チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 1
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/14 16:35
 高町なのはは朝が弱い。正確に言えば早起きが苦手だ。だが、最近はそれをせざるを得ない状況に陥っている。原因は、同じ部屋で過ごしている双子の妹。

「……起きたのですか?」

「……起こされたの間違いだよ、ほのか」

 高町ほのか。なのはの双子の妹で、口調は丁寧なのだが、どこか配慮に欠ける部分が見える少女。そして、性格は一言で言えば……

「そうですか。では、私は母さんの手伝いをしますので」

 冷酷。優しさがない訳ではない。だが、冷酷。誰が相手でもそれは変わる事がない。士郎や恭也はそれさえも可愛いと溺愛しているのだが、なのはにはその可愛さがいまいち理解出来なかったりする。
 ほのかは、小学三年になったのをキッカケに家の手伝いを活発にするようになった。なのはもしない訳ではないが、どうしてもほのかには負ける。何せ、こうして早起きをして、母である桃子の手伝いさえするのだから。

 着替えを終えて部屋を出て行くほのかを見つめ、なのはは仕方なく眠い目を擦りながら伸びをした。そう、こうしてなのはも早起きを半ば強制的にさせられているのだ。なのはとほのかは同じベッドで寝ている。そのため、どちらかが起きると否応無く目が覚める。
 最近、二段ベッドにしようと案も出たのだが、それをほのかは拒否したのだ。理由は簡単。なのはと共に寝られないのは、ほのかにとって寂しい事なのだからだ。無論、それをほのかは正直に告げた。

―――それでは、朝が苦手ななのはを不可抗力で起こしてしまうという楽しみが無くなってしまいます。なので、それは困ります。

 こう言って。それに士郎達は素直じゃないと笑って済ませたが、なのははそれが本音だと知っている。でも、ちゃんとその根底にあるほのかの気持ちも分かっているので、なのはも特に何か文句は言わなかった。

(ほのかは嫌なんだよね。私と別々に過ごすのが)

 学校に行く事になった時、いつも落ち着いているほのかが、一度だけ大きくうろたえた事があった。それは、クラス分けを見た時。なのはと別のクラスになると知った瞬間、ほのかは無表情で職員室へ乗り込み、なのはと同じクラスにしろと直談判しに行ったのだ。
 それをなのはは聞いて、苦笑いすると同時に嬉しくなったのだ。普段、ほのかはなのはをあまり大事に思っていないような節がある。だが、その奥底では自分と同じように愛する家族と考え、離れたくないと思ってくれているのだと分かったから。

 そんな事を思い出し、なのははふと携帯を見つめる。その電源を入れ、メールの受信をチェック。すると、予想通りいつもの三つ子からメールが一件ずつ入っていた。

「アリシアちゃんに、フェイトちゃんと……ライカちゃん、また漢字間違えてる。どこ燃やすつもりかな……」

 テスタロッサ家の末娘。ライカ・テスタロッサからのおやすみメールを見ながら、なのはは苦笑。その文面はこう。

―――じゃ、また明日学校で。おやすみなのは。あ、明日の放火後ゲームやろ。

 その誤字を気付かないライカの駄目さ加減に、なのはは苦笑しつつ着替えを始める。自分もほのかのように母の手伝いをしなければ。そう思いながら、なのははパジャマを脱ぎ出すのだった……



 同時刻、テスタロッサ家。フェイトは、まだ日が昇ってそう時間は経ってないだろう空を見つめて頷いた。この時間なら、まだアルフもプレシアも寝ているだろうと。父を物心つく前に亡くし、以来母であるプレシアと助手のリニスが二人でフェイト達三人を育ててきたのだ。
 幼いフェイト達の相手はリニスの妹であるアルフがし、三人はすくすくと育った。若干、長女と三女が天然で頭の出来が少しと言われるようになってしまったが。

「リニスはもう……起きてるや。着替えてランニング行ってくるって伝えないと」

 フェイトは運動が得意。中でも速さを競う競技が好きだった。このままいけば、オリンピックにも出られるかもしれないと、なのはの父である士郎に言われた程だ。そのため、フェイトはこうして毎朝士郎達のランニングに付き合う事にした。
 だが、プレシアとアルフはそれに猛反対。いくら何でも時間が早すぎる。大人のペースに合わせるなんて無茶だ。そんな事を言われたのだ。故に、フェイトは二人が寝ている時間に動き出し、阻止されないようにする事にしたのだ。

 素早く出来るだけ音を立てずに着替えを終え、フェイトは部屋を出ようとする。その途中、ライカの布団がはだけていたので、掛け直してやるのも忘れずに。アリシアも寝乱れてはいたが、そのままにした。アリシアは意外と感覚が鋭く、下手に何かするとそれで目を覚ましてしまうのだ。
 故に、フェイトは申し訳なく思い、小さくゴメンと呟いた。部屋のドアを開け、キッチンで朝食の支度をしているリニスに向かってフェイトは小さい声で挨拶した。それにリニスは気付き、その手を止め振り向いた。

「おはようございますフェイト。ランニングですか?」

「うん。いつもと同じで母さん達には内緒にして」

「ふふっ、分かってます。気をつけて」

「うん。じゃあ、行ってきます」

 リニスへ手を振り、フェイトは玄関へ向かった。その背に軽く手を振りながら、リニスは見送る。そして、その姿が完全に見えなくなったのを確認し、小さくため息を吐いた。
 そのままの表情で、リニスは隠れてそれを見ていたプレシアへ視線を向けた。そう、プレシアはフェイトが自分に隠れて早朝ランニングをしている事を知っているのだ。にも関らず、こうしてフェイトを止める事なく見つめるのみ。

「……いい加減、面と向かって許してあげたらどうです?」

「駄目よ。そうなったら、フェイトは無茶し始めるもの。今は何かあったら、私達に怒られると思って加減してるだけだから」

 プレシアはそう言って、ベランダへ向かう。その背を見つめ、リニスは苦笑。何故なら、その行動はフェイトを見るためなのだ。プレシアはベランダに出ると、下の様子を見つめる。そこには、マンションから出て高町家を目指して走り出すフェイトがいた。こうやって、毎朝フェイトをベランダから見送るのが、最近のプレシアの日課。
 その表情はどう見ても微笑ましい母親のもの。リニスはそれを見つめ、笑みを浮かべつつ支度を再開。研究者であるプレシアは、機械工学の隠れた天才と名高い月村忍と共同研究をするため、この海鳴を訪れた。それがキッカケで三人娘が友達を得る事になり、リニスとアルフも、忍や美由希を始めとする同年代ぐらいの友人知人を得る事が出来たのだ。

(……あ、そういえば今度の日曜は、シャマルさん達と買い物に行く約束がありました。着る物を選んでおかないと……)

 そう考えながら、リニスはハムを人数分切り分ける。それを焼く匂いでアルフが目を覚まして、キッチンへフラフラと現れるのだった……



「……今日は少し遅いな、シグナム」

「ああ」

「……おはよう」

「おはようふうか。今日は早いな」

 リビングで眠そうな目を擦りながら、朝の国営放送を見つめている少女へ、シグナムはそう答えた。はやての双子の妹であるふうか。彼女は、実はこの八神家の表向きの最高権力者である。
 性格は唯我独尊といった印象が強いが、自分よりも年下の者や格下と感じた相手には慈悲(と言う名の優しさ)を見せる。逆に格上と感じた相手には反骨心を見せ、何とか負かしてやろうとする傾向がある。
 だが、姉のはやて曰く「ふうかはただ不器用で素直になれへんだけや」という結論に達しているので、全員がそう思っているためそこまでどうこう言われる事はない。

 シグナムとふうかが話すのを聞きながら、ナハトは顔を上げた冷蔵庫へ再び視線を戻す。そして、シグナムは周囲を見回し、本来ならいるであろう者の姿を捜した。

「ザフィーラはどうした?」

「今日は走ってくると言っていた。おそらく町外れまで行っているのだろう」

「そうか」

「飽きぬものよ。何が楽しいのやら」

 そう会話しながら、ナハトは再び冷蔵庫の中身と睨めっこ。シグナムはその傍へ近付き、牛乳を取り出した。ふうかはアナウンサーがいつ原稿を噛むか待っている。噛んだ瞬間、それみろと嘲笑うつもりなのだろうか。ともあれ、これも八神家の朝の光景。だが、ここ八神家では意外な光景だ。
 ここにふうかがおらず、ザフィーラがいて、普段の朝の光景は完成するのだから。ザフィーラがいない今、これは地味に珍しいものだと言える。後、ここに稀にシャマルかはやてがいる事もあるのだが、その場合は確実に朝食準備へシャマルを加えないよう、シグナムかザフィーラが奮戦する事になる。

「今日は和食か?」

「ん? 洋食ではないのか」

「……決めかねている。どちらがいい?」

 そう言いながら、ナハトは冷蔵庫の中から味噌を取り出す。それは、早目に言わないと和食にするぞと言う無言の発言。それにシグナムは苦笑しながら、和食がいいと返す。ふうかもそれに異論はないと答え、それにナハトは頷いて、献立を決めようと考え出したのだが、そこへシグナムがどこか楽しそうに告げた。

―――ああ、それと澄ましが飲みたいな。

 それが、味噌汁を作る気でいたナハトに対する軽い悪戯だと分かり、味噌を手にしていたナハトが少しだけ笑みを見せるが、シグナムはその視線を何処吹く風とばかりに庭へと向かって歩き出す。そして、愛用の竹刀を片手に日課の素振りを開始するのだった、
 それを眺め、ナハトは気を取り直して味噌をしまう。そして、シグナムの要望を叶えるべく再び考え出す。ふうかはそんな中、ようやくアナウンサーが噛んだのを聞き、嬉そうに口元を歪める。そんな八神家の朝の一幕だった……



 聖祥大付属小学校。なのは達が通う学校である。下駄箱まで大勢で歩くなのは達。それは当然と言えた。なのはとほのかの双子と、アリシア、フェイト、ライカの三つ子。はやてとふうかの双子とヴィータとリインの四姉妹に、すずかとアリサを加えた十一人で歩いているのだから。
 やがて、それも分かれる事になる。なのは、フェイト、はやて、すずか、アリサの五人が同じクラス。ほのか、ライカ、ふうかの三人で別のクラス。アリシアは一人と孤独だが、クラスにいけば友達は多いので関係ない。ヴィータは二年生でリインは一年生のため階自体が違うのだ。

「じゃあなはやて、ふうか……それとその他大勢」

「ヴィータちゃん、その言い方はどうかと思うですよ」

 まずヴィータとリインがなのは達と別れて歩き出す。それを見送り、なのは達も動き出した。話題としてなのはが朝見たメールを話し出すと、アリサとほのかが呆れた表情を見せ、すずかとフェイトが苦笑。ふうかはライカを見てどこか哀れむような視線を送る。
 アリシアとはやてはそれに素直に笑い、なのははライカへ、もう一度文字を読み直す癖つけた方がいいとアドバイス。それにライカは頷くも、笑っているはやて達二人に怒りを見せる。そんな楽しげな雰囲気のまま、少女達は歩く。今日、この日常に加わる事となる者と出会うとは知らずに。

「あ、じゃ私はここで」

「アリシア、今日の帰りは一緒で大丈夫?」

「う~……今日は止めとく」

 フェイトの問いかけにそう答え、アリシアは自分のクラスへと入っていく。その瞬間、聞こえる多くの朝の挨拶の応酬。アリシアが人気者だと良く分かるというものだ。それを聞いて、なのは達はまた少し歩き、今度はほのか達が……

「では、私達はここで」

「うん。じゃ、放課後迎えに来るね、ほのか」

「なのは、今日の放課後に僕とゲーム対決だ!」

「廊下で騒ぐな馬鹿者。ほら、行くぞ」

「何を! バカって言った方がバカなんだ。や~い、バ~カバ~カ!」

「貴様も言っておるではないかっ!」

 ライカとふうかが喧嘩しながら教室へ入って行くのを見送り、フェイトとはやてが、ほのかの手をそれぞれ掴みながら告げる。

「ほのか、今日もライカを頼むね」

「ほのかちゃん、今日もふうかを頼むな」

「……いつもの事ですが、私ばかり負担が大きいですね」

 二人のやや疲れた顔にほのかはそう不満そうに答える。それになのはとすずかが揃って苦笑。アリサは諦めなさいとばかりにその肩に手を置いた。それにほのかも頷き、教室へと入っていく。
 そこから聞こえるライカとふうかの漫才のような会話。それに的確且つ鋭い突っ込みを入れるほのか。それに五人は困ったような表情を浮かべて歩き出す。

「何だかんだで仲良いわよね、あの三人」

「わたしらと同じ顔しとるけど、性格全然違うのにな。何でやろ?」

「でも、結構見てると似てる時もあるよ。特にフェイトちゃん達」

 すすかの言葉にフェイトが不思議そうに首を傾げるが、なのは達は何となく分かるのか頷いていた。そう、ライカとフェイト、そしてアリシアは基本的に素直。言われた事を鵜呑みにする傾向が強いのだ。
 そのため、よくアリサとはやてのからかいの被害を受けている。まぁ、フェイトとアリシアは少しずつ学習しているので、最近はそうでもないが、ライカだけは一向に変化がなく、未だにやれば必ず引っかかるのだから。

 その後も教室で五人は話し続ける。話題は今日の放課後の事。なのはとライカはゲーム対決をする事となっているので、おそらくそこにほのかも加わって、ライカが高町姉妹にボロボロにされるのは確定している。
 問題は、そこにフェイトが援軍として参加するか否かだ。アリサはすずかと共にバイオリン教室。はやてはふうかと家で読書をする事に決めていて、アリシアは多分クラスの友人達と遊ぶだろうと判断された。

 正直、フェイトもそこまでゲームが得意ではない。超必殺技や逆転ばかり狙うライカよりは強いぐらいだ。それでも、たまにそれがはまるとライカは無類の強さを発揮するのだが。
 そんな事を考えながら、フェイトは仕方なく後で助けを求める事にした。それは、近所に住む年上の中学生と高校生。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタだ。クロノは真面目な少年で、将来は父親のような立派な警察官になるために、勉強に励んでいる。エイミィはそのクロノの父であるクライドの知り合いの娘で、国際交流で海外に行く事になってしまった両親が、高校受験を控えたエイミィを託したのだ。
 以来、クロノの事を弟のように思い、よくからかっていた。そして、現在も高校卒業までハラオウン家で過ごす事になっていて、フェイトもたまに会った時には色々と話す事もある相手である。

「……クロノ達を誘ってもいいかな?」

「クロノ君かぁ……ほのかがいるけどいいの?」

 クロノはほのかに苦手意識を持っている。それは、ほのかのスタンスがどこかエイミィに通じるものがあるから。人をからかって楽しむというその一点において、ほのかとエイミィは意気投合するのだ。
 実際、フェイトを通じて初めて会った際、二人はほんの少し会話しただけで同志と呼び合ったのだから。それを思い出して、なのはは苦笑い。フェイトもそれを思い出したのか、軽く悩んでいた。

 そんな時、チャイムが鳴った。それを聞き、クラス中が慌しく動き出す。それぞれの席に戻る中、なのははぼんやりと考える。いつか大人になった時、自分は何をしてるのかと。翠屋を継ぐのもいいし、まったく別の道を行くのも悪くない。
 ゲームが好きだし、理数には自信がある。プログラマーとかも楽しいかもしれない。そんな風に考えていると、教室のドアが開き、担任の教師が現れた。ただ、その横には見慣れない少年がいた。

(……転校生、かな?)

 色白の肌。金色の髪。顔立ちは中世的で、どちらか分からない。なのはと同じようにざわつく教室。それを教師が鎮め、黒板にその少年のものと思われる名前を書いていく。

「ユーノ……スクライア?」

 その文字を見て、なのはは変わった苗字だと感じていた。フェイト達に続いて、外国人の同級生がまた増える事になるのかと考え、なのはは話す事を少し楽しみにした。外国の話は色々と楽しい事が多いのだ。
 風習、文化、マナー等どれを取っても興味深い事だらけ。唯一の例外は、フェイト経由で知り合ったハラオウン家だけだろう。クロノ曰く妙な日本かぶれをしているため、日本に対しおかしな知識を持っていたのだ。その家の中に在るリンディの部屋は、混沌としていたのをなのはは今でも鮮明に思い出せるのだから。

「はい、静かに。今日から、皆さんと勉強する事になったお友達を紹介します」

「ユーノ・スクライアです。好きなものは考古学や遺跡調査。とは言っても、想像したりするだけですけど。あ、オカルトは守備範囲外です。よろしくお願いします」

 それに男子が興味深そうな声を上げ、女子は意外と大人っぽいユーノの喋り方に軽くざわつく。それを聞きながら、教師はユーノを空いている席へと向かわせようと教室を見回し……

「じゃ、高町さんの隣に座ってくれるかな」

「はい」

 指差された席を目指し、歩き出すユーノ。そして、なのはの隣へ座り、ユーノは視線を向けて止まった。顔に赤みが差し、なのはの方を見て戸惑っているのだ。なのははそれに疑問を感じながらも、初対面で緊張しているのだろうと思い、笑顔で挨拶をしようと決意。

「初めまして。私、高町なのは。なのはって呼んでくれていいよ」

「……え、あ、ぼ、僕はユーノ・スクライア。ユーノでいいから」

 これが、ユーノとなのはの出会い。まさか、これが将来を決める出会いだったとは、この時誰も予想しなかった……




--------------------------------------------------------------------------------

タイトル通り、マジカルはないです。リリカル要素もなし。ただ、なのは達を使っての平和な話を書きたかっただけです。超不定期に更新するかもしれません。

……気紛れに書きたくなったんです。許してください。



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 2
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/14 16:14
 転校生が来た時、朝のホームルームが終わった後待っているのはただ一つ。

「ね、どこから来たの?」

「スクライア君って兄弟とかいる?」

「日本語上手だね」

「え、えっと……」

 質問攻めである。教師が去った瞬間、飴に群がる蟻のようにクラスメイト達が大挙して押し寄せる。なのははそれを察知し、既にその場から離れていた。薄情と言うなかれ。それをしなければ、なのははその大群に押し潰されていたのだから。
 しかし、そのなのはの動きを見ていたアリサがどこか呆れるように呟いた。

「……あんた、普段からそれぐらい素早く動きなさいよ」

「あぅ」

「あ、アリサちゃん。なのはちゃんも必死だったんだよ」

 アリサの言葉になのはが小さく呻くのを聞き、すずかがそうフォローする。フェイトは、そんななのはへ気にする事はないと声を掛けるが、はやてはそれを横目にしながらユーノの方へ視線をやり、ため息一つ。
 フェイトがクラス替えで自己紹介した後の時を思い出したのだ。あの時もフェイトの容姿の愛らしさなどで大勢(主に男子)が同じように押し寄せたのだから。その時は、男子顔負けの迫力を持つアリサがそれを制御(従わせたとも言う)し、フェイトは事無きを得た。

 だが、ユーノに群がっているのは女子が多い。女子七、男子三といった割合だろうか。それもはやてのため息の理由の一つ。

(あの子、このままやと男の子から軽く浮いてまうな……)

 学級委員をしているはやてにとって、クラス内の不和は出来れば避けたい。なので、ユーノが同性から疎まれるような事にはしたくないのだ。そのため、はやては視線をアリサへ移す。どうやらそれをアリサも考えていたらしく、視線がかち合う。
 そして、互いに頷く。視線のみの会話。アリサが男子を、はやてが女子を抑えてユーノへの質問を制御し、嫉妬を最小限に留めるべく動き出した。それを見て、なのは達三人は苦笑。

「息ピッタリだね、はやてちゃんとアリサちゃん」

「さすが学級委員と副委員」

「……でも、たまにアリサの事を番長って言う子がいるよ?」

 フェイトの呟きになのはとすずかは苦笑い。確かにアリサはそういうイメージがあるからだ。搦め手のはやて。正攻法のアリサ。そんな二つ名が密かに付けられる程、二人は色々と学年では有名な存在だったりするのだから。
 今も二人が息を合わせてユーノの周囲を整理している。アリサが質問を受け付け、はやてがそれをユーノへ尋ねる。まるで外国のタレントへのインタビューみたいだとなのはが言えば、すずかとフェイトが同意するように頷いた。

 通訳をはやて、マネージャーがアリサといったところだろうか。ともあれ、なのはのクラスに現れた少年は、こうして同性から疎まれる事もなく、無事に転校生としての通過儀礼を終えたのだった……



「さっきは本当にありがとう。八神さん、バニングスさん」

「ええよええよ。あれも学級委員の務めや」

「ま、そういう事よ。あ、後名前でいいわ。アタシもユーノって呼ぶから」

 昼休みになり、ユーノは律儀にも真っ先にはやてとアリサへ礼を言いに来た。何しろ、あの質問攻めの終わりは授業開始だったのだ。それまではやてとアリサは、ユーノのために生徒達の質問を処理していた。その事をについての礼が言えずじまいだったので、ユーノはこうして二人へ感謝を告げたのだ。

 丁度、二人はなのは達と共に、昼食を食べるため屋上へ移動しようとしていた。それを引き止める形になり、ユーノはどこか申し訳ないように感じるが、なのは達もそれに気にした様子もなく、むしろそんなユーノの反応に好感を抱いたぐらいだ。

「じゃ、行こう。ライカ達も待ってるだろうし」

「そうだね。ほのかちゃんが苦労しないように早く行かないと」

「ユーノ君、また後でね」

「あ……うん」

 五人はがやがやと話しながら歩き出す。その後ろ姿を見つめ、ユーノはため息。言い出せなかったのだ。自分も一緒について行ってもいいかと。確かに先程の質問攻めを受けたため、友人は出来た。
 しかし、それとは別に親しくなりたいと思う相手が、今のユーノにはいたのだ。それは、俗に言う一目惚れ。出会った瞬間、ユーノはなのはに恋をした。最初は可愛いと思い、戸惑った。しかし、次の瞬間に見た天使の笑顔に完全にやられたのだ。

(高町なのは、か……。なのはって呼んでいいって言ってたけど……)

 そこまで考え、ユーノは頭を勢い良く左右に振った。

(そんな風に平気で呼べる訳ないじゃないかっ!)

 ユーノ・スクライア、今年で九歳。早くも恋の悩みを抱く年頃になった瞬間だった……



 お昼休みの屋上は、多くの生徒で賑わう憩いの場となっている。なのは達も晴れた日はここで昼食を取るのが決まりになって久しい。ここは、色々となのは達にとっては思い出の場所でもあるのだ。
 それは、なのはが小学一年生の頃。まだクラスとそこまで馴染めず、ほのかと二人で昼食を取っていた時だ。隣のベンチで座っていたすずかのヘアバンドをアリサが強引に奪ったのだ。それを見ていたなのはとほのかは即座に行動した。

 まず、アリサをほのかが無表情で見つめ、なのはがすずかの傍へ。そして、突然の乱入者にどこか驚いたようなアリサを見て、ほのかが一言。

―――人の物を強引に奪うとは……下品ですね。

 その言葉にアリサが激怒。ほのかへ殴りかかろうとして、その手を止めた者がいた。それはふうか。そして、はやてはその後ろから苦笑いでほのかへ近付き、注意した。

「あ~、気持ちは分かるけど、言い方を少し考えよか」

「……反論はありますが、助けてもらった事には礼を述べましょう。確か八神でしたか? 手助け、大儀」

「何が大儀だ! はやて、だから言ったのだ。こやつを助けるのは早計だと」

「け、喧嘩は止めて!」

「そうだそうだ。ケンカはりょ~せいばいなんだぞ!」

「むぐむぐ……お腹空いてるから怒るんだよ。みんな、ご飯食べよ?」

 ほのかとふうかが言い争うような雰囲気を出した瞬間、それをフェイトとライカが止めに入った。アリシアは一人お弁当を食べながら、全員にそう告げた。そのある意味で空気を読まない発言に、アリサもふうかもほのかも戦意喪失。
 それを見て、なのはが言い出したのだ。仲直りもかねてみんなで昼食を共にしようと。それにすずかとフェイト、はやてが賛同。ライカも大勢で食べる事に異議はなく、ほのかとふうかは互いの姉が言うのならと渋々頷き、アリシアはそれを聞いて嬉しそうに場所を確保した。
 唯一、アリサだけがどこか呆気に取られていたが、それを見たすずかとなのはがその目を見つめて告げたのだ。

「「一緒に食べよ?」」

 それにアリサは一瞬何か言おうとしたが、手に持っていたヘアバンドをすずかへ返して頭を下げた。それにすずかは嬉しそうに笑顔を見せると、それを受け取り礼を返す。それにアリサが余計に気まずくなったのか、戸惑うのを見てほのかが呟いた。

「怒ったり、うろたえたり……忙しいものです」

「それには我も同感だが、貴様が言うと何故か反発したくなる」

「あ、僕知ってる。それ、天邪鬼って言うんだよ」

 そんなやり取りをするほのか、ふうか、ライカ。それを見つめ、苦笑するなのは、はやて、フェイト。すずかとアリサはそれに取り残されたような印象を受けるが、そこへアリシアがニコニコと笑いながら声を掛けた。
 二人の弁当の中身が知りたいらしく、見せてくれとせがんだのだ。それに呆気に取られる二人だったが、アリシアの優しい雰囲気に心が穏やかになるのを感じて、自身の弁当を取り出し見せる。

 そして、それをキッカケになのは達は昼食を共に取るようになり、次第に仲を深めていったのだ。当時、なのはとすずか、アリサが同じクラス。ほのかとふうか、ライカはその頃からの付き合い。まだ当時はフェイトとはやての二人が同じクラスで、アリシアが一人違うクラスなのは今と一緒。
 だが、三年生になってクラス替えがあり、なのは達三人とフェイトとはやてが同じクラスになり、若干の変動があったのだ。

(……あれから、もう二年近く経つんだ……)

 ふとそんな懐かしい記憶を思い出し、なのははぼんやりと周囲を見渡す。ほのかの弁当の卵焼きと、自分の弁当に入っていたピーマンの肉詰めを無理矢理交換しようとするライカ。その隣では、アリシアとフェイトがのほほんとその肉詰めを食べていて、それを見て、どうしてライカだけは苦手なのかとはやてとすずかが不思議顔。
 アリサはふうかと今度のテストで勝負しようと持ちかけていて、その互いの視線は火花を散らしていた。そんな光景を見て、なのはは思う。これが自分達の平和なんだと。

「あ、なのはが隙だらけだ」

 そんな風にしみじみと日常を噛み締めていたなのはの弁当から、卵焼きが一つ消えて、代わりに鮮やかな緑色が姿を見せる。
 そう、ほのかの鉄壁のディフェンスに根負けしたライカが、ふとなのはの様子に気付き、これ幸いとばかりに強制交換をやってのけたのだ。

「……その抜け目の無さは誉めてあげますが、なのはを巻き込んだ覚悟は出来ていますか?」

 だが、それは眠れる魔神を目覚めさせるキッカケ。なのはに迷惑を掛ける時、この者を忘れてはいけない。隠れた危険人物ナンバー1。座右の銘は”全力全壊”。なのはをいじめていいのは私だけ、を地で行く高町ほのかである。

「あ~、ライカ? アタシ達助けないわよ」

「ほのかちゃん、なのはちゃんに手を出すと末代まで祟るって言うもんね」

「しかも、ほのかちゃんが言うと意外と洒落にならんからなぁ」

「なのはにちょっかい出していいのは自分だけだもんね。ほのかって、なのは大好きだから」

「アリシア、それぐらいにしてね。下手するとライカの次に標的にされるよ」

 口々に言い合う友人達の言葉を聞きながら、ふうかが小さくなのはへ問いかけた。

「止めなくて良いのか……?」

「えっと、ほのかの気持ちが嬉しいのと、ライカちゃんには少しお灸を据えた方がいいかなぁと……」

 そう答えてなのはは小さく笑う。それに頷いてふうかも笑う。その次の瞬間、ライカの絶叫が屋上全体に響き渡るのだった……



 その頃、ヴィータとリインは中庭で仲良く弁当を食べていた。はやて達と共に屋上で食べてもいいのだが、二人の教室からはこちらの方が近いため、良く中庭で食べていたのだ。二人もクラスに友人はいる。だが、どんなに仲が良くても、やはり家族と共に食べる食事には勝てないのだ。

 実は八神家は複雑な家庭。はやてとふうかは八神夫妻の実子だが、後は皆孤児だったのだ。子沢山を願った八神夫妻だったが、中々子供が出来ずに、孤児院から何人も子供を引き取る事にした。ナハトとシグナム、シャマルにザフィーラの四人をまず引き取ったのだが、すぐにはやてとふうかが生まれた。しかし、その後も大家族に憧れる夫妻はヴィータとリインを引き取ったのだ。
 こうして大家族となった八神家だったが、悲劇が起きた。双子を産んだため、妻は徐々に体が弱り、はやて達が四歳の時に死去。夫はその精神的ダメージから体調を崩すようになり、はやて達が五歳の時にこの世を去った。しかし、夫妻は揃って後の事をナハト達に託し、多額の生命保険を残してくれたのだ。そのため、現在八神家は一致団結して堅実な生活を送っている。

 ちなみに、八神家の弁当は基本全て長女であるナハトの手作り。次女のシャマルは料理が絶望的で、三女シグナムは家事が苦手。四女はやてはナハトから色々と教わり、家事が得意。五女ふうかは出来ない事はないが、進んでやろうとはしない。

 そして、ヴィータとリインは共にお手伝いレベル。皮むきなどは出来るが、何か料理を作る事は出来ない。長男ザフィーラは典型的な昔気質の男性で、家事は出来ないどころか台所に入ろうとさえしない。
 だが、家事をする者へは最大限の敬意を払うので、ナハトはそれにとやかく言う事はない。しかも極稀に掃除や洗濯を手伝ったりするので、もうナハトの中でザフィーラ株は鰻上りだ。以前から割りと本気で……

―――何故兄妹になってしまったのだ……

 などと呟いていたぐらいなのだから。その意見にシャマルとシグナムも頷いていたので、きっと二人もそう思う事があるのだろうとヴィータは思っている。実は、義理ならば兄妹でも結婚出来ない事はないのだが、それを幸か不幸かナハト達はまだ知らない。
 それを知った時、ザフィーラに恐ろしい事が起きるのかもしれない。そんな事も知らないヴィータとリインは、弁当を食べながら楽しく会話をしていたのだが、話題がふと途絶えてしまったため、軽い静寂が訪れる。
 すると、リインが突然何か思い出したように話し出した。本人としては、単なる会話のキッカケのつもりだったのだろう。何か話題をと思っての発言。それが、二人に微かな不安を与える事になる。

「そういえば、この前ザフィーラがリニスさんと一緒に歩いてるのを見たです」

「あたしはアルフと手合わせしてんの見た」

 瞬間、気まずそうな空気が流れる。何故かは分からない。だが、何故かこの話題は、あまり深く語り合わない方がいい気がした。と同時に絶対ナハト達には言わないでおこうとも。ヴィータとリインはそう判断し、話題を変えるべく必死に記憶を呼び起こし、同時に同じ事を思い出した。

(今度の休みに、おっちゃんが来るな……)

(今度のお休みに、おじさんが来るですよ!)

 それは、八神家が世話になっているギル・グレアムの事だ。彼はイギリス出身の男性で、元警察官の経歴を持つ国際弁護士。今は、この海鳴に事務所を構え、そこの受付としてシャマルは働いている。
 秘書として、グレアムが引き取った双子の姉妹も働いていて、名を姉がリーゼアリア。妹がリーゼロッテという。二人は、グレアムが弁護士になる決意をした、とある事件で出会った被害者の娘なのだ。

 リーゼ姉妹も八神家とは付き合いが長く、ナハトとアリアは幼馴染にも近い。ロッテもそうなのだが、よく二人に怒られていたためか、どうもナハトの事は苦手だったりする。それよりかはシャマルと仲が良いのだ。
 だが、実はロッテが一番仲が良いのはザフィーラ。共に格闘技を得意とするため、意気投合するのが早かった。以来、時間を作っては二人で手合わせをしているのだ。現状では所謂男女の仲ではなく好敵手という間柄なのだが、周囲からはどこかで疑われているのをヴィータは知らない。

「今度の休みだけどよ」

「リインは、おじさんに遊んでもらうですよ~!」

 ヴィータの言おうとしている内容を先読みし、リインはそう答えた。それにヴィータは苦笑しつつ、ちゃんとある言葉を添えるのを忘れない。

「……はやてとふうかも一緒にな。あたしはアリアに美味いお菓子作ってもらお」

「あ、いいですね。なら、ナハトお姉ちゃんにも手伝ってもらってケーキ焼いてもらうです」

 そんな会話で盛り上がる二人。だが二人はある事を忘れていた。そう、昼食を食べる事を。それに気付いたのは、昼休みが終わる五分前。無論、二人が残すという選択肢を選ぶはずもなく、早食い競争のような状態で胃に流し込んだのだった……



 海鳴で知らぬ者はいない有名喫茶店。それが翠屋だ。美味しいケーキとマスター自慢のコーヒーが売りの、お洒落で優しい雰囲気の店。そこの自慢はそれだけではなく、働いている店員にもある。

「はい、ケーキセットで~す」

 エプロンドレスに身を包んだアルフは、そう言って笑顔と共にブレンドコーヒーとガトーショコラをテーブルへ置いた。その後ろではナハトが同じ格好をしてオーダーを聞いている。二人は、ここ翠屋の看板娘。
 活発で元気が売りのアルフと、清楚で物静かなナハト。二人が働き出したのは、なのは達が関わりを持って暫くした後の事。アルフはフェイト達が学校に行くようになったため、する事をなくしていて、ナハトは家の事ばかりではなく、実入りがある事もしなければと考えていた。
 そこへなのはの家がバイトを募集しているとフェイトとはやて経由で聞き、二人は応募。結果、研修を乗り越えて店員となったのだ。以来、アルフはほぼ週五日。ナハトは週三日から四日の割合で翠屋で働いている。

「今日は比較的暇だな」

「だねぇ。ま、桃子さんやマスターもいるから忙しくなっても平気だけど」

 同時期にバイトとして働き出した事と、フェイトとはやてが同じクラスだった事もあり、アルフとナハトは仲が良かった。更に美由希やたまにバイトとして来る忍とも知り合い、今や翠屋四人娘と呼ばれる程仲を深めていた。

 そんな風に二人が話していると、珍しい客がやって来た。ザフィーラである。しかも、その隣にはアリアがいた。どうやら買い物帰りに偶然出会い、立ち話もなんなのでと、ここへ誘われたようだ。
 だが、そんな事は二人にとって意味はない。二人にとって大事なのは、想いを密かに寄せる男が女と共に現れたという事実のみ。先程までの和やかな雰囲気はどこへやら、どこか剣呑な雰囲気さえ漂わせ、二人はザフィーラ達へ近付いて行く。

「いらっしゃいませ……」

「ザフィーラ、アリアとデートか?」

「で、デートなんて……ねぇザフィーラ」

「ああ。偶然会ったのだ。そして立ち話も何だからと思って、ここを、な。それにお前達が働いている姿は、いつ見ても心が和む」

 何かを期待したようなアリアの言葉に、ザフィーラはあっさりと答えた。そして、その後半の言葉に険しかった二人の雰囲気がたちまち霧散する。それとは対照的にアリアは残念そうな表情。そんな周囲の変化にも気付かず、ザフィーラはメニューをアリアへと手渡す。
 自分はコーヒーだけでいいと告げて。それにアリアが苦笑し、頷いた。そして、ケーキセットを注文した。勿論、飲み物はザフィーラと同じコーヒーだ。

 それを聞いた瞬間、アルフとナハトは同時に悟る。アリアは間違いなくザフィーラを意識していると。些か早計と思う者もいるだろう。だが、これは女の勘という奴だ。故に理由も根拠もなく、それが彼女達の中では絶対の結論となる。
 特にアリアと仲が良いナハトとしては、これは由々しき問題だった。アリアは自分よりも女らしく、明るい性格をしている。簡単に言えば、男に好かれそうな家庭的な女性なのだ。それに引き換え、ナハトは自分を魅力がないと考えていた。

(私は家事しか取り柄のない女だ。アリアと違って明るくなど出来ないし……)

 そんな風に考えながら、ナハトは士郎の淹れているコーヒーを眺めた。その物鬱げな表情を見て、士郎は小さく笑みを浮かべてコーヒーを一杯多く淹れた。それに気付き、ナハトが不思議に思って士郎を見た。
 そんなナハトへ士郎はウインク一つ。これは、桃子には内緒でと告げて、ナハトへそれを差し出した。そして、アルフへザフィーラ達の分のコーヒーを運んでもらうように頼み、視線をナハトへ向けた。

「何か悩み事かい?」

「……分かりますか」

「まぁ……伊達に長く生きてる訳じゃないよ」

 士郎はそう言ってナハトに問いかける。溜め込むよりも誰かに言った方が楽になる事は意外と多いと。それにナハトは小さく笑みを見せ、頷いて話し出した。自分に自信が持てないのだと。取り立てて美人ではないし、女らしい部分もない。そんな風にナハトは告げた。
 それを聞いて、士郎は静かに諭すように言い聞かせた。ナハトは自分を貶め過ぎだと。現に、そんなナハトを見て士郎はとても魅力的だと思っている。そう本心からの言葉を告げると、ナハトは少し驚いたようだが、嬉しそうに笑みを見せた。

「そんな事言って、桃子さんが怒りますよ」

「その時はその時さ。俺は、自分に嘘は吐けないからね」

 そう言って士郎は笑顔でナハトを送り出す。仕事に戻って欲しいと告げて。それにナハトも苦笑しながら頷き、動き出した。それを見つめる士郎の後ろへそっと桃子が近付く。士郎はそれを気配から察しているが、何も言わない。

「さて、どう怒ろうかしら?」

「小遣い系じゃないのなら、いくらでも」

「クスッ、いいわ。ナハトさんが元気になった事でチャラにしてあげます」

「さすが母さん。妻の鑑」

「おだてても何もあげません」

 共に笑みを見せ合って言い合う高町夫妻。その様子はどこからどう見ても仲睦まじい。万年新婚と言われる所以がそこにはあった……



 月村家 忍の研究室。そこで忍とプレシアは、つい先程完成したばかりの互いの研究成果を見つめていた。

「……これで、いいはずだけど」

「起動……しないわね」

 二人が作ったのは、人工知能。次世代型のコンピュータを動かすためのシステム。それを制御し、活用する事の出来るAIを作ろうとしていたのだ。だが、完成したはずのAIは無反応。起動するそぶりが一向にない。
 パスワードを入力しても、何故かエラーと表示される。それを見て、二人は考える。何が原因か、どうしてパスを受け付けないのか。その理由をひたすら考え、それを解決する行動を実践していく。しかし、どれも意味を成さない。

「こうなると……失敗ですかね?」

「いえ、確かに試験段階では動いたわ。なら、何かキッカケがいるのよ」

「キッカケ?」

「ええ。……もしくは、私達じゃ気付かないような何かがあるのかも……」

 そう言って、プレシアは調整台に載せられている紅い宝玉を見つめる。それこそ、二人が共同で作り出した次世代型演算システムの核。

―――何とかして、目覚めさせないと。この、レイジングハートを……




--------------------------------------------------------------------------------

ナハトについて、説明が全然なかった事をお詫びします。お気付きの方も多いでしょうが、彼女は初代リインフォースです。名前がツヴァイと被るとややこしいと思い、夜を意味するナハトと名付けました。

原作要素が欲しいと言う方がいましたので、レイジングハート達を出します。今は彼女(?)だけですが、追々彼(?)も出そうかと思います。



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 3
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/14 16:35
 多くの学生が歩く中、一組の男女がいた。それは、女子高生と男子中学生という珍しい組み合わせ。周囲を行くのは高校生ばかり。そう、彼はわざわざ彼女を迎えに高校まで来ていたのだ。無論、それは彼が望んでではない。
 彼女に要求されていたのだ。最近ある男子生徒に付き纏われて困っているから助けて欲しい。そんな風に言われ、将来警察官になろうと志す少年が断れるはずはなかった。

「いやぁ~、ホント助かるよ。クロノ君が来てくれてさ」

「……エイミィ、本当に付き纏われているのか?」

 明るく笑うエイミィへ、クロノはそう疑うように尋ねた。学校が終わるや否や、クロノはクラスメイト達へ挨拶もそこそこに、エイミィが通う風芽丘学園へ向かい、その校門前で律儀に待ったのだ。
 しかし、その間彼は周囲に妙な目で見られ、かなり恥ずかしい思いをした。エイミィが出てきた後も怪しい人物はおらず、至って平和そのものだったのだから。

「そうだよ。クロノ君が無理なら美由希ちゃんに頼もうかと思ってたんだからさ。でも、美由希ちゃんもいつもって訳にはいかないからね。クラス違うし」

 エイミィはそう言って困った顔で一人頷いた。同学年で友人の高町美由希。彼女が強い事はエイミィも良く知っている。一度見せてもらったのだその実力を。美由希はどこかでそれを嫌がったが、エイミィのどうしてもとの言葉に折れ、御神の技を見せた。その動きや技術にエイミィは純粋に凄いと思い、そう美由希へ告げたのだ。
 その自分の言葉と眼差しに美由希は何故か涙した事を思い出し、エイミィは小さく笑みを浮かべた。今では良い思い出だと感じた事に、年寄りみたいだと思ったからだ。

クロノはそれを見てどこか不思議に思うものの、エイミィの言葉を信じる事にした。歩きながらエイミィはクロノの誠意に感謝を述べる。その言い方はどこかでクロノをからかうものがあったが、その感謝を感じ取り、クロノも満更でもない様子を見せた。
 エイミィがクロノと出会ったのは、もう二年以上前。当時中学生だったエイミィを見た時、クロノは年上という事で敬語を使おうとした。だが、その堅苦しさを嫌ったエイミィによって、現在のような話し方へ変えられたのだ。
 以来、二人は姉弟のような関係を続けている。しかし、時にそれが逆転する事もあるなど、その関係は酷く曖昧だったりするが。

「……あ、そうだ。ね、クロノ君は今度の日曜空いてる?」

「空いてるが……どうしたんだ」

「いやね、映画のチケットを貰ったんだよ。ほら、これ」

 そう言ってエイミィは二枚の映画鑑賞券を見せる。それは、現在放映中のテレビで話題になったドラマの一作目の映画版。タイトルは『とらいあんぐるハート The MOVIE 1st』だ。ドラマ・映画共にこの海鳴を舞台に作られた作品だったため、クロノとてそれは良く知っている。何せ、父達警察も撮影などで仕事が増えたと苦笑していたのだから。

「……僕に恋愛ドラマを見ろ、と?」

「分かってないなぁ。映画は恋愛だけじゃないんだよ。主人公を巡り、葛藤する女性達。それを知り、自分が結論を出さなきゃと思うも、悩み迷う主人公。そこに、謎の組織の影がちらついて……っていうエンターテイメントなんだよ!」

 そう力強く断言するエイミィを見て、クロノは小さくため息を吐いた。もう、おそらくエイミィの中では、自分が参加する事は決まっていると悟ったのだ。それが決まったのは、クロノが予定がないと言った瞬間。
 故にため息。エイミィの性格を知りながら迂闊にも即答した自分の至らなさに。そして、どこまでもマイペースなエイミィの生き方に。そして、その視線を映画の魅力を語るエイミィへ向け、告げた。

「とりあえず、一作目の再構成って事は、またあの女性的な顔の主人公が悩むんだろ? 自分にコンプレックスを持つ気持ちは分からないでもないが、持って生まれた体に不満を持つのは間違ってる。僕は、そんなところが嫌いだ」

「クロノ君、厳しいねぇ……」

「それに、男らしさは顔や声じゃない。その生き方や在り方にあるはずだ。少なくても、僕は父さんを見てそう感じた。まぁ、あの主人公も最終回でその辺りを分かったみたいだったしな。映画はその辺りを詳しく描写す……待てよ? あれだけを二時間弱にするとなると……かなり大事な部分が省略されるのか……」

「……何だかんだで見てたんだね、とらハ」

 やや熱っぽく語るクロノを見て、エイミィは苦笑しつつ小さく呟くのだった……



 授業も終わり、なのはは帰り支度を開始しようとして、ふと隣へ視線をやった。するとユーノと視線が重なる。その瞬間、ユーノは弾かれるように視線を外す。そんな反応になのはは不思議顔。

(あれ? 何か私嫌われるような事したかな?)

 そう考え、今日の事を簡単に思い出すなのは。まだユーノが教科書などを持っていなかったため、二人で一つの教科書を使い過ごしたり。不意に当てられた問題の場所をユーノに教えてもらい、窮地を脱した事に笑顔で礼を述べたりと、そんな事を思い出し、どこにも視線を逸らされる要因はないと判断した。

 だが、そこでなのはは気付いた。一つだけユーノが自分の視線を逸らす理由があると。それは、ユーノの性格。人見知りだとすれば、納得がいくのだ。きっと、見つめられる事に慣れてないのだろうと、なのはは判断して、軽く笑う。
 それを横目で見ながら、ユーノが可愛いなぁと思っていたりするとは、なのはは欠片も分からない。そして、自分の中で答えを出したなのはは、ユーノへ向かって明るく告げた。

「じゃ、また明日ね。ユーノ君!」

「う、うん。明日もよろしく、な……高町さん」

 その言葉にフェイト達へ向かって走り出していたなのはは急ブレーキ。それにバランスを崩しかけるも、何とか体勢を立て直し、ユーノの方へ向かって少し疑問を浮かべて尋ねた。何故自分は名前で呼んでくれないのかと。
 そう、ユーノははやてやアリサをもう名前で呼んでいた。それに付随してすずかとフェイトさえ名前で呼んでいたのだから。それを例に出され、ユーノはやや慌てながらこう返す。

「あの、その……ホントに、いいの?」

「うん。仲良くなりたいし、私はもうユーノ君って呼んでるんだよ?」

 何も問題はないと言わんばかりのなのはの言葉に、ユーノは小さく唾を飲んで意を決して呼んだ。

「じゃ、じゃあ……また明日会おうね、なのは」

「うんっ!」

 満面の笑み。それをユーノへ見せて、なのはは今度こそ教室を出て行く。その後姿を見送り、完全にそれが見えなくなったところで、ユーノは小さくガッツポーズ。周囲、いやなのはにしてみれば何でもない事だったが、ユーノにとっては大きな一歩。
 初日から名前で呼ぶ事が出来た。次は、なのはと共に遊ぶ事だ。そう考え、ユーノは少しだけ頭を抱えたくなった。自分は何をしにこの学校へ来たのだろうと思ったのだ。実は、彼の両親は共に様々な遺跡を調査する考古学者。故にユーノは今までまともな教育を受けていなかったのだ。
 それを不憫に思った両親は、彼を知り合いに託して教育を受けさせる事にしたのだ。

(とりあえず、今日はもう帰ろう。レティおば……レティさんも今日は早く帰ってくるって言ってたし)

 自分の滞在先であるロウラン家。そこの最高権力者的存在である女性の顔を思い出し、ユーノは軽く表情を苦い物へ変えた。母の大学の友人であり、父の後輩であるレティは、現在敏腕検事として法曹界で活躍中。
 そんな彼女は、ユーノを預かった際こう告げたのだ。

―――決しておばさんと呼ばないように。

 その時の雰囲気を思い出し、ユーノは背筋を凍らせた。だが、すぐにそれから立ち直り、素早く動き出す。早目に帰り、明日に備えねばならない。それと、レティの息子であるグリフィスへ聞きたい事も出来たのだ。
 それは、翠屋の事。なのはの両親が経営している店だと本人から聞いたのだ。それは、軽く授業中に聞かれた雑談での事。家族は何人で何をしているかをユーノが答えた事に対するなのはの答えだった。

 その場所をなのはに聞く事は出来なかった。何故ならば、なのはが問いの回答者として指名されたのだ。結局その話はそこで終わり。後から聞くような勇気はその時のユーノにはなかったのだから。
 なので、この町に以前から住んでいるグリフィスなら知っているだろうと思ったのだ。どうも聞けば、翠屋は有名な店らしい。場所さえ分かれば、一度行ってみようとユーノは考えていたのだ。決して、なのはが休みの日に”エプロンドレス”で手伝ったりすると聞いたからではない。そう、断じてない。

(……け、ケーキが美味しいらしいから楽しみだなぁ)

 誰に言い訳しているのか分からないが、ユーノはそう思いながら教室を後にするのだった……



 同じ顔をした二人組が三組、仲良く歩いている。なのはの隣をほのかが、フェイトの横にはライカ。はやてのやや前をふうかが歩いている。六人の向かう先は、翠屋。はやてとふうかは、読書の前のおやつとしてシュークリームを望み、なのはとほのかもお小遣いから天引き(家族割りはある)する形でシュークリームを四人分貰おうと考えていて、フェイトとライカはその付き添い。

「ごめんね、なのは、ほのか。私達の分まで……」

「いいよいいよ。ただ、一人一つだからね、ライカちゃん」

「何で僕限定?!」

「……そう言わないと、貴方はフェイトの分まで食べるでしょうに」

 なのはの言葉に心外だという反応のライカだが、ほのかの突っ込みに小さく呻く。それを聞いてフェイトとはやてが苦笑し、ふうかだけは当然だと言わんばかりに頷いていた。
 本当はフェイトもお小遣いで買おうと思っていたのだが、ライカは既に今月分を使い切っていて、残金二十三円と哀しい状況。そのため、なのはとほのかが奢る形にしてくれたのだ。無論、シュークリームが食べたいと言い出したのは、そのライカ自身である事は言うまでもない。

「にしても、はやてちゃん達良くお金持ってるね?」

「あ~、みんなには秘密な」

「……たまに買い食いをするのが密かな楽しみなのだ」

 悪戯っぽく笑みを見せるはやてとふうか。その表情は鏡像のようにそっくりだった。その笑みになのは達は揃って笑った。ただ、ライカが自分も買い食いしてみたいと言うと、全員がまったく同じタイミングで、ばれるから止めた方がいいと言い切った。
 ここには居ないが、いればすずかとアリサも同じ事を言っただろうと誰もが思ったぐらい、簡単に想像がついたからだ。財布を落とす、もしくは誰かに見つかり没収からお説教のコンボを喰らうライカの姿を。

(……そして、何故かとばっちりで我を巻き込みそうだ)

 クラスが同じため、ふうかはライカの行動予測におまけがついた。それも、出来れば勘弁願いたい類のもの。故にライカが納得して、財布を学校に持ってこないようにしなければならないとふうかは思った。
 視線をはやてに向けると、どうやらはやてもその可能性に気付いたらしく、ふうかを見つめていた。共に頷く二人。そして、二人は揃ってどこかむくれるライカへ告げた。

「「計画的にお小遣いを使う事が絶対条件になるよ(ぞ)」」

「……僕には、無理だ……」

 その言葉に崩れ落ちるライカ。それを見てなのはとフェイトは苦笑い。何もそこまでと思ったのだ。はやてとふうかはそんなライカを見て、密かに手を合わせる。ほのかは一人そんなライカへさらりと……

―――いつまで道路に伏しているつもりですか。邪魔でしかないですよ。

 と、冷酷なまでに正論を告げた。その思いやりの欠片もない発言にライカが即座に再起動。ほのかへ怒りをあらわに向かって行く。それを口であしらいながら、それでもライカが止まらないと判断するや否や、ほのかは最後の手段に出た。

「そうですか。なら、私の担当である貴方の分は無しでいいのですね」

「な、なんだって~っ!?」

「おや? どうしました。先程までの勢いはどこへいったのです」

「ひ、ひきょ~もの! ケチ! バカ! えっと……ノー天気っ!」

「……最初の二つはともかく、後半二つは貴方自身にお返しします。それと、最後のは些か現状にはそぐわないですよ」

「なんだと~~~っ! ……そぐわないってどういう意味?」

 完全にほのかに翻弄されるライカ。二人はそのまま翠屋向かって歩いていく。それを眺め、なのは達は笑みを見せていた。何だかんだ言っても、ほのかがライカの分のシュークリームを買うと分かっているからだ。
 今も怒っていた事も忘れて、そぐわないの意味を尋ねるライカへ、ほのかは軽く呆れながらも丁寧に説明している。そして、やっと意味を理解したのかライカがほのかへ礼を述べ、それにほのかが気にするなと返していた。

 そんな光景を見ながら、なのは達も歩く。下校途中の些細な出来事。それさえも、思い出の一頁にして……



 月村家のリビングでリニスとノエルは静かにお茶を飲んでいた。忍とプレシアの研究の手伝いをしているリニスだったが、既にリニスの手が必要な状況ではなく、今は専らノエル達の茶飲み相手となっていた。
 それだけではなく、月村家の家事を手伝い、それを聞いた忍によって、専用メイド服さえ支給されてしまっていたのだ。なので、リニスは現在ノエルと同じ格好だったりする。

「……中々出てきませんね、忍さんもプレシアも」

「そうですね。後は最終確認だけと聞いたのですが……あっ」

 昼食後は意気揚々としていた二人。それが、未だに姿を見せない事に疑問を感じながら、二人は手にしたカップを置いた。ノエルの視線の先には、話題に挙がった二人がいた。しかし、その表情は冴えない。
 それを見て、リニスはすぐに原因を察した。実験に失敗したのだろうと思ったのだ。だからこそ、二人の表情が揃って曇っているに違いない。そう判断し、リニスはプレシアへ近寄った。

「気持ちは分かりますが、次があります」

「……リニス、違うのよ」

「そう、成功は成功よ。稼動はしてるから。でも、何故か現状では起動してくれないのよ」

 忍の言葉を聞き、ノエルが不思議そうに尋ねた。

「それは、失敗なのでは?」

「普通に考えたら、ね。でも、私達の作ったACS。オートマチックコントロールシステムとしては、失敗じゃないのよ」

 忍の言葉の意味を理解しかねたノエル。その顔がやや困った表情をしたのを見て、リニスが笑みと共に簡単に説明を始めた。二人が開発したシステムは、本来物言わぬ存在である機械に意志を与え、より高度な判断や行動をしてもらうためのもの。
 起動はしないが、稼動はしている。つまり、人間で言えば、起きれるのに起きたくないと駄々をこねている状態なのだ。何か目覚めるキッカケさえあれば、意志が起動し、意思疎通が可能になる。

 それを聞いてノエルも納得。要するに、何故か起動を拒否している。しかも、聞けば二人がどれだけ起こそうとしても、全て突っぱねているらしい。そのため、二人は今日のところは諦めて部屋から出て来たという訳だった。
 リニスが注いだ紅茶を飲んで一息吐く二人を見て、ノエルはふと気になった事があった。プレシアは主に専門はソフト面。忍は主にハード面のはずだ。なのに、忍が関わっている部分があまりに感じられない話だったのだ。

「お嬢様」

「ん?」

「一体、お嬢様は何を手伝ったのですか?」

 このノエルの問いかけ。それに忍は楽しそうな笑みを見せる。その答え。それは……




--------------------------------------------------------------------------------

今回はクロノとエイミィ登場。次回でレイジングハート関係話は一応のけりをつけようと考えています。

後、ここで皆さんにお聞きしたい事があります。レイジングハートなんですが、人間と同じようなボディを与えるか否かです。

こちらとしては、どちらでも構わないのでご意見を頂ければ幸いです。意見がなければ、書くのが簡単な従来と同じ待機状態の扱いでいきます。



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 4
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/16 19:31
 なのはとほのかの部屋。そこで展開される熱い戦い。漆黒の剣が猛威を振るい、青騎士を襲う。しかし、それを見事なまでに切り払い、黒騎士の猛攻を凌いだ。それでも、黒騎士は諦めずに青騎士へと剣を振るう。
 そこで、青騎士は剣の鞘を展開した。その瞬間、攻守が逆転する。青騎士の持つ聖剣が動きを止められた黒騎士を斬ったのだ。倒れる黒騎士。そして、表示される1P WINの文字。

「あ~っ! また負けた!」

「……アヴァロンで逆転ですか。完全に狙ってましたね、なのは。相変わらずこのキャラと相性がいい」

 そう、それはゲーム。人気の格闘ゲームで、ほのかが言ったように、なのははこの青騎士を持ちキャラとしてよく使っているのだ。

「にゃは、ライカちゃんが攻め立ててくるから狙い易かっただけだよ。はい、交代」

「……次、私とほのかだよね。よろしく、ほのか」

「こちらこそ」

 なのはからコントローラーを手渡され、ほのかは赤と黒のストライプに身を包んだ女性を選択。フェイトは長いリーチと連撃がうりの槍騎士だ。

 こうして始まる戦い。槍騎士が長いリーチを武器に女性を追い詰めようとする。だが、女性も変則的な攻撃でそれに対抗し、勝負は一進一退の様相。ライカは当然フェイトを応援。なのはは黙って二人の戦いを見つめていた。
 女性の方が、逆転を可能にする必殺技を使用出来る権利を得るものの、槍騎士はそうはさせじと攻撃して権利を奪い取る。それにほのかが小さく舌打ちし、フェイトは軽く手応えを感じていた。

 そして、ついに槍騎士がその権利を行使する瞬間が訪れる。女性が放った超必殺技で出来る隙を狙い、その手にした魔槍が唸りを上げる。放たれる紅い魔槍。因果を操作する一撃が、女性を容赦なく貫いた。
 その瞬間、フェイトの勝利が確定する。そんな一連の流れを見ていたなのはは感嘆の声を漏らし、ライカは何が起きたか一瞬理解出来ていなかった。だが、画面に表示された文字を見て、ようやくフェイトが勝利した事を悟り、満面の笑みで立ち上がる。

「凄いやフェイト! カッコイイっ!」

「た、たまたまだよ……」

 勝利をもぎ取ったフェイトへ、惜しみない賞賛を贈るライカ。それに照れながらフェイトはそう答えた。一方、ほのかはと言えば……

「……やはり、あまり技を多用しない方がいいですね。フェイトはこちらの動きを予測するのが上手い……」

 冷静に分析し、再戦に備えていた。なのははそんな妹の姿に苦笑。何だかんだでほのかもなのは同様負けず嫌いである。なので、こうして負けた時はその原因を自分なりに分析、理解するのが癖であった。
 そして、そんな中今度はライカとほのかの対戦。使用キャラは前回と同じ。それを見て、ほのかが小さく一言。

―――飼い主に刃向かうとは、身の程知らずですね……

 結果は言うまでもなくほのかの勝利。最後はライカが悔しがるようにと、惜しみなく超必殺技を使用するところにほのからしさがある。こうして、なのは達は騒ぎながらも、楽しく時間を過ごすのだった……



「……な、それ面白いんか?」

「……少し期待出来る。続きは……考えてもよい」

 自分達の部屋のベッドで横になりながら本を読むはやて。ふうかは壁にもたれるように読んでいる。はやてが読んでいるのは、所謂ライトノベルと言われている物。ファンタジーもありな商人の話。その商人と旅をする事になった故郷を求める狼の娘。そんな二人が主人公だ。
 はやては、密かにその狼娘を人当たりが柔らかくなったふうかを重ねていたりする。対してふうかが読んでいるのは、完全ファンタジーのライトノベル。天才を自称する魔導師の少女が織り成す、笑いあり感動ありバトルありのもの。

「お~、でも結構古いやろ?」

「関係ない。むしろ、古本屋で安く買えると思えば嬉しいぐらいだ」

「それもそか。なら、今度の休みにまた行こか」

「……それはいいが、そろそろ何か売らねばな……」

 そう言ってふうかは本棚を見た。そこには、文庫本や小説などが多く入っている。マンガもあるし、まさに二人の趣味全開だった。本棚一杯に入れられた本を見つめ、ふうかはもうしまう場所がないと思い、そう告げたのだ。
 はやてもそれを理解し、本棚を見る。そして、決意した。マンガを売ろうと。その発言にふうかは頷くが、どこかで違和感も覚えていた。何せ、マンガははやての大好きな物だったからだ。それを躊躇いもなく売ろうと言える事に、ふうかは納得が出来なかった。

 しかし、それもはやての次の言葉に納得した。そう、それは……

「もう、愛蔵版も出た事やし、それに買い換えよか」

「根本的な解決になっておらんだろ! むしろ、出費が増える!」

「む~……でも、全編フルカラーや」

「答えになっとらん!」

 ふうかの言葉にはやては良い突っ込みだと笑って誉める。それにふうかが疲れたように息を吐き、本棚から何冊か本を抜く。そして、部屋を出ようとするので、はやてがそれを見て呼び止めた。どこへ行くのかと。
 それにふうかは、家族達に入らない本がないか聞き、売りに行く時の足しにすると答えた。そう、はやての言うように収納場所を作る事が出来る愛蔵版に変える事はふうかも賛成なのだが、如何せん金額が高いのだ。

 それを何とかするために、ふうかは家中のいらない本をこの際売ってしまおうと考えた。それがどれだけになるかは分からないが、荷物持ちには力自慢の兄がいる。よって、ふうかには何の心配もない。たとえ、その重さが米俵よりも重くなったとしても。
 きっと、あの兄ならば根性で持ち運ぶだろう。そう考えたのだ。その顔に楽しそうな笑みを浮かべ、ふうかは部屋を後にしようとして、その後ろにはやてがいる事に気付いて振り返る。

 どうやら、何か飲み物を取ってこようと思ったらしい。それを聞いて、ふうかは自分の分を頼むとリビングへ向う。そこで宿題をしているヴィータとリインへ先程の本の事を聞くために。
 八神家では、ヴィータとリインに限り、宿題をする時はリビングでと決められている。それは、自室では監視の目がないためさぼってしまうからだ。今も監視役としてシグナムが目を光らせている。三女シグナムは、長女や次女と違い、決まった職に就いてはいない。近所の剣道道場で非常勤の講師をする以外は、基本家で過ごしている。最近は、ナハトが翠屋で働いているので苦手ながらも掃除に洗濯と頑張ってはいた。
 それを見て、シャマルが花嫁修業みたいだと思っているのはここだけの話。

「少しよいか」

「ん?」

「何だ?」

「何です?」

 ふうかの問いかけに三人が同時に反応する。その表情は違ったが。シグナムは純粋に疑問。ヴィータは問題が解けたのかやや嬉しそうに。リインは問題が分からないのか、少しイラついている。
 そんな違いを見つめ、ふうかは三人にいらない本はないかと尋ねた。その理由も聞かれる前に告げる。それは、一々尋ね返される手間を惜しんでの事。出来れば、シャマルやザフィーラ、ナハトにも聞きたいのだが、生憎三人は仕事中。

「……以前買った剣術書がある。もう熟読し、ほぼ内容も覚えた。あれならば……」

「あ~、あたしはバスケのマンガがあるな。今、新しくカラーで単行本出してんだよ。買い直すキッカケに丁度いいや」

「リインは……あっ、絵本があるですよ~」

 三人の答えを聞き、ふうかは頷いた。この分ならまだありそうだと希望さえ持った。家で一番の読書家はナハトなのだ。部屋には、ベッドとクローゼット。それに本棚しかないぐらいだ。化粧台はいらないのかと以前シャマルが聞いた時、ナハトは化粧をするのなら洗面台で出来ると答え、それよりももう一つ本棚が欲しいと言ったぐらいだ。

 ふうかは三人に今度の休みに売りに行くから、それを纏めておいてくれると助けると告げ、自分達の部屋へと戻る。すると、部屋の中にはやてがいない。もう戻っていたはずなのだが、姿がない。

(確かにキッチンから出て行くのを見たぞ。……トイレか?)

 まあいいかと思い、先程の位置へ移動するふうか。その時、ふとベッドの上に見慣れない表紙の本が置いてあるのに気付いた。そこに描かれているのは、俗に言うアニメ絵の男性が二人。
 それがやや妖しい雰囲気で寄り添っているものだった。何か妙なものは感じるものの、ふうかはつい興味本位で軽く読み始めた。それをこっそりと部屋の外から見つめる者がいるとは知らずに……



 ゲームも一段落し、なのは達は談笑しながら宿題を片付けていた。本当はゲームの前にやるつもりだったのだが、ライカがゲームをやらないと集中出来ないと駄々をこねたため、そうなったのだ。
 ちなみに、なのはは理数が、ほのかは文系が得意だったりする。その差は、読んでいる本の数だとアリサとすずかは分析していた。ほのかは本を読むのは好きだ。新聞さえ隅々まで読み、読めない漢字などがあると士郎や恭也などに尋ねるぐらいに。対するなのはは、活字をほとんど読まない。マンガなどは読んでも、新聞は番組欄と四コママンガを読んで終わりの一般的な子供だった。

「で、はやてちゃんがね……」

「いつも思いますが、なのはのクラスで問題を起こすのは基本はやてですね」

「学級委員なのに……」

「えっと、本人の名誉のために言うけど、はやてがこんなにふざけるようになったのは、なのは達と同じクラスになってからだよ?」

 フェイトの言葉に三人が揃って意外そうな表情を返す。それにフェイトはやっぱりと思い話し出す。一年生や二年生の頃の話を。はやては一年生の時、誰もやろうとしない学級委員に進んで手を挙げた。それは、決めないといつまで経っても先に進まないからだ。
 それ以来、はやてはしっかりとクラスを纏めるために行動していた。厳し過ぎず、甘過ぎず。はやてがその振る舞いの参考にしたのは、姉であるナハト。全員に公平且つ慈愛に満ちたその対応する姿を目指して、はやては見事一年生と二年生の前期を学級委員として勤め上げたのだから。

 それを聞き、三人は感心するものの、やはりまだ信じられないものがあった。だが、フェイトがそういうのならと思い、もうそれについて何か反論する事はなかった。やがて、会話もなくなり、四人はそれぞれ宿題を終わらせる事に意識を集中し出した。

「ここは……まずこれをね……」

「……成程」

 算数に関しては、なのははほのかの先生役。今も苦戦していた問題をさらりと解いてみせ、ほのかに感心されている。フェイトもなのはと同じで理数が得意で文系が駄目。ライカは全てが絶望的。ただ、たまに直感で答えを当てるので、数学力は高いのかもしれないと思われていた。
 今は二人して算数の問題に取り組んでいる。クラスが違えば宿題も違うはずなのだが、聖祥はクラス毎の色はそこまでなく、なのは達とほのか達のクラスの宿題はほとんど同じだったのだ。

「……これ、答えは何?」

「私も今解いてるところだから……」

 ライカは既に自力での戦いを諦め、フェイトに全面的に頼る心積もりのようだ。そんなライカのやり方にほのかが小さくため息を吐く。

「何さ?」

「いえ、別に」

 自分を見てため息を吐いた事を理解し、ライカはほのかへ尋ねるが、それにほのかはあしらうように答えるのみ。そのやり取りを聞いて、なのはとフェイトは苦笑するだけ。

「あ、そうだ。みんなって、好きな子いる?」

 ほのかの返答にやや不思議そうに首を傾げていたライカだったが、突然思い出したようにそんな事を言い出した。どうやら、仲が良い男子からそんな事を聞かれたと言うのだ。それを聞いて、ほのかだけが興味深そうに反応を示した。
 そう、それはその男子がライカを好きだという事ではないかと思ったからだ。一方、なのはとフェイトは互いに少し考えて、首を横に振った。好きな男子という意味ではいない。そう二人は告げた。

 ほのかはどうだと聞かれ、それにほのかも頷いて答えた。二人と同じで、異性として好きな相手はいないと。

「……ですが、兄さんならいいかもしれません」

「お兄ちゃん? どうして?」

 突然ほのかの口から出た言葉に、なのはは不思議そうに問いかける。

「強く、優しく、頼もしいと、三拍子揃っています。ただ、忍さんをどうにかしなければならないのがネックですが……」

 そう言って何か不穏な事をぶつぶつ呟き出すほのか。それを見て、なのはが慌てて止める。二人の仲を裂くような事はさせないとばかりに、ほのかへ考えを改めるよう告げた。それにほのかは冗談だと返し、楽しそうに笑ってみせた。
 それがなのはをからかった際の笑みと分かり、フェイトとライカは相変わらずだと思い、からかわれた本人は「も~」と軽く怒ってみせる。そんな感じで楽しく過ぎる時間。そしてライカはほのかへ、その話をしてきた男子への答えをどうすればいいのか相談する。それにほのかは意外と親身になって答えてやるのだった……



 翠屋がある商店街から少し離れた住宅街。そこの一角にグレアム法律事務所はあった。どんな案件でも最初は無料で相談に乗り、料金は累進課税と同じく、富める者からは多く、貧しい者からは少なく或いは必要経費だけで済ませるのが基本の事務所。
 だが、それでも評判は上々で、普段なら嫌がる国選弁護人さえ喜んで引き受けるのだから、その存在がどれ程特異なものかは分かるだろう。特定の企業の顧問弁護士などにはならず、あくまで一弁護士を貫く彼の在り方に感銘を受けた者は少なくない。

 そんな事務所の受付で、シャマルは静かにお茶を飲んでいた。その隣には、ロッテとグレアムがいる。

「……にしても良かったですね。無事離婚せずにすんで」

「子供のため、だったからね。出来る事なら両親揃っていてくれた方が、子供としては嬉しいと分かっている。だから……ね」

 シャマルが、先程の依頼人を思い出して心から告げた言葉に、グレアムも頷くように答えた。離婚を成立させたくて、グレアムへその調停を願い出てきた女性。その原因は、夫のギャンブルによるもの。借金が膨れ上がり、もう生活がままならないところまでなっていたのだ。
 だが、その借金相手が暴力団関係で暴利を取っていた。そのため、グレアムが間に入り、適正な金利にしなければ摘発を受けると指摘したのだ。結果、夫の借金は完済していて、これに懲りて夫は二度と博打に手を出さないと約束。そして、夫婦揃って礼を述べにきたという訳だった。

「でも、おじさんも相変わらずだね。新しい門出のお祝いだって言って、依頼料無しにしちゃうんだから」

「ふふっ、確かにアリアさんが聞いたら怒りますよ? またですかっ! ……って」

「それは……勘弁して欲しいものだな」

 そう言ってグレアムは苦笑する。ここのところ、依頼者が財政的に厳しい者が多いのだ。故にグレアムは、国選弁護を出来る限り受けて食い繋いでいるのだ。企業からは顧問になってくれないかとの依頼もある。だが、グレアムは特定の権力と結び付きそうな場所とは、一線を引いておきたいと考えている。

 それは、自身が弁護士になろうとしたキッカケが大きく関係している。自分の警官時代の先輩夫妻。その忘れ形見であるリーゼ姉妹。巨大な権力の裏を暴こうとしたため、消された夫。
 謂れのない罪を背負わされ、ついた国選弁護士はやる気の欠片もないような相手。結局裁判はあってなかったようなまま終わり、グレアムは自分の無力さに泣いた。そして、その後妻はその事がキッカケで弱り、病死。夫もそれを聞いて後、獄中で死んでしまった。だが、グレアムは今でもそれが事故死だとは思っていない。故に決意したのだ。自分が弁護士になり、権力に困らせれている者達を助けようと。出来る事は少ないが、それでも誰かがやらなければと。

 丁度その頃、正義感溢れる有望株だった部下のクライドが昇進し、自分の後を任せられると思い、グレアムは警察を辞め、死に物狂いで法律を学び直し、見事弁護士の資格を得たのだ。

「あ、そういえば、今日クライドに会ったよ」

「もう、クライドさんでしょ」

 アリアもロッテもグレアムの部下だったクライドの事を呼び捨てにする。それは、幼い頃に出会った時からの癖。クライド本人も気にしていないため、グレアム自身もとやかく言う事はないが、シャマルだけは気にしているのだ。

「それで、どうだった? 元気にしてたか、あいつは」

「それがさ、最近困ってるらしいよ? あのドラマと映画のおかげで観光客増えたから」

「ああ、とらハね。あ、そういえば今日は2の最終回だ。早く帰って録画しなきゃ」

 ロッテの言葉にシャマルはそう笑みを浮かべて、思い出した内容に手を小さく合わせた。グレアムはそんなシャマルの言葉に不思議そうな表情を浮かべ、ロッテへ尋ねた。とらハとは、一体何だと。それに二人が驚きの声を上げる。
 知らないのとロッテが言えば、遅れてますよとシャマルが続く。それにグレアムはやや戸惑うものの、本当に知らないと告げた。それにロッテとシャマルが互いの顔を見合わせ、苦笑した。

 そこへ事務所のドアが開き、アリアが戻ってきた。だが、どこかその表情は冴えない。あの後、ザフィーラとお茶をしたまでは良かったのだが、ザフィーラが話すのは、働いているアルフやナハトの事ばかりだったのだ。
 自分の事を少しも見てくれなくて、アリアは悔しいやら哀しいやら。だが、それでも最後にザフィーラが言ってくれた言葉で、幾分かその気分も晴れたのだが。

―――付き合わせてすまん。だが、おかげで翠屋のコーヒーを飲みながら過ごす事が出来た。男一人で行くには、やや敷居が高くてな。今後も、もし良ければ付き合ってくれると助かる。

 その後送って行こうとザフィーラは言ってくれたのだが、アリアはそれを断った。本音を言えば嬉しかった。だが、ザフィーラにも仕事がある。彼は、早朝と夕方に新聞配達をしているのだ。
 それ故に、アリアは断った。仕事に遅れるかもしれないからと。それにザフィーラは申し訳なく思いながらも、気遣いに感謝して走り去った。

「……あら? 今日はもう仕事無し?」

「あ、お帰りアリア。遅かったね」

「お帰りなさい。お茶、飲みます?」

 そんな事を思い出して歩くアリアだったが、視線を事務所の中へ向けて三人が談笑しているのを見て、やや意外そうにそう告げる。それにロッテとシャマルが気付いて声を掛ける。グレアムはそれとは対照的に、アリアに隠れるように移動を開始。
 だが、それを見逃すアリアではなく……

「おじ様、どこへ行くんです?」

「……いや、ちょっとトイレにでも……」

「嘘! どうせまた依頼料受け取らなかったんですね」

 グレアムの見え見えの嘘に、アリアはそう断言した。そこから始まるアリアのグレアムへのお説教。グレアム家の家計を預かっているアリアには、誰も逆らえないのだ。故に、ロッテもシャマルもお気の毒様と思いながらも、グレアムを助けようとはしない。
 アリアが買ってきた荷物を冷蔵庫へしまったり、事務所の簡易清掃をしたりして時間を潰す。その間もグレアムをアリアは注意する。今月もぎりぎりの生活になるだの、もう少し自分の事も考えて依頼を受けろだのとアリアに言われ、グレアムは返す言葉がない。

「あの……すみません。相談したい事があるんですが……」

 そこへ一人の男性が入ってきた。その瞬間、全員が即座にそちらへ意識を向け、声を掛ける。

「「「どうぞっ!」」」

「……まずはこちらへ」

 また何か依頼が入り、グレアムが落ち着いた表情で男性を招き入れ、シャマルはお茶を淹れに行き、ロッテはグレアムの隣に座り、助手として話を共に聞き、アリアは秘書として必要そうな書類などの手配を考え出す。そんな感じで、今日もグレアム法律事務所は活気付いているのだった……



「……システム本体の製作、ですか?」

「そ。私の分担はそこ。レイジングハートはいわば心臓か脳よ。私は体を作ったって訳」

 ノエルの問いかけに忍はそう答え、紅茶を飲む。プレシアはそれに頷いて、こう続ける。

「でも、その体には心臓も脳もあるわ。私からすれば、レイジングハートは心臓でもなければ脳でもない。”心”よ」

 その発言にやや忍が驚いたように視線をプレシアへ向けた。まさか心なんてそんな非科学的な事を、プレシアが言い出すとは思わなかったからだ。だが、それを忍が言うと、プレシアはそこか苦笑してこう返す。

―――貴方が非科学的? 冗談でしょ?

 それがノエル達の事を言っていると分かり、忍は反論出来なかった。人造人間といわれてもおかしくないノエル達。世界に現存するたった三体の自動人形。夜の一族と呼ばれた種族が作り出した高度な機械でも人間でもない存在。
 しかし、それを忍は人だと思っているのだ。ならば、それとレイジングハートの扱い。それに関する事はある意味で同じなのでは。そう思ったのだ。

「……とにかく、レイジングハートの事をどうにかしなくちゃ」

「そうね。まずは……第三者の意見を聞いてみる事かしら?」

 プレシアはそう言って忍を見る。その視線に含まれるものを感じ取り、忍はまさかという顔をした。そんな二人と違い、ノエルとリニスはまったく話が見えていなかった。

―――何も知らない。予備知識もない。そう、子供がいいわね。純粋で素直に意見を述べてくれるでしょう……




--------------------------------------------------------------------------------

ご意見くださった方、本当にありがとうございます。緊急時は変形してとの話がありましたが、やはりどちらか一本にした方が良いかと思い、待機状態でいこうと思います。まぁ、まだその発想自体を捨てた訳ではないんですが。

そして、ごめんなさい。レイジングハート話、終われませんでした。次回、次回こそ必ず起動させて終わりますのでお許しを……



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 5
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/20 11:24
 翌日、プレシアと忍によって月村家に呼び出されたなのは達。学校終わりにぞろぞろと九人で大挙して押し寄せたのだが、その理由はただ見て欲しいものがあるとだけ聞いていた。
 すずかの家に着くと、まずファリンとイレインが出迎えた。相変わらず人懐っこいファリンと、どこかぶっきらぼうなイレインの対応の違いに苦笑しながら、なのは達は中へと足を踏み入れる。

「でも、一体何だろうね? 見せたい物って」

「母さんに聞いても教えてくれないんだ。ただ、見て意見が欲しいんだって」

「何やろ? 新しいゲーム機とかか?」

「……それ、どんなゲーム機よ」

 プレシアと忍の二人が作るゲーム機。それを想像し、全員が表情を曇らせた。何か危険な感じがするのだ。それを聞いて、イレインが否定した。

「いや、何か次世代型とか何とか言ってたけどなぁ……」

「「「「「「「「「次世代型(じせだいがた)?」」」」」」」」」

 その言葉に全員が反応を返す。一部平仮名で言っているような雰囲気の者がいたが、この際それは気にしない。イレインからもたらされた情報を考え、独自の結論を出そうとするアリサ、ほのか、なのは。あくまでも何も考えず、見てから考えようとするフェイト、ライカ、すずか。
 そして、どちらにしろ嫌な予感しか感じていないはやてとふうか。それに、何も考えずただのほほんと歩くアリシアと、実に色々な反応を見せる九人。ちなみにヴィータはクラスメイトとの約束があるのでここにおらず、リインはグレアムの事務所へ行き、ロッテに遊んでもらっている。今日はシグナムが剣道教室の講師の日のため、家に誰もいないためだ。

 そのまま、二人に案内されるままになのは達は歩く。その途中、ふとはやてがふうかに尋ねる。

「な、ふうか……」

「ん?」

「あの本、どうやった?」

 あの本。それは、はやてがこっそりベッドに仕掛けたもの。それ自体があったのはシャマルの部屋なのだが、はやてがこっそり拝借したのだ。そして、その内容を見て愕然となったはやては、自分だけがそんな世界を知るのは嫌だと考え、ふうかも巻き添えにしたのだ。
 ふうかははやてが言っているものが、あの本を指していると理解し、ふうかは怒鳴り声を出そうとして思いとどまった。なのは達に気付かれてはいけないと思ったからだ。

「……やはり、あれはお前の仕業かっ!」

 小声で怒りをあらわにするふうかだったが、どこかその顔は赤い。それが怒りからくる赤ではないとはやても理解し、小さく頷いた。

「せや。で、あれはシャマルの部屋にあった」

「……あんなものが好みか、シャマルは」

 次女の趣味に心底嫌そうな声でふうかは呟く。はやてもそれに頷いて、遠い目をした。

―――わたしら、知らんでいい世界を知ってしまったんやなぁ……

 それにふうかも思わず頷きかけ、はたと気付く。ふうかの場合ははやてが原因なのだ。しかし、それをふうかが指摘する前にはやてはぴしゃりと言い切った。置いたのは確かにはやてだが、それを読んだのはふうかだと。
 つまり、自ら進んで読んでしまった以上、責任は自分だけではなくふうかにもあると言いのけたのだ。それにふうかも反論がない。確かに興味本位で手に取り、読んでしまったのは自分なのだから。

 そんな風に自らを責めるふうかへ、はやてはぼそりと告げた。

「悪いんは、あんな本を買ったシャマルや……」

「……そうだな。悪いのはシャマルだ」

 人、それを責任転嫁と言う。ともあれ、二人は諸悪の根源はシャマルにありと決め、帰ったら二人して文句を言ってやろうと心に誓うのだった……



「……あら、もうこんな時間なのね」

 リンディは見ていたテレビのワイドショーから視線を外し、時計を見ながらそう呟いた。時刻は、既に三時を過ぎていて、そろそろクロノ達が帰ってくる頃だった。それを理解し、リンディは洗濯物を取り囲もうと庭へ向かって歩き出す。
 リンディは専業主婦。昔こそ交通課で働く婦警であったが、妊娠を機に退職。以来、家庭を守り、夫を支え続けていた。

「それにしても、クロノはいつエイミィと付き合い出すのかしら?」

 人様の家の娘でありながら、リンディはエイミィを呼び捨てで呼ぶ。それも本人が望んだため。リンディもクライドも抵抗があったのだが、エイミィがどうしても堅苦しいのは嫌だと言うので、そうなった。
 昔から知っている事もあるからだろうとはリンディも思う。幼い頃から付き合いがあったリミエッタ家。故に、エイミィもリンディ達をおぼさんやおじさんとは呼ばず、さん付けで呼んでいた。

「絶対、あれは恋する乙女の目なんだけど……」

 と、そこまで思い出した所で、リンディは苦笑した。夫であるクライド。彼もまたそうだったのだ。リンディが惚れ、周囲からはバレバレだったのだが、クライド本人はまったくと言っていい程気付かなかったのだ。
 リンディが何度もアプローチをかけ、五回もデートしたにも関らず、クライドはそれに気付けずにいたのだから。さすがにもう耐え切れなくなったリンディが告白してようやく気付いたぐらい、クライドは鈍感男だった。

 それを思い出し、リンディはクロノもその血を受け継いでいるのではと思ったのだ。とすれば、息子の春は遠い。そう考え、リンディは思わずため息。

(孫の顔は……当分先ね)

 今年で四十を迎えるリンディ。だが、高町夫妻と同じくその外見は、夫婦揃ってまだ十分二十代でも通用しそうな感さえあるのだが。ともあれ、初孫の顔を見るのが遠い事を考えて、その表情にやや寂しさが見えるのは事実。
 それはまさに憂いを秘めた悩ましい横顔。だがその原因が、初孫が出来たらお祖母ちゃんと呼ばせるのはどうだろうと悩んでいるからとは、誰もしらない。

 洗濯物を取り込む手を止め、その事についてリンディは結構真剣に考え込むのだった……



 なのは達が案内されたのは、忍の研究室。そこにある紅い宝石のようなものを見て、全員が言葉を失っていた。

―――キレイ……

 誰かの呟きは、全員の感想だった。思わず魅入ってしまうような輝き。それを誰もが感じ取っていた。いつもなら騒ぐはずのライカさえ、黙ってその宝玉―――レイジングハートを見つめているのだから。

「……さて」

 そこへプレシアの声が響き、なのは達は揃って意識をそちらへ向けた。そんななのは達の反応に、プレシアだけでなく忍まで苦笑した。自分達はそこまで魅入る事のなかったレイジングハート。それにここまで心を動かしてくれたなのは達。
 きっと、彼女達ならレイジングハートを起動させる何かを気付いてくれるのでは。そんな希望を抱いたのだ。そして、同時にそんな事で希望を見出す自分達に呆れてもいた。故の苦笑。

「あれの説明をするわ。あれはレイジングハート。私と忍さんの二人で作った次世代型の……そうね。新しいタイプのコンピュータの核となるものよ」

 そこからプレシアが話すレイジングハートの簡単な説明。そして、現状。それを聞いてなのは達は揃って笑った。コンピュータが駄々をこねているとの忍の補足に、つい笑ってしまったのだ。
 プレシアと忍もなのは達の反応に微笑みを見せる。そして、説明が終わったところで全員を代表してアリサが問いかけた。

「それで、アタシ達にどうして欲しいんです?」

「起動させるにはどうしたらいいかを考えて欲しいの」

 実にあっさりと忍が答えた。その言い方は、まるでどこかにお使いに行って来てくれとでも告げるように。その気楽さに全員が一瞬呆気に取られるが、プレシアがそれに苦笑つつ頷いてみせた。本当の事だと。
 そうして、なのは達による大提案会が始まった。ライカとアリシアが考え無しの発言をしてプレシア達を苦笑させれば、アリサやすずかが中々鋭い部分を突いて感心させ、はやてが叩いてみれば動くのではと言えば、ふうかが昭和のテレビかと突っ込んだ。フェイトはそんなやりとりに笑みを浮かべている。

「……なのはには、何か良い方法はありますか?」

 周囲の光景に小さくため息を吐き、ほのかはそう問いかけた。

「えっと、呼びかけてあげるのはどうかな」

「……どういう事?」

 なのはの言った言葉にプレシアがやや不思議そうに問いかける。それに、なのははこう答えた。起きられるのに起きないのは、自分を必要だと言ってくれないからではないか。もしくは、自分に置き換えて考えれば、起きる事が怖いのではないかとなのはは告げた。
 何も分からない世界。何も知らない場所。そこで突然起こされ、生きろと言われれば萎縮したりするのも当然。そうなのはは考えた。だから、まずは恐怖心を取り除いてやるべき。その内容に、プレシアと忍はハッとなった。

(そういえば、レイジングハートには……)

(応答用の機能がある。それを使えば……もしかしたら……)

 二人は同時に同じ可能性に辿り着き、互いを見やる。その視線だけで相手が自分と同じ事に気付いた事を理解し、頷き合う二人。そして、プレシアはなのはへ視線を戻し、しゃがみ込んで優しくこう言い出した。

「ねぇ、なのはちゃん。お願いがあるの」

「何ですか?」

「レイジングハートに話しかけて、安心させてあげて欲しいの。起きても何も怖くないって」

 プレシアの言葉になのはは少し驚いたが、それでもすぐに笑顔で頷いてみせるのだった……



 町外れの高台。そこで激しく動く一人の男がいた。そして、それを見つめて微笑む女性の姿があった。

「テオラァァァァ!」

 繰り出される正拳突き。それに込められた想いは、一撃粉砕。その拳が空を裂き、風切り音をさせるのを聞いて、リニスは視線の先にいるザフィーラに熱い眼差しを送る。

(やはりザフィーラは凛々しいですね。誠実で寡黙。でも、優しく強い……)

 どこかうっとりするような表情でザフィーラを見つめるリニス。やがて、ザフィーラの演舞のような鍛錬も終わり、リニスは手にしていたタオルを渡すべく、その傍へと近付いた。
 それにザフィーラも気付き、礼を述べてタオルを受け取る。そして汗を拭き終わるのを見計らって、持参した水筒を手渡した。中身はリニスがザフィーラのために作った特製スポーツドリンクだ。それを注ぎ口から直接飲むザフィーラ。

「……すまないな。いつものようになってしまって」

「いえ、私が好きでしている事ですから」

 口元を手で拭い、ザフィーラは水筒を返してそう言った。それにリニスは笑みを浮かべてそう返す。

 リニスがこうしてザフィーラの日課である鍛錬に顔を出すようになったのは、つい最近の事。買い物に向かう途中、ザフィーラが自販機で水分補給用の飲み物を買っているのを見たのがキッカケ。
 最初は走った後だからだろうと思ったのだが、汗を掻いていない事に気付き、妙だと考え尋ねたのだ。それにザフィーラが日課としている高台での鍛錬を教えると、リニスは納得した。そして、次の日からタオルと飲み物を持参してリニスが顔を出すようになったという訳だった。ちなみにリインが目撃した二人で歩いていたのは、鍛錬からの帰り道の光景だったのだ。

 そんな風になって、もう一週間。リニスは知らない。妹のアルフがザフィーラとたまに鍛錬だけでなく、デート紛いの事をしているのを。
 それは、隣の街まで歩いて行くという内容で、ザフィーラとしても走るのではなく歩くのもまたいい鍛錬と思い何度かしているのだが、その後は当然のように二人で街で休憩するのだ。
 喫茶店や映画館、時にはウインドウショッピングなどもしたりする。無論、ザフィーラとしてはデートなどと考えてはいない。しかし、アルフにとっては誰が何と言おうとデートだった。

「さ、そろそろ帰るか」

「そうですね。あ、そうだ。今週のお休みはいつですか?」

「月曜だ。ナハトに約束を入れられてな。荷物持ちとして少し遠出をする事になっている」

 ザフィーラが苦笑しながら告げた言葉。それにリニスは表情を曇らせる。何故ならば、そう言いながらもザフィーラは嬉しそうだったのだ。家族だから。そう納得する事は出来る。しかし、リニスは知っているのだ。彼らが血の繋がりを持たぬ家族だと。
 そして、ナハトがザフィーラの事をどう思い、どう見ているかもぼんやりとだが気付いている。だから、不安なのだ。誰よりもザフィーラの傍にいる女性。物静かで知的なナハト。リニスもナハトに負けない自信はある。だが、如何せんその立場が違う。共に一つ屋根の下で暮らしているのは、大きな差だ。

(私も、ザフィーラと出掛けたかったのですが……そうだ!)

「そうなんですか。では、ザフィーラ。その次の休みに少し付き合ってもらえませんか?」

「別に構わんが……?」

「そろそろフライパンなどが古くなってきたので、買い換えたいのです。それと、ついでに色々と見ておきたい物や欲しい物もあるので」

「……また荷物持ちか。俺は、どうやらそういう役目から逃れられんらしい」

 そう言ってザフィーラは笑みを見せる。それにリニスは悪戯っぽい笑みを返し、それにザフィーラが苦笑する。女は皆手強いものだと告げて。それにリニスがついこう返してしまう。

―――私は、ザフィーラにしかわがままを言いませんよ?

 その言葉に両者が揃って驚く。リニスは自分が無意識で漏らした本音に。ザフィーラは、リニスの告げた内容の意味する事に。そして、その妙な気まずさにリニスは耐え切れなくなり、その場から逃げるように走り出す。それをザフィーラは止める事も出来ず、黙って見送る事しか出来ない。
 走り去るリニスの背中を見つめ、ザフィーラは何とも言えない気持ちになった。薄々そうではないかと思っていた。だが、気のせいだろうと自分に言い聞かせていたのだ。リニスは美人だ。性格も良く、評判も良い。そんな女性が自分のような無骨者を好きになろうはずはないと。

(俺は、どうすればいいのだ。……ここは、ナカジマの親父さんにでも聞くのが一番か)

 自分が世話になっている新聞配達の営業所の主人の顔を思い出し、ザフィーラはそう決断した。その店主は年下の妻を持ち、現在二人の娘と四人で暮らしている。ザフィーラを息子のように接してくれる男性で、たまに飲みに連れて行かれる事もあるぐらいだ。
 きっと、彼ならば。ゲンヤならば何か良い解決法を教えてくれるだろうと、そうザフィーラは思って歩き出す。リニスの去って行った方を一度だけ見やって……



「起きてレイジングハート。プレシアさんも忍さんも起きて欲しいって。私達もレイジングハートとお話したいんだ」

 なのはの声が研究室に響く。それを見守るプレシアと忍。フェイト達もなのはの周囲に立ち、声を掛けている。

「寝続けると、牛になるんやで~」

「なるかっ! というか、これが牛になるなら見てみたいわ」

 八神姉妹は、やはりどこか漫才になり……

「お~い、この寝ぼすけ! 早く起きろ~」

「ライカには……」

「言われたくないよねぇ」

 テスタロッサ家は、三女の発言に残り二人が苦笑しながら呟き……

「起こす気あるのかしら、こいつら」

「あ、あると思う……。あなたも早く起きてみんなとお話しよ?」

 そんな五人を見てアリサがどこか呆れるように言えば、すずかはそれを肯定しようとするが、どこか弱い。だが、気を取り直してレイジングハートへそう呼びかける。

「……貴方がただの機械ではないのなら、それを私達に証明してみせなさい」

 そんな中、ほのかだけは挑戦的な言葉をぶつける。それになのはが苦笑し、もう一度心を込めて告げる。それは、プレシアから教わった起動のためのパスワードを混ぜた呼びかけ。

「一緒に沢山お話しよう。だからお願い……」

―――不屈の心は、この胸に。レイジングハート、セットアップ。

 周囲が騒ぐ中、紡がれたその言葉。それは、周囲の音から抜き出るように何故かはっきりと聞こえた。その瞬間―――。

”standby ready.set up”

 確かに反応が返ってきた。女性らしい感じの声で。それにプレシア達の表情が変わる。なのは達は突然聞こえた英語に驚き、視線を目の前の紅い宝玉へ向けた。慌しく動き出すプレシア達。それをどこか固唾を飲んで見守るなのは達。
 そして、二人の手が止まり、喜びを隠せない表情で頷き合った。それを見て、なのは達も状況を察したのか嬉しそうに互いを見る。そこへ告げられる起動成功の言葉。その瞬間、なのは達から歓声が上がる。

「「「「「「「やった~!」」」」」」」

「人騒がせな機械です」

「ん? ただの機械ではないと証明したではないか。話すのだぞ、こやつ」

 一部、素直に喜びを表現しない者達もいたが……



「レイジングハート、返答言語設定を日本語へ」

”……これで良いでしょうか”

 忍の言葉にレイジングハートは少し間を置いて、そう答えた。それになのは達から感嘆の声が上がる。レイジングハートに組み込まれた機能の一つ。それは、多言語変換機能。今はまだ英語と日本語のみ聞き取ったり、話したりする事しか出来ないが、将来はここから増やしていきたいと考えているのだ。
 現在、同様のモデルで二号機を製作していて、そちらは男性的な性格になる予定だ。それと別に、忍の親戚の関係でドイツ語対応のモデルも近々製作に取り掛かる事が決まっていて、そのためにもレイジングハートから得られるだろうデータは、是非とも欲しかったのだ。

「……ね、忍さん」

 そんな事を思い出していると、プレシアがどこか意を決した表情をして声を掛けてきた。レイジングハートは、既になのは達から色々と質問され、どこか戸惑いながら答えている感じがした。

「何です?」

「レイジングハート、なのはちゃんに預けてみない?」

 プレシアの提案に忍は少し考え込んだ。確かにまだレイジングハートは完成形ではない。故に色々な事を経験させ、学習させようとは考えていた。それに、人とのコミュニケーションを図るモデルケースとして、なのは達との接触はいいかもしれない。
 そんな風に結論付け、忍は視線をなのは達へと向ける。プレシアもそれにつられるように視線を移す。そこには、驚いたり喜んだりしながら、表情をころころと変えるなのは達、子供達の姿がある。

「……そうしましょうか。これも一つのテストという事で」

「そう。なら、そう伝えましょうか」

 この後、プレシアと忍からレイジングハートを託されたなのはは、それを大事そうに手にして帰る事となる。それをライカが羨ましがったのは言うまでもない……




--------------------------------------------------------------------------------

これで一先ずレイジングハート関連話は決着です。次回からはまたほのぼの系の展開へ……

もし希望などありましたら、お気軽にどうぞ。誰々と誰々の話を、とかのキャラ指定でも結構です。

ユーノは……次回から復活です。



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 6
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/23 20:31
 授業終わりの軽い休み時間。なのはとユーノは他愛もない雑談をしていたのだが、ある事の話題に変わった瞬間、ユーノとなのはの話のテンポがずれ出した。それは、TVゲームの話。
 長い間発掘や調査などの手伝いをしていたユーノ。故に彼にとってゲームとは、トランプなどのカードを使うものであり、電子機器を使ったものなどは話に聞いた事があっただけで、実物を見た事は無かったのだ。

 更に、彼が世話になっているロウラン家にもゲーム機はなく、その理由としては一人息子のグリフィスが欲しがらなかったため。それと、グリフィスは、遊ぶ事よりも本を読んだり勉強したりする方が好きな性格だったのもある。
 なので、ユーノは未だにTVゲームというものをやった事が無かったのだ。それをユーノが話すと、なのはは驚きながらも少し考え出し……

「……じゃ、家に来る?」

 そのなのはの突然の発言にユーノは呼吸を忘れた。それだけの衝撃がその言葉にはあったのだ。少なくともユーノには。

(ど、どうしよう?! ここは行くって返事するべきか!? それとも一旦落ち着いて考えるべきだろうか!?)

 自問するユーノ。そして、それを見て不思議そうななのは。たっぷり一分は考え、ユーノが出した結論は……

「じゃ、じゃあお邪魔させてもらうね」

「うん! なら、今日一緒に下校しようね。道、教えるよりもそっちの方が確実だし」

 そう言ってなのはは、素早く立ち上がるとフェイト達の元へ。何を話すのだろうとユーノが耳をそばだてていると、想像もしなかった内容が聞こえてきたのだ。

 それは、今日はなのはがユーノを家まで案内するから先に帰ってくれて構わないという内容。どうも、ほのかに説明する事になるだろうから、それで時間がかかると予想しているらしい。その事にフェイト達も気付き、苦笑混じりに頷いた。
 ユーノは詳しくは理解出来なかったが、双子の妹への説明をする事と、それが理由でこのままだと帰り道は、なのはと自分、それとその妹の三人になる事だけは悟った。

 そして、なのははフェイト達の傍からユーノの隣の席へ戻ると、笑顔で告げる。妹を紹介出来るだろうから、出来れば仲良くしてやって欲しいと。少し冷たい感じがある性格だが、根は優しい子だから。そう言ってなのはは笑う。
 ユーノはそれにどこか言い様のない不安を抱きながらも頷き、来るべき時に備えて心構えを始める。その抱いた不安。それが間違いではなかったと知るのは、これから数時間後の事……



「……そうですか。家に」

 放課後、ユーノを連れ立って現れたなのはから事情を聞き、ほのかは納得したように頷いた。しかし、その表情はどこか不機嫌そうだ。

「うん。だから……」

「なのは、私は少し用事があります。なので、先に帰ってくれて構いません」

 なのはの言葉を遮り、ほのかはそう告げた。それにやや驚くなのはだったが、ほのかの言葉に頷いてユーノと共に去って行く。それを見送るほのか。だが、ユーノは見た。見てしまった。それは、自分を鋭い視線で見つめるほのか。
 敵を睨むかのようなその視線に、ユーノは軽く恐怖する。振り向かねば良かったと、その時のユーノは思う。しかし、後に彼はこう思い直す。あそこでほのかの視線に気付けなかったら、もっと恐ろしい事になっていたと。

 ともあれ、ユーノはそんなほのかの視線から逃げるように、若干急いで歩いて行く。それになのはは妙なものを感じるものの、ユーノが早くゲームをやりたいのだろうと思い、笑みさえ浮かべてその後を追う。
 そうやって二人が消えたのを確認し、ほのかは小さく呟いた。

―――ユーノ・スクライア……ですか。今までなのはに近付いた有象無象と同じ者でなければよいのですが……



 高町家までの道筋をなのはと共に行くユーノ。海鳴に来たばかりに近いユーノへ、なのはは自分の知る限りの情報を教えていく。それにユーノが頷いたり、感心したり、時に驚くなどの反応を返す。そんな微笑ましい光景を、後ろからひっそりと見つめる影一つ。
 それは、ほのか。だが、何故かその後ろにはフェイト達の姿もあった。なのはの予想に反し、ほのかへの話が早く終わったため、フェイト達はなのはと合流しようとした。だが、それをほのかが止めたのだ。

 その理由。それは、ユーノがなのはにとって有害か否かを判断するため。それを聞いてはやてが面白半分で参加し、ライカも良く理解しないままスパイごっことの説明に参加を表明。そうなれば、はやてのお目付け役としてふうかとアリサが、ライカのストッパーとしてフェイトとすずかが、何よりほのかの戦意を喪失させるためにアリシアが必要だったのだ。

「……仲が良いのですね」

「まぁ、席隣やしな」

「良く休み時間は話してるよ」

 はやてとフェイトの証言にほのかは頷き、視線をなのは達とへ戻す。ちなみに、今は全員で電信柱に隠れるという古典的な尾行スタイルをしていた。隠れきっていないのだが、誰もそれに突っ込みを入れる者はいない。
 それよりも、フェイト達同クラスの者達は、なのはとユーノが思っていた以上に仲良くなっていた事に少し驚いていたし、ライカ達違うクラスの者達はなのはと異性が共に歩いている事に、どこか違和感を感じていた。

「……なのは、楽しそうだね~」

「ユーノ君の事、面白い話をしてくれる子だって言ってたからね」

「あ~、確かに雑学は凄いわよ、あいつ」

「そ~なの? 僕も今度話してみようかな」

「……そうしろ。そして色々と教わってこい」

 少し声を潜めて話す少女達。ほのかを先頭に、なのは達との距離が離れすぎないように歩く八人。どこからどう見ても目立つのだが、既にそんな事はお構いなしのほのかである。
 視線は、ユーノと話して笑うなのはに固定されていた。彼女達の兄である恭也は、極度の妹好きである。いや、心配性と言うべきかもしれない。とにかく、彼はなのはとほのかに微かにでも邪な思いを抱いて近付く男に対し、容赦がない。もっと言うのなら、一定年齢以上は完全に危険視される。それは、現在は十五歳以上。きっと、なのは達が中学生になったら十三歳に変更されるだろう。今の理由は、やはりそのなのは達の状況。小学生に欲情する十代後半。それは、やはり問題だろうから。後の理由は、体格的な問題。力でねじ伏せられる可能性が出てくるからだ。

 そんな彼と同じく、ほのかは重度のシスコン。それもなのは限定なのだ。生まれて物心付いた頃から、何をするにも一緒だったなのはとほのか。優しく穏やかななのはと、冷たく静かなほのか。それでも、心はいつも繋がっているとほのかは思っている。故に、なのはを自分から遠ざけようとするモノには、容赦しない。
 恭也や士郎がなのはの交友関係に対し、大らかにしていられるのは、ほのかの事を考えているからだ。自分達が動くまでもなくほのかが変な相手は駆逐する。それは、これまでもそうだったようにこれからも変わらない。

(……もし、ユーノとやらがなのはと恋仲になろうものなら……)

 想像する。きっと、なのはは今と変わらない笑顔を皆に振りまく。だが、ユーノに対しては特別な笑みを見せるようになる。そして、自分への時間を極僅かであろうと減らして、それをユーノへ割り振るだろうと。
 そこまで考え、ほのかは強く電信柱を掴む。気のせいか、電信柱が軋んだような音がした。だが、そんな事はほのかには関係ない。無表情で視線をなのはからユーノへと移す。

 今はなのはへ海鳴に来る前の話をしているようで、メキシコがどうのと言っていた。それになのはが驚きを見せ、話の内容に食い入るような反応を返している。

「何や、ええ雰囲気やな」

「……ホントね。まるでデートじゃない」

「帰り道がデートかぁ……何かいいなぁ」

「下校デートって感じかな?」

 はやてとアリサはどこか意外そうに。すずかはうっとりするように呟き、フェイトはそれを簡単に表現して首を傾げている。

「じゃ、登校デートもあるの?」

「お前は少し考えてから物を言え」

「ふうか、ライカは考えてこれなんだから。そんな事いっちゃだめだよ」

 脊髄反射のようなライカの言葉に、ふうかが呆れながら言葉を返すと、アリシアがそれにやや諭すようにそう告げる。かなり酷い事を言っているが、それに気付くライカではない。アリシアが自分を弁護したと思い、そうだそうだとふうかへ言い返していた。
 そんな喧騒を聞きながら、ほのかは二人を注視する。互いに笑みを絶やさず歩く二人。それに対し、ほのかは静かに、だが激しく嫉妬の炎を燃やす。

「……ユーノ・スクライア。その名、覚えました。必ずや、私のなのはへ手を出した事を後悔させて差し上げましょう」

 ほのかがそう告げるのを聞き、全員が即座にこう言った。

―――いや、手なんか出してないから……



 なのはとユーノの下校をほのか達が尾行している頃、ザフィーラは自分が勤めている新聞配達の営業所にいた。

「……成程な。確かにそりゃ困るわなぁ」

「親父さん、どうすればいいですか」

 ザフィーラの相談を聞いて、ゲンヤは小さく笑ってあっさりと告げた。

「手前で答えは出しな」

「は?」

「そうやって悩んで、迷って、答えを搾り出す。それでみんな大人に、男になっていくのさ。誰かの答えなんて頼るな。お前さんだけの、お前さんしかない、お前さんが決めた答え。それが、どんな結果になろうと自分と相手を納得させる事が出来るんだよ」

 ゲンヤの言葉に、ザフィーラは強い衝撃を受けた。言われれば当然の事。だが、言われるまで気付けない事。それを身を以って知った。自分が相手ならば、それがどんな答えであろうとその者が真剣に向き合って出したものなら、きっと受け入れるだろう。
 逆に、完璧な望む答えだとしても、それが他者の出した答えだと知れば、決して受け入れる事は出来ないだろう。大切なのは、言葉ではない。自分がどれだけ相手の事を考え、悩み、出した結論かという事だ。そうザフィーラは思い、ゲンヤへ頭を下げた。

「感謝します、親父さん。俺は、誰かに無意識に頼ろうとしていました」

「気にすんな。誰にだって、俺にだってそんな頃はあったさ」

「それでも、ありがとうございました」

 そう言って、もう一度深々と頭を下げるザフィーラ。それに苦笑し、ゲンヤは手を振った。早く行けと言わんばかりに。それに気付き、ザフィーラは小さく頷くと、急いで営業所を出て行く。
 その遠ざかる足音を聞きながら、ゲンヤは嬉しそうに笑みを浮かべる。今時中々いない昔かたぎな男だとは思っていた。だが、やはりその目は間違っていなかったと実感したのだ。一人の女性への答えを出す事に、どこまでも。相手は美人で言う事無しの器量良し。

(だってのに、あんなに悩みやがって……)

 並みの男なら即決で付き合うだろう。にも関らず、ザフィーラはそれを良しとしなかった。勢いや衝動で決断を下すのではなく、自分も相手も納得出来る結論。それを模索し、動いた。
 そんなザフィーラの性格にゲンヤは改めて思う。どうして娘達が生まれるのがもう少し早くなかったのかと。そうすれば、間違いない夫が出来たかもしれないのに。そんなくだらない事を想像し、ゲンヤは一人笑う。

 すると、その後ろから女性が現れた。ゲンヤの妻であるクイントだ。その手には、お茶が入ったコップが二つ持たれていた。

「あら? ザフィーは帰っちゃった?」

「おう。……てか、いい加減ザフィーラって呼べよ」

「いいじゃない。言い易いんだから」

 朗らかに笑うクイント。彼女はゲンヤの営む営業所で働く従業員だった。だが、男一人で切り盛りする姿を見て、クイントが世話を焼きだしたのが、この関係の始まり。最初は簡単な食事。それが、次第に掃除や洗濯、最終的には同棲となって、ゲンヤが世間体も悪いし、何よりクイントの親御さんに申し訳が立たない。そして、自分がクイントを妻にしたいと意を決して告げ、結婚と相成った。
 歳の差があったが、それでもクイントは構わないと言ってくれたので、ゲンヤは彼女の両親へ挨拶と結婚の許可を貰いに行った。当時、ゲンヤは三十二歳。クイントが二十四歳だった。

 結果、両親はむしろクイントのようなじゃじゃ馬を貰ってくれるのならと、ゲンヤへ感謝したぐらいになった。そして、その年の内に結婚。そんな風になったのだ。先程ザフィーラに告げたように、ゲンヤも当時は散々迷った。
 まず、生活が裕福ではない事。状況によって収入が増減する事。そして、一番悩んだのは、子供が生まれた際、遊びに連れて行ってやれない事だった。クイントは子供が好きだ。そんなクイントが自分の子と遊びに行く事が出来ないなんてさせたくない。そう考えたのだから。
 しかし、ゲンヤがそう告げるとクイントは一瞬呆気に取られた表情を浮かべたものの、笑い出してこう返した。

―――馬鹿ね。大切なのはどこに行くかじゃないわ。誰とどう過ごすか、よ?

 その言葉でゲンヤは決心したのだ。自分の力で、クイントがずっとそう思っていられるようにしてみせるのだと。例えどこにも行けないとしても、思い出に出来るように。笑い続ける事が出来るようにと。

「……柄にもねえ事思い出しちまった」

「ん?」

「お前との結婚絡みの事だ」

「あ~……懐かしいなぁ。ね、プロポーズの言葉覚えてる?」

 クイントのきらきらと輝くような視線を受け、ゲンヤはどこか呆れながらも頷いた。忘れるはずがない。あれだけ恥ずかしいと思った事は生まれてこの方、あれ一度きりだったのだから。
 そんなゲンヤの反応を見て、クイントが言って欲しいという視線を向ける。それにゲンヤは内心やはりと思うものの、ここで言わないと一週間は最低でも愚痴を言い続けると思い、告げた。

―――俺は、俺の隣で笑うお前が一番好きだ。だから、ずっと隣で笑っててくれねぇか?

 その言葉に目を閉じて深呼吸するクイント。そして、ゆっくりと目を開いてぽつりと答える。

―――私は、貴方の傍にいる時が一番幸せよ。だから、ずっと傍にいさせてね?

 それは、あの時と同じ受け答え。問いかけに問いかけで返す、あの頃とまったく変わらぬやり取りがそこにあった。唯一違いがあるとすれば、あの時は無かった余裕が両者にあるぐらいだろうか。
 そう思って互いに見つめ合う二人。あれから時は経った。喧嘩もした。別れ話だって出た。それでも、一緒に笑い、泣き、喜んで、今では二人の娘が出来、忙しくも楽しい日々を過ごしている。外出など数える程しかないが、それでも二人の娘達―――ギンガとスバルは文句を言う事もなく元気に明るく育っているのだから。

「……さ、夕刊の準備しなくちゃね」

「……そうだな」

 先程までの空気の余韻にどこか浸りながら、二人はそれぞれ動き出す。こうして、いつもと変わらぬ日常がまた動き出す……



 高町家の外観に、日本らしさを感じたユーノを待っていたのは、外観とは正反対の内装をしたリビングだった。

「……畳じゃないんだ」

「? 和室もあるよ。えっと……見たい?」

 ユーノの呟きに不思議そうな表情で問いかけるなのは。それにユーノはそうじゃないとは言えず、黙って頷いた。そして、なのはに案内される和室。畳を見つめ、ユーノは何となくこの方がこの家には似合っているような気がした。
 ユーノがそうやって和室を眺めているのを見て、なのはは、やはり外国の人は日本人が皆和室で暮らしていると考えているんだと感じているのだった。

「……ありがとうなのは。和の心って言うんだっけ? 確かにどこか落ち着くものがあるね」

「にゃはは、そうかなぁ? でも、何となく嬉しいかも。じゃ、私達の部屋に行こうか」

「う、うん……」

 どこか緊張した声で答えるユーノ。それに気付かず、なのははすたすたと自室へ向かって歩いていく。その後ろを歩きながら、ユーノは変な風に緊張する自分を普段と同じようにするべく、落ち着こうとしていた。
 しかし、それがかえって自分を追い込んでいるとは気付けず、ユーノは益々焦っていく。そして、その時は来た。なのはがどうぞと告げて開けたドアの先。そこにあったのは、部屋の半分弱を占拠するベッドとタンス。学習用の机がないが、よく見れば折り畳みの机と椅子が二つあるので、それを状況に応じて使っているようだ。

「適当にベッドに座ってくれていいから」

「えっ?! あ、う、うん」

 部屋を観察するように見ていたユーノだったが、なのはの声で意識を戻す。なのははユーノに見せるべく、ゲーム機を取り出して準備開始。ユーノはそれを興味深そうに見つめ、なのははその視線に気付いて振り返る。
 興味あるのと問いかければ、ユーノは黙って頷いた。知らない事には、必ず一度は興味を持つようにしているとユーノが言えば、なのはが感心したように頷いた。

 そして、なのはがコードの繋ぎ方から意味、果ては何が起きたらどこが悪いのかまで教え出す。それに呆れるでもうんざりするのでもなく、ユーノはそれを真剣に聞いた。それが、なのはには意外。
 今までこの手の話をすると、十中八九嫌がられるのだ。知識のあるエイミィ相手でも少し敬遠される話に、ユーノは少しもそんな素振りを見せず、それどころか面白そうに頷いて質問まで返してくる。

(ユーノ君、こういう事好きなのかな?)

 少しだけ自分と共通の趣味の話が出来そうな相手を得たと思い、なのはは嬉しくなって説明にも熱が入り始める。それをユーノは気付いて、なのはの好きな事を理解し、ある決意を抱く。

(なのはは機械関係の話が好きなのかな? よし、なら僕ももっと詳しく調べてみよう!)

 帰ったら、レティに許可を貰いパソコンを使わせてもらおう。そう思ってユーノは小さく頷く。そんな簡易的ゲーム機説明会の会場へ、ほのかが顔を出したのは、既に話がゲーム機からコンピュータOSの変遷に変わった頃だった……



「先生、この使途不明金は何です?」

 孤児院内にある保険室に響き渡る女性の声。それに先生と呼ばれた男性が、やや困ったように振り返る。

「これは院長。使途不明金と言われましても……」

 何の事やら。そう続けようとしたが、そんな男性の言葉を遮って女性は告げた。

「せっかくアンザイさんが寄付してくれたお金を、また! また、発明に使った訳ではないですよね?」

 その言葉に先生こと、ジェイル・スカリエッティは返す言葉を無くす。アンザイとは、匿名で孤児院へ寄付をしている相手。何故匿名かと言えば、住所も何も分からないのだ。いつも封筒に名前だけ書き、決して少なくないお金を入れて投函してくるのだから。
 そんなジェイルの反応を見て、院長―――カリム・グラシアはため息一つ。ここはカリムの養父母が経営していた盛桜孤児院。盛り咲く桜のように育って欲しい。その想いを込めて名付けられた場所である。教会を借り受けているため、カリムの格好は修道女と同じである。
 カリムの養父母は昨年高齢のため亡くなり、養女であったカリムが遺言に従い、未熟な身ながらも院長をしている。ジェイルもこの孤児院出身の科学者兼医者。今はカリムの補佐として働いてくれているのだが……

「……シスターシャッハから聞きました。中庭でロッサが使っていた作業機具。あれ、何ですか?」

「……どこにでもある農作業用の機具」

「じゃないですね? 市販の物とは思えない程の性能らしいですよ。おかげでロッサが振り回されて、シスターシャッハとシスタードゥーエが傍に付いてくれています」

 もう言い逃れは出来ないぞと言わんばかりのカリムの微笑み。それにジェイルは少したじろきながらも笑みを浮かべて見せるが、中々言葉が出てこない。結局カリムの笑顔の圧力に負け、ジェイルは自分が作った物だと白状した。
 それにカリムは納得のため息。ジェイルは腕の良い医者だったのだが、試しに作った発明品が大ヒットしてしまったため、以来科学者としての道を歩き出したのだ。確かに今もその時の発明品の特許料があるおかげで、この孤児院も成り立っているのだから。

 しかし、しかしである。それを良い事に、こうしてジェイルはたまに発明品を作るのだ。しかも、大抵どこか穴があるような欠陥品を。その被害を喰らうのは、大抵の場合がロッサ。ヴェロッサ・アコースである。
 彼はカリムの義弟。と言っても、幼い頃からカリムが面倒を見ていたため、そう両者が思っているだけで、実際は他人であるのだが。まぁ、カリムもロッサが被害に遭う事に関しては、実はそこまでとやかく言うつもりはなかった。

 その理由。それは、彼の性格にある。基本サボりや。しかも、軟派なのだ。この孤児院で声を掛けられていない女性はいないぐらいの。故にカリムも良い薬だと思っている節がある。だが、それはそれ。これはこれだ。

「……しばらく発明禁止です。期間は……半年」

「い、院長……せめて三ヶ月」

「駄目です……と、言いたいところですが、壊れた物の修復を終わらせてくれれば、考えない事もないですよ」

 そう告げてカリムは部屋を後にする。ジェイルはそれを見送って、ドアが閉まった瞬間苦笑い気味に呟いた。

―――似てきたね、ウーノに。

 自分の助手をしてくれていた女性を思い出し、ジェイルはそう微笑んだ。今ウーノは、孤児院の経営を支えている一人として、看護師として海鳴大学病院で働いている。彼女は昔、ここでカリムの世話をしていた纏め役立場の女性だった。
 その当時の事を思い出し、小さくジェイルは笑みを零す。それはまだジェイルが医者をしていた頃の事。当時の院には、ウーノ、ナハト、ザフィーラと孤児達の中で面倒を見る纏め役が多くいた。

(あの頃は、今よりも静かだったねぇ……)

 一人感慨深く思い出すジェイル。今はナハト達がいなくなり、纏め役をシャッハとカリム、ドゥーエがしている状況だ。チンクも小さい体で頑張っているが、やはり少し困っているとジェイルは何度か相談を受けている。
 そんな風にジェイルがのほほんとしていると、携帯が鳴った。その瞬間、緩んでいた表情が一変して引き締まった。

「はい……」

 相手は、海鳴大学病院のかつての同僚。今は、外科部長にまで出世した相手だ。

「……分かった。すぐに行く」

 難しい心臓手術が入り、どうやら手の空いている医師で腕の立つ者がいないらしく、ジェイルへ依頼が舞い込んだという訳だ。そう、彼はこうしてたまに手術の依頼を受ける。天才外科医として名を馳せた彼。その腕は、未だに現役。
 故に、彼は行く。自分の腕を必要とする者の元へ。失われそうな命を助けるために。この事を知っているのはウーノだけ。他には誰にも知られていない。

「あ、それと依頼料はいつものように頼むよ」

 そう告げて、ジェイルは部屋を出て行く。着慣れた白衣を翻し、静かに病院を目指して。後日、また孤児院に封筒が投函される。そこには、アンザイよりとの文字だけが書かれていた。

 アンザイ。それは、アンリミテッド・デザイアの略。ジェイルの科学者としての隠れ名だ。何にでも興味を示し、あれもこれもと詰め込んで失敗する事から付いた”無限の欲望”の意。
 その言葉から付けたとは、さすがのウーノも知りはしない。ジェイルは黙って、また発明を作り、カリムに怒られる。そんな日常が、ジェイルの望みなのだから……




--------------------------------------------------------------------------------

リクエスト通りとはいきませんでしたが、何とかそれらしく書いてみたつもりです。

……こんなものしか書けず、申し訳ない。



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 7
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/26 08:20
 なのはとユーノの話を聞きながら、ほのかは軽い疎外感を味わっていた。なのはの話す内容は既にコンピュータの組み立てになっていて、ユーノはそれに呆れもせず、むしろ面白いと感じてさえいた。
 機械工学関連の話に、理数が不得意なほのかは興味どころか相槌さえ打つ事が出来ず、黙って熱く語るなのはとそれを聞きながら時折質問するユーノを見つめる事しか出来なかった。

(まったく何を話しているのか分かりませんね。しかし……)

 そう思って視線をほのかはユーノへ向ける。今もなのはが会話を楽しいと感じるように、関係あるようでない話題を振っていた。

「……で、太陽暦を使ってたから、二千年問題が起きたんだよ。ま、結局そこまで問題にはならなかったけど」

「へぇ……でもマヤ文明って凄いね。四千年だっけ? そんな長い間使える精密な暦を作れたんだから」

 自分の得意な考古学に絡めて、話題を振る。内容は、そういう事を知らない人間でもそれなりに興味を持てるよう、軽いものではある。しかし、そこから踏み込んでくるのなら、きっとユーノは詳しく話せるのだろう。
 しかも、ユーノはどうもなのはの反応を見ながら話題を考えているようで、なのはの反応が良いものは少し詳しく話し、あまり良くないものはすぐに話題を変えるなどの気遣いをしていた。

 それは、ユーノが幼い頃から幾多の国や地域に行った経験から得た技能。場所によって興味を抱かれる話題が違うし、人によっても違う。そんな異なる民族や国といったものを相手にしてきたため、自然とコミュニケーション能力が磨かれたのだ。
 それをほのかは知らないが、なのはを飽きさせる事無く会話をしようとする姿勢に気付き、内心感心していた。意外と下心などではなく、素直になのはと友人になりたかっただけかもしれない。そんな風に思い、ほのかははっとなって首を小さく左右に振った。

(まだです! まだ本性を現していないだけでしょう!)

 自分に言い聞かせるようにほのかは思い、もう一度視線をユーノへと戻す。だが、その視線には最初程の険しさはなくなっていた……



 リニスは緊張していた。先程ザフィーラから話があると呼び出されたからだ。その内容が、先日の言葉に端を発するものだと分からぬほどリニスは鈍感ではない。故に、これだけ緊張していたのだから。
 今リニスは、ザフィーラが朝の鍛錬で使う臨海公園に来ていた。待ち合わせの場所だったからだが、しかしリニスにとってこの場所は思い出の場所。そう、リニスがザフィーラと初めて二人で訪れた場所でもあるのだ。

(あの時は、まだザフィーラの事をこんな風に思っていなかったですね……)

 訪れた理由も大した事は無かったのだ。そう、それはここで販売している焼きたてメロンパンを買うために来たのだ。何故ザフィーラと一緒だったかと言えば、彼が家族から人数分買ってきて欲しい頼まれたから。
 リニスは、散歩の途中で男一人でそれを買うのは何か恥ずかしいと困っていたザフィーラを見かねて、手助けをした。その際、ザフィーラがリニスへ言った感謝とその表情を思い出し、リニスは小さく微笑む。

―――すまんな。どうもこういう買い物は苦手だ。それと、これは礼だ。良ければ食べてくれ。

 照れを隠しながら苦笑して、ザフィーラはそう告げてメロンパンをリニスへ渡した。その時のどこか少年のような印象を与える笑み。それがリニスに強くザフィーラの事を刻み付けたのだ。

「……思えば、あの時からこの恋は始まっていたのかもしれませんね……」

 誰に告げるのでもなく、リニスはそう呟いた。そこへ近付く足音が聞こえ、リニスが振り向いた。そこには、真剣な表情のザフィーラが立っていた。その面持ちにリニスは言葉がない。
 いつになく凛々しい顔をしているだけではない。その全身から感じる空気。それが、普段とは違う事を如実に感じさせたからだ。漢の顔。そう表現するのが一番しっくりくるだろう顔。それをリニスは呼吸するのも忘れて魅入った。

「……遅くなった」

「っ?! い、いえ、そんな事はないですよ」

 少しうろたえるリニス。それにザフィーラは何も言わず、静かにリニスを見つめた。その眼差しを受け、リニスは顔が熱を持ち始めるのを感じていた。きっと誰が見ても真っ赤になっているだろうと思いながらも、リニスはザフィーラから視線を逸らす事が出来なかった。
 嬉しかったのだ。ザフィーラが自分をしっかりと見つめている事が。今は、今だけは自分だけをザフィーラが見てくれている。そう思う事が出来たから。だから、その幸せを手放す事など出来ようはずがないのだ。

「……リニス、俺はまずお前に謝らねばならない」

「っ!?」

「俺は、お前の気持ちに気付いてやれなかった。そして、走り去るお前に何も声を掛ける事が出来なかった。すまない」

 そう言ってザフィーラは頭を深々と下げる。それにリニスは首をゆっくりと横に振った。ザフィーラは悪くない。悪いのは、あそこで逃げ出してしまった自分だ。そう思っているのだから。リニスはそう思って、頭を上げて欲しいと言った。
 それにザフィーラは静かに頭を上げた。そして、一度呼吸を整え、リニスを見つめて告げた。

―――今の俺では、お前の想いに応える事が出来ん。

 その瞬間、リニスは心臓が止まったかと思った。明確な拒絶。曖昧ではない言葉。そう考え、リニスは目の前が真っ暗になりそうな感覚を覚えた。だが、ザフィーラはそんなリニスを見ても、言葉を止めない。

「今、俺は所詮無職と同じだ。定職がない。そんな男に、女性を幸せにする事など出来ん。だから……」

「……だから?」

 そこでリニスは気付いた。ザフィーラは自分を拒絶したのではなく、今の現状を考えて応えたのだと。養う事が出来ない男が女性を、ひいては家庭を持つ事など出来る訳がない。そうザフィーラは語ったのだ。
 そして、立ち直ったようなリニスへこう言い切った。自分以外の男を捜して欲しい。だが、もしも許されるのならと。

―――いつか俺が一人前の男になった時、もし、まだお前が俺に想いを寄せてくれるのなら、その時にもう一度返事をさせてはくれないか。

 その言葉にリニスは涙を浮かべて頷く事しか出来なかった。声は出ない。いや、出せないの間違いだろう。リニスは、ただただザフィーラに頷きを返すしか出来ない。涙は、もう流れていた。嬉しくて嬉しくて堪える事が出来なかった。
 ザフィーラが自分の想いを考え、出した答え。安易に付き合って見極めて欲しいとも言わない。でも、待っていてくれとも言わない。リニスに対し、今の自分では、まず自分が納得出来ない。そんな自分ではリニスを不幸にする。そう思ったからこそ、ザフィーラはリニスへ言ったのだ。いつか自分が自分に納得出来るようになった際、もう一度機会をくれないかと。

(もう……自分勝手なんですね、男の人って!)

 そう思いながらも、リニスは笑顔。それをザフィーラは決して忘れないと心から思った。涙を夕日に輝かせて笑うその表情。きっとそれは、その時世界で一番綺麗な笑顔だっただろうから……



 ロウラン家 グリフィスの部屋。そこでグリフィスは机に向かって勉強をしていた。彼は、ユーノと違い公立の学校に通っているため、そこまで要求されているものは高くない。だが、将来はレティのように法曹界で活躍したいと考えているため、彼はこうして暇さえあれば勉強を欠かさないのだ。
 しかし、今日はそんなグリフィスの邪魔をする存在がいた。それは、大きな目が可愛らしい幼馴染の少女。同じ学校に通い、クラスも同じ。そして、席も家も隣のシャリオ・フィニーノだ。

「ね~グリフィス」

「……どうしたのさ、シャーリー」

 ややゆっくりめの話し方に、グリフィスは少しイラつくように尋ねた。それでも、その手は文字を書き続けている。グリフィスのイラつきに気付いていないのか、それとも知っていて敢えて無視しているのか。シャーリーは、小さく首を傾げて言った。

「ユーノってお兄ちゃんは、どんな人?」

「……博学だよ。僕は言うまでもないけど、母さんさえ雑学じゃ勝てないかもって言ってたぐらい」

「は~……凄いね」

 シャーリーはそう言ってグリフィスの隣へ歩いていく。それに気付いて、グリフィスはため息混じりで振り向いた。

「何だい?」

「……グリフィスは、大きくなったら弁護士になるんだよね?」

 シャーリーの言葉にグリフィスは何を今更と思いながらも頷いた。そう、彼は将来弁護士になり、母と二人で法廷を舞台に真実を暴き出す事を夢見ているのだ。そんな事を考えるグリフィスへ、シャーリーはどこかからかうように笑みを見せて告げた。

―――じゃ、私は秘書してあげる。グリフィスのお手伝いをして、お仕事楽になるようにね。あ、何ならお嫁さんにもなるよ?

 それにグリフィスは何故か恥ずかしくなって顔を背けた。シャーリーの事が嫌いという訳ではない。むしろ好意を持っているぐらいだ。しかし、グリフィスはそれを素直に表現出来るほど、悪い意味で子供ではなかった。
 ませてしまったのか、もしくはどこかで自分を他よりも大人と考えているのか。ともあれ、グリフィスはシャーリーの言葉に何も返す事が出来ないまま、再び机に向かう。

 それを見つめ、シャーリーは小さく拗ねた。それは、先程までとは違い、どこか年相応の表情。

―――何よ。少しは喜んでくれてもいいじゃない。

 こんな二人は、この後高校まで同じような関係が続く。そして、大学生になった頃、グリフィスとシャーリーが出会う一人の女性。その存在が二人の関係に大きな変化を与えるのだが、それはまた、別の話……



 一日の終わりが近付き、クライドは肩を解すように動かした。ここ、海鳴署の署長になってもうどれだけになるだろうか。いくらキャリア組だったとはいえ、異例とも言える出世だった。警部補、警部、警視、そして警視正になって三年で、ここの署長に名乗りを上げて、以来ずっとこの海鳴の町を守ってきた。

 警視長や警視監にも出世しようと思えば出来た。だが、彼はそれを敢えてしなかった。それは、この町が好きだったのだ。異動の命令も出来る限り断って、最終的にはこの一地方の所轄と呼ばれる場所の署長で一生を終える。
 それを同期の者達は笑う者達ばかり。だが、クライドはそれに怒りも悔しさも感じる事無くこう答えたのだ。

―――警察官になったのは、何のためか。それを俺は無くしたくないからな。

 偉くなるのでも、権力を手に入れるでも、ましてや警察を自分が変えるなどと考えた事はない。クライドは、ただ愛する人達を守りたかった。困っている者を助け、見守る。そんな交番のおまわりさん。それこそが、クライドの原点なのだから。

「……今日の晩飯、何だろうな」

 そんな事を呟くクライド。そこへ、控えめなノックの音が聞こえ、二人の男性が姿を見せた。副署長のレジアス・ゲイズと刑事部長のゼスト・グランガイツだ。彼ら二人は所謂ノンキャリアの同期。現場からここまで上り詰めた生粋の警察官だ。
 そんな二人の登場を見て、クライドは内心ため息を吐いた。

(やれやれ、また事件か……)

 そう、この二人が揃って現れると碌な事がないのだ。それは、海鳴の町に事件が起きているなどの警察が動かねばならない事だけではなく、純粋に署内に起きた事件を解決するべく動かねばならない時もあるからだ。
 ちなみに、ほぼ八割の確率で署内の事件が多い。先日も、ゼストの妻であるメガーヌが結婚指輪を無くし、署内全体を隈なく探すはめになったのだ。その件の指輪は、メガーヌが単に付け忘れて家に置きっぱなしにしていただけだった。

「クライド、今日と言う今日は聞いてもらうぞ!」

「クライド、気軽に聞いてやってくれ。娘に気になる男が出来ただけで、憂さ晴らしにネズミ捕りを始めるような奴だ」

「まぁ、聞くだけは聞きます。それで?」

 ゼストの言葉にレジアスが小さく呻くのを聞きながら、クライドは苦笑しながらそう尋ねた。それにレジアスが少しだけ感謝し、頭を下げる。ゼストはどこか疲れたような表情をし、クライドはそんな反応に苦笑を深めるものの、視線をレジアスへ向けた。
 レジアスが話し出したのは、最近の犯罪の傾向だった。銃を使った凶悪犯罪が増えてきている。もっと銃に対する取締り強化を上層部に具申するべきだ。そうレジアスは語った。それにはクライドも賛成だったが、上層部に具申しても何か変化を与える事は出来ないとも思っていた。

 ゼストも同じ気持ちなのだろうが、レジアスと違って上層部に見切りをつけているため、どうやらそこまで熱を持っていないようだ。なので、クライドとしてはこう言うしかない。

「海鳴署は海鳴署で独自に動きます。上が動くのを待っていたら、いつになるか分からないですからね」

 それにゼストも頷いてレジアスを見た。その視線はそれでいいだろうと告げていた。本来ならば刑事部長が副署長にそんな目をすれば怒鳴り声の一つや二つ浴びせられるのだろうが、そこは同期。クライドのように飾る必要がない場所では、そんな気遣いは不要とばかりに砕けるのだ。
 ちゃんと公の場では礼儀を弁えて行動するので、クライドも文句を言った事はない。それに、二人はクライドの方が役職と階級こそ上になってしまったが、かつての先輩達なのだ。故にその関係も昔から知っている。

「……仕方ない。しかし、上層部への……」

「分かってます。ちゃんと具申はしておきますよ」

「すまんなクライド。もう上がるのだろう?」

「まぁ。そういうゼストさん達は?」

「私はもう帰る。妻と娘がたまには外食したいと言っていてな」

「俺はもう少し残っていく。ヴァイスの奴がまたやらかしてな。ティーダのように優等生とはいかん」

 ゼストの言葉にクライドとレジアスが苦笑い。ヴァイスとティーダ。それは今年配属された新人刑事。ティーダはキャリア。ヴァイスはノンキャリア。しかし、どうも妹がいる事で意気投合したのか、良く二人で行動しているのだ。
 そして、キャリアらしくティーダは問題を起こさないのだが、ヴァイスはやや粗暴のため問題を起こすのだ。具体的に言えば、引ったくり犯を捕まえるのに石を使い、思いっきり投げて犯人の後頭部を怪我させたり、痴漢した男の取調べでは、勝手に出前を取って刑事ドラマの真似をしたりと、笑えるものから笑えないものまで多くの話を生み出しているのだ。

「……ご苦労様です」

「何、それだけ熱意があると思えば微笑ましいものだ」

「ティーダは、現実を知らんキャリアらしく、警察をもっと現場主導の組織にしたいと言い出したぞ」

「……正しい事をしたければ偉くなれ、ですか」

 クライドが懐かしむように告げた言葉に、二人も同じような表情を浮かべて視線を遠くへ向けた。

「ふっ、きっとまたラルゴさん辺りが言っているだろうさ」

「ミゼットさんかもしれんな」

「……私はレオーネさんに言われました」

 三人の脳裏に思い浮かぶのは、この署の近くにある公園でゲートボールに勤しむ老人会の中心メンバーの顔。ラルゴ、ミゼット、レオーネの三人はかつて本庁で名を馳せた有名人。と言っても、捜査一課で多くの事件を解決した事で有名なだけ。
 最後が海鳴署だった事からも分かるように、出世はそこまで出来なかったのだ。三人はノンキャリア。どれだけ手柄を挙げても、三人は精々所轄署の署長辺りがいいところだったのだ。故に、必ず彼らは口を揃えて言うのだ。正しい事をしたければ偉くなれと。

 そんな若かりし頃を思い出し、三人は誰ともなく笑い出す。年は取りたくないなとレジアスが言えば、まったくだとゼストが返し、そのやり取りが老いの始まりですよとクライドが締め括る。
 そんな風に過ぎる時間。だが、そこへ事件発生を告げるアナウンスが入る。それを聞いて、三人は即座に表情を刑事のそれへと変えた。

「どうやら外食はお預けのようだぞ、レジアス」

「ったく、オーリス達に何と言われるやら……」

「私だ。すまないリンディ。今日はどうやら遅くなりそうだ」

 部屋を出て行く二人を追い、クライドは携帯電話を片手に歩き出す。そして、帰宅が遅くなる事にどこか寂しそうな声を返すリンディへ、クライドは心から想いを込めて告げた。

―――出来るだけ早く帰る。夕食、楽しみにしてるよ。



 盛桜孤児院 中庭。そこで一人の少年が横たわっていた。その頭を女性の膝に乗せてぴくりともしないので、どうも気を失っているようだ。少年を心配するように顔を覗きこんでいる女性と、そこから少し離れた場所で農作業用の機具をどこか呆れるように見つめる女性がいる。
 少年の名はヴェロッサ・アコース。彼を心配しているのはシャッハ・ヌエラ。農作業機具を見つめて呆れているのは、ドゥーエ・不破。この孤児院の纏め役の二人と問題児という良く見られる組み合わせだ。

 ちなみに、ドゥーエの苗字は元々のものではない。彼女は実はこの院を出ている人間。だが、引き取り相手が外国に行く事になり、こうして院に戻って家族とも言える者達の世話をしているのだ。故に、その時の引き取り手の苗字を名乗っている。ドゥーエを引き取った相手は、今は香港で働いていて、年に二回程顔を見せに来る。
 黒髪の凛々しさを感じさせる女性で、凄い剣術の腕前の持ち主。ドゥーエが自慢する”美沙斗さん”は、院の数少ない後援者でもあるのだ。

「……まったく、先生にも困ったものね」

「ええ。でも、必ずと言っていいほどロッサが被害に遭うのは、不幸中の幸いと言えばいいのでしょうか?」

 シャッハの言葉にドゥーエは苦笑して頷いた。確かにジェイルの作る発明品の被害者は、大抵ロッサ。そして、対照的に成功品の恩恵に一番与るのは、カリム。それを思い出し、ドゥーエは余計笑みを深くする。
 二人も元々この孤児院の出身。だが、教会での奉仕活動を手伝っている内にシスターとしての資質があったのか、シャッハはこうしてシスターになったのだ。ドゥーエもそうなのだが、彼女は一度院を出た関係で完全なシスターではなく、あくまで振りをしているだけ。

「さて、じゃ私はこれ片付けてくるわね」

「頼みます。私はロッサの傍にいますので」

「ふふっ、スケベな事されないようにね」

 ドゥーエの言葉にシャッハが少し怒りを見せる。ロッサにシャッハは一切そんな事をされていない。それどころか誰もが一度は口説かれているにも関らず、シャッハは一度たりとそんな風に言われた事は無かった。
 それをシャッハが少し気にしていると知っているからこそ、ドゥーエはそうからかうように告げたのだ。自分はロッサにとって女性らしくないと思われているのでは。魅力がないのだろうか。そんな風に考えていると相談を受けた事があるのだから。

 どこか微笑みさえ浮かべながらドゥーエは機械を引き摺ってシャッハの前から去って行く。それを見送り、シャッハはため息一つ。ロッサはシャッハがカリムと二人で面倒を見ている少年。ロッサが三つの頃からシャッハは彼の世話をしていた。
 カリムを義姉と呼ぶロッサだったが、シャッハの事は一度もそんな風に言った事は無かった。いつもシャッハと呼び捨てにしてくるのだから。それをシャッハは嫌だと思った事はない。だが、カリムと同じぐらい面倒を見ているにも関らず、何故自分は姉貴分として考えてはくれないのだろうか。

(私は……ロッサに慕われていないのでしょうか……?)

 シャッハはそう思い、優しくロッサの額を撫でる。少しずつだが男らしくなりつつある体。声も最近変わったと、この前顔を出したウーノが言っていたので、そうなのだろう。自分ももう既に大人の女に近い体つきになった。
 胸は大きくはないが、それなりにある方だと思う。ドゥーエには勝てる気はしないが、まだクアットロ辺りには負けないつもりだ。出来ればもう少し欲しいと思っているが、下手に大きくなり過ぎて下着を買い換える事になっても困る。

(実際、トーレはそうでしたからね)

 モデル体型をしているトーレ。彼女は今雑誌の読者モデルとして働いている。キッカケはクアットロが面白半分で応募したため。律儀なトーレは、書類審査を通過してしまった後、棄権する事もせず会場へ行き見事合格してしまったのだ。
 それに一番驚いたのは他でもない彼女自身。今も女らしくないのにと言いながらも、徐々に人気を得ているらしく、中々院に帰ってこれなくなっている。おかげでチンクがトーレの抜けた穴を埋めるべく奮戦しているのだが、体が小さいためにウェンディやセインと言ったトラブルメーカーに困らされているのだ。

 そんな事を思い出して、シャッハはふと呟いた。

―――私は……女らしくないのでしょうね。

―――そんな事はないと思うけどな。

 その呟きに答える声があった。それに気付き、シャッハは視線をその相手へ向けた。

「ロッサ、いつ起きたのですか?」

「ついさっき。ドゥーエさんが去って行く辺りかな」

「どこがついさっきですか!」

 呆れたと思いながらも、シャッハはそう言った。しかし、そんなシャッハにロッサは小さく尋ねた。何故少し哀しそうな表情をしていたのか、と。それにシャッハは反論出来なかった。咄嗟に誤魔化そうとも思った。だが、神に仕える身として嘘は吐けない。
 よって、選んだ方法は黙秘。だが、ロッサはそれを見て何かに気付いたような表情をして、納得したように頷いた。それが妙に感に障り、シャッハは視線をやや鋭くしてロッサを見つめた。

「安心して。シャッハの膝枕は中々いいものだったよ」

「そんな事で悩んでいるのではありませんっ!」

 その瞬間、ロッサはシャッハから逃げるように走り出す。それを追い駆けるように立ち上がるシャッハ。こうして始まる二人の日常。それを通りかかったカリムが見て微笑むように呟いた。

「……相変わらず仲が良いのね、ロッサとシャッハ」

 羨ましいとさえ思って、カリムは歩く。それに気付かず二人は中庭を走り回る。器用に菜園や花壇などは避けながら。軟派なロッサと型真面目なシャッハ。こんな二人が後にカカア天下の夫婦になるとは、誰も…………が予想していたりする。

「待ちなさ~~~いっ!」

「シャッハがお説教しないって言うなら考えるよ!!」

 修道服で走り続けるシャッハ。それをいつものように凄いと感じながら、逃げるロッサ。こんな感じで、今日も盛桜孤児院は平和です……



 日も暮れ、ユーノはなのはとほのかに別れを告げ帰路についた。それを見送り、なのはは上機嫌。初めて機械の話をしても飽きる事無く、しかも興味を持ち続けてくれる相手を得た事は、なのはにとっては何にも勝る喜びだったのだから。
 一方、ほのかはそんななのはを見て複雑な表情。ユーノは最後までなのはの事を気遣った話題選びを続け、何もおかしな素振りも見せずに帰っていった。そう、どこにも非の打ち所が無かったのだ。

「なのは……」

「ん?」

「ユーノ・スクライアとの会話は、楽しかったですか?」

「うん! また来て欲しいって言ったら、すごい喜んで頷いてくれたしね」

 そう、ユーノと結局ゲームをやっていない事に気付き、なのははユーノを誘ったのだ。良ければまた来て欲しいと。その時はゲームをしよう。そう告げて。それにユーノが即座に頷いたのは知っての通りだ。
 ほのかもそれを見ていた。故に確認したかったのだ。なのはがどういう風に思い、ユーノへそう言ったのかを。そして、なのはの反応から、ほのかは気付く。なのはは単に趣味の会話が出来る相手を得た事に喜んでいるだけだと。そう判断し、ほのかは安堵した。

(……でも、まだ油断は出来ません。彼が羊の皮を被った狼ではないと証明された訳ではないのですから……)

(ユーノ君、機械に詳しくないって言ってたけど、十分だよ。今度、パソコンの組み方でも教えてあげようかな?)

 奇しくも二人して思いを馳せるは同じ相手。まあ、そのベクトルが違ってはいるのだが。何はともあれ、こうしてなのはとユーノの初めてのゲーム体験は、その本来の目的を果たさないまま終わりを迎えた。なのは、ユーノ、ほのかの三人が作り出す三角形。その始まりは、こんな一日だった……




--------------------------------------------------------------------------------

レイジングハートの出番が地味に考え付かない……

なので、次回はレイジングハートが登場……予定。

ザフィーラについては……もう個別ルートでもやるしかない気がしてきました。



[25319] 【ネタ】普通少女ほのぼのなのは 8
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2011/01/30 09:41
「すごい……処理時間が三分の一ぐらいにまで短縮出来てる……」

”私にかかればこんなものです”

「……何故、先程もそうやって話さないのですか」

 なのはの言葉に、淡々と答えるレイジングハート。それを聞き、ほのかがややしかめっ面をして呟いた。それになのはは苦笑し、パソコンのスペックを著しく向上させたレイジングハートに感謝した。
 そう、なのははレイジングハートが次世代型のコンピュータを動かすものだと思い出し、試しにと自分の使っている物に接続してみたのだ。とはいえ、接続というよりは設置といった方が正しいかもしれないが。

 何せ、レイジングハートはパソコンの電源の上に乗っているだけなのだ。レイジングハート曰く、どうやって影響を与えているのかは企業秘密らしく、なのははとしてはその企業秘密の部分に笑ってしまった。
 ほのかはケチケチせずに話せと言ったのだが、レイジングハートはそれに黙秘権を行使。故の先程の呟きだったのだ。そんな風に話しながら過ごしていると、ドアの外からなのはとほのかを呼ぶ声が聞こえる。それは姉の美由希。風呂が空いたから入るようにと告げ、美由希の声が消える。どうも自室へ戻ったようだ。

 なのはとほのかは、その言葉にタンスからパジャマを取り出し、部屋を出ようとする。

「……じゃ、行こうか」

「そうですね。戻ってきたら、一度分解して差し上げます」

”謹んでお断りします”

「貴女に拒否権はありません」

「お、置いてくよ~……」

 レイジングハートと喧嘩を始めそうなほのかに、なのははやや困ったように声を掛ける。それにほのかは小さく舌打ちし、レイジングハートへ命拾いしましたねと告げている。それのなのはは苦笑しつつ、歩き出す。
 何だかんだでほのかもレイジングハートを人扱いしているからだ。さすがに学校には持っていけないが、それでもなのはと同じぐらいほのかもレイジングハートと会話をしている。帰ってくるとまず挨拶をする相手なのもその一因だろうとなのはは思っている。

 そんな事を考えながら、なのはは風呂場へと向かう。その後をやや急ぎ目にほのかが追いかけてきて、二人はそのまま会話を始める。話題はレイジングハートではなく、ユーノ。今日の約束をいつ果たすかとほのかが尋ねたのだ。
 それに不思議がるなのはだったが、ほのかはそれに気付きこう告げた。レイジングハートの事をどうするのか。それを考えて対処しなければならないと。

「……一応、あれは忍さんやプレシアさんから預かったものです。無闇やたらに話していいものではないでしょうし、また知られていいものではないです」

「そうか。今日はレイジングハートが黙っててくれたし、ユーノ君が気付かなかったけど、今度はそういかないかもしれないね」

 なのはが納得したように返事を返すと、ほのかも頷いてみせる。そして、二人は脱衣所に着き、服を脱ぎながら話を続けた。取るべき手段としては二つ。プレシア達に尋ねて、結果次第でユーノに教える。もしくは、このままただ黙って隠し続けるかだ。
 それになのははやや悩んだ。ユーノに隠し事をする事ではない。レイジングハート自身がどう考えるかを聞かなくてもいいのかと思ったのだ。確かにレイジングハートは機械なのだろう。しかし、なのは達にとってはもう一人の友人である。だから、その本人の意思を聞かずして自分達だけで判断するのは何か違う気がしていたのだ。

「……なのは、とにかくお風呂に入りましょう。いつまでも裸で立っていると風邪を引きます」

「……っ?! そ、そうだね」

 そんな風に考え込んだなのはに、ほのかはやや呆れるように声を掛け浴室へと歩き出す。それになのはも意識を戻し、やや慌てるように浴室へ。湯気立ち込める浴室内。ほのかはまず簡単にかけ湯をし、体を洗い始める。
 なのはもかけ湯をし、ほのかの隣で体を洗い始める。ちなみに二人共真っ先に洗い出すのは、手首から。そこから上に行き、首を終えると胸から下へ移る。背中は互いに洗い合うなので、一番最後。

「でも、ほのかがユーノ君の事をそこまで考えるとは思わなかったよ」

「なっ!」

「やっぱり気が付く所が違うね。私、全然意識しなかったよ。レイジングハートの事、確かに気付かないと駄目だったね」

「……そういう意味ですか」

 なのはの言葉に一瞬驚くほのかだったが、その後に告げた内容にやや呆れたような、それでいて納得したような声を出した。それに不思議そうな表情を浮かべるなのはだったが、ほのかはそれに何も言わず体を洗い終わろうと手を動かす。
 なのはもそれに反応するように止まっていた手を動かし、残っている部分を洗っていく。そして、ほぼ同時に背中以外を洗い終え、なのはがほのかの背中を洗い出す。

 その間話すのは、明日の事。明日は休日なので、どうしようかと思っていたのだ。なのははレイジングハートを連れて外出しようかと考えていた。ほのかは出来れば家でのんびりと読書をしたいと告げた。
 そして、ほのかの背中を洗い終えたので、今度は逆になってなのはが背中を洗われる側になった。そうなった時、ほのかはなのはの考えを聞いて、こう言った。それが、なのはを迷わせる事になる。

―――下手に外に連れ出して、レイジングハートの事を知られでもしたらどうするのです?

 その言葉になのはは考え込んだ。それは、ほのかに背中を洗われている間、ずっとうんうん唸るぐらいに。無論、その間中ほのかは丁寧に背中を洗い、自分の仕事をきちんとこなしていた。

(う~ん……じゃあ、外出は止めて……レイジングハートとお話でもしてようかな? あ、レイジングハートの意見を聞いて、それから忍さんかプレシアさんに許可をもらいに行くのもありかな? そうしたら、月曜日にユーノ君に教えてあげる事が出来るかもしれないもんね)

(……先程は驚きました。まさか、なのはが私がユーノ・スクライアの事を意識していると捉えたのかと……。まったく、人騒がせですね)

 二人は互いに同じ相手の事を思い出しながら、湯船へと動き出す。やや熱めの温度に、二人はそれぞれに揺るんだ表情をして寛ぐ。そして、そこでも他愛の無い話をして、時間を過ごす。のぼせない程度に浸かり、二人は同時に湯から上がって脱衣所へ。
 体を拭きながら、なのはは鏡を見てある事を考えた。それは、髪を下ろした方がいいだろうかというもの。二人は後ろから見るとほぼ同じに見える。そのため、その区別として髪形を変える事を昔から考えていたのだ。

 そして、一番簡単なのは二つに結んでいる髪を下ろす事。だが、問題が一つある。それは、ほのかがなのはへ無言の圧力をかける事。自分と同じ事がほのかの願い。故に勝手に髪形を変えれば、ほのかが文句は言わずとも軽く不機嫌になるのは間違いないのだ。
 何せ、以前この話をした際、ほのかも髪形を変える事の有効性は認めたものの、フェイト達三つ子とはやて達を例に出してこう言い切った。

―――彼女達を見分ける際、私達は髪形で見分けてなどいません。つまり、髪形を変えなければ分からない相手は、私達の事を理解出来ていないのです。そんな相手のためにこちらが気を遣う必要はありません。

 それが、髪形だけとはいえ、自分と違う事になるのが嫌だというほのかの気持ちからくる物だと、なのはは理解していた。だから、なのはは未だにほのかと揃いの髪形をしている。しかし、やはりいつか何か良い方法を思い付かないといけないとも思うのだ。
 それは、今日の下校中のユーノとの会話。ほのかと別れてすぐに、ユーノとほのかについて話した際の事だ。ユーノは、なのはにこう言ったのだ。

―――双子だけあって、色々そっくり過ぎて、なのは達と付き合いの少ない人間は間違えそうだね。

 それがもしかしたらいつか問題を起こす可能性もある。そうユーノはやや考えて告げた。なのはがそれに具体例を求めたが、ユーノはそれに少し申し訳なさそうに謝って、こう言った。世の中、何がキッカケで何が起きるか分からないのだと。
 つまり、些細な事でも何か問題になりそうな事は無くしておくに越した事はない。その言葉になのはも納得し、こうして現状で思いつく解決方法について、再び考えているのだから。

 なのはは考えながらも、パジャマに着替える。ほのかといつまでも一緒にいられる訳ではない。もし、ほのかと別れる日が来た時、自分はどうするのだろう。そんな遥か遠く、そして必ずや来るだろう時の事をふと考えてなのはは小さく呟く。

「……きっと、泣くんだろうな」

 そんななのはの呟きを知らず、ほのかは着替えを終えて入浴前の服を洗濯籠に入れ、視線を動かして歩き出した。

「なのは、行きましょう」

「うん。そうだね」

 ほのかと同じように、服を洗濯籠に入れてその後を追うようになのはも歩く。いつか離れて歩く事になるだろう背中。そう思ってそれを見て、どうしてか胸が苦しくなるような感覚を感じながら……



 テスタロッサ家 三つ子の部屋。そこに敷かれた三組の布団。中央のフェイトは、両隣の姉と妹の寝相にやや苦笑していた。この中ではライカが一番寝つきがよく、次にアリシア。フェイトは一番寝るのが遅いのだが、それはこれが理由でもある。

「アリシアもライカも……布団、蹴飛ばし過ぎだよ」

 寝付いてまだ数分だと言うのに、ライカは掛け布団を豪快にフェイトの方へ蹴り飛ばし、アリシアはやや乱れている程度。しかし、アリシアの場合はその本人が動いているので、ライカと大差ない。
 今も、枕を横にし、フェイトの真横に頭があったりするのだから。それにフェイトは申し訳なく思いながらもアリシアの体を軽く揺すり、起こす。

「アリシア……さすがにそれはどうかと思うよ。体の向き直して」

「……大丈夫。どうにかなるって。ドンウォーリー……ビーハッピー」

 寝惚けて答えるアリシア。その答えが最近良く見ている動画サイトの物と理解し、フェイトは布団に突っ伏した。ちなみに、その動画を最初に見つけて気に入ったのはライカだ。ライカ経由でアリシアもそれを見て気に入ったのだ。
 何でも、元気になるからとの事だったが、フェイトにはそれがどうしても分からなかった。フェイトからすれば、二人の方が見ていて元気を貰えるのだから。

 ともあれ、アリシアはそう答えると再び眠りの中へ落ちていく。それにフェイトはもう無理だと判断し、自分ももう寝てしまおうと考えた。早朝ランニングのためにも、寝るのは早い方がいい。なので、フェイトは改めて横になって寝る事にした。
 ちゃんとライカの布団を掛け直してやるのを忘れずに。そして、目を閉じて眠ろうとするフェイト。だが、ふとある事を思い出して目を開ける。

(そういえば、今夜のリニスは凄く嬉しそうだったけど……何かあったのかな?)

 姉のようなリニスの輝くような笑顔を思い出し、フェイトは軽く首を傾げた。しかし、原因に心当たりがある訳ではなく、すぐにまあいいかと呟いて目を閉じた。そして、フェイトもそれから少しして眠りに落ちる。
 それと入れ替わるように、ライカがぼんやりと目を開けた。そして、静かに起き上がり、何かぶつぶつと呟いて部屋を出ようと立ち上がった。出来る限り音を立てないように歩き、ドアを開ける。

「……う~、水飲みたい」

 変な夢を見たせいで喉が渇いたのだ。それは、砂漠で何故か我慢大会をするというもの。しかも参加者が自分とアリシアだけ。審判のはやてとふうかは、涼しい場所から冷たい飲み物を飲みながら自分達を見つめていて、やたらと腹が立ったのをライカは今でもはっきりと思い出せる。
 先程の呟きは、それに対する愚痴だったのだろう。そのままリビングからキッチンへ向かう。まだプレシア達は起きていて、眠そうにライカが現れた事に気付き、三人して視線をそちらへ向けた。

「あら、ライカどうしたの?」

「眠れないのですか?」

「それともお腹空いたのかい?」

 三人してライカへ問いかける。一人ややどうかと思う疑問だったが、ライカならばそれも十分有り得るのか二人はそれに対し何も言わなかった。

「……ぷはぁ~……生き返った。えっと、イヤな夢見たって感じだよ」

 コップを取り出し、水を汲んで一気に飲み干す。そして、口元をパジャマの袖で拭いながらライカはそう答えた。その嫌な夢という言葉に三人が頷いて返す。ライカは部屋に戻ろうとするが、ふと何かに気付き視線を三人の方へ向けた。
 三人が座っているソファの中央には小さなテーブルが置かれているのだが、その上に載っている物があった。それは、アルバム。それにライカは気付き、てくてくとプレシアの隣に座ってその体にじゃれつくように密着し、アルバムへ視線を向けた。

「ね、これってアルバムだよね」

「そうよ。少し整理をしていたの」

 ライカの頭を優しく撫でながらプレシアは笑みを浮かべて答えた。その視線は、アルバムの写真へと注がれている。そこには、まだ四歳ぐらいの三人とプレシア達が写っている。それは、海鳴に来る前の写真。ライカ達の誕生日に撮った物だ。
 それを見てライカは懐かしいと言って笑みを見せる。リニスはそんなライカに笑みを浮かべ、アルフはその頃を思い出しているのか、やや苦笑している。その頃三人には友達がいなかった。いや、正確には作れなかったのだ。プレシアとリニスが仕事をしている間、三人をアルフが相手していたのだが、外で遊ばせるにはライカとアリシアの行動力は問題があった。

 何しろ、家の中でさえアルフの見ていないどこかへ行こうとするぐらいなのだ。もし、これが一人だったのならアルフも外へ連れて行く事が出来ただろう。しかし、三人もの子供を同時に見る事は不可能である。しかも、内二人は行動的。
 よって、アルフは内心申し訳なく思いながらも、三人を家に閉じ込めるように遊ばせるしかなかったのだから。だからこそ、海鳴に来て同年齢の友人を三人が作った時、誰よりも喜んだのはアルフだった。

(人見知りを心配したけど、フェイトの分はアリシアとライカが支えてくれたみたいだしねぇ……)

 どこか引っ込み思案な部分があったフェイト。それを上手くアリシアとライカが引っ張り、今のような関係を築いている。少し暴走気味のライカと天然のアリシア。それをフェイトが抑えたり、相手しながら周囲と溶け込んでいったのだ。
 それに、一番最初に接点を得たのがすずかのような大人しい性格だったのも大きい。しかも奔放な姉を持つすずかは、フェイトの状況がどこか自分と似ている気がして、親近感を持ってくれたのだから。

「にしても、眠くないのかい? ライカ」

「そうだなぁ……言われたら何となく眠くなったかも」

 そう言ってあくびをするライカを見て、三人が揃って微笑んだ。そして、プレシアがライカの髪を少し梳いて告げた。

「じゃあ、久しぶりに一緒に寝る?」

「いいのっ!?」

「ふふっ……ええ、いいわよ」

「やった~!」

 何だかんだでライカはまだまだ甘えん坊。末っ子だからなのだろうか、プレシアもどこか甘さが他の二人に比べると強い。アルフはそれを見て、隣のリニスへ視線を向けた。するとリニスと視線が合う。どうやら同じ事を思ったらしい。
 それは、明日の朝アリシアとフェイトがライカがいない事に気付き、この事を察するだろうという予想。そして、明日の夜はアリシアかフェイトのどちらかが同じ事を望む事まで考え、二人は揃って苦笑した。

「プレシアの予定が二日後まで埋まりましたね」

「夜限定だけどね」

 そう言い合って二人は少し楽しそうにライカとプレシアへ視線を向けた。そこには、プレシアに抱きついて少し困らせているライカの姿があった……



「……やっぱりええな」

「ああ。つい見入ってしまうな」

 はやての呟きにふうかも同意して頷いた。見れば、他の家族達も一様に満足感を感じていた。今、八神家の面々は揃って金曜ロードショーを見ていたのだ。今日の映画は、思い出した様に放映される国民的なアニメ。今回は、空に浮かぶ城が題材のものだ。

「あ~、あたしも欲しいな飛行石」

「リインも欲しいです!」

「手に入れてどうするの?」

 シャマルの問いかけに、二人は視線を交錯させ、頷いた。そして、何を思ったのかその手を重ねて前に突き出して一言。

「「バルス!」」

「いきなり物語を終わらせる気か」

 それを見て呆れるようにナハトが突っ込んだ。そんなやり取りにシャマルは苦笑し、シグナムとザフィーラは微笑んでいた。

「いやいや、そこは目が~……って言ったらんと」

「その指摘はどうかと思うぞ、はやて」

「……こいつがあの二人をああした気がするぞ」

 はやての指摘にシグナムが冷静に言葉を返せば、それを聞いたふうかが疲れたように言葉を発し、それに上の四人が苦笑。下の二人はその通りと言わんばかりに頷いた。はやてはそんな家族達の反応に胸を張ってみせる。それにふうかが益々疲れを大きくして、全員が笑った。
 そして、時間も遅くなったのでリインとヴィータがまず部屋へと向かって歩き出す。二人は相部屋の二段ベッドを使っている。それに続くようにはやてとふうかも歩き出し、四人は揃って後ろへ振り向き、こう言った。

「「「「おやすみなさい(です)」」」」

「「「「ああ(ええ)、良い夢を」」」」

 妹達の声に四人はそう笑みと共に返して送り出す。そして、その背中が視界から消えるのを見て四人は揃って小さく笑う。何故か堪らなく嬉しくなってしまったのだ。こんな他愛のないやり取りが。
 出来る事ならここに養父母もいて欲しかったと思わないでもない。だが、きっと二人は自分達を見守ってくれているだろうと思い、その笑みが更に深くなるのと同時に、優しさと穏やかさを強めた。

「もうあれから三年以上経つのか……」

 そんな中告げられたシグナムの噛み締めるような言葉に、三人も同じような雰囲気を持って頷いた。養父の死から、既にそれだけの時間が経過したのを思い出し、四人は時間の流れを感じていた。当時、ザフィーラとナハトは大学生。しかし、ザフィーラは養父が仕事を休みがちになっていたので、今の仕事とは違う工事現場の仕事をしており、退学。ナハトは短大だったのだが、卒業まであと少しとなっていたため、少し心苦しく思いながら通学していた。
 一方、シャマルとシグナムは短大に入学したばかりだった。だから二人は何かバイトをして家計を支えようと考えていたのだが、ザフィーラから自分が働くから気にするなと言われ、その好意に甘えて二人も平和なキャンパスライフを送る事が出来た。

 そして、養父が亡くなった時、四人は悲しみの中で誓い合ったのだ。はやてを始めとする妹達を八神夫妻の分まで愛し、立派に育て上げようと。故にそれぞれ卒業後は進学などは考えず、就職を念頭に置いて行動した。
 だが、ナハトは家事に専念して欲しいとザフィーラ達から頼まれ母親役を。ザフィーラは高収入よりも安定を考え、工事現場から新聞配達へと変更。シャマルは伝手を使いグレアムの事務所で受付を。しかし、シグナムは中々自分に合う仕事が見つからなかった。故に非常勤の剣道教室の講師に納まったのだ。

「少しは恩返し……出来てるかしら」

「そうだと……思いたいな」

「きっと父さん達の事だ。いつもの感じで”気にしないでいい”と言っているだろう」

「ザフィーラの言う通りだ。私達は私達なりの生き方をしていれば、それが何よりの恩返しになるはずだ」

 ザフィーラとナハトの言葉に、二人も笑顔を浮かべて頷いた。孤児だった自分達を引き取り、学校にまで通わせてくれた八神夫妻。その恩義を忘れた事はない。だが、それを態度や言葉に出すと、彼らはいつも決まってこう告げたのだ。

―――気にしないでいいから。”家族”でしょ?

 目を閉じると思い出せる程、いつも同じ表情で夫妻はそう四人へ言っていたのだ。穏やかで、見る者が安らぐような笑顔で。それを四人は揃って思い出して、何かがこみ上げてくるのを感じ……

「……やだ。涙が出てきた」

「ふっ……シャマルらしいな」

「そう言うシグナムもだ。まったく……」

「よせナハト。人の事が言える立場ではないぞ、俺もお前も」

 泣き笑い。流れる涙は悲しさではなく、嬉しさからくるもの。良き出会いを得られた事に。八神夫妻に引き取ってもらえた事の奇跡を噛み締めたのだ。

「……院長先生が言ってたわね。出会いは奇跡。だから、決して軽んじてはいけないって」

「そうだな」

 シャマルの言葉にシグナムは頷いた。そう、まず彼らを八神夫妻に合わせてくれるキッカケは、孤児院の院長夫妻だったのだから。厳しくも優しい院長。物静かだが、どこか茶目っ気があった院長婦人。そんな二人も昨年亡くなった。その葬式には、多くの孤児院出身者が集まった。
 そして、まだ十五になるかならないかにも関らず、養女のカリムが立派に喪主を勤め上げていたのを見て、四人は感心したのだから。

「今年の盆は、いつも以上に気持ちを入れて墓掃除をするか」

「それと、院長先生達の墓もだ。カリム達がするだろうが、私達もな」

 ザフィーラの提案にナハトがそう付け加えた。それに三人も異論はなく、しっかりと頷いた。そして、四人もそれぞれ部屋へと向かって動き出す。ザフィーラは一階だが、三人は揃って二階に部屋がある。
 かつて養父が使っていた部屋をザフィーラが、養母の部屋はヴィータとリインが使っている。養母の部屋については、本人が二人に使って欲しいと言ったためだ。末っ子のリインとヴィータ。養母は二人を最後の最後まではやて達と同じぐらい可愛がっていたのだ。
 養父の部屋は、ザフィーラ以外の全員の意見で決まった。そして、きっとそれを父も望んでいるとはやてとふうかが告げれば、もうザフィーラに断るという選択はなかった。

「では、また朝に」

「ああ、おやすみザフィーラ」

「ええ、また明日」

「お互いに良い夢を見れるといいな」

 ザフィーラへ笑みをみせて答える三人。それにザフィーラも小さく笑みを返し、部屋へと歩いて行く。そして、三人もそれぞれに就寝の挨拶を交わして部屋へ。上の四人がそうやって自室へと向かう中、末っ子コンビはといえば……



「明日はグレアムおじさんが来るな」

「そうですよ。色々と楽しみです」

 絶賛夜更かし中だった。話題は翌日の事。自分達にとっては、父親と呼んでもいいような相手であるグレアム。そう、二人は八神夫妻の記憶が希薄。何せまだ五つにもなっていなかったのだ。思い出す事は出来るが、あまりはっきりとした思い出は多くはない。
 ヴィータが三歳の時には養母は亡くなり、リインが三歳の時には養父が亡くなったのだから。故に強く思い出せるのは、その葬式の時の記憶。普段は明るい家の中が暗く感じられ、シャマルやはやてが泣いている光景。そこまで考え、リインはふと気になった事があった。

「……ヴィータちゃん」

「ん?」

「お母さんって、どんな人だったですか?」

 養父の事は思い出せる。リインも三歳。故に多少の思い出はある。だが、養母は伝え聞いているものしかない。リインも接した事は当然ある。だが、当時二歳のリインがそれを覚えているはずもなく、顔も写真でしか見た事がない。だから尋ねた。自分が養父と死別した年齢で、養母と死別したヴィータに。
 だが、ヴィータはそれに即答出来なかった。ヴィータすら物心付いてから接したのは少ない時間だった。ただ、それでも覚えている事がある。それは……

「母さんは……暖かくて、優しい匂いがした」

 思い出すのは、儚げに微笑む養母の顔と安らぐ雰囲気。ヴィータと柔らかく呼ばれ、よく甘えていたのは覚えているのだ。はやてやふうかなどと同じように絵本などを読み聞かせてもらい、共に寝た事もある。
 そんな事を思い出し、ヴィータの表情に影が生まれた。勿論リインも同じように養母は可愛がった。だが、それをリインは覚えていない。それが、ヴィータには堪らなく悔しい。弱った体で自分達へ最後まで愛情を注いでくれた養母。その姿を、その顔を、その温もりを少しも知らないのは、ヴィータにとっては残念でしかない。

(母さんは、いつもあたしやリインの事を大事にしてくれたってのにっ!)

 それをどうにかしてリインに教えたい。伝えたい。そう思うものの、何をどう話せばいいのかが分からない。そんな風にヴィータが考えていると、リインが小さく告げる。

―――お父さんみたいな感じですか?

 それは、きっとリインなりの想像だったのだろう。優しく暖かい存在。そう聞いてリインが真っ先に思い出すのは、養父の事だったのだから。ヴィータはその言葉に呆然となるが、すぐに気を取り直し頷いた。
 ヴィータもそれがきっと答えに近いと感じ取ったのだ。似た者夫婦という言葉がある。八神夫妻はまさしくそうだった。故にヴィータの感覚は正しいものだった。夫妻は、揃って温和で心の広い者達だったのだから。

 その後、二人は少しの間昔話をする。ヴィータの語る養父母の話にリインは頷いたり、驚いたり、笑ったりする。その中の話のいくつかは姉達から聞いたものだったが、ヴィータしか知らないものもあり、リインはそれからもう会う事の出来ない養母の面影を掴もうとした。
 逆にヴィータは、リインが話す彼女だけの養父の話に同じ反応を返す。そして、同時に思うのだ。誰にでも自分だけの養父母との思い出があるのだと。

 やがて二人は話疲れ、どちらともなく眠る。その顔は、とても嬉しそうな笑顔だった。

 一方、はやて達は……

「土に根を張り、風と共に生きよう」

「どうしたんや、急に」

 もう寝るだけとなり、二人でベッドに横になったのだが、ふうかが急にそんな言葉を言い出した。それに不思議そうにはやてが声をかけると、ふうかはどこか楽しそうに告げた。

「いや、我もお前も名前に風が入っていると思ってな」

 はやては疾風。ふうかは風華。確かに共に風が入っている。ただ、それは漢字に直せばの話だ。彼女達の両親は、平仮名の方が印象が柔らかいと思い、漢字にはしなかった。それには、上の四人の事も関係している。
 彼らは名前が日本名ではない。故に、二人だけ漢字では表札表示で浮いてしまうと考えたのだ。それに、二人だけ漢字にしては四人と区別している感覚が強くなる。そうも思った夫妻なりの考えからの名前。

「なるほど。風と共に生きよう、か。ならわたしらはそれを昔からしとった訳や」

「土は……家族か。生活基盤の土台とも言える」

「お~、なら完璧や」

 そんな風に言って笑い合う二人。幼くして両親を失った二人だが、それでも悲しみは大きくなかった。下の妹であるヴィータやリインがいたのもある。それに、上の兄と姉が不器用ながらも親代わりをしようとしてくれた。それを見て、感じて、二人は悲しい涙を流したのは母と父の亡くなった日だけで済んだのだから。

 しかし、それでも両親がいない寂しさを強く感じる時はある。それは、なのはやフェイト達などの親がいる者達と話す時。お母さんと一緒に料理を作ったや、父さんに勉強を見てもらった。或いはパパとママが軽い喧嘩をしてなどと言った話も聞いた事がある。
 その度に、はやては否応なく突きつけられるのだ。自分にはもういないもの。それを、その事を。

「……ふうか」

「ん?」

 そんな事を思い出したからだろうか、はやては急に寂しくなった。きっと、それは自分の分身のような相手も同じだろうと思い、はやてはふうかの手を握って尋ねた。

「お父さん達が生きとったらって、そう思う事あるか?」

「……ある」

「やっぱりか」

「ザフィーラ達はよくしてくれる。自慢の兄と姉達だ。だが……どこまでいっても兄と姉にすぎん」

 ふうかはそう悔しそうに言って、目をきつく閉じる。自分の言葉に嫌気が差したのだ。愛する家族をどこか突き放したような言葉。ふうかは、そう思って自分を激しく弾劾したい気分になった。父が亡くなった時から、ふうかの中にある思い出は家族とのもので埋め尽くされているのだ。
 無論、なのは達とのものとてある。しかし、多いのは家族とのもの。全員で遊園地に行き、リインが迷子になって全員で捜し回った事や、動物園ではヴィータがうさぎを気に入り、飼いたいと言い出して家族会議をする事になったりした。

 それだけではない思い出が、次々とふうかの中に甦る。喜んだ事、怒った事、悲しんだ事に楽しかった事。だが、どれも最後にはみんなで笑っていた。そこまで思い出して、ふうかは気付いた。自分の手を握っているはやての力が少しだけ強くなっている事に。

「はやて……」

「ごめんな。わたしが変な事聞いたせいでふうか困らせてしまったわ」

「いや、そんな事は……」

「ううん。今、自分責めとるやろ。それ、わたしが言わせてしまった言葉が原因やな」

 はやての鋭い指摘にふうかは沈黙で返す。それにはやては頷いて、笑みと共にふうかへ近付き、その体を抱きしめた。それに少し驚くふうかだったが、はやての声にその表情が変わる。

―――わたしはお姉ちゃんやのに、あかんな。妹に辛い事聞いて。

 それにふうかは小さくこう返す。

―――気にしなくてもいい。その代わり、今日はこうやって寝るぞ……姉さん。

 その呟かれた姉という言葉に、はやては一瞬心から驚いたといった表情を見せるが、すぐに嬉しそうにふうかを抱きしめている腕に力を込める。ふうかもそれを感じ取って力を込めた。感じ合う互いの体温。鼓動の音を聞きながら、二人は眠りへと落ちていくのだった。

 その日、八神家全員は揃って同じ夢を見た。それは、八神夫妻があの笑顔である言葉を告げるというもの。その言葉とは、たった一言。

―――私達は、いつも傍にいるから。

 翌朝、八人が揃って涙と共に目を覚ましたのは言うまでもない……




--------------------------------------------------------------------------------

今回は、三人娘のみ。ややテスタロッサ家がすくない感じですが、ご容赦を。

次回は……未定。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.270452022552