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「訓練」が今も生きている 渡辺俊介さん

2011年2月1日

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写真:渡辺俊介さん=安藤由華撮影拡大渡辺俊介さん=安藤由華撮影

 畳屋の三男で、東京で働いた後、脱サラして土木建設業を始めたそうです。高校も大学も、僕と同じチームで野球に打ち込んでいました。

 野球を通じて子育てをしようとしていたようです。だから野球の指導以上に、あいさつや生活態度に厳しかった。家でごろ寝していても、おやじの車の音が聞こえると、びくっとして起きあがり、勉強したり腕立て伏せをしたりしましたね。怒っている時は、怖くて目を合わせることはできなかった。

 「アンダースローにしてみないか」。おやじにそう勧められたのは、中学2年生の時です。僕は運動能力が低かったので「高校や大学で野球を続けたいなら、体が柔らかく手が長い特徴を生かすアンダーにした方がいい」と。強制されてはいませんが、僕も「弱い高校でならレギュラーになれるかも」と、ダメもとで上手投げから転向しました。結局それが大きな転機になりました。

 面白い投げ方だということで、強豪の高校に入れました。でも野球部のOB会長だったおやじが投手コーチになったんです。グラウンドでも家でも一緒だから、高校の時には半端じゃない緊張感の中で暮らしていました。僕はピンチでもあまり緊張しないのですが、あの頃の「訓練」が生きているのかもしれませんね。

 今でも電話をかけてきますよ。失策した野手に僕が怒った様子を見せた時なんかに「何だ、あの態度は」って。好投した時でも「捕手のリードが良かった」。昨年のクライマックスシリーズで勝った後も「(先制本塁打を打った)今岡(誠)さんに感謝しろ」と言われました。僕もベテランの部類に入って注意してくれる人は減ってくるので、そういう意味でとても大きいですね。

 おやじはずっと野球を中心に生きてきた人だから、僕がいまだに野球を見せられることが一番の親孝行かなと思います。だから、できるだけ長く野球を見せたいですね。工藤(公康)さんや小宮山(悟)さんみたいに、40代半ばくらいまで何とか投げていたいと思っています。(聞き手・増谷文生)

    *

 わたなべ・しゅんすけ プロ野球千葉ロッテ投手。2001年にドラフト4位で入団、05年と10年の日本一に貢献。06年と09年にWBCに出場。「アンダースロー論」(光文社新書)の著書もある。栃木県出身。34歳。

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