高校時代の友人 というか同級生でK子。 彼女はみんなから愛されていた。 性格が素直で、いつもニコニコしていて、心の底から自分以外の人の幸せを願っていたK子。 一方の私は、反抗期まっさかり。 家でも学校でもぶすくれて、よく担任の先生から 「サリーももう少し、K子のような素直さがあればなあ」と、ぼやかれていた。 今でも覚えている、 日直かなにかの用で、一人みんなより遅めの時間に駅についた私。 まあ、田舎の駅なので、次の電車が来るのは2時間後。おなかがすいたけれども、当時はコンビニはないし、そもそも駅の周りに店なんてない。 コロコロと人をおちょくるかのようなかえるのなき声。 おなかすいたなあ のどかわいたなあ すかんぽでもたべようかなあ 大きな神社のふもとのその駅でぼんやり考えていた私に、K子の声が響いた。 「サリー!! あたしんち近所なんだ。電車が来るまで、おいでよ!!」 K子の家は、やはり こういう家にはこういう子が育つのだな と納得をしてしまう気持ちのよい、家だった。 大きくはないけれどもきれいに磨かれた廊下、やさしいおばあさん、手作りの心のこもったおいしいお菓子。 緑の森と神社の伸びやかな気が、ちいさな庭に充満している。 私は考えた。 なんとこの子は幸せものよ きっと、この子には悩みなんて一ミリたりともないのだろう と。 さて、時間はながれ風のうわさで K子は統一教会の信者になって、合同結婚式に出るんだって〜 という話を聞いた。 なにかの間違いじゃないの? と、知人にきいたら、本当だ と切り替えされた。 みんなから愛されたK子がなぜ? さあねえ、K子にはだれにもいえない悩みがあったんじゃないの? さらに月日が流れ、故郷のスーパーで、K子ににたお婆さんが買い物をしていた。 正確に言うと、菓子パンのコーナーで焼き上がりのパンを、買わずにじっと見つめている、K子そっくりの老婆がいた。 よくにているな K子も年をとったら、こんなおばあさんになるのかな? と、踝を返した私に老婆が言った。 「おおい〜〜〜〜サリー あたしだよお」 びっくりしました。 老婆だとおもっていたら、K子本人だった。 その姿は、油が浮いてぼさぼさの毛髪。 雑巾のような、腐敗臭のただようジャージ。 かって天使の輪が浮かんでいた、つややかな毛髪はすでにない。そこには白髪が伸びほうだい。 なつかしいね むかしにもどりたいね とK子。 わたしも、ばったりあえてじんとしてしまう。 一緒にお茶でも飲もう たまに会えたのだから、と提案するとT子は顔を曇らせて、黙った。 K子はぶるぶると震える手で、60円のマドレーヌを購入し、 たべて! と叫んだ・ K子にすればそのときのマドレームは、100万円に匹敵するかもしれない。 何日かして、家にK子から連絡が入った。 すご く質のいいダイヤモンドが入ったんだ。お値段はざっと100万円ほど。かってよ とのこと。 私は考えた。これは友情をためしているのだと でも、結局 私はお金は出さなかった いまだにK子は何が不満で、宗教に救いを求めたのか。 あんなに幸せに満ちた、人生だというのに。 |
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