境を迎えようとしていたのだった―――


あとがき

第42話です。
今回は謎の部隊により帝都周辺、ならびに高天原が襲撃されたというお話です。
本来ならばすんなりとコウタ達に向こうへ飛んでもらって・・・という流れに持っていく予定だったのですが、スパロボシリーズの定番イベント、こういった時に限って敵の襲撃が・・・と言うのを再現してみたくなり、この様なお話とさせていただきました。
あと、この帝都編は、前回も書かせていただいた絶対零度(レイオス)氏のお話とのクロスを前提とした流れであるため、ところどころに伏線を散りばめています。
といった感じで、今後アップされるであろう氏の作品と共に楽しんでいただければと思います。

ナハトとアーベントの登場は、もう少し先送りする予定でしたが、私自身それほど我慢強い方ではないため、前倒しで登場という事にさせて頂きました。
今後の活躍にご期待下さい。

それでは今回はこの辺で失礼致します。
感想のほうもお待ちしてますのでよろしくお願いします^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第43話 彼方への扉
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/05/29 18:53
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第43話 彼方への扉




「なるほど、反応は悪くない・・・だが、やはり機体が重いな・・・」

ナハトに乗り込んだキョウスケは、新たな自分の愛機である『アルトアイゼン・ナハト』と自分との相性を確認していた。
これまでに何度もいきなりの実戦テスト紛いの事をやった彼であったが、流石に今回ばかりは話が違う。
いくら同じG系フレームの機体とはいえ、この機体はあちら側の世界で設計されたものである以上、異なった技術が使われている可能性が高い。
操作性や反応速度、機体全体のバランスなども乗ってみない事には解らないことも多いのである。

「っ!!・・・かすったか・・・だが、装甲に関しては問題無さそうだな。それに俺が乗っていたアルトより幾分か扱い易い・・・」

元々アルトアイゼンは、『絶対的な火力をもって正面突破を可能とする機体』をコンセプトに開発されている。
正面突破を行うには、ある程度の耐弾性や機動性が必要になってくるため、このナハトには重装甲なのは勿論の事、バランサーとして当初からテスラ・ドライブが搭載されている事が安定性の向上へと繋がり、正式採用に至ったのだろう。
しかし、キョウスケがこの機体を扱いやすいと感じたのは、また別の理由からだった。
彼がこの世界に来る直前まで搭乗していたアルトアイゼン・リーゼは、元々ベースとなったアルトアイゼンを強化、改修した機体であり、スラスター推進力がベース機よりも高く、機体バランスに関しても著しく損なわれていた機体である。
それを自分の手足のように扱えていた彼ならば、安定性の向上しているこの機体を扱いやすいと感じても仕方の無い事だろう。
ただし、この機体はオリジナルのMk-Ⅲとは違い、量産型のゲシュペンストMk-Ⅱをベースにしたレプリカであるため、オリジナル機であったならばこの様に感じる事はなかったかもしれないのだが―――

「武装は・・・左腕5連チェーンガンとシールド・クレイモア、右腕の杭打ち機・・・リボルビング・ブレイカーか、それと両肩の近接炸裂弾レイヤード・クレイモア・・・やはりこの機体も近づかなければ話にならん、か・・・」

敵機を牽制しつつ、武装の確認を行っていたキョウスケは、前方に群がるF-15Eのうち、一番距離の近いものに照準を固定する。

「さて、そろそろこちらからも行かせて貰うぞっ!!」

フットペダルを踏み込むと同時に両肩のスラスターが展開し、一気に距離を詰めるナハト。
しかし、敵も黙って接近を許す筈は無い・・・接近する機体に向け、突撃砲を乱射する敵部隊。
だが、一度加速し始めたナハトを突撃砲ごときの弾幕で止められる筈も無かった―――

「撃ち抜く・・・!止められるなら・・・止めてみろっ!!」

大きく振りかぶられた右腕が鋭い音を響かせながらF-15Eの胸部に向けて突き刺さる―――

「どんな装甲だろうと・・・ただ撃ち貫くのみっ!!」

そしてキョウスケは串刺しにした敵機を上へと持ち上げると、躊躇なくトリガーを引き敵機を沈黙させたのを確認せず次の行動に移っていた。
爆発で生じた噴煙に紛れ、今度は周囲に展開していた機体に向けて左腕の5連チェーンガンを乱射する。
同士討ちを警戒していた敵は、反撃する間も無く無数の銃弾の雨に晒される事となり、次々と行動不能に追い込まれ、一瞬のうちに7機の敵が鉄屑へと変えられる―――

「わお、やるじゃないキョウスケ・・・さて、私もそろそろ本気を出そうかしらん」

モニター越しに映る光景を見ながら一人呟いたエクセレンは、一気に機体を上昇させると右手に装備されたパルチザン・ランチャーを器用に回転させた後、両手でそれを保持し次々と狙いを定めて発射する。

「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるって言うけど、私の場合はほぼ十割当たっちゃうのよね~・・・ホント自分の才能が怖いわ~」

さながらその光景は、蝶の様に舞い、蜂の様に刺す・・・と言ったところだろうか?
大空を制する者と言わんばかりの動きを見せながら、次々と敵機を撃墜していくエクセレンのアーベント。

「ほ~ら、私はここよん。捕まえてごらんなさ~い」
『・・・あまり調子に乗りすぎるなよエクセレン』
「あら、私の事を心配してくれるの?」
『別に心配などしていない・・・ただ、お前が墜とされると指揮に係わると考えただけだ』
「もう、キョウスケったら照れちゃって」
『・・・勝手に言っていろ。俺は左翼に展開中の部隊の迎撃に向かう。お前は引き続き、この場で味方の援護を頼む』
「りょ~かい」

冗談交じりの通信を終えた二人は、それぞれ苦戦している味方の援護のための行動を開始する。
その頃、武と剛田達の部隊は必要以上に敵の猛攻に晒されていた―――

『クッ、次から次へと・・・第二世代機風情が、調子に乗るなよっ!!』

両手に長刀を構え、近寄る敵機を次々と両断していく剛田。
元々、武御雷は接近戦に特化した第三世代機であり、近接戦闘は最も得意とする分野だ。
更に付け加えるならば、彼は必要以上に接近戦を好む傾向があるため、その能力にも秀でている。

「あの馬鹿・・・隊長が先頭切って前に出てどうすんだよ・・・」
「剛田君だもん、しょうがないよ・・・」

その光景を見ていた武と純夏の二人は、半ば呆れながら苦笑いを浮かべている。

「純夏、機体のダメージは?」
「右脚部に若干の損傷があるけど問題は無いと思う。負荷を掛けすぎなければ行けるよタケルちゃん」
「解った。ダメージと残弾のチェックを重点的にやってくれ。OSの方は現状維持で構わない」
「了解!」

機体の状況を確認した武は、剛田を援護すべくその場を後にしようとしたのだが―――

「っ!?タケルちゃん、後方から敵機!」
「解ってる!!」

機体を反転させ、迎撃行動に移る武御那神斬。
武は突撃砲を乱射し、弾幕を形成すると同時に後方へ跳躍を開始しようとした直後、3機のF-16Cがほぼ同時に120mmを発射。
余裕で回避できると踏んだ武は、あえてその120mmを無視し、兵装を長刀に変更。
着弾時の爆風に紛れて一気に距離を詰め、敵を落とす作戦を組み立てる。

「純夏、120mmの着弾と同時に前に出る!」
「了解っ!!」

敵にカウンターを放つため、着弾ギリギリまで粘る武。
相手の狙いは着弾時の爆発による噴煙でこちらの視界を封じ、その隙に一気に距離を詰める事で接近戦を仕掛けてくるのだろうと彼は考えていた。
そのために兵装を長刀に変更したのだが、ここに来てそれが仇となる事態が発生してしまう。

「え、煙幕!?」

弧を描く様に飛翔する120mm弾は、突如として煙を噴出し、爆発することなく地面へと落下したのだ。
流石にこれは予想できなかったと言わざるを得ないだろう。
何故ならば、対BETA用に開発された戦術機の兵装において、煙幕などといった物はあまり使われはしない。
その理由は、BETAと呼ばれる種は一概には言えないが、目に該当する器官を用いて索敵を行うタイプが少ない事が挙げられ、相手の目を眩ませるための煙幕や閃光弾などと言った物があまり有効ではないからだと考えられている。
対人探知能力の高いタイプは、どちらかと言えば感覚器の様な物を用いて目標を補足しているケースが多いのだ。
これらはBETAが戦場で飛翔体であるミサイル類や、高度な能力を持つコンピューターを搭載した有人兵器・・・すなわち、戦術機を優先的に狙おうとしている事からも見て取れるだろう。

「純夏!センサーを熱探知モードに変更だ!!」
「り、了解っ!!」

武に言われるがまま、索敵モードを熱探知へと変更する純夏。
しかし、この一瞬の隙を見逃すほど敵も甘くはない。
噴煙に紛れる形で散開した敵機は、気付けば武達を囲むような位置に陣取っており、完全に退路を断たれる形となってしまっていたのだった。
だが、武も焦ってはいない。
敵が一瞬の隙を突いてこの布陣を選んだ事は素直に認めざるを得ないが、敵がばら撒いた煙幕はまだ晴れてはいないという状況。
という事は、敵側からもこちらの位置を確実に特定する事は難しく、相手がどの様な方法を用いてくるかの予想が立てにくいのだ。

「包囲したつもりだろうが甘いんだよっ!!」

そう叫んだ武は、先ず後方の敵に向けて長刀を投げつける。
煙の中から突如として現れた長刀に対し、敵が回避行動を取らざるを得ない状況を作り上げると、今度は前方に向けて無造作に突撃砲を乱射。
敵が怯んだ一瞬の隙に、上空へ向けて一気に跳躍を開始するが、敵もそれ位の事は予測済みと言わんばかりに彼を追いかける。

「今だっ!!」

機体を強引に捻らせ、跳躍ユニットを逆方向に向けた武は、自身にかかる負担など気にせずスラスターを全力で吹かし急降下―――
当然の事ながら、敵機はとっさの彼の行動について行けず、上空で衝突してしまう。
3機のF-16Cはバランスを失い、そのまま絡み合う様にして落下したところを36mmや120mmによって掃討されていた。

「何とか上手く行ったみたいだな・・・」
「・・・タ~ケ~ル~ちゃ~ん」
「ん?どうした純夏?」
「何考えてんのよ!この機体にはタケルちゃんだけじゃなく、私も乗ってるんだよ!?少しはその事も考えてよっ!!」
「わ、悪い・・・XM3が積んである機体だったらあんな無茶しなくても済んだんだけどさ・・・」
「もう、タケルちゃんのバカ!!今の衝撃でさっき受けてたダメージが更に酷くなっちゃったじゃない!!」
「・・・でもさ、敵を倒せたんだし結果オーライって事で・・・ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!!」
「スミマセン・・・」

彼女に対し素直に武が謝る事は珍しいが、今回ばかりは完全に自分が悪いと踏んでいるのだろう。
しかし純夏もこれで終わるようなタイプではない。
逆に怒り返してくると考えた武が、珍しく素直に自分の言っている事に耳を傾けているのだ。
これ幸いと言わんばかりに次々に武に向けて説教を投げかけていた。
確かに彼女の言うとおり、事前の打ち合わせも無しにこの様な無茶な機動を行えば、同乗している衛士ならば誰もが彼女の様に怒るのは当たり前だ。
先程武が言ったように、XM3搭載機・・・すなわち横浜で開発された不知火改型であったならばこの様な無茶をする必要はないと言える。
その理由は至極簡単なことだ。
XM3搭載機ならば先行入力、コンボ、キャンセルといった特殊機動が行えるが、帝国で開発された武御那神斬に関してはそういう訳には行かない。
そもそもOSの調整が完全ではないこの機体では、武の最も得意とする三次元機動を行うことすら難しいと言えるだろう。

『相変わらず無茶な機動をやる奴だなお前は』

言い争っていた武と純夏の間に入る様に通信を繋げて来たのは剛田だった。

「お前にだけは言われたくねえぞ剛田!大体だな、部隊長であるお前が突出しすぎてどうすんだよ!?そもそも隊長ってのは部隊全体を見渡せる位置でだなぁ・・・」

流石の武も我慢の限界が来たのだろうか?
本来なら純夏に向けられる筈の怒りは、気付けば剛田の方へと向いている。

『やかましい!貴様の方が階級は上かもしれんが、現在この隊を預かっているのは俺様だ!!俺様の指揮下に入っている以上、貴様にとやかく言われる筋合いはない!!』
「何だと!?せっかく人が親切に教えてやってんのになんだその態度は!!」
『何が親切にだ!貴様に教えて貰う事など何も無いわ!!』
「あ~もうっ!二人とも五月蠅いっ!!」
「耳元で怒鳴るなっ!!」

コックピット内で立ち上がった武は、そのまま後ろに振り返るといつもの調子で純夏の頭を叩く。
『パシッ!!』っと甲高い音が響いた直後に怒鳴り返す純夏。

「いった~い・・・何すんのさタケルちゃん!!」
「うるせえ!」

再び純夏の頭を叩く武―――

「に、二度も打った・・・うぅ~、お父さんにも叩かれた事無いのにぃ~」
「人間親に叩かれずに成長するなんて事は稀だ・・・良い機会じゃないか純夏」
『タケル!女性に・・・いや、純夏さんに手を挙げるなどという暴挙・・・例え世界が許しても、この俺様は許さんぞ!!』
「言ってろバ~カ!・・・だいたいだな純夏よ、俺が剛田に対して隊長とはどう言ったものかを説いている最中に割り込んで来るお前が悪い」
「タケルちゃんこそ、隊長ってものがどんなものなのか解って言ってるの?」
「当たり前だ・・・俺をお前や剛田と一緒にしないでもらいたいね」
「ちょっと、私と剛田君を同レベルに扱わないでよ!私の方が剛田君より頭良いモン!!」
『がーん・・・そ、そんな、純夏さん酷い・・・』
「お前、そりゃちょっと言い過ぎだぞ・・・」
「う、うるさいなぁ・・・それよりもタケルちゃん・・・」
「・・・な、何だよ?」
「私ね、貰った物はきっちり返さないと気がすまない性質なんだ・・・だからね」

唐突に声のトーンを落とした純夏。
その背後からは、何やら妙なオーラの様な物が感じられる。

「ま、待て純夏!とりあえず落ち着け」
「大丈夫、私は冷静だよ?」
「だったらその右拳は何だ!?」
「こう言う時、剛田君がよく言ってたよね・・・俺のこの手が光って唸る・・・お前を倒せと輝き叫ぶ!!って・・・」

まるで何かに取りつかれたかのように叫び始める純夏―――

「す、純夏!俺が悪かった・・・暴力では何も解決しないぞ?」
「もう遅いよタケルちゃん・・・必殺!・・・っ!?」
「な、何だ!?」

突如としてコックピット内部に鳴り響く警告音。
思い出して頂きたい・・・現在この場所がどこであるのかを・・・
そう、ここは戦場の真っ只中・・・そして今現在もなお戦闘は続行中であるという事を・・・

「しまった!」

気付いた時にはすでに遅い。
敵の接近を許したばかりか、武達の乗る武御那神斬は敵から放たれたワイヤーの様な物によって両腕を拘束されていた。

「クソッ!こっちの動きを封じて仕留めるつもりか!?」

同様に剛田の機体もワイヤーの様な物で拘束されており、彼に助けを求める事は出来ないと悟った武は、力任せにワイヤーを引きちぎるべく機体を操作する。
その行動を起こそうとした次の瞬間だった―――

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁぁっ!!」

ワイヤーを伝って放たれる電撃・・・ここに来て武達は、敵の目的が武御那神斬の破壊ではなく、捕獲だという事に気付かされる。

『タケル、純夏さん!そこをどけ貴様らっ!!』

その光景を見た剛田は絡まるワイヤーを無視し、何とかして助けに入ろうとするものの、敵に行く手を阻まれ動きが取れない。
このままでは彼らの身が持たない・・・その時だった―――


『切り裂け!カイザー・ブーメラン!!』

轟音と共に空を切り、飛来する巨大な物体。
それらは武御那神斬を拘束しているワイヤーを両断すると、そのまま主の元へと返って行く。

『もう一撃だ・・・!ロック解除、ソードブレイカー、発射!!』

続け様に放たれた小型誘導兵器が、武達の周囲に展開している機体目掛けて発射され、次々とそれらを串刺しにして行く―――

『これで終わりだ・・・!』

彼女がそう言い終えると同時に発射される無数の光。
敵は回避する間も与えられないまま、一瞬にして文字通り鉄屑へと変えられていた―――

『大丈夫かタケル?』
「あ、ああ・・・助かったよコウタ、それにラミア中尉」
「お、お二人とも、ありがとうございました・・・」
『まったく貴様らは、戦場で呑気に立ち話をするなどと・・・随分と余裕だな?』
「すみません中尉・・・」
『まあ良い・・・この場は我々が引き受ける。お前達は一度後方に下がれ。そこの斯衛兵、貴様も聞こえているな?』
『・・・』

ラミアの問いかけに対し、何故か剛田からは返事が返って来ない。
最初は機体にダメージを負ったのだろうかと考えたラミアだったが、どうやらそういった訳ではなさそうだ。
モニターに映る彼の表情は、別に疲労などから言葉が耳に入らないといった様子でもない。

『どうした?聞こえているなら返事をしろ!!』
『は、はい!聞こえています!!(う、美しい人だ・・・こんな綺麗な女性がこの世界に存在していたなんて・・・)』

返事が遅れた理由・・・それは彼がラミアに見とれていた事が原因だった。
何を隠そう、剛田 城二という人物は、女性に対しての免疫が少なく、それでいて惚れっぽい性格なのだ。
唐突に現れ、自分達の窮地を救ってくれた彼女に対し、何か感じる物があったのだろう。
それが原因で彼女の言葉が耳に入っていなかったのだが―――

『ならば言われたとおり指示に従え』
『お言葉ですが中尉、自分はまだやれます!』
『・・・その心意気は買ってやるが、現状を把握しろ。白銀の機体はどこか損傷しているかもしれん・・・単機で下がらせてまた敵に囲まれるような状況に陥った場合、対処できん可能性が高い』
『要するにアンタはタケル達の護衛に付けって事さ。アンタも軍人ならそれぐらい理解しろよ』
『グッ、了解・・・行くぞタケル!!』
「ああ・・・では二人とも、ここは頼みます」

武と純夏はラミアからの指示に素直に従いその場を後にする。
剛田は正直納得いかない部分があったようだが、彼女の言うとおり再び武達が敵に囲まれてしまえば対応が遅れてしまう可能性がある。
それ以前に、考えなしで暴れ回っていた為に武器弾薬の補充も行わなければならないと判断した彼は、最終的にラミアの指示に従う事にしたのだった。


『・・・コウタ、先程ショウコにこちらへ回って貰う様手配した。それまで我々だけでここを食い止めるぞ』
「了解だラミアさん。出遅れた分、思いっきり暴れさせて貰うぜ!!」

そう言うと彼は、こちらに向かって来る敵目掛けて機体を突撃させる―――

「ケンカの極意は先手必勝!こっちから行かせて貰うぜ!!」
『コウタ、くれぐれも慎重に行けよ?暴れ過ぎて施設を壊しては元も子もないからな』
「ああ!・・・行け!ダブル・スパイラルナッコォォッ!!」

カイザーの巨大な両腕が光り輝き、轟音と共に射出される。
この機体の必殺技の一つであるスパイラルナックル。
戦術機と比較しても、あまりにサイズの違い過ぎるカイザーの拳。
それだけの質量をもった物体が、そのまま飛んでくるだけでもかなりの威力だというのに、この攻撃は拳を回転させることで更なる破壊力を生んでいるのだ。
せいぜい20m前後の大きさしか無い戦術機では、回避する事は出来ても防ぎきる事は不可能だろう。

「カイザー・バースト!!」

今度は胸部装甲板が展開し、中央部分から凄まじい熱量を持った粒子が発射される―――

「とどめだぁっ!!」

カイザー・バーストによりあらかたの敵を薙ぎ払ったコウタは、残った敵機の一つに狙いを定め、更に機体を加速させる。
逃げ遅れた敵機に向け、膝蹴りを浴びせた後に上空へと吹き飛ばした彼は、それを追いかける様に自身も跳躍を開始。
右腕を前に突き出し、相手の胸部装甲へとそれをめり込ませると同時に、とどめの一撃を繰り出す―――

「カイザー・トルネードッ!!ぶち抜けぇぇぇっ!!」

コンパチカイザー単体で放つ最強の必殺技であるカイザー・トルネード。
文字通り必殺の一撃とも言えるこの攻撃を、戦術機が耐え切れる筈もなく、食らってしまった敵機は跡形もなく吹き飛んでいた―――

「余裕余裕・・・次の相手はどいつだ!?片っ端からブッ潰してやるぜ!!」
『流石だな・・・と言いたいところだが、もう少し周囲の被害を考えろコウタ』
『ラミアの言う通りだ・・・そんな大技ばかり繰り出していては高天原が持たんぞ?』
「こっちはこれでも手加減してんだよ!カイザーは基本的にでっけえし、大技主体なんだから仕方ねえだろう?」

確かにコウタの言うとおり、カイザーは特機に分類されるため、その攻撃は一撃一撃が強力なものだ。
出力を落として攻撃するという手段が無いわけではないが、パイロットのコウタが大雑把な性格である以上、その様な手段を用いる可能性は低いだろう。

『だったら地上の敵はラミアさんに任せて、空を飛んでる敵を中心に狙えば良いじゃない』
「シ、ショウコ!?」
『まったくお兄ちゃんは何をするにしても大雑把過ぎるのよ。いつも考えなしに行動して、後で痛い目にあったりする事が多いんだから、もう少し自重しなさい!』
「う・・・わ、分かったよ!」

大雑把な兄と良い意味でしっかり者の妹・・・本当に彼女がコウタの妹かと驚かされる事も多いが、これはまぎれもない事実なのである。
だが、それがかえって良い関係を築いているという事もまた事実。
何かと兄の世話を焼きたがる妹に、心配症の兄・・・何だかんだで互いの事を心配し、思いやる兄妹の姿を見た悠陽が、自分と冥夜の関係も彼らの様になれればと羨ましがるのも無理はないかもしれない。
それだけこの二人は固い絆で結ばれているという証拠なのだ。

「なら俺とショウコは、上空の敵を中心に攻める。ラミアさんは地上の敵を頼む」
『任せておけ、アンジュルグと同じ様にとは行かないが、戦術機よりはこちらの方が私には合っているからな・・・』

互いのポジションを確認した彼らは、それぞれの利点を生かした攻撃を行うべく散開する―――


『コウタ、敵の数はまだまだ多い・・・合体して一気に敵を殲滅するんだ』
「おう!行くぞショウコ!!」
『了解っ!!』
『唱えよコウタ・・・バーナゥ・レッジ・バトー』
「バーナゥ・レッジ・バトー・・・」
『Gコンビネーション!』
「G!コンビネェェェェェションッ!!」

コウタの叫びに呼応するように上昇する二機。
カイザーの背中に覆いかぶさるようにGサンダ―ゲートが合体し、機体の各部を変形させていく。
Gサンダ―ゲートのサンダースマッシャーが両肩に展開、続けて左右の翼が延長されると最後に機首部分がカイザーの頭部へと合体、徐々に紅き機神本来の姿を形どっていく―――
頭部側面から口元を覆う様にしてマスクが展開し、まるで闘志を燃やすかの如く輝きを放つカイザーの両眼。
そして―――

『「誕生!Gコンパチカイザァァァァァッ!!」』

戦場に紅き機神が咆哮が轟き、その雄姿が再び我々の目の前に姿を現す―――

「ショウコ!ロア!一気にあいつらをブッ倒す!!行くぞっ!!」
『うん!』
『了解だコウタ!』
「先手必勝、大技ブチかましだ!!・・・仕掛けるぞ、ショウコ!」
『分かったよお兄ちゃん!』
「カイザースキャナー・・・ロックオン!」

カイザーの両眼が閃光を放ち、正面に存在している敵を捕らえる。

『開け、次元の門よ・・・!そして我らに力を!』

ロアの叫びに呼応するような形で背部から射出される物体―――
それをカイザーが掴み、天に向けて掲げると同時に青い光を放ちながら刀身が形成される。

「行くぞ、Gコンパチカイザー!!」
『Gサンダーゲート、出力全開!!』
「うおおおおおっ!!」

背部に装着されたGサンダ―ゲートの出力が全開となり、とても特機とは思えない速度で敵の群れへと突っ込むカイザー。

「バーナゥ!オーバーカイザーソード!!」

OG(オーバー・ゲート)エンジンから供給されたエネルギーで形成された刀身は、眩い光を放ちながら更にその輝きを増してゆく―――

「カイザークラァァァッシュ!!」

コウタの叫びと共に振り下ろされるカイザー・ソード。
刀身から放たれる凄まじいエネルギーと共に発生した衝撃波により、次々と爆散して行く敵部隊―――

「まだまだぁぁぁっ!!」

そのままコウタは胸部装甲を展開し、残る敵部隊に目掛けてとどめの一撃を放つ。

「カイザー・バァァァストッ!!」

光の渦に巻き込まれた戦術機の軍勢は、反撃する機会を与えられぬまま次々と爆発していく。

「残りも一気に片付ける!行くぞ二人とも!!」
「了解!!」
『了解だ』


その後、敵の増援が現れる事はなくなり、時間は掛かったものの敵の掃討は終了を迎える事となる。
幸いな事に高天原の難民達や施設に大きな被害が出る事もなく、陽が傾き始める頃には全ての戦闘は終了していた―――

『それじゃあ行ってくる』

安全が確認された後、キョウスケ達は高天原の最南端にある区画へと集合し、一時的に自分達が元居た世界へと帰還するコウタ達の見送りに来ていたのだった。

「ああ、向こうに着いたらさっき渡したデータをレーツェルさんに渡してくれ」
「分かってる。俺達もなるべく早いうちにこっちに戻って来れるようにするよ」
「頼む・・・気を付けてな」
『では行くぞ、コウタ』
「ああ・・・それじゃキョウスケさん、他の皆にもよろしく伝えてくれ。俺達が戻って来るまで無事でいてくれよな」
「了解だ」

簡単な別れの挨拶を済ませ、カイザーの元へと急ぐコウタ。
そんな彼を見送りながら、キョウスケは一人今回の出来事について考えていたのである。
全ての戦闘が終結した後、多少の混乱からいざこざはあったものの、無事に敵を撃退する事に成功できた。
敵の狙いは未だ判明していないが、執拗に武御那神斬を狙っていた事から恐らくはこの機体の奪取が目的だったのだろう。
だが、確証が持てている訳ではない・・・なぜならば、高天原を襲ってきた敵部隊を構成していた戦力は戦術機のみ。
しかも、第二世代機を中心とした部隊であり、第三世代機は今のところ確認できていなかったのである。
もし、これらの襲撃がシャドウミラー残党によるものだったとしたならば、戦術機以外にもPTなどの部隊を投入して来る可能性が極めて高い上に、指揮官に相当する者が存在している筈だ。
それらも確認できなかった事以外にも、多くの謎は存在している。
やはり一番の謎は、敵の不明瞭な目的だろう・・・この時キョウスケは、敵の狙いが武御那神斬以外にあったのではないかと考えていた。
それはカイザーやサイバスターなどといった未知の技術を用いた機体という訳でもない。

「(敵の部隊、そしてその狙い・・・そしてわざわざ今日この日を狙って来た理由・・・更に言うならば、あの崇宰と呼ばれる男・・・明らかに行動と発言が矛盾している。明らかにあの物言いは、紅蓮閣下に対してのものではなく悠陽殿下に対してのものだった・・・まさかとは思うがな―――)」

司令室において、突如自分達の前に現れ、気付けば姿が見えなくなっていた人物である崇宰。
キョウスケは過去にこの男の様な人物に幾度となく遭遇しているためか、どうしても彼の行動を怪しまずにはいられなかったのである。

「ねえキョウスケ、コウタ君達、行っちゃうわよ」
「・・・ああ(今は情報が不足しすぎている・・・考えていても埒が明かんか―――)」

不意にエクセレンに話しかけられ、これ以上は考えていても意味はないと悟ったキョウスケは、コウタ達の見送りに集中する事にした。
そしてカイザーの前方、距離にして数十メートルの位置に光り輝くゲートが展開し始めたかと思うと、それは更に輝きを増しカイザーを飲み込んで行く―――
光が治まるとほぼ同時にゲートも消え去り、先程まで彼らの目の前に居た紅き機神は完全にその姿を消していた。

「行っちゃったわね・・・」
「そうだな・・・」
「ねえキョウスケ、これからどうなるのかしらね私達」
「さあな・・・だが、殿下との約束を取り付ける事も出来た。後は不測の事態が起こらない様祈りつつ、コウタ達の帰りを待つしかないだろう、な」
「私達の世界がどうなっているのかも分からないし・・・ちょっと不安よね」

確かにエクセレンの言うとおり、向こうの情勢は何一つ分かっていない。
自分達が転移した後、向こうで起こっている出来事を確認する方法が無いのだから仕方ないだろう。
ここに来て彼女は、何とも言い知れぬ不安に駆られてしまうのが自分でも解っていた。
その原因は、以前夕呼から聞いた話が主な理由の一つである。
世界は常に安定を求めている為、失われたものを補おうとする力が働く・・・つまり彼女は、自分達の世界から転移して来た存在を補うべく、その力が発動し何か別の物が自分達の世界へと転移していたりするのではないかという不安を感じていたのだ。

「・・・それは確かに心配かもしれんが、向こうにはゼンガー少佐やリュウセイ達も居るんだ。戦力的な面で考えても問題はないだろう」
「そうね・・・」


夕暮れに染まる空・・・二人はそれ以上何も語らず、ただ無言のまま紅く染まる海を眺めていた。
先程までとはうって変わって静けさを取り戻している高天原。
聞こえてくる波の音は、まるでこれから始まる戦いへ向けての序曲のようにも感じられるのだった―――


あとがき

第43話です。
今回で帝都編は終了です。
前半はナハトとアーベントに乗り換えたキョウスケ達のお話、中盤はタケルちゃん達のやり取り、後半はしばらくお預けを食らっていたカイザーとコウタが大暴れのお話となりました。

本来ならばもっとナハト達を活躍させるべきだったのかもしれませんが、カイザーは暫く退場せざるを得ない話の流れから今までの鬱憤を晴らすべくこの様な展開とさせて頂きました。
書いていて思いましたが、ちょっと暴れさせ過ぎたかとも反省しています・・・^^;

今回の話をもちまして、コウタ達はOG世界へと一時的に帰還し、レーツェル達と合流する予定です。
はい、という訳で今後こっちの世界に出てきます・・・謎の食通さん。
そしてこれ以上言う必要もありませんね・・・この人とセットのあの人も出します。
具体的な登場時期は明らかにできませんが、ファンの方々、それまで楽しみにお待ち頂ければと思います。

さて、次回からは訓練部隊のその後のお話です。
クーデター阻止のために奮闘するタケルちゃんや訓練部隊の面々の活躍をお楽しみに。
それでは感想の方お待ちしていますm(__)m



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第44話 白銀 武の受難
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/06/10 23:29
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第44話 白銀 武の受難




高天原襲撃事件の翌日、武は陽も昇らぬうちに帝都を出発し、横浜へと戻ってきていた。
今回の事件の詳細は未だ判明していないが、現在帝都では撃墜した敵機の回収ならびに調査が行われており、詳細が分かり次第こちらにも連絡をもらえる手筈となっている。
一つだけ解っている事は、高天原に展開していた部隊の全滅が確認されたとほぼ同時に、帝都周辺に展開していた敵も撤退したという事だけだ。
本来ならば撤退する敵部隊を追いかけ、相手の所在を確認すべきなのは言うまでも無い。
だが、守備隊の消耗は予想以上に激しく、敵の意図が不明である点も考慮して追撃は行われなかったらしい。
しかし、どう考えてもこれはおかしいだろう―――
何故ならば、守備隊に追撃を行うだけの余力が無いとしても、他に待機中の部隊を宛がえばそれで事は足りるからだ。
日本の首都である帝都が、謎の部隊によって襲撃を受けた・・・・・・という事は、今後またこの様な事態が発生する可能性が高いという事になる。
すなわち、日本はBETA以外の敵対勢力からも狙われているという事になるのだ。
使われていた機体から米国やソ連の仕業ではないか・・・・・・などという声も上がっていたが、流石に両国ともそこまで愚かな事はしないだろう。
中には『横浜の牝狐の仕業に違いない』『今回の一件は、帝国側に恩を売る為の自作自演』『良いタイミングで逸早く援軍に駆けつけたのが証拠ではないか』などと言い出す人物まで現れる始末になっていた。

「(確かに高天原の存在を知っていたり、あのタイミングで援軍を送ってきたりすれば先生が疑われてしまうのも解る・・・・・・でも、あの先生がそんな面倒な事をする人か?あの施設を手に入れたいだけなら、別にこんな事しなくても力尽くでモノにするのが先生だもんなぁ・・・・・・)」

昨日の夜からこの様な事ばかりが頭を過ぎってしまう。
しかし、それに関しては政威大将軍である悠陽がハッキリと否定する事でそれ以上の詮索は行われなかった。
武と同じ考えを持っているのは悠陽だけではない。
キョウスケもまた彼らと同じ考えだった。
ただし彼の場合は、違った視点から物事を捉えていたことが理由だったのだが―――

「本来なら真っ先に副司令の元へ報告に行くべきなんだろうが、こんな朝早くから出向いてはまた何か言われるだろうな・・・・・・」

既に昨日の内に大まかな報告は行ってはいるが、詳細に関しては自分達の口から伝える手筈になっている。
かといって、この様な早朝から押しかけてしまえば、また要らぬ事をブツブツと言われてしまうのがオチだろうというのが彼らの考えだ。
彼女に対しての接し方は、なるべく下手に出るように行った方が無難・・・・・・というのが最早セオリーと言ってもいいだろう。

「そうですね・・・・・・俺は訓練部隊に搬入される機体を見に行くつもりなんですが、大尉はどうします?」
「先に朝食を済ませる事にする。頃合を見計らって副司令に今回の件の報告に行くつもりだ」
「分かりました。それじゃ、また後で」
「ああ、またな」

簡単な挨拶を済ませ、その場を後にするキョウスケ。
そして彼らに遅れること約半時間、ようやく朝日が顔を出し始めた頃だろうか・・・・・・数台の大型車両が横浜基地へと到着し、格納庫が徐々に慌しくなり始める。

「さてと、冥夜達も格納庫に来てる頃合だろうし、俺も行くとするか・・・・・・」

恐らく自分達の機体が今日搬入されてくる事は、彼女達も聞かされている筈だ。
今までの世界でも彼女達は、まるで新しい玩具を与えられた子供の様にその状況を楽しんでいた。
玩具などと言っては大仰な代物だが、あのはしゃぎ具合を見る限りはそう取られても仕方が無いだろう。
その中でもアラド辺りが特に騒いでいる様子が目に浮かぶ。

「俺も昔はそうだったんだしな・・・・・・あんまり人の事は言えないか」

苦笑いを浮かべその様な事を考えながら武は、ゆったりとした足取りで格納庫へと向かうのだった―――



・・・207衛士訓練部隊用ハンガー・・・


「見て見て!もう搬入されて来てるよ!!」
「あれが私達の・・・97式・・・吹雪!」

格納庫へと搬入された吹雪が次々とハンガーに固定されて行く。
さながらその風景は、戦術機の見本市とでも言った所だろうか?

「お、なんか吹雪じゃねえ機体も在るぜ?」
「そうだな、何処となく吹雪に似ているけど・・・新型か?」

搬入されてきた自分達の機体である吹雪に混じり、明らかに異彩を放つカラーリングで塗装された3機の戦術機―――
それらは国連軍の所属である事を示す独自のカラーリングであるUNブルーではない。
まるで燃え盛る炎の様な色彩を描くそれらの機体は、訓練兵達の注目を集めるにはうってつけの物といったところだろうか。

『それは烈火って言う機体だ。正式名称98式戦術歩行戦闘機・烈火・・・吹雪に似てるのは兄弟機だからだよ』

ふと、自分達の背後から聞こえて来る覚えのある声―――

「あ!タケルさん!!」
「皆揃ってるな・・・・・・これが今日からお前達の機体になる戦術機だ。壊すなとは言わないが、大事に扱ってくれよ?」
「タケルさん!あの烈火ってのも俺達の機体なんですか?」

他とは少し違う機体である烈火に対し、興味津々と言った表情で武に問いかけるアラド。
やはり想像通り、彼が一番はしゃいでいる様だ。

「本来なら全員吹雪に乗ってもらう予定だったんだけどな。搬入を急がせた結果、予定数の吹雪を用意できなかったからってこいつを回してもらう事になったんだよ」
「それにしては1機多いみたいだけど、予備機か何かなのか?」
「いや、1機は教導用の機体で、俺か神宮司軍曹が乗る予定だ」
「―――という事は、残る2機は俺達の誰かが乗るって事か・・・・・・タケルさん!俺、あの烈火って機体に乗ってみてぇ!!」

目を輝かせながら主張するアラド。
やはりこういった所は、まだまだ子供と言わざるを得ない点だ。

「何言ってるのよアラド……乗ってみたいからって理由だけで搭乗許可が貰える訳無いでしょ?」
「ゼオラさんの言うとおりだと思います。恐らくは、私達の適性値の結果によって宛がわれる機体が選別される筈です」

いつもどおり呆れた口調で答えるゼオラに対し、霞はやや落ち着きながら自らの予想を語る。
彼女らの言う事は正論かもしれないが、それをすんなりと受け入れる事が出来るアラドでは無い。

「そんなの言ってみなきゃ分かんねぇじゃないかよ・・・・・・なあタケルさん、この通り!俺に烈火を使わせて下さいッス!!」

顔の前で手を合わせ、切願するアラド。
確かに彼の願いを聞き入れてやりたい所だが、流石にそうも行かない。
どうしたものかと考えていた矢先、非常に良いタイミングで一人の女性士官が入室してくる。

「敬礼!」

分隊長である千鶴が号令を掛け、その場に居た全員が彼女に向けて敬礼を行うのを確認すると、その人物は徐に口を開く。

「まったく・・・・・・しょうがないなお前達は・・・朝食はちゃんと取ったのか?」
「神宮司教官、お願いがあります!」

何時にない真面目な表情で彼女に訴えかけるアラド。
流石のまりもも、普段とは違う彼の表情を見て驚いているのが良く分かる。

「どうしたバランガ?」
「本日搬入された烈火を自分に使わせて頂きたいのです」
「・・・・・・残念だがそれは無理だ」
「ど、どうしてですか!?」

いきなり真っ向から否定されてしまうアラド。
堪らずその理由を尋ねてみるが、返って来た答えは至極簡単な物であった。

「気持ちは解るが焦るな。搬入されたばかりで機体の整備が終わっていない上に、シミュレーターの準備も整っていない。それに私もこの機体が搬入される事を聞かされたのは、昨日夜遅くだったのでな……正直、誰をあてがうか検討中といったところだ」
「それにな、アラド・・・・・・お前達はまだシミュレーター教習も終わって無いだろ?俺は一応、全員の適性結果を見たうえで決める方が良いだろうと考えているんだ・・・・・・神宮司軍曹もそれで異論はありませんか?」

会話のタイミングが途切れた隙を見計らって補足を加える武。
そんな彼に対し、『大尉のお考えならば、私はそれに従うまでです』とまりもが答えたため、その場に居た者は納得せざるを得ない状況となっていたのは言うまでも無い。
本来ならば武は訓練教官補佐といった立場だ。
まりもに全ての決定権がある訳ではないが、武にあるという訳でもない。
彼女が彼の考えに従うと言ったのは、あくまで上官に対する建前という訳だ。

「ちなみにこの吹雪は、帝国軍が開発した初の純国産高等練習機だ。第三世代機の訓練用として開発された機体だが、練習機と言って侮るなよ?完全武装すれば十分実戦に耐え得る……烈火については、恥ずかしながら私も詳しい事を知らされていないので何とも言えんのだが―――」
「そうなんですか・・・練習機だって聞いてたから、そんな凄い機体だなんて考えてませんでしたよ」
「ところで白銀大尉、先程烈火は吹雪の兄弟機だと仰っていましたが、この機体も練習機なのでしょうか?」

訓練用の機体として搬入された物である以上、千鶴の疑問も尤もであろう。
この先、自分達が扱う事になる機体ならば、詳細を知っておくに越した事は無い。

「いや、この機体は耐用年数の近い撃震に代わる機体として開発された物なんだ」
「という事は、吹雪とは違って出力も高いんじゃないんですか?」

第一世代機とはいえ、度重なる改修などが行われ、今もなお現役の機体である撃震。
ここ数年は後方での警戒任務や拠点防衛などを中心に配備されているが、信頼性と言った面でこの機体を推す熟練衛士も多い事で有名だ。
それに代わる物として開発された機体ならば、スペックは少なく見積もっても陽炎以上の機体だろうと予測される。
そんな機体をこれから初めて戦術機に乗ろうとしている自分達に宛がうなどと言うことは、普通ならば考えられない。
彼女達でなくとも驚いていたに違いないだろう。

「その辺は安心してくれ。こいつに搭載されている主機は、吹雪と同じ出力を落した物に換装されているんだ。まあ、細かな仕様は違うけど出力が抑えられた分、練習機として扱えると思う」

この時武は、過去に自分がテストを行っていたときの事を思い出していた。
当時の烈火は、不知火に匹敵する主機を搭載し、武御雷並の瞬発力を備えた機体だった。
撃震からこの機体に乗り換えて間もない頃の彼は、そのピーキーな仕様に苦戦していたのである。

「・・・・・・白銀詳しいね。実は乗った事があるとか?」
「ああ、俺はこいつの元開発衛士なんだよ」

その言葉を聞いた途端、その場に居た全員の表情が驚きに変わる。
流石に大騒ぎしたりする者は居なかったが、口々に凄いなどといった声が聞こえてくる。
自分達とそう違わない年齢でありながら特務大尉としての階級であり、その上元開発衛士という肩書きを持つ人物。
叩けば出るホコリのように・・・・・・と言っては失礼に当たるかもしれないが、毎度毎度彼には驚かされてばかりだというのが彼女達の本音だ。
ここで更に、過去に帝国斯衛軍大将である紅蓮 醍三郎にスカウトされた事や、政威大将軍である煌武院 悠陽とも知り合いだ・・・・・・などと言ったらどうなるのだろうか?
驚く彼らを他所に、武は一人その様なことを考えながらその状況を楽しんでいた。

「さて・・・私はもう行くが、各自程々にしておけよ?集合時間には遅れるな」
「敬礼!」

去り際になにやら悲しそうな表情で一点を見つめるまりも―――
ほんの一瞬の出来事であったが、これを見逃す武ではない。
彼女が見つめていた先に居る人物・・・・・・それは御剣 冥夜その人である。
先程から彼女は殆ど口も利かず、感傷に浸っている様な面持ちを浮かべたまま黙り込んでいるのだ。
皆に気付かれないように距離を取り、多少の受け答えはしているものの、明らかに様子がおかしい事は間違いない。

「どうした冥夜?」

そんな彼女に対し、そっと語りかける武。

「ああ・・・・・・そなたなら聞かずとも解るであろう?」
「武御雷・・・か?」
「・・・姉上のお気持ちは自分でも理解しているつもりだ・・・・・・出来ればこの場にこの機体が来ない事を願っていたのだがな・・・・・・」

帝国城内省直属斯衛軍制式の特別仕様機・・・そしてこの機体は、冥夜のためだけに存在する薄紫色の機体。
訓練兵用に用意されたこの格納庫に佇むその姿は、明らかに異質な存在と言っても良いだろう。

「俺がこんな事言うのも変だけどさ・・・・・・殿下はお前の事を想ってこの機体を用意してくれたんだろ?だったら素直に喜べば良いじゃないか」
「しかし、あの機体がここに在るだけで必要の無い諍いが起こってしまうのも事実。そなたも解っているだろう?」
「ああ、あの正規兵達に色々言われた事は覚えてる・・・・・・ひょっとしてお前、その事を気にしているのか?」

武の問いに対し、何も答えようとしない冥夜。

「もし、お前が考えている事がそうだったとしても、気にする必要は無いぜ?今回も俺が何とかしてやるよ」
「それは駄目だ・・・それでは何の解決にもならん」

その言葉に対し、彼女は真っ向から彼の申し出を拒否する。
武自身、彼女にそう言ったところで簡単に受け入れて貰えるとは思っていなかった。
しかし、こうもあっさりと否定されてしまうとそれ以上の反論もできず、返す言葉が見つからない―――

「うおっ!これって武御雷じゃないッスか!!」

一瞬流れた沈黙は、何事にも興味本位で顔を突っ込む少年の一声によって掻き消される。

「うわぁ~・・・凄く綺麗・・・」
「間近で見ると本当に綺麗ですのね・・・ピカピカしててまるで宝石みたいですの」
「やっぱり材質が違うのかしら・・・・・・」
「こんな所から見てたって解んねえよ。もっと近づいてみようぜ!」

そうやって皆を扇動する様な形で武御雷へ近寄ろうとするアラド―――

「待てアラド!その機体に近づくなっ!!」
「えっ?」
「どうしたんだよタケル?そんなに慌てて・・・・・・」

この機体がここに在る……すなわち、それが意味する事は至極簡単な理由だ。
しかし、詳しい事情を言う事は出来ないだろう。
冥夜と悠陽の関係が公になっていない以上、この武御雷の持つ意味やそれらの仔細や顛末を打ち明ける訳にも行かないのである。

「・・・不用意に近づかない方が良いって事さブリット……お前らは知らないだろうけど、ここの整備班長は何事にも厳しい人でな」

とっさに思いついた理由を語り始める武―――

「整備中の機体に黙って近づいたりしたら、ほぼ間違いなく鉄拳制裁だ。朝っぱらからそんな痛い思いして一日が始まるのは嫌だろ?だから止めたんだよ」
「……なるほど、それは確かに朝から気が滅入るな」

ちなみに班長は、武が言うほど理不尽で厳しい人では無い。
むしろ『戦術機に興味があるから見学させてくれ』などと言えば、喜んで見学させてくれるだろう。
それどころか、聞いていない細かな所まで説明してくれる気さくな人物だ。
班長には申し訳ないが、武の頭脳を持ってして簡単に思いつく嘘―――
すなわち、現状で最も効果のある言い訳は、彼を引き合いに出す事ぐらいしか思いつかなかったのである。

「ま、そういう事だ……ところで、こんな所でゆっくりしてていいのか?皆、今日も訓練があるんだろ?」

これ以上この話題を続けていれば終いに襤褸が出るかもしれない……そう考えた武は、話題をすり替える事にした。
こうやって話している間に、できればこの場に現れて欲しくない人物の事を考えていた為である。

「―――そうね、白銀の言うとおりだわ」
「ああ、見学に夢中になって時間が経つのを忘れてました……なんて言い訳、教官に通用する筈ないもんな」
「…そうですね」
「それにグズグズしてたら朝御飯食べる時間が無くなっちゃうよ」

確かに武の言うとおり、これ以上この場に自分達が居る理由は無い。
それどころか、先程まりもにも時間に遅れるなと言われたにも拘らず、遅刻してしまっては元も子もなくなってしまう。

「タケルさんも朝御飯まだなんでしょ?私達と一緒に食べましょうよ」
「悪いな、俺はまだ打ち合わせが残ってるんだ……皆で先に行っててくれ」

彼女達は少々残念そうな顔をしていたが、仕事が残っているならば仕方が無いと考えたのだろう。
武から訓練の方には出れるようにするつもりだという事を聞くと、彼女達は急いでその場を後にする。
格納庫から訓練部隊の面々が退室したのを確認した武は、先程から感じていた気配の正体を探るべく、その人物に声を掛けていた。
尤も、正体を探る必要などは無かったのだが―――

「・・・・・・月詠中尉、もう出て来ていただいても構いませんよ」

武が目を向けた場所は、何の変哲もないコンテナが積まれている格納庫の片隅。
暫くして、そこからこの場に似つかわしくない服装を纏った女性達が現れる―――

「我らの存在に気付いてらしたとは・・・・・・流石は武様ですね」
「・・・大した事じゃありませんよ中尉。それと、その呼び方…できればやめて貰えませんか?」

どう言った理由からかは知らないが、彼女は武に対し尊敬の意を表す様な口調で話しかけてくる。
この場に自分達以外、誰も居ないとはいえ彼女にこの様に呼ばれる事など未だ嘗て無かったと言えるだろう。

「そうは参りません……武様は悠陽殿下の大切な御友人の一人と伺っております。粗相があっては御無礼に当たりますので―――」

真那の口から悠陽の名前が出た事で、武は嫌でも納得せざるを得ない状況になった。
恐らく、彼女が横浜へ赴く事になった際、悠陽、もしくはそれに連なる誰かからそう聞かされたのだろう。

「―――それに先程の一件、訓練兵にはあの様に言っておられましたが、冥夜様の心中を察しての行動と見受けられました。そう言った点を鑑みても、貴方様は我々が仕えるに相応しい御方だと考えております」
「仕えるって……俺は五摂家の人間じゃないですし、ましてや斯衛の人間でもないんですよ?」
「武様はそうおっしゃいますが、我らは既に殿下からの勅命を受けておりますゆえ……」

武は一瞬、自分の耳を疑った。
殿下からの勅命……そんな話、自分は何一つとして聞いてはいない。
彼女の言う事が本当ならば、真那は悠陽の命により武に仕えるよう言われたという事になる。

「ちょ、ちょっと待って下さい月詠中尉!今、俺に仕えるよう殿下から勅命を受けたって言いましたよね?」
「はい……先日、殿下より文を賜りまして、今後は冥夜様の護衛と共に武様も御護りするよう仰せつかっております」
「俺はそんな話聞いてませんよ!一体どういう事か説明して下さい!!」
「……武様は何も聞いていないと申されるのですか?」
「あ、当たり前です!そんな事、昨日殿下にお会いした時は何も―――」

ここにきて武は、昨晩、去り際に交わした悠陽との会話を思い出していた―――

『―――そなたには度々迷惑を掛けて本当に申し訳ないと思っております』
『そんな事気にしないで下さい。俺は迷惑だなんて思ってませんよ』
『今後も此度の様な事が起こらないとも限りません……そなたの力になれる様な信頼のおける者を手配しようと考えているのですが―――』

ざっと思い返しただけでも、この最後の台詞……『信頼のおける者を手配しようと考えている』ぐらいしか考えられる物はない。
しかし、その時にきっぱりと『そんな必要はない』と断った筈だった。
という事は、既に水面下で計画は進められており、間違いなくこれは事後承諾という事に他ならない訳だ。
完全にしてやられた……これが今現在の武の心境である。
それが証拠に今現在彼は、盛大に眉を顰めながら項垂れている状態だ。

「お、御心当りがありましたでしょうか?」

心配そうな表情で、彼を気遣う真那。

「―――確かに昨日の夜、それっぽい事を言われた様な気がしますけど……」
「では、御了承頂けたと言う事で宜しいでしょうか?」

武の顔を見ながら真那は、自分自身も申し訳なさそうな表情を浮かべている。
恐らく彼女なりに武の事を気遣っているのだろう。

「ハァ……少し考えさせて下さい……って言うのは通用しないんでしょうね」

折角悠陽が自分の事を想ってしてくれた事である以上、流石に無下にする事は出来ない。
そう踏んだ武は、いくつかの条件を提示する代わりに今回の事を受け入れることにした。
その条件とは、なるべくなら自分の事を『武様』と呼ばないでほしいことなど、状況に応じて対処して欲しい点だ。
一介の衛士である彼が、大勢の前で面と向って斯衛の人間にこの様な態度で接せられる事は大いに困る事態。
ただでさえ、この若さで特務大尉という階級を与えられ、夕呼直属の部下といった肩書を持っている。
そういった経緯から、彼は横浜基地内部でもかなり有名な部類に入る人物なのだ。
これ以上厄介事に巻き込まれるのは、御免被るというのが彼の本音なのだろう。

「畏まりました。今後は武様の仰せの通りにさせて頂きます」

そう言うと彼女は、三人の部下と共にその場を後にする。

「―――絶対俺の言った通りにならないような気がする……」
『まあ良いじゃねえか坊主、あんな綺麗な嬢ちゃん達が部下になったみたいなモンだと気楽に考えろや』
「部下、って言えるんですかねぇ……って、班長!?いつからそこに?」

気付けば武の肩に手を回しながら、ウンウンと頷いている人物がそこに居た。
格納庫の主、班長の飯塚である。

「そんな細けえ事は気にすんな……ところで坊主―――」
「な、何ですか班長?」
「お前さんは普段から俺の事をあんな風に思ってたんだなあ……」
「ゲッ!は、班長……あれは誤解ですよ!!」
「ほほう、そうかそうか―――」

そう言いながら徐々に自分の腕に力を込め始める飯塚班長。

「ちょ、班長・・・・・・ぐ、ぐるじい」
「え、何だって?最近歳のせいか耳が聞こえ辛くなってきてなぁ」

完全にヘッドロックが極まった状態となり、限界の近い武はギブアップだと彼の手を叩く―――

「―――とりあえず、誤解だって言うんなら弁明だけは聞いてやるか。言ってみろや坊主」

そう言うと、少しだけ腕の力を緩める飯塚。

「は、班長の名前を引き合いに出した事は謝ります・・・・・・この機体の出自とか意味合いとか、班長もご存知でしょう?」
「まあな・・・・・・で、お前さんはあの嬢ちゃんを助けるために仕方なく俺の名前を出したってワケか?」
「理解して貰えたようで助かります」
「・・・・・・仕方ねえ、今回ばかりはあの嬢ちゃんに免じて、これで勘弁してやるよ」
「ありが・・・・・・っ!!いってぇ!!」

武の脳天に炸裂する横浜基地整備班班長飯塚の鉄拳制裁。
目から火が出るとはまさにこの事だろう。
まるで大きな岩の塊で殴られたかのような鈍い一撃は、数十枚の瓦をいとも容易く叩き割れそうな威力だった。

「さ~て、仕事に戻るとすっかなあ」
「ひ、酷いじゃないっすか班長!今さっきこれで勘弁してやるって・・・・・・」
「おう、確かに言ったぞ。だからゲンコツ一発で許してやったんじゃねえか・・・・・・ん?まだ足りねえって言うんなら、もう一発行っとくか?」
「スミマセン、ナンデモナイデス」

頭を抑え、目尻に涙を浮かべながら謝る武。
まさしく今回の一件は『壁に耳あり障子に目あり』、『身から出た錆』といえるだろう。
流石の武と言えど、そう何度も彼の鍛えられた豪腕で殴られてはたまった物ではない。

「何であんなに腕っ節の強い人が、整備兵なんてやってるんだろうな。衛士のほうがよっぽど向いてそうな気がするぜ」

周りに誰の気配も感じられなくなった事を確認すると、一人小声で呟く武。
全くもって学習能力の無い人物だと言わざるを得ないが、彼なりに今回の事は反省していた。
確かに皆を納得させるためとはいえ、飯塚班長の名前を出した事は失言だっただろう。

「っと、そろそろいい時間だな。とりあえず朝飯でも食ってから先生の所へ行くとするか」

反省もそこそこにその場を後にする武。
PXにて朝食を取った彼は一度自分の部屋へと戻った後、簡単な報告書を作成し夕呼のもとへと向かうのだった―――


・・・香月 夕呼執務室・・・

キョウスケと合流した武は、報告のために夕呼の執務室を訪れていた。
報告書を受け取った夕呼は、簡単な質問を彼らにした後、自分の中でそれらを纏めるために書類を整理している。
一応、昨日の内に簡単な報告は行っておいたため、然程報告に時間を取られることはなかったのは幸いだった。

「先生、いくつか聞きたい事があるんですけど良いですか?」
「何かしら?」
「さっき戦術機用格納庫で斯衛の月詠中尉から聞かされた事なんですが―――」

先程起こった一件を掻い摘んで説明する武。
自分は聞かされてないが、ひょっとしたら彼女なら知っていたかもしれないと考えたためだ。

「ああ、その事・・・・・・アンタ達が来る30分ぐらい前かしら?ピアティフが殿下からの親書を持ってきたわ」
「それで?」
「前々から挙がっていた話で、今はまだ本決まりってワケじゃ無いけど、丁度良い機会だから話しておくわね―――」

夕呼の口から語られた内容は、一言で言えばとんでもない物だった。
近々、帝国、斯衛、横浜基地のスタッフ内から選んだメンバーによって構成される特殊部隊が発足するらしい。
所属は横浜基地A-01になる予定だが、指揮権は夕呼ではなく悠陽。
しかし、基本的に同部隊の隊長が、独自の判断で行動する事が可能だという。
結成目的は、オルタネイティヴⅣ、ならびに天照計画の完遂のため。
そして―――

「その中のメンバーとして斯衛の月詠中尉達も入ってるってワケ。解ったかしら?」
「・・・・・・えっと、それが俺の護衛とどう繋がるんですか?」
「アンタってホント鈍いわねぇ・・・・・・」
「ワケが解りませんよ・・・・・・もっと解りやすく説明して下さい」

話の内容と真那が自分の護衛につく事の接点が見出せない武。
確かにこれだけでは話が見えないのも無理はないだろう。

「要するに、その特殊部隊の隊長としてお前が任命された。そして、月詠中尉達は殿下の命でその部隊に異動となり、お前の護衛も視野に入れて行動するよう言われたんだろう」

一瞬、武はキョウスケが何を言っているのかが理解できなかった。
武以外の二人が黙したままだったのは、彼の出方を待っているからだろう。

「・・・・・・えぇぇぇっ!お、俺が隊長ですか!?」

状況を理解した武が素っ頓狂な声を張り上げる。

「何をそんなに驚いているのよ。アンタの実績を考えればベストな人選でしょ?」
「ちょっと待ってくださいよ!実績って言っても、特に俺何もしてないじゃないですか!!」
「そんな事アタシに聞かれても知らないわよ。殿下直々の任命だし、今更覆す事は出来ないわ」

帝国の最高権力者である悠陽直々のご指名とあらば、両手を挙げて喜ぶべき事だろう。
しかし、武は素直に喜べない。
それどころか、今日は何て厄日なんだろうかなどと言う考えが頭を過ぎっている状態だ。
そんな彼の受難はこれだけで終わる筈はなかった。

「まあ、今すぐにってワケじゃないわ。近々配属される人員の選定が行われる予定だけど、それが終わるのは207訓練部隊の面々が任官してからでしょうね。それまでにしっかりと下地を整えておきなさい」
「キョウスケ大尉達もその部隊に配属されるんですか?」
「その予定は無いわ。伊隅達は勿論のこと、彼らは彼らで動いてもらう予定よ」

人員は帝国、斯衛、横浜基地の中から選ばれると聞いた。
ひょっとすればA-01自体を再編成するのかとも思った武だったが、夕呼はあっさりとそれを否定する。
現状で解っているメンバーと言えば、真那と部下の三人だけ―――
恐らく正式な発足が訓練部隊の任官後というのは、冥夜の護衛が終了するのを待ってという事だろう。
以前の世界でも、彼女の任官後に真那達はその任を解かれている。
その後、斯衛軍第16大隊に配属となった筈だが、今回はそれが新設部隊に変わったという事だ。
確かに自分はA-01所属であるが、誰かと隊を組んでいる訳ではない。
現在は試作機のテストと並行して訓練部隊の教官を務めているが、それらが終われば前線に赴く機会も増えるだろう。
となれば必然的に隊を率いる事を命じられる筈だ。
幸いなことに、配属となるメンバーは自分も良く知る人物。
今後どの様な人物が自分の下に着く事になるかは分からないが、余程の事が無い限り問題児を押し付けられる事もないだろう。

「・・・・・・解りました。正直、納得行かない部分がありますけど、頑張らせてもらいます」
「俺達も出来る限り協力するつもりだ。何かあったら相談してくれ」
「ありがとうございます大尉。それで先生、今後部隊発足までの間、俺は何をすればいいんでしょう?」

唐突に新設される部隊の隊長に任命された武。
しかし、その部隊はすぐに活動を始めるというわけではない以上、それまでどうすれば良いのかが解らないのだ。

「とりあえずは教官職と試作機のテストね」
「改型のテストですか?」
「アンタが色々とやってる間、代わりに速瀬がテストを受け持ってくれてたから問題ないわ―――」

ふと、数日前に水月に話しかけられた事を思い出す。
恐らく彼女は、自分の代わりにテストをこなしていた事を伝えるつもりだったのだろう。
そしてその埋め合わせ、もしくは何か別の物を要求するつもりでいたのではないかという考えが頭を過ぎる。
もしそうだとしたら、あの時話しぐらいは聞いておくべきだったかも知れないと、今になって彼は後悔していた。
彼女の性格を考えれば、後に引き伸ばした分だけ無理難題を吹っ掛けられる可能性が高い。

「(ヤバいな……後で中尉を探して埋め合わせをしておかないと、何言われるか分んねえぞこりゃ―――)」
「―――ちょっと、聞いてるの白銀?」

水月に対してどう対応すべきかを模索していた武は、夕呼の一声によって現実に引き戻される。

「―――す、すみません。それで、テストする機体は何なんです?」
「アンタには近々帝国から搬入されてくる新型のテストをやってもらうつもりよ」
「新型機・・・・・・ってまさか!?」
「アンタの推察どおり、武御那神斬のテストよ。元々あれの最終調整は横浜で行う手筈になってたんだけど、中々良い開発衛士が見つからなかったのよ。今回の一件で、良い人材が見つかったって先方もかなり喜んでたわ」

次から次へと明らかになる新事実。
まるで一生分の不幸が一気に押し寄せてきたような錯覚に陥る。
いくら軍人とはいえ、これだけの事を一度に指示されてしまえば誰だって気が滅入るだろう。
今の武がまさにそれだ。

「あら、どうしたの白銀?嬉しすぎて言葉も出ないのかしら?」
「そんな風に見えますか?だったら先生、一度眼科で診て貰った方が良いですよ・・・・・・」

項垂れる武を他所に、話を進めて行く夕呼。
普段の彼女ならば、武がこの様な反応をすれば間違いなく黙ってはいないだろう。
それを無視するかのように会話を続けているという事は、この状況を大いに楽しんでいる証拠なのである。
新型機のテストを行う衛士に抜擢されるという事は、簡単にいえばエースパイロットの称号みたいなものだ。
しかし、その機体が『武御那神斬』と聞かされれば話は変わってくる。
昨日の事件終了間際、些細な誤解から起こった出来事によって、正直気が進まないのだ。
そんな武の事などお構いなしに、次から次へと話を弾ませる夕呼。
現在の彼では、彼女の話す内容の半分以上を受け止める事が出来ず、右の耳から左の耳へと素通りしている状態だ。

「とにかく武御那神斬と一緒に、帝国側から何名か出向してくる予定だから上手くやんなさいよ?アンタが上手くやってくれないとアタシも恥をかくんだから……」
「―――どうせ何を言っても無駄だって事は、よ~く解りましたよ。とりあえず、自分にできる事をやらせて貰います」
「それで構わないわ。アンタにできる事を精一杯頑張りなさい……私からは以上よ」

報告が完了した事により、二人は執務室を後にする。
武はキョウスケと別れた後、急いで水月のもとへと向かった。
先程考えたように、今の内に埋め合わせをしておかないと不味いと感じたからである。

「この時間帯だと、ヴァルキリーズはPXに居る可能性が高いな……とりあえず行ってみるか―――」

時計は午前8時半を過ぎた辺り―――
基本的にヴァルキリーズの面々は他の部隊とは違い、やや遅れてPXを利用するケースが多い。
それは彼女達が夕呼直属の特殊部隊である事が一つの理由だ。
ヴァルキリーズの面々は、公に素性を明かす事が出来ない。
流石にPXなどといった多くの人が集まる場所は、そういう訳にも行かないため、彼女達はあえて時間をずらしているのである。


「あ、居た居た……速瀬中尉~」

PXに到着した武は、運良く食事用のトレーを手に取ろうとしていた水月を捕まえる事に成功する。

「なんだ、白銀か……で、朝っぱらから一体何の用かしら?」

先程まで遙と談笑していた彼女は、武の顔を見るや否や不機嫌そうな表情を浮かべる。

「そんな邪険にあしらわないで下さいよ……先日、お付き合いできなかったんでそのお詫びをと思ったんですが……」
「それで?」
「と、とりあえず、ここは俺に奢らせて下さい。この前のお詫びと俺の代わりに改型のテストをやって貰ったお礼って事で」
「ふ~ん……アンタにしちゃ豪く殊勝な事じゃない。でも私も安く見られたものよねぇ~」
「え?」
「アンタが私に詫びたいって事と、礼をしたいって事は解ったわ。でも、朝食を御馳走するってだけじゃ割に合わないって意味よ」

武は『やはりそう来たか』とほくそ笑む。
ここまでは彼の予想通り事が運んでいた。
彼女の性格からして、朝食を奢る程度で済む筈が無い事は簡単に想像が付く。

「ん~……確かにそうですよねぇ。それじゃあ、他に何かして欲しい事ってありますか?」

この一言は、ある意味博打に近いものである。
だが、その後の相手の出方とこちら側が提示する条件次第で何とかなるケースも多い。

「何でも良いわけ?」
「(よし、喰い付いた!)流石に何でもってわけには行かないですけど、俺にできる範囲内ならOKですよ」

相手の出方……すなわち、相手がいきなり条件を指定して来なかった場合である。
ここで真っ先に条件を指定されてしまうと、ほぼ間違いなくそれを実行しなくてはならない。
しかし、相手が遠慮して今の水月の様に切り返したならば、こちらのテリトリーに引き込む事が可能になる訳だ。

「そうねぇ……」

何かを考え込む水月―――
この時武は、こう言っておけば無理難題を押し付けられる事も無いだろうと考えていた。
念の為に用心はしているが、自分の手足の様に働けなどと言ったり、お前に支給される給料を全部よこせなどとは言わないだろう。
時折無茶苦茶な事を言う彼女だが、流石にそんな鬼の様な人物では無い……筈だ。

「とりあえず、今日一日私に付き合いなさい。今回はそれで勘弁してあげるわ」

どんな事を要求されるのかと心配していた武だったが、蓋を開けてみれば拍子抜けするほど簡単な事だった。

「そ、そんな事で良いんですか?」
「何よ、これじゃ不満だって言うの?」
「いや、そんな簡単な事で良いのかと思って……」
「一体アンタ、どんな事を想像してたのよ―――」

流石にさっき考えていた事をそのまま言う訳にもいかない武は、適当な事を言って誤魔化す事にした。

「―――ま、良いわ。後でシミュレータールームに来なさい。時間はそうねぇ……10時頃で良いわ」
「解りました。模擬戦ってわけですね」
「そうよ。久々に私の実力を見せつけてやるから覚悟しなさいよ?」
「お手柔らかに頼みます。それじゃ、また後で」

武は京塚のおばちゃんのもとへと向かい、水月の食事代は自分に付けておいてくれと頼むとその場を後にする。

「さてと、聞いていたわね遙?」

武が居なくなった事を確認した水月は、ニヤリと口元を緩め遙に今の出来事の確認を取る。

「う、うん……やっぱり何か企んでたんだね水月」
「企むだなんて失礼ね!私は白銀の気持ちを無駄にしちゃ悪いと思っただけよ」
「その割には悪巧みを実行しようとする悪役の様に見えますが……」
「盗み聞きなんて趣味が悪いわね。宗像、アンタも一口乗ってみる?」
「私は遠慮しておきます。中尉と白銀の邪魔をしては悪いですから」
「相変わらずねぇアンタは……まあいいわ。日頃の溜まりに溜まったストレスの捌け口も見つかった事だし、今日は命一杯楽しませて貰う事にしましょ」

彼女がそんな事を企んでいた事に気付かなかった武は、その後夜遅くまで彼女に振り回される事となった。
数時間に及ぶシミュレーター訓練に加え、延々と彼女の愚痴を聞かされ続けたのだ。
ようやく解放された武は、ふら付いた足取りで自室へと戻ると、倒れ込むようにベッドに横になる。

「お、俺が甘かった……二度と中尉にあんな事言うもんかぁぁぁぁぁっ!!」


こうして武の受難続きの一日は幕を閉じた。
しかし、彼を驚愕させる事態はこれで終わりを告げた訳では無かったのである―――



あとがき

第44話です。
今回のお話は、新展開へ向けての序章といった感じです。
新設部隊の事や月詠さんの事もそうですが、オリジナルの展開を今後も織り交ぜていく予定です。

さて、訓練部隊に配備された吹雪や烈火ですが、どの機体に誰を乗せるかを決めかねている状況です。
順当に行けばアラドや彩峰辺りを烈火に乗せるのが良いのではないかと思うのですが、如何なものでしょうか?
他力本願ですが、皆様に意見を求めたいと思います。

武御雷に関してのイベントですが、当初は原作通りに行く予定でした。
しかし、少し違った展開にしてみるのも面白いのではないかと考え、この様な描写とさせて頂きました。
流れ的には、冥夜に武御雷の事を話しに行こうとしていた月詠中尉だったが、武と冥夜の会話を耳にした事で踏みとどまった・・・と言った感じです。

月詠さんがタケルちゃんの事を武様と呼ぶのは、オルタ世界では違和感があるかも知れませんが、この世界のタケルちゃんは素性もしっかりしてますし疑われる理由もありません。
それどころか、過去に悠陽と面識があり、悠陽自身が友人の一人と考えている以上はこう言う流れでも良いのではと思った次第です。

次回以降の流れとしては、天元山噴火に伴う救助活動方面のストーリーで進めていく予定です。
が、どう言った話に持って行くかは今はまだ秘密ですw

それでは次回も楽しみにお待ち下さい。
感想の方もお待ちしてます^^



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第45話 天元山での出会い(前編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/08/03 18:37
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第45話 天元山での出会い(前編)




総戦技演習を終えた207訓練部隊の面々は、その後適性検査を終え戦術機教程へと駒を進めていた。
現在は先日搬入された練習機である吹雪や烈火の搭乗員が決定したことで、それらを踏まえた上で動作教習応用過程を行っている。

『動作教習応用教程F―――終了。各自、機体から降りてコントロールルームに集合だ』

各シミュレーターに教官であるまりもの通信が響き渡り、これにて午前の訓練は終了を告げる。

「午前の訓練はこれで終了だ。午後からはいよいよ実機訓練だが、これまでと同じ様に行くと思うなよ?実機とシミュレーターは同じ様に思えて全く違う物だと考えて事に当たれ……以上だ」
「敬礼っ!」

ブリットの号令にあわせ、まりもに向けて敬礼を行う訓練生たち。
彼女が退室したのを確認すると、ようやく緊張感が解けたのだろう。

「ふぅ……午前中の訓練もこれでやっと終わりか」
「午後からはいよいよ実機訓練だね」
「そうだな」

ブリットと美琴に釣られる様にして他の面々も雑談を始める。
そんな中、一人だけ重い表情を浮かべたままの人物がいた。

「―――なあ御剣、まだあの時の事を気にしてるのか?前にも言っただろ、別にお前が気にする事じゃないって」
「しかし……」
「悪いのは向こうなんだし、それにあの場は丸く収まったんだからそれで良いじゃないッスか」
「そうですよ、私もアラドさんの言うとおりだと思います」

冥夜が気にしている事。
それは彼女らの戦術機が搬入されてきた次の日に起こった出来事が原因だった。
例によって一部の正規兵が難癖をつけ、武御雷や207小隊に関する事を聞き出そうとしたあの事件である。


「……」
「黙ってちゃわかんねえだろう?訓練兵」

今回はこの場に武が居なかった事により、事態に気付いた冥夜が対応しようと試みたのだが、事前に策を考えておかなかったために幾分か分の悪い状況へと発展していた。
隊の仲間を巻き込んでは不味いと判断した彼女は、皆に一言だけつげた後、廊下へと出た。
そんな彼女を見つけた正規兵たちは、これ幸いと彼女に近づき、事の次第を聞きだそうとしているのであった。

「恐れながら少尉殿―――宜しいでしょうか?」
「(っ!?ブ、ブリット?)」

食事中に冥夜が席を立つ事自体珍しい光景なのに中々戻ってこない。
その事を不思議に思ったブリットが、何かを感じて廊下へと向かったのだ。
廊下へと出る直前、偶然にもそこで冥夜と正規兵が言い争いが聞こえた事で、彼女を助けようと行動を起こしたのである。

「何だ訓練兵」
「無礼を承知で少尉殿にお聞きしたい事があります」
「よ、止せブリット!!」
「先程少尉殿が御剣訓練兵に仰っていた内容は、少尉殿の個人的な興味からの質問でしょうか?」
「……あ?」

男の表情が険しい物へと変わり始める。

「あれのためにハンガー一つ占拠されてるんだ。整備兵もあの特別機の点検を行ってる。その事情を知る権利があたしたちにないとでも言うのか?」
「聞けばお前ら、随分とワケありの特別待遇らしいじゃねえか……そこんとこもキッチリ説明してもらいたいもんだな」
「……それは武御雷やその搭乗衛士のことを調べろ……という任務を受けているということですか?」
「お前がそれを気にする必要があるのか?いいから訓練兵は言われた事に答えてりゃいいんだよ」

正規兵が睨みを聞かせるなか、全く動じる事もなく受け答えをするブリット。
明らかに理不尽な問いに対して、彼はどう答えるべきか悩んでいた。

「……少尉殿、あの機体や我々に関する事をお答えする事は出来ません」

そんななか口を開いたのは冥夜だった。

「何故だ?こう聞かれたらそうやって答えるよう命令でもされているのか?お前らは」
「そうではありません……」
「だったら答えろ」
「ですから答えられないのです」
「……いい加減にしろよこのガキがっ!」

男が冥夜へと詰め寄り、胸倉を掴み締め上げる。

「お前らは自分達の立場ってもんが解ってねえみたいだな。訓練生風情が調子に乗ってんじゃねえぞ?」
「……」
「そうやってダンマリを決め込んじまえば済むと思ってんのか!?」

なおも口調を荒げて冥夜に詰め寄る男。

「止めて下さい少尉!」
「黙ってろ米国人!俺は今、こいつに聞いてるんだ。それとも何か?こいつの変わりにお前が答えるとでも言うのか?」
「そ、それは……」
「答えられないんならアンタは黙ってなボウヤ」
「自分はボウヤじゃありません。ブルックリン・ラックフィールドと言う名前があります!」
「……男らしいねぇブリット君。さしずめお姫様を守るナイトと言ったところか……だったらそういう風に扱ってやるよっ!!」

男は乱暴に冥夜を突き飛ばしたかと思うと、そのまま勢いよくブリットに殴りかかってきた。
この程度の踏み込み具合ならば彼にとってかわす事は造作も無い事だろう―――
しかし、そんな予想に反して廊下に響き渡る鈍い音。
そう、彼はあえて避けなかったのだ。
ここで避けてしまえば後々になって更に難しい問題へと発展してしまう可能性が高いと踏んだため、あえて彼はわざと男に殴られるという選択肢を取ったのである。

「ブ、ブリット!?」
「―――大丈夫だ御剣。この程度のパンチ、たいした事じゃない」
「カッコいいねぇ……少しは骨があるじゃないか」

殴られた頬は薄っすらと赤みを帯びてはいるが、微妙に打撃のポイントをずらした事で殆どダメージは受けていない。

「俺のパンチがたいした事ないか……言ってくれるじゃねえか……よっ!!」

ブリットの言動に男は余計に腹を立てたのだろう。
続け様に2発、3発と拳を彼に向けて見舞ってくる。
だが、ブリットは抵抗もしなければ止めろとも言わない。
ずっと相手を睨みつけたままそれらに耐えていた。

「……何だその目は?言いたい事があるなら言ってみろよ」
「―――もう宜しいでしょう?階級を盾に個人的な憂さ晴らし……少尉に与えられた権限や力は、守るべき人達を守るためにあるんじゃないんですか!?」
「……言ってくれるじゃねえか訓練兵。階級は関係ねえ、かかって来いよ」

ファイティングポーズをとりながら右手でクイクイと手招きをする男。
しかし、ブリットは相手と殴り合いをするつもりは毛頭無い。
自分の立場もある、そして何よりここで目の前の男を殴ってしまえばそれこそ相手の思う壺だ。
自分が殴られ続けていれば、少なくとも冥夜には被害は及ばない。
そして飽きるまで殴られ続ければ、それで上手く行くと彼は考えていたからだ。
世の中はそう甘いものではないが、幸いな事に男の打撃はたいしたものではない。
十分に見切ることが可能だし、よほど不意を突かれない限りは大丈夫だと判断した結果だった。

『そうか……ならばやらせてもらうとしよう』
「えっ?」

不意にブリットの背後から聞こえた声―――
それを確認しようとした矢先、彼の目の前に居た正規兵は何者かによって殴り飛ばされていた。

「何だ、この程度のヤツに良いようにやられていたのか?ブルックリン・ラックフィールド」
「あ、アクセル中尉!?」

意外な人物の介入に驚くブリット。
そして、隣に居た冥夜は一体何が起こったのか理解できないでいる。

「丁度良いリハビリになるかと思っていたんだが、な……さて、そこのお前……経緯は知らんが、ここで何をやっていた?」
「い、いえ……別にたいした事では……」
「ほう、大した意味もなく、ただ単に訓練兵を甚振っていた……ということか」

冷たい目つきで足元にしゃがみ込んでいる正規兵を見るアクセル。
鋭く、そして殺気に満ちたようなイメージを与えるその眼光は、相手を威嚇するには十分な威力だろう。
正規兵たちは先程までとは打って変って大人しくなっている。

「ちゅ、中尉殿。我々が悪いのです……少尉殿たちは……『貴様は黙っていろ。今俺はこの男と話をしている、これがな』……申し訳ありません」

冥夜もまた、彼の放つ怒気に気おされていた。

「何か言いたい事はあるか少尉?」
「い、いえ」
「そうか……なら今回の件に関しては、見なかった事にしてやろう……だが、今度またこのような事を起こせばどうなるか……解るな?」
「グッ、しかしっ!」
「なるほど、これだけ言ってまだ解らんというのなら……『そのくらいにしておいたらどうだアクセル中尉』……伊隅大尉か……邪魔をしないで貰いたいものだな」
「ここで私が止めなければ更に事態が悪化しかねんからな……スマンな少尉、部下に代わって詫びさせてもらう」

部下と言う表現はあまり正しくは無い。
確かにアクセルは彼女と同じA-01所属だが、彼はヴァルキリーズのメンバーではないからである。

「俺はあんたの部下になった覚えはないんだが、な……まあいい、ここは大尉殿の顔に免じてやるとしよう」

それだけ言うとまるで何事も無かったかのようにその場を後にするアクセル。
大尉の階級章を着けた人物が現れた事で、流石にこれ以上拘わるのは不味いと判断したのだろうか。
正規兵の二人もまた逃げるようにしてその場を後にしていた。

「大丈夫か訓練生?」
「問題ありません。一応打撃点を微妙にずらしてたんでダメージ事態はたいした事無いです」
「そうか……だが、正規兵と問題を起こした事に関しては、あまり褒められる事ではないな」
「すみません大尉殿」

軍隊と言う所は階級によって支配されていると言っても過言ではない。
今回の一件は、明らかに向こう側に非があるとはいえ相手は正規兵だ。
正規兵と訓練兵、立場で言うならばブリットたちの方が下だという事は言うまでもない。
その訓練兵が正規兵と言い争い、何かしらのトラブルを起こしたとすれば、彼らの監督不行き届きとして上官であるまりもにも被害が及んでしまうのである。
そんな事、ブリットにしてみれば十分承知している事なのだろうが、あえて彼はそれを無視して仲間である冥夜を守ろうとした。
そういった彼の仲間を想う気持ちは賞賛に値する物だが、それが通じるほど軍隊は甘いものではないのである。

「みちるお姉様ったら、素直じゃないわねぇ……もう少しブリット君を褒めてあげても良いのに」
「……中尉、その呼び方は止めてくれと言ったばかりだろう?それに今回の一件はそういう訳にも行かん」

非常に聞き覚えのある声、意外な事に伊隅と共に現れたのは彼も良く知る女性、エクセレン・ブロウニングその人だった。

「ホント、お堅いわねぇ……でもブリット君、カッコ良かったわよ。お姫様役が冥夜ちゃんじゃなくてクスハちゃんだったら良かったのにね」

ニヤニヤと笑みを浮かべながらブリットをからかうエクセレン。

「な、何でそこにクスハの名前が出てくるんですか!?……それよりもエクセレン中尉、今日はキョウスケ大尉と一緒じゃないんですね」
「さっきまでは一緒だったわよ。模擬戦の一環で、こちらの伊隅大尉達の部隊と合同訓練をやってたんだけど、何だかお姉様と意気投合しちゃってね。これから一緒にお昼に行く所よ」
「なるほど」

伊隅とエクセレン、一体どんな事で意気投合したんだろうか―――
これが水月とエクセレンなら何と無く解らない事も無いのだが、非常に真面目な性格で通っている伊隅とエクセレンの接点がまるで見えないのだ。
後にエクセレンが語った事実により、ブリットの中での伊隅のイメージがガラリと変わってしまう事になるのだが、それはまた別の機会に述べさせていただくとしよう。

「それよりも、そんな顔のまま皆の所へ戻るわけにもいかないでしょ?悪いんだけど冥夜ちゃん、ブリット君を医務室へ連れて行ってくれるかしら?」
「は、はい」

不意に呼びかけられたことでハッとした冥夜は、エクセレンに言われたとおりブリットに手を貸しながらその場を後にする。
医務室へと向かう道中、先程の事を謝るために冥夜が口を開く。

「……本当にすまないブリット」
「別に謝る必要なんて無いさ。俺達は仲間だろ?」
「仲間だからと言って済む問題ではない……そなたがそこまで酷くやられる必要は無かったのだ」
「大丈夫だって、本当にたいしたダメージは受けてないんだ」

それが証拠にと、わざと大げさな動きをつけながら怪我を負っていないという事をアピールするブリット。
しかし、冥夜の表情は一向に明るくなる気配は無い。
本来ならばあそこで殴られているのは自分だった筈。
それを自分の不甲斐無さが原因で仲間を傷つけてしまった事を彼女は悔いているのだ。

「……実際の所、あの武御雷やお前達の待遇に関する事なんて俺もよく解ってないんだ。だから答えようが無かった」

沈黙が続いているなか、徐にブリットが口を開いた。

「それにあの正規兵のやり口が気に入らなかったっていうのは俺自身の意思だからな。君が気に病む必要は無いよ」
「しかし……」
「もう止めにしよう……これ以上俺達が言い争っても話は平行線のままだ」
「……」

冥夜はそれ以上何も言い返すことが出来なかった。
これ以上彼に詰め寄ってしまえば、彼の行為が無駄になってしまいかねないと判断したからである。
そしてその後、ブリットと冥夜の二人はまりもに呼び出され注意を受ける事となる。
幸いな事、と言っては不謹慎かもしれないが、今回の事は伊隅達がまりもや相手側の上官に執り成してくれたことで大きな問題に発展する事は無かった。
一応の処置として、二人には一日だけ自室での謹慎処分が言い渡されたのみ。
正規兵側はどうなったかまでは彼らの知る由も無いが、これだけの処分で済んだのは間違いなく伊隅達のお陰だろう。
後日、謹慎処分を受けた事に対して他の訓練舞台の面々は驚いてはいたが、詳細を聞いた事によりほとんどの者が納得する事となったのだった―――


「それよりもブリット君、傷の方はもう大丈夫なの?」
「ああ、元々たいした怪我じゃなかったしな」
「でも、こんな事は今回限りにしてちょうだいよ?今回の一件で私達が一部の正規兵に……いえ、周囲の人達にどう思われてるかがよく解ったと思うけど、あまり目立った事は起こさないに越した事は無いんだから」

千鶴の言い分も一理ある。
確かに207訓練部隊の面々は、その出自や待遇など、訓練兵にしてはおかしな点も多い。
その事を快く思っていない者も存在しているという事だ。

「でもさ千鶴さん、逆に俺達はスゲェんだぜってのを見せ付けて納得させるってのもアリなんじゃないッスか?」
「確かに貴方の言う事も一理ある。でもね、私達は今は訓練兵……階級も持たない私達がそんなことをしてしまえば余計にそんな人が増える可能性があるわ」
「……榊らしい考え方だね」
「あら?私の考えに同調するなんて、貴女にしては珍しいわね?」
「別に同調しているわけじゃない。優等生らしい榊らしい考え方だと思っただけ」
「何ですって!?」
「私も慧の意見に賛成」
「ラトゥーニまで……そう、貴女も私の事をそんな風に思ってたのね」

意外な人物からの意見に表情を曇らせる千鶴。

「そうじゃない。今の千鶴の言い方だと、自分達は優れていると言っている様なもの」
「そうですわね。多分慧もそれを言いたかったんだと思いますの」
「……確かにそうかもしれないわね。ごめんなさい、もう少し言葉を選ぶべきだったわ」

確かにアラドの問いに対して、今の答え方ではそう取られても仕方ないだろう。
今までの彼女ならば、ここでこうしてワンクッション置いた意見のやり取りは出来なかったに違いない。
少しずつではあるが、隊全体にこうした兆候が見られていることは非常に良い点だ。
皆から出た意見を素直に受け止め、そしてそれを踏まえた上で意見をまとめる。
この場に武が居たならば、間違いなく喜んでいたに違いないだろう。

「さて、休憩時間をこれ以上浪費するのは勿体無い。さっさと飯にして午後からの訓練に備えよう」
「そうッスね。あ~腹減ったぁ」
「もう、アラドったら……」


そして彼女らはシミュレータールームを後にし、午後からの訓練に備える事となる。
午後からの実機訓練は比較的簡単なもので、シミュレーターと実機の違いを体験し、その上での微調整を行う程度の物だった。
流石にシミュレーターとは違い、体感するGや高速時の旋回などによる慣性などにてこずる部分も見られたが、殆どの者は訓練が終了する頃にはそこそこの動きを行えるようになっていたという。
そして数日後、彼女らはついに実機を用いての訓練の一環として天元山を訪れる事となる―――



「わからない子だね、まったく!!いいかい!あたしゃここを離れるのはお断りだと言ったんだ!!」
「わかんないのは婆さんの方だろ!そこの天元山はもう噴火寸前なんだよ!危険なんだから俺達の言う事を聞いてくれよ!!」
「ふん!」

先程から老婆とやり取りを行ってるのはアラドだ。
207訓練部隊初の戦術機を用いた任務として与えられたのは、天元山近辺に不法滞在している住民の救助活動。
旧天元町周辺を中心に再三の退去通告を無視している住民達を安全に避難させる事を目的としている。
だが、あくまでこれは表向きの事であり、本来は12.5事件を未然に防ぐための処置だった。
無論、この事を知っているのは極一部の人間のみなのだが―――

「目上の者に対する口のきき方も知らないのかい!」
「……そこの天元山が噴火寸前で危険なんです。お願いですから自分の言う事を聞いて避難してください」
「やればできるじゃないか。でもね、あたしゃ絶対にここを離れないよ!!」

何度も説得を試みるが、一向に首を縦に振ろうとしない老婆。
今回の任務はまりもがCP要員を務め、武は各現場を移動しながら指示に当たっている。
作戦範囲も広く、避難させなければならない住民も多い事を考慮してエレメントを組んでいるのだが、今回は珍しい組み合わせとなっていた。
B、C小隊の面々を意図的に振り分けているのである。

「物分りの悪い婆さんだな……」
「何だって!?誰が物分りが悪いってんだい!!」
「婆さんだよ!婆さん達を退避させるために一体どれだけの兵士が命張ってると思ってんだよ!!」
「誰も頼んじゃいないよ!放っといとくれ!!」

問題は山積―――
これがアラドが率直に感じたものだ。

「よさぬかアラド!」
「うっ……だってさぁ冥夜さん(ったく、何で俺が睨まれなきゃならないんだよ……)」

今回最大の問題は冥夜だった。
元々彼女は、この作戦には余り乗り気ではなく、納得も行っていない様子だ。

「ご老人、どうかお許し下さい。この者に代わり、非礼をお詫びいたします」
「な、何で謝るんだよ冥夜さん!?」
「そなたは少し黙っていろ」

何故彼女を問題だと彼が感じているか―――
それはこの場に来るまでに数人の住民を相手にした際、異常と言っても良いほどに彼らの肩を持つのだ。
確かに無理やりに避難させる事は、アラド自身も心地よいものではない。
かといって彼らの言い分を全て聞いていては、その分だけ無駄に時間を浪費してしまう事にも繋がる。
これまでは何とかこちら側の説得に応じてくれる人ばかりだったが、それらは全て彼女が説得したと言っても良い。
そして、その度に疑問に感じていた事がもう一つ―――

「何だい?礼儀知らずの兵隊さんの次はばかに改まった……!?」

老婆がそう言い掛けた直後、またしてもこれまでと同じ現象が起こった。
冥夜の顔を見た人達の殆どは、何故か同じ様に何かに驚くような表情を浮かべ、態度を一変させるのだ

「あ、あんた……いや、貴女様はもしや!?」
「(またかよ……)冥夜さん、知り合いなんですか?」
「いや……だが、この方も大切なお方だ」
「(この婆さんも大切な人か……一体何だってんだ?冥夜さんの顔を見た途端皆これだ……)」

アラドがこのような疑問を浮かべるのも無理は無いだろう。
そして、何故冥夜の顔を見た人達がこの様な行動を取るのか―――
それは彼女をある人物と間違えているからである。

『煌武院 悠陽』

日本を統べる政威大将軍にして『御剣 冥夜』の双子の姉。
実際に会った事も無ければ顔も見たことが無いアラドにしてみれば何故と考えるのが普通だろう。

「も、勿体無いお言葉!!」

そんな事を考えているアラドを他所に、その場にしゃがみ込み頭を下げる老婆。

「お、おい婆さん!?」
「も、もし!」

唐突な事に驚く彼らの事など関係ないといった様子で老婆は頭を下げながら口を開く。

「生きている内にこの様な日が来ようとは……ありがたや……」
「か、顔をお上げ下さい!」
「畏れながら!畏れながら、何卒この老いぼれの願いをお聞き届け下さい!!直訴が大罪である事はもとより承知の上でございます!!」
「(オイオイ、何だよこれ……それより直訴って……)」

もはやアラドは驚きを通り越して現状が理解できなかった。
これまで冥夜の顔を見て驚く者は居たが、今回の様に頭を下げこのような行動に出た人物はこの老婆が初めてだったのだ。

「この家はあたしと亡くなった主人が苦労して建てた家でございます!ここで育った二人の愚息達は今でも御国の為に前線で戦っております!!」

老婆の悲痛な叫びが木魂する。

「あたしは愚息達にここでずっと待つと言いました!いつまでもここで待っていると……愚息達はきっと……きっとここに帰ってくるんです!」
「……っ!!」
「どうか!!どうか愚息達の帰る場所だけは奪わないで下さい!お願いでございます!お願いで……」
「け、けど!!火山が噴火したら息子さん達を待つも何も無いじゃないかよ!」
「……あたしらは大丈夫でございます。御守岩が必ず守って下さいから……」
「御守……岩?」
「あそこに聳える大岩がそうでございます……山の神様が御宿りになられる岩でございます」
「なっ!?そんなの迷信に決まって……『よせアラド!!』……でも!!やっぱり駄目だ!例えそれが婆さんの願いだったとしても……」
「……」

冥夜は何も言わなかった―――
彼女もアラドの言い分は理解しているのだろう。

「やっぱり俺は納得できねぇよ!なあ婆さん……『もしそれで駄目なら……』……っ!?」
「それは仕方の無い事でございます。ここで生まれたあたしらは……ここで土に還るのが相応しいんです」
「(な、何でそんな事が言えるんだよ……一体何がこの婆さんにそこまで言わせるんだ?確かにここで息子さん達を待っていたいって言う婆さんの気持ちは解る。でも、死んじまったらそれまでじゃないか……例えここじゃなくても婆さんが居る所が息子さん達の帰る場所じゃないのかよ……)」

言葉に出してしまうのは簡単かもしれない。
だが彼は、そうする事ができなかった。
老婆の意思は固い。
そして、その意思を自分達の都合で無理やり捻じ曲げる事は出来ないと察したからだ。

「……婆さん、あんたの言い分は解った。でも、俺は婆さんを死なせたくない……これだけは覚えておいてくれ」
「アラド……」
「一度機体に戻って本部に報告してきます」
「ああ」


冷たい冬の風が吹き荒れるなか、これまでに無い経験、そして選択肢を迫られる事となったアラド。

「クソッ!一体どうすりゃいいんだよ!!」

コックピット内に彼の悲痛な叫びが木魂していた―――



あとがき

第45話です。
かなり間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
今回から天元山での救助活動編です。
一応原作に沿った流れで行く予定ですが、折角なのでちょっとアレンジを加えようかと考えてます。
そのためのアレンジその1として武ちゃんに代わり、冥夜とコンビを組むのはアラド君です。
ちなみに他チームはと言うと、千鶴とラトゥーニ、彩峰とゼオラ、たまとアルフィミィ、美琴とクスハ、霞とブリットといった組み合わせです。
まりもちゃんはCPにて指揮、武ちゃんは問題の起こった地点への対処のためフリーとさせて頂いてます。
ちなみに月詠さんたちも陰ながら救助活動に参加してると言う設定です(笑)

次回は救助活動編中編をお送りいたしますので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方、お待ちしてますm(__)m



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第46話 天元山での出会い(中編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/08/04 00:13
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第46話 天元山での出会い(中編)




『そっちの状況はどうだ?』

天元山より離れた森林地帯。
そこで二人の男が何やら通信機越しにやり取りを行っている。

「ああ、機体各部に損傷とかの問題は無いみたいだ。それよりも近隣の基地への連絡はついたのかよ?」

どうやら彼らは味方とはぐれたことで困惑している様子だ。

『駄目だな……ここが日本だという事は間違い無さそうだが、確定するには情報が少なすぎる』
「他の奴等は?そっちにも連絡はつかないのかよ?」
『レーダーのレンジを最大にしているが、マーカーは確認できん。だが、何やら動体反応の様な物は検知できた』
「さっきの怪獣みたいな奴等じゃ無いのか?」
『いや、反応は生物と言うよりは機動兵器に近いものだ。サイズから言って恐らくPTかAMといったモノだろう』
「なるほど、とりあえずそいつらが味方だったら何かしらの情報が得られるかもしれねえ。情報収集を兼ねて移動するとしようぜ」
『了解だ。こちらは索敵に集中する。もし敵と遭遇した場合は頼むぞ』
「任せとけって」

二人は情報収集の為にその場を後にする事を決め、移動を開始する。
一方、天元山周辺の207部隊はと言うと―――


『―――そうか、一応事態は理解した。お前と冥夜は引き続きその婆さんの説得を続けてくれ』
「了解……なあ、タケルさん」
『どうしたアラド?』
「俺には解んねえよ……確かに婆さんの言いたい事も一理ある。でもさ、死んじゃったらそれまでじゃないか」
『……そうだな、お前の言うとおり死んじまったらそれまでだ』
「だったら……っ!!」

そこまで言いかけてアラドは何故か思い止まった。
この先を口にしてしまえば、自分の意見をあの老婆に押し付けざるを得なくなってしまうからだ。

『とりあえず、その婆さんはお前と冥夜に任せる……それとあまり良くない話になるんだが、火山活動の活性化が予想以上に早い速度で進行しているんだ。今直ぐにってワケじゃ無いけど、予定よりも時間は無いと思っていてくれ』
「……解りました」
『月並みな言葉しか言え無いけど、頑張れよアラド』
「ハイ……」

通信を終えたアラドはもう一度考えてみる事にした。
しかし、一向に良い考えは浮かんでこない。

「(あの婆さん、冥夜さんを見て土下座してたよな……冥夜さんの事はよく分からないけど、あんなのを見せられたらあの人が偉い人なんだってのは俺でも解る)」

先程の光景を思い出しながら冥夜について考えるアラド。

「(……冥夜さんが婆さんを説得してくれたら上手く行くかも知れないけど……『アラド、少し良いだろうか?』……冥夜さん?)あ、ハイ。何かあったんですか?」
『……そなたの事だ、今回の任務で人々の私に対しての態度を見て困惑しているのではないかと思ってな』

まるで自分の考えている事などお見通しだと言わんばかりの彼女の発言に驚くアラド。
しかし、何故かその事を聞いてはいけないような気がした。
喉元まで出掛かったその言葉を無理やり胸の内へとしまい込み、何事も無かったかのごとく振舞おうと決めて彼女に答える。

「まあ、確かに驚かされる事ばっかですけど、別に気にして無いッスよ」
『そうか……』

モニター越しの冥夜の表情は何かを言うべきか迷っている……その様に感じ取れた。
やはりこの疑問は、今彼女に問うべきではない。
そう確信した彼は、強引に話題を変える事にした。

「……一つ良いですか?」
『何だ?』
「冥夜さんは何であの婆さん達を大切な人だって言うんです?」
『……私は人々を守りたいと想い衛士を志した。そして日本人の魂を……志を守りたいのだ。人々の居ない国は無いのだからな』
「だからあの婆さん達のことを大切な人だって言うんですね」
『ああ……』

魂、そして志、言葉にしてしまえば簡単なものだが、その想いはそれほど単純なものではない。
その想いを貫き通すには、並大抵の覚悟では実現させる事は不可能に近いのだ。
そして、時には犠牲にせねばならぬものも出てくる事も事実―――

「で、でもさ!このまま火山が噴火しちまったら……冥夜さんが大切に思ってるあの婆さんは死んじゃうんだぜ!?」

この時アラドは、心の中で一番最悪の答えが彼女から返って来ない事を願っていた。
しかし―――

『私は……あのご老人が亡くなるかどうかは、正直あまり問題ではないと思っている』
「ッ!?な、何を言ってるんですか冥夜さん!!」

彼女の口からこれだけは聞きたくなかった。
そして彼は―――

「あの婆さんは、冥夜さんの大切な人じゃなかったのかよ!?あんたはああいう人を守りたくて、そしてあの婆さんみたいな日本人の魂を守りたかったんじゃなかったのか!?」
『……話は最後まで聞いてくれ……命があれば良いという単純な問題ではないのだ……ご子息は前線に赴き、ご主人は既に亡くされ、死ぬならばこの土地でと言っておられた。このまま強制的に避難させても、待っているのは食料の配給もままならない難民キャンプだ』
「それでも……死んじまったら―――」
『そなたも考えてみて欲しい。自分の大切なものが……自分の意思とは無関係に奪われてしまうのだ』
「自分の……大切なもの……」

彼女の一言が、彼の胸に響き渡る。
大切なものが奪われる事……自分もかつて同じ様な経験を味わった事を思い出したのだ。

「(同じなのか?俺にとってのゼオラやラト、それに姉さんとの思い出と婆さんにとってのこの土地……)」

スクールで姉や妹達と過ごした日々。
辛い事もあった―――
しかし、それ以上に楽しかった思い出も沢山ある。
もしもそれらの思い出を理不尽なやり方で奪われたとしたら―――

「(それは―――俺達が奪っていいものなのか?たとえ婆さん達を避難させたとしても火山が噴火したら……もうそれは永遠に奪われたままだ。婆さんはあの大岩が守ってくれるって信じて、そして息子さん達をずっと待っているのに……)」

そしてつい最近、自分も似た様な経験をしている事を思い出すアラド。

「(俺だってそうじゃないか……姉さんが失くしてしまった俺達との思い出。それが永遠に奪われたままなんてイヤだ!)……ゴメン、冥夜さん。冥夜さんのお陰で気付かされた事があった……確かに奪われる事は辛い」
『アラド……』
「俺、今になって気付いたんですよ。俺もあの婆さんと同じなんだって……自分に置き換えて考えればスゲェ簡単な事だったのに……ハハハ、やっぱ俺って頭悪いよなぁ」
『どういう意味だ?』

アラドは冥夜に打ち明ける事にした。
自分達の姉の事、そして彼女が記憶を失い自分達の事を全て忘れてしまっている事、それを取り戻すと心に誓った事―――

『そうか、あの凪沙殿がそなた達の姉上だったとはな』
「姉さんの事知ってるんですか?」
『記憶を失くし、帝都を彷徨っていた際に保護されたと聞いている。アラド、帝国斯衛軍の月詠中尉は知っているか?』
「ええ、少し前に色々と世話になりましたから。それに月詠中尉自身から姉さんが月詠家の養子に入ったってのも聞いたッス」
『凪沙殿を月詠家の養子に迎えてやってはどうかと提案したのは私の姉なのだ』
「え?それってどういう意味ですか?」
『私は故あって自分の素性を公に晒す事は出来ん……だが、そなたには話しておこうと思う』

先程知りたいと思っていたが、聞いてはいけないと思ったこと。
本当に聞いて良いものなのかと考えるが、そんなアラドを他所に冥夜は自身の素性を語り始める。
その内容は、彼を驚愕させるには十分な物だったのは言うまでも無い。

「……良いんですか?俺なんかにそんな事を話しても」
『本来ならばおいそれと人に話して良いものではないのだがな。そなたの人となりを信じて話させてもらった』
「ゲ、なんかスゲェプレッシャー感じるんですけど」
『それほど難しく考えずともよい。いずれ皆にも話さねばならぬと思っていた事だからな……早いか遅いかの違いだ』
「それもそうッスね……『HQより各機!』……っ!?」

突如として開かれる通信。
それはHQに待機しているまりもからのものだった。
その通信が開始された直後、モニターにはデータリンクを解した溶岩ドーム周辺の状況が映し出される。

『観測隊より報告、溶岩ドームに亀裂が確認された。天元山本山は、12時間以内に噴火する可能性が非常に高い。よって、作戦期限を明朝07:00に繰り上げる。各自指定された時間までに住民の避難を完了させるよう心がけよ……以上だ』
『02了解!』
「09了解ッス!……冥夜さん!!」
『ああ、状況はかなり悪い方へと傾いているようだ。私は周辺区域の探索を行ってくる。そなたはご老人の説得を続けてくれぬか?』
「いや、婆さんの説得は冥夜さんにお願いするッス。俺だと感情的になってまた婆さんと口論になりかねないですからね。それに吹雪より俺の烈火の方が搭載されてるセンサーの分探索に向いてますから」
『解った。だが、くれぐれも無理はするなよ?』
「了解!!」

待機状態を解除し、その場を後にするアラド。
目的は退避ルートの探索と火山が噴火した場合のマグマの流出箇所の予測である。

「山頂はあそこ……噴火した場合、ほぼ間違いなく婆さんの家の方へ溶岩が流れてくるな」

コンソールを操作し、山頂付近やその周辺のデータを表示させながら作戦を考えるアラド。

「あそこの谷、あれを塞き止める事が出来れば最悪火山が噴火しても婆さんの家の方への溶岩流は防げるけど……」

モニターに表示されている画像を拡大させ、何とか塞き止める方法がないかと模索するが、思いつく方法はたった一つしか無い。
だがそれは、戦術機単体で行うには不可能に近かった。
そう、彼が思いついた作戦とは、かつて武と冥夜が別世界で行った御守岩を用いて塞き止める方法だ。
しかし、現在彼の烈火に装備されている武装では、大岩の表面を削る事は出来ても崩す事は不可能。
この場に特機クラスの機体があれば簡単に行えたかもしれないが、今は無いもの強請りをしている状況ではない。

「ゼンガー少佐なら一刀両断!とか叫んで真っ二つなんだろうけどなぁ……ん?何だあれ?」

一瞬、モニターに何かが写った様に感じたアラドは、急いで谷の周辺を拡大表示させる。

「……気のせいか?一応熱感知センサーとかも使って調べるか……動体反応?人……いや、違うぞこれ!!」

アラドは急いでライブラリのデータと先程感知した物の照会を開始する。
そこに映し出された答え、それは最悪の物だった―――

「こちら09!HQ至急応答してください!!」
『こちらHQ、どうしたバランガ?』
「教官!BETAです!!」
『な、何だと!?それは本当なのか?』
「現在確認中ですが、多分間違いないッス!!今からデータを送信するんで確認して下さい!!」

ありえない事態に驚きを隠せないまりも。
送られてくるデータを確認した事で、アラドの見た物がほぼ間違いなくBETAだと言うことが裏付けられる。

『バランガ、落ち着いて聞け……貴様が確認したBETAは小型種に属するタイプだ。闘士級と兵士級……このまま奴等を野放しにしてしまえばどうなるか、解るな?』
「退避中の住民や避難誘導に当たってる兵士が危ないって事ぐらい俺にでも解りますよ!幸いな事に小型種ばかり、このまま一気に奴等を蹴散らします!!」
『待てバランガ!いくら敵が小型種とはいえ、貴様にはまだ実戦は早い!!今、白銀大尉に現場に向かってもらうようお願いした。貴様は直ぐにそこから退避しろ!!』
「大丈夫ッス!訓練以上にやって見せますよ!!教官は他の皆に状況を伝えてくださいッス。以上、通信終わり!!」
『待て!話はまだ……』

そう言って一方的に通信を切るアラド。

『クッ、馬鹿者が!HQより各機!緊急事態だ!!』

完全な命令違反―――
これが意味するものは誰にでも解る事だ。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
各自にBETA出現の報を伝えたまりもは、即座に待機していた斯衛軍の月詠中尉に現場へ向かうよう打診すると同時に横浜への応援を要請する。
だが、応援が到着するまでに時間はかなり掛かるだろう。
それまでに犠牲者を出さないようにするにはどうすれば良いか―――
選択肢は自ずと限られてしまう。
そう、住民の強制退去だ。
出来ればとりたくなかった最終手段だが―――


「何でお前らがこんな所に出て来るんだよっ!ここは婆さん達の大切な場所なんだぞ!!」

BETAを確認した地点に急降下したアラドは、突撃砲から36mmを乱射し次々と小型種BETAを肉塊へと変えて行く―――
未だかつてBETAがこの様な地点で確認されたという事例は無い。
それが証拠に、天元山周辺は緑に覆われた自然豊かな土地だ。
BETAが通過した場所の自然は尽く破壊され、大地は平坦な物へと変えられるからである。

「絶対にここから先へは行かせねえ……来やがれ!俺が相手になってやる!!」

なおも突撃砲を乱射し続けるアラド。
36mmだけではなく、手持ちの120mmも総動員して一気に敵を殲滅していく。
あらかたの敵を殲滅し終え、あと少しだと思ったその直後だった―――
突如として起こる大きな地響き。
最初は火山噴火に伴う地震かとも思ったが、それにしては規模が小さい。

「クッ、地震じゃないのか!?」

彼がそう呟いたとほぼ同時に地面が爆ぜる。

「なっ!?」

自分の約数十メートル先に現れたのは要撃級だった。
数にしておよそ十体―――
そして、それらに続くようにしてその周辺に展開し始める戦車級。

「俺ってホントついて無いよなぁ……けど、ここで引き下がるわけには行かないんだよ!!」

突撃砲を投棄し、両腕の旋棍を構えるアラド。
これだけの数の敵を相手にしなければならない場合、距離を取って一体ずつ確実に仕留めていくのがセオリーだ。
しかし、彼はそれを行わなかった。
いや、行えなかったのである。

「突撃砲は弾切れ……残った武器は短刀とこのトンファーのみ……タケルさんが来てくれるまで持ちこたえねえとな」

意を決した彼は、一番近くに現れた要撃級に向けて突撃する。

「アルブレードと似たような俺向きの機体でよかったぜ……うおおおおおっ!!」

勢いに任せ、すれ違い様に二体の要撃級の側面を切り裂くアラド。
着地とほぼ同時に機体を反転させ跳躍すると、今度はその背後に居た敵に向けて急降下。
両腕のトンファーを振り下ろし、一瞬にして三体の要撃級を仕留めた事を確認すると、彼は一旦距離を取ろうと試みる。
しかし、それを許す敵ではない。
一目散に得物へ向けて群がる戦車級。
これだけ多数の敵の中に烈火一機で突撃しているのだ。
囲まれない筈は無い。

「俺は死ねないんだよ!生き残るのはこっちのほうだぜ!!」

次々と飛び掛ってくる戦車級を旋棍で両断していく烈火。
深紅に彩られていた機体が、徐々にBETAの返り血で紫色へと変貌していく。
そして、一瞬の隙を突いて機体を跳躍させると彼は敵との距離をとった。
まるで鬼神の如きその戦いぶりを誰かが見ていたならば、その誰もが彼の動きを賞賛していたに違いない。
それほどまでに彼の動きは凄まじい物だった。

「ハア、ハア、ハア……クソッ、キリがねえ……タケルさんはまだなのかよ?」

彼の土壇場での爆発力は、エースパイロットと称される者達に匹敵するとまで言われたことがある。
しかし、それほどの腕前を持っていたとしても体は正直に反応する。
人は限界以上の力を出し続ける事は出来ないのだ。
辛うじて今は持ち前のタフさで凌いでいるものの、このまま疲弊し続ければ間違いなく待っているのは死。
だが、そんな彼のことなどお構い無しにBETAは仕掛けてくる。

「このおっ!!」

要撃級の攻撃をかわし、側面に居た戦車級を一体沈黙させた時だった。
死骸の陰から突如として一体の戦車級が烈火目掛けて飛び掛ってきたのである。
とっさの事で反応が遅れてしまったが、辛うじてその噛み付き攻撃を旋棍で受け止める事に成功したアラド。
そのまま左腕の旋棍で戦車級を沈黙させたのだが、直後に最悪の事態が起こってしまう。

「グッ!トンファーが!!」

鈍い金属音を立てながら根元から折れてしまう旋棍。
即座に彼は右側の旋棍を投棄し、急いでその場を離れる。
このような事を考えたくはなかったが、敵の一体はまるで自分を犠牲にして烈火の攻撃力を削ぐという行動をとったのだ。
そして、最悪の事態はまだ続く―――

「っ!?各部駆動系に異常発生!?こんな時にかよ!!」

限界以上の力を出し続けることが出来ないのは人も機械も同じだ。
元々戦術機は、この様な短時間で損傷するほどの物ではない。
しかし、彼の烈火の場合は違っていたのだ。
先程から機体の色を紫色に染め上げる程の体液や血液を浴びているアラドの烈火。
血液というものは、傷口からの出血を止めるために凝固する作用を持っている。
これが人間で言う血液の主な作用だが、もしこれがBETAが流す血液にも同じ事が言えた場合はどうだろうか?
そう、彼の烈火が浴びた返り血が偶然にも関節部分へと流れ込み、この短時間で凝固し始めているのである。
だが、これ程短時間で血液が凝固するなどと言う事はありえない。
BETAの血液が、短時間でその様な反応を起こす物と言う線も捨て切れないが、それ以外の原因がこの場には存在していたのだ。
火山噴火に伴う気温の上昇―――
季節は冬であり、空気は乾燥している。
そして、この周囲は活動が活発になった火山地帯と言う事で他の土地よりも気温が高い。
つまり、烈火に付着していた血液は、凝固し始めたわけではなく、乾き始めた事によって関節部分に入り込んだ異物になってしまったのだった。

「クソッ、動け!動けよ烈火!!あと少しだけで良いんだ……頼む動いてくれ!!」

コックピット内に響くアラドの悲痛な叫び。
しかし、返って来るのは異常を示すアラート音だけだった。
そうしている間にも徐々に距離を詰めてくるBETA。
アラドは攻撃を行うのを止め、必死に敵の攻撃を回避している。
だが、それも長くは続かなかった―――
要撃級の攻撃を回避するため、無茶な姿勢から跳躍ユニットを噴射させた烈火。
回避は成功し、後は着地を行うだけだったのだが、地面に足が着くと同時に体勢が崩れたのである。
そのままバランスを崩し、尻餅をついてしまう烈火。
体勢を立て直そうとするが、機体は言う事をきいてくれない。
もはや逃げるすべは無い……そう考えたアラドが、ベイルアウトすべく脱出レバーに手を掛けたその時だった―――


『うけろ!必殺!!T-LINKナッコォ!!』
「えっ!?」

突如として響き渡る男の声。
それは懐かしくもあり、聞き覚えのある声だった。

『今だライ!!』
『了解だリュウセイ!バーストモード……ターゲットロック!……ハイゾルランチャー、発射!』

眩しい閃光を放ちながら重金属粒子のエネルギーが、次々と眼前のBETAを焼き払っていく。
その光景を見たアラドは、驚きと共に何が起こっているのかを理解できないでいた。

『こちらはスペースノア級戦闘母艦ハガネ所属、ライディース・F・ブランシュタイン少尉だ。そこの未確認機、ここは俺達に任せて後退しろ!』
「い、今のはR-2のハイゾルランチャー?」
『聞こえていないのか?こちらの通信が聞こえているなら応答しろ!!』

スピーカーから流れる男の声、そしてモニターに写る見慣れた機体。
アラドは慌てて外部スピーカーのスイッチを入れ、彼らに向けてコンタクトを試みる。

「こちらアラド・バランガ!本当にライ少尉とリュウセイ少尉なんですね?」
『何、アラドだと!?本当にその機体に乗っているのはアラドなのか?』
『ちょ、ちょっと待てよ!お前、キョウスケ中尉達と一緒に行方不明になったって聞いてるぜ?』
「本当も何も俺は正真正銘アラドッスよ!!」
『一体どうなってるんだ?それにお前、ビルガーはどうしたんだよ?』
「そ、それは……とにかく、その辺も含めて後で詳しく話すッス!とりあえず今は、目の前のBETAを何とかしないと!!」
『……どうやらその様だな。アラド、機体は動けるか?』
「何とか動く事は出来ますけど、戦闘は多分無理っすね」
『そうか……だったらお前は一度後退しろ。ここは俺とリュウセイで何とかする』
「で、でも……」
『見たところ武器も近接用の兵装だけだ。動きの鈍い機体で接近戦は無理だろう?ここは俺の指示に従え』
「……解りました。でも、絶対に無理はしないで下さいよ?」
『お前に心配されるほど俺達はヤワじゃねえよ。サクっと片付けてやるから安心しろって』
『そう言って油断していると痛い目を見るぞリュウセイ』
『解ってるよ、それじゃいつもどおり俺がフォワード、バックスは頼んだぜライ!!』
『任せろ!!』

各自の役割を再確認し、BETAの群れへ向けて突撃するリュウセイとR-1。


何故彼らがこの世界に現れたのか?
そして、何故この場にBETAが現れたのか―――
未だに多くの謎を残したまま、ここにBETA対R-1、R-2の戦いが開始されるのであった―――



あとがき

第46話でございます。
天元山編中編です。
SRXチームファンの皆様、今回SRXチームの男性陣を登場させました。
と言ってもアヤやマイ、ヴィレッタ隊長はまだ登場しません!
この三名に関しては、後のお楽しみと言う事でお待ち下さい。
さて、いきなり現れたリュウセイとライの二人。
彼らに関してですが、SRXチーム共々元々登場させる予定でした。
しかし、いきなり全員出してしまってはSRX無双になりかねん……と言う事から分散しての登場と言う事になってます。
まあ、R-1だけでも十分無双できそうな感じがしないでも無いですが、そこの所はご容赦下さい。

そして、代わりと言ってはなんですが、今回アラド君が無双してます(笑)
ちょっとやりすぎた感じがしないでもないですが、追い詰められた時の彼の爆発力を書きたくてこの様な描写とさせていただいてます。
そして、この世界に来た事を通しての彼の成長を描いてみたくなり、この天元山編ではあえて冥夜とコンビを組ませました。
上手くまとめる事が出来ればと考えていますが、自分の中ではこんなのもアリなのではと思ってます。

次回はSRXチーム男性陣が大暴れする予定ですので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方お待ちしてます。




[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第47話 天元山での出会い(後編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2009/08/31 01:05
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第47話 天元山での出会い(後編)




突如としてこの場に現れた心強い味方。
一時の間だけだったとはいえ、戸惑いや驚きといった感情に支配されなかったと言えば嘘になる。
それがアラド・バランガの率直な感想だった。
本来ならば自分もこの場に留まり、リュウセイやライと共に戦いたいというのが本音だ。
しかし、現状の機体ダメージでは、二人の足を引っ張ってしまうのは間違いない。
不本意だがこの場は信頼の置ける二人に任せ、間も無く増援が来ると言い残しその場を後にする。
そして彼は、恐らくまだ避難していないであろう老婆の下へと向かうのだった―――


『リュウセイ、敵の規模が不明な上に能力も把握できていない。なるべく距離をとりつつ戦うんだ!』
「了解だ……行くぞ、怪獣野郎!当たれ!G・リボルヴァー!!」
『こちらも援護する。俺に出会った不幸を呪え!』

R-1のG・リボルヴァーが火を噴き、R-2パワードがマグナ・ビームライフルで彼の討ち漏らしたBETAを蒸発させる。
射程距離や破壊力といった面ではR-2が優位な分、現在はR-1が牽制を行いつつ倒せなかった敵をライが対処している状態だ。
過去に類を見ない敵を相手にする場合、距離をとって戦うのがセオリーといわれる所以にはそれ相応のものがある。
それは主に相手の攻撃手段などが解らないという点だ。
相手が近接戦闘を得意としているのであれば、相手のレンジ外から攻撃すれば比較的安全に事を進めることが出来る。
その逆ならば距離を詰め、相手の動きを封じることで大技を出させないように戦う。
リュウセイとライの二人は、そこそこ付き合いが長い分、互いの得意とする分野をバランス良く組み合わせる事でこれまで幾多の戦場を駆け抜けてきたのだ。
物量にモノを言わせて戦う事しか出来ないBETAが、そう簡単に彼らの連携を崩せるはずは無い。

「なあ、ライ。一つ気づいた事があるんだけどよ……」
『何だ、リュウセイ?』
「ああ、こいつらこっちに向かってくるだけで攻撃らしい攻撃をして来ねえ……ひょっとして接近戦しか出来ないんじゃないか?」
『かもしれん。だが、憶測で判断し、状況を見誤ってしまっては元も子もない。このまま距離をとりつつ敵を排除するぞ!』
「了解だ……R-1、リュウセイ・ダテ!目標を狙い撃つぜっ!!」
『……』

いつもの調子で叫ぶリュウセイを他所に、淡々と目標を迎撃して行くライ。
近接戦闘を最も得意とするR-1は、遠距離からの攻撃を苦手としている分、どうしても相手に近づかなければならない。
必然的にG・リボルヴァーでは距離が足らないのだ。
ブーステッド・ライフルへの装備変更を余儀なくされた彼は、T-LINKシステムと連動したIBCセンサーを併用する事で狙撃を行っている。
溜まったフラストレーションを吐き出すつもりで先ほどの様な声を上げたのだが、ライが何の反応も示さないために正直言わなければよかったなどと考えていた。

「あ、あのさ、ライ」
『……何だ?』

何故何も言わないんだと聞いてみようと思ったリュウセイだったが、ライの冷たそうな声から彼は呆れているのだという事を悟る。

「い、いや……別にたいした事じゃねえんだけど……っ!?地震か?」
『火山活動が活発化しているからだろう。大丈夫だとは思うが、突発的な地割れなどに注意しろよ?』
「解っ……ッ!?何か来る!!」
『何!?何処からだ、レーダーには何も表示されていないぞリュウセイ!!』
「……下だ!散開しろライ!!」
『クッ!!』

スラスターを吹かし一気に後退しようとした刹那、先程まで彼らが居た地点から無数の光が照射される―――

「じ、地面から新手!?しかも、味方ごとかよ!!」
『しかも今の熱量……岩盤を撃ち抜けるほどの破壊力となれば不味い。至近距離でまともにあれを食らってしまえば、こちらの装甲が持たんぞ』

まさに間一髪だった―――
リュウセイ達の周囲に居た戦車級を一瞬にして焼き払ったその光の威力は、ライの察するとおりかなりの威力を誇っている事を物語っている。
あと少し……時間にして数秒にも満たないが、後退するのが遅れていれば間違いなくレーザーの餌食になっていただろう。
もうお分かりだと思うが、彼らの目の前に現れたのは重光線級。
対BETA戦において、戦場で最も遭遇したくない相手の一つだ。
しかし、一つだけ気がかりな点が存在する―――
それは重光線級が、味方である戦車級を巻き込んで彼らを攻撃したという事だ。
今まで人類が得ている情報で、レーザー属種と呼ばれる固体は決して味方誤射はしないというもの。
BETAと言う存在を知らぬ彼らにしてみれば、この出来事は些細な事かもしれないが、この事態に他の者が遭遇した場合はこのような反応は得られないだろう。
そういった点では、彼らのように味方を犠牲にして自分達の殲滅を図ったと受け取るのも仕方が無いのかもしれない。

「念動フィールドやABフィールドで防げねえのかよ?」
『やってみない事には解らんが、もしも防げなかった場合は直撃を受ける事になる。そうなってしまえば一溜まりも無いだろうな』
「距離をとって避けるしか無いって事か……」
『遮蔽物を利用しつつ、あの新手を排除するしかない。出来るかリュウセイ?』
「出来るか?じゃなくて、やらなきゃならねえんだろ?やってやるさ!!」
『その意気だ……行くぞ、リュウセイ!!』

意を決し、敵の一団への攻撃を再開する二人。
幸いな事に周囲には比較的大きな岩が存在していたため、遮蔽物を利用しながら戦闘を行う事は可能だった。
しかし、相手は此方への進軍を止める事はなく、徐々にではあるが距離が詰まってきている状態だ。

「クソッ!距離を詰めて一気に殲滅出来りゃあ楽なんだけどなぁ……」
『その為にはあの目玉の化け物を何とかせねばならん……ハイゾルランチャーが撃てれば一気に殲滅可能だが、チャージしている間に間合いを詰められる可能性が高い。なんとかして奴らの足を止める事が出来れば良いんだが……』

確かにライの言うとおり、ハイゾルランチャーの一撃ならばいとも簡単にBETAを葬る事が可能だろう。
だが、高威力の粒子兵器である以上、発射するまでに幾分かの時間を要してしまうのも事実。
相手の足止めを行わない限り、下手をすれば一気に距離を詰められこちら側が不利になってしまう可能性の方がはるかに高いのである。

『何か、奴らの足止めになりそうな方法があればいいのだが……』

そう呟きながら攻撃を続けるライ。
そんな中、何かを思い付いたリュウセイが彼に向けて叫ぶ―――

「ライ!奴らを纏めて倒すためのエネルギーをチャージするのにどれ位の時間がかかる?」
『―――時間にして15……いや、20秒といったところだな……何か良い作戦でもあるのかリュウセイ?』
「作戦って程のもんじゃねえけどな……まず、俺がR-1で奴らを引き付ける。そして、作戦開始と共にお前は後退しながらランチャーのエネルギーをチャージするんだ」
『それで?』
「幸いな事に目玉野郎以外は接近戦しかできねぇ。俺が奴らに近づけば、相手は真っ先に俺を狙って来ると思うんだ……チャージが完了次第、俺は上空へ離脱する……目玉野郎のレーザーに狙われるかも知れねえが、絶対に避けてみせる!」
『……正直言って推奨はできん。もしも万が一あのレーザーの直撃を受けたりしたらどうするんだ?』
「目玉野郎のレーザー照射の時間を計ってみたんだが、一発撃つ度に大体36秒ぐらいのインターバルが必要みたいだ……あくまで俺の推測だけどな、あいつら狙いを集中してこっちを仕留めようとしてやがる。流石にR-1じゃ36秒で奴らを全滅させるのは難しい……けど、お前のR-2ならそれが可能だ。厳しいのは解るけど、たった2機で奴らを仕留めるにはこれしか方法が無いと思うんだが……」

リュウセイの提案を即座に頭の中でシミュレーションするライ。
確かに彼の言った案は現状で敵を掃討するのに打って付かもしれない。
しかし、相手の進行速度やレーザー照射のタイミング、そして何より敵がR-1の陽動に引っ掛かるかどうかが一番のキーになってくる。

『―――かなり分の悪い賭けかもしれんが、それしか方法はなさそうだな……だが、決して無茶はするなよ?』
「解った。それじゃ行くぜ!ライ!!」
『了解だ。タイミングとカウントはこちらで指示を出す。次に奴等がレーザーを照射し終わった時が開始の合図だ……上手く合わせてくれ』
「おう!」

短時間で攻撃目標とチャージサイクルにかかる時間を計算し、R-1にデータを送るライ。
データを受け取ったリュウセイは、これから行う作戦を頭の中で描くとR-1を発進させる―――

「行くぜ!R-1!!」
『こちらも作戦を開始する……リュウセイ、無理はするなよ?』
「解ってる!そっちも頼んだぜ!!」

重光線級がR-1に狙いを集中させているその隙に、ライはR-2を後退させつつチャージを開始。
その間にR-2を逃がすものかと追撃して来る要撃級だったが、彼は的確な射撃で前方の敵を撃ち抜き、更に距離を開く事に成功する。
一方リュウセイは、飛びかかってくる戦車級をコールドメタルナイフで次々と両断し、迫り来る要撃級をT-LINKナックルで粉砕しながら縦横無尽に暴れ回っていた。

『集束モード……チャージ完了。離脱しろリュウセイ!!』
「了解だ!チェェェンジ!R-ウィング!!」

R-1を変形させ、瞬時にその場から離れるリュウセイ。
何体かの光線級がR-ウィングを狙ってレーザーを照射するが、彼は持前の能力を駆使しそれらをことごとく回避し続ける。
そして彼は、十分な距離を稼げたと確信すると、ライに向けて大声で叫んだ―――

「今だ!ライ!!」
『これを受けて塵となれ!ハイゾルランチャー、シューッ!!』

轟音と共に発射される重金属の粒子。
眼前の敵全てを薙ぎ払う様に発射される光の渦は、眩い光を放ちながら次々とそれらを飲み込んで行く―――
周辺に広がる肉が焼け焦げたような臭いと漂う陽炎。
チャージされた全てのエネルギーが放出された後、そこにはまるで灼熱の溶岩が流れた後といわんばかりの光景が広がっていた。

「流石だなライ……でも、ちょっとやりすぎじゃねえのか?」
『これでも手加減したつもりなんだがな……確かに少々やりすぎたかもしれん』

この光景を見た殆どの者は、ほぼ間違いなく手加減などしていないと感じるだろう。
それ程に凄まじい光景が広がっていた。
あるモノは完全に原形をとどめず、またあるモノは多少の原形をとどめていても一目見てそれが何かを判別するのが難しい程に変形している。
流石のBETAもこれだけの攻撃を受けきる事は出来ず、その場にいた全ての個体は完全に無へと還っていたのだった。


一方、その場を離れたアラドは―――


「―――これはどういう事だアラド!?」

冥夜と合流した直後、彼女が発した第一声は怒りや驚きといった感情が混ざったものだった。
損傷した機体、装甲に付着した返り血や体液。
誰がどう見てもBETAと戦闘を行ったという事は明白である。

「そなた教官の指示を無視し、独断でBETAとの戦闘を行ったな?」
「そ、それは……」
「BETAの出現ポイントへは武や月詠中尉達が向かわれたと聞いた……命令違反を犯してまで何故そなたが戦う必要があったのだ!?一歩間違えれば死んでいたかも知れないのだぞ?」

彼女の言葉に言い返すことが出来ないアラド。
確かに単独で戦闘を行った彼にも落ち度はあるが、それ以前に上手く理由を説明できない。
老婆を守りたかった事も理由の一つだが、戦闘を行った事に関しては後先考えずに起こした行動だったからだ。
これまで彼は、幾度と無く戦いに身を投じてきた。
しかし、現在の立場は訓練兵……つまり、実戦経験は皆無に等しいという事になっているのである。
下手な言い訳をしてしまえば、自分達の素性を疑われてしまう事もあり、彼女の問いに答える事ができなかったのである。

「と、とりあえず落ち着いて下さい冥夜さん!アラドには私からも後で言っておきますから……それよりも今は避難を優先させないと」

とっさに彼を庇ったのは、冥夜達と合流するよう指示を受けたゼオラだった。
彼女達とラトゥーニ達の班は、自分達の担当区域での任務を終了し、指揮所へと戻る直前にBETA出現の報を受けたのだった。
そしてアラドが命令違反を犯し、単独行動を取った為、未だ任務を完了していない冥夜の下へゼオラとラトゥーニの二人が向かうよう指示を受けたのである。
そんな彼女らの心情を察してだろうか……冥夜がゆっくりと口を開く―――

「……答えられぬのならそれでも構わん。だが、無茶はしないでほしい……そなたを失って悲しむ者も居るのだからな」
「―――すみません……ゼオラ、ラト、二人もごめんな」
「謝らなくても良いよアラド。アラドの気持ちは解ってるつもりだから」
「ダメよラト、そうやっていつもアラドを甘やかすから命令違反を犯してこんな無茶な事するのよ……」
「だから謝ってるじゃねえかよ!」
「謝って済む問題じゃ無いでしょう!?皆に一体どれだけの心配を掛けたと思ってるのよ!!」
「そ、それは……」
「もう止せゼオラ……ここで我等が言い争っていても始まらん。それよりも先に……っ!?な、何だ!?」
「じ、地震!?」

耳を劈くような爆音が鳴り響き、それと同時に激しい揺れが彼女達を襲う。
咄嗟の事に何が起きたのかを確認する為、真っ先に動いたのはラトゥーニだった。
彼女は自分の機体へと即座に戻り、待機状態にしてあったシステムを立ち上げる。

「こ、これは……火山が噴火したの!?」
『こちらHQ、207各機、応答せよ!』

通信機から聞こえてくるまりもの声。
それは彼女の予想通り、住民を強制収容しその場から撤収しろという命令だった。

「クッ、仕方あるまい……皆はご老人に事情を話し意思の確認を!もし避難の意思があるなら先に撤収してくれ!」
「さ、先にって……冥夜さんまさか!!」
「帰る家を守らねばならん。留まるならなおの事……頼むぞ!!」

そう言い残し自分の機体に搭乗した冥夜は、機体を跳躍させその場を後にする。

「何考えてんだあの人は!クソッ……ゼオラ!お前の機体、借りるぞ!!」
「え!?ちょ、ちょっと待ちなさいよアラド!!」
「冥夜さんを連れ戻す!お前はラトと一緒に婆さんの説得を頼む!!」

ゼオラの制止を振り切り、冥夜を追いかけるアラド。
自分の烈火を使用しなかったのは、損傷のせいで彼女に追い付けないと判断したからである。
そしてその場に残されたゼオラとラトゥーニは、引き続き老婆の説得を開始するのだった―――


「くっ……ここもか!!」

コックピット内で冥夜は、目の前の光景に絶句せざるを得ない状況になっていた。
至るところで流れる土石流と溶岩。
そして、それらの影響で周囲の木々は燃え盛り、辺り一面は火の海に包まれていたのである。

「いかん、これでは……」

このままでは最悪の事態を招きかねない……それが彼女の下した判断だった。
そんな中、コックピット内に響き渡る味方機接近のアラーム。

「ゼオラか!?そなたまでここに来てどうするつもりだ!?」
『冥夜さんこそ何考えてんだよ!?』

相手から返ってきた声に一瞬戸惑ってしまうものの、彼女は現状を彼に伝え始める。

「度重なる地震と土石流で谷の高低差が埋められてしまった……このままでは旧天元町に溶岩が流れ込んでしまう!」
『!?ば、婆さんの所に!!そ、そんな……』

その話を聞いたアラドは、悲痛な面持ちを浮かべながら嘆く。
このままでは全てが水泡に帰してしまうと―――
そんな彼を他所に、冥夜は予想外の行動に出ようとする。

「この盾で溶岩の流出を抑える!」
『な、なに馬鹿なこと言ってんですか!そんなんでどうにかなるもんじゃ無いッスよ!!』
「やってみなければ判らん!!」
『そんなボケかましてる状況じゃ無いでしょう!』
『そうだ冥夜!少し冷静になれ!!』
「え……!?」
『た、タケルさん!?』
「な、何故そなたがここに?」

言い争っていた為に彼女達は武達の接近に気付かなかった。
そして彼の後方には、一機の武御雷も随伴している。

『そ、その機体……姉さん?』

アラドの問いに答えようとしないオウカ。
その機体に登場しているのは間違いなく彼女なのだが、彼女は彼が弟だという事実をまだ認めていないため、あえて反応しなかったのである。
そんな二人を他所に、話を続ける武―――

『ラトゥーニから通信を受けた……命令違反なんてお前らしくないな冥夜。とにかく、ここは崩落の危険性が高い。一度下がるぞ……』
「しかし……」

今回の冥夜の行動に、正直武は安堵していた。
どの世界においても『御剣 冥夜』の本質は変わらないと言う事に……
そして彼女の性格を考えた上で、今回の世界でも間違いなくこのような行動を起こすと判断した彼は、こうやってこの場に現れたのである。
しかし、現在はその様な感情に浸っている場合では無い。
彼は即座に気持ちを切り替えると、彼女に向けてこう言い放つ―――

『こんな言い方は正直したくなかったんだけどな……御剣訓練生、これは命令だ!指示に従え!!』

武は彼女の気持ちが痛いほど理解できていた。
しかし、この場が危険だと言う事は自身の記憶でハッキリしている。
ここで彼女らを危険にさらす訳にはいかないと判断した武は、あえて階級を盾にし、冥夜の説得を行ったのだった。

『冥夜様、ここは御下がりください。このままでは危険です』
「凪沙殿……解りました。02後退します」
『―――同じく09、後退しま……えっ!?』

アラドが後退を告げようとした瞬間だった。
彼らの目の前にそびえる崖が、音を立てて崩落し始めたのである。

『マズイ!全機、最大出力で噴射滑走(ブーストダッシュ)!!一気にこの場を離脱するぞ!!』
『『「了解!!」』』

一斉にその場を離れた冥夜達は、間一髪で崩落に巻き込まれなかった。
もしここに武達が来てくれていなかったならば間違いなくそれに巻き込まれ、最悪の場合二人とも生き埋めになっていただろう。

『まさに間一髪って感じだったッスね』
「ああ……すまぬタケル。そなたの指示に従っていなければ、今頃我らはどうなっていた事か……」
『そうだな……『こちらブラッド1、フェンリル1応答願います』……どうしました月詠中尉?』

命令違反を犯した二人に対し、何か処罰を与えねばならない。
そう考えていた矢先、BETAの下へと向かっていた真那から通信が入る。

『指示を受けたポイントに到着しました……しかし、既にBETAは殲滅されております。それから所属不明の機体と衛士を捕縛しました。恐らく彼の者達の仲間と思われますが、如何いたしましょう?』
『解りました。これから俺はそっちへ向かいます。その間、彼らに事情を説明し、その場に待機するよう伝えて貰えますか?』
『了解しました。それではお待ちしております大尉』

真那が言った所属不明の機体、そしてそれに搭乗していた衛士とはリュウセイ達の事である。
しかし、アラドが彼らの存在を伝えていなかった為、彼女は一時的に彼らを取り押さえざるを得なかったのだ。
不用意に連絡を入れる訳にもいかないと判断したアラドだったが、理由も分からず拘束されたリュウセイ達にしてみれば、今回の件は傍迷惑な話である。

『とりあえず、この事に関しては後回しだ。二人は月詠少尉と一緒にラトゥーニ達と合流してくれ。俺は月詠中尉の下に向かう』

そう言うと武はその場を後にし、急ぎ真那の下へと向かう。
そしてアラド達は、再び老婆の下へと向かうのだった―――


「ちょっと待って下さい!いくら説得に応じないからって、そんな方法私達は納得できません!!」
「貴様達の意見など聞いてはいない。いいか、これは命令だ訓練兵!」

冥夜とアラドが老婆の下を離れて幾分か経過した頃、ゼオラ達の下へ一台のトラックがやって来た。
そして中から現れたのは数人の歩兵。
彼らを見た彼女らは、即座にそれが強制収容を実行する為の部隊だと判断する。
だが、事情を聞いていただけに老婆を強制的に連れて行く事は出来ないと考えた彼女達は、自分達に説得を任せて欲しいと嘆願していたのだった。
しかし、相手も上から与えられた命令を行使するために危険を押してこの場に来ているのだ。
おいそれと引き下がる訳にも行かず、先程からこの様な言い争いに発展しているのである。

「いくら命令とは言え、承服できかねます!麻酔で眠らせて連れて行くなんて……そんなの誘拐や拉致と変わらないじゃないですか!?」
「貴様……一体訓練校で何を学んでいる!今の発言は上官侮辱罪に相当するぞ!!」
「(クッ、一体どうすれば良いの?このままじゃ、あのお婆さんは無理やり連れて行かれてしまう……何とかして阻止しないと)」

一向に良い考えが浮かばない。
確かに自分の行動は上官を侮辱している行為であり、階級を盾にされれば圧倒的にこちらが不利だ。
こうしている間にも無駄な時間は浪費され、その分老婆にも危険が及んでしまう恐れもあるし、他の場所で避難誘導を行っている人間にも被害が及ぶ可能性も出てくる。
かと言って、目の前で起ころうとしている理不尽な出来事を見逃す事が出来るほど彼女達は冷たい人間では無い。
そうしていた矢先、聞きなれた跳躍音が遠方から聞こえてくる―――

「冥夜さんにアラド、それに斯衛軍の機体?」

どうやらアラドが冥夜を連れ戻す事に成功したようだと彼女は考えていた。
暫くして機体から降りて来る冥夜とアラド。

「一体何事だゼオラ?」
「それが……」

二人に事情を説明し、何か名案はないかと尋ねるゼオラ。
しかし、彼女達が加わったとしてもそう簡単に良い案は浮かぶ筈もない。
自分達の階級が下である以上、何をどう言ったところで彼らに敵う筈もないのだ。
この時ばかりは、普段強気な彼女らも行動を起こす事が出来ない。
そんな時だった―――

「おおよその事情は理解できました。伍長、この場は私が引き継ぎます。貴方達は先に他の区域へ向かって下さい」
「凪沙殿!?」
「えっ!?」
「そ、そんな……」

突然目の前に現れた人物に驚きと戸惑いを隠せないゼオラとラトゥーニ。
そしてアラドは、最悪のタイミングで彼女達とオウカを再開させてしまった事態に戸惑っている。

「しかし少尉、我らも任務を受けてこの場に来ているのです。いくら少尉の命令とは言え従う訳にはいきません」
「貴方方の言い分も尤もです。ですが、私もまた殿下より民の安全を最優先にとの命を受けている以上、引き下がる訳にはいきません。理解して頂けませんか?」
「……解りました。今回は貴女の顔に免じて引き下がるとしましょう。ですが、今回の一件、上には報告させて頂きます」
「構いません。こちらが無理を言っているんです。ですが、ご理解いただけた事は感謝します」

そう言って相手に向け敬礼をするオウカ。
小隊長と思われる人物が部下に指示を出し、彼らはその場を後に他の地区へ向かう準備を始める。
そして―――

「助かりました凪沙殿……いえ、月詠少尉」
「お気になさらないで下さい冥夜様。では、私は機体の方で待機しております」
「ま、待って姉様!!」

その場を去ろうとするオウカを呼びとめるゼオラ。
だが彼女は、ゼオラの声に耳を傾けず、その場を後にしてしまう。
彼女を追いかけようとするゼオラだったが、その行動はアラドによって遮られた。

「待てゼオラ」
「放してアラド!貴方も見たでしょう!?」
「落ち付けってゼオラ!今は任務に集中しろ!!」
「何を言ってるのアラド、姉様が生きていたのよ!?なのになんでそんなに落ち着いていられるのよ……まさか貴方―――」

かつて、自分とオウカを取り戻す為、必死に戦っていたアラド。
そして最終的に彼女らを取り戻す事に成功した彼であったが、最後の最後でオウカだけを救う事が出来なかったと考えていた。
そんな中、突如として目の前に現れたオウカの存在に、戸惑うどころか驚きもせず冷静に対処しようとしているアラド。
ゼオラはそんな彼を見て気付いてしまったのだ……彼は既に彼女と再会していると―――

「―――知っていたのね……姉様が生きている事」
「ああ……」
「どうして……どうして黙っていたのよ!」
「すまねえ」
「謝って済む問題じゃないわ!貴方一体何を考えているのよ!?」

物凄い勢いで迫ってくるゼオラに対し、何も言い返す事の出来ないアラド。
自分に非がある事は明白だが、彼女に対し掛けられる良い言葉が見つからないのだ。

「……落ち着いてゼオラ」

目の前にオウカが現れたと言うのにも関わらず、先程から沈黙を守り続けていたラトゥーニが徐に口を開いた。

「ラト、貴女は何とも思わないの?姉様が生きていたのよ!?」
「何かおかしい……本当にあの人は姉様なのかな……」
「何を言ってるのよ。私達が姉様の顔を見間違えるなんてあり得ないでしょ?」
「あの人が姉様だったら、何で私達を見て何も言わないの?」
「そ、それは……」

突然の出来事により冷静さを欠いていたゼオラは、ラトゥーニの言葉でハッとした。
確かに彼女の言うとおり、目の前に現れた人物がオウカならば自分達を見て何の反応も見せないのはおかしいと気付いたのである。

「で、でもあの人は姉様よ!何か私達に話せない事情があってあんな風に振る舞ってるだけかもしれないじゃない!!」
「かも知れない。でも、あの人はゼオラの呼びかけに反応しなかった。そして私やアラドを見ても何の反応も示していない」

冷静に状況を分析し、自分の考えを伝えるラトゥーニ。
彼女自身も先程の人物が姉であって欲しいと願っている。
だが、明らかに彼女の行動はおかしいのだ。
その疑問が解消されない、そしてこの場に冥夜が居る以上、迂闊な事は言えなかった。

「……アラド、貴方何か事情を知ってるんじゃないの?」
「……」
「知ってるのね?話して!お願いよアラド!!」

何から話せば良いのか……先程から彼はその事ばかり考えていた。
本当の事を伝えたい。
しかし、本当の事を伝えるにはどこまで話せばいいのか考えが纏まらない。
どうしようかと顔をあげた時、ふと冥夜がこちらを見ている事に彼は気付いた。

「―――すまぬ、もう少し早く察するべきだった。私は少しの間席を外すとしよう」
「冥夜さん……」
「気にするな。今の内に私がご老人の説得をしてくる―――」

そう言いながら彼女がその場を離れた直後、再び大きな地響きと共に大地が激しく震え出した―――

「じ、地震!?」
「こ、これは……かなり大きいぞ」
「た、立って……いられな……」

今までに無い揺れが彼女達を襲う。
恐らく噴火が更に激しくなったのだろう。
そして、その揺れに耐えきれなくなった老婆の家の納屋がメキメキと音を立てて崩れ落ちる。

「!?」
「ま、不味い!このままではご老人が!!」

揺れが収まりかけて来たのを確認した冥夜は、急いで老婆の下へと向かう。
それに続くようにアラドも後を追い、ゼオラとラトゥーニは状況確認のためHQへと連絡を繋いでいた―――

「大丈夫ですかご老人!」
「クソッ……今の揺れで歪んじまったのか?扉が開かねえ!おい婆さん!大丈夫か?返事をしてくれ!!」

老婆の安全を確認するため、何度も彼女を呼び掛ける冥夜とアラド。
暫くして老婆からの返事が返って来た事で二人は安堵するが、流石にこのまま彼女を放っておくわけにもいかない。
アラドは力技で無理やり引き戸を開け、冥夜が老婆をその場から退避させる。

「婆さん……このままじゃ家も崩れちまうよ。危ないから避難しよう」

何とかして彼女を説得したい。
これがアラドの本心だ。
この想いが伝わって欲しいと願っていたのだが、そんな彼女から返ってきた言葉は彼らを更に悩ますものだった。

「その時は……兵隊さん……その時はその時ですわ」
「婆さん!」
「兵隊さんはこんな老いぼれに構わず早くお逃げ下さい!」
「なあ婆さん、どうしても避難する気はないのかよ?」

そんなアラドの問いに対し、老婆は悲痛な面持ちを浮かべながらこう返す。

「非難したら……二度とここには戻って来れませんでしょ?」
「―――ッ」

彼女に釣られる様に冥夜もまた同じような顔をしていた。
彼女には老婆の気持ちが痛いほど理解できるのだろう。

「でもさ……息子さん達は家より婆さんが生きてる事の方が嬉しいと思うんだ……俺さ、物心付いた時から施設で暮らしてて、本当の両親ってどんなのかも知らないけど、家族や待ってる人が居るっていうのはやっぱり嬉しい。息子さん達もきっとそうだと思うんだよ……」
「……」

アラドの言葉に目を閉じながら耳を傾けている老婆は、彼の言葉を受けて何かを考えている様にも見て取れる。
だが、その表情は何かに迷っている様にも感じられた。

「……ご老人?」
「……息子達は……あたしの息子達は……もうこの世にはおらんのですよ……」
「(……え?)」
「骨も何も帰っちゃ来ませんでしたが……軍のお偉いさんが届けて下さった紙切れが二枚、仏壇に入っとります……」

所々聞き取りにくかったが、恐らくそれは受け止められない事実を声に出すためだったのだろう。

「で、でも……帰って来るって!だから待つんだって言ってたじゃないか!!」
「頭では解っていても……あんな紙切れだけで息子達が死んだなんて……心の中じゃ解りたくないんですよ。それに……魂だけになっても……ふとした事で帰りたくなるかもしれんでしょ?その時にここに誰もいなかったら寂しかろうと思ってね……」
「(だから……待ち続けたいって言うのか?でも、でもそれじゃあ……それで婆さんが死んじまったらそれでおしまいじゃねえか!!)」

小刻みにその身を震えさせ、眼尻に涙を浮かべながら自分の本心を語った老婆。
そして彼女は、なおも言葉を続ける―――

「しかし……羨ましいですなぁ」
「ご老人……?」
「女でも……こんな大きい機械に乗って……ただ待つだけでなく……自分で戦える時代になったんですなあ」

そう言って戦術機を見上げる老婆。

「貴女様の前でこんな事を言ってはいけないのかもしれないですけど……いくらお国の為とはいえ……息子達が戦争に行くのを喜ぶ親なんておりませんわ……こんな事を言ったら捕まってしまうのかもしれないですけどね……」
「そんな事……するわけないだろ……って言うか、俺がさせねえよ……そうだろ冥夜さん?」
「ああ……」
「でもね……言ってみればこれがあたしの戦いですから……」
「ここで……待つ事が……?」
「はい……でもね、待つ事は辛いんですわやっぱり……けれどあたしにはそれしかできませんし……兵隊さん、あたしみたいな老いぼれは非難しなくてもどのみち老い先短いんですわ……お願いです……今までずっと息子達を待ってきたんです……どうか、どうかこのままやり遂げさせて下さい」
「(それが婆さんの願い……)」
「兵隊さん達には兵隊さん達の戦いがあるはずでしょう。こんな老いぼれにつきあっていてはいけません……」

そう言いながらそっとアラドに近づく老婆。

「あたしなんかの為に貴女様のような御方や兵隊さんが来て下さった事、本当に感謝しとります……ありがとう……ございます」

そっとアラドの手を握り、涙を流しながら感謝の言葉を口にする老婆―――
これが彼女の本音であり、全てなのだと彼らは悟る。
そして彼女もまた戦い続けているのだ。

戦う意義、そして理由はは人によって違う。
そして守るもの、護るべきものも―――

彼女の本心を聞いた事により、改めて自分達が何をすべきなのかを考えさせられる若者たち。
その答えが見つけられないまま、タイムリミットは刻一刻と迫るのだった―――



あとがき

第47話です。
天元山救助活動編後編、如何でしたでしょうか?
本来ならば3話ぐらいで完結させたかったのですが、流石に無理と判断し、4話構成で完結させる事にしました。
私の文才の無さ、お許し頂ければと思います。

さて、前半の戦闘シーンですが、BETAの行動に関して様々なご指摘を受けるかもしれません。
ですが、これに関しては後の話へ繋げる為の処置として受け止めて頂ければと思います。

そして出会ってしまったオウカとゼオラ、そしてラト。
この辺のやり取りも結構悩まされました。
やはりこう言った描写は本当に難しいものですね。
本当ならばここでオウカとゼオラ達をもっと絡ませる予定だったのですが、以前ご指摘を頂いた事を踏まえ、今回の様な描写とさせて頂いております。
ちょっとオウカ姉様が冷た過ぎるんじゃね?と自分でも思いますが、ご容赦いただければと思います。

次回は老婆とのやり取りを踏まえたうえで原作とは違うよう少々アレンジを加える予定ですので楽しみにお待ち下さい。
それでは感想の方、お待ちしています。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第48話 御守岩をぶった切れ!!
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/05 14:14
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第48話 御守岩をぶった切れ!!




目の前で起こっている光景に次の言葉が出てこない―――
それがアラドが率直に感じた事だった。
涙ながらに本心を語ってくれた事は素直に喜ぶべきなのかもしれないが、それを全て受け入れてしまえば老婆の命が無に帰するのは時間の問題。
ではどうするべきか……難しく考える必要はない。
今、自分自身が思っている事を、ありのままの言葉を彼女に伝えれば良いだけだ―――

「―――やっぱり婆さんは避難すべきだと思う」

搾り出すように開かれた口から聞こえた台詞に周囲の者は驚いていた。

「さっきの話を聞いてなかったのかい?あたしは避難する気は無いって言ってるだろう……」

やはり老婆から帰ってくる台詞は変わらない。
だが、アラドはそれを承知で次の言葉を続ける―――

「俺、思うんだ……多分、婆さんの息子さん達はそんな事望んじゃいないんじゃないかって……確かにここが無くなっちまったら、帰る家がなくなっちまったら寂しいと思う―――」

悲痛な面持ちを浮かべ、老婆に向けて自分の想いをつづるアラド。
その様子に耳を傾け、冥夜とオウカの二人はあえて何も言わずにその光景を見守っていた。

「―――息子さん達の帰る家は確かにここかも知れないけど、そこに婆さんが居なきゃ駄目だと思うんだ。家族や待ってくれている人が居てこその帰る家だと思うんだよ。待つ事が婆さんの戦いだって言うんなら、俺はそれを止めるつもりは無い。だから婆さんは生きなきゃならない……きっと死んだ息子さん達もそう願ってると思う……お願いだからここで死なせてくれなんて言わないでくれ……」
「アラド……」
「……俺は嫌なんだ。助けられる筈の、助けられた筈の命がこれ以上失われるのは……もう見たく無いんだよ―――」

彼はかつて、一人の女性を助けたいと願っていた。
幼い頃から姉弟として過ごしてきた人物。
血の繋がりは無くとも、そこには間違いなく家族としての絆が在った。
だが、自分の意思とは関係なくその絆は断ち切られ、引き離されてしまった。
やっとの想いで再開した彼女は、自分の事を忘れ、敵として目の前に現れる事となる。
しかし、仲間や他の姉妹と共に彼女を取り戻す事ができた。
そんな喜びもつかの間、今度は彼女が自分達を助けるためにその身を犠牲にしてしまう。
あと少し、もうあと少し……あの時自分がもう少しだけ頑張っていればと後悔することもあった。
今の彼は状況は違えど『あの時救えた筈のオウカと老婆を重ねてしまっている』のである。

「―――ご老人、私からもお願いします。この少年は不器用なりに貴女の事を考え、そして助けたいと願っています。もしも貴女に少しでも避難の意思が御ありならば聞き入れては頂けないでしょうか?」
「……姉さん!?」

二人の間に割って入ったのは意外な人物……そう、彼らのやり取りをただ静観して見守っていただけだと思っていたオウカが、老婆の説得を手助けしている。

「ご老人の気持ちは重々承知しています。ですが、彼の言うとおり貴女の居る場所こそが御子息の帰る場所なのではないでしょうか?」
「―――でも、ね……この家が無くなってしまうのは、そこに在った思い出とかも消えちまうような気がするんですよ……」

再び辺りを沈黙が支配する―――
必死になって説得に当たる彼らを見て、辛そうな表情を浮かべる老婆。

「だったら俺がこの家を護ってやる!」
「え!?」
「っ!?そ、そなた、何を……!?」
「この家に、いや、この場所が護られさえすれば婆さんの思い出は消えないんだろ?だったらやるしかないじゃないッスか!!」
「そ、それはそうだが……何か策があるのか?」
「アレですよアレ……」

そう言いながら何かを指差すアラド。
その指が指し示す方向に見えるものは巨大な大岩、すなわちこの地を護ってくれていると信じられている御守岩の事である。

「まさか、そなた……」
「そのまさかッス!あの大岩を砕いて溶岩を塞き止めるッス!!」
「簡単に言うけど、一体どうやってあれだけ巨大な物を砕くつもりなのかしら?」
「勿論、戦術機でだよ姉さん」
「呆れて物が言えないわ……戦術機じゃどうやってもあれだけの質量を破壊する事は不可能よ?まさか貴方、S-11使うつもりじゃないでしょうね?」
「それは駄目だ。戦術核に匹敵する破壊力を持つあれをこの様な場所で使用しては、下手をすれば火山の噴火を早める事になりかねん」

S-11……ハイヴ攻略戦において反応炉破壊を名目として戦術機に搭載されている兵器だ。
戦術核に匹敵する破壊力を持つ高性能爆弾ではあるが、主に自決用に用いられる事が多い日本製戦術機専用装備の一つ。
反応炉を効果的に破壊するために爆発に指向性を持たせてあるため、これを用いる事で彼女達はあの大岩を砕くのだと考えたのだろう。

「S-11ってのがどんなもんか知らないけど、そんな物を使うつもりはないッスよ」
「では一体どうやって?」
「詳しくは皆と合流してから話すッス。婆さん、俺の考えが上手く行けばここは絶対に護れる。だから約束してくれ……成功したら俺達と一緒に避難してくれるって……」
「―――少し、考えさせてくれるかい……」
「解った。それじゃ、後でもう一度ここに戻ってくるから、その時に答えを聞かせてくれ」

心なしか老婆の口元が綻み、笑みを浮かべている様に感じられた気がした―――
それを確認したアラド達はその場を後にし、一路作戦実行のために指揮所へと帰還する。


その頃、アラド達と別れた武は、真那より連絡を受けた地点に向かっていた。
報告に在った謎の機体、そして素性不明の衛士に会う為である。
しかし彼は、その存在が恐らくキョウスケ達の仲間だろうと気付いていたのは言うまでもない。
真那もまた、彼等が異世界からの訪問者達である事は気付いていた。
では、何故彼女は武にそのように伝えなかったのであろうか?
答えは簡単だ……彼らの存在はトップシークレットに該当する案件である以上、迂闊な事は言えないのである。

「こちらフェンリル1、ブラッド1、応答願います」
『こちらブラッド1、お待ちしておりました武さ……白銀大尉』
「そちらは現在どのような状況ですか?」
『はい、神代達には周囲の索敵、および警戒に当たらせております。そして彼らに関してですが、大まかな事情を説明し、現在は私の直ぐ傍で待機していただいております』
「了解しました。もう間もなくそっちに到着する予定です。神代少尉達には、引き続き周囲の警戒を厳に行うよう指示して下さい」

通信を終えた真那は、直ぐさま神代達に指示を下し、警戒を強化させる。
武は恐らく後続のBETAを警戒しているのだろう。
殲滅が完了しているとは言え、完全に安心できるとは言い難い状況だ。
確認されていない地域で突如として現れたBETA。
特に火山周辺の地域は、どう言った理由からかは解明されていないもののBETAの侵攻を受けていない。
それが証拠に、この地域は豊かな自然が育まれており、少数とはいえ人が生活している。
もしもBETAが出没する様な地域であれば、この様な状況にはなっていないだろう。
そのような事を考えていた矢先、武の改型が到着したのを確認した彼女は、待機させていた二人に機体から出て来るよう指示を出す。
先程の事、そして相手の出方が判らない以上の二つを踏まえた上で彼女は、外で会話を行った方が危険性が少ないと判断したのだった。

「ダテ少尉、ブランシュタイン少尉、こちらが先程話した白銀 武大尉だ」
「リュウセイ・ダテ少尉であります」
「同じく、ライディース・F・ブランシュタイン少尉です(……若いな。俺やリュウセイとそう歳は変わらぬぐらいか―――)」

真那から紹介を受けた二人が武に向けて敬礼を行う。
それを確認した彼女は、機体へ戻って指示を待つと伝えその場を後にする。
無論、彼らの行動をモニターすることは忘れていない。
もしも万が一、彼らが武に対し何か行動を起こせば即座に対応するための処置だ。

「(貴方様の御身を御守りする為、あえてこの様な方法を取らせて頂く事、どうか御許し下さい武様……)」

恐らく武にこの事を話せば、間違いなく彼はこの行為を止めに入るだろう。
だが、彼女は悠陽より武の護衛の任を受けている以上、彼に何を言われようともその身を護らねばならない。
本来ならば冥夜を守る事も優先せねばならないのだが、自分の身一つでは二人同時に護衛につくということはほぼ不可能に近い。
常に彼らが同じ場所に居るわけでは無い以上、どうしても片一方が疎かになってしまうのである。
悠陽から武の事を頼まれた際、正直彼女はどうすべきか悩んだ。
武の方を優先してしまえば、自ずと冥夜の方が疎かになる……そしてその逆もまた然り。
冥夜が幼い頃から彼女に仕えている真那にとって、もしも万が一彼女に何かあればと考えるだけで身を引き裂かれる思いだったのだろう。
そんな彼女の心情を察したのだろうか、なんと武自身が彼女に自分よりも冥夜を優先するよう嘆願したのである。
常日頃からこういった感情を表に出さないよう心がけていたつもりだったが、流石の真那も彼のこの行動には驚かされたという。
そういった経緯から基本的に彼女達の役割分担は、真那が冥夜を、オウカが武を中心に警護し、残りの三名が彼女達の補佐を務める事になったのだった。
だが、今回に限り冥夜の警護は全面的にオウカが引き受けている。
その理由……それは、彼女が今回の任務で『アラド・バランガ』と共に行動することになったという点が挙げられる。
以前彼からオウカが姉だと聞かされた際、真那は彼に彼女の記憶を戻すために協力すると伝えた事がある。
常々どうすれば良いかを模索していたが、最終的な結論はなるべく二人を接触させる事が最良の策だという結論に至ったからだ。
確実とは言いがたい方法だが、やはりこういったものは時間が解決してくれるに違いないと考えたのである。

「(冥夜様の方は凪沙に任せてあるとはいえ、これでは護衛失格だな……任務に私情を挟むなど、斯衛の名を汚すようなものだ……)」

あからさまに自分を嘲笑する真那。

「(真耶が居れば、間違いなく私に向け侮蔑的な言辞を投げかけてくるのだろうな……)」

一方、真那がそのような事を考えているとは思わない武は、彼女がその場を離れた事を確認すると、簡単な挨拶交えながら現状を掻い摘んで話していた。

「……つまり、ここは我々が住む世界とは異なった世界、そして現在はBETAと呼ばれる侵略者を相手に戦争をしているという事なのですね」
「そして俺達は、何らかの偶然に巻き込まれてこっちの世界に飛ばされて来たってワケか……」
「ええ、理解していただけた様で何よりです」

多少困惑しているのは間違いないが、二人は比較的冷静に事態を飲み込んでいた。
余りにも突拍子の無い話ではあるが、自分達が元居た世界でも似たような事例は何度か起こっている。
そう言った事柄が無ければすんなりと受け入れる事は難しかったであろう。

「白銀大尉、一つ質問があります……先程、我々の仲間……アラド・バランガが大尉の物とよく似た機体に乗って敵と戦闘を行っておりました。彼は今どこに?」
「彼の事なら心配はありません。今は他の仲間と合流して別件に当たっています。それから他の人達も全員無事ですので安心して下さい」
「そうですか、了解しました……(一先ず皆は無事か……だが、油断はできんな。現状で彼らを信用するには材料が足りなさすぎる)」

口では納得したと伝えたライだったが、内心は彼らの事を信用してはいない。
詳しい事情を明かされていない上に、自分自身で安全が確認できた人物はアラドだけだったからだ。
そして、そのアラド自身も別件に当たっている。
すなわちそれは、彼がこの世界の軍隊に所属、もしくは協力しているという事に繋がるのだが、果たしてそれが自分の意思なのかどうかという点が問題なのだ。
そして、協力するにしても何故ビルトビルガーではなく、戦術機と呼ばれるこの世界の人型兵器に乗っているのかも問題といえる。
PTや特機と呼ばれる機体群は、基本的に地球連邦軍預かりの軍事機密に属するものだ。
自分達が乗機と共にこの世界へと転移したのならば、彼らもまた同じだと考えられる。
ならば何故、彼らは自分達の機体に乗っていないのだろうか……そういった理由からライは、先程からこの様な事ばかりを考えてしまっていたのである。
慎重すぎると思われるかもしれないが、見知らぬ土地に投げ出され、下手をすれば自分自身にも危機が降りかかるかもしれない現状においては彼の判断は概ね正しいと言えよう。

「ところで白銀大尉って歳はいくつ位なんです?見たところ俺やライとそう変わらない気がするんですけど」

今後どのようにして相手と接し、いかに自分達に優位な情報を引き出そうかと模索しているライを他所にリュウセイは自分が感じた素朴な疑問を武に対して投げかけていた。
初対面の相手であっても物怖じしないのは彼らしいと言えるだろう。
それに対してライは―――

「リュウセイ、今はそんな事は関係の無い話だろう……申し訳ありません大尉、不仕付けな質問をした事をお許し下さい」
「別に構いませんよライディース少尉。この歳で大尉なんてやってると皆さん疑問に思うのも当然ですからね。ちなみにもうじき18になります。階級で呼ばれるのはあまり好きじゃないんで、白銀でも武でも好きなように呼んでくれて構いませんよ。場所を弁えて貰えれば敬語も無しで構いません」
「という事は俺と同い年って事か……じゃあタケルって呼ばせてもらうぜ。これから暫くの間よろしくな」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますダテ少尉」
「リュウセイで良いぜ、皆もそう呼んでる。こっちはライだ」
「解った。じゃあリュウセイって呼ばせてもらうよ」

やはりか、とライは心の中で呟く。
彼が武に懐いた第一印象は、軍人らしからぬ振る舞いといったものだった。
自分の方が階級が上であるにも拘わらず、いくら自分の部下と違うとはいえ下士官である自分達に対して敬語を使っていたためだ。
こういうタイプの軍人なのかもしれないと考えもしたが、先程のリュウセイとのやり取りでそれも違う物だと判断できる。
人としては悪い人間では無い様だが、軍人として考えてしまえばあまり好ましい物ではないだろう。

「(まるで以前のリュウセイだな……まあ一概には言い切れんかもしれんが……)」

ライは武との会話の中で、初めてリュウセイに出会ったときの様な感覚を感じていたのであった。
一方の武はと言うと、いつもどおりの彼そのものといった調子で二人と接している。
彼から見た二人の印象……リュウセイは比較的自分と似たようなタイプ、そしてライに関しては実直な軍人というイメージを受け取っていた。
それが証拠に、比較的フランクに接してくるリュウセイに対し、ライは軍人然とした雰囲気や態度を崩さないのだ。

「(多分、冗談とか通じないタイプなんだろうなぁ……さっきからずっと厳しい顔してるし―――)」

三者三様の思惑が交差する中、武は、先程から難しい表情を浮かべているライに対し、距離を近づける切っ掛けにでもなればと考えて話し掛ける―――

「―――どうかされましたかライ少尉?」
「い、いえ、少々考え事をしていたもので……」
「ったく、そんな難しそうな顔して何を考えてたんだよ?」
「別にたいした事じゃない……それよりも白銀大尉、我々はこの後どうなるのでしょうか?」

今は白銀 武と言う人物に対して模索している場合ではないと判断した彼は、即座に話題を切り替え、今後の自分達の処遇を武に問う事にした。
現在、活発化した火山地帯に不法滞在している者達の避難活動に当たっていると聞いている。
その強力を頼まれれば断るつもりは無いが、問題はその後だ。
この世界の人類は、BETAと呼ばれる存在と戦争状態にある。
そしてかなり劣勢に追い込まれている状況だというのも聞いた。
という事は、それらとの戦いにも協力して欲しいと頼まれる可能性が高い。
キョウスケ達が彼らに協力してはいるが、何故彼らに協力しているのかという理由が分からない以上、下手な誘いに乗る訳にはいかないのだ。

「とりあえず、現在は我々も任務中です。お二人にも手伝ってもらえると助かるんですが……」
「……少し考えさせて頂けないでしょうか?状況が状況だけに即決する訳にも行きませんので……」
「解りました。俺は自分の機体の方にいますから、話が纏まったら連絡をください」
「了解です」

自分の提案が思っていたよりも簡単に受け入れられた事に少々驚いたと言うのがライの率直な感想だ。
武がその場から離れた事を確認した彼は、リュウセイと共に機体へと戻り、秘匿回線を用いて先程までのやり取りを相談し始める―――

「どう思うライ?」
『キョウスケ中尉達が無事だという事は貴重な情報だ。だが、裏を返せば中尉達は人質に取られていると考える事も出来る』
「な、それってどういう意味だ!?」
『いいかリュウセイ、先程彼は俺達に協力して欲しいと言った。そして中尉達は自分達と共に居ると……』
「断った場合はキョウスケ中尉達の命は無い……つまり皆は人質だってあいつが遠まわしに言ってるって言いたいのかよ?考えすぎじゃねえのか?」
『あくまで仮定の話だ。状況が状況だけに不用意に彼らを信用する訳にはいかん。彼等が味方と言い切れん以上、こちらも慎重に対応しなければならないんだ』
「でもよ、ここが俺達の居た世界とは違う地球なんだろ?他に頼れる味方は居ないんだぜ?」
『その点も確かに問題だ。彼らに協力しなかった場合、俺達は完全に後ろ盾を失った状態……つまりは孤立無援の戦いを強いられる事になる。そうなってしまえば補給もままならないし、何よりも情報を得る事も不可能な上にこちらから行動を起こす事もできん』
「情報収集と補給に関しては重要だよな……」
『せめてこちら側の世界にも連邦軍があれば状況は違ったかもしれんが、現状では情報が不足しすぎている……そこでだ、俺は一度彼の提案を受けてみるべきだと考えている』
「オイオイ……お前、さっきから言ってることが滅茶苦茶だぞ?」
『慌てるな……さっきも言っただろう、今の俺達には何か行動を起こすにしても情報や判断材料が少なすぎる。だからあえて彼の提案を受けると言ったんだ』
「つまり、従ったフリをして情報を集め、あいつらが敵だと分かったらキョウスケ中尉達を助けて脱出する……そう言いたいんだな?」
『そうだ、ひょっとすればヴィレッタ大尉やアヤ大尉達も彼らと共に居るかもしれんしな』
「お前にしちゃ随分と危ない橋を渡る作戦だな……了解だライ。お前の考えに従う事にするぜ」
『すまんなリュウセイ……白銀大尉、お待たせして申し訳ありませんでした。今後暫くはそちらの指揮下に入らせて頂きます』

これはあくまでライが仮定した話であり、武にしてみれば全くその様な事は考えていなかった。
ただ単に彼は、二人を保護するべく協力して欲しいと申し出たのだったが、完全に間逆の方向で二人は受け取ってしまったのである。
詳しい事情を説明しなかった武にも問題はあるが、慎重すぎるライにも問題はあったと言えよう。
そんなやり取りが行われていたなどと知る由もない武は、彼らを保護出来た事に安堵していたのだった―――

『―――ところでさ、俺達は何をすれば良いんだ?』
『白銀大尉は、現在難民の救助活動を行っていると聞きました。ですが、我々がそれを手伝って問題は無いのでしょうか?』
「救助活動そのものを手伝って貰うのは流石に無理ですね。二人の存在は公に晒すわけに行きませんし、何よりも事情を知らない人にしてみれば異質な存在ですから」
『結構な言われ様だな俺ら……で、何を手伝うんだ?』
「彼女達と一緒にこのポイントの調査と警戒を頼みたいんだ。またBETAが現れるかも知れないし、何故BETAが現れたのかも気になるしな」
『(とりあえず彼女達は俺達の監視役、と言う訳か……)了解しました大尉。リュウセイも問題はないな?』
『ああ、問題無いぜ』

武の答えに納得した二人はこの場にて待機し、警戒任務に就くこととなった。
そう考えた矢先、彼の元にアラドから通信が入り、武はこの場で指揮を執る訳にも行かなくなる。
とりあえずこの場は、信頼の置ける真那に任せると、彼は急いでその場を後にし、合流地点である指揮所へと向かうのであった―――


「―――これより本作戦における新たな通達事項を発表する。予想以上に火山の噴火が早まり、このままでは避難の遅れている地域に溶岩流が接近する恐れがある。そこで我々は、溶岩流の進行方向を変える為の作戦行動を行う事となった」

指揮所ではまりもが訓練兵達に対しブリーフィングを開始している。

「神宮司教官、具体的に我々は何をすれば宜しいのでしょうか?」
「それはこれから説明する。先ず、貴様らにはこれから指示するメンバーでエレメントを組み、それぞれ表示されている地点へと向かってもらう。尚、班分けに関してはブリーフィング終了後に白銀大尉より発表して頂く予定だ」
『『「ハイッ!!」』』

御守岩を砕くための作戦……それは地震の影響で生じている亀裂を増やし、更に亀裂の中心点に強力な負荷を掛けることで大岩を破砕するというものだった。
御守岩の左右に二機ずつ、合計四機の機体を配置し、新型装備を用いての砲撃を行い亀裂を拡大。
その後、噴射跳躍で大岩を飛び越え、反転噴射降下で一気に距離を詰め、指定されたポイント二箇所に斬撃を加える……
口で言うのは簡単だが、少しでも誤差が生じればあれだけの質量を戦術機で砕く事は不可能だろう。
現に説明を受けた訓練兵達は、誰もがその内容に驚きを隠せないでいる。
そんな彼女達の心境などお構いなしといった様子で話を続ける武。

「先ずA班は榊、珠瀬、ゼオラ、ラトゥーニの四名は砲撃を担当、続いてB班は彩峰、鎧衣、クスハ、アルフィミィ、お前達はA班のバックアップだ。そしてC班……アラドと冥夜の二人、お前達がこの作戦の最重要ポイント、長刀を用いての一点攻撃だ。既に霞の方で狙撃ならびに長刀での破砕ポイントを割り出してもらっている。なお、俺とブリットは不測の事態が発生した時のために待機だ……何か質問は?……無いようだな。では各自機体に搭乗しろ、作戦開始は今から十五分後、それまでに各自指定された地点へと移動するように。以上、解散!!」
「敬礼!」

各自が敬礼を終え、各々の機体に搭乗を開始する。
既に整備スタッフによって、破砕作業を担当する機体には用意された兵装が装備済みだ。

本来ならあの大岩は自分が砕くつもりでいた。
吹雪単体では不可能だが、彼の改型ならば容易に御守岩の頂上へ跳躍する事も可能だし、何よりも従来の戦術機には装備されていない兵装を搭載しているからだ。
この様に出撃前から様々な方法を模索していた武だったが、流石に一人ですべての工程を行うには多少なりとも不具合が生じる。
一番の難点は、破砕ポイントの割り出しだ。
前回は冥夜が計算してくれたポイントに斬撃を打ち込む事で事なきを得たが、今回もそうとは限らない。
そこで彼は、霞にこの事を相談したのである。
だが、直後に彼女に相談を持ちかけた事を後悔する事となった。
何時の間にやらこの事を嗅ぎつけた夕呼が、今回の案件に介入して来たのである―――

「―――アンタがそれをやるのは構わないけど、それじゃ意味がないと思うのよ……やっぱり訓練兵のあの子達にやらせるべきなんじゃないかしら?」
「でも先生、従来の戦術機の兵装でこちら側に被害を出さずに成功させるのは難しいですよ。やっぱり俺の改型でやった方が確実だと思います」
「それは機体の面でかしら?それとも兵装?」
「両方です……もう少し破壊力のある武器でもあれば話は変わってきますけどね」
「だったら問題無いわね。丁度テストしたいモノがあるからそれを使えば良いわ」
「っ!?あいつらに新兵器のテストをさせるんですか?機密とかの問題が大きいじゃないですか!!」
「ホント話を最後まで聞かないヤツね……今回使って貰う予定の物は、従来兵器のアップデート版とも呼べる物なのよ。元々あの子達には新型OSのテスト運用もやって貰ってる訳だから、いわばこれはオマケみたいなものよ。それに私が問題無いって言ってるんだから、アンタがそんな細かい事気にしなくても良いのよ。だから言われたとおりにやりなさい……良いわね?―――」

と、この様なやり取りが行われていたのだった。
正直なところ、夕呼がこう言った形で協力してくれる事を武は素直に喜べないでいた。
こんな事を言っては彼女に失礼だが、『香月 夕呼』という人間は損得勘定抜きで行動はしない人物だ。
今回の救助活動に関しても、本来ならば彼女に対してのメリットはそれほど多くはないのだ。
せいぜい帝国側に借りを作るぐらいのものだろう。
それ以上に怪しい点は、必要以上に協力してくれているところだ。
その為にテストも行っていない新兵器をわざわざ提供してくれるのもイマイチ納得がいかないのである―――

「―――あんまり深く考え込んでてもダメだよな……」

彼女らを見送りながらそのような事を呟いていた彼に対し、何か言いたい事でもあったのだろうか?
となりに居たまりもが徐に口を開く―――

「―――宜しいでしょうか白銀大尉?」
「なんでしょう?」
「C班が担当する部分ですが、何故ラックフィールドではなくバランガなのでしょうか?部隊内において長刀の扱いは彼と御剣の両名が秀でています。作戦の成功率を上げるならば、二人の方が寄り確実だと思うのですが……」

そう言いながらブリットの方へと目線を送るまりも。
当のブリットは、指揮所内に設置された機材を操作する霞と何やら話している様子だ。
恐らく最終的な打ち合わせか何かだろう。

「確かに確実性を取るならばその方が無難かもしれません……ですが、これはアラドが言い出したんですよ。自分になんとしてもやらせて欲しい。必ず成功させて見せるとね。本来ならこういったことが駄目な事は自分でも解ってるんですよ……でも、あいつの目を見て思ったんです」
「目、ですか?」
「ええ……なんと言うか、強い意志のようなものを感じたんです。何かを成そうとする信念、とでもいうんですかね。そういった想いを持っている人間は、ここぞと言う時に想像以上の力を発揮します。一種の賭けみたいなものですけどね」
「なるほど……」

口ではそう言っている彼女だが、やはり納得は行っていない様子だ。
正直、アラドから御守岩を砕く事を提案された時には驚かされたと言うのが武の本音である。
自身の記憶では、この大岩を砕く作戦を思いついたのは冥夜であり、今回もそうなるであろうと考えていたからだ。
もしもそうならなかった時の事を考え、彼は自分自身がこの作戦を発案し事に及ぶつもりだった。
だが、アラドにその方法を尋ねたところ、彼はリュウセイ達の協力を得る事がこの作戦のキーだと返して来たのである。
確かに彼らの力を借りれば事は簡単に済むだろうが、流石にそう言う訳にはいかない。
彼らの存在は言うなれば超一級の秘匿情報……すなわち、異世界からの転移者であると言う情報を与えられている者以外と接触させる訳にはいかないのである。
この場に居たのがブリット達C小隊の面々だけならば問題は無かったが、B小隊の面々や指揮を執っているまりも、更には救助活動に当たっている帝国軍兵士まで居るのだ。
R-1のT-LINKナックルやR-2パワードのハイゾルランチャーで砕くなどといった方法はとれないのである。
ハイゾルランチャーならば横浜基地で開発中の新兵器、などと誤魔化しが効くかも知れない。
だが、流石に戦術機とそう違わないサイズの機体が、傍から見れば何の武器も用いずに素手で大岩を砕くなどといった光景は流石に説明がつかないだろう―――

「それにしても正直驚かされました。よくこれだけの短時間でこのような作戦を考え付くなんて……流石は白銀大尉ですね」
「そんな事無いですよ。破砕ポイントの割り出しは霞が計算してくれましたし、何よりもあの岩を砕く事を提案したのはアラドです」
「バランガ訓練生がですか!?」
「ええ、俺も正直驚かされてます」

発案者は武と言う事になっているが、提案者はアラドだと言う事を聞かされたまりもは、普段は見せないような表情を浮かべて驚いていた。
それはそうだろう……普段の訓練でアラドの行動を見ている彼女にしてみれば、このような作戦を思いつくとは考えられなかったからだ。
訓練中の彼を見る限り、このような作戦を思いつくような人物では無いと受け取られても仕方がない。
だが、彼の本質を知る者ならば、この考えを即座に否定する。
アラド・バランガという人物は、追い詰められた状況化やここぞと言う時に爆発的な能力を発揮する……言うなれば、スイッチが入れば化けるタイプの人間なのである。

「普段の訓練じゃ、多少手を抜いているような面も見れますけど、こういった場面での行動力は評価に値する点ですね。俺も少し考えを改めないといけないかも知れません」
「では、先程の命令違反もそう言った面からの行動だと仰るのでしょうか?」
「かも知れません……ですが、命令違反は命令違反。アラドには後でそれなりの処罰を与えるつもりです」

かつて、自分もまたこの場所で命令違反を犯した事がある。
実際には自分ではなく、別世界の自分だが、その時は営倉入りを命じられた。
今回のアラドの件は、ほぼ間違いなく営倉入り確定だろう。
これが軍隊でなければ彼が取った行動は、評価に値するものかも知れない。
むしろ人命救助のために身を呈して戦ったのだ……賞賛に値するだろう。
だが、ここは軍隊……素性を隠す為、一時的に間借りしているだけに過ぎない彼だが、そこに居る限りは規律に従わなければならないのだ。
『郷に入っては郷に従え』という言葉がある様に、彼の様な存在はそこの風俗、習慣、規律などに従うのが安全な処世術の一つなのである―――

「―――白銀大尉、各自指定されたポジションに着きました」
「解った……それじゃ皆、機体と装備の最終確認を行ってくれ。何も問題が無いようなら、時間通り作戦を開始する」
『『「了解!!」』』

砲撃を担当するA班が使用する兵装は、突撃砲とは違う大型の武器だった。
対要塞戦……すなわちハイヴ攻略用に開発された携帯式の大型ロケットランチャーである。
突撃砲に装備された120mmよりもはるかに大口径の380mm弾を発射可能な兵装で、破壊力だけならば従来兵器を上回る逸品だ。
しかし、取り回しや使用する弾頭などの問題から未だ試作の域を脱していない兵器でもある。

『正直言って驚きよね……まさか私達に新兵器を使わせて貰えるなんて……』
『それだけ僕達が期待されてるってことなのかな?』
『……だと良いけどね』
『120mmと同じ様な感覚で使えば問題無いって言われましたけど、やっぱり試射も無しに打つのは怖いです』
『その辺は一発目の着弾地点から誤差を修正するしか無いと思いますの』
『砲撃に関しては問題無いと思いますよ。部隊内でも射撃に関して上位の方々が担当する訳ですし』
『そうね、ぶっつけ本番だけどやるしか無いわね……』
『自信が無いなら止めておけばいい。失敗した後のフォローが大変』
『誰がそんな事言ったのよ!』
『さて、誰だろう?』
『やれやれ……また始まったか……』

作戦開始間際だと言うのに、まるで緊張感の無さそうな会話が繰り広げられている。
本来ならば私語は厳禁なのだろうが、武達はあえて止めようとしない。
恐らく彼女達なりに緊張を解そうとする為のやり取りだと判断しているのだろう。
だが、そんなやり取りに参加しようとしない者もいる―――

「―――ゼオラ、大丈夫?」
『……大丈夫よ。私は平気だから……』

秘匿回線を用いて会話するラトゥーニとゼオラ。
口ではそう言っているゼオラだが、その台詞からはあまり感情が込められているとは思えなかった。
やはり先程のアラドとのやり取り、そしてオウカの事が引っ掛かっているのだろう。
死んだと思っていた姉が生きており、その事を知っていたアラドは何も話してくれなかった―――
かつて精神操作を受けた際、クエルボ博士は彼女はアラドに依存し過ぎているかもしれないと言っていた事があった。
そんな事をラトゥーニが知っている筈もないが、そう言った面がこれまでも無意識の内にゼオラに対し働き掛けていたのだろう。
信頼していた筈の彼に裏切られたような気持ちになり、精神的に不安定になっても仕方がないのかもしれない。

「ゼオラ、今は任務に集中して……さっきの事は……『大丈夫だって言ってるでしょう!!』……ごめんなさい」

やや強めの口調で切り返すゼオラに対し、ラトゥーニは戸惑ってしまう。
彼女自身も先程の一件を整理しきれていないのだ。

『ごめん、ラト……私は大丈夫だから……回線、切るわよ?』
「うん……」

それ以上の言葉が出てこない―――
ラトゥーニも彼女にどう言葉を掛けていいのか解らないのだ。

『ラト、ちょっと良いか?』
「アラド?どうしたの?」
『さっきの事なんだけどさ……多分、今ゼオラに何を言ってもダメだと思うんだ。この任務が終わったら、隠してた事を全部話す。だからそれまであいつをフォローしてやってくれ』
「……解った。フォローは任せて」
『悪いな……それじゃ、また』

時間までに何かゼオラに言葉を掛けてあげたい……そう考えるラトゥーニだったが、無情にも時間は待ってはくれなかった。
こうなってしまっては、実際に彼女がミスを起こす前にフォローに入るしかないだろう。
ラトゥーニは、ただ何も起こらない事を祈るしか無かったのである―――

「―――時間です大尉」
「よし、皆、準備はいいな?これより作戦を開始する!」
『『「了解!!」』』
「カウント10秒前、9、8、7、6……」

武の号令を受け、霞がカウントダウンを開始する―――

「……3、2、1……作戦開始!!」
「A班、砲撃を開始しろ!」

作戦が開始されると同時に380mmバズーカが一斉に火を噴く。
その反動は従来兵器の比ではなく、予想以上の震動が機体を通じて伝わってくるのが解る。

『凄いわね……流石は新兵器と言ったところかしら?』
『二人一組で反動を抑えなきゃ撃てない武器なんて……ホントにこれ実戦で使えるの?』

現状はA班が砲撃を担当し、バックアップに当たっているB班はその反動を抑えるために後ろから支えている状態になっている。
当初の計画ではそのような必要は無かったのだが、現存のOSでは完全に発射時の反動を抑える事が出来ない為の処置だ。
これは急遽この兵装を用いる事になった為、OSのアップデートが間に合わなかった事が理由の一つである。

「破砕ポイントの亀裂、順調に拡大中です」
「冥夜、アラド、跳躍開始!頼んだぞ二人とも!!」
『「了解!!」』

指示を受けた二人が機体を発進させる。

『20702参る!!』
『20709行くぜっ!!』
『滑走20秒!』
『了解!!』

轟音を立てながら滑走する二機の吹雪。
アラドは自身の烈火が損傷している為、ブリットの機体を借り受けている。
これは作戦開始前にブリットが言いだした事であり、それなりの理由もあった。
やはり剣術に関しては彼の方が秀でている為、どうしてもアラドは彼に比べ見劣りしてしまう。
その点を埋めるためにブリットは、自身の吹雪の剣術モーションを使わせることを思いついたのだった。
即席の方法ではあるが、何もしないよりは成功率は上がるだろう。

「A班、砲撃中止!各機その場から退避しろ!!」
『『「了解っ!!」』』

その場に居続けていれば、崩落に巻き込まれる可能性が高い。
タイミングを見計らって武は指示を出し、彼女らもそれに従う……筈だった―――

「クッ、このタイミングで地震だって!?霞、状況は!?」
「火山噴火に伴う地震です。作戦に影響はありません」
「解った。各自、そのまま続けてくれ、A、B班は退避だ」

指示を受けた各々が、それぞれ最後の詰めに入ろうとしていた―――

『機体起こし、飛ぶぞ!!』
『了解っ!20709推力全開ッ!!』

今まさに二人が飛び上がろうとした瞬間、予想だにしない出来事が起こってしまう。

「ゼオラさん、早く退避して下さい!このままでは崩落に巻き込まれる可能性があります!!」
『このままじゃ、完全に崩落させる事は難しいわ。後もう少しだけやらせて!』
「駄目だゼオラ、直ぐに退避しろ!これは命令だ!!」
『っ!、了か……きゃあっ!』

武からの命令を受け、仕方なく退避を行おうとした次の瞬間、事態は思わぬ方向へとシフトする。

「どうした!?」
『大丈夫です。足場が急に崩れて……っ!ダメ、アラド!避けて!!』

通信機越しにゼオラの言葉がこだまし、何事かと思ったアラドは彼女の方を見て驚愕する事となる―――

『クソッ!』

眼前に迫る何か……そう、彼女が最後に放った弾は、急に足場が崩れた際に弾道がずれ、あろう事かアラドの方へと向かって行ったのだった。
このままでは直撃コースは免れない。
更に言うならば推力を全開に上昇している為、回避する事も不可能に近い。
そんな状況の中で彼は、誰もが驚く方法を取ったのだった―――

『―――外れたら、その時はその時だ!』

彼はとっさに武器セレクターを操作し、兵装から突撃砲を選択……眼前に迫る弾頭に対し、無造作に弾を発射する。
目標は左程大きいものではない為、狙って撃つだけの技量は彼には無い。
だが、彼の取った選択は功を奏し、機体に命中する直前に爆発したのだった―――

『やったぜ!』

そのまま爆発で出来た噴煙を突き破り、更に上昇を続けるアラド。

『無事かアラド?』
『大丈夫ッス!行きますよ冥夜さん!!』
『心得た!はぁぁぁぁぁッ!!』
『行っけぇぇぇぇぇッ!!』

指定されたポイントに向け、一気に長刀を振り下ろす二機。
程無くして巨大な轟音を立てながら御守岩に亀裂が入り、前回以上の質量が谷へと向けて崩落を開始する―――

「よし、二人はそのまま退避しろ!作戦成功だ!!」

通信機から武の声が流れると同時に、皆は歓喜の声を挙げる。
そして冥夜は、事が上手く運んだ事にホッと胸を撫で下ろしていた―――

『どうやら上手く行ったようだな……正直言って成功するとは思わなかったのだが……』
『実は俺も微妙な所だったんですけどね……でも、上手く行って良かったッス』

作戦が成功し、安堵の表情を浮かべるアラド。
そんな彼の下にゼオラが、申し訳なさそうな表情を浮かべ通信を繋げて来る―――

『―――ごめんなさいアラド』
『気にすんな。それに俺だってお前に謝らなきゃなんねえしな……』
『で、でも……』
『俺は無事だったんだし、作戦も成功した……良いじゃねえかそれで……これで婆さんも……!?何だ!?』
『どうしたのだアラド!?』

コックピット内部にけたたましく鳴り響く警告音。
即座に状況を確認したアラドは、その事態に驚愕していた。
作戦成功の余韻もつかの間、黒い煙を上げながら滞空しているアラドの吹雪。
モニターには跳躍ユニット損傷と警告の文字が引っ切り無しに表示されている。

『跳躍ユニットが……ヤバい!』

恐らく先程の出来事が原因で、跳躍ユニットが損傷していたのだろう。
それに気付かず、推力を全開にしていたために損傷部分が拡大したに違いない。

『いかん!アラド、直ぐに跳躍ユニットをパージしろ!!』
『ダメだ、パージできねぇ!』
『ならベイルアウトするのだ!急げ、跳躍ユニットの爆発に巻き込まれるぞ!!』
『駄目よ御剣さん!そんな高度でベイルアウトしたら、アラドが危険だわ!!』
「落ち付け二人とも……アラド、パージが無理なら短刀でジョイントを破壊するんだ。冥夜とゼオラはアラドの機体のフォローに回れ」
『「了解!」』

アラドのフォローに入ろうとする二人……だが、彼はそれを制止した―――

『来るな二人とも!ダメだ、もう間に合わねえ……』
『何言ってるのよアラド!そんなのやって見なくちゃ……』
『ごめんゼオラ、約束守れそうに……』

彼がそう言いかけた直後、爆炎に包まれる吹雪―――

『―――い、嫌……嫌よそんなの……あ、アラドォォォォォ!!』


冷たい冬の風が吹き荒れる中、辺り一面に彼女の悲痛な叫びがこだましていた―――




あとがき

第48話です。
先ず初めに、前回から間が空いてしまい本当に申し訳ありませんでした。
感想掲示板の方にも書かせていただきましたが、主な理由はあのままです。
更新を心待ちにして下さっていた皆様、何とか完成させる事ができました。
遅くなってしまって本当に申し訳ありません。

さて、本編に関してですが、今回はいつもより長いと思います。
後、少々詰め込み過ぎな感じがしないでもないですが、概ね書きたい事は書けたと思っております。

御守岩破砕に使用した武器ですが、現状では試作品の域を出ていません。
そしてこれをこの話に持って来た事にも理由があります。
何故?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、今後の為の伏線とお考えください。

今後の展開ですが、どうなるかはお楽しみにという事でご容赦ください。
それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第49話 迫り来る悪夢
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/07 20:32
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第49話 迫り来る悪夢




「―――ここは?俺は一体……?」

ぼんやりとした頭のまま、彼は現状を把握できないでいた。
視界に入ってくる風景はあまり見覚えのないもの……辺り一面は白く塗られ、自分の周りにはなにやら機械の様な物が置かれている。
徐々に意識が戻り始める最中、それが医療機器だと気付くと同時に、彼は聞き覚えのある声で完全に覚醒する―――

「―――良かった……目が覚めたのねアラド。私の事解る?」
「ここは病室よアラド」
「ゼオラ、それにラト……そうか、ここは病室か……でもなんで俺、こんな所に居るんだ?」

記憶が上手く一致しない。
何故自分は病室に寝ているのか?
そして、何故こんな事になっているのか?
様々な考えが頭を過ぎる中、ようやく彼は重要な事を思い出す―――

「―――そうだ!婆さんは!?あの後、婆さんは一体どうなったんだ!?グッ!」

慌てて飛び起きようとするが、全身に猛烈な痛みが走る。

「だ、駄目よアラド!まだじっとしてなきゃ!!」
「クソッ……なんだ?スゲェ痛ぇぞ……それに何だか頭がクラクラしやがる」

頭を押さえながら彼は、再びベッドへとその身を預ける。
手で触った感触でしか解らないが、どうやら自分は頭に怪我を負っているのだと言う事に気付かされた。
それだけでは無い、体中が痛みを訴えている。
軽く動揺し、状況が飲み込めていない彼に向け、ゼオラが諭すように語りかけた―――

「順を追って説明するわ……まず、あのお婆さんだけど、作戦終了後に自主的に避難してくれたの……貴方と冥夜さんに物凄く感謝してたわ」
「そっか、婆さんは避難してくれたのか……それで、あの後俺はどうなったんだ?」
「戦術機ごと跳躍ユニットの爆発に巻き込まれたのよ……あの爆発でよく生きていられたなって皆驚いてたわ」
「本当に運が良かった……損傷時の影響で、推進剤が外に漏れてたの。そのおかげで機体自体へのダメージは最小限で済んだ。でも、あの高さから減速も無しに落下したから機体は大破したわ」
「……」

まさに幸運としか言いようのない出来事だった―――
もしも推進剤が機体内部に残った状態で跳躍ユニットが爆発していれば、間違いなく彼はこの場所に居なかっただろう。
生か死か、これまで何度かそういった紙一重の世界を経験して来た事はあったが、本当に運が良いとしか言いようがない出来事だ。

「もうっ、本当に心配したんだから……アラドのバカ……」

目に涙を浮かべ、心底心配したと訴えるゼオラ。

「んな事で一々泣くなよ……」
「だって……私があの時直ぐに退避していたら、こんな事にはならなかったのよ?」
「だけど俺は死ななかった……こうして目の前に居る俺は生きてるんだ。それで良いじゃねえかよ」
「でも……」

彼女の目からは涙が止め処無く溢れている。
もう少しマシな言葉を掛ける事ができれば良いのだが、生憎アラドはそんなスキルは持ち合わせていない。
確かにキザな台詞などを言って相手を慰めるより、こういった態度を取る方が彼らしいと言えば彼らしいのだが―――

「……なあ、ゼオラ。お前、その手はどうしたんだ?」
「え、これは……」

どうすればゼオラが泣き止むのか……その方法が思いつかなかった彼は、とっさに話題を切り替える事で彼女を落ち着かせようとする。
先程から溢れる涙を拭っている彼女の手は、何故か痛々しい程に包帯が巻かれているのだ。
恐らく何らかの理由で怪我を負ったに違いないが、丁度良い話の種だとアラドは考えたのである。

「な、何でも無い……ちょっと火傷しちゃっただけよ」
「火傷?なんだよ、京塚のおばちゃんに内緒でつまみ食いでもしようとしたのか?」
「ち、違うわよ!貴方じゃあるまいし……」
「慌てて否定する所が怪しいよなあ……本当の事言えよ」

ようやく調子が戻って来たのだろうか?
いつもの通り彼女に接する事が出来たと感じたアラドは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら問い質す。
だが、直後に自分が取った行動が、失敗だったと気付かされることになったのだった―――

「それはアラドを助けようとした時、無理やり戦術機のハッチをこじ開けようとして火傷したの」
「ちょ、ちょっとラト!」
「えっ?どう言う事だよ?」

爆炎に包まれながら地面へと落下したアラドの吹雪。
生死が分からぬ状況で、いち早く彼の下へと駆け付けたのはゼオラだった。
そして彼女は、自機の冷却材タンクを破壊し、それを用いてアラドの機体を消火。
ある程度火が消えた事を確認した彼女は、コックピットブロックへと取り付き、外部から緊急用脱出装置を作動させようとしたのである。
だが、いくら冷却材を用いて無理やり消火したとしても、先程まで機体は炎に包まれていたのだ……熱を持っていない筈がない。
いくら強化装備が優れた耐熱性能を持っていても、完全にその熱を遮断する事は不可能だったという訳だ。

「もう、アラドには言わないでって言ったでしょ……」
「ごめん……でも、アラドには知る権利があると思う……」
「そうだったのか……その、なんて言うかさ……ありがとなゼオラ」
「べ、別に大した事じゃないわよ!そ、それにお礼を言うなら他の皆に言いなさい……皆にも迷惑かけたんだから―――」
「ま、まだあるのか?」

顔を赤くし、そっぽを向くゼオラ、驚きを隠せないアラド。
そんな二人を他所にラトゥーニは、アラド救出劇の一部始終を語り始める―――
詳細は概ねこの様な感じだ……ゼオラが火傷を負いながらも外部からハッチを開けようと試みたのだが、落下時の衝撃でフレームが歪んでしまい開かなかったのである。
しかし、そこへ他の部隊員が駆けつけた事で状況は一変する。
先ず、冥夜が強化外骨格を用いて無理やりハッチをこじ開け、クスハが機体内部へ。
そして状況を確認後、武とブリットが慎重にアラドを外へと連れ出す。
まりもが医療班の手配を行っている間、彩峰とクスハが応急処置を施し、医療班到着後に横浜基地へと緊急搬送されたという流れだった―――

「―――そっか、皆にもかなり迷惑掛けちまったんだな……」
「退院したら皆にもお礼を言いなさいよ……特に彩峰さんとクスハさんにね」
「ああ……でも意外だよな。クスハさんは解るんだけど、彩峰が俺の応急処置をしてくれたってのが意外過ぎる」
「凄かったわよ彼女。手際の良さにクスハさんも驚いてたもの」
「人は見かけによらないって奴だな……それで、俺はいつ退院出来るんだ?」

一番の気がかりだった老婆の事が分かった今、次に気になるのは自分の容態だ。
ざっと見た限り、頭部に包帯が巻かれているぐらいしか怪我をしている箇所は見当たらない。
強いて言うならば、体全体がやや痛むぐらいだが、ひょっとすると内臓なども損傷している可能性もあるからだ。

「頭部の裂傷は、それ程酷いものじゃないらしい。ただ、頭を強く打っている可能性が高いから、精密検査をしなきゃ駄目だって先生が言ってた。後、体中に打撲の跡が見られるけど、それほど酷い怪我じゃないって」
「じゃあ、2、3日ぐらいで退院出来るんだな」
「多分……」
「とりあえず、ゆっくり休みなさい。後で神宮司教官がみえるらしいから、大人しくしてた方が良いわよ?」
「ああ……って、教官が来るのか!?」
「そうよ?何か問題でもあるの?」

完全に失念していた事がある……そう、それは天元山で命令違反を犯した事だ。
いくら怪我を負って入院するハメになったとはいえ、直ぐに退院出来るとなれば話は変わってくるに違いない。
先程までとはうって変わり、急に容体が悪化した様な気分にさせられる。

「あ、ひょっとして命令違反の事?それだったら一応大丈夫みたいよ?」
「え、マジで?」
「全く処罰なし、って訳には行かないみたいだけど、状況を鑑みてある程度優しくして貰える見たい」
「ほ、本当か!?」
「白銀大尉が言ってたから、ほぼ間違いないと思うわ。一応、不本意ながら……とは言ってたけど」
「タケルさん酷ぇよ……でも、タケルさんがそう言うんなら間違いなさそうだな。ちょっとだけ肩の荷が下りた気分になれたぜ」
「だと良いわね……それじゃ、私達はそろそろ行くわ。またねアラド」
「安静にね」
「ああ、ありがとうな二人とも。皆にもよろしく伝えておいてくれ」

二人を見送った後、アラドは体を休めるべくベッドに横になる。
だが、次に目が覚めた時、彼は相当気分の滅入る処罰を与えられる事になろうとは思いもよらなかったのだった―――


さて、舞台は変わってここは横浜基地地下19階……香月 夕呼の執務室へと移る―――

「―――戦術機三機の内、一機が大破、二機目が中破、三機目は損傷軽微……あまり芳しくない結果ね」
「これに関しては言い返す事はできません。ですが、任務は無事完了しました。破砕作業がスムーズに行ったのは先生のおかげですよ」
「あら、アンタにしちゃ殊勝なことね……まあ良いわ。さて、本題に入りましょうか」
「はい……」

先程までと違い、真剣な表情を浮かべる夕呼。
そして、武もまた彼女に釣られる様に気を引き締める。
現在この場には夕呼と武以外に何名か在室している。
今回の出来事を含め、今後の対策などを話し合う為だ。

「報告にあった件だけど、あれは本当なの?」
「俺自身が見た訳では無いですが、リュウセイ少尉、そしてライ少尉から聞いた話では事実の様でした」
「そう……BETAが同士討ちをねぇ……それがもし本当ならあり得ない事だわ」
「俺も話を聞いた時、自分の耳を疑いました。もしそれが本当なら、今後の戦場でも同じ事が起こりうる可能性があります」

先の天元山でのBETA襲撃事件。
突如としてBETAが出現した事も驚くべき事だったが、それ以上に興味をそそられる出来事はまさにこれだろう。
決して同士討ちをしないと考えられていたBETAが、味方を犠牲にリュウセイ達に攻撃を仕掛けたというのだ。
それだけでは無い……アラドが戦車級と戦っていた際にも同様の事例が起こっている。
味方を犠牲にしての攻撃……普通に考えるならば、それもまた兵法の一つと言えよう。
だがこの場合、相手はBETAだ。
そうなってくるだけで話は変わってくる。
今後出現するBETAが、もしも天元山に現れた個体と同じ様な行動を取った場合、こちら側の戦術が通用しない可能性が出てくるのだ。
誤認と受け取りたいところだが、流石に軽視するわけには行かない案件だろう。

「一応聞いておくけど、それって本当にBETAだったのよね?」
「どうなんだ二人とも?」
「いや、一応BETAって奴の個体情報を見せて貰ったんだけどさ。多分、この戦車級って奴と重光線級って奴に間違い無かったと思うぜ?」
「機体の方でモニターしていれば良かったのですが、生憎それどころではありませんでした。お役に立てず申し訳ありません香月副司令」
「情報不足ってところね……何か残ってるとは思えないけど、一応現場を調査させているわ。南部、その後二人から連絡は?」
「今のところ、アクセル達から連絡はありません。BETAの存在も確認できないとの事です」
「そう……もう暫く様子見、といったところかしら」
「でも先生、なんでBETAだったかどうかなんて確認させるんです?別の何かかも知れないって言う心当りでもあるんですか?」
「根拠がある訳じゃないわ。ただ、シャドウミラーだっけ?何だかワケの判らない集団が裏でコソコソ何かやってるんでしょ?そいつらが絡んでるんじゃないかって気がしたんだけど、流石にBETAを操るなんて事できる訳無いし、仮にもしそんな事が出来るんだったらもっと有効に使うはずでしょうしね」
「例えばどんなふうにです?」
「アタシに聞かないでよ。あいつらの事だったら南部達の方が詳しいでしょ?」
「それもそうですね……で、どうなんですか大尉?」
「俺にも解らん……だが、副司令の言う様に奴らを操る事が出来たとして、それを自軍の戦力に加えるならまだしも、今回の様なケースに用いる事は意味が無い。仕上がり具合を見る為のテストとしてなら考えられるかもしれんが、奴等が過去に人以外の生物を操ったという事例も無い以上、BETAを操る事が出来るとも思えん」
「なるほど……」
「とりあえず、天元山に関する事はこれ位にしておきましょう。そちら側としてはこっちの方が本題でしょうしね」

情報不足である以上、この話題に関しては議論していても意味が無いと踏んだ夕呼が話題を切り替える。
先程も言ったが、この場に招かれているのは武にキョウスケ、リュウセイ達だ。
その理由は、天元山での出来事を議論する為だけでは無い。
それだけならばこの場にキョウスケ達が居る必要は無いのだ。
むしろ夕呼が言ったように、ここからが話の本題と言える―――

「さて、これまでの経緯はあえて追求しないわ。そちら側にもそれ相応の言い分はあるでしょうしね……何か言いたい事はあるかしら南部?」
「いえ……ですが、副司令が気付いているとは思いもよりませんでした。その点に関しては正直驚かされています」
「あらあら、随分とアタシの事を過小評価してくれてたみたいね。残念だけど全部お見通しよ……流石に悠陽殿下と結託しようと考えてたまでは読めなかったけどね」

天元山での任務終了後、武は真那に頼んでリュウセイ達も帝都で保護して貰うつもりでいた。
その前に状況報告のため、横浜基地へ連絡を入れたのだが、今思えば順序を逆にすべきだったと後悔している。
どう言った経緯で知ったのか理解できなかったのだが、彼らの存在がバレていたのだ。
しかも、丁重に持て成し、横浜までエスコートするよう厳命されたのである。
更に驚かされたのは横浜へ帰還後だ。
この場に居る筈の無いマサキが、キョウスケと共に彼らを出迎えたのである。
そしてそのまま夕呼の執務室へと連れて行かれたという訳だった―――

「一つ質問させて頂きたい……何故我々が仲間を帝都に匿って貰っている事に気付いたのです?」
「簡単な事よ、アンタ達が転移した時に重力異常が感知されたと言う事は話してあったわね?今後そう言う事が起こらないとは限らないでしょ?だから異常があったら即座にアタシの所へ報告が来るようになってるってワケ。理解してもらえたかしら?」
「なるほど……(それで今回、タケルにリュウセイ達を連れて来いと言ったという訳か……だが、何故今になってそんな事を言う必要がある?SRXチームの機体は、確かに俺達の物と比べてEOTがふんだんに使われているが、サイバスターやコンパチカイザーがそれに劣っているとは思えん……何か他に裏がある、という事なのか?)」

キョウスケの言うとおり、SRXチームの駆る機体はEOTの塊と言っても良いだろう。
希少価値の高いトロニウムを用いたトロニウムエンジン、精製の難しいレアメタルであるゾルオリハルコニウム、念動力を用いた兵装の数々……ざっと思い付くだけでもこれだけの物を有している。
だが、コンパチカイザーの動力源であるオーバーゲートエンジンやサイバスターのラプラスデモンコンピューターなどに目が行かないと言うのも疑問だ。

「何か不服そうね?」
「いえ……」
「安心しなさい。別にこの件に関してアンタ達にとやかく言うつもりはないわ。一応協力者という位置づけだし、これまでの事を差し引いても今のところこちらにデメリットも発生していないしね」

この発言に対し、キョウスケ、そして武も驚いていた。
確かにキョウスケ達は、異世界であるこの世界に招かれ、彼女に助けられた。
そして、元の世界へと戻るまでの間、彼女に協力する事になったのだが、これまでの彼女の行動を見る限り、協力者としてよりも使える手駒として利用されているような節が見られたからだ。
だが、彼女はあくまで協力者だと言い切った。
この点に関して裏が無いとは言い切れないかもしれないが、意外な発言だったといえるだろう。

「なによ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して……アタシが言った事、そんなにおかしかったかしら?」
「い、いや、てっきりキョウスケ大尉達の事も俺みたいな扱いなんだろうって思ってたもんで……」
「……確かに勘違いさせる様な事をし過ぎたわね……今一度確認しておくけど、南部達はあくまでこちら側の協力者、表向きはアタシの部下として働いてもらってるけど、それは表の顔に過ぎないわ」
「だからと言って、今後我々が独自の行動を起こす事は容認しないのでしょう?」
「あら、そんな予定があるの?流石にそんな事をされると困るわねぇ……」
「副司令、できれば茶化さないで頂きたい」
「そうね……それじゃ話題を変えましょう。南部、アンタが今一番知りたい事は『何故天元山に現れた仲間と帝都に匿って貰っていた仲間をここに呼び寄せたか』よね?」
「はい……リュウセイ達に関しては何となく察しが付きます。ですが、マサキに関しての理由が解りません。彼の機体が目当てだったとしても、彼はそう簡単に自分の機体の情報を流すとは思えません。それに彼からは、帝都に危機が迫っているから横浜へ行けと言われたと聞いています……しかも、紅蓮大将自らがそう仰ったと……一体それはどう言う事なのです?」
「ちょっと待って下さいキョウスケ大尉。それ本当なんですか?」
「ああ、マサキがこちらに到着した際、本人から聞いた話だ」
「本当なのかマサキ?」
「ああ、紅蓮のオッサンもそこの副司令さんから頼まれたって言ってたんだけどよ、帝都に俺が居ると厄介な事になりかねないんだとさ」
「副司令が閣下に?」
「ああ、キョウスケには悪いと思ったんだけどさ、御丁寧に迎えの車まで用意されてるし、世話になったオッサンに言われちゃ断る訳にも行かないだろ?だからサイバスターごとこっちに来させて貰った」
「一体どう言う事なんだ?……まさかっ!?」

帝都に迫る危機、そしてマサキやリュウセイ達が帝都に居る事で起こりうる問題―――
これより先、たった一つだけ帝都を脅かす出来事が起こる可能性がある。
それは偏に阻止したいと願っていた事件。
願わくば、何も起こらないで欲しいと願っていた事柄―――

「―――12.5事件……クーデターが起こるって言うのか……どうなんですか先生!!」
「さて、どうかしらね……」
「はぐらかさないで下さい!何故なんです!?俺達は、いや、俺達だけじゃない!俺達も殿下も、あのクーデターを起こさない為に動いていた筈です!!それが何で!!」

武は夕呼の態度に対し、苛立ちを隠せないでいる。
そんな彼の態度に状況を飲み込めないマサキやリュウセイ達は、戸惑いや驚きといった表情を浮かべている状況だ。

「落ち着きなさい白銀……まだそうと決まった訳じゃないわ。今回の事は、あくまでそれを想定しての事よ」
「落ち着いてなんか居られません!それを想定しなきゃならないって事は、起こる可能性が高いって事じゃないですか!!」

夕呼の下へ詰めより、バンと勢いよく音をたてて机を叩く武。
彼なりの怒りの表れなのだろう。
だが、当の夕呼はそれがどうしたと言わんばかりの表情を浮かべている。

「すまねえ、ちょっと良いか?」

丁度会話が途切れた隙を突き、彼らの間に割って入るリュウセイ。
このままでは完全に蚊帳の外だと感じた彼は、一端武を落ち着かせる意味も含め彼らの意識をこちらに向けさせる。

「何かしら少尉?」
「えーっと、とりあえず話の腰を折っちまってすみません。イマイチ状況が飲み込めないんですよ……そのクーデターって、何で起きるのが分かってるんです?それを阻止するためにタケル達が動いてたって言うんなら、何らかの方法でその情報を手に入れてたって事ですよね?」
「仮にもこれだけの規模を誇る基地の副司令だ。一般兵では考えられない情報網をお持ちなのだろう……俺達がとやかく言う事じゃない」
「でもさ、何か腑に落ちないんだよ……何て言えば良いのかな?」
「俺もリュウセイと同意見だ。ライの言うとおり、独自の情報網から仕入れた……って言う線が濃厚かもしれないけどよ。帝国軍内で起こるクーデターなんだろ?そんなもんの情報が、簡単に手に入るもんなのか?」
「そうだよな。普通に考えりゃ、それだけ重要な物が簡単に手に入る訳ないよな」
「だろ?いくらなんでもおかしいぜ?だってよ、他所の軍隊に漏れちまうような情報なら偽物って言う可能性だって高いじゃねえか」

あくまで第三者の視点で静観しようとするライに対し、感じた疑問を率直に述べるリュウセイとマサキ。
彼らの言い分は尤もだろう。
普通に考えれば、そう言った情報を得た事により、それを阻止しようとしているのだと考えられる。
だが、リュウセイが聞きたいのは、どうやってその情報を得たのかという点だ。

「―――見た目とは違って、なかなか鋭い子達ね……白銀にも少しは見習ってほしいぐらいだわ」

そう言って武の方を見る夕呼。
自分の方に話題を振られた彼は、何ともばつの悪そうな表情を浮かべている。
そんな彼の事などお構いなしに彼女は話を続けていく―――

「遅かれ早かれ、南部の口からアンタ達の耳にも入る事でしょうし、ちょうど良い機会だから説明しておくわ……あまりに突拍子もなく、現実味のない話だけど聞いて頂戴。ここに居るアタシと白銀は、これから起こりうる可能性のある未来が分かっているのよ……簡単に言えば、並行世界を経験し、過去へと遡った存在……といったところかしら?尤も記憶と経験だけを持ってだけどね」

何ともあっけらかんとした口調で事実を伝える夕呼。
恐らく、彼らの驚く表情を見る為にわざとこの様な調子で言っているのだろう。

「……なるほどな、そう言う事なら解らなくもねぇ」
「あら、驚かないのね?」
「いえ、自分は驚かされています」
「右に同じく……ってかマサキ、何で驚かねえんだよ!?普通はここ驚く所だろう?」
「やっぱそうなのか?ギリアム少佐やラウル達の件があるからなあ……別にそれほど驚く事でもないだろ?」
「でもよ、記憶持ったまま過去へ遡ってるんだぜ?漫画やSF小説じゃあるまいし、あり得ねえだろ普通……」
「まったくだ……」

受け取り方は三者三様、素直に受け入れられる者もいれば、驚く者もいる。
だが、普通に考えるならば、マサキの様に受け入れるケースはごく稀だろう。
この場合ならリュウセイ達の方が概ね正しいと言えるに違いない。
では、何故マサキはそれほど驚かなかったのか―――
その理由は、彼がこれまで歩んで来た人生によるものだ。
突如として異世界ラ・ギアスに召喚され、魔装機神サイバスターの操者に選ばれた。
ラ・ギアスでは科学技術よりも、魔法や錬金学と呼ばれる未知のテクノロジーが発展していた。
死霊や怨霊、邪神などが存在し、地上では考えられない生物などの存在を知っている。
こう言った事が原因で、いつの間にか彼の感覚は麻痺していたのではないかと考えられる。

「―――そろそろ話を戻して良いかしら?さっきも言った通り、アタシや白銀はこれから起こりうる可能性が高い事を知っている……でもね、それは間違いなく起こるとは限らないのよ」
「どう言う事ですか?」
「この世界は、アタシ達が経験したものと非常によく似ているけど、全てが全く同じという訳では無いわ。それと、今回は予想外のイレギュラーが発生している」
「様々な因果が結びつき、俺達がこの世界に呼び寄せられた……これによって少しずつではあるが、想定外の事が起こっているらしい」
「それって俺達が原因だって言うのか、キョウスケ中尉?」
「いや、それは何とも言えん……この世界には、俺達以外にもシャドウミラーの残党なども呼び寄せられている。奴等が原因という線も否定はできん」

これまでに起こったイレギュラー……現状で想定されていなかった出来事と言えば、新潟においてBETAの戦術とも取れる行動。
そして、高天原への謎の部隊の襲撃や出現する筈の無かった地域、すなわち天元山にBETAが現れた事が挙げられる。
キョウスケ達がこの世界に呼び寄せられた理由は、00ユニットが関与しているのだが、あくまでそれは最初にこの世界へ飛ばされて来た者達だけが当て嵌まる。
何故ならば、彼女は現在機能を停止しており、誰かを介入させるだけの力を有していない。
夕呼が提唱する因果率量子理論において、世界には均衡を維持しようとする力が働くと言われているが、マサキやリュウセイ達がこの世界にやって来た事に関しては、それが当て嵌まるとも言い難い状況だ。
とすると、一体どの様な理由で、そしてどの様な事が原因で彼らはこちら側にやって来る事となったのだろうか?
残念ながら、現状ではそれを解明できるだけの情報は得られていない。
結果としてそれがイレギュラーへと結びつくのだった―――

「なんだかややこしい事になってるよなぁ……それで、結局クーデターの方はどうするんだ?」
「話の腰を折ったのはお前だろ……んでも、確かにリュウセイの言う通りだ。あんたはどうするつもりなんだ、副司令さんよ?」
「そうね……恐らく、クーデターは阻止するのは難しい段階にまで来ていると思うわ……だから、アタシはクーデターが起こる事を止めないつもりよ」
「なっ!?先生、一体何を……」

夕呼の口から語られた本心……こればかりは流石の武も次の言葉が出てこない―――
クーデターが起こる……すなわちそれは、流されずに済む血が流れてしまうという事だ。
それだけでは無い。
再び米軍の介入をも許してしまう事になる。
条約を一方的に破棄し、日本から撤退していった米国。
彼等が再びこの地に介入するには、それ相応の理由が必要になってくる。
それがまさしくこの12.5事件だった。
このクーデターにおいて、多くの血が流れ、そして命が散って逝った。
確かに得られたものも大きかったかもしれないが、その代償もまた比例する以上に大きなものだったのだ。
何としても防がねばならないと思い、動いていた筈なのに……
夕呼もまたそれに協力してくれていると思っていたのに……
武はこの土壇場に来て、完全に裏切られたような気分に陥っていた―――

「香月副司令、その意図は何です?」

静寂がその空間を支配するなか、その沈黙を破ったのはキョウスケだった。

「どう言う事ですか、キョウスケ大尉?」
「ただの勘……いや、違うな。これだけの情報を持ち、阻止する手立てが無いとも思えん……となれば、何らかの意図が無い限りクーデターを起こしたいとは言わない筈だ。尤も、何の利益も齎さないから放っておく、と言うのなら話は別だが……」

この様な事を言ったキョウスケ自身、何か根拠があった訳ではない。
彼は、夕呼と左程長い付き合いではないが、何か事を成す時、ほぼ間違いなく何らかの意図を以て事に当たっている。
だが、彼女はそう易々と自分の手の内を見せる様な人物ではなく、余程の事が無い限りはポーカーフェイスを貫く人物だ。
人の心を読む事でも出来ない限り、彼女の思惑を読み取る事など出来はしないだろう。
では、何故この様な発言を行ったのか?
答えは簡単だ……彼は過去に何度も似たような経験をしているからである。
DC戦争中、彼は上官であったゼンガー・ゾンボルトと敵対し、戦場で何度か言葉を交わした。
最終的にその言葉の意味に気付く事は出来たが、互いに不器用な生き方を変える事は出来ず、戦う事を選んだ。
しかしゼンガーは、あえて敵に回る事でその答えに辿り着けるよう自分達を導いていたのである。
彼女の発言に何か意図があるのではないかと感じたのは、少々勘に頼った部分もあるが、何か物事の本筋を隠そうとしている節が見られたからだった。

「フフフ、意外と冴えてるじゃないの南部……続けて頂戴」
「はい……先程マサキは、自分が帝都に居ると厄介な事になりかねないと言いました。すなわちそれは、彼が部外者であると同時に標的にされる可能性があるかも知れないからです。そしてこれらは自分達にも当てはまります」
「それで?」
「基本的にクーデターは、現政権を快く思わない者達が引き起こすケースが多い。となれば、狙われるのは国のトップや政治家、もしくは軍関係者です。自分は前もってタケルからクーデターの詳細を聞かされていますので、何が狙われるのかは知っています。ですが、副司令はそれが起こって欲しいと仰られる……となれば、答えは見えてきます……副司令は現政権を脅かそうとする者を排除するため、それらをあぶり出す為にクーデターを引き起こすべきだと考えている……違いますか?」

次々と語られる推測……これを聞いている周囲の者達は、一部を除いて驚きのあまり声が出ない。

「待って下さい大尉!現政権を脅かそうとしているのは、クーデター側です。そんな事は前にも言ったじゃないですか!?」

武の言う様に、現政権を快くないと思っているからこそクーデターは発生した。
それらは態々あぶり出す必要などなく、首謀者も既に判明している。
今更何を言っているのだ、と彼が言いたくなるのも無理はないだろう。

「そうじゃないタケル……そんな事は俺も副司令も承知済みだ。よく考えてみろ……現在の日本でクーデターが発生し、一番得をするのは誰だ?」
「……米国じゃないんですか?日本に介入する切っ掛けが欲しい訳ですし、クーデターは格好の材料じゃないですか」
「言い方を変えよう……では何故、米国は日本に介入する事が出来た?現在の日本は、条約を一方的に破棄され、自国へと逃げ帰った彼らを快く思ってない筈だ。そんな彼らを誰が喜んで迎え入れる?」
「それは臨時政府が承諾したんです。彼らだって……っ!?」

ここに来て武はハッとした。
かつて12.5事件が起こった際、指令室であの夕呼でさえ反米感情を露わにしていたのだ。
普通に考えれば、帝国議会の人間の方が彼女以上にそう言った態度を取るのではないだろうか?
いくら緊急事態であり国連側からの要請があったとは言え、そうすんなりと彼らを受け入れるとは考えにくい。
しかし、あの時発足していた臨時政府が、もしも米国の息の掛かった者達だったとすれば話は変わってくる。

「気付いた様ね……そうよ、概ね南部の考えている通りで間違いないわ」
「でも、そんな奴らを表に引っ張り出したところで何になるって言うんです?結果的に米国は、あの時出来た政治的空白につけ込む事が出来ずに終わったじゃないですか」

確かに武の言うとおり、強硬手段とも言える方法を用いてまで介入して来た米国だったが、最終的にその目論見は失敗に終わった。
そしてこの事が切っ掛けで、逆にオルタネイティヴⅣ推進派に利益を与えたばかりか、躍進への切っ掛けをも作ったのである。
結果として、彼らの行おうとしている事は無駄であり、放っておいても何の問題もない筈だ。
むしろこちら側の利益になる訳なのだから、泳がしておいても損は無い筈なのである。

「残念だけどそう言う訳にも行かないのよ……日本の本当の未来のためにはね」
「本当の未来のため?……一体何を言ってるんです先生?」
「―――これはアタシ以外、他の誰も知らない事実よ。あの世界の白銀が元の世界へ戻った後に起こった出来事……これを見逃せば日本は沙霧大尉の言った通り失われてしまうわ」
「言ってる意味が良く解りません……もったいぶらずに教えてください!」

いつも以上に真剣な表情を浮かべ、言うべきかどうかを悩んでいる様子の夕呼。
だが、ここまで明らかにしてしまった以上、言わざるを得ないだろう……
落ち着いた口調のまま、彼女は衝撃の事実を打ち明ける―――


「悠陽殿下が暗殺されるわ」


夕呼の口から語られた可能性。
彼女を知る者は、驚きのあまり言葉が出て来ない……
果たしてそれは真実なのだろうか?
数多の可能性が犇めく中、悪夢は静かに彼らの下へと近づいて行くのだった―――



あとがき

第49話です。

今回から再び物語が動き出します。
さしずめクーデター編序章、といったところですかね?
ちなみに展開に関しては、オルタ本編をなぞりつつオリジナルの展開に持って行く予定です。

果たして、これが皆様に受け入れられるかどうか……ある意味無謀ともとれる選択ですが、できるだけ御期待に沿えるよう頑張りますのでよろしくお願いします。

それでは、感想の方お待ちしてますね。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第50話 数多の可能性
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/10 23:19
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第50話 数多の可能性




言葉が出て来ない―――
何故そんな事が起こりうるのか?
あまりに荒唐無稽な話としか感じられない事実。
冗談にしては少々……いや、かなり性質の悪い部類に入る話だろう。
武も良く知る人物、そしてこの国の誰もが敬い尊ぶ存在……彼女は皆にそう想われている筈だ。
そんな彼女が暗殺される?
流石にそのような事を信じる事など出来ない……それが彼の率直な意見だった―――

「―――その話、本当なんですか?」

ようやく口から発する事が出来た言葉は、あまりに在り来たりなものだった。
本当に彼女が暗殺されるのか?
何かの間違いであってほしい。
そう願う武の心情などお構いなしに、夕呼はただ黙って首を縦に振る。

「何故なんです?どうして彼女が……悠陽殿下が殺されなきゃならないんですか!?そんな話、俺は信じられません!!」
「―――アタシもその話を聞いた時、嘘であって欲しいと願ったわ……でも、紛れもない現実だった。彼女はね、事故を装って暗殺されたのよ……米国の息のかかった連中にね」
「……それが今回のクーデターで、先生があぶり出そうとしてる連中だって言うんですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……」
「そんなの答えになってないじゃないですか!」
「落ち付けタケル……今ここで副司令に怒鳴ってどうなるものでもあるまい」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!?大尉は何でそんなに落ち着いていられるんです!殿下が暗殺されるかもしれないって言うのに、落ち付いてなんていられませんよ!!」
「ちょっと冷静になれよタケル。キョウスケ中尉の言う通りだって」
「リュウセイ、お前はこの国にとって殿下がどれだけ大事な人物か知らないからそんな事が言えるんだよ……無意味に口を挟まないでくれ!」

この国において『煌武院 悠陽』と言う人物を知らない者は、先ずいないと言って良いだろう。
17歳という若さで五摂家の一つ、煌武院家の当主を務めると同時に皇帝より政威大将軍に任命され、帝国の国事の全権を委ねられている人物だ。
その若さも然ることながら、圧倒的なカリスマ性を持ち、国民からも信頼されている。
だが、現在の日本政権内においては、御飾りの将軍と彼女を罵る物も少なくは無い。
この世界に来たばかりのリュウセイにとって、もはや一般常識とも言える事柄を理解していないのは仕方のない事だが、今の武はそんな事に気付くだけの余裕が無かった。

「なんだと!……確かに俺は、その殿下って人がどんな人物なのか知らねえ……でもな、無意味とはなんだよ無意味とは!」
「だから黙っててくれって言ったんだ。何も分からないくせにしゃしゃり出て来ないでくれ!」
「この野郎……黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねえか!何様のつもりだテメェ!!」

ほぼ同年代であるが故だろう、もはや階級などお構いなしといった様相で言い争う二人。

「いい加減にしろ二人とも!少し言い過ぎだタケル……それにリュウセイ、場所を弁えろ……」
「クッ……」
「……でもよ、キョウスケ中尉!」

二人の言い争いを見兼ねたキョウスケが、彼らの間に割って入る。
反論するリュウセイであったが、キョウスケが鋭い睨みを利かせたため、仕方なく彼に従うしかなかった―――
束の間の沈黙が空間を支配するなか、誰も口を開こうとしない。
最初に話を切り出した夕呼も、どうすべきかを悩んでいるのだろう。
このままでは埒が明かない……そう考えたのだろうか?
先程まで傍観に徹していたライが、事の顛末を知っているであろう夕呼に問いただす―――

「香月副司令、貴女は自分しか知らない事実だと仰いました。それはすなわち、どういった経緯でその様になったか、という事をご存じだと考えます。詳しい話を聞かせて貰えないでしょうか?」
「そうだな、詳細が解れば対策が立てれるかもしれねえ」

彼の意見にマサキも同意した事で、それしか無いと踏んだのだろう……室内に居た全員が夕呼に注目する―――

「―――そうね、事の始まりは、桜花作戦終了後……あの世界の白銀がアタシ達の前から居なくなった直後からになるわね―――」

2002年1月1日、全人類の総力を結集した喀什(カシュガル)ハイヴ攻略作戦……通称、桜花作戦が成功し、人類は束の間ではあるが喜びを噛み締めていた―――
作戦終了後、白銀 武を見送った夕呼は、霞と共に事後処理に追われる日々を過ごしていたのだが、あるとき国連本部へと召集される事となった。
それは、桜花作戦の詳細の説明と、今後行われる反攻作戦に向けての概要を議論するためのものだったのである。
オルタネイティヴ第四計画は、一応の成功を見せ、人類に数多くの希望を齎した。
その計画の総責任者である彼女が、議会に召集されるのは当然の事だと言えるだろう。
国連総会は、今後も彼女の力を有効に利用しようと考えていたのである。

「議会に召集されたアタシは、今後人類が行おうとしている作戦に力を貸す事を求められたわ……正直、あまり気が乗らなかったんだけどね」

悲願であった第四計画が成功し、後は事後処理を行う日々が過ぎて行くだけだと彼女は考えていた。
だが、そのまま燻っているだけの日々を送るのは、死んで逝った者達に対し申し訳ないのではないか?
その様な気分にさせられたのは、もがき苦しみ、懸命に足掻いていった青臭い救世主のせいだろう。
彼女は、条件付きでその話を承諾したのだった。

「でも、ここに来て問題が発生したのよ……」
「問題……ですか?」
「ええ……白銀があの世界から消えた事で、様々な要因に対しての矛盾が発生しだしたわ」

桜花作戦成功に関して、白銀 武が齎した様々な要因。
XM3の開発、00ユニット完成に至る経緯、そして桜花作戦の成功―――
それら全ての事に彼が関わっているのは、既に周知の事実だ。
しかし、武が因果導体から解き放たれた際、彼に関する情報や知識、係わった人物などの記憶がリセットされる事態が発生する。
オリジナルハイヴ攻略に至った状況などの詳細に、僅かながらの綻びの様なものが発生してしまったのだ。
これに関しては、記憶の補完を繰り返し行う事で被害を最小限に留める事は可能だが、不可解な点も多く発生する事になる。
その様な矛盾が切っ掛けとなり、次第に夕呼が提唱する理論は衰退していく事となってしまったのだった―――

「まあ、これは予想してた事だったから、左程問題では無かったわね。その為にアタシは条件付きで奴らの話を受けたんだし……」
「でも先生……それが殿下暗殺にどうつながるんです?さっぱり見えて来ないんですが……」
「話はまだ終わって無いわ……ここからが重要になってくるのよ―――」

そういった経緯は在ったものの、彼女が世に齎した幾つかの物は、着々と人類勝利に向けて貢献していた。
中でもXM3は、現存するOSとは一線を画すものであり、戦場に赴く多数の衛士から賞賛されていたと言えるだろう。
桜花作戦終了後、約二年が経過する頃には国連軍を通じ、数多くの国で採用される事となった。
無論、夕呼は各国との交渉材料に用いていたのは言うまでもない。
だが、それを快く思わない人々も存在していた。
第四計画の予備計画としてスタートし、並行して進められていた計画……すなわち第五計画推進派の者達だ。
特に米国は、その筆頭とも言える行動を起こしており、軍部は頑として彼女が齎したそれらを受け入れなかったという。
その代りと言ってはなんだが、各国に向けて自国で開発した戦術機を比較的安価な値段で輸出し始めたのである。
これに関しては、国防予算を圧迫し優秀な機体を購入、調達するだけの資金がない国々は大いに喜んだ。
それらの先駆けと言っても過言では無かった機体が、F-15SE・サイレントイーグルと呼ばれる機体であった。
あえてF-22A・ラプターを投入しなかったのは、彼の国らしい選択と言えよう。

「米国は余程焦っていたんでしょうね……そんな事をしても、自分達の首を絞めるだけだって言うのに―――」

嘲笑ともとれる表情を浮かべ、その時の事を思い出している夕呼。
確かに彼女の言うとおり、この行いは殆ど自分達には利益が無い。
精々、自国の戦術機の性能を世に広める事ぐらいが精一杯だろう。
そんな中、日本にもF-15SEが輸出される計画が持ち上がる。
だが当時の日本は、アラスカにて行われていたXFJ計画において完成した不知火・弐型の仮採用を決定しており、量産試作機のトライアルが行われている真っ最中であった。
そして、ここに来てあり得ない出来事が起こってしまう―――

「米国がどの様な手段を用いたのかは解らないわ。彼らは何らかの理由を用いて、帝国軍次期戦術機選定に介入して来たのよ……結果として弐型の仮採用は覆され、運用コスト面での最有力候補としてエントリーする事に成功したわ」
「そんな事出来るんですか?いくらなんでも、そんな事が罷り通るとは思えません」
「恐らく、米国と繋がりを持っていた者達が裏で動いていたんだろうな……理由などのこじ付けは、後で何とでもなるだろう……」
「実はね、今回の世界で不知火・改型の製作に協力した理由はそこに在ったのよ……そもそも日本がXFJ計画に参加しなければ、米国に借りを作る事は回避できたかも知れないわ。でも、結果としてそれは間に合わなかった……これに関しては完全に後手に回った結果になってしまったわね」

ここに来て彼女は、意外な事実を明らかにした―――
新型機開発のテストベッドとして作られたと考えられていた改型は、弐型に取って代わろうとしていた物だったのである。
現状の改型はPT解析時に得られたデータを基にそれらの概念が組み込まれてはいるが、当初の目的は国内製のパーツを用いて不知火を強化発展させるための物だ。
試作機と言う位置付けである以上、他の競合する機体がある場合、なんとしてもそれを上回るモノが無い限り採用は難しい。
改型は弐型とは違い、米国製のパーツを用いていない点も優位といえる。
そのために彼女は、現在国内で尤も優秀な機体と呼ばれている武御雷に目を付けたのだった。
しかし、武御雷は他の戦術機に比較して生産性も低く、1機あたりの調達費用やランニングコストも非常に高価なものだ。
これが理由で帝国軍は、武御雷の導入を諦め、斯衛軍のみで運用される機体となってしまったのである。
だが、不知火にそれらのパーツを組み込むことで性能を向上させる事が可能となれば、武御雷までとは言わないまでも不知火以上の帝国製第三世代型戦術機が誕生する事となる。
現存する不知火をベースにする事が可能なわけだから、調達費用やランニングコストも抑えられるという寸法だった。

「ですが、それに関しては今からでも間に合うと思います」
「その理由は?」
「データを拝見させていただきましたが、現状で不知火・弐型は試作機が組み上がり各種テストを行っている状況……計画に参加している帝国軍のスタッフには申し訳ないですが、彼らが量産試作機をロールアウトさせる前に改型を間に合わせれば何とかなるのではないでしょうか?」
「間に合えばだけどね……今の改型は、当初のプランとは違う物になってしまっている。かといって元の物に戻してしまえば性能面で弐型に負けてしまう……まあ、これに関しては今議論するべき事じゃないし、後で考える事にしましょう」
「そうですね。申し訳ありませんでした」
「別に構わないわ。とりあえず話を元に戻すけど、12.5事件の後、政威大将軍の権力は立憲君主制本来の形へと戻される事になった。これに関しては白銀も知っていることだけど、完全にとは行かなかったんでしょうね」

新内閣組閣後、親米右派が政治機構の中枢から一掃されることとなる。
それに伴い、BETA侵攻以降に軍部と政府が政威大将軍への権力制限を拡大解釈し、他方外には将軍の名の下に権力を乱用行使してきた体制が是正された。
また、日本人で編成された207小隊が将軍を救出した事実も、帝国の国民感情に好印象を与える事となった。
結果として、在日国連軍と帝国軍の関係も良好なものとなり、全ては殊の外上手く行く筈だったのである。

「一掃された筈の親米右派は、再起を窺っていたわ。当然でしょうね……新政権のままでは自分達に何の得も有りはしないんだもの」
「そして奴等が攻勢に打って出た……と言う訳ですね」
「そうよ……まず手始めに、さっき言った次期戦術機選定に介入して来たのよ。それらはその一環として甲20号作戦を始めとする多くの実戦にも投入されたわ」

甲20号作戦、通称『錬鉄作戦』と呼ばれるそれは、2003年4月10日に行われた朝鮮半島の鉄原ハイヴ攻略作戦だ。
この戦いには、帝国軍へと籍を移した『涼宮 茜』や『宗像 美冴』、そして『風間 梼子』らが参加していたという。
彼女らは再び同じ戦場に赴き、散って逝った者達の遺志を継ぎ戦っていたのだろう。

「作戦は成功し、人類は更に攻勢に出たわ。そして、その間も米国から日本へ対しての介入は続いた……どれもこれも子供じみた内容に等しい物だったけど、政府としては結構な痛手だったでしょうね。そんな中、事件が起こったのは、桜花作戦が終了してから五年後の事よ」
「……」
「桜花作戦が成功して五年と言う事で区切りが良かったんでしょうね。戦死した者達の追悼式典が帝都で行われる事になったわ……作戦を成功に導いたのは、日本の尽力が在ったればこそだ。なんて気の利いた文句を掲げてね……世界各国から要人を招いて式典は執り行われる事となった―――」

国連主導で執り行われる事となった追悼式典。
この裏には間違いなく米国が絡んでいた―――
式典を何処で執り行うかを議論していた際、最初から一貫して日本にすべきだという主張を曲げなかったのもこの国だ。
当時、議会に参加していた関係各国の首脳部は、米国が自国ではなく他国を開催地に推薦した事を素直に受け入れられなかったという。
その理由の一つとして、両国の関係はあまり良い物ではないというのに、何故かこの時だけは日本開催を後押しするような行為に出た事が怪しまれたからだ。
それ以外にも、アジア圏内には未だ数多くのハイヴが残っており、危険性を拭いきれなかった事も挙げられる。
しかし米国は、それらの反対意見が挙がる事を想定していたのだろう。
予め自国と繋がりの深い国に対し、政治的圧力をかける事で彼らを抱き込んでいたのである。
結果として過半数が日本開催に合意し、当初の思惑通りに事が運んだという訳だった―――

「奴らはこれを好機と踏んだんでしょうね……警戒厳重と思われた式典の最中にテロが発生。一般市民も多数参加していた事で、現地は予想以上のパニックに陥った……そんな中殿下は、逃げもせず斯衛と一緒になって一般市民の避難誘導に当たっていたのよ」

この様な事が起こるなど、誰一人として予想していなかったに違いない。
数多くの一般市民も混じっていたとは言え、会場への出入りの際は入念なボディチェックも行われていた。
テロを画策する様な者達が、容易に中へと入る事など不可能であった筈なのだ。
では、何故その様な事が起こってしまったのか……答えは簡単である。
何者かが彼らを手引きし、警戒厳重な式典会場へと誘導したのだろう―――

「さっさと逃げていれば……なんて言える訳ないわよね。彼女はテロリストが放った銃弾から子供を庇い、そして倒れた……即死だったそうよ」
「そ、そんな……」
「その後、テロリスト達は全員射殺された……恐らく口封じのためでしょうね。おかげで真相は全て闇の中……彼女が居なくなった事で、政権は瓦解。その後、親米右派が再び息を吹き返す事になったのよ」

悠陽が暗殺され、日本は大きく様変わりする事となった。
暫くは皇帝が任命した政威大将軍代理を務める人物が国事を任されていたのだが、彼の行った政策は国民を蔑にし、自分達を含めた特権階級を有する者が潤うものへと変貌する事となったのである。
その政策に関与していたのは、言うまでもなく米国だ。
気付けば彼の国の傀儡政府へと成り下がっていた日本は、当然国民からは反発され、再び多くの難民を抱える事態となってしまう。
米国寄りとも呼べる思想に恭順する者は減る一方だったというのに、政府は何の対応策も講じない。
そして、それらに業を煮やした一部の者が、再びクーデターを起こしたのである。

「アタシが覚えている限り、ざっとこんな感じだったわね……」
「最悪だ……」
「そうね、アンタの言うとおり最悪以外の何ものでもないわね」
「本当に止める手立ては無かったんですか?政府がそうなる前に……そこまで行く前に止められる人物はいなかったんですか?」
「残念ながらね……その事について一度だけ、斯衛の月詠中尉と話す機会があったわ。彼女もその時の世に嘆いていた……」
「月詠さんは、何もしなかった……いや、多分出来なかったんでしょうね」
「そうでもないわ。彼女は何度も将軍に直訴していたのよ……でも、聞き入れて貰えなかった。それどころか、酷い仕打ちを受けたわ―――」

真那は将軍家に仕える身でありながら、民を蔑にしている将軍に何度も意見していた。
無論、代理とは言え皇帝から役職を預かっている以上、将軍には違いない人物に対してだ。
周囲の人物が止めるのも聞かず、何度も何度も哀願していたのである。
余程悔しかったのだろう……自分が生涯を賭して護ろうと誓った者達に先立たれ、彼女等が願ったものとは違う方向へと進み始めたこの国の在り方に……
次第に彼女に共感する者達も増え、軍上層部の一部も彼女に味方をしてくれた。
だが、政府は彼女を国家に対し謀反を企てる不埒者とし、斯衛軍の籍を剥奪した揚句、帝都から追放したのである。
その行為が火に油を注ぐ形となり、一部の斯衛軍若手将校が造反。
結果として斯衛軍は、現政権賛成派と反対派に別れ、争う事となってしまったのだった。

「ですが何故、彼女一人がそれだけの仕打ちを受けねばならないのです?皇帝や他の五摂家の方々は、その件に関して何も口を挟まなかったのですか?」
「残念だけど、詳しい事は判っていないわ。一応アタシは国連側の人間だし、向こうは日本政府……詳細は明らかにしないのは当然よね」
「それで、その後月詠中尉って人はどうなったんだ?」
「分からないわ……当時、アタシも彼女の事を心配して色々な所に情報を求めたんだけど、手がかりは全く掴めなかったのよ」
「一体誰なんです?そんな馬鹿げた事を平然とやってのける様な人物は……」
「多分、アンタも会った事がある筈……『崇宰 信政(たかつかさのぶまさ)』、五摂家の一つ、崇宰家の当主よ」
「崇宰大将が!?」

崇宰 信政……五摂家の当主ではあるが斯衛には所属しておらず、帝国陸軍大将を務めている人物だ。
技術廠・技術開発局のトップに立つ男でもあり、第壱開発局副部長を務める巌谷 榮二は彼の部下に当たる。
高天原襲撃事件の際、突如その場に現れた彼は、周囲の反対を押しのけ武御那神斬の出撃を強要した事も記憶に新しい。
確かに何か裏があると疑わざるを得ない様な振る舞い方だったが、まさかこの様な人物だったとは予想できなかっただろう。

「恐らく事実だろうな……」
「キョウスケ大尉?」
「何か心当りでもあるのですか?」
「以前、タケルと共に高天原へ招待された時、謎の部隊による襲撃を受けた……マサキも覚えているだろう?」
「ああ、俺もサイバスターで迎撃に出たからな」
「あの時俺は、妙な違和感を感じていた……何故この時を狙ってここが襲撃されるのか?とな」
「それは俺やコウタ、タケルの機体、それからあの施設が狙いだったんじゃねえのかよ?」
「その可能性も捨てきれん。だが、先程までの副司令の話を聞いて、疑念が確信に変わった事が一つある……」
「どう言う事です大尉?」
「もしも機体や施設が狙いだというのなら、何故あの時を選ぶ必要がある?殿下が訪問していて、普段の倍以上に護衛が付いている警戒厳重な時を狙うより、別の日を選んだ方がより確実だとは思わないか?」

確かにキョウスケの言うように、ターゲットがそういったものならばそんな日を狙うとは思えない。
余程の間抜けが指揮を執っているならばまだしも、こういった行動を起こすならば前もって下調べを行う事は常套手段だからだ。

「偶然じゃないのかよ?考えすぎだと思うぜキョウスケ中尉」

彼の言うとおり、偶然と言うケースも否定は出来ない。
たまたま決行日であったその日に、急遽悠陽が訪れる事になったのであれば相手の狙いが外れたと言う事になるからである。

「いや、偶然とは言い切れないかもしれないぞ……考えてみろリュウセイ、施設はこの際置いておくとして、俺達の機体はこの世界にとって未知の物だ。狙われるならこの横浜基地が狙われてもおかしくは無い……」
「そうか、奴らの狙いは別にあった……って事なんだなキョウスケ中尉?」
「ああ、あの時高天原にあって横浜基地に無い物……恐らく殿下の命だ」
「ほぼ間違いないでしょうね……所属不明の部隊が突如として襲撃して来たのは、そのどさくさに紛れて殿下を亡き者にしようと考えたからに違いないわ」

その後、襲撃部隊の詳細について徹底的に調査が行われている。
帝国軍から事件に関する調査の経過報告を受けた夕呼は、即座にキョウスケ達を執務室へと呼びつけ、彼らから何らかの情報を聞き出そうとしていた。
現状で判明している事は、襲撃犯が用いた機体に誰も乗っていなかったという点だ。
無人機と言う可能性が一番濃厚だが、これを聞いて即座に否定した人物が何名か居る。
それはアクセル・アルマーとラミア・ラヴレスの二人だった。

『確かに無人機と言う可能性が高いかもしれん……だが、その機体のパイロットが量産型のナンバーズだった場合、話が変わってくる、これがな』
『隊長の仰るとおり、コードATAを使用すればパイロットなんかの痕跡を残さずに消滅させる事が可能でございますです』

コードATA……『Ashes To Ashes(灰は灰に)』の頭文字を取ったもので、文字通り灰に帰すものとされているナンバーズ用の自爆コードだ。
これを用いれば撃墜した機体からパイロットが発見される事はなく、相手側に情報を与える事がない。
相手がナンバーズだった可能性を提示したのは、あの場で実際に戦闘を行っていたラミアだったのだからほぼ間違いないだろう。
その理由として、無人機には出来ないと考えられる細かな動きを行っていた事も挙げられる。

「シャドウミラーの残党が、米国とつるんでいる可能性が高い以上、崇宰大将との繋がりが無いとも言えんな……」
「尤も決定的な証拠が無いのですから、その事実に気付けたとしても迂闊な事は口に出来ない……なかなかの策士ですね。その崇宰という男は……」
「そうね……これらは全て憶測の域を出ていないわ。何か決定的な証拠を掴まない事には、こちら側が何を言っても無駄でしょうね」
「策士策に溺れるって言葉があるけどよ、何か付け入る隙みたいなもんはねえのか?」
「多分無いだろうな……」

現状では何を言っても無意味だろう。
例え何らかの尻尾を掴んだとしても、今からでは間に合わない可能性も高い。
それどころか証拠不十分で相手を訴えてしまえば、逆にこちら側が不利になる一方だ。

「ふと思ったんだけどさ、斯衛軍って人達の所に協力は頼めないのか?その人達は将軍を護るために存在してるんだろ?」
「言ってどうなる?これからクーデターが起こります。陸軍の崇宰大将が裏で暗躍しているから、それを阻止するために協力してください……誰がそんな情報を鵜呑みにすると言うんだ?それこそ無意味だろう」

リュウセイの言うとおり、彼らに強力を頼めない事も無い。
実際に斯衛軍大将である紅蓮は、武達が帝都に赴いた際に悠陽からこの話を打ち明けられている。
無論、彼女が並行世界で体験した記憶を有し、過去へと遡っている事実も含めてだ。
愈々もって彼女の身や帝都に危機が迫っているとなれば、間違いなく彼は協力してくれるだろう。
だが、その事実を知っているのは極一部の人間のみであり、大多数はその事実を知らない。
つまり、いくら彼が彼女を護ろうと呼びかけたところで、その事実を知らない者からすれば信憑性が薄いのである。

「まあ、言い方は悪いかも知れないけど、アンタ達にそんな事は期待していないわ。これに関してはこっちで何とかするしかないでしょうしね」

こればかりは夕呼の言うとおり、自分達には何の策を講じる事も出来ない。
精々彼女が何らかの行動を起こす際に協力する事ぐらいが関の山だろう。
キョウスケ達はそう考えていたが、武は一人、我武者羅にその事に付いて思考を張り巡らせていた。
自身の記憶にある何かが切っ掛けで、これまで夕呼が話してくれた事を未然に防ぐ事が出来るかも知れないと踏んだからだ。

「(12.5事件の時、俺の頭を過ぎっていた事がある……結果として沙霧大尉はそんな事考えてなかったけど、もし彼らの目的がそうだったとしたら夕呼先生の言うとおりの展開になってたって事になる―――)」

決起部隊に追われている際、武は一度だけ、彼らが悠陽の確保を諦めたら……と考えた事がある。
クーデターを起こした者達は、自分達の行為が正当であったことを証明する為、なんとしても彼女を確保する必要があった。
だが、彼女から何の裁可も貰えなかった場合、逆に彼女の存在は邪魔になってしまう可能性が高い。
そして、米軍の無理な介入で彼女が死んだ事になどなれば、反米感情の強い国民達も黙ってはいないだろう。
最悪の場合、他の帝国軍部隊も決起しかねない結果を生んでしまう事になってしまうのだ。
沙霧達の目的がそこにあったとしたら、将軍を殺す事になっても結果的には目的を達成する事になってしまうのである。
最終的に彼ら決起部隊はそのような事を考えていなかったが、もしもそこに崇宰の思惑が絡んでいたとすればどうなるだろうか?

「(鎧衣課長はあの時、どうしても日本で内戦を起こしたい連中がいるみたいだって言ってた……その意を汲む奴が決起部隊に紛れ込み、最初に発砲した事が原因で殿下は自ら囮になるしか無かったんだよな―――)」

悠陽は帝都での戦闘を終息させるため、あえて自らを囮とすることにより帝都の民を護ろうと考えた。
結果として決起軍はリークされた情報に従い、彼女の下へと引き寄せられる事となったため、帝都を包囲していた全軍は彼らを追撃せざるを得ない状況になってしまったのである。
そうなった事により、帝都での戦闘は終息に向かい、一先ず帝都民が戦火に巻き込まれる心配は無くなった訳だが、もし裏で手を引いていた者達がそれを予測していたとすればどうだろうか?
その機会を絶好の物と判断する可能性が飛躍的に高まるだろう―――

「(そして、殿下と冥夜が入れ替わって沙霧大尉と謁見を行った時……あの時は、会談を邪魔するために米軍が発砲したって思ってたけど、あれは殿下を命を狙ってやったって言う可能性も高いって事にならないか?)」

謁見が行われた理由は、悠陽が沙霧を説得したいと言い出したことが切っ掛けだった。
その際に二つのプランが提示されたのだが、結果として米軍兵の放った一発の銃弾が原因でそれらは失敗に終わってしまう事となる。
どちらのプランであっても、謁見場所に悠陽は居らず、成功しても失敗しても彼女は神代と共にその場を離れる手筈となっていたのだ。
武が言う悠陽を狙ったという点は、冥夜と彼女を誤認して発砲したという訳ではない。
謁見が失敗に終わり、両者が再び交戦状態へと陥れば包囲されている脱出部隊側が圧倒的不利だ。
そうなれば戦闘時の混乱に乗じ、悠陽を暗殺する事も可能ではなかったのだろうかと考えているのである。
当時、謁見場所を狙撃した『イルマ・テスレフ』は、情報機関による後催眠暗示下にあった可能性も指摘されていた。
しかし、起動キーワードの発信がどのように成されたのかが不明であるため、あくまで噂の域を出ていない。
だが、もしもそのキーワードが、決起軍側が悠陽と接触した場合だったとすれば説明も付くだろう。
催眠状態にあった彼女が、冥夜と悠陽を誤認するかもしれない可能性は、無いとも言い切れないからである。
尤もこれは、全て彼の憶測でしかない。
単に米国側が、悠陽救出の手助けをしたという口実を作るためにそう仕向けたかもしれないからだ。

「(考えれば考えるほど、裏で誰かが暗躍していた可能性が出てくる……駄目だ、何も良い考えが浮かばない……クーデターを起こさせないのが一番最良の方法だけど、今からじゃ無理だ……先生が間に合わないって言っている以上、本当なんだろうし―――)」

当時の事を思い出しているが、一向に良い手立ては浮かんでこない。
12.5事件の詳細を知っているのは、あの時あの場所に居た人物だけ……すなわち記憶を持ったままこの世界へと転移した人間だけだ。
現状で判明しているのは、自分は勿論の事、夕呼に霞、そして冥夜と悠陽だ。
だが夕呼は、冥夜と悠陽も記憶を有している事を知らない。
そして何より、武自身が彼女に話していない事も理由として挙げられる。

「(話すべきなんじゃないか?冥夜の事は抜きにして、殿下の事を先生に打ち明ければ何か解決策が浮かぶかも知れないじゃないか……)」

確かに彼女が自分達と同じく、以前の世界での記憶を有している事を話せば、何らかの糸口が掴めるかも知れない。
だが、本人が居ないこの場でそれをやって良いものか?
今後の展開に有利になる可能性もあれば、不利になる可能性も高い情報。
情報は時として有利な武器となる事もあれば、こちら側の弱点を露呈する事もある。
しかし、現状ではそうも言っていられないなどといった考えが頭を過ぎっている。
どうすれば良いのだろうか?
以前の自分なら、後先考えずに行動に移っていたかも知れないが、自分自身もある程度は学習しているつもりだ。
武がそういったジレンマとも呼べる感覚に陥ってしまうのは仕方の無い事なのかもしれない。

「そういえば白銀、アンタさっきから何も言わないわね?何か言いたい事は無いのかしら?」
「えっ……?」

唐突に夕呼から話を振られ、我に返る武―――

「す、すみません……ちょっと考え事をしてたんです」

とっさに口から出た言葉は、なんともパッとしない文句だった。

「難しい顔をして何を考えていたのか知らないけど、何か意見が有るのなら言ってみなさい」
「い、いえ……意見って言えるほどのものは何も無いです……でも先生、やっぱりクーデターは止められないんですか?」

やはり悠陽の事は打ち明けるべきではない……悩んだ挙句、彼はそういう結論に至った。
しかし、クーデターを止めたいという気持ちに嘘は無い。
何か方法が有るのなら、その可能性に賭けてみたい……それが現在の武の心境だ。

「さっきも言ったけど、クーデターが起こるのは時間の問題よ。止める手立ては無いわ―――」

夕呼は表情一つ変えずそう言い切った。
それはすなわち、何もて立てが無いという答えなのだろう。
武は彼女の一言に愕然としていた。
一体自分は何をやっていたのだろう?
悠陽になんとしてでもクーデターを阻止したいと言っていたにも拘らず、それは叶わないものだという事実を突きつけられる。
絶望、失意のどん底……周囲の者達の事など気にせず、落胆してしまう武。

「―――だったらいっその事、起こしてしまえば良いってワケよ……ただし、奴等の望みどおりにさせるつもりはないわ!」
「えっ?それってどういう……」
「そのクーデターにアタシ達が介入し、自分達に有利な展開へ持っていけば良いって言ってるのよ」

気付けばニヤニヤと笑みを浮かべながら話している夕呼。
してやられた……その場に居た他の者達は、一斉にそういう気分にさせられる。
最初から彼女はそのつもりで居たのだ。
横浜の牝狐とはよく言ったものだ……回りくどい言い回しを行い、彼らの反応を見る事で一人楽しんでいたのだろう。

「酷いですよ先生……と言う事は、何か方法があるんですね?」
「アタシが何の策も無しにこんな事言うと思う?このクーデター、絶対に奴等の思い通りにはさせないわよ!」
「はいっ!」


先程までとは打って変わり、力強い反応を見せる武。
その場に居たキョウスケ達も彼に同調し、協力する気でいる。
今だ暗雲立ち込める日本……しかし、彼らは動き出した。
数多の可能性の中から最良の未来を選択するために―――



あとがき

第50話です。
クーデター編序章、第二弾と言った流れの今回ですが、いかがだったでしょうか?

悠陽暗殺に関する話や、それにまつわる設定などは私のオリジナルです。

オルタ本編において、武ちゃんが居なくなった後、どういった展開になるかと考えてみたのですが、タイトルの通り数多くの可能性があると思いました。
その辺を自分なりに解釈して反映したのが今回のお話の流れになってます。
はっきり言って無理やりなこじ付け感が拭えませんが、ご理解いただければと思います。

次回以降、クーデター変のお話は加速していきます。
ですが、片付けなければならない話が多すぎる……orz
彩峰の件、千鶴の件、C小隊の持って行きかたなどなど……本当に小説って難しいですねTT
ですが、今後の展開を楽しみにして下さっている方のためにも頑張る所存です。
今後とも何卒よろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第51話 成すべきこと
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/16 20:49
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第51話 成すべきこと




クーデターが起こる事は止められない……やはり最終的にはこの様な結論に至った。
予定通り事が進んでしまうのであれば、数日中には嫌でも事態は動くに違いない。
今現在彼らにできる事……それは、何が起こっても即座に対応できるよう足場を固めておく事だ。
あくまで自分達は国連側の人間として協力している以上、下手に手を出せば帝国の主権を蔑ろにするも同じとなってしまう。
そうなってしまえば横浜基地の立場も危うくなり、裏で暗躍している者達が内政干渉を理由に何を言い出すか判らない。
最悪オルタネイティヴⅣの協力に、異を唱える者が増える可能性もあるだろう。
それこそ本末転倒であり、第五計画推進派の思う壺だ。
そういった事から夕呼は、介入すべきタイミングを吟味する必要性があると彼らに伝える。
国連軍としてではなく、第四計画遂行のために見過ごせないといった状況を選ばなければならないのだ。
それらの意見を統合し、結果的に夕呼からの指示が無い限り、自分達が勝手に動く事は出来ないという方向で話が纏まったため、武達は一先ず解散する運びとなったのだった―――

「キョウスケ中尉、失礼、今は大尉でしたね……我々は今後大尉の指揮下に加わるという形で宜しいのでしょうか?」
「ああ、副司令からはそうするよう指示を受けている。その事も含め、一度皆と話をするとしよう」
「後で三人の専用IDと部屋も用意される筈だから、それまでは大尉達と行動を共にしてくれ。とりあえず俺は、皆の着替えを取ってくるよ」
「なんでだ?別にこの格好のままでも問題は無いだろ?」

現在彼らは、キョウスケ達の部隊用に宛がわれた部屋へと向かっている途中だ。
暫くの間、横浜基地に滞在する事となったマサキ達は、専用のIDと部屋を用意して貰う事となったのだが、手続きが終わるまで下手に動き回る事は出来ない。
今のところ他の人間に遭遇してはいないが、ここが軍の基地である以上、彼らの格好は正直言って目立ち過ぎる。
マサキに関しては、基地を訪れた一般市民で通るかもしれないが、リュウセイやライはパイロットスーツのままなのだ。
強化装備とも違うこれらの装備は、明らかに異質なもの……すなわち第三者に見つかった場合、要らぬ誤解や疑念を与えかねないのである。

「なるほどな……木を隠すには森の中、って奴か……」
「少し意味が違う様な気がしないでもないけど、まあ概ねそんな感じだ。という訳で先に行って待っててくれ。それじゃ大尉、また後で―――」

そう言って彼らとは違う方向へと走り出す武。
夕呼が言うには、リュウセイ達は本日付で横浜基地に異動になった事にすると聞いている。
一番手っ取り早いのは、そういった備品関係を扱っている部署に自分から出向くのが良いだろうと考えたのだった。

「っと、ここだここ……ん?あれは、ピアティフ中尉か?」

両手に荷物を抱え、こちらの方へ歩いて来る彼女を見つけた武は、良いタイミングで彼女に出会えたと思い話しかけた―――

「御疲れ様ですピアティフ中尉」
「あ、白銀大尉……御疲れ様です」
「荷物重そうですね……良かったら持ちましょうか?」
「いえ、上官に持っていただくなんてとんでもない。私は大丈夫ですから……それよりこちらに何か御用なのですか?」
「ええ、本日付で配属になった少尉達の制服とかを取りに来たんですよ」

夕呼の副官的なポジションにいる彼女は、一応彼等転移者達の事は知らされている。
正直言って因果律量子理論などといった物は、何の知識も無い物からすれば荒唐無稽な理論でしかない。
最初は彼女自身もそう思っていたクチだが、流石にそれらの体現者とも言える人物達と遭遇してしまえば信じる他無いだろう。
では、何故武は改まってこの様な言い方をしたのだろうか?
答えは簡単だ……彼らの存在は何度も言うようにトップシークレットの案件。
第三者が周囲にいる状況で、不用意に話して良い事ではないからである。

「なるほど、それでしたら彼らの部屋に届ける手筈になっていたと思いますが?」
「ええ、俺もそう聞いています。ですが、空き時間を利用して基地内部の案内をと思ったんですよ。ですから先に着替えてもらった方が良いと思って……」
「そういう事でしたか……丁度、今私が手に持っている物がそれですので、お渡しした方が良さそうですね」
「助かります」

そう言って彼女から袋を受け取る武。

「これで全部ですか?」
「いえ、IDカードの方は、まだ出来上がっていないんです。何せ急なことでしたので……」
「すみません、中尉も忙しいのに……」

本をただせばカードの申請を行っているのは夕呼だ。
だが、彼女にそんな事を言っても意味は無い。
精々、このクソ忙しい時にそんなくだらない事で一々クレームをつけて来るな……などと一蹴されるだけだろう。

「そんな事無いですよ。それに、副司令の無理難題は今に始まったことじゃありませんし……」

一瞬、悲しそうな表情を浮かべるピアティフ―――
恐らく彼女もかなり苦労をしているのだろう。
なんと言っても彼女直属の上司はあの夕呼だ。
自分も結構苦労させられている方だが、彼女の方がより付き合いが長い分、辛い思いをしているのかもしれない。
だが、もう慣れた、と言わんばかりに元の表情へと戻るピアティフ。
こういった切り替えの速さは、自分も見習わなければならない点だなと武は感心していた。

「と、とりあえず、ありがとう御座いました中尉」
「あ、はい。白銀大尉も大変だと思いますが、頑張ってくださいね」
「ええ……」

お互い上司には苦労させられる……そんな表情を浮かべる二人が居たのは言うまでも無い―――


荷物を受け取った武は、急いでキョウスケ達の待つ部屋へと向かう事にした。
やや足早に彼らの元へと歩みを進めていたのだが、急ぐあまり周囲の状況に気が向いていなかったのだろう。
丁度廊下の曲がり角へと差し掛かったその時、事件は発生する―――

「えっ?」
「きゃあっ!」

何かにぶつかった様な感触……それが人だということに気付くまで、そう時間は掛からなかった―――
だが、結構な勢いでぶつかってしまったのだろう。
両手に荷物を持っていたこともあり、バランスを崩してしまう武。
そして、相手も彼にぶつかったことで同じ様な状況のようだ。
とっさに手に持っていた荷物を手放し、受身を取ろうと試みるが時既に遅し……かなりの勢いでそのまま縺れ合うように転倒してしまったのだった―――

「……痛たた。す、すみません」
「こっちこそゴメンなさい……って、何だ白銀か」
「彩、峰?悪い、ちょっと急いでたもんで……」

そう言いながら目を開く武。
胸の辺りに何やら柔らかい感触が広がっていた事もあり、ぶつかった相手は女性だろうと認識していたが、まさか彼女だとは思わなかった。
そして、視界が開けてきた彼は、その状況に更に困惑する事となる―――

「う、うおっ!」
「何驚いてるの?」
「い、いや……その……」

目と鼻の先、ほんの数十センチの辺りで互いを見詰め合う二人。
流石の武も、この状況では困惑する他無いだろう。
しかし、彩峰は驚いているどころか、何故そんな顔をしているのかと言わんばかりの表情を浮かべている。

「白銀、顔近い……」
「好きでこうなったんじゃねえよ!」
「そして顔も赤い……」
「そ、それは……」

『白銀 武』17歳、現在は国連軍の特務大尉を務めているとはいえ、一応健全な青年?の部類に入る人物だ。
先程から感じている感触、そして目の前には美少女と言っても過言ではない女性。
年頃の若い男子がこの様な状況に置かれ、動揺するなと言うのは無理があるだろう。

「と、兎に角退いてくれ!こんな所誰かに見られたら……」
「嫌なの?」
「い、いや、どっちかって言うとこの感触をもう少し味わっていたいというか……って何言わせるんだ!!」
「白銀のエッチ……」
「ご、誤解だ!!」
「やれやれ……よいしょっと」

そう言って立ち上がる彩峰。
続けて武も立ち上がるが、両手が塞がっていた為に上手く受身を取ることが出来なかったのだろう。
少々頭がボーっとしているのは、そのせいだと考えたい……それが武の心境だった。

「大丈夫?」
「あ、ああ……お前こそ大丈夫か?」
「丁度いいクッションがあったから大丈夫。それよりどうしたの?なんだか急いでたみたいだけど……」
「大した事じゃねえよ……それよりお前こそ急いでたみたいだったけど、何かあったのか?」
「え、急いでたの?」
「……とりあえず怪我は無いみたいだな。何急いでんのか知らないけど、今度から気をつけろよ?ぶつかったのが俺だったから良かった様なものの……」
「あんたもね」

売り言葉に買い言葉……この場合は少々ニュアンスが異なるかもしれないが、時折彼女はこの様な口調で相手に切り返す。
彩峰と上手くコミュニケーションを取るには、ある程度の慣れがなければ会話は弾まない。
寡黙で風変わりな彼女とは、こうやって言葉のキャッチボールが続かない事もあるが、一々その事に目くじら立てて怒っていては更にかき回されてしまうのがオチ。
その事を幾度と無く経験させられ学習している武ではあったが、やはり今回もいい様にあしらわれている様だ。

「それじゃ、行くね……」
「ああ……」

武をからかう事に飽きたのだろうか?
唐突に彼女はその場を後にする旨を彼に伝えると、やや足早に姿を消した―――

「相変わらずと言うかなんと言うか……さて、俺も行くか……」

とっさに手放してしまった荷物を持ち上げたその時、見慣れない封筒が彼の視界に止まる。
彼女が落とした物だろうという事に気付いた次の瞬間、記憶の奥底にあった物が即座にそれが何かを語っていた―――

「こ、これは!」

封筒の表側には『彩峰 慧様』と宛名が書かれている。
そして、その裏側に書かれていた差出人の名前を見て、彼は間違いなくこれがあの人物からの手紙だということを確信する―――

「津島……萩治……(間違いない!この手紙は……)」

彼は急いで周囲を確認し誰も居ない事を悟ると、それを慌てて上着の内ポケットへとしまう。
この手紙が彼女の下へと届いている……その時点である一つの事柄が確定しているのは間違いない。

「(これが彩峰の所に届いてるって事は、決起軍が接触を図っているのと同じだ……クソッ、何でもっと早くに俺は気付いてやれなかったんだ!!)」

後悔先に立たず、という言葉がある。
今回の世界ではクーデターを未然に防ぐために動いていた事もあり、それを阻止できれば問題は無いだろうと彼は考えていた。
しかし、結果的に決起軍の動向を防ぐことも出来ず、後数日もすれば彼らは動き出すだろう。
事は起こらないと仮定して動いていた結果、完全に彼女の件は失念してしまっていた。
まさに最悪の失態である。

「兎に角不味いな……この件も早く何とかしないと、後で取り返しのつかないことになっちまう―――」

彼女を追いかけようと考えた武だったが、彼女が何処へ向かったのかが解らない。
部屋に戻ってくれていれば良いが、そうでない場合は暫く彼女を探して回ることになるだろう。
流石に手荷物を持ったまま動き回るのは得策ではないし、マサキやリュウセイ達も待たせてある。

「チッ、こんな事になるんだったら、先に服を取って来るなんて言わなきゃよかったぜ―――」

舌打ちをし、悪態を吐く武。
最優先事項は彩峰だが、先に請け負った仕事を片付けないことも気まずい。
そう考えた武は、大急ぎでキョウスケ達の部屋へと向かうのだった―――



一方、武と別れたキョウスケ達は、あれから左程時間を要さずに自分達に宛がわれたブリーフィングルームに到着していた。
既にC小隊の面々も到着していたが、アラドは検査中という事もあり声をかけていない。
そしてアクセルとラミアも別任務で動いているため、この場には召集されていなかった。
ブリット達も任務が終わって疲れているところだが、状況を説明しないわけには行かない。
再開を喜ぶのもつかの間、キョウスケはこれまでの経緯を掻い摘んで彼らに説明する。
この世界に関する事、自分達の置かれている現状などが主な内容だ。
その内容の一部にライのみが若干怪訝な表情を浮かべていたが、やむを得ない処置だったのだろうと現在は納得している。

「それで大尉達は自分達の機体を使う事ができなくなったってワケか……でもよ、コウタ達がこっちに来てたってのは意外だったぜ」
「お前達はコウタ達から何か聞かされていた訳ではないんだな?」
「ええ、自分とリュウセイは、彼らも機体ごと行方不明になったと聞かされていましたから」
「って事は、あいつらが向こうへ戻る前にお前達はこっちに来ちまったんだな……」

リュウセイ達の話から推測するに、コウタ達がこちら側から転移を行った時期と彼らがこちら側に転移した時期にズレが生じている様だ。
これに関してだが、少々問題が発生するかもしれないとキョウスケは考えていた。
その理由としては、再びこちら側へ彼らが戻ってくる際の時間軸に大きなズレが発生しないかという点である。
空間転移などの事象について詳しくない事もそうだが、彼らがどのタイミングで向こうの世界に辿り着くかが解らないのも痛い点だ。
リュウセイ達がキョウスケ達の無事を認識していなかった訳であるから、コウタ達は予定よりも遅れている可能性が高い。
一応出来るだけ早く戻って欲しいと伝えてはあるものの、最悪の場合こちらの一番望むタイミングでの到着が無い事も考えられる。

「時間軸のズレに関しては、やはり問題だな……」
「自分達はそういった事については、完全に蚊帳のそとですしね」
「この分だと案外、コウタ君が向こうへ着く前に他の皆も来ちゃったりして……」
「無いとも限らないですけど、流石にそれだと問題ですよね」
「やはりコウタ達の到着を待つ前に、ある程度修復の目途を立てておくべきかもしれんな……エクセレン、機体の修復状況はどうなっている?」
「シャドウミラーの前線基地でパーツを手に入れられたのは大きかったわね。G系フレームの機体に関しては、鹵獲したゲシュちゃんのパーツを流用する事で問題無いらしいわ」
「それからゼオラのファルケンですが、今エクセレン中尉が使ってるアーベントのテスラ・ドライブが殆どそのまま流用可能です。運良くもう一機分のパーツが見つかってますから、それをそのまま組み込めば問題ありません」
「だが、ファルケンは内部フレームの一部が損傷していた筈だ。H系フレームのパーツは、リストに無かったと思うが?」
「基本的にマオ社のPTですから、汎用パーツを流用することで大丈夫です。幸いな事に骨格部分の損傷は軽微でしたし、欠損部分はG系フレームを加工して代用すれば何とかなると思います」
「そうか……良かったなゼオラ」
「はい!」

総戦技演習終了後、ラトゥーニは訓練時間の合間を縫って損傷したPTの修理に立ち会っている。
彼女はパイロットとしての能力以外にも、モーションパターンの構築や簡単な整備も行えるスキルを備えているのだ。
横浜基地の整備スタッフは確かに優秀だが、戦術機とPTでは使用されている技術が根本的な部分で異なっている。
作業といった面では左程問題は無いかもしれないが、知識といった面ではある程度詳しい者がいない限り下手な事は出来ない。
そういった点を踏まえキョウスケは、ある程度PTや特機などの構造に詳しいメンバーを選抜し、修理に立ち会うよう指示を出したのだった。
ちなみにこれらの事を担当しているのはラトゥーニの他にアクセルとラミアが居る。
彼らは元々特殊部隊の出身であり、様々な分野において精通しているという点が一番の理由だ。
無論、彼らにだけ負担を強いる訳にはいかないので、自分達も手の空いた時に手伝っているのは言うまでもない。
キョウスケ達もまた試作機のテストパイロットを務めている経験上、機体の構造やシステム面に関してある程度の知識を有している。
特にキョウスケは、以前アルトアイゼンが大破した際、自ら図面を引いて機体の強化プランを提示したことがあるほどだ。
尤もそれらは、開発者であるマリオン・ラドム博士に一蹴されてしまったのだが―――

「ところでアルトとヴァイスに関しては何も聞いていないのか?」
「それなんだけどね……汎用性の高い物は問題無いんだけど、特殊なものに関してはナハトちゃんとアーベントちゃんの物を回すしかないそうよ。それから他の機体もそうなんだけど、武装に関しては一部の固定武装しか使えないらしいわ」
「流石に修復が完了するまでゲシュペンストを使う……って訳にも行かないですよね」

鹵獲した物の中には、運用可能な状態のゲシュペンストMk-Ⅱも存在している。
また、それらの他にグルンガスト参式、アシュセイヴァーが二機、補修用に当てれそうな部品や装甲材が主な内容だ。
ちなみに二機のアシュセイヴァーは、それぞれアクセルとラミアが搭乗する事になっている。
その理由は、ソウルゲインが万全の状態でない事もあるのだが、特機はPTと比べて目立ち過ぎるのが問題となったためだ。
サイズも然る事ながら、その攻撃力はこの世界に現存する物以上の能力を有している。
前回出撃させた時は、その能力を期待してのものだったのだが、やはり関係各所から色々と言われたのであろう。
そういった経緯から、当分出撃は見送られる事となったのだった。

「手持ちの物に関しては、暫く戦術機用の兵装を流用するしかありませんね。シシオウブレードやチャクラムシューターが不知火で使えたんですし、多分その逆も大丈夫だと思いますよ?」

発見できた武装関係に関しては汎用性の高い物が中心だった。
メガ・ビームライフル等といった粒子兵器も見つかったのだが、殆どががれきの下敷きになっていた。
無事な物が回収されてはいるものの、調整には戦用の設備を有するために現状では使用不可能に近い。
更に運の悪い事に、実弾系兵器は弾薬の規格がこの世界の物と合わない物が多かったのである。
戦術機で主に使われている兵装の弾薬は、規格統一がなされており、形状が一致すれば殆どのもので使用可能だ。
現在彼らのPTで使用している弾薬類は、運良く残っていた規格外の物を流用している。
だが、それらが底をついてしまうのも時間の問題であり、早急に補給の目処を立てなければならない。
一応夕呼に手配はして貰っているが、コウタにはなるべく早いうちに援軍を連れて来て貰いたいのが現在の彼らの心境だ。

「問題は俺達の機体を修復する間、あの二機は使えんという事か……とりあえず、アルトとヴァイスはこの際後回しだ。比較的損傷の少なかったビルガーとファルケンを優先させるとしよう」
「ブリット君とクスハちゃんにはグルンちゃんがあるし、アクセルとラミアちゃんもアシュセイヴァーがあるから良いとして……問題はラトちゃんの機体よね……」

ラトゥーニのビルトラプターは変形機構を備えている分、他のPTとは勝手が違う部分も多い。
同じマオ社製の機体とはいえ、流用可能なパーツ類が極めて少ないのだ。
機体の剛性や強度などの問題もあり、不用意に弄る事が出来ないのである。
ちなみにブリットのヒュッケバインMk-Ⅱとクスハの弐式は、修復リストから除外されている。
彼らの機体は損傷が激しかった事も大きいのだが、他の機体の修復や夕呼の陰謀などにより殆どのパーツをそれらに供給しているからだ。
思い入れのある機体だが、流石にこの二機を完全稼働可能な状態へ持って行くとなると、回せる部品や時間などの都合も問題になってくる。
結果として修復リストから外さざるを得ない状況になってしまったという訳である。

「こればかりは無い物ねだりだな……せめてゲシュペンスト以外の機体があれば良かったんだが」
「私は別に構いません。それに暫くは訓練部隊の皆と一緒ですから、戦術機に乗る事の方が多いと思います」
「すまんな……とりあえず修復を急がせるとしよう。手の空いている者は手伝ってくれ」
「キョウスケ大尉、自分とリュウセイも手伝います」
「役に立つかどうか解らねえけど、俺も手伝うぜキョウスケ」
「助かる……武がまだ来ていないが、この際仕方が無いだろう。エクセレン、暫く留守番を頼む」
「仕方が無いわね……『すみません!遅くなりました!!』……あら、噂をすればなんとやらね」

話が纏まり、いざ部屋を出ようとしていた矢先のことだった。
息を切らせながら部屋に入室した武は、急いで荷物をマサキ達に手渡すと即座に来た道を逆戻りして行く。

「ちょ、ちょっとタケル君!?」
「すみませんエクセレン中尉、ちょっと急用なんです!話はまた後で!!」

そう言ってその場を後にする武―――

「何かあったのかしら?物凄く急いでたみたいだけど……」
「俺達に伝えなかったという事は、自分自身で何かトラブルを起こしたか何かだろうな……詮索をしても仕方あるまい」
「だと良いんですけどね……」

慌ただしい彼の行動に対し、一部の者が呆気にとられていたが、殆どの者が指して驚きを見せてはいなかった。
それだけ武に慣れ親しんで来た証拠だろう。

「タケルって、いつもあんな感じなのか?」
「ううん、普段はもう少し落ち着いているんだけどね……」
「あの慌てよう……お姉さん的には、女絡みと見たわね」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、武の行動を推測するエクセレン。
あながち間違ってはいないのだが、彼女が想像しているのはどちらかと言えば恋愛絡みの話だ。

「流石にエクセレンは、そういう話には敏感ですのね」
「いいアルフィミィちゃん、女の勘っていうモノは意外と的を得ているものなのよ?でも、ちょ~っとばかし、貴女達にはまだ早いかしらね」
「そうですわね。私達はまだ『若い』ですし、そういった経験もあまり有りませんから」

あえて『若い』という点を強調して言い返すアルフィミィ。
エクセレンは、言わばこの中で最年長という位置づけになる。
年齢を重ねている分、人生経験豊富という事を言いたかったのだろうが、そんなところで上げ足を取られるとは思っていなかったのだろう。
順調に色々な事を学んでいるアルフィミィの事は素直に喜びたいところだが、何故か間違った方向に育っているようにしか思えない。
何故か落ち込みたくなる彼女を他所に、周囲の者達はやはりこの子もエクセレンなんだと再確認しているのだった―――



ブリーフィングルームを後にした武は、急いで彩峰とぶつかった場所へと戻って来ていた―――
ひょっとしたら彼女が手紙を落とした事に気付き、この場所で探しているかもしれないと考えたからである。

「ハァ……ハァ……当てが外れたか……」

息を切らしながら周囲を見渡す武。
残念ながら彩峰の姿は無い。

「仕方ねえ、とりあえず彩峰の部屋へ行ってみるか……」
『おや、白銀じゃないか?』
「えっ?」

背後から聞こえる特徴的な声―――
振り返ってみると、そこに居たのは宗像と風間の二人だった。

「おはよう御座います。宗像中尉、風間少尉」
「ああ、おはよう」
「おはよう御座います。白銀大尉」
「とは言っても、もう昼前だ……どちらかと言えば『こんにちは』の方が正しいのではないかな?」
「もうそんな時間だったんですか?朝早くに任務から戻ってきて、ずっと副司令と話をしてたんで時間の事なんてすっかり忘れてましたよ……」
「お忙しいみたいですね。ところで大尉、どうかされたんですか?」
「え、ああ……人を探してるんですよ。彩峰、って言っても分からないか……肩ぐらいまである黒髪の訓練兵の子なんですが、見かけませんでしたか?」
「フム……それはひょっとして―――」

この時武は、運良く彼女達が彩峰を見かけたのだと思っていた。
ならば、どこで彼女を見かけたのかを聞けば、探す手間が省ける。
自分は運が良いと思っていた彼だったが、直後にそれは覆される事となった―――

「―――先程君が押し倒していた人物の事か?」
「ブッ!な、何言ってるんですか!!」
「おや、違ったのか?てっきりそうだと思っていたのだが……」

彼は改めて『宗像 美冴』という人物が、どういった人間なのかを思い知らされていた。
A-01内で迎撃後衛(ガン・インターセプター)を務める彼女は、冷静な目で部隊全体を見る事が出来る優秀な人物だ。
しかし、時折この様に突拍子もない言動で他人をからかう事がある。
特に被害に遭っているのは『速瀬 水月』と『白銀 武』の両名だ。
彼女から見ればこの二人は、余程からかうのが面白いのだろう。

「違います!どこをどう見たらそう見えるんですか!?」
「そうだったな、スマンスマン……どちらかと言えば、君が押し倒されている形だったな」
「だから違うって言ってるでしょう!」
「まあ、私も男女の恋愛に口を出すほど野暮な人間じゃあない……だが、この様な往来で抱き合うなど、もう少し周囲の目を気にした方が良いんじゃないか?」
「いい加減にしないと、マジで怒りますよ?」

流石にこれ以上は付き合いきれない……それが武の率直な意見だ。
確かに彼女は、この様に冗談とも本気とも取れない発言が多く得体が知れない。
彼女がどういった人間かよく知っているつもりだが、これ以上は我慢の限界だ。
兎に角早いうちに彩峰を見つけねばならないというのに、こんな所で時間を浪費している暇もない。
そういった焦りからか、余計に彼女からの言動が彼に苛立ちを覚えさせているのだった。

「まあまあ、白銀大尉も落ち着いて下さい。それに美冴さん、ちょっと言い過ぎですよ?」
「そうだな……流石に少し冗談が過ぎたようだ。すまなかったな白銀」
「いえ……それよりも、彼女を見かけたかどうか教えてください。急ぎの用があるんですよ」
「なるほど、急いで先程の続きを……『美冴さん!!』……冗談だ。すまないが白銀、その訓練兵を見たのは君と情事に励んでいる時だけだ。悪いな力になれなくて」
「もう、美冴さんたら……すみません白銀大尉。その、先程向こうを通りがかった時に、偶然大尉と彼女が倒れこんでいる所を見ただけで……その後はちょっと……」

やや顔を赤らめながら問いに答える風間。
宗像がどうしてもそっち方向の話を振るためか、彼女もそういった想像を浮かべてしまったのだろう。

「……そうですか、ありがとう御座いました」
「いえ、こちらこそ……それじゃ、俺行きますね。失礼します―――」

結局情報を得る事が出来なかった。
やはり手始めに彼女の部屋を訪れてみる他無いだろうと考えた武は、やや足早にその場を後にする。

「なんだか、いつもに増して彼をからかってましたね?」
「そうだな、少々やり過ぎたかもしれないな」
「まあ、美冴さんの気持ちも、分からないでもないです」
「最近、特に感じるよ……普段はあんな奴でも、一度戦術機に乗ればとんでもない男なんだ……とね」
「元帝国軍技術開発部の開発衛士。そして現在は、香月副司令の部下でありXM3の発案者……」
「私達よりも年下だというのに、あれだけの技量、そして思考をも兼ね備えている……本当に同じ人間かと疑いたくなるな」
「確かにそうですね……でも、負けてられませんよ?今度の任務の事もありますしね」
「ああ……その為に私達は訓練に励んでいるんだからな」
「その意気ですよ」
「やれやれ、梼子には敵わないな」
「今はただ、自分達が成すべきことをやりましょう―――」


武が居なくなった後、何やら意味深な会話を続ける二人。
最初は何かの憂さ晴らしともとれる言動だったが、何やらその発言には裏がありそうだ。
二人の話から察するに、今度の任務に向けて何やら訓練を行っている様子だ。
自分達が成すべきこと……その内容、そして真意は解らない。
それぞれが、それぞれの想いを胸に秘める中、事態は風雲急を告げるのだった―――



あとがき

第51話です。
クーデター編序章、第三弾……いい加減にしろと言われそうな気がしないでもないですが、何卒ご容赦ください。
ザザっと物語の本筋を書いていくのも良いのですが、やはり細かな設定や情景などを描写してこその小説だと私は解釈しております。
ですが、言い換えれば上手く纏めるだけの力量が無いって事ですよねTT

自分で言ってて悲しくなって来ます(涙)

そろそろ序章で引っ張り過ぎたので、次回辺りからクーデター本編に行ければと思ってます。
それでは感想の方もお待ちしてますので、次回もよろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第52話 護りたい背中
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/31 21:06
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第52話 護りたい背中




宗像、風間の両名と別れた武は、彩峰が部屋に居る可能性を信じて訪れていた。
まず行わなければならないのは、先程拾った手紙を彼女に返す事。
そして、彼女からこの手紙の詳細を聞き出す事の二つ―――
一つ目に関しては、特に問題は無い。
問題なのは二つ目……手紙の詳細に関する事だ。
流石にこの手紙の内容について洗いざらい話せ……などと言って彼女が素直にそれに応じるとも思えない。
それ以前に何故この手紙の内容を知っているのかを聞かれた場合、答える術が存在しない。

「とりあえず、余計な詮索は無しだな……まずはこの手紙を彩峰に返さないと」

ひとまず手紙を返す、そして上手く彼女を誘導し手紙の詳細を聞き出す。
これが彼の考えた方法だった。
意を決してドアをノックしようとした武だったが、ふと以前の事を思い出す―――

「(いや、待てよ……手紙の詳細を聞いたところで意味は無いじゃないか……下手に詮索しても意味がない。前の世界であいつに色々問い詰めても、結局事が起こるまで何も話してくれなかった。これは違ったアプローチで攻めた方が良いかもしれないな―――)」

引いて駄目なら押してみろという言葉がある。
以前は推測で動いていただけに、殆ど何も考えず最初の段階で彼女を問い詰めていた。
だが今回は、確実な証拠と呼べる前回の記憶がある。
時間が無い事は重々承知しているが、下手に騒ぎ立てた所で事態は好転しない。
とりあえず現段階では彼女に手紙を返し、時間をおいて別方向からアプローチを掛けた方が良い反応が返ってくる可能性も高い。
そう考えた武は先程の案を破棄し、新たに思いついた方法を試してみる事にした。

「彩峰、居るか?」

人の部屋を尋ねる際、ドアをノックする事は最低限のマナーだ。
例え気心知れた中であっても、礼儀を忘れてはならない。
コンコンコンと三回ドアをノックし、彼女が居るかを確認する武。
ちなみにノックの回数は、状況に応じて使い分ける必要がある。
彼が今行った回数は、友人知人恋人など、親愛ある間柄の人物に対しての場合だ。
戦友とも呼べる彼女に対してならば、あながち間違ったものではないだろう―――

「―――誰?」
「白銀だ彩峰。ちょっと話があるんだが、入っても良いか?」
「良いよ。鍵は開いてるから―――」

ひとまず入室の許可が得られた事を確認した彼は、周囲に誰もいな事を確認して中に入る。
先程あのような一件があったばかりだ。
周りに誰かいて先程の様な誤解を招いても困るし、なによりもしも手紙の内容に関する話になった場合、それを第三者に聞かれてしまうのは不味い。
事は慎重に運ばねばならないが、だからと言って落ち着き過ぎても駄目なのである。
彼女を上手く誘導し、ひとまずは手紙の内容に関する事から遠ざけねばならない。
そしてタイミングを見計らって手紙に関する事を問う。
一つ間違えば危険な綱渡り的プランだが、今の彼にはこれ位しか思いつかなかった―――

「―――さっきは悪かったな」
「別に……話ってそれだけ?」
「あ、それだけじゃないんだ。さっきぶつかった時にさ、お前手紙落としただろ?それを届けに来たんだ」

手紙と言う単語を聞いた途端、彼女の表情が一変する。

「っ!?返して!!」

叫ぶような調子で声を張り上げ、彼が右手に持っていた手紙を奪い取る彩峰。

「……見たの……?」

鬼気漲る表情、とでもいうのだろうか?
普段の彼女とは、到底似つかない形相で彼女は武に迫る―――

「いや、見てない……やっぱり大事なものだったんだな。その表情からすると相手は男……ラブレターか?」

武はあえてニヤニヤとした顔を浮かべながら、からかいの言葉を投げかける。

「白銀には関係ない……」
「隠すなよ、肌身離さず持ってたって事は、相当大事な人なんだろ?テレるなよ……グッ!」

そんな彼に激怒したのだろうか?
彼女は唐突に距離を詰め、彼をドアに押し付け口を塞ぐ。

「……知らない方がいい。白銀を……殺したくないから」
「ムグッ……(チッ、逆効果だったか……こうなったら仕方がない)」

どうやらふざけ過ぎたようだ……そう悟った武は、彼女の腕を振り払い体重を移動。
そのままの勢いで彼女の足を払い、流れる様な動作で相手を押し倒す―――

「……物騒だな。俺を殺したくないなんて……」
「……見たんでしょ?」
「中身は見てない……つーか、これでも人様の物を黙って拝見する様な性格じゃないと思ってるんだがな」
「……そう」

あえて前回と同じ方向へは持って行かない。
そう決めた武は、彼女を問い詰める様な真似はしなかった。
それが上手く行ったのだろう……多少ではあるが、彼女の表情が和らぎ始めているのが解る。

「なあ、彩峰……」
「なに?」
「いや、なんでもねえ……悪かったな、押し倒したりして」
「……」

立ち上がりながら、何かを言いかけて思いとどまる武。
何か言葉を掛けるべきかと考えたのだが、この場では下手な詮索をしないと決めたばかりだ。
ここはあえて引き、相手の出方を見ようとするが、彼女からは何の返答も訪れない。

「―――殺したくないか……余程大事な人からの手紙だったんだな。初めはからかう気満々だったってのに、やらなくて良かったよ」

あくまで詮索はしない……だが、彼女が何かを言いだす切っ掛けは作りたい。
矛盾とも取れる行動だが、何らかのアクションを起こしておかなければそれこそ意味が無い。
彩峰に対しては、直球で攻めるだけでは駄目なのだ。
時折こういった変化球を用いる事で彼女を打ち取る事が出来る事もある。

「―――そんなんじゃない」
「えっ……?」

かすれる様な小さい声―――
こちらを見てはいないが、ポツリと呟いた彼女の一言を武は見逃さなかった。

「……何か悩み事か?」
「違う……」
「だったら何でそんな辛そうな顔してんだ?」
「私はいつもこんな顔してる」
「……そうか。だったら俺も詮索しない」
「……聞かないの?」
「聞いたら答えてくれるのか?」
「……」

返ってきた答えは沈黙……それはすなわち、言いたくないという事だろう。
これ以上問い詰めても逆効果になる。
そう考えた武は、彼女の部屋を後にする事を決める―――

「それじゃ、そろそろ行くわ―――」

ドアのある方へと振り返り、そのままそちらへ向けて歩みを進める。
そして、ドアノブに手を掛けながら彼は一言だけ呟いた―――

「―――お前は、俺に……いや、俺達にとって大事な仲間だ。仲間としては放っておけない……俺が言いたい事はそれだけだ」

それだけ言って部屋を後にする武。
今回取った行動が、吉と出るか凶とでるかは解らない。
上手く行けば良いが、最悪の場合は彼女との仲が拗れる。
そして不協和音を響かせたままクーデターを迎えてしまう事になるのは間違いない。
そのまま暫く歩き、ある程度彼女の部屋から距離を取ってから彼は、一人呟いていた。

「……俺は、お前を信じてるぞ……」

冷たい廊下には、彼の切なる願いだけが響いていた―――




武が彩峰と会話をしている間、キョウスケ達は90番格納庫で機体の修理を開始していた。
話し合いの結果ビルガーとファルケンを優先する事を決めた彼らだったが、ここで一つ問題点が発生する。
それはビルガーのもう一つの特徴とも言える装備、転移時に殆どが大破してしまったジャケット・アーマーだ。
欠損した部分はゲシュペンストのフレームを移植する事で補う事となったが、肝心の外部装甲に関しては手元に存在していない。
これはビルガー専用装備と言っても過言は無い物で、シャドウミラー側に存在していないのは仕方のない事だろう。
外部装甲を装着しない方向で修復しても構わないのだが、それは直ちに却下された。
パイロットがアラドである以上、彼は必要以上に前に出てしまう。
結果として被弾率も上がり、その分撃墜される可能性も高い。
既に本体の修復は開始されているが、高機動モードのみでしか運用できないのは非常に厳しい。
常に危険が付きまとう形となるために、この部分を何とかしない限り戦場に出せない状況が発生してしまったのだった。

「迂闊だったな……」
「パイロットがアラド君じゃなければ、何の問題も無かったんだけどねぇ……」

代用品と呼べるものでもあれば話は変わってくるが、そう都合よく見つかる筈もないだろう。
戦術機用の物ならいざ知らず、PT用の物はそう簡単には手に入らない。
PT修復用のパーツにしても、偶然手に入った産物でしかないのだ。
ここに来て彼らの計画は、暗礁に乗り上げようとしている。
だが、天は彼らを見放してはいなかった―――

「それにしてもスゲェな戦術機って」
「……気楽なものだなお前は」
「だって気になるじゃねえか……見てみろよライ、あっちの機体なんて他とは全然違うんだぜ?」

そう言って、とある方向を指さすリュウセイ。
90番格納庫には、彼らの機体の他に現状で公にできない戦術機も存在している。
そのうちの一つが先程から彼の言っているF-23A・ブラックウィドウⅡだ。
シャドウミラーの前線基地で鹵獲された機体であり、研究用のためにとここに運び込まれている。
だが、彼が指さしているのはそれでは無い。
その隣に並び立つもう一機の機体……外見は不知火によく似ているが、細部は大きく異なっている。
F-23Aが漆黒とも呼べる色をしているが、その機体は黒真珠とも言えるような輝きを放っており、所々に入った白いラインがそれを一層際立たせていた。


「新型か?」
「いえ、鹵獲したF-23Aの外装を変更しているそうです」
「副司令さんったら、拾った物を使う気なのね……」

キョウスケの問いに答えるラトゥーニ、それを聞いてあきれるエクセレン。
なんでも夕呼は、『使える物は使った方が良い。それが優秀な物ならなおの事だ』と言っていたそうで、自軍の戦力として組み込む事を決めたらしい。
しかし、そのまま運用する事は国際問題に発展しかねないという事で、外装を変更して使う事になったそうだ。
その為、この機体の特殊装備とも呼べる光学迷彩は撤去される事となったのだが、独自開発した装甲と電波吸収塗料を用いる事でステルス性を向上させる手法を取る事にしたらしい。
外見が変わった程度で誤魔化せるとも思えないが、そこは彼女なりの言い回しで無理を押し通すのだろう。

「副司令と言えば副司令らしいな……リュウセイ、気になるのは仕方がないが、向こうの邪魔だけはするなよ?」
「解ってるって大尉。それよりもさ、戦術機って機動性を重視してる機体なんだろ?」
「ああ、俺達が訓練で使ってる吹雪も、第三世代機の基準に則ってそういう仕様になってるな」
「じゃあ、さっき見かけた機体はコンセプトが違うって事か?」
「どう言うこと、リュウセイ君?」
「部分的にはあのF-23Aって機体によく似てたんだけど、その奥にジャケット・アーマーみたいな外装着込んだ機体を見つけたんだ。戦術機ってのも量産機だけあってバリエーションも多いんだろうと思ったんだけど……」

そう、彼のこの一言……ロボットマニアで知られる『リュウセイ・ダテ』の好奇心とも呼べるこの性格が、彼らの抱えていた問題を一気に吹き飛ばす事となった。
それを聞いたキョウスケは、ラトゥーニを引き連れその機体の下へと急ぐ。
流石に現状ではデータを見せて貰う事は出来なかったが、話を聞く事は出来た。
形状こそ違うが、これはアルトアイゼンなどの修復時に用いられた試製01式増加装甲ユニットであり、この新型用に調整されたものだという。
現在はテストのために装着されており、結果が良ければこの機体の装備として運用する手筈になっているそうだ。

「灯台もと暗し、とはよく言ったものだ……ラトゥーニ、これをビルガーに合わせる事は出来ないだろうか?」
「もう少し見てみない事には何とも言えません……ですが、案外うまく行くかも知れませんね」
「よし、俺は香月副司令に許可を取ってくる。皆はそのまま作業を続けていてくれ」
「解りました」

意外な事に夕呼は、簡単にその件を了承してくれた。
交換条件としてデータ収集を言い渡される事となったが、それぐらいは了承しても構わないだろう。
そういった結論から彼は、それを二つ返事で返し、そのまま格納庫へと戻る。
直ぐに整備兵にその旨を伝え、とりあえず予備としてストックしてあった物を回して貰える事となった。

「後はこれを合わせるだけだが……」
「驚きました……この装備は、Type94式系列の機体に合わせる事を前提としている為、装甲の内側……つまり装着面に特殊柔軟素材を用いているそうです。外装本体の形状は簡単に変更することは出来ませんが、ユニット化されている分汎用性は高いと思います」
「へぇ~、だから私達の機体にもすんなり装着できちゃったのね」

エクセレンの考えは、残念ながら外れている。
この増加装甲は、あくまで不知火系列の機体用に開発された物でありPT用では無い。
アルトやヴァイスといったゲシュペンスト系列の機体と不知火では、見た目からして形状も違う。
彼らの機体修復時に用いられた増加装甲は、これらと同じ素材を用いた物を部分的に流用しているに過ぎないのだ。
そして、それらへの流用を可能としたのが、先程も言われていた特殊柔軟素材だったという訳である。
元々これは衛士強化装備用に開発されていた柔軟素材を戦術機用に仕様変更したものだった。
既にご存じの通り高度な伸縮性を持ちながら、衝撃に対して瞬時に硬化する性質をもっている非常に便利なものだ。
柔軟性の高いこれらを表面装甲と外部装甲の間に挟む事でクッションとし、耐弾性の向上や系列機同士であれば使用可能という汎用性を持たせる事に成功している。

『強化装備って、結構高性能なのよね……だったらこれを戦術機に装着できたら面白い事になるんじゃないかしら?』

ちなみにこれが、当時夕呼が一人の整備兵に漏らしたセリフである。
凡人では思いつかない考え……やはり彼女は天才と言わざるを得ないだろう。
そして、それをやってのける整備兵もある意味天才と呼べるかもしれない。

「思ったんだけど、これってビルファルちゃんにも装備してみたらどうかしら?」
「どうしてですか、エクセレン中尉?」
「機体重量が嵩んでしまう分、機動性の低下に繋がると思うんですが……」

システムの汎用性は、自分達の機体で既に証明されている。
形状の違う機体であっても、部分的な装甲を流用する事が可能とされていたのは、この特殊柔軟素材のおかげだ。
だが、高機動を重視している機体にとっては、重量増加による機動性の低下という弱点を生み出してしまう。
ファルケンは耐弾性の向上を考えるよりも、機動性の向上を視野に入れた方がどちらかと言えば得策だろう。
では、何故彼女がこの様な事を言い出したのか?
その答えは至ってシンプル……戦術機としての偽装を施す為だ。

「一応私達の機体も、偽装って事でこれが取り付けられてるでしょ?確かに機動性は下がっちゃうけど、今後ビルトビちゃんやビルファルちゃん達を使うんならそうした方が良いんじゃないかって思ったのよ」
「なるほど……それは一理ありますね」
「それにね、テスラ・ドライブを搭載してるけど、光線級が戦場に居ると下手に空を飛ぶ事は出来ないじゃない?まあ、避けちゃえば問題は無いんだけど、もしもって事もある訳だから多少防御力を上げといた方が良いと思ったってワケ」

この二機は高速・高機動戦を主眼に置いて開発されており、陸戦と言うよりは空戦を中心に行っている。
エクセレンの言うとおり光線級が存在している場合、下手に上空へ上がってしまえばレーザーの餌食になってしまう可能性も無いとは言い切れない。
彼女自身光線級の存在を知って以降、出来るだけ得意とする空戦を行っていないのがそれを証明していると言っても良いだろう。
戦術機は、ただでさえ光線級属種に狙われやすい機体だ。
無論それは、PTにも言える。
戦場において絶対に大丈夫、などと言いきれる可能性は限りなく低い。
なるべく後顧の憂いを断っておく方が、生存率は上がるという訳である。

「確かにエクセレンの言う通りかもしれんな……それに機体は組み上がっても、細かな最終調整を行わない限り俺達の機体は本来の力を発揮できん。気休め程度になるかもしれんが、ここは両方の機体に装備しておくとしよう」
「了解です大尉。とりあえず私は、外装ユニットの調整を手伝ってきます。ゼオラはファルケンのOS周りの調整をお願い」
「解ったわ」
「なら私は、ビルトビちゃんの調整を手伝うわ」
「お願いします」
「クスハ、アルフィミィ、お前達二人はエクセレンのフォローを頼む。残ったメンバーは、両機の組み上げ作業だ。何としても今日中に本体だけは仕上げるぞ」
『『「了解」』』

任務終了後という事で、本日は待機を言い渡されている。
訓練部隊が待機命令を受けていたのは運が良い。
彼らがこちらの方に時間を割けると言うことは、その分だけ人手が増えるという事に繋がるからだ。
そういった理由から男性陣は機体の組み上げを、女性陣はOS周りの調整を担当する事になった。
浮上した問題は一先ず解決し、後は時間との勝負という事になる。
キョウスケがこの二機の修復を優先した理由は、主にクーデターが防げないといった事が大きい。
なるべくならば機体を晒す様な真似をしたくないところだが、シャドウミラーが絡んでいる可能性が高い以上、現状のままでは戦力不足は否めないだろう。
もし彼らに介入された場合、数多くの敵を相手にせねばならない状況が生まれてくる。
相手の目論見が未だ判明しない中、こちら側の手札を増やしておけるならばそれに越した事は無い。
恐らく夕呼は、自分達をジョーカーに例え事に及ぶ筈だ。
無論、自分達とはキョウスケ達の事ではなく、A-01全体を含めての意味である。

「(あの新型は、間違いなく今回のクーデターに間に合わせるつもりだろう。でなければ、ステルス性の高い機体を用意する意味が無い……対戦術機戦を意識して設計された機体を投入するという事は、恐らく戦闘を考慮しているに違いない。問題は、何処に投入するかと言う点だが……)」

夕呼は自分達がクーデターに介入し、自分達が優位に事を進めれるようにすると言い切った。
今の所、どういった手順で介入を開始する、といった明確な指示は受けていない。
恐らく彼女が彼らに指示を出すのは、決起軍が動き出してからだろう。
夕呼が独自に動かせる部隊といえば、直轄部隊であるA-01のみ。
一応横浜基地の部隊を動かすことも可能だが、大部隊を動かすためにはそれなりの申請も必要となってくる。
その点A-01部隊は、国連軍が表立って関与できない作戦であっても、超法規的措置により派遣が可能なのだ。
内政干渉が懸念される中、この部隊に所属しているメンバーならば先程挙げた理由もあって無理を通すことも出来る。
言い方は悪くなってしまうが、非常に理不尽な部隊とも言えるだろう。
彼女にとってA-01を投入できることは、今後の事を踏まえた上で色々と好都合以外の何物でもない。
一部例外を除き、第四計画遂行のために行動したと言えば殆どの不条理も罷り通ってしまうからである。
尤も今回の件は、これらに当てはめることが出来るか?……と問われれば、限り無くNoに近い。
だから彼女もそのタイミングを考えているのだろう―――

「(問題は俺達が配置されるポイントだな……恐らくブリット達は他の訓練兵と共に行動する事になるだろう。だが、その護衛に俺達を配置するとも思えんが……)」
『キョウスケ、何をボーっとしている?』
「……アクセル?戻っていたのか?」
「先程帰ってきたばかりだ。これから俺は香月の所へ行くんだが、貴様も連れて来いと言われた。悪いが一緒に来てくれ」
「そうか、解った……(考えていても始まらんか……)……皆は作業を続行してくれ、すまないが副司令の所へ行って来る」
「了解です大尉」
「では、私が代わりを務めるとしちゃいましょう……します」
「ああ、頼む」

作業をしながら今後のことを考えていたためだろう。
彼はアクセル達が帰還した事に全く気付かなかった。
という事は夕呼が頼んでいた別件が、一先ず片付いたということだろうか?
その報告のために彼は執務室へ赴くのだと思うが、自分が呼ばれる理由が解らない。
考えられることとすれば、クーデター介入に関しての指示だと思うが、だとすると予想以上に事態は動いているという事になる。

「アクセル、副司令は何か言っていたか?」
「いや、帰還前に報告をした際、貴様を連れて来るように言っていただけだ……何かあったのか?」
「ここでは詳しく話せんが、近々……いや、今日明日中にでも出撃せねばならん可能性がある」
「……以前言っていたあれか?」
「残念な事だがな……予想以上に事は進んでいたようだ」
「なるほど、白銀の働きは無駄に終わったということか……」
「ああ……恐らく俺を呼んだという事は、新たに何か情報が入ってきているのかもしれん。お前も直ぐに動けるよう準備をしておいてくれ」
「断る……と言っても無駄だろう?改まって言うようなことじゃない、これがな」
「そうだな……」

執務室への道を進みながら会話する二人。
前もってアクセルに可能性を提示していたため、彼は驚くほど簡単に物事を理解してくれていた。
そして、意外なほどに彼が自分に歩み寄ってくれていることも―――
アクセルの過去に、何があったか詳しくは聞いていない。
だが、かつて敵対していた際、彼は必要以上に自分を敵視していた。
そのような経緯からか、共に行動するようになってからも何処と無く距離を置いているように思えたのだが、この世界に来てからはそれは然程感じられないでいる。
自分の思い込みかもしれないが、今は間違いなく信頼できる仲間の一人だと言い切れる。
そう彼は確信していたのだった―――

「―――そういえばキョウスケ、部隊名は決めたのか?」
「その事なんだが、中々纏まらなくてな……いい加減決めねばならないんだが……」

以前も同じ様な雰囲気の中、このような会話をしたことを憶えている。
その時の受け答えも今と殆ど同じ内容だった。

「何だ、まだ決めてなかったのか?いい加減早くしろと、香月も五月蠅いだろうに……」

呆れ顔、とまでは行かないが、それに近い表情を浮かべるアクセル。

「……何か良い案は無いか?参考までに聞かせてくれると助かる」
「無い事もないが……俺に任せていいのか?」
「あくまで参考にするだけだ。それにするとは限らん」
「……丁度いい機会だ。部隊名は……『南部大尉、アルマー中尉、二人も呼ばれていたのか?』……やれやれ、とんだ邪魔が入ったな」
「すまん、ミーティング中とは思わなかったのでな」
「いえ、雑談の様なものでしたので問題ありません伊隅大尉……大尉も副司令に呼ばれたのですか?」
「ああ、至急執務室へ来い……とな」

部隊名を伝えようとした矢先、思わぬ人物によってそれは遮られた。
伊隅も呼ばれているということは、間違いなく何らかの動きがあったに違いない。

「これは愈々の時が迫った……と考えるべきだろうな」
「どういう事だ中尉?」
「さあて、な……悪いが俺に答えることは出来ん、これがな」
「アクセル、そのくらいにしておけ……申し訳ありません大尉。恐らく機密に係わる内容ですので、自分達からはお話できません。恐らく、副司令自らがお話になられると思います」
「そうか、そういう事ならば仕方ないな……(彼らには伝わっていて、私には伝わっていない案件か……一体なんだ?彼らも直轄部隊とはいえ、試作機のテスト部隊の筈。それに関係することなのか?)」

どうやらクーデターに関することは、彼女の耳に入っていない様子だ。
何故夕呼が伊隅に詳細を伝えなかったのかは彼らの知るところではないが、何らかの理由が存在しているのだろう。
尤も、あれこれ詮索したところで彼女が全てを曝け出すとも思えない。
そしてこれは伊隅だけではなく、キョウスケ達にも言えることだ。
必要な時にだけ必要な情報を与え、自分の思惑通り事を運ぶ……聞こえは悪いが、これが夕呼の取る方法である以上、彼らは従う他ないだろう。

「(伊隅大尉の耳にこの件が入っていないとは以外だな……)」

伊隅が彼らのことを考えている間、キョウスケもまた彼女のことを考えていた。
そして、それ以上会話も行われること無く歩みを進める。
気付けば彼らは、何時の間にか夕呼の部屋の前へと到着していたのだった―――

「―――失礼します」

伊隅が先頭に立ち、それに続けてキョウスケ達も部屋の中へと入る。

「―――ええ、そうですわね。確かに仰るとおりだと思いますわ……」

入室した彼らの耳に入ってきたのは、夕呼が何者かと会話している声だった。
タイミングが悪かったと悟った彼らは一度外へ出ようと考えたのだが、夕呼はそれを手で制止する。
聞いては不味い内容だったのかと考えていたのだが、彼女がこの場に残れと指示を出した以上は然程問題ないという事だろう。

「問題ありません。計画も順調に進んでおりますし大丈夫です。ええ、それではまた……待たせて悪かったわね」
「いえ、こちらの方こそ申し訳ありません。まさかお話中とは思いませんでしたので……」
「構わないわ。ただの世間話みたいなものだから……さて、アンタ達をここに呼んだのは、これからとある任務に就いて貰いたいからよ。南部達は既に知ってると思うけど、伊隅にはまだ伝えてなかったわね?」
「はい……それでどの様な任務なのでしょうか?」
「詳細は後で説明するわ。それよりも伊隅、訓練の方は順調かしら?」
「概ね順調です。とりあえず……と言ってはなんですが、副司令の指示通り全員シミュレーターで白銀の撃破に成功しています」
「確率はどのくらい?」
「全体的に見て約6割、と言ったところでしょうか?やはり一対一では相性の関係もあって確実とは言い切れません。ですが、エレメントを組んでの場合、ほぼ8割の確率で成功しています」
「上等ね……それなら問題ないわ」

どうやら伊隅達は、シミュレーターを用いて武との模擬戦を行っていたようだ。
あの武相手にエレメントを組んだ状態でほぼ8割といえば、とんでもない撃墜率を誇っていると言えるだろう。

「何か聞きたそうね南部?」
「たいした事ではないのですが、伊隅大尉達が行っていた模擬戦は例の件に関係している……と受け取っても宜しいのでしょうか?」
「そうよ……出撃の際、ほぼ間違いなく対戦術機戦になるわ。そのための底上げと考えて頂戴」
「凡そは想像が付きましたが、やはりそうでしたか……副司令、我々は何処の部隊と戦うことになるのでしょう?」
「今の所は何処、と確定は出来ないわね」

そして夕呼は、今現在帝都で不穏な動きを見せている輩がいることを彼女に話し、それを阻止するためにA-01を派遣する事を伝える。
伊隅は然程驚いた様子を見せていないが、彼女の言う事に一々驚いていられないのだろう。
過去に幾度となく誰もが驚愕するような任務を与えられてきた彼女にしてみれば、いつもの事だと耐性が付いているのかも知れない。

「なるほど……『新型に乗せてやるから白銀を倒してみせろ』……などと言われた時は、何かあるとは思ってましたが……どうやら今回の任務はかなり厳しいようですね?」
「理解が早くて助かるわ……アンタ達ヴァルキリーズには、主に足止めを行って貰う予定よ。相手はさっきも言ったとおり、何になるか今は判らない状態。そして南部、アンタ達の役割もほぼ同じよ。ただし、アルマーとラヴレスの二人には、また別件で動いてもらう事になるけどね」
「やれやれ……相変わらず人使いの荒いことだな。それで、俺とラミアは、何をすればいい?」

アクセルの物言いに対し伊隅が睨みを利かせるが、当の本人は全く無関心といった様子だ。
既にキョウスケは、相変わらずということで間に入ろうともしていない。
そして夕呼もまた、別にその程度は何でもないと言わんばかりに話を進めていく―――

「二人に行って貰うのは帝都、アンタ達の元特殊部隊出身と言う経歴を使わせて貰うわ」
「なるほど……話から察するに、俺達に与えられるのは潜入任務、もしくは内部かく乱……と言ったところか?」
「どちらかと言えば、後者と足止めね……ただし、アンタ達は生身で任務についてもらうからそのつもりでね」
「任務の内容次第だが、まあ、何とかなるだろう。ところで副司令、白銀はこの話に参加しなくて良いのか?」
「白銀には後で伝えておくから良いわ。さて、アタシの予想が正しければ、恐らく明朝には何らかの動きがある筈。伊隅と南部は基地で待機、アルマーは直ぐにラヴレスと一緒に帝都へ向かって頂戴。既に手筈は整っている筈だから、向こうの協力者と一緒に行動してくれれば良いわ」
「了解しました。それではA-01部隊、これより任務に就きます。敬礼!」
「伊隅……敬礼はいいって言ってるでしょ?」

いつもの事ながら、夕呼はこういった堅苦しい挨拶を好まない。
それは理解しているが、流石にけじめはつけなければならないだろう。
そしていつも通りのやり取りが行われる訳だ。

「―――あ、そうそう南部、部隊名は決まったかしら?」

彼らが部屋を退室しようとした矢先、夕呼は何かを思い出したかのように彼に尋ねる。
当のキョウスケは、なんともばつの悪そうな表情を浮かべ、まだ決まっていない事を伝えようとしたのだが―――

「ベーオウルブズだ」
「……アクセル!?」
「やっと決まったのね。それじゃ、今度から南部達の隊を『ベーオウルブズ』と呼ぶことにするわ。部隊名とコールサインは、そのまま登録しておくから、後は上手くやんなさい……話しは以上よ」
「ハッ!それでは失礼します―――」


退室後、伊隅と別れた二人は、そのまま90番格納庫へと向かっていた―――
ベーオウルブズ……アクセル達が元居た世界において存在した連邦軍特殊鎮圧部隊だと聞かされている。
彼らと幾度となく敵対し、様々な因縁を持つその名前を言われた時は正直驚いた。
それがキョウスケの率直な感想である。

「一体どういうつもりだアクセル?」
「大した意味はない……俺自身、いつまでも過去に囚われている訳にも行かんと思っただけだ、これがな」

何かを思い詰めるような……言葉では形容できない表情を浮かべながら答えるアクセル。
その台詞からは、過去を清算しようとする様な素振りも見て取れる。

「そんな顔をするなキョウスケ……貴様に心配されるほどの事じゃない。これは、俺自身のけじめ……といったところだ」
「どういう意味だ?」
「俺は貴様と出会ってから、常に敵対心を懐いていた。貴様とあの男は別人だと解っていても、どこかで同じだと考えていたんだろうな……そういった意味で、ベーオウルフと言うモノを受け入れることが出来なかった。だが、貴様は奴とは違う……それを証明するためには、先ず俺が考え方を変える必要があると考えた。そういった意味でのけじめ、と言うわけだ」

初めて目の前に居るキョウスケと相対した時、どうしても彼個人の存在を認めることが出来なかった。
向こう側のキョウスケは常識を逸した能力と思考を持ち、常に危険性を感じさせる存在と認識していた。
そんな彼と全く同じ容姿をした存在を簡単には受け入れられない……そういった事から彼は敵対心を露にしていたのだろう。
だが、このキョウスケはベーオウルフとは違う。
それを言葉で言い表すのは簡単だが、彼自身が認めなければならない。
そういった意味を含めアクセルは、彼と共に戦うために、そしてそれらを証明するためにあえて忌み嫌っていた『ベーオウルフ』と言う呼称を用いたのだった。

「……解った。お前の考えを尊重させてもらう」
「すまんな……」

ここに来て彼らは、本当の意味で和解したと言えるだろう。
背中を預けあえる戦友と呼ぶに等しい存在として互いを理解したのである。
こうして人と人は解り合える……先ず争う前に手を取り合って話し合うべきなのかもしれない。
無言のまま格納庫へと向かう彼らの間には、間違いなく絆と呼べるものが存在していた。
そう、戦友と言う名の絆が―――


そして明朝、事態はついに動くこととなる―――



あとがき

第52話です。
本当ならクーデターの話を書く予定でした……が、しかし……すんなり事が進まないのが私の力量TT
上手く纏めれるだけの力が欲しい今日この頃です。

さて、いよいよ次回からはクーデター本編が開始となります。
流れは大まかにオルタ本編と同様な形になりますが、結構アレンジを加える予定ですので楽しみにお待ち下さい。
それでは次回もよろしくお願いします。




[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第53話 歪められた12.5事件
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/27 22:43
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第53話 歪められた12.5事件




2001年12月5日―――

「クッ、このままでは殿下が……」

斯衛軍大将、紅蓮 醍三郎の眼前に広がる光景は、到底予測のつくような事態ではなかった―――

事の始まりは約1時間ほど前。
静寂に包まれていた帝都に、何者かの接近を示す警報が鳴り響いたところから始まる―――

「一体何事だ!?」

この時紅蓮は、恐らくこれはクーデター部隊による決起を知らせるものだと考えていた。
12.5事件と呼ばれる一連の出来事に関しては、前もって悠陽や武から聞かされている。
それを踏まえたうえで彼は、事が起こった場合に対し即座にそれらを処理できるよう城内省に詰めていたのだった。
しかし、オペレーターから返ってきた答えは、彼の考えを否定することとなる―――

「―――突如として帝都上空に6機の物体が出現。熱量から判断して戦術機だと思われます!」
「なんだと……観測班、何故気がつかなかった!?」
「申し訳ありません!それが、いきなり上空に現れたのです」
「いきなりだと?……まさか、オペレーター!該当機種の割り出しを急げ!!」

騒然となる指令室―――
指揮を執っている紅蓮は勿論のこと、作業にあたっているオペレーターも戸惑いを隠せないでいた。

「照合完了……ほぼ90%の確率で以前報告にあったF-23Aと思われます」
「クッ、やはり例の迷彩装置搭載機か……直ちに迎撃部隊を出撃させよ!何としても奴らを帝都城へ近づけてはならん!!」

月明かりに照らされる空を、我が物顔で飛行し続けるF-23A。
今のところこちらに敵意を見せるような素振りはないが、警戒するに越したことはない。
そう判断した紅蓮は、オペレーターに出撃を命じたのだが―――

「非常事態です閣下!」
「どうした!?」
「待機中の部隊、殆どの機体が原因不明のトラブルにより機動不可能な状態に陥っています!」
「何っ!?帝国軍、斯衛軍全ての機体がか?」
「はい……あ、一つだけ動ける部隊があります!」
「何処の隊だ?」
「本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊です」
「っ!?……已むを得ん……直ちに出撃を命じよ!ただし、相手が撃って来るまで、こちらからの手出しは一切行うなと厳命しておけ!!」
「了解しました!」

こちら側は完全に後手に回っている。
原因不明のトラブル……恐らくは、先程侵入してきた部隊の一部が、前もって何らかの仕掛けを施しておいたのだろう。
普通では考えられない事だが、実際にそれは起きてしまっている。
こちらから即座に対処できない事態が発生している以上、その原因を追究するのはこの際後回しだ。
そして皮肉な事に、現状で対応できるのはクーデターを画策していた部隊のみ。
だが、現状ではそのような事は言っていられない。
紅蓮が彼らに出撃を命じたのは、ある種の賭けだった。
襲撃部隊が彼らの仲間……という線が拭いきれた訳ではないが、日本のためにと行動を起こそうとした彼らが米国の機体を使用する部隊と行動を共にするとも思えない。
紅蓮は、彼らのこの国を想う気持ちを信じる事にしたのだ。
この切り替えの速さ、そして現状で使用可能な手札を最大限に活用する―――
これが斯衛軍大将・紅蓮 醍三郎の真骨頂とも言えるだろう。

「報告します!敵部隊に動きアリ……帝都城敷地内に向けて急速に降下を開始しました。また、それとタイミングを合わせるように強力なジャミングも発生しております!!」
「クッ、城内にいる護衛部隊に殿下を避難させるよう通達せよ!」
「そ、それが……」
「どうした?早くせんか!」
「先程から何度も呼びかけているのですが、全く連絡が通じません……恐らく何者かが既に内部に侵入し、通信施設を抑えているのだと思われます」
「馬鹿者!何故それを先に言わんのだ!!ええい、このままでは埒が明かん……ワシ自らが城内へ赴く!」
「危険です閣下!敵の数も不明な上に、御一人では……」
「そのような事を申している場合ではなかろう!……安心せい、この紅蓮、老いてもまだ雑兵如きに遅れは取らぬ!!」
「……了解、しました……ですが、歩兵部隊の要請を出します。宜しいですね?」
「うむ……状況報告は随時行え、追って指示を出す」
「ハッ!……閣下、ご武運を……」

このような状況において、指揮官が現場に赴くなどといった行為は愚の骨頂ともいえる。
だが、幼いころより悠陽を見てきた彼にしてみれば、彼女の身に危険が迫っているのを遠くから見ている訳にも行かない。
完全に私情を挟んでしまっているが、悠陽の安全を最優先に考えるならばそれも致し方ない事なのだろう。
そしてそのまま彼は急いで悠陽の下へと向かったのだが、城内まであと少しというところでそれを阻まれてしまっていたのであった―――


『―――動くな……』

辺りには戦術機の衛士と思われる人物の声が響いていた―――
相手の声は、変声機(ボイスチェンジャー)と思われるものを使用しているためか詳細は分からない。
そして、動くなと命じたそれは、銃口を紅蓮達の方へと向けている。
それに気づいた本土防衛軍の面々だが、相手が帝都城を背に展開しているため下手に動く事が出来ないでいた。

「貴様らの狙いは何だ!?何故このような事をする!!」
『その問いに答える義理は無い……』
「クッ……」

冷徹に響き渡るその声は、その機械的な響きも相まって自分達の圧倒的優位性を周囲に知らしめていた。
だが、相手側がいくら優位に立とうとも、それは時間の問題となってくる。
ここは帝都の中心地であり、近隣には駐在している帝国軍部隊もいる。
彼らの目的が何かは未だ判明していないが、数でこちらが勝る事になればそれを達成する事も不可能だろう。

「こんな事をしても無駄だ!直に応援部隊も駆けつけて来る……大人しく投降せい!!」
『フッ、まだそんな大口を叩くか……まあいい、目的は達成した……彼女の命が惜しくば、道を開けて貰おうか?』
「何っ!?」

紅蓮達は目の前にいる機体が指さす方向に目を向ける―――
天守閣周辺の屋根に映る人影……一人は暗視ゴーグルの様な物を装備し、強化装備の様なスーツを身に付けた人物。
そしてもう一人は、彼らのよく知る人物だった―――

「で、殿下!?」
『そういう事だ……』
「き、貴様!殿下に何をした!!」
『安心しろ、彼女は眠っているだけだ……だが、貴様らが下手な動きをすれば……解るな?』

相手はあえて最後まで語らない―――
だが、相手に抱えられている悠陽を見れば、その答えは聞かずとも解る。
彼らの目的は彼女の拉致であったという訳だ。

「……沙霧大尉、聞こえているな?」
『ハッ!……既に全部隊に待機を命じております……』
「……これでよかろう?」
『随分と物分かりがいいな……全機撤退する』

そう言って二人を確保しようとするF-23A。
悠陽がいる以上、こちら側からは迂闊に手出しはできない。
その場に居た者達は、成す術無くそれを見守っているしかなかったのだが―――

「―――っ!?」
『誰だ!何故撃ったッ!?』

突如として響き渡る轟音、そして爆発による閃光―――
突然の出来事に周囲の者は驚きとまどっている。
その砲撃が命中したのは、悠陽を確保しようとしている相手の隣に居た機体だったのは不幸中の幸いと言える。
当たり所が悪かったとはいえ機体が今の一撃で大破している事を見ても解ることから、もし射線がずれていれば間違いなく今の砲撃で彼女は死んでいただろう。

「何処の虚け者だ!殿下が直ぐ傍に居られるというのに……自分が何をしたかわかっておるのか!?」
『やってくれるな……どうやら彼女の命が惜しくないと見える』
「ま、待て!」

悠陽を確保し終えた相手は、紅蓮の方へ向き直して冷徹な台詞を言い放つ。
このままでは彼女の命が危ない……そんな考えが頭をよぎる中、相手から返って来たのは意外な一言だった―――

『―――まあいい……だが、次は無いと思えよ?』

そして残った5機のF-23Aは、帝都から悠陽を連れ去ったのだった―――



悠陽が連れ去られてから約1時間後―――
その情報は横浜基地にも届いており、関係各所はその対応に追われていた。
基地全体には既に防衛基準体制2が発令されており、全戦闘部隊には完全武装にて待機が命じられている。
そして武は夕呼の部屋へと呼び出されていた―――

「―――厄介な事になったわね……」
「現状はどうなってるんです?」
「殿下を拉致した謎の部隊の捜索は、現在も続いているわ。情報が錯綜してて詳しい事は判らないけど、犯人が使用してた機体から判断して米軍特殊部隊の可能性が高い……というのが帝国側の見解よ」
「シャドウミラー……ですか?」
「それはなんとも言えないわね。彼らに関してはアルマーやラヴレスの方が詳しいでしょうけど、生憎彼らは昨日から帝都へ行って貰ってて連絡も取れないから……」
「クーデターを妨害するための任務ですか?」
「ええ、そうよ。それにしてもアンタ、意外と落ち着いてるわね?昨日の今日でこんな事になってるから、てっきりもっと慌ててるかと思ってたわ」
「そうでもありませんよ……ただ、キョウスケ大尉に言われましたからね。先生に何だかんだと言ったところで意味は無いでしょう?」
「確かにアンタの言う通りよ。今のところアタシ達に出来る事は無いわ。そのうち嫌でも動くハメになると思うけど……」

既に武はある程度の情報を得ている。
悠陽が攫われた事とクーデターが発生していない事を除けば、殆どの内容は以前と同じ内容だった。
やはり米軍はクーデターの一件に託け、日本に干渉するつもりだったのだろう。
相模湾沖には米軍第7艦隊が展開しており、安保理の承認が取れ次第介入してくる気満々だったという訳だ。
ここまで来ると間違いなく、クーデターの情報は米国側に漏れている事になる。
恐らく今回の一件も、内通者を通じて向こうに伝わっていると考えるべきだろう。

「今回も米軍が介入して来るんでしょうか?」
「どうかしらね……殿下を攫った奴らが使用してた機体はF-23A。現時点でこれを運用している部隊は米軍特殊部隊のみ。情報は既に城内省を通じて各省庁に伝わってるでしょうから、介入はかなり難しいと思うわ」
「……その言い方だと、方法があるって事ですか?」
「中々鋭いわね……五摂家の崇宰大将が『早急に事件を解決すべきだ』とか言って、ゴリ押しして来ないとも限らないわ。それだけじゃない、米軍側が『自身の潔白を示すために協力させてほしい』なんて言ってくるかも知れない……」
「油断は出来ない……って事ですね?」
「そうよ。だからアンタ達は、直ぐに行動できるよう準備を整えておきなさい。いいわね?」
「解りました」

A-01の面々は、既に基地を離れている。
今回のクーデターに介入するため、一足先に出撃しているのだ。
前の世界では、ヴァルキリーズが207小隊の梅雨払いを行ってくれていた。
恐らく彼女達の任務は、今回も同じ内容だろう。
キョウスケ達ベーオウルブズは、シャドウミラーが介入してきた際の相手役と聞いている。
しかし、肝心のビルガーとファルケンは間に合わず、更にアクセルとラミアが帝都に行っているお陰で戦力が整っていない。
アクセル達は任務が完了次第、キョウスケ達と合流すると聞いている。
だがそれでも数は4機……戦力不足は否めない状況だろう。
C小隊のブリット達を宛がうという方法もあるが、肝心の機体が使用できる状況ではない。
参式やペルゼインは目立ち過ぎるため、下手に表に出す事が出来ないのである。

「そういえば、ゲシュペンストは使えないんですか?」
「南部に拒否されたわ……無理やりにでも使わせようかと思ったんだけど、シャドウミラーが介入してきた場合に問題が生じる可能性があるってね」

識別などと言った問題もあるのだろうが、一番の問題は敵と同じ機体を使用するという点だろう。
元々AI制御の機体であったため、マリオネット・システムで乗っ取られる可能性も考えられる。
ナハトとアーベントに関しては、研究目的という事で既にAIを除去してあるため問題は無いらしい。
夕呼にサンプルは二個で十分だと言われた事が、ここに来てて仇となってしまったという訳だ。

「新しい情報が入って来ない事には、こっちも動きようがないわ。とりあえず、ブリーフィングに参加してきなさい」
「了解です。それじゃ情報が入り次第、連絡を下さい―――」

そう言って部屋を後にする武。
彼が退出したのを確認した夕呼は、インカムを手に取り何処かへと連絡を取り始める―――

「―――そっちの状況はどうかしら?……そう、今のところは問題ないみたいね……合流のタイミングは、追って指示を出すわ。それほど時間は掛からないと思うけど、くれぐれもこちらの動きを悟られないようにして頂戴。以上よ……」
『いやいや……なかなか大事になってきましたなあ』
「お早いご到着、と言ったところかしら?毎回そうだけど、ここに来る許可を出した覚えは無いっていうのを覚えてないみたいね?」
「これは手厳しい……しかし流石ですな。帝国軍が必死になって情報封鎖を行っている最中だというのに、もう粗方状況はご存じのようだ」
「よく言うわ……それで用件は何かしら鎧衣課長?」

神出鬼没という表現が、これほど似合う人物も他にはいないだろう。
武が部屋を出て直ぐに表れたという事は、入れ違いになっている筈なのに彼に気づかれた様子もない。
気配を絶つのが上手いのか、はたまた存在感が薄いのか……間違いなく後者で無い事には違いないのだが……

「少々厄介な事になってきましてね……」
「……今現在も帝都は、かなり厄介な事になってきてると思うけど?それ以上に……という事かしら?」
「流石は香月博士、察しが良くて助かります」
「勿体振るわね……帝都で何かあったのかしら?」
「……事態を早急に解決すべく、殿下捜索のために米軍へ協力を申し出る議案が浮上しています。現在議会は真っ二つに意見が分かれておりますが、時間の問題と言ったところでしょうな……」
「チッ、やってくれるわね……」

前回は国連を通じ、横浜基地の説得に珠瀬事務次官が訪れていた。
だが、正式な手続きがなされてない上に、時期尚早だと断っている。
時間的に考えてそろそろ彼がこちらに来る頃合いだろうと考えていたが、先に向こうにその話が行っているとは思わなかったのだろう。
もしくは前の世界で米軍の介入がすんなり決まった訳は、同時進行で事を進めていたのかもしれない。
そのやり口にある意味関心する夕呼であったが、そうなってしまえばこちらの思うように事は進みにくくなる。

「何とかして米軍の介入を邪魔したいところだけど、難しいでしょうね……」
「おやおや、珍しい事もあるものだ……てっきり私は、それすらも好都合などと仰ると思っていたのに」
「流石にそこまでの悪巧みは考えてないわ。まあ、思い通りに事を運んで漁夫の利を得ようっていうのは、向こうも同じでしょうしね」
「なるほど……まあ、今回はそういう事にしておきましょう。そろそろ私は仕事に戻る事にします。博士もあまりご無理をなさらないように……と言っても無駄でしょうな」
「無理をしなければ得られないモノもあるわ……アンタの方こそ、八方美人も程々にしないと……消されるわよ?」
「これは手厳しい……肝に銘じておくとしましょう……それでは失礼します」

現れた時同様、さっと気配を消すように去る鎧衣。
彼がもたらしてくれた情報は、確かに重要なものだ。
間違いなく、何者かが米軍の介入を望んでいる―――
彼の発言は、その裏をとるだけの証言に値するものなのは間違いないだろう。

「どうやら、今回も忙しくなりそうね―――」

静寂に包まれる執務室に、夕呼がポツリと呟いた声だけが響いていた―――




「―――遅くなってすみません」
「お待ちしておりました白銀大尉……それでは大尉もお見えになったので、これよりブリーフィングを開始する。本日明朝、帝都において煌武院 悠陽殿下が何者かによって誘拐された」
「ゆ、誘拐……!?」

開始早々、まりもの口から伝えられる事実。
この国のトップに立つ人間が、攫われたなどと聞かされて驚かない筈もないだろう。
案の定訓練兵達は、驚きとまどっている状態だ。
だがまりもは、そんな事などお構いなしといった調子で話を続ける―――

「現在、帝国本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊が必死になって捜索にあたっているが、その後の詳しい情報は得られていない―――」

本来ならば訓練兵に明かせるような内容ではない件だが、彼女らに事実を伝えたという事はそれを踏まえた上での任務がある可能性を示しているのだろう。
驚きの表情を隠せないでいた彼女達は、内容を聞くにつれ徐々に気持ちを引き締める。

「宜しいでしょうか神宮寺教官……」
「何だ?言ってみろ」
「帝国軍は、何故犯人が帝国領内に侵入した事に気付かなかったのでしょうか?迎撃を行う事も可能だったと思うのですが……」
「その件に関してだが、強力なジャミングと空挺を用いての奇襲だったそうだ。そして、実行犯の迎撃に当たろうとした帝国軍部隊の殆ど機体が、何らかのトラブルで稼働不可能な状態だったらしい」
「恐らく奴らは、前もって何かを仕掛けておいたんだろう……念の為現在、横浜基地の機体全てのチェックを行っているが、そういった事例は見られていない……そのついでと言ってはなんだが、お前達の機体も実戦装備に換装させている。この意味が解るな?」

まりもが隣に居るからだろうか?
普段の彼とは違い、上官としての立ち居振る舞いを見せる武。

「我々にも出撃の可能性がある……という事でしょうか白銀大尉?」
「そうだ……まあ、そんなに気追う必要はない。お前達が出撃する様な事があっても、精々後方の警戒任務だから安心してくれ」
「大尉のおっしゃる通り、この状況で貴様ら訓練部隊の出る幕があるとは思えん。だが、出撃の可能性はゼロではないという事を頭に入れておけ」
「解りました……」
「今後我々は、防衛基準体制2が解除されるまで、即応態勢で待機する事になる。各自強化装備を着用し、指定の場所で待機。それからバランガとシュバイツァーの両名は、別件に当たってもらう……既にお前達の耳には入ってると思うが、副司令直々のご指名だ。光栄に思えよ貴様ら」
『「ハッ!」』
「私からは以上だ……では解散!」
「敬礼!」

やや簡単なブリーフィングではあったが、それらは一応の終了を見る事となった。
詳細が解らぬ以上、彼女らに出来る事は少ない。
だが、念の為の気構えぐらいはさせておかなければ、いざという時に行動できなくなると判断したため、まりも達は彼女らに情報を公開することにしたのだ。
ちなみにこれは、夕呼の指示でもある。
彼女からの指示があったという事は、ほぼ間違いなく出撃する可能性が高いだろう。
そしてアラドとゼオラに与えられた別件―――
何故この二人だけ?……と考える者もいたが、流石に夕呼直々のご指名と聞かされれば問い質すわけにもいかないと判断したのだろう。
負傷している両名を気遣ってかとも考えられたが、それほど重症という訳でもない。
結局その件に関しては、あえて誰も触れようとはしなかった―――

「とりあえず、アラドとゼオラは例の場所へ行ってくれ。他の皆は、強化装備に着替えた後、各自機体のチェックを頼む……それから冥夜と彩峰、後で話がある……手が空き次第、俺のところへ来てくれ」
「解った」
「……了解」
「それじゃ解散だ……っと、敬礼はいいからな」

彼女らに伝える事を伝えた武は、そのまま格納庫へと向かう。
夕呼が彼女らにこれだけの情報を与えた……それはすなわち、彼女は今回の件に関して静観するつもりはないという事になる。
自分達に向けて、今回のクーデターに介入すると彼女は言った。
だが、想定外の出来事により、出鼻を挫かれてしまっている。
という事は、恐らく何か別の形で当初の計画を実行しようとしているのだろう。
例を挙げるならば、逃走中の犯人を見つけ出し、訓練部隊の面々にそれらを補足させる……などと言ったことぐらいしか思いつかないが―――

『タケル、少し良いだろうか?』
「冥夜?着替えに行かなくていいのか?」
「先に話を聞いておいた方が良いかと思ってな……すまんな、そなたも忙しいというのに……」
「いや、気にするな……」
「それで、話というのは?」
「大した事じゃない……今回の一件は俺も予想だに出来なかった事だけど、何せ攫われた相手が相手だ。少し、お前の事が心配だっただけだよ」
「そうか……そなたには、いつも気を使わせてしまうな。本当に感謝してもしきれぬぐらいに……」
「そんな事で感謝しないでくれ。ただ俺は、仲間として当たり前のことをやってるだけだよ」
「その当たり前のことを何の躊躇いも無く出来るそなたが、時折うらやましいと思う事がある……やはり、そなたは凄いのだな」
「凄くなんかないさ……俺から見れば、お前の方がずっと凄いよ」
「そうでもない……私は、そなたほど凄くもなければ強くもない……今もこうしてそなたと話をしていなければ、気が滅入ってしまいそうだ……」

先程から重い表情を浮かべていた冥夜の顔が、更に重く暗いものへと変わる。
やはり実の姉が攫われたという事実は、彼女にしてみれば身を引き裂かれるような思いなのだろう。

「やっぱり殿下の事が心配なんだな……いや、当たり前か……多分、俺がお前と同じ境遇だったら、考える事は同じだと思うよ」
「すまぬ……こういう時こそ、私がもっとしっかりせねばならぬのに……」

下を向き、肩を震わせる冥夜―――
表情は見えないが、きっと目に涙を浮かべているのだろう。
普段は強く凛々しいイメージを持つ彼女ではあるが、17歳の少女にしてみれば今回の一件は心に大きなダメージを与えても仕方がないと言える。
血を分けた双子……公にはなって無いとはいえ、ようやく手を取り合って歩むことが出来るようになった姉が何者かによって攫われたのだ。
悲しみに押し潰されそうになってしまうのもしょうがないだろう。

「……大丈夫だ冥夜、俺がついてる……辛いかも知れないけど、もう泣くな……」
「違うのだ……私は辛くて泣いているのでは無い……悔しいのだ。何も出来ぬ自分に……そして、姉上の傍についていてあげられなかった事が……」
「……冥夜」
「私が常に姉上の傍に居れば、此度の様な事にはならなかったかも知れぬ……傍に居れば私が姉上の身代わりになっていられたのにと思うと……『もういい!やめるんだ冥夜!!』……タケル?」
「なんでお前は、いつもそうやって自分の存在を後ろ向きに考えるんだ!誰もそんな事望んじゃいない!!」
「しかし……」
「確かにお前は、殿下の影武者としての役割を与えられているのかも知れない……だけど、今のお前はそうじゃないだろう!?殿下だってそんな事は望んじゃいない!バカな考えはいい加減やめろ!!」
「やはりそなたには解ってもらえぬか……」
「当たり前だ……自分の存在を犠牲にして、殿下を助けたって彼女は喜びはしない!そんな事も解らねえのかこのバカ野郎!!」
「なっ!?バカとは何だバカとは!!」
「何度でも言ってやる!もっと殿下の気持ちを、悠陽さんの気持ちを考えろ!!やっとの事で姉と妹の関係で話す事が出来るようになったんだろ?……お前はそれを自分から捨てるつもりなのか!?」

最初は、落ち込んでいる彼女を元気づけるつもりだった。
そのために彼女に話があると言っただけだったのに―――
気付けば武は、我を忘れているかのように冥夜に対して怒りをぶつけている。
こんな筈ではなかったのに……ただ、思いつめている様子の彼女を心配していただけだった筈なのに―――
一体自分は何をしているのだろう―――
これでは、益々彼女を追いこんでしまいかねない。
それが証拠に彼女は、先程から黙り込んだままだ。
言い過ぎたと思った時には、既に遅すぎた……何故もっと上手く立ち回る事が出来ないのだろう?
こんな時にもっとマシな言葉を掛けてやれない自分に腹が立つ……そんな事を考えていた矢先だった―――

「許すがよい、タケル……私の……弱さを……」
「冥、夜……?」
「まったくもって、そなたの言う通りだ。姉上の気持ちを蔑ろにして、自分の考えを押し付けようなど……なんとおこがましい事か……やはりそなたは強いな」
「何言ってんだ。お前がいつもの冥夜じゃないだけだろ?それに……俺も少し言い過ぎた」
「ふふ、そうだな。確かに二度もバカと言われた」
「悪かったよ……なあ、冥夜」
「何だ?」
「殿下はきっと無事だ……だから、お前も殿下の無事を信じろ」
「……」
「犯人の目的も殿下の居所も掴めちゃいない……でも、必ず何か手がある筈だ。諦めない限り、絶対に何か手掛かりがある。そして必ず殿下を助け出そう」
「ああ、そうだな。私も姉上の無事を信じる……そして、そなたの事もだ―――」

そして武は冥夜の前に拳を突き出し、彼女にもそうするよう伝える。

「これは一体何なのだ?」
「昔、俺の上官に教わった。男同士が約束を守る時の証しみたいなもんだ……こうやって拳同士を軽く当てて何かを誓うんだとさ」
「ほう……だが、私はこう見えても一応女だ。男同士の約束、というのは少々引っかかるものがあるな」
「まあ、細かい事は無しにしようぜ―――」


拳を重ね、悠陽を無事救い出すという誓いを立てる二人。
悠陽を攫った者達の目的、そして裏で暗躍する米国―――
結果的にクーデターは未然に防がれる形となったが、思わぬ事態へと巻き込まれてしまった日本。
予想とは違い、歪められてしまった12.5事件はこうして幕を開けるのだった―――



あとがき

第53話、クーデター編開始です。

今回クーデター編を執筆するに当たり、色々な方向性を模索しました。
結果的に今回のように第三者に介入させた事を契機に物語が動いて行くようになります。

クーデター編は、オルタの中でも屈指の名場面。
それをいかに上手く纏め上げるか……に掛かってくる訳なんですが、果たしてどうなる事やら(苦笑)
皆様に納得していただけるような話が書ければと思います。

それでは次回も楽しみにお待ちください。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第54話 夕呼の企み
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/31 21:03
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第54話 夕呼の企み




「凄い状況ですの……」
「ホントだね……凄い匂いだし、こんなんで着座調整してたら窒息しちゃうよ~」

ブリーフィングを終え、待機を命じられていた207小隊の面々は、機体の調整を行うためハンガーに集合していた―――
ハンガー内では、ガントリーに固定された彼女らの機体が整備兵の手によって調整されている。

「目立つマーキングを潰しているのだ……実戦塗装ということだな」
「……出撃の可能性は、十分にあるということね……」
「……実戦、か……」

機体の細かな最終調整は、搭乗する衛士が自分で行わなければならない。
とはいうものの、現時点ではお呼びが掛かったというだけで具体的な指示は受けていない状況だ。
急ピッチで作業が進められてるとはいえ、予定よりもその工程が遅れているのだろう。
そのため彼女らは、整備の行われている機体をただ眺めている他なかったのである―――

「―――おい!兵装の指示はどうなってる?」
「Cだ!次のコンテナがそうだ!」
「全機、実弾装填!兵装はCッ!!」
「―――実弾……」

整備兵達の怒号にも似た迫力の大声が響く中、彼女達はこれから起こりうる可能性に不安を隠せないといった表情を浮かべている。
この場に武もいるが、彼も彼女らと同じような顔をしていた。
いくら記憶や経験があるとはいえ、正直人間相手に実弾を撃たなければならない現状―――
そんな事のために訓練を行ってきた訳では無いと解っていても、中々自身の感情を誤魔化す事は難しいのだろう。

「―――すみません白銀大尉!こっちに来てもらえませんか?訓練兵の機体の事で話があります!!」
「……解った」

作業が進められる中、一人の整備兵が武に来て欲しいと伝えて来る。

「何か問題でもあったのか?」
「二番機なんですが、想像していた以上にダメージを負っていたみたいです……すみません、こんなときに限って……」

どうやら冥夜の機体のトラブルに関する話のようだ。
先の救助任務において、彼女の機体は損傷こそしなかったものの負担を掛け過ぎていた。
そのため修復作業は行われていたのだが、間に合いそうもないのだろう。

「今から作業を行うとして、完了するのにどれぐらい掛かる?」
「出撃するかどうか解らない状況なので、なんとも言えませんが……早くて3時間、いや、もっと掛かるかも知れないですね」
「……そうか、なら二番機の修理は後回しでいい。代わりに烈火の参号機を使う」
「それじゃ神宮寺軍曹の機体はどうするんです?」
「軍曹には別の機体を使ってもらう予定だ。伍長はそのまま作業を進めてくれ」
「解りました。それでは参号機を御剣訓練生用に調整します」
「頼む……」

実機訓練の時もそうだったのだが、まりもには撃震では無く烈火の参号機を使ってもらっていた。
以前の世界では、XM3搭載機での訓練は実機訓練が始まってしばらく経過してからだったのだが、今回は最初から訓練にそれらを導入している。
それらの教導の際、教える側が特性を理解していなければ話にならないための処置という訳だ。
そして、始めから彼女たちに旧OSを使わせなかった理由は、少しでも早くその機動に慣れさせるためでもあった。
特性を早い段階で理解していれば、その分練度も増す事に繋がる。
当初は自分が同部隊と常に行動していない事を踏まえた処置だったのだが、そのおかげで彼女らは前回に比べて良い動きをするようになっていた。
また、彼女らの成長には、C小隊の面々が大きく絡んでいると言っても良い。
XM3とTC-OSは比較的似通った部分もあり、実戦を経験している彼らの動きはかなり良い刺激を与える結果となっていた。
だが、BETAを相手にするために日夜磨いてきた技術を、今回は同じ人に対して使わねばならないかも知れない。
この様な形でそれらを披露せねばならないというのは、なんとも皮肉としか言いようが無いだろう―――

「っと、来たみたいだな」

忙しなく働いている整備兵達の下へ、一台の戦術機輸送車両がやって来た。
恐らくこれが、先程武の言っていたまりも用の機体なのだろう。

「こいつの調子は、どうですか軍曹?」
「改修前の機体を資料で見た事はありましたが、もはや別物ですね……正直、乗りこなせるかどうか不安です」
「出力特性は烈火以上になってますが、軍曹なら大丈夫ですよ。俺が保証しますから安心して下さい」
「ありがとうございます大尉。夕……香月副司令にこれを使えと言われた時は本当に困ったものですが、今は精一杯やらせて頂く所存です」
「頑張ってください」
「ハッ!」

まりもに与えられた機体……それは叢雲改型だった。
聞くところによるとこの機体は、始めから夕呼がまりものために用意した機体だったのだという。
正確には彼女のためだけ、という訳ではないのだが、後々の事を考えて彼女が適任だという事らしい。
武はこの話を聞かされた際、恐らくこれも彼女の気まぐれか何かだろうと踏んでいたのだが、詳細を聞かされた後では考え方を変えざるを得なかった。
その理由は、この機体の衛士に関することなのだが―――

「―――白銀大尉!先に大尉と神宮寺軍曹の機体から作業を終わらせます!着座調整、始めてください!!」
「解った!……それじゃ軍曹、霞と一緒に作業を進めてください」
「はい」

まりもに叢雲改型を使うよう指示を出したのは夕呼だったが、何故か霞をサブパイロットに指名していた。
現在霞は千鶴や冥夜達と共に訓練を受けており、戦術機の操縦に関しても同じように参加している。
そのため出撃するならば彼女も自分の吹雪で出る筈なのだが、今回はそれを見送るよう言われていた。
一応夕呼に問い質してみたが、返ってきた答えは『今後のために必要だから』という一言だけ。
恐らく何らかの考えがあっての事だとは思うが、詳しい情報を提示してもらえないのはいつもの事だ。
どうせ彼女の事だから、善からぬ事でも企んでいるのだろうと考え、とりあえず指示に従う事にしている。

「(毎度の事だけど、ホント先生の考えてる事は解らないよな……)」

心の中でそのような事を呟きながら彼は、いつ出撃になっても構わない様に準備を進めていた―――
丁度その頃、中央作戦司令室では今回の一件に関しての討論が行われている。
国連から派遣された珠瀬事務次官が、米軍の受け入れを承諾してもらうべく奮闘している状況だ。

「……どうあっても増援部隊は受け入れられないと仰るのですか!?」
「そうは申しておりません。正式な手続きがなされていない上に、時期尚早だと申し上げているのです」
「もはや一刻の猶予も残されていないのですよ!?対BETA極東防衛の要たる日本が、不安定な状態に陥るという事がどういう事か……おわかりでしょう!」

事務次官が言っている事は概ね正しい事ではあるが、二つ返事で了承できるほど簡単なモノでも無い。
国連加盟国とはいえ、一国の事件に干渉するには正式な手続きが必要だ。
それを蔑ろにして行動してしまえば各国政府間の均衡は崩れ、特定の国家のみが優位に事を進む事態を招いてしまう事になりかねない。
彼もそんな事は百も承知であろうが、今回ばかりはそうも言ってられないのだろう。
一国の将軍が拉致された……この様なケース事態が考えられない事だけに、早急に事件を解決せねば取り返しのつかない事になる。
正式な手順を追ってこのような話を持ちかけて来るのならば問題は無かっただろうが、立場上そうも行かなかったのだろう。
そんな彼の心中などお構いなしと言わんばかりに、夕呼が反論する―――

「……国連は、そんなにアジア圏での米国の発言力を回復させたいのかしら?増援と言いつつ、結局のところは米国が日本に内政干渉したがっている……そういう事でしょう?」
「もしも煌武院殿下に何かあったらどうするのです?現時点において、日本主導でオルタネイティヴ計画が動いている事は、貴女がいちばんご存じの筈……」
「仰るとおりですわ……ですが、今回の事とそれに関しては、左程関係の無い事でしょう?」
「そうとも言い切れないかも知れないんですよ!それが原因となり現政権が瓦解する様な事があれば、それこそ本末転倒でしょう……次期政権がこの横浜基地を……人類の切り札の接収を要求してきたらどうなさるおつもりです!?人類全体の命運をかけたオルタネイティヴ計画……その中枢たる横浜基地を今、危険に晒す訳にはいかんのです!」

額に汗を浮かべながら熱弁する珠瀬事務次官。
確かに彼の言う事も一理あり、可能性が無い訳ではない。
実際のところ、悠陽を失った後の世界を見ている夕呼からしてみれば、そうなってしまえば本当に日本は終わりを迎えるだろう。
だが、現時点でそれを認めてしまえば、状況が更に悪化する可能性も否定できないのだ。
流石に今の時点で彼の言い分に賛同する訳にはいかないのだろう―――

「―――ですが、このタイミングで太平洋艦隊が、相模湾沖に展開しているのはどういう事です?まるで何が起きるか、しっていたかのようですわね」
「……艦隊については、緊急の演習と聞いております。まさに僥倖……といったところでしょう」
「珠瀬事務次官……貴方も日本人なら米軍のそのような強硬姿勢が、この国でどのような反発を招いているか……ご存知の筈でしょう」
「……言っても無駄ですわ司令―――」

ラダビノット司令が事務次官を諭そうとする中、その行為に待ったをかける夕呼。
表情を強張らせ、何かを射るような目付きのまま言葉を続ける―――

「―――佐渡島が落ちたとみるや、日米安保条約を一方的に破棄して逃げ出した国ですから……日本の半分が敵の手に落ち、ハイヴが建設されたときに米国がこの国に何をしたのか……日本の国民は忘れてなどおりません」

冷静に、まるで日本人の意思を纏めるかのように発する夕呼。
普段はそのような事にあまり関心を示さないような素振りを見せてはいるが、やはり彼女も日本人の一人だという事なのだろうか?
しかし、事務次官もこのまま引き下がるような者ではない。

「―――次期オルタネイティヴ予備計画が動き出して早3年……次期計画推進派の圧力も、日々高まっています。その一方で対BETA戦略の見直しを提唱する米軍は、もはや痺れを切らしオルタネイティヴ計画そのものに見切りをつけ、独自行動に踏み出す機会を窺っています―――」

彼の言葉に一応耳を傾けてはいるが、夕呼はそんな事など既に理解しているといった顔だ。
明星作戦における無通告でのG弾運用、そして秘密裏にシャドウミラーと結託し、何か事を起こそうと裏で暗躍している事実。
恐らく一連の動きは、その独自行動を起こすための試験期間の様なものなのだろう。
今回の世界ではシャドウミラーが係わっている点がネックだが、たとえ彼ら抜きであったとしても米軍は事を起こしていたに違いないはないだろうが―――

「―――私も国連議員である前に、一人の日本人として日本主導のオルタネイティヴⅣを完遂させたいのですよ……!」

これが自分の本心だと言わんばかりに、それらを主張する事務次官。
確かに彼も、そうしたいがために動いているのだろう。
だが、その一言が逆に彼女に火をつける結果となってしまった―――

「……では、事務次官にならって私も日本人として言わせて頂きますわ―――」
「……博士!!」

語気を強め、異議を唱えようとする夕呼。
そんな彼女の行動に気づいた司令が、止めに入ろうとするが効果は無かった―――

「―――結局米国は、極東の防衛線が崩壊して米国本土が戦場になるのを避けたいだけでしょう?」
「……」
「戦略の見直し?……要はG弾を本土以外でバンバン使って戦後の地球に君臨したいのよ。自国は無傷のまま……ね」
「……国連が米国の意向を受け入れない組織になれば、彼らは単独でもそれをやるでしょう……」

夕呼の発言に対し事務次官は、神妙な面持ちでそれらを否定しない。
実際に彼女が言っている事は的を射ていて、反論すらできないのが現状なのだ。
そして、更に夕呼は言葉を続ける―――

「それ以外にも米軍を受け入れられない理由があります」
「どういう事でしょう?」
「これからお見せする画像は、先日我々が偶然入手したものと先程帝都から送られてきたものです」

そう言って近くに居たオペレーターに、画像を表示させる夕呼。
そこに映っていたものは、以前武達が南の島で遭遇した部隊の一部と悠陽拉致に関する一連の流れを示したものだった―――

「一枚目は、以前私の部下が調査任務に訪れた南の島で撮影されたものです。その当時、近隣の島では訓練部隊による総戦技演習が行われていたのですが、原因不明の地震が発生したため部下に調査をさせていました」
「それで……?」
「その際、偶然訪れた島で所属不明の機体に襲撃され、拘束されたと報告を受けています。幸い彼は自力で脱出し事無きを得たのですが、調査の結果この機体は日本国内でも何度か目撃されており、我々はその詳細を調べていたのです」
「……」
「この機体は米軍が開発したYF-23をベースに開発した物と思われます。そしてこれがその資料です」

彼女は裏ルートから入手したとも言えるATSF計画の資料を彼に手渡す。
そこにはYF-22とYF-23に関する記述と詳細な画像、協議の結果などを示した物が掲載されていた。

「最近、とある筋からの情報により競合に敗れたYF-23を独自に調達し、運用している部隊がいると言う報告を受けました。どうやらこの機体は米軍所属の特殊部隊の物だという事らしいのです」
「……なるほど」

トップシークレットとも言える情報を、次々と明らかにする夕呼。
これらの情報は何らかの交渉材料になると考え、国連上層部には報告していなかったものだ。
一応司令には報告してあるが、詳細が明らかにならないうちは上に進言しないで欲しいと伝えてある。
不用意に情報を提示することで、要らぬいざこざに巻き込まれたくなかった事が主な理由だが、現状ではそうも言っていられないということだろう。

「そして次の画像ですが、殿下が拉致される際に現れた機体の物です」
「っ!?こ、これは……」
「双方共に鮮明な画像とは言い難いですが、解析の結果ほぼ同一の機体ではないかという結果が出ています」
「では、今回の一件には米軍が絡んでいると?」
「確証は得ておりませんわ……ただ、殿下を攫ったと思われる兵士と、以前部下が拘束された際に遭遇した兵士の身なりが非常に酷似しています……」

二枚目の画像は、こんな時のために用意しておいた物ではない。
それ以前にこれらの情報は帝国軍が規制をかけているため、そう易々と入手できる物ではないのである。
だが、何としても米軍を今回の件に介入させたくない彼女は、切り札とも言えるこれらを提示することにしたのだ。
流石にこれを見せられては、事務次官も反論する事は出来ないだろう。
その様子からして彼は悠陽が攫われた事は聞かされていたようだが、実行犯に関しての内容は聞かされていなかったのだと見て取れる。
平静を装っているようにも見えるが、内心はかなり驚いている事だろう。

「帝国軍側もこれらの事は知っています。恐らくそんな現状で米軍の協力を申し出ても、きっぱりと断られるでしょうね……それにご安心ください事務次官。今回の件もそうですが、オルタネイティヴⅤの発動も米国の独断専行も許すつもりはありませんわ」
「……大した自信ですな。今回の件は別として、具体的な成果が出ていないのに何が貴女にそこまで言わせるのか……」
「虚勢ととるかどうかの判断はお任せしますわ。それに成果が出ていない訳ではありません……近々、お披露目することが出来るかも知れませんわね……」

まるで勝ち誇ったかの表情を浮かべる夕呼に対し、これ以上何を言っても意味がないと悟ったのだろうか?
珠瀬事務次官は、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ彼女らに一度退散する旨を伝える―――

「すぐに戻ってまいります……また後ほど―――」

そうは言っているものの、これだけの情報を提示されてしまっては、簡単に事を運ぶことは難しいだろう。
事務次官を見る限り、今回の一件にF-23Aが絡んでいることは国連本部側も認識していなかった様子だ。
それ以前に、試作機が実戦配備されていることも伝わってはいないのだろう。
たまたま彼が聞かされていなかっただけ、という点も否定は出来ないが、各国へ交渉に向かわせる事務次官に情報を明らかにしないというのもおかしいと言える。
恐らく何者かが夕呼のように情報を隠蔽しているのだろう。

『―――事務次官相手に、随分勇ましいことを言っておられましたな……』

珠瀬事務次官が退出したのを見計らうように声をかける人物。
このような事をする人物は、そう何人もいないだろう。
やれやれ、またこの男か……と言った表情で相手を見据える夕呼。
そこに居たのは壁に背を預けながら、腕組みをして様子を窺っていた鎧衣だった―――

「あら、帰ったんじゃなかったのね……要らぬ詮索は、程々になさいって言わなかったかしら?便利な駒が他人の都合でいなくなるのは困るけど、自分の都合でならわりと納得できる物よ?」
「おお怖い……つれないですなあ。私は博士のために、粉骨砕身していると言うのに……」
「よく言うわね……」

呆れ顔にも似たような表情を浮かべる夕呼。
双方共に何を考えているのか解らないが、互いが互いを利用するべく動いていると言うのは間違いない。
ポーカーフェイスを貫き、こちら側の手の内を極力見せないと言う点では、二人は似たような策士と言えるだろう―――

「……さて、私も自分の仕事をしますかな。すぐにとんぼ返りをせねばならんのは、給料取りの辛いところで……」
「……頼んだ件をキッチリこなしてくれるのなら文句は言わないわ……よろしく頼むわよ?」
「勿論ですよ博士、私はそのために動いているのですからね……」

帽子を被り直す仕草を見せつつも、チラリと夕呼の方を見ながらそれに答える鎧衣。
そして彼はそのまま何も言わずその場を立ち去るのだった―――



一方、機体の着座調整を行っていた武達は、再度ブリーフィングを行うことになりハンガーを後にしていた。
この時点でブリーフィングが行われるということは、ほぼ間違いなく出撃する可能性があるということを示している。
そのせいか訓練兵達の表情は重く、一応話に耳を方向けてはいるもののあまり気乗りしないといった様子だった。
武やまりももそれに気付いているのか、彼女達には何も言わないでいる。
不安や恐れを取り除けと言った所で、最終的にそれらを何とかしなければならないのは彼女達自身だ。
下手に声を掛けるのは、彼女達の成長を促すためにも得策ではないと判断したのだろう。
暫くしてブリーフィングは終了し、彼女達には待機が命じられる事となった。
しかし、遊んでいる暇などは無い。
30分もしないうちに整備班から連絡があり、ハンガーへ集合するよう呼び出しが掛かったのだった―――

「―――彩峰、ハンガーに集合だ。FCS(火器管制装置)のマニュアル調整だってよ……彩峰?」

訓練校の教室、ベランダで一人物思いにふける彩峰。
武の呼びかけにも反応せず、なにやら考え事をしている様子だ。

「おい彩峰、聞いてるのか?」
「……なに?」
「だからハンガーに集合だって……お前本当に大丈夫か?ブリーフィングの時もそうだったけど、一体なにボーっとしてんだよ?」

彼女の様子がおかしかった事は、武自身もよく知っている。
いや、性格には憶えていると言った方が正しいだろう。
案の定、彼女の手には例の手紙が握られており、その件について悩んでいるのだと言うことが解る。

「―――あの手紙……持ち歩いているのか?こんな時まで大事に持ってるなんて、余程そいつのことが気になってるんだな」

持ち歩いている理由は知っている。
だが、あえて知らないフリをしなければならない。
本来ならばクーデターが起き、その首魁とも呼べる人物からの手紙に関する事をここで聞かされた。
しかし今回は、クーデターそのものが起こってはいない。
そういった経緯から今回は、彼女が悩む必要など無い筈なのだ。
それなのに何かを気に掛けているような素振りを見せる彩峰。
一体原因は何なのか?
問い質す必要性も無いが、聞かない訳にも行かない……それが彼女の身を案じる武の考えだった―――

「……知ると……後悔するよ」
「知って後悔する場合もあれば、知らずに後悔するって事もある。なあ彩峰、何か悩んでいることがあるんだったら俺達に相談してくれ。前にも言ったと思うけど、俺達は仲間だろ?」
「……優しいね白銀は」
「優しいって言うか、当たり前のことだろ?背中を預けあう仲間が何かに悩んでいる……解決してやることは出来ないかも知れないけど、相談に乗ってやることぐらいは出来るじゃないか」
「……」

武の申し出に対し、無言で彼を見つめる彩峰。
何かを悩んでいるのだろうか?
顔には出ていない様な素振りを見せてはいるが、態度や今現在とっている姿勢などから見てもそれらを肯定させるだけの答えを持っている。
さて、如何したものかと悩む武に対し、彼女は前回と同じ様に彼に対し持っていた手紙を差し出す―――

「え……おい、これって……」
「―――読んで」
「は!?でも……」
「……いいから」
「解った……(やはりそう来たか……多分内容は同じなんだろうけど……)」

そう心で呟きながら、手紙の内容を目で追う武。

「声に出して読んで」
「わ、わかったよ……えーっと『……日に増し寒さがつのる時節……』」

以前説明を受けたことから、ある程度の内容は理解しているつもりだ。
だが、文法や表現方法など、一言一句憶えているわけではないが、明らかに普通の手紙で無い事は間違いない。
普通の人間からしてみれば、小難しい内容の手紙にしか思えないだろう。
多少間違えたりはしたものの、一応それらを読み上げていく武―――

「―――『これが最後の手紙となろう。君よ、願わくば幸多き未来を歩まんことを―――津島萩治』……すまん、俺にはなにが言いたいのかさっぱりわかんねぇ……」

読み終えた後、再度確認してみるがこれは間違いなく同じ内容の手紙だろう。
『無念晴らさん』『義憤』などといった妙にキナ臭い言葉には見覚えがある。
これらの内容からしてやはり沙霧は、クーデターを起こすために下準備をしていたということは間違いない。
結果としてそれは妨害される形とはなっているが―――

「……最後、名前が違う」
「え!?読み間違えた!?」

解っていることだが、ここはあえて少々大げさに驚いてみる武。
この手紙の送り主が『沙霧 尚哉』であることを知ってはいるものの、ここで冷静に対処してしまっては怪しまれる可能性も高い。
そういった理由から、彼はこの様な素振りを見せたのだった。

「―――その人の名前は沙霧……沙霧 尚哉」
「沙霧 尚哉……確か帝国軍所属の大尉だよな?何故、この人はわざわざ偽名なんかを?」
「彼の事知ってるの?」
「名前ぐらいだ……ここに来る前に一度だけ会ったこともあるけど、殆ど憶えちゃいない」
「そう……手紙の後半を見て……『閣の如く』なんて普通書かない……当て字」
「……そうなのか?」
「『彼の御方』って……私の父さん。『萩』の季節……『閣』の如く……で『彩峰 萩閣』……それが父さんの名前。知ってるでしょ?『光州作戦の悲劇』……有名だもんね」
「……ああ、一応はな」
「敵前逃亡なんて許されない……私も母さんも……そのせいで全てを奪われた―――」

遠くを見つめ、何かを思い出すように語り始める彩峰。
その表情は何処と無く悲しげでもあり、できる事ならば思い出したくないことなのかもしれない。

「―――父さんの部隊にあの人もいた。あの人は父さんを尊敬していたし、父さんもあの人を可愛がっていた……でも、光州作戦の前にあの人は負傷して内地送還になって……」
「……それとこの手紙、そして沙霧大尉が偽名を使うことに何の繋がりが有るって言うんだ?」
「あの人は……真っ直ぐな人だったから……罪に問われ、投獄される父さんを黙って見ているしかなかった自分を……今も責めている」
「……」
「殿下が誘拐された事で有耶無耶になってしまってるけど、あの人は現政権……つまり、今の日本を変えようとしていた。要するにクーデターを引き起こそうとしていたの……」
「クーデター……か」
「……驚かないんだね?」
「これでも一応、驚いてるつもりだ……真面目な話をしている時に、変に騒ぎ立ててもおかしなもんだろ?」

内容や事実を知っていることもあるが、必要以上に驚きすぎても変に勘ぐられる可能性もある。
変な素振りを見せた時点で、怪しまれるのは確実だろう。
そうとも言い切れないかもしれないが、彩峰は思っている以上に勘が鋭い。
そういった点を踏まえ、彼は冷静を装ったフリをするしか無いと考えたのである。

「―――最近、私に面会に来る人達がいる。父さんに世話になったとか、助けられたっていう大東亜連合軍の人達……手紙はその人達が持ってくる……その人達は、父さんは悪くないって言う。民間人の避難と警護を優先して、司令部の即時移動命令を無視することになってしまったんだ……って」
「……」
「……『人は国のためにできることを成すべきである』『そして国は人のためにできることを成すべきである』」
「昔聞いたことがあるな……」
「……父さんがよく言ってた言葉。失望はしたけど……その言葉には今も従える。でも私には軍の発表とその人達、どっちの言ってることが正しいかなんて……わからない」

武に背を向けたまま、重たい口調で全てを語ろうとする彩峰。
時折肩を震わせているのは、口にすること事態も辛いからだろう。

「だから……もういいのに……後悔の綴られた手紙なんて欲しくない……だから開かない……だから読まない」
「(何もできなかったことへの後悔……か、改めて考えると、沙霧大尉も俺と同じ様な気持ちだったのかも知れないな……)」

この時武は、記憶にある最初の世界でのこと、そして今回の世界で自分も参加した明星作戦のことを思い出していた。
成す統べなく失敗に終わったオルタネイティヴⅣ、上官達を失い住んでいた街の無残な姿を見せ付けられたあの日―――
形は違えど、何故あの時に……と後悔する姿は、自分と重なるものがあるのだろう。
気付けば彼自身も思い表情を浮かべていたのだが、振り返った彩峰が心配そうな顔を見せたことで我に返る。

「大体解った……けど、クーデターは失敗に終わったみたいなもんだ。それなのに、何でお前がそんな辛そうな顔をする必要があるんだ?俺にはその理由が解らない……」
「……正直言って、今回の出来事に私はホッとしてる。御剣が聞いたら怒るかも知れないけど、あの人が事を起こさないで良かったって思ってる……最低だよね」
「……」

武は何も言い返せなかった。
いや、どんな言葉を掛けるべきか迷っていたと言うべきかも知れない。

「―――これが白銀の知りたいことの全部……」
「……」
「……やっぱり、私のこと怪しいと思ってるよね……」
「そんなことねえよ……」
「ホントに?白銀は、私のこと信じてくれるの?」
「……当たり前だ」
「……証拠を見せて」
「……解った。その代わり、この件は誰にも言うな。今更彩峰がこうでした……なんて言っても余計に混乱する」

彼女の額に手を置き、撫でる様な仕草で語る武―――

「いいな?この件に関しては俺も共犯だ」
「……うん」

とても悲しそうな表情をしている彩峰。
全てを打ち明けてくれたとはいえ、正直不安なのだろう。
そんな彼女の不安を取り除くにはどうすれば良いか?
どのような言葉を掛けたとしても、彼女のそれを拭い去ることはできないかも知れないだろう。
ならば、彼自身が偽りの無い本当の気持ちを彼女にぶつければ良いだけの話だ。
そう決意した武は、彼女に対し自分の本心をぶつける事にする―――

「―――何て言えばいいんだろうな……手紙に関しては、お前が悪いわけじゃない。仮にお前が手紙のことを通報したとしても、真偽を調べているうちにクーデターは起こっただろう。沙霧大尉だって、その辺りは計算していた筈だ……」
「どうかな……」
「正直言って、俺がお前の立場だったら同じ様な気持ちになっていたかも知れない……そして、沙霧大尉の立場だったとしてもだ」
「えっ……?」

流石の彩峰も、武のこの発言には驚いたようだ。
武が彼の気持ちが解るといっているような発言をしているのだから当然だろう。

「俺はここに来る前、帝国軍にいた……俺も大尉と同じで多くの大事な人を失ってる。そして、それを今でも後悔する事がある」
「……」
「今の日本を見て嘆きたいって考える沙霧大尉の気持ちは、理解できないことも無い……でもな、話し合いの前に事を起こそうと思ったことには共感できない……これが俺の本心だ。そしてお前は俺を信じて話をしてくれた……なら俺は迷わずお前の背中を守る……勿論殿下の事もだ。攫われた殿下は、助け出せば良いだけ……だからお前ももう悩むな」

そこまで言って一度話を区切る武。
そして彼は、左手で彼女の背中を後押しするかのように叩き、その場を後にしようとする―――

「白銀……」
「さっさと終わらせようぜ……俺達は俺達にできることをやるだけだ」
「……そだね」

暫くその場で武を見送っていた彩峰だったが、彼の本心を聞けたからだろうか?
幾分か気持ちが軽くなったような気がしていた。
彼が見えなくなったことを確認した彼女は、気持ちを新たにその場を後にする。

「ありがとう……白銀―――」


嘘偽り無い彼女の言葉。
いつの日か、面と向かって彼にこの言葉を言える日が来ることを信じ、その思いを胸に彼女もまたその場を後にするのだった―――



あとがき

第54話です。

クーデター編が終わるまでの間、あまり多くは語らないようにしようかと思います。
正直、泣きたくなるほど難しい場面だ……とだけ言いたいですがTT

さて、皆様に些細なお願いがあります。
新しい話をアップする度、PVの数は増えているのですが、あまり感想を頂けておりません。
感想を言うまでも無い駄作だ……と思われているのも解っております。
ですが、あつかましいと思われるのを重々承知で申し上げます。
出来れば感想を下さい。
どんな些細な事でも構いません。
誤字脱字、表現方法のおかしな点……今後の参考にするためにも、皆様からの意見を頂きたいのです。
何を言ってるんだと思われるかも知れませんが、できればよろしくお願いします。

それでは次回も頑張りますのでよろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第55話 共に歩む尊き者よ
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/02/04 00:28
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第55話 共に歩む尊き者よ




武達が機体の調整作業に勤しんでいる間、日本政府は今回の事件に関して議論を続けていた。
内閣総理大臣を初めとした各官僚達が現在話し合っている内容は、悠陽捜索に関してどの様な処置を取るかということである。

「一体軍は何をしていたのだね?帝都に賊の侵入を許したばかりか、あまつさえ殿下を誘拐されるなどと……」
「……」

この場には政府官僚以外に、斯衛軍や帝国陸軍のトップと呼べる人物も列席している。
奇襲ともいえる今回の出来事に対し、成す統べなく悠陽を奪われてしまった。
いくら彼女を人質に取られていたとは言え、傍観するしかなかった彼らが責められてしまうのは致し方ないのかも知れない。

「何か言ったらどうかね紅蓮大将?君はすぐ傍で、一部始終を見ていたのだろう?」
「此度の一件は、我ら斯衛の失態です。現在、我が軍だけでなく国連軍とも協力して殿下捜索に当たっていますが、依然情報は得られておりません……」
「斯衛だけではないだろう……帝都に存在する部隊、全軍の失態ではないのかね?」
「まったくですな。いざという時に行動できない軍など、一体何のために存在しているのやら」
「我々は対BETAに関する事以外に、こういった事も踏まえた上で軍に予算を割いているのです。その軍がこの体たらくでは、それらを見直さねばなりませんな」

彼らの無念さなどお構い無しに辛辣な言葉を続ける官僚達。
自分達の事は棚に上げ、攻め入る隙のある所を徹底的に叩く。
何処の世界においても政治家というのは同じということだろうか?
己の身の保身を第一に考え、事ある毎に相手の不利な点を論議し突き崩す。
そういった者達ばかりではないと信じたいところだが、今の日本政府にそれを否定させる事が出来ないのも事実だった―――

「―――落ち着きたまえ……今はそのような事を言っている場合ではないだろう」

総理大臣である榊が、脱線しつつある話を下の方向へと修正する。

「横浜基地からは、何か言ってきてはいないのかね?」
「殿下捜索のために待機中の部隊を派遣してくれるとのことです。それから新たな情報が入り次第、逐一こちらへ報告すると言っています」
「ふん、我らに恩を売ろうとしているのが見え見えだな」
「横浜の牝狐が考えそうなことです」

やはり日本政府は、今回の件で横浜に借りを作るのが嫌らしい。
彼らの殆どは、大方有益な情報や部隊を派遣することで恩を売り、後でそれらに対する何かを請求してくるに違いないと考えていた。
夕呼の性格を考えればそのような結論に至るのも無理は無いが、あまりにそれは極論と言っても良いだろう。
だが、それらを否定しようとする者が居ない事も事実であり、彼らはそう肯定する以外に方法を持ち合わせてもいないのも事実。
日頃の行いとは、よく言ったものだ。

「この際、そういった考えは抜きに考えるしかないでしょうな……」
「無論、それらは殿下を御救いする事ができてからだ……紅蓮大将、具体的な案は出ているのかね?」
「ハッ、現在我が軍はトラブルの原因究明に力を注いでおります。また、各地の駐留軍から捜索隊を編成し、準備の整った部隊から即時出撃させております」
「加えて申し上げます。我ら帝国陸軍も既に関係各所にこの旨を通達し、殿下捜索を行わせております」
「だが、有益な情報は得られていないのでしょう?……総理、ここはやはり米国側からの申し出を受けるべきではないのですか?」
「なっ!お待ち下さい!!」

現時点では圧倒的に人員が不足している。
国内に居る全ての部隊を総動員し、悠陽捜索に当たらせれば問題は無いかもしれないが、そんな事は絶対に出来ないのが現状だ。
防衛線に展開中の部隊をそちらに回してしまえば、もしも万が一BETAが攻め入って来た場合の対処が遅れてしまう。
そんな事は誰もが考え付くことだ。
しかし、一刻も早く彼女を救い出さなければならない現状において、そうも言っていられないのも事実。
如何したものかと考えていた矢先、米国側から今回の件に関しての協力申し出があったのである。

「殿下を攫った賊は、米軍所属の部隊の可能性が高いのですぞ!?」
「だが、向こう側はそれを否定している。そもそもあの戦術機が米軍機だと言う確証はあるのかね?」
「確証はありません……ですが、誰の目から見てもそれは明らかです!」
「確証も無いのに、何故君はそのような事が言いきれるのだね?」
「そ、それは……『もう良いでしょう紅蓮殿……』……崇宰大将?」

紅蓮の言い分に耳を傾けようとしない官僚達。
討論が続けられている中、それを止める用に言ったのは同じくこの場に列席していた崇宰であった―――

「―――確かに貴殿の言い分も解る。だが、今は早急に殿下をお救いせねばならないのが現状……御分かりだと思いますが?」
「お主の言うとおりだ。しかし、此度の一件に関して、ワシは米軍の力を借りる事だけは納得が行かん!彼奴らが日本にした事を、お主も忘れたわけではないだろう!?」
「無論、忘れたわけではありませんよ。ですが、事は一刻を争うのです。使えるものは何でも利用し、全力で殿下をお救いせねばならない……貴殿は殿下の御命がどうなっても構わないと仰るのですか?」
「そうは言っておらん!貴様、ワシがいつ殿下の御命がどうなっても良いなどと言った!!」
「先程から頑なにそれらを否定する貴殿の言動……私にはそう言っているようにしか聞こえないのですよ……」
「何を言うかこの痴れ者め!いかに貴様とて、言ってよい事と悪い事があるぞ!!」
「痴れ者は貴殿の方ではないか?仮にも摂家に属する私に対し、何という暴言の数々……身の程を弁えよ、この愚か者め!」

崇宰の言い分も正しいと言えば正しい。
現時点で優先せねばならない事は、何よりもまず悠陽の安全を優先し、救出せねばならないという点だ。
その方法に関して形振り構っていては、下手をすれば命取りになりかねない。
だが、反米感情の高まっている今の日本において彼らの力を再び借りるということは、それらを更に焚き付けてしまう可能性もある。
そんな事になってしまえば国と民の心はますます離れて行ってしまい、修復を図る事は困難になるだろう。
今の彼らは、悠陽を取るか民を取るかの二者択一を迫られている現状。
二兎を追う者は一兎をも得ずなどと言うが、こればかりはそうも言っていられない。
この身を投げ打ってでも、双方を助けねばならないのだと紅蓮は考えていたのである。

「……言い過ぎた事に関しては謝罪しましょう。ですが、今ここで米軍の力を借りてしまえば、民の心はますます国から離れて行ってしまう……そんな事は殿下も望んでおりませぬ。それだけはご理解頂けませぬか?」

紅蓮の方が軍内部での立場は高いが、五摂家の人間に対してともなるとそれらも逆になってしまう。
だが、殆どの摂家に属する軍人は、崇宰のように己の家柄に関する事はあまり表には出すことをしない。
一部例外はあるものの彼らは与えられた職務に対し忠実で、たとえ家柄が上であったとしても軍内部に居る限りはそれらを引き合いに出そうとはしないのだ。
それらを嫌う者もいるが、基本的にこれらは暗黙の了解として認識されている。
しかしその様な事があったとしても、ここで言い争っていても仕方が無いと考えたのだろう。
そう踏んだ紅蓮は先程の非礼を詫び、崇宰に向けて謝罪と共に自身の胸の内を嘆願したのだが―――

「……ふむ、確かに貴殿の言う事も一理ある。だがそれは、殿下が存在している事で意味をなす事なのではないのかね?大体貴殿は情に流され過ぎている……双方の事を考える事は実に素晴らしいが、今は民よりも殿下の事を最優先に考えるべきであろう……違うかね?」
「しかし……」
「では、私の意見をハッキリと言わせてもらおう……今の日本には貴殿の言う可哀想な民が大勢いるのも事実。だが、我々はそれらに一々構っている余裕は無いのだよ。丁度彼らに見切りをつける良い機会ではないかね?」
「なっ!?お主は本気でそのような事を申しているのか?」
「こんなこと本気で無ければ言えぬであろう……今の日本が嫌だという者達が増えるというのならば、米国でも豪州でも好きな所に移民してもらえば良い。何度も言うようだが、今の日本に彼ら難民全てを救うだけの力は無いのだよ」

本気でこの様な事を言っているのか?
今の話を聞いた紅蓮は、一瞬とはいえ自分の耳を疑いたくなった。
かつて悠陽に難民救済のための施設建造を提示した男が、それらに一々構っている余裕は無い、見切りを付けるべきと言ったのだ。
そして、今の日本が嫌ならば海外へ移民しろとまで言い切った。
更に言うならば、その場に居た誰もがそれを否定しようとはしない。
ここに居る者達は、一体何を考えているのか?
本当にそれで良いと言うのか?
そして紅蓮は、今になってやっと沙霧達の気持ちが解ったのだ。
彼らがクーデターを起こそうと考えたのは、この様な今の日本政府を憂い悲しんだからではないかと。
心の中でそんな官僚達の考えを嘆かわしいと思うと同時に、ワナワナと怒りが込み上げて来るのが解る。
沙霧達と同じ目線に立てた事で、腐敗している現政府の内情を本当の意味で知ることが出来たのであったのは皮肉としか言いようが無い。
そして紅蓮は、込み上げる怒りを抑える事が出来ず、遂にそれをぶち撒けてしまう―――

「もう我慢ならん!これ以上、貴様等と論議を続けていても時間の無駄だ!!」

目の前の机を叩き、これが今の自分の心境だと言わんばかりにアピールする紅蓮。
それまでざわついていた場内は一瞬のうちに静まり返り、その光景に恐怖すら覚える者もいる。
鬼気迫る表情と言わんばかりのその顔は、大の男であっても逃げ出したくなるほどの形相といったところだろう。

「それで、一体如何なさるおつもりなのです?」

その中で唯一と行ってもよい程に落ち着いていたのは崇宰のみ。
彼は冷静な表情のまま、まるで他人を見下すように言葉を発している。

「我ら斯衛は殿下を守護するのが第一の目的!無論、この国の人々もだ!!そして貴様等が民を蔑ろにすると言うのならば、我らは我らで独自に事を運ばせて貰う!!」
「なるほど、確かにそうですな。精々頑張られるが良い」

それがどうしたといった顔で対応する崇宰。
応援する気など全く無く、紅蓮の行動を嘲笑うかのように彼は鼻で笑っている。

「クッ……悪いがワシは失礼させて頂く……後は勝手にやられるが良かろう―――」

怒りを露にし、その場を後にする紅蓮。
その圧倒的迫力に押された……という訳では無いだろうが、誰一人としてそれを止める者はいなかった。
そして彼が居なくなった事で日本政府は、米国政府からの援軍受け入れを承諾し、今回の件に米国が介入して来る事となる。
それから約数時間後、その一報は横浜基地へも伝えられたのだが、何故か国連側から彼らの受け入れ要請が命じられる事は無かったのだった―――



帝都でそのような話が行われている中、ついに武達にも出撃命令が下される事となった。
任務の内容は、現在追撃任務に当たっている帝国軍の支援というものであり、武もオブザーバーという形で207訓練部隊に同行している。
そのため現場指揮官はまりもが務めており、彼は冥夜達と共に搭ヶ島離城周辺で待機している状況だ。
これは夕呼からの命令なのだが、何かあった際に武がその場に居た方が都合が良いからだと伝えられている。
しかし、何故この場所を補給地点に指定したのかが解らない。
どちらかといえばこの場所よりも、前線司令部の置かれている小田原西インターチェンジ跡の方が機材の設置などの点で便利だ。
何か考えのあっての事なのだろうが、これでは円滑な情報のやり取りが行いにくい。
その理由を夕呼に聞いてみたが、これに関しては教えて貰えなかったのである。

「相変わらず先生の考える事は解んねえよな……」
『そりゃ天才ですもの、凡人のアンタなんかに理解されちゃたまわないわ』
「って、先生!?なんですかイキナリ……脅かさないでくださいよ!」
『任務中にボケッとしてるアンタが悪いんでしょ?』
「うっ……そ、それよりも先生、何か用ですか?」

突如として開かれた通信に驚いてはいたが、彼女にこの様な事をされるのは今に始まった事ではない。
そう割り切った武は、さっそく本題に入ろうとする。

『ちょっと厄介な事になったわ……』
「何か帝都に動きでもあったんですか?」
『ついさっき、珠瀬事務次官がやって来てね……日本政府が米軍の受け入れを決定するそうよ』
「なんですって!?」

米軍受け入れの第一報を聞いた武は、徐々に状況が悪い方向へと流れて行っている事実に苦い思いをしていた。
それはモニター越しに映る夕呼の表情からも解る通り、現状は自分達にとっても不利な方向へ傾いているのは間違いないだろう。

『それからもう一つ……』
「まだ、何かあるんですか?」

もう一つの内容は、悠陽誘拐に関する情報が帝国内の民間人へと伝わってしまったという事だった。
情報規制を行っていたにも関わらず、何故このような事態へと発展してしまったのか?
その理由は、民間の放送局を占拠しようとしていたクーデター軍の兵士と思われる人物が、それらの情報をリークしたのである。
しかもそれらの内容は、彼女が拉致される一部始終を映した映像という最悪なモノ。
即座に報道規制が行われたが、そう簡単に鎮火出来るような内容では無い。
これらは民の間で様々な憶測を呼ぶ事となり、一部の人間が情報の開示を求め首相官邸まで押し寄せる事態へと発展してしまったのだった。

「これも奴らの作戦なんでしょうか?」
『何とも言えないわね。でも、そのお陰で多少時間が稼げているのも事実よ』

幸いなことにと言っては不謹慎だが、この一件を上手く利用すれば民衆を味方につける事も出来るかもしれない。
放送された内容は『米軍所属の物と思われる機体に悠陽が拉致された』というものだった。
そして『日本政府は常日頃から職務に怠慢であり、殿下を蔑ろにしている。今回の事もそれが原因で起こったに違いない』とまで言われていたのである。
この様な事態になってしまっては、彼らも迂闊な事は出来ないに違いない。
そのお陰で決定された米軍の介入は、ほんの数時間ではあるものの延期されることになったのだった。

「でも先生、何で国連は横浜基地に受け入れを命じなかったんです?」
『……こちらが交渉に来た事務次官に対して、それらを頑なに拒否した……っていうのもあるんでしょうけど、恐らく何者かがそう仕向けたんでしょうね』

ここで夕呼の言う何者かと目される人物……それは間違いなく崇宰の事を指しているのだろう。
米国側と深い繋がりを持っているであろう彼ならば、それらを実行に移すのも容易いと考えられるからだ。
だが、いくら容易いと考えられたとしても、これ程早く実行されるものなのだろうか?
そう疑問に思う武だが、彼は紅蓮がそれらを阻止できなかった事実を知らない。
いや、阻止しようとしていた事すら知らないのだ。
そういった疑問を浮かべるのは当然ともいえるだろう。

「俺達は、このままで良いんでしょうか?事態が悪い方へ流れている分、横浜で待機してた方が良かった気がするんですけど……」
『確かにアンタの言う事も一理あるわ。でもね、アンタ達を基地に待機させていてもメリットは無いのよ……何としても米軍より先に殿下を見つけ出さなければならないのは、アンタも理解してるでしょ?』
「それは解ってますけど……」
『兎に角アンタ達は任務に集中しなさい。何か情報が入り次第、直ぐに連絡してあげるわ』
「了解です……」

通信を終えた武は、コックピット内で深いため息をつく。
それと同時に、これから自分が何を成すべきかを考えていた。
今の現状では悠陽の安否はおろか、所在すらも掴めていない状況だ。
彼女を助け出したいという気持ちに嘘は無いが、情報が無ければ動く事も出来ない。
恐らく帝国軍や米軍が何らかの情報を得たとしても、そう易々と自分達の方へ情報を与える事はしない筈だ。
彼らは彼らで、何としても彼女を助け出したいと考えている。
その理由は様々だが、どちらかといえば自分達の思惑を成就させるためである事には間違いない。
特に米国側は、アジア圏内での発言力や失ってしまった自分達の信用回復のために躍起になっていることだろう。
そのためには、日本側に協力者を作る必要がある。
日本側の親米派達は今後のためを考え、米国側との太いパイプを作っておかなければならない。
一見すると両者の考えは一致しているような点も見られるが、最終的な目論見は全く異なっている。
一方は自国を戦場にしないための動きだが、もう一方は目先の事だけに囚われているだけなのだ。
この様な点を踏まえ、最後に笑うのはどちらか……?
言わずとも米国側が断然有利に違いないだろう。

「あの時はここまで深く考えられなかった……沙霧大尉達のやろうとした事の本当の意味が、今になってようやく分かって来たような気がするな……」

再び深いため息をつく武。
何が正しいのか、本当の敵は一体何なのか……勿論、BETAをこの世界から駆逐する事も重要な事なのだが、今の彼にそれを優先させようとする気は起こらないでいる。

「世界が違えば考え方も違う……別世界の俺は、こんな事で悩んだりはしなかったのかも知れないな……」

そんな事は無い……前回の世界の彼もまた、様々な事で悩み、そして苦悩しながらもそれらに立ち向かっていた。
だが、今の彼は記憶を引き継いだだけの存在であり、元のベースとなっているのはこの世界の白銀 武だ。
いくら記憶があろうとも、根本的なモノはこの世界の住人であるが故に悩んでしまうのだろう。

『タケル、少し良いか?』
「ブリット……?」

突然開かれた通信に驚く武。
作業の終了報告かと考えた彼だったが、それならば秘匿回線を使う必要性は無い。

「秘匿回線なんか使って、一体どうしたんだ?」
『いや、大した事じゃないんだ……その、なんだ……』

大した事ではないと言ってはいるが、その表情からはその様には見えない。
秘匿回線を使ってまで話しかけて来るという事は、誰かに聞かれるのも不味い内容が含まれているのだろう。
武は誰かと話をする事で気が紛れるかも知れないと思い、その内容に耳を傾ける事にした。

「何だよ、勿体ぶらずに言ってくれ」

何かを迷っているような素振りを見せるブリット。
そんな彼を察してか、武は笑みを浮かべながら彼に早く内容を聞かせるように即してみる事にした。

『……こんなことは今話すべきじゃ無いってのは解ってるんだけどさ。他愛のない雑談みたいなものだから、適当に相槌打ってくれるだけで構わない』
「ああ……」
「俺はこの世界の人間じゃないし、煌武院殿下がどんな人なのかも知らない。間接的に世話になってるって言うのは聞かされてるけど、会った事の無い俺達からすればどんな人物なのかも想像つかないしな」

苦笑いを浮かべながら、悠陽について話し出すブリット。
本当に雑談だったんだなと思った武だが、突然彼が真面目な表情に切り替えた事で何かを察した。
今までのは前口上だったのだろう。
少し間を置くような感覚を経て、彼は本題に入りだした。

『なあ、タケル……お前は今、何のために戦っているんだ?』
「えっ?」
『人類が滅亡に瀕している中で、場合によっては人同士が争わなければならないこの現状で、正直言って俺はどうすれば良いのか判らない……』
「嫌なのか?」
『いや、そういう訳じゃない。別に人類同士で戦うって事が、怖いって訳でもないんだ……俺達は、これまでに何度もそういった経験をして来ている。だからと言って、殺しあいになるかも知れない状況が好きって訳じゃない……出来るならそう言った状況は迎えたくない』
「それは俺も同じだよ……人類同士が争うなんて間違ってる。だから、それだけは止めなきゃならない」
『……お前は俺達の事を仲間だって言ってくれた。俺達もお前の事を仲間だって思ってる。勿論キョウスケ大尉達もだ……だからさ、一人で何でも背負い込まないでくれよ……』
「ブリット……」
『今更だけど、俺はこの世界に来た当初、得体の知れない何かに恐怖していたんだ。右も左も分からない異世界で、突然こんな事になってさ……運良くお前達に知り合えたのは、本当に幸運だったと思う。言ってみればタケルは恩人だな……』
「よしてくれよ……俺はそんな大したもんじゃない」
『いや、こんな時だからこそ言っておきたいんだ……俺一人じゃ大した力にはなれないかも知れない……でもさ、皆と協力すればそんな事は無いと思うんだ。楽しい事も苦しい事も、嬉しい事も辛い事も分け合う事が出来るのが本当の仲間ってもんじゃないか?もっと俺達の事を頼ってくれよ……お前みたいに器用に立ち回れないかもしれないけど、肩ぐらいは貸してやる事が出来ると思うんだ……』

まるで自分の心を見透かされているような気がした。
自分は一体今まで何を考えていたのだろうか?
心配そうな表情を浮かべるブリットを余所に、先程までの自分を責める武。
冥夜や彩峰に対し、自分は何と言っていた?
彼女らに仲間とは何かを説いていたにも関わらず、今までの自分は本当に彼女達の事をそう思っていたのだろうか?
否定したいところだが、やはり心のどこかで距離を置いていたのかもしれない。
それはブリット達にも言える事だ。
突如として何も解らぬ世界へと放り出された彼らは、自分達が元居た世界へ帰る事を優先せず自分達に協力してくれている。
下手をすれば、死ぬかも知れない状況であるにも関わらずだ。
それどころか目の前の彼は、自分の事を恩人だと言ってくれている。

『だからさ、今のうちに恩を返させてくれ。これは俺からだけじゃない、皆からの願いなんだ」

武の心情などお構いなしといった様子で、次々と言葉を続けるブリット。
その表情はとても穏やかで、裏表や嘘偽りない想いだという事を物語っている。
彼の話を聞いた武の心に湧き上がる一つの感情……それは自分自身の甘さや情けなさ、そして彼らに対しての感謝の気持ち。
先程までのブリットの言葉は、それほど彼の心に深く沁み入っていた。

「……縁起でもねえ事、言うんじゃねえよブリット。でも、ありがとうな……お陰で気分が少し楽になった」
『タケル……?』
「俺は今まで、色々な事に関して悩んでた。何が正しくて何が間違ってるのかなんて、人によってそれぞれ違う。十人十色って言葉があるみたいに、俺は俺、お前はお前なんだよな……」
『い、いや、そういう事じゃなくってさ……』
「兎に角、礼を言わせてくれ。お前のお陰でなんか吹っ切れたよ」
『そ、そうか……まあ、元気になったみたいで良かったよ』
「そろそろ合流予定時間だ。何が起こっても大丈夫なように、準備は万全にしておけよ?」
『了解だ』
「それじゃ、また後でな……」

今思えば、彼とこういった会話をしたのは、初めてだったかもしれない。
自分が一番辛い時に手を差し伸べてくれる存在は、これまでにも数多くいた。
突如として異世界に放り出され、否応なしに巻き込まれてしまった自分を助けてくれたのは誰だったのか?
再び同じ世界へと戻り、全てを成し遂げるために自分を助けてくれたのは誰だったのか?
そして、両親を失い途方に暮れていたあの頃……自分を助けてくれた存在は誰だったのか?
全ては掛け替えのない存在であり、自分が尊い者と想っている人達。
今の白銀 武という人間を支え、そして助けて来てくれたのは他ならない仲間達だ。
そのことを改めて気付かせてくれたブリットに感謝し、そして彼は再び決意する―――

「何としても俺は世界を救う……皆と笑って明日を迎えるために……」

そのためには、何としても悠陽を救い出さなければならない。
彼女もまた、彼にとっては大切な人であり、共に笑って明日を迎えなければならない存在だ。
天下の政威大将軍に対しかなり無礼な考えではあるが、役職や家柄などの柵を抜きにして一個人として見れるのは彼の良い点だといえる。
だからこそ武は誰とでも分け隔てなく接することが出来、左程敵を作る事も無く皆に好意をもたれるのだろう。

「……とは言うものの、問題はどうやって殿下を助け出すか……なんだよなぁ」

確かにこの点は重要だ。
現時点で彼女に関する情報は、何も得られていないに等しい。
帝国軍も動いてくれているにも拘らず、これといった情報が何も入って来ないのはおかしいとしか言いようがないだろう。
いくら情報が規制されていたとしても、何一つとして新たな情報が入って来ないのはあり得ない。

「帝都以外に駐留している部隊も捜索に加わっている筈だ。それなのに手掛かり一つ見つけられないのは変じゃないか?」

武の言うとおり、何の手掛かりも掴めないのは考えられない。
いくら相手の機体が光学迷彩を搭載しているとはいえ、補給も無しに行動できる筈は無いのだ。
補給の際に何処かに身を隠していたとしても、補給を行う部隊の足取りすら掴めないのはおかしい。
いくら警戒網の間を縫って補給を行う事が出来たとしても、補給中は全くの無防備になる。
その間に発見されれば相手の目論見は失敗に終わり、誘拐に関する一連の事件は終息へと向かうだろう。
武は他に協力者でもいるのかと考えてみたが、現状で思い当たる節は精々シャドウミラーか崇宰の息の掛かった者達ぐらいだ。
それに加え、第三者の介入という点も否定は出来ない。
ここで言う第三者とは米軍の事だが、彼らとてそんな迂闊な事をするほど馬鹿ではないだろう。
これ以上考えても仕方が無いと考えた武は、一先ず考える事を止め任務に集中しようとしたのだが―――

『HQよりフェンリル1、応答願います』
「こちらフェンリル1、何かあったんですか神宮寺軍曹?」

様々な思考を張り巡らせ、一人考えていた武を現実に引き戻したのはまりもからの通信だった。

『特務隊のブロウニング中尉から、大尉宛てに通信です。そちらに回しますが、宜しいでしょうか?』
「はい、問題ありません」
『では、そちらの方にお繋ぎします……』
「こちら白銀、如何したんですかエクセレン中尉?」
『あ、タケル君、そっちはどう?皆ちゃんとやってるかしら?』
「特に問題無くやってますよ。例の部隊に関する情報ですか中尉?」

まさかこの様な緊迫した状況で、話がそれだけという事は無いだろう。
彼女が皆の事を心配してくれるのは有難いが、流石にそれだけで連絡をよこすとは思えない。
自分達と別行動を取っている彼女達は、シャドウミラーが介入してきた際にそれらを迎撃する任務を与えられている。
何らかの動きを掴んだのかと思ったのだが、口調から見てもそう言った様子では無い様だ。

『残念だけど、影も形も見えてないわね』
「まさか、ただ単に雑談する為に通信をよこした……って事は無いでしょうね?」
『いくら私でも、そんな真似する訳無いじゃない。それに、そんな事してキョウスケが黙ってると思う?』
「それもそうですね……で、ご用件は?」
『夕呼センセ~からタケル君達に渡すものを預かってるんだけど、ちょっとそっちへは行けないのよね……で、冥夜ちゃん辺りに受け取りに来て貰いたいんだけど……』
「冥夜にですか?それだったら俺が行きますよ」
『ダ~メ、タケル君はオブザーバーとはいえ、そこを離れるワケには行かないでしょ?』
「なるほど……」
『それから、冥夜ちゃん一人じゃ危ないと思うから、ん~そうねぇ……ブリット君とクスハちゃん辺りで良いから、一緒に来るよう伝えてくれるかしら?』

確かに彼女の言うとおり、自分はおいそれとこの場を離れる事は出来ない。
だが、預かり物を受け取る程度の事なら、わざわざ受け渡しの相手を指定する必要も無いだろう。
そんな事を考えた武だったが、丁度良いタイミングで指定された者達は休憩に入る時間だ。
少々時間が削られてしまう事になるが、致し方無いだろう。
もし受け取りの時間が長引いてしまうようならば、その分自分の休憩時間を削ればいいだけだ。
そういう結論に至った彼は、彼女からの指示を承諾する事にした。

「解りました。そろそろ交代時間なんで、休憩がてらそっちに行くよう伝えます」
『悪いわね。それじゃ、そこから東へ20キロ位の地点で待機してるから、ヨロシク~』
「……この人も相変わらずだよな……さてと、こちらフェンリル1、20702ならびに07、08、聞こえるか?」

エクセレンに指定された人物へ通信を送る武。
交替で任務に当たっているとはいえ、彼女らの休憩時間を削ってしまう事は正直いって少々心苦しい。
だが彼女らは、嫌な顔一つせずそれらを了承してくれた。

「もし時間が長引くようなら、お前達の休んでる間に俺が交替で任務に就くよ」
『いや、それほど時間は掛からないであろう。指定された地点までの距離を鑑みても問題は無い』
『そうだな、物資受け取りの時間を入れても、往復で大体30分ってところじゃないか?』
『それに白銀君、休めるときに休んでおかないと駄目だよ。もし何かあった時に、満足に動けなかったら困るでしょ?』
「それもそうだな……とりあえず、神宮寺軍曹には俺から伝えておくから、時間になったらエクセレン中尉の所へ向かってくれ」
『『「了解」』』

そしてそれから10分後、彼女らはエクセレンに指定されたポイントへ出発する事になった。
だが、同時に3人も抜けてしまうと、若干任務に支障をきたす可能性があるかもしれない。
今更ながらにそう考えた武は、冥夜達が戻るまでの間HQに詰めているまりも達に手を借りる事にする。
後先考えずにエクセレンからの頼みを承諾してしまったのは問題だったが、物資受け渡しを指示したのが夕呼なら下手な事は出来ない。
拒否すれば後で何か言われるのは間違いないだろうし、遅れたら遅れた分だけ文句をつけられる。
まりもにも申し訳ないが、武はそう割り切る事にしたのだった―――



「そろそろ時間か……っと、来た来た……」

あれから約30分が経過し、物資を受け取りに行っていた冥夜達が戻って来た。
時間きっかりに戻って来たのは、なんとも彼女らしいと言えるだろう。
既に沙霧達も到着しており、彼らは推進剤の補給と休憩に入っている。
補給が完了次第、彼らは富士教導隊と合流して更に西を目指す予定だと言っていた。
簡単な挨拶と情報交換を終えた武は、あまり彼らの邪魔をしては不味いと考えてそれ以上接してはいない。
本当ならば色々と話したい事もあったのだが、現状ではそうも言っていられないという事だろう。

「こちら白銀、三人ともご苦労だったな」
『ああ、どうやら時間内に間に合ったようだな』
『申し訳ありません。どうもこの機体には不慣れなもので……』
「いくら出力を落としているとは言っても、吹雪と違って烈火は基本的にピーキーな機体だからな。それに複座型の管制ユニットだ、その辺はしょうがないさ。時間内に間に合ったんだから、気にする必要はないぜ冥夜」
『有難う御座います白銀大尉』
「……ん?(何だこの違和感……?)なあ冥夜、どうしたんだ急に?」
『え?』

この時武は、何やら妙な違和感を感じていた。
先程からの冥夜の口調が、普段と違うような気がするのだ。

「いや、普段は俺の事タケルって呼ぶよな?」
『ああ、そうであったな……すまぬ、先程ブロウニング中尉殿達と話をしていたためだろう。気にしないでくれ』
「そっか……よくよく考えればそれが上官に対しての普通の接し方だもんな。悪い、変なこと言っちまった」
『気にする必要はありま……ではなくて、気にする必要は無い。いかんな、どうやら変な癖が付いてしまった様だ』
「オイオイ、まるでラミア中尉みたいだな。まあ、俺としては面白くて良いんだけど」
『タケル、あまり御剣をからかうな。任務中でもあるし、少々不謹慎だと思うのだが……』
「悪い悪い……ってかブリット、お前もなんか変だぞ?」
『そ、そうか?別に普通にしているつもりなんだが……』

口調に違和感はあるが、モニターに映っている人物は彼女らそのものだ。
恐らく冥夜の言うとおり、先程までエクセレン達の傍に居たからだろう。
大方彼女の妙なテンションにでも当てられ、自分に対しての接し方に関する感覚が狂っているのかも知れない。
そう考えた彼は、とりあえず受け取って来た物資が何だったのかを聞いてみる事にした。

「ところで何を受け取って来たんだ?見たところ、何も受け取って来たようには見えないんだけど……」
『その事だが、物資と呼べるほどの物は無かった。中尉から受け取って来たのはこれだ』

そう言って彼は、自機の背後にマウントされていた長刀を引き抜く。
それは従来の長刀とは異なったデザインをしており、その形状は間違いなく日本刀と呼べるもの。
その正体は、元々彼の機体であるヒュッケバインMk-Ⅱに装備されていたシシオウブレードだった。

「確かシシオウブレードだったっけ?受け取って来たのはそれだけなのか?」
『ああ……我々もこれだけだった事に少々驚いているよ』
「今更なんでそんなもんを……ったく、夕呼先生の考える事は、ホント解んねえよな……」
『……何か考えがあっての事なんだろう。タケル、すまないがそろそろ休憩に入らせては貰えないだろうか?』
「っと、そうだったな。10分位オーバーしちまったから、その分は俺がカバーさせて貰うよ。30分しか残ってないけど、ゆっくり休んでくれ」
『了解だ。急かす様な真似をしてすまないな……』
「いや、俺は気にして無いから大丈夫だ」
『では、失礼します』

どうも違和感が拭えない……それが通信を終えた彼の率直な感想だった。
妙にそわそわしている様な素振りを見せ、何処となく口調もおかしい。
それは先程の通信時の最後の会話にも言える。
まるで自分と会話を続けるのに問題がある様な感じだ。
いくら気のせいだと否定されたとしても、そこそこ付き合いが長い分、どうしてもその違和感が気になって仕方が無い。
だが要らぬ詮索は、彼女らに対しても失礼だ。
せっかく築く事の出来た関係を、妙な一言で崩す事だけは避けたい。
そう考えた武はそれ以上悩むのを止め任務に集中する事にしたのだが、後にその違和感は意外な形で彼の目の前に正体を現す事となるのだった―――


一方、武との通信を終えた冥夜達は、秘匿回線でとある人物と会話をしていた―――

「……私は国連軍横浜基地所属、御剣 冥夜訓練兵であります。そちらは沙霧 尚哉大尉で間違い無いでしょうか?」
『っ!?……(で、殿下?いや、そんな筈は……)……如何にも、貴様の言うとおり沙霧 尚哉で間違いない』

冥夜が通信を繋げた相手……それは補給のためにこの場に立ち寄っていた沙霧だった。
突如として開かれた通信に対し彼は、始めは驚き戸惑っていたものの、直ぐに平静を装い彼女からの通信を受け取る。
驚いていた理由は、言うまでも無い……彼は冥夜を悠陽と見間違えたのだ。
以前の世界で一度彼と対面した事のある冥夜だが、その時は悠陽として彼と話をしている。
その時も彼は、彼女の事を悠陽と信じて疑わなかった。
詳しい事実を知らぬ者からして見れば、それほどまでに彼女達は似ているという事なのだろう。
まあ、双子なのだから当たり前といえば当たり前なのだが―――

「突然のご無礼、何卒お許しください……率直に申し上げます。大尉殿、貴方は今の日本を見て如何思われますか?」
『……貴様も任務中であろう。それは今答えねばならぬのか?』
「無礼は承知の上です。大尉殿は、この国の在り方を憂いているとお聞きしました。そして、その為に事を起こす気であったとも……」
『……御剣訓練兵、貴様その話を何処で……』

冥夜の話を聞いた沙霧の表情が、徐々に強張り始める。
現時点で彼がクーデターを起こす気であった事は、極一部の人間しかその事実を知ってはいない。
あろう事かそれが、国連所属の訓練兵に漏れていたのだ。
考えられる要因が無いとも言い切れないが、それならば横浜に居る彼女から何らかの反応がある筈。
だが、今はそんな事を考えてはいられない。
状況が状況だけに、場合によっては冥夜の口を封じる事も考えねばならないのだ。
しかし、何の証拠も無いままにその様な事をする訳にも行かない。
一先ず彼は、彼女の出方を見てそれを判断することにした―――

「―――詳しくは、明かせませぬ……ですが、これだけは言わせて頂きたい。あの御方は、その様な事を望んではおりません……」
『……それはどういう意味だ?』
「あの御方は貴方が民の事を想い、その身を汚泥に晒す覚悟が御有りだという事も理解されております。ですが、それによって無益な血が流れれば、更なる争いを生みかねません!それだけは、何としても避けねばならぬのです!!」

目に涙を浮かべ、必死になって彼を説得しようと試みる冥夜。
そんな彼女に対し沙霧は、先程から目を瞑り彼女の話に耳を傾けている。
彼女の言う『あの御方』それは即ち悠陽の事だろう。
何故彼女が、悠陽の気持ちを代弁しているのか?
この際、その件や彼女の素性に関しての詮索は無用だ。
彼女は言ってみれば、悠陽から自分達の下へと使いに出されたメッセンジャーの様な者。
ならば彼女の発言は、悠陽の言葉とも受け取れる。

『……確かに貴様の言うように、それらは避けねばならぬのかもしれん。だが、ここで誰かが起たねば日本の民は二度と己の両足で立つ事が出来なくなるやもしれんのだ……貴様も我らと同じ日本人ならば解るだろう?』
「では何故、貴方はまず話し合いのテーブルに着こうとすらしないのです!?力に対しそれを力でねじ伏せようなどと……それでは貴方が撃とうとした者達と、何も変わらないではないですか!!」
『……我らはそうする機会すら与えられなかったのだ……それは帝都に住む、多くの難民達にも言える。奴らは将軍殿下を民から遠ざけ、国政を思うままにしている……そして、何の咎も無い国民が、あたかも罪人のごとく扱われているのだぞ!?貴様はその実情を知りながらなんとも思わないと言うのか?』
「ですがっ!!」

ついに堪え切れなくなった彼女は、目から大粒の涙を流していた。
それは自分の想いを理解して貰えない事への悲しさからか、もしくは想いを伝えられない事への悔しさか……それは判らない。
彼女自身も、感情の抑制が効かない状況なのだろう。
それが涙という形で表に出てきていたのだった―――

『もうよい冥夜……沙霧とは、私が直接話をします』
「あ、姉上……」
『で、殿下……!?な、何故殿下がこちらに……?』


突如として二人の会話に割って入った人物……それは攫われた筈の悠陽。
何故彼女がこの場に居るのか?
その疑問は尽きないまま、事態は急展開を迎えるのだった―――


あとがき

第55話です。
えー、皆様言いたい事は沢山御有りでしょうが、詳細は次回に続くという事でご勘弁くださいm(__)m
一つだけヒントを……ひとつ前のお話。これがヒントです(苦笑)





[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第56話 月が闇を照らすとき
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/02/08 20:21
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第56話 月が闇を照らすとき




眼前の光景に対し、沙霧は驚く以外の術を持ち合わせていなかった。
何故この場に彼女がいるのだろうか?
彼女は、米国の手先と思われる賊に攫われたのではなかったのか?
先程からその様な疑問ばかりが頭を過ぎっている。

『一体、これはどういう事なのでしょうか……?』

やっとの事で絞り出せた言葉は、なんとも陳腐なものだった。
それほどまでに彼は、今起こっている事態を飲み込む事が出来なかったのだろう。

「……その事に関して、先ずは謝罪させて頂きます」

こちらから一切眼を背ける事無く、そして申し訳ないといった表情を浮かべ沙霧に謝罪する悠陽。

『本当に殿下なのですね?』
「私はそなた達のよく知る、煌武院 悠陽で間違いありません……本当に迷惑をお掛けしました」
『と、とんでも御座いません!我らは単衣に、殿下の御身を御心配して事に当たっていたに過ぎないのです。御無事ならば何よりで御座います!!』

ここに来て沙霧は、彼女が間違いなく悠陽だという事を悟る。
そして直ぐにでも彼女の下へ馳せ参じ、臣下の礼を尽くそうとしたのだが、彼女はそれを制止する。

『では、この様な格好で拝謁の栄誉を賜る事をお許しください』
「よい、兎に角面をあげよ」
『ハッ!』

コックピット内であるため、頭を下げる事だけしか出来ないのがなんとももどかしい。
本当ならばこの様な格好は、政威大将軍である彼女に対し無礼以外の何物でもないのだ。

「現状で私は、己の姿を晒す事は出来ません。そのまま何食わぬ顔で聞いて貰いたいのです」
『……畏まりました』

色々と問い質したい事もあるが、先ずは彼女の無事を素直に喜ぶべきだろう。
だが正直なところ、何故彼女が国連軍の訓練兵と共に行動しているのかが疑問だ。
横浜基地の部隊が、彼女を賊から奪還したなどという話は聞いていない。
となると、彼女は一体どのようにして国連軍部隊と合流したのだろうか?
まさかとは思いたいが、今回の一件は全て仕組まれたことであり、日本全土を巻き込んだ自作自演の芝居だったのではないか……などという考えが頭を過ぎっていた。

「……此度の一件、そなたを含め多くの者達に多大な迷惑を掛ける事になりました。浅はかな己の考えに付き合わせてしまった皆に、私はどのような顔を向けて良いか判りません……」
『……理由をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?』

率直な意見……自分達では理解できない様な考えがあっての事だろうと思うが、全てを納得できる訳でもない。
気がつけば彼は、己の中で想像していた事を否定したいがために彼女に問い質していた。

「……そなた達がこの国の在り方を憂い、その道行を正すべく事を起こそうとしていた事は存じています。私はそれを知った時、もしそれが本当ならば何としてもそれを止めたいと思ったのです」
『殿下……』
「そなた達の言うように帝国議会や軍の在り方と、私の意志や想いが通じ合っていない事実は本当なのでしょう。しかし、それは私自身の至らなさが招いた事……本当に申し訳ないと思います」
『畏れながら殿下!我らはその事実が許せないのです……国政をほしいままにする奸臣どもは、民達の殿下の仰る事ならばという忠誠心を己が目的のために利用し、彼らの想いを蔑ろにしてしまっているのです!!その様な行いが、如何して許されましょうか!!』
「……沙霧、そなたの申す事は解ります。そして同時にそなたのこの国を想う気持ちを大変嬉しく思います。ですが、その様な有様も、将軍である私の責任である事は何ら変わる事ではないのです……全てはこの私の不甲斐無さ、そして不徳の致すところ……どうか許してほしい」
『彼の者達を庇う事などお止め下さい殿下……奴らは既に腐りきっております。殿下が御心を痛める理由や、彼らを庇う必要など御座いません……あの者達は日本に巣食う害虫、殿下の臣下などでは御座いません!』

国民を想う彼女の耳に入れば、間違いなく今回のように止めようとするのは明白だったと言える。
しかし、まさか彼女自らが己の前に出向き、説得に当たろうとするなど思いもよらなかった。
後ろめたい気持ちが無いと言えば嘘になるが、出来る事ならば全てが終わってから彼女の耳に入って欲しかった。
これ以上、彼女を苦しめたくないがために起こそうとしたクーデター。
それが結果的に彼女を苦しめてしまっている事実。
民を救いたいという気持ちは同じなのに、何故自分の想いは彼女に通じないのか?
何故彼女がそこまで心を痛める必要がある……彼女は悪くない……全ては国政を想うがままにしている奸臣達が諸悪の根源なのだ。
実直な彼にとって、それらは否定できない事実。
たとえ悠陽の言葉であったとしても、その全てを受け入れる事は出来ない。
それが現時点で彼が下している結論だった―――

『畏れながら沙霧大尉……貴方の言っている事は間違っていると思います』
『……それはどういう意味だ。御剣訓練兵?』

先程まで静観を決め込んでいた冥夜が、二人の会話に割って入る。

「冥夜、そなたは黙っていなさい。今、沙霧と話しているのは私です……」

その事に驚いた訳でもなく、むしろ邪魔をするなといった様相で彼女を睨みつける悠陽。

『無礼は承知の上です姉上……ですが、これだけは言わせて頂きたい』
「……良いでしょう」
『有難う御座います……先程、沙霧大尉は彼の者達を奸臣と仰りました。それから腐りきっているとまでも……確かにそれは、否定できない事実でありましょう』
『そうだ……このままでは殿下の御心と国民は分断され、遠からず日本は滅びてしまうと断言せざるを得ない!……だから私は奴らを斬ろうとしたのだ!!』
『どうしても、そうせねばならないのですか?』
『それが必要とあらば仕方は無い……既にその覚悟は出来ている』

まるでその鋭い眼光が、彼女を射ぬくかのように向けられている。
怒り、悲しみといった感情のこもったその眼は、彼の覚悟の表れなのだろう。

『そこまで国や民を……そして殿下を想う貴方が、何故彼らを斬らねばならないのです!貴方の言う彼らも、殿下の大切な民なのですよ!?如何して……何故それらを想う殿下のお気持ちを理解して差し上げようとしないのです!!』
『っ!!』
『確かに彼らのやって来た事は、許されない事かも知れませぬ。だからと言って私は、彼らを斬ることが許される道理になるとは思えない……彼らもまた、我らと同じなのです!過ちを犯す事もあれば、人の道を外す事もありましょう……それを正す方法は、何も大尉殿が行おうとした方法以外にもある筈です!!』

冥夜の心からの叫び……それは悠陽の想いと同じと言っても過言ではなかった。
かつて彼女は、一緒に居る事が出来ないならば、せめて心だけでも悠陽と共に在りたいと願っていた。
今まさに、二人の心は共に在ると言ってもよいだろう。

『……』

彼女の想いに対し、返す言葉が見つからない……それほどまでに沙霧の心は揺れ動いていた。
確かに彼女の言うとおり、自分が奸臣と罵った者たちもこの国の民であることには違いない。
一歩間違えていれば、自分は殿下の大切な民達を斬り捨てていた事になる。
それに気づかせてくれた冥夜に対して感謝の気持ちを述べたいところだが、そう簡単に割り切れるほど単純なものでもない。
民の意志を代弁して、事に当たろうとしていた自分は間違っていたのだろうか?
しかし、彼らの行いを許す事は出来ない。
どちらが正しく、そして間違っていたのか……心の中に相反するそれらの感情が、葛藤となって湧き上がってくるのが感じられる。

「この国を想うそなた達の気持ち……この悠陽、感服いたしました。私は、本当に良い家臣に恵まれたものです」
『殿下……?』
『姉上……?』
「日本の行く末を憂うそなた達の想いを受け、私もより一層の尽力を惜しまぬ所存です。ですからそなた達も、私に手を貸して欲しいのです……お願いできませんか?」

二人に向け、頭を下げる悠陽。

『それを拒む理由が何処にありましょう……私の想いは、常に姉上と共に在ります』
「……ありがとう、冥夜」
『……私は……承服しかねます……』
『沙霧大尉!?』

悠陽は、彼のその一言に落胆の表情を浮かべる。
逆に冥夜は、怒りを露わにしていた。

『何故です!何故貴方は殿下の御心を理解しようとしないのですか!?』
『……』

彼からは何の反応も返って来ない。
ここまで来て、何故彼は姉の想いを理解してくれようとしないのか?
何としてもそれを彼に理解して貰いたい……その一心で冥夜は、更にこう言い放つ。

『容易い事ではないことは、重々承知しています!……ですが、先ずは動かない事には何も始まらないでしょう!!』
『……うぅッ』

その言葉に対し、沙霧は何も言い返さない。
それどころかモニター越しに見える彼は、苦悶に満ちた表情を浮かべている。
先程までのやり取りに対し、苦悩の色を浮かべているのかとも受け取れるが、それにしては様子が変だ。

『……大尉殿?(何だ?……ノイズ、いや、無線が混線しているのか?)』

彼の様子が変わった直後、通信機からノイズの様な物が流れていることに気付く冥夜。
他の回線と混線でもしたのかと考えた彼女だったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
沙霧は頭を押さえながら何かに抗うような素振りを見せ、更に苦しみだしている。

『グッ……逃げ……早く……』
『えっ?』

苦悶の表情を浮かべ、何とか声を絞り出す沙霧。
ただの頭痛にしては明らかに異常と取れるその様子を見た二人は、ただ彼を心配することしか出来ないでいる。

「如何したのです沙霧?」
『殿下、御剣と共に……早くお逃げ下さい!……グッ、頭が……』

徐々に息遣いも荒くなり、更に苦しそうな表情を浮かべる沙霧。

『沙霧大尉、一体如何なされたのです!?』
『私に構うな!このままではッ……グアァァァ!!』

彼は大声をあげて叫んだ直後、まるで糸の切れた操り人形のように脱力し、そのまま動こうとしない。
その直後、モニターにノイズの様な物が走り、通信が途切れてしまう。

『しっかりして下さい大尉殿!』
「沙霧!返事をするのです!!」

必死になって彼を呼び続ける冥夜と悠陽の二人。
そのまま何度も彼の事を呼び続けていたが、一向に沙霧からの反応は返って来ない。
このままではいけないと悟った二人は、彼の元へ駆けつけようと試みるが、その時になってようやく彼が反応を示した―――

『……聞こえています』

通信も回復し彼の様子が見れたことで、心配していた彼女達は一先ず安堵の表情を浮かべる。
何かの発作のようにも思えたが、とりあえずは落ち着いたという事だろう。
だが彼は、ずっと下を向いたままこちらを見ようとせず、それ以上の反応を示さない。

「沙霧……?」
『大尉殿……?』

その時冥夜は、なにやら妙な感覚に囚われていた。
彼の無事を確認し、ホッとしている筈なのに得体の知れない何かがそれを拒絶しようとする。
まるで自分の第六感とも呼べるモノが、目の前の彼は危険だと告げているような気がするのだ。

『……フッフッフ……そうだな。貴様の言うとおり、先ずは動かない事には何も始まらん……』

彼のその一言に、何故か恐怖すら感じる。
悠陽の願いを理解したと言うよりは、まるでそれらを否定するかのような口調。
その一言を聞いた直後、背中に悪寒の様な物が走ったような気がした。
額から汗が流れ落ち、見えない何かに恐怖するような感覚が付きまとってくる。
それらを払拭し、もう一度彼に呼びかけようとした刹那、自分の感じる不安がついに形となって彼女の前にその姿を現す。
突如として前方に居た彼の不知火が、長刀を引き抜きこちらに向けて突っ込んで来たのだ。

『そうだ……この国に巣食う害虫どもは、全て駆除せねばならん!そして、それを庇う者も全て、我らの敵だッ!!』

こちらを見据え、そう言い切る沙霧。
眼は血走り、焦点が定まっていない。
その表情は先程までと打って変わり、敵意をむき出しにした形相は悪鬼羅刹と見紛う程のものだった―――

「な、何を……」
『たとえ誰であろうと、我らが悲願の邪魔はさせん!邪魔する者は、死あるのみ!!』

その一言を最後に通信は途切れ、コックピット内に敵からロックされた事を示すアラームが鳴り響く。
このままでは相手に斬られる……そう確信した冥夜は、背部から長刀を引き抜き、彼の斬激を受け止める。

『おやめ下さい大尉殿!』
『邪魔をするなッ!』

咄嗟の事ではあったものの、何とかそれを受け止めることに成功した冥夜。
鍔迫り合いとなった状態で彼の説得を試みるものの、相手はそれを聞き入れようとはしない。

『おのれ!乱心したか沙霧 尚哉!!』
『乱心などしていない!先程も言った筈……邪魔する者は、死あるのみだッ!!』

火花を散らす二振りの長刀……今は辛うじてそれを防げてはいるものの、相手は単機でF-22Aを撃墜出来るほどの兵だ。
このままでは、力の差で押し切られるのも時間の問題だろう。
そう悟った彼女は、一先ず悠陽に後退を即すが、彼女はそれを受け入れようとはしない。

『お願いです姉上、私が時間を稼いでいる内に……早くッ!!』
「で、ですが……」

悠陽の逃げる時間を稼ごうとする冥夜。
しかし、突然の出来事に対して戸惑っているのだろう。
それ以前に、彼女が冥夜を置いて逃げることなどできる筈が無い。
ここで彼女を残し、自分だけ逃げてしまえばきっと後悔する事になる。
そんな想いだけはしたくないのだ。

「おやめなさい沙霧!今直ぐに剣を引くのです!!」
『断るッ!』

彼は、悠陽の言葉にすら耳を傾けない。
そんなやり取りを続けている最中、力では押し切れないと悟った沙霧は、剣を振るっていた力を弱め後ろへ一歩下がる。
その一瞬のやり取りに冥夜の吹雪は、重心がずれ若干前のめりになるようにバランスを崩してしまう。
即座に体勢を整えようとするが、相手がそんな隙を見逃す筈も無い。
沙霧は上体を下げ、そのまま彼女の吹雪に体当たりを仕掛ける。
それらをかわす事の出来ない冥夜は、そのまま悠陽の乗る烈火の下へと吹き飛ばされてしまう。
縺れ合うようにその場へと倒れこむ二機の戦術機……これでは良い的だ。
今から起き上がり、反撃を試みても到底間に合わない。
意を決した冥夜は突撃砲を乱射し、先ずは相手の突進力を奪う事で時間を稼ごうとする。
だが、相手は帝都の守りを務める精鋭中の精鋭だ。
直撃を避けるため、ただ単に弾をばら撒いているだけの攻撃では容易く回避されてしまう。
彼女は迷っているのだ……ここで直撃させてしまえば、間違いなく相手はただで済む筈は無い。
これが人相手ではなく、BETAならば話は違っていただろう。
相手を討てないと躊躇している彼女を、まるで嘲笑うかのように接近する黒い影。
彼女は、どうしても彼を敵と認識できないのだ。

『やめろ……やめてくれぇぇぇ!』

コックピット内に木魂する少女の悲痛な叫び。
迷い、恐怖などといった様々な感情が、己の中で葛藤しているのが解る。
しかし彼女は、その場から動く事が出来ない。
ならば、せめて悠陽だけでも……この身に変えてでも彼女だけは護らねばならないと、姉の機体に覆い被さる。
そして、その直後に響き渡る鈍い金属音。
何も出来ぬまま、自分は相手に斬られてしまったのだと思っていた―――

「何やってるんだ!死ぬ気かこの馬鹿野郎!!」
『えっ……?』

恐る恐る前を見た彼女の眼に映っていたもの……それは月明かりに照らされ、眩い輝きを放つ白銀の機体。
それが自分の想い人だと気付くのに、そう時間は掛からなかった―――

『タケル……なのか?』
「ここは俺に任せて早く下がるんだ冥夜!」

長刀で沙霧の攻撃を防ぎながら叫ぶ武。

『な、何故……何故この機体に私が乗っていると?』
「やっぱり冥夜だったか……こう見えてもお前との付き合いは長いからな。さっきのブリットとの会話、あいつにしちゃ妙に畏まり過ぎてると思ったんだ……他人の物真似をするんなら、お前はもう少し砕けた言葉遣いを覚えないとな」
『そ、そなた!鎌を掛けていたのか!?』

彼女が驚くのも無理はないだろう。
先程のブリット達との会話……彼は、どうもその時の違和感が拭えなかった。
モニターに映っていた彼らは間違いなく本人そのものであり、何も考えずに会話を続けていたならば気付かなかったかも知れない。
だが、彼は一度似たような事を経験している。
かつて彼は、桜花作戦において夕呼の策により、他の仲間を演じた冥夜に騙された事があるのだ。
騙されたなどと言っては、自分を生かすために散っていった仲間の行為を侮辱する発言かもしれないが、完全に欺かれていた事には違いない。
当時の武は仲間を失う事に恐怖を憶え、PTSDを再発してしまう恐れがあった。
作戦成功のためには、何としてもそれを阻止せねばならない。
それを危惧した夕呼は、彼に内緒で機体のシステムに細工を施していたのだ。
今回それに気付けたのは、その記憶が在ったからにこそ他ならない。
この様な所で似たような手口を使われるとは思いも寄らなかったが、そのお陰で間一髪冥夜を救うことが出来た。
かつての仲間と自身の記憶に感謝すると共に、彼は状況を今一度確認するために行動を開始する。

「いつの間にブリットと入れ替わってたのか知らねえけど、今はそんな事どうでもいい……沙霧大尉!一体何のつもりです!!」
『貴様も邪魔をするか……ならば斬るのみッ!!』
「クソッ、冥夜!一体何があったんだ!?」
『解らぬ……大尉殿が急に苦しみだしたかと思えば、いきなり我らに襲い掛かってきたのだ……』
「チッ……止めてください大尉!今は俺達が争っている場合じゃないでしょう!?」
『目障りだ……あくまで邪魔をするというのなら、貴様も一緒に死ぬがいい!』

彼の反応は、冥夜達の時と変わらない。
まるで何かに操られているかの如く、障害を排除する事のみに執着している様子だ。

「そう簡単にやられる訳には行きませんよ!訳を話してください!!」
『五月蠅いッ!貴様などと話す舌を持たん!!』

冷静沈着ともいえる彼にしては、真逆とも取れる態度。
激高して我を忘れてしまっているかのような彼の行動に対し武は、なおも言葉を続ける。

「ふざけるなッ!今はこんな事をしている場合じゃないだろう!!」
『黙れッ!我らが悲願を邪魔する者は、例え殿下であろうと斬るのみッ!!』
「な、なに……?」

武は自分の耳を疑った……今この男は、自分に向けて何と言い放ったのだと―――

「何を言ってるんですか大尉!そんな冗談、笑えないですよ!!」

先程の沙霧と同様の手段を用いて、相手との距離を取る武。
しかし彼は、冥夜と同じ様に吹き飛ばされるものの、跳躍ユニットを器用に扱い体勢を崩すことなく着地。
距離が開けたとみえた武は、長刀を地面に突き刺し両手に突撃砲を構え乱射。
弾幕を形成しながら、冥夜達が体勢を整える時間を稼ぐ。

『タケル……大尉殿は本気だ。本当に私ごと姉上を斬ろうとしたのだ……』
「ち、ちょっと待て……一体それはどういう意味だよ!?」
『烈火に乗っているのは、ブリットではない……姉上なのだ……』

またもや耳を疑いたくなるような発言だ。
その一言で一瞬気が動転してしまいそうになるが、今はそんな事を言っている場合ではない。
だが、気にならないといえば嘘になる。
悠陽はシャドウミラーと思われる者達に攫われた筈だった。
その彼女が、今この場に居て、いつの間にか烈火に搭乗している。
という事はつまり、あの時彼女を攫ったのは、シャドウミラーではないと言う事になってしまう。
では一体誰が彼女を誘拐し、日本全土を巻き込むような事態へと発展させたのか?
そのような恐れ多いことをやってのける人物は、世界広しと言えど一人しか考えられない。
間違いなくこれは夕呼の策略だ……こんな大それた計画を立案し、実行に移すのは彼女しかいないだろう。
最早、騙されていた事に怒りを憶えるどころか、それらを通り越して呆れたとしか言いようが無い。

「……やられた」
『すまぬ……私もついさっき知ったばかりなのだ……』

この際、悠陽が烈火に乗っている事や今回の出来事に夕呼が係わっていることに関しては、後で二人にゆっくり問い詰めることにしよう。
現状で一番の問題として挙げられるのは、突如として彼女達に刃を向けた沙霧についてだ。
あれほど殿下と国民を第一に考えていた筈の男が、事もあろうに悠陽を殺そうとしている。
余程の理由がない限り、彼がそのような暴挙に出るとも思えない。
一体何が、彼をそうさせたのか?
それを冥夜達に問い質そうにも、こちらは沙霧を抑えることで手一杯だ。

「(何故だ?……沙霧大尉がこっちに攻撃を仕掛けてるってのに、何で他の奴等は動こうともしない?殿下が居るって事を知らなかったとしても、俺達に攻撃してる時点で誰かが止めに入るんじゃないか?)」

理由は解らないが、沙霧が攻撃して以降、帝国軍側の兵士は誰一人として動こうとしない。
尤も、現状で彼らにまで動かれてしまっては、こちらはそれら全てを防ぎきることは不可能だろう。
彼らが動こうとしない理由として、沙霧が待機を命じている可能性もある。
だが命令を撤回され、自分を援護するよう彼が命じれば他の者達が襲って来ないとも限らない。

「兎に角ここを離れないと……冥夜!殿下を連れて先に行け!!」
『そ、それが……先程から何の反応もないのだ……』

烈火には、これといった損傷は見られていない。
だとすれば、吹き飛ばされたときのショックで気でも失っているのだろうか?
それほど酷い衝撃にも見えなかったが、当たり所が悪かったとも考えられる。
しかし、この程度で気を失ってもらっては、衛士としては些か問題だろう。
動揺した隙を突かれたとはいえ、戦場で気を失うなど死に直結するような行為だ。
多少イラつきを感じるが、今はそうも言ってられない。
彼は冥夜にそのまま悠陽を呼びかけ続けることを指示し、不利な状況を打開するための策を講じることにする。

「神宮司軍曹、訓練兵達の後退を急がせろ!月詠中尉!悪いがこちらの援護を頼む!!」
『「了解ッ!!」』
「霞!烈火搭乗衛士のバイタルをチェックしてくれ!!」
『わ、解りました』

現時点で、訓練兵達をこの場に来させる訳には行かない。
いきなりの実戦がBETAではなく、人であるなどと言った記憶を与えたくないからだ。
これは武ならではの甘さと言えよう。
兵士は何時如何なる時に戦場へ借り出されるか分からない。
状況によっては、暴徒鎮圧などに出撃せねばならぬこともあるだろう。
だからと言って、いきなりの相手が帝国軍精鋭中の精鋭では分が悪すぎる。
相手が一機に対し、こちらが複数で掛かれば何とかなるのではないか?……などと言った考えは、先ず通用しない。
そもそも対BETA戦は、物量で攻めて来る相手を想定した物だ。
一対多を主眼に置いた訓練が成されている以上、熟練の衛士になればなる程にそれらに関する技量も高い。
場数を踏んでいない彼女達がいくら優れていようとも、経験や実績という力にはどうしても劣ってしまう。
そして、向こうが動き出した場合、真っ先に狙われるのは彼女達の可能性も高くなる。
別に彼女達を侮辱する訳ではないが、兵法において敵の弱点となりうる場所から攻めるのは常套手段だ。
それに彼女達を人質に、悠陽を差し出すよう迫ってくる可能性も否定できないのである。

「いい加減にしろ沙霧大尉!あんたは誰よりもこの国を愛し、そして殿下を崇拝していたんじゃなかったのか!?」
『五月蠅いッ!国連に頭を垂れ、日本人としての心を捨てたような輩にそんな事を言われる筋合いはないッ!!』

気持ちが高揚し、まるで周りが見えていないかのような反応。
一体、彼がこうなってしまった原因はなんなのか?
理由もなく彼が、悠陽に刃を向けるとは思えない。
何らかの理由、もしくは原因になるものが無い限り、彼がここまで豹変するとは考えられないのだ。

「冥夜、殿下は?」
『駄目だ……全く反応が無い』
「霞、バイタルチェックの結果は?」
『脳波に若干の乱れがありますが、心拍数、脈拍共に正常です。恐らく気を失っているんだと思います』
「解った……冥夜、お前は今直ぐ烈火に乗り移れ。その吹雪は、後で俺が回収する……今は兎に角、殿下の安全を優先しろ!」
『わ、解った!』
「月詠中尉は冥夜達と合流後、すぐにこの場を離れてください。俺が時間を稼ぎます……」
『い、いけません大尉!貴方一人を残して、この場を去ることなど我らには出来ません!!』
「……これは命令だ中尉!今ここで、彼女達を失うわけには行かない……直ちに命令を復唱しろッ!!」
『ですが!』

武の命令に対し、真那は納得しようとしない。
彼女は悠陽から直接武と冥夜の護衛を命じられているのだ。
武は命令とはいえ、彼女がそれを素直に聞き入れないであろうことは予感していた。
しかし、そのような事で無駄な時間を浪費する事ができないのも事実。
こうなってしまっては、彼女に現状を直視させるしかないだろう。

「いいか、烈火に乗っているのは冥夜じゃない……殿下だ!俺と殿下の命……どっちが大切なものかどうかぐらい解るだろう!!」
『しかしッ!』

先程から会話の端々で、殿下という単語が出ていた。
その事に関して当初は真那も驚いてはいたが、そのような事を今詮索している場合ではない。
だが、この場に武を見捨てていくような真似が出来るだろうか?
いくら悠陽を護らねばならないとはいえ、彼を捨石にする事など出来はしない。
そういった感情が後ろ髪を惹かれる思いとなり、彼の命令を実行に移すことが出来ないでいるのだ。

「斯衛は何の為に存在している!?何よりも先ず殿下と国民の安全を最優先に考えろ!貴様も斯衛に属する身なら、その意味を履き違えるなッ!!」
『グッ……了解、致しました……』
「軍曹、聞こえていたな!?中尉が殿下と冥夜を確保次第、すぐに207小隊と合流してこの場から離脱しろ!決して反論は許さんッ!!」
『り、了解しました!』

自分でも怖い位に厳しい口調になっているのが解る。
そして真那達も、普段とは違う武の迫力にさぞ驚いていたことだろう……それほどまでに武は追い込まれていた。
こちらから相手に仕掛けることは出来ても、致命傷を与えてしまいそうな攻撃をする事は出来ない。
先程まで補給を行っていた沙霧の機体は、恐らく推進剤も満タンの状態だと考えられる。
当たり所が悪ければそれに引火し、一瞬の内に彼の機体は吹き飛んでしまう。
現状で突撃砲を使用してはいるが、あくまで牽制に用いているだけ。
初めから当てる気など、全く無いつもりだ。
更に粒子兵器であるスライプナーは、使用することが出来ない。
クロスレンジ、ミドルレンジ共に威力が有りすぎるのだ。
よって彼の動きを止めるには、接近戦を用いて行動不能に追い込む以外に無い。
そんな状況で彼女らが周囲に居ては、正直足手纏いだ。
言い方は厳しくなってしまうが、狙いが自分に集中すればその分だけ悠陽の生存率が上がる可能性が高い。
尤もそれらは、沙霧一人を相手にしている状況でのみ言えることなのだが―――

『白銀大尉、殿下と冥夜様との合流が完了しました……』
「彼女達を頼む……」
『ハッ!……武様、御武運を……』
「……ありがとう月詠中尉。それとさっきはすみませんでした……でも、俺はこんな所で死ぬつもりはありません。生きて必ず、皆に追いつきますから……それまで皆を頼みます」
『お任せ下さい。この月詠、我が命に代えても貴方様との約束を果たす所存です』
「……お願いします」

通信を終えた真那は、冥夜達と共にこの場を離れる。
去り際に彼女が見せた表情は、苦悶に満ちていた。
それは自身の不甲斐無さを呪ってか、はたまた苦渋の選択を迫られた事から来るのかは解らない。

「……俺も不器用だよな」

一人コックピットでそう呟いた武は、眼前の敵を見据え、兵装を突き刺しておいた長刀に変更する。

「沙霧大尉……月並みな台詞ですけど、ここは通しません!……ここを通りたければ、俺を倒してから行けッ!!」

彼はそう叫ぶと、右手に長刀を携え沙霧に向けて突貫する。
対する沙霧もまた長刀を構え、武からの初太刀を受けるべく身構えた。
激突する二機の不知火……一方は白銀、もう一方は漆黒。
その光景は、まるで光と闇の戦いと言ったところだろうか?
一合、二合と打ち合いを重ね、一身一体の攻防を続ける二機。

『そのような腕でこの私と張り合おうなど……片腹痛いわッ!』
「クッ!」

時折フェイントを混ぜながら攻撃を続ける武だが、やはり技量と言った面では沙霧に一歩劣ってしまう。
彼に対しては、XM3の機動を用いたフェイントがあまり通用していないのだ。
優位な近接戦闘に持ち込んでいたとはいえ、流石は一対一でラプターを撃墜できるだけの実力者と言ったところだろう。
だが、技量は彼の方が上とはいえ、スペックだけで考えるならば改型もラプターに引けを取らない。
それどころか武の改型は、ラプターの性能を余裕で上回っている。
では何故彼が責めあぐねているのか……これに関しては理由がある。
それは先程挙げた点……すなわち、致命傷を与えかねない攻撃は、彼の命までをも奪いかねないからだ。
何とかして相手の隙を作り、脚部ないし跳躍ユニットを使い物にならない状態に追い込まねばならない。
しかし沙霧は、その隙すら与えてくれないでいる。

「だったら……これはどうだッ!」

武は相手の攻撃を受けきった直後、両手で構えていた長刀から右手を離し、右腕に装備された電磁粉砕爪(プラズマクロー)を展開。
一瞬手を離した事により相手に押さえ込まれる形となるが、それも計算の内だ。
相手がこちらに引き寄せられたことを確認した彼は、そのまま相手の左肩に向けクローを突き刺す。

『その程度の攻撃など!』
「甘いッ!」

相手が油断した一瞬の隙を突き、放電を開始する武。
強化装備には耐電処理が行われており、衛士である沙霧には殆どダメージは無いが、この攻撃で相手の左腕は過剰な電流が流れた負荷により損傷。
これで向こうの左腕は、使い物にはならなくなった。
予想外のダメージを追った沙霧は、一先ずその場から後退。
相手の追撃が無い事を確認すると、損傷箇所のチェックを行う。

『グッ……左腕がやられたか……だがッ!』

沙霧は使い物にならなくなった左腕を即座にパージ、そして何も無かったかのように再び長刀を構える。
武は追撃を行いたかった所だが、この兵装は高出力での使用直後にはどうしても硬直が発生してしまうため身動きが取れなかったのだ。
そして先程の攻防の際、自分も肩部の高機動ユニットにダメージを受けていた。
ユニットがあったお陰で腕はやられていないものの、このダメージではスラスターは使い物にならないだろう。

「やっぱり無理が有りすぎたか……だけど、向こうの左腕は無くなった。これである程度動きは制限される筈……」

片腕しかない戦術機が兵装を持ち変えるには、一度手持ちの武装を投棄せねばならない。
突撃砲はマウントしたままでも発射することは可能だが、射角が制限されてしまうため使いどころも難しいだろう。
となれば、相手は長刀をメインに戦うしか方法が無い。
一番理想的なのは相手の突撃砲も使用不可能にしてしまうことだが、背部にマウントされているそれを正面から破壊することは困難だ。
それに当たり所が悪ければ、背後からコックピットを斬り付けてしまいかねない。
破壊するには、相手が突撃砲を前方に展開した際に行うしかないだろう。

『何故だ……何故貴様は我らの邪魔をする……』

不意に開かれる通信……相変わらず沙霧の表情は、鬼気迫るものがある。

「殿下は、あの人はこの国にとって掛け替えの無い人だ!そして、あの人は俺の恩人でもある……恩人を助けるのに理由なんて必要ないだろうッ!!」
『グッ……だが彼女は、この国の奸臣とも呼べる害虫どもを助けようと……しているのだぞ!?』
「それの何がいけない事なんだ!?民を護りたいと願う彼女の気持ち……あんただって解ってる筈だろう!!」
『……それが、この国を滅ぼし兼ねんのだ……うぅ……白銀よ、貴様も日本人ならば……今の日本の現状を捨てておく事など……』
「……沙霧大尉?」

先程まであれほど怒りを露にしていた沙霧の表情が、一変して何かに抗おうとしているような素振りを見せている。
よくよく考えてみれば、彼と相対した時から様子が変だった。
冥夜に理由を問い質した時もそうだ……急に彼は豹変したという。

「(急に様子がおかしくなったって言ってたよな……まさかッ!?)」

彼女との会話を思い出したことで、彼はハッとした。
戦術機に搭乗する衛士を急変させるものが一つだけ存在している……それは催眠暗示キーだ。
かつて自分もそれによって気持ちが高揚し、命令を無視してBETAに戦いを挑んだことがある。
それを使えば、外部からの遠隔操作で彼に悠陽を討つよう指示ができてもおかしくは無い。

「しっかりして下さい大尉ッ!」
『うぅッ……黙れ、黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!』

彼の呼びかけに対し、頭を押さえながら反論する沙霧。
武は確信した……間違いなく彼は誰かに操られている。
そして先程見せた表情は、それに打ち勝とうと抵抗しているからなのだろう。
だが、後催眠暗示によって操られているのであれば、簡単にそれを解除することは出来ない。
悠陽の事を引き合いに出しても落ち着かないところを見る限り、恐らく興奮剤も投与されているだろう。
そんな状態では、例え行動不能に陥らせたとしても問題は解決しない。
相手を昏倒させでもしない限り、時間も稼げないと考えられる。
ならば今の武に出来ることはただ一つ、彼の機体を行動不能に追い込むと同時に気を失わせられるだけの衝撃を与えればいいのだ。
かなり分の悪い賭けだが、これ以上時間を要してしまうと沙霧の部下が動き出さないとも限らない。
そういう結論に至った武は、彼の目を覚ますべく行動を開始する―――

「―――大尉、今から貴方の目を覚まします。多少の痛みは我慢してください……」
『笑止な事を言う……やれるものならやってみろッ!!』
「……行きますッ!!」

沙霧の不知火に向けて跳躍を開始する武。
対する彼は、その場から動こうとせずに武の攻撃を受け止めるつもりだ。
当然最初の一撃は、鍔迫り合いとなってしまう。
だが武の機体が両腕で打ち込んでいるのに対し、沙霧は片腕……性能面から見てもパワーは改型の方が上だ。
このまま押し切り、相手の右腕を使い物にならなくすれば断然こちらが優位になる。
そう考えた武は操縦桿に力を込め一気に押し切ろうとするが、突如展開された突撃砲によってそれが阻まれた。
この位置では直撃を受けてしまうと悟った武は、一先ず後退……着地後に相手の左側面に回り込むべく操縦桿を巧みに操作する。
しかし次の瞬間、彼の目の前に飛び込んできたものは沙霧の機体ではなく、先程彼がパージした左腕。
沙霧は足元に転がっていた左腕を蹴り上げ、武目掛けて飛ばしてきたのだ。

「クッ、器用な真似しやがって!」

悪態を吐きながらそれを長刀で横に払う武。
だが、それこそが沙霧の狙いだった―――

「な、なにッ!?」
『掛かったな……』

不知火の左腕によって防がれていた視界から、突如として沙霧の機体が飛び出す。
咄嗟に長刀でその攻撃を受け止める武だが、勢いに乗ったその攻撃は受け止めきれる物ではなく、逆に長刀を弾かれてしまった。
更に沙霧は、その勢いのまま武にショルダーチャージを加え、彼の機体を後方へと吹き飛ばす。
何とか着地することに成功した改型に損傷は見られないが、こちらの体勢は崩れてしまっている。
それを見逃すほど相手も間抜けではない……長刀を構え、更なる追撃を仕掛ける沙霧。

『貰ったぁぁぁッ!』
「不味いッ!」

吹き飛ばされた衝撃で長刀を手放している彼は、現状で彼の攻撃を防ぐ手段が見つからない。
短刀ではあの勢いを受けきることは先ず出来ないと悟った彼は、咄嗟に目に入った物を掴み、それを一気に引き抜く。
周囲に響き渡る金属音、そして地面に何かが落下する音。

『な、なんだと……!?』

沙霧は、何が起こったのか理解できていなかった。
確実に相手を仕留めきれると思っていた一撃……それを阻まれたことも驚きだが、何よりも驚かされたのは自分の長刀が真っ二つに折れてしまった事だろう。
いや、正確には折れたのではない……鋭利な何かで切り裂かれたのだ。
彼の長刀を真っ二つに切り裂いた何か、それは置き去りにされた吹雪の背中にマウントされていたシシオウブレードだった。

『一体なんなのだ、その長刀は……』

一先ず沙霧は武から距離を取り、驚愕の表情を浮かべながら先程の事態を理解できないでいた。
耐久力の落ちた長刀ならまだしも、ほぼ新品同様といえるそれが恐ろしいほど綺麗に切り裂かれている。
スーパーカーボン製の長刀を両断できるほどの兵器など、かつて自分は見た事が無い。
それが彼の正直な感想だった―――

「ブリット……確かにお前からの恩返し、受け取ったぜ!」

彼の言葉に反応するかの如く、月明かりに照らされたそれは淡い光を放っていた。
当のブリット自身、まさかこのような形で彼に恩を返す事になろうとは思ってもいなかっただろう。
まさに紙一重と呼べる状況の中、九死に一生を得たとはこの事といえる。
態勢を整えた武は正眼にそれを構え、沙霧を見据える。
相手は動揺している……ならば今しか付け入る隙はない。

「行くぞ、シシオウブレード!……俺に力を貸してくれッ!!」

武は再び沙霧に向けて跳躍を開始、先程の出来事から立ち直れていない彼の反応は鈍い。
行けると確信した武だが、予想以上に相手の立ち直る時間は早かった。
折れた長刀を構え、武の一太刀を受け止めようとする沙霧。
偶然とはいえ、さっきはそれを斬ることが出来た。
ならばこの剣を受け止めることは不可能の筈……そう踏んだ武は更に加速し、改型の全体重を乗せた一撃を彼に見舞おうとするが、沙霧の投げ付けて来た長刀によりそれを阻まれる。
その攻撃で右肩のスラスターが損傷するが、もう止まれない。
多少勢いは弱まったが、このまま押し切るつもりなのだ。

「一意専心ッ!うぉぉぉぉぉッ!!」

戦場に木魂する戦士の咆哮。
まるでブリットが乗り移ったかのようなその叫びは、改型に更なる力を与えているようにも感じられる。
回避するしか方法がないと悟った沙霧は、慌てて跳躍を開始しようとするが、彼の咆哮によって体が硬直したように動きが鈍い。
ようやく地面から足が離れたのは、彼がシシオウブレードを振り下ろし始めた直後だった。
腰の辺りから斜めに両断される沙霧の不知火。
だが、武の攻撃はまだ終わらない。
彼は再び電磁粉砕爪を展開し、先端部分を沙霧の不知火目掛けて打ち出す。
回避もままならない沙霧の機体は、それらに絡め取られ距離を取ることが出来ない。
そして武は、彼を解放すべく最後の手段を講じる―――

「腕部リミッター解除ッ!プラズマ・ブレイカー出力全開ッ!!」

改型のリミッターを腕部のみ解除し、切り札ともいえる一撃を放つ武。
先程不知火の左肩を損傷させた物とは違い、超高電圧の電流が容赦なく相手に浴びせられる。
下手をすれば沙霧に致命傷を与えかねない程の威力だが、迷ってはいられなかった。
だが武は、彼を殺す気など無い……電流を流すのはほんの一瞬、この衝撃で彼を昏倒させる事が目的だったからである。
時間にしてほんの数秒ほど、要するに彼はこの兵装をスタンガンとして応用したのだ。
これで彼が気を失ってくれなければ、全ては水泡に帰す。
この兵装は、リミッターを解除せねば最大出力で使用することは出来ない。
それ以外にも機体に過負荷を掛けすぎるという点から、滅多な事での使用を禁止されていた。
いわばこれは、諸刃の剣とも呼べるシロモノだったというわけだ。

「……沙霧大尉」
『……』

彼からは反応が返って来ない……死んではいないと思いたいが、今更ながらにやり過ぎたと武は後悔していた。
だが、迂闊にその場で彼の安否を気遣っている余裕も無い。
傍から見れば彼の行為は、帝国軍部隊の将兵を撃墜した事に他ならないからだ。
状況が状況だけに、その場に居るほかの帝国軍兵も黙ってはいないだろう。
そしてこの状況において、沙霧一人だけが操られていたとも考えられない。
彼を操っていた何者かが、帝国軍兵をけしかけて来ないとも限らないのだ。

「……何故仕掛けて来ないんだ?」

しかし、彼の予想は大きく外れてしまっていた。
沙霧の部下達は、隊長がやられたにも拘らず静観を決め込んでいる。
まるでこちらに対し、全く興味が無いと言わんばかりの光景だ。
仕掛けて来ないならば、それに越したことは無い。

「……すみません沙霧大尉」

未だ倒れている彼に対し、礼を捧げる武。
沙霧をこのままにして行くのは正直心苦しいが、救助は帝国軍に任せる他無いだろう。
このままでは埒が明かないといった理由から彼は、先に退避させた仲間と合流しようと考える。
だがそれらの考えは、一瞬にして困難なものへと変貌してしまった。
これまで全く反応の無かった帝国軍兵達が、一斉に武の方に向き直ったのである―――

「やっぱり彼らも操られていたって事かよ……」
『フッフッフ、流石だね白銀大尉。まさか君がここまで出来る男だったとは、思いも寄らなかったよ……』
「誰だッ!?」

不意に聞こえてくる耳に覚えの無い声……モニターに『Sound only』と表示されていることから、音声のみの通信なのだろう。
顔は見えないが、その言動からは冷淡さや人を侮蔑したような態度が感じ取れる。

『誰だと問われても答えようが無いな……どうしても私の事を呼びたければ『ジョン・ドゥ』とでも呼びたまえ。ちなみに階級は大佐だ……もっとも憶えてもらっても、君にはすぐこの世から消えてもらうつもりだがね』

武は平然とした口調で物騒なことを言う男だと考えていた。
この世から消えてもらうつもりという事は、間違いなくこの場から自分を逃がすつもりは無いという事だろう。
だからと言って、そんな事に一々驚いてはいられない。
彼は相手に対し、皮肉を込めた一言を返す。

「英語で身元不明の死体?いや、名無しの権兵衛か……どっちにしても人に誇れるような名前じゃねえな」
『そう邪険にあしらわないでくれないかね。先日、君達に壊滅させられた前線基地の礼をと思ってわざわざこちらから出向いてきたというのに……』
「……ということは、あんたはシャドウミラーの人間か!?」
『ほう、我らの事を知っているか……そういえばあの裏切り者達は、君達と共に行動しているのだったな』
「何故こんな事をする?……お前達シャドウミラーの目的は一体なんなんだ!?」
『私が素直に答えると思うかね?……と言いたい所だが、冥土の土産に教えてやろう』
「闘争が支配する世界を作る……ってのは知ってる。俺が聞きたいのは、何故沙霧大尉達を操り、殿下を殺そうとしたのかだ!」

わざと相手の話の腰を折り、相手を牽制する武。
だがジョン・ドゥと名乗った男は、それらを全く気にしていない様子だ。

『君が言ったことも理由の一つだが、我らが世話になっている国は、どうしてもこの国に介入したいらしくてね。その手助けのために彼らを利用させてもらったというわけだ……尤も彼らはただの捨石でしかなかったのだがね』
「なんだと……?」
『彼らがクーデターを成功させ、帝都が未曾有の危機に陥ればそれを阻止しようとする者が現れる。差し詰め今回の話に当て嵌めるとするならば、横浜の牝狐ということになるな。本来ならば、彼らを説得しようと将軍が接触した際に事を起こすつもりだったのだよ』
「それを夕呼先生に邪魔された……だからお前達は、ここで殿下を殺害しようと試みたって訳か?」
『残念だがそれは違う……結果的にそうなってしまったが、我らの目的は将軍ではなく影武者の始末。双方共に始末しないことには、計画は成功しないという事だったのでね』

彼のいう影武者……すなわちそれは冥夜のことだ。
その一言に驚いた武ではあるが、それと同時に今回の裏に崇宰が居るであろう事を確信する。
彼にしてみれば、たとえ悠陽が死んだとしても冥夜が生き残っていれば事を上手く運べない。
前回の世界では既に冥夜は死亡しており、悠陽を葬り去ることで何の障害も無しに将軍の座へと辿り着けた。
だが冥夜がいれば、彼女が後を引き継ぐ可能性も否定は出来ないということなのだろう。

『それにしても彼には失望したよ……折角帝都で行動を起こしやすいようにとお膳立てまでしてやったのに、事もあろうか将軍に説得され己の信念を枉げようとするなど……』
「まさか、帝都の部隊が行動不能に陥ったのはお前達のせいなのか?」
『この世界の機動兵器に搭載されているデータリンクシステムを用いれば、それくらいの事は朝飯前という奴だ。そしてそれを利用すれば、今の彼らのように人を操るのも非常に簡単なのだよ。だから君の取った行動は正しい。システムの介入を受けないようにするには、機体のメインコンピューターを損傷させるか、頭部ユニットを含むセンサーを破壊してリンクを断つ以外に方法は無いからな』
「後催眠暗示じゃないのか?」
『まあ、多少の暗示は掛けてあるとも……彼が頭を押さえ、苦しんでいるのを君も見ただろう?データリンクを介し、ヘッドセットから直接彼の頭に働き掛けていたという訳だ』

淡々と説明を続ける男。
だが、これでどうやって沙霧達を操っていたかが解ったともいえる。
後催眠暗示によるものだと考えていたそれは、システムによるものだった。
という事は、彼らを救うには相手の言った方法を取ればいいだけだ。
問題は、自分一人でそれが出来るかという点なのだが―――

「……良いのか?俺にそんな重要なことをベラベラと話して……」
『言った筈だよ白銀大尉。君にはここで死んでもらうと……さて、そろそろ幕引きと行こう』

彼がそう言った直後、コックピット内に無数のロックオンを示すアラームが鳴り響く。
機体は大して損傷していないとはいえ、肉体には疲労が溜まっている。
回避することは可能かもしれないが、それも時間の問題だろう。

『さよならだ、白銀大尉……やれ!』
「残念だけど、そうは行かない!エクセレン中尉ッ!!」
『はいは~い、お姉さんにお・ま・か・せ・よん』
『何ッ!?』

次々と降り注ぐ弾丸の雨……それらは全て正確に展開している不知火達の頭部を撃ち抜き、一瞬にしてそれらを沈黙させる。
更に言うならばその射撃は、頭部ユニット以外にもデータリンクに必要なセンサー類を全て撃ち抜いていた……しかも、機体を爆破させずにである。

『流石は私、いっその事オリンピック選手にでも転向しようかしら?』
『好きにしろ……すまん、遅くなったなタケル』
「いえ、来てくれるって信じてましたよ。キョウスケ大尉」

上空を見上げながら、彼らに対し受け答えを行う武。
だが、空に居るのはエクセレンだけだ。
レーダーを確認してみるが、周囲には誰も居ない。

「大尉、一体何処から通信を?」
『悪いな、もうすぐ到着する……』
「えっ?」

依然レーダーには何の反応も無い。
だが、一つのセンサーが何か接近するものを捕らえた。

「振動計が反応?……まさかッ!?」

現状で地下からのBETA接近は考えられない。
もしそうだとしても、振り幅が小さすぎる。
まさかとは思いたいが、恐らくそういう事なのだろう。
そしてその直後、大地が激しくゆれ動き、武の眼前に眩い光が地面から噴出される。
それらは地面に大穴を開け、まるで何かを呼び出すために作られた門の様だ。
続けて飛び出してくる大小様々な機体……声の主であるキョウスケを先頭に、二機のアシュセイヴァー、そして腕を組んだ状態で現れる巨大な人型機動兵器……グルンガスト参式である。

「……そんな登場の仕方ってあります?」
『まあそう言うな……』
『俺達も好きでこんな方法を取ったわけじゃない、これがな』
『ちょっとちょっと、相手に気付かれずに接近する方法は、これしかないだろうって納得してたのはどこの誰よ!?』
「……大体予想はしてましたけど、やっぱり発案者はエクセレン中尉なんですね」
『でも、インパクトはバッチリだったでしょ?』
『衝撃を通り越して、呆れられてるのだと思いますです。エクセ姉様』


苦笑いを浮かべるエクセレンに対し、的確なツッコミを入れるラミア。
そんな彼女のツッコミに、無言で頷く一同。
しかし、今は和んでいる場合ではない。
気を引き締めなおそうとする彼らの元に、接近を知らせる警報が鳴り響く。
そして今ここに、ベーオウルブズVSシャドウミラーの戦いの火蓋が切って落とされようとしていたのだった―――




あとがき

第56話でございます。
今回もまた多くは語らないでおこうと思います。
感想、ならびに疑問に思ったことなどは、掲示板の方によろしくお願いします。


追伸、全然関係の無い事なのですが、今更ながらに水樹奈々さんのファンになっちゃいました。
最近の作業用BGMは、奈々様の音楽で統一中です(笑)
お勧めの曲とかありましたら、是非ご一報下さい。
それではw



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第57話 シャドウミラー包囲網を突破せよ
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/03/19 01:22
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第57話 シャドウミラー包囲網を突破せよ




シャドウミラー軍の増援が迫る中、武はキョウスケの指示で先に退避させておいた訓練部隊の下へ向かう事になった。
その理由は敵の狙いが冥夜と悠陽であり、彼女達の安全を最優先に確保せねばならないためである。
合流予定地点は熱海峠インターチェンジ跡、そのまま伊豆スカイライン跡に沿うような形で南下する予定だ。
奇しくも前回と同じルートを使うハメになってしまったが、それならば都合は良い。
それらのルートは、周囲を山に囲まれている事から地形的にも有利だ。
更に言うならば、一度使用した事のある逃走経路という事は、前もってどの地点が危険かという点を踏まえて作戦を立てる事が出来からである。

「現状で最も危険な地点は、やっぱり冷川料金所跡辺りだろうな……」

モニターにマップを表示し、一人そう呟きながら今後の作戦プランを考える武。
回収地点は旧下田市、白浜海岸周辺だと聞かされている。
今のところ障害となりうる場所は、先ほど彼が言ったとおり冷川料金所跡周辺だろう。
前回は悠陽の体調不良もあり、丸野山と岩山の中間地点で停止していたことが切っ掛けで敵に追いつかれてしまった。
だが今回は、その心配も無いと考えられる。
先程合流地点へ向かう事をまりもに伝えた際、彼女が意識を取り戻したとの報告を受けており、彼女自身不調を訴えている訳でもなく、バイタルチェックの結果も良好という事だった。

「……問題なく事を運ぶことが出来れば良いんだけど……ん!?あれは?」

しかし、自分の思うように事が進む筈も無い。
彼は急いで前方に確認された物を拡大表示し、それが自分の見間違いで無い事を確認する。
合流地点まであと少しという所で、彼は進行方向に戦闘と思われる光を見つけてしまったのだ。

「こちらフェンリル1、207小隊応答せよ!繰り返す、207小隊応答せよ!!」

嫌な予感が頭を過ぎった武は、急いでまりもの下へ通信を送るが、返って来るのは耳障りなノイズばかり。

「誰でもいい!応答してくれッ!!」

最悪の事態を想定し、呼びかけを続ける武。
敵の狙いが悠陽と冥夜ならば、追っ手や待ち伏せの部隊が存在することは想定するべきだ。
しかし、追っ手に関してはキョウスケ達が食い止めてくれており、既に合流地点周辺の安全は確保済みだと報告を受けている。
だからといって、暫くは大丈夫だろうと踏んでいた彼の考えは甘いといえるだろう。
だが、合流地点に指定していた場所は、周辺の地形を考えても四方全てから攻め込まれでもしない限り危険は少なかった筈だ。
北側は自分が通っているルートだが、現時点で接敵はしておらず何かが居たという形跡すら見られない。
そして残る三方に待ち伏せがいたとしても、こちら側に戻り湯河原パークウェイ跡を東に進むことで回避が可能だ。
それ以前に敵と遭遇したのならば、こちらに何らかの通信が送られてくるに違いない。
通信を送ることも出来ないほどに事態が切迫しているのならまだしも、まりもや真那達が居る中でそれは有り得ないだろう。

「クソッ、駄目だ……ノイズばっかりで何も返って来ないッ!」

コンソールを叩きつけ、苦悶の表情を浮かべる武。
そんな事をしても無意味だと解っていても、やり場のない怒りとも呼べるそれを吐き出してしまうのは人の性とも言えよう。
そして再び、前方で何かが光るのが見えた直後、コックピット内にロックオンを告げるアラートが鳴り響く。

「ロックされた!?」

自分の視界には何も見えていない……ということは、長距離からの砲撃ということも考えられる。
咄嗟に彼はブーストをカットして回避行動を行おうとするが、下手に動けば直撃を受けてしまう可能性も高い。
だが、このまま進み続けていればいいように狙い撃ちにされるだろう。
勘に頼るなどといった行動は命取りに繋がるが、そうも言っていられない。
そう判断した武が回避を選択した次の瞬間、改型の左側面を無数の閃光が通り過ぎた―――

「上空からの攻撃!?」

右側への回避を選択したのが功を奏したが、想定外の場所からの攻撃に動揺を隠せない。
すぐさまレーダーを確認した彼は、表示されたデータによって更に驚かされる事となる。

「……該当データ無しだって!?」

センサーは動く物体を捕らえているが、それらは全てunknownと表示されている。
そしてunknownは自分の目線ではなく、遥か上空から彼らを攻撃してきたのだ。
すなわちそれらは戦術機ではなく、空を飛ぶ何か……光線級の出現により、この世界からは既に失われた戦闘機と呼ばれる物達だった―――



一方、武達よりも先に合流地点へと到着していた207小隊の面々は、謎の部隊による襲撃を受け騒然としていた。
叢雲改型のレーダーには無数の赤い光点が表示されており、前方への道は塞がれ左右以外への退路も砲撃によって断たれている状態だ。
反撃に転じ、活路を見出したいところだが、相手からの砲撃は止む気配すらない。
敵が戦術機の兵装を上回る射程を持っていることから、恐らく相手は戦車と考えるべきだろう。
一般的に知られている戦車は、55口径120mm砲を装備した対BETA戦仕様の2A7Iだ。
しかし、表示されるデータはunknownと記されており、該当する機体が存在しない事を表している。

「各機、そのまま山陰を盾にしつつ、砲撃の合間を縫って応戦しろ!だが、決して不用意に頭を出すな。狙い撃ちにされるぞッ!!」
『『「り、了解ッ!」』』

一先ずまりもは、訓練兵達に山影へと後退するよう指示を出し、様子を窺いつつ彼女達に応戦させている。
訓練兵達も彼女の口調がいつも以上に厳しいことから、指示に従わない事がどういった結末を迎えるかという事に気付いたのだろう。
だが、敵も待ってはくれない……迎撃の手がゆるいと感じたのか、徐々にこちらへと距離を詰めてくる。
射程外の敵機への応戦は不可能に近いが、近付いて来るものに関してまで対処しないでいればこちら側は良い的だ。
ついに彼女達は、初の実戦を経験してしまうことになったのである。
しかし、応戦している彼女達の動きは、明らかにいつもより動きが鈍い。
初めての実戦ということも理由の一つだが、彼女達にとって一番の問題は相手が自分達と同じ人間だと認識していることにあったのである―――

『何故こんなことに……』
『榊、三時方向!』
『クッ!』

敵機に向け36mmを発射する千鶴だが、その攻撃は相手の手前に着弾する。
攻撃を受けたことにより敵機は後退するが、とりあえず時間が稼げた程度にしかならないだろう。
彼女は人を相手に引き金を引くことに躊躇し、以前武に指摘された点を忘れてしまっているのだ。

『何やってんの?トリガーを引くタイミングずれてる……』
『わ、分かってるわよッ!』

今はまだ辛うじて敵を近づけてはいないが、懐に入られてしまうのも時間の問題だろう。
そして、この様な状況に陥っているのは彼女だけではない。
壬姫、美琴の両名もまた、直撃させてしまえば人の命を奪いかねない事実に苦しんでいた。
特に彼女達は、応戦するよう指示を受けているにも拘らず、先程から一発の銃弾も発射してはいない。
現状ではラトゥーニとアルフィミィの二人がフォローしているが、このままではいずれ追い詰められてしまうだろう。

『壬姫、美琴、二人とも応戦して……』
『で、でも……』
『私とラトゥーニの二人だけでは、手が足りませんの。お二人にも頑張っていただかないと……』
『そんなの無理だよ……だって、向こうの戦車には人が乗ってるんだよ?』

彼女達は日頃から人で無いモノ……すなわち、BETAと戦うことを念頭に訓練を重ねている。
ここに来て、それが仇となっているのだろう。

『不味いッ!アルフィミィ、そっちに一機向かった!!』
『了解ですの』

攻撃の隙を突き、岩陰を盾にするようにしながら美琴たちの方へ回り込む敵機。
だが、アルフィミィが長刀を引き抜き、落ち着いてそれに対処。
相手の死角から一気に距離を詰め、それを即座に無力化する。

『動力系を潰せば向こうは動けない筈……それに、やらなければこちらがやられてしまいますの』
『そ、そんな……』
『割り切らなければならない事もある……ということですの。こんな所で死ぬ訳にはいかないのは、お二人も一緒でしょう?』
『ボク達だって、こんな所で死にたくなんかないよッ!でも、ボク達はBETAと戦うために衛士を目指してるんだ……人を殺める為にこの道に進んだわけじゃ無いんだ!!』

彼女の言うことは尤もだろう。
平和を望む人々のために、護るべき者のために戦う……それが彼女達の目指すものだ。
人間誰しも、望んで人を殺める術を学ぼうなどとは考えはしない。
特にこの世界では、人類が滅亡に瀕しているだけに衛士を志す者の敵はBETAと相場が決まっている。
だが、全てがそうなるとは限らないのだ。
事と次第、その場の状況によってそういった物の立場は入れ替わる。
いずれ世界からBETAを駆逐できたとしても、その後の世界の覇権を狙って人と戦わねばならない可能性もあるだろう。
もしそうなったとした場合、今の彼女達の言い分は通用しないかもしれない。
戦争という名の現実は、時として人に苦渋の選択を迫る場合もあるのだ。
だからといって彼女達を責めることも出来ないが、このままでは状況が好転する筈も無い。

『確かに貴女達は、BETAと戦うためにこの道を選んだのかもしれない。でも、そんな考えのままじゃ、戦場に出ても生き残れやしない……』
『な、何を言ってるんだよラトゥーニ?』
『一度戦場に出れば、そんな迷いは通用しない。自分の迷いが多くの犠牲を生む可能性だってある』
『そ、そんな……私達が間違っているって言うんですか!?』
『何でそんな簡単に割り切れるんだよ!向こうの機体にも人が乗ってるんだ……人が死んじゃうかも知れないのに、何で君はそんな事が言えるんだよッ!!』
『間違っているって訳じゃない……私達だって、人が死ぬ事に戸惑っていない訳じゃない……でも、ここで私が迷っていたら、失いたくない大事なものまで無くしてしまうかもしれない……そんな思いをするのは、もうイヤなの……』
『私達も喜んでこんな手段を採っている訳じゃありませんの……私達の迷いが原因で、護りたいと願う人までもが巻き込まれてしまっては本末転倒というもの……だから、時と場合によっては苦渋の決断をしなければならないということなのですのよ』

ラトゥーニ達の言葉は、戦争の愚かさや虚しさといったものを経験しているからこそ出てくるものだろう。
しかし残念ながら、壬姫や美琴を含めた207小隊の面々は、これまでにそういったものを経験したことがない。
それだけが理由という訳ではないが、素直に彼女達の言葉を受け入れられないでいた。

『でも……だからと言って、私達は……ッ!ラトゥーニさん!二時方向!!』
『ッ!?しまった!!』

話に集中しすぎたと彼女が気付いた瞬間、敵はほぼ至近距離でリニアカノンの発射態勢に入っていた。
ロックオンを示すアラートが鳴り響かなかったのは、自分を狙っていないからだろう。
このままでは回避が間に合わない……直撃を避けるためには何とかして相手の攻撃を防がねばならないが、その場合は彼女の後方に居る壬姫が巻き込まれてしまう。
その刹那、目の前にいた敵機が何者かの攻撃により撃ち抜かれ、運良くその射線がずれた。
相手の攻撃はラトゥーニ達のいた右側面の岩場に着弾し、爆風と振動で機体が揺れ動く。
彼女は、爆風の影響で視界が遮られている一瞬の隙を突いて敵機に接近。
36mmを用いて攻撃を行い、間一髪で敵機を無力化することに成功する。

『……ありがとう、美琴』
『お礼なんて言わないで……ボクは、ボクは……』

仲間を護るためとはいえ、ついに自分が引き金を引いてしまった事実を受け止められない美琴。
敵機は沈黙しただけで、完全な破壊には至っていない。
だが、一歩間違えれば人を殺めてしまったかもしれない……命を奪ってしまったかもしれないという罪悪感に彼女は押しつぶされそうになっている。

『でも、貴女が助けてくれなければ、私も壬姫も死んでいたかもしれない……』
『そうだけど……そうだけど……クッ』
『鎧衣さん……』

その場に居た三人は、美琴にどう言葉を掛けて良いのか判らない。
下手な台詞は、彼女を余計に追い詰めてしまいかねないからだろう。
しかし、敵は彼女達のそんな心情などお構い無しに攻撃を仕掛けてくる。
そう簡単に状況は好転しそうに無いのが現状だった―――


『ラトゥーニ、やはり敵はシャドウミラーなんですの?』
「さっき上空から攻撃していったのは、ソルプレッサだった。今砲撃してきている機体は、多分フュルギアだと思う……」
『あの方々も、いい加減しつこいですわね……』

今の美琴に下手な言葉を掛けるのは得策ではないと判断したアルフィミィは、秘匿回線を用いてラトゥーニと情報を交換していた。
何とかして打開策を講じないことには彼女達は満足に戦えない。
敵部隊の詳細を知っている事実を明かしてしまえば事を上手く運ぶことが出来るかもしれないが、仲間達にはおいそれと提示出来ない情報も含まれていることが一番の問題だ。
そう言った理由からこの回線を使用しているのだが、現状ではそうも言ってられないだろう。

『この状況を突破する手立ては?』
「……現状の装備、それに今の207小隊の皆の動きでは少し厳しい。フュルギアの機動性は侮れないし、エアカバーにソルプレッサが加わればこちらが全滅する可能性も高い……せめてラプターがあれば、上空からの敵だけでも排除出来るんだけど……」
『無い物強請りですわね……こうなったら私が……』
「それはダメ。確かにペルゼインなら簡単に状況を打開できるかもしれないけど、今ここであれを出したら誤魔化す事は出来ないわ」
『それもそうですわね。なら私と貴女の二人で陽動を仕掛けるというのはどうでしょう?』
「そうしたいのは山々だけど、この機体じゃそれも難しい……確かに敵の特性を知っている分のアドバンテージは他の皆より高いけど、多分神宮司軍曹が許可しないわ」
『あちらを立てればこちらが立たず……あの方も結構融通の利かない人ですものね……』

まりもはそれほど石頭と言われるような人物ではないが、危険性の高い作戦、しかも部下からの立案であればおいそれと承諾はしないだろう。
彼女自身、この二人の実力は十分に承知してはいるが、それでも危険なことには違いない。
やはりここは生き残る事を最優先とし、援軍が来てくれる事を待つしかないようだ。

「出撃前にキョウスケ大尉達から連絡があったでしょ?だから今は、援軍が来てくれるのを待つしかない」
『でも、女性を待たせるのはどうかと思いますの。なるべく早いうちに御越し頂きたいものですわね』

出撃直前、ブリット達を含むC小隊の面々は、キョウスケから今回の件に関する説明を受けていた。
ただし、詳細までは聞かされておらず、時期を見計らって更なる指示を送る事だけが伝えられている。
そう言ったことから、ブリットとクスハがエクセレンに呼び出されたのは、何らかの指示を受けたためだと想像はつく。
それが証拠に彼らは207小隊とは合流せず、代わりに悠陽が冥夜と共に戻って来たのだ。
流石に悠陽を連れて帰ってくるとは思っていなかったが、この点に関しては然したる問題とは考えていない。
恐らくそれらが意味する事は、彼らが敵を食い止めている間に彼女を逃がせという事なのだろう。
だが、自分達だけで彼女を逃がす事は、かなり難度の高いミッションと考えられる。

『あまり考えたくは無い事ですけど、マサキが道に迷っている……なんて事はないのでしょうか?』
「それは、リュウセイやライ少尉も一緒に居るから大丈夫だと思う……」

ラトゥーニは否定しているものの、その表情はやや苦笑いといった様子だ。
確かに考えられないケースではないが、流石にその辺りは他の面々が弁えているだろう。
追撃部隊を抑えているのがキョウスケ達ならば、待ち伏せ部隊の迎撃を担当するのがマサキ達という事が考えられる。
ラトゥーニ達は現状を打開するための方法として、彼らの到着を待っているのだが、それらの事実を知っているのは彼女達二人だけ。
援軍が現れる可能性がある事を知らない者にしてみれば、今置かれている状況は最悪としか言いようがない。

『今は信じて待つしかない……という事ですわね……』
「ええ、だから私達も頑張らないと……っ!?何?」

彼女達が救援を待とうと決めた矢先、コックピット内にけたたましくアラートが鳴り響く。

「各機、散開しろッ!射程外にいる者は、敵ミサイルの迎撃に当たれ!!」

通信機越しに聞こえるまりもの叫び……それは敵が攻撃手段を切り替えてきたことを表していた。
これまでリニアカノンを主軸とした攻撃を繰り返していた敵機だが、山影を盾にしている彼女らに対しては有効ではないと判断したのだろう。
面制圧を行うべく、ミサイルを中心とした攻撃に切り替えてきたのだった。

『神代、巴、戎ッ!お前達はそれぞれ分散して訓練兵達の援護に回れ!私は殿下と冥夜様をお守りする!!』
『『「了解しました!」』』

このままではこちらが圧倒的に不利と悟った真那は、即座に部下に彼女達の援護を命じる。
何とかして相手の出鼻を挫きたいところではあるが、こちら側にそれら全てを相手に出来る余裕も無い。

「(何とかしてこの場を切り抜けなければ……)」

真那が部下に通信を送っている最中、まりもは今一度この場を切り抜けるための策を講じていた。
だが、こちらの手札を有効に活用できるだけの手段を思いつけないでいる。
唯一の対抗手段と呼べるのは、自分の機体に装備されている兵装だ。
しかし、たった一機の長距離攻撃では圧倒的に手数が足りない。
やはり一番の要因として挙げられるのは相手の射程だろう。
火力もさることながら、こちらのレンジ外から飛んでくる砲弾やミサイルを回避し続ける事は困難を極める。
固まっていれば狙い撃ちにされるのは間違いなく、かと言って反撃に転じる術がない。
機動性はこちらの方が上だと考えたいが、もしも万が一集中砲火を受けてしまえば撃墜される可能性は極めて高くなるだろう。
相手側の打ち出す砲弾の初速は、どう見ても通常の戦車とは異なっている。
更にこれだけ周囲が暗いのにも関わらず、敵の攻撃は驚くほど正確だ。
かなり強力なFCSだけでなく、暗視装置を積んでいるだろうという事は容易に想像がつく。
そして第二の要因……これが厄介だった。
敵の第一手は、戦闘機による上空からの攻撃だったのである。
本来この世界において、戦闘機と呼ばれる兵器は既に失われているに等しい。
無論航空戦力が存在していない訳ではないが、その殆どはヘリなどといった物だ。
戦場に光線級が存在しない事を前提とした作戦においては、敵の数を減らすためにそれらがエアカバーに入る事もある。
つまり、前方の敵に集中してばかりいては、先程の戦闘機に背後から狙い撃ちにされる可能性がかなり高い。
まさに万事休すの状態であり、八方塞とはこの事を指すのだろう。
戦域マップを表示させながら打開策を考えているまりもの表情は、まるで苦虫を噛み潰したかのような様子だ。
同乗している霞もまた、何か良い方法は無いかと考えるが、衛士としての道を歩みだしたばかりの彼女には難しい事だった―――

『神宮司軍曹、我々の機体は貴様等の物よりも機動性が高い。我らが前方の敵機の側面に回り込み、各個撃破に当たってはどうだろうか?』

敵の攻撃の間隙を縫ってまりもに通信を送る真那。
何かしらの手を打たないことには、状況は好転しないと判断したのだろう。
だが、そんな彼女の提案を、まりもは素直に受け入れることは出来なかった。

「……その方法も考えていました。ですが、側面に回り込むためには、山岳部を移動せねばなりません……いくら機動性が高くても、相手に気づかれる恐れがあります」
『……なるほど、確かに貴様の言う通りかもしれん。だが、このまま指を銜えて静観している訳にも行くまい?』
「仰るとおりです。ですが、中尉殿の作戦は、下手をすれば貴方方を犠牲にしかねないと愚考します……ここは山影を盾にしつつ後退し、一度白銀大尉と合流すべきだと具申します」
『……』
「更に申し上げるならば、もしも万が一、ここで中尉殿達を失うような事になればこちらの戦力は一気に低下します。その場合、残された戦力のみで脱出ポイントへ向かうのは無謀以外の何物でもありません……」
『……それが貴様の考えならば、我らはそれに従うまでだ。我々はあくまでこの小隊の護衛の任を授かっているにすぎん。指揮権は私ではなく、貴様にあるのだからな』

この時まりもは、真那の意外な反応に驚かされていた。
いくらこの隊に関しての指揮権を持ち合わせていないとはいえ、彼女の方が階級は上だ。
更に言うならば、この場には悠陽も居る……普通に考えるならば、殿下の安全を最優先とすべく反論してくる筈だろう。
彼女なりに何らかの考えがあるのかもしれないが、今はそのような事を詮索している場合ではない。

「……有難う御座います中尉……各機、落ち着いてよく聞け。我々はこのまま山影を盾にしつつ後退、一先ず白銀大尉との合流を果たす……なお、こちらの指示があるまで噴射跳躍は禁止とする。匍匐飛行、または通常歩行のみで後退を行え。以上だ」
『『「了解!!」』』

このまま進軍を続けることは困難だと判断したまりもは、任務遂行のために一番最良と考えられる方法を実行するため訓練部隊の面々に後退の指示を出す。
指示を受けた訓練兵達は、ゆっくりと後退を始めるが敵もそれをみすみす見逃すはずもない。
彼女らが後退を始めた直後、無数のミサイル接近を示すアラートが鳴り響く。
まりもは即座に後退を中止させ、それらの迎撃を命ずるが数があまりにも多すぎる。
撃墜し損ねたミサイルは、自分達に着弾しなかったものの、この攻撃で彼女達の背後にあった谷は崩落してしまった。
これでは噴射跳躍を用いない限り、谷を越える事が出来ない。
彼女達は、完全に退路を断たれてしまう事となった―――

『敵もなかなかやるな……軍曹、やはりここは我らが道を開くしか方法は無い様だ』
「ならば私も援護を行います。後方からの援護に徹すれば、叢雲でも足手纏いにはならない筈です」
『指揮官である貴様が前に出てどうする?貴様は隊を率い、我らの陽動によって空いた穴を一気に駆け抜けろ!……殿下と御剣訓練生を頼む』
「……了解、しました』

いくら指揮権が自分にあるとはいえ、彼女の言っている事は正論だ。
現状でまりもに与えられている任務は、訓練兵達と共に悠陽達を守りつつ、回収地点へとたどり着くこと。
ここで自分が彼女達と共に陽動を仕掛けてしまえば、隊の指揮を執るものは居なくなってしまう。
千鶴に任せるという方法もあるが、流石に今の状況で彼女に指揮権を委ねる事は荷が重い役目だ。
武との合流も遮られ、退路は完全に断たれてしまっている。
だが、そんな絶望的状況においてでも、苦汁の決断をせねばならないのが指揮官という者。
彼女は自分に与えられた責務を全うしようとし、各自に指示を出そうとしたその時だった―――

『その必要は無いッスよ、月詠中尉!陽動なら俺達に任せてくださいッス!!』
『誰だ!?』

突如上空へと飛来する二つの影……月明かりに照らされたその二つの巨人は、鮮やかな青い輝きを反射させ敵の一団へと突き進む。

『アラド・バランガ只今参上ッ!』
『あ、アラドだと?』

突如現れた彼に驚きを隠せない面々。
彼は見慣れぬ機体に搭乗し、敵と遭遇するや否や次々と前方の機体を破壊していく。
随伴するもう一機も、的確なコンビネーションで彼と共に敵機を撃墜し、その動きはまるで野性味あふれる空の主と言わんばかりの光景だ。

『神宮司軍曹、遅くなって申し訳ありません。ゼオラ・シュバイツァー、ならびにアラド・バランガ、只今より207訓練小隊の援護に入ります!』
「なっ?その二機に乗っているのは、貴様達だと言うのか!?」

出撃前のブリーフィングでアラドとゼオラの二人は、夕呼の指示で別任務を与えられると聞かされていた。
まりもは負傷している事などを踏まえた上での処置かと考えていたが、まさかその任務が自分達の救援になるなどとは思いも寄らなかったからである。
そして更に、彼女達の下へと接近する機体がもう一つ。
重厚な外見とは裏腹に、地面を滑空するかのように表れたそれは、明らかに戦術機とは違う様相を醸し出していた。

『こちらは横浜基地特務部隊ベーオウルブズ所属、ライディース・F・ブランシュタイン少尉。香月副司令からの命令で、そちらの援護を行うよう指示を受けた。我々が活路を切り開く……207小隊は、タイミングを見て一気にこの場を脱出しろ!』
「り、了解しました」

次から次へと現れる救援に、正直まりもは混乱していると言っていい。
横浜基地内に存在する特務部隊は、全て夕呼の直轄部隊だ。
恐らく彼の言ったベーオウルブズと呼ばれる物も、A-01に属しているに違いない。
そんな人物と共に、自分の教え子だと思っていたアラドとゼオラが現れた。
それらが更に彼女の混乱に拍車を掛けていると言ってもよいだろう。
だが、今はそんな事を考えている暇は無い。
しかしこれ程の軍勢を相手に、たった三機の戦術機と思われる機体のみで対抗しようというのはあまりに無謀だ。
自分達も援護をしなければならないと考えた矢先、眼前に広がる光景を見た彼女は思わず絶句していた。

『ライ少尉、俺が敵を引きつけます。援護、頼みますよ!』
『任せろ……ゼオラ、お前はアラドのフォローに入れ。敵の殆どがフュルギアとはいえ、機動性や火力は侮れん。先ずは火器を潰し、207小隊の安全を確保するぞ』
『了解しました!』

冷静に戦況を分析し、二人に指示を送るライ。
R-2パワードが敵を牽制し、ビルガーが接近戦を用いて敵を無力化する。
そしてそのフォローにファルケンが入り、アラドを狙う敵が攻撃を行えないよう火器を破壊していく。
異色の組み合わせではあるが、これがなかなかに機能していた。
敵の無駄のない動きに翻弄されていた207小隊の面々にしてみれば、目の前の光景はさぞかし異様だったに違いない。
それ以上に驚かされているのは、アラドとゼオラが乗っているであろう機体だ。
外観は戦術機に酷似しているが、自分達の扱っている機体とは明らかに仕様が異なる。
新型なのだろうという事は想像がつくが、問題はそれに搭乗している衛士が訓練兵だという点だ。
任官すらしていない自分達が、いきなりあのような高性能機を与えられる筈もない。
更に言うならば、その機体を自分の手足のように乗りこなす彼らは、異質以外の何ものでもないだろう。
元々彼らは、他の訓練校から異動という形で207訓練部隊へと配属された。
これまでは通常の訓練兵よりも優れた人物達という目でしか見ていなかったが、ここまで有り得ない光景を見せられてしまっては、それすらも疑いたくなってしまう。

『アラド、それにゼオラ……貴方達は一体……』

前方で繰り広げられる攻防に対し、その様な疑問をポツリと呟く千鶴。
彼女が抱いた考えは、その場に居た訓練兵達全てを代弁するかのようなものだった。

『凄いよあの二人、どんどん敵を撃墜してってる』
『そ、そうですね……』

美琴や壬姫の二人も、彼らの戦い方に魅了されていた。
そのような会話が続けられている間にも、次々と敵機を行動不能に追いやっていくアラド達。
訓練中に幾度と無く見せ付けられたアラドとゼオラのコンビネーションだが、今彼女達の眼前で繰り広げられているそれは今までの比ではない。
まるで当初からこの機体が自分達の手足同然と言わんばかりの動きを見せていた―――

『ラトゥーニ、戦況はモニターしているな?』
『は、はい!』

そんな最中、唐突に彼女の下へライから通信が送られてくる。

『アラド達が敵機をかく乱している今がチャンスだ。今から指定する地点に俺が砲撃を行う……今送ったデータを基に稼げる時間を計算してくれ』
『り、了解』

指示を受けた彼女は端末を操作し、戦術機でこの場を突破するだけの時間がどれ位稼げるのかを計算する。

『ランチャー照射時間がおよそ10秒……着弾時の閃光、そして余波……こちら側が被害を受けずに移動できる距離……ライ少尉、時間はおよそ30秒ほどです』
『……30秒で全機が離脱する事は可能か?』
『跳躍ユニットのアフターバーナーを使用すれば恐らくは……ですがその場合、回収ポイントまで推進剤が持ちません』
『その点は問題ない。亀石峠周辺に臨時の補給地点が設けられている筈だ』
『それなら大丈夫です』
『よし……神宮司軍曹、聞いたとおりだ。貴様達はこちらの攻撃にタイミングに合わせ、その隙に離脱しろ』
『り、了解!……聞いたとおりだ。00より各機へ、いつでも動けるよう準備をしておけ。合図があり次第、我らは一気にこの場を離脱する!」
『『「了解ッ!」』』

この時まりもは、妙な違和感を感じていた。
確かにラトゥーニの分析能力は隊内でも群を抜いている。
だが、彼女が感じたことはそんな事ではない……そう、訓練兵である筈の彼女が、何故正規兵である少尉と面識があるかのような会話をしているかという点だ。
更に言うならば、ライの乗っている機体はどう見ても従来の戦術機とは仕様が異なっている。
一介の訓練兵が、その性能を知りえる筈はないのだ。
まるで初めからこの機体の詳細を知っていたかのような言動、そして先ほどのやり取り。
誰がどう見ても怪しいとしか言いようがないだろう。
しかし、今はそのような事を考えている場合ではない。
そう考えたまりもは、意識をこれから行われる攻撃に集中し、いつ合図が有っても問題のないように気持ちを引き締めなおす事にした―――

『アラド、ゼオラ、これから20秒後にポイントA-07に向けて砲撃を行う。爆発の余波に巻き込まれるなよ?』
『「了解ッ!!」』

指示を受けた二人は、R-2からの砲撃を敵に悟られないようにするためギリギリまでかく乱を行うつもりでいた。
別にそうするよう命令されたわけではないが、気付けばそう体が動いていたのは互いの動きを理解しているからであろう。

『土壇場でよけるなよ!!』
『そこよっ!』

ビルガーが3連ガトリング砲を乱射し、その攻撃を回避した敵をファルケンが次々と撃ち抜く。
そして、敵の一陣がある一定の位置に集結した時、その地点に向けて眩い閃光が放たれた―――

『これを受けて塵となれ!……ハイゾルランチャー、シューッ!!』

時間にして丁度20秒……寸分の狂いもなく放たれたそれは指定されたポイントへと着弾し、轟音と共に激しい衝撃波を生じさせる。

「今だッ!各機、アフターバーナー点火!!全速力でこの場を離脱するッ!!」
『『「了解!」』』

207小隊、ならびに随伴している斯衛の面々は、次々に跳躍ユニットを噴射させ、開けられた敵包囲網の中心を一気に駆け抜ける。
制限時間30秒の間に何としてもそこを通過し、安全圏まで離脱せねばならない。
急激な加速によって一瞬視界が霞み、普段以上のGが体を圧迫させる。
シミュレーター訓練で経験はしているものの、やはり実機では体感する物全てが異なっていた。
これだけの速度を出している中、一歩でも操縦を誤れば一瞬にして機体は地面に叩きつけられ粉々だろう。
そんな緊張感に彼女達は支配されていたが、誰一人として欠ける事無くその場からの離脱に成功した。

「少尉殿、全機離脱に成功しました」
『こちらでも確認した。207小隊各機は、そのまま亀石峠を目指せ……我々は、この場で奴等を食い止めながら白銀大尉と合流する。以上だ』
「了解しました……少尉、御武運を……」
『そちらもな、軍曹』




一方、謎の戦闘機部隊によって足止めを食らっていた武は、慣れぬ敵を相手に苦戦していた。

「まさか戦闘機を持ち出してくるなんて……クッ!そこだっ!!」

当初は地上から敵に攻撃を仕掛けていた武だったが、機動性に物を言わせて攻めてくる相手に防戦一方という状況だった。
こちらの攻撃はほぼ全て回避され、相手は上空からヒット&アウェーを繰り返してくる。
接近戦を挑んで確実に落としたいところだが、明らかに射程が足りなかったのだ。

「―――空中戦なんてやったこと無いけど、そうも言ってられないか……」

これまでは後々の事を考慮して突撃砲を用いていたが、出し惜しみをしていては撃墜されると判断したのだろう。
再び攻めてくるソルプレッサに対し、スライプナーを構えタイミングを計る武。
相手は改型に向け降下しビームを乱射してくるが、武は既にその起動を読んでいる。
無数の光が地面へと着弾し、その衝撃で辺り一面に噴煙が舞い上がるが、それこそが彼の狙いだった。

「今だッ!」

相手の攻撃をギリギリの所で回避し、着弾時の噴煙に紛れて跳躍……そして降下して来ていた敵の一機をすれ違い様に両断。
煙が死角となり、相手が武を見失っていた一瞬の隙を突いての攻防だ。

「先ずは一つ!」

武の攻撃はまだ終わらない……そのままスライプナーをロングレンジモードに切り替え、上空から敵の後方目掛けそれを乱射する。

「二つ……そして三つ!」

簡易型テスラ・ドライブを装備している武の改型は、推進剤を使用することなく一定時間の飛行を可能としている。
これは重力質量を変化させることで機体の重量を減らし、機動性の向上を図った事の恩恵から得ることが出来たものだ。
そのまま飛翔を続けながら敵機を撃墜していくが、五機目を落とした所で武は改めてここは相手のフィールドなのだと言う事に気付かされることとなる―――

「当たれッ!!」

彼の叫びも虚しく、敵機の側面を通り抜けるビーム。
やはり陸戦主体の戦術機で空中戦を行うには、それ相応の技術が必要ということなのだろう。
空というフィールドは、自分を護るものが存在しない。
いわば、三百六十度全てからの攻撃を回避し続けねばならないのだ。
三次元機動を用いた戦闘を得意としている武ではあるが、あくまでそれは地上から跳躍し、降下するまでの間だけ。
敵は機動性を最大限に活かし、改型と距離を取りながらの攻撃を行う手段を用いだしたのである。
武も追撃を試みるが、相手に攻撃を仕掛けようとする度に別の機体によってそれらを妨げられていた。
ここぞというタイミングで相手は自機の背後に回り込み、威嚇射撃を行うことで味方を逃がす。
それを無視して攻撃を行えば、間違いなく撃墜されるに違いないだろう。

「チッ、やっぱり制空権は向こう側に分があるか……」

軽く舌打ちをしつつ、敵機を攻撃し続ける武。
だが、闇雲に撃っているだけでは意味が無い。
その事は武自身も気付いてはいるが、それらも次第に焦りという感情から有耶無耶になりつつある。
このままでは不味い、そう考えている間にも刻々と時間だけが過ぎて行ってしまう。

「吹雪をキョウスケ大尉達に預けてきたのは失敗だったな……あれを上手く使えばもっと優位に戦えたかもしれないな」

追い詰められた状況であるにも拘らず、これだけの思考を張り巡らせることが出来るのは自分でも意外だった。
当初武は、冥夜が乗り捨てた吹雪を自立行動で随伴させ、訓練部隊と合流するつもりでいたのだ。
だが、機体性能の違う吹雪を随伴させるという事は、巡航速度を相手に合わせなければならない。
少しでも早く彼女達に合流したい彼にしてみれば、重荷となってしまうものは避けるべきだった。
そういった意味も含め吹雪の回収をキョウスケ達に頼んだのだが、ここに来てそれが仇となってしまっているのである。
しかし、武の採った手段は第三者の視点から見れば正解だったといえるだろう。
その理由は、やはり一人で二機の機体を制御せねばならないという点だ。
いくらこの世界の戦術機が優れた自立制御システムを備えていようと、完全な自立行動は不可能と言って良い。
何故ならば、そんな事が可能であれば絶対的に不足している衛士の数を容易く補うことが出来るからだ。
刻一刻と動きが変わる戦場において、それらの戦況全てに対応可能な物が存在してしまえばもっと早くにこの戦争は終結へと向かっていただろう。
つまり、この場に自立行動させている吹雪がいれば、どうしてもそちらに意識が向いてしまうため、大きな隙を生み易くなってしまうのだ。
やはり焦りから今の武は、判断力がやや低下しているのかもしれない。

「クッ、限界か……」

モニターには、スライプナーのコンデンサー内エネルギー残量が残りわずかという表示が映し出されている。
制御のためにヒュッケバインMk-Ⅱからコネクター類を移植してはいるが、PTとは違い戦術機は元々粒子兵器の使用を前提とした設計はなされていない。
それを解消するために兵装側にコンデンサーを儲け、そこにエネルギーを蓄えることで使用可能としているのだ。
ジェネレーターと直結させる方法も考えられたが、やはり技術的に困難だったことから見送られている。
戦術機の動力はバッテリーとマグネシウム燃料電池であり、PT解析時に開発されたジェネレーターはどちらかと言えばそれらを補うための物でしかない。
そういった事が理由で、ある一定の間しか使用する事ができない弱点を抱えているのだ。
やはり急造仕様という点は否めないのだろう。
再チャージの間は、敵の攻撃を回避しつつ突撃砲を使用するしかない。
そう考えた武がセレクターを操作しようとしたその時、センサーが巨大な爆発とそれに伴う噴煙を捕らえたのである―――

「な、何だあれは……まさかッ!?」

反応のあった地点は、自分が向かおうとしている場所だ。
一体何が起こった……これだけ距離が離れているにも拘らず、確認できる事象。
戦術機が引き起こすことのできるレベルとは到底考え付かない物だ。
背筋が凍りつき、心臓の鼓動が早くなるような感じがした。
嫌な予感が徐々に彼の中に広がって行き、それが焦りとなって表面に現れる。
一瞬、ほんの一瞬だけ何かに意識が持っていかれ、そして言葉では表せないような感情が心の中で蠢く。

「邪魔だ……邪魔だッ!そこをどけぇッ!!」

無造作に銃を乱射し、敵の排除を試みる武。
早くここを突破し、仲間の無事を確認したい。
彼はこの爆発がライによって引き起こされた事実を知らないのだ。
その場に居ないのだから仕方がないといえば仕方がないが、明らかに彼は動揺し動きに精細を欠いていた。
敵がそんな彼の動きを見逃す筈もない。
辛うじて攻撃を回避してはいるものの、冷静さを欠いた今の彼の動きでは直撃を受けてしまうのも時間の問題だろう。
そして、ついにその時がやって来ようとしていたのである。
敵を撃墜した直後、ロックされたことに気付いた武は急いで回避行動を行うが、相手の放った攻撃の方が早かった。
それは改型の左肩をかすめ、一瞬だけ機体がブレてしまう。
体勢を整えようと手前に操縦桿を引き寄せ、フットペダルを踏み込む武だったが、今からでは到底間に合わない。

「間に合えぇぇぇッ!」

コックピット内に木魂する武の叫び。
改型を捕らえたソルプレッサの砲身に光が収束され、間も無く発射されようとしているその刹那……眼前の敵機が、謎のビームによって撃ち抜かれ爆発炎上する。
慌てて周囲を確認した彼の目に飛び込んできたのは、見たこともない三機の機体だったのであった―――




あとがき

第57話、脱出編です。

先ずは皆様にPV30万突破に関してお礼を述べさせていただきます。
気付けばいつの間にやらこれほどの方々に読まれていたんですね。
本当に私の駄文を読んでいただき、有難う御座います。

今回のお話で訓練部隊の面々は初の実戦を経験することになりました。
マブラヴ勢とOG勢でのやり取りの違いを書こうと頑張っては見たものの、御覧の有様です……orz
やはりこういう展開は難しいですねTT

さて、次回は謎の機体の正体が明らかになる予定です。
そして脱出劇の続きも色々と考えてます。
シャドウミラーは何処まで邪魔をしてくるのか?
米国はどういった形で介入してくるのか?
怒って会議から退席した紅蓮閣下は今何をしているのか?w
夕呼先生の悪巧みは一体どんなものなのか?w

次回の話を楽しみにお待ち下さい。

それではまた。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第58話 合流(前編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/05/02 22:47
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第58話 合流(前編)




―――地球連邦軍情報部オフィス内―――


薄暗く、とても重要な案件を扱うようには思えない一室で、四人の男達が何かを話している。
主に事件の追跡調査などを行う重要な部署であるその一室で話されていた内容は、ここ最近になって起こった事件についての事だった。

「―――以上が現時点で判明している事実です」
「謎の生物の出現に、続出する行方不明者……さらには建造中のスペースノア級肆番艦が、建造ドックごと消失……軍にしてみればかなりの痛手ですね」
「今のところ民間人や軍に関係する研究機関に所属している者に行方不明者はなし……何故かこれまでに起こった大戦に深く係わっている人物のみが機体ごと消えている」
「やはり、何者かが裏で暗躍していると考えるべきなんでしょうか?」
「流石に現時点でそこまでは言い切れんよ。まあ、これはワシのカンって奴だがね」
「少佐じゃあるまいし、あんまり当てにはなりそうにありませんね」
「おいおい、これでもお前さんたちよりもキャリアは長いんだ。得てしてこういう時は、そう言うのが当たる場合もあるってもんさ。ねえ、少佐?」

煙草を吹かしながら、冗談交じりとも取れるような会話を行う中年の男。
それに対し少佐と呼ばれた人物、ギリアム・イェーガーは苦笑いを浮かべながらそうだなと答えていた。

「さて、皆ご苦労だった……今一度情報を整理してみる事にする。申し訳ないが、私はこれから別件で月へ行かねばならない……皆は引き続き調査を続行してくれ」

部下の報告に対し労いの言葉を掛けたギリアムは、彼らが退出したのを見計らい提出された資料に目を通し始めた―――

「(ATXチーム、カイ少佐を除いた教導隊の面々に続き、今度はSRXチームまでもが行方不明か……やはり彼らも並行世界の地球へと飛ばされてしまったと考えるべきだろうな……)」

報告の内容には、様々なものが含まれていた。
時折出現する生物に関しては、目撃された例が極端に少なく、その全てが軍によって駆逐されている。
しかし、それらの掃討任務に当たっていた部隊からは一部を除いて行方不明者は出ていない。
その一部と言うのがSRXチームだった。
彼らは機体のオーバーホールを兼ねてマオ社を訪れていたのだが、その後のテスト中にBETAと遭遇してしまったらしい。
だが、殲滅に成功した直後に空間の揺らぎが発生し、彼らはそれに飲み込まれ行方不明になったと報告を受けている。

「(謎の生物……確かBETAと言ったか?何者かがそれをこちら側に送ろうと考えているとも取れるが、そんな事を行うメリットが思いつかん。やはり情報不足は否めんか……)」

昨日未明、行方不明となっていたコウタ達が帰還し、秘密裏にアズマ博士から情報を得ていた彼は、キョウスケ達が並行世界へと飛ばされていた事実を確認している。
その際に彼はキョウスケ達から託されたものを実行するため、彼は行方不明者の調査任務と称して月へと向かう手筈を整えたのだった。
元々月へは、自身の愛機であるゲシュペンスト・タイプRVを受領するために赴く予定だったのだが、本当の目的はゼンガーやレーツェル達と共にキョウスケ達のもとへと向かう事にある。
だが、そのためにはクリアせねばならぬ問題がいくつかあり、クロガネの面々と合流したとしてもすぐに行動を起こすことは難しかった。
それらの理由の一つが、SRXチームとほぼ同時期に消失してしまったスペースノア級肆番艦『アカガネ』の存在である。
アカガネが向こう側へ飛ばされた可能性も否定は出来ないが、キョウスケやコウタからの報告にその様なことは含まれていない。

「(もしアカガネが向こう側へと飛ばされていたとしても、その存在は公に出来る物ではないだろう……協力者とはいえ、そうそう重要機密を教えてもらえる筈もないか……受け取ったデータによると、ミス香月という人物はかなりの曲者らしいしな)」

ニヤリと口元に笑みを浮かべながら、これから苦労しそうな予感が拭えないギリアム。
端末にこれから必要になりうるだろうデータを打ち込み、着々と彼は準備を進めていた。
既にマオ社やテスラ研には強力を要請しており、何名かのスタッフと補修用の資材一式の準備は整っている。
レーツェル達は先にテスラ研でそれらを受け取ったあと、ムーンクレイドルで合流する予定だ。
ちなみにカイは調査任務に協力するといった名目で、ギリアムと同行する事になっている。
職権乱用とも取れる計画だが、事実を上に報告したとしてもキョウスケ達の救出に許可は下りないだろう。
そういったことから彼は、自身の権限と一部の軍上層部の後ろ盾を元にこの計画を実行に移す事にしたのであった。

「これから暫くの間、かなり忙しくなりそうだ……だが、何としても彼らを助け出してみせる。待っていてくれ、皆……」

誰もいない部屋で、力強く己の決意を露にするギリアム。
そして彼は、旧教導隊の面々と共に再び戦地へと赴くのだった―――



―――伊豆半島上空―――


このままでは撃墜される……そう感じていたのも束の間、武は眼前の敵機を討ち抜いたであろう謎の存在に目を奪われたいた。
一瞬の出来事で初めは戸惑っていたものの、彼は即座に気持ちを切り替える。
視界に入っている三機の機動兵器は、機体そのものの形状は同じであるが装備している兵装が異なっていることから違う機体のようにも見える。
だが、使用している兵装が通常兵器では無かった点を除けば、機体サイズや仕様などから見てとれる情報は間違いなく戦術機としか言いようがない。
一つは、増加装甲の様な物に身を包んだ重装甲型の機体。
もう一つは左右のショルダーアーマーが非対称であり、左肩部に巨大な長刀を装備している。
そして最後の一つ、砲身冷却時の煙が上がっているそれが、間違いなく自分を助けてくれた機体なのだと言うことは理解できた。
こちらも先程の機体と同じくショルダーアーマーが左右非対称なのだが、逆に左肩部が大きく、そして右肩部側に機体の身の丈程の砲身を備えている。

「助けてくれた……でもあんな機体、俺は見た事が無い……一体誰なんだ?」

見知らぬ機体、そして謎の兵装……見れば見るほどに怪しいその機体達は、自分の記憶にある物と全くと言っていいほど一致しない。
そもそも戦術機が単体で粒子兵器を使用するなど前代未聞の事だ。
今のところ確認されているのは、自分自身が駆る改型とシャドウミラーが運用しているF-23A、そして凄乃皇の荷電粒子砲のみ。
この際凄乃皇は除外するとして、携帯可能な粒子兵器は存在していないのだ。
夕呼から聞いた話では、F-23Aの粒子兵器はPTが使用している兵装を戦術機用に転用したものであり、この世界で一から作られた物ではないと聞いている。
武の改型が装備している物も、元々はヒュッケバインMk-Ⅱの兵装を流用したに過ぎず、この世界の機体が小型化された粒子兵器を運用するにはクリアせねばならぬ課題が多いということだった。

「それにレーダーには何も映って無かった……と言う事は、こいつらもステルス性の高い機体って事になる」

従来型のレーダーで捉えきれなかった機体……すなわちそれはラプターやブラックウィドウⅡに匹敵するステルス性を持った戦術機と言う事になる。
と言う事は、この機体は米軍、もしくはシャドウミラーが開発した機体の可能性が高い。
粒子兵器を使用した点を鑑みても、後者ならば納得がいく。
だとすれば敵かもしれない……武がそう考えた矢先、相手の機体に搭乗している衛士と思われる人物から通信が開かれた―――

『間一髪だったね白銀』
「か、柏木なのか……?」

意外な人物からの通信に武は、ただ驚くほか無かった。
自分を助けてくれた機体に乗っていた人物は自分のよく知る者であり、掛け替えのない戦友と呼べる人物の一人だったのだ。

『私だけじゃないよ、茜と多恵も一緒』
「そうなのか……って、そんな事よりもその機体は一体何なんだ?そんな機体が開発されてたなんて俺は聞かされてないぞ?」
『あはは、やっぱり驚くよね~』
『この機体は、極秘裏に開発されてた新型よ。名称はType01・ブリュンヒルデ……やっぱり白銀も知らされてなかったんだね』
『わ、私達もつい最近知らされたばかりなんだから、白銀君が知らなくても当然なんじゃないかな?』

彼女達から語られた事実に対し、武はまたもや驚かされる事となる。
夕呼から帝国軍と共同で次期主力機の開発を行っているとは聞いているが、その試作機は自分自身が搭乗している改型だ。
それ以外の機体の開発を行っているなどと言う事実は、一度たりとも聞いた事が無かった。
何よりも驚かされたのは、ブリュンヒルデの仕様だろう。
外観から推測出来るその機体は、恐らく自分の改型と同一のコンセプトに基づいて開発されているに違いない。
元々局地戦用の機体は数多く存在しているが、その調達コストや運用方法などは限定されてしまう。
だが、素体となる戦術機に様々なオプションを装備させ、多種多様な戦局に対応させる事が出来ればコストの増大を防ぐ事が可能と考えられた事が理由の一つだった。
夕呼から武に提示される情報は、彼女にとって利がある場合でなければ与えられないケースも多い。
今回の悠陽暗殺に絡む一件もその一つだと彼女が考えたからこそ知り得る事が出来たのだ。
しかし、新型機開発に関してを明らかにすることは、特にこれといったメリットが無いと考えられたのだろう。

「極秘開発の新型か……」
『白銀も聞きたい事が沢山あると思うけど、今は任務中よ。先ずは千鶴達と合流する事を考えて』
「あ、ああ……そうだな。こんなところでモタモタしている場合じゃないんだ。早くしないと皆が危ない」
『多分向こうは大丈夫だと思うよ?』
「どういう事だ柏木?」
『出撃前のブリーフィングで207小隊には、ベーオウルブズの別働隊が援護に向かうって聞いてるんだ。ちなみに伊隅大尉達も別行動中』
『大尉達は、亀石峠にある仮設補給基地の護衛に当たっている予定なんだよ』
『だから私達は二手に分かれて動いているの。私達は一時的に白銀の指揮下に入って行動を共にしろと命令を受けてるわ』
「なるほどな。そのために三機編成で来てくれたのか……」

先程の戦闘中、当初の合流予定地点で一際大きい閃光が確認できた。
これらを引き起こしたのがライ達だという事を武は知らないが、彼女達の説明から別働隊の援護によるものだという事が推測できる。
一先ず安堵の溜め息を漏らした武だが、敵の展開状況などを考えると油断はできないだろう。
シャドウミラーに関してはキョウスケ達が防いでくれるとはいえ、未だ米軍は介入して来る素振りを見せてはいない。
前回は山伏峠周辺でクーデター軍に追いつかれた際、こちら側の味方として彼らは援護を行ってくれた。
しかし、今回ばかりはそれを期待する事も出来ないと言える。
やはり早急に訓練部隊の面々と合流し、少しでも早く脱出地点に向かうほかないだろう。
だが、そんな彼の心情を余所に、茜の一言から足止めを食らう羽目になってしまうのだった―――

『―――そういう訳だから、白銀は多恵とエレメントを組んでほしいの。私は晴子と二人をバックアップするわ』
『え~っ!わ、私は茜ちゃんと組みたいのに……』
『何言ってるのよ!多恵は突撃前衛なんだから、白銀と組むのが基本でしょ!?』
『で、でも……』
『仕方ないよ、茜は強襲掃討だし、私は砲撃支援。ポジション面で考えるとこれが一番理に適ってるでしょ?』
『確かに私は突撃前衛だけど、白銀君について行く自信がねえってか……折角茜ちゃんと一緒に行動してるんだしぃ……』

顔を赤らめながら自分の主張を告げる多恵。
武を除いた二人は、また彼女の悪い癖が始まったと感じていた。
そんな事などお構いなしと言わんばかりに主張を続ける彼女だが、こんな事に割いている時間も勿体無いと言うのが武の本音だ。

「……解った。それじゃあ今回は、試しに涼宮と築地でエレメントを組んでみたらどうだ?」
『え!?し、白銀君!い、今言った事嘘じゃないよね!?』

武からの突然の提案に驚きの表情を浮かべる多恵。

『ちょ、ちょっと待ってよ!さっきの話聞いてなかったの白銀!?』
『そうだよ白銀、茜と多恵じゃそもそもポジションが違うんだから……』

対する茜と晴子は、彼女とは違う意味で驚かされていた。

「二人の言い分も解るけど、こんな些細な事で揉めている時間が勿体無いんだよ……だから、涼宮に俺の変わりとして突撃前衛をやってもらうつもりだ」
『え~っ!?わ、私が突撃前衛?』

突拍子もない武の言動に対し驚く茜、そして逆にそれを肯定したのはやはり晴子だった。

『なるほど、うまい事考えたね』
『ちょっと何言ってるのよ晴子!白銀はいきなりポジションチェンジしろって言ってるのよ!?しかも今は任務中じゃない!!』
『何言ってるのよ。普段から突撃前衛をやりたいって言ってたじゃない』
『た、確かにそうだけど、それとこれとは話が別でしょ?』
『そうかな?普段から自主訓練もやってるんだし、私は問題ないと思うんだけどなぁ……』
『うっ……』

茜は水月に憧れ、常日頃から空いた時間を利用して従来のポジション以外に突撃前衛の訓練も行っている。
その事は彼女を知る者ならば周知の事実であり、それなりの結果を出している事も知られていた。
武はその点を上手く利用し、この提案を持ち掛けたのである。

『わ、私は賛成!』
『同じく賛成~』
「という訳だ涼宮。今回の任務に限り、お前に突撃前衛を任せる」

この時茜は、面倒事を押し付けられたような気がしていた。
別に築地とコンビを組まされる事に関しては問題と感じている訳ではないのだが、状況が状況だけに気が進まないのだ。
そしてその理由の一つとして、モニター越しに映る武と晴子の表情がそれらを余計に感じさせていた。
ニヤニヤと口元を緩め、明らかにこの状況を楽しんでいる様な素振りを見せている二人。
一方で彼女とコンビを組むことになった多恵は、別の意味で表情が緩みきっていたのである。
確かに彼女自身、常日頃から突撃前衛を目指してはいるというのは嘘ではない。
部隊を率いる伊隅に対しても、自分にやらせてほしいと嘆願しているぐらいだ。
しかし伊隅は、様々な理由もあってそれを受け入れようとはしていなかった。
今回の一件はチャンスと言えば聞こえはいいが、多恵の我儘に付き合うような形になっている。
そう言った理由もあり彼女は、武からの提案を素直に受け入れる事が出来なかったのだろう。
だが、状況が状況だけに、自分までもが我儘を言う訳にはいかない。
常日頃から同じ隊のメンバーとして行動している多恵ならば、ある程度の癖は把握しているのもメリットともいえる。
もし元々自分と多恵のポジションが逆で、今回の任務において武とコンビを組めと言われた場合、彼について行けるだろうか?
自分でもそう考えて見るが、答えはいとも容易くはじき出されてしまう。
新型の完熟訓練を終えたばかりとはいえ、機体のスペックを全て引き出せているかと問われれば肯定できない。
初めてこの機体を受領した際、夕呼は彼女達ヴァルキリーズにこう告げているのだ。

『この機体は現時点で完成しているとは言い難いわ……従来機に改型と同じシステムを組み込んだに過ぎないモノなの―――』

この言葉が示す意味……それは未完成状態の試作機だという事を表しているに違いない。
と言う事は、いつ不具合が発生してもおかしくない代物なのだろうと想像できる。
更に言うならば、武の機動は誰もが変態と言わしめるほどのモノだ。
機体性能のお陰で今まで以上の機動が可能になったとはいえ、その様な経緯を聞かされている物で慣れぬ相手とコンビを組む事は難しいだろう。
どうやら腹を括るしかないようだと彼女は悟り、彼の提案を受け入れる事にした―――

『―――あ~もうっ!解ったわよ!!やればいいんでしょやれば……』
『そうそう、その意気だよ茜!』
『一緒に頑張ろうね茜ちゃん!』

武の提案を飲んだ茜に対し、頑張れと檄を飛ばす晴子。
そして多恵は、満面の笑みを浮かべながらここぞとばかりに張り切っていた。

『後で覚えてなさいよ白銀……』

茜は彼に聞こえないぐらい小さな声で呟いていたが、覚悟を決めたお陰か幾分かは気が楽になっていた。
自分自身が突撃前衛のポジションで何処までやれるかの自信を付ける良い機会だと踏んだのだろう。
こうなったらやってやると言わんばかりの表情を浮かべ、彼女は改めて自分を鼓舞する。
そして話が纏まったと確信した武は、先程の閃光によって訓練部隊が脱出できたと仮定し、彼女達とこちらの移動速度などを再計算を行う。
このまま南下しても合流する事は可能だが、下手をすれば足止め部隊の残存兵力と鉢合わせてしまうだろう。
必然的に迂回する手段を取るしかないのだが、先程も言った様に山伏峠周辺で米軍が介入して来る可能性があるのだ。
迂回ルートは一度東西のどちらかへ移動し、熱海峠周辺を通らないルートを選択せねばならない。
だが、そうなってしまうと予想地点へ先に訓練部隊が到達してしまう。
自分の機体はある程度の飛行を行える為、高度を取れば南下する事も出来るが、そうなってくると今度は茜達が自分と共に行動できなくなるのだ。
尤も光線級の存在を過信する訳にはいかないが、状況が状況だけにそうもいっていられない。
沙霧達が前の世界で空を移動してきた事を真似るしか方法は無いのだ。

『ねえ白銀、話も纏まったんだし早く出発しない?』
「……そうしたいのは山々なんだけど、迂回ルートの選定が上手くいかないんだよ。お前達の機体が俺の改型みたいに飛べれば何の問題も無いんだけど……」
『何だそんな事で悩んでたんだ』
『白銀君て意外と鈍いんだね……』
『確かに……』

真剣に悩む武に対し、やや呆れた様な態度を取る三人。
それもその筈、武は今現在自分達が何処に居るのかを忘れているのだ。
先程の戦闘で彼は、空中戦を行っていた。
そしてその後、一度たりとも地上へは降りていない。

『今私達が会話してる場所、何処だか解ってる?』
「あっ……」
『鈍いとは聞いてたけど、ホントに鈍かったんだね白銀君って……』
「う、うるせえよ!……で、お前達の機体も飛行可能なのか?」
『無理やり話題をすり替えた……』
『すり替えたね……』

突然の出来事だったとはいえ、こんな些細な点を見逃してしまうのはやはり武ならではといったところだろう。
通常の戦術機は低空飛行を行う場合、それら全てを推進剤に依存している。
だが、改型を含めたこの場に居る四機全ては跳躍ユニットを吹かさずに滞空しているのだ。
すなわちそれは、ブリュンヒルデも改型と同様のシステムを搭載している事を示している。
先程の粒子兵器の使用、そして飛行可能な点。
間違いなくこの機体は、PTの技術を応用して開発されたに違いない。

「お前達の機体もテスラ・ドライブ搭載機なんだな?」
『そうよ。白銀の機体と同じ物を搭載してるって聞いてる』

茜の一言により、彼女達の機体もまた簡易型のテスラ・ドライブ・イージーを搭載している事が解った。
現存の技術において完全に再現は不可能と言われているこのシステムは、質量軽減効果のみが付加されている。
そして未だ未知の技術に近いそれは、現時点で機体内部に組み込む事も難しいそうだ。
そう言ったことから夕呼が開発した簡易型ドライブは、機体背面に高機動型ユニットとして装着されているのである。
武にしてみれば願ったり叶ったりと言えるところだが、恐らくこの事実はキョウスケ達も知らされてはいないだろう。
新型機の簡単な説明を受けた後、また頭痛の種が増えたと確信した彼は、これが大きな問題へと発展しない事を願うほかなかった。

「解った……このまま上空を飛行して、一気に訓練部隊と合流する事にしよう」
『念の為、少しだけ迂回した方が良いんじゃない?』
『そうね。ここから城山方面に南下して、熱海峠インターチェンジ周辺を迂回するルートを通りましょう。その後、玄岳インターチェンジ周辺から伊豆スカイライン跡へ戻るルートでどうかな?』
「それじゃあ先頭は涼宮、次が築地、そして俺、柏木の順だ。隊形はやや変則的だけど、縦壱型隊形(トレイル・ワン)で行くぞ」
『『「了解!」』』

それぞれの機体が指定されたポジションについたのを確認した武は、彼女達に指示を出しその場を後にする。
四つの機体それぞれに装備されたユニットが展開し、独特の青い軌跡を描きながら飛行する様は知らぬ者が見れば流れ星と言ったところだろうか。
12月の深夜、雪の舞い散る空にそれらは幻想的な風景を醸し出していた。


一方、熱海峠インターチェンジ付近を突破する事に成功した207訓練部隊の面々は、ライ達に指定された通り南下を続けていた。
絶体絶命のピンチに立たされていた矢先に現れた救援。
その人物達にも驚かされたが、今現在の彼女達にそれを深く追求するだけの余裕は無かった。
驚きや戸惑いなどといった感情を押し殺す事は簡単な事ではない。
先程の一件以降、B小隊とC小隊の面々は殆ど口を聞いていない様な状況だ。
考え方や価値観の相違、実戦での緊張感、そう言ったものが引き金となり会話を行うだけの余力が無かったのかも知れないが―――

『00より各機、もう間もなく山伏峠周辺に到達する。先程は味方の援護により、我々は辛うじてあの場を潜り抜ける事が出来たが、決して油断はするな……殿として足止めを行っている彼らに報いれるよう努めろ。現時点でレーダーは敵を補足していないが、この先の地形を考えると再び待ち伏せされている可能性も否定は出来ん。各自警戒を怠るなよ?』
『『「……了解」』』

やはり各自の口調はやや重い様子だ。
本来ならばこの様な受け答えをすれば、間違いなくまりもの怒号が飛び交う事だろう。
だが、彼女自身も訓練兵達の心情を理解しているためかあえて何も言わずにいる。

「やはり初めての実戦で、皆戸惑いを覚えているのですね……」
「そうかも知れません……この様な時、皆に何か言葉を掛ける事が出来ればよいのですが……自分の不甲斐無さが情けなくなる所存です」
「それは貴女だけではありませんよ冥夜……」
「姉上……?」
「そなた達を巻き込んでしまった此度の一件、全ての責は私に在るのです。本来ならば私が彼女達に何か言葉を掛けねばならぬというのに、良い言葉が何も浮かんでは来ない……私は改めて自身の不甲斐無さを思い知らされました……」

この時冥夜は、彼女に向けそれは違うと否定の言葉を述べようとした。
だが、彼女の浮かべている表情を見た途端、どうしてもそれを言い出す事が出来なかったのである。
如何なる経緯によって、彼女が今回の計画を実行に移したのかは知らされていない。
クーデターを阻止するために自らが動いたのだという事は理解できる。
しかし、そこに至るまで、そして此度の計画に夕呼が協力している真意も解ってはいなかった。
彼女はここで自分が言葉を発すれば、彼女の考え全てを否定してしまう事に繋がるのかも知れないと感じたのである。
それほどまでに悠陽は思いつめた表情を浮かべていたのであった。

「姉上、一つだけ宜しいでしょうか?姉上にお聞きしたい事があります」
「聞きたい事、ですか?……答えられる範囲でよいというのならば構いません」
「では、此度の一件に至るまでの経緯についてお聞かせ下さい。無論、クーデターを阻止するために自らが動かれたのだという事は理解できます。ですが、腑に落ちない点も多い……我々横浜基地の部隊が協力している理由は、それとなく察しが付きます。恐らくは香月副司令の策略なのでしょう……しかし、米国と思わしき者に姉上を拉致したよう見せ掛ける手段……正直に申し上げて、あれでは下手をすれば彼の国との更なる関係悪化に繋がると考えられます。何故、あのような手段を用いて帝都を離れられたのです?」

確かに冥夜の言うように、クーデター軍を説得したいのならばああいった手段を用いる必要は無いだろう。
米軍機として認識されている物に悠陽を拉致させれば、ほぼ間違いなく疑いの目は米国側に向けられる。
それでなくとも現状の日本では、反米感情が高まっているのだ。
詳細がテレビ等を通じて報道されてしまった今、その放送を見ていた多くの日本人は間違いなく米国を疑っているだろう。
此度の一件は、下手をすれば国際問題にすら発展しかねない出来事といえる。
夕呼が今回の出来事を仕向けた相手を米国のように見せた理由、そしてそれを受け入れた悠陽の考え……そこにある本当の意味は一体何なのだろうか?
事実を理解できない者達の誰もが疑問に感じているその詳細。
しばし目を瞑り、話すかを悩んでいた悠陽は、徐に口を開き詳細を語り始めた―――

「―――事の始まりは、明星作戦の直後からになります。そう、丁度そなたと以前の世界での記憶について話した事があった頃です……」

冥夜と語り合ったあの日、悠陽は自分も記憶を有している事実を伝えた。
しかし彼女は、全てを妹に伝えた訳では無かったのである。
彼女の口から語られる真実……そして、何故彼女が今回の一件を了承したのか……
これまで謎に包まれていた事実が、ついに紐解かれることとなる―――



あとがき

第58話です。

まず、間が空いてしまった事、本当に申し訳ありません。
私事で本当に申し訳ないのですが、これでもかと言わんばかりに仕事が忙しい状態です。
恐らく今後もかなり更新ペースが低下すると思いますので、更新を楽しみにされている方々、落ち着くまでもう少しお待ちください。

さて、前回のラストで現れた謎の機体。
正体は夕呼の魔改造によって生み出された?戦術機達です。
機体に関する詳細は、後日改めて明らかにさせて頂きますが、勘の良い方は気付かれるかと思います。
名称はヴァルキリー(ワルキューレ)の一人から取らせて貰う事にしました。
当初はXG-70の元になったと言われるアメリカの試作戦略爆撃機『XB-70ヴァルキリー』の護衛機である長距離要撃機『XF-108レイピア』からと考えていたのですが、何となく似合わない様な気がするという事でブリュンヒルデとさせて頂いています。
装備品などに関しては、武ちゃんの改型と同じような感じの外付け仕様とお考えください。

初めに申し上げた通り、これから暫く更新頻度が今まで以上に低下すると思われます。
ですが、何とかして完結まで漕ぎ着けたいと考えていますので、それまでは頑張らせていただく所存です。
次回は、今回の一件に関する詳細を明らかに出来ればと考えています。
それでは次回をお楽しみに、感想の方もお待ちしています。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第59話 合流(後編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/07/02 00:40
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第59話 合流(後編)




正体不明の軍勢、そして操られてしまった帝国軍将兵達に追われる形となってしまった207小隊の面々は、かつて無いほどに疲弊していた。
何者かによって悠陽が攫われ、混乱に陥ってしまった事を発端とした今回の事件。
実戦経験の無い彼女達にしてみれば緊張の連続であり、いつ死んでもおかしくない状況に追い込まれているのだ。
精神的疲労からくるダメージは、冷静な判断力を鈍らせ、些細な事も見逃してしまいがちになる。
そんな時だった……

『―――4時方向より機影多数接近!……稜線の向こうからいきなり……!』
「やはり現れたか……」
「どうやら、ゆっくりそなたと話している暇はなさそうですね……」
「状況が状況です。お話は後でゆっくりと聞かせて頂く事にします。少々揺れますが、御容赦ください姉上」
「よしなに……」

元々追われる立場である以上、落ち着いて話をしている暇などは無いと言える。
レーダーに映る無数の赤い光点。それらは全てunknownと示されているが、恐らくは敵の別働隊だろう。
冥夜がその様な事を考えている最中、指揮官であるまりもは部下達を落ち着かせるために即座に指示を与える。

『全機兵器使用自由ッ!各自の判断で応戦!02の生存を最優先せよ!!』

命令を受けた訓練部隊の面々は、武装のロックを解除し始める。
本音を言えば戦闘にはなって欲しくない。
だが、先程の一件から考えてみても、相手は問答無用で仕掛けて来る可能性は高いだろう。

『……先程の事を踏まえ、応戦すべきかもしれんが無暗にこちらからは仕掛けるな!相手の出方が解らない以上、絶対にこちらから仕掛ける様な真似はするなよ!?』
『『「……了解ッ!!」』』

命令を出したまりも自身も、なるべくならば無益な戦闘は避けたいと考えている一人だ。
しかし先程の敵は、こちらに悠陽が居ることなどお構いなしに攻撃を仕掛けてきている。
本来ならば先手を打ってこちらから仕掛けるべきかも知れないが、相手との戦力差は明確すぎるほどの状況だ。

『やはり、後手に回らざるを得ない状況ですわね……』
『相手の戦力が解らない以上、迂闊に手を出す訳には行かないもの。教官もそれを考えた上で指示を出したんだと思う』
『とは言え、困りましたわね。このままだと側面から狙い撃ちにされる可能性も高い……かと言って相手の進攻を防ぐ手立ても無い……』
『……いっその事、白旗でも振ってみる?』
『こんな時にまでふざけないで頂戴ッ!』
『怖い怖い……』

アルフィミィとラトゥーニの会話に冗談交じりで参加する彩峰に対し、怒りを露わにする千鶴。
どうやらこの二人は、多少なりとも本来のペースを取り戻しつつあるようだ。

『……何で皆そんなに落ち着いていられるの!?』
『そうですよッ!また殺し合いが始まっちゃうんですよ!?』

未だ実戦という空気に飲み込まれている美琴と壬姫の二人。
いきなり常に死と隣り合わせという状況に放り込まれた場合において、訓練兵である彼女達の反応は当然といえば当然かもしれない。

『ラトゥーニ達はどうか判らないけど、私は別に落ち着いてる訳じゃない……』
『えっ?』
『ただ、こんな冗談でも言ってないと平静を保てないだけ』
『……慧さん?』

彩峰の意外な反応に戸惑う面々。
彼女がこれほどまでに自分の内面を曝け出した事がかつて在っただろうか?
常にポーカーフェイスを貫き、普段から何を考えているのか掴めない彼女の見せた一面に207小隊の面々は心底驚かされていた。

『鎧衣や珠瀬の気持ちも解る。でも、私はこんな所で死ぬわけにはいかない……私はまだ自分が成すべき事をしてないもの』
『……彩峰』
『その為だったら慧さんは、例え相手が人間だったとしても迷わず引き金を引くって言うの?』
『……判らない。でも私は、後で後悔したくない……もしここで小隊の誰かに何かあったとしたら、私はきっと後悔すると思う。多分それは皆も同じだと思う……それに白銀も』
『だから、彩峰さんは戦うんですか?』
『鎧衣や珠瀬に強要するつもりは無い。でも、自分が迷った分だけ手遅れになるかも知れないって事だけは覚えておいて欲しい……』
『……』

彼女自身、何故こんな言葉が口に出来たのか解らない。
恐らく無意識のうちに出てしまったのだろう。
出撃前に行った武とのやり取り、それが彼女にこの様な考えを抱かせた原因の一つなのかもしれない。
今回の一件において、自分の存在は限りなく黒に近いグレーだったにも拘らず、彼は自分を信頼すると言ってくれた。
無論、事件の内容は全く異なったものになってしまったが、そんな不安定な位置に居る自分の背中を彼は護ると言い切ったのだ。
この場に彼が居たならば、間違いなく皆を鼓舞するための行動を取るだろう。
受けた恩を返す訳でもないし、彼の代わりが出来る訳でもない。
だが、彼が自分を信じると言ってくれた一言に報いる事ぐらいは出来る。
自分はこの場で誰一人として仲間を死なせたくない。
ここに私という存在が居る事が出来るのは、間違いなく武のお陰だ。
やっとできた居場所、それは207小隊の仲間が居るこの場所に他ならない。
自分の覚悟は、ちっぽけな自己満足かもしれないが、この時だけは敢えて迷いを捨てようと思ったのだった―――

『―――正直言って、ボクは慧さんの言う事全てを受け入れる事は出来ない。でも、皆を失いたくはない……』
『私は怖くてたまらない……今でも逃げ出したくて仕方が無いです。でも、後で後悔はしたくないです……』
『二人とも、無理しなくていいのよ?』
『榊さんはどうなんですか?』
『……私も本音を言えば人類同士で戦いたくはないわ。でもね、悔しいけど彩峰の言うとおりだと思うの―――』

否定とも肯定とも取れない千鶴の発言。
彼女もまた、如何するべきかを決めかねているのだろう。
だが彼女等は各々が迷いを見せる中、彩峰の一言でそれを払拭しようと試みていた。
とは言うものの、そう簡単にそれを拭い去ることが出来るのであれば苦労はしない。
彼女達が迷う事を止め、一歩前に踏み出すには時間も経験も足りないのだ。
しかし、敵は待ってくれはしない―――

『―――国連軍及び斯衛部隊の指揮官に告ぐ、こちらはアメリカ陸軍、第66戦術機甲大隊指揮官のアルフレッド・ウォーケン少佐だ。直ちに武装を解除し、停止せよ!繰り返す、武装を解除し、停止せよ!』

予想外の人物からの停止命令。
先程レーダーに映っていた部隊は、シャドウミラーや帝国軍の物ではなく米軍所属の部隊だったのだ。
突如としてこの場にウォーケンが現れた事態に、彼を知る冥夜と悠陽の二人は戸惑いを隠せない。
それ以上に動揺しているのは他の小隊員達だ。
寄りにも寄って、この状況下で現れたのが米国軍の精鋭部隊。
かつて無いほどの緊張感が彼女等を襲う中、指揮官であるまりもは落ち着いてそれらに対処していた。

「こちらは国連軍横浜基地所属、207小隊指揮官の神宮司 まりも軍曹です。ウォーケン少佐、我々に停止せよとの御命令……理由をお聞かせ下さい」

実を言えば、この場に米軍が現れたという事実にまりもも驚きを隠せない。
だが、それ以上に理解できないのは武装解除し停止せよとの命令だ。
既に横浜基地経由で帝国側には悠陽を確保し、安全圏へ離脱するという旨を伝えてある。
それがここに来て突然の停止命令だ。納得がいく筈も無いと言えるだろう。

『貴官らの小隊は、此度の一件に関して煌武院殿下拉致に関する首謀者の仲間と聞かされている』
「なッ!?それは誤解です少佐!我々は―――」
『誤解だというのなら、こちらの指示に従い停止せよ!弁明は然るべき場所にて行いたまえ軍曹』
「お待ちください。我々は今、煌武院殿下を安全圏に離脱させるよう命令を受けています。たとえ少佐殿の御命令とはいえ、承服する事は出来ません!」
『いい加減にしたまえ軍曹!煌武院殿下は既に帝国軍の別働隊が保護している……この期に及んで殿下の名を使い、言い逃れをしようなどとは呆れて物が言えんな……』

ウォーケンの一言に対し、次の言葉が出てこないまりも。
攫われたと聞いていた悠陽は、夕呼直轄の部隊のメンバーが保護し、自分達が護衛するよう指示を受けた筈だ。
本人と面と向かって会話を行った訳ではないが、モニター越しに彼女の存在は確認している。
となれば、彼の発言は明らかに矛盾しているのだ。

『ウォーケン少佐、私は帝国斯衛軍所属、月詠 真那中尉であります。先程少佐殿が仰られた事は事実なのですか?』
『無論だ。中尉、これ以上の抵抗はやめたまえ。我々とて無益な殺生は行いたくは無い……』
『申し訳ありませんが、我らは今もなお殿下と行動を共にしている最中です。それに先程、殿下の御命を狙う不届き者と遭遇したばかり……故に少佐殿を信用する事は出来ませぬ』
『そうか……ならば仕方が無い。貴様らを敵対勢力と認定し、こちらも実力行使に移らせて貰う……以上だ』
「お、お待ちください少佐殿!月詠中尉の仰っている事は本当です!!少佐殿ッ!!」

この場に悠陽が居る事は事実だ。そう伝えようとしたが、既に通信は途絶えていた。
何度も呼びかけてみるものの、通信は一向に繋がろうとはしない。
恐らく、こちらからの回線を遮断しているのだろう。

「クッ、このままでは……」
『神宮寺軍曹……殿下を頼む』
「月詠中尉?……まさかッ!?お止め下さい中尉、相手は米国軍の精鋭部隊です。こちらから打って出てしまえばそれこそあちらの思う壺です!!」
『だが、このまま何もしなければ直ぐに追いつかれる。いくら精鋭とはいえ、地の利は我らの方が上だ』
「しかしッ!」
『いいか軍曹、我らの使命は殿下と将軍家の方々を御守りする事だ……それに今、貴様らが優先せねばならぬ事はなんだ?』
「……殿下を横浜基地へ御連れする事です」
『そうだ。それが本作戦における最優先事項だ……その為には、如何なる犠牲を払ってでもそれを成し遂げねばならん』
「ですが、斯衛の方々だけで殿を行うなど……」
『だからと言って、全員でこの場に留まる訳にも行かんだろう。今一度よく考えるんだ軍曹!貴様も軍属である以上、任務の達成を最優先に考えろ!!』
「……了解、しました」

真那の言っている事は間違ってはいない。
本作戦の最優先事項は、悠陽を無事に横浜基地へと連れ帰る事だ。
だが、この場に彼女達が踏み止まったとしても、僅かばかりの時間稼ぎにしかならないだろう。
たった一小隊で大隊規模の軍勢を相手にするという事は、誰の目から見ても明らかに自殺行為といえる。
彼女達もそれは十分に承知しているだろう。
しかし、今のまりもに彼女達を止める術は無い。

「207リーダーより各機、聞こえていたな?我々は陣形を維持しつつ、このまま最大戦速でこの場を離脱する……」
『『「……了解ッ!!」』』
「月詠中尉……御武運を」
『ああ、軍曹……殿下と彼女等を頼む』
「ハッ!」

207小隊全員が、後ろ髪を引かれる想いでその場を後にする。
自分達がこの場に留まったとしても、足手纏いにしかならないのは十分承知だ。
今の自分達に出来る事、それは少しでも米軍の部隊との距離を稼ぐ事だけだろう。
だが、天は彼女達を見捨ててはいなかった。
レーダーに映る敵影、その中で最後方に位置する部隊が次々と反応を消失しているのだ。
何事かと思う彼女達だが、足を止めてそれを確認する訳にもいかない。
辛うじて聞きとれた声、それは若い男女達のものだった―――




「―――伊達少尉、安藤少尉、準備はいいか?」
『こちらリュウセイ!問題ないぜ伊隅大尉』
『こっちもだ。米軍の最新鋭機だか何だか知らねえが、一気に蹴散らしてやるぜ!』
「張り切るのは結構だが、無理はするなよ?」
『了解ッ!』
『任せろッ!』
「やれやれ……前方の斯衛軍部隊に告ぐ、我々は国連軍横浜基地A-01所属の部隊だ。これより貴官らを援護する!各機、斯衛と協力し、207小隊が離脱する時間を稼げ!!」
『『「了解ッ!!」』』

ここに来て再びの援軍、流石の真那も味方の登場を喜ぶよりも驚きの方が勝っていた。
そして彼女以上に驚かされていたのは米軍所属の兵達だろう。
突如として自分達の後方に敵の増援が現れたのだ。
いかに優秀な指揮官であったとしても、こればかりは予測できないに等しいと言える。

「各機、うろたえるな!敵の増援はたった7機だ……落ち着いて対処すれば問題は無い!!」
『『「Roger that!!」』』

確かに数の上ではこちらが圧倒的に勝っている。
だがこの時ウォーケンは、相手の戦力が通常の戦術機だと認識していた。
後にこの判断が間違っていた事に気づかされるのだが―――

「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ。敵部隊は米軍の最新鋭機F-22AとF-15Eの混成部隊です。戦域南方に斯衛軍部隊が展開中、同部隊と合流し、速やかに任務を遂行して下さい」
『『「了解ッ!」』』
『さて、行くわよアンタ達!!』
『張り切ってますね速瀬中尉』
『当たり前よ!久しぶりの出番……じゃなかった、やっと新型の性能を試せるんだから張り切るに決まってるでしょ!!』
『やれやれ……調子に乗りすぎて無茶はしないでくださいよ?後でフォローするのはこちらなんですから』
『そっちこそ油断するんじゃ無いわよ?』
『大丈夫です。これでも中尉よりは落ち着いているつもりですから』
『その減らず口、いい加減にしなさいよ!?』
『と、七瀬少尉が言っていました』
『え、わ、私そんな事言ってませんよ!』
『気にしなくていいわよ七瀬少尉、いつものやり取りだから適当に流しておけば大丈夫』
『とりあえず宗像、それに風間……後で覚えておきなさいよ?』

そんなやり取りが行われている中ではあるが、ヴァルキリーズの面々は次々と敵機を行動不能にしていく。
本来ならばこの地点で待機する予定だったのはマサキとリュウセイの二人のみであり、ヴァルキリーズは亀石峠に設けられた仮設補給基地にて待機する作戦だった。
しかし、米軍側の介入が予想よりも早く、足止めを行わない限り207小隊を無事に脱出地点まで到達させる事が不可能に近くなったのである。
そこで夕呼は、伊隅達に作戦変更を伝え、マサキ達と合流するように伝えたのだった。
そして彼女達を彼らに合流させた理由がもう一つ、それは米軍機に対してサイフラッシュが使用が危険だという考えだ。
敵味方識別が可能な大量広域先制攻撃兵器を米軍相手には使用した場合、殲滅は容易であろうが下手にそれを明かしてしまうのは問題ともいえる。
要するに、事後処理が非常に面倒な事になるからだ。
未だかつて、この様な兵器が開発された事例は存在しない。
ただでさえその機体デザインから色々と追及されそうな所に謎の広域先制攻撃兵器。
流石にこればかりは、彼女といえど隠ぺいする事は不可能だと判断したのだろう。
マサキもそれに渋々納得し、あえて今回は使用しない様に心がけるようにしたのだった―――

「援軍とは有難い……いいかお前達、横浜基地の部隊に後れを取るなよ?我ら斯衛の意地、今こそ見せる時だッ!!」
『『「ハッ!」』』

射撃戦に特化した米軍機と近接戦闘に特化した帝国軍機。
中でも斯衛軍の武御雷は、従来の機体を凌ぐ近接戦闘能力を秘めている。
片や米軍のF-22Aは、圧倒的な機動性とそれを生かした砲撃戦闘に主眼が置かれた機体だ。
仕様を突き詰めた第三世代機の両極ともいえる二機の戦闘が今ここに幕を開ける―――



一方、ヴァルキリーズ達の増援により窮地を脱出した207小隊の面々は、そのまま敵と遭遇する事も無く亀石峠に設けられた補給基地へと歩みを進めていた。

「月詠達は無事でしょうか……」
「恐らく大丈夫でしょう。戦域を離脱する直前、味方と思わしき部隊が到着してくれたようですから……」

この時冥夜は、何故か悠陽に対し妙な違和感を感じていた。
あの場所でウォーケンが自分達に攻撃を仕掛けようとした際、何故か彼女は自分自身の存在を明らかにしようとしなかったのだ。
相手の出方に驚き、機会を失ったとも受け取れるが、それにしては妙だ。
彼女とて無益な戦いは避けたい筈、にも拘らず何も言葉を発しようとはしない。
明らかにおかしいのではないかと考えていたが、冥夜は即座にその判断を心の中で否定した。

「……姉上、先程の話の続きを聞かせてもらえませぬか?」

彼女は自分の中で燻っている疑念を払拭する為、あえて話題を切り替える事にした。
無論、警戒を怠っている訳ではないが、丁度良い頃合いと考えたのだろう。

「そうですね。今が丁度良い頃合いかも知れません……」

あの日、伝える事が出来なかった事実。
これまで幾度となく話す機会もあったに違いない。
だが、彼女はあえてそれを妹に語ろうとはしなかった。
意を決した彼女は、冥夜に記憶に関して話した日の事を思い出しながら当時の事を語り始める―――

「まず初めに、私はそなたに対し嘘を吐いていたことがあります……私が以前の世界に関しての記憶に気付いたのは、そなたにそれを打ち明けた日よりももっと前になるのです。今まで黙っていた事、許して欲しいとは申しません。ですが、理解して欲しいのです……」
「……いえ、姉上にも何かお考えがあっての事なのでしょう。それに意を唱える事など申し上げるつもりはありません」
「ありがとう、冥夜……では、掻い摘んで話します……私が記憶を手に入れる切っ掛けとなった出来事、それは白銀 武との出会いでした……」
「タケルとの出会い……?姉上は、あの日以前に彼の者とお会いになった事があるのですか?」
「そなたも白銀が元帝国軍に所属して居た事は知っていると思います。私があの者と初めて会ったのは、BETAによって西関東が制圧された直後だったのです」
「そう、だったのですか……」

流石の冥夜もこの事実には驚きを隠せないようだ。
自ら悠陽の事を姉と呼ぶと決めたあの日、武の事が話題に上がったのはてっきり以前の記憶が理由だと思っていた。
しかし、当の悠陽自身は、それ以前から彼との面識があったというのだから仕方が無いのかもしれない。

「彼と出会ってから程なくして、私は奇妙な夢を見るようになったのです。それが何なのかを理解させてくれたのは、香月殿でした」
「副司令が?」
「明星作戦が終了し、オルタネイティブ第四計画の詳細について彼女と話した頃です。あの時は本当に驚かされました……まさか、自分以外にも他世界での記憶を持った者が居たのですから……」

第四計画本拠地を横浜に設ける際、悠陽は夕呼と会談を開く機会があった。
その時、些細な事が切っ掛けで彼女に記憶に関する事実を見破られたのである。
そして悠陽は、彼女と話した後、前回の世界での事の殆どを思い出したのだ。
無論、それには自身が子供を庇い、凶弾に倒れた事も含まれている。
彼女は自分が死んだ事実を知った時、如何しても気がかりな事が一つだけ存在していた。
それは言うまでも無い、その後の日本に関する事だ。
ふとした事で心を過ぎったそれは、日に日に彼女の胸中を占める割合が増していったに違いない。
若くして政威大将軍を務めているとはいえ、彼女もまた人なのである。
例えそれが自分の知るべきではないかもしれない事であったとしても、知っている人物が直ぐ近くに居るのだ。
ついに彼女は、夕呼にそれを求めてしまったのだった―――

「―――香月殿が話してくれた事実……それを聞いた時、私はとても居た堪れぬ気持になりました。多くの犠牲を払い、ようやく歩むべく道を照らす事が出来たと思ったこの国は、とあることが切っ掛けで元へと戻ってしまったのです」
「……」

冥夜には、自分が死んだという事実はあえて伏せていた。
他世界の記憶を有している者のほぼ全てにいえる事例として、部分的な記憶の欠落が存在するという点を彼女は上手く利用したのだ。
そして欠けている記憶のキーとなる物を提示されれば、それらが補完される可能性が高いという事実も存在している。
その為冥夜は、夕呼から聞かされた事を元に悠陽は自身の記憶を補完していたのだと感じ取っていた。
尤もこれは推測でしかなく、勘の良い彼女ならばある程度の事に気づいてしまっているかも知れないのだが―――

「私は、何としてでもこの国を、そして民を護らねばなりません。その為には、自分自身を犠牲にする事すら厭わないと考えています」
「ですが姉上、その為に米国を利用する様な真似をしても良いとは思えませぬ……やはりそれにも理由があるのですか?」

確かに冥夜の言うとおり、その為だけに彼の国を利用する様な行為は見過ごす事は出来ないと言える。
日本での主権を得たいがために暗躍を続けている米国。
それを何とかする為に濡れ衣を着せる様な行為は、明らかに度が過ぎていると言えるだろう。

「此度の一件、米国の仕業に見せつけた様に思えるのは、誰の目から見ても明らかでしょう。ですが、本当の狙いはそこでは無いのです」
「本当の狙い……ですか?」
「はい……私を攫った様に見せ掛けた機体は、確かに米軍が開発した機体です。ですが、あの機体を運用しているのは米国内に存在する一勢力……すなわち、米国を隠れ蓑に暗躍している組織、名をシャドウミラーと言います」
「シャドウミラー……もしや、先程我らを襲ってきた部隊は!?」
「恐らく彼らでしょう……彼らはこの混乱に乗じ、日本に存在する米国右派達と共に主権を手に入れようとしています。そして、それに同調した者が沙霧大尉達を裏で操っていたのでしょう」
「それは本当なのですか姉上?」
「私もその様な事は考えたくなかったのですが、先程の一件を見る限りほぼ間違いないでしょう」
「愚かな……何と愚かな者達なのだッ!その様な者達の為にこの国は、民は蔑ろにされているというのか!!……許せん、断じて許せんぞシャドウミラーッ!!」

悠陽の口から語られた事実について、心底怒りを露わにする冥夜。
恐らくこの事実を知った者であれば、その殆どが彼女と同じ気持ちだろう。

「そなたの怒りも尤もでしょう。私とて許す事の出来ない事実です。ですが、それを知らされていながら止める事の出来なかった私にも責任はあるのです……」
「姉上が背負う責などありませぬ!元を糺せば悪いのはシャドウミラーとそれに同調した者達です!!そして、その者達を匿っている米国も同罪です!!」
「かも知れませんね……ですが、そうとも言えないのです」
「どういう事なのです?」

この事実を悠陽が知ったのは、つい最近の事だった。
天元山での救助活動を申し入れた際、唐突に夕呼がシャドウミラーの詳細についてを明らかにしてきたのである。
そして、彼女はこう言い放ったのだ。

『米国はシャドウミラーを利用しているつもりでしょうけど、利用されているのが自分達だとは気付いていないんだと思いますわ。様々な国家に潜伏し、独自に暗躍を続ける謎の部隊……今回のように、彼らの背後に居る自分達の存在を露呈してしまうような事態は容認出来る筈もありません。下手をすれば共倒れになる様な事を許可するとは思えないという事です―――』

つまり夕呼は、ここ最近のシャドウミラーに関する事件は、彼らが独自に行動を起こしている可能性が高いと踏んだのである。
ある程度米国側の思想に沿った様には動いているようだが、いくら日本への政治的介入が目的とはいえ、一国の指導者の命を狙うような真似を許可する筈も無いだろう。
無論、米国側が介入するための手段やお膳立ての方法は問わないなどと言ってれば話は変わってくる。
だが、政治的空白を儲ける事こそが米国の目的であり、国家元首を暗殺しろなどと言う愚かな物言いをする者は少ないと考えられる。
確かに悠陽が存在しなくなり、その後釜に米国の息の掛かった、もしくは意向に同調するような者を据えれば計画は順調に進むかもしれない。
しかし、そんな事をしてしまえば民衆からの敵意を集めてしまう事に繋がる。
結果的に人々は政権を支持しなくなり、より一層の反米感情が高まる事に繋がってしまうのは明らかだ。

「確かに事が公になれば米国は日本を……いえ、世界を敵に回しかねないでしょうね」
「香月殿もそう仰っていました。いくら技術的に優れている組織とはいえ、そのような事になってしまえば何のメリットも生まないだろうと……ですが、世界を敵に回しても問題が無いだけの何かが在るのならば話は変わってくるかもしれないとも仰っているのです」
「ですが、米国がシャドウミラーと深い関わりがあるのは事実……同盟を結んでいる以上、知らなかったで済まされるものでもないでしょう?」

形式上、同盟と言う形を取っているものの、シャドウミラーが米国を後ろ盾に暗躍しているのは間違いない。
恐らく彼らは、日本以外の様々な国に対しても同様の事を行っているだろう。
彼らに協力していたという事実が浮き彫りになりつつある現状で、今回の一件に関しては彼らが独断で事を起こしたなどと言ったところで信用に値するものは存在しえないに違いない。
しかし、これが米国では無い第三者の思惑だったのだとすれば状況が変わって来るのも事実だ。

「姉上は、初めて香月副司令とお会いになったときからこの事を議論されていたのですか?」
「いえ、香月殿とは沙霧大尉達の起こすであろうクーデターに関する事を話した事はありましたが、彼の組織について話し合いを始めたのは、半月ほど前になってからです」

半月ほど前といえば、丁度新潟にBETAが上陸した辺りから冥夜達207訓練部隊が総戦技演習を行っていた頃だ。
ちょうどこの時期に日本国内で米軍所属と思われる機体が、帝国軍機と接触を図っているところをエクセレン達が目撃している。
無論、冥夜はこの事実を知る筈もないが、恐らく夕呼はこれが今後起こりうる何かに繋がると判断し悠陽に話を持ち掛けたのだろう。

「不穏な動きを見せる謎の部隊と帝国軍の部隊……私も初めはクーデターに関するものだと考えていたのですが、どうやら彼らはその頃から着々と準備を進めていたのでしょう」
「それだけの情報を得ていながら、阻止せずに事が起こるまで傍観するとは……正直私は副司令に幻滅してしまいそうです」
「香月殿も香月殿なりの考えがあったのでしょう。それに事が起こるまで動かなかったのは私も同じです……」
「姉上……」

この時冥夜は、それは違うと彼女の言葉を否定しようとした。
だが、それを口にする事は出来なかったのである。
彼女自身、口では動かなかったと言っているが、そんな筈は無い。
何故ならば、冥夜の知る悠陽はそんな人間では無いからだ。
恐らく彼女は、先に自分から動かずに対策を考え、最後の最後まで沙霧達を信じていたかったのだろう。
彼らにも彼らなりの正義がある……特に沙霧達は、日本の行く末を按じて事を起こそうとしていた事実が存在する。
そんな彼らの行いを全て真っ向から否定する事は出来なかったに違いない。

「―――少々話が逸れてしまいましたね……」

どう言葉を掛けるべきか……それを考えていた冥夜を現実に引き戻したのは悠陽の言葉だった。

「冥夜、私がそなたに横浜行きを命じた時の事を覚えていますか?」
「は、はい。訓練生として横浜へ赴き、第四計画遂行のためタケルや香月副司令に協力せよと仰せ付かりました」
「確かに私はそなたにそう言いました……ですが、本当の理由は、そなたを帝都から遠ざける事にあったのです」
「なっ!?一体それはどういう意味なのです?」

先程も述べた通り、悠陽は夕呼との会談を切っ掛けとして以前の世界での記憶を得ている。
その中には、自分の命が狙われていた事を示す物も存在していたのだろう。
もしも自分が再び暗殺された場合、日本を牛耳ろうと考える輩が次に起こす行動は間違いなく影武者として育てられてきた冥夜を狙うに違いない。
そうなってしまった時の事を考え、彼女は一時的に冥夜を帝都から遠ざける事にしたのである。
無論、何の考えも無しに彼女を遠ざけてしまっても意味が無い。
かと言って、下手に彼女を遠ざけるだけに留めてしまってはそれこそ本末転倒だ。
本当ならば自分自身が何とかして彼女を護りたかったのだろうが、公に妹として認識されていない彼女を傍に置いておく事も出来ない。
そこで悠陽は、彼女に横浜行きを命じたのだと胸の内を明かしたのだった。

「横浜基地は第四計画の要であり、外部からの干渉を受けにくい場所でも有ります。特に香月副司令付きの訓練生であれば、何か事を起こすにしても容易いものではありません……こんな手段を講じるしかなかった私を、そなたは呆れていることでしょう―――」

確かにこれが事実ならば、何も知らぬ第三者の視点では呆れてしまうかもしれない。
だが、血を分けた双子の妹を護りたいという彼女の想いは伝わってくる。
しかし、彼女の採った方法は、一歩間違えれば最悪の事態を招きかねないだろうか?
いくら横浜基地に夕呼が居るとはいえ、確実に安全な場所とは言い切れない。
そして、いずれ妹が第四計画に係わる衛士になってしまえば、どちらかといえば死亡する確率の方が高いであろう。
冥夜を護りたいのであれば、横浜ではない別の何処かへ匿った方が遥かに安全だと考えられるからだ。

「姉上のお気持ち、そして私を想っての事……痛み入る思いです。私は常に姉上に護られていたのですね……」
「冥夜……ありがとう」

聊か不明瞭な部分もあるが、自分を想っての行動だという事は伝わってくる。
今の冥夜にとっては、それだけで十分だった。
どんなに遠く離れていても、姉は自分の事を想ってくれている。
ならば自分も、彼女の想いに応えねばならない筈だ。
そう思い、彼女と面と向かって言葉を伝えようと後ろに振り返った―――

「姉、上……?」

彼女の目に飛び込んできた光景、そしてそれが示す行為の意味を彼女は理解できないでいた。
先程までとは打って変わり、冷徹な表情を浮かべ、自分を見つめている悠陽。
そして、その右手には拳銃が握られていた。

「な、何の冗談なのです姉上?」
「そなたには礼を言わねばなりません……ここまで私を信頼してくれてありがとう。とね……」
「お止め下さい姉上ッ!」
「さようなら、おバカな影武者さん―――」


そして一瞬の静寂の後、二人を乗せた烈火のコックピットに乾いた音が鳴り響いたのだった―――



あとがき

第59話です。
間が空いて申し訳ありません……という謝罪文が多くなってきましたね。
出来る限り更新ペースを上げて行きたいところですが、諸々の事情で執筆が停滞しております。
楽しみにされている方、なるべく御期待に沿えるよう努めたいと思いますので、もう暫く温かい目で見守って下さいませ。


さて、風雲急を告げる展開!
多少詰め込みすぎたかと思いますが、その辺は御勘弁願えればと思います。
次回からは一連の事件の真相、そしてクーデター編完結に向けて話を纏めて行く予定です。
またもや時間が空いてしまうかも知れませんが、なるべく早く投降できるように頑張りますのでよろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第60話 偽りの仮面
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/07/03 21:44
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第60話 偽りの仮面




烈火のコックピット内に乾いた銃声が鳴り響く最中、その異常を感じ取った者が別の場所に居た。

「……これは?」
「どうかされましたか社少尉?」
「先程から2番機のバイタルデータがおかしいんです……あ、すみません。正常値に戻りました」
「正常値にですか?」
「はい……ほんの一瞬でしたから、私の見間違いかもしれません」

この時まりもは、モニター越しに移る2番機に対して妙な違和感を感じていた。
突如として初めての実戦に遭遇し、不本意ながら死の八分を経験させる事になってしまった事実。
自分としても、彼女達をこの様な事態に巻き込んでしまったのは居た堪れない気持ちだ。
そんな中、この状況において冥夜達のバイタルは正常値を示している。
今までの経験上、新兵というものは緊張から興奮状態に陥るか挙動不審な状態に陥るケースが多い。
悠陽は兎も角として、新兵である冥夜が何の緊張も感じていないなどと言うのは明らかにおかしいと感じたのだろう。

「00より02、どうした?何かトラブルか?」

冥夜の機体には悠陽も搭乗している。
もしも万が一、何らかのトラブルを抱えてしまっているのであれば、それ相応の対策を講じなければならない。
無論、機体側だけではなく、搭乗している衛士も含めてだ。
それを踏まえた上で彼女は、あえてデータの事を問い質さずに本人の口から報告させようと考えたのだった―――

『こちら02、問題ありません。全て許容範囲内です』
「そうか……では、何故音声通信のみで受け答えをしている?」
『申し訳ありません教官。どうやら先程の戦闘時に通信システムが損傷していたようです。先程から復旧を試みているのですが大丈夫です。このままでも作戦行動に支障は無いと考えます』
「解った。もうじき亀石峠の仮説補給基地だ。時間的余裕があるならば現地の補給スタッフに視て貰え、くれぐれも無理はするなよ?」
『了解』
「……どうやら通信機意外に異常は見られないようですね」
「だと良いのですが……」

後に彼女達は、この判断が誤りであった事を認めさせられる事となる。
今現在、2番機を操縦している人物が誰なのかに気付く事が出来なかったのだ―――

「―――どうやらそろそろ潮時のようだな。目標は確保した……隙を見て本隊と合流させて貰うとしよう」

2番機コックピット内の後部座席で一人そう呟く人物。
口調や仕草からして冥夜とも悠陽とも違うのは明らかだ。
そしてその人物の目の前には、意識を失い目尻に涙を浮かべる少女がシートにもたれ掛かっていたのだった―――


一方、搭ヶ島城にてシャドウミラーの部隊と戦っているキョウスケ達は、予想外の苦戦を強いられていた。

「これだけの部隊をこの場所に投入して来るとは……少々分が悪いな」
『あら、キョウスケにしては珍しいわね』
『全くだ……と言いたいところだが、確かにこの物量で攻められては分が悪い、これがな』

敵の第一陣はゲシュペンストを主体としたPTメインの部隊だったのだが、第二陣、第三陣と増援が増えるにつれ、その構成に変化が表れ始めていた。
第二陣は航空戦力を中心とした部隊、第三陣は戦術機を中心とした物に切り替えてきたのである。

『今現在の敵主力部隊が第一、第二世代機のみとはいえ、こちらの残弾やエネルギーにも限りがありますしね』
『それにこんな所で足止めを食っていたら、白銀君や207小隊の皆に合流するのがますます遅れてしまいます』
『ねえ、ラミアちゃん達の機体に搭載されてる《これでアナタも私の虜、身も心も私に捧げちゃって頂戴システム》で何とかならないのかしら?』
『マリオネット・システムだ。変な名前を付けるなエクセレン・ブロウニング』
『残念ですがエクセ姉様、それは既に何度か試みていらっしゃったりするのです』
「と言う事は、奴らはAI制御の無人機では無いという事か?」
『恐らくは、な……だが、量産型ナンバーズにしては統率が取れ過ぎている。恐らく直ぐ近くに奴らを操っている者が居ると思うんだが……』

キョウスケ達は、第二陣までの掃討にはそれほど時間は掛からなかった。
序盤は敵の数がそれほど多くなかった事も理由の一つだが、兎に角相手は物量を以って一直線にこちらに仕掛けて来るだけだったのである。
勿論彼らもそれを踏まえた上で迎撃を行っていたのは言うまでも無い。
ここで無駄弾を消費するという事は、敵の後続が現れた際にそれらに対する手段が失われてしまうからだ。
なるべく弾薬の消費を抑える為に彼らは近接戦闘を中心に行い、相手がこちらの構築している防衛ラインを通過してしまいそうになった場合のみ砲撃を行うよう努めていた。
だが、そう言った戦法を行う場合、どうしても補給と言う概念が必要になって来る。
敵部隊の第二陣を迎撃した直後には、殆どの兵装の弾が底を尽きかけていたのだった。

「今はこうして敵が落とした突撃砲を使って凌いではいるが、この後も敵の増援が続くようでは負担が大きいか……」

肉体的、精神的疲労と言うものもあるが、一番の問題は機体に掛かる負担だろう。
長時間戦闘を行う場合、何よりも気遣わねばならないのは機体側のコンディションだ。
推進剤の残量、残弾、各種駆動系やフレームへのダメージなど、何一つとして疎かにしては戦場では生き残れない。
そして、一番気掛かりなのは武達のその後だった。

『キョウスケ、こっちに全然情報が回って来ないけど、タケル君達は大丈夫かしらね?』
「解らん。マサキ達の援護があれば大丈夫だと思いたいが、楽観視は出来んだろうな……」
『確かに、埒が明かんな……ラミア、周辺をサーチし、量産型共に指令を送っている機体を割り出せ!そいつを仕留めれば、多少はマシになる筈だ』
『了解……駄目です。該当する敵機、見当たりません……』
『何ッ!?そんな筈は無いだろう。もっと良く探してみろ!』
『無駄ですよ隊長、W17如きに自分をサーチする事は不可能です』
『この声は……そうか、貴様か』

彼らの通信に割り込んで来る人物。
声からして男だという事は判別できるが、恐らくこの人物が敵部隊の指揮官なのだろう。
そして、声を聞いただけでアクセルがこの男の正体に気付いたという事は、シャドウミラー内において彼の部下だった者だという事が当てはまる。

「W13(ダブリュー・ワン・スリー)だな?」
『今はピーター・バニングと名乗っています。以後、お見知りおきを……』
『どういうつもりだW13!隠れていないで我々の前に姿を現わせッ!』
『黙れW17ッ!自分は今、アクセル隊長と話をしている……さて、想像以上に苦戦しているようですね隊長』
「俺を嘲笑いに来たのか?だったらそれは無駄足以外の何者でもない、これがな」
『いえ、あの御方から隊長へのメッセージを預かってきました』
「メッセージだと?」

W13の言うあの御方とは、恐らく以前アクセルを拉致した人物だろう。
どうせ自分達を小馬鹿にする類の物だと彼は考えていたが、その内容に驚かされる事となる―――

『ええ……我々を表舞台に引きずり出す為の小芝居、残念だが貴様達の思い通りにはならん。そして、貴様らが確保した筈のクイーンは、貴様らが接触する前から既に我らの手中にある。更に今し方、もう一人の確保にも成功した―――』
「それはどういう意味だW13ッ!」
『―――確かに伝えましたよ隊長。では、自分はこれにて失礼させて頂きます』
「待て、W13ッ!!」
『……駄目です隊長。通信、途絶しました』
「……発信源は特定できたか?」
『現在前方に展開中の敵機を中継してのものだと思われます。正確な発信源は特定できませんでございました』

相手からの通信が途絶えた直後、彼らの前方に展開していた敵部隊は次々と自爆を開始した。
先程の話から仮定して、彼らの足止めをする必要がもうないと判断したのだろう。
コードATAを用いての自爆は、痕跡を一切残さないため相手を追って敵の本拠地を突き止める事も出来ない。

「どうやら俺達は、香月を含めてまんまと奴らに踊らされていたようだ」
『どういう意味だアクセル?』
「恐らく奴の言ったクイーンとは、煌武院 悠陽の事で間違いないだろう。俺とラミアが帝都城から釣れ出した奴は、既に偽物だったという事だ、これがな」
『じゃあ、もう一人のって言うのは?』
『この件は本来ならおいそれと話せる物ではないが、殿下には双子の妹がいらっしゃるそうだ。恐らくその人物の事だろう……』
「完全にしてやられた、な……さて、これで俺達は手詰まりになったという訳だが……どうするキョウスケ?」

本作戦における当初の目的は、シャドウミラーの兵士に変装したアクセル達が悠陽を連れ出し、その後キョウスケ達と合流。
その後、クーデターを阻止する為に沙霧達と人目のつかぬ所で会談を設けさせるのが第一段階。
そして説得が失敗、もしくは妨害された場合は、当初の予定通り武を含めた207小隊達によって彼女を安全圏に離脱させるのが第二段階だった。
第三段階は、会談がシャドウミラーによって妨害されたならば、彼らを表舞台に引きずり出し、その存在を公にして行動を阻害させる為の策へ移行する手筈だったのである。
勿論その為には、クリアせねばならない問題が多数存在する。
その一つが、第一段階における悠陽を連れ出す方法だ。
これを提案したのは意外な事に悠陽であり、兼ねてから計画されていた横浜基地と帝国軍の合同演習の一環としてこじつければ問題ないという事だった。
F-23Aを使用した理由は、ここ数日、国内で目撃されている所属不明の部隊を想定したものであり、それらを再現する為に鹵獲機を使用してほしいと付け加えてきたのである。
だが、相手側にこれらを打診せずに行うというのは危険以外の何物でも無く、下手をすれば彼女に怪我を負わせる可能性も高いというリスクが存在する。
彼女を連れ出すだけならば、他にいくらでも方法はあった筈だ。
夕呼はこの案を認めようとしなかったが、この案を強行させたのも悠陽だった。
何としても彼らを救いたいという彼女の願いに夕呼は賛同した訳ではないが、その勢いに押され渋々承諾する他無かったのである。
思えばこの時点で妙だと感づくべきだったのかもしれない。
この時点で既に、彼女は何者かと入れ替わっていたのだろう。

「これは俺の憶測にすぎないが、恐らく副司令がこの作戦を殿下に打診した時点で既に彼女は何者かと入れ替わっていた可能性が高い。殿下達の暗殺が敵の狙いなら、帝都を離脱する際に攻撃を受け、彼女に何かあったとしても責任は我々に追及されるに違いないからな」
『なるほど、そして敵は自分達の待機していた搭ヶ島城に居る煌武院殿下の妹を暗殺する為に別働隊を派遣した……その場合でも、そこに自分達を配備していた横浜基地側に責任を負わせることが出来るという訳か……』
『でも、それだと既に殿下は……』
『いや、そう結論付けるのは早い。先程の通信でW13は、煌武院 悠陽は既に我らの手中にあると言っていた。と言う事は、まだ何処かで生かされていると考えるべきだろう』
『ちょっと待って!という事は、今訓練部隊の子達と一緒に居る殿下は偽物って事なのよね?それって危ないじゃないのッ!!』
『大丈夫でございますですエクセ姉様。既にこの件は香月副司令に連絡済みですから、スグに対処して下さります事でしょう』
『でも、心配だわ……』
「この場で俺達が慌ててもどうにもならん。今はタケル達を信じるほかあるまい……」
『そうね……』
「一先ずこの場から移動する。何をするにしても、先ずは補給を受けねば話にならんからな」
『『「了解」』』


こちらの作戦が筒抜けになっていた事実を聞かされた夕呼は、即座に207小隊に向け連絡を取っていた。
丁度彼女等は亀石峠の仮設補給基地に到着しており、通信がスムーズに行えたのは運が良かったと言えるだろう。
だが、敵はこちらが行動を起こす前に動き出していた。

『止まれッ!これ以上貴様を行かせる訳にはいかんッ!!』
「フッ、ようやく気付いたか……だが遅いッ!」

補給基地に到着した際、まりもは訓練兵達の機体から優先的に補給を行わせていた。
中でも2番機には悠陽が乗っていると思い込んでいた為、有事の際は彼女の機体だけでも先に離脱させる必要があると考えていたからだ。
そして、その考えが間違いだったという事実に気付かされたのである―――

「私を撃墜したければ、好きにするがいい。だが、この機体には、私以外にも人が乗っているという事を忘れるなよ?」
『クッ、貴様は一体何者だ!?殿下のフリをして我らを騙し、そして御剣をどうするつもりだ!!』
「貴様らに答える義理は無い」

冥夜が人質に取られている以上、こちら側は一切手を出す事が出来ない。
そんな彼女達を嘲笑うかのように、烈火の衛士は更にその場から北上を続ける。
このまま行けば先程米軍の部隊と遭遇した地点へ戻る事になってしまう。
もしそんな事になってしまえば、冥夜を取り戻す術は無くなってしまうに違いない。
何とかして敵に奪われた烈火の足を止めたいところだが、下手に砲撃を仕掛けては機体その物にダメージを与えてしまう可能性も高いだろう。
まりも達207小隊の面々は、敵を見失わないように後を追う事ぐらいしか出来ないのだった―――


『―――W11(ダブリュー・ダブル・ワン)、状況はどうだ?』
「W13か、既に目標は確保している。現在、追手を撒く為に米軍部隊を仕向けるつもりだ……そちらは?」
『手筈通り、アクセル隊長達に情報をリークした。後は奴らが罠に掛かるのを待つだけだ』
「了解した。では私は当初の目的通り、この娘を連れ本隊と合流する」
『解っていると思うが、くれぐれもその少女を殺すなよ?』
「無論だ。この小娘とあの女将軍は、今後の為に利用価値があるからだろう?」
『そうだ。我らに接触を図って来たあの老人は、即座に二人を殺せと打診してきたが、マスターからは従う必要はないとの御命令だからな』
「例の帝国軍大将の男か……あの男、先程搭ヶ島城でマスターになり済ましていたぞ。これ以上調子づく前に処分すべきではないのか?」
『奴に関しては、既に用済みだとマスターが仰られていた。将軍とその少女が揃い次第、我らに抹殺するよう命令が下されている』
「そうか……そういえばW12の方はどうしている?」
『例の機体の最終調整を行っている最中だ。一応再生手術は成功してはいるが、性能の低下は否めん。時間は掛かっているが、想定の範囲内だ』
「やはりレモン様が居られない分、完全修復は無理と言う事か……」
『ああ、自分や貴様も奴のようになってしまえば初期型ナンバーズと大して変わらんからな』
「フッ、私はあの出来損ないとは違う。貴様もそうだろう?」
『そう願いたいものだ……では、こちらも準備を進めておく。合流地点に変更は無しだ。任務成功に期待している』
「了解……指揮官気取りの出来そこないがよく言う……まあ良い。これも命令だからな」

悠陽と入れ替わっていた人物の正体、それはシャドウミラー所属のナンバーズW11だった。
ラミア達と同型の後期型ナンバーズである彼女は、敵対組織への潜入などを行う為に製造された固体である。
元来、シャドウミラーという組織は、戦争継続の為に様々な組織にスパイを送り込むことで自分達に有利な状況を作り出すべく行動するケースが多い。
中でも彼女は、敵対組織における要人と入れ替わり内部を混乱させる事が主な任務だ。
その為、彼女はナノマシンを利用した特殊な変装技術を付加されている。
今回の任務における彼女の役割は、悠陽と入れ替わり、彼女の身代わりを演じる事で誰にも気づかれず帝国軍内部を掌握する事にあったのだった。
そして、それを可能としているのがシャドウミラー独自の調査能力と情報網だろう。
彼らはそれらを行う為、盗聴などは勿論の事、情報を得られるであろう人物を一時的に拉致したりもする。
その際、薬物投与や記憶操作などを用いて情報を収集するのだ。
無論、一時的な拉致なのであるから後遺症などを残す事は出来ない。
あくまでこれらの行為は、全て秘密裏に行わなければならないからだ。
そう言った事を踏まえ、恐らく先程までの冥夜とのやり取りは、悠陽自身から引き出した情報なのだろう。
尤も彼女が冥夜と行った会話の一部に関しては、あくまで憶測でしかないのだが―――


ここで再び舞台はヴァルキリーズと米軍部隊との戦場へと移る。
突如として現れた増援部隊。
初めはたった7機の部隊などに手を焼く筈はないとタカを括っていた米軍だったが、予想以上の苦戦を強いられていた。

『畜生!このF-22Aをここまで翻弄するとは……こいつら化け物か!?』
『泣きごとを言うな!数ではこちらが勝っているんだ。一機ずつ分断して各個撃破しろ!!』
『Roger that!』

米軍最新鋭機であるF-22Aがここまで苦戦している以上、同部隊に随伴しているF-15Eは殆ど手も足も出ていない。
F-22Aとほぼ同等の機動性、そして米軍衛士が苦手とする接近戦を主体に攻めて来る相手に対して距離を取る暇も与えて貰えないのだから仕方が無いだろう。

「ほらほら、どうしたの!?米軍の精鋭部隊と言っても、大した事ないわねッ!!」

ブリュンヒルデの圧倒的な突撃力にモノを言わせ、相手に肉薄する水月。
前方に展開する3機のF-15Eを同時にロックし、ほぼすれ違いざまに彼らの機体を行動不能にする。

「流石は新型、改型以上の性能だわ」
『あまり調子に乗るなよ速瀬?貴様は突撃前衛長としての任務を果たしてくれれば良い。無茶だけはするな』
「解ってますよ大尉。それよりも、ベーオウルブズの二人組の方を心配してやって下さい」
『彼らに関しては問題ない。流石は南部大尉の部下達、と言ったところだな……』

米軍を圧倒しているのはヴァルキリーズだけではない。
マサキとリュウセイの二人は、それぞれ単独で戦列の両翼に展開し戦闘を継続している。
戦術機などとは比べ物にならない近接戦闘能力を有するR-1は、初めて相対するF-22A相手にも余裕で事を運んでいた。
そしてサイバスターは、もはや反則と言えるほどの速度で敵機を行動不能にしている。
如何に米軍が誇る精鋭部隊とはいえ、この二機を相手にするのは分が悪すぎるだろう。
そして自分達が精鋭部隊だと思い込んでいる彼らにしてみれば、この圧倒的な性能にプライドをズタズタにされていたに違いない。
そんな状況下の中、ついに彼らは積極的に攻めるのを止め、守りを主体とした戦術に切り替えてきた。
想像以上に損耗率が高いと踏んだ指揮官が、少しでもそれを抑える為に変更を余儀なくされる状況へと動いたのだろう。
だが、これには理由も存在している。
彼らは前もってこの場を死守するよう命令を受けており、何としても全滅する事を避けねばならなかったのだ。
その結果、この戦場に居た多くの米軍衛士は徐々に不安に駆られ、心が折れそうになって行く。
しかし、そんな状況下において、ただ一人心の折れていない人物が彼だった―――

『―――我らがこうも苦戦するとは……』
「ウォーケン少佐、既に勝敗は決しております……これ以上の戦闘継続は無意味でしょう?」
『かもしれん……だが、我々とてここで引き下がるわけには行かんのだッ!』

弾幕を形成し、真那の武御雷との距離を取るウォーケン。
同じ第三世代機だが、両極に位置するこの二機の戦いは膠着状態が続いていた。
機動性と射撃能力ではF-22Aに分があり、パワーと近接能力は武御雷が上回る。
性能差は勿論だが、この状況においての二人の技量は均衡していた。
無論、近接戦闘に持ち込む事が出来れば真那の優位性は格段に上昇するのだが、ウォーケンの随伴機がそれを許さないでいる。
特に彼の副官的立場と思わしき人物の動きが厄介だった。
こちら側の部下を抑えつつ彼の援護も行い、隙あらば真那の機体にも仕掛けて来る。
ハイヴ内の戦闘よりも、地上に於けるBETA制圧を最優先の任務として開発されたF-22Aは、こう言った状況に対し優位なのかもしれない。
互いに決定打に欠け、どちらかが上手く均衡を崩さない限りこのまま膠着状態が続くと誰もが思っていたのだが―――

『こちらはアメリカ陸軍特務部隊シャドウミラー所属、ライア・マスカレイド大尉です。アルフレッド・ウォーケン少佐ですね?』
「特務部隊の人間か?この状況で一体何の用だ?」
『事前に連絡が行っていると思いますが、協力をお願いします』
「確かに連絡は受けている。だが、この状況下で貴官に協力する事は難しい……悪いが理解してもらえないだろうか?」
『承知しています。少佐殿にお願いしたいのは、私がこの場を離れるまでの間、敵の足止めをお願いしたいという一点のみです。幸いな事に追手は訓練兵を中心とした者達ばかり……敵の頭数にも入らないと思いますが?』
「……良いだろう。だが、我々は国連軍機の相手で手一杯だ。足止めは行うよう部隊を配置するが、そう長くは持たんと考えてくれたまえ」
『了解です。間もなくそちらの作戦空域に到達します。では、後の事は宜しく頼みましたよ少佐』

このタイミングでこの戦域に到着するW11。
彼女が現れた事で、状況は一変しようとしていた。

「20702?何故冥夜様がこの場に……?」
『こちら207リーダー!月詠中尉、聞こえますか!?』
「こちら月詠。どうした軍曹、何故引き返して来たのだ!?」
『申し訳ありません。敵と思しき者に2番機を奪われました……2番機に乗っておられた殿下は偽者だったのです……』
「な、なんだとッ!?」

流石の真那もこの知らせには驚きを隠せない。
そして、その一瞬の隙を見逃すほどウォーケンも甘くはない。

『戦闘中に動きを止めるなど……』

彼はあえて突撃砲を使用せず、短刀を構え彼女の機体へ向けて突貫する。
相手が先程まで接近戦など仕掛けてこなかった事もあり、真那は完全に虚を突かれてしまっている。
受け止める事は不可能と判断した彼女は、回避を選択するが相手はそれすらも予測していた。
ウォーケンは構えていた短刀を破棄し、武御雷に向けて36mmを発射。
回避を始めていた為に直撃こそ免れたものの、右腕に被弾してしまいそちら側の腕は使い物にならなくなってしまった。

「クッ……」
『ま、真那様ッ!』
『貴様ッ!よくも真那様をッ!!』

まりもの報告により動揺していたとはいえ、真那が被弾してしまった。
この事実に怒りを覚えた彼女の部下達は、一斉に弾幕を形成しウォーケンに仕掛けるがそれらは掠りもしない。
それどころか逆に更なる反撃を許してしまい、彼女らの機体も被弾してしまう。

「落ち着け神代、巴、戎ッ!そのまま弾幕を張りつつ後退するんだッ!!」
『『「了解ッ!」』』

しかし、彼らもそれをみすみす見逃すつもりなど毛頭ない。
F-22Aの機動性をフルに生かし、弾幕を回避しながら距離を詰めて来る―――

『機動性ならばこのF-22A、貴様等のType00に負けはせんッ!仕留めさせて貰うぞッ!!』

4機の武御雷から放たれる36mmの雨を、ウォーケン達は巧みな操縦技術で回避して行く。
これだけの攻撃を続けているにも拘らず、相手の足を止める事が出来ない。
それは焦りとなって彼女等を襲い、更に自分達を追い込む要因となってしまう。
相対距離はおよそ数百メートル、このままではもう駄目だと誰もが思いかけたその時だった。
上空から無数のミサイルが降り注ぎ、F-22A達の足を止める。
爆煙で視界が塞がれる中、彼女達の間に割って入る影。
それは彼女等の良く知る機体、武の駆る不知火改型だった―――



あとがき

第60話です。


今回のあとがきは敢えて謝罪文のみとさせて頂きます。

前回のお話のラストに関して、大変不愉快な思いをさせてしまった事に改めて謝罪させて頂きます。
本編内で書かせて頂いた通り、207小隊と行動を共にしていた悠陽は偽者だったという設定です。
これは当初から予定していた流れであり、唐突にこの様な流れになった事で驚かれた方も多数いらっしゃると思います。
本来ならばもう少し悠陽ではないんじゃないか?と言う描写を入れるべきだったのかもしれないと反省しています。
ですが、あまり安易に違和感を得られる様な描写にしてしまうと面白みに欠けると判断し、今回の様な形とさせていただきました。
原作ファンの方々に対し、不快な思いをさせてしまった事、本当に申し訳ありませんでした。

それでは次回もより一層頑張らせて頂きますのでよろしくお願いします。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第61話 DCの遺産
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/08/01 22:10
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第61話 DCの遺産




米軍と横浜基地の部隊が戦闘を行っている最中よりも以前、頃合いとしては207小隊がシャドウミラーの無人兵器部隊に足止めを食らっていた辺りへと時間は戻る―――

「―――さて、大佐……理由を説明して貰えるかね?」

薄暗い一室に浮かぶ二つの影、その一つは今回の一件の首謀者の一人である崇宰だ。
そしてもう一人……大佐と呼ばれた人物は、もはや語る必要のないシャドウミラーの首魁と思しき人物だ。
その彼は崇宰の問いに対し、何の事だと言わんばかりの表情を浮かべている。

「私は貴公に彼女を捕らえ次第殺すよう命じていた筈だ。それが何故、こうして生きているのだね?」

崇宰は、モニターに映る少女を指さしながら男に詳細を訪ねていた。
平静を装っている様子だが、口調や視線などからそうは受け取れない。
恐らく約束事を反故にした男に対し、内心かなり怒りを覚えているのだろう。

「崇宰大将、貴方の仰りたい事は承知している……だが、この少女にはまだ利用価値があるのだ。そう簡単に殺す事は出来んよ。彼女には奴らを抹殺する為の駒として動いて貰うつもりだからな」
「よくもまあ、ぬけぬけとその様な事が言えるな貴公は……」

崇宰はあえてそれ以上何も言おうとしない。
その理由は、此度の事を起こす際に結んだ内容にある。
後に12.5事件と呼ばれる筈であった今回の一件は、本来ならば米国政府の一勢力が介入し、事に当たる手筈だった。
そして崇宰自身、裏からクーデターを画策している将兵達を上手く誘導し、米国の力を借りることで自分の思惑通りに事を運ぶつもりだったのである。
米国側は彼の思惑を自分達の都合の良いように利用しようと企んでおり、彼もそれを十分承知の上でだったのは言うまでも無い。
だが、そこに来て予想外の出来事が発生してしまう。
それが香月 夕呼を始めとした横浜基地の者達だった。
中でも問題だったのは、近頃台頭し始めてきた彼女直轄の特務部隊の面々。
高天原で実際に彼らを目にした際、その圧倒的な戦力に彼は計画に支障がでると判断したのだ。
そして、夕呼が一部の帝国軍将兵がクーデターを画策している事実を突き止めたという情報を得た事で彼は更なる不安に駆られる事となる。
もしも万が一、日本政府が横浜に事件解決の協力を要請した場合、あの戦力で事に当られてしまえば瞬く間に事態は収束してしまうに違いない。
かと言って自分があまり公に動いてしまえば、下手をすればクーデター部隊の裏に自分が存在する事が知られてしまう。
そんな彼に手を差し伸べた人物がいる……米国特務部隊として暗躍していたシャドウミラーだった―――

「閣下は何か勘違いをしているようだな?確かに我々は、貴方の策に協力するとは言った。だが我々は、あくまで裏切り者とベーオウルフ達の抹殺を最優先とさせて貰うと……違うかね?」
「わ、解っている!しかし、予想以上の抵抗を受け、貴公らも苦戦しているではないか!!」
「クックック、やはり閣下は将としては向かない様子だな。己の利益のみに目が眩み、大局でモノを見るという事が出来んようだ……もっとも、技術局の長である以上、戦場を知らぬのは当たり前といえば当たり前だが……」
「き、貴様ッ!この私を愚弄するつもりかッ!!」

抑えていた感情が膨れ上がり、大声をあげて男を威嚇する崇宰。
しかし男は、そんな彼に微動だにせず対峙している。

「まあ落ち着きたまえ、ここで我らがいがみ合っていても仕方あるまい?」
「先にそちらが煽っておいてよくもその様な事を言えたものだな……」
「フッ、その件については謝罪させて頂く。今はまだ、私も貴方も己の悲願達成のために協力せねばならない間柄だ……そこで、だ。閣下に折入って頼みがある」
「……言ってみたまえ」
「率直に言おう。奴らの抹殺に手を貸して頂きたい」
「何かと思えば、その様な事か……彼らの抹殺は君達が最も優先する事だとさっき言ったばかりではないか」
「その通り……だが、閣下の御力を借りたいのだよ。以前、こちらが渡したものの改良、アレは大変素晴らしいものだった……しかし、制御を行うには我々ではまだ力量が不足しているのが現状だ」
「ほほう……それほど難しいものでは無かったと思うがね」
「この世界の技術は、我らにとって未知なる部分も多い。そちらが我らの技術に疎いように、我らもまた同様なのだよ」

先程とは打って変わり、急に下手に出始める男。
口調はそうでもないが、元々この男はこう言った話し方をする人物だ。
何かしら裏があるに違いないと受け取れるが、崇宰はあえて彼の話に乗ってみる事にする。

「それで、貴公は私に何をさせたいのだ?」
「簡単な事だ。例のシステムを搭載した機体のテストを閣下自らの手で行って欲しい。勿論、護衛には我が精鋭部隊を付けさせて頂く……なんなら見返りとして、帝国軍にもう間もなく調整が完了する特機とその詳細な資料や設計図を進呈しよう」
「先程貴公も言っていたが、私は衛士ではない。戦術機や特機、ましてや機動兵器の操縦など動かす程度の事しか出来んぞ?」
「それに関しては問題は無い。その機体には特殊なマン・マシン・インターフェイス、一種の脳波コントロールシステムが搭載されている」
「脳波コントロールシステム……それは興味深いな」
「このシステムは、まともな操縦訓練を受けていない者でもエースパイロット並みの能力を発揮できる画期的な物だと我々は考えている。これも先程の特機と合わせてそちらに進呈しよう……米国に先駆けて、な」

正直、これは破格の申し出に近い……それが崇宰が率直に感じたものだった。
高天原で実際に見たコンパチカイザーの性能。
そして、諜報部から得ている横浜に存在している特機。
どちらもまさに一騎当千の能力を有した機体だ。
あれだけの物を開発しようとすれば、現在帝国が有している技術のみではあと何年かかるか想像もつかない。
構造の解析に始まり、未知の技術の導入など、再現するのは非常に困難だ。
しかし、詳細な資料と設計図が存在すれば、たとえ同じ物を再現できなくとも帝国軍の技術レベルを引き上げる事も可能になる。
更に言うなれば、何よりもその特殊なマン・マシン・インターフェイスも非常に捨て難いものだ。
新兵であっても熟練の衛士並みの能力が発揮できるとなれば、訓練時間の短縮や疑似生体移植による再生手術を受け前線から退いた者を再び戦場に戻す事も可能になるかも知れない。
もしそうなれば、日本は他国に負けない屈強な力を得ることにもなり、今後米国やこの様な輩の力を借りずとも自身の野望を達成する事も容易くなるのではないかという考えが頭を過ぎる。
喉から手が出るほどに欲しいと感じていた技術の一端、それを目の前の男は見返りに提供すると言っていのだ。
上手すぎる話には違いないとはいえ、あまり考えている時間も多くは無い。
今の彼に男の申し出を断る事は出来なかったのだった―――

「―――協力に感謝する。では、3番格納庫へ向かってくれたまえ、私から部下の方へ連絡しておく」
「くれぐれも先程の話、忘れないようにな……」
「無論だ」

崇宰はその場から退出し、部屋には男だけが残っている。
完全に気配が消えた事を確認した彼は、インカムを手にして部下へと指示を伝えていた―――

『―――あの男に任せて宜しいのですか?』
「……構わん。どうせ今回の一件が済み次第、奴は始末するつもりだった。それよりもW13、例の機体とアレはどうなっている?」
『現在、W12が最終調整を行っております。現状の出力で荷電粒子砲の使用は不可能ですが、防御システムの方は問題ありません』
「そうか……ならば、手筈通りに事を進めろ。その後の始末は貴様に任せる……無論、奴の事も含めてな」
『了解しました。それで、機体のパイロットはやはり?』
「ああ、アードラー・コッホの残してくれたあのシステムならば可能だろう。念の為、貴様も近くで待機し事に当たれ……それと、奴らの誘導も忘れずにな?」
『心得ております……ではヴィンデル様、これより自分は任務に移ります』


そして、舞台は再び武達の所へと戻る―――



至る所で戦闘による噴煙が上がり、その戦場は熾烈を極めていた。
そんな中、戦場に割って入る謎の戦術機。
ミサイル着弾時の影響により詳細を確認できないウォーケンは、それを危険な物だと認識して一先ず距離を取っていた。
それを見た武は、恐らくもう一度仕掛けて来るまでに多少時間が稼げるに違いないと判断する。
だが、自分達を隠してくれている煙は、そう長くは持たないだろう。

「涼宮、一時的に指揮権をお前に預ける!柏木達と時間を稼いでくれ!!」
『わ、解った!』
『米軍の精鋭相手に時間稼ぎかぁ~……白銀も結構ムチャな事言うよ』
「5分、いや、3分でいい!月詠中尉達に指示を与えたら俺も直ぐに合流する!!」
『3分以上は難しいから早くしてよね!?』
「解ってる!悪いけど皆、頼むぞ!!」
『『「了解ッ!」』』

たった三機で米軍精鋭のウォーケンとその部下を相手にするのは危険だが、距離を取っての戦闘ならば多少なりとも分があると判断するしかない。
今のうちに彼は一先ず状況を整理し、夕呼から受けた指示を月詠達に伝える事にした―――

「遅くなってすみません月詠中尉」
『いえ、助かりました白銀大尉……』
「やはり、米軍はこちらに仕掛けてきたんですね?」
『はい……それよりも大尉、先程神宮寺軍曹が言った事は本当なのですか?』

普段は余程の事が無い限り平静を保っている真那だが、流石に今回の出来事に関しては焦りを露わにしていた。
武が気付けるぐらいの表情を浮かべている事からも判るように、彼女の心境は相当戸惑いを覚えているのだろう。

「事実です……すみません中尉、もっと早く気付くべきでした」
『我らの方こそ不甲斐無いとしか言いようがありません。仕えている筈の主が偽者だったという事実に気付けないでいた……私は斯衛失格です』
「自分を責めないで下さい……諦めたら駄目ですよ中尉。殿下を救い出すチャンスはまだ在る筈です」
『はい……』

今の真那は、武が考えている以上に心に負ったダメージが大きい様だ。
このままでは戦闘に支障をきたす恐れもあるだろう。

「しっかりして下さい月詠中尉ッ!普段の貴女は何処へ行ったんですか!?」
『……武様?』
「いつもの貴女なら、この程度の事でへこたれたりしない筈だ……俺の知っている中尉は、強くて凛々しくて一見怖そうにも取れる人だけど優しくて芯の強い人だった筈ですッ!俺はそんな中尉を尊敬し、目指す衛士の一人だと思ってます……だから、いつもの中尉に戻って下さい。お願いしますッ!!」
「こ、こんなときに何を仰っているのですッ!わ、私は武様に尊敬されるような器では……」

流石の彼女も、武の言葉に驚きを隠せないでいる。
確かに彼女を尊敬し、慕う者も大勢いる事に間違いは無い。
だが、その殆どは自分より階級が下の者ばかりであり、ましてや上官にそう受け取られていたなどと考えられなかった。
しかも、これ程面と向かってハッキリ言われた事もほぼ皆無と言っていいぐらいだ。
驚きと戸惑いなどと言った感情が心の中で暴れまわり、それと同時に恥ずかしさすら込み上げて来る。

「月詠中尉、俺に力を貸して下さい……殿下と冥夜を助けるためにッ!」

その一言が彼女の迷いを振り切る切っ掛けとなった。
改めて自分が何をすべきなのかを教えられた気がする。
うろたえてしまっている自分を奮い立たせるため、武はわざとこの様な物言いをしたのだろう。

『無論です……お陰で目が覚めました!この月詠 真那に出来る事ならば、何なりとお申し付け下さい武様!!』

二人を助けるための助力を請う武に対し、二つ返事で了承する真那。

「では中尉、今すぐ神代少尉達と共にこの場から離脱し、207小隊と合流して下さい。ここは俺と伊隅大尉達で食い止めます」
『お、お待ち下さい武様!多少被弾しているとはいえ、我らもまだ戦えます!!』
「いえ、中尉達には、神宮寺軍曹達と共に攫われた冥夜を助け出して欲しいんです。恐らく逃亡中の烈火は、この場に居る米軍を足止めに利用するに違いない……混戦状態になったら、補足するのも困難でしょう」
『……なるほど、確かに仰るとおりです』
「中尉達はここから南下し、烈火の頭を押さえて下さい。後の手筈は、既に香月副司令から神宮寺軍曹に伝わっていると思います」
『ですが武様、逃亡中の賊が冥夜様を盾に我らを振り切ろうとする可能性も考えられると思うのですが……?』
「可能性が無いとは否定できません。だけど、こっちも手を拱いている事も出来ないんです。ここで奴を逃がしてしまえば、それこそ取り返しがつかなくなりますから……」
『……』
「これはあくまで副司令の予測でしかないんですが、敵は恐らく冥夜に手を掛ける事は無いそうです」
『どういう意味です?』
「もし敵の目的が冥夜の命だったのならば、これまでに幾度となくチャンスはあった筈です。なのに相手はそれを実行しなかった……それはつまり、命を奪う事が目的だった訳ではなく、冥夜そのものが目的だったと考えられるからです。だから、折角手に入れた冥夜を自分が逃げ切る為に殺すとは考え難い……と言うのが副司令の考えです」

確かに夕呼の言うとおり、敵の目的が彼女の命だったのならば仕留めるチャンスは幾度となく在った筈だ。
そうでなければ、これまで207小隊の面々と行動を共にし続けた理由が思いつかない。
しかし、敵の目的が冥夜の拉致であったとしても、彼女の身柄を確保した後に同行していた部隊を振り切って逃げる準備を整えなければならなくなる。
そして、逃亡を開始したとしても、短時間で味方と合流し、最優先で自分の安全を確保しない限り任務達成にはならないだろう。
そう言った経緯を踏まえて考えた結果、今この場に居る米軍の介入が敵の逃亡を手助けする為の部隊だと夕呼は予測したのだ。
それが証拠に、敵部隊は斯衛の警護小隊を振り切ろうとせずにこの場に留まっていた。
背後から別働隊に強襲を受けていたとはいえ、周囲を囲まれていた訳ではない。
たった四機の小隊を振り切ろうと思えば、それ相応の戦術プランも存在していた筈なのだ。
ヴァルキリーズの遙から送られてきた戦場の見取り図、そして敵部隊の展開状況を踏まえ導き出した答えなのだろうが、この短時間でそれだけの事を予測した彼女はやはり天才と言う事なのだろう。

『……了解しました。これより我々は、二番機奪還任務につきます。武様、御武運を……』
「ありがとう。中尉達も気を付けて下さい」
『ハッ!』

武からの指示を受けた真那達四人は、即座に行動を開始する。
恐らく、烈火がこの場に到達するのに、そう時間は掛からないだろう。
正直後ろ髪を引かれる思いではあるが、武の言うとおり敵を取り逃がしてしまっては意味が無い。
彼女は改めて自分の置かれていた立場を思い出し、急いで冥夜の下へと向かうのだった―――


「―――Type00の部隊は後退したか……ハンター各機、距離を取りつつ敵部隊をこちらに引きつけろ!頃合いを見て我らも撤退する。それまで何としてもここを死守するぞ!!」
『『「Roger that!!」』』

相手側に動きがあったと気付いたウォーケンは、即座に部下へ向けて指示を出し、自身も敵を迎撃すべく動いていた。
だが、正直言って状況は芳しくない。
彼の中隊が相手にしている部隊はたったの三機だが、その動きは従来の帝国製戦術機とは一線を画していた。
機動性、反応速度、そしてF-22Aにも匹敵する巡航性能。
まるで同型機同士で戦っているような錯覚にさえ陥ってしまう様な気がする。
それは他の機体を相手にしている別小隊の部下達も同じだっただろう。
圧倒的に分が悪い、それが彼の率直な意見だった。

「ハンター1よりヒートリーダー、そちらの損害状況はどうか?」
『こちらヒートリーダー、状況は思わしくない。敵の新型と思われる二機が、圧倒的な性能でこちらを追い詰めている状況だ……』
「すまないが、もう少しだけ持ちこたえてくれ……何機かそちらの援護に回す。だが、決して無理はするなよ?」
『ヒートリーダー了解……早めに頼む!』

彼自身もその二機の存在には頭を悩ませていた。
一瞬しか確認できなかったが、その存在は明らかに異質と言っても過言ではない。
西洋の甲冑を纏ったかのような機体は圧倒的な速度を誇り、間違いなくF-22A以上のスピードだろう。
そしてもう一機は、Type00を凌駕するほどの近接戦闘能力を見せ付けている。
恐らくどちらも日本の開発した新型機なのだろうが、こんなものを投入して来るとは想定外もいいところだ。

「あのような機体を独自に開発していたとは……どうやら自国開発に拘った挙句、我が国に助けを求めに来たというのは嘘だったようだな―――」

今ウォーケンが口にしたのは、不知火・弐型の事を指しているのだろう。
アラスカユーコン基地で行われているプロミネンス計画の詳細は、一兵士である彼自身もそれほど詳しく知り得ている訳ではない。
だが、佐官クラスの人間である以上、その計画がどのようなモノなのかぐらいは知っているつもりだ。
あくまで噂として聞いたに過ぎないが、日本はType94の強化を目的としてこの計画に参加したという。
この二機を見ていると、それは真っ赤な嘘であり、他国の技術を吸収した後に更なる高性能機を開発するつもりではないかといった考えさえ浮かんでしまうほどだ。
そして、その二機とほぼ同等に驚かされているのは、現在彼らの中隊が相手にしている戦術機である。
性能面に関しては先程も述べた通りだが、武装面に関しても同様だった。
基本的に三種類のタイプが確認されているその機体は、ロング、ミドル、ショートレンジの部類それぞれに特化している。
それらが互いを上手く補う事で欠点をカバーし、圧倒的ともいえた戦力差を覆しているのだ。

「―――そろそろ潮時かもしれんが、敵もそう簡単に逃がしてはくれんか……」

レーダーに映る機影、先程止めを刺そうとしたType00との間に割って入った機体だ。
見た目はType94に似ているが、細部が異なっている。
恐らくは、改造機などと言った類のものだろう。

「奴が指揮官機か?単機で突貫して来るとはな……ハンター1よりA小隊各機、前方の敵指揮官機と思われる奴を仕留める!私に続けッ!!」
『『「Roger that!!」』』

意を決したウォーケンは、その機体に照準を合わせ自身も相手に向けて突撃を開始する。
相手がどう出るか判らないが、向こうが一機なのに対してこちらは四機。
多少卑怯ではあるが、こちらもこれ以上損害を増やす訳にはいかない。
しかし、ここが戦場である以上、相手に情けを掛けるのは無用だ。
先手必勝と言わんばかりに突撃砲を放ち、相手を射隠するウォーケン。
だが、彼の目に飛び込んできた物は、想像を絶するものだった―――

「なっ!?更に加速するだとッ!?」

敵は回避行動を取る訳でもなく、あろう事かこちらに向けて更に突進して来る。
自殺願望の有る愚か者なのかと錯覚させられてしまうが、彼はそれを即座に否定した。
この速度でありながら、敵は最小限の動作でこちらの攻撃をかわしているのだ。
時折かわしきれない筈の弾丸が相手に命中しそうになるものの、それらは全て見えない何かによって弾かれている。

『クッ、何で墜ちないんだよこの野郎ッ!』
『突撃級じゃあるまいし、何でこちらの攻撃が届かないのよッ!!』
『ば、バケモノか奴は!?』

通信機越しに聞こえる部下達の驚愕する声。
盾も持たない相手が、被弾もせずにこちらへ突っ込んでくるのだ。
この光景を不気味と捉えない者が居るとすれば、精神が破綻しているに違いない。
そんな状況に陥っている衛士が、冷静な判断を下せる筈も無いだろう。
36mmが通用しないと踏んだウォーケンの部下達は、120mmを用いて敵を排除しようと試みる。
何かしらの手段を用いてこちらの攻撃を防いでいるのだろうが、この威力ならば仕留められるに違いないと考えたのだろう。
散開し、三方からの同時攻撃ならば、その確率は更に上がるに違いない。
そう考えた彼らが距離を取ろうとした矢先、敵機が急遽突進を停止し、両腰にマウントされていた突撃砲を放って来たのだ。
流石の彼らもこれに対しては反応が遅れてしまい、機体各所に被弾してしまう。
致命傷こそ受けてはいないとはいえ、戦闘続行は不可能だろう。

「クッ、敵兵にしては良い動きだ……だが、その状態では避けきれまいッ!!」

撃墜された部下が気掛かりではないと言えないが、ここで相手を仕留め切れなければ申し訳が立たない。
そう判断したウォーケンは、敵機を撃墜すべくトリガーを引く。
吸い込まれるように相手に向けて放たれる36mm。
相手を仕留めたと確信した彼が、部下の安否を確認しようとしたその時だった―――

「―――な、何だとッ!?」

再び目の前で起こる在り得ない光景に対し、彼は驚愕の表情を浮かべていた。
この距離、そして動作の切れ目である硬直時間を狙った攻撃。
戦術機であれば、必ずと言って良いほど発生する硬直時間。
それを眼前の敵機は無視し、彼の攻撃を完璧に回避したのだ。
それだけでは飽き足らず、再び彼目指して突撃を再開し始めたのである。

「何故だッ!何故奴は動けるッ!?」

まるで悪い夢を見ているかのような錯覚に陥るウォーケン。
だが、敵はそんな事などお構い無しと言わんばかりに距離を詰めてくる。
相対距離は数十メートルにまで迫っているが、こちらの攻撃はかすりもしない。
直撃と思われる弾も、全て先程と同じように目に見えない何かによって弾かれているのだ。

「―――うおおおおおッ!」

少しでも距離を取るために、そして相手を撹乱するために動き続けるウォーケン。
だが、敵もそれを易々と実行に移させようとはしない。

「き、機動でこのF-22Aを上回るだと……?」

完全に翻弄されていると彼が気づいた時、背後から機体に鈍い衝撃が走る。
それが何かをはっきりと認識する間も無く、彼はその体を地面へと叩きつけられた様な錯覚に陥っていた―――

「ば、バカなッ!?」

視界が急に反転し、直後に起こった鈍い衝撃。
そして眼前に居た筈の機体は、何故か自分を見下ろす様な位置に陣取っている。
突撃砲の銃口がこちらに向けられ、先程からコックピット内にはけたたましくロックオンを示すサインが表示されていた。
自分がつい先ほど相手に何をされたのかを認識できるまでになったとき、彼はその刹那の攻防がなんだったのかをようやく理解する事が出来たのだ。
それを理解した瞬間、彼は自身のプライドを傷付けられたと認識していた―――

『―――こちらは国連軍横浜基地所属、白銀 武特務大尉。貴官は、米軍部隊の指揮官殿で間違いないか?』
「間違いない。私はアメリカ陸軍、第66戦術機甲大隊指揮官のアルフレッド・ウォーケン少佐だ……白銀大尉と言ったな?何故この様な真似をする?貴官も軍人である以上、相対した者が敵ならばこの様な情けを掛ける必要は無い筈だ……さっさと止めを刺したまえ……」

武の取った行動、それは機動性を用いて相手を翻弄し、死角からの攻撃によって相手を行動不能にしたのだ。
完全に虚を疲れる形となったウォーケンは、言うまでも無くその対応に遅れてしまった。
相手の力量を見誤っていたとはいえ、目の前で起こっている状況は侮辱以外の何物でもないと言える。
武に対し、怒りを露にするウォーケンだったが、そんな彼から返って来た言葉は意外なものだった―――

「―――別に自分は少佐殿に情けを掛けている訳では在りません。自分はこれ以上、無益な戦闘を望んでいないだけです……こちらは国連軍横浜基地所属、白銀 武特務大尉。現戦域に展開中の両軍に告げる。直ちに戦闘を中止し、こちらの指示に従え……繰り返す、直ちに戦闘を中止し、こちらの指示に従え」

戦場に木魂する武の声。
国連軍側はそれ程でもなかったが、米軍側にしてみれば理解できない内容だ。
しかし、相手は状況を理解し、即座に戦闘を中止せざるを得ない状況だという事に気付かされる。
それは一部始終を見ていたウォーケンの部下達が、彼を守る為に全部隊に指示を出したからだった。

『どういうつもりだだ大尉?』
「言葉通りですよ少佐。俺はこれ以上の戦闘継続を望んでいません」
『私に銃を突きつけながら、よくそんな事が言えるな……貴様の目的は一体何だ?』
「俺の目的は、攫われた殿下と仲間を救い出す事……そしてそれを指示した者達を取り押さえる事です」
『先程も言った事だが、煌武院殿下は既に帝国軍が救出している。いい加減、そういった戯言は止めたまえ大尉!』
「残念ですが少佐、それは偽の情報です……殿下は帝国軍によって救い出されてはいません。そして、俺達が助けたと思っていた殿下は偽者でした……全て初めから仕組まれていた事だったんですよ……」
『まだそんな事を言うか!?ふざけるのもいい加減にしたまえッ!』

武の言葉に対し、激昂するウォーケン。
彼にしてみれば、武の言っている事はこの場を切り抜けようとするための方便にしか過ぎないと受け取れるのだ。

「ふざけてなんかいませんッ!考えてみてください少佐。今回の任務、少佐から見ても不明瞭な点が多い筈です!日本の将軍が誘拐され、そこに日本近海で演習を行っていた米軍が介入する……偶然とはいえ、出来すぎていると思いませんか!?」
『確かに出来すぎた偶然かもしれん。だがな大尉、貴様も私も軍人だ。軍人である以上、命令内容がいくら不明瞭な物だとしても聞き入れなければならない義務がある……違うかね?』
「少佐の仰るとおりです。我々に政治的な事を含めた今回の一件に口を挟む理由はありません……ですが、俺達も少佐達もハメられたんですよ……今回の一件は、日本、そして米国を利用し、自分達の都合の良いように事を運ぼうとした奴等が裏で動いているんですッ!」
『……そのような存在が居たと仮定して、貴様は我らに何を望む?貴様の言っている事は、何一つとして信憑性が無いに等しい行為だ。我々としても確たる証拠が無い限り、貴様の言っている事を信用する事はできん!』

確かに彼の言うとおり、今の武は彼を納得させる事が出来るだけの物を持ち合わせていない。
言葉の節々から武の想いは伝わってくるが、この状況に乗じて漁夫の利を得ようとする者達の存在が明確になっていないのだ。
だが、ウォーケン自身、彼の言っている事に心当たりが無い訳ではない。
それは今回の作戦を指示した存在、特務部隊シャドウミラーと呼ばれる者達だ。
彼が事前に受けた命令、それは悠陽を攫った者達の仲間と思われる部隊の追撃を行い確保せよというものだった。
ここまでの内容ならば大した問題ではない。
しかし、ここからが問題だったのだ。
相手が警告を無視し、逃亡を図るようならば追撃する必要は無いと命じられたのである。
ただし、追撃を行うつもりは無いというこちらの意図を悟られるなと厳命されていたのだ。
そしてその後、今現在彼らが展開している地点を死守せよというのが彼らを通して上官から受けた指示だった。

「少佐、今から詳細を話す前に幾つか確認したい事があります」
『なんだ?言ってみたまえ……』
「今回の一件で動いている部隊は、少佐達のものだけではありませんね?」
『悪いがそれに答える義務は無い』
「そうですか……では、シャドウミラーは今回の一件に全く関与していないと?」
『私が敵に作戦内容を話すと思っているのか?いい加減、この様な尋問はやめたまえ大尉ッ!』
「尋問ではありません。いくつか確認したい事があると言った筈です。では、お話させて頂きます―――」

この男は、一体どこまで知っているのだろうか?
それがウォーケンの感じた率直な意見だった。
恐らく、こちら側の作戦もある程度相手に筒抜けなのかもしれない。
たった二つの問いかけに答えたであったが、そう受け取れるだけの物は十分にあったと言える。
何故ならば、シャドウミラーは米国軍内部でも極一部の限られた者しかその存在を知らされておらず、国連軍の将兵が知る筈も無い部隊だからだ。
彼自身も同部隊の存在を知ったのはつい最近の事であり、それまでこの様な特務部隊が存在する事を明かされてもいなかった。
目の前の男は、部隊名はおろか今回の作戦に彼の部隊が関わっているという事実を確実に入手している。
一体どのような経路でその情報を入手したのかは分からないが、この分ではかなり詳細な事まで知り得ているに違いないだろう。
だが、その様な事を考えていても埒が明かない。
そう考えたウォーケンは、素直に武の言葉に耳を傾けていた。
彼が語った事は、大きく分けて三つ。
一つは、日本国内で起ころうとしていた事件を未然に防ぐために行動を起こした事。
二つ目は、その事件を防ぎたいと願っていたのが悠陽だった事。
そして最後に語ったのは、それらの詳細をシャドウミラーに知られたために悠陽が攫われ、彼らの都合の良いように自分達を含む大勢の者達が利用されていたという事だった。

「―――以上が今回の一件に関する詳細です」
『……大尉、一つだけ聞かせて欲しい』
「なんでしょうか?」
『何故君は、その様な重大な事を私に話した?』
「確かに敵軍に作戦の詳細を明らかにするなどと言った行為は愚の骨頂です。ですが、先程も言ったとおり、俺はこれ以上の無益な戦闘を望んではいません。そのためなら、利用できるものは利用させてもらうまでです……」
『……甘いな』
「よく言われます。ですが、今の俺には信じて貰うほか無いんです。今も尚BETAの脅威に晒されている中、人類同士が戦うなんて馬鹿げている……だからお願いです少佐、撤退してくださいッ!」

軍に籍を置く以上、上層部からの命令は絶対であり、そう簡単に覆されるものではない。
それは武自身も十分に理解している事だろう。
だが目の前の男は、それを覆させようと必死になっている。
若さゆえの甘さなのか、それともただ直向なだけなのか?
今のウォーケンにとって、多少会話を交わした程度の彼を理解する事は出来ないだろう。

『―――いいだろう大尉。こちらとしても、これ以上の損耗は避けたい所だ。今回だけは貴官の頼みに応じ、撤退させてもらう事にする……だが、次に戦場で会った時はこうは行かんぞ!?』
「少佐ッ!有難う御座いますッ!!」
『フッ……第66戦術機甲大隊全軍に告げる。これより我らは―――』

一方的な流れだったとはいえ、これで一先ず戦いは終結すると武は思っていた。
だが、その想いはたった一発の銃声により、願ってもいない方向へと足を運んでしまう―――

『グッ!何をするハンター2ッ!!』
「少佐ッ!?やめろッ!少佐はあんた達の味方だろうッ!!」

かつて、終息に向かおうとしていた12.5事件の際、これと似たような事が起こった事実を武は完全に見落としていた。
その時放たれた銃弾は、話し合いの行われていた場所に着弾し、全てを台無しにしてしまったのだ。

『止めろ、止めるんだテスレフ少尉!貴様は今、自分が何をしているのか解っているのかッ!?』

武の攻撃により撃墜され、その場に鎮座していた筈のテスレフ。
その彼女が、あろうことか味方であるウォーケンに対し攻撃を行っているのだ。
ウォーケンを助けるために武を撃ったというのならまだしも、この状況において彼女の取った行動が理解できない。

「止めろ少尉ッ!……まさかッ!?」

こちらの言葉に耳を貸さず、一方的に攻撃を加え続けるテスレフに対し、武は先程も同じ様な経験にあった事実を思い出した。
恐らく彼女もまたシャドウミラーの者達に洗脳され、彼らのシナリオ通りに事を運ぶための駒として利用されているのかも知れない。
確証があるとは言い切れないが、前例がある以上、その可能性も否定できない事実だろう。

「ウォーケン少佐、少尉はシャドウミラーに操られているのかもしれません!」
『馬鹿を言うな大尉!彼女は先程まで私の指揮下に居たんだぞ!?』
『―――流石だね白銀大尉。やはり、多少無理をしても君から仕留めるべきだったよ……』
「ッ!?この声は!……やはりお前かッ!!」

突如として通信に割り込んできた謎の声。
武はその声の主に対し、怒りを露にする。

『以外と早い再会だったね大尉。そしてアルフレッド少佐、彼の言っていることは事実だ。君の部下達は、私の手の内にあると言ってもいい』
『貴様は何者だ!隠れていないで姿を現せッ!!』
『やれやれ……任務に忠実な君の事だ、処置など施さずとも問題はないという事だったが、やはり奴の言うことは当てにならんようだな……まあいい、どうせこの場に居る者達は全員死んでもらうつもりなのだからな』
「ハイそうですかって俺達が素直にやられるとでも思ってるのか?いい加減、隠れてないで姿を現せジョン・ドゥ!」
『いいだろう。だが、君達の相手をするのは私ではない……もう間も無くその場に到着する筈だ。先ずはそれの相手をしてもらうとしよう』
「何ッ!?」

その直後、レーダーに表示される赤い光点が一つ。

『ヴァルキリーマムより各機、この空域に接近する機影があります……質量、ならびに機体サイズから特機クラスの物と思われます。更にその後方……な、なんなのあれ!?』
『どうした涼宮?状況を報告しろ!』
『更に巨大な物の反応があります。詳細は不明、戦術機や特機とは比べ物にならないほど巨大な物体ですッ!』

データリンクを介し、各機体に表示される情報。
先程遙が言ったように、表示された二機のデータはunknownと示されている。
だが、そんな彼女達を他所に、その内の一機の詳細を知る者が二人居た―――

『―――マサキ、あれは……』
『ああ、間違いねぇ……よりにもよってあんなモンを投入してくるとはよ!』
「二人とも、知ってるのか!?」
『まさかこんな所でお目に掛かれるとは思っても無かったぜ……気をつけろよ武、性能はそん所そこいらの特機とは比べ物にならないからな……』
「そんなに凄いのか?」
『ああ、あれがオリジナルかどうかはわかんねえけど、もしそうなら戦術機じゃ歯がたたねえな……』

マサキとリュウセイの二人は詳細を知るが故、この場に居る誰よりも相手の恐ろしさを理解しているのだろう。
深紅の装甲に身を包み、禍々しさすら感じさせられる両眼。
それはかつて、彼らの世界に存在し、究極とまで言わしめた鉄巨人だった。

『だけど、その後ろに控えてるって奴は、もっとヤバそうだぜ?嫌な念がヒシヒシと伝わって来やがるしな……』
「そ、そんな……なんであれがここに!?」
『オイオイ武、お前がそんな顔するって事は、リュウセイの言うとおりかよ?』
「ヤバいなんてモンじゃない……あれは対ハイヴ用の決戦兵器だ。俺の知ってる奴と形状は違うけど、多分間違いない……」

彼らの目に飛び込んできたもの、それは戦術機の約七倍はあろうかという巨大な物体。
G元素を応用し、戦略航空機動要塞と呼ばれたそれは、本来ならば第四計画の要の一つとして運用される筈だった。


米国が開発し、最強の矛と盾を装備した決戦兵器『XG-70』、そして究極ロボ『ヴァルシオン』。
その二つが今まさに、米軍部隊を含めた彼らに襲い掛かろうとしていたのだった―――



あとがき

第61話です。
二転三転するクーデター?編。
そしてラストに登場する戦略航空機動要塞と究極ロボ。
作者暴走しすぎなんじゃね?ってか、このメンツで勝てるわけねえよッ!!なんて言われるんじゃ無いかと思ったりもしてますが、多分何とかなる筈です……というか色々と考えてあります(苦笑)

とりあえずヴァルシオンに関してですが、シャドウミラーが向こう側から持ち込んだものと言う設定にさせてもらってます。
XG-70は、シャドウミラーが米国から接収し、独自に改良したもので、冒頭でも述べている通り現状で荷電粒子砲は撃てないという設定にしてます。
XG-70が登場した事により、今後どうなるかはまだ明らかに出来ませんが、一応凄乃皇は出す予定ですので楽しみにお待ち下さい。


それでは今回はこの辺にて失礼させていただきます。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第62話 奪還作戦
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/09/03 23:00
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第62話 奪還作戦




突如として戦場にその姿を露わした二つの物体。
XG-70は戦域の後方に位置しているとはいえ、その姿は遥かに巨大な物だという事が見て取れる。
そして、この戦場内において、かつて無いほどまでの重圧な何かを感じさせる物が存在していた―――

『―――仕掛けて来る様子はなさそうだけど、なんかイヤな感じね……』
『ええ、BETAとは違う圧迫感の様な物を感じます……』

深紅の装甲、そして見る者全てに与える圧倒的な威圧感。
かつてリュウセイ達の世界で生み出されたそれは、対異星人用に開発された産物。
プロジェクトUR(Ultimate Robot(アルティメット・ロボット))と呼ばれるDC独自の特機構想によって生み出された究極ロボであるヴァルシオン。
驚異的な戦闘力は勿論のこと、従来の機動兵器とは異なり、知能を持った敵に対する心理的効果を狙った『見た目のインパクト』を重視した外見はこの場に居る全ての者にかなりのプレッシャーを与えている事だろう。

『警戒を怠るな! 敵の出方が判らない以上、何が起きても即座に対応できるようにしておけッ!!』
『『「了解ッ!!」』』

伊隅が各自に指示を出し、ヴァルキリーズの面々は気を引き締め直す。
そして、それに呼応するかのように、今まで沈黙を続けていたヴァルシオンが行動を開始した。

「あれは!? 不味いぞリュウセイ!!」
『ああ、伊隅大尉! 距離を取ってくれッ!! デカイのが来るぞッ!!!』
『何ッ!? 各機、散開しつつ敵の攻撃を回避しろッ!!』

ヴァルシオンの左腕がゆっくりと動き出し、ヴァルキリーズの面々が展開している場所へとそれが向けられる。
徐々にその左腕に光が集束され、先程のマサキの言葉が事実だという事を理解する彼女達。
集められた光が更なる禍々しさを増すなか、事態を察した米軍衛士達も回避行動を開始する―――

『―――クロスマッシャー……発射!』

戦場に響く女の声、そして同時に赤と青の閃光が放たれるのだった―――



ヴァルキリーズの面々達が、ヴァルシオンと戦闘を開始したのとほぼ同時刻。
武から指示を受けた真那達は、奪われた烈火の頭を押さえる事に成功していた。
しかし、投降を呼び続けているものの、相手は一向にこちらの話に耳を傾けようとはしない。
それどころか敵は、この状況を突破する為にこちらに向けて仕掛けてきたのである。

『―――流石は斯衛軍、展開が早いな』
「その様な御託はいいッ! その御方を直ぐに解放しろッ!!」
『出来ぬ相談だ。私を止めたければ、力ずくで止めて見せろ……もっとも、機体に致命傷を与えずにそれが出来るならな……』
「クッ!」

まるでこちらの行為を嘲笑うかの様な行動。
真那は現在、敵からの攻撃を長刀で受け止めている状況だが、先程の戦闘で損傷を受けているために少々分が悪い。
被弾時の影響で彼女の武御雷は右腕が使えず、残った片腕で相手を抑えているのだ。
機体性能のお陰で何とか凌いでいるものの、押し切られてしまうのは時間の問題だろう。

『真那様、援護しますッ!』
「駄目だ! この状況では二番機を撃墜してしまう恐れがある!! ここは私が……」
『フッ、甘いな』

W11は長刀同士の鍔迫り合いの中、そう呟くと同時に真那に対し更なる攻撃を加える。
力の均衡が微妙にずれ、一瞬ではあるが武御雷のバランスを崩す事に成功。
そして彼女は、何の躊躇いもなく相手の機体を蹴り飛ばした。

「ぐああッ―――」
『ま、真那様ッ!』

容赦のない衝撃が彼女の武御雷を襲い、コックピット内部にはけたたましくアラームが鳴り響く。
普段の彼女ならば耳障りな音程度にしか認識していないだろうが、状況が状況だけにそうも言っていられない。
相手が更なる追撃を仕掛けて来る確率は、どうしても否定できない事実だ。
急ぎ態勢を整えようとする彼女だったが、何故か視点が定まらない。
恐らく、先程の衝撃で頭をぶつけてしまったのだろう。
そう意識した直後に痛みが襲ってくるが、それがあるという事はまだ生きている証拠だ。
彼女はそれをふるい落とすかのように頭を左右に振り、眼前の敵機へと意識を向ける。

『悪いが、茶番はこれで終わりにさせて貰う……これでも私は急いでいるのでな』

W11は彼女に向けてそう言い放つと、いつの間にか手にしていた試製87式散弾砲を発射する。
散弾系の弾頭は、敵との距離が離れている状況では致命傷は与えられない。
だが、この場合は敵機の撃墜ではなく、足止めを行う事が有効だと判断したのだろう。

『そうはさせないッ!』
『真那様をやらせはしませんわッ!』

そう言って92式多目的追加装甲を構え、二人の間に割って入る巴と戎の両名。
しかし、そんな二人などお構いなしにW11は散弾を発射し、退路を確保する為の手段を講じる。

『神代ッ!』
『解ってるよッ!!』

W11が彼女達三人に気を取られている隙をつき、死角から烈火を無力化しようとする神代。
相手の機動性を奪うため、狙うは脚部の一点のみ。
意を決した彼女は更に一歩踏み込み、長刀を横薙ぎに一閃。
確かな手ごたえを感じた彼女だったが、直後に思いも寄らぬ反撃を受けてしまう。

『なかなか良いコンビネーションだったが、詰めが甘いな』

吹き飛ばされた神代の視線の先には、何食わぬ顔でこちらを見据えている烈火の姿があった。
残念な事に彼女達の策は読まれており、W11は散弾砲を犠牲にしてその場を脱したのだ。
そして、真那を庇っていた二人も、機体の各所にダメージを負ってしまっている。
致命傷を受けた訳ではないとはいえ、これ以上の戦闘は正直言って厳しいだろう。

『確かXM3と言ったか? 性能の劣る機体でここまで動けるとは思わなかったよ……』

元々試作機である烈火は、瞬発力で言えば武御雷に引けを取らない性能を持っている。
だが、総合性能では武御雷の方が勝っており、たとえ被弾していたとはいえ四機の武御雷相手には分が悪い。
それが何故、こうも簡単に彼女達を無力化出来たのかといえば、XM3の恩恵が在ったからこそである。
W11は、この短時間でこのOSの特性をある程度理解し、その恩恵を得る事でこの場を凌いだのだった。
一瞬の隙を突かれた事もあり、散弾砲は破壊されてしまったが、彼女にしてみればこの程度の事は些細な事だろう。

「香月副司令が開発された新型OSか……よもや、この様な形でその性能を目の当たりにする事になるとはな……」
『さて、そろそろ失礼させて貰うとしよう。このOSも出来れば持ち帰りたいのでな』
『……悪いけど、そうはさせない!』
『チッ……訓練兵どもが追い付いてきたか』
『これ以上無駄な抵抗はよせ! このまま貴様を逃がすほど、我らも愚かではないッ!!』

少しでも時間を稼ぐため、無理を押してW11の行く手を阻もうとする斯衛の面々。
前門の虎後門の狼、と言っても過言ではない状況に追い込まれたW11の取れる選択肢は限られている。
素直に降伏するとも思えないが、何もしないよりは遥かにマシだ。

『確かに貴様等の言うとおりだな。私一人で逃げるのも、そろそろ限界の様だ……』
『ようやく観念したか……ならば人質を解放し、機体から降りろ!』
『フッ、やはり愚かだな貴様等は……言った筈だぞ、私一人で逃げるのは限界だと!!』
『何を言っている? いい加減に……』
「駄目だ神宮寺軍曹ッ! 迂闊に奴に近づくなッ!!」

真那がそう叫んだ直後、辺り一面に多数の銃弾が降り注ぐ。
そしてその場に姿を現す漆黒の機体。
レーダーに反応せず、突如としてその場に現れたそれがW11の余裕の正体だったという訳だ。

『―――お待たせいたしました。この場は我らが引き受けます』
『遅かったな……当初の予定より1機少ないようだが、何かトラブルでもあったのか?』
『申し訳ありません。途中で帝国軍部隊と遭遇し、殲滅に無駄な時間を浪費してしまいました』
『なるほどな。まあ良い……ここは任せる』
『お待ち下さい。先程の戦闘の事もあり、回収地点が変更されました』
『何だと? そんな話、私は聞いてはいないぞ?』
『通信が傍受される恐れもあり、我々が直接お伝えしてお連れするように命を受けています』
『……そうか、ならば貴様ら二人は私と共に来い。残りは奴らの相手をしろ……最悪の場合、コードATAの使用も許可する』
『了解』

命令内容にやや不審感はあるものの、一応理に適っているためそれ以上の詮索はしないW11。
そして彼女は、増援に現れたF-23Aに搭乗する量産型ナンバーズ達三機にその場を任せ、残る二機と共にその場を後にする。

「ま、待て!」
『待てと言われて素直に従う奴が居ると思うか?』
「だからと言って、貴様を逃がす訳には……クッ!」
『残念だったな斯衛兵……もう会う事もあるまい』

W11を取り押さえようと試みる真那だったが、増援に現れた敵機の攻撃が激しく近づく事もままならない。
一糸乱れぬ敵の砲撃は恐ろしいまでに的確であり、回避するのがやっとの状況だ。
だが、彼女とてこのまま引き下がるわけには行かない。
無理を承知で敵への突貫を試みる真那。

「たとえこの身が朽ち果てようと、貴様を逃がす訳には行かんッ!」
『ならば貴様はここで死ね!』

撤退を開始していたW11は突如方向を転換し、最大戦速でこちらへとつっこんで来る。
恐らく、カウンターで真那を仕留めるつもりなのだろう。
しかし、彼女もこれを読んでおり、すれ違いざまに相手を切りつけるつもりで長刀を構えている。
無論、真那は相手を仕留めるつもりなど毛頭無い。
狙うは駆動系を司る腹部側面のただ一点のみ、一歩間違えればコックピットに直撃してしまう可能性も高いが、ここで敵を逃がしてしまえばそれこそ最悪の事態となってしまうのだ。
武から託された願い、そして何があっても冥夜を護ると決めた誓いを果たすために彼女は不退転の決意でそれに臨んでいるのでいるのである。
だが、それらのぶつかり合う刹那、それを阻む者が居た―――

「―――何のつもりだ訓練兵ッ!」

突如として目の前に割って入る機体に驚きを隠せない真那。
W11の烈火と接触する直前、千鶴が双方の間に入るような形で道を塞いだのだ。
辛うじて反転全力噴射(ブーストリバース)により彼女の機体と接触する事は防げたものの、無理な制動を掛けたせいで機体の至る所が悲鳴を上げている。
そしてその様な行為を行った千鶴の機体もまた、急激な負荷と相手の攻撃によりダメージを負っていたのだった。

『クッ……申し訳ありません中尉殿。ですが、御許し下さい』
『フッ、訓練兵に助けられたな斯衛兵……貴様を仕留めそこなったのは心残りだが、このまま離脱させて貰う……』

そのままW11は、踵を返す様にして部下の下へ戻ると最大戦速でその場から離脱して行った。
後を追おうとする真那だが、千鶴の機体が彼女の武御雷を抑え込むようにしてその場に引きとめているためそれ以上進む事が出来ない。

「ま、待てッ! ええい、放せ! このままでは冥夜様が!! 神宮寺軍曹ッ! 早くこの者を下がらせろッ!!」
『御叱りは後で受けます! 今は耐えて下さい中尉!!』
「この虚け者が! 貴様のせいで冥夜様が……!!」

千鶴の行為により、相手は予想外の時間を稼ぐことに成功し、これまでの彼女達の行為を嘲笑うかのように姿を消していた。
殿を務めている敵機の攻撃もあり、誰も後を追う事が出来ない。
そして、冥夜を乗せた烈火の反応は、完全に消失してしまうのだった―――




「―――それで、戦況はどんな感じなのかしら?」

207小隊と斯衛の面々が、冥夜達をロストした直後の横浜基地指令室。
各部隊より送られて来る様々な情報を整理し、的確な指示を出すべく夕呼が奮闘している状況だ。

「先程ベーオウルブズの補給が完了し、ヴァルキリーズが展開中の戦域に向かったとのことです」
「ヴァルキリーズ、それから白銀の方は?」
「双方共にこれと言った損害報告は受けていません……ただ、敵増援として現れた特機とXG-70に苦戦している様子です」
「そう……とりあえず、南部達がそちらに到着するまで無理はするなと伝えて頂戴」
「了解しました」

オペレーターに指示を出し、改めて状況を観察する夕呼。
計画されていた作戦内容がことごとく覆され、完全に後手に回る形となってしまった筈の彼女だが、あまり焦っている様子は見られない。
それどころか、まるでこれまで起こった事が全て自分の掌で行われていた事に過ぎないと言った表情さえ浮かべている。

「副司令、207小隊の神宮寺軍曹より連絡です。フェイズ1は無事成功、現在フェイズ3に移行する為に行動を開始したとのことです」
「解ったわ……閣下、そちらの準備は宜しいでしょうか?」
『問題は無い。既に指定ポイントに配置も完了しておる』
「流石ですわね……では、後は宜しくお願いします」
『心得た! 我が隊の実力、彼奴等に見せつけてくれようぞ!!』
「期待しております……ピアティフ、まりもに伝えて頂戴。フェイズ2の準備は問題無し、くれぐれも効果範囲内に入らない様に念を押しておくようにね」
「了解です」

戦域から離脱する烈火を追おうとしていた真那を無理やり引きとめた千鶴達。
どうやら一連の出来事は、夕呼の差し金であったようだ。
冥夜奪還の策は、夕呼が既にまりもに伝えてあると武は言っていたが、詳細を知らされていない真那にしてみれば怒りを露わにしてしまうのも仕方が無い事だろう。

「敵を欺くには先ず味方から、という言葉がありますが……いやはや、警護小隊の方々にしてみればこの様な事は許し難い事でしょうなぁ」
「あら、まだ居たのね?」
「いえいえ、つい今しがた戻って来たばかりですよ。今頃は、月詠中尉の怒りを鎮めるのに神宮寺軍曹が四苦八苦してらっしゃる頃……と言ったところですかな?」
「さあ、それはどうかしらね? それも含めた事が彼女に与えられた任務よ。アンタもこんな所で油を売ってないで、早く自分の仕事に戻ったらどうかしら?」
「これは手厳しい御意見ですな……では、一つ仕事を片付けてから御暇するとしましょう」

相変わらず神出鬼没で掴みどころのない鎧衣に対し、左程関心を示す様な素振りを見せない夕呼。
普段通りのやり取りだが、必要以上に干渉しあおうとはしないのが彼女達の間に置かれた暗黙のルールなのかもしれない。
尤もこれは、相手に与える情報を牽制しあっているからなのだろう。

「やはり米国は、例の機体全てを彼の組織に譲渡していたようです」
「そうでしょうね。現に今、うちの部隊がそれと接触してるみたいだし……」
「しかし、そうなってしまっては、博士としても面白くないのではありませんか?」
「……確かに、面白くは無いわね。だけど、計画遂行のためのカードが一枚手に入らなかった程度よ。まだいくらでも取り返す事は出来るわ」
「おやおや、香月博士も意外とギャンブラーな御方なのですね。もう少し慎重に事を運ぶ方だと思っていたのですが……」
「人生はいつだってギャンブルその物よ。如何にして自分の有利な展開に事を運ぶかを考えるだけ……それを引き寄せる強運の持ち主こそが自身の目的を達成できるのよ」
「なるほど、それが計画の被検体に関する選考基準……という訳ですかな?」
「……下らない詮索はそれくらいになさい。前にも言った筈よ?」
「おお、そうでしたな。これは失礼……では、本題に入るとしましょう」

のらりくらりと相手の出方を上手くかわし、必要になりそうな情報を引き出す手腕は彼の持ち味ともいえるだろう。
だが、彼も引き際は心得ているつもりだ。
必要以上に踏み込めば、手痛いしっぺ返しを食らうのは明白。
それを踏まえた上で『鎧衣 左近』という男は常に行動している事もあり、これまで何度も死線を潜り抜けて来たのだと考えられる。

「やはり博士の睨んだ通り、今回の事件の首謀者は、自らの手で最後の一手を打つつもりなのでしょう。現在帝都に彼は居らず、部下数名と共に事態収拾のためにと言う名目で出撃されました。その後、音信不通となってますがね……」
「やはりね……それで、現在指揮を執っているのは誰なのかしら?」
「何故か紅蓮閣下も帝都に居られぬ為、現在は斯衛軍第16大隊の斑鳩大佐が指揮を執られております」
「そう……まさか、こんなにもこちらの思惑通りに事が運ぶことになるとは思ってなかったわ。さて、お話はこれでお終いにしましょう。アンタも早く自分の居場所に戻った方が良いわ」
「そうさせて貰うとします。では、また……」

そして、来た時と同様にその場から姿を消す鎧衣。
彼の退出を確認した夕呼は、一瞬口元を緩めた後、再び戦況を確認していた。
ほんの一瞬であったとはいえ、自分の思惑通りに事が運んでいるという事実を喜んでいるのだろう。

「ピアティフ、帝国斯衛軍の斑鳩大佐に連絡を取ってくれるかしら? 今回の一件について、大至急話したい事があると伝えて頂戴―――」

何かを企んだ時の顔を浮かべ、斑鳩に連絡を取るよう指示を出す夕呼。
彼の人物は、帝都が京都にあった頃、最後の最後まで悠陽と民の事を考え殿を務めたほどの男だ。
此度の一件において、帝国側と更なる協力関係を築くならば、ある程度の恩を売っておく必要があると考えたのだろうか。
いや、事の発端に彼女自身も深く係わっている以上、そんなバカげたことを行うほど彼女も愚かでは無いだろう。
あくまで今の彼女は、日本に巣食う邪な考えを持つ者、そしてそれに与する者達を一掃したいと考えている
シャドウミラーの介入は想定内であり、崇宰がそれに同調して動くであろうことは明白だった。
そして悠陽が何者かと入れ替わっているという事実も、彼女にしてみれば可能性の一つとして策を練っていたのである。
香月 夕呼と言う人物は、少しでも疑うべき点があると感じれば、それが自身にとって無害だろうという確信を得られない限り行動には移さない。
12月5日を迎える以前、幾度となく悠陽と極秘回線を用いてやり取りをしていた中で、常人なら気にも留めないほどの矛盾に気づいたのだろう。
自らの身を犠牲にしてまでクーデターを起こそうとしていた将兵や、それに巻き込まれるであろう民を護りたいと願う悠陽。
だが、その為に彼女自身が米国を利用するなどと言いだす筈が無いのだ。
無論、実際に会って話を纏めた訳ではないため、霞のリーディング能力を使用出来ない状況では確証は得られない。
しかし、そんな状況であったとしても、一つだけ間違いなく言える事がある。
それは、彼女が私利私欲で動くような愚か者ではなく、この国とそこに住む民のために自身の命を投げ出す覚悟を持った人物だということだ。
でなければ、以前の世界で彼女があのような結末を迎える筈が無い。
様々な勢力の介入を阻止したいとはいえ、事が起これば全て米国に擦り付けるなどと言った行為は、私利私欲以外の何ものでもないだろう。
それが夕呼の感じた矛盾であり、悠陽が本物ではないという可能性に至った理由なのである。

「―――副司令、帝国斯衛軍の斑鳩大佐と通信が繋がりました」

そして彼女は、ピアティフに了承した事を伝えるとインカムを受け取り、目当ての人物との話を始めるのだった―――




そして舞台は逃亡中の者達の視点へと移る―――


真那達を振り切り、合流地点へと向かっていたW11は、指定された場所へ到着していた。
その間にこれと言った妨害も無く、スムーズに事が運んだのは幸いだったと言える。
指定ポイントは、両側に切り立った崖が存在し、その周囲に生い茂る木々のお陰で見晴らしはあまり宜しくない。
姿を隠すには打って付の場所であり、暗闇に乗じて身を隠していればそう簡単に見つかりはしないだろう。
しかし、回収ポイントには帝国軍が使用している戦術機輸送用の大型トレーラーが存在しているのみで、作業を行う筈の人員が存在していない。
確かにこの周辺で輸送機を着陸させるのが無理だというのは解るが、こんな物では直ぐに捕捉されてしまうだろう。
移動中の帝国軍部隊にカモフラージュするにしても無理がありすぎる。

「―――これは一体何の冗談だ?」

彼女はふざけるなといった表情を浮かべつつ怒りを露わにしている。
だが、随伴機から返ってきた答えは彼女が予想した通りのものだった。
そんな彼らとのやり取りに違和感を感じざるを得ないW11。
事前に帝国軍部隊の機体に細工を施してあるとはいえ、あれからただの一度も接敵しないのも妙だ。
彼女達シャドウミラーが機動不可能にした機体は、あくまで帝都に駐留している部隊のものだけであり、それ以外のものに関しては一切の手段を講じてはいない。
正確に言えば、講じる事が出来なかったのだが、足止めを行うだけならば他にいくらでも方法が有ると考えられるのだ。

「……先程貴様は帝国軍部隊と遭遇したと言っていたな?」
『肯定』
「規模と所属は何処のものだった?」
『中隊クラス、所属は不明……恐らく富士か厚木の部隊と思われます』
「そうか……だとしたら妙だな? 偶発的な遭遇とはいえ、貴様等はその部隊を殲滅している。と言う事は、このルート周辺に敵部隊が包囲網を敷いていてもおかしくは無い筈だが?」
『……』
「何故答えん? それとも答えられない理由があるのか?」

そういった直後、彼女はマウントされていた旋棍を構え、2機のF-23Aを威嚇する。
そして、その動きに呼応するようにF-23A達は、背中にマウントされていた長刀を抜刀し、彼女を迎え撃つ準備を整えたのだった。

「……してやられたよ。まさかこの私が、貴様らごときの策に引っかかってしまうとはな」
『やれやれ、あと少しだったんだがな……爪が甘かったという事か』
「貴様は何者だ? 何故我らの機体に乗っている?」
『貴様等のお陰で自分の機体が使えないんでな。とある人達が鹵獲した機体を拝借したのさ』
「なるほどな。それで、私をこの場に誘い出し、人質を奪還するつもりだったという訳か?」
『無論だ。さて、おしゃべりはここまでだ。大人しく人質を解放しろ!』

長刀を構えたまま、じりじりと相手に向けて間合いを詰める二機のF-23A。
W11は人質が自分の手元に居る以上、敵も無意味にこちらに仕掛けて来る事は無いと踏んでいるが、油断するつもりなど毛頭ない。
二対一という事で分が悪いとはいえ、状況はこちら側にとって有利に傾いている。
後は隙を見つけて離脱を試みるか、自分の回収に現れる手筈になっている味方の到着を待てば事は足りる筈だ。
相手がこちらを無力化するには、接近戦を用いる以外に方法は無いだろう。
ある程度の距離さえ保ち続ける事が出来れば、逃げ切れると彼女は考えていたのだった―――

「―――悪いがそうはいかんな。それに、たった二機で私を捕まえようなどとしても無意味だ」
『俺達を相手にして、貴様は逃げ切れると言いたいって訳か?』
「そうだ。そして幸いな事に、ここから元の回収地点は左程離れてはいない。ここで戦闘が起こり、騒ぎになれば不利になるのは貴様等の方だという事だ」

そう言って彼女は相手の隙を窺いつつ、脱出の機会を窺う。
確かにF-23Aの巡航速度は脅威だが、これだけ木々の生い茂った場所ではその性能をフルに発揮する事は難しいだろう。
烈火は最高速度では分が悪いとはいえ、障害物の多いこの地形ならばそれが味方となる。
だが、確実とは言い難い事に違いはない。
何らかの方法を用い、相手が直ぐにこちらを追えない状況を作り出す事が出来れば逃げ切れる可能性は飛躍的に上昇するのだが―――

『―――貴様の当てにしている部隊とは、ひょっとしてこれかな?』
「何ッ!?」

先程までやり取りをしていた人物とは違う男の声。
外部スピーカーと思われる物から聞こえて来るその声は、野太く重みのある物であり、声だけだというのに威圧感すら与えられる。
月明かりに照らされ、崖上に映し出されるシルエットが声の主の正体なのだろう。
最初は月のせいでそれが何かという事は解らなかったが、徐々に目が慣れてきたことで理解する事が出来た。
それは手に何かを携えた戦術機、斯衛軍大将である紅蓮 醍三郎が駆る試作型武御雷だった―――

「御大将自らが出陣とは……斯衛軍は余程人材不足と見える」
『フンッ!貴様等の仕出かした事を棚に上げ、よくもまあそのような口が利けたものだ……尤も、端からワシは自ら出向くつもりだったがな』

そう言って紅蓮は、手に持っていた物を投げ、それは丁度相対している3機の間へと落下した。
その正体は、ズタズタに切り裂かれ、無残な鉄の塊へと姿を変えられたF-23Aの残骸だ。
辛うじて何かという事は判別できるものの、戦車級に食い破られた戦術機であってもこれほど酷いものにはならないとさえ感じられる。
至る所から火花を散らし、後一撃加えれば間違いなく爆発すると考えられるそれは、あまりにも惨たらしい様相を醸し出し、紅蓮の怒りを象徴しているかのようであった。

「斯衛軍切っての武人とまで称される紅蓮 醍三郎が、ここまで怒りを露わにするとは……今回の一件は、余程感に障ったという事のようだな」
『悪いが、これ以上貴様と話すつもりなど毛頭ない! 大人しく我が愛弟子を解放せいッ!! そして、殿下の居場所も白状して貰うッ!!!』
「……残念だがそれは出来んな! やはり貴様等は詰めが甘いッ!!」

W11は紅蓮達に向け激昂し、烈火が持っていた旋棍を投擲する。
勢いよく放たれたそれは紅蓮の武御雷の下へと飛翔するが、彼はそれを落ち着いて処理した為ダメージは全く与えられていない。
だが、彼女の真の狙いはそこでは無かった。
続け様に空いた手で短刀を取り出し、それを眼前で火花を上げているF-23Aに向け投げつける。
その攻撃は的確にF-23Aの主機を捉えており、その衝撃でそれが爆発。
連鎖的に残っていた推進剤にも引火し、更なる爆炎を上げる。
そう、彼女の狙いは紅蓮ではなく、彼が投げ捨てた残骸だったのだ。
彼への攻撃だと思った部下達は、その一瞬の出来事に反応が遅れてしまい、彼女の更なる行動を許してしまったのである。
そればかりか直ぐ近くに居た事もあり、機体に若干のダメージまで負ってしまっていた。
逃走の準備が整ったと確信したW11は、そのまま跳躍ユニットを吹かし、その場からの離脱を開始する。
しかし、紅蓮はそれすらも読んでいたのだった―――

『―――今だ月詠少尉ッ!』
『ハッ!』

紅蓮の背後に待機していたオウカの武御雷改。
その両肩には92式多目的自立誘導弾システムが装備されており、既に彼女はそれの発射態勢に入っていた。
轟音と共に16基のミサイルが発射され、それらは不規則な軌道を描きつつ烈火へと向かって行く。
足止めのためとはいえ、ミサイルを用いて来た事態にW11は正直驚いたが、その感情は即座に敵に対しての嘲りへと変貌していた。

「不発弾とは……最後の最後で呆れさせてくれる」

だが、その直後に彼女は驚愕の表情を浮かべる事となる―――

「グッ……な、なんだ!? 一体何が起こった!?」

地面に着弾したミサイルは不発弾の筈だった。
当初は威嚇のために用いた物だと思われたそれは、爆発せずに先端部分が淡い緑色の光を放っている。
その光が発生した直後、ヘッドセットの網膜投影装置にエラーが表示され、機体が一切の制御を受けつけようとしないのだ。
逃走のために匍匐移動を開始していた烈火だったが、そのお陰でバランスを崩し転倒してしまった。
生い茂る木々がクッションとなった為、幸いな事にダメージは少なかったが、体勢を立て直そうにも機体はまるで動かないでいる。

「クッ、制御を奪われたのか!?」
『残念だったな。そのフィールド内は、戦術機の行動を阻害するものだ』

そう呟きながらゆっくりと烈火に近づく紅蓮の武御雷。

「味な真似を……だが、貴様の機体とてここに一歩でも踏み込めば動けまい!」
『果たして、それはどうかな?』

足を止める様子も無く、そのままフィールド内へと立ち入る紅蓮。
先程行動を阻害すると言ったにも拘らず、彼の機体はその歩みを止める事は無い。

「何故だ!? 何故貴様はこのフィールドの中で動ける!?」
『―――それはアタシが説明してあげるわ』
「……横浜の牝狐……貴様の仕業か!?」

突然の乱入者に対し、悔し紛れにと言わんばかりの悪態を吐くW11。
だが夕呼は、そんな彼女の事などお構いなしに話を続けて行く―――

『―――そのフィールドはね、戦術機のOSの中枢部分に干渉する電磁波を照射し、内部からのコントロールを一切受け付けなくするモノよ』
「OSに干渉する電磁波というのならば、何故紅蓮の機体は被害を受けていない?」
『ああ、その事? そのフィールドはから発せられる電磁波は、本来受信機となるものが無い限りは拡散してしまう性質を持っているのよ。でもね、アンタの乗っている機体にはそれが搭載されてるってワケ』

同じ帝国製戦術機でありながら、横浜基地に貸し出された事によって烈火には追加された物が存在している。
この世界でも後に奇跡のOSと呼ばれる事となるそれは、香月 夕呼が第四計画の研究成果の一つとして世に知らしめたものだ。
XM3と呼ばれるそれは、第四計画の一環として開発された物である以上、搭載された機体を強奪された場合の処置を施さねばならなくなる。
そこで開発されたのが、今回烈火捕縛に用いられた電磁波干渉システムだった。
勿論、戦術機が軍用兵器である以上、当然そう言った物に対しての防護措置は施されている
だが、このシステムに使用されている物はXM3搭載機のみに効果がある物であり、特殊な電磁波を用いているため従来のOS搭載機には効果を及ぼさないのだ。
それが武御雷が動ける理由だったのである。

『御剣に感謝する事ね。本来の出力でこれを使用していれば、仕組みは電子レンジとほぼ同じ……アンタ達は揃って死んでた筈なんだから』
「おのれ、牝狐風情がッ!」
『とりあえず、アタシの言いたい事は以上よ。本来なら授業料の一つでも貰いたいところだけど、後が痞えてるみたいだから今回はタダにしてあげるわ……では、紅蓮閣下。後は宜しくお願いしますわね』
『心得ておる』

夕呼との会話は終了したが、彼女の眼前には紅蓮の武御雷が迫っている。
この状況で逃亡を図ろうにも機体は動かず、かと言って生身で逃げ切れるほどのものでも無い。
冥夜を人質にとり、相手の機体を強奪するという手段もあるが、彼女は何故かそれが実行できなかった。
その理由は、紅蓮の放つ圧倒的な殺気によって、文字通り蛇に睨まれた蛙の様な状態に陥っていたからである。
自分達の眼と鼻の先まで近づいた紅蓮の武御雷は、足下に倒れこんでいた烈火の頭部を掴んだ。
そしてそのまま片腕で機体を持ち上げられた烈火は、糸の切れた操り人形のように脱力し、身動き一つ取ることが出来ないでいる。

『我が愛弟子を返してもらうぞ……』

殺気に満ちた声が響いた後、メキメキと嫌な音を立て無理やり引き剥がされる烈火のコックピットハッチ。

「や、止めろッ! く、来るなッ!!」

目前へと迫る恐怖に慄く彼女を無視し、作業を続ける紅蓮。
そして引き剥がしたハッチをそのまま地面へと投げ捨て、相手の機体へと乗り移るべく行動を開始した。
この時W11は何とか平静を取り戻そうと試みるが、これ程の殺気に当てられていてそれどころではない。
だが、ふと彼女の目にある物が飛び込んだ際、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来た。
それは、冥夜を拉致するときに用いたスタンガンだった。
単発型のワイヤー針タイプのそれは拳銃によく似た物であり、強化装備の上からであっても痛みによるショックで相手を気絶させることが出来るのは冥夜で既に実証済みだ。
老体である紅蓮相手であったとしても、気絶させる事は無理でも怯ませる事ぐらいは出来るに違いない。
そう考えた彼女は、恐怖で震える手を無理やり動かしてカートリッジを交換し、何とかしてそれを間に合わせる事に成功する。
その直後、これまでにない殺気を秘めた眼光が彼女を射抜いた。
咄嗟に狙いを付けてトリガーを引き、発射されるスタンガン。
それは見事に紅蓮に命中し、彼女の目論見通り彼は怯んでその場に蹲る。
チャンスだと確信した彼女は、急いでその場から脱出を試みるが、ハッチから出ようとした寸での所で胸倉を掴まれてしまう。

「グッ、放せッ!」

掴まれた腕に対し、反撃を試みるがビクともしない。
まるで岩の塊を殴っている様な錯覚にさえ陥ってしまった直後、鈍い衝撃が腹部を襲う。
その一撃は想像以上に重く、常人よりも遥かに強化されている筈の肉体が悲鳴を上げている状態だ。
朦朧とする意識の中、視界に入った紅蓮の表情は正しく鬼神と言っても過言では無いものだった。

「女子を殴る様な趣味は持ち合わせてはおらんが、貴様は別だ……しばしの間、大人しく寝ておれッ!」

紅蓮の剛腕が再び振るわれ、W11はそのまま後部座席へと吹き飛ばされてしまう。
そして紅蓮は、冥夜の無事を確認した後、彼女と共にそこから去って行ったのだった―――


「―――ウッ……おのれ、この私が……」

辛うじて意識はあるものの、紅蓮に受けたダメージは直ぐに動けるほどのものではない。
ほんの少しの間、気を失っていたようだが、あれから左程時間も経過していないだろう。
相変わらずフィールドは生きているのか、機体はこちらの制御を一切受け付けようとはしない。
このままでは敵の捕虜となり、待ち受けているのは組織に対しての詳細に関する尋問だ。
だが、誇りあるナンバーズの一人だと認識しているW11は、そんな物に屈するつもりなど毛頭ない。
何とかして隙を見つけ、再度逃亡を図らねばならないと考えていた。

『不様だな、W11』
「W13か……一体何の用だ? この私を嘲笑う為に通信を寄越した訳ではあるまい?」
『当然だ。ヴィンデル様から貴様に新たなる命令が下された……この程度の事で失態を犯す様な駒は必要ない。敵に捕まり、こちらの情報を与える前に自害しろとのことだ……残念だよW11』
「な、待てッ! 私はまだやれる!! 私はこんな所で終わるつもりなど……」
『コードPTP発動! W11よ、与えられた任務を遂行しろッ!!』

無情にも切り捨てられる事となってしまったW11。
拒否権など与えられる間もなく、W13の持つ他のWナンバーの制御を乗っ取る専用特殊コード『コードPTP(PLAY THE PUPPET)』が発動される―――

「……了解。これよりコードATAを発動し、与えられた任務を遂行する」


そして彼女は、コックピット内で閃光に包まれるのであった―――



あとがき

第62話、冥夜奪還編です。

毎度の事ながら、更新が遅くて申し訳ありません。

あまりダラダラと長引かせてもいけないと思い、冥夜奪還の話は一気に書かせて頂きました。
少々展開が早いかとも思いますが、御理解頂ければと思います。

次回は武ちゃん達VSヴァルシオンとXG-70編の続きをお送りしたいと思いますので楽しみにお待ち下さい。
それではまた。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第63話 究極の名を冠したモノ
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/09/12 18:29
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第63話 究極の名を冠したモノ




激しい轟音と共に閃光に包まれる戦場。
ほんの少しでもその爆心地とも呼べる場所から遠ざかっていなければ、間違いなく彼はそれに巻き込まれていたであろう。
救出した冥夜を医療班に診せるべく一時的にその場を離れていた紅蓮は、その光景に肝を冷やしていた。

「敵に捕まるぐらいならば死を選ぶか……」

ポツリと呟き、燃え盛る烈火を見つめる紅蓮。
味方の為に死を選ぶという行動に対し、武人としての心が何かを感じているような様子さえ感じられている。

「いえ、恐らく奴は強制的に自爆させられたのでしょう」
「どういう事だ、ブランシュタイン少尉?」
「シャドウミラーの兵士、特に精鋭であるWナンバーズと呼ばれる者達は、機密保持のために特殊な自爆コードを備えているのです」
「そうか……戦士としての死に場所も与えられんとはな……そういえば少尉、礼を言うのを忘れていたな。おぬし達が例の兵器を届けてくれなければ、先程の作戦は成功しなかったかもしれん……改めて礼を言わせて貰うぞ」
「有難う御座います。ですが、我々は香月副司令の任務に従ったに過ぎません」

紅蓮の言葉に対し、敬礼しながら返答するライ。
その眼はしっかりと紅蓮を見据えており、あくまで自分達は任務に忠実に動いただけにすぎないのだという事を物語っている。

「そう謙遜するな少尉。こうして相手から礼を述べられた時は、素直に受け取っておくものだ」
「ハッ!」
「フフフ、白銀達とそう変わらぬ歳だというのに、お主も面白い男じゃのう。あ奴らにも少しぐらい見習わせてやりたいもんじゃ」

まるでライディース・F・ブランシュタインという男を値踏みするかのようにやり取りを続ける紅蓮。
時折この様に初めて会った若者をそう言った目で見てしまうという行為は、斯衛の大将という立場だけでなく、歩んできた道や重ねてきた年齢などといったものも理由の一つなのだろう―――

「―――有難う御座います閣下……ところで、拉致されていた訓練兵の容態は如何なものなのでしょう?」
「うむ、少々火傷を負った部分が有るようだが、命に別状はないとのことだ。恐らく、先程の敵がワシに使用したスタンガンを用いて気絶させられていたのだろう。直に目を覚ます筈であろうな」
「そうですか……ならば我々は、本隊と合流させて頂きます」
「本来ならばワシらも共に行動したいところなのだが、恐らく足手まといになるであろう。ワシらは独自に殿下の行方を追う事にさせてもらう。スマンな少尉」
「いえ、我々も煌武院殿下の捜索に加われず申し訳ありません」
「気にするな。ワシらにはワシらの、貴様らには貴様らの仕事がある。今は自分に与えられた任務を遂行せい」
「ハッ! お心遣い、感謝します閣下!」

改めて背筋を伸ばし、紅蓮に向け敬礼を行うライ。
そして彼は、その場を後にし、武やリュウセイ達の待つ戦場へ向かうのだった―――



『鈍重そうな外見のくせに、何て機動性なのよッ!』
『ぼやくな速瀬! 数ではこちらが優位だ。奴を包囲しつつ一気に切り崩すぞッ!』
『了解!』

ヴァルシオンとの戦闘は、彼の機体が発射したクロスマッシャーを合図に始まっていた。
発射される直前、リュウセイやマサキ達の助言が有ったため、ヴァルキリーズのメンバーにこれといった被害は出ていない。
だが、ヴァルシオン達が戦闘に介入する前に損傷を受けていた一部の米軍機は、その攻撃に巻き込まれる形となっていたのである。
運よく死亡者が出なかったものの、巻き込まれた機体の殆どは大破状態に陥っており、ベイルアウトを行う事で戦域からの離脱を始めていた。
そして無事だった者達も味方からの攻撃に戸惑いを受けたという事実に直面し、その動きは明らかに精彩を欠いている状況だ。
各小隊長が指示を出し、皆を落ち着かせようと試みるが、浮き足立ってしまっている彼らはそれに耳を傾けている余裕すらも持ち合わせていない。
結果としてそれが原因となり、更なる被害を増やす状況へと発展していたのである。

「ウォーケン少佐、直ちに部隊を下がらせてください! このままでは徒に損害を増やすだけです!」
『既に大破した者達には機体を破棄するよう通達している! 悪いがこの状況では、こちらも下手に動く事は出来んのだ!!』
「だったら俺達が時間を稼ぎます。その隙に少佐達は離脱して下さい!」

そう言って武は、再びヴァルシオンとの戦闘へと突入する。
確かに機動性は並みの特機と比べて高い方だが、戦術機と同じ速度で動ける訳ではない。
どちらかといえば、こちら側の攻撃に対しての反応速度が速いといったところだろう。
ならばこちらは機動性にモノを言わせ、相手を撹乱しつつ隙を作れば良いだけだ。
そういった結論に至った武は、操縦桿に力を込め相手に向け更に加速して行った―――

「まずはコイツだッ!」

初手は両腰にマウントされていた突撃砲を構え、相手の注意を自分に引きつける所から始める。
その後、短距離跳躍(ショートブースト)を加えながら前後左右へ相手を翻弄。
今のところ攻撃は全て回避されているが、それも計算のうちだと更に攻撃を手を緩める事を止めない。。
本来ならば次々と相殺しきれないGが彼の体を襲っているだろうが、テスラ・ドライブの恩恵によりそれらは殆ど軽減されているのがせめてもの救いだろう。
だが、これだけの動きを見せているにも拘らず、敵も武の機動について来ている。
恐らく、相手も同じようなシステムを用いることで慣性や質量などといった物を軽減しているのだろう。

「だったら、これはどうだ!」

そう叫ぶと同時に相手の頭上目掛けて跳躍し、スライプナーを発射。
初撃から二、三発が相手の直撃コースへと吸い込まれていくが、ヴァルシオンはそれを回避する素振りさえ見せない。
このまま押し切ると言わんばかりに武は攻撃を続け、それらは全て敵機へと命中していくかのように見えていた。
しかし、着弾時に敵機周辺へと弾かれた弾道が土煙を上げ、気付けばヴァルシオンを目視出来ない状態になってしまう。

「(攻撃が通っていないのか? なら、奴が防ぎきれない速度と数で攻めてやるッ!)」
『よせ武ッ!』

リュウセイの放ったその一言により、背中に嫌な汗が纏わり付くのを感じた武は、気付けば噴射降下(ブーストダイブ)で地上へと回避を行っていた。
その直後、先程まで自分が居た場所に目掛けて放たれる二色の閃光。
相手はこちらの攻撃をわざと地面へ弾く事で姿を晦まし、武の油断を誘っていたのだ。

「ふぅ……間一髪だった。すまないリュウセイ、助かったよ」
『気にすんな。だが、奴を相手に油断はするなよ?』
「ああ、了解だ!」

武は改めて、相手の力量が並みの衛士ではないという事実を認識し、闇雲に攻めても駄目だという事実を悟ったのだった。
そして煙が晴れた後、彼は再び驚愕する事となる―――

「こ、攻撃が利いていない?」
『なんだと!? あれだけの攻撃を喰らって、奴は無傷だというのか?』

先程の攻撃着弾時、武は機体本体への致命傷を与える事が出来ずとも、せめて多少のダメージぐらいは何とか出来るだろうと考えていた。
だが、彼らの眼前に現れたヴァルシオンには、全くと言っていいほどに損傷は見られていない。
相変わらず機体は禍々しいまでに赤い色を放っており、それどころか装甲が焦げ付いているといった様子さえ見受けられないでいる。
つまりそれは、こちらの攻撃は一切相手に届いていなかった事を証明していた。

『チッ、やっぱりオリジナルと同じ防御フィールドを装備してやがったか!』
『どういう事だ安藤少尉!?』
『あの機体、ヴァルシオンには生半可な攻撃は通用しねえんだよ。確か、歪曲フィールドって奴を装備してて、殆どの兵装を受け流しちまうんだ』
「要するに、ラザフォード場みたいなもんなのか?」
『その何とか場ってのがよく解んねえけど、一種の防御フィールドって奴に変わりはねえ』
『突破する事は可能なのか、少尉?』
『ああ、確かに突破する事は可能だ。だが、ここに居る俺達の装備だけじゃ威力が足りねえ……せめてキョウスケ達が居てくれりゃ何とかなったかも知れねえがな……』

ビアン博士が開発したヴァルシオン。
そのオリジナル機には、EOT(Extra Over Technorgy)を基に開発された防御用兵装である“歪曲フィールド”が搭載されている。
文字通り実体、非実体のある物質を歪曲させ、機体へのダメージを無効化するシステムだ。
かつてリュウセイ達は、攻撃を集中させることでフィールドに負荷を掛け、一時的に崩壊点を生み出すことでこれを結晶化させて破ることに成功している。
だが、それが実行に移せたのは、最大効果干渉時間と相殺エネルギー量を即座に計算できる人物が居たからだった。
また、闇雲に攻撃を仕掛けた所で意味も無く、崩壊点を形成させることが出来るポイントに負荷を与え続けなければならないといった問題もあるのだ。
過去にヴァルシオンを撃破出来た理由の一つとして、開発者であるビアンの予測を上回ったであろう事実も存在するが、もう一つの可能性として本気を出していなかったのではないかという点も挙げられる。
元々彼は、リュウセイ達が地球を守るに値する者達かどうかを見極めるために単独で戦いを仕掛けた。
もしも本気で彼らを叩き潰すつもりならば、戦力の出し惜しみなどせずに持てる力の全てを掛けて戦いを挑んでいただろう。
つまりは全力を発揮せずにいたという可能性が存在するかも知れないのだ。
尤も後々の異星人との戦いのために戦力を温存したとも考えられる。
リュウセイ達が唯一解っている点は、自らが捨石になる事も辞さない覚悟を以って行動を起こしたという彼の信念だけだ。
しかし、現在戦っている相手はビアンでは無い。
策も無しに力で押し切るという手段を取る事も不可能ではないかもしれないが、それを行うには相応のリスクも伴うだろう。
本来の性能が未知数であるこの機体を相手に、おいそれと分の悪い掛けを行う事は出来ない……というのがリュウセイとマサキの意見だった。

『無い物強請りをしていても埒が開かん。今手元にある戦力だけで奴を突破せん限り、道は開けんのだ……』
『そうよ、どんだけ凄いフィールドだか何だか知らないけど、あんまり私達を舐めんじゃないわよ?』
『そうは言うけどなぁ速瀬中尉、あれを突破するのはホントに骨が折れるんだぜ?』
『上等よッ! それぐらいやれなきゃね、ヴァルキリーズの名が泣くってもんだわ!!』
『諦めろ伊達少尉。速瀬中尉がああなったら、一部例外を除いて止める事は出来ん。この人は、より困難な任務であればある程、自分が前に出て突破口を開こうとする人だ』
『へぇ~、宗像にしちゃよく解ってるじゃない』
『中尉は基本的にマゾですからね……追い込まれれば追い込まれるほどに満足を得る方ですから……』
『前言撤回ッ! あの特機の前に、あんたを今すぐぶっ飛ばすッ!!』
『……といった事を以前、白銀が皆に話してました』
「ちょ、いきなり俺に話を振らないで下さいッ!」
『どっちでもいいわ。二人纏めてあの世へ送ってやるから観念しなさいよッ!!』
「誤解です中尉! 俺はそんな事言ってませんって!!」
『ほう、五回も皆に言い触らしていたのか……意外と君も無謀な男だな』
「宗像中尉、いい加減にして下さい!」
『いい加減にしろ貴様ら! 今は作戦行動中だ。隊員同士のレクリエーションはそのくらいにしておけ……来るぞッ!!』
『『「了解ッ!」』』

毎度のやり取りを踏まえつつ、眼前の敵機に集中する武達。
各々が担当するポジションに付き攻撃を仕掛けて行くが、やはり歪曲フィールドによってそれは全て弾かれて行く。
実弾、粒子兵器を問わず繰り出される攻撃が全く通用しないという事実は、彼らに焦りを生みだす要因となり、このままでは冷静な判断力を鈍らせてしまう結果へと繋がって行ってしまう。

『茜、同時に仕掛けるわよ!』
『了解です速瀬中尉!』

遠巻きに削ることが無理ならばと、接近戦を仕掛ける水月と茜。
長刀を用いた攻撃は、的確に相手の死角を捉えていたが、それすらもフィールドによって阻まれてしまう。

『こんのォッ!』
『いっけぇッ!!』

そのまま押し切ってやると言わんばかりに力を込める両名。
だが、そのまま押し切られてやるほどヴァルシオンのパイロットも甘くは無い。
ディバイン・アームを振りかざし、彼女達を薙ぎ払おうとする。
咄嗟に回避行動を行う二人だが、それをむざむざと見逃すほど敵も愚かでは無いだろう。
一方に狙いを定め、追撃を仕掛けるべく跳躍を開始する。

『そっちに行ったわよ!』
『解ってます!』

茜は自分の下へと迫るヴァルシオンをセンターに捉え、レティクルがターゲットをロックしたと同時に突撃砲を発射する。
先程の攻防の際、僅かな動きの差異で彼女の練度が水月に劣ると確信したのだろうか?
ヴァルシオンは、戸惑う事無く彼女のブリュンヒルデに向けて、尚もその歩みを止めようとはしない。
36mm、120mmと二種類の手を織り交ぜつつ弾幕を張り続ける茜だが、やはりその攻撃は歪曲フィールドによって阻まれてしまう。

「だったらこれでッ!」

突撃砲で有効打が与えられないと悟った彼女は、あえて武装を戻し、カウンター気味に敵機へと肉薄する。
相手も常に防御フィールドを張り続ける事は不可能だと考えたのだろう。
ならば相手がこちらに仕掛ける一瞬の隙を突き、彼女の機体が装備する最も強い武器をぶつける事にしたのだ。
その兵装とは、夕呼がPT解析と、シャドウミラー達から鹵獲した兵装を基に開発した新兵器だ。
ナイフシースから彼女が手にした一見短刀に見える代物が光を放ち、備え付けられた刀身部分に沿うような形で光が形成される。
“試製01式近接戦闘短刀”と名付けられたそれは、見た目通り粒子でできた刃を持った剣。
鮮やかな蒼穹の空を想わせる色を放ち、弧を描く様にそれは敵機へと吸い込まれていく―――

「―――やった!」

ついにその一撃がヴァルシオンへの初太刀となった。
正確にはディバイン・アームを使って受け止めさせたに過ぎないが、フィールドを使わせずに防御行動を取らせた事実には変わりない。

『駄目よ、涼宮少尉! 下がりなさいッ!!』

鍔迫り合いの最中、突如通信に割り込んでくる風間の声。
その直後、ヴァルシオンから二つの何かが射出され、彼女の上方へと飛翔する。
ある一定の高度に達したそれは、その場で爆発すると同時に無数の何かが地面へと向けて降り注いだ。
風間の助言もあり、咄嗟にその場から離脱した茜だったが、回避しきれないそれが機体各所へと命中してしまう。

「きゃぁぁぁッ!」

数え切れないほどの衝撃が彼女を襲い、機体が必要以上に揺さぶられる。
着弾したそれは、無数の破片のようにも見えるが、爆発しない所からミサイルでは無い様子だ。
だが、彼女の機体は装甲の至る所が削り取られており、跳躍ユニットも損傷してしまっている。
その攻撃の正体、それはアーマー・ブレイカーと呼ばれるクラスターAP弾。
文字通り敵の装甲を削り、堅牢な相手を仕留めるために用いられる物だ。
幸いな事に茜の機体は、回避行動を取っていた事と増加装甲を纏っていた為に大破は免れたが、通常の戦術機がこれをまともに受けてしまえば一瞬にして鉄屑へとその姿を変えられていただろう。

『大丈夫か、涼宮ッ!』
「だ、大丈夫です大尉……何とか機体は動きます」
『すぐにその場から離脱しろ!』
「了か……ッ!?」
『茜ちゃん……ッ!!』

増加装甲をパージし、その場からの離脱を試みる茜。
だが、彼女の眼前にはディバイン・アームを振りかざしたヴァルシオンが、今まさにその命を刈り取るべく最後の一撃を繰り出そうとしていた―――

『―――させるかよッ!』

両者の間に割って入る銀色の機体。
その行動に気付いたマサキがディスカッターでそれを受け止めたものの、その剛腕によって繰り出された一撃を受け止めていられる時間はそう長くは無いだろう。
だが、目の前の行動に対し、茜は何故か身動きが取れずにいる。
死に直面した恐怖から、未だに何が起こっているのかを理解できていないのだ。

『タケルッ! 俺がマサキの援護に入る。お前はあの子を頼んだぜ!!』
「了解ッ!」

マサキ達の救援に駆け付ける二人。
武がスライプナーで援護しつつ、リュウセイはそれに合わせる形でヴァルシオンに目掛け突貫する。

『くらえ! T-LINKナッコォ!!』

R-1の右腕に念動フィールドが集束され、その拳が唸りを上げる。
だが、ヴァルシオンもそれに負けじと行動を起こし、武とリュウセイが繰り出した攻撃は再びフィールドによって弾かれてしまう。
更にヴァルシオンは、少々無理な体勢で有るにも拘らず、サイバスターを抑えていた右腕に力を込める事によって彼を薙ぎ払った。
咄嗟に態勢を立て直すマサキだが、敵がこの隙を見逃す筈も無い。
そう悟った彼は、カロリックミサイルで弾幕を張り、リュウセイ達と共に一先ず後退する手段を採る。

「グッ、大丈夫か?」
『こっちは大丈夫です。ありがとうございました少尉』
「気にすんな。今度から気をつけろよ……」

幸いな事に茜の機体は、跳躍ユニットを除いてではあるものの、それほど酷いダメージは見受けられないでいた。
だが、先程の攻撃により、マサキのサイバスターは損傷を受けてしまっていたのである。

「あの子は大丈夫だったみたいだけど、こっちはちょっとヤバいわよマサキ」
「無茶な態勢であんニャの受けちゃったから、プラーニャ伝達用回路が一部焼き付きそうになってるニャ……」

瞬間的にとはいえ、自分よりも巨躯と言える相手の攻撃を受け止めるにはそれ相応の力が必要となってくる。
先程の攻防の際、彼は己のプラーナを高める事で無意識のうちに機体性能を引き上げていた。
しかし、咄嗟の事でその放出量を機体側が許容できる物を上回ってしまったのだろう。
それに加え、体勢的にもかなり無理やりなものだった点も理由の一つとして考えられる。
また、先の大戦以後、サイバスターはオーバーホールを行うべくラ・ギアスへ戻る予定だった。
能力を完全に発揮できない状況などもあり、それらの要因が折り重なるように彼にとっての不都合な物として降りかかって来たのかもしれない。

「って事は、大技を使うのは無理ってことか?」
「バイパスを繋げばニャんとかニャるかも知れないけど、いつも以上にプラーニャを消耗しちゃうかも知れないニャ」」
「って事は、後先考えずに大技を使うのは無理ってことか……やべえな、これじゃますますあのフィールドを破る手立てが無くなっちまったって事になるじゃねえか……」

基本的にサイバスターが使用する兵装、とりわけ大技と彼らが考えている物は、操者のプラーナを基に放たれる物が多い。
サイフラッシュ、アカシックバスター、そしてコスモノヴァの三種は、その中でも特に消費量が大きいと考えられるものばかりだ。
敵に対し、確実にそれらを当てる事が可能であるならば問題は無いかもしれないが、現状でそれは得策とは言えない。
仮にヴァルシオンを撃墜する事が出来たとしても、今は静観しているとはいえ後方に控えているXG-70がどのような機体なのかも解らないのだ。
機体サイズを考えれば、鈍重な物なのだろうという事は考え付くが、そういった物ほど大抵の場合はそれを補う防御兵装が備えられていると言っても過言ではない。
もしもXG-70が歪曲フィールドに匹敵する、もしくはそれ以上の物を持ち合わせていた場合、動けない自分はただの足手まといにしかならないだろう。
そういった点を踏まえ、現状でヴァルシオンを何とかするには、それら三種の兵装を用いずに事を運ばなければならないという状況へ追い込まれてしまったという事になる。

「クロ、シロ、とりあえず機体制御に支障が無いようにバイパスを繋げてくれ! 兵装関連の奴は後回しでいい……」
「でもマサキ、それだとカロリックミサイル、ハイファミリア、ディスカッターぐらいしか武器が使え無くなっちゃうニャ」
「んな事は解ってる! だがな、ここでサイバスターが動けなくなっちまったら良い的だ。もしも万が一、そこで必要以上にダメージを受けちまったら、それこそサイバスターは戦えなくなっちまう……俺の言ってる事、お前たちなら解るだろ?」
「確かに、自分達で治せニャいぐらいまでダメージを受けちゃったら、おいら達はニャんにも出来なくニャっちゃうもんニャ……」
「解ったニャ、マサキ。出来る限り事はやってみる!」
「頼んだぜ二人とも!」
『「解ったニャ!」』

マサキにとってこんな状況に追い込まれてしまった事は、正直言って歯痒いところだろう。
だが、ここで選択を誤り、更に不利な状況へと追い込まれてしまえば、それはもっと大きなものへと変貌してしまうに違いない。
以前の彼ならば、その様な事を考えずに行動を起こしていたかもしれないが、こういった手段を選択できるようになったという事はそれだけ成長したのだという証拠と言える。

「タケル、リュウセイ、ちょっとばかりヤバい事になった。戦闘に支障はねえが、暫く大技が出せねえ……悪いが援護してくれ!」
『なんだって!? さっきの奴で何処かにダメージを負ったのか?』
『そんなに酷い損傷なのか、マサキ?』
「いや、プラーナ・コンバーターの回路が過負荷で焼き付きかけちまっただけだ。バイパスを繋げば何とかなる」
『そうか、解った。無理はするなよ?』
「ああ、すまねえがアテにさせて貰うぜ……」

彼らが後退する間、伊隅達ヴァルキリーズの面々が弾幕を張り続けてくれていた。
そのお陰で、それ以上の追撃を受ける事は無かったのは幸いだったと言える。
話を纏める事も出来たが、左程事態は好転してないない。
唯一変わった状況といえば、展開していた米軍機の殆どがその場から離脱していた事ぐらいだろう。

『―――アメリカ陸軍第66戦術機甲大隊長より現戦域に居る国連軍部隊へ! 我が軍の部隊はもう間もなく離脱を終える。この期に及んで敵対していた筈の君達に対し、この様な事を言うのはなんだが、貴官らのお陰で助かった……改めて礼を言わせてほしい』
「ヴァルキリーリーダーより米軍戦術機甲大隊長へ! 互いに任務を全うしようとしたまでに過ぎません。ここは我らに任せ、そのまま撤退して下さい少佐」
『ハンターリーダー、了解。貴官らの武運を祈るッ!!』

その通信を最後に、戦域から離脱する第66戦術機甲大隊。
先程テスレフ少尉が操られてしまった事もあり、彼女らは場合によっては再び敵対せざるを得ない状況になってしまうのではないかと懸念していた。
しかし、そういった素振りを見せる者は一人もおらず、戦域に居た殆どの将兵が離脱出来たのは幸いだったと言える。
だが、現状は予断を許さない事に変わりは無い。
米軍部隊が撤退したとはいえ、戦場にはRPGなどで言うボスキャラに該当するものが未だ存在しているのだ。
これらを何とかしない限り道は開けず、そして攫われてしまった悠陽の所在を得る事も出来ないだろう。

「―――全員聞け、我々は人類を守護する剣の切っ先……如何なる任務であれそれを遂行する。たとえその妨げとなるのなら、BETAであれ人であれ排除するのみだ……何としても我等はこの状況を打開し、突破口を切り開かねばならない。行くぞ、ヴァルキリーズ! 全機続けッ!!」
『『「了解ッ!!」』』

仕切り直しと言わんばかりに声を上げ、部下達を鼓舞する伊隅。
結成当初は連隊規模を誇った特殊部隊A-01において、絶対の成功を求められる彼女達。
“伊隅戦乙女中隊”はこの様な場を制してこそ、その存在意義を証明できるのかも知れないとさえ感じられる。
そんな彼女達を見て、後方に控えていた敵指揮官は、一先ず彼女達の奮闘ぶりを称えていた。

「この状況においてまだ諦めぬか……流石は特務部隊A-01と言ったところだな」

そう言葉に露わしているが、その表情は彼女達の行為が無駄だと物語っている。
そして彼は、ヴァルシオンの圧倒的な性能に酔いしれていた。
絶大な破壊力、そして通常兵器では貫けない防御力、そのどちらも現行兵器が持ち合わせていない物だ。
ここで彼女等を殲滅する事が出来れば、それは機体の更なる有用性を示す結果へと繋がると言っていい。
行く行くはこれが自らの下へと手に入ると言う事実は、彼にとって如何なるものよりも甘美なものだと感じられていた―――

『―――遊びはそれくらいにして頂けないでしょうか? 大佐は貴方にそんな事をさせるためにそれらを任せたのではありません』
「……フン、貴様にその様な事を言われる筋合いは無い。私のやり方に口を挟まないで貰おうかピーター大尉」
『貴方に与えられた任務は、そんな雑魚の相手ではない筈です。もしもこちらの言う事に従えないのであれば、それ相応の覚悟をして頂かなければなりませんが?』
「これは機体の性能テストを兼ねているのだろう? ならば問題は無い筈ではないか……早く奴らを片付けたいのであれば、君も協力したらどうかね?」
『なるほど、貴方の仰る事も一理あります。ならば自分も御手伝いさせて頂く事にしましょう』

ニヤリと何かを含んだかのような笑みを浮かべ、協力を進言するW13。
そして、戦域を取り囲むような形でそれは姿を露わす―――

『―――ヴァルキリーマムより各機、敵の増援です! 三個中隊規模の部隊が、戦域を取り囲むようにして展開しています!!』
「なんだとッ!? どういう事だ涼宮! 何故今まで接敵に気付かなかった!?」
『わ、分かりません! 突如としてこの場に現れたとしか言い様が無いんです!』

ここに来ての伏兵、恐らくは米軍撤退時のドサクサに紛れ、光学迷彩を展開した状態で接近していたのだろう。
何度も経験している事とはいえ、この状況においての敵増援は負担以外の何ものでもない。
しかもこちらを取り囲むようにして展開しているとなれば、状況は圧倒的に不利でしかないのだ。

「クロ、サイフラッシュで一気に奴らを蹴散らす!」
「いつもより時間がかかるわ。それに現状の出力じゃ最大有効射程が狭まってるから、もっと引きつけてからじゃニャいと……」
『ならば、その役目は俺達が引き受ける!』
「誰だッ!?」

戦場に現れる4つの機影、それは彼らのよく知るものであり、そして頼れる仲間達の物だった―――

「―――行けるな、ゼオラ?」
『問題ありません! スプリットミサイル、シュートッ!!』
「こちらも行かせて貰うッ! バーストモード……ターゲット・ロック! ハイゾルランチャー、発射!」

戦場に降り頻る無数のミサイルと金属粒子の雨。
月夜に弧を描くように映るそれは、なんとも幻想的であり、見る者全てを魅了するかの様だ。

「俺達も行くぜ、冥夜さん!」
『ああ……存分にやらせて貰うッ!!』

ライとゼオラの攻撃に追従する形で、敵機へと接近する二人。
何故この場に冥夜までもが現れたのか?
そして激化する戦場……後に12.5事件と称される一連の出来事は、ついに最終章へと向かうのであった―――



あとがき

第63話、VSヴァルシオン編序章です。

今回はあえてヴァルキリーズメイン?で書いてみました。
新型機の装備なども徐々に明らかにさせて頂きますので、今後とも楽しみにお待ち下さい。

さて、冒頭で気を失っていた筈の冥夜ですが、何故ラストに登場したのか?
これについては、次回の冒頭辺りで明らかにさせて頂きます。
彼女の性格を考えれば大体の予想は付くかと思いますが、出来れば『復活早すぎるんじゃないか?』というツッコミだけは御容赦願いたいと思います。

次回はVSヴァルシオン編の続きをお送りしますので楽しみにお待ち下さい。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第64話 ゲイム・システム
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/10/02 23:51
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第64話 ゲイム・システム





降り頻る弾幕の間を縫うように駆け抜け、利き手に長刀を携え、すれ違いざまに一機、また一機と漆黒の機体を行動不能に追い込んでゆく二つの影―――

『―――冥夜さん、突っ込み過ぎだ! 病み上がりなんだから無茶すんなって!!』
「このくらい、どうという事は無い! そなたこそ、前に出過ぎなのではないか?」
『俺のビルガーは突撃戦仕様だから良いんだよ……』
『何言ってるのよアラド! いつも無謀な突っ込みばかりしないでって言ってるでしょ!? フォローするこっちの身にもなりなさいよッ!』

ゼオラから例によって例のごとく釘を刺され、五月蠅いと反論するアラド。
しかし、それが更なる火に油を注ぐ行為となってしまったのも毎度の事だ。
一応この小隊長という立場であるライも、見慣れた光景であるが故に聞き流している。
恐らくは、これが彼らなりのコミュニケーションなのだと考えているのだろう。
そんなやり取りが行われているなか、武はこの場に冥夜が現れた事態に対し、未だ状況を整理出来ないでいた。

「な、なんであの機体がここに? それにあの動き……やっぱり冥夜なのか?」

救出に成功したという連絡が届いてない事も理由の一つだが、それ以上に驚かされていたのは彼女が搭乗している機体にあると言ってもいい。
それは帝国斯衛軍が開発した最新鋭機、その中でもワンオフに近いチューニングがなされ、彼女専用として悠陽が用意させたことでも知られる武御雷だ。
彼女の性格を考えれば、救出された直後に戦線に復帰させろと言ったことぐらいは簡単に想像が付く。
だが、あの機体は現在、横浜基地に運び込まれており、今回の作戦に参加させる予定など無かった筈なのだ。
その様な事を考えている最中、その薄紫色の武御雷が彼の隣へと降り立ち、開かれた通信により彼は確信を得る事となる。

『すまないタケル、そなたにも迷惑を掛けたな……』
「冥夜、なのか?」
『どうした? 戦場のど真ん中で呆けるなど、そなたらしくも無い……』
「あ、ああ、悪い。お前がその機体に乗ってここに現れた事に正直驚いてた。一体どういう事なんだ?」

率直な疑問、それを解くためのカギは、やはり当人に追及するのが早いだろう。
恐らくこの機体を彼女の下へ運ぶよう指示を出したのは、夕呼に違いないのは明らかだ。
あの人物が何を考えているのかなどといった事を追及しても、結局のところ全てを知りうる事は難しい。
今回、冥夜とその専用機をこの場へ持ち込んだのも、彼女なりに何か考えがあっての事なのだろう。
尤も事と次第によっては、作戦終了後に抗議ぐらいはしても構わないかも知れないだろうが、十中八九それは受け入れられないに違いない。
ならば、せめて詳細ぐらいは理解しておきたいと言うのが武の考えだったのである。

『そなたが月詠に指示し、烈火の足止めを行わせたのは聞かされている。その後私は、紅蓮閣下とあちらのブランシュタイン少尉殿達によって助け出されたのだ』
「なるほどな、先生の言っていた別働隊は閣下とライ少尉達の事だったのか……だけど、それじゃお前がその機体に乗ってる理由にはならないだろう?」
『ああ、そなたの言うとおりだ。閣下が仰るには、この機体はもしもの時のために持って行けと香月副司令が申したらしい。一体どういったお考えでこの機体を閣下に託したのかは解らぬが、私としてはこうしてそなたと共に戦場に立てたのだから正直喜んでいるよ……無論、状況が状況だけに不謹慎だと言うのは理解しているがな―――』

冥夜の話を統合するに、武御雷の投入は、やはり夕呼の企みだったようだ。
だが、彼女の言う“もしもの時”というのが理解できない。
この機体は悠陽が冥夜専用に造らせたものであり、壱号機と同じく生体認証システムを搭載している。
つまり、これを動かす事が可能なのは彼女等姉妹のみであり、他の人間では扱う事が出来ないのだ。
あくまでどちらかが乗り込むと言う事を仮定して持ち込んだというのであれば、武にもある程度理解できる部分もある。
しかし、戦力として組み込む場合、居所の分からない悠陽では搭乗は不可能だ。
となると、初めから冥夜の搭乗を想定していたとしか考えられない。
もしそうだとしても、運用できたかという問題は浮上する。
それは、冥夜自身が搭乗を拒否した場合だ。
正直彼女は、この機体が横浜に運び込まれた事を快く思ってはいない。
これに乗り、戦線に加われと言ったところで素直に受け入れるかどうかは難しいところだろう。

「なあ冥夜、なんでその機体に乗る気になったんだ?」

気付けば武は、頭に浮かんだ事実を彼女に問い質していた。

『―――理由はいくつかある。私自身、何としても姉上を御救いしたいと考えていた。そんななか敵の策に掛かってしまい、姉上と同じように攫われてしまうなどと、自分の不甲斐無さを呪ったのも事実だ。だが、このまま終わる訳にも行かぬ……この機体は、姉上が私のためにと用意して下さったものだ。いわば私に与えられた力と言ってもいいだろうな……』

瞳を閉じ、ゆっくりとした口調で胸の内を語り出す冥夜。
武は、ここが戦場であるにも拘らず、それを忘れてしまうかのように彼女の言葉に耳を傾けていた。

『以前、私がそなたに“この星、この国の民……そして日本という国を護りたい”と申した事を覚えているか?』
「ああ、覚えているよ」
『再びこの世界でそなたと再会した時、私は改めてその決意を胸に生きようと考えた……だが、その前に護らねばならぬものに気付かされたのだ。それは仲間であり、友であり、そして自身にとって掛け替えのない大切な人々……私に当てはめるならば、姉上やそなたを含めた207小隊の者達だ。それら全てを護れずして、星や民、そして国を護るなど出来る筈もないとな……』
「……そうか」
『その為には、私の個人的感情で与えられた力を使うのを拒むという考えは愚かだと悟った。この機体は、そんな私の願いを汲んで姉上が用意して下さったものだ……だから、私はこれを拒むのを止める事にした。そして、姉上のその想いに応えようと思ったのだ―――』

“御剣 冥夜”の本質は何処に居ても変わらない……それが武の素直な気持ちだった。
例え記憶を引き継いだ存在であったとしても、彼女は何処までも真っ直ぐで、己が信念に邁進する人物だと。
武はそんな彼女を嬉しく思うと共に、彼女の力になりたいと願う。
それが今現在の自分に出来る事であり、全てを話してくれた彼女に応える術だと彼は悟る―――

「―――やっぱりお前はスゲェよ、冥夜」
『以前にも申しただあろう? 私よりもそなたの方が凄い、とな……タケル、姉上を御救いする為……』
「それ以上は言わなくても解ってる! その為には、奴らから殿下の居場所を聞き出すぞ!!」
『心得た! ゆくぞッ!!』

白銀と薄紫機体がそれぞれ敵機へと跳躍し、再び戦闘が開始される。
しかし、その一方でヴァルキリーズの面々は、ヴァルシオンの脅威に苦戦していた―――


「―――各機、そのまま陣形を維持! 機動性を活かして撹乱するんだ! 動き回って囲い込めッ!!」

伊隅の指示に対し、前衛ポジションを担当する者達が近接戦闘で撹乱、そして後衛ポジション担当者達はそれらを援護する為に奔走していく。

「いまだッ!」

動き回る前衛メンバーに翻弄され、攻撃が散漫になりつつあるヴァルシオン。
そんな一瞬の隙を突き、晴子が狙撃を試みるが、やはりそれも歪曲フィールドによって阻まれてしまう。

「(このタイミングでも防がれるか……連携を読まれてる? やっぱりそう簡単に崩れてはくれないよね……!)」

粒子兵器である試製01式プラズマ集束カノン砲を用いても相手の防御を貫く事が出来ない。
やはり生半可な攻撃では敵に対して有効打を与えられないのだろう。

「伊隅大尉、集束モードの使用許可をお願いします」
『駄目だ。ロクにテストもしていない状況で、あれの使用は許可出来ん。それに副司令に言われた事を忘れたのか?』
「確かにこのモードは面制圧を主体にしたものです。ですが、現状で奴の防御を抜けるであろう兵装は、これしかありません」
『それでも許可出来ん。チャージ時間やその後の機体稼働状況を鑑みても無謀すぎる……それはあくまで切り札として取っておく、いいな?』
「……解りました」

打開策として進言した案を却下され、渋々それに従う晴子。
彼女と風間の機体に装備されたプラズマ集束カノン砲は、PT技術を基に開発された物だ。
荷電粒子砲とは違い、金属粒子を固有振動によって集束させるという手段を用いているため、辛うじて小型化に成功したものらしい。
だが、未だ試作の域を出ていない兵器であり、今回が初の実戦テストとなってしまった。
そう言った理由もあり、伊隅は集束モードの使用を許可しなかったのだろう。

『柏木少尉、貴女の気持ちは解らないでもないわ……でも、現状でもしこれが通用しなかった場合、私達は今度こそ手詰まりになってしまう。今は耐えましょう……』
「解ってますよ風間少尉。その時が来るまでは、皆の援護に徹します」
『くれぐれも無茶はしないで……お互い頑張りましょう』
「了解です」

一歩後ろに下がった位置で冷静に物事を観察できる人物が隊内に居るという事は、戦場において心強いと言っても過言ではない。
故に彼女の様な人間が、後衛に存在しているのがヴァルキリーズの強みとも言えるのだろう。
しかし、現状は一向に好転する様に思えない。
敵増援とほぼ同時期に味方の増援が現れてくれたとはいえ、彼らはそれらの相手に手を焼いている状況だ。
ここは一先ずヴァルシオンを足止めし、周囲に展開している戦術機部隊から片付ける方が得策かも知れないと考える者も少なからずいる。
確かにその方が短時間でこちらが優位に事を進む方へと持って行けるかもしれないが、その間にあの特機を引き付けなければならない問題も発生してしまう。
こちら側の攻撃を一切受け付けず、圧倒的な射程と破壊力、そして他を寄せ付けない間合いを持つもの相手にそれをやってのけるのは誰が考えても至難の業だ。
ヴァルキリーズの面々は、そういった思考に行き着いてしまっている事もあり、なかなかそれを言い出せないでいた。
だが、そんな彼女達の考えと逆の方法を採ろうとする者達が居る―――

『―――伊隅大尉、フォーメーションの変更を進言します』
「確かブランシュタイン少尉だったな? まさかとは思うが、あの特機を足止めしつつ、敵増援を叩くなどと言うつもりか?」
『仰るとおりです。我々ベーオウルブズがヴァルシオンを足止めします』
「……貴様も知っていると思うが、奴に生半可な攻撃は通用しない。それを踏まえた上での考えなのか?」
『そうです。恐らく現状で奴の相手が出来るのは、機体特性を知り得ている我々のみ……このミッションマニュアルが最適なフォーメーションだと自分は考えます』

下士官からの進言とは言え、今の彼女にそれを否定するだけの材料は存在していない。
戦場において部隊が生き残る術は、如何に戦局を見据え、最適な指示を指揮官が与えれるかに掛かっていると言ってもいいだろう。
要するに、柔軟な思考の持ち主が指揮を執ることが理想とされているに違いない。
その物言いに対し、少々気にいらない点が無いといえば嘘になるが、現時点で今の状況を打破するには彼の言い分が的を得ているだろう。
まず第一の要因として挙げられるのは、言うまでも無く機体の性能だ。
彼らの機体は新規概念により開発された試作機と認識しているが、従来の戦術機とは一線を画したスペックを有している。
20メートル前後の機体サイズでありながら、可変機構や見慣れぬ兵装、そして一部の機体には特殊な防御システムまで搭載されていると聞く。
これらの装備は、辛うじて一部の物は自分達の機体にも搭載されているとはいえ、未だ試作の域を脱しきってはいない。
そういった点を踏まえても現状で彼らの機体と自分達の機体では、埋める事の出来ない溝が存在するのも事実と言うことなのだろう。
そして二つ目の要因は、ヴァルシオンの特性に関してだ。
ヴァルキリーズがこれまで相手をしてきたモノ達は、その殆どがBETAであり、戦術機やPT、ましてや特機などの機体とはシミュレーションでしか手合わせをした事が無い。
言ってみれば、彼らに比べ経験が圧倒的に不足しているのだ。
更に言うならば、彼女達の機体であるブリュンヒルデは、先日ロールアウトしたばかりの新型という事もあり、ある程度完熟の域に達しているとはいえ完全にその性能を引き出せている訳ではない。
いくらシミュレーションで良い成績を収めているとはいえ、今回の任務が実機での初出撃である以上は常に危険も付きまとうという訳だ。
それら全ての点を踏まえ、今自分達が採れる最良の手段は何かといえば、自ずと答えは見えて来るだろう。
そう悟った伊隅は、改めて各自のマーカーを照らし合わせ、フォーメーションの再構築に取り掛かる。

「良いだろう少尉、貴様の作戦を採用する……各機、これより割り振られたマーカーに従い、フォーメーションを変更! ヴァルキリーズは敵戦術機部隊を、白銀大尉ならびにベーオウルブズの面々には特機の足止めを行って貰う」
『『「了解ッ!」』』
「白銀、貴様には南部大尉が到着するまでの間、ベーオウルブズの指揮を執って貰う……くれぐれも無茶はするなよ?」
『了解です伊隅大尉』
「よし、各機散開ッ! 奴らに我らの力を見せつけてやれッ!!」

彼女の号令を合図に、各自が割り振られた地点へと移動を開始する。

「フェンリル1よりベーオウルブズ各機、俺達の目的はあくまであの特機の足止めだ……って言っても、俺と冥夜以外はあいつの特性をよく知ってるんだよな……」
『ああ、あのヴァルシオンには生半可な攻撃は通用しねぇ。だけど、全く手が無いってわけじゃねえぜ』
『歪曲フィールドはその特性上、ある一定以上の攻撃を受けた際、過負荷によりフィールドが結晶化します。それを起こす事さえできれば、機体本体へのダメージは通る筈です』
『問題は、如何にしてその過負荷を与えるか……って事ッスね?』
「ライ少尉、結晶化の予測時間を割り出す事は可能ですか?」
『可能です。しかし、あのヴァルシオンが我々の知る物と同じとは限りません。先ずはデータ収集を最優先にすべきだと考えます』
「解りました。では、データ収集はライ少尉に一任。残りは測距データ、ならびにトリガーログのタイミングを少尉のR-2へ転送してくれ!」
『『「了解ッ!!」』』

作戦が纏まり、攻撃を開始する武達。
しかし、こちらが遠巻きに足止めを行うという考えを敵も理解しているのだろう。
この状況で相手の採るべき手段を知りながら、その場に棒立ちになっているほど向こうも馬鹿ではない。
意図を見抜いたヴァルシオンのパイロットは、先制攻撃と言わんばかりにクロスマッシャーを乱射して来る。

『こっちの狙いに気付きやがったのか!?』
「だとしても俺達のやる事に変わりはねえ! 行くぞ皆ッ!!」

不規則に放たれる敵の攻撃を回避し、手持ちの火器で応戦する武達。
本来ならば決定打になりうるであろう攻撃は、やはりフィールドによって弾かれてしまう。
だが、今回はそのフィールドのデータ収集が目的であるため、彼らは攻撃の手を休める事を止めない。

『最大効果干渉時間、相殺エネルギー量……フィールド結晶予測時間は、逆算で一周期あたり0,7秒……オリジナルと同じという訳か……』

仲間から次々と送られてくるデータとログを基に、フィールドの解析を行うライ。
彼は、以前彼らSRXチームの隊長でもあったイングラム・プリスケンと同様の事を行い、突破口を開こうと試みている。
結晶予測時間もほぼ同じ事を突き止めた彼は、その旨を仲間に伝えようと試みたのだが―――

『―――目標、優先順位変更……イルミネーターリンク……』

攻撃着弾時の轟音の中、微かに戦場へと響き渡る女の声。
その声を聞いた時、明らかに動揺を浮かべた者が存在する―――

『―――ッ!? い、今の声は……?』
「どうした冥夜!?」
『タケル、そなたにはあの特機の衛士の声が聞こえなかったのか?』
「声……?」

先程から嫌な予感が拭えない冥夜。
ヴァルシオンから発せられた声、それを聞いた時彼女は、思わず自分の耳を疑いたくなった。
だが、そんな彼女の心情などお構いなしに敵は攻撃の手を緩める事を止めない。
砲撃戦で有効打を与えられないと悟った敵パイロットは、兵装をディバイン・アームに変更し近接戦闘を仕掛けて来たのだ。
これまではこちらの攻撃を受ける、もしくはこちらからの攻撃を薙ぎ払う程度にしか用いられなかったが、やはり一撃一撃が重く威力も高い。
通常は横に薙ぐ様に振るわれ、時折叩きつけるように振り下ろされたそれが地面の至る所にクレーターを作り、容赦なく地面を抉って行く。
その動きは剣術というよりは槍術や薙刀術に近く、歪曲フィールドの恩恵も相まって彼の機体にとって優位な間合いを作り出していた。

『それにあの動き……やはりあれは―――』

流れるようにしなやかな動作、そしてそこから繰り出される数々の技。
それは彼女のよく知る物に酷似しており、その使い手も限られている。
自身の無限鬼道流と対をなす、と言っても過言ではないもう一つの流派として伝えられる武術。
その名は“神野無双流”というものだったのである―――

『―――ターゲット変更完了。これより最優先目標を砲戦型パーソナルトルーパーに設定……コマンド“破壊”……アクションスタート』
「なッ!? まさか、あれに乗っているのは!?」

ヴァルシオンとの戦闘が開始された直後にも聞いた声……その時に何故気づかなかったのだろうか?
今の今になり、武は自身の愚かさに気付かされる事になる。
そして、予感が的中してしまった冥夜は、居た堪れない気持ちになり、思わず叫んでしまう。

『お止め下さい姉上ッ!!』

この世界において、彼女が姉と呼ぶ人物は一人しかいない。
そう、彼女と武の二人は気付いてしまったのだ。
今現在自分達が戦っている相手の正体に―――

「―――よせ冥夜ッ!」
『放せタケルッ! あの機体、あの機体に乗っているのは姉上なのだ!! 頼む、私を行かせてくれッ!!』
「落ち着け! ベーオウルブズ各機、直ちに攻撃を中止しろッ!!」

飛び出しそうになる冥夜を制止し、皆に攻撃中止を訴える武。
突然の出来事に驚きを隠せないベーオウルブズの面々は、一先ず攻撃を中止するが状況が飲み込めないでいる。

『タケル、一体どういう事だ? あれに乗っているの奴を知っているのか?』
「ああ……迂闊だった。聞いてくれ皆……あの機体に乗っているのは、俺達が探している殿下だ……」
『な、なんだって!?』
『クッ、シャドウミラーめ、姑息な真似を……』

突如として明らかになった事実に戸惑いを隠せない武達。
捜索、そして救出を行う筈であった人物が、敵として自分達の前に姿を現わしているのだ。
過去に幾度となく経験しているパターンとはいえ、この状況でこういった展開へと事態が動いた事に驚かない訳が無い。
そして武と冥夜の二人は、咄嗟に気持ちを切り替えれるほど器用では無かったのである―――

『―――ターゲットインサイト……メイン・ウェポンをクロスマッシャーに変更』
「姉上、私ですッ! 私の声が聞こえるならば、すぐに攻撃をお止め下さいッ!!」
『……クロスマッシャー、発射!』

彼女の悲痛な叫びが木魂するなか、それらを一切無視するかのように攻撃を続ける悠陽。
その結果、自分の声が届いていない事態に直面した冥夜は更に動揺を受けてしまう。

「止めて下さい殿下ッ! 俺達の事が解らないんですか!?」

武も冥夜に続く様にして彼女に訴えかけるが、まるで効果が得られない状況だ。
そして冥夜は、直接説得を行おうと接近を試みるのだが、明らかにその行為は無防備だったと言っていい。

『ターゲット変更、優先目標を“Type-00”に設定……神野無双流“奥義・煌曜輪”!!』
「いかんッ! 下がれ御剣訓練兵ッ!!」

事態を察知したライが彼女を制止するが、既に相手は迎撃行動に移っている。
このままでは間に合わないとはいえ、黙ってそれを見過ごす訳にもいかない状況だ。
咄嗟の判断で彼はR-2のビーム・チャクラムを射出し、それを冥夜の武御雷にぶつけることで相手の攻撃が通るであろう位置から彼女を逃がす事に成功する。

『ぐぁぁぁッ!』

唐突に発生した衝撃により、思わず呻き声を上げてしまう冥夜。
発生したビームにより彼女を傷つけてしまう事から戦輪のみを打ち込んだとはいえ、高速で射出されるそれはある程度の質量を持っている事には違いない。
荒っぽい救出方法であった事には違いないが、あのままでは容赦なく彼女は両断されていただろう。
そして吹き飛ばされた武御雷は、幸いな事と言っては不謹慎だが、左程ダメージを受けてはいなかった。

「ライ! あの子を助けるにしても、今のはやり過ぎだろう!?」
『そんな事は解っている』
「だったらもう少し……」
『いえ、良いのです少尉殿……申し訳ありませんブランシュタイン少尉。お陰で助かりました』
『くれぐれも無茶はするなと言った筈だ。だが、あんな方法しか思いつかなかったのはすまなかった……』
『こちらこそ申し訳ありませんでした。今のところ機体に損傷は見受けられません。引き続き任務を続行します』

助けて貰った事に礼を言い、そして自分の迂闊な行動に対し謝罪する冥夜。
だが、その表情はどこか覚束無い様子さえ見受けられ、しっかりと現状を見据えているとは思えない。

『おいおい、大丈夫かよアンタ?』
『大丈夫です……問題はありません』
『そんな顔で言っても説得力に欠けるぜ?』
『そ、それは……』

浮かべていた表情を指摘され、彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべる。
しかし、それは当然といえば当然だろう。
助けたいと願っていた筈の姉が、自分達の前に立ち塞がる刺客として現れたのだ。
彼女が負ってしまった精神的ダメージは、詳しい事情を知らない彼らにしてみれば単に戸惑いを見せているだけと受け取られても仕方が無い。

『あの機体に乗ってるパイロット、アンタの姉さんなんだろ? 確かに動揺しちまうのは解るが、今の状態のままじゃ何も出来ないままお前が死ぬぞ……』
「言い過ぎだぞマサキ! 自分の大切な人が人質に取られてるんだ。冷静でいられる筈が無いじゃないか!!」
『んな事は解ってるよ……だから、そいつの姉さんを皆で助けるしかねぇじゃねえか』
「俺はそのつもりだ……だけど、あのフィールドを何とかしない限り、近寄る事も出来ない……」

確かに武の言うとおり、ヴァルシオン本体に近づくにはあのフィールドを無力化せねばならない。
以前はそれを結晶化させ、再展開される前にアカシックバスターで機体を大破させることで事を成し遂げた。
しかし、今回は機体をほぼ無傷のまま行動不能に陥らせ、パイロットである悠陽を救い出さねばならないのだ。
単純に手数で圧倒するだけでは、機体その物を破壊してしまう可能性も捨てきれないのである。

『それならば策はあります。解析の結果、フィールド結晶化予測時間は一周期辺り0,7秒と出ました……先ず、我々で突破口を開きます。その後、白銀大尉は御剣と共に煌武院殿下を救出して下さい』
「了解です。少尉、ヴァルシオンのコックピットブロックの位置を教えて下さい」
『胸部装甲上部に存在する球体部分です。正確な位置座標を転送します』
「頼みます……それから冥夜、お前にこれを預ける」

武が彼女に預けた物、それはブリットより借り受けているシシオウブレードだった。

『これは……良いのか、私が使っても?』
「ああ、こういった物の扱いは、俺よりもお前の方が慣れてるだろ? それにこいつにはさっき俺も助けられた……今度はお前の力になってくれる筈だ」
『解ったタケル。有難く使わせて貰う事にする……』
『御剣、恐らくチャンスは一度きりだ……我々が何としても突破口を開く、お前は大尉と共に何としても殿下を助け出せ』
『それは、どういう意味なのです少尉殿?』
『あのヴァルシオンには、特殊なマン・マシン・インターフェイスが搭載されている可能性が高い。でなければ、なんの操縦訓練も受けていない煌武院殿下があれを手足のように扱う事など出来ない筈……』
『まさか、あいつにはゲイム・システムが!?』

“ゲイム・システム”とは元DCの科学者であるイーグレット・フェフが開発し、DCの副総帥であるアードラー・コッホによって量産試作機であるヴァルシオン改に組み込まれた物である。
それは機体側からパイロットに働きかけ、同調させる事により仕様者の情報把握能力を拡張して戦闘能力を向上させるという。
要するに、パイロットに意思は必要なく、搭乗しているだけで問題無いという訳だ。
意思が必要無いという事は、拘束された状態であったり、洗脳状態にある場合でも稼働効率を上げる事が出来るシステムなのである。
だが、その副次的作用として、戦闘の生む高揚を無制限に増幅し、最終的には暴走状態にしてしまうといった欠陥を抱えていた。
また、搭乗者の脳に多大なる負担を掛け、仕様者が廃人になってしまう危険性も秘めている。
つまり搭乗者はシステムに耐え切れず精神崩壊を起こし、やがては死にいたるという悪魔の様な装置なのだ。
この場に居る武と冥夜を除く面々は、少なからずこのシステムと因縁があり、その恐ろしさも十分に把握している。
特にライ、そしてアラドとゼオラの三人は、その事実に対し怒りを露わにしていた―――

『―――許せねぇ……ぜってぇに許せねえぞ……!』
『ええ……あんな物は存在しちゃならないわ!』
『ああ、お前達の言うとおりだ……二人とも、時間がありません。手遅れになる前に殿下を!』
「解った! 冥夜、何としても殿下を救い出すぞ!!」
『心得たッ!』

再びフォーメーションを組み直し、全員が悠陽救出のために行動を開始する。

「先ずは俺だ! 行くぜクロ、シロ、準備はいいか!?」
『「了解だニャ」』

サイバスターの足元に魔法陣が出現し、召喚される深紅の火の鳥。
雄々しく羽ばたきながらそれはヴァルシオンの元へと飛翔し、なおも加速を続けて行く。

「サイバスターチェィィィンジ! サイバァァァドッ!!」

その後マサキは、機体をサイバードに変形させ先程召喚した火の鳥目掛け距離を詰める。
戦場に火の鳥の咆哮が木魂するとほぼ同時期、後を追いかけていたサイバードがそれに融合する形となり、青白い炎を纏った不死鳥が戦場を駆け抜けていく―――

「くらえっ!! アァァカシック・バスタァァァッ!!」

その攻撃に対し、ヴァルシオンはフィールドを展開。
しかし、現時点ではエネルギー総量の差もあり、アカシック・バスターの威力は相殺されていた。
だが、彼らにしてみればそれは想定内の事だ。
続け様に二つの青い閃光が飛来し、それを確認したマサキは一先ず離脱を開始する。

「行くぜ、ゼオラ!」
『了解よ、アラド!』
「ビルガーの本当の姿を見せてやる!」

続けて様に攻撃を開始するアラドとゼオラ。
増加装甲をパージし、本来の姿を露わにしたビルガーはファルケンを伴ってヴァルシオンへと突き進む。

「ウイング展開! ドライブ全開ッ!!」
『テスラ・ドライブ出力最大! ブーストッ!!』

各機のウイングバインダーが展開され、機体後部より放たれた緑色の粒子を纏う様に百舌と隼は更に加速。
それらは不規則な軌道を描き、他に例えようのない様子を醸し出していた。
一撃、二撃、三撃と次々に高速移動を繰り返しながら、フィールドの蓄積ダメージを加算していく二機のビルトシリーズ。

「このまま行くぞ、ゼオラ!」
『ええ!』
『「ツイン・バード! ストラァァァァイクッ!!」』

彼らは高速撹乱とヒット・アンド・アウェーを繰り返し、ついにブレイク・フィールドを纏った体当たりを敢行する。
左右からほぼ同時にフィールドへ負荷を与えた事により、これまで相殺されていた筈の均衡が徐々にではあるが緩み始めるのを確信する二人。

『ライ少尉ッ!』
「了解! ターゲット・インサイト! ハイゾルランチャー、発射!!」

駄目押しと言わんばかりに放たれる重金属粒子のエネルギーの渦。
そしてトロニウム・エンジンから発せられる集束された強力なエネルギーが引き金となり、ついに歪曲フィールドの結晶化が発生した―――

『今だ、リュウセイッ!!』
「任せろ! 超必殺! T-LINKソォォーード!!」

R-1の念動フィールド発生機関が光を放ち、徐々にそれが両腕へと集束されて行く。
まるでリュウセイの想いに応じるかのようにそれは輝きを増すと共に伸び始め、ヴァルシオン目掛けて放たれた。

「破を念じて……刃となれ!!」

そしてそれは全てを貫かんとする刃の形へと変貌し、結晶化の始まったフィールドへと突き刺さる。
そこの場を始点とし、まるで崩れ落ちる氷山の様に崩壊し始める歪曲フィールド。

「破ぁぁっ!!」

更なる念を込められた事により、文字通りその剣は爆砕。
その衝撃により、ついに絶対的な防御を誇っていたフィールドは消失する事となった―――

『―――行け、二人とも!』
「了解! 遅れるなよ冥夜!!」
『了解だ! (姉上、すぐに貴女をその呪縛から解放します……)』

跳躍ユニットを吹かし、フィールドの消失したヴァルシオンに向けて突貫する武と冥夜。
だが、それを阻まんと、向こうも攻撃を仕掛けて来る。
背部バインダーより無数のミサイルが、左腕部からはクロスマッシャーが彼らを襲う。
しかし、武と冥夜はそれに臆することなく突き進む。
それは単衣に、悠陽を救いたいと切に願う二人の想いがそうさせるのだろう。

『二人をやらせはせん! 行け、ビームチャクラム!!』
『援護するぜ二人とも! ブーステッド・ライホォ!!』

R-2のチャクラムがヴァルシオンのクロスマッシャー発射口を沈黙させ、R-1のライフルがバインダー上部のミサイルポッドを狙い撃つ。
その結果相手に残った武器は、近接兵装用のディバイン・アームだけとなるが、それでもヴァルシオンは二人を迎撃すべく身構える。
先陣を切っていた武の元へとその切っ先が振り下ろされるが、彼はそれを紙一重で回避。
そのまま彼はがら空きになっている下半身へと匍匐飛行を行い、スライプナーを用いて左足の切断に成功。
バランスを崩したヴァルシオンは体勢を崩し、そのまま片膝を突いてしまう。
その間隙を縫うようにヴァルシオンの死角から冥夜の武御雷が飛び出し、そのまま彼女はすれ違いざまに相手の右手首を両断する。
しかし、ヴァルシオンも黙ってやられてなどおらず、右腕の残った部分を振りかざし、叩きつけるように武御雷に攻撃を行うが、それも寸での所で回避されてしまう。
そして冥夜は、空いた左手で長刀を引き抜き、そのままヴァルシオンの腕を掛け上がると、今度はその長刀を肩の関節へと突き刺した。
火花を上げ右腕は肩の部分から沈黙した事を確認した彼女は、そのまま姉を救うべく行動に移すのだが―――

「殿下! いや、姉上!!」
『ターゲットType00……目標を……殲滅……』
「うぐっ……!?姉、上……!」

コックピットへ取り付こうとする冥夜だったが、一瞬生まれた隙を突かれ、残った左腕で機体を掴まれてしまう。
ギシギシと音を上げ、悲鳴を上げる武御雷。
武は急いで彼女を救出しようとするが、下手に動いてしまっては彼女に攻撃が当たってしまうと判断し動けずにいる。

「いい加減にして下さい姉上……その様な得体の知れぬモノに囚われ、貴女は一体何をしているのです!!」
『ターゲットType……御剣……冥……』
「私の知っている姉上は、そんなものに己の意志を曲げられる様な弱い人ではない筈だ! 己の意志を強く持った姉上……“煌武院 悠陽”は何処へ行ったのですッ!!」

身動きの取れない状況に追い込まれながらも、彼女の説得を続ける冥夜。
その間にも機体各所には、大小様々な損傷が蓄積され更に機体は悲鳴を上げて行く。

「目を、目を覚まして下さい! 姉上ぇぇぇぇぇっ!!」
『っ!?……冥……夜……?』
『動きが鈍った!? 今だッ!!』

彼女の必死の叫びが通じたのだろうか?
先程まで冥夜の武御雷を握りつぶそうとしていた左手が緩み、悠陽の乗るヴァルシオンは明らかに今までと様子が異なっている。
それを察した武は、急いでヴァルシオンの左側面へと回り込み、武御雷を掴んでいる左腕へと攻撃を加える。

『行けッ! 冥夜ぁぁぁっ!!』
「了解だタケル! ハァァァァっ!!」

武からの激を受け、冥夜はシシオウブレードを用いてその束縛状態から脱出に成功。
そのまま跳躍ユニットを吹かしてコックピットへと辿り着いた彼女は、シシオウを握った状態のまま00式近接戦闘用短刀を展開して悠陽の救出を試みる―――

「急げ冥夜! 時間が……」

武がそう言いかけた直後だった。
その場に居た誰もがその一瞬の出来事を信じられずにいたのだ。

「そ、そんな……」


彼らの目の前で爆発炎上するヴァルシオン。
それは何者かが放った一発の砲弾が引き起こした事態。
ヴァルシオン、そして武御雷が爆炎に包まれていく。
そして、戦場には悲願を成就させたと確信した男の笑い声が響き渡っていたのだった―――




あとがき

第64話です。
対ヴァルシオン編は一応決着が付きました。
冥夜の扱いが……と仰る方もいらっしゃるでしょうが、もう暫く御許しを……

続きが気になる方も大勢いると思いますので、なるべく早く次の話をアップできるように頑張ります。
それでは今回はこの辺で失礼します。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第65話 潰えし野望
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/11/01 18:55
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第65話 潰えし野望





誰もがその光景に絶句していた。
その中でも武は特に目の前で起こった現状を認めることが出来ないでいる。

「ウソだろ……おい、冥夜! ウソだって言ってくれッ! 冥夜ァァァッ!」
『フッフッフ、あの状況だ。どう考えても助かる見込みは考えられんよ……なに、悲しむ必要は無い。すぐに君達も二人の後を追って貰う事になるのだからね』
「お前か……お前がやったのかッ!!」
『そうだ。これで邪魔者は始末する事が出来た……』
「ふざけるな! 何故こんな事をする!?」
『それは“愚問”というものだよ、白銀大尉……この私がこの国を手に入れるためには、彼女等姉妹が邪魔だというのは君でも解る事だろう? そう、この私“崇宰 信政”がこの日本を統べる為にはな……』

ついに武達に向け、己の正体を明らかにした崇宰。
だが、その正体についておおよその見当が付いていた彼らは、左程驚かないでいる。

『ようやく正体を現わした……って言いたいところだが、アンタが今回の事件の首謀者だって事はとっくの昔に割れてんだよ。今更別に驚きゃしねえぜ』
『なるほど……まあ、隠していたところで意味は無いのだが、その物言いは気にいらんな。ただの一兵士がこの私に対し、その様な言葉を吐くなど……歩の程を弁えよ!』
『生憎、俺達はアンタに対して弁えなければならないものなんて持ってないんだよ!』
『そう言えば君達は異界の者達だったな……だが、君達はこの世界にとってただの部外者にしか過ぎん。余計な事に首を突っ込むのは止めて貰いたいものだな』
『貴様の言う通りかもしれん……我等はただの異邦人だ。互いの主義主張、覇権争いに口を挟める立場では無い……だが、だからと言って貴様の行いを見過ごすわけには行かん!』
『フッ、正義の味方でも気取るつもりかね? だとしたらそれは滑稽だな』
『笑いたきゃ笑えよ爺さん。世界がどうとかそんなものは関係ねえ……俺達は、アンタのやった事を許せねえだけだ!』
『そうよ! あの二人に対しての行いは許せるものではないわ!』
『感情でしかモノを言えぬ子供が、偉そうな口を利く……ならば言葉ではなく、実力で示してみるがいい!』

様々な感情が錯綜するなかにおいて、時として言葉というものは無意味だ。
それぞれがそれぞれの正義、もしくは信念、そして野望といったモノを掲げている以上、それに共感する事が無い限り相手は相容れぬ存在でしかない。

「崇宰大将、俺は……いや、俺達は貴方とシャドウミラーを許さない。この国の、世界の、そして星の明日を護ろうとした人達の心を捻じ曲げ、己の欲望を満たそうとするアンタ達を絶対に許しはしない!」
『やはり君も青いな……流石はあの男の息子、といったところか』
「な、に……?」
『まあ、そんな事はどうでもいい事だ。先程君は私にこう言ったな? 己が欲望を満たすために人々の心を捻じ曲げたと……何故その様な事が言える? いつ、私が己が欲望の為だけにこの国を手に入れたいと言ったのだね?』
「この機に乗じてあの二人を暗殺し、日本の主権を握ろうと画策していたのは事実だろう!? それがアンタの欲望以外のなんだっていうんだ!!」
『誰に聞いたか知らんが、君はもう少し視野を広く持つべきだな。先程の言葉も含め、それは君自身の考えではあるまい……目先の事、そして先入観のみで他人の行いを決めつけるなど愚の骨頂だ。まったく以って君は愚かだよ……』
「ならアンタの本心は? 己が欲望で無いって言うんなら、それ相応の理由がある筈だ!」
『無論、この国を、日本を護る事だよ白銀大尉』

さらりと自分の本心を告げる崇宰。
だが、武達がそう簡単に彼の物言いを信じる事が出来ないのは当然と言える。
彼がこれまでやってきた仕打ち、それはいくらこの国を護るためとはいえ、明らかに行き過ぎた行為だ。
誰の目から見ても、私利私欲のみで動いているようにしか見えない行動。
彼の言葉を肯定する事が出来る人物は、この場に誰一人として居なかったのである―――

「―――だったら何故彼女達を殺す必要がある!? 日本を護る為に、共に手を取り合う事だって出来た筈じゃないか!?」
『それは無理な相談だ。あの姉妹ではこの日本を護る事は愚か、救う事すら出来ん……甘いのだよ、彼女等のやり方はな!』
「この国に住む人達の事を第一に考え、護ろうとする事の何がいけない? 何処かの誰かの明日のため……民の心にある日本という国を護るために、彼女達は命を投げ出す事も厭わない覚悟でいた! それの何処が甘いって言うんだ!!」
『確かに君の言うとおりかも知れん……だが、今のままでは駄目なのだよ。現状の日本は国内に二つのハイヴを抱え、まさに喉元に刃を突き付けられた状態だ。民のためにと彼らを第一に考えていては、やがて国そのものが疲弊し滅んでしまう……そうなってからでは遅いのだよ』
「だからって彼女達を殺して良い理由になりはしない……アンタのやろうとしている事は、この日本に住む者達を蔑ろにし、徒に犠牲者を増やすだけだ! そんなやり方を俺は認める訳には行かない!!」

武の言葉に対し、やれやれといった表情を浮かべる崇宰。
呆れ顔とも違い、怒りを露わにしているという訳でもない。
かと言って彼の言葉に耳を貸す訳でもなく、どちらかといえば聞き流しているかに近い様な顔だ。
暫くの間沈黙が続き、睨み合いが続くなか、鼻で笑う様な素振りを見せた彼は突如として武に向け口を開いたのだった―――

『―――では、君に問おう。今この世界は滅亡の危機に瀕している。BETAという名の強者によって弱者たる人類は敗戦の歴史を繰り返しているのは周知の事実だ……所詮、世の中は常に弱肉強食。力ある者が無き者を淘汰し、頂点に立とうとする事は当たり前の事ではないかね? BETAが我々の前に現れる以前、西欧列強が弱国を次々と植民支配していたように、奴らが現れてなお世界を牛耳ろうと画策する米国。どちらもまるで弱者は強者の糧として生きる責務があると言わんばかりの行為だな』

彼はBETA、そして米国の存在を引き合いに出し、まるで彼らを嘲笑うかのような台詞を口にする。

『だが、糧にならぬ者は存在そのものに価値も無い。この国にとって糧にならぬ者……それは即ち弱者以下の存在である多くの難民達だ。彼らは存在するだけでこの国を疲弊させ、無駄に浪費を繰り返す存在価値の無いモノだ。彼らを護る必要など無いのだよ……そして一番の強者が一番頂上に立ち、覇権を握ることで絶対の存在として君臨する……どう考えてもこれは自然の摂理だとは思わんか?』
「……言いたい事はそれだけか? さっきも言った筈だ! アンタのそんなやり方を認める訳には行かないと!!」
『この期に及んで尚感情でモノを言うか……残念だよ白銀大尉、君はもう少し利口な男だと思っていたが、どうやら私は君を買被り過ぎていたようだ』
「何度も言わせるな! 俺はアンタ達を許さないと……二人の、冥夜と悠陽さんの仇を討たせて貰う!!」
『―――勝手に殺すな、この馬鹿者!』
『何ッ!?』

噴煙に包まれているヴァルシオンの上空から響く声。
それが何であるかに気づいた時、武達は安堵の息を漏らす。
その脇には冥夜の武御雷が抱きかかえられており、そしてその機体の右手には何やら球状の物が握られている。

『そうだぜタケル、勝手に死んだ事にされちまったら、こいつが怒るのも無理はねえってもんだ』
「マサキ!? あの状況で一体どうやって?」
『ヘッ、俺とこのサイバスターを見くびって貰っちゃ困るぜ。あの程度の攻撃、ギリギリで割り込むなんて朝飯前って事さ』
『ホントは紙一重だったんだけどニャ……』

彼は攻撃着弾の刹那、クロの言う様に紙一重と言わんばかりのタイミングで双方の間に割って入ったのだ。
そしてその速度のまま冥夜と悠陽の二人を救出し、上空へと離脱していたのである。
その速度は常人の目には追い切れぬほどの物であり、文字通り疾風の如き動きだったに違いない。
助け出された冥夜本人も一体何が起こったのかを把握できず、ただ呆然と彼らの会話に耳を傾ける事しか出来ないでいたが、ようやく今になって状況を理解したのだろう。

『私も姉上も生きている……殆ど紙一重に近い状態だったが、二人とも無事だ』
『余計な真似を……まあいい、どの道君達を全滅させれば済むだけの事だ』
『ケッ! 言ってろこのクソ爺!! てめえの実力じゃ、逆立ちしたって俺とサイバスターを仕留められるかよ!!』

相手を挑発する様な言動を行うマサキ。
事実、サイバスターの機動性を考えれば、鈍重な動きしか出来ないXG-70単機で仕留める事は容易ではないだろう。
周囲に多数のF-23Aが展開しているが、それらは全てヴァルキリーズの相手をしている。
仮にそれらに牽制させ、本来の能力を生かしきれなくすれば撃墜する事も可能だったかもしれないが、それもある意味無駄でしかない。
何故ならば、サイバスターには敵味方の識別が可能な“MAPW”《Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon(大量広域先制攻撃兵器)》としてお馴染のサイフラッシュが装備されているのだ。
現状では無暗矢鱈に使用するべきではないという考えから使用を控えているとはいえ、一度これを用いられれば包囲殲滅を行う作戦などはこの機体にとって意味を成さないのである。
だが、それはあくまでサイバスターとマサキが万全の態勢であることを前提としているため、必ずしも万能とは言いきれない。

『満身創痍ともいえる状況で、よくもその様なハッタリを言えたものだ……相当無理をしているのが私には声で判るぞ少年』
『なにっ!?』
『フッ、どうやら図星だったようだな。これでも私は君の倍以上は生きているのだ。それにその機体が人の生体エネルギーによって稼働しているという事も知り得ているのだよ』

コックピット内で相手に対しての迂闊な反応に舌打ちするマサキ。
文字通り老獪とも呼べるこの手のやり口は、様々な経験を積まぬ事には達せぬ境地とも言えるだろう。
このやり取りを聞いていたライは、悪質な頭脳戦において、相手側に軍配が挙がったといえる良い例だと考えていた。

『落ち着けマサキ、それ以上奴の挑発に耳を傾けるな』
『そうだぜマサキ、例えお前が本来の力を発揮できなかったとしても、この場には俺達もいるんだ』
『そうッスよマサキさん』

彼に冷静さを取り戻させるため、言葉を掛ける三人。
しかし、文字通りの老獪さを彼らに見せつけている相手は、それすらも無意味と言わんばかりの余裕を見せつけていた。

『吠えるだけならば犬にでもできる事だ。この状況でどうやってXG-70に勝つつもりでいるのだね?』
『ただ単に図体がデカイだけの機体に乗ってるアンタこそ、俺達を倒せると思ってんのか!』
『アラドの言うとおりだぜ。そんな馬鹿デカイって事は、懐に入りこまれりゃなんにも出来ねえだろ! それこそこっちの思う壺だ!!』

二人の言う様に従来のXG-70は、相手に間合いを詰められれば反撃できないという弱点を抱えている。
それを看破した事は評価に値する事だが、残念ながらこの機体には迂闊に飛び込む事が自殺行為に繋がると言っていいシステムが積み込まれていた。
それを知る武は、今にも飛び出しかねないアラドとリュウセイに制止を呼び掛け、その事を掻い摘んで説明する―――

『―――ラザフォード場の多重干渉?』
「ああ、あの機体に搭載されている防御システムである“ラザフォード場”は、主機関から生じる重力場を展開する事で圧倒的な防御力を誇ってるんだ。周囲10m以内に近づけばフィールドに干渉し、急激な重力偏重に巻き込まれてミンチになっちまう」
『待って下さい大尉。その話からすると、そのシステムは機体内部にも何らかの影響を与えているのではありませんか?……だとすれば、中のパイロットも無事では済まないと思うのですが……?』
「恐らくあれは、多重干渉問題を解消した物が搭載されてるんだと思います。本来なら、とあるシステムが組み込まれない限り実戦運用は不可能な代物だったんですが、シャドウミラーが改良を施したんでしょうね……」

武の言うシステム、それは言わずと知れた“00ユニット”の事だ。
本来ならばシステムなどと言った言葉を使いたくは無いが、今はまだ彼らに00ユニットの事を話す事は出来ない。
それは被検体となってしまった彼女を、人では無いものだと自身が認めてしまう事に他ならず、彼は自分で口にしてしまったその言葉に対し怒りを露わにしている。
それはモニター越しにその表情を確認した他の面々が、明らかに武の様子がおかしい事に気付く程のものだった。

『彼の言うとおり、このXG-70には如何なる攻撃も通用しない。近づけば重力偏重に巻き込まれ、遠巻きに攻撃した所でその全てを弾き返す……解っただろう? 自分達が如何に無力であるかを……これ以上、無駄な抵抗はよしたまえ』
『その方がマシだ、苦しまずに死ねるとでも言いたいのか? 残念だが、我々はここで引く訳には行かん! 何としても貴様の野望を阻止させて貰う!!』
『愚かな……如何に君達の機体が優れていようと、この機体を倒す事は出来んよ』
『どんな機体だろうと、それが人の造ったものである以上、必ず弱点は存在するってのが世の常だ……そうだろ、タケル?』

確かにXG-70が持つラザフォード場にも弱点は存在する。
それは、この機体に搭載されている荷電粒子砲を使用する時だ。
同兵器の発射態勢に入って以降、機体底面及び後方以外のラザフォード場は消滅する。
そして、発射後も再発射までの約4分間は、機体底面以外のフィールドが消滅するのだ。
これはこの機体における最大の弱点の一つとして、以前の世界において夕呼が語った事実でもある。

『だったら、その荷電粒子砲を使わせれば隙が出来るんじゃ……?』
『相手が使ってくれればそれも可能であろうな……だが、一撃でハイヴのモニュメントを破壊できる程の威力を持った兵器だ。下手をすれば、その一撃でこちらがやられる可能性も高い』
『そんな……』
「大丈夫だ。それ以外にも弱点は存在してる」

ラザフォード場のもう一つの弱点、それはこう言った防御兵装における共通の弱点ともいえるものだ。
攻撃を続け、フィールド事態に負荷を与え続ける。
そうする事により、主機に負荷を与える事でそちらに回せる余剰エネルギーを枯渇させる方法だ。
しかし、ラザフォード場はBETAのレーザー兵器を無力化させるほどの出力がある以上、そう容易く貫けるものでもないだろう。
そして、それ以外にも要因は挙げられる。
先程のヴァルシオンとの一戦において、予想以上に機体のエネルギーを消耗してしまったという事実だ。
サイバスターは、マサキのプラーナが減少している上に、コンバーターに損傷を受けてしまっている。
冥夜の武御雷とR-1、そしてビルトビルガーとファルケンの四機は、現状では実弾兵器しか装備していない。
尤もR-1は、T-LINKソードを用いる事で接近せずに攻撃する事が可能だが、これを用いるには念を集中する時間が必要不可欠な事からも乱発するのは難しいだろう。
となれば、残る手段は武の改型とライのR-2に装備されている粒子兵器のみ。
こちらの増援としてキョウスケ達がこの場に向かっている筈だが、彼らの到着を待ってくれるほど敵も愚かでは無いだろう。
こうしている間にも敵は、攻めあぐねている彼らに対して砲撃を続けている。
何とかそれを回避しながら考えを纏めようとしている彼らだが、避ける事に専念している事もあって良い案が浮かんでこない状況だ。

『手数が足りないんなら、キョウスケ大尉達が来るまで時間を稼げばいいじゃないか』
『残念だがそういう訳にも行かん……煌武院殿下の事もある。彼女がゲイム・システムの支配下にあった以上、下手をすれば命に係わってくる可能性もあるんだ』
「ライ少尉の言うとおりだ……兎に角、殿下だけでもこの場から脱出させないと……」

時間稼ぎを行うという手段も、状況によっては高い効果を得る作戦と言えるだろう。
だが、今の状況でそれを行うのは得策ではない。
ライの言った通り、救い出した悠陽の状態が解らぬ現状では、一刻も早く彼女を医者の元へと連れて行かねば命に係わってしまう。

『タケルさん、俺とゼオラが冥夜さんのお姉さんを連れて離脱するってのはどうかな? ビルガーとファルケンは単独で飛行可能だし、横浜までそう時間は掛からないと思うんだ』
『アラドの言う通りかもしれません。近寄れない以上、私達の機体にある兵装では、XG-70のフィールドを貫く事は難しいと思いますし……』

実弾兵器では有効打を与えられない、かと言って近接戦闘を挑む事も難しい。
ブレイクフィールドを纏った体当たりとも呼べる連携攻撃であるツインバードストライクでは、逆にこちらがダメージを負ってしまうと二人は考えたのだろう。

『いや、だったら俺の方が良いんじゃないか? 俺のサイバスターのスピードなら、横浜まであっという間だぜ?』
『残念だがマサキ、お前では横浜に到着するのが何時になるか解らん……白銀大尉、ここは我々で隙を作り、アラド達と共に殿下を離脱させるべきでしょう』

流石のマサキも、この物言いに対し反論する。

『ちょっと待てよライ! いくら損傷してるからって、俺がそんなにノロマな訳ねえだろうが!』
『そういう事を言ってるんじゃない……方向音痴のお前では、横浜に向かったつもりでも他の所へ行きついてしまう可能性の方が高いだろう?』
『うっ、ウルセエよ! 大体だな、ここから横浜までそんなに距離はねえじゃねえか! これで迷ったら、ある意味神懸かってるぜ……』
『それで迷うのがマサキニャんだよニャあ……』

残念な事だが、彼を知る者であればシロの言い分が正しいと誰もが肯定するだろう。
目的地に向かった筈が地球を何周回っても辿り着けず、哨戒任務に就いた際には自動で帰還する事が可能なシステムを搭載していたにも関わらず迷子になってしまうほどの人物なのだ。
以前、アクセルから“方向音痴と聞いてはいたが、まさか次元の壁すらも破るとはな”とまで言われてしまうほどに仲間内ではそれが知れ渡っている。
となれば、彼に悠陽を託すのは、些か不安が残るというライの考えを撤回させる事は難しいだろう。

『それに現状でお前に抜けられると、それこそあのフィールドを破る手立てが無くなってしまう。すまないが、ここはアラド達に任せてくれ』
『……解かったよ! そう言う事なら納得してやらぁ!!』

多少投げやりな態度ではあるが、一応納得してみせるマサキ。
作戦が纏まった事により、それぞれが行動を開始する。
手始めに武、そしてライの両名がビームで弾幕を形成し、相手の攻撃を封じるというのが作戦開始の合図だった。
XG-70はラザフォード場を展開している間は防御に徹するため、身動き一つ取れない状況へと陥る。
その隙にアラド、ゼオラの二人がマサキからヴァルシオンのコックピットブロックを受け取り、これで彼らの離脱準備は整った。
だが、相手もこちら側の意図を理解しており、そう簡単に事を運ばせてなるものかと手を打って来る。

『W13、いつまでその様な雑魚に梃子摺ってているつもりだ!? 離脱しようとしている二機を抑え込め!』
『別に自分は手を抜いている訳ではない……だが、こちらとしても彼らを逃がすのは、得策ではないと判断している』
『ならば、命令を実行しろ!』
『……了解した。MW1551から1555、光学迷彩を解除。背後から奴らを強襲せよ』

命令を実行に移すべく、伏兵に指示を出すW13。
しかし、彼らもそれを黙って見過ごすつもりは毛頭ない。
予め伏兵がいる可能性も視野に入れていたマサキが、ハイファミリアを展開する事でそれを阻止する。
その隙を突き、最大戦速でその場を離脱する事にアラド達は成功したのだった―――

『―――使えん奴め……まあ良い。ここで貴様等を倒し、邪魔者が居なくなったところでゆっくりと始末すれば良いだけの話だからな……』
「残念ですがそうはいきませぬ! 殿下はこの国にとって無くてはならない存在……この国のためにも、貴方の野望は阻止させて頂きます!!」
『フンっ、影武者風情がこの私に意見するか……あの小娘がおらずとも、この国が潰える事などありえんよ。この私、そしてこの絶対的な力さえあればBETAなど恐れるに足りん存在だ』
「力だけが全てではない! 力だけでは護れるものも護れはしないのだ!!」
『所詮貴様もあの小娘と同類か……甘いのだよ、今のこの国に必要なのは絶対的な力だ。力の無い者など淘汰されて当たり前なのだ。この国に存在する多くの難民が良い例だ。奴らはこの国にとって不要なのだよ』
「違うッ! 国とはそこに住む人が居て初めて存在するものだ!! そこに居る人々を虐げ、己の欲望のままに統治する場所など最早国とは呼ばぬッ!!」
『何も解らぬ小娘が、偉そうな口を叩くなッ!』
「解ってないのはそちらであろう! 貴様の言っている事は、傲慢なエゴ以外の何物でもない!!」
『お前達のやろうとしている事も、所詮は自らの考えを他人に押し付けようとするエゴに過ぎん! 他者にそれを強いる行いである事に変わりは無いではないかッ!!』
「殿下は他者に無理強いをしてなどいない! ましてや、従わない者を無理やり力で押しつけようなんて考えてすらいないのだ!!」

互いの主張をぶつけあう二人。
根本的な部分で日本という国を護りたいといった想いは同じであるが、主義や思想はほぼ対極の位置に根差している。
尤も崇宰の場合は、国を護るという言葉を利用した力による恐怖政治でしかないのは言うまでも無い。
今のこの国に必要なのは、他者を従わせるための力ではなく、人々に希望を与え共に未来を歩むための方法。
己が欲望のために人々に圧制を強いようとする彼の行いは、何としても阻止せねばならないのだ。

「逆賊、崇宰 信政!貴様の野望はここで終わりだ! その様な考え、絶対に阻止させて貰う!!」
『何度も言わせるな……この国に必要なのは絶対なる力、そして何者にも屈する事のない強者のみ……貴様ら煌武院家の者が強者でなどあってたまるものか!』
「クッ、この分からず屋め! 姉上は強者であろうとなどと考えてはいない!!」
『黙れ黙れ黙れぇぇぇっ! 貴様ら煌武院の者は、古来より常に五摂家の上位に立ち続けてきた。本来将軍という立場は、皇帝によって任命される称号の筈だ。だが貴様等は、皇帝に近しい一族というだけで他に優れた者が居たにも関わらず将軍としての地位を得続けている……それは決して許されるものではない!!』
「な、何を……?」
『あの時もそうだ……BETAによって京都が陥落され、先代の煌武院家当主が死んだ際、次に選ばれる者があんな小娘だった筈が無い』
「本来選ばれていたのは自分だ……そう言いたいのかアンタは?」
『その通りだ! 煌武院 悠陽、そしてその影武者を抹殺し、その次は無能な皇帝をも消し去ってくれる……そして邪魔者が居なくなったところでこの私がこの国を、そして世界を制してくれる! それを邪魔する者は全て排除する! そう、排除だ!!』
「……くだらねえ。そんなくだらねえ事のためにアンタはこんなことを仕出かしたのか? そんなのただの逆恨みじゃないか!」
『黙れ小僧ッ! 貴様に何が解る!?』
「解んねえよ! ただ一つ、アンタが思っていたよりも小者だったって事は理解した。そんな理不尽な理由で、これ以上アンタの思い通りになんかさせはしない!!」
『もういい……これ以上貴様らと話をしても無駄だ。このXG-70の力を以って、一気に貴様等を殲滅してくれる! ナンバーズどもよ、奴らの動きを封じろ!』

崇宰の命を受けた量産型ナンバーズ達は、突如として戦闘を中止し、次々と自爆を開始する。
正しくは戦闘を中止した訳ではなく、ヴァルキリーズを含む武達目掛けて特攻ともとれる行動を開始したのだ。
ここに来て相手が特攻という手段を用いて来ると予想できなかった彼らだが、動きが直線的である以上、それらに対処する事は容易だったと言える。
しかし、こちらから下手に攻撃を仕掛ける事は出来ず、回避に専念せねばならないのは誤算だったに違いない。
それこそが崇宰の狙いであり、大半のナンバーズが自爆を終えたころ、彼の目論見は達しようとしていた―――

「―――高エネルギー反応!? 不味いッ! 全機、散開しろ!!」
『もう遅い! 辺り一帯と共に消滅しろ!!』
『そうは行かん! うおぉぉぉぉぉッ!!』
「止せ冥夜! 荷電粒子砲の発射に巻き込まれるッ!!」

その状況の中、ただ一人彼の思考を読んでいた冥夜。
彼女は、XG-70の最大の弱点とも呼べる荷電粒子砲発射の際に生じるフィールド消失の隙を突くべく機会を窺っていたのだ。
跳躍ユニットのアフターバーナーを点火し、一気に距離を詰める冥夜の武御雷。
その光景を見た武の脳裏に桜花作戦の光景が蘇る―――

「―――止めろ冥夜! 頼むから止めてくれぇぇぇっ!!」

戦場に響く武の悲痛な叫び。
だが、冥夜はその足を止める事無く、更にXG-70に向けて加速する。

「貴方の野望はここで終わりだ! 我が剣を以って終止符を討たせて頂く!!」
『愚か者め! そのまま朽ち果ててしまうがいい!!』

エネルギーが臨界を迎え、ついにその閃光が放たれようとしていた。
誰もがもう間に合わないと悟っていた刹那、ここに来て予想外の出来事が起こったのである。
発射される筈の熱エネルギーは、砲口に留まるどころかそのまま何処かへと発散してしまったのだ。
この機を逃すまいと冥夜は、シシオウブレードを振りかざし、荷電粒子砲の基部を両断する事に成功する。
そのまま彼女は、動力炉目掛け一気に機体を切り裂きながら下降し、完全にXG-70を無力化したのだった。
だが、その反動でシシオウブレードは真っ二つに折れてしまい、冥夜の武御雷も渾身の一撃を放った反動から地面に膝を突いてしまっている。
幸いな事にラザフォード場の展開領域外に居るため、再度フィールドを展開されても巻き込まれる事は無いが、それでも油断は出来ない状況だ。
武は急いで冥夜の元へと駆けつけ、彼女と共にその場を離脱する。
そして、崇宰本人は何が起こったのかを理解できず、ただコックピット内で驚愕の表情を浮かべていた―――

「―――な、何故だ!? 何故この私が……うぐっ、私はこの様な所で死ぬわけには……」

相当なダメージを負ったのだろう。
コックピット内の計器類が深刻な値を示し、各所で小さな爆発が発生し始めている。
脱出を試みようとする彼だったが、何故かシステムが誤作動を起こし反応しない。
そんな彼の元に更なる追い打ちを掛けようとする者が居た―――

『―――いや、お前にはここで死んでもらう……彼らを巻き添えにしてな』
「なんだとッ!? 何を言っているのだW13、その様な冗談を言わず、早く私を助けろ!!」
『言った筈だ。お前は既に用済みだと……お前のお陰でその機体のデータは十分に得る事が出来た。ヴィンデル様も喜んでおいでだろう』
「貴様ッ! 最初から私を捨石にするつもりで……うぐっ!……なんだ、これは!?」
『お前には言っていなかったが、その機体にはもうひとつ弱点が存在している。調整の済んでいない荷電粒子砲を使用した際、ML機関が暴走するという弱点をな……お前も技術将校なら知っているだろう? その機体の主機が暴走すれば、中の人間がどうなるかという事をな……』
「クッ、おのれ……貴様らシャドウミラーは最初から……うぅ……うぎゃぁぁぁぁぁッ!!」

その叫びは、彼の人物の野望が潰えた事を意味していた。
暴走したML機関に巻き込まれた者は、重力偏重に巻き込まれミンチになってしまう。
かつて試作段階のXG-70は、有人飛行試験中に暴走を起こし、テストパイロット12名を文字通りシチューにしてしまった事がある。
彼らシャドウミラーは、機密保持と情報漏洩を防ぐためにあえてこの部分を改良していない物を崇宰に与えたのだ。
そしてW13は、その監視ならびにデータを収集するためにこの場へと足を運んでいたのである。
だが、彼はもう一つの任務を帯びていた―――

『―――ヴァルキリーマムより各機、敵航空機動要塞を中心に巨大な重力異常が発生! 全機、直ちにその場から離脱して下さい!!』

その光景をモニターしていた夕呼は、その現象が一体何であるかという事実を察していた。

『全員そのまま聞きなさい。恐らく今起こっている現象は、XG-70の主機関であるML機関が暴走を始めているに違いないわ。あれが爆発してしまえばそこら一帯は一瞬で消し飛ぶに違いない……脇目も振らず、最大戦速で離脱しなさい!』
「副司令、それほどまでに強力な物なのですか?」
『規模の予想は大まかな物でしかないわ。あの機体に搭載されているG元素の量がどれ程の物か判らないけど、アタシが知っているあれと同等のスペックを有していたとして仮定すれば、臨界状態のあれが爆発すれば明星作戦で使用されたG弾なんか目じゃないわね……佐渡島ぐらい消滅させる事が可能な威力よ』
「そ、そんな……」
『解ったなら全力で退避なさい』

沈黙していた筈のXG-70を中心に、揺らぎ始める空間。
そしてメキメキと鈍い音を立て、それらはその揺らぎに飲み込まれていく―――

「ヴァルキリーリーダーより各機、聞いていたな? 急いで現戦域から離脱しろ!」
『駄目です大尉、今から退避したのでは間に合いません!』
「諦めるなッ! 泣き言を口にする前に行動しろ!!」

急ぎその場から撤退を開始するヴァルキリーズと武達だったが、先の戦闘による損傷は予想以上に酷いものだった。
特に冥夜の武御雷は、片方の跳躍ユニットが欠落しており、本来の巡航速度が出せない状態でいる。
それを補うため、武の改型に手を引いて貰う形で離脱を試みているのだが、それでも離脱可能かどうか微妙なところだった。
そんななか、ついにXG-70の爆発が始まってしまう。
黒い球体状の物が徐々に周囲へと広がり始めるが、何故かそれは一瞬のうちに消滅してしまった。

「なんだ? 一体どうなって……ッ!?」

球体が消滅した次の瞬間、その場に一つの影が飛来する。
それは先程彼女達が相手にしていた部隊の指揮官機であり、その手には見慣れぬ何かが握られていた。

「おい、そこの貴様! 一体それで何をするつもりだ!?」
『その質問に答える義務は無い……』
「クッ、ヴァルキリーズ各機、すぐにあの機体を撃墜しろ! 奴にあれを撃たせるなッ!!」

W13が行おうとしている何かに対し、それが危険な物だと伊隅は判断した。
言うなれば直感に等しいものだが、この状況においてあのような行動に敵が出るという事は、こちら側にとって不利な事が起こるに違いないと考えたのだ。
しかし、彼女の叫びも空しく発射される一発の砲弾。
それは先程の黒い球体と同じような輝きを放ち、それが消失した場所へと到達してしまう。



『さあ開け、次元の扉よ! いずれ我等を新たなるフロンティアへと導くためにッ!!』

その声に呼応するが如く、大地は閃光に包まれるのだった―――






あとがき

第65話です。

前回、なるべく早くアップすると言っておきながら、またもや一月近く間が開いてしまい本当に申し訳ありませんでした。
今回は冥夜無双?とでも言ったところでしょうか?
一応これでクーデター編は終了となります。
次回は12.5事件のエピローグ的な物と新展開へ向けての序章です。
大幅にオルタ本編の内容を改訂してしまった事は否定できませんが、御容赦願えればと思います。

それでは次回を楽しみにお待ち下さい。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第66話 開かれた次元の扉
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/11/12 20:46
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第66話 開かれた次元の扉





《Yu-ko side》



12月4日深夜、私はアルマーとラブレスの両名を帝国軍内部で勃発するであろうクーデターを阻止するための任務に就かせた。
正直言って、こういった任務はあまり気が進まないというのが本音だわ。
いくら殿下の頼みとはいえ、一歩間違えば事態はとんでもない方向へと傾いてしまうんですもの―――


「クィーンよりナイトとビショップへ、聞こえるかしら?」
『ああ、聞こえている』
「そっちの状況はどう?」
『もう間もなく帝都城上空へと差し掛かる。既にビショップは潜入済みだ、これがな』
「上出来ね。それじゃ後は、手筈通りにお願いするわ。くれぐれも丁重にお連れするのよ?」
『了解だ。では、エスコート完了後、またこちらから連絡する』


念のためにとはいえ、アルマー達との連絡に使用している通信も、そう簡単に傍受できるような物は使っていない。
コールサインも従来のものではなく、別の物にしているほど念を入れているのはやり過ぎたかと思えるほどだわ。
しかし、この時私は、ある種の疑念を抱いていた。
確かに殿下の性格を考えるならば、今回の様な策を思いつくかもしれない。
でも、こちらの意見をまるで聞き入れず、一方的に自分の考えを彼女が押しつけたりなどするだろうか? と……



結果としてこれは、後になって確信へと変わる事になった。
この時点で既に、殿下がシャドウミラーの用意した偽者とすり替わっているなんて、多分誰も考え付かなかったに違いない。
彼らを良く知るであろうアルマーやラブレスですら、一緒に行動していても気付かなかったんですもの。
奴らがそんな隠し玉を持っている事すら知らなかった私が、この時点で気付ける筈も無いわね。
予めそういった能力を持った奴が居る事を教えてくれていれば余計な手間も省けたって言うのに……
だから私は、用意しておいたプランを実行に移す事にした。
誰が言ったか知らないけれど“備えあれば憂いなし”って言葉は、こういう時のために在るんでしょうね。
ホント、昔の人はよく言ったもんだと感心するわ。



『こちらビショップ、目標を確保したでありんす。これよりナイトと共に本隊に合流しちゃいますです』
「ご苦労様。悪いけど、作戦をプランBに変更させて貰うわ。指示は追って出すけど、それまでは当初の予定通り本隊と合流して頂戴。こちらからは以上よ」
『了解。では、本隊と合流します』



相変わらずふざけた口調よね……最初は単に日本語が上手く喋れないだけかと思っていたけど、言語回路の損傷で敬語を話す事が出来ないって聞かされた時は、正直呆れたものだわ。
でも、それを差し引いても、シャドウミラーの技術は凄いものだと関心もさせられた。
人格転写を行う00ユニットとは違い、一つの個としての人格を形成させるだけの技術。
創造者は既にこの世に居ないと言っていたけれど、出来れば一度会って話を聞いてみたいとさえ感じさせるほどに、ね……



「さて、こちらの準備も良いかしらピアティフ?」
「問題ありません。作戦に参加させる部隊は、207訓練部隊を除いて全て準備が完了しています」
「上出来よ。それじゃ、各部隊に通達。プランBの開始予定時刻は明朝07:00、それまでに何が起こっても即時対応できるよう心掛けるように伝えて」
「了解しました」



さて、これから忙しくなるわね。
とりあえず、こちら側の初手は打った。
後は、相手の出方を見て随時手を変えていけば良いだけなんだけど……




ここに来て予想外の出来事が発生してしまった。
本来12.5事件を起こす筈だった奴らの一人が、こちらの抑えていなかった民間の通信施設から詳細を暴露してしまったのだ。
ホント余計な真似をしてくれたわね……でも、これは使えるかもしれないわ。
世間の目が政府側を非難する方にに向いている今ならば、恐らく米国政府の介入が遅れるに違いない。
私はすぐに執務室へと戻り、必要になるであろう資料を用意する事にした。
本当ならこんな事に使うつもりではなかったのだけれど、これを珠瀬事務次官に見せれば彼をこちら側に引き込めるかも知れない。
やはり事前にノースロック社と取引をして置いて正解だったわね。
これほどこの考えが上手く行くなんて、思わなかったんですもの……



―――YF-23 ブラックウィドウⅡ―――

この機体は米国製戦術機にしては珍しく、近接機動性の重視と長刀を用いたBETAとの近接戦闘能力を設計段階から考慮されているのが特徴だった。
“世界一高価な鉄屑”なんて揶揄されているけど、それはそれほどまでに勿体ない物だと言われているのに他ならない事よね。
今の世の中、戦術機を遊ばせておけるだけの余裕すら無いっていうのに、こんなものは無駄以外の何物でもないのよ。
だから私は、これを開発したノースロック社にある取引を申し出た。
これを基にF-22Aを超える戦術機を開発してみせるから、開発に関する詳細なデータと設計図を提供して欲しいと……



でも、その要望は拒絶された。
当然といえば当然よね。
向こうは米国の一企業である以上、他国の、しかも母国が推進する計画と争っているものの中心人物にこれを提供するなんてありえない事ですもの。
だけど、相手のその考えも結局は無駄に終わった。
総戦技演習が行われていた時、白銀が襲われた謎の部隊。
その部隊が運用していた機体の件を引き合いに出し、説明を求めたら掌を返してきたのには笑うしかなかったわね。
余程知られたくない事実が隠されているのだろうと踏んだけど、どうやらそれを内密にして貰いたいがための賄賂の様な物だったんでしょう。
これ以上余計な詮索をして貰っては困るので、無償でデータをお渡ししますなんて言ってきた時点で自分達の首を絞める結果に繋がってるっていうのに……まあ、向こうがそういうのであればこちら側に拒否する理由も無いんだから良いけど。
お陰でこちらとしても良い取引材料を手に入れる事が出来たんだし、これ以上の贅沢を言う必要は無いわね―――



「―――以上が207訓練小隊へ通達される任務よ。何か質問はあるかしら?」

12月5日明朝、私はまりもを呼び出し、彼女の教え子達を当初の予定通り任務に就かせる事にした。
ちなみにこの時点で、白銀にはまだ状況を伝えてはいない。

「ちょっと待って頂戴! 日本政府側からの正式な協力要請は出ていないんでしょう!?」
「残念だけど、それは時間の問題よ。何か勘違いしてるみたいだけど、207小隊には帝国軍部隊の後方支援を行わせるつもりでしかないわ。誰もいきなり実戦に出ろなんて言わないわよ」

現状で彼女達を出撃させる事に、まりもは納得できなかったんでしょうね。
後方支援任務とはいえ、実戦になるかも知れないということに変わりないんですもの。
もしも万が一、殿下を誘拐した賊と鉢合わせになってしまえば、恐らくあの子達では太刀打ちできないと彼女は考えていたに違いないわ。
まったくこの子は、一体何のために私の下で教官職をやらせていると思っているのかしら?
長年の付き合いだけど、一々私の言動に驚いてちゃ身が持たないってことぐらい、いい加減に学習して貰いたいものだわ―――

「―――ねえ、まりも……アンタは一体、普段からあの子達に何を教えているのかしら? こういった不測の事態が起こったとしても、即応できるようにあの子達を育てているんでしょう?」
「それは……そうだけど……」
「自慢の教え子達なんでしょ? それとも何? あの子達は自慢するに値しない落ちこぼれだとでも言いたい訳?」
「そんなこと無いわ! あの子達も伊隅や速瀬達と同じように、優秀な子達よ!!」
「だったら、もっとアンタの教え子を信じてあげなさいよ。アタシもアンタの指導を信頼してる。そしてあの子達もそれに応えてくれるに違いないってね……」

その一言が切っ掛けで、まりもは私の命令を受け入れた。
今思えば、あの子に再び辛い思いをさせてしまう切っ掛けを作ってしまったのかも知れない。
だけど、後で彼女に忌み嫌われたとしても、これは実行に移さなければならなかった。
今回の作戦に207小隊を参加させる事は、それ相応の意味があったのだから―――



「―――そっちの状況はどうかしら?」
『先程アクセル達と合流しました。今のところ周囲に反応はありません』
「……そう、今のところは問題ないみたいね。それで、預けておいた物資は?」
『既に目的地へ向け、移動を開始しています』
「合流のタイミングは、追って指示を出すわ。それほど時間は掛からないと思うけど、くれぐれもこちらの動きを悟られないようにして頂戴。以上よ……」



白銀に事の次第を伝えた後、私は南部達に連絡を取っていた。
目標の確保に成功し、後は彼らと接触させれば今後の方針が確定する。
その為の確認を行った訳だけど、この時点で目標に不穏な動きは見られていない様子だった。
それから数時間後、再び私は南部達に連絡を取り、搭ヶ島離城に居る御剣と目標を接触させて見る事にした。
私の考えが憶測の域を出ていない以上、相手の出方を見る必要があったのも理由の一つだけど、それを相手に気取られる訳にもいかない。
そういった事から私は、南部達を離城へと向かわせず、御剣本人を彼らの下へ寄越すように仕向けた。
結果的にこの時点でも目標は動きを見せない……やはり私の思いすごしだったのかしら?
でも、そう考えていた矢先、事態は予想外の方向へと推移する事になった―――



「―――緊急事態よ南部!白銀達が補給を受けていた筈の本土防衛部隊から襲撃されたわ」
『……やはり彼らは、殿下を手に入れるために行動を起こしたのでしょうか?』
「どうやら違うみたいね。詳しい話を聞いた訳じゃないけれど、突然彼らが白銀達を襲いだしたそうよ」
『解りました。では、我々は先程の指示通り、搭ヶ島離城へと向かいます』
「ヴァルキリーズには別ルートで亀石峠方面へ向かうよう通達をだすわ。アンタ達もなるべく急いで頂戴」
『了解です!』


この後、ついにシャドウミラーが公の舞台に姿を現わした。
恐らく仕掛けて来るに違いないと考えていたけど、この状況で一個大隊規模の戦力を投入して来るなんて私ですら予想できなかったわ。
この世界では殆ど見られなくなった航空戦力に対して、的確な対処が行えるものが少ないというこちら側の弱点を考慮した布陣。
元々BETA側に航空戦力が存在しない事もあって、今の衛士達にとってこれ程脅威となるものは無いでしょうね。
現にあの白銀ですら敵戦闘機に撃墜されそうになってたって報告を受けている訳だし―――


『ヴァルキリー5よりHQ、もう間もなく白銀大尉との合流予定地点に到着します』
「急いで頂戴、涼宮。先程、白銀が正体不明機との戦闘を開始したわ。恐らく大丈夫だとは思うけど、もしもという事もある……絶対にあいつを助けなさい。いいわね?」
『了解です副司令!』



当初の予定では、涼宮達とブランシュタイン達の別働隊にまりも達の援護をやらせるつもりだった。
でも、白銀が殿を務める事になったのは予定外だったんですもの。
もしあの状況であいつを一人にしておいたら、何を仕出かすか判らないっていうのもあったけど、今思えばこの選択で正解だったわね。
結果的にブリュンヒルデの良いデータも取れた事だし、異なる機体を同じアプローチで仕上げた際の完成度を確かめる良い機会だったわ。
自分自身で白銀の驚く様子を見れなかったのは残念だけど、多分あいつは度肝を抜かれてるでしょうね。



『こちらアサルト12、予定通り207小隊との接触に成功しました』
「それで、戦況はどうなっているのかしら?」
『現在、敵残存勢力の掃討を行っております。既に207小隊は、補給ポイントへ向けてこの場を離脱していますので問題ありません』
「上出来よ、ブランシュタイン少尉」
『ありがとうございます。このまま敵勢力の掃討が完了次第、我々は207小隊の後を追います』
「ああ、その事なんだけどね。それは伊隅達にやらせる事にするわ。アンタ達には、これから新たな任務に就いて貰うから。詳細は今から送るけど、出撃前に言ったパスワードは覚えているわね?」
『無論です。では、掃討任務を継続します』
「頼んだわよ」



この時点でも目標は何の動きも見せなかった。
シャドウミラーが介入してきた以上、そろそろ何らかの動きがあるかと予想していたのは考え過ぎだったのかと思えるほどに……
念の為に重要な司令内容に関しては、厳重なプロテクトを掛けたデータを送ることで対応させることにしたけれど、必要無かったかしら?
今のところ、こちらの裏をかくような方法を用いて来る様子も見られないのがイヤラシイほどに不気味だわ。



「副司令、日本政府からの連絡です……」
「どうせ米軍の受け入れを正式に許可した……なんていう下らない内容でしょ? 元々想定していた事だし、別に改まって伝えて貰わなくても構わないっていうのに……ピアティフ、斯衛軍の紅蓮閣下は今どの辺りかしら?」
「現在、旧大仁中央インターチェンジ跡周辺区域にて待機されております」
「そう……なら、こちらの指示があり次第、すぐにでも動けるよう頼んでおいて。それから伊隅達に繋いでくれるかしら」
「了解しました」


相手が動いていないように見えるとはいえ、いつまでも静観を続けている訳には行かない。
例えるならばこれは、チェスの様な物だわ。
一見意味のなさそうな手だと思わせておいて、実はそれがチェックメイトを仕掛けるための布石だった……なんて事はよくある手だもの。
油断していたお陰で相手の動きを読めなかったなんて事になったりしたら、私自身のプライドが許しはしないわ。
その為に幾つもの状況を予測し、様々なプランを練ったんですもの―――



『御呼びでしょうか、副司令?』
「やはり目標と行動を共にしている207小隊が、敵の襲撃を受けたわ。先程、ベーオウルブズのお陰で彼女達は離脱する事に成功したけれど、恐らく別ルートからの追撃部隊が迫っているに違いないわね」
『我々も今しがた所属不明機との戦闘を終えたばかりです。数はそう多くありませんでしたが、恐らく207小隊を側面から牽制するための部隊だったと考えられます』
「その中に戦術機は居たの?」
『いえ、戦車と思われる機体ばかりでした』
「そう……その後、周辺に敵の反応は?」
『今のところ、そういった物は見受けられません。ですが、静かすぎて逆に不気味なぐらいです』


やはり、伊隅達を先行させたのは正解だったわね。
待ち伏せを仕掛けて来た事から、間違いなくその後詰めを行う部隊が居ると思っていたけど……でも、少し変ね。
確かにこちら側は訓練兵を中心とした構成だけど、確実に事を進めようと考えるならそんな効率の悪い事はしない筈。
南部達の方に戦力を集中し過ぎたせいで、こちら側に戦術機部隊を避けるだけの余裕が無かったのかしら?


『……副司令、どうかなされたのですか?』
「ねえ伊隅、妙だとは思わない? 自分達にとって事を優位に進めようと考えるなら、相手は他の部隊へ割く人員は足止め程度の最小限の物にする筈よね?」
『……確かにそうですね。ですが、本命をひた隠しにする、もしくは本命の準備が整うまでの時間稼ぎとなれば話は変わってきます』
「やっぱりね……ついさっき、日本政府から米軍部隊を正式に受け入れるという表明があったわ」
『なるほど、恐らくそいつらが本命でしょう。姑息な手段ではありますが、理には叶っています』
「危うく出し抜かれるところだったわ。伊隅、アンタ達はこれよりその場に待機。207小隊が近くを通過した後、その後を追いなさい。恐らく山伏峠付近で米軍の部隊が仕掛けて来るに違いないわ……207小隊への追撃を絶対に阻止しなさい! 良いわね?」
『ハッ! 了解しました!!』



米国政府の介入を遅らせていたシワ寄せが、こんなところで表面化して来るとは思わなかった。
今までの布陣は、すべてこのタイミングで米軍に207小隊を捕捉させるための準備期間。
流石の私も、そこまでは読むことが出来なかったとはいえ、本当に危なかった。
念のために伊隅達だけで間に合わない事を仮定して、足の速い伊達と安藤を彼女達の方に割り振っておいて正解だったという事ね。





程なくして、やはり米軍部隊が彼女達を補足した。
まりもと月詠中尉が説得を試みたらしいけど、案の定それも無駄に終わったわ。
私はウォーケン少佐という人物を詳しく知らないけれど、あからさまに怪しいと思える任務に対し、実直なまでに行動する様な軍人ですもの……そう簡単に説得に応じる訳が無いわよね―――



『―――こちらアサルト4、緊急事態でございます香月副司令』



そして、この一言が私の疑念を確信へと変えるものになった。
シャドウミラーと戦闘を行っていたベーオウルブズに対し、敵指揮官と思われる人物からの通信があったのだ。


「小芝居ですって? 言うに事書いて小芝居とは言ってくれるじゃないの……」
『少々お待ちやがれです。これは私が言ったのではなく……』
「解ってるわよ。とりあえず、アンタ達は急いで補給を行いなさい。その後の事はまたこちらから連絡するわ」
『了解したでございます』
「……ピアティフ、急いで207小隊のまりもに通達。今後別命あるまでその場で待機するよう伝えて頂戴」
「了解しました……ッ!? 大変です副司令、207小隊の二番機が、搭乗衛士共々強奪されたとの事です!」
「チッ、やってくれるわね……直ちに207小隊に追撃させなさい! それから急いで白銀に繋いで!」



想定していたとはいえ、やはり殿下は偽者だった。
偽者を確保した時点で拘束するという手段を用いても良かったけれど、それでは本来の目的を果たす事は出来ない。
奴らは小芝居だとぬかしてくれたけど、これがそうだったかどうかは終わってみれば分かることだわ。



「副司令、白銀大尉との通信、繋がりました」
「……色々と言いたい事もあるでしょうけど、それは全てが終わってから聞かせて貰うわ」
『解ってます。それに、聞いたところで、どうせ教えてくれないんでしょう?』
「良く解ってるじゃないの……さて、本題に移らせて貰うわね。先程、こちらが確保した悠陽殿下が偽者だったという事実が判明したわ」
『なんですって!? じゃあ、本物の殿下は今どこに居るって言うんです!?』
「残念だけど、シャドウミラーに囚われているそうよ。奴らが態々こちらにそれを知らせてきたんだから間違いないわ……それともう一つ、その偽者によって御剣が連れ去られたそうよ」
『そんな……』
「落ち込むのは後よ。アンタは今すぐ伊隅達と合流しなさい。言っておくけど、御剣の救出に行かせろなんて頼まれても許可しないからね」
『待って下さい先生! なんで俺に冥夜の救出を……』
「駄目よ! それに関しては既に手を打ってあるわ。アンタはこれから送る指示通り、任務を全うしなさい……いいわね?」



渋々だけど白銀はこちらの指示を受け入れた。
あえてあいつを御剣救出に向かわせなかったのは、それなりの理由がある。
この時私が打った手は、XM3を媒介として機体を無力化させるものだった。
厳密に言えば、強制的にシステムをダウンさせる物だったんだけど、多分あの馬鹿は御剣を取り返す事に躍起になってそれに巻き込まれるに違いない。
現に機体に負荷が掛かり過ぎるからという事で使用を禁じていた兵装を使用したんですもの、念には念を入れる必要があるわ。
と思っていた矢先、試験を終えてもいない防御システムまで使ったらしいわねあいつ……無事だったから良かったものの、やっぱり馬鹿は一度死ななきゃ治らないっていうのは本当なのかしら?
非現実的な事だけど、あいつの場合は本当にそう考えたくなるからおかしなものだわ―――







「―――ふぅ、死者1名、重軽症者合わせて78名、行方不明者1名、戦術機の損害は帝国、国連両軍合わせて25機が大破、中破が37、簡単な整備のみで戦線に復帰できるものが多数……これは喜ぶべきなのかしらね?」

後に12.5事件と呼ばれる事になった今回の一件。
その詳細を纏めたレポートを作りながら私は、執務室に来るよう命じていた南部に対しそれを問いていた。

「何とも言えないでしょう……一連の事件の首謀者である“崇宰 信政”は死亡しましたが、結果的に我々はシャドウミラーに出し抜かれた形になっています」
「まあ、それに関しては、あの男に係わっていた人間から情報を引き出すことである程度の事は判明するでしょうね。殿下も無事だった訳だし、この先日本が良い方向に進んでくれる事を願う事にするわ……でも、疑問に残る点は多いわね」
「何故シャドウミラーは、折角手に入れた筈の殿下をヴァルシオンに乗せ、タケル達と戦わせたか……という事ですね?」
「それもあるわね。奴らが殿下を手に入れた事には、それ相応の理由がある筈よ。にも関わらず、簡易的な暗示を施し、態々戦場に送りだす必要なんて無いと考えるべきでしょう?」

あの時点で殿下を戦場に出す必要が、何処に在ったのだろうかと疑いたくなるのは事実ね。
彼らの狙いが崇宰と手を組み、日本を手に入れるというものであったのならば、確かに彼女の存在は邪魔になる。
でも、苦労して手に入れた筈の彼女を再び白銀達に引き合わせてしまえば、彼らは必ずと言っていいほど彼女を奪還するべく行動に移す筈。
それ相応の理由が無い限り、敵が今回の様な行為に出るとは考え難いというのが私の本音だからだ。

「恐らく奴らの目的は、殿下を我々の手で討たせることにより、殿下暗殺の首謀者に仕立て上げるつもりだったのではないでしょうか?」
「その線ならアタシも考えたわ。でもね南部、殿下を白銀達に殺させようとするのならば、態々彼らと戦わせる必要なんて無いとは思わない? こっちが殿下を帝都城から釣れ出した事実を上手く利用すれば、その時点でこちら側が彼女に手を下したという事をでっちあげる事だって出来た筈よ。既に殿下は奴らの手の中に在ったんだから」
「確かにそうかも知れませんね……」

敢えて敵の罠にはまったフリをしていたとはいえ、目撃者が多数いる中で殿下と思われていた人物を連れたしたのは事実。
その後、彼女を用済みとなった様に見せ掛けて殺したと言われても、当の殿下本人を確保できていなければ第三者はそれを信用してしまうに違いないでしょうね。
この国の俗物達ときたら、他国の馬鹿ども以上に頭が固くてしょうがないんだもの……
どいつもこいつも己の利権と今の椅子を確保する事に躍起になってる。
そんなものを護る前にもっと大事な物があるでしょうに……なんて事は、考えるだけ無駄でしょうね。

「悔しい事だけど、結局のところは解らずじまい……といったところね」

ホント、溜め息でも吐きたくなってくるわ。
今回の一件でシャドウミラー側が殿下を手放した理由は解らずじまい。
彼女の件もそうだけど、共に確保した筈の御剣をも一時的にとはいえ手放した事に関しても疑問よね……

「……ところで殿下の容体は?」
「命に別状は無いらしいわ。意識もハッキリしてる様子だったし、懸念されていた脳に関しての後遺症も無いだろうというのが医者の見解よ」
「そうですか……」

救出された殿下は、ドクターの話じゃ特に異常も無く、すぐに退院できると聞かされている。
元々衛士としての訓練を受けていた事が功を奏したという事でしょうね。
身体的ダメージも少なかったようだし、願ったり叶ったりだわ。
彼女が意識を取り戻して半日が経過した後、彼女は医者の許可を得て今回の事件に係わった将兵達の前で礼を述べた。
そして、それらを日本全国へと中継してくれたのは、こっちにとっても都合が良かったと言える。
今回の事件の内容を国民達も知る事となったけど、公表された内容は、主に二つだった事は意外だった。
一つは現政権を快く思わない者により、今回の様なクーデターが引き起こされたという事。
そして、それらの解決のため、国連軍横浜基地の兵士達が協力に応じてくれた事の二点。
どちらかといえば、後者を公表してくれたのは有難いわね。
でも、首謀者である崇宰の名前やクーデターに協力していたシャドウミラーの名前を伏せたのは、やはり予想通りの展開だわ。
五摂家の一つである崇宰家の現当主が事を起こしたという事実は、本来ならば公表すべきなんでしょうけど、混乱を避けるために敢えて伏せられたんでしょうね。
シャドウミラーに関する事も含まれている以上、BETAという脅威に晒されている現状で、それ以外の第三者が暗躍しているという事実は、更なる混乱を招く恐れもある。
やはり軍関係者に、箝口令を敷くよう手配したのは正解だったかも知れないわね―――

「―――それで沙霧大尉達は?」
「操られていたとはいえ、殿下に刃を向けてしまった事実を否定はできない。どのような処分を下されようと、我々はそれを受け入れるつもりだ……と言ってるらしいわ。尤も、すぐに彼らに対して処分を行う事は、帝国軍側も出来ないでしょうけどね」
「それはどういう意味なのです?」
「恐らく、近いうちに帝国軍が予てより立案していた甲21号ハイヴ攻略作戦が実行に移される筈よ。現段階では、彼らが本来行おうとしていた事に対する真偽を確かめる余裕は無いという事なんでしょうね……」
「なるほど、貴重な戦力を出し惜しみする余裕は無い……という事ですね」
「恐らくは、ね……現に前の世界でも、クーデターに参加していた者達は一時的に処分を解かれていたんですもの。それは否定できないと思うわ」

前回の世界においてクーデター派の兵士達は、BETA大戦中の非常時に鑑み、その多くが恩赦を受ける事で原隊へと復帰する事を許されている。
この事件によって失われたものは人、戦術機と共に数多く、特に精鋭部隊を欠く事となった帝国軍側はかなりの痛手を被っていた。
でも結局のところ、原隊復帰が許された者達も決起側と鎮圧側に分かれてしまった事が理由で、長きに亘ってわだかまりが残ってしまったのも事実。
何とかしてこの辺もカタを付けたかったけど、恐らく沙霧大尉以下の将兵に関しては難しいでしょうね―――

「やはり我々も、そのハイヴ攻略作戦に参加せよと命令されるのでしょうか?」
「アンタ達にも出撃して貰いたいところなんだけど、今回ばかりはそちら側に任せるわ。ある程度の資材も整ってきているでしょうし、機体の整備や修復を優先させたいでしょう?」
「確かに副司令の仰る通り、我々としても纏まった時間を頂けるのは有難いところです。ですが、シャドウミラーの動きが活発になって来ている以上、ここで奴らが何か仕掛けてくる可能性も否定できません。参加するかどうかに関しての返事は、もう暫く待って頂けないでしょうか?」
「そう……なら、アンタ達に任せるわ。とりあえず、良い返事を期待しているわね」
「了解です」




《Kyousuke side》





やや重たげな表情を浮かべてはいるが、やけにあっさりとこちらの申し出を受け入れたな。
いつもの彼女ならば、有無を言わさずに参加を強制させるところだというのに、何かまた好からぬ事でも企んでいるんだろうか……
事件終息後の激務で疲れているのかとも受け取れるが、別にそういった訳でもなさそうだな―――



―――後になって解った事だが、今回の一件に関して、彼女自身に何のお咎めも無かった訳ではないらしい。
ほぼ独断とも呼べる方法を用い、将軍暗殺を阻止しようと試みた彼女の考えは、当然ながら一部の日本政府要人達から非難される形となっていた。
予てより彼女の事を快く思わないものも多かった事も災いし、この機を逃すものかと考えていたんだろう。
だが、そういった者の多くは米国派の人間で、逆にその行為が自分達の首を絞める形となったというのは、まさに自業自得だといえる。
日頃から現在の日本のことを憂いていた人物によって、彼らが行おうとしていた事実や米国との繋がりを暴露されたのは、副司令にしてみれば願ったり叶ったりだったという訳だ。
それらを率いていたのがこの事件の首謀者である崇宰であった事も禍し、彼らは一掃される事となったのも災難だったと言えるだろう。
正直、副司令自身もここまで事が上手く運ぶと思ってはいなかっただろうと思いたいが、この人の事だ……例え嘘でも全て予定通りなどと言ったりするのだろうな―――



「―――今更だけど、今回の件に関しては、改めて礼を言わせてもらうわ。予定していたモノとは違うけど、これで日本は大きく変わる事になるでしょうしね」
「その割には浮かない顔をしているようですが? 他に何か問題でも?」
「問題と呼べるほどのものじゃないわね……こちらの当面の問題は概ね解消できたとはいえ、次へ進む前にやらなければならない事があるのよ」
「ハイヴ攻略作戦への参加以外にですか?」
「前々からXM3の評価試験を行う事になっていたのはアンタも知ってると思うけど、この件に関して帝国軍側からいくつかの条件を提示されたのよ。今回の一件で殿下を救出する事が出来た事に対して、斯衛軍からは協力の礼として以前からこちらが頼んでおいた物を提供してもらえる事になったわ。でも、政府側はそれを良しとしなかったのよ……」

手前勝手に事を進めた彼女に対し、確かに悪くなっていた風当たりは回復しつつある。
だが、これ以上の恩赦を彼女に与える必要は無いと言い出した者達がいるそうだ。
それは、副司令が推し進めている計画に賛同しかねるという意思を示している派閥、オルタネイティブ計画反対派の者達だった。
彼らは同計画自体を机上の空論に近いものだと認めていない上に、その具体的な成果すら現していない彼女に協力する事に難色を示していると聞いている。
普段の彼女なら権限を行使しても構わないと考えるだろうが、それでは逆に火に油を注ぐ形にもなりかねないのだろうな。
珍しく下手に出て相手を納得させ、こちら側に抱き込んだ方が得策かも知れないと考えたのは意外だった―――



「XM3評価試験の後、それを様々な交換条件と共に帝国軍側へ提供する予定だったんだけど、今回に限ってのみ、これをこちら側からの手札として無償提供することにしたわ。無論、システムの中枢はブラックボックス化して解析できないようにするつもりだけど、第四計画の具体的な成果を示すための手段としては申し分ないでしょうね」
「そう言った事に関して、自分は反論する権限はありません。ですが、それはあくまで副司令の考案された理論のみにして頂きたいというのが本音です……」
「勿論そのつもりよ。アンタ達の機体や素性、その他様々な事に関する案件は、向こう側から提示を求められても拒否する事を約束するわ。尤もそれに関しては、殿下の方から追及しないようお達しが出ると思うけど」
「……だと良いのですが」
「前にも言ったけど、あくまでアタシとアンタ達の関係は、利害が一致している事による協力者同士。確かにそちら側に不利になりかねない行動を執った事は謝罪させて貰うけど、誰かに売り渡す様な事は絶対にしないわ。無論、信じる信じないはアンタ達の勝手だけどね」



彼女の言葉に対し、正直言って俺は、全てを信じる事は出来ないでいる。
最近になって理解できたことだが、俺達を戦力として組み込み、前線に出させていた主な理由は、クーデターを引き起こそうとしていた者達への牽制だったという事だ。
尤も彼女としても、クーデター派の裏にシャドウミラーが係わっていた事実を突き止めたのはつい最近の事だ。
これらはタケルにも聞いた事だが、想定していた事実とは異なっていた事が原因らしい。
どちらにせよ俺達にしてみれば、彼女に体よく利用された感が拭えない。
だが、相手を疑ってばかりでは、物事は何の解決にもならん。
もしも万が一、何かしら俺達にとって不利な事が起こってしまったとしても、現状ならば何とか出来ない事も無いだろう。
副司令自身も知っている事だが、俺達には悠陽殿下という後ろ盾が既に存在している。
正直言って彼女を利用するような形になるのは不本意だが、な……



「……副司令の言葉、それが本物であるかどうかは、今しばらく見極めさせて貰う事にします」
「そう……なら、疑われないようにしなくちゃならないわね……さて、ここからが本題よ南部」
「はい、先程ここへ来る前に例のデータは見させてもらいました。結論から言って、あれは兵器と呼んでいい物かどうかは判りません」
「アルマーとラブレスはなんて言ってるのかしら?」
「映像を見ただけでは判断しかねる……との事です。ただし、あれが自分の予想通りのものだったと仮定するならば、今まで以上の災厄を呼びかねない代物だと言っていました」
「やはり、ね……悪いけど南部、アルマー達に急いで報告書を提出するように伝えて頂戴。それから、この件に関しては他言無用よ。時が来るまで伊隅達やアンタの部下達にも詳細を話さないようにして頂戴。いいわね?」
「……解りました」



さて、これが吉と出るか凶と出るか……正直言って微妙なところだな。
恐らく、関係各所から彼女は説明を迫られるに違いないだろう。
俺達は現場に居た訳ではないが、起こった事象から推測するに何があったかぐらいは想像が付く。
副司令も薄々は感づいているに違いないだろう。
問題は、これをシャドウミラーが引き起こしたという事実だ。


やはりあれは―――




《Takeru side》



再びあの時と同じ光景が広がっている。
あの時、敵の放った一撃によって周囲は閃光に包まれ、激しい轟音と共に今まで経験した事の無い衝撃が俺達を襲った。
周辺区域に居た味方機の殆どは大破していたものの、死亡者が出なかったのは奇跡としか言いようが無い。
だけど、辺り一帯はG弾の爆発に巻き込まれた横浜と同様に、重力異常地帯へと変貌してしまった。
もう二度と見たくないって思っていたあの時と同じように……
あの閃光に巻き込まれる直前、俺は冥夜の乗る武御雷を文字通り体を張って庇う行動に出ていた。
でも、その直後に衝撃の影響で全てのセンサーがダウンしてしまったお陰で、機体は身動き一つ取れない状況へと陥ってしまったんだ。
通信も途絶し、漆黒の闇に包まれていく感覚、否応なしに恐怖といった感情がその場を支配していく感覚は、記憶に在るあの時と変わらない。
それは自分自身の死というよりも、共に闘っていた仲間の死が近づいている事に対しての恐ろしさだった。
暗闇の中、何度も周囲に向けて皆の無事を確認するために呼びかけを続けていたけど、一向に返事は返って来ない。
あれからどれだけの時間が流れたのかすら判らない状況で、俺はひたすら仲間の無事を祈り続けていた―――



『―――武様、捜索班からの途中報告です……やはり、残骸は発見できないとの事でした』
「……そうですか」
『武様、冥夜様はきっと生きておいでです。如何に武御雷が損傷していたとはいえ、残骸が発見出来ないとなると、やはり奴らによって再び捕らえられたとしか……』
「……」
『武様、御辛いのは解ります。ですが……』
「すみません、月詠中尉……もう少し、もう少しだけここに居させて下さい」



俺はモニター越しの月詠中尉の目を見る事が出来なかった。
中尉だって辛い筈なのに、俺だけが辛い訳じゃないのにも関わらず……



「……冥夜」



無機質なコックピット内でポツリとあいつの名前を呼んでみても、あいつから返事が返ってくる訳でもない。
クソッ、何でこんな事になっちまったんだ!
あの時、俺が直ぐ近くに居たっていうのに……



『武様……』



通信機越しに月詠中尉の心配そうな声が聞こえて来る。
だけど、その声を俺は受け止めていなかった。
それはあの時の状況を思い出し、自分自身を責めていたからだと思う―――





―――俺が全てを知ったのは、横浜に戻った後、医務室で意識を取り戻した直後だった。
意識を取り戻した俺を待っていたのは、ライ少尉から伝えられた冥夜が行方不明だという事実。
俺達を助けてくれたのは、この場所に向かっていたキョウスケ大尉達と殆ど無傷に近かったマサキ達だって聞かされている。
マサキは衝撃に襲われる直前、最後の力を振り絞りってそれを緩和させるために動いてくれたらしい。
そのお陰でサイバスターとR-1、R-2の三機は、それほどダメージを受けなかったのには驚かされた。
だけど、その時の疲労が原因で、マサキは今も目覚めていない。
クロとシロが言うには、必要以上にプラーナを消費し過ぎた事が原因だって事だけど、命に別状は無いって話だ。
だけど、俺の改型や伊隅大尉達の機体は、かなりの損傷を受けてしまっている。
ヴァルキリーズの新型は、すぐにでも都合がつくって話だったけど、俺の改型はそういう訳にはいかなかった。
米軍との戦いの際に試験すらまともにやっていなかった防御フィールドを使っちまったのが原因で、機体の方に一気にダメージが蓄積されたらしい。
改型に変わる機体が用意できない今、とりあえずの処置として俺は速瀬中尉の乗っていた改型を借りる形になっている。



「まあ、機体を壊してしまったのは仕方ないけど、アンタの場合は自業自得だしね。今度は壊さないように気をつけなさい……この改型を壊すと多分速瀬の事だから、また無理難題をふっ掛けられるわよ?」
「一応、肝に銘じておきますよ……それで先生、俺の機体の事なんですが……」
「それに関しては何とか都合をつけるわ。シフトの方も見直しておくから、暫くはアンタも休みなさい……」



先生も今の俺の心境を察してくれているんだろう。
普段とは違う先生を見れた事には正直驚かされたけど、そんな事を口にしたら罰が当たるな。



「先生、その前に一つだけ御願があります」
「……構わないわ。アンタの好きにやりなさい。ただし、期限は今日一日限りよ……良いわね?」
「ありがとうございます」



嘘だと思いたかった……でも、それを信じる事が出来なかった俺は、夕呼先生に無理を言って再びこの場所へと戻って来ている。
そして突き付けられた現実によって、あの時ライ少尉から聞いた言葉が嘘じゃ無かったんだという事が理解できた。
気持ちの整理が付いたって言えるかどうか判らないけど、これで俺が今やるべき事がなんなのかはハッキリしたって言える―――



「―――月詠中尉、無理に付き合わせてしまってすみませんでした」
『いえ、私自身も確認したかった事です……武様、冥夜様を……』
「ええ、必ずあいつを助け出して見せます。たとえ殿下のように操られていたとしても、必ず……」



皆が笑って明日を迎えるために……その為には、誰一人欠ける事なんて許されはしないんだ。
俺はシャドウミラーの奴らから、必ず冥夜を助け出して見せる!
それが戦友として、共に歩む尊き者としての役割だと信じているのだから―――





《??? side》



声が聞こえた様な気がした。
温かく、そして心地の良い響きのようにそれは感じられたと思う。
だが、何故だろう……その者の声は次第に小さくなっていき、見えていた筈の顔も霞が掛かったかのようにぼやけている。
そして、徐々にその姿も闇へと包まれて行き、明るかった周囲の景色もそれと同化しようとしている。



「ま、待て……待ってくれ!」



声を絞り出し、その者を追いかけようと駆け出すものの、足が言う事を利かない。
まるで何かに囚われたかのように体までも身動きが取れなくなり、今度は私自身も闇へと囚われて行く―――



「クッ、放せ! 放すのだ!! 頼む、行かないでくれ! お願いだ……私を一人にしないでくれッ!!」



声が届いていないのか、それとも聞こえてすらいないのか……その者は完全に闇へと飲み込まれ、そして私の視界から完全に消え失せてしまった。



「……ハッ!? い、今のは一体……?」



今のは一体何だったのだろうか?
大事な物が失われていく……そんな感覚だったと思うが、未だそれが何かという事がハッキリしない。
そして私は、それが夢だったのだという事に気付かされた。



「夢……だったのだろうか? だが、あの者は一体誰なのだ?……それにここは?」



辺りを見回してみるが、ここがどこかの部屋なのだという事しか理解できない。
綺麗に片づけられた部屋、そして見覚えのない品の数々。
恐らく眠っている間に私は、ここへ運びこまれたのであろう。
身を起こし、改めて周囲を見渡してみるが、やはり見覚えのない部屋だ。



「さて、一体どうしたものか……」
「だあー、うー」
「なんだ?……赤子? 何故このような所に赤子が?」



私の視界に飛び込んできたのは、ベビーベッドと思われる物から身を乗り出している小さな子供。
この部屋の主……という訳ではないだろうな。
しかし、可愛いものだ……まさに愛くるしいという言葉がこれ程似合う者もそうはいないだろう。



「すまぬな。どうやら寝ていたところを起こしてしまったようだ。許すが良い」
「あー、あー」
「そうか、許してくれるか。小さいというのに賢いなそなたは……そなたに心よりの感謝を」
「あら、目が覚めたのね? ずっと眠ったままだったから心配だったのよ?」



赤子とのやり取りの最中、突然現れた来訪者。
恐らくこの御夫人がこの赤子の母君なのだろう。



「サンディの相手をしてくれていたのね。この子ったら、結構人見知りなのよ? っと、自己紹介がまだだったわね。私はガーネット、そしてこの子が息子のアレクでそっちが娘のサンディよ。貴女のお名前は?」
「私は御剣 冥夜と申します」
「そう、冥夜ちゃんね。とりあえず、着替えと何か食べ物を持って来るから、悪いんだけどこの子達の相手をしてて貰えるかしら?」
「はい」



それだけ言ってガーネット殿は部屋を後にした。
正直言って今だ状況が把握できないが、どうやら悪い人ではなさそうだ。
そしてこの子達も……




だが、この時の私は知る由も無かった……自分がかつて経験した事のない、とてつもない事態に巻き込まれてしまったのだという事を―――





あとがき


第66話です。

今回、初めて一人称なるものを用いて書いてみました。
何分初めての事なので、表現のおかしいところが多々あるかも知れませんが、温かい目で見て頂ければ幸いです。


冒頭から暫くは夕呼先生の視点で見た12.5事件という流れです。
私の執筆能力の無さが主な理由ですが、やはり場面がころころ変わった事が原因で「いつ」「誰が」「何処で」戦っていたのかが分かりにくいというご指摘を頂いた事もあり、今回はこの様な構成とさせて頂いてます。

今後ともこの様なアドバイスを頂けると私自身も助かりますので、御指摘など御座いましたら宜しくお願いします。


さて、この話のラストで殆どの方がお分かりかと思いますが、何故こうなったかの主な理由はシャドウミラーが前回の話の最後にやってくれた事が原因です。
実は当初から、オルタ世界よりOGの世界へと誰かが飛ばされるという展開を考えていました。
最初は武ちゃんに行って貰おうかとも思ったのですが、それでは在り来たりすぎると思い冥夜に白羽の矢が立った次第であります。
飛ばされた原因に関しての詳細は、後々明らかにさせて頂きますのでもう少しお待ち下さい。


それでは感想の方お待ちしております。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第67話 新西暦と呼ばれる世界
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/11/15 23:18
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第67話 新西暦と呼ばれる世界





《Meiya side》




ガーネット殿に二人の面倒を見るよう頼まれたは良いのだが、私はこれでもかと言わんばかりに悪戦苦闘していた。
子供の相手、特に赤ん坊の相手というのは本当に疲れるものだ。
彼女が戻って来るまでの間だけだったというのに、何時間も全力で長距離を走らされたかのような疲労感を感じるのは気のせいだろうか?
結局のところ、その日は様々な要因が重なり、詳しい話を聞く事が出来なかった。
そして次の日、私は自分の置かれた現状を改めて知る事になる―――



「おはよう、昨日はよく眠れたかしら?」
「はい、重ね重ねの御厚意、痛み入るばかりです。何とお礼を申し上げれば良いのか……本当にありがとうございます」
「そいつは良かった。だが、そんなに畏まらなくて良いんだぜ?」
「ありがとうございます」


この家の主人であるジャーダ殿、そしてその奥方であるガーネット殿のお二人は、とても気さくな方達だった。
私の素性を疑う事無く保護して下さり、こうして今も私の心情を察して下さっている。
私もいつか平和な世が訪れたならば、御二方の様な温かい家庭が築けるのだろうか?
その様な事を考えてしまうほどに、安らぎを得られる空間だったといえる。
だが、いつまでもこの状況に甘んじている訳にもいかない。
あの時、私は敵の攻撃に巻き込まれ、気付けばここでお世話になっていた。
あれほどの衝撃であったにも拘らず、五体満足な上にこれと言った異常も見られない。
しかし、早急に確認せねばならない事が幾つかあるのだ。
姉上の事、タケル達の事、そして12.5事件がどうなったかという事を……


「お二人には、改めてお礼を言わせて頂きたい。素性も解らぬ私を保護して頂き、本当に感謝しています」
「さっきも言っただろ? 遠慮する必要なんてない、困った時はお互い様だっていうじゃないか」
「そうよ。私達はね、貴女の素性なんてこれっぽっちも気にしちゃいないんだから、暫くの間ゆっくりしていって頂戴」


何処の誰とも知れない私を、まるで家族同然のように扱ってくれる事といい、本当に良い人達だ。
こういった方達だからこそ、私自身も安らぎを感じ、心を許してしまえるのだろうな。


「本当にありがとうございます……ですが、私にはやるべき事があるのです。そのためにも私は、早く仲間の下へと戻らねばなりませぬ」
「……そうか……実は、その事なんだけどな冥夜」


先程までとは打って変わり、ジャーダ殿は神妙な面持ちを浮かべていた。
その表情から察するに、何やら言い難い事を伝えようとしているのだろう。
隣に居るガーネット殿も彼と同様に、これから口にしようとしている事が言い出しにくいのだというのを物語っている。
リビングを沈黙が支配し、先程まで明るかった空間が嘘のように暗い雰囲気を醸し出していた―――


「―――なんて言えばいいのか、その、言葉に困るというかだな……実はな、その事でお前に話さなきゃならない事があるんだ」
「話さなければならない事……ですか?」
「ああ、そうだ……先に言っておくが、これから話す事は嘘や冗談なんて類のもんじゃない。全て真実なんだという事を頭に置いてから聞いて欲しい」
「……解りました」


ジャーダ殿の口から語られた事実、それは驚愕を通り越し、文字通り私を絶句させていた。
私が今居る場所、それは新西暦と呼ばれる世界、BETAの存在しない世界だというのだ。
元々住んでいた筈の世界とよく似ているが、違った歴史を歩んできた世界らしい。
そして私は、以前本で読んだ並行世界という物に自分自身が飛ばされてしまったのだという事実を知る事となったのである―――


「……冗談ではない、と前もって言われている以上、それは事実なのでしょうね」
「意外と落ち着いているんだな?」
「いえ、これでも多少は混乱しています。ですが、御二方が嘘を仰るような人でないというのは解っているつもりですし、騒ぎ立てたところでどうなるものでもないでしょう?」
「確かにな……正直言って、俺達も初めにこの話を聞かされた時、頭が混乱してたよ」
「一応そういったケースが過去にあったっていうのは聞いてたんだけど、まさか自分達がそれに遭遇する事になるなんて思わなかったものね」
「と、言うと?」
「実はな、この世界はかつて、並行世界から現れた奴らに戦争を仕掛けられた事があるんだ。俺達自身、既に軍から身を引いていたから、その当事者から話を聞いただけなんだが、そういったパラレルワールドっていうのは幾つも存在しているらしい」
「貴女はそのうちの一つから飛ばされてきたんじゃないか? っていうのが、貴女を最初に見つけた人の見解なの」
「あなた方が私を保護して下さったのでは無かったのですか?」
「ええ、私達が貴女の事を引き受けたのは、その人に頼まれたからっていうのもあるけど、自分達が言い出した事でもあるのよ」


御二方は、その時の詳細を語ってくれた。
数日前の夜、私は自分の乗っていた武御雷と共にこの世界へと飛ばされて来たらしい。
その場所はこの近くにある研究所の敷地内であり、その時偶然にもお二人はその場に居たのだという。
だが、その際に検知された重力異常、そしてそれはこの世界の軍にも当然の事ながら気付かれていた。


「この世界は過去に異星人や謎の生物、そして異世界からの侵略者によって大きな戦争が引き起こされている。恐らくお前が並行世界から現れた人間だと知れば、軍の奴らはお前の事を侵略者の一人と受け取っていた可能性もあり得た」
「貴女の存在が軍に知られれば、間違いなく彼らは調査のために貴女を引き渡すよう通達して来るに違いない……でも、私達はそんな事を望んでなかったの」
「そこで俺達は博士と相談し、一時的にお前の事を引き受ける事にしたんだ……悪かったな、勝手な事をしちまって」
「いえ、全ては私の事を思ってやって頂いた事です。あなた方お二人に多大なる感謝を」
「そう言って貰えると私達も助かるわ……」


知らぬ事とはいえ、お二人やその所長殿にそれほどの御迷惑を掛けていたとは……本当に自分が情けなくなってくる。
だが、それと同時に私の心には、不安や恐れといった感情が芽生え始めていた。
お二人がこの様な話しをして下さったという事は、恐らく元の世界へと戻る手段が無いのだろう。
それはつまり、二度とあの者達に会えないという事を示していたのだ。
改めてそれを感じ取ってしまった私は、自分でも気付かぬうちにかなり落ち込んでいたに違いない。
次第にそれが表情にも現れ始め、傍から見るものにしてみれば、誰にでも解るほど沈痛な面持ちを浮かべていたようだ。


「色々とお話を聞かせて頂いたのは良いのですが、やはり少々頭が混乱しているようです……すみません。少し一人にさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「え、ええ……」
「申し訳ない……では、失礼させて頂きます」


私の心境を察してくれたのだろうか?
お二人はそれ以上何も言わず、そして私もそれ以上何も口にする事無く部屋を後にしていた―――






―――翌日、その日は朝から雲一つ無い快晴だった。
どんよりとした空のように暗く沈んでいる私の心とはまるで正反対であり、その明るさが眩し過ぎる程に嫌らしく感じられる。
あれから一晩、じっくりと考えてみたが、何も答えは見つからなかった。
元の世界へと戻れないという事実、それが次第に心の中を占め、文字通り絶望に打ちひしがれていたに違いない。


「そうか……あの時見た夢、あの夢に出て来た者はタケルだったのだな。フフフ、滑稽なものだ……あの者に二度と会えない事を示した夢を見るなどと……」


一人そう呟いてみるものの、答えなど返ってくる筈も無い。
そしてタケルの事を想う度、私の中でもう彼に会えないのだという気持ちが、より一層深い悲しみへと誘っていた―――


「―――冥夜ちゃん、起きてる?」


不意にノックされたドアの音にすら気付けなかったのだろう。
返事が返って来ない事に心配したガーネット殿が、私の事を励まそうと中へ入ってきた。


「……おはよう」
「……おはよう、ございます」
「その様子じゃ昨日は眠れなかったみたいね……あらあら、こんなに目を真っ赤に腫らして……」
「すみません……あれから色々と考えてみたのですが、思えば思うほどに悲しみが溢れて来るのです。姉上や仲間達、そして何より、あの者に会えないというのが……うぅ……」
「大丈夫、大丈夫よ……きっとまた会えるから。ね、だから元気出して」
「気休めはよして下さい! そんな励ましを頂いたとしても、私はもう二度とあの世界へは戻れない!! もう二度と皆に会えないのです!! 大切な親族や友、そして想い人に二度と会えないという事実、貴女にそれが理解できるとでも言うのですか!?」
「……冥夜ちゃん」


私は最低だ……こんなことを彼女に言ったとしても現状は何も変わらないというのに……
己の不安を曝け出し、あまつさえ良くして下さった彼女にこの様な暴言を吐くなどとは―――


「確かに気休めかもしれない……でもね、貴女はその人達に会えないかもしれないって言われて、ハイそうですかって簡単に諦めてしまうの?」
「そんな……そんなことある訳が無い! 私だって諦めたくは無いのです! でも、でも……」


涙が止め処なく溢れて来るのが解る。
彼女の言うとおり、私は自分の気持ちを否定できないでいる。
私は願わくば、再び元の世界へと戻り、皆に、そしてタケルに会いたい……その気持ちに嘘偽りなど無いのだ。
だが、事なる世界へと飛ばされてしまった事実は、もう元の場所へと戻れないという事を示しているに他ならない。
戻りたいと願う気持ち、そしてもう戻れないかもしれないという気持ちが二律背反している。
その葛藤の答えとして、涙が止まらないのだろう。





あれからどれ程の時間が経過したのか解らない。
その間も彼女はそっと私を抱きしめたまま、ずっと私に付き合ってくれていた。


「……少しは落ち着いた?」
「はい……」

それはまるで小さな子供をあやす様な口調だったと思う。
何といえば良いのだろうか……子を叱る訳でも無く、慰める訳でもない、どちらかといえば諭す様な感覚に近いかも知れない。
そして幼いころ、悲しい事があって泣いていた私に対し、義母上が執った行動と同じ様な安らぎを感じるのだ。


「昨日はごめんなさい。貴女の事を思って事実を話したんだけど、そのせいでこんなに思い詰めさせてしまう事になるなんて考えてなかった……本当にごめんなさいね」
「い、いえ……私の方こそ申し訳ありません。私のせいでガーネット殿達に不快な思いをさせてしまいました」
「そんな事、全然思ってないわ。完全に落ち着いてからで良いから、一度ゆっくり話でもしましょう」
「それは今後の私の身の振り方などを……といった事でしょうか?」
「とりあえずそれは後回し、先ずは貴女の事を色々と聞きたいのよ」
「……そういう事でしたら構いません。今一度、自分の気持ちに整理が付き次第、お話させて頂きます」
「そう、解ったわ」


そして彼女は部屋を後にし、私は再び一人になった。
少しの間、何も考える事無くボーっとしていたが、これでは何の解決にもならない。
かと言ってこのままこの部屋に閉じこもっていては、恐らく余計な感情が心を占めてしまうだろう。
そう考えた私は部屋を後にし、リビングに居るであろうガーネット殿の下へ向かう事にしたのだった―――





「―――あら、どうしたの?」


リビングに行き着くと、部屋の中にはガーネット殿と子供達しか居なかった。
それも当然だ、今日は平日である以上、御主人であるジャーダ殿は仕事に出向いている。
そんな当たり前の事すら失念しているというのは、恐らく自分の思考が偏っている証拠なのだろう。
改めて自分が見習いとはいえ、軍人の端くれだったのだと気付かされる。


「大した要件では無いのですが、外出の許可を頂きたいのです。ずっと部屋で塞ぎ込んでいても状況は変わりませんので……」
「なるほど……でも大丈夫?」
「見知らぬ土地とはいえ、問題ありません。これでも多少は武術の心得もあります故」
「うーん、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……まあ良いわ。近所を散歩するぐらいなら問題も無いでしょ」
「ありがとうございます」
「私も一緒に行ってあげたいところだけど、この子達を置いて外に出れないし、あまり遅くなっちゃダメよ?」
「はい、夕方までには戻ってきます。では、失礼」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
「え?」
「他に何か言う事があるでしょ?」
「……他にですか?」


他に何があるというのだろう?
外出する事に関しての許可を頂いた事に礼は言ったつもりだ。
それ以外、彼女に何を伝えれば良いのだ?
行き先を言おうにも、家の近所を散歩する程度にしか考えてなどいない。
明確な目的地がある訳でもないし、このまま何処かへ行くつもりなど毛頭無いのだ。
私には、彼女が一体何を求めているのかが本当に解らなかった―――


「―――行ってきます……でしょ?」
「は?」
「だから、子供が出かけるときは、ちゃんと行ってきますって言わなくちゃダメだって言ってるのよ」


その一言に私は拍子抜けしてしまった。
真面目に考えていた自分が馬鹿馬鹿しいと思えるほどに、至極簡単な事を私は見落としていたのだ。


「す、すみません……ですが、ガーネット殿、子供扱いするのは止めて頂けませぬか?これでも私は今年で十八になる身、子供と呼ばれるのは聊か心外です」


バツの悪くなった私は、気付けばそんな事を口に出していた。
するとガーネット殿は、ニヤニヤと笑みを浮かべ、こう言い放ったのである。


「あら? さっきまでワーワー泣いていたのは何処の誰だったかしら?」
「うっ……それは……」
「なんてね。冗談よ。どう? これで少しは元気が出たかしら?」
「まったく、性質の悪い冗談です。ですが、御心遣い感謝します……では、ガーネット殿、行ってまいります」
「はい、行ってらっしゃい」


ガーネット殿は、眩しい位の笑顔を浮かべていた。
この方は、本当に優しい方だ。
そして良い母君でもあらせられる。
私の義母上は幼い頃に亡くなられてしまわれたが、生きておられたならば恐らく彼女のように優しい方だったのだろうな。
何となくだが、お陰で少し気分が楽になった様な気がする。
私は心の中で彼女に礼を述べ、外へと歩みを向けた。
事情があったとはいえ、ずっと室内に籠り切りだった事もあり、やけに日の光が眩しく感じる。
季節は12月という事もあり、肌寒いと感じるのは当たり前だが、時折吹く風が何故か心地よい。
よくよく考えれば、こうして街を歩くなどといった行為は本当に久しぶりだな。
横浜基地の周辺は廃墟ばかりであったし、帝都に戻った時もあまりゆっくりしている時間も無かった。


「悲しい事だが、それだけ今の自分の心にゆとりが無かった証拠なのだろうな……」


私は一人そう呟き、周囲の景色を眺めながら歩いていた。
同じ浅草であるにも拘らず、私の知る場所とはやはり違った雰囲気が感じられる街だ。
元々ある古くからの建物はそのままに、近代化が進んでいるといった感じだろうか?
だが、決してその外観を損なうことなく、上手くそれらを取り入れ昇華させているようにさえ思えて来る。


「あれは浅草寺か? という事は向こうが上野であちらが隅田川の方向か……どうやら地理的な物に違いは無い様だな」


そんな事を考えている間も、往来には人々が行き交い、賑やかな風景を醸し出している。
そのまま私は東の方へと歩みを進め、隅田公園と思われる場所へと足を運んでいた。
ここの景色も、自分の記憶と左程変わらない。
しかし、異なった点が見受けられるのも事実だ。
我等の世界はBETA侵攻により、日本を含め世界は異常気象に見舞われる事となった。
その影響で、四季といえるものは殆ど感じられなくなり、ここ何年も桜が咲いたところは見ていない。
だが、この世界では恐らく、春になれば桜も満開となり、美しい光景が広がるのだろう。


「やはり、ここは異なる世界なのだな……」


改めて否定したかった事実を認めざるを得ない状況だった。
公園内に居る人々は、一部例外はあるとはいえ皆笑顔を浮かべている。
子供達が遊び、若い男女は互いの愛情を深めあい、御老人達はそれらの光景を見守っているかのようだ。
そんな光景を羨ましく思うと同時に、元の世界では失われつつある状況だという事にも気付かされる。
ここに来て唯一違った印象を受けたのは、やはりこの場に居る人々の違いだろう。
私の居た世界では、ここも多くの難民達がその身を寄せ合う場所へとなっていた。
一度だけその光景を見た事があるが、明らかにこんなモノとは違う。
皆辛そうな顔を浮かべ、悲しみや嘆きといった感情を露わにしていたと言ってもいいほどだ。
果たしてあの場所に、こうして笑顔を絶やさずにいた者が一人でも存在していただろうか?
それを思い出した私は、急に胸が締め付けられる様な感覚に陥っていた―――


「クッ……私は、私は……」


言葉が出て来なかった。
虚構と現実の区別がつかなくなったかのように、まるで今もなお夢を見ているのではないかとさえ考えてしまう。
結局のところ、これ以上ここに居ても逆効果かもしれない。
そんな結論に至った私は踵を返し、別の場所へと向かおうとしたのだが―――


『キャッ!』
「ッ!?」


どうやら、誰かとぶつかってしまった様だ。
相手は咄嗟の事であった為に受け身も取れず、尻もちをついてしまっている。
やれやれ、真後ろに人が居た事に気付けぬとは、私も焼きが回ってしまったものだな。
だが、その前に相手に謝罪せねばならん。
私は目の前の少女に手を差し出し、助け起こそうと試みた。
今思えばこれが、後に私と彼女がこの世界で友となる伏線だったのかもしれん―――


「申し訳ない。少々考え事をしていた故、そなたが後ろに居た事に気付かなかった。許すが良い」
「イタタタ……いえ、こっちこそぶつかってしまってすみません……よいしょっと。ありがとうございます」
「いや、当然の事をしたまでだ。ところで怪我は無いか?」
「大丈夫です。こう見えても私頑丈ですし、貴女の方こそ怪我してません?」
「大丈夫だ。本当に申し訳ない事をしたな……どうした? やはりどこか怪我を?」


少女はじっと私の顔を見つめ、何やら驚いたような表情を浮かべている。
ぶつかった拍子に私が怪我でもしたのかと思ったが、特にこれと言って痛みは感じない。
それよりも相手とぶつかったのは顔ではないのだ……怪我など追う筈も無いのだが―――


「あの、悠陽殿下ですよね?」
「なっ!?」
「……って、すみません! 数日前御世話になった人にそっくりだったんで、見間違えちゃいました……今のは忘れて下さい!!」


私はこの者の発言に対し、一瞬言葉を失っていた。
何故この少女が姉上の事を知っているのだ?
ここは異世界であり、姉上は存在していない筈だというのに……


「い、今そなたは何と言った!? 何故そなたが私の姉上の事を知っているのだ!?」
「え、ええ!?」
「頼む、答えてくれ! ひょっとしてそなたも、私と同じ世界からこちらへと飛ばされてきたのか!? 頼む、教えてくれ!!」


情けない事に私は、我を失い彼女の肩を両手で鷲掴みにしながら質問攻めにしていた。
傍から見れば不審者がいたいけな少女に乱暴をはたらいていたように思われても仕方が無いほどに―――


「ちょ、ちょっと落ち着いて! 頼むから、ねえ、ねえってば!!」
「……す、すまない。それで、どうなのだ? そなたも私と同じ存在なのか?」
「ふぅ……死ぬかと思ったわ。ちょっと、貴女一体どういうつもりなのよ!? いきなりこんな乱暴はたらいたりなんかしたりして!!」
「申し訳ない……だが、私にとっては重要な事なのだ! だから頼む、教えてくれないか?」


だが彼女は、こちらの質問に答えてくれようとはしなかった。
それも当然だろう、初対面の相手に対し、私はあのような行為に走ってしまったのだ。
相手を怒らせなかったと考える方に無理がある。


「とりあえず、どこか別の場所へ移動しましょ。貴女のせいで人が集まって来てるし、もし警察なんて呼ばれたら貴女も困るでしょ?」
「あ、ああ」
「じゃ、私に付いて来て。貴女の質問には、そこで答えてあげるから」
「……解った」


私は彼女に言われるがまま、その後を付いて行くことなった。
もし私の考えが正しければ、彼女は何らかの手がかりになりうる可能性が高い。
たとえ元の世界へ戻る手段になり得ずとも、何かしらの切っ掛けぐらいは掴めると感じたのだ。
それから私は、彼女と共にとある場所を訪れる事になる。
それが私に重大な転機を齎す切っ掛けになろうとは、この時はまだ気付いていなかったのである―――






「そう言えば貴女、名前は?」


暫く歩いたあと、私達は浅草の住宅街へと差し掛かっていた。
丁度この辺りは、行きに通った道沿いだ。
初めは何処へ連れて行かれるのかと思ったが、これならば夕方までにジャーダ殿の家に帰る事も出来るであろう。


「ねえ、聞いてるの?」
「ああ、すまない。御剣 冥夜だ。以後、見知りおくが良い」
「私は“ショウコ・アズマ”よ。それにしても貴女、ホント古風な話し方よね? 見た目や話し方はあの人にそっくりだっていうのに、性格は真逆……何で私、あんな事言っちゃったんだろう……」


この口振りからして、彼女は間違いなく姉上の事を知っている。
だが、彼女から私の質問に対しての答えは、まだ聞いてはいない。
やはり、結論付けるにはまだ早計だな……姉上とよく似た御仁という可能性も否定は出来ないかもしれぬ。


「さ、着いたわよ」
「……ここは?」
「私の家よ……何してるの? 置いて行くわよ?」


私は彼女に急かされる様な形で家へと招かれる事となった。
何故この家に来る必要があったのか? といった疑問も否定できないが、何らかの事情があるのだろう。
そう考えた私は、彼女のあとを追う事にしたのである。


「ただいま」
「おお、御帰りショウコ。むっ!? おお、お前さん、意識を取り戻したんじゃな! 良かった良かった」
「え? お爺ちゃん、この人の事知ってるの?」
「一応な……」
「……失礼ですが御老人、ひょっとして貴方は?」
「む、ジャーダ君達から聞いておらんのか? まあ構わん、ささ、こんな所で立ち話もなんじゃ。入ってくれ」
「では、失礼します」


ここ数日、本当に驚きの連続だな。
恐らくこの御老人は、ジャーダ殿達が言っていた私を最初に保護して下さった人物なのだろう。
そして、私を姉上と間違えた彼女……どうやら、私の推測は間違っていなかったようだ。
ここで全てが明らかになるかも知れぬな……良い意味でも悪い意味でも―――





「紹介がまだじゃったな。ワシは“キサブロー・アズマ”この家の主であり、アズマ研究所の所長を務めている者じゃ」
「御剣 冥夜と申します。その節は私を助けて頂き、ありがとうございました」
「なに、大した事はしとりゃせんよ。して、この家を訪ねて来た理由は何かな?」
「いえ、訪ねてきた訳ではありませぬ。私はそちらのショウコ殿に聞きたい事があり、こうして彼女に連れられて来ただけなのです」
「その前に先ずこっちの質問に答えて。何で貴女がうちのお爺ちゃんと知り合いなの?」
「……その事に関しては、ワシから話そう。恐らく彼女は、詳しい事情を知っておらんだろうからな」


既に話を聞かされている事実を言いそびれてしまったが、それも仕方が無いだろう。
キサブロー殿は、彼女に事情を掻い摘んで説明していた。
どうやら彼女も私に関しての詳しい事情を知らされていなかったようで、当然の事ながら困惑していたのは言うまでもない。


「私とお兄ちゃんがテスラ研に行ってる間にそんな事があったんだ……もう、何でもっと早く教えてくれなかったよ!」
「そう怒るな。折を見て話そうと思っておったんじゃ。それに当の冥夜さん本人も、意識を取り戻しておらんかったしな」
「ショウコ殿、祖父殿を責めないでやってくれ。全ては要らぬ混乱を招かぬためにとお考えになった結果なのだ……」
「別にお爺ちゃんを責めてる訳じゃないの。それを聞かされてたら、私だって変に意地悪しないで済んだって事が言いたいのよ」
「では、話してくれるのだな?」
「うん……でも、驚かないでね?」
「ああ、こちらの世界に来てからというもの、様々な事に驚かされてばかりだ。これ以上、何を聞かされても驚きはせぬよ」
「……解った。それじゃ話すね―――」


事の始まりは半月近く前、彼女は兄君と共にこの研究所地下にある施設で作業を行っていたらしい。
だがその時、謎の重力異常が起こり、彼女と兄君は異世界へと飛ばされたのだという。
そして、その時彼女達を一時的に保護して下さった人物こそ、私の姉上だったというのだ。
その時の詳細を聞かされた私は、驚かないと言っていたにも拘らず、驚愕させられる事となっていた。


「では、あの時我等を助けてくれた特機に乗っていたのは、そなた達兄妹だったというのか?」
「うん、私とお兄ちゃん、そしてロアの三人は、いきなりカイザーと一緒にワケの解らない世界へ飛ばされたの。そこで行方不明になっていた大事な人達と再会し、BETAの存在や滅亡の危機に瀕している異世界の実情を知ったのよ」
「だが、そなた達はこうして元の世界へと戻って来ている……それもまた偶然引き起こされた事だと言うのか?」
『それは俺から話そう。ゲートに関しての事は、この場に居る誰よりも詳しいからな』
「ッ!?……な、何者だそなたは?」
『すまない、自己紹介がまだだったな。俺はロア、そこに居るキサブローやショウコ達の友人、といったところだ』
「そうでしたか……しかし何故、その様な所から話を?」
『……信じて貰えないかも知れんが、俺の肉体は既に失われている。いわば精神や魂のみの存在といったところなんだ。だから他人と会話するときは、こうしてモニターなどの物を媒介にせねば話す事もままならない。不快な思いをさせてしまうかも知れんが、我慢してくれ』
「……やっぱり驚くよね?」
「い、いや……正直、あまりにも話が突拍子過ぎて、思考が追い付かないと言うのが本音なのだが……申し訳ない」
『構わん。こちらもそういった事は何度も経験済みだからな。では、話させて貰うとしよう……結論から言って、カイザーには条件次第で異世界へのゲートを開き、次元を跳躍する事が出来る。我々は、その力を用いてこちら側へと戻ってきたのだ』


ロア殿が語った事実……それは即ち、カイザーと呼ばれる特機を用いれば、次元を跳躍する事が可能だと言う事だ。
つまりそれは、自分の意志で他の世界へと渡ることが出来ると言う事に他ならない。
この話を聞いた私は、居ても経っても居られぬ気持にさせられた。
彼らが協力してくれれば、私は元居た世界へと帰ることが出来るのだ。
再び姉上や仲間達、そしてタケルにも会う事が出来る可能性を聞かされ、そういった感情を抱かぬ方がおかしいと言えるだろう。


「ロア殿、御願があります! 今一度そのゲートを開き、私を元の世界へと帰して頂けないでしょうか?」
『悪いがそれは出来ない』
「な、何故なのです!?」
「そうだよロア、別にゲートを開くぐらい、やってあげたって良いじゃない!」
『さっきも言ったと思うが、ゲートを開くには特定の条件が必要なんだ。現状ではその条件が整っていない以上、下手をすれば何が起こるか判らん……それに、カイザーはまだ整備中だ。言い方が悪かった事は謝罪させて貰うが、今すぐにそれを実行する事はできないんだ』
「では、条件が整えば、ゲートを開いて頂けるのですね?」
『ああ、どの道我々は、もう一度あの世界へと行かねばならない。その時に君も必ず同行させることを約束しよう』
「あ、ありがとうございます」
「良かったね、冥夜さん!」
「ああ、これもそなた達のお陰だ……そなた達に感謝を」


私は素直にこの事実を喜んでいた。
二度と戻る事は出来ないと思っていた……もう二度と彼らに会えないと思っていた……そんな絶望の淵から彼らは、私に一筋の光明を照らしてくれたのだ。
こんなに嬉しい事は無い。


「では、私は一度、ジャーダ殿達の元へと帰る事にします。この事を報告せねばなりませんし、世話になった御礼も伝えねばいけませんので」
「そうじゃな。もうじき日も暮れる……ショウコ、冥夜さんを送ってあげなさい」
「うん、解った」
「それでは失礼します」





そして私は、ショウコ殿に送って貰い、家路への帰路へとついた。
だが、私がこの世界を訪れた事により、事態は思わぬ方向へと動き出していたのだ。
そして三日後、事件が起こる事になる―――






あとがき



第67話です。


今回はOG世界での出来事その1を書かせて頂きました。
とりあえず、3話ぐらいの構成で新西暦編を書こうと思ってますので、もう暫くこの展開にお付き合いください。


さて、殆どの方が予想されていたと思いますが、冥夜が元の世界に戻るためにアズマ研究所の面々が協力する事にさせて頂きました。
ジャーダ&ガーネット夫妻を登場させたのは、こういった事も理由の一つなのですが、一応他にも理由があります。
この辺りも含め、今後の展開に御期待下さい。

今回はこの辺で失礼します。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第68話 導かれた悪意(前編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2011/01/08 19:35
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第68話 導かれた悪意(前編)





《Meiya side》



元の世界へと戻る事が出来るという事実が判明し、それから二日ほど経過した夜の事だった。
先日友人となったショウコ殿から、買い物にでも行かないかと誘われたのである。
その誘いに対し、私は快くそれを了承した。
丁度私自身、ゆっくりとこの世界を見てみたいと思っていたからだ。
ジャーダ殿達御夫妻に頼もうかとも考えていたのだが、生憎御夫妻は仕事や育児でお忙しい御身分だ。
私の我儘に付き合わせるというのも、些か忍びないと考えていたところに舞い込んできた今回の出来事。
断る理由など何処にもなく、どうせなら気兼ねなく接する事の出来る同年代の者の方が良いかも知れないと考えていたのも誘いを受けた理由の一つといえる。


『それじゃ、明日の朝九時頃に迎えに行くから。もしも行ってみたいところとかあったら、遠慮なく言ってね。出来る限り案内するから』
「ああ、そなたの心遣いに感謝する。それではまた明日」
『うん、それじゃまた明日ね―――』


電話でのやり取りを終え、私は御夫妻に明日出かける旨を伝えた。
お二人は快く了承して下さり、普段出来なかったであろう事を存分に楽しんで来ると良いとまで言ってくれたのである。
今思えば、こうして友人と何処かへ出かけるのは、初めての事かも知れない。
自分の置かれた状況がどれだけ重大な物かという事は承知しているつもりだが、不謹慎な事とはいえ私は期待感に心躍っていたのだった―――





「ホント良い天気だね。絶好のお買いもの日和って感じ!」


季節は冬、陽は照っていても空気は乾燥しており、時折吹き付ける木枯らしが余計にそれを感じさせる。
だが、今日は雲一つない快晴であり、寒い事を除けば出掛けるには申し分ないと言えるだろう。


「ああ、そうだな。それでショウコ殿、今日は一体何を買いに行くのだ?」
「冬物の服とかかな……そろそろ年末に向けてのバーゲンセールとかが始まると思うし、こういう時に良いモノ見つけないとね~」
「なるほど……」
「冥夜さんは何か欲しい物とか無いの? 今日はつきあって貰ってる分、行きたいところとかあったら案内するよ」


行ってみたいところは何処か、この質問に対し私は、大いに勘違いをしていた。
彼女の行きたい所は何処かというのは、何か買いたい物があればその店に案内するという意味だったに違いない。
しかし私はそんな事を完全に見落とし、先日から考えていた場所の事を彼女に告げていた。
それはこの世界の横浜、正確に言えば柊町に行ってみたかった。
少し意味合いは異なるが、私とタケルが初めて出会ったある意味思い出の地とも呼べる場所だ。
勿論、この世界と私の居た世界が異なっている事実は理解している。
だが、私の知っている柊町は、既に廃墟と化してしまった物でしかない。
似て非なる物とはいえ、彼の者が生まれ育った街を是非この目で見たかったのである。


「難しいかも知れないのだが、横浜の柊町と呼ばれる場所に行ってみたいのだ。元の世界において思い出深い土地でな。一度こちらの世界の柊町を見てみたい……駄目だろうか?」
「横浜かぁ……ちょっと遠出になるけど、良いよ! 折角だし、行ってみよう!」
「すまんな、無理を言ってしまって」
「何言ってんの、私達友達でしょ? 遠慮する必要なんて無いって。それから冥夜さん、私の事は『ショウコ』で良いよ。今度から畏まって呼ぶの禁止だからね」
「いや、しかしそれは……」
「ダ~メ! 友達同士なんだし、その方が自然でしょ?」
「確かにそうかも知れんな……解った。これからは敬称を省かせて貰う事にする。では改めて……今日は宜しく頼むショウコ」
「了解。今日は命一杯楽しもうね!」
「ああ、そなたの案内に期待させて貰う」


こうして我々は、一路横浜を目指す事になった。
これから起こる事件など知りもせず、ただ今を楽しもうとしていたのである―――





―――数時間後、私とショウコは柊町に到着した。
駅前を人々が行きかい、賑わいを見せているそれは、私の居た世界では既に失われてしまっているものだ。
数年前までは、こういった光景が当たり前だったのだろう。
もしこの場にタケルが居たならば、彼は一体どのような顔をしていたのだろうか?
あの者の事だ、喜びはしゃぎ回っていたに違いないだろうな。
そんな事を考えていた私は、自然に笑みを浮かべていた。


「どうしたの冥夜さん?」
「いや、何でも無い。やはりここに来て正解だった。ありがとうショウコ、そなたに感謝を」
「そんなに畏まらなくて良いって。折角だから少し街を歩いてみようか? 何か面白い物があるかも知れないよ?」
「ああ、そうだな……」


とりあえず私達は、街を散策してみる事にした。
当ても無く、ただ歩くだけ……そんな他愛も無い時間だったが、何故か私はそれが楽しくてしょうがなかった。
違うと解っているとはいえ、タケルが生まれ育った街。
多少の違いはあれど、こうして彼の者が見ていたであろう物が見れた事が嬉しかったのだろう。
そうして歩いているうちに、私達はとある公園の前に差し掛かっていた。
何の変哲も無いただの公園……砂場や滑り台と言った遊具が並び、子供達が楽しそうに遊んでいる。


「子供は元気だね。私も小さい頃は、ああやって遊んだなぁ~」
「うむ、ああやって楽しそうに遊ぶ子供達を見ると、平和な世の中というのが本当に良い物だと思う」
「ねえねえ冥夜さん、冥夜さんは小さい頃どんな遊びをやってた? やっぱり定番の鬼ごっことか、かくれんぼとか?」
「う~む……残念ながら私は……ッ!?(な、何だ!? 急に頭が……クッ!)」


公園で遊ぶ子供達を見ていた私に、突然頭痛の様な物が襲ってきた。
痛みに目を閉じ、何事かと考えていた私の脳裏に、小さな男の子と幼い頃の私が遊ぶ光景が過ぎってくる。
何だこれは、こんな事は身に覚えが無い。
そもそも私は、幼少の頃より姉上の影として教育を受け、この様に同年代の者と戯れる日々を送る事が出来なかった。
こうして遊ぶ事など出来なかった筈なのだ。
だが、頭に浮かぶ幼い私は、楽しそうにその少年と遊んでいる。
一体これは―――


『―――さん! 夜さん!! ねえ、冥夜さんってば!!』
「……す、すまん」
「大丈夫? 顔色が悪いよ? もう、体調が悪いんだったら、言ってくれれば良いのに……」
「いや、大した事は無い。少し昔の事を思い出してボーっとしてしまったようだ。心配をかけた、本当に申し訳ない」
「……なら良いけど。ねえ、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「ごめんね。病み上がりなのに今日は付き合わせちゃって……」
「こちらこそ申し訳ない。折角無理を言って連れて来て貰ったというのに、不甲斐無いところを見せてしまったようだ。もう大丈夫だから安心してくれ」
「……ちょっと休憩しよう。私何か飲みもの買ってくるから、そこのベンチで待っててよ」
「いや、私の事を気遣ってくれているのなら大丈夫だ。それにショウコ、飲み物なら私が……」
「ダ~メ! 良いから冥夜さんはそこで座ってて、すぐ戻るから」
「……解った。すまぬなショウコ、世話を掛ける」
「気にしないで、それじゃ行ってくるね」
「ああ……」


私は彼女に言われるがまま、公園のベンチへと足を進めた。
そこに腰をおろし、彼女が帰って来るまで改めて先程脳裏に浮かんだ出来事を思い出してみるが、やはり合点が行かない。
そもそも私が生まれ育ったのは京都であり、今の帝都へ移り住んだのは京都がBETAによって侵攻を受けたからだ。
横浜のこの地、今私が居る公園によく似た場所が在ったとも考えられるが、残念ながらそんな記憶は何処にも無い。
それ以前に同年代の子供と遊ぶ事すら許されなかった私が、こうして目の前の子供達の様に振舞える筈も無かったのだ。
一体あれは何だったのだろうか?
考えても考えても一向に答えは見つかる筈も無く、次第に不安や恐れと言った感情が私を支配し始めて行く―――


「―――止めよう。これ以上考えても、悪い方向へと思考が偏るだけだ。それにこれ以上ショウコに心配をかける訳にも行かん」
『どうしたお嬢さん? 何か悩みごとかね?』


思考を切り替えようとした矢先、不意に声を掛けられた事に気付いた。
気付くと目の前には杖をついた御老人がおり、じっとこちらを見据えている。


「いや、スマンな。齢を取るとどうしても余計なお節介を焼きたくなるもんなんじゃ。驚かせて悪かったのう」
「い、いえ。その様な事はありませぬ……あの、御老人」
「何かね?」
「そんなに悩んでいるように見えましたでしょうか?」


何故か私は、率直に浮かんだ疑問をその人物に投げかけていた。
そして御老人は、軽く笑みを浮かべながらこう答える。


「何故じゃろうな……まあ、何となくそう感じたんじゃよ。さっきも言った通り、年寄りのお節介と受け取ってくれ」


恐らくこの答えは嘘だろう。
ただのお節介焼きの御老人ならば、こうも簡単に人が悩んでいる事を言い当てる事など出来ないといえる。
それにこの御老人は只者ではない。
いかにもその辺りに居るただの老人を演じているが、明らかに普通の人物とは異なった気配を感じる。
発する気とでも言えばいいのだろうか?
それがひしひしと伝わってくるのが解るほどだ。
これ程までの気を感じさせる人物は、私の知る限り師匠である“紅蓮 醍三郎”ぐらいしか居ないほどに―――


「では御老人、ただのお節介焼きだと仰る方から、何故それほどまでの威圧感を感じるのでしょうか? こう見えても私は多少なりとも剣の心得があります……返答次第によっては―――」
「ほう、このワシの剣気を読めるか……じゃが、それが何に向けて発せられておるかを読み取れぬようでは、お前さんもまだまだじゃな!」
「―――えっ?」


そういった直後、御老人は更なる気を発し、私のすぐ後ろに在った茂みを睨みつけた。


「いい加減隠れてないで出てきたらどうじゃ? お主らの邪な気配など、このワシには手に取るように解るぞ!!」
「一体それは……はっ!?」


御老人が激昂した直後、私はそれが誰に向けて発せられた物なのかを理解した。
茂みの中から現れたのは、全身黒づくめのスーツを着込んだ者達。
数はざっと三人と言ったところか?


「お前達は一体何者だ!?」
「答える義務は無い。さて、爺さん。怪我をしたくなかったら、そこをどきな。俺達の目的は、お前が庇っている女だけだ。それ以外に用は無い」
「フン! 若造が、口の利き方がなっとらんのう。そんなんでホイホイと付いてくる女子はおらんぞ?」
「口の減らない爺だな……構わん、やれ!」


リーダーと思われる男が部下に指示を出し、その者が懐に隠していた銃を御老人に向けて突き付ける。
恐らく相手はプロに違いない。
この距離で外すなどという事は、先ず考えられないだろう。


「や、やめろ!」
「残念だがそうはいかん。どの道、目撃者は始末するに越した事は無いからな」


男がそう言い終わると同時に響き渡る銃声。
だが、それは御老人に命中する事は無かった。
銃声が響いた直後、なんとこの御老人はその弾丸を杖で弾き飛ばしたのだ。
いや、正確には杖ではない……杖の形をした刀、通称仕込杖と呼ばれる物で―――


「な、弾丸を弾いただと!?」
「残念じゃったな。ワシの心眼を以ってすれば、これぐらいの事は朝飯前じゃ……このリシュウ・トウゴウ、老いたとはいえ貴様等の様な若造に取られる命は持ち合わせておらん! さあ、我が刀の錆びになりたい者は掛かって来いっ!! 全てこのワシが斬り伏せてくれようぞ!!」
「クッ、何をしている。相手はただの爺一人だぞ!? おいお前ら……えっ?」


サングラス越しではあるが、相手が驚愕の表情を浮かべているのが解る。
普通に考えれば共にいた仲間が急にその場に倒れ込めば、誰だって驚くに違いないだろう。
だが、私は何故その者達が倒れたのかを知っていた。


「無駄じゃよ……そやつらは既に気を失っておる」
「なん、だと?」
「そなたは見えていなかったのか? 先程この方が刀を抜き、弾丸を弾いた直後、そのままたった二振りでその者達を仕留めたのを……」


私はリシュウ殿の剣技に目を奪われていたと言っても良い。
まさに一撃必殺と言わんばかりの一撃だった。
剣で銃弾を弾くまでの速度、そのまま踏み込み唐竹で一人目を、そしてそのまま右斬り上げで二人目を仕留めるまでの一連の動作。
その動きは神速と言って良いほどの物であり、私も辛うじて目で追えた程の動きだった。
一の太刀を疑わず、または二の太刀要らずと言われるこの流派、それは間違いなく示現流と呼ばれる剣だ。
私自身、この目で見るのはこれで二度目だが、以前ブリットに見せて貰った物に比べれば鋭さはこちらの方が上だと言える。


「御見逸れしましたリシュウ殿。これ程の剣技を直に見れるとは、この御剣 冥夜、感服いたしました」
「いやはや、やはり若い娘さんにそう言われるのは嬉しいのう……まあ、冗談はこれくらいで良いじゃろう。さて、お主には聞きたい事がある。素直に白状するならば痛い思いをせんですむのじゃが……どうじゃ?」
「クッ、はいそうですかって言うとでも思ってんのか!? やれるもんならやってみやがれ!!」
「やれやれ……では、リシュウ・トウゴウ……参るっ!!」


刀を構え、再び一撃必殺の剣を振るうリシュウ殿。
峰打ちとはいえ、受けてしまえば骨折は免れないであろうその一撃。
男はその鋭い打ち込みに対し、回避する事も出来ずにいる。
可哀想な事とはいえ、自らが招いた結果だ。
同情の余地は無いと悟っていた私だったが、その直後に逆に驚かされる事となった―――


「な、なんじゃと!?」


私もリシュウ殿も何が起こったのか理解できずにいた。
間違い無くリシュウ殿の剣は、男の肩口に向けて振り下ろされていた筈だった。
だが、鈍い音が響いた直後、刀身は男に届く事無く空中で止まっていたのだ。


「何故刀が……?」
「どうやらとんだ隠し玉が居た様じゃ……姿を消して奴を守った者がおる」
「ふう……念のために連れて行けと言われていたが、本当に役に立つとはな」


先程までとはうって変わり、余裕の表情を見せつける男。
そして、姿を現わす異形の者達。
それは全身を金属で出来た鎧の様な物で身を包み、ゴーグルの様な物で表情を隠した存在だった。


「さあ、ナンバーズどもよ。その女を捉えろ……爺の方は殺しても構わん」
「了解」
「ナンバーズじゃと? では、そやつらはシャドウミラーの!?」
「詳しい事は俺も知らん。さて女、ここで取引だ。爺の命が惜しくば、素直に我々と共に来い……抵抗すればどうなるか、解るな?」
「クッ、卑怯な……」
「いかん! いかんぞお嬢さん!! ワシの事はいい、すぐにここから逃げるんじゃ!!」
「減らず口を……どうやら見せしめが必要なようだ。やれ!」
「や、やめろ! 解った言うとおりにする……だからリシュウ殿を解放してくれ」
「駄目じゃ! ワシの事は良いから逃げ……うぐっ!」
「なにをする! 私は言うとおりにすると言った筈だぞ!?」
「五月蠅いから黙らせただけだ。これくらいで死にゃしねえよ……さて、一先ず退散だ。行くぞ!」
「リシュウ殿! リシュウ殿!! 目を開けて下さい!!」
「ナンバーズ、その女も黙らせろ! こう五月蠅いと目立つ……」
「了解」
「グッ……リ、シュウ……殿―――」


私は腹部を殴打された事により、そこで意識を刈り取られそうになっていた。
朦朧とする意識の中、ショウコの叫び声が聞こえた様な気がしたが、私はそれに応える事も出来ず、ただ成すがままにその者達に拉致されてしまったのである―――





《syouko side》



私は飲み物を買い終え、冥夜さんの待つ公園へと急いでいた。
周りに飲み物の自販機が無くて、少し離れた所まで買いに行くハメになったのは誤算だったな。
それにしても冥夜さん、大丈夫かな?
凄く苦しそうな顔してたけど、今日は悪い事をしたかもしれない。
折角お友達になれた事だし、親睦を深めようと思って企画した今日の計画だけど、相手の事をもっと尊重しなかったのはダメだったよね。


「う~ん、やっぱり心配だなぁ……きちんとしたお医者さんに見て貰った方が良いんだけど、この世界の人じゃないから保険証とかも無いし、診察料がいくらになるか解んないしなぁ……って、何こんな時までお金の事心配してんのよ私! お兄ちゃんに聞かれたら、またケチだとか言われるに違いないわ」


そんな事を一人呟きながら公園を目指していた時だった。
公園のある方向から『パン』という乾いた音が聞こえたのは―――


「今のって、銃声? なんでこんな所で……まさか冥夜さんの身に何かあったんじゃ!?」


なんであの時彼女を一人にしたんだろう。
よくよく考えてみれば、冥夜さんは何者かに狙われてもおかしくない存在だと聞いてる。
異世界からの転移者、それが何を意味するかは私だって十分理解している筈なのに。
私は酷い胸騒ぎを覚え、急いで公園に向かう事にした。
ただただ彼女の無事を願い、この胸騒ぎが私の気のせいであって欲しいと願いながら―――




―――公園に着いた私の目に飛び込んできた物、それは何者かによって誘拐されそうになっている冥夜さんだった。
こんな時に限って的中してしまう私の勘の良さが本当に恨めしい。
だけど、そんな事を考えるのは後回しだ。
私は彼女を追いかけようと走ってみたけど、ここからじゃ到底間に合わない。
それでも諦めてなるものかと、彼女の名前を叫んでいた。


「冥夜さん! ちょっとあんた達、冥夜さんを放しなさい!!」


でもその行為は無駄に終わった。
誘拐犯達は私の声に耳も貸さず、そのまま車で走り去ってしまったのだ。
咄嗟に私は鞄の中から携帯を取り出し、その車のナンバーをカメラに収めた。
残念だけど、今の私にはこれぐらいしかできない。
このまま車を追いかけようとも考えたけど、流石の私でもあの速度に追いつく事は無理。
すぐに交番に向かって事情を説明し、警察に助けを請うのが一番手っ取り早いに違いない。


「う~……とは言うものの、交番って何処にあるのよ! 駅前? いや、110番の方が早い? あ~う~……とりあえず落ち着け私! 兎に角警察に……誰か倒れてる? あ~もうっ! こういう時に限って、なんで人が倒れてるのよ!!」


落ち着けと自分に言い聞かせていたけど、私はかなりパニックに陥っていた。
倒れてる人は別に悪くない、ひょっとしたら冥夜さんを助けようとして返り討ちにあった人かもしれない。
そんな考えもよぎった私は、先に倒れている人を助ける事にした。
後で気付かされた事だけど、この時は本当に驚かされたよ。
まさか倒れていた人が、私の良く知る人なんて思わなかったんだから―――


「―――大丈夫ですか……って、リシュウ先生!? なんで先生がこんな所に……? 先生、起きて下さい! 先生!!」
「う、ううん……おお、ショウコか? 久しぶりじゃのう」
「在り来たりなボケは良いです。そんな事よりも先生、一体何があったんです!? 私急いでるんです。だから早く答えて下さい!!」
「ハッ、ワシとした事が、あのような事で気を失うとは何という失態じゃ! こうしちゃおれん、すぐにあのお嬢さんを助けに行かねば……」
「あのお嬢さんって冥夜さんの事ですか? 何があったか知ってるんですね先生!?」
「なんじゃ、あのお嬢さんはお前さんの知り合いだったのか? スマン、ショウコ……ワシが不甲斐無いばかりに、あのお嬢さんを何者かに連れ去られてしまったんじゃ」
「連れ去られた? それって誘拐ですよね? 早く警察に連絡しないと……」


とりあえず私は、携帯から警察に通報しようと考えた。
理由は解らないけど、友達が訳の分からない連中に誘拐された以上、絶対に助け出さなきゃいけない。
だけど、それはリシュウ先生によって阻まれる。
何をするんですかって反論した私に対し、先生は相手が警察では対応できない存在かもしれないと告げると、さっき起こった事件の詳細を教えてくれた。
何でも先生は、知人の墓参りのために日本を訪れていたらしい。
偶然この公園の近くを通りかかった際、落ち込んだ表情を浮かべる冥夜さんを見かけたのが事の発端だったそうだ。
最初は老婆心から世間話でもして悩みを解決してあげようと考えていたらしいんだけど、公園に踏み入った際に妙な気配を感じたらしい。
そこで先生はそいつらを追い払おうと考えていたんだけど、結果的にそれは失敗して冥夜さんを連れ去られてしまったという事だった。


「ショウコ、あのお嬢さんが何者かに狙われるような理由、お前さんに何か心当りは?」
「ない、と言いたいところですけど、実は大ありなんです……実は冥夜さんはこの世界の人じゃなくて、簡単に言うと異世界から飛ばされて来てしまった人なんですよ」
「……なるほど、ならば合点がいった。実はな、彼奴等があのお嬢さん、冥夜さんといったか……彼女を捉えようとした際、シャドウミラーのナンバーズが現れたんじゃ。あやつらを率いておった男は、詳しい事は知らされていないと言っておったが、恐らく今回の事件の首謀者は、シャドウミラーの残党か何かじゃろう」
「冥夜さんが狙われた理由は、異世界からの転移者……つまり、次元転移に関する何かを知っていると考えてって事ですか?」
「その可能性が高いじゃろうな……やれやれ、歳は取りたくないもんじゃ。たとえ仕込杖だったとしても、あんな物が潜んでいる事さえ読めておれば刀を受け止められる事も無かったというのに……」
「過ぎた事を嘆いても仕方が無いですよ。今は冥夜さんを助け出す事を考えないと……」
「そうじゃな。ここは一先ずワシの弟子達と合流するとしよう。そろそろ日本に着く筈じゃ、お前さんとコウタから預かった物も一緒にな」


先生の言った弟子達、それはゼンガー少佐とレーツェルさん達クロガネクルーの人達の事だ。
そう言えば今日は、改修を終えたカイザーとGサンダ―ゲートを乗せてクロガネの人達がうちに来る事になっていたのを忘れていた。
それよりも今は、冥夜さんを助け出す事が先決だ。
この時私は、久しぶりに本気で怒っていた。
折角友達になれたんだもの、私達の友情を引き裂こうとする奴には、お仕置きが必要だよね。
そして私とリシュウ先生は、冥夜さん救出の協力を得るため、クロガネとの合流地点である横浜港を目指すのだった―――




あとがき


第68話です。

相変わらず執筆速度が遅くてすみません。
実は今回のお話ですが、遅くなった事に理由があります。
当初考えていたプロットがあったのですが、内容に妙な点があると感じたために大幅な修正を施す事になりました。
それを考え直していた事もあったのと、一話丸々書き直すという行為を何度も繰り返していたために結果としてこれ程間が空く事となりました。
出来れば御理解頂ければと思います。


実はボツネタとして、ジャーダ夫妻宅で冥夜の歓迎会が開かれる事となり、彼女が料理に挑戦するというシーンがありました。
EX世界での彼女は料理が壊滅的にダメという描写がありましたが、それをオルタ風にアレンジし、盛り込んでみようかと思ったのですが……結果的に失敗に終わりました(苦笑)

あとは買い物に出かけた冥夜とショウコがバルジャーノンならぬバーニングPTをプレイする……という様なネタもあったのですが、これもあえなく失敗に終わりました。


そんな感じで内容的にはあまりにも普通になってしまった気がします。
これは完全に私の力量不足ですね。
さて、それでは次回は後編をお届けします。
クロガネ隊ファンの皆様、お待たせしました。
いよいよ満を持して彼らの登場ですので楽しみにお待ち下さい。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第69話 導かれた悪意(後編)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2011/01/20 23:44
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第69話 導かれた悪意(後編)





《syouko side》



あれから数時間後、私とリシュウ先生は横浜港で迎えの船に乗り、クロガネへと到着していた。
この船の人達と会うのも久しぶりだけど、再会を喜んでいる暇は無い。
兎に角今は、攫われてしまった冥夜さんを助け出すのが最優先だからだ。
冥夜さんが拉致された際、一番近くに居たのは先生だし、何よりも詳細を一番理解しているのも先生なのだから当然だと言える。
そういった理由から先に先生がブリッジに赴き、事情を説明してくれている間、一先ず私は格納庫にある愛機の下へ向かう事にしたのだった―――


「―――改修を受けたって聞いたけど、一体どこがどう変わったのかな? 見た目は何処も変わって無いみたいだけど……」
『基本的に外観に手は加えてないよ。それに装置そのものはそっちじゃなく、カイザーの方に搭載してるからね』
「あ、オオミヤ博士。博士もこっちに?」
「ああ、今回俺もレーツェルさん達と共に向こうへ行く事になった。キョウスケやリュウセイ達の事も気になるし、何よりも彼らの機体修復には専門家は多い方が良いだろうと思ってな」
「なるほど……」


“ロバート・H・オオミヤ”博士、現在はテスラ・ライヒ研究所において“安西 エリ”博士と共に超機人の研究を行っている科学者だ。
よくよく考えてみると、私は博士とこうして二人だけで話をするのは初めてかもしれない。
尤も知り合ってそれほど月日が経っている訳でも無いわけだから、当たり前って言えば当たり前なんだけどね。


「そういえばさっき専門家は多い方が良いって言ってましたけど、向こうに行くのは博士だけなんですか?」
「俺の他に向こうへ赴くのはリシュウ先生、それからマリオン博士と安西博士だな。後、アズマ博士も御同行すると聞いているが……」
「私は一応反対したんですけどね。でも、何かあった時のためについて行くって聞かないんですよ」
「なるほどな。だが、こちらとしては博士に御同行して頂けるのは心強いんだ。本当はカークにも同行して貰う予定だったんだが、色々と理由があってな。正直言って俺とマリオン博士だけじゃ心許無いんだよ」
『あら、私が付いて行く事がそんなに御不満なのかしら?』


声のした方に振り返ってみると、案の定そこに居たのはマリオン博士だった。
眉間にシワを寄せ、睨むような目でこちらを見ている。
多分、オオミヤ博士の言った事に対して怒ってるんだろう。


「いえ博士、そういう訳じゃありませんよ。ただ、二人だけでは手が足りない可能性があると思っただけです」
「まあ、そういう事にしておきましょう。では、私は他にも仕事がありますのでこれで失礼させて貰いますわね」


それだけ言うと博士は、踵を返してその場を後にしていた。
確かにさっきまではあの人が居た様な気配は無かったんだけど、ひょっとして自分の事が話題に上がったのを感付いたんだろうか?
それってどんなエスパー? いや、この場合は地獄耳って言った方が正しいのかもしれない。


「ハミル博士が一緒に行かない理由、何となくだけど解りました。原因はマリオン博士ですね?」
「ああ、カークも一緒に行くって聞いた彼女が『私だけで十分です!!』って強引に突っぱねたんだ。尤もこちらの世界でも何が起こるか分からない以上、誰かが残る必要はあったんだが……」


多分これは私の想像だけど、マリオン博士の事だから『私のアルトとヴァイスをあんな男の手に委ねる訳にはいきません!』なんて言ったに違いない。
っと、こんなことを考えてたらまた博士が戻ってくるかも知れないわね。
変ないざこざに巻き込まれないうちにレーツェルさん達の所に行った方が良いと考えた私は、オオミヤ博士に別れを告げその場を後にしたのだった―――






『―――結論から言えば、彼らはシャドウミラーの残党ではない可能性が高い。恐らくリシュウ先生が見たという量産型ナンバーズは、過去に彼らと密接な関係にあった者がそれらを利用しているのだろう』


合流してから左程時間は経っていないにも拘らず、レーツェルさんは月に居るギリアム少佐に連絡を取ってくれていた。
相変わらずの手際の良さに私は驚かされるばかりだ。


「えっと、それってつまり……?」
「彼らは様々な勢力と関わりを持っていたが、中でも一番密接な関係を取っていた者達が居る……この世界においてのパトロンとも言える者達がな」
「戦争を上手く利用し、様々な勢力に自社の製品を売り込んでいた輩……イスルギ重工じゃな?」
『その通りです。最近、とある筋から得た情報なのですが、どうやら奴らは過去にシャドウミラーから量産型のナンバーズを借り受けていたらしく、それらを用いてまた何かを企んでいるらしいのです』
「連邦が再び新政権に移行したこともあり、奴らはそれらに何かを提供する代わりに自らの行いを黙認させている……という訳か」
『そうだ、ゼンガー。近々結成されると噂のある大統領直轄の部隊、それと並行する形でイスルギは、独自の私設武装集団を作ろうとしているらしい。恐らくはその下準備も兼ねているのだろうと考えられるが、恐らく実行犯は彼らでは無いだろう』
「何故、そう言い切れる?」
『今回の一件に関してイスルギは、何らかの形で協力しているに過ぎないという事さ。たとえ政府が彼らの行いを黙認していたとしても、公に事を起こしてしまえばそれを庇う事は難しくなる……そう言った経緯から踏まえ、第三者を上手く誘導して事に当たらせているんだろう』
「なるほど、状況次第によっては、その第三者を切り捨てる算段というわけじゃな……あくどいやり口じゃのう、まったく」
「でも、なんで冥夜さんが攫われなきゃならないんですか? そう言った事に関して、彼女は何の関係も無いと思うんですけど」


イスルギ重工の悪巧みと冥夜さんの存在、これだけでは何の関係があるのかサッパリ解らない。
私はほぼ一般人とも言える立場だし、そういう込み入った事情に関して疎いのも理由の一つだ。
それに独自の私設武装集団なんて、そんな物を作って一体何をしようっていうのよ。
まさか、それを使って戦争根絶のために戦う……なんてワケ無いよね。
そもそもイスルギ重工は、どちらかといえば戦争をなくす事よりも、それを煽っている様な会社だし……


『彼女が狙われた理由……それに関しては、心当りが無い訳でもない』
「どういう事だギリアム?」
『恐らく向こうは、その少女が異世界からの転移者だという事実を突き止めている筈だ。それを踏まえた上で考えられる原因……それは今から約二百年以上も前に発表された論文に関係している可能性がある』
「随分と昔の話じゃな? して、ギリアム少佐、何故その論文とやらが彼女を連れ去る理由に繋がるのかね?」
『この論文は、今回の一連の転移事件を調べるうちに部下が偶然発見した物です。その論文に書かれた理論、それは因果律量子論と呼ばれる物……当時の学界に発表した人物は“ユウコ・コウヅキ”という名の物理学者でした』
「ユウコ・コウヅキだと? まさかその人物は……?」
『ああ、恐らくこの世界のミス香月だろう。その論文には、並行世界の存在や並列世界間の因果の相互的やり取りを媒介とする存在についての記述が示されていたんだ』


因果律量子理論……私にはそれが一体何を意味する物なのか、これっぽっちも理解出来ないでいた。
元々物理はあまり得意な方ではないし、そんな大昔に発表された論文であるにも拘らず、学生である私が知り得ないという事はそれほど有名ではない物なんだろう。
でも、ギリアム少佐やレーツェルさん達は、そんな私の事などお構いなしに話を続けて行く―――


『―――これは私の憶測でしかないが、イスルギ重工側も何らかの形でこの論文を知り得ていたに違いない。そして、その御剣 冥夜という少女が異世界からの転移者である事実。それらを統合し、因果の相互的やり取りを媒介する存在である可能性に気付いたんだろう』
「では、彼らは彼女を利用して数多の並行世界への扉を開こうと企んでいるのか?」
『それは何とも言えないな。だが、ただの人間にそんな力があるとは思えん。尤も私自身、転移を経験した事はあっても、私個人の力のみでそれを達成した訳ではないからな』
「システムXNや時流エンジン、オーバーゲートエンジンの様な物を用いない限りは不可能という事か……」
『ああ……そして、並列世界同士を隔てる次元の壁は、そう簡単に開けるものではない。たとえ開く事が出来たとしても、時空の捻じれに巻き込まれ、下手をすればそこから出る事すら叶わないのだからな』


確かにロアもそう言っていた。
同一世界間の空間転移は、転移座標周辺にそれ相応の空間が確保できていれば可能だけど、世界間を渡る転移の場合は難しいと……


「でも、あいつらがそれらを何とか出来る方法を持っていたらどうするんです? その可能性が高いからこそ、冥夜さんは攫われたんじゃないんですか?」
『否定できんな……何分様々な勢力と関わりを持っていた企業だ。空間転移装置に近い物を有している可能性は高いかも知れん』
「だったら、早く冥夜さんを助けに行かないと!」
「落ち着きたまえショウコ。今、ギリアム達が全力で捜査に当たってくれている。もう暫く辛抱するんだ」
「……はい」


レーツェルさんの言うとおりだ。
ここで焦ったとしても、今はまだ何もすることは出来ない。
正直私は、無力な自分が歯痒くて仕方が無かった。
何故あの時、私は彼女を一人にしてしまったのだろう。
原因の一端は私にもあるんだ。
だから事を焦って仕損じてはいけない。
そういう結論に至った私は、ただひたすら冥夜さんの無事を祈っていたのだった―――






《meiya side》



あれからどれだけの時間が経過したのかは解らない。
手荷物の殆どは没収され、私は先程の男達のリーダー格の者によってとある場所へと連れて来られていた。
そこは西洋風の応接室といった感じの部屋であり、中には他に二人の男が居る。
一人は軍服の様な物に身を包み、容姿は初老の男性といった感じだろうか?
そしてもう一人……この人物は、私が部屋へと入るなり、まるで獲物を狩る獣の様な目付きでこちらを睨んでいる。
恐らくは護衛か何かなのだろうが、明らかにこちらを威圧している様な様子だ。


「……ご苦労だった少尉。お前は外で待機していろ。話しが終わり次第、また声を掛ける」
「ハッ、それでは失礼します、中佐」


命令された男が退出した事を確認した中佐と呼ばれた男は、そのまま目線をこちらに向けると、何も言わずにただこちらを見つめている。
こちらの出方を窺っているのか? それとも何かほかに考えがあっての事か? 疑問は尽きないが、このままでは埒が明かん。
気付けば私は、先に口を開いていたのだった―――


「―――こんな所に連れて来て、一体私をどうするつもりだ? 悪いが、私には何の価値も無いぞ?」
「貴様に価値が無いのならば、こんな所に連れてきたりなどはしない」
「では、何のために私をここに連れて来た? それ相応の理由があるのならば、答えて頂きたいものだな」
「我々は以前より、とある目的の為に行動している。その目的達成のためには、貴様という存在が必要不可欠なのだ」
「その目的のために私を攫ったのか? だとすれば、それは無意味だな」
「それは、自分自身に何の価値も無いから、という事だからか?」
「そうだ。それに協力を求められたとしても、この様な手段を用いて来る輩に対して私は手を貸すつもりなど毛頭ない」
「なるほどな、貴様の言い分はよく解った。だが貴様の存在は、この世界のミリタリーバランスを崩せるだけの価値があるのだ。我々としても貴様をこのまま解放するつもりはない」
「何っ? 一体それはどういう意味だ……」
『その事に関しては、私から説明させて頂きますわ』


理由を問い質そうとした矢先、それはとある者の声によって遮られた。


『初めまして、先ずはこの様な所に御足労頂いて申し訳なかったと謝罪させて頂きますわね』


声の主、恐らく相手は女性だろう。
部屋中を見渡してみるが、該当する人物は見当たらない。
そして、男の背後にあったモニターに電源が入り、そこに音声のみを示す表示が映し出された。
恐らく相手は、姿を現わさずに外部からこの者達とのやり取りに参加しているのだろう。


「謝罪をするならば姿を見せてはどうだ? 声だけでは、そなたが本当に詫びを入れているのかなど信用できん……」
『あらあら、なかなか手厳しいですわね。ですけどお嬢さん、言葉には気をつけた方が宜しくてよ? ほら、何と言ったかしら……貴女を保護して下さっている御夫妻は』
「なっ!? そなた、彼らに一体何をした!? 事と次第によってはただでは済まさんぞ!」
『今はまだ何もしてませんわよ。でも、それは貴女の心掛け次第……とだけ言っておきましょう。御自分の立場を十分に理解される事ですわね』


なるほど、ジャーダ殿達御夫妻は人質という訳か。
これでは脅迫を受けているのと大差ない。
それ以前に、私を保護してくれた方々の事を知っている以上、私がどういった存在なのかを相手は知り得ている可能性も高いな。
ジャーダ殿達やショウコ達以外の人達と接点があった訳でも無く、何故外部に私の事が漏れていたのかが気になるところだが、それはこの際置いておくしかない。
今は相手の出方を確認し、その上で有効な手段を考えねばならないのだ。


「それで、そなた達の目的は何だ? 一体何故私をここへ連れて来た?」
『簡単な事です。我々の目的の為に貴女の持つ知識が欲しいだけ……欲を言えば、貴女の乗っていたロボットも欲しいところですが、この際それは除外する事にします。あまり欲張っても良い事はないですからね』
「私の持つ知識? この様な小娘の持つ知識が役に立つとは思えんが?」
『フフフ、まあ良いでしょう。それに関しては、後でゆっくりと聞かせて貰えば良いだけですから……さて、貴女は“因果律量子論”というものを御存じかしら?』


それは突拍子もない問いかけだった。
因果律量子論……詳しい事は知らないが、確か香月副司令が提唱する理論だったと記憶している。
それが何故、今この場に必要な問いなのか?
それに関して私は、まるで理解出来ないでいた。


『この理論はかつて、今から二百年以上前にこの世界のある科学者が提唱した物ですわ。その内容は、当時の学界では受け入れられる事は無く、今もなお大きな評価すら受けていません。ですが、この理論が正しかった事が近年明らかにされつつあります……それを証明する存在、貴女もその一人だということなのです』
「そなたの言っている意味が良く解らん。何故、私がそれを証明する存在となりうるのだ?」
『この理論は並行世界の存在、そしてそれらの様々な並行世界が何らかの事象によって接続された際、そこに存在する因果の相互的やり取りが行われる可能性がある事を示唆していました』


まさか、私がそれを証明する存在だとでも言いたいのか?
それ以前に、その様な荒唐無稽な話を信じろというのに無理がある。


『あら、どうやら貴女もこの話を馬鹿馬鹿しい物だと感じているようですわね? 良いでしょう、少し話題を変える事にしますわ……少し前の事になりますが、この世界に以前現れたモノとは異なる何かが出現しました。それは明らかにこちらの世界には存在し得ないモノ、その後もそれらは度々この世界に出現しています。そして、それとは逆にこの世界より消えてしまったモノもあるのです』
「何が現れたり消えたりしているのか知らぬが、それが一体何だというのだ?」


私は疑問を投げかけるが、相手はこちらの言葉など無視し、再び話を続けて行く―――


『―――では、何故その様な物が現れる事になったのか? それは異なる世界間の扉を開いた者が居るからだと私は考えていますの。そしてある時、一人の人間がこの世界へとやって来た……もう御理解頂けていますわね? 貴女は何故、この世界に現れたのかしら?』
「何故と言われても解らん。私がこの世界へやって来たのは、ただの偶然だ。来たいと思って来た訳ではない」
『なるほど、貴女は自分の意志に関係なく、巻き込まれる形となってこちらへ転移してきたという訳なのですね?』
「くどいぞ! 自分の意志で世界とやらが渡れるのならば、私は直ぐにでも元の世界へと帰っている!! 残念だが、私にそんな力は無い……」
『そうですか……では、もし私どもに貴女を元の世界に戻して差し上げる事が出来るかもしれない、と言ったらどうします? 尤もこれには、貴女の協力が必要になるのですが……』
「たとえ在ったとしても、ただで帰すという訳ではないのだろう? 悪いが、そなたの話しはどれもこれも信憑性に欠けるものばかりだ。しかも、人質まで捕っての話し合いなど、もはやそれは交渉とは呼べぬ」
『まあ、それでは私がただの悪者みたいじゃありませんか? そんな言われ方をしては、少々落ち込んでしまいますわね』
「この期に及んで、まだそのような事を言うか……」
『先程も申しましたけど、貴女も御自分の立場をもう少し理解した方が宜しくてよ? ですが、こちらもあまり酷い手段を執りたくは無いとだけ伝えておきましょう。時間はまだたっぷりとある訳ですし、もう暫くそこでゆっくりと考えて頂いて結構ですわ。では、一先ず私はこの辺で失礼させて頂きますわね。何分多忙な毎日を送っておりますので……それではロレンツォ中佐、後の事はお任せしますわね』
「お、おい! 待て!! 話はまだ……クッ、勝手な事を次から次へと……」


一先ずこれで、彼らが何のために私を拉致したのかが解った。
どういった経緯で私が異世界からの転移者である事実を突き止めたのかは解らぬが、この者達は私自身がそれを行ったと考えている様だ。
勘違いもいいところだが、それを説明したところで今の私には何も証明できるものを持ち合わせてはいない。
この場にロア殿やキサブロー殿が居れば話は変わったかも知れぬが、それでは逆に元の世界へ戻る方法が存在する事実を知られてしまう。
八方塞とはまさにこの事だ……現状でこの場を打開するには、何とかして逃げるより手がないだろうが、恐らくそれも無理だと言える。
その理由は、先程から一言も口を開かぬもう一人の男が原因だ。
中佐と呼ばれた男の護衛だと思っていたが、この者は私を逃がさないためにこの場に居るに違いない。
それが証拠に男は、一向に私から目を逸らそうとはしないのだ。
常に威圧し続け、妙な動きをすれば即座に取り押さえれるといった気配がひしひしと伝わってくる。
だが、相手の要求を呑もうにも、私自身にはその様な力があるとは思えない。
答える術も無い私は、そのまま黙りこむほか無かったのだった―――


「―――我々が、何故貴様を欲していたかがこれで解っただろう? 正直言って、私も彼女から話を持ち掛けられた際、その様な力を持つ人間が居るとは考えてはいなかった。だが、もしその話が本当で、我々が空間転移技術を有する事が出来るのならば、我等の悲願達成に重要な意味を成す事になるのだ」
「悲願達成だと? 一体そなた達は、何を望んでいるのだ?」
「我等の悲願、それはこの惑星の真の統一のみ……今現在の連邦政府を打倒し、ビアン総帥やマイヤー総司令の目指した世界を構築する事だ」
「度重なる異星人や謎の存在との戦いを終え、この世界はようやく平和を取り戻したと聞いた……何故、今の政府を打倒せねばならんのだ?」
「確かに今の世は、平和と呼べるのかも知れん……だが、現在の地球連邦政府を牛耳る者は、総帥や総司令の主張を己が欲望の為に上手く利用し、自分達に都合のいい様に利用しているのだ……その様な事は許されてはならん」
「そなたは、そんな事の為に転移技術を欲し、今の平和な世を壊そうとしているのか!?」
「壊すのではない。本来在るべき姿へと戻すのだ……今でこそ異星人の存在こそ公になっているが、かつて連邦政府の愚か者どもは、異星人達と戦う事を良しとせず、この星を売り飛ばそうとしていた……地球圏と人類の存続を図るためにな。そして、人々は今もなおその事実を知らされてはいない。現政府は、自分達のして来た過ちとも呼べる事実をひた隠しにしているのだよ」


その事実に対し、私は驚きを隠せなかった。
私が知っているのは、異星人との戦争が迫る中、DCと呼ばれる組織が人類統一や異星人に対抗しうる戦力を見出し、育てるために世界に戦いを挑んだという事のみ。
これらはジャーダ殿達に聞かされて知ったに過ぎないものだが、確かにこの様な事実を発表してしまえば要らぬ争いが起こるのは間違いないだろう。
だからと言って、平和を脅かして良い理由にはならない。


「確かにそなたの言うように、真実を隠している事は容認できるものではないかもしれぬ。だが、そう言った負い目があるからこそ、今の連邦政府は平和を築こうと努力しているのではないのか?」
「だが、真実を闇に葬り、民衆を欺いている事には変わりは無い。そして、再び異星人が現れた際、奴らは同じ事を繰り返さないとも限らん……それを阻止するためには、今の世界を変える必要がある」
「……私はこの世界の事を詳しくは知らぬ。だが、そなたの行おうとしている事は、そこで平和に暮らす人々を蔑ろにしているとしか思えん……現政権が如何なるものであったとしても、それに対し武力を以って接しては何の解決にもならぬ。何故、話しあいで解決しようとしないのだ? 武力を振りかざした上での交渉など、それはテロと何ら変わらぬではないか!」
「……これ以上、貴様と話していても無駄の様だ。我等の考えを理解しろとは言わん。だが、貴様の持つ力は利用させて貰う……話しは以上だ」
「クッ……」


そして私は、部屋から追い出されるように退室し、再び私をここに連れて来た男と共にその場を後にした。

聞かされて初めて知った事実、奴らの目的、正直言って全てを否定する事は出来なかったに近い。
真実をひた隠しにして来た政府の件は、彼らの言うとおり許される事ではないといえる。
しかし、だからと言って武力に訴えるだけでは、何の解決にもならないことも事実だ。
正当性を打ち出すのであれば、そう言った行為に出ずとも良い筈なのだが、恐らくはそれだけで解決し得ない所まで来ているのだろう。
だが、そのために関係の無い者達までもが巻き込まれてしまっては、結局のところ同じ事の繰り返しでしかないのだ。
今の平和な世界が続く事を願う者も大勢いるなか、それを壊そうとする行為を許す事は出来ない。
私が彼らに協力を拒むのは当然なのだが、今のままではそれを拒否し続けるのも難しいだろう。
それは、奴らの背後に居るであろう、あの声の主の存在だ。
一方的にこの場に連れて来られ、荒唐無稽な話を聞かされ、有無を言わさず従わせようとする行い。
声だけでは相手の表情も読み取れず、腹の探り合いを行う事も難しい状況だった。
恐らく、ショウコ達に出会う前の状況であったならば、喉から手が出る程の条件だったかも知れない。
尤も、素直に従ったかどうかは解らぬが、人は感情に左右されて道を誤る事もある故に何とも言えんが―――







「―――因果をやり取りできる存在、か……」


暫くして私は、独房と思われる場所へと連れて来られた。
そして一人になった私は、先程あの者が言っていた事を思い出していたのである。
果たして、本当にその様な者がこの世に存在しているのだろうか?
原因と結果、またはその関係を意味する言葉。
以前行った善悪の行為が、それに対応した結果となって現れるとする考えとも言われている。
それをやり取りできるという事は、すなわち様々な事象をコントロール出来る存在という事になるのだろう。
だが、そんな事が出来てしまえば、それはまさに神そのものといっても良い存在といえる。
残念だが、私はそのような者にはなり得ない。
やはりこういった哲学的な事は専門外だ。
せめてそれらを納得できるだけの何かを経験していれば話は変わっていたかも知れないが、それこそ無い物強請りに他ならない。
いや、待てよ……よくよく考えてみれば、何故私にはあの時の記憶があるのだ?
桜花作戦において死んだ筈の私、あの時私は一体何を考えていた?
もしあの時に考えていた事が原因となり、今の私が結果として現れていたのだとしたら、それは因果のやり取りを行った事になるのではないだろうか?
そうだとすれば、私はあの者の言うとおり、私は因果のやり取りを行った存在という事になってしまう。
記憶を引き継いでしまった事実、これは否定できないものであり、同じくあの世界での記憶を有するタケルや鑑、姉上もまた同様の存在である事になる。


「まさか、姉上が狙われた理由は……」


私がこの世界へと飛ばされる直前、シャドウミラーの兵士と思われる人物が発した言葉。
奴らもまた、先程の者の様に次元の扉を開く存在を求めていた可能性がある。
姉上と共に囚われた理由、もしそれが因果をやり取りできる者だったとすれば、確かに辻褄が合う。
私達は別世界の扉を開き、そこに存在する自分達の記憶を引き継いだという事なのであれば、確かに我らにはそう言った力があるという事の裏付けになるだろう。
あの公園で頭に浮かんできた記憶、ひょっとすればあれもまた別世界における私の記憶だったのかも知れない。


「クッ……!」


複雑な物が頭の中で絡み合い、完全に私は混乱してしまっている。
そんな事はあり得ないという考えと、起きてしまっている事象に対して気持ちの整理が追い付かない状況だ。
誰かに相談したいところだが、今の現状でそんな事を出来る相手などいる筈も無い。
自問自答を繰り返すしかなく、そしてパニックになり掛けていた私にこれ以上の結論を追い求める事は不可能だった。
そして落ち着きを取り戻そうとした矢先、再びあの頭痛が襲って来たのである―――


「―――うっ、こんな時に……今度は一体何だというのだ!?」


意識が遠退きそうになるほどの痛みと共に、視界が徐々に暗転し始めて行く。
再び私の脳裏に移る光景、そこは見慣れた場所であり、良く見知った人達が存在していた。
それは、平和な世界で私が仲間達と共に勉学に励む姿だったのである―――









あとがき


第69話です。


今回はあえて何も書かないでおきます。
クロガネ隊の活躍を楽しみにされていた皆様、彼らの活躍は次回に持ち越しとなりましたのでお詫びさせて頂きます。
それでは次回を楽しみにお待ち下さい。



[4008] Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION 第70話 因果律の番人
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2011/02/02 21:30
Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION

第70話 因果律の番人





《Raetsel side》




ショウコの友人である少女が攫われてから数時間、我々はこれといった手掛かりも掴めぬままの状態が続いていた。
ショウコが撮影した写真を照合した結果、少女拉致に使用された車は逃走を開始した地点から北へ向かったという事が判明している。
だが、山間部に入った所でその足取りは完全に途絶えてしまったらしい。
車も発見されていない事から恐らく、別の手段を用いて車ごと何処かへ移動したのだろう。
こちらも様々な方面よりアプローチを試みてはいるが、情報が得られぬままに時間だけが過ぎようとしていた―――



「―――艦長、ギリアム少佐から通信が入っています」
「解った……相手の所在が掴めたのか?」
『ああ、意外なところから情報が手に入った。正直言って出所はかなり怪しい物だが、それを基に今部下達に命じて裏を取らせている。恐らく情報に間違いは無いだろうな』
「出所を教えてもらえるか?」
『残念だが、詳細な出所は判明していない。中東辺りの個人サーバーを経由し、最終的にうちの部署へと届けられた物なのでな……恐らく、何者かが個人的な意志で情報をこちらに寄越したのだろう』
「罠という可能性は?」
『否定できん。だが、今はこの情報を信じるほか無いだろう』
「かも知れん……それで、その場所というのは?」


ギリアムより送られてきた情報、それを見た私は正直言って驚かされたと言っても過言ではない。
データを照合してみた結果、そこには廃工場が存在しており、ひと月ほど前からイスルギが主導となって修繕作業が行われる事が決定していた場所だったのだ。
そこそこの規模があり、工場区画には地下施設まで存在しているらしい。
だが、その程度の事ならば、私も驚きはしない。
私が驚かされたものは、そのすぐ近くに存在していた物の存在だ。
それは以前、カイ少佐やキョウスケ中尉達が訪れ、向こう側の世界へと飛ばされる発端となった施設。
なるほど、あの事件の際に施設を占拠していたテロリストは、この廃工場跡を根城にしていたという事か……全く以って灯台もと暗しとは、よく言ったものだと感心させられる―――


「―――まさか、これ程すぐ近くに彼らが潜んでいたとはな」
『キョウスケ中尉達が相手をしたテロリストの残党は、ほぼ間違いなくその廃工場跡に潜伏しているに違いない。伊豆基地司令も、その様な場所に自分達が躍起になって探している者達が居るとは考えてなかったのだろう』
「敵部隊の規模は分かるか?」
『すまないが、そこまでは調べる事が出来なかった』
「いや、構わんさ。ここまで調べ上げてくれれば、後は何とかしてみせよう。すまないなギリアム、忙しい最中にお前の手を煩わせてしまって。いずれこの礼はさせて頂く事にする」
『気にするな……と言いたいところだが、二つほどお前に頼みたい事がある』
「構わん、言ってみてくれ」
『先ずは一つ目だが、転移に関する手掛かりが掴めないかと思い、先程の崩壊した施設跡の調査をヴィレッタ大尉に頼んでいたんだ。出来れば、彼女も一緒に月まで連れて来て貰いたい』
「その程度の事ならばお安い御用だ。それで、二つ目は?」
『どちらかといえば、こちらの方が重要だ……実は最近になっての事なんだが、修繕用の資材に紛れ、工場跡に何かが運び込まれたらしい。詳細を掴む事はまだ出来ていないのだが、もしそれが私の考えている物だとすればかなり不味い事になる』
「お前がそれほどまでに警戒する物……まさかそれは!?」
『お前の察した通りだ。もしそうならば、相手は鍵と共に扉をも手に入れてしまった事になる』
「どうやら思っていたよりも事態は深刻なようだ。我々はこれより、急ぎそのポイントへと向かう事にする」
『本来ならば俺も同行するべきなのだが、こちらも今すぐに動ける状況ではない。すまんなレーツェル、面倒事を押し付けてしまって……』
「なに、お前が動けない分、我らが影となって動けばいいだけの事だ。気にするな友よ」
『そう言って貰えると助かる。ヴィレッタ大尉には、こちらから連絡を入れておく。恐らく彼女の事だ、救出作戦に協力してくれるだろう』
「それは助かる。では後日、月で会うとしよう」
『ああ……では、またな』


恐らく奴らが手に入れたであろう物、それは我らがテスラ研より預かっている物と同等の物だという可能性が高い。
どういった経緯でそれを手に入れたのかは解らんが、確かにこれを用いれば空間転移は行えるだろう。
そして、扉を開くために必要な鍵となるかも知れない少女。
全てが揃ってしまえば、手の施しようは無くなってしまう。
恐らく奴らの事だ、今回の一件で事が上手く運べば、間違いなくそれを自らのビジネスに応用して来るだろう。
そうなれば、再び世界は戦乱の渦に巻き込まれてしまうのだ。
何としてもそれだけは阻止せねばならん。
それが影として、この惑星を守ると決めた我等の務めなのだから―――







《Meiya side》



次々と現れては消えて行く記憶……いや、正確には、何もない世界でそれを見せられていると言った方が良いのかもしれない。
それには、これまでに自分が体験した事の無い物までが含まれている。
平和な世界で想い人や友人達と過ごす日々、BETAによって蹂躙される混沌とした世界で戦う日々など、様々なものが私の脳裏を駆け巡っていた―――


「……恐らく、これらは全て異世界における私自身が経験した記憶なのだろうな―――」


複数のそれが、テレビや映画に映るワンシーンの様に浮かびあがる様は、私自身を混乱させて行く。
そんななか私は、先程の女に言われた事を思い出していた。
“因果のやり取りを出来る存在”……それを意味する答えは、今まさに自分が体験している事そのものだ。
自分はそんな存在ではないと否定したいところだが、流石の私もこの様なものを見せられてしまえばそう納得せざるを得ない状況だと考えてしまう―――


「―――並行世界への扉を開く鍵……か。認めたくないものだが、やはり私という存在は……」
『残念だが、お前の考えは間違っている』
「っ!?」


自分という存在を肯定し、物事に向き合わねばならないと考えた矢先のことだった。
何もない筈の空間に漂う私に、語り掛けて来る謎の声。
急いで辺りを見回してみるが、周囲にはそれに該当する人影すら存在しない。


「幻聴……? いや、違うな……何処の誰かは知らぬが、教えて欲しい! 私という存在は、一体何なのだ!? 私の考えが違うというのなら、そなたはその答えを知っているのだろう!?」
『ああ……お前は因果の導き手でも無ければ、それをどうにかできる存在でも無い』
「では、一体私は何なのだ? 頼む、答えてくれッ!」


私は必死だった。
己の存在、そして何故この様なものが見えているのかという事実を、一刻も早く知りたかったのだ。
その答えを知る者が居るというのならば、是が非でも答えて欲しい。
そう考えた次の瞬間、辺りに映し出されていた映像が消え、一人の男が姿を現わしたのである―――


「―――そなたが、先程の声の主か?」
「そうだ、御剣 冥夜」
「私を知っているのか?」
「知っている。何故ならば、ここへお前を連れて来たのは、この俺だからだ」
「それはどういう意味だ!? そして、ここは一体何処だ!? 何故私にこの様なものを見せる!?」
「順を追って説明してやる……まず初めに、貴様が聞かされた因果の導き手という存在だが、確かにその様な存在が居る事は間違いない。だが、お前は因果導体と呼べる存在ではない」
「因果導体……それが、因果の導き手を指すのか?」
「そうだ。そして因果導体とは、因果の導き手であると同時に、複数世界に存在するその者自身の因果によって構築されている」
「では何故、今の私に他世界での自分の記憶が見えるのだ? そなたが先程申した複数世界に存在する因果がそうさせているのではないのか?」
「お前の場合は少し違う。お前自身に複数の因果が流れ込んでいる原因……それは、お前が元居た世界に対し、干渉した者が存在しているからだ」


私の世界に干渉した存在……その話を聞いた時、私は更に混乱してしまった。
だが、それと同時に安堵してしまったのも事実だ。
私が体験した一連の出来事は、私自身の力ではなく、男の言う存在の力だという事実が判明した事も理由の一つだろう。


「人が死を迎えると、その者がこれまでに築いてきた因果は、その世界とは違う場所へと誘われる」
「それが、私達の今居る場所だと言うのか?」
「ああ、そうだ。この世界を俺達は『因果空間』と呼んでいる」
「……という事は、今の私は死んでいるのか?」
「そうではない。一時的にお前の精神をこの世界へと呼び寄せたに過ぎん……話しを続けるぞ?」
「ああ、解った」
「この因果空間には、複数世界におけるその人物が経験した因果が記憶という形で集約される。そして輪廻転生を繰り返し、再び別の世界にて再構築されるのだ……それは、新たな人生の場合も在れば、異なる場合もある。だが、お前やお前の知る者達の場合は少し違う。お前達は、元々の存在に対し、意図的に集約された一部の因果を受け継がせた存在なのだ」
「だから我らは、以前の記憶を有しているというのだな?」
「先程も言ったが、お前達は再構築されたものではなく、干渉を受けた事により因果を受け継いだ存在だ。。そして、その存在に記憶に関する因子を与えられた事で密接に繋がっているため、一時的に因果のやり取りを行う事が可能になっているに過ぎない。よって因果導体と呼べる存在ではない」
「……概ね理解した。だが、私にはその様な者と繋がっている覚えは無い。そやつは一体何者なのだ?」
「……それは俺にも解らん。しかし、お前の記憶にない一連の出来事は、その干渉が原因でこの場に存在する因果が流れ込んできた事によるものだ。だが、急激に記憶が流れ込んできた事には他にも理由がある」
「他にも理由があるのか?」
「本来ならば因果空間への干渉は、俺達の様な存在でなければ行う事は出来ない。しかし、異なる世界同士を繋ぐ扉が開かれた際にのみ、僅かながら因果が外へと漏れ出す事がある。恐らくお前の場合は、無意識のうちにそれを引き寄せてしまっていたのだろう」


男が言うには、この因果空間に存在する様々な記憶は、漏れ出た際にその持ち主と同次元の存在の元へ引き寄せられていく傾向にあるらしい。
引き寄せられた因果は、その人物の深層意識内に留まり、その大半は夢か何かとして認識されるのだという。
そして、何らかの原因がファクターとなり、因果はその者があたかも経験したような記憶として表面化する。
その際に記憶の補間が行われ、己自身の記憶として引き継がれてしまうというのだ。
私の場合、先程の女に転移に関する事象と、それを可能とする存在の話しを聞かされた。
その後、何故自分が別の世界で経験した記憶を有しているのかを疑問に考えていた事で条件が満たされたに違いない。
恐らくそれが原因となり、漏れ出た因果が引き寄せられていたのだろう。


「そう言えば先程そなたは、因果導体とは複数世界に存在するその者自身の因果によって構築されていると言ったな?」
「ああ、その通りだ」
「では、その因果によって構築された者が行き着いた世界はどうなのだ? それもまた、そういった因果によって造られているのか?」
「そうだ。その辺りも説明してやる」


私が元々住んでいた世界を『Aの世界』、転移した先にある世界を『Bの世界』として例えた場合、それらを構築する要素は概ね似通った物らしい。
だが、そこに様々な因果が干渉する事により、異なる経緯を辿るそうだ。


「Aの世界においてBETAは、着陸ユニットと共に地球へ落着した。そしてBの世界においては、隕石が地球へと落ちた……すなわちこれは、それぞれの世界に何かが落ちて来るという因果によって引き起こされた事になる。そして異星起源種と異星人の襲来、これもまた何者かが地球へと現れるという因果に基づいた結果と考えられる」


私の世界において西暦1973年に中国、そして翌年の1974年にカナダへと落着した着陸ユニット。
そしてこの世界の西暦2012年にモスクワとニューヨークに落着した隕石……それぞれの世界におけるBETAやエアロゲイターと呼ばれる異星人の襲来。
確かにこれは、男の言うとおり非常に似通った事象だと受け取れる。


「俺達は、時間移動と並行世界移動を同義として捉えている。それは、時間分岐が起こる直前の世界に異なる因果が流れ込む事により、それぞれの事象を変動させることで結果的に時間を変化させることに繋がるからだ。」
「つまり、因果の移動が原因となり、Aの世界で先に起こった出来事は、必ずしもBの世界で同様の出来事になるとは限らないという訳だな」
「そういう事になる。時間分岐が起こる直前に流れ込んだ因果により、それぞれの世界は“極めて近く、そして限りなく遠い世界”へと形を変えるのだ」


並行世界についての概要……そこで起こりうる全ての事象は、全て因果と呼ばれるものによって決められるという事か―――


「―――何故、私にその様な話しをしてくれたのかを聞いても良いだろうか?」
「俺は“因果律の番人”の一人だ。お前にこれまでの話を伝えたのは、要らぬ混乱を避けるためと因果の乱れを修復するためでもある」
「そなたは、その修復を私にやれと申すのか?」
「本来ならば俺が自ら赴き、修復を行わねばならんのだが、今の俺は各世界に干渉出来るだけの因子が足りない。これ以上お前を通じて他世界での因果が漏れないようにする事も理由の一つだ。」
「それを防ぐ方法は?」
「お前が元々居た世界へ、出来るだけ早く戻る事だ。先程も言ったが、お前の持つ因子が基となり、それを通じて世界に危険を招くような因果が流れ込む可能性がないとも言えん。だからこれだけは言っておく……暫くの間、元の世界の事を考えるな」
「元居た世界の記憶が要因となり、こちらに不必要な因果を呼び寄せてしまうからか?」
「そうだ」
「だが、私が元の世界に戻った場合、私を通じてこちらの世界での因果が流れ込んでしまうのではないのか?」
「それに関しては問題ない。あちら側の世界での因果がこちらに流れ込む原因は、お前の持つ因子がそうさせている。それはいわば命綱の様な物であり、お前という存在を元の世界へ戻すための物でもあるのだ。よって、こちらの世界の人間でないお前を通じ、その因果が流れ込む事は無い」
「なるほどな。ならば、私を送り返してくれると言った者達が向こうへ行ったとしても、問題は無いという事か……」
「今のところはな……だが、因果とは極めて不安定なものだ。何を引き金に漏れ出すとも限らないという事だけは覚えておけ」
「解った。出来るだけ早く、元の世界へ戻れるよう努力させて貰う」


正直言って、ある程度の事実を知り得なければ、男の言った事全てを信用する事は出来なかっただろう。
全ての出来事が“因果”と呼ばれるもので決定付けられるのであれば、過去も未来もそれによって初めから定められたものになってしまうからだ。
そんな得体の知れない物によって、己の運命を決め付けられるのに納得がいく筈も無いのだ。
だが、これで殆どの疑問を解決する事が出来たといえる。
単に異世界から転移してきた人間を因果導体とするならば、過去に異世界から現れた侵略者達もそういった存在に繋がる筈なのだ。
恐らくあの女は、因果律量子論と呼ばれるものを独自に解釈し、曲解した答えを導き出したに違いない。
しかし、そう言い切れないのも事実だ。
因果のやり取りを行う事が出来る者を、彼女は扉を開くための鍵だと考えている。
今の私は、一時的にとはいえ、彼女の考えに当てはまる存在に違いは無い。


「……最後にもうひとつだけ、私の質問に答えてくれ。因果導体と呼べる存在に、並行世界間の扉を開く事は可能なのか?」
「それは無理だ。因果導体とは、簡単に言うなれば因果の運び屋とでもいえる存在だ。己の力のみで扉を開く事が出来る訳ではない。だが、そう言ったゲートは存在し、それにアクセスする事が可能な者も存在している事は事実だがな」
「私はこの世界に飛ばされる事になった時、そのゲートにアクセスしたのか?」
「いや、残念ながら、お前にはその様な力は存在していない。偶発的に巻き込まれただけに過ぎん。だが、因果導体は、文字通り因果の導き手だ。その者が持つ力を利用し、開かれたゲートの先に繋がる世界に関する因果を引き寄せる事は可能かもしれん」
「そうか……とりあえず礼を言わせてもらう。そなたのお陰で、様々な事を知ることが出来た。そなたに感謝を……」
「礼には及ばん。それが“因果律の番人”としての俺の務めであり、俺の意思でもある。お前が気にする事ではない……さて、そろそろ時間だ。良いか? くれぐれも俺の言った事を忘れるなよ?」
「無論だ」
「今後もお前は、様々な出来事に遭遇するだろう。だが、己を信じて前に進め。そして、最良の未来を掴み取れ……あの男、“白銀 武”と共にな―――」
「っ!? まて、それは一体どういう意味だ!? 何故、そなたがタケルの事を―――」


私が彼にタケルの事を問い質そうとした次の瞬間、辺りは眩い光に包まれる。
言葉を絞り出そうとするが、声が出て来ない。
次第に私の体は消えかかり、背後に広がり始めた闇の中へと吸い込まれて行く。
そして、私はその世界を後にする事になったのだった―――






《??? side》



「お前の望むとおり、御剣 冥夜に真実を伝えた。だが、これで本当に良かったのか?」


御剣 冥夜がこの場を去った後、俺は直ぐ傍に待機させておいた存在に話しかけていた―――


「―――構いません。元を糺せば、私自身の我儘が招いた結果ですから……」
「そうか、お前がそう言うのならば、俺はそれで構わん」
「本当なら私が御剣さんに話さなきゃいけない事なのに、貴方まで巻き込む事になって、本当に御免なさい」
「それに関しては、前にも言った筈だ。お前という存在は、極めて不安定なものであり、お前が与えた因子を持つ者との接触は何が起こるか分からないとな」


因果律の番人である俺でさえ、正直言って二人を接触させる事に賛同する事は出来ない。
何故ならば、今の彼女を不用意に接触させる事は、更なる問題を発生させかねないからだ。
かつての世界での記憶を引き継がせるため、彼女は様々な人間に微弱な因子を与えた。
因果や因子と呼ばれるものは、世界を構築する要素の一つ……そして、互いに引き合う性質を持つものだ。
引き寄せられたそれぞれの因果は、世界が安定を求めるために使われる。
しかし、それらの線引きは非常に曖昧なもので、最悪の場合、様々な並行世界の崩壊を招いてしまいかねない事に繋がるのだ。
それを阻止するためには、因果律の番人である俺が間に立ち、間接的に御剣 冥夜に起こっている事象を説明せねばならなかったのである―――


「―――そんな顔をするな……お前のやった事に対し、誰もお前を責めはしない。今の俺があの世界に介入できるだけの因子を有していない以上、滅びを防ぐ手立ては無かった。もしあの時、お前があの世界に干渉していなければ、今頃あの世界は崩壊していただろう。それは俺達、因果律の番人の望むところでは無いのだ」
「でも……」
「結果はまだ出ていないが、現段階でお前の執った手段は、良い方向へ進みつつある。お前自身、白銀 武ならば何とかしてくれると考えたからこそ、あのような手段を講じたのだろう?」
「そうです。タケルちゃんは、凄い鈍感で自己中心型の楽天家で……頭も悪いし、私をいつも馬鹿にして来るような性格の悪い人だけど、仲間を守ろうと必死になったり、目的の為に頑張ろうとする人なんです。だから、タケルちゃんなら絶対に何とかしてくれるって思いました……」


かつて因果導体という存在を生み出してしまった少女……彼女は今でも、自らの行為を罪だと攻め続けている。
確かに因果に関する事象を操作してしまうのは、そう簡単に許されるものではない。
事の始まりは偶然によるものだったにしろ、彼女は己の力を最愛の人に会いたいという願いに使ってしまった。
それにより一つの世界に様々な因果が流れ込む事となり、一時的にとはいえ世界を構築する因果のバランスは崩れてしまったのだ。
紙一重で回避されたとはいえ、それは一つ間違えば世界の崩壊を招きかねない事態。
因果のやり取りを行える存在とは、それほどまでに危険なものなのである。
しかし今の俺は、再び同じ行為を起こした彼女に協力している……それは、そうせざるを得ない状況に一つの世界が陥ってしまっているからだった。
始まりは、ただの偶然だったとしか言いようがない。
あの世界に何者かが干渉し、それが原因で本来ならば存在してはならないモノが現れてしまった。
それを察知したのは他でもない彼女自身……そして彼女は、他世界に干渉する事を禁忌と知りながら再び行動を起こしたのだ。
俺が彼女と接触を図ったのは、他世界に干渉し、因果律を歪めようとする行為を止めるためだった。
だが、事実を知った俺は、彼女を止めるべきではないと判断したのだ。
本来在るべき道を進めなくなった世界に対し、因果律の番人が執るべき手段はただ一つ。
それは如何なる手段を用いても、それを元に戻さねばならない。
それが因果律の番人たる俺の使命であり、成さねばならぬ事だからだ。


「お前も知っていると思うが、世界というものは常に安定を望む」
「はい……でもそれは、必ずしも変化しない事を意味している訳ではありません。一度変化して安定してしまった場合、次は現状を維持する事を優先して元に戻ろうとはしないんですよね?」
「ああ、そうだ。そうなってしまった場合、世界は別の未来を歩むことになる……だが、それが吉と出るか凶と出るかは、その変化次第だ。今回のケースの場合、極めて危険な状態でしか在りえん。だからお前自身、危険を冒してまでも白銀 武の居る世界を救おうとしたのだろう?」
「そうです……タケルちゃんは、たとえどんな世界であっても、どんな存在になっていたとしても、私は私だって言ってくれました。私はそれが本当に嬉しかった……だから私は、タケルちゃんの存在する全ての世界を護るために生きるって決めたんです」
「その為に自分を因果の集合体とも呼べる存在にし、他世界に存在する己の同一次元体との繋がりを切ったという訳か……」
「はい……前にも言いましたけど、これは私の個人的な我儘なんです。だから、全てが終わった後、甘んじて裁きを受けるつもりです」


彼女は他世界の自分という存在に、これ以上の負担を強いないための手段として、己の因果が流れないよう自らをそれの集合体とした。
だが、唯一の例外は、先程の御剣 冥夜が元居た世界に存在する他世界の記憶を引き継がせた人間達だ。
白銀 武を始めとした数名には、今もなお彼女の因子が定着している。
それは、彼らの記憶を安定させるための方法でもあり、因果を関連付けるために現時点では取り除く事は出来ない。
何故ならば、この因子が消失してしまうと、彼らは引き継いだ記憶を失ってしまう事に繋がるからだ。
記憶を失えば、そこに至る経緯も消失し、至る所で矛盾が生まれてしまう。
そうなれば、世界はそれを修復しようと試み、回避する事に成功した最悪の未来をも消し去ってしまう可能性が高いのだ。


「……時として、人の想いは己の身勝手な行いだと非難される事もあるだろう。だが、他人の為にとその様な行為が出来る事もまた、人の想いが成せるものだ……俺は因果律の番人である前に、一人の人間だ。使命を優先させねばならんのも事実だが、己の感情を否定するつもりはない……だから俺は、お前に協力すると言った筈だ」
「っ!?……で、でも、これ以上イングラムさんを巻き込む訳には!」
「因果律の番人の使命とは、数多の並行世界のバランスを保つ事だ。崩れかけた世界が在るのならば、それを救うのが俺の使命……言い方は悪くなるが、俺自身に世界に介入できるだけの因子が無いのならば、『鑑 純夏』という存在の因子を利用させて貰う事で世界へと介入する。ならば、俺とお前は言わば共犯者……だから、お前一人が気に病む必要はない」
「でも……」
「お前は、白銀 武が世界を救ってくれると信じているのだろう?」


彼女は頷く事で俺の言葉に対し、肯定したという意思を示した。


「ならば信じてやれ……俺もまた、かつての仲間を信じている。白銀 武と彼らならば、きっとあの世界を救ってくれる筈だ」
「……はい」


自分なりに彼女を納得させようとしてみたが、正直言ってやり方はあまり好ましい物では無い。
数多の世界を護るための手段とはいえ、俺の行いは彼女の否定できない罪の意識につけ込むような行為だ。
恐らく今の俺を見れば、かつての仲間達は非難するに違いない。
しかし、彼女一人に業を背負わせる訳には行かん。
己の存在が消える事になろうとも、彼女は世界を護るために行動を起こした。
その事実は、紛れも無く我々が行う事と同じものなのだ。
ならばその業、俺も共に背負おう。
それが因果律世界の番人である俺の使命でもあり、務めでもあるのだから―――





《meiya side》



意識が朦朧としている……先程の出来事は夢だったのだろうか?
そんな事を考えたが、私はそれを即座に否定した。
あれほど鮮明に覚えている出来事が、夢である筈も無い。
しかし、私はこれ以上その事を考えるのを止めようと考えた。
その理由はただ一つ、今私がいるこの世界に余計な因果が流れ込まないようにするためだ。


「―――あのような事を私に頼むとは……全く以って難儀な事だ。だが、世界の崩壊を防ぐためには、やらねばならんな……」
『あら、何処のどなたに、一体どのような事を頼まれたのかしら?』


その一言で私はハッとした。
まるで何かを期待していたかのような声……それは、私に因果の導き手に関する誤った知識を与えた声の主のものだ。


「そなたには、関係の無い事だ……ッ!? 何だ、ここは?」


教えるつもりは無いと答えた矢先、私は今自分が置かれている現状を把握した。
辺りを見回せば、目に映るのは様々なモニターや計器の数々。
そして私は、扉の様な物を発見し、脱出を試みるが一向に開く気配は無い。
恐らくこの扉は、外部からロックされているのだろう。


『そこは我々が手に入れた次元転移装置の中心部分……このシステムは、かつて異星人に協力した異世界の方々が、彼らに譲渡した量産試作機です。それにしても幸運でした。これが我が社の修繕していた宇宙プラントに運び込まれていたのは、まさに天佑と言ったところです』
「な、なんだと……!?」
『これを手に入れて下さったロレンツォ中佐には、本当に感謝していますわ。ユルゲン博士や異世界から現れた未知のモノ達にこれを奪われていれば、私共の計画は実行に移せなかったんですもの』
「……私は協力するつもりなど無い。仮に協力していたとしても、私に世界を渡るだけの力は無いと言ったであろう!?」
『あら、私がいつ世界を渡る力を欲していると言いましたかしら? 以前も言った筈です……私が欲しているのは、貴女の持つ知識だと』
「どういう意味だ!?」
『私の目的は、未知なる技術を手に入れる事。貴女という存在を通し、こちらの世界へそれらに関するモノを呼び寄せるという事です』


飄々としていた女の声が先程までとは打って変わり、ややトーンを落とした低い物へと変わったのが解る。
この時私は、彼女の本当の狙いが読めてしまったのだ。
そう、彼女は転移に関する力など、最初から欲してはいなかった。
その力を手に入れたいと考えていたのは、ロレンツォと呼ばれる人物のみ。
彼女は彼を利用し、私を拉致した。
恐らく、転移装置を機動させるために必要な存在だとでも言ったのだろう。
そして私を鍵に扉を開き、自分の望む因果をこちらへ引き寄せようと試みているに違いない。


「やめろ! そんな事をすれば、何が起こるか分からん!!」
『どうしてそんな事が言えるんですの? ただの人間だという貴女に、その様な事を言われても信憑性に欠けますわ』
「……仮に扉が開いたとすれば、私を通じ様々な因果が流れ込んでくるだろう。だが、それはそなたの欲するモノとは限らないのだ。下手をすれば……」
『フフフ……やはり貴女は因果のやり取りを出来る存在だったようですわね。正直、どうなるか分からない賭けでしたけれど、どうやら上手く行ったようです』


完全にしてやられた……恐らく今の私は、そう言った表情を浮かべているに違いない。
たとえ一瞬だったとしても、こちらの表情は読み取られているだろう。
この様な単純とも言える誘導に引っかかってしまうとは、我ながら本当に情けないものだ。
何とかして彼女の行いを止めなければ……そう考えていた矢先の事だった―――


「―――何をしている!? まさかッ!?」
『……』


相手から答えは帰って来ない。
先程から備え付けられた計器が針を振り切らんばかりの勢いで動き、周囲では耳障りな駆動音がけたたましく鳴り響いている。
それにかき消されているのか、はたまたただ単に無言を貫いているのかは解らぬが、最悪の事態を招こうとしているのだけは理解できる。


「やめろ! お願いだから止めてくれ!! 私はこの世界を壊したくない……壊したくないのだ!!」


だが、私の願いは通じる事は無かった。
そして、現れてしまったのだ……再びこの世界に奴らが―――






あとがき

第70話です。
今回登場した番人さんは、解説役兼ゲストです。
因果に関するネタは、私の独自解釈もかなり含んでいるので、ひょっとすると間違っている点もあるかも知れません。
出来れば、極端におかしい点以外は見逃して頂ければと思います(苦笑)


次回辺りで新西暦編を終わらせたいと考えていますのでもう少々お付き合い下さいませ。
それでは、また……



[4008] 本編登場機体設定資料(ネタバレ含む)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2011/01/20 23:46
≪本編登場機体設定資料≫


ここに書かれているものには本編に関してのネタバレが含まれています。
以上の事を踏まえたうえでお読みください。


以下、設定に関してです。

1.本編に登場する機体

2.機体解説

3.登場兵装の解説

4.用語解説


登場するPTや特機などに関しては、小説本編内での設定を中心に掲載させて頂いております。
基本的に解説が無い物は、ウィキペディアなどを参考にしていただければと思います。
また、戦術機などに関しては、マブラヴオルタネイティブ本編に登場しないオリジナルの機体のみとさせて頂きます。



1.本編に登場する機体


≪戦術機系列≫


Type94改・不知火改型

Type94-1改・不知火改型・壱号機改

Type94E改・不知火改型・電子兵装仕様

Type90・叢雲

Type90改・叢雲改型

Type00XF・武御雷試作型

Type00R・武御雷(冥夜専用機)

Type00C改・武御雷改

Type98・烈火

F-23A・ブラックウィドウⅡ

Type00-2・武御那神斬



≪パーソナルトルーパー・特機系列≫


PTX-003-SP1 アルトアイゼン・リーゼ

PTX-007-UN ライン・ヴァイスリッター

PTX-015R ビルトビルガー

PTX-016R ビルトファルケン

PTX-006L ビルトラプター

RTX-010-01 ヒュッケバインMk-Ⅱ

SRG-02-1 グルンガスト弐式

EG-X ソウルゲイン

SMSC アンジュルグ

ペルゼイン・リヒカイト

PTX-003-SP1-TFS フリッケライ・アイゼン(※1)

PTX-007-UN-TFS ヴァイスリッター・ヘクセ(※2)

Gコンパチブルカイザー

AGX-05 サイバスター

SRG-03 グルンガスト参式

ASK-AD02 アシュセイヴァー

RGC-034(Type34) ラーズアングリフ

RPT-007 量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ

RPT-011L アルトアイゼン・ナハト

RPT-012L ヴァイスリッター・アーベント

R-1 R-1

R-2P R-2パワード



2.機体解説


≪戦術機系列≫


・不知火改型【しらぬいかいがた】94式戦術歩行戦闘機改(TSF-TYPE94改)

94式戦術歩行戦闘機「不知火」の改造機。
不知火・壱型丙やXFJ計画で開発された不知火・弐型とは違い、横浜基地副司令「香月 夕呼」によって出された案を元に開発された機体であり、言うなれば現地改修機に近い位置づけである。
機体フレームの強化、ジェネレーターの換装、新型CPU並びに改良型OSの搭載などをメインに改修されている。
91式噴射跳躍システム改を最大で4機まで装備可能ではあるが、4機全てを装備してしまうと従来機より稼働時間が短くなってしまうと言う欠点を持つ。
関節やフレームに新素材を用いる事で剛性の強化と軽量化が図られており、搭載されているジェネレーターは従来の不知火の改良型で、出力は約20%増しとなっている。
また、各部シリンダーやアクチュエーター、サーボモーターなども強化されているが、部品毎の精度にバラつきが出ており、安定面では従来の不知火には劣る為、機体毎にリミッターを設ける事により均一化が図られた。
無論、リミッターを外す事によって最大出力での運用が可能となるが、機体にかかる負担が大幅に増大する為に最大時で3分が限界となっており、それをオーバーすると完全に動作不良を起こす。
横浜基地主体の現地改修機なので、現状で配備されているのは試作機3機のみであり、それぞれがデータ収集用の意味も込めて各パイロット用に細かくカスタマイズされている。
また、今後開発されるであろう機体の各種試作型兵装のテストベッドも兼ねた機体になっている。

以下、搭乗衛士とカラーリング。

壱号機・白銀 武(シルバー)
弐号機・速瀬 水月(UNブルー)
参号機・ラミア・ラヴレス(ブラック)


武装

74式近接戦闘長刀×2
65式近接戦闘短刀×2
87式突撃砲×1
87式支援突撃砲×1
92式多目的追加装甲×1


・不知火改型・壱号機改【しらぬいかいがた・いちごうきかい】94式戦術歩行戦闘機改(TSF-TYPE94-1改)

ヴァルキリーズとの模擬戦終了後に改修された改型。
改修の際に通信機能やアビオニクスなども改良が施され機体の総合性能はさらに向上している。
今後、残りの機体も同じような改修を施される予定となっている事から形式番号や名称は変わらず同じ物が用いられている。
PT解析によって得られたデータを基に開発されたプラズマ・ジェネレーターとテスラ・ドライブのデッドコピー品が搭載される事となり、ジェネレーターの換装によって得られた余剰電力により、叢雲改型で不採用に終わった電磁粉砕爪(プラズマクロー)が新たに固定兵装として追加されている。
テスラ・ドライブは、現状では完全に再現する事は不可能と判断され、能力はオリジナルの物と比べ劣るものの、高機動型跳躍ユニットとして考えれば従来機を凌ぐ性能を持っており、短時間であれば飛行も可能。
なお、解析によって開発された装備類はこちら側の世界に現存する技術を用いて作成されたものであり、設計者である香月 夕呼自身がコピーしようとした物と発言している他、出力などの性能もオリジナルの物と比べ約70%程度しか出せず完全なデッドコピー品とは言えない物となっている。
その他にも正式採用には至らなかった試製92式小型突撃砲が新たに装備されている。
これは87式突撃砲を小型化したもので、近距離での取り回しと連射性を重視し開発された物なのだが、弾倉が小型化された事による装弾数の低下、120mm滑空砲ユニットの装着が不可能と言った点から正式採用が見送られた兵器である。
しかし、近接戦闘時での取り回しの良さと武のポジションを考えた結果、彼の機体にのみ試験的に採用される事となった。
通常時はサイドアーマーに増設されたラッチにマウントされている。
そして武の搭乗する壱号機には更なる武装として遠近両用の複合兵装が装備されている。
これはヒュッケバインMk-Ⅱの解析時に得られたデータを基に武の戦闘スタイルに合わせて開発された武器で、現在は武機に装備されている物のみとなっている他、弐号機以降の改型に装備される予定は今の所無い。
尚、武用の壱号機の頭部には通信機能強化の為と識別の為のブレードアンテナが新たに装備されている他、牽制や対小型種用の近接防御機関砲が新たに増設されている。
それ以外の機体外観の差異はほとんど他の改型と同様の物となっている。

武装

試製01式頭部近接防御機関砲×2
65式近接戦闘短刀×2
試製92式小型突撃砲×2
74式近接戦闘長刀×2
折り畳み式電磁粉砕爪(プラズマクロー)×2
試製01式可変型複合兵装・Sraipnar-V.C.W.S(Variable Composite Weapon System)×1


・不知火改型・電子兵装仕様【しらぬいかいがた・でんしへいそうしよう】94式戦術歩行戦闘機改(TSF-TYPE94E改)

不知火改型に偵察、電子戦用の装備を施した機体。
頭部側面、胸部、肩部、脚部のそれぞれに複合センサーを搭載しており、背部には巨大なレドームが装備されている。
基本的な運用は戦場でのデータ収集並びに索敵、また強力なジャミング能力も搭載している。
そのため装備可能な武装は限られており、戦闘力は従来機に比べて低下している。
そういった経緯から部隊の最後方に配備される事が基本となっている他、広域データリンクを行うための機能も搭載しており、臨時の指揮車代わりに使用される事が多い。
また、これらの装備は短時間であれば切り離して遠隔操作を行う事も可能。
ちなみにこの装備は接続部のアタッチメントを交換する事で吹雪や不知火などの帝国軍製戦術機に装備する事も可能だが、その場合背部に装備された74式稼動兵装担架システムが使用不可能となる。

武装

65式近接戦闘短刀×2
87式支援突撃砲×1
92式多目的追加装甲×1


・叢雲【むらくも】90式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE90)


正式採用が見送られた戦術機。
帝国軍が第三世代純国産戦術機開発へ向けたノウハウ収得の為に陽炎をベースとして開発された戦術機の一つ。
位置的には2.5世代辺りに属する。
複座型として開発されており、前部座席が基本操縦を、後部座席が火器管制処理やナビゲートなどを行うようになっているが前部座席のみでも運用可能。
防御性や耐久性を重視した設計で従来機よりも一回り大きい外観となっている。
陸戦運用を主眼に開発されており、機動性を向上させる目的で脚部に無限軌道が装備されている。
長時間の匍匐飛行による推進剤の消耗を抑える為に採用された無限軌道であるが、今までに無いシステムであった為にその扱いは極めて困難なものとなった。
軽量化による機動性を重視した第三世代機の設計思想とは異なる事と、上記の無限軌道採用による機体の扱い難さ、コスト面、また現存のOSでの運用が困難などの理由で試作機が数機作られた時点で開発は中止となる。
基本的に現存の戦術機の手持ち兵装の殆どは使用可能なのだが、専用の武装もいくつか装備されている。
名前は東雲級駆逐艦二番艦、叢雲より。
形式番号は90式戦車より拝借。

武装

腕部内蔵型36mmチェーンガン×2
折り畳み式電磁粉砕爪(プラズマクロー)×2
240mm迫撃砲×2
65式近接戦闘短刀×2


・叢雲改型【むらくもかいがた】90式戦術歩行戦闘機改(TSF-TYPE90改)

正式採用が見送られた戦術機である叢雲の改造機。
キョウスケ達が行ったテストで得られたデータと彼の提出した案を基に改良されており、その運用方法は大きく変わる事となった。
主な改良点はジェネレーターと冷却ユニット、跳躍ユニットの換装、装甲材の変更ならびにリアクティブアーマーの採用、不知火改型と同様の背部コネクターの搭載、武装面の大幅な見直しと言ったところで、全身に亘って改修が行われている為、改造機と言うよりは殆ど新型に近い位置づけとなった。
ジェネレーターは改装された不知火改型に用いられたプラズマジェネレーターと同じ物が採用され、跳躍ユニットに関しては不知火改型と同等の物に変更されている。(テスラ・ドライブでは無い)
装甲材と冷却ユニットを第三世代機に準じた物に変更した結果、弱点であった排熱面も改善される事となり、アルトアイゼンに採用された試製94式増加装甲システム改を基にしたリアクティブアーマーが採用された事で更なる対弾性を得ている。
武装面に関しては大幅な見直しが検討され、肩部に試作型の電磁速射砲と92式多目的自律誘導弾システムが新たに採用された為、腕部内蔵型36mmチェーンガン、折り畳み式電磁粉砕爪、240mm迫撃砲と言った武装は取り除かれている。
電磁粉砕爪が排除された主な理由はジェネレーターにかかる負荷によるオーバーヒートの可能性と言った点もあるのだが、複座式と言う点から、近接戦闘に主眼を置くよりも遠距離戦や後方支援に向いていると言った結果がテストによって得られた事と、当初の装備のままでは遠近両用のバランスが悪かった為とされている。
しかし、近接戦闘が不利と言う訳ではなく、基となった機体同様に従来機の武装も装備可能である事から戦術機用の長刀なども使用可能。
また、改型に採用された装備換装機構がこの機体にも採用され、改型の装備も使用可能となっているのだが、全ての装備がそのまま使用できるという訳では無い。
尚、武装やリアクティブアーマーは搭乗している衛士が任意でパージする事が可能であるため、使用後にデッドウエイトとなる心配は少なくなっている。

武装

試製01式電磁速射砲×2
92式多目的自立誘導弾システム×2
99式回転式多砲身機関砲(ガトリングガン)×1
65式近接戦闘短刀×2
脚部マイクロミサイルポッド×4


・武御雷試作型【しさくがたたけみかづち】試00式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE00X)

帝国軍のうち、将軍家直属である斯衛軍が、F-4J改 瑞鶴後継機として開発させた、純国産の第三世代戦術機の試作機。
94式戦術歩行戦闘機 不知火の開発によって培われた技術を応用し、富嶽重工と遠田技術によって共同開発された不知火よりもさらに進んだ第三世代戦術機である。
開発の際に予算は度外視され、生産性や整備性よりも性能を優先し、ずば抜けた機動性と運動性能を持っている事が特徴で、斯衛軍のシンボルとなるべく開発された機体であり、非常に高性能な機体を求められた事から、その性能を発揮する為の各パーツの品質管理は厳しいものとなり、規格落ちによる余剰パーツが大量に発生する事となった。
そのため、正式採用機ではある一定の品質を持つ物を全て採用する事でコストの増大を防いでいる。
日本製戦術機の特徴として、長刀による攻撃を重視しているという点があるが、この機体は特にその能力に秀でたチューニングが施されている。
しかし、これはあくまで開発主任衛士である紅蓮 醍三郎の意見を尊重した結果であり、正式採用機では一般兵でも扱いやすいようデチューンが施される事となった。
機体形状は全体的に丸みを帯びた物となっており、鋭角的なフォルムを持つ零式とは異なっているほか、頭部形状は瑞鶴に近い物となっている。
この機体に採用された脚部ショックアブソーバーは、試作型第三世代戦術機・烈火にも採用されており、同機体とはある意味兄弟機といえるかもしれない。
最終的に稼働時間向上のためにモーメントを利用した機動制御を行う狙いから突起物が多い零式独特の外装モジュールへと変更され正式採用された。
この機体のデータを基に2000年から零式の配備が開始される事となる。
また、実戦でのデータ収集も兼ねるため、明星作戦へ投入された事が確認されている。

武装

74式近接戦闘長刀×2
65式近接戦闘短刀×2
87式突撃砲×1
92式多目的追加装甲×1


・武御雷 御剣 冥夜専用機【たけみかづち みつるぎめいやせんようき】00壱式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE00R)

政威大将軍である煌武院 悠陽が双子の妹である御剣 冥夜のために用意した機体。
将軍専用機である紫の武御雷同様、特別な生体認証システムが組み込まれており、ワンオフに近いチューニングが施された特別仕様となっている。
専属衛士である冥夜用にあわせたチューニングが施されており、悠陽のR型よりもより近接戦闘を重視した物となっている事が特徴。
また、将軍専用機との差別化を謀るため、カラーリングは冠位十二階に沿って上から二番目の小徳 (しょうとく)(薄紫) 色で塗装されており、頭部形状が若干異なる物となっている。
武装などは従来機と同様の物が装備されるが、今後彼女のスタイルに合わせた兵装の採用が検討されている。

武装

74式近接戦闘長刀×2
65式近接戦闘短刀×2
87式突撃砲×1
92式多目的追加装甲×1


・武御雷改【たけみかづちかい】00壱式戦術歩行戦闘機改(TSF-TYPE00C改)

帝国斯衛軍所属の月詠 凪沙少尉専用にカスタマイズされた武御雷。
基本的な性能は一般的なC型と同じであるが、彼女の機体はセンサー類が強化されている他、両肩部分をType94・不知火の物と交換されている。
これは彼女の戦闘スタイルも理由の一つなのだが、元々近接戦闘に特化しているこの機体に汎用性を持たせる事でどのような結果が出るかを検証する為でもあり、武御雷をベースにした次期主力機開発の為のデータ収集も兼ねている。
武御雷は搭乗する衛士の出自を表しており、地位の高い順から紫・青・赤・黄・白・黒と色分けされている他、機体ごとに細かな調整が行われているのだが、彼女の搭乗する機体は武家以外の衛士に与えられる機体であり、本来ならば専用にカスタマイズされる事は無い。
しかし彼女は、有力武家の一つである月詠家に養子として迎え入れられている為、こう言った事が許されておりいるのだが、月詠の人間とは言え養子である為、高性能機を与える訳にもいかないという声もあり、先程挙げた理由などから標準機であるC型をベースにしたこの機体が開発される事となったのである。

武装

74式近接戦闘長刀×1
65式近接戦闘短刀×2
87式突撃砲×1
87式支援突撃砲×1
92式多目的自立誘導弾システム×2


・烈火【れっか】98式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE98)

帝国軍によって開発された試作型第三世代機。
耐用年数が迫った撃震に代わる量産機としてType97・吹雪をベースに開発された試作機である。
吹雪と約70%程度の部品共有度を実現し、ある意味兄弟機とも言える位置づけとなっている。
特出すべき点は脚部に装備された新型ショックアブソーバーで、これは元々武御雷用に開発されていた物が流用されている他、搭載されている主機も高出力の物に換装されている。
また、武装面では両腕に試作型兵装としてスーパーカーボン製の旋棍(トンファー)が装備されている。
これらは通常の旋棍とは違い、形状はソリッドなブレード状となっている為、斬撃兵装としても使用が可能。
そして、近接戦闘を重視した結果、胸部ブロックと腰部装甲ブロックなどのバイタルパート周辺の弱点部位が狙われやすくなるという欠点が指摘され、それらを保護する形でリアクティブアーマーが採用される事となった。
また、肩部にはソビエト製戦術機に採用されているスパイク・ベーンが試験的に導入されている。
ちなみにこれらの増加装甲はパイロットが任意でパージする事が可能なほか、機体に取り付いた戦車級を爆砕・排除する事も可能で、緊急事態にはそれらを排除することで機動性を向上させる一撃離脱戦法をとる事もできる。
この様な装備が採用されている点を見る限り、設計担当者は外国製戦術機の優秀な点を取り入れ、不知火以降の機体で問題となっている開発障害のブレイクスルーを目的としていたのかもしれない。
また、オプション兵装として57mm試製87式散弾砲の導入が検討されている。
しかし、コスト面は比較的抑えられたものの、極端に近接戦闘に特化させてしまった事と扱いの難しい兵装を採用してしまった為、最終的に練習機である吹雪の主機を換装したものを実戦配備する計画が採用され、試作機が3機製造された時点で量産計画は中止。
その後は次世代機開発の為のデータ収集用のテストベッドとして運用される事となった。
ちなみに壱、弐号機の仕様は同じなのだが参号機のみ複座型仕様となっている。

武装

試製87式旋棍(トンファー)×2
74式近接戦闘長刀×1
65式近接戦闘短刀×2
87式突撃砲×1
試製87式散弾砲×1(オプション)


・F-23A ブラックウィドウⅡ【Black Widow II】

ATSF(先進戦術歩行戦闘機)計画でノースロック社がマクダエル・ドグラム社の協力を得て開発した試作戦術機であるYF-23の性能に着目した米軍特殊部隊が独自に改良を施し量産した戦術機。
オリジナルの機体とは違い、同部隊が運用するための特殊装備を付加させる形で量産されているため、一機辺りのコストはF-22A ラプター以上の物となっている。
高速巡航能力、高度なスタンドオフ特性などの諸要素を持ち、更には対人類兵器戦闘を想定したステルス機能を搭載している事が特徴。
実は米軍特殊部隊とは名ばかりで、運用している部隊はシャドウミラーの残党である。
彼らがこの機体に着目した理由は、正式採用されていない機体であることとF-22A ラプターに引けを取らない性能であった。
オリジナルには無い装備として光学迷彩機能が新たに付加されたことでこの機体は更なるステルス性を得ることとなり、従来のレーダーでこの機体を捕らえる事は困難となっている。
搭載されている光学迷彩機能はOCA(Optical Camouflage,Active camouflage)と呼ばれるもので、この世界には存在せず、シャドウミラー独自のシステムを戦術機用に転用した物である。
これは機体に搭載された高性能センサーを用いて周囲の色・模様に応じて外部装甲の色彩を変化させ、光を完全に透過・回避させる事が可能なシステムで、装甲に使用されている素材は特殊な繊維を表面に張り巡らせた構造となっているほか、これらの素材は可視光を含む電磁波を吸収してしまうためOCAを展開していなくてもステルス性は高いものとなっている。
ただし、機体からの排熱までは隠す事は不可能であり、サーモグラフィーなどの装置を用いる事でその位置を特定する事は可能となっており、最大の弱点として絶えず降り続ける雨などは搭載されるているセンサーやコンピューターだけでは処理が追いつかずに機能しないといったものが挙げられる。
更に搭載されている光学迷彩機能は電力の消費量が膨大であるという弱点を抱えており、オリジナル機における低燃費高速性の低下を招いており、稼働時間は従来の70%程度にまで落ちている。
しかし、性能面では従来の戦術機を遥かに凌駕する機体として仕上がっており、状況次第ではPT並みの性能を発揮する事も可能。
また、オプション兵装として戦術機初の携帯型荷電粒子ライフルを装備しており、前線基地において白銀 武の機体を狙撃した兵装は恐らくこれであると考えられる。
カラーリングは黒を基調としており、試作機であるYF-23との外観上の相違箇所は外部装甲の形状が若干異なっているぐらいである。
シャドウミラー前線基地壊滅後、調査のために横浜基地の部隊によって鹵獲された。

武装

XAMWS-24試作新概念突撃砲×2
XCIWS-3試作近接戦闘長刀×2
CIWS-2近接戦闘短刀×4
XCIWS-4大型近接戦短刀×2
XCPAMWS-00試作型荷電粒子ライフル(オプション)


・武御那神斬【たけみなかた】00弐式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE00-2)

武御雷の姉妹機として開発されていたが、開発が難航し計画は一時中断されていた第三世代型戦術機。
武御雷と対を成す機体として設計されていたのだが、近接戦闘に特化した零式とは違い、汎用性を持たせる事を前提とすることで今後開発されるであろう第四世代型戦術機のプラットホームとしての意味合いを持っていた機体である。
稼働時間の延長を視野に入れ、戦術機用の動力機関として初の核融合ジェネレーターの搭載が検討されていた。
しかし明星作戦終了後、横浜ハイヴ跡において発見されたG元素を兵器として転用させるために急遽仕様変更が行われたという経緯を持つ。
仕様変更に際し、国連軍との共同開発を行う事が決定したため、横浜基地より香月 夕呼博士が招集され、同計画に参加していた。
設計自体は明星作戦以前から行われていたのだが、上記の仕様変更に伴いフレームや関節には戦術機としては初めてC.M.M(Composite Material metal・複合金属)が採用された事で多くの期待が寄せられる物となっていた。
二機の試作機が製造される事となり、最初に完成していた壱号機を用いて実験が行われていたのだが、当初の予定水準に達しないまま計画は難航してしまう。
そこで、同ハイヴ内で発見されたG元素を用いた戦術機用ML機関を搭載する事が決定。
しかし、同計画に参加していた香月 夕呼の提唱したプランを基に小型化されたML機関の開発には成功したのだが、現時点では動力炉の制御に問題がある事が発覚してしまう。
その理由は、制御用のシステムが完成に至っておらず(当時の技術では30%以上出力を上げるとラザフォード場の多重干渉が発生し、米軍開発のXG-70aと同じ状況に陥ってしまっていた)、現状で起動させたとしても衛士を搭乗させた状態での安定稼働は難しい事が挙げられていたからだった。
だが、帝国軍側の開発部門上層部はそれに納得せず、彼女が一時横浜に戻った際に無人での実験を強行。
案の定実験中に動力炉が暴走を起こしてしまい、実験施設を巻き込み研究者ならびに開発スタッフの殆どが死亡、実験に使用されていた壱号機もろとも消失するという事故を起こしてしまったのだった(G弾爆発の様な物ではなく、重力偏重の規模が拡大し、施設動力源が崩壊した事による爆発事故とされる)。
事故の原因は帝国側が用意した制御プログラムの欠陥とされているが、一説によれば開発を指示した人物が警告が出ているにも拘らず無理やりに実験を継続させた事が理由らしい。
その後、夕呼は同計画から手を引き、違った形で帝国製第四世代型戦術機開発に協力している。
弐号機は機体フレームが組み上がった時点で天照計画スタッフが接収していた事から被害を免れ、これをベースに当初の計画に沿った機体が開発される事となった。
名前の由来は日本神話に登場する神、日本三大軍神の一柱・建御名方(たけみなかた)から。




≪パーソナルトルーパー・特機系列≫


・PTX-003-SP1 アルトアイゼン・リーゼ

キョウスケ・ナンブの乗機。
転移前の事故によって損傷し、運用不可能となってしまった。
その後、香月 夕呼の協力により戦術機のパーツを移植することである程度の修復が図られている。
詳しくは下記(※1)参照。


・PTX-007-UN ライン・ヴァイスリッター

エクセレン・ブロウニングの乗機。
アルトアイゼン・リーゼと同じく、運用不可能に……
詳しくは下記(※2)参照。


・PTX-015R ビルトビルガー
・PTX-016R ビルトファルケン
・PTX-006L ビルトラプター

上記の二機と同じ理由から運用不能。
なお、ビルガーとファルケンに関しては、比較的損傷が軽微だったため修復が(52話の時点で)開始されている。


・RTX-010-01 ヒュッケバインMk-Ⅱ

転移前の事故により大破。
修理用の部品調達の難しさや時間の関係から、使用可能な物は他の機体修復のために使用されることとなった。


・SRG-02-1 グルンガスト弐式

ヒュッケバインMk-Ⅱと同じく大破。
なお、無事だったパーツに関しては、ソウルゲイン修復のために流用されている。


・EG-X ソウルゲイン

アクセル・アルマーの乗機。
当初はキョウスケ達の機体と同じく、損傷していたため当初は使用不可能だった。
その後、弐式のパーツを流用して一応の修復がなされ、戦線に復帰している。
ただし、現状では70%程の能力しか発揮できない状況である。


・SMSC アンジュルグ

ラミア・ラヴレスの乗機。
転移前の事故により、火器管制システムに損傷を受け修理不可能に。
補修部品が手に入らないため、現在修復は見送られている。


・ペルゼイン・リヒカイト

アルフィミィ・ブロウニングの乗機。
転移前の事故によって損傷していたが、自己修復能力によりほぼ元通りに戻っている。
だが、その形状から詳細を知らない者に対して誤解を招く危険性がある為、余程の事が無い限りは使用できない状況。


・PTX-003-SP1-TFS フリッケライ・アイゼン(※1)

転移時の衝撃で損傷したアルトアイゼン・リーゼを試作型戦術機のパーツや同じく転移時に損傷していた他のPTのパーツを用いて修復した機体。
形式番号は識別の為に付けたものであって特に理由は無い。
主な破損個所であったバックパックと脚部をそれぞれ試作型戦術機である改型の高機動跳躍ユニットと叢雲の脚部を改良したものを用いて補っている。
これによって機体の持ち味である突破力が本来の物よりも低下しているのだが、逆に安定性は向上している。
しかし、急造仕様と言う事で関節部分に若干の不安を残している為、あまり無茶な機動を行う事は出来ない。
機体各部に装着されている増加装甲は、本来改型用に開発された特殊装甲で、防御面と言うよりは戦術機に見せる為の偽装の意味合いが強い。
また、物量で攻めてくるBETAに対し、内蔵火器だけでの戦闘は生存率を下げる可能性を考え、背部ユニットに74式稼動兵装担架システムが新たに装備されている。
これによって戦術機の武装もある程度使用可能になり、攻撃のバリエーションの増加にも繋がった。
従来の武装も問題無く使用可能で、正面からの一点突破と言うコンセプトは損なわれていない。
エクセレンがこの機体を見たとき『フリッケライ・アイゼン(独語で継ぎ接ぎだらけの鉄)』と言っていた事から便宜上そう呼ばれる事となったが、キョウスケは一貫してアルトと呼んでいる。
尚、形式番号のTFSは戦術機(Tactical Surface Fighter)の頭文字をとったものである。

武装

5連チェーンガン
プラズマ・ホーン
リボルビング・バンカー
アヴァランチ・クレイモア
87式突撃砲×1
65式近接戦闘短刀×2


・PTX-007-UN-TFS ヴァイスリッター・ヘクセ(※2)

転移時の衝撃で損傷したライン・ヴァイスリッターを試作型戦術機のパーツなどを用いて修復した機体。
形式番号はアルトアイゼンと同じく識別の為に付けただけのものである。
元々この機体には自己修復能力が備わっている為、表面装甲などに関しての損傷は比較的簡単に終了したのだが問題はその外観にあった。
植物の蔓のようなものが随所に見られるその外観はどう見ても戦術機として誤魔化す事が不可能と判断された為、表面に更なる外装を施す事で問題を解決している。
外装に用いられているのは修復されたアルトアイゼンと同様に改型用に開発されていた特殊装甲が用いられ、背部テスラドライブユニットに関しても同様の処置が取られる事となり、翼と言うよりはマントやバインダーと言ったイメージが強い。
武装面に関しても戦術機用の武装を装備できるよう、背部ユニットや増加装甲にマウント用のラックや74式稼働兵装担架システムが追加されている。
この機体のメイン装備であるハウリングランチャーにも手が加えられており、それを見たパイロットのエクセレンは『魔女の杖みたい』と言っていた。
そう言った事から機体名称も一時的に変更される事となったのである。
ヘクセと言うのはドイツ語で『魔女』と言う意味なのだが、これは先ほどのエクセレンが言った事に対して夕呼が名付けた為である。
エクセレン本人は『魔女なんて御婆さんってイメージがあるから嫌だ。魔性の女って意味でなら納得する』などと言っていたのはここだけの話。

武装

スプリットミサイル
3連ビームキャノン
ハウリングランチャー
87式突撃砲
65式近接戦闘短刀×2
74式近接戦闘長刀×1


・SRG-03 グルンガスト参式

シャドウミラー残党が向こう側の世界(元々彼らが存在していた世界)においてテスラ・ライヒ研究所から強奪した機体の一つ。
仕様・性能共にグルンガスト参式のものと大差ないが、T-LINKシステムや念動フィールドなどと言った特殊装備は搭載されていない。
テスラ・ドライブを搭載しているほか、念動系のシステムが採用されていないため、ある程度レクチャーを受けた者なら操縦が可能。
シャドウミラー前線基地脱出の際に再度奪われる形となり、現在は横浜基地に格納されている。


・ASK-AD02 アシュセイヴァー

シャドウミラー残党が向こう側の世界から持ち込んだ機体。
指揮官用機として製造された強襲用人型機動兵器で、搭乗者の脳波パターンを解析・記録した後、機体側からのフィードバックによって半強制的に同調させるシステムを搭載する。
そのため比較的誰にでも操縦できるように思えるが、パイロットが強靭な意志力を持たなければ適応できず、最悪の場合システムがパイロットの精神をデバイスとして取り込んでしまう危険性を秘めている。
また、マリオネット・システムを搭載しており、一定距離内に居る同組織で製造されたAI制御の機体を操る事も可能。
シャドウミラー前線基地において稼働可能な状態の機体が二機発見され、内一機は脱出の際にアクセルが、もう一機はその後調査に訪れたラミアによって鹵獲される事となった。


・RGC-034(Type34) ラーズアングリフ

シャドウミラー残党が向こう側の世界から持ち込んだ機体。
スペックや装備などは従来の物と変わらないが、特殊装備としてより強力なマリオネット・システムを搭載している。
そのためAI搭載機制御の優先権はアシュセイヴァーよりも上であり、また硬化範囲も増大している。


・RPT-007 量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ

アシュセイヴァーらと同じく、向こう側の世界から持ち込まれた機体。
本来ならばアシュセイヴァーやラーズアングリフを指揮官機とし、これらの機体は量産型ナンバーズが運用する予定だった。
しかし、ナンバーズの量産は確立できたものの、機体に関しては限られた素材しかストックが無かったため現在稼働可能な総数は左程多くない。
そのためシャドウミラーは米軍の試作機であるYF-23の設計図を入手し、それらを量産する事で戦力を補っている。


・RPT-011L アルトアイゼン・ナハト

オルタ世界に転移してきたシャドウミラー残党が、量産型ゲシュペンストMk-Ⅱをベースに正式採用されたMk-Ⅲのデータを基に再現したレプリカ。
基本的な外見はOGシリーズのナハトと酷似しているが、3連マシンガンがリーゼの装備している5連チェーンガンになっており、ステークとクレイモアがそれぞれ「リボルビング・ブレイカー」「レイヤード・クレイモア」という名称になっている。
また左腕部には新たに小型のシールドを設け、その内部にさらにクレイモアを増設している。
もちろんヴァイスとの合体攻撃パターンもあり、こちらは「ランページ・スペクター」と呼ばれる。
基本的にマリオネット・システムを用いた無人運用を前提として開発されていたが、コックピットが存在していないわけではなく、有人運用も可能。
シャドウミラー前線基地において鹵獲され、損傷したフリッケライ・アイゼンに変わり、同機が修復されるまでの間キョウスケが搭乗する事となった。
正式名称はゲシュペンストMk-Ⅲなのだが、青い塗装やキョウスケ達の意向によりアルトアイゼン・ナハトと改名されることとなった。
しかしキョウスケは一貫してアルトと呼んでいる。
なお、同型機がもう一機存在していたが、そちらは戦闘において破壊されている。

武装

ダレイズ・ホーン
5連チェーンガン
シールド・クレイモア
リボルビング・ブレイカー
レイヤード・クレイモア


・RPT-012L ヴァイスリッター・アーベント

オルタ世界に転移してきたシャドウミラー残党が、量産型ゲシュペンストMk-Ⅱをベースにデータ上存在していたMk-Ⅳのデータを基に再現したレプリカ。
通常のヴァイスリッターとは違い、青い部分が赤い塗装となっている。
オクスタン・ランチャーにあたる武器として「パルチザン・ランチャー」を装備している。
元になっているのは恐らくオクスタン・ランチャーであるため、Bモード、Eモードの撃ち分けが可能な他、エクセレンの技術によってWモードの使用も可能となっている。
頭部やパルチザン・ランチャーなど各所にライン・ヴァイスリッターの意匠が確認できる他、背部ウイングはビルトファルケンと同様の展開型のドライブ・バインダーになっているが、その姿はまさに「悪魔の羽」といったもので、見た目はライン・ヴァイスリッターに近い。
もちろんおなじみのアルトとの合体攻撃パターンも有しているが、ゲシュペンストMk-Ⅳが「向こう側」で実際に完成しておらず、エクセレンも既にいなくなっている以上、「ランページ・スペクター」はキョウスケとエクセレンの打ち合わせで行われていた「ランページ・ゴースト」とは違い、最初からプログラミングされている連携攻撃のモーションパターンと思われる。
基本的にマリオネット・システムを用いた無人運用を前提として開発されていたが、コックピットが存在していないわけではなく、有人運用も可能。
シャドウミラー前線基地において鹵獲され、キョウスケがナハトに乗り換えた事もありエクセレンも連携のためにこの機体に乗り換えている。
また、本体とテスラ・ドライブのみがパーツ状態で発見されている。
正式名称はゲシュペンストMk-Ⅳなのだが、エクセレンの意向により改名されている。
なおアーベントとはドイツ語で「夕方」のことで、機体色を見たエクセレンが命名した。

武装

3連ビームキャノン
パルチザン・ランチャー
プラズマカッター



3.登場兵装の解説


≪射撃戦闘用兵装系列≫


・試製87式散弾砲

戦術機の主兵装である87式突撃砲の散弾仕様。
突撃砲前上部モジュールをショットガン型のユニットに変更した装備。
砲弾の選択は主腕による弾倉交換を行う必要がある。
とり回しの不便さや装弾数の少なさから採用は見送られた試作兵器なのだが、試作型戦術機・烈火開発陣が至近距離からの破壊力に着目した事により同機のオプション兵装として採用が検討される事となった。


・試製92式240mm迫撃砲

折り畳み可能な迫撃砲で、74式稼働兵装担架システムにマウントして使用可能な他、主腕で持つ事で運用も可能。
初期の叢雲に装備されていた兵装だったが、運用上の問題が解決できずに廃案となった。


・試製01式電磁速射砲

81式強襲歩行攻撃機・海神の後継機に採用が検討されている電磁速射砲の試作機で、叢雲の改装の際にテスト目的で採用された兵装。
ハイヴ攻略、特に突入戦の後方支援を目的として試作された電磁速射砲を夕呼が第四計画責任者権限で半ば強引に接収する形で試作機を入手している。
本来速射砲と呼ばれるものは装填作業を人間の操作を介して行われるものであり、自動装填されるものはこう呼ばれないのだが、旧日本陸軍では対戦車砲の事を速射砲と呼んでいた事から速射砲と名付けられた。
元になっているのはXG-70に採用予定の120mm電磁速射砲で、前回の世界でも同様の方法で手に入れている。
通常の火砲は、火薬(炸薬)が爆発する力によって砲弾を飛ばすが、電磁速射砲は磁力が発生させるローレンツ力によって砲弾を飛ばすため、エネルギーの多くが熱として失われる火薬よりも高速で砲弾を飛翔させることができ、それにより砲弾自体の運動エネルギーも上がるため装甲貫徹力も増す。
さらに給弾時における装薬や、発射後の排莢の必要がなく、従来の速射砲と比べて発射速度の速い事が挙げられ、01式電磁速射砲では、毎分30~40発以上の連射が可能で、その威力は艦載砲クラスに匹敵する物となっている。
なお、電磁投射砲では、磁界を発生させるために大量の電力が必要となるのだが、叢雲改型は換装されたジェネレーターの余剰電力によりその問題を解決している。
基本的な構造は一般的なレールガンと同じ物であるが、手持ち兵装である99式電磁投射砲とは違い、固定兵装であるためサイズは大きいため、砲身の冷却材や循環システムもより高性能な物が使用できることとなった。
弾倉コンテナは腰部分後ろに跳躍ユニットと干渉しないような形で装備され、99式電磁投射砲と同じベルト給弾方式が採用されている。


・試製99式回転式多砲身機関砲(ガトリングガン)

試製99型電磁投射砲と同時期に開発された回転式多砲身機関砲。
将来の武装の大型化を見越して試作された兵器の一つなのだが、コスト等の問題から正式採用には至らなかった。
回転式多砲身機関砲は銃軸の周囲に6本の銃身を配置し外部動力でこれを回転させ、連続的に装填・発射・排莢を行う構造を持つ。
この方式の最大の利点は不発実包が混入していても動力で強制排除し、発砲を持続できる事である。
また銃身1本当たりの発射頻度は低くて済むために火薬の燃焼と摩擦によって発生する熱で銃身が過熱しにくく、これによる部品の金属膨張による破損も発生しにくい事から電磁投射砲と比べ開発当初は様々な面で有利だった。
だが、単銃身の銃に比べ部品点数が多く、整備の不便さや重くかさばる等といった欠点も持ち合わせており、更には外部動力と大量の弾薬搭載スペースの確保も必要となることが問題となるほか、カタログ性能面での発射速度は優秀であっても、砲身の回転がそのまま発射速度に達するまでに若干のタイムラグがあり、射撃終了時には発砲されなかった弾薬が何発も無駄に排莢される大食い火器のため、限りある資源を無駄に使うわけにはいかない事などが問題視され、最終的に計画は廃案となってしまった。
しかし、面制圧能力の高さに着目した整備班班長が、叢雲の改良の際に同機の専用武装として半ば強引に採用させた事により再び日の目を見ることとなったのである。
問題点となっていた外部動力は、叢雲改型に新たに採用されたジェネレーターの余剰電力が宛がわれた事で解消されており、弾薬搭載スペースも87式突撃砲と同じ36mm砲弾倉を複数流用する事で解決が図られている。
班長曰く「ガトリングガンはある意味漢のロマン」だそうである。


・試製01式可変型複合兵装・Sraipnar-V.C.W.S(Variable Composite Weapon System)

Mk-Ⅱのフォトン・ライフルとビームソードを合体させた複合兵装。
武用に改良された不知火改型は新型ジェネレーターが搭載された事により、従来機に比べ大幅な出力向上を得る事が出来た。
その為、発生する余剰電力を武装に転換出来ないものかと考えられ新型武器の開発が行われようとしていたのだが、現状ではそれらの物を開発できるだけの時間や労力も無く、あえなく廃案となってしまう。
そこで香月 夕呼は、90番格納庫に放置されていたMk-Ⅱのフォトンライフルとビームソードに着目し、それらを半ば無理やり合体させる事で壱号機の新型武装として採用する事にしたのである。
二種類の兵装を合体させると言う案は米軍が開発した試作型戦術機YF-23用に開発された突撃砲でも採用されており、これらの案を基にこの兵装ではライフルのストック部分にビームソードを二本束ねる様に配置する方法が取られた。
また、二本の刃を収束させる事で威力の向上が図られている他、取り回しの良さなども考慮されライフル本体の各部形状なども改良が加えられている。
ロングレンジモードでは通常のライフルとして、クロスレンジモードではバレル部分を柄の様に持つ事で運用されるのだが、サーベルと言うよりは槍に近い装備になっている。
しかし、戦術機とPTでは規格が違う為にそのまま装備する事は不可能であり、苦肉の策としてコネクター類や制御系を含めてごっそりMk-Ⅱから移植すると言う強引な手段が採用された。
しかし、搭載されているジェネレーターがあくまでコピーしようとしたものである以上、オリジナルと同等の出力を得る事は不可能であることから威力などは70%程度に低下している。
この様な物に仕上がった理由は、開発者である『香月 夕呼』の『面白そうだから』と言う一言だったらしいのだが、本当かどうかは定かでは無い。
ちなみにこの件に関してはキョウスケ達に内緒で行われていたらしい。
なお、名称のSraipnarはEX世界で武がプレイしていたゲーム内に登場する機体の武器から、V.C.W.Sは可変型複合兵装の英訳の頭文字を取ったもので、命名者は白銀 武本人となっている。


・XCPAMWS-00試作型荷電粒子ライフル

シャドウミラーが独自に開発した戦術機用の携帯型粒子兵器。
ゲシュペンストなどに用いられるメガ・ビームライフルをベースに戦術機でも扱えるよう設計されている。
高エネルギーにより励起された荷電粒子やプラズマなどを臨界まで圧縮し、光速で射出する指向性エネルギー投射兵器である。
専用の弾薬、主に粒子が必要とされるが、ビーム発振器内には半永久的に撃ち続けられるほどの弾薬が貯蔵されているようで、玉切れの問題は無い。
ただし、ライフルの稼働には膨大な電力を必要とするため、従来の戦術機に搭載されているジェネレーターでは機体自体の出力が低下し、機動性が一時的に落ちる、もしくは最悪の場合機体が動かなくなる等の弊害が起こるため、電力供給のためにマガジン型のバッテリーが採用されている。
実弾兵器同様にマガジンを交換する事で長時間の戦闘を行う事が可能であるが、一発あたりの電力消費量も馬鹿になら無いといった欠点や大気圏内ではビームの大気による減衰が多く、威力や射程に問題が出るほか、水中ではより一層減衰してしまうという弱点を持っている。
しかし、それらの点を踏まえた上でも携帯型の粒子兵器が存在しないこの世界では有用性が高く、今後の改良次第では対BETA戦においての有効な手段となることが窺える。
崩壊したシャドウミラーの前線基地において、損傷を免れた物が数機発見され、そのうちの一つは解析に回される事となり残りは実戦配備される予定。



≪近接戦闘用兵装系列≫


・試製87式旋棍(トンファー)

近接戦闘用の試作兵器。
先端部が74式近接戦闘長刀と同じくスーパーカーボン製の刃になっているほか、形状はYF-23に採用されている長刀と同じくソリッドなブレード形状になっている。
しかし、取り回しの不便さ、時機を損傷させるケースが多い事などから正式採用は見送られたのだが、試作型戦術機・烈火の装備として採用される事となった。



≪その他装備系列≫


・91式噴射跳躍システム改

帝国軍第三世代戦術機に採用されているジャンプユニットの改良型。
不知火 弐型に採用されたジェネラルエレクトロニクス製のエンジンを参考に更なる高出力化が行われている。
戦術機用の跳躍ユニットは本体とのバランスを前提に設計されているため、元来他機種との互換性は無いのであるが、帝国軍はパーツ流用を前提に設計を行う事でこれを可能としている。
このシステムは、エンジン換装による高出力化以外に燃料タンクをカートリッジ化する事で補給の手間を省くといった改良が施されている。
ただし、高出力化に伴い燃費は若干低下してしまっているため、オプションとして外付けのプロペラントタンクが新たに増設されている。


・次世代型戦術機用跳躍ユニット:テスラ・ドライブ・イージー

PT技術を解析し、得られたデータを基に開発された次世代型戦術機用跳躍ユニット。
当初の予定では解析されたデータを基にデッドコピー品を製作する予定だったのだが、現状の技術では製造が困難と判断され、オルタネイティヴ計画で培われた技術を基に再現できる範囲内で製造されている。
そのため、性能はオリジナルに比べ約70%程の能力しか発揮できないほか、T・ドットアレイを応用した技術も再現できていない。
しかし、純粋に跳躍ユニットとして考えれば現行のシステムに比べ破格の性能を備えており、従来の跳躍ユニットとは比べ物にならない出力と機動性を有しているため採用される事となった。
テスラ・ドライブの特性である高効率反動推進装置を備えている為、重力質量と慣性質量を別個に変化させる事が可能なことから短時間ではあるが飛行(従来の跳躍ユニットでは高高度の飛行は不可能)も可能となっている。
現状ではテスト段階であるため、不知火・改型にのみ装備されている。
簡易型テスラ・ドライブという事でテスラ・ドライブ・イージーの名が冠されているが、殆どの者は一貫してテスラ・ドライブと呼んでいる。


・試製94式増加装甲システム改

第三世代機である不知火は、新素材による装甲の軽量化やデータリンクの高速大容量化、機動性重視の設計が特徴で、それまでの第一、第二世代機と比べて機動性だけでなく、柔軟性、即応性も大幅に向上している。
だが、対BETA戦を意識した近接戦闘能力と近接機動性を重視した結果、防御性や耐久性にやや難色を示す事となった。
それを改善するべく開発されたのが試製94式増加装甲システムである。
新開発の耐熱対弾装甲材で成形されており、理論上は重光線級の単照射は15秒弱、光線級なら45秒弱は耐えられる仕様となっている。
しかし、機体重量の増加の為に第三世代型の特徴である機動性が失われる事となった他、メンテナンス面でも問題が発覚し、試作用のパーツが数機分開発された時点で計画は中止された。
試製94式増加装甲システムの問題点を改善するべく開発されたのがこの改型で、こちらの特徴としてはパイロットの任意で増加装甲をパージする事が可能である事が挙げられる。
これらは不知火系列の機体に装着することを前提として開発されており、系列機であればほぼ無加工で取り付けることができるよう調整されている。
それが実現可能となったのは、衛士用強化装備に使用されている特種柔軟素材の戦術機への転用に成功した点が大きい。
装着方法は柔軟素材の性質を利用し、外部から一定の衝撃を加える事でそれらを硬化させる事で行われている。
更に各パーツはユニット化されているため、形状の違う機体であっても部分的に装着することも可能となっている。
また、改良型ジャンプユニットの恩恵で危惧されていた重量増加に関する問題も最低限に抑えられる事となった。


・マリオネット・システム

シャドウミラー残党が開発した無人制御システム。
その名が示す通り、AI制御の無人機を操るシステムである。
AI制御の無人機は様々な戦闘データを基に作られた戦闘アルゴリズムが組み込まれており、完全な自立行動がとれる他、有人機と違い、人体が耐え得る以上の高G機動が可能であり、精密無比な攻撃力と併せ運用次第では強力な兵器となる。
しかし、従来機以上の機動が可能となる反面、次々と状況が変化する戦場においてはそれらに対処できなくなる事がしばしばあった。
それを打開する為に開発されたのがこのマリオネット・システムなのである。
親機である機体に搭載された管制システムによって集中制御され、優れた戦術センスを持つ者が操作する事によって戦況に応じて細かな指示をだす事で柔軟に対応させる事を目的として開発されたのだが、機械的な動きが読まれやすいといった弱点も持ち合わせており、量産型Wナンバーズの量産態勢が整った事も相俟って研究途中で開発は一時中断されたがオルタ世界において手数を補う目的で完成させられた。



4.用語解説


≪戦術機関連の計画≫


天照計画(プロジェクト・アマテラス:Project Amaterasu)

日本帝国政威大将軍・煌武院 悠陽の命で極秘裏に進められている計画。
オルタネイティヴ第四計画と並行して進められている日本独自の計画で、オリジナルハイヴ攻略ならびにBETA殲滅を目的としている。
東京湾上に建設された人工島区画・高天原を中心に進められている。
高天原は以前から建設が行われていたのだが、BETA関東侵攻の際に一時中断され、明星作戦終了後に開発が再開されている。
同計画は、次世代型戦術機開発やそれに伴うものも含まれているため、便宜上こちらに記載させていただく。



[4008] 本編登場キャラクター設定資料(ネタバレ含む)
Name: アルト◆ceb42498 ID:f0f37b8f
Date: 2010/01/27 22:49
≪本編登場キャラクター設定資料≫


ここに書かれている内容は、本編に関するネタバレが含まれております。
以上の事を踏まえたうえでお読みください。


以下、設定に関してです。

1.本編に登場するマブラヴキャラクターと解説

2.本編に登場するスパロボOGキャラクターと解説

3.本編に登場するオリジナルキャラクターと解説


基本的に詳細は本編内を読んで頂く事にします。
解説が無いキャラに関しては、元の作品に準じた設定とお考えください。
解説が存在するキャラは、小説内においての設定が含まれていることから掲載させて頂きます。
なお、オリジナルキャラクターに関しては、元の作品に名前だけ登場している、もしくはマブラヴの世界(EX等も含む)人物も含まれており、設定がオリジナルの場合もある事をご了承ください。



1.本編に登場するマブラヴキャラクターと解説


・白銀 武

本編の主人公。
以前の世界の武は、因果導体から解き放たれ元の世界へと戻る際、この世界を救いたいと願っていた。
オルタの世界にて因果導体から解き放たれ、元の世界へ戻って行った筈だったが、何かしらの力の影響で再びオルタ世界2001年10月22日へと再び舞い戻って来たのである。
以前の世界での記憶を元に夕呼に協力を取り付ける事に成功した彼は、異世界より転移してきたキョウスケ達と共に自身が願う最良の未来を描こうと努力する事となる。
実はこの世界の武本人で柊町がBETAに襲撃された際、運よく捕獲されなかった事で死亡を免れていた。
どういった経緯で今までの世界での経験と記憶だけを引き継いだのかも不明だったのだが……


・鑑 純夏

白銀 武の幼馴染。
オルタ編同様、オルタネイティヴ第四計画の要である00ユニットとして復活させるため、香月 夕呼によって脳髄のみの状態で存在させられていた筈だったのだが……


・御剣 冥夜

国連太平洋方面第11軍・横浜基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊所属の訓練兵で同部隊B小隊の副隊長を務めている。
前回の世界での記憶を持っているのだが、その事実は一部の人間を除いて秘密となっている。
今回の世界では悠陽との関係も比較的早い段階で修復が図られ、普通に姉と妹の関係で接しているが、公になっているわけではない。
再び武や他の訓練部隊の面々と会うために国連軍横浜基地へと赴き、207訓練部隊に所属する事となる。


・香月 夕呼

国連太平洋方面第11軍横浜基地副司令を務める人物で、オルタネイティヴ第四計画の総責任者。
彼女も前回の世界の記憶を持っている人間の一人。
今回はオルタネイティヴⅣに関する記憶も持っている為、再びこの世界に戻った原因究明の方に力を注いでいる。
武を特務大尉にしたり、OGの世界から転移してきたメンバーに色々と便宜を図ってくれたのもこの人。
現在はオルタネイティヴⅣの研究もそこそこに、何故自分やキョウスケ達が転移してきたのかを探るために行動している。


・社 霞

オルタネイティヴ第三計画により生み出された後期型の人工エスパーとでも呼ぶべき存在であり、歩く機密と言っても過言ではない立場に居る少女。
本名は『トーリースタ・シェスチナ』で『社 霞』は夕呼がつけた日本名である。
一部欠落しているものの、今までの世界での記憶を持っており、前回の世界の桜花作戦終了後、武と別れた彼女は再び彼と会いたいと切に願っていた。
その願いが通じたのかは分からないが、再び彼女は自分が元居た世界と非常によく似たこの世界へとやってくることとなったのである。
武や純夏との再開を喜んでいた彼女であったが、その心境は複雑な物であった。
再びシリンダー内に収められた純夏の脳髄を見る度に前の世界での出来事を思い出していたのである。
それでも彼女は、自分にできる事を行おうと純夏と思われる脳髄にリーディングとプロジェクションを繰り返し、様々な情報を読み取ろうと試みるのだが……


・煌武院 悠陽

日本帝国国務全権代行である政威大将軍で、彼女も武達と同じく前回の世界での記憶所有者。
今回の世界では一部の者に対してだけではあるが、比較的早くから冥夜との関係を明らかにしている。
古から双子は世を分ける忌児だとする煌武院家の為来りを覆すべきだと考えており、冥夜と共に歩みたいと願っているが中々状況は好転しないらしい。
また、夕呼に新型機開発の協力を求めたり難民救済に力を入れるなどといった事も行っており、前回と比べ積極的に様々な事に係わろうとしている。



2.本編に登場するスパロボOGキャラクターと解説


・キョウスケ・ナンブ

OGの世界から転移してきた一人。
香月 夕呼の提案で、元の世界へ帰るまでの間協力することとなる。
OG世界において仲間達と共にとある施設を調査中、突如転移してきた要塞級BETAとの戦闘に巻き込まれるももの、偶然その場に馳せ参じたアクセルやアルフィミィ達と共にそれを撃退する事に成功。
しかし、施設内部に侵入していた小型種BETAにより引き起こされた動力炉暴走に巻き込まれてしまう。
そして爆発の衝撃でオルタ世界へと飛ばされたが、そこはBETAと呼ばれる地球外生命体と戦っている世界だった。
運良く助かったもののつかの間、見知らぬ機体に搭乗した兵士達に拘束され、横浜基地へと連行される事となる。
そこで香月 夕呼と出会い、この世界の情勢、そして自分達に起こった事を聞かされたことで元の世界へ戻るために彼女に協力する事になったのである。
その後、彼女の直轄部隊であるA-01に配属、大尉の階級を与えられ部下や仲間達と共に元の世界へと戻るために奮闘するのだが……


・エクセレン・ブロウニング

OG世界から転移してきた一人。
キョウスケ同様、夕呼の提案で協力することとなる。
キョウスケや仲間達と共に調査中の事故に巻き込まれオルタ世界へと飛ばされてしまうが、持ち前のキャラで動揺する仲間を元気付けている。
元の世界へと戻るまでの間、夕呼の指示でA-01へと配属され、同部隊の副隊長を務める事となった。
そしてこの世界で出会った白銀 武に協力するべく半ば強引に訓練部隊の特別教官も務めている。
この世界においては、アクセルの勧めでアルフィミィとは姉妹という事になっているのだが、自分達と共に行動するよりは同年代の訓練部隊の面々と共に行動するほうが彼女のためになると判断し、一定の距離を取りつつ暖かく見守っている。
気まぐれから教官をやってみたいと言い出し、夕呼の一声でそれが採用される事となった。
意外な事に教官としての力量も高く、神宮司 まりもとは違ったタイプの良き教官として訓練部隊の面々には慕われているのだが、少々その言動などには問題があるのではないかと考える者も少なくはない。
最近は任務以外では207訓練部隊の方へ顔を出す機会が多くなり、ブリットはその事に関して頭を悩ませている(主な理由は自分が一番からかわれる事が多いため)。


・ブルックリン・ラックフィールド

OG世界からの転移組の一人。
愛称はブリット。
情報収集も兼ねて207訓練部隊に他の訓練校からの異動と言う形で所属する事となる。
訓練部隊では207C小隊長を務める。
オルタ世界へと転移し、この世界を救うことに協力するため、現在は仲間達と共に訓練部隊に所属している。
同部隊ではキョウスケの勧めで分隊長を務める事となり、友人となった白銀 武に協力するべく奮闘中。
キョウスケが彼を分隊長に推薦した理由は、そろそろ彼にも隊を率いる術を身に付けて貰いたいという考えが有ったからである。
訓練部隊内では、彼と同じく剣術を得意とする御剣 冥夜と共に訓練する事が多く、互いに良い目標と考えているようだ。
また、アラドのフォローに回る事が多く、良い意味で彼の兄貴分的な人物になりつつある。



・クスハ・ミズハ(水羽 楠葉)

ブリット同様OG世界からの転移組の一人。
情報収集も兼ねて207訓練部隊に他の訓練校からの異動と言う形で所属する事となる。
訓練部隊ではC小隊の副隊長を務める。
仲間達と共にこの世界を救うため訓練部隊に所属している。
同部隊ではエクセレンの勧めで熱くなりやすいブリットを補佐するために副隊長を務める事となった。
本当の理由は、そうした方が何かと面白くなりやすいという事らしいが、本当かどうかはエクセレンのみぞ知る所。



・ラミア・ラヴレス

OG世界からの転移組の一人。
キョウスケ達と共に元の世界へ帰るまでの間、白銀 武や香月 夕呼に協力する事になる。
転移時の衝撃で乗機であるアンジュルグが損傷しているため戦術機に搭乗しているが、元々様々な組織への潜入工作を得意としていただけ有って操縦に関してはさほど問題はない模様。
エクセレンに半ば強制させられるような形で207訓練部隊特別教官補佐を務める事となったのだが、意外と本人も乗り気なようで訓練生に的確なアドバイスを与えたり、相談に乗ってやる事も多いようだ。
戦闘任務の際は、CPが存在しないキョウスケ達の部隊のため、電子戦仕様の不知火改型を駆り戦域管制を行う事が多いが、戦闘を行わない訳ではない。


・アラド・バランガ

OG世界からの転移組の一人。
情報収集も兼ねて207訓練部隊に他の訓練校からの異動と言う形で所属する事となる。
配属当初、自分達がB小隊の面々より歳下である事を彩峰に指摘され、その事を馬鹿にされていると思った彼は彼女に反論。
更にラトゥーニやアルフィミィを巻き込んで、一時はかなり険悪なムードになってしまった。
しかし彼が怒った原因は、自分が馬鹿にされているのではなく、これまで苦楽を共にしてきた仲間を馬鹿にされたと思った事からだった。
現在はその時のわだかまりも解消されつつあるのかB小隊の面々とも打ち解けている。


・ゼオラ・シュバイツァー

OG世界からの転移組の一人。
情報収集も兼ねて207訓練部隊に他の訓練校からの異動と言う形で所属する事となる。
仲間と共にオルタ世界に転移してきた直後、207C訓練部隊に所属する事になった。
当初は誤解からB小隊の面々の事を快く思ってなかったが、現在は打ち解けている。
高機動戦闘や狙撃能力に秀でており、訓練部隊内では珠瀬 壬姫に続く狙撃主としてその能力を発揮している。


・ラトゥーニ・スゥボータ

OG世界からの転移組の一人。
情報収集も兼ねて207訓練部隊に他の訓練校からの異動と言う形で所属する事となる。
OG世界において事故に巻き込まれ、オルタ世界へと転移してきた彼女は、ブリット達と共に訓練部隊へと所属する事になった。
同部隊では最年少の部類に入るが、その能力は部隊内でもトップクラスの実力を備えている。
特に情報分析と解析能力に優れている事からC小隊の参謀格といった位置づけであると言っても過言ではない。
特殊任務時にはアルフィミィと共に叢雲改型に搭乗し、主席衛士を勤める。
また、彼女とは年齢も近いため一緒に行動することが多い。


・アクセル・アルマー

OG世界へ戻る為にキョウスケ達と共に夕呼に協力することとなる。
先の大戦の後、キョウスケ達と別れた彼は、アルフィミィと共に独自行動を取っていた。
その時偶然捕らえた反応を調査するために連邦の施設へと赴いた際に彼らと再会、そしてBETAと遭遇し、彼らと共にそれを打ち倒す事に成功する。
しかし、その時に起こった事故が原因でオルタ世界へと転移することとなり、元の世界へと戻るために彼らに協力する事となった。
以前はキョウスケを敵視していた彼であったが、現在は過去と向き合う事でわだかまりを捨て、彼らに協力している。
特殊部隊を率いていたためか、キョウスケよりも広い視野で物事を捉えることが可能で、表向きは香月 夕呼に協力するそぶりを見せているものの、彼女の行動を危惧し、キョウスケに彼女の危険性を説くなどといった参謀的な役割をこなす事も多い。
また、自身の能力を活かし、単独で調査任務に就く事もあるため、ある程度の自由行動を許されている。


アルフィミィ・ブロウニング

OG世界へと戻る為にキョウスケ達と共に夕呼に協力することとなる。
アインストの支配から脱し、自身と言う個を得た彼女は、自分にできる事を探すためアクセルと共に行動していた。
その時、彼と共に事故に巻き込まれオルタ世界へ転移することとなり、元の世界へと戻るためにキョウスケ達と協力する事になる。
オルタの世界ではエクセレンの妹と言う事になっている為、アルフィミィ・ブロウニングを名乗り、ブリット達と共に訓練部隊に所属している。
なお、ブロウニングの姓を名乗る事を勧めたのはアクセルであり、妹と言う事にしようと言い出したのはエクセレンで、彼女はこの出来事を本当に嬉しいと思っている。
訓練部隊に所属となった理由は、同部隊には比較的歳の近い者達が多く、彼女らから学べるものも多いだろうと判断したエクセレンの考えで、アルフィミィの成長を願っての事だった。
性格はエクセレンを幼くした感じであり、最近はますます彼女に似てきている上に彼女を手玉に取ることもある。
そんなアルフィミィの成長を喜ぶエクセレンではあるが、時と場合によってはこのままで良いのだろうかと悩む事も多々あるらしい。
特殊任務時にはラトゥーニと共に叢雲改型に搭乗し、彼女のサポートを務めている。
また、彼女とは年齢も近いため一緒に行動することが多い。



3.本編に登場するオリジナルキャラクターと解説


・築地 多恵(部分的な設定のみオリジナル)

国連軍横浜基地、A-01部隊所属の衛士。
涼宮 茜、柏木 晴子の同期でポジションは突撃前衛。
以前の世界ではXM3トライアル時のBETA奇襲において戦死している。
気弱そうな感じだが、大人しい顔をして辛辣なことを口走ってはすぐに謝る。
焦ったり興奮したり等のテンパった状態になると謎の訛りが飛び出す。
武との模擬戦では彼の改型に敗れてしまったものの、水月とコンビを組んでいた事から衛士としての実力は高いことが窺える。
寒い所が苦手であり、その仕草や行動から実は猫なのではないかと噂されているが定かではない。
やたらと茜に肩入れしたがったり、美冴と祷子の仲を見て二人を「師匠」と呼ぼうとしたりするなど、レズ疑惑あり。
ちなみに巨乳。


・七瀬 凛(設定のみオリジナル)

国連軍横浜基地、A-01部隊所属の衛士。
茜や晴子達と同期だが、年齢は一つ歳下でポジションは砲撃支援。
以前の世界で武達が配属される前に戦死したヴァルキリーズのメンバーの一人と考えられる。
冷静な分析能力で相手の弱点を突く事を得意としており、同じポジションの晴子とはタイプの違う実力者である。
一つ違いの兄が居り、彼は帝国軍で衛士をしている。
また、極度のブラコンであり、兄のためなら盲目的に突っ走ってしまう事が多々あるため、それを直そうと努力しているがそれ程改善されるような様子は無い。


・麻倉 麻美子(名前と設定は作者のオリジナル)

国連軍横浜基地、A-01部隊所属の衛士。
涼宮 茜と同時期に伊隅ヴァルキリーズへと配属された。
ポジションは制圧支援。
以前の世界で武達が配属される前に戦死したヴァルキリーズのメンバーの一人と考えられる。


・高原 仁美(名前と設定は作者のオリジナル)

国連軍横浜基地、A-01部隊所属の衛士。
涼宮 茜と同時期に伊隅ヴァルキリーズへと配属された。
ポジションは強襲掃討。
以前の世界で武達が配属される前に戦死したヴァルキリーズのメンバーの一人と考えられる。


・紅蓮 醍三郎(設定のみオリジナル)

帝国斯衛軍第一大隊を預かる斯衛軍大将。
斯衛軍では悠陽に次ぐ権力を持った人物で、冥夜の師匠でもある。
鍛え上げられた肉体やその風貌からは、相手に只者では無いといった威圧感を与えると共に老いを全く感じさせていない。
また、無限鬼道流といわれる剣術を体得しており、老齢であるにも関わらず常に最前線に立って戦うその姿は多くの物から慕われる要因となっている。
意外な事に女性に対しての免疫は低く、強化装備越しに透けて見える胸などを見て鼻血を出すなどといったお茶目な部分も持ち合わせている。
斯衛の大将でありながら武御雷の開発主任衛士を務めていたことがあり、明星作戦において実戦テストを行うため同機で出撃している。


・剛田 城二(設定のみオリジナル)

帝国斯衛軍に所属する衛士で自称白銀 武のライバル。
人の話を全く聞かない猪突猛進型の熱血漢だが、時々もっともらしい事をいうことのある侮れない存在である。
元々帝国軍所属の衛士だったのだが、後にその腕を買われ斯衛軍へと引き抜かれる事となった経緯を持つ。
任官間もない時期に大規模反抗作戦である明星作戦に参加するものの、自分の所属していた部隊は一部の者を除いて全滅してしまう。
その直後から彼は自分の無力さを痛感し、打倒BETAという信念と友に託された願いから斯衛軍大将紅蓮 醍三郎を師と仰ぎ日々精進を重ねた結果、幾分かその性格もまともになり現在は斯衛軍第一大隊の小隊長を任されるほどに成長するまでに至ったのである。
時折意味不明な発言をし自分に酔う事もあるのだが、衛士としての実力は折り紙つきで部下からの信頼も厚い。
斯衛軍に所属しているが、元々武家出身ではないため与えられている機体は黒い武御雷であるC型。
その性格ゆえに頻繁に近接戦闘ならびに格闘戦を行う事が多いため、彼の機体の整備を担当している兵士はいつも泣かされているらしい。
そんな彼の性格を考えた紅蓮が彼の機体用に新装備の開発をさせているとの噂があるのだが……


・飯塚 悟郎

国連軍横浜基地の整備班班長で通称おやっさん。
元は帝国軍所属の整備兵で、その腕を買われ横浜基地へと引き抜かれた経緯を持つ。
過去に叢雲の開発に関わっていた事もあるらしく、同機体が再び日の目を見る事になったことを心底喜んでいた。
かなり腕っ節の強い人物で、無茶をして機体を壊した衛士に対して例え上官であろうとも鉄拳制裁を加える事がある。
しかしそれは、彼なりにその相手を認めている事の裏返しでもあり、信頼の証でもある。
彼もまた京塚曹長と同じく階級が通用しない人物であるのだが、基地内の殆どの人物から慕われているため問題になってはいない。


・月詠 凪沙

帝国斯衛軍の衛士で、階級は少尉。
物腰は柔らかく落ち着いた感じの女性で、普段は長い黒髪を一つにまとめてアップにしており大和撫子と言った風貌が見受けられる。
斯衛軍中尉である『月詠 真那』の分家に当たる筋の人物であり、真那は彼女の親戚。
現在は新型機開発のため、悠陽の命により横浜基地へと出向しているのだが……


・謎の男

シャドウミラーを指揮する正体不明の人物。
その容姿はかつて同組織を指揮していた人物に酷似しており、本人かとも噂されているのだが詳細は不明。
アクセルを拉致しようとしたり、米軍と結託して何やら事を起こそうと企んでいるのだが……


・W12(ダブリュー・ワン・ツー)

シャドウミラーに所属する人造人間の一人。
ラミアと同じ後期型Wナンバーズのメンバーで、電子工学のエキスパートとして調整されている。
身体能力ならびに機動兵器操縦の技術は他のナンバーズに比べ劣っているが、AI制御の無人機の統率を行う能力に優れている。
また、ハッキングなども得意としており、機動プログラムやモーションパターンの構築なども他に類を見ないため、不得手としている部分はそれらで補っている。
かなり自信過剰な人物であり、常に自分の優位を信じて疑わない。
だが、それらが崩されると非常に脆いといった不安定さも抱えている。


・崇宰 信政(たかつかさのぶまさ)

五摂家の一つ、崇宰家の当主ではあるが斯衛には所属しておらず、帝国陸軍大将を務めている。
技術廠・技術開発局のトップに立つ男でもあり、第壱開発局副部長を務める巌谷 榮二は彼の部下の一人。
老齢な風貌で常に笑顔を絶やさない紳士的な人物として周囲の人間には認識されている。
だが、少々強引に物事を推し進めたり、相手が誰であっても不遜な態度をとる事もあるため中々本性を見せない。
悠陽と同じく、民の事を第一に考えるような素振りを見せているのだが……


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