断頭台の丘は名前の通りとても大きな断頭台が連なって配置されていた。
剥き出しの岩盤は人の手が加えられていて粗一つない平面になっている。磨き抜かれた地面は真っ赤に燃える太陽を写しだし、鮮烈な輝きを反射していた。
不気味な場所である。
赤く染め上げられた大地の上にたたずむ断頭台の刃はぬめり気を帯びていて、つい先ほどに首を刎ねたばかりではないか、と想像させる。
首をはめこむ窪みがある。
そこは死に最も近い場所だ。好んで近づくものもいないだろう。
だが、窪みのある木の拘束具の上には凹凸コンビと言いたくなるほど身長に差がある少女が二人座っていた。
このような血生臭い場所とは縁遠い世界に住んでいるような風貌の二人である。
小さい方は夕暮れの空にも負けない紅の髪は血によく似ている。量の多い髪を両端で結う、つまり、ツインテールにしていた。
やや吊り目がちの瞳は大きく、勝ち気な性格をよくあらわしているのだろう。透き通るような肌は触れればさぞ気持ちいいだろうことを想像するのは難くなく、やや大きめの唇は潤いに満たされていた。
しかし、服装があまりにもミスマッチに過ぎた。
無骨なレザージャケットとレザーパンツには装飾など何もなく、ただただ機能性を追求した形である。腰につけたホルスターには数本のナイフが見え隠れし、背中には矢筒と長弓を背負っている。貴族風の派手な少女には似合わない地味な格好である。
大きい方は夜を彷彿とさせる黒髪黒瞳である。ボーイッシュに切り揃えられた髪と常に浮かべている笑みが相まって少年のようにも見える。頬には小さいハートのタトゥーが彫られており、凛々しい顔立ちにはそれが妙に似合っていた。
服装は――派手である。いや、服装というよりも武装と言うべきか。
背中には身の丈を大きく超える長大なハルバード。豪奢な装飾が施された刃は青い灯を宿しており、通常の武器ではないことは容易に知れる。
身に纏うのは白銀のブレストアーマーと大腿部を覆い隠す鱗のパンツか。何の鱗かはわからないが、光沢の残るそれはまだ生きているのではないかと思わせるほどに生気を放っていた。
ただものならぬ二人組である。
そんな二人が深刻な顔をして互いの顔をちらちらと窺っていた。
「ミスったなぁ、って正直思ってるんでしょ?」
話しかけたのは小さい方である。
足元にある小さな石コロを蹴飛ばして遠くを見る姿は絵になった。
「そりゃ思うさ。びしょぬれこって名前は最高にハイな名前だと思ってたんだぜ? まさかMMO世界に取り残されることになるとは思ってなかったからよ。俺は一生びしょぬれこって名前を背負って生きていくのかと思うと股間が濡れ濡れになっちまうぜ」
股間を思い切り掻きながら苦々しく言い捨てたのは大きい方だ。びしょぬれこという名前なのか。自分の名前に対して酷い嫌悪を露わにしている。
喋り方はまさしく男である。行動も男である。少年のようにも見える顔立ちとは似合っている。
だが、ブレストプレートで隠れてはいるがその下には張り裂けんばかりの豊満なバストが膨れている。腰のくびれも抱き締めれば折れるのではないか、と思わせるほどに細い。お尻も盛り上がっていて、正しくボンキュボンである。男の大好きなそそるスタイルなのだ。
いわゆる『お姉さま』と呼びたくなるような外見のせいか、眉間に皺を寄せて吐き捨てる姿は下品でありつつもどこかクールだ。
不機嫌なオーラを隠さないびしょぬれこの隣でふんと小さい方は鼻息を鳴らす。その程度で悩むのか、と格下を蔑む表情だ。びしょぬれこはむっとして立ち上がると、胸を張って小さいのを見下ろした。小さい方も負けじとびしょぬれこを見上げるが、上を見るために首を上げるのが疲れたのか。首の後ろのほうを手で揉みながら、はふぅと可愛らしくタメ息を漏らす。
「その程度ならいいじゃないですか。僕の名前なんかあばずれまん光ですよ。百歩譲って光さんと言ってもらえるかもしれないですけど、あばずれまんこなんて言われた日にはおしまいですよ。どうやって生きていけばいいんですか」
一筋の涙が零れた。
今にも両膝を折って前にのめり込みそうな少女――あばずれまん光は涙を止め処なく溢れさせていく。びしょぬれこも貰い泣きしてしまった。不覚にも二人はネタでつけた名前のせいで辛く苦しい現実にぶち当たっているのである。
ある日、世界初めてのVRMMOのベータテストが実施された。その名も【リアルワールド・オンライン】である。
VRMMO――つまりはヴァーチャル世界をリアルに体験できるオンラインゲームだ。専用のヘッドギアを装着してゲーム世界に飛び込む。そこでは五感が再現され、まさにその世界で生きているという感覚を与えてくれる。
もともとは長期入院の病人に対する娯楽、もしくは身体障害者のリハビリの手伝いなどのために開発された技術なのだが、今回初めて多数の人間相手に娯楽としての提供がなされたのだ。
今までは画面内で動くキャラクターはただのデータだ。いくら強くなってもダメージの数値が変わるだけだったのが、このVRMMO内では全てに左右される。簡単に言えば現実世界では非力な人間であろうとも、STR(筋力)の数値が高ければ天下無双の力持ちになれるのだ。要するに、実感としてキャラの強さがわかるのである。
多くのオンラインゲーマーはベータテストのテストプレイヤーに応募しまくった。
びしょぬれこもあばずれまん光も迷うことなく投稿したのである。メールアドレス四千個ほどをマクロで作成し、全てにデータを入力して――ここまでくるともはや病気であるが、彼らは総じてニートなので時間には余裕があったのだ。
あぁしかし――ベータテスト当日に不運にも発覚したものがある。
ログイン中にもしサーバーの電源が落ちたらどうなるのか。ゲーム内に接続している意識はどこへ行くのか、それらの検証が未知だったのである。
病院で運用されていたときは専門家が隣についての徹底指導のもとに実施されていたのだが、何せオンラインゲームである。世界中で実施されるのである。全員の隣に専門家がいるはずもない。
故に、事故が起きた。
掃除のおばちゃんがサーバーのコンセントに足を引っ掛けて転んだのである。そのせいでサーバーの電源は落ち、ログアウトできなくなったのだ。
それから三カ月。ある程度のコミュニティが形成された【リアルワールド・オンライン】は実に混沌としていた。
「――ハッ! VIPな俺らに引き返す道などあるはずもねぇな。最高に厨二病な現実だぜ。胸が熱くなる」
VIPとはハタ迷惑な奴らの総称である。
「今日も今日とて狩りの開始ですね。あそこでつるんでる男女のペア。見てるだけで殺意がわきますよ」
彼らは嫉妬しか知らず、周囲に当たり散らすことを快感とする。好き勝手絶頂のプレイが大好きで、人の目など気にしない。
ネーミングセンスからして確定的に明かなのは間違いのない事実であり、まさしく自業自得なのだが、わかっていても当たらずにはいられない。
断頭台の丘に続く階段は長く、上から見下ろせばここに向かう愚かな男女のペアが見える。
どちらも初期装備を着込んでいることからLVは高くないのだろう。
「行くか、あばずれ」
「行きましょう、びしょぬれまんこさん」
「びしょぬれこだっつってんだろ!」
「僕のことは光でよろしく!」
互いに武器を引き抜くと、階段から『ヒャッハアアアアアアアア!!』と叫びながら飛び下りた。
追記しておこう。
彼らはネカマである。