フードウォッチジャパン


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《特別寄稿》
「WikiLeaksに現れたGMO」

油糧輸出入協議会 参与
緒明 俊

 2010年3月の日経BP社のウェブマガジン「FoodScience」のサイト閉鎖に伴い、遺伝子組み換え食品・作物の国際動向について宗谷 敏名義で約7年間書き継いできた「GMOワールド」もいったん終了させました。

 同じ「FoodScience」に「食の損得勘定」を連載していた齋藤訓之氏が、この度新しいサイト「Food Watch Japan」を立ち上げられたので、ご祝儀代わりにスポットで1本寄稿させていただきます。

 米国政府公電を多数暴露したWikiLeaksが、昨2010年末から国際的に話題になっています。当然ながらGMOに関連する電文も何本か含まれているので、これらを簡単に紹介します。

※GMO=Genetically Modified Organism, 遺伝子組み換え生物

1.Hillary Clinton米国務長官、
アフリカ駐在を走らせる

 2010年11月28日付の英国「Guardian」紙は、米国務省がHillary Clinton長官名でコンゴ民主共和国(旧ザイール、コンゴ共和国とは異なる)、ルワンダ及びブルンジの3カ国の駐在機関宛に飛ばした09年4月16日付訓令の全文をWikiLeaksから転載した。

 国務省が情報収集と報告を求めた内容は、各国の社会指導層の個人情報や人脈から軍事データ・情報インフラまで多岐にわたる。それらのうち「食糧安全保障と農業(食料)」という項目では農業政策関連の情報が求められているのだが、「GM食品とGM作物の普及に対する政府の受容」が含まれる。

 これを見て「GM食品をアフリカ諸国に押し込む姿勢の表れ」というのは、妥当な推測であろうが、Hillaryは09年8月にアフリカ7カ国(ケニア、南アフリカ共和国、アンゴラ、コンゴ民主協和国、ナイジェリア、リベリア及びカーボベルデ)を歴訪しているので、その予備調査的意味がむしろ強かったかもしれない。

2.ローマ教皇庁と教皇の真意は謎のまま

 西欧社会におけるローマカソリック教会の総本山たるバチカンのローマ教皇庁が、GMOにどう向き合うのかはかなり興味深いテーマである。人工的生命操作の一端として忌避するのか、飢えに苦しむ人々を救う恩寵として認めるのか?

 実は、これも一進一退なのだ。例えば、10年11月30日付の「New Scientist誌」や12月1日付の「Nature誌」が、司教科学アカデミーの非公開会合(09年5月)報告書(10年12月1日発表)において、司教科学アカデミーのメンバー7人と科学アドバイザーの国際科学者33名が満場一致でGMを支持したと書いた。

 「飢えと戦うにためはGM技術を採用する道義的な職務がある」という踏み込んだ提案がなされたと伝え、追随した各紙も教皇と教皇庁がGM支持に踏み切る寸前と報じた。

 しかし、これに対し司教科学アカデミーのメンバー全員80名を代表する意見ではないし、ましてや教皇庁の見解でもないから「New Scientist誌」は誤報である、科学アドバイザーの人選がプロGM派に偏っていた、などと多くのクレームがついた。

 さらに、11年1月4日には、教皇庁の公正と平和課を率いるPeter Appiah Turkson枢機卿が「途上国の農民は、異国の多国籍企業にその種子を依存すべきではない」と発言し、一貫してGMを支持してきた前任者のRenato Martino枢機卿とは対照的な姿勢をあらわにした。

 一方、教皇Benedict16世自身は、本件に関し何ら決定的発言をしてはいない。肝心のWikiLeaksに現れた時間差のある片言隻句をつなぎ合わせてみても教皇やバチカンの真意を窺い知ることはできない。「WikiLeaksの電文は、それらを書いた人々の認識と意見を示すのみであり、公式のバチカンのポジションではないから慎重に読まれるべきだ」と、教皇庁はわざわざ注意を喚起している。そう言われてしまっては、残念ながら本件に関するWikiLeaksはほとんど無価値だろう。

3.駐仏米国大使は対EU報復リスト作成を勧める

 当然ながら、EUに関連する電文のリーク数は多い。GMO関連を整理すれば、以下の3点になるだろう。

  1.  米国は08年当時からEU域内最大のGMO栽培国であるスペインと、EUのGMO受容を促進する方法を貿易担当者レベルで相談していた(その後のEUの動きを見れば、スペイン側の悲観的観測の通り、これは成功していない)。

  2.  米国はオーストリアのようなEU域内のGM栽培禁止国にも目を光らせており、07年5月に当選したフランスのNicolas Sarkozy大統領の極端な環境保護主義に基づくアンチGMの姿勢にも警戒感を抱いていたことが窺われる。

  3.  米国の懸念通り、Sarkozy大統領は07年10月にGMO国内栽培モラトリアム政策を発表する。今回公開された公電のハイライトは、フランスの過剰な環境規制を恐れたCraig Roberts Stapleton駐仏米国大使が、07年12月14日George W. Bush大統領(当時)宛に打電した機密文書だろう。フランスとEUが、GM種子の禁止を続ける(EUとして禁止はしていないが、承認作業の遅延に起因するフラストレーション)なら、「EUに痛みを与える」報復リスト(具体的内容は記載無し)を作成すべきだと大使は吼える。貿易戦争開戦の勧めだが、Bush大統領は動かなかった。
4.まとめと感想

 WikiLeaksが公開した公電はまだほんの一部らしいが、ことGMOに関してはアッと驚くようなスクープはない。ある意味「想定の範囲内」だろう。裏付けられたのは、米国の他国のGMO政策に対する並々ならぬ関心と、GM種子を諸外国に広めようとする飽くなき執念だ。開発メーカー群のロビー費用は、ハンパな額ではない。それは、一時の軍産複合体を彷彿とさせる。バイオは、米国にとっての明らかに新たな基幹産業の一つである。

 しかしながら、欧州委員会の受容に向けた努力も報われず、トロイの木馬役の英国も政権交代で失速してしまったEUは、当面どうしようもないというのが正直なところだろう。そっちは置いといて、アフリカから切り崩していこうというのが、米国の最近の戦略のように思える。EUのGM忌避が対EU輸出国アフリカへのGM導入を妨げており、人道問題だ、という都合の良いロジックもあるからだ。

 米国のGMO政策は、気候変動や飢えへの対抗手段の一つという大義名分と、経済的実利と国益が絡みあった論理であり、あちこちで反対運動とのコンフリクトを招きつつ、単純な善悪二元論では割り切れないカオスを形成する。

(2011年1月10日記)


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