強制起訴と指定弁護士 -｢小沢信者｣の意味変容とメインストリ-ム化
昨日（1/31）、小沢一郎を強制起訴した3人の弁護士の記者会見があり、その一部がテレビのニュースで紹介されていた。いわゆる指定弁護士の顔を見て、発言を聞いたのは初めてだが、納得のできない言葉に不信の念を抱かされた。言葉があまりに官僚的すぎる。弁護士の言葉とは思われない。会見を聞いていると、小沢一郎の有罪を確信したから起訴したのではなく、検察審査会で強制起訴が決まっていたから、法令に従って手続きをしたまでだと言っている。であれば、起訴はもっと早くできていたはずで、これほど遅くなった理由がわからない。指定弁護士の一人である大室俊三は、強制起訴について「法曹家としての良心に恥じない」と断言したが、その「法曹家としての良心」の中身が何なのか、根本的な疑問と矛盾を感じさせられる。弁護士法を見ると、その第1条に、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と規定がある。そもそも、弁護士は国家権力から独立した存在で、権力による不当な人権侵害から個人を守るのが職責であるはずだ。この小沢一郎をめぐる政治資金規正法違反の刑事事件で、独立の法曹家たる弁護士が拠って立つべき正義とは何なのか。検察審査会と指定弁護士の制度があるからと言って、これほど簡単に検察官僚の代役を引き受け、有罪の確信もなく簡単に個人を訴追する立場に立てるものか。
検察審査会による強制起訴では、私が他に知る事例として、明石の花火大会の歩道橋事件がある。他の多くの人も同じだろう。2001年に起きた痛ましい事故で、警察の交通警備の不備によって死者11名という大惨事が起き、遺族が業務上過失致死で兵庫県警を告発したものだった。検察が不起訴にした明石署の署長と副署長の責任を問い、遺族が検察審査会の制度を利用して審査申し立てを行い、そして、起訴相当の議決と地検による不起訴を繰り返し、長い司法闘争の末、昨年ようやく起訴が決定している。もう10年前になるが、新聞で記事を読んだときの衝撃と悲しみは忘れられない。密集し混雑した歩道橋の回廊の中で、群衆が将棋倒しになって倒れ、下敷きになった人を救おうとして掻き出しを手伝っているうちに、彼は連れていた自分の小さな息子を見失い、その息子が倒され踏みつけられて圧死した。11名の死者のうち10歳未満の子供が9名。親はどれほど辛い思いだっただろう。10年にわたる長い攻防、地検による4度の不起訴と検審による3度の起訴議決という壮絶な闘争史が、遺族の怒りと執念をあらわしている。検察審査会というのは、本来、この明石の事件のような不条理において正義を実現し、市民を救済するための制度であり、明石の事件解決の金字塔こそが検察審査会の代名詞となり、司法世界の概念となり、制度定着しなければならなかったのである。
この問題は、すでに小沢一郎の政治資金規正法の問題ではなく、検察審査会の制度のあり方の問題になっている。われわれの関心はそこにある。そして、昨日（1/31）の小沢一郎の会見で指摘があったように、検察審査会のメンバーとなった素人の市民が、黒白を裁判で決着させるために強制起訴するという論理と判断の妥当性の問題にある。そのような起訴が許されるのだろうか。何度も言われていることだが、それは、「疑わしきは罰せず」の原則の否定であり、日本の刑事司法の原理の根本的な転換を意味する。人民裁判の原理の肯定と導入に他ならず、法治国家の前提を危うくするものだ。どう考えても、今回の「市民感覚」は軽易で、単にマスコミ報道に踊らされた「世論」を根拠にしているにすぎず、明石の事件の遺族の「市民」とは存在が全く違う。その議決を下した「市民」は、隠れたまま顔を見せず、自らの判断に責任をとっていない。3人の指定弁護士の会見内容は、「疑わしきは罰せず」と「裁判で黒白をつけろ」の矛盾について説明をしていなかった。そこを問い詰める質問が発されていない。裁判で黒白をという乱暴な論理が許されるのは、それは民事訴訟の世界の話で、刑事訴訟はそうではない。明石の事件で、検察審査会が起訴議決を出し続けたのは、検察の捜査と判断に過失があり、それが具体的に証明されていたからだ。決して、「裁判で黒白を」というような安易な発想の議決ではない。
昨日は、小沢一郎側の弁護士である弘中惇一郎の会見もあったが、NHKの7時と9時のニュースでも、テレ朝の報ステでも、その模様が紹介されることはなかった。全体に、マスコミ報道の関心は予想したよりも低く、昨年のヒステリックな「二分間憎悪」の態様が再現されていない。本日（2/1）のTBSの朝ズバも見たが、与良正男が出演しておらず、いつものエキセントリックな喚き声が散乱して視聴者を不愉快にする映像はなかった。報ステの一色清も、昨夜は論調が変わっていて、「裁判での有罪は難しい」などと弱気を言い出していた。どうやら、現在でも有罪確実だとコメントしているのは、日テレの河上和雄だけらしい。本日の朝日の1面記事の小見出しにも、「有罪立証には困難も」の文字がある。元秘書の石川知裕が捜査段階での供述調書の内容を否認し、大久保隆規については前田恒彦が作製した調書を検察自らが撤回する事態に及んでいる。裁判は小沢一郎に有利に進行するだろう。指定弁護士は検察ではなく、公判で「隠し球」を用意するような芸当はできないし、無罪判決が出ても業績に傷がつくわけではない。平均年齢30.9歳の若い検察審査会メンバーに責任を押しつけられる。「市民感覚」に裁判官までが便乗するとは考えられない。無罪の結論は最初から決まっていて、目的は小沢一郎の政治的失脚なのだ。官僚機構が総がかりで小沢一郎と政治戦を演じているのである。彼らができるのは、せいぜい判決を延ばして時間を稼ぐことだけだ。
強制起訴があり、次の焦点は党内処分になった。マスコミはすぐに「世論調査」を出すだろうか。小沢斬りが菅政権の3つの約束の一つであり、その公約をマスコミが全力で支持している以上、党員資格停止の政局に持ち込むべく、強制起訴を国民の多数が支持するという「世論調査結果」を見せなくてはいけない。が、特に今年に入って、一般国民もマスコミ報道が演出する「小沢政局」に倦み疲れていて、「二分間憎悪」の催行がやや難しくなっている。小沢一郎を叩いて菅政権の支持を上げる政局手法が見透かされ、それへの支持の圧力が下がっている状況は否めない。小沢一郎を悪玉にして貶め、菅直人を善玉にして持ち上げる田舎芝居が、そろそろ飽きられて通用しなくなっている。善玉として持ち上げるには、あまりに菅直人は不適格な大根役者なのであり、賞味期限が切れているのだ。菅直人と寺田学と下村健一は勘違いをしていて、テレビに菅直人を頻出させて演説の機会を増やせば、商品のCM効果のように支持率が上がるものだと思っている。しかし、実際には逆効果で、この作戦は菅直人への反感と嫌悪のみを増幅させる方向に導く。小泉純一郎は大衆を巧く騙せたが、菅直人は同じ真似がワークしない。マスコミは少しずつポスト菅へとスタンスを移していて、消費税とTPPを前原政権でやらせる意思を見せ始めた。菅直人が小沢一郎の党員資格停止処分に踏み切っても、それが政権延命の特効薬になることはないだろう。小沢一郎は、逆に勢いを回復し始めている。
週刊誌の小沢記事の論調と傾向が少しずつ変わり始め、文春やAERAなどが小沢一郎寄りの特集を組んでいる。昨日の小沢一郎の会見で注目させられたのは、集まった記者の人数の多さである。前から小沢一郎の会見は記者が集まったが、どんどん増えている印象がある。小沢一郎を記事にすると売れるからであり、小沢一郎の最新情報を出さないと媒体が売れないからだ。この商品としての政治情報の市場傾向は、日を追う毎に顕著になっている。そして、大手マスコミの周辺で商売している事業者、夕刊紙や週刊誌などの記者や編集者たちが、小沢一郎の政治表象をネガティブなものからポジティブなものに変えつつある。次第にシンボルの性格が変わりつつある。この動きは、政治情報の商品市場の背後にある大衆の意識や感覚に、彼ら周辺媒体の記者が気づき始めたということだ。菅直人の人気が低下するほどに、シーソーゲームのように、政敵である小沢一郎への待望論が高まっているのである。現在、ネットの政治言論の空間では、菅直人を積極的に支持する声は皆無の状態だ。小沢一郎に対する攻撃は、一部の共産党シンパとネット右翼に限定されている。新聞とテレビは、小沢一郎に議員辞職を迫り、それが国民の多数世論だと言うが、その多数世論を反映した空気は、少なくともネット空間では確認できない。日経の宮本明彦は、「一時代が過ぎ去った」と論評しているけれど（1面）、ネットの中では小沢一郎への期待や同情は昨年以上に強くなっている。これは、ネットを情報生活の一部にしている者の率直な実感だろう。
「小沢信者」という言葉も、最近は数が増えて少数から多数に立場が転じ、以前のような悪臭のするマイナスシンボルではなくなってきた。非難する者も、非難を受ける者も、両者が認めていた異端性の棘が消えている。すなわち徐々に意味転換が生じていて、意味がプラスシンボル方向へと変容を遂げている。濃淡の程度の差はあれ、「小沢信者」であることが普通になってきた。標準の政治スタンスに変わりつつある。マスコミを批判し、マスコミが動かす政策路線を拒絶する者は、自然に「小沢信者」という大きな流れに身を入れているのだ。メインストリームなのである。ネットの政治空間を観察して気づくのは、従来は左側の陣営に所属していた者が「小沢信者」の圏内に移動している現象と、右側の立場で論陣を張っている者が左翼批判の言動を自制し、「小沢信者」の圏域から左右対立の契機を消し、積極的に中立化させている営為である。「国民の生活が第一」のシンボル操作において、その反新自由主義の性格を積極的に認め、掲げ、左派の取り込みに注力している点を看取できる。この二つの動きにより、小沢一郎の表象は政治のポショニングの「中央」にどっかと腰を下ろし、（マスコミ以外の）誰からも難癖をつけられない安定感のある存在になりつつある。そうしたネットの状況を確認した後で、日経や朝日の論評を読むと、彼らがすでに普遍性を独占できなくなっている印象は免れない。説得力を失い、政治的な影響力を衰えさせている。マスコミは報道の権威の存在だが、それが担ぐのが菅直人では、誰もマスコミの説教に得心して頷くことはないのだ。強制起訴は、菅直人の政権浮揚を後押しする材料にはならない。国民はそれを望んでいない。小沢斬りは裏目に出る。
