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[3174] かみなりパンチ
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:10900b83
Date: 2008/06/05 01:44
 剣と魔法のファンタジー世界がある、などという与太話を、ゴッチ・バベルは素直に信じた。冷たい留置所にぶちこまれていた時の事である

 留置所は、ゴッチに知れる範囲では他にも六部屋程あったが、中は空だった。七部屋を一区画として、ゴッチの居る区画には、ゴッチしか居なかった
 区画担当の監視員である男は四十歳で、丁度ゴッチの倍の年数を生きている。ゴッチと同年代の息子が居るらしく、監視員はゴッチに対して気さくに接した

 監視員の男の言葉に、ゴッチは多大な興味を示した

 「そっかぁ、スゲェな。別の大陸とか、別の星とか、そう言う事じゃなくて、マジで異世界なのか」
 「どっかの研究者が開発したワープゲートがあるらしいぜ。作った本人にもヤバイのが目に見えてたから、“不特定多数の権力者”から口を封じられる前に公表したんだそうだ」
 「剣と魔法かぁ。ガキのゲームみたいだぜ」

 冷たい壁に背中を預けながら、ゴッチは椅子に座って雑誌を読んでいる監視員にニヤリ笑いした

 「以外に素直に信じたな、俺は未だに半信半疑なんだが。特に魔法とか言うのが嘘臭いじゃねぇか」
 「魔法なんてよ、俺らだって似たようなモンさ」

 ゴッチが立ち上がった。トン、とステップを踏んで、ファイティングポーズを取る
 監視員の見ている前で、拳を数発繰り出した。風を唸らせる剛拳で、力強い

 「今から四千年くらい前までは、俺らみたいなのは居なかったんだぜ。その当時の人間から見たら、俺らだって充分魔法使いだろ?」

 ゴッチが咆哮して、拳を壁に叩きつける
瞬間、稲妻がゴッチの肉体を駆け巡った。閃光で視界を白く染めながら繰り出されたゴッチの拳は、留置所の壁に巨大な穴を開けていた

 ピクシーアメーバと呼ばれる魔物が居る。無類のタフネスと回復力が売りの、放電する赤い単細胞生物だ
 ゴッチ・バベルは、そのピクシーアメーバとのハーフだった。亜人と一般では呼ばれている

 「うわ、馬鹿、暴れるな。電気人間のお前さんが、特殊処理を施された牢屋にぶちこまれてねぇのは、拘束された時の態度が素直だったからだぞ。あーあ、壁に穴まで空けやがって」
 「へっへ、悪ぃな、おっさん」

 悪いと心底から思っている表情ではない。ゴッチは、ニヤニヤしながら腰を下ろした

 「壁の修理費、請求されるぜ」
 「良いぜ、払うのは俺じゃねぇ」
 「誰だよ」

 監視員が苦笑いしながら質問した時、監視員の背後にある、この区画唯一の出入り口であるドアを、何者かが叩いた
 四角く切り取られた枠の向こうで、巨大な青い鳥の頭が中を覗き込んでいる

 「ほれ来た。修理費頼んだぜ」


――


 「ボス、今回は遅かったじゃねぇか」
 「悪かったな。急な飛び入りの依頼が入っちまって、迎えが遅れた」
 「いや、謝る事ねーや。結局俺も、今回の仕事しくじっちまったし」

 ゴッチの隣、威風堂々とよちよち歩きする青い鳥の名は、SBファルコンと言う。鳥の亜人と言うか、もう丸きり鳥で、人語を使いこなす様を見ていなければ、ただのでかい鳥にしか見えない

 姿形は鳥だったが、極めて紳士的であるこの鳥は、何時も身だしなみに気を使って特注のスーツを着ている
 鳥の特徴を持つ亜人は幾らでもいるが、スーツを着込んだ丸っきりの鳥となると世界でも早々居ないので、SBファルコンをはじめて見る者は、大抵驚愕するか、その珍妙さに大笑いするのが普通だった

 どこか薄暗さを感じる通路を抜けて階段を上り、警備隊の事務所まで行くと、待ち構えていた男がゴッチのスーツを差し出してきた
 ゴッチを留置所に叩き込んでくれた警備隊の男である。スーツをひったくるように受け取ったゴッチは、舌打ちしながら早歩きになる

 ゴッチが来ているスーツはSBファルコンのお下がりだった。SBファルコンが着こなせば、それはそれは優雅であったのだが、ゴッチが着崩せば、どんなスーツもだらしない

 「それでな、飛び入りの依頼ってのは、お前にも関係がある。いや、寧ろお前が主役だな」
 「へぇ?」
 「異世界なんてイカれた話は知ってるか?」
 「留置所でおっさんから聞いたぜ」

 警備隊の所有するビルから出れば、そこに黒塗りの高級車が待ち構えていた
 ゴッチは少々、驚いた。その高級車が、地に足つけてエンジンを唸らせていたからだ。交通量が過多になりすぎた今の世の中、車とは普通空を飛ぶ物の事を言う

 そしてどの新車も、大抵三年以内にスクラップになる。それぐらい、空を飛ぶ車と言うのは事故が多い

 今時地面を走る車なんてのは、「地べた這いずり回る権利」を買い上げた、金持ちの特権なのである

 「さっきな、世界のお偉いさんが話し合って、その異世界とやらには極力不干渉を貫くと決まったそうだ。本当は誰も彼も飛んでいきたいさ、手付かずの資源やら、たんまりあるだろうからな。だが、睨み合いになっちまって動くに動けん。なら、自粛しようってな」
 「嘘くさいぜ。そんな紳士的な世界だったかい? 俺らが生きてるここは」

 二人が乗り込むと、車は走り出した。運転手は居ない。自動操縦で動く車はフラフラしているような気がして、ゴッチは内心不安になった

 「まぁ、俺たち“ワルの下請け会社”にゃ関係ない」

 SBファルコンは何処から取り出したかサングラスを掛けて、お気に入りの葉巻の先を嘴で食い千切った
 ゴッチが火を差し出せば、品の良い香りが立ち上る。葉巻を吸っている時のSBファルコンは、特に格好が良い、とゴッチは個人的に思っている

 「ゴッチよ、留置所から出たばかりのお前には悪いんだが、今から速攻で異世界まで出張して来て貰うぜ」
 「マジかよそいつぁ! ダークスーツ着込んで異世界までのこのこ出張って、剣でも振り回せってか?」
 「お前が振り回すのは拳骨だろう」

 車が止まって、品の良い人口音声が降車しろと伝えてくる
 降りると、天高く伸びる巨大なビルがあった。警備隊のビルもそれなりに高かったが、こちらは更に高い。周囲に日陰を作成して酷く迷惑な建物だと、ゴッチは捻くれた感想を持った

 「そろそろ日が暮れるな。誰か、上でエアカー運転してる奴、ミスってビルに突っこまないかな」
 「雇い主だろ? 良いのかい、ボス」
 「俺はファルコンだからな。飛ぶのに邪魔な高層ビルは、本当は嫌いなんだぜ」

 ドォン、と激しい衝突音がする。SBファルコンの軽口が現実になったか? と上を見上げたか、ガラスや残骸等は降ってこない
 音がしたのはどうやら後ろからだった。フリスビーのような円形をした工場が煙を吹いている。エアカーが突っこんだのは、どうやらあちららしかった

 「行くか。相手は美人でな。待たせるのは紳士的じゃない」

 爆炎に目もくれず威風堂々とよちよち歩きするSBファルコンの後を、ゴッチは素直についていく


――


 「待っていたよ」

 白衣を着た女の研究員が、眼鏡を弄りながら言った。医者と研究員は、何時も白衣なのが常識だ
 女は、ちろ、と舌を出す。何だかゴッチは背筋が震える。女の目を睨み付ければ、琥珀色の瞳は縦に割れていた

 「テツコ・シロイシ所長殿だ」

 SBファルコンが紹介すると、テツコは宜しくと手を差し出してきた

 なるほど、SBファルコンに美人と賞賛されるだけはある。背で一まとめにしている黒髪が何だか野暮ったいが、そんな事ではどうにもならない色気がある
 顔立ちは、ゴッチには少々馴染みが無い。人種が違うようだ。悪いと言うわけではない。整っている
 しかし何より、しなやかな肉体が良かった。抱き心地が良さそうだな、とゴッチは顔に出さずに思った

 「見たとおり、って訳じゃなさそうだ。蛇か?」
 「ご名答。何で解った? 確かに私は蛇の亜人だよ。身体的特徴には殆ど出てないんだけど、毒牙があるんだ」
 「ゴッチ、余り色目を使うなよ。彼女の毒は三種類あってな、致死毒と、麻痺毒と、……中毒性の高い麻薬…いや、媚薬だったか? まぁ兎に角、本気にさせたら、一生縛り付けられるぞ」
 「止めてくれないか、ファルコン。私はそんなに怖い女じゃない」

 ゴッチは苦笑いしながらテツコの手を取った。冷やりと冷たい
 蛇のテツコと、鳥のSBファルコンだ。相性が良いとは思えなかった

 「時間が惜しいんだ。説明をしたいから、ついてきてくれ」

 テツコが早足で歩き出した。何人もの研究員達が大慌てで駆け回っている最中を、危なげなくすり抜けていく
 異世界と言う代物の出現のせいで、勤務状態が極めて悪いようだった。目の下に隈を作っていない者は、一人として居なかった

 「いや、シロイシ所長は平然としてたろう」
 「そういやそうだった。タフな女みたいだな」
 「……あぁ、タフと言えば、まぁそうだな」

 SBファルコンが何故か顔を顰めた

 テツコが案内した部屋は、簡素なミーティングルームだった。使用頻度が少ないのか、埃っぽい
 ホワイトボードの前に陣取ったテツコは、男の顔写真が載った書類をゴッチに差し出した

 「ジェファソン・レイクソン?」

 そう、名前の欄に記入されている
 痩せ過ぎで骨の浮き出た、骸骨のような男だ。土気色の肌で眼つきが良くない。死体と見間違える程の顔色の悪さだった

 「“異世界”への移動を実現した現代科学の至宝だよ。名の知れた学者なんて、大抵偏屈な性格をしているけど、ジェファソン博士は特に人付き合いが苦手らしいね」
 「それで、そのジェファソン博士が何なんだ?」
 「実は、異世界に博士の娘が迷い込んでいるらしいんだ」

 はぁ? と眉をしかめながらゴッチは書類を捲る。更に顔写真尽きの個人情報が現れた
 何故かメイド服を着た、緑色の頭をしている女の写真だった。作り物のような奇妙な色合いの緑髪に、ゴッチは違和感を覚える

 ふと気付いた。首だ。首に線がある。メイド服のリボンで少々見えにくいが、間違いない
 まるで継ぎ目のようだった。掴んで引っ張れば、頭が取れそうな雰囲気があった

 「メイア3。……ほぉーぅ、メイア、3、ね」
 「グレイメタルドール、ロボットだ。ジェファソン博士に彼女の資料を見せてもらったが、かなり高性能だったよ。家事炊事から拠点防衛、やろうと思えばセックスもこなせる万能メイドだ」
 「このガリガリ野郎のダッチワイフって訳か?」
 「そういう訳ではない。メイア3は、制御機関に人工精霊を搭載している。魂を持っているのさ。ジェファソンは博士は彼女の事を、本当の娘のように思っている」
 「……変人だな」
 「ゴッチ、その辺にしておけ」

 SBファルコンが、威圧した。低い渋みのある声が、ゴッチをやんわりと叱るようだった

 「君には彼女を探し出して欲しいんだ。異世界の研究は、まだまだ不十分だ。利権のために口封じなんて考えた無能が居るようだけど、ジェファソン博士の協力は絶対必要だ。これはジェファソン博士との交換条件と言う事になっているんだよ」

 研究に協力する代わりに。と言う奴か。今頃は、どこぞに軟禁でもされているのかも知れない

 「そもそも、どうして異世界で迷子になってんだ、このメイア3ってのは」
 「自宅の研究施設での実験中に、ワープゲートが暴走したらしい。“異世界”の事が報道される二日前だ。メイア3はジェファソン博士を庇って、ゲートに飲み込まれたそうだ」
 「なるほど、主人思いの良い女だ」

 ゴッチはメイア3を賞賛した。良い女だと言い放ったとき、ゴッチは真剣な面持ちだった

 「しかし、人工精霊搭載とか言ってる割にゃぁ、人形みてぇな面だぜ」


――


 前方五メートルに光が渦巻いていた。時折バチバチと稲妻が走るのが、ピクシーアメーバの亜人であるゴッチには、心地よい

 異世界への扉だった。ここに飛び込めば、次の瞬間には見たこともない場所に居る
 いざ行かんとするゴッチは、別段気負った様子も無い。SBファルコンおさがりのスーツをだらしなく着崩して、彼は余裕の表情でテツコの説明を聞いていた

 『探索期限は三ヶ月だ。異世界とやらがどれほどの規模であるか全く把握できていない以上、この期限が充分かどうか判らない。メイア3の居場所も、微弱なシグナルがゲートを通して感知されているだけで、詳しくは判っていない』

 強化ガラスを挟んでマイク越しに語りかけるテツコは、無表情で謝罪した

 『済まない。きっと困難な道程になるだろう』

 SBファルコンが後に続く

 『ゴッチ、お前に満足な装備も支援も無いのは、“不干渉”と言う制約があるからだ。出来るだけ秘密裏に行動しろ、ともお偉いさんは言ってきている。だがな、俺は本当は、そんな事、知った事ではないと思っている』
 「ボス?」
 『良いか、好き勝手してこい。人が居る。魔法がある。生物が生存可能な大気がある。それぐらいしか判ってない危険地帯に、お前を身一つでぶち込むってだけで無茶な話なんだ。これ以上キツイ事は、俺は口が裂けても言えん。良いか、好き勝手してこい。お前が生き残るために手段を選ぶな。絶対に帰って来い。どんなに問題起こしたって、俺が庇ってやるからな』
 「OK、ボス。生きて帰るよ。メイア3と一緒にな」

 ゴッチは不敵に笑って屈伸運動した。SBファルコンは、尊敬すべき偉大な男だった

 『三ヶ月経ってもメイア3を発見できなかった場合、一度帰還してくれ。こちらでワープ可能なゲートまでエスコートする。ワープゲートの詳細説明は長くなるから、向こうの世界で追々説明するよ』
 「追々って、どうやってだ?」

 尋ねたゴッチに、ふよふよと近づく物体があった
 裸電球に、コウモリの羽と尾を取り付けたような発光体だ。ぼんやりと青白く光っている

 『ナビロボ『コガラシ』だ。それを通じて私が君のサポートをする』
 「期待してるぜ、テツコ」
 『……堂々と私を呼び捨てにする奴は、あまり居ないんだがな、バベル』
 「ゴッチで良い」
 『ではゴッチ。心の準備が整ったら、ゲートに飛び込んでくれ』

 ゴッチは、ぐぅ、と伸びをした。内心の興奮を隠して、平静で居るように見せかけた

 未知の世界に飛び込む。わくわくする展開だった。ゴッチはステップを踏むと、バチバチ唸るワープゲートに向かって走り出す

 「行ってくる、ボス、テツコ!」

 体をしならせて、高く跳躍した


――


 後書き

 深く考えないほうがストレスなく読めるかもしれません。
 ……
 因みに、本作品の主人公は紅丸ではありません、念のため。



[3174] かみなりパンチ2 番の凶鳥
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:10900b83
Date: 2008/06/05 01:40


 ワクワクしながら異世界に降り立った瞬間、ゴッチは何かにバックリと頭を飲み込まれていた

 「いきなり生臭ぇ!」

 口が長細い。鋭利でギラギラと光る牙がある。口の長さのわりに舌が短い。解る事なんてその程度だ

 牙がゴッチの首を噛み切ろうとするので、寸での所で指を差し込んで阻止した。頭を銜え込んでくれた生臭い奴が、ぶんぶんと首を振ってゴッチの頭をもぎ取ろうとしてくるので、ゴッチは豪腕を駆使し、力ずくでその顎を開かせた

 「何だよ、恐竜か? あぁん?」

 赤茶色の肌をしたそれは、幼い頃博物館に飾ってあった恐竜の絵と似ていた。ラプターだ
 ゴッチによって無理やりに顎を開かされ、ギャーギャー鳴いている姿は、どうにも間抜けだった。ゴッチは忌々しげに舌打ちすると、恐竜の顎を握り締めたまま、腕を振り回す

 「うがぁらッ!」

 恐竜は前傾姿勢だったが、それでも全長はゴッチと同じぐらいである。決して軽くはない
 が、ゴッチにしてみればたいした重量ではない。宙を舞わせ、盛大に地面に叩きつけた。握り締められた顎を含め、全身の骨を粉砕された恐竜は、血を吐いて動かなくなった

 『ゴッチ、無事か?』
 「テツコか。こんなモン、猫にじゃれ付かれたのと変わんねぇぜ。生臭いのは勘弁だがな」
 『ここは森のようだね。霧が出ていて地形データが取り難い。うん? 川があるようだ。生臭いのが気になるなら洗ってきたらどうだ?』

 コガラシがふよふよと辺りを飛び回る。確かに、森のようだった。人の手が加えられていない植物を見るのは、ゴッチは初めてだ

 水音のする方へとゆっくり歩きながら、ゴッチは呟いた

 「何か、体が軽いな。空気が上手いから気分が良い」
 『川が見えたな』
 「ほ? そうなのか。霧が深くて、解らん」
 『念の為に、毒素等が無いか調べてみよう』
 「早くしてくれ。正直、さっきの恐竜野郎の生臭い唾液が気持ち悪くて堪らんぜ」

 ゴッチにも、川が視認出来る位置に来た。コガラシがふよふよと水の上まで飛んでいくのを、ゴッチは見守った

 『問題ないようだ。…………ん?』

 ゴッチが川の水に手を伸ばそうとした時だ。水の中から、巨大な影が跳ねて出る

 『ゴッチ、魚だ。これは凄い、こんな巨大な淡水魚が居るとは。君の二倍くらいの体長だぞ』

 バクリと、ゴッチの頭は再び飲み込まれていた。しかもその口内の生臭さは、先ほどの恐竜の比ではない

 「またかよ! どうなってんだよ、この森はよォーーッ!」

 ゴッチは怒りに任せて大量の電気を放出した


――


 『…………一通り調べたが、この魚にも解る範囲では危険な物質は無いな。恐らく食用に出来る』
 「そうかい、それじゃもし食うに困ったら、川に電気流せば良い訳だ」
 『未知の毒物等が無ければね。しかし、その漁獲方法はマナーが悪いぞ』
 「釣りは趣味じゃないんだ」

 コガラシの向こう側で、テツコがクスクス笑った気がした。ゴッチは座り込んで、今後の話をしようとコガラシを引き寄せる
 情報の再確認がしたかった。湿り気を帯びた、枯れ草交じりの土の上で、ゴッチは唸りながら頭を掻いた

 「それで、メイア3の居所は全く見当もつかねぇのか?」
 『メイア3稼働中のシグナルを感知することはできる。だが、そのシグナルが何処から発信されているのかは全く解らないんだ。しかし断片的な情報なら得ている。ジェファソン博士がメイア3とギリギリまで通信を行っていた時に得た情報だが…………。まず彼女は、それなりに大規模な人類の生活圏に居ると思われる』
 「ほぉ、それならもしかして、大分楽になるんじゃねぇか?」
 『恐らくはね。そして『ラグランローラー』、『アシラ』と言う単語。通信が断絶寸前で聞き取り難かったらしく、こちらは多少なりとも齟齬が出る可能性がある。加えて、何を指す単語かも不明だ。街か、人か、或いはモンスターかも知れない』
 「何もないより遥かに良いぜ。兎にも角にも、“誰か”か“何か”を見つけなきゃ話が始まらん訳か」

 ゴッチは近くに落ちていた枯れ枝を握り締めて、放電した。ブスブスと煙を吹き、直ぐに枯れ枝は燃え始める

 魚を焼く準備だ。ゴッチは、霧が晴れない内は動く心算はない

 「腹は減ってないが、食える時に食っておかねぇとな」
 『何とか森を抜けて意思疎通が可能なレベルの知能を持った生物を探してくれ。コガラシには翻訳機能もついているから、言語等の心配はしなくて良いよ』
 「そりゃ頼りになる。宜しく頼むぜ、テツコ。ついでに一つ質問なんだが」
 『何?』
 「メイア3にも同じような翻訳機能が装備されていると考えて良いのか?」
 『肯定だよ、ゴッチ』


――


 その後丸焼きにした魚をゴッチが余す所なく完食するのを見て、テツコは全く納得行かないと不満げな声音で言った
 どう見たって、魚の方がゴッチよりも大きい。非常識だ、とブツブツ言うテツコは、確かに科学者らしかった

 丸三日歩く内に、森を抜けていた。どうやらワープしていきなり遭遇した恐竜と魚が特別らしく、殆どの虫や動物はゴッチを見ると逃げ出して、襲ってきたりはしなかった

 『一日以上風呂に入れないと言うのは辛そうだな。私だったら汗が気になってしょうがないと思う』

 そういうテツコは、どうやら日常生活にコガラシの端末を伴っているようで、何時声を掛けても返事が返ってくる
 テツコが全力でサポートするのだと言ったら、どうやら本当に全力らしい。睡眠を取る時のみ、SBファルコンか他の研究員が代わって、ゴッチのサポートをする段取りであった

 とは言っても、テツコが寝る時間ならばゴッチが寝ても可笑しくない時間だったので、その場合の仕事は何かあった時の為の警戒だったが

 「そうでもない。ピクシーアメーバってのはタフでな、発汗による体温調節なんて要らねーんだ」
 『本当か? 汗は掻かないのか』
 「俺は電気を放出してんだぜ。純粋な人類みたいに四十度ちょいでへばってたら、とても生きていけねーだろ。それに風呂の事で文句言ったってよ。……よくよく考えりゃ、コガラシに“歯磨き機能”なんて物が付いてる時点で、サバイバルやる身分としちゃ贅沢だろ」
 『歯磨き機能は毒物対策さ。事前にコガラシで歯磨きを行っておけば、胃腸に取り込んでから効き始めるタイプの毒をある程度中和できるんだよ』

 テツコは軽口を言い返したかと思うと、興味深いと言って黙り込んだ。汗が苦手だと言う彼女は蛇で変温動物だが、身体的特徴に蛇の部分が殆どないなら、生理現象も人間に近いに違いない

 と、ゴッチは思う事にする。ゴッチはゴッチで外見は丸きりただの人間だが、細胞は極めて乾燥に強いピクシーアメーバの物だった。アメーバらしくはないが

 「しかし、いったい何処まで歩きゃ良いのやら」

 ゴッチは、欠伸をと伸びを同時に行った。彼の目の前には、何処までも続く草原があった

 今まで、空の色や足元の雑草に注意を払ったことは無い。空は何時も大体灰色だったし、注意を払えるほどの植物が無かったと言うこともあるが

 ここの空は見たことも無いような美しい青色をしているし、植物は無駄に活力があって自己主張が激しかった
 口ではげんなりした風を装ったが、ゴッチは内心感動していた。少しだけ

 『こういう風景を見るのは、生まれて初めてだ。昨日までの森も当然初見だったけど、私はこちらの方が好きかも知れない』
 「……そうだな、俺もこっちの方が好みかも知れねぇや。それに、ボスも多分こっちのが好きだろうよ」
 『ファルコンが?』
 「だってよ、のびのびと空を飛んでるじゃねぇか、鳥が。エアカーなんて一台も走ってないから、ボス、きっと羨ましがるぜ」
 『はは、……確かにそうだ』

 そうやって笑いあっていると、唐突にテツコが訝しげな声を上げた

 コガラシがふよふよ移動して、先ほどゴッチが示した鳥に注目する

 『ゴッチ、あの鳥…………大きい! こっちに来るぞ!』
 「何? ……うぉぉ?! 本当にでけぇッ!」

 鳥は近くに居たように見えたのに、その実遥か遠くに居たようだった
 鳥のサイズが大きすぎたので、見誤った。全長八メートルはある

 銀色の鶏冠を持った、黒色の鳥だ。両翼を広げてこちらに突っこんでくる様など、まるで空に蓋をするような威圧感であった

 「殺る気か、鳥の分際で!」

 ゴッチは転がって逃げる。先ほどまで立っていた地面は、突撃してきた巨鳥の爪で深く抉れていた
 コガラシがふよふよ浮いて距離を取る。コガラシはある程度なら自動で修復が可能だが、壊れてしまえばそれまでだ。ゴッチの喧嘩に巻き込まれてしまったら、目も当てられない

 「糞が、殺ったらぁな! テツコ、取り敢えずボコるが、文句ないな!」
 『出来れば取り押さえてくれ』
 「はぁ?」
 『この前読んだ小説に、人語を解する大きな鳥が登場したんだ』
 「…………わぁーったよ」

 鳥が高く舞い上がって反転し、再び突撃してくる
 もう一度、爪。今度はゴッチも、逃げようとはしない

 「チャー・シュー・メエェェーンッッ!」

 飛び込んでくる巨鳥に向かって、タイミングを合わせて跳躍した

 いい具合に巨鳥の頭が目の前に来る。ゴッチは奇天烈な掛け声と共に、巨鳥の頭に回し蹴りを叩き込んだ

 「グギャッ! ギャァ!」
 「おぉっと逃げんな!」

 ゴッチ、華麗に着地。よろめいて泣き喚き、しかしそれでも飛び上がろうとする巨鳥に、すかさず飛び掛る
 銀の鶏冠を引っ掴むと力任せに地面に叩きつけた。ゴッチと巨鳥、体長の差は歴然としているのに、圧倒的に小さい筈のゴッチが、圧倒的な暴力を駆使して巨鳥にキツイ一撃を食らわせていた

 「さぁ、大人しくしな、焼き鳥にしちまうぜ。テツコ! かなりでかいが、どうだ!」
 『脳波測定を行わなければ判らない!』

 遠くのコガラシから、テツコの大声が聞こえてきた

 「そうかい、じゃぁ、とっととやってくれや」

 巨鳥の頭に馬乗りになったゴッチが、強烈な電流を流した


――


 『結論から言えば、会話を可能とする程の知能は無かった。意思疎通が出来たとしても賢いワンちゃんレベルだよ』

 テツコが残念そうに言うので、電流でぐったりとした巨鳥は結局焼き鳥にされた

 『うん? そんな物を持ち込んでいたのか?』
 「ボスから譲ってもらった特別製でね、探知機にゃかからねーのさ」

 テツコの、軽く責めるような口調を受け流しながら、ゴッチは懐から取り出したナイフの刃を撫ぜた
 柄に隼のエンブレムの入った大振りのナイフだ。テツコにしてみれば、持ち込んで欲しくない持ち物であったらしい

 この巨鳥も毒はないと言うので少し切り取ってみたが、癖のある味でゴッチの好みではなかった。ゴッチは嫌な顔をして口の中の肉を吐き出すと、大きな焼き鳥をマジマジ見詰める

 「あん? 何だ、こりゃ。……矢って奴か?」
 『原始的な武器だな。しかし、ジェファソン博士の言う“異世界の人間”の痕跡だ。ちょっと興味がある、抜いてくれないか』

 右の翼に刺さっていた矢を引き抜いて、コガラシの前に差し出した

 『矢…だな、別段可笑しな事は無い。ただの矢だ』
 「満足か?」
 『あぁ、ありがとう』
 「……にしてもでけぇ鳥だぜ。しかもでけぇだけで不味いし、良い所がねぇや」

 ナイフをクルクルと掌で回転させながら、ゴッチは銀色の鶏冠に近づいた
 他の部分は全て焼け爛れてしまっているのに、鶏冠だけは今も鈍く輝いている。ゴッチは、うーむ、と唸った

 『どうするんだい?』
 「こう言うのが高く売れるんだぜ、きっと。フカヒレみたいな感じで」
 『……そうかな。まぁ、私からしてみれば、異世界の怪鳥の鶏冠と言う事で少々無理をしてでも手に入れたい代物だが』
 「持って帰るか?」
 『そう言うのは禁止されているんだ。破ると研究が出来なくなるかも知れないし、遠慮するよ』

 銀色の鶏冠は非常に硬かった。ゴッチは器用にそれを巨鳥の頭から切り離すと、ぶんぶん振り回す

 懐かしい感じがした。巨鳥の鶏冠は、よく敵対した相手の頭を殴り飛ばすのに使用した鉄パイプの如く手に馴染んだ

 『……その比喩だと解り難いよ、ゴッチ』
 「脂っこいな、この鳥野郎。ナイフの手入れは怠れんなぁ」


――


 『アレは……人だよ、ゴッチ。かなり古臭い感じがするが、民家らしき物も見える。村だ』
 「うおぉ! 俄然ワクワクしてきたぁーッ!」
 『一直線に当て所無く進んで村を見つけるなんて、凄い幸運だ』

 テツコが、遥か遠方に村落らしき物を確認した時、ゴッチの気分は一瞬で高揚した

 ゴッチのサバイバリティは人類から見ても亜人から見てもかなりのレベルにあったが、それでも彼は人が密集する都市で育った。こういう言い方をするとゴッチが怒るだろうとテツコは予測したので口には出さなかったが、矢張り人恋しさがあったのだ

 わざわざクラウチングスタートの体制になって、勢い付けて走り出す
 ゴッチは風になった。低速浮遊モードのコガラシではそれほど速く飛べない。あっと言う間に引き離して、あっという間に村落に到達していた

 「おい、其処のお前」

 ゴッチは取り敢えずと言った風情で、一番最初に出会った村の男に声を掛けた
 まだら模様の奇妙なデザインの布を頭に巻いている。まぁ、異世界なのだから、ゴッチの服装のセンスと合う筈が無い

 ゴッチは無遠慮に男に歩み寄って、しげしげと観察した。下から見上げてみたり、上から見下ろしてみたり、じろじろじろじろと嘗め回すように見て、漸く満足した

 ゆったりとした服装と頭に巻いた布で体格が解りにくかったが、まだ少年だった

 「ふーん? 見た感じ普通の……ヒューマンだな。異世界の人間って言っても、変わりゃしないのか」

 ゴッチの無遠慮な視線に晒されて羞恥を覚えたのか、少年が早口で何事か言った
 しかし、解らない。予想通り、言語は違うようである

 『当たり前だよ。同じだったら、寧ろ可笑しい』

 コガラシがステルスモードでゴッチの背後から現れた。そのままゴッチが何か言う前に、スーツの中に潜り込む

 『コガラシが見つかって騒ぎになる可能性もあるだろう? 適当な場所に骨伝導スピーカーを取り付けるから、少し我慢してくれ』

 胸元がチクリとした

 『よし、ゴッチ、良い子だ。泣かなかったな。それでは対人用の翻訳プログラムを起動するよ』
 「(餓鬼か、俺は)」


――


 暫くは、少年一人を勝手に喚かせておいた。その内に、段々と言葉が解るようになってくる
 言葉が解ると言うよりは、言いたい事が解ると言ったほうが近い。細かいことは考えてはいけない

 言葉は大体翻訳されてきたが、ゴッチの態度に不審な物を感じたのか、少年の態度はすっかり刺々しくなってしまっていた

 「テツコ、そろそろどうだ」
 『OKだ。私達の世界に、非常に似通った言語のデータがあったよ。偶然とは思えないが、まぁ良い。これを応用できる。このデータは、ゴッチに投入しているナノマシンともリンクさせておくから、直ぐにコガラシの翻訳機能は要らなくなるだろう』
 「よし、お前、俺の言葉が解るか?」

 急に問われた少年は、流石に眉を怒らせた

 「あんた、人の事散々無視してそれは無いんじゃないか? 幾らなんでも」
 「あぁ、いや、済まん。馬鹿にしてる心算は無いぜ。かなり遠くの方から来たんでな。自前の言葉で通じるかどうか解らなかったんだ」
 『ゴッチ、もうほんの少しで良いからゆっくり喋ってくれ。翻訳が追いつかない』
 「旅をしてきたのか? 珍しいな! 内乱が長引いてるせいで、ここ数年旅をしようなんて奴は居ないのに」

 目をまん丸に広げて、少年は心底驚いたように言った
 目の色が、綺麗な黒であった。白紙に墨を落としたような深い色で、その闇色が興奮を帯びてゴッチを見詰めていた

 内乱が起こっているのか、と言うテツコの呟きを胸に留めながら、ゴッチは右手を差し出す

 「俺はゴッチ。名前だ」
 「俺はグルナーだ。これ、知ってるぞ。海の向こうの、ランディの挨拶だろう?」
 「はっはっは、さぁ?」
 「そっかぁ、あんたランディから来たんだ。向こうじゃ、そう言う変な格好が普通なのか?」
 「“変な格好”?」

 ゴッチの米神がピクリと動く。ゴッチのスーツは、SBファルコンのお下がりである
 自分が馬鹿にされるのは気に入らないが、SBファルコンを馬鹿にされるのも、まぁ気に入らなかった。そして気に入らないと思えば、誰が相手でも容赦しないのがゴッチだ。
 テツコはそれを咎める。コガラシが懐でブルブル震えて、テツコが呆れたような口調で言う

 『君だって最初このグルナーと言う少年を見たとき、“変な格好だ”と思ったんじゃないのか?』

 ゴッチは笑ってごまかした

 「……俺はそのランディって所よりも遠くから来たのさ」
 「更に遠く?」
 「まぁそれは置いとこうや。で、ここまで来たのは良いんだが、かなり長い間彷徨ってたせいで自分が何処に居るのか解らないんだ。地名とか、教えてくれんか。出来れば地図も見たい」

 まずは地名。そして地図。そうだよな、とコガラシに向かって問う

 『それがベターだね。問題は、地図の概念があるかどうかだが』

 スーツの中で、コガラシの裸電球がピンク色に光った

 「解った、長の所まで案内するよ。何かワクワクするなぁ。久しぶりだもんな」
 「へっへ、助かるぜ」

 ふと、何気ない仕草で、銀の鶏冠で肩をトントンと叩く

 それがグルナーの目に止まった。グルナーは、急に唸りだした

 「うん? それ、どっかで見た事があるような……?」
 「どっかで……? そりゃ、見てても可笑しくないな。さっきやたらでかい鳥が襲ってきたもんだから、返り討ちにして鶏冠を剥ぎ取ってやったのよ」
 「でっかい鳥? 返り討ちにした?」

 ゴッチは、自分が今まで一直線に進んできた方向を指差す
 広い空と、草原は、どこまでも変わらない。焼き鳥にした巨鳥の残骸は、そう遠くない筈であった

 「真っ直ぐにずっと行きゃ、でかい焼き鳥が見つかる筈だぜ」
 「えぇーッ?! 本当かよ!」
 「何だよ、いきなり。五月蝿い奴だな」

 グルナーが、いきなり飛び上がって大はしゃぎし始めた


――


 「いやぁ、只今見に行かせた者が帰ってまいりました。どうやら真実のようで」
 「疑ってたのか?」
 「いや、も、申し訳ございません。決してそのような訳では」

 村の長、と言う物は、外見はともかくとして、中身は大抵年寄りだと相場が決まっている物だ。と、ゴッチは信じていた
 しかしこのイニエの村は、別段そうでもない。黒い髪に黒い瞳の、矢張りまだら模様の布を頭に巻いた村長は、まだ三十歳前らしい。ゴッチは椅子に座りながら、少々不満げな顔をする

 グルナーに散々銀の鶏冠を見せびらかすと、ゴッチはイニエの村長の家まで案内された。途中で目に止まった村人は大抵黒い髪と黒い目をしていたが、これは村の特徴なのかそれとも“異世界”の特徴なのか迷う所だ

 銀の鶏冠を見せて大騒ぎしたのはグルナーだけではなかった。イニエの村長は、それこそ椅子から飛び上がった

 「そんなに大層な鳥にゃぁ見えなかったが、どうやら大層な鳥だったらしいな」
 「は、はぁ。……害獣、凶鳥でございます。村の者ではどうにもならなかった憎い鳥でして」
 「ほぉ、そーかい。この村じゃあのでかい鳥を崇め奉ってるんです、なんて言われたら、どうしようかと思ったぜ」
 「とんでもない! 奴はエピノアと言う鳥でして、被害や住み着いた場所によっては討伐賞金すら掛けられる化物です。しかしこんな辺境には冒険者や狩人など訪れませんので、先日王都の騎士団に討伐してくれるよう男手を走らせたばかりでした」

 最も、反乱軍との戦に掛かりきりで、騎士団が来てくださるかも解らない状況ですが。流石にあれだけの大きさとなると、生半な人数では歯が立ちませんので

話はゴッチが思っていたより大袈裟だった。ゴッチ達の世界では、見掛けはあまり当てにならない。ゴッチは仕事が仕事だけに他人を強いか弱いかで測るが、でかいから強い、小さいから弱い、と言う輩はあまり見たことがなかった

 だからエピノアと言う鳥にも、大層な物は感じなかった。あんな鳥は、SBファルコンなら遭遇した瞬間に八つ裂きであった

 『ゴッチ、亜人の中でも肉体派の君やファルコンと比べてどうする。それより今この人、“王都”と言ったろう。情報を集めるなら、規模の大きい街の方が良いね』

 テツコの言うとおりだと、ゴッチも思った

 「よう、村長」
 「は、はい?!」
 「…………なんだよ、そんなビクビクするんじゃねーって。何もしねーから」
 「いえ、はぁ、その……」

 村長は冷や汗をかいていた。ビビッているのは解った。恐怖の対象が自分だと言うのもよく解る
 ゴッチだって、SBファルコンに真剣に怒られたら、この村長のようになってしまう。ビビるのは悪い事じゃねーやと自分に言い聞かせた

 「その、件のエピノアなのですが、丸焼きにされていたとの事で。火を起こすのに何か使用した痕跡はなく、只人には無理な仕業、もしかしてゴッチ様は、魔術師でいらっしゃるのかと」
 「魔術師……?」

 ゴッチの口端が引きつって、ひっひっひと気持ちの悪い笑いが出てきた
 村長は顔を青くして引き下がる。ゴッチの態度は、誰が見ても気持ち悪かった

 『はっはっは、でもゴッチ、そういうことにしておいた方が都合が良いかも知れない』
 「(でも魔術師ってお前、うっひっひ、この俺が? お笑い種だぜ)」
 『この世界の一般市民は、君のように電撃を放出したりしないんだよ、きっとね』

 ゴッチは気持ち悪い笑いを収めて、村長に向き直った

 「まぁ、そんなモンかな。お前さんの考える魔術師ってのがどんなのかは知らねーが、概ねその通りだと思うぜ」
 「おぉ……。矢張りそうでしたか。このイニエの村に魔術師の方がいらっしゃったのは、私の知る限りでは初めてでございます。私自身、魔術師の方とお話させて頂くのは初めてでして」
 「俺も見た事ねーやな」
 「……? あぁ、ご自分以外の、という事でございましたか。流石に魔術の素養のある方となると本当に一握りと聞き及びますから、それも無理ございません」
 「はっはっは」

 『興味はあるんだが……ゴッチ、話が逸れているよ』 コガラシがブルブル震えた

 「まぁそんな事はどうでも良い。それより村長、俺はその“王都”って奴に行きたいんだが、ここいらの地理には明るくなくてな」
 「はい、グルナーから聞いております。海の向こうのランディよりも、更に遠いところからいらっしゃったとか」
 「地図があったら見せてくれよ。そうすりゃ、後はどうにでもするからよ」

 そのくらいお安い御用です、と村長はにこやかに言った

 『優しそうな若者で良かったな。……うん? もしかして私の方が若いのかな』

 ゴッチは声を抑えて笑った。年齢と言うなら、どちらかと言えばテツコの方が若いだろう
 テツコ・シロイシ。冷徹な雰囲気から、蛇女にして鋼の女に見えていたが、妙に素直な所もあるのだな、とゴッチは漏らす

 『どういう意味だい?』
 「(うっひゃっひゃっひゃ。他人の態度をそのまま受け取るなって事だ。普段の俺だったら、エピノアとか言うでかい鳥の討伐報酬をこの村長に強請ってる所だぜ。村長だってそのぐらいの予想は出来てたろうさ。俺が金を出せと言い出さないから、内心ほっとしてんじゃねーか? 大体、俺が自分の事を魔術師って事にしてなきゃ、ここまでへいこらしてねーと思うぜ)」
 『捻くれてるな』
 「(馬鹿言うなよ。俺みたいに真正直な奴は早々居ないぞ)」
 『ふふ、アンダーグラウンドでは、だろう?』

 村長が、一枚の羊皮紙らしき物を差し出してきた。ゴッチが居た世界では既に使う者など居なくなっており、テツコが辛うじてその材質の情報を知っているだけだった

 羊皮紙とくれば高価である、とテツコは言った。地図をそのまま寄越せと言っても、村長は渋るだろう

 『胸元に持ってきてくれ。……よし、OKだ。地図を撮影したよ。この文字も矢張りデータにある…………。アナリア王国、首都、……アーリア、か』
 「(サンキュー。頼りになるな)」
 『あまり詳細な地図ではないから、私なら見て覚えるだけでも問題ないが、一応保険としてね』

 テツコのサポート手腕が光る。テツコの作成したコガラシに、抜け目はない
 つまり万全って事だろう。ゴッチは地図を村長に返却すると、椅子から立ち上がる

 「もうよろしいので?」
 「覚えたぜ。十分だ」
 「覚えたとは……流石に魔術師殿」

 ゴッチは明るく笑って見せた。朗らかな笑い声は、とてもゴッチには似合わず、テツコは身震いした程だ
 村長の家を出たら、すぐさま王都アーリアに向けて出発する心算である。疲れなどゴッチにはない。くどいようだが、放電単細胞生物ピクシーアメーバの特筆すべき長所は、無類のタフネスと回復力なのだから

 「そうだ、村長。『ラグランローラー』、若しくは『アシラ』って単語に覚えはないか?」

 くるりと振り返ったゴッチの問いに、村長は黒い瞳をぱちぱちとさせた

 「ラグランローラーに、アシラ…ですか。アシラ、と言うのは存じません。しかしローラーの意味であればお教えします」
 「ローラーってぇのか。一つの単語じゃなかったんだな」
 「ローラーは称号です。街や村において比類なき貢献を続ける戦士に、その地の責任者から送られます」
 「街や村単位?」
 「そうです。この村を例えに使うのなら、村長である私が任命した者がローラー。戦士に送る称号な訳ですから、貢献の内容はまぁ、武力である事が殆どです。街や村において、最も強い戦士に送られる称号、と言い換えても大体間違っていないと思います。自警団かそれに類する組織に所属する戦士が専らですね」
 「成る程。ラグランローラーは、ラグランってぇ所で一番強い奴って意味か」
 「はい。『どこそこの誰々』と言う称号ですから、軍に所属する兵士の方々はローラーにはなれません。命令が下れば、類敏に拠点を変える事も在り得る職業ですから」

 勉強になったぜ、とゴッチは村長に頭を下げた。村長は、慌てて首を振った

 「それじゃぁよ、あれこれ聞いてばかりで悪いが、ラグランってのは何処にあるか、知ってるか?」
 「……さぁ、私も早々村を離れられない役柄ですので、余り世のことを知っている訳ではないのです。申し訳ありませんが、記憶にない」
 「まぁ……いーやな。自分で探すわ。村長、助かったぜ、色々と」

 恐縮してカクカク頭を垂れる村長を尻目に、ゴッチは今度こそ家を後にした

 収穫はあった。二つのキーワードの内一つはネタが割れた。しかもそれは、捜索対象であるメイア3の居場所の核心に迫る物だった
 初めの内は三ヶ月じゃ済みそうにないと思って居たが、これはもしかすると予想以上に早く決着するかもしれない

 ゴッチはニヤリと笑う。

 『ここで解らずとも、王都なら解るだろうね、ラグランと言う地名の事も。街や村であるならば』
 「アシラってぇのは解らんが、ラグランとか言うのが解ればこっちは別段必要な情報でもねーな」
 『大きな進展だった。冒険開始早々、幸先が良い』

 きょとんとした。テツコがするには、冒険と言うのは少々子供っぽい表現のような気がした
 冒険。男なら心惹かれる言葉だ。冒険してんだな、とゴッチは笑い始める

 小さな村では、旅人と言うのは好奇の視線の集まるものだ。まだら模様の布を頭に巻いた連中に笑顔を安売りしながら、ゴッチは村の出口に着く

 子供が飛び出してきて、ゴッチのスラックスを掴んだ。荒い息で現れたのは、グルナーだった

 『この子は……。ゴッチ、懐かれたのかい?』
 「グルナーっつったか。どうした?」

 ゴッチはグルナーの背中を三度叩いた。グルナーが咳き込んで、平静を取り戻す

 全力疾走してきたのか、頬を赤く上気させ、グルナーは額の汗を拭った

 「どうしたって、ゴッチ、もう行くのか?」
 「おぉ、俺にもちょっと用があってな」
 「実は、今凄くヤバイんだ」

 グルナーが通せんぼするかのようにゴッチの前に回りこむ

 「エピノアは一匹じゃなかったんだ! つがいが居たんだよ! さっきゴッチが仕留めたって言うエピノアを確認しに行った連中が襲われた!」
 「つがいだぁ? あのデカブツのかよ」
 「そんな冷静にしてる場合じゃないって! 片割れをやられて怒ってるんだ、村の奴が、いっぺんに三人も殺された! 怪我してる奴だって何人も居るし!」

 うへぇ、とゴッチは舌を出す。面倒ごとの匂いがぷんぷんする

 グルナーの黒い瞳が燃えた。人死にまで出たと言うのに、「面倒だ」と言う気配を隠そうともしないゴッチに、イライラしているようだった

 「今は何処かに飛んで行ったみたいだけど、どうせ直ぐ戻ってくる。……何とかしてくれよ、倒せるんだろ」
 「あんな鳥、百匹掛かってきても、俺なら全部纏めて焼き鳥だぜ」
 「やってくれるのか?」
 「あぁー、ったく。取り敢えず村長の所にいこうや。報告しとかなきゃいけねぇんだろ」

 ゴッチは疲れたように言うと、グルナーの首根っこ持ち上げて歩き出した
 グルナーがじたばた暴れる。コガラシがブルブルと振動するので、ゴッチの眉は嫌でも八の字になった

 『ゴッチ、その少年は真剣だよ。必死なんだ。私からも頼む、何とかしてあげてくれないか?』
 「(そりゃぁ、サクッと片が着くんなら構わねーけどよ。何か面倒くさそうな気配がするぜ)」
 『それはそうなんだが……。そこを何とかなるよう、君に全力を尽くして欲しい』

 ゴッチは、テツコの言葉にハッキリとした違和感を感じた
 異世界の人間に肩入れするテツコの発言は、彼女の立場を鑑みれば、非常におかしい物だとゴッチには思えた

 ここは異世界なのだ。ゴッチはSBファルコンから「好き勝手しろ」といわれるから好き勝手する心算だが、テツコは違う。出来る限りの干渉を禁じられているのは、聞かずとも解る

 解せなかった。しかし、解せないからと言って、無碍に出来るかと言えば、どうだ

 テツコの要請だ。この右も左も解らない異世界に於いて、最も信頼できる相棒の頼みである

 何か変な感じがするけど、テツコが言うなら仕方ねーや。グルナーをポンと放り出して、先に走らせた

 「グルナー、お前、俺が狩ったエピノアの鶏冠を持ってったまんまだろう。村長に報告したら、そいつを取って来い」


――


 と、言う訳で
 エピノアが二体居たと言うグルナーの報告に、村長は深刻にオロオロした
 村長の家にとんぼ返りしたゴッチは、眠たそうな顔色で眺めるばかりである。立ったり座ったりを繰り返す若い村長は、正直言えばみっともなかった

 「なぁ、人死にまで出て焦るのは解るが、村長がビクビクしてたって何もなんねーだろうが。もっとビッとしろよ」
 「魔術師殿……そうは言いますが……」

 村長は、取り敢えず椅子に座ってジッとする事にしたらしい。体が少し震えて居たが、ぐるぐる動き回るよりかは目障りではなかった

 「私は正直な話、村長の任に着いてから日が浅いです。…………この村からこんな形で死人が出るなんて。今までだって色んな理由で村の者が死ぬことはありました。しかし、自分がこの村の長なのだと思うと、今回のコレは衝撃が大きいです……」
 「……そんなオタオタするこっちゃねーって。グルナーが戻ったら、エピノアなんぞ丸焼きにしてお前らの晩飯にしてやらぁ」
 「は、っはは。……ありがとうございます、魔術師殿」

 胸元が震える。手を当てると、暫く黙り込んでいたテツコが朗報を伝えてきた

 『今、簡易のレーダープログラムを組んでみた。精度も距離もそれほどではないし、レーダー更新間隔も決して自慢出来ない代物だけど、多分役に立つ』
 「(マジか? やるじゃねーか、テツコ。頼りになるぜ)」
 『やれやれ……』

 テツコが溜息を吐き出したとき、漸くグルナーが鶏冠を持って現れた
 頬が赤くて息が荒いのは相変わらずだ。暫く走り詰めだったせいか、グルナーはへたり込む

 「それは、エピノアの鶏冠ですか?」

 村長が尋ねる。ゴッチは、鶏冠を囮にする心算だった

 殺されたつがいの鶏冠だ。エピノアもこの鶏冠を見れば、憤激して襲ってくるだろうと踏んだのである
 そうすれば、今でさえ怒っているらしいのだから、逃げることはまずあるまい。もしゴッチに恐れをなして逃げ回られたら、向こうは空を飛べるのだ。追撃は難しい

しかし、向こうから掛かってきてくれるなら、話はずっと早くなる

 村長が、ふむ、と首を傾げた。何か思うところがあるようだった

 「……魔術師殿、エピノアの言い伝を一つ思い出したのですが」
 「村長?」
 「かつて伝説の狩人が、通常の三倍の巨体を持つエピノアを仕留めた時の話です。狩人は他に類を見ない強力なエピノアを討伐した記念に、その鶏冠を持ち帰りました」

 グルナーが青ざめる。話の内容を知っているようだった。ゴッチは知らなかったが、何となく、ピンと来た

 「それで? ……この話の流れからするとよぉ、まさかその三倍でかいエピノアってのにつがいが居て、そのつがいが鶏冠を取り戻しにきたとか言うんじゃねぇだろうな?」
 「そうです、正にその通りです。もしかすると、エピノアの鶏冠には、不思議な魔術でもかかっているのではないか、と言う話でした」

 ゴッチはグルナーから鶏冠をひったくる。鶏冠は未だに、銀色に輝いている

 鉄ではないような気がする。硬いが、肉っぽい
 しかし、ゴッチの電流では何もならなかった。切り落とした当初は大して気にしていなかったが……

 「(この鶏冠だけ無事だった理由は何だ? 魔術って奴なのか?)」

 そのとき、テツコが叫んだ

 『高速で接近する物体を確認!』

 ゴッチが椅子から飛び起きる

 『大きいぞ、恐らく、もう片方のエピノアだ!』
 「おう、村長ぁ、マジできやがったらしいぜッ!」

 コガラシが、ステルスモードでゴッチの懐から飛び出す


――


 銀の鶏冠の不思議な魔法。本当に魔法かどうかは、ゴッチは知らない
 ただ、エピノアが現れたのは確かであった。目の前に来てしまったのなら、魔法だろうが何だろうが関係ない

ぶちのめすしか無いではないか

 村長の家から飛び出して、ゴッチは天空をぎょろりと睨んだ。もう直ぐ日が落ち始めるであろう空に、その巨体はあった

 「え、エピノアだ! あの話は本当だったのか!」

 グルナーが引き攣るように悲鳴を上げた。そのまま座り込んでしまう。腰が抜けたらしい

 ゴッチは鶏冠をぶんぶん振り回して、ふん、と鼻を鳴らす。鶏冠は、もう無用だ。村長の家の扉に投げ込んだ
 村は、突如現れたエピノアに、混乱していた。悲鳴を上げて走り回る村人達を邪魔臭く感じたゴッチは、怒声を上げた

 「手前ら全員邪魔だぁッ! 家に閉じこもって大人しくしてろぉッ!」

 雷が落ちる。比喩ではなく、ゴッチは本当に雷を落とした
 轟音と共に村長の家の周囲を焼いた雷に、村人達は顔を真っ青にして逃げる。誰も彼も家に飛び込んで人っ子一人居なくなるのを確認して、ゴッチは満足そうに頷いた

 村長の家の前は広場になっていた。村の中では一番広い面積だ。そして、村の外に出ている暇は無い

 『ゴッチ、ここで迎撃しよう。出来る限りイニエの村への被害を軽減してくれ』
 「……しゃぁねーな。村長、グルナーをしっかり捕まえて、お前も家に引っ込んでろ。邪魔ぁすんなよ」

 村長が頷いて、グルナーと共に引っ込んだ
 ゴッチは周囲をぐるりと見回して、エピノアを見やる

 ばさばさと大きく翼をゆらめかせ、エピノアはゴッチの十歩前の位置で滞空していた。ゴッチを睨む目が、赤く燃え盛っていた

 「おんや……待っててくれたのかい? 随分と……」

 ゴッチがぐぐ、と伸びをした

 「俺を舐めてんだな」

 どんと大地を踏みしめて、肉体に閉じ込めた力を解き放った。稲妻がゴッチの体を取り巻いて、目もくらむような光を放出する


――


 『雌……かな? まぁ、勘だけど』
 「だから? 俺は差別しない」
 『女の情は怖いぞ、ゴッチ』

 エピノアが急降下してくるのを見ながら、ゴッチは気持ちの悪い笑い声を上げた

 ギラギラ燃える瞳と真っ向から向かい合う。なるほど、確かに怖い
 でも、俺の方が怖いんだぜ、と、全身を撓らせて右腕を引き、拳を握り締めた

 エピノアは全身で突っこむ。ゴッチは右拳をぶち込む
 荒事は、好きな性質だった。背筋がゾクリとする興奮にゴッチが口端を吊り上げた時、何とエピノアがバランスを崩した

 「あぁ?!」

 エピノアは狂っていた。目の前で殺気を撒き散らすゴッチ以外何も目に入らず、民家の屋根に翼を打ちつけてしまい、空中での制御を失ったのである

 ぽかんとするゴッチの頭上を通り抜けて、エピノアは村長の家へと突っこんだ。壁を粉砕して首を突っこんだエピノアの尻尾を、ゴッチは握り締める

 「鶏がぁーッ! 行儀良くしやがれ!」

 乱暴に引きずり出す。そのまま背負い投げようとして、テツコから制止が掛かった

 『ゴッチ、駄目だ! グルナーが!』
 「はぁー?!」

 何とグルナーがエピノアに銜えられていた。心底驚き、恐怖した様子で悲鳴を上げているが、驚いたのはゴッチの方である

 手に、例の鶏冠を掴んでいる。アレのせいで、エピノアの不興を買ったようだった

 「グルナー、鶏冠を捨てなさい! 早く!」

 村長が青褪めて叫ぶ。粉砕された木の壁の下敷きにされ、血を流していた

 クソッタレ、とゴッチは罵った。自分の体の何倍大きかろうと、ひょいと一投げで地べた這いずり回らせてやる自信はある
 でもその時はグルナーも道連れだ。正直、別に構いはしない。でも、テツコは怒るだろうな、そんな思考が過ぎる

 『ゴッチ』
 「解ってるぜ」

 尻尾を離して、ゴッチは跳んだ。頭をぶん殴ってグルナーを救出する
 しかし拳がエピノアの横面を捉える前に、エピノアは跳んで逃げていた。グルナーごとだ

 テツコが息を呑むのが解った。グルナーを人質に取られた上で、しかも飛ばれてしまったら、打つ手はない

 村長が叫んでいた。ゴッチは大地を蹴って、尚も高く飛ぶ
 届かない。駄目だった

 エピノアは上昇を続けた。グルナーの悲鳴が辺りに響き渡った。時折ポタポタ降ってくるのは、失禁したグルナーの小便だ

 ゴッチは追い掛けた。嫌な予感がした。子供を助けるなんて柄じゃないと思ったが、それでも全力で走った

 予感は当った。エピノアが首を振って、勢い良くグルナーを地面に叩きつける
 グルナーの叫び声が聞こえた

 「嫌だぁッ!」
 「届けよ畜生が!」

 ゴッチが跳んだ。地面すれすれの真横への跳躍で、真っ逆様に墜落するグルナーを目指す

 地面に叩きつけられる直前に、グルナーと固い大地の間に割って入った。ゴキ、と嫌な音がした

 「よう、どっか折れたか?」

 泥まみれになったスーツに眉を顰めて、ゴッチは言った
 グルナーがのた打ち回る。右腕が曲がってはいけない方向に曲がっている
 歯を食いしばって悲鳴は出していない。ビビって小便を漏らしたガキにしては、根性を見せた物である

 「死んでねぇなら儲け物だな。後ちょいと俺のガッツが足りなけりゃ、あの世逝きだったぜ」
 「ゴッチ……痛い、あぁぁ……俺、生きてるのか……」
 「ハッピーな事に生きてるよ、お前は」
 「ハッピー?」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃのグルナー猫の子のように持ち上げると、ゴッチはポイと放り出した
 右腕に走った激痛にグルナーは声にならない悲鳴を上げたが、ゴッチは当然気にしない

 グルナーの責めるような視線も、当然気にしない。何と言っても、ゴッチとエピノアの喧嘩に巻き込まれて死ぬより、断然マシな筈だからだ

 「(鳥野郎が、舐めた真似してくれやがって……!)」

 肩越しに振り返れば、エピノアが居た。不意を突いての奇襲らしい
 だが、相手がゴッチでは、駄目だ。エピノアでは荷が重い

 何時の間にか突撃を仕掛けてきていたエピノアに対し、ゴッチは全く動揺せず振り向き様の右拳を返していた
 エピノアの巨躯が仰け反る。突撃の勢いは、易々と殺がれてしまう

 そらもう一丁、ゴッチは飛び上がると、バレーのアタックのように身を反らせた
 張り手である。パアン、と気持ちの良い音を立てて殴ると、グルンとエピノアの首が回る

 エピノアが耳に煩い鳴き声を上げながら、体を震わせた。回った首がグルンと戻ってくるのに合わせて、ゴッチは再び拳を突き入れた

 「歯応えねーな」

 黒い体が倒れこんだ

 「野生の獣なら、まぁ、解ってんな。負けたら死ぬしかねぇ。食うか食われるかしかねぇ」

 エピノアはもがいていた。張り手と拳で、完全に脳が揺れていた。もがくだけで、立てなかった
 ゴッチが、バチバチと稲妻を身に纏わせて歩み寄る。もがくエピノアの瞳が、ゴッチを捉える

 憤激するように、エピノアは吼えた。誰が己のつがいを奪ったのか、直感で解っているようだった

 エピノアの瞳を覆うように、手を添える。鷲摑みにするには、少し大きすぎる

 「“何も残りゃしねぇ”。敗北するってのは、そう言う事だからよ」

 日の落ちかけたイニエの村を、青白い閃光が駆け抜けた。網膜を焼きかねない激しい稲光である
 ゴッチから電気が放出された時間は五秒程でしかない。その五秒で、エピノアの巨体は消し炭のように黒焦げになってしまった

 目玉は炭化して消えていた。恨めしげにゴッチを睨みつけていた瞳は、もう無かった

 「相当だな。俺が殺る気になった時に、敵わねぇことぐらい、本能で解ったろうに。……大したリベンジャーだぜ」
 『…………』


――


 一匹目のエピノアを倒した時はそうでもなかったのだが

 二匹目のエピノアを倒したら、異様に感謝された。半壊した村長の家で少し休憩していたら、村の者達が何人も何人も訪れて、皆同じように礼を述べていく。ある者は嬉しそうに、ある者は少し寂しそうに

 今正に襲われている、と言う所で倒した物だから、安堵感が段違いであるようだった。調子の良い奴等だと思ったが、そんな事を言ったらゴッチなんて彼らよりも余程現金な性格をしていた

 「魔術師殿、本当にありがとう御座います。死んでしまった者達も、喜んでいるでしょう」

 村長が、改めて、と言う感じで頭を下げた。傍らには包帯を巻いた右腕を布で吊ったグルナーが居る

 「それにグルナーの治療までしていただいて。このようなやり方は知りませんでした。流石、魔術師殿は博学なお方ですね」
 「はっはっは、さぁな」
 『素直に受け取ったら良い。指示は私でも、処置はゴッチなんだから』

 いい加減ゴッチは、気疲れしていた。精神も肉体もタフなのが売りだったが、人に礼を言われた事なんて、あまり無かった。SBファルコンに労われる時くらいである

 背中が痒くなって、何だか妙に緊張してしまって、碌な物じゃないな、とゴッチは呟いた

 「もう日も落ちますし、今日の所イニエの村にご滞在下さい。急ぐ旅でなければ何時までも居て頂いても構わないのですが……」
 「いや、急ぎの旅だ。急ぎの旅だから、もう出るわ」
 「え? いや、しかし、お疲れでは無いので?」
 「あんな鳥如きじゃぁな……」

 そう言って立ち上がろうとするゴッチを、村長は押しとどめる

 あーだこーだと押し問答が始まる。村長は、意外にしつこかった
 グルナーが苦笑した。子供らしくない笑い方だった

 「グルナー、手前、ガキがいっちょまえに嫌な笑い方しやがって」

 ゴッチが拳骨を降らせる

 「痛ぇ! いってぇー! 怪我人だぞ、俺」
 『ははは』

 テツコが笑った。機嫌のよさそうな、柔らかい笑い声だった

 暫く頭をさすっていたグルナーが、ふと俯く。暫く黙ったと思うと、ゴッチを見上げた

 「良いじゃないか、ゴッチ、今夜ぐらい。……それにさ、結局まだ、ゴッチの話聞かせて貰ってないし」
 「……今日会ったばかりの癖に何言ってんだ。大体、聞かせてやるような話は無いぜ」
 「……面倒だからか?」
 「おぉ、何で解ったんだ」
 「ゴッチの顔見てりゃ解るよ! クソ、ここに案内するまでは猫被ってた癖に」

 懐が震える

 『ゴッチ、私は出来れば泊まっていって欲しいんだが。よく考えたらこちらに着て早数日。コガラシに異常が出てないか、ゴッチに点検整備をしてもらいたい』
 「(グルナーが言い出した途端にコレだよ。このショタコン)」
 『!!!』

 一泊置いて、テツコがぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた。ゴッチはあっという間に勢いに呑まれる

 結局、出発は明日と言うことで、押し切られてしまったのだった



[3174] かみなりパンチ3 赤い瞳のダージリン
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:10900b83
Date: 2008/06/05 01:41


 しとしと雨の降る沼地はまともな足場もなく、ゴッチの気分を底辺まで突き落とした
 何よりスラックスが汚れるのが痛い。それに付け加え、“異世界”に飛び込んでから出会った数々の危険な生物達は、ここにも居た。しかも一際異彩を放つものが

 放っているのは、異彩だけではない。ついでに酷い悪臭も放っているそれは、歩く死体だった

 『それだ、その、ゾンビの後頭部に刺さってる三角の石のような物だ。それが怪しい』

 ゴッチの足の下でゾンビがバタバタともがいていた。右目が無いし、頭は割れているし、所々筋肉が覗いているし、腐臭がする。間違いなく死体だったが、死体の癖に精一杯ゴッチに反抗している
 ぬかるんだ大地に押し付けられているため、少し前まで上げていた品のない呻き声は、ガポガポと言う気味の悪い水音になっていた。ゴッチは嫌悪感を露わにしながらも、テツコの言葉に従って、ゾンビの後頭部に手を伸ばす

 「クソッタレ、最悪だ。スーツにコイツのエキセントリックな臭いが付いちまったら、どうしてくれる」
 『それよりも病気に注意したほうが良い。病原菌の類を満載しているぞ、コイツ』

 後頭部には、太い鏃のような形をした石が突き刺さっていた。ゴッチはそれに手を掛けるが、簡単には抜けない
 腐った肉に突き刺さっているにしては、妙に硬い。先のほうに返しでも付いているらしかった

 「このボケ! ジタバタするんじゃねーよ!」

 ゴッチはゾンビに圧し掛かると、後頭部に足を落とす。ゴキ、と骨を砕いた音がした

 首が逝っている。すると、頭の部分は妙に大人しくなったのだが、首から下は大人しくなるどころか、より一層激しく暴れ始めた

 死に方をド忘れしたらしい。流石のゴッチも鳥肌を立てる

 今度こそ、後頭部の石は抜けた。先ほどとは打って変わって、素直に抜けた
 途端にゾンビはピクリとも動かなくなる。テツコの勘は正しかった

 『見せてくれ、興味がある。何故こんな石ころ一つで、こうまで死体を動かせるのか』
 「勘弁してくれよ……。こんな気持ち悪いモンをよぉ。……大体、そっち側の基本は不干渉なんだろ? 調査なんぞしちまって良いのか」
 『うふふ、これはゴッチのサポート中に、たまたまコガラシのカメラに写っただけだ。偶然だよ』

 よく言うぜ、とゴッチは溜息を吐いた

 何でこんな沼地に入り込んでしまったのか、ゴッチには解らなかった。王都へ向かう街道に、食料になりそうな獲物が全く出現しなかったため、仕方なく道を逸れたのである
 魚の一匹捕まえでもしたら、直ぐに戻る心算だった。それがなにやら気味の悪い死体に追い掛け回されて、ここまで入り込んでしまった

 「なーんで、こんな野郎に苦戦すっかなぁ、俺は」
 『ゴッチが素手で触るのを嫌がったからじゃないか』
 「いーや、テツコが『ゾンビを調べてみたいから電撃は自粛してくれ』なんて言わなきゃ、一瞬でケリがついてたね」

 調査を続けるテツコから突込みが入った。ゴッチの足元には、ゾンビを殴り倒すのに使用した古木が転がっていた
 ゴッチに言わせれば、仕方のない事だった。触りたくないのだから、仕方ないのだった

 コガラシが震えた。ゴッチが何事かと見れば、ステルスモードになって懐に飛び込んでくる

 『レーダーに反応。何か来る。……済まない、気付くのが遅れた。私のミスだ』
 「そりゃ良いが、まさかまたゾンビか?」
 『恐らく違うと……思いたいが、どうかな。速度は成人男子の平均的な歩行速度より少し早いくらいだ。サイズはこのゾンビと余り変わらないよ。位置は……背後だ』

 ゴッチは古木を拾い上げて、尖った先端を地面に突き刺した
 ゆらーり、余裕をたっぷり見せ付けるように背後を振り返る

 「成る程、確かに人間サイズだわな」

 小雨を受けながら歩いてくる人影があった。全身を覆う黒い布を見て、ゴッチは内心ほっとした。腐った死体を殴らずに済んだのが嬉しかったのである
 しかし、人影は怪しかった。言うなれば御伽噺に出てくる魔法使いのようで、ゴッチはこちらでは便宜上魔術師を名乗っているが、目の前の人影の方がよほど“らしい”

 黒い人影はゴッチに踏みつけられた死体を見て停止する。ゴッチから、約十歩の距離。その気になれば、瞬きした次の瞬間にはぶん殴れる位置だ、と距離の確認だけして、睨む

 「それは貴方が仕留めたのか?」

 くぐもった声がした。女の声だった

 「あぁ」
 「冒険者か? 武器も鎧も身に付けていないようだが」
 「待てよ。出会いがしらに質問攻めにすんのが手前の礼儀か?」

 目を細くしてゴッチが言うと、黒い人影が頭を下げる
 全身すっぽりと黒い布に収まっている為、人物が知れない。最悪、人間でも、ゴッチのような亜人でもない可能性だってあった。此処は異世界である

 もし中から変なのが出てきても驚かねーぞ、とゴッチ口の中だけでもごもご言った

 「非礼を詫びる。私はダージリン・マグダラと名乗っている。魔術師をやっている」

 魔術師
 動揺は、呑み込んだ。ゴッチは気のない素振で返答した

 「へぇ、そーかい」
 「貴方の名は?」
 「世の中、聞いたら教えてくれるような善人ばかりじゃねーんだぜ」
 「では勝手に呼ぶ」

 え、とゴッチは漏らした。予想外の返答だった
 ダージリンが少し沈黙する

 「貴方は今からゴーレムだ」
 「はぁ? 何でだ?」
 「黒い服を着ている。それに、そんな感じがする」

 ゴッチは眉を顰めた。直感で、何かヤバイと悟った
 少しからかって見たら、一刀両断にされた挙句訳の解らないニックネームまで付けられてしまった
 感性が、常人とは少し違っていた。というか、黒い服着てるからゴーレムって、どんな展開だ?

 「相当図太いっつーか、センスが違うっつーか……、手前、ひょっとして気狂いか?」

 軽い皮肉の心算だった。友好的な態度は取れそうに無い。怪しい格好をした相手に、身構えてしまうのは仕方の無い事である
 勝手にニックネームまでつけられてしまっては、尚更だ

 「解らん。ひょっとすると狂っているかも知れん」
 「…………」
 『…………』
 「何故黙るのか。魔術師は、須らくそういう物だと聞いている」

 至極真剣に語られた答えに、沈黙が、降りた


――


 王都から沼地まで来たらしい、ダージリン・マグダラと言う女は、見た目こそ非常に怪しい物の、それなりの地位に就いているらしかった
 ダージリンは沼地の外に馬車を待たせていた。ゴッチは王都に戻るのだと言う彼女の馬車に便乗させて貰えることになった

 対価は、ゾンビの頭に刺さっていた鏃形の石である

 ダージリンの手に渡った石は、どんな手品か鈍い赤色の光を放っていた。ダージリンはそれを様々な角度からしげしげと見詰め、しきりに頷いていた

 『……ゴッチ、あの石の事を、それとなく聞いてくれないか』
 「(あぁ? 勘弁しろよ…)」
 『勘弁って、気になるじゃないか。死体を動かす、赤く光る石。可笑しな事だらけで……うん? どうしたんだ?』
 「(……何考えてんのか解らんじゃねーか。読めねーんだよ、コイツ)」
 『そんな奴は、“こちら側”にだって沢山居ただろうに』
 「(コイツは別格なんだっての。なんつーか、雰囲気がよ。威圧感がありやがる)」

 テツコが吃驚したように言った

 『ゴッチ、らしくないぞ。怯えているのか?』

 ゴッチは応えなかった。石を眺めるダージリンを、油断無く見据えていた

 黒い布で全身を包んだダージリンは、ゴッチの視線に気付いていて、何も言わないでいる。本当に気にしていないのか、気にしていないように見せかけた演技なのかは、解らない
 ついでに言うなら、コガラシとの密談にも気付いている可能性がある。黙認されているのか
 警戒はしていないように見えた。ダージリンが、ふと、声を掛けてくる

 「ゴーレム、貴方はまるで野生の獣のようだ」
 「……ほぉ?」
 「私は奴等に警戒される。怯えられるんだ。私がダージリンだからか、それとも魔術師だからか」

 ゴッチには何となく理解できる気がした。野生の獣の気持ちが、だ
 解る奴には解る物だ。勝てる相手と勝てない相手が
今、はっきりと理解した。一見そうは見えないが、コイツは何らかの要因で、強い。どんなふうに強いのかは解らないが

 「実は俺もそうなのよ。兎一匹出ないもんだから、道中寂しくてよ」

 ゴッチに余裕が出てきた。ニヤリと笑みが口端に上る
 俺がコイツを意識しているように、コイツも俺を意識している。気の抜けた仕種は、フェイクだ


――


 その遣り取りの何処に切欠があったのかは解らないが、ダージリンはよく話すようになった
 取り留めの無い雑談をした。この世界の知識が無いゴッチには解らない事の方が多かったが、それでもダージリンの感性が通常と比べてかなりズレているように感じられたのは、勘違いではないだろう

 テツコは話の内容に集中していた。石の事も気になるが、“異世界”の情報も欲しいようだった。時折、ノートにペンを走らせる音が、コガラシから聞こえた。前に見せられたジェファソン博士の資料も紙媒体だったが、テツコは電子機器よりも紙が好きらしい

 「この石は悪魔の矢と呼ばれている。この石で操られている個体は、死霊兵と呼ばれている。古の魔術の遺産だ」

 ふと、鏃形の石の事が話題に上った。コガラシの向こうでテツコが耳を欹てる

 「あぁ、そうかい。ふざけた代物だぜ。お陰で胸糞悪い思いをした」
 「人の屍を、獣よりも早く、強く、突き動かす魔石。しかし、使い捨てなのか或いは何らかの手法が必要なのか、一度取り外すと二度とは使えない」
 「……ひょっとしてあのゾンビ野郎は、他にも居るのか?」
 「見た、と言う話なら各地でポツリ、ポツリと出る。熟練の兵士が五人がかりで相手にならないらしい。存在が確認されたら、即座に冒険者ギルドで討伐賞金が掛けられる。危険だから」
 「ほぉー、それじゃひょっとしてお前は、あのゾンビ野郎で一儲けしようとしてた訳か」

 ダージリンは、首を横に振った

 「個人的に悪魔の矢に興味があった。本当は早々出歩くことの出来ない情勢だが、飛び出してきた」
 「内乱か」
 「そうだ。下らない。下らない敵に、下らない味方だ。面白くない世の中だ。帰ったら、また嫌味を言われる」
 「ぶっ飛ばしちまえよ、そんな奴ぁ。魔術師だろ?」
 「力に任せる事が正しいとは思わない」

 ダージリンがまた首を振った。ゴッチは鼻を鳴らしたが、それ以上は言わなかった

 「ゴーレムは何処から来た」
 「遠い所だ。ここでランディって呼ばれてる所よりもずっと遠い所」
 「ここに来たのはつい最近なのだろう、どうやって国境を越えた? 内乱が起きている今、出入国の締め付けはかなり厳しい筈だ」
 「さぁな? 俺にも訳の解らん道を進んできたからな。国境なんぞ越えたことすら気付かなかったぜ」

 いけしゃあしゃあと言ったものだが、ゴッチ自身、嘘を言っている心算は無い。事実、嘘ではない
 それでも、国境どころか世界の境界を越えてきた癖に、よく平然と言うものだった

 ダージリンが僅かの間、黙った。ゴッチは、ダージリンが笑ったような気がした

 「自由だな」
 「王都まで後どれぐらいかかる」
 「まだ丸一日はかかる。食事は、こちらで用意する。携帯食で悪いが」
 「世話掛けるな」
 「悪魔の矢の対価には、不足なぐらいだ」

 ダージリンが馬車についた戸を開けて、御者に声を掛ける

 少し急いでくれ。そう言うのが聞こえた。ゴッチはこちらも窓を開いて、外の風景を眺めた

 馬車は、大きな谷にかかる橋を越えようとしていた。底が深い。谷底を流れる水の勢いは、相当な物である

 そのとき、何の脈絡もなく、唐突に橋が大きく揺れた

 『ゴッチ!』
 「お?」

 揺れたと思ったら、今度はどんどん馬車が斜めになっていく
 何がどうなっているのかなど、聞くまでも無い。橋が落ちようとしているのだ

 『ゴッチ、逃げろ!』
 「おぉぉ?! 何が起こった!」
 「橋が落とされた」
 「そりゃ解ってる!」
 「なら何故聞く」

 えーいこの馬鹿ダージリンがぁー、と罵って、ゴッチは馬車から飛び降りた。背後にダージリンが続く

 馬車は既に橋の中ごろまで渡ってしまっており、そして橋は既に落ちる寸前だった。ゴッチは段々と垂直になろうとする橋の上を必死に走るが、どうしても間に合いそうには無い

 ゴッチは橋に拳を突き込んで、何とか掴まる。ダージリンが腰にしがみ付いた。動きにくそうな黒いローブを着込んで、大した根性を見せる物である
 御者の悲鳴が聞こえた。落ちたようだった。ダージリンは落ちたな、とポツリ言って、後は気にしていなかった

 大したタマだぜ

 「テツコ! 何とかなるか?!」
 『何とかも何も、コガラシでは何も出来ないよ!』
 「しゃぁーねーな」

 窮地に於いては、形振り構っていられない。ゴッチの懐から飛び出してきたコガラシを見て、ダージリンがほぉ、と息を漏らす

 「矢張り使い魔か。魔術師だったのだな」
 「……まぁ、そんなもんよ」
 『ゴッチ、どうする?』
 「どうもこうもねーよ。ダージリンを背負って、壁にへばり付いてロッククライミングだ。全く、お上品なイベントに涙が出るぜ」

 そらいくぞ、とゴッチが四肢に力を込める。体を揺らして勢いを付ければ、谷の壁面への到達は簡単だ

 「チャー・シュー・め」

 メェェーン! …と言い切る前に、橋の根元がぽっきりと逝った。最後の命綱は、ゴッチがダージリンと共に跳躍するまで待ってはくれなかった

 当然、ゴッチの身体は自由落下を始める。突き立てた手が音を立てて抜け、後は頭から真っ逆さまだった

 「だぁぁ、あほんだらぁぁー!!!」

 ゴッチ達は成す術なく、水の中に叩き込まれた。咄嗟にコガラシを引っ掴んで道連れにする所に、ゴッチの性格がありありと表れていた

 因みにこれはテツコですら把握していない事だが

ゴッチは泳げない

――


 「……ゴーレム、死んだか? 一応蘇生の努力はするが、死んでいたら諦めてくれ」

 ゴッチが何となく暗闇の中でまどろんでいたら、そんな言葉が降ってきた
 何事だ、と思う前に胸に衝撃が走った。ゴッチは水を吐き出して、堪らず飛び上がった

 「生きていたか」
 「手前……何をしたんだ……?」
 「溺れた者は、胸を押せば飲んだ水を吐き出すと聞いた事があった。泳げないんだな、貴方は」
 「…………ピクシーアメーバは、乾燥に耐え得る能力を手に入れた代わりに水中での活動が困難になった種族だ。泳げねーのは俺のせいじゃねぇよ、クソ。それに大体、端から身構えてりゃ水から這い上がるくらい……不意打ちで落ちたりしなけりゃ、畜生」

 ゴッチが独り言のようにぶつぶつ言う。ダージリンには意味が通じなかったようで、首を傾げるような雰囲気が伝わってきた

 口の中に残った水を吐き出すゴッチの横に、べちゃり、と水を含んだダージリンのローブが降ってきた

 見れば、素顔と体を晒したダージリンが居た。白い髪と白い肌の、先ほどまでとは全く正反対の色をしていた。来ている物まで白かった。唯一、目は赤い

 ダージリンが血の色の瞳でゴッチを見る。ゴッチは口笛を吹いた。まだまだ若年に見えるが、大層な美人である。
睫毛が妙に長くて、ゴッチに向ける瞳を色っぽく見せていた

 「ここは何処だ? カビ臭ぇが」
 「何か、遺跡のようだ。アーリアから然程離れていない位置にこんな物があるとは、今まで知らなんだ」

 石造りの通路だった。地下にあるのか酷く薄暗く、光源は壁に張り付いている奇妙な石しかない。その石ときたら、これが何とも不思議な石で、ぼんやりと黄色い光を放っているのだ
 建物、と言うよりは、洞穴といったイメージのある場所だった
ゴッチは立ち上がって、バタバタとスーツを叩く。ほこり塗れになっていた

 「あの後大量の油と空の小船が流されて、火を掛けられた。吹き飛ばして這い上がろうとしたが、弓兵が居たようで断念した。敵の規模も解らなかったし。暫くは、溺れてもがく貴方を無理やり引っ張って潜っていたんだが、流れに逆らえなくてな。敵の油が流れて尽きるまで耐えられなかった。気付けば、変な穴に入り込んでいた」
 「…ふん、命の恩人ってか? …………ケッ、ありがとよ。で、その橋を落としてくれた悪餓鬼どもは何なんだ。ダージリン、手前のお友達かよ」
 「私に友人など居ない」

 ゴッチが、あーあー、と面倒くさそうに言いながら手をひらひらさせた

 「何が狙いだったんだ」
 「私が邪魔だったのだろう。私はアナリア王家に仕える魔術師だ。反乱勢力の恐怖の的だからな。件の反乱勢力か、アナリアの裏切り者に類する者達と見て間違いない」
 「はいはい、内乱でしたね、そーでしたね。ったく、クソ面倒な事に巻き込まれたぜ」
 「私の至近に、居るな、間者が。黙って飛び出してきた事が知れるくらいの、近くに」

 取り敢えず、脱出の方策を考えねばならなかった。最も解りやすい物として、外に通じているのであろう水場があったが、ゴッチは水に潜るなんて御免だった。それに、まだ敵がいる可能性がある

 油に塗れて火達磨になるのも御免だ。ゴッチは辺りを見回して、言った

 「困ったときのテツコ頼りだ。テツコ、どこにいる?」
 「貴方の使い魔ならば、ここだ」

 ダージリンが、ぽい、とコガラシを投げ渡してきた

 ゴッチがあからさまに眉を顰める。嫌な展開だ。それも、思いつく限り最悪の

 コガラシは、機能を停止していた


――


 コガラシが動いていないのに言葉が通じる、と言うことは、ゴッチの体内のナノマシンが正常に稼動している証拠でもあった

 「テツコー? テツコー! ……駄目だ、マジで動きゃしねぇ」
 「ゴーレム、貴方も感じないか。この遺跡を覆う気配」
 「……?」

 ダージリンが、見えない何かを見るように、周囲を見渡した
 ゴッチも神経を尖らせた。ゴッチの直感は、SBファルコンもお墨付きを出す天性の読みである

 背筋に何かピリピリする物を感じた。肌に張り付いてくるようで、激しい嫌悪を感じさせた

 「……なんか、ゾクゾクするぜ。相当やべぇ感じだ」
 「この遺跡の何処かに強力な魔力を発する存在があると思う。どんな物かは解らないが、その魔力が一帯を覆っている。恐らく、貴方の使い魔はそれによって貴方との繋がりを絶たれているのだ。同じような事例を聞いた事がある」
 「……動かんのはその何かのせいだと? ……確かに、見た感じ傷一つねぇし……」

 だが、魔力ってのは、テツコご自慢の最新鋭機にまで影響を及ぼせるモンなのかねぇ

 ゴッチはコガラシを転がしたり、引っ繰り返したりして点検した。何処にも損傷したような感じは無い
 コガラシが水に浸かった程度で壊れないのは、テツコにきっちりと説明されている。ならば、機能を停止している要因は他にあるとしか思えなかった

 ゴッチはコガラシを懐に仕舞いこんだ。テツコのサポートを得られなければ、遺跡からの脱出が困難になるのは目に見えている

 しかし、立ち止まってもいられない。ポジティブに行くか、とゴッチは考えて、拳に力をこめる

 「しゃぁねぇ」
 「そうだな」
 「出口を探すか」
 「そうしよう」

 何といっても、剣と魔法のファンタジーに、ダンジョン探索はつき物である。そう考えれば、逆に心躍る展開だ


――


 薄暗い通路をずんずんと進んでいけば、程なくして十字路となった
 どうやらゴッチ達が進んでいた通路が主道になるらしく、そこから横に逸れるようにして細い道が続いている。横道は石による舗装がされておらず、土が剥き出しになっていた。妙に湿り気が有る

 「息苦しいっつーか、圧迫感を感じさせやがる造りだ」

 ダージリンが横道の前に立って、目を閉じる。向かって右の横道でそうしたかと思うと、間を置かず左の横道の前でも同じ事をした
 何か考えているようだった。沈黙したダージリンに、ゴッチは声を掛ける

 「ダージリン、どうかしたのかよ」

 ダージリンがゴッチを振り返って、口に指を押し当てる。静かに、のポーズだ

 「何か聞こえる」

 ゴッチが、ダージリンに習って、横道の前で耳を欹てた

 「げぇ…」

 背中に嫌な汗が伝った。微かに聞こえてきたのは、身の毛もよだつ下品な呻き声だ
 泣くような、唸るような呻き。ゴッチには聞き覚えがあった

 あの酷い臭いのするゾンビ野郎が、全く同じような呻き声を上げていた

 意図せず、舌打ちしていた。あの腐った死体に対する嫌悪感は、並ではない

 「ご機嫌な死体どもが、寄り集まって合唱会だ。横道の先に複数居るな」
 「……死霊兵か? 複数一度に確認されるなど、今までに無い事だ。……遭遇すると面倒。私は、悪魔の矢は一つあれば充分だ。無視する」
 「妥当だな。ダージリン、奴等の鼓膜が、腐ってまだ使い物になるのかどうか知らねーが、用心だ。あまり音を立てるなよ」
 「心得た」

 ダージリンの細い顎が上下するのを見て、ゴッチは歩き出した。ダージリンは切れ者だ。きっと言うまでも無かったろう。要らない口数が増えている気がした

 しかし、勢いよく石が蹴っ飛ばされ、大きな音を立てて転がってくる
 ゴッチは眉を寄せてダージリンを振り返る

 「おい、ダージリン、音立てんなって言ったろ…」

 ダージリンが、不思議そうな顔をした。身に覚えがないようであった

 じゃぁ誰だよ。視線を巡らせる
 そして、ゴッチはダージリンの背後に、見た。薄暗い闇の中で、白く濁った目が輝いていた
 死霊兵が居た。ぽっかりと開かれた大口は歯が半分ほど抜け落ちていて、場違いにもそんな所に注目してしまったゴッチは、思わず失笑した

 「ダージリン……」
 「……あぁ」
 「……ご招待だそうだ。合唱会やるにゃ頭数が足りないんだとよ」

 屈め! ゴッチが怒鳴ると、察しの良いダージリンは石の床に体を投げ出す
 床に激しく接吻し、顔に泥を付けながら、しかしダージリン

 「気付かなかったとは不覚だ」

 軽やかなステップを踏んで、ゴッチは宙を舞っていた。砲弾のようにかっとんで行く革靴の踵が死霊兵の顔面に突き刺さる。鼻は潰れた。肉体が脆くなっているせいか、顔面の骨も同様に砕けた

 頭部を後ろから引っ張られでもしたように、死霊兵は飛んでいく。倒れこんだそれを踏み越えて駆けてくるのは、こちらも死霊兵だ

 何体も居る。ざっと見ても、十を越える数が通路に犇き、濁った目で此方を睨んでいた。ゴッチは繰り出した足を引き戻し、回し蹴りに変えて、次に駆け込んできた死霊兵の頭を薙ぎ払った

 「げぇ……!」

 蹴りの勢いに壁へと叩きつけられた死霊兵。そして、その脇を駆けてくる、これまた死霊兵
 今度は三体。ゴッチは柄にもない悲鳴を上げた

 「マッハキックだボケが!」

 ゴッチの体がぶれて、次の瞬間には死霊兵の眼前に居た。瞬間移動でもしたかのような踏み込みである
 三人行儀よく整列した死霊兵が反応するより早く、ゴッチのヤクザキックが真中の死霊兵に炸裂していた。吹っ飛ぶ死霊兵
トーン、トーン、とステップを踏んで飛び上がったゴッチが、またもや蹴る。つま先が向かって右の死霊兵の頭蓋を割っていた
 まだまだ、まだまだ終わらない。そこから更に、蹴り足を切り返す

 「マッハダブルキックだボケが!」

 右の死霊兵を打ち倒した蹴りが、振り子のように反転して左の死霊兵を壁に減り込ませていた。振り子は振り子でも、音速の振り子だ

 ゴッチが余りにも肉体派過ぎるので、ダージリンは、ゴッチが本当に魔術師なのか疑いたい心境になっていた
 しかし、それは一応置いておき、ダージリンも走り出す。死霊兵は、次々と来るのだ

 ゴッチのスーツを引いた。体勢を崩して後ろに下がるゴッチの横で、ダージリンが鋭く腕を振る

 「腕の一振りで、ほら、こうだ」

 突然、爆風が広がるように青い霧が広がった。三体の死霊兵を包んだ霧は、次の瞬間には収束していく
 ダージリンが見えない何かを押さえつけるように、両の掌を床に叩きつける。身を切るような冷気が、ゴッチの体を嘗め回した

 「凍て付け」

 霧が消え去ると、代わりに氷像が出来ていた。三体の死霊兵だったそれは、凍ってからも下品で、醜かった
 完璧にカチンコチンだ。動く気配も無い

 なるほど、魔法か。大したもんだ。何がどういう原理で凍りついたのか、さっぱり解らない
ほぉー、と感嘆の声を上げたゴッチだったが、視線の先に、尚も氷像を押し倒して襲い掛かってくる死霊兵達

死霊兵、死霊兵、死霊兵ったら死霊兵

 感心している暇は無い。こりゃ駄目だ、とゴッチは呟いて、死霊兵の群れに背を向けた

 「鬼ごっこと洒落込むか!」
 「ゴーレム、どんな物かは知らないが、貴方の魔術で一網打尽に出来ないか?」

 ダージリンが横に並んだ。平静そのままの顔つきで投げかけられた問いに、ゴッチはニヤリと笑って返す

 「やれん事も無ぇが、こんなに狭いとお前も巻き添えだぜ」
 「私もそうだ。大きくやろうとすると、氷は、大雑把過ぎてな」

 二人は並走したままで、全く同じようにスピードを上げた

 そのまま、取り敢えず駆け続けた。道はくどいほどに一本道で、事態を打開できそうな物も無い
 やりようが無いので、兎に角駆ける

 そのまま石造りの通路を駆け続けて、駆け続けて、いい加減嫌になるほど逃げた頃だ
 唐突に通路の終わりが見えた。先には広い空間が広がっており、壁の発光する石の物とは違う、青白い光が溢れている

 そこに飛び込んで、ゴッチはべぇ、と舌を出した。床も壁も舗装されていない地肌剥き出しの其処は、スペースの半分以上が湖だった。青白い光は、湖の中から溢れ出していた

 地底湖。其処から抜け出る為の出入り口は三つあるようだったが、そのどれもが湖の向こう側に存在している

 踏み止まって、通路へと振り返った。これだけ広さがあれば良い。巻き込みはすまいと思った

 「コイツ持って下がってろ、ダージリン。纏めて始末してやるぜ」

 動かないコガラシをダージリンに投げ渡し、怖い顔でゴッチは笑う。両の足を地面に叩きつけて体勢を低く落とすと、その体を雷光が取り巻いた

 黄色い光が奔る。ゴッチの手を、足を、体を、縦横無尽に駆け巡る
 抑えきれない稲妻が拡散した。辺りを無作為に焼き尽くそうとする稲妻で、目も眩むような光が生まれる

 ダージリンの足元にも稲妻が落ちる。キョトンとした表情で、更に距離を取った

 「死体が跳んだり走ったりするんじゃねぇぇーッ!!!」

 ゴッチが握り拳を突き出した。そこから放たれる、閃光。空気は電気を通さない物だが、通らない物を無理に通すので、轟音が生まれた

 通路に向かって延びる光は、一瞬で死霊兵の全てを貫通し、一瞬で消し炭に変えた
 圧倒的な熱量で焼き尽くした。後に残るのは灰ばかりであった

 「…………」
 「…………
 「…………づぁー……」

 ゴッチが、大きく息を吐いて尻餅をつく

 「ちょっと疲れたぜ」

 ダージリンに向かってサムズアップした。それの意味が解らないダージリンは、やはりキョトンとしていた


――


 「凄い。雷を操るのか。死霊兵などどれほど居た所で問題にしない、圧倒的な力だ。素晴らしい」
 「まぁな。お前の氷だって、中々イカしてたぜ」
 「イカしてた…? 察するに、褒め言葉のようだな……」

 指先からバチバチと電流を迸らせながら、ゴッチはダージリンの賛辞に応えた

 ダージリンの目は余りにも真剣だった
ちょっと前は、「力に任せることが正しいとは思わない」なんて平和主義者ぶった事を言っていたが、コイツは力の重要性をよく解って居やがる。ゴッチは、そう思った

 平静で居ることを旨とし、殆ど表情を変えないダージリンが、“この世界”の只人とは逸脱しているらしいゴッチの力には、好奇心を隠そうともしない
 怯えるのでも、無視するのでもない。かといって媚びるのでは、断じて無い

 持たざる物の目だ。欲しがる者の目だ。求めているのは、力だ。何故そんな目をするかは、知らないが

 息をするように欲しがる。そんな感覚は、ゴッチにも覚えがあった。渇望している奴は、何をやっても強い物だ。ゴッチは、それを経験で知っている

 多分、俺が思う以上に、強ぇーなコイツ

 些か飛躍し過ぎで、突飛な想像だったが、SBファルコンの御墨付の直感は、その思い付きが強ち間違いではないと告げていた

「……へ、色っぽい目をしてんぜ、お前」

 ゴッチは、ダージリンに手を差し出した。ダージリンがきょとん、とする
 強引にダージリンの手を取ると、ゴッチは満足げに握った。偉そうにも、見所の有る女だ、とダージリンを批評していた

 「俺の国での挨拶さ」

 ダージリンの手がするりと逃げる。ゴッチの掌の、がさついた感触の残るそれを見て、ダージリンは呟いた

 「そうか、……私と貴方は、対等だったな」

 あん? とゴッチは首をかしげた


――


 二人並んで湖を眺めていた。青白い光は美しかったが、最悪の場合ここを泳いでいかねばならないのだと思うと、ゴッチは眉を顰めざるを得ない

 「一応聞くけどよ……お前の氷でカチーンとやっちまえねーか」
 「ただの水なら出来るが」

 出来るのか? とゴッチが喜色を浮かべたが、湖の傍ににじり寄ったダージリンの言葉で、それは落胆に変わる

 「これはただの水ではない。私の魔術が作用しない水だ」
 「出来ねーのか……。どんなのなんだよ」

 ダージリンが人差し指を湖に差し込む。直ぐに、引き抜いた
 ごお、と激しい音を立てて、その指が青い炎に包まれる。ダージリンが鋭く手を振って、炎を払った。額には冷や汗が滲んでいた

 「間違いない。コバーヌの炎だな」
 「説明頼むわ」
 「…………不老不死の秘薬の原料になる、と言われているが、精製に成功した者は、私の知る限り居ない。人でも何でも溶解する性質を持つ、危険物だ」
 「溶解だと?」
 「貴方は“不老不死”ではなく、そちらに反応するのだな」

 ダージリンが後退りした。しきりに突っこんだ指を気にしているが、溶けた様子は無い
 自前の魔術だか、魔力だかでどうにかしたようだった

 「溶けちまうのかよ、オイ」
 「溶けるな。仮にゴーレムがここに飛び込んだとしたら、蒸発して消滅するまでに、瞬きするほどの間も掛かるまい。そして溶けた物は全て、“見えざる力”としてコバーヌの炎の中に蓄積される」
 「嫌な予測データだ」
 「?」
 「確かに危険物だぜ。超特濃硫酸って訳か。こりゃ、泳いでいく訳にもいかねぇわな」

 ゴッチは壁を恨めしげに見た。壁は脆い砂の塊のようにも見え、張り付いていくには不安が残る
 硬い岩であれば利用するのだが、砂では無理だ。万が一落ちれば、そのまま蒸発だ
 こうなったら、壁でも走るか。真剣に、ゴッチは思う

 ここで何でもない事のように解決策を出したのは、頼れる魔術師、ダージリン・マグダラであった

 「では、飛んでゆこう」

 ひょい、と腕を一振りすると、白い霧が空中に集まる
 冷気が渦を巻いて、辺りを冷やした。巻き上げられた砂埃にゴッチが目を覆うと、ダージリンから声が掛かった

 「準備は出来た」

 空中に平たい氷の塊が浮かんでいた。どういう理屈で浮かんでいるのか、当然の事ながら、ゴッチには全く理解できなかった

 ほぉー、と声を上げるゴッチを尻目に、ダージリンが跳躍して氷塊に飛び乗る
 手招きに応じてゴッチが後に続けば、ダージリンがまた腕を一振り

 二メートルほど先に、同じようにして氷塊が出来上がった。また、ダージリンが率先して飛び乗る
 矢張りゴッチが後に続く。すると、不要になった後ろの足場は霞のように霧散していった

 「こりゃ良いぜ、楽だ」
 「見た目ほど楽では無いんだ、これでも。かなり集中力を使う。私は、まだまだ修行不足だ」
 「そうなのかい。だがまぁ、無事に渡れるなら構いやしねぇ。この調子で頼む」

 私は少々構うのだがな、とダージリンは呟きつつ、次々と足場を作り出していった
 そのまま、広い空間の半ばまで渡ったときだ

 下を注意しながら進んでいたゴッチは、“コバーヌの炎”の湖に、僅かな波紋が広がっているのに気付いた

 異変を感じた。湖は、ゴッチ達がここに到達してから今まで、少しも揺れていなかったように思う。水の流れが無いのは、どんなに目が悪い奴でも気付く

 では、何故波紋が広がるのか。ゴッチはダージリンを呼び止める

 「オイ、何か奇妙な事になってねーか」
 「何が?」
 「下だよ、下」
 「下?」

 ダージリンが下を見下ろすのと示し合わせたかのように、湖の中から飛び出してくる物があった

 ほんの一瞬、刹那の間だけ、ゴッチはポカンと口を開けて呆然とした。湖から飛び出してきたのは、何かの頭蓋骨だったのである。しかも頭蓋骨だけの癖に、ゴッチとダージリンを二人併せたより大きい

 「な、なにぃぃーーッ?!」

 妙に鼻が突き出た頭骨だった。サイズからして人の物とはかけ離れているが、形状もそうだ
歯の無い口をこれでもかと開いて、真下から襲い掛かってくる。意図せずして二人は、全く同じ方向に跳躍して逃げていた

 ダージリンが目を見開きながら、新しく足場を作り出す。集中が足りなかったのか、作り出された氷塊は、かなり歪でしかも小さい

 ダージリンは何とか足場に乗ったが、ゴッチは滑り落ちた。渾身の力でしがみ付いたのは言うまでも無い。何せ、落ちたら瞬く間に蒸発である

 氷塊をよじ登りながらゴッチは頭骨を睨み付けた。ガパガパと、下品な租借の仕方で氷塊を噛み砕いた頭骨は、自由に空中を飛びまわりながらこちらを窺っていた

 「ゴーレム、流石にアレは奇妙どころの話ではないぞ」
 「俺だってあんなヤベェのが出てくるなんざ思ってなかったっつーの」
 「しかし、それ以前にアレは……」
 「し、知っているのかダージリン」

 ダージリンがビュンビュン飛び回る頭骨を睨む。ゴッチは体勢を低くして跳躍の準備をした。何時また、無軌道な突撃をしてくるか解らない

 「竜の頭骨だな。かなり大きい。生きていた頃は、伝説として残っても可笑しくないほどに、齢を重ねた強力な竜だったことだろう」

 骨竜が、空中で静止して大口を開いた
 頭部だけのそれに、当然喉など存在していない。声帯どころか肉の一片も無い

 無い、筈なのだが、骨竜は咆哮を上げた。腹の其処まで響いてくるような、恐ろしい咆哮だった。一瞬とはいえ、豪胆で鳴らすゴッチの体が硬直する程に

 伝説級の吼え声って訳だ。ゴッチは誤魔化すように、ニヤリと笑う

 「腐った死体の次は骨の竜か、全く、マジでファンタジーだ。退屈してる暇がねぇや。……俺がやるぜ、ダージリン」
 「頼む。足場を維持しながらアレを攻撃するのは、私では無理だ

 ビビッたら、腹が決まった気がした。怒りが込み上げてくる
 ゴッチはビビッたらいけないのだ。相手が誰だろうが、悪態を吐いて唾を吐き掛ける。それぐらいの事が出来なければいけないのだ
 相手が神様だろうが王様だろうがそうだ。ちょっと吼えられたぐらいで硬直してしまうような奴は、地面に穴でも掘って引き篭もっているのがお似合いである

 「……お前、面白ぇがよ、調子に乗るなよ、カルシウム野郎」

 ゴッチは咆哮した。言語としての意味を持たない叫びは、まるで獣の咆哮だった
 骨竜が反応してか、こちらも再び咆哮する。ゴッチと、骨竜、双方のやかましい叫びで、脆い壁面からパラパラと砂が落ちた

 「ゴォォオラアアアァァーッ!」
 『ゲエエエエエェェェェーッ!』

 骨竜が突進を仕掛けてくる。ゴッチは真正面から迎え撃つ。ダージリンが、小さい足場をゴッチの為に広く、固く補強してくれる

 握り締めた右拳と骨竜の鼻が激突した。パン、と軽く弾けるような音がして、後退したのは骨竜だった
 ゴッチの体が仰け反る。骨竜の突進は、思っていた以上に重く、強い。反動を力尽くで押さえつけて、ゴッチは仰け反った体勢から拳を振る

 骨竜の突進は続いていた。弾かれて、再び突撃してくる鼻面に、またもゴッチの拳
 弾かれては、突撃。弾かれては、突撃。辺りに響く音は、パン、と言う軽い物からゴン、と言う鈍い物へと変わっていく

 ゴッチは意地で拳を振っていた。握り締めた右拳で骨竜を迎え撃つ度、反動で体が仰け反る。そして仰け反った身体を力で押さえつけて、また拳を振る

 何度も何度も何度でも迎え撃つ心算だ

 今まで数多の敵をこの拳骨で捻じ伏せてきた。来る日も来る日も、鍛えて、鍛えて、来る日も来る日も、殴って、殴って
 自慢の拳骨だった。拳を一旦握り締めたのなら、最早敗北は許されない

この握り拳と骨の竜、音を上げるのはどちらだ

 「手前がくたばるのが先だぜ」

 何度打ち合ったか解らない程の激突の後、ゴッチは拳を大きく振りかぶった

 そして、氷の足場を、ぎっちりと踏みしめる両足。しつこく突っこんでくる骨竜を、ギロリと睨み付ける
 目の前に、一本ピシリと線が通った気がした。ゴッチにだけ見えるその線をなぞるようにして、自慢の右拳は、骨竜へと炸裂した

 「手前より強ぇんだ、俺のがよぉぉーッッ!!」

 先ほどまでとは一味違う一撃だった。骨竜が大きく弾き飛ばされる
 氷の足場が、ゴッチによって踏み抜かれてしまっていた。粉々に砕けてはダージリンも維持できないのか、慌てて新しい足場を作り出し、ゴッチに呼びかけながら、彼女は其処に飛び移った

 新しい足場に危うくぶら下がりながら、ゴッチは笑う

 「へ、どーよ」
 「……さて、どうかな」


――


 骨竜が、鳴いた。空ろな眼窩の闇に、赤い光がともる
 ぼんやりと、赤い光が尾を引いた。闇から滲むような赤に、ダージリンは得心したように頷いた

 「あの竜の頭骨、悪魔の矢が刺さっている。幾ら死した後の骨とは言え、あれほどの竜を操るとは」
 「何でもアリだな、お前の研究対象は」
 「嫌な気配がするぞ。辺りが震えている。土も、水も、空気も」

 赤い光をゆらゆらさせながら、骨竜は再び空中へと舞い上がる

 ゴッチは両の手をぶらぶらさせた。何回だってきやがれ、何回だってぶっ飛ばしてやる、そう思った

 骨竜が鳴く。ビリビリと震える声で、鳴く。ダージリンが呻いて、米神を押さえた

 「ゴーレム、危険だ」

 コバーヌの炎から、何かが飛び出した。またもや、骨だった
 しかし、竜の頭骨と言う訳ではない。大小様々の、色んな部位の骨が、幾つも幾つも飛び出してくる

 竜の骨格だった。赤い光を目指して宙を舞う骨達は、思い思いに重なり合って、着々とその全容を現していく

 ゴッチは、余りの事態に唖然として見ているしか出来なかった
 僅かばかりの沈黙。十を数えるか数えないかの内に、ゴッチとダージリンの眼前には、巨大な骨の竜がその全身を取り戻し、高らかに咆哮していた

 「おい、どうなってんだおい。ちょっと前まで頭しかなかった出来損ないが、見違えちまったぜ」

 骨竜が全身をカタカタ鳴らせて尾を振った。鋭く風を切る音と共に、ゴッチの頭上を通過。骨の尾は壁面にめり込んで、砂煙を上げていた

 ゴッチは何気なく頭を撫ぜる。前髪の一部が消し飛んでいた

 「…………」
 「…………」
「…………」

 ヤバイ、タンマ。やっぱ、勝てない相手も世の中には居るわ。ゴッチは息を大きく吸い込んだ

「…………ダァァァージリンッ! 足場を作れぇぇぇーッ!」

 ゴッチは、問答無用でダージリンを抱き抱えた。突然の事態に驚いたダージリンであったが、彼女は冷静にゴッチの言葉に応える

 俗に言うお姫様抱っこの体勢で、ゴッチはダージリンの命を預かった。足場を作る事だけに専念させる
 先ほどまでと比べ、かなりの早さで足場が次々生み出されていった。ゴッチはダージリンをしっかりと抱きしめて、次々と足場を飛び移っていく

 「ダージリン、俺とお前は会ったばかりだが、今は俺を信じろ! どんな事があっても落っことしたりはしねぇ! お前は足場造りに全力を尽くせ!」
 「……解った、貴方に任せるぞ、ゴーレム」

 飛び移る端から、骨竜の尾が氷塊を砕いた。僅かでもその場に止まる事があれば、それは死を意味する。コバーヌの炎の湖に叩き込まれ、溶けて消えるか。それとも、全身の骨を砕かれ、内臓を吐き出して死ぬか。どちらにせよ、死ぬのには変わりない

 氷の足場は無規則的に生み出される。骨竜を惑わすように飛び跳ねながら、ゴッチは意を決した

 「…く、流石にこうも大量に、休みなく生成していたのでは、私の方が持たない…」
 「逃げられん、前に出ろ、後退に活路はねぇ!」

 ゴッチが叫び、ダージリンが疲れ切った体に再び気合を込めた。複数の氷塊が一度に作り出される。それは骨竜に向けて整列し、唯一の道となる

 ゴッチは踏み砕け、とばかりに足場を蹴った。骨竜への四つ目の足場へと到達した時、頭上から尾が降ってくるのが判った

 「下だ!」

 宙に浮ぶ骨竜の下を潜るように大き目の足場が形成された。ゴッチは出来るだけ体制を低くして、背中でスライディングするように其処へと滑り込む。ダージリンに怪我を負わせて集中を乱さないよう、極力気を使った挙動だ

 そしてダージリンを抱きしめたまま、ごろごろと横に転がって足場を放棄し、自ら落下する

 示し合わせたように、また足場。其処に着地したゴッチは、膝をついてニヤリと笑った

 目の前には黒い闇の中へと続く通路があった。三つあった通路の内の、一つだ。幅は先ほど通ってきた通路よりも狭く、どう考えても骨竜が通れるサイズではない

 何時しか、目的の場所に到達していたのだ。ゴッチは迷うことなく、通路に向かって身を投げる

 次の瞬間、通路に骨竜の頭部が食い込んできた。力任せにぐいぐいと押し込んでくるが、頭の大きさが既に通路よりも大きい

 ゴッチは、ダージリンをお姫様抱っこしたまま尻餅をついていた
 狭い通路に鼻っ柱を突っこんでガジガジやっている骨竜を、意地悪く見やる。ゴッチは、勝利したのである

 「ハン、でけぇと禄に移動も出来なくて、大変だなぁ」

 必死にこちらへ食いつこうとしてくる骨竜に、ゴッチは下品に中指を立てて、嘲笑を向けた


――


 で、また、逃げる
 別段追ってくるものなど居はしなかったが、それでも壁をガジガジ削る音と、腹の底まで響くような吼え声は気分の良い物ではない
 気が狂ったような高笑いを上げつつ疾走するゴッチは、走り続ける内に、ふと自分がダージリンを抱きしめたままなのを思い出して、立ち止まった

 「……どうした? ゴーレム」
 「どうしたじゃねーよ。よくよく考えりゃ、何時まで俺に抱えさせてんだ。自前の足二本使って歩け」
 「問答無用でここまで走ってきたのは貴方だろう」

 ゆっくりと、ダージリンが足場を確かめるように地面に降り立つ
 土を押し固めた上に、舗装された名残らしき石の残骸が散らばっている。酷く、荒れていた
 壁は地底湖のあった空間の物と同様、砂のように脆い。あの一室を越える前と今では、通路の見てくれは大きく変化していた

 ダージリンが後ろを振り返る。遥か後方では未だに骨竜がガジガジやっているのかも知れないが、此処に至っては音も聞こえない

 「私と、貴方ほどの魔術師の二人掛かりで、逃げるしかないとは。世の中は広い」
 「待てよ、勘違いすんじゃねー。俺は負けてねぇぞ」
 「誰も敗北だとは言わない。私も貴方も、生きている」
 「そういうこっちゃねーっての。……次やるときゃ、コバーヌの炎の外側に引き摺りだして、健康そうな骨全部圧し折ってやらぁ」

 次? ダージリンは首を傾げる
 今は引いただけか。何れ戻ってきて逆襲する気なのか、とダージリンは尋ねてくる

 しかし、ゴッチが応えるよりも早く、ダージリンは納得したように頷いた
 ダージリンにしてみれば、己がゴーレムと呼ぶこの男がやられっぱなしで終わるよりも、凄まじい復讐心を燃やしてやり返しに来る、と言うほうが、よっぽど自然で、違和感なく感じられるらしかった

 「ふ、ふふふ、……なら、まずは脱出しなければな。急がねば、魔力消耗での疲労は後からジワリと来るのだ」
 「…………あぁん? ダージリン、お前、もしかして今、笑ったろ?」

 ダージリンは応えなかった。顔を背けるようにして、ゴッチの前を歩き出す。ずんずんと歩いていく

 「おいおーい、笑ったろ? 笑ったんだろぉー? ケチケチすんなよ、恥ずかしい事じゃねーって」

 ゴッチはニヤニヤしながらダージリンの後を追いかけた
 どんな鉄面皮に見える女でも、美しい微笑を隠し持っているのは、テツコで実証済みだった


――


 出口とはとても言えない、外へと繋がる希望を見つけたのは、それからまた暫く歩いた時だった

 進めば進むほど通路の損傷が激しくなり、終には壁に埋め込まれた発光物体すら見かけなくなった頃だ

 暗闇の中を並んで進むゴッチとダージリンは、壁面に開いた僅かな穴から入り込む日の光を見出した

 「一cmくらいか、このサイズだと」
 「? ……貴方の故郷の単位か? こちらでは、丁度このくらいの大きさを、一リナと呼ぶのだ」
 「へぇ」

 どうでもよさそうな返事を返して、ゴッチは穴を覗き込んだ
 光が差し込んでくるだけで、外の光景までは見えない。どうやら壁の厚さ自体はかなりあるらしく、どう言った原因があるのかは知らないが、一cmサイズの穴が、綺麗に貫通しているようだった

 「ここだけ、得体の知れない魔力の気配が薄い。間違いなく外に通じている。……む」

 ダージリンが呟く。懐がもぞもぞ動いたらしく、コガラシを引きずり出した
 コガラシの電球が明滅を繰り返していた。電波状況が悪くて、繋がったり繋がらなかったりする携帯電話のようだ
 ゴッチは笑って、コガラシを受け取った。ダージリンを一目見れば、激しく疲労しているのが判る。この遺跡に潜り込んでからの騒動で、ゴッチ以上に消耗している

 だがしかし、ゴッチは甘くない

 「ダージリン、頼めるか」

 まぁそれでも、ゴッチらしくなく、幾分かダージリンに譲った口調になるのは、致し方ない事であった
 何でもない様に振舞うダージリンは、一歩前に進み出て、細い穴に手を添える

 何時もの様に空気が冷えて、ダージリンの掌に氷柱が出現した。先端は穴に食い込む一cmサイズであるが、後方になるにつれて太くなっていく。大体一m程の長さで、極端に太い最後尾は、ゴッチの胴体ほどもあった

 「ゴーレム、殴ってくれ」

 成る程、頭が回るもんだ。ゴッチは口笛を吹いて、ダージリンの背後に立つ

 「どいてな、ダージリン」

 そして大きく振り被ると、全身を撓らせて拳を繰り出した

 「おぉらぁーッ! コイツでおさらばよぉーッ!」

 氷柱の尻を殴るゴッチの超人的膂力で、氷柱は土の壁を貫いていく。小さな穴に大きな棒を通して、力押しで壁に亀裂を入れようとしていた

 一撃で、約十cmほど氷柱の先端が埋まった。氷柱の強度を考えて手加減したが、ゴッチの思う以上に、ダージリンの魔法は精巧で、頑強であった
 これならば、更に力を篭めても問題ないだろう

 ぎゅう、と握り締めた握り拳。自慢の握り拳。脆い壁に氷柱を打つくらい、出来なくてどうする

 拳は、鋼のように固かった。鋼の拳が、もう一度氷柱の尻を叩く

 「開いたかオラァーッ!!」

 壁が割り開かれて、細かい罅が無数に走った


――


 「ダージリン? ……なんでぇ、気絶してやがらぁ」

 人一人が這いずり出るのに充分なほど穴を広げて、ゴッチは背後を振り返る
 ダージリンは、壁に背を預けて目を閉じていた。白い頬に泥が付着して、美貌を損なっている

 魔力とやらを使い果たしたか。ゴッチは、コガラシを取り出して、揺さぶる

 『……ゴッチか? 無事だな。まぁ俺も、お前がくたばるとは思わなかったが』
 「ファルコン?! ファルコンか! 当然だろ、俺を殺せる奴なんて、どっちの世界にだって居るかよ」

 ぶぶぶぶ、と奇妙な振動と停止を繰り返して、コガラシは宙へ舞い上がる
 聞こえてきた声は、テツコの物では無い。SBファルコンの低い声音が、労わるように響く

 『だが、……流石に少し焦ったぜ。お前は水が苦手だからな』
 「ファルコン、別に俺は泳げない訳じゃねーぞ」
 『はっはっは、そう言う事にしといてやる』
 「けぇー……。まぁいーぜ、テツコはどうしたんだ?」
 『博士なら、お前の救出隊の投入を、上と掛け合ってる最中だろうよ。俺は心配ないと言ったんだがな』
 「……ケ、違いねぇや。アウトローが政府機関に救助されるなんぞ、笑えもしねぇよ」

 全身の緊張が抜けていく思いを、ゴッチは味わっていた。駄目だと思いつつも安堵してしまっている自分がいた
 無意識に笑みが浮ぶ。くっくっく、と、堪えきれない笑い声が、陽光の差し込む通路に響いた

 「……ゴーレム……? 済まん、寝ていた……。道は、開いたのか……?」

 ダージリンが、とろんとした目をこちらに向けていた。辛うじて起きているが、再び目を閉じれば、その瞬間に気絶するだろう事は間違いない

 「あぁ、心配いらねぇ。万事上手いこと行った。お前のおかげだぜ」

 ゴッチはダージリンの傍に膝をついて、サムズアップした
 ダージリンは目を閉じる。口元は薄く、しかし隠しようも無く、確かに微笑んでいた

 「ゴーレム……後は貴方に任せる」
 『……やれやれ、相変わらず手が早いな、ゴッチ』
 「ファルコン、何だよ、それは」
 『何もないさ。ただ、ガキは作るなよ。セックスぐらいなら俺が揉み消してやるが、お前が現地人と混血児まで作っちまうと、流石に親子纏めて消されかねんからな』

 ゴッチが、面倒そうに頭を掻いた

 「馬鹿馬鹿しい。下らねーぜ」



[3174] かみなりパンチ3.5 スーパー・バーニング・ファルコン
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:10900b83
Date: 2008/06/08 16:37


 暫し黙考していたSBファルコンは、周りに控える者達に向け、取り敢えず、といった風情で口を開く

 「お前ら何処かに行ってろ」


――


SBファルコンは、己が首領を務める暴力団組織、「隼団」の事務所で、呻き声を上げた
 不特定多数の組織による嫌がらせのような攻撃で、隼団事務所の窓ガラスは全て割られていた。一応、強化ガラスであった筈だが

 窓を割る、なんて子供の悪戯をやるような相手が、当然ながら本気な訳はない
 事務所は市街の、とあるビルの三階にあった。道端から、「買物のついでにやってくか」程度の気軽さで行われたであろう攻撃は、窓ガラスだけでなく天井にまで被害を及ぼしていた。当然、SBファルコンが気に入っていた、目にやさしい青い光を放つ電灯もだ

 SBファルコン達が暮す首都ロベルトマリンの空は、深刻な汚染によって何時も薄暗い。太陽光の恩恵なぞ、容易に望める筈もない

 薄暗い事務所の中で一人きり、SBファルコンは呻いていた
 原因は、机の上に置かれた封筒にある

 「今時紙媒体というだけで、面倒事だと表現しているような物だが」

 SBファルコンは、翼を器用に折り畳んで封筒を持ち上げた。ほぼ鳥の姿である隼の亜人、SBファルコンにしてみれば、地味に遣り辛い動作だ
 紙なぞ使うのは、どうしても情報を流出させたくないからだ。当然、中身はヤバイ物ばかりである
 狙う奴だって多い。そして目的の為に手段を選ばないのは、この国の国民性だ。この陰気で体に悪い国に住んでいる奴らは、自分を含めて全てヤバイのばかりだ、とSBファルコンは思っていた

 封筒は中身のヤバさを示しているかのように、ぼろぼろで、しかも血に塗れていた
 血の主は、今はSBファルコンの横で気絶している。ここまで手紙を護ってきたようだが、衣服に血液がべっとりと付着していた

 SBファルコンはその様を見ても、動揺していなかった。寧ろ、鼻で笑った

 猫の耳と尾を生やした女の亜人だ。チーターかそこいらか、とSBファルコンは中りを付ける
 鋭い爪を持つ足を丸めて、猫耳の亜人を小突く

 「おねむなのは解るがな、そろそろ起きろ。俺も暇じゃない」
 「あぁん? 恐れ多くもジェット様の頭を突っつくのは誰やぁ?」

 猫科の亜人が、しなやかな体をブルブルと痙攣させながら起き上る。刺々しく尖ってあちこち伸び放題の青い髪が、赤い水滴を飛ばした
 SBファルコンの翼にそれが飛び散る。形相を歪ませたSBファルコンは、翼を丸めて拳骨を作ると、情け容赦なくジェットを殴った

 「うひょお、頭が、頭がぁッ! 勘忍してんか! ジェットは怪我人でっせ?!」
 「”ジェット”か。ロベルトマリンで売り出し中の運び屋だな?」
 「げぇ、SBファルコンさん、どうもアンタの事務所で気絶してもうてすんません! しかし、アンタ程の大物に名前を覚えられとるとは、ジェットも中々有名になったモンですなぁ」
 「”アンタ”? だと?」
 「あだ、頭が、頭がぁーッ」

 SBファルコンの足爪がガパリと開いて、ジェットの頭を鷲掴みにした。ギリギリと締め上げられたジェットは、悲鳴を上げる

 「すんません、すんません! 言葉使い直します! お客様は神様や、ファルコンさんも神様やぁ!」
 「神様か、残念だぜ。我が「隼団」は、俺も部下達も無神論者でな」
 「ひぃッ!」

 SBファルコンは思う存分ジェットを脅した。アウトローとして、初対面が大切だった。舐められたら終わりである。相手がしがない運び屋風情であれば、尚更だ

 しかしSBファルコンは、ジェットの全身が強張ったのを見て、脅しを止める。これ以上はジェットが本気になる可能性がある

 頭部を開放すれば、ジェットは、二、三回頭を振って復活した。肉体の頑健さぐらいは褒めてやってもよかった

 「それで、お前の為に態々人払いまでしたんだ。とっとと詳しいことを話して貰うぜ」
 「……よしゃ、ジェットも腹を割って話をさせていただきます。詳しく簡潔に言うと……」

 話は、漸く本題に入るところであった。ここまでに、多大に時間を浪費した自覚が、SBファルコンにはある

 ジェットの次の言葉をじっと待つ。ジェットは慎重に言葉を選んでいるようで、馬鹿の振りをした馬鹿、とでも評するべき馬鹿面に、理知的な物が垣間見える

 「あれ? 詳しく話すことなん、何もないやないか」

 再びSBファルコンの足爪が音を立てて開いた

 「あ、ああん、あはぁ! この痛みが癖になるぅッ」


――


 「別に、内容にヤバい事はあらしまへん。手順を踏まずに開けたら燃えるーとか、爆ぜるーとか、そういう仕掛けもあらしまへん」

 SBファルコンはジェットの話を聞きながら封筒を開封した。中から出てきたのは、二枚の紙切れである
 一枚は手紙だ。もう一枚はピンク色の紙に繊細な細工が施された、パーティへの招待状だった

 「今のジェットのクライアントさんが、遊びに来てくれーと言うとるだけなんです。紙を使っとるのはクライアントさんの趣味らしくて。SBファルコンさん、詳しくは知らんけど、今相当ヤバイ仕事をなさっとる。それのせいか、この封筒の事を超重要極秘書類やーなんて勘違いしとる連中がたっくさん!」
 「なるほど、そいつらに攻撃された訳か」
 「ハイ、まぁ、ジェットも事前にそう言う事がありえるーて注意は受けてたんやけど」

 前にも手紙を運んだ事あったけど、攻撃されたんは初めてや。やっぱ、今回のが特殊なんや
 ジェットは青い髪をブルブルさせながら、言う

 SBファルコンは手紙を読んだ。上から下まで読み、今度は下から上まで読む
 「今、ファルコン殿が携わっている仕事について、話がしたい」手紙は至極簡潔で、それだけの文章しかない。ただ、裏側に差出人の名前はあった
 “マクシミリアン・ブラックバレー” 後ろ暗い事をやっている者なら大抵は裸足で逃げ出す、軍のビッグネームだ

 無視するのは賢くないな。SBファルコンは、そう判断した

それに、丁度良くもあった

 「良いだろう、会おう。案内役はお前だな? ジェット」
 「そうなりますなー。きっちりと、ファルコンさんをパーティ会場まで運ばせて頂きますでぇ」

 けらけらとふざけたように笑いながら、ジェットは言う。SBファルコンはジェットを無視して、割れた窓の向こうを見やった
 生ぬるい風が入り込んでくる。修理するにも金が掛かる事を思えば、SBファルコンの気分は暗く沈む

 溜息を吐いたところで、上から何か降ってきた。黒いロープだ
 ビルの屋上から垂れてきたようで、窓に長い一本線が引かれる。それが右から左まで、計四本のロープ

 ラべリングロープだ。何者かがこのビルに突入を仕掛けようとしている
 一瞬でそう判断したとき、外から円筒状の物体が投げ込まれた

 「フラッシュか」

 咄嗟にSBファルコンは、大口開けて耳と尻尾と体毛、丸ごとすべて逆立てているジェットに覆いかぶさる

 「(こいつ等、何だ? 手紙が狙いと考えるのが一番スマートだが)」

 まぁ、良い。市街で銃撃戦が始まったり、手榴弾が爆発するのは、至極日常的だ
 そう言って、SBファルコンは気にしない事にした

――

 起き上ったSBファルコンは、さぁ、行くぞ、と宣言する

 「速さだ。陸海空、すべての領域において、戦略的アドバンテージを齎すのは常に速さだ。速いという事は強いという事だ」
 「解りまっせ! 猫科の中じゃ、ジェットが最速なんや!」
 「“猫科の中じゃ”、ね。そりゃ残念」

 SBファルコンの嘴が歪む。眼光が鋭く灰色の空を睨む

 「ここじゃ俺が最速だ」

 冷たく燃え上がりながら、ファルコンは窓枠を引き千切り、灰色の空を飛んでいた
 フラッシュグレネードは軽減した。ドアは塞がれていた。ロープを使用した突入部隊は練度が低く、隙だらけだった

 包囲されていたのだが
 なら取り敢えず飛んでしまえば良いではないか。SBファルコンは、自信満々に飛び出すことを選択した

 黒いアーマーを着込んだ兵士達が、慌てて追ってくる。しかし誰一人として、SBファルコンには追いつけない
 SBファルコンに僅かに遅れて、ジェットが飛び出す。下半身はごつごつしたアサルトパンツだったが、上半身は冗談のように薄い最新鋭の防刃および防弾スーツだ。しなやかで艶かしい肉体が、ぶるんと揺れる

 「イィィィ――ヤッホォォォォイ!!」

 ジェットは喜色に満ちた気勢を上げながら、まず手始めに装甲車を踏み台にした。そこから高く跳躍し、或いは空を走るエアカーに、或いは林立するビルの屋上に跳び移りながら、SBファルコンに追随する

 血液はフェイクだ、隠しきれないと悟って、開き直ったな。SBファルコンの眼光は鋭い

 暫く飛んだSBファルコンが急に大きく翼を広げ、空気抵抗を利用して減速した。荒っぽいが、ビルの壁面に鉤爪を食い込ませて急停止するのも忘れない。ギャリギャリと嫌な音がする

 目の前に個人用ジェットウイングで浮遊する、軽量アーマーとビームガンで武装した航空警察が現れたのだ。アーマーのショルダー部分に、大きく「空の治安は俺が守る!」と書き込まれている

 ロベルトマリンでは、自由飛行区域とそうでない区域とで、明確な線引きがしてある。それを平気で無視しているのだから、彼らの出現は寧ろ当然だった

 「止まれぇ、手前! 止まらんと撃つぞ!」
 「そのエンブレム、ハゲのダニエルの『フライ・キャット』チームか。ご苦労なこった」
 「SBファルコン? 大金星だぜ! 大人しくしてりゃぁ丁重に扱うぜぇ?」
 「嘘付け」

 形式ばかりの口上を述べつつも、二人組の航空警察隊員は既にビームガンを発射していた。問答無用も良いところである。咄嗟に射線を読んで回避していなければ、今ごろSBファルコンは翼に穴を空けて地に墜ちている

 「くぅー、たまらん! やっぱり何度撃っても最高だぁーッ! 光学兵器万歳ぃぃーッ!」
 「何で俺こんなのとバディなんだろ……」

 航空警察隊員の片方は嬉しそうな悲鳴を上げていた。黒いアイガードのついたヘルメットで表情は見えないが、喜色満面でいるのは想像に難くない

 丁度真下を歩いていたらしい、妙に首の長い亜人が、手に持っていたコーヒー缶を航空警察隊員目掛けて投げつける。ビームが掠ったのか、太くて長い首に生えている黄土色の毛並みが少々焦げていた

 「馬鹿野郎! こっちまで巻き込むんじゃねぇ、この税金ドロボー!」
 「黙ってろ! 公務執行妨害で射殺するぞ!」
 「……頭痛ぇ」

 SBファルコンは慌てず騒がず、特注のスーツの懐からスモークグレネードを取り出した

 「流石にフライ・キャットの漫才は貫録があるな、変わりないようで嬉しいぜ」

 鼻で笑うファルコンに、航空警察二人組は緊張して射撃を再開した。SBファルコンは空中で一回転し、赤いビームの軌跡を華麗に避ける
 スイッチを押してひょいと放り出せば、二つ数えるより早くスモークは爆ぜ、黄色い煙を周囲にばら撒いた

 「状況、ガス! なお、以降は実弾兵装を使用!」
 「了解、状況、ガス! くそぅ、鳥野郎め! 俺様の射撃技能はビームライフルじゃなくとも衰えんぞぉぉーッ!!」
 「良いからはよせぇー! このアホんだらぁーーッ!」

 航空警察は瞬時に左右に散開しつつ、ガスマスクを装着して、ビームガンを背中のホルダーに装備していたアサルトライフルに変更した。複雑な動作だが、二人組は五秒と掛からずやってのける

 だが五秒といわず、三秒あれば十分だったのがSBファルコンだ
 光学兵器がどうのこうのと五月蠅い方に肉薄して、ヘルメットに包まれた頭部を鉤爪で鷲掴みにする
 そのまま翼をはばたかせ、ぐるんと遠心力を上乗せしてビルに叩きつけた。強化ガラスに叩きつけられた時、個人用ジェットウイングが小爆発を起こし、ガラスを粉々にする

 「あひゃぁー」

 落下すれば死ぬだろうが、警察組織から死人まで出してしまえば、流石に面倒事だ
 SBファルコンは仕方なく、蹴った。光学兵器がどうのこうのと五月蠅かった奴は、奇妙な悲鳴を上げながらビルの中に消えていった

 「さて、後一人」

 ファルコンは堂々と余裕を持って振り向いたのだが、残った方の航空警察隊員はそれどころではない

 ビルの屋上から落下してきたジェットが、問答無用で組みついていたからだ。体をブンブンと揺すって、パンチ、キック、エルボー何でもかんでも好き勝手繰り出してくるジェットに、航空警察隊員は悲鳴を上げていた

 「がるるー! うがぁー! がるるがぁー!」
 「ちょ、貴様」

 思う存分殴る蹴るしたジェットは、航空警察隊員を足場に見立て、大きく跳躍した。バランスを崩して落下していく航空警察隊員
 覚えていろ、フライ・キャット・チームは諦めない! とか叫んでいた気がするが、よく聞き取れなかった。苦笑するSBファルコンを尻目に、ジェットは跳んで行く

 「うっはっはー、ファルコンさん、ジェットはお先に失礼しまっせぇー!」
 「……小娘と思ったが、どうして中々、淑女だな」

 良い動きだ。そう評して、ファルコンは再び飛び始めた


――


 「“マクシミリアン・ブラックバレー”のパーティ会場まで、後どれぐらいだ」
 「ジェットが本気で走って後三分や。そないに遠くありまへん」
 「そいつぁ重畳」

 道路交通法を完全に無視していいのであれば、一分でロベルトマリンの60ヵ所に区分けされた地域を四つは超えてしまえるジェットの談だ。言うほど近くは無い

 今は後方に多数の航空警察を引き連れての追いかけっこだ。個人用ジェットウイングを必要としない、翼を持つ亜人の隊員も増えてきて、状況は一秒ごとに悪化していく

 こんな事なら、一度追手を撒くべきだったか、とSBファルコンは眉を顰めた。しかし、否定した
 神速こそが勝利の鍵だ。誰よりも速く、何よりも速く“マクシミリアン・ブラックバレー”の縄張りに飛び込んでしまえば、後は泣く子も黙る超大物軍人の事、どうとでもしてくれるだろう

 最初に隼団事務所へと突入を掛けてきた一団も気に掛かるが、目下の敵はロベルトマリン航空警察隊だ
 奴らが本気を出してくれば、ファルコンとジェットの二人で敵う筈もない。そうなる前に逃げきる必要があった

 「抜け道みたいな物はないのか」
 「そんな都合の良い物がありますかいな。……あん?」
 「ん?」
 「なんや? 奴ら」

 目下一番の懸念材料が、唐突に追撃を止めた。全員揃ってピタリと空中で止まったのである

 スプリングを模したような、センスのない形をしたビルの陰でカバーアクションしながら、SBファルコンとジェットは様子を窺う。何やら指揮官らしき人物が、拳を振り上げて怒鳴り散らしている
 ヘルメットに内蔵されている通信機に怒鳴っているのは、容易に知れた。結局航空警察隊は、こちらを憎らしげに睨みつけたあと、素早い動きで撤退していく

 「どこかの誰かが何やらしたようだな」
 「どこかの誰かが何やらて、全部不明でっか。どんな圧力? ひょっとしたら、マクシミリアンの旦那が手を回してくれたのかも知れまへん。……しかし、治安を守る部隊がアレで、よく給料が出ますなぁ」
 「治安を守る? コイツぁ笑わせてくれる。世界を平和を守ってるのは、金とコネと暴力だぜ」
 「ファルコンさん……」

 ジェットの耳が、しょぼんとへこたれた
 SBファルコンは目を細める。運び屋なんてやってる癖に、この反応は何だろうか
 もし世界の美しさを信じている、なんて世迷言を言ったなら、その甘ったれ根性は大した物である。養女にしてやろうか

 SBファルコンは背を向け、飛行を再開した。ジェットが気を取り直し、頭を振ってついてくる
 うん? とSBファルコンは疑問符を浮かべた。本来であれば、俺が案内される立場ではなかったか?

 まぁ良い、と何時もの様に適当に納得したところで、SBファルコンはまた停止した

 「……どうやら、航空警察隊は止められても、謎の襲撃者達までは抑えられへんようですな、“どこかの誰か”さんは」

 ジェットの目が鋭くなる。猫髭をぴこぴこ揺らし、鼻をふごふご動かしている

 次の区域との境目に、事務所へ突入を掛けてきた黒いアーマーの部隊が展開していた。今度は空を走れる人材も配備しているようで、その陣容は重厚である
 警察組織が動いていない所をみると、圧力を掛けたであろう“どこかの誰か”は、SBファルコン達の為と言うより、むしろ黒いアーマー部隊の為に圧力を掛けたのかもしれない

 壁に張り付いていたジェットが、重力に任せて地面に落下する。馬鹿みたいに高所で身を晒していては、狙撃してくださいと言っているような物だ
 SBファルコンは、既に道路に降り立っていた。急降下、後、足爪をビル壁面に食い込ませての急停止。巻き起こる火花を翼で振り払って、黒いアーマー部隊を睨みつける

 「どれ……、何故、我が「隼団」がアウトローどもの中で一目置かれているのか、宣伝していくか」

 街中では、幾ら“然るべき処”へ圧力を掛けたところで、やれる無茶に限界があるだろう。奴らは本気ではない
 そんな計算も、まぁ、あった


――


 SBファルコンは言った

 「いい加減ファルコンの前にSB付けるの面倒だな」

 以後、SBは省略する事になった


――


 ジェットに案内された場所で、ファルコンは顔には出さず驚いた
 マクシミリアンの所有物件らしい木造の館は、本当にパーティ会場だった。豪奢な身なりの連中が、ワイングラスを片手に話し込んでいる。ドイツもコイツも狸のような笑みを浮かべていて、一人として舐めてかかれそうな人物がいない

 苦い表情のままファルコンは門番に招待状を手渡す。そこから先はまたジェットがしゃしゃり出て、とある一室へとファルコンを導いた

 ジェット自身は部屋の外で待機する。中には、ただならぬ気配を纏った男がいた

 「大分はしゃぎまわったか」

 黒いタキシードをソツなく着こなす青年は、その癖妙に古風な雰囲気を纏っている
 頬にミミズがのたくったような裂傷の痕を持つこの青年こそ、泣く子も黙るマクシミリアン・ブラックバレーであった

 出身ロベルトマリン。孤児の身でありながら当時、軍の重鎮であったとある男の援助を受け、士官学校に入学。当然のように首席で卒業し、そのまま軍で功績を上げ続ける。今では彼の一声に逆らえるものは居ないと言われるほどの権力者である

 経歴から考えれば五十歳を過ぎた頃の筈だが、世界には外見が若いままなんて奴は幾らでもいる。人体改造と言う手もあるし、もっと根本的な所から、「老いる事の無い遺伝子」と言う手もある。そこまですることが出来ても、不死までは到達できていないが

 だからファルコンは、マクシミリアンの年齢も、外見も、特に気にはしなかった。他にもっと気になる事があったのだ

 どっしりと、無遠慮に、ファルコンはソファーに腰を下ろす

 「許可なく飛行禁止区域を飛び回り、航空警察隊員二名を病院送り。その後過激な逃走劇を演じて、最後には所属不明の武装テロ組織と戦闘行為と来たか。やりすぎだな、ファルコン殿」
 「何を言う。誰が手間を掛けさせたのか」
 「違いない。謝罪する。こちらも、思ったように時間が取れなくてな。揉み消しておこう」

 随分と耳が早い男だった。良いな、良いな、とファルコンは笑う。速いと言うのは強いと言う事だ。それは、情報の速さでも同じことだ

 「今時、亜人でない純粋な人間と言うのは珍しい。実を言えば、少々興味があったのだ、アンタにな」
 「ふ、気にするか?」
 「せんな。アンタらの世界でもそうだろうが、こちらの世界でも余り意味が無い。そう言うのは」

 パーティ用にオールバックにした金髪を撫でつけながら、マクシミリアンは愉快だと笑う。亜人の中には、純粋な人間を嫌う差別主義者も居た

 数世紀前、純粋な人間のみ感染する病が世界的に流行った。次第に数を減らしていく中で、人類は特効薬を開発する

 その薬は、病を駆逐するだけに留まらなかった。人間の肉体を頑健に、強靭に作り替える力を持っていた。そしてその強力な肉体の性能は、子孫に受け継がれている

 今となっては、亜人は戦闘能力で言えばピンからキリまで居るが、人類は強者しかいない、という認識が一般的だ。純粋な人間であると言えば、誰もが一目置いた

 「運び屋ジェットは役に立ったか。奴は若いが、目を掛けている。遠からず頭角を現しそうな者には、やはり好い印象を抱いていて欲しい」
 「くっくく、俺はこの世界で飯食って長いが、アンタにそんな話をされた覚えはないぜ?」
 「当時の私の腹心が、君の事を嫌いでね。泣く泣く接触を断念したのだ」
 「よく言う。なら、その腹心殿はどうした?」

 マクシミリアンの笑い方が、苦笑に変わった

 「私にも色々ある」
 「色々、ね。まぁ、それは良い。俺を呼びつけた理由を話して貰おう。まさか俺も、本当にお偉いさんのパーティ会場に招待されるとは思ってなかったんでな。碌に格好も付けてないんだ」
 「仕事熱心大いに結構、こちらとしても助かる」

 マクシミリアンが腕組みして、背筋を伸ばす


――


 マクシミリアンの振る舞いは、威風堂々としていた。

 「ファルコン殿、今君が関わっている仕事、異世界での活動についてだ」

 ファルコンは目を細めるだけだった。ファルコン率いる隼団の今の仕事など、この男程にもなれば知らない方がおかしい。立場的にも、保持する組織力的にも

 「私は……秘密裏に、だが、ジェファソン博士に援助をしていてな。異世界の事が公になってからは、ファルコン殿の仕事にも陰ながら協力させて貰っている」
 「ほぉー……。いろんな事が、ちょいと調子良く行き過ぎると思っていたが、成る程な。礼を言って置こうか」
 「こちらも打算あっての事だ。そしてその打算の内容が……これだ」

 マクシミリアンが黒い板を差し出してきた。掌に少し余る程度のサイズで、厚みは3cmほどもある
 それを受取ったファルコンは、手触りを確かめるように弄んだ。非常に軽い

 「特別な規格のメモリーカードでな。ファルコン殿が異世界に投入したソルジャーに、サポートメカを付けたろう? アレに少々の改修を加えれば、最適化するように中を組んである。しかし現存するどこの研究所であろうと、例えこれを搭載するメカ自身であろうと、解析はできない。私が保有する施設でなければな」

 待てよ、とファルコンが口を挟んだ

 「お抱えの山が、ちと枯れてきたらしいな」
 「あぁ」
 「ふん……、欲しいのは何だ。地下資源のデータか? ただの記憶装置がここまでデカイ訳あるか。コイツはマッピング装置か何かの類だろう。泣く子も黙るブラックバレーには、開拓者魂まで備わっていたのか」
 「……まぁ、マッピング装置、と言うのは中っているか」

 マクシミリアンがすんなりと認めたので、ファルコンとしては拍子抜けしたぐらいだ
 適当にカマを掛けただけだったのだから、受け流されればそれで終りだ。大体マクシミリアンの立場からしてみれば、それが中っていようが外れていようがどちらでも変わるまい

 ちりちりと、羽毛が焼かれるような気さえする
 ファルコンは身を乗り出した

 「鉱脈の探索なぞしてる暇はないぜ」
 「よく見える目を持っているのは良いが、深読みし過ぎだ」
 「へぇ、そうかい」
 「別に、異世界の文化とやらを調べたいだけだ。人の生活圏をうろちょろしてくれれば良い」
 「嫌でもうろちょろしなきゃならんだろうがな」
 「うろちょろついでに……。ファルコン殿のソルジャーに、“使えそうな友人”を沢山作ってきてもらえれば、嬉しいのだが」
 「……何故だ? 基本は不干渉だろう?」

 マクシミリアンが古風なハンドベルを振った。静かな佇まいのメイドが現れる
 気分が落ち着くお茶が欲しい、とマクシミリアンが言えば、メイドは鈴の音のような可憐な声で応え、部屋を後にする

 少し、沈黙した

 「何時までもそうではない。何れは、彼らと対話する事になるだろう。その内容はともかくとして、上手く交渉するには、相手の人となりを知っていなければな。異世界人ならば尚更だ」

 交渉、と言った。ファルコンは、鼻で笑った
 マクシミリアンが交渉すると言ったならば、それはきっと相手の脳天に銃口を向けながら行われるのだ

 それに、どちらかと言えばマッピングの方が本命に思えた。交渉相手の目星をつける為の情報より、異世界人達の生活圏をスマートに制圧する為の情報が欲しいのだ
各国上層部が牽制しあう状況ゆえの、情報を得るための苦肉の策か、とファルコンには感じられた

 「…………実質的に、コイツをコガラシに組み込んだら、後は何もせんでも良い訳だ」
 「これを知っている者は最小限に止めたい。具体的に言えば、ファルコン殿とこれを組み込む技術者……テツコという女だけに、だ。そして当然だが、他の組織に奪われることは絶対にあってはならない」
 「俺の部下が戻るのは三ヶ月後だ。それにナビロボのコガラシは、自動整備と簡易修理装置を搭載した最新鋭機で、大がかりな整備は必要ない。詰まりコガラシにそいつを組み込めるのは、順当に行けば俺の部下が戻る三ヶ月後。それまでに仕事が片付いちまったら、どうする?」
 「そこは融通を利かせて貰いたい。メイア3捜索の成功報酬の……そうだな、三倍の額を約束しよう」

 ファルコンは意図して大げさなリアクションをとり、ふざけたように肩を竦めて見せた

 「良いだろう、こちらに損はない。得ばかりだ。こんな話を持ってきてくれるとは、アンタは特上の客だな」

 ファルコンの言葉に満足げな笑みを浮かべて、マクシミリアンが手を差し出してきた
 ファルコンが握手に応じる。マクシミリアンの顔から、一気に緊張感が薄れた

 なるほど、気を抜いてみせるのも上手い

 「成立だな。詳しい契約内容については、後で人をやる」

 部屋の雰囲気が軽くなるのを待っていたかのように、ドアがノックされる。先ほどのメイドの声がドア越しに響く

 「失礼いたします」

 やはり、鈴が鳴るような美しい声であった。ファルコンはメイドの事などまるで気にせず振舞う

 「そう言えばなぁ、俺はアンタに返して置かなきゃならない物があるんだ」
 「ん?」
 「いやぁ、アンタもきっと覚えていると思うんだがな」

 メイドが一礼し、机の上にカップを置いた。紅色の液体が注がれる
 マクシミリアンが怪訝な顔をしながらもカップを手に取ったとき、ファルコンは動く

 メイドの手を翼でがっちりと拘束して引き寄せると、羽交い絞めにした
 左の翼で動きを封じ、椅子を蹴倒して立ち上がる。右の翼をひと振りすると、美しい青の羽が連なる隙間から、鉛色の刃が現れた

 「借りを、返しとかないとな」

 首筋にそれを突き付けられたメイドは、ヒ、と悲鳴を上げる

 「…………なんの心算だ、ファルコン殿」
 「ずぅーっと不思議でなぁ。なぜ今回の仕事が、俺の所にまで回って来たのかってな。あの時は、俺に受ける以外の選択肢はなかった。そんな状況だった。ご丁寧に手引きしてくれたのは、アンタだな? マクシミリアン」
 「根拠もなしに……動く男ではないな、君は」
 「俺の目が遠くまでよく見えるのは知ってるだろう。少しばかり本腰入れて調べたのよ。釣り合いが取れなさすぎるぐらいの大物に掠った時は、まさかと思ったが」

 マクシミリアンが座りながらも前傾姿勢になる。一瞬でも気を抜けば、飛びかかってくるだろう

 「話をして確信が持てたぜ。俺達隼団なら好き勝手に使い回せて、お手軽だとでも思ったか?」

 ファルコンは、己の翼の中で、メイドの体が強張ったのを感じた
 問答無用で足払いを掛ける。機敏に身を捻って逃れようとするメイドだったが、ファルコンの足爪が音を立てて開き、細い体を容赦なく踏みつけた

 「あぐッ」
 「化けの皮が剥がれてるぜ」

 怯んだ隙に、メイドを蹴り転がしてうつ伏せにさせる。その上で逃れられないように体重を掛けて踏みつけ、ナイフを突き付け直す

 ファルコンの目は鋭い。メイドの正体は、解っていた

 「よく鍛えられた小僧だ。メイドのカモフラージュまでさせて護衛をやらせる程度には、お気に入りのようだな、マクシミリアン」

 ロベルトマリンは雲に覆われているが、陽光がゼロかと言えばそうではない
 ファルコンであれば、紫外線の反射率で男か女か解る。コイツは男だ

 「確かに退屈しない仕事ではあるが、お陰でこっちは危ない橋を渡りっぱなしだ。おちおち寝ても居られん。押し付けられた仕事で泥を被ってんのに、押し付けたアンタはスーツ着て優雅にお食事会だ。フェアじゃないだろう?」
 「泥は被り慣れたかと思っていたが、ファルコン殿」
 「フ、違いない。だがな、マクシミリアン。今回一番汚ぇ泥被ってんのは、俺の養子でな」

 ファルコンの嘴の端が釣り上がる。凄みのある笑顔だ
 マクシミリアンは苦笑した。何事も無いかのように茶を口に含み、ファルコンの言葉を待った

 「雛鳥に泥被せっぱなしってのは、親鳥のする事じゃねぇだろう。俺が代わってやれねぇ以上は、アンタの所から泥被ってくれる奴を出してくれや」

 マクシミリアンは眼光鋭かったが、できる限り柔らかい微笑を表現しようと努めていた

 「ファルコン殿の親心には恐れ入る。その話、やぶさかではない」

 ファルコンが少年を開放する。少年は俊敏に跳ね起きて距離を取り、油断なく構える
 少年を静止するマクシミリアンに対し、ファルコンは今までとは正反対の恭しい態度で一礼する

 我儘と押して、ファルコンの自尊心は満足した。隼団として面子も保った。次はマクシミリアンの面子を保ってやらねばならなかった

 「アンタが度量の広い男で良かった。心から感謝する」
 「私の領域の内側。それがどういう事か解らぬ筈もあるまいに、大胆不敵なファルコン殿に免ずる」
 「……ふん、帰る。騒がせて申し訳なかった」
 「まぁ、待て」

 ドアノブに手をかけながら、ファルコンは振り返る。マクシミリアンは、ソファーの下に格納してあったらしい長剣を弄んでいた

 ファルコンは、かなり崖っぷちギリギリの火遊びをしていたらしかった。もう少しやり過ぎれば、長剣を持ったマクシミリアンと白兵戦になっていただろう
 それを理解して、ファルコンの毛は逆立った

 「“所属不明の武装テロ組織”の事だが……、何故昏倒させただけで放置したのだ? ジェットなら、解る。奴はまだ甘い」
 「アンタ、寒色系が好きなんだろ? その中でも黒は特別好みらしいな。暴れといて言うのも何だが、俺も、アンタとは仲良くしたいのだ」
 「それは光栄だ」

 カチン、と音を立てて、マクシミリアンの長剣が鞘に収まる

 ファルコンは目を細めて渋い笑みを送ると、堂々とした足取りで部屋を出た
 マクシミリアンよりも遥かに小さいが、同じくらい大きな背中であった


――


 ファルコンを見送った後、ジェットがマクシミリアンの部屋を訪れた
 馬鹿の振りをした馬鹿の面は健在だったが、些か顔色が青い。能天気な笑顔に、冷汗が滲んでいた

 メイドに扮する少年ルーク・フランシスカが、がっくりと項垂れる

 「そこのお子様は役に立たんかったんようですな」
 「あぁ、流石に百戦錬磨には敵わんようだ。……ジェット、ルークが制圧された時、よく部屋に突入してこず、踏みとどまったな」
 「うひゃひゃ、ファルコンさん相手に突っ込んでいく勇気が無かっただけなんよ」

 仕方のない奴だ、とマクシミリアンが苦笑する

 ルークは消え入りそうな掠れた声で、マクシミリアンに謝罪した

 「申し訳ありません」
 「相手が悪い。だが、諦めずに励めよ。今日はもう休め」

 泣きそうに顔を歪めたルークが退室する。ジェットが頭を掻きながら、困り果てたように言う

 「……あれで男やて言うんやから、全く」
 「部下から苦情が来ている。『ジェットが”折角の仕掛け”を活用せず、寧ろ率先してこちらを潰しにかかってきた』とな。上手く演技をしろと言っただろう?」
 「この血糊の事ですかいな。こんなモン、一目で見破られましたがな。それに喧嘩の相手に手加減して、『敵と繋がっている』なんて思われてもうたら」

 ジェットが毎度の様に、ぶるぶると首を振った

 「後が恐いやないですか。ファルコンさんには睨まれたくありまへん、今日、そう確信しましたわ」
 「……中々度胸がある。この私とSBファルコン、どちらが恐いか考えて、奴の方が恐いと判断した訳だ」
 「…………いや、そんな訳や……あらしまへんよ」

 マクシミリアンが背を向ける。窓の外を見れば、屋敷の敷地外から、ファルコンが飛んで行く所だった。航空警察隊に圧力が掛かっているのを良い事に、帰りの交通費を軽減する心算らしい

 ジェットが身を縮こまらせる。猫耳がピンと直立する

 「冗談だ、あまり怯えるな」
 「……あちらを立てればこちらが立たず、人生の難しさを痛切に感じていたところですわ」
 「まぁ、必ずしも満足いく結果とは言い難いが、一応奴の実力は見れた。今回の依頼はこれで終りだ、ジェット。下がって構わん」

 一方的に宣言して、マクシミリアンは立ち上がる。オールバックにしていた金髪を乱暴に掻き乱し、外出用のコートを羽織る

 「どちらへお出かけで?」

 気まずそうに尋ねたジェットを、マクシミリアンは無視することもなく、答えた

 「ジェファソンの顔でも見に行ってやるかと思ってな」


――


 「……解らないな。いや、話は解るが……マクシミリアン・ブラックバレーか」
 「剃刀よりもキレそうな男だったぜ」
 「黒いアーマー部隊はどう考えてもマクシミリアンの私設軍隊だ。何故そんな物を持ち出して、回りくどいやり方で、君を挑発するような真似をしたんだ?」
 「さてな」

 テツコの白い掌の中で、マクシミリアンのマッピング装置が踊る
 危険な代物だった。取扱いの面倒な爆弾だな、とテツコは評した

 埃被ったミーティングルームで向かい合う二人は、揃って疲れたような顔をしている

 やれやれ、と、どちらからともなく漏らした

 「まぁ、増援については願ってもない話だと私も思うよ。流石はファルコンだ」
 「ヤバイ仕事にゃ、自分の手駒しか投入できん物だ。そしてマクシミリアンの手駒ならば、無能は居ないだろう」
 「マクシミリアンの人材収集家気取りは、我々研究者の狭い世間でも有名だ」
 「まぁ、メイア3救出作戦にとっては、大きなプラスか。……ふん、前向きに行かんとな」

 ファルコンが、サングラスをたたんで仕舞った


――


後書き

 ハードボイルドアクションを目指した。
 うわぁ、下手こいたぁ。

 感想にて過分なお誉めの言葉を頂いて嬉しい限り。読んでくださって、ありがとうございます。



[3174] かみなりパンチ4 前篇 カザン、愛の逃避行
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:649cc66a
Date: 2008/06/18 11:41


 「テツコ」
 『解っているよ、ゴッチの懐に潜る。同時にコガラシ帰還の準備を始める。こちらの作業が完了したらコガラシは自動でワープゲートまで移動するから、もう話は出来ない。再びコガラシと合流するまでは、くれぐれも軽率な行動は慎んでくれ』
 「大丈夫だ。ガキじゃないぜ」

 コガラシが懐に潜り込んで、力尽きたように光を失った

 ――アナリア王国王都、アーリアへと到着したのである

 朝焼けに城壁が輝いていた。遠くから見ても気持ちの良い、堂々とした佇まいだったが、いざ門の前まで来てみれば更に壮観だった

 「漸くかよ……」

 眠るダージリンを背に負って、疲れたようにゴッチは呟く。遺跡から脱出して二日、夜通しで歩いた
 流石に疲労は禁じ得ない。背中に余分な荷物まであれば、尚の事である

 とは言っても、覚悟の上だ。夜を徹して進む事を選択したのは、ゴッチである

 本来なら疲労の激しいダージリンは置いて、先を急ぐ心算だった。コガラシに問題が発生した為、一度回収したい、とテツコの要請があったからである。コガラシを帰還させる前に、拠点となる街に到着しているのが望ましかった

 「この時勢だ。アーリアには、そう簡単には入れん。私が取りなせば話は別だが?」

 しかし、ダージリンの提案も、魅力的だった。地理に疎いというのも、まぁ、あったが


――


 門には門番と言うのがファンタジーのお約束だ。少なくとも、監視カメラとレーザーガンは配備されていまい
 そう思えば、真正面からでも堂々と近づける物だ
 果たして、門番は合計で六人も居た。開かれた門の左右に二人ずつ、城壁の上に、弓を装備して更に二人

 「誰か。身の証を示せ」

 欠伸をしながら近づけば、槍を突き付けられて誰何される。
 マジに鎧来てるよ、こいつら。思った事と言えばその程度だった。カッターシャツを分厚くしたような、黒い服の上に、磨きこまれた鎧が輝いている

 「俺の話を聞くよりも、コイツの話を聞いた方がすんなり行くだろうぜ」

 ゴッチが体を揺すってダージリンを起こす
 この数日で解った事だが、この女、酷く覚醒が早い。一声掛ければ、起きていたのかと思う程に気持ちよく目を開ける
 今回も、そうだ。ダージリンはパチリと目を開いて、直ぐに状況を理解した

 「到着したか、ゴーレム」
 「上手く頼むぜ、ダージリン」

 ダージリン、というゴッチの呼びかけに、門番達がたじろいだ

 「……ダージリン? ダージリン・マグダラ様ですか?」

 ダージリンがゴッチの背から降りて、居住いを正す

 「そうだ。元より報告などしていないが、遊行に出ていた」
 「はッ! 申し訳ありませんが、通行証を見せて頂きたく思います!」
 「落とした」

 ゴッチが、ダージリンの横顔をジロ、と睨む。ダージリンは鋭い視線でゴッチを見返す

 「川に」
 「成程」

 落とした、等と言われて、何故か門番の方が困った顔をしていた

 「私の屋敷に人をやってくれ。確認はそれで取る」


――


 そんなこんなで漸く辿り着いたダージリンの屋敷は、人は少ない癖に無駄に大きかった
 ゴッチは外から屋敷を見て口笛を吹き、応接間に通されてからも口笛を吹いた

 「でかい癖に使用人は少ねぇが、センスが……趣味が良いや。ダージリン、お前良いとこのお嬢様だったんだな」
 「北で兄が領主をやっている。故郷に居着かない私の為に、兄がここを用意してくれたのだ」
 「はん? ……まぁ良い」
 「何がだ」
 「何でもねーや」

 勘が働いたのである。ダージリンの言葉には、裏がある気がした。言い難そうな物を感じた
 何となく、ダージリンらしくない気がした物だが、別段興味が湧く訳でもない

 結局ゴッチはそこでその話を終わらせる。自室に戻る手間が惜しいのか、ダージリンは簡単に身を清めた後は、応接間で服を着替え、威儀を整えていた

 「今回の件、王に報告しなければならない。その他の事もある。数日ほど私は屋敷に戻らないが、貴方が良いなら何時までここに居てもらっても構わない」
 「ほぉ、ありがてぇ。拠点が必要だと思ってたのよ」
 「ゴーレムの旅の目的を聞いていなかったな、そう言えば」

 頬杖をついて図々しい態度のゴッチに、ダージリンは白い髪を梳きながら尋ねる

 当然、仕事の詳細を口外など出来る筈も無いが、ふとゴッチは思いついた

 「(そーだ、コイツに聞きゃ良いじゃねーか。ばっかでぇ、何で気付かなかったんだ俺は)」


――


 「ラグラン……。ラグランを探しているのか」

 当たりを引いた、とゴッチは思った。身嗜みを整え終えたダージリンは、ラグランと言う言葉にハッキリと反応を示したのである

 「知ってるみてぇだな」
 「確かに知っているが……どこでその名を」
 「何だ? 俺が知ってちゃ拙いのかい」

 ふてぶてしくゴッチが返せば、ダージリンは無表情ながらに険しい雰囲気を放った

 「ラグランは、アナリア王国の最東端にあった要塞都市の名前だ」
「最東端に“あった”?」
 「既に存在していない。あの都市は、十七年前に滅ぼされた。それに存在していた期間もごく短い。建設が開始されてから一ヵ月後、完成もしない内に消えた。ラグランの名を知っているのに、詳細を知らないのか?」
 「しらねーんだ。だが、穏やかじゃなさそうだな。戦か?」
 「…………まぁ、そうなる」

 また、言い難そうな気配を感じる。しかし、今回は放っておけない

 「らしくねぇぞ、何故言いよどむ。教えろよ。俺は本気で其処を探してるんだぜ」
 「その前に、もう一度聞く。何故ラグランの名を知っている。アナリア王国でその名は、ある意味魔術師である私以上の禁忌だ」

 今度はゴッチが言いよどむ番だった。ちろ、とテツコがするように舌を出して、ゴッチは瞬く間に考えを纏める

 「俺は、なんつーかな。とある良い処のお嬢ちゃんを探し出して、無事に親元まで帰してやる為にアナリアまで来たのよ。それが仕事な訳よ。その嬢ちゃんは旅をしててな、ちょっと前までは近況を報せる手紙を送ってきてたらしいんだが、それがぷっつり途絶えちまって。それで俺が捜索に駆り出された訳だ。で、その嬢ちゃんの最後の手紙に」
 「ラグランの事が書いてあったと。滅びた要塞都市から手紙が届いたと言うのか」
 「そこまで過剰に反応するのは何故だ? ラグランを知っている事が、そんなにも可笑しな事か?」

 ダージリンが赤い瞳を細めた。真っ直ぐに睨みつけるゴッチの圧力に負けたか、顔を背ける

 「……今は時が惜しい。ゴーレム、貴方には恩がある。教えろと言うならば教えよう。だが、また次の機会にしてくれるか」
 「あぁん? ダージリン……」
 「貴方は、恐らく嘘を吐いているな。もしくは全てを語っていないか。貴方が何でも素直に話す気性でないのは、ここ数日の付き合いで理解している」

 虚実を織り交ぜた説明は、その饒舌さから尚の事ダージリンに疑念を与えたようであった
 ゴッチは苦笑する他ない。この女は、勘が良過ぎる。しかもこちらの嘘を察した上で、それでも構わんと言い切る度量があった

 馬鹿野郎、格好良いぞテメェ

 「…………あーあー、構いやしねぇ。次の機会まで大人しく待つさ。今回は、何時になく多弁なダージリンを見られたって事で、我慢しとくぜ」

 ダージリンの目が、す、と柔らかくなった。……ような、気がした、ゴッチには
今まで誰の顔色も窺わずに生きてきた自分が、小娘一人の表情を読む事に神経を注いでいる。そう思うと、ゴッチは何だか馬鹿らしい

 ダージリンは何処から取り出したのか、黒いローブですっぽりと体を包む。初めて出会った時に来ていた、あの巨大なローブだ
 顔も何も見えなくなる。あれを着るのであれば、そもそも身嗜みなどどうでも良いのではなかろうか
 ゴッチは立ちあがって、ダージリンに近寄った

 「手の平出せよ」
 「?」

 ローブの裾が捲られて、小さくて白い手が現れる

 ゴッチは差し出されたダージリンの手と自分の手をパチンと打ち合わせた。サムズアップすれば、ダージリンがくぐもった声で笑った

 「お前も色々と面倒臭そうだ。グッドラック……あー……、まぁ、幸運を祈っといてやるぜ」
 「……感謝する。君の使い魔……テツコは?」
 「ちょいと今は話せない」
 「そうか。ゴッチもそうだが、貴女と話すのも面白いな、と伝えてくれ」

 す、と頭を寄せてくる。辛うじて聞き取れる程の小さな声で、ダージリンは言った

 「件の裏切り者が、この屋敷に居ないとも限らん。居たところで貴方に害をなす理由など無いだろうが、ここを使うなら……」

 途中で思い直したように言葉を切った

 「いや、貴方程の魔術師に、言うまでもない事だったな」

 ダージリンが足早に応接間から出て行く。入れ替わるように、屋敷の召使らしき女が入ってきて、部屋の用意が出来たと報せてくれたが、ゴッチはそれをぞんざいに追い払う

 「チ、アシラとやらの事も聞けば良かったぜ」

 ブルブルと懐が震える。コガラシがステルスモードを解除して懐から飛び出し、赤色に光った
 ゴッチは慌てて窓に駆け寄り、開け放つ。コガラシは猛スピードで其処から外に飛び出すと、急上昇して飛んで行った

 普段はエネルギー効率を考えてそれほどスピードが出ないが、飛ぼうとすればあんな物だ。あっと言う間に遥か彼方へと飛んで行くコガラシを見ながら、ゴッチは溜息を洩らす

 「タイミング悪いぜ……」

 相談したい事もあったんだがな。その独り言は飲み込んだ。独り言とは言え、らしくなさ過ぎた


――


 キーボードを二つに付け加え、空間投影型タッチパネルディスプレイを駆使しつつ、テツコは呟く

 「ゴッチ一人で大丈夫かな?」
 「心配要らんさ。アイツは何があっても生き残る。今までもそうだった。恐らくこれからも」
 「実力を疑っている訳じゃない」

 ファルコンが葉巻を銜えながら、テツコの前の画面を覗き込む。テツコが煙を嫌って、ファルコンを追いやった。肩を竦めるファルコン

 「ゴッチは……何と言えば良いのか。面倒事を避けても、揉め事を避けるタイプじゃないだろう? 混乱が好きで、同時に混乱に強い。騒動に出会えば、それを拡大させる気質……のような気がする」
 「オイオイ、カウンセラーの物真似か。いきなり人様の息子を酷評してくれるな」
 「うん? そう言えば、異世界に進入してから既に一週間程経つ。その……ゴッチの性格は兎も角として、生理現象の方は良いのか? ……まぁ、性的な意味で」

 テツコが手を止めた。作業が一段落したらしかった
 ファルコンは少し沈黙して、煙を吐き出すと、普段と変わらない声音で言う

 「大丈夫だ、アイツの性癖はちと特殊だから」
 「特殊ねぇ……」

 ファルコンの言葉は、ゴッチの人格への信頼から、と言うわけではないらしい
 事実として述べている。そんな響きを感じて、テツコは首を傾げた


――


 結果から言えば、テツコの懸念は的中していた
 ゴッチ・バベルは御すのが難しい男だ。問題を起こすな、軽率に動くな、と言っても、聞きはしない

 それは取り敢えず酒場で起こる


 ゴッチは、コガラシと再合流するまでは何をするのもかったるいと考えて、今は酒場でくだを巻いていた。自分がこちらの世界の金銭を持ち合わせて居ない事など、すっかり忘れていた

 まるっきり古風な王都の街なみは、どう贔屓目に見てもそれほど文化レベルが高いとは思えない
 しかし冒険者の存在があるためか、宿屋と飲食店は発達している。馬鹿に出来ない人数が居るようだった

 「流石異世界。酒の匂いまで面白いぜ」

 酒杯を空けて、ゴッチは熱い息を漏らす。異世界の酒は、それほど度数は無いが、癖のある匂いをしている
 酒は美女、と評する奴が、ゴッチの知り合いには居る。そいつに習って言うなら、コイツは癖のある美女だな、とゴッチはニヤニヤ笑う

 金も無い癖に遠慮なく飲み続けて、三十分ほど経過した。この程度で後ろめたさを感じていてはアウトローはやっていられない

 頭の中で、酒代踏み倒して逃げる算段を考えている時、ゴッチは一人の男を見つけた
 見つけたと言うよりも、否応なしに目が引き寄せられた

 酒場の客は、筋骨隆々とした男達が殆どだ。皆傭兵か冒険者の類と想像できるが、困った事にどちらがどちらか等と判別できない
 つまりどっちだろうが同じようなモンって事だろ。そう結論して、ゴッチ
 今しがた見つけた男も鍛えこまれた体駆を持っていたが、周囲とは何やら違っている

服は、門番の兵士達が鎧の下に着ていた物に似ていた。細部に装飾がしてあって、ただの兵士達の物より上等に見えた。荒くれ者が着るに相応の服とは言えまい
 腰には薄汚れた布ですっかり巻かれた剣を下げていて、それも何故だか目を引いた

 何より気配がでかい。只者ではない雰囲気がある

 「(あそこだけ空気が違ってやがるぜ)」

 黒髪がしなやかに、うなじまで伸びた男で、酒場の主と机を挟んで親しげに会話している。ゴッチは酒瓶を行儀悪く口に銜え、玩具を見つけた子供のように笑った

 ゴッチが見ている内に、酒場の入り口から女が入ってきた
 これは驚くべき事だった。男ばかりのむさ苦しい酒場に、女が一人きりで入ってきたのだ
 腰どころか太腿にまで届く、長い、こちらも黒髪の、しかも美人である。ゆったりとした旅装の女は、
一度酒場の中を見回すと、お目当ての人物を見つけたのか、足早に移動した

 移動した先に居たのは、ゴッチが注視していた男だった

 「ほぉー……女連れねぇ?」

 異世界の酒場のマナーなどゴッチは知らないが、気軽にデート出来る場所でない事くらい、解る
 或いは他の酒場では普通なのかも知れんが、ここは違う筈だ。だって、女は今入ってきた一人しか居ない

 ゴッチの記憶が確かであれば、身体能力が強化される前の人類は、男性体よりも女性体の方が力が弱かった筈だ
 異世界まで同じなのかは知らないが、ゴッチの世界の人間の、純粋な人類のみが掛かる病――ビッグボム病――が流行る以前の身体能力と、この異世界の人間の身体能力を同一視して考えるなら、こんな荒くれ酒場に女を伴うのは可笑しい筈だった

 酒場の主が、男と女に同じ酒を提供する
 良い雰囲気で呑んでいた。ゴッチは背中にムズムズする物を感じて、立ち上がった


――


 「ひゃっひゃっひゃ……儲かりまっか?」

 ゴッチは乱暴な音を立てながら、並んで座る男女の、男の左を選んで座る

 「……さて、まぁまぁと言ったところだな」

 男はゴッチの気配に気付いていたのか、少しも動揺した様子がない。それはゴッチのギラギラした目を見ても変わらなかった
 女の方は、ゴッチのただならぬ気配に身を竦めていた。不安げに、男の腕を掴む

 「アンタ、良い服着てるじゃねぇか。美人さんと良い雰囲気で、懐もあったかそうで良いねぇ」
 「お前も、見慣れない服装であれど、良い仕立てだと感心していたのだがな。乞食か?」

 嘲笑を含んだ猫撫で声で言えば、男も見下したような視線で返す
 見下している癖に、妙に真直ぐで堂々とした視線だった。真正直にこちらを馬鹿にしていた

 「そうさなぁ、アンタに恵んで貰うのはまぁ当然として、そちらの素晴らしい美人さんも置いて行って貰おうかね」

 これがこの男を挑発するための必殺技だ、とゴッチは確信していた。果たして、男の視線が鋭さを増す

 ここにきて、酒場の主が仲裁に入ろうと身を乗り出すが、他でも無いゴッチの挑発で気配を変えた男自身がそれを制止した

 「本気でないのは、まぁ解る。お前は一度も彼女に物欲しげな眼を向けていない。が」

 男が、腕を掴む女の手をやんわりと解かせて、酒場の主に詫びた。「店主、済まんな」

 次の瞬間、男が持つ酒杯が逆様になり、ゴッチは香りのよい上等の酒でずぶ濡れにされていた

 「挑発に乗ってやるぞ、乞食」
 「……おう、店主、ここの酒はどれもこれも匂いが良いなぁ」

 ゴッチは少しだけ舌を出して、頬を伝う酒を舐め取った
 椅子を蹴倒して、立ち上がる

 「殺るかい、色男!」

 色男が腰の剣を外して、女に放り投げた


――


 さぁて、どうやろうかな、とゴッチは舌舐めずり。ゴッチの全力全開と言えば、体内電流で細胞を刺激して身体能力を高め、余剰電力を放出しながらの白兵戦だが

 喧嘩して相手這い蹲らせるなら、条件は対等じゃなきゃいけねぇ
 いや、対等じゃなくても良いが、有利なのはいけねぇ。対等か、不利かだ
 そう言う状態で勝ってこそ、負けた奴ぁ屈辱に塗れた顔をする
 そういう面が見てぇんだ。それでこそ誇れる

 ゴッチの方針は定まった


――


 「訳有りで名乗ってはやれん」

 男の発言に、ゴッチは構いやしねーよ、と笑いながら飛びかかった

 いきなり全開の右拳。身を捩る男の頬を掠め、空を刈る
 男とゴッチの顔が、共に驚愕に染まる

 「(避けたかい)

 一発でダウンを奪う心算だった。本気の拳である
 ワクワクしていた

 「(やっぱりコイツぁ、当りかも)」

 ゴッチが身を引こうとすると、男がそれに合わせて踏み込んでくる
 引き戻そうとする右拳に左手を添えて、ゴッチの脇を狙っていた。投げるか、組み伏せるか、どちらにせよ密着状態を狙っているのを本能で悟る

 咄嗟に膝を打ち上げた。それが男の顎に命中したのは、実を言えば全くの偶然だった

 良い塩梅に男の動きが止まる。頭で思考したことではない、体に染みついた反応で、ゴッチの右拳は男の米神を打ち抜いていた

 「あれ? 当たっちまったぞ?」

 男が勢いよく吹っ飛んで、酒場の出入り口から転がり出て行く
 女が悲鳴を上げる。甲高い叫び声は、ゴッチは嫌いだった

 「カザン!」
 「ほぉ、カザンね。近来稀に見る逞しい名前だぜ」

 ゴッチが、外へ出ようとする女の肩を掴んで、酒場の主の方へと突き飛ばす
 喧嘩も出来ねぇような、弱ぇ奴に邪魔させねぇ。ゴッチはカザンが転がり出た後、反動で閉まった酒場の扉を蹴破って、王都アーリアの大通りへと躍り出た

 「おう、どうしたぁ! 1ラウンド目開始十秒で早くもダウンかぁ?!」
 「何を喚いているのか今一解らんが」

 飛び出した直後、横合いから聞こえてきた声に、ゴッチの体が硬直する

 先ほどの一撃は、確かに偶然の産物ではあった。しかしクリティカルヒットには違いない。ゴッチの鉄拳でクリティカルヒットと言えば、それはもう生身には筆舌に尽くし難い威力の筈だ
 もう立てるのかよ。声の聞こえてきた右側を向こうとした瞬間、横面に手袋付きの拳が突き刺さる

 今度はゴッチが吹っ飛ぶ番だった。カザンと言う男は怪力で、その威力を余す所なく受け止めたゴッチは、錐揉みしながら宙を舞い、頭から地面に突っ込む

 「づぁー……効いたぜ」

 仰向けに寝転ばされて、ゴッチに完全に火がついた。見開いた眼が血走って、腹の底が熱くなる

 身を撓らせて跳ね起きるゴッチに、カザンが眉を顰める

 「立つか、今ので」
 「一発ぐらいで沈むかよ」

 カザンが仁王立ちする。堂々とした佇まいは、矢張り変わらない
 ゴッチが首周りを緩める。赤み掛かった鋼の肉体の上で、銀のネックレスが輝いた

 「余裕綽綽って面しやがって。俺ぁな、手前みたいな奴を見ると思い知らせてやりたくなんだよ」

 子供のようにゴッチは笑った。歯を剥き出しにした笑顔で、犬歯が光る

 己で己の獲物を封じた相手だ、搦め手はねぇ。そもそも、喧嘩に搦め手はいけねぇ
 だから、真正面だ。真っ直ぐ行って右拳で打ん殴る。それしかねぇ

 両足が地面を抉る。ゴッチは、再び飛んでいた

 「身の程って奴をなぁーッ!」


――


 野次馬に周囲を取り囲まれての喧嘩は、凄惨であった
 ゴッチの拳が刺されば、同時にカザンの拳も刺さっている。カザンの拳には最初、僅かばかりの加減があったが、激しく競り合う内にその必要は無いと悟ったようだ

 ゴッチの心は震えていた。こういう男がゴロゴロしているなら、異世界を益々好きになれそうだった

 「何者だ、貴様」

 鼻と口から夥しい血を流しながら組みつくゴッチに、右の瞼が腫れ上がって開かないカザンが問う
 答える前に、密着状態から膝。腹に突き刺さるそれに、カザンは歯を食いしばる

 「ゴッチ、ゴッチ・バベル」
 「聞いた事がない。お前ほどの男、勇名か悪名か、聞こえて来ない筈があるまいに」
 「ひっひっひ、さぁてな」

 カザンの頭突きが炸裂した。ゴッチの頭が激しく揺さぶられ、たまらず膝から力が抜ける
 追い込むように、二発目、三発目の頭突き

 「手前だって、思ったよりやるじゃねーか」

 胸倉を掴むカザンの両手を押えこみ、ゴッチは自ら膝を折った
 肘を振り回すようにしながら体を捻じり、カザンを地面に引きずり倒す
 そのまま澱みない動作で、右腕をカザンの首に回した。裸締め、チョークスリーパーだった

 周囲の野次馬がどよめいた。荒くれ者の男と女が半々ずつといった所で、その内の幾人かが、「よぉし決まった!」と歓声を上げる

 「決まったぜ。どうもこうも無ぇ、完璧に決まったコイツは」
 「ぬぅ…ッ!」
 「絶対に抜けらんねぇからよ」

 絞め落とす、と更に力を込めるゴッチの体が引き摺られる。カザンが強引に体を捻じって、うつ伏せになろうとしていた

 顔が真っ赤になっているのを見て、ゴッチは締まり方が完璧でないと悟った。今カザンは、顔面が内側から圧迫されて、破裂するような感覚を味わっているのだろう
 そう言う時は、頸動脈への攻めが甘いのだ。頸動脈を綺麗に抑え、血流をピタリと止めてやると、物の五秒で肉体の自由は失われ、意識だけが異世界へ飛んで、テレビ画面越しに景色を眺めているような感覚になる筈だ。もし肉体の構造が違うのだとすれば、その限りではないが

 うつ伏せになったカザンが、ゴッチを背負ったまま起き上がる。そのまま我武者羅に体を振り回して、酒場の壁にゴッチをぶつけた

 だが、離さない。ゴッチの口端がいやらしく釣り上がる

 すると、カザンが飛んだ。まずい、と思う暇も無い
 己と、ゴッチ。二人分の体重を物ともせず飛び上ったカザンは、頭から突っ込むようにして地面に落ちた。当然、カザンよりも頭一つ分高い位置でチョークスリーパーを掛けていたゴッチは、一人だけ地面とキスをする破目になる

 流石にゴッチも怯む。その隙に、チョークを解除したカザンが、激しく咳き込みながら距離を取った

 「げほ、げっほ、……頑丈な男め、普通死んでいると思うのだが」
 「普通じゃ無いのよ、俺。お前も、そこいらの奴と同じにゃ見えねぇ」

 ゴッチはフラフラしながら、それでもカザンより早く立ち上がる
 肉体の能力は、互角だ。これは驚くべき事だった。カザンの肉体は、恐らく異世界の人間の平均的な身体能力を遥かに凌駕している

 カザンの力が一般的な物だとしたら、エピノアや死霊兵等がのさばれる筈もない

 「(だが、負けねぇな。テメェの動きは獲物使ってる奴のソレだ。レーザーブレード使ってる奴が良く似た反応をするんだ)」

 カザンが立ち上がる。ゴッチは無理にでもニヤニヤと笑った。余裕を見せ付けて、それからステップを踏む。超密着状態でのレスリングはここまでだ

 両の拳を顎の前に構えた。ここからはボクシングだった

 「(こちとらずーっと二本の腕で生きて来たんだぜ。殴り合いで剣士に負けてられんのよ!)」

 オォ、と咆哮したゴッチが突っ込もうとした時、野次馬の一角が破られる


――


 黒い服の上に鉄鎧を着込んだ六人組の兵士達。騒ぎを聞き付け、鎮圧に乗り出した。一人だけ鉄兜を装備していない指揮官らしき女が、猛々しく告げた

 「止めよ! 止めんか! これ以上市井を混乱させるのであれば、厳罰に処す!」
 「ヒュー、勇ましい御嬢ちゃんだこと。けどなぁ」

 中指をおっ立てて、ゴッチ

 「お呼びじゃないぜ! クソして寝てな!」

 野次馬が一斉に囃し立てて、ゴッチに賛同した。指揮官の米神に、青筋が浮き立つのが解る

 「決着付けようや、カザン」
 「いや、ここまでだ」
 「あぁん?」

 カザンがいきり立つゴッチに、静かに歩み寄った。殴りかかって来る気配はない

 カザンは極めて至近距離にまで近寄ると、小さな声で話しだす。周りには、あまり聞かれたく無いらしかった

 「訳有り、と言っただろう。俺としても惜しいが、これ以上はやれん。決着は次の機会まで取っておいてやる」
 「取っておいてやるだ? 馬鹿かテメェは!」

 小さな声でぼそぼそと言うカザンは、殊更小声で話し出した

 「俺の名はカロンハザンだ。良いか、カロンハザンだ。お前とはもう一度戦う。絶対にだ。それまでこの名を忘れるな」

 それだけ勝手に言うと、カザンは野次馬を押し退けて歩き出す。野次馬の中で泣きそうな顔で見守っていたカザンの女が、その胸に飛び込む

 「おい、何故だ!」

 訳有りなんだろう、何故名乗った。それだけが疑問だった

 「お前にだけは逃げたと思われたくない」
 「カザン、止めて下さい! あぁ、酷い傷。早く行きましょう、手当します」
 「上等じゃねーか、楽しみにしてっからよ! テメェをぶちのめすのをよ!」

 カザンは足もとがぐらついているようだった。一方、ゴッチはまだまだピンシャンしている
 タフネスでも勝っている。周囲の野次馬がブーイングするのも構わず、満足げにニヤリ笑いしたゴッチは、トントンと肩を叩かれて、振り返った

 「うぉッ」

 超至近距離に、女兵士の顔があった。余りの近さにゴッチが仰け反る程であった

 「御終いか? そうであれば、この野次馬どもを散らして、どこでも良いから、とっとと、失せろ! お前が下らない騒ぎを起こさなけりゃ、私はこれから非番の予定だった。この、糞ったれた、大馬鹿者め、目立ちたければ他所でやれ! せめて私の管轄でやるな!」

 茶色い髪が怒気で逆立っているようにすら見える。女兵士は、キレていた
 眼の下に濃い隈があった。背後に控える部下の兵士達も似たような物で、形相が凄まじい

 ゴッチは自分が殺気を仕舞い切れていない事に気付いた。結構背筋に来る物の筈だが、それでも突っかかって来るとは大した胆力だ。ゴッチは、場違いにも感心していた

 ほんの少し、悪戯心を出してみた。軽い実験の心算で、ゴッチは中指を立てて女兵士を挑発した

 「お呼びじゃねぇっつったろ。家帰って大人しく寝てろ」

 ぐわ、と女兵士が大口を開いた。怒りの拳がゴッチの横面を張る
 そのまま何と、背後の部下の槍を奪い、ゴッチに飛びかかろうとまでする。部下達が必死になってしがみつき、それを抑えつけた

 「うわぁぁーッ! 放せぇぇーッ! 倒す、倒す! ここまで罵られて怒らない奴はアナリア銀剣兵団じゃないぜッ!」
 「べ、ベルカ隊長! 抑えてください! 殺るのはやりすぎです! どうか寛大な心で!」

 ゴッチは思わず噴き出した。こんな愉快な連中のお陰でカザンとの決着を着け損ねたのかと思うと、苦笑が浮かぶ

 カザンに付き添うあんな弱々しい女も居れば、ゴッチの面を張り飛ばすこんな強い女も居る

 お前見たいなのがいなければとっくの昔に家に帰って寝ている! と叫ぶベルカとやらに、ゴッチはゆっくり歩み寄った

 そして、肩に手を置いた

 「まぁ、運が悪かったな」

 ベルカの全身が弛緩し、膝が崩れ落ちる。押し殺したような鳴き声が聞こえた

 「頼む、お前たち……。頼むから、何も言わず、あの男を殺らせてくれ……! 他には何も要らない。お前たちには私の心が解る筈だ……!」
 「うぅぅ、隊長駄目です。貴方は、そんな事をしてはいけない、ベルカ隊長……」

 ゴッチは後退りして呻く

 「お前らアホだろ」
 「鼻血流した阿呆面に言われたくない!」


――

後書き

詰め込みすぎてもアレなので、一話の文量減らしてみるテスト
決してダルくなった訳では

……訳では




[3174] かみなりパンチ5 中篇 カザン、愛の逃避行
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:649cc66a
Date: 2008/06/30 00:33

 アナリア銀剣兵団、とか名乗る兵士達を嘲弄したゴッチは、詰所まで連れていかれて凄まじい形相で説教を受ける羽目になった
 こういうとき、反抗していいのかどうかの境界を見定めるのが、ゴッチは苦手である

 本心を言えば誰にも偉そうな面をさせたくないのがゴッチだ。しかしアウトローとして、国家権力に逆らうのがどれほど危険なのかも重々承知している
 ロベルトマリンでなら匙加減も解るが、ここは異世界だった。付け加えれば、こちらには自分の後ろ盾となる物が何もない

 いや、あるか。ダージリン・マグダラという名は、アーリアではかなり売れているようである
 という訳で、試してみた。詰所で説教を食らい始めてから、三十分もした頃であった

 「グダグダと偉そうに。俺はダージリン・マグダラの客分だぜ。説教垂れる前に確認取って、自分の地位と擦り合わせてよーく進退を考えた方が良いんじゃねーか?」

 情けない発言の上に、ゴッチに説教を垂れる人物、ベルカには逆効果だったから堪らない
 圧力をかけるどころか、火に油を注ぐ結果となる

 「甘ったれんな……! お前みたいな奴が権力振り翳して好き勝手するからこの国はこうまでなったんだ。この俗物の、根性無しの、権威主義者の腐ったような奴め」

 机越しににじり寄るベルカ。うぉ、と仰け反るゴッチ。この女、阿呆の癖に権威主義者なんて難しい言葉を

 「(んな事言ったってなぁ。コネは使ってナンボだろーが)」
 「家名を言ってみろ、家名を。他の木端役人は知らないけどな、私は、例えお前がどんな大貴族だろうと、悪事を見逃したりしないぞ」
 「家名って。……俺はゴッチ・バベル、バベルが家名って事になるが……、俺が貴族なんて大げさなモンに見えるのか?」
 「へ。違うのか」
 「ちげーよ。んだぁ?」

 ベルカが隈のできた目元を押えながら、少し黙る

 「褒める訳じゃ無いが。良いか? 褒めてないからな。お前って口は乱暴だが、話す内容には教養が窺える。だから、甘やかされて育ったどっかの貴族のボンボンだろうと……。着てる服も一風変わってるし」
 「ひゃっひゃっひゃ、学があるなんて言われたのは初めてだぜ。だがよ、もし俺が貴族なんてけったいなモンだってんなら、ダージリンの名前出す前に普通に名乗っとるわ」
 「……チ、笑うな。再三言うが、褒めてはいないからな」

 教育レベルの差かね、とゴッチは口をもごもごさせた。ゴッチは学問など碌に修めていない。そして積極的に知識を得ようとする性格でもない。当然教養があるなどと誉められたことは今まで一度もなかった

 しかし、馬鹿のゴッチでも教養がある方に分類されてしまうのが、異世界らしかった。別に嬉しいことではないが、異世界様様だわ、と一応思っておくことにした

 「まぁ、良いわ。お前の性格はよぉーく解った。やり辛い相手だぜ。だが、何時まで俺をここに置いとく心算だ?」
 「お前……反省しない奴だなぁ」
 「反省も何もよ、俺ぁ確かに喧嘩やらかしたが、喧嘩以外は何もしちゃいねぇんだぜ。何を壊した訳でもねぇ、誰を殺した訳でもねぇ、ちっとばかし、喧嘩相手の面が腫れ上がったぐらいのモンだ」
 「騒乱罪だ、馬鹿。反乱軍の策謀でピリピリしてるこの時期に……」

 策謀の下りで、ゴッチは眉を顰める。時期が拙かったと、今更気付いた。内乱中なのだ
 しかし、苦り顔を打ち消すようにして、嫌らしく笑ってみせる。それを見て、今度はベルカが怒り顔

 歯を食いしばってギラリと犬歯を覗かせた表情が、何とも勇ましい。気性の真直ぐな番犬のような女だ、とゴッチは評す

 「喧嘩の原因は?」
 「……別にぃー? ただあの男が超色っぽいねーちゃんを連れてたからよ。ついつい羨ましくなっちまってな」
 「女絡み? その口ぶりだと、お前が一方的に絡んだみたいだけど」
 「あぁ、そうだよ。俺が売った、アイツが買った。だから派手に喧嘩した。そーいう事」
 「このバカヤロー! そんな詰まんない事で私は苦労背負込む羽目になったのか! 面白過ぎて鼻血が出るぜ!」
 「うお、何だよ、いきなりキレんな。鼻血出てんのはこっちだっつーの。ってかな、もう三十分もこの状態なんだぜ、いい加減顔ぐらい洗わせてくれても良いんじゃねーのか」

 血が凝固して、軽く擦るとパラパラ落ちる

 「大体詰まんねーのか面白いのかはっきりしろってんだ」
 「下らないあげ足を取るな!」

 顔色の悪い兵士が入ってきて、水の入った桶をどん、と置いた。桶の縁には濡れた布が掛けられている

 「……へへ、何だ、妙に親切だな。ありがとうよ」
 「……取り敢えず、もう良い。顔を洗ったらとっとと帰れ。二度とアナリアで暴れるなよ。私は疲れた。寝る」

 首を鳴らすベルカは、投げやり気味に言った。ゴッチにしてみれば、好都合であった

 「ベルカ隊長、ボコボコにしなくて良いんですか。舐められまくってますよ」
 「気に入らないからと言う理由で民を傷つけたら、ソイツはもう兵士じゃない。刃を呑んで死ぬべきだ。というか、コイツの相手をしてる余裕が無い。もう寝たいんだ、私は。だから寝るんだ」

 ぶつぶつぼそぼそと言い合う兵士二人を見やりながら、ゴッチは鼻と口を乱暴に拭う。パリパリした感触が消えていき、何となく落ち着いた

 「説教終わったんなら、行くぜ、俺は」

 犬を追うように、手をシッシッ、と振るベルカ
 ゴッチはナニコラ、と恐い顔をしながらも、それ以上は何もせず大人しく出て行く

 「隊長?」
 「構わない、所詮は市井の喧嘩だ。直ぐに場が収まった以上、本当ならここまで引っ張って来る事も無かったぐらいだろ」


――


 慣れない地理に迷いながらも、ゴッチはダージリンの屋敷に帰り着く。既に夕刻であった
 顔を覚えていた門番に丁寧な礼をされ、気の利く侍女の治療の申し出を断り、ゴッチは宛がわれた部屋でぐったりとする

 怪我が痛いのではない。後数時間あれば、擦り傷も切り傷も、全部跡形もなくなる

 酷く気疲れしていた。異世界に進入してからの強行軍のツケが、今日の騒動で一気に顕在化したかのようであった。本人も気付かない内に、蓄積しているストレスがあった
 ゴッチは夕食も取らずに寝入った。体力の限界まで遊び疲れた、子供のような有様だった

 翌日、朝食を運んできた侍女をひっ捕まえて、ゴッチは質問した

 「お前、カロンハザンって奴を知ってるか?」
 「はい、存じております」
 「そうか、まぁ早々知ってる訳ねーやな」

 下がって良いぜ、と言うと、侍女は深く一礼して、退出しようとした
 あ! と叫んだのは、ゴッチだ。思わずギャグをかましてしまったではないか

 「待った、知ってんのかよ」
 「はい、存じております」
 「チ、何だよ……。まぁ良い、知ってんなら説明しろや」

 クスクス、と侍女はたおやかに微笑んだ。今ので精神的優位に立たれたような気がして、ゴッチはベッドの上で足を組み、むす、と拗ねた顔をする

 「ゴッチ様は遥か遠方から旅をされていると聞いておりますが、アナリア王国の中でも南の山岳部に位置する、炎の神殿の事を知っておられますか?」

 いや、知らん、と首を振るゴッチ。ではそこからお話しさせて頂きます、と侍女は、また微笑む

 「炎の神殿は所謂俗称で御座いまして、本来はカノート神殿と言います。アナリア王国では知らぬ者が居ないと言われるほどの所でして」
 「なんか、観光地みてーな乗りだな」
 「絶景の地、と言われておりますが、残念ながら極めて閉鎖的な体制でで、観光などは望むべくもないでしょう」
 「閉鎖的ねぇ? それで、その引き籠り神殿がどうした」

 ゴッチの言い草に、侍女が肩を震わせて笑いを堪えた。引き籠り神殿と言う物言いが、非常に気に入ったようである

 「うふ、まずはお聴き下さい。その引き籠り神殿で御座いますが、代々神殿の長となる方は、炎を操る魔術師と定められておりまして」
 「ほぉ。……そりゃ御大層な事だが、魔術師ってのはかなり数が少ないんだろう? 俗世間に係る奴となれば更に居ないって、自分の事を棚に上げてダージリンが言ってたぜ。そんな都合よく、炎の魔術師ばかりが見つかるモンなのか」
 「都合よく、と言いますか」

 侍女が、俄かに考える素振りをしてみせる

 「神殿の長たる者が子を成せば、その子は必ず炎の魔術の素養を持って生まれてくるのです。事実上神殿の長の子がその職責を継ぐことになり、そして二人以上同時に生まれてくる事は絶対にありません」

 なんだそりゃ、とゴッチは言った。すっとぼけたような顔をしていた
 なんでございましょうかね、と侍女は笑う。先ほどから、コロコロとよく笑う女だった

 「魔術師の素養に血筋は関係無いと言われております。歴史に名を残すような魔術師でも、その力は一代限りで、子に能力が受け継がれると言う話は聞いた事がございません」
 「引き籠り神殿の長とやらだけが例外だと?」
 「そうです。この事からアナリア王家は引き籠り神殿を保護し、火の神の寵愛を受ける者達として重用してまいりました。祭事を行うに当たっては、当然ながらこの神殿が重役を担います」

 不思議で面白い話ではあった。アナリア王国は、こちらの世界で非常に数が少ないと思われる魔術師を、二人も抱えている事になる
 片方はダージリン、もう片方は神殿の長とやらだ。しかも神殿の長とやらの能力が、この先も脈々と受け継がれていくのだとしたら、アナリア王国は常に魔術師を一人、抱え込んでいられると言う事だ

 「で、胡散臭い引き籠り神殿と、カロンハザン、どう関係がある」
 「えぇ、カロンハザン様は……」
 「様?」

 侍女がポッと顔を赤らめた。何故そこで赤面するのか、ゴッチには解らなかった

 「カロンハザン様は、二ヵ月ほど前まではアナリア王国でも有数の騎士で御座いました。公明正大で下々の者にも優しく、教養があり、機知に富み、勇猛果敢で戦になれば滅法強い、と、欠点を探す方が難しいくらいのお方でした」

 凄まじい持ち上げぶりである。ゴッチは何だか居心地が悪くなった
 ふと、自分と向かい合った顔を思い出す。そう言えば、かなりの色男だ

 「そして眉目秀麗、と」
 「うふふ、えぇ、そうで御座いますね。お会いになった事が?」
 「続きを頼む」

 米神を揉み解すゴッチに、侍女は首をかしげた

 「話を少し戻しますが、今代の引き籠り神殿の長は、長い宵闇色の御髪の、それはそれは美しいお方だそうで。確かお名前は、」
 「んあ?」

 長い黒髪の美人と聞いて、ゴッチは直ぐに、カザンに寄り添っていた女を思い出す
 と言うか、この話の流れであの女以外は思いつかない。ゴッチは顎に手をやった

 「へぇ」

 あの女が話の「神殿の長」であったとしたならば、どうだ
 アナリアの騎士“だった”男が、昼間から荒くれ酒場で炎の魔術師“らしき”女と酒を呑み、あまつさえ行きずりのアウトローと喧嘩をし、同僚とでも呼ぶべきアナリアの兵士達の目から、逃げるようにして去る

 面白そうな匂いがぷんぷんしていた

 「……お名前は、ファティメア様、でしたか」
 「ファティメア。良い名だ」
 「実はカロンハザン様とファティメア様は、恋中なのです」
 「ほぉ」

 予想は着いていた。あれだけ親しげにしていれば、そう勘繰っても仕方ない

 侍女の頬が、先にも増して真っ赤になっている。胸の前で両手をぐちゃぐちゃと組み合わせながら、何故だか解らないが羞恥に身を捩っていた
 とっても気持ちが悪い

 「それで、かなり有名な話なのですが…………、長いので細かい経緯は省きますけれど、一言で言い表すとしたら、お二人は駆け落ちなさったのです!」

 大きく息を吸い込んで、侍女は顔をくしゃくしゃに歪めながら言い切った
 荒々しい息遣いと、額に光る汗。何かをやり遂げた顔をしている

 ゴッチが、おぉ? と唸り声を上げた

 「解りますか?! カロンハザン様は、既に婚約者までいらっしゃったこの国の火の巫女を、大胆にも奪い去っていったので御座います! 地位も名声もかなぐり捨て、全ては、愛ゆえに!」

 侍女の額に閃光が走った。それが空間を貫き、ゴッチにも伝わる
 頭に、ズキ、と来た。ゴッチは愛ゆえに、という言葉に侍女の激しい情熱を垣間見、そしてその勢いに少し圧倒された

 「おぉ、駆け落ち」
 「はい! 駆け落ちに御座います!」

 侍女がキャーキャー言いながらバチバチとゴッチの肩を叩く。ゴッチは嫌らしい笑みを浮かべながら、こちらも自分の膝をバチンと叩いた
 年頃の女には堪らない話であった。ゴッチとしても、カロンハザンに好感が持てた。国か女か天秤に掛けて、女を選べる奴の方が面白いではないか
 侍女は身悶えして、相変わらずゴッチの肩を叩く。その勢いが抑えきれず、力強くゴッチの横面を張り飛ばしてしまう
 次の瞬間、ゴッチは侍女の頭を鷲掴みにしてベッドに引きずり倒していた

 「手前は誰に何してくれてんだコラ。痛ぇじゃねーか」
 「は、はい、申し訳ありません。私とした事が己が職務を忘れ、なんと恐れ多い態度を」
 「…………ケ、冗談だよ、冗談」

 ゴッチはゲラゲラ笑ってベッドから身を起こした。用意された朝食は、眼中に無い
 もともと、朝起きて、豪華な料理を寝室まで運んでもらい、優雅に朝食、など似合わない男だ
だが一つだけ、朝食の皿の横に添えてあった、小さな酒瓶だけは引っ掴んだ

 ドシドシと足音高く、朝食も取らずに出て行こうとするゴッチに、メイドが追い縋った

 「な、何か気に入らない事でも御座いましたか。先程の仕置きは冗談と言って下さいましたのに」

 侍女が青い顔を伏せながら、不安げに問う。客人の機嫌を損ねるなど、致命的な失態である
 冗談だ、と茶化して見ても、内心は怒っているのではないか、そんな事を考えているのが、手に取るように解る

 「あぁ、いや、そんなこっちゃねーよ。飯食わねーのは起き抜けで腹減った気がしねーからだ」
 「そうで御座いますか……」

 侍女が、しゅんと俯いてしまった。ゴッチの言葉を適当な方便とでも受け取ったようだった

 ほんの少しだけ、ゴッチは快感を覚える。虐めるのは、楽しかった

 「おい、お前の話、中々面白かったぜ。お前とグダグダ話してるとよ、気分が良かった」
 「え?」

 侍女の頬が、またもや赤くなる。朝食を持って現れた当初は、もう少し余裕とも言える雰囲気を持った女だったが、こうなっては形も無し

 ゴッチはひゃっひゃっひゃ、と陽気に笑いながら、備え付けの椅子に放り投げてあったスーツを拾い上げ、部屋を出て行く

 ゴッチ・バベル。隼団の同僚に、馬鹿の癖に飴と鞭の上手い男、と言われる事が多々あった


――


 「ツケで呑ませてくれるかい?」

 ゴッチは、昨日散々騒ぎを起こした酒場で、性懲りもなくとぐろを巻こうとしていた

 店主の目は非常に冷たい。ゴタゴタで追及する暇が無かったが、酒代は踏み倒されているのだ
 散々暴れて、しかも代価は払わず、その上ツケで酒を呑ませろ等と、まともな人間の言う事ではない

 もう一度言うが、店主の目は冷たかった。店主が兵士に申し立てするのを忘れていたせいも、ままあったが

 ゴッチが突然机を飛び越え、店主の目の前に立つ
 何を、と声を発するよりも早く、ゴッチは店主の胸倉を掴む。店主も荒くれ酒場の主だけあってか、それなりに大柄で、筋肉質だった。だが、ゴッチは構わない。店主の抵抗など蚊に刺された程度にも感じないようで、そのまま強引に宙に浮かせて、締め上げにかかった

 「何だその面ァ? 悪いが今日の俺は行儀よくねぇからな」
 「てめぇ……こな……ックソ」
 「まぁ、昨日の俺もそこまで行儀よくは無かったがよ」

 ストン、と、店主の足が地面に立つ
 そのまま中年の店主は、あまりよくない足腰がまるで使い物にならなくなったかのように、へなへなと座り込んだ

 「いけねぇいけねぇ、これじゃ駄目なんだ。喧嘩売る相手が間違ってらぁ」

 ゴッチは、何時の間にか机の反対側に戻っていた。悪びれもせずに堂々と椅子に座り、頬杖をつく
 ダージリンの屋敷の朝食から持ち出した酒瓶を置いて、それをゆっくりと掌の上で弄んだ

 「まぁ、酒はどうでも良いんだよ、酒は。実は、アイツの事を探しててさ」

 空が、灰色に曇り始めている。早朝から既に雨が降りそうな気配がしていた
 時間が時間だ。酒を呑みに来る客など居ない

 剣呑なやり取りを見ていたものは、誰一人としていなかった


――


 「……カザンの事か。奴を探したところで、良い事なんぞ一つもないぞ」
 「いーや、あるね」

 小さな酒瓶は、ゴッチがその気になれば一息に飲み干せる程度の容量であった
 しかし、訝しげに酒瓶を見やる店主を伺えば、異世界では、上等な部類の酒であることは解る

 がっついたら、勿体ねぇや。それは酒も、喧嘩も、同じ事だ

 「気持ちが良いのさ」
 「変態野郎が」
 「ちょこっと噂を聞いてきたぜ、大恋愛の末に駆け落ちしたらしいな。アンタ、昨日の感じを見る限りじゃ、カザンとそれなりに親しいんだろう?」
 「それについちゃ、カザンがアナリア王家と話を着けてきた。残念だったな、アイツの首を差し出したところで、アナリアは報償なんぞ出してくれんぞ。なんも知らん奴が引っ掻き回すな」
 「報償とか、要らねーんだって、そんなモンは」

 欲しい物はそんな物ではない。異世界で何か得たとしても、それは元の世界に帰る時、全て投げ捨てて行かなければならないのだ

 持って帰れるのは記憶だけだ。ファルコンのお下がりであるこのスーツですら、焼却処分になる可能性がある
 もっと悪ければ、口封じの為にゴッチ自身が狙われる事も予想しておかなければならない。当然、簡単に殺されてやる心算も無いが

 無性にカザンに会いたい。ゆきずりに無茶な喧嘩を吹っ掛けた、等と言う、安い上にまともとは言えない因縁だったが、決着をつけておきたかった

 「奴の事情とか知らねぇ。俺は興味ねぇ。多分、奴も俺の事情なんかどうでも良いと思う」

 ゴッチが身を強張らせて、机に張り付く

 「だが、俺は奴に会いたいのよ。奴も、俺に会いたがってる筈だぜ。俺に奴の居場所を教えられんってんなら、まぁ良い。だが、俺がここに居ることぐらい、奴に伝えて貰えんかねぇ」

 店主が険しい表情で、俯いた


――


 その日は結局何も進展せず、日が落ちる前にゴッチはダージリンの屋敷へと帰還した。小さな酒瓶は、結局大事に取っておかれる事になる

 ダージリンはまだ帰っていないようだったが、当然そんな事で気後れする男ではない
まるでダージリン・マグダラの屋敷の主とでも言いたげな堂々とした態度で、用意された飯を食い、用意されていなかった酒まで持ち出させ、思うまま欲求を満たして床に就いた

 「その……、ゴッチ様は、細かい事をお気になさらない、豪胆なお方ですね」

 侍女が控えめにもじもじとしながら言った台詞は、ゴッチを止める嫌味としては弱すぎた

 二日目、酒場に顔を出すと、前日と比べて店主の顔色が悪いのが見て取れた
 ゴッチは、気にしない

 「おいおい、そんなに嫌うなよ」

 軽口をたたいたが、店主は無視した。注意がゴッチに向いておらず、原因は別にあるらしい

 結局その日も、カザンには会えなかった。ゴッチは苛立ちを抑え込んで、その日は夕食も取らず、宛がわれた部屋も使わず、ダージリンの屋敷の庭で一晩明かした
まるで気にいらない事があって家出した子供のような態度だったが、事情を知らないマグダラの屋敷の者達は困惑するしかなかった

 待たされるのが、我慢ならない男だ。早くも二日目にして限界が来ていた
 ゴッチは、気にしない。そう思い込む

 そして、三日目になる。酒瓶の止め紐は切られず、まだゴッチの懐で大事にされていた


――


 「……おうおう、どうしたよ。昨日も何だかシケた面してやがると思ったが、今日は尚更酷ぇ面だな」

 やはり、早朝の酒場に客は居なかった。店主が一人、深刻そうな顔で佇んでいる

一昨日、昨日、と朝から雨が降ったが、今日もどうやらそうなりそうで、ゴッチは鼻を鳴らして天を睨む。その背中に、今まで一言たりとも、自分からは話を振ろうとしなかった店主が、重々しく口を開いた

 「……カザンとファティメアの居るだろう場所を、教えてやっても良い」
 「へへへ、とうとう観念したか。なんつったって、俺は執念深いからな。いい判断だぜ」
 「だが、事は恐らく簡単じゃねぇぞ。俺の予想が中っていれば、な」

 ゴッチが椅子を引いてどっかり座りこむ。どんな酔狂なのか、店主の為の椅子まで引いてやった

 話がこじれていそうな気がした。店主の深刻な顔色からは、揉め事の匂いが漂っていた

 「カザンとファティメアが……、もう三日も戻らない」
 「三日?」

 三日前とはつまり、ゴッチとカザンが大立ち回りを仕出かした日だ

 「何だよ、奴ら、ガラをかわしてたんか」
 「なに?」
 「何でも良い。とっとと続きを話せよ」

 店主は米神を揉んで、傷だらけの机を撫でる。考えを整理していた

 「……お前がカザンの揉め事の事を、どれくらい知ってるのかは、まぁ良い。多分興味無いだろうからな」
 「ねーよ」
 「取り敢えず結論を言えば、カザンとファティメアの関係は、黙認される事になっていた。カザンなんかは、騎士の位も何もかも剥奪されて、高貴な身分の者を誘拐した大罪に問われていたが、追われる事がないように話を付けた。実現に、一月もの期間を根回しやその他に費やしたがな。…………しかし、流石に王都アーリアでうろちょろされたら堪らんらしくてな、準備が済めば直ぐにでも何処か遠くへ旅立つ契約の筈だった」

 まぁ、無いでは無い話か、とゴッチは顎を撫でた。要人誘拐など、一国の面子を蔑ろにしておいて不干渉を勝ち取るとは凄まじい話だが、こちらの世界では或いはそれも可能なのかもしれない

 何にせよ、“表向きは”とただし書きが付いているのだろう。裏で手を回されたから、こうやって店主が青い顔をしているのだ

 「まぁ、そんな時に、訳の解らん酔っ払いが下らん喧嘩を吹っ掛けてきたんだが、それは良い」
 「おぅ、良い、良い。続きだ続き」
 「…………カザンとファティメアは、アーリアを出る前に、アラドア将軍に挨拶をしてくると言っていた。屋敷に招かれた、と。その日の内に戻ると言っていたが」
 「もう三日って訳か」
 「…………最悪、殺されたかも知れん」
 「その、アラドアってのは?」
 「アラドア・セグナウ将軍は、ファティメアの父だ。ファティメアが前代炎の魔術師、ユライアの娘として生まれた以上、父と引き離され、次代の神殿の長として育てられるのは致し方ない事。たとえ殆ど親子の時間が無かったとしても……いや、無かったからこそ余計に、ファティメアの事が気になるのだろうと俺は思っていたが」
 「ふーん」

 つまり今の状況、カザンと決着を付けたいなら、アラドア・セグナウとか言うこの国の重要人物らしき人物の屋敷に襲撃を掛けなきゃならん訳か

 ゴッチは頬杖をついて思考を巡らせた

 「俺が言うのも何だが、カザンは並みじゃねーだろ。まともな人間じゃ相手にならねぇくらい強いんじゃねーか? その上、ファティメアとか言うのは炎の魔術師なんだろうが。どうしてむざむざとそのアラドアとか言う奴に、良いようにやられちまうんだ」
 「ファティメアにとっては父、カザンにとっては義理の父になる人物だぞ。警戒していなかったのかも知れん。警戒していたとしても、カザンは義理の父を切り捨てるような男じゃない」

 それに、と、店主は少々、言いよどむ

 「ファティメアの方は、炎の魔術師なんて言われていても、実際にはその力は殆ど残っちゃいない。種火を起こすのが精一杯だ」
 「……そーかい」

 炎の魔術師は、既に形骸化していた訳か。ゴッチはぼそぼそ呟く
 カザンが不干渉を勝ち取れた理由に、それが関係しているのは、間違いなかった

 「(しかしどーする。何でこんな事になってんだ。何でこんなにも)」

 カザンに喧嘩を売るために、アラドア・セグナウに喧嘩を売らなければならない
 つまりアナリア王国の将軍様に喧嘩を売ると言う事だが、勝手にそんな事をしたら

 ゴッチは眉を顰めた。テツコの説教は、正直堪える

 しかし、この胸の高鳴りは抑えきれない

 「(何でこんなにも、面白そうな事ばかり起こるのかねぇ)」

 ゴッチは肩を震わせて、息を殺しながら笑った

 「店主、アンタ、カザンやファティメアと、どんな関係なんだ?」
 「……俺は、酒場を開くまでは冒険者をやってた。俺が冒険者を廃業する時、知り合いから止むに止まれぬ事情があって、赤子を育てて欲しいと頼まれた。それがカザンだ。……俺にとってアイツは、実の息子同然だ。ファティメアは、息子が連れてきた美人の嫁さんさ」
 「……良いぜ。詰まり、アンタの本音はこうだ。『知りたきゃ教えてやるなんて言いましたが、実は手前の不肖の倅とその妻の事が心配で堪りません。つきましてはアラドアとか言う糞ったれの屋敷に乗り込んで、倅を助けてやっちゃ貰えないでしょうか。二人が生きてる保障はねぇけど。』 そうだろ?」

 店主が徐に立ち上がって、息を吐いた。ゴッチの方に向き直る
 そして屈辱と羞恥に顔を真っ赤にしながらも、酒場の床に伏した。土下座をしていた

 「……頼む」
 「……!」

 ゴッチは何故だか堪らなくなって、店主の首根っこ引っ掴むと、無理やり起き上がらせて椅子に座らせた

 ずっと昔、ゴッチが今よりももっともっと糞餓鬼で、自分でも使い物にならねぇ屑だと確信していた時の事を思い出した

 『下げたくねぇ頭は下げらんねぇのが男ってモンだ。だが』

 ひれ伏して頭を垂れる店主の姿が、ファルコンと重なって見えた。あの頃はファルコンも、まだまだ若かった

 『息子のために、下げたくねぇ頭を下げるのが、親ってもんだろう』

 ゴッチの顔から火が出そうだった。理由など、ゴッチ自身が知りたいくらいだ
 無性に恥ずかしくて、情けない。糞ったれ、とゴッチは罵声を吐く

 「この玉無しが、手前の安い頭なんぞ幾ら下げられたってなぁ、何の得にもなりゃしねぇんだよ!」
 「駄目か、ここまでやっても」
 「駄目じゃねーよ! 死ねハゲ!」

 ゴッチが大きく息を吐く。取り乱している自覚があった。こういうのは、いけない
 眼に力を入れて、店主を見た。ほんの少し前よりも、店主の背中が随分大きく見えた

 「…………アンタさ、ラグランと、アシラ。この二つの単語、聞いた事があるかい?」
 「……いや、両方とも知らん」
 「俺もちっとばかし訳有りでね。この二つの言葉について、何でも良いから情報が欲しい」

 元冒険者なら、何か上手い方法があるんじゃないか?
 ゴッチはにやにやしながら言った

 「……あぁ、そう言う話なら、伝手がある。俺がその二つについて、情報を集めてやる」
 「よーし、それじゃ、やってやろうじゃねぇか。良いか、これは取引だ。間違ってもアンタのお手頃な頭一つで、俺様が動いたなんて勘違いするんじゃねーぞ!」


――


 「…………ぐあぁぁ、俺は馬鹿か。絶対ぇ割に合ってねぇよこんなの」

 ゴッチはアラドア将軍の屋敷の位置を聞き、直ぐに酒場を飛び出した
 潜入任務だ。信頼できる情報も、まともな見取り図も、碌な支援も無い状況での、馬鹿げた仕事だ

 だが、まぁ、それは何とかなるだろう。カザンのような男がゴロゴロしている訳ではないのだ
 真正面からの力押しでだって、この世界でならどうにかなる。何せ、主な武装は剣や槍だ

 兎に角、何とかなるのだ。そして思った以上に物理的なリスクは小さい筈だ
 だから、これは極めて合理的な判断なのである。そう言う事にして置こうと、ゴッチは思った

 「糞が、仕方ねーだろ、カザンと決着つけときたいんだよ、俺は」

 テツコという監視役が居なくなって、タガが外れているのかも知れない

 ゴッチは誰にしているのかも解らない言い訳をしながら、早足でアーリアの古風な表通りを突き進んだ


――

 後書き

 情報収集→クエスト受注→クエスト開始!
 え? 違うか



[3174] かみなりパンチ6 後編 カザン、愛の逃避行
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:649cc66a
Date: 2008/07/23 12:51

 巧遅よりも、拙速である


 潜入だろうが突入だろうが、入り込む場所の見取り図があるのと無いのでは全く違う。僅かでも詳細な情報が重要になって来る。そんなことはゴッチだって知っている
 だが、情報収集などしている暇は無かったし、そう言った事が不得手なゴッチが付け焼刃で諜報活動を行っても、先方を警戒させる結果に終わるのは目に見えている

 アラドア・セグナウ将軍の屋敷の横には、都合のいい事に小さな林があった。手入れの行き届いたそこはどうやら屋敷の庭らしく、茂みの中で息を殺しながら、ゴッチは迷っていた

 「(結構でかいじゃねぇか)」

 見張りは、目に見える範囲にはいなかった。門番が二人いるだけである
 内乱中の国の要人が住まう屋敷にしては、妙に無防備だ、とゴッチは感じた。下手に突っ込むと碌な事にならないような気がする

 一応、偽装の為にフェイスペイントを使用していた。泥と、偶々見つけた木の実を使用し、中々ドギツイ色に仕上がっている
 問題は服の方だ。こちらはどうにも目立つ。この世界では唯一この一着しかないスーツから足取りを追われたら、それこそ面倒だ
ゴッチはスーツを脱いでトランクス一丁になり、赤み掛かった肌をパシンと叩いた。潜り込みやすいように、屋敷内部の者の服を奪うのがよいと思えた

 木に掛けて置いたが、不安は無かった。曲りなりにも防刃、防弾、耐熱の三拍子揃ったエレガンテ溢れるスーツが、虫食いなどで被害を受ける筈がない

 「碌な事にならねぇーってんなら、どうなるってんだぁー? えぇ? オイ。糞ったれがよォー、そんな事解ってるっつーの。この俺様に、異世界の軟弱者どもがどんだけ束になろうが敵う訳ねーんだ。えぇ、やったろうじゃねーか」

 ゴッチが茂みから立ち上がって、眉を吊り上げた
 視線の先には、屋敷の屋根からピョコンと飛び出た煙突がある。ゴッチの世界でも、酔狂な奴が時々あんな物を拵えたものだ

 穏便に事が進まなきゃ、そん時はそん時で構わない。ゴッチは、体勢を低くして駆け出す

 取り敢えず、仕事をしていた庭師を殴って昏倒させる事から、仕事は始まった


――


 ダージリン、数日ぶりの帰還

 「ダージリン様。お帰りなさいませ。ゴッチ様から言伝を預かっております」

 黒いローブをのフードを脱いで、首を傾げるダージリン。ここ数日面倒続きだった筈だが、疲れていても涼しげな表情は崩さない
 侍女が声音を変えて、ゴッチの物まねをしてみせる。当然だが、全く似ていなかった

 「アバよ」

 親指を立ててみせる侍女。意味を汲み取れず、沈黙するダージリン

 メイドが、一度咳払いする。恥ずかしげに居住いを正し、頬を赤らめた
 恥じらいながら、酷く残念がっていた。ダージリンの帰還がもう少し早ければ、ゴッチに会えただろう。仕方のない事ではあったが、間が悪かった

 「ここ連日、朝から夕方まで外出なさっていたのですが、今日は朝出て行かれたと思いきや、昼前にお戻りになられまして。そして、直ぐまた出て行かれました。…………元々荷をお持ちでない方でしたが、身の回りを整えていらっしゃるようでした。私が思いますに、もうここへお戻りになられる心算はないのでは、と……」
 「馬鹿な」

 ダージリンらしからぬ発言であった。僅かに見開かれた目。俄かにだが、苦しげに表情が動く

 「……私に聞きたい事があると、私が教えてやらねば」

 侍女が不思議そうな顔をした。ダージリンは、氷の女だ。常ならば、自分の胸の内を、例え身近な侍女にだって話はしない
 必要な事以外は、あまりやらない女だ。必要ないから悪口は使わないし、どうでも良いから誉め言葉も使わない。こんな愚痴の様に漏らす事など、今までなかった

 ダージリンは意味もなくフードを被り直すと、侍女の横をすり抜けて行く

 「そうか、行ってしまったのだな」

 ゴッチは馬鹿だが、間抜けでは無かった。自分の行動でダージリンに迷惑が及ぶ可能性、或いは

 ダージリンが敵に回る可能性。諸々の事を、理解していた。

特に、ダージリンを敵に回す事の厄介さ加減は


――


 最初は壁に張り付いて、足音を聞いた。屋敷の規模はダージリンのそれと大差なかったが、働く人員は比較にならないほど多いように感じる
 ダージリンは、人嫌いの気配を全身から滲ませている人種だ。人が少ないのは、奴の意向だろう

 ゴッチは窓に取りついて、中を覗き込む
ダージリンの屋敷より多い、とは言っても、屋敷は屋敷だ。ゴッチの行動に支障が出るほど人が多い訳ではない。丁度いい所に、軽装の鎧を着込んだ兵士が一人で廊下を歩いていた

周りを見渡せば、勝手口も見つかる

 「(アレにすっか)」

 兵士が通り過ぎるのに合わせて、窓を叩いた
 訝しげな顔で、兵士が窓に近寄って来る。外を見渡すが、見る限り異常は無い。ゴッチは桁外れの跳躍力で飛び上がり、窓の上の、石造りの壁の隙間に指を食い込ませて、ぺろりと舌を出している

 兵士が首を傾げながらも踵を返したとき、ゴッチは地面に降り立って、もう一度窓を叩いた
 警戒心を剥き出しにしたのは、兵士だ。一度ならば気のせい、と言うのもあり得たが、二度目があればそれは異変だ。腰の剣を抜き放ち、慎重に勝手口を開けて外に出てくる

 ゴッチは兵士に呼び掛けた。兵士の、背後からだ

 「よぉ、兄ちゃん」

 兵士は中々勘が良かった。前方に身を投げ出し、距離を取ってから振り返ろうとする
 ゴッチはそれにぴったり付いていく。振り返った兵士の顔が驚愕に染まった瞬間、ゴッチの拳が減り込んでいた

 「叫ぶな。叫んだら殺す。というか、抵抗したら殺す。マジだぜ」

 倒れ込んだ兵士の背中に、ゴッチはどっかりと腰を降ろした。呻き声を上げながら兵士は身を起こそうとするが、ゴッチの右腕がそれを制し、兵士の顔面を地面に押し付ける

 「実はな、聞きたい事が、あるのよな」


――


 兵士は頑なで、忠誠があった。主君と同僚を裏切るくらいなら、八つ裂かれる方を選ぶ男だった

 カロンハザンとファティメアの居所を知っているようだったが、沈黙を保ち続ける。何があろうと教える気はない、と態度で示しており、ゴッチは辟易した
 終いには、ゴッチの気が緩んだ瞬間を狙って大声を上げようとしたので、仕方なくゴッチは兵士の頭を抱きすくめ、首を折った

 「あぁ、チ、クソったれが。……まぁ」

 拷問されても口を割らんぐらいの根性があったみてぇだし、生かしておいても無駄だったか

 紳士の情けだ。下着だけは勘弁してやろう。ゴッチは溜息を吐く。変装くらいは、していった方が無難だ
 兵士の身ぐるみ剥いで鎧に着替えると、死体を壁に凭れ掛けさせ、一度林に戻る

 林の中には、橋の掛かった川まであるのだ。全く意味の無かったフェイスペイントを洗い落として、ゴッチは改めてアラドアの屋敷へと接近した

 そこでギョッとした。今しがた自分が殺した男の死体が、消えていた。目を離したのは、ほんの数分である

 「……………………あん?」

 咄嗟にゴッチは身を低くして、屋敷の壁に張り付く。慎重に、素早く辺りを見渡し、自分から死角になる位置を見て回り、警戒しながら考えた

 屋敷の者が発見した様子はない。騒ぎになっている様子は、どこにもなかった
 屋敷の者ではない他の何者かが居るのか、騒ぎになると拙い事をしている者が居るのか。或いは両方かも知れないが

 可能性としてはあまり無いと思うが、侵入者の存在に気付いている兵士達が、敢えて平素を装って罠を仕掛けているならどうにもならない

 兎に角解るのは、今考えても無駄と言う事だ。答えに辿り着けるような情報は、少しもなかった

 えーい面倒くさい。ゴッチは頭を振る

 「何か不都合が起こった時は…………、その時の事は、その時考えりゃ良い」

 その時、辺りに女の怒声が響いた。ゴッチは一瞬身を竦ませる

 『曲者だ! 鼠が紛れ込んでいるぞ!』
 「ドッキーン!」

 もう見つかっちまったか、と身構えたが、ゴッチに視認できる位置に人影はない
 よくよく思えば、怒声は屋敷の中からだった
 そう思っているうちに屋敷が騒然とし始め、重い足音が走り回るのが聞こえてくる

 内部だ。何だか知らんがこれは好機だ。ゴッチは自分の直感に従って、勝手口から屋敷へと飛び込んだ


――


 屋敷の内部へと侵入を果たしたゴッチは、取り敢えず一部屋一部屋開けて回る
 ゴッチが入り込んだ位置はどうやら侍女達の宿舎らしく、小奇麗に整えられた生活感溢れる部屋が密集していた

 クソ、と悪態を吐く。屋敷の構造は、思ったよりも複雑かも知れない。そこを虱潰しにしていくのは、骨だ
 誰か適当に捕まえて、締め上げる必要がある。先ほどの兵士のような奴では駄目だ。もっと脅えてくれる相手でなくては

 取り敢えず、監禁するにしても、もっと場所がある筈だ。ここいらは違うな、と辺りを付けたゴッチは、走り出そうとして呼び止められた

 「待って下さい」
 「おぉ? なんぞ?」

 とある一室の扉が開き、そこから侍女と思しき者が顔を覗かせていた。ゴッチが立ち止まって振り向いたのを確認すると、部屋から出て走り寄って来る

 「あ、あの、その、何かあったんですか? 何だか、し、侵入者がどうの、こうのって」

 おどおどビクビクと、小動物のような侍女であった。ゴッチはジロリと侍女の上から下までを検分し、よし、と頷く

 「侵入者が出たんだわ」
 「やっぱり……。そ、その、大丈夫なんでしょうか」
 「はっきり言っちまうと、全然大丈夫じゃねぇ」
 「え、えぇ?!」

 ゴッチは慣れない剣を抜き放ち、侍女の首筋に突きつけた

 「何故なら~、俺が侵入者だからぁ~♪」
 「き、きゃぁぁーッ!」
 「良いリアクションだぜ」

 そばかすがチャームポイントだ、とゴッチは思った

 暴力を振るう相手に、男か女かなどは関係ない。その辺り、ゴッチは極めて公平だ
 腰を抜かしたらしい侍女を蹴り飛ばして、今しがた出てきた部屋に追い込む
 後は胸板を踏んで凶器を突き付ける、隼団式拘束スタイルで尋問に入った

 「や、やめて、お願いします、殺さないで」
 「…………」

 侍女は、まだ幼い。外見相応の年と考えるなら、十五かそこいらに見える
 ポロポロ涙を流して命乞いしていた。おぉ、と呻くゴッチ
 は、いかんいかん、と頭を振る。少しだけ目的を忘れそうになったゴッチ

 「カロンハザンとファティメア、この屋敷で捕まってんな?」
 「え……、は、はい。そうです」
 「よーし、まだ生きてたか。ソイツぁ良いや。で、閉じ込められてる場所は?」
 「そ、それは……!」

 ゴッチは胸を踏んでいた足を浮かせて、侍女の腹にどっかりと座り込んだ
 先ほどの兵士は殺すしかなかったが、コイツならどうにでもなりそうだ。ゴッチは周囲を警戒する。部屋の窓が開いているため、あまり喚かれると拙いかも知れない

 「お、重たいです」
 「あのよぉ、お前状況見えてる? お前の命は俺の腹一つでどうにでもなっちまうんだぜ。何も考えねぇで、俺の質問にハイハイ答えてりゃ良いんだよ」
 「ひぃ!」

 涙と鼻水で、侍女の顔面は酷い有様になっていた
 もう一突きでコイツは落ちる。確信を持って、ゴッチは囁いた

 「素直に話すんなら、お前なんざ殺す意味は無ぇ。直ぐに放してやる。だが、話したくねぇっつーんだったら、殺す」

 侍女の目が見開かれた

 「あー、いや、ちょっと待て。やっぱ駄目だなそれだと……。あのよ、殺す前に犯す。犯して殺してから、また別の奴に聞く。お前の同僚にな。そしてソイツは、例え素直に話しても犯して殺す」

 これだよこれ、こういうの。ゴッチは何だか、妙に満足していた
 最近はテツコの目もあったし、巡り合わせも悪かったから、らしくない事をしていたが、自分は本来アウトローだ

 赤の他人をどれだけ踏みつけにしたって、平然としていられる人種なのだ。それどころか、この侍女の泣き顔を見ていると、中々気分が良い

 俺の下であがけ

 「なァ? 手前の命も、ダチの命も惜しいだろ?」

 侍女の泣き顔は引き攣っていた。横隔膜が痙攣して、ひくひくと洩れる息が哀れを誘う

 しかし侍女は、失禁寸前の精神状態にありながら、ゴッチに対して言い返した

 「ファティメア様と……カロンハザン様に、な、な、何をする心算なんですか」
 「あーん? 何かしてるのはアラドアって奴の方だろ? 決着のついた話を引っ掻きまわして、カザンとファティメアを捕えてんだろうが」

 寧ろ俺は、カザンに泣いて喜ばれて然るべきだぜ

 「お、お二人に何かする心算なら、絶対に教えられません!」
 「あぁコラ、お前、俺がさっきなんつったかよーく解ってほざいてんだろうな」
 「でも、お二人を、た、た、助けてくださるのでしたら、協力します! わ、私が案内します!」
 「はぁ?」

 このクソガキ、交換条件の心算か。ゴッチは涙と鼻水塗れの、見苦しい顔を見下ろす

 見栄も外聞も捨て去った面で、この期に及んで自分の事以外で命を掛けやがる
 ゴッチは、“良い気分”がスーッと冷めていくのを感じた

 「……馬鹿が、さっきの野郎と良い、手前と良い、大した根性してんぜ」

 剣を逆手に持って、乱暴に振り上げた。侍女は固く目をつぶる。息が止まる思いをしている
 ヒュコン、と愉快な音を立てて、剣は床に突き立つ。侍女の米神の、直ぐ横だ

 恐怖で、侍女は呼吸をしなくなった。ぴくぴくと痙攣しながら、また涙が零れる

 ゴッチは、先ほど首を折った兵士の事を思い出した。兵士は流石にこの侍女のような醜態は曝さなかった。組み伏せられたあの時点で、己の死を覚悟していた

 少し、勿体無い男を殺したかな、と思った。だが、仕方ない。ケダモノだもの

 「お前、名前は」
 「ね、ね、ねネスです」
 「ネネス?」
 「い、いえ、ネス、です」


――


 「……こ、こちらです」
 「あぁあぁ、一応言っとくが……案内されて行ってみりゃ、そこは兵士のお兄さんお姉さん達の溜まり場でした、ってのは勘弁してくれよ」

 ゴッチは右を歩くネスの肩を抱いて、体重を掛けた

 耳元で凄まじい笑みを浮かべながら、ぞっとする声で囁く

 「そうなったら流石に、皆殺しにしなきゃ場が収まらんからよ。取り分けネス、お前はな」

 うっひゃっひゃっひゃ、とゴッチは馬鹿笑いした。これだけ脅しを掛ければ、まぁ大丈夫か

 ネスはカチンコチンだった。青くなったり赤くなったりして、まるで虐められるためにこの世に生まれてきたかのようである
 彼女はこちらが一応の説明を終えた後は極めて従順だった。そしてゴッチは、それを至極当然と感じていた
 こんな腕力も度胸もない奴に反抗を許すようでは、ゴッチの“恐さ”も高が知れると言う物だ

 屋敷は、矢張り何処か騒然としていた。しかし、妙に騒がしい癖に、ゴッチとネス自身は何者とも遭遇しない

 騒がしかったが、妙に静かだった。しかしその静けさも、幾許かもしない内に破られる

 『畜生! カザンを返せよ馬鹿野郎!』
 「ドッキーン!」
 「あぎゃん!」

 いきなり響いた怒声に、ゴッチはネスを引きずり倒して、自分も身を低くした。ネスの悲鳴

 壁を背にして周囲を見渡す。いい加減この対応にも疲れてきたが、矢張り見える範囲に人影は、無い

 通路の曲がり角を覗き込むと、ずっと先に人だかりが出来ているのが見えた。屋敷の警備を行っている兵士達のようであった

 「なな、何ですか?」
 「知るかよ。……ガキだな。一人、とっ捕まってやがる」
 「今、か、カザン様の名前を、よ、呼んでましたよね」

 兵士達が取り囲む中に、小柄な子供が居る。うつ伏せで、抑えつけられている
 恐らく、奴が別口での侵入者であると、ゴッチは確信した

 「(となると、死体を片づけたのは奴か?)

 組み伏せられた、薄汚い服の子供を見遣る。黒い帽子の端から、白い髪が零れていた
 白い髪か、ダージリンと同じだな。ゴッチは様子を窺う

 「少し遠いな。何て言ってんのか聞こえねーや」
 「た、助けなくて、い、良いんですか?」
 「はぁー?」
 「だ、だってあの子、なんだか、カザン様を助けに来た、みたいな事を言ってるんですけど。あ、あ、貴方の仲間じゃ、な、無いんですか」

 良い耳してんのね、コイツ
 兵士達が集っている場所まで、距離を目算して40m程ある。さっきの怒声のような大声で話している訳ではないのに、会話を聞き取れる聴力は、少々異常だ

 「ネス、お前の耳はどんぐらい聞こえるんだ?」
 「そ、その、壁を隔てたりすると、と、途端に駄目なんですけど、これぐらいなら」
 「そうかい。……まぁ、アレに関しちゃ知った事じゃねーな。目的は一緒みてぇだが、奴は別口だろ。助けてやる義理なんざねーよ」
 「でも……お、女の子みたいなんですけど」
 「だから何」

 ゴッチはネスの口を塞いだ。

 「カザンの居場所へは、ここを通らなきゃいけねぇのか?」

 ネスがふるふると首を横に振った

 「別の道があるんだな。よーし、じゃぁ、そっちに」

 案内しろ、と言おうとした時、兵士の一人が壁からはみ出しているゴッチの足を見咎めた

 「おい! そこの奴、何をノロノロしてる! 早く来い!」

 ぐわあぁぁやっちまった。ゴッチは頭を抱えた
 ネスを見やれば、こちらはゴッチ以上に顔を青くしている。ゴッチはネスの口を開放して、指を突き付けた

 「良いか、手前はここに居ろ。出来ればそのよく聞こえるお耳も塞いでな」
 「な、何でですか?」
 「奴らの断末魔なんぞ、聞きたくねぇだろ? 面倒はしたくないが、最悪そうなるからよ」

 ネスが小さく悲鳴を洩らし、鼻水を垂らしながら耳を塞ぐ

 ゴッチは堂々と曲がり角から飛び出し、兵士達が集っている場所まで走った

 態とらしく焦ってみせる。兵士達はみな子供の方に集中しており、誰一人として、見た事の無い男が鎧を着込んでいる事に気付かなかった

 これが兵士か。ゴッチの予想ではもっと眼つきの悪い連中だったのだが、ゴッチの目の前の集団は、まだまだ可愛らしい物だった。育ちの良さが滲み出ている、とでも言うべきか
 男と女が、十名弱ずつ。素早く人数を確認すれば、十八名程がこの場に集っている

 「一体何があった!」
 「侵入者だ、中々すばしっこくてな、梃子摺らせてくれた物だ」

 子供を組み伏せる女兵士が、額に汗を浮かべながら言った

 ゴッチが眉を顰めながら、厳かな口調を使ってみせる

 「侵入者はコイツだけか?」
 「いや、解らん。だがコイツは余りにも軽率に過ぎる。囮かも知れん」
 「他に忍び込んでいる奴が居たら拙いな……。異常が無いか見てくる」
 「……おい、待て、この子供は」

 ゴッチは適当な言葉を並べて直ぐにでもその場から離れようとするが、女兵士の驚愕の声に足を止める

 荒い息を吐く子供の帽子が奪い取られて、白い髪が広がる。癖の強い髪は、しかし純白で鮮烈だ

 そして、その中にピョコンと、白い獣の耳が二つ、立っていた

 「おぉぉ?!」
 「ミストカの狼だ! コイツ、森の蛮族だぞ!」

 良い物を見た。驚きの声を上げながらも、咄嗟に思い浮かんだセリフは、そんな物だった
 こちらの世界にも亜人は居るのか。何だか、懐かしい気持ちになるゴッチ

 しかし兵士達はどうやらそうも言っていられないようで、途端に殺気立つ。中には数名、剣を抜く者も居た
 亜人と純粋人類の中が、悪いようだ。この世界では

 ゴッチはミストカの狼と呼ばれた子供の顔を覗き込む。白い髪、白い肌。生意気そうな目からは、悔し涙を流している
 狼のような呻き声を上げていた。ふぅふぅと苦しげな息を吐くミストカの狼とやらは、どうやら性別的には女らしい

 「クソ、うるせぇよ人間! 離せよぉ……!」
 「…………子供に乱暴はしたくないが……、そうも言ってられんな。エリック、どうする?」
 「ぬ……取り敢えず縛り上げて置こう。アラドア将軍に報告せねば」

 懐かしい事は懐かしいが、出来れば長居はしたくなかった
 ゴッチは殺気立ち、緊張を高めた兵士達から、違和感がない程度に距離を離す

 ふと、狼少女がぐりんと首を曲げてゴッチを見た。目をパチパチとさせて、鼻がピクピクと動く

 「え? お前は」

  途端に、狼少女は吠えた

 「頼む、助けてくれよ!」
 「なんだコイツ、気でも違ったか? 何故俺達が侵入者を、しかもミストカの狼を助けるのだ」

 ゴッチは罵声を噛み殺した。狼少女の視線が、真っ直ぐゴッチに向いている
 何故俺に言うのか、それを問う暇はない。ゴッチが普通の人間ではないことを、どういった理由かは知らないが、理解している

狼少女の突然の発言に訝しげな顔をしていた兵士の一人が、ふとゴッチを見遣る

 「…………いや、待て。そんな奴、居たか?」

 追い詰められたゴッチの口端が、いやらしく釣り上がった


――


 ほとんど全部、台無しであった


 「剣を捨てろ! 妙な動きはするな!」

 と、言うので、従うのは癪ではあったが、ゴッチは惜しげもなく剣を捨てた。元々剣術の覚えなど無い
 持っていても、邪魔なだけであった

 「何者だ、その格好はどういう事だ?」
 「コイツも森の蛮族か? 耳も尻尾も無いようだが……」
 「おい、誰か拘束しろ。何か尋常ではないぞ」
 「良いか、動くな。容赦はせんぞ」

 ゴッチはやれやれ、と手で顔を覆った。こら仕方ねーやと、苦笑いしていた

 「……ふてぶてしい男だ。状況が理解出来ていないのか?」
 「手前等の方こそ、理解出来てねーと思うぜ」

 突然、ゴッチは上半身の鎧を脱ぎ始める。鎧を外したら、そのまま服も脱ぎ棄てて、鋼の裸体を晒した
 着る当初は、ファンタジー丸出しの格好にワクワクしていた物の、少し体験すれば十分だった。着心地は悪いし、動き難い。決して好ましい格好ではなかったのである。この、鎧と言う奴は

 兵士達はゴッチの奇行に眉を顰めながらも、剣を抜いて油断なく構える。彼らも何となく、ゴッチが降伏などしない事を、悟っていた

 運がねーよ運が。ゴッチは自分の脳味噌が足りないのを棚に上げて、不運を嘆いた

 と、次の瞬間、ゴッチは兵士達の真只中に踏み込んで、狼少女を組み伏せる女兵士の米神を蹴り抜いていた

 「おぉ?」

 兵士のエリックが間抜けな声を上げた。驚きを隠そうともしない間抜け面だったが、しかし体は動いている。剣を閃かせて、ゴッチを突きに来た

 ゴッチは狼少女を拾い上げて、身を捩る。剣が肘の肉を割いて、血が噴き出した
 捩った肉体を反転させて、裏拳。エリックの鼻が拉げて、そのゴッチよりも少しだけ背の高い肉体は、錐揉みしながら吹っ飛んで行く

 狼少女を小脇に抱えてゴッチは吠えた。既に四方八方から、兵士達はゴッチに飛びかかっていた

 「来いコラぁッ!」


――


 以下、ダイジェストでお送りします


 「束になって掛かってこいや!」
 「つ、強い、常人の膂力とは思えん……!」
 「応援を呼べ! 他の場所に回っている奴らもこっちに回すんだ!」
 「凄い! やれぇーッ! やっちまえッ!」

 「マッハキィック! マッハローリングソバット! ワンハンドジャーマン!」
 「…………! 覚悟を決めろ! 囲って一斉に攻める、剣を構えて、味方ごと貫くつもりでぶつかって行け!」

 ゴッチはニヤリと笑った。狼少女を放り投げると同時に体を捻る。右手を這いまわる稲妻

 「かみなりパンチだボケが!」
 「ぎゃぁぁ」

 包囲の一角が脆くも崩れ去る。ゴッチは狼少女をキャッチして、ネスの居る方へと走り出した

 「魔術師、スーパー・バーニング・ファルコン様よ! 命を捨てたきゃ掛かってきやがれ!」
 「無事か!」
 「痺れて動けん……が、何とか生きているぞ、皆……」
 「おのれ、魔術師だと……! 狙いはアラドア様か?」
 「取り敢えず逃がすな! このまま好きなようにさせたのでは笑い物だ!」

 しかしゴッチは、狼少女に加えて耳を塞いだままのネスを回収すると、再び兵士達に突っ込んでいく


 「あぎゃあー」


――


 「オイオイ、なんだこりゃ、この屋敷は地下牢まで備えてんのか」
 「わ、わ、私も、ここには、カザン様に食事をお運びする以外は、入った事がないですが」

 敵中突破を敢行して、脇目も振らず目的の場所へ

 地下への階段をゴッチは素直に駆け下りたりせず、ぴょい、と飛んだ。両肩に担いだネスと狼少女から悲鳴が上がる
 異変を察してここを放棄した者は、よほど慌てていたのか、鉄の扉には鍵がかかっていない
 ゴッチは扉を蹴り開け、中にネスと狼少女を放り出すと、扉を閉める手段を探す。ガチャガチャと、兵士達が階段を降りてくる音が、直ぐ近くまで迫っていた

 「くぁーッ! 鍵、鍵だぁ! ここを閉じる物は無いか!」

 ゴッチがムン、と扉に張り付いて、力を込める。一泊遅れて、反対側から体当たりを仕掛けてくる兵士達
 腕力で数人がかりの突破を抑え込むのは、些か辛い。ゴッチの言葉を受けて、ネスと狼少女がそこいらを走り回った

 「か、か、か、鍵です!」
 「よし! …………内側に鍵穴なんてねーよこの馬鹿野郎!」
 「ひーん! 貴方が、さ、探せって言ったのにー!」
 「つっかえ棒だ! これで何とかなるでしょ?!」

 狼少女が、壁の出っ張りに赤黒い色をした棒を宛がい、そしてその反対側を鉄の扉の前へと持ってくる

 丁度良く棒はつっかえ棒として納まり、機能し始めた。ゴッチは扉からそろ、と離れて、外を窺う
 四角く切り取られた覗き窓から、兵士達が必死に扉を押しているのが見えた

 「クソ、厄介な所に逃げ込まれた!」
 「へっへっへ、良いぜぇー、そのままスモウレスリングしてやがれよ」

 ゴッチは膝立ちになって、扉へと手を添える

 手を振って、ネスと狼少女を下がらせた。次の瞬間、ゴッチの体が閃光を放つ

 鉄の扉に、稲妻が叩きつけられていた。有象無象の悲鳴が上がって、外からは音がしなくなった

 「ひゃっひゃっひゃ! まぁ死んじゃいねぇよ、多分なぁ!」

 ネスが、顔を青褪めさせたまま、恐る恐る言った。怯えの色が、酷くなっている

 「……ま、魔術師様、だ、だ、だったんですね」
 「まー、そうなる。……出来る事なら、身元が割れちまうような真似はしたくなかったんだがなぁ……。オイ」

 ゴッチはゆっくりと、狼少女に歩み寄った
 狼少女に、警戒はなかった。少しだけビク、と身を竦ませたが、それだけだった

 「手前のお陰で酷ぇ目にあったぜ。だがまー、この期に及んでは何も言わねぇ」

 何となく、親近感も持てるしな

 「あ、アンタ、人間」
 「うるせー黙れ。手前は後で洗い浚いゲロって貰うからな。ただで済むと思うなよ」

 狼少女の口を塞いで、ゴッチは有無を言わさず歩き始める

 地下牢は、それほど大きくない。三部屋ほどしかなかった
 その一番奥に、目的の人物は居た

 ゴッチが探し求めたカロンハザンは、膝立ちに手を拘束された状態で、呑気に眠っていた

 米神を揉み解すゴッチ

 「……こいつも大概、豪胆な野郎だ」


――
後書き

 俺は無能だぁぁぁぁーッ




[3174] かみなりパンチ7 完結編 カザン、逃避行
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:649cc66a
Date: 2008/08/13 00:12
 「は、そ、そ、その耳、その尻尾は……!」
 「何だよ、人間!」
 「だぁーってろ、良い子にしてろ、俺に怒られたくなけりゃな」
 「…………」
 「…………」
 「さぁて、コイツは俺の奢りだぜ、カザンよぅ」


――


 カザンは唇の隙間から侵入した生温い液体に、意識を覚醒させた
 ポタポタと、髪から滴が落ちる。ブルブルと頭を振って、カザンは気付いた

 酒だ

 カザンは目の前で不敵に笑うゴッチを見ても、少しも驚かなかった

 「…………そうか、お前ほどの男ならば、不思議な事ではないか」
 「美味いか?」
 「…………」
 「おぉ、こりゃ中々」

 空になった小さな酒瓶から酒の滴を舐め取り、ゴッチは笑う。結局大事に取っておく破目になったダージリンの屋敷の酒は、この世界で呑んだ内では、一等級だった
 カザンも、笑っている。最初は小さな、掠れたような声だったのが、段々と力を取り戻していく

 地の底から響くような声だ

 「カザン、大丈夫か?」
 「ウルガ」

 狼少女がおどおどと話し掛けた。カザンは視線も寄越さなかったが、しっかりと認識できている

 「馬鹿な、殺されるぞ、ここは」
 「仕方ないじゃんか、ねーちゃんが…………泣くんだから」
 「おい」
 「知るかボケ、屋敷の中で克ち合っただけだ。俺が連れてきた訳じゃねぇ。寧ろそいつの危機を救ってやったんだぜ、俺は」
 「…………そこの侍女は?」
 「協力者だ。『カザン様の為なら何でもしますぅ』っつーから、ここまで案内させた」
 「そ、そ、そ、そんな言い方はしてな、無いです!」
 「…………済まん、『ファティメア様の為なら死ねますぅ』だった。間違えてたぜ」
 「ひーん」

 卑猥に体を捻り、腰を振りながら茶化すゴッチに、ネスは泣いた。半ば本気の泣き方だった
 ネス自身は否定したが、ゴッチの発言も、そこまで間違っている訳でもない

 「まぁ、こいつ等の事情なんぞ知らん。お前との関係もな。とっととお前の女も攫って、早めに逃げちまおうや。あぁ?」
 「何故、お前が、俺を助ける」
 「お前の育ての親がな。みっともなく土下座までしやがるから、つい鬱陶しくてよ」
 「…………毒を仕込まれて、力が出ない。鎖を頼めるか」

 ゴッチはカザンの腕を取る。鈍く光る手錠には、カザンが足掻いた証か、血で赤く染まっていた
 踝の辺りを弄ると、ナイフが滑り落ちてくる。ゴッチはまずカザンの左手の鎖をナイフで叩き斬り、続いて右手の鎖をも絶った

 カザンが呻き声をあげる

 「少しは気を使え、腕が折れる所だ」
 「折れてから言えよ、手前見たいな頑丈な野郎はよ。……立てるか?」

 カザンは平気で立ち上がった。毒を仕込まれて牢屋にぶち込まれていたなど、感じさせない立ち振る舞いだった

 将校は、如何なる時でもゆったり歩く。なるほど、とゴッチは頷く

 「ウルガ」
 「後で話すよ、カザン。それより今は早くここから逃げないと」

 埃まみれの耳をピクピクと動かしながら、ウルガは言った。新たに近付く足音を感じ取っているのかも知れない
 犬と猫は勘が良い物、と相場が決まっている。ゴッチはナイフをズボンの裾に仕込み直して、トントンと、爪先で床を突いた

 「君は」
 「ね、ね、ね、ねネスです、騎士か、か、カロンハザン様!」
 「ネネス? 済まん、迷惑を掛けたようだ」
 「…………ネス、です」
 「漫才は程々にしとけや。行くぜ」
 「……ふ、お前にも一応は礼を言って置くぞ、ゴッチ」

 不思議な顔をするネスとウルガ。二人の表情を見て、カザンも訝しげに眉を寄せる

 「ゴッチって、何?」
 「俺の名前」
 「さっき、スーパーなんたらって」
 「それは俺の養父の名前」

 ゴッチは気持ち悪く笑った


――


 四人組、となると、多人数で行動する事があまり無いゴッチにとっては、少々小回りの利かない規模であった
 これがドイツもコイツも手練揃いと言うなら話は別だ。実際、隼団で徒党を組む時は、少なくとも仲間の実力は心配要らなかった。が、今回は半分が戦力外で、更にその内の片方は素人も良い所である

 どの道邪魔になるなら置いて行くだけだ。ゴッチは周囲を警戒しながら、慎重に、しかし迅速に四人組の先頭を走った

 「(スムーズだ)」

 何となく思い浮かぶ言葉は、否定されて然るべき物だ
 ゴタゴタに巻き込まれて、挙句追い回されて、結局力尽くで事態を打破した。スムーズとは言いようもない

 そうだ、本来なら……失敗している

 「(まともじゃねぇ。ロベルトマリンでこんな糞無様な事やってたら、あっと言う間に死んでやがる。俺が今生きてるのは何でだ?)」

 何度目かの曲り角に至り、ゴッチはハンドサインで追随してくるカザン達を静止させた
 カザン達がハンドサインなど知っている筈も無かったが、意図するところは伝わってしまうのだから、これらは便利だ。ゴッチが曲がり角の先の気配を窺うと、兵士達が待ち受けているのが把握できる

 隠れる場所の無い通路で棒立ちになっていれば、殺してくれと言っているような物だ
 数は五人。ゴッチは声も漏らさず躍り出て、最寄りの兵士の口を塞いで、鳩尾に膝を入れる。罵声の代わりに吐瀉物を撒き散らして倒れる男

 「あ」

 と漏らした兵士の顔面に、ヤクザキックが減り込んだ。逃げ腰の相手だったせいか、キックの威力が伝わりきらず、兵士は大げさに吹っ飛んだ物の目立った怪我もなく生きている
 ただし、失神していた。次だ、と吼えるゴッチの横をすり抜けて、カザンが兵士に組み付いた

 「おい、体は」

 唖然とするゴッチを尻目に、カザンは美しい手並みで兵士を転倒させる

 「相手がただの人間であれば、倒すのに特別な力は必要ない」

 腕と足を同時に抑え込むと、間を置かずに鈍い音が鳴る。兵士の右腕と左足が奇妙な方向に曲がった
 ゴッチは満足げに笑う。スムーズだ

 この二人組は、圧倒的だった。何人掛かってきたところで、相手にはならない
 ゴッチは中指を立てて、剣を抜こうとしながらも硬直してしまった残り二人の兵士に、脅し文句を仕掛ける

 「おうコラ、やんのか。手加減してやんねーぞ」
 「無駄だ。アラドアの私兵だぞ。平気で命を捨てに来る」

 兵士二人が呼気を合わせ、抜剣と同時に踏み込んでくる
 カザンが落ちていた剣を足で跳ね上げ、片方に体当たりした。兵士の腹部に刃が埋まる。背中を晒したカザンに向けて、残った一人が剣を振り上げた

 ゴッチは見た。振り向き様のカザンの目付きだ。何もかも見通すような眼をしている

 カザンは突き刺した剣を抜こうとした。兵士がそれを阻む。突きを食らった兵士は、自分の腹に深く埋まった刃を抱きしめて、抜けないようにしていた

 ぱ、とカザンは剣を手放した。恐ろしい形相で身を捩り、剣から逃げる
 兵士の一撃には、遠慮が無かった。カザンに避けられた必殺の一撃は、命を賭してカザンの動きを止めようとした兵士の頭を真っ二つに割っていた

 「うおお!」

 絶叫する兵士。両の目から涙が噴き出る
 容赦のない拳が顎の先端に命中した。カザンは拳を振り抜いたまま、兵士が崩れ落ちて行くのをジッと待った

 「よぉ、どんな気分だ、味方殺しは」

 カザンはゴッチを一睨みしただけで、答えようとはしなかった。曲がり角からネスがビクビクしながら、ウルガが恐る恐る小走りに出てくる

 足を折られてうつ伏せのまま倒れ伏す兵士が、凄まじい形相でカザンを睨んでいた
 年のころは、カザンとほぼ同等に思えた

 「騎士カロンハザン……! 自分が何をしているのか、貴殿は理解しているのか!」
 「なんだコイツ、全然元気じゃねーか。きっちり殺しとけよな、カザァーン」
 「……時間が惜しい、行くぞ」

 兵士が尚も叫ぶ

 「これはアナリアに弓を引く行為だ! 騎士カロンハザンともあろう男が……! 忠誠と信仰は何処に消えた、貴殿は本当に」

 ゴッチが高く踵を振り上げ、兵士の右足に落とす。狙いは足首。寸分の狂いもなく突き刺さった其処からは、やはり鈍い音がした

 こちらの世界の医療技術では、完治は絶対に不可能だ。二度とまともに歩けはしない。ゴッチは鼻で笑って、兵士の悲鳴に背を向ける

 カザンが凄まじい形相で居た。ゴッチが感嘆の溜息を吐くほどの、恐ろしい殺気を放っていた

 「武門セグナウとの闘争が、アナリアへ弓引く行いだと言うのなら、最早それで構わん。セグナウの兵士よ、俺はな」

 カザンがゴッチに習うように、踵を振り上げる。狙いは右手首
 何度目になるのか、鈍い音が響いた。兵士が悲鳴を上げ、ネスも小さく悲鳴を上げる
 二度と剣は振れまい。四肢を折られ、再起は敵わず、兵士としては終わったと言って良い

 「怒っているのだ。契約を破り、毒で持成し、女を攫う。王国騎士のする事か……!」

 ゴッチは全てを見ていた。仕草、挙動、視線、感じられる物全てを感じ、見る事の出来る全てを見ていた

 三日前の男とは違った。今のカロンハザンは、間違いなく“こちら側”に居た

 「(へへへ、…………スムーズだ。ひょっとしたら、何もかもが上手く進んでいるのかも知れねぇ)」

 ゴッチが悠々と歩きだす。この通路の先は、屋敷の玄関広間の筈だ。ネスが、そう言っていた

 玄関広間を越えたら、ファティメアの軟禁されている部屋は直ぐである。ファティメアを奪還すれば、仕事は完了だ。後は逃げれば良い。その、逃げるのが大変なのだが

 体制を低くして通路をじりじりと進み、ゴッチは玄関広間を覗き込む
 アラドア・セグナウという男の権威を示すかのように、豪勢な広間だった。見事な装飾が至る所に施されている。まさに、屋敷の顔にふさわしい玄関と言う訳だ

 ゴッチは首をかしげた。何か、ざわざわするような気配を感じていたのに
 玄関広間には、誰もいなかった

 「上だぁぁぁー!」

 突然のウルガの叫び声に、ゴッチは身を捩る


――


 何かに殴りつけられて、吹っ飛ばされた


 上から襲ってきたのは灰と黒の毛並みを持つ巨大な虎だった。少なくとも、虎のようにゴッチには見えた

 山脈の岩肌のようなギザギザの牙と、鎌のような鋭い爪。濁った白い眼球の中心で、黒い光が尾を引いたように、ゴッチは錯覚する

 そして何よりその巨大さ。四つん這いの姿勢のままで、既にゴッチの倍はある背丈

 己を見ても怯えぬ獣を相手に、ゴッチは一瞬だけ硬直した

 「(飛びかかって、きやがるか?!)」

 床に伏せるように虎は身を撓らせた。前足の筋肉が盛り上がっているのが解る
 ゴッチの顔が引き攣ったのは、気のせいだった。ゴッチは笑っていたのだ

 「(飛びかかって、きやがる、か?!)」

 咆哮が響いた。立ちあがり、ファイティングポーズをとる

 「飛びかかってきやがれ!!」

 怒鳴ったゴッチは、しかし自分から飛びかかって行った。虎が全身を振り乱して、爪を振るう
 虎の前足を打ち抜くゴッチの拳。爪が頬を掠って、血が噴き出した。ゴッチのパンチが、押し返される

 「なんだそりゃぁぁぁーッ!!」

 虎の腕力に負けて、ゴッチはぐるんと一回転した。これ幸いと足を振って、虎の横面に回し蹴り
 パン、と顔面が弾けたように虎は仰け反る。ゴッチは地を這うように体制を低くして踏み込み、虎の腹に全力のストレートを叩きこんだ

 「(一発二発じゃ駄目か、コイツぁ)」
 「ウルガ、ネス、ここにいろ」
 「カザン、アタシも!」
 「許可できん」

 効いた様子がない。ゴッチは虎の巨躯に体当たりする。真正面からがっつりと組み合う形になる

 「ケ、こうなりゃ力尽くだぜ」

 やったらぁ、と気合い一発、ゴッチは咆哮し、全力を以て前進し始めた。壁の近くで戦うと、奔放に暴れまわるゴッチの動きが制限される。それに、ネスとウルガの近くだというのも拙い
 じりじりと、一歩ずつ、黒灰の虎を押していく。押し捲って、玄関広間中央へ。そこにカザンが滑り込み、剣を振り上げた

 五本の矢が、それを阻んだ。カザンの、肩と、足。二本が命中し、三本は外れる
 カザンが呻き声をあげながら、矢が飛んできた玄関の方向を睨んだ

 「アラドア……!」
 「あぁ?! アラドアだぁ?」

 見ている暇が無い。虎がゴッチと組み合うのを止め、再び前足を振り上げる
 咄嗟に両腕を体に引き寄せて、縦に構えた。爪が横薙ぎに振るわれて、それを真正面から受け止めたゴッチは、空を飛んだ

 「(痛ぇ……。どういうこった、血だぁ。俺が? 俺の?)」

 両腕に刻まれた裂傷から血が流れる。ぶわ、とゴッチの髪が逆立つ

玄関入口を見れば、何時の間にか七人居た。兵士が五人、白いマントを揺らめかせる、他と格の違う男が一人、最後に、くたびれたフードですっぽりと顔を隠したのが一人

 白いマントの偉そうなのがアラドアだろう、と中りを付ける。年は四十ほど。年相応の渋みを持った金髪の中年で、口元は真一文字に固く結ばれ、表情がないかのようだった

 「屋敷に曲者と言うので戻ってみれば、こうか」

 虎が壁を走ったかと思うと、足音もなくフードの男に近寄ってゆく。そのまま寝そべり、フードの男に向かってじゃれつき始めた

 「クソが、なんだありゃ……」
 「ジューダ。人語を失う代わりに獣の声を手に入れた魔獣使いと聞く」
 「奴の名前か? それとも“そういう奴ら”の名前か?」
 「“そういう奴らの”だな」

 アラドアよ。カザンが声を張り上げた。アラドアの周囲を守る五人の兵士が、弓矢を構える

 「……最早貴様を我が将とは思わん」
 「私はとうの昔に、貴様をアナリアの騎士とは認めていない」
 「ファティメアを返してもらうぞ」
 「無理だ」

 アラドアの合図で、兵士達が一斉に矢を放った。カザンは剣を構える。五矢を全て受け止める
 人間のしてよい技では無かった。アラドアの真一文字の口元が、ほんの少しだけ綻んだ

 「毒もまだ抜けて居らんだろうに、大した男だ。だが、ファティメアは帰してやれんよ、最早。もう絶対に無理なのだ、それは」
 「どういう事だ、それは。……何だ、その笑い方、止めろ」

 カザンが首を振る。目が見開かれていた
 アラドアの言葉の意味が、カザンには解っていた。認めたくは、無い

 「止めろ、そんな、全て否定するような物言いは」
 「ファティメアは自害した。最早二度と貴様の手の内には戻らん」
 「馬鹿なッ」

 カザンが切り込んでいく。弓を構える兵士達を、アラドアが制止した
 代わりに、フードの男が動いた。虎がのそりと起き上がり、カザンを睨む

 「ひゃっは! 何だかしらねぇが、ムカつくぜ!」

 ゴッチも走り出す。カザンに食らいつこうとする虎に、罵声を投げながら飛びついた

 「ぶっ殺せカザン! 絶対ぇに殺せ! 俺がお前を男にしてやるぜ!」
 「アラドアぁぁッ!」

 ゴッチが虎の突進を受け止めて、カザンがその横をすり抜けていく
 抜剣する兵士達を、アラドアは再び止めた。己の腰の剣を引き抜いて、一歩前に出る

 「手を出すな、お前たち」
 「将軍?」
 「良いのだ」

 そのまま密着し、激しく切り合う。初撃、カザンは上段から、アラドアは下段から

 アラドアは大した腕前だった。毒で体が動かないカザンでは、ほぼ互角どころか、少し分が悪い
 その事はカザン自身がよく自覚しているだろう。しかし、怒声と共に食らいついて行く

 「ファティメアにとっての生は、全てがこれからだった!」
 「獄で体を汚され、消えぬ傷を負ってもか?」
 「貴様が言うのか、それを!」
 「アレは巫女だった、アナリアの。我儘で己の役目を投げ出す半端者が、どこでどうやって生きてゆけるのだ」

 劣勢だろうが、何だろうが、カザンに任せておけば問題ない。ゴッチは虎に向かって、歪んだ笑いを投げかける

 両の腕から滴る血が、ゴッチの体を濡らした。酷く気に入らなかった

 「けひひ」

 何時になく掠れた笑い声が漏れる。バチバチと、ゴッチの全身から乾いた音が鳴った

 「この下等生物がァーッ! 誰に向かって粗相してくれてんだコラァァーッ!!!」

 青白い光が玄関広間を埋め尽くした。雷は、何者をも全て例外なく貫く
 魔物だろうが何だろうが関係ない。人だろうが虎だろうが関係ない

 感電して、虎の黒灰の毛並みが逆立った。体組織が燃えて行く。苦しげな咆哮が響き渡る。それにひきかえ、全身に稲妻を纏わせたゴッチは肉が盛り上がり、受けた傷が塞がっていく

 ゴッチは組み合う虎の足を振り払った。ガラ空きになる虎の胴体。隙だらけの体制

 「ぬぁぁ」

 ゴッチは拳を振り回す。嵐のような拳打の雨だった

 目の前、腹、滅多打ちだ。ボコボコにしてやる

 「ボディッ! ボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディ」

 乱打に次ぐ乱打。五十発からは、数えるのを止めた
 骨を砕き、内臓を破裂させる感触が拳から伝わってきても、ゴッチは殴るのを止めない。この虎が死んでも、或いは止めないのかもしれない。気が済むまでは

 「ボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディボディ」

 体を左右に振り回し、一発一発体重の乗った鉄拳を打ち込む。力を込めた拳でありながら、只人の目には止まらぬ程に早い。両の腕は青白く光りっぱなしで、拳の威力と電流により、虎は最早悲鳴すら上げられなかった

 苦しめ、もっと苦しめ。ゴッチは壮絶に笑った

 「アッパァァァァァァーッッッ!!!」

 虎の頭蓋骨が顎部から粉砕され、巨体が宙を舞った。おまけに空中で一回転して、それから床に叩きつけられる

 折れた骨が肉体を突き破り露出している。絶命しているのは、誰から見ても明らかだ。電流で焼かれた虎の肉からは、不味そうな匂いが漂っていた

 ゴッチは、ジューダとやらを睨みつけようとして、ジューダが既に逃走している事に気付いた。何とも行動が早い
 クレバーな奴らしかった。ああいう奴は、相手にするとキツイ。フン、と忌々しげに鼻を鳴らして、息絶えた虎の頭を念入りに踏み潰す

ゴッチは未だ切り結ぶカザンとアラドアの方へと向き直る


――


 「手を出すなよ、ゴッチ」
 「良いのかよ、負けそうじゃねーか」
 「負けん、この男には、このような外道には」

 ゴッチの足元まで倒れ込んで来たカザンの顔色は、蒼白だった。既に、血液の循環すら怪しくなっているように、ゴッチには見えた

 アラドアが息を整える間に、ゆっくりと足を付き、危なげなく立ち上がる。一つ一つの動作が、盤石な物に見えて、実は危うい

 傷を負い、疲れ果て、毒を食らい、血が回らず

 しかし、立つ。まだ戦う。全身から、殺すと言う気配を放っている

 アラドアが額の汗をぬぐい、ゴッチを睨んだ。背丈はゴッチよりも低い癖に、見下ろすような視線だった

 「貴殿が報告にあった魔術師殿か」
 「どの魔術師かは知らねーが、そうなんじゃねーのか?」
 「この狼藉、今回に限り見逃そう。直ぐに立ち去れ。これ以上、首を突っ込まないで貰いたい」

 先ほどの雷の流れを見ただろうに、堂々とした態度だった
 ゴッチは小さく笑った。今更それは在り得ない。そして、この男の態度も在り得ない

 「『見逃そう』だぁ? 『立ち去れ』だぁ? 違うだろうが、戯けが。『見逃してください』『帰って下さい』だろうが。手前の立場を間違えるんじゃねーぜ」

 アラドアよりも、アラドアの周囲の兵士達の方が殺気立った。五名の兵士が油断なく構えながら、アラドアの前に展開する

 「私がどういう男なのか、理解しているのだろうな。如何に魔術師殿と言えど、一国を相手取って我を通せると思うのか?」
 「思うね」

 ゴッチがべぇ、と舌を出した

 「手前はカザンに毒を盛って、ファティメアとやらを誘拐して、ついでに殺した臆病者の、玉無しの、粗チン野郎だ。何でそんな情けねぇ野郎に遠慮しなきゃならねぇんだ? 手前をバラして畑の肥しにしたあと、このアナリアとか言うイカレた国をぶっ潰せば、後腐れも無くてすっきりするじゃねぇか」

 そんなことやってる暇ねーけど、と、口の中だけで呟く
 アラドアの表情が凍った。対照的に、カザンが笑い始める
 それは良い、と本当に嬉しそうに笑っていた。天啓を受けた、とでも言いたげな、自信に満ちた笑い方だった

 「潰してやる。契約を違え、ファティメアを死に追いやったこの国を。所詮は腐敗が進み切った斜陽の国だ。一切合財潰して立て直した方が、民も喜ぼう」
 「けけけ、どうした、アラドア将軍様よぉ。青筋が立ってるぜ」
 「ゴッチ、気が変わった。手を貸してくれ」

 あぁ? と首を傾げるゴッチを引き寄せ、カザンはめくらましを頼む、とだけ言った
 取り敢えず、と言った風情で、ゴッチが電流を放出すると、カザンはネスとウルガが待機している通路まで走りだす
 数秒以内に確保を完了して、カザンは再び走っていた。ゴッチは意図を察して、アラドアと兵士達に向かって突撃した

 「何だ、全然元気じゃねーか馬鹿野郎」
 「突破しろ!」
 「俺に命令するんじゃねぇ!」

 光る拳を床に叩きつけて、怯ませる。一瞬の隙を作り出し、ゴッチは手当たり次第に殴り飛ばした
 当然、アラドアも殴った。上手く防いだようだったが、ゴロゴロと床を転がって倒れ伏す。その無様な姿にカザンは指を突き付け、宣言した

 「決着は預ける。俺はアナリアを滅ぼす。それを見届けろ、アラドア・セグナウ!」


――


 夜の闇に紛れながら、ゴッチは酒場に辿り着いた。酒場の親父が眉を顰めながら出迎える

 「何処に行ってたんだ? 今外を出歩くなんぞ、無謀にも程がある」
 「服を取りに行ってたんだよボケ。何時までもダセェ格好で居られるか。……大丈夫だ、尾行されちゃいねぇよ」

 酒場の親父は、カザンに聞く所によると、バースと言う名前らしい。呼ぶ機会など皆無に思えた

 「カザンの様子は?」
 「意識はあるが、身体は動かんみたいだ。今、侍女の嬢ちゃんが付きっきりだ」
 「へ、放っといて良いのか。カザンの奴、ありゃ相当“来てる”ぜ。我を失ってネスを強姦、なんて結構ありがちだと思うがな」

 バースは苦み走った顔をして、背を向けた。酒瓶の整理をしていたが、身が入っていない。小さなミスを何度も繰り返している

 机で、ウルガが赤い顔でのびていた。呑めない酒を無理に呑んだらしい。酒瓶を抱きしめて、ぶつぶつと何か言っている

 「おいクソガキ。手前は良いのか」
 「…………だって、アタシが居たって邪魔なだけだし」
 「……そりゃ間違いねぇな」

 ウルガが無言で酒瓶を振り上げた。受け止めるゴッチ

 「手前、何であの場所に居たんだ? 無謀だろ、どう考えても。手前とカザンの接点は何だ?」

 ぐでん、とウルガは机に倒れ伏した。そのまま、矢張りぶつぶつと話しだす。半分寝ている

 「カザンは……アタシ達ミストカの恩人なんだ……。二年前、戦争で、アタシ達の森に火が掛けられそうになった時、カザンがそれを防いでくれた。……カザンは、良い奴だ。人間は嫌いだけど、カザンは好きだよ」
 「ほぉ、あの男、本当に評判良いのなぁ」
 「それに、姉ちゃんは、カザンの事が好きで好きで仕方ないんだ。へへ、姉ちゃんは、森で一番の美人なんだ」
 「…………手前がカザンを助けたかった理由は解った。じゃぁ、カザンが捕まってたのを、どうやって知った?」

 ゴッチはウルガが抱きしめる酒瓶を引っ張った。しっかりと抱き付いていたウルガを引き離せず、そのままぶらぶらと酒瓶にぶら下がらせる
 獣の耳がピクーンと立って、尻尾が伸びた。ゴッチはウルガをゆらゆらさせて、直後に酒瓶を奪うのを諦めた

 「八日前に、森に変な人間が来たんだ。最初は追い出そうとしたんだけど、ソイツが『このままだとカザンが危ない』って言うから」
 「はぁ?」
 「ソイツの説明が、凄く納得行ったんだ。他の奴は信じなかったけどさ。アタシ達って世情に疎いけど、カザンがどんな立場に居るのかぐらいは知ってたから。それで、ずっと走り詰めでアーリアまで辿り着いて、その変な人間のくれた地図を頼りに屋敷に忍び込んだんだ」
 「おいおい……手前、実は相当頭が弱いんじゃねぇか? どんだけ納得行っても、一人で潜入かますか?」

 ゴッチの言ってよい台詞ではない

 「……変な人間が、アナリアの兵士とか、そう言うのに働きかけて、有志を募るからって。それまで時間稼ぎしてくれって。カザンは良い奴だから、命令に逆らってでも命を捨てて駆けつけてくる奴らが、沢山居るって」
 「……わぁーった、わぁーったよ。……カザンも大した男だが、手前も大した女だ。大物になるぜ」

 おい、とゴッチはバースに声を掛ける。バースは、振り向かない

 「良い息子じゃねぇか。奴一人の為に、平気で馬鹿やらかす小娘が居やがる。この分だと、きっともっと沢山居るな」
 「……当たり前だ。……俺の……自慢の息子だぞ」
 「ケ、取り敢えず、カザンが復調してもしなくても、明日の朝日が昇ったらアーリアから逃げる。こうなった以上ここには居られん。だが、契約を忘れンなよ。手筈が整ったらこっちから連絡すっから、手前はきっちり“ラグラン”と“アシラ”について調べろ」

 解ってる、とバースは呟くように言った。いつの間にか、ウルガは机に突っ伏して寝ている

 奇妙な沈黙が場を覆った。ゴッチは今度こそウルガから酒瓶を奪い取り、傾ける
 …………中身が無かった。ゴッチはウルガの頭に拳骨を落とした

 「(チ、なんか、スッキリしねぇ終わり方だな)」

 途中までは、もっとイケイケのノリノリに事が進んでいた筈だった。それが終わってみたら、この有様だ
 こうなってしまっては、そもそもの目的も果たせそうにない。病人を殴り倒して勝ち誇れるほど、ゴッチは都合の良い性格をしていなかった

 「あーあ、何やってんだ俺は…………」

 何かが割れる音がした。音の発生源は、ネスがカザンに付きっきりで居る部屋からだ
 バースが声を掛けると、ネスが直ぐに返答した

 『だ、大丈夫です、こここ、来ないで下さい!』

 酷く焦った声だったが、普段からあんな声だから今一判別がつかない

 しかし、バースも、ゴッチも、部屋に確かめに行こうとはしなかった。男と言う物は、女が居れば大抵は立ち直ってしまう物だ。二人とも、良く理解していた

 「あー馬鹿馬鹿しー」

 テツコか、ファルコンか、ダージリンと話したい。ふとそんな事を考えて、ゴッチは気付く

 テツコへの言い訳を考えねばならない事に思い至ったゴッチは、一瞬で顔を青褪めさせた


――


 後書き

 愛の逃避行させてない事に気付いた。カッとなってやった。反省はしているが、後悔は以下略。
 思うまま書いていたらいつの間にかファティメアが……! これは難解なミステリーサスペンス……!



[3174] かみなりパンチ8 紅い瞳と雷男
Name: 白色粉末◆9cfc218c ID:649cc66a
Date: 2008/09/11 16:53
 「げ、アイツぁ」

 あの時の俎板娘。ゴッチは、思わず机の陰に隠れる


――


 朝起きだしてみれば、何故か酒場の中にカザンとベルカが居た。追われる身の癖に、少しも恐れる事無く裸の上半身を晒して向き合うカザンに、ベルカは跪いている

 汚染されたロベルトマリンでは味わえない、明るい朝の雰囲気の中で、二人は厳かだった。立ち入る事の出来ない、奇妙な空間があった

 どういう展開だ、これは。ゴッチは息を殺しながら、事態の推移を見守る

 「今では俺も反逆者だ」
 「…………はッ。以前、ここでお見かけした時から、もしやと思っておりました」
 「頭を上げろ。元より、お前が其処までする謂れはない筈だ」

 ん、とゴッチは眉を顰めた。予想外の事が起きている
 ゆっくりとベルカが立ち上がる。ベルカは泣いていた。強気な瞳が、泣いていた。ゴッチがベルカと接触した時間自体はそれほど長くないが、それでも軽々しく泣きを入れる女ではないと思っていた

 「これをお持ちしました」

 ベルカは背負っていた剣を差し出す。カザンが初見の時に持っていた、布で巻かれた長剣だ
 カザンは難しい顔をしつつも、それを受け取った。小さく礼を言うカザンに、ベルカは唇を噛む

 「カザン様、無念です。何故我々に何も言ってくださらなかったのですか」
 「これは……恥ずべき事だよ。何が言える」
 「妻を娶って軍を退く、その程度の事では無いですか。貴方の下で働けないのを残念に思いはしても、責めるなどあり得ません。そんな狭量な者は、我が団には居りません」
 「……この剣を、よく届けてくれた。今となってはこの剣がアイツの形見だ。どのような方法を用いたのかは知らないが、感謝する」
 「これからどうなさる心算ですか」
 「東にでも行くさ」
 「……反乱に、参加を?」
 「そうなる。或いは、お前と戦場で見えるやもしれん」

 無理だ、とゴッチは舌を出した。ベルカもこの世界の平均よりかは遥かに“出来る”ようだが、カザンの足元にも及んでいない
 カザンが本気でやったら、戦場で出会った瞬間死ぬだろう

 良いのかね、ともごもごするゴッチの視線の先で、ベルカが俯いた

 「それだけですか? ……他に、仰る事はないのですか?」
 「ベルカ」
 「団の皆も、この国の現状を憂えています。貴方が号令なされば」
 「俺は思想で戦うのではない」
 「どうせこのまま軍に残っても、良い事はありません。カザン様の直属であった銀剣兵団は、冷遇されるどころでは済まないでしょう。それを解っていながら」
 「ベルカ!」

 カザンが右拳を額に宛がった。瞑目する様に、カザンの動揺がありありと表れている
 暫しの沈黙の後、カザンは腕を振り払った。全て、決まったようだった

 「ベルカ、我が兵に伝えろ。一族全て死罪となるを恐れぬ者は、カロンハザンに従えと。銀剣兵団の先行き、この俺が預かる」
 「はッ!」

 応答と共に胸の前で拳を打ち鳴らし、ベルカは酒場から出て行く
 暑苦しい奴らだな、とからかいの言葉を放ちながら、ゴッチは漸く隠れるのを止めた。予想していた事だが、カザンは少しも驚かなかった。気付かれていた心算は、ゴッチにはない

 カザンは、小さくぼそぼそと呟いた

 「寄せられる好意を利用して、惨い事をしているな、俺は」
 「良いんじゃねぇの? 自分から扱き使ってくれって擦り寄って来るんだからよ。それより、まだ本調子じゃねぇみてぇだが、これ以上は面倒だ。俺は一足先におさらばするぜ」
 「解った、俺達も急ぐ。合流地点はどうする」

 気を取り直したように言うカザンに、ゴッチは間抜けな顔で聞き返した

 「はぁ? どういう意味だそりゃ」
 「?」
 「あん?」
 「いや、あん、ではない」
 「あぁ?」
 「合流地点だ。余り人目の及ばぬ所が良いが」
 「俺とお前らの? …………なんで俺が、態々お前と合流せにゃならねーんだよ」

 今度はカザンが間抜け面になった。腹を抱えて笑うポーズを取りながら、ゴッチは大声をあげる。これは、お笑い草と言う他ない

 「おいおい、俺がこのままお前の言う事をヘイコラ聞くとでも思ってたのか?! 助けたのは、喧嘩を決着させる為だぜ! 他に理由なんざねぇ、なんでこれ以上お前を助けてやらなきゃいかんのだ」
 「……決着?」
 「そうだ、手前が毒なんぞ食らってなきゃ、とっくに喧嘩してたよ」
 「喧嘩するために喧嘩相手を助けるとは、また何とも言えんな」

 ゴッチがポケットに手を突っ込んで前傾姿勢になる。鋭い瞳で、上目使い
 年季の入った、貫禄のあるガン付けだった。この表情と視線と威圧感は、只管に恐い。特にゴッチのこれは、万国共通人獣鳥魚の区別なしだ。下手したら、虫にも効く

 「手前にゃ解んねぇだろうなぁ。手前は人気あるし、それなりに高い地位に、ちょっと前まで居たんだろう? そりゃ、解んねぇだろうなぁ」

 ゴッチはべぇ、と思い切り舌を出した。生理的嫌悪感を誘う挑発行為であるそれも、ゴッチがやると異様な雰囲気があって更に凄味が出る

 カザンは、苦笑しながら聞いていた

 「俺ぁアウトローだからよ、ならず者だからよ、へへへ。舐められたら終りだ。特に、俺みてぇに馬鹿ばっかやってる奴はな。喧嘩の勝ち負け一つ、適当にしてしまってはいかんのだ」

 其処まで言うと、ゴッチは両手をポケットから引き抜いた。威圧的な雰囲気は嘘のように消え、何時もの横柄な態度が現れる

 「なーんつって、まぁ、結局、大半のところは意地だけどよ」

 カロンハザンが腕組みする。視線は、真っ直ぐゴッチに向いていた
 堂々とゴッチを真正面から見据えてくる。怯えも、媚びもなく、こうも真っ直ぐに視線を向けられることは、稀だった。力強かったが、気負う訳でもないその視線は、ファルコンのそれにすら似ていた

 カザンは徐に口を開いた

 「その膂力、その技、付け加えて、魔術。ならず者のままで良いのか。それで満足か」

 僅かの間、硬直したゴッチは、理由もなく無邪気に笑った。そう見せかける為の擬態か、本当に笑っているのか、見ただけでは判別の出来ない笑顔だった
 ただし、ゴッチの米神には青筋が浮いていた。カザンはそれに気付いていたが、言葉を押しとどめようとはしなかった

 「何の為の力だ。何の為の喧嘩だ。何故生きて、何故戦い、何故傷つくのか、お前に理由はあるか」
 「……お偉い元騎士様は、言う事が小難しくていかんぜ。何が言いたいんだ、糞野郎」
 「俺と来ないか、ゴッチ・バベル。俺は復讐の為に戦う。もう、誇りのある戦は出来ないだろう。だが、勇猛で高潔な指導者達にお前を紹介する事ぐらいは、まだ出来る。その力を正しく振るえる場所を、必ず見つけてやろう」
 「馬鹿馬鹿しいぜ、何を言い出すかと思えば」

 ゴッチは足音高く歩きだし、酒場の出口へと向かった。拳骨が飛ばないだけ、紳士的である
 数歩歩いたところで、背中に重みを感じた。水を吸った布が落ちてきたような、気持ちの悪い重みだった。咄嗟に手をやるも、空を切るばかりで重みの正体を発見できない

 ゴッチは、振り向いた。腕組みしたままのカザンが居る

 カロンハザンという男の威圧だった。カザンの気配がゴッチに取りついて、重圧となっていた

 「その力、我欲の為にのみ用いても、虚しいだけだぞ。己の命よりも重い物を、探してみないか」
 「馬鹿が、俺ぁ……いや。お前みたいな奴に限って……いや。あーあー! もう! 問答したって仕方がねぇんだよ、ったく」

 二回も、ゴッチは口ごもった。言い掛けた言葉を二度も止め、右の眉を吊り上げて米神を揉む

 綺麗な事を言いやがる、この男は。しかしそれは、ゴッチには全く魅力のない話だ
 復讐の為にこの国を滅ぼすと、血を吐くように誓っていながら、その癖未だ“高潔な騎士”であろうとしているように、ゴッチには感じられた。
 捨てた物にしがみ付いているように見えたのだ。胸がムカムカするような気がするのは、そんなみっともない所を見ているせいか?

 ゴッチは頭を振った。この男は、俺に何を聞こうとしたのか

 何の為の喧嘩。考えるまでもない。自分で考え、自分で行う、自分の為の喧嘩だ。喧嘩をやるとしたならば、それ以外のやりかたがあってはならない

 「下らん、と賢しらな振りをして言うのは簡単だが、逃げも同然だぞ、それは」

 思わずゴッチは怒鳴り返した。そんな事をしても意味がないのは解っていた。だがカザンを前にすると、少なからず冷静さを失う。ゴッチは認めたくは無かったが、自覚していた
 カザンを格別に意識していた。意味がないとは思っても、勝手にぽろぽろと、怒声が零れて行った

 「何様だよ、お前はよ! 一体何モンなのか、この俺にでっけぇ声で言ってみろ!」
 「カロンハザンだ」
 「女一人面倒見れねぇ、そんな情けねぇ甲斐性なしだろうが! 俺は生まれてこのかた自分の暴力の面倒見てきたぜ! 今さら喧嘩の仕方だ、理由だ、なんだぁ、お前に説教される謂れはねぇんだよ!」

 あー、気分悪ぃー。ゴッチはカザンを突き飛ばすと、今度こそ酒場から出た
 意外にも、静かな町並みがある。早朝故の静けさを、一人で木端微塵にしながら、ゴッチは肩を怒らせて歩いた。困ったように笑いながらカザンが見送っているのすら、気付けなかった

 「畜生、あぁー、気に入らねぇっつーか、何つーか。殺してやれば良かったかも知れん」

 ロベルトマリンであぁも偉そうに説教を垂れる輩がいたら、或いはそうしていたかも知れない。それ以上に、自分で助け出した者を自分で殺すと言うのが、全く無駄に思えたのが大きいが

 そもそも何故こうまでカザンが気に掛かるのか。理由がない以上は、相性の問題と言うしかなかった

 ちょっとでも思い出せば、脳内に澄まし顔のカザンが現れた。気分を害するほどの美男子が、訳知り顔で腕組みしている。ゴッチは、クワ、と恐い顔をする

 「(クソが、俺一人で熱くなって……。これでは道化だよ)」


――


 アーリアから逃げだす前に、一目ダージリンの屋敷を見ておこうと思ったのは、感傷からであった
 何だかんだ言って居心地の良い場所だった。ダージリンが戻って居れば、こっそり挨拶していくのも悪くはあるまい、と思っていたのだが

 しかし、いざ屋敷に来てみると、見知った侍女が数人の兵士に輪姦されかかっており、流石のゴッチもこれは予想外の展開で、思わず噴き出した

 「な、なんだお前は!」
 「何だ……って、取り敢えずしまえよ、その粗末なモンをよ。しかし朝っぱらから野外で、とか、盛り過ぎだろ、常識的に考えて」

 兵士達の注意がゴッチに逸れたのを好機と見て、侍女が泣きながら、己の秘所に一番槍をつけんとしていた兵士の股間を蹴り上げた

 うげ、とゴッチは青褪める。あの痛みは、女には解るまい

 侍女の両腕を抑えつけていた兵士が、怒声を上げて侍女の頬を張った。その瞬間には、ゴッチが踏み込んでいる。横面に炸裂したヤクザキックで、兵士の首があらぬ方向に曲がっていた
 更に一人が、芝生に放りだしていた剣を引きよせた物の、それを抜き放つ前にゴッチが肉薄している

 あらよっと、全く気負いのない掛け声と共にジャーマンスープレックスが繰り出され、兵士は声を発しなくなった

 「さて、後は……あらぁ?」

 一番最初、侍女から股間を蹴り上げられた兵士は、泡を吹いて白目をむいていた


――


 簡潔に言ってしまうと

 ダージリンが処刑されるらしい

 「はぁ? どうしてそう言う事になっちゃう訳?」
 「それが……反乱軍の手の者を匿っていた等と、在らぬ罪を着せられて……。アラドア将軍の屋敷に忍び込んだ者が居たとか」

 俺の事か!

咄嗟にゴッチは作り笑いする。へぇー、なんて驚いて見せて、無関係を装う
 脳みそを動かせば、まず疑問が出てきた。幾らなんでも早過ぎだと感じた。この世界には監視カメラもなければ、遠く離れた相手との交信を一瞬で可能にするような通信手段も無いのだ。少々、神速に過ぎる

 「何か怪しい奴は居なかったか」
 「…………そういえば、二名程、事の前より姿の見えない者が」
 「じゃぁそいつらだな。裏で手を回されて、付け込まれたんだろうよ」

 自分が仕出かしたことなど億尾にも出さないゴッチに、侍女はころりと誤魔化された。動きの速さを考えれば丸きり嘘とも思えないから、口から出まかせという訳でもない
 侍女はあられもない姿を隠そうともせず、平伏してゴッチに懇願する

 「お願いです、ゴッチ様、どうか、ダージリン様を。特殊な印を刻まれて、ダージリン様は魔術を封じられているのです」

 またこういう展開かよ。ゴッチは眉を顰めた。が、これは自業自得と言うべきだろう


――


 「お主も気持ちは解るが、馬鹿な事を考えるで、ないぞ。せめてあの娘の最後を看取ってやれ」
 「はい…………」

 時は既に、夕刻であった

 最低限汚れだけはない物の、くたびれ果てた、最大限他者の同情を誘える身形で、侍女は大げさな装飾の施された屋敷の前に平伏していた

 ゴッチの感性で言えば少々奇妙な、遥か昔の貴族のような形をした髭面の男が、配下を伴い、踵を返して屋敷の中に消える
 侍女はそのまま暫く頭を下げ続け、誰も戻って来る気配がないのを確認すると、急いで立ち上がって走り出した

 屋敷を出て直ぐの道には、ゴッチが待っていた。事の成り行きを見守っていた

 「……明日の昼、だそうです。アーリアで最も大きな広場で執り行う、と」

 ダージリンの処刑の話だ。侍女は、膝をがくがくと震わせながら言う

 「明日か、また、随分と急ぐな。信用できるのか?」
 「バロウズ様は、軍に置いて多大な信頼を寄せられる、将軍であらせられます。偽報をお掴みになる事はないかと」
 「その、バロウズ自身がお前に嘘を吐いた可能性は?」
 「他の方達と違い、ダージリン様も嫌う事無く接してくださいました、バロウズ様は。そのような事はないと信じたいですが……」

 ふぅん? と素気なく返して、ゴッチは服を整えた。ダージリンの屋敷で間に合わせた使用人の服は、ぴっちり肌に張り付いて来るようで、どうにも気持ち悪い

 この侍女は、ダージリンの故郷である北国で、ダージリンが五歳の頃から傍仕えをしていたらしい
 忠誠心も一際、と言う訳だ。逆に、今回裏切ったと目されている二人は、アーリアで現地登用した者達らしかった

 ゴッチは一度バロウズの屋敷を振り返って、歩きだす

 「しかし、とっ捕まえて事の審議もせず、翌日にゃ死刑執行か。大した国だ。大した司法制度だ」

 司法制度、に唾吐きかけて、或いは上手く利用して今までやってきたゴッチだったが、このアナリア王国の強引さには少々驚いた

 ゴッチの背後に寄り添いながら、暗い顔で侍女が言う

 「国王陛下は、ダージリン様と……ダージリン様の兄上様、大殿様を恐れているのです。ダージリン様は魔術師で、その上大殿様は今代の国王陛下をよく思ってはいらっしゃらないようで……、事と次第によっては、アナリアへの反逆も辞さぬ、というお方ですので……」

 危険な因子だ。内乱中の国にとっては、特に
 今の侍女の口ぶりからすれば、ダージリンの故郷はまだ残っているようだ。数日前にダージリンと話した時の事を考えても、そうだろう
 しかしこの国は内乱中だ。そんな危険な火種が転がっているのなら、とっくの昔に粛清するか和解するか、なんらかの解決策を施していてもおかしくあるまい

 何故、生き残っているのか? そこまで考えて、ダージリンの顔が脳裏を過る

 そうか、あの時、ダージリンは自分が故郷に居つかないからだ等と言っていたが

 「ダージリンは、人質って訳か。マグダラ家においたさせないための」

 侍女が沈黙する。ゴッチはそれを、肯定と受け取った

 となれば、ダージリンの故郷である北国を攻める段取りも、アナリア王国は既に済ませているのだろう。人質を殺しておいて、人質を差し出した側が怒らないなんて、そんな虫のいい話はない
 早急に攻める事は無くても、最低限、ダージリンの兄を殺害する準備ぐらいはある筈だ。一国一城の先行きなんて難しい物は、指導者の能力に左右されるのだから

 「あんな恥ずかしい城に住んでる偉そうな王様を、兄妹そろってビビらせてる訳だな。痛快な話じゃねぇか」

 豪壮な装飾が施され、至る所に青い旗が翻る巨大な城の威容は、ゴッチにはこけおどしにしか見えなかった

 「それにしたって、明日ってのは矢張り早過ぎる。幾らダージリンが魔術師で、奴の実力にビビってるとは言っても」

 ダージリンを殺害した後、ダージリンの兄とやらと一戦交えるなら、多少の準備期間は欲しい筈だ
 以前から練られていた策であれば、既に準備が済んでいたとしても可笑しくは無いが、そうすると今度は準備が良過ぎるような気がしないでもない

 ゴッチは路地裏に入って木箱に腰を下ろし、少しだけ黙考した

 「なぁ、お前ら“北国”の奴ら以外で、ダージリンを助けたい奴っつったら、誰か居たりするか?」
 「…………恐らく、居ないと思います。私達は北の蛮族と呼ばれて、疎まれております」
 「そーかそーか。だが……今をときめく反乱軍様なんて、どうだ? 魔術師の力、ついでに言っちまえば、マグダラ家とやらの力、欲しいんじゃねぇか?」
 「確かにそうかも知れませんが……。それが今、何だと?」

 ニヤニヤ笑いながら、ゴッチは思い返していた。確か、実際にカザンが捕えられるよりも以前に、カザンの窮状を予見し、それをウルガの故郷であるらしい“ミストカ”だとか何とかにリークして、救助させようとした者が居た筈だ
 最もウルガ達自体を当てにしていた訳ではなく、少しでも時間を稼げれば、と言った具合の目論見だったようだが

 どうもソイツが怪しいな、とゴッチは踏んでいる。純粋にカザンに心酔している者の独走かも知れないが、反乱軍の手の者、と言うのも無い訳ではない。気に入らない事に、カザンは強く、また強いだけの男ではなかった
 反乱軍とやらは、欲しい筈だ、ダージリンも、カザンも

 「と、まぁ、そんな根拠のねぇ話を省いたとしても」
 「?」

 侍女は首を傾げた。沈黙していたゴッチが唐突に放った言葉の意味を掴みかねていた。人の心を読む術などもたないのだから、当然である

 カザンとあの俎板娘がダージリンを助けるってのは、どうだ?

 ダージリンの有用性は高い。魔術師であり、マグダラ家との懸け橋ともなる。カザンとしてもダージリンを救助出来れば、反乱軍の力を増強出来、尚且つ自分をより高く売り込める筈だ

 「(反乱軍って、どんぐらいのモンなのかな)」

 知らない事だらけなのだから、あまり意味のない推理かも知れないが

 「自分の国でちょろちょろスパイ……間諜が、若しくはそれに近い危ねぇのが動き回っていれば、当然勘付く。そんで、勘付いたなら、当然根こそぎ排除したくなる。出来なくとも、力を殺ぎたい」
 「はぁ?」
 「で、一々探すよりも、誘き出してばーっと行った方がお手軽だ」
 「はぁ」
 「ついでに、準備期間は与えたくない。万全な態勢でゲリラ屋……遊撃戦されたら、面倒くさくてしょうがない。だから速攻で仕掛けてみる、と」

 ゴッチは首をかしげた。面白おかしく考え過ぎたか? 他人事と思って、こういう揉め事であれば良いな、なんて願望を想像してみたが

 まぁ、世の中思った通りであった事なんて、今まで一度もないのだ。ゴッチは木箱から立ち上がって、複雑な表情をしている侍女の肩を叩いた

 「ゴッチ様……ダージリン様は、あぁ…………」

 細い肩が震えている。中々出来る女であるこの侍女も、当然ながら、冷静ではいられない
 ゴッチが取りとめもなく話す内に、寒気がする程の実感を得たようだった。どうしようもない現実に、ただただ震えていた

 「全部俺に任せてろ。俺もアイツの事、気に入ってるからよ」
 「無理で……無理でございます。幾らゴッチ様がご助力下さっても……私達だけでは……。うぅ……うっく」
 「そりゃ、お前じゃ無理だ。無理だと思っちまう奴には、無理だ。俺はお前とは違う。アナリア王国には、兵士がどんぐらい居るんだ?」
 「わ、私は一介の侍女にございます。ひっく、そのようなこと知る由も御座いませんが、聞くところによれば、五万とも、六万とも」
 「五、六万?!」

 ゴッチは大げさに驚いてみせる

 「けひひ! 俺を殺すにゃ、その十倍は要るぜ」

 侍女が顔を上げた。揺るがないゴッチの強気な態度を、信じてみようと思ったらしかった

 侍女の視線を真正面から受け止めないゴッチは、顔を背けて、また笑う

 「まぁ! お前らの為じゃねーけどな! 俺は俺のやりたい事をやるだけよ!」


――


 ゴッチは侍女を宥めると、バロウズとやらが放ったのであろう尾行を殺害して、ダージリンの屋敷へと帰還した
 バロウズという男も、伊達で将軍をやっている訳では無いらしい。幾らそう間を置かずして誰もが知る事になるとは言え、魔術師の処刑等と言う一大事だ。平気で情報を漏らしてしまうような男が、重役につける筈もなかった

 物は試し、と言った具合だったのだろう。ひょっとしたら、万分の一の確率でこの侍女が危険な事を考えているかも知れない。そう思ったバロウズは、常ならば話す筈もない情報を話し、その上で配下に後を追わせたに違いないのだ。今回に限り、その予想は大当たりだった訳だが

 ゴッチの身体の特徴が(恐らく)知られている以上、尾行をそのまま返してやる訳が無かった。懸念事項を一つ消去したゴッチは、しかし「生かしておいた方が使い道があったかね?」と首を捻っていた

 主を奪われた屋敷は、ひっそりとしている。それもそのはずで、ゴッチの隣で不安そうにしているこの侍女が、屋敷で働いていた者達全員に暇を出したらしい。“北国”出身の者には、殺戮の可能性があるから故郷へ逃げろと言い含めてあるそうだ

 ランプの中で小さな炎が揺らめく客間に、侍女の寝息が立ったころ

 ゴッチは歯をむき出しにして笑いながら、腕組みした

 「さぁーて…………、どうやるかね」


――


――


 目隠しされたまま馬車に乗るのは、ダージリンは初めてではない
 子供の頃、父、マクレーンが隠匿していた魔術師としての素養が、国王に知られてしまった時、王都アーリアに召喚された事があった。あの時も目隠しをされ、手足を鎖で繋がれ、まるで罪人のような有様であった

 今では本当に罪人扱いだ。ガタガタという振動と時折聞こえる人のざわめきだけが、今のダージリンに与えられる全てだった

 人の真似事は矢張り無理なのだと、ダージリンは確信した。胸中の自嘲も、鋼鉄の顔面には浮かび上がってこなかったが、ダージリンは己の愚かさを嘲笑っていた

 人ではない。魔術師は。一個の生命として、人と言う種に何ら益する物の無い明確な敵である
 術と言っても伝えるべき技ではなく、師といっても教え導く者ではない

 ただ強いだけだ。生命として、生存していることが最優先事項であると考えるならば、それを維持し続ける為に有用な強さだったが、人には成れなかった

 弱者の振りをして生きる事は、ダージリンは出来なかった。自分を偽れない程度に彼女は素直で、また強情であった

 「我が父も、我が兄も」

 故郷の北部を思った。帰りたいが、帰れない場所だ。単純に人質である故に、と言うだけではない。例え、アナリアという国が存在していなくても、帰れない場所だ

 「私さえ、こうでなければ」

 常の彼女ならば決して口にしない台詞である。最近、常で無い事が増えている
 人のざわめきが増えてきたと、肌で判る程になった時、馬車が停まり、声が掛けられた

 「到着しました、マグダラ殿」

 馬車から引き摺り下ろされれば、太陽の光が眩しいほどに降り注いでくるのが、目隠し越しにも判った


 なーんてグダグダ言ってる場合じゃねぇーッ


――


 「(くっそがぁぁぁ~、気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇぞ。ムカムカしやがるぜ)」

 人の集う広場において、一人だけ異質な衣服を着込み、周囲を威圧し続けるゴッチの苛立ちは、既に許容限界に近付いていた

 この世界に置けるスーツの特異さと、その威圧感から衆目を集めるゴッチは、必要以上にあたりを睨みまわして人々を脅す

 何が気に入らないと言えば、取り敢えず全部と答えるだろう

 「(ドイツもコイツもよぉー)」

 処刑執行までかなりの急ぎ足で、しかもこの事が布告されたのは当日の朝だというのに、人だかりは多かった
 それぞれが好き勝手に様々な推測を立てては、ダージリンに向けての同情と好奇心と怖い物見たさが入り混じった複雑な表情を見せている

 ずっと前、ロベルトマリンで政治犯の銃殺刑が放送された時、ゴッチは悪趣味にもその映像を酒の肴にして仲間と騒いでいたが

 今回に至っては、どうしても苛立って仕方がなかった

 「何を考えているんだろうか……。こんな事、公開処刑なんて、何も意味は無いのに」

 ゴッチの周囲には空白が出来ていたが、そこに敢えて踏みこむ者がいた。ゴッチは攻撃的な雰囲気を隠そうともせずに声の主を見る

 歩兵の鎧を着た少年が居た。黄金の髪と蒼い瞳を持った、彫像のように計算されつくした顔立ちの、絵に書いたような美少年である
 歩兵の鎧がどうしても似合っていなかった。黄金色の少年は激しく疾走してここまで来たようで、荒い息を吐いていた

 ふぅ、と大きく一呼吸した後に、黄金色の少年はゴッチの隣に寄ってくる。ゴッチのプレッシャーに気圧されながらも、何とか自分を鼓舞している

 「貴方はどう思う?」

 ゴッチは腕組みして広場の中心を見ていた。木材で舞台が組まれ、ダージリンの処刑は其処で執行されると思われる

 「何だコラ。何で俺に聞く」
 「いや……」

 黄金色の少年は、額の汗を拭いながら口籠った。確かに、見ず知らずの男に、しかも出会い頭に突然仕掛ける話題ではない

 「貴方は、この一件に、否定的だと感じたんだ」
 「小僧、手前はこいつらとはどこか違うな」

 ゴッチは漸く少年に顔を向けた。そして周囲の民衆を顎で示して、矢張り不機嫌そうに言う

 「その小賢しそうな頭を使って考えやがれ。お前みてぇなガキが俺と対等に口聞こうなんざ、百年早ぇんだよ」

 少年は俯いた。怒りを孕んだ表情すら美しい
 懲りた様子ではないようだった。ゴッチを前に、馬鹿なのか、大物なのか、判別の付かない少年であった

 そうこうする内に、一台の馬車が広場に到着する。人々のざわめきは大きくなり、舞台の上に黒い衣装を着込んだ男が立ったとき、それは一気に消えた

 「これより、偉大なるアナリア王国に反逆し、逆賊どもに内通したダージリン・マグダラの処刑を執行する!」

 ゴッチは唇を噛んだ

 馬車からダージリンが乱暴に引き摺り下ろされるのが見える。黒い衣装の男が声を張り上げ、本当かどうかも分からない罪状の詳細を語る内に、ダージリンは舞台の上まで引きずられていった

 目隠しをされていた。舞台の上で跪かされ、上から押さえつけられた状態になって初めて、ダージリンの目隠しは取り払われた

 「(消耗してやがる)」

 ゴッチはダージリンの様子を、簡潔に判断した

 「……一部の役人の不正と横暴が、手の付けられない所まで来ているのに、この上更にこんな抑えつるような真似をしたら……」

 黄金色の少年が、憤ったように声を上げる
 ゴッチがジロリと睨むと、少年は不満そうに口を尖らせた

 「……何?」

 度胸のあるクソガキだ。ゴッチは苦笑を浮かべる

 「黙ってみてろ」

 ゴッチは殺気をばら撒きながら、舞台に向けて一歩踏み出した。丁度、黒い衣装の男の罪状読み上げが終了した頃合であった


――


 そうよ、どうってこたぁ無い。俺は何時だって力尽くだ
 なんつったって――強いって事は、正義って事だからな


 「異論あるか、ダージリン・マグダラ」

 男の言葉に、ダージリンは応えない。目を薄く開けて、地面を見ていた

 何時にも増して表情が無かった。ゴッチは人波を割って広場の中心へと歩き続ける。態々民衆を掻き分ける必要もなく、彼らはゴッチの威圧感に圧されて道を譲った

 「待てや」

 黒い衣装の男、現場を指揮する騎士、首切り刀を持った半裸の執行人、刑の執行を護衛する兵達、そして民衆

 全ての視線が、何の気負いも無く歩き続けるゴッチに注がれる

 「俺はダージリンじゃねーが」

 ダージリンの表情が初めて変わった。驚愕に息を呑む音が、妙に大きく聞こえた

 「異論アリアリだぜ」
 「ゴーレム……」
 「馬鹿が、そんな弱弱しい面をするんじゃねぇよ。お前はダージリンだろうが……」

 舞台の前でダージリンの顔を見上げながら、ゴッチはニヤニヤ笑った
 そろり、そろり、と兵が動いて、ゴッチを囲む。不穏な空気を、誰もが感じている

 黒い衣装の男が腕を振った。半裸の執行人が首切り刀を一振りして、ダージリンの横まで上ってくる

 「何だ、お前は」
 「ひっひひひ、何だろうなぁ。なぁ?」
 「何をしに出てきた。貴様も反乱軍か? で、あれば、ひっ捕らえねばならんな」

 ゴッチは肩を竦める

 「実はよぉ、ダージリンの罪状を、ついうっかり聞き逃しちまってなぁ。何? 何だって? つまりダージリンは、この国を裏切っちまった訳だ」
 「そうだ。魔術師として厚遇されていながら、この者は陛下の御心を裏切った。許される事ではない」
 「はっはっはっはっは!」

 黒い衣装の男が憤怒の形相になる。ゴッチの挑戦的で、挑発的な大笑いは、嫌悪感すら覚えるほど嫌らしい物だ

 ゴッチには可笑しくて仕方ないのだ。弱い奴が強い奴を押え付けるこの状況は、ゴッチの常識として在ってはならない事だった

 「そりゃ仕方ねーよ! こんなクソッタレの豚どもがハバ効かせてるような、腐れた国じゃぁよぉぉーッ! 裏切りたくなって当然ってモンだぜぇぇーッ!」

 状況の変化は顕著であった。民衆はゴッチの奇行に唖然とし、兵士達は一様に怒りを顕にした

 「貴様、いい度胸だ! 何者か知らんが、それだけデカイ口を叩いてただで済むとは思っていまいな!」
 「俺からよぉー、何個か要求がある。当然“いいえ、出来ません”なんて返答は聞かねぇ」

 男の憤怒もまるで気にせず、ゴッチは指を突き付けた。ここまで傲岸不遜な者は、この場の誰もゴッチの他には知るまい
 大胆と言えば良いのか、どうなのか、誰も解らない。ただ、ゴッチが身の程知らずなのか、そうでないのかは、これから解る

 「まずはダージリンからその汚ぇ手を離せ。そうしたら謝れ、『天下無敵の魔術師、ダージリン様にご無礼を致しました』っつって。その次は広場に集まった、この馬鹿面どもだ。『本日はどうもお騒がせしました。すいません』だ。で、最後に、全員這い蹲ってこの俺に許しを請え」

 ゴッチが中指をおったてる。誰もその行為の意味を知らなかったが、ゴッチの挑発だと言うのは見て取れた

 「『豚の分際でお手数掛けさせて申し訳御座いません。お許し下さい』ってなぁぁーッ! まぁ、絶対ぇに許してやらねぇけどよ! うわあーっはっはっはっはっは!!!」
 「……執行せよ! この馬鹿者はその次だ!」

 執行人が首切り刀を振り上げる。同時に、ゴッチは自慢の拳骨を振り上げた
 ダージリンの瞳が丸くなって、ゴッチの右拳を凝視している。ゴッチが身体を撓らせたかと思うと、その姿が掻き消えた

 ように、見えた。ゴッチは黒い衣装の男を通り過ぎて、首切り刀を振り上げる執行人のがら空きの懐に潜り込んでいた

 「うわぁぁぁぁーーっはっはっはっはっは!!!」

 屈強な執行人の体がくの字に折れ曲がる。鳩尾に減り込んだ拳骨と、執行人の口から飛び出す血反吐。致命的なダメージを内臓に受けている。注意の回る物なら、吐き出した血の量で致命傷だと言うのが察せただろう

 執行人の背がゴッチより高いのは不幸と言うべき事であった。ゴッチはどちらかと言えば、見下ろされるのを好まない

 激痛に身を捩り、頭を下げたのが最後だ。気合一発の拳。二発目にも、当然容赦は無い
 目にも留まらない速さとはこういうことを言う。大半の人間は、事が終わってから漸く拳を振り抜いた状態で静止しているゴッチを確認できただけだ
 そのときにはもう、執行人は顔面を陥没させ、民家の壁を突き破って絶命していた

 「なん」

 ダージリンを押え付ける兵士は二人居た。その二人の頭を同時に押さえ、大きく息を吐き出す
 後は力任せだ。アルミ缶を潰すように、よいしょと掛け声を掛けて押し潰せば、兵士二人は舞台に顔面を突っこませて意識を失う

 ジロ、と黒い衣装の男を睨み付けると、既に声にならない悲鳴を上げながら、舞台上から遁走していた

 全くあっという間の出来事であった。誰も彼も動く間がなく、ポカンと口を開けるだけだった

 「ダージリン、調子は」
 「…………体が動かない。背に、魔力を封じる紋章が」
 「どうやれば取り除ける?」
 「皮を剥ぐのが、手っ取り早い」
 「なら、今すぐは無理だな」
 「……くくく、済まない。貴方には、立て続けに迷惑を掛ける」
 「少し暴れるぜ。大丈夫だ。指一本触れさせやしねぇー」

 ゴッチは右拳と左の掌を打ち合わせた

 「ドイツもコイツも掛かって来いやァッ!!」

 一斉に兵士たちが踊りかかる


――


 ゴッチ無双中


 「入れ食いだぜ、ヒャッホォォォーッ!!」

 襲い掛かってくる兵士達を片っ端から薙ぎ倒してゆく。もみくちゃ、入り混じっての乱戦とでも評すべき所かも知れないが、乱戦と言うにはちょっと弱い
 何せ、ゴッチとダージリン二人きりに並み居る兵士たちが襲い掛かっているのだ

 アリの如く群がる渦の中心で、アリでは敵う筈も無い凶悪な何かが暴れていた
 揶揄でなく吹き飛ぶ兵士達。当初詰めていた兵士達は三十人前後。ゴッチは何の遠慮もなく、瞬く間にそれらを喰らい尽くして行く

 ダージリンが足枷になっていたが、まるで問題にならない戦力差である。感電を恐れて雷が使えなくとも、何のハンデにもなっていない

 「あぁコラ! 全然足りねぇぞ! 再編成の最中かぁ?!」

 区切りとして、最後の兵士の意識をラリアットで刈り取ってから、ゴッチはドン、と舞台を踏み鳴らす

 力を篭めすぎて、いい加減に作られた処刑用の台座は脆くも壊れてしまった。ゴッチはダージリンを抱きかかえて舞台から降り立つと、乱暴にそれを蹴り飛ばし、止めを刺してしまう

 野次馬の民衆を押しのけて、敵増援が現れた。今度は何十人いるのか、知らない
 横一列に並んで、弓を携えている。騎士らしき男が掲げると、兵士たちは一斉に矢を番えた

 ゴッチはダージリンを抱き寄せて、スーツを脱ぐ

 「カモォーン! カッモォォォーン!!」

 ゴッチが何時もの様に舌をべぇと出して、スーツを振り回す

 騎士が剣でゴッチを指し示した。一斉に放たれる矢。ゴッチは、雨のように降ってくる矢に向けて、スーツを振った

 防刃、防弾のスーツは、矢の斉射を容易く無効化した。バラバラと転がる矢に、民衆が奇声を上げた

 ゴッチは苦しげに呻くダージリンをスーツに包んで、舞台の残骸の近くに転がしておいた

 振り向けば、更に新手だ。お次は重厚な槍と巨大な盾を構えた重装備の一隊。此方も綺麗に整列して、一直線に走りこんでくる

 ゴッチは、自らも走った。にぃぃ、と口を三日月の形に歪め、助走をつける
 五歩、足で地面を叩き、其処で跳躍。ゴッチの足癖の悪さが輝いていた。観衆の視線を釘付けにする華麗なドロップキックだった

 最初の突撃の一列は、五名で編成されていた。中心の一人の盾にドロップキックは受け止められ、しかし勢いを殺がれることなく吹き飛ばす

 慌てて立ち止まった他の四名の内一人に、ゴッチは奇声を上げながら組み付いた。重たい槍の穂先を脇で抱え込み、無茶苦茶に振り回す
 最初の内は兵士も抵抗していたが、長くは保てない。転倒し、槍を奪われた兵士はすぐさま立ち上がろうとしたが、米神に激しい衝撃を感じ、意識を飛ばす。兜がなければ意識だけとは言わず、儚く命を散らしていたのは想像に難くない

 ゴッチは槍をゆらゆらと揺らしながら、一本足で立っていた。今しがた兵士の頭部に痛烈な一打を加えたのは、ゆらゆら揺れる槍だった

 「荒ぶる俺様のスウィングで、ホームランを量産してやらぁ」

 あ、それ、とゴッチは槍を振り被る

 襲い来る兵士達を、片っ端から殴り倒していく。どんどんどんどん向かってくるが、どんどんどんどん殴り倒す
 誰もが、これは性質の悪い夢だと逃避を始めていた。たった一人を相手に、アナリア王国の兵士達が何人掛かっても敵わない。こんなのは、御伽噺である

 既に弓兵隊は弓で狙いをつけるのを諦め、とうの昔に切り込んできていた。そしてやはりとうの昔に、殴り倒されて全滅していた

 「貴様! その赤い肌、貴様がアラドア将軍の屋敷に討ち入ったとか言う魔術師か!」
 「だったらどうすんだよ、クソ豚野郎が」

 目に入る兵士を手当たり次第に殴り倒して、周囲に動く者が居なくなった頃、銀の鎧を着込んだ長髪の騎士が一気に切り込んでくる
 そこいらに倒れ付す兵士達のせいで足場が安定しているとは言い難いが、それが苦にならない程度の体捌きは持っているようだった。それなりに広い広場だったが、五十人を超す兵士達が倒れている現状、狭苦しく見えて仕方ない

 「魔術は使わんのか、ファルコンとやら!」
 「手前らみてぇな豚にゃぁ勿体ねーのよ、俺のイカズチはなぁーッ!!」

 騎士が剣を振り上げたのを見て、ゴッチは拳を構えた。ゴッチの野獣じみた反応速度と反射神経は、この程度の剣撃見てから余裕である。騎士の一太刀を受ける前に、必殺する心算だった

 しかし、騎士はくるりと身を翻して体制を低くする。騎士の身体で死角になっていた場所で、一人の女が弓を構えていた

 「射殺せ、リコン!」
 「我が矢で滅べ、邪悪な魔術師!」

 放たれる矢。背筋を駆け上って脳天にまで達する悪寒に、ゴッチは大きく身を捩る
 この恐怖感。理屈を越えた、本能が感じ取る危機。ゴッチの頭部があった場所を、白い燐光を放ちながら矢が駆け抜けていく

 ただの矢ではない。ゴッチが目を剥いた。ダージリンが、苦しげに喘いだ

 「ゴーレム……! 魔弓のリコンだ! その弓騎士の矢は、何処までも相手を追い続け、傷口から全てを焼き尽くす……!」

 とうとう出た、魔の剣だか、鎧だか、そんなのだ。ファンタジーにはお約束の代物である

 ゴッチは兵士達を踏み付けて疾走した。背後をリコンの矢が空気を引き裂きながら追ってくる
 旋回性能の高い誘導弾であった。厄介この上ない。ゴッチは民家の壁を蹴って屋根に上り、身を屈める

 ぎゅう、とゴッチの額を掠めて、矢が空に消えた。かと思えば、すぐさま戻ってくる忌々しさ
 しかしゴッチは、今度は構えていた。右手に雷鳴を轟かせながら、鋭く空を睨む

 突き出す拳は負け知らず。リコンだかロコンだか知らないが、そんな小娘の矢に負ける筈もなかった

 「魔法の矢、だぁ? しつけーんだボケ!!!」

 雷鳴と白い燐光が一瞬だけ拮抗し、直ぐに燐光は掻き消された。ゴッチの電流の圧倒的なエネルギー量は、リコンの矢を遥かに上回っていた

 「そんな、私の矢が、こんな簡単に」
 「ファンタジー武装何するモンよ」

 呆けるリコンに狙いを定め、ゴッチは屋根から太陽を背負い、飛ぶ
 長髪の騎士が割り込もうとしたときにはもう遅い。上空から降下してきたゴッチの手刀が脳天に決まり、リコンは倒れ付していた。短く唸って果敢に切り込む騎士の鳩尾に、膝蹴りが入る

 一蹴された二人組みを見て、ダージリンが、笑い出した。ゴッチがビックリするぐらい、それは常ならばありえない事だった

 「は、あは、……あははは、……ゴーレム、貴方は最高だ」
 「……へ、当然だろ? お前は運が良いぜ、この俺のダチなんだからな」

 一頻り笑った後、またもや敵増援が現れる。今度は装備からして格が違う、本気の度合いが窺える精鋭達だ

 ゴッチは何時ものように、自信満々の笑みを浮かべた。もう誰にも止められない

 「さぁ来いよ、まだまだ暴れてやるぜ。俺は今、最高にハイテンションだッ!!」


 ゴッチ無双中


――


 屍を積み上げて、積み上げて、何を思ってこうまで戦うのか、問うたとしても応えはなく
 ただ強く、ただただ強く、強さに理由を求めず、闘いに意味を求めず

 「くはー、百人って、ところかい」

 ゴッチは手当たり次第に放り投げて、詰みあがった兵士達を眺めて言った。消耗の激しいダージリンは、少し前に仮眠に入った。ゴッチがいる限り、眠りを妨げる事の出来る者などいない

 周囲を取り囲むアナリア王国の兵士達は恐慌寸前である。この惨状を見れば、ゴッチに立ち向かう事の恐ろしさが知れると言うものだ

 ゴッチは途中乱戦に参加してきた魔獣使いの虎の骸に腰掛け、懐を探る
 気付かず、舌打ちしていた。ここ暫くこんな癖が出たことは無かったのに、今になって出てきてしまった。葉巻を探して懐を弄っても、持って来ていないのだから在る筈が無い

 ジューダっつったか。逃げ足だけは大したもんだ。ゴッチは絶命した虎の喉を撫でながら言った。どんなに生意気な猫でも、死んでしまえば取るに足らない、可愛い物だった

 「ダァァージリン、そろそろ起きろ。俺様の体力と回復力を持ってしても、やっぱキツイぜ。逃げるぞ、いい加減」

 傍らのダージリンに声を掛けると、予想通り、既に起きていたかのような軽快さでダージリンは身を起こした

 周囲を囲む兵士達が息を呑む。ゴッチが首を鳴らしながら立ち上がったからだ。この怪獣の挙動の一つ一つが、兵士達の恐怖を煽る

 「あぁ……暴れた暴れた。暫く荒事は要らんわ。腹ぁ、いっぱいだぜ……」
 「ゴーレム……状況は……?」
 「大勝よ、このまま勝ち逃げだぁな」

 ゴッチが黙って肩を貸す。隙だらけだったが、周囲の兵士達が襲い掛かってくる気配はない
 賢明であると、ゴッチのみならず、ダージリンも思う。この男に勝つのは、不可能だ

 「こうまで徹底的に恐怖と屈辱を捻じ込まれては、ゴーレムは、永遠にこの国の恐怖の対象になるだろうな」
 「上等じゃねーか。……オラ、ファルコン様のお通りだ! 転がってる奴等みてぇにはなりたくねぇだろ、大人しく道を開けやがれ!」

 ゴッチがダージリンと共に一歩踏み出せば、包囲の輪もつられて動く
 ざりざりと、ゴッチの周りを取り囲みながら動くみっともない集団は、命令のため逃げることも出来ず、しかし立ち向かっても勝つこと適わず、最早進退窮まっていた

 その無様な体たらくを、ゴッチは遠慮容赦なく存分に嘲笑うのだった


――


 ダージリンを背負いつつ、早足で街道を進むゴッチは、酷く上機嫌だった。背後を侍女が、瞳を潤ませながら着いてくる

 「で、堂々と門から出てきた訳よ。ひっひっひ、完全勝利だったな」
 「桁外れな男だ、お前は。しかし、お前にも執着する物があるとは思わなんだ。しかもそれが」

 女とは。アーリアを出て直ぐの位置、街道沿いの森に隠れていたカザンは、ゴッチの語った話を疑いもせず受け入れた
 嘘か真か、実はどちらでも構わないと言うのもあったし、ゴッチであれば不可能ではない、と言う考えもまぁ在った

カザンは配下の銀剣兵団の内、精鋭中の精鋭五名だけを連れて、ダージリンの護衛を買って出た。この期に及んではカザンにも、ダージリンにも、安息の地は無い。反乱軍に占領され、アナリア王国の支配力が及ばない状況になっている東へと、速やかに逃げる必要がある

 この事は、ダージリン自身がカザンと話し合って纏めた事だ。ゴッチに口を挟む余地はなかった

 「それよりも、カザン。手前は一体何してたんだ? 何故、あんな所で俺を待っていた」
 「…………まぁ、何と言うかな。勘が働いたと言うか。ベルカから、お前がダージリン殿の賓客である、と言う話は聞いていた。もしかすると、ダージリン殿を救い出して来るか、と当りをつけていた」
 「処刑の話はどうやって知った。私は、カザン殿の話は聞いていたが、銀剣兵団が揃って出奔したと言う話は聞いていない。つまり、私の処刑騒ぎと銀剣兵団の件は、間を置かず起きたと言うことだろう? 早々に逃げねばならぬ立場の割には、察しが良過ぎないか」

 ゴッチの背で目を閉じていたダージリンが、唐突に会話に割って入った
 カザンは顎に手をやって少し黙考すると、配下を一人手招きする

人を安心させる笑みを顔に貼り付けた、中年の男だった。男は一礼すると、ダモンです、と名乗った

 「都合上こんな成りをしているが、彼は反乱軍からの使者だ」
 「わはは、カザン殿、反乱軍とは手酷いですな」

 ダモンはわざとらしく頬を掻いて、悪戯っぽく言った

 「アナリア解放軍、若しくは、エルンスト軍と呼んでくだされ」

 なるほど、とゴッチは嫌らしく笑う。どうやら、先日好き勝手に面白おかしく想像した法螺話は、意外と的外れと言う訳でも無かったらしい

 「ウルガを焚きつけたのもコイツか」
 「その件については、拳をくれてやった」
 「はっはっは、首が捥げるかと思いました。実を言えば今回のこと、冷や汗物でしたよ。たった一人でダージリン殿を助け出してくる男が居る等と、何かの冗談としか思えませんでしたので。一刻も早く逃げねばならない状況です故」

 カザンが苦笑した。ダモンは、飽くまでも悪びれない。この愛嬌がこの男の武器であることは、容易に知れる

 ダージリンがゴッチの首筋に頭を埋めて、再び目を閉じた。何かを諦めたような、厭世的な雰囲気が漂う
 ゴッチが首を傾げれば、ダージリンは何でも無いように応えた

 「もう、良いのだ。大体解った。……魔術師のすることなど、何処に行っても変わりはしない」

 何か嫌な感じだな、とゴッチは眉を顰めた


――


 そうこうしつつ半日も進めば、ベルカ達が待っていた。ベルカの俎板と見紛う薄い胸板は、今日も健在だ
 そんな事をぼそりと呟けば、凄まじい眼光が飛んできた。気がする。当然ゴッチは無視したが

 少数ながらも馬を確保していたらしく、体長の宜しくないダージリンの移動手段になるらしかった
 ロベルトマリンでは、乗馬などする奴は居ない。馬自体がそれほど居ないし、時折見つけたと思えば、殆どが市民権を得ているロベルトマリンの住民だ
 ただの動物なのか、市民なのか、パッと見では解らないのが難点だった

 ダージリンが侍女に支えられつつ、ゴッチと向き合う

 「俺にも都合があるからよ、ここまでだ。まぁ、カザンのボケが居るなら大して問題ねぇだろ」
 「…………そうか。ゴーレム、貴方には本当に世話になった。感謝している」
 「おぉ、感謝しな。全く、何でこんな面倒事になったのやら、解らんぜ」

 侍女がクスクスと笑った。彼女も半泣きになりながらゴッチに何度も感謝の言葉を述べ、いい加減煩わしい程であった

 「……もし、東へ来ることがあったなら、私を探してくれ。どうせこの先、反乱軍に参加する他私に道は無い。そう難しくはない筈だ」
 「ま、気が向いたら、な」
 「気が向いたら、か。…………自分でもよく解らないが、私はもしかしたら、貴方のようになりたい…………かも、な」

 首を傾げるゴッチを他所に、ダージリンと侍女はもう一度感謝を述べて、背を向けた
 少し離れた位置で、カザン達が待っている。ウルガが何か言いたそうな顔で此方を見ていたのが印象的だった

 それ程長くも無い付き合いだったが、気分の良い女だった。ゴッチはブラブラと手を振って、こちらも背を向ける

 「……へ、まぁ、言い訳のネタぐらいにはなるだろ。悪い事ばかりじゃねーやな」


――

 後書

 調子に乗りすぎたぜヒャッホーィ。いい加減マンネリかも知らん。ダメだぁー。
 スパシン臭がするな。いや、最強物としては間違ってないけど……。


 全く関係のない話だが、ダージリンと言うキャラクターの開発コンセプトは邪気眼だった。



[3174] かみなりパンチ8.5 数日後、なんとそこには元気に走り回るルークの姿が!!!
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2008/09/27 08:18
 「アーハス・デュンベルがやりやがったな」
 「ん? ……あぁ、彼女か。事前の通信でも自信満々の様子だったからな。言った事は実現させる人物だよ、アレは」
 「その口ぶりからすると、親しいのか?」
 「それなりにな。彼女は軍でも私の派閥よりだ」

 マクシミリアン・ブラックバレーは、どうやら積極的に自分を取り込もうとしているようだ、とファルコンは判断していた。内容は仕事の事であったが、煩わしくない程度には連絡があり、時折はファルコンを呼びつけ、また時折は、全く驚くべき事だが、自ら隼団の事務所に訪れる事もあった。とは言っても、交流が始まってまだ二週間と経っていないのだが

 今は、マクシミリアンの屋敷の執務室でボードゲームの相手をさせられていた。最初は仕事の話だった筈だが、済し崩しである。或いは、マクシミリアンも退屈しているのやも知れない

 「出来得る限り異世界に意識を傾ける心算で、軍務を減らしてみたのだが、逆に暇になってしまってな」

 部下を動かす時は果断なマクシミリアンは、ボードゲームで持ち駒を動かす時は長考派だった。ファルコンは不安定な自分の立場を慎重に推し量りながらも、端末から不遜な態度でニュースを見ていた

 ニュースデータには、連盟宇宙軍が宇宙空間でエイリアンとの艦隊戦を行い、見事勝利した、とある。宇宙艦隊総司令官アーハス・デュンベルの横顔を捉えた写真も、同時に掲載されていた。淡い青色の肌を持った鮫の亜人が、真直ぐ前を睨み付けている

 「もう何年になるか。二百年程か? 毎度毎度散々に蹴散らされながら、奴らもよくやる」
 「今回のエイリアンどもは中々規模が大きかったらしいじゃねぇか。大したモンだ、アーハスも。二十八の若さで軍司令官と言うのも粋で良い」

 マクシミリアンは、ファルコンが妙に嬉しそうなのに気付いたようであった。板状の駒を見つめながら、マクシミリアンは金髪をくしゃりと撫で付ける

 「ふん……? 彼女が気になるのか、ファルコン」
 「俺はアーハスのファンなんだよ」
 「そういえば、彼女は君と同じアリエッタ教会の出身だったな。可愛い後輩と言う事か」

 コン、と音を立ててマクシミリアンが駒を動かす。ファルコンは二重の意味で唸った。流石によく調べていやがる。そして相変わらず嫌な駒の動かし方をしやがる

 「気に障ったなら謝罪しよう」
 「いや、良い。あんたはジェントルマンだ」

 ファルコンは昔を思い出した。ファルコン含め、二十人の孤児を満足に食わせて行ける中々裕福な教会で、二親が居ない事を思えば恵まれた環境だった事は間違いないが、しかし最低な場所だった
 朝のお祈りも気に入らなければ、定期的に金持ちの屋敷の庭を掃除させられるのも気に入らなかった。母代わりのクレアが懺悔室で軟弱者どもの愚痴を聞いてやるのを見た時は馬鹿らしくて仕方がなかったし、教会の司祭の説法を聞くと反吐が出た

別段変わったところなど無い、寧ろ良い環境であったが、まぁ、ファルコンの気性には合わぬ場所だったと言う事だ

 「因みに、アーハスは無神論者だ」

 ファルコンは眉を顰めてみせる

 「それはなお良い」

 ファルコンが意を決して手駒を動かそうとしたとき、耳障りな音を立てて執務室の端末が起動した
 マクシミリアンが、残念だがここまでだ、とゲームを打ち切る。表示された空間ウィンドウの向こうで、少女のような少年、ルーク・フランシスカが待っていた

 『その……、検討が終了しました……ので、結果をお伝えに参ります……』
 「……どうした、ルーク」
 『い、いえ、何でもありません。取り敢えずそちらに向かいます』

 マクシミリアンがファルコンを見るが、ファルコンとしては肩を竦めるしかない。まぁ、解らなくても良かった。どうせ直ぐ解る

 幾許もしない内に、執務室の扉がノックされる。入れ、とマクシミリアンが厳かに言えば、おそるおそる、といった風情で、ルークが部屋に入ってきた

 ファルコンは思わず沈黙した。ルーク・フランシスカが、大昔の娯楽番組にでも出てくるような、ファンタジックな格好をしていたからだ

 「…………」

 ルークは顔を真赤にしている。鮮烈な蒼のマントに、趣味全開ゲームチック丸出しの貴族服。御伽噺の貴公子がそこに居る。160㎝の身長と、女が羨むような端正な顔立ちには、確かに似合っていた。本人の胸の内までは知らないが


――


 ファ「マクシミリアン、俺は、この坊主の学芸会の為に呼び出されたのか?」
 マ「そんな訳があるか。異世界文化でも通用する装備の検討をさせた筈だが」
 ル「……はい、ですから、研究チームが出した結論が、これであると……」
 マ「…………ふぅむ、確かに、異世界の文化レベルには相応しいかも知れんが……。コガラシのデータでは、衣服の成り立ちもそう大差ないとの事だったな?」
 ファ「だがこれでは目立つだろう。まぁ、この坊主の小奇麗な顔には似合っているかも知れんが。もう少し大人しい成りの方が良いのじゃぁないか」
 ル「研究チームは、『身分のある相手とのネゴシェイトを想定した場合、まずこちらの身形から入るべきだ』と……」
 マ「確かにそれを念頭に入れろと言ったのは私だが……。そうなると、ルーク一人だけで送り込んでも偽装の意味がなくなるな」
 ル「何故です?」
 マ「高い身分の者が、エピノアだかなんだかの生息する世界を、一人で旅などするか? お前の演じる役は異国の旅人だぞ」
 ファ「そしてまた、頭数を揃えて送り込むことが出来るなら最初からそうしている、って訳か。しかしこんな凝った真似をするって事は、ロベルトマリンの最高委員会を黙らせたか?」
 マ「妥協を引き出しただけだ。……あぁ、勿論、お前の所のソルジャーへの支援も行う。既に手筈は済んでいる」
 ル「……結局、どうなさいますか……?」
 マ「他に案はないのか?」

 ルークが一礼して、退室する。どうやら研究チームの待機する場所へと向かったようだが、初っ端からアレではどうなることか
 程なくして、再びルークは現れた。今度はファルコンが初めて遭遇した時と同じ、メイド服であった。相も変わらず、女よりも女らしく、また愛らしかった

 ファ「…………趣味か?」
 ル「ち、違います。そ、その」
 マ「…………直接聞いたほうが早い」

 マクシミリアンは米神を揉み解し、端末を起動させた

 研「こちら研究チーム筆頭コジマです」
 マ「出来るだけ簡潔に説明しろ。ルークのあの姿は?」
 研「はい、既に現地潜入している工作員との協働と言う事でしたので、フランシスカ君には、先方の御付のメイドを演じてもらって、偽装効果を高めようというコンセプトです」
 ファ「この坊主が、ゴッチのメイド……?」
 マ「……ルーク、着替えて来い」

 頬を赤らめながら、ルークはまたも退室する。ファルコンは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。ルークの恥らう表情が、その実満更でもないように見えたからだ

 ファ「何だ、あの反応は」
 マ「コガラシの記録映像を見てから、どうもお前のソルジャーに思う所があるらしい」
 ファ「詳しく頼む」
 マ「アレは、自分に男らしさが無いことを悩んでいるようでな。ソルジャーの戦闘記録を見て以来、憧れているのだろう。あの圧倒的な暴力に」
 研「まぁ、腕力が強いと言う事は確かなステータスに成り得ますし」
 マ「…………コジマ、貴様には三ヶ月間の減給処分を言い渡す」
 研「え?!」
 マ「以上だ。作業に戻れ」

 愕然とする部下に一片の慈悲もくれず、マクシミリアンは端末を停止させる。ファルコンはここまで来ると、少しワクワクしていた
 次は何が出てくるのやら

 ファルコンがニヤニヤしながら待っていると、乱暴に扉が開かれた。部屋に侵入してくる暗緑色のパワードスーツ

 重装備だ。通常お目に掛かる機械などまずない、人間サイズで、人間の形をした、戦車とでも言うべき兵装だ
背には小型の折畳式プラズマカノンを備え、腰部にバンカーバレットタイプの大型アサルトライフルをマウントし、両手で最新式のビームマシンガンを胸の前に捧げ持っている

 その威容、その脅威、推して知るべし。頭部の滑らかな曲線に、邪悪なスカルエンブレムが微笑んでいる

 ファ「“ブレイク・コーラス”だとォ?! ギロチン軍団のアサルトフロントか!!」

 ファルコンは執務室の窓を破壊して外に飛び出す。カバーポジションなど考えるまでも無い。一目散に逃げなければ、世界最高水準の技術で作成されたパワードスーツ及び最新鋭火力によって抵抗する間も無く蒸発させられるだろう

 理由は何だ? と悩む間も無かった。ギロチン軍団の正式名称はRM国統合軍第十二特殊作戦隊。対テロ軍団として危険な真似を好きなだけやる特殊作戦隊の中でも、最も練度が高く、冷徹で、何よりも頭のイカれた部隊だ。テロ屋ではないファルコンだが、だからと言って己が無事で居られる何て呑気な事を思う筈がない

 マ「待て、ファルコン! ……ルークか?」
 ル「は、はい、そうです。驚かせてしまって申し訳御座いません」

 全力で低空飛行を行おうとしていたファルコンは、勢い余って地面に突っ込んだ。こけて頭を地に擦り付けるなど、紳士にあるまじき無様であった

 ファ「驚かせてもクソも、そのパワードスーツは保有制限の掛かった“ギロチン軍団”専用装備じゃねぇか、一体どうやって手に入れた」
 マ「……私ではないぞ、これには覚えが無い」

 破壊した窓から執務室へと戻ったファルコンは、げっそりと疲れたように溜息を吐いた
 マクシミリアンが、端末に手を伸ばす。連絡先は、最早聞くまでも無い

 研「こちら研究チーム筆頭コジマ」
 マ「コジマ、まず最初に言い渡すことがある。減給処分はなしだ」
 研「え?! やった、本当で……」
 マ「私が許すまで謹慎していろ。こちらから連絡するまでそのふざけた面を見せるな。研究チームの責任者はカルテンが引き継げ」
 研「ちょ、ま」

 ウィンドウの向こうで、数秒前まで研究チーム筆頭だったコジマが、何者かによって殴り倒された。新たな研究チーム筆頭技術者、カルテンであった
 カルテンはコジマの鼻血が付着した部分を綺麗に拭いつつ、クールに笑う

 研「カルテンです。コジマの職責を引き継ぎます」
 マ「お前は大丈夫だな?」
 研「私はコジマ汚染など受けていません」
 マ「ならば良い。何故私の屋敷にギロチン軍団のパワードスーツがあるのか、説明しろ」
 研「……簡潔に申しますと、コジマの馬鹿が、どこからとも無く基礎設計資料を入手したようで。我々も今日初めて見せられて大層驚いたのですが、何でも「90%の再現度! マクシミリアン様も唸らざるを得まい!」と」
 マ「パワードスーツを個人で一から作り上げたと言うのか……。確かに唸らざるを得んよ、奴の脳味噌のイカれ具合には」
 研「能力は確かです。どうか、寛大な処置を」

 ファルコンが大きく溜息を吐いて、肩を竦める。マクシミリアンの部下は、とんでもない奴らの集まりのようだ、色々な意味で


――


 「君、その格好は」
 「…………」
 「いや、馬鹿にしている訳では、無いよ。ただ、君がこれから赴く場所を考えれば、中々妥当だな、と思ったのさ。それに、よく似合っているから」

 ファルコンに連れられて研究所に現れたルーク・フランシスカに、テツコは仄かに苦笑いした
 蒼いマントに白い鎧。近くで何か、演劇の公演中だったか、とテツコは首を傾げる。その上ファルコンとルークの背後には、屈強な体がしかし優美な、見事な白馬がいた

 テツコは眉間に手をやり、うーん、と唸る

 「コンセプトは?」

 ファルコンが首を振りながら答えた

 「全世界の乙女の夢、白馬の王子様だとよ」
 「嘘です、研究チーム筆頭技術者は、最近発売されたファンタジーゲームにヒントを得たと言っていました。フリーナイトだそうです」
 「自由騎士? …………まぁ、良いか。それよりも、その馬は?」

 白馬は、テツコの言葉を理解しているのか、蹄を鳴らしながら進み出てくる。テツコは慌てて謝罪した。市民権持ちの亜人かと思ったのだ。判別がつかない事は、珍しくも無い

 ファルコンがテツコを嗜める。勘違いらしかった

 「こいつは人工的に作られた生命だ。知能も能力も生命力も、ただの馬とは比べ物にならんが、市民権持ちじゃぁない。それに翻訳機をつけても会話は出来ねぇしな」

 これが仕様書だ、とファルコンは電子端末を差し出してきた。白馬の驚異的な身体能力が事細かに記してある

 「……動力はなんだい? このスペックを運用維持するには、普通に餌を与えるのでは効率が悪いだろう」
 「鋭いな。コイツ、首にバッテリーを仕込んである。体を動かす時に発生するエネルギーを増幅させて稼動するが、光を浴びることでもエネルギーを生成できる。ただし、連続して七十二時間以上光を浴びないでいると、極端に代謝機能が低下し、やがては死に至る。まぁ、光の一切無い暗闇なんぞそうはないだろうがな。詳しい事は仕様書を読め」
 「なるほど、普通の競走馬よりも小食みたいだ。これは凄いが……技術的な核心部位はブラックボックス扱いなんだね」
 「流石に、そこまで開けっぴろげじゃない、マクシミリアンも」

 端末を停止させて、テツコはポケットに仕舞い込んだ。ルーク・フランシスカは、緊張気味に待っている

 「改めて自己紹介しようか。私はテツコ・シロイシ。メイア3捜索チームに置いて、実働隊員ゴッチ・バベルのサポートを行っている。そしてこれからは、君のサポートも仕事になる」
 「は、ルーク・フランシスカと申します。テツコ博士の事はマクシミリアン様から聞いています」
 「ブラックバレー氏は、何て?」
 「才女だと。他の者と一線を画す何かが、一目で解ると仰られていました」
 「ははは、私はブラックバレー氏と面識はないよ」

 ファルコンは、黙っていた。マクシミリアンがお忍びで足を運び、テツコを観察していたのを本当は知っていた

 「君の相棒は?」

 テツコが柔らかに微笑んで、自分よりも身長の低い美少年の頬を撫ぜた。ルークは、困惑して、テツコの手を振り払う

 「止めてください。…………この馬ですか? 研究初期の、肉体が完成しきったやつで、4と呼ばれています。四番目に製作された固体ですので」
 「名前を付けてあげるといい。君はこれに跨って異世界を歩くんだからね」
 「は……ぁ……、解りました」

 訝しげに言うルーク。踵を返すテツコ。ファルコンは、葉巻を銜えて目を細めていた。相性は、良さそうだ

 指揮権はこちらに寄越す、とマクシミリアンは言っていた。マクシミリアンの事だ、ルークに二、三言い含めているかも知れないが、それでも言質があるのと無いのでは、やはり違う
 ルークと言う少女のような少年は、年こそ見た目相応に若いが、メンタルの部分が非常に安定しており、状況への適応も早い。マクシミリアンの子飼で、且つこの作戦に参加出来る程であれば、実力も申し分ないだろう。自分は一蹴したが

 だが、好条件が揃っているにも関わらず、ファルコンは不安だった。ジッとルークを見詰めれば、ルークは直立不動での挨拶を返してくる

 一番心配なのは、ゴッチの尻の穴だ。ファルコンの直感が、何故かそう告げていた


――


 異世界の扉を抜けたルークを迎えたのは、嬉しそうに大口をガパリと開けた恐竜であった
 先立って活動しているゴッチのデータから、異世界にどういう物が居るのか、ルークはある程度学習していた
 しかしこれは不意打ちである。咄嗟に前に出した右手に、恐竜が食らい付く

 「くッ」
 『焦らなくても良い。君の所の研究室から送られてきたデータに偽りが無ければ、その鎧を着ている限り安全だ』

 コガラシがふよふよと恐竜の周りを飛び回る
 テツコの言う通りであった。恐竜は激しく頭を揺らし、ルークの腕を食い千切ろうとしているが、そもそも牙がルークの肉に至っていない。至っていないどころか、鎧の篭手に傷を付ける事すら出来ていなかった

 「…………」

 ルークは何とも複雑な表情になって、沈黙した。見た事もない世界を畏れ、身構えて着たと言うのに、この恐竜の間抜け振りときたら、唖然とする程だ

 『因みに、私から交戦許可を得る必要は無いよ。君が必要だと感じたときは、迷わず戦ってくれ』

 ルークがすらりと左手を動かすと、小剣が現れる。スコン、と軽い音を立てて恐竜の顎に突き立ったそれを、ルークは指で弾いた
 恐竜の顎から喉、胸までがパクリと開いて、鮮血が噴出した。ルークは返り血を浴びる前に身を翻し、森の木々の間に隠れでもするかのように、体勢を低くした。左手の小剣は、何時の間にか消えていた

 「索敵お願いします」
 『了解、周囲の索敵を……っと、どうやら、必要無いみたいだ』

 テツコが声を低くして言った。ルークが不穏な気配を感じ取り、辺りを見回す

 木の陰を走り回る者達が居た。ざっと数えただけでも十を越す、大層な数であった

 ナイフの一振りで手早く片付く数ではない。ルークは腰の長剣を抜く。剣術は全く持って、マクシミリアンの趣味以外の何物でも無く、精神修行の一環として指導を受けていただけだったのだが、それが今役に立とうとしていた


――


 死体に刻まれた傷は、どれもこれも一太刀分のみであった。総じて十二体の恐竜は例外なく切り伏せられ、ルークは死体を積み上げて、その横で佇む

 『全敵殲滅。周囲の確保は完了だな。君の相棒を投入する』

 森の景色が歪に歪んだと思うと、蹄を鳴らして白馬が駆けてきた
 ルークは目を擦った。現れた瞬間が、ハッキリと視認出来なかった。唐突に出現したように見えたのである。白馬はぶるる、と荒い鼻息を吐くと、体を震わせてルークの前に静止する

 『それにしても、君も中々。ファルコンは君の実力を疑問視していたようだけど、この分なら心配は要らないな』
 「……隼団の投入した鬼札の事は私も知っています。確かに、あの人と比べて考えるならば、私では不足でしょうね」
 『ゴッチの事かい? 確かに彼は強い。無茶苦茶な所もあるが、腹が据わっていて基本的にはメンタルも安定している』

 合成皮のグローブに包まれた手で、ルークは頬を掻いた

 「実を言えば、会うのが楽しみです」
 『そうか。私も久々に、彼の声を聞くのが楽しみだよ。合流を急ぐとしよう』


――


 「アレは、な、表の仕事を率先してやらせようと思っている。気質も明るい所に向いているし、あの顔立ちは大衆受けするからな。広告塔のような物だ。そんな風に育ててきた」
 「ふぅん? どうりで、アンタの下で働いてる割には、真直ぐな目をする訳だ」
 「何れは腹芸も仕込む心算で居るが、今は然程重視していない。腹芸を読み取り、理解することが出来ても、率先して腹芸をしない、そんな若さだ」
 「……ククク、『やれ』と一言命じれば、翌日には暗黒街を荒野に出来る程の男が、こうまで過保護とはな」

 端末にて、ルーク・フランシスカの行動が開始された旨を受け、マクシミリアンは精悍な顔立ちに、力強い笑みを浮かべていた
 ファルコンは葉巻をゆらゆらさせ、腕組み……否、羽組みしながら意地悪く言った。マクシミリアンは取り合わない

 「(ひょっとするとあの小僧、マクシミリアンの縁者か?)」

 軽く探りを入れたルークの生い立ちは、マクシミリアンと妙に接点が在りすぎた。一応孤児院出身と言う事になっているが、マクシミリアンの方が妙に目を掛けていた節がある
 人材収集家故か、本当に血縁であるのか、若しくはマクシミリアンの趣味か、はたまたそれら以外の理由か

 まぁ良い、とファルコンは打ち切る

 「子供ってのはよ、伸び伸び育てるモンだと思うぜ、俺は。やりたい事を気の済むまでやらせてよ、振り返らせるのはそこからさ」
 「伸び伸び育てている。私もそれなりに気を使っているのだ」
 「アンタのは、“掌で転がしてる”ってんだと思うがね。少々、頼りないんじゃないか」
 「隼団のソルジャー、少々思慮に欠ける部分があるのではないのかね、やりたい事ばかりやらせて、我侭なのではないか」
 「…………」
 「…………」
 「くくく、少し長居し過ぎたな。働いてくるか」
 「ははは、私も軍務に戻るとするか。少ないが」


――


 研究所、異世界観測室で、ファルコンは眉を顰めた

 「なんだこれは。少し目を離したうちに」

 インカムに向かって何事か話し続けるテツコの前で、空間投影型のウィンドウは、立派に役目を果たしていた
 屈強優美な馬に跨る者は、何故か二人に増えていた。まだ幼い少女が、ルークの旨に背を預けて眠っている。頬に擦り傷、服に泥、髪は乱れており、尋常な様子ではなかった
 だが、身形は良い。乱れたドレスは豪奢な物で、華奢な体格も、生きる事の苦労を知らない上流階級のそれだ

 森は僅かに開き、柔らかい日差しの差し込む穏やかな小道となっている。テツコがマイクを握り締め、音を送れないようにすると、振り向いてファルコンに苦笑いした

 「……その……何というか、止むを得ない状況でね。ある意味王道と言うか。……襲われて居たんだよ、恐竜たちに」
 「助けたのか? テツコ、マイクだ」

 ファルコンは羽をばさばさと言わせて、テツコのインカムを催促した。ファルコンはテツコの至近距離に顔を寄せると、ぼそりと呟く

 「えぇ? 大した御身分だな、色男。足手纏いを抱え込むのがお前の好みか?」

 憮然とした声が跳ね返ってくる

 『現地民の協力を得るのは、このような任務での大前提です』
 「知ったような口を聞きやがる。面倒見切れるんだろうな」
 『この判断が誤りだったとは思いませんが』
 「…………あのマクシミリアン・ブラックバレーの秘蔵っ子が、どうしてこうも甘くなれるのか」
 『マクシミリアン様は、無駄に殺すな、無駄死にさせるな、と何時も仰います。……あまり殺すと、それが面付きに出るから、と』

 遠慮がちになったルークの言葉に、歩み寄ろうとする意思をファルコンは感じた。ルークなりに、マクシミリアンとファルコンの関係を慮っているらしい

 ファルコンは沈黙し、考える振りをした。こうなった以上どうしようも無いが、大人には格好を付ける時間が必要だった

 「まぁ、良い。現場の判断に任せる」

 テツコが困ったように笑っている。彼女には、ファルコンの心が多少なりとも見えるようである

 「どうしたんだ。何故そんなに苛立つ?」

 ファルコンは答えない。ファルコンは、お姫様の窮地を華麗に救うような都合の良いヒーローは、余り好きではなかった


――


 森の小道には、ところどころに鎧を着た兵士達の死体が見受けられた。中には恐竜に歯型とは考えにくい大きな傷を負った死体もあり、ルークは警戒を強める

 ルークの前で白馬に揺られる少女が、僅かに身動ぎする。上手く手綱を取って白馬の歩調を落とすと、コガラシがルークの鎧の腰部に張り付いてきた

 『目を覚ますな。コガラシがおおっぴらに見られるのは、あまり良くない』
 「そんな所にくっつくようになってたんですか」
 『磁石を使って、ちょっとね。これで少しぐらいは消費エネルギーを抑えられる。……あぁ、彼女に周りの様子を見せないようにした方が良い』

 ルークはハッとしたような顔になった


――

 後書
 コジマ汚染進行中。スランプ。
 いや、スランプって使ってみたかっただけ、みたいな。

 ここまで読んで下さった方ありがとう。これまで感想くれた方はもっとありがとう。
 感想にレス返ししたりしない主義ですが、頂いた感想にスゲェ励まされてます。

 でも今回グダグダしてんのは勘弁して。ウボァー



[3174] かみなりパンチ9 アナリア英雄伝説その一
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2008/11/22 23:05
 刺すような視線に肌が泡立つ。追剥で手に入れた旅装の内側で、ゴッチの肉体はギリギリと憤怒を溜め込んでいた
 月の無い夜、人の気配の無い路地、篝火に照らされて、硬く鈍い光の揺らめきを跳ね返す石畳

 何かが見ている。何かに、見られている。恐らく、人ではない何かが。ゴッチは頭を左右に振った

 「ムカつくぜ、ムカつくんだよ」

 視線を感じ始めたのは、カザンやダージリンと別れたその日からだ。夕日が山陰に沈みこみ、光が消え失せたその時から、ゴッチを見詰める何かが現れた
 ジッと、ただ見ている。日が沈み、そしてまた上るまで、その気配は消えない

 視線を感じはじめてから三日目、冒険者の町であると言うミランダに到達し、鬱陶しいアナリアの追手も漸く姿を見せなくなった頃、ゴッチの忍耐は限界に達した

 「苛々させやがって……。よっぽど縊り殺して欲しいみてぇだな、オイ。ビビッてねぇで掛かって来いよ。来いよ、来いよオラ」

 アナリア王国首都、アーリアで大暴れした時の爽快感など、その当日にどこかへ吹っ飛んでしまった。顔を隠すフードの内側で、ゴッチは凄まじい形相をしていた

 「来いっつってんだコラァッ!」

 夜の闇の中から、湿った足音が聞こえてきた。ヒタヒタと、ゴッチの真正面から、真直ぐ向かってくるように感じられた
 篝火の炎にそれが照らされるまで、大した時間は掛からない。橙色に照らし出されて、暗がりの中に浮き上がる四肢。眼窩には眼球が無く、腐り落ちた皮膚からは筋繊維が覗き、存在しない左手は、肘から申し訳程度に黄ばんだ骨が突き出ている

 ゴッチの背筋がゾクリとした

 死霊兵だと?

 「うおぉ?!」

 死霊兵はクワ、と口を広げると、ゴッチに向かって疾走してくる。相変わらず、直接触れるのが躊躇われる相手だ。ゴッチは握り拳を解いて、右足を振り上げた

 腐った米神に爪先が炸裂する。体を捻ってのハイキックをまともに受けた死霊兵は、首を限界以上に回転させ、気持ちの良い音をさせながら倒れこみ、動かなくなった。丁度良く、首の骨を破壊したらしかった
 ヒタヒタ、と足音は止まない。ゴッチに足音で人数を割り出すような特殊な技術は無いが、かなり多数のように思える

 何処から現れた。何時の間にきやがった? この街の人間が、一人として気付いていないのは何故だ

 ゴッチはフードを剥ぎ取って、投げ捨てた。今しがた葬った死霊兵の死体を蹴り転がして自分のスペースを作ると、ストン、ストンとステップを踏む

 まぁ、良い。何が何であろうと、やることに変わりは無い

 「何だか知らねぇが来るなら来いや! お化け相手に腰抜かして、ママに泣き付く年じゃねーんだよ!」

 周囲から呻き声が漏れ始めた。胸糞の悪くなる、あの声だ。取り囲まれている

 小さな篝火を飲み込むような闇に紛れて、死霊兵がゴッチに襲い掛かる


――


 何体蹴り倒したのか、ゴッチは途中から覚えていない。死霊兵どもの生気の無い腐った顔面を見るほどに、堪らなく憎らしくなって、我を忘れる

 暗闇だろうが、囲まれていようが、ゴッチの獣じみた野生の勘には何てことは無かった。最後の一匹には、もう遮二無二馬乗りになって、怪力で以って引っぺがした石畳の一部を、狂ったように叩き付けていた

 「あぁコラ! イラつくんだよ手前等! 多寡が腐った死体の分際で、誰に何しようってんだ!」

 頭蓋が拉げて脳漿がはみ出しても、死霊兵の体はガクガクと震えて動いていた。ゴッチはまだ殴る。一度殴るごとに、気分は良くなった

 「おい、もう止めとけよ、兄弟。そこらへんにしとくだぜ」
 「?!」

 ぐ、と力をこめて石を振り上げた所を、後ろから何者かに組み付かれた
 ゴッチは咄嗟に肘打ちを放つ。拘束は一瞬で解かれ、ゴッチの体はバランスを崩して石畳の上を転がった
 自分で思うよりも、遥かに体が強張っていたらしかった。三日間も奇妙な視線を受け続けたせいで、相当ストレスが蓄積していたらしい

 「危ないぜ、兄弟。ほら、深呼吸するだぜ」

 敵意を感じない、温かみのある声だった。ゴッチは唸りながらも立ち上がり、深呼吸する。そこでハッとした。何素直に深呼吸なんかしてるんだ、俺は

 「何モンだ、俺から離れろ。ゆっくりこっちに来い、妙なことはするな」
 「なんだよー、離れろって言ったり来いって言ったり。どっちかはっきりするだぜ」
 「オイ、おふざけはそこまでにしておけよ。餓鬼の頃に習ってねぇのか? 疑わしきは打ち殺せってよ。勢い余って殺しちまうぜ」

 暗闇の中を確りとした足取りで、まるで畏れず歩いてくる男が一人

 壁にかかる篝火に照らされたその姿を見て、ゴッチは息を呑む。何て事のない男だ。悪戯っぽい笑顔は、幼くすらある。勇ましい吊り目の、何処にでも居そうな男である
 だが、今ここに居てはいけない男なのだ

 「お前、何だ? …………その格好はどういうことだ?」

 くたびれた赤い帽子に、闇の中でも鮮烈な真紅のジャケット。赤錆色のジーンズには、銀の鎖が揺れていた
 男がクルリと一回点してポーズを決める。背負った黒いギターケースには、血色のアルファベットが踊っている

 RED。闇の中で、それは炎のように煌いた。この男の全てが、異世界には似つかわしくない。ゴッチのスーツと同じように

 「俺の名はレッド! クリムゾンジャケット、魔道ギタリストのレッドだぜ!」

 男は真紅のジャケットを翻らせた

取り敢えず死ね


――


 顔面をゴッチの拳によってボコボコに腫れ上がらせたレッドは、それでも陽気に笑っていた。痛覚など、在ってないような物、等と、解りやすい法螺を堂々と吹いていたが
 流石に締め上げられると苦しいらしい。口の端から泡を吹き出しながら、レッドは首を掴まれて宙吊りにされ、足をジタバタさせている

 「うぐぐ、キツイキツイキツイ、兄弟、俺を本気で殺す気だぜ」
 「まだまだ余裕がありそうじゃねぇか。応えろ、手前は一体何モンだ」
 「わ、わかっただぜ。詳しく掻い摘んで話すから、取り敢えず手を離すだぜ」
 「だぜだぜうるせーんだよ」

 解放されたレッドは、大きく咳き込みながら地面をのた打ち回った。しかし物の二秒で復活すると、何事も無かったかのように、ジャケットについた埃を払う

 「初対面の相手をいきなりとっ捕まえて、ボコボコにして、絞め殺そうとするなんて、兄弟、ちょっとは謙虚な心を持つだぜ」
 「……クソ、何なんだコイツは、……調子狂うぜ。手前こそ、初対面の俺に“兄弟”とはどういうことだ。誰が手前の兄弟だ、このインチキギタリスト」
 「インチキ? …………へへ、まぁ良いだぜ。なぁ兄弟、今時分の置かれている状況と、この俺の事、どっちが先に知りたい?」

 ゴッチは散らばる死霊兵の頭を念入りに踏み潰しつつ、蹴り転がした。ドッカリと腰を下ろして、聞きの体勢に入る

 当初、頭がイカレているのかとも思われた赤尽くしの男は、しかし理知的な目をしていた。ただの気違いではないように思われた。まともに取り合おうと言う気になったのは、堂々とこちらを見返してくるレッドの瞳に気付いたからだ

 説明の仕方も理性的だ。何だかコイツの良い様にされている気がしなくもないが、ここは乗っておいてやろう。ゴッチは上目遣いに睨み付ける

 「手前は一体何なのか、ちゃっちゃと説明して……」

 その時、黒い霧のような物がゴッチの視界の端に移った。つい、と視線を動かせば、全滅させた死霊兵の体に、黒い霧が纏わりついている
 声も出せずにその光景を見守っていると、黒い霧は音も無く、幾許もしないうちに消え失せてしまった。死霊兵と共に、闇に溶けるように

 後には血痕すらない。ゴッチの暴れた痕跡が、残っているだけだった
 ホラー映画そのままである。ゴッチは生唾を飲み込む

 「…………先に、俺の置かれている状況とやらを聞いておこうか」
 「俺もその方が良いと思う」

 レッドが困ったように笑いながら言った

 「では、簡潔に言うだぜ。兄弟、お前、性質の悪い輩に呪われてるんだぜ。生半な相手じゃない、世界を滅ぼしかねない相手だ」
 「世界を滅ぼす? 急に壮大な話になったじゃねぇか、えぇ? オイ」

 と言うかそもそも、どっちの世界だ。こっちか、あっちか

 「こっちだぜ。あっちまで影響が出るかどうかは、俺には解らない」
 「続けろよ」
 「兄弟、最近アーリア付近の遺跡に侵入したんだぜ? 相当暴れたみたいだな、目と鼻の先で暴れられて、黙ってられないって訳だぜ、ソイツ」

 マジかよ、とゴッチは唾を吐いた。よくよく考えれば、死霊兵なんて胸糞の悪い物を見たのはあの遺跡が最初だ。ダージリンによれば、早々現れるような化物ではないらしい
 十体を越える死霊兵が、ゴッチだけに目をつけ、囲むように襲ってくる。“偶然”の筈が無かった。しかもここは街の内部である

 魔術師遺跡怪物呪い、何でもござれだ。ゴッチは眩暈がした。だが、魔術があるのだ、呪いがあったって良いだろう。世界を滅ぼせる奴? 世界を滅ぼすような代物は、“俺の故郷”にはゴロゴロしている
 総評して、居るなら居るで構わない。ただ、仕掛けてくるなら生かしては置けなかった

 「…………チ、面倒臭ぇな。大体、何で今更だ? あの遺跡に潜り込んでから、何日も経ってんだぞ。何故今まで何も起こらなかった」
 「兄弟、氷の魔術師と一緒だったろ。そして彼女と別れる前は、アーリアに居たんだぜ? それならちょっかい掛けられなかった理由が解る」
 「手前、ダージリンを知ってるのか? もしかしてアイツの所にも、今頃死霊兵が?」
 「それは多分ないかなぁ」

 レッドは腕組みする。暫しの沈黙の後、徐に語った

 「氷の魔術師には、兄弟に呪いを掛けてる奴よりも、もぉーっとヤバイのが取り付いてるんだぜ。だから手出しが出来ないのさ。それに、アーリアは古の魔道技術で防御されてる。アーリアと、氷の魔術師、兄弟は、この二つに守られてたんだぜ」
 「はぁ……? 話が唐突過ぎるだろ常識的に考えて……。世界を滅ぼしかねん危険物と、それよりもヤバイ危険物だ? 手前、イカレてんじゃねぇのか」
 「よく言われる。もう自分でも、正気か狂気かなんて解らないんだぜ。でもま、こっちの世界の偉いお姫様には、俺の話は正気扱いされただぜ」

 ゴッチは頭をガリガリ掻いた。何もかもが唐突過ぎて、頭がよく回らない

 「取り敢えず、手前の正体は置いておく。詳しい話を聞かせろ」

 人懐っこい光が目には在る。しかし、不必要に踏み込んではこない光だ
 相手と真っ向から向き合っていても、必要以上に相手に合わせたりはしない。自分が好む態度を取り、好むことをする。飄々としていて、好ましい光だった

 少しだけだが、信用する気になった。この愛嬌は、レッドと言う男の、天性の才であろうとゴッチは思った


――


 二百年程前の亡霊が相手らしい。レッドが語る言葉をそのまま信じるのであれば、だが

 「アナリアの聖騎士アシュレイ・レウ。とは言っても、アナリア王国に反逆した裏切り者として称号は剥奪され、汚名を一身に受けながら歴史の闇に打ち込まれた訳だが」

 まぁ、事実は違うだぜ。とレッドは悲しげに目を伏せた

 「二百年程前、アナリアは愚王と名高いブレーデンの統治の下、最悪の状況にあったんだぜ。政治は蔑ろにされて、治安は乱れに乱れ、その隙に付け込まれて隣国の謀略を受け、かなーりヤバイ状況にあった。そこで一念発起したアシュレイは、要職に在りながら不正をする奴、他国に通じる奴を調べ上げて、様々な証拠を集めたんだぜ。で、まともな国ならここから先は非常にスマートなんだが、まぁアナリアはまともな国じゃなかったんだなぁ」

 ゴッチは口を挟まず聞いていた。彼にしては珍しい、大人しい態度だった

 「アシュレイ・レウはアナリアに誅殺されたんだぜ。でも、ま、アシュレイ自身もある程度予測はしていたんだろうな、殺される前に自分の部下達を引き連れて、不正役人どもを軒並み血祭りに挙げて回ったんだぜ。最後はブレーデンの前で収集した証拠を洗いざらいぶちまけて、その途中に額を矢で射抜かれちまって。何とも格好の悪い終わり方だが、結局これが呼び水になって、アナリアは改革されていった。でも、当時の政治的状況から、アシュレイの名誉は回復されなかったんだぜ」
 「……ふぅん?」
 「謀略を明るみに出して、他国と交戦状態に入りたくなかったのさ。そういうお国柄なのさ。身内を鞭で打って、他人の機嫌を取るんだぜ。なんて言ったって、六十年前も、十五年前も、似たようなことをしてきた国だぜ。きっともっとやってる」
 「あん? 十五年前だ?」
 「まぁ、それは良いんだぜ。アナリアの悪口ばっか言ってても仕方ないからな」
 「……その、アシュレイとやらの話、それが事実だとして、お前、妙に詳しいじゃねぇか」
 「一般には隠匿されてる。でも、ロベリンド護国衆は、歴史的事実って奴の資料をきっちりと保存してるんだぜ。俺はそこに顔が利くから、ちょこーっとな」
 「ロベリンド護国衆?」
 「あれ? 知らないだぜ? …………そうか、兄弟、まだこっちに来てから日が浅いんだな」

 レッドは唸った。何から説明した物か、迷っているようである
うんうん唸って、よし、と頷くと、話を続けた。ロベリンドなんたらかんたらの事は一先ず置いておくらしかった

 「それは後にしとくんだぜ。取り敢えずアシュレイはぶっ殺された。でも、アシュレイの恋人だった魔術師、ガランレイがこの事件にマジ切れして、話がヤバくなったんだぜ」
 「魔術師が恋人? ガランレイってのは、女にしちゃ妙に勇ましい名前だが……。何にせよ、大した色男だな、アシュレイってのは」
 「なはは、女性だぜ。兎に角、怒り狂ったガランレイは、アシュレイの死体を奪って、誰にも見つからない位置に悪の秘密基地を造った。アシュレイを復活させ、無念を晴らし、アナリアに復讐する為に。それがあの遺跡だぜ。……兄弟も見たろ? 遺跡の中に満たされたコバーヌの炎を。アレはガランレイがアシュレイの為に用意した物だぜ」
 「“不老不死”」

 馬鹿にしたようにゴッチは笑った

 「そうだぜ。死霊兵を利用して、ガランレイは命を集めてる。悪魔の矢は奪った命をガランレイの元に送ってるんだぜ。そして、吐き気がするほどの命を注ぎ込んで、コバーヌの炎は漸く不老不死の秘薬になる。二百年前の死者を蘇らせる事ぐらい、造作も無いんだぜ」
 「おい、ちょっと待てよ。……つまり俺を呪ってやがるのは、死人か? アシュレイもガランレイも、結局は二百年前の人物なんだろうが」
 「亡霊だぜ、二人の。アシュレイもガランレイも、魂は滅びていない。アシュレイはあの遺跡の奥底で眠ったままで、ガランレイは魂だけになってもコバーヌの炎に魔力を溜め込んでる」
 「…………やれやれ、幽霊と喧嘩か。訳がわからん、頭の痛い事態だが……手前の話を全面的に信用するなら、その亡霊どもをぶちのめしてやれば、鬱陶しく付回される事もなくなるんだな?」
 「YES、だぜだぜ」

 ゴッチは暫く無表情で居た。色んなことを考えていた
 呆けたような顔が感情を取り戻したとき、そこに浮かんだのは怒りであった。二百年前のカビの生えた死人どもが、何を偉そうにしているのか

 三日付回されて、襲われて、そうまでされたら、思い知らせてやらなければならない。ふと、あの巨大な骨の竜の事が思い出される。そういえば、奴には借りがあった

 色んな要因が重なりあって、ゴッチは激昂した。外に漏らさぬ、己の体の内だけの、秘めたる怒りであった

 「……面白いじゃねーか、アシュレイもガランレイも、纏めてぶちのめしてやる。死人だろうが関係ねぇや、もう一回殺してやる、だぜ」

 ……………………?!

ハ、とゴッチは頭を振る。あんまりレッドがだぜだぜ言う物だから、感染ってしまった

 レッドが口元を押さえていた。空気が漏れないように必死に我慢しながら、顔を真っ赤にして笑っている

 ゴッチは歯をむき出しにして威嚇する。有無を言わさず、レッドに襲い掛かった。レッドは、全力で逃げ出した

 「コラァァァ! まだ手前の正体を聞いてねぇぞぉぉぉー! 態々俺に接触してきた理由も、俺を探し当てることができた理由もだァァァーっ!!」

 小さな篝火しか無い闇の中を走ったので、二人は揃ってこけた


――


 「俺の正体を話すぜ。俺は世間一般で魔術師と呼ばれる存在。ただし、ちょっと毛色が違う。俺はこのアナリアで生まれ、ロベルトマリンで育った。成りは“こう”だが、こっち生まれなんだぜ。餓鬼の頃から、俺には様々な物と対話する能力があった。俺の魔術の一端なんだろうと思う。風と歌い、大地と語り、化物扱いされながらもそれが苦にならない子供時代だったんだぜ。そんなこんなである日俺は、精霊たちがざわめく場所を見つけた。何の変哲も無い森だったんだが、好奇心に任せてそこをうろついてたら、突然! ロベルトマリンに居ました、って訳なんだぜ。そしてそこで俺は、運命的な出会いを経験した。……何とって、コイツだ、ギターだぜ。え? 話がそれてる? ニャハハ、取り敢えず、俺にも色々あるのさぁ。様々な紆余曲折の結果、俺は“ざわめく場所”からならば自由に世界を行き来できるようになったんだぜ。ただし自分だけな。…………何だよ、正直に話したんだから、信じろだぜ。……うーん、俺が兄弟の仕出かした、一連の事柄を知っていた理由かぁ。それは俺が口で説明するよりも、実際に見たほうが早いと思うなぁ」

 ミランダは、街の規模はそれほど大きくないが、誰も彼も忙しく動き回っていて、アーリアの何倍も活気があるように感じられる
 冒険者と言うのは多種多様な人物の集まりで、個性的な者達ばかりであったが、そんな連中の中にあっても、ゴッチとレッドは一際目立っていた。黒いスーツも真紅のジャケットも、異世界ではお目に掛かれない代物だ

追剥で手に入れた旅装は、価値の解らない貨幣以外全て捨てた。ロベルトマリンでみっちり鍛えこまれた警察機構相手に追われるならまだしも、異世界でまでこそこそするのは、流石に思い直したらしい。冒険者協会が極めて大きな影響力を持つミランダでは、アナリア王国軍も好き勝手し難いと言う事情が、それを後押しした

 そんな事よりも、レッドである。取り敢えず数時間の仮眠を取り、体力の回復を図った後、ゴッチはレッドに案内されるまま、早朝のミランダを歩いていた

 「俄かには信じ難いな。魔術師で、異世界出身で、テツコがヒイコラ言いながら管理運用してる技術を、直感だけで行使する、と。ついでにギタリストだと? …………まぁ……嘘は言ってない……ような気がせん事も無いが……」

 ゴッチの直感ではそうだが
 こういう馴れ馴れしい手合は、腹の中にどんな謀を持っているか解らない。それがロベルトマリンの常識だ。騙し騙されながら生きてきたにしては、「危機感が薄い」と言われるゴッチでも、警戒せざるを得ない

 それに、信じる信じない以前に、テツコやファルコンにどう報告したものか、と言うのがある。真正直に報告したら、面倒な事になる予感が、ありありとしていた。出来れば何も無かった事にしたいのではあるが

 「チ、朝っぱらからせかせか動きやがって。慌しい所だな、ここは」
 「ロベルトマリンにゃ負けるだぜ」
 「あそこに朝も夜もあるかよ。……それより、一体俺を何処まで連れてく心算だ? 言うまでも無いが、俺を嵌めたら殺すぞ、惨いやり方で。楽に死ねると思うなよ」
 「そんなに警戒すんなよ、兄弟。俺と兄弟は同じロベルトマリンの人間、運命が人に厳しいこの異世界じゃ、身内同然だぜ。俺は家族を嵌めたりしないもんねー」
 「手前の出身はこっちだろうが!」
 「心の故郷はロベルトマリンだぜ! ギターも、名前も、俺は全て、あそこで手に入れたんだぜ」

 あぁー、世界はー、夢に満ちー
 レッドは投げ遣りな態度を隠そうともせず歌い始める。いい加減な歌い方なのに、妙に上手い

 ゴッチは苛立ち顔を作って見せた。レッドは、意にも介さなかったが

 「で、まだなのか、目的地は」
 「もうー、すーこしぃー、おちーつーけよー」

 ゴッチは右の拳骨を振り上げた

 「うわぁ、落ち着くだぜ兄弟! 本当にもう少しだから!
 「ジョークだ、バカ」

 その時、レッドが道の凹凸に躓いた。あわあわと手を振り回しながら、ダイナミックに転倒する
 その時、ギターケースがゴッチの即頭部を痛打した。仰け反るゴッチは突然の不意打ちに対応しきれず、こちらも転倒する

 「…………~~ッ!」
 「あは! 頬が赤くなってるんだぜ。……………………いや、その、御免だぜ。本当に悪気は無かったんだぜ」

 ゴッチはレッドに襲い掛かった


――


 ミランダには、宿屋が多い。らしい。レッドが言うには、通常の民家と宿屋の比率が少し異常なのだとか。基本根無し草の冒険者達の街であると考えれば、まぁ納得が行く

 数ある宿屋の中でも非常に見栄えの良い一軒を指差し、レッドはがっくりと項垂れていた。頭部にはゴッチの拳骨で大きな瘤が出来ている。あまりにひりひりするので、レッドは帽子を被っていられなかった
 ついでに、レッドはジャケットの襟を掴まれて、猫でも持つかのように運ばれていた。ゴッチとしては、これ以上レッドにふざけた真似をさせる心算は無かったのである

 「ふん? あそこか。何があるってんだ?」
 「……ロベリンド護国衆、その首領が居るだぜ。ロベリンド護国衆ってのは、何ていうか、……まぁ簡単に言えば宗教集団に近い存在で、その筆頭の座に着く者は、代々魔術に近しい能力を持つだぜ」
 「宗教集団だぁ? …………嫌な予感しかして来ねぇな。……まぁ良い、能力ってのは何だよ」
 「ある程度の未来予知と、千里眼。未来予知には当り外れあるけど、何もしないで静観すれば大概は予知の通りになるだぜ」
 「未来予知? 俺を舐めてんのか。魔術どころの騒ぎかよ」
 「本当だぜ。その二つの能力があったからこそ、俺はこうして兄弟に会いに来た」

 ゴッチは人形を弄ぶかのように、レッドを振り回した。首が絞まってぐぇ、と呻くレッド。宿屋のドアを乱暴に蹴り開ければ、宿屋の主人らしき小太りの男が慌てて走ってくる

 「お、お客さん? 帰ってこられたと思いきや、一体どうなさったんで?」
 「いやぁ、ちょっと何て言うか、不幸な事故があったって言うか。まぁ心配ないんだぜ」

 レッドが吊り下げられたまま、にゃはは、と歯を見せながら笑った。宿屋の主人も商人である、今まで様々な人物を見てきた。ゴッチの危険な臭いも、すぐさま感じ取ったようだ

 「……そうですかい、なら良いんですが、暴れる時は外でお願いしますよ」
 「兄弟、二階だぜ」

 ゴッチは舌打ちしながらカウンター横の階段を上った。直角に左折して辿り着いた宿屋の一番奥で、レッドはある一室を指差す
 ノックどころの騒ぎではない。ゴッチは宿屋の入り口にしたように、問答無用に部屋の扉を蹴り開けた

 「おう、邪魔するぜ」
 「今戻ったぜぇー」

 突然の荒々しい訪問に対し、部屋の中から返されたのは、槍の穂先だった

 「何者か! ……レッド殿? 何だ、貴殿、どのような関係であるかは知らぬが、少々礼が無いのではないか? レッド殿から手を離されよ」
 「何だ手前は。偉そうな奴だな」
 「兄弟の方が百倍偉そうだぜ。そろそろ下ろして」

 突き付けた槍を下ろしながら、右耳の無い男は言った。片耳が無く、獣の爪痕のような三本線が刻まれた凶相であったが、それを除けば至極実直そうな男だ
 背はゴッチよりも高く、肩幅も広い。ゴッチもそれなりに大柄な部類に入るが、この男はより巨漢であった。刈り込んだ黒髪には、所々白髪が混じっている

 ゴッチは鼻を鳴らした。男が着ていた真っ白な服が、色は別にしても、アナリアの兵士が鎧の下に着込む服とそっくりだったからだ。少しだけ、身構えてしまった

 レッドを解放したゴッチは男を無視すると、勧められてもいないのに、部屋の中にあった椅子にどっかりと座り込む。言うまでもないが無礼な行為だ。凶相の男は、何も言わない代わりに、盛大に眉を顰めた

 「(コイツとは合いそうにねぇー)」

 初見で、肌に合わないと悟ってしまった。まともに真正面を向いて話す気にもなれなかったのである

 「おい、レッド、コイツがお前の言ってた奴か?」
 「違うだぜ」
 「……レッド殿、この無礼な男は? 我々は使命の最中、余計なことにかかずらっている訳にはいかぬ」
 「余計でもないだぜ」
 「コイツ一体何なんだよ。ロベリンドなんたらかんたらのボスってのは、何処に居やがるんだ」
 「ロベリンド護国衆だぜ。こっちは護国衆総指揮官のバース・オットー。バース、こっちは…………」

 レッドが肩を竦めた

 「なぁ兄弟、どっちで紹介した方が良いんだぜ?」

 ゴッチは何度目になるかも解らない舌打ちをする。何でもかんでもお見通しと言う訳だ。全くこのふざけた男は、何ともいえない不気味さを持っている

 「本名で良い」
 「こっちはゴッチ・バベル。俺と同郷だぜ」
 「だからどうしたって訳でもねぇがな。ふん、二人の出会いを祝福して握手でもするか?」
 「御免被る」
 「なっはぁー、予想はしてたけど、初っ端から険悪だぜ」

 頬を掻くレッド。ゴッチは備え付けに机に足を置くと、バースと睨みあう
 バースとしては何故こうまで敵意を向けてくるのか解らなかったが、こちらもゴッチの顔を見ていると、沸々と沸いてくる何かがあった

 部屋の奥の扉が、唐突に開いた。寝室らしかった

 「おや、いらっしゃい。待っていました」

 欠伸をしながら現れたのは、蒼い衣服に槍を背負った、細面の美女である
 美女は美女であったが、腑抜けた空気を纏った美女である。薄く開いた流し目は、色っぽいとも、駄目っぽいとも取れる。日向で横に並ばれたら、そのまま眠りの世界に連れて行かれそうな感覚があった

 起き抜けなのか、腰まで届く黒髪を縛りながらの登場であった。しかしまともに縛れておらず、光沢のある髪は跳ね返り放題となっている

 とても、だらしなかった

 「ほら、御待ちかねの、ロベリンド護国衆筆頭、ティト・ロイド・ロベリンドだぜ」

 このとぼけた女がかよ

 ゴッチはあからさまに嫌そうな顔をした


――


 ティト・ロイド・ロベリンドは、髪を結び終わったかと思うと、唐突に踵を返した

 「御免、やっぱ駄目だわ、君のような人物は」

 今しがた出てきた寝室にとんぼ返りすると、慌てたように扉を閉め切る。焦るバース。ゴッチはその様を見て、唖然としていた

 「長、長! 長殿! どうされましたか!」
 「…………詰まり、なんだぁ、コレぁよ、俺は、喧嘩売られてるって事で良いのか?」

 レッドが腹を抱えて笑い出す。ゴッチが胸倉を掴み挙げると、ひぃひぃ笑いながらも説明を始める

 「違う違う。兄弟が駄目なんじゃんなくて、兄弟の周りが駄目なんだぜ」
 「どういうことだ?」
 「兄弟やバースには見えないかも知れないが、今兄弟の周囲は、凄い事になってんだぜ。ガランレイの呪いの印に引き寄せられて、そこいらの亡霊がうじゃうじゃと。ティトはそれが駄目なんだってよ」

 ゴッチは首を傾げて自分の身体を見る。何処にも変わった様子は確認できず、疑問符を浮かべるばかりだ。そしてそれは、バースも同様であった

 バースは眉をしかめて、存在しない右耳に手を添える仕種をした。途端に、顔色が変わる

 「どうだぜ?」
 「呪いの声が……、凄まじい数の呻きが聞こえる。これほどの呪いの声に晒されながら、お主、どうして生きて居れるのだ?」

 バースが脂汗を流しながら一歩引いた。相変わらずレッドはケラケラ笑っており、ついイラッ☆と来てしまったゴッチは、反射的にレッドに拳骨を落としていた

 「俺に言われても知るかよ。全然そんなの感じねーんだからよ」

 頭を押さえて蹲ったレッドが、涙声で言った

 「うぐぐぐ…………、そいつらには、兄弟に物理的なダメージを与えるほどの力が無いんだぜ。かといって、ちんけな呪いが通じる程兄弟のメンタルは弱くない。詰まり、手が出せないんだぜ」
 「ふーん? 亡霊だ呪いだなんだっつったって、大した事ねぇんだな」
 「大抵の奴なら二日持たないで狂っちまうんだぜ。だけど相手が悪いなぁ。…………兄弟、もし幽霊とかが「呪い殺してやる」って喧嘩売ってきたら、どうする?」
 「ぶち殺すに決まってんだろ。幽霊が何だってんだ、もういっぺん殺してやる」
 「そういう事だぜ」

 ゴッチはげっそりとした顔つきになった。レッドの例え話は、常人には少し解り難い

 バースがうんうん唸りながら、何かを聞き取っている。コイツも不可思議な能力の持ち主のようで、大変結構な事だ、とゴッチは皮肉っぽく笑った

 「なるほど、合点が行った。お主が、長殿やレッド殿が言っていた、遺跡に潜り込んだ雷の男だな? 中々凄まじいことを言われて居るぞ」
 「凄まじい事だぁ? 幽霊風情が、俺に何を言ってるってんだ」
 「聞きたい?」

 レッドが何時の間にかゴッチの背後に取り付いて、肩ににょっと顎を乗せてきた
 重たい感覚に思わずゾッと来る。幽霊よりも得体の知れない赤い魔術師は、ニヤニヤ笑っている

 「あぁ聞きたいね」
 「兄弟の頼みなら仕方ねぇ、生中継してやるんだぜ」

 レッドはゴッチから飛び退くと、一瞬の早業でギターを取り出した。黒いギターケースは空気に溶けるように薄れて消える。燃え盛る炎の波が描かれた赤いギターが、艶やかに陽光を跳ね返した

 絃を弾く。滑らかな指の動き。スピーカーも何も無いのに、確かにエレキギターの音が響いている

 「ふぁいやぁぁーッ」

 レッドが叫ぶと、ギターを中心に青い光が弾けて広がった。ように、ゴッチには見えた

 瞬間、世界が変わった。相変わらず陽光は部屋の窓から差し込んできていたが、少し薄暗くなった気がする

 そして、ゴッチの周囲を、黒い霧が取り巻いているのが認識出来るようになった。その中から伸びる無数の手が、ゴッチを拘束していた

 瞬きする前までは、存在しなかった物だ。多種多様な形の、病的なまでに白い腕たちが、ギリギリと身体を締め付けている

 「おぉぉ?」
 「これはまた……なんと」
 「見えるだろ? でもまだ、それは氷山の一角、って所なんだぜ。流石はガランレイの呪印だぜ」

 耳元でボソボソと何かが囁くのが解る。複数人の声だ。男だったり、女だったりする
 ゴッチは耳を澄ませた。知らず知らずの内に、拳を握り締めていた

 『死ね死ね死ねぇ、貴様の一族郎党全て殺してやる殺してやるぞぉ』
 『暗いぞぉ、暗いぞぉ、ここはぁ。ひひひひ』
 「うがぁー! うっぜぇぞコラァーッ!!」

 雷を纏った拳が黒い霧を薙ぎ払った。黒い霧は成す術も無く吹き飛ばされ、消え去った。かのように見えた
 が、十数える間もなく再び黒い霧は集い始める。何処からとも無く集まり、ゴッチの周囲を飛び回るそれは、幾度振り払おうと無駄なようであった

 「隼団にはなぁ、手前等みてぇな犬のクソにやられるゴミ野郎は、一人も居ねぇんだよ。相手見て喧嘩売れよこのド低脳がぁッ」
 「どーどー、兄弟、兄弟、そいつらと喧嘩したってしょうがないんだぜ。ガランレイと喧嘩しねーと」
 「この亡霊どもも相当だが、お主も桁外れの男だな……、柄は悪いが」

 獣のように暴れるゴッチに、レッドが飛びついて押さえ込もうと奮闘する


――


 「えーと、だけどさ、殆どの説明はレッド様から受けてるんでしょう? 今更私から何か説明することってあるの?」
 「……確かにそうだ。いや、そりゃ、手前の面を拝んでおこうと思ったのも確かだが……」

 逃げ腰になりながらティト・ロイド・ロベリンドは言う。恐怖と言うよりも、不快であるようで、のんびりとした顔には苛立ちが滲み出ていた

 急に口を抑えて、ぐぇ、と唸るティト。嘔吐だ。ゴッチは嫌そうな顔をして椅子から退いた。余りにも失礼すぎる小娘だった

 「本当は良い奴なんだぜ、ティトは。でもやっぱり、そんな沢山お化けを貼り付けてるとなぁ。解ってやって欲しいんだぜ」
 「ケ、腰抜け野郎に何を言えってんだ」
 「野郎って……私女なんですけどー」

 ティトは寸での所で嘔吐を堪えたか、垂れ目をトロトロと、眠そうに言った。初対面でも威圧的なゴッチを前に、迷う素振りは微塵も無い

 逆にゴッチは、漂う黒い霧を鬱陶しげに払いのけながら、何を言ったものかと目を細めている。ティトとゴッチの邪魔をしないよう、背後に控えているバースが妙に威圧的で、有態に言えば邪魔であった

 「千里眼とやらで、俺の事は知ってるんだったな」
 「まぁねぇ、大体はねぇ。異世界の人ってのはレッド様から聞くまで知らなかったけどさ」
 「雷男でお尋ね者で、傍若無人で傲岸不遜で、手癖も足癖も悪くて誰が相手でも容赦しないだぜ。そしてちょっと馬鹿だぜ」

 言うまでも無くゴッチはレッドに襲い掛かった。ボロクズのようになったレッドは、床に突っ伏しながら神妙な面持ちで言った

 「…………御免だぜ」
 「仲が良さそうで、羨ましいなぁ。私も混ぜて欲しいよ。その亡霊達に近寄るのは御免だけど」

 ティトは羨ましげにゴッチを見ていた。ゴッチは悟る。話すべき相手はこの女ではない

 ゴッチにとって、未来予知も千里眼もどうでも良い物だ。確かにメイア3捜索には役に立つかも知れないが、宗教団体なんて物はアレルギーが出るほどに大嫌いである
 ゴッチは床に転がっているゴミ屑のようなレッドを摘み上げ、椅子に座らせた

 「レッド、まぁ大体の事情は解った。このとぼけた女が未来予知だとか、千里眼だとか、信じがたいが、正直俺にはどうでも良い話だ」

 ティトは目をぱちくりさせている。未来予知も、千里眼も、どうでも良い、で切って捨てる男が居るとは、今まで夢にも思わなかったのである

 「手前の目的は何だ? 態々俺に接触してきた理由だよ。どうやら後ろのバースとやらは、お前が俺にちょっかい掛けに来たのすら知らなかったみてぇじゃねぇか。何を考えてる」

 レッドは机に肘を着き、両手で顔を覆っている。ふ、と視線を上げてゴッチを見たかと思うと、右目の端を吊り上げて奇妙な笑い方をした

 「俺と、兄弟にしか解らない話だぜ」

 それはティトと、バースに向けられた言葉だった

 「ティトの能力でさ、兄弟の事はある程度見ていたんだぜ。あの浮遊タイプの随伴ロボットとの会話とか、氷の魔術師との会話とか。まぁ、ティトが千里眼を発動したのは、兄弟が遺跡から脱出した後から、随伴ロボットと別れるまでの間だけなんだけどな」
 「……ふん、まぁ、予想は出来たが。気持ちよくはねぇな」
 「ティトを睨まないでやってくれだぜ。……一応再確認するけど兄弟は、ロベルトマリンでブイブイ言わせてたアウトローだぜ? 亜人だよな。“混ざってるの”は?」
 「ピクシーアメーバ」
 「レアだなぁ。聞いた事があるんだぜ。高出力の電流で身を護る、無尽蔵の生命力を持つ不定形生物だな。ならやっぱり、兄弟も頼りに出来そうなんだぜ」
 「手前の目的は荒事か」
 「そうなんだぜ。正確には俺の、と言うより、ロベリンド護国衆の、かな」

 レッドはティトに向けて肩を竦めて見せた

 「ロベリンド護国衆はさぁ、戦争には関与しないんだけど、今こんな感じの、魔物とか、幽霊とか、そう言った関係のいざこざを解決する集団なんだぜ。俺はティトを手伝ってるだけ。アシュレイの遺跡は、ティトが前々からやべぇやべぇ言ってたんだぜ。でもどうしても対抗策が見つから無くてなぁ。で、何とかする方法を探してる内に、アシュレイは眠りから覚める寸前にまでなっちまったんだぜ」

 大した鈍間どもだぜ、と呟きそうになって、ゴッチは口を抑えた

 「…………俺とダージリンがあそこに入った時は?」
 「半覚醒って所かな。兄弟、あの中で何を見たんだぜ?」
 「鼻が曲がりそうなぐらいに臭ぇ、飛んだり撥ねたりする死体どもと、ドでかい骨の竜だ。死体どもは目に付いたのは全部始末したが、骨の竜はな」

 劣勢になって、逃げた、なんて、口が裂けても言いたくなかった。どうせ今からでも逆襲に行く心算なのだ、負けてはいない
 レッドは頬を掻いている。それがガランレイだぜ、とレッドの口から零れた時、ゴッチは間抜け面になった

 「多分だけどな。その骨の竜ってのは、「ボー・ナルン・クルデン」。生前のアシュレイとガランレイが討伐した南の山脈の主だぜ。その亡骸を、ガランレイが操ってるんだぜ」
 「まぁ……言いたい事は大体予想がついてたが。……アシュレイ、ガランレイ、そしてボー・ナルン・なんたらかんたら、こいつ等を纏めてどうにかするから、手伝えって事かよ」
 「どうにかする方法が見つかんなかったから、結局力尽くでどうにかする事にしたんだぜ。うん、だぜ」

 レッドはスナップを聞かせて右手を鳴らした

 「兄弟の武勇伝は、既にあっちこっちで噂になってるんだぜ。兄弟の偽名の、『ファルコン』を名乗る偽者まで出る始末さぁ。力尽くって、大好きだろ? ここでもう一丁、俺と兄弟でレジェンドを作ってやろうぜ!」
 「レジェンドねぇ? ちょいと調子が良すぎるんじゃねぇのか? ……仕事には報酬がなきゃぁいけねぇよな。リスクにはリターンがなきゃぁいけねぇよな」
 「あっれれー、いくら兄弟が心身ともに強かろうと、このまま放置すれば何れは取り殺されるんだぜ。それでも良いんだぜ?」

 レッドが椅子から立ち上がって、目をまん丸に開いてみせる。おどけた口調に、ゴッチは思わず苦笑した

 「け、やっぱりそうきやがるか。だがなレッドよ、手持ちの戦力が足りねぇから、態々俺に接触して来たんだろ? 懐が見えてんだよ、くだらねぇ物言いは止めな」
 「こういうのって、『利害が一致してる』って言わないだぜ? 兄弟を軽く見てる心算は無いんだぜ。ロベルトマリンのダーティな部分の恐ろしさは、十分知ってる。さっきのは冗談さ、兄弟には、出来る限りのお礼をするんだぜ」
 「…………」

 ゴッチはレッドから視線を外し、未だに自分に視線を向けてはその都度嘔吐を堪える失礼な小娘に、中指を立てて見せた
 本音を言えば嫌ではあるが、腹は決まった。自分でこうだ、と決めたならば、もうグダグダ言う心算は無い

 「おう、小娘、宗教団体ってのが気に入らんが、この頓珍漢の顔を立ててやる。ロベリンド護国衆の仕事、手伝おうじゃねぇか。俺に任せておきな、アシュレイも、ガランレイも、骨の竜も、纏めて跪かせてやるぜ」


――


 以下、決して面倒くさくなった訳では無いが、進行を急ぐことにした

 だぜ


――


 ティト・ロイド・ロベリンドとゴッチ・バベルの会合の二日後、一行はミランダを出発した。強行軍にて、更に二日後にはアシュレイの遺跡へと到達する予定である

 出発まで二日も要したのには、二つほど理由がある。一つはゴッチへの仕掛け、もう一つはロベリンド護国衆の戦士達、及び、雇用した冒険者との合流の為だ

 ゴッチへの仕掛け、と言うのは、ガランレイから掛けられた呪いを弱める事であった。コレには、レッドが不可思議な魔術を以って対応した
 ベタベタと、何処から持ってきたのやら、青い花をゴッチの全身に貼り付け、後はレッドが超長時間ぶっ続けでギターを掻き鳴らし、歌い続ける。ゴッチにとっては全く不思議な事に、これでしつこく着いて回る霧が消え失せてしまったのだから、全く大した物であった
 しかし、定期的にレッドが演奏を行わないと、厄介な霧が復活してしまうため、ゴッチはレッドを自分の傍に置くようにした。夜中に死霊兵が襲い掛かってくることも無く、良い塩梅であった。レッドの方は元からその心算だったらしく、同じロベルトマリンで育ったと言う事もあってか、あっと言う間に二人は馴染んでしまった

 今ではゴッチは、ついつい語尾に「だぜ」とつけてしまいそうになるのを、必死に堪えている。自分の無意識と戦い続けるゴッチのメンタルは、全く必要のない方向に鍛えられていた


 合流したロベリンド護国衆十五名は、バースが直々に選出した精鋭中の精鋭である。らしい。レッドが言うには、だ
 元々魔物との戦いにおいてロベリンド護国衆の名声は非常に高く、その中から選ばれた精鋭であれば、大陸の何処でも通用する。……のだそうだ。一体何がどう通用するのか、ゴッチには今一つ解らなかったが

 余談ではあるが、「ロベリンドの戦士は誇りと名の為に戦うのではなく、信仰と無辜の民の為に戦う」と語ったロベリンドの若い戦士を、ゴッチがついイラッ☆ときて殴り倒してしまったため、ゴッチとロベリンド護国衆の関係は険悪になった
 レッドはそれでも笑っていた。まるで気にしていない所に神経の図太さを感じさせる

 まぁ、ゴッチにしてみれば宗教団体の事はどうでも良かった。興味を引いたのは、今回の作戦に同行する冒険者の方だ
 一人の男。たった一人の男だったが、周囲を呑み込む強烈な存在感を持った男だった
 只事ではない。只者ではない男だ。面付きからして違う、ような気もする。非常に高い名声と実績を持った冒険者で、雇用に当っては大変高額な報酬を前払いしたと言う

 名をゼドガン。ミランダの冒険者協会所属で、なんとまぁ、ミランダローラーの称号を持つ大剣の使い手であった

 「兄弟が現れなければ、俺とゼドガンがこのミッションの鍵だったんだぜ。勝率は三割って所かな。でも兄弟が協力してくれるなら、もっと高く見込めるだぜ」
 「わくわくしていたんだ、伝説に残る強敵に。しかし、それに決して劣らぬ力量であろう者と共に戦えると言うのは、これもまた嬉しい事だ」

 白銀の胸当ての内側で、引き絞られた肉がうねる様が、ゴッチには容易に想像できる。腰部からくるぶしまでを覆う腰巻の中で、複数の刃が息を潜めているのが解った
 年若い髭面が浮かべた笑顔は、まるで子供のようだった。二十五かそこいらの年齢であるらしいが、雰囲気は遥かに若い。髭を伸ばして威厳を出そうにも、雰囲気のせいで上手く行ってないんだぜ、とレッドは悪戯っぽく笑う

 「いい面構えだ。フレンドリーに……あぁーと、友好的に行こうぜ、ミランダローラー殿よぅ」

 ロベリンド護国衆とはとことん合わないゴッチだが、冒険者ゼドガンとはこれ以上なく馬が合った。ゴッチ、レッド、ゼドガンと、三人揃えば、まとめて悪餓鬼の集団であった


 兎にも角にも、ミランダ出発から二日後、目的地も近くなり、緊張感が高まる中での夜営時

 一行は、数え切れぬ程の死霊兵から奇襲を受けた


――

 後書

 イラッ☆

 ……混乱しているようだ。

 11月22日、ティトの名前を修正。ひでぇミスだ…!
 御指摘ありがとうございます。



[3174] かみなりパンチ10 アナリア英雄伝説その二
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2008/12/13 09:23

 ゴッチは、何をしていた訳でもない。ロベリンド護国衆が設営した天幕の内の一つで、面倒くさげに欠伸をゴロゴロ寝転がっていた
 その横では、レッドが神経質にギターの手入れをしている。独り言でも、だぜだぜ言っていた

 ロベリンド護国衆の戦士が声を上げたのは、ゴッチの体内時計で十二時をやや過ぎた頃合である。「敵襲!」と言う怒声が、三度鳴り響いた。夜営陣地に対して、入り口が外側を向いているゴッチの天幕は、こういう時周囲の状況を把握するのに都合が良い

 空気がざわめき始める。天幕入り口の分厚い布を摘み上げて、ゴッチはもう一つ、欠伸した

 「敵だ? おー、早ぇよあいつ等。それに、ドイツもコイツも良い面してるじゃねぇか」

 硬く、鋭く強張った表情。ロベリンド護国衆は、常には無い殺気を撒き散らしている。背筋に寒気が走るような、人間味を失くした顔付きだ

 素晴らしい表情だ、と何故か思った。ゴッチにとって、胡散臭い宗教団体以外の何者でもないロベリンド護国衆は、確かにレッドの言うとおり、戦闘に関してはプロフェッショナルの集団だった
 突然の事態にも関わらず、バースの号令で終結した彼らは、各々既に臨戦態勢を整え終えていた。バースの槍の元で、十五名が一糸乱れぬ隊伍を組んでいる

 「げ、死霊兵だ! ガランレイに先手を打たれただぜ!」

 ギターケースを担いでレッドが喚いた。内容は深刻だったが、レッド自身は何時ものような軽い雰囲気だった。ゴッチは顎を撫でさすって、少し考える

 夜営陣地の中心にある焚火を背にして、ロベリンド護国衆は隊列を整えた。些か見え難くはあったが、暗闇の中を腐った死体が走ってくるのが解る
 暗中での乱戦になっては、絶対的に不利とバースは判断したのだろう。畏れることなく威風堂々バースは歩を進めて、陣の先頭に立った

 「ケ、何時もは良い子ちゃんぶって優等生面してる癖によ。中々男前だぜ」
 「兄弟、ティトの所に」
 「大丈夫だろ、見ろよアレ」

 槍を構えた護国衆達の陣形は、猛然と突撃する死体の群れを当然のように受け止めた。勢いを押しとどめたかと思うと、次の瞬間には切り込み返す

 正に一蹴であった。当然のことだが死霊兵の特徴も理解しているらしく、冷静に、腐敗した肉体を引き摺り倒し、首を落としていく。物の数では無かった

 「任せといて良いんじゃねーか」
 「いや、兄弟、あのなぁー」

 ゴッチはもう一度欠伸して、改めて横になる。レッドが頭を掻いて、困り顔になった
 びぃ、と布を引き裂く音がした。ゴッチが視線を向けてみると、入り口と反対側の布が引き裂かれて、月明かりが差し込んでいる

 腐敗臭を撒き散らしながら、死霊兵が飛び掛ってきた。寝ぼけ眼のゴッチは咄嗟に蹴りを放つが、体勢が悪い為か威力が無い。死霊兵を押し返せず、ガブ、と、肩を一噛みされる
 死霊兵の顎力は、全く恐るべき物だった。なんとその牙は、ゴッチのスーツを貫通したのである

 「いぃぃってぇぇぇぇぇぇーッッ!!!」
 「あぁーもー! 態々奇襲に来といて、アレだけしか居ない訳無いんだぜ」

 レッドがぶつぶつ言いながら、ギターケースを振り被って死霊兵を張り倒した


――


 「レッド殿! 敵は如何ほどか!」
 「ティトじゃないからそこまで読み取れないんだけど……」

 円陣を組みつつ四方八方から襲い掛かる死霊兵を打ち倒しながら、バースが叫んだ
 円陣のすぐ近くで、ゴッチに護衛されながら、レッドは片膝を着いてうんうん唸っている。周囲を蒼い光が飛び回って、小さな風を起こしていた

 「取り囲まれてる、数え切れねぇー! こいつぁ駄目だぜ!」
 「長は? まだ御自分の天幕にいらっしゃるか!」
 「多分な! ゼドガンも一緒だろ?」
 「よし、下がるぞ!」

 バースが大声で号令した。一斉に移動を開始する護国衆に、死霊兵が追い縋る

 「兄弟!」
 「俺かよ! あーったくよぉー!」

 ゴッチは台詞とは裏腹に、嬉々とした表情で死霊兵の群れに飛び込んだ。当然死霊兵達は、一斉に群がってくる

 ばちん、と、一瞬黄色い閃光が走ったら、その後はもう地獄だ
 地面に四肢を着けて、獣のような唸り声を上げたゴッチは、全方位に遠慮なしの放電を行った。目を焼く閃光が数え切れない程の死霊兵を撃ち抜き、消し炭に変えていく。バースが後ろを振り返って、おぉ、と唸り声を上げた

 一気に嫌な臭いが立ち込める。レッドは飛び上がってゴッチを褒め称えた

 「うっひょー! 流石兄弟! 半端じゃねぇだぜ! パねぇ! パねぇ!」
 「ったりめぇだろ! オラ、とっとと行くぞ!」

 ティトの天幕は、ゴッチ達のそれよりも、ある程度離れた場所に設置されていた。それも地べたにそのまま設置されたのではなく、木材の足場を組み立てて、その上に、である。長に相応しい特別扱いだ
 そこでバースとゼドガンの二人組みが護衛を行っていた。バースはゼドガンの人柄を深く信頼しているようだった。兵を率いなければならないと言う理由があったとは言え、ティトの護衛を任せきりにして死霊兵と戦闘を行ったことから、それが感じられる

 散発的に襲い掛かってくる死霊兵を打ち倒しつつ、ロベリンド護国衆は走ってゆく。ゴッチとレッドは、その殿を護った。護った、と言っても、何かするほど死霊兵が襲ってきたわけでもないが

 ティトの天幕まで到達すると、其処には荒い息を吐きながら槍を構えるティトと、大剣にべっとり張り付いた血糊を振り払うゼドガンが居た
 周囲には、死霊兵の残骸が積まれている。どれもこれも二分割にされていて、ゼドガンの一撃である事が伺えた

 全て一撃か、と護国衆の兵士が感嘆の溜息を漏らした

 「うん……。状況から察するに、容易に撃退出来るような規模ではないみたいだな」
 「その通りだ、ゼドガン殿。良くぞ長を護ってくれた」
 「無事を喜ぶのは後にしとけ。奴ら、どんどん着やがるぞ」

 天幕の影から飛び出してきた死霊兵が、ティトに襲い掛かる。ゴッチが飛び込んで、爪先で死霊兵の顎を蹴り上げた
 ふわ、と持ち上がった死霊兵の身体に、ゼドガンが大剣を振るった。神速の踏み込みであった

 上半身だけでビクビクと這いずる死霊兵の首を踏み砕き、ゴッチは声を上げた

 「イカしてらぁ!」
 「褒め言葉だな?」

 ティトが槍を杖にして、踏ん張る

 「バース、みなは?!」
 「一人も欠けておりません」
 「逃げられなさそうな感じ! この期に及んでは、遺跡に切り込むよ!」
 「従いまする」
 「レッド様、力を貸して」

 レッドが腕組みして、感慨深く頷く

 「オッケーだぜ! ティトも、段々貫禄が出てきたなぁー」
 「のんびりしてる場合か、手札があるならとっとと切れや!」


――


 その後、何を思ったのかギターを掻き鳴らして歌い始めたレッドの周囲に、光の壁が出現した。光の壁はレッドのシャウトと共に巨大化し、半径十メートルほどを包み込む円陣になった

 奇跡のマジカルソングだぜ、などとレッドは茶化していたが、そのマジカルソングの威力が発揮されるまでの四十秒間、ヒイコラ言いながらレッドを護衛した面々は苦り顔である

 しかし、完成してしまえばそれは全く凄まじい物であった。光の壁は触れた死霊兵を尽く塵に返して、一掃してしまったのだ

 効力が続いている間は死霊兵は手出しできない、と堂々語るレッドは、なるほど、魔術師であった

 そこからは駆け足での強行軍である。最早目前、と言うところにまで迫っては居た物の、ある程度の距離はあった。一時間かそこいら走り続けて、漸く到着した目的地は、森林を越えた先に存在する絶壁であった

 一行は、一部を除き荒い息を吐きながら、緊張した面持ちで其処を見詰める

 「ここだぜ、ここ、ここ。この洞窟。コレが入り口だぜ」
 「正にダンジョンって感じだな」
 「ワクワクする?」
 「前にも一度入ったんだっつーの」

 絶壁には、一箇所、ぽっかり穴が開いていた。陰鬱な空気が漂う、嫌な気配のする洞窟だ
 夜と言うこともあって、その嫌な気配が助長されてしまっている。魔物が大口開けて待ち構えているようにすら、ゴッチには見えた

 ゼドガンが、魔物の大口に歩み寄って、しかし手前で立ち止まる。眉を顰めたかと思うと、背負っていた大剣を抜き放ち、縦に振り下ろした

 ピタリと、その大剣が空中で静止した。ゼドガンが止めた様には、見えない。その次の瞬間、ゼドガンの大剣は、強力な反発を受けて、弾き返されていた

 「何だこれは。全く、面白い事や初めて見る事が立て続けに起こって、退屈する暇が無いな」

 ゼドガンが大剣を背に収め、苦笑いする

 「えー、ほれ、アレだろう。ファンタジーに在りがちな、結界とかそういうのだ」
 「……間違っては居ないけれど、ふぁんたじーって、何?」
 「あん? 何だよ、何の心算だ?」

 物珍しそうに洞窟の入り口を眺めるゴッチを、ティトがやんわりと押し退けた
 ロベリンド護国衆の中で、最も疲労しているのがこのティトだ。ひ弱な足手纏いと言っても間違いではないティトに、ゴッチは訝しげな視線を向ける

 「ティトの槍は、ロベリンド護国衆が世界に誇る神秘の槍なんだぜ。曰くも在って霊験あらたかな宝物なんだけど、取り敢えず便利な槍って覚えとけば間違ってないだぜ」
 「レッド殿……その言い様は幾らなんでも」

 ぎゃーこら言う間に、ティトは迷わず洞窟へと近付いていく。槍の穂先を地面に向けた後、奇妙な呪文を唱えると共に、それを突き出した

 強風が吹きぬけて、ゴッチは目を細める。それが収まった後には、矢張り眠たそうな半開きの目を擦るティトが居た

 「え? 今ので終わりか?」
 「良いじゃない、何事も無くて万々歳ってモンだぜ、兄弟」
 「いやぁ、ゴッチではないが、俺としても何か一悶着ある物だと」

 正直言えば、拍子抜けだったが
 腕組みしながらゼドガンが言えば、それは起こった

 洞窟入り口から妙に生暖かい風が吹いたかと思うと、一行の周囲を護っていた光の壁が、前触れも無く消滅してしまったのである
 全員の視線がレッドに集まる。レッドは、頭を掻き毟る

 「え、いや、ちょ! ガランレイだぜ、俺のマジカルソングが、よどんだ魔力に掻き消されちまった! バカー! ゼドガンが不吉な事言うからだぜ!」
 「俺のせいか?」

 ゴッチは首だけで振り向いた。暗闇の森の中を、凄まじい速度で接近してくる複数の影がある

 「来てるぞ」
 「やっべぇーだぜ!」
 「……別によぉ、奴らをぶっ潰せっつーんだったら、俺がここで足止めをやってやらん事もねーが」
 「足止めに戦力を割きすぎては、本末転倒だろう」

 え? とゴッチは驚いたような顔をした。バースから、遠まわしとは言えゴッチを認めるような台詞を面と向かって言われるとは、思っていなかったのだ

 バースが槍を掲げる。護国衆達が顔を見合わせて、素早く隊列を組んだ
 バースは洞窟入り口に背を向けて、硬い声音で言った

 「我らで入り口を死守します。中に何があるか解らぬ以上、背から追われる訳には行かぬ。レッド殿、どうか、どうか長をお頼み申す」
 「そりゃ言われなくとも面倒みるけど」
 「ならば安心だ。……まぁ、元々我々は、こういう時の為に来たのだ。囮か、陽動か、それがこの事態になった所で、大差ない故な」
 「バース……」

 青い顔でティトが呼ぶ。バースはドン、と自分の胸を叩いて、存在しない右耳に手を添えた

 「ご心配召されるな。長の声は、このバースの右耳、絶対に聞き逃しませんので」

 唇を噛むティトの背中を、ゴッチは平手で張った

 「ケ、とっとと片付けてやろうや。お前が急げば、こいつらも助かるか解らんぜ」

 ティトは大きく息を吸い込んで、バースに背を向けた。洞窟へと向かって走り出していた

 「必ず戻るよ!」
 「行って来る。バース殿、武運を祈る」

 ティトを追って、ゴッチ、レッド、ゼドガンも走り出した。ゴッチは何ともいえない複雑な顔をして、小さく舌打ちした

 「柄じゃねぇよなぁ」
 「良いんじゃないか。俺はこういうの、好きだぞ」

 ゼドガンが大剣の柄を握りながら答えた

 「お前が好きでもなぁ」
 「俺もこういうの好きだぜ、兄弟!」
 「お前はどうでもいいや」


――


 「トップは俺が……先頭は俺が取る。最後尾はゼドガンだ。文句ねぇだろ」

 速度をぐんぐん上げて先頭に踊り出たゴッチは、ティトの長い髪をぐしゃぐしゃに掻き回して言った
 反論は出なかった。スーツをはためかせながら、ゴッチは拳を握った

 道は一直線だった。以前ゴッチとダージリンが通った道よりも、遥かに綺麗に舗装されている。どうやら、これが本当の本道らしい

 「千里眼ってのが使えるんだろ? きっちり索敵しろよな!」
 「解ってるよ! 早速来た!」
 「どっからだ?!」

 道は一本道だ。壁で光を放つ不思議な石のお陰で、奥のほうまで見渡せるが、敵の姿は無い

 ティトが顎を上げて、上を見る。違和感を感じさせる大穴が、そこには開いていた

 「上ぇー!」

 ティトの絶叫と、敵の出現はほぼ同時だった。鉄の剣と盾を持った古めかしい骸骨が、上から落下してきた

 骸骨の戦士たぁ、また在りがちなモンスターだぜ、ゴッチは跳躍し、ドロップキックを敢行する

 「ダッシャァァァァーッ!」

 骸骨は盾を突き出して防御したが、ゴッチのドロップキックは防御の上から骸骨を叩き潰した

 腕と肋の骨を粉砕して、バラバラに吹っ飛ばす。ゴッチはゴロゴロと前転すると、ケ、と嘲笑一つ残して何事も無かったかのように走り続ける

 「まだ来る!」

 ガシャン、ガシャン、ガシャン、と骨を鳴らしながら、何体もの骸骨戦士が前方の通路に降ってくる
 後ろを顧みれば、そこにも骸骨戦士は出現していた。ゼドガンは涼しい顔でそれを一瞥し、無視して走り続ける

 「どうする、兄弟」
 「骨とダンスして楽しむキチガイはいねぇだろ」
 「だよなぁ」

 ゴッチは剣を振り被る骸骨戦士に、今度はショルダータックルをお見舞いした

 群れ成す骸骨達に、突撃する戦車ゴッチ号。ショルダータックは骸骨を弾き飛ばしたりはせず、そのまま玉突き事故のように次の骸骨、また次の骸骨を巻き込み、巨大な塊になって強引に前進を続ける

 「ぬぁぁぁ」

 呆れ返るほどの、全く見事な力技であった。ゴッチの蹴り足が舗装された床に亀裂を入れる度、塊は猛烈に押し込まれていく
 やがて通路は終わり、大きな広間へとゴッチは侵入した。当然、ごちゃごちゃした骸骨の塊を押しながら
 しかし止まらない。まだ止まらない。一塊になった骸骨達と共に広間の壁に激突して、そこで漸く前進を止める。ゴッチは拳を引き寄せて、眩い雷光を纏わせた

 「腐った肉がついてねぇだけ、まだ可愛げがあるぜ、手前等はよ」

 塊に突き刺さる拳。稲妻が走って、破裂音が鳴り響く。骸骨達は木っ端微塵になって、四方八方に飛び散った

 手の埃を叩き落として、ゴッチは居住いを正した。背後を追随してきたティトはポカンと間抜けな顔をしていた

 「レッド、俺が切り倒しても良いのだが、後ろの連中はどうにか出来ないか?」
 「任せとくだぜ。ちょちょいのちょいさぁ」

 ガションガションと音の成る通路を振り返って、レッドはポケットから茶色い布袋を取り出した

 口を開いて逆さまに振れば、錆色の粉が床に撒き散らされる。レッドがそこに掌を置いて鼻歌を歌えば、なんと粉末は白く燃え上がった
 後には、ガラスの粉のように変質した粉末が光と共に漂うだけだ。通路を追ってきていた骸骨の集団は、膝を着いて動きを止める。どうやら、近付けないらしい

 「まぁ、丸一日は持つだぜ」
 「全く、便利な奴だぜ、お前はよ」
 「俺ってば出来る男だから。へっへへ」

 空気が緩んだところに、再びティトが声を上げる

 「え」
 「あん?」
 「何か来てる」
 「何かって……なんだよ」
 「いや、その…………」

 ガコン、と重たい音がした。通路から見て、広間の右奥の方からだ

 例によって壁には光る石が取り付けられていて、視界は問題ない。ティトが口篭ったのが、問題だった

 「敵か?」
 「敵じゃない……ような」

 もう一度、ガコンと音がする。すると、埃をぱらぱらと撒き散らしながら、壁の一部が床へと沈み始めた
 全員、身構えた。ティトの態度は気になるが、ここは敵地だった

 そして現れる、まだら色の布を頭に巻いた、黒髪の少年。ゴッチは目を擦った

 グルナーだ

 「あぁ! ご、ゴッチ!」
 「お前確か……グルナー、だっけか? 何だお前、何でこんな所に居やがるんだ」
 「ゴッチ……」
 「何、お前、泣いてんの?」
 「泣くか!」

 グルナーは顔を真っ赤にして言い返したが、何処からどう見ても泣いていた
 レッドとゼドガンがジッと見詰めてくる

 「知り合いだ。……だがこんな所に居る理由は……。コイツ、本物か? 偽者とか言うオチじゃねぇだろうな」
 「人間だよ。可笑しな所は何処にも無いよ」

 ティトも、非常に不思議そうだった


――


 路上で物乞いをする洟垂れ餓鬼も、爆発物か銃を懐に忍ばせれば、立派な脅威だ。ゴッチは覚えのある面を前にしても、安易に近寄ったりはしなかった

 「ご、ご、ゴッチ?」
 「寄るんじゃねぇ、そこでジッとしてろ。頭吹っ飛ばされたくなけりゃな」

 グルナーの小さな身体を見下ろして、ゴッチは拳を握り締める。ゼドガンが不思議そうに唸りながら、それでも大剣に手を添えた

 「お前はグルナーか?」
 「そうだよ。何を言ってるんだ」
 「ここがどんな場所か解ってるか」
 「い、いや、知らない」
 「何故ここに居やがる」
 「村で使う薬草を取る為に、湿原に行ったら、化物達に襲われて、それで逃げてる内に…」
 「ソイツは腐った死体か」
 「そう、そうだ! ゴッチ、知ってるのか?」
 「一人でここまで? ずっと?」
 「いや、その、ハーセ様っていうアナリアの兵隊長の人が護ってくれたんだ。もうずっと前に逸れてしまったけど……」

 ゴッチが顎で、グルナーを示した

 「レッド」
 「ティトの言うとおり、何も無いだぜ。至って普通のチェリーボーイさぁ」

 肩を怒らせてゴッチは歩を進める。威圧的な態度に、グルナーはたじろいだ。死霊兵に散々追い掛け回されたらしい、埃にまみれた小さな身体が、強張って震えた

 「止めろよ、ゴッチ、冗談だろう?」

 目前にまで来たゴッチに、完璧に脅えてしまって、身を縮こまらせて萎縮する

 二歩、後退りしたグルナーを、問答無用に抱きしめて、ゴッチはバンバンと背中を叩いた

 「はっは! お前みたいな餓鬼が、よく生き延びた。大した男だぜ、グルナー」

 耳まで朱に染めて、言葉を失う。イニエのグルナーは、まだ子供である


――


 「み、ミランダローラー、本物だ……。あ、貴方の事、知ってます! ミランダ最高位の冒険者、“偉大な剣”」
 「その呼ばれ方はくすぐったいな」


 グルナーを加えて、レッドとティトをツートップに慎重に索敵を行いながらも急いで進む一行は、情報を交換していた
 イニエから来た大人びた少年はどう考えても足手纏いだったが、捨て置いて死なせてしまったら後味が悪い。もしもの時はレッドがどうとでもすると言うので、結局連れて行く事になった

 グルナーから得られた情報に、ゴッチは苦笑いする。雷の魔術師ファルコンの話は、イニエの村にまで広がっているらしい
 先ほど言っていたアナリアの兵隊長、ハーセとやらが、“魔術師ファルコン”の足取りを追って、イニエに現れたというのだ

 「まぁ……ゴッチは恩人だし、それにイニエの村に、“ファルコン”なんて奴は来なかった物な」

 充血した目をぱちぱちさせて、グルナーはペロっと舌を出した。常ならば子供ながらに実直で、正直そうな小顔が、今は冗談っぽく微笑んでいる
 舗装された通路は長い年月を経て歪み、所々が段差になっていた。その段差に引っかかりそうになりながらも、小走りに着いて来るグルナーは、子犬のように見えた

 「しかし、何でまたお前は、そのハーセとやらと死霊兵に追い掛け回される破目になったんだ」
 「さっきも言っただろう。薬草取ってるときに襲われたんだ。薬草を売って稼いでるんだよ、イニエの村は。あんまり作物が育たないんだって。……村長が言ってた」

 レッドがギターケースを背負いなおして、咳払いした。ガリガリと頭を掻きながら何か言いたげにゴッチを見る

 ゴッチはレッドの肩に腕を回して、無遠慮に体重を掛けた。下品に笑って、グルナーを顎で指す。レッドは、何でもないように笑いながらも、ゴッチに耳打ちした

 「だってよ、レッド。いい根性してるぜ」
 「……(イニエの村ってのは……実は、アシュレイとガランレイがボー・ナルン・クルデンを討伐した時、毒気に冒されて、緑の育たない死の大地になった場所に作られたんだぜ。ガランレイとその一族が、時間を掛けて大地を癒すためにな。…………まぁ、今となっちゃ、知ってる人間なんて殆ど居ないだろうけど)」

 ほぉ? とゴッチは眉を顰めた
 そういえばイニエの村長も、「イニエに魔術師が来たことはない」と言っていた。当のイニエの村の長が知らなければ、他の者は尚知るまい

 「(幾らなんでも、子供がこの遺跡に迷い込んで、無事で居られる訳が無いだぜ。きっと、ガランレイが魔物や罠から護っているんだ。死霊兵に襲われて、生き残ってるのがその証拠さ。……ひょっとしたらガランレイとも、まだ話し合いの余地があるかも知れない、ぜ)」
 「(何故だ? ……詰まりグルナーが、ガランレイの一族の末裔だからか?)」
 「(女は情が強いんだぜ。俺たち男なんかより、よっぽど優しいのさ)」

 死霊兵をけしかけてくる二百年前の幽霊が優しいのだ、と言われても、ゴッチは頷けなかった

 「で、ハーセってのはどうしたんだ」
 「……解らない。ここに迷い込んで、その、死霊兵ってのに追いかけられて……。湖のある広い場所で、凄い怪物に襲われたんだ。そこからは、よく覚えてない……」

 湖、という言葉に、グルナーを除く一行は、顔を見合わせた

 「どんな怪物だ?」
 「ねぇ、君、そこまでの道のり覚えてる?」

 ティトがぼんやりと言う。眠たそうな目が、僅かに開かれている。被さった声に、ゴッチは肩を竦めて見せた。少し逡巡した後、グルナーはティトの質問に答えた

 「何となく、なら。出鱈目に走ってきたから少し曖昧だけど。そんなに曲がり角とかは無かったと思うし」
 「それでも良いよ」

 ふんわりと微笑んだティトに、グルナーは赤面した

 「行く宛てが出来たのは良いが」

 最後尾のゼドガンが、唐突に声を放った。ゼドガンはしきりに後ろを気にしていて、その様子はゴッチもレッドも、気に掛かっていた

 「急がないか。何かが着いて来ている」
 「何だと?」
 「姿は見えずとも、冷たい殺意が伝わる。嫌な気配だな、これは」
 「ティト?」
 「……私には、解らないよ。何も居ないように感じるけど」

 ゼドガンの調子は相変わらずであった。追ってくる者がいる、と、信じて疑っていない

 「俺には解る。武に生きるから、武を知る。相当な強者と見た」
 「ティトのはセンス、ゼドガンのはスキルだぜ、兄弟。どっちも信用できる。片方が危険だと感じるなら、警戒すべきだ」

 ゴッチは後ろを振り返って、真直ぐな通路を眺める。光源はあるものの大した光量ではないので、視界は驚くほどに狭い
 薄暗闇が、ぞっとするほど不気味だった。歯を剥きだしにして笑うゴッチは、凶相と言って過言で無かったが、その余裕にグルナーは勇気付けられたようだ

 「急ぐか。どうせ行かなきゃならねーんだ」
 「じゃぁ、お願いするよ、グルナー君」
 「あぁ、うん、じゃない、はい……。解りました」


――


 レッドとゴッチのツートップに替わって、最後尾をゼドガン。並んで歩くゴッチとレッドは、声を潜めた

 ティトは、なにやらグルナーを構いたいようだった。しきりに世話を焼きたがっているように、ゴッチには見える

 レッドは肩を竦めたし、ゼドガンは微笑ましそうにしているだけだ。ゴッチを見て嘔吐までした失礼な娘は、ここに至っては至極元気であった
 敵の根城と言うなら、今まで以上に奇怪で面妖な場所だろうに

 「流石にここまで来ると、ガランレイが恐ろしくて、大抵のお化けは入ってこれないんだぜ。兄弟に引っ付いてた奴とかな」
 「ソイツは良い事を聞いたな」
 「でも、兄弟がガランレイに目を付けられてるのは変わらないだぜ。独断専行は止めたほうが良い」
 「…………」

 ゴッチは変な顔をして、手をひらひらさせた。レッドがティトを見遣って、こちらも変な顔をする

 「気を紛らわしたいんだぜ、きっと。こうしてる間にも、バース達は戦ってるから」
 「お前が骸骨どもを抑えるのに使った奇妙な粉末を、入り口で使えば良かったんじゃねぇか?」
 「流石に数百を数える死霊兵が相手だと、そんなに保たねぇー」

 ソイツは残念な事だ、と、心にも無い事を言って、ゴッチは首を鳴らした。グルナーの些か不安な案内で進む道中、未だに敵襲は無い
 拍子抜けといえば、拍子抜けである。ゴッチも、ゼドガンも、そういう顔をしている

 しかし、グルナーが怪物と出会ったと言う湖の広場に出たとき、余裕の色は消え去った。上手く言い表すことの出来ない、奇妙な雰囲気があった

 湖から天井までを眺めるゴッチの右肩を、レッドが突いた。ゴッチは、首を振る

 「俺は知らんぜ、この場所は。この湖は?」
 「コバーヌの炎じゃないだぜ。普通の湖に見える」

 前、ゴッチが骨竜ボー・ナルン・クルデンと遭遇した空間は、もっと広く、今よりも更に陸地が少なかった
 どうせなら、こっちで遭遇したかったぜ、とゴッチは唾を吐いた。これだけ陸地があれば、むざむざ遅れは取らなかった

 「“普通の湖”?」

 ティトが変な声を出して、首を傾げ、湖に近寄った。その途中、急に立ち止まったと思うと、顔を青褪めさせて直立不動になる

 鳥肌を立たせていた。ゴッチ、レッド、ゼドガンの不良三人組が、揃い踏みして湖を覗き込む

 肉の無い、骨だけの魚が、数え切れないほど泳ぎまわっていた。ゴッチとゼドガンの物言いたげな視線が、無遠慮にレッドに突き刺さった
 当然だがゴッチは、骨の魚が泳ぎまわる奇怪な湖を、「普通」と言ってのける程無神経ではない

 「え、いや、ほら。……元気な魚だぜ、やっぱ、こんぐらい泳いでないと、だぜ」
 「何処が元気だ馬鹿。痩せまくりってレベルじゃねーぞ」

 ふと、ゼドガンが腰を落とし、大剣の柄を握り締めた。ゴッチはそれを横目で見遣って、グルナーの首根っこを捕まえる
 ティトが青褪めた顔で、槍を抱きしめるのも、見えた。今更言うまでも無い事だが、危機回避能力は別として、最も索敵能力の低いのがゴッチだ。その事が本当に少しだけ、ゴッチは不満である

 「怪物が出たってのは、ここで間違いねぇんだな?」
 「そ、そうだ。ハーセ様ともここではぐれてしまって」

 ほぉ、それじゃ、とゴッチはグルナーを通路の方へと放り投げた。荷物扱いだった

 「さっきは聞きそびれたが、どんな怪物だ?」
 「いて! ……でっかい骨だ。蜥蜴の頭みたいな」
 「――! ドッカァァァァァーン!」

 唐突に、レッドが絶叫して、大跳躍した
 湖の中から水飛沫と粉砕された魚の骨を撒き散らしながら、何かが飛び出してくる。ゴッチには見覚えのある相手だ。巨大な竜の頭蓋骨

 「ボー・ナルン・クルデンだぁぁぁぁぁーッ!」

 レッドが雄叫び上げて、真紅のギターを振り被る。空気に溶けるギターケース。目にも留まらぬ速度で襲い掛かってくる骨竜を、そのギターは正確に捉えた

 「ガッキィーンッ!」

 哀れにもレッドは吹っ飛ばされた。勇ましいのは掛け声だけである
 きりもみ回転しながら壁に叩きつけられたレッドはそのまま湖に落下し、体中を骨の魚に噛み付かれながら、悲鳴と共に這い上がってくる

 「レッド様!」

 頭部が歪に歪んでいるのを見て、ティトが悲鳴を上げた。頭蓋骨が陥没していたのだ
ひーひー言いながらゴッチの背後に滑り込んだレッドの身体を、青い光が取り巻いた

 「いててて、パワーがダンチだ、俺じゃ無理だぜ」
 「頭がその有様で、なんで生きてられるんだ?」
 「うひー、頭蓋骨が逝っちゃってるだぜ。痛ぇ、回復に少し時間が要る!」
 「“少し”で治るのかよ……。ったく、手間ぁ掛けさせやがって」

 ゴッチが前に飛び出した。クルデンの頭蓋骨が、大口上げて突撃してきていた

 気合一発拳を打ち込んで、しかしそれでも前進してくるクルデンの大顎を抑えにかかる
 がっつりと組み合うゴッチ。ゼドガンとティトが得物を振り翳し、ゴッチの援護に入った

 ティトが槍で突けば、強風が巻き起こってクルデンが揺らいだ。曰くつきの槍は、悪魔の矢で操られた竜にも効果があるらしい
 ゼドガンの大剣がクルデンの鼻骨に食い込む。バリバリと歯を食いしばるゼドガンは、そのまま鍛え抜かれた両腕を振り切って、クルデンを押し返した

 「マッハキィック!」

 そこに、地をけり、空をカッ飛んで行くゴッチ。一本の棒のようにピシリと足を伸ばしきった、強烈な前蹴りが、クルデンの鼻面に炸裂した
 この男に、重量比だの体格差だのと常識が通用する筈もない。クルデンは先ほどのレッドのように回転しながらふっ飛んで行く

 「やるじゃねぇか、足手纏いのお嬢様って訳でもねぇんだな」
 「当然だぜ。ティトは俺が育てた」
 「るせー、手前はとっとと傷を治せ」
 「いけない! 後ろからも何か来てるよ!」

 状況が悪化する。常人なら死亡確定の蹴りを打ち込んでも、クルデンには微々たる物だ。その理不尽を相手にしながら、今度は挟撃されるのだ
 叫んだティトに、ゴッチが飛ぶ。今しがた吹っ飛ばしたクルデンの大顎が、早くもティトを狙っていた。ティトを引き摺り倒して地に伏せれば、頭上をクルデンが通過していった

 コイツは駄目だ。ゴッチ達の居る戦闘レベルまで、明らかに到達できていない。これ以上は無理だった

 「無事だな? お前はグルナーのお守りをしろ。ここは俺らで何とかする」
 「わ、解った。……無力だね」
 「そうでもねぇさ、手前はマシな部類だろ。よし、行け」

 怪物の威容に圧倒されて動けないグルナーは、駆け寄ったティトによって大いに安堵したようだった

 ゴッチは雷光を前進に纏わせ、奇声と共にそれを爆発させる。肉体に力が漲り、視界が広まってゆく
 ゼドガンが、この状況下で尚悪戯っぽく笑いながら、ゴッチの背に立った。背中合わせに語り合う何かがあった

 「良い事を思いついた。俺がゴッチの背を護り、ゴッチが俺の背を護れば、無敵ではないか?」
 「ケ、……しゃぁーねーな」
 「素直でない奴め」

 ゼドガンが背後に居るならば、と、ゴッチは目の前の空飛ぶ竜の頭蓋骨にのみ集中した。相も変わらずクルデンは自由奔放に飛び回り、こちらを窺っている

 右の拳が疼いた。前は無様にも追い立てられた。ダージリンが居なければ、更にクルデンを調子付かせる結果に終わっただろう。ここで「死んでいただろう」と言わない所にゴッチの底の浅い意地がある

 「…………さぁ、決着つけてやるぜ! 俺はロベルトマリンのアウトローだ! 『隼団』のゴッチ・バベルだ! ドイツもコイツも、這い蹲れ!」

 クルデンが再度、大顎開いて襲い掛かる


――

 後書

 今回は内容無いヨー。空気回ヨー。

 だらだら更新したっていいじゃない、けだものだもの



[3174] かみなりパンチ11 アナリア英雄伝説その三
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2008/12/26 09:06
 「ボォー・ナルン・クルデェェーン! お前の事、大好きだぜぇぇぇーッ!」

 竜頭蓋の眼窩、黒い二つの穴に赤い光が揺れる。ゴッチの視線と光が絡み合う

 クルデンは飛んでいる。ゴッチも、飛んだ。顎を開いて何の捻りもなく突撃してくる骨の竜に、ゴッチは抱きついた
 絶対に離さねぇとばかりに食らい付いて行く

 「ぬがぁぁぁ」

 クルデンは速度を上げ、更に急旋回を多用するようになった。風圧と慣性で、しがみ付くゴッチを振り落とそうとしている
 ここで素直に振り落とされる男であれば、ゴッチはそもそも異世界なんぞに投入されていない。獣のように歯をむき出しにして笑いながら、ゴッチはクルデンの眼窩に右腕を突き入れた

 ゴッチコレダー。激しい稲光が遺跡内部を照らす
 クルデンが啼いていた。効いている、とゴッチは凶悪な笑みを更に深めた

 啼け、もっと啼け。俺の下で

 「啼けぇぇぇぇーッ! ハァーッハッハッハッハッハッハ!!」

 雷光が激しさを増す。耐電仕様のダークスーツが音を上げ始めた。ゴッチの苛烈な蛮用にも堪えてきたファルコン特注のスーツが、泣きを入れる程の電気量だった

 泣き喚くクルデンは、殊更変則的に飛び始める。それでも嫌らしく張り付いたままのゴッチは、高らかに笑っている
 笑い声と共に雷鳴は響き渡った。ゴッチはまだまだ離さない。クルデンのカルシウムが燃え尽きるまで電流を浴びせ掛ける心算だ
 ゴッチは自分のタフネスを信じている。消耗しきる前に、クルデンは燃え尽きて消え去るのだと、そう決め付けていた

 だから、レッドが呆れ顔になるほどの長時間、飽きもせず張り付いて居られたのである。クルデンが苦しげに啼くほどに、ゴッチは嬉しくて堪らなかった

 その耳障りな高笑いは、クルデンが湖へと進路を向けたときに漸く止まる
 目の前に骨の魚が泳ぎまわる湖が迫ったとき、ゴッチの顔面は笑顔のまま硬直した。同時に電流も止まってしまう。ヤバイ、と思う間もなかった

 どぱん、と激しい音を立ててクルデンは湖に突っ込み、ずぱん、と飛沫を上げながら再び空中に躍り出る
 その時に、ゴッチの姿は無かった。頭蓋骨の治療が未だ完了しない血塗れのレッドは、あーもーと呻きながら湖に飛び込む

 「そういや、ピクシーアメーバって水に弱かっただぜ!」
 「ぐぅえっほ! ぐべぇっほ! ゲホッ! …………クソッタレが、絶対ぇに殺す。粉末になるまで奴の頭蓋骨を磨り潰してやる……」

 レッドに背負われて、ゴッチは湖から引き上げられた。大量の骨の魚が、二人の全身に満遍なく噛み付いて、びちびちと身体をくねらせる

 ゴッチは微小の電流を流す。レッドがぎゃぁ、と悲鳴を上げて、骨の魚が纏めて地に落ちた。ゴッチにとってはほんの僅かの電流だったが、レッドにしてみれば十分痛かった

 「兄弟……もっと俺に優しくするだぜ」
 「お前が生き残ったら考えてやるよ」

 軽口を叩きつつ、地を踏みしめて身構える二人だが、クルデンはもう襲ってこようとはしなかった
 赤い光に尾を引かせながら飛び回ったかと思うと、大きく一声啼いて、水の中に消える。逃げやがった、と駆け出すゴッチだが、湖の前で躊躇ってしまった

 「あー! 逃げやがる!」
 「クソがッ! ふざけるんじゃねぇ! 待て、俺と戦え!」

 がちん、とゴッチは歯を噛み合わせる。その音にしたって、尋常な音ではなかった。ギリギリと歯軋りの音を響かせれば、レッドがうへぇ、と肩を竦める

 「畜生ッ!」

 ゼドガンが自然体で歩いてくる。ゴッチは首だけ振り返って、様子を伺った

 ゼドガンと、その後ろに続くティト、グルナー。更にその背後、この空間の入り口に、巨大な化物の死体が倒れていた。その傍らには薄汚れた蛮刀もある。丁度、上半身と下半身で二等分にされた、ゼドガンの倍は身の丈があろうかと言う灰色の鬼である
 額から角にも見える突起が突き出していた。筋骨隆々としていて、腕からして丸太材よりも太く、以下にも屈強そうであるのだが

 それを二分割にして下したらしいゼドガンには、傷一つ無い。それどころか汗の痕跡も見当たらず、ともすれば戦闘の形跡すら無いほどである
 ゴッチは苛立ちを押し隠して、平静を装った

 「やるな、楽勝かよ」
 「そうでもない」

 ゼドガンは顎を上げて、首筋を示した。微かな切り傷があり、そこから血が流れている

 「肉体だけでない、技術にも優れた年経たアヴニールだった。俺と奴の戦いは紙一重で、それは鍛えた技の差で、刹那の間に決まった。そういう領域での勝負だった。しかし、どちらが勝っても可笑しくは無かったと思う」

 灰色の鬼、アヴニールを見遣って、ゼドガンは腕組みした

 「だが、まぁ、運で勝負は決まらん」
 「……お前の言うとおりだ。……ケ、俺のミスは、俺のせいだわな……」

 ゴッチは湖に腕を突っ込んで、唸り声を上げた
 もう一度、加減なしの全力ゴッチコレダー。眩いのは毎度の事、そして、その並外れた威力も毎度の事だ

 言い表しようの無い異音が響き、湖が泡立った。ゴッチが腕を引き抜けば、中を泳ぎまわっていた骨の魚は、残らず駆除されていた

 「ボー・ナルン・クルデンを追うぞ、レッド、何とかしろ」
 「何とかって……」

 仕方ねーだぜ、と言いつつ、レッドは走り出す

 「水をどうにかしろってんだろぉー?! 任せとくだぜ!」

 入り口から右手側に、高い段差があった。レッドは何か感じる物があるようで、迷いなくその段差に向かっていく

 「あそこに穴が在るだろ?」

 グルナーが、唐突に天井の一箇所を指差した。レッドが向かう段差の方向にそれはある。確かに其処にはぽっかりと穴が開いていて、グルナーは其処からこの空間に落下してきたのだと語った

 「ティト?」
 「レッド様の目的は違うみたい。何か……変な感じがする。何か魔力仕掛けがあるのかも。魔術師であるレッド様なら、仕掛けを動かせるかもしれない」
 「お前も行け。何かあるかも知れねぇ。千里眼なんだろ?」

 ゴッチの突然の言葉に、ティトは首を傾げながらも走り出した。ゼドガンがゴッチの顔を窺った後、顎を撫でさすって、ゆっくりとティトの後を追う

 「グルナー、君もこっちへ。ゴッチなら不測の事態があったとして、一人の方が存分に動けるだろう」

 グルナーはへ、と間の抜けた声を漏らした。少し、ゴッチのことを気にしているようだったが、ゴッチが犬を追い払うように手を振ると、不満顔になりつつゼドガンについていく

 レッドが高い段差の壁面を調べて、取っ掛かりを見つけ出していた。全員がその取っ掛かりにしがみ付き、段差を上りきった所で、ゴッチは小さく声を漏らした

 「クソッたれ! 俺は隼団だ……! 俺はゴッチ・バベルだぞ……!」

 地面に拳を振り下ろす。拗ねたような呻きは、ゼドガンにしか聞こえなかった


――


 「……どうやって排水してんだ、これ」

 ボー・ナルン・クルデンが“逃げ”と言う選択を取った以上、湖の中に通路なりなんなりがあるのではないか、とは思っていた
 水を我慢して潜っていく心算だったのだが、「なんとかしろ」と言うゴッチの言葉に、レッドは期待以上の働きを見せた

 ゴッチの目の前で、湖が急速に水嵩を減少させていた。見る見るうちに岩肌が露出していき、終いにはゴッチが駆除した骨の魚達の残骸が露わになる

 「ファンタジー」

 もう何度目になるのか、この台詞は。こんな手の込んで、しかも余り意味の無い仕掛けは、正にファンタジーとしか言いようが無かった

 レッドが遠方からゴッチを呼んだ。ゴッチはそれに適当に答えて、水を失った湖に身を投げる。落着と同時に、魚の骨を踏み砕いた
 注意深く周囲を探っていくと、岩場の影に大きな穴が見つかる。角度のきつい下り坂になっていて、地下へ、地下へ、とゴッチを誘っていた

 呻き声が聞こえるような気がする。ゴッチは、眉間に皺を寄せる。穴は闇にとざされていた

 「兄弟、其処だな。俺でも解るだぜ、すげー強い気配がする」
 「大概役に立つ男だな、お前。どうやったんだ?」
 「魔術師じゃねーと動かない仕掛けがあったんだぜ。其処を、ちょちょいと」

 レッドが陽気に笑いながら合流する。一同、レッドの後ろに着いて来ていた
 ゼドガンがしゃがみ込み、穴を覗き込んだ

 「……興奮する。こんな冒険は、マハエ古戦場の地下遺跡に潜った時以来だ。ロベリンド護国衆の依頼、受けて良かった」

 青褪めているティトが、眠たそうな顔に珍しく真剣さを乗せて、グルナーの肩を抱いた

 「……貴方の言うハーセと言う兵隊長の気配は無いよ。……残酷なようだけど、諦めなさい」
 「え、それは」
 「本当の事を言うなら、この遺跡の中の事は、私も殆ど読み取れないんだ。ガランレイの気配に覆われて。でも、多少は解るの。ここまでの道程で何も無かったのであれば、それはもう」

 グルナーが、ひゅ、と息を吸い込んだ。顔をくしゃくしゃにしている
 レッドがジッとグルナーを見ていた。馴れ馴れしくて鬱陶しいくらいに陽気な男が、らしくない表情を浮かべていた

 ゴッチに、耳打ちしてくる

 「(もういい加減連れて歩くのも限界だ、セーブポイントを見つけないといけないだぜ。足手纏いだし、危険だ。グルナーを護りながらどうこうできる相手じゃ無いだぜ)」
 「(ハン? セーブポイントっつったって、この遺跡の中に、安全な場所なんぞあるのか? もし死んだら、残念だが、諦めて貰おうや)」

 レッドがムスっとした

 「(……彼は、強い子だ。上手く隠してるけど、一度も右腕を動かしてない。怪我してるだぜ?)」
 「(折れてんだ。ちょっと前に、空中散歩してな)」
 「(本当はスゲー不安なんだぜ。なのに、泣き言も言わない。心配かけないように、怪我の事も黙ってる。いじらしいじゃない)」

 踵を返して、パン、とグルナーの背を叩くレッド
 グルナーは吃驚して直立不動になり、レッドのにやけ面を見上げる

 レッドは、グルナーの事が、それなりに気に入っているのだ。ガリガリと頭を掻いて、ゴッチは言った「解った、任せる」

 「……大詰めと言った所かな」

 ゼドガンが立ち上がり、手に付いた埃を払った
 ゴッチが、横に並び立ちながら軽口を叩く

 「怖気づいちゃ居ねぇよな? ミランダローラー殿の実力の程に、俺は期待してるんだぜ」
 「まぁ見ていろ」

 口端を持ち上げて拳を突き出すゼドガン。ゴッチも拳を振って、軽く打ち合わせた

 「ローラーの称号など、何と言うほどの物ではないさ。命を賭して戦う場で、如何程の価値があるというのだ。ゴッチ、俺は、“ミランダローラーだから強い”なんて言われ方は好かない。俺はゼドガンだから強いのだ。そして、“強いからミランダローラーになった”。……ま、良いか。ここから死線だ。生きるか死ぬかの領域では、心が躍る」
 「カー、大した野郎だぜ」

 ゴッチは大きく一声放って、穴に踏み込んだ


――


 歩いて十分程だ。それなりの距離ではある。急な坂道では、ゴッチ達の障害になるような物は何一つ出てこなかった
 道程は水でぐしゃぐしゃになっており、非常に滑りやすかった。レッドが視界確保の為に放った青い光が、何の物かも解らない白骨を照らし出し、最悪の雰囲気であった

 下り坂が唐突に上り坂になった時、雰囲気が変わった。薄い膜を突き破ったような、奇妙な抵抗があった

 「ん?」

 その膜の一歩向こう側の坂は、最早水に濡れていなかった。踏みしめれば、ギュ、と土が鳴る
 ゴッチに次いで膜を抜けたティトが、身体を震わせてぎゃひ、と色気のない悲鳴を上げた

 鳥肌が立っていた

 「光が漏れてるだぜ」

 上り坂は、数メートルもない。白いような、青いような光が上から降りかかってきている。足を速めて坂を上りきったゴッチは、鼻先を掠めた蛍の光のような物体に、身を仰け反らせた

 地に、数多の武器が突き立っている。剣や、槍や、斧。所々に、弓と矢が散らばっている
 不思議と、薄汚れた感じはしなかった。武器は皆、磨き上げられた直後のように輝いていた。そして、それらの間を彷徨って飛ぶ青い光

 レッドが操る物に酷似している。ゴッチが全力で暴れまわっても、十分な程度には広い空間に、青い光は踊っていた

 「蛍じゃねーよな……」
 「生き物じゃねーだぜ……」

 レッドが歩を進める。青い光がレッドを取り巻いて、直後に散っていく。逃げるような仕種だ

 「亡霊だ……」
 「ほぉー、俺に張り付いてた奴らとは、随分感じが違うな」
 「聖騎士アシュレイ・レウは、優れた竜騎士としても有名だったんだぜ。元々アシュレイはアナリアから遥か北の火竜の生息地出身で、竜騎士と言うアドバンテージによって、他国出身でありながらアナリアの騎士として取り立てられただぜ。戦神の信仰を得て“聖騎士”と呼ばれた期間よりも、“暴れ竜”と畏れられた期間の方がずっと長いんだ」
 「竜騎士? ファンタジー……。にしても、竜、竜、ね」
 「おーっと、ボー・ナルン・クルデンと比べちゃ駄目だぜ。アレは規格外。騎竜にするのは、もっと小さいんだぜ」

 グルナーが、ゴッチの背に隠れながら青い光に見入っている。この子供は、好奇心が猫を殺すことを知っているから、軽はずみな事はしない

 ゴッチは、レッドに話の続きを促した

 「それで、それが?」
 「アシュレイが生きた時代は、前に言ったようにアナリアの混乱期だ。戦が起こることもあっただぜ。当然、アシュレイもそれに参加してるんだけど……、余所者への不信感と、立志伝への妬みから、当時既に人の上に立つ地位にありながら、アシュレイは部下らしい部下を与えられなかっただぜ。記録によると、アシュレイ軍団の始まりは、アシュレイとガランレイ、足の不自由な女の秘書が一人と、見習いの従騎士が一人だ」
 「前から言おうと思ってたんだが、お前とは直感で話をした方がスムーズだな」
 「?」
 「前置きが長いっつってんだよ」

 ゴッチのデコピンが炸裂する

 詰まる所、この青い光はアシュレイの下で戦った、所謂“英雄”達であり、この地に突き立った武器達は、その、所謂“英雄”達の物らしい

 たった四人から始まった軍団は、傭兵や、民兵を主力とした。アシュレイは兵達を厳しく調練し、同時に私財を投げ打って厚遇した。その上で、寄せ集めの集団でありながらも、戦果を上げ続けた
 そのアシュレイの器量に惹かれ、軍団には数多の勇者が集い、また、数多の勇者が生まれたという

 結末があんな形でなければ、永遠に残るアナリアの英雄伝説になった筈だぜ、とレッドは締め括った

 「……綺麗だ……。きっとここは、ガランレイの侵されたくない場所なんだよ。……何時もは苦しいのに、ここは切ない……」
 「……お前は直感で話すと駄目だな……。自分の世界に浸っちゃってまぁ……」

 ゴッチはティトに肩を竦めて見せると、青い光を気にもせず、歩き出した

 突き立つ武器の群れの向こう側に、更に道がある。ゴッチは、ボー・ナルン・クルデンを追い詰めなければならないのだ。武器を眺めている暇はない

 等と思っていたら、通路の前の空間がぶれた。レッドが飛び出してきて、ギターを構える
 構えるといっても、鈍器のように振り被るのではない。ピックを取り出して、演奏の体勢になっていた。ゴッチは問答無用でレッドを殴った

 「ご、誤解だぜ、これが俺の戦闘スタイルなの!」
 「何?」
 「それよりも、ヘイ! 来たぜ、来たぜ! 兄弟、会いたかった相手だろ?!」
 「あぁ?!」

 ゼドガンまでもが前に出てきて、背の大剣を握り締めた。ティトが、グルナーを護りながら槍を構える

 ゴッチの行動は、それらよりも更に早かった。ゴッチは問答無用で飛び掛っていたのである

 歪んだ空間から現れた、黒いローブを来た女に。皆まで言われずとも解ると言うのだ
 コイツがガランレイだ。ダージリンといい、コイツといい、魔術師と言うのは、黒いローブがお好みのようである

 「ちょ、兄弟、卑怯」

 身体を捻って、雷光を纏わせた拳を繰り出す。ガランレイと思しきローブの女に届く直前で、遠慮無しの拳は、黒い霧に阻まれた
 雪に手を突っ込んだような冷たい感触だった。ゴッチが咆哮する

 「死ねェェーッ!」
 「いや、厳密にはもう死んでるだぜ……」

 うるせぇ、とゴッチは怒鳴った。雷鳴拳と霧が鬩ぎ合う。ローブのフードから僅かに露出した、病的なまでに白い女の細顎。ガランレイの唇が、嘲笑の形に歪むのが解った
 幽霊でも笑うのか、と思った其処までは、ゴッチは冷静だった。その先は、言うまでもない

 「笑ってんじゃねぇぇぇッ!!」

 ゴッチの拳とガランレイの黒い霧、二つの接触地点が、轟音と共に爆発した。弾き飛ばされるゴッチと、ガランレイ
 レッドが慌てて、二人の間に割り込んだ


――


 「……こりゃ、話を聞いてっつっても、無理そうだぜ」
 「当たり前だろ! この期に及んで交渉もクソもあるか」
 「そういうことじゃ無いだぜ、兄弟」

 油断無く身構えながら、レッドはガランレイの様子を窺っている。レッドには、ゴッチには見えない物が見えていた

 「……発狂してるんだぜ。二百年もの間、アシュレイの為に命を奪い続けて……、まともじゃ居られなかったんだ。これじゃ、まるで機械だ……!」

 命を奪う為の機械。延々とそれを行うための機構
 レッドの顔が、泣きそうに歪む。叫び声を、上げた

 「魔術師が! それで良い訳ないだぜ! 俺の声が聞こえるか?!」

 フードから覗く笑みは、嘲笑のようだったが、確かに狂人のそれにも見えた
 レッドがギターを掻き鳴らすと、その背を護るようにして、無数の青い光球が現れた。蛍のように光の尾を引きながら飛び回るそれらは、レッドがもう一度ギターを掻き鳴らすのと同時に、ガランレイに殺到した

 黒い霧が霧散し、光球がガランレイへ届く。黒いローブの、フードの部分を、光球が打ち抜いた。黒い砂のようになって、フードは空気に消える

 一纏めにされた黒髪が踊った。テツコの髪のようだった。雨に濡れた鴉のような、艶めいた黒さである
 彫刻のような顔だ。現実味の無い、寒気のするような美女が、濁った茶色の瞳を彷徨わせ、笑っている。がぁぁ、とゴッチは唸りながら拳を構える。確かに、女だ。押し倒したくなるような美しさであった

 「気違い女め! やべぇぞ、何かする気だ!」
 「シィアッ!」

 ガランレイが、レッドに対抗するように掠れた声を上げ、腕を振る。ガランレイを中心にして円状に青い光が広がり、土を捲り上げ、泥を舞い上げる

 空間に漂っていた青い光が、その動きを激しくした。荒々しく飛び回り、地に突き立つ数多の武器へと擦り寄ると、姿を消す

 ぼう、と、何も無い空間に、人影が浮かび上がった。最初うっすらとしていたそれは、瞬く間に影を濃くしていく
 数多の人影が現れて、数多の武器を手にとっていく。軽装の剣士、重装の槍兵。馬に跨った騎士までいる

 「コレは、アシュレイ軍団?」

 流石のゼドガンも動揺を隠せず、呻くように言った。ゼドガンの研ぎ澄まされた感覚は、この世に舞い戻った目の前の戦士達が、並々ならぬ強さであることを感じ取っていた
 そしてそれは、ゴッチも同じだ。やってやれない事は無い。だが、人死には出るだろう。グルナーが一番手で、ティトがその次だ。下手を打てば、レッドも殺られる。それぐらいの戦力であると、見積もっていた

 「レッド」

 レッドはゴッチの呼びかけに、サムズアップで返した。ピックを握り締めた右手のサムズアップは、蒼銀色に輝いていた

 「やるしかねーだぜ。兄弟、俺のジョーカーを切る。……俺がぶっ倒れたら、宜しく頼むだぜ」

 ゴッチが言い返す間もなかった。レッドは一歩、後ろに飛び退いて、激しくギターを掻き鳴らす
 ぶつぶつと、何か言っていた。レッドの顔は、不思議と晴れやかだった

 「俺は愛の魔術師だぜ。時に厳しく、時に優しく、だぜ。我が愛、天地を覆い、我が声、天地を揺るがす。愛ならば、或いは世界を救う、俺はそう信じている」

 ――そうさ、響け、大英霊賛歌

 「『我が声が、届いたならば、蘇れ。大地に染む鉄血よ』」
 「イィィーエ、ヤァァー!」

 ガランレイの号令に合わせて、アシュレイ軍団が走り出した。ゴッチとしては、レッドの前まで出張るしかない。レッドの目論見が何なのかは解らないが、このままでは真っ先に狙われるのは、レッドだ
 ゼドガンも大剣を抜き放って、ゴッチの横に並んだ。癖のあるブラウンの長髪が、冷や汗で顔に張り付いていた

 「おいおい、大丈夫かよ」
 「ふ、流石にこれだけの戦士達を纏めて相手にするのは、厳しいな」
 「冷や汗かいても涼しそうな野郎だ」

 レッドが、一際高く、声を張る

 「『戦友よ!』」

 強く、背後から吹き始めた風に、ゴッチとゼドガンは後ろを振り返った
 相も変わらず、演奏を続けるレッドが居る。指が目にも留まらぬ速さで動き続け、複雑な音を生み出していた

 そしてそのレッドを囲む青い光。更に強くなる風。遺跡の中を反響する歌

 始まりは、ただ一人の騎兵だった。レッドの背後にぼんやりと浮かび上がった亡霊の騎兵。その騎兵は手に持った槍を高く掲げると、騎馬に一啼きさせて、レッドを飛び越えた
 それを皮切りに、次々と戦士達が現れた。宙を舞う青い光球が、激しく光りながらレッドの横をすり抜けた時、それは一瞬にして亡霊の戦士へと姿を変え、走り出す

 「ファンタ…………ええい!」

 横列での突撃であった。レッドが呼び出したらしい亡霊達は、全速力でゴッチとゼドガンをすり抜けて行き、アシュレイ軍団と激突した
 正に信じられない光景であった。流石のゼドガンも、唖然とした表情を隠せないでいる

 「何なんだこれは。スゲェぞ、あの馬鹿、こんな隠し玉を持ってやがったのか」
 「アナリアだけではないな、他国の装いの者も居る。……あの騎士は、全滅した南方の辺境騎士団。あの剣士は、ランディの装束」
 「え、あぁ?!」

 ティトの悲鳴が聞こえた。視線を向ければ、ティトの持っていたロベリンド護国衆の神槍が、光を纏いながら宙に浮いている

 ロベリンドの槍を握り締めるようにして、人影が浮かび上がった。ゼドガンと同じぐらいの背丈だ。ティトは、自然と見上げる形になる

 ティトの目から、涙が零れた

 「お、おや……親父殿!」

 ティトの父は、薄く微笑んだように、ティトには見えた。ティトの父は槍の穂先を地面に向けて、アシュレイ軍団に向けて走り出す

 レッドの背後に、またもや光が集まる。ティトの視線が吸い寄せられる。そして、また悲鳴を上げた

 「いや、バース、嫌だよ……! いやぁぁぁぁッ!!」

 ティトは膝を折って、崩れ落ちた。レッドの背後に現れたのは、遺跡の入り口で戦闘を継続している筈の、バース・オットーだったのである
 皆、バースの死を直感的に理解した

 「兄弟……! 頼む!」

 光と風が渦巻く中で、レッドは叫ぶ
 ゴッチはゼドガンと顔を見合わせると、アシュレイ軍団に向けて走り出した。アシュレイ軍団と、レッドの亡霊軍団とは、互角

 一つ穴を開けてやれば良い。ゴッチとゼドガンならば、可能だ

 「ガラァァンレイィィ! お前の事を思うと、俺は夜も眠れなかったぜぇぇーッ!」

 ゴッチは、戦場の最前線に飛び込んでいく


――


 古代の戦場と言う物を、ゴッチは初めて味わった。敵も味方も亡霊だらけと言う、かなり変則的な形ではあったが、戦場には違いない

 こんなにも大勢の味方と共に戦うと言うのは、徴兵経験の無いゴッチには、初めての事だった。警察組織に目を付けられまくっているアウトローなど、軍の方がお断りだったのである

 「へっへ、拳骨で打っ飛ばせるなら、どんなのがどれだけ来ようと屁でもねーぜ」

 雷鳴を轟かせながら、ゴッチは相対した亡霊戦士達を次々と粉砕していく。拳を打ち込めば、確かな感触が帰ってきた。霞を打ったようにすり抜けるのではない。この事に、ゴッチは非常に満足感を覚えていた

 ゴッチの戦いは、美しくなかった。猛々しさが過ぎ、冷酷で、容赦ない。つまり何時も通りなのだが、厳密に言えば違った

 今のゴッチは、自分の欲求で残酷に戦うのではない。次から次へと向かってくる強敵に、身体が勝手に動いていた。全身を駆使し、容赦なく打ち倒し、止めを刺していく
 日常的な動作を繰り返すように、敵を倒した。ゴッチはそれだけ、と言う訳でもないが、己の力を誇示し、他者を屈服させることが、それなりに好きだ。今の状況は、寧ろ当然だった

 「戦いが身体の奥底にまで染み付いているな」
 「人のこと言えんのかよ、ゼドガン」

 ラリアットで転倒させた斧兵の頭部を、ストンピングで粉砕するゴッチは、悪魔か何かにしか見えない
 誇り高く、真直ぐ前を見据えながら大剣を振るうゼドガンは、視界の端にゴッチを捉える度、面白そうに笑った

 「敵も味方も勇者揃い。この状況は喜ぶべき物では無いのだろう。だが、この戦場にただ一人の戦士として在れた事は、純粋に誇らしく思う」
 「まだまだ余裕が在りそうだな」

 背中合わせに護りあうゴッチとゼドガンは、アシュレイ軍団の中に突出してしまっていた。四方八方敵だらけである

 しかし、二人が横列に穿った穴は、確実にアシュレイ軍団の戦闘能力を低下させた。レッドの亡霊兵団が勢いを増して、戦線を押し上げ始める

 「まだまだ行くぜ、殺しまくるぜ! 亡霊だろうが、もう一度殺す男だぜ、俺はな!」

 頭部を鷲掴み、引き寄せて、犯罪級の膝を打ち込む。パン、と破裂音と共に亡霊騎士の頭部は弾けて消え、身体は雲散霧消した
 横薙ぎの長剣は、一歩踏み込んで握り手を押さえ込むことで防ぐ。そのまま重心を崩して剣の主を引き摺り倒し、真下へと正拳突きを放った。輝く拳は亡霊剣士の胸部を破壊して飽き足らず、地面へと突き刺さった

 ゴッチは決して人に誇れるような人格者ではなかったが、べらぼうに強かった。ゴッチは力を信奉している。強いと言うことは、彼の中では正しいことで、正義そのものである

 盾を突き出して突撃してくる戦士を、ゴッチはヘッドバッドで出迎えた。盾を右の肘で受け止めて、突き出される剣を左手で叩き落とし、その上でゴッチの石頭が突き刺さる。当然のように、消え去る
 其処に駆け込んでくる弓騎兵。遠距離からの矢を尽く叩き落されて無駄と判断したか、ゴッチの至近距離にまで馬を走らせ、その上で弓に矢を番えた。当然、これも無駄である。ゴッチは神速で亡霊の馬に取り付き、首筋に腕を回す。そのまま圧し折れよとばかりに抱きしめれば、馬は空気に掻き消えた
 次は乗り手の番だった。転げ落ちた女の亡霊弓兵を背後から抱すくめ、そのままジャーマンスープレックスをかました

 「ゼドガン、まだ生きてるか?!」
 「同じ言葉を三度聴いたぞ!」
 「ケ!」

 ゴッチとゼドガンは、相対した敵を端から薙ぎ倒して行く。互いの背後と死角を補い合い、正に手の着けられない暴れぶりだった

 「それよりも、レッドがそろそろ拙いのではないか?!」
 「あぁ?!」
 「顔色が悪い!」

 ゴッチは、一瞬だけレッドを見遣って、直ぐに視線を戻した。槍を振り回しながら迫る重騎士に足払いをかけ、うつ伏せに倒れた所を、首を抱きしめ、圧し折った

 確かにレッドは、青褪めていた。精気を吸い取られでもしたかのような顔色の悪さである
 だが、まだやるな、とゴッチは口の中で呟いた。レッドは片膝をついて倒れそうになりながらも、歌を止めていない。演奏にも、歌にも、壮絶な覇気がある

 「ゼドガン、援護、任せたぜ」

 ゴッチは、右手を掲げた。無防備になった懐へ、アシュレイ軍団は殺到する
 振り下ろされる拳。大地を揺るがす拳骨が突き立った時、至近距離に居るゼドガンを巻き込みかねない勢いで、雷光が爆ぜた。四人ほど、纏めて消し飛ぶアシュレイ軍団

 ゴッチは吼えた

 「俺に続けぇ! 行くぞ野郎ども!」

 レッドの演奏が更に激しさを増す。死人一歩手前の顔色ながら、レッドの顔には不敵な笑みが浮かんだ
 ゴッチの号令を知ってか知らずか、亡霊の戦士達は一瞬だけ沈黙し、各々の武器の切っ先を地面へと向ける

 ロベリンドの神槍を構える、ティトの父を筆頭に、バースが、ランディの剣士が、辺境騎士が突撃の体制に入った

 ゴッチが拳を振り被る。大袈裟な“溜め”であった。ゴッチに刃を向けるアシュレイ軍団の戦士を、ゼドガンが走りこんできて一刀両断した

 「ロッケンローッ!!」

 ゴッチは、直援に入っていたゼドガンの横をすり抜けて、猛烈な勢いで一番近くに居たアシュレイ軍団の戦士を打ん殴った
 当然と言うべきか、それだけでは終わらない。全身に、何時に無く強力な電流を走らせて、燃え尽きよとばかりに光るゴッチは、殊更激しい拳骨と足刀の嵐で、アシュレイ軍団を蹴散らし始めた

 もう台風だか、嵐だか、そんな有様であった。流石アウトローと言うべきか、ゴッチの手癖と足癖の悪さは、正に最悪であった
 亡霊戦士達がそれを後押しする。ゴッチの戦い振りに続くように、猛然と突撃し、戦線を押し上げていくレッドの亡霊戦士達は、亡霊ながらに勇猛果敢であった

 「ガランレイを仕留めろ、ゴッチ!」

 猛進するゴッチの背後を最大限護衛するゼドガンが、とうとう傷を負った。左肩の刀傷から、血が溢れる

 左手が上がらなくなったのか、ゼドガンは、しかし右腕だけで大剣を御した。類稀な腕力と、足捌き、洗練された技術が、辛うじて戦闘の継続を可能にさせていた

 ゴッチの、何度目かの咆哮。地面に四肢を着けて、猛獣が身を震わせるかのような仕種で、当り構わず雷を振りまきながら、大声で敵を威嚇する

 次の瞬間、ゴッチは高く飛んだ。視線の先には、この馬鹿げた大魔術を維持するガランレイと、それを護るアシュレイ軍団の戦士達
 握り拳に光が集まる。ゴッチの全身を走る電流が、一瞬にして右手に収束されていく
 矢が放たれた。ゴッチは何もしなかった。己を剛運と過信したのではない。純粋、どてっぱらをぶち抜かれてもそのままガランレイを粉砕する心算だったのである
 結果から言えば、ゴッチに放たれた銀の矢は青い光に阻まれて落ちる。レッドが、何かしたようであった

 「トール・ハンマー」

 カミナリ人間であるゴッチが、何とトチ狂ったか、まるで空から落ちる雷そのものだった
 雷鳴轟かせ、ガランレイへと落ちていく。ゴッチが落着したとき、轟音と爆発と圧倒的な光が生まれた

 後に残されたのは、魔術が解除されたのか、雲散霧消していくアシュレイ軍団の戦士達
 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、身体の端から砂のように解けていくガランレイ

 そして、激しい戦闘の名残を広い背中で物語る、凶悪な顔つきのゴッチ

 「派手なステージだったなぁ、オイ?」

 多大なダメージを受けながらも、狂人ガランレイは、狂った笑みを浮かべた


――

 後書

 御免、トチ狂ったのはあっしでさぁ。グダった



[3174] かみなりパンチ12 アナリア英雄伝説その四
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/01/26 11:46
 レッドが倒れこむのと同時に、亡霊軍団は消え去った

 「残念だったなぁー、ガランレイ。お前が俺にふざけた真似さえしなけりゃ、お前の願いは叶ったかも知れんのによぅ」

 ゴッチはゆっくりと威圧するように近付いていく。壁に背を預け、動かない四肢をジタバタさせるガランレイは、奇妙な声を上げて笑った

 「イイィィー」

 ガランレイの笑みは、赤子のような笑みであった。強烈な気味の悪さを伴う笑い声に刺激され、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたティトが、立ち上がる

 「斬るか?」
 「斬りたいんか?」
 「うーむ、亡霊を切る手応えは、存分に味わったからな……」

 受けた刀傷の度合いを確認しながらゼドガンが言えば、へろへろになりながらも這いずってきたレッドが言い返す。ゼドガンは、頻りに顎を撫で擦っている

 「でも、兄弟が鬱憤を晴らしたいってよ。何が相手でも、容赦しないだぜ、あの様子じゃ」

 レッドが言い終わる前に、ゴッチの爪先がガランレイの鳩尾に減り込んでいた

 「コイツは何日も俺に張り付いてぇ、イライラさせやがった分!」

 相手は幽霊だったが、確かにダメージは通っている。まん丸に目を見開いたガランレイの頭部が、蹴られた反動でがくりと下がる

 人中に炸裂する膝。幽霊だからか、肉体にはっきりとした破損は見受けられないが、聞くに堪えない悲鳴が上がった

 「コイツは夜中に襲われた分!」

 石壁にガランレイの後頭部が叩きつけられて、鈍い音がした。矢張り、がくりとおちてくる頭部
 ゴッチはそれを右手で鷲掴みにした。ギリギリと握り締めながら空中に吊り上げ、そして壁に叩き付けた。何度も何度も叩き付けた

 「腐った死体に噛まれた分! スーツに穴ぁあけられた分! クルデンとか言う骨野郎に舐められた分!」

 そして最後に、両手を添える。右手は頭を握り締め、左手は首を締め上げた

 「でぇ、隼団に楯突いた分だ!」

 激しい放電。ガランレイがビクンビクンと痙攣する。ゴッチは手加減しない。三秒、六秒、まだ止めない

 雄叫びを上げていた。頭上に持ち上げて、更に放電。その後、地面に叩きつけて、またもや放電
 最後にヤクザキックで蹴り転がすと、ゴッチは唾を吐いた。ガランレイは声すら出せず、えびぞりになって痙攣している

 その時、全く油断していたゴッチの左脇から、槍の穂先が伸びた。ロベリンド護国衆の神槍が、白い柄を輝かせて、ガランレイの胸を貫く

 おぁ、とゴッチが慄く。背後には、激しい怒りを瞳に湛えるティトが、歯を食いしばっていた

 「これが、バースを、私の部下達を殺した分……!」


――


 胸を貫く銀の光に、ガランレイは顎を震わせる。笑みは消えていた。身体の末端から、黒いローブごと、ガランレイは砂になって解けてゆく

 黒い霧が宙に漂い、今にも消えてしまいそうなそれは、ゴッチの目の前の通路に吸い込まれていった。レッドが足を震わせながら立ち上がり、走り出す

 「追っかけるだぜ! ガランレイは瀕死……えー、もう死んでるけど、兎に角追い詰められてる! 奴の逃げる先に、アシュレイが居る筈だぜ!」
 「しぶといったらねぇな。一応ぶっ殺す心算でやったんだが……」
 「気を抜くなよ、追い詰められるほどに、苛烈になってゆく物だ」

 ゴッチは走り出す直前に、疲れきったように膝を折るティトの首根っこを引っつかんだ
 ぶらぶらと、されるがままに揺られるティトは、顔面を蒼白にしている。仄暗い通路を先頭切って駆け抜けながら、ゴッチは眉を顰める

 「なんて面ぁしてやがる」
 「……」
 「兄弟」

 ゴッチと並走するレッドが、首を振った。複雑な表情をしていた
 レッドは手の甲でティトの頬に触れると、目を背ける。堪えきれなくなったか、ティトは涙を流した

 「手前の足で走れよ」

 放り出すゴッチ。ティトは危うく躓きかけたが、踏み止まって怪しい足取りながらも走り始める。前も同じようなことをしたか、とゴッチは首を傾げた

 ゴッチは何も言わなかった。人の生き死には、当然だが、理屈でない。恐らく死んだのであろうバースの厳しい顔が、脳裏を過ぎった
 逝ったか。いけ好かねぇ手合だったが……。特に良い気持ちには、ならなかった

 一行はレッドに急かされるようにして走った。レッドが何か言う訳ではなかったが、真剣に焦っているレッドの様子が伝染し、皆が焦る
 荒い息遣いと足音だけが響く。グルナーは、よく付いて来ている。レッドやティトの代わりに、ゼドガンが気を使ってやっているようだった

 「へ、なんか感じるぜ、ゾクゾクする」
 「また光が漏れてるだぜ。……兄弟、俺も何か、ヤバイ気がする」

 転がる小石を蹴り飛ばしながら走っていると、毎度のように前方に光が見えた
 ゴッチは、うなじに冷風を感じたような気がした。悪い予感だ
戦闘に次ぐ戦闘で、ゴッチの直感はビンビンである。ゼドガンに目配すれば、ミランダの偉大な剣は意味ありげに瞳を細める

 「……コバーヌの炎か。コイツがありゃ、バースなんか一発で生き返るんじゃねーの?」
 「おー、兄弟、あったま良いだぜ」

 道は途切れていた。下方には、青白く光る湖面
 ゴッチには見覚えがある。最初にボー・ナルン・クルデンと対決した、コバーヌの湖の広場だ

 ティトが肩を震わせる。もう、泣いているのでは無かった。無理矢理、笑っていた

 「ふふ……。きっと駄目だよ。バースはそういうの、嫌いだから」


――


 広大な空間の、七割程がコバーヌの炎の湖である。ゴッチは少し前を思い出した。あの時は、ダージリンの魔術で湖を渡ったが
 今回はどうするか。落下すれば即蒸発である。道はないし、跳躍して突破できるような距離では、到底無い

 ゴッチは湖を眺めて、直ぐ異常に気付いた。湖に、人が一人浮かんでいたのである
 少しばかり距離があって年齢等は判別できないが、確かに人間だ。全裸であるらしい。ゴッチが言うまでもなく、他の面々も気付いたようで、息を呑む様子が伝わってくる

 「コバーヌの炎ってのは、何でもかんでも溶かしちまうんじゃなかったか?」
 「……つまり、もう、精製が済んじまってるんだぜ。コバーヌの炎改め、コバーヌの秘薬って訳だ」
 「? ……その、コバーヌの秘薬ってのが完成しちまうと、アシュレイってのが復活しちまうんだろう。それなら」
 「あー、そうだぜ。……もう復活しちまってるか、その寸前って所だぜ」

 レッドは頭を振って、何処からか、端に杭のついた鎖を取り出した。相当の重量で、かつ嵩張る代物だが、何処に持っていたのかゴッチには全く解らなかった

 レッドは杭で地面を突いた。ほんの少しだけ、土に埋まる杭の尖端。レッドが、ん、とゴッチを見る
 肩を竦めた後、ゴッチは前触れ無く拳骨を振るった。尻をぶったたかれた杭は全身を土中に埋没させ、それを確認したレッドは、鎖を湖へと垂らす

 ギターを背負い直して、レッドは半ば飛び降りるようにして鎖による降下を敢行した。ゴッチが焦ったように声を上げる

 それなりの勢いが付いていたが、レッドは大きな水音を立てつつも、危なげなく着水した。と言うか、着地した

 「はぁ? 何だと?」

 そこで漸くゴッチは気付いた。湖の水位が、以前よりも大幅に減少していたのだ

 「待てよ!」

 ゴッチは鎖も使わず飛び降りた。矢張り激しい水音を立てて着地。水嵩は、十センチを越えるかどうかと言ったところだ
 異常は無い。煙が上がって靴が燃えたりする訳でも無いし、痛みがある訳でも無い。強いて言うなら、ただの水と比べて遥かに粘性が高かった

 「兄弟、油断するなよ」

 ずんずんと歩くレッドに並ぶ。湖中央に浮かぶ、人影を目指した

 ゼドガン達も追って来る。ばちゃばちゃと比較的軽い足音がして、グルナーが真っ先に追いついた
 そのときにはもう、人影を細部まで判別できる距離に居た。黄金色の髪の、美しい少年である。華奢な小顔が、すっきりとした眉毛のせいで、なお小顔に見えていた

 「ハーセ様だ!」
 「兵隊長とか言ってた? あん? うーん……。どっかで見たような面だな」

 ゴッチとレッドに追いついたグルナーは、そのまま二人を追い越していく

 ハーセが浮かぶ場所だけ、湖底がくりぬかれたように水深が深い。レッドの表情は、険しかった

 「どうしたんだよ、オイ。急にイライラしやがって」
 「……ひょっとすると、……ガランレイは、アシュレイの肉体の保存に、失敗したのかも知れない、だぜ」
 「あぁ?」
 「確かにコバーヌの秘薬は万能だぜ。治せない傷も、病も無い。死体に魂を固着させるのだって、楽勝さ。骨片一つからでも命を復活させるだろう。でも、肉片一つすら、骨片一つすら無いのであれば、無理だぜ。無い物を作り出すことは出来ないだぜ」

 レッドが早足になって、グルナーの首根っこを掴む。コバーヌの秘薬に浮かぶハーセに、グルナーは手を伸ばしていた
 レッドの表情は、目まぐるしく変わった。険しいと言うよりも複雑であり、何かを必死に探り、思案していた

 「何をするんですか! 放して!」
 「黙ってろグルナー、コイツにゃ、何か思うところがあるらしい」
 「記録によれば、アシュレイ・レウは色の濃い金髪で、かなりの長身だぜ。でも、成人するより以前は肉体の発達が著しく未熟で、実年齢よりも幼く見られることが多々あったそうだぜ。そのせいで、二度ほどいざこざも起こってる」

 レッドは、改めてハーセを見つめた。其処にハーセの事を案ずるような意図は無い
 ゴッチにも、レッドの言いたいことが何となく察せた

 「丁度、この、ハーセって奴みたいな感じだったんじゃねーかな、若かりし日のアシュレイ・レウってのは」
 「……幽霊ってんだ、とり憑くくらいは、朝飯前ってか?」
 「ど、どういうことだ? 何を言ってるんだよ」

 ざわざわ、ざわざわと、背中が騒ぐ。うなじに手をやれば、毛が逆立っていた
 ティトが寒気に耐えるかのように、己の腕を合わせて肩を抱いた。ハーセをジッと睨んで、冷たい視線を外さない

 コバーヌの湖で輝く青白い光が、明滅した。身構えたゴッチの視線の先で、ハーセと呼ばれる少年が、うっすらと目を開いた

 「な、お」

 グルナーが声を発そうとして、しくじる。呼吸もろくにできない、異様な雰囲気がある

 コバーヌの湖の水面に、ぼやけた映像が映る。巨大な湖一面に映りこんだ物だから、全容を把握するのに一拍の間が必要だった

 磨きこまれた大理石の床、精巧な彫刻の施された柱
 王城の一室であった。ゴッチは王城など見た事は無いが、城を改装して再利用している博物館は知っていた。この水面に写る光景は、それに酷似している

 『認められませぬ。国を売るべからず。不正ただすべし。悪法改めるべし。無辜の民を慰撫されたし。罪人に正当な審議と罰を。冤罪人に正当な審議と温情を』
 『この私が、道を誤っておると申すか。こうまでするとあらば、命は捨てておろうな』
 『ここに証の揃う者は、全て誅殺した後でございますれば、とうに命は捨てております』
 『犬め! 分を超え、驕った馬鹿者め!』

 静かな威圧感を持って、責めるような声。それを受けて、痩せ細った王は、瞑目しつつ怒声を放つ
 腹の前で組まれていた両手が解けた。骨と皮だけに等しい右手を、王が掲げれば、水面に映った光景が振動する

 無様に這い蹲った。大理石の床に、何者かの血が落ちた

 「これは、アシュレイの?」

 視線が持ち上がる。再び、王を捉える。傍らに、一人の弓騎士が立っていた

 『リコンの魔弓』
 『アシュレイ、お前を騎士として厚遇したのは、我が国千年の汚名ぞ。お前の兵どもとて同じよ、千年の汚名ぞ』
 『馬鹿な、我が兵は……。忠勇随一の……』

 もう一度、振動。今度は視界が浮き上がり、高い天井を向いた。額を射抜かれたのだ
 水面はそこで暗くなる。光景は消え、青白く光る湖のそれに戻った。一筋だけ、波紋が起こった

 湖の外側から、中心に浮かぶハーセを目指すようだった。その青白い波紋を受け止めた時、黄金色の少年は、天を掴むように手を伸ばした

 「は、ハーセ様」
 「違う」
 「え?」
 「もうハーセじゃないだぜ」


――


 コバーヌの湖の中から、ガランレイが姿を現した。つい先ほど輪郭を失うほどに痛めつけた筈だが、既に復帰している
 ガランレイは、愛しげにハーセの伸ばした手に縋り、艶めかしくその裸体に絡む

 眩暈がする程、淫靡な仕草であった
 狂っていても、愛しい者は愛しいようだ。元々これがガランレイの悲願にして、狂気の原因であれば、寧ろ当然だった

 「反逆の咎、千年の汚名。確かに事実。確かに」

 だが、しかし、それでも

 そう消え入るような声で呟く少年は、既にハーセではない
 “暴れ竜”と恐れられた竜騎士。アシュレイ・レウであった

 レッドは、グルナーを後ろに追い遣った。誰もが、ゴッチですら沈黙する中で、レッドが頬を掻きながら、アシュレイの名を呼んだ

 「アシュレイ・レウ」
 「俺の名を呼ぶのは誰か」
 「レッド。愛の魔術師」

 アシュレイが両手を下げて、顔を覆った。ガランレイがアシュレイの肩を引き、ぽっかりと開いた湖の空洞部分から、その白い肉体を引き出す

 「アンタは……偉大な男だと思うんだぜ。その……アナリアが憎いか?」

 顔を覆ったまま返される応え

 「憎い」
 「ま、そうだよな……。でも、時代は変わったんだぜ。アンタを殺したブレーデンは当の昔に死去したし、アナリアは蘇った。もう、何もかもが違うんだぜ」
 「嘘だな。魔術師」

 ゆらり、とアシュレイは立ち上がった。裸である事への羞恥で気を取られるほど、小胆ではないようだった
 青い瞳は剣呑な光を宿していた。敵意が見て取れていた

 「何も変わっていない。二百年、それほどの時の中で、ただ貶められ続けた我等の名」
 「気持ちは解る! 俺だって、きっと我慢できねーもん! でもさー!」
 「俺自身の事ではないッ!」

 衝撃が起こり、水飛沫が上がる。一糸纏わぬ姿のアシュレイに黒い霧が纏わりついたかと思うと、見る見るうちにそれは輪郭を成し、黒い鎧へと変貌した
 黒い鎧は、何かの鱗で編んであるようだった。ゼドガンの身に着けている物と同じ、足首までを覆う腰巻には、ゼドガンに習うのであれば、暗器が仕込んであるに違いない

 お手軽なお着替えだことで。ゴッチは前に出て、レッドを背に隠した。ゼドガンがそれに習い、ティトが唾を飲み込みながら槍を握り締める。何度繰り返した動作か

 「国の為に、常に最も過酷な戦場で戦い、命すら投げ打った我が兵達が、裏切り者の汚名を受ける……!」

 ゼドガンが苦い顔をしていた。何時も飄々としているゼドガンらしくない、ゴッチの初めて見る表情であった
 ゼドガンには、アシュレイの心が解るらしい。泣きそうにすら、見えた

 「許せるものか!」

 歯を食いしばるレッド。いきり立つ肩を、ゴッチは抑える
 ゴッチの静止をも意に介さないレッドだが、無駄であった。アシュレイは、心底に怒りを飲み込んでいた

 「聞け! 聞けだぜ! アシュレイ!」
 「黙るが良い、魔術師! お前の言葉は、まやかしと大差ない!」

 もう一度、黒い霧。今度現れたのは、真紅の槍だ。アシュレイは、己の身長程もあるその大槍を容易く振り回し、穂先を水面に向ける
 空気が爆ぜ、水飛沫が上がった。一瞬だけ露出し、直ぐに水に沈んだ地面は、何かに抉られていた

 「レッド、お前、五月蝿ぇーよ」
 「……兄弟」
 「それでも男か? 解ってねーな。奴は今、意地張ってんだぜ。お前如きが賢しらに何か言った所で、収まるかよ」
 「あぁー! もう、結局こうだぜ!」

 並び立つアシュレイと、ガランレイ。ゴッチは、右の拳と左の掌を打ち合わせた


――


 「ゼドガン、餓鬼どものお守りを頼む」

 カァァ、と大口開けて、ゴッチは息を吐いた


 古の英雄とレッドが手放しで賞賛したアシュレイ・レウ。なるほど、確かに青白いながらにも表情には気迫があり、立ち居振る舞いは堂々としている。ハーセの肉体そのものは、華奢で頼りない少年のそれであるが、中身がこうだと、そんな事は全く気にならなかった

 ゴッチは親指で首を掻き切る真似をする。向けられる槍の穂先。突きつけた左の拳。射抜くような双方の視線が、火花を散らして交差した

 「国の為? 兵どもの為? ケ、手前もかい」

 突きつけた拳から、親指だけがピンと起き上がり、地面へ向く。地獄に落ちろ

 「反吐が出るぜ」

 アシュレイは、ゴッチの言葉には、呑まれない

 「お前如きごろつきには解らぬだろうよ」
 「……偉そうなもんだ、何処かで見たような面で、何処かで聞いたような口調で話しやがる」

 ゴッチの視線、アシュレイの視線。互いに視線交し合って、互いの米神に浮かぶ青筋。拳と槍、二人は同時に得物を振った

 「デュエル!」


――


 穂先は、実を言えば、ゴッチには全く見えなかった。アシュレイが最初に放った突きの一撃からして、既に必殺であった

 ただ、ゴッチの体に染み付いた右ストレートの動作。それがゴッチを救った
 低い体勢から、伸びる足、伸びる膝。ゴッチの頭を狙った筈の突きは、ゴッチの筋肉によって盛り上がったダークスーツと、右肩口の肉を削り取り、そのまますり抜けて行く
 ファルコン特注の防弾防刃スーツは、全く役に立たない。しかし、カス当たりであった
 そこからは、ゴッチ。伸びる背、伸びる肩、伸びる腕、握り締められた右拳
 体を斜めに曲げ、腕の関節を槍に絡めるようにして、右手の甲が己の顔を向く程の捻りを加えた一撃

 こちらもまた、アシュレイの頬を掠めただけだった。互いに互いの攻撃は外れたし、また避けたのであった

 「――ぬ!」

 刹那の交差の後、アシュレイは体を引いた。逆に、ゴッチは離さんとばかりに食らい着いていく。間合いを離されたら、次も槍を避けられるかどうかは、微妙だ

 ゴッチの両足が、両方とも湖から離れる。左は折り曲げて、右は伸ばしきる
 黒いスラックス、黒い靴に包まれた足が、眼にも留まらぬ黒い影になってアシュレイに迫った。気合の乗った蹴りだ。この蹴りで、鉄の壁を抜いた事もある

両肩を振り回して、上半身を捻った。これは、反動を付けて蹴りの威力を増すと同時に、無防備な顔面への攻撃を防ぐゴッチ独特の癖だ。二の腕で視界が狭まってしまう弱みもあった

 果たして、渾身の蹴りはアシュレイの胸板に直撃する。助骨を粉砕して、人体の重要な臓器を破壊する凶悪な蹴りだったが、しかしアシュレイはそうならなかった
 黒い鱗の鎧が鈍い光を発し、蹴りの威力の大部分を受け止めたのである。アシュレイは俄かによろめいただけで、ゴッチは罵声を上げながら、振り下ろされた槍に叩き伏せられる

 咄嗟に両腕で体に引き寄せて、薙ぎ払われた槍を防御したのが幸いした。コバーヌの湖の中を転がったゴッチは大した怪我も無く、舌打ちしながら悠々と立ち上がった

 鎧だけじゃねぇ

 「何かタネがあるな」

 アシュレイの身体能力だった。アシュレイが乗っ取ったハーセと言う少年の身体に、自分と渡り合えるだけのポテンシャルがあるとは、ゴッチはどうしても思えなかった
 何かで水増ししている。今になっては、開き直った、今更どんな仕掛けがあろうと、驚きはしないし、構わない

 「どうした、来いよ!」

 ゴッチの挑発に乗って、アシュレイが迫る。槍を振りかぶるよりも早く、ゴッチはコバーヌの秘薬を蹴り払った
 粘性の高い水が蹴り上げられ、目くらましになる

 「下手を」

 アシュレイは、小細工に動じるような男ではなかった。飛沫に激しく顔面を打たれながらも、怯まず槍を突き出す
 だがゴッチは、別にアシュレイに動揺して貰わなくても良かった。神速の切先の狙いが、僅かにでも神妙さを欠けば、それで十分だった

 コバーヌの秘薬の中に手を突っ込んで、這い蹲るような低さで、ゴッチは槍を掻い潜っていた。槍を見切れないと踏んだゴッチが取った、苦し紛れの足掻きであった。果たしてそれは成功した
 槍が引き戻されるよりも早く、ゴッチはタックルを敢行する。ゴッチの肩が、アシュレイの腰と激突した。ゴッチは、顔色を変える

 重たい。ゴッチとて、尋常でない怪力の男である。アシュレイはそれを真正面から受け止めていた
 ゴッチは笑った。体勢を整えて、ゴッチを押さえ込もうとするアシュレイ。その懐で、するりと身体の向きを入れ替える
 アシュレイがこれまでに、どれほどの数の敵と戦ってきたのかは解らないが、懐に潜り込んできた後に背中を曝け出した者は、皆無だったに違いない。反応が遅かった。強靭なゴッチの両腕が、槍を保持するアシュレイの手に絡みつく

 一本背負い。世界がぐるん、と一回転する。ゴッチはコバーヌの湖の中に、アシュレイを叩き付けた。舞い上がる飛沫と、広がる波紋

 「どんな気分だ?」

 仰向けのアシュレイの顔面に向けて、ゴッチは拳を振り下ろした。この不可思議な鎧で威力を殺がれてしまうなら、ここはどうか
 しかし、的中せず。首を僅かに動かしたハーセの、米神を抉られながらも挑みかかるような表情。ゴッチの拳骨は、水飛沫を上げただけだった

 胸倉にアシュレイの手が伸びた。抗う暇も無い。引き摺り下ろされて、ゴッチはコバーヌの秘薬で顔を洗う羽目になった。口内に侵入したコバーヌの秘薬の、妙な甘ったるさに顔を顰め、ゴッチは立ち上がろうとする

 しかし、ゴッチがコバーヌの秘薬を吐き出している内に、アシュレイは起き上がっていた。振り上げられたアシュレイの槍は、容赦なくゴッチの後頭部に振り下ろされる
 衝撃と激痛。再び、ゴッチはコバーヌの秘薬の中に顔面を突っ込んだ。ゴッチでなければ死んでいた。死ななかっただけで、流石に今のは痛打であった

 「兄弟!」

 レッドの悲鳴が聞こえた。ゴッチは怒鳴り返す余裕も無く、這いずる様にして距離を取る。黒く染まりかけた視界が、色を取り戻す

 仕切り直し、といった風情で、アシュレイが槍を構えなおした。ゴッチは、ダークスーツと下のシャツを脱いで、赤い裸身を晒した。手足が痺れて満足に動かなかったが、ピクシーアメーバの回復力で、それも急激に治まりつつある

 「半端じゃ、やべぇか」

 電流を使えないのがネックであった。コバーヌの秘薬が電気を通すのかどうか、全くの不明だ
 一歩間違えば、ゼドガンも、ティトも、グルナーも、ただでは済まない。レッドだけは或いは自力でどうにかするかも知れないが

 「ケ、足手まといなんだよ……!」

 もう一度、コバーヌの秘薬を蹴り上げる。二度目とあっては、殆ど効果は期待できないであろう目くらましだ
 ゴッチの予想したとおり、全く効果は上がらなかった。アシュレイは一歩引いて腰を落すと、ゴッチが飛び掛ってくるのを冷静に待ち受けていた

 迎撃の準備が出来ている事は解っていた。しかしゴッチは、それでも己から襲い掛かる。煌く切先がゴッチに向かって伸びた。相も変らぬ速さの突きに、全ての神経が吸い寄せられていく

 脱いだスーツをくしゃくしゃに丸めて、右手に握り締めていた。ヒュ、と息を吸い込んでゴッチはそれを前に突き出す
 確かに、アシュレイの槍と技は異常だ。しかし、乱暴に丸められた防弾・防刃のスーツは、今度こそそれの突破を許さなかった

 スーツ越しに真紅の槍の穂先を押さえ込み、腕力に任せて引っ張る
 アシュレイとて、軽々しく己の得物を手放す男ではない。全身に力を籠めて抗おうとするが、体勢が悪かった
 苦々しい呻きと、堪える様な表情。アシュレイ・レウの、必死の形相である

 「ぬぁぁ」

 ゴッチの肉体が、音を立てて硬直した。槍を抑え込んだまま、宙を貫くような前蹴り。身体を横倒しにしてグンと伸びたそれ

 「マッハキィック!!」

 こればかりは、避けようがない。前に引きずられたかと思えば、そこに突っ込んでくる冗談のような速度の靴底。アシュレイの額を、ゴッチの蹴りは射抜いた。正に射抜いた、と表現すべき、弾丸のような蹴りであった


――


 コバーヌの湖の中に倒れこんだアシュレイに、ガランレイが取り縋る。見事に五メートル以上も蹴り飛ばされたアシュレイは、首の骨を損傷していた

 鎧の無い部分までは、インチキな防御力も無いようだ。ゴッチは油断無く身構えながら、満足げな笑みを浮かべた

 「楽しい時間は早く過ぎるもんだが、二分足らずってのは短すぎねぇか?」
 「兄弟……すっげぇよ、マジで。吃驚しただぜ」

 ほ、と息を吐くようにレッドが言った時、そこで漸くゴッチは構えを解いた
 槍に巻きつけたスーツを握り締め、乱暴に振り回す。スーツが槍から解けて、ゴッチは咄嗟にそれを握り締めた

 途端、掌に高熱を感じて、ゴッチは声を上げて槍を投げ捨てた

 「ぐお?! 何だ、クソッタレ」

 槍に触れた手が、赤黒く変色していた。流石死に損ないの持つ槍だ、とゴッチは悪態を吐く

 真紅の槍は、ぶるぶると震えていた。他に何とも言い表す方法が無い。怪しげに震えていたのである
 吸い寄せられるようにして、倒れたアシュレイの手へと戻っていく。ゴッチは再び身構えた。アシュレイが、意味不明な言葉を放った

 「まさか、卑怯とは言うまい」

 アシュレイに縋っていたガランレイが、仰け反るようにして白い喉を晒した。周囲を黒い霧が取り巻いて、コバーヌの湖が怪しく輝く

 「馬鹿な、首の骨が、完全にイカれてる筈だぜ……」

 唖然と呟くゴッチの視線の先で、アシュレイは再び立ち上がった。ゆったりとした挙動で、コバーヌの秘薬を滴らせるアシュレイは、不敵だった

 「あちゃー…………、コバーヌの秘薬だ。なんてこったい、ここに居る限り、アシュレイは正に不死身だぜ」
 「ジリ貧って事かよ。コバーヌの秘薬は、俺達には使えねぇのか?」
 「精製したのはガランレイだぜ。ガランレイの魔力にしか反応しない」

 じゃあ仕方がねぇ。ゴッチはアシュレイに中指を立てて見せた

 「妙に大人しいと思ったんだよあの気違い女。レッド、ゼドガン、ガランレイから仕留めるぞ」

 ゼドガンが苦笑しながら前に出る。表情こそ落ち着いているが、待ち侘びていたようだった。負傷して尚、戦好きである
 ティトが、槍を振ってその後ろに続いた。ティトの視線は、レッドに何も言わせなかった

 「ティト」
 「この槍ならば、やれます、レッド様。父上やバース達が私を助けてくれている。私も行かねば」
 「頑固な娘なんだぜ。立派に育ったな、ティト」

 ゴッチが肩を竦める。心にもない謝罪の言葉を口にした

 「悪いな、アシュレイよぅ。四対二になっちまった。だが」

 四人が並び立つ

 「まさか、卑怯とは言わんだろ?」


――


 一斉に走り出した。コバーヌの秘薬を蹴り払いながら、矢張り身体能力に最も優れたゴッチが先行する
 アシュレイが槍を引いた。己の直感と運を頼りに、ゴッチは急停止する。伸びる槍。ゴッチの眉間を貫く一cm前で止まった。間合いの限界であった

 「見切ったぜ」

 刹那の間、睨み合う

 ゴッチがべぇ、と舌を出して、体を振り回した。回し蹴りが槍の穂先を打ち、アシュレイの体勢を大きく崩した
 見計らったようにゼドガンが飛び込む。右手一本で御された大剣が、一直線に振り下ろされた
 身を捩るアシュレイ。大剣が、コバーヌの湖面を叩く。そして、間髪入れず跳ね上がる

 真紅の槍がそれを受け止めた。アシュレイにも意地があった。流石、とゼドガンは口端を持ち上げる。些か、残念そうであった

 「万全の状況で、一対一で競り合いたかったが」
 「武の為に武に生きるか。嫌いではないぞ」

 ゼドガンは体ごとぶつかって、受け止められた大剣を押し込む。闘いの技術とはつまり構えだ。構えが崩れているアシュレイは、人外の膂力をもってしても堪える事が出来ず、押し切られた

 更に追撃、と襲い掛かろうとしたゴッチとゼドガンを阻む為、ガランレイが現れる。コバーヌの湖から滲み出るように出現したガランレイに、二人はたたらを踏んだ
 ガランレイの持ち上げた右手が、二人の目と鼻の先で暗く輝いていた。ざわ、とうなじが震える感覚に、ゴッチは必死で体を引き、両腕を交差させて防御姿勢をとる

 待ってましたとばかりに、レッドが滑り込んできた。レッドは疲労の色を隠しきれていなかったが、必死に雄叫びを上げていた

 「ひゃっほぉー! だぜ! こっちを見ろォォー!!」
 「イイアァァー」

 ガランレイが円を描くように手を振り回す。暗い光は空中に尾を引いて、闇色の陰気な円陣を作り出した
 その中心に、ガランレイの白い指先が、微かに触れる。その瞬間、黒い円は墨を垂らしたかのように黒く染まった。底の知れない穴のようにすら見えた

 「ぶつけて来いだぜ! 怒りも、憎しみも!」

 青白い光が散らばる。ギターを抱きしめるように掻き鳴らすレッド
 ガランレイが、もう一度手を振った。黒い穴が波打って、黒い獣の大顎が現れた。黒い霧で象られた牙と顎だけの獣が、レッドに食らいついていく

 青白い光が目を焼くようだった。大顎の獣の暴力に、レッドの魔術が抗っていた
 噛み砕こうとする大顎と、それを受け止める青白い光。バチバチと火花を散らして、鬩ぎ合う
 ガランレイが己の胸を掻き毟って、赤子のような鳴き声を上げた。黒い大顎がより大きく、鋭い牙はより鋭くなっていく
 レッドはピックを口に銜えると、ギターの弦を直接指で叩き始めた。ギターは青白い電流にも似た力を垂れ流す。それが弦を叩く度にレッドの親指を焼いて、何度も叩かない内にレッドは出血した。ブラッディチョップである

 ジリジリと押し合い圧し合い、ガランレイとレッドの間が少しずつ広がっていく

 レッドは歯をむき出しにして泣き言を言った

 「ぬわぁー!! 駄目だ、保たねぇぜぇぇー!」

 其処に漸く到着したのが、ティト・ロイド・ロベリンドである。レッドは苦痛に塗れた表情をふ、と消して、ゴッチを真似た心算か、べぇ、と舌を出した

 「なぁーんちゃって」

 バックステップ。レッドが後退する。入れ替わるようにしてガランレイの眼前に躍り出たティトは、バクンと閉じた口内に獲物を取り逃した大顎へと、槍を突き出した

 「槍よ、槍よ」

 ロベリンドの槍に貫かれた黒い大顎は、のた打ち回って霧散した。ティトは、もう一歩踏み出す

 青白い光がティトに追随していく。一瞬だけ、輪郭の薄い人型を形成したように見えた。ティトの父を、バース・オットーを、その配下達を、一瞬だけ形成したのであった
 ティトが腰を落として槍を構えなおした。ロベリンドの槍が輝いた

 「魔術師、取ったぁ!」

 アシュレイがティトに迫った。みすみすガランレイを討たせる心算は無いようであったが
 それと同時に黙っていないのがゴッチである。ティトを叩き伏せようと槍を振り被るアシュレイに向かって、両手を広げて突進していく

 「その槍は……! 好きにさせるか!!」
 「させるぜぇ?!」

 今までとは打って変わって、簡単にゴッチはアシュレイの槍を掻い潜った。アシュレイに取ってもゴッチは、他所に気を取られながら相手を出来る男では無かったのである

 鉄拳がアシュレイの胸に突き刺さる。暗い光がまたもや威力を殺いだ。ゴッチはぎゅう、と肩を引くと、もう一度拳を繰り出した
 先程の鉄拳と、寸分違わず同じ場所に突き刺さる。アシュレイは血を吐いた。しかし、アシュレイの視線は、ティトの槍しか見ていない。ゴッチは眼中になかった

 ティトが槍を突き出す。同時に、アシュレイが苦し紛れに槍を振り下ろした。ゴッチの妨害で、突けなかったのである
 ティトが真紅の槍に叩き伏せられるよりも、ロベリンドの槍がガランレイを貫くほうが、僅かに早かった

 ガランレイの絶叫が上がる。纏った黒いローブの末端が、さらさらと砂のように解けて行く
 豪槍に肩の骨を砕かれ、コバーヌの秘薬の中に叩き伏せられながらも、ティトはガランレイを貫いた手応えに、満足の笑みを浮かべた

 「ガランレイ!」
 「女に気ぃ取られてっと、殺っちまうぞ!」

 三度目の拳。ゴッチもいい加減、忍耐力の限界である。元よりそんな物は皆無に近いが
 ゴッチの拳は、決して手加減された物ではない。それを一発、二発とまともに受けて、平然としていやがる。血は吐いたが
 自慢の拳だ。頭に血を上らせるには、十分過ぎる理由だった

 メリメリとゴッチの筋肉が盛り上がる。雄叫びと共に繰り出された拳を、アシュレイの鎧はまたもや受け止めるかのように見えた

 そうは、ならなかった。黒い鱗の鎧は爆ぜて、アシュレイは吹き飛ばされる。拳を振り抜いた姿勢で結果を確かめたゴッチは、ガッツポーズを決めて見せた

 「……やれやれ、出る幕が無かったな」

 大剣を一振りして、ゼドガンが残念そうに言った


――

 後書

 ただ戦闘シーンが書きたかっただけー。

 昔は、ssとしては詰まらなかったとしても戦闘シーンは面白い物が書けるようになりたかった。両方良ければ尚良いのは当然だけども。

 今どうなってるのかは、得てしてそういう物だけど自分では解らないわ。



[3174] かみなりパンチ13 アナリア英雄伝説最終章
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/02/11 02:50


 「負けぬ、まだ負けぬ」

 口端に血を滲ませながら、アシュレイはそれでも立ち上がった。剥き出して食い縛った歯には血液が纏わりついていて、美顔が台無しであった

 「我が槍も、我が生も」

 だが、アシュレイにとっては己の見てくれすら重要ではない。そして、形振り構わぬその態度は、ゴッチにとっては見苦しい物ではなかった
 ゴッチは、笑った。一国を滅ぼしたがるような大悪党には、気品と誇りが必要だ。そしてその二つは、見てくれから生まれる物ではない

 アシュレイ・レウ、魔王の品格であった。ゴッチにとって気に入らない所の多々ある男だが、気分の良い部分も、まぁ、多少はあった

 「まだ、持ち得る全てを燃やしておらぬ」

 ポツリ、とグルナーが何かを呟いた。首だけ振り返ったゴッチは見た。顔面蒼白のグルナーの膝は、ガクガクと震えていた

 「む、無理だ。…………駄目なんだ貴方は! 仕返す相手が違うんだよ!」
 「子供。アナリアの民か」
 「ハーセ様を置いて、暗黒の世界へ帰れ! 貴方の怒りにその人を巻き込むな!」
 「バヨネへ? 馬鹿な」

 遺跡が震えた。埃と小石が天井から落ちてくる。コバーヌの湖が激しく波打ち、ティトが顔を歪めながら警告した

 「来る! ボー・ナルン・クルデンが来る!」

 アシュレイに黒い霧が取り付いて、一泊の後、吸い込まれるように消えていく。今のはガランレイだと、レッドがぼそぼそ呻く。消耗を抑える為に、アシュレイの中に逃げ込んだらしい。こうなると、ガランレイほどの魔術師といえども、まるで無力のようだ

 アシュレイは、コバーヌの湖の一部、最初己がたゆたっていた所へと走っていく
 咄嗟にゴッチは追い掛けた。ゴッチの関心はちらかと言えばボー・ナルン・クルデンの方に向いていたのだが、むざむざと逃す訳にも行かない

 アシュレイが飛んだ。水深の深い穴へと飛び込んで、身投げでもしたかと思ったが、そうはならなかった

 突き出た鼻、洞穴のような眼窩。異様な気配を放つ竜の頭を見て、ゴッチは歯をむき出した
 穴の中からボー・ナルン・クルデンの頭蓋骨が姿を現したのである。その頭蓋骨の上に着地して、アシュレイは雑音を振り払うように言った

 「バヨネへは行かぬ! 何も終わっていないのだ!」
 「レッド、どういうこった!」
 「アシュレイは竜騎士だって言ったろー?! 竜に乗る技術があるから竜騎士なんじゃない、竜を操る資質があるから竜騎士なんだぜ!」
 「解んねーよ馬鹿! ……でもまー良いぜ、 纏めてもう一回戦行くかコラァ!」

 クルデンの頭蓋骨を追うようにして、穴から数多の竜骨が飛び出してきた。ゴッチには何が起こるか解った。既に一度体験したことである

 あれよあれよと言う間にクルデンの骨格が組みあがっていく。骨の尾の先まで接着が完了した時、クルデンが不気味な声で咆哮した


 「我が怒りを見よ!
  我が、我が竜を見よ!」


――


 「だっしゃぁオラァァー!」

 ゴッチはもう、兎に角出鱈目に大声を上げた。ボー・ナルン・クルデンは巨大で、己は小さかった。しかし、気迫で負けてはいけないのだ

 「足手纏いは要らねぇ! 俺だけで良い! アイツは俺んだ!」

 ただ一人きりのゴッチ・バベル、コバーヌの湖の中を駆ける。背中がスッと軽くなる気がした。自分が本当に望んだ事を成し遂げようとしている

 五歩走った後、高く飛んで足を折り曲げた。ゴッチの居た空間を、クルデンの骨の尾が横薙ぎに払っていく。着地の後、本の少しの怯えもなくゴッチは走り続ける
 振り回された骨の尾が、今度は縦に唸った。カキカキカキカキと、硬い物がぶつかる音が連続で響き、宙を裂く。ゴッチは斜め前に飛んだ。尾はゴッチを捉えきれず、コバーヌの飛躍を撒き散らしてその下の地面を抉る。ゴッチは、回避しながらも、前進を忘れない
 既にクルデンは目と鼻の先であった。ゴッチは更に加速して、大きく跳躍する。尾を振るう度に全身を撓らせるクルデンは、丁度都合よく頭部をゴッチに向けていた。クルデンの頭蓋骨に手を添えるアシュレイと、目が合った

 「見事な戦士め! 力があるだけで、俺の心が解らぬか!」
 「いやぁ?! 結構解るぜ! だがよ!」

 ゴッチが空中で拳を振り被る。クルデンの制御に精一杯で、まともに槍を振るう事が出来ないのか、アシュレイは硬く防御を固めるだけだった

 砲弾のように、ゴッチはクルデンの頭蓋骨に着弾した。アシュレイの横面を狙った、叩きつけるような右の拳は、真紅の槍の柄に防がれた

 「解ってほしいなんて、甘えた餓鬼みてぇな事は言うまいよ!」
 「確かに!」

 ゴッチは間に真紅の槍を挟んで、アシュレイと真正面から向かい合う。槍に触れた腕と胸に焼け付く痛みを感じたが、全身が燃えるように熱いゴッチは、あっという間にその事を忘れた
アシュレイの行動を封じるため、抱きしめるように両肩をホールドして、ヘッドバッドを繰り出した。万が一にでも、槍を振らせたくない
 一発目は、まともにアシュレイの額へと炸裂した。しかしアシュレイも流石に黙っておらず、二発目の為にゴッチが頭を引いた瞬間、反撃のヘッドバッドが強かに鼻を打つ。当然のように、鼻出血が起こった

 「クソッタレがぁ!」
 「無頼者め!」

 技も何も無い、石頭のぶつかり合いである。見る見るうちに互いの顔面は裂傷を負い、激しく血を撒き散らす。ゴッチは兎も角として、ハーセと言う少年の物であった美しい顔立ちは、アシュレイの気迫と傷によって凄まじい有様であった

 「(畜生! こいつ、気に入らねぇ!)」

 チビの癖に、死に損ないの癖に
 ゴッチは苛立っていた。ゴッチ自身にも把握しきれない、燃えるような怒りだった

 「貴様が命を掛ける理由は何だ! アナリアに、それ程の価値があるのか?!」

 熱くなったゴッチの頭に、更に火が投げ込まれる。ゴッチの怒りは、急激に高まっている

 「るせぇな! アナリアなんぞ知った事か!」
 「訳の解らぬ事を! お前は何者なのだ! 何の為に戦う!」
 「ゴッチ・バベル! アウトロー! 気に入らん奴を殴るだけよ!」

 ぶつかり合った額が、拮抗した。この石頭の馬鹿二人は、なんと顔面で鍔迫り合いを始めたのである
 ヘッドバッドをしながらでは操れないのか、クルデンは大人しい物だった。その頭蓋骨の上での意地の張り合いは、滑稽にすら見えた

 互いに、憤怒の形相であった。怒りの篭った声を吐きながら、ぐぐ、とアシュレイの額がゴッチの額を押し込んでいく

 「何だそれは……! 志の無い男め! 命を掛ける理由を持たぬ、貴様などに……! 負けるかァ……!」

 押し込まれて黙っているゴッチでは、当然無かった。ぐぐ、とこちらも押し返し始めたゴッチの脳裏には、カロンハザンの取り澄ましたいけ好かない顔が浮かんでいた

 「またそれだ……! 奴も、手前も、“戦う理由”だの、“何の為”だの……! いい加減鬱陶しいぜ……!」
 「ぐぅぅ……! 所詮ごろつきか……! 性根の卑しい貴様には、言っても解らぬか!」

 形勢が逆転した。ゴッチがアシュレイを、押し切ろうとしている

 「おぉ、ごろつきで結構よ! らぁぁ……! 手前みたいな奴ぁ、喧嘩の理由、直ぐに他所に押し付ける……!」

 ありえねぇだろ、とゴッチは零した。誰かのため、何かのため、ありえねぇだろ
 何を考えて、何をするのも、全て己だ。それを部下の為だ、何のためだと、理由を他人に押し付けているような気がして、ゴッチはアシュレイが気に入らないのだ。アシュレイだけでは、無い。カザンだってそうだ
 女を取り戻そうとするカザンは、大した男だと思った物だ。だが、すまし顔で戦う理由について説いたカザンは、最悪の面をしていた

自分が何を気に入らないから、自分が何をしたいから、自分が何を欲しいから、結局そうじゃねぇか。気取ってんじゃねぇ

 「俺は俺の仕業から逃げた事は無い! 何も解らぬ者が!」
 「手前の話は薄っぺらくてよぉ! 簡単に解るんだっつーの! おかしいぜ! 本当は、手前が気に入らねぇだけの癖によォォーッ!!」
 「己の事しか頭に無い、自己中心的な貴様の常識で、俺を語るな!!」

 ゴッチが押し切るか、と見えた瞬間、アシュレイの気配が変わった。超至近距離で顔を突き合わせていたゴッチには、アシュレイの目が血走るのが、よく観察できた

 アシュレイの力が高まっていく。押し返されるゴッチ。アシュレイの体が暗く輝いて、ボー・ナルン・クルデンが大きく身を捩った
 体勢を崩したゴッチの米神を、真紅の槍の柄が強かに打つ。ゴッチは大きく叩き飛ばされて、レッドの足元に転がった

 ゴッチは一瞬、唖然とした。自分が力で押し切られた事が、理解できなかった。いや、理解したくなかった

 ふざけんじゃねぇ、俺が負ける筈がねぇ。あんな根性無しに、俺は負けねぇ

 ゴッチが立つのは、意地と自尊心があるからだ。そして、アシュレイを認めたくないという気持ちも、まぁあった
 ゴッチにとって強いとは正義だ。その点で見れば、アシュレイは紛う事無き正義である。だが、気に入らない。アシュレイの事を、ゴッチは認めたくない

 俺は奴より強いんだ。強い奴が、這い蹲る道理がねぇ

 「兄弟、無事か?」
 「五月蝿ぇ! 触るな! 俺に触るな!」

 助け起こそうとするレッドの手を、ゴッチは振り払った。全てが煩わしい。吹き飛ばされて、開いた距離がもどかしかった。今直ぐに、アシュレイと競り合っていたクルデンの上へと戻りたい

 アシュレイはゴッチの気持ちなど知らないが、しかしゴッチの望み通りの行動を取った。クルデンの巨体を操って、ゴッチに突撃を仕掛けたのである

 「ぎゃぁー! 全員、逃げるんだぜぇぇぇー!」

 全員が逃走した。重症を負って上手く動けないティトは、ゼドガンとグルナーによって担がれている。真横に向かって体を投げ、突撃の進路から逃げ出す
 ゴッチ以外は
 ゴッチは地面にしっかりと足を着けると、拳を振り被った

 「チャー・シュー」

 ゴッチの上半身が電流に包まれている。それは明らかに一定の方向へと流れて居た。つまり、振り被った右拳に集中していく
 我を忘れて全力全開にしないのが、ゴッチの最後の理性だった。ゴッチの鼻血の量が激増する。肉体を酷使しているのは、明らかだ

 出来る、負ける筈がねぇ。クルデンは巨大で、その突撃を真正面から受け止めるなど正気の沙汰ではないが
 助走を着ける空間はあるまい、とゴッチは踏んでいた。クルデンに勢いが無ければ、或いは何とかなる

 「メェェェェーン!!」

 眩い雷光の拳が、クルデンの鼻面を強打する。クルデンは大きく頭部を打ち上げられ、しかし突撃は止めなかった。吸い付くように頭蓋骨の上に立ち続けるアシュレイが、止めさせなかった

 「いぃぃよいしょおぉぉう!」

 勢いが弱まったクルデンの頭部を、ゴッチが押さえ込みにかかった
 当然、幾ら勢いを弱めたとはいえ、抑えきれる物ではない。ゴッチは巨体に押し捲られ、コバーヌの秘薬を撒き散らし、地面を抉りながら後退させられた

 「ゴッチぃー!」

 グルナーが、身の程を弁えず走った。クルデンに押されるゴッチを追いかけて、疲れ果てた身体に鞭打って追いかけていく

 「どうした、そんな物か、ゴッチ・バベル!」
 「ぬああああ!」
 「負けるな兄弟!」
 「るせぇぇぇ!」
 「兄弟、俺達は一つだぁぁー! 『頑張れ、負けるな』!」

 ゴッチの周囲に、最早見慣れた青白い光が現れた。それらはゴッチの肉体を覆うようにして飛び、次いで体内へと消えていく

 ゴッチの身体が青白く燃え始める。内側から滲み出るような青い炎に、ゴッチは力を感じた

 「こんな事が出来るんなら、端っからやれよ馬鹿がぁーッ!!」
 「『頑張れ、負けるな』! 無茶言うなだぜ、兄弟! 俺もうヘロヘロで死にそうなんだぜ! 『頑張れ、負けるな』!」

 クルデンの突撃が、とうとう止まった。ギターを掻き鳴らす、レッドの摩訶不思議なインチキ魔術が、ゴッチの力を引き出している
 ゴッチの形相は、正に鬼のようである。盛り上がった全身の筋肉に、どれ程の無理を強いているのか、到底予想もつかない

 大層馬鹿げた事であった。ただ、一人きりのゴッチ・バベルが、巨大な竜の突撃を受け止めたのである

 アシュレイが、ふと、吐き出すように笑った。本人も意図していないであろう、刹那の笑みであった

 「もっと見せてみろ、ゴッチよ!」

 ゴッチは体制を低くした。クルデンの鼻面も地面すれすれにまで下がって、そこでゴッチは身体を伸ばしきり、つっかえ棒のようになる
 横から見れば、ゴッチがアシュレイに頭を下げているようにも見えた。無様な体制だったが、そこからクルデンは一歩も進むことが出来ない

 正に化け物じみた馬鹿力を見せ付けたゴッチに、アシュレイは真紅の槍を向けた。これならば、どう出る。ゴッチの頭が持ち上がって、アシュレイが何をしようとしているのか確認した。鬼のような形相に、こちらも笑みが浮かんだ。禍々しい笑みではあったが

 「もう止めろぉー!」

 グルナーが息を切らして其処に割り込んだ。下がり切ったクルデンの鼻先に飛び乗ると、膝立ちになって両手を広げた
 何をしたいのか、ゴッチは理解するのに数秒必要だった。グルナーは、ゴッチの盾になろうとしているのだ

 「お前ぇ馬鹿だろ!」

 ゴッチの罵声に、グルナーは少しだけ震えた
 槍を構えながら、アシュレイは静かに言った。目の前に立ちはだかるのならば、下らぬ情を掛ける男ではない。槍は、何時でもグルナーを貫くだろう

 「勇敢な子供よ。お前の立ち入る世界ではない。下がれ」
 「貴方は解ってない」
 「何?」
 「俺にだって解る事だ。でも貴方は、駄目だ」

 涼やかな表情を消して、ゼドガンまで走っている。グルナーを救うには、些か遠い
 ティトは連戦の末に肩を砕かれて、もう動く力が残っていない。別にゴッチは、グルナーの命が惜しい訳ではない。死ぬならば仕方ない、それだけだ

 しかし、どうしたモンだと考えていた。この子供は、勇敢である

 「アナリアの為に戦った貴方が、アナリアを壊すのか?! 貴方の元で戦った人達は、どうなるんだ!」

 アシュレイの目がギラリと光る。真紅の槍が、少しだけ動揺し、たじろいだ

 「何だよ、偉そうに! 貴方こそ、何の為に戦ったのか忘れてしまって! それで部下の為だなんて!」

 グルナーが泣いている。アシュレイの言う部下達が、何を思ってアシュレイに従ったのか、何に命を捧げたのか

 アナリアに、である。持たざる者が、唯一持ち得る命を捧げた。祖国に捧げた

 「底が浅いぜ、アシュレェェェーイッ!!」

 ゴッチの脚が地面を削る。十割の力を振り絞る肉体が、更に二割、捨て身で力を振り絞る
 重戦車ゴッチが、事もあろうかボー・ナルン・クルデンを押し返し始めた。響き渡る雄叫びは猛獣のようであった

 餓鬼に論破されるようでは、敵役を張るには不十分だった。ゴッチはアシュレイの動揺を悟り、そしてそれを見逃したりはしなかったのだ

 うわぁ、と悲鳴を上げて、グルナーが落下する。コバーヌの秘薬に沈んで、激しく咳き込んだ

 「手前の怒りは見たよ。可愛らしいモンじゃねぇか。今度は俺の取って置きを見せてやる」

 ゴッチは前進を止めて、右手を引いた。なんと、左手だけでクルデンを押さえ込んでいる


 「かみなりパンチ。てめーは死ぬ」


 ぐあ、とゴッチが襲い掛かる。全力全開、遠慮容赦なし、詰まる所何時も通りと言う訳だが、気合の乗り方が違った

 かみなりパンチと言う割りに、肉体の外まで自慢の雷は発露しなかったが


――


 ゴッチの世界にも体格差と言うのは当然ある。あまり当てに出来ない物ではあるが
 一応、巨大な方が、力は強い。それに重い。まぁ、当然の事だ
 だから、ジャイアントキリングと言うのは非常識の類である。幾ら強靭な肉体と無類の体力を誇るゴッチでも、人間サイズでありながら、小山ほどもある竜を下すなど、不可能の筈であった

 恐ろしきは、ゴッチの意地か、レッドの魔術か。両方ろくでもないのは、言わずと知れた事だったが


 右のストレート一発。怒りの拳骨一発
 クルデンの鼻面に炸裂して、まずその首の骨が勢いよく折り畳まれて行く。そのまま肩に当たるであろう部分に減り込み、内側から爆ぜる様にして骨は四方八方弾き飛ばされる
 残ったのは、衝撃を受け止めた骨の胴体半分。一泊遅れてから、漸く思い出したかのように結合力を失い、ばらばらとコバーヌの湖に落下していった

 アシュレイは、達磨落としの頭であった。唐突に常識外の速度で己の後方へとすっ飛んでいったクルデンの頭蓋骨に、アシュレイは幸か不幸か付いていくことは出来なかった
 コバーヌの秘薬の中に身を浸し、些か唖然としたようだった。真紅の槍を握る手が僅かに震えている。ゴッチにも、見えた。頼みの綱のクルデンも破られ、激しく消耗しているようだ

 鼻息荒く、しかし堂々と威圧的に、ゴッチはコバーヌの秘薬を書き分けてゆっくりと歩いた
 槍を杖代わりに立ち上がろうとするアシュレイの目は、まだギラついている

 「まだまだァ……!」

 立ち上がって、腰を落とすアシュレイに、ゴッチは笑った

 「身体は正直だぜ。てめーの言う事なんざ聞けねぇってよ」

 槍が持ち上がっていなかった。真紅の槍は震えるだけで、ちっとも刃が持ち上がらない
 疲労からではなかった。どれ程消耗しても、槍一つ持ち上げられないなど、有り得ない

 その時、ひゅ、とアシュレイが息を飲み込んだ。喉に何か詰まったようにパクパクと喘ぎ、そしてやっと吐き出す

 「グルナー?」

 口からぽつり、と漏れた。アシュレイは驚き、目を剥いて、ガチンと歯を食いしばる
 しかし、無かったことにはならない。グルナーは聞き逃していなかった

 「……ハーセ、様?」
 「まぁ、仕方ねぇんじゃね? 俺だったら黙ってねぇしな」

 両腕が、真紅の槍を仰々しく持ち上げた。アシュレイは唖然としている。槍を持ち上げたのは、アシュレイの意思ではない

 そして穂先は、ゴッチでなく、アシュレイ自身に向いた。自分の頭上に掲げて、自決の構えであった

 「僕は違う。僕は守りたいんだ」

 あどけない話し方である。その両手に力がこもり、正に己の肉体に穂先を迎え入れんとしたとき、アシュレイが身を捩った

 黒い霧が弾ける様にしてアシュレイから溢れた。アシュレイは再び己の成すままとなった両腕を見つめ、目を閉じた

 「…………俺とて本当は、解っていた」

 アシュレイは膝を着いて、頭を垂れた。ゴッチは襲い掛かる。拳を振りかぶっている

 アシュレイはそれに気付いていた。しかし、抵抗する素振りは見せなかった。ゴッチの拳は吸い込まれるようにアシュレイの高等部を打ち据え、コバーヌの秘薬の中へと、再び叩き落した


――


――


 戦いは終わった


 「彼女は、僕を恨むだろうか」

 ハーセが、ティトの寝顔を見ながら、ぽつりと言った

 驚くべきことなのか、今一つゴッチには解らなかったが、ハーセは健在であった。レッドが言うには、消耗し切ったアシュレイの魂を、ハーセの魂が完全に吸収してしまった形になるらしいが
 ハーセの肉体の中に、ハーセとハーセに吸収されたアシュレイがおり、しかもガランレイが居候していると言う、訳の解らない状態である

 戦い終えた一行は、コバーヌの湖の手前、亡霊の軍団が激戦を繰り広げた場所まで戻り、休憩に入っていた
 ゼドガンも、ティトも、レッドも、グルナーも、皆寝入っており、起きているのは回復力に物を言わせたゴッチと、何故かピンピンしているハーセだけだ

 そんな無防備に寝入って、危機察知能力に欠けるとゴッチは思っていたが、少なくともレッドはハーセの事を信用しているらしい
 実際ハーセも、害意は無いように見えた。害意があろうとも、ただのハーセであれば、ゴッチに敵う筈も無かったが

 「バースの事か?」
 「彼等の死に、僕は全く無関係と言う訳ではないから」

 裸一貫に襤褸布を纏っただけのハーセは、膝を抱えていた。足を組んで寝転ぶゴッチは、どうでもよさ気に耳の穴をほじる

 「知らん。甘ちゃんだからな、大丈夫じゃねーかな」

 ハーセは力なく微笑んだ

 「ファルコン殿、僕の事、覚えてないかな」

 片目を瞑って、ゴッチはそっぽを向く。ファルコンと呼ぶと言う事は、アナリア関係だ。ゴッチ・バベルという名を知っているのは、限られる

 「貴方がダージリン様を救い出す、本当に直前に、話しただろう?」
 「さぁな。そう言われれば、そうかもな」
 「そうなんだよ」

 ハーセは困ったように笑っている。餓鬼の癖に、妙に大人びているとゴッチは思った

 これから、ハーセはアーリアに戻る。らしい。万が一の事態、再びアシュレイが復活しておいたを働くような事態を懸念して、レッドはそれに着いていく。“ゴッチへのお礼”とやらは、また今度、だそうだ。ゴッチも、大なり小なりレッドに助けられたのを自覚している。あまり強く文句を言ったりはしなかった

 「…………僕は、アシュレイの中で消えてしまいそうだった。絶望だとか、恐怖だとか、何だかよく解らないけど、圧倒的な真っ黒い何かに飲み込まれそうだったんだ」
 「何だよいきなり」
 「実を言うと、すごく恐ろしかった。自分では到底太刀打ちできなくて、正に成す術無いって言うのか」

 気持ち悪いな、といってゴッチは転がって距離を取った。急につらつらと語り出すハーセの脳味噌を、半ば本気で気持ち悪がっていた

 「でも、何か凄く、比べようも無い程熱い物に触れたんだ。アシュレイの奥底に、恨みとか憎しみとかじゃなくて、もっと別の何かがあったんだ」

 ハーセは右腕を持ち上げた。その掌中には、真紅の槍がある。ゴッチには触れることすら出来ない槍を、ハーセは完全に使いこなす事が出来た
 もっと肉体が成長し、体力がつけば、比肩する者の無い槍働きをするに違いない、とゼドガンは言う。ゴッチは何となく納得行かなくて、生返事をしたものだったが

 「アシュレイはアナリアを愛していた。僕はアナリアには価値があると思う。必死になって良いと思う。僕こそが、アナリアを守りたい」

 自己主張しているようだった。ゴッチは変な顔になる
 だって仕方ない。急にそんな事を言われて、どう反応しろというのか。ゴッチは顎を撫でて、おどけて見せた

 「何故俺に話す? お前今、大分身の程知らずな事言ったぜ」
 「貴方はあの時、全く恐れていなかった」

 あの時、とはどの時の事か、聞き直す必要すらなかった
 ダージリン救出戦の時だ。あの時以外、接点は無い

 「僕は間違っていると思っていたのに、他の皆には処刑を肯定するような事を言っていたんだ。僕達少年兵の立場は低いから、目をつけられたくなかった」

 ハーセは美しい顔を真っ赤にする。照れているらしい。ゴッチとの戦闘で傷だらけであった肉体は、ほぼ冬眠状態であるガランレイが、コバーヌの秘薬を活用して勝手に治療していた

 「そ、尊敬しているんだ、貴方を。貴方は知った事ではないかも知れないけれど、知っていて欲しかった」

 ゴッチは奇妙なくすぐったさを感じて、距離を取ったが、表情は不機嫌と言う訳でもなかった


 こんな事件も、喉もと過ぎれば熱さ忘れるという奴で、直ぐにどうでもよくなる
 ゴッチの最終目標はメイア3の確保だ。今回はちょっかい出されたせいで制裁せざるを得なかったが、こんな物は寄り道に過ぎない

 ゴッチは意味も無く頭の中でそんな事をめぐらせている。或いは面と向かってこんな事を言われるのに、慣れていなかったからかも知れない


――


 後書

 かみなりパンチ。てめーは死ぬ

 一応、王道? になるように心掛けたような気がしないでもないが多分気のせいのような可能性が無きにしも非ずと言えないことも無い。



[3174] かみなりパンチ13.5 クール
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/03/01 20:11


 「ゴッチが見つからない?」


 様々な機器が雑然と並ぶ中で、ファルコンはテツコの後ろから、空間投影型のディスプレイを覗き込んでいる
 サングラスをクイ、と持ち上げて、ファルコンは溜息を吐いた。全く予想できなかった訳では、無い

 「……何事も無く無事合流、と言う訳には行かんか」
 「発信機が、コガラシ二型のレーダー範囲内に無いのは確かさ。首都のアーリアをカバーするぐらいは出来る筈なんだけれどね……。それに、あちら側で友好関係を築けた人物も見つからない。こちらは、まぁ、関係あるのかどうか解らないけど」
 「詰まり、アーリアとやらには居ない、と? 大人しく出来ないモンかね、全く」

 コガラシはルークのサポートに着け、新たにゴッチのサポートを行うために投入されたのが、コガラシ二型である。エネルギー関係のパフォーマンスが全体的に改善されている消費低減型だ
 本当なら、三ヵ月後までメイア3が見つからなかったその時こそお披露目となる筈だったが、状況が大幅に変わったため、テツコがひぃひぃ言いながら組み上げたのである
 マッピング装置は、コガラシと共にルークの傍にある。これは、マクシミリアンの要望だった

 「手が掛かる子だ」
 「子ども扱いか。大して年も変わらんだろうに」
 「男にとっては大したことの無い差でも、女にとってはそうでもない事ってあるんだよ。……年長者が世話をするのは、まぁ当然か」
 「…………養女に来るか?」

 テツコは怪訝な顔になった。本気か冗談か量りかねたらしい。本気だったとしても冗談だったとしても、裏に何かあると感じさせるような、そんな言い方だったのが更に悪かった

 「遠慮する。私はもう大人だからね」
 「まぁ良い。しかし、ここに来てゴッチが行方不明となると、ルークを不用意には動かしたくなくなる」
 「対象を救助に来たレスキューが、行方不明になって救助対象になるなんて、格好悪すぎるな」
 「もう言うな……」


――


 ルークは困惑していた。ナビロボのコガラシを通じて、ファルコンから伝えられた内容は、困惑しても仕方が無いと思っていた

 「此処に留まって捜索と言っても、出来る事には限りがあると思いますが」
 『あぁ、別に結果を出せとは言わんさ。可能な限りで良い。異世界で活動する前の、慣熟訓練だと思って気楽にやれ』
 「はぁ……、いや、はい……」

 特に難しい事を言われた訳では、決して無い。メイア3の事、ラグラン及びアシラの事、ついでに先任であるゴッチ・バベルの事について、現地に留まりつつ情報を集めろと言うのだ
 ノルマは無い。可能な範囲でやれば良いという、まるでやる気の無い指示である。ゴッチ・バベルが行方不明だと言うのに、全く焦った様子の無いファルコンに対して、ルークは疑念を抱いた

 ルークは、正直に言えばファルコンを警戒して掛かっている。これはファルコン自身がルークに対して威圧的に接してきたせい、と言うのもあるが、根本的には性質の違いであった
 ルークは世間知らずではない。が、常に物事の正道を行ってきた。道徳と倫理と正論、後は人情で生きてきた。それでも上手く事が回るように、マクシミリアンが庇護してきたのである
 ファルコンは紳士然としているが、殺し、恐喝、詐欺、誘拐、と、息をするような自然さで、数え切れない悪事を働いてきたアウトローだ。そりが合わないのは、寧ろ当然だった

 「質問しても宜しいでしょうか」
 『許可する』
 「ゴッチ・バベル先任の捜索ですが……その、能動的に行わなくても良いのですか?」
 『構わん、殺しに掛かっても素直に死ぬ男じゃない』

 面子の問題かな。ルークは、口には出さなかった

 ファルコンにしてみれば、行方不明の部下をルークに発見、救助されるのは面白い出来事ではない筈だ。ファルコンとマクシミリアンの微妙なパワーバランスにも影響を与える
 もしかしたら、行方不明と言うのが欺瞞という可能性だって考えられる。ルークを適当な理由で足止めし、その間に捜索で何らかの進展を得て、功績を拡大しようとしているのかも知れない
 ルークはそういった事を考える人種が、何時如何なる時代でも居なくなりはしないと、知っていた

 「全力を尽くしますよ、私は。構わない、ですよね?」
 『………………あぁ、まぁ、適切に事に当たれ。お前なりに』

 ファルコンへの警戒を億尾にも出さず、ルークは了解の意を告げた。基本的にルークに否は無いが、どうしても承服しかねる場合は拒否しても良いと、マクシミリアンから言われていた

 ファルコンも、妙に気合の入っているルークへの疑問を僅かにでも外に漏らさず、至って事務的に会話を終了するのだった


――


 ルークは強運であった。彼の持つ良識と行動が、強運を引き寄せたと言っても良い

 ルークが救助した少女は、メノーと名乗った。身の上は明かさなかったが、低い身分の氏素性出ないことは身形と仕草から感じられた
 メノーと言う名前も、偽名である可能性が高いとルークは踏んでいる。根拠がある訳ではないが、少女の態度と、後は勘だ

 馬上で目を覚ましたメノーは、ゆっくりと状況を理解すると、行き先を支持した。最寄の町であるらしい其処は、拠点を必要とするルークにも拒否の理由は無く、メノーに案内されるままに町へと馬を進め、やがて辿り着く
 そこからが大騒ぎだ。原因は言うまでも無くメノーである。町の領主館でルークは投獄され掛かった。寸での所で、そうはならなかったが

 メノーが事情を説明した後は、全く持って懇切丁寧な対応であった。今は、領主館の一室を宛がわれ、ルークは其処に居た

 「……よし!」

 ルークは胸板を拳で打って、気合を入れた。ルークは仕事熱心である。己の行動の全てが、マクシミリアンの品格にも直結する状況、その思いは一際である。つまり、ファルコン及びその他に弱味を見せたくないのだ
 ファルコンの思惑を探り、警戒しつつ、その上で結果を出す心算であった。実際には、周囲を取り巻くあらゆる勢力の干渉に対応しているファルコンは、ルークにかかずらっている暇等無いのだが、ルークの頭の中ではファルコンは腹に色々と黒い考えを蓄えている事になっている

 まぁ、仕方の無いことではあった

 ルークは鎧を置き、軽装に剣だけを佩いて宛がわれた部屋を出る。当初は小剣だけを持ち歩いていたが、騎士階級の者は平時でも剣を手放さないらしく、訝しがられてからは郷に従う事にしている
 まずは、町の首領に話を通す事を考えた。経済と権力で強い基盤を持つ者の助力を得られれば、どれ程の助けになるのかは言うまでも無い
 幸いにして、メノーを救った事は、大きな貸しに成り得た。メノーの存在が、ルークの作戦行動を良い方向へと導いていた

 『肩の力を抜いたらどうだい』
 「テツコ博士。ファルコンさんは?」
 『その……まぁ良い。ファルコンなら、君の上司に呼ばれていったよ。色々と、厄介事が多いようだ』

 腰のベルトで、コガラシは振動する。テツコはルークの事を非常に気に掛けており、またルークはそれを無碍に退けられる性格ではない。二人の仲は、良好である

 『無理はしないように。こういう言い方は酷のようだけれど、君はゴッチに比べて単独での生存能力が低いと判断されている。自重を心掛けてくれ』

 困ったような顔をしたルークは、当然だが、内心面白くなかった。控えめを心掛ける彼にも、プライドはある
 そもそも比較にする対象が間違っているような気がしないでもない。が、言い返したりはしなかった
 不本意ではあるが、呑み込めてしまった。生命力を比べる相手が悪過ぎるのもある。そして、テツコが自分を気遣ってこういう事を言うのだ、と理解しているからでもあった

 「はい、慎重に事に当ります」
 『……解ってくれて嬉しく思う。小言を言って、済まない』

 コガラシが一度だけ明滅して、待機状態になった。コガラシ二型を使ってゴッチの捜索を行わなければならないテツコは、それなりに多忙であった

 「(さて、こちら側では、どう渡りをつけるのが、スマートな方法なのだろうか)」

 視線を心持高く上げて歩きながら、ルークは考え始めた。顔を上げて堂々と歩けと言うのは、マクシミリアンの指導である

 身分のある、多忙な相手のもとへと、いきなり押し掛けるのが無礼でない筈が無い。そういう常識は、異世界だろうが変わりなかった
 何処かの何者かに話を通して貰う必要があるが、誰彼構わず、と言うのはルークはやりたくなかった。出来るだけ、優雅に構えていたいのである。マクシミリアンのように

 と、言う所に、正に丁度良い相手が現れた
 白い小顔を伏せ気味に歩く、メノーである。中年の、どちらかと言えば痩せ気味の侍女を御供に連れていた。適任と言えば、これ以上の適任も無い
 何せ、彼女の事で恩に着せて、上手くやろうと言うのだから

 「フランシスカ様……」
 「メノー。大分落ち着いたようで、安心した」
 「……はい、何時までも塞ぎ込んでいては、周りの者どもに気を使わせてしまいますので」

 ルークは軽く頷いて見せた。意識を回復した当初のメノーは、まるで死人のような暗い気配を纏っていた。周りの者達が全滅して、己のみ生き残ったとあれば、仕方の無いことではある
 小さな少女にしては、甘えが無く、心が強い。ルークは実は、好感を覚えている

 茶色の質素なドレスでも、不思議と華やかで温かみがある少女だ。憂いの中に、優しげな雰囲気を持っているからだ、とルークは思った

 「メノー」
 「フランシスカ様、少々」

 もう一度ルークが呼びかけた所で、控えていた侍女が口を挟んだ

 中年の、ピンと背筋を伸ばす侍女は、困ったような、申し訳なさそうな微妙な顔をしている。とは言っても、表情には出ていない。気配に滲んでいる

 「確かに、素性を明かさないこちら側に落ち度が御座います。しかし、それは理由あっての事。本来……メノー様は、貴方では親しく話すことも憚られる身分の御方です。……私如きが何を、と思われるかも知れませんが、……遠慮していただきたいのです。互いにとって良い事にはなりません」

 ルークは苦笑した。苦笑する他無かったと言っても良い
 メノーが鋭く声を上げようとする。ルークの手が持ち上がって、メノーを押し留めていた。これも不敬に当るのかも知れない

 「よく解ります、確かに軽率でした。気遣ってくれて、とても有難い。貴女の言葉に従いましょう」
 「いえ、聞き入れて頂き、ありがとう御座います。……申し訳ありません、フランシスカ様」

 深く頭を下げる侍女の心は、ルークにも解る気がした。女装して、メイドに扮していたのは、伊達ではないのだ
 瞳を伏せて、メノーは硬い声を発する

 「ムア、先に行ってください」
 「はい」

 もう一度頭を下げて、侍女はとぼとぼと肩を落として歩いていった。とは言っても、姿勢には出ていない。気配に滲んでいる

 「御免なさい。嫌な思いを」
 「メノー様。私には彼女の心も解ります。嫌な思いなどしていません」
 「…………私の侍女達の中に、二つ年上の者が居ました。本当はいけない事だったけれど、二人きりの時、彼女は私のことをメノーと。私はそれが、嬉しかったのです」

 メノーは、目に見えて落ち込んだ。その侍女が、既にこの世に居ないであろう事は想像に難くない
 ルークが森に置き去りにした死体は、恐竜に食い散らかされて損傷が激しいと聞いている。メノーが見ることが出来たのは、簡単な葬儀が終わった後の小さな墓石だけだ

 ルークは軽く吐息を漏らして、メノーに一歩近づいた

 「メノー、私はどちらかと言えば、名前の方が良いな」
 「え?」
 「君は、ここに来て始めての友人なんだ。見つからなければ大丈夫だ、と、私は思うんだけれど、君はどう思う」

 メノーは目を閉じたまま笑った。泣き笑いであった

 「私もそう思います。ルーク様」
 「様、は無くて良いのに」


――


――


 ゴッチ・バベル、捜索一日目


 朝も夜も無いのがロベルトマリンではあるが、一応時の流れはある。今は既に、深夜になろうとしている

 テツコはティーカップを片手にデータを閲覧していた。異世界を観測して得られた全ては、整理された後、別の研究所に送られる
 政治的バランスの問題から、それらは最終的に破棄される事になっているらしいが、事実かどうかはテツコには解らない。しかし、本当に破棄してしまう心算なら、そもそも最初からデータの収集などするまいと、テツコは冷ややかに思っている

 ゴッチを行方不明と判断し、捜索を開始した初日。テツコは、ファルコン程ゴッチに信頼を置いては居なかった。ゴッチとて生命体だ。死という物は必ず訪れる。絶対に無事だという保障は、無いのだ。絶対等という物は、絶対に無い

 だから内心、焦っている。テツコは作業を行いながら、ルークに提出させた音声での行動報告を再生した。データ収集は、効率的に行いたかった

 『えー……、アナリア国都市……うん、都市? ……ヨーンの町の責任者、ゼナック氏と交渉を行い、メイア3、ラグラン、アシラ、そしてゴッチ・バベル先任に関する情報収集に置いて、協力を取り付けました。メノーを救出した事は現在大きくプラスに働いています。少々、居心地が悪くなるぐらいの丁寧な対応です』

 テツコは僅かの間、手を止めて、直ぐにまた作業を再開する。当初はどうなる事かと思ったが、結果として有利に働いたのならば、それ以上言うことは無い

 『私自身も独自に情報を集めてみます。同時に、現地の人々と友好関係を築けるように努めます。試しに、ヨーンの町に所属する兵士達の訓練に参加させてもらったのですが、その時の感触は悪くなかったように思います。……それにしても、こちらの人々が私達に比べ、体力的に劣っていると言うのは本当でした。ちょっと、不思議な感じです。……それと、テツコ博士の変わりに私の観測を行っている人員なのですが、少し神経質に過ぎるのでは? だからどう、と言う訳ではありませんが……』

 テツコは視線を動かす。空間投影型ウィンドウには、頬を書くルークの姿が映っていた
 ここで働く人員は殆ど皆神経質だ。その上寝不足である。ゴッチぐらい神経が太ければこちらがどんな態度でも鼻で笑って無視するが、ルークではそうもいかなかったようだ

 些細な事でも、ストレスの蓄積は避けたいな。テツコは少し考え込んだ

 『ナノマシンは今のところ良好に稼動しているかと思われます。最もこれは、そちら側で逐一観測しているかも知れませんが。報告は以上です。指示が無ければこのまま現場の判断で動きます』

 琥珀色の瞳をクルクルと動かして、テツコは眼鏡をくい、と持ち上げた。クールで優秀な鋼のレディは、体に気力を漲らせている

 状況は必ずしも良い、と言う訳ではないが、テツコの仕事は万全であった。自分の能力を駆使して様々な諸問題に立ち向かっていくのは、不思議な充実感がある。働き甲斐、と言う奴かもしれない
 困難な状況を乗り切る程に、テツコの能力は証明される。困難である程に、面白かった

 しかし、クールに事を運べたのは捜索開始初日のみであった


――


 ゴッチ・バベル、捜索二日目


 ゴッチは未だ、見つかっていない。もっと多数の観測機を投入できるよう要請しているが、無駄だろうな、とテツコは思っていた
 以前、ゴッチが川に落下し、その上コガラシが機能しなくなった時も、救助部隊の出動はおろか予備のサポートメカの投入すら許されなかった。今更ゴッチを丁重に扱う理由はあるまい

 キーを叩きながら、時折ティーカップを傾けるテツコの前に、いきなり通信ウィンドウが広がった。ファルコンであった

 「ファルコン? どうし」
 『いや、駄目よ! そんなこと無理だわ!』
 「……ファルコン?」
 『御免なさぁい! 謝るわ、知らなかったのよ、アイツがそんな事してたなんて!』
 『テツコ、そっちに運び屋のジェットって奴が行ってないか? 猫っぽい、馬鹿面の奴だ』
 「いや……来ていないが」
 『……ふん、そうか。少しばかり面倒かもな』
 「何が……? いや、と言うか、何をしてる……?」

 葉巻を嘴に咥えるファルコンの背後には、灰色の空が広がっていた。ウィンドウの隅に、酷く腐食したアンテナらしき物が見える。何処かのビルの、屋上らしい

 見栄も外聞も無い、必死な女の叫びが響き渡っていた。テツコはキンキンするその金切り声に眉を顰める

 ファルコンが体を動かした。風景が切り替わって、厳めしい顔をした巨漢を映し出す。岩から削りだしたような巨体をダークスーツで無理に包んだような風体で、当然の如く一般人には見えない

 『もう降ろして! 止めて! 解ってるでしょ?! ロベルトマリンの海は!』

 巨漢は、女を一人お手玉でもするかのように放り投げては受け止め、放り投げては受け止めている。女は上半身こそカッターシャツのような物を着せられている物の、下半身は黒い際どい下着のみで、美しい脚線美を惜しげもなく晒していた
 爪先が、蹄になっていた。馬の亜人である女の足は、強靭な筋肉に覆われながらも女性的な丸みを失わず、艶かしかった

 『何でも言うわ! 何でも! だからもう!』
 『ほー、なんでも? それじゃ、初めて男にその汚ぇ股座を開いたのは何歳の時だ? お嬢ちゃん』
 『な、何の関係が?!』

 ファルコンが首を振った。巨漢はふん、と鼻を鳴らすと、更にもう一度女を放り上げる
 よく見れば、巨漢は両手に包帯を巻いている。あれでは軽快に指を動かすことなど不可能な筈だ。少し間違えば、女性を受け止めることが出来ず、落下させてしまうだろう

 巨漢の体の向こう側には、どす黒いロベルトマリンの海が広がっている。テツコは、ぬわ、と呻いた

 『そろそろ指、痛ぇよなぁ。済まねぇな、この売女の脳味噌が腐っちまってるせいで、お前に迷惑掛けてる。良いんだぜ、辛かったら、そいつ落としちまっても』
 『止めてぇ! 十三歳の時ですぅ!』
 『早熟だな。どんなロリコン野郎にやらせた?』
 『う、うぅぅ』
 『おい、お前の四十メートル下には、途轍もなくおぞましい突然変異体どもがわんさか居るんだ。肉片一つ残りゃしねぇぞ、ロベルトマリンの海は厳しいぞ』
 『ち、父親です! 父親にレ』

 テツコは溜息を一つ吐いて、両手の人差し指を左右の耳に突っ込んだ。塞いでしまったからには聞こえない。面白い内容ではないから、別段聞きたくも無いが

 眉間の皴を解しながら、テツコは若干不機嫌そうに言った

 「それで、用件はそれだけなのか?」
 『今から五時間以内に、お前の所にジェットと言う運び屋が訪ねてきたら、マクシミリアンの所へ戻れと伝えてくれ。余裕があれば、隼団の事務所を経由しろ、と。良いか、テツコ、お前自身の口からだ』
 『うぅぅ、畜生……酷いよ……。下種野郎、お前らなんて亜人じゃない……!』
 『俺は優しいさ、だってお前、まだ生きてるだろう? 本題に入る前に、もうちょっと恥ずかしい事聞いてやろうか? んん?』
 「……その、ジェットとやらが来なかった時は?」
 『あー……そうだな、俺に伝えてくれ。それだけで良い』

 あぁー、と言う女の聞くに堪えない悲鳴を断ち切るようにして、ウィンドウは消滅した。テツコがげんなりしたのは言うまでも無い

 そして、それから五時間以内に、ジェットなる運び屋が現れる事は無かった。テツコがその事をファルコンに連絡すると、隼団の首領は大きく溜息を吐いた

 『……やれやれだぜ』
 「ファルコン、今度から通信を入れる時は、もう少し遠慮してくれないか。その……困る」
 『?』

 ルークからその日の行動報告が提出されたのは、それから四時間後である

 『報告します。……とは言っても、捜索状況に進展はありません。今のところは、地道に現地勢力との関係構築の方に力を注いでいます。私を試す意味合いもあったのか、今日は……えー、所謂山賊と呼ばれる集団の討伐に参加してきました』
 「昨日の今日で?」

 ただの記録映像に向かって話しかけてしまったテツコは、頬を少し引き攣らせていた

 ティーカップを傾けて、ほ、と一息。再び傾けた時にルークの一言

 『敵集団は二十二名。その内九名を殺害しました。これで私も童貞卒業と言う事になります。また、この戦果は、現地で基盤を固める為の有効な材料になる筈です』

 童貞卒業のくだりでテツコは噴出した。キーボードが茶色に染まり、大惨事であった


――


 ゴッチ・バベル、捜索三日目


 テツコはげんなりしている。目の前には、小柄で猫背の、奇妙に長くてツンツンした髭が特徴的な男が居る
 テツコが出した紅茶に、大喜びしていた。何が彼の琴線に触れたのかは解らないが、常人とは異なる思考回路の持ち主であることは、テツコにも何と無く解った

 「カオル・コジマです。シロイシ博士の御噂はかねがね」
 「……テツコ・シロイシです。それで、ご用件は?」

 コジマはピクリと髭を動かすと、急に立ち上がった。その場で一回転すると、机に右足を振り下ろし、激しい音を立てながら白衣の前をはだける

 「シロイシ博士、私は回りくどい事ははっきり言って嫌いです! 実は私、貴女の作業の様子をそれとなく探って来いと雇用主に言われておりまして!」
 「幾らなんでも直球過ぎるのでは?」

 黒いTシャツの脇の部分に、皮の紐が下がっている。何かの願掛けなのか、「素直が一番」と刻まれていた。何のための物なのか、テツコには理解できない

 「そちらでは無い、もっと下です、博士」

 灰色のスラックスのベルトに、マイクが突っ込まれている。録音機器らしき物もあった。右腰部には、小型のカメラだ

 テツコはピクリと眉を動かして、すかさず机の裏側に設置されているスイッチを押そうとする。コジマは泣いた

 「あぁぁぁ待って下さい! こう見えて私には妻子が居ります、博士に邪な感情を抱いたりはしません!」
 「ならばそれをこちらに預けて頂きたい」
 「それは無理です、これは私の邪な感情ではなく、異世界を知りたいが故の探究心からなのです」
 「私を探れと、言われてきたのではなかったのですか……?」

 マクシミリアンの仲介から、止むを得ず対話の場を設けたが、失敗だったとテツコは思った。コジマの名を、テツコは知っていたが、この男は駄目だと悟る

 コジマと言うのは、天才であった。少なくとも、天才と呼ばれるに相応しい実績を残して今に至っている。テツコも世情に疎いながらも、それを知っている
 だが、周囲を置き去りにする天才である。そんな雰囲気がある。正に存在する次元が違うのだ、脳漿の。会話するだけで、疲労を感じていた

 「私は今まで自分の遣りたい事をしてきました。これからも多分そうです。私は今、異世界に魅せられている。不思議の国が、私達のほんのすぐ傍に存在している。気にならない筈ありませんよね、博士だってその筈だ。そして博士は運が良い。私は博士が羨ましい、今すぐ取って代わりたいくらいに。私は異世界を、そうですね、愛しているというのが、この場合は一番正しいのでしょうか。私は異世界を愛しています」
 「ロマンチストですね……。我慢して下さい。私の立場としても、コジマ博士に情報を漏らす訳にはいきません」
 「そんなに馬鹿な事は無い!」

 コジマが鼻の頭をごしごしと拭った。ずるる、と鼻をすすると、赤い雫がぽたりとおちる
 鼻出血だ。綺麗に磨かれた白い机を不意打ちで汚したそれに、テツコは息を呑んだ

 「おっと申し訳ない。いえ、心配後無用、何時もの事。そして私はやはり、我慢できない。だって、私が我慢したら、世界は詰まらなくなる」
 「論点はそこですか……。というか、何が“そして”なのか私には今一つ理解できないのですが……。それ以前に落ち着いてください。出血が酷くなりますよ」

 テツコの忠告は、遅かった。既に出血は増大、コジマの白衣を汚し、机を衝撃的なカラーに染めようとしている

 コジマは慌てて顎を上げ、天上を向いた。その拍子に飛び散る血液。テツコの白衣と、その下の白い服に着弾。テツコの目が見開かれた
 我慢の限界である
 テツコは椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がる。コジマがほへ? と視線を巡らせるよりも早く、右手がコジマの頬に炸裂していた。平手なんて生易しい攻撃ではなかった

 コジマの首が限界ギリギリまで捩じれる。テツコは、まだ止めない。白衣は兎も角、その下の服は、テツコの月給の三分の一程も価値がある

 往復びんただ。悲鳴を上げてコジマは倒れこみ、失神した
 テツコは警報装置を鳴らし、通信ウィンドウを開く

 「人を寄越してくれ! 最低の産業スパイだ! この研究所から叩き出せ! マクシミリアン氏に苦情を送る! 『何をさせているのか』、とそれだけで良い!」


――


 その日のルークの報告に、テツコは無表情になった。顔から一切の表情が消えうせていた

 『その……雷鳴を操るファルコンなる魔術師が、アナリア王国首都アーリアで大暴れし、五十名以上の死人と重症人を量産して、姿を消したそうです』


――

 後書

 何と言うことでしょう。匠の技で以下略
 休憩だ……。



[3174] かみなりパンチ14 霧中にて斬る
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/03/17 05:36


 一週間もの間、ルーク・フランシスカは気を張り詰めたまま過ごした

 それと言うのも、ゴッチのせいだ。ヨーンの責任者、ゼナックにゴッチ・バベルについての情報収集を頼んだ時に、ルークはゴッチとの関係を上手く言い表す単語を思いつく事が出来ず、「同志だ」
等と軽々しく言ってしまっていた。雷を操る魔術師、と言う異世界での設定と、外見的特徴も含めて

 そこへ、アナリアで暴れまわったというファルコンなる雷の魔術師の登場だ。ゴッチ、ファルコン、似ても似つかない名前だが、魔術師などそうそう都合よくいる筈が無い。しかも、ルークの話した黒服の男のそれと、伝わってくるファルコンの外見的特徴は、全く同じなのだ。当然、ゼナック側としても、ルークの探すゴッチと、アナリアで暴れたファルコンを同一視する

 するとルークは、アナリアに明確な敵対行動を取った魔術師と同志と言うことになってしまう。ゼナックは静観の構えだったが、ルークは穏やかでは居られなかった


 雷の魔術師ファルコンの話が伝わってきたその日に、ルークがヨーンから逃げ出さなかったのには訳がある
 と、言うか、実を言えば脱出の準備はしていた。しかし、メノーの存在がそれを押し留めた

 「大丈夫です、そういう事にはなりません、ルーク様」

 メノーの事を、か弱い少女だと侮っていた面が、ルークにはあった。逃げ出す前に偶然にもメノーと遭遇したルークは、話すべきではないと理解しつつも、メノーが相手ならばどうとでもなると踏んで、簡単な事情を説明してしまった
 雷の魔術師ファルコンが、恐らくルークの探し人であること。それを聞いたメノーがルークに返したのは、平素と変わらない、顔を伏せての微笑だった

 「ルーク様にはお話します。このヨーンは既に、アナリアでありながらアナリアに従う地では御座いません」
 「意味は……聞かないほうが良いのかな、こういう時」

 何を意味するか、理解できないルークではない。積極的に異世界に溶け込もうと努めるルークだ。ある程度、世情を知っている
 メノーの言葉を信じたルークは、警戒こそしたが、ヨーンへの残留を決定した。ファルコンは待ったを掛けなかった。最悪の場合は、邪魔者を全員切り倒して逃げ出せばいいと言う乱暴な考えが根底にあった

 そして、警戒し続ける一週間。ヨーンの町に傷だらけの騎士達が十数騎ほど転がり込んできて、ルークの、その警戒は、漸くは解かれることになる


――


 ヨーンを治めるゼナックは総白髪の老人である。目は細く、肌の皴は深く、背は低い
 疲れ果てたようなイメージがあった。性格は温厚で寛大だったが、何処か全て諦めているような、そんな寛大さだった

 ルークは、ゼナックからの呼び出しを受けて、彼の執務室へと訪れた。ゼナックは多忙で、ルークを呼び出すと言うことは殆ど無い。ルークは、緊張する。最悪、ここで大立ち回りと言う事も有り得た

 「フランシスカ殿、よく参られた。…………うん? これはまた、随分と気合を入れて来られたなぁ」

 ルークが執務室の扉を叩き、入室を許可された後、最初に掛けられた言葉がこれであった。ゼナックは苦笑気味で、ルークの警戒心を柔らかく解そうとしている
 ルークは完全装備だった。鎧を着込み、剣を佩き、少女と見紛う顔立ちなりに、物々しい立ち姿であろうとしていた

 「(隣室に伏兵があるような気配は無い…………と、思う、多分)」

 ルークはゼナックに一礼して、まずは部屋の隅々に視線をめぐらせた。ゼナックが窓の前に立っている以外では、険しい顔をした騎士が一人、居るだけだ

 騎士は眼光鋭くルークを見返した。体を清めたばかりなのか、黒髪が妙に湿っている騎士は、身形こそ小奇麗にしていたが、激しく疲労している。頬には、完治していない刀傷があった
 歳は三十か、若しくはそれの少し前。何時も、何か諦めたように苦笑するゼナックとは対照的に、疲労していても、気力に満ちていた

 「ゼナック殿の厚情、恩義に感じています。ゼナック殿に呼ばれたならば、私に否はありません」

 ルークは朗らかだった。ゼナックの事を、と言うか、アナリアに属するヨーンの事を警戒していたが、感謝しているのも本心だった
 ゼナックは頷くと、椅子を示した。ルークはゼナックの近くまで歩を進め、さりげなく黒髪の騎士を見やる

 勇ましい釣り目をしていた。あまり遠慮というものをしておらず、ゼナックの態度も何処か、騎士に気を使っているように感じられる
 ゼナックと対等の立場か、ゼナック個人にとって重要な人物か。どちらにせよ、二人とも立っているのに、自分だけが座るなど、ルークには考えられない事である

 椅子に座らず、笑い掛けるルークに対し、騎士は目を細めた後、力強く頷いた。愛想笑いの気配が無い。正直な顔面だった

 「ホーク様、こちら、ルーク・フランシスカ殿と申します。海を越えたランディよりも遠い、ロベルトマリンと言う地の出身で、今は人を探しているのだとか」
 「初めまして、ルーク・フランシスカです。…………失礼ですが、貴方の御名前を伺っても?」

 騎士が身じろぎする。ふわ、と甘い匂いがした
 ルークは、騎士の髪型が気になっていた。騎士は所謂オールバックの髪型だったが、自然とその髪型になった訳ではないだろう
 その疑問が解けた。果実の汁である。特定の果実の汁を整髪料として用いるのを、ルークはヨーン領主館の侍女達から聞き及んでいた

 「ゼナック、良いのか?」
 「構いませぬ」
 「そうか、では。私はホーク・マグダラだ。私の名を聞いた事は?」

 ルークは硬直する。ホーク・マグダラ。マグダラと言えば、広大な北方辺境領を納める武家の筈だ
 そしてホークは、現北方辺境領主、オーゼン・マグダラの唯一の息子。本来、ここに居てはならない人物である

 何せ、北方辺境領マグダラ家は、つい数日前に、アナリア王国と一戦構えたばかりなのだから

 「それは……少々、驚きました。ホーク殿の威名は聞き及んでおります。お会い出来て、光栄です」
 「ルークで良いか? ルークと呼ぼう」

 ルークは漸くメノーの言葉を、腹の底から信じる心算になった
 もしこの騎士が本物のホーク・マグダラであったならば、アナリア王国の敵である。それをゼナックが平然と館に置き、しかも丁寧に応対するとあれば
 ヨーンは、アナリア王国の反抗勢力だ


――


――


 ゼナックからホークを紹介されたその日に、何かあったと言う訳ではなかった。しかし、アナリアと敵対するホークを平然と館に置き、それを自分に隠すことなく教えた。これは自分に何らかのリアクションを迫っているのだと、ルークは考えた

 ファルコンは出来るだけ深い関係を持つな、とだけ言った。分が悪ければ、折角取り付けたゼナックの支援を切り捨てる事も視野に入れているようであった

 「おはよう御座います、ホーク殿」
 「うむ」

 早朝は陽光の恩恵が乏しく、些か肌寒い。ルークは常の軽装で水場へと向かう
 其処には先客が居た。ホークだった。下着だけで、硬く鍛えられた肉体を晒すホークは、痺れるほど冷たい水を頭から豪快に被っている
 ホークの起床は、ヨーン領主館の誰よりも早い。侍女や下働きの者達よりも少し早めに起き出して、練兵場で剣を振っている
 ホークが意図しての事なのか、ルークとホークは、鉢合わせになることが多い。大抵は直属の部下達を連れていたが、こうして朝早くに会うときは、二人きりであった

 「三日で、完全に復調されたようですね」
 「あぁ。不自由なく用を足せて、体を清めることが出来、しかも周囲を警戒せずに眠れる。全く有難い」
 「それは違いありません」
 「ほんの数日前は、追い手を気にして、大便の場にすら苦心していたと言うのにな。痕跡を残す訳にも行かぬから」

 ルークはマクシミリアンの命令で参加したRM国統合軍の特別訓練キャンプを思い出した。特殊部隊間から選りすぐられた精鋭千人の内、五分の四を脱落させる恐ろしい訓練だ。本来は参加する資格すらないルークだったが、マクシミリアンの命令に否と答えられる筈は無い。当然のように脱落した
 その中には、山中での活動も当然あった。自らが追われる側のシチュエーションで行われたその訓練の事は、ルークは出来れば思い出したくなかった

 「解ります。特に山は酷い」
 「見掛けには寄らんな。君も経験が?」
 「体中に泥と木の葉を塗り付けて逃げました」
 「辛かったろう。いや、私の部下は終始泣き言を言っていたからな」

 水を救い上げて顔を洗うルークは、終いに金髪を掻き上げた。ホークは布切れを肩に掛け、釣り目を細めて苦笑していた

 ルークは少し、目線を下げる。ホークは謹厳な男で、部下との接し方が、所々マクシミリアンに似ている気がする

 頬を掻いて、ルークはホークを見遣った

 「同じ苦境の中で、泣き言も漏らさず歯を食いしばって耐える者達が居ましたので。辛かったですが、辛くはありませんでした。仲間がいればこそ、ですね」
 「どうにも、君は清々しい。私もそう思う。己のみが苦しいのだ等と勘違いして、弱音を吐いてはいけない」
 「……申し訳ありません、急に変な事を言い出してしまって」

 赤くなったルークに、ホークは言った。若いのに大した物だ。世辞で機嫌を取ろうとする男でないのは、数日の付き合いで十分解る

 「君の探している者達が、その仲間か? メイアスリー、アシラ、それに……雷の魔術師、ファルコンと言ったな。ゴッチ・バベルと、どちらが正しいのだ?」

 どき、とした。ルークは困ったように笑う
 無理に取り繕う必要は無い筈だった。目の前のホークは、アナリアと敵対している。そしてアナリアと敵対しているからこそ、こんな話を振ったのだ

 どう、答えるべきだろうか。少しでも相手にとって不利な事を言うのは避けたい
 僅かでも怪しさを感じさせれば、剣を抜く事を厭わないだろう、ホークは。怪しくとも上手く使い回そうとマクシミリアンとは、決定的に違う

 「いえ、確かに、同じ目的を持つ者同士ではあります。でも、ゴッチ・バベルは私の事を知らないのです」
 「事情がありそうだ」
 「これ以上は、見逃して頂けませんか」
 「構わない。…………君も感付いているだろうが、アナリアに組する者でないのなら、私は気にしない。それに、君と魔術師ファルコンが同志だというのなら、私は君達に恩がある」

 ホークは大仰に一つ、頷くと、服と一緒に転がしてあった皮袋に手を突っ込み、無色の液体を髪に撫で付ける。手早く髪を整えていくところを、ルークは黙ってみていた
 アーリアでゴッチが起こした騒ぎの事であるのは、間違いない。簡単に自分の心情を悟らせる男ではないから、何処まで本気なのかは解らないが

 ん、とホークが、何か思い立ったようにルークを振り返る。二歩、歩み寄ってきたホークは、ルークよりも頭二つ分背が高い。圧倒的に見下ろされていた

 「君はゼナックと……メノー様の大事な客人だが、何もせずに持成しを受けるだけ、と言うのも心苦しいのではないか?」
 「はい、仰るとおりです。ですので、未熟なりに、可能な限りのお手伝いをさせて貰っています」
 「君は謙虚だな。ゼナックは、君の事を絶賛していた。君がよければ、で構わない。今日一日、私と部下達に付き合わないか」

 着せた恩に、まるで拘らないように振舞わせようとするのは、ホークの性格ゆえか。しかし、その考えはルークにとっても好ましかった。何より、既に約束は取り付けてあるのだ
 ヨーンの為になる事だ。と、ホークは付け加えた。ルークは躊躇した。ホークに気に入られるのは、良い。しかし、仲良くなりすぎて、しがらみが増えるのも考え物だ

 暫し悩んだ後に、結局は喜んで、と返事をした。図ったかのように慌しい足音が聞こえてくる。現れたのは、服の袖を捲り上げて、髪を縛った侍女である。早朝の業務に取り掛かる所らしい

 「わ!」

 侍女はほぼ裸のホークを見て硬直した。ホークは侍女を一瞥した後、大して気にも留めずルークに拳を差し出した
 ルークも拳を握って、ホークのそれに打ち付ける

 「よし、詳しい話は後でする。期待しているぞ、万全の準備をしてくるが良い」
 「はぁ……、いえ、はい」

 ホークは赤面して石像のように固まっている侍女に、服を着せるよう命じた
 侍女は唾を飲み込んで、おっかなびっくりホークに服を着せ始める。プロフェッショナルとは言い難いな、とルークは思った


――


 黒毛の騎馬に、北方を納める領主の長子にしては、塗装も装飾も無い地味な鉄の鎧。唯一華美であるとすれば、黒い直垂に施された金糸の鳥の刺繍のみで、実に飾り気無いのがホークだ
 しかし同時に、鎧や馬ではなく中身が光るのがホークだ。この不思議な存在感は、彼の内側から滲み出る物だな、とルークは羨ましく思った

 「サンケラット? ですか」
 「何だ、自分が散々切り倒した魔獣どもの事も知らなかったのか?」

 メノー救出の際、ルークが散々に切り倒した恐竜達の名を、サンケラットと言うらしい
 確かに元来、群れを成して獲物を狩る、人間にとっても恐ろしい獣であるらしいが、ホークはそれだけではないと言った

 「メノー様の事もあるが……、奴ら、活発過ぎる。群れに強力な首領が居るのかも知れん。出るらしいぞ、人の背丈の三倍ほどにもなるサンケラットが、稀にな」
 「サンケラットの被害が多いのは、そのせいだと」
 「これは私の勘だ。しかし、居ようが居まいが、これ以上見過ごす訳には行かん。それなりの数を討伐する必要がある」

 ヨーンの領主館の中庭に、ホークの部下十四騎。聞けば先の一戦は、国境まで呼び出されたオーゼン、及びホークと少数の部下達を、アナリア王国軍が騙し討ちに襲い掛かり、相当な乱戦になったと聞く
 その中でも馬を死傷させず、巧みにホークに追従してきた精鋭達がこの十四騎だ。恐らく、練度は高いのだろう

 ルークは彼らの好奇心に満ちた、或いは挑戦的な視線に晒されながらも、疑問を口にする

 「何故、ホーク殿が?」
 「大きなサンケラットがもし居れば、それは間違いなく強い。嘆かわしい話だが、ヨーンの者達は弱兵でな」

 ルークは何と言っていいか解らなかった。山賊討伐に同行した時、ルークが思ったことそのままだったのである。こちらの世界の基準が解らない以上、判断仕切れる筈もなかったが、ホークまでそう言うのであれば、恐らくは間違いなかった

 しかし、胡散臭さがあった。違和感が拭いきれないでいる
 視線は外さない。ルークの物言いたげな表情に気付いたホークは、更に言葉を重ねた

 「幾ら大人しくしていた所で、ヨーンにホークあり、と既に知られている筈だ。何をしようとも、或いはしなくとも、何れヨーンはアナリアに攻められる。今はゼナックが上手く誤魔化しているだけだ」

 ルークは咄嗟に無表情になった。動揺を外に出したくなかったのだ。それほど、拙い事である
 さも当然のようにホークは言ったが、非常に都合の悪い事態だった。異世界まで出張ってきて、戦争に巻き込まれるなど、冗談ではない
 ホークは平静でいる。何を考えているのか解らない。ルークは手を開いたり、握ったり、何気ない仕草で余裕を見せようとした

 「貴方は……、豪胆に過ぎる。……と、私は思います。…………でも、そういう方が男らしくて良いとも思うのですけれど」
 「真に見事なのは、その猶予を作り出したゼナックだ。大した人物なのだ、アレは」

 ヨーンを発ってからは、ルークは意識してホークには近寄らず、ホークの手足となって騎士達を纏める者の指示を仰いだ
 何処から現れたのか解らない、歳若い流れ者が、古参の者を差し置いてホークに接近しては、禍根となる。そんな事は、ルークにだって解る。ホークは何も言わない

 休憩、炊飯となれば、率先して作業を行った。マクシミリアンから仕込まれた料理は、調味料や器具等の問題から、ルークとしてはとても満足行く出来では無かったが、大変好評だった
片付けも準備と同様、真っ先に動く
 出発前の馬鹿話や、色町の話題にも照れながら参加した。騎士達はルークの事を、面白そうに観察していた

 媚びていると言えばそうであるが、そんな風に感じさせず、全くの自然体でやってのけるのがルークの凄い所である。小さい体躯が妙に堂々としていて、なのにクルクルよく働くのだから、悪い印象を与える筈がなかった

 翌日早朝には、目的地としていた小さな村へと到着した。世界を繋ぐゲートがあり、メノーが襲われた場所でもある森の北東に、その村はある
 ホークが現地の詳しい話を聞きたがったからだ。地理に詳しい地の者を雇い入れて、事を円滑に運ぼうと考えるのは、至極当然であった

 そこで、一つ騒ぎが起きていた。村の男が一人、畑の中で、五頭のサンケラットに食い付かれていたのである。血の赤色が、遠くからでも良く解る
 静けさを破って聞くに堪えない悲鳴が上がっており、村の空気は騒然としていた。間を置かず村人達が事態を理解して飛んでくると思うが、その時は既に、男は絶命しているだろう

 ホークが鋭く、傍らの騎士を呼ぶ

 「カンセル!」
 「はぁっ!」

 なまず髭の壮年騎士が隊列から飛び出し、猛進する馬の腹をしっかりと抑えながら、弓に矢を番えた
 ルークの背に、妙な寒気が走った。瞳が周囲をぐるりと見回して、すぐ傍の林の草木が不自然に揺れたのを見咎める

 「私達も行こう、マルレーネ」

 ルークが白馬の首筋を撫でると、マルレーネと名付けられた彼女は、カンセルの駆る騎馬とは比べ物にならない勢いで走り始めた
 ホークは釣り目を少しだけ細めたが、咎めようとはしなかった。カンセルの後を追うルーク。既にカンセルは矢を二度、村の男に食らいつくサンケラットに放っており、矢の数と同じ二頭を絶命させている

 三矢目をカンセルが番えたとき、ルークが見咎めた、不自然に揺れる林の草木の横を通り抜けた。その瞬間、草木の中からもう一頭、サンケラットが飛び出してくる
 横目で奇襲を掛けてきたサンケラットを睨むカンセル。なまず髭がピクリと動いたが、弓矢の狙いは少しも逸れない。背後に猛然と迫るルークの存在を、感じ取っていた

 銀色に鈍く光る刃が、スコン、と軽妙な音を立てた。ルークは長剣を逆手に振り下ろして、カンセルを狙うサンケラットの首を大地に縫いとめてしまった。その間に、カンセルの矢が三頭目を仕留める

 残る二頭が、ルークとカンセルを威嚇した。逃げもせずに立ち向かってしまった所が、野生の生き物として致命的と言う他無かった
 大地を削るように荒々しく走るマルレーネが、大きく嘶いて前足を振り上げる。威嚇を続けるサンケラットの頭蓋を、容赦なく踏み砕く
 小剣を抜いていたルークは、飛び掛ってくる最後の一頭の腹に、それを抉り込ませた。ぐり、と手を捻って刃を回転させれば、容易に最後のサンケラットは動かなくなった

 「見事だ! 剣や馬だけが一流ではないな!」

 ルークはホークに一礼して、散々に食いつかれていた男の方へと向かった


――


 ルークも当然ながら応急手当の心得はある。しかし、純粋な人間にそれを施した事は、流石に無い。純粋な人間と言うのはロベルトマリンでは珍しい部類の物であるし、身近に居たマクシミリアンは、そもそも怪我をしない

 たどたどしい手付きで血塗れの男を手当てしたが、間もなく男は死亡した。死体を村の者に引き渡して、剣を回収し、村の長と話し込むホークの元へと戻る

 難しい顔をしたルークに、ホークはすぐ気付いた

 「ルーク、あの者は」
 「亡くなりました」
 「……よし、君は私の後ろに居ろ」

 騎士達は騎乗し、隊列を組んだままである。そちらに合流しようとしたルークを、ホークはその場に留めた。ルークが避けていた特別扱いを、ホークはここに来てやった
 少し戸惑いながら、ルークはホークの後ろに控える。よくよく考えれば、ルークはホークの部下と言う訳ではない。ここでの自分は遠い異国の騎士で、在野の身である。……少し齟齬があるか
 それがホークの要請に応える形で部隊に同行しているのだから、寧ろ特別扱いは当然ではなかろうか。と、ルークは思うようにした。居直れないのがルークの限界だった

 「よくやった。お前達の働き、覚えておくぞ」
 「はい……、ありがとう御座います」

 後ろに控えはした物の、ホークと村長の会話は大部分が終了していたのか、直ぐに打ち切られた
 ホークが尊大に下がってよいと告げると、村長は何度も頭を下げながら民家に消えていく。そこは、ルークが死体を預けた民家だ。葬儀の準備をするようであった

 「……地の者を雇うのでしたね」
 「それは止めにする」
 「理由をお聞きしても宜しいですか」
 「必要でなくなったからだ」

 ホークは踵を返して、己の騎馬へと向かう。黒毛の騎馬のすぐ傍に、ルークのマルレーネは居た。しきりに地面を蹴っている

 「名馬だな。頑強で、馬らしからぬ勇猛さを持ち、足も速い。頭が良く、主人に忠実だ。君と世話係の者以外が近付くと警戒する」
 「試したのですか」
 「すまなかった。……が、しかし、どんな荒馬も乗りこなす自信があったのだがな」
 「…………」

 誤魔化そうとしている、とルークは感じた。何故案内する者が不必要になったのか、ぐるぐると疑問が回る
 しかし、藪の中に蛇が居そうな気配がした。出来れば突きたくは、無い

 ルークとホークは揃って騎乗し、ホークはやがて号令した

 「進発! 森に向かう!」

 ホークは隊列の最後尾を行き、ルークには自分の右後ろを維持させた

 「……何か、企んで居られますか?」
 「変な人物だな、君は。はっきり物を言う所は面白いが、もし私が何か企んでいるとして、それを正直に話すと思うのか」

 ホークは糞真面目な顔をしていた。ルークは苦笑した。苦し紛れの笑みである

 目的の森は、村から然程遠くない。一時間と掛からずに、隊列は其処に到着した
 朝だと言うのに、木々に光が遮られ、陰鬱とした空気が漂っている。森は全く幾つもの顔を持っている物だとルークは思った。初めて異世界に侵入した時足を付けた場所とは、全く雰囲気が違う

 下馬せよ、との号令に従って、全員が馬を下りた。荷を運んでいた物が手早く数本の木の杭を準備し、槌を使用して地面に打ち込んでいく
 騎馬は全て、それに繋いだ。二名がその場に残り、残りの全員で森の中に踏み入る。邪魔な荷物は、全て置いていった

 踏み入る段階になっても、ルークはホークの後ろ、隊列の最後尾に居た。騎士達が声も無く抜剣する。ルークも、剣を抜いた。唯一抜かないのは、ホークだけだ
 ルークの眉間の皺が深まる。ホークが何も言わないのが気になった。訓示の一つぐらいあっても良さそうな物だが

 「浮かれて居ませんか。ここは危険なのでは」
 「無礼な。浮かれてなど居ない」

 暗いのは最初だけだった。暫し歩くと直ぐに森は開け、光の差し込む広い空間に出る。川が流れていて、サンケラットの死体が数頭、打ち捨てられている

 カンセルがその死体に近寄って、膝を着いた。その様子を伺っていたルークは、サンケラット達の死因となった傷口に違和感を覚えた
 刀傷であった

 「これは……?」

 ホークが声を発さず手を振った。騎士達は自らが発する音を出来る限り殺して、散開する。周囲を探っていた

 その場に取り残されたルークに、ホークが向き直る。何時もの真面目な、堂々とした態度だった

 「君はメノー様に非常に気に入られているな」
 「…………」
 「別に妬んでいる訳ではない。そんな狭量ではない心算だ。私自身、君を非常に気に入っている」
 「ありがとう御座います」

 当り障りない台詞を返すルーク

 「ルーク、ヨーンの事、どう思った」
 「は? ……はい、良い町だと。治安は守られ、民衆は勤勉で、ゼナック殿の手腕の賜物でしょうね」
 「そうだ。しかし同じアナリア国の内で、ヨーンのように栄える町は少ない。何故だか解るだろう。皆がゼナックのように高潔で、能力がある訳ではない」

 ルークはさり気ない仕草で、腰のコガラシに手をやった
 直ぐにコガラシから極細のコードが伸び、胸元にチクリと痛みが走る。コガラシが僅かに震えて、男の声をルークに届けた

 『(どうしました、何か問題でも)』
 「(テツコ博士か、出来ればファルコンさんをお願いします。急いで)」
『(はい? ……わかりました!)』

 ルークは口元を覆った。考えている振りをしていた

 「私は別段アナリアが好きと言う訳ではないが、捨て置けん。国を統治すると言う事がどういうことか、ある程度は知っている心算だ。私には、今のアナリアが酷く醜く感じられるのだ」
 「それで、それが」
 「さて、なんだろうな」

 視線を外して、ホークは背を向けた。妖しげな雰囲気に耐えかねて、ルークは追い縋ろうとする

 その時、ガサ、と草木を揺らす音が聞こえた。妙に耳に残ったそれにルークは視線を動かし、そして見た

 大型のサンケラットだ。縦の長さで、四メートルはある。巨大であった

 『(こちらテツコ、ルーク、状況は)』
 「(アレを!)」
 『(大きい!)』
 「ホーク殿!」

 散会した騎士達は到底間に合わない。ルークはホークに呼びかける

 ホークは首だけ動かしてサンケラットを見た。ふん、と一つ息を吐くと、何と構えもせずに腕を組んだではないか
 ルークは堪らず飛び出した。ホークの考えが解らなくなってしまった

 何故剣を抜かない!

 「失礼します!」

 ルークはホークを押しのけた
 大型のサンケラットは首を低くして走ってくる。その体から、血を噴出しているのに、ルークは気付いた。これも矢張り刀傷だ

 何者が? 考える間もなく、肉薄してくるサンケラット

 首を振り上げて、顎を開いた。足を止めたサンケラットに、ルークは剣を振る
 ガリガリと奇妙な音がした。サンケラットの首を叩き落す心算の一撃は、何と受け止められていた。白刃をサンケラットの鋭い牙が噛み締めている

 「しかし手負いッ」

 ルークは剣を捻って振り上げる。牙の拘束を振り払って、白刃は再び朝日に煌いた
 しかし、意気込んで振り下ろすより早く、サンケラットの爪がルークの頬を浅く裂いた。ルークが咄嗟に身を引かなければ、目が潰れていただろう

 「ルーク! サンケラットは傷を負ってからが本物だぞ!」
 「何を悠長な!」

 ルークは長剣を右手で低く構え、左手で小剣を抜いた。体を撓らせて、奇妙な足運びでサンケラットに体当たりすると、下がった頭に小剣を突き込む
 サンケラットの牙が、小剣の刃も噛み締めた。しかし、圧し留める力が弱い。抉るように捻りながら、そのまま押し込む。サンケラットの口内を激しく傷つけたか、牙の隙間から噴出する生臭い血液

 しかし、噛み締めた牙を解けば己が直ぐに絶命すると、サンケラットは悟っているかのようだった。傷つきながらも、口を開いて逃げようとしない

 ルークが体を振り回した。右手の長剣が目にも留まらぬ銀光になって、サンケラットの首に吸い込まれていく
 ド、と鈍い音を立てて、首の中ほどまで長剣が埋まった。どれ程の激痛だろうか、サンケラットが激しく身を捩る。傷口からは、当然のように大量の出血が起こった
 ポンプか何かのように血を噴出する。ルークの鎧があっという間に真紅に染まった。ルークは左手の小剣を放棄して、両手で長剣の柄を握った

 ズ、とルークは満身の力を込めて剣を引いた。サンケラットの首が、音を立てて宙を舞い、地に落ちる
 気持ちの悪い音を立てて、輪切りにされた首からまた大量の出血が起こった。首が失った事に気付いていないかのように、サンケラットの胴体は数秒、そのままの体制を維持し、やがて倒れこんだ

 「期待以上だ! ルーク、君の戦う姿は素晴らしい。私ですら、末恐ろしく感じる」

 呼吸を整えて、ルークはホークを睨む。懐から布を取り出して、血に塗れた剣を拭った

 「私の器量を見極めて見ないか。当然、厚遇する。君の探し物にも協力しよう。悪くはあるまい」
 『(…………なるほど、ルーク、状況は把握した。周囲に反応多数。二百以上居る)』
 「断れば私を殺すのですか、ホーク殿」

 テツコの言葉に、ルークが視線を巡らせれば、周囲の森から続々と人影が現れた

 黒い鎧で統一した兵士達だ。指揮官らしき騎士の姿も多数見受けられる。先ほど散開した騎士達も、その中に居た

 「何故こんな回りくどい事を。まさか貴方が、こんな理不尽な真似をする方だとは思っていませんでした」
 「その事は謝罪する。この通りだ」

 ホークは目を瞑って頭を下げた。ホーク・マグダラの頭は、簡単に下げてよい頭ではない。ルークは思わず口ごもる

 「しかし、君が万一アナリアと繋がっていたら困るからな。私としても悩み所だったのを、察して欲しい」

 テツコの緊張した声が聞こえた。ホーク・マグダラの感性は、きっとテツコには理解し難い物に違いなかった

 『(身の安全を最優先に。ここは話に乗ろう)』
 「(ファルコンさんは?)」
 『(事後承諾で構わない。ファルコンの嫌味も、生きていてこそだ)』

 ルークは目を大きくする。彼らしくない、険しい表情である

 「私はホーク殿に好感を抱いていました。ですが、囲んで武器をちらつかせれば、言いなりになる腰抜けだと思ってもらっては困ります」
 「ではどうする、ルーク」
 「訳の解らない物事に当っては、叩き斬ってみればはっきりする物です」
 『(ルーク! 感情的になってはいけない!)』

 ルークはテツコの言葉を無視して、ホークに剣を突きつけた

 『(あぁ! 全く! 男と言うのは、戦いとなると、途端に自分を抑えないのだから!)』

 一騎討ちが望みか、と呟いて、ホークは剣を抜いた。気配が変わった
 サンケラットが迫ろうとも、重々しく終に抜かれることは無かった剣が、ルークに対して抜かれた。周りを囲む兵士達が、動揺してざわついた

 「貴方のような方は、こちらの方が余程解り易い。全ては貴方の腹の内側を引きずり出してから考えさせて貰います」
 「全く君は、爽やかな騎士だ」

 ルークはホークに踊りかかった


 ホークは全く見事で、屈強な騎士であった
 しかしルークも、マクシミリアンの下で鍛えられて来た、秘蔵っ子である
 互いの気が遠くなる程の長時間、一騎討ちは続いたが、最後にはルークが剣の腹でホークを打ち倒していた

 ルークは周囲を取り囲まれ、槍を突きつけられた状態で、ホークに膝を折った。ホークは仰向けに倒れたまま、満足げに笑ったのであった


――

 後書

 胡散臭さを出そうとして胡散臭い文章を意識してみた。
 実際胡散臭くなったかどうかは知らぬぅぅぅぅー!



[3174] かみなりパンチ15 剛剣アシラッド1
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/06/27 10:32

 ルークが見るに、ホーク・マグダラと言う男は、人材に対して極めて図々しい男だった
 妙に目端が利いて、節操も無く声を掛ける。騎士だとか、兵士だとか、関係が無い。農民も樵も猟師も、ホークにとっては大差ないようである

 アナリアへの一大反抗勢力、エルンスト軍団。その本拠地である東の果ての城、カウスに向かうまでの道中でもそれは変わらず、ホークの部下はじわりと増えていった
 そしてルークは、常にホークの背後に居るよう指示された。号令するとき、目ぼしい人物を迎えるとき、果てはエルンスト軍団からの使者と会う時もそうなのだから、ルークはすっかりホークの子飼である、と言うことで落ち着いてしまった

 今、カウスの城門前にて開門を待ちながら、やっぱりルークが居るのは、ホークの後ろだった


 「それほど大きいと言う訳ではありませんが、硬そうで良さそうで、何とも安心できる城ですな」

 カンセルが口元だけで笑いながら言った。ホークはギリギリと音を立てながら下がってくるカウス城の吊橋を見て、釣り目をさらに吊り上げている
 ルークは少し前に、ホークは幼い頃居城の吊橋から落ちて酷い目にあった、とカンセルから聞かされていたので、きっと吊橋を渡る時は、何時もあんな怖い顔をしているんだ、と妄想した。弱点などないように見えるホークの事だからか、思わず噴出してしまった

 吊橋が完全に下がりきってから、ホークは右手を挙げたが、進発の号令は出なかった
 ホークが声を発する前に、城門が開き始めたのである。そこには青い外套を羽織った、壮年の男が立っていた。周囲を慌しく駆け回る兵士達の事などまるで意に介さず、ホークだけを注視している

 「カンセル殿、彼は?」

 ぼそり、とルークは小さく言った。カンセルは顔を動かさず、背筋をピンと伸ばして、こちらも小さく返した

 「蜂蜜色の髪と髭、米神の傷、エルンスト軍団首魁、エルンスト・オセ殿と見た」
 「あれが……」

 言う間に、エルンストが早歩きで近付いてくる。腕の振り方が大きく、大仰に見えるが、まるで気負わず自然体のようにも感じられる

 「ホーク・マグダラ殿! ようこそカウスへ! ようこそ、東へ!」
 「貴方がエルンスト殿か?!」
 「そうともさ」

 がっはっは、と笑いながら応えるエルンストを、ホークは馬から飛び降りて迎えた。エルンストは初対面であることなどまるで気にしていない様子で、バン、とホークの肩を叩き、強く手を握る

 「本当によく来た。エーラハの玉無しめが、マグダラ軍団を騙し討ちにしたと聞いていたから、心配していた。しかし諸君ら、気力に満ち満ちているようで何より」
 「我が兵どもには、地獄に叩き落されても這い上がってくるよう命じております」
 「頼もしい。君のような味方が増えるのは嬉しいことだ」

 エルンストとホークは、並んで歩き始める。ルークも、カンセルも、軍団は皆下馬し、馬を引いてその後ろに従った

 「不躾ですが、エルンスト殿、状況はどうなのですか」
 「良くない。が、良くないまま押し切られる心算はないし、何より私は今日、新たな勇者達を迎え入れたよ」

 なぁ、とエルンストが背後を振り返り、声を掛けてくる

 「お応えしろ」
 「エーラハのにやけ面を叩き切るのが、今から楽しみでなりません!」

 ヤケクソ気味にカンセルが叫んだ。それに同意するように掛け声が上がり、ホークがよし、と頷く
 エルンストが顎を撫でながら、にやりと笑った

 「結構、結構。これから楽しい戦になりそうだなぁ」

 ルークは眉を顰めた。このエルンストと言う男、相当なたらしだ
 激しい戦いの予感がしていた


――


 「と、思っていたが、実は全然そんな事無かったのです」
 「フランシスカ様、どうなさいましたか」
 「いえ、メノー様。何でもありません」

 カウス到着直後は、これから起こるであろう戦いに気を揉んでいたルークだったが、そんな事にはならなかった
 カウスでホークに宛がわれた部屋に、不機嫌顔のメノーが乗り込んできたのである。何時の間にカウスに到着していたのやら、ルークは驚愕していた物だが、どうやらホークの相当強引な所業を聞いているようで、メノーの怒りは深かった

 ずるい、とは、何がずるいのやら。ずるい、とメノーに言われたホークは、確かに強引な真似をしたと言う引け目もあり、ルークはメノーに貸し出される運びとなった

 見ようによっては、ホークの腹心がメノーに取り入ったようにも見える。と言うか、そういう風に見られれば、都合が良いのだが、とホークは下心を隠しもしなかった

 「お披露目が近いのさ」


 そんなこんなで、三日ほど過ごした。メノーと共に居る時間は、ヨーンに居た時よりも遥かに多い。メノーの周囲は極めて穏やかで、ここが反乱軍の本拠地であるとは、全く思えない程であった

 「フランシスカ様は、人を探しているとおっしゃっていましたね」
 「えぇ、しかし、全く成果は上がっていないのですが」
 「えぇ、メイア・スリーと言う方と、ラグランのローラー様。そして、アシラと言う何か」
 「何か知っておいでですか」
 「相も変わらず、メイア・スリーと言う方の事は解りません。ラグランと言う地の事も。ただ、アシラと言う言葉について、少し聞き及んだことが御座います」

 白い粗末な椅子に座りながら、侍女のムアが差し出す茶器を受け取って、メノーは己の頬を擦った
カウスに吹く強い風に巻き起こる、花びらの柱を眺めていたルークは、突然のメノーの言葉に声を上擦らせる

 「どんな事でも構いません、教えてください」
 「このカウスの城の南東に、ブラムと言う小さな町が御座います。そこの名産に、アシーラと言うお酒があるのだそうです。何でも、ブラムでしか作れないらしいですよ」
 「酒……?」
 「そんな残念そうな顔をしないでください。まだ御座います。実は今、そのブラムの町に、とある高名な騎士様がいらっしゃっています。『折れない剛剣』と勇名高い、アシラッド様です」
 「アシラ……アシラッド」
 「響きが似ていたもので、もしやと思いまして」

 ルークは呻いた。有力な情報とは言い難い。言い難いが、他に目ぼしい情報は無いのだ。そもそもが手探りの状態だったのだから

 「……あまりお役には立てないようですね」

 メノーにつられて傍で控えているムアまで寂しげな表情になる。メノーの、人を呑む不思議な気配。ルークは慌てて首を振った

 「いえ、そんな事はありません。感謝しています、メノー様」
 「そうですか、それなら私、嬉しい。…………でも、やっぱり駄目です。背中がむずむずするので、本当のことをお話します」
 「え?」

 メノーが顔をほんのり赤くして、俯いた

 「実はこの話は、マグダラ様が教えてくださった話なのです」
 「ホーク殿が」
 「御免なさい、さも自分が調べたかのように振舞って……。はしたないと思われましたか?」

 どうせ、ホークがメノーを教唆したに違いないとルークは思った。ホークにしてみれば、メノーにアシラの事なんて、話す必要が無いのだ
  メノー自身が仕入れたように話せば、ルークの歓心を買えるとでも言ったのだろう。そうすればメノーはルークに恩を売ることができ、ホークはメノーに恩を売った事になる
 ルークは、ある程度以上メノーが自分を好いてくれている事に、気付いていた。ホークが読み違えたのは、メノーの馬鹿正直さである

 「いえ、そのようには思いません。メノー様は心根が素直でいらっしゃいます。……それでは早速なのですが、ブラムと言う町に赴きたいと思います。許していただけますか?」
 「当然です、フランシスカ様。元々は、私やマグダラ様が無理に貴方をお引止めしているのですから」


 メノーの居室から退室したルークを、ムアがゆっくりと追ってきた
 ムアの、少なくない皺が刻まれた苦労人の顔は、カウスに着てからは大分和らいでいるような感じがある。ムアは小声でルークを呼び止めると、ピシっと腰を折った

 「御気を付けて行ってらっしゃいませ。そして、無事にメノー様の下へお戻りください」
 「……それを、わざわざ?」

 顔を上げたムアに対して、今度はルークが頭を下げた。それを見てムアは、慌てず騒がずもう一度頭を下げる

 「ブラムは馬を使わずとも半日掛からない距離に御座いますが、案内する者は必要でしょう。後で、旅装具と共にフランシスカ様のお部屋に向かわせます」
 「ありがとう御座います。…………貴女は……母のように錯覚してしまいます。あはは、情けない事を言っている自覚はありますが」

 ムアが苦笑した。ルークはムアから、初めてこんな表情を引き出した
 よく気が回り、面倒見の良いムアならば、こういう事を言われれば喜ぶだろうと、ルークにも一応計算があった


――


 『ブラム? それらしき町は確認しているよ。地理の把握は出来ている』
 「漸く進展です。……とは言っても、それほど期待出来た物ではありませんが」
 『いや……。私は、君は限られた条件下でよくやっていると思う』
 「そういって頂けるのであれば、ありがたく思います」
 『…………そちらに馴染んでいるのか、話し方が必要以上に堅いな』

 ガチャガチャと鎧を着込むルークも、今では慣れて、堂に入った物である。マントを着けた完全装備で、荷を確認しながらルークは首を鳴らした
 新しく聞き及んだ町の情報であろうと、コガラシ二型を飛ばして情報を収集するテツコには既知の物だ。先回りされているような手際の良さは、ルークには頼もしく思えた

 扉を叩く音がして、女性の声がした。コガラシを鎧の腰部に取り付けてから、ルークは扉を開く

 「ん?」

 ルークの知らない顔ではなかった。ムアの部下として、メノーの傍の世話をしている侍女の一人だ。それが、頭を下げている
 如何に高貴の身分であっても、メノーに動かせる人材は限られる。なんとなくルークは、メノーの精一杯さ加減を感じてしまう

 「早速出発したいが、準備は良いかな」
 「整えてあります。ルーク様の思われる内で、何か必要な物が御座いましたら、御言い付けください」

 本当を言えば、テツコのサポートがあれば案内は要らないが、折角用意してもらった物を無碍にはしたくない

 ルークは何もない、とだけ応え、侍女を連れて厩舎へと向かった

――

 「フランシスカ様、お止めください! 私は徒歩で十分ですので!」
 「私は出来るだけ急ぎたいんだ。君がどれ程健脚なのかは知らないが、マルレーネの早駆けに着いて来るのは不可能だ」
 「私のような者を騎馬に同乗させては、ルーク様のお立場が悪くなります!」

 ぐりん、とマルレーネが首を回す。くりっとした瞳が、ルークを見つめてくる
 ルークとマルレーネは、揃って首を傾げた。ヒヒン、と屈強なマルレーネの首が、左右に振られる

 「身分に拘り過ぎると、目が曇ってしまって、出来る事も出来なくなると私は思うんだ。マルレーネもそう言っている」
 「は、はぁ?」

 ヒンと鳴くマルレーネの背で、背後からルークに拘束される形になる侍女は、首だけ後に回して呆気に取られた
 侍女はルークとほぼ同じ背丈だ。ルークは肉体が成長しきっている訳ではないから、同じ背丈と言っても、女子平均から逸脱して大きいと言う訳ではない

 年下でありながら、そこいらの木端騎士とは比べ物にならない騎士振りの(ように見える)ルークに、超至近距離からジッと見つめられて、侍女の頭はあっという間に茹った
 そもそも現状が、背後から抱きすくめられているに等しい

 「ほ、他の騎士様に何を言われても、知りませんからね」
 「私はこれが良いと思ったんだ」

 真摯に応えると、ルークは城門とはまた別の、騎馬通用門にマルレーネを駆けさせる

 カウス城の渡り廊下の窓からそれを見ていたホークが、傍らに居たカンセルに苦笑を向けた

 「奴、中々やるな。手が早い」
 「はぁ、その、なんと言いますか」

 ふと、ホークは、渡り廊下の窓から、同じようにルーク達を見ている者が居る事に気付く
 水桶を運んでいる侍女だった。侍女は水桶を床に置いて、頬を朱に染めて羨ましそうに溜息をついていた

 「…………奴、中々、やるな」
 「成りも、心根も良いので、女子は放って置きますまい」


――


 ブラムの町に着くまでにルークが考えていたのは、侍女の髪型である
 シニヨンに結い上げていたのが、今ではテールだ。こちらの方が、気を張っていなくて良いな、とルークは思う。侍女は、終始無言であった


 ブラムの町は、確かに小さかった。ヨーンと比べて、半分ほどの規模しかない
 酒が名産だけあって、町に入って直ぐ酒場を見つける事が出来た。その小さな酒場の直ぐ隣に屯所があり、そこに話を通せば、マルレーネは快く預かってもらえた

 「ご苦労様です。レセンブラの印とは、さぞや重要な任務なので御座いましょう。ブラムの町の警邏は我々が行っております。最大限の協力をお約束します」

 侍女から渡された羊皮紙を、内容の確認すらせずに、ルークは屯所に詰める兵士へと渡した
 途端、大慌てですっ飛んできたのが、目の前でしゃちほこ張る大男だ。ルークは侍女に、何も聞こうとは思わない。メノーの身分に関わる事には、なるべく触れないようにしていた。そう望まれている節があった


 マルレーネを預けて身軽になったルークは、侍女を引き連れて早速行動を開始する。「緑色の髪の侍女」について、聞いて回る
 大抵の者は訝しがり、変な顔をしながら知らない、と応えた。違う反応を返すのは酒場に居る傭兵や荒くれ者の類で、こちらはニヤニヤしながらも、やはり知らないと応えた

 暫く聞き込みを続け、『探し物について知っている』とルーク達を路地裏に引き込み、奇怪な薬を嗅がせようとした男の両腕を圧し折った辺りで、ルークは駄目だなと首を振った
 大きくは無い町だ。聞き込みは、簡単に終わってしまう

 「……手応えが無い……。やはり、銘酒からメイア3を探すのは無理か……」
 「こ、こ、この者はどうされますか」
 「屯所にでも引き摺っていこうか。面倒だけど」

 ブラムの治安維持に関して、別段欲しくもない感謝と賞賛を受けたルークは、米神を揉みながら屯所の隣の酒場へと入った
 既に聞き込みを済ませた場所だ。一度は少しの金も落とさずに去っていったルークと侍女が、今度は真っ当な客として現れて、酒場の主は笑っていた

 「じき夜になる。矢張り、駄目かな」

 カウスを出発したのは朝だったが、日は傾き始めている。さして間を置かず夕方になり、直ぐに夜になる
 ここはロベルトマリンではない。夜になれば光源が無いため、殆どの者は外に出ない。例外があるとすれば、冒険者や彼ら御用達の宿、或いはこの酒場だ
 ヨーン程規模があり、治安が良好であれば、街中に光源が設置され、それなりに賑やかだが、ブラムでは望めそうもない。留まって明日も探索を続行するか、カウスに引き上げるか、悩ましいところだ

 「アシラッド、と言う騎士が、居るんだったか」

 銘酒アシーラの杯を揺らしながら、侍女に問いかける
 侍女は、机に頬杖をつくルークの背後に控えていた。椅子を勧めても座ろうとしないので、堅苦しくて仕方が無い

 「はい。宿屋の位置を聞かされておりますが、訪ねられますか?」
 「……よし、直ぐに」
 「今行っても居らんと思いますぜ」

 ルークは迷わず杯を置いた。実はそれほど酒を好んでいる訳ではなかった
 そこに水を差す声。酒場の主が下を向いて銭勘定をしながら、矢張りニヤニヤしている

 「どういう事か?」

 簡潔に訪ねても、酒場の主は肩を竦めるだけだ
 唐突にルークは杯を干す。大きく息を吐いて、ニッコリ笑った

 「上手いな、これ。もう一杯」

 主は機嫌よく笑いながら、空になった杯にアシーラを並々注いだ。侍女が茶色の硬貨を懐から取り出して、主に手渡す。ルークの所持金の管理は、一時的に侍女に任せてある

 「最近、若い武器商が鈍らを仕入れて、カウスの騎士様に売っちまったってぇ事件がありましてね。当然、鈍らを掴まされた騎士様はカンカンで」
 「ふぅん?」
「それに、武器商の対応も悪かった。話が大事になりかけた時に、かの有名なアシラッド様が仲裁に乗り出したってぇ寸法で。…………丁度今日、その話し合いをしてらっしゃる筈で」
 「呑めば呑むほど美味い酒だなぁ、もう一杯。場所は?」

 満ちる杯。侍女が手際よく、硬貨を差し出した

 「町の東にある市場。周りに目がありゃ、幾ら血気盛んな騎士様でも無茶は出来ないって事でしょうぜ。それにしても冗談の心算だったのに、乗りが良いね、騎士様」
 「美味いよ、この酒」

 ルークは朗らかに笑って、今度こそ席を立つ。別段酒精を込んでいる訳でもないルークだったが、マクシミリアンによって鍛えられては居る
 何度杯を干したところで、酔うことも無かった


――


 空気がざわついていた


 目的の市場の入り口には、見張りの兵士が居たものの、彼等は今市場の中で起こっている騒ぎを、完全に無視していた
 ルークと侍女が市場に入ろうとした時の苦り顔から、余りこの場に立ち入って欲しくないのが解る。揉め事の中心部に、カウス城の騎士が居るのだから、話がこじれては困るのだろう

 「騒ぎが収まってから話を聞いた方が良いかな?」

 難しい感じだ、とルークは呟いた。侍女が、大騒ぎしている集団を指差す

 「アレですね。カウス正位の騎士様が三人と……、銀甲冑の騎士様が……しかし、あの格好は、まるで戦場に居られるかのような装いですが」

 濃い赤のマントを着けた三人組と、一人の青年を庇うようにしながらそれに相対する銀甲冑
 三人組の方が、鈍らを掴まされた側であるのは何となく解るが、彼らの軽装と比べて、“アシラッド”と思しき者の姿は、物々しい

 鎧は完全装備で、フルフェイスの兜に、蜥蜴が描かれた盾。腰元では二本の長剣が左右で妖しく光り、重々しい鎧を装備したままで使用できるのか疑わしいが、小物入れには投擲小剣が覗いている
 白いマントをゆらゆらさせながら、鷲面の兜の中で眼光を鋭く光らせ、物々しさで言えば遠出の為に完全装備をしてきたルークよりも上だった

 「……カウス側が、殺気立っている」

 表面上は落ち着いているように見えるが、カウス側の三人組が緊張しているのにルークは気付いた
 三人の中で先頭に立つ、リーダー格の男はまだ良い。大分抑えが効いているが、後ろの二人は目をぎらつかせている

 単に、鈍らを掴まされたとか、そういう次元の怒り方ではない。腹の底で冷たい炎を燃やすような、何ともゾッとする憤りである

 「貴公、アシラッドと言うのか。よく思えば、こうして仲裁に入った貴公の名を、今まで知らなかったというのも不思議な物だ」

 カウス側のリーダー格は、焦げ茶色の前髪を握り締めて、梳くように引っ張っている。顔を隠しながら、不気味なほど冷静な声音である

 「…………失礼いたしました。何と言いますかー……つい、うっかりしておりまして」

 ルークは、間延びした女性の声に眉根を寄せた
 銀甲冑の見事な騎士振りであるが、女だ。そういえば、アシラッドの性別までは確かめていなかった
 騎士であれば男も女も皆騎士だ。カウス側もアシラッドも、立ち振る舞いは双方躊躇が無い

 能天気なアシラッドの口上を、カウスの騎士が遮った

 「貴公がアシラッドなら、蛮族討滅の英雄、ロッシ様を知っているだろう」
 「……へぇ、ロッシ・ロタス?」

 じり、じり、とカウスの騎士が動いた気がした

 「そうだ。貴公が斬った、我等の主君だ」


――


 「フランシスカ様、あれを」

 侍女がヒソヒソと、騒ぎとその野次馬から、向かって右奥を指差す。人相の悪い男達が十人ばかり、騒ぎを見守っている

 「ブラムの無頼者です。本来ならば纏めて縛り首にされても可笑しくありませんが、後ろ暗い者達の中に一応の秩序を作り上げているため、見逃した方が治安維持に使えると判断された連中です」
 「詳しいね」
 「私はブラムの出です。フランシスカ様の案内を仰せつかったのも、それゆえでしょう」

 無頼者の一人が、ぐるっと視線を巡らせる。偶然、ルークと目が合った。ルークは慌てず、不自然でないように目を逸らす

 「穏やかとは言い難い。ブラムの兵士は、動こうとしないし」
 「ブラムの商人達から守代を取っていますから、刃傷沙汰となれば黙っていません。騎士だ、何だと言って、相手を選ぶ気性の者達ではないですよ」
 「私が収集できる事態ではないよ」
 「しかし、それを別にしても、もしこの騒ぎで罷り間違ってアシラッド様が命を落とすような事になっては、フランシスカ様はお困りになるのでは? カウスの騎士様に先ほどのレセンブラの印を見せて、アシラッド様に関しての重要な任務だと言えば、引くかも」

 ルークは眉を顰めた。そんなに上手く行く筈がない


 「どんな名君でもー……、毒婦に溺れて無辜の民を虐げるようでは、ね」
 「…………」
 「どれ程勇猛で、どれ程尊敬を集めていたのかなんて、私は知りませんがぁ、残念な事に居るんですよ」

 アシラッドの兜が傾く。左半身を後ろに引き、妖しく光る剛剣の鞘に手を添えた

 挑発している雰囲気ではない。しかし、自分の発言がどのような結果を齎すかは十分に理解しているようだった。その上で、場合によってはカウスの騎士三人組を切り捨てる事になっても構わないと判断している

 折れない剛剣は、殺す気だ

 「死んだほうが良い主君と言うのは」


 「詳しい話は良いから、結論だけ頼む。アシラッドとカウスの騎士、どちらが拙い?」
 「え、あ、それは」

 アシラッドの言葉は決定的だった。カウスの騎士達も、やる気である
 侍女はルークの言葉を上手く理解できない。噛み砕いて質問することを忘れたルークのミスだが、侍女は何とかルークの欲しい答えを出した

 「か、カウス側の騎士様達です。え、えぇと、恐らく彼らの言う…………、い、いえ、彼らの怒りの理由たる事件に関して、アシラッド様はさる高貴な御方の取り成しと、事情を鑑みて、お咎めなしとされた筈です。仇討すれば処断されるのはカウス側の騎士様達でしょう。それにこのような場所で剣を抜いては、下される騒乱罪の処分は、非常に重いかと」
 「なら、止めよう。ブラム・マフィアの連中も、イライラしている」
 「へ?」

 ルーク野次馬を強引に押しのけて、一触即発の空気の中に飛び込んだ


――


 「お待ちください!」

 カウスの騎士が、目玉だけをギョロリと動かして、ルークを見た
 緊張しきった身体はその他にまるでルークを認めようとしない。眼中に無いのだな、と悟ったルークは、更に数歩、踏み出した

 「何をしておられるのか。剣を納めてください」
 「お前は何だ? この場に割ってはいると言うなら、命を捨てる覚悟はあるのだな?」
 「このままでは、どのような結果になろうと処断を免れ得ませんよ」
 「覚悟の上よ」

 リーダー格は、後ろ二人で何時でも飛び出せる体勢にある二人に向けて、ぞんざいに首を振った

 「下がっていろ」
 「だが」
 「俺が死んでからで良い」
 「ぬ……!」

 リーダー格の言葉に、大の大人二人が息を詰まらせた。二歩後ろに下がって、居住まいを正す
 アシラッドがカウス側に習うように、後ろに控える若い商人に首を振った。しかし、動かない。足が震えているようだった
 アシラッドは若い商人の肩を強く押す。商人はうひ、と悲鳴を漏らしてたたらを踏み、腰を抜かしてへたりこんだ

 「一騎討ちが宜しいとは、中々ぁ、酔狂でいらっしゃる。しかし申し訳ないですが、百戦して百勝するでしょう、私が」

 アシラッドの言葉に、カウスの騎士が腰を落として剣を抜きかけた。直前にルークが大声を張り上げなければ、確実に抜いていた
 羊皮紙を広げて掲げ、怒鳴りつける。野次馬の輪が一歩下がる程の気迫である

 「私はルーク・フランシスカ! 主命を果たす為、アシラッド殿の助力を得たい! この印を見ても尚剣を納めないと言うなら、不名誉な処分を受けるでしょう!」
 「レセンブラの……? 何故、君みたいな子供が、そんな物を……?」

 アシラッドが、まるで緊張感の無いぼんやりとした声を上げた。ルークは顔を引き攣らせる
 なんとアシラッドが気負い無く独り言を呟きながら、平然と何事も無いかのような手付きで、あっさりと抜剣したのである

 まるで懐から財布を取り出すような気軽さであった。余りにも自然過ぎて、抜剣したのだと理解するのに一瞬の間を必要としたルークは、声も出なかった

 もう大事になるのが決まったような物である

 「死んだ方が良い主君と、死にたい騎士。両方ともスッパリと斬り捨てて差し上げるべきだと思いません? えー、ルーク君」
 「では、バヨネへはお前にも付いて来て貰おうではないか」

 カウスの騎士も、とうとう抜剣した。勢い良く引き抜かれた銀の刃が、唖然とアシラッドを凝視していたルークを掠める

 最早止める間もない。アシラッドの操る剣先が小賢しく動いて牽制するのにも構わず、カウスの騎士は切り込んだ

 掲げた長剣を、ただ振り抜く。この動作を一体どれ程繰り返してきたのか、カウスの騎士の挙動は、全てが力強い
 自身を狙う長剣を、アシラッドは慌てず騒がず盾で受けた。鈍く、重い音が響いた直後、僅かに身を引いたのか、長剣は盾の表面を滑っていく
 ルークには、スローモーションに見えた。アシラッドが構えた盾の影から、突きが来る。それは、受け流されて地面を叩いたカウスの騎士の長剣と接触し、ほんの僅かな火花を散らして、それの使い手の脇腹を抉った

 灰色の布切れと、鮮血が舞う。カウスの騎士は僅かに身体を捩っていた。内臓を著しく傷つける筈であった一撃は、掠り傷をつけた程度であった

 「やめ、止めないか! それが軍人のする事かァ!」

 ルークの静止を聞くような性格であったら、そもそもこうはなっていないだろう。ルークの目の前で紅いマントが翻る。カウスの騎士が身を引いて、其処をアシラッドの剣が真一文字に落ちてゆく
 石畳に食い込んだ刃は撓みもしない。アシラッドが剛剣を跳ね上げた時、砕けた石畳の欠片が飛礫となってカウスの騎士の顔面を打った

 しかし、動じない。互いが冷静に一歩引き、剣を突きつけあう

 「若き騎士よ、ルークと言ったな。下がるが良い。一騎討ちだ、最早止まれん」

 腕を組んで控える騎士の片割れが、真一文字に結んだ口を開いた。何を、と思いはしたが、ルークは首を振り、静かな佇まいを取り戻す

 「貴方達は、ここを自分の屋敷の庭か何かだと思っていませんか。市井で剣を抜き、人々を騒がせ、更には私闘を行うなどと」
 「意地がある。我々は意地の為に死んでも良い」

 ルークは内心、唾を吐きたい気持ちであった。そんな風に思うのは、ルークは生まれて始めてである。この騎士ども、開き直ってやがる
 これが、悪意と計算を以って行う奴らなら、幾らでも見てきた。しかし、この騎士たちの無垢さはなんだ

 開き直った側は自分の思うままをやれて良いかも知れないが、周囲はそうもいかない。意地があるから仕方ないだなんて、仕方ない、で済むのは、当人達だけだ

 「流した血が垣間見えるような……、冷徹で剛直な剣の冴えですねぇ。……ですが、貴方を斬ります」
 「ふん」

 アシラッドが盾を捨て、剛剣を両手で握り締める。そしてそれを、ふ、と掲げた
 次の瞬間には、カウスの騎士へと切り込んでいた。先程までのそれとは、明らかに違う。踏み込みの早さも、深さもだ
 カウスの騎士は、咄嗟に剣を掲げた。篭手を刃の部分に押し当て、アシラッドの切り下ろしを防御する

 アシラッドの剛剣は、その防御を真っ二つに割っていた。正に剛剣と言う二つ名に相応しい一撃であった

 「く……お……!」

 カウスの騎士の胸元が裂けて、夥しい量の血が流れ出す。咄嗟の防御が、カウスの騎士の命をギリギリの所で繋いだ
 二歩、三歩と後ろに下がり、傷を抑えて膝を着くカウスの騎士。自嘲していた。死の覚悟と言う奴だろうか、嫌な目つきだった

 もう此処までだ、とルークは溜息を吐いた。血まで流れた。これ以上は仕方ないだろう

 アシラッドが止めを刺そうと歩き出す。ルークは羊皮紙をしまって、その道を塞いだ


――

 後書
 デモンズソウル。後はわかるな?
 流石フロムだ。


 …………サーセーン



[3174] かみなりパンチ16 剛剣アシラッド2
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2010/03/27 00:50
 「おや、ルーク君。何の心算で?」
 「私は貴女の事など知りませんが、今の貴女に、馴れ馴れしく名を呼ばれたくはありませんよ」
 「えぇー……。御免なさい、私はですね、可愛い子が好きなんですよ。それで、何の心算ですか?」
 「説明が必要ですか?」
 「……いえー、要りません」

 眉目を険しくしたルークは、鋭くアシラッドを睨む
 僅かにたじろいだアシラッドは、しかし全く深刻そうではなかった。ちょっと嫌だな、その程度である

 「ルークとやら、何の心算か。先程から出しゃばって、これ以上は」
 「お黙りなさい」

 背後からの剣呑な詰問を、ルークはピシャリと斬って捨てた。怒る肩がマントを揺らめかせ、危険な気配を振りまく
 堂々たる背中だ。熟練の騎士だろうが何だろうが、口は挟ませない

 「黙れるか! 一騎討ちに」
 「黙らっしゃい! 三度は言わない!」
 「ぬっ」

 ルークの気迫に圧されて、カウスの騎士達は黙り込んだ。胸から血を流すリーダー格の騎士を、一睨みで牽制すれば、彼は大人しく後ろに下がる。負けた者に何か一語でも語る資格はない

 アシラッドは、右腕で頭を抑えていた。篭手と兜が、軽くコツンと音を立てる。困ったような呻き声も、矢張り余裕に満ちていた

 「……ルーク君、一端の騎士であるのならば、まさか殺すなとは言いませんよねぇ。斬り合っているんですよ。斬ろうとするんだから、斬られることもあります。私も彼も其処は変わらない」
 「私は其処に口を挟む心算はありません。しかし、市中で剣を抜く蛮行を恥じてください。これ以上騒ぎを起こされては、困る」
 「はぁ……蛮行、ですか。それは間違いないですが……、ちょっと傷付くなぁ。私とて、何も思うところが無い訳では無いんですよ。本当に」

 ルークは装備している篭手を一擦りして、拳を突きつける。敵意の形を向けられて、アシラッドは僅かに沈黙した
 騒ぎを見守る民衆が、そろって息を呑んだ

 「捻じ伏せられなければ、解らない方ですか? 貴女は。この馬鹿騒ぎ、鎮圧しますよ」
 「仕方ないな。…………お姉さん、興奮してきましたよぉ。うふ」
 「ふ、フランシスカ様! 剛剣のアシラッド様ですよ?! 無茶はお止めください!」

 侍女が堪らず口を出した時、全ては遅かった
 ルークが身体を撓らせて、アシラッドに飛び掛っていたからだ


 今より一年程前、一度だけ、本当に一度だけ、ルークはマクシミリアンの稽古の中で、彼に勝利した事がある
 その時のマクシミリアンは、長剣を使っていた。加減はしていたのだろうが、その動きは到底ルークに見切れる物ではなかった

 マクシミリアンに比べれば、余人の何と他愛の無いことか。自分達と身体能力に大きな差のある異世界の人間ならば、尚のことだ
 行ける、と己を鼓舞して。ルークはアシラッドの懐深く潜り込んだ。実際のところ、他愛ないと言いつつも、アシラッドの剣は早く、完全に見切れなどしなかったが
 しかしそれでも、抜けない以上は、前に出るしかなかった。無手であるならば、組み付くしかなかったのである

 あの時、自分はどうしたか。ルークは目の前に居るアシラッドと、マクシミリアンを重ねた
 頭上から振り下ろされる右手の剛剣。ルークの両手が、アシラッドの肘と脇を抑える。急激に速度を落とすアシラッドの斬撃

 次は、何だったか。ルークは、思い出す

 「およ?」

 不思議そうに溜息を漏らすアシラッドは、しっかりと左手を動かしていた。指の一本一本までをしっかりと覆うアシラッドの篭手がギチリと鳴り、握り締められる。
 殴られたら、痛いだろうな。鉄の篭手であることだし

 だが、ルークは見ていた。アシラッドの左手が拳を握りこむ前に、小物入れの小さな刃を抜こうかどうか、逡巡して辞めたのを。アシラッドの殺意の無い拳などルークはまるで恐ろしくなく、そしてその逡巡は決定的な隙だった

 振り払われるアシラッドの右腕。大きく体制が崩れた彼女は、再び息を漏らした

 「およ?」

 苦し紛れの蹴りが飛ぶ。ルークは両腕を交差されて平然とそれを受け止めた
 剣術では勝利は覚束ないし、抜けば問題になる。が、これならばどうとでもなる。超至近距離の格闘戦で、何百年と進んだそれの技術を学んでいるルークが、負ける筈が無い

 苦しい体制からの蹴りを止められ、更に身体が泳ぐアシラッド。自らを見つめるルークの視線に、途方も無い熱と迫力を感じ、思わず目を奪われる

 ルークは冷徹に、足を狩った

 「わぁ!」

 アシラッドがピョンと跳ねて、完全に身体の制御を失う。後は、倒れこむだけだ

 ルークが掌をアシラッドの兜に添えていた。勢いに任せて体重を乗せる。激しい音を立てて、石畳に叩きつけられるアシラッドの頭部

 鎧を着ていようがこれほどの衝撃、どうにもならない。アシラッドはすぐさま起き上がろうとしたが、ぐらぐらと視界が揺れて、身体が動かなかった

 「脳震盪です。動かないで」
 「はっはっは…………、いや、まあ……、これはこれで」

 アシラッドにもう少し戦意があり、ルークを傷つけることを厭わなければ、こうはならなかった筈だ
 斬る、斬らない、を偉そうに語るくせに、妙に甘い女性なのだな、と、ルークは首を振った

 「この騒動、これまでにしたく思います! 無闇に場を騒がせたこと、どうか許して貰いたい! 何か物言いがあるならば、後日、カウスのホーク・マグダラ殿を訪ねてこられよ!」


――


 問答無用でアシラッドとカウスの騎士三人を縛り上げたルークは、ブラムの屯所で粗末な馬車を用意させ、休む間もなくカウスへと出発した

 もう少し丁寧な扱いを、だの、怪我人の事も、だの、この程度どうと言うことは、だの、アシラッドォォー、だの、非常にやかましい声が後ろから聞こえる気もするが、ルークは全く気にしない

 馬車の御者台の上で危なっかしく手綱を取りながら、ルークは溜息を吐いていた

 「紐も綱もなしに、騎馬って付いて来てくれる物なんですね……」
 「マルレーネは頭が良いんだ。それに中々心配性でね」

 ルークの隣では、侍女が暗闇の中、目を凝らしている。視線の先には、馬車を引く痩せ馬と並んで歩くマルレーネが居た

 暗闇の中とは言えど、申し訳程度に舗装された道からは外れていない。問題なくカウスに辿り着けると、ルークは思っている。少しばかり心もとないが
寧ろマルレーネの方が道を把握できているのか、馬車を誘導している節があった。マルレーネの白い馬身が、暗闇の中でぼんやりと揺れていた

 「…………それにしても驚きました。まさか、……あ、いえ」
 「ずっと言っているけれど、君をペコペコさせても、私は嬉しくないよ」
 「……フランシスカ様の御付をしていると、緩んでしまいます。全く、本当に……、周囲の方々に何を言われても、知りませんからね」
 「それで、何を?」

 侍女が後ろを見やって、声を潜めた。粗末な馬車とは言っても、一応屋根はついている。名目上とはいえ、咎人の移送に使うのだから、当然だが

 「アシラッド様です。まさか、剣も抜かずにあのように勝ってしまわれるなんて」
 「いくら止めるためとは言え、抜いたら大問題だ」
 「ご存知ありませんか? アシラッド様といえば、林の魔物を筆頭に、様々な怪物を討ち取ったと言われる騎士様ですよ」
 「私は此処に来て、まだ日が浅いから。……でも、もし彼女がもう少しだけ、私の生き死にを、どうでも良いと思っていたら、私は彼女が今まで滅ぼしてきた怪物達と同じ末路を辿ったかも知れない」
 「照れますね」
 「ん?!」

 ルークと侍女が、一緒に後ろを振り向いた。木格子の窓に鷲面の兜を貼り付けて、アシラッドがこちらを伺っている

 よく聞こえましたね、とルークが苦し紛れに言えば、耳がいいんです、と平然と帰ってきた。掴み辛い正確なのは薄々解っていたが、これはどうも遣り辛そうだった

 「ねぇ、可憐なお嬢さん。私は恥ずかしがりやで」
 「は、はい!」
 「でも、ルーク君に自己紹介が出来ないくらい酷い訳ではないから……。余り要らない事を話さないでくれるとうれしいかなぁ」
 「申し訳御座いません! 不躾な事を!」
 「いや、謝ることは無い」

 侍女をやんわりと恫喝するアシラッドに、馬車の中から待ったを掛ける声一つ
 今日の事件を思えば、首を落とされる可能性すらあるのだが、そんな事は全く気にしていないような風情である。カウスの騎士達は、侍女を庇い始めた

 「アシラッド、貴公、少し己の立場を知ったらどうだ? 貴公のように態度の大きい捕虜など、そうは居まい」
 「貴方だって捕虜でしょうに。何他人事みたいに言ってるんですか」
 「私はこの期に及んでまで、ルーク殿に手間を掛けさせようとは思っていない。剣すら抜いて貰えなかったのだ、貴公は。敗北したならば、殊勝にせよ」
 「剣すら抜いて貰えなかった私に、自慢の一振りごと切り捨てられたのは何処の何方でしたか?」
 「ぬ……、殺しきってから偉そうにしたらどうだ」
 「…………手心を加えず、後一歩深く踏み込んでおくべきだったと今では思いますよ」
 「おい、傷に障る。今は大人しくしておけ」
 「全く……昔から顔色を変えん奴なのは知っているが、斬られてもこうか。本当に人間か確かめたくなるな」

 先程までに引き続き、再びやいのやいの言い始めてしまった連中を尻目に、ルークは手綱を握りなおし、眉を顰めて溜息を吐いた

 この、異世界と言う奴は、どうも自分を図太くしてくれるようだ。ルークは日々、成長している


――


 予想は出来ていた。何と言うことは無い
 牢屋の壁を這う虫を蹴り払いながら、ルークは自分に言い聞かせていた。アシラッドや、カウスの騎士三人組、それらと一緒くたにされて牢屋に放り込まれるぐらい、何だと言うのだ

 このカウスの城は、つい最近まで最前線であったらしく、牢屋にも多少の曰くがある。壁には拭っても落ちないらしい血痕と、どうやったかは知らないが食い込んだまま折れた爪。微かに、腐臭もする

 何と言うことは無い。ルークは、げっそりしながらもう一度自分に言い聞かせた

 「看守! 看守!」
 「は、なんでしょうか!」
 「ここは不衛生だ。怪我人だけでも別の場所に移せないか?」
 「既に具申してみましたが、許可が下りませんでした。ジャウ様の……えー、後見役、のベイオ様は、怒り心頭といった具合で」
 「ジャウ?」

 中年の看守と会話を続ける内に、向かい側の牢から笑い声がした

 「私の名だ、ルーク殿。ふふふ……、どうも俺は、人の名前と言う物を、あまり覚える気にならなくてな。教えたり、教えられたり、そういう意識が無いのだ」
 「はぁ」
 「改めて名乗ろう。ジャウ・バロイ、今はベイオ・ブラーデン様に、騎従士として仕えている。この二人は、エヴァンシードとスクリュージョーだ」
 「ジャウ、おい!」
 「全く、お前と言う奴は……!」
 「はぁ?」

 焦げ茶の髪を書き上げながらジャウが紹介すると、腕組みしながら壁に凭れ掛かっていた二人は、苦笑しつつも声を上げた

 くっくっく、と笑い声がする。ルークの牢屋の、隣からだ。アシラッドだった。アシラッドはルークの牢屋側の壁に背中を預けながら、肩を震わせている

 「馬車で聞いてましたけど、ルーク君は本当に世間知らずですね。エヴァンシードは神話の勇者、スクリュージョーは御伽噺の剣闘士、どちらも実在しない人物です」

 はぁ、とボケた様にルークが洩らせば、あっはっは、と、アシラッドは声を大きくする
 看守は、肩を竦めながら持ち場に戻っていく。何故か妙に疲れていた

 「キューリィ・シードだ。ジャウは気にするな。何時も真面目腐った面をしているが、時々阿呆な事を言うからな」

 くすんだ金髪を揺らしながら、鋭い刃物のような面付きでニヤリと笑うキューリィ

 「ジョノ・ジョー。……ふん、最初は物分りの悪い子供かと思っていたが、……感服した。全く、凄かったぞ、ルーク殿」

 がっしりとした顎をしきりに撫でながら、手放しで誉めるジョノ

 なんとも気持ちの良い連中だとは思うが、この三人とアシラッドは、ほんの数時間前に殺し合いをしたばかりなのだ

 こんな短時間に、遺恨を水に流せる物だろうか。アシラッドも此処には居るのに、余りにも気負った風の無いジャウ達に、ルークは疑問を抱いた

 「はぁ。…………私はルーク・フランシスカ……です。一応、ホーク・マグダラ様の所にご厄介になっています」
 「…………なんだ、変な顔をして」

 ジャウが胸を押さえて顰め面をした。その時ルークは眉を顰めたが、ジャウはそれを見逃さなかった。斬られているが、笑っているのだ、この男は

 「不思議ですか? ルーク君」

アシラッドの牢屋から、コンコンと音がした。壁を叩いている
 視線がアシラッドに集まる。ルークは音のした方に身体を向けて、首を傾げた

 「……私が言うのも何ですけどー、言うほどは怒ってないですね、貴方達は」
 「…………あぁ」

 ジャウは、自嘲の笑みを浮かべて、俯いた


――


 「逆恨みだ。全く、俺は未だに情けないままなのだと、思い知らされた。だが……」

 自分を嘲笑っては居るものの、不思議とジャウの顔はすっきりしているように見える
 ばっさりと切られて、血と一緒に何か大事な物まで流してしまったのではなかろうか。ふん、と鼻を鳴らす仕草が、妙に楽しげだった

 「ロッシ様は……、俺がやらなければならなかったのだ。本当は。ロッシ様をお止めして、そして俺は剣を呑んで死ぬべきだった。……しかし、俺には」
 「……何度目だ。もう言うな。お前だけではない、俺たちとて、そうであったのに」
 「……くっくっく、悩む内に、全ての事にアシラッド、貴公が片をつけてしまった。本当ならば礼を言い、許しを請わねばならないぐらいであるのに、俺たちは、情けないやら恥ずかしいやら、どうしようもなくなってしまってな」
 「待った、もう止めにしましょう」

 アシラッドが遮る。視線を上げたジャウに、アシラッドは手を振ってみせる

 「別に聞きたくはありません。聞かなくとも、貴方の心根は解りました。もう、仇討の心は、ないでしょう?」
 「ふん……負けたし、な」

 異世界の感性は解らない物ではないな、とルークは思う。ジャウ達の心も、アシラッドの心も、何となく解るような気がした
 きっと、ジャウ達が市場で洩らした言葉に嘘は無かった。死んでもよいと本気で思っていたのだ
 人の心は理屈ではない。理屈が通らない事はすべきではないと、ルークは常にそう考えているが、理屈だけで人が御せるなどと思ってはいない

 じわ、と胸が熱くなるような気がした。ジャウ達はきっと、理屈が通らなかったとしても、斬るか、或いは斬られるかしなければならなかったのである
 言葉にすることなど、出来なかった

 「しかし、貴方達ほどの騎士が、未だに騎従士扱いなんですかぁ?」
 「はみだし者だからな、俺達は。ロッシ様に仕えていた俺達の事が、ベイオ様は気に入らんのさ」

 ジャウが立ち上がり、鉄格子の前までおっとりと歩く。鉄格子によりかかると、ルークに頭を下げた

 「まずは、謝罪する。そして、捨鉢のような物だったが、命を救われた。礼を言う。恩を返したい気持ちはあるが、……此度の事、今度こそ剣を呑まねばなるまい。恩知らずで、済まんな、ルーク殿」

 ルークは嫌な気持ちになった
 頭なんて下げないでください。頭なんて下げないでください

 アシラッドは何も言わない。おどけた雰囲気が消えて、シン、と静まりかえる
 ルークは息を吸い込み、止めて、口を結ぶ。自分が発するべき声をよく考え、吟味して、漸く発言した

 「そうはさせません。私は、全ての人々に、効率的な死に方があると思うのです」

 ルークは看守を呼びつけて、伝言を頼む


――


 ホークに与えられた執務室は、流石にカウスの城の中でも、特別良い調度が置かれている

 「ブラムから南東へ馬で三日の距離に、小さな村がある。面白くない話だが、賊や逃亡兵の類が結託して、村を占領しているとの情報が少し前に入った。これは断じて見過ごせん」

 牢屋から出されたルーク達は、気分良さそうに微笑しているホークともう一人、深緑色の外套を着込んだ壮年の男、ベイオの前で膝をついていた
 羊皮紙の胸の前で広げながら、朗々語り上げるホーク。ふと、鋭い視線が、こっそりと顔を上げて様子を伺ったルークのそれと重なる

 嬉しそうだな、とルークは何となく思った

 「討伐の為の部隊に先んじて、貴様らは賊を討ち滅ぼせ。行くのは貴様ら三名に加え、監視としてルーク・フランシスカがこれに付き添う。ルーク、君は、ジャウ以下三名の戦死を見届けたら、即座に撤退せよ」

 羊皮紙を丸めたホークの前に、ベイオが白髪交じりの髪を掻き毟りながら進み出る。ルーク達に向き直ったベイオは、何ともいえない呻き声を上げながら、やっと搾り出した

 「……この困難な任務を成し遂げれば、貴様らの罪を相殺とする。また、例え死んだとしても、騎士の名誉を保とう。もしも、もしもだが、これを拒否するのであれば、騎士の位を剥奪した上で追放とする」

 ホークが腕組みしながら、一同を鋭く睨みすえた

 「何か聞きたいことがあるか?」

 ルークが真っ先に顔を上げた

 「敵戦力は」
 「装備は大したことは無いようだが、五十程を確認している」

 五十。ルークの眉間に皺が寄る
 ジャウ達だけで、到底相手できる数ではない

 「私も戦闘に参加して宜しいでしょうか」
 「この不名誉な騎士達三人と、肩を並べても良いと言うならば、君の誇りと心に従え」
 「ホーク殿?!」
 「ありがとう御座います!」

 ベイオの咎めるしゃがれ声を無理やり遮って、ルークが立ち上がり、感謝を述べた

 何故、といわれても、明確な答えをルークは返せないだろう。何故、出会ったばかりの、しかも自分の手を煩わせた者達の為に、自ら戦場に飛び込むのか

 こういうとき、理屈は良いんだ。放っておくのは、何かが違う
 理屈屋の心を捨てようと、ルークは思った。自分より一回りも年上であるジャウ達に、身内に近しい好意を感じ始めていた

 「では、私も参加したってぇ、構いませんよね」
 「あ、アシラッド……?」
 「誰が顔を上げてよいと言ったか?」
 「はっ」

 気負い無く、まるでホークもベイオも居ないかのような振る舞いで立ち上がったアシラッド。ジャウが思わず身体を持ち上げ、ホークに鋭く抑えられる
 ベイオがまたもや難しい顔で唸った。ホークは肩を竦め、凛々しい顔を真正面に、アシラッドと向き合う

 「貴公がアシラッドか」
 「お初にお目にかかります」
 「……兜くらいとっては如何か?」

 鷲面の兜に手を掛けて、少し逡巡した後、アシラッドはそれを取り払った

 赤い紐で一括りにされた艶やかな黒髪が流れる。鷲面の兜の何処に収まっていたのかと思う程の長髪で、目を引く妖しさがあった
 褐色の肌は張りがあり、健康的で、幾つもの武勇伝を持つ割には、かなり年若い。力の抜けたような半眼は、素なのか意識してなのか。一度こちらに向き直って一礼したアシラッドを見て、普段の妙に間延びした雰囲気を考えれば、素なのだろうな、とルークは思った

 「私がアシラッドです。家名は覚えておりません。どうかご容赦を」
 「良い。ホーク・マグダラだ、高名な剛剣アシラッドに会えて光栄に思う。……で」
 「本気ですよ、私は。別に駄目と言われても、こっそりルーク君に使ってもらいますけど」
 「ふ、なら、別段言う事も無いな。…………ジャウ、キューリィ、ジョノ、立て」

 ジャウは、歯を食いしばっていた。目尻が光っているのをルークは見つける
 感涙と言う奴だろうか。ルークはなんだか気恥ずかしい

 「どうしたジャウ、立たんか」
 「はっ。ありがとう御座います。この処置はホーク様の御厚情と存じております。感謝しても、しきれませぬ」
 「ルークが、骨のある奴が居ると言うんでな。ルーク、彼ら三人の指揮を執れ。僅か四人、剛剣アシラッドを含めても五人の極小の騎士隊だが、君が指揮官だ。……尚、騎従士であるジャウ以下三名は本来ならば騎乗は認められないが、ルークの指揮下にある内はこれを許可する」

 ベイオは忌々しげに掌を持ち上げるばかりで、もう何も言おうとはしなかった

 「ホーク殿、もう全て終わりましたな? それでは、私は私の職務に戻らせて頂く」
 「ベイオ殿、済まないな。ここに着いてから、我侭を言いっ放しだ。本当に感謝している」
 「全く、私も黴臭い牢屋で構いませんので、一晩ぐっすりと休みたい物です」

 足音荒く退室するベイオ。此処暫く外出する事も出来ていないのか、肌は輝かんばかりに白く、目の下には隈があった。白髪交じりの髪は流石に整えている辺り、ベイオは几帳面であった

 「真面目な働き者だ。本当は、ああいう男に我侭で泥を被せたくないのだが」
 「ありがとう御座います、ホーク殿」
 「ルークを残して、後は退出しろ。部下が厩舎まで案内するから、そこで馬を選べ。アシラッド、君は?」
 「私はブラムに馬を預けておりますので」
 「なら、良い。部屋を用意しているので、案内させよう。では行け」

 深く一礼して、騎士達は退室した。横目でそれを見送るルークに、アシラッドが能天気に手を振る

 さて、何を言われるのやら。ルークは身構えた。ホークは余り人を騙すような事はしない。笑いながら酷いことをいう男ではない。だから、機嫌の良さそうな今、あまり叱責されることも無いだろう、とは思っていた


 「よくもやったなルーク! あの剛剣アシラッドを、まさか無手で下すとは!」

 機嫌が良さそう、所ではなかった。最高に上機嫌だ
 声自体はそこまで大きくないが、何時に無くはしゃいでいる気配が伝わってくる

 もし今の声がアシラッドに聞こえていたら、気まずいな、とルークは苦笑した

 「しかし剣を抜かなかったのは大きいな。見事な騎士振り、と、皆が君を讃えている。『ルーク殿とはどんな御仁か』と態々聞きに来る者も居て、私も鼻が高い」
 「そんな……ホーク殿にそう手放しで誉められると、照れます」
 「まぁ、如何な状況、理由であっても、騒乱罪には変わりないが、君の風評にはそんな事は関係ない。我関せずと優等生面しているよりも、君のようなやり方のほうが私は好きだ」

 だが

 言い切って、ホークは笑みを消す。穏やかでいて有無を言わせない強い口調の、何時ものホークである

 「あの三人も中々優秀であるようだが、拘りすぎるなよ。君は若いのが、私の唯一の懸念だ。命には賭け時がある。無理をせず、危うければ退け」
 「最善を尽くします。どんな作戦であろうと。それで宜しいですか?」
 「……ふ、たった四人、五人だが、或いはやるか? 君が功績を積むのを楽しみにしているぞ」

 一つ頷いて、ルークも退室した。なんとも言えない、高揚した気分だった


――


 しかしルークのルンルン気分は一瞬にして綺麗さっぱり消えうせるのであった

 『馬鹿な』
 「いえ、その」
 『何故そうなる前にこちらを頼ってくれないんだ。……コガラシで、或いは何かやりようがあったかも知れない』
 「余り、瑣末事でお手を煩わせたくなかったのです」
 『その、気持ちの悪い言葉遣いを即刻辞めてくれないか、ルーク。私は別に怒っていないよ。……ただ、君のサポートを行っている筈の私が、その実何も出来ていないのが情けなく思えただけさ』

 ルークは、明滅するコガラシの前で直立不動になっていた。ルークに宛がわれた部屋の中での事である

 「いえ、そんな事は」
 『私は無能だよ』

 テツコの気配は、何時に無くどんよりしていた。ここ数日間は簡単な報告だけで、テツコを補助する研究員達でも事足り、テツコ自身と会話することが無かった
 久方ぶりに話してみれば、この有様である。これほどか弱く話すテツコを、ルークは初めて見た

 『ゴッチは見つからないし、マクシミリアンは変態を送り込んでくるし、ファルコンはレイプショーを実況中継してくれるし、君ときたら何時の間にか異世界で特攻隊員だ。警察連中は痛くも無い腹を探るついでにセクハラしていくし、疲れきった所員達は好き勝手言い始めるし』

 ダカダカとコガラシの向こう側からキーボードを叩く音がする。ダカダカダカと鳴り続ける

 『私にもう少し能力があれば。後もう少しあれば、幾らでもどうにでも、してやるのに。ゴッチだってとっくに見つけて、メイア・スリーの捜索だって進展させてやるのに。私は無能だ』
 「そ、そんなネガティヴにならないでください」
 『私はゴッチを見つけたときのために、彼を戒める為の言葉をずっと考えていたんだ。だが、駄目だ。上手く彼を言い包める言葉一つ思い付かない。何せ、気に入らなければ道理を引っ込めさせる男だ。結局感情論や、泣き落としのような、情けない事ばかり思いついてしまって、そして』

 ダカダカ、の音が止まった。これは拙い、とルークは思った
 鬱状態に入り込んでしまっている。ここまでダウンしてしまうと、余人が何を言っても無駄だ。何がどうなってテツコがこうなったのか、ルークは知り得ない諸々の原因を恨んだ

 『……その泣き落としに、結局打算が混じってしまうんだ。私は情けない。私こそが、彼に真摯でいなければならないのに』
 「いや、それは何と言うか、考えすぎと言うか、思い込みすぎと言うか。言い過ぎと思いますが」
 『考えれば考えるほど……泣き言を……こんな、情けない。えぇい……! まだ何も終わっていない……!』
 「え、ちょ」
 『まだ取り返せる……! 私は無能かも知れないが、しかし、自分の怠惰で……!』
 「何を言って……、というか、何をして……」
 『全部やっつけてやる……! ……ルーク、君が行くと決めたなら、私は止めないよ。だが、必ず生きて戻ってくれ。君が死ぬと、私は悲しい』
 「は、はい。え? はい」
 『頑張れ、負けるな、ルーク』

 コガラシは棚に放り込まれた鎧の腰に張り付くと、明滅を止めた
 通信が途切れる前に、またダカダカと音が鳴り始めたような気がしたが、どうなったのであろうか

 テツコは大丈夫か。ルークは真剣に不安になった


――
 後書

 孔明「黙らっしゃい」

 我がssながら
 ちょっと文章がやっつけ仕事気味か……?

 今更ながらもうちょっと考えて題名付けりゃよかったと後悔している。
 かみなりパンチ→かみパン
 かみパン→かみさまのパンツ

 不思議!         ってそんな訳ねーよ



[3174] かみさまのパンツ17 剛剣アシラッド3
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/07/18 04:13

 「私がですね、ロッシと言う男を斬った時に、私、を、庇ってくれたのが、ですね、それなりに身分のある方、なんですが、その人が、まぁ今、カウス、に、居るんですけど、今回の、事、面目を潰されたに、等しい、訳なんですよっと。私が言っても、駄目な感じでして、ね、私は、別に、もう気にしていないんですけど、ジャウ達の不名誉印、は、無かったことには、し難いですっよっと」

 アシラッドは、妖しい。ルークがこの世界に来て出会った騎士達は、そういう規範でもあるのか、皆大抵、実直且つ誠実を旨とし、背筋が伸びている
 そこを思えばアシラッドの立ち振る舞いは、飄々としていた。投げ遣りな口調の癖に、妙に話術に長けているように感じられたりもした。主君を持たぬ自由騎士とは、こうも違う物か

 激しく身体を振り乱すマルレーネの上で、振り落とされそうになりながらも、アシラッドは気の抜けた悲鳴を上げていた

 「何故? そんなにぃ、私の事が、気に入りませんかぁぁ~? マルレーネ、ちゃん」
 「マルレーネ、構わない。振り落とせ」
 「ルーク、君まで、意地悪な事をいわな、言わないで、ください」

 マルレーネが一際高く飛び上がったかと思うと、激しく首を振り下ろす。馬身が大きく揺らめいて、堪らずアシラッドは振り落とされた
 背骨を折る可能性もあったが、流石に剛剣アシラッドである。巧みに四肢を動かして、四つん這いの獣のように、地面を抉りながら彼女は着地した。普通、鎧を着て出来る動きではない。他には無い身体能力であった

 ルークは興奮するマルレーネを宥めながら、アシラッドを睨む。鷲面の兜からは、表情は窺い知れない

 「私に乗れない馬が居るなんて」
 「少し前に、同じような事を言っていた方がいましたよ」
 「ふふ、その人も乗れなかったんですね」
 「気は済みましたか」
 「済む物ですか。こんなにも素晴らしい、美しい彼女。馬の事が解る者ならば、彼女に恋をしない筈がありません。彼女が居れば、一騎当千の働きが出来ます」

 マルレーネは、研究所の特別製である。他と一線を画すのは間違いない。ルークに鼻を摺り寄せるマルレーネを見て、アシラッドは心底羨ましそうに溜息を洩らした

 「一騎当千、ですか。戦場で?」
 「そりゃあ、剣士ですから。強力な魔物を斬る機会の方が多かったですけど、私だって名誉欲はあります」
 「十分だと思いますよ。大分、有名みたいではないですか」
 「でもルーク君は知らなかった」
 「私が特殊なだけです」
 「ルーク君のような人物にこそ、私は知られたいなぁ」
 「え……?」

 ドキ、ともしなかったし、キュン、ともならなかった。色気も可愛げもある筈が無い

 鷲面の兜が朝日にギラギラと輝いていたからだ。物々しいのである


――


 「まずはブラムへ! アシラッド殿の馬を回収して、少し休憩した後は、目標の村まで強行します! 相手は規律の無い最悪の集団です、殺せるときに殺しておきましょう!」
 「指揮に従う! ルーク殿、俺達への言葉遣いに気など使わなくて良い! 荒っぽくやってくれ!」
 「貴方は少し気を使ったほうが良いんじゃぁ無いですかぁ?! 貴方の指揮官はルーク君なんですからね!」
 「やっかましい!」

 カウスから転がるように出撃したルーク達は、馬上で怒鳴り合っていた
 ジャウ達三人組も、ちょっと町に出るような、そんな軽装とは違う。黒く塗られた鎧に、菱形に見えなくも無い不思議な形の兜を被っている。黒い河の騎士、ロタスの黒騎士隊といえばそれなりに有名なのだと、アシラッドは言った

 「えー、ごほん……。目標の村の付近には、我々が失敗した時、代わって賊を討伐するための友軍が待機している! 彼らに言えば、馬を都合してくれる! 限界まで馬を使え!」
 「オォ!」

 急ぎに急げば、ブラムなどはそれほど遠くも無い町だ。あっという間に到着する

 ルークの到着に合わせて現れた、屯所の大男の出迎えを、ルークは出会い頭に怒鳴りつける事で拒否した

 「先日の一件、貴方達の怠惰にも原因の一端がある。勤めを果たせない兵士に持て成されて良い気分になるようでは、作戦の失敗は決まったような物。私に近寄らないで頂きたい」

 言い掛かりや八当たりの類に近かったが、事態を見てみぬ振りしたブラムの兵士達を、ルークは全くよく思っていなかったのである


 アシラッドが、自前の茶色い毛並みの馬に乗り換えた後は、ルークは碌に休憩も取らなかった。時間を縮めるために、限界まで動く
 部隊の反応と言うのは快速で無ければならず、出動も、移動も、矢張り快速でなければならないとルークは思っている。ヘリや航空機に比べれば、この馬での移動と言うのは何と鈍足な事かと、じれったく感じる程である
 当然と言えば当然ではあった。焦がれるように先を急ぐルークと、それに従う騎士達が、友軍と合流したのは、二日目の夕方頃であった

 「ルーク殿! アレかな?!」
 「そうだと思う! カウスの城で時折見た旗だ!」
 「多分、オランだとか言う名の、東部サリアド公子の旗だ! よく覚えていないが、つい最近自前の旗印を許されたと聞いた!」
 「頼りになりませんねぇ、ジャウ! 公子と言ったら、無礼な事は出来ない相手ですよ!」
 「俺は紋章係ではないからな! 一々覚えてなど居らん! ジョノ!」
 「オランで合ってる! と言うか、その手の話ならば俺よりもキューリィが詳しい!」
 「オランで合ってる! だが、どうせ関係ないだろう!」

 違いない、と笑って、ルークはマルレーネを掛けさせた。紅い布地に白い縦線が三本入った旗印の部隊から、騎馬が二機掛けてくる

 大声で誰何の声が掛かる。ルークは止まらずに応えた

 「ホーク・マグダラ客将、ルーク・フランシスカ! 賊討伐の為に参った!」

 二騎が、旗を振り回しながら敵でない、と声を張る。元々来た方角やルーク達の身形から、それほど疑われていた訳でもない。最前列で弓を構えていた兵士達が、直ぐに警戒を解く
 兵士達が左右に退いて開けた道を、遠慮なく走り抜けて、ルーク達は部隊の指揮官の前に辿りついた

 出迎えたのは灰色の長髪の、如何にも貴公子然とした、まだ若い青年だった
 凛とした佇まいの前でルーク達は下馬し、一礼する。護衛の騎士達が整然と居並ぶ中で、五人は胸を張った

 「お初にお目に掛かります。私はルーク・フランシスカ。賊を討ち倒すまでの間、彼らの指揮を任されています」
 「ルーク・フランシスカ……? よく来た。あぁ、膝を着いたりしないでくれ。私は、オラン・サリアド。三人の騎士達が、賊を討ち果たすにせよ、全滅するにせよ、決着がつくまで見届ける心算
だ。必要ならば、武器や馬の準備もある。が、驚いたな、監視役が、君のように若い騎士とは。念のために、主命の証を見せてくれ」

 ルークは懐から羊皮紙を引き摺り出し、広げて見せた。納得いったかのように頷くオランに、ルークは言う

 「私は監視役ではありません。先程も申し上げました通り、私が彼らを指揮します。私も戦闘に参加します」
 「ん、何だって? 聞いている話では、不名誉印の騎士は、ジャウ、キューリィ、ジョノの三名との事だが」

 怪訝な表情で、オラン公子はルークの後ろを見遣った。高い身分の物となると、市井の民など、下々の者とは直接会話をしない。全て部下を間に挟む
 それをしないホークが異常なのである。少なくとも、アナリアでは
 相手が不名誉な騎士となれば、その慣習は尚の事であった。アナリアの歴史の中で、不名誉印を受けた騎士に直々に声を掛け持て成した将軍が、王から叱責を受け罷免された例があることを、ルークは知っている

 こちらが度を越した強行軍で来たので、伝令役が追いついていないのだろうなとルークは推測した

 オラン公子の傍に控えていた、壮年の騎士が口を開く。護衛の為に控える者達とは、風格が違う。場の筆頭であることは、容易に知れた

 「烏合の衆とは言え数は五十、貴公らの戦力を考えればこれは難敵の筈。ルーク殿は不名誉印の騎士と並んで、この難敵と戦うと?」
 「貴方は?」
 「これは失礼した。某、サリアド騎士団長を勤める、ヘクト・アウターと申す」

 ルークは少し黙った。オラン公子やヘクトに、こちらを嘲弄すうような気配は無い。純粋な疑問のようであった

 「過ちを犯したのは事実ですが、私は彼らを不名誉だとは思いません」

 背後でジャウ達が、身を強張らせるのが判った

 「ほう……」
 「何処かの誰かが何と言っていようと、私には関係の無い事です。仮にこの事で私が馬鹿にされたって、構いはしません。私はこれで良い確信がある」
 「其処の……鷲面の兜の騎士殿も?」
 「遅ればせながら名乗らせて貰います。私は、アシラッドです。家名は忘れてしまったので、ご容赦ください」
 「貴公が剛剣アシラッド……!」

 オラン公子は驚きを顕にした。普通は、そうだろうな、とルークは思う。アシラッドは今回、ジャウ達に襲われた側だ。それがどうして襲った側を助けるような真似を、すると思うか

 「ここに居るということは、そういうことなのだろう。君は不問に処された筈の事件で襲われたと聞いたが、良いのか?」
 「私は私なりに彼らの心が解るんですよ。何より私は、ルーク君の事が大変気に入りましたので」

 オラン公子とヘクトが笑った気がした。オラン公子が前に進み出てきて、ジャウ達に声を掛ける。ルークはドキリとした
 不名誉印など関係ない、まるで自分の部下に呼びかけるような気安さであった

 「騎士ジャウ、騎士キューリィ、騎士ジョノ。君達の乗ってきた馬は、騎士ルークの名馬以外は疲れきっているようだから、私の部隊から馬と馬鎧を回そう。困難な作戦であるのは目に見えているが、君達が最後まで誇り高く戦う事を信じている」
 「……!」
 「どうした、お応えせよ」
 「は! 感謝いたします、オラン公子!」


――


 小高い丘で、ルークは目標の村を見下ろしていた。日は沈みかけている。直ぐにでも暗くなり、たった五人のルーク達が攻めるとしたら、それは夜陰に乗じてしか在り得ない
 オラン公子は村を占領した賊たちに気付かれないように、周囲の見取り図を作成していた。急造された物で、ルークからしてみれば精度が甘かったが、この世界の平均を考えれば上等の部類らしい

 オラン公子、或いはサリアド騎士団長ヘクトは、能動的な人物だった。ルーク達が到着する前に、可能な限り賊を調べ、配置を探り、どのように動いているのかを見定めていた
 結果として、見張りに付いている極一部を除いて、賊に規律は無かった。予想通りと言えば、予想通りであった

 「(遣り易い、そうですよね、マクシミリアン様)」

 統率の取れていない敵で、良かったとルークは思う。自分は、部下を持った経験なんて無い。これが初めてだ。異世界ゆえに勝手も違う
 ジャウ、キューリィ、ジョノ、アシラッド、彼らは、率いると言う風に考えないほうが良い。共に戦うと言う感覚の方が良い

 上手く操ろう等と考えても、遣り通せる自信はなかった。敵が弱いのは大歓迎である


 「良い方策でも浮かびましたかぁ? ルーク君」

 背後に、アシラッド達が忍び寄ってきていた。内心びっくりしたルークだったが、顔には出さない

 平然を装って振り向いたルークに、有無を言わせぬ勢いで、ジャウら三人が頭を下げる

 「うわ、何ですか、いきなり」
 「敬語は止めてくれと言ったろう?」
 「……解った。それで、急にどうしたんだ?」
 「礼を、言いそびれていたからな。全く我が事ながら、謝ったり礼を言ったりしてばかりだが」

 頭を上げて、ジャウは笑う

 「俺達は黒い河の騎士だ。死ぬなら、戦場が良い。ルーク殿は、それを叶えてくれた。不名誉印は自業自得で、覚悟の上だったのに、名誉を挽回する機会をくれた。それだけではない。こんな、何の見返りも無いと言うのに、俺達に付き合ってくれている。ホーク様にも、オラン公子にも、恩義を感じているが、一番感謝しているのはルーク殿だ」
 「え? 私は? 私も一応、付き合ってあげているのですけど」
 「おほん、おほん、あー、聞こえんなぁ。ジョノ、聞こえんだろう?」
 「そうだな、聞こえん聞こえん」
 「はははっ」

 ルークは首を振った。この場の誰にも、疲労の色は無い。体力は問題ないようである
 しかし、妙な悲壮感があった。死を覚悟するのは、解る。しかし、死ぬのが当然と開き直って構えるのは、ルークは好きではない

 「何か勘違いしているのじゃあないか。五十人なんて、一人が十人ずつそっと殺せば、簡単に片付けてしまえる数だ。私は死なないし、君達も死なないように使う。君達は不名誉印を返上し、アシラッド殿は武名を上げ、綺麗さっぱりすっきりとした新しい門出だ」

 アシラッドが変な声を出した。感心しているらしいが、ルークには解り難かった
 アシラッドには構わずに、ルークは堂々としていた

 「……おー、流石はルーク君。このひねくれ騎士達とは心根が違いますよ」
 「勝とう。私にはやらなければならない事がある。アシラッド殿には聞きたいこともあります。何の因果かこうなってしまったけど、もうそれは良い。取り敢えずは、勝とう」
 「……本気と見える。俺たちの効率的な死に方、と言うのは、ここでは果たせない物らしいな」

 キューリィが人の悪い笑みを浮かべ、顎を撫で擦る。ルークが本気で居ることを、感じ取ったようだ

 「私は最初から死ぬ心算なんてないですよ。ジャウ達が全員やられてしまっても、私とルーク君だけで敵を全員斬り捨てて、帰還しますから」
 「茶々を入れるな、お前と言う奴は。驕り高ぶれば命を落とすぞ」
 「かも知れませんね」

 ふ、と、全員が黙ってしまった。奇妙な沈黙に、言葉を発してよい物か皆迷う
 沈む夕日に、皆が目を向けていた。罅割れた荒野を茜色に染めながら消えていく太陽は、夜に追い立てられているかのようにも見えた

 人殺しの夜だ。ちょっとばかり、面倒な夜になるのだ。恐れはしないが、気が重い

 こういう空気を破るのは、まるで空気が読めないと言うか、敢えて空気を読まないアシラッドが適任であった

 「よし、斬るぞ、思うまま斬るぞ。ただの一人として情けは与えない。哀れな肉として、その内誰からも忘れ去られる、そんな終わりであるという事を刻み付けてやります」

 急に物騒な事を宣言したアシラッドは、ルークに「斬り込む頃合になったら呼んでください」と言って踵を返した。自分の馬の所に行くのだろう
 アシラッドと言う女は、強い。危険で妖しい輝きを放っていると、ルークは感じた

 「…………決行は深夜、奴らが寝静まってからだ。オラン公子には悪い気もするけれど、騎馬は使わないでおこう」
 「あぁ。……あぁそうだな。今更だが、誓っておく。俺は、ルーク殿の全てに従おう。信じるぞ、迷惑かも知れないが…………、俺だって見栄を張りたい。英雄の号令に従う騎士で居たいのだ」
 「あ、お前、格好つけおって。不名誉印の癖に」
 「良いじゃあ無いか。な、俺とキューリィも同じ心だ、ルーク殿」

 しつこいほど暑苦しいジャウ達に、ルークは眩暈さえした
 英雄とはまた、大袈裟に出たものであった

 「異世界人って、オーバーだなぁ」

 眼下遠くには、しんと静まり返った小さな村が見える


――


 目標の村は崖に寄り添うようにしてある。周囲は平原で全く身を隠す場所がなく、見張りの事を考えると、多少辛くとも崖を下るしかないとルークは考えた。サリアド騎士団が偵察を行ったときも、崖の上からだ

 「それなりにある。…………ルーク殿、どうやって降りる?」

 崖の高さは三十メートル程ある。言うまでもなく、落下すれば常人では即死だ
 ルークは、腰のコガラシを叩いた。胸に何時もの痛みが走る

 『……作戦開始かい?』
 「(そうです。サポートお願いします)」
 『了解』

 ルークは崖から下を見下ろす。異様な雰囲気のある月光のせいで、夜だというのに微かに明るい
 見張り番の松明が確認できた。馬鹿正直に降りてはまず間違いなく見つかる。速やかに無力化する必要があった

 『スタンスティックの使用を提案する』
 「(コガラシの機能ですか?)」
 『そうだ。あー……そうだね、電球のように見える部分の裏側に開閉口があって、そこに内蔵されている。ファルコンだって一発で失神する代物だよ』

 それは良い、とルークはニヤニヤした。それを見られていたのか、ジャウが怪訝な顔をした

 「いや、何でもない。取り敢えず、あそこの見張りを沈黙させる。あぁ、弓は要らない」
 「ん?」
 「何と言うか……私は、とある魔術師に使い魔を借りているんだ。今回は彼女に頼ろう」
 「魔術師の使い魔だと? なんとまぁ、稀有な伝手を持っているのだな」

 鎧腰部のコガラシが振動し、低い音を立てながら宙に浮いた。近くにいたアシラッドが、流石に驚いたのか仰け反る

 コガラシはそれらを一顧だにせず、ステルスモードへと移行する。ジョノがぶんぶんと手を振った

 「き、消えたぞ、何処へ?」
 「もう其処には居ないと思う」

 一同は、ジッと崖の下を見た。幾許もしない内に、青白い小さな光が起こり、二人組みの見張りの内、一人が倒れる
 片割れが慌てて駆け寄ったかと思うと、もう一度光が起こり、その片割れも倒れた

 ルークはそれを見届けると、尻に長い縄の端を取り付けた長めの釘を持ち出し、地面に打ち込む。執拗な程に打ち込む。もしこれが途中で抜けでもしたら、大惨事だ。念のため、近くに転がっていた岩を転がしてきて、重石にする

 補助器具なしのラベリングだ。流石に鎧を着てこれをやった事はない。ルークは、落ちないように気をつけて、と声を掛けると、不安な気持ちを虚勢で覆い、平然と崖から身を投げる

 慎重に壁面を蹴るうちに、何事もなく地面へと辿り着いた。身を低くして周囲を伺うルークに、コガラシが寄ってくる

 「(索敵を)」
 『気付かれた様子は無い』
 「(博士、ありがとう御座います。助かりました)」
 『礼はこれが済んでからにしてくれ。私は、遺体の回収班を要請するなんて、嫌だからね』

 どすん、と音を立ててアシラッドが振ってくる。握力のみで身体を支えていたようだが、如何せん摩擦の無さはどうにもならなかったらしい

 ぐ、と折り曲げた膝を伸ばし、立ち上がったアシラッドは、かなり鈍い音をさせたようにも思えたのだが、平然としていた

 つづいて、どすん、とキューリィが降りてくる。その次は、ジョノだ

 「……もし次の機会があるのなら、しっかりと方法を伝授してくれ。二度と御免だが」
 「同感だ。頑丈さには自信があるが、こればかりは……。槍を抱えてやるのも辛かったし、な」

 そこにするすると、スマートに降りてくるジャウ

 「成る程、腰の横で縄を握っておいて、背中を預けるのか。荒い皮の篭手で好都合だった」
 「ぬ」
 「一人だけ涼しそうにしおって」
 「遊んでないで行きますよ」

 一同は倒れた見張りに近付いていく。目ざとく、アシラッドは気付いた

 「おや、生きているじゃあ無いですか」
 「丸一日は目覚めませんよ」

 あ、と止める間もなく、アシラッドは剣を抜いていた。倒れた見張りの首筋に長剣の切先が潜り込む
 何の感慨も無く銀色の刃は引き抜かれ、心臓の鼓動に合わせてか、傷口から断続的に血が噴出する

 同じ事を、アシラッドはもう一人にも行った。あっという間に血だまりが出来上がり、そしてあっという間に地面に吸い込まれていった

 「どうかしましたか?」
 「いえ、何でもありません。急ぎましょうか」

 無駄に殺すな。マクシミリアンの言葉を思い出す

 そんな事を言っている場合ではない。殺せるときに殺しておかねば、殺し損ねた者に殺されるかも知れない
 松明と、コガラシを交互に見て、思案するルーク。たかが有象無象の死に、一々何かを思う程、子供ではなかった


――


 「まずは、見張りを片付けたい。臨戦態勢にあるのは、そいつらだけだ」

 ひっそりと、声も上げず音も立てず、一丸となって侵入した

 ぼろぼろの民家をそっと伺えば、鼾が聞こえてくる。アシラッドが剣の切先で扉を指し示すので、ルークがやってしまえと頷くと、まるで躊躇わず中へと侵入する
 全く音を出さない。アシラッドに続いてジャウが侵入する。直後、肉を剣で突く何ともいえない音がした

 四人倒した、とジャウが小声で報告する。まず四人だ


 村の外側を回りながら、ついでとばかりに家屋を調べ、中に人影があれば躊躇わず切り捨てた
 そこかしこに、村人と思しき、腐乱しかけた死体が転がっている。衛生観念や疫病等の知識が広く浸透していないのか、死体を平気で放り出す

 それ以前に、この村を占拠した賊どもには、人を敬う心が無いとルークは眉を顰めた


 地道に家屋を制圧する内に、見張り番の位置へと辿り着いた。松明の横で槍を持ち、退屈そうに座り込む二人組み
 背後を襲う為に、ジャウが駆け出す。フォローの為に、ルークも続いた

 地面を蹴る音に、見張りの二人組みが振り向いた。ジャウは既に槍を振り上げている
 槍の穂先で、一人殴り倒す。短い悲鳴を上げるそれを捨て置き、ジャウはもう片方も殴り倒して、今度は悲鳴を上げさせる間もなく胸を貫いた
 ルークは小剣を突き出した。這い蹲って逃げようとするもう一人の、左の腋から差し込んだ刃は、あっという間に心臓に到達した

 オラン公子が確認している見張りは、三組のみ。あと一組始末すれば、危険度は格段に下がる。しかし、この調子で行けば、三組目の見張りを始末する頃には、粗方片付いていそうだった

 身体の筋肉が、強張っている事にルークは気付いた。大きく深呼吸しながら、ジャウに言う

 「十三人目。……順調と言って良いかな、この感じは」
 「あぁ、呆気ない連中だ。とは言っても……俺達だけであれば、真正面から切り込んで、あっという間にやられただろうが。…………ん?」

 一つの民家の前で、キューリィが険しい顔で手招きしていた。アシラッドが民家の入り口の前に張り付き、熱心に中を覗き込んでいる

 小走りに駆け寄っていけば、ジョノがアシラッドの方を指差した。民家の中からは柔らかい物を叩くような異音がする。ルークは彼女に習い、中を伺う
 小さい火が灯っている。薄暗闇の中で、焼けた肌が踊っている

 「まさか、まだ生きている者が居るとはな」

 屈強な男が一人、少女を犯していた。年の頃は十五、六。男が腰を使う度に、少女の身体が激しくゆれる
 子供の手慰みにされる人形のようだ。木の枝が風に揺らされているような印象があった

 殺して。少女の声だ。小さく、そう聞こえた。しゃがんで好機を窺っていたアシラッドが、ざわりとするような殺気を吐き出した

 次の瞬間、アシラッドは乱暴に兜を脱ぎ捨てると、扉を蹴り開け、男に斬りかかっていた
 男の首がぐるりとこちらを向く。目を見開きつつも、少女ごと身体を投げて転がり、アシラッドの一撃を避ける男

 曲剣にむしゃぶりついた男は、ゆらりと立ち上がった。左手に少女の首を抱きしめたままだ
 最悪の展開だ。ルークは歯を食いしばる

 「何だ手前ら! 何モンだ!」
 「お前みたいな下種野野郎に聞かせる名はないですよ」
 「クソ、カウスの騎士だな?! 舐めやがって! 敵だ! おい、敵だぁぁぁー!」

 雰囲気が騒がしくなる。腰のコガラシが震えて、テツコの焦ったような声が聞こえた

 『動体反応確認……! 結構な数だ、こちらに向かってきている』

 ジャウ達は、開き直ったような表情で、冷静に男の品評を行っていた

 「ふん、賊の癖に、大した逸物をぶら下げている。あのような少女を手篭めにするとは、屑め」
 「奴、ギ……なんとかと言う賞金首じゃぁないか? よく覚えておらんが。……ジョノ、お前と同じくらいでかいぞ」
 「馬鹿、下世話な話は止めろ、キューリィ。おい、アシラッド、手早く切ってしまえよ! 囲まれるぞ!」

 この戦争屋どもはぁぁぁ~
 ルークはガリガリと頭を掻いた

 「そうはいかんぜ! こっちに寄ってきて見やがれ、こいつを殺す!」

 ギ、なんとかは、少女の首を締め上げた。改めてみれば、少女は酷い有様であった
 殴られたのか目と頬は腫れ上がっているし、こちらも殴られたのか前歯はない。裸体は痣だらけで、小さな切り傷が幾つも付いていた
 両足の踵の部分には、血の滲んだ布切れが巻きつけられている
腱を斬られたな、と、ゾッとするような声が、コガラシから聞こえてきた

 『不愉快だ……!』
 「(同意見ですよ……!)」

 少女が、焦点の合わない目を動かす。ぼろぼろと涙が零れていた
 再び、あの声が聞こえた。か細い悲鳴であった

 「殺してください。殺してください。お願いします、殺してください」

 アシラッドが目を閉じ、剣を両手で握り締め、胸の前で捧げ持つ
 目を開いたとき、その輝きが違っていた。あ、少女ごと、斬るのか、と、ルークは感じた

 「やめ、おま、ふざけんじゃねぇ!」
 「ふざけてんのはお前の脳味噌ですよ」

 アシラッドが飛び掛る。男は、少女をアシラッドの方に突き飛ばした

 アシラッドはまるで怯まない。躊躇もしない。既に剣は、突き出されている

 少女の左胸を貫いた。全く勢いは衰えず、少女を突き飛ばした男の左胸にも、それは到達した
 アシラッドは、もう一本の長剣を抜く。神速の切込みである。抜いた、とルークが感じたときには、男の首は宙を舞っていた

 少女と男を貫いた剣を引き抜き、アシラッドは少女の身体を抱きとめる

 そのままゆっくりと床に横たえさせた。ごぽ、と嫌な音を立てて、少女の口から血が溢れる

 口が、パクパクと動いた。「ありがとう」と、言っていた

 『……周囲に反応多数。三十以上。囲まれたぞ』
 「……周囲の警戒を。もう囲まれている筈だ。……アシラッド殿」

 立ち上がったアシラッドは、剣に付いた血を振り払う

 「まぁ、……こんな事もあるでしょう。もう少し早く死なせて上げたかったですね、彼女は」

 何もかもが、メノーを助けた時のように、上手く行くわけではない

 ルークは何も言わずに民家を出た。既にジャウ達は槍を構え、臨戦態勢にある

 周囲に気配があった。ここからが修羅場であった


――

 後書
 そろそろルークの無双乱舞だろjk

 ……と、同時に、もう少しスマートな文章にしたいような気もする



[3174] かみなりパンチ18 剛剣アシラッド4
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/08/26 17:25


 「アシラッド、おい、何をしている」
 「聞こえていますよ、五月蝿いですね」
 「ふん、囲まれても同じことが言えるのか?」

 ジャウが肩を竦めた時、家屋の中から首が転がってきた。アシラッドが斬り捨てた男の首である

 切り口が足甲に触れて、血が着いた。ルークは眉を顰めて一歩引いた

 「持ち帰れば、はした金になる首らしいですが、置いていきましょうか」

 ルークは一同に手招きして、走り出した。敵の位置は、ある程度テツコが教えてくれる
 大勢は広きを好み、小勢は狭きを好むと言うが、さて、どうするか。少なくとも一所に留まるのは拙かった

 『前方、囲みの薄いところ。四人だ。倒せるか?』
 「恐らくは」
 『見張りの松明を回収するのはどうか? 火をつけて混乱を狙うのは?』
 「燃え広がるまで時間が掛かりすぎます」

 ルークは大きく息を吸い込んで、抜剣した。薄暗闇の向こうに人影が揺れる。ルークは叫んだ

 「敵だぞ! 殺されるぞ!」

 踏み込みの最中に相手の顔が見えた。出会い頭に怒鳴りつけられた声に、動揺している
 正に敵である風体のルークに、「敵だぞ」と堂々と言われて、僅かに混乱したか。暗闇で、ルークの姿を確認しづらかったのも悪かった

 振り下ろした剣が、頭蓋を割る。肉片だか骨片だかを撒き散らしながら鼻の部分までを断ち割った後、ルークはゆらゆらする身体を手早く引きずり倒した

 悲鳴を上げて、薪を割る為の鉈を振り上げる男に狙いを定める。碌な装備が無いというのは、全く事実らしい
 振り上げられた鉈が落ちてくる前に、がら空きの胴に身体ごと剣を捻じ込む。月並みだが、蝿が止まる早さであった。ルークを殺せる筈も無い

 次、次を殺す。次々と殺す。ルークの目がギラギラ輝いて、次を狙う

 先程の男の鉈とは違って、次はまともな直剣が相手であった。しかし、使い手が拙い。二人殺したルークを前にして、未だに抜剣していなかった
 震える右手で柄を握り締め、引き抜こうとした時はもう遅い。ルークの手は、抜剣しようとする男の右手首を握り締め、がちりと押さえ込んでいた。首筋に刃を沿え、静かに引く。盛大に噴出する血液

 「へぇ、流石」

 自分が手を出す間もなく、接敵と同時に三人を葬った手腕に、アシラッドが感心したように言う
 敵を確認したと思えばこれだ。流石のアシラッドも、驚いたようであった

 「ひいぃぃ!」

 最後、震える手でくたびれた槍を構える男に、ルークは早足に、しかし無造作に近寄っていく
 傷だらけの鎧を見る限りでは、兵士崩れであるらしい。ルークはザクザクと音を立てて歩きながら、みっともなく涙を流す男の目を見つめる

 男の目が、ぐる、と動いた。槍が突き出される。しかしルークの何気ない一振りが、槍を跳ね上げる
 マントを翻らせて剣を斜めに振り下ろした。首筋に刃が減り込んだと思えば、そのまま何の抵抗も無く首を跳ね飛ばしていた。一拍おいて、思い出したかのように男の身体が倒れたのが、印象的だった

 人間の肉体を完全に断ち切るのは、至難だ。普通ならば。それを悠々こなすからこそ、アシラッドも一目置く

 「剣も腕も、良い仕事してますね。ルーク君なら50人ぐらい、軽くいけたんじゃないですか?」
 「一人ずつ、正面からお行儀よく向かってきてくれたら、そうかも知れませんね」

 ルークは素気なく言い捨てて、再び走り出した。もう少し進めば、広い道に出るはずだ

 「(博士、敵の位置は)」
 『分散し始めた、しかも纏まりが無い。矢張り、混乱しているみたいだ。指し当っては、後ろを追ってきているのが多数』

 道が開けたのを見て、ルークは少しばかり乱れた呼吸を正しながら、後ろを振り返った
 ジャウ達が追いついて、深呼吸する。アシラッドが後ろを首だけで振り返りながら、黒い髪を掻き上げる

 通路の出口を押さえ込む。挟まれたらその時はその時だ

 「追ってきてますね」
 「ここで迎え撃ちます。狭い通路なら、数はあまり関係ありませんから」
 「常道だな」

 テツコが鋭く声を上げた。ルークは思わず身を翻した。その時、と言うのは、意外に早くやってきた

 『ん? どうやら、察しの良い奴が敵に居るみたいだ。回り込んで反対からも着てるぞ、広い道の北だ』
 「逆側からも来ている!」
 『数は十二。でも、続々と来ている。ルーク、君ならやれる』
 「ジャウ、三人がかりで通路を塞げ! アシラッド殿、やれますね!」

 ジャウ達三人が、ニヤリとした

 「任せておけ、ルーク殿」

 アシラッドが背負っていた盾を放り出し、肩を回す
 血に濡れた二本の剣が妖しく輝く。一振りすれば風が鳴いた

 「やれない訳がないでしょう。私を誰だと思ってるんです」


――


 「さぁ容赦せんぞ、皆殺しだ!」

 ジャウの大喝は、敵を怯えさせ、味方を勇気付けるのに、十分な迫力を持っていた


 長年の付き合いらしく、ジャウ、キューリィ、ジョノの連携は完璧だ。歴戦と言うだけあって無理をしないのもあり、相当な下手を打ちでもしなければ、賊相手では遅れの取りようが無い
 その背後を、ルークとアシラッドが守る。囲まれていたが、前提条件として数が違いすぎるのだから、こればかりは仕方が無かった。このまま付け入る隙を与えずに、敵に出血を強いるしかないのだ

 「(ステルスモードでの敵攪乱を)」
 『解った。スタンスティックを使用して敵の後ろを削る』

 小さな光を起こした後、消し去ったコガラシが、不自然な風を起こした。マントを揺らすそれにルークは身じろぎし、それを攻撃の予備動作と勘違いした男が居た

 剣を振り上げ、決死の形相
 雄叫びを上げて飛び込んできた男をルークが一太刀で切り捨てれば、後続はたたらを踏んだ。全く次元の違う強さを、僅かに感じ取ったようだった

 「ほら、掛かってらっしゃい、一斉に。もしかしたら、万分の一ぐらいの確立で、私達に掠り傷一つくらい付けられるかも知れませんよ」

 アシラッドがゆらゆらと双剣をゆらめかせる。挑発に乗って、また一人、飛び込んできた

 アシラッドが動くよりも早く、ルークが迎え撃つ。筋骨隆々とした男が、鈍器で殴りつけるかのように、剣を振り下ろす
 ルークは敢えて、右手のみで剣を持ち、それを受け止めた。涼しい顔をしていた
 男はルークよりも頭二つ分背が高い。体格差を生かして、上から覆いかぶさるようにルークを押し切ろうとする

 しかし、基礎体力が違った。ルークは涼しい表情を崩さず、男の剣を押し返し始める

 額に血管を浮き上がらせながら呻く男は、ルークが右手一本で突き出す剣を圧し留めきれない。ルークの剣は次第に男を仰け反らせ、結局、ルークが押し付けるようにする剣を、男が必死に受け止めるような状況になった

 立っていられず、膝を着く男。ルークは構わず上から剣で押さえ込む。じりじりと男の防御を押し潰していくルークの剣は、とうとう男の首筋にまで迫った

 「やめ、止めろ! 止めてくれ! 頼む! 何でもしてやる! 俺に出来ることなら何でも!」
 「なら、死んでもらいたい」

 少しだけ、刃が首筋に埋まった。ぷつ、と皮が裂ける音がして、血が溢れ出す。周囲が、この異様な雰囲気に呑まれている
 男は失禁している

 「止めえぇぇ!! …………ッ」

 刃がさらに少し進み、出血が激増したところで、男の身体から急に力が抜けていった
 剣を持っていた両手がだらりと落ち、目の光が消える。ルークは一気に剣を引いた。毎度の如く血が噴出し、低い音を立てて首が落ちる
 丁寧に斬った為か、血が溢れるまでに骨の断面を窺うことが出来た。それは暗闇の中でも、とても滑らかなように、ルークには見えた

 死体を乱暴に蹴り倒して、血塗れのルークは周囲を睨み据える

 「情けは掛けないぞ」
 「ほらほら、一人ずつ丁寧に斬って回っても良いんですよ、私達は。闇から出でてバッサリと行きますよ」」

 たった二人に、場を丸呑みにされた賊達が、絶叫しながら飛び掛ってくる


――


 ルークは、思い出していた。人を一人殺すのは、全く容易であり、同時に至極困難である、と、マクシミリアンは言っていた

 純粋人類と、大半の亜人は、何か先が尖った物が一つあれば、拍子抜けするほどあっさり死ぬ
 同時に、純粋人類と、大半の亜人が、たった一人であろうとも全身全霊を掛けて戦おうとするのなら、これを倒すのは本当に至難の業だった

 それを思えば、今し方、ルークが右肩口をばっさりと割った賊の、なんと他愛無い事か。腹部を貫いた賊の、なんと他愛ない事か
 恐怖を押し殺して戦うのではない。恐怖に呑まれて逃避しているのだ

 「剣を持って、絶叫と共に打ちかかってきていても、こいつ等は戦っているのじゃあない」

 背中合わせに荒々しく剣を振るうアシラッドが、ニヤリと笑った

 「掛かって、来なさい! 掛かって来ないか! 見事受けてみよ、剛剣アシラッドだぁぁぁぁーッ!!」

 アシラッドに、左右から同時に賊が撃ちかかる。ルークは横目でそれを見送った。手助けが必要とは思えなかった
 夜戦。だが、夜戦とは思えぬ程の冴え。ルークは特別夜目が利く方だが、アシラッドの迷いの無い動きもそれに劣らない
 或いは、賊の数人が持つ小さな灯火だけで十分なのか。異常な月明かりだけでもスイスイと動いていたから、どうなのかよく解らなかった

 アシラッドは踊るように両腕を天高く振り上げる。二つの妖しい輝きが、同時に撃ちかかってきた賊の剣を同時に叩き折り、破片を撒き散らした

 「あぁーっはっはっはっは!」

 振り上げた剣を、今度は振り下ろす。右手のそれは賊の頭蓋を割り、左手のそれは賊の左肩を割った。悲鳴を上げながら後ろに倒れこもうとした、生き残っている方が、凄まじい形相で今また一人を斬り倒したルークの背中にぶつかる
 ぎょろん、と、振り向いたルークが冷たい目で賊を睨んだ。賊がカチカチと歯を鳴らし、冷や汗を垂れ流す。あ、と口を開いたその時にはもう、首を落とされていた

 「(ヨーンで、兵士達の作戦を支援したときもそうだ。信じられない有様、汚らわしさ。銃で撃つのとはまるで違う結果。古代の戦闘とはこういうもの)」

 背後で血飛沫が上がるのを全く気にせず、次の獲物に飛び掛るルーク。或いは荒々しく、或いは無造作に、ルークとアシラッドは血の池の面積を増やし、肉塊の量を増やしていく

 「(こういうもの!)」

 銃で撃ったとて、人の死に様と言うのは非常に醜い。しかしこの惨状は、まるで比べ物にならない。暗闇の中、賊の破れた腹から零れ出た臓物の臭いは、言うまでも無いが酷い物だった

 マクシミリアンがさせたかった事とは、こういうことなのだろうかと、ルークはふと思った。殺せば、殺すほどに、相手がどうでもよくなってゆく

 ハッとなって、ルークは血に濡れた篭手で眉間を揉み解した。米神には血管が浮き上がっている
 べっとりと血を撫で付けたルークは、深呼吸した。ヨーンでも同じ事をしたな、とルークは思い出し、成長の無さに溜息を吐いた

 「(殺しすぎれば面付に出る。命の価値を忘れてしまえば、卑しくなる)」

 周囲の状況を捨て置いて、深呼吸を続ける。恐怖に青ざめながら周囲を囲む賊たちは、全く踏み込めないでいる

 「(僕も流石に、取り繕えなくなってきたか? ……いや、僕はルークだ。好きで殺しはしない)」

 表情から禍々しい物が消え去ったルークは、凛々しかった。黄金の髪の騎士は、凛々しかったのだ。若々しく、理性があった

 頬に血化粧をしたアシラッドがギラギラした目で顔を寄せる。ルークは横目でそれを見て、直ぐに剣を構えなおした

 「良い顔してます。よき戦士になりました。もっと素晴らしくなるでしょう、君は」

 口の端に、柔らかい何かがぶつかる感触。視線を巡らせると、アシラッドは既に離れ、声を張り上げながら次の敵に飛び掛っている
 口付けされたのだと気付いて、アシラッドは狂人であると、ルークはハッキリ確認した。高揚の仕方が度を越していた

 殺しに酔っている

 「アぁーーーッハッハッハッハッ!!!」

 高笑いを背中で聞きながら、ま、良いか、とルークは結論した
 アシラッド程度の気違いなら、ロベルトマリンには幾らでも居たからだ


――


 溜め、突け、この二つの言葉で、ジャウ達は戦う
 溜め、で槍を構え、突け、で言葉通り突く。三人の連携こそが勝利の鍵と知っており、一人では戦えないのだと、三人ともが理解していた

 「前、前だ! それ、邪魔だ!」

 ジャウが怒鳴り声を上げながら、賊の死体を蹴り転がす。少しずつ増えていく死体に、足場が悪くなっていく
 胸の傷が熱を持って際どい状況であった。汗を噴出しながら戦う三人の中で、ジャウの顔色が最も悪い
 しかし引き下がらない。立場的にも、事実的にも引き下がれない状況下にある。引くなどと言うのは、諦念のままに死ぬだけの、枯れ果てた唾棄すべき行動だった

 追い詰められて弱い奴、逆に、追い詰められて強い奴、ジャウ達は、後者であった。傷を負いながら、着実に殺害していくうちに、賊達は腰が引けてくる
 誰だって、他人に殺され、踏みつけになどされたくない。他人を踏みつけにして来た賊達も、それは変わらないようだった。さながら土と泥に汚れた獣の群れのように、ジャウ達には見えた

 賊達も、己の末路ぐらいは理解できるようであった。ガチガチと歯を鳴らす者が何人も居た。一人、松明を持った者が恐れず進み出てきて、唾を吐く。火に照らされて、顔の影がゆらゆら揺れている

 「カウスの騎士だな、クソッタレどもめ。手前らなんざ、死んでも認めねぇ。俺らがこうなったのは元々手前らのせいだろうが。好き勝手しやがって」

 ジャウは笑った。今、アナリアがどうなっているのかなど、言われなくても知っている。この強盗集団がどういう経緯で発生したのかも大体は予想がつく

 「おい、ジョノ」

 肩を竦めたジョノが、次の瞬間進み出てきた賊に打ち掛かっていた。振り下ろされた槍が賊の剣を一撃で圧し折り、そのまま殴り倒す
 倒れこんだ賊を、キューリィが突いた。キューリィは苦笑いしていた

 「夢に出てくるぐらいなら、しても良いぞ」

 堪らず、賊達は逃げ出す。一人が金切り声を上げながら走り出したのを皮切りに、次々と続いた。当然ジャウ達が、黙って見ている筈もない
 鎧を着込んでいて尚、ジャウ達の方が、足が速かった。正に鍛え方が違うという奴で、賊達は一人ずつ、着実に死んでいく

 完璧な勝ち方であることを、ジャウは確信した。たった五人で、その十倍にも及ぶ数を撃破したのだ。全く有り得ない戦果だ

 最後の一人を押し倒し、馬乗りになった所で、ジャウはふと空を見上げた。陽が昇りかけている。どうりで先程から、明るい訳だ。ジャウは剣を抜いた

 両手を翳して顔面を守ろうと、賊の最後の一人は無駄な抵抗をしていた。ジャウはその表情を一瞥すらせず、藍色の空を見上げたまま剣を突き降ろす
 ジャウの剣は賊の両手を貫いて、その頭蓋を粉砕し、地面に減り込んだ。空を見上げたままのジャウは、ふん、と鼻で笑って立ち上がると、後ろを振り返った

 一同を従えて、血に塗れたルークが居た。動揺に、血塗れの長剣を目の粗い布で拭い、布はそのまま放棄する。剣を鞘に収めたルークは、凛とした表情で言った

 「勝った」

 おぉ、とジョノが頷く。ふと、ジャウの足から力が抜けた。それは、キューリィやジョノも同じだった。アシラッドですら、壁に寄りかかっている
 荒い息を吐きながら膝を着く。胸の痛みは限界に来ていた。夜が明けるまで戦い続けたのだ。寧ろ当然か、と苦笑が零れた


 何人逃がしてしまったかな、とルークは首を傾げた。大半は討ち取ったから、余り咎められることも無いだろうが

 ルークは座り込んだジャウの隣に立つと、遥か彼方を見遣る。サリアド公子オランの軍旗が見える。作戦の完遂を見届けて貰わなければならない
 もう少し、見栄を張らなければならないのだ。ルークに問題はなかったが、他の者達が座り込んだままと言うのは、格好がつかない

 「立つんだ。公子にだらしない姿を見せて、笑われたくはないだろ? ……立て、ほら、立て! 我々は勝った! 勝った奴には勝った奴の取るべき態度がある!」

 ジャウが剣を杖に立ち上がった。寝転がっていたジョノを、キューリィが蹴り飛ばして立たせる。一人余裕のアシラッドが、それをからかっていた

 「我々全員生き残った! 完璧だ! 私は、君達とこうなれて誇らしい!」

 全員が剣を天に突き上げる。勝鬨が上がった


――


 カウスの城の中庭で鳥を眺めながら、ルークはぼんやりとしていた。カウスの城は何時でも騒がしく騎士や兵士達が行き来している。呆けて座っているルークは、異質だった
 中庭のルークを見つけた侍女や、下男達が、にこやかに会釈をしていく。人当たりの良いルークは、マクシミリアンの館でメイド達に混じって雑用をしていた経験を生かしたのもあって、彼らの信頼を得るのに成功していた。気さくに声を掛け、労わりの言葉を掛けるだけで全然違うものだ

 カウス城の中庭は普段それほど手入れされている訳でもないため、特筆する程美しくもない
 しかし、今のルークには少し緑があるだけでもよかった。地面から突き出した、猫の爪のような可愛らしい緑は、何とも滑らかな肌触りをしていた

 ぼーっと、している。血塗れの鎧とマントは整備中だ。もしかしたらマントは血の色が落ちないかも知れない。ルークは少し憂鬱になった


 後ろから、無遠慮な足音がする。草を蹴り払って近付いてくるそれに、ルークは振り向いた

 緑の芝が、出血している幻想をルークは見た。後ろに居たのはアシラッドで、相変わらず完全武装の彼女が一歩芝を踏む度に、そこから血が滲み出す気がした

 見る目が変わってしまったのである。剛剣アシラッドは、血を好む狂人だ。ホークに会うため、流石に身を清め、ある程度身形を整えていたが、カウスに帰還する道程ではまるで返り血を気にしていなかった
 血と傷を忌諱せず、寧ろ戦場の勲章として好んでいるようにすら感じられる。確かに、戦いの象徴ではあった。それを纏ったアシラッドの存在感は、強烈だった

 「アシラッド殿。ジャウ達はもう?」
 「さぁ? まだ続いてるんじゃぁないでしょうかね。どの道、そんなに長くはならないでしょう」

 全く興味がなさそうに、くぐもった声は言う。ジャウ達は、ホーク直々に処遇を言い渡されている筈だった
 彼等は任務を遣り遂げた。何も心配する事は無い。しかし、それを差し引いてもドライだ

 「聞きたいことがあるんでしたねぇ」

 唐突にアシラッドが切り出した。ルークは一拍置いて、頷く

 忘れていたのだ。すっかり

 「えぇ、そうです。何の因果か、妙に遠回りしてしまいましたが、元はといえば」
 「何がぁ聞きたいんです? 流れ者には、噂話一つも大切な飯の種ですが、ルーク君にならばぁ何でも教えてあげましょう」
 「メイア・スリーと言う女性の事です」
 「メイア……スリー?」
 「行方を探しています。緑色の髪の、侍女の格好をした可愛らしい方ですよ。首筋に、傷のような刺青のような……一本線が入っています。かなり目立つと思うのですが」

 アシラッドはひらひらと手を振って肩を竦める。何時もの人を食ったような態度の中に、違和感は無い

 「…………さぁ、知りませんね、メイアスリーなんて侍女は。そもそもぉ、何で私が、そのメイアスリーという侍女の行方を知っていると?」
 「詳しい話は……その、出来ないのですが」
 「それはまた不愉快な事ですねぇ。たった一夜とは言え、背中を預けあった中ですよ、私達」

 何とも気恥ずかしい言い方に、ルークの顔に少し朱が差す。ルークに反論は出来ない。隠し事をしながら教えろ、と言うのは、ルークだって矢張り気分が悪い
 ここ数日行動を共にして、ルークはアシラッドが気分屋なのだという事を、よく理解していた。気分屋の気分を悪くしたら、何を頼んだところで通らない

 「でもまぁ、良いですよ、教えましょう」
 「え?」
 「メイアスリーなんて侍女の事は知りませんがぁ、メアリーと言う侍女の事なら知っています。緑の髪なんて生まれて初めて見たから、よぉく覚えているんですよ。ルーク君の言う刺青もありました」
 「何だって」

 ルークは慌て立ち上がった。鷲面の兜、細長い覗き穴の奥、とぼけた目でアシラッドは笑っている

 来た、とうとう来た。ルークの心は震えている。アシラと言う何のことかも解らない単語が、メイア・スリーに繋がった感触
 目標に繋がる鍵、成功の気配

 「ですが、条件があります」
 「う」

 ルークは呻いた。考えられる事態だった。レセンブラだか何だか知らないが、アシラッドと言う剣士は、気に入らなければ絶対に従わない
 強硬に情報提供を求めるのは無理だ。予想は出来ていた

 「私を使って貰いましょう」
 「……どういうことです?」
 「私を養ってくださいとぉ、言ってるんです。剛剣アシラッド、一介の客分が持つ私兵としては、破格でしょう?」

 ホーク殿から少しくらいは給金が出てるでしょう、私は欲張らないから、大丈夫。とアシラッドは締め括った

 ルークは意図して感情を隠さず、訝しげな表情を見せた。アシラッドは、自分は斜に構えてみせる癖に、素直な相手が好きなのだ

 「何を疑うんです。これは自慢ですが、剛剣アシラッドと言えばぁ、あらゆる騎士団から是非にと招かれる程の名ですよ。事実、ホーク殿にも誘われました。あの御仁もかなりの人物でしたが、それを蹴っているんですから、私の面子も考えて欲しいですねぇ」
 「それは……言い換えれば、ホーク殿の面子を潰しているのでは……。うぅ……あぁ、もう、解りました、解りました。しかし、私に雇われても、戦功を上げる機会があるとは限りませんからね」
 「流石、決断してくれる子ですね」

 メイア・スリーの情報は何に引き換えても欲しい。ルークの任務の根本であるし、ゴッチに先んじてそれを手に入れれば、ファルコンの鼻を明かせるとルークは思っている
 だから、正直な事を言えば、ルークは余計なしがらみを増やしたくは無かったが、アシラッドを受け入れたのだ。その思惑は別として

 誰にも縛られない、風のような水のような女性に、何れ慣れる時が来るのであろうか。それがルークは心配である

 「それでは教えましょう。私が緑の髪の侍女、メアリーを見たのは、カウスからずっと西のペデンスの街です。もう結構前の事ですよぉ、彼女はとある高貴なお方の侍女をやっていました。何やら、身一つでポンと放り出されたような身の上らしく、半ば保護されていると言った感じでしたがね」

 緑の髪、侍女、身寄り無く身一つで放り出されたような風情
 ますます来ている。これはほぼ間違いないか。ルークは息を詰まらせる

 手掛かりが見つかったのは良い。殆ど期待していなかったアシラッドからこうまで明確な話が聞けたのだから、僥倖である。文句なしだ

 しかし、しかし、ペデンスとは、ルークの記憶が確かならば

 「最前線、エルンスト軍が遮二無二攻め続ける激戦地……」
 「ふふふふ……私を使って欲しいと言うのはぁ、それだからです。そろそろ戦場に出ようと思っていましたが、間抜けの下に着くのは御免ですからねぇ。どうやら只事ではない様子、ペデンスまで探しに行くのでしょ?」
 「……私がホーク殿の元から出奔して、身一つで探しに行く可能性を考えなかったんですか?」
 「信じてますよぉ、そんな下策を選ぶ子ではないと」

 ルーク君なら安心ですよ。クスクスと笑うアシラッドに背を向けて、ルークは歩き始めた

 「詳しい話を、また後で聞かせてください。取り敢えずペデンスに行ける様、ホーク殿に陳情しなければ」

 ホークに会わなければならなかったし、テツコに報告せねばならなかった


――


 『有効な情報だね。これは最近ジェファソン博士から聞いた話だが、博士はメイア3の事をメアリーと言う愛称で呼んでいたそうだよ』
 「(それは、益々ですね。…………しかしなぜ、そんな重要な情報が)」
 『それについては完全に私のリサーチ不足だ。本当に済まなく思っている。許して欲しい』
 「(いえ……良いです。それより、ペデンスですね)」

 ホークの執務室を目指しながら、ルークはテツコへの報告を行っていた
 メアリーと言う愛称、期待度は、より高まる

 テツコは硬い声で言う

 『……しかし、最前線か。急がなければならない。最悪の場合、メイア3が無事でない可能性もある』
 「…………? (それは、自己修復不可能なレベルで破損している可能性、と言うことですか? メイア3のスペックは、完全装備の統合軍教導隊員が梃子摺る程ですよ。破壊されるとは考えにくい。位置は掴めなくとも、メイア3のシグナル自体は確認できているのでしょう?)」
 『…………』

 テツコは咳払いした。僅かな沈黙に、ルークは足を止める

 『……実は、少し前からメイア3のシグナルは途絶えている。機構自体が急場凌ぎの適当な物だったため、長くは持たなかったんだ。メイア3が大破したのか、シグナルの発信だけが出来なくなったのか、断言できない。ただ、君の言うように、破壊されるとは考えにくい、とは思っている』
 「そんな」

 ルークは思わず声を上げた。幸運にも周囲に人は居なかったが、そんな事は慰めにならない

 『済まない、実働隊員の士気を殺ぐと思って、黙っていたんだ。…………ブラックバレー氏の指示だよ』
 「(い、いえ…………、良いです。良いんです。……でも、出来るなら、ここから先、隠し事は無しでお願いします。……可能な限りで良いんです)」
 『あぁ、解ったよ。私もそうしたいと本心から考えている。……悪かった』

 基本的にグレイメタルドールは、致命的損傷を負うと大半のデータが消去される。ダッチワイフとして愛用される個体や、戦闘用ギミックを存分に活用する個体の事を考えれば、当然の処置だった
 メイア3は破壊されてはならない。スクラップを持ち帰れば良いわけではないのだ。中身が無事でなければいけなかった

 「(まだ、大破したと決まった訳じゃない。寧ろその可能性は低いんだ)」

 しかしルークは、一抹の不安を感じずには、居られなかった


――

 後書

 ルーク「さぁ行くぞ、ドーンハn(ry」
 テツコ「ドーンハンマーは使えないわよ」

 ちょっと暫く
 時間を掛けてかみパンを練り直そう



[3174] かみなりパンチ18.5 情熱のマクシミリアン・ダイナマイト・エスケープ・ショウ
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/11/04 18:32


 ジェファソン博士は、万人が口を揃える程の痩せ過ぎで、骨格が浮き出ており、骸骨と言い表すのが最適である
 ロベルトマリンには、何万分の一かの割合でこういう人間が居た。筆舌に尽くしがたい環境汚染が原因であるらしいが、ジェファソン博士ほどはっきりと肉体的特徴に現れるのは稀であった

 ジェファソンは今、記録用カメラと体調管理の為の医療機器に囲まれながら、頭を抱えている。“異世界への扉”を一般公開し、少なからず彼の周辺が騒がしくなったとき、一悶着あった。それが原因で、ジェファソンは今体調を崩している
 はっきりと言ってしまえば、食事に毒物を混入されたのだった


 腕組み足組みしながら、マクシミリアンはジェファソンをからかう

 「大分、顔色が戻ってきたな。とは言っても、石灰色が土気色になっただけで、死体のような有様なのは変わらんが」
 「子供の頃からこれだ。もう改善する事はないだろう」

 マクシミリアンは笑っていた。すると、目をぎょろぎょろさせていたジェファソンも、つられて笑う。かと思えば、淹れたばかりの紅茶の香りを嫌がって、ジェファソンは顔を背けた

 「スモーカー、まだ食えんか」

 スモーカーとは、ジェファソンの愛称である。ジェファソンは過去、メイア3を創り上げるまで、異常な程の喫煙愛好者だった。スモーカーの愛称は其処から来ている

 ジェファソン自身は、喫煙愛好者としての過去を悔いていた。だから特に親しい者以外に、スモーカーなどと呼ばせたりはしない。からかい混じりに呼べるの者は、そう多くなかった

 「飲料も無理だ。……肉体の事も確かにあるが、メンタルの問題の方が大きいようだ」
 「……情け無い事を言うな。潜水艇で、ロベルトマリンの海に潜っても、眉一つ動かさなかったお前が」

 ジェファソンは俯いた。俯いて、記録用カメラに少しだけ視線を移す
 記録用カメラは、今に限って言えばただの置物である。マクシミリアンがその気になれば、カメラの二、三台程度、“故障中”と言うことにしておくぐらい、訳は無い

 「…………辛いんだ、どうしても考えてしまう。メアリーの事が、頭から離れない。……胸が締め付けられるようで」
 「スモーカー、悩むな。信頼できる男の所から、飛び切りのソルジャーを一人差し向けている。こちらからもルークを派遣した。どんな困難な状況下にあろうと、メアリーの事は見つけ出す」
 「マックス、……済まない。私は、いざこんな事態に陥ってしまうと、こうも情けない。お前はずっと、こんな思いに耐えてきたと言うのに……」

 マクシミリアンは、眉を顰めて頬を撫ぜた。頬の、蚯蚓がのたくったような傷跡を撫でるマクシミリアンの眼光は、異常なほど鋭かった

 扉の方から物音がする。余人の気配にマクシミリアンは顔を上げた。ノックの音が鳴る前に、マクシミリアンは誰何した

 「誰だ?」
 「……カルテンです、遅くなってしまい、申し訳ありません」
 「少し待て」

 ジェファソンは、既に居住まいを正していた。骸骨ジェファソンの挙動は、先程までと違ってしっかりしていた

 「もう大丈夫だ」
 「……良いぞ、入れ」

 扉を開けて早足で入ってきたカルテンは、開口一番世辞を言った

 「カルテンと申します。ジェファソン博士に御会いできるとは、本当に光栄です。博士の御息女の件につきましては、心中お察し……」

 カルテンの口上を、ジェファソンは容赦なく切り捨てる

 「メアリーの事に関して、君に気を使ってもらう事は何一つとしてない。アレは優秀だ。その上でマックスが捜索すると言うなら、私に不安は無い」
 「……これは失礼しました。それでは早速ですが、博士に質問があってお邪魔しました」

 カルテンは気分を害した様子も無く、白衣のポケットからフレッシュリンクと呼ばれる掌大の端末を取り出し、起動させる。何も無い空間に緑色のウィンドウが広がった所で、マクシミリアンは椅子を立った

 「私は先に戻る。カルテン、程々にしろよ。スモーカーはまだ不調から脱していない」
 「はい」
 「マックス、私の心配なら不要だ」
 「……さてな」

 マクシミリアンはロングコートを翻して、部屋を出る。灰色の廊下は、電灯以外には花も、置物も無い。窓すらない。無味乾燥とし過ぎている

 細長い鉄の箱の中を歩いているようだった。部屋を出て、四つ目の曲がり角に差し掛かったとき、マクシミリアンはふと視線を持ち上げて、耳を澄ます

 「ん?」

 廊下を曲がった先から、何かが高速で飛来し、壁にぶつかって床に落ちる。マクシミリアンが曲がり角を覗き込もうとしたその瞬間の出来事である

 グレネードだった


――


 「ダニエルぅぅ……こんなにいい天気だってぇのに、何で俺は手前のバカ面をジッと見つめてなきゃいけねぇんだ……?」
 「それはねぇ、ファルコンくぅん、鳥小屋臭ぇ手前に、我が物顔で歩き回られちゃ、困るお方達が沢山居やがるからだよぉ……?」
 「下水臭ぇ亀野郎、手前の頭ン中にゃ、脳味噌の変わりに溶けたチョコレートでも詰まってんのか? もう一度、言ってみろ。誰が、鳥小屋、臭ぇだって?」
 「駄菓子のおまけになってそうな間抜け面が、何粋がってんだ? お前の、その小汚いスーツから、鳥の糞の臭いがして、堪らねぇって、言ってんだクソッタレ」

 本日も、ロベルトマリンは、冴え渡るような曇天であった。ナヴィーグチェイス広場には人がひしめき、上空は報道ヘリと警察の個人航空部隊で賑やかである

 軍の式典であった。先のエイリアン迎撃戦を完璧に遂行したアーハス・デュンベルが壇上に立ち、演説を行う予定であった。だからファルコンは、ファン心理から多少心躍らせて、此処に来たのである
 しかし、ナヴィーグチェイス広場の警備に配属された、一人の男が問題だった

 ジャック・ダニエル。筋骨隆々の異常な巨漢で、ファルコンの倍ほども背丈がある。フライキャットチームと言う航空警察隊を指揮している癖に、本人は、空にも猫にもまるで関連が無い、亀の亜人であった

 退役軍人で、RM国統合軍在籍中は、ファルコンと特に親しかった。しかしそれから約二十年、今では犬猿の仲である

 過去、ロベルトマリンで大きな軍縮があった。当時は景気がどん底で、退役を余儀なくされた殆の者は再就職の宛ても無く、またロベルトマリン自体にもそのような者達を支援するだけの体力が無かった
 その中でダニエルは、ロベルトマリン警察に食い扶持を得た稀有な例である。ファルコンのように犯罪に手を染める者達が続出する中で、しかしダニエルは安定した収入を得た

 過去の戦友達の妬みは、生半ではなかった。ロベルトマリンの薄暗い場所には、ダニエルを嫌う者達が沢山居た

 「この阿呆、俺の部下を二人もボロ雑巾みてぇにしてくれやがって。手前の脳天に鉛弾ぶち込んじゃいけねぇ理由を教えてくれよ、そうすりゃここから摘み出すだけにしといてやるぜ」
 「問答無用でレーザーライフル撃ってきた、あの躾の悪い若造どもこそ、鉛弾ぶち込んじゃいけねぇ理由がねぇだろ? 少しはこの寛大なファルコン様に感謝しようって気は起こらねぇのか?」
 「ぶち殺すぞ鳥野郎」
 「警察官が理由も無く市民を殺れるのかよ」
 「知らねぇのか? 最近のドッグファイターはな、殺して良いかどうかは、殺してから考えるんだぜ? 軍の偉いさんから横槍入れられちゃ困るからな」

 “この前みてぇによ”

 ダニエルはファルコンの胸倉を掴み上げながら、特注のボディーアーマーの腰部を開き、レーザーピストルを抜き出す。ファルコンの米神に押し当て、度を越した示威行為を行った
 ファルコンも負けてはいない。翼をゆらゆらさせながら、ダニエルの目の前を行ったり来たりさせる。ファルコンが少し力を入れれば、一枚一枚重なる羽の隙間からナイフが飛び出し、ダニエルの頭蓋を割るだろう

 「ローストチキンがぁ……!」
 「タートルヘッドがぁ……!」

 今にも式典が始まろうかと言う頃合だったが、ファルコンとダニエルは人波の外側で、飽きもせず睨み合っている

 ふと、周囲の視線が集まっているのにファルコンは気付いた。一触即発の空気を放っていれば、注目されて当然、等と言う常識は、ロベルトマリンでは通用しない
 ファルコン及びダニエルとは、全く別の理由で視線が集まっている。ファルコンとダニエルは、揃って横を向く

 青い肌をした鮫の亜人が居た。長髪を無理にオールバックに仕立てた髪型は、『青い鬣』と呼ばれる由縁である。鬣の尾は腰まで届き、ゆらゆらと、ともすれば生きているかのように揺れている

 青褪めたようにも見える豊かな唇が、弧を描いている。アーハス・デュンベルだった。正にこれから壇上に立ち、スピーチを行う筈の人物が、其処に居た

 「少々、時と場所を弁えるが良かろう。特にエアウィング、そなたの言動はとても警察組織の者の態度とは言い難い。恥を知るが良い。鳥型のそなたも、そこまで公僕を侮辱するならば、穏便には済ませられんぞ」

 ファルコンとダニエルは再び顔を見合わせた。ファルコンは翼を器用に尖らせ、ダニエルに目潰しを食らわせる

 「ぐぉぉぉぉぉ……!」
 「これは、アーハス・デュンベル閣下。全く見苦しい、紳士的でない態度を取っちまった。俺に大きな非があるだろう。全面的に謝罪し、言動を慎みたいと思う」
 「……フ、そなた、SBファルコンと言うのだろう? マクシミリアン元帥から聞いている」

 深々と頭を下げたファルコンに、アーハスはギザギザの鋭い歯を、ほんの少しだけ覗かせて、朗らかに笑った

 「……どんな内容を?」
 「食えない奴、と、元帥閣下は言っていた。全くその通りのようだと私も感じた」
 「誉め言葉として受け取るぜ……。おいダニエルゥ、俺にはマクシミリアン・ブラックバレー氏からの紹介状がある。これ以上舐めたこと抜かすなら、明日からは大事な大事なフライキャットリーダーのキャップを被れねぇと思え」
 「……ケ、このファッキンチキンが。近いうちに焼き鳥にしてやるから、楽しみにしてろよ」

 ダニエルは肩を竦めると、レーザーピストルをくるくる回転させて腰元の内蔵ホルスターに戻す。背を向けて去るダニエルに舌打ちし、ファルコンは忌々しげに唾を吐いた

 「そなた、下品な奴だな」
 「それは仕方ない。……お前さんたちの大嫌いな、ロベルトマリンのダニに、何を期待することがある」
 「あまり自分の事を卑下する物ではない。そなたが本心から言っているのか、それともどうでも良いのかは知らないが、誇りのない者は相応の仕事しか出来ない物だ」

 クックック、とファルコンは笑い出す

 「オイオイ、勘弁してくれ、デュンベルさん。俺に説教するより先に、すべき事があるだろう? 俺よりスピーチ、あのハゲのダニエルよりスピーチだ。俺はアンタのスピーチを聞きに来たんだぜ」
 「そうだな。……SBファルコン、そなたと話したい。式典が終わっても、ここで待っていてくれ」
 「うん? …………良いだろう、今日はオフの心算だったが、たまには休日返上で仕事熱心に過ごす日があっても悪くない」

 ファルコンは懐から葉巻を取り出すと、先端を食い千切る。ファルコンの返答に満足したようで、アーハスは壇上に向かって一直線に歩いていく。人波が割れて、アーハスの道を作っていた

 ちょっとしたサプライズだろう。アーハスの青い鬣が、わさわさと風に揺れていた


――


 アーハスのスピーチは、驚異的な速さで終了した。三十秒あったか、無かったか、兎も角常識外の速度であった
 その後アーハスは式典を放り出し、今はファルコンと二人、自動運転のエアカーの中に居る。大型で、十分なスペースがあるエアカーの中で小銃を整備し、アーマーを装備し始めたアーハスに、ファルコンは若干引いていた

 「ファルコン、そなた、ロベルトマリンの海運に通じているらしいな」
 「…………まぁな、チャチな仕事だが、密貿易をやった事がある。オーギー港のはねっかえりどもに大分貸しがあるから、それなりに顔が利くぜ」
 「ロベルトマリンの首都に、海路で密入国した者を一人残らず調べ上げて貰いたい」
 「穏やかじゃぁ、ねぇな」

 ロベルトマリンは度を越して後ろ暗い国なので、入出国審査も、矢張り度を越してしっかりしている。入るのも出るのも難しい国で、貿易の際の手間を省く為に、出島が設置されたこともある程だった

 隙があるとすれば、海路。空は軍がガチガチに固めているが、海は違った。数え上げるのが馬鹿馬鹿しくなるほど数多の汚染物質で黒く染まったロベルトマリンの海には、突然変異体がわんさかいる。危険で、旨味の無い海まで、政府は抑えようとしなかったのだ

 「自分達は絶対にヘマしないってか?」
 「ロベルトマリンの監視レーダーは、国境線と領海、両方の全領域をカバーしている。対外的にはレーダー施設は未配備、と言う事になっているのだがな。空の目を掻い潜るのは、現実的ではない」
 「…………ふん、まぁ、首都に限るなら、そんなに難しい話でもねぇぜ。…………オーギー港のまとめ役、リンダってんだが、そいつが困った事があると言っていた。二十歳になったばかりの若造が、どうにも胡散臭くて怪しいクソッタレどもを、大人数船で運んだってな。当然、リンダは関知してない話だ。…………解るな? そいつらが何なのかは知らんが、オーギー港の商会にまでお咎めが行かないよう配慮してくれるなら、十二時間以内にその若造をとっ捕まえて、出航地、経路、人員、全部調べてあんたの目の前に積み上げてやる」

 ジャカ、とアーハスはレーザーライフルにカートリッジを差し込む。コンバットヘルメットのバイザーの奥で、アーハスはファルコンを睨みつけていた

 「マクシミリアン元帥閣下から、そなたになら話してよいと言われている」
 「……何をだ?」
 「今、ザーニキッド刑務所跡地には、ジェファソン博士が保護されている。当然だがコレは機密だ。洩らすなよ」
 「ザーニキッド? そんな所に……。で、それがどうしたんだ。まさか、オーギー港の若造が運んだ連中が、ジェファソンを狙ってるってぇのか」
 「そのまさか、どころか、事態は一歩先だ。ザーニキッド刑務所跡地は、今所属不明部隊の襲撃を受けている。しかも悪い事に、ザーニキッドには今、ジェファソン博士だけではない」

 続く台詞に、ファルコンは溜息をつき、米神を翼で撫で擦った

 「ザーニキッドには、マクシミリアン元帥もいらっしゃる。私としては、許しがたい状況だ。半日も掛けるな、八時間で結果が出ないようなら、オーギー港に関する権益について、保証できないとリンダなる人物に伝えて欲しい」
 「…………マクシミリアンは無事なんだろう? 軍がその気になれば、十分以内に部隊を派遣して俺がランチを済ませる前に敵を皆殺しに出来る筈だ」
 「ジェファソン博士に関する事は元帥閣下の管轄だ。今回の事が大袈裟になれば、閣下の政敵に格好の攻撃材料を与える事になる。コレは、我々だけで迅速に処理する」

 あーあ、そりゃ難儀な事で。言いながらファルコンは、携帯電話を取り出した

 「あ、そうだ。アーハスさん、良ければ今度一緒にランチでもどうだ?」

 アーハスが苦笑いする。ファルコンに初めて見せる、曖昧な表情だった


――


 ザーニキッド刑務所跡地は、ジェファソンの入る前と後では、多少違う。抜け道や隠し部屋等が増設されており、そこの辺りマクシミリアンは抜け目が無かった

 敵の襲撃を受けて、まずマクシミリアンが行ったのは、ジェファソンを初めとする非戦闘員を隠れさせることだった。隠し部屋は巧妙に隠蔽されている上、隠し部屋や隠し通路を含めて記された見取り図は存在しない。増設に携わった人員と接触でもしていない限り、看破は困難である

 時間を稼ぐこと自体は、容易だった

 「ジェット、止まれ」

 マクシミリアンの囁くような声に、背後のジェットが身体を固める。壁に張り付きながら覗き込んだ通路の先には、武装した亜人と思しき者達が、四人居た

 T字路の反対側をマクシミリアンが手で示せば、ジェットは鼻をふごふごとさせ、タイミングを見計らう
 そして身を翻し、グル、と回転しながら、マクシミリアンとは反対側のカバーポジションを確保した。左右から通路の奥を窺う二人からは、異様な殺気が漏れ出している

 「クソ、なんでスワロウ1はこんな役立たずを連れてきたんだ」
 「弟なんだってよ。まぁ、子守を任される身としちゃ迷惑だがな」
 「…………すいません、ご迷惑をお掛けします」
 「……チ」

 マクシミリアンは最初に敵と遭遇した時、二人返り討ちにしていた。その時奪ったアサルトライフルの感触を確かめながら、飽くまで余裕たっぷりに待ち構える
 マクシミリアンとジェットの目標地点は、たむろする四人の兵士達を越えた先にある。ジェットを脱出させ、アーハスの所まで逃走させるのが、マクシミリアンの目論見であった

 「(迂回しまっか?)」
 「(かなり遠回りになる。その間、別の部隊に遭遇する可能性は高い)」
 「(やり過ごす?)」
 「(……いや、奴ら程度の練度であれば。……ジェット、ここで待機だ。直ぐに片付ける)」

 兵士達は幸運にもマクシミリアン達の居る方向とは逆を向いて通信機を使っていた。マクシミリアンは匍匐前進で通路をずりずりと進む。スーツが汚れるのは考え物だが、そうも言っていられない

 ザーニキッド刑務所跡地は、ジェファソンの保護されていた箇所とその周辺こそ綺麗に整備されていた物の、その他の場所に関しては全く手付かずだ。通路や看守部屋に物が散乱し、重くて硬い鉄製の机が倒れているなど、珍しくもなかった

 マクシミリアンは通路に横倒しになっていたベッドまで到達し、其処に身を隠す。ベッドを乗り越えて直ぐ右手には、ドアが破壊された小さな部屋がある。それを確認したマクシミリアンは、立ち上がってライフルを構えた

 銃声五発。油断からか、無防備な姿を晒していた四人の内、最も手前の一人に、銃弾は襲い掛かる。初弾は胸に、そこからマクシミリアンは、少しずつ銃口を上に反らしていったため、最後の一発は米神に。血と肉がぐぱ、と飛び散る。薄汚れた壁と床に凄惨な化粧をして、頭を失った死体は崩れ落ちた

 「う、うわああ!!」
 「身を隠せ! 馬鹿野郎、頭を下げろ新入り!」

 銃声が鳴った直後、残る兵士達は素早く体制を低くし、物陰に身を隠す

 マクシミリアンは鼻を鳴らし、横倒しのベッドを飛び越えると、右手側の部屋に身を投げた。直後、激しい発砲音と共に、銃弾が壁と床を抉る


 壁に背をつけ、何度も、何度も深呼吸した。目を閉じて息を吸い込み、吐き出す度に、精神が研ぎ澄まされていく

 マクシミリアンは、戦いで後れを取った事が無い。士官学校時代、尉官時代、佐官時代、将官時代、そして今、色んな条件で色んな戦いをしたが、その気になれば必ず勝った
 純粋人類の驚異的な、しかも高次元でバランスの取れた身体能力に加え、他者の及びつかない集中力があった。そしてマクシミリアンはどれ程集中しても、視野を狭める愚か者ではなかった

 マクシミリアンが本気を出せば、世界は止まる。止まって見えるのである

 息を止め、マクシミリアンは部屋から身を乗り出す。敵集団との距離は12から15メートル
 目が、爛々と輝いていた。曲がり角から身を乗り出して、今にも射撃を開始しようと言う一人に銃口を向けて、引き金に触れる

 射撃の反動を完全に押さえ込む、かつて悪鬼の如く自分をしごいた教官の、教え通りの体制だ。発射されたライフルの弾丸は兵士の頭蓋を割り、先程と全く同じように人間の残骸を撒き散らし、その身体を沈めさせた

 「ドゥ! 馬鹿な!」

 クソッタレが、と悪態を吐く兵士は、再び物陰に身を隠している。マクシミリアンは退かない。ライフルは敵を探し彷徨う

 「おあぁぁーッ!!」
 「あかん!! グレッネィー!」

 マクシミリアンの後方から覗いていたジェットが、大声を上げた

 恐怖を振り払うかのように、兵士は雄叫びを上げて、間を置かず通路に右半身を覗かせた。グレネードを振り被る右手に、マクシミリアンはライフルを向ける
 引き金を刺激する指使いは、極めて繊細で、優雅で、優しかった。発射された弾丸は二発。それは全く射手の狙い通りに、敵の手と、それが握り締めるグレネードを打ち抜いた

 爆発が起きた。周囲の物を吹き飛ばし、巨大な音を立て、投擲しようとしていた兵士の身体を、半分ほどミンチにした


 勝敗は運では決まらない物。一対四でありながらも勝利した要因は、幾らでも述べられる。しかしその中で、最大の物が何かと論じれば、これはもう一つしかない

 マクシミリアンには、世界が止まって見えていた


 「ふ……」

 マクシミリアンは銃口を下げ、ゆっくりと歩く。瓦礫を避けて通路を進み、曲がり角へ

 最後の生き残りが居た。グレネードの爆発に巻き込まれた、半死半生の新兵が、涙を流しながら恐怖に震えていた。傍らにはショットガンが転がっていたが、最早それを握る力も意志も無い
 何も解らないままグレネードの爆発に巻き込まれ、戦う事も出来ず死んでいく

 実年齢は解らないが、外見は極めて若い、幼いといっても良いような少年である。動きも、経験を積んだそれには見えない。だがマクシミリアンは、平然と銃口を突きつけた

 「最後の言葉を聞いてやる。偉大な祖国に命を捧げろ」
 「……あ……、アナライア、ば、万歳……! 我等の王に栄光……グヴェッ!」

 最後まで言わせず、マクシミリアンは引き金を引いた。弾丸の撃ち込み方は、念入りだった。粉砕されてぐしゃぐしゃになった頭部に目もくれず、ライフルの弾装を交換する

 「ジェット、行くぞ! ……アナライアか、まぁ、妥当な所だが、裏を取らねば……」
 「うひょー、ぐちゃぐちゃやぁ! マクシミリアンさん、ジェット、ファンになってまいそうですわ」
 「周囲を警戒しろ」

 マクシミリアンは、死体と瓦礫を踏み越えて先を目指す。目標地点へは、直ぐに到着した
 刑務所の裏口だった。ジェットがここから全力で走れば、敵方に気付かれずに脱出できる公算は高い

 ジェットが敬礼の真似をする。眉を顰めたくなるほど崩れた礼であった

 「ほな、アーハスの姐さんとこまで走りますわ」
 「あぁ。ディスクの中身を覗こう等と考えるなよ。一応、機密だからな」
 「そんな恐ろしい事しまへん。…………マクシミリアンさん、ご無事で」

 ジェットは掌大のサイズの青いデータカードをひょいと放った。落下するそれをしなやかな尾でキャッチして、ふごふご笑う

 運び屋に相応しい仕事だった。戦場だろうが何だろうが、自分ならば運びきる。ジェットの仕事にはプライドがある


――


 刑務所の通路を引き返していた時、マクシミリアンは微かな音を感じた
 足音や、アーマーの擦れあう音ではない。ノイズ交じりの声である

 つい先程、四人纏めて始末した場所だ。マクシミリアンに頭蓋を割られた死体の通信機が、五月蝿くがなり立てていた

 『スワロウ4! 応答しろ、スワロウ4! …………お願いよ、ディン、応えて……!』

 通信機を爪先に引っ掛けて蹴り上げる。危なげなくそれをキャッチして、マクシミリアンは平然と応答した。仮にも交戦ポイントだったが、敵の調査の手など、まるで恐れていなかった

 「こちらダイナマイトボディリーダー。スワロウ4は安らかに眠った」
 『スワロ……! 誰だ! ディンをどうした!』
 「どうした、だと……? 散弾銃を持って襲ってくる敵を丁重に持て成すほど、ロベルトマリンは友愛の心に満ちていない」
 『貴様、ディンを殺ったなァ!!』

 女の声だ。烈火の如き怒りに満ちた、激しい怒声である

 二流め、と口の中で呟くマクシミリアンは、無表情を崩さない

 「自己紹介をしておく。こちらダイナマイトディリーダー、マクシミリアン・ブラックバレーだ。私の事を知っているか?」
 『マク……、なに、あのマクシミリアン……?』
 「間もなく私の部隊が到着し、お前達を徹底的に叩き潰す。私はお前達無能から得られるような、精度の低い、大した価値も無い情報を必要としない。従って捕虜は取らないし、取引もしない。また、お前達の出身などどうでも良いし、現在の国籍、所属も同様だ。この通信は、お前達への手向けだ。せめて安らかに死ね」
 『……舐めた事を。お前の思う通りにはならない。絶対にだ』
 「…………ワンダフルボディリーダー、通信を終了する」

 マクシミリアンは通信機を床に放ると、踵を振り下ろした。マクシミリアンに似つかわしくない、荒っぽい処理であった

 ヘリのローター音が聞こえる。通路の、元々曇りガラスなのか、それとも年月を経てどうしようもなく傷つき汚れたのか解らない強化窓ガラスを、半ば無理やりこじ開ける
 ヘリは丁度マクシミリアンから見て真正面から飛んできた。ザニッキード刑務所跡地の正門で、ぐるりと機体を回転させる。機体の横腹に鈍く輝く、小船を大顎で噛み砕く鮫のエンブレム

 「アーハス、自ら来たのか。小うるさい連中の相手をして欲しかったんだが」

 アーハスがやってくれなければ、実は少しだけ面倒になる事柄があった。マクシミリアンの政敵への対処だ。無駄な仕事が増えるのは、間違いない

 送り出したジェットは全くの無駄になってしまったな、と、マクシミリアンは息を吐いた


――


 広いロベルトマリンをだなぁ、彼は、一歩一歩征服していくような有様だったよ
 元々野心家と言うか、上昇志向が強い性質ではあったが、養父上殿が亡くなられ、御婦人が行方不明になられてからは、さらに拍車が掛かったな

 心の内は判らない。だが……、彼の養父上殿は、常々ロベルトマリンの国際的地位と国益について説いておられたが……。彼の心根にあるものが、その二つに向かっているとは思えないなぁ


――


 アーハスは怜悧な面持ちで、上を向いた。他を寄せ付けない癖に、視線を引き寄せる、強烈な異物感がある

 異物感だ。規格外、他とは違う何か。ポジティヴな物なのか、ネガティヴな物なのか誰にも判らなかったが、その存在感は圧倒的である

 「閣下は完璧で恐ろしく、そして危険な方だ。我らが支える必要がある」

 ふう、と溜息でも吐き出したそうにしながら、アーハスは言う。ヘリの中、真正面で装備を整えている部下は、は、と短く応答する

 これといった特徴の無い男である、部下は。ただ、何処にでも居そうな(とは言っても多種多様な外見である亜人が入り混じるロベルトマリンで、何処にでも居そうな人物など居はしないが)外見とは裏腹に、これ程の人材はRM国軍をくまなく探してもそうは居ない筈である、とアーハスは確信している

 「何か言いたそうだな」
 「何故我々が今更出向く必要があるので?」
 「?」

 優秀な部下、である筈の男、ブラヴォーの言葉に、アーハスは首を傾げた。作戦の内容は既に伝えた筈で、その上で「何故」と問われるなど、全く在り得ないことだった
 ブラヴォーを観察してみれば、彼の普段と変わらない無表情のままで、冗談を言っているようには感じられない。それが余計に気になる。そして気になると言えば、ブラヴォーは階級こそアーハスよりも大分下だが、マクシミリアンとの付き合いはアーハスよりずっと長い。そのブラヴォーがマクシミリアンを全く心配しない様子こそ、気になる要因であった

 「護衛の隊は殲滅されたにせよ、閣下がいらっしゃるんでしょう」
 「そうだ。説明したとおりだ。そなた、何が言いたい?」
 「なら必要なのは、ロベルトマリンに押し入ってきたクソッタレども用の死体袋と、清掃員だと愚考します。閣下の競争相手の牽制に回ったほうが効率的なのでは?」
 「……そなたが何を考えているかは知らんが、クソッタレどもは大多数まだ生きているぞ。警護の隊の死体保護幕なら必要だろうがな」

 ほぉ、とブラヴォーは言った。何時もの無表情が崩れて、ほんの少しの驚きを露にしていた

 「閣下も随分と丸くなられたようですな。まさか生かしておくとは。まぁ、生きている相手からなら、多少なりとも情報が取れます。好都合と言うもんでしょう」
 「さっきからそなた、何か勘違いしているのではないか。まだ戦闘は継続中だ」
 「は? 戦闘継続中? またまたご冗談を」
 「現場を見てから同じ事を言うがいい」

 アーハスとブラヴォー、そして他の戦闘員が乗ったヘリは、ザーニキッド刑務所跡地の上空で旋回する。その時、ヘリの通信システムに、割り込みが掛かった

 『こちらマクシミリアン・ブラックバレー。アーハスか? 少し近い。ヘリをザーニキッドから離れさせろ』
 「閣下?」
 『カウントを開始する。10、9、8』

 ざわ、とアーハスの背中に冷たいものが走った。アーハスはザーニキッドから距離をとるように、操縦士に短く命令する

 『3、2、1、……ignition.』

 ザーニキッド刑務所跡地が、轟音と熱風を放つ。流石のアーハスも唖然とする他無い。暴風と衝撃が収まった後など、確認するまでもなかった

 大爆発だ。マクシミリアンが、刑務所跡地改修の際に、爆薬を仕込んでいたに違いなかった

 「……………………………隠蔽が、手間だな」
 「丸くなられたなんて、ぬか喜びも良い所だったか」

 米神を押えるアーハスの右隣から、ラベリングロープを握り締めたブラヴォーとその部下達が飛び出していった


――


 ザーニキッドは地上に一階、二階、地下に一階、二階と、四層ある。地上一階部分の大半と、二階部分の全てを容赦なく吹き飛ばしたマクシミリアンの爆薬は、敵勢力にとって予想外の物だったに違いない

 己の身に雪崩れてきた瓦礫を吹き飛ばし、優雅に埃を払ったマクシミリアンは、「少し計算違いがあったようだ」とスーツについた傷を見ながら呟いた

 「さて、今ので何人死んだか」

 マクシミリアンの表情は、見るものが見れば、そう、ファルコン辺りが見れば、とても嬉しそうなのが判っただろう


 敵が制圧拠点にするだろう箇所は、検討が着いていた。地下一階にある、現役刑務所時代に監視システムを一手に統括していたセキュリティルーム。もしくは地上一階にある、マクシミリアンが改修した際に設置した新規セキュリティルームだ
 可能性としては、旧セキュリティルームの方が高い。新規セキュリティルームは、既存のどの見取り図にも記されていないからだ。もし発見されていたとしても、その重要性に気付かず放置されているだろう
 仮に新規セキュリティルームに敵が居座っていたとしたら、今の爆発でまとめて消し炭の筈だ。世界は、そう都合よく運ぶ物ではないと、マクシミリアンは知っていた

 「(今の爆発に肝を冷やした敵は)」

 マクシミリアンは走りはじめる

 「(状況を把握するため、地上部分へと、のこのこ現れる。計算上では、地下に通じるフロアは崩れていない筈だが)」

 走り始めて幾許もしない内に、その行く先を瓦礫がふさいだ。盛大に吹き飛ばしたツケに苦笑しつつ、マクシミリアンは迂回路を探し、或いは瓦礫自体を乗り越え、撤去して進む

 「(しかし、爆発と同時に閉じられる、地上と地下を遮断する隔壁を開くには、どんなに急いでも五分)」

 目的の場所は、当然壁やら何やらが吹き飛ばされて酷い有様だったが、何とか形を保っている。ここまでは計算どおり
 そしてここからが計算違い。既に敵は地上に居たのだ。ただ一兵のみ

 黒いフルフェイスとアーマー。膝立ちでこちらを狙うスナイパー。マクシミリアンは構わず走り続ける
 限界まで腰を落とし、身長の約半分程の高さを維持しつつの疾走だ。この状態で移動する標的を狙い打つには、それなりに熟練している必要がある

 マクシミリアンの肩が裂けて、血が噴出した。世の中には、携行には向かないが、掠っただけでその部位を吹き飛ばすようなスナイパーライフルもある。それを思えば幸運だ
死と隣り合わせの生。紙一重の勝敗に、マクシミリアンは高揚した

 アサルトライフルの銃口を持ち上げた所で、スナイパーはゴロンと身を投げ、瓦礫の影に隠れた。続けざまにグレネードが転がり出てきて、マクシミリアンは急停止せざるを得なくなった

 「ぬッ」

 激しい雷光が目を焼く。プラズマグレネードだ。後一歩前に出ていれば丸焼きにされていたというのに、マクシミリアンは嫌らしく笑った

 プラズマグレネードは、周囲にあるトラップを無効化してしまう。あのスナイパーには、クレイモア等の備えがないのだ

 「スワロゥ! スワロゥチーム! 撤退! 撤退! 作戦続行は不可能!」
 「その声、先程の女だな!」

 瓦礫に背を付けて周囲を見渡しながら、マクシミリアンは怒鳴りつけた

 「スワロゥ1はこの場で戦闘続行! お前たちの撤退を支援する!」
 「殿か?! 泣かせる責任感だ!」
 「早く行け!」

 マクシミリアンは、スワロゥ1の発音がどことなく怪しいのに気付いた。それに加え、こちらの言葉が耳に入っていないようである

 「スワロゥ4の首無し死体はこの何処かに埋まったままだぞ? 掘り起こしてやらなくていいのか?」

 反応は、無かった

 「(奴め、先程の爆破で聴覚を失ったか。三半規管はどうもないのか?)」
 「マクシミリアァァァァン! 狼は地上最強の生物だ! それを教えてやる!!」

 屋根が消えうせたため、曇天が明るい。マクシミリアンは、何かの影に覆われたのに気付いた
 上を見上げれば、スワロゥ1が飛んでいた。空中でスナイパーライフルを構えている

 マクシミリアンは身を屈めた。たった今まで背を付けていた瓦礫に弾痕が刻まれる。マクシミリアンは、膝を激しく地面に擦り付けながら辛うじて射撃体勢を保持した

 スワロゥ1の着地のタイミングに合わせて、射撃。その心算であった。しかしスワロゥ1の第二射が、アサルトライフルに直撃していた

 「チッ」
 「クッ」

 舌打ちと苛立たしげな吐息が重なる
 アサルトライフルを投棄したマクシミリアンは、懐から大型拳銃を取り出した。アンソニー社のスタンダートモデルハンドガン。ロベルトマリンでハードボイルドを気取るなら、もっていなければならないと、マクシミリアンは思っている

 狙いを付ける前に、スワロゥ1は再び隠れていた。梃子摺らせてくれる物だと、マクシミリアンは苦笑した

 その時、地下へと通じる階段の隔壁が動き出した。本来なら、地下から這いずり出てきた者達を奇襲して、徹底的に打ちのめす筈だったのが、嫌なタイミングでの敵増援となってしまった

 しかし、増援が現れたのは、敵だけではなかった

 「R・M・A!」
 「R・M・A! R・M・A!」

 凄まじい勢いで怒鳴り上げながら場に乱入してきたのは、ブラヴォー達だった。狙いすましたようなタイミングである

 「一人残らず皆殺しだ! ロベルトマリンの麗しい秘密の花園に、奴らはクソ塗れのバイヴを突っ込むような真似をした! 許し難い!」
 「Yes sir!」

 そこに一呼吸遅れて、アーハス・デュンベルが現れる。アーハスは青い鬣を振り乱し、矢張り怒鳴った

 「ロベルトマリンは、舐められた相手をそのままにはしない! これは誇らしい、偉大な伝統である!」
 「Yes sir!」
 「行くぞ! 勇敢な戦友達の名を呼べ!」
 「R・M・A! R・M・A! R・M・A!」

 R・M・Aの大合唱とともに、アーハスとブラヴォー達は突撃してくる。マクシミリアンは眉間を揉んだ。もう少し、部下の人選を考えるべきかな、と思っていた

 「ちぃぃーッ! マクシミリァァァーンッ!!」
 「茶番はここまでだ、スワロゥ1」

 聞こえてはいないだろうが。マクシミリアンはアンソニー・スタンダートを愛しげに引き寄せて再び走った。焦って瓦礫から身を晒したスワロゥ1は、何故かスナイパーライフルを持っていない

 スワロゥ1のサイドアームは消音機付の拳銃だ。マクシミリアンに向けて、一直線に走りながら連射する。しかし、体を激しく動かし、手が酷く揺れるような状態で、まともに中る筈はない

 マクシミリアンはこの状態でも、やはり他とは一線を画す。走りながら、一発撃った。それはスワロゥ1の右の太ももに命中し、大きく体制を崩させる。続いて二射。左の脛にそれを受け、スワロゥ1は堪らず転倒する

 悲鳴を上げながらも、腕の力だけで立ち上がろうとするスワロゥ1を、マクシミリアンは蹴り飛ばした。上腹部へと綺麗に吸い込まれた鋭い蹴りに、スワロゥ1は悶絶しながら胃液を撒き散らす

 「お前達の関係に興味はないが、あの世でスワロゥ4と仲良くやるが良い」

 消音機付拳銃を握り締める右手を踏みつけ、マクシミリアンは冷たく見下ろした。マクシミリアンの言葉が聞こえないスワロゥ1は、恨めしげに言う

 「あそこは……お前達みたいな奴らが汚していい場所じゃないんだ……! 美しいあそこを……!」
 「ふぅ……」

 四発ほど、スワロゥ1の頭部に打ち込む。ピクリと痙攣した後、血溜を作り始めた死体に、その後マクシミリアンは、見向きもしなかった


――

 後書
 文章量のバランスをもっと考えるべきだったようだだだ
 因みに止まって見えても水没はしない。多分

 と言う訳で磯野ーー、モンハンやろうぜーー!

 何か投稿できなくてえっらい難儀だぜ……とか思っていたら、
 文字列入力をマルッと見落としていた……。恥ずかしくて死にたい……

 変な事言って申し訳なかったです。



[3174] かみなりパンチ19 ミランダの白い花
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/11/24 18:58
 「ゴッチ、待って。重いのよ。置いていかないで」
 「貸せ」
 「あ、ありがとう。半分で良いの。手を繋ぎましょう?」
 「好きにしろよ」

 左手にじゃれついてくる女のふくよかな肉体を、ゴッチは抵抗せず受け入れた。女の持つ荷を奪うように持っても、お決まりの舌打ちも無かった
 癖のある白髪から、花の香りが立ち上る。過去、恐ろしい目にあって、それで白髪のお婆ちゃんになってしまったのだと悪戯っぽく笑った女は、何時も白い花の香りの香水を付けていた。甘ったるい、眠気を誘う匂いだ

 商売女で、イノンと名乗った。不規則な生活と、人体への害を考慮しない化粧の多用は商売柄と言ってよい。イノンの素肌は荒れていた。きり、と開いた瞳と、薄い桜色の唇が、年齢相応とは言えない若々しさを放っているだけに、残念な事情である

 イノンは商売女の癖に、極めて大人しい気性だった。時として言いたい事一つ言えない弱さと言もえる気性だったが、気を使うのが上手く、嘘も駆け引きも使わない素直さがあり、それらが愛嬌といえた

 「……んん~~」

 イノンが顔をくしゃりと歪めて、ゴッチの肩に頭を擦り付ける。甘ったるい匂いが散らばる。寄り添うイノンの身体が、人体の微妙な温かさを伝えてくる

 時折彼女が見せる幼子のような仕草も、愛嬌と呼べる物だった。ゴッチも本当に少しだけ、気に入っていた

 「大きいねぇ」

 イノンが、握った手を持ち上げて言う。ゴッチの掌は、イノンのそれより、一回りも二回りも大きい。こうして朗らかに笑うイノンからは、商売の臭いがしなかった。夜の女とは思えない程だ

 「…………あぁ」
 「ねぇ」
 「んん」
 「今日は居るの?」
 「居るさ」
 「私が出るまで?」

 大きな通りを外れて、人気の少ない路地に入る。商売女は表には住めない。ゴッチの足元を、薄汚れた子犬が駆けていく

 イノンの笑顔に陰が差す。日陰に入ったからと言うだけではない

 「お前が戻るまで居るさ」
 「ねぇ、もっと居て」
 「……あぁ、居るさ。夜が明けるまで」

 嬉しげに笑うイノンが、繋いだ手を開いたり、また結んだり、悪戯をした。そのくすぐったさを甘んじて受けるゴッチは、小さな笑み一つ零さない

 程なくして、イノンの住まいに辿り着く。皹が入ったぼろぼろの石壁に、元が何色だったか判別することも出来ない赤茶色に汚れた扉
 北の方角から風が吹くと、生臭い臭いがする。ゴミの廃棄場に近すぎるのだ

 「ねぇ、ふふ、ゴッチの服、洗ってあげる」

 イノンに手を引かれて、ゴッチは赤茶色の扉の中へと進んでいく。イノンの大人しい笑い声を封じるかのように、扉は閉じた


――


 ゴッチはミランダで売春婦のヒモになっていた


――


 元々ゴッチは、ミランダ以外ではのうのうと生活できない。アナリア国軍は、ゴッチを見つければ雪辱せんと襲ってくるだろう。何せ、目立つ風体だ

 だから、ティトについてロベリンド護国集の本拠地に向かうのも面倒だったし、酒場の親父がそろそろ何か掴んだ頃合だろう、と、アーリアまでのこのこ出向く訳にも行かなかった
 そんな訳で、ゴッチはミランダに居た。ミランダで、ティトとゼドガンの帰りを待っているのだ。先の冒険の報酬として、ゴッチは、ロベリンド護国衆とゼドガンの協力を受ける約束になっている

 言うまでもないが、メイア3捜索の協力である

 今の所、ティトは護国衆本拠地に一度帰還し、ゼドガンはゴッチの代わりに、アーリアの酒場へと情報を回収しに出向いていた。ゴッチは一人きり、極めて暇を持て余していた


 一糸纏わぬ姿で失神しているイノンに毛布を掛けて、ゴッチはイノンの家を出る。ゴッチがイノンの家で世話になるのは、不定期だった。朝夕を問わず訪れ、直に立ち去る事もあれば、暫く居座る事もある

 合流するまでの間ゴッチが宿泊できるよう、ティトが手配した宿もあるにはある。しかし、ゴッチは一度もそこを利用していない
 毎日詰まらなそうにミランダを彷徨い、気が向けばイノンの家を訪ねた。職もなく(就職など今のゴッチの状況でする筈も無いが)、家も無く、商売女を食い物にして生活するゴッチは、さぞや下衆に見えることだろう

 下衆に見える、ではない。そのまま下衆だった
 異世界に来てから暫く立つ。ゴッチの覇気が途切れる時が来たのである。張り詰めたままでは、生きられないのだった

 「チ、詰まらねぇ」


――


 ある日、ゴッチは道端に高く積まれた露天商の荷物に背を預け、何をするでもなく呆としていた。当然露天商は良い顔をしなかったが、ミランダで商人などやっている癖に肝が小さく、ゴッチが一睨みするとそれでもう何も言えないようであった

 酒も煙草も要らなかった。ただ、ファルコンの事や、隼団の事や、テツコにされそうな説教の内容の事や、…………ついでに、イノンの事を考えていた

 「ちょっと、アンタ」

 空を仰ぐゴッチに、影が覆いかぶさる。声と影の主は、黒髪を結い上げた女だ
 ヌージェンと言う、ミランダの娼婦達のリーダー格である。長い睫毛の掛かる釣り眼で流し目されると、居ても立ってもいられない。情熱的な褐色の肌に玉の汗が浮かぶ姿は、敵う者の無い艶っぽさである。――と、誰かが言っていたようにゴッチは記憶している

 ヌージェンは、ゴッチの事を不愉快に思っている。イノンは素直な娘なので、ヌージェンを始めとする面倒見の良い夜の女達に非常に可愛がられてきた
 イノンに寄生するゴッチを、嫌悪しても仕方ない

 「……ん?」
 「アンタ、イノンがどこに居るのか知らないかい」
 「何故俺に?」
 「……ふん、商売だよ。客が来てるのに、イノンの姿が見えないんだ」

 ゴッチはヌージェンの遠く後ろを見やって、鼻を鳴らした

 「あそこに居るじゃねぇか」

 イノンが怪しい微笑を浮かべながら、冒険者といった風体の男と腕を組んで歩いている。漂う奇怪な雰囲気は、娼婦の貫禄か、売女の下品さか、評価の分かれる所であった

 イノンと男は、ゴッチの居る方向にゆっくりと進んでくる。ゴッチの腰掛けている荷の横の細道から、路地裏に向かうに違いなかった

 「…………イノン……か……」

 ゴッチの呟きは、ヌージェンには届かない。ヌージェンはほっと安堵の息を吐き、自慢の肉体を大仰に反らした

 「なんだい、心配させやがって。……邪魔したね」
 「あぁ」

 イノン、イノンか。ゴッチはイノンを見つめているようで、その実どこも見ては居なかった
 癖のある白髪が、風に揺れているのが解る。焦点が合わず、ぼやけた視界の中で、一瞬だけ、イノンが慄いた

 イノンがゴッチを見つけた。表情に何も出さない所は、流石に夜の女であった。ゴッチは顔を逸らして、イノンを見ようとしない

 「これはインガさん。お待たせしてしまったようで申し訳ないね」

 ヌージェンが、朗らかに挨拶する。インガと呼ばれた冒険者は既にヌージェンに気付いており、頭を被う赤布を弄りながら、意地悪そうに笑っていた

 「ヌージェン、いや、良いさ。最初は待たされるだけ待たされて、からかわれたかなとも思ったが、これはこれで中々。焦らされると燃えてくるみたいだ」
 「そいつぁ……、良いね、イノンが羨ましくなるよ。……インガさんなら心配は無いが、最近女達に乱暴する客が多くてね。イノンは大人しい気性ですから、優しく可愛がってやってください」
 「や……やだ、ヌージェン姐さん」

 イノンの視線を、ゴッチは感じていた。ヌージェンのからかいを受けながら、イノンは気が気でないようにゴッチの様子を窺っている

 「無茶なんてしない、優しくするよ。だが、イノンは素直な女だ。彼女が望んだら、その限りじゃないぜ」
 「あらま……、ふふ、それじゃ、ごゆっくり」

 下世話な応酬をさらりとこなしたインガは、イノンの手を引いて歩き出す

 「…………」

 沈黙を保っていたゴッチが動く。右足をゆっくりと持ち上げて、細道の壁につけた

 路地裏へと続く道は、人一人分の幅しかない。塞ぐのは容易だ。あからさまに行く手を塞いだゴッチに、インガは眼を細める

 「朝っぱらから女ですかい、冒険者さん。えらく儲かってるようで、俺もあやかりたいモンですなぁ」
 「アンタ、何の心算だい?」

 ヌージェンの険しい表情。ゴッチは首を鳴らして、肩を竦める。嘲弄する気配が滲み出ている

 「ヌージェン、この男は、知り合いか?」
 「え、あぁ、その」
 「娼婦に知り合いは居ねぇなぁ。いや、こんな美人と懇ろになれるなら、火にでも水にでも飛び込むんだがなぁ」
 「そうか、それは剛毅な話だ。じゃぁ、見ての通り、俺はこれからお楽しみなんだ。癖の悪い足をとっとと除けてくれよ」
 「除けてみろよ、冒険者。お前の腰の獲物が、飴細工で出来てるんじゃぁ、なけりゃな」

 インガが腰の剣に手を添えた。場が殺気立つ。露天商の男が、半泣きになっている

 「い、インガさん、ここいらで揉め事は……ちょっと。下衆野郎の挑発なぞ、サラッと流してくださいよ」

 ヌージェンが困り果てた顔で言った。イノンが縋るようにゴッチを見ている

 剣が僅かに浮いて、鞘から白刃が覗く。イノンが震えながらインガの右手に組み付いたのを見て、ゴッチは舌打ちした

 「ふん……」

 ゆっくりと、道を開放し、横柄に足を組む。インガは少しの間、詰まらなそうなゴッチの顔を睨んでいたが、やがてイノンの手を引いて歩き始めた

 路地裏に消えていくイノンは、二度、ゴッチを振り返る。ゴッチは意地になったかのように、イノンと視線を合わせようとしなかった

 「この腰抜け野郎! びびっちまうぐらなら、最初からあんなことするんじゃないよ! それにあの人は、冒険者協会でも歴戦のジャルクだ、あんたが十人居たって敵う相手じゃない!」

 ゴッチの脳天に、ヌージェンの拳骨が炸裂した。ゴッチはまるで効いていないように欠伸をして、ぼんやりと言った

 「ジャルク?」
 「……魔物専門の狩人さ。聞いた話じゃ、一晩で二十頭のサンケラットを狩った事もあるらしい。アンタみたいな、半端者じゃないんだ」
 「そうかい」
 「イノンの邪魔して、楽しいのかい? ふざけんじゃないよ! 次やったら、ただじゃおかないからね」

 ヌージェンは、様々な男を観察し、受け入れ、拒絶して、そうやって生きてきた。酸いも甘いも知っていて、人を見る眼は確かだと、そんな自信があった
 しかし、ゴッチだけは、何が何なのやら、理解できない。今まで見てきたどの男とも違う。異国の男とはこう言う物なのかと、何度思ったか解らない

 本来のヌージェンならば、引き下がりはしなかった。しかし、ゴッチの腹の中にまで踏み込むことに、躊躇か、恐怖か、危険な何かを感じたヌージェンは、踵を返し、逃げ出した

 逃げ出したのだ。歩く姿にすら勝気さが表れていたが、その背は汗で濡れていた

 ゴッチは空を見上げていた。何もかもどうでも良い気分だった


――


 「何も言わないの?」
 「あぁ」
 「ありがとう」
 「いや……」

 娼婦達が共同で使用する水場は、日に二度程掃除の手が入り、清潔に保たれている

 裸体を惜しげもなく晒して体を清めるイノンを、ゴッチは無遠慮に眺めていた。夜のミランダをぼんやりと浮かび上がらせる灯火は、イノンの白い肌も同じように照らし出す

 「ねぇ、ゴッチは」
 「んん」
 「私のことを愛してるんじゃない。解るもの」
 「……かもな」
 「ふふふ、誤魔化さないんだ」

 井戸から汲み上げた水を頭から被って、イノンはごろりと寝転がった。井戸の水は冷たかったが、ミランダは湿気が多く、気温も高めだ。水を被って丁度いい具合である
 イノンは、ゴッチを誘っていた。羞恥があるのか否か、イノンは腕で己の両目を被っている

 「何時もここでヌージェン姉さんと遊んだの。色んな事教わったりもしたけれど」
 「あぁ」
 「どんな事習ったか、ゴッチにも教えてあげようか」
 「いや」
 「ばかぁ」
 「……あぁ」

 イノンがじたばたした。石畳の上に僅かに溜まっていた水がバチャバチャ跳ねて、ゴッチにも降り掛かる

 濡れたままのイノンが、起き上がって髪を払った。ゴッチの背に己の背を合わせるようにして、膝を抱えてしゃがみこむ。ゴッチを濡らす事など、まるで気にしていなかった

 「ねぇ、今日は?」
 「居るさ」
 「ずっと居て」
 「あぁ」
 「朝が来てもずっと居て」
 「……居るさ」
 「ねぇ」

 ゴッチは天を見上げる

 「私の事、愛して」
 「…………やめろ」

 イノンが身を翻して、ふくよかな肉体をしな垂れかからせてくる

 愛とか、そんなモンはねぇ。ちょっとばかり、居心地が良いだけだ
 ゴッチは強がって居る訳ではない。愛なんてねぇ。繰り返し、胸の中で繰り返す


――


 更に三日後、ゼドガンの帰還。ミランダローラーとして、偉大な大剣として名声を欲しいままにする男は、普段色町に姿を表すことはないらしい

 それが何の前触れもなくひょっこりと、色町の寂れた通りに繰り出してきた物だから、ちょっとした騒ぎであった

 ゼドガンは、何をしていても涼しげな男である。名声、優れた肉体、成熟した精神。ゼドガンという男は、大した人物である
 それはつまり、娼婦が擦り寄っていくのに何の不足も無いと言う事だ

 腰までしかない石塀に腰掛けて人の流れを見ていたゴッチが、その流れの中にゼドガンを見出したとき、彼は何人もの女をべったりと侍らせて、珍しく困ったような笑みを浮かべていた

 「あら……ミランダローラー様。このような所に御出でになるなんて、随分と珍しいことで」
 「人を探していてな。お前が女達の纏め役か?」
 「ヌージェンと」

 片目を瞑って悪戯っぽい笑みを浮かべたヌージェンが、色気のある会釈をした。普通の男なら、これでころりと行ってしまう。後はヌージェンの掌の上だ
 そして、ゼドガンが普通の男でないのは最早言うまでも無いことである。歩き難くて仕方がない、とさして困った様子もなく言ったゼドガンの意を汲んで、ヌージェンはゼドガンに張り付いていた女達を下がらせた

 「どうです? はしたない私達を哀れに思うのなら、少し遊んでいかれては。ここは狭い場所。ゼドガン様の探し人も、そうする間に見つかるかと」

 ヌージェンが、ゼドガンの心を擽ろうとしている。一冒険者、しかしミランダローラーだ。上客であるのは間違いない

ふと、眼が合う。ゴッチは小さく笑った。本当に、どんな時でも顔色の変わらない男だった

 「確かにここは狭いみたいだ」
 「は?」

 ゼドガンはヌージェンの横をすり抜けて、ゴッチを目指す。あっさりと袖にされたヌージェンは、少しの間きょとんとしていた。まさかこうも平然と拒絶されるとは思わなかったに違いない

 「……おう、お帰り。……悪いな、使い走りみてぇな事させちまって。で? 当然、俺が幸せになれるような土産があるんだよな?」
 「あぁ……うん。…………どうした、お前、…………本当にゴッチか?」
 「ケ、何だいきなり。密林の猿が服着て、野垂れ死にし掛けてるようにでも見えんのか?」
 「猿みたいだと言う自覚はあるのか。覇気が無いぞ。今のお前はまるで」

 ゼドガンは顎に手をやって、暫し考える

 「場所を移そう。こう、囲まれていると遣り辛いからな」

 ゴッチとゼドガンの周囲に、人の輪が出来ている。ミランダローラーと色町のろくでなし。野次馬どもの、話の種にはなるようだった


――


 「あんまり意味ねぇなぁ」
 「人気者は辛い」
 「くく、言ってろ」

 ゴッチはゼドガンに連れられ、色町の手引き場に入った。客と娼婦、或いは男娼を引き合わせるための場で、軽食や安酒なども出している

 決して落ち着ける場所ではなかったが、外で周りを取り囲まれているよりは、幾分良い。そうゼドガンは言ったのだが、結局手引き場の中でも、二人の周囲には野次馬の群れが居た

 「酒場の親父に会ったか?」
 「あぁ。……客が彼の事をバースと呼んでいたから、少し驚いたがな」
 「……そういや、そんな名前だったか。で、情報は?」

 ゼドガンは周囲を見渡した。野次馬達が好奇心を顕にしながら、聞き耳を立てている。その中にはヌージェンや、よく見かける娼婦達も居る

 給仕に持ってこさせた酒を勢いよく煽って肩を竦めると、ゴッチは続きを促した。摘みが無くても酒が進む性質で、酒だけを欲しがる事も多い男であった

 「……お前が探していた、ラグランの場所を探り当てたらしい」
 「何?! ……いや、続けろ」
 「ミランダからずっと東に、ペデンスと言う街があるのは知っているか? バースは、困り顔で言っていたぞ」
 「ドイツもコイツも、そこいら中で噂してやがる。きっと寝床で腰を振ってる時も、どっちが勝つかって話してるに違いねぇ」
 「寝物語には血生臭いな。まぁ、そのペデンスの南に、ラグランはある、のだそうだ。正確な位置は不明だが。自信なさげな態度の情報屋から買ったネタは、得てして中る。正にこれだと思うがな」
 「そりゃ経験則か?」

 ペデンスの南、ラグラン
 ゴッチは、知らず知らずの内に笑っていた。ここに来て漸くの、重要な情報である

 正直、アーリアのバースには毛ほども期待して居なかった。何かあれば儲け物、くらいに考えていたのだが、まさかの大穴である

 ゴッチの眼に灯が点る。愉快そうに笑うゴッチを、ゼドガンはからかう

 「今、少しだけ、以前のお前に戻った。捕まえたサンケラットの尾に、油をかけて火を付けた様な感じさ」
 「ハハ! なんだそりゃ、どうしてお前の冗談は、そんなに救いよう無く不器用なんだ。で、何か曰くがあるんだろう? そのラグランって所にゃ」

 ゼドガンが酒盃を優雅に揺らして、表情を引き締めた。空気が変わる。ゴッチは構わず、飲み続けた

 「……十五年前、アナリアは戦争状態にあった隣国と講和した。俺が10歳かそこらの時だ。食料も碌に無く、賊の類があちらこちらを当然のように闊歩していて、国としてはかなり危険な状態だったと思う」
 「十五年前……? そういや、レッドの奴も……」
 「その時の戦争で、神か悪魔か、凄まじい強さを誇った男が居た。アナリア王国第一王子で、インクレイと言う名だったんだが、この男が指揮を取ると、全く負けが無かった。同時に、苛烈で残忍な面も持っていたがな。インクレイが新たな武勇伝を打ち立てるたび、詩人にそれを聞かされた俺は興奮して、夜も眠れなくなった物だ」
 「どんな関係が? おい、俺が何時、お前の成長記録を交えて話せと言ったんだ?」
 「……少しで良いから静かにしろ。アーリアまで出向いて手に入れた情報を、丁寧に教えて欲しければな。……で、だ、このインクレイという王子、講和を結んだ時、病で急死しているのだ」
 「ほぅ」
 「暗殺、と言う噂もある」
 「ほぉ! 今夜からこの国の隠密どもに寝首かかれないよう、酒と女を控えなきゃいけねぇな」
 「……ふふ、お前が話せといった」

 ゼドガンは一応声を潜めいたが、確かに、こんなところで平然と話せる内容ではない。どんな身の上の人間が、どんな聴力で聞いているか解ったものではない
が、ゴッチはそんな事を一々気にするほど慎重な男ではない。……という言い方は正確ではない。ゴッチは、異世界に置いて、何も恐れる物が無いだけだった

 今度は、二人して同じタイミングで酒盃を煽る。ゼドガンに至っては、少し、頬に赤みが掛かっている

 「思っていた通りの反応だ。お前って奴は、冒険者の中にかなう者がないくらい、度胸のある奴だよ。さぞかし問題だらけの両親の元に生まれ、問題だらけの場所で育ったんだろうな。俺には全部解っているぞ」
 「……けっけっけ。そうだ、大当たりだよ。親父は酒場を一軒、中に居る四十人のろくでなしごと燃やし尽くす殺人鬼で、お袋は実の息子に目隠しさせて、下着を引き摺り下ろす色情狂だったぜ。養父がまともじゃ無けりゃ、俺はずっと以前に、首から上が無かっただろうよ。マジでな」
 「おい、俺は何処に突っ込めば良い。まともな養父? お前を見てるとそれは無いと断言できるな。ひょっとして、今のはゴッチ一流の洒落か?」
 「いや、よく出来た養父だ。俺にはない礼儀と教養があって、切れ者だぜ? 殺した奴の死体を海に沈めて絶対発見されないようにすりゃ、葬式の手間が省けて感謝されると、本気で思ってるようだがな」

 二人は揃って大笑いした。周囲を取り囲む野次馬まで、陽気な気分になるような笑い方だった
 にやけ面のまま、ゼドガンが何度目か酒盃を煽ったときだ。二人が腰掛けていた席に、陰が差す。野次馬の円陣で出来ていた空白を突っ切っての乱入だ、誰だって気になる

 半ば出来上がりかけていたゴッチとゼドガンは、何事か、と、遠慮も無く同時に睨みつけた。鋭い二対の視線が近寄ってきた人物を貫く
 手引き場の給仕だった。幼いといって差し支えない年頃の少年で、手に、軽食の乗った盆を持っている。注文した覚えは、無い

 「ひっ……!」
 「何だコラ」
 「い、いえ、こ、こちらは、高名なミランダローラー様に、私どもからの、お、御持て成しで御座います」
 「……あぁ? 俺の分は無ぇのか?」
 「す、す、直ぐにお持ちします!」
 「ゴッチ、あまり脅かしてやるなよ。……あぁ、コイツの分は必要ない。……そうだろう、ゴッチ?」
 「ゼドガン、お前、畜生、ここの代金はお前持ちだからな」
 「ティトから支払われた報酬があるだろう」

 やんわりと窘めるゼドガンに、ゴッチはガリガリと頭を掻いた。張り詰めていた風船から、、あっという間に空気が抜けていった感じだ
 ゼドガンが丁寧に礼を言い、軽食を机に置かせると、給仕を下がらせた

 「人気者は、辛い」
 「チ、気が抜けちまったよ。抜けすぎて、油断しすぎて、怪しい奴にケツに直剣突っ込まれちまうかもな」
 「……そうか? 戻ってきたように、俺は思うがな」
 「ゼドガン、続きを頼む」

 ゼドガンは先ほどの給仕に会釈して、焼いた鶏肉をパンで挟んだ代物を、指で摘み上げる

 「当時の俺は、病なんて話を素直に信じて、みっともなく泣いたな。俺にとって……いや、俺だけではないか。当時のアナリア人にとって、インクレイは無二の英雄だった。…………本題だ。インクレイは暗殺される直前まで……、これはアナリアが講和を結ぶ直前まで、と言い換えても良い。彼は、巨大な要塞の建設を行っていた。戦争を優位に運ぶための要塞だ。その要塞の名こそが……、ラグラン」
 「暗殺、講和、ねぇ? 素敵だと思うよ、マジで」
 「お前はマジでどうかしてる、と返せば良いのか? まぁ流石にきな臭いと思うだろうな、確かに。…………インクレイの死が、講和を結ぶ条件の内の一つだった、という話もあるようだ。敵国にとって言うまでも無く恐ろしい強敵で、味方である筈のアナリアにとっても、インクレイは……。バースの掴んだ情報によれば、彼は、要塞ごと焼き尽くされたのだ。今では廃墟同然の焼け跡が残るばかりで、ラグランの存在を覚えている者も殆ど居ないそうだ」

 ゴッチは天井を向いて首を鳴らした。反吐を吐くように言い捨てたレッドの表情を思い出す

 『身内を鞭で打って、他人の機嫌を取るんだぜ。なんて言ったって、六十年前も、十五年前も、似たようなことをしてきた国だぜ。きっともっとやってる』

 「奴め、話すのを渋る訳だ…………。アーリアからここまで、大分遠回りしたが、穴は埋めさせてもらったぜ、ダージリン」

 ゼドガンは、軽食をゴッチにも差し出してくる。ゴッチはひらひらと手を振って拒絶した。物を食う気分ではない

 その時ゼドガンが、思い出したように言う

 「ラグランの位置に関してだが、良い話がある。実は、アーリアでレッドと会った。どうやらレッドの知己に、ラグランの詳細な位置を知っている者が居るらしい」
 「レッドだと? ……あの間抜け面した能天気野郎め、ハーセの事はどうしたんだ」
 「俺に言われてもな。だが、ハーセの件については、心配要らんと言っていた。あいつ、少し待てば、ミランダに訪れるだろう」
 「奴の大丈夫は大丈夫じゃねぇって事じゃねーのか?」
 「少しは信用してやれ。だとえ、かつて南の山脈の主だった竜骨に、ギターとやらで殴りかかる無謀な勇者だったとしてもな」

 頬を掻く。ゴッチが僅かに、戸惑い気味になった

 「……なんつーのかな、ついつい軽口を叩かずには居られんと言うか。まぁ、お前だし、レッドだからよぅ……」
 「気持ち悪い事を言うな……。口説き文句は女に使え」

 離れてみると、不思議と恋しくなる男だ。レッドは。当初、あの馴れ馴れしさと言うか、人懐こさには辟易する程だったのだが、付き合ってみれば言動からは想像できないほど理性的で、常に他人に気を配っている
 陽気で、タフで、奴やゼドガンと一緒に馬鹿なことを言っていると気分が良い

 「(ってんなわけねぇ)」

 ぼんやり考えた内容に、ゴッチは思わず身体を跳ねさせた。あのダゼダゼ五月蝿いギタリストの前では口が裂けても言えない台詞である
 もしも聞いていれば、調子付いて満面の笑みでダゼダゼ言うに違いない。大変疲れる展開なのは、間違いないのだ

 一人で勝手に身悶えするゴッチを前に、ゼドガンは首を傾げながら、それでもペースを崩さなかった

 「兎に角、レッドとティトがミランダに戻ってこなければ始まらない。……だが、大きな収穫だったようだな、ゴッチ」
 「おう、助かったぜ。お前の御陰だ、本当に能力のある奴だよ。……ん? 何だよ、にやけ面なのは何時もの事だが、何か企んでるな?」

 ゼドガンが笑みを深めた

 「勘の良い奴! ゴッチ、暫く遣る事も無くて、退屈だったんじゃないか?」
 「…………」

 退屈、そうでもなかった。ゴッチの脳裏に、イノンの顔がちらつく

 「……そうでもねぇさ。くだらねぇが、それなりに良い所だよ、ここは。アナリア兵や腐った死体どもを、丁寧に御持て成しせずに済むからな」
 「んん、ゴッチにしては、殊勝なことを言う。何時からそんなに冗談が上手くなった?」
 「マジだぜ? 血や腐肉に塗れなくて良いってのは最高だ!」
 「血肉を被って一々嬉しくなっている奴が居たら、そいつは病気だな」
 「けっひっひ……」

 小気味良い会話が続いた。そうさ、退屈ではなかった。遣る事が無くても、まるでじれったく無かった。のんびりと、ロベルトマリンで腑抜けながら過ごす休暇のようだった
 イノンがいたからか? 馬鹿馬鹿しいぜ。ゴッチは頭を振る

 「で、何なんだよ」
 「実は先ほど協会に寄ったとき、協会の長に、ちょっとした依頼を回されたんだが……。このミランダの近くに、アヴニールがいる」
 「アヴニール?」
 「“あの地下”でも見たろう、灰色の鬼を。既に討伐の為に十名ほど集められていたんだが、相手が相手だからな、とても足りない訳だ。全員帰らせたよ。却って邪魔になる」

 あぁ、あぁ、とゴッチはそこまで言われてやっと思い出した。ゼドガンが真っ二つに両断した灰色の怪物の事を

 つまりゼドガンは、冒険者十人掛りでも勝負にならないような相手を、一対一で汗をかく事もなく瞬殺した訳か

 「“ちょっとした”?」
 「“ちょっとした”依頼だ。見つけて、剣を抜けば、どんな結果になるにせよ、さっくりと片が付く。まぁ、荒事なんて基本そんな物だが。……暇なら、付いてこないか」

 あの灰色の鬼を、「ちょっと殺してくる」と言える奴が、こっちの世界でどれだけ居るのだろうか

 ゼドガンは、アヴニールを侮っている訳ではないようだった。打ち合えば一瞬で勝負は決まる。勝てばそれで良いし、負けたら死んでいるのだから別に後の事を気にする必要も無い
 ちょっとした仕事と言うゼドガンの感性を、少しだけゴッチは知ったような気がした

 ゴッチは笑っている。ゼドガンも、当然笑っている。ゴッチは段々愉快になってきて、大きく深呼吸した。声が上擦りそうだった

 「どのくらいの間? 昼飯食ってりゃ終るお散歩か?」
 「相手が直に現れてくれたならば、斬り合って終わりだが」
 「おいおい、そのアヴニールとやらが、そんな気配りの出来る良い奴だなんて保障が、何処にある」
 「一人で行かせて、俺が負けて無残に死んでもいいのか?」
 「両手両足縛り上げられてからアヴニールの前に放り出されたってんなら、心配してやるよ! ……お前、そんな冗談も言うんだな」

 プライドのある男だ、ゼドガンは。別段自分の強さを誇示したり、それを妄信したりしている訳ではないが、俺が負けて死んでもいいのか等と、謙ったような発言は絶対しないと、そうゴッチは思っていた
 飽くまで自然体を旨とする男である。ゴッチには、少し真意が図りかねた

 「お前やレッドぐらいさ」

 ゴッチが、きょとんとした。直に、喉に物を詰まらせたような顔になる

 「ば、馬鹿、何だよ、口説き文句は女に使え」


――

 後書

 フォールアウト3で洒落の聞いた会話の勉強するよ!

 ってそんな上手く行くかァァー ○○○しろオラァァー

 ゴッチ充電7割完了



[3174] かみなりパンチ20 ミランダの白い花2
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/12/01 23:03
 「失礼ですが、良いですか、ミランダローラー」

 二度目、机に影が掛かった時、二人は過剰に反応したりはしなかった。その人影が、意図してか、こちらに存在を悟らせたいかの如く、堂々と歩いてきたからだが
 聞かれると拙そうな会話が既に終了していると言うのが、言うまでも無く最もな理由である。横合いから近付いてきた人物に、二人は無遠慮な視線を向ける

 ゴッチは表情にこそ出さなかったが、軽く舌打ちした。赤布で頭を覆った冒険者の男は、名前は忘れたが、気に入らない奴だ。それだけ覚えている

 ゴッチに名前を忘れ去られているインガは、ゴッチの事を極力無視して、ゼドガンに会釈した

 「俺はインガ。一端のジャルクだと、自分では思っています」
 「うん? ……知っているようだが、俺はゼドガン。何の用かな」
 「アヴニールの討伐の話、恥ずかしながら初めて知りました。ジャルクとしては、心が躍ります」

 インガが皆まで言う前に、ゼドガンの眼が値踏みする者のそれに変わる。冷たく突き放すような視線に気付いたインガは、俄然威勢よくなった

 インガは、食い付くのが得意なようである。ゴッチの意地の悪い眼には、元気に尻尾を振る犬のようにも見える

 「俺の依頼で、仲間は募集していないのだが」
 「知っています。ミランダローラーは孤高で、群れない物だと。ですが、相手はアヴニールです。俺は役に立ちます。間違いなく」
 「ローラーの一匹狼振りが、ミランダの伝統のようになっているのは偶然だろうが、俺には理由がある。生半な者が俺に付いてくると、死ぬ」
 「其処のろくでなしに出来る事が、俺には不可能だと?」

 なんだとコラ、と立ち上がりかけたゴッチを、ゼドガンが制す。ゴッチは、素直に止まった。ゼドガンに制止されたから、と言うのもあるが、野次馬に中に、イノンを見つけたからだ
 イノンは不安げな顔でゴッチを見ている。また今まで、インガの相手をしていたのだろう。そう考えた瞬間、ゴッチは首から上が燃えるように熱くなって、激発しそうになってしまい、それを抑えるために、止まったのだ
 女を取られて憤激するのは下だ。常に余裕を見せていなければ。復讐しないのは下の下だったが、それは後々幾らでも出来ること

 ゼドガンがゴッチを見た。必要以上に刺々しいインガの物言いを、訝しく思ったようである。ゼドガンは、ゴッチとインガの間に何らかの確執があろうと、驚きはしない
 ゴッチは平静を取り繕って、肩を竦める。肯定を示しているのだと、ゼドガンは気付いた

 「お前とゴッチの間に何があるのかは知らないが、ゴッチは俺の友人だ。問題の多い奴だが、不当な侮辱は許さない」
 「……申し訳なかった。しかし、本当です、俺は使える。ミランダローラーにも、そう思って貰える筈です」
 「お前の力がその大口と同じくらい大きい物だったら良いんだが」

 インガの視線がイノンに向いたのが解った。その後、本当に僅か、偶然と言えなくも無いほど少しの間、ゴッチにも向く

 俺に当てつけてやがるのか、虫けらが、一丁前に

 け、と不愉快気に、ゴッチが割り込んだ。イノンを見つめながら、酒盃を煽る

 「良いじゃねぇか。連れていきゃぁよ。潰れた蜂みてーな貧相な面に寄らず、使えるかも知れんぜ」
 「なんだと……。人に集る街角の乞食が」
 「……ほらな、少なくともゼドガン、お前よりは爽やかな悪口を使いやがる。それに、娼婦の纏め役が言うには、俺が十人居たって敵わない腕前なんだとよ」

 ゼドガンが笑い始めた。ゴッチの言い草に何か思うところがあったようだ

 「馬鹿言えゴッチ、自分が十人居るところを想像してみろ、悪夢だぞ?」
 「あぁ、ゾッとするね。酷いなそりゃ」
 「お前が十人居たらアナリアが滅ぶ。アシュレイだって泣いて許しを乞うだろうよ」
 「馬ぁ鹿、そんな可愛げあるかよ、あの化物に」
 「よし、良いだろう。インガ、お前がゴッチほど猛々しく戦えるとは思わないが、それでも優秀なのは間違いなさそうだ。それに、ただ戦うだけがジャルクではないしな。お前の気が変わらないなら、依頼に付いてきて貰おうか」

 ゴッチがべぇ、と舌を出した。ゼドガンが制止する間も無かった

 「感謝しろよ? 俺は今、良い事尽くめで気分が乗ってる。手前の潰れた蜂みてぇな面を眺めてること以外はな。こんな幸運、早々ねぇんだ。勘違いするんじゃねぇぞ」

 インガの顔はとうの昔に真っ赤に染まっていた。ゴッチの態度の事もあるし、それに対するゼドガンの態度もそうだった。如何にも自分が、毎日ミランダの薄暗闇の中で惨めに虚勢を利かせる、娼婦を食い物にしてその住処に転がり込んでいる下衆よりも、格下だと扱われたのだ

 インガは眼を閉じていた

 「ミランダ、ローラー、重ね重ね、申し訳ないが、少し、時間を、下さい。…………表へ出ろ乞食野郎。ここだと迷惑が掛かってしまう」

 ゴッチは悠々立ち上がった。ゼドガンは何時もと変わらない微笑を浮かべながらも、「これは面白くなった」と言う気配を隠そうとしない
 そのすかし面に意地悪く、ゴッチは話を振る

 「ゼドガン、お前、俺との付き合い方、少し考えモンじゃねぇか?」
 「ふ、別に、何処の誰が何を言っていようと」

 掌を天に向けて“お手上げ”のポーズだ。ゴッチは少し興を殺がれた風で、インガの横を通り過ぎる時、ぽん、とその肩を叩いた
 唖然とするインガを尻目に、イノンへと歩いていく。懐から金貨を一枚取り出し、指で跳ね上げた。コイントス

 ティトから先んじて支払われた報酬の、三十分の一だ。娼婦達の様子を観察していた限りでは、今しがたゴッチがトスしたこの金貨は、娼婦の身柄を三日丸々束縛してもまだお釣りが来る

 金貨を受け止めた右手で、イノンを引き寄せた。吐息が触れ合う距離でイノンの瞳を見つめながら、ゴッチは鼻を鳴らした

 「今日は客だ。お前は可愛くて、綺麗な、娼婦だ。だよな?」
 「あ……そんな……」
 「なんだ?」
 「ゴッチ、目が違う、……何時もと、全然……」
 「……ケ、じゃーな、ゼドガン。後はその虫けらと仲良くやってくれ。……心配なぞしちゃいねぇが、ソイツに足を引っ張られたとか言って、死ぬんじゃねーぞ」

 そのまま出口へ向かおうとするゴッチに、追いすがる声

 「逃げるのか! 乞食!」
 「あぁ、そうだな、また今度な」

 ちょっとだけ足を止めて、ゴッチは見せ付けるようにイノンに口付けた。歩きながらインガに向かって投げられる言葉は、如何にもどうでもよさげであった

 インガの自制心は相当な物であった。彼は、後ろから斬りかかるのを好まなかったのだ。例え相手が誰であろうとだ
 ゴッチにしてみれば、別にインガに自制心が無くても良かった。掛かってくればぶちのめして、掛かってこなければ間抜け面を嗤うだけ

 「クソ!」

 白けたな、と内心思いつつも、微笑を崩さないゼドガンが、どこか面倒くさげに言った

 「全く、奴め……。インガ、気が済んだら仕事の話だ。やるよな?」

 蒼褪めたり、おろおろしたりしながら事態の推移を見守っていた野次馬達が、ほっと安堵の息を吐く
 普通の酒場と違って、手引き場にいるのは女子供や雑事を執り行う老人であった。お相手を探しに来た血の気の多い男や女は、さっさと手続きを済ませて出て行くのが普通だからだ


――


 「ふ、う、嫌だわ、そんな目つき」
 「アイツ、なんだ? 何で拘る」
 「…………く」
 「俺、怖いだろ」
 「今のゴッチに見られると……ひりひりする」
 「本当は、こんなモンだ」
 「ゴッチは……気に入らないって思ったら、……もうその事しか見えなくなる」
 「……イノン、アイツが良いのか?」

 イノンはゴッチの腕の中で、漏れ出る吐息を堪えた

 「…………弟、だもの、……そうよ、愛して、いるの」


 イノンの家を出たときには、既に夜だった。融けた硝子のような深い闇が、ゴッチの足元を覆い、隙あらば掬おうとしている
 ゆらゆらと篝火が揺れている。色町には、特に明かりが必要だ。何もかもが危うい場所だった

 篝火の傍に、ぼんやりと女が立っている。ヌージェンである
 ヌージェンは俯いている。怪しげな様だ

 「……アンタ、……イノンから、冒険者インガについて何か聞いたか?」

 無視して通り過ぎようとしたゴッチに、ヌージェンは静かに言った。静かではあったが、奇妙な迫力があった

 「似てねぇ弟だよな」
 「…………そうかい、イノンが、ね。…………アンタ、本当ははした金くらい持ってるんだろう」
 「そこそこな」

 ゴッチのスーツの懐には、金貨の重みがあった。どうせ元の世界には持って帰れない代物だ、と思っているが、世界が違ってもはっきりとした存在感を放つ金の重みが、そこにはある

 金、ひいては財産とは、重要な物だ。これの重みが解らない奴は、長生きしない。誰でもこの事を知っている

 だから事情を知らず、ゴッチの金への執着の無さばかりに目が行っているゼドガンは、ゴッチの事をある種の求道者か何かと勘違いしているのかも知れなかった。強いということは正しいということ、そう何気ない面で言ってしまう男だから、尚の事であった

 「……皆、言ってんだ。アンタはイノンにべったり付き纏って、他の女は気にも留めない。まるでガキみたいだって。金があるなら、堂々と客として来れば良い。あたしらだって、文句は無い。……アンタ、変だよ」
 「金払わずに女抱けたら幸福だろうが」
 「本気で言ってんのかい」

 ゴッチはイライラしながら壁に寄りかかった。篝火を挟んで左側にいるヌージェンが、射殺すような視線を投げかけてくる

 また、イノンの顔がちらついた。笑顔と不安顔、そして乱れた艶姿。イノンの事なら何処までも鮮明に思い出せる
 気に入る、というのは、そういうことなんだろう。ゴッチは鼻を鳴らした

 「イノンの事……どこまで本気なんだ。正直に言いな」
 「…………煩ぇな。ケ、俺の事が気に入らねぇんだろ? 感謝しな、もう来ねぇよ」
 「なんだ、そりゃ。おい、イノンの事は?」

 懐の金貨の膨らみを、ゴッチはもう一度確かめた

 これと同じだ。全て終われば、こちらに置いて行かなければならない
 多寡が商売女一人、何を思う事があるのか。大体ゴッチにしてみれば、この世界の娼婦なんて軒並み異次元の存在だ、文字通り。大昔丸出しの装いで、耳慣れない呼称の仕方で下品な笑い話を飛ばす。未成熟で根拠も無い民間療法によって体調を維持しており、どんな病を持っているか解ったものではない

 そんな事を、考えれば考えるほどに苛立ちは増した。どうしても、イノンの顔がちらついた

 「………………アイツにゃ、あの間抜けが居るだろう。実の姉といたしてるなんて知りもしない、間抜けがな」
 「ふ、くくく、なんだい、アンタ、……凹んでやがる、傑作だ! 人を人とも思ってないような振る舞いのごろつきが、なんてケツの青さだ!」
 「あぁ? 調子に乗るなよ。そのにやけ面の乗っかった首ひねって、ゴミ捨て場に運んでやってもいいんだぞ」
 「ははは、はははは!」

 急に、ヌージェンは泣き笑いの表情になる

 「イノンとインガさんはね、父親が違うんだとさ。……どういうことか解るだろ? あの子をこの町に売り飛ばしたのは、あの子の」

 ゴッチがゾッとするような声を放つ。汚れた冷たい油のような、毒の溶けた泥のような、寒気のするような声だ

 「黙ってろ」

 顔を上げたヌージェンと、目が合う

 「俺が何時、そんなくだらねぇ話をしてくれと頼んだんだ? お涙頂戴なんぞ、聞いても仕方ねーんだよ。お前らは、一々そんな事気にしてんのか?」
 「……そうだ、アンタが正しい。全く正しい、本当に」

 ヌージェンがまた笑う。ゴッチは、少し信じられないような気持ちだった

 この女が自分を見るときは、苛立ちと嫌悪が目に顕れていた。イノンを目に入れても痛くないほど可愛がっていたのだから、寧ろ当然である
 打ち解ける、なんていうのは、どうしようもなく嘘くさい話だ。自然と、眉根が寄った

 「(何だコイツ、もしかして、…………俺が、マジでイノンにイカれちまってるとでも思ってやがるのか)」

 否定の言葉が吐けない。ゴッチお得意の悪態が、思うように出てこない

 クソ、と吐き捨てた。童貞かよクソ

 どの道、もうイノンには会わないと決めた。もう知らない、知ったこっちゃ無い
 休暇は終わりだ。仕事の時間だ。イノンの要らない世界がある。イノンを連れて行けない世界があるのだ

 「……ゴッチ、と、何とまぁ、面と向かって名前を呼ぶのは初めてかね」
 「あぁ、そうだろうな」
 「イノンの所をとうとう叩き出されたって、色町中の噂にしてやるよ。構わないだろ?」
 「好きにすりゃ良い。知ったことかよ」
 「なら色男、あたしの住処に来ないか。アンタはまともな奴じゃないが、少なくともただの下衆じゃ無い。ミランダローラー様と親しいなら、あたしらも商売が遣り易くなりそうだし」

 あっさり言うヌージェンに、悪びれた風は無い。商売の出汁にするにしても、もう少し言い様と言う物がある筈である

 「あっさり言うな。下品な奴だなてめぇ」
 「あぁ、止めな! アンタみたいな下品な奴に、トチ狂って下品なんて言われた日にゃ、恥ずかしくて表を歩けない」
 「裸に剥いて表通りに放り出してやろうか……」
 「ふ……で、どうすんだ? あたしは何も、冗談で言ってる訳じゃない」
 「……おとといきやがれ」

 ざぁ、と風が吹く。篝火が激しく揺れる

 「…………ふん、そうかい」

 荒い息遣いと、乱れた足音。静寂を破って女が一人現れた。ヌージェンの妹分の一人だ
 走りこんできて、ぶっ倒れた。慌てて抱き起こしたヌージェンも、尋常でない様子に声を荒げる

 「なんだ、どうした?!」

 女は顔を真っ赤にしてゼェゼェ喘ぎながら言う

 「ぬ、ヌージェン姉さん、み、み、ミランダに、アヴ、ニールが!」
 「あぁ? アヴニール?」
 「イン、ガ、さんが、大怪我して、と、屯所に担ぎ困れてて、アヴニールが、きてるって!」

 歯を剥き出しに、ゴッチが唸る

 「ゼドガンは?」
 「あ、アンタ……」
 「ゼドガンは? 三度は言わねぇぞ」
 「わかんないよ、でも、屯所の方にはいなかった」

 馬鹿な、まさか、しくじった訳じゃなかろうな、ゼドガン程の男が

 人間、死ぬときゃ死ぬ。どんなに強化手術をしようが、薬を使おうが、死ぬのだ。其処には、まぁ、理由は無い。理由は無くても死ぬ
 だが、ゼドガンが死ぬ、死んだ、と言われても、ただ胡散臭いだけだ。ゴッチは肩を竦めた

 「え、なに、なんで……」
 「……聞いてたのか」
 「今、インガが」

 イノンが音も無く姿を現した。闇に紛れて、住処の扉が開くのにすら気付かなかった
 完全に気が抜けていたのである

 「おい!」
 「そんな!」
 「おい、イノン!」

 イノンが走り出す。ヌージェンが声を上げたが、まるで聞いていないようだった

 「(すっ飛んで行きやがった。……そうか、そうかよ、クソ)」
 「ご、ゴッチ」
 「行くぞ。……あぁ、うざってぇ、畜生、行くぞ」

 苦みばしった顔で、そうかよ、クソ。もう一度、胸の中で吐き出す


――


 ミランダにも、お粗末ながら防壁があり、鉄の門がある。冒険者の町だけあって治安が悪く、その気になれば忍び込むのもその逆も苦労なく行えるミランダで、どれ程の意味があるか解らないが、入出管理だってやっている

 その、ミランダ正門に近付くほど、人々は混乱していた。大事件のようだな、と、ゴッチは走りながらあちらこちらに目を遣った

 「屯所って何処だよ!」
 「門の、直ぐ近くの、白いのが、屯所だよ」
 「アレかよ、もう着いてたのか。……へ、たいした有様じゃねーか」

 以外にもヌージェンは健脚であった。本当に辛うじてであったが、ゴッチによく着いてきた物である

 門の周辺は大量の血で汚れていた。転がっている、衛兵何人分かの手足や、臓物。それと、一体のアヴニールの死体
 ヌージェンが凄まじい惨状に唖然となる

 「なんだい……こりゃ」

 凄まじい形相のミランダ衛兵達が、あちらこちらを走り回っている。ゴッチは視線を走らせて、探したくも無い男の姿とイノンを探した

 インガは、屯所の壁に背を預けて座り込んでいた。それに治療を施す衛兵と、泣きながら取り縋るインガ。ゴッチは心持早足に歩みよった

 「おい、なんだその様ァ。ゼドガンはどうした」
 「ゴッチ」
 「下がってろイノン。おい、青瓢箪の衛兵野郎、お前もだ。邪魔だっつってんだ」

 イノンを押し退けたゴッチは、手当てを施していた衛兵に睨みを利かせた
 ゴッチにガンつけられた衛兵は、鳥肌を立たせて後ろにずり下がる。インガの応急手当自体は、既に完了していた

 「乞食、野郎か……。ここから離れろ、直ぐに、アヴニールが……」
 「一体じゃねぇのか……?」
 「一体なんて、モンじゃなかった。ざっと、五、六体は……」
 「ゼドガンは? 何で手前だけおめおめ戻ってきやがった」
 「黙れ……! ミランダローラーは、解らない、一体を斬って、もう一体を……。囲まれて応戦しながら、俺を逃がしてくれた……!」
 「…………大きいのは、口だけだったみてぇだな。ゼドガンも、運の無い野郎だぜ」

 ゴッチは不愉快そうに言って、唾を吐いた。ギリギリ歯を食いしばるインガは、怒りに任せて身を立たせようとする
 しかし、立てない。力が入らないのだった。胸に巻かれた血の滲む包帯が、湿り気を増す

 「アヴニールだ、来たぞ! 来たぞぉ! さ、三体居る!」

 見張り台の上の衛兵が、ひっくり返った声を上げる。場に衝撃が走った。ミランダの野次馬は根性があるのか、悲鳴を上げながらも殆どの者が逃げようとしない

 危機に対して、冷静な判断が下せないと言うのは、良くある事だ。逃げるべきであるのに、足が地面に張り付いたかのように動かない野次馬達も、或いはそれなのだろうか

 「拙い……。俺の……剣を……」
 「無理よ、そんなの!」

 ゴッチを押し退けて、イノンがインガの手を握る。

 イノンの剣幕は並ではなかった。今の今まで、イノンが声を荒げる所など、ゴッチは見ていない。初めて見た。こんなに、必死になる所を

 イノンの横顔を見て、血塗れのインガを見て、夜空を見上げた。周囲に篝火が増設されており、昼間のように明るい。篝火の熱で、肌が焼けそうなほどである。そのせいで星は見えない

 門にアヴニールが体当たりする、轟音が響く。衛兵が束になって門を抑えているが、どれ程も持つまい

 一歩下がって、イノンとインガの二人を、視界に収める

 あーあ、と、大きく息を吐き出して。ゴッチは右手で目元を覆った。ごしごしと俯きながら目をこするゴッチは、冷たい声を発する

 「ヌージェン……、アヴニールってのは、どれぐらいヤバイんだ?」
 「く、……暢気な面しやがって。どんなにヤバイか、解らないのかい?」

 急に話を振られたヌージェンは、焦ったように言う。事実、焦って当然の状態なのかも知れない。アヴニールとやらは三体居て、今もう既に門が破られようとしている

 「そうかい、つまり、お前がビビッて逃げ出すぐらいヤバイって事か。宛てにならねぇ情報をありがとうよ、クソッタレ」

 どぉん、と一際大きい地響きがした。錆びた鉄のこすれる忌々しい音が響いて、急激に獣臭が充満する

 「破られたぞ! 畜生め、構えろぉ!」

 視線を回せば、灰色の巨体が見えた。一本角の鬼達が三体、巨大な蛮刀をもって周囲を睥睨している
 取り囲む衛兵達と、その中に混じった冒険者達。更にその後ろの野次馬達。アヴニールはそれらをまるで気にせず、無人の荒野を見渡すが如き悠然とした態度で其処にいた

 イノンはインガに覆い被さっている。今すぐにでも、アヴニールが突っ込んでくるでも言いたげに
 インガを庇っていた

 仕方ねぇ、仕方ねぇよなぁ、愛なんてねぇもん俺は

 「だせぇなぁ、俺」

 イノンが、こちらを向いた。真正面から向かい合って、ゴッチは小さく、笑った。ゴッチの何時も通りの、底意地悪そうな、嫌らしい笑い方だ

 「ゴッチ? ゴッチ!」

 周囲を、ゾッとするような気配が包む。ゴッチは身を翻して、カチコチに固まった衛兵達を押し退けた
 イノンの制止が、聞こえていないかのような振る舞いである。振り返りもせずに、強引に歩いていく

 アヴニールは動かない。何故か、ゴッチの方を見ている。アヴニールの内の一体の首元で、何かが輝いている

 悪魔の矢だ。脊椎を破って首を貫通している。クソッタレガランレイの呪いが、まだ付き纏ってきやがる
 結局、今回のコレは、俺のせいなのかもな。苦笑したゴッチは、とうとう衛兵と冒険者達の囲いを通り抜けて、ゆっくり、本当にゆっくりした足取りで、アヴニール達の前に歩み出た

 「な、な、なん」
 「黙ってろ、良い子だから」

 ガチガチ震えながら口を開いた衛兵の一人は、最後まで言うことが出来なかった

 その場に居る皆が、ゴッチを見ている。最高に興奮するシチュエーションだった。見られる快感……じゃねぇ、見せ付ける快感だ、とゴッチは笑い続ける
 自己顕示欲を満たすには良い舞台である。顔を右手で覆ったゴッチは、背筋がゾクゾクして、震えてくるのに気付く

 全身が力みだした。筋肉が破裂しそうになっている。興奮しているのだ。町の薄暗がりの中で呆としているのでは、絶対に味わえない高揚と快感

 顔面を掻き毟る様に、右手をそのまま握り締めた。爪で裂けた赤い肌から、血が滲む

 「(燃えてきたぜ、ゴッチ・バベル! パーティータイムだ!)」

 笑みを浮かべてガンを付け、左足に体重をかけて半身になり、格好をつける

 「あぁー…………るぅああぁぁぁぁーッシャアァァァァー!!!!」

 バチン、バチン、と音がした。ゴッチの身体を這い回る、青白い光。今にも暴れだしそうな蛇が、のたうつように、ゴッチの全身を駆け巡っている
 次の瞬間に、駆け巡る閃きは濁流のようになっていた。篝火よりも眩い雷光が、何物にも例え難い独特の異音を放ちながら空気を引き裂く

 歯を剥き出しにして笑う、雷の獣。獰猛凶悪な様が、強烈な存在感を放つ。ヌージェンが呟いた

 「雷の魔術師、そんな……全然、聞いてた姿形と違うじゃないか……」

 左手はポケットに。右手は空中に捧げられて、中指をおったてた。FU○K YOU
 隼団ソルジャー、ゴッチ・バベル、グレイメタルドールメイア3捜索隊、筆頭隊員
 休暇は終わった。ゴッチは、更に口端を吊り上げた


 「来いよ、ボディビルダーズ。俺とダンスだ」


――


 「ヒャッハァー!」

 アヴニールの体格は、人間とは全く比べ物にならない。何せ、ゴッチの二倍はある

 巨体で重圧をかけるように、二体が並び立ち、堂々たる構えから鋭く蛮刀を振るう。ゴッチは奇声を上げながらそれに突っ込んでいく
 左右から挟みこむような横なぎ。一足飛びに二体の腕の内側、懐まで潜り込んだゴッチは、左右から迫る蛮刀の柄を受け止めた

 振らせない。振らせないのだ。アヴニールが虎のように咆哮し、身を震わせて力を篭めるのが解る。だが、矢張り、動かない

 「ぐぐぐ……あぁ、オイ、どうしたよ……!」

 バチバチと稲光を発しながら、ゴッチは笑った。この状態で放電を行えば、大打撃と言ったところか
 しかし、それをしなかった。敢えて力で押し返す

 「どうしたってんだコラァァァー!」

 二本の蛮刀、二本の構えを、天空に放り投げるように跳ね除ける。灰色をした、筋骨隆々の肉体が泳いだ。がらあきの懐
 じゃ、とゴッチの摺足が地面を削る。振り被った右の拳。自慢の拳骨

 雄叫びと同時に、それは右手側のアヴニールの腹に吸い込まれていった。岩を殴ったような感触と、ガキンと言うとても肉と肉がぶつかったとは思えない音がする

 べ、と唾を吐いた。今ので解ったのだ。中々タフだ

 左手側のアヴニールが持ち直して、拳を構えた。鬼同士でも仲間意識はあるらしい。この密着状態でゴッチを斬りたければ、味方ごとやるしかない

 思い切り深く身体を沈みこませたゴッチの頭上を、岩のような拳は通り抜けて行った。ゴッチはニヤニヤしながら、アヴニールの腰に抱きつく

 「ヘイ、オーガ、欠伸が出るぜ」

 そのままするりと腰を胴回りを伝って、背後を取った。力任せの直情的な動きでは、こうは行かない。経験と技術が垣間見える、熟練の動きである

 「ジャーマン・スープレックス・ゴッチカスタムと名付けよう」

 ゴッチアレンジの、ジャンピングジャーマンスープレックス。人間の二倍の身の丈、八倍の体重は、ゴッチの前では何の意味も持たなかった。アヴニールの腰元を抱きしめて思い切り仰け反り、思い切り飛び上がり、思い切り地面へと叩き付けた

 次、腹に一発打ち込んだアヴニールが持ち直していた。流石の耐久力である
 蛮刀を持ち上げてギラギラした目を向けてくるアヴニールに対して、ゴッチはべぇ、と舌を出した

 倒れ伏す一体の頭を、それはもう嬉しそうに踏み躙る。動かずにゴッチを睨みつけている最後の一体、悪魔の矢に貫かれているアヴニール。こちらにに対しては、ゴッチは手招きするかのように指を動かした

 「何で手前、そんなに偉そうなんだ。何で踏ん反り返ってやがる。勘違いしてんじゃねぇぞ」

 ゴッチは足の下のアヴニールが動き出そうとする気配を察知すると、ゆらゆらと気負い無く立ち退く
 ……と、思わせて置いて、動き出す前にその両足を引っ掴む

 「あぁぁ?! 良い夢見てるかコラぁぁッ!」

 雑草を根から引き抜くような感じで、アヴニールを持ち上げた。遠心力で腕をばたつかせながら、巨体は人形のように踊る。天空に向けてそそり立つ奇妙なオブジェのような、無様な異様を晒した直後に、そのアヴニールは当然の如く重力と、ゴッチの暴力に従って、地面に叩きつけられた

 ばりばりばりばりと、稲妻は留まる所を知らない。活性化して電流を垂れ流すピクシーアメーバの細胞は、盛り上がって自壊せんばかりであった

 「来いよ、そら、来い! 俺と手前らは対等じゃねぇ! 間違えんな、対等じゃねぇんだよ!」

 手招きに応じて、静観していたアヴニールが蛮刀を担ぎ上げた

 これで一対三だ。これで良い

 これが良いのだ


――


 蛮刀を、避けて、すかして、そうすると、身体が泳ぐ物だ
 それに合わせるのだ。ゴッチは地を蹴って弾丸のように飛んだ。ゴッチの二本の足が健在である、と言う事は、地面は何処も彼処もカタパルトである、と言う事と同義だ

 「サンダァァァー! ドラゴンキィィィィーック!!」

 雷を帯びた弾丸の如き蹴りがアヴニールの顔面に炸裂する。アヴニールは漫画のように吹っ飛んで、ミランダの防壁に叩きつけられた
 アヴニールが起き上がるよりも早く、肉薄する。次は、足を折りたたんで、眩く輝く膝だ

 シャイニングニーである。問題は、本当に光り輝いている事だ。凶悪な青い雷光によって

 「サンダァァァー! シャイニングニィィィー!!」

 足の裏が突き刺さった顔面に、今度は膝が突き刺さる。アヴニールの後頭部が防壁にめり込み、蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた

 ゴッチの背後から、凶行を止めんと二体のアヴニールが迫る。先を走る一体が蛮刀を振り上げ、後ろに続く悪魔の矢の一体が突きの構えだ

 「おイタすんな阿呆がよぉッ!」

 首だけ振り向いたゴッチの、無造作な後ろ蹴りが、正確に先を走るアヴニールの膝を打つ
 一瞬動きが鈍った。ゴッチは踊るようにぐるりと身体を回転させて、下に下がってきていたアヴニールの米神に当る箇所へと、拳を叩き付けた。張り手のようにも見えた

 ぶあ、と奇妙な風音を立ててアヴニールの巨体が吹っ飛んでいった。悪魔の矢の刺さっている一体が、少しも動揺せずに突きを放つ
 首を少しだけ動かした。耳元でひゅ、と音を立てて、蛮刀は、ゴッチの左耳の直ぐ傍を通り過ぎていく

 蛮刀は、平気で防壁を割っていた。腐っても石壁である筈のそれに平然と突き刺さった蛮刀、そしてその膂力。ゴッチは、凄絶に笑って、アヴニールの特徴的な角を掴んだ

 強力に任せて、引き寄せる。圧倒的な暴力はアヴニールに一切の抵抗を許さず、勇壮な灰色の面を、ミランダの防壁へと減り込ませた。先に習うかのような綺麗な減り込み方である

 そして、身を沈みこませて、ゴッチは飛ぶ。もう一つ、蹴りだ

 「サンダアァァー! ドラゴンキィィィィーック!!」

 悪魔の矢の刺さったアヴニールは、哀れにも防壁に顔面を減り込ませていたのだ。その後頭部に向けて、ゴッチはまるで情け容赦なく、全力の飛び蹴りを放った
 アヴニールの角が圧し折れて飛び、亀裂が極端に大きさを増した。飛礫が飛び散り、ゴッチの肌を浅く裂く程の、凄まじい衝撃であった

 ゴッチが拳を、蹴りを放ち、宙を舞う度、雷光が瞬き雷鳴が轟く。何度もそれらを受けながら、驚くことにアヴニール達は戦闘能力を残している

 死なぬなら、死ぬまで殴れ、アヴニール。ゴッチの雷を纏ったテレフォンパンチが、交互に、何度も、防壁に減り込んだ二体のアヴニール達に突き刺さる

 「アヴニールゥ? 知らねぇ! 知らねぇなぁ! 食い物か? アクセサリのブランドか? 手前ら一体何なのか、俺にでっけぇ声で言ってみなぁ!」

 殴って、殴って、殴って、殴って、殴った。先ほど張り飛ばしたアヴニールが、懲りずに立ち上がって、ゴッチに組み付く

 巨大な二本の腕に抱すくめられたゴッチは、悪鬼の如き形相で後ろを振り返った
 きっと、アヴニールは困惑していたに違いない。己の半分程しかない小さな人間を、幾ら持ち上げようとしても、地に張り付いたように動かないのだ

 ゴッチに機会があれば、「これが踏ん張るって事だ」と自信満々に語っただろう。ぐあ、と悪鬼が口を開く

 「離せぃッ!」

 ゴッチが大きく身体を揺さぶると、いとも容易く拘束は解けた。仰け反ったアヴニールに対して、堂に入ったテレフォンパンチが入る。パンチの駄目な見本である筈のテレフォンパンチで、木っ端のように吹っ飛んでいくアヴニール

 「るぅぅあぁーッ!」

 ゴッチはまた吼えた。獣のように
 吼え声と共に、二体のアヴニールの頭部を引っ掴んで、盛大に放電する

 まるで雷が落ちたかのようであった。二体のアヴニールが激しく痙攣する。岩のような肌を持つアヴニールも、一応生身であり、生物であるという証なのか、肉を焼くような臭いがした

 そこで、背後から凄まじい殺意を感じた。先程ゴッチに殴り飛ばされたアヴニールが、身体を膨らませ、大きく息をし、蛮刀を天高く捧げるように構えている
 ゼドガンから感じるような気配すらした。剣豪の気配だ。等と言っても、ゴッチにはそんな物は解らない。何となく言ってみただけだ

 ゴッチは無言で走り出した。身を屈め、脇を締めて身体を揺すると、裾からナイフが飛び出した。隼のエンブレムが雷光に煌く

 ナイフを身体に引き寄せ、疾走を続ける。一歩、二歩、確実にアヴニールの領域へと近付いていく
 そして、踏み込んだ。アヴニールが前に出した右足のつま先から、二メートルの距離。天から降る刃の速さは、ゴッチの想像を超えていた

 が、しかし、無意味。ゴッチを両断しようとした蛮刀は、ナイフで容易に逸らされ、地面へと食い込む

 同じように、ゴッチのナイフが、アヴニールの首元に食い込んだ。矢張り、生物の肌を抜いたとは思えない異様な感触。岩の如き硬さ
 しかしそれでも、生きている奴は死ぬ。死んでいる奴だってゴッチは殺すのだ。生きている奴は、尚の事死ぬだろう。ゴッチはナイフに刻まれた隼のエンブレム目掛けて、思い切り放電した

 「この屑肉がぁぁ!!」

 びくびくと煙を吹きながら巨躯が痙攣する。そこかしこの血管が膨れ上がり、眼球は飛び出し、猛烈な鼻出血を起こす。腕が曲がり、足が曲がり、そこには冒険者を震え上がらせるアヴニールの威容など、何処にも無い

 正に屑肉

 ナイフを引き抜いて、その死骸を蹴り飛ばした。ぶすぶすと生々しい音を立てるアヴニールの死骸は、ゴッチにかるく蹴られただけで腕が崩れ落ちるほど、激しく損傷していた

 「フッ……フッ……フッ……」

 ゴッチは独特のリズムで浅い呼吸を行った。最後に大きく吸い込み、鼻から吐き出すと、悪魔の矢のアヴニールが、弱々しく立ち上がる

 「生きてたのかよ」

 アレだけ暴れまわって、ゴッチには息を荒げる様子も無かった。平然としているのだ。正に絶好調である

 ずりずりと、アヴニールは歩く。蛮刀を持ち上げ、一応の構えを取り、じりじりとゴッチに近付いていく

 ゴッチは鼻を鳴らして、首を回し、何時ものように肩を竦めた

 最後のアヴニールは、門を背に、ゴッチへと相対している。ゴッチには見えていたのだ
 アヴニールの向こう側。鉄門の石壁に寄りかかって興味深げにこちらを窺う、血塗れのゼドガンの姿が

 ゴッチが自分に気付いたのを確認したゼドガンは、肩を竦め返した。そして悠々とアヴニールの背中に近寄っていく

 気配に気付いたアヴニールが、後ろを振り返ったとき
 ゼドガンが無造作に振り上げた大剣が、その頭蓋を割っていた。どろ、と脳漿を零しながら、巨躯は、地に沈んだ

 「流石に危うかったがな」

 ゴッチはゼドガンに背を向け、歩き出す。衛兵も、野次馬も、誰一人として声を発さない。それどころか、僅かに動くことすら出来ないでいる
 ばち、ばち、と名残惜しげにゴッチの身体を這い回る雷が、ゆっくりと消えていった。イノンの前に立った時には、もう跡形も無い

 イノンも、インガも、ヌージェンも、唖然としていた。おそるおそる、ゴッチには似合わないが、そう、おそるおそる、イノンの肩へと手を伸ばす

 びく、と目に見えてイノンは震えた。ゴッチの手が背中に回る。イノンの震えは強くなる

 ぱっと離れる。ゴッチの顔には、矢張り底意地の悪い笑みが浮かんでいた。その隣を、ゼドガンが通り抜けていく

 「酒でも飲むか。兎に角今回は儲かった。奢ってやろう」
 「頭割れてんじゃねーか。それで飲むのかよ」
 「飲みながら手当てするさ」

 ゼドガンは何事も無かったかのように歩いていくし、ゴッチもどうでもよさげに着いて行く

 「あ、あ、…………ゴッチ……ぃ」

 ふと、ゴッチは立ち止まった。居心地悪そうに首を掻き毟ったゴッチは、振り返らずに、再び歩き出すのだった


――

 後書

 天使とダンスだ!!


 推敲したけど大分誤字あるかも



[3174] かみなりパンチ21 炎の子
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2009/12/21 19:02

 ダカダカダカダカダカダカダカダカ
 ぶつぶつ呟きながら、キーボードを叩くテツコは、日を追うごとに妖怪じみていく

 その美貌と豊かな肢体が光を失っていくのに対し、縦に割れた琥珀の瞳は輝きを増していくのだ。鬼気迫る、という言葉が、今のテツコには相応しい

 口に銜えた黄緑色の細い棒がぷらぷら揺れる。超小型の、空気清浄機とでも言うべき機械で、コレを通して息を吸い込むと、抜群の眠気覚ましになる
 エアフィルター3345すっきりレモン味であった。テツコはここ最近このフィルターを中毒寸前まで使用している

 ダカダカダカダと打ち続け、偶に空間投影ウィンドウで資料を漁り、様々な物事を照らし合わせ、舌打ちし、かと思えばニヤリと笑い

 そんな時、コガラシ二型から聞こえてきた何物かの噂話に、テツコは動きを止めた

 『聞いたか、ミランダだよ。雷の魔術師が、すげぇ大暴れしたんだとよ』

 口を半開きにしたまま、テツコは沈黙した。ずるずると右腕を這わせて、ごく近くに置いてあった機器のスイッチを操作し、コガラシ二型に待機命令を出す

 そして四秒ほど硬直した後、顔面からキーボードに倒れこんだ。ズゴン。眼鏡が吹っ飛んで床に落ちる

 虫の羽ばたきに似た音を立てて、ウィンドウが開いた

 『ん? テツコか? ん、オイ!』
 「ファルコン、……ゴッチ……ミランダ……」
 『テツコ? おい、どうした、何かあったのか! テツコ、気を確かに持て!』

 テツコは、寝ていた


――


 ミランダで再会したレッドは、出会い頭にゴッチと肩を汲んで、挙句地面の穴に躓いて転倒すると言う寸劇を演じた
 その後、巻き添えになったゴッチがレッドに襲いかかったことは、言うまでもない


 「さぁ兄弟、コイツが、兄弟へのお礼さぁ!」

 兎にも角にも
 冒険者仲介所の一室で、ゴッチ達悪餓鬼三人組は、机に着いて顔を突き合わせていた。暫くぶりに会うレッドは全く変りない様子で、ゴッチは再会を喜ぶどころか辟易した程である

 妙に上機嫌で、曰く“ゴッチへのお礼”であるらしい、藍色の長方形の皮袋を差し出してくるレッド。レッドには、レッドのペースがある。生半では崩れない物だ
 やれやれと良いつつも、少し楽しげに皮袋を開いたゴッチは、驚きの声を上げた

 藍色のそれは、美しい艶を放っている。鰐皮を使った高級品で、内部の湿度管理の心配が要らない工夫がされている。ゴッチには見覚えがある
 中には、一本一本それぞれが、丁寧に美しく仕込まれた葉巻が入っていた。焦茶色の姿。黒いバンドに金色で、デフォルメされた鳥のエンブレムが描かれており、葉巻全体からは品の良い香りが放たれている。因みにロングフィラータイプ

 使用されている三種類の葉は、過去ロベルトマリンで計画された環境更生プロジェクトの折、科学技術によって生み出された特殊な植物の葉だ
 使用者の五感を鋭敏にする効果があり、とある兵士の射撃技能試験において著しく結果を向上させたと言う話も、ゴッチは聞いている。中毒性及び人体への害毒等、こういった物によくありそうな障害は、そもそも相当な量を相当な濃度で接種しなければ、ゴッチ達の世界の頑健な住人にはまるで効かない

 ファルコンはこの葉巻が好きなのだが、生産数が非常に少ない希少品だった。そして言うまでもなく、高価だ
 銘は「イーストファルコン・コロナ」。この十四㎝の高級品をファルコンが好む理由は、最早言うまでもないだろう

 「十六本入りワンセットが、魔道ギタリストレッド、大出血を覚悟で! なんと、なんと、なんと、更に二ダースッ!! だぜ!」
 「何ィ?!」

 どこから取り出したのか、レッドはずしりと重みある布袋を、据え置きの机の上を放り出した
 中を確認してみれば、藍色の鰐皮が詰め込まれている。レッドの言うとおり、きっちりと二ダース。葉巻でありながら、特殊な薬物としても認定されている代物だ。二ダースプラスワンセットならば、世の男共が大勝負に準備する、給料の三ヶ月分の結婚指輪を二つ用意してまだ余る

 いや、そもそも金を積めば手に入ると言うものでもない。希少品だ。それを異世界で求めるとなったら、もうこれは絶対に不可能だろう

 「俺ってば顔が広いからさぁ、ちょろちょろっとあっちの方に転移して、ちょろちょろっと話を付けたのさぁ。んふっふ、因みに、ゴッチの親父さんにも、ゴッチの名前で一ダース程プレゼントさせて貰っただぜ。上手く言い繕って欲しいだぜ。……どうよ、かゆい所に手が届くこの有能ぶり」
 「チ、お前、中々……気が効いてるじゃねーか」

 ゴッチはレッドの仕事の細かさに思わず顔を綻ばせる。思わず、ファルコンが特注のスーツを着込んで、隼団のソルジャーを引き連れながら、葉巻を銜え、紫煙を立ち上らせる姿を想像した

 「(一等だ。俺のオヤジ以上にこの葉巻の似合う男がいるか?)」

 半端なく格好良い。暗黒街のどんな組織のどんなボスにだって見劣りしない。対等以上の貫禄だ

 命懸けの仕事の対価としては納得行くかどうか怪しい所だが、そもそもゴッチはファルコンの養子とはいえ、ただのソルジャーだ。端金が原因で起きる揉め事で、それこそ虫けらのように呆気無く死ぬ事だって、無いとは言い切れない
 何より、レッドのこの気の使い方に、ゴッチは骨抜きにされてしまった

 皮袋の中には、葉巻の他にもシガーパンチが差し込まれていた。コレもセットの内容の一つであるらしい。益々ファルコン好みだ

 にやにやしているゴッチの手から、ゼドガンが葉巻を摘み上げる

 「煙管のような物か?」
 「チッチッチ、ゼドガーン、一緒にしちゃぁいけないだぜ。こいつは……えーと、そうだな……煙管の……二百倍くらい、かな? そんぐらいの価値があるだぜ」
 「この一本でか。ほぉ……」
 「で、兄弟、気に入ってくれたか」

 葉巻を掌でくるりと一回転させ、皮袋の中にストンと落とす。ゴッチは満足気に笑っていた。気に入ったと言っているのに等しかった

 ほ、とレッドは安堵の溜息を吐く。しかし間を置かず、真剣な顔になった

 「兄弟、ゼドガン、ラグランまで案内するのに否はないだぜ。だが、頼みがある」

 レッドが本題を切り出した。ゴッチも、ゼドガンも、レッドが何か抱えているのは気付いていた。出会い頭、常軌を逸して快活な男が、少し無理をしているような違和感を感じ取ったのだ
 ゴッチは皮袋の内の一つを、スーツの懐に仕舞い込む。椅子に座ったまま足を組み、少し沈黙した

 場を取り持つように、ゼドガンが好意的のような、否定的のような、あやふやな事を言う

 「ロベリンド護国集の依頼は継続中だ。内容は、ゴッチを手伝うこと。ゴッチが否と言わないのであれば、どんな事でも構わないさ」

 ゴッチが、ゼドガンが弄んでいた葉巻の一本を取り上げて、皮袋と同じ場所に差し込む

 「話してみろよ、贈り物の使い方が上手いよなぁ、お前」

 ぱっと花咲くように笑って、レッドは話し始めた

 「ラグランまでの旅程に同行させたい奴が居るんだぜ」
 「ほぉ? 訳ありっぽいな」
 「あぁ……炎の魔術師さぁ」
 「あ?」
 「炎の魔術師……? 神殿に篭っている筈のアナリアの巫女が、何故我々と?」

 ぴくりと眉を跳ね上げて、ゴッチは不信感を隠すことなく表現した。ゼドガンも訝しげであったが、こちらはゴッチとは意味がちがった

 炎の魔術師と言えば、ゴッチにだって関わりが無い相手ではない
 ファティメアと言う魔術師もどきが居た。ゴッチは名前を覚えていなかったが、記憶が確かならば最早死んでいる人物だ

 「ファティ……なんとかとか言う奴だろ? おかしな話だな。そいつぁ、もう死んでるんじゃなかったか?」
 「巫女が既に死んでいる……?」
 「何で兄弟知ってんだぜ?」
 「聞きたきゃ教えてやる」

 ゴッチはアーリアで起こした大騒動の顛末を、面白おかしく語った。ゴッチにこういった酒飲み話をさせると天才的で、酔わせてくれる素敵な液体は無い物の、レッドとゼドガンは盛大に大笑していた

 気持ちよく笑いながらレッドはパシンと机を叩く

 「アーリアにはほんの僅かしか居なかったのに、氷の魔術師の脱簡劇に加えて、そんな事までやってやがったのかぁ! こりゃ、カザンにも話を聞きに行かなきゃなぁ!」
 「んだよ、あの阿呆の事知ってんのか?」
 「阿呆って、そんな事言うの兄弟くらいなんだぜ。ほら、カザンって、どうしても人目を引くし、良い奴だろ? 気になってちょっかい掛けてたら、何時の間にか酒を酌み交わす中になってたんだぜ」
 「へぇへぇ、人気者だ事で」
 「カロンハザンと言えば、勇猛と評判で、良い噂しか聞いたことが無いが。ゴッチには何か含む所があるのか?

 ゴッチは先程までの愉快そうな顔から一転、苦虫を噛み潰したような顔になる

 「あの身の程知らず、俺に説教をしやがった。喧嘩の理由をどうのこうのと、『俺と来ないか』だの、力を正しく振るう場所がどうのこうのと」
 「成程、お前が反発しそうな話だな」
 「チ、話を戻すか」

 レッドが軽く頷く。レッド自身は、ファティメアが死んだことは知っていても、何故死んだのかまでは知らなかったようだ
 アナリア王国が情報統制を敷いている。別段おかしな事ではない

 「魔術師の才は、遺伝しない。それが発生する条件は全く不明で、ある日突然、膨大な魔力を持った子が生まれ落ちる、だぜ」
 「……そこまでは俺も知ってる。その、ファティメアとやらの一族がおかしかったってのも」
 「過去の文献によれば、何時の時代も魔術師は合計二十人前後。そして同じ属性を持つものは、常に一人のみ」
 「ん?」
 「魔術には様々な属性があるんだぜ。ダージリンの氷、俺の歌、……まぁ俺のはどう表現すれば良いのか良く解んないんだけど。文献漁って見てもダメだったし。兎に角、魔術には二十前後の決まった属性がある。そして同じ属性を持つ魔術師は、二人と存在しないんだぜ。詰まり、俺の歌の魔術を持つのは俺だけで、俺が死なない限り歌の魔術師は他に現れない。逆を言えば、俺が死ねば新たな歌の魔術師が生まれるんだろうなぁ、って感じさぁ」

 聞けば聞くほど可笑しな話ではある。魔術師の総数が決まっていて、変動しないと言う事だ
 魔術師の才能を持って生まれる者が極端に少ないとか、そういう話ではない。人知を超えた目に見えぬ何かが、人に魔術と言うものを押し付けているかのようだ

 「この世界の神か悪魔が、人に乗り移ってんじゃねーかなとか、そう思ったこともあるんだぜ」

 そう、それだ。言い表すならばそれも適当な物の一例である

 「まぁいい。続きを」
 「どういう方法かは知らないが、カノート神殿は、魔術の力を継承し続けてきた。でも次第に力は弱まっていたんだぜ。何故なら、本当の資質を持っている者は他に居たんだからなぁ」
 「それが、今回我々に同行させたい者だと?」
 「……最初は、ふとした違和感だったんだぜ。魔術師っぽいのに、そんな力なくて。どうしても気になってさ、でも、時々訪ねてって話すぐらいだった。最近までは、本当に何もなかった。でも、炎の魔術師もどきであるファティメアが、子を成さず死んだ為に、そいつは炎の魔術師に覚醒したんだぜ」

 レッドは余り嬉しくなさそうに言った。ゴッチが胡乱気に見ていると、レッドは小声で、聞いてもいないのに話し始める
 いや、話さずには居られないのか

 「……魔術師なんて、ならない方が良かったに決まってるんだぜ。変な力がなくても、立派な心を持った、立派な奴なのさ。魔術師としての力が奴に何を齎すのか、奴をどんな風に変えるのか、……奴が目覚めてから、考えない日はなかっただぜ」
 「…………もう良い、そいつについては解った。だが、何故そいつはラグランに?」
 「そればっかりは、捜し物があるとしか言えないなぁ。訳あり、で許して欲しいところだぜ」

 ふむ、とゼドガンが顎を撫でさすった

 「で、どんな厄介ごとに巻き込まれるんだ? レッドが俺とゴッチにわざわざ頼み込むんだ、何かあるのだろ?」
 「はっは、鋭いだぜ! できれば、怒らないで聞いて欲しいなぁ」

 レッドは頭を下げた。帽子を取り、机に額を押し当てながら真剣な口調で語る
 項垂れているようにも見えた。話しながら喜怒哀楽がコロコロ変わる男だ。哀しみを偽装する事は余り無い

 「顔を真赤にしたアナリア国軍に追い掛け回されたりするかもしんない、だぜ。でも頼む、この通り」

 頭を下げられた二人は、顔を見合わせて沈黙した。しばし見つめ合い、不思議そうに首を傾げ合うと、何でもなかったかのように告げる

 「別段大したことではないな」
 「詰まり今までと変わらんってこったろう」
 「え? そういう反応?」
 「俺と、お前と、ゴッチと、加えて炎の魔術師。最前線たるペデンスから零れた弱兵が、いったい何千人居れば俺達を倒せる?」
 「負けるかよぅ、何人居たって。俺は今気分が良い。“兄弟”の頼みを、聞いてやろうじゃねぇか」

 バッと顔を上げたレッドは、ゴッチの台詞に感極まったか、机を乗り越えてゴッチの分厚い肉体に飛びついていった

 そして、当然叩き落とされた


――


 「正しきを知らぬのであれば、先達の導きによって正しきに至らなければならない。そして導かれる中で磨かれた己自身が、正しきの更に先へと辿り着くのだろう」
 「…………」
 「その、こういう奴なんだぜ。コイツの故郷に、古学者が一人居たんだが、その古学者に学ぶ内に、こんな硬っ苦しい感じに」

 レッドの手配した宿で待っていたのは、白い髪に赤い瞳の女だった。まるで、ダージリンのようだとゴッチは感じた

 「……魔術師として目覚める前は、黒髪黒目だったんだぜ。魔力は当たり前だったものを平気で奪う」

 通常は黒いフード付きの直垂をまとい、身成を隠しているらしい。ゴッチの前でしなやかな白い髪を揺らし、頭を垂れる女は、恭しく続ける
 ラーラ・テスカロンと名乗った。特別裕福であったり、特別な何かがある訳ではなかったが、古い歴史のある血族らしかった

 「レッドから話は聞いている。魔術師の先達と、高名な冒険者。それとは別に、市井の噂も」
 「……で、何だ? 俺達に何が言いたい?」
 「戦う術を教えて欲しい。私の目的にはそれが必要だと感じている。以前、竜に襲われたことがあった。弱点は知っていたのに、私は自分の力に振り回されて、結局出来たのは辺りを火の海に変えることだけだった。竜自体は倒した。だが、勝利したと思うことは出来ない」
 「あー……、頼むぜ兄弟、ゼドガン。組み手もどきの相手をしてくれるだけでも良いからさぁ」

 唐突なラーラの申し出に、レッドまで加勢した。ゴッチは唸りながら、まじまじとラーラを見つめる

 ダージリンに似ていた。魔術師と言う存在が、そもそもこういうモノなのかも知れない
 年齢はラーラの方が上に見える。髪も、ダージリンの青みがかった白ではなく、赤みがかった白。微々たる違いだが、銀と言うよりは金だ
 そして、気性。真っ直ぐこちらを見据えてくる瞳には、ダージリンの諦めたような暗い光は無い。言動からも、覇気が見て取れる

 ポジティヴって事だ

 「ゴチャゴチャと、芝居がかってんな。冗談じゃねぇんだな?」
 「私は至極本気だと、信じてもらいたく思う」
 「レッドよぅ、コイツ、素人って訳か? 殺しの経験は」
 「…………まぁ、ほぼ素人かな」
 「ふぅん」

 凛々しくこちらを見つめるラーラは、眉ひとつ動かさない
 レッドの反応を見るに、多少は人を殺した経験があるのだろう。悪い子だ。ゼドガンをみやる

 「レッドには悪いが俺はしない。俺は以前から、弟子を取るのであればただ一人きりと決めている」
 「へ? なんでまた?」
 「一子相伝と言う奴だ。格好良いだろう?」

 固めを閉じて悪戯っぽく言ったゼドガンに対し、ラーラは正直に残念だと告げた
 しかし怯むことなく、次はゴッチに対して視線を向ける

 「正しきって何だ? あ?」

 鼻を鳴らしながら、ゴッチはラーラを睨めつけた

 「私にとって何もかもは不確実だ。戦う術も、当然。数多を戦った貴方に師事すれば、間違いの無い答えに行き着けると思った」
 「ふぅん……まぁ、良いだろう。お前がそう思うんならそうなんだろ、お前の中では」
 「受け入れてくれるか?」

 レッドがそっと耳打ちしてくる

 「なぁ兄弟、兄弟も、いずれは親父さんの後を継ぐんだぜ? その事を考えたら、女の子一人面倒見るぐらい、どうって事ないさぁ」

 弟分の面倒を見るようなモンだ。とレッドが締め括る

 レッドも知っていて言った訳ではないが、ゴッチには以前弟分が居た。ファルコンの図らいでゴッチが面倒見ていた、酒好き女好きのチンピラだった。だらしの無い奴だったが、兄貴兄貴と懐いて来て、それなりに可愛げのある弟分であった
 エアカーに跳ねられて死んだのだが、最後の瞬間まで兄貴とうわ言で呼んでいた。喧嘩の仕方を教えた初めての弟子である

 「ふぅん。…………ふぅん。俺みてぇな喧嘩を、するようになるかよ」
 「それが私にとって相応で、可能ならば」

 ゴッチは懐から先程手にいれたばかりの葉巻を取り出し、頭部にシガーパンチを減り込ませる。非常に手早く淀みない動作だ

 それを口に加えて、短く言った

 「火」
 「?」
 「ラーラっつったな。これは葉巻ってもんだ。煙管ってのがここにもあるみてぇだな? それと同じようなもんだ。お前の炎の魔術で、コイツの先端に火を着けろ。俺の荷物持ち、使い走り、後はライター……付け火代わり、それが道中のお前の仕事だ」

 些か緊張した面持ちで、ラーラは近づいてくる。ゴッチの肩に手を添えて僅かな体制の安定を得ると、葉巻の先端に人差し指を向けた

 額に汗が浮いている。緊張しているのが伺える

 「その程度もできねぇか?」
 「……貴方を焼き尽くしてしまう……」
 「やれ。俺に逆らうんじゃねぇ」

 レッドが思わず腰を浮かす。ゼドガンも、魔力が動くただならぬ気配に座ったまま身構えた

 ラーラの指先に光が集まって行く。あ、とラーラが吐息を漏らした
 レッドが叫ぶ

 「上に逃がすんだぜ!」

 瞬間、ゴッチはほんの少しだけ顔を後ろに下げた。ラーラの指先から火炎が吹き上がり、ゴッチの鼻面をかすめ、天井にぶつかる
 凄まじい火力。炎が発生したのは一秒にも満たない時間だったが、火線の直撃を受けた天井は燃え始めていた。レッドが「ホワッチャァァー!」と奇声を上げながら、クリムゾンジャケットをバタバタと振り回して消火活動に当たる

 ゴッチは何事も無かったかのように口内に煙を吸込み、ゆったりと吐き出した。些か乱暴だったが、葉巻には火が灯っていた

 「あ……」
 「良いかラーラ。俺はお前の望むモンなんぞ恐らく持ってねぇが、それでもお前が言う“間違いの無い答え”とやらがあると思い込みたいなら、暫くは俺のことをボスと呼べ。そして敬語だ。付け加えて、俺の邪魔をするな。足を引っ張るな。お前の仕事はさっき話したな? 以上がついてくる条件だ」
 「し、従う。……そうか、貴方は私と同じなんだな。恐れる訳が無いか」

 ラーラが、自分の掌とゴッチの顔を見つめて、ぼんやり確かめるように呟いた

 確かに、ゴッチは雷の魔術師と言うことになっている。ラーラが自分の同類だと感じるのは当然だ

 ダージリンも同じようなことを言っていたな、とゴッチは思い出した。魔術師と言うのは、どこまでも似る物なのだろうか

 口を意地悪い笑の形にへし曲げて、ゴッチは高圧的に言った。弱いものに対しては、どこまでも居丈高になれる男であった

 「敬語だ」
 「……はい、失礼しました。以後気をつけます」
 「成程、炎の魔術しか」

 消火活動を終えたレッドが、ひぃひぃ言いながら恨めしげな顔をしている。即座に行動に出た為に、僅かな被害しかでなかったようだった

 「何綺麗に纏めちゃってんのォ?! 俺の頑張りはどーなるんだぜ!」


――


 夜、篝火の隣に一人

 葉巻を銜えながら、ゴッチは天を仰ぎ見て、にやりと笑った
 何時ものように、威嚇や嫌悪感を与えるための笑みではない。意識して、多少品が出るような笑い方をしている

 「(さっきの俺、ちょっとファルコンっぽかったろ)」

 何れファルコンの跡を継ぐと言う言葉は、レッドが思うより遥かに、ゴッチに影響を与えていた

 しかし、気分よさそうなゴッチのニヤニヤ笑いもそこまでである

 ゴッチの目の前の、何も無い空間が、少し揺れた。咄嗟に身構えるゴッチの目の前に、裸電球に羽が付いたような物体が姿を表す
 詳しく言い表すまでも無い。コガラシである。そしてコガラシを動かしているのは、主にテツコ・シロイシ。鋼鉄の女だ

 ゴッチから血の気が引いた

 『漸く見つけた』
 「あ、お、よう」
 『久しぶりだね、ゴッチ。本当に久しぶりだ』
 「あ、あぁ、久しぶりだな。元気だったか?」
 『あぁ、頗る快調だ。何せ、重大な懸念事項が今晴れたのだから。穏やかな気持だよ、ゴッチ』
 「そうか……、それは良かった。お前が元気だと、俺も嬉しいよ」
 『ふふふ、うれしいな、そんなふうに言ってくれるなんて。うれしい』

 コガラシが、激しく明滅する

 『そんな訳ある物か!』
 「やっぱりぃ?」
 『その葉巻は? どうやって手にいれたんだ?』
 「口が軽い奴は、俺らの世界じゃ生きていけねぇんだぜ」
 『ゴッチ!』
 「悪いと思ってる! 本当だ! 確かに無茶した!」
 『ゴッチ! そんな意識があって何故!』
 「だが同時に結果は出したぜ! 明日、明後日には、ラグランに向かって出発する。極めて精度の高い情報だと俺ぁ思ってる! 捜索は進展する、不都合があるか?」
 『他の者ならいざ知らず、私に対して開き直るのか? ゴッチは多少なりとも、私の事を信頼してくれていると思っていた!』
 「してる、間違いじゃねぇさ、本当だ。だが事情がある!」
 『……済まない、落ち着こう、冷静になろう、お互いに……。私は……正直、ゴッチがダージリンを救ったのは、嬉しい事だと思っている。貴重な現地協力者だし、私自身彼女のことは好ましいと思っているよ……』
 「……宿を取ってる。そっちで話さねぇか」
 『周囲に生体反応は無いよ。こちらの方が、安心できる』
 「…………テツコが、さっき言ってた事が本当なら、もう良いじゃねぇか。事情があったし、テツコのサポートも無かった。仕方ない状況って奴だったんだよ」
 『……五百を超えるアナリア国軍と、大立ち回りを演じるのがかい?』
 「それにはすげぇ誇張が入ってる。実際には、五、六人ばかり叩きのめしただけだ。ちょろっと強襲して、ダージリンを抱えて逃げたのよ」
 『……私は実地検分もしたんだよ』
 「え?」
 『君が暴れた広場は放置されたままだったし、君に打ち倒された百人を超える兵士たちには、特別な慰労が取り計らわれたと言う情報も入手している。私に、嘘をついたな……、ゴッチ、私に! アレが、君の言うような可愛らしい事件の跡か?!』
 「つ……! あー、そうだ。テツコの言う通りさ。謝ろうじゃねぇか。囲まれて襲いかかられて、仕方なかった訳だ! ダージリン守りながらじゃな!」
 『アーリアから脱出した後、独自に動き回っていたろう?! 私がどれ程探したか! 軽率な行動は謹んでくれと言ったのに!』
 「ダージリンと一緒に、遺跡に迷い込んだろ? そのせいで、厄介なのに目を付けられて、それの処理をしてたんだよ! 詳しい話をさせてくれよ、そうすりゃ納得する筈だ!」
 『知ったふうな事を!』
 「テツコ! 信頼してる、マジだ。ならお前は、どうだ? 俺のことどう思ってる? 俺はガキか! 聞くだけ聞けよ!」
 『バカ! 都合よく話を捏造する者に、二度目なんてあるもんか! 私がどんな思いで、どんな苦労をしたか、クソ! みんなクソッタレだ!』
 「テツコ、なんか口調変わってんぞ……」

 鋼鉄の女であるテツコに凄んだところで意にも介さないし、致し方ない部分があるとは言え、非はゴッチにある。道理が無ければ話が通らないのは、ゴッチ達の世界でも当たり前のことだ。それでも通そうとすれば、無理矢理ずくしかない
 ――無理矢理など、出来る訳が無かった。テツコはゴッチのサポート役だ。そうでなくても、コガラシ越しに何が出来ると言うのか

 実はテツコの後ろで、ファルコンが一部始終を見守っていた
 見苦しい状況ではあったが、ぶつかり合った方が仲も深まるかも知れない。とファルコンは思っていた

 決して宥めるのが面倒だったわけではない。決して

 本当なら直々にゴッチを叱責しなければならないか、ともファルコンは思っていた
 しかし葉巻を加えて煙を吹くファルコンに、そんな心算は欠片も無くなっていた

 加えている葉巻の銘柄は「イーストファルコン・コロナ」。黒いバンドに、金色の鳥のエンブレムが輝いている


――

  後書

  意味不明な程難産だった……。出来に疑問が残る人も居るかもしんない。ついでに誤字も

 話は変わるけど

 「べ、別にアンタのことなんて信用してないんだからね!」
 とか主人公に言ってるキャラクター見たら
 「べ、別にアンタに信用して欲しいなんて一言も言ってないんだからね!」
 と言いたくならないかしらん

 特にネットss見てると、そうやって言い返して良い展開及び境遇の物が大半のような気がするなぁ

 様式美か何かかしら



[3174] かみなりパンチ22 炎の子2
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2010/02/12 19:06

 白いフード付のローブは、それほど多く用いられている訳では無いが、ロベリンド護国衆に所属する人間の旅装だった。すっぽりと体を覆い隠してくれる頑丈なそれは、ロベリンド護国衆の根拠地が標高の高い山にあるからか、保温性が高い

 用い方を誤れば、暑いだけと言う事だ。姿をロベリンド教徒のそれへと変えたゴッチは、同じようなローブを着込んだレッドと共に、ティトが手配した荷馬車の上で静かにしている
 手綱を取るのはゼドガンだ。彼は馬の扱いが非常に上手く、下手な騎兵よりも馬を好いておリ、また馬に好かれる性質だ

 しかし少々問題がある。アナリアの街々の周辺や、主要な街道は、兵士たちが警備している。世情が世情だけに、呼び止められることが、ままあった
 そこでまず兵士達は、国中探しても容易に見つからないであろう、稀な偉丈夫であるゼドガンを見て、訝しがるのだ。荷馬車の御者役が似合う風体では、どうしてもない

 「は、ロベリンドの長殿とは知らず失礼いたしました。最近では、反乱軍の者共が小細工を弄し、この近辺も俄に騒がしくなっております。お気をつけ下さい」
 「感謝します、実直な騎士殿。ですが、私は騎士殿の規律とその配下諸氏の忠実さを感じ、この旅程の安全を確信しております。お気になさらず」
 「お褒めに預かり光栄に思います。旅路に幸あれ」

 だが、ティトが相手をすると、大抵は今、颯爽と背を向けて騎乗した騎士のように、大して疑いもせず素通りさせた。ロベリンド御国衆の護衛(戦闘集団に護衛と言うのも奇妙な話だが)とすれば、ゼドガンの存在も不思議ではなかったし、或いは不審な物を感じ取っていたとしても、強硬に調べることなど出来なかったに違いない

 ティトは間違いなく貴人である。そして、荷馬車の手配と、変装の用意、ゴッチには体現しえないアナリアの礼儀作法、全く気が効いていて、有用な人材だった

 「見ると良い、ゴッチ、レッド。あの兵士達、前が歩くのにつられて歩くのじゃない。あの騎士の号令一歩一歩を踏み出している」
 「進めと言われて進むだけなら、ガキにだって出来るだろ」
 「ふ、ティトの言う通り、忠実と言う話だ。きっと目の前が海だろうが崖だろうが、号令一つで乗り越えるだろう。ああ言う軍が周囲を取り締まっているとなれば、この近辺は確かに平和だろうな」

 騎士の号令の元、一糸乱れぬ行軍で去っていく二十人程の兵士達
 ティトはふ、と息を吐くと、素早く荷馬車に攀じ登ってゴッチの隣に転がるようにして収まる

 「うー、真面目な騎士様だったねぇ。息が詰まるなぁ」
 「ティト、お疲れさん。ここいらはペデンスに近いだぜ。まぁ、切れ者がうじゃうじゃしてても、可笑しくないだぜ」

 眠たそうな目をしたティトが完全に気を抜くのを見て、ゴッチは乱暴にフードを取り払った

 「息が詰まる? こっちの台詞だってんだ。チ、こそこそと鼠みてぇだ」
 「堂々と動いて、俺は詰まらない戦いで調子を崩したくない。ここ暫くは面白い相手ばかりだったからな、今更凡百の輩を斬ったところで、醒めてしまうだけだ」
 「……褒めたり貶したり、ハッキリしねぇ奴」

 ゼドガンは、やはり自然体である。自然体で、ロクでも無いことを普通に言う。ここ数日気分が良いと漏らすゼドガンは、言葉通りに気分が良さそうで、常よりも饒舌だ

 ゴッチは再び進み出した荷馬車の揺れを感じながら、ラーラに命令する

 「火ぃ」

 ゴッチ達の白いローブとは対照的な、黒い直垂の裾が持ち上がる。深呼吸する音が聞こえてくる

 首筋に何かチリ、とする物を感じて、ゴッチはラーラの手を掴んで斜め上を向かせていた

 ボ、とゴッチの眼前を掠めて、天に向かって消えていく火線。ゴッチが干渉しなければ、ゴッチと、その隣で大欠伸をしていたレッドの頭は、今頃丸焼けだったに違いない

 「ひ、火ィー! ラーラ、俺達に何か恨みでもあるのかだぜ?!」
 「す、済まないレッド、そんなつもりは無かった」

 ギャーギャー騒ぐ二人を他所に、二度ほど煙を吸って吐いたゴッチは、厳しい口調で言った

 「オイ、ラーラ、なんで苛立ってんだ、お前」
 「別に、そのような事はありません」

 よく平然と言ったものだった。アナリア国軍を見る度に殺気立つラーラに、気づかないゴッチではない


――


 レッドは異質な男だ。聞くところによればゴッチにとっての異世界の生まれで、魔術師であり、しかしアナリアだけでなく、ロベルトマリンにも深いコネクションを持っているように、ゴッチには感じられる
 多少の制限がある物の、自由に“あちらとこちら”を行き来し、両方に複数あるのだろう拠点の存在を匂わせない

 詰まり、現状レッドを縛ることは出来ないのだ。ロベルトマリンだろうが、アナリアだろうが、なんだろうが

 ゴッチを除いて行われたテツコとレッドの話し合いの結果、現状維持と言う結論に至ったのには寧ろ当然だ。しかし可能性としてはレッドを“保護”し、ワープゲートまで護送せよと言われる事も在り得たゴッチとしては、ほっと安堵の息を吐く場面であった

 安堵の息? どういう意味合いで?

 「…………クソレッドがよ…………」
 「あー? どうした、兄弟?」
 「ふん」
 「なんだよ、何、俺ってば何かしただぜ?」

 心配などしている訳では無いのだ、断じて

 「ラーラ、アイツ、何なんだ? 火の扱いに馴染み始めたと思えば、兵士にビビってコントロールが悪くなりやがる」

 荷台の縁に両脇を乗せて、気怠そうにゴッチは問い掛けた。レッドはフードを弄りながら、目を伏せている
 当のラーラは荷馬車の隅でこくりこくり船を漕いでいる。昨日の夜番はラーラだ。一睡もしていなかった

 「うーん、うーん、……俺が勝手に話すのもなぁ」
 「…………まぁ、良いか、良いわ。俺のミスだ。俺に奴の事情なんて関係ねぇし、奴に俺の事情なんて関係ねぇ。だよな? 邪魔にならなきゃ良い」
 「ふーん……」
 「なんだよ」
 「いやぁー? 別にぃー? べぇっつにぃー?」

 隼団のソルジャーは、団の同輩以外に気を使ったりなどしない。ラーラの身の上を心配するなど、有り得ない

 身内以外の者には、契約以上を求めるな。不干渉。必要な物は契約と取引で、それが無理なら奪うだけ。ファルコンの教えは、極めてクールでイカしている。と、ゴッチは思っている

 取り繕うように自分の言葉を撤回したゴッチに、レッドはニヤニヤと笑いかける
 その何とも背中がムズムズしてくるニヤケ面を見て、ゴッチは額に青筋を浮かべさせた

 びゅ、と音を立てて、鉄拳を繰り出す。何度も拳を食らうたび、いい加減慣れてきたのか、レッドはそれを紙一重で避け切る

 ギターをくるくる回して、狭い荷台の上をごろごろ転がり始める。ゴッチから距離を取ろうとしているのだ

 「ひょーほほほほ! 別になんでも無いんだぜ、兄弟。本当さぁー!」
 「クソ、ニヤニヤすんな! 待て!」
 「止めてー、暴れないでー、調子、悪いんだ……、頭に響くよ……」

 寝惚けているラーラの足元までレッドが転がっていったとき、不審な物を感じ取ったのか、ラーラの四肢がびくりと痙攣し、風のような速さで翻った
 シッ、と、食いしばった歯の隙間から漏れる空気の音。一瞬で覚醒状態まで到達し、立ち上がったラーラは、自分の足元にある物が何なのか良く確認しないまま、全力で拳を振り下ろす

 鋭い拳は情け容赦なく、レッドの鼻面に突き刺さった。レッドは聞くに耐えない悲鳴を上げ、頑丈な後頭部で荷台の下部を凹ませた後に、盛大に鼻血を噴出した
 ラーラには余裕が無い。危険に対して、過剰に反応してしまう。冷静でないのだ

 「ぐあぁぁー!」
 「え、あ?! れ、レッド、何故こんなことに!」
 「ラーラぁ、よくやった!」

 ゴッチはラーラの健闘を讃え、その背をばしばしと叩いた。そして痛みに震えるレッドにストンピング

 ラーラは一瞬唖然としたが、直ぐにゴッチを止めに入る。だが、今更どう取り繕っても、初撃を入れたのはラーラだ
 レッドを一撃で撃沈した拳は、覚醒直後に放ったにしては、本当に力強く、見事な拳であった

 ふうふう荒い息を吐きながら、ゴッチは葉巻を銜え直す。レッドは自分の事よりもギターの方が大事なようで、ギターケースに付着した埃を涙目で払っている

 「別にさぁー、兄弟、意外と面倒見が良いなって思っただけなんだぜ。良い兄貴振りだな、と」
 「…………何言ってんだ、テメェ。コイツぁなんだ? 荷物持ちだ。隼団じゃぁ、ただの荷物持ちをファミリーとは呼ばねぇんだよ」

 苛立たし気なゴッチの言葉に、ラーラが怯む。起き抜けだが、ゴッチが自分に対して、余り好意的でない話をしているのは解った

 「でもさぁ、結構……熱の入った手程きをさぁ……」
 「勘違いしてるようだから言ってやるぜ、レッドよぅ。俺が良い子ちゃんで居てやれるのは、テメェの脳味噌の中でだけなんだぜ」

 胸がチクリとした。当然だが、罪悪感を覚えたわけではない

 コガラシの接触があったのだ。暫く沈黙を保っていたテツコが、ここに来て口を挟んだ

 『ゴッチ、その物言いは、じゃれ合いを超えているよ』
 「(あぁ? テツコ、今まで俺が、じゃれ合ってるように見えたってのか?)」
 『君の……、その横暴で強情な所は、君に限って言うなら、プラスに作用している部分もある。でも、彼らに対して傲慢に振舞っても、良いことはない』
 「(おい……、テツコ、何を……)」
 『私は、君のそういう振る舞いは、好かない。ゴッチ…………』

 ゴッチはガリガリと頭を掻いた
 不満そうに鼻を鳴らすと、どっかり座り込んで白いフードをかぶり直す

 そして、ボソリと言った

 「チ、……言い過ぎた。悪かったよ」

 レッドは唖然とする

 「へぇー…………へぇぇぇー…………、ふぅん、ほぉ」
 「…………」
 「ほっほぉー…………べっつにぃぃぃー?」
 「ラァァーラッ! その馬鹿を這い蹲らせろ! 俺の足元にだ!」


――


――


 「そのレッドと言う……、青年、興味があるな。クリムゾンジャケットのレッドか」
 「テツコや他のスタッフも興味津々だったな。一応、こちらからの接触は控えるように言っては居るが」
 「ソルジャーにもか?」
 「…………いや、特に何も制限してない。今の所は、上手く関係出来てるみたいだったからな」

 人っ子一人いない寂れた公園のベンチに、ファルコンとマクシミリアンは座っていた。このベンチは、何時もならガムがへばり付いたり、泥と埃で汚れていたりするのだが、今は綺麗に磨きあげられている
 二人から見えない位置に居るマクシミリアンの部下が、細かく気を使ったらしい。ご苦労なことだ、と困ったように零したのは、ファルコンではなく、マクシミリアンの方だ

 「面白い。理屈ではないのだな。……こちらとあちらの繋がりが、感じ取れるのか。彼に協力してもらえば、もっと大量のワープポイントを把握出来るかも知れん」
 「……面白くない事態じゃぁねぇのか? ワープポイントが今の所全部で三つ、安定した実用に耐えうる物がたった一つだからこそ、アンタの掌の上で事が収まっているんだろう。この上規模が拡大したら、他所から茶々が入るかも知れん。それに、ロベルトマリン国外のポイントが発見された時は、どうする?」
 「ジェファソンの技術は我が国が独占している。その管理も処女を扱うかの如く丁寧だ。アドバンテージは崩さん」

 ここでファルコンは、少し前にTV端末で放送された番組の事を思い出した
 白いスーツの威勢の良い男が、ロベルトマリンの政治家を相手に、威勢良く弁を振るっていた。この軍部の妖怪が言う通りに、異世界の事柄に関するロベルトマリンのアドバンテージは大きい。大き過ぎる。攻撃したい輩は、掃いて捨てるほど居るだろう

 「色白坊ちゃんとかが、えらい剣幕で騒ぎ立ててるようだが?」
 「……チューズ君の事か? 大声で聞こえの良い事を言っていれば、確かに“効く”。が、まぁ、アレは長くは続かん」
 「ん? ……名前までは知らんが、それはどういう事だ?」

 マクシミリアンは、腕時計型の情報端末で資料を流し読みしている。余裕の笑みは崩れない

 「非常に残念だが、彼が絶対に公には見られたくないであろう物を発見してしまった。重ねて言うが、非常に残念だ。中々切れ者と思っていたし、彼のスーツの着こなしは、私は嫌いでは無かった」
 「…………あぁ、そうかよ」

 ここ最近、辟易とした表情を、ファルコンは隠さなくなった。マクシミリアンの謀に付き合わされていると常に思う。行動の速さが、異常だ
 速いと言う事は強いと言う事と、ファルコンは常々言っている。正にその通りであった。その上で、拙速と言う訳でもない。中々仕事に芸がある

 「しかし、ソルジャーが行方不明と聞いた時は何を企んでいるのかと思ったが、結果が出ているようで何よりだ

 ファルコンは沈黙を返す。何食わぬ顔で懐から葉巻を取り出した

 「抜け目ない男だ。まだ私を警戒しているのか?」
 「そうだな、俺の仕事を、もう少し手伝ってくれたら、多少は殊勝になってもいい。おっと、ジェットを送りつけてくるとかは駄目だ」

 ファルコンは、使い捨てにされるのは御免である。この男、マクシミリアンにとって有用であるか、興味を引く対象であるか、弱みを握るか。それらの内一つでも成し遂げ、維持し続けるのは、これは中々難しい
 無難なのは、弱みを握るとまでは行かなくとも、共犯者と言う立場だ。例えばファルコンが警察組織に捕まった時、マクシミリアンに実害が及ぶような関係であれば、そんな関係であれば

 つまり、ファルコンは与えられた仕事を独力でこなしてはいけなかった。マクシミリアンに関与して貰わなければいけなかった。もっと明確な形で共犯者になって貰わなければ

 そういった腹は、マクシミリアンとて承知していた

 「良いだろう。検討して、数日中に更に具体的な支援を行う」
 「助かる。で、話は戻るが、その魔術師レッドだ。どういった対応を取れば良い?」
 「…………幸いにも、レッドはソルジャーに対して非常に友好的なのだろう。そのまま関係を深めてくれ。」
 「ふ……ん……、了解した。では、失礼する。これからアーハスさんとランチでね。戦艦内での面白い話を聞かせてくれるんだとよ」

 よちよちと、素っ気なく歩いていくファルコンは、公園の出口に差し掛かって、ニヤリと笑った

 「(まさかゴッチの奴が、本当に行方不明になっただけだと知ったら、あの妖怪野郎どんな面をするかな)」

 ファルコンがマクシミリアンを恐れるように、マクシミリアンもファルコンを侮ってはいなかった
 だから思い込んだのである。まさかファルコンの養子ともあろう男が、間抜け面晒して迷子になどなる筈が無いと

 「…………」

 嫌味を言われるぐらいどうってこない、と泰然としていたファルコンだが、その態度もマクシミリアンの勘違いを煽る結果になった

 「(あぁ……言ってみてぇ~、言ってみてぇぞ……!)」

 無論言わない


――


――


 『ゴッチ、私が見ていない間、どんな事があった?』
 「(……何だ? 報告は、もう纏めてある筈だろ)」
 『君から直接聞いておきたいんだ。……信頼関係を築くには、矢張り私と君に直接的な繋がりが必要だ』
 「(言ったろ、テツコ、信頼してる)」
 『そもそも、その信頼は何から生まれたものだ? ファルコンが言ったから、私と関係する。そんな御座成りな物では』
 「(酔ってんのか……?)」
 『そうかも……知れない。ブラックバレー氏から、所員を労う土産が届いた。高級なワインも』

 星天を見上げながら、ゴッチは難しい顔をした。テツコは酔っているのか、それとも口だけなのか、今一解らない調子であった

 「(……何か、かけてくれ。騒がしくねぇのが良い)」

 程なくして、コガラシを通じ、音楽が聞こえてくる
 クラシックだった。テツコの純粋な趣味か、或いはクラシックなどまともに聞いたことも無いゴッチへの嫌がらせか、どちらにせよこの選曲には、苦笑する他無い

 「(……ロマンチックだな。水の中を漂ってるようなムードだ)」
 『解るかい? カーエル・ピガーの「星天」さ。カーエルは神話に登場する、星空を漂う母をイメージしてこれを作曲した。雄大で、不滅の、美しい情景の中を、安堵と共にたゆたう。そう、ゴッチの言うような、水の中も、その心に通じる物がある』

 くっくっく、と、ゴッチは小さく笑い声を漏らした。テツコが妙に嬉しそうに語り始めたからだ
 鋼鉄の女であるテツコが、今は酷く可愛い

 ゴッチにとって水の中とは、決して愉快な物ではない。ピクシーアメーバなのだ。水中を好む訳が無い

 ゴッチは、悪意などは無いが、否定的な軽口を叩いたつもりだった。それに気付かない程今のテツコははしゃいでいて、ひたむきだった


――


 「…………何を笑っておいでか」

 ラーラが身動ぎする。昼間寝こけていたこの半人前魔術師は、夜になっても寝付けずに居た
 身体を起こしたラーラは、米上を揉んでしばし瞑目すると、遠慮がちに問いかける

 『本当に似ているな、彼女は。……顔立ちではなくて、雰囲気が』
 「故郷の友人の事を思い出してた」
 「ボスのご友人ですか」
 「そうさ」

 話し声にゼドガンがのそりと顔を起こしたが、直ぐに寝直した

 「中々気合の入った女でな。鋼鉄みてぇに堅苦しいかと思ったら、以外に融通が効くんだ。それに何時も取り澄ましてるかと思いきや、可愛いところもある。面白みのある女だよ」
 『ゴッチ……誰のことだ……、その、余り変な事を言うのは……』
 「ボスの奥方ですか?」
 「友人っつったろ。……相棒って所だな、言うなれば」
 『う…………』

 テツコは黙り込んでしまった。らしくも無く照れているのか

 「ボスの命が輝いているのを感じる」
 「はぁ?」
 「レッドや、ミランダローラー殿。ティト様に、ボスの仰られるご友人。ボスの中に居る様々な人々が、ボスを満たしている。命の火が輝いている」
 「あぁ?」

 唐突に、御洒落なポエムに興じ始めたラーラに、ゴッチは眉を顰める

 「(おい、テツコ、どういう意味だ?)」
 『い、いや、私に聞かれても』

 ラーラは手を頭上に掲げる。ぬらぬらと蛇のように、炎がそれを這い回る
 火の扱いは、格段に上達してきている。ゴッチがラーラの魔術に付け加えたものは、何一つとしてない。力を恐れる事の無意味さと愚かさだけを教えた
 それだけで十分だったのだ

 「遠い地から参られたのでしたか、ボスは。アナリアでは、命は火です。様々な信仰、伝承、趣を変えれば童話、それらで、命とは燃え盛る火として扱われています。死した人の魂は、炎となって太陽に辿り着く、等と言う話もあります」
 「炎の魔術師だから?」
 「……目覚めてから、それが感じられるようになりました。ボスの火も、漸く全容が掴めた。それは、極めて独特です」
 「ふん……」

 炎を消し去って、ラーラはゴッチを見据えた。出会い頭にあった、畏れのような物は、消えていた
 魔術師となったラーラにとって、人は自分とは別の生き物だ。しかし、同じ魔術師(であると思っている)であるゴッチも、ラーラにとっては未知の生き物だった

 理解する、とは、恐を打ち消すことだ

 「私に限らず、レッドに限らず、様々な人物との関係を、拒む訳ではないが、一顧だにしない。心根には清々しい程己のことしか無く、余人の不確かな部分に頼ら