ここはとある町の小さな学校。
どこにでもある、普通の公立小学校だ。
歴史だけは長く、戦火ににより廃墟になった事もあったが、
生き残ったもの達により、歩んできた道のりは無事引き継がれた。
何人もの子供を育て、そして見送ってきた。
それはきっとこれからも続いていくのだろう。
そんな学び舎の一室に一人の少女の影があった。
髪は時代遅れのおかっぱ、名札には花子と書かれている。
服装は白ブラウスにサスペンダー付の黄色いスカート。
そんな少女が暗い部屋で一人きり、真剣な表情でパソコンに向かい合っているのだから、
誰がみても違和感を覚えるに違いない。
その部屋とは、一年前に作られたそこそこに立派な『コンピューター実習室』である。
何でも、『じょうほうかしゃかい』とやらの実現には必要不可欠であるらしい。
ハゲ頭の校長が自慢気に朝礼で話していた。
木造建築の古臭い校舎には似つかわしくない、まだまだ新しさの残る場所だ。
エアコン完備で、パソコンには幾つかゲームも入っているので、
休み時間には生徒が何人も押しかける。
その競争率の高さときたら、チャイムが鳴ると同時にダッシュをしても、
空席が残り僅かしかないほどである。
当然実習室に近いクラスが有利なのは当たり前ではあるが。
そのような賑わいを見せる実習室も、放課後になれば御覧の通り。
昼休みと授業で使用する時間以外は基本使用禁止なので、
こうして優雅に独占することができるのである。
この学校の生徒であるならば、勝手に使っていたら怒られて然るべきなのだが、
この少女はとある理由により出入り自由となっている。
カタカタとキーボードのタイプ音だけが響く薄暗い実習室。
しばらくすると、廊下の方からゆっくりと足音が聞こえ始め、部屋の前で停止する。
トントンとノックの音と共に、ドアの開く音が響き渡る。
「・・・・・・またこんな暗い所でゲームばかりしおって。
電気ぐらいはつけなさい」
宿直と思われる老教師が見回りに来たのだろう。
この教師は親切ではあるのだが、小言が多く、またお節介なのが珠に瑕だ。
良くも悪くも古いタイプの人間である。
老教師は、少女の返事を待たずに照明のスイッチを入れる。
実習室が白色の光に満たされると、少女は僅かに眉を寄せた。
「・・・・・・・・・・・・」
「今日は私が当番なんだ。まぁ何もないとは思うが、何かあったら遠慮なく来なさい。
とはいっても、お前さんがいてくれる限り何もありゃせんと思うがね。
もし暇が過ぎるようなら、また一局付き合っておくれ」
柔和に微笑むと、駒を指す手振りをする老教師。
下手の横好きとは良くいったもので、定石に拘りすぎて負けるタイプ。
少女との戦歴は老教師の名誉に関わるので、言わぬが仏というヤツである。
老教師の方を向き、偶には付き合うのも良いかなと考えると、少女は首を軽く縦に振る。
それを見ると、軽く手を振り老教師は実習室を後にする。
一人だけになった部屋で、少女はディスプレイに再び意識を集中させる。
このパソコンに入っている、鮫亀、ブロック崩し、ソリティア、ハーツ、マインスイーパーは
完全にやり尽くしたと言って良い。どのようなパターンが来てもパーフェクトクリア出来る。
少女が得意とするゲームは、基本的に頭を使って解いていくタイプのものだ。
というか、その類のものしか無いのだから、仕方が無いとも言える。
生徒が『勉強する』という名目で置かれているのだから、当たり前ではある。
全てのパソコンのハイスコアトップを自分の名前で埋めたとき、
少年少女達から畏敬を籠めた視線を向けられたものだ。
大人達からは呆れ顔で、誰よりもこの実習室を使いこなしているとお褒めの言葉を頂いたりもした。
そんな『ゲームの達人』ではあるが、今プレイしているゲームには大変苦戦させられていた。
この教師専用席にあるパソコンに『誰にもみつからないように』インストールされていたものである。
ご丁寧にパスまでかかっていたので、勝手に解いて鼻歌交じりにプレイしたのが運の尽き。
難易度ノーマルには全く太刀打ちできず、イージーでさえ思うように動かせない。
頭脳派の自分には、こういった反射神経をフルに使うものは苦手だと初めて認識させられた時でもある。
その時は、全然面白くないと投げ出したが、時間が経つにつれ次は上手くやれる筈という思いが募り、
再びプレイしてしまうのである。
今ではこのように見事に上達し、『ピチューン』
見慣れたゲームオーバー画面が表示され、少女の身体がプルプルと震え始める。
自分が下手糞なんじゃない。きっとこの主人公が惰弱なのだ。
そう自分を納得させるが、腹の虫は治まらない。
頭脳派を称しているが、カッとなりやすく、せっかち、飽きっぽいのである。
そして負けず嫌いという、なんとも迷惑な性格をしている。
キーボードを大袈裟にバン!っと叩き(手が当たる直前で勢いを弱め)、
電源を手動で切るフリをして、ちゃんと終了手順を完了させる。
チャラーンと軽快な終了音と共に、パソコンがシャットアウトされる。
少女は自分の顔をそっと撫でると、力なく机に突っ伏した。
静けさを取り戻した部屋で、少女は一人静かに考える。
一体自分は何をやっているのだと。
今の自分は本当の自分ではない。仮初の自分だと。
本当の自分はこんなものではないのだ。
お子様たちに混じって、キャッキャッ喜んでいる場合ではない。
こんな不愉快なゲームに一喜一憂しているなど論外だ。
(このままでは、いけない)
思い返せばいつの間にか今の状況に馴染んでしまい、学校の守護者などとありがたくも無い称号を貰い、
こうして生温い人間生活に溶け込んでいる。
かつて世間を騒がせた『怪人赤マント』、『飴玉ババァ』、『生き人形』などなど。
有名無名に関わらず幾多の悪霊を叩き潰してきた。
人の縄張りに勝手に入って、暴れまくろうとしていたのがムカついて、
軽く礼儀を教えてやろうとしたら、獲物と勘違いして襲い掛かってきたのだ。
うっかり八つ裂きにして葬りさったのが不味かったと、少女は今更ながら後悔する。
むしろ立場的には、自分も参加して暴れるべきだったのだ。
だが悪霊達の不快指数がメーターを振り切ってしまったため、ついカッとなってしまった。
特に『生き人形』のキモさときたら、言葉では言い表すことが出来ないほどだ。
二度と復活できないように、粉微塵にしてさらに焼却するほど、少女の中では嫌悪感が酷かったらしい。
ちなみにそいつらの墓もちゃんと少女は作ってあげていた。
顔馴染みの女子生徒と一緒に食べたがりがり君のアイス棒で、形式に従いきっちり埋葬した。
裏庭に100個ほど作った辺りで、そのような類も一切近づいてこなくなり、安穏とした状況が続いている。
聞くところによると、あの学校には近づくなと悪霊達の間で評判になっているらしい。
いったいどこでそんな評判を聞いたのか、出所を知りたいと少女は心底思ったものだ。
少女がノリと気分で悪霊や妖と戦っていた光景を、何人もの生徒や教師に目撃され、
いつのまにか守り神扱いされ、大々的に祭り上げられてしまった。
マスコミも噂を聞きつけ取材に来たが、教師が上手い事誤魔化し、
子供たちのお祭りイベントだったということで和やかな3面記事とされてしまった。
白昼堂々世界びっくり妖魔大戦を繰り広げていた自分も悪いとは思ってはいるのだが、
授業を中断して和気藹々と応援にくる能天気さには、開いた口が塞がらないというものだ。
更には勝手に名前と出席番号(欠番扱い)、所属クラスまで決められてしまい、
この学校に縛られ動く事が出来なくなってしまっていた。(元々動けないが、より強固に)
それと引き換えに、確かに力は漲ってはいるが、このままでは自分の本分を果たすことが出来ない。
本分、言うまでも無く人々に恐怖を与え、引き攣る顔を見て、ニタニタとほくそ笑むことである。
それなのにここの連中ときたら、脅かそうとしたら、裏を掻いて驚かしに掛かってくるのだから頂けない。
何度ガキ相手にしてやられ、何度地団駄を踏んだ事だろうか。
教師連中ときたら、人を小馬鹿にして、困ったような笑顔を浮かべて頭を撫でてくるのだ。
女の保険医などは、ペロペロキャンディーを寄越してきやがった。
時代錯誤のグルグル模様のアレ。甘くてでっかい漫画でお目にかかるアレだ。
あの時の味はとても甘くてしょっぱいものだった。
少女はそれを思い出すと、ほろりと涙を浮かべる。
葛藤の末、決意を固めると少女は実習室を後にして、自分のクラスに向かい歩き始める。
こうして廊下を歩くのは何度目になるのか、数えた事などないが、何故か感慨深い。
剥がれ落ちそうな掲示物を見つけると、少女は落ちている画鋲で丁寧に貼り直す。
子供新聞の出来を眺め、相変わらずの4コマ漫画を見て苦笑いを浮かべる。
毎度自分がツッコミ担当でオチをつける役目なのだから。
しばらく読んで満足すると、再び歩き始める。
なんだかんだ言っても、少女はこの学校が大好きだったのだ。
教室に入り、一番後ろの窓側の席。
それが自分の机。普段は常に空席で、綺麗な花が瓶に入れられて飾られている。
別にイジメなどではなく、これが少女の席の当たり前の状態なのだ。
お供え物のお菓子や玩具、新品の文房具。そのうち溢れかえりそうな賑やかな机だ。
毎年誰かが頼みもしないのに買ってくれる。本当にお節介な奴らだと少女は思う。
嫌な気分はしないが、神様か何かと勘違いしているのではないだろうか。
そういうのは神社にでもするべきだと、意見書を書き大々的に主張したが聞き入られる事はなかった。
ロッカーに入っている、赤がすっかり色褪せた古ぼけたランドセル。
これもお節介な誰かが買ってくれた物だ。
少女はとても丁寧に使ってはいたが、やはり時間の経過というのは残酷だ。
それでも宝物の一つであり、これから先も手放す事はないだろう。
その中へ適当に文具やお菓子を放り込み、リコーダー二本を差しこみ、準備完了。
嵩張るがメロディオンも持っていくことに決めた。これも大事な宝物なのだ。
と、一つ大事なことを思い出した少女は、ノートを一枚破り、鉛筆で何かを書き始める。
それを折りたたむと、自分の名前とクラスを書き、ポケットに入れる。
しばし考えまた取り出すと、今度は自分の一番大好きな動物の絵を付け加える。
今度こそ満足すると、いよいよそれを届ける為に宿直室へと向かう。
別に手渡す必要は無い。そっと置いておくだけで良いだろう。
(私はいつから、この学校にいたんだっけ)
昔を思い出そうとすると、身体が滾るように熱くなるので少女は深く考えないようにしていた。
どうせ碌な記憶ではないだろう。なにしろあっちの世界に行けずに、未練がましく縛りついているような存在だ。
この『兎のお面』もそうだ。可愛らしいお面ではあるが、顔から外すと心が凍りついたかのように寒くなる。
だから動き回る時は、出来る限りこれを付けて行動している。
食事をとるときは不便で仕方が無い。少しだけずらして食べるのが、どれだけ大変な労力か分かってほしい。
(さぁ、もう行かなくちゃ)
宿直室から屋上へと向かい、鍵の掛かった重い鉄扉を両手で開ける。
子供たちが勝手に出ないように厳重だが、少女には関係が無い事だ。
勢い良く吹きつける風が、旅立ちを思いとどまらせようとするかのように感じた。
少女はポケットからチケットを取りだすと、今まで何回も眺めたそれを、もう一度じっと見つめる。
チケットには『妖怪や亡霊が跳梁跋扈する地獄、或いは楽園へのチケット☆ミ』と書いてある。
お供え物としていつの間にか机に乗っていたそれ。
最初は悪ガキの悪戯かと破りすてようかと思ったが、今ではこれに全てを賭ける気でいた。
失敗したら、それはそれで良いだろう。もしかしたら未練が無くなり逝くことができるかもしれない。
屋上を移動し、手すりにひょいと腰掛け夜風を楽しむ。
常人がみたら、顔を青くするような光景だが、少女は両足をブラブラさせている。
空を見上げると満月が燦々と辺りを照らしつけていた。
どちらに転んでも自分は後悔しない。
兎の面を軽く撫で、チケットを握り締めると、少女は手すりから前方に身を投げ出した。
(真の恐怖を与える存在に、私はなる!)
・宿直室で発見された手紙
『自分探しの旅に出ます。 探さないでください。 5年3組 櫻木 花子』
女の子らしい字体と共に、×印の口をしたうさぎがピースをしている絵が描かれている。
・チケット
『妖怪や亡霊が跳梁跋扈する地獄、或いは楽園へのチケット☆ミ』
有効期限:永遠
使用方法:満月の日に翳してみよう!
それからその小学校は、少しだけ静かになった。
子供たちは少し寂しさを感じ、教師たちは複雑な表情を浮かべた。
だがその後も、少女の席が無くなる事は決してなかった。
いつかひょこっと帰ってくるんじゃないかと、皆思っていたからだ。