余録

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余録:小沢元代表の強制起訴

 「なすべき判断を下し、その実行を説く力において、誰も私の上に立つ者はない。国を愛し、金銭の誘惑に負けぬことで誰にも引けを取らぬ……私に不正のそしりを浴びせることは間違いだ」▲大変な自信だが、それもそのはず古代アテネの民主政治の黄金時代を代表する政治家ペリクレスの言葉である。彼の指導した戦争と疫病への不満を募らせた市民は、市民による政治を確立させたペリクレスその人を会計上の不正の告発をもとに民衆裁判に付したのだ▲「われらの政体は少数者の独占を排し、多数者の公平を守ることを旨として民主政治と呼ばれる」。民主政治の理想を説いて今なお胸を打つ名演説で知られるペリクレスだが、民衆裁判では巨額の罰金刑を宣告された。アテネ民主制の光と影を象徴する一幕であった▲誤解しては困るが、強制起訴された小沢一郎民主党元代表をペリクレスに例えたいのではない。ただ、時の有力政治家が市民の議決により起訴されるのは日本では過去にない出来事である。「やましいことはない」(元代表)と当事者の釈明が似通うのは成り行きだ▲昔の民衆裁判ではないのだから、罪の有無については法にもとづく厳正な審理で明らかになろう。訴追された政治家の身の処し方、政党の対応については、民主政治をめぐる人類の成功と失敗をそれなりに学んできた多くの国民が見つめているのを肝に銘じるべきだ▲冒頭のペリクレスの言葉は民会の壇上で告発者を前にしての演説だ。政治的争いが裁判になるのが古代直接民主制の欠陥というが、どこかの話と違って政治の場で説明がなされなかったためではない。

毎日新聞 2011年2月1日 0時13分

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