三年生期
第五十六話 見つけた Happy Life
※花言葉に関しては、以下のサイトの解説文を参考にさせていただきました。
花言葉事典 花言葉を解説する花ことば、誕生花の辞典サイト
http://www.hanakotoba.name/
<第二新東京市 竜神湖>
卒業式があったその日の放課後、SSS団のメンバーは北高から電車で1時間程の場所にある竜神湖へと向かった。
ハルヒ提案のSSS団の解散式をするためだ。
ピクニックをするには申し分の無い立地条件で、恋の神様の住む湖と言い伝えられているので楽しいイベントになるはずなのだが、メンバーの表情は暗かった。
移動中、ハルヒを含めて誰一人話そうとしない。
こんな重い沈黙に包まれたSSS団は2年の夏合宿以来久しぶりの事だった。
「そこの花屋で水神様へのお祈り用の花束を買いましょう」
目的地である竜神湖の最寄駅に着いたハルヒはメンバーに向かって提案をした。
「涼宮さん、それは恋の神様にお祈りするための花ですか?」
「ええ、言い伝えられているお願い事もしようと思って」
イツキが尋ねるとハルヒはうなずいた。
ハルヒの返事を聞いたメンバー達は花言葉にも詳しいユキに聞きながらお供えとする花を選んで行った。
「花言葉は真の友情ね」
「君が居るだけで幸福と言う意味もあるらしいよ」
ゼラニウムの花言葉を聞いたアスカのつぶやきにシンジがそう付け加えると、アスカは少し顔を赤くしてシンジと見つめ合うのだった。
「この花も面白い花言葉ですね」
「少年時代に青春か。俺達にふさわしいかもしれないな」
プリムラの花言葉を知ったイツキとキョンは感心した様子だった。
「梅も僕達の門出を祝うのに良いと思わないかい?」
「独立ね」
カヲルの言葉にレイも同意してうなずいた。
「花言葉にこだわると、意外に使えるものって少ないですね」
「そうだね、残念だよね」
ミチルの言葉にエツコも同意した。
「桜が咲くにはまだ十日ぐらいかかるからね」
ヨシアキも寂しそうな顔でつぶやいた。
「仕方が無いわ、今ある分だけで我慢しましょう」
ハルヒはそう言って、ゼラニウムを中心とした花束を注文した。
そんなハルヒの姿を見て、アスカ達はぼそぼそと話す。
「ハルヒなら、桜を満開にさせてしまいそうな気がするんだけど」
「うん、僕達が出会った頃の涼宮さんならきっとそうしたはずだよ」
「やっぱりハルヒは以前とは違う考えを持ち始めたようだな」
アスカとシンジの話を聞いて、キョンはそうつぶやいた。
花屋を出て湖にたどり着いたハルヒ達はその眺望の素晴らしさに感心して息をついた。
湖にはカルガモの親子がのんきに泳ぎ、湖の側のカフェレストランではカップルや親子連れが和やかにお茶を飲んでいる。
ただ、まだ3月と言う少し肌寒い季節だったので、湖の側に居る客の姿は少なめだった。
「へえ、巫女さんの貸衣装屋なんてあるのか」
「1時間500円ですか、観光客向けですね」
「雰囲気が出て良いわね、あたし達も着てみましょう!」
貸衣装屋を見つけたキョンとイツキのつぶやきを聞いて、ハルヒは目を輝かせた。
「嫌よ、巫女のコスプレなんて」
「私は着てみたいわ」
「アスカが着ればきっとかわいいよ」
「まったく、仕方無いわね」
最初は反対したアスカだったが、レイとシンジに言われて賛成に回った。
そして30分後巫女の格好をしたハルヒ・アスカ・レイ・ユキ・ミチル・エツコ・ミサトが出て来た。
「何かあの『七人の妹巫女』ってアニメみたいだな」
「あたしがお兄ちゃんって言えばあんたも萌えたりする?」
「それは無い」
「やっぱり現実に妹が居ると、妹萌えし難いって話は本当だったのね」
キョンとハルヒがそんなやり取りをするのとは違って、シンジ達は対照的だった。
「お兄ちゃん」
「あ、綾波?」
「こらシンジ、何を顔を赤くしているのよ! もうすぐレイは本当の妹になるんでしょう?」
「だって、血が繋がって無いし今まで他人として接して来たから……」
レイが上目遣いで見つめると、思わず顔を赤くしてしまうシンジ。
アスカがそんなシンジをにらみつけた。
「ほらほら、あなた達もとってもかわいいわよー」
「あ、ありがとうございます葛城先生」
ハルヒやアスカ達をうらやましそうに見つめるミチル・ユキ・エツコをミサトが陽気に声を掛けて抱きしめた。
「それじゃ、小道具もそろったところでSSS団の解散式を始めるわよ!」
ハルヒはそう宣言して湖面近くに立つと持っていた大幣をおはらいをするかのように振り回しながら念仏を唱えていた。
アスカ達は目を閉じて祈りを捧げる格好でじっとハルヒの念仏を聞いていた。
ハルヒの念仏は10分ほど続き、途切れると、アスカ達は目を開いた。
「じゃあアスカ、その花束をちょうだい」
アスカがハルヒに花束を渡そうとすると、エツコが割って入って邪魔をした。
「涼宮先輩、SSS団を解散させるなんて言わないで!」
「エツコちゃん、解散はもう決めた事なのよ」
「私は涼宮先輩が居たから高校生活がすっごく楽しかったんだよ、みんなも涼宮先輩に期待している!」
「お断りよ、自分のやりたい事は自分でやりなさい!」
ハルヒがキッパリ断言すると、エツコはガックリと肩を落とした。
「これからはあたし達自身の力で頑張って行く事を誓います! 神様、今までありがとうございました!」
そう宣言したハルヒは花束を湖に投げ込んだ。
ハルヒが花束を湖に投げ込んだ直後から、湖には濃い霧が出て来た。
「この湖には霧がかかると聞いた事がありますが、まるで狙ったようなタイミングで現れましたね」
「きっと神様があたし達の願いを聞き届けてくれたのよ」
イツキがつぶやくと、ハルヒは笑顔で誇らしげに腰に手を当てて胸を張った。
「この霧に濡れたら風邪を引いちゃうわよ」
「そうね、貸衣装をビショビショにしちゃったらマズイわね」
アスカの提案にハルヒも同意して、ハルヒ達はすぐに貸衣装屋に戻り服を着替えた。
「ほらエツコちゃん、何を落ち込んでいるの! SSS団のイベントは家に帰るまで続くんだから、シャキッとしなさい!」
「はあい……」
ハルヒが声を掛けても、エツコは元気の無い様子だった。
帰りの電車の中、エツコはずっと黙って下を向いていた。
別れる時もずっと落ち込んでいるエツコの姿を見て、ハルヒが声を掛ける。
「もう、全く仕方が無いわね。これからあたしが団長の極意をエツコちゃんに伝授してあげるから、家に来なさい!」
「はいっ、涼宮先輩!」
エツコが元気にハルヒついて行くのを、イツキ達は苦笑しながら見送る。
「涼宮さんの団長の極意とは何でしょうか」
「さあ、偉そうに見えるポーズの仕方とかそんなんじゃないのか?」
イツキの質問にキョンはそう返した。
「でも、これでみんなともうお別れだと思うと悲しいわね」
アスカはキョン達の姿を見回して寂しそうにつぶやいた。
「シンジ君達は明日にでもドイツに行くのかい?」
「うん、向こうでも準備があるから」
カヲルが尋ねると、シンジはそう答えた。
「きっと明日はハルヒが盛大に見送りをしようって言い出すだろうな」
「多分そうだね」
キョンの言葉にシンジも同意し、自然な流れで各自解散となった。
<第二新東京市 東中 グラウンド>
その日の夜、SSS団のメンバーはハルヒに電話で再び呼び出された。
しかも集合場所はハルヒの母校である東中学校だった。
「涼宮さん、どうして僕達をここに?」
「そうよ、来なきゃ死刑だなんて。アタシ達は明日の準備があるんだから」
「ユキとミクルちゃんにみんなを集めて欲しいって頼まれたのよ」
シンジとアスカの質問に、ハルヒはそう答えた。
「ユキちゃん達が?」
ミサトが尋ねると、ユキは軽く首を縦に振ってうなずいた。
ユキの隣には大学1年生モードのミクルが立っていた。
そして、ミチルの姿は無かった。
「じゃあ、この校庭にあの時の図形を描けばいいのね?」
ハルヒが尋ねると、ユキは再びうなずいた。
そして、ハルヒはゆっくりと朝礼台を登って行く。
「それじゃ、体育倉庫から石灰とライン引きを持って来て!」
朝礼台の上に立ったハルヒの号令により、キョン・シンジ・カヲル・イツキ・ヨシアキの男性陣5人は鍵が開いていた体育倉庫からライン引きと石灰の入った袋を運び出した。
「ミサト、あれって夏の星座じゃない?」
「確かに、夏の大三角形に見えるわね」
「それに、暑くなってきたわ」
星空を見上げたアスカが異変に気が付き、驚きの声を上げた。
ミサトとレイも同じように異変に気がついた様子だった。
「みんな、あたしの指示する通りにラインを引くのよ!」
準備を終えたキョン達に、ハルヒが間髪いれずに号令をかけた。
「この図形は見覚えがあるな」
ハルヒの指示通りに動いていたキョンは4年前の七夕の夜に描いた図形と、今自分達が描いている図形が同じだと言う事に気が付いた。
それからしばらくの間、ハルヒの指示をする声とキョン達のライン引きを動かす音が夜のグラウンドを支配する。
「ありがとう、細かい所はあたしが仕上げるから、あなた達は休んでいて良いわ」
ハルヒは笑顔でそう言って朝礼台の上から飛び降り、ライン引きで図形を描き始めた。
汗だくになったキョン達は少し離れた場所に腰を下ろした。
「何か暑くなってきた気がするけど気のせいかな?」
「私と朝比奈ミクルが力を合わせてこの辺りの時空間を7月7日に移動させた」
シンジのつぶやきに、ユキがそう答えた。
「どうしてそんな事をしたのよ?」
「プレゼンターを召喚するために都合が良いからです」
アスカの質問に今度はミクルが答えた。
「ネルフでは光の巨人アダム、そして涼宮さんの閉鎖空間に出現した神人の元となる存在です。私達はプレゼンターと呼んでいます」
「何ですって?」
ミクルの言葉を聞いてミサトが驚きの声を上げた。
「プレゼンターとは、願いをかなえる力を人に与える存在。人類の歴史に奇跡と呼ばれる出来事を度々引き起こして来た」
「戦争が行われた時には不利だった戦況をひっくり返すほどの力が発現されたと伝えられています」
「もしかして、セカンドインパクトやサードインパクトもその奇跡の中の1つだって言うの?」
ミサトの言葉に、ユキとミクルはそろってうなずいた。
ユキ達が話をしている間にハルヒは図形を描き終わったのか、ハルヒは大きな魔法陣の真ん中に立って目を閉じて祈り始めた。
「長門、ハルヒは一体何を始めたんだ」
「あの七夕の夜と同じ様に、プレゼンターを召喚する儀式」
「何だと?」
「古来から人々は神の存在を信じ、プレゼンターを呼び出そうとして来た。だが、プレゼンターは成熟した人間の前には姿を現さない」
「過去の歴史を見てもプレゼンターに選ばれていたのは大人になり切れていない子供達だったんです」
キョンとユキとミクルのやり取りを聞いていたミサトは目を丸くして叫ぶ。
「もしかして、父さんが南極の古代遺跡に私を連れて行ったのは、力を発動させるのに私が必要だったからなのね?」
「そうです、葛城博士は古代文明について書かれていた死海文書の内容をゼーレから知らされていました」
「でも、どうして父さんは私に教えてくれないの……」
「多分、ミサトさんのお父さんはこれ以上ミサトさんを傷つけたくなかったんだよ」
ミクルの話を聞いて落ち込んでしまったミサトにシンジは優しく声を掛けた。
「だけど、あそこには魔法陣何か無かったんでしょう? ミサトが奇跡を起こせるわけ無いわよ」
「あの古代遺跡の建物自体が召喚のための魔法陣だった」
「呼び出すプレゼンターの種類によって魔法陣の形も必要なものも違うんです」
アスカの質問にユキとミクルはそう答えた。
「私が、襲われる父さんを前に、『みんな消えてしまえ』なんて思ったから、セカンドインパクトが起こったのね」
「それは違います、葛城さんが悪いんじゃありません!」
ショックを受けたミサトが暗い思考でつぶやくと、ミクルは大きな声で否定した。
「セカンドインパクトがあのような形で起こってしまったのは、近くにあったアダムを目覚めさせてしまったため」
「アダムはあの古代遺跡を造った文明が栄えていた時代に、プレゼンターの力によって生み出された兵器でロンギヌスの槍によって封印されていたんです」
「そして覚醒したアダムが使徒を産み出したってわけなんだね」
ユキとミクルの言葉を聞いたカヲルはそうつぶやいた。
「それに、セカンドインパクトの被害の原因は核爆弾を使ってその後食料や資源を巡って戦争を起こした各国の政府のせいですよ」
「そうよ、ミサトは悪くない!」
「ありがとう」
イツキとアスカがなだめると、落ち込んでいたミサトはお礼を言って顔を上げた。
その時、ハルヒの立っている手前ぐらいの空間が白く輝き、割れるように生じた穴から人の手のようなものが差し出された。
「おい、空中に人の手が浮かんでいるぞ!?」
「あれがプレゼンターの手」
キョンが驚きの声をあげると、ユキはそう答えた。
「思い出した!」
「どうしたのシンジ?」
プレゼンターの手を見て声を上げたシンジに、アスカが驚いて声を掛けた。
「サードインパクトが起こる直前、僕は量産機に囲まれてやられてしまった弐号機の方を見て頭が真っ白になってしまったんだ」
その時の事を思い出したのかシンジ達は一様に暗い顔になる。
「でも、エヴァの中で優しい母さんの手をつかんだ感覚は覚えている」
「ゼーレは量産機との戦いで空中に魔法陣を描き、プレゼンターを召喚し、人類補完計画を行おうとした」
「私が南極で父さんの手だと思ってつかんだ手もプレゼンターの手だったのね」
シンジとユキの言葉を聞いて、ミサトはうなずいた。
「待て、ハルヒの場合はどうなんだ? 俺が手を貸さなければ、ハルヒはプレゼンターってやつから力を受け取らずに済んだんだろう?」
「私達は過去の歴史に介入することで涼宮ハルヒにプレゼンターの力を与えた」
「それは私達の未来の平和のために必要な事だったんです」
キョンの質問に対してユキとミクルがそう答えると、キョンは殴りかかりそうな勢いでユキとミクルをにらみつける。
「それが事実なら、俺はお前達を許せん! お前らのせいでハルヒは狙われて、危険な目に遭わされたんだぞ!」
「ちょっと抑えなさいキョン君、ハルヒちゃんを思う気持ちは分かるけど、ここでユキちゃん達に手を上げても意味が無いわ」
暴れるキョンはミサトに取り押さえられた。
「それで、アンタ達はプレゼンターを呼び出してハルヒに何をさせるつもりなのよ」
「プレゼンターの干渉の消滅」
「えっ?」
アスカはユキの返事を聞いて目を丸くした。
「プレゼンターの力は争いの火種となって来ました。だから涼宮さんの力を使って完全に人間との関係を消滅させるんです」
「そのような事が可能なのですか?」
「これまでプレゼンターの力を手に入れた人達は、力を使い切ってしまう前に手放す事を成し遂げられませんでした」
「涼宮ハルヒの力の発現は小規模なものだった」
「なるほど、小さな願い事しか願わなかったから高校卒業の今まで持続したのですね」
イツキはミクルとユキの言葉を聞いて感心したようにうなずいた。
「しかし、どうしてハルヒは面白い事を起こせる力を自分で手放す気になったんだ?」
「それは、涼宮ハルヒはあなたと言うただの人間に興味を持って、そして好きになったから」
「涼宮さんは気がついたんです、平凡だと言われる人生の中にも楽しい事があると言う事を」
「お、俺のせいだって言うのか……」
ユキとミクルの答えを聞いて、キョンは照れ臭そうに顔を赤くした。
「みんな、もっとあたしの近くへ来なさい!」
目を開いて、空中に浮かぶプレゼンターの手を見つけたハルヒは、遠巻きにして見つめるキョン達に向かって手招きをした。
「俺達が近づいて大丈夫なのか?」
「危険性は無い」
キョンの問い掛けにユキがそう答えると、キョン達はゆっくりとハルヒの側へと寄って行った。
「じゃあ、エツコちゃんとヨシアキ君はあたしの手を握って」
「何で?」
「あなた達を元居た世界に帰すためよ」
「えっ」
ハルヒがそう言うと、エツコ達は驚きの声を上げた。
「呼ぶ時も帰す時も突然でごめんね」
「そんな事言われても私、まだ心の準備ができてないよ」
「この機会を逃せば、あなた達は平行世界へと戻れなくなる」
「で、でも……」
ユキに言われて、エツコは辛そうな顔で下を向いた。
「エツコ、母さんも僕達の帰りを待っているんだ。帰らないわけにはいかないよ」
「うん……」
ヨシアキに説得され、エツコはヨシアキと共にハルヒの手を握った。
ハルヒの右手を握るのはエツコ、左手はヨシアキ。
事情を聞いたアスカ達は引き止める事は出来ず、黙って見守っていた。
「あたしが伝授した団長の極意を向こうでも役立てなさい!」
「わかったよ、涼宮先輩!」
ハルヒが声を掛けると、落ち込んでいたエツコは顔を上げて笑顔になって答えた。
そして、エツコとヨシアキはハルヒの手を握っていない方の手でアスカ達に向かって手を振る。
「みんな、さようなら」
「アンタ達も元気でね」
アスカは目頭を押さえながらエツコに答えた。
そしてエツコ達の姿はだんだんと薄くなって行き、最後には空気のようにかき消えてしまった。
「寂しくなったわね」
「そうだね、きっと家も広く感じられるよ」
アスカとシンジのつぶやきにレイとミサトがうなずいた。
ハルヒも少しぼうぜんとしてエツコとヨシアキの手を握っていた両手を見つめていた。
しかし、そんなハルヒを急かすようにユキが声を掛ける。
「あなたのやるべき事はまだ終わっていない」
「そうね、感傷に浸っている場合じゃなかったわね」
ハルヒはユキにそう答えると、ゆっくりと空中に浮かぶプレゼンターの手に向かって歩いて行った。
「どうやら、始まるみたいですよ」
イツキの言葉を聞いてキョン達がハルヒの方を見ると、ハルヒが真剣な眼差しで空中に浮かぶプレゼンターの手をつかむのが見えた。
まばゆい光が広がった後、ハルヒに向かって差し伸べられた手はだんだんと薄れて行き、最後には消滅した。
「ありがとう」
「涼宮さん、ありがとうございました」
「ううん、あたしも夢から目を覚ます時がやって来ただけよ」
戻って来たハルヒにユキとミクルが駆け寄ってお礼を言うと、ハルヒは首を横に振って笑顔でつぶやいた。
「じゃあ、校庭に描かれた魔法陣を消してから帰りましょう」
「長門頼む、パーッと元通りにしてくれ」
アスカの言葉にうなずいたキョンがユキの肩に手を置くと、ユキは首を横に振る。
「今の私に物質データ改変能力は存在しない」
「どうしてだ?」
「もう必要無いから」
「じゃあ俺達の手で描いた魔法陣を消すのかよ」
ユキにキッパリと断言されたキョン達は肩を落とし、ため息をついて校庭のライン消しと体育倉庫の片づけをするのだった。
そんなハルヒ達の様子を、気付かれないように校舎の屋上から佐々木、橘キョウコ、周防クヨウ、藤原の4人が見守っていた。
<第三新東京市 ネルフ本部 発令所>
ネルフ本部でもハルヒの力の異変は感知されていた。
発令所の大型ディスプレイに”LOST”の文字が映し出される。
「閉鎖空間、完全に消滅しました!」
マヤが報告をすると、発令所に緊張が走った。
「閉鎖空間から戻って来たチルドレン達に医務室に集まるように招集を掛けて」
「了解!」
日向に指示をしてリツコと従ってマヤが発令所を出て行くと、発令所はスタッフ達が話す声で騒がしくなる。
「おい、閉鎖空間が完全に消滅した事は今までに無かったよな?」
「ああ、涼宮ハルヒが意識を失っている間も閉鎖空間は存在し続けたはずだ」
青葉の問い掛けに日向は深くうなずいた。
「閉鎖空間が消滅するとすれば、涼宮ハルヒが死んだ時しか考えられないな」
「そんな、まさか」
青葉と日向と同じ事を考えたスタッフ達も居るのか、発令所に混乱が広がった。
「碇、もう消滅が確認されたのだ、映像を戻しても構わんだろう」
「ああ」
冬月に言われて司令の席に座って居たゲンドウが操作をすると、ディスプレイの映像が切り替わった。
ゲンドウはプレゼンターの手の存在は発令所のスタッフ達には秘密にするため、ハルヒ達が居る東中の映像を隠していたのだ。
大型ディスプレイの映像が校庭でアスカ達と話しているハルヒに切り替わるとスタッフ達から安心したため息がもれた。
「どうやら、涼宮ハルヒは無事のようじゃないか」
「それじゃ、閉鎖空間の消滅と言うのは誤報なのか?」
再び騒がしくなり始めた発令所に、チルドレン達の検査を終えたリツコとマヤが戻って来る。
「司令、チルドレンからパターン青の反応が完全に消失しました」
「すでに普通の人間と変わりがありません」
リツコとマヤの報告を聞いたゲンドウはゆっくりと席から立ち上がった。
「ここに第十八使徒・涼宮ハルヒに関する任務の終了を宣言する! 詳細は明かせないが、我々は使徒の脅威から脱する事ができたのだ!」
ゲンドウの宣言を聞いた発令所のスタッフから歓声が上がった。
歓喜に包まれる発令所を見下ろしながら、リツコはそっとゲンドウに声を掛ける。
「司令、今までお疲れさまでした」
「もう我々ネルフが涼宮ハルヒを監視する必要はあるまい」
「ええ、そうですね」
ゲンドウの言葉にリツコもうなずいた。
「ずいぶんと盛り上がっているようですわね」
「彼女達は!?」
突然発令所に姿を現した佐々木、橘キョウコ、周防クヨウ、藤原の4人にリツコ達は驚きの声を上げた。
取り押さえようとした諜報部員達をゲンドウは押し止める。
「彼らは我々の敵では無い、我々の客人だ」
「碇、こちらは任せておけ」
「先生、後は頼みます」
ゲンドウとリツコは佐々木達と共に司令室に移動するのだった。
司令室に入ると、ゲンドウは佐々木達に尋ねる。
「君達は一部始終を見ていたのだな?」
「うん、僕達は東中学校の校舎の屋上から見ていたよ」
「涼宮さんには驚かされましたわ、願いをかなえる力を自覚した上で消し去ってしまうなんて」
橘キョウコは感心したように深いため息を吐き出した。
「あなた達はプレゼンターの存在を知っていたのね?」
「あれをプレゼンターと呼び始めたのは――私達の方」
リツコの質問にクヨウが表情を変えずにそう答えた。
「私達の星でも、神が人間の歴史に干渉する事がありました」
「そして私達も――プレゼンターの干渉を拒絶した」
「地球の人間もやっと神の手を離れたってわけだ」
橘キョウコとクヨウが話すと、藤原はため息をついた。
「僕達はようやく神話の時代から抜け出せたんだね」
「ずいぶん遅い幕開けでしたわ」
佐々木のつぶやきにリツコも疲れた顔をしてため息をついた。
「涼宮ハルヒを観察する俺達の役目もこれで終わったな」
「これから君達はどうするのだ?」
藤原のつぶやきを聞いたゲンドウが橘キョウコ達に尋ねた。
「私達には本星から帰還許可も出たのですが、地球に残る事にしましたわ」
「同化訓練を――続行する」
「彼女達は地球に残ってくれるそうだよ、僕の友人として」
「そうか」
橘キョウコとクヨウと佐々木の返事を聞いたゲンドウは短くうなずいた。
そして、ゲンドウとの話を終えた佐々木達はネルフを立ち去った。
2人きりになったリツコはゲンドウにそっと尋ねる。
「私達は宇宙人とも上手くやっていけるでしょうか」
「問題無い、長門君の存在がそれを証明している」
「そうでしたね」
ゲンドウはリツコをそっと抱き寄せ、リツコもゲンドウに体を預けた。
後にネルフ本部はロシア支部などが隠れて保存していた使徒の細胞なども消滅したと言う報告を受けた。
これで支部が使徒の力を悪用して本部に反抗する不安も無くなった。
<第二新東京市 葛城家>
シンジとアスカは明日のドイツ出発に備えて手荷物の整理をしている。
2人は向こうでアスカの両親の診療所に隣接する自宅で暮らす事になっていた。
エツコとヨシアキが居なくなって、少し寂しくなった葛城家のリビングではミサトが憂鬱そうな顔でビールを飲んでいる。
「2人が居なくなっただけなのに、ずいぶんと静かに感じるわね」
「もう、今から寂しがってどうするのよ。明日にはアタシ達も居なくなるんだから」
「そうしたら、この広い部屋に加持とレイと3人きりか」
「レイもずっとミサトと一緒に居るわけにはいかないのよ」
「たくさん子供を産めば寂しくなくなると思うわ」
レイの発言を聞いたミサトとアスカは顔を赤くして固まる。
「まったく、レイはなんて事言うのよ、ねえシンジ?」
「あ、うん」
今まで外を眺めていたシンジはアスカに尋ねられて生返事をした。
「どうしたのシンジ、何か悩み事?」
「うん……今夜の東中学校での出来事を見てサードインパクトの時の事を思い出したんだけど、やっぱりこの世界は僕が創造してしまったものなのかな?」
「私はそうだと思うわ。……だって、私はネルフに戦自の兵士が攻め込んで来た時に死んでしまったはずだもの」
シンジがつぶやくように尋ねるとミサトはしっかりとうなずいた。
「シンジは何を願ったの?」
「よく覚えていない……でも夢の中のようなところで、母さんやアスカ、綾波やミサトさん達と話して、もう一度みんなと会いたいって思ったんだ」
「私の推測だけど、人類補完計画は一度実行されてしまったんじゃないかしら?」
シンジの言葉を聞いて、ミサトはそうつぶやいた。
「だから碇君に溶けあった私達の心の声が聞こえたのね」
「でもシンジ君は以前の群体としての人類と世界を選択した」
「僕は正しい力の使い方をしたのかな?」
「アタシはシンジが群体を選択してくれてよかったと思うわよ。だって精神体じゃこうして手を握ったり、キスをする事も出来ないじゃない」
アスカがそう言ってシンジを抱き寄せて軽くキスをすると、シンジは顔を赤くした。
ミサトは明るさを取り戻したシンジの表情を見て笑顔を浮かべる。
「シンジ君、あなたが創造主だったとしてもそうでなくても、今は考えても意味の無い事じゃない。今のシンジ君は普通の学生に過ぎないのよ」
「そうそう、一生懸命勉強して、カウンセラーになるんでしょう」
「頑張って」
アスカとレイに励まされて、シンジは力強くうなずいた。
そしてシンジ達は希望に満ちた明るい気分で葛城家での最後の夜を過ごすのだった。
<第二新東京市 ハルヒの家>
卒業式の次の日、ドイツに向かって飛び立つシンジとアスカを、ハルヒ達は元SSS団のメンバー総出で見送り行った。
目に涙を浮かべて別れを惜しむアスカを、ハルヒ達は笑顔になるように励ました。
シンジ達と別れた後ハルヒは残りのメンバーと時間の続く限りボウリングとカラオケを楽しんだ。
そしてついに残ったメンバーとも解散し、ハルヒとキョンは2人で帰途に就く。
たまに同窓会のような事を行うかもしれないが、もうハルヒがSSS団のメンバーを毎日のように集める事は無いだろう。
本当にSSS団が解散する時を迎えたのだ。
ハルヒは1人になりたくないのか、キョンを自分の家へと招き入れた。
「ハルヒ、今まで大変だったな」
「何が大変だったって言うのよ?」
ハルヒに尋ねられて、キョンは考え込んで告げるべき単語を探す。
「……ああ、SSS団の団長がな」
「バカね、自分でやりたくてやった団長が辛いわけないじゃない、とっても楽しかったわよ」
ハルヒは輝くような笑顔を浮かべてキョンに答えた。
「あたしはこの世界が面白くないって思い込んでいただけって気がついたのよ」
「そうか」
「だってユキやミクルちゃんが未来人じゃ無くても、あたしにとって大切な友達って事は変わりは無いからね」
「まあ、宇宙人や未来人、異世界人って言うのは出会うきっかけに過ぎなかっただろうな」
ハルヒの言葉を聞いて、キョンは納得したようにうなずいた。
そして、ハルヒはからかうようにしてキョンの顔を見つめる。
「それにしても、どうしてあたしはキョンを2度も恋人に選んだのかしらね?」
「それは朝比奈さん達が……いや、運命だったんだろうな」
「何か、面白味の無い理由ね」
キョンの答えを聞いて、ハルヒはあきれた顔でため息をついた。
「そんな事無いぞ、馴れ初めを聞かれても、他人には信じてもらえない充分面白い話じゃないか」
「そうね、知らない人が聞いたら笑ってしまうそうな話よね」
ハルヒはキョンの言葉を聞いて笑顔になり、声を上げて笑った。
「もう心配は無いさ、ハルヒは幸せな人生の楽しみ方を見つけたんだからな」
キョンはドイツに居るシンジ達にそう伝えるかのように窓から見える星空に向かってつぶやいた。
※これでこの連載は完結ですが、まだこの部分が書き足りない、アフター物などリクエストなどがありましたら番外編を書きたいと思います。
(Web拍手再開しました ※どうやら携帯からは送信用のリンクが表示されなかったようですので作者のページにリンクを貼りました)
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