「統計学者吉田耕作教授の統計学的思考術」

統計学者吉田耕作教授の統計学的思考術

2010年12月16日(木)

TPP参加による増加利益分を農業へ再配分してはどうだろう

一目で分かる日本農業の現状と解決策

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 政府は11月9日、環太平洋経済連携協定(TPP:Trans-Pacific Economic Partnership Agreement)に参加すべく一歩踏み出す事を閣議決定した。これは最近アジアを中心として、全世界的に自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)の動きが加速してきており、より包括的なシステムを構築する方向に進んでいるからである。

 特に最近横浜市で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議:Asia Pacific Economic Cooperation)では貿易や投資の自由化に向けた共同声明を採択した。アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP:Free Trade Area of Asia-Pacific)に向けて一歩を踏み出したと言える。その中でTPPが核になるとみなされているようだ。

 日本にとっては、韓国が自由化に向けて一歩も二歩も先に行っており、必死に追いつかなければならないという事情がある。韓国はまず初めに、チリとのFTAを発効し6%の関税を撤廃した。その結果、チリでは韓国からの輸入は日本からの輸入を上回ったが、後に日本がチリとのFTAを締結し、日本は抜き返したと言われる。(日本経済新聞2010年11月10日「『開国』へ一歩踏み出す」)さらに韓国はこの10月にEUとFTAを結び、来年の7月には発効するという。 日本は今、これらの動きに参加しなければ、乗り遅れるという危機感がある。

 外国において、他国製品の輸入に対して関税が免除されている時に日本製品の輸入に関税を掛けられるのでは、日本の輸出産業に多大のハンデイキャップをもたらし、国際市場で日本製品は敗退していくのは明らかである。そして日本の失われた20年が失われた30年、40年になっていく可能性もある。

 その上、この状態が続くと、多くの製造業は日本で生産を継続する事が出来ず、海外に工場を移転し、国内の雇用は著しく減少するであろうし、日本の唯一の利点である技術の優位性は失われていくであろう。

 しかしながら、日本には農業、特にコメの、国際競争力が非常に劣り、安い食料が完全輸入されれば、日本の農業は崩壊するであろうという大きな問題を抱えている。そこで、今回は農業を中心として、日本が国として、どういう通商政策を取っていくべきかに関して検討したい。その前に、まず日本の貿易の現状を俯瞰してみよう。

輸出の有利性は失われつつある

 まず、日本の輸出入の状況を見る事から始めよう。表1は輸出であり、表2は輸入である。

表1 輸出

  •  
  • (単位:1兆円)

年次 総額 輸送機器 電機機器 一般機械 金属製品 化学製品 その他
1990 41.5 10.4 9.5 9.2 5.0 2.3 5.1
2000 51.7 10.8 13.7 11.1 5.1 3.8 7.2
2008 81.0 20.0 15.4 15.9 10.2 7.3 12.2

表2 輸入

  •  
  • (単位:1兆円)

年次 総額 燃料 電機機器 原料 原材料製品 一般機器 食糧 化学製品 その他
1990 33.9 8.0 1.9 4.1 4.4 2.0 4.6 2.3 6.6
2000 40.9 8.3 5.8 2.6 3.9 4.5 5.0 2.9 7.9
2008 79.0 27.7 8.6 5.5 7.3 6.0 6.2 5.7 12.7

(注:表1及び2及び5は2010年版の日本統計年鑑の資料に基づき作成)

 表1から、日本の輸出は圧倒的に工業製品で、しかも、輸出の主流は自動車や電機を始めとして、ほとんどが日本の高度の技術力に支えられた産業であることがわかる。

 表2では、輸入は燃料や食糧等日常の消費生活に欠かせないものも多いが、原料や完成品を作るために輸入する原材料や部品が多く含まれるのが明らかである。

 第二次大戦後、日本の高度経済成長は輸出によって支えられてきたという事は議論の余地はないであろう。ここまでは中学の教科書にも書いてあり、国民の常識ともいえる。

 しかし問題は、1990年と2000年には輸入は輸出の80%ぐらいであったのが、2008年には輸入と輸出の割合が大体同じになってしまっているということである。ここでは為替の変動は考慮していないが、おおざっぱに言って、日本の輸出の有利性は失われつつあるのである。人口減少化で内需の成長にあまり期待のできない日本が、輸出の利益が失われつつあるということの重大性を認識する必要がある。

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著者プロフィール

吉田 耕作(よしだ・こうさく)

カリフォルニア州立大学名誉教授、ジョイ・オブ・ワーク推進協会理事長。経営学博士。1938年東京生まれ。1962年早稲田大学商学部卒業。68年モンタナ大学で修士号(ファイナンス)を取得。75年ニューヨーク大学でデミング博士、モルゲンシュタイン博士に学び、博士号(統計学)を取得。75年からカリフォルニア州立大学で教鞭をとる。99年青山学院大学国際政治経済学部教授。2001年から2007年まで同大学院国際マネジメント研究科教授。86年から93年まで、デミング4日間セミナー「質と生産性と競争力」でデミング博士の助手を務めた。統計的な考え方をベースとして、米国連邦政府、ヒューズ航空機、メキシコ石油公社、NTTコムウエア、NTTデータ、NECなどを指導。著書に『国際競争力の再生』『経営のための直感的統計学』、『直感的統計学』、『ジョイ・オブ・ワーク――組織再生のマネジメント』、『統計的思考による経営 』など


このコラムについて

統計学者吉田耕作教授の統計学的思考術

「統計学」と聞くと、難しい数式とグラフを思い浮かべ、抵抗感を持っている人が多いでしょう。とくに文科系の人であればその思いは強いはず。でも、一度、統計学の視点で世の中を見渡してみると、物事は大きく違って見えてきます。数学が苦手だった人でも吉田教授の“講義”なら大丈夫。難しいことはありません。経営とビジネス、そして人生に役立つ統計学です。

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