チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25025] 【ダンガンロンパ】全員脱出絶望学園【逆行ネタ?】
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/12 18:29
やっちまった感大。
とりあえず続くかわからないけど書く。
まずはプロローグ的なものです。

・ネタバレ
・ループ要素
・ご都合主義
・キャラ崩壊

以上の要素が含まれます。





















「ボクの話を聞いて!■■さん!
君は裏切られてるんだ!■■■さんに!
ここから脱出するにはもう■■さんに頼るしか…!」

「……」

どうやらボクの言葉は届かなかったようだ。
彼女は沈黙と同時にボクの声を掻き消した。
喉から燃え上がるような熱を感じ、空気が抜けた。
目の前に赤い液体が飛び散る。
視界がにごる。
最後に見た彼女は、一切汚れることなく、無表情でその場を去った。


 ああ……
 また、失敗した


 ボクは二回目の失敗を悟り、そのまま目を閉じた。



***************



ボクは閉じ込められている。
この学園に閉じ込められている。
一度は脱出した。脱出したのだが、その瞬間ボクは教室の机に伏せていた。
殺し合いの学園に。絶望の学園に。ボクは戻っていた。
当然夢だと思った。しかし、夢にまで見た彼女が目の前に現れ、
ボクを初めて見る人間であるかのような対応をした時、ボクは膝を落としかけた。
しかも、思い出したのだ。曖昧ながら、あの一年間を。
皆で過ごした学園の日々を。
ボクは死を繰り返したくなかった。
絶望を跳ね除けたかった。
だけど……やはり彼女は死んだ。
ボクがどれだけ説得しても無駄だった。
最初とは違い、殺して、処刑された。
拘束され、ステージの上で爆音に犯されながら。
彼女は最後まで叫んでいた。
”私はこんなことをしている暇はない”と。
そして次は、最初の時にボクの隣に居てくれた彼女が死んだ。
殺された。
クロはボクだ。投票の結果そうなった。
そしてボクはプレス機にかけられ、他の皆と同様に処刑された。
そして、ボクは死に、再び机に戻された。
そこからは冒頭のアレだ。
このふざけたゲームの切り札。
彼女の説得を試みた。
だけど、駄目だった。
…きっとピースが足りないのだ。
前に進むには曖昧では駄目なのだ。
あの一年を正確に思い出さないと、ボクはあのモノクロの絶望を撃退できない。
仲間全員が生き残るにはそれしかない。
ボクは四度目の目覚めと共に目を閉じた。
回想する。
あの一年を。
短いながらに紡いだ絆を。
ゆっくりと意識が沈んでいく。
僕の意識に、消された記憶に沈んでいく。
ボクは希望を捨てない。
だって…、それだけがボクの取得なのだから。





[25025] 舞園さやか
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/10 02:36
舞園さやか編









ボクは今、途轍もない危機に晒されている。
しかし、この危機は他の人から見てもわからない…、
いや、見ている他の人が危機である故にボクは助けを求めることも出来なかった。
ボクが今直面している危機、その原因は目の前にある。


「苗木くーん?
どうしたんですか? そんなに汗を浮かべて……、
もしかして熱があるんですか?」

「いや、大丈夫だよ舞園さん。
ちょっと…暑くてね……、ははは…」

「今12月なんですけど…」


ボクは渇いた笑いをあげる。
今は12月の後半。クリスマス間近だ。
街はイルミネーションで飾り付けられ、恋人同士が闊歩する。
ボクには特に縁のない季節である。
今も目の前の彼女…、舞園さやかさんと一緒に出歩いているが、
これはデートなどではなく、買い物の手伝いだ。
所謂荷物持ちとプレゼント選び。
今まで忙しすぎて男性と縁のなかったという彼女が、
男の喜ぶプレゼントと教えて欲しいとボクに頼んできたのだ。
ボクも思うところがなかったわけではないが、仲のいいクラスメイトであり、
憧れていた女の子の頼みを断れるはずもなく、こうしてご一緒させていただいているのである。
さて、ここで冒頭の危機についてだが、別に荷物が多くて死にそうとかではない。
というかまだ買い物の途中なので荷物なんてない。
危機とはつまり周りの人間…、限定すると男性であり、
分かりやすく言うと、嫉妬の視線だ。
目の前の彼女は国民的アイドルグループのセンター。
つまり、皆の憧れの女の子である。
ボクはただのクラスメートであり、それは彼女のファンには当たり前の事実だ。
その羨ましい凡人のボクが(ボクの通う学園で凡人は、今のところボクだけだ)、
彼女と歩いているという事実は、それはもう身の危険を感じるほどの嫉妬を受けるのである。
学園の性質上週刊誌などにスクープを受ける心配はないが、
それでもこの寒い季節に冷や汗を掻くくらいは嫌な視線を感じているのだ。
……か、帰りたい。
しかし、そんなボクの心情はなんのその。
舞園さんは、とろとろ歩くボクを先導して目的の店へと向かう。


「さあ行きましょう苗木君。
目的地までもうすぐですから!」

「う、うん……。
でもボクで大丈夫なの? プレゼント選び。
芸能界の友達の方がセンスがあるんじゃあ……」


そう、ボクはあくまで普通の高校生だ。
舞園さんが誰にプレゼントを贈るつもりなのかは知らないが、
ボクのように普通の人間ではないだろう。
人選ミスのような気がしないでもない……、というか最初からそう思ってる。


「もうっ、何度も言ったじゃないですか!
苗木君でいいんです。いえ、むしろ苗木君以外ありえません!
そう、苗木君は私のプレゼント選びを手伝うしかないんです!」

「そうなんだ……」


知らなかった。
どうやら謎の三段活用でボクの行動は決まってしまったらしい。
まあ、でもここまで頼られると悪い気はしない。
彼女の為にも慎重にプレゼントを選ばなくちゃ…!


「……流石朴念仁。
まったく気づいてる気配がありません……」

「……え? 何か言った?」

「いーえ、なんでもありませんよ、なんでも。
ほら、もっと早く歩くっ! こうみえても私は忙しいんですよ?」

「あ、ちょっ舞園さん!? 手! まずいってば!」


舞園さんがボクの手を引いて走り出す。
まるで目立つように、見せ付けるように人ごみの中を。
さっきまでは、視線って暴力になるんだなぁ、なんて感じてたが、とんでもない!
これは人を殺せる。
周りの人がほぼ全員ボク達を見ている。
あ、あそこの人たちカメラを撮って……


「ま、舞園さん!?
ほら、あそこの人たちカメラを撮ってるよ!?
流石にまずいんじゃあ……」

「…ふふふ」


ボクの必至の叫びも彼女は無視する。
ていうか笑顔だ。ボクの手を摑みながらカメラに手を振ってる。
流石にこれは週刊誌に載ったりするんじゃないか?
まずくない? 主にボクが。
彼女の人気は、男関係の報道で落ちる程度のものではない。
むしろ相手がボクのような一般人だったら人気が上がるかもしれない。
でも、多分それと同時にボクの元に怪文章が届くだろう。
そうなった場合のいい訳とか、昔の知り合いに会ったらなんて言おうか…、
なんてことを考えているうちに動きが止まった。


「ほら着きましたよ苗木君」

「…え?」


目の前にはそれなりに大きなデパートがあった。
都心によくあるタイプの物だが、舞園さんがここに来るなんて少し違和感を感じる。

「私だってこういうところで買い物をするんですよ?
忙しくてめったに来れませんけど」

「え、あっ…なんで、ボクの考えてたことが?」

「エスパーですから」


舞園さんの特技(?)にまた引っかかってしまった。
舞園さんはこんな感じでボクをからかうのが好きなのだ。
まあ楽しい会話のスパイスのような物なので文句はないが…、少し吃驚する。
……ボクってそんなにわかりやすいのかなぁ?


「それじゃあ行きましょう。
苗木君はどういうものが好きなんです?
お店も一杯ありますから、まずはジャンルから選ばないと……、
私としては、ずっと身につけている感じの物がいいですね」


口早にそう言う舞園さん。手は繋いだままである。
ボクとしてはそろそろ手を離してもらわないと世間的な意味で死んでしまう。


「えっと……、舞園さん?
そろそろ手を……」

「……苗木君は私と手を繋ぐのはいやなんですか?」


ボクの主張に対し、拗ねたような顔と口調で尋ねてくる舞園さん。
こういう顔の舞園さんはとても珍しい。
基本笑顔を絶やさない人なのだ。
そんな舞園さんにボクは怯んでしまう。
仕方ないじゃないか、ボクは普通なんだ。
つまり、普通にアイドルに憧れていたのだ。


「べ、別に嫌じゃないけど」


むしろ嬉しいくらいだし……、
と消え入るような声で呟いてしまったボクを誰が攻めれるのか、いや誰も攻めれまい。
さっきから周りの視線とか気にしていたが、それ以上に舞園さんが気になっていたのだ。
彼女から感じる体温や、手の柔らかさに先ほどからドキドキしっぱなしである。


「ふふふ…、それじゃあ許してあげます」

「……あ」


そういって舞園さんは満足そうに手を離した。
名残惜しそうな声を上げてしまったボクは少し恥ずかしくなり、目を伏せてしまう。
そんなボクを前にして、舞園さんは明後日の方向を向きながら小さく呟く。


「……大丈夫ですよ、これ以上はしません。
抜け駆けはなし、ですから」

「…?」

「…さて、行きますよ苗木君。
何度も言いますけど苗木君が一番欲しいものを選んでくれればいいですから」


そう言って、舞園さんはボクに笑顔を向けた。
テレビで見る舞園さんは本当に綺麗だけど、
こんなに可愛い顔を見れるのはきっと本当の彼女を知る人だけだろう。
ボクが彼女と知り合えたのは幸運以外の何物でもないが、
ボクは舞園さんのこの表情を見るたび、それに感謝するのだ。
いや、舞園さんだけじゃない。
クラスメートの皆と知り合えたことを感謝しなかった日はない。
ボクは自分の幸運に感謝しながらデパートの扉を潜った。
皆とならきっと明日も楽しい。そう確信して。









**********************






私が苗木君に好意を抱いたのはいつだったか。
鶴を助けた彼を見た時か。
普通の会話が苦手な私と居ても楽しいと言ってくれた時か。
落ち込んだ私を励ましてくれた時か。
どんなときも絶望しない前向きな彼を見た時か。
……きっと答えなんてない。
多分私は最初から彼が気になっていて、最後まで彼が好きだった。
彼といると楽しい。
彼といると立ち直れる。
彼といると希望を持てる。
特殊な学園で唯一接点のある彼の存在に安堵して、
そのまま彼そのものに惹かれてしまった。
もちろんそれは危険なことだ。
芸能界というのは特殊だ。
特にアイドルというのは人間関係一つ一つがとても重要なのだ。
よしんば苗木君と付き合ったとして、それが世間にバレたら、終わりである。
私の人気はゆっくりと下降していき、そして消える。あっさりと。
私は夢の為に大切なものを捨ててきた。
だから苗木君のことも捨てようと…、初恋を捨てようとした。
……でも、駄目だった。
恋という感情がこんなにやっかいだなんて知らなかった。
演じたことはあっても、実感したことはなかった。
だから私は開き直った。
どうせ捨てれないなら両方手に入れてやる、と。
まあ、その決意のおかげでアイドルとしての私の立場は固まったし、
苗木君を諦めなくても良くなった。あくまで結果論だが。
多分私が頑張れたのは苗木君のおかげだろう。
彼といると希望が見えてくる。前に進める。
……つまり、長々と私は自分の心情と言う名の惚気を暴露したわけだが、
残念ながら障害は残っている。
2人、下手したら4人だ。
つまり、競争相手がいるのだ。
これでも自分に自信はある。
そこらへんの娘に負ける気はしないが、残念ながら相手も一筋縄じゃない。
芸能界では後輩に、学園ではクラスメートに負けないように努力しなければならなくなった。
でも、それが苦痛だとは感じない。
だって…、楽しいから。
苗木君を好きでいることが楽しい。これが答えだ。
今日も苗木君をどうやって誘うかを考えながら仕事に向かう。
ああ、この学園に入ってよかった。
心から、そう思う。




 絶望的事件の一週間前
 舞園さやかの日記から抜粋
 





























こんな感じで全員分やる予定です
絶望事件の前の皆との関係を淡々と書いていきます。



[25025] 桑田怜恩
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/26 00:34
桑田怜恩編











「頼むぜ苗木!
このとーりっ!俺の頼みを聞いてくれ!」

「……はぁ」


ボクの目の前で桑田君が手を合わせて頭を下げている。
はてさて、どうするべきか。
ボクとしては桑田君の力になりたい。なりたいのだが……、
如何せんボクの力の及ぶ領域ではないと思う。
正直ボクじゃないほうが桑田君の為にもなると思うのだけど……


「他の人じゃ駄目なの?
えっと……十神君とか」

「あいつが来るわけないだろ!?
大体あいつに頼みごとできるのなんてお前くらいだっつーの!」

「じゃあ、えーと……、
大和田君とか」

「紋土はなぁ……、いい奴なんだがナリがアレだろ?
相手がびびっちゃうじゃん? それじゃあ駄目なんだよ、わかるだろ?」

「他にも、ほら。
石丸君とか葉隠君とか…」

「ありえねー、石丸が来るわけねーじゃん。
葉隠は本来の目的を忘れて商売始めそうだしな、論外だっつーの!」

「……………………山田君とか」

「あんなブーデー連れてけるかっ!
色物勝負じゃねぇんだよ! 今回は! わりとマジなんだって!
つまりお前しか居ないんだよ! 苗木!
頼む!俺の顔を立てると思ってさぁ……」


桑田君がそれなりに必至な表情でボクを見てくる。
でもなぁ……


「…でもボク、合コンなんて初めてだよ?」


女の子と付き合ったこともないし、初対面の子と仲良くなれる自信もない。
それなのに、女性に人気のある桑田君と一緒なんて……大丈夫なのかなぁ?


「だーいじょーぶだって!
お前ほら、舞園とか霧切とか…、あと戦刃とも仲いいだろ?
あいつらと話してる時みたいな感じでいいんだって!」

「まぁ…そういうことなら……」


彼女たちと居るときの僕は基本振り回されてるのだけど……、
つまり大人しくしていればいいのかな?


「よっしゃ! 言質は取ったぜ!
それじゃー明日の8時に学園の前に来いよ! 遅れんじゃねーぞっ!」


桑田君は上機嫌で去っていった。
そんな彼の後姿を見送りながら、ボクは静かにため息をついた。


「合コン…かぁ……」


ボクの言葉の中には、軽い倦怠感と強い不安、
そして隠しきれない期待があった。
まあ、普通のボクは普通にそういうのに興味があったというわけだ。
ボクはそのまま明日の夜のことを考えながら部屋に戻った。
初めての合コンがあんなことになるとは知らずに……。









*********************











「凄い施設だなぁ……」


ボクはプロ野球チームの施設に来ている。
県内の比較的小さな施設なのだろうが、こういった世界に詳しくないボクにはよくわからない。
よって思ったままを冒頭で口走ったのだ。
ボクはゆっくりと辺りを見渡す。
周りではプロになる前の原石と言われるべきだろう選手が練習をしており、
それを監督らしき人と偶にテレビで見る選手が見守っていた。
その中に1人。鬼気迫る表情でボールを投げている人物が居た。
今日のボクの探し人。桑田怜恩君だ。


「桑田君!」

「…な、苗木じゃん」


桑田君は少し焦ったような顔をする。
当然だ、あんなことがあったのだから……。
ボクも早く忘れたい。
でも、その前に彼に謝らないといけないんだ。


「その、なんというかボクのせいで……」

「…いや、お前は悪くねぇよ。
もちろん俺も悪くねぇっ! あの馬鹿が俺を騙しやがったんだ!」


桑田君は怒り心頭という顔をしてる。でも腰が引けてる。
よっぽど昨日のことが効いたようだ。
桑田君は怒りで赤くなった顔をゆっくりと青にしていき、縦線まで入れるという芸当をこなしていた。
うーん…、どうやら回想を挟む必要がありそうである。


ここでボクが昨日の合コンのことを、そこに至った経緯を含めて説明しよう。
三日前、桑田君は以前から狙ってた美容院の女の人(名前は知らない)に彼氏が居ることを知り、
軽く凹んでいたらしい。
そんな彼に声をかけた人が居た。江ノ島さんだ。
その時の会話が以下の通りである。


「あれれー? そんな所で何してるの桑田君?
もしかして腕に爆弾でも抱えちゃったー?
私としてはすぐに病院に行くことをお勧めします。
それか外を歩いて成功率1割の天才博士を探すべきでしょう。
……ごめんなさい、そんなことわかりきってますよね。
超高校級の野球選手に野暮なことを言ってしまって御免なさい……」

「いや、ちょっと女に振られちゃってさー。
俺としては遊びですらなかったつもりなんだけど……」

「へえ…、結構凹んでるんだ。意外だね、そういう人間だとは思ってなかったよ…。
そんなかわいそうな桑田君にはぁ、私からプレゼントをあげちゃおっかなー」

「プレゼント?
ああっ、盾子ちゃんがデートしてくれるなら俺すぐ元気になっちゃうよ!マジで!」

「私様があなたみたいなのと一緒に歩くわけないでしょ?
プレゼントと言うのは女の子のことよ」

「お、女の子?」

「うぷぷ…、紹介してあげるって言ってるのさ!
とびっきりの肉食系の女の子を3人程ね! みんな可愛いよー」

「ま、マジでっ!?」

「とーぜんじゃん、私は約束を破ったりはしないっての。
じゃあ私が合コンを組んでおいてあげるから明後日にこの店に行きなよ!」

「あ、ありがとう盾子ちゃん!
マジ嬉しいよっ! ギャルも好きなんだよ俺!」

「まあでも条件があるんだけどね…、
世の中そんなに甘くはないのさ、桑田君」

「…条件?」

「そうです。
条件の内容は1つ。苗木誠を連れて行くこと。
もう1人は私のほうで用意しますので2人の先ほど渡したメモのお店にいらして下さい」

「そんだけ?
よゆーよゆー、俺苗木とは仲いいからさっ!
それじゃあ頼んだぜ!」

「………うぷぷぷぷぷ」


と、まあそんなやり取りがあって、桑田君はボクを引き連れて待ち合わせ場所に行った。
そこで待っていたのは……。


「……まさか苗木君が本当に来るとは思いませんでした。
今日は何を期待してこのお店に来たんですか?」

「…見損なったわ苗木君。
私の助手として、これから女性の誘惑に耐える訓練を受ける必要があるわね」

「私としては別にどうでもよろしいのですが……、
苗木君には少しナイト候補としての心構えが足りないようですわね」


舞園さんと霧切さんとやす…セレスさんが居た。
その後ろでは江ノ島さんが絶望的な笑みを浮かべて、くつくつと笑っていた。
その瞬間すべてを悟った桑田君はボクを売った。
ボクがどうしても行きたいと言ったから仕方なく、といった感じに。
今その時のことを回想しても、まったく腹は立ってこない。
あの光景を見れば誰でも保身に走りたくなる。誰だってそうだ。桑田君だってそうだっただけだ。
しかし、江ノ島さんが居るのにそのいい訳は苦しすぎた。
結果、ボクをここに連れてきた桑田君は、その場に居た3人の女性と、
何処からともなく飛んできた謎の凶刃に倒れて保健室送りになった。
ボクは3人に説教をされ(曰く希望ケ峰学園の人間というだけで、異性には気をつけるべきだとか)、
日をまたいだ頃に開放されたのだ。
これらのことを経験したボクの口から出るのは一言だけである。
やりすぎ。
桑田君はすっかり怯えてしまっているではないか。
ボクはある程度慣れてるが、そうでない人には狂気の沙汰だ。
そんなこんなでボクはとりあえず桑田君に謝るべきだと思い、ここまで出向いたのだ。


「まあ、彼女たちもやりすぎたと思ってるみたいだしさ。
今回は許してあげてくれないかなあ?」

「ん、まあ、あいつらには怒ってねえよ。
江ノ島に騙されたってわかったとき俺のとこに謝りにきたしな……、セレス以外」

「あははは……」


思わず渇いた笑いが出る。
まあ、桑田君も怒ってないみたいでよかった。
まったく江ノ島さんのいたずらにも困ったものである。
……それにしても、


「…桑田君が練習してるなんて珍しいね」


というか初めて見た。
野球をしている彼は幾度となく見たが、練習しているのは初めてだ。
それも彼の才能が故なのだろうけど。


「ああ、これ?
まったくふざけた話だよな。
この俺がれんしゅーだぜ?ありえねーっつーの!
汗臭いのとかマジ勘弁なんですけど!」


そう言いながらも桑田君は硬球を投げ続ける。
不満を言いながら悪態をつきながら。


「そもそも練習なんてしなくてもプロの世界で生きていけるんだよな、俺。
なんつーの? 天才じゃん? やっぱりさ。
でも、生きていけるだけで、スターにはなれないんだとよ」


ボール受けのミットから桑田君が一瞬だけ眼を逸らす。
その先には先ほどの監督らしき人とテレビでよく見る選手が居た。


「…あのヤロー俺のボールを1打席で見抜きやがったんだ。
やっぱりさ、話題性じゃん? 大切なのって。じゃないとモテないだろ?
だからさ、そこらへんのプロくらい一蹴しなきゃいけないわけよ。
そんであのじじいに交渉したわけよ。
オメーのクソプログラムに従ってやるから、あのヤローをぶちのめさせろってな」


ブツブツ言いながら硬球を投げ続ける桑田君。
とても態度が悪い。だが、悪いのは態度だけだ。
その姿勢も、目線も、力の入り具合もすべてが真剣で、本気だった。


「ふざけやがってあのヤロー。
俺がどれだけ天才か思い知らせてやる!
そんでもってマスコミでも呼んで超プロ級の野球選手の誕生だ!
そしたら練習なんてしなくてもモテモテだぜ!」


……きっと桑田君は野球が好きなんだろう。
こんなに悔しそうで、こんなに一生懸命な桑田君は見たことがない。
文句を言いながら必至に硬球を投げ続ける彼を見ながら、ボクはそう思った。
どうやら謝りに来て正解だったようだ。
ボクは桑田君のことをまた1つ知れた気がした。


「練習しないでもスターでモテモテの俺マジかっけーっす!」


……たぶん。





[25025] セレスティア・ルーデンベルグ
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/24 00:55
安広多恵子編













「Fuck you……!
ぶち殺すぞ……! ゴミめら……!」

「セ、セレスさん……?」

「なんですの?」

「ここは何処なのかな?」

「船ですわ。
名前はエスポワール号といいます」

「甘えを捨てろ」

「……ボクとセレスさんは何しにここに来たんだっけ?」

「バカンスですわ」

「バカンスかぁ……」

「勝たなきゃゴミ……」


ボクは現在とある船に居る。
長期休暇の折に、セレスさんに旅行に誘われたのだ。
曰く、日帰りで面白いアトラクションがあるからナイト候補として一緒に来い、とのことだった。
ボクはセレスさんのことは好きだけれど(無論友人としてだ……今のところは)、
ナイトになるつもりはないし、そもそも2人で旅行に行くほど特別な関係でもなかった。
しかし、ほとんど強引に引っ張ってこられてしまったのだ。
その結果がこれだ。


「這っているのだ………
ゴキブリのように………」


目の前で高そうな服を着た男が、ボクを含めた皆に喝をいれている。
しかし、ボクはそれを真面目に聞けずにいた。
そりゃあボクだって十神君や石丸君のように努力を重ねて来たわけではないが、
それでも人並みには頑張ってきたつもりだ。
人並みのことしかしていない僕が、最高峰の学園に居ることに気まずい思いをしたこともあるが、
それでもゴミ呼ばわりされるほどではないと思っている。
もちろん周りの人を蔑んでいるわけではない。
ある程度話しを聞いて、ボクとセレスさんの周りの人達がどのような状態の人達かはわかった。
しかし、この場に居るということは返すつもりのない人達というわけではないのだろう。
だったらボクはそれを応援するだけである。それしかできないし、それ以上するつもりはない。
問題は周りの人間ではなく、ボク達である。
なんでここに居るん?
セレスさんはいつもの笑顔を張り付かせたままバカンスだと言ったが、
ありえんと言わざるを得ない。


「……なんか借金がどうのとか言ってるんだけど」

「ええ、どうしようもない底辺のクズ共の為のギャンブルですわ」

「バカンスじゃないじゃないか!」


ギャンブルだよねこれっ!
そりゃセレスさんにとっては楽勝だろうけれど、
ボクの場合は下手したら明日から債務者である。


「私にとってはバカンス同然ですわ。
稼ぎも少ないし、海の上ですし」

「バカンス=海の上なんだ……」

「ええ、無人島に向かうクルーザーみたいなものですわね。
…もっとも、目的地は無人島ではなく地獄のようですけど」


ニヤリといった笑いを溢すセレスさん。
ボク達の周りに小さな波紋がたつ。
元々セレスさんは吃驚するくらい目立つのだ。髪型的な意味で。
しかもこの場にはセレスさん以外の女性はいない。
その唯一の女性(しかも特徴的な髪型と美麗な顔立ち)が一番余裕そうな態度で、
しかも異様な雰囲気を出しながらクスクスと嗤っているのだ。
おもいっきり目立ってる。
場から浮く、という言葉をこれほどまでに目の当たりにしたのは初めてだ。


「さて、ステージのおじさまのご高説も終わったことですし……、
参りましょうか」


そう言ってセレスさんは歩き出す。
ボクはそれに無言で着いて行った。
その間に今回のゲームのおさらいをしておこう。
今回ボクたちがこの船で行うのはカードをジャンケンのようなものだ。
プレイヤーには3つの星と12枚のカードが配られる。
星はチップであり、カードはグー・チョキ・パーの三種類が4枚ずつだ。
プレイヤーはそれを使って文字通りジャンケンをするのだ。
カードは一度使ったら処分され、星がゼロになったらゲームオーバー。
勝利条件は制限時間以内に星を3つ持ち、かつカードをゼロにすること。
それ以外にこの船から生還する方法はない。
勝利すれば借金がチャラらしいが……、そもそも借金のないボクはどうなるの?


「苗木君と私の場合は星を3つ所持してゲームを終了すれば、
利息がチャラになり、かつ星1つにつき100万円の報奨金が渡されますわ」

「ひゃっ、ひゃくまんえんっ!?
というかなんでボクの考えてることが…」

「エスパーですから」

「……舞園さんのネタは万能だなぁ」


それともボクが単純なのか……。
…………いやいやいやいや問題はそこじゃないだろっ、ボク!


「百万円っていったい……!
それにボク借金なんて……」

「最初のアレですわ。
私が指示をしたでしょう? 1千万円借りるようにと。
それの4割、つまり400万の借金がチャラということです」

「……それって」


えっと、つまりボク達が勝てば……、


「星1つにつき100万で最低300万。
過剰分が出ればそれにつき100万が支給され、
なおかつ星の売買も許可されています。
1つにつき300万程度の値段はつくでしょうから……、
まあ、3100万が限界といったところでしょうね」

「……まあ、セレスさんにはそれぐらい余裕だよね」


超高校級のギャンブラーであるところの彼女が、負けるところがまったく想像できない。
しかし、ボクは違う。普通の高校生だ。
超高校級の幸運らしいが、そんなの入学の時以外感じたことはない。
勝てば300万……、しかし凡人故に負けたときのことばかり考えてしまう。
…ああ、不安だ。
不安ついでに気になったことをセレスに問いかける。


「でもどうしてそんな契約なんてできたの?
この船は債務者の人達に対しての救済みたいだけど……」


債務どころか当分遊んで暮らせるほどのお金持ちの彼女がここに招待された意味がわからない。
本人がバカンス感覚であるのは間違いないだろうが、それでも不思議である。
だってその条件でセレスさんが居る時点で主催者は損をするじゃないか。


「……苗木君、世の中には色々な人が居ます」

「まあ…、そうだね」


それはここ一年でひどく実感してる、……身に染みるほど。


「そう、若者の生血をすする怪物も居れば、
くだらないゲームの為に一億円をばら撒くような団体もあります」

「凄い世界だね……」


絶対に関わりたくない世界である。
まあ関わることもないだろうが。
ボクの反応を見たセレスさんは目を大きく開き、こちらを睨みつけるように見る。
うぅ、ボクはセレスさんのこの表情は苦手だ。
なんというか……、少し恐い。


「いいですか?
つまり崩壊し、絶望する人間と、その表情が好物だという妖怪爺も存在するのです」

「……つまり依頼されたんだね、この人達を叩き潰す為に」

「そういうことですわ。
苗木君はこんな物騒な世界に巻き込まれてはいけませんよ?」


セレスさんが巻き込んだんじゃないか!
ボクは内心で叫ぶ。
勘違いしないでよ? 決して反抗するのが恐いからじゃない。
無駄な反抗をして怒鳴られるのは無意味だと言っているんだ。


「まあ、取り敢えず良心の呵責を感じる必要はありませんわよ?
ここに居る人の殆どは自業自得で多額の借金を抱え、
地道に返すのを諦めて、身を投げるようにしてここに来たのですから」

「う、うん…そう、かもしれないね。
……そういえばボク達は負けたらどうなるの?」

「強制労働ですわ」

「なんてことしてくれるのっ!?」


少しだけ感じていた遠慮が吹き飛んだ。
本当にセレスさんのやることはとんでもないことばかりだ。
バカンスのつもりが自分の将来がかかっていた。
な、何をいって(ry


「それでは行動を開始しますわ。
30分ほど別行動をとりましょう。
苗木君はそこらへんで勝負してきてください。
カードと星をゼロにさえしなければどれだけ負けても結構ですわ」

「え、ちょっ、待ってよセレスさんっ!」


ボクの声が辺りに反響して周りの注目を浴びる。
しかし、セレスさんはそんなものはまったく気にせず歩いて行ってしまった。
彼女は目立つので追いかけることも出来たが、
30分と彼女が言ったのなら指定の刻限までは無視されるだろう。そういう人なのだ。
ボクは理不尽な現状にため息をつきながらもその場を後にした。
……まあ、ボクも聖人ではない。お金は欲しい。
しかし、セレスさんの言葉通りそこらへんで勝負したあげく、無様に負けるのだけは勘弁だ。
なんというか…、それは考えなしすぎるし、なにより格好悪い。
そこでボクはある作戦を立てた。
作戦と呼んでいいのかわからないほど稚拙なものだが、内容はこうだ。

・勝者を狙う。
勝って気が大きくなっているところを狙うのだ。
この際重要なのは表情を顔に出す人を狙い撃ちすることである。
・狙う相手の癖を見抜く。
言うのは簡単だが、実行するのは果てしなく難しい。
1人のプレイヤーが多くのゲームをプレイできる環境ではないので、
せいぜい最初に出しやすいカードを狙うくらいしか出来ないだろう。
しかも、狙えるのは多くて2人くらいだ。
・勝ったら逃げる
あくまでこれは不意打ちのような作戦だ。
深追いは勝負を運否天賦にしてしまう。
カードが余るが、処分する方法は2つほど思いついたので、特に問題ないだろう。

幸いボクはこの中でも異様に若い(……………………………背も低い)。
よって相手は油断して、パターン化したカード選びをするだろうと考えたのだ。
問題は観察しているのがバレたら終わりと言うことだが、幸いボクは身長が大きくないので、
その心配はしなくてもいいだろう。
隠れていれば見えないはずだ。……不本意ではあるが。


「さて、じゃあ実行するかな」


……それにしてもなんでボクはこんなに冷静なんだ?
何処でこんなクソ度胸を手に入れたのか……。
まあ、答えは複数あるだろうが、
主に霧切さんのおかげ(”せい”ともいう)であることは間違いない。
そんなことを考えながら、ボクは人ごみにまぎれていった。








*******************









「うーん……」


あれから20分弱。
ボクは首をかしげていた。
負けたわけではない、ないのだが……、


「こんなのでいいのかなあ?」


ボクの胸には5つの星が輝いていた。
消費したカードは2枚。
こんな簡単にいくとは思わなかった。
対戦した相手は恰幅のいい安藤とかいう男と、細めの古畑とかいう男だ。
その2人は勝って負けてを繰返していた。
ある程度癖を見抜いたあたりで声をかけ、仕掛けた。
結果勝った。
正直勝てるとは思っていなかった。
作戦だとか嘯いていたが、あんなのただの確率心理だ。
負けて星1つになっている可能性も十分にあった。
どうやら超高校級の幸運とかいうのも丸っきりの嘘ではないようだ。
まあ、セレスさんまでとはいかないだろうが。
余ったカードを処分する方法も既に考えてある。
あと一時間程すれば簡単に処分できるだろう。
星があってもカードがなくなった人間が多くなるはずだ。そのときに配り歩けばいい。
時間が経てば経つほど最初に借りたお金の利子はかさむが、ボク達の条件ではそれが免除される。
つまり、待てば勝ち…、なのだ、この勝負は。
もちろん雇われ者のセレスさんはそういうわけにもいかないだろうが、ボクは違う。
契約書にはその記載はなかった。
つまり、主催者にとって、ボクの存在はおまけでしかないのだろう。
超高校級のギャンブラー。
自分の夢の為に誰かを蹴落とすことを躊躇しない、完成されたギャンブラーの……おまけ。
思わず俯く。
別に適当な扱いに不満があるのではない。それにはもう慣れた。
それよりも……、セレスさんの人生を否定するわけではないが、彼女がそういった評価を受けており、
それを本人も認めているという事実が悲しかった。
だってセレスさん、いや安広多恵子さんは……、


「あら、随分暗い顔をしていますわね。
ひょっとしてカード、星共に1つなどという窮地にでも陥ってるのですか?
まったく情けない限りですわね、あの腐れラードにも劣る愚かさですわ。
私のナイト候補という誉れ高い立場をもう少し自覚して行動して欲しいですわ。
このままでは強制労働コースまっしぐらのどうしようもない苗木君には少しお仕置きが必要ですわね。
さあ、苗木君。今すぐ跪き、頭を垂れて私に助けを求めなさい。
『美しくお淑やかなセレス様、どうか無様な私めをお救い下さい』と。
足を舐めながらそう言って下さるのでしたら考えてさしあげなくもありませんわよ?」

「そこまでやっても考えてくれるだけなんだ……」


どうやら約束の刻限になったようだ。
嬉々として長い台詞をのたまった彼女は、そのままボクの胸に視線をやり、
「あら?」と戸惑ったような声を上げた後、これ見よがしに舌打ちをした。


「…チッ!
苗木君の癖に生意気ですわよ?」

「勝ったのに……」


どうやら足を舐めさせるつもりでボクを放置したらしい。
なんてセレスさんらしいんだ。勝って良かった……、
多分靴と素足両方舐める破目になっていただろう。
ボクには、特殊な性癖はないので、それは勘弁である。


「それにしても……凄いことになってるね、セレスさん」

「当然の結果ですわ。
とはいえ星10個では少ないと言わざるをえないですが……、
もう誰も勝負を受けてくれないのでしたら、私にはどうしようもないですわ」


そう、セレスさんの慎ましい胸には10の星が輝いていた。
ボクの2倍以上。
しかし、ボクとセレスさんの運は月と鼈以上の開きがあるだろう。
本来、語り部であるボクはここでセレスさんの行った作戦を聞きだし、懇切丁寧に説明するべきなのだろうが、
残念ながらそんなものは存在しない。
セレスさんに作戦は必要ない。
彼女は祝福され、愛されているのだ。
ギャンブルの神に、確率に。
そもそもセレスさんはそういった作戦や駆け引きがあまり得意ではない。
たしかに嘘をばら撒くのがうまいし、ポーカーフェイスも様になっている。
しかし、彼女を超高校級のギャンブラーにしたのは、その尋常ではない幸運なのだ。
目隠しして鹿児島から北海道まで自転車で到着してしまうような馬鹿げた幸運。
彼女は駆け引きを必要とするゲームでも、駆け引きなしに勝利をひろう。
ポーカーで相手がどれだけ表情を装い、揺さぶりをかけても、
自分の手札が毎回ロイヤルストレートフラッシュなら考える必要もない。ただ場に出すだけで勝ちなのだ。
しかも、彼女は自分の運を自覚している。正しく理解し、運用している。
つまり、ギャンブルである限り彼女に敗北は存在しない。
彼女の胸に輝く10の星を手に入れた方法だって簡単にわかる。
わざわざ細かく描写する必要もない。
ゲームして、勝ったのだ。
運で。


「苗木君?」

「…え? 何かな?」

「次に私の胸について考えたら処刑ですわ。
よろしいですか?」

「……はい」


忘れてた。彼女もエスパーだった。
セレスさんの恐い表情から眼を逸らし、ボクはカードの処分について切り出した。
ボクの予想ではもう少し時間が必要だと思っていたのだが、
トイレに進むその途上にある部屋にボクの求める人が沢山居るらしい。
その言葉を聞いたボクは早速その場から離れ、カードを処分しに行った。
……ああ、セレスさんはカードの余剰がなかった。
それもまた幸運の産物なのだろう。
その後、ボクは顎の尖った青年にカードをプレゼントし(驚いたことに全部持っていった。
何人かに分けて配らないといけないと思っていたので少し予想外である)、
ゲームを終了した。
結果はボクが星2つ、セレスさんが星8個余剰の勝ち。
まあ、それなりに楽しめた……、かな?













*************************














「面白かったですわね、あの男」

「ああ、顎の尖った彼のこと?
最後の方は凄かったね、なんか映画みたいな逆転劇だったよ」

「そうですわね。
苗木君の作戦()とは比べ物にならない物でしたわ。
あれでビジュアルが良かったら私のハーレム要員に入れてもよかったのですが……」


セレスさんはそもそも作戦すらなかったじゃないか……、とは言わない。
勘違いす(ry


「それはともかく、苗木君はどうしようもない甘ちゃんですわね。
あのような人間を甘やかしてもいいことなんてありませんわよ?」

「そうかな?
ボクには300万もあれば十分だったから……」

「あなたのお金なので文句はありませんが……、
いつか痛い目を見ますわよ?」


と、文句ありありの顔でボクを見てくるセレスさん。
別に、星2つを10万で売っただけだ。金を受け取ってる以上偽善ですらない。
手元に残った310万円を見る。
綺麗なお金では決してない。
だけど、少しだけ世界を見た気がした。無駄な経験ではなかっただろう。


「それで? 苗木君はそのお金を何に使うのですか?
私は夢の為に貯金ですが」

「うん、家族に半分渡して旅行にでも行ってもらうよ。
後は舞園さんと霧切さん、あとむくろさんにプレゼントでも買おうかな……。
所詮あぶく銭だし、さっさと使うよ」


150万もあればいいところに行けるだろうし、いいものが買えるだろう。
家族はもちろん、彼女たちには本当にお世話になっている。
ここらへんで恩を返しておくのも悪くない。


「……気が変わりましたわ。
ご家族の方にお金を送ってそのまま旅行に行きましょう」

「……へ?」


急にセレスさんが表情を変え、ボクの手を強く握り締め、引っ張る。


「私が150万円苗木君が150万円、合計300万円ですわね。悪くない旅行が出来ますわ。
ヨーロッパを観光した後、中国で食事を楽しみ栃木県の宇都宮で締めるというプランにしましょう。
ええ、悪くありませんわ……、それじゃあ苗木君? 行きましょうか」

「えっと、ちょ、急すぎるよ!
大体荷物や着替えが……」

「現地調達ですわ」

「それに空路も確保してないし……!」

「ヘリを呼んであります、空港に降ろしてもらいましょう」

「えっと…、というかなんで締めが宇都宮!?」

「あら、知りませんでしたの?」


ボクを引っ張っていたセレスさんが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
長い髪が風になびき、月が彼女の黒い服を照らし、白い肌が闇夜に映える。
まるで映画のワンシーンのような光景にボクは見蕩れてしまった。


「宇都宮の餃子は、とてもおいしいのよ?」


少しだけいつもと違う口調で、表情で彼女は言う。
ボクは彼女と今まで以上に仲良くなれた、そんな気がした。













































くっついた2人の妄想という名の蛇足。
以前2chに投下した物のコピペです。
無論ifだし、出来は微妙です。ご容赦を。









「ねえセレスさん」

「あら、どうしましたの苗木君?」

「なんで僕は皿洗いなのかな?」

「苗木君の作った料理なんかで店が繁盛するはずないでしょう?
Cランクの苗木君は店長兼皿洗い、適材適所ですわ」

「うぅ……、でも2人でお店開こうって言ったのに……、
セレスさんなんて料理どころか接客もしないし……」

「当然でしょう?料理なんてしたら手が汚れてしまいますわ。
私はオーナーですから。それにちゃんと料理のチェックはしてますわよ?」

「まあ、確かにセレスさんが呼んできた料理人と試食のおかげで店は繁盛してるけどさ…」

「ええ、何の問題もありませんわ」

「(でもなぁ……)」

「俺の餃子は確実に勝ちを拾うぜ!カカカカカ!」

「料理は勝ち負けじゃないよ!料理は人を幸せにするんだ!」

「(ちょっとこの厨房は濃すぎるよなぁ……)」

「やっぱり私の目に狂いはありませんでしたわ…。
ああ、臭くて下品な、それでいて最高においしい餃子が食べ放題……」

「いや、料理はお客さんのだからね!?試食だけにしてよ!?」

「それぐらいわかってます。
それより、いつになったら苗木君は私のところに料理を持ってくるのですか?」

「え?でも今は営業中だから……」

「そうではなくて、試食の件です
あの2人を超えたらBランクに上げると約束しましたのに……、
苗木君ったら全然来ないんですもの……」

「ああ、そのこと?
いやぁ、流石に僕はプロを超える料理なんて作れないよ。
ほら、僕セレスさんと違って凡人だし」

「…チッ!」

「…え?ぼ、僕セレスさんを怒らせるようなこと言ったかな?」

「本当に苗木君は糞虫ですわ。
いいから明日までに私の所に餃子を持ってきなさい。
もちろん手作りで、心を込めて。
それが答えですわ」

「セ、セレスさんっ!?
……行っちゃったよ、どういうことなんだろう?
……とりあえず今日閉店後に作って持っていこう、
なんとなく僕が悪い気もするし……」




[25025] 山田一二三
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/26 00:35
山田一二三編












熱気、湿気、人並み。
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人!
ボクはこれほどまでの数の人間が密集しているのを見たことがない。
このイベントの存在は知っていたが、人が集まっているその光景は知っていたが、
実際に体感したことはなかった。
今のボクの心情を文章で分かりやすく説明すると、人がゲシュタルト崩壊した、って感じだ。
目の前の人ごみが文字通りゴミ…、障害にしか見えない。
これだけ人が居ると、人は人を人として認識できなくなるのか。
比較的人口密度の低い場所で育ったボクには新しい発見だった。


「苗木誠殿~!」


そんなことを考えていたボクの前に人が現れた。
何故それを人と認識できたかと言うと、それは知っている人だからだ。
山田一二三君。
ボクのクラスメートにして、超高校級の同人作家である。
その知名度は、この場に限ると絶大で、周りの人がざわめき、
山田君と、ボクを指差したりしながらヒソヒソと話を始める。
山田君は当然だが、ボクもそれなりに有名なのだ。
山田君とは違い何も特出すべきものがない普通のボクだが、
その普通さが希望ケ峰学園と言う異常の中ではありえない程に目立つ。
故に、道端で「あっ」とか声をあげられたり、知らない人に声をかけられる機会も多い。
未だにそういったことには慣れないが、まるっきり初めてというわけではないので、
ボクは周りの注目に対して冷静でいられた。


「いや~間に合ってよかったでござるよ~
安広多恵子殿と一緒に旅行に行ったなんて聞いた時は、すわ愛の逃避行か!?
と、思ってしまいましたぞ!」

「その名前で呼ぶのは良くないと思うけどね……」


セレスさんを本名で呼んではいけない。
ビチグソ呼ばわりされる。
ボクは特殊な性癖を持っていないのでそんなのは勘弁である。


「ふっふっふっ、それには及ばないのだよ苗木誠殿。
この間僕はかの女史のあくび写真を激写したのだ! 弱みがあるうちはこの身は安全!
護身完了といったところでしょうか」


グフフフといった笑いを浮かべる山田君。
しかし、なぜだろう?
ボクにはそれが死亡フラグ(最近知った言葉を使いたかった)にしか見えなかった。


「それでは苗木誠殿、さっそく着替えていただきましょう。
安広多恵子殿とのラブトラベルの後は僕との約束を果たしてもらいますぞ?」


そう言って山田君はボクに衣装を渡してくる。
山田君の好きなアニメ、鬼畜天使ぶー子(だっけ?)のキャラクターの物だ。
敵キャラの少年らしい。
不本意ながら(不本意ながら)ボクは身長的にそのキャラとマッチしているらしい。
てかラブトラベル言うな。


「まあ、約束だからね…、守るよ。
山田君のおかげでボクはあの危機を乗り越えれたわけだし」


ここで言う危機とは、霧切さんと共に、白いタキシードの怪盗に立ち向かった時のことだ。
色々あって怪盗とは別の犯人を捕まえるに至ったが、あの時下手したらボクは死んでた。
あの場に居ながらも、ボクが生き残れたのは霧切さんと山田君、それに小さな探偵君のおかげである。
あの推理小説でも書いてそうな名前の男の子は今何をしているのだろう? 元気だといいな。
まあ、そんな感じでボクは山田君に恩があるのだ。
……あ、ちなみに霧切さん編の時はこのエピソードを語る(思い出す)わけではないのであしからず。


「では早速この『外道天使 もちもちプリンセスぶー子』の怨敵、
『軟弱悪魔アナーキー』のコスプレをしてもらいますぞっ!」

「……すごい名前だね」


どうやらアニメの名前を間違って覚えていたみたいだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。問題はそのキャラである。
軟弱な悪魔ってのもアレだけど名前がもっとアレだ。
由来はバンド名のだよね? だといいな。
でも、ボクのそんな思いは届くはずもない。
だって目の前にソレがあるから。
その衣装はとてもアナーキーだった。無政府状態だった。
今の東京だったら漫画のついでに規制されかねない衣装だ。
男にエロスを求めてどうする。
そういうのは不二咲さんに任せておけばいいのだ。


「……」

「ふっふっふっ!
驚きの余り声が出ないといったところですな?
無理もない。僕もこれほどまでに精巧に再現されるとは思ってもいませんでしたからなぁ。
いやぁ高いお金出して上級生に頼んだかいがあったといったところですかな?」


山田君が得意げにその衣装と言う名のセクハラをひけらかす。
どうやらそれは山田君の私物らしい。なら遠慮の必要もないだろう。
ボクはそれに近寄り、手を下す。


「…えいっ」

「ぬあああああああああああああああああああっ!?」


衣装の一部が破れた。
簡単に直せる程度の破損だが、この場では無理だろう。
つまりボクの目的は完全に達せられたと言うことだ。


「な、何をする苗木誠殿!?
せっかくの衣装が! いくら友とはいえこれは許せませんぞ!!」

「山田君……、考えてもみるんだ。
その衣装を着た不二咲さんのことを……」

「………へ?」


一瞬で表情を変え、腕を組み、考え込む山田君。
まあ、早い話妄想のプロであるところの山田君のことだし、ネタを投げかければこうなると思った。
その、足とへそと脇が丸出しのアナーキーな服装を不二咲さんに当てはめているのだろう。
数秒経つ。ふと、山田君が顔を上げる。


「も、も、も、も、も………」

「……もずく?」

「く、クマー!
じゃなくてっ! 萌えーーーーーーーー!!」


山田君が雄たけびをあげる。周りがざわめく。
先ほどまでのやり取りで、かなり注目されていたが、ここに来てそれはいっそう増していた。
なんというか視線が痛い。痛々しい。


「キタコレーーーー!!
流石苗木誠殿! 僕が思いつかなかったことを簡単に提示してくる!
そこに痺れる憧れるぅーーー!!」

「……あはは」


山田君がその可能性に気づかないわけがない。
とある障害が脳裏をよぎり、身の安全の為、本能的に思考を停止したのだろう。
ボクがそれを呼び起こしてしまったが為に、後日大和田君と言う壁にぶち当たるのだろうが、
まあそれは仕方のないことである。
だってこんなの着たら死ぬ。なんというか男として、死ぬ。あと寒い。今は冬なのだ。
つまりこれは正当防衛である。


「なんか、キタ!
不二咲氏に頼んでこの衣装を着てもらえばコミケは荒れますぞ!
新規アイドルの誕生! しかも今流行りの男の娘!
不二咲氏に冬の寒さの中薄着させるわけにはいかないから夏に決まりですな!
楽しみすぎる! 僕のブースも今まで以上に繁盛間違いなし!
ファンも増える! つまりぶー子の魅力をもっと多くの人間に知ってもらえる!
つーか何より僕が見てぇーーーーーーっ!!」


ボクはいいのかよ、寒空での薄着。
まあいいや。いい感じにごまかせた。
このまま帰るのもアリだけど、流石にそれは悪い気がする。
販売の手伝いでもするかな。


「それじゃあ山田君。
ボクも少しだけ手伝うよ。
衣装のことを考えるのは今日を捌ききってからにしよう」


大和田君のことに気づく前にさっさと別の方向に思考を誘導しないと、
せっかく払った火の粉がボクに舞い戻ってきてしまう。
ボクは急かすようにして山田君に提案をした。


「うむ、そうですな!
オンリーイベントがメインの僕ですが、コミケは別!
今日は色々と周りたいところも多いから売り子の手伝いをしてくれると助かりますぞ!」

「うん、構わないよ」


実力はあれども高校生。年上の人のところには足を運ぶべきだ。
山田君はそこらへんの常識はしっかりしている。
色物なのにクラスの中心(トラブルメーカー的な意味で)なのも伊達じゃない。


「流石苗木誠殿!
では後は任せましたぞー!」


凄いスピードで準備をして、人の海に飛び込む山田君。
ボクはブースの中の人に改めて挨拶をして、売り子を始めた。
さて……、頑張って働きますかね。













**************************



















「あいつらは何もわかってない!
同人作家とは作品を愛している人間がなるものであり、金儲けの為ではないと言うのに!
金が欲しいならプロになれというのだ! 実力も愛もないなら書くな! 働け!
それなのに意志を曲げ、主張を曲げ、利益に走り、この神聖な場で出会いを求める!
いつからコミケはこうなってしまったのか!
そもそもオタク文化自体が一般的になってきた昨今、コミケの低年齢化に始まり、
ただ漫画好きアニメ好きな奴らの集まりからお祭り騒ぎへと……」

「……ふーん」


山田君の話を聞き流す。
さっき帰ってきたのだが、それからずっと愚痴ばっかりだ。
多分暑くて狭いこの環境で疲れているのだろう。
まあ、無理もない。
ボクは相槌を打ちながら周りを見渡す。
と、目線の先に知った姿の人が居た。
あれは……腐川さん?
おかしいなぁ……、腐川さんはこういうのが大嫌いだったはずなのに……。


「つまり国家が悪いっ!」

「ねえ山田君」

「……なんですかな苗木誠殿?
暑さと湿気に対する怒りを国にぶつけている僕に何の用で?」

「あれ……、腐川さんじゃないかな?」

「うん?」


しまった、つい指示語で、しかも人を指差してしまった。
人だらけの環境でもマナーは忘れないように気をつけないと。


「う~ん……、あれは確かに腐川冬子殿……。
ぐぬぬ、散々僕達の文化を否定しておきながらその祭典に来るとは……!
おーい! 腐川冬子殿ーーー!!」

「あ、ちょっ……」


呼ぶのは流石に不味いので止めようと思ったのだが……、遅かったようだ。
その言葉に腐川さんであろう人が反応し、こちらに向かって歩いてくる。


「あっれー? まーくんにひふみんじゃん?
ひふみんはともかくまこりんはこんな所で何してるのかしらぁ?
ひょっとして2人とも出来てるとか?
細太普醜カップル……そういうのもあるのか。
くっそ萌えるっ!!」

「えっと……」

「ふ、腐川冬子殿?」


えっと……誰?
姿形声などは腐川さんそっくりだが、中身が違いすぎた。
普段暗めの彼女が嫌にハイである。


「ん? あーそうだった、
アレよ、私は冬子の姉の翔子よーん!
よろぴくねー! なーんちゃって、古いっつーの!
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「……お、お姉さんかぁ……、知らなかったよ。
ね、山田君?」

「う、うむ。 世の中不思議が一杯ですからなっ!
そっくりの姉が居てもおかしくはないでしょう!」


本人からは1人っ子だと聞いていたが、姉が居るようだ。
うん、まあ家族のことって言いづらかったりすることもあるらしいからね、仕方ないね。


「それでそれで?
2人はどこまでイってるのかしらー?
A?B?C?それともZ?
この赤い糸だけはお前の自慢のマイハサミでも切れないっ!とか?
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「……僕はそっちには興味ないっす。
むしろ苗木誠殿は安広多恵子殿とラブトラベルを……」

「いやだからそんなんじゃ…」

「は? 何? ラヴクラフト?
ルルイエにでも行ったの?」


そんな冒涜的で唾棄すべき旅行は死んでも嫌だ。
というか変なネタを振らないで欲しい。
腐川さん本人じゃないなら挨拶してさくっと別れるべきだそうすべき。


「まぁいいわぁ。
続きはセルフ妄想で保管するからぁー。
それじゃあひふみん、友達…の姉のよしみで新刊は貰ってくわねー!
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「……あはは」


渇いた笑いが出る。
嵐のような人というのを文章以外で初めて見た。
今日は何かと初めてが多い日だが、一番衝撃が大きかったのは確実に彼女だろう。
腐川翔子……恐るべし。


「見事な腐女子……いや、すでに貴腐人の器か!
腐川翔子……一体何者なんだ」

「いや、腐川さんのお姉さんでしょ?
それより、女の人でも山田君の本を欲しがるんだね。
お客さんはほぼ男の人だったから少し驚いたよ」


ボクは少し気になっていたことを口にする。
中身は見てないが(見たら最後、弾丸が飛び、プライベートが犯され、賭けで全財産取られたあげく、
テレビでボクを批判する話題があがるのだ)、それでも男性向けであろうことは表紙と客層でわかる。


「……気づきましたか苗木誠殿。
う~ん、最後に教えようと思っていたのだが……、仕方ない」


そう言って山田君は本を開く。
そこには予想通りの内容があったが、彼はそれを飛ばして、最後の方のページをボクに見せた。


「オリジナル漫画を描いてみた、ってやつですな。
実は公式にその旨を宣伝してたので、彼女はそれを知っていたんじゃないかと…。
ほら、苗木誠殿が以前応援してくれたからすこーしだけやってみようかなと思った次第ですな」

「これは……」


そこには山田君オリジナルの漫画があった。
キャラも世界もオリジナル。
しかも、4コマではなく、本格的なものだ。
伝説と言われるだけあって絵が綺麗で丁寧なそれは、とても見やすく、
漫画は有名なのしか見ないボクでも、その世界に引き込まれていくような魅力を感じた。


「いやー、別に初めての試みなんで良い感想は期待してないですよ?
ただ、漫画? やればいいじゃんと言わんばかりに応援した苗木誠殿の意見も聞いておこうと…」

「これ凄く面白いよっ、山田君!」

「……へ?」

「展開が斬新っていうか、漫画を余り読まないボクでも凄く引き込まれたし、
なにより全部が丁寧で作りこまれてるっていうか……、とにかく凄いよ!」


こういう時に自分の語彙の少なさを痛感する。
この感動をもっと伝えたいのだが、いまいち言葉が出てこない。
とにかく面白いということだけは伝えたいのだが、うまくいっただろうか?


「……ふっふっふっ!」

「…?」

「まあ当然ですな!
僕の実力は同人だけに納まりきらないといったところでしょうか……。
このまま漫画家に転進! 若くしてミリオンヒットを達成し、
漫画を世に広め、文化の拡大に貢献する! 敵は都知事だ!
……あ、もちろんぶー子の同人誌は書くけどね」


小躍りしながら未来への展望を語る山田君。
しかし、手元にある漫画を見ればそれも夢ではないんじゃないかと思える。
山田君はそのテンションのまま振り返り、ボクを指差す。


「では苗木誠殿!
約束どおりアシスタントとして僕の栄光のロードをクリエイトする手伝いをしてもらいますぞ!」

「あはは、漫画家になったら、そうだね。
出来る限り手伝いに行くよ」


ボクが頷くと、山田君は驚いたような顔をして、動きを止める。
あれ? 何か変なこと言ったかな?


「……本気で手伝ってくれるんでしょうか?」

「あ、あれ? 迷惑だったかな?」


社交辞令的なアレだったのか。気づかなかった。
まあ、素人のボクに手伝えることもないだろうし当然といえば当然だろう。
……しかし、山田君の様子がおかしい。
なにか戸惑っているようにも見える。


「いえ、正直驚きを隠せない次第でして……」

「どうして? 友達だもん、それくらい手伝うよ」


山田君は大切な友達だ。
それはクラスメートの全員に言えることで、友達を助けるのも当然のことだ。
ボク言葉を聞いた山田君はゆっくりと2度頷き、ボクを見返す。


「友達……、そうですな! 確かに当然でした!
それでは苗木誠殿、近い将来は手伝い頼みましたぞ?
苗木誠殿もお困りのときは是非僕を頼ってくれて結構。
怪盗の時と同様に、華麗に助けてあげましょう!」


そう言って山田君はボクと握手した。
山田君と本当の意味で親しくなれた、そんな気がした。


























クリスマス? そんなの関係ねぇ!
探偵とのクリスマスネタが思い浮かばなかったわけじゃ決してないよ!本当だよ!
少し急ぎ足故雑なところが多いですが、ご容赦ください。



[25025] 不二咲千尋
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/27 11:13
不二咲千尋編










「うーん…、このパーツ安くなってるなぁ……。
僕のPCもパーツ変えちゃおっかなぁ……。
でも今のままでも別に問題はないし、でもでもぉ…速いに越したことはないし……。
悩むなぁ……」

「……すごいね。
ボクには何がなんだかわからないよ……」

「えへへ……、
むしろわかったらびっくりだよぉ……、
僕だって仕事で使わなかったら、こんなにハードに詳しくなかったと思うよ?」


ボクは今秋葉原に来ている。
そこは前回行っておけよ、と思われる人も多いだろうが、
今ボクが居るのは、アニメ絵の女の子が大量に存在するショップではなく、
よくわかない部品やモニターがずらりと並ぶショップだった。
つまりPCショップだ。
ボクは現在不二咲さんと一緒にここに来ている。だが、別に付き添いだとかではない。
むしろ不二咲さんがボクの付き添いみたいなものだ。
そう、ボクは今日PCを新調しに来たのだ。
しかし、ボクだけではよくわからない。なので不二咲さんに教えて貰おうと言う算段だ。
算段なのだが……、さっきからボクには不二咲さんが何を言ってるのかよくわからない。
ハードって何? ハードディスクのこと?
でも今不二咲さんが見ているのはCPUと書いてある。
CPUってなんだっけ? 数が多いと動作が軽くなる奴だっけ? ……あ、それはメモリか。


「……あ、ごめんね苗木くん。
僕ばっかり楽しんじゃって……、えっとぉ、苗木くんはどんなパソコンが欲しいんだっけ?
ノート? それともデスクトップ?」


いつもより少し元気な不二咲さんに癒される……。
……って、いやいやいやいやいやいやいやいや! 彼は男だ! 落ち着けボク!
えっと、デスクかノートだっけ?
ボクの場合はどっちがいいのかな?


「デスクトップって大きいやつだよね?
ボクは今までそのデスクトップってやつを使ってたけど……、ノートパソコンにも興味あるなぁ……。
大きさ以外に何が違うの?」

「そ、そうだなぁ……、
うーん……、そもそも苗木くんってパソコンで主に何をやるのかな?
それによってどっちが向いてるかある程度わかるけどぉ……」


質問に質問で返された。
だが、不二咲さんを怒鳴りつける気にはなれない。
いや、怒鳴りつけられて涙目になってる不二咲さんは見たいけれど、
それをボクがやるのは罪悪感があるというかなんというか……。
そう、ボクには特殊な性癖はないのだ。
不二咲さんを泣かせたいなんてそんな鬼畜なことを考える人は、大和田君に磔獄門の刑に処されればいいよ。
ボクはそれを横から見てるから。
さてと、真面目に質問の答えを考えるかな。
ボクが普段パソコンでやること……、


「まずはインターネットかな?
主にブログ見たり動画サイト周ったり……、
あとはipod(nano)の音楽を保存したり、写真を保存したり……、
あっ、DVDもパソコンで見るや」


思い出すと結構役割のあったボクのパソコン君。
Cドライブのデータは不二咲さんが救出してくれた為、実害は金銭以外ないのだが……、
しかし早めに買わないと不便に感じることが多いだろう。


「それくらいだったらノートでも出来るけどぉ……、
値段も結構しちゃうから、今までデスクトップで不満がなかったならデスクトップがお勧めかなぁ……」

「ふーん……、ちなみに不二咲さんは何を使ってるの?」

「え? 僕?
えっとぉ…、寮にはデスクトップ一台にワークが一台かな」

「ワーク?」

「ワークステーションの略だよぉ。
でも苗木くんは必要ないと思うよぉ? 僕は主に仕事で使ってるし……」

「そっかー……」


不二咲さんがそういうならそうなんだろう。
実際、デスクトップで不自由はなかったし、ノートパソコンにしたところで、
特別用途があるわけでもない。小さいのもいいかな? 程度の気持ちだったし。


「あっ!
大切なことを聞くの忘れてたよぉ……、
予算っていくら位なのかなぁ?」

「10万円かな、ぴったり位が理想だけど……」


実はセレスさんに拉致されたときから、ボクのパソコンは調子が悪かったのだ。
あの時星2つを10万円で売ったのは、そういう理由があったのである。複線(?)回収完了。
…ちなみにHDDを救出してもらった時にセレスさんとの旅行写真が不二咲さんに見られた。
苦笑いしたボクと満面の笑みのセレスさん(超レア)が宇都宮の餃子像の前に立っている写真である。
なんというか……、凄い恥ずかしかった。


「うんっ、それだけあればノートはともかく、デスクトップならそれなりのが買えるよぉ!
せっかくだから自作のPCにしちゃおう? そっちのほうが面白いよぉ!」


そう言って不二咲さんは、ひょいひょいとパーツのお買い上げカードを手に取る。迷いが一切ない。
マザーボード、CPU、メモリ、グラフィックボード、光学ドライブ、HDD、ケース、電源……、
そこでふと、彼の手が止まる。
そのまま少し迷ったような表情をしてOSを手に取った。
そして、近くに居た店員さんに声をかけて、なにやら質問をしているようだ。
流石にプロ。パソコンのことになると真剣そのものである。
好きなこととはいえ、ボクのPCの為にここまで真剣になってくれている事実がとてもうれしかった。
そんな感じでボクがときめいてると、話しが終わったのか不二咲さんがとことこと戻ってきた。


「選び終わったよ苗木くん」

「うん、本当にありがとう!
支払いをすませちゃおうよ、いくらかな?」

「10万円だよぉ」

「……え? ぴったり?」

「うん、OS加えると10万300円になっちゃうから少し迷ったんだけど……、
店員さんにお願いしたら値引きしてくれたんだっ」


えへへ、といった感じで笑う不二咲さん。
あの速さで暗算しながら10万円に合わせるとか……、凄すぎる。
数学云々ではなく算数の時点でここまで差があると、もういっそ清々しいくらいだ。
ボクはそのままレジでお会計をして、不二咲さんと店を出た。
しっかし、なんというか……視線が痛かった。
本日はパンツルック(というかスカートは学校でも穿かなくなったので、ずっとパンツルックだ)の彼だが、
周りの目線というかファンの目線というか……、
今も、この殺伐とした世界にちーたん出現! とか聞こえるし……。
不二咲さんってこういった場所だと知名度が凄いんだなぁ
ボクは買い物に来ただけで、クラスメートの凄さをいくつも実感してしまったのだった。














*************************
















「さてと……うん、問題なく完成したよぉ。
それにしても結構重かったなぁ……、これで少しは筋肉ついたかな?」

「あはは…、でも確かに重かった。
ありがとう、不二咲さん! おかげで良い買い物が出来たよ!」


どうやらパソコンは無事完成したようだ。
本当は組み立て終わった時に安心してしまっていたのだが、起動するまでが自作PCらしい。
とにかく、プロの不二咲さんがOKを出したなら問題ないだろう。
ボクは不二咲さんへの感謝を述べた。
しかし、不二咲さんはなにやら不満顔だ。


「もぅ……、苗木くん」

「…え? な、何かな?」


少し怒ったような顔でボクを上目遣いで見てくる。
クラスメートの中でボクに上目遣いが出来るのは不二咲さんだけなので、
ボクは少しだけ新鮮な気分になった。
というか、可愛いなぁ…、本当に。
思わず頭を撫で回したくなる。


「僕のことは君付けで呼んでよぉ!
僕は男なんだから、さん付けは変だよぉ!」

「あ、あはは……、
そうだね、ごめん不二咲…くん」


すっごい違和感。
でも、まあ男の子なわけだし当然なのだが…、なんだかなぁ。


「えへへっ、それじゃあ僕はもう帰るね!
今日はありがとう!」

「え!? いやいや、このまま帰らせれるわけないよっ!
こんなにお世話になったんだからご飯くらいは奢らせて!」

「え、でもぉ……」


遠慮しがちな不二咲さ…くんだが、今回ばかりは譲れない。
このままかえしたらボクが納得できない。
親しき仲にも…、いや、ボクに言わせれば親しき仲こそ礼儀あり、だ。
友達であるが故に、ここらへんはしっかりしないといけない。


「このまま不二咲君を帰したらボク、夜も寝れないよ!」

「で、でも僕はそんなに大したこと……」


よし、後一押しだ。


「それに…、もし何かあった時に最低限自分でなんとかできるようになりたいから、
ご飯を食べながらパソコンについて教えてよ! お願いだからさぁ」

「……そういうことなら……いいか、なぁ?」


と、まあそんな感じでボク達は外に出た。
今ボクの隣には不二咲くんが居て、あと数分でファミレスといったところなのだが……、
1つ気になっていたことがあったので聞いてみる。


「ねえ、不二咲くん、その服装なんだけど……」

「…え? な、なにか変かな?」

「いや、凄く似合ってるよ?
でも、なんとなく不二咲くんの趣味じゃないなぁ…なんて」


現在の不二咲くんの服装は、濃い目のスリムジーンズに茶色のショートブーツ、
ブーツに合わせた色のベルトに首周りの広い白のTシャツ、チャコールグレーのカーディガン、
そして学生ブレザーチックなネイビーのジャケットだ。
開いた首元から見える鎖骨がとてもキュートである。
いや、男の子だってのはわかってるんだよ?


「うん…、僕も最初はあんな感じの男らしい服がよかったんだけど……」


不二咲くんが指差す方向には、和柄のスカジャンとニット帽をキめた男の姿があった。
男らしいというか、あれじゃあただのチンピラだ。


「大和田君が『服装だけ変えても真の漢じゃねえ、先ずは体を鍛えてからだ!』
って言って僕に服を選んでくれたんだよ。これもその時買った服なんだ」


大和田君GJ。
マスコットである不二咲くんの魅力が減るところだった…。


「……大和田君の甥さんにパソコン教えたときもそんな顔されたよ……。
やっぱり僕には男らしい服装は似合わないのかなぁ……」

「甥さん?」

「あ、うん。
大和田君は甥の人の方が年上なんだよぉ、奇妙な話しだけど」


結構複雑そうである。
まあ、それは次回の大和田君の回まで置いておいて、
今は不二咲さんの悲しそうな顔をなんとかするべきだろう。
ボクはそれに対する答えを既に持っているはずだ。


「まあでも、実際に不二咲くんにはああいった服は似合わない…、かな?」

「そう…だよね。
ぐすっ…、僕が…弱いから……」

「違うよ、そうじゃない。
不二咲くんは確かに体格はあまり恵まれてないけれど、
それでも凄い勇気があるじゃないか!」

「ゆう…き…?」


そう、不二咲くんは自分でボク達に秘密を明かしたのだ。
入学したときから女装をしていたという秘密を……。
それは普通は明かせるような秘密ではない。下手したら社会から阻害されかねない秘密だ。
しかし、それを彼は皆に打ち明けたのだ。
自分の弱さと共に、すべてを吐露し、生まれ変わることを決意した。
それが強さでないと言うなら、何が強さか。
腕っ節の強さなんて関係ない。
彼はとても勇気があり、前向きな、強い男の子だ。
少なくとも、ボクはそう思う。
ボクの考えを聞いた不二咲くんは顔を上げてボクの方を見ながら、言った。


「…ありがとう苗木くん。
なんだか、凄く嬉しかったよ」

「あはは……、
不二咲くんはもう十分強い人だと思うから…、
体の方はゆっくりと鍛えていけば良いよ」


まあ、ボクとしてはそのままの彼で居て欲しいのだが……。
そんなボクの思惑はともかく、元気を取り戻した不二咲くんは早足で前に進み、
ボクを先導するかのようににこやかに振り返る。
曇りのない、自信の見え隠れするその笑顔は、可愛らしさとは別の魅力を持っていた。


「うんっ!
頑張って鍛えてああいうのが似合う漢になるよ!」


……やっぱり止めて欲しいなぁ…なんて思いつつも、ボクは早足で不二咲くんを追いかける。
彼と今まで以上に仲良くなれた。そんな気がした。














[25025] 大和田紋土
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/28 12:39
大和田紋土編











「大和田君っ!!
速いっ、速いよっ! もっとスピード落とさないと、じ、事故っちゃうってばっ!!」

「この程度、速いのうちにはいるかよ!
オラオラァ、とろとろ走ってんじゃねえぜぇ!」

「う、うわーーーっ!!
か、掠った! 足が車に掠ったってばっ!!」

「安心しろっ!
ぶつかるならともかく、落ちたくらいなら入院するだけですむっ!
俺が保障する! なんてったって落ちたことあるからなっ!」

「う、うわあああああああああああああ!!」


吹き飛ぶ景色。叩きつけるような風。
耳から聞こえる音が甲高くなり、肌で感じる世界に危険を覚える。
ジェットコースターのようなものだと思っていたが…、とんでもない!
ジェットコースターは事故しない設計になってるじゃないかっ!
そんなこんなで、ボクは後30分ほど単車の後ろで地獄を味わったのだ。
もう二度と乗るもんかっ、なんて言えばオチがつくが、残念ながらこれは行きなのだ。
つまり帰りもあるのだ。
……迎えに来てもらおうかなぁ。
両親は忙しいだろうから葉隠君に……いや、そっちのが恐いや。


「おーい、着いたぜ苗木」

「あぁ…、生を実感するよ。
ボク、今、物凄く、生きてる!」

「……あぁ、わりぃ。
少し飛ばし過ぎたわ」


まあ、そんなこんなで目的地に到着したボクと大和田君。
目的地といっても、観光地だったり誰かの家だったりではない。
峠のようなところだ。
ガードレールに阻まれた大森林がボク達を歓迎している。
そっと、ガードレールから下を覗くと、意外に高さがあった。
来るときはスピードのせいで気づかなかったが、どうやらそれなりに高い山らしい。
さて、そろそろ事故率の高いジェットコースターに乗ってここまで来た理由を話さなければいけないだろう。
その時のことを回想するのもいいが、そんなに複雑な会話や経緯はない。
大和田君が、暇だから付き合え、といってボクを部屋から引っ張り出し、ここまで連れてきたのだ。
これがボクじゃなくて女の子だったら誘拐騒ぎである。
……ああでもうちのクラスでむざむざ誘拐される女の子は居ないか。
不二咲さんは危ないけど、男の子だしね。


「それで? 結局なんだったの、大和田君?
ここに何かあるのかな?」

「いやな、ここ最近大人しく学校行ってたからよー……、
ふと、風を感じてなぁ…、って時にてめぇが居たから引っ張ってきたわけだ」

「……つまり意味はないんだね」


ボクは軽いため息をつくと、近くにある自販機にお金を入れて缶コーヒーとミルクティーを買う。
ミルクティーはボクのだ。セレスさんに付き合っているうちに、気づいたら好物になっていた。
ボクはコーヒーの方を大和田君に投げる。


「たしか炭酸ジュースよりコーヒー派だったよね?」

「おうよっ!
よく覚えてたな! 本当はビールがあれば最高なんだが……」


器用にコーヒーを受け取りながら笑う大和田君。
自販機では買えないよっ、とか未成年じゃんっ、とか色々突っ込みたいこともあるが……、
あれだけの恐怖を味わったボクとしては、この突っ込みだけは譲れないっ!!


「飲酒運転じゃないか……!」

「ははっ、冗談だよ!
ダチを危ない目に合わせる訳ねぇだろ?」


おい…、どの口が言うの!?
ボクは心に重症を負ったんだよ?
冗談とはいえ、酔っている状態のバイクに相乗りとか勘弁である。


「つっても今更あんなのでビビるとは思わなかったぜ。
お前、あの女とカーチェスみてぇなことしたんだろ?
だからあのくらい何でもねえと思ったんだがなあ……」

「……まあ、ほら、あれだよ。
霧切さんと居るのと大和田君と居るのじゃ違うって言うか……」

「俺じゃあ頼りねえってか? おいっ!」

「い、痛いよ大和田君!」


大和田君が笑いながら腕をボクの肩にまわして、軽く首を圧迫してくる。
無論冗談だ。
本気でやられたらボクなんて即ダウンしている。(そんな大和田君でも、
大神さんに指先1つでダウンさせられたらしい。大神さんすげぇ!)


「ったくよ…、てめぇのことは嫌いじゃねえし、その前向きな所は尊敬してるけどよ……、
それでも、てめぇだけがモテるのは納得いかねぇ!」

「べ、べつにモテてなんか……」


ボクは否定しようと言葉を発っするけど、大和田君はそれを途中で遮る。
……あ、ちょっと力が強くなった。


「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
苗木よぉ、それはないんじゃねえの? 主に俺に対しての配慮が。
日々連敗記録を更新しちまってる俺を泣かせてぇのか? おい!」

「い、いたたたた…、大和田君、痛いって!」


今度は頭をグリグリされる。
大和田君とボクは身長差が結構あるので、こう言う状態になると碌に抵抗もできない。
まあ、必死に抵抗するほど痛くはされてないけど。


「まずは舞園だろ? トップアイドルだ。
それだけでも羨ましいってのに、セレスに霧切、戦刃……4人もだぜ?
朝日奈もアレでお前のこと気に入ってるみたいだしよぉ……、
後はオーガだけって…、どんなデスレースだ! 俺の青春返しやがれ!」

「べ、べつに好かれてなんか……、
というか江ノ島さんと腐川さんのことを忘れてるし……」

「あいつらは地雷だ、間違いねえ。
それに、好かれてないっていい訳は通用しねえぞ?」


大和田君がボクから体を離し、バイクの上からコーヒーを手にとって栓を開ける。
そして、そのままガードレールに身を預けた。
やっと解放されたボクはミルクティーの栓を開けて、少しだけ流し込む。
うん、おいしい。
セレスさんはこれを雑な味だと罵るが、
ボクはこういった分かりやい味も好きなのだ。
おかげで大和田君の問題発言(無論ボクがモテるとかいうアレだ)のせいで赤くなっていた頬が正常に戻る。


「だってよぉ、舞園のやつ何かとお前と出かけたがるんだろ?
ちょっとした買い物でもお前の様子を見に行くって聞いたぞ?」

「…それは…ほら、中学校が一緒だったし……。
知り合いが居なくて心細いって……」

「もう1年以上経ってるだろうが、そんなの関係ねえよ。
それにセレスと2人で旅行に行ったみたいだし、霧切とお前は大抵セットだ。
戦刃に至っちゃあ露骨すぎるしな。
あ? なんか間違ってるか、コラァ」

「あ、あははは」


大和田君はガードレールにもたれたまま、ボクに問いかけてくる。
表情は笑ったままだが、目が真剣だ。
それに、まだ言い足りないことがあるらしい。


「しかもてめぇ…、最近千尋とも仲良いじゃねえか。
あん? コラァ? どういうつもりだ?」

「いやいやいやいやいやいやいや、不二咲くんは男の人じゃないか!?
何もないよ!!」


心外どころじゃない、
こんな所まで連れてこられて同性愛の疑いをかけられるとは思わなかった。
ボクは取りあえず弁解しようとするが、大和田君の様子が変だ。
なぜか、凄く驚いたような顔をしている。


「…ん? あれ、お前千尋のこと君付けで呼ぶようになったのか?」

「……え? ああ、うん。最近、ね」

「……もしかしてお前千尋狙いじゃねえの?」

「狙ってないよ! 何度も言ってるけど同姓じゃないかっ」


まったく、人をなんだと思っているのか。
確かに不二咲さんは、なんというか保護欲を抱く人だけど、恋愛対象にはなりえない。
不二咲さんが女の子だったら?
………………黙秘で。


「んじゃあなにか?
てめえはあれだけの女に群がられて、
別に好きな奴が居るわけでもねえのに誰ともくっつかず、学園生活をエンジョイしてるってのか?」

「……………まあ」

「ざけんじゃねええええぞコラァァアァァ!」


大和田君がキれた。
マジギレだった。
流石に殴りかかってはこなかったけれど、右手を握り締め、何かを堪えてるようだ。


「俺はよう…、別にお前がモテるのは良いんだ。いや、良くはねえが。
……それでも、お前が千尋のことが好きで、それが叶わず現状に甘んじているのだったら許せた!
でもよう…、ラブコメに甘んじてるだけで何時誰とくっつくことになるかわかんねぇ現状は気に食わねえ!
これじゃあ成立しないに賭けた俺は損するだろうし、何より俺に青春がないじゃねえか!
おい、苗木! 俺の青春を返しやがれ!」

「賭け?」

「お前のその前向きで素直なところがモテるのはわかる。
でもよぉ、4人はないだろ! どうなってんだよコラァッ!
俺なんて未だに怒鳴る癖が治らず15連敗中だぞ!?」

「賭け?」

「いや、だから……」

「賭け?」

「…………」

「賭けって何?」


大和田君が気まずそうに目を逸らす。
そのままコーヒーを一気に飲みほし、自販機の横のゴミ箱に向けて投げる。…外れた。
桑田君じゃああるまいし、5m以上離れたところからそう簡単に入るとは思えない。
大和田君は小さく悪態をつきながらソレを拾いあげて、捨てる。


「いや、まあお前が誰とくっつくか賭けをしてんだよ。
一番人気は霧切で次点が舞園、戦刃セレスときて朝日奈が最後だ。
俺は誰とも付き合わないに賭けてたわけなんだが……」

「……親は?」

「……葉隠」


碌でもねー。
葉隠くんを友人と思わないこともないこともないこともないけれど、最低の人間だとは思っている。
彼は周りの人間を金儲けに利用する癖があるのだ。
これはアレだな。罰が必要である。
このまま調子に乗らせると、また面倒なことをしでかすだろう。
後でむくろさんに頼んで彼のコレクションを1つ破壊してもらおう。
警告のメッセージでも残せば彼も反省するだろう。


「ふぅ…、まったく葉隠君は仕方ないなぁ」

「まあ、俺らも楽しんでるから共犯ではあるからな……、悪かったよ」


ボクはため息をついて大和田君に向き直る。
まあ葉隠君のことは置いておいて、今は大和田君だ。
確かに賭け事は好きだし、感情に任せて会話をする傾向にある大和田君だが、
今日は少し様子がおかしい。
恋愛関係の話を自分から振るタイプではないのだ、大和田君は。
つまりこれは、言いたいことはあるけど言い出せなくて、無理矢理会話を繋げていると言うことなのだろう。
まあ、霧切さんが以前そう言っていたのを、そのまま思考しただけなのだが……、正解だと思う。
だって、会話の流れ以上に、大和田君がボクから目を逸らすなんてありえない。
何かある、ということなのだろう。


「それで? こんな話をするためにここに来たわけじゃないんでしょ?
風を感じたいって言ってたけど、そんなわけがないし。
だってボクと2人で乗るより1人の方がスピードも出せるしね」

「あー……」


大和田君が腰に手を当てて俯く。
数秒そういった仕草をした後、吹っ切れたのか顔を上げて、再びガードレールにもたれかかった。


「……お前には兄貴の話はしたよな?」

「大亜さん…、だっけ?」

「おうよ、自慢の兄貴だったぜ。
俺のチームの名前…、暮威慈畏大亜紋土ってんだけどこれは兄貴が考えたのさ。
これは昔から俺と兄貴が2人で行動する時に使ってた名前でな。
今思うとちと恥ずかしいが、2人で高校に乗り込んでスプレーで落書きしたり、な」


懐かしそうに話す大和田君。
そのままポツリポツリと話し続ける。


「今のチームも兄貴から引き継いだものな、
一応総長は俺だが、兄貴の偉大さを実感するっていうかよお……、
どうしても俺は兄貴と比べちまうし、俺が兄貴にかなうわけがねえ」

「…………」


大和田君のお兄さんがどうなったかは知っている。
その原因も…、大和田君本人がボクに話してくれた。
だからボクは静かに話しを聞き続ける。


「なんつーんだろうなこの感じ。
居もしない兄貴に嫉妬してるっつーか、未だその影を追いかけてるっつーか……、
チームのやつらは俺について来てくれてるが…、兄貴の方がうまくやれるんじゃねえかって思うことが多いのも事実だ」


大和田君は空を見ながら少し黙る。
大和田君のこういった姿は初めて見る。
いったん今までの環境から離れ、学園で過ごしたからこそ、別の世界が見えてしまったのだろう。
我武者羅に進んでいた時は気づかなかったこと。喪失感。
お兄さんとの約束を守るために頑張ってきた彼は、少し余裕ができて寂しくなったのだと思う。
兄が、自分の片割れが居ないということに。
だけど……、


「お兄さんが居もしないなんて酷いよ。
ちゃんと居るじゃないか」

「……あ? なに言ってんだてめぇ…?
前に言っただろ? 俺の兄貴は……」


不機嫌そうにボクを睨む大和田君に近づく。
ミルクティーの缶を左手に持ち替えて、ボクは右手を握り、大和田君の胸を軽く叩く。


「ここにちゃんと居るよ。大和田君のお兄さんは」

「…………」


呆けたような顔でボクを見る大和田君。
ボクはそのまま言葉を続ける。


「だって、大和田君の話してくれたお兄さんの特徴って最近の大和田君そのままじゃないか。
大胆で、仲間思いで、喧嘩が強くて、義理や人情って言葉に弱くて、女の人にモテ…ないけれど」

「……おいおい、そこでそれはねーだろ」


大和田君が笑いながらボクを見る。
ボクは少しだけ笑って、大和田くんの胸から手を離す。


「お兄さんの…、大亜さんの意思は大和田君の中できっと生き続けるよ。
大和田紋土が大和田大亜に変わるんじゃなく、代わりを務めるでもなく、
きっと、大和田君がお兄さんの思いも意思も背負ってこれからも生き続けるんだ。
だってほら、ダイアモンドってとっても硬い宝石なんだよ?
1つになったらもう無敵さ。
大亜紋土は砕けない…、ってね」

「……ははっ!」


大和田君が大きな笑い声を上げて、ガードレールから体を離す。
今のボクの解釈で元気を取り戻してくれたのか、今日一番の笑顔である。
表情に気力が戻り、動き一つに力が入っているのがわかる。
大和田紋土復活、といったところか。


「くせーこと言うなぁ、苗木。
なんだか、お前がモテる理由を再認識した気分だ」

「えっと…、別にそんなことは……」

「…ほれ」


ボクの反応は聞かず、手を出す大和田君。
どうやらミルクティーの缶をよこせってことらしい。
ボクは少しだけ残ってた中身を飲み干し、大和田君に手渡す。


「………よっ!」


大和田君はソレを自販機の横のゴミ箱に向かって、投げた。
……入った。


「よっし!
帰るぞっ! 準備しろ!」

「え、ええ!?」


言いながらバイクに跨りエンジンをかける大和田君。
い、いくらなんでも急すぎる!
ボクは慌ててバイクに向かった。


「ま、待ってよ! 大和田君!」

「おうよっ! いくらでも待つぜ、兄弟?」

「……へ?」


ボクは急いでバイクに跨った、その姿勢ですこし呆ける。
えっと……、ここに石丸君はいないから……、ボクのこと…だよね?


「それじゃあ帰るぞっ!
しっかり摑まれよ?」

「う、うわぁ!」


ここに来るときの道中を思い出し、思いっきりしがみつくボク。
ギュッとめを閉じていたので前は見えなかった。
しかし、確かに前の方から小さな声が聞こえてきた。


「………………ありがとよ」


ボクは今日大和田君と本当の意味で認め合えた、そんな気がした。
あと、帰りは行きよりもスピードが速かったことだけ追記しておく。
……怖かったけど、もう一度乗ってもいいかなぁ、とそう思えた。





[25025] 石丸清多夏
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/26 00:36
石丸清多夏編














「おはようお兄ちゃん、久しぶりだね」


まどろんでいた意識が引き戻される。
心地の良い眠気に任せていた体が、謎の揺れで無理矢理覚醒へと導かれる。
ボクは少し躊躇いながらも目を開き、意識を覚醒へと誘導した。
そんなボクの目の前に、数ヶ月ぶりに見る、ボクの一番苦手な者があった。
妹だ。


「ねえ、お兄ちゃんの学校の話を聞かせてよ。お兄ちゃんが私の居ない所でどういう生活を送ってるか気になるなぁ……あっ、でもその前に私がお兄ちゃんの居ない間に学校でどんな生活を送っていたか教えた方が良いよね、そうした方がフェアだし、お兄ちゃんは私のことを知れて私はお兄ちゃんのことをもっと知れて一石二鳥だもんね。じゃあ、まず話すよ。私ね、この間の数学のテストで100点を取ったの、100点。中学生になってから取るのは初めてだから嬉しかったなぁ…、あのテストで100点を取れればお兄ちゃんが帰ってくるって願掛けしてたから、それが叶ったんだねっ!これからテストがあるたびに願掛けをするよっ。あ、あとね何だか知らないけどクラスの男の子に告白されたみたいなの。いつも私にくだらないちょっかいをかけてくるくだらない男の子なんだけど、周りの子が言うにはスポーツができて頭がいい人気の子なんだって。そんなので人気が出るなんて不思議だよね。人よりスポーツが出来て、人より頭がいいだけで好きになるなんて私からしたら信じられないなぁ。あ、もちろん断ったよ。わかるよね、話の流れで。お兄ちゃんと比べるのもおこがましいくだらない男のことなんてお兄ちゃんと楽しく会話する為の話しのネタの為に思い出しただけで、その存在は今の今まですっかり忘れてたんだもん。だから安心してね。私が好きなのはお兄ちゃんだけだから。じゃあ次はお兄ちゃんの番だね。私が正直に話したんだからお兄ちゃんも正直に話してよ?大丈夫、私の格好いいお兄ちゃんだって男の子なんだから誰か気になる人が居ても仕方ないと思うよ?嫌だけど…、それは仕方ないことだもんね。お兄ちゃんは格好良くて優しいから他の女に好かれることもあると思うの。でもだからって浮気は駄目だよ?私はずっと昔から他の誰も気にならないしお兄ちゃん一筋だけど、お兄ちゃんは年頃だからほんの少し誰かに惹かれることがあっても仕方ないよ?でも浮気は駄目。気になるのは良いけど好きになるのは駄目。お兄ちゃんが私を裏切るなんてそれこそ天地が引っくり返ってもありえないけど、念のため、ね。恋をしてるとどうしても疑心暗鬼になっちゃうの。でも仕方ないよね?だって好きなんだもん。お兄ちゃんのことが、誰よりも。これから先いろんな人と会うだろうけど私はお兄ちゃん以上に好きになる人は居ないだろうし、私以上にお兄ちゃんを好きになる人も居ないと思うの。周りの皆は私のことをお兄ちゃんを奪った高校にかけて超中学校級のブラコンだとか言うけれど、それもまったく的外れだよね?だって私たちは兄妹かぞく恋人かぞく夫婦かぞくだもの。兄妹きょうだいだという側面だけで私たちを判断して欲しくないよね?そういえばお兄ちゃんの通う学園って皆何らかの成功を収めてる超高校級の高校生なんだよね?私も来年はそっちに行く予定だから聞いておきけど、お兄ちゃんの会った中で最高の超高校級の高校生って誰なのかな?あ、勘違いしないでね?お兄ちゃん以外に興味があるわけじゃないの、でも少し気になるでしょ?それに、真剣に考えなくてもいいんだよ?能力に優越をつけるのは大変だもんね。適材適所。優れた能力はそれだけじゃあ優劣のつけようがないものね。お兄ちゃんは私の質問に軽い気持ちで答えてくれれば良いんだよ?今ジャンプで一番好きな漫画は何か、みたいな問題に答えるような軽い気持ちで答えてくれればいいの。だって本当はお兄ちゃん以外に興味なんてないもの。お兄ちゃんと楽しく会話できれば、私はそれでいいの。だから、ね?おしゃべりしよう?久しぶりに会ったんだもの、時間は有意義に使いたいわ。だから私は今日一日中お兄ちゃんと喋ることに決めたの。それじゃあ質問に答えてね?今の希望ケ峰学園の超高校級の高校生の中でもっとも優れた超高校級の高校生は誰なのかな?」

「……おはよう」

「うん、おはようお兄ちゃん!
それで、質問の答えは?」


ボクは現在実家に帰ってきている。
と、言っても別に特別な理由があるわけではなく、
なんとなく気まぐれを起こして土曜日に帰ってきて、そのまま泊まり日曜日を迎えただけだ。
……親には妹は居ないって聞いてたんだけどなぁ。
どうやら謀られたようだ。
今妹は眠っていたボクの上に跨っている。
つまり、ボクにしてみれば寝起きの瞬間から、あの物凄く長い台詞を聞かされたわけであり、
言葉をすべてを把握したわけでもないし、妹のあまりの変わらなさっぷりに少しうんざりしていた。
なにやら所々から聞こえてきた不穏な言葉をあえてスルーしてボクは質問について考える。


「えっと……、なんだっけ?
一番凄い人? それって喧嘩とかの話?」


それだったら大神さん以外ありえないけど…。
この間も地下最大トーナメントとやらで優勝したとか言ってたし……。
まあ、そんなわけないか。正直寝起きでよく聞いてなかったのだ。
ボクが聞き返すと、それでも笑顔な妹が、透き通ったような声で話し始める。


「……ごめんねお兄ちゃん。私が悪いの。
私の声が小さいから聞き取りにくかったんだよね? 私の声を無視したわけじゃないよね?
だったら…、こうすればよく聞こえるかな?」


そう言って妹は体を倒し、自分の口をボクの耳に近づける。
結果、ボクと妹は密着する形になった。
ふむ…、どうやら少しは成長しているようだった。
幼児体型…とまでは言わないが、年齢より幼く見られがちの妹に、こんなに胸があったとは……。
まあ、妹の胸なんて胸じゃないから、ボクは一切動揺しなかったが。
そうして、妹はボクの耳元で先ほど言ったことと同じことを繰返す。


「なんだ、つまりボクが超高校級の高校生として誰が一番優れていると思ってるか知りたいってわけか?」

「うん、そうだよ。そう言ってるじゃん」


ニコニコと笑いながらボクを見る妹。
いい加減暑いし重いしで降りて欲しいのだが……、
そんなことを言うと、何をされるかわからないのでやめておく。


「それだったら十神君だと思うよ」

「十神? 確か…、超高校級の御曹司だっけ?」

「そう、十神白夜君。
他の人達もボクにとっては雲の上の人だけど……、十神君は格が違う。
皆一様に規格外だけど、彼は規格外を従える規格外だ。
最初学園に来たときは、奢りと狭い価値観のせいで未完成だったけれど、
学園生活の中で彼は完全に完璧に完成した。
つまり超高校級の高校生最優は十神白夜君だと思うよ」


まあ、これは霧切さんの受け売りなんだけれども。
妹はボクの口から出た言葉に対して、キョトンとした表情をしている。
む、何か気に食わないことでもあったのか?


「んっ、んー…、なんだかお兄ちゃんっぽくない発言だったけど、
そういう感じもクールで格好いいと思うよ。
私はてっきり、『皆凄すぎて優劣なんてつけられないよ』とでも言うと思ってたから……」

「……つまり答えられないと思って質問したのかよ」


なんてやつだ。
確かに霧切さんとクラスメートについて会話してなかったら、
妹の言ったとおりに答えていた可能性が高い。
妹に思考を把握されてるとか……、かなり複雑な気分だ。


「それじゃあさっ、逆に誰が一番凄くない超高校級の高校生なのか教えてよ。
あ、もちろんお兄ちゃんは抜きだよ? お兄ちゃんは超高校級の私の家族だけれど、
それを実感できるのも観測できるもの私だけだから、フェアじゃないものね。
だからお兄ちゃんは抜きで考えて?」

「その答えはお前も知ってるだろ?
皆凄すぎて優劣なんてつけられないよ、つまりそういうことだ」

「もう、お兄ちゃんは堅物だなぁ…。
お兄ちゃんのそういうところは、思わずちゅーしたくなるくらい好きだけど、
それじゃあ楽しい会話が進まないよ!
でも、お兄ちゃんは決してそこは譲歩しないだろうから、しょうがないから私の方が譲歩してあげる。
お兄ちゃんのクラスメートの中で一番天才じゃないのは…、誰かな?」


相変わらずニコニコしながら問いかけてくる妹。
ボクの反応が分かっていて質問したのだろう。そういう奴だ。
さて、結局変わってないじゃないかっ、と思われる方も多いかもしれないが、
この質問の答えはボクのクラスメートなら皆知っている。本人も含めて…だ。
ボクを含めた数人は彼をある種の天才であると考えているが、彼がそれを頑として否定するのだ。
本人に否定されては仕方ないので、ボクは、彼の名前を妹に教えてあげることにした。


「……石丸清多夏君」

「へぇ…、その人について教えてよ、お兄ちゃん。
私はこのままお兄ちゃんに跨りながら一日を過ごすから、お兄ちゃんは私にその人のことや、
お兄ちゃん自身のことを話しながら一日を過ごそうよ」

「……取りあえず降りろ。話はそれからだ」

「えー」


まったく、こいつは本当に相変わらずだ。
石丸君のことも事前に調べて質問したに違いない。
だって、天才というワードは彼が一番嫌いなものだったから……。
ボクは妹を無理矢理どかしながら、彼のことを回想した。













*******************************















ペンを動かす音があたりに響く。
それは他の音をすべて打ち消して、この空間を息苦しいものに変えていた。
ボクはこの空間を抜け出したくて、必死にペンを走らせる。
と、取りあえず1つのページが終わった。
ボクはなんだか開放されたような気がして、溜めていた息を吐き出す。


「苗木君! 勉強は終わったのかね?」

「い、いや…、未だだよ。
あと2,3ページかな?」

「そうかね! 分からないところがあったらボクに聞きたまえ!
何故ならその為に君はここに来たのだからなっ」


はははっ、と笑いながら机を挟んで正面の人物が言う。
彼は石丸清多夏君。ボクのクラスメートだ。
ここは彼の部屋であり、何故ボクがここに居るかと言うと、霧切さんと舞園さんが外出してるからだ。
前もって言わせて貰うと、ボクは別に彼が嫌いなわけではない。
ただ彼には勉強、と言うか努力に対しての妥協がないのだ。
今日も、ボクは宿題の分からないところだけ聞くのが目的だったのだが、
彼のところに来た以上それで済むはずがなかった。
宿題をすべて終わらせるのは勿論、先月の授業の復習、来月の授業範囲であろうところの予習までやらされたのだ。
彼はボクの為を思っているのだろうが、正直辛い。
元々好きではない勉強が、さらに嫌いになりそうだ。
ボクはチラリと正面を見る。


「………」


石丸君は真剣にペンを動かしている。
ボクなんかとは集中の度合いが……、いや意味合いが違う。
彼にとっての努力は人生の一部なのだ。
一に努力、二に努力、三、四も努力で五に努力。
彼は才能をすべて努力で否定してきた。それが生きがいであったのだろう。
と、いっても学園に来てから事情が少し変わったようだが……。


「あ、終わった……」


気づいたら終わっていた。
うーむ、よそ事を考えながらやっていたので効果は微妙だろうが、
作業としては捗っていたようだ。


「……うむ、どうやらそのようだな!
やるではないかっ! 学生の本分は勉学、何時の世もそれは変わらないぞ。
苗木君も学生としてまた一つ成長したと言うわけだな!」

「あ、あはははは……。
ありがとう石丸君、おかげで助かったよ」

「ふはははは、当然だ!
学生の本分は勉学っ! 僕の使命は皆にその権利を平等に与えることにある!
……もっとも、この学園においてはその必要はない様だがな……」


寂しそうに目を背ける石丸君。
この学園、希望ケ峰学園には優秀な人間だけが入学する(ボクを除いて…だが)。
よって、以前の学校で石丸君の行っていた環境管理はとてもやり辛いのだ。
学ぶべきことは自分で学ぶ。教師に当たる人物はそれを補佐する。
普通の学校とは違い、超一流を完成させることに主体をおいたこの学園は、
既に学園側によって環境が完備されている。
個々の学ぶ内容についての理解が薄い石丸君では、学園以上の補佐が出来ないのだ。


「まったく……、僕が勉強を教えれるのは苗木君と兄弟だけだ!
他の皆は進むべき道に向かって努力しているし、僕はそれを補佐できない。
無論、自分が何をやるべきか知っていて、それを切磋琢磨するのに文句などない、大変素晴らしいことだ。
だが、少し寂しいと感じるのも事実だ……。
どうやら、不公平をなくす為に頑張った行いが、
いつのまにか僕にとって重要な物になっていたようだ……」


石丸君は最初この学園に喧嘩を売るつもりで来た。全員が敵だと思っていたようだ。
これを聞けば石丸君の天才に対する感情がわかるだろう。
しかし、この学園に来た天才たちは彼の考えていたような人ではなかった。
いや、彼の天才に対する視線は偏見が多かったし、この学園で天才たちが変わったと言うのもある。
確かな目的を持ち、彼と同等か、それ以上の努力をする天才たちを見て、彼は考えを改めた。
よって、今の石村君は宙に浮いた状態なのだ。
なので、次に石丸君の口から出る言葉は、予想はできなかったが、当然かもしれなかった。


「苗木君…、いや先生!
友達との付き合いとはどうすれば良いのか教えてくれないか?」

「……あー」


ボクはその言葉が来たことに大きな驚きは感じなかった(少し驚いた)。
そう、石丸君は以前友達というものが居なかったようだ。
彼自身に問題があり、今まで勉強しかしていなく友達と話すことがない、とのことだった。
しかし、もうボクがあれこれ言う必要はないと思うんだけど……、


「そうは言っても……、石丸君は大和田君と仲良いじゃないか。
十分友達として付き合ってると思うんだけど……」

「いや、駄目なのだ!
兄弟は確かに親友だが……、それ以外の人とは相変わらずうまく話せないのだ。
それに…、兄弟ともテレビ会話とかは出来ないのだ。まったく…勉強不足の自分が恥かしい……」


テレビは娯楽だから勉強っていう表現はどうかと思うけど……。
まあ、それでも石丸君が教えて欲しいというなら、ボクなりの回答を提示するべきだろう。


「別に努力する必要はないと思うよ。
だって大和田君と居るとき話すネタがなくても、つまらないとは感じないでしょ?」

「まあ、それはそうだが……」

「ボクだって、石丸君とテレビの会話は出来ないけど、それをつまらないと感じたことはないよ。
石丸君と話してると勉強になることが多いし、こうしている時も楽しいと思ってるよ」

「苗木君……」

「石丸君は自分なりにやりたいこととかを見つけて、それを調べればいいと思うよ。
その過程で趣味みたいなものも見つかると思うし、それを通して友人も増えるんじゃないかな?」


石丸君の欠点、というか治すべきところは趣味がない、というところだろう。
それは人間味が薄いと周りに写ってしまう。
お爺さんの件で勉強にすべてを注いでいるのは理解できたが、
それでは石丸君の望む友人というのが増えるのは難しいと、ボクは思う。


「趣味……か。
しかし、学生が本分であるところの勉学を疎かにしてもいいのだろうか?」

「趣味っていうのは自分の娯楽として以外にも、人と人とを繋ぐものでもあると思うんだ。
社会の縮図である学校で、人間関係を学ぶのも勉学だと思うよ?
先生はあまり教えてくれないけど」

「ふむ……」


石丸君は納得したように頷く。
頭が固いと思われがちだが、自分で納得できたことは素直に飲み込むところもあるのだ。
ボクはあくまで自分の意見であることに念を押しながら、石丸君に講釈をたれる。


「学生は社会に出る準備期間らしいから、そういうのも大切なんじゃないかな?
最初は無理矢理でもいい、本や映画とか、スポーツ、将棋、なんなら盆栽とかでもいい。
自分が好きなものを持つことによって、人の好きなものを理解できて、
それに興味を持てるんじゃないかな?」

「うむ…、なるほど。
やはり苗木君は多くの女子に好かれるだけのことがあるなっ!
言葉に説得力があるぞ!」

「いや、別に好かれてなんか……」

「謙遜はいい。
人に好かれるということはそれだけで尊敬に値する人物だということだ!
苗木君を信じ、趣味でも探すとしよう! これもまた勉学だ!」


そう言って立ち上がる石丸君。
多分大和田君辺りと連絡をとって趣味探しを始めるのだろう。
そんな石丸君を見ながら、ボクは思う。
あれだけ信頼できる友人が居るなら、これから友人作りに困ることはないだろう、と。
沢山の友人を作るより、一人の親友を作るほうが大変なのだから。














********************************














「……あれ? お兄ちゃんオチてないよ?」

「ボクの存在がオチてないみたいに言うな」


というか地の文はこいつに話してないんだけど?
また対ボク限定の読心術でも使ったのか? まったく、嫌な妹である。


「まあ私としてはお兄ちゃんが多くの女の子に好かれてるってのが気になるところだけど、
それは取りあえず置いておいて、その人ってお兄ちゃんの友達なのかな?」

「うん、そうだよ」


石丸君はボクの大事な友達だ。
大和田君にとってもそうだし、他のクラスメートも多かれ少なかれ友情を感じているだろう。


「ふーん……、友達を作れないなんて、趣味がないなんて一番天才みたいな人だけど、
その人が一番天才じゃないなんて私は少し疑問を感じるなぁ」

「いや、石丸君は天才だと思うよ。
本人は否定してるけどね」


ボクは得意げに石丸君の才能を話そうと思ったけど、
妹はそれを知ってか知らずかボクが言う前に言いたいことを言ってしまった。


「へえ? もしかして努力の天才とでも言うのかな?
それだったらわかりやすいね。希望ケ峰学園の中でも一番の才能と熱意を持った『努力の天才』が、
一番人間らしくないと言うのも面白い話だね」

「いや……」

「それとも人間らしく友人付き合いがしたいと願う時点でそれは普通なのかな?
だとしたらただの人付き合いが苦手な凡人と言うことになるね。
まあ私はその人がどんな人でも関係ないけどね。お兄ちゃんと会話したくて聞いただけだし。
その人が友達を作れたか作れなかったかは、どうでもいいの。
お兄ちゃんがすべての私にとって友達が出来ないなんてものは悩みですらないもの。
私もその人同じで人付き合いは苦手だけど、お兄ちゃんが居るからそれを苦痛に感じたことはないよ?
私はお兄ちゃんの存在だけで完成してるもの。お兄ちゃんがすべてだもん」


……まったく、妹に比べれば石丸君は全然普通の人だ。
人付き合いが苦手なだけで、友人は居るし増やしたいとも思ってる。
石丸君は努力家で、少し世間ずれしてて、友達思いの良い人だ。
ボクは石丸君と仲良くなれて、本当に良かったと思ってる。


「あれ? お兄ちゃん私のこと人間らしくないとか思ってる?
ひどいなぁ……、それじゃあ私のことは何だと思ってるのかな?」


もうボクの思考を読んだことにはいちいち突っ込まない。
ボクは軽くため息をついて、相変わらずニコニコしてる妹に向けて、言う。


「可愛い妹だよ」


まあ、石丸君のことを思い出しただけでも収穫はあった。
明日の学校で趣味が見つかったのか聞いてみよう。
それまでは、憎らしくも愛らしい妹と、一日中喋り続けるのであった。





[25025] 大神さくら
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/02 02:13
大神さくら編










突き刺すような晴天の下、2人の男女が向き合っていた。
辺りは草原のようで、緩やかな風が吹き、とても情緒ある光景であったが、
2人から出る緊張感のようなもので、癒しとは正反対の空間となっていた。
と、空に散っていた一枚の葉が地面に触れたとき、男が動き出した。
それが開始の合図になっていたのかは当人たちにしか分からぬが、しかし既に戦闘が開始されていた。
一呼吸にも満たない一瞬で男が女に接近し、拳を繰り出す。
男の拳が空を切り、相手の懐へ蛇のように滑り込む。
しかし、女は半身を逸らしてそれをかわし、その姿勢のままカウンターの蹴りを叩き込まんとする。
初撃を外された男は、それでも動揺せず攻撃に冷静に対処する。
飛んでかわしたのだ。蹴りを。
相手の蹴りは上段蹴り。そのままいけば頭を打ち抜くものであった。
しかし、男を上に跳ね、蹴り上げた足に手を置き、それを支えにして、さらに跳躍する。
男はそのまま女の背後に回り、着地と共にその反動を使い拳を繰り出す!


「あたぁッ!!」


男の攻撃は完璧であった。
動作は最小限、威力は最大。そこいらの一流や達人ならここで倒れていただろう。
しかし相手は地上最強の生物とまで言われる武道家。
この程度の攻撃では倒せない!


「ふんっ!」


女は男が自らの足を踏み台にした瞬間、軸足を曲げ、片足で飛び上がった。
そのまま女は前に飛び、拳をすれすれでかわし、男から距離をとる。
結果男の拳は女には当たらず、事態はまた拮抗する…、と思われた。
しかし……


「ぐはっ……!」


男が腕を抑えて膝をつく。
あの攻防の瞬間女は男に重症を負わせていたのだ、ほんの一秒以下の攻防で!


「……やるな大神。
どうやら俺はお前に負けたらしい」


男は腕を押さえながら言う。
女はその言葉に不快感を覚えたのか、明らかに機嫌を悪くしたようだった。


「……本調子でないお前に勝っても我は満足できん。
リハビリを兼ねてと言われたから受けた勝負だ。
これを我とお前の戦歴に加えることは許さんぞ!」

「……ふっ、律儀な女だ。
よかろう、俺は完治したとき、もう一度貴様に挑もう」

「ふんっ…、さっさと治せ」


女は男から顔を背けると、後ろに居る男に声をかけた。
今まで戦っていた男女は両方体格が良く長身だが、そこに居た男は平均より少々小さめであった。


「苗木、看護士を呼んできてくれないか?
ケンイチロウを病室に戻す。何時までもここに居ては良くないだろう…」

「う、うん。すぐ呼んでくるよ!」


小さめの男は一瞬驚いたように反応し、そのまま病院の方に駆けていく。
これは、とある休みの日の出来事であった。















*****************************
















「何だか凄いことになっちゃったね。
ボク達お見舞いに来ただけなのに……」

「武道家同士が向き合えば拳を交える他なし。
奴は病に身を犯せれていたが、それも大分回復した。
闘えるようになった奴を見たら、我も我慢できなくてな……」

「大神さん…、楽しそうだったね」

「……ふっ、否定はせん」


今ボクと大神さんは病院の外のベンチに座っている。
ケンイチロウさんの検診があるので、外で待っているのだ。
終わり次第もう一度挨拶をしに行き、大神さんが残り、ボクは帰るというプランである。
そう、ボクと大神さんは週末を使って、一子相伝の暗殺券伝承者であるケンイチロウさんのお見舞いに来たのだ。
本当は大神さんに付き添って好奇心を満たす為だけの行為だったのだが、
思ったより病状が良かったので、その場で一戦交わしたというわけだ。


「それにしても、ケンイチロウさん元気そうだったね!
大神さんの話では結構危ないそうだったから…、なんだか安心したよ」

「行方不明だった奴の兄が現れて治したらしい。
完全回復とはいかないが……、ケンイチロウほどの男なら、ある程度持ち直せば病になど負けないだろう」


そう言う大神さんはどことなく嬉しそうだ。
まあ、当然だろう。大神さんはケンイチロウさんに好意を寄せているのだ。
さっきのぶっきら棒な態度も、照れ隠しのようなものだろう。
ほら、ツンデレってやつ。


「ん?」


メールが来た。
病院の中では切っていたので静かだったが、今は元気そうに音を出している。
ボクは誰から送られたのか確認し、顔を顰めつつも本文を読む。


『お兄ちゃん、私はお兄ちゃんのこと好きだけど、何でもかんでもツンデレと表記するのは感心しないな。
ツンツンしてる子がだんだんデレて行くのをツンデレと言うわけであって、その人はツンデレじゃないよ?
それに、ブームになったきっかけの素直になれない子も、その女の人とは違うもの。
つまり私がなにを言いたいかというと、知ったばかりの言葉をむやみに使うと恥をかくよ、ってことなの。
お兄ちゃんのこと嫌いだから言ってるんじゃないんだよ?好きだから言ってるの。
だから今度からは気をつけてね?知ったばかりの言葉は、ちゃんと調べてから使ってね?
それじゃあ宿題をだすね? シスターコンプレックスについて調べて、今度の週末に私に報告を』


削除した。
使ってねーし、思っただけだし。
妹がボクの心を読むのはいつものことだが、大神さんに気配を悟らせないとか人じゃないだろ。
いつからボクの妹は怪物になったのか……。


「あれが苗木の妹か。
霧切が『可愛い妹さんとよろしくやってるのが気に食わないわね』みたいなことを言っておったぞ?
後でフォローしておけ」


バレテーラ。両方の意味で。
妹が怪物でないことに安心すれば良いのか、霧切さんが拗ねてしまったのを嘆けば良いのか……。
とりあえず妹はほかっておいて、霧切さんに弁解する為にメールを入れておこう。
『今度食事に行かない? 食事代はボクが持つよ、霧切さんと一緒に話したいだけだから』…と。


「……苗木よ、我は以前からお前に言いたいことがあったのだが……」

「え? 何かな?」


なんだろう? 大神さんは神妙な顔つきでボクを見ている。
ボク何かやった?


「お前のそれはわざとなのか?」

「……? それって?」


何のことだろう? 身長が低いのは宿命であってわざとってわけじゃ……。


「女にずぼらなところだ。
お前は幾人もの女子と関係を持っていると聞いた。
今の世で、一人の女を一生愛せとは言わないが、余りに愛が多いのは関心しない」

「……………いやいやいや」


大神さんの台詞を考えて、噛み締めて、理解した結果、『いやいやいや』が出た。
女にずぼらとか……今まで生きてきて言われたことがない。
というか彼女が出来たこともないのに、幾人もの人と関係って…、どういうことなの?


「仲のいい子はいるけど別に恋人とかじゃ……」

「……そうなのか?」

「そうだよ。
大体ボク今まで女の子と付き合ったことないし……」

「うむ……」


ボクの言葉を聞き、考え込むように俯く大神さん。
今言ったことは本当のことだし、考えることはないと思うけど……。


「しかし、舞園は我に愚痴をこぼしたぞ?
曰く『苗木君はいつも他の女の子と一緒に居て、私が会いに行っても留守なんです』とな」

「うっ……、いやでも、それは偶々……」

「それに、セレスも珍しく愚痴を言っていたぞ?
確か……、『一緒に旅行に行っても何もしないチキンはナイトに相応しくありませんわ。後日私が教育してあげましょう』だったか」

「いや、旅行先で友達に手を出すわけないじゃないか……」


というかセレスさんに手を出すなんて恐ろしすぎて出来ない。
なんかの奇跡で受け入れられない限り、海の底とか地下強制労働施設とかにぶち込められる気がする。


「……ふむ、これが朴念仁と言うのか。
戦刃があれだけ熱心に口説いても、まったく動じない理由がわかった気がするな」

「むくろさんのアレは芸風だって本人が……」

「それを信じるのが問題なのだ。
それに霧切も言っていたぞ? 『最近苗木君は説教臭すぎるわ。幻想殺しの人みたいにハーレムを創るつもりなのかしら』とな」

「ぐはっ!!」


せ、説教臭い……。
最近悩みを聞いたりすることが多かったけど……、説教臭いって……。
しかも霧切さんに言われるとか……、あ、やばい、かなりショック……。
……って、うん? なんで霧切さんが最近のボクの動向を知ってるの?
探偵だから?


「………」


メールが来た。嫌な予感がする。
送信者は………、妹だ。
正直開きたくない。でもあいつはボクの知らない所(大神さんは知ってる)からボクを見ている。
無視すると後が怖いので、ボクはため息をついて、メールを確認した。


『危ないよお兄ちゃん、その霧切とかいう人は危険だよ! だってストーカーだよ?
何をする時も見られてるんだよ? 私とお兄ちゃんが一緒に居れるのは家だけなんだよ?
それを知ってるってことは、その女は常にお兄ちゃんを監視してるってことじゃない!
そんなの危険だよ、危ないよ。お兄ちゃんがストーカーに狙われてるなんて、私不安で夜も寝れないよ!
でも安心してお兄ちゃん。私が夜も朝も見守ってるから。ストーカーから守る為にずっと見守ってるから。
お兄ちゃんは私が守るから。………だから次の週末に私と遊園地に』

「ストーカーはお前だよっ!!」


メールを削除した。
週末の遊園地は考えてやってもいいが、取りあえずお前は大人しくしてろ。
キャラが濃すぎるんだよ。ボクが目立たないだろうが。


「なかなか可愛らしい妹ではないか。
余程好かれているようだな」

「……家族愛が重いよ」


大神さんの言葉に疲れたように相槌を打つ。
というか疲れた。
何であいつは登場二回目でこんなに強烈なんだ?
さっきからメールが何通か届いているが、確認する気になれない。
もういいや、来週遊園地に連れて行ってやれば機嫌治るだろうし。
そんな感じで、ボクは来週まで妹のことを考えるのをやめた。
そんなこれ見よがしに俯いてため息をついているボクに、大神さんが声をかけてくる。
まだ言い足りないことがあるらしい。


「話は変わるが、苗木が石丸に趣味を持てと言ったらしいな」

「本当に変わったね。
えっと、うん。何か趣味を作れば、そこから人間関係が広がるよ、とは言ったけど……」


もしかしてこれなのか? 霧切さんに説教臭いと言われる所以は。
……まあ、いいけど。ボクはボクだし。無理矢理キャラを変えるのはよくないだろう。


「おそらくそれのおかげだな。
我と石丸は以前より少し仲良くなったぞ。
釣りという趣味を通してな」

「……大神さんって釣りが趣味なんだ」


似合わなそうで、実に似合う趣味だった。
なんか山篭りとかしそうだし。その時の精神修行で釣りとかしそうだ。漫画知識だけど。
ボクは釣りをする大神さんをシミュレートする。
……黄金の大きな魚に昇竜拳を決めてる描写が思い浮かんだ。ていうか水泳の授業の光景だった。
釣りって拳を使うのもアリなのかな?


「……苗木よ、お前が何を想像しているか大体分かる。
だが安心しろ。我は釣竿を使い湖などで普通に釣りをするのが好きなのだ」

「あ、あはははは」


顔を背けて渇いた笑いを浮かべる。
別に悪意があったわけではないが、なんとなく気まずくなる想像をしてしまった。
しかし、なんだ…、石丸君が友達を増やしていると言う事実は実に喜ばしいことだった。
彼はちょっと空気が読めないけど、凄く良い人なのだ。
ボクは、自分のつたない助言が実を結んだことを嬉しく感じた。


「お前の優しさはどことなくケンイチロウに似ている。
奴はこの世界で最強の暗殺拳を振るうが、同時に誰より優しく誠実だ。
だからこそ、我を含めて多くの者がお前に惹かれるのだろうな」

「あはは、ありがとう。
お世辞でも嬉しいよ」

「我は世辞など言わぬ」


2人で笑いあう。
大神さんは見た目が少し怖いが、誰よりも優しく、強い人だ。
彼女と居ると、多くの勇気をもらえる。それは、少しだけ会ったケンイチロウさんにも通じるものがあった。
まったく、ケンイチロウさんと大神さんは良いコンビだ。
ボクは少し暖かな気分になり、ベンチに身を任せ空を見上げる。
ああ、有意義な休日だった。


「ところで苗木よ」

「…ん? 何かな、大神さん?」

「朝日奈に手を出すのは許さんぞ、あれはとても純粋なのだ。わかったか?」


すっごい真剣な表情だった。
せっかく綺麗に終われそうだったのに、台無しである。
ボクは、まずは女好きであるというところから否定する為に、大神さんに釈明を始めるのだった。
それは結局、ケンイチロウさんの検診が終わるまで続き、ボクを疲労の淵に追い込むのだった。
……有意義だったけど、疲れた。
ボクは先ほどまでの苦労と、メールを受信し続ける携帯を思い、深いため息をつくのだった。































あけおめ?そんなのどうでもいい。
問題なのは知り合いに頼んだモノクマぬいぐるみ(限定)が入手できなかったことだ。
ああ、めっちゃ悔しい!仕事がなかったら自分で行ったのに!



[25025] 朝日奈葵
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/29 22:49
朝日奈葵編










水飛沫が撥ね、熱気が辺りを覆う。
人を魚に例えることが褒め言葉であることは少ないが、今に限ればそれは最上級の賛辞であった。
まるで海の生物かの様に泳ぎ、水面を撥ねる。
ボクは自然に、まったく意識せず、言葉を発していた。


「まるで人魚みたいだ……」


眼前にはプールのコートがあり、泳ぐ為にすべてを賭けた人達が水中を駆け巡っている。
その中でも異才を放つのが、ボクのクラスメイトである、朝日奈葵さんだ。
素人目にフォームの違いなどは分からないが、それでも雰囲気というか、明らかに違うものを感じる。
そしてボクの感覚が正しかったのか、朝日奈さんは周りに大きな差をつけて1位で表彰台に登ったのだった。















***************************
















「優勝おめでとう! 朝日奈さん!」

「うんっ、ありがとね苗木!」


ボク達は大会の終えた朝日奈さんを近くのミスドで待っていた。
選手には色々やることがあるのか、結構な時間を待つことになったが、一人で待っていたわけではないので、
特に暇ということはなかった。
ちなみに面子は、


「綺麗なフォームだったぞ、朝日奈。
我も泳ぎは得意だが、この先もお前に及ぶことはないだろう」

「えへへー、まあこれだけが取得ですから」


まずは大神さん。
とても嬉しそうな顔をしながら朝日奈さんと会話している。
この2人はクラスの中でも一番の仲良しだ。


「当然の結果だな。
犬にも劣る脳みその朝日奈から泳ぎをとったら何も残らん」

「もうっ、嫌味を言わないと褒められないの!?」

「ふっ、性分だ。許せ」


次に十神くん。
入学当初の彼なら本音の台詞だろうが、今の彼にとっては冗談だ。
最近では、彼の前に並べられたドーナッツに違和感を感じることもなくなってきた。


「ぜ、絶対におかしいわ! どうしてそんなに大きな胸で速く泳げるのよ!
私は鉄板なのに……、泳ぐの遅いのに……ふ、不公平だわっ!」

「そんなの知らないよ!」

そして腐川さん。
セクシャルな質問に、顔を赤くしながら朝日奈さんが反応する。
下ネタ嫌いは治ってないようだ。


「いやー、それにしても大したもんだべ!
記念に俺が朝日奈っちの将来について占ってやるべ!
本当は高いけど、今回は特別に5割引で…」

「そこは無料にしときなさいよ! ……じゃなくてっ、いい、占わないで!」


最後に葉隠くん。クラスの問題児だ。
何かとお金を採取しようとしてボケをかます。
さっきまでボクが突っ込み役だったので、朝日奈さんが代わってくれて正直ほっとしてる。


「でも凄いよ! これって全国大会なんでしょ?
朝日奈さんならオリンピックに出れるんじゃないの?」

「うんっ、今はそれを視野に入れて練習を組んでるよ。
次のオリンピックには出てるかなー、出れるといいなー」


流石は希望ケ峰の生徒。
既にオリンピックは射程内だったようだ。
彼女の座右の銘(?)『馬鹿でも金』が叶うのもそう遠くはないだろう。


「朝日奈なら問題あるまい。
タイムも日本新は塗り替えておる。あと数年もあれば世界の頂点を狙えるだろう」

「ありがとうさくらちゃん! 頑張るよ!」


そんな朝日奈さんを応援する大神さん。本当に仲が良い。
朝日奈さんもドーナッツを頬張りながら嬉しそうに返事をする。
ドーナッツで頬を膨らませ、リスのようになった彼女の姿は、先ほどまでの勇姿を忘れさせかねなかった。
どれだけドーナッツが好きなんだ。朝日奈さんの会計が十神くんの奢りじゃなかったら慌てて止めていただろう。


「あまり慌てて食べるなよ。
喉に詰まらせても俺は知らんぞ」


十神くんが朝日奈さんを気遣うような助言をする。
相変わらず眼光は鋭いが、言葉には相手を慮る優しさが感じられた。


「大丈夫っ! ドーナッツ大好きだもん!」

「お前がドーナッツのことが好きでも、ドーナッツがお前のことが好きとは限らんだろうが」

「何それひどいよっ! ドーナッツが私のこと嫌いなわけないじゃん!」

「……今のは俺が悪いのか?」


朝日奈さんと軽い言い合いになる十神くん。
多分どっちも悪くない。むしろ朝日奈さんの頭が悪い。


「苗木よ」

「…え? 何かな、大神さん」

「朝日奈は純粋なのだ。わかったか?」


ボクは静かに頷いた。
妹に続き、大神さんも地の文を完全に把握している節がある。
何なの? ボクの思考は全部読まれてるの? ボクはさとられなの?


「よし、占えたべ!
朝日奈っちの将来は……」

「ちょっと、何勝手に占ってるの!?」


葉隠君が水晶玉を見ながら自らの占いを披露しようとする。
葉隠君の占いは、的中率のこともあるが、それ以上に悲惨な結果が多いのだ。
しかも、葉隠君のことだから後で値段を請求するに違いない。
結果大神さんに制裁を食らうのだ。
まったく、成長しない人である。


「ふむふむ……、どうやら朝日奈っちは将来3人の子供をもうけるようだべ」

「あれ、結構普通……?」

「そ、それだけ大きなおっぱいがあれば3人位余裕でしょ?
今更驚かないわよ!」

「胸は関係ないでしょ!」


意外に普通だ。
ボクなんてゴミ捨て場に放置されるという反応しづらい占いをされたのに。


「しかも……、全員違う男の子どもだべ!」

「…えっ!?」

「ほ、ほらみなさいっ!
そのおっぱいでしょ!? 私にもよこしなさいよ!」


葉隠君が続けて言葉を発すると、朝日奈さんが衝撃を受けたように立ち上がる。
そこで鬼の首を取ったかのように腐川さんが立ち上がり、朝日奈さんを糾弾する。
普段は温厚(というか暗い)な腐川さんがかなり興奮している。
正直周りの視線が恥ずかしいが、腐川さんの胸を見れば仕方ないような気がしてくる。
神は平等ではないのだ。


「……うるさいぞ、少し静かにしろ」

「は、はい」


そんな腐川さんも、十神くんが叱ればおとなしくなる。
腐川さんは十神君が苦手なのだろうか?


「ちょ、私そんな女じゃないよっ!」

「俺の占いを疑うだべか!?
俺の占いは3割の確率でぴったり的中だべ!」


今度は葉隠君がいきり立つ。
占いは彼のアイデンティティだ、これだけは譲れない!


「葉隠よ…、朝日奈はそんな女ではないぞ」

「当たり前だべ!
朝日奈っちはお淑やかな女の子だべ! 苗木っちはひどいべ!」

「…当然のように責任を押し付けないでよ」


あっさりアイデンティティを放棄した。
しかもボクに責任を押し付けた。相変わらず最低である。


「ま、待ってよ!
私男の友達なんて苗木達しか居ないんだよ!?
だったら私の将来の相手って……」


朝日奈さんが青ざめながら後ずさり、ボク達3人を凝視する。
どうしてそうなるの? としか言いようがない。
ボクの携帯が振動する。
どうせあいつが変な勘違いをしたのだろう。放置安定である。


「そ、そうなの!?」

「そんなわけねーべ! ひどい言いがかりだべ!」


腐川さんも驚いたような声をあげる。
朝日奈さんとは違い、目線は十神君を向いてるが。
葉隠君は無視。妹と同じ扱いくらいが調度良い。
ボクと十神君は顔を合わせてお互いの考えを目で伝えた後、それを発表する。


「確かに朝日奈さんは魅力的な女性だし……」

「朝日奈ならば子を生む条件は満たしているな」

「それに十神君ならそういうことがあってもおかしくないけど……」

「苗木は女に好かれるからな、朝日奈が落ちても不思議はない…、が…」


ボクと十神君はそれぞれの考えを上げていく。
そして、最後に声を合わせて、言った。


「葉隠君はないかな」

「葉隠はないな」

「ひどいべっ!?」


当然の結果だった。
ボクと十神君が笑いあう。
本当に、彼とここまで仲良くなるのに苦労したけど…、今では一番の友達なんじゃないだろうか。
良い人とは言わない(言うと怒る)けど、芯の通った立派な人だとボクは思う。


「朝日奈よ、安心しろ。
葉隠の占いは7割の確率で外れるのだ。あまり気にするな」

「そ、そうだべ。
お金を払えば気にしなくても……あ、払わないでいいです、はい」


そんな会話をしながらボク達は時間を消費していく。
友達と過ごす時間は楽しい。
ボクはそれをドーナッツ屋で実感したのであった。
















*********************************

















「ドルだった気がするけどなー」

「いいや、クレジットだったべ!」


あれからも会話が続いていた。
葉隠君と朝日奈さんは天然トークを繰り広げ、大神さんは十神君に先ほどのことを聞いている。


「十神、先ほど言っていた子を産む条件とは何だ?」

「別に、大したことではない」


十神君はその質問になんでもないように答える。
大神さんは多くを追及しないが、その話題に朝日奈さんが食いついてきた。


「あ、それ気になる! 私にも教えてよ!」

「俺はドーナッツおかわりしてくるべ」


葉隠君は興味がないようで、カウンターに向かっていった。
十神君は小さなため息をついて、理由を話し始めた。


「俺の家系は優秀な子を得る為に世界中に子供をつくる。
交配者の条件は優秀な異性だ。朝日奈はそれなりに優秀と言えなくもないから資格ありとしただけだ」

「へー、世界を代表する財閥はそんなことをしてるんだね」

「家を守る為に最善をつくす、か。
我もその気持ちは分からなくもない」


ボクはその話は知っていたが、ふと気になることが出来たので、質問してみる。


「十神君がうちのクラスで子供を作るとしたら誰なのかな?」

「……なんだと?」

「いや、ちょっと気になって」


うちのクラスはみんな優秀だから、十神君が選ぶとしたら誰なのか気になったのだ。
霧切さんが言うには、クラス最優は十神君らしいので、彼が誰を優秀だと思っているかは結構重要なんじゃないだろうか?


「な、苗木……その質問はちょっと」

「ふむ……確かに気になるな」

「さくらちゃん!?」


大神さんはボクに賛成なようだ。
朝日奈さんがそっち方面の会話が苦手なのはいつものことなので華麗にスルー。
ボクは十神くんに答えを急かした。


「……まあいいだろう。俺が損をするわけではないからな」


言いながら、十神君が話し始める。
ボクは静かに耳を傾けた。


「そうだな、候補としては霧切、江ノ島、セレス、朝日奈、大神といったところだ。
その中では朝日奈は少々霞むだろう。セレスの豪運もあいつ限りの可能性が高い。
そして江ノ島は……、文句なしに優秀だが、なんとなく危険な香がする。身内に置きたくないな。
そうなると残りは霧切と大神になるが……、霧切はどこかの誰かにぞっこんだからな、望みがない。
よって大神を選ぶことになる」

「我も心に決めた男がいるぞ」

「…ふっ、だったらクラスには居ないということになるな」


十神くんはこれで話は終わりだという顔をしてコーヒーを煽る。
実に不味そうに飲むが、まあ彼なりに慣れようとしているのだろう。
最初は『なんだこの泥水は?』とまで言ったのだ。随分変わったと言える。
と、そこで先ほどから感じていた違和感が心をよぎる。


「あれ? 腐川さんは?」

「あ、そういえば……何処に行ったのかな?」

「我はトイレに行くと聞いたぞ。
30分ほど前だがな」


大神さんの話を聞いて、ついトイレに目を向ける。
そこには腐川さんに良く似た人影があった。
ボクは思わず『あっ』と声をあげた。
その声に反応した十神君が、トイレの方を向く。
そして、そのままコーヒーを吐き出した。


「きゃっ! な、なにするの!?」

「……苗木、俺は帰る。
会計は置いていくぞ」

「と、十神くん!?」


十神君はテーブルに1万円札を置き(驚いたことに調度良いくらいだった。朝日奈さん食べすぎ)、
飲みかけのコーヒーと、服を汚され怒り心頭の朝日奈さんはほかって店の外にダッシュする。
と、その後ろを腐川さんらしき人影が凄いスピードで追いかける。


「待ってよー白夜様ー!
私と一緒にラーンデブーしましょー!
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「………」

「………」


あれは腐川翔さん?
腐川さんのお姉さん……だっけ?
なんとなく彼女は触れてはいけない存在の気がする。
トイレから帰ってこない腐川さんも気になるが、とりあえず放置。


「それにしても葉隠君は遅いね。何してるのかなあ?」


話を逸らしてみた。
本来ならここから葉隠君の話が進み、本人が帰ってきて和気藹々となるのだが、
問題児の葉隠君は格が違った。


「おーーーーたーーーーーすーーーーけーーーーべーーーー!!」

「お待ちなさいっ! この駄犬めが!」


なんと店の外には金髪の美少女に追い回される葉隠君の姿がっ!
昔騙したお金持ちのお嬢様が金髪だと聞いたが……、実は結構ピンチ?


「……仕方あるまい、我が助けるとしよう。
朝日奈と苗木はこのまま帰ると良い。今日はこれで解散だ」


逃げる葉隠君を追いかけて大神さんまでもが退場してしまった。
ボクと朝日奈さんは席を挟んで向かい合い、苦笑いを浮かべた。


「……なんだか、変なことになっちゃったね」

「そうだねー、あははは」

「でも……、楽しかったね」


まったく、本当に退屈しない。
今までの人生がつまらないものであったとは決して言わないが、
学園に入ってからの日常は実に退屈とは無縁のものであった。
単純によかったとは言えないが、この学園とクラスメートが大好きだ、とは言える。


「えへへー、退屈はしないね。
でも試合の後だし、ちょっと疲れたかな。
新しいドーナッツ取ってくるね!」

「うん、ここで待ってるよ」


ボクは賑やかだった席で1人で待つ。
そして、これまでの賑やかな暮らしと、これからの賑やかな暮らしを思いうかべ、こっそりと笑うのだった。
と、落ち着いたところであることに気づいた。


「あ、ドーナッツ代足りないや」


朝日奈さんが追加すると十神君から貰った一万円では足りなくなる。
ボクお金あったっけ?
ポケットの財布を探ろうとすると、目の前にもう一枚一万円札が置いてあった。
ボクは辺りを見渡すが、人影はない。
と、そのときにケータイが振動する。
着信音は一番よく聞く音だった。
ボクは親切なやつの正体を知り、それに感謝した後、呟いた。


「来週にでも遊園地に連れてかないとな」


ボクはそのまま朝日奈さんを待つ。
うん、楽しかったな。



















大変お待たせしました。
生意気にも正月休みをとってました。
出来が微妙になってしまいましたが、これからもよろしくお願いいたします。



[25025] 腐川冬子
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/10 23:37
腐川冬子編


















「それで? 相談したいことって何かな、腐川さん」

「………」


現在教室の中。
向かい合うのはボクと腐川さん。
こうした形で相談事を持ちかけられるのは、良くあることなのだが……、腐川さんに関しては初めてである。
一体何の相談なのだろう…?


「ふ………いのよ」

「…え? ごめん、ちょっと聞こえないよ」


少し暗いけど声の大きな腐川さんにしては、凄く小さな声だった。
声が小さくなると言うことは、他の誰かに聞かれたくない内容なのだろう。
ボクは少しだけ腐川さんに近寄り、耳を澄ます。
と、そのとき、


「服がないのよぉぉぉぉぉぉおおぉおぉ!!」

「うわぁっ!」


耳が、耳が痛い!
いつものボクなら『いや、着てるじゃん』とクール()に突っ込みをするのだが、
いかんせん腐川さんの声が大きすぎた。
ボクは耳を押さえて悶絶する。
しかし、腐川さんはお構いなしに話し続ける。


「サイン会なのよ! 新しい本のサイン会なのよ!
あ、あんたが書けっていったんでしょ! だったら責任取りなさいよ!
今までサイン会なんてしたことないのにっ! 新しいジャンルだからファンがふ、増えちゃって!
私サイン会に出れるような服なんてないのに! ゆ、許さないからっ!
優しくしておいて、その後は放置するなんて許さないからっ!」


えっと、つまり腐川さんの書いた本(暗いのに読むのをやめられないくらい面白い本、ボクが太鼓判を押した)が売れて、
新しい購買層の人達がサイン会を希望して、OKしたけどサイン会に行く服がないというわけか。
……制服でいいじゃん、学生なんだから。
でもまあ、風呂に入るようになった彼女は、おしゃれをほんの少し気にするようになったのだろう。
サイン会で綺麗な格好をしたいのだ。


「えっと……、つまりボクは腐川さんに似合う服を持って来ればいいのかな?」

「当たり前でしょ!!
わ、わかってるわよ! 馬子にも衣装って言いたいんでしょ!? そうに決まってるわ!
ぐぎぎ…、どうせ私は不細工よっ! 私が不細工であんたになにか苦労を強いたかしら!? してないでしょ!
だったら放っておいてよ! 私に関わらないで!」

「それじゃあ服が選べないよ……」


かなり興奮している。
言ってることが滅茶苦茶だ。
……それにしても腐川さんの服選び…、か。
ボクに服のセンス(しかも女物)なんてないので、誰かに相談することになる。
そうなると候補者は4人……か?
舞園さん、セレスさん、朝日奈さんに………江ノ島さん。
うーん、最後の人はなんとなく苦手なので、出来ればそれまでに服選びが終われば良いなあ…。
ボクは興奮する腐川さんをなだめ、一人目の舞園さんに電話をかけることにした。
……まあ、ボクが本を出した方が良いって言ったんだから、責任は取らないとね、うん。

















***************************

















「苗木君が『舞園さんが必要なんだー』とか言うから来てみれば……、
よもやショップ店員の真似事をさせられるとは思いませんでした。
もしかして苗木君は私のことが嫌いなんですか?
それとも釣った魚をバケツに入れたまま放置する趣味でもあるんですか?」

「…えっと」


それはどんな趣味なんだ?
電話をかけた時はかなり上機嫌だったのに、今は頬を膨らませて怒っている。
なんというか、凄く可愛い……、けど…うん、今は腐川さんの服選びを優先しよう。
ボクはなぜ腐川さんに服が必要なのかを懇切丁寧に説明した。
主にボクに責任があることを強調して。
ちなみに腐川さんはボクの後ろの方で俯いてる。
人見知りをする人なのだ。それはクラスメイトでも例外ではない。


「なるほど、そういうことですか」

「うん、だから協力してくれないかなぁ? もちろんお礼はするから。
……と言っても食事をご馳走するくらいしか出来ないけど…」


今はお金に余裕がないので大したお礼ができない。
しかも舞園さんが喜んでくれるところとなると……センスが必要か? ボクにはそんなのないぞ。
ボクの言葉を聞いた舞園さんは、表情の喜怒哀楽を一通り巡回した後、ボクの質問の答えを出す。


「うーん……その提案は凄く…、すっごーく魅力的なんですけど……、
残念ながら私この後仕事が入ってるんです」

「え? そうなの?」

「はい。短時間でサクッと選ぶことは出来ますけど、それだと雑になってしまいますし……。
それに、腐川さんに似合うファッションは綺麗系だと思うんですよ。
私の服はどちらかというと可愛いのが多いので、あまり向いてないと思います」

「そうなんだ……」


服の方向性までは考えてなかった。
そうするとセレスさんも厳しいか? あの人は自分の趣味の服以外は興味ないとか言ってたし。
腐川さんに、あのファッションが似合わないとは言わないが、キャラ被りは良くないと思う。
それにどんな対価を要求されるかわかんないし。
今までセレスさんに呼び出された回数は数多いが、呼び出したことは一度もないのだ。
と、そんな感じで自分にいいわけをして、次に朝比奈さんを頼ろうと決めた。
セレスさんにビビッてなんかないよ? 本当だよ?


「……苗木君」

「……え?」


ボクが一人でうんうん唸ってると、舞園さんが話しかけてきた。
しまった、この後忙しいと言ってたのに引き止めてしまってた。
取りあえず御礼だけ言って開放してあげないと仕事に間に合わないじゃないか!


「ご、ごめん舞園さん! えっと、もう大丈夫だから今日はこれで……」

「いえ、流石にそこまで切羽詰ってません。仮にそうだとしたら、そもそも来れませんから」

「……あ、そうだね」


ボク焦りすぎ。
ゆっくり服を選ぶほど時間はないが、ボクと話す程度の時間はあるから来てくれたのだろう。
ボクは一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。
そして、ある程度落ち着いた頃、舞園さんがボクに問いかける。


「苗木君は何か理由がないと、私と食事をしてくれないんですか?」

「そんなことないよ!
舞園さんといるのは楽しいし、出来ることなら定期的に食事をしたいくらいだよ!」


舞園さんはおいしいレストランを一杯知ってるし、何より一緒にいて楽しい。
財政的な問題で頻繁には無理だけど、ボクは舞園さんと居れる時間を大切にしたいし、もっと一緒に居たいと思っている。
これが恋だとか愛だとかの感情かどうかは分からないが、少なくとも彼女のことが好きなのは確かだ。
……まあ、問題なのはそういった女性が数人居ることなんだけどね。


「……そうですか。
その言葉が聞けただけで満足です。それでは私は仕事に行きますね!」

「うん、行ってらっしゃい、また学校で」

「はい、また学校で」


舞園さんはテレビでは見せない笑顔を見せて、その場を去った。
うーん、舞園さんには悪いことをしたなあ。急に呼び出して、そのままUターンなんて……。
今度なにかお返しをしないと……、何がいいかなぁ?


「わ、私の前でラブコメなんて……! い、良い度胸じゃない!
ネタにするわよ! 次の小説のネタにするわ! そして悲恋を書いてやるんだから!」

「………」


物凄い形相でボクを睨む腐川さんを見て、ボクの気持ちが一瞬萎える。
……いけないいけない、このまま帰っちゃおっかなとか思っちゃいけない!
頑張れボク!
ボクは荒ぶる腐川さんに愛想笑いを浮かべながら朝日奈さんにコンタクトを取った。
……ファッション関係の話しなのに朝日奈さんはおかしいって?
そんなことないんだよね、これが。
彼女もこの学園生活で大きく変わったのだ。女らしくなったのだ。
そんな朝日奈さんならこの窮地を超えられる! いや、一緒に超えてみせる!

















****************************



















「え? 無理だよ」


無理らしかった。
あれだけ意気込んでたのに無理だと一瞬で断言された。
簡単に回想をすると、あれから電話をかけ、朝日奈さんを呼んだところ、偶々同じデパートに大神さんと居たらしく、
ものの数分で現れて、ボクの話を聞いた瞬間に、無理だと断言したのだった。


「えっと……なんで?」


理由を聞いてみる。
今日の朝日奈さんはお世辞抜きに可愛く仕上がっていた。
化粧は薄いが、服が大分こっている。それが流行なのかどうか、ボクにはわからないが、うまくまとまっているのは確かだ。
そんな彼女なら、多少のジャンルの違いは問題ないと思うのだが……。


「だって私が服とか興味持ったのって最近なんだよ?
それなのに他人のコーディネートなんて出来るわけないじゃん」

「え、でもかなり良い感じに決まってると思うけど……」

「これは一張羅だよ」


一張羅らしかった。
うーむ……、これは想定外だ。
どうやら彼女はファッション関係は勉強中らしかった。
確かにそれでは他人の世話までは出来ないだろう。うーむ……。


「苗木よ、朝日奈は衣服関連に興味を持つようになってから日が浅い。
もともとお前の影響で目覚めた趣味ゆえ、力になりたい気持ちはあるのだろうが、
如何せん時期がはや」

「きゃあああああああ!!」


大神さんの台詞を遮るように朝日奈さんが大声を上げる。
……今何かおかしなこと言った?


「べ、別に苗木は関係ないでしょ!?
いや、なくはないけど……、でも女らしさの足りない私にちょっと協力してもらっただけで、
あの時は少し勘違いしそうになったし…、色々と揺らいだけど…、結果少し変わったけど…、
それがすべて苗木の影響ってわけじゃないの! わかった!? さくらちゃん!!」

「ふっ……、そうだな。すまなかった」


かつてない剣幕で吼える朝日奈さんを大神さんが冷静になだめる。
えっと、よくわからないけど、とりあえず大丈夫らしかった。
朝日奈さんは、息を荒くしながらも徐々に落ち着いてきた。
そして、未だに頬から赤みが消えないうちに、ボクを睨みつける。


「苗木も…、わかった!?」

「う、うん」


何が? とは聞かない。曖昧に頷いておく。
後で朝日奈さんが冷静になってから聞くとしよう。
取りあえず朝日奈さんにドーナッツを奢り、プリプリ怒った朝日奈さんを大神さんと一緒になだめ、
2人と別れたのだった。それにしても、疲れたなあ……。
……あ、腐川さん忘れてた。


「ぐぎぎぎぎ……、あんた主人公にでもなるつもり!?
ゆ、許さないわよ! 何人もの女と関係を持つなんて不潔よ!
見損なったわ! 悲恋の小説なんかじゃ許さない! 情愛の末に串刺しにさせてやるっ!」


……頑張れボクっ!!
廊下の角から、ボクに怨念を送る腐川さんに負けないように、ボクは気合を入れたのだった。

















**********************************


















「うーん、困ったなあ……」


現状は厳しかった。
最後の手段である江ノ島さんに頼めばおそらく解決する。
多分彼女はボクの頼みを断らないだろう。何かと文句を言って、対価を求めた後、協力してくれるはずだ。
しかし、彼女とは相性が悪いと言うか……希望的観測の元言っても絶望的に最悪だった。
なんとなく彼女と居ると安定しない。足元が揺らぐ気がする。
彼女とボクの間の不和が、周りにも及び、世界が不安定になるような感覚だ。
しかし、背に腹は変えられない。腐川さんと約束したし、この際ボクの苦手意識は置いておこう。
ボクは若干躊躇いながらも、アドレス帳のクラスメートの欄を開き、あ行を探る。
……と、その時。


「あれあれ? お兄ちゃん、奇遇だね」


もっと相性が悪い奴が現れた。
江ノ島さんを絶望的相性としたが、こいつはもう、そんな次元じゃない。
凄く苦手で、会いたくないのに、可愛い妹で、それなりに好きなのだ。
もう、なんというか……会っただけで物凄い疲れる。
なのに、こいつは物凄い良く喋る。
つまり、疲労が天元突破するのだ。


「こんな所で会うなんて本来は運命を感じるところだけど、私とお兄ちゃんに限ってはちがうよね?
だって運命なんて常に感じてるんだもん。私とお兄ちゃんが同じ家に生まれたことは奇跡だけど、それから先は必然だもんね。
私とお兄ちゃんは血のような真っ赤な糸と、絡まる糸のような血縁によって結ばれているもん。これくらいの偶然は当然だよね。
それで? こんなところで何をしてるの? デートじゃないよね? いいえ、言わなくていいの。当たり前だよね。
お兄ちゃんが私を裏切るはずがないもの。それにその女の人とお兄ちゃんは相性が悪そうだしね。
あ、勘違いしないでね? 別にどちらが劣ってるとかそういう話じゃないの。お兄ちゃんそういうの嫌いだもんね。
私にとってお兄ちゃんは最高に最上で最適だけど、人によってはそうじゃない可能性もあるもんね。それが価値観だもの。
私が言いたいのは、2人は寄り添うにはソリが合わないということ。確かに私とお兄ちゃんみたいに絶対の運命なんて少ないわ。
でも、あの人とお兄ちゃんはそれ以前の問題。だからお兄ちゃんはデートじゃなくて、その人を助けてるんでしょ?
うん、わかってる。お兄ちゃんの小さな頃の夢は正義の味方だったもんね。私にとってお兄ちゃんは、
ヒロインにあてがわれる主人公だけど、その人にとっては救世主なんだね。うん、だったら私も協力するよ。
その人が吊橋の上に居るなら、私がそこから逃してあげる。お兄ちゃんは見てるだけで良いよ? むしろそれ以上はしちゃ駄目。
私に任せていいよ。お兄ちゃんは大人しくしてて。いえ、お兄ちゃんは大人しくするしかないんだよ!
その人は私が助けるから、お兄ちゃんは何もしちゃ駄目だよ? わかったら私を遊園地に連れてく約束を忘れちゃ駄目だよ!」

「……ああ、奇遇だな」

「うん、偶然で必然の出会いに感謝だね、お兄ちゃん!」


ああ、頭が痛い。
これだけ言われてるので、来週こいつと遊園地に行くのだが、先が思いやられるって感じだ。
しかし、今回は本当に偶然の出会いだったようだ。
あいつは手に荷物を抱えている。袋についてる店名から察するに服屋だろう。
普通に買い物に来て偶々ボクを見つけたらしい。
ボクは妹の手から袋を奪い、頼みがあるんだが、と前置きをして今回の件について話した。
妹は過度に相槌を打ちながらボクの話を聞く。お兄ちゃんお兄ちゃん五月蝿いので周りの視線がアレだが、もう慣れた。


「つまり私はその人の服を選べばいいの? お安い御用だよ!
お兄ちゃんが私の荷物持ちをやってくれたのが嬉しすぎて、今ならどんなお願いにも頷いちゃいそう!
あ、でもえっちなのは駄目だよ? そういうのは家で2人きりの時に言ってくれれば……」

「じゃあさっそく行くぞ!」

「…………」


誤解を招くようなことをいう妹を無理矢理引きずって行く。
腐川さんは珍しく一言も文句を言わずに着いてきた。
でもメモをとってた。
多分こいつのことネタにするつもりだ。
……家族の恥ってやべえ、めっちゃ恥ずかしい。
そんなボクの気持ちを知るはずもなく、妹は次々とまくしたてる。


「ねえお兄ちゃん遊園地で何に乗りたい? 私は観覧車に乗りたいなぁ。狭い空間で外を見下ろしながらお兄ちゃんと2人になりたいもの。
それとプールがいいな、プール! ねえ知ってる? 来週行く遊園地には室内の温水プールがあるんだって!
今は寒いけど、室内なら泳げるね! 今日はその為の水着を買ったんだよ? 結構大胆なやつ。お兄ちゃんが気に入ってくれるといいなぁ。
あ、そうだ。お兄ちゃんの好きな食べ物って前から変わってないよね? なんでそんなこと聞くかって?
私がお弁当を作るからに決まってるじゃない! レストランでの食事も悪くないけど、シートを広げてお弁当を食べるのも良いよね!
だから帰りに食材を買いにスーパーに行こうね! 好みが変わってるなら早く言ってくれないとお弁当がおいしく感じれないよ?
それとそれと! やっぱり帰りはプレゼントを買いにデパートに寄って、2人でヨーロッパに旅行に行った後、探偵ごっこをしようね!
私はお兄ちゃんが誰かと居るのを咎める気はないの、本当だよ? でも他の人とやったことは私ともやらないと駄目なの。
だってお兄ちゃんの伴侶かぞくは私だけだもの。私以外はありえないの、あってはいけないの!
だから私と遊園地に行ったら今まで誰ともしたことないことを、いっぱいしようね!
その後は、お兄ちゃんの特別だと思ってる人が、実は全然特別じゃないって思い知らせなきゃね!
だって勘違いは悲しみしか生まないもの。これは私の為と同じくらい、お兄ちゃんと周りの人の為なんだから!」


……こいつはもう、なんというか本当に駄目だ。
満面の笑みで言っちゃうところが特に駄目だ。
ボクは何のためにここに居るのかをもう一度を思い出させた。
そして、それに対する回答は、予想に反し実に頼もしいものだった。


「え? そこの女の人の服?
それなら既に選び終わってるよ」

「……そうなのか?」


いくらなんでも速すぎる。
服を見るどころか、こいつさっきから喋ってるだけだぞ?
しかし、どうやらそれは嘘でないらしく、妹はいきなり足を止め、腐川さんの手を摑む。


「え? な、なにするのよ! 離しなさいよ!
わ、わかったわ! このままトイレに連れて行くんでしょう!?
そこで覚えのない罵倒を受けるんだわ! あああああああ! また深いトラウマがぁー!」

「えっとぉ……これとこれとこれと、それにこれを合わせて……、
さあ試着するよ!」

「ひぃっ! 個室は嫌よ! 狭い個室は嫌ぁぁぁぁぁぁ!」


……うるせぇ。
妹が、騒ぐ腐川さんを連れて試着室に駆け込む。
中からギャーギャーと腐川さんの声が聞こえるが、順調に物事は進んでるらしい。
……あのやろう剥ぎ取った服をわざわざ試着室の外に出しやがった。
なんという面倒くさい事を……、下着がないのが救いか、ボクはそれを拾い上げ、カゴに入れる。
大騒ぎを聞いた店員さんに説明をし、破損したら買い取ると説得し、戻ってもらう。
まったく、いくつになっても手のかかる妹だ。
こちらの頼み事とはいえ、少しは手段を選べというのだ。
……まあ、手のかかる妹だから、あんなのでも可愛く感じてしまうのだろうが。
と、そんなことを考えてたら試着室のカーテンが開いた。
終わったらしい。


「ジャッジャッジャーン! 超高校生級の文学少女が、見事美しく生まれ変わりましたぁー!
そう! それは正に天使のように美しくっ! 惚れたら承知しないよっ! お兄ちゃん!」

「これが……私……?」

「こ、これは……」


試着室から現れた腐川さんは美しく、可憐で、それはもう別人のように……、
そうそれを映像で表すと……、『沢城みゆきの画像を妄想してねっ』こんな感じ。


「別人じゃないか!!」

「何を言ってるのお兄ちゃん?
女はおしゃれをすることで別人になるんだよ? お兄ちゃんはすっぴんを許容できないような男じゃないよね?
お兄ちゃんはそんな心の狭い男じゃないよね?」

「それ以前の問題だろ!?
完全に別人だよ! 似ても似つかないよ!
そもそも次元が違うじゃないか! 声しか同じじゃないよ!」

「待ってお兄ちゃん! それ以上はいけないわ。
それに考えてもみて? 人の魂の有り所とはどこなのかしら?
心臓? 頭? 人によって色々解釈はあると思うの。
そう、私はこう思うわ。魂とはきっと中の人の……」

「中の人など居ないっ!!」


駄目だこいつ! こいつ駄目だよ!
こいつが登場してから明らかにおかしい! 最初の方は真面目にやってたのに! なんだこのカオス!?
ボクは腐川さんに声をかけようとする。
あの姿じゃサイン会どころじゃない。『関係者以外は立ち入り禁止です』って言われちゃう。だって別人だもん。
それなのに……、それなのに、彼女の姿は消えていた。


「……腐川さん?」

「ああ、あの女の人なら『これでサイン会に行けるわっ! 私は生まれ変わったのよ!』って言いながら走り出したよ」

「腐川さーーーーん!!」


……結局、腐川さんは探せず、ボクは妹と買い物をして帰った。
そして翌日、学校で顔を合わせた腐川さんはいつも通りの腐川さんだった。
いや、一箇所だけいつもと違っていた。


「お、おはよう腐川さん」

「ぐぎぎぎぎぎ……」

「あ、あははははは」


いつも以上に怒ってた。
というか嫌われた。
仲良くなるイベントのはずだったのだが、流石に一筋縄ではいかない人だ。
でも、まあ、彼女とは以前より話すようになったし、悪いことばかりではなかっただろう。
ボクは腐川さんのことをまた一つ多く知れた。とりあえず…そう思うことにした。

















URLが書き込めない仕様なんて初めて知りました。
みゆきちの画像が貼れなくてごめんなさい。



[25025] ???
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/14 10:25
ぜつぼう















「早く戻って来てね、お兄ちゃん!」

「いや、トイレに行くだけだからすぐ戻るよ。
あんまりうろうろするなよ」



そう言って、お兄ちゃんは私をベンチに置いて、走っていった。
現在私はお兄ちゃんと2人で遊園地に来ている。今は昼食を食べ終わったところだ。
次は観覧車が良いなあ、などと私が言おうとした時、お兄ちゃんはトイレに行くと言って、私から離れてしまったのだ。
まあ、そんなに待つはずもないし、ゆっくり陽の恵みを感じるのも悪くない。
そう、思って座っていたら、それが現れた。


「あらあら、こんな所で私様と同じ物を見るなんて思わなかったわ。
いえ…、同じだった物、同じであったはずの物かしら?
まあ、そんな前置きはともかく……、初めまして、お久しぶりです、また会ったわね」

「……初めまして」


私はそれを知っていた。
別にそれの言う同じ物とかいう意味ではなく、雑誌で見たことがあるという意味だ。
江ノ島盾子。超高校生級のギャル。そして、超高校生級の完璧。
以前お兄ちゃんの言っていた、十神白夜に並ぶ超人。希望の高校生。
しかしその女は、私の目から見ると、絶望的に終わっていた。希望なんて、存在しない。
女はそのまま私の座るベンチに腰掛け、体をこちらに向ける。


「あなたの名前を聞いてもよろしいですか?
……いえ、先ほどの人影から推測できます。
おそらく私のクラスメート、苗木誠の妹さんですね」

「……そうだとしたら、あなたに何か良い事でもあるんですか?
ないのだったらほかっておいて下さい。あなたと居ると不愉快です」

「おやおや……、私の見ていたあなたと随分違うね。
猫を被っていたのかい?」

「あなたには関係ありません」


私は拒絶の言葉を口にする。
これでも大人しい方だ。まったく、自分を偽るのは面倒くさくて、つまらない。
お兄ちゃん、早く帰ってこないかなぁ……。
お兄ちゃんと居ない時など、私の人生に必要な時間ではない。
お兄ちゃんと居るときの私は私だが、それ以外の時は私ではない。
目前の彼女の目に、私はどう写っているのか? 決まってる、人形だ。自覚している。
お兄ちゃんが居ない時の私に魂は存在しない。唯の肉の器だ。


「なるほどぉ、そうやって私たちを拒絶しているのねぇ。
でもぉ、あなたからひしひしと伝わってくるわよぉ? 心地良い絶望がぁ」

「……」

「いえ、あなたではなく、苗木君と居ない時のあなたでした……。
すいません、勘違いしてました。絶望的なのは今のあなたですね」

「……その言葉は嫌い」


腹立たしい。
実に腹立たしい。
こんなに嫌な奴は初めて…、いや2人目だ。
そう、平日の朝に鏡に写る人間と同じくらい嫌いだ。


「声がちっさくて聞こえねえんだよっ!
もっと腹に力を込めて言いな!」


……ああ、うっとおしい。
もう、いいか。お兄ちゃんはしばらく戻って来なさそうだし、何よりこのままだと、この女に引っ張られる。
お兄ちゃんを認識する前の私に戻ってしまう。
それは嫌だ。目の前の女と話すより嫌だ。
私は少しだけ自分を偽るのをやめた。


「黙れよ。臟引きずり出して魚の餌にするぞ」

「……いいわぁ、その絶望的表情。
そして、今正に殺されそうな殺気を向けられてる私も絶望的で素敵!」


さっきから絶望絶望五月蝿い奴だ。
そんなに絶望したければ冬の海でダイビングでもすればいい。
私を…、私のお兄ちゃんを巻き込むことは許さない。
しかし、江ノ島盾子。情報としては知っていたが、まさかこんな物だったとは……。
これがお兄ちゃんと同じ教室に居たなんて信じたくない。
お兄ちゃんがこれに伝染しなくてよかった。
お兄ちゃんは私を変えれたけど、目の前の女を変えれるなんて保障はない。


「……へえ、君は変わっちゃったんだね。
心地良い絶望から離れ、息苦しい希望に寄り添っている。それは何故だい?」

「何の話? 私とお前が似ているというのは認めるがそれ以上は……」

「似ているんじゃないわ、同じなのよ。
そこを勘違いするんじゃないわ。私様と同じなんて滅多にないのよ?
もっと感謝なさい!」

「はぁ……」


思わずため息が出る。
こいつ、さっきから同じ事しか言ってない。
何を言いに来たのか……、いやただ通りかかって私を見つけただけで、
実は言いたいことなどないのかもしれない。


「いや、言いたいことがあるんだよね、これが!」

「……」


急に、雰囲気が変わる。
今までも急に話し方と態度が変わる、変な奴だったが、ここに来て空気が重苦しくなる。
まるで何かが乗り移ったような、何かに乗り移られたかのような。


「あなたは兄と接触して変わられたのでしょうか?
だとしたら私にとっては大問題ですね。
私も愛してやまない姉がいるのですが、あの残念な姉は最近あなたの兄にべったりなんです。
わたしってー、すっごく可愛いけどぉ、お姉ちゃんはそうでもないのよねぇ。
だから今まで男と近づいても放っておいたんだけどぉ、今回はちょっとまずいかなぁ…、って」


女は私との距離を詰め、顔を近づける。
端から見たら女同士のカップルみたいで、実に不快だ。
しかも、この女の近くにいるとむらむらする。ざわざわする。何かを思い出しそうだ。
……ああ、昔の自分ってこんな感じだったなぁ、すっかり忘れてた。いや、忘れようとしていた、か。
お兄ちゃんに感謝してないタイミングなんてないけれど、よりいっそう感謝しなくちゃいけないな。


「私としては今すぐあなたのお兄さんを消し去りたいんだけど…」


その時歴史が…、じゃない。私の手が動いた。
目の前の女をぶん殴った。
拳を目の玉に当てて、ぶち抜いてやった。
だが……、どうやら逃げられたようだ
あの女は既にベンチに居なく、私の斜め前に陣取っていた。


「……こうなっちゃうんだよね。
あなたは根本が私と同じだけど、スペックが違うから問題ない。
でも、鬼とお姉ちゃんが問題だ。単純な暴力は嫌いなんだよ、私」

「……お兄ちゃんに手を出したら……、殺す」

「ふふふ……、冗談だとは思わないわ。
だから厄介なのよね。お姉ちゃんもそのうち向こう側に傾いちゃうだろうし、計画を早めるべきかしら?」


言いながら、女は私から離れる。
私から離れて、人にまぎれる。あんなモノでも人ごみにまぎれれることに、私は驚きを隠せない。


「ありがとうございました。
あなたのおかげでお姉ちゃんがピンチだと分かりました。
ご協力感謝します」


最後にそれだけ残して、女は消えた。


「……ああ、それと」


否、消えていなかった。
声だけ聞こえる、姿は見えない。
しかし、確かにあの不快な雰囲気を感じる。


「あなたを希望側と言いましたけど、それは間違いでした。
だって、あなたと苗木君は血の繋がった兄妹ですから、結ばれることなどありえません。
それでも、なお彼を慕うあなたは、叶わぬ恋に絶望し、その絶望に惹かれています。
よって、私は危険だと認識すると同時に安心できました。
あなたは根本的には変わっていない。よってお姉ちゃんも最終的には戻ってくる。
ならば何も問題はない。計画は早めますが、それだけです。
私の安心と計画の確実性を証明してくれてありがとうございました」


言葉が終わると同時にお兄ちゃんがトイレから戻ってくる。
どうやら並んでいたようだ。ため息をつきながら、トイレの惨状を私に話す。
本来の私なら、お兄ちゃんの話に割ってはいるなんてありえないのだが、今はどうしても確認したいことがあった。


「お兄ちゃん」

「……ん?」


不思議そうな顔をするお兄ちゃん。
そりゃそうだ。今の私はお兄ちゃんと居る時の本当の私ではない。
お兄ちゃんが居ない時の人形のままだ。
未だにあの女に引っ張られている。
まるで、感染したかのように。伝染したかのように。


「私はお兄ちゃんのこと好きだけど、お兄ちゃんは私のこと好きかな?」


ああ、この質問の答えは決まってる。
お兄ちゃんはいつも私のことが嫌いって言うのだ。
……まったく、お兄ちゃんの前で何をやってるんだ私は。
あんな奴のことはさっさと忘れてお兄ちゃんと楽しい時を……


「当たり前だろ? ボクはお前の兄だぞ。
大好きに決まってる」

「…………え?」


……あれ? いま、すきって。


「そんな当たり前のことを真顔で聞くなよ。
今日は2人で遊びに来たんだろ? だったらもっと楽しもう」

「……あはは」


……ああ、あんな物を忘れようと努力していたこと自体が馬鹿馬鹿しい。
お兄ちゃんに会えば、話せば、それだけで私は希望に満ち溢れる。
あいつが十数分かけて私に刷り込んだ絶望は、お兄ちゃんの一言であっけなく消滅した。
あいつの言う計画とやらが具体的に何かは分からないけれど、それを阻止しないといけない。
昔私はあいつだった。その私だったものの考えは私にも少しだけわかる。取りあえずお兄ちゃんが危ないということは、確実。
お兄ちゃんは私の一番大切な人だ。勿論私より大切だ。
だったらお兄ちゃんを助けなきゃ。お兄ちゃんのために計画を潰さなくちゃ。
私はお兄ちゃんとの時間を楽しんだ。
この遊園地が終わったら私は家を出る。
だから、それまで、お兄ちゃんと一緒の時間を楽しもう。


「何してるのお兄ちゃん! さっそく観覧車に行こう!
その後はフリーフォールがいいなっ、もう一回ジェットコースター乗りたいかも!
お化け屋敷でくっついても良い? 童心に返ってゴーカートもありかな?
お兄ちゃんはウォータースライダーが好きだったよね?」

「おい、引っ張るなって! 全部付き合ってやるから!」

「……えへへ」


いっぱい遊んで、いっぱい楽しんで、いっぱい希望して……、私は家を出た。
行って来ますお兄ちゃん。また会おうね。
























妹ちゃん退場。



[25025] 十神白夜
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/26 02:10
十神白夜編



















今回はボクのクラスで最高の、いや希望ケ峰学園で最高の高校生。
超高校級の御曹司こと十神白夜君を語ろうと思う。
今までと同様、彼との仲良しエピソードを語りたいところだが、残念ながら今回はその話ではない。
これから始まるのは彼の認識が変わった出来事。彼の価値観を僅かにでも変えた出来事の回想だ。
入学当初の彼はボク自身を、一般人自体を否定した。
なんの目的もなく、努力もせず、何も成さず、ただ生きる家畜同然だと否定した。
そんな彼がいかにして変わったのか……。
良くある話だ。お金持ちの子息には付き物といってもいい。
誘拐だ。
そう、十神君は誘拐をされたのである。
そんな彼の救出劇をこれから語ろう。














******************************

















「……は?
霧切さん、今なんて?」

「十神君が誘拐されたわ、どうやら営利誘拐のようね。
十神財閥が各所に捜索依頼を飛ばしてるわ」


いきなり霧切さんに呼び出されて、何事かと思ってきてみれば……、なんと誘拐である。
流石十神の御曹司、スケールが違う。そういえば彼は護衛を引き連れていなかった。
今思えば無用心であるともいえる。


「ただの犯罪グループなら十神君を誘拐なんて出来ないでしょうね。
でも、彼が希望ケ峰学園の外で、偶々一人で居る時に、10人以上のプロの集団ならば、可能と見てもいいわ。
緻密な計画が必要だけどね」

「じゅ、10人以上……、随分多いんだね」

「ただの10人じゃあ駄目よ? 10人以上のプロの集団。
それくらいの規模でないと彼を誘拐なんて出来ない。
いえ、それでも怪しいわ。彼を影ながら護衛するSPは必ず存在しただろうから……、
下手したら20人以上かもしれないわね」


なんという大掛かりな……。
それだけの数の人間を集めて、確実とは言えない誘拐をするなんて……、採算はとれるのか?
世界を代表する財閥を敵に回してでも得たい金額とは、果たしてどれ程なのか? まったく見当がつかない。
しかし、十神君の身が危ないのは確実だろう。
霧切さんに依頼が入っているということは、十神君の居場所も把握できてないということだ。


「あら、苗木君。
何をしているの?」

「メールだよ。十神君を助けるのにはボクだけじゃあ足りないからね」


霧切さんの仕事は十神君を探し出すこと。
それが依頼の内容なのだろう。だったらボク達で十神君を救出しないと……。
助けになるだろう人は少ない。ボク達は高校生なので荒事に慣れているわけではないのだ。
よって、助けになるのは大神さん、むくろさん……、この2人だけだ。
大和田君あたりなら助けになるかもしれないが、これは義理や人情がまかり通る件ではない。
二次災害を引き起こさない為にも、現場慣れしている人以外は呼ぶべきではないだろう。


「ひょっとして苗木君は十神君を助けるつもりかしら?」

「……? 当たり前じゃないか」

「どうして当たり前なの?
今回はあなたの出る幕じゃないわ。私をはじめとした専門家が片付けるべき問題よ。
それに十神君とは特別仲良いわけではないでしょう?」


まるでボクが十神君を助けに行くことを否定しているような言い回しだ。
だけど、それはありえない。
だって、霧切さんはボクをここに呼んで、誘拐の件をわざわざ話したのだ。
つまり……、これはボクを試しているのだろう。相変わらず、ボクの保護者みたいな人だ。
霧切さんほど一緒に居て安心できる人は居ない。つまり彼女の隣は、ボクにとって世界一安全だということ。
よって、霧切さんがこの話をボクに持ってきたということは、ボクに解決可能だということだ!


「そんなの関係ないよ。十神君はボクのクラスメートだ。つまり、仲間だ。
ボクは仲間を信じるし、可能な限り助ける。絶対に。」

「……そう、なら勝手にしなさい」


霧切さんは、いつものようにふっ、と笑い、ボクにA3サイズの紙を渡す。
これは……地図? 中央に目印のようなものがついている。
流石霧切さん。既に場所は把握済のようだ。
でも、あれ? だとしたら十神君はなんでまだ救出されてないんだ?


「十神君はそこに居るわ。
十神財閥には報告済みだけど、未だに誰も突撃していない。
そして、犯人の要求である『明日までに現金5000億円』も用意していない」

「ご……、ごせんおくえん……」


ス、スケールが違いすぎる。
そんなの払えるわけがない…、いや払えるかもしれないが、用意出来るはずがない。
それでは十神財閥は後継者を失ってしまうんじゃあ……。


「その代わり、元後継者候補の一人にコンタクトを取ったそうよ」

「……もしかして」

「そう、十神財閥は十神君を見捨てたわ。
いえ、救うつもりはあるでしょうけど、結果死んでも仕方ないと考えている。
言ってみれば誘拐されること自体、彼の不注意だもの。自業自得と思われてるかもしれないわね」

「……はぁ」


思わずため息が零れる。
家庭の事情に関わるつもりはないが、随分と冷たいものだ。まるで十神君が駒みたいではないか。
まあ、十神君のプライベート的な問題はこの際どうでもいい。問題は彼の身が思いのほか危険だということだ。
ボクは地図を携帯電話の内蔵カメラで撮影し、2人に送る。
大神さんからは、すぐに返信があった。『現場に向かう』と実に分かりやすい文章だ。
一方むくろさんからは返信がない。
気づいてないのかな? まあいいや。
そのうち気づいてくれるだろう事を期待して、ボクは現場に向かう。


「霧切さん、ちょっとドライブしない?」

「あら、素敵なお誘いね。
偶然車が用意してあるわ。何処に行きたい?」


まったく……、霧切さんはボクをいつも危険な目に合わせるくせに、それに見合うほど過保護だ。
今も、どこから用意したのか、フルスモークの防弾ガラスが埋め込まれた高級車(車種は知らない。高そうだからそう思っただけだ)が目の前にある。
好きにしろって言ったくせに、最後までボクに付き合う気だ。
まあ、霧切さんから振ってきた話だし、彼女はそれを当然と言うのだろう。だったらボクはそれに甘えるしかない。
クラスメートを、仲間を救える確率は1%でも高い方がいいに決まってる。
霧切さんはドアを開け、後部座席に乗り込む。ボクもそれに続く。


「行き先はどちらかな? 未来の息子よ」

「この地図の目印の地点です。学園長」


さて、いっちょ救出劇と洒落込みますか。




















*******************************






















「……む、苗木か。遅かったな」


目的の場所には既に大神さんがいた。
ボクと霧切さんを降ろした車は、その場から去っていく。
迎えに来るまでは止まるべきではない。当然である。
物語的には、ここからボク達が門番的なものを倒し、敵陣に押し入って十神君を颯爽と救い出す、
……ってのが筋だろうが、残念ながらそうはならない。
だって既に目的地であるビルの入り口は木っ端微塵になってる。
確実に大神さんの仕業だ。
人質の身に何かあったらどうするつもりなんだ?


「我とて十神の危険を考えなかったわけではない。
しかし、奴らは金目的なのだろう? ならばそう易々と危害を加えまい。
それに……、このビルからは殺気を感じぬ。最初、我は苗木に騙されたか、さもなくば狂言誘拐かと思ったぞ?」

「殺気……、ねえ……」


不確かな物だが、大神さんが言うなら間違いはないだろう。
霧切さんが場所を間違えるはずがないので、今のところ十神は無事だということだ。
さて、どうするべきか……。
霧切さんと居るのでボクは安全だし、探偵の助手としてもある程度役に立てるだろう。
しかし、ここにはむくろさんが居ない。つまりボクは戦力に成りえない。
ここは大神さんに単独で乗り込んでもらい、ボクと霧切さんでサポートするべきか?
うーん、足手まといにはなりたくないが……。


「なにをやってるの、苗木君。
行くわよ、男の子でしょう?」

「いや、確かにそうだけど……。
今はむくろさんが居ないから、ボクは唯の足手まといにしか……」

「……奴は居るぞ。気配を感じる」

「……え?」


ボクは慌てて携帯電話をチェックする。
メールが来てた。しまった…、マナーモードにしてた。
内容をチェックすると、これはまた簡潔に、『諒解』とだけあった。
彼女がこういったメールを送り、ボクに姿を見せていないということは……、
つまりあの戦略でいくことを決め、準備は済んでいるということだろう。
確かに、この状況ならあの戦略はボクにとって一番安全だ。
……まったく、霧切さんもむくろさんも過保護すぎる。
十神君の心配をするべきなのに、ボクが一番心配されてどうするんだ。


「苗木よ、これからどうするのだ?
我は強行突破をするつもりだが……、霧切が居るなら何か案がないか聞くべきだな。
我は考え事に向かぬ。霧切なら別のいい案が浮かぶかもしれん」

「……残念ながら特別な作戦はないわ。
私は地形を把握しているから、大神さんに無線で指示を出すつもりよ。
でも最終的には強行突破になるから、作戦とは呼べないわね」


大神さんの提案に、霧切さんが渋い顔をする。
まあ、確かに霧切さんが乗り込んで、その結果やられることはありえないが、大神さんの助けになるかは微妙だ。
霧切さんは自分の能力を見誤らない。彼女は『死神の足音』を感じることが出来るが、それは自分限定だ。
よって、彼女の作戦は必然的にこうなる。


「霧切さんは安全なところに身を隠して、自分の安全を確保しつつ状況を把握し、大神さんに指示を飛ばす。
ボクはむくろさんのサポートを受けながら十神君の救出に向かう……、これで良いかな?」

「……そうね、問題ないわ。
私より戦刃さんの方が頼りになるでしょうし」


霧切さんが機嫌の悪そうな顔でそっぽを向く。
……うぅ、だって今回はむくろさん向きの戦場なのだから仕方ないじゃないか。
事件の後なら霧切さんのフィールドだが、事件の最中はむくろさんのフィールドだ。
適材適所。
霧切さんを邪険にすると後が怖いが、今は十神君最優先だ。


「……名前で呼ばれるにはどうすればいいのかしら?」

「……え? 今何か言ったかな?」


霧切さんが考えるような仕草をしながら俯く。
ボクは、その時霧切さんが発した言葉が聞き取れず、聞き返す。
だが、それが答えられることはなかった。


「なんでもないわ。
それより、作戦を開始するわよ」

「……我は十神の救出には向かわなくていいのか?」

「ええ、大神さんは陽動よ。
大神さんほどの知名度のあるプレイヤーを陽動だなんて思わないでしょ? だからそれを逆手に取るの。
古典的だけれど……、確実に通じるわ」

「そうか……、ならば我は指示通りに動こう。
受信機を貰ってもいいか?」

「ええ、これよ」


霧切さんと大神さんが簡単なやり取りを進める。
大神さんは既に入り口を破壊している。つまり、侵入者は大神さんだというのが向こうの認識だ。
そこを利用して、ボクが侵入し、むくろさんがサポートする。
さて、何故むくろさんはボク達の目の前に姿を現さないのか……、それをそろそろ明かそうと思う。
まず、霧切さんと居る時のボクとむくろさんと居るときのボクは、似ているようで、決定的に違う。
霧切さんと居る時は助手になると言ったが、それは霧切さんがボクにヒントをくれるからだ。
霧切さんがヒントをくれ、ボクが考える。それにより、ボクはゲームに参加できるのだ。
ゲームに参加できれば、霧切さんとは違う意見が出てくるし、違う証拠を見つけられる可能性もある。
よって、ボクは霧切さんの助手足りえるのだ。
むくろさんの場合は、これの逆と言っても良い。
むくろさんはボクを守る。ボクはむくろさんに守られる。それだけだ。
本来、例えプロの傭兵でも、護衛をしながらの作戦は難易度を上げる以外の作用は働かない。
自分と護衛の両方を守りながら敵を倒し、目的を達しなければならない。
漫画や小説のように、守るものがあると強い、とはならないのだ。
しかし、むくろさんは違う。彼女はプロの傭兵ではない。超高校級の軍人なのだ。
彼女は自分を守る必要がない。幾多の戦場がそれを証明している。
むくろさんは敵に捕捉されない。戦争で傷を負わないとは、そういうことなのだ。
よって、普通の兵士が自分を守る代わりに、彼女はボクを守るのだ。
ボクを見つけた敵兵を狙い、仕留める。
それなら、彼女単独で潜入した方が良いのでは? と考える人も居るだろうが、それでは駄目なのだ。
むくろさんは人の影、気配に潜む。よって単独ではなく、仲間が居るときの方が隠れやすい。
それがボクみたいな気配の潜め方も知らない素人なら、なおさらだ。
よって彼女は、守るものがあったほうが、強い。
今もむくろさんはボクをしっかりと守ってくれているだろう。
おそらく、スコープ越しに……。


「1人目か。
まったく気づかなかった……」


ターン、という空気を切り裂くような音が聞こえた。
音が聞こえたということは、既に着弾しているということだ。
むくろさんが狙いを外すなんてありえない。撃ったら当たるそれが彼女だ。
風の向きだとか強さだとか窓ガラスの強度とかは関係ない。
彼女の前には、防弾ガラスどころかコンクリートですら、ないも同然!


「本当に……、戦闘関係の人はファンタジーだよね。
大神さんも、むくろさんもぶっとびすぎ。理屈が通じる気がしないよ」


あ、セレスさんもファンタジーか――なんて独り言を言いながら早足で先を進む。
本来、この作戦は2人対少数の時に、しかも敵が分散していて初めて有効なものだ。
むくろさんとて、ボクが3人以上に囲まれては守れない。
だからなるべく足音を立てずに、近くの敵に悟られ、遠くの敵に気づかれないように慎重に、歩く。
敵の間でコミュニケーションを取っていたらアウトだが、そこは大神さんがフォロー。
彼女が居る時点で、ボクに眼を向ける者なんて少数だ。
敵としては大神さんを足止めして、その隙に十神君を移動させたいのだろう。
その隙を、突く。


「あ、2人…、3人目。
多いなあ……てっきり15人以上は大神さんの方に行くと思ったんだけど……」


ひょっとして20人どころか30人位居るのか?
大掛かりすぎだろ。人数が多ければ多いほど、自首などによる危険は増えるのに……。
疑問に思いながらもボクは目的地を目指す。
向かう場所は地下駐車場。
霧切さんが言うには、逃走経路はそこかららしい。
まあ色々調べた結果だろうから、まず間違いないだろう。
そして、むくろさんの非殺傷ライフル(原理は不明)の犠牲者を5人ほど追加した時に、ボクは目的地へ到達した。


「……十神君」

「…………」


霧切さんの推理は本当に外れない。
地下駐車場に入った瞬間、十神君と、妙な覆面(全体的に黒色で、頬まで裂けた白い歯と赤いマークが特徴的だ)を被った2人組みを発見した。
十神君は、猿轡のようなもので口を閉ざされている。
しかし、表情が十神君の言葉を代弁していた。『どうしてここに居る』だ。
十神君は多くの価値観を認知しているが、それは自分の価値観から派生したものだ。
だから彼は、彼が理解できないことに対して、最初から想定できない。
ボクは傲慢にも、それを彼の欠点として認識していたが……、どうやら正解だったようだ。
彼のような人間は、この瞬間、ボクの姿を見た時に、ボクがここに居る理由なんて考えるべきじゃない。
『さっさと助けろ』と考えるべきなのだ。理由は後で聞けばいい。
まあ、ボクはそれを実行する為にここに来たのだから、彼が何を考えようが結果は変わらないけどね。


「知ってると思うけど……、上には大神さくら地上最強の生物が居る。
それに、ボクがここまで来たということは、君達で最後だということだ。
意味はわかるよね?
今十神君を解放すれば、ボク達は君達を追跡しないと誓おう」


ボクはそのまま彼らに近づく。
覆面の男は無言で懐から拳銃を取り出す。
交渉は決裂らしい。
ボクは犯人を興奮させないように足を止める。
うーん……、表情が見えないのはやり辛いなぁ。


「わかった、もう少し妥協した案を出そう。
十神君を解放して、ボクを人質にすればいい。
ここまで1人で来たボクを拘束すれば、こっちの戦力は減るし……、なにより十神君誘拐も既に失敗したということは分かるだろう?
だったら人質交換して、安全に逃げるべきじゃないかな?
ボクの任務は十神君の解放だから、彼さえ解放されれば、ボクはどうなっても構わないんだよ」


ボクは離れた位置から彼らと交渉する。
彼らは向かい合い、少し相談した後、擦れた声でボクに命令してきた。


「手を上げたまま、ゆっくり歩いて来い。
不審な動作をした瞬間撃ち殺す」


ボクは言われた通りに、誘拐犯の方に歩いていく。
もちろん、彼らが約束を守るなんて思ってない。
無防備なボクが近づいた時に射殺して、そのまま十神君を連れ去ればいいのだ。
それを知りながらも、ボクは彼らの方に歩いていく。
後10歩。…9歩、8歩、7歩。
彼らは2人ともボクに銃口を向けている。未だ早いな。
6歩、5歩、4歩……。
彼らが十神君の拘束を緩める。あと少し、ボクはポーカーフェイスを貫く。
……3歩、2歩、1歩。彼らのうちの1人がボクを掴む。
結果、ボクに向いていた銃口が一つ減り、十神君が一時的に解放される。
そう、今彼らは、1人がボクに銃口を向け、十神君を離している。そしてもう1人は、ボクを掴み、周りに銃口を向けている。
十神君はしゃがんだような状態で前に放り出される。
つまり、十神君は斜線上から外れ、彼より背の低いボクが彼らの前に立っている。
彼らの頭は、今スコープの前にむき出しである。


「……チェック」


ボクの呟きに、誘拐犯は一瞬動揺する。
そしてその瞬間、空気を裂く音が2回、鳴り響いた。
十神君が人質である時、1人はともかく、もう1人が完全に十神君によって隠れていたのだ。
そうでなければ2人の前にボクが姿を現した瞬間、2人は今みたいに地べたを這いずり回っていただろう。
だから人質交換をした。
ボクがあえて、1人である、と口にすることで、こちらが多人数だと錯覚させ、
すぐにボクを殺さず、周りを警戒させる。そして、ボクが一瞬だけ彼らの気を惹き、その隙に仕留める。
即興だがうまくいったようだ。
下手したら撃たれていたかな?
ああ、怖い。もう二度とやりたくないよ。
仲間の危機以外では、ね。


「おはよう十神君、災難だったね」


ボクは十神君の猿轡等の拘束を解き、開放する。
まあ、予想通り好意的な態度はとられなかった。


「苗木……何故俺を助けた?
この後俺の私設部隊が来る予定だった、お前の行動は無駄に等しいぞ。
それに、お前が俺を助ける理由はないはずだ。
……ああ、報酬が望みなのか?」


私設部隊とか……、彼が一番ファンタジーだった。
まあ、それでもうまくいくが微妙だったのだろう。彼の額の汗がそれを物語っている。
しかし、十神君の価値観は思ったより狭いようだ。
彼は人が自分の為以外に動かないと信仰している。
それは間違いではないが『仲間を助けたいという自分のエゴを叶える』という自分の為の行為を認めないのはどうかと思う。
別にいいけどね。


「十神君はボクのクラスメートでしょ?
だったらそれは助ける理由になるよ。
というか、今はそんなことより早く帰らない? 寒くて死にそうだよ……」


ボクは携帯電話で霧切さんに作戦完了と旨を伝える。
すぐに迎えが来るそうだ。
ないとは思うが、増援を警戒して、さっさと立ち去るべきだろう。
しかし、十神君は未だに納得できないようだ。ボクのことを睨みつけるように見ている。


「……苗木、俺はお前が理解できない。
どうして俺を助けた? 利益などないはずなのに……。
俺に取り入ろうとした? いや、俺がこの程度で誰かを優遇する人間ではないことくらい知っているだろう。
誰かを助ける為に自分の身を危険に晒せるのか? しかも、親しい誰かではなく、殆ど交流のない誰かの為に、だ。
お前のような庶民を俺は支配するのに、お前らを理解できないようでは支配者として2流だ。
だから俺はお前を理解する為に、しばらくお前と行動を共にする。
拒否は許さんぞ」


それが彼の哲学のようだ。
しかしなんというか……、ツンデレってやつ?
ボクの好きなドラゴンボールにこんなキャラ居なかったっけ?
そのうち、『お前を倒すのは俺だけだ』とか言いそうである。
まあ、十神君とは深い親交はなかったし、これを機会に仲良くなれるといいな。
ボクは、新しく出来た友達と一緒に迎えを待った。
この後、ボク達は周りから親友と呼ばれる関係にまでなれたのだ。
世の中何があるかわからないね。





























突っ込み所満載の十神回。
というか苗木君イケメンすぎね? キャラ崩壊乙。



[25025] 葉隠康比呂
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/17 21:18

葉隠康比呂編














駆ける。否、駆け抜ける。
ボクは人生で一番必死に走っていた。
走るという行為に、これほどまでに真剣に取り組んだことが今まであっただろうか? いや、ない。
ボクは走り続ける。ただ、全力で、走り続ける。
誰の為に?
自分の為に。
何の為に?
命の為に。
そう、ボクが走っている理由を書き表すのは至極簡単だ。
追われているのだ。
誰にだとか、何でだとかは大きな問題ではない。
何に、何処で追われているかが問題なのだ。
その問題の答えはこれだ。
車に、車道で追われている。
死ぬ。
あ、違う。死にそう、だ。
まだ生きているのに諦めるなんて、掃き溜めで傷の舐めあいをする仲良し集団じゃないんだから……、
『死ぬ』なんて言葉使っちゃ駄目だ。
『死んだ』なら使っても良い。
……じゃなくてっ!


「はーがーくーれーくーんっ!!
どうしてこんな事になってるの!? どうしてこんな事が起こってるの!?」

「…車で!
追われて!
さあ大変!
だべ!」

「ドヤ顔で言うなー!!」


うまいこと言ったみたいな顔が凄く腹立つ!
こんな局面でも変わらず駄目な彼のことは置いておいて、まずは現状を確認しよう。
ボクと葉隠君は人通りのない車道を爆走している。
後ろから追いかけてくるのは黒塗りのベンツ。
そして、追われているのはボク……じゃない。


「お待ちなさい、葉隠康比呂!
逃がしませんわよ!」


黒塗りのベンツから顔を出す金髪の少女。
神月かりんさん。昔葉隠君が詐欺まがいの行為を働き、怒りを買ってしまったお嬢様だ。
狭い通路なので追いつかれてはいないが、そのうち限界(交通事故)が来る。
それまでになんとか危機を乗り越えなくては!


「神月さん! 葉隠君は渡すからボクは見逃して!
ボクは何もしてないじゃないか!」

「ひどいべ苗木っち!?
前回クラスメートを守るのは当然とか言ってたべ! 俺だけ助けないのは差別だべ! 迫害だべ!」

「自業自得でしょ!?」


しかし、神月さんはボクの叫びを聞いてくれなかった。
逆に車はスピードを上げる。
……やばいかも。


「葉隠康比呂の親友を逃がすわけにはいきませんわっ!」

「親友じゃないのにっ!」

「ひどいべっ!?」


車がボクの後ろスレスレまで迫ってきている。
ボク大ピンチ! これは死んだかもわからんね。


「さあ紫崎、両方とも轢いてしまいなさい!」

「イエス、マムッ! キルゼムオォールゥッ!!」

「「殺さないでー!!」」


ああ、なんでこんな事になってしまったのか……、
ボクはさっきまでの自分の行動を思い返した。
でも、その前に言っておく。これは言い訳じゃないし、逃避でもない。
事実をありのままに、前もって言っておくだけである。
ボクは悪くない。悪いのはいつも葉隠君だ。
さて、回想開始。
















*********************************
















「フレンチクルーラっておいしいよねっ!」

「……はぁ」


今の『……はぁ』は決してため息ではなく、相手に同意の相槌を打つものとして使用されたのだ。
しかし、ため息としての役割がゼロかと言われたら嘘になる。


「うーん、おいしいなぁ……、
私はひょっとしたらフレンチクルーラを食べる為に生まれて来たんじゃないかな?
フレンチクルーラは私に生きる目的を思い出させてくれる気がするよ。
曰く『考えるな、食え』って感じでね!」

「……幸せそうだね、朝日奈さん」

「当たり前じゃん!
だってミスタードーナッツでフレンチクルーラなんだよ!?
しかも新作も大量に出てるんだよ!? 超幸せだよ!!
新作全部食べれるなんて……、ぱないのっ!!」

「……そう、ならいいんだけどね」


ボクは今、朝日奈さんと2人でミスドに来ている。
新作が出たから食べに行こー、って軽く誘われたのだ。
だが、目の前の光景は決して軽くはなかった。
というか重かった、胃とか胸が。
ボクはドーナッツ2つとマフィン1つで限界を向かえ、今はコーヒーを飲んでいるのだが、
朝日奈さんはさっきからず~~~~とドーナッツを食べている。
何個目? 知らない。100個くらいじゃない? そんな感じ。
ボクはさっきから胸焼けで憂鬱な気分だ。
自分が食べたんじゃないのに胃も重くなってきた。
朝日奈さんマジ半端ない。


「……あっ、そういえば苗木に聞きたいことがあったんだった」

「聞きたいこと?」


思い出した思い出した――とか言いながらポンデリング(チョコ)を頬張る朝日奈さん。
食べるか喋るかどっちかにしなさい!
なーんて母親みたいな言葉がボクの頭に浮かぶ。その母親は食べながら叱ってるのだ。


「なんで戦刃ちゃんだけ名前で呼ぶの?
もしかして……付き合ってる、とか?」

「え……?
……ああ、そういえば」


気づかなかった。
ボクには人を苗字で呼ぶ癖はあるが、クラスメートのほぼ全員をその通りに呼んでおり、
その例外が一人だけしか居ないということに、朝日奈さんに言われて初めて気がついた。
しかし……、確かに、ボクにとってむくろさんは特別な存在だが、名前を呼ぶこととは関係ない。
本当に単純な理由なのだ。


「ボクって入学してすぐに、むくろさんと仲良かったでしょ?」

「うん。
なんか気づいたら事件に巻き込まれてたよね、2人とも」


事件って言うか事故って言うか……。
偶々ハイジャック的な事件に遭遇して、むくろさんが単身でそれを撃破したのだ。
ボクはそこに居ただけ。
でも、それがきっかけで仲良くなれたのだから、まあ悪くない体験ではあった……、かな?


「まあ、そのことは置いておいて、
ボクはその時、むくろさんに『苗字は偽名みたいなものだから呼ばれ慣れてない。名前で呼ばれる方が助かる』って言われたんだよ。
理由はそれだけ。深い意味はないよ?」

「……ふーん」


朝日奈さんが疑わしそうな目でボクを見てる。
でもドーナッツは離さない。
疑われてもなぁ……、本当のことだし。
ボクは困ったような表情を浮かべて朝日奈さんを見る。
すると、朝日奈さんも納得したのか、新しいドーナッツに手を伸ばす。
ふぅ…、朝日奈さんの視線のせいで緊張してしまってたようだ。思わずため息が出る。
すると、同時にトイレに行きたくなった。
さっきからコーヒーばかり飲んでるからに違いない。
ボクは、朝日奈さんに一言告げて、席を立った。


「……みんな朝日奈って呼ぶから同じ手は使えないよね。
うーん……、新しい手を考えないと。
……霧切ちゃんでも思い付かないのに、私に出来るのかなぁ?」

「……?」


何か聞こえた気がするけど……、気のせいかな。
それより……う~~、トイレトイレ。
今トイレを求めて全力疾走しているボクは極一般的な高校生。
強いて違うところあげるとすれば、面倒事に巻き込まれやすいってことかナー。


「おう、苗木っちじゃねーか!
休日に会うなんて偶然だべっ! こんなところで何してるべ?」

「……本当に面倒事が来ちゃった」

「……べ?」


トイレの入り口で葉隠君と遭遇。
もう嫌の予感しかしない。
そしてその予感は当たるのだ。


「いやー、偶然ついでに頼みごとしてもかべ?
実は、俺はこのまま帰るんだけどこのハンカチを借りたまま返すのを忘れてしまったんだよべ、
そのハンカチの持ち主は奥の席の金髪の女だから返しておいてべ。
そんじゃあまた明日なべ!」

「……なんでそんなに動揺してるの?」

「気のせいだべ! それじゃあ後は頼んだベー!」


そう言ってボクにハンカチを渡し、トイレから出て、疾走する葉隠君。
本日何回目かのため息が口から零れる。
ハンカチなんて無視してもいいのだが……、もし何かの間違いで葉隠君の言ってることが本当だった場合、困るのは他の人なのだ。
嫌な予感しかしないが、ボクはハンカチを届けることにした。
ハンカチには名前が書いてあった。神月かりん、と。女性というのは本当のようだ。
ボクはトイレを済まし、朝日奈さんに『下手したら戻って来れないかも……、葉隠君的な意味で』と報告して、
了承を貰ってから、ボクは店内の奥の席に向かう。
そこには、金髪を縦ロールに巻き、青色のリボンを着けた、目つきの鋭い女性が居た。
その後ろには体格が良くて、プロレスラーのような筋肉を纏った男性が立って居る。


「…………」


……堅気じゃない。本物だ。
なんか『ゴゴゴゴゴゴッ』って文字が空中に見える。
しかし、未だ緊張を悟られてはいけない。
ただハンカチを渡すだけだ。
長年勤めたウェイターが、パンのお代わりを尋ねるくらい自然に声をかけ、
超高校級の料理人が豆腐を扱うかのように優雅かつ慎重にハンカチーフを渡し、
スピードワゴンのようにクールに去る……。
これしかないっ!


「すいません、ボクは葉隠康比呂の友人の苗木っていいます。
実は先ほど彼からハンカチーフを預かりまして……、これはあなたの物でよろしいですか?」


ボクなりに丁寧な態度と言葉遣いで話しかける。
女性はボクの言葉に少しだけ反応し、ボクを鋭い視線のまま見つめた後、
後ろの男性に一言告げる。


「……柴崎」

「はい」

「捕らえなさい」

「了解致しました」


逃げた。ボクが。
それからカンフー映画のような逃走劇の末、葉隠君を発見。
生贄に捧げようとするも拒否され、冒頭に至るのだった。
……やっぱり葉隠君に付き合うと碌なことにならないよ。
















******************************






















「はぁ……、はぁ……、っ…、はぁ……」

「苗木っち……これから……どうするべ?」

「葉隠君を置いて逃げる」

「それだけは勘弁して」


ぶつかる寸前になんとか路地に滑り込んだボクと葉隠君。
なんとか難は逃れたが、相手が車から降りてしまえばここに来れるので、事態は何も変わってない。
ボクと葉隠君は疲労困憊だし、彼女は見た感じ戦士だ。
車なんてなくても普通に負けるだろう。
この状況をひっくり返すような指し手は存在するのか?
大神さんは……確かに有効だがボクの現在地が分からない。
助けを求めても、場所の説明をしている間に発見されてしまうだろう。
霧切さんも無理だ。彼女ならボクの拙い説明でも、ボクを見つけてくれるだろうが、
荒事に発展してしまったら、彼女は呼べない。危険だからだ。
発展する前か発展した後なら非常に心強いのだが、今はその時ではない。
こういうときに何故かボクの後ろに立ってたりする妹も、今は海外留学中だ。
つまり、頼れる人は1人しか居ない。
ボクは携帯電話を取り出し、電話帳の中から唯一下の名前だけで登録している人を選び、コールする。
電話はすぐに繋がった。


「……ザナドゥ?」

「ファザナドゥ!」


合言葉に答える。
この変な合言葉の意図はわからないが、これがボクと彼女の間で決められたものだ。


「どうしたの誠くん?
息が異常に荒れている。何かに追われていたと推測。
間違ってる?」

「合ってるよ、だから助けて」

「うん、わかった。
今からあなたを救出しに向かうから、少し待っていて」


電話が切れた。
どうやら彼女はボクのピンチを察知してくれたようだ。
彼女はボクの位置を聞かなかった。つまり既に知っていると思っていいだろう。
神月さんに見つかる前に助けがくるか不安だが……、まあむくろさんなら何とかしてくれるはず。
それに、いくら相手が闘士だとしても、市街地での襲撃及び救出任務ならば、むくろさんのほうが数段優れている。
正面から闘っても勝てない相手とは戦わない。彼女は今回もそれを遂行してくれるはずだ。
しかし……、自分の身の安全が確約された今なら、葉隠君を一緒に助けてあげてもいい気がしてきた。
彼が追われているのは自業自得だが、それでもこのまま置いていくのは可哀想だ。
彼には後日反省して、金髪の彼女に謝ってもらうとして、今はむくろさんに、ボクと一緒に助けてもらおう。
そうと決まればむくろさんにぃぃぃぃいぃいぃぃいぃ!!??


「う、うわーーーーーーーーーー!?」

「な、苗木っちーーーーー!?」


逃げるだべかー!?――なんて葉隠君が叫んでいる。
……ボクの遥か下で、だ。
そう、ボクは謎の装置でビルの上から引き上げられていた。
ボクが電話してから1分も経ってないのに……、いったいどうやって?
ボクは高鳴る心臓を押さえつけようと、必死に現状を確認した。
……が、駄目だ。考えがまとまらない。だって未だボク空中だし。普通に怖いよ。
前もって知っていて、それを信頼出来るなら何事にも動揺しない自信がある。十神君の時はそうだった。
しかし、急な事態には無理だ。みっともなく動揺してしまっている。
ああ、もう取り敢えず早く引き上げて! 下手なジェットコースターより怖いよ!


「救出完了。脱出を推奨する。
安心して。ヘリはないけど隣のビルの下に車を用意してある。
敵は葉隠くんに気づいた為こちらが気取られる可能性は極めて低い」

「……取り敢えずありがとう、むくろさん」

「どういたしまして」


屋上まで着くとむくろさんがボクを待ち構えていた。
まずお礼を言って、自分の体を確かめる。
ボクの体は、バンジージャンプをするときのように、紐で固定されていた。
……い、いつのまにこんな紐を全身に巻かれたんだ? 謎である。
しかし、むくろさんの謎の技術は問題ではない。
問題は、ボクの遥か下方で逃走を再開した葉隠君だ。
自分だけ安全に逃げて、なんだか悪いことをした気分だ。
ボクはちらりとむくろさんを見る。


「ねえ、葉隠君だけど……」


助けられないかなぁ、なんて言おうとしたのだが、その言葉は遮られてしまった。
言葉を言い終わる前に、反論されてしまったからだ。


「彼を助けるのは得策ではない。
彼をこちらに引き寄せると、敵もこちらに照準をあわせる。
逃げ切る自信はあるが、怪我人を出さない自信はない。
よって、誠くんだけを助けるのが最善だと判断した。
……それに」

「それに?」


珍しくむくろさんが言いよどむ。
そして、ボクから目を逸らし、ビル屋上の出口に向かいながら、言う。


「誠くんを危険な目に遭わちゃ、駄目。
私が許さない」

「……えっと」


この場合は喜べばいいんだよね?
いつもは頼もしいと思う彼女が、急に可愛く見えてきた。
うん、葉隠君なら大丈夫。
むくろさんだってクラスメートを見殺しにするようなことはしないだろう。
葉隠君のオーパーツコレクション(謎)を売り払って解決となるはずだ。
ボクは少しだけ悪いなと思いながらもそのまま帰るのだった。
……まあ葉隠君だから良いよね。

















**********************************


















「……付き合うことにしたぁ?」


あの騒動から1日。ボクは教室で五体満足の葉隠君と再会し、その後の顛末について聞いたのだ。
あの後なにか危ない目にあったなら謝罪しないといけないなぁ、なんて思っていたのだが……。


「そうだべ! 俺は真実をみつけたんだ!
それは愛! 世界の一なる元素! オーパーツは重要な過去の文明の遺産だべが……、それは愛に勝るものではないべ!」


なんというか、すべてを悟ったと言わんばかりの葉隠君。
自慢のオーパーツコレクションすら売ってしまったらしい。
何が彼をそこまで変えたのだろうか?
ボクはちらりとむくろさんを見る。
首を横に振った。
洗脳などではないらしい。
次に霧切さんを見る。
首を横に振った。
どうやら葉隠君は本気で言っているようだ。
じゃあ、えっと……どういうことなの?


「へ、へえ……、
もしかして、相手って……神月さん?」

「当たり前だべ!」


当たり前らしかった。
一体何があったんだ? あの後何が……?
神月さんが謎の結社に誘拐されてそれを葉隠君が助けたとか?
……あ、それだと十神君とボクが相思相愛になっちゃうよ。
いやいやいや、性別違うし。ボク動揺しすぎ。


「俺は神月っち……いや、かりんの為に真面目に働くって決めたんだべ!
占いで培ったインスピレーションを活かすんだべ!
俺とかりんの将来は安泰だべ! 俺の占いは3割当たる!!」

「7割安泰じゃないんだ……」

「揚足を取るなんて最低だべ!」


それからも葉隠君は愛の素晴らしさについて語りだした。
ボクは最初の罪悪感も忘れ、彼の話しを聞かず、その場を去った。
……なんというか、葉隠君を理解するのは諦めた方がいい気がする。
そんなことを感じた1日だった。













[25025] 霧切響子
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/19 23:59
霧切響子編
















ボクは何の変哲もない高校生だ。
……なんて文で始まれば一昔前のラノベみたいだが、先ほどの文には1つだけ誤りがある。
ボクは通う高校を除けば、何の変哲もない一高校生なのだ、が正解。
そして普通のボクが、特別な学校に行って、特別な友人を得て、普通じゃなくなっていく。
そんな感覚を最近はひしひしと感じている。
今回もそうだ。別にボク自身が何か変わったと云う訳ではないが、今居る場所はボクにそぐわぬ場所だろう。
居る理由も含めて、だ。


「本日は当ホテルに来館いただき、まことにありがとうございます」


ボクの居る部屋の前の方、ステージの上で、タキシードを着た壮年の男性が挨拶を始める。
ボクはそれをチラリと見て、そのまま部屋の隅々に目を走らせる。
上、シャンデリア。右、グランドピアノ。左、立食パーティー料理。下、真っ赤な絨毯。
そして、ボクは低身長で童顔なのにタキシードという拷問。
ボクの隣には、白いドレスに紺色のカーディガンっぽいものを羽織った霧切さん。
最後に、ここに居る理由、潜入捜査。
……もうボク普通の高校生じゃなくね?
完全にワトスン君ポジだよ。名探偵の助手だよ。


「ねえ霧切さん、今回のターゲットは……、あいてっ!」


頭を叩かれた。
なんで? ボク何かした?


「駄目よ誠君。
今は夫婦として来ているのだから、苗字で呼ぶのはよくないわ。
下の名前で呼びなさい」


命令形だった。
言ってることの道理は通っているが、名前呼びは慣れてないんだよなぁ……。
今霧切さんが言ったとおり、ボク達は若い富豪の夫婦として、このパーティーに出席している。
かなり無理があると言ったんだけど、結局連れて来られてしまったのだ。
と、そんな感じで現状を軽く説明して、霧切さんの要求に答える。
……あっ、違った。響子さん、だった。
地の文の時も気をつけないとボロが出ちゃう。


「……えっと、響子…さん?」

「…夫婦なのにさん付けって怪しくないのかしら?」

「ほら、新婚だから未だ呼びなれてないって設定だよ。
ボク達は見た目が若いからそのほうが自然だと思うよ。
それにきりぎ……響子さんだって君付けじゃないか」


ボクの言葉を聞いて、考えるような仕草をするきり…、響子さん。
ボクは女の子を呼び捨てにしたことなんてないのだ。
だから急にそれに慣れろと言われても無理。
妥協してもらえるといいけど……。


「……そうね、それも道理だわ」


……よかった。
霧切さん…、じゃなくて、響子さんも納得してくれたみたいだ。
……でも何でだろう?
彼女の浮かべる笑顔が、ボクをからかう時のソレなのは……。


「でも新婚なら、もう少しくっついて歩くべきかもしれないわね。
せっかくだし、腕を組んでしまいましょう」

「き、響子さん!?」


響子さんがボクの腕を掴み、引き寄せる。
謎の柔らかな感触と共に彼女の体温を感じる。
心臓が爆音を奏で、血液が全身を駆け巡り、ボクの体温を上昇させる。
その副作用でボクの顔面は赤く染まり、汗が滲んでくる。
……つうか動揺してる。
霧切さんがこんなに近くに、というか密着してるし、なにか柔らかいものを感じるし、しかも彼女も顔赤いし……、
あっ、響子さんだった。


「私たちは夫婦だもの。
これくらい普通よね、誠君?」

「そ、そうなの……かな?」


やばい、すっごいドキドキしてる。
ボクが余りに緊張するから、響子さんが落ち着いてきちゃって……、
今はなんか意地悪な目をしている。
またボクをからかう気だ。


「しかしこうすると私が大女みたいだわ……、
誠君、身長を伸ばしなさい。男の子でしょ?」

「関係ないよ! 無理だよ! 手は尽くしたけど駄目だったんだよ!」


ただでさえ、ボクより大きいのにハイヒールまで履いている彼女の身長は、ボクのそれを大きく上回っていた。
彼女は一般的に言うと大女と言うほどではなく、スタイルの良い女性、と呼ばれて然るべき人である。
一方ボクは、日本人の平均より少々より少し下回っていると感じられてしまう可能性がある程度に小さかった。
端的に言うとチビだ。寸足らずなのだ。
ボクはコンプレックスに大ダメージを受けた。この傷はしばらく収まることを知らない。


「私の身長は167cmだから……、苗木君は1hydeくらいかしら?」

「それよりは大きいよ! 馬鹿にしないでよ!」


4cmだけども!
その程度だと笑う奴は恵まれた奴だ!
身長乞食の苦しみなんてわかってたまるか!


「……でも身長の小さな誠君でも、心の器が大きいことは知ってるわ」

「き、響子さん……」


ボクを励ますように笑顔を向けてくれる響子さん。
くっついている体から伝わる体温がボクの心を暖める。
身長がどうした。そのコンプレックスは二年前に既に通過している。


「女の子を6人も囲えるなんて、よっぽど器が大きいのね。感心してしまうわ」

「人聞きが悪すぎるっ!」


仮にも夫婦という設定なのに何を言ってるの!?
響子さんはボクの腕を引き歩き始める。
……他人に聞かれたくない話?
でも響子さんの表情は意地悪なままだ。


「舞園さんとクリスマスイヴにデートをして、セレスさんと2人で旅行に行って、朝日奈さんと週一ペースでミスドに行って、
妹ちゃんと遊園地に遊びに行って、戦刃さんと学園ラブコメをして、私と夫婦になったんだものね。
旦那がモテると辛いわ」


クスクスと笑いながら話し続ける響子さん。
……それはひょっとして怒っているのか?
というか結婚してないしね。夫婦のフリだからね。
………あ、だから怒ってるのか。
最近響子さんとは余り会っていなかった。
どうやら、それで少し拗ねているらしい。
食事には誘ったんだけど……それだけじゃ足りないようだ。
うーん……、どうやって機嫌を取るべきか……。
なんて考え事をしながら歩いていたら、急に何かがぶつかってきた。


「きゃっ!」

「おっと……、大丈夫ですか?」


ぶつかったのは使用人の女性だった。
とっさに彼女の体を抱きとめる。
そのおりにおぼんが地面に落ちたが、配膳を終えた後らしく、被害はなかった。


「も、申し訳ありません!
ありがとうございます、もう大丈夫です!」


そういって彼女はボクから離れ、体勢を立て直す。
……またボクより大きい。普通こういった役って背の高いお兄さんがやるんじゃないの?
自分より背の高い女性を支えれたことを誇ればいいのか、成長しない自分に凹めばいいのか……。


「これ、落としたわよ。
ごめんなさいね、次からは気をつけて歩くわ。
そうでしょ、誠君? まさかこの子が7人目とは言わないわよね?」

「前提が間違ってるよ!」

「は、はい! ありがとうございました!
それでは失礼致します!」


響子さんがおぼんを拾い、彼女に渡す。
一体ボクをどうしたいんだ? そんなに女ったらしにしたいのか?
使用人の彼女はボク達に謝罪をして、足早にその場を去る。
響子さんはそれを目で追った後、再びボクの腕を取って歩き出す。
方向はステージ右の扉。
ボク達の最初の目的はそこに潜入することだ。


「さて、そろそろ始まるわよ。
誠君、覚悟はいい?」

「それはとっくに出来てるよ。
響子さんがボクをからかうから、つい動揺して……」

「あら、ひどいわね。
私は本当のことしか言った覚えはないわよ?」

「………そーですね」


もういいや。
ボクは響子さと一緒にステージ横の赤い扉を開ける。
さっきまで前で説明していた壮年の男の言うことを信じるならば、その先にはボク達を迎える最高の余興があるはずだ。
もっとも、潜入している時点で、ソレが何かは知っているけど。


「……うるさいわね」

「こんなものでしょ? カジノなんてさ」


そう、そこにあったのはカジノ。
無論ここは日本なので、違法である。
しかし、日本の資産家や成金たちがここで散財し、ホテルを通して経済を潤していると考えれば、なるほどそんなに悪い場所ではない。
比較的成金が少なく、要人の多いこのホテルでのカジノは、警察も黙認している。いや、していた。
手を出すべきでない相手というものが存在するこの世界で、要人の集まるカジノを検挙しても旨みが少ない……、
どころか反撃を喰らう可能性の大きい。
それよりは小さな違反切符を稼いだほうがよっぽど効率的なのだ。
では何故響子さんがここを調査しているのか?
それは至極簡単。ここに居る要人達を潰したい、別の権力者から依頼されたからだ。
世の中、財布が潤えば潤おうほど敵が多くなるのだ。
今回の調査結果をどう扱うのかはボクは知らない。
別に違法というだけで、ボクはカジノという存在に怨みなんてないので、結果はどうでもいいのだ。
セレスさんはギャンブルで生きているしね。人の楽しみや生甲斐を否定するつもりはない。
だけど、違法行為を調べ報告する、というものが正しいことだというのもわかる。
なので、取り敢えずカジノの実態とその証拠を調べ報告する。
それをどう使うかは自由。警察機関へ提出するなり、相手を脅すなり好きにすればいい。
ここに居る人は違法だと認識して、ここに居るのだ。騙されたわけではない。
違反を犯すということは、それによる刑罰を受ける覚悟があるのだとボクは認識する。
よってボクは、こうして響子さんに協力しているのだ。


「さて、それじゃあどれから始めようかしら?
スロット? ルーレット? ブラックジャック?
それ以外のゲームは詳しくないから、やるなら誠君がプレイヤーをやってちょうだいね。」

「ルーレットにしよう。
あれはわかりやすい確率ゲームだからボク達の目的も果たせるはずだ」

「そうね、それがいいと思うわ。
それじゃあ2人で考えながら色と数字を選びましょう。
……ふふ、初めての共同作業ね」


ボク達はルーレットのある場所に向かう。
ここで言う目的とは、勝つことではない。
勝ちたいのだったらボクではなく、セレスさんを連れてくるべきだ。
……まあそれをすると出禁を喰らうだろうから本末転倒だけど。
ここでいう目的とは、多くのお金を使うことだ。
勝っても負けてもいい。
このカジノのオーナーに上客だと思われることが大切なのだ。
それにより、ボクと響子さんが注目を集める。
そして、ボク等は接触対象の要人に興味を持たれ、接触する。
そこで証拠を手にいれるのだ。


「さて……、初手はどうしようかしら?
誠君は黒と赤どちらが好き?」

「響子さんはどっちが好きなの?」

「黒かしら。
……というより、赤があまり好きではないわ。
血を連想してしまうもの」

「なら初手は黒にしよう。
最初だし、チップは少なめで」


そんな感じでゲームを開始した。
響子さんとの遠出は、比較的殺伐とした任務が多いのでこういったゲームは新鮮だった。
その後も、2時間ほどああでもないこうでもないと確率について語りながらゲームを続けるのだった。






















*********************************




























「いやー、当初の計画通り任務達成なんて初めてだよ。
何事もなく終わってよかったよかった」


今は帰りの車の中。
今回はなんの問題もなく当初どおりデータを手に入れて、バレずに脱出という快挙を成し遂げたのだ。
危ないことが起きなくて本当によかった。


「苗木君がギャンブルに慣れていて良かったわ。
セレスさんのおかげね」

「いや、ボクがぶつかった使用人から霧切さんが鍵を掏ってなかったらカジノの証拠は取れなかったよ。
写真を撮るわけにもいかないしね」

「霧切さん? 今ここには霧切は2人居るわ。
お父さんのことかしら?
お父さん、苗木君が呼んでるわよ」

「響子さんでしたっ!」


自分はいつも通りに呼び方を戻したのに……、どれだけボクを弄れば気が済むんだ?
別に学園長と対面で話すのが気まずいわけではないが、霧切さんを交えると2人でボクをからかうのだ。
未来の息子とか呼ばれても恥ずかしいだけである。


「鍵を掏る為に苗木くんを使用人にぶつからせたのだもの。
あの使用人が地位が高いことは気づいていたし、当然の結果よ」


霧切さんがボクの質問に答えてくれた。
彼女は使用人から掏った鍵を使い、ボクが大勝負を演出している間に退室し、
カジノの売上データと要人の顧客データを入手していたのだ。
ちなみにパスワードは不二咲君のアルターエゴに頼んだ。
可愛らしくて、頼りになる大切な仲間だ。
もちろん他にもガードや係りの人間が部屋にいただろうが、まあどうにかしたのだろう。
明確な作戦を立てた霧切さんを遮ることは不可能に近い。
無事にデータを手に入れ、無傷で帰ってきたのが、その証拠である。
しかし、どうしてあの使用人が重要な人物だってわかったんだ?
あの慌てっぷりは新米っぽくて、とてもじゃないが地位が高い人には見えなかったのだが……。


「どうしてそんなことがわかるの?」

「あの場に居たということと、
扉近くの配膳をしていたということよ。
つまりカジノに入れるVIPの対応係り。地位が低い訳ないわ」

「……結構適当だね」


行き当たりばったりだった。
そんな、もう使うことのない掏りスキルを何回披露するつもりだったのか……。
きっと、そのたびボクは使用人にぶつけられたのだろう。
怪しいことこのうえない。一回目で手に入ってよかった。


「それはそうよ。
間違ってたなら別の使用人から掏ればいいのだもの。
必要ない鍵はその辺に放っておけば、落としたと勘違いするでしょうしね」

「……あはは、そうだね」


誤魔化し方も乱暴だった。
相変わらず霧切さんの行動力は、本当に物凄い。
やると決めたら絶対にやる人なのだ。


「いや、でもルーレットは本当に面白かったね」

「そうね。
苗木君にあんな度胸があるとは思わなかったわ」

「いや……、まあボクのお金じゃないしね」


大勝負の演出も兼ねて、それなりに頑張ったのだ。
ただの確率ゲームで盛り上げるにはこっちが真剣になるしかない。
と言っても別に無理矢理テンション上げたとかじゃないけどね。
霧切さんと2人で議論するのは凄く楽しかったし。


「そういう割り切り方はしてなかったでしょ?
表情を見てればわかったわ。真剣に勝負を楽しんでいたもの」


バレてた。別にいいけど。
ボクは曖昧に笑うことでそれの返答をした。
すると、学園長が急に会話に入ってきた。
いつもは良く喋る人なので、一人だけ黙っているのに堪えれなかったのだろう。


「思わずグッと来るほどかい?」

「ふふ……、そうね。
惚れ直しちゃったわ」

「だそうだ。
これで未来も安泰だな息子よ」


また息子って言われた。
からかわれてるだけってわかるんだけど、どうにも恥ずかしい。
ボクはいつも通りスルーしようとした。
でも、今日は夫婦の振りをしていただけに、いつも以上に意識してしまい、反論っぽいことをしてしまう。


「夫の役はもう終わってるんですけど……」

「ひどいわっ!
共同作業もしたのに……もうお仕舞だなんて言葉で私を捨てるなんて……。
所詮私は遊ばれていただけなのね……。飽きたから捨てられるんだわ……」

「え? ちょっ…」


あ、あれ?
霧切さんが凄く悲しそうな顔をしてるよ?
演技だとわかっていても動揺する。
次の言葉が出ない。


「泣くのはやめなさい響子。
今夜は飲もう。犬に噛まれたと思って忘れるんだ」

「それでも……、それでも私は苗木君のことが忘れられないの!」

「苗木君……、君は酷い男だ。見損なったよ!」

「ひどいのはそっちです」


一回反論しただけでこれだ。
彼らはボクをからかう時だけ、長年会っていなかったとは思えないようなコンビネーションを発揮する。
家に帰る前に、帰りの車で疲労困憊だ。


「苗木君で遊ぶのは楽しいわね。
この役だけは他の人に譲れないわ」

「……霧切さん、なんだか機嫌がいいね」

なんというか、輝いてる。
ひょっとして職業探偵で副業がボクを弄ること、だったりはしないよね?
それくらい満面の笑みを浮かべているのだ。


「あら、お父さん機嫌が良かったの?
それは気づかなかったわ」

「きょーこさんです!」


まだ引っ張るのそれ!?
もう響子さんって呼んだほうが良いかもしれない。
この先苗字で呼んだら、なにかと弄られそうだ。


「それでいいわ。
確かに仕事は終わったけれど、夫婦役が終わったわけではないもの」

「……え? それってどういう……」


急に発せられた言葉に、ボクは酷く動揺した。
潜入捜査は終わっても、夫婦の振りは終わってなくて……。
それが未だ続いているということが意味するのは……、えっと……。
いや、でもそんな訳……。
動揺して考えこんでしまうボクに、霧切さんがいつものように助言をだす。
彼女はいつも、ボクに1から9までの情報を与え、あえて10をボクに言わせるのだ。
今回もそれは同じだった。


「さあ? どうかしらね。
良ければ推理してみてちょうだい。
答えは……そうね、18歳になった時でいいわ」

「18歳って……いやでも、それは……」


未だに悩むボクを見てクスリと笑った後、
響子さんは悩むボクの顔を覗き込み、いつもの不敵な笑顔で、言うのだった。


「ねえ、苗木君?
ここまで言えば……わかるわよね?」


























蛇足↓














4 :キリギリchop :2010/12/01(水) 23:27:04 ID:tnZBfFAWQ
  どうすれば気になる彼に名前で呼んでもらえるのかしら?

6 :八百万-7,999,990の神:2010/12/01(水) 23:35:23 ID:Wf769nq3
  結婚すればよくね?

7 :キリギリchop :2010/12/01(水) 23:36:13 ID:tnZBfFAWQ
  そ れ だ ! !


そんなお話。……多分。   



[25025] 外伝 以前書いたナエギリSS
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/20 22:57
これは以前2chで書いたナエギリSSです。
本編とは一切関係ありません。
暇潰し程度にお読み下さい。









『デートの行方』









僕は霧切さんとの待ち合わせ場所に向かって歩いている。
待ち合わせ場所までの距離は、徒歩で数分。
時間は30分ほど余裕がある。
それまでに、僕は歩きながら今日2人で待ち合わせるに至った過程を思い返していた。

「…え? よく聞こえなかったわ。
もう一度言って貰える?」

「ご、ごめん……。
霧切さんは明日の土曜日暇かな、なんて思ってさ…」

「……」

現在僕と霧切さんは2人しかいない教室に居る。
別に甘い何かがあったわけではなく、2人揃って日直だったのだ。
そこで、僕は以前から霧切さんと行きたい…、いや霧切さんと行かないと駄目な所があったので、
良い機会だと思い、思い切って誘おうと思ったのだ。

「えーと、返事が欲しいなぁ…なんて……」

「別に予定はないけれど…苗木君からそういうことを言ってくるなんて意外ね」

「え? そ、そうかなぁ?」

「そうよ、意外だわ。
でも、たまにはこういうのも良いかもしれないわね…、
いつもは苗木君に助手として助けて貰ってるし、仕事関係なしにあなたと居るのも悪くないわ」

そう、僕はいつも霧切さんの探偵業の助手をしているのだ。
と、言っても学校内での小さな事件を、学園長からの依頼で調べるだけなので、
大きな事件を扱うわけではないが…(それでも一般人の僕からしたらすべてが超高校級であるのだ

が…)。

「よかった…、それじゃあ待ち合わせは○○駅の東口に13時で大丈夫かな?」

「ええ、構わないわ。
それじゃあ日直の仕事も終わったから私は帰るわね」

「うん、また明日!」

「…ふふ、楽しみにしてるわ」

最後は珍しく笑顔で挨拶をして帰っていった霧切さん。
普段は無表情の彼女の笑顔は大変貴重なのだ。僕もなんだか嬉しくなったものだ。
そして、そんな霧切さんとの待ち合わせ場所も目の前である。

「って、あれ? き、霧切さん!?」

「こんにちは苗木君。思ったより早いのね」

「いや、僕より霧切さんの方が早いじゃないか!
あれ、もしかして僕遅刻しちゃった?」

僕は慌てて時計を確認する。現在時刻は12時35分。
遅刻ではないようだ。思わず緊張してた体から力が抜ける。

「早かったって言ったじゃない。
早とちりは良くないわよ苗木君」

「う、うん。それより霧切さんいつから待ってたの?」

「12時くらいかしら?
あらゆる場合を想定して早く出たけれど、少し早すぎたみたいね」

「(30分も待たせちゃったのか…)待たせてごめんね、次からは僕ももっと早めに来るよ」

「気にしないでいいわよ、私が勝手にやったことだから。
それよりそろそろ移動しない?いつまでもここで話すのは少し疲れるわ」

「そうだね、それじゃあついて来てもらっても良いかな?」

「あら、苗木君がエスコートしてくれるなんて…、
さっきの”次から”発言の時も思ったけど苗木君って意外とこういうの慣れてるかしら?」

「別にそうでもないよ。
前に女の子と出かけたのなんて一ヶ月前に舞園さんの買い物に付き合ったきりだし…」

「……苗木君は本当に馬鹿正直ね。
流石の私も今のはどうかと思うわよ?」

「え?」

「なんでもないわ、なんでも。
それより、何処へ連れて行ってくれるのかしら?」

「うん、霧切さんどうしても行きたいというか、行かなきゃいけないところがあって…」

「そういう台詞で今まで数多くの女の子を墜としてきたのね…、
私もその中の1人なんて…、ひどいわ苗木君…」

「え?ちょっ!違うよ、霧切さん!
僕は別にそんなつもりは……、というか今の台詞のどこにそんな……」

「……冗談よ」

「大体今日だって……、えっ?」

「さっきの苗木君の目線と足の向きから推測すると向かう場所は南の方かしら?」

言いながら僕の行こうとしていた方向に足を進める霧切さん。
あれ?もしかして僕からかわれてた?

「ちょっと待ってよ霧切さん!」

「早くしないと置いていくわよ、苗木君」

振り返りながらそう言った彼女は、とても珍しくて、そして僕の好きな笑顔の霧切さんだった。


蛇足
知り合いの女の子の頼みごとの為に呼んだのだと知った霧切さんが途轍もなく拗ねてしまった。
さっき見つけたネックレスをプレゼントして機嫌をとろう。
霧切さんに似合うと思ったし。













『大切な物』(上の続き)





「苗木君、今すぐ服を脱ぎなさい」

「……は?」

ここは希望ケ峰学園探偵同好会室。
メンバーはボクと霧切さんだけの小さいと言うのもおこがましいほどの同好会だ。
ある程度実績がある為、部屋を与えてもらっている。
無論その実績の9割以上は目の前の彼女の功績だ。
そんな超高校級の探偵の彼女は、今ボクを指刺しながら理解不能な言葉を吐き出した。

「えっと…よく聞こえなかったんだけど……、もう一回言ってもらえるかな?」

多分聞き間違いだろう。
霧切さんは表情を表に出さないクールな女性だ。
2人だけの部屋でそんな服を脱げとかそんなことを言う人じゃ…

「服を脱ぎなさい、そう言ったのよ」

言う人だった。
いやいやいやいや、あれだ、理由とかあるんだきっと。
霧切さんと2人で今まで居たけどそんなアレはなかったし、
それに霧切さんはボクなんかと釣り合わないくらい綺麗だし、
そもそもボクより身長大きいし。

「何をブツブツ言ってるかは知らないけれど、勝手に脱がさせて貰ったわよ」

「…いやでも………え?」

「……あの香りはしないわね。
ありがとう、返すわ」

そういって学生服の上着を返してくる霧切さん。
い、いつのまに取られてたんだ……というか気づけよボク!

「え、えっと…結局なんだったのかな?」

「盗難が発生したわ。
苗木君には調査を手伝ってもらいたいのだけれど……、
でもその前に、念のため直接調べようかしら…」

そう言って霧切さんはボクの目の前に顔を近づけてくる。
…って、ええっ!?

「ちょっまっ!霧切さん!?」

ボクの声が裏返る。
おもわずギュッと目を瞑ってしまう。
しかし、どれだけ立っていても期待した(?)何かは来なかった。
少しだけ目を開けると、ボクの首に顔を寄せている霧切さんが目に入ってきた。
間近に雪のように白い肌が見える。
自然とボクの顔はりんごのように赤くなる。

「き、霧切さん?
何をしてるの…かな?」

「……」

霧切さんは無言でボクから顔を遠ざけ、次にボクの手首を掴み、
それを顔に寄せる。

「……あのー」

「…やっぱり苗木君が犯人ではないようね」

霧切さんが僕の手を離してそう言う。
えっと…、駄目だ。冷静になれない…。

「…犯人?」

「ええ、今回の盗難の犯人からは特殊な香水の香りがするはずよ。
現場が現場だから念入りに調べたけど、やっぱり苗木君は犯人ではないようね」

「えっと…」

整理すると、盗難事件がおきて、起きた場所がボクに関係あるところで、
犯人は特殊な香水をつけていて、今から捜査をするってことでいいのかな?

「大体あってるわ。
それじゃあ操作を始めるわよ、ついてきて」

「…え?何でボクぼ考えてることが…」

「…エスパーだから」

「いや、それは舞園さんの芸風…」

「早くしなさい、置いていくわよ」

…あ、少し恥ずかしかったのか顔が赤い。珍しい表情の霧切さんだ。
…ってそうじゃないだろボク!

「ちょ、ちょっと待ってよ霧切さん!
現場って何処なの?ボクに関係のあるところって…」

ボクの言葉を聞いて、霧切さんが振り返り、
ボクを…、いや、ボクの後ろを指差す。

「この部屋よ」

「え?」

「鍵は私と苗木君しか持ってないわ。
だから苗木君を疑ってしまったのだけど……、
そもそも苗木君が犯人のはずがないのに…、
私としたことが…、焦っているようね。らしくないわ」

「待って、とりあえず詳しい話を聞かせてよ」

「……そうね。
まず、犯行の内容は窃盗が一件。
現場はここ、探偵同好会室。
犯行は昨日の夜19時から朝6時にかけて、
現場には嗅いだことのない香がかすかに残っていたわ。
盗まれたのは……、小物よ」

「…小物?」

霧切さんが最後だけ言葉を濁した。
ボクからも目線を逸らしてるし、気持ち顔が青い気もする。

「そうよ。
それじゃあ探しに行くわよ。
どうやって部屋に入ったかは知らないけど、香を頼りに虱潰しに探せばきっと…」

「…」

…おかしいぞ?
見たところ窓や扉もこじ開けられたような様子はないし、
金目のものがなくなったりしてもいない。
つまり、この場合犯人といえる人はあの人しか居ないのに……、
霧切さんがそれに気づかないなんて、よっぽど大切なものなのかな…。

「…霧切さん」

「まずはうちのクラスね。
特に怪しい人は居ないけど、まずは身近から…」

「霧切さん!」

「…え!? ちょっと、苗木君!?」

ボクは強引に霧切さんの手を掴んで、目的の場所へと足を走らせた。
霧切さんほどの人が冷静になれないなんてよっぽど大切なものなんだろう。

「犯人というか、とりあえず心当たりのある人がいるから、
そこまで行こう!」

「……わかったわ」

彼女は少し驚いた顔をしながらも頷いてくれた。
ここからそんなに遠くはない。すぐに着くだろう。
何気に初めて彼女の手を握ったのだが、その感触を楽しむ前に目的地に着いた。

「……ここは」

「…失礼します」

ボクはノックをして、返事を確認してから部屋に入った。
同時に爽やかな臭いが空間を満たしているのを感じる。
霧切さんの表情が変わったところを見ると、
どうやらこの臭いが例の香だろうと推測できる。

「誰かと思えば苗木君に…響子じゃないか。
…随分仲が良いんだね」

「……お父さん」

「学園長、1つ尋ねたいんですが…」

「構わないよ、そこに座りなさい。
お茶を出すから少し待っててくれ」

「いえ、すぐ済む用事なので…、
あの、昨日ボク達の同好会室に入りませんでしたか?」

「…ん?
ああ、そうだった。今日授業の時に渡そうと思っていたんだ」

そういって学園長は机の中からネックレスを取り出した。

「…っ! それは!」

「中から音がしたから確認に入ったんだけど、
これが床に落ちててね、念のため預かっておいて後で渡そうと思ってたんだ。
超高校級の鍵師とかも居るしね」

はははっ、と爽やかに笑う学園長。
というか、もしかしてあのネックレス……。

「マスターキー……そんな初歩的なことを忘れるなんて……」

「その反応を見ると響子の物らしいな。
次からは貴重品を教室に置いてかないように気をつけるんだぞ」

「……はい」

「ありがとうございました!」

ボクと霧切さんは学園長に礼を言って部屋を出た。
それにしても……、

「なくなったのってそのネックレスだったんだね。
その…、大切にしてもらってるみたいで凄くうれしいよ」

霧切さんがあんなに焦ってたのは初めて見た。
それだけ大切にしてくれているようだ。デザインが気に入ったのだろうか?
なにはともわれ、あげた側としては嬉しい限りである。

「……疑ってごめんなさい。
それとありがとう、苗木君。
今日はもう帰るわ、騒がせてしまってごめんなさい」

「え、ちょっと…」

早口でそう言って、足早に帰っていってしまった。
最近は霧切さんの笑顔をみる機会も多くなったけれど、
あそこまで照れたような顔は初めてだ。
ボクは、自分の関係しているところで新しい霧切さんが見れることがなんだか嬉しかった。
また1つ霧切さんと仲良くなれたみたいだ。
















『主夫の道』






「じゃあボクは野菜を見てくるね」

「ええ、私はあのあたりに居るわ」

そういって霧切さんは指差した方向に歩いていく。
現在僕たちはスーパーの食品コーナーに居る。つまり、一緒に買物をしているのだ。
と、いっても前もって約束してたとかそういうのではなく、
寮を出るときに偶々霧切さんと鉢合わせて、行き先が一緒だったからせっかくだし、
ということで同行することになったのである。
基本希望ケ峰学園では3食の食事は出るのだが、長期休暇のときは別である。
つまり、今は冬休みなので食事は出ないのだ。
家に帰ることも考えたのだが、妹が高校受験を控えているので、
迷惑をかけないように寮で過ごすことを決めたのだった。
まあ、こんな感じでボクの身の上話は終わりである。

「あ、ズッキーニ……、
今日のパスタに入れよう。
…さて、一通り揃ったかな?」

献立も決まり、野菜も必要な分をそろえたボクは霧切さんを探すことにした。

「確かこのあたりのはず…」

霧切さんが指差したあたりに来て、あたりを見渡してみる。
すると、後ろのほうかかズゴゴゴゴゴと、まるで雪崩のような音が聞こえてきた。
何事かと思い振り返ると、そこにはカゴ一杯のカップラーメンと、
それを掴む黒い手袋が見えた。
ボクは、この手袋の主が霧切さんじゃないと良いなぁ…、なんて思いながら顔を上げた。

「あら、苗木くん。
もう買うものは選び終わったみたいね。
私も今決めたところよ。さあ、お会計に行きましょう」

霧切さんだった。
カゴ一杯に同じカップラーメンをぶち込み、あまつさえ嬉しそうな顔でそれを見ている。
貴重な笑顔をこんなところで使わないでもらいたかった。

「えっと……、霧切さんってカップメンが好きだったんだね。
あはは、知らなかったよ」

ダメだ、自然に笑えない。

「…?
ああ、これのこと?
そういうわけではないのよ」

どうやらカップメン中毒とかではないようだ。少し安心した。

「私料理ができないのよ。
でも外食だと高いし、時間は掛かるしで続ける気にはなれなくて……、
だから一週間分の食事が安く手に入って嬉しかったのよ」

同じカップメンで一週間過ごすつもりらしかった。
流石にそれは不味いと思ったボクは、思わず次の言葉を口走っていた。

「それは健康に悪すぎるよ。
なんだったら昼休み中はボクが食事を作ろうか?」

「…え? いいの……?
迷惑じゃないかしら?」

「そんなことないよ!
霧切さんには世話になりっぱなしだし、
それに体調不良でも起こしちゃったら後悔してもしきれないし」

「そう……、じゃあお願いしようかしら」

そう言って、カゴ一杯のカップメンを売り場に戻す霧切さん。
こんな感じで、ボクは今夜霧切さんの食事の世話を見ることが決定したのだった。



****************



フライパンの上の麺がクリームベースのソースと絡み、良い匂いをあたりにまき散らかす。
ボクはあらかじめ炒めておいた野菜をそれに混ぜ、軽くさえばしでかき混ぜる。

「うん、こんな感じかな」

ボクは2人分の夕食を作り終わり、それを2枚の皿に盛る。

「運ぶのは手伝うわ」

「あ、…うん。ありがとう、霧切さん」

「礼を言うのはこっちのほうよ」

霧切さんと2人で料理を運び、食卓につく。
なんだか家族みたいである。いや、他意はないよ?

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

出来立てのパスタをフォークに絡めて口に運ぶ。
うん、おいしい。
ソースは市販のものだが、野菜が取れる上に簡単なパスタは1人暮らしの友である。
ふと、霧切さんの方を見る。

「……」

フォークを手に固まっている。
既に一度口に運んでいるようなのだ。もしかして口に合わなかった?
カップメン大好き疑惑がボクの脳裏をよぎるが、霧切さんは基本嘘はつかない。
だとすると、どうしたというのだろうか?
先ほどまで特に体調が悪いとか、そんなそぶりはなかったが…。

「あの…霧切さん…?」

「…苗木君」

「あ、うん。
どうしたの?口に合わなかった?」

「私は今始めてあなたを尊敬したわ」

「あ、不味かったわけじゃないんだね」

良かった反面、なんだかとても残念な気分だ。
まあ、超高校級の高校生(つまり普通の高校生)のボクが、
その世界の一流の人たちから尊敬を集めれるはずもないのだけど…。

「でも、霧切さんが料理が苦手なんて意外だなあ、
なんとなく、何でもできるイメージがあったから…」

「苦手じゃないわ、できないのよ。
手のことで避けていたら完全に機会を失ってしまったわ」

「手って…、前話してくれたあれのこと?
部屋の中なら誰も見てないから外せると思うんだけど…」

確かに手袋を着けたまま料理はやりづらそうだけれど、
もしかしたら手袋の下が何か関係しているのだろうか?
あまり詮索したくはないのだが、つい口から言葉が零れ出てしまう。

「理由は色々あるけど半分意地みたいなものよ。気にしなくて良いわ。
それとも苗木君は私の家族にでもなってくれるのかしら?」

あ、ボクをからかう時の霧切さんだ。
つまり、この話題は特別地雷とかではないのだろう。
だったら楽しい会話をするのも悪くないかな。

「ボクは是非とも申し出たいんだけど、学園長が許してくれるかどうか…」

「あら、嬉しいわね。
だったら2人であの悪の根源を倒しましょうか。
苗木君の家族になるのは楽しみだわ、おいしい料理が食べ放題だしね」

「…ボクの価値って料理だけなんだね」

しかも、それも人並みだし。
少し凹んだふりをしてみる。

「そうは言ってないわ。
そうね、例えば……私より身長が低いところとか素敵ね、可愛くて」

「それはありがとう。
ところで出口は後ろだよ」

「…冗談よ」

おかしそうに笑う霧切さん。
めったにこういう会話をする機会がないからとても新鮮だ。
自然とボクも笑いがこみ上げてくる。

「まあ、ボクも冗談なんだけどね」

「ひどいわっ!家族になりたいなんて言葉で騙したのね、信じてたのに…」

「えー……、流石に無理があるよ霧切さん」

今ので騙されると思われてるならちょっとショックだ。
どれだけ馬鹿だと思われてるんだボクは。

「ふふふ…、でも嬉しかったのは本当よ。
久しぶりに楽しい食事ができたわ。ありがとう苗木君」

「どういたしまして」

暖かい空気が流れる。
なんだかとても穏やかな気分だ。

「ご馳走様。洗い物はやっていくわ」

食事を終えて、食器を片付ける霧切さん。
手袋の件もあるし、水仕事を任せるべきじゃないだろう。
ここは止めることにした。

「いいよ、水に浸しておいてくれれば」

「流石にそれは悪いわ。
私としても収まりがつかないし…」

「いいんだって!
大した手間じゃないしさ。
それよりさ、お願いがあるんだけど…」

「…なにかしら?」

いまいち納得のいってない表情で霧切さんが振り返る。

「明日から料理を手伝ってくれるかな?
簡単なことから始めようよ、僕の負担も軽くなるしさ」

多分、こういう言い方をしないと彼女は納得しないだろう。
そして、その後ボクの本心を彼女にぶつける。

「それに…、2人で食事をするのも楽しかったし、
できれば冬休み中は一緒に食卓を囲みたいなあ、なんて」

うーん…、少し恥ずかしい台詞だ。
でも、妹の受験とか言って格好つけてたけど、実際は軽いホームシックなのだ。
霧切さんも、ボクの本心を読み取ったのか、食器を水に浸してこちらに戻ってくる。

「そういうことなら仕方ないわね。
私はおいしい食事にありつけて、料理を覚えれるし、
苗木くんは手間が省けて、楽しい食事ができる、と。
一石二鳥だわ、断る理由がないわね」

「あはは、
うん、そうだね。それじゃあこれからよろしく」

「ええ、よろしく。
……それと、苗木君」

霧切さんが机を挟んで正面に座り、今日見たどんな笑顔とも違う笑みで、
ボクに笑いかけてくる。

「ありがとう」









『探偵の仕事』





「へー、苗木君の妹さんって来年高校生なんですね。
お兄ちゃんとしてはやっぱり心配ですか?」

「うん、やっぱりね。
ボクは受験の段階に入る前にここへの入学が決まっちゃったからアドバイスもあげられないし…、
舞園さんは兄弟とか居ないの?」

「私は1人っ子ですよ。
だから少し兄弟に憧れます」

「いっしょに居るとアレだけど、離れると少し寂しい…かな?
舞園さんも兄弟は無理だけど、そういう家族ならこれからできるんじゃないかな」

「あら、苗木君ったら大胆なんですね。
ちょっとドキッとしてしまいました」

「…え!? ボ、ボクそんな変なこと言ったっけ!?」

「自覚がないなんて天然なんですねー」

今は放課後の教室、ボクは舞園さんと2人で会話をしている。
今日は珍しく舞園さんの予定がないので、こうやってゆっくり話しているのだ。
さっきまでは桑田君と朝日奈さんも居たのだが、用事があるらしく先に帰ってしまった。

「おい、苗木!俺と千尋は先に帰るぞ!教室の鍵閉めとけよ!」

大和田くんがボクに声をかける。
もうこんな時間だったのか…。大和田くんと不二咲さんが帰ったら確かに2人だけだ。

「ごめんね苗木君、霧切さん。
それじゃあ先に帰るね、さよなら!」

「あ、うん。それじゃあね!」

「はい、また明日」

「おう、それじゃあな!」

ボクもそろそろ帰らないと先生に怒られてしまう。
少し勇気を出して、舞園さんに一緒に帰ろうと誘おうとした、その時。

「苗木君居る? ちょっと用が…」

教室のドアを開け、2人しか居ない空間に1人の人間が割り込んできた。
超高校級の探偵、霧切さんだ。
今、ボクに用があるって言ったっけ?

「えっと…霧切さん?」

「…ん、取り込み中みたいね。
ごめんなさい、なんでもないわ」

霧切さんがボクと舞園さんを見ながらそう言って、教室から出て行く。

「……えーと」

「…行かなくて大丈夫なんですか?
用事があるみたいでしたけど…、それとも私と帰ります?」

「うーん…」

霧切さんからボクに声をかけるなんてとても珍しい。
きっと、重要な用事なんだろう。忙しい舞園さんと帰る機会はあまりないのだが、
いつも世話になっている霧切さんのお願いを無視なんてできない。

「なんの用事だか気になるし、霧切さんを追いかけるよ。
ごめんね舞園さん。鍵をお願いしてもいいかな?」

「…はい、構いませんよ。
それではさよなら」

舞園さんが笑顔で別れの挨拶をしてくれる。
面倒を押し付ける形になったのに、舞園さんは本当に優しいなぁ。

「うん、さよなら!」

ボクは教室のドアを開けて、霧切さんを追いかけた。

「ふふふ、少し気に食わないって顔ね。
あ、アイドルなのに女として探偵に負けるなんて、…惨めだわ。
……ああ、またこんなことを言っちゃった!い、苛められる!明日から私の席はないんだわ!」

「腐川さんですか…、
どこから出てきたかは聞きませんが、そんなのじゃありませんよ。
ただ…、少しだけ悔しいなぁ、と思っただけです」

「やめてっ!き、菊の花には重いトラウマが!
筆が進まなくなっちゃうじゃない!」

「聞いてないですね」

…?
何か聞こえてきた気がするけど…、気のせいかな?

**************

「霧切さんっ!」

「…苗木君?
舞園さんはいいの?2人で話すのは久しぶりのはずでしょ?」

「でも、ボクは霧切さんにお世話になりっぱなしだから…、少しでも霧切さんに協力したいんだ。
……迷惑だったかな?」

霧切さんは少し考えこむように俯き、すぐに顔を上げてボクを見る。

「いえ、とてもありがたいわ。
仕事で苗木に手伝ってもらいたいことがあったのよ。
ついてきてもらってもいいかしら?」

「もちろんだよ!」

ボクは霧切さんの言葉に頷いていた。
舞園さんと話すのは楽しいけれど、霧切さんと一緒にいると、とても安心する。
ボクは、何故だかとても居心地のいい霧切さんの後について行くのだった。

*****************

「……………暇だなぁ」

ボクは今喫茶店に居る。ちなみに1人だ。
ボクの目の前には一回しか口をつけてないコーヒーがあるのみである。
そう、霧切さんと一緒に居るはずなのに、ボクは今1人で喫茶店に居る。

「うーん、本当にこんなのでいいのかなぁ……」

そう、ここに居るのは霧切さんの仕事の手伝いの為なのだ。
ボクは、別れる前に霧切さんに言われたことを反芻した。

「囮になって欲しい…かぁ」

霧切さんはとある犯罪集団の取引の証拠を手に入れる仕事を請け負ったらしい。
しかし、依頼した側の不手際で、裏では有名(らしい)な霧切が捜査しているとバレてしまい、
誰か霧切さんの変装をして、別の場所を捜査する人が必要だったようだ。
無論そっちはダミーで、安心している犯罪集団を霧切さんが尾行するという手はずである。
そこで、事件とはまったく関わりなく、(不本意ながら)体格の似ている僕が選ばれたらしい。
と、言ってもこの喫茶店の近くであるポイントに、霧切さんから連絡があったら行くだけの、
簡単なお仕事だ。

「それにしてもカツラを被るだけでバレないものなのかなぁ?」

一応ボクは服を中性っぽいのを着てカツラを被っている。
こんな変装で大丈夫なのか疑問だが、まあ霧切さんが大丈夫というならそうなんだろう。
と、1人思い耽っていると電話の着信音が終わった。

「あ、っと…。
はい、なえ…、霧切です」

うーん…、電話がかかってきた時のシミュレートをしていたのに、このザマである。

「……演技は余り得意ではないようね。
まあ、念のための演技だから構わないけど」

「あはは……」

乾いた笑いが出る。自覚があるので反論できない。

「それじゃあお願いするわ。
あくまでそっちはダミーの取引場だから危険はないと思うけれど、
念のため気を配るのを忘れないようにしなさい」

「うん、そっちも気をつけてね」

ボクは電話を切って、温くなったコーヒーを放置したまま席を立った。
……やっぱり苦いのは苦手だ。

**********************

ボクは問題の場所である公園を覗き込んだ。
子供が遊ぶ為の場所のはずなのに、やけに暗くて周りを見渡せない場所にある。

「…5分くらいしたら帰ろう」

少し怖くなってきたし、
ボクはあくまで囮だからそれくらいで十分だろう。
ボクは辺りを警戒しつつ、公園を横切ろうとした…、その時。

「……っ!」

嫌な予感を感じた。
セレスさんの本名をうっかり呼んでしまった時の、あの感じだ。
ボクは少し前に走り、振り返る。

「…あの、どなたですか?」

ボクの目の前にはスーツ姿の男が居た。
明らかに様子がおかしい。状況が状況だけに、ボクも警戒する。
この人が例の犯罪グループの人…、なのか?
もしボクが物語の主人公とかだったら、大神さんに教わった奥義で応戦とか、
大和田君の喧嘩の付き合いで慣れている、とかの設定で戦闘でも始まるのだろうが、
残念ながらボクは普通すぎる高校生だ。
ボクには逃げ回って霧切さんが襲撃されないようにするくらいしかできることはなかった。

「……っ」

ボクは公園から大通りに向かって走り出す。
日頃朝日奈さんの付き合いなどでよく走るので、体力にはそこそこ自信がある。
後ろから悪態をつく声や、追いかけてくる音が聞こえる。
やはり追跡者らしい。
思ったより霧切さんは危険な橋を渡っているようだ。
彼女の身も心配だが、今はボクも危険だ。
次の曲がり角で大通りへの道に出れる、はずだったのだが…。

「…あ」

出会いがしらに頭に強い衝撃を受けて、ボクはそこで意識を手放した。
…なんかボクこういうパターン多い気がする。

*******************

後頭部に暖かく、柔らかい感触を感じる。
少しずつ意識が覚醒していく。ボクはゆっくりと目を開いた。

「…きり…ぎりさん?」

「目が覚めたのね、おはよう苗木君」

目の前に霧切さんの顔がある。
えっと、状況が良くつかめない。ボクは何してたんだっけ?

「まず最初に謝っておくわ。
危険な目に遭わせてしまってごめんなさい」

…ああ、そうだった。
ボクは霧切さんの仕事を手伝っていて、突然頭を殴られて…。

「…あ!
あの男たちは!?」

「もう検挙されたわ。
小さなグループだし、もう追われることもないと思うわ」

「…そっか」

それはよかった。
…ってあれ?上に霧切さんで頭に柔らかい感触がってことは……、膝枕!?

「うわっ!」

「おっと…、
どうしたの急に?危ないじゃない」

「いや流石にこれは、というかなんで今まで気づかな……、
あれ?」

慌てて起き上がったボクは、頭が急に重くなり体から力が抜ける。
そんな残念なボクを、霧切さんが支えてくれた。

「…急に起き上がるからよ。
これでも苗木君を危険な目に合わせてしまったことを反省しているんだから、
私の膝で大人しくしてなさい」

「ご、ごめん…」

ううん、少し恥ずかしいが、まあなんだ、うれしくもある。
ボクも男だ。霧切さんは綺麗な女の子だし…。

「苗木君の目的も兼ねてるならともかく、
今回は私の手伝いでこんな目に遭わせてしまったのだから…、謝るのはこちらのほうよ」

「ううん、ボクが手伝うって言ったんだから気にしないでよ。
それに霧切さんを手伝うのは当然だよ」

すごくお世話になってるし、それにクラスメートだしね。
特に今回は霧切さんが殴られてた可能性があったのだから、
むしろよかったと言ってもいいかもしれない。

「…苗木君は心配になるほどのお人よしね。
それとも私は今結婚詐欺的なものにでも引っかかっているのかしら?だとしたら危険ね」

「えっと……、何を言ってるかよくわからないけど…、
少し寝てもいいかな?疲れちゃって……」

「ええ、お休みなさい…」

霧切さんの声を聞いて、目を瞑る。
それと同時にボクの意識は落ちた。

*******************

「まったく…苗木君は」

「私だから手伝ってくれるのかしら?」

「……そんなはずないわね」

「苗木君は皆に優しいわ。
誰にでも手を貸すし、それで怪我をしても文句を言わない人」

「それでも……、
いえ、それだからこそ……」

*******************

目が覚めたらそこは自室だった。
唇に何か暖かいものを感じたが、それ以上に倦怠感があった。
重い頭を振って目を覚ますと、隣にメモが置いてあった。
そこにはこう書いてあった。

「医者には見せたわ、問題はないそうよ。
今日はありがとう、お休みなさい。
ps.鍵はポケットから借りたわ……かぁ」

霧切さんがボクのポケットに手を入れて鍵を探したのも重要だが、
それ以上にメモの横に置いてある時計が問題だ。

「8時…半…?」

………いやいやいやいやいや。

「遅刻だよっ!」

ボクは急いで立ち上がり、身だしなみを整えて部屋を出た。
無論遅刻した。

**********************

放課後、ボクは舞園さんと一緒に居た。

「ボクは苦手だなー、あれは少し匂いが……」

「うーん、私は好きなんだけどなー」

今日も珍しく舞園さんが居るので話している。
本当は霧切さんに医療費を払いたかったんだけど、
教室に居ないので今は無理である。
まあ、そんなに急ぐことでもないし、今日は舞園さんと話していよう、と思っていたのだが…。

「苗木君、少し良いかしら?」

「…あっ、霧切さん。
えっと……」

ボクは舞園さんの方を見る。
舞園さんは笑顔で霧切さんを見ている。
目が笑ってない気もするけど、きっと気のせいだ。

「昨日の今日で悪いのだけれど、苗木君の協力が必要なのよ。
それじゃあ舞園さん、ごめんなさい。苗木君を貰っていくわね」

「え、あ、ちょっと!霧切さん!?」

霧切さんがボクの手を掴んで引っ張っていく。
こんなに強引な霧切は初めてだ。

「行くわよ苗木君。
男の子なんだから少しくらい危なくても平気でしょ?」

「危険なの!?
というかまだボク返事してな……って、待ってよ霧切さん!もう少しゆっくり!」

霧切さんに引っ張られて学校を駆け巡る。
霧切さんと仲良くなれた気がしたけど…、これはちょっと予想外だ。
というか転ぶ!転んじゃう!

「…また少し気に食わないって顔ね。
す、素直に認めれば良いのに…、アイドルなのに負けちゃいましたって」

「ふふふ…、そんなんじゃありませんよ腐川さん、
少しじゃありません……凄く気に食わないですっ!」

「…ひっ!
き、急に怒鳴らないでよ。お、驚くじゃない」

「…すごい剣幕だべ。
これは近い将来niceboatエンドだな。
俺の占いは三割当たるっ!」

「ふんっ、下らんな。
痴話喧嘩ならよそでやれ、俺は教室でやることがあるんだ」

「ふふふ…、これは良いネタを仕入れましたぞ!
次の同人に使わせてもらおうじゃないか!
…無論18禁で」

「おいコラ!毎度毎度アグレッシブすぎんだよ!
酔っ払ってんじゃねえだろうな、このブーデー!」

「君達落ち着きたまえ!
ここは教室だぞ!例え授業中でなくとも静かにするんだ!」

教室から賑やかな声が聞こえてくる。
今のボクは無理やり連れてこられたようなものだが、まあそれは……

「遅いわよ苗木君。
ちゃんとついてきなさい」

「う、うん!」

霧切さんのボクに対する遠慮がなくなったので良しとしよう。
それはきっと、とても嬉しいことなのだから。










お疲れ様でした



[25025] 戦刃むくろ
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/26 00:39
戦刃むくろ編



















朝、登校、校門、校庭、校舎。
と、続けば次は下駄箱である。
希望ケ峰学園には寮があり、ボクはそこから通っている為、通学路というものはないが、
それでも校門を潜り、校舎の入り口を跨ぐことには変わりない。
ボクは爽やかな朝の日差しと、少し肌寒い冬の風を感じながら、校舎の入り口を跨いだ。
すると、目の前に下駄箱が現れる。
そこにはボク達生徒の校内用の靴が入っており、クラスごとに分かれているのだ。
希望ケ峰学園は、その性質上生徒数が少ないので、下駄箱も少ない。
その分1人辺りの面積は大きく、ロッカー型なので、服などもかけることが出来る。
その下駄箱に外履きの靴を入れ、内履きの靴を取り出そうとする。
……すると、視界の端に何か変なものが見えた。


「………なにしてるの、むくろさん?」

「おはよう誠くん。
離れていた方がいい、ここは危険」


変な物の正体はむくろさんだった。
自分の下駄箱兼ロッカーの前にしゃがみこみ、取っ手を弄るような仕草をしている。
立て付けが悪くなったのかな?
ボクはむくろさんに近づき、後ろに周る。
これは……粘土?


「設置完了。
周囲への対策開始」


むくろさんが粘土みたいな物に何かを差込み、自分の周りのロッカーをビニールのようなもので覆い始める。
……何をしているんだろう?
理解は出来ないが、嫌な予感がする。
この予感は…、あれだ。
クラスメートの女の子との予定が3人とも被ったときのような……。


「……周囲への対策完了。
起爆する」

「へ? きばくって何の……って、うわっ!」

「下を向いて耳を抑えて。口は半開きを推奨する」


むくろさんはロッカーから足早に離れ、呆然としているボクの腕を掴み、無理矢理引き寄せる。
結果ボクは体勢を崩し、むくろさんに庇われるような体勢になる。
……その瞬間ボクは、むくろさんって本当に細いなぁ……肌も白いし、みたいなことを考えていた。
そんな残念なボクに、突発的な衝撃が襲い掛かる。


「……爆破確認。
不審物は発見できず」

「げほっ、けほっ!
……み、耳が痛い…、何事?」


急に爆発音のようなものに耳を犯され、埃でもまったのか咳が出る。
一体何が起こったんだ?
粘土のようなもの、爆発音、まい上がる埃。
それが示す答えは……。


「大丈夫、誠くん?
予想以上に埃が多い。
しかし、目的は達成できた。
不審物はなし、安全を確認」

「……」


むくろさんに覆いかぶさられるような体勢だった為、一旦むくろさんから離れ、立ち上がる。
そして懐に手を入れ、物を確認。
このままだとやり辛いので、むくろさんに指示を出す。


「……けほっ、…むくろさん、ちょっと頭下げて」

「諒解」


むくろさんが指示通り頭を下げる。
ボクは懐に入れた手で物をしっかりと掴み、それを思い切り振り上げる!


「お前の所為かいぃぃぃぃぃぃぃ!!」


スパーンッ、と小気味の良い音が校舎内に響き渡る。
謎の爆発によって遠ざかっていた人達が何事かと近づいてくる。
あえて描写はしなかったが、登校時間に生徒が居るのは当たり前だ。
知らない人は全員先輩にあたるのだが……、その先輩方は下駄箱の惨状を見た後、
『ああ、爆発ね。そういえばここ一年は見てなかったよ』と言わんばかりにチラ見して、現場を去る。
……流石希望ケ峰学園。普通の高校とは格が違った。


「……誠くん、痛い。
どうやって制服の中にハリセンを収納したのか説明を要求する」

「お約束だよっ!
…ってそうじゃなくて! なんで朝から爆発!?
ちょっとボク意味が分からないよ!」


別に朝からじゃなくても意味は分からないけどもっ!
どうやったら自分の下駄箱兼ロッカーを爆発するなんて行動を取るんだ?
まったく分からない。


「私の下駄箱が開けられた形跡があった。
中に爆発物及び毒物などの危険物が入っていないとも限らない。
学校と言う閉鎖された空間での事故は危険なので素早く処理を……」

「自分で爆発事故起こしてるじゃん! もう危険だよ!
というかなんで下駄箱が開けられたなんてわかるの? 鍵とかないんだよ?」

「白い紙を挟んでおいた。
それは元の位置に戻されていたが、蝶番に挟んだシャーペンの芯が折れていた。
相手は私に隠れて何かを仕込んだ可能性がある。
つまり……、これはもう危険物としか……」

「お前は新世界の神かっ!」


この人何してんの!? 何してんのこの人!?
なんという天然キャラってレベルじゃない。
戦場では超戦士のごとく頼りになるむくろさんも、学校では形無しだった。
というか迷惑だった。
どうすんだこれ? 掃除するのボク達だぞ?


「大丈夫、危険物は発見できなかった。
被害は私の上履きのみ、大した問題ではない。
それに時間もかなり経過している、教室に行くことを推奨。
そろそろホームルームが始まる」

「その前に掃除だよっ!」


ボクは近くから箒を持ってきて、ロッカーの残骸を片付ける。
むくろさんも、いまいち納得はいっていないようだが、ビニールと埃を片付ける。
そんなボク達の横を、江ノ島さんが通り過ぎる。
そして、むくろさんに一言。


「ああ、そうそうお姉ちゃん」

「どうしたの、盾子ちゃん?」

「昨日教師から渡されたプリント、
私様がお姉ちゃんのロッカーに入れておいたから後で確認しなさいよ」


江ノ島さんは、そのまま通り過ぎる。
むくろさんに声をかける前に、崩壊した下駄箱を見てから声をかけたのだ。
つまり、確信犯である。
なるほど、彼女なら紙が落ちたのに気づいて、ソレを寸分違わず同じ位置に戻すくらいのことは出来るだろう。
その行為が爆発に繋がるのに気づいていたかは不明だが。


「誠くん、プリントを見せて欲しい」

「……他に言うことは?」

「危険物じゃなくてよかったね?」


その答えと同時に、希望ケ峰学園の校舎に、2度目の小気味良い音が響いたのだった。



















*********************************


















「つまり、危険物だと思って爆破したらそうじゃなかった。
と、いうことでいいのかな?」

「は、はい。
そうみたいです」


ボクとむくろさんは昼休みに学園長から呼び出され、今朝のことを説明していた。
ボクはありのままを学園長に伝える。爆発から、江ノ島さんのことまで、だ。
むくろさんはそれを静かに見ているだけだった。
しかし、話し終わったと同時に自らの意見を述べる。


「結果論はいつも悲劇を生む。
私の選択は間違いでは……」

「むくろさんはちょっと黙っててね」

「……諒解」


すごく不満そうな顔をしながらも、口を閉じるむくろさん。
まあ、当然である。
彼女にとっては奇襲や罠は日常茶飯事だったかもしれないが、それは学園で当てはめるべきではない。
不穏な空気を感じたなら、目の前に居る学園長に相談すればいいのだ。
そうすれば専門家の方が的確に処置してくれるだろう。爆破なしで。
というか、どんな理由でも学園の施設を独断で破壊する時点で論外だ。


「ふむ、なら良し!」

「そうですよね申し訳ありませんこちらからもよく言っておき、って良いんかい!」


ステレオタイプなノリ突っ込みをしてしまった。少し恥ずかしい。
え、ていうか良いの? そんな理由で施設を破壊しても良いの?


「戦刃くんの事情は把握している。
うちもそれを承知で迎えたんだ。それくらいは問題ないよ。
本当に危険物だったら危なかったしね!」


HAHAHA! と笑う霧切パパ。
なんつーか、豪胆な人だ。
先日のアレも、笑いながら『未来の息子がとうとう本当の息子になるのかい? それは目出度い事だ!』なんて言ってのけたのだ。
自分の娘のプロポーズ(?)を聞いても動揺しないとか、どれだけ器が大きいんだよ。
それとも計画犯だったってこと? まさか……ね。


「それでは万事解決だね。
今は昼休みだから、2人は昼食でも取ってきなさい。
授業中の空腹は苦痛だからね」


そんな感じで無罪放免となったボク達は、そのまま食堂に向かう。
寮暮らしのボクに弁当を作れなんてとてもじゃないけど無理である。
ちなみにむくろさんも弁当はない。
いつも謎の干し肉とトマトを食べているのだが、今朝の騒動でなくなってしまったらしい。
多分犯人は江ノ島さんだ。彼女はそういう意味のないことが大好きなのだ。


「学園長も適当だなぁ……、
学園の施設を破壊してお咎めなしなんて、石丸君が聞いたら発狂しちゃうよ」

「諒解。
石丸くんには黙っておく」

「そういう意味じゃないからね」


天然な彼女を引き連れて歩く。
食堂にはすぐ着いた。
人が溢れかえる……ほどではないが、パンの販売と食券は一杯だった。
これは少し待たないといけないなぁ……、なんて思い席を確保しようと動く。
すると、後ろからパーン、という渇いた音が聞こえた。
驚いて振り向くと、そこには黒い筒のような物を天に掲げたむくろさんの姿があった。
その筒の先からは煙が出ている。……うん、拳銃だね。
食堂に居た人間が一斉にむくろさんの方を向く。
そして、その体勢のまま彼女は静かな、それでいてよく通る声で啖呵をあげる。


「コッペパンを要求する」


……は?
皆の顔はそんな感じだった。
しかし、周りの反応なんか捨て置いて、むくろさんは我が道を疾走する。
……って、ボクが止めなきゃ駄目じゃないか!


「直ちにコッペパンを持ってくることを推奨。
さもなくば……射殺す…」

「何やってんのおぉぉぉぉぉ!?」


本日3度目のハリセン宝刀が振るわれる。
自分で振るっておいてなんだが、それは芸術のように、むくろさんの頭に吸い込まれた。


「……痛い」

「ボクは心が痛いよ!
なんでまたそんなことするの!? ボクを困らせて楽しいの!?」

「これがパンを頼む時のマナーだって盾子ちゃんが……」

「んなわきゃねーだろぉ!!」


どれだけ純粋なの?
日本に来てすぐならともかく1年近く経ってるんだよ?
なんで未だに軍人気分?
というかあの人格破綻者トラブルメーカーはいい加減大人しくしてろ。
居るだけで果てしなく迷惑である。
そんなのはボクの妹だけで十分だ。


「でも、これでは食料を購入できない。
一食抜くのには慣れているが、あえて行う行為ではないと進言する」

「……あーもう、しょうがないなぁ」


銃声に眼を向けていた人達は普段どおりに戻っている。
流石希望ケ峰学園。皆図太すぎ。
しかしこの反応が、逆に良くない。
むくろさんには、唐突に発砲すると言う行為が良くないことだということを教えないといけないのだ。
ボクはむくろさんの手を取り、目的の場所に向かって歩き始める。
…授業間に合うかなぁ?


「食堂は中止。
別のところで食事を取るからね!」

「……」


むくろさんは繋がれた手をじっと睨むように見ている。
睨んでも駄目。絶対に離さない。
あの時ボクを助けてくれた彼女に、この国での正しい行為を教えないといけない。
それに、彼女の奇抜な行動は…なんというか、恥ずかしい。
むくろさんとボクは一心同体なのだ。
身内の恥というわけである。
ボクはむくろさんの手を掴んだまま、校舎をでる。
むくろさんは繋がれた手を睨んだままだ。
……しっかし、細いなぁ。
元傭兵とは思えぬほど細い手だ。指なんてこのまま折れてしまいそうである。
しかし、いつもは白くて冷たい彼女の手は、今は暖かく、少し赤らんでいる。
ボクは彼女の暖かさを感じながら、目的の場所に歩く。
さっきまでは少し怒っていたのだが、今はむしろ嬉しい気分だった。
むくろさんと2人だけになるのも久しぶりだ。
彼女とボクは一心同体。
ボクは彼女が居なければ死んでいたし、彼女はボクが必要だと言ってくれた。
つまり、彼女とボクは運命共同体なのだ。
その2人だけが居る世界というのは、思いのほか安定したものだった。
なんというか……、落ち着く。
しかし、このまま落ち着いていては授業に間に合わない。
ボクは足早に歩き、とうとう目的地に到着する。
ここは学園寮。ボクの部屋だ。
この学園の一年生に当たる者は、学園の外に寮がある。
到着に時間がかかってしまったが、仕方ない。
ボクは素早く準備に取り掛かった。


「誠くん、状況説明を求める。
もし学生に相応しくない行為に及ぶつもりなら、せめて昼ではなくて夜に…」

「全然違うから安心して。
むくろさんは机の前で大人しく座っててね」


なにを言っているだ彼女は。
よくわからないけど、とにかく素早く作ってしまおう。
ボクは冷蔵庫を開け、昨日使った食材の余りを出す。
さらに卵を3つ冷蔵庫から出し、フライパンに火をかける。
フライパンが温まる間に、塩醤油味の素を混ぜておいて、フライパンにゴマ油をひく。
ここまで書けばわかるだろう。炒飯作るよっ! というわけだ。
食券を買い、並ぶ時間よりも速く出来上がった。
移動時間も含めるとギリギリだが、まあ仕方ない。


「はい、お待たせ。
熱いから気を付けて食べてね」

「……うん」


むくろさんは小さく頷き、食べ始める。
こうしてむくろさんに食事を振舞うのも久しぶりだ。
最近はクラスメートとも馴染み、何かと予定が多かったのであまり2人になる機会もなかった。
彼女は、ほかっておくと戦時中みたいな食事しか取らないので、以前はボクがこうして家事の面倒を見ていたのだ。


「……おいしい」

「それはよかった」


コクコクと頷きながら食べているむくろさんを眺めながら、ボクも食事を取る。
それは、今日の喧騒を忘れてしまうくらい穏やかな時間だった。
むくろさんと居る時間は、ボクにとって凄く自然で、落ち着けるものなのだ。


「ごめんなさい」

「……え?」


思いに耽っていたら急に謝られた。
ボク何か謝られるようなことしたっけ?
気づかず顔が険しくなっていたとか?


「また誠くんに迷惑をかけてしまった。
私が居るのは日本。現地に溶け込めないなんて戦士失格。
誠くんが怒るもの無理はない。
だから……、ごめんなさい」

「……えっと」


少しびっくり。
彼女がそうな思い病んでいたいたことにびっくり。
そして、その程度のことを気に病んでいる彼女に少し怒れてきた。


「……そうだね。
今日のむくろさんの行動には少し困ったよ。
下駄箱は破壊するし、食堂で発砲するし、これが普通の学校だったら大騒ぎだよ?
だから警戒を緩めろとは言わないけど、もう少し行動を抑えて欲しいかな」

「……うん」

「でもっ」


でも、である。
まったく、シュンとして俯いちゃって、何一人で凹んでるんだか。
自分だけで抱え込むなんて許すもんか。


「それはボク達で背負うべきものだ。
むくろさんの欠点もボクの欠点も、すべてボク達で改善するものだ。
自分ひとりで悩むなんて許さない。
ボクとむくろさんは一心同体なんだから!
反省会は今夜やるよ。
取り敢えず妹さん江ノ島さんの言うことを全部信じちゃ駄目。
疑うことも大切なんだよ? わかった?」


凹むのも悲しむのも傷つくのも……、喜怒哀楽のすべてを共有する。
ボク達の関係はそういうものだ。
友人とか恋人とかではない。むしろ家族に近い。
ボクと彼女は支えあって生きていくと決めたのだ。
それなのに一人で悩んで凹むなんて、ひどい裏切りである。


「……一心同体」

「そう、2人って考えは捨てる。
2人で1人、1人で2人、2人が1人、1人が2人。
ボク達はそういう関係のはずでしょ?」


ボクには憧れの人が居る、支えたい人が居る、可愛い友人が居る、大切な妹が居る、好きな人が……居る。
でも、これから先何があっても一緒なのは、むくろさんだけだ。
他の人達との関係は変わるかもしれない。いや、変わるだろう。
良い方向か、悪い方向かはわからないが、不変な関係ではない。
しかし、むくろさんとボクとの関係は変わらない。決して。


「……うん、そうだった。
最近誠くんが遊びまわっていたから忘却していた」

「えっと、うん……、まあそうだね。
それはボクが悪かったよ」

「だけど、許す。
否、離れていても一緒なのだから、それは咎めるべきですらない。
ようやく思い出した。
私たちは、そんな関係だった」

「そういうこと」


さて、炒飯も食べ終わったし、そろそろ教室に戻ろう。
器を水に浸して、軽く台所を片付ける。
むくろさんはソレを当然のように手伝った。
さっきまでの憂いはもう、ない。


「……誠くん」

「んー、何?」


片付けが終わり、鍵を手に取ったボクにむくろさんが声をかける。
もうすぐ授業が始まる。これは走らなきゃ無理かな?
まあ、むくろさんに抱えて走ってもらえばいいか、なんて思いながら振り返った。


「……んっ」

「……え?」


唇に、暖かい感触が……。
というかボク目を開いてたから全部見えて……


「私と誠くんは一心同体。
誠くんが明日死ぬなら、私も明日死ぬ。
私は誠くんを離さない。
だから……、誠くんも私を離さないでね?」




















*****************************
























これが、平和な学園生活最後の記憶。
ボクと、戦刃さん……いや、むくろさんはそういう関係だったのだ。
ようやく、思い出した。





≪回想終了≫




















サントラ発売決定イヤッフゥー!
バレンタインなんていらなかったんや!
SSは最近迷走してるけど、サントラがあればもう大丈夫!(何が?)



[25025] 江ノ島盾子
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/23 09:44
超高校級の絶望編









「これで終わり?」

「……うん」

「思いほのか楽でしたね。
大神さんを気絶させる方法には悩みましたが、
各種薬品の揃っているこの学園では、それほど苦労する行為でもありませんでした」

「………」

「それじゃあ、さっそくみんなの記憶を消しちゃいましょう?
もちろん手を下すのはお姉ちゃんだよぅ? クラスメートを殺す絶望を味わえるなんて羨ましいわぁ」

「……ねえ盾子ちゃん」

「ど、どうかしましたかお姉ちゃん?
すいません、多分私が間違ってます……」

「まこ……、苗木くんだけ記憶を消さないってのは駄目かな?
全部私が面倒を見るから。絶望計画の邪魔はさせないから」

「駄目に決まってんだろうがファック!
記憶の消去は全員例外なしっ! 全員が殺し合いするから意味があるんだよっ!」

「……だったら、私は……」

「私様を裏切るって? それも良いんじゃない?
お姉ちゃんが私様を置いて消えるのは初めてじゃないんだし」

「……っ!!」

「周りへのアピールの為に、生まれたときから絶望してたって言ってるけどさぁ……、そうじゃないんだよね。
お姉ちゃんが勝手に消えたあの時から私の絶望は始まった。
世界の希望十神白夜と同じスペックを持っていた私を、こんなどうしようもなくしたのはお姉ちゃんなんだからさ。
またそうしたいというなら好きにすれば良い。それとも私を殺すかい?」

「そ…それは……っ」

「出来るわきゃねえよなぁ! 出来るわきゃねえよっ!
てめえにそんなことが出来るなら、この学園はこんな素敵仕様にはならなかった!
この素敵な校舎も! 死んだ生徒も! これから殺されるクラスメートも!
全部てめえのせいだ」

「……」

「俯いてもどうしようもないのよぅ?
すぐに命令を執行しちゃって?
愛する人を、一心同体とまで言ってくれた人を殺す絶望……、羨ましくて濡れちゃいそう!」

「……諒解」

「そう、それでいいのよ戦場の犬。
二束三文のはした金の為に命を捨てる糞共、しかもそれに憧れるような残念な姉は大人しく私様の命令を聞きなさい」

「でも、誠くんは私と一心同体。
だから、彼を殺すとき、私も死ぬ」

「……ふーん、くだらない自己犠牲だね。
でも私の命令は今死ぬことを許さないよ?」

「肉体は死なない。精神を殺す。
『戦刃むくろ』はここで終わり。
これからは予定通り『江ノ島盾子』になる。
私の人格の死が、彼の記憶の死への手向け」

「……正直気持ち悪いですけど、もうどうでもいいです。
殺るならさっさと殺っちゃって下さい」

「……今までありがとう、誠くん。
そしてさよなら。
ごめんね? 弱い私を……許して」












絶望学園開始数日前の監視カメラの音声データ



[25025] 苗木誠
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/26 02:11
苗木誠編




















目が覚めた。
ゆっくりと意識が覚醒する。
ここは……教室か。
……うん、ちゃんと覚えてる。
この学園で過ごした時間も、皆との絆も、そしてここを脱出した時の記憶も。
思わず拳を握り締める。
ここで過ごした記憶と、クラスメートの死が重なる。
絶対に、同じことは繰返さない。


「さて、まずはむくろさんを説得しないと」


まったく、彼女は何を考えてボクから離れたのか。
……まあ、どうせ江ノ島さんが何かしたんだろうけどね。
希望ケ峰学園を潰した絶望事件の犯人は江ノ島さんとむくろさん。
この2人をどうにかしなくては、未来は見えない。
全員が助かる道は、描けない。


「……流石大神さん。
正面玄関以外からは絶対出れないな」


ボクは教室の窓を見て感嘆する。
この学園を閉鎖する作業をボクも手伝ったのだが、ここまで強固になったのは大神さんのおかげだ。
これでは大神さん自身でも脱出できないだろう。その事実がボクを悩ませる。
ボクはこの学園から脱出するべきか否か迷っている。
この学園の外に出たいと思うのもボクならば、ここに閉じこもるのに同意したのもボクなのだ。
外の世界がどんな状態なのかは知っている。故に積極的に出たいとは思わない。


「まあ、悩むより先にむくろさんを探さないとね」


悩むのは後回し。
ボクは教室を出て、とある場所に向かう。
前回のゲームでむくろさんの初期配置は知っている。
ボクはその場所に一直線に向かった。


「……さっきまで居た気もするし、久しぶりな感じもする。凄い変な気分だ」


周りを見渡しながら、足早に歩く。
いたるところに鉄格子が下りているのは、懐かしい光景だ。
こんなところに閉じ込められて正気でいれるはずがない。
まったく、本当に趣味が悪い。ボクの妹の小さい時みたいだ。


「……さて」


ボクは目的の場所に到着した。
購買部。
そんな名前の場所だ。
前回のゲームで、逸早く目覚めたボクは色々な場所を周った。
その最中、最初に会ったのがむくろさんだったのだ。
その時のボクは、彼女のことをよく覚えてなかった為、江ノ島さんの姉としてしか認識できなかった。
よって、行き当たりばったりな説得をしてしまい、結果殺されたのだ。
……例え敵になったとはいえ、むくろさんがボクを殺すとは考えにくい。
洗脳? 脅迫? 自失?
まあ、どんな理由でも構わない。
ボクは彼女を目覚めさせればいいだけだ。
深呼吸をして呼吸を整え、ゆっくりとドアを開ける。


「…あっ居た居た! 私以外の人!
ねえどうなってんのこれ? ていうかここ何処?
私希望ケ峰学園に入学したはずなんだけど……」

「……ははは」

「…何笑ってんの?
あっ、もしかしてあんたが私を誘拐した犯人!?
……ってそんなわけないか。あんたみたいな貧弱そうなのにそんなこと出来る訳ないもんね」

「……そうだね」


3回目のゲームでボクが聞いたのとまったく同じことを言ってるよ。
台本でもあるのか、むくろさんの演技にヴァリエーションがないのか。
この際どっちでもいいけど。
緊張していたボクの体が、少しだけ弛緩する。
むくろさんの天然属性に感謝である。


「ねえ、ボクの名前は苗木誠っていうんだけど、
君の名前を聞いてもいいかな?」

「…ああ、ほら私はアレよ。
雑誌とかで偶に見るでしょ?
江ノ島盾子。モデルをやってるわ」


本当の江ノ島さんは偶に見るどころじゃないんだけどね。
やっぱり、むくろさんはこちらの世界に馴染めてなかったらしい。
しかし、今回はそれが有利に働いた。
彼女はまだ江ノ島盾子に馴染んでいない。
今なら崩せる。


「……それは本当に君の名前なの?」

「…ああ、雑誌と顔が違うって?
アレはほら、盛ってるんだってば。
私の友達も多かれ少なかれ絶対やってるよ」

「そうじゃない」


ボクはゆっくりとむくろさんに近づく。
後2歩。ここで止めておく。
あまり近づきすぎると前回の二の舞になりかねない。


「君は、本当は江ノ島盾子じゃないんじゃないかな?」

「………いきなり何言ってんの苗木ー?
確かに雑誌の表紙とは違うかもしんないけどさー、
流石にそれは失礼じゃね?」


口調は江ノ島さんギャルっぽいが、表情がいただけない。
そんな無表情では誰も騙せないよ。


「別に悪いって言ってるわけじゃないよ?
むしろ、ボクは雑誌とかに載ってる江ノ島さんより、今の江ノ島さんの方が好きかな。可愛らしい感じだしね。
でも、ボクとしてはもう少し口調を改めて、化粧も落として、服装も落ち着いた感じが良いな。
ねえ、君はどう思う? むくろさん」


瞬間、懐からアーミーナイフを取り出し、ボクの喉に突き刺してきた。
しかし、それは余りにも遅い。
ボクが完全にまっさらな素人だったのなら、反応できない一撃だ。
しかし、それなりに修羅場を潜り抜け、目の前の人物を戦刃むくろとして捉え、警戒していたボクにとっては、それは余りにも…、遅い。
どうやら、目の前の彼女は戦刃むくろという人格ペルソナと共に、戦場での経験も捨ててしまったようだ。


「まったく…なんてザマだ、戦刃むくろ。
ボクと一緒だったむくろさんはこんな無様な攻撃はしなかった。
目の前に居ても気配を消せるから戦場でも無傷だったし、だからこそ超高校級の軍人だったんだ」

「………」


むくろさんは、ボクの言葉を無視してナイフを振るう。
しかし、それはボクに届かない。ボクの知っているむくろさんならいざ知らず、今の彼女ではボクを捉えれない。
行動を攻撃にまわさない。ボクはただ、かわし、逃げるだけ。
これならば、今のむくろさんに負ける道理はない!


「でも安心して、ボクが君をあるべき姿に戻す。
どうしてそんなことになってるかは、推測の領域を出ないけど、
そうなってしまった原因も、ボクと君で背負うべき物なんだ。一人で苦しむなんて絶対に許さない。
だって、ボクとむくろさんは一心同体なんだから」


むくろさんの動きが一瞬ひるむ。
どの言葉に反応したかは分からない。
でも、これは大きな隙だ。今決めるしかない。
ボクはその隙に乗じてむくろさんとの距離を詰める。
当然むくろさんはそれに反応し、ナイフをボクの胴体目掛けて走らせる。
しかし、一手遅い。


「……捕まえた」

「…っ!」


ナイフを持ったほうの手を掴む。
そして、そのままむくろさんにタックルをかます。
結果、ボクはむくろさんを押し倒す形になる。
むくろさんの手にナイフはない。
タックルしたときに手放してしまったようだ。
ボクはそのまま、もう片方の手を掴み、むくろさんを地面に押し付ける。
そして……、


「……ちゅう」

「……んっ!?」


キスしてやった。
以前は突然のキスで驚かされたのだ。
これはその仕返しも兼ねてである。
そして、ゆっくりと唇を離し、むくろさんの目を見つめる。
翳っていた瞳に光が戻り、ボクのよく知っている無表情に戻る。


「おはよう、むくろさん」

「……おはよう誠くん」


どうやら、ようやく目を覚ました蘇ったようだ。
まったく世話を焼かせる人である。
ボクはむくろさんから離れ、立ち上がる。
そして、倒れたままのむくろさんに手を差し伸べる。


「さあ、手を取って。
一緒に罪を償おう」

「……でも」


この期に及んで『でも』とか言うな。
ボクは戸惑うむくろさんの手を掴み、無理矢理引き上げ、抱きしめる。
むくろさんの体がビクリと震える。
しかし、逃がさない。もう二度と。


「『でも』じゃないでしょ?
君は多くの人を殺した。この学園の惨劇は全部君の所為だ。
だからって、罪に怯えて目を逸らすなんて、そんなのは駄目だ」

「……」


むくろさんがボクの腕の中でうなだれる。
しかし、慰めてあげない。こう見えてボクは怒ってるんだ。
どうしてボクに相談しなかった?
相談してどうにかなるものじゃないかもしれない。
しかし、自分ひとりで背負い込んで、手遅れになるまで隠しても、そんなの何にもならない。
もう少しでいいから、ボクを信じて欲しい。
そんな気持ちを込めて、強く抱きしめる。


「だから、ボクは君を絶対にはなさない。
君の罪も、後悔も、全部ボク達のものだ。むくろさん一人のモノじゃないよ。
君の横に立って、無理矢理にでも罪を償わせる。もちろん、一緒にね」

「ずっと…、いっしょ…?」


強張っていた彼女の体から、ゆっくりと力が抜けていく。
ボクが彼女を見捨てるとでも思ったのか? そんなことありえないのに。
ボクはむくろさんを抱きしめていた手を解き、肩を掴む。
そしてゆっくりとボクから引き剥がし、目を見ながら、言い聞かせるように、言う。


「もちろん。
だからまずは江ノ島さんを止めよう。
ボク達の学園を取り戻そう」

「……うん。
盾子ちゃんを止める。
あの子が事件に加担したのは私のせいだから……、私がけりをつける」

「違うでしょ?
ボク達で、一緒にけりをつけるの」

「…うん、ごめんなさい。
誠くんと私でけりをつける」


むくろさんの目に力が戻る。
ようやく、一歩前進した。
死を繰返す無間地獄からの脱出に、ボクは今足を向けている。
ここからボクの……、いやボク達の反撃開始だ!





















*****************************























「任務遂行の為邪魔な装備を捨てる。
武装は拳銃が一丁とナイフが一本のみ。少し心もとない」

「武器の補充は無理でしょ?
確かに万全とは言いがたいけど、やるしかないよ」


むくろさんがカツラを取り外し、武器を確認する。
今から始まるのは2人だけでの戦いだ。
残念ながら、みんなの助力は期待できない。
記憶がないのだ。ボクたちを怪しいと感じてしまうだろう。
だから、皆の目が覚める前にケリをつける!
……と、意気込みを入れたところで拍手のような音が周りに響く。
それは購買部の狭い空間で反響して、ボク達に届いた後、出口の方に収縮する。
そこには、彼女ぜつぼうが立っていた。


「やるじゃん、苗木君。
お姉ちゃんを説得されるなんて思ってもみなかったよ。
しかも、何故か記憶が消えてないみたいだし。
あんただけは私様がきっちりかっきり記憶消去の確認をしたのに……、よっぽど運が良いみたいね。
流石は超高校級の幸運!」

「江ノ島……盾子」

「そうでぇーすっ! 超美しくて完璧な江ノ島盾子ちゃんでぇーす!
ひさしぶりぃ、なえきくーん!」


超高校級のギャルにして超高校級の完璧、そして……超高校級の絶望!
江ノ島盾子!


「……よくここに来れたね。
むくろさんが居るのに……、もしかして勝てるつもりなの?」

「まさか、そこまで自惚れていません。
先ほどまでのお姉ちゃんなら、私のグングニルで瞬殺でしたが……、
今のお姉ちゃんには無理ですね。
あなたに懐柔される前に片付けようと思っていたのに……、とんだ誤算です」


江ノ島さんは拍手を止め、つまらない物を見るような目でむくろさんを見る。
よくそんな目で家族を見れるものだ。
昔、妹がボクに向けていた目に似ている。
まったく、本当に厄介だ。
そして何より、傷ついたような表情のむくろさんに悲しみを覚える。


「盾子ちゃん……」

「……よくもまあ、実の姉を殺すとか簡単に言えるね」


少し威嚇するように前に出る。
しかし、江ノ島さんは購買部のドアにもたれ掛かったまま微動だにしない。
一体何が彼女をそこまで余裕にさせるのか……。
超高校級の軍人の恐ろしさは知っているだろうに、何故逃げない?
江ノ島さんは不敵に笑いながら、ボクに返答をする。
いつも通り、絶望的な表情で、だ。


「あなたは使い終わった道具はその辺に放置するのかしら? しないわよね?
使い終わって用済みなら、邪魔にならないようにちゃんと処理する。
誰だってそーする。私もそーする」

「あんまりこういうこと言いたくはないんだけど……、
お前、それでも人間か?」

「当然でしょう?
なんならここでリストカットでもしてあげましょうか?」


―赤ァい血が見れますよォ?―
クスクスとワラいながらボク達を見る江ノ島さん。
……ああ、この感覚は久しぶりだ。
慣れているはずのボクでも、飲み込まれそうになるほどの過負荷マイナス
超高校級の絶望の一員であったはずのむくろさんですら、小さく震えている。
これは……、ここでしっかりと倒すべきだな。


「むくろさん……、やるよ」

「……諒解」


ボクの言葉でむくろさんは強い意志を取り戻す。
悲しみに耽るのは後回しだ。今は学園を取り戻すことを優先する!
ボクは江ノ島さんに向かって、近くにあったグラスを投げる。
それに合わせるように、むくろさんが体術を振るう。
目標は関節。手足を封じ、相手を無力化する。
どれだけ完璧であろうと、動けないのならどうとでもなるっ!


「……ああ、そうそう。
私様がどうしてあなた達の前に姿を現したか…、疑問に思っていたわね?」


江ノ島さんはボク達が襲い掛かるタイミングで急に口を開いた。
しかし、ボク達の行動は止まらない。
ボクの投擲したグラスを江ノ島さんが掴み、その隙を突くかたちで、むくろさんが攻撃を仕掛ける。
ボクは念のため、反撃に対応できるように近くにあった盾を取り、構える。
……本来はこんなことはしない。むくろさんを信じているからだ。
しかし、今回の敵は理解できる部類ではない。
ボクの生物的な警戒心が、手の届くギリギリにあった盾を掴まさせた。
結果、ボクはそれによって救われたのだ。


「答えは簡単! 時間稼ぎさっ!」


瞬間、江ノ島さんの姿が消える。
必然的に、むくろさんの攻撃は空振り、空中を撫でるに止まった。
そして、むくろさんが空振った下。
江ノ島さんが居たはずの場所に、モノクロのぬいぐるみが存在していた。
このぬいぐるみは良く知っている。名前はモノクマ、とても危険だ!
モノクマはニヤリと嗤って、ボクに両手を差し出す。


「『僕の両手は機関銃ダブルマシンガン!!』」


台詞と同時に、物凄い轟音と衝撃がボクに襲い掛かる。
この盾が唯の木製だったら、ボクは一瞬で挽肉になっていただろう。
しかし、無造作に置いてあったこれがサブマシンガンを防げるとは……。
超高校級の幸運ってのも案外本当かもしれなかった。


「僕の攻撃を防ぐなんて、凡人の癖に生意気だぞぉ!」

「……ふっ!」


モノクマがコミカルに怒りを表現している。
その無防備な胴体を、むくろさんのナイフが捉える!


「あーあ……、やられちゃった。
これ一体でも凄く高いのに」


そんな断末魔(?)を残して、モノクマは停止する。
最後は凄くあっけなかった。


「……随分と簡単に破壊出来たね」

「私はアレの構造を熟知している。
一騎打ちなら、どんな状態でも負けは有り得ない」


なるほど、弱点ウィークポイントが有るのか。
しげしげとモノクマを見ていたボクの手を、急にむくろさんが掴む。


「……どうしたの?」


むくろさんの目を見ると、不安そうな気配をかもし出していた。
体温の低い手に握られながら、ボクはさっきまでの自分の行動を思い返す。
えっと……、ボク何かしたっけ?


「今のは……危なかった。
誠くんが死ぬのは私が死ぬのと同義。
以後同じ事態に陥ってもいいように、これからはずっと手を握って行動するべき」


ジト目でボクを見ながら提案をするむくろさん。
思いのほか動揺しているようだ。
それじゃあ動き難いし、何より……、


「それは逆に危ないんじゃあ……」

「……それもそう」


納得したのか、少し躊躇しつつも手を離すむくろさん。
まあ、確かにさっきのは危なかった。
死んでいてもおかしくない、いや死ななかったのが奇跡。
正に幸運だったのだ。
同じことは二度続かないだろう。


「それに、今は狭い空間だったから危なかったけど、今からはそれなりに広いところに出る。
ここから江ノ島さんの所に乗り込むまでなら、そこまで危険じゃないと思うけど……」

「そうでもない。
モノクマの前では、私の気配殺しインビジブルマンは通用しない」


……むくろさんの特技って、そんなルビが振られてたんだ。
少し恥ずかしい気分になった。
まあ、そんなことは置いておいて、通用しないってどういうこと?


「どうして通用しないの?
いつも通りボクに意識を引き寄せて、むくろさんが狩るだけでしょ?
しかも弱点を知ってるなら、なおさら不利になることはないと思うんだけど……」

「……あいつは熱源探知サーマルビジョン音波探知

アクティブソナー
が備えてある。
体温は誤魔化せるが、肉体が有ることを誤魔化すのは難しい。
奇襲は通用しないと判断する」

「……へえ、それは厄介だね」


ていうか体温誤魔化せるのかよ。
変温動物かお前は。
異常に体温の低いむくろさんの秘密を知った気がした。
まあ、今はそんなこと至極どうでもいいけど。
しっかし、困ったなあ……。
囮にもなれないんじゃあ、ボク完全に足手まといじゃないか。


「ボクはここに残った方が……、
いや人質にされる可能性がある。
でも、だとしたら……、うーん完全に足手まといじゃないか」


思ったことを口にしてみた。
しかし、現状は何も変わらない。
ああ、本当に困ったなぁ……。
頭に手をやり、思考をめぐらせるボクの手を、むくろさんがそっと掴む。


「大丈夫、戦闘は私に任せて。
アレは一度に一体しか操れない。
誠くんは私の後ろに隠れててくれれば良い」

「でも……、それじゃあただのお荷物じゃないか」


その作戦にボクは必要ない。
今から安全なところを探して隠れるべきじゃないか?
むくろさんの邪魔にだけはなりたくない。
しかし、そんなボクの思いを、むくろさんが一蹴する。


「そんなことはない。
私は戦闘たたかう。それが私の役目。
だから、誠くんは盾子ちゃんを説得ロンパしてあげて?
それは私には出来ないことだから」

「むくろさん……」


ロンパするのが、ボクの役目?
ボクの目的は全員で生き残ること。例外は居ない。
そして、むくろさんには江ノ島さんの説得は不可能らしい。


「私が戦闘たたかう。誠くんが論破たたかう。
私たちは2人で1人。役割を分けることで完全に至れる。
だって私たちは、一心同体なのだから」


……ああ、まったく。
この人と出会えて本当に良かった。
支えあう関係ってのも悪くない。……いや、良い。
ボクとむくろさんは1人で2人、2人で1人。
お互いの利点を活かして協力すれば、不可能なんて存在しない!


「……そうだね、そうだった。
ボクとしたことが、忘れてたよ。
ボク達は1人じゃ駄目。2人揃って初めて完成する。
そんな当たり前のことを、すっかり忘れてた。
それじゃあ行こうか、一分一秒が惜しい」

「……うん、諒解」


ボク達は江ノ島さんを説得たおす為に、部屋を出た。
目指すは情報処理室。
もちろん不安はある。
しかし、それ以上に相棒を信頼している。
さあ、行こう。決戦だ。








[25025] ダンガンロンパ
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/29 22:33
超高校級の希望編



















現在情報処理室に向かっている最中。
江ノ島さんがどうやって逃げたのかは知らないが、階段には鉄格子が降りていた。
江ノ島さんの通った隠し通路が分かればいいのだが、むくろさんもそれは知らなかった。
よって今は鉄格子の爆破作業中である。
都合の良いことに、今はモノクマの襲撃はない。
……いや、都合が良いっていうか……


「むくろさんの腕が良すぎるっていうか」

「……?」


むくろさんは自分の名前が呼ばれたことに反応して、一瞬だけこちらを見るが、すぐに作業に戻る。
武器はないって言ってたくせに、懐からC4が出てくる彼女はとても素敵だ。
ボク達の後ろに転がるモノクマの群れを一人で作り上げたってのも素敵だ。
……というか強すぎ。
未知の敵であったとはいえ、大神さんとほぼ互角の戦いをしたモノクマを一瞬で、しかも20体以上を葬ったのだ。
滅茶苦茶頼りになる。
正直楽勝ムードだった。
よって、今のうちにボクの不安と疑問を晴らそうと思う。


「そういえば気になっていたことが2つ有るんだけど……」

「……なに?」


むくろさんは作業を中断せずに、ボクの問いに答える。
ボクも作業の邪魔にならないように、なるべく簡素に問いかける。


「みんなの記憶は取り戻せるの?」

「…可能。
情報処理室奥の部屋に催眠装置を設置してある。
アレの操作は私が行ったので催眠の解除も簡単に行える。
さらに、アレは破壊できない仕組みになっている。
よって、皆の記憶を取り戻すのは難しくない」

「ふーん……」


どのような原理でこんなに都合の良い記憶消去が出来るか疑問だが……、治せるならそれでいい。
外の世界の人達も、案外催眠装置らしきもので操作された可能性がある。
そう考えると…、なるほど破壊できなくする理由も分かる。
そんな便利な物を、大神さんが暴れて壊してしまった、なんてことになったら大変だ。
それを江ノ島さんでも壊せないというのが何となく情けないものを感じるが……、
まあ、そのほうが都合が良いので深く突っ込まないことにする。


「それともう1つ。
学園長は……無事なの?」

「………」


2つ目の質問に、むくろさんは少し沈黙する。
むぅ……、やはり霧切さんが一回目の時に言っていたように、あの骨が学園長なのだろうか……。
親交のあったボクとしては生きていて欲しい。生きてて欲しいが……。


「死んだところを確認してはいない。
しかし、生きているとは考えづらい」

「……どういうこと?」


どうとでもとれる答えが返ってきた。
ボクは身を乗り出して、むくろさんに問う。


「本当はみんなの記憶を消してからすぐに宇宙旅行おしおきする予定だった。
でも、外部から謎の妨害を受けて、計画は中止。
盾子ちゃんは興が削がれたと言って学園長を外に追放した。
だから、私たちが彼を直接殺してはいないけど、生きているとは考え難い。
戻れば学園前にあるガトリングガンにバラバラにされ、放浪すれば崩壊した世界に殺される」


「……つまり、死んでない可能性もあるんだね?」

「…そうとも言える」

「そう言えるなら十分だよ」


死んだと決まっていないなら、信じれる。生きていると。
このまま江ノ島さんを倒して、みんなの記憶を取り戻し、外に学園長を救いに行く。
うん、悪くないビジョンだ。
そんな雑談をしているうちに、爆弾の設置は完了したらしい。
ボクとむくろさんは鉄格子から離れ、むくろさんが起爆スイッチを押す。


「…完了」

「とうとう4階…、情報処理室に着いたね」


ここに至るまでに葬ったモノクマの数、約20体。
爆破した箇所、3箇所。
ボクの活躍、プライスレス。
そんな感じで、目前には情報処理室の扉がある。
この階に這いってからはモノクマの襲撃を受けていない。
おそらく打ち止めなのだろう。
しかし、油断は出来ない。
ボクはむくろさんのすぐ近くに陣取り、奇襲に備える。
むくろさんは少し離れた箇所から、情報処理室の鍵を拳銃で打ち抜き、
鉄格子の破片を投げて、扉に当てることで、ドアを開ける。
開いたドアを2人で警戒しながら跨ぐ。
部屋の中は無人だった。
しかし、ボクは知っている。奥にある怪しい扉の奥が、モノクマ操作室だということを。
そこさえ確保すれば学園から危険は消える。
催眠装置もそこに有るらしいので、皆の記憶も取り戻せる。
つまり、奥の部屋こそがボクの目的地と言えるのだ。


「奥の部屋に人の気配を感じる。おそらく盾子ちゃん。
そしてもう1つ、熱を発している人型の物体を感知。
モノクマだと認識する」

「……王将キング、いや江ノ島盾子クイーンの横に控えるモノクマねぇ……。
ただの歩兵ポーンじゃなさそうだ」


生身で熱源探知できるとかどんだけ…、って疑問は置いておいて、現状はそれなりによろしくない。
おそらく、江ノ島さんの隣に控えるモノクマは切り札なのだろう。
テレビで見たような巨大モノクマが居てもおかしくない。
弱点は変わらないだろうから、負けはしないだろうが、苦戦は必至だろう。


「…警戒強化。
誠くんは私の傍を離れないで」

「…うん」


ボク達は警戒を緩めずに、ゆっくりと奥の扉に近づく。
2人とも、そこに鍵がかかっていないことは知っている。
むくろさんがボクに拳銃を手渡し、ナイフを構えながらドアを開ける。
一応数多の物騒な経験で、拳銃は一通り扱える。ボクは念のためむくろさんの背後を守る。


「きゃはははは! 警戒しすぎだってばぁ、お姉ちゃん!
もう私の作業は終わってるんだからぁ、さっさと這いって来てよぉ!」

「盾子ちゃん……」

「はい…、愛しの盾子ちゃんです。
あれだけのモノクマを壊しちゃって…、一体いくらすると思ってるんですか?
うぅ…、あいつに怒られる。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


そこには、操縦席のような所に座っている江ノ島さんと、その隣に立っているモノクマがあった。
ボクにはそのモノクマが、今までのと何が違うのか分からなかった…、がむくろさんはそれに警戒をしている。
よってボクも警戒を緩めない。
モノクマに弾丸は徹らないので、銃口を江ノ島さんに向ける。
しかし、江ノ島さんは顔色1つ変えずに、ボクを見る。


「……へえ、構えに迷いがないね。
普通、最初に人を撃つときは手が震えるものだけど……、どうやら君はそうではないみたいだ。
思い出すよ、昔の戦友をね。あいつもまた、手が震えないタイプの奴だった。もう…、死んじまったけどね……。
……っても戦友なんか居た事ねえんだけどなっ!! イエスッ!!」

「……降伏するなら、そこから離れて手を後ろで組んでうつ伏せに寝転がって。
それ以外の行動はすべて敵対行動と判断して発砲する。無駄口はいらない」


江ノ島さんの言葉に耳を傾ける必要なんてない。
ボクは江ノ島さんに向けた銃口を外さずに、淡々と降伏勧告をする。
素直に聞いてくれたら良いんだけど……、無理だよなぁ。


「おお、こわいこわい。
そんなに警戒しなくてもよろしいですよ。
まずはお茶でもどうですか? すぐに用意します」


そう言って立ち上がろうとする江ノ島さん。
ボクは撃った。狙いは足。
動きを止めることが出来、なおかつ治療も容易という素晴らしい場所だ。
しかし、その弾丸が届くことはなかった。


「……うぷぷぷぷ」

「モノクマ……」


江ノ島さんの隣に立っていたモノクマが銃弾を防ぐ。
ボク一人なら厄介な存在だが、今はむくろさんが居る。
ボクはむくろさんに視線を送り、撃退するようにアイコンタクトを送る。
視線が届くか否かと言うところで、むくろさんがモノクマに突撃する。
ここから先の光景は何回も拝んできた。
むくろさんがモノクマの背後を瞬時にとり、モノクマの弱点…、臀部にナイフを一突きする。
それでモノクマは機能を停止する。
無論、容易に背後を取れているわけではない。
そこで、むくろさんの奥義が炸裂するのだ。
むくろさんは、まず投擲用のナイフを相手に投げる。
銃弾を受け付けないモノクマだが、むくろさんの投擲したナイフは別だ。
喰らえば、まず致命傷。それを避ける為に回避行動をとったり、ナイフを落とそうとする。
一方むくろさんはナイフが届くのと、ほぼ同時に相手の上空に現れ、頭の部分を素手で破壊。
これにより厄介なセンサーを無力化する。
相手はナイフに対応するので精一杯なので、むくろさんの攻撃をかわせない。
そして、センサーを失い、むくろさんを見失ったところで、刺殺用のナイフで臀部を一突きするのだ。
ボクは今日その光景を幾度となく見てきた。
むくろさん曰く、『あと50体いれば盾子ちゃんに対応されていた』とのことらしいが、
実際には50体どころか20体しか居なかったし、目の前のモノクマはむくろさんの動きについていけてない。
よって、勝敗は決した……かにみえた。


「…えっ?」

「……うぷぷぷぷ」


モノクマは確かにむくろさんの攻撃を喰らった。
投擲されたナイフを叩き落とし、故に頭部への攻撃を避けれず、大きな隙を作り、
弱点へ攻撃を受けた。受けた…のに…。


「うぷぷぷ! お仕置きしちゃうぞぉ!」

「……くぅっ!?」


今までのモノクマがスクラップになった攻撃を受けたのにも関わらず、目の前のモノクマは平然としていた。
そして、仕留めたと思い油断していたむくろさんに大振りの蹴りを喰らわす。
ま、まさか……


「想像しているとおり! 私様がモノクマを改造したのよ!」

「こ、この短期間にどうやって……」


ボクとむくろさんが江ノ島さんに襲撃されてから、ここに来るまでかかった時間は精々1時間程度。
そんな短期間でモノクマの中身を作り変えたとでも言うのか!?


「おかしいと思っていた……」

「む、むくろさんっ!
大丈夫!?」


ボクは、攻撃を受けて倒れているむくろさんに駆け寄る。
しかし、むくろさんはボクに向けて手を広げ、それを制止する。


「……むくろさん?」

「…本来モノクマは操縦者が居なければ動かない。
しかし、今は盾子ちゃんが何もしていないのに動いている」

「……あっ!」


そうだ、江ノ島さんはコンソールに背中を向け、ボク達を見ている。
だからボク達は油断していた。
しかし、むくろさんは無人のモノクマに反撃された。
それはつまり……。


「その通りです。改造だけではありません。
あなた達がここに来るまでの間に戦闘AIを組みました。
私の操縦術は大神さん対策を念頭に練り上げた物なので、お姉ちゃんとの戦いは不利です。
しかし、私はお姉ちゃんの戦術を熟知しています。
よって、体が反応出来ないのならAIを組んじゃえば良いじゃない、という発想に至りました」

「そ、そんな簡単に……」

「もちろん簡単じゃあなかったよ。
モノクマの弱点の移動、センサー位置の移動、装甲の強化。
戦闘に不必要なパーツを撤去し、武装を追加。
そして、対お姉ちゃん専用AI。
超高校級の完璧を自称する私でもギリギリだった。
しかし…、ギリギリで……完成した」


くっ……。思わず舌打ちをする。
モノクマ相手にむくろさんが圧倒できたのは、あくまで構造を熟知していたからだ。
それが入れ替わってしまったのなら、有利は消える。
状況は一変していた。


「うぷぷぷぷ……」

「自動操縦だからウェットの効いたジョークが言えなくて詰まらないけどぉ、
しょうがないわよねぇ、あのままじゃあ無抵抗で負けちゃうんだもん!」

「くっ…!」


完全にイニシアチブが向こうに移った。
今まで雑魚キャラにしか見えなかったモノクマが大きく見える。
いや、以前はモノクマに途轍もない恐怖を抱いていたのだ。
むくろさんという存在によって薄らいでいたそれが、蘇ってしまった。
ボクはモノクマから一歩後ずさる。


「大丈夫、誠くん」


そんなボクをむくろさんが励ます。
今彼女はモノクマと向かい合っているので、それどころではないはずなのに。
よっぽどボクは緊張していたようだ。
肩の力を抜き、息を整える。
後は恐怖を無視するだけだ。
大丈夫、ボクなら出来る。


「でも江ノ島さんはむくろさんの戦術を知り尽くして……」

「確かに盾子ちゃんは私の殺り方を知り尽くしている。
だけど、それと同様に、私も盾子ちゃんの戦術の組み方を熟知している」

「………」


ボクの言葉にむくろさんが反論をする。
江ノ島さんは黙ったままだ。図星なのだろうか?
だとしたら……状況はそこまで絶望的ではない?


「この勝負、負けはない。
だから……、誠くんはそこで見守っていて?」

「……うん」


普段は天然のくせに、戦場ではやたらと格好良かった。
ちょっとキュンとした。これがギャップ萌えってやつ?


「うぷぷぷぷ」


モノクマが手から刃物のような物を出し、むくろさんに向かって、ゆっくり動き出す。
……もうすぐ戦闘が始まる。
その前に、ボクには言いたいことがあった。


「……むくろさん」

「……なに?」


きっとむくろさんは勝つだろう。
最短時間で敵を倒し、ボクの元に戻ってきてくれるはずだ。
しかし、それでも……、


「時間をかけてもいい。
無傷で帰ってきて。怪我をしたら……許さないからね?」


彼女には無事でいてほしかった。
ボクの言葉を聞き、少しだけ瞳孔を開いて、ボクを見た後……、
しっかりと頷いた。


「…諒解。
誠くんも、無事でいて」

「うぷぷぷぷっ!」


短く返事をして、モノクマとぶつかり合うむくろさん。
そのまま情報処理室を飛び出し、廊下で戦い始めたようだ。
流れ弾をさけてくれたのだろう。
後はもう……、信じるだけだ。


「ひゅう! かっくいー!
妹の前で姉を口説いちゃうとか素敵すぎぃー! 惚れちゃそー!」

「……惚れたら降伏してくれるのかな?」

「んなわきゃねーだろっ! ファックッ!
そもそも、ちょっと改造した量産型モノクマ程度でお姉ちゃんを倒せるなんて思ってないっつーの!」

ボクは銃口を今一度足に向け、引き金に指を添える。
むくろさんが居ない今、彼女を抑えるのはボクしか出来ない。
この人は、自由にしておくには危険すぎる。


「さて、最終勧告だ。降伏するか否か。
ボクとしては血を流さず解決したいから、降伏してくれるとありがたいんだけど……」

「……降伏とか、まだそんな夢物語を見てるんですか?
ふっ……、申し訳ありません、嘲笑してしまいました」


ボクは再び引き金を絞る。
こういった場合相手の話を聞いてはいけない。
無駄に時間を稼がれ、立場が逆転してしまうのだ。
今、ボクは拳銃を持っているという優位を崩してはいけない。
なので迷わず発砲する。
しかし……、それでも一手遅かったようだ。


「遅いです」


江ノ島さんの姿がボクの斜線上から消える。
慌てず姿を探すと、元居た所のすぐ下にあった。地面に這う様な姿勢をとっている。
ボクはすぐに銃口を下に向ける。
しかし、江ノ島さんはおおよそ人とは思えない速度でボクの目前まで加速する。
ボクの銃口は江ノ島さんを捉えることが出来ない。


「……ぐっ!」


後は、鋭い蹴りがボクの右手を打ち抜くだけだった。
弾丸は天井に傷を残し、拳銃はボクの手を離れ部屋の隅に転がる。
油断はしなかった。
しかし、相手があまりにも速過ぎた。


「拳銃を持っているくらいで私を倒せるつもりだったんですか?
片腹痛いとはこのことですね。
私が改造したくらいでモノクマがお姉ちゃんに勝てるはずありません。
つまり、時間稼ぎの末改造したアレも時間稼ぎの駒。
本来の目的は…、こうしてあなたと対峙すること」

「……なるほどね。
どうして勝てない勝負をするのか疑問だったけど、やっとわかった」


ボクが拳銃を持った程度では超高校級の完璧との力量の差は埋まらない、というわけか。
これは困った。
優位だと思っていた状況が一変する。
平和的解決は出来ないみたいだ。


「苗木を殺せばお姉ちゃんは私のとこに戻ってくるんだよねー。
あんたの希望なんてそんなもんだよ。
だから、ここできっちり殺してあげる!」

「……っ!」


至近距離から江ノ島さんが攻撃を仕掛けてくる。
これは……、大神さんの正中線四連突き!
ボクはとっさに江ノ島さんに抱きつくような形でタックルする。


「……チッ!」


結果、江ノ島さんの攻撃は打点がずれ、ボクに致命傷を与えるには至らなかった。
ボクと江ノ島さんは地面に倒れこむ。
ボクがマウントポジションをとった形になる。
とっさに拳を振り上げる。狙いは頭。
フェミニズムなんて糞喰らえ。
躊躇した瞬間殺られる!


「……やるねえ。
ああいう時、とっさに前に避けれる奴はそうそういないよ。
でも……」

「がっ…!」


何が起こったのか、まったくわからない。
ボクの拳を顔を横にずらしてかわし、その腕を掴まれて、気づいたら立場が逆転されてきた。
ボクは今、江ノ島さんにマウントポジションを取られている。
おそらく、マウントポジションを崩す技があるのだろうが、ボクは知らない。
…やばい、割とピンチ。


「お前と私じゃあ基礎スペックが違いすぎんだよぉ!
もしかして、ちょっと修羅場潜って強くなっちゃったつもりだったの?
バッカじゃねーのっ!? その程度で天才と凡才の差が埋まるわけねーじゃん!
これがお前の限界で、ここがお前の最後だよぉ!
私の騎乗位拝みながら死ねるなんて乙だなぁ、オイッ!」


江ノ島さんの手が抜き手の形を取る。それはまるで抜き身の刀のよう。
さっきまでのやり合いでわかった。彼女はなんでも人並み以上よりさらに上等になんでもこなしてしまう。
細い体をしてはいるが、筋肉のつき方が普通ボク達とは違うのだろう。
彼女には大和田君と同じか、それ以上に力がある。
そしてタチの悪いことに、技術もある。
つまり、彼女の抜き手は確実にボクの喉を貫くだろうことを理解する。
何をしても駄目。
武器も経験も努力も性別も、ありとあらゆるハンデが、才能という一言で一蹴される。
これはもう、ボクふつうじゃあ勝てないかな……。


「さあ、死の絶望を私様に見せなさいっ!
あなたはどんな絶望ひょうじょうで死ぬのかしら!?」


江ノ島さんの右手カタナがボクに迫る。
ボクは、痛みを堪える為に目を閉じた。


「……ごめん、むくろさん」



















******************************













少しだけ昔のことを思い出していた。
走馬灯ってやつだろうか?
回想の中のボクはとても小さい。小学生の低学年くらいだろうか。
そして、小さいボクの目の前にはもっと小さな女の子がいた。
その女の子は、年齢に似合わず地獄の底のような目をしていた。
ほかっておくと、そのうちビルから飛び降りてしまいそうな危うさだ。
幼いながらも、ボクはその女の子の危うさに気づいたのか、手をしっかりと握っていた。
どこにも行かないように、居なくなってしまわないように。
……ああ、覚えてる。
ボクは、それこそずっと手を握っていた。
女の子は、最初それを嫌そうに振りほどいた。
それでもボクは離さぬように手を握った。
女の子はよっぽど嫌だったのか、ドアで挟もうとしたり、突然走り出して、それを解こうとした。
それでもボクは決して離さぬように手を握った。
それが一年ほど続き、女の子は諦めたのか、ボクの手を振りほどこうとはしなくなった。
ボクはようやくソレに安心して、手を離し、女の子を抱きしめた。
『どこにも行かないで』
そんなことを言った気がする。
それ以来、女の子から危うさが消えた。
今までとは態度が逆転し、ボクから決して離れなくなった。
あいつを変えられたのは何だったのか。
幼い頃はわからなかったが、最近はそれが少し分かった気がする。
あいつは、人一倍臆病で、繊細で、そして……寂しかったのだろう。
親や周りの人が与えてくれる優しさを信じれず、この世界で一人ぼっちのつもりだったのだろう。
孤独を愛さないと……、絶望を愛さないと、生きていけなかったのだろう。
……ああ、あいつの姿が彼女と重なる。
あいつは大切な家族だった。だから何処にも行って欲しくなかった。
じゃあ、彼女は?
ボクにとっての何なんだ?
………それはもう、決まってるか。
彼女の姉はボクと一心同体。
だったら彼女はボクの妹も同然だ。
それならもう、行動は決まっている。
そろそろ回想を終わろう。
ボクにはまだ、やることが残っている。











*********************************













「……なっ!?」


江ノ島さんが驚いた声をあげる。
真っ赤に染まった自分の手を、目を見開いて見つめている。
まあ、当然か。
だって貫くはずの目標が、突然変わっちゃったんだもんな。


「……ヤバい泣きそう、マジ痛い」


目を閉じたところで痛みが少なくなるわけなかった。
あーあ……、怪我しないでってむくろさんに言われたのに……、さっそく破ってしまった。
ボクの目の前、頭の上から血がポタポタと落ちてくる。
それは江ノ島さんの右手と、ボクの左手の手の甲から零れ落ちていた。
別に特別なことはしていない。
ただ、自分の喉を手で庇っただけだ。
あの状況で咄嗟に動けたことに驚いているのだろうか?
それこそ、経験だ。
危機に対しては冷静に、かつ瞬時に対応する。戦場の鉄則だ。


「……くっ! はな…せっ!」

「嫌だね。
絶対に離さないっ!」


江ノ島さんの抜き手はボクの手に突き刺さっている。
しかし、骨を貫くには至らなかった。
なので、ボクはその手を、指を絡めるようにして、握り締める。
決して離さないという意思を込めて。
江ノ島さんの指の間隔が開く形になり、それは叫びたくなる程度の痛みを発しているが……、無視できない程ではない。
これもまた経験だ。
むくろさんと乗り越えたハイジャック事件のおかげで、痛みに対する耐性はそこそこある。


「だったらもう片方の手で……!」


キャラを作る余裕がないのか、焦ったような表情でもう左手を振り上げる。
ボクは、それに対し右手を上げることで応戦する。


「なっ…!」

「……少し冷静じゃないね。
君の抜き手は刃物のように人を貫けるけれど、決して刃物じゃあないんだよ?」


勢いをつけて、正確に振るわれてこそ、抜き手は威力を発するのだ。
振り下ろして間もない抜き手なんて、ただの手でしかない。
そりゃあ少し痛いし血も出るが、それだけである。
ボクはもう片方の手も同様に、指を絡めるようにして握り締める。
こうすれば、力で引っぺがされる可能性も低くなる。
爪を立てられるのは痛いが、今更その程度の痛みなんてどうとも感じない。


「…こんな凡人にしてやられるなんて……、絶望的だわぁ。
今まで厄介な奴としか思ってなかったけど……、なかなか素敵じゃない」


江ノ島さんが口の端を吊り上げ、ニヤリと嗤う。
絶望的な状況に魅力を感じているようだった。
でも、それは強がりの嘘。
よしんば本当だとしても、それを嘘にしてやればいい。
ボクは彼女を殺さない。彼女の中の絶望を……殺す。


「そういうのはもういいよ、江ノ島さん。
……いや、この呼び方はよそよそしいな。
うん、今日から君のことは盾子ちゃんと呼ぼう」


ボクは痛みを顔に出さずに盾子ちゃんに話しかける。
途端に彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……もしかして私様に惚れちゃったとか?
姉妹の間での三角関係……素敵ね。
お姉ちゃんは私とお前のどちらを刺すのかしら。
実の姉に殺されるなんて……、絶望的すぎて最高だわっ!」

「絶望絶望うるさい!」


そんな破滅的な生き方、他人ならまだしも、家族には許さない。
彼女も最初から絶望していたわけではない。
いや、もしそうだとしても、それは取り返しがつくものだったはずだ。
あいつがそうであったように、未来に希望を抱いて暮らすことが出来たはずなんだ。
今より若かったむくろさんが、自分の夢に真っ直ぐすぎた為、彼女はここまで狂ってしまった。
むくろさんの罪はボクの罪。
未来を見れず、破滅する為に生きてしまうなんて、ボクは認められない。
独善でも偽善でもなんでもいい。盾子ちゃんを救いたい。
彼女に…、希望を忘れて欲しくない!


「ボクはむくろさんと共にあると決めている。
だから盾子ちゃんはボクの義妹にあたるわけだ。
他人だったらともかく、ボクは家族に対しては妥協をしない。
絶対盾子ちゃんを幸せにしてやるっ!」


驚いたのか、ボクの手にかかっていた力が緩まる。
その隙をついて、上体を思い切り起こす。
力はあっても、体は軽い。
結果、まるで座りながら抱っこしているような体勢になった。
これで、手に手が刺さってなければ家族っぽい感じだったかもしれないが、
残念ながら盾子ちゃんは顔を顰めたままだ。


「……気持ち悪いですね。
あなたと家族なんて吐き気がします。
それに、私はクラスメートい殺し合いをさせようとしてるんですよ?
幸せなんて私には似合いません。そんなものより絶望をください」

「だったら見せしめにしようとした15人分、
ボクが愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し続けてやる!
絶望なんて望ませない。
苦しみに押し潰されて、それを求めることで自分を誤魔化すなんて許さない!
絶望おまえなんて、希望ボクで塗りつぶしてやる!」


盾子ちゃんは既にボクの義妹だ。
彼女に真っ当な道を歩ませる。
それが正しいとか間違ってるとかの意見は必要ない。
これは家族の問題なんだ。


「……どうせ私は拒否できる立場にないんだけどね。
さっきの瞬間にお前を仕留めれなかった時点で私の敗北は決したわ。
私の予想より250秒も速く壊すなんて……、腕を上げたわね、お姉ちゃん」


盾子ちゃんの言葉を聞き、耳を澄ませる。
後ろから足音が聞こえてきた。
他の誰かならともかく、ボクがむくろさん(と霧切さんと妹)の足音を聞き間違えることはない。
ボクは急いで振り向く。
そこには服が多少乱れてはいるが、無傷のむくろさんが立っていた。
いつもの無表情ではなく、少し怒っているような目でボクの手を見ている。
……怪我しないで、って言った本人が怪我してちゃ世話ないよね。


「……ばか」

「ごめん、怪我しちゃった」

「…許さない。
誠くんは、応急処置が終わるまで動くことを許可しない」


むくろさんは、ボクを盾子ちゃんから乱暴に引き剥がし、ボクの手の治療を始める。
予想外の戦闘力を見せた盾子ちゃんに背を向けるのは少し不安だったが…、むくろさんなら大丈夫だろう。
ボクは軽症の右手に消毒液をかけ、包帯を簡単に巻いてもらい、むくろさんを挟んですぐ近くにいた盾子ちゃんの手を握る。
この手は出来るだけ離さない。
幼い頃から進歩がしてないようで、なんだか微妙な気分になるが、ボクにはこれくらいしか思い浮かばないのだ。
つまり、これがボクにとっての最善策なのだろう。
盾子ちゃんは、ボクと繋がれた手を、物凄く嫌そうに見た後、ボクとむくろさんに向けて降伏を宣言した。


「……私の負けは確定したわ。
後は愛するなり希望するなり好きにしなさい。
それでも私は変わらず絶望に身を委ねる。
世界中の人間が絶望するまで、私は絶望し続ける」


あくまで自分を変えるつもりはないらしい。
まあ、当然だ。
ボクが少し話しただけで変わってしまうモノなら、ここまで絶望に侵食されなかっただろう。


「……言葉だけで説得できるなんて甘いことは考えてないよ。
ボクのすべてで示してやる。盾子ちゃんが変わるまで、ね」


ボクの言葉を聞いて、盾子ちゃんはニヤリと笑う。
まるで新しい希望…、いや絶望を思い浮かべたかのように。


「だったら私はお前を絶望に染めてやる」

「ボクは君に希望を思い出させる」


盾子ちゃんがボクの手を痛いほど強く握る。
ボクもそれを握り返す。
離すつもりは、ない。


「……いいさ、5分程度の予定だった戦いが少し長引くだけ。
私は、今日からお前を絶望させる為に生きてやる!
ああ、嫌いな人間の為に生きるなんてっ……、あまりに絶望的で濡れちゃいそう……!」


興奮したかのような表情を浮かべる盾子ちゃん。
急ぐ必要はない。今は盾子ちゃんにボクを信じて貰う為に頑張る時期だ。
ボクが彼女を必要としていると、信じてもらえば……きっと変わってくれる。


「そう……、だったらボクは、盾子ちゃんにお兄ちゃんと呼ばれるまで傍に居続けてあげるよ」

「すぐにでも呼んであげましょうか?
お兄ちゃん?」

「心が篭ってないね。もう一回」

「……ファック!」

「…お兄ちゃん」

「……むくろさんは今まで通りで良いからね?」

「…残念」


こんな感じで、ボクと盾子ちゃんの戦いは終わった。
さて、取り合えずみんなの記憶を取り戻そうか。
それからのことは、みんなと話し合って決めよう。
盾子ちゃんのことを許してくれないかもしれないけれど、それは仕方ないことだ。
そうなったら、ボク達3人で放浪の旅にでも出よう。
それも……悪くない。
ボクは、右手から伝わる家族のぬくもりを確かめながら、部屋を出るのだった。







[25025] モノクマ?
Name: 桜井君verKa◆76087745 ID:3019f9fd
Date: 2011/01/29 22:31
すべてを終わらせるとき!





***希望ケ峰学園情報処理室***




そこで絶望と希望が戦っていた!


「チクショオオオオ!
くらえ江ノ島盾子!
『希望を捨てちゃ駄目だ!』」

「さあ来い苗木誠ォォ!
私様は実は一回説得されただけでデレるぞォォォ!」


苗木のダンガンが江ノ島盾子に突き刺さる!


「グアアアア!
こ、この超高校級の絶望及び完璧と呼ばれる私が、
…こんな小僧に…」


江ノ島盾子は苗木誠の前に敗れた!


「ナ、ナエギクンダイスキィィィ!」


江ノ島盾子、絶望からリタイア。







***???****






「グアアアア!」


隣の部屋から断末魔が聞こえてくる。
そこには絶望四天王と呼ばれる存在が3人居た!(むくろんは盾子ちゃんのおまけ的扱い)


「江ノ島盾子がやられたようだね…」


彼女は超高校級の博士。
極亜 栗子(ゴクア クリコ)
量産型モノクマの生産担当をしている。
制服の上から白衣を羽織り、丸眼鏡とお下げが特徴的な女の子だ。


「フフフ…あの子は絶望四天王の中でも最弱…」


彼女は超高校級の催眠術師。
京 悪江(キョウ アクエ)
部分的な記憶消去から洗脳まで出来る鬼才。催眠装置も作れる。
中学生くらいの年齢で、銀色の長髪が特徴的な、不思議な雰囲気の男の娘だ。


「希望に感染するとは…超高校級の絶望の面汚しネ…!」

彼女は超高校級の武器職人
烈 阿句(レツ アク)
様々な武器を取り扱い、何故かアンチマテリアルライフルやロケットランチャーを懐にしまえてしまう超人だ。
チャイナドレスを着て、髪を2つのお団子にまとめた、いかにもな女の子だ。


「『希望を捨てちゃ駄目だっ!』」


そんな3人の下に、苗木誠が踏み込んでくる!


「「「グアアアア!
ナエギクンダイスキー!」」」


なんと3人とも一瞬でやられてしまった。


「やった…、
ついに四天王を倒したぞ…、
これで超高校級の黒幕(モノクマ)の居る絶望城の扉が開かれる!!」


意気込む苗木くん。
すると、目の前にいきなりドアが出現し、待ち構えていたかのように開く。


「うぷぷぷぷ。
よく来たね苗木誠君。
喧嘩番長をやりながら待ってたよ!」


そこには今まで苦しめられたモノクマの姿があった。
しかし、操作する者はいない。こいつこそが黒幕なのだ!


「(こ、ここが絶望城だったのか…!
感じる…、モノクマの絶望を…)」

「苗木君、戦う前に1つ言っておく事があるんだ。
君は僕を倒すのに『希望の石』が必要だと思っているようだけど…、
別に無くても倒せるよっ!」

「な、なんだって!?」

「そして、色々演出した君の両親はお腹が減ったって言うから最寄の町に解放しておいたよっ!
あとは僕を倒すだけだね…、うぷぷぷぷ…」

「フ…上等だよ。
ボクにも1つ言っておく事がある。
このボクに、外の世界に放置したままの妹が居る気がしたけど、
別にそんなことはなかったよ!」

「そうなんだ」


ついに世界の希望と最後の絶望がぶつかり合う!


「ウオオオオいくぞオオオ!」

「さあ、来い苗木君!」


苗木の希望が世界を救うと信じてっ!
ご愛読ありがとうございました!



























正直すまんかった。
慣れないシリアス(?)なんか書いたからつい暴走しちゃった。
もちろんただのネタです。
次は最終回の予定なのでちゃんと書きます。






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.49024200439