余録

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余録:カカオ豆

 中米に栄えた古代マヤ文明は、壮麗なピラミッドや石碑を築いたことで知られる。メキシコ南部やグアテマラに点在する遺跡を巡ったことがあるが、密林の中にそびえ立つ巨大な神殿は圧巻だった▲トウモロコシを主食としたマヤの人々はカカオの栽培も行っていた。中央高原のアステカ族にも伝わり、メキシコ先住民はこの熱帯植物の豆を砕いて水とともに煮て飲んでいたという。その現地語の「チョコラトル」という呼び名がチョコレートの語源とされる▲カカオ豆を初めてスペインに持ち帰ったのはコロンブスだ。だが、当時は価値が分からず、後にアステカを征服したコルテスがスペイン国王に献上したことで、欧州でもチョコレートが飲まれるようになった。現在のような食べる菓子に変わったのは、19世紀になってからだ▲カカオの栽培は数百年の間に南米やアジア、アフリカなどにも広がっていく。今は西アフリカのコートジボワールが最大の生産地になっている。時空を超えた伝播(でんぱ)の跡は壮大な文明史の絵巻物のようだ▲そのコートジボワールで、カカオ豆の輸出を1カ月禁止する措置が発表された。大統領選で敗れた現職が居座ったため、当選した「新大統領」が資金源を断とうと決定したのだ。バレンタインデーを前に、チョコレートの価格高騰が気にかかる▲カカオ豆はアステカでは貨幣としても使われており、元々政争の具に利用されやすい貴重な産品だったのだろう。コートジボワールでは多くの人がカカオの生産や貿易で生計を立てている。世界中のチョコレート好きだけでなく、自国民のためにも混乱の収拾を急いでほしい。

毎日新聞 2011年1月31日 0時17分

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