チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25620] 【習作】仮面の少女(東方 女主人公)
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/29 19:31
はじめまして、にんぽっぽと申します。

習作なので未熟な点もありますがお許しください。
ミス、誤字、おかしな文体等のご指摘ありますと助かります。

前作 親馬鹿花妖怪と世界観が同一ですが、
読んで無くても特に問題ありません。

ゲーム学校であった怖い話とは関係がありません。

・三人称の練習。

・地の文、会話文のバランスに気をつけたいです。

・オリジナル主人公(女)です。

・真の恐怖を与える為に努力するお話です。

・1/29 タイトルを一文字変更しました。ご迷惑をおかけします。 



[25620] 第一話
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/26 01:20

ここはとある町の小さな学校。
どこにでもある、普通の公立小学校だ。
歴史だけは長く、戦火ににより廃墟になった事もあったが、
生き残ったもの達により、歩んできた道のりは無事引き継がれた。
何人もの子供を育て、そして見送ってきた。
それはきっとこれからも続いていくのだろう。

そんな学び舎の一室に一人の少女の影があった。
髪は時代遅れのおかっぱ、名札には花子と書かれている。
服装は白ブラウスにサスペンダー付の黄色いスカート。
そんな少女が暗い部屋で一人きり、真剣な表情でパソコンに向かい合っているのだから、
誰がみても違和感を覚えるに違いない。

その部屋とは、一年前に作られたそこそこに立派な『コンピューター実習室』である。
何でも、『じょうほうかしゃかい』とやらの実現には必要不可欠であるらしい。
ハゲ頭の校長が自慢気に朝礼で話していた。
木造建築の古臭い校舎には似つかわしくない、まだまだ新しさの残る場所だ。
エアコン完備で、パソコンには幾つかゲームも入っているので、
休み時間には生徒が何人も押しかける。
その競争率の高さときたら、チャイムが鳴ると同時にダッシュをしても、
空席が残り僅かしかないほどである。
当然実習室に近いクラスが有利なのは当たり前ではあるが。

そのような賑わいを見せる実習室も、放課後になれば御覧の通り。
昼休みと授業で使用する時間以外は基本使用禁止なので、
こうして優雅に独占することができるのである。

この学校の生徒であるならば、勝手に使っていたら怒られて然るべきなのだが、
この少女はとある理由により出入り自由となっている。

カタカタとキーボードのタイプ音だけが響く薄暗い実習室。
しばらくすると、廊下の方からゆっくりと足音が聞こえ始め、部屋の前で停止する。
トントンとノックの音と共に、ドアの開く音が響き渡る。

「・・・・・・またこんな暗い所でゲームばかりしおって。
電気ぐらいはつけなさい」

宿直と思われる老教師が見回りに来たのだろう。
この教師は親切ではあるのだが、小言が多く、またお節介なのが珠に瑕だ。
良くも悪くも古いタイプの人間である。
老教師は、少女の返事を待たずに照明のスイッチを入れる。
実習室が白色の光に満たされると、少女は僅かに眉を寄せた。

「・・・・・・・・・・・・」

「今日は私が当番なんだ。まぁ何もないとは思うが、何かあったら遠慮なく来なさい。
とはいっても、お前さんがいてくれる限り何もありゃせんと思うがね。
もし暇が過ぎるようなら、また一局付き合っておくれ」

柔和に微笑むと、駒を指す手振りをする老教師。
下手の横好きとは良くいったもので、定石に拘りすぎて負けるタイプ。
少女との戦歴は老教師の名誉に関わるので、言わぬが仏というヤツである。

老教師の方を向き、偶には付き合うのも良いかなと考えると、少女は首を軽く縦に振る。
それを見ると、軽く手を振り老教師は実習室を後にする。

一人だけになった部屋で、少女はディスプレイに再び意識を集中させる。
このパソコンに入っている、鮫亀、ブロック崩し、ソリティア、ハーツ、マインスイーパーは
完全にやり尽くしたと言って良い。どのようなパターンが来てもパーフェクトクリア出来る。
少女が得意とするゲームは、基本的に頭を使って解いていくタイプのものだ。
というか、その類のものしか無いのだから、仕方が無いとも言える。
生徒が『勉強する』という名目で置かれているのだから、当たり前ではある。

全てのパソコンのハイスコアトップを自分の名前で埋めたとき、
少年少女達から畏敬を籠めた視線を向けられたものだ。
大人達からは呆れ顔で、誰よりもこの実習室を使いこなしているとお褒めの言葉を頂いたりもした。


そんな『ゲームの達人』ではあるが、今プレイしているゲームには大変苦戦させられていた。
この教師専用席にあるパソコンに『誰にもみつからないように』インストールされていたものである。
ご丁寧にパスまでかかっていたので、勝手に解いて鼻歌交じりにプレイしたのが運の尽き。
難易度ノーマルには全く太刀打ちできず、イージーでさえ思うように動かせない。
頭脳派の自分には、こういった反射神経をフルに使うものは苦手だと初めて認識させられた時でもある。
その時は、全然面白くないと投げ出したが、時間が経つにつれ次は上手くやれる筈という思いが募り、
再びプレイしてしまうのである。
今ではこのように見事に上達し、『ピチューン』
見慣れたゲームオーバー画面が表示され、少女の身体がプルプルと震え始める。
自分が下手糞なんじゃない。きっとこの主人公が惰弱なのだ。
そう自分を納得させるが、腹の虫は治まらない。
頭脳派を称しているが、カッとなりやすく、せっかち、飽きっぽいのである。
そして負けず嫌いという、なんとも迷惑な性格をしている。


キーボードを大袈裟にバン!っと叩き(手が当たる直前で勢いを弱め)、
電源を手動で切るフリをして、ちゃんと終了手順を完了させる。
チャラーンと軽快な終了音と共に、パソコンがシャットアウトされる。
少女は自分の顔をそっと撫でると、力なく机に突っ伏した。

静けさを取り戻した部屋で、少女は一人静かに考える。
一体自分は何をやっているのだと。
今の自分は本当の自分ではない。仮初の自分だと。
本当の自分はこんなものではないのだ。
お子様たちに混じって、キャッキャッ喜んでいる場合ではない。
こんな不愉快なゲームに一喜一憂しているなど論外だ。

(このままでは、いけない)

思い返せばいつの間にか今の状況に馴染んでしまい、学校の守護者などとありがたくも無い称号を貰い、
こうして生温い人間生活に溶け込んでいる。
かつて世間を騒がせた『怪人赤マント』、『飴玉ババァ』、『生き人形』などなど。
有名無名に関わらず幾多の悪霊を叩き潰してきた。
人の縄張りに勝手に入って、暴れまくろうとしていたのがムカついて、
軽く礼儀を教えてやろうとしたら、獲物と勘違いして襲い掛かってきたのだ。
うっかり八つ裂きにして葬りさったのが不味かったと、少女は今更ながら後悔する。
むしろ立場的には、自分も参加して暴れるべきだったのだ。
だが悪霊達の不快指数がメーターを振り切ってしまったため、ついカッとなってしまった。
特に『生き人形』のキモさときたら、言葉では言い表すことが出来ないほどだ。
二度と復活できないように、粉微塵にしてさらに焼却するほど、少女の中では嫌悪感が酷かったらしい。


ちなみにそいつらの墓もちゃんと少女は作ってあげていた。
顔馴染みの女子生徒と一緒に食べたがりがり君のアイス棒で、形式に従いきっちり埋葬した。
裏庭に100個ほど作った辺りで、そのような類も一切近づいてこなくなり、安穏とした状況が続いている。
聞くところによると、あの学校には近づくなと悪霊達の間で評判になっているらしい。
いったいどこでそんな評判を聞いたのか、出所を知りたいと少女は心底思ったものだ。

少女がノリと気分で悪霊や妖と戦っていた光景を、何人もの生徒や教師に目撃され、
いつのまにか守り神扱いされ、大々的に祭り上げられてしまった。
マスコミも噂を聞きつけ取材に来たが、教師が上手い事誤魔化し、
子供たちのお祭りイベントだったということで和やかな3面記事とされてしまった。

白昼堂々世界びっくり妖魔大戦を繰り広げていた自分も悪いとは思ってはいるのだが、
授業を中断して和気藹々と応援にくる能天気さには、開いた口が塞がらないというものだ。



更には勝手に名前と出席番号(欠番扱い)、所属クラスまで決められてしまい、
この学校に縛られ動く事が出来なくなってしまっていた。(元々動けないが、より強固に)
それと引き換えに、確かに力は漲ってはいるが、このままでは自分の本分を果たすことが出来ない。
本分、言うまでも無く人々に恐怖を与え、引き攣る顔を見て、ニタニタとほくそ笑むことである。
それなのにここの連中ときたら、脅かそうとしたら、裏を掻いて驚かしに掛かってくるのだから頂けない。
何度ガキ相手にしてやられ、何度地団駄を踏んだ事だろうか。
教師連中ときたら、人を小馬鹿にして、困ったような笑顔を浮かべて頭を撫でてくるのだ。
女の保険医などは、ペロペロキャンディーを寄越してきやがった。
時代錯誤のグルグル模様のアレ。甘くてでっかい漫画でお目にかかるアレだ。
あの時の味はとても甘くてしょっぱいものだった。
少女はそれを思い出すと、ほろりと涙を浮かべる。


葛藤の末、決意を固めると少女は実習室を後にして、自分のクラスに向かい歩き始める。
こうして廊下を歩くのは何度目になるのか、数えた事などないが、何故か感慨深い。
剥がれ落ちそうな掲示物を見つけると、少女は落ちている画鋲で丁寧に貼り直す。
子供新聞の出来を眺め、相変わらずの4コマ漫画を見て苦笑いを浮かべる。
毎度自分がツッコミ担当でオチをつける役目なのだから。
しばらく読んで満足すると、再び歩き始める。

なんだかんだ言っても、少女はこの学校が大好きだったのだ。

教室に入り、一番後ろの窓側の席。
それが自分の机。普段は常に空席で、綺麗な花が瓶に入れられて飾られている。
別にイジメなどではなく、これが少女の席の当たり前の状態なのだ。
お供え物のお菓子や玩具、新品の文房具。そのうち溢れかえりそうな賑やかな机だ。
毎年誰かが頼みもしないのに買ってくれる。本当にお節介な奴らだと少女は思う。
嫌な気分はしないが、神様か何かと勘違いしているのではないだろうか。
そういうのは神社にでもするべきだと、意見書を書き大々的に主張したが聞き入られる事はなかった。


ロッカーに入っている、赤がすっかり色褪せた古ぼけたランドセル。
これもお節介な誰かが買ってくれた物だ。
少女はとても丁寧に使ってはいたが、やはり時間の経過というのは残酷だ。
それでも宝物の一つであり、これから先も手放す事はないだろう。
その中へ適当に文具やお菓子を放り込み、リコーダー二本を差しこみ、準備完了。
嵩張るがメロディオンも持っていくことに決めた。これも大事な宝物なのだ。

と、一つ大事なことを思い出した少女は、ノートを一枚破り、鉛筆で何かを書き始める。
それを折りたたむと、自分の名前とクラスを書き、ポケットに入れる。

しばし考えまた取り出すと、今度は自分の一番大好きな動物の絵を付け加える。
今度こそ満足すると、いよいよそれを届ける為に宿直室へと向かう。
別に手渡す必要は無い。そっと置いておくだけで良いだろう。


(私はいつから、この学校にいたんだっけ)

昔を思い出そうとすると、身体が滾るように熱くなるので少女は深く考えないようにしていた。
どうせ碌な記憶ではないだろう。なにしろあっちの世界に行けずに、未練がましく縛りついているような存在だ。
この『兎のお面』もそうだ。可愛らしいお面ではあるが、顔から外すと心が凍りついたかのように寒くなる。
だから動き回る時は、出来る限りこれを付けて行動している。
食事をとるときは不便で仕方が無い。少しだけずらして食べるのが、どれだけ大変な労力か分かってほしい。

(さぁ、もう行かなくちゃ)

宿直室から屋上へと向かい、鍵の掛かった重い鉄扉を両手で開ける。
子供たちが勝手に出ないように厳重だが、少女には関係が無い事だ。
勢い良く吹きつける風が、旅立ちを思いとどまらせようとするかのように感じた。
少女はポケットからチケットを取りだすと、今まで何回も眺めたそれを、もう一度じっと見つめる。
チケットには『妖怪や亡霊が跳梁跋扈する地獄、或いは楽園へのチケット☆ミ』と書いてある。
お供え物としていつの間にか机に乗っていたそれ。
最初は悪ガキの悪戯かと破りすてようかと思ったが、今ではこれに全てを賭ける気でいた。
失敗したら、それはそれで良いだろう。もしかしたら未練が無くなり逝くことができるかもしれない。

屋上を移動し、手すりにひょいと腰掛け夜風を楽しむ。
常人がみたら、顔を青くするような光景だが、少女は両足をブラブラさせている。

空を見上げると満月が燦々と辺りを照らしつけていた。
どちらに転んでも自分は後悔しない。
兎の面を軽く撫で、チケットを握り締めると、少女は手すりから前方に身を投げ出した。


(真の恐怖を与える存在に、私はなる!)




・宿直室で発見された手紙
『自分探しの旅に出ます。 探さないでください。  5年3組 櫻木 花子』
女の子らしい字体と共に、×印の口をしたうさぎがピースをしている絵が描かれている。



・チケット
『妖怪や亡霊が跳梁跋扈する地獄、或いは楽園へのチケット☆ミ』
有効期限:永遠
使用方法:満月の日に翳してみよう!




それからその小学校は、少しだけ静かになった。
子供たちは少し寂しさを感じ、教師たちは複雑な表情を浮かべた。
だがその後も、少女の席が無くなる事は決してなかった。
いつかひょこっと帰ってくるんじゃないかと、皆思っていたからだ。



[25620] 第二話
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/26 18:42
夕暮れに染まる空を、校舎の窓から見上げ、上白沢慧音は一つ溜め息を吐く。
満月だった昨日は、溜まっていた歴史の編纂作業を行っていた為、
体力気力ともにかなり消耗していた。
朝から夕方までは寺小屋で授業を行い、それからは翌日の授業の準備。
生徒達からは、ありきたりでつまらないと評判は芳しくはないが――。

他には自警団との会合、周辺の見回り、里の人間の相談に乗ったりと、かなりの忙しさである。
慧音にとって、それらは別に苦痛とは感じてはいなかったが、
やはり何でも一人でやるというのは、限界があるなとも感じてはいた。
猫の手も借りたいなどという言葉があるが、今まさにそれを実感していた。
まぁ実際に借りたところで、仕事が増えるだけなのは言うまでも無い。
本当に借りたいのは信頼のおける人間の手だ。

個人的な希望を言えば、あの人付き合いの苦手な友人が、
もう少し里との距離を近づけてくれればなとは思っている。
一見とっつきにくそうではあるが、性格は捻じ曲がってはおらず、
信頼の出来る人間である。
血が上りやすいところが欠点ではあるが――。

戸締りを終え、事務作業を終えた慧音は寺子屋を後にする。
今日は金曜日であるため、翌日の授業の準備をする必要が無い。
両手を高く空に掲げ、思いっきり伸びをする。
まだまだ老けるには早いと思っているが、近頃やたらと肩が張る。
歳かなと苦笑すると、再び通りへと歩を進める。

(久しぶりに妹紅と一杯やるのも良いかもしれないな)

どこか不満げな友人の顔が目に浮かぶと、慧音は軽く笑みを漏らす。





里のとある商店。
兎のお面を付けた、里ではあまり見かけない服装の少女が、
陳列された商品相手にうんうんと唸っていた。
店主の親父も気が気ではないらしく、物陰からそっと見つめていた。
別に少女が盗みを働こうなどとは心配していないが、気になって仕方が無いのだ。
簡単に言えば、いつ声をかけようかタイミングを計っていたのである。

そんな店主の葛藤など知りもしない少女は、自分の野望の為の第一歩を踏み出そうとしていた。
何事も最初が肝心。奇をてらうよりも正攻法こそが活路を開く。
意を決すると、ブツを右手に持ち店主のところへと向かう。
その姿をみた店主は、そそくさと会計場所へと向かい接客を開始する。

「い、いらっしゃい。ご希望の品は見つかったかい?」

多少上擦ってしまったが、初めてお使いをする子供を相手にするように、努めて優しく声を掛ける。
少女は大きく首を縦に振り、先程決めた品物をビシッと指差す。
それを見た店主が、商品を取りに行き紙袋の中へと詰め込み始める。

少女は無地のガマグチをとりだし、折り畳まれたお札を広げる。
ここでの紙幣価値は良く分からないが、先程の客と店主のやりとりを見ていた少女は、
これで買い物がすることができると理解していた。
ここに来る前の世界では全く見かけなくなったといわれる、あの弐千円札である。
この世界では普通に流通しているらしい。
バンと景気良く台に叩き付けると、釣りは受け取らずに店を後にする。

「まいどあり! また来ておくれよ、兎のお嬢ちゃん」

本当は少し足りないのだが、店主もとやかく言うことはせずにそれを見送る。


少女はニコニコと微笑みながら、戦利品である紙袋の中を覗く。
丁寧に折りたたまれている白いそれが、袋一杯に詰め込まれている。
本来の用途とは違うことに使う為、少女は店主に対し少しだけ罪悪感を抱く。
だが大儀の前にはそんなことを気にしている場合ではないと、気合を入れなおす。
店外に出ると、人通りの無い物陰に隠れ、早速紙袋を開封する。
背負っていたランドセルから赤のマーカーペンを取り出すと、
念を籠めつつ、丁寧に漢字を一文字記入する。
さらにハサミで二つ小さい穴をくり貫いて完成だ。
バサッとその作品を広げて、風に靡かせる。
その出来栄えに大いに満足すると、いよいよ戦闘態勢に入る。

ちなみに先程の店は寝具店。買った商品は安物(在庫処分特化)のシーツである。

その一部始終を先程の店主に目撃されていた事には、最後まで少女は気付かなかった。







里の大通り。働きを終えた大人達が酒場に繰り出す時間帯である。
食事処や、酒屋はだんだんと賑わいを見せ始めていた。
慧音も少しだけ足を速め、自宅への帰りを進んでいこうとしたのだが。
少し離れたところで話していた男二人がこちらに気付いたらしく、軽く手を振って合図を送ってくる。
寝具店の店主と、酒場の大将だ。
また酔った客が勢いに任せて暴れでもしたのだろう。
うさを晴らしたい気持ちは分かるが、他人に迷惑をかけるのは宜しくない。
よって即座に対処し、反省を促すのが正しいやり方だ。

「やあ店主に大将。二人揃って一体どうしたんだ」

「こんばんは慧音先生、良いところに来てくださった」

と大将。別段慌てた印象を受けないということは、酔っ払いの喧嘩ではないのだろうか。

「ちょっと見ていただきたい物、いや人がおりまして。
我々も一体どうしたら良いものか困っている次第です」

人の良さそうな店主が苦笑を浮かべ、店と店の間にある路地を指差す。
ちらりと見る限りでは、物陰に隠れてよく見えない。
野犬でもいるのだろうかと慧音は考えた。

「・・・・・・良くは分からないが、野良犬でもいるのか?
それぐらいのことで大の男が雁首揃えて」


呆れ気味に話す慧音を途中で遮る大将。
両手で違う違うと大袈裟に否定し、心外だと目を丸くする。

「いやいや、違うんですよ慧音先生。
まぁ百聞は一見に如かずと言います。是非行ってみてください」

二人に押し出されるように路地へと進まされる。
こうなってしまっては仕方が無いと、慧音は観念した。
凶暴化した野良犬かもしれないので、一応警戒態勢をとり暗がりの中を進んでいく。
空瓶やら、空箱が散乱しており野良犬が隠れるには絶好の場所に思える。
今度一斉清掃しなければならないなと、全く関係ないことを考えつつ目的地へと到達する。
大きな水樽のような物陰に、確かに何かが息を潜ませて隠れている。
最初は犬かと思ったが、その割には静か過ぎる。
何かを荒らしている訳でもなく、こちらを窺っている気配すら感じる。

(少し無警戒が過ぎたか。こんなことでは里を守りきることなど出来ん)

多少の反省と緊張感を覚えつつ、少しずつ摺り足で近づいていく。
何者かの正体が分かるまで後三歩、二歩、一歩・・・・・・。


その瞬間、白い何かが物凄い勢いで飛び出してきた。
慧音は思わず少しだけ後ずさりして、直ぐに反撃態勢を整える。
何者かは分からないが、妖怪の類だろうか。
攻撃は受けていないらしいが、このままでは不味いと判断する。
相手のあらゆる攻撃に対応できるように、腰を低くしてじっと相手を観察する。

乱れていた視界がようやく収まり始めると、慧音はしばし唖然としてしまった。

別に妖怪などといった物騒なものではなく、子供ぐらいの背丈の何かが、
白い布のようなものを被って、両手を挙げて威嚇していただけなのだから。
くり貫かれた2つの穴からは、目のようなものが覗いており、
額に当たる部分には漢字で『祝』と赤文字で書かれている。
しかも丸文字で全く威厳が無い。
・・・・・・もしかして『呪』と書きたかったのだろうか。
慧音は眉間の皺を深くして、指でゆっくりとほぐし始める。
昨日の疲れが今更ながら、どっと出てきていた。
早く帰って眠りに着きたい。心の底から思っていた。

あまりの事態にどう声をかけようか考えていると、白いのは満足げに頷き立ち去ろうとする。
どうやらこちらが驚きのあまり絶句していると考えたらしい。
慧音はスタスタと白いのを追いかけ、地面を引き摺っている白布を足で思い切り踏みつける。
重心を崩した白いのは、グエッという情けない悲鳴と共に後ろに倒れこみ、手足をバタバタとさせる。
少しだけ可哀想に思いながらも、慧音は自分の勤めを果たす。

右手で頭に当たる部分であろう場所を掴むと、万力のようにグイグイとこちらに向かせる。

「・・・・・・一つ聞きたいのだが」

冷静な口調で慧音は白いのに問いかける。

「・・・・・・」

「お前は一体何がしたいんだ」

「・・・・・・」

「ついでにその額の漢字。間違っているぞ」

慧音は人差し指でツンツンと漢字の部分をつつく。
その指摘に白いのはおでこを押えて、そそくさと白布を脱ぎ始める。
出てきたのは兎のお面を被った少女で、うーんと首を傾けている。

それをジッと見ていた慧音は、

「その漢字は祝う、だ。そしてお前が書きたかったであろう文字はこれだ」

指で土に『呪』と書いてやると、それを見た少女はポンと手を叩き、
ポケットから赤ペンを取り出して修正作業に入る。
二重線で祝を無理やり消し、呪と言う字を書き直す。
満足げな表情(お面で見えないが)で白布をこちらに見せると、バイバイと手を振って逃げ去ろうとする。
慧音は思わず手を振り返しそうになるが、グッと堪える。


「待て」

離れようとする少女の後頭部を掴み、再びこちらへと向きなおさせる。
無言で遺憾の意を伝えてくるが、そんなことは全くきにしない。

「~~~~ッ」

「聞きたい事が少々あるのでついて来てもらおう。別に悪いようにはしない。
構わないかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

少し考えて、少女は首を縦に振る。
それをみてゆっくりと頷くと慧音は先程の通りへと戻り始める。

「こちらだ。私の後について来なさい」

少女の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩き始める慧音。
その姿をみた少女は、余裕で後方へと忍び足で歩きだしていた。
気付かれないようにそーっと、そーっとだ。
きっとこの女は説教が大好きだ。そして何より話が長い。
花子がこの世で嫌いな物の二つが、説教と無意味な長話である。
ちょっと脅かしたぐらいで、延々と説教を喰らう気などさらさら無い。
些細なアクシデントにより、ほろ苦いデビュー戦となってしまったが、
まだまだ本番はこれからである。
それをこの面倒そうなタイプに捕捉されてしまったら、きっと厄介なことになる。
天性の勘により以上の事を素早く察知した花子は、一目散に逃げ出そうとしたのだ。
したのだが。


いよいよ本気でダッシュしようとしたその瞬間、グイっと力強く肩を掴まれる。
恐る恐る後ろを振り返ると、鬼のような形相をした女が腰に手を当てていた。
エヘヘと右手を頭においてみたが、全然反応してくれない。
そういえば、昔校長のヅラを吊り上げた時も似たような反応だった。
本当に怒っている人間には、洒落が通用しないと以前勉強したはずなのに。
次回こそ忘れないようにしようと心に刻み込んだ。
そうやって花子が現実逃避をしていると、


「・・・・・・長くなるぞ。覚悟しておけ」

左手で眉間をほぐしながら、低い声で宣告される。
花子の目の前が真っ暗に染まった。


背中の襟元をつかまれ、ズルズルと荷物のように通りを引き摺られる花子。
その様子をみた店主と大将は顔を引き攣らせる。

「け、慧音先生。あまりひどいことは・・・・・・」

「こ、子供のちょっとしたイタズラじゃないですか」


キッと慧音が視線を走らせると、二人は身体を小さくさせてしまう。
勿論ただのイタズラで本気になることが大人気ないことくらいは理解している。

ただし、それが『人間』の場合はだ。
それが妖怪の場合は話が変わる。この里の人間に危害を加える事は禁じられている。
妖怪にとってはたかがイタズラだとしても、人間がタダで済む保障などないのだ。

何が言いたいかというと、この少女からは妖気が感じられる。
つまり、『妖』の類の可能性が非常に高いということだ。





質素な佇まいの家屋の前に到着し、ようやく花子は解放される。
ここが上白沢慧音の自宅である。
花子は延々と引き摺られてきた為に、お気に入りの靴は真っ黒である。
悲しげな表情でそれをチラチラ見ていると、

「強引に連れてきてすまなかったな。後でちゃんと靴は磨いておくから安心すると良い。
誰かさんが逃げようとしなければ良かったことではあるがな。
まぁ良い、遠慮なく上がってくれ」

と、背中をポンと押されて、中へと通される。
室内も実に無駄が無く整理されており、性格がそのまま表れているようだと花子は思った。
そして自分の直感が正しかったと確信する。
この手のタイプは本当に説教が長い。
ハァと深く溜め息をつき、どうしようかとお面を撫でていると、

「私はお茶の用意をするから、しばらく寛いでいてくれ。
ちなみに逃げようなどという、無駄なことは考えない方が良いぞ」

しっかりと釘をさされてしまった。
仕方なくちゃぶ台の側に腰掛け、正座をする。
正座をしたのは意識してではなく、これからお説教かと思うと無意識にしてしまった行為である。

台所の方から『慧音先生』と大人達が呼んでいた女がもどってくると、じっと見上げる。
お盆から湯飲みを渡され、こぼさないようにしっかりと受け取る。
そういえばここに来てから飲まず食わずだったと気付くと、花子はお面を少しだけ上げて湯飲みを口にする。
この世界のお茶も中々美味しいなと思った。

その光景をしばし観察していた慧音は、

「お茶を飲むときぐらい、そのお面を取ったらどうだ。
それとも素顔を見せられない理由でもあるのかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「もし可能ならば、『お面をとって』素顔を見せてもらいたい」

「・・・・・・・・・・・・」

「もう一度言う。お面を外して顔を見せて欲しい」

疑われている、敵意を持たれている。花子は敏感に悟る。
気にする事はない。
この世界には、跳梁跋扈しているらしい妖怪やら亡霊と一暴れするためにきたのだから。
恐怖を振りまくことこそ自分の本分。
だからこの女の言う事を気にする必要はないのだ。それは理解している。

が、駄目だ。
頭では分かっていても、やはり理想と現実は違う。
こうして人間に問いつめられると、花子は弱いのだ。
とくに人から敵意をもたれるという事には慣れていない。
悪霊たちからの敵意は自分を奮い立たせるが、
人からの敵意は自分を酷く弱くさせる。何故かは分からないが、そうなのだ。
長年培ってきた生き方というのは、そう簡単には変えられない。
世界が変わったところで、それが変わるというのはムシが良すぎたのだろう。
諦めとともに再認識すると、両手をお面にかけて外す。
脳からは激しい警告が発せられるが、意識的に無視する。

「・・・・・・これで良い?」

兎のお面が外されると、人里でも見かけるようなおかっぱ頭の可愛らしい表情が現れる。
考えすぎだったかと、慧音は少しだけ自分の判断を疑う。
しかし目はやはり里の子供たちとは違っていた。

「・・・・・・なんだちゃんと喋れるんじゃないか。それに顔も人間の子供と変わらない。
そのお面に何か拘りでも・・・・・・おい、どうした。顔が真っ青だぞ?」

慧音が花子の異変に気付き、問いかける。
見て分かるほど、少女の身体はブルブルと震え始めていたからだ。

「あ、あぁぁ」

「おい、大丈夫か!」

「苦しい。寒い。熱い」

花子の身体がとめどなく震え始める。
両手で思い切り喉を絞める。
息が出来なくなるがそんなことはどうでも良い。

震動が伝わり、ちゃぶ台のお茶が零れてしまった。
零れたお茶がこちらの方へと流れてくる。

傍目でそれを見やりながら、花子は久々の地獄を味わっていた。
心がとても寒い。このままでは凍ってしまう。
凍りついたまま身動きができなくなる。それはとても苦しい。

しかし一方で身体は炎を纏ったかのように熱い。
灼熱のマグマが身体に振掛けられたかのように、燃え滾る。
身体から蒸気が出ている気がする。体内は真っ赤な炎に焙られている。
喉はとっくに焼け爛れ、呼吸をするだけでも激しい痛みが走る。

このままでは骨まで焦げてしまう。とても耐えられない。
大事な大事な『左手』も炭となって崩れてしまった。
弱い私では耐える事ができない。誰か私の『右手』を握って。
真っ赤に燃える幾枚もの花びらが私を包み込む。
あのお面が無ければ私は。

――誰か助けて。助けて。出来ないのなら――。
お願い、我慢できない。耐えられない。この地獄は私には耐えられない。


花子が朦朧として意識を失う寸前に感じたのは、誰かが強く抱きしめてくれる感触と、
心配そうな顔でこちらを覗き込む、あの説教好きであろう女の表情だった。


それをみて、ぼんやりと思い出すことがある。
いつかどこかで見た表情だなと、花子は遠い昔を懐かしんだ。




・兎のお面
手作りらしき可愛らしいお面。口は×印である。・×・
目の部分には穴が勿論ある。



[25620] 第三話
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/26 21:12
満杯に詰め込まれた魚篭を、肩にひょいとぶら下げて少女は鼻歌交じりに歩いていた。
秋と言えば食欲の秋。昨日は山ほどの山菜を収穫出来たので、今日は川に出かけてみたのだ。
ノンビリとした時間を過ごす事ができ、自然を穏やかに感じる事が出来る『釣り』を少女は気に入っていた。
釣りというのは奥が深い。何も考えないで、釣針を浮かべているだけでも問題ない。
逆に釣り道を極めて、釣りキチと呼ばれることを目指しても良い。
人それぞれ、千差万別。それもまたよし。

という訳で、イワナやヤマメ、鮎を思う存分釣り上げた少女は、
久しぶりに友人と秋の味覚と酒を楽しもうと、里へと向かっていたのだ。

少女の数少ない友人である上白沢慧音は、寺子屋の教師であると同時に里を守る役目を担っている。
ぶらぶらしているだけの自分とは違い、気の毒になるくらいに忙しいのだ。
人の良い友人は気にしなくても良いと言ってくれるが、こちらが遠慮するのは当然である。
本当は何か手伝いたいという気持ちはあるのだが。

(今更そんなこと言いだしにくいし。迷惑がられてしまうかもしれない)

普段のぶっきらぼうな態度とは違い、本来は小心なのだ。
自分が傷つくのが嫌だから深く入り込まない。人付き合いを避けるのもそれが理由だ。
話しかけられれば応えるが、自分からは入り込まない。
無駄に長く生きてきて、身に着けたのがそれでは洒落にもなりはしない。
自嘲めいた笑いを漏らすと、里の酒場へと少女は足を向ける。
疲れているだろう友人を励ます為だ。奮発して多少良い酒を買って行ってやるとしよう。



少女の名は藤原妹紅。蓬莱の呪いを受けた、不老不死の娘である。




賑やかな声が店内から聞こえてくると、妹紅は少し顔を顰め、静かに戸を開ける。
人が大勢いる場所にいくと、無意味に緊張してしまう。

案内役の女が近づいてきたので、席への案内を手を振る事で断る。
さっさと用件を済ますことにした少女は、酒場の大将に話しかけた。

「いらっしゃい、妹紅さん。お酒のご入用で?」

「ああ、今日は少しだけ奮発するつもり。適当につまみも見繕ってくれる?
焼き鳥はいれてくれると嬉しいな」

魚だけでは何か味気なく感じたので、焼き鳥でも何本か買っていこうと思っていた。
簡単な話が、通りまで漂ってくる香ばしい匂いに釣り上げられたという訳だ。

店主は調理場にいる店員に幾つか指示を出すと、妹紅へと振り返る。
手を顎にあて何か考えるような仕草をすると、意を決したような感じで語りかけてくる。

「妹紅さん、これから慧音先生のところへ行かれるんで?」

「うん、そのつもりだけど」

「それでしたらつまみはサービスしますから、ひとつお願いがあるんですが」

酒場でこんなことを言われたことはなかったので、妹紅は面食らう。
自分が人付き合いを避けているというのは、里の人間には良く知れ渡っているはずだ。
それなのに、このような『お願い』を言ってくるということは、それなりの事情があるのだろう。

「聞く分には構わないけど、叶えることができるかは保障できないよ」

いつものように、愛想を見せる事なく答える。
慧音あたりがいれば眉を顰めるだろうが、そんなことは知った事ではない。
実際面倒なことには首を突っ込みたいとは思わない。

店主は苦笑すると、

「いえ、別に大したことではないんですがね。
慧音先生のところで、お説教されてるだろう女の子の様子を見てきて欲しいんですよ。
出来たらコイツで許してあげてくださいって意味もこめてね」

と調理を終えた店員からつまみと酒を受け取り、妹紅に手渡す。
全く話が理解できないまま、それを受け取る妹紅。

「・・・・・・よく分からないけど、慧音のところに女の子がいるの?」

「ええ、さっきちょっとした出来事がありましてね。
恐らく慧音先生の家で、ながーいお説教を喰らっているんじゃないかと」

「それが大将と何の関係があるのよ」

と、受け取った酒瓶をぶらぶらさせる妹紅。
それをみた調理場の店員が少し眉を顰める。
大将を馬鹿にされていると感じたのかもしれない。
やはり人付き合いというのは難しいなと感じる。
何十年、何百年生きてきても、相手を理解するということが出来る気がしない。
何千年後もきっとそうだろう。

「その原因の一旦となった、責任みたいなのを感じてましてね。
本当なら笑い話で終わる話だったんですが」

ポンポンと刈り上げた頭を叩く大将。

「ふーん。まぁいいや、用件は分かったよ。
オマケもしてもらったことだし、あの堅物の石頭を宥めてみるよ」

「ありがとうございます。今度は慧音先生と一所にいらしてください」

やれやれと肩を竦めて苦笑を浮かべる妹紅を見ると、大将も嬉しそうに微笑む。
注文の代金を支払い、酒場を後にする。
何だか妙な事になってしまったが、目的地に変更はない。
右手に魚篭、左手に酒瓶とツマミを抱えて、妹紅は慧音の家へと向かい出す。






慧音の家へと到着した妹紅は、戸をドンドンと叩き主を呼び出した。
灯りがついているということは、今日の仕事は終わったということだろう。
無駄足にならずにすんで良かったと、ほっと一安心する。


ところが、しばらく待っても主が出てくる気配が無い。
それどころか返事もない。
灯りを付けたまま慧音が出かけるということは、あの性格上滅多にないので不審に思う。
妹紅は少しだけ躊躇いながらも、戸に手をかけた。
今までも主人不在で上がらせてもらったことはあるが、それは事前に許可をもらってのことだ。
このように、勝手に押し入るような真似はしたことがない。
仮にも貴族の娘だった誇りは、未だに持ち続けている。自分ではそのつもりだ。

しかしながら、慧音が疲労でぶっ倒れている可能性も否定できなかった。
昨日は満月であり、歴史の編纂作業の後眠りもせずに寺子屋へ向かったはずだ。
万が一のことも考え、緊急事態と自分を納得させ家へと入る。


「・・・・・・慧音? お邪魔するよ」

何故か声量を抑えてしまった。
多少のやましさがあるためか、足音も出来る限り立てないように忍び足だ。
これではこそ泥ではないかと溜め息を吐きつつも、妹紅はそのまま明かりのついている居間へと向かった。




居間ではちゃぶ台の傍に腰掛けた慧音と、その膝の上で仰向けに寝ている少女がいた。
どういった理由かは分からないが兎の仮面をつけて、器用に寝ている。
慧音は少女の髪を撫でてやりながら、優しげな表情だ。
妹紅は多少混乱しながらも、挨拶をすることにした。
挨拶は人付き合いの基本であると、何度も何度もお節介に言われた調教成果である。


「・・・・・・こんばんは慧音。声をかけたんだけど、返事が無かったから上がらせてもらったよ。
疲労でぶっ倒れているんじゃないかと思ってさ」

慧音は妹紅へと顔を向けると、片手をあげて挨拶する。

「こんばんは妹紅。声は聞こえていたんだが、この有様で動く事が出来なくてな。
それに声を張り上げたら、この娘を起こしてしまう。無用の心配をかけて、すまなかった」


妹紅は荷物を畳の上に置き、座布団に座る。
そして、この状況と酒場の大将の『お願い』から、自分なりに事態を推測してみることにした。

この娘が何らかのイタズラを酒場の大将にして、その現場に慧音が居合わせた。
当然、生真面目一直線の堅物が、獲物を目の前にして放っておくとは思えない。
鬼の首を取ったかのような勢いで、首根っこを掴んでこの家に連れてくる。
その後はお説教のフルコースだ。少女がこのように精魂尽き果てるまで続いたのだろう。
それを思うと、妹紅は少し目を潤ませる。ここまでしなくても良いだろうにと。
いくらなんでも意識を失うまではやりすぎである。

ではこのお面は一体なんなのだろう。まさか得意の頭突きを顔面にいれてしまったんじゃ。
うっかり反論したときの、慧音の頭突きと来たら脳天に突き刺さる。物理的な意味でだ。
まさに経験者は語るというやつだ。私は両手の回数ぐらいで収まっている。
ということは、少女の顔が見るに耐えなくて、せめてもの情けにこのお面をつけてあげたのだろうか。
それは優しさというより、武士の情けというものだろうか。よく分からない。

ここまで考えると慧音を一瞥し、横たわる少女に両手を合わせ拝んでしまっていた。

「・・・・・・妹紅。今酷い侮辱をうけたような気がしたのだが。
何か途轍もない勘違いをしていないか?」

慧音は青筋を立てて、憮然とした顔で妹紅を睨みつける。

「いくらなんでも、ここまですることないじゃない。
意識を失うまで説教するなんて大人気ない。
それに顔面に頭突きするなんて、この鬼」

指を突き出して弾劾すると、慧音が激昂する。
心外だと言わんばかりに声を張り上げる。
先程声を抑えていたことは、すっかり失念しているらしい。

「誤解だぞ妹紅! これには事情があるんだ。
それに、私がそんな鬼のような真似をするわけが無いだろう!」

「そうなの?」

えっ!と目玉を大袈裟に丸くして見せると、

「当たり前だ!!」

と怒鳴られた。
ますますヒートアップしそうな慧音を手で制する。
うっかりからかい過ぎてしまったらしい。
やりすぎると、後が怖いので注意も必要だ。

「はいはい、じゃあ訳はこの後しっかりと聞いてあげるよ。
とりあえず、コレ台所で調理してくるね」

それじゃ動けないでしょと妹紅が言うと、力を抜いた慧音が返事をする。

「あ、ああ、悪いな。もうしばらくしたら布団に移そうとは思っていたのだが。
この通り、服をしっかりと握り締められてしまっていてな。動けないんだ」

慧音の視線の方へと目線をやると、少女が決して離すまいと服を握り締めていた。
微笑ましいものを感じた妹紅は、特に何も言わずに魚篭と酒瓶をもって台所へ向かうことにした。

しばらくすると、屋内は魚の焼ける香ばしい匂いに包まれ始めた。
ピクピクと横たわる少女の鼻が動いた事には誰も気付かなかった。
お面をしているから当たり前ではある。
少女はとてもお腹が空いていた。意識を失っていても食欲だけは旺盛だった。





「ふーん。それじゃあ本当に違ったんだね」

妹紅がお猪口に酒を酌みながら、ようやく納得したような表情を見せる。
一から十まで事細かに説明して、なんとか理解させる事に成功した慧音は安堵の表情を浮かべた。
そしてグイッと酒を呷る。


「・・・・・・当然だ。たしかに話は聞くつもりだったが、倒れるまでするわけが無いだろう」

話を聞くということが、説教にあたるんではないかと妹紅は考えたが、口には出さなかった。

「・・・・・・そのお面、その子にとって一体何なんだろうね」

「それは私達には想像のしようがないな。本人に聞いてみるしかないだろう」

そこまで言うと、慧音は膝上の少女が動き出したのに気付いた。

「・・・・・・・・・・・・」

少女はむくっと起きあがると辺りを見渡し始める。
慧音、妹紅の方へと順番に視線を移し、最後に食卓の上で動きが止まる。
微動だにしないその様子を見て、慧音は思わず苦笑する。


「・・・・・・腹が減っているなら食べても構わないぞ。良いかな、妹紅?」

「あ、ああ。遠慮せずに食べてくれ。ほら、箸だよ」

呆然とした表情で兎面を見詰めながら、袋から割り箸を手渡す妹紅。
酒場で買ったツマミに付いて来た割り箸だ。

起き上がったかと思ったら、いきなり食欲旺盛なところを見せ始める。
実は永遠亭からの刺客じゃないだろうなと、少しだけ考えたがすぐに改める。
流石の輝夜もこんな子供を使ったりはしないだろう。
それに同じ兎といってもお面をつけてるだけだ。
結論を出すと、妹紅は焼き魚に食いついた。


少女は席につくと礼儀正しく両手を合わせて、

「いただきます」

と子供らしい声で食べ物への感謝を捧げた。
暫く頭を下げ、漸く顔をあげると念願の焼き魚を突付き始める。
左手でお面を少し上げて、右手で箸を使っている。
なんとも面倒なことをすると妹紅は思ったが、慧音の話を聞いた後では突っ込みにくい。
また倒れられでもしたら困るし、聞くとするなら慧音の方が適役だと思っていた。


「うん、美味しいな。妹紅は料理が実に上手い」

「普通に焼いただけさ。それにおだてても、これ以上はなにも出やしないよ」

否定しつつも、嫌な気分はしない。
兎面の少女も首を縦にブンブン振っている。
どうやら慧音の意見に賛同の意を表しているようだ。
顔は見ることが出来ないが、満足げな空気は伝わってくる。
妹紅も少しだけ顔を綻ばせた。


それからは和やかに食事が進み、特に何事もなく時間が過ぎていった。



「妹紅、それに・・・・・・あー、そういえば大事なことを聞き忘れていた」

食器類を流し場に置いてきた慧音が、二人へと話しかける。

「・・・・・・?」

少女も頭に?マークをつけている。そのように妹紅には見えた。
顔は見えないが、態度で何を考えているかが非常に分かりやすいのだ。

「お前の名前は何と言うんだ? 一番肝心な事を聞いていなかった」

「・・・・・・おいおい慧音。それはないんじゃないか」

呆れ気味に慧音をジト目で見つめる。

「仕方がないだろう。だが誤まりは正されなくてはいけない。
というわけで自己紹介をよろしく頼む」

妹紅、慧音の視線を受けた少女は首を縦に振ると、居間の端っこにおいてある鞄のようなものを漁り出す。
目的のものを見つけたらしい少女は、それを持って二人の前へと再びやってきた。

ゴホンとわざとらしく咳払いをすると、誇らしげに話し始める。
今まで無口だったとは思えないほど、はっきりとした口調でだ。

「私の名前は花子。名字は櫻木だけど、それは本物じゃないし好きじゃないから、ただの花子。
この世界には、真の恐怖というものを身につけ、そして与える為にやってきました。
人々を脅かす存在として、長く語り継がれるように努力したいです」

好きなことは遊ぶ事と散歩、長く喋るのは苦しいからあまり好きじゃないと付け足すと、軽くお辞儀をする。
はぁはぁと肩で息をしているところを見ると、本当に喋る事が苦痛なのだろう。
妹紅は空気を読んで一応パチパチと拍手しておいた。しかし、隣に座る堅物の顔は怖くて見ることが出来ない。
努めて意識しないようにしたが、怒りのオーラがひしひしと伝わってくる。
冷や汗が背中を流れ落ちる。

少女は再び座ると、ちゃぶ台のうえに先程鞄から取り出した券のようなものを置く。
これを使ったんだよと、自慢げに券の上で指をトントンとさせる。
慧音と妹紅がそれをゆっくりと眺め、何が書かれているか理解すると部屋は沈黙に包まれた。



・使用済みチケット
『妖怪や亡霊が跳梁跋扈する地獄、或いは楽園へのチケット☆ミ』
半券が切り取られ、済マークが押されている。




慧音を恐る恐るチラ見すると、こめかみを手で強く押え、ブルブルと身体が震え始めている。
気のせいか部屋の温度も上がってきている。
これは危険な兆候だと、妹紅は中腰で素早く隅へと避難した。
ものはついでだと、自分にまで飛び火する可能性が否定できない為だ。
そして、これから自分がどう行動すべきかを妹紅は冷静に考える。
先程、慧音は『今日は泊まっていけ』と言おうとしていたらしいので、自分は風呂炊きの準備をするべきだ。
そして、倒れる予定の少女の為に布団を敷いておいてやるのが『大人』の優しさというものだろう。
そう判断すると、妹紅はてきぱきと行動を始めた。





花子が解放されたのは、再びぶっ倒れる寸前になるまで。
時間で言うと三時間弱である。
『ゴメンなさい』といった回数は、これまでの花子の最高記録を更新した。
ちなみに頭突きは貰わなかったが、ゲンコツを頂いた。



[25620] 第四話
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/27 23:46


ここはいつもより、少しだけ静かになった学校。
悪戯好きで、子供たちと遊びまわった少女が愛した場所。
そして今は放課後、普段ならば閑散としているはずの時刻である。


学校のとある教室で、子供たちが二名一組で盤を挟んで頭を捻らせていた。
既に諦め気味の生徒もいるが、髪をクシャクシャにして声を張り上げそうな生徒もいる。
無論劣勢で、次の一手が思いつかないからだ。優勢の生徒は、欠伸をしている。
黒板の前の老教師は、マグネットの盤を使い、参考書を片手にひたすら問題を解いていた。
基本のルールを教えたあとは、数を重ねるだけというのが教師の基本姿勢である。
自分の腕も自慢できるほどでもないので、研鑽をつまなくてはいけない。


しばらくして区切りがついた教師は、眼鏡を外して自分の目を軽く揉んだ後、腕時計を見る。
まもなくクラブ活動終了の時間だ。
この学校では火曜日と木曜日の2回、クラブ活動が行われる。
ちなみにクラブ活動は強制参加のために、生徒は必ず何らかのクラブに参加している。
人気があるのはサッカークラブや、バスケ、コンピュータであった。

将棋クラブはというと、どちらかというと地味なイメージが拭いきれない。
しかし、とある女生徒がたまに遊びにくる為に、そこそこに人気のあるクラブだった。

「そろそろ時間です。片付けをして、帰る準備に入りなさい」

落ち着いた声で生徒たちに呼びかけると、はーい、と元気の良い返事が返ってくる。
教室を見渡すと、将棋盤の上でオセロをしていた生徒を見つけるが、特に叱ったりはしない。
考える力を養うことが大事なのだから。


テキパキと片付け始める生徒達の中で、盤を見つめたまま微動だにしない少年二名がいた。
実力は同程度で、切磋琢磨してメキメキと実力を伸ばしている。
最近はインターネットで修行をしているそうだ。

「こら、もう終了時間だぞ。勝負も佳境だとは思うが、また次にしなさい」

一人の将棋好きとしては、最後までやらせてやりたいが、教師としてはそういう訳にはいかない。
野暮だとは思うが、きちんと注意を行った。

「・・・・・・後一分だけ」

こちらを見ようともせず、ボソっと呟く男子生徒。
審判役(片づけをさぼっている)生徒が残り時間を読み上げ始める。

「そういう訳にはいかん。・・・・・・この前教えた封じ手をやってみたらどうだ。
プロになったみたいで、面白いかもしれないぞ」

老教師は教卓の上にあったファイルと開くと、封筒とメモ用紙を取り出した。
そして筆ペンを手番の生徒に渡す。

「おお! これがあの伝説の封じ手か。おい、お前も一緒にやってみようぜ!」

「え、い、いいの?」

「早くしないと時間になっちゃうぜ!」

手番だった生徒と、対局相手の生徒が一緒になって次の手を考え始める。
それではあまり意味がないような気がするが、楽しんでいるのを邪魔するつもりはない。
老教師は携帯のカメラに対局状況を記録すると、他の生徒たちと片づけを開始した。



片づけを終え、生徒たちを送り出した老教師は職員室へと向かう。
よれよれのスーツを撫で肩に掛け、眼鏡のズレを直す。
チョークのついた指でポリポリと白髪頭を掻くと、やれやれと嘆息する。

随分と歳をとってしまったものだ。あの子は全然変わらないままだったのに。
そして、結局勝ち逃げされてしまったなと。
いつかグゥの音も出ないほど、彼女を打ち負かせて見たかった。
その時に、伝えたいことがあった。彼女に思い出してほしいことがあったのだ。

思いに耽っていたら、いつの間にか目的地についていた事に気付く。
ゆっくりと職員室のドアを開け、自分の机へと向かう。
自前の将棋テキストを棚に置き、一段目の引き出しから古ぼけた写身と手紙を取り出す。
手紙は彼女の最後の手紙で、可愛らしい兎の絵が描いてある。
手紙を机の上に丁寧に置いて、次に写身を眺める。

「・・・・・・それ花子ちゃんの手紙ですか?」

老教師が振り返ると、音楽担当の若い女教師が優しい笑みを浮かべていた。
手紙の内容は皆に伝えてあったが、実物を見せたのは初めてだ。

「ええ、あの子らしい。自由気侭で、自分勝手な手紙です」

「フフっ、可愛らしいウサギですね。・・・・・・その写身は?」

写身に興味を持ったらしい女教師は、老教師に尋ねる。
なぜならばそこに見知った顔があったからだ。
この学校にいたものならば、全員知っている。

「・・・・・・昔の写身ですよ。私がこの学校の生徒だった頃ですか。
前の校舎の写身は結構珍しいかもしれませんね」

背景の校舎を指差し、懐かしそうな表情を浮かべるとゆっくりと目を閉じる。

「ではこの女の子が?」

女教師は、中央で腰に手を当ててふんぞり返っている少女を指差す。

「そう、花子です。そして、その隣にいるのが私ですよ」

花子に負けじと、腕を組んで威張った姿勢をとっている坊主頭の男子生徒。
隣り合って、お互い意識しあっているのが写身からはよく分かる。
実際に少年と少女は好敵手であり、宿敵であり、親友だった。

「ふふ、昔はやんちゃでいらっしゃったんですね」

「男子の大将は私。そして女子を率いていたのが花子でした。
女子にちょっかいをかけると、花子が飛んできて掴み合いの喧嘩になったものです」

今でも思い出すことが出来る。本当に楽しい日々だった。
戦争中だとは思えないほど平和な日々だった。
毎日走り回り、先生に怒られ、そして遊びまわった。

その様子を見ていた女教師は、少し悩んだ後、老教師に尋ねた。

「・・・・・・私は良く知らないんですが、その、花子ちゃんはどうして?」

いつ、どのようにして亡くなったのかを聞きたいのだろう。
別に悪趣味なわけではなく、彼女がそういう存在になった理由について女教師は知りたいのだ。
彼女がどうしてそうなったか知っている人間は少ない。
この学校でも数えるほどだろう。
あの歴史は忘れてはいけないが、彼女自身のことについて、言いまわるつもりはなかった。
彼女自身もそれを言い出すことはなかったし、私も話す事は無かった。

「あの当時、どこにでもあったありふれた話ですよ。
ただ皆と違って、花子は少し遊び足りなかった。それだけじゃないでしょうか」


老教師は女教師の返事を待たずに、席を立ち窓へと移動する。
窓越しの視線の先、校庭の角に佇んでいる桜の樹。この学校を長いこと見守ってきた存在だ。
楽しい事も悲しい事も全て。


老教師はあの桜の樹を見ると思い出す。
あの酷く暑かった夏の日。刺すように照り付ける日差し。
立ち尽くす人々。止まる事の無い嗚咽。昏い眼差し。
燻る煙。黒焦げになった校舎。鼻を突く様な異臭。人、人、人。


桜の花弁が舞っていた。
少年は覚えている。黒煙と共に花弁が上っていく光景を。
あの時、あの場所にいた人間は誰もが覚えている。
真夏に桜が咲くなどと、笑われようとも構わない。信じてもらう必要も無い。
地獄のような世界で、確かにあの桜は咲いていたのだ。











朝の日差しを受けて、上白沢慧音はゆっくりと目を開ける。
そして布団の中で身体を伸ばし、瞼をこする。
まだ酒が残っているのか、少しだけ頭が重い。
こんなときは顔を洗ってスッキリさせるのが一番と、手早く着替えて洗面所へと向かう。
その途中で先に起きていたらしい妹紅と出会い、挨拶を交わす。
自分より早いのは珍しい、今日は雨でも降るかもしれないなどと失礼なことを考えながら。


「おはよう妹紅。今朝は随分早いじゃないか」

「おはよう。一番最初に寝かせてもらったからね。
まだちょっと早いから布団でのんびりしてるよ」

「折角起きたというのに、まぁ今日はいいか」

手を振って軽く笑いを漏らすと、寝室へと向かいだす妹紅。
思わず小言を言い出しかけるが、日曜だし構わないかと思いなおす。
今日は何の用事を片付けようかと少し思案すると、
とりあえずは当初の目的を果たすために移動を開始した。



妹紅は寝室へと戻ると布団に腰掛け、隣で眠る少女をじーっと見つめる。
兎のお面を外すと、酷く取り乱すと慧音から聞いていたのだが。
どう見ても素顔でぐーすか寝ている。時々魘されているが、これは昨日の慧音の影響だろう。
途中で退散して正解だったと妹紅は心底思った。

枕元へと視線を移すと、例の兎面が置いてある。
好奇心から、少女を起こさないようにゆっくりと手を伸ばす。
そして音を立てないようにつかみ、自分へと寄せる。
色々な角度から観察し、最後にお面と向き合う。

手触りは磨かれていて滑らか。木彫りの面で、色は白色、耳や目の部分に赤が使われている。
そんなに上手では無いが、気持ちがこもった造りだと妹紅は感じた。

(中々良く出来てるが、なんでそんなに執着するんだろう)

慧音が言うには、恐らくは精神的な問題だろうということだ。
それから守ってくれるのがそのお面の役割ではないか。
実際にそんな効果はなくても、花子にとっては『盾』となる存在。

(・・・・・・私にはよく分からないな)

溜め息を吐くと、なんとはなしにお面を被ってみようと自分の顔へと近づける。
折角だから花子の視点を体験してみようと。そう考えただけだった。

お面を装着した瞬間、妹紅の脳裏に様々な映像が流れ込む。
走馬灯という言葉があるが、まさにこれを指すかのようだ。
どこかの家、建物、優しそうな人、生意気そうな笑みを浮かべる少女。
色々な人物、場面が立て続けに流れ、妹紅はそれに酔いそうになった。

嘔吐感を堪えて眺め続けていると、徐々にそれらの映像に赤が混じる。
血のような赤が滲むように侵食を始める。炎が熱気と共に辺りを包み込む。
必死になって逃げ出そうと走るが、いよいよ自分の身体へと燃え移る。
これは自分なのか? 自分の身に起きている出来事なのか?
熱い。幻覚とは思えない。自分の身体は確かに燃えている。
顔が爛れだす。皮膚が融ける。髪が縮れて異臭を発する。

死や痛みを恐れない妹紅も、思わず悲鳴をあげてしまう。
自分は炎を操ることができる。何度でも甦ることが出来る。
歳を取らず、肉体が滅びる事はない。
だがそれは現実世界での話だ。
肉体的な損傷は問題ない。だが、精神的損傷はまずい。
妹紅が最も恐れるのは、廃人と化したまま永遠を生きることだ。
それではまるで呼吸をするだけの人形ではないか。
想像するだけで怖気が走る。そこまでの罪を犯したつもりはない。

何とか自我を取り戻し、元凶であるお面を外そうとするが、どうしても手が動かない。
右手を見ると確かに存在している。だが石のように動かない。指すら動かせない。

そして左手を見ると、何も無かった。
まるで人形の腕を切り取ったかのようで。
誰かの気配を感じ、顔を上げる。
そこにいたのは。





「うああああああああああああッッッ!!」

「ど、どうしたんだ!」

胸の一番奥から悲鳴を挙げる。直後、妹紅の視界には、襖を開けて心配そうな表情の慧音と兎面が飛び込んでくる。
両手で自分の顔を恐る恐る触ると素肌があり、付けていたはずのお面は花子の顔に存在していた。
身体が思わず震えだす。何故かは分からないが、非常に寒い。

「だ、大丈夫か妹紅。あれから一時間たったから呼びに来たんだが・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

目を丸くする慧音と、黙っている花子。
妹紅は大きく深呼吸をして、慧音に返事をする。

「い、一時間? も、もうそんなに経ったのか」

「どんな悪夢を見たのかは知らんが、あまり驚かせてくれるな。
いくら私でも寿命が縮むからな」

ふぅと一息つくと、笑顔を作って寝室を後にする慧音。
朝食が出来ているから早く来るようにと言い残して。

「・・・・・・・・・・・・」

花子がお面をつけて、こちらを見つめている。
妹紅はとにかく色々聞きたい事があったのだが、上手く言葉にする事が出来ない。

「な、なぁ! うん、その、あれだ」

「このお面はもうつけないほうが良いよ。危ないから。
それに、これは私だけのお面だし」

そう小さな声で言うと、妹紅の肩をポンポンと叩く。
どうやら慰めているつもりらしい。
思わず気恥ずかしさを感じたが、振り払う事はしなかった。

「お前が、外してくれたのか?」

「私が起きたら、魘されているから。
勝手に人のものを取ったら駄目だよ」

両手で×を作って、妹紅に腕を近づけてくる。
さっきのは何だったのかはまだ理解できないが、
今言うべき事はひとつだけだろう。

「ごめん。悪かった」

「・・・・・・うん」

一つ頷き両手で頭の上に輪っかを作ると、先に行くと言い残して花子は部屋を後にする。
残された妹紅は、まだ冷静さを取り戻せないでいた。

先程の悪夢が脳裏から離れないのだ。
一体あのお面は何だ。
なぜあいつは、アレを着けていられる。
どうして平気でいられるんだ。
・・・・・・逆に外したときアイツは、花子はどうなった?


少し考えた後、妹紅はもう一度着替えをすることにした。
汗で服が湿って、非常に不快だったからだ。
頭をぶんぶんと大きく振った後両手で頬を軽く叩き、妹紅は漸く動き始めた。




襖を閉めた花子は、朝食が用意されている居間へと向かう。
別に妹紅のことを怒ったりはしていなかった。
『子供』が苦しんでいたから、助けてあげただけだ。

そんなことより、昨晩の説教は本当に骨身に染みた。
聞いているフリをして、眠ってしまったらゲンコツが振ってきた。
なんでバレたのだろうか。座ったまま眠る技術はマスターしてるのに。

せっかく新しい世界に来たというのに、この現状は納得がいかない。
というか妖怪や亡霊が跳梁跋扈していないような気がする。
怒られる相手が変わっただけのような。
もしかして、自分は騙されたのではないだろうか。
お面を軽く撫でると、腕を組んで首を横に捻る。
結論を出すのはまだ早いかなと考え、とりあえずは空腹を満たす事にした。
食べるだけ食べたら、とっととこの恐怖の家から逃げることにしよう。
あの鬼教師『上白沢慧音』は恐ろしいが、自分の本気の逃げ足には敵うまい。
そう結論を出すと、花子は鼻歌交じりに歩き始めた。

鼻歌はなぜかドナドナだった。




[25620] 第五話
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/29 11:49
遅れてきた妹紅が席に着くと、上白沢家では珍しい三人での食事が始まった。
湯気が漂う炊き立ての白米、豆腐の入ったお味噌汁。
おかずは妹紅が昨日釣った残りの鮎を使い、塩焼きとした。
付け合せには漬物、海苔、納豆が揃い、誰もが描く理想の朝食像と言える。

花子は目を輝かせると、両手を合わせていただきますを言った後、がつがつと口に頬張り始めた。
学校にいたころは、こんな豪勢な食事をあまり食べる事はできなかった。
朝は校長が買ってきてくれる菓子パンと野菜ジュース。
昼は生徒たちと給食。ちなみに一番楽しみだったのはカレーライスと揚げパンだ。
夜はというと宿直の教師と一緒に、カップラーメンやコンビニのお弁当を一緒に食べた。
不味くはなかったが、流石に飽きていたのは確かだ。
一言で言うと、花子は家庭の味に飢えていたのである。
脇目も振らずに、黙々と夢中で食べ続ける。

慧音はその食べっぷりを微笑ましい表情で見守った。
ここまで美味しそうに食べてもらうと、作った甲斐もあるというものだ。
顔は見えなくても、少しだけ覗く口元を見れば、満足しているということが伝わってきた。
急須からお茶をいれると、花子のもとに湯飲みを置いてやる。
見るからに詰まらせそうだったからだ。
しばらくして、案の定ゴホゴホとむせた後、湯飲みを一気飲みする花子。
熱かったらしく一瞬身体を震わせると、ぜーぜーと肩で息をする。


妹紅はというと先程の一件で、少しばかり食欲を無くしていた。
が、残すのは礼を失すると思い無理やり食べる事にした。
いつもなら美味しいはずの朝食が、いまいちどころの話ではない。
少し恨めしそうに幸せそうな花子を見つめていたが、自業自得だと考え直す。


しばらくしてから慧音は、花子が落ち着くタイミングを見計らって話し始めた。

「食べながらで良いから聞いて欲しいことがある。・・・・・・これからの花子の件なんだが」

ご飯粒を頬につけた花子が、箸を持ったまま停止する。
突然自分が話題にあがったことに戸惑っているようだ。

「慧音、いきなり改まってどうしたんだい?」

「ああ、実は暫くの間ウチで面倒を見ようかと思うんだ」

妹紅と花子は目を丸くして、慧音を見つめる。
特に花子は、驚愕していると言って良い。
妹紅は固まった花子を横目で見ると、

「そ、そりゃまた思い切った考えだね。でも人を一人養うのは大変だよ?
猫や犬とは訳が違うんだからね」

言うまでもないであろうが、一応忠告する。
慧音では子供の面倒を見ることは、難しいだろうという意味を含めてだ。
性格に問題があるわけではなく、役割と、その多忙ぶりを考えての事だ。

「それは当たり前だ。私も覚悟を決める。妹紅も少しは面倒をみてくれるだろう?」

「え、わ、私? ま、まぁ吝かではないような気もするけど」

「第一、あの目標を聞いた後で放置する訳にもいかないだろう。
恐怖を振りまこうとする輩をそこらに野放しにはできん」

「・・・・・・そ、そうだよねー」

妹紅は、恐怖というより笑いを振りまきそうだと強く思ったが、敢えて何も言わなかった。

「うむ。それに行く宛もないみたいだしな」


二人の視線を受けた花子はブンブンと首を横に振り、

「い、いいよ。全然気にしないで。
(慧音の前では)もうしないし、これからは(見つからないように)気をつけるから」

心の声を間に挟みつつ、辞退するという想いを目一杯アピールする花子。
両手を使って、本当にお断りしますという気持ちを表現する。

「遠慮する必要はないぞ。お前には家事を少し手伝ってもらうつもりだしな。
さらには妹紅もお前の面倒をみてくれると約束してくれた。
私も助かり、花子も助かる。まさに一石二鳥じゃないか、そうだろう」

首を重々しく縦にふると、なんという名案なんだろうと慧音は自画自賛した。

妹紅は約束した覚えは全然なかったが、今は何を言っても無駄だろうなと諦めていた。
それに慧音を手伝う切っ掛けができた事に、少しだけ喜んでもいた。
未だ固まっている悪戯小娘を見ると、自然と笑みがこぼれて来る。

「まぁ私も少しはフォローするさ。お子様一人分の食料ぐらいなら手配できるよ。
お前はなーんにも心配しなくていいんだぞ」

花子がどういう心情なのかを把握している妹紅は、
ニヤニヤと笑い、先程のお礼とばかりに肩を叩いてやった。
そしてウリウリと人差し指で頬を突付く。

「ね、ねえ。ちょ、ちょっと待って」

「それじゃあ、後で私が里を案内しよう。色々と知ってもらいたいこともある。
今日は急ぎの用事もないしな」

「おい花子。早く食べちゃいなよ。洗い物が終わらないからね」

ご馳走様と言うと、慧音は食器を持って居間を立ち去る。
続いて妹紅も食事を終える。
後に残されたのは、箸を持ったまま呆然とする花子。
お面で分からないが、顔はナスみたいな色になっている。
頭の方はというと、真っ白になりグルグルと混乱していた。
先程までのとっとと逃げようという考えが、昔飲んだコーヒー牛乳ぐらい甘かったことを、今更思い知る花子であった。
ちなみにコーヒー牛乳は嫌いではない。今では『コーヒー入り乳飲料』とか紛らわしい事になっているらしいが。
それはコーヒー牛乳とどう違うんだろうと、花子はいつものように現実逃避した。






準備を終えた慧音は、花子をつれて大通りへと繰り出す。
当初は全然乗り気ではなかった花子だが、散歩は好きなので付き合うことにした。
念のために例のブツを積めたランドセルを背負って。

「まずは私が教えている寺子屋へと案内しよう。今日は休みだから誰もいないがな」

特に意識することなく、慧音と花子は手を繋いで、寺小屋へと向かう。
まだまだ冬には程遠い、実に気持ちの良い秋空だった。
周囲を物珍しそうにキョロキョロと見渡す花子。
学校から見える風景以外は久しぶりだったので、見るもの全てが新鮮に映る。

慧音はそんな花子に歩調を合わせて、ゆっくりと進む事にした。
出来ればここを気に入ってくれると良いなと思いながら。



寺子屋に到着すると、花子はいつになく真剣な表情でその場所を見渡す。
前の学校とは比べ物にならないほど小さく、また古びた建物だ。
でも『想い』がとても伝わってくる。それが花子にはよく分かった。
今までこの建物が見守ってきた歴史。それを感じ取る事が花子にはできる。
それとは別に、何故かは分からないが懐かしさを感じた。

「素敵な建物だね」

「もう結構経つからな。色々とガタがきていて、壊れては修理しての繰り返しだ。
建て直そうにも、先立つものがな」

自嘲気味に呟くと、花子と一緒に学び舎を眺める。
最近は忙しくて、こうしてのんびりすることもなかったなと思う。
走りっぱなしではなく、時には立ち止まる事も重要なのだと実感する。

「新しいのも良いけど、古いのも私は好き」

花子がそう言うと、慧音はそうかとだけ言い、花子の頭を撫でてやった。
二人で暫く立ち尽くしていると、リヤカーを引いた男がこちらに近づいてきた。
リヤカーの荷台には、布で覆われたそれなりに大きいものが載っている。
あれは家具屋の主人だったなと確認すると、一応挨拶する。

「やぁ、休みだというのに精がでるな主人」

「いえいえ、今日はこれを届けたら酒場に繰り出すんでさぁ。
という訳で早速ですが慧音先生、商品のご確認をお願いします」

急に丁寧口調になると、伝票を慧音に手渡す。
なんだろうと疑問に思いつつも、それを受け取り確認する。
送り元は見覚えのある名前で、商品名には大鏡と記入されている。
十数年前に、ここを卒業した生徒の名前だ。今は立派に成長し働いている。

「・・・・・・これは?」

「なんでも、昔お世話になったこちらへ寄付したいそうですよ。
お代金はもう先方から頂いております。
直接というのは恥ずかしいから、届けて欲しいと頼まれましてね」

良い話ですねぇと頭をペシッと叩くと、ニカッと笑顔を浮かべる主人。
それを見て思わず苦笑する慧音。

「しかし、タダで貰うという訳にもいかないだろう」

「いやいや、受け取ってもらえないとこっちも困っちまう。
先生がいなかったら、入り口にポイッと置いておくつもりだったんですがね。
さ、ちゃっちゃっと運んじまうんで、ここ開けて貰えますかね」

さぁさぁと慧音を催促すると、リヤカーを引いて寺子屋の中へと向かう。
慧音も仕方なく後を追い、鍵を開ける。


花子は、布で丁重に覆われた大鏡を暫く見つめていた。
賑やかな音を立ててリヤカーが移動を始める。
花子はお面を軽く撫で、トコトコと二人の後を追った。



大鏡を設置すると、主人はリヤカーを加速させてどこかへ行ってしまった。
恐らくさっさと片付けて、酒場に繰り出したい気持ちで一杯なのだろう。
時刻はまだ正午前である。

慧音は戸締りを終えると、花子と再び歩き出す。
ちなみに寺子屋の中も案内したが、がらんとしており特に見るべきものはなかった。
ここは子供たちがいてこそ光輝く場所なのだ。
花子も色々と興味深そうに眺めていたが、慧音が声を掛けると素直についてきた。

「ねぇ、あの大きな鏡。もらえて良かったね」

「あ、ああ。急で少し驚いたが、確かにそうだな」

いきなりだったため、なし崩しになってしまったが、後でしっかりお礼状を書かなくてはなるまい。
彼らが立派に成長し、一人前になっているということだけでも、慧音にとっては十分だった。
そんな彼らから贈り物を貰って、嬉しくないわけがない。

「うん、大事に使う事にしよう。それが一番のお返しとなる」

古びた寺子屋にはあまり似つかわしく無いが、時が経てば馴染むだろうと慧音は思った。

「・・・・・・でも、あれは」

花子は慧音に聞こえないように小声で呟くと、黙ってしまう。
慧音はそれに気付くことなく、花子の手を引いて里の中心部へと向かう。
鏡についてはその後触れられることはなく、慧音による里についての話が始まった。
人里の成り立ちや、里の施設、妖怪との関係、大結界、そしてスペルカードルール。
里に住むに当たって、守らなくてはならない規則。

長い話ではあったが、花子は真剣に聞き入っていた。
興味をもった事柄については、凄まじい集中力を発揮する。
よく分からない事は質問し、慧音もそれに一つずつ答えていった。
特に妖怪とスペルカードについて、花子は山ほどの質問を投げかけた。

漸く話が終わる頃、二人は目的地である里の中心部へと到着していた。
ここには自警団本部があり、また里でもかなりの賑わいを見せる場所だ。
休日ということもあり人の往来も多く、酒場や食事処は大盛況である。



目的を持たずに辺りを見渡していた花子だが、とある商店に目を止めると慧音の手を引く。
それに気付いた慧音が、

「うん? どうしたんだ」
と尋ねる。
花子は商店を指差して、あそこをちょっと見てきて良いかとお願いする。
少し考えた慧音は、自分の用事を思い出し丁度良いかなと考えた。

「私も自警団にちょっと用事があってな。少し時間がかかりそうだから、その店で待っていてくれ。
用件が済み次第迎えに行くから」

花子は大袈裟に何回も頷く。
そして妙に嬉しそうな気配を漂わせ、軽快な足取りで商店の方へと向かっていった。
背負ったランドセルが、足取りに合わせてひょこひょこと揺れている。
その態度にどこか不審なものを感じながらも、慧音は目的の場所へと向かう事にした。


その後、慧音は自分の判断を大いに後悔することになる。
後悔の代償は当然その場で支払わせた。




『くねくね』

色は白く、人間とはかけ離れた動きをする。正体不明であり、川原や田んぼで見かけられると噂されている。
目撃した者は精神に異常をきたし、くねくねと狂ったように躍り続けると言われる。
大抵は衰弱した後、死に至る。運が良い場合でも廃人となる。
万が一見てしまった場合は、自分の不運を嘆くしかない。
一説によると、目が悪かった場合助かったこともあるという。
視力の良い貴方は、自分の人生と引き換えに、くねくねの姿をはっきりと捉えることが出来るだろう。



書店の前で、本を持ったまま小刻みに震える少女がいた。
側に浮いている霊魂も同じように震えている。
足元には買い物籠を下ろし、かれこれ三十分ほどは立ち読みをしていた。
書店の店主は迷惑そうな顔をしながらも、注意をするようなことはしなかった。
良く買い物をしてくれる常連客でもあるし、普段は気の良い少女なのだ。
それに、このような光景は今に始まったことではない。
店主はやれやれとため息をつくと、ハタキを片手に店内の掃除を再開する。


白玉楼の庭師、魂魄妖夢は怖い物が苦手である。夜も眠れなくなるほど苦手である。
しかし、死ぬほど嫌いというわけではない。
震えるほど怖がる癖に、自分から『本当にあった怖い話百選』を読んでいることからも明らかだ。
怖いものみたさというのは、恐怖心を時に上回る。
ドキドキを手軽に味わえるこういった類の本を、ちらっと読むのが好きなのだ。

しかし側に置いておくと呪われる気がするので、こうして立ち読みで済ませている。
手元に置くなんてとんでもない話だ。
主がプレゼントしてくれた恐怖小説は、厳重に封印して押入れの奥に保管してある。
念のために『悪霊退散』の御札も張っておいた。
何が飛び出してくるか分かったものではない。
その御札をみた主は顔を引き攣らせていたが、妖夢にはよく分からなかった。


(それにしても、この『くねくね』は恐ろしい)

一体どんな姿形をしているのだろう。白いコンニャクみたいなものだろうか。
本当にくねくね動いているのだろうか。大きさは? 一体どのように現れるのか。
なんでくねくねしてるのか。くねくねってなんだ。
気になって気になって仕方がないが、これっぽっちも会いたいとは思わない。
会ったら死ぬ、もしくは廃人化とまで言われて、会いたいとおもう者などいるわけがない。
仮に、万が一、万が一遭遇したとしても、魂魄妖夢は切り抜ける自信があった。
この楼観剣と白楼剣さえあれば、きっとなんとかなる。
よく分からない根拠から勇気を奮い立たせて、自分を納得させる。

くねくねについて大体の情報を得ることに成功した妖夢。
そろそろ戻らないとまずい時間だと考え、本を閉じて戻そうとする。

その時、『トントン』と軽く肩を叩かれた。
長時間すぎて店主に注意されてしまったかと一瞬思ったが、店内で掃除をしている姿が確認できる。
あれ? と思い、何気なく肩越しに振り返る妖夢。



白いナニカがいた。
白布のようなものを被り、くねくねくねくねと身体を捻らせている。
その異形の憎悪を表すかのように、額にあたる部分には『呪』と血文字で書かれている。
『祝』という字に斜線が引かれているのもおぞましい。どれだけの怨念が籠められているのだろう。
この世の全てに対する悪意を感じる。まさに呪われた存在だ。
くねくねくねくね。絶え間なく、波打つように身体が揺れている。

顔が凍りつき、身体を硬直させる妖夢。
グギギギとなんとか首を戻すと、震える手でもう一度本を開く。

『川原や田んぼで見かけられると噂されている』

確かにそう記述されている。何度も何度も読み直す。
食入るように見つめる。本を握る力が思わず強くなる。

駄目だ。ここにくねくねが出てくるのは駄目だ。そんなのは認められない。

(ななななな、なんでここにくねくねがいるの! こ、ここは里の書店なのに!)

今のは自分の勘違いかもしれない。何かの見間違いかもしれない。
だっているはずはないのだから、いてはいけない。そう、いてはいけないのだ。
後ろ足で、先程いたと思われる場所をそっと探ってみるが、妙な感触はない。
自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
ゴクリと唾を飲み込むと、妖夢はゆっくり、ゆっくりと後ろを振り返る。

そこには、自分の希望通りに何もいなかった。

やはり先程のは幻だったのだ。自分の恐れが引き起こしたものである。
まだまだ、修行が足りないなと反省する妖夢。

はーっと大きく息を吐き、もう一度本を棚に戻す為に振り返る。

――そこには、自分の顔寸前まで近づいていたくねくねの姿があった。
振り向いた時に、目と目がばっちり合ってしまった。
脳裏に先程の文章が思い出される。

『万が一見てしまった場合は、自分の不運を嘆くしかない』
『視力の良い貴方は、自分の人生と引き換えに、くねくねの姿をはっきりと捉えることが出来るだろう』


「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

里全体に響き渡るような、凄まじい悲鳴を挙げる妖夢。
あまりの声の大きさに、くねくねも思わずひっくり返る。
両手で耳にあたる部分を押さえて、バタバタと転げまわるくねくね。

妖夢は四つんばいになり、くねくねから遠ざかろうとするが上手く行かない。
腰はとっくに抜けて、腰に刺した刀を鞘ごと振り回して威嚇する。
抜刀するという考えは、すっぽり頭から抜け落ちている。
土ぼこりが舞い、鞘が当たって台の本が何冊か転げ落ちる。

漸く耳へのダメージを回復したくねくねは、やりすぎたと少しだけ反省していた。
こっちに来てから、これ程のリアクションを取ってくれた者は初めてだったので、達成感も感じていた。
とはいえやり過ぎは良くない。ちゃんと謝ろうと考えたくねくねは、ひとまず妖夢を落ち着かせようとする。
これがトドメとなるとは、運命とは実に皮肉なものである。



泣き喚いている妖夢。なんだなんだと集まり始める野次馬。
一体何事かと飛び出してくる店主に、バツが悪そうに頭を掻き、妖夢の背中を撫でているくねくね。


その喧騒はしばらく続いたが、騒動を聞きつけた慧音がすぐさま駆けつける。
事態を正確に把握した慧音の、スナップを効かせた『頭突き』により、くねくねがノックアウトされることで漸く収まる。
慧音はくねくねの白布を乱暴に引っぺがし、店の主人に今すぐ処分するように依頼する。
ダウンしている『くねくね』こと、兎面の少女はノビたままピクピクと痙攣している。
怯える店主は素直に承諾し、奥へとすぐさま引っ込んでいく。

慧音は両手に荷物を抱えると、非常に不機嫌な形相で書店を後にした。
肩に持ち抱えられた妖夢と、首根っこを掴まれ引き摺られる兎面の少女の姿は、
それからしばらく里中で話題となった。




[25620] 第六話
Name: にんぽっぽ◆534cd6b0 ID:0a30a55a
Date: 2011/01/30 20:20


上白沢慧音宅、外の賑わいと比べると非常に重々しくぎこちない空気が漂っていた。
腕を組んで眉を吊り上げている慧音。
気恥ずかしさと、醜態を晒してしまった自己嫌悪により下を向いている妖夢。
しょぼーんと肩を落として、妖夢と向かい合って正座する花子。
表情は窺えないが、反省しているらしい空気は伝わってくる。


あの騒ぎの後、こちらに担ぎ込まれた二人。
目を覚ました花子を待っていたのは、いつも以上のお叱りであった。
里で騒ぎを起こす事は控えろと言われた直後だった為に、自然苛烈なものとなる。
特に里の者を巻き込んでしまったのがまずかった。

花子は時々頭を痛そうに撫でながらも、一応は神妙に聞いていた。
流石にこのタイミングで、居眠りするほどの勇気は持ち合わせてはいなかった。
もう一度頭突きを喰らったら、自分の頭の存続に関わると危惧したからだ。


一方の妖夢はというと、本音を言えば今すぐにでもお暇したかった。
先程の件は、水に流してなかったことにしてほしいぐらいである。
白玉楼の護衛を自認している妖夢にとって、こんなお子様にしてやられたなどあってはならないのだ。
文句を言おうにも、項を垂れている子供に向かってネチネチいうほど大人気なくはない。
チラリと掛けられている時計を見ると、既に小一時間は経過している。
こんなに遅くなっては、幽々子に何があったか尋ねられるだろう。
一体どう誤魔化したものかと、妖夢は落ち込みながら考えていた。

(お、お腹が急に痛くなったので遅くなりました・・・・・・は、苦しいか)

何故だか、本当にお腹が痛くなりはじめた妖夢だった。



「・・・・・・本当に分かったのか?」

慧音が花子に念押しをする。理解してないようならば、まだまだ続けるつもりであった。
今まで教えてきたどのような悪ガキよりも、一筋縄ではいかないと再認識する慧音。
一見反省したとみせかけて、次の機会を虎視眈々と狙っているのだろう。
慧音は正確に、花子の行動原理を見抜いていた。
少しずつ矯正していくしかないと、慧音は末永く指導していくつもりでいる。

「物凄く反省してます。二度としません。ごめんなさい」

どことなく白々しさを感じさせる言葉に、慧音はもう一度念をおす。

「それは心からの言葉か?」

「はい、超反省してます」

「超はつけなくて良い」

「ウイ、マダム」

いきなり立ち上がると、ビシッと敬礼をする花子。
右手をあげて肘を曲げ、指を頭の前部にあて、掌はしっかりと前方に向けられてる。
仏軍式の敬礼だ。

――十秒ほど沈黙が流れる。
花子は直立不動のまま身動きしない。
慧音は眉を危険な角度に吊り上げると、

「・・・・・・日本語で返事をしろ。それに私は既婚ではない。
さらに言うと、敬礼はこの場では全く必要がないし相応しくない」

と、怒りを堪えるような口調で叱る。

「はい」

イエッサーと答えそうに鳴るのを踏みとどまり、小さく返事をする。
すぐさま正座の姿勢に戻り、もう一度反省してみせる花子。
慧音はそんな花子をしばらく見つめた後、深い溜め息を吐いた。


一方の花子はというと、ようやく終わるのかなーと嘆息していた。
ちなみに今までの謝罪は、『白布を使ったイタズラは』二度としませんという意味だ。
自分のほぼ全財産をはたいたお宝は、哀れ処分されてしまった。
やりたくても、もう二度と出来ない。まだまだ遊び足りなかった。
捨てなくても良いのにと文句を言ったら、余計に怒られた。
カルシウムが足りないんじゃないかと思ったが、それは口に出さなかった。
火に油を注ぐほど、自分は愚かではない。


どれだけ怒られてもイタズラをやめることなど、花子にとっては考えられない。
しかしこの場を乗り切る為には、多少の譲歩も必要だろうと考え、とりあえず反省した。

『反省だけなら猿でもできる』、昔校長に叱られたときに言われた言葉だ。
つい、反射的にウキーと猿真似をしたら、顔を真っ赤にした校長に日が暮れるまで説教されてしまった。
まさに口は災いの元である。
よって今回は余計なことはそんなに口にせず、ちゃんと謝る事にした。
慧音の方が、校長よりも色々と恐ろしい。物理的に。
手より先に頭が出るタイプは、初めてだった。

「・・・・・・今回はこれぐらいにしよう。最後に、ちゃんと妖夢に謝るように」

慧音が言うと、花子は妖夢に平伏して、

「ごめんなさい」

と素直に謝った。お代官にひれ伏す農民のように。
妖夢は思わず慌てて、

「も、もういいですから。そ、それより、今回の事は幽々子様にはどうか内密に」

謝罪よりもこちらの方が重要だった。
こんなことが知られたら、何を言われるか分からない。
きっと生暖かい視線を向けられて、しばらくの間、思いっきりからかわれるだろう。
そんな恥ずかしい目にあうのはゴメンである。

ちなみに里中が今回の話題でもちきりだということは、今の妖夢はまだ知らない。
再び里を訪ねたとき、皆がひどく優しい顔を向けてくることになるのだが。
子供を温かく見守るような、大人の顔で。

「うん? しかし幽々子殿にも、軽く伝えておいたほうが良いんじゃないか。
迷惑をかけてしまった訳だしな。花子の『保護者』として一言謝っておかないと」

保護者と言う言葉に、花子は顔を思わず顰めた。
お説教、教師、保護者は密接なラインで繋がっている。
花子にとって有り難くない意味で。


「いえ! 本当に良いですから。この子も反省してるみたいだし、私はもう良いんです。
ですから、今回の件はどうか内密に!」

血相を変えて、慧音に訴えかける妖夢。
その勢いに、少し押されながらも慧音は了解した。

「わ、分かった。そう言ってくれるなら、花子も助かるだろう。
本当にすまなかったな」

最後に慧音が謝罪すると、妖夢は頷いて立ち上がる。
一度だけ慧音たちに礼をすると、玄関の方へと向かう。
慧音と花子も見送りをすることにした。

買い物籠を持ち外に出ると、それではと言い残す妖夢。
そんな妖夢に対し、

「また遊ぼうね」

と不吉なことを言う花子。表情は見えないが、微笑んでいるようだ。
嫌な予感を覚えた妖夢は、顔を引き攣らせて無言で立ち去る。
花子は飛び去っていく妖夢に、大きく手を振る。

慧音は肩を竦めて、

「さぁ、中に入ろう。説教のしすぎで、喉が渇いてしまった。
お茶にでもするとしようか」

と言い、家の中に戻る。
戸棚に饅頭があるのを発見していた花子は、首を縦に振ると慧音の後を追った。
花子は甘いものが大好きである。
和菓子から洋菓子までドンとこいだ。

ちなみに嫌いなものはわさびである。辛子やマスタードも嫌いだ。
とくにからし入りメンチカツパン。あれは大嫌いだ。
なぜそのままで美味しいメンチカツに、からしを入れてしまうのか。
花子には全く理解できなかった。
食べ物を粗末にしたくないので、頑張って完食したが、
すぐさまうがいをして、水に流した。
その後花子は、袋の裏の表記を毎回見ることにし、からしの類が入ってないことを念入りに確認するようになった。





白玉楼へと戻った妖夢は、再び顔を引き攣らせることになる。
白布をかぶった多数の幽霊が、妖夢の帰りを待っていたからだ。
ご丁寧にゆらゆらと、身体を動かしている。
くねくねしているつもりなのだろうか。
皆無言であったが、どこか生暖かい視線を向けられている気がする。
思わず眩暈がする妖夢だったが、気力を振り絞り中へと入る。
帰宅が遅れた事を、主人である幽々子に報告する為だ。
嫌な予感がひしひしとするが、ここまで来て逃げる訳にはいかない。

白布を被った幽霊と時折すれ違いながらも、幽々子の部屋の前へとたどり着く。
気持ちを落ち着かせる為に大きく深呼吸をした後、妖夢は襖を開けた。
そして、自分の予感が正しかった事を思い知る。

「ゆ、幽々子様」

「おかえりなさい妖夢。あまりに貴方が遅いからこんな姿になってしまったわ」

桜模様の入った白布を被って、くるくると優雅に回っている主。
白玉楼の主である西行寺幽々子、その人である。

「お、遅くなって申し訳ありません。・・・・・・そ、そのお姿は?」

聞かなくても分かってはいるが、聞かずにはいられない。


「近頃、人里で流行っているそうね。紫が教えてくれたのよ」

「な、なぜその事を・・・・・・」


可笑しそうに笑うと、ゆらりと舞うように布を脱ぎさり、妖夢へ投げ渡す。
慌てて落とさないように掴む妖夢を、幽々子は微笑みながら見つめる。

「・・・・・・あ、あの」

「何かしら? ああ、別に気にしなくて良いのよ。
小さな女の子に不覚をとったぐらいで、私はグチグチ言ったりしないわ」

『小さな』という部分を強調する幽々子。
どことなく上機嫌で、妖夢に語りかける。
妖夢は汗をダラダラと流し、亡霊の姫君に尋ねる。

「え、えーと。どうして知っていらっしゃるんですか?」

「妖夢のことなら何でも知っているわよ~。詳しく聞きたい?
ちょっとだけ長くなるけど、喜んで何もかも話してあげる」

「い、いえ結構です。 本当に遠慮します!
そ、それでは失礼します!」

後ろをグルっと振り返り、退出しようとする妖夢。
そんな妖夢を引き止める落ち着いた声。

「そんなに慌てないで妖夢。貴方にちょっと聞きたい事があるの」

「な、なんでしょう幽々子様。あ、今日の夕飯でしたら新鮮な魚が」

慌てて今日のおかずを報告しようとする妖夢。
なにを言っているんだこいつと、一瞬呆れた表情を浮かべる幽々子。
だが妖夢が天然であることを思い出し、元の表情に戻る。

「・・・・・・おかずの話はどうでもいいの。あのウサギのお面をつけた女の子のことなんだけど。
貴方、何か感じなかった?」

予想外の質問をされて、『えっ』と間抜けな表情をする妖霧。
しばらく考えてみるが、くねくねのインパクトが強すぎて全く覚えていない。

「い、いえ、特におかしなことはなかったと思いますが。
強いて言えば、イタズラ好きで人騒がせな女の子ということでしょうか。
全く、本当に困ったものです!」

今回の件の元凶であるため、少し言葉がきつくなる。
もう怒ってはいないが、最後の『また遊ぼうね』という言葉がひっかかっていた。
あれは『またイタズラするからね』という意味がしてならないのだ。
今度は絶対に引っ掛からない。固く決意する妖夢だった。

「そう。一度会って見たいわ。今度ウチに招待するからそのつもりでね」

満面の笑みを浮かべる幽々子に対し、思わず固まる妖夢。

「ゆ、幽々子様? な、なぜ白玉楼に?」

「ふふ、それじゃあよろしくね妖夢」

「え、ええ!?」

呆然としている妖夢を楽しそうに一瞥した後、部屋を後にする幽々子。


先程の件を知っているのは、別に妖夢をイタズラ心から観察していた訳ではない。
流石に、そこまで暇な立場ではない。暇ならするのかというと、それは否定できない。
妖夢をからかうことは、彼女の趣味でもある。
それに、部下とのコミュニケーションは大事だ。

では何故かというと、紫からお面の少女のことを聞いていたからだ。
何でも『へっどはんてぃんぐ』とやらで、外界からわざわざ引き抜いてきたらしい。
話半分に聞いていた幽々子ではあったが、幽霊を統率する立場として興味が湧く話であった。
紫が連れてきたという事は、何らかの理由があるはずである。
面白そうだからという迷惑な理由も考えられはするが。
この世界の害になるようなことは、八雲紫は絶対にしない。
そのような存在はすぐさま始末してしまうだろう。
誰よりも寛容であると同時に、誰よりも残酷である。


幽々子は少女が幻想郷に来た事を聞くと、偵察霊を放って探らせていた。
当然今も、後を付けさせている。
幽々子は偵察霊に視界を同調させて、ウサギ面こと花子を延々と観察していた。
花子が巻き起こす騒動を見ていた幽々子は、笑いを堪えることが出来なかった。
紫が引き抜く程の実力は全然分からなかったが、笑いを振りまく才能はピカイチだと思った。
もしかしたらそれが狙いなのかもしれない。
先程のくねくね事件は、涙が出るほど笑い転げてしまった。
およそ、部下には見せられない醜態である。
自分は威厳溢れる、白玉楼の主である。それでも、我慢できないものは出来ないのだ。

思い出し笑いを零しそうになるのを、グッと堪えて幽々子は長い廊下を静かに進む。
怪訝そうな顔をした幽霊を無視して、桜の木々を遠目に眺める。
まだまだ春は遠い。次にその美しい姿をを見せるのは当分先のことだ。

(本当に会うのが楽しみ。あの子達にね)

扇子をだし、ゆっくりと広げると優雅に煽ぐ。
秋も中頃だというのに、まだまだ寒さを感じるには程遠い。
・・・・・・むしろ、暑く感じられるほどだ。
真顔に戻った幽々子は、空を見上げる。
忌々しいほどに照りつける太陽。
とうに過ぎたはずの夏をしばし思い出す。
幽々子はしばらくの間、感傷に耽りながら見つめ続けていた。






上白沢家が寝静まるのは早い。
明日は日曜ではあるが、早寝早起きは上白沢慧音の基本である。
妹紅はというと、永遠亭までの病人の案内を里の者に頼まれていた。
またそのうち来るよ、と言い残すと妹紅は竹林へと帰っていった。
花子は少しだけ寂しそうな顔をしたが、引き止めたりはしなかった。

学校にいた頃、一緒に遊んでいた生徒たちが帰宅する光景を何度も何度も目にした。
花子は何度も『ばいばい』と寂しげな笑顔で見送った。
その後は暗く人気のない夜の学校で、一人寂しく遊ぶのだ。
教師たちもたまに相手をしてくれるが、皆それなりに忙しい。
それを理解している花子は、空気を読んで大人しくしていた。

だから、コンピューター実習室ができた時は人一倍篭もっていた。
ゲームに熱中している時は、寂しさを紛らわせることができるから。
それまでは、図書室で本を読んだり、校内を意味もなく散歩するぐらいしかなかった。
散歩が、いつの間にか『見回り』と勘違いされていた事には笑うことしか出来なかったが。


大人しく夕食をとり、風呂を済ませた慧音と花子は床に就いた。
同じ部屋で布団を並べて寝ている。昨晩は妹紅と寝ていた。
三時間ぐらいが経過し、完全に静まり返った頃。

狸寝入りをしていた花子は、コソコソと布団から起き上がる。
普段寝る時だけは、お面を外しているが今日は付けっぱなしだった。
なぜならば起きているつもりだったからである。寝る時以外は外さないのが基本だ。


「・・・・・・・・・・・・」

じーっと慧音を観察し、起きる気配がないのを念入りに確認する。
数十秒眺めて警戒を解いた後、寝巻きを脱ぎいつもの服に着替え始める。
寝巻きは慧音が物持ち良く持っていたお古である。
寝巻きを丁寧に畳むと、布団の横へと置く。

部屋の隅においてあるランドセルをごそごそと漁り、とある物を胸ポケットへと入れる。
そして身支度を完了すると、花子はそーっと忍び足で移動し襖を開けた。
余計な荷物は持っていない。手に持っているのは、空の紙袋だけだ。
寝具店で買ったシーツが詰められていた、あの袋である。

花子は一度だけ、布団で寝ている慧音を見やる。

そして無言で振り返ると、花子は部屋を後にした。
慎重に玄関の戸を開ける。昼間とは違い、人の往来は既にない。
時折聞こえる犬の遠吠えが、どこか物悲しさを覚える。

お面がぼんやりと光り輝き、花子に行き先を指し示す。
軽くそれを撫でると、小走りに夜の世界へと駆け始めた。



一人だけになった寝室。
花子の寝ていた場所は、枕とランドセルにより簡易な偽装がされている。
一見、誰かが寝ているような膨らみが出来ている。


寝ていたはずの慧音はむくりと起き上がり、花子の掛け布団をめくる。

「・・・・・・・・・・・・」

花子がいない事を確認し、少しだけ開いたままの襖へ視線を移す慧音。
何かを考え込むように、慧音はしばらく見つめていた。




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.160926103592