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[25691] 親友ポジションの男に転生しました(IS・ロボだけANUBIS・チラ裏から移動)
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:6e2371a3
Date: 2011/02/02 11:55
 ISことインフィニット・ストラトスがそういえばアニメ放映したんだったなぁ、と思い。
 古本屋で三巻目まで買ってみました。やっぱりロボが好き。

 そんなわけでムラムラしたので気晴らしにテンプレートな転生オリ主を書いてみようと思った。主人公は親友の皮を被った誰かです。
 ここに来る前に神様にあれを譲られたが、コストが高すぎたのでいろいろ制限を受けたと思ってください。むしろ主人公にあのメカを操らせたいというのが本音ですが。ぶっちゃけ――『どうしてISって、あれと足先の形が似ているのにだれも書いてくれないんだろう』と思ったのが大きな理由の一つです。
 深く突っ込まないでー。


 それでは、肩の力を抜いて――ではなく、肩に力を込めて読んでください。(え) 


 二月二日、チラシの裏からその他板に移動いたしました。





――



【ネタ】親友ポジションの男に転生しました(テンプレ転生オリ主もの。ロボのみANUBIS)

















 まず最初に憧れたのは――飛行機だった。
 子供の頃に両親が見せてくれた演技飛行。飛行機が空中で滑らかに飛び回り、見事な演技飛行をみせてくれるのを子供心に喜んでいたのを覚えている。
 綺麗で、早くて、強そうで――あれに乗るにはどうすればいいのか、と両親に興奮気味に話した俺に、しかし母親も父親も少し困ったように応えた。

『ああ。でも……もう戦闘機なんて時代遅れだしなぁ』
『弾が女の子なら、ISに乗るって事も出来たんだけど、男の子じゃあね』 


 IS。
 元々は宇宙開発用に設計されたパワードスーツ。既存技術で設計された兵器類を全て屑鉄に変えた最強の兵器。
 機動性能、攻撃力、耐久力、全ての面において最強。最早世界のパワーバランスはそれらを幾ら保有する事ができるかの一点に掛かっており、日本にあるIS学園はそれら国防や利権に大きく絡む女性の育成の場になっている。
 そう。
 女性のみだ。
 ISの奇怪な特性として、それらを起動させ運用する事が出来るのは何故か女性のみであり――ISを稼動させる事が出来る=女性は強い=女尊男卑の風潮が徐々に浸透し始めている。この世にそれが生み出されてからまだ十年といくつか程度しか経過していないのに。

 時折、弾は無性に恐ろしい恐怖に駆られる時がある。
 
 ISがこの世に生み出されてからまだ十数年。それ以前の男性を見下す風潮などまったく知らない世代はまだまだ大勢いるにも関わらず、町を歩けば男性を奴隷扱いする女性が少しずつ出ている。

 たった十数年でこれだ。

 もし――ISが世界最強の兵器であり、そしてそれらが生まれた時から空気のようにごく自然に存在している世代はどうなるのだろうか。

 たった十数年でこれなのだ。
 
 女性にしか扱えない最強の兵器――それはそんな上っ面の文言よりも遥かに恐ろしい差別の時代を呼ぶ代物ではないのだろうか。世代が進めば歴史が流れれば、男性は子孫を残すための道具に成り果てて、今のように建前の男女平等の風潮など枯れ果てて本当の意味で奴隷扱いされるのではないのだろうか。
 十数年で今の状態。ならば時間を経る事に差別は深まり、それを誰しも当然と受け入れる時代が来るのではないのか。
 五反田 弾は自分が時折若さに似合わぬ考え方をする事を自覚していた。夢も希望も進路も漠然としているようなありふれた青春ではなく、生まれた時からどこか不安と恐怖を胸に巣食わせていたような気がする。

 もちろんこんな考えが、男性と女性の和を乱すものである事など理解している。少なくともインターネットで書き込んで他者の意見を求めたときは、すぐに封殺されてしまった。削除規制の対象になり――勿論捕まるようなへまなどしてはいない。
 自分の考えが今の社会の風潮に合わないことは自覚している。インターネット喫茶を使い、色々とプロバイダを経て足取りを手繰られないように手を尽くしていた。
 分かっている。自分は天才だ――それも唯の天才ではない。まるで自分の十五年間に合わせて三十年か、四十年ほどの歳月を掛けねば会得できない知性がある。
 その知性が、今の状況に危うさを感じていたのだ。

 

 ISを設計した彼女――篠ノ之 束はその当たりをちゃんと考えていたのだろうか? と、五反田 弾は考える。
 一夏から彼女の事を又聞きしたことがある。あの天才科学者――箒、一夏、千冬の三名と両親のみをかろうじて身内と判断するらしい女性。それ以外には眼中にすらないといった態度の社会不適合者は考えたのだろうか。
 ダイナマイトを発明する事で大いに世間に貢献し、同時に軍用に用いられる事で犠牲者を出したノーベルのように。空を飛びたい一身で飛行機を作り、そして軍用に転用されたライト兄弟のように。戦争に流用される可能性を考慮したのだろうか。

 科学者とはできない事を出来るようになろうとする人種だ。そういう意味では篠ノ之 束は見事なまでの科学者だ。
 自分の欲求の赴くままモノを生み出し、それがどういう結果をもたらすかなど微塵も考えず、ただただ身内のみを愛する彼女は――ただの男である自分、五反田 弾のことなどまったく意に介してなどいないだろう。

 幼少期――憧れであった戦闘機に乗りたいと駄々をこね。
 そして大きくなるにつれ、世界のどの国も戦闘機開発を全て放棄し、ISの開発に着手し始めて――憧れの翼を時代遅れにされた子供の気持ちなどきっと知らない。子供の頃の憧れが――無人機に改修され、ISの訓練用ドローンに転用された無惨な気持ちなど知らない。
 ならば――と、この世で最強の力、ISに乗りたいと思った子供の頃、同学年の少女達に男はISを使えないと教えられた時の、あの悔しさなどきっと知らない。少女達のどことなく自慢げな――男を見下した眼差しなどきっと知らない。



 夢に挑む事すら許されなかった(オス)の気持ちなどきっと彼女は永遠に想像しない。



 そして――自分が望んで止まないものを偶然手に入れた親友に対する堪え難い嫉妬など、あいつはきっと、想像もしていない。





「なー、一夏」
「んー?」

 五反田 弾には友人がいる。
 幼少期からずっとの腐れ縁の男友達。織斑一夏。とりあえず見ていてイラッとするぐらいに女性に持てるフラグ立て職人であり同時に鉄壁の鈍感である。友人としてはまず良い奴と言えるのだが――しかし妹である五反田蘭の彼に対しての感情を知っている兄としてはいささか困ったものなのだ。
 さっさと一人に決めてしまえ。恋愛からの痛手より回復するには時間がかかる――なにせ、なんの因果か、こいつは妹の競争相手が山盛り特盛の学校に編入されてしまったのだから。

 いや、いい奴なのだ。そこは弾は胸を張って主張できる。
 ただし、兄としてはその修羅場に巻き添えにされたくない。出来るならば遠いところで幸せになってください、が本音である。

 今現在、五反田弾はエロ本の家捜し、もといIS学園へと編入された友人、織斑一夏の編入の手伝いをしていた。
 もちろん――友人の一夏の事を憎からず思っている妹の蘭も手伝いに来たがったのだが、予定が合わずに残念ながら断念している。とりあえず妹には『心配しなくても……一夏のパンツは土産にもらってきてやるから。俺の社会的生命と引き換えにな』と機嫌を直すよう言った。
 死ぬほど殴られた事は言うまでも無い。

「で、実際どうなのよ?」
「どうって……なにが?」
「とぼけやがって。右も左も国際色豊かな女人の園だぜ? なんつーか、こう十八禁な展開……は悔しいからともかく、十五禁的な展開とか無かったのかよ?」
「おいおい、どんだけ手が早いんだよ俺」

 と、すっとぼけているが――コイツの場合は自己申告がアテにならない事が多々ある。
 中学時代からの付き合いであるものの、何度こいつのラブコメの背景にさせられ、いつ絞め殺してやろうか、と考えた事は両の手を扱っても数え切れない。
 困ったように嘆息を吐く一夏は、厭そうにこちらを見た。

「そういうお前は――都内の進学校だろう? 量子コンピューターの勉強がしたいとか。……お前頭悪そうな外見の癖に頭は恐ろしく良いからなぁ」
「……いやさ。俺は――」

 弾は、かすかに笑う。

 夢があった。

 IS。
 人類最強の兵器。その兵器に乗り込んで闘う無敵のエース。子供のようなおおよそ現実味の無い夢。
 ……男に生まれた人間が、雄に生まれた生き物が――どうしてその夢を諦められる? 子供のような夢とはおおよそ実現不可能な夢を指すが……その夢を見なかった雄など何処にいる?
 

 地上最強。天下無敵。撃墜王。英雄。


 そういう言葉に心惹かれない雄など雄ではない。

「やってみたい事があったけどよ。どうにも才能がないんだわ」

 おどけたように笑って肩を竦める。
 そして自分は――雌ではなく、雄だから、その夢に挑む事すらできないでいる。
 嗚呼、今この世の中で、最強という称号に挑む事すら許されない精気と野心に満ち溢れた雄達が、どれほどの無念と憤怒をはらわたに溜め込んでいる事か。
 分かっている。自分の進路は唯の代償行為だ。
 最強になれないのであれば――技術者として最強を自分で生み出す。それが――弾の選んだ、夢の残骸を掴む手段だった。
 
「ほんと……女人の園にたった一人の男子だなんて……」

 冗談めかして弾は言う。
 
 悔しい。悔しい。悔しい。涙を飲むぐらいには。

 奇跡は狙いを外した。運命の女神は、ISに特に執着も関心も持っていない自分のすぐ傍にいた親友を狙い撃った。
『史上初のISを扱える男性』という――弾がどれほど恋焦がれても得ることの出来なかったそれを、彼は手に入れたのだ。自分にとっては金銀財宝などよりも遥かに意味のある崇高な宝物を、手に入れたのだ。

「羨ましくて……死にそうだ」
「はは」

 一夏は笑う。弾の言葉が心の底からの本心であるなどと気付かず。

 ……きっと彼は、周りが女性ばかりのハーレムとも言うべきIS学園編入が決まった事を羨んでの言葉と思っているのだろう。当然だ、この友人にはそう思わせるように弾は自分の発言をコントロールしてきた。
 軽薄で、お調子者で、情誼に厚い、中学からの親友。
 自分がどんな思いを抱いていたか、一夏にどれほどの嫉妬を抱いているのか――彼は知らないし、弾もそれを知らせる気は無かった。良い奴なのだ、妹も彼を慕っているし、なんだかんだで友人のために体を張る義侠心だって持ち合わせている。
 分かっている。自分のこれは唯の醜い嫉妬だ――そして幸いというべきか、それとも不幸にもというべきか、弾はそれを自制する成熟した精神を持っていたのだ。
 大丈夫、俺は大丈夫――親友の前で本心など明かさず、この気持ちを永遠に墓場に持っていく。


 俺はそれができる男だ。



 それが、出来る男だった。




 それを見るまでは。





「ん? 弾?」

 織斑一夏にとって五反田 弾は親友である。同年代の友人だけあってデリケートなもの……具体的にはエロ本を見てみぬふりをしてくれる繊細さは千冬姉にはないものだ。
 ……とはいえ、そういう猥雑本を女しかいない寮に持っていくことはできないから親友である弾に全て預ける事になっている。エロ本を預ける事が出来る親友なんて一生涯掛けても見つかるかどうか。
 そんな彼が――ゴミ箱の前で蹲り、肩を震わせているのを見て……一夏は思わず声を掛けようとする。
 
 その時の彼の顔を、一夏は生涯忘れないだろう。

 怒っている。
 心の底から――激しい激怒の炎を、本気の殺意を眼差しに込めていた。
 一夏は一度――第2回モンド・グロッソ決勝戦当日に誘拐された経験があるが……誘拐のプロフェッショナルが見せた機械的な凄みよりも、より激しく原始的な怒りと憎しみの感情を叩き付けられ、思わず息を呑んだ。
 眼差しだけで人を殺せそうな剄烈無比の眼光。襟首を掴み上げる力は、抗する事も許さず彼を空中へと吊り上げた。こんなに力が強い奴だったのか? ……まるでなにか肉体を酷使する職業に付く為に準備として鍛えていたような腕力だ。

「なんで……」

 足元に打ち捨ててあったのは――電話帳。
 いや、目を凝らしてみれば分かる。一夏が電話帳だと思って捨てたそれは、IS学園における基礎学習事項を詰め込んだ教科書であり、編入する前に送られてきた教材だった。

「……なんで……!!」

 一夏には、どうして弾がこれほどまで激怒しているのか理解できない。どうしてゴミ箱に捨てられていた電話帳を見て彼が泣きそうな顔をしているのか判らない。歯軋りをする姿も激情を露にする様子も――今まで一度も見せたことのない、想像すらしなかったものだった。

「……なんで……お前だけが……!!」

 負の感情――弾が覚えていたのは堪え難い嫉妬と怒り。
 まるで幼い頃に泣く泣く諦めた高嶺の花だった片思いの人が、今の恋人にまるで大切にされていないような光景に……関係者にしか配られない資料をゴミ箱へ放り込むそのぞんざいな扱いに、弾は歯軋りの音を漏らす。今まで影すら見せたことも無かったISへの憧れを無造作に踏み躙られ……弾は、キレた。
 もちろん――人類初の男性でISを操れるという一夏を影ながら護衛しているSPが弾の暴行を見逃す訳も無く。
 どこからかわらわらと沸いて出た黒服に押さえ込まれながら――弾は吠えた。何故これほど色濃い憎悪を叩き付けられるのかまったく理解できず呆然とする一夏に、弾は吠え続けた。

「なんで……なんで……なんでお前だけが、なんで……お前なんだああぁぁぁ!!」


 




 きっと――日本のIS関連の人間は自分に対してマークを始めただろう。
 恐らく日本のどこかに諜報機関では誰かの机の上に自分のパーソナルデータが山済みにされているはずだ。迂闊な発言などしたことはないが、洗いざらいプライバシーを調べられていると思うと流石に不快だ。
 一人自室で――食事も拒み、兄の只ならぬ様子に心配の声を上げた蘭も無視し、弾は一人、電気もつけない部屋で唸る。
 SPに連行され取調べを受けてきた――背後になんらかの組織が存在しないかを徹底的に尋問され……弾は素直に全て応える。隠す事など何も無い。誰でもいいから憤懣をぶちまけたかった。冷静さを抑えきれなかった。
 自分はクールだったはずだ。憧れも夢も飼い慣らすことができたはずだったのだ。……だがあれを見た瞬間、嫉妬と悔しさで感情の堰は決壊した。

「俺は……自制できる男のはずだ」

 拳を握り締める。

「一夏がISを使うって決めたなら――祝福してやれば良い……あいつには適正があった、それだけの話だ、それだけの話なんだ……!!」

 歯を噛み締める。

「なのに、どうしてこんなに悔しいんだ!! 諦めたのに、捨てたのに、もう現実的な生き方しかしないと決めたのに!!
 どうして俺はまだ……ISに恋焦がれているんだ!! 手に入らないものを手に入れたいとそう思っているんだ!!」
 
 壁を殴りつけた。……音ぐらい聞こえているはずだが、蘭は兄の只ならぬ様子を察しているのか何も言わない。今はただ、優しい無干渉がありがたかった。
 酒が飲みたい。まだ未成年だが。
 少なくともこの胸をきしませる激しい嫉妬とたまらない悔しさを消せるなら酒気で頭を濁らせたい。

 弾は――五反田食堂でお客に出す用の酒をちょろまかして、レジに代金を置くと親の目を盗み一人瓶を傾ける。生まれて始めての犯罪。
 飲んだのは一瓶のみ。……初めて酒を飲んだことでアルコールに弱かったと発覚した自分の体質が――これほどありがたいとは思わなかった。
 





 それが、指に掛かっていると気付いたのは未だに脳髄が酒気で酩酊したままベッドに倒れ込んだ状態で半覚醒した時だった。
 部屋には誰もいない。鍵も掛かっている。学校では学年主席の弾は、親の信頼も厚くきっと酒を飲んで酔いつぶれているなど想像もしていないのだろう。
 だから誰も入った人はいないはずなのに――何故か奇妙なストラップが指先に絡まっている。

 まるで――狗のような頭部。
 ロボットの首から上、まるで下半身を千切られたようなデザイン。首の一番下には球体が埋まっている。
 それが何なのか理解できぬまま、五反田弾は指を伸ばしてそれに触れ――そして、声を聞いた。









『始めまして。独立型戦闘支援ユニット『デルフィ』です』

 そこまで行って――弾は思い出す。これは、ISの待機状態――だがそれはないな、と透徹した理性が酒で願望が形を成したのだと警告する。無感動な瞳で彼は言葉を聞いた。

『プログラムされていた予定条件を満たしました。システムに従い、本機<ANUBIS>はフレームランナーの元に量子転送完了』

 聞こえてくるのは女性の声。機械的な平坦口調であるにも関わらず、どこか温かみを思わせる響きを含んでいた。

『操作説明を行いますか?』



[25691]
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:6e2371a3
Date: 2011/02/02 14:04
「……五反田弾……か」

 すらりとした長身を黒のスーツ姿で覆った入学生達の憧れの的、世界最高のIS乗りである教師、織斑千冬は諜報部から回されてきた資料を読み漁りながら――弟の親友であり暴行を加えようとしたと記載されているそのプロフィールを見ていた。
 知能指数が高く、中学時代では常に学年主席。卒業後は機械工学系の高校に入りそこで量子コンピューターの設計に関わることを決めている、今時の若者にしては珍しい人生の指針を十代半ばにして既に決めている珍しい男性だった。
 年がら年中、家に滅多に帰る事の出来なかった自分に代わってその孤独を埋めてきてくれた彼には、一夏の家族として感謝の念を捧げたく思っている。……だが、世界で初めて男性でISを動かす事ができた弟に暴行を加えようとした彼に対して私情を挟む事は許されない立場だった。 
 今現在――かつて世界で軍隊に従事していた人間の雇用が大きな問題になっている。
 ISという最強の戦力が、旧来の兵器を駆逐する圧倒的性能を持っている事は確か。そうなれば、世界各国の首脳がIS候補生の育成に力を入れるのも当然だし、そちらに予算を配分するのも当然の話だ。
 ただし、当然皺寄せが出てくる。
 その一番の対象は旧来の兵器運用に携わってきた兵士達――拠点制圧に必要な歩兵はしぶとく生きながらえているが、迅速な航空制圧が可能なISの編入で、空軍は大幅な人事刷新によりパイロット達は大勢職にあぶれているらしい。量子コンピューターや機械工学の専門家であり個人的な知己であったレイチェル=スチュアート=リンクスを通じて知り合ったその夫である空軍の元パイロット、ジェイムズ=リンクスは運送屋。三次元機動を行うドッグファイターが今では二次元機動しかできないトラックの運送屋。時代が時代なら各国が千金を積んで招聘するエリートがだ。
 かつて国防の要であった空軍パイロットは空を奪われ、プライドを地に落とされた。ISの出現で職を追われた元軍人たちによる犯罪は増加の一途を辿っている。幾らISが最強の戦力でも犯罪の全てをこの世から駆逐できる訳が無い。現在の問題を解決する最大の手段は、リストラされた軍人達を雇用することだが――世界中の膨大なリストラ軍人達の口を糊するだけの体力がある大企業など何処にも存在しない。抜本的解決策はどの国にも存在せず、現状この問題は棚上げするしかないというのが現状であった。

 今現在男性のもっとも収入の良い職業は――そういう女性の愛玩動物に成り下がる事。俗に言うホストやアイドルは以前にも増して可愛がられるようになった。
 そんな去勢された雄になることが一番儲かる現在社会。その状況に多大な責任を負うIS設計者は今何処にいるのだろうか。

「……どうせ、寸毫たりとも気にしていないんだろうけどな」

 常識人ばかりが気苦労する現実に、彼女は大きな嘆息を漏らした。







 なんで、おまえなんだ。


 
 織斑一夏の人生を変えた一言が存在するとしたら――きっと、親友が初めて見せたあの本物の激怒だろう。
 五反田 弾。一夏の中学時代からの親友。髪の毛が僅かに赤みがかった彼。常に学年主席のエリートの癖にあまり偉ぶったところが無く、普通の青少年みたいな馬鹿話を率先して行う彼。その彼が初めて見せた、自制を失う姿。

 あの数週間前の事件から――彼はずっと考え続けてきた。
 ゴミ箱に捨てていたISの資料。恐らく普通の候補生はもっと小さな時分から噛み砕いて学習するであろう分厚い内容。
 ……才能を持っているからといって本人がそれを望んでいるとは限らない。しかしそれが宝石よりも稀少なものであれば本人の意向など無視されるのが世の常だ。
 自分で生き方を決めるのではなく……才能に生き方を決められた訳だ。

「……ひっでぇ話」

 一夏は小さく机の上に蹲りながら嘆息を漏らす。
 ちらりと視線を滑らせれば、そこには自分をちらちらと盗み見る女生徒達。花のように笑いさざめきながらも――時折視線が此方に向き、織斑くん、と名前が聞こえる。 

「ねぇねぇ、誰か話しかけようよ」「彼が世界で唯一の……?」「さっきの授業全部正解してたけど、さすが千冬様の弟よねー」「やーん、かっこいー」
(……弾。ここ、全然良いとこじゃねぇぞ)

 いい事があったとするなら――幼馴染の篠ノ之 箒に再開できたことぐらいか。
 まるで白鳥の中のアヒル。山羊の中の狼――いや、戦力的には狼の中の山羊だろう。
 織斑一夏だって男だ。勿論同年代の女性にだって興味がある――と昔、弾に話したら『……頼む、一夏。何も言わず一発殴られろ』と言われた。何故だ。
 ……もちろん可愛い綺麗な女性は大好きだ。ただし――物事には限度がある。
 例えていうなら、一夏は饅頭が好きだと仮定する。実際は麦トロ定食が好みだが。
 二個三個はもちろん、四つ五つもなんのその。……しかし十五とか二十になると苦しい。百もあれば見たくもないと思うだろう。結局女性が大勢いる場所に対する男性の反応は大まかに割って二つ。喜ぶか、げっそりするか、だ。

 今ならわかる。

 弾は――本気でISを操縦したかったのだ。たった一人の男子生徒だなんてものはあいつにとって夢を実現するための煩わしいものなだけ。あの眼差し、あの本気の殺気――本当に、心の底から自分を羨み、妬み、その醜さを自覚して押さえ込もうとし……そして失敗したのだ。
 弾に何度もあの後電話を掛けたが、電源自体切っているらしい。弾の妹の蘭も最初は上ずった様子でぶしつけな電話に丁寧に対応してくれていた。あの日の後、真面目な奴だったあいつが酒を飲んでいるのを見つかり、久しぶりに親父さんの雷が落ちて頭にでかい拳骨をくらってからは普通に生活しているらしい。
 ただそこは生まれた時から一緒にいた兄妹。兄の様子がどこか変であるのかを察していた。

「くそっ」

 小さく声が漏れる。
 学園に拘束される身としては休みの日でなければ自由行動が許されない。今は『世界で唯一ISを動かせる男性』という肩書きが煩わしくて仕方なかった。
 
 
 

「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」

 二時間目の休み時間に掛けられる声。
 金色の髪がまぶしい豪奢な美貌の美少女。何用よ、と思って声を漏らす。

「訊いてます? お返事は?」
「ああ、聞いてるけど。……どういう用件だ」
「まぁ! なんですのそのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですからそれ相応の態度というものがあるんではないのかしら?」

 沸き立つ苛立ち。
 
「……分かった。じゃあ話しかけられる栄誉はいらない。話しかけるな」

 本音を言えば、一夏は親友の事が気掛かりで仕方がなかった。そんな状況で相手が此方にへりくだった態度を強要するような言葉に、流石に不快の念が沸く。
 場違いだって事は理解しているつもりだった。自分が動物園の猿扱いだって事は判っている。
 だが、恐らく男性は女性にかしづき、発言には無条件で従うものであると思っているのか――少女はこめかみを引きつらせて言う。

「な、なんて無礼な殿方なんですの!!?? こ、このセシリア=オルコットに向かって、イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしに向かってなんで言い草ですのよ!!」
「説明乙。……で、そのイギリスの代表候補生、IS<ブルーティアーズ>のエリートだったか」

 その返答が意外だったのか、セシリアと名乗った少女は目を見開いた。
 代表候補生は兎も角ISの正式名称まで把握されているとは思っていなかったのである。
 ……それもこれも――あの時の弾のお蔭だろうか。ISを扱える男性――そんなものは織斑一夏にとってはなんら価値の無いものだった。だが自分にとってなんら価値の無いものでも、弾にとっては何者にも変え難い宝物だったのだ。だからこそ、あんなにも怒り狂ったのだろう。
 可能なら、この『世界で唯一ISを扱える男性』という才能を譲りたかった。
 奇跡は狙いを外した。本来この奇跡を得るべきは、ずっと本心を押し殺してきた親友が授かるべきだった。能力的にも意欲的にも。

『有史以来、世界が平等であった事など一度もないよ』

 幼少期から頭がばかばかしいほど良かった篠ノ之 束の言葉を思い出す。
 それは真実だ、冷厳な現実を指した言葉だ。だがそこには優しさがない。だから人は平等でない世界を少しでも優しくしようと努力してきたのだ。
 自分は男だ。人類最強の単一戦力を唯一動かせる男。ならば雄の代表として闘わなきゃならない。
 親友の怒りで気付かされた――俺は自分に対してはらわたが捻じ切れるような激しい嫉妬を覚えている男達の代表なのだと。ならば自分のこの身は好む好まざるに関わらず男の代表として努力せざるを得ない。事実、あの日から独学を続けてきた一夏は電話帳みたいな分厚い資料を全て理解していた。機会を与えられている時点で、自分は恵まれているのだと判ったから。
 
 一夏は、冷たくセシリアに言い放った。

「あんたのことなんかどうでもいい」







 五反田弾は酒気が抜け去り脳内が明瞭とした今でも頭に響き渡る声に――とうとう本格的な幻聴を聞いているのだと悟った。
 今は学校も休みの昼下がり。白昼夢にしてはやけにリアルな声に頭を掻く。指先に下げているのは、狗のような頭部と僅かな胴体のストラップ。何度も捨てようとしたのだが――途端に大音量アラームを掻き鳴らすので捨てるわけにも行かない。
 まるで母親の手を欲しがる赤子のような反応だな、と弾は思った。

「……つまり――これは前世死んだ後神様に贈られた褒賞だと?」
『不本意ですが、そのとおりです』

 耳に嵌めたイヤホンから聞こえてくるのは、音楽機器にハッキングして音声入力装置に流用している狗(本人曰く、ジャッカル)を模したロボットの頭部のアクセサリ。前世なんてオカルティックな発言を行う――制御AIを名乗る独立型戦闘支援ユニット『デルフィ』。
 そういわれて心のどこかが腑に落ちるのも確かだった。前世なんてものは忘却の霧に隠されているが、確かに自分は<アヌビス>を知っているのだ。



 そう、艦隊戦では最初ベクターキャノンをぶっ放す時あまりの燃えっぷりに大声を出して両親に窘められたり、都市を守る際に<スパイダー>にグラブを使いすぎて投げ飛ばしたら二次被害甚大でそのつもりもなかったのに『完璧な殺戮です。満足ですか?』と言われたり、ケンを脱がすために溶鉱炉の上空を意味も無く滞空したり、G田T章さんが主人公の声というかなりレアな作品では生死不明の奥さんを助け出すために、ヒロインな巨大ロボと一緒に火星に行く話が大好きだったのに百円で売られているのを見て悲しい気持ちになったり(実話)いやもちろん全部買ったけど、結局Z.O.E 2173 TESTA○ENTは最後までプレイできなかったり、イブリーズ好きだったんだけどなぁとか思ったり、ファースティかむばーっくとか思ったり。そもそもアレのせいで量子コンピューター分野に足を踏み入れる事になったのだし――――。



 なんか電波が混線した。


 彼女――性別があるのかは知らないが、女性の声なのだから彼女でいいだろう――はそれ以降自分がどうしてここにいるのか黙りこくった。
 同時に頭に流れ込む知識。
 オービタルフレーム<アヌビス>――最新鋭メタトロン技術の結晶であり、機動兵器でありながらもウーレンベック・カタパルトの応用による亜光速移動能力「ゼロシフト」を搭載した最強の片割れ。
<アヌビス>を倒せるのは<ジェフティ>のみであり、<ジェフティ>を倒せるのもまた<アヌビス>のみ。

「じゃあ、あんたは俺専用機ってわけだと?」
『はい、わたしはあなたのものです』
「…………………………………………」
『脈拍、心拍数の増大を検知しました。どうしましたか?』
「…………………………………………いや」

 五反田弾はAI萌えという意味を、「言葉」ではなく「心」で理解した。
 



 目覚めながら白昼夢を見ているのではないらしい――最初は自分自身の正気を疑いこそすれ、そう弾は結論付けていた。
 だが、と同時に思う。こうも滑らかで流暢な受け答えの出来るAIはどこにも出回っていないはずだ。もし設計できる人物が実在するとしたら篠ノ之 束だけだろう。しかし彼女がそれをする理由などどう考えてもない。
 
「ありえねぇよな。前世なんて」
『魂魄や転生の概念を否定する要素は私は持ち合わせていません。資料ページにアクセスしますか?』
「いらん。……そうだな、俺の中にはISがある。それが現実か」
『一緒にしないでください』

 どうやらデルフィのプライドを傷つけたらしかった。フレームレベルでの演算能力を持つオービタルフレームからすれば、同じに扱われるのは大変不本意なのだろう。
 まぁ……と弾は考えを切り替える。前世とかそういうものはこの際だから心底どうでもいい。問題は自分の手の中に――自分の意志を持つAIシステムが存在しているという事。
 ……待機状態を解除したらどうなるのだろうか――と考えなくも無い。だが、同時に常識的に生きてきたこれまでの経験が邪魔をする。こんなこと、あるはずが無い。こんなにも都合よく、はらわたが捻じ切れそうな嫉妬を感じた瞬間に恋焦がれた空を飛ぶ力を得るだなんて有り得ない。
 
 いや、違うな。

 弾は心の中で呟いた。この気の触れた狂人が見るような余りにも都合の良い甘い夢。だがもしデルフィに<アヌビス>の起動を命じてしまえば、甘い夢は現実の冷たさに掻き消えてしまうのではないだろうか。
 デルフィ――現実に堪えきれなくなった自分が生み出した想像の産物、精神の均衡をとるために脳髄が生み出した甘い夢の産物ではないのか。現実ではなんら力を持たないただの妄想ではないのだろうか。

(……そして――俺はその妄想を信じたがっている)

 現実は厳しい。
 男の自分は決して夢をかなえる事ができない。なら――この前世からの贈り物というふざけた妄想を信じたいと……女達に並ぶ力を得たいと思っている。
 
<アヌビス>を起動させたいという感情/もう少し甘い夢を味わっていたいという感情=矛盾している。

 ただ……どちらにせよ、デルフィという自分の思いを全て理解したパートナーがいることは確かな救いだった。





「ちょっとよろしいですか?」

 女性の声が聞こえる。
 目を向ければ――どうもジャーナリストらしい女性が立っていた。またか、と弾は嘆息を漏らす。織斑一夏が人類初男性でISを動かしたというニュースが流れた際、彼の親類――は織斑千冬さんだけらしいから、ジャーナリストの矛先は全て中学校の旧友に向けられる事になった。流石に最近はそういった取材攻勢も鎮火したかと思ったがまだいたか、と中学時代の一夏の親友だった弾は嘆息を漏らしながら振り向く。
 ロングヘアーの美女。スーツを纏った女性がこちらへと近づいてこようとしていた。同時にその目を見た弾は――相手が堅気ではない事を悟る。
 瞳に宿るのは侮蔑の色。まるで犬でも見るようなさげずむ感情が見て取れた。
 同時に――弾に対して警告音がヘッドフォンから流れる。

『警告。彼女は火器を保有しています』

 SP――ではないんだろう。
 弾は相手の返答を待たずに、先手を取る。まだ此方が何の牙も持っていない子供と見くびっているその侮りを利用する。だむっ! と鋭く地を這うような足払いの一撃。
 だが、相手はそういう事に慣れているのだろう空中へと軽く跳躍してそれを避けた。

「へっ、平和ボケした国の餓鬼にしては動けるじゃ……って!!」

 弾は避けられた瞬間すぐに行動している。口内に溜めた唾を吐き出し、相手が咄嗟に避けようとした隙に即座に遁走に掛かっていたのである。
 服の袖で吐きかけられた唾を受け止めたその女――亡国機業(ファントムタスク)のエージェント、オータムは口汚い罵り言葉を吐き出しながら、懐に呑んでいた拳銃を取り出した。……織斑一夏に対する堪え難い嫉妬心を抱いている青年。彼の存在をスパイとして利用できるのではないかと考えた上の意向に従い彼を誘拐しようとした彼女は、草食動物と侮っていた相手に手をかまれたような怒りで、本来美しいはずの顔を不気味な笑みに染めて、弾を追いかけだした。





『<アヌビス>の即時起動を提案します』
「黙っていろ!!」

 弾は走る――まるで日常からいきなり非日常に転落した現実から逃げ出すように。逃げ込んだ雑居ビルの屋上を目指す。

『では逃走ルートを変更してください。あなたは自分から逃走できない袋小路へ移動しています』
「これでいい!!」

 走る。走る。走る――そのまま弾は、屋上へと飛び込んだ。
 
『では、どうしますか?』

 弾は、笑う。
 小さな笑み。後から死刑執行人である――恐らくどこぞの組織のエージェントが、それも多分脇の膨らみから見て拳銃を所持した非合法工作員がやってくる。
 自分の妄想であるかもしれないデルフィに対し、拳銃の持つ死のイメージはあまりにリアル。気付けば足元に僅かな震えが走り、喉奥は干上がった砂漠のように乾いている。だがそれでも、口元に浮ぶ笑みを抑えられなかった。
 
 拳銃を持った工作員に追い回される――なんという非現実的なシュチュエーション。
 そして――この非現実的な状況ならば……まるで、<アヌビス>が実在していてもおかしくないような気がしたのである。
 自分は狂っているのかもしれない。この場合弾が頼るべきは警察であり、此処から急いで逃げ出す事だ。
 なのに――恐怖と共に湧き上がる歓喜がある。この状況なら、この事態なら――俺の妄想が本当かもしれないじゃないかと思えるからだ。


 その女――弾は知る由もないが、オータムというコードネームを持つ工作員は、フェンスを越えている彼の姿を見て困惑を強める。
 男は弱い。女に這い蹲って慈悲を請うべき卑小な存在が、まるで自分の命を自由にさせまいとする行動に不快感を覚える。

「なにやってやがんだ貴様ぁ」
「……この声は、デルフィは俺の妄想かもしれない」
『違います』

 意味がわからずオータムは目を細める。

「だが――夢を叶える事もできず、生き永らえる事に意味があるとも思えない。感謝するぜ殺し屋。……あんたのお蔭で俺は言い訳できる。――この妄想と心中できる……待たせたな、デルフィ」
『遅いです』
「……あたま、おかしいんじゃねぇのか?」

 信じたい。
 心の底から、<アヌビス>が実在するのだと――決して手が届かない夢だと思っていた力が、個人の意志で自由になる憧れの翼が本物であるのだと、弾は信じたかった。
 そう――この妄想が本物であるなら……ビルから飛び降りるぐらいはなんでもないはずだ。何せ<アヌビス>や<ジェフティ>の――姉妹機ではなくこの場合従姉妹かはとこ辺りに当たるであろう<ドロレス>はもっと酷い速度で、具体的には時速40万kmの速度で地表に落下したにも関わらずまるで平気だったのだから。
 そして、弾は――待機状態の<アヌビス>を……翳す。

「来い、<アヌビス>!!」
『最初からあなたの傍にいます』

 身を翻し――全身の毛穴が逆立つ恐怖感を押し殺し、弾はビルの屋上から身を躍らせる。
 足元に何も無いという恐怖――落ちれば死ぬという強烈なリアル。
 構わない。この妄想が現実でないならば死んでも良い、夢が叶わないなら終わって良い――だが、そうでないのなら=そう思いながら、弾は叫ぶ。空中へ身を躍らせて。

「起動しろ……!」
『了解、戦闘行動を開始します』

 光が満ちる――緑色に染まったメタトロン光が周囲を圧し、力の甲冑が具現する。
 燐光が彼の四肢を包むと同時に黒く塗装された装甲が鎧っていく。鋭く、細く、強い――威力が形を得たかのように覆い尽くす。シールド技術が発達したISと違い、全身装甲(フルスキン)となった装甲外殻。その全身を、まるで血管のような赤い光が走り出す。フレームレベルで演算能力を保有する<アヌビス>が全身と情報をやり取りする際に走る光だ。
 冥府の神の名を冠する機体の頭はジャッカルを模した装甲で覆われ、センサーを内蔵した耳のような機関が立ち上がる。
 機体後背には六基の翼状のウィスプが、メタトロン光と共に鋼鉄に置換し、羽のように広がる。<アヌビス>の機動性能を支える高出力スラスターシステムと、<アヌビス>が保有する絶対的優位性の一つ<ゼロシフト>を実現するためのウーレンベックカタパルト、計六基のエネルギー生成機関『反陽子生成炉(アンチプロトンリアクター)』を搭載した、翼と心臓を兼任する主翼。針の先程の機体に宇宙戦艦をすら軽く凌駕する圧倒的出力を現実のものとした最強無敵の半永久動力機関。
 腰部からは単分子で形成された鞭のような尻尾が伸び空を打つ。
 足は存在せず、ランディングギアが展開――空中へと身を投げ出した機体は地面へと荒々しく着地。地面には落下の衝撃に抗しきれなかったアスファルトが放射線状にひび割れる。
 全身から瞬く強大なメタトロン光を身に纏い、妄想の産物と思っていたそれが――確かな現実として己を覆っている姿に、弾はセンサーで己が両腕を見た。

 この万能感。この全能感。世界の全てが見えているかのよう。

『……おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 弾の感情に呼応してか――全身から高出力状態に発生する真紅のバースト光の中で弾は叫ぶ。
 彼は実感していた。女性達は、ISの候補生達はこの感覚を常に味わってきたのか。高度など関係なくどこへでも――それこそ宇宙にだって行ける出力。なんでも思いのままに出来る圧倒的な力……なるほど、女達はこれを味わっていたわけだ。独占したいのも、当然かも知れない。

「……テメェ……何者だ!! なんでISを使える男がもう一人いるんだ!」
『一緒にしないでください』

 同時にビルから飛び降りてくるオータム。背中から黒色と黄色で塗装された工事現場の銃器のようなカラーリングの、蜘蛛のような足を伸ばし着地――弾の全身を覆うその姿に驚愕を隠し切れない。
 その言葉に、弾は――妄想が確かな現実である事を、自分を覆う装甲を突いて確かめ……笑って応える。

『……織斑一夏が人類初の男性でISを使ったということは、女性しかISしか使えないという大前提はくつがえったろう? ……あんたが何処の殺し屋か知らないが――言っておく』

 腕を組み、王者のように翼を広げる。

『<アヌビス>は良い……想像を絶する』
『どうも』

 褒められたと思ったデルフィが、礼を言った。
 それを皮切りに、戦闘が始まる。



[25691] 2(ゼロシフト関連を大幅変更)
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:6e2371a3
Date: 2011/02/02 13:39
 楽な仕事であるはずだった。
 織斑一夏に対して強い嫉妬心を抱いている彼の親友を捕まえ、薬物なり拷問なり脅迫なり、この世の忌み嫌われるありとあらゆる手段を用いて言う事を聞かせればいい。
 オータムは自分の行動が成功する事を微塵も疑っていない――当然だ。彼女は亡国機業(ファントムタスク)のエージェントであり、この世に467機しか存在できないISの一機を非合法ながら保有する女の一人。相手が女であるなら、僅かでも油断してはいけないかも知れない。
 世界最強の兵器であるISと闘えるのもまたISのみだ。
 だが――男が自分と戦えるはずなどない。今や男性など力の面において女に劣る。最早子孫を生み出すために必要な家畜程度の価値しか彼女は保有しておらず――そしてその悪しき偏見が正しいと思う彼女のような女性も……残念ながら、僅かに、だがゆっくりと数を増し始めている。

 重ねて言おう――男は弱い。

 そのはずだったのだ。

 オータムのISのシステムが――警告を掻き鳴らす。
 それは眼前に出現した機体に対して一ミリでも距離をおきたいと震える草食動物のようであり、神聖不可侵の存在に対して畏れ抱く敬虔なる信徒のようでもあった。煩わしい警告音をカット――ISの制御システムである『コア』からの声を全て無視。
 敵動力源=未知。敵装甲材質=未知。敵出力推算=計測不能域。敵戦力=甚大――最善行動は即時撤退。明確な言語に変換すればそうなるのだろうが――彼女はそれを切り捨てた。

「黙れぇ!!」

 男は弱い――その極めて稀な例外が織斑一夏であるはずだった。
 織斑一夏と他の男性との差異――即ち彼と他の男の何が異なっているのかを調べる事により、女がなぜISを動かす事が出来るのかを知る事が出来るのだ。それは彼女の所属する組織である亡国機業(ファントムタスク)にとって有益な情報となる。
 ……だから、目の前の男が織斑一夏であるならば――オータムは敵が牙持つ事を驚きはしない。だが、現実は異なる。
 まるで漆黒の犬の如き偉容にして威容にして異様。魂を持つ神像を思わせる姿。無手のまま、その機体――<アヌビス>――エジプト神話における冥府の神を名乗る機は、アスファルトから火花を散らし跡を刻みながら凄まじい速度で前進する。

「……まぁ良い!! てめぇがなんだろうが……!!」

 背中から伸びる女郎蜘蛛のような脚部が――全体を現していく。相手が同格のISと認めたオータムは無駄な思考をすることを止めた。現状に対する柔軟な切り替えは、なるほど彼女が一級の非合法工作員であることを示すものだった。だが――そんな彼女でも雄に対する無意味な思い込みからは逃れられなかった。男の扱える兵器が――女の扱えるISよりも性能のいいはずがない。
 展開するのは黒と黄で塗装された――武装ハードポイントとしての八腕を保有するIS<アラクネ>。両足と両腕を覆うのは重厚な装甲。本来の腕に加え、背中からは蜘蛛の異名の由来である多目的マニュピレーターが生えている。腰から後には蜘蛛の腹部を連想させる前進推力を重視したブースターが接続された。
 量子変換された大量の武装を同時展開して、瞬間的な重火力で相手を反撃すら許さずに圧殺するオータムの機体。

「ガラクタにしてから調べてやる!!」



 雨のような弾雨――恐らく相手は重火力型なのだと当たりを付けた弾は即座にシールドを展開。広げた片腕から迸る赤い障壁が銃弾に反応し、その破壊的な運動エネルギーを相殺する。
 
「なかなか分厚いシールドみたいだがよ、受けてばかりじゃ削り殺されるぜぇ……!!」

 相手は――<アヌビス>がISの類であると判断しているのだろう。ISはシールド展開のエネルギーと耐久力は同じだ。受ければ受けるほど起動限界が近づく。そのため、ISは相手の攻撃を受けて止めるよりも、回避する事を重点においた設計思想を持つ。
 ……だが、相手は知るまい。<アヌビス>のエネルギー出力は戦艦を凌駕する。従来の火器で突破できるものではない。
 弾は、しかし不快げに歯を鳴らした。此処は一般人もいる町のど真ん中。周囲からは恐怖と悲鳴の合奏のような叫び声があちこちから聞こえてくる。

『デルフィ、周辺区域をスキャン!! ……まずはあの馬鹿を人のいない場所に引きずり込む!!』
『了解』

 弾の心に浮かび上がるのは――例えて言うならば自宅の庭に見知らぬ暴漢が土足で上がりこんでいるのを見た時の怒りに似ている。幼少期を過ごした思い出の場所たちが銃弾と硝煙で穢されていく。
 彼が心に浮かび上がらせたのは原始的な郷土愛であり、故郷を侵す侵略者に対する激しい撃退の意志であった。

「ははは、どうしたどうしたぁ!! 殻の中に閉じこもってばかりかぁ?! 正義の味方って奴ぁ守るもんが多くて大変だなぁ!!」

 相手の得意げな声――銃弾を浴び続ける事は徐々にISの起動限界に近づいているという固定概念に基づいているため、此方の限界が近いと思っているのだ。確かに弾の<アヌビス>は一発も打ち返していない。都市内で使用するには<アヌビス>の武装はどれも火力が高すぎる。単独で人類全てを敵に回しても勝利可能という頭の悪い能力を持っていると褒めればいいのかと弾は思った。
 これまでに何百発の銃弾を<アヌビス>は受け止めただろうか。
 弾は<アヌビス>が本来保有する機動性能を発揮させず、地味な機動で相手をこの場所から動かないようにデルフィの誘導に従う。

「つまらん相手だが、見たこともない機種だ。『コア』を引き剥がして回収させてもらうぜ!!」
 
 IS<アラクネ>の武装が光の粒子となって掻き消え、代わりに出現したもの――より近接距離での威力に特化したショットガンで一気に圧殺しようとしているのだ。同時に<アラクネ>の後背のブースターが火を噴く。突撃して至近距離で高威力の散弾を叩き込むつもりだ。

『デルフィ、サブウェポン切り替え、コメット!!』
『了解、武装を切り替えます』

 空間が歪み――二次元の物体が三次元のものとなったかのように、その歪みから武装を引き出す<アヌビス>。
 それを構えると同時に赤色の光弾が発射される。

「ひゃはははははは!! 撃て撃て、テメェでテメェの町をぶち壊……なにぃ?!」

 瞬時に、その重厚な外見から見合わぬ機敏さで回避する<アラクネ>。
 オータムはその秀麗な美貌を残忍さで歪めて笑う。自分の攻撃で町を壊すが良い――嗜虐的な笑みは、しかし予想を上回る光景で凍りついた。
 外れた流れ弾はビルの壁面に着弾――ではなく、まるでミサイルのような誘導性で回避機動を行ったオータムに追いすがり命中、<アラクネ>の武装腕部を破壊したのだ。

「なん……なんだそりゃぁ!!」
『奴を殴るぞ、デルフィ!!』
『了解。サブウェポン・ガンドレッドを選択』
 
 そのオータムの動揺を見逃さず、<アヌビス>はアスファルトにランディングギアの強烈な擦過跡を刻みつけ、脚部の膨大なパワーでジャンプし接近。瞬時に音速を突破する。その速度はオータムですら瞠目するほど鋭く速い――獲物に飛び掛るジャッカルの如き俊敏さで懐に飛び込む<アヌビス>。
 空を舞う――重力から切り離され、何者にも縛られない圧倒的な自由感と開放感。幼い頃からの喜びが満たされるあまりの歓喜に大声で吠えたくなる。
 そのまま絶大な上昇推力を打撃力に変換するようなアッパーカット。

『コンボの際、敵を上方向にかち上げる場合はああぁぁぁぁぁぁ!!』
『△ボタンを押してください』

<アヌビス>の拳がオータムの生身の腹に突き刺さる=それをISの防御機構である堅牢なシールドが阻んだ。
 だが、<アヌビス>の一撃は終わらない。そのまま――強烈な衝撃力を持つ実体弾で相手を吹き飛ばすガンドレッドを拳から発砲。ベクタートラップにとって形成された空間圧縮バレルより吐き出された砲弾を零距離で叩き込む。

「ぐはあぁぁ?!」

 宣言どおり、空中へとかち上げられたオータム。ビル街から空へと戦場が移り変わる。
 それを追い、<アヌビス>は空中へと跳躍――同時に弾に状況を知らせる網膜投影式バイザーの中で、人の少ない周辺区域のスキャニング結果が算出される。表示されるのは遠方の現在開発が中断されている工事現場、そこ目掛けて奴を落とす――そう判断する弾。
 振り上げられる<アヌビス>の拳。天空の頂から地上へと落着するかのような右の掌底。

『コンボの際、敵を下方向に撃ち墜とす場合はああぁぁぁぁぁぁ!!』
『×ボタンを押してください』

 打撃が命中――再び同時に発砲、炸裂する零距離ガンドレッド。
 そのまま相手は地上へと落下していく。相手を火器を用いても問題の無い距離へ追いやった――<アヌビス>は全身から高出力状態のバースト・モードへ移項。その掌を突き出すように構える。
 
『バーストショット「戌笛」を使う! モードは弾速重視!』

 突き出された掌の中で膨れ上がり、巨大化する赤光塊。
 更なるエネルギーが凝縮され、膨れ上がるそれを――視界の彼方、起き上がったオータムをロックし、発射する。
 放たれるのは赤い臓腑のような狂猛な輝きを放つ破壊の球体。<アヌビス>の周囲に血煙のような禍々しい真紅の粒子を撒き散らしながら、相手目掛けて走る。

「うぉおわぁぁ!!」

 それでも相手は瞬間加速(イグニッションブースト)を用い横方向へと瞬間的なスライド移動。敵機を一撃で戦闘不能状態に叩き落す真紅のエネルギー砲撃をぎりぎりで避ける。
 戌笛が着弾――同時に、まるで地中に大量の炸薬でも埋めていたかのように大量の土砂が空中へと跳ね飛び、土塊の雨となって頭上から降り注ぐ。
 たった一撃でこの威力――喉奥を突いて出るのは『化け物』という言葉、指先がおこりのように震えているのは恐らく気のせいではない。
 そんな訳あるか――自分自身の肉体の変化をあくまで認めまいとオータムは尚も交戦。量子変換され、淡い光から実体を持つ武装が姿を現す。出現するのは高速飛翔体を射出する自立誘導弾のアームドコンテナ。ミサイルランチャーだ。

「信じられるか、そんなこと!!」

 <アラクネ>の制御システムが<アヌビス>を光学捕捉。ロックオンの表示が出ると同時に搭載したミサイルを全弾射出し、空になったそれを全てパージ、そのまま突撃する。
 総計二十四発のミサイル攻撃――この状況でオータムが選択したのは大量の攻撃による相手の処理能力を超えた飽和攻撃。流れを変える彼女の切り札の一つであった。……その判断は間違っているわけではない。相手が普通のISであるならば回避なり迎撃なり対象に時間を取られただろう――彼女の失敗は……その二十四発のミサイル程度では、<アヌビス>の強力な迎撃能力を上回る事が出来ないと知らなかったことだ。
 それらから逃れるように後退する<アヌビス>。その両腕を誇示するかのごとく掲げた。

『デルフィ!! ハウンドスピア!!』
『敵ミサイル、ロック』

 比類なき量子コンピューター性能を誇るかのような、多対象への瞬間的複数同時捕捉能力。
 両腕より繰り出されるのは、破壊力を秘めた赤い光の群れ。それぞれが独立した意志を持つかのように折れ曲がりつつ突き進むレーザーの雨。<アヌビス>版ホーミングレーザーであるハウンドスピアは、それぞれが狙いを過たず降り注ぐミサイルの全てを射抜き、撃ち落した。誘爆、砕け散るミサイルが爆炎の壁を生む。
 だが――それに混じる銀色の紙片。レーダー反応を欺瞞するチャフだ。

「掛かったなぁ!!」

 相手の迎撃能力がこちらの予想を上回っていてもオータムは気にしない。彼女の気に食わない同僚である『M』のみしか実行できないはずのレーザービームを曲げるという事を容易くやってのけた光景にも動揺せず攻撃を続行できる精神は、彼女がプロであることを指し示していた。
 撃墜されたミサイル弾頭――そのいくつかは、相手に対する打撃力を有した高性能炸薬ではなく、相手のハイパーセンサーを欺瞞し、電子的盲目状態に陥れるジャミングのための金属片が大量に含まれていたのだ。それらが空中に散布される。だが<アラクネ>はそういったECCMも高度なものを保有しており、この状態でも問題なく敵機を索敵し続けている。
 同時に新たな武装を呼び出すオータム。展開されるのは――先程までの銃器と違い、完全な近接戦闘用の、対装甲破断用物理実体剣。軍事的装甲を破壊するために作られた洗練されたデザインのチェーンソーだ。刃に取り付けられたナノサイズの鋸が無音のまま高速回転を始める。物騒な形状の割りに静粛性に富んでいるのは、これが死角から敵ISを即死させるための隠密性能を要求されているからだ。
 オータムは勝利を確信し――状況に対応できていないのだろう、素人が、と嘲笑いながら、空中で制止している敵機に対してその無骨な凶器を振り下ろした。



 だが。


 確かにそこに存在しているはずの敵機は、レーダーにも確実に反応のある<アヌビス>を叩き切るはずのブレードは、まるで蜃気楼に斬りつけたように空振りをしたのである。

「馬鹿な……奴は!!」
『まさか自分の人生でマジでこんな台詞を吐く日が来るとは思わなかった。……残像だ』
『いいえ、デコイです』

 だから、オータムの反応はその驚愕と狼狽で僅かに遅れた。
 相手が此方の視覚を潰したと確信した瞬間、サブウェポンであるデコイを射出。機体に瞬間的に負荷を掛ける事によって発生する光学的虚像、電子的にも反応を示す囮を展開し――その隙に<アヌビス>は己が機体をベクタートラップを用いた空間潜行モードに切り替え。完璧とも言えるステルス能力を発揮し、デゴイに騙された<アラクネ>の後方に回り込んだ。

『出ろぉ! ウアスロッド!!』
『帯電衝槍・出力100パーセント。ハードポイントは右腕』

 空間の撓みより引き出され、その腕に出現するのは白兵戦用の長槍。

「男がっ!! お、男の癖にぃぃ!! 生意気なんだキサマァ!!」
『その手の台詞はなぁ!! 腐るほど聞いてきた!! ……もうその台詞は俺の人生に要らん!!』

 振り上げられる刃。オータムの認めがたい現実を否定する声に、弾は叫ぶ。
 その偏見。その驕り――脳内を駆け抜けるのは彼の今生の人生で見た走馬灯の如き女達の優越感を帯びた瞳。どうやっても覆す事などできない現実。夢に挑む事すら出来ずに破れ涙を呑んだ自分の姿。その眼差しを打ち砕くための力は今、己を鎧っている。まるで今までの経験全てに復讐するかのように、<アヌビス>はウアスロッドの鋭い刺突の一撃を咆哮と共に放つ。

『男を……馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁ!!』
  
 繰り出されるのは強烈な電熱を帯びた刃――その一撃は<アラクネ>の胴体を刺し貫いた。同時にISの搭乗者の最終機能が発動。絶対保護障壁が展開し――そして引き換えにエネルギーの残量を失い戦闘継続能力の全てを剥奪され、重力に引かれて落ちていく。
 さしものISも――無防備な状況で突き込まれた刃の一撃を受けて尚も戦闘能力を保持し続ける事が出来る訳もなく、それは地上へと落下した。
 
『戦闘終了。お疲れ様です』
『……お疲れさん』

 再度空間潜行モードへと切り替えた弾は――<アヌビス>を人目の付かない場所に着地させると、視界の彼方から飛来してきた日本のIS部隊を確かめ、もう一安心だろう、と考える。<アヌビス>を待機状態へ移項。アクセサリになったそれを胸元に入れる。今度、鎖をつけて肌身離さぬようにしようと心に決めた。
 色々な事がありすぎた。
 オービタルフレーム<アヌビス>。絶大な戦闘力を保有する機体と、自分を狙ってきたと思しき敵。……実は全くの偶然ではあるが、相手が<アヌビス>の存在を知って最初から仕掛けてきたのかとも考えられなくも無い。

「……いや、それはないか」

 だと仮定するなら、相手の戦力で<アヌビス>を抑えられるわけも無い。多分偶発的な要素がいろいろと絡んでいるのだろう。
 ……そこまで考えて弾は、ここが何処だか分からない。<アヌビス>で飛行した場合は一瞬で行けた距離であっても、実際に電車で行こうとするならばそれなりに時間の掛かる場所だったのであった。

「デルフィ。一番近場の駅の位置はわかるか?」
『はい。情報取得しました。方向を指示します』
「早いな。さすが」
『私の存在理由はあなたに尽くすことです』
「…………………………………………」
『脈拍、心拍数の増大を検知しました。どうしましたか?』
「デルフィ。結婚してくれ」
『は?』

 なにこのかわいいAI――リコア=ハーディマン、あんた天才か。と弾は思ったが、口には出さなかった。




「気になってた事が二つある」
『はい』

 弾は電車の中、一人ぶつぶつと見えないお友達と話している危ない人に見られないように携帯電話で誰かと話している風に装いながら、口を開く。

「まず――<アヌビス>の股間の野獣……もとい、腰から前方に突き出しているあれは何だ? 現在ではなにか意味があるのか?」

 原作ゲームでは、アヌビスのあの男性器を連想させる部位は操縦席だったが、ISと同級のサイズに――要するに人型パワードスーツのサイズになっている現状ではあれは本来の意味を持っていないはずだ。

『この状態においては、あの部位はアンチプロトンリアクターとなっています』
「胴体内蔵式って手法を取れないから、そっちに動いたわけか」
『はい』

 確かに色々と原作とは違う部位も存在している。
 本来オービタルフレームの腕は小指が親指になったような形状をしているはずだが、今の状態では普通の人と代わらないような形に変化している。同様に、獣のような逆間接も、順間接にだ。人が着込むパワードスーツに変質した際、その辺りの問題も是正されていたのだろう。
 ふむ、と弾は考えてから――今まで考えていた最大の懸念を聞く。

「じゃあ質問二つ目。こっちが一番重要なんだが。デルフィ――<ゼロシフト>は、使えない訳じゃないが、使わない方がいいんだな?」
『はい。……その事に思い至った理由を聞かせていただいていいですか?』

 先の戦闘でも<ゼロシフト>は使用できたはずである。だが、弾は結局使わなかった。どうしても懸念が捨て切れなかったからだ。

「ああ。……まず、<ゼロシフト>を搭載していたオービタルフレームのフレームランナーには大まかな共通点があった。
 ……まず。<ジェフティ>のフレームランナーだったディンゴ=イーグリットは、ノウマンの銃弾で呼吸器系統に重大な損壊を受け、生命維持を機械で代替するためバイタルを使っていた。そして<ハトール>のフレームランナーだったナフス=プレミンジャーことラダム=レヴァンズ は物語の発端、ダイモス事変で重症を負い、肉体のほとんどをメタトロン製義体に置換していた。
<ゼロシフト>を繰り返すことで圧倒的だった<ハトール>に対抗するためには自分も<ゼロシフト>を実行する必要があったのに、<ドロレス>はジェイムズ=リンクスの身を心配し、最後まで<ゼロシフト>の発動を渋った。
 そして――ロイドがディンゴに言っていた台詞。
『性能を追及した結果』『ノウマンは私よりも徹底している』って言葉――奴が……内臓が無いがらんどうの肉体を持っていたことから推論は成り立つ」

 あんまり考えたくないなぁ、と思いながら、弾は推論を続ける。

「オービタルフレームは搭乗者の加速Gを相殺するイナーシャルキャンセルを搭載しているが――しかし<ゼロシフト>という亜光速瞬間移動の際の肉体への負荷は完全に相殺できない。
 ……そして――ノウマンが、胸元の本来あるべき臓器が無かったのも、生命維持と操縦に必要な最低限の臓器以外を摘出して、<ゼロシフト>に対する負荷を覚える肉体そのものを捨てていたって訳だ。……徹底しすぎてる。
 考えられるのはただ一つ。
 肉体を鍛えていたジェイムズのことから考えて、<ゼロシフト>は一回ぐらいは問題ない。
 だが、<ゼロシフト>の連続使用を行った場合は、フレームランナーの生命維持が不可能になる可能性がある。もし<ゼロシフト>の連続発動を行うつもりなら――人間を止める必要がある」
『全部違います』

 予想外の言葉に――弾はヘンな顔をした。これしかないと思ったのに。

『高純度で大量のメタトロンが、搭乗者の精神力に感応し、物理現象をすら捻じ曲げることが出来る魔法のような力を発揮することはご存知ですか?』
「あ? ……ああ」
『メタトロンの『毒』』
「……ッ!! ……『高純度で大量に集中使用すると、人間の精神に反応し「魔法」としか思えぬ既存の物理法則を無視した力を出すが、その強大な「魔力」が使用者の精神を歪め、歪められた狂気がさらに「魔力」を増大させる悪循環を引き起こす』……か」

 弾は、言葉を詰まらせる。
 ナフス・プレミンジャーを狂気の底に陥れたメタトロンの副作用。人間の精神に作用し、そのほの暗い部位を刺激する力。

『彼らフレームランナー達はそれぞれメタトロンの毒に耐えるほどの精神力を保有していました。しかし――貴方はどうですか?』
「……そういわれると、ぐうの根も出ない」

 実際に戦争に従事し、命を掛ける戦いを潜り抜けた戦士と、自分のような一般人に毛の生えたような人間とでは根本的な精神力が違うのは当たり前だろう。苦笑するしかない。

『<ゼロシフト>は最新鋭メタトロン技術の結晶であり、同時に使用時、ランナーの精神に大きく作用します。ある意味では、ノウマン大佐もメタトロンの毒によって捻じ曲がったとも言えるかもしれません。……もし、何者にも勝る強固な精神力を発揮する場合なら兎も角、現状あなたの精神力では<ゼロシフト>を使用した場合、自己を含めた全ての破滅を望む可能性があります。そうなれば、第二のノウマン大佐に貴方は変質します。
 ……そして――<ジェフティ>はいない』
「……俺がおかしくなった場合、<アヌビス>を制止できる存在がいないってことか」
『お判りいただけましたか?』
「<アヌビス>は無敵だが……フレームランナーの精神までは無敵ではないってことか」
『あまり褒めないで下さい。照れます……ただ』

 こいつも照れるのか、と弾は感心し――言いよどんだ様子に思わず首を傾げる。
 人間を遥かに上回る演算能力を持つメタトロンコンピューター。その彼女が『躊躇う』などという事になるのが意外だったからだ。

「ただ?」
『自分が無敵でないという事を知っている貴方は――いいフレームランナーになる素質を持っています』
「……ありがとう」
『いえ。貴方の戦闘能力が、私の生存確率に大きく関わってきますので』

 ……あれ。もしかしてこれはツンデレなのだろうか、と弾は思った。

「さっき俺に尽くすと言ってくれなかった? 死ぬときは一緒じゃないのか?」
『AIである私と人間の生命を同列に語ることはナンセンスです』
「俺はお前を失うなんて絶対に嫌だし、俺一人で生きながらえる気は無いぞ? 添い遂げようぜ」
『…………』
「どうした?」
『……いえ』

 恋焦がれた空を飛ぶための翼――あの全能感、あの万能感はこの世に存在する如何なる麻薬よりも強い力で弾の心を捕らえていた。またあの絶望感を味わう羽目になるぐらいなら……今度こそ終わっても良い。そう考えながら、頬を押さえる。
 
「<ゼロシフト>は危急の事態以外は封印する」
『よろしいのですか?』
「我侭を言って使いまくれるようになる訳じゃないし――それにさ、デルフィ」
『はい』
「切り札は最後まで取っておきたい。それに『ふふふ、奴は追いつけまい』『この機動性に付いてこれるか、ふはははは』とか思ってる奴の目の前に瞬間移動したら気持ちよさそうじゃん。うわあああぁぁぁぁ瞬間移動しおったぁぁぁぁ、とか驚いてくれないかなぁ」
『その辺りの気持ちは良く分かりませんが、切り札としてとっておくという言葉には同意します』
「はは……まぁ、そもそもお前は<ゼロシフト>を使えなくても最強だろう?」
『はい』
 
 相変わらずの平坦な口調。だが、最後の『はい』には僅かながらも誇らしさが滲み出ているような気がした。
 弾は待機状態の<アヌビス>を胸元、心臓の前のポケットに肌身離さず仕舞いこみ、言う。

「デルフィ」
『はい』
「俺のところに来てくれてありがとう」
『どういたしまして』

 本当に――感謝している。言葉では言い尽くせぬぐらいに。
 諦めた夢を掴む事ができた。翼が確かに存在している事を改めて確認し――弾は、目頭を抑える。目蓋から零れる熱いしずくの存在を知り、頬を拭った。怪訝に思う電車の乗員なんて目に入らない。
 今日は、良い日だった。

 










 今週のNG

『デルフィ、サブウェポン切り替え、コメット!!』
『了解、武装を切り替えます』
『そう!! 原作ゲームではいまいち使いどころが無かったコメットです!』 
『なお、この発言は作者の私見が多分に含まれております。ご注意ください』



作者註

 本編で主人公がゼロシフトに対しての意見を述べていますが、これはあくまで作者の私見と推論であり、公式設定ではない事をあらかじめお断りしておきます。ご了承くださいませ。
 そして、感想でのご指摘から、もう少し納得できる方向性に変更いたしました。
 ゼロシフトによる瞬間移動無双をご期待くださった方、誠に申し訳ありませんが、整合性を取るにはこうした方が良いと判断しました。ご期待に沿えず申し訳ありません。

 なお、次回更新からタイトル変更いたします。次回からの正式タイトルは

『インフィニット・ストラトスVSオービタルフレーム』

 でいこうかと思います。
 では、次回更新もよろしくお願いいたします。八針来夏でした。


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