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天声人語

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2011年1月30日(日)付

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 〈テレビには「キモイ」と言わるる人映り笑われながら笑いておりぬ〉。一昨年の朝日歌壇にあった歌だ。「簡単なクイズに珍解答を連発して、周りの出演者が馬鹿にする光景には嫌悪感すら抱きます」。これは昨春の声欄への投書である▼他国も随分嘆かわしいのを、英BBC放送の無神経で知った。お笑いクイズ番組で、広島と長崎で二重被爆した故・山口彊(つとむ)さんを「世界一運が悪い男」などと紹介した。観衆は爆笑したそうだ。司会者は「生き残ったのは最も幸運か最も不運か」などと締めくくったという▼BBCは謝罪声明を出した。英国にはテレビを「愚者のランプ(イディオッツ・ランタン)」と呼ぶ俗語があって、小紙記者だった門田勲がかつて「阿呆の提灯」の語をあてていた。けだし妙訳というべきだろう▼日本では一昨年の秋、放送倫理・番組向上機構の委員会がバラエティー番組の不快、嫌悪要素を五つ指摘した。下ネタ、いじめや差別などのほか、「死を笑い事にするなど生きることの基本を粗末に扱う」があった。BBCはこれに当たろうか▼「夢にも見るのは、黒い雨。川の流れを堰き止めるのは人間の筏(いかだ)。過去はいまの私そのものでもある」。山口さんはぎりぎりの体験を『ヒロシマ・ナガサキ二重被爆』(朝日文庫)に刻字した。人間をおとしめた2発の閃光である▼無知だけでなく、人間の尊厳への想像力の無さが怖い。笑いは人の人たるゆえんだが、精神の痙攣(けいれん)のような貧相、酷薄な笑いが世に満ちていないか。他山の石として見る目がほしい。

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