第1話(前)
アレースは、普通より遥かに高い城壁に囲われている。
都市の唯一の出入口である城門も、幾つもの施錠が降ろされる分厚い鉄扉だった。
「でかい、…首が痛くなるな」
アランは入国許可待ちの列に並んだまま、城壁を見上げていた。
「おとぎ話のまんまだな」
アレースでは常に探索者を募っているので、入国審査は容易い。
逆に都市から抜ける時には、莫大な税金と審査があった。
それはサーチャーが所有する強力な力のアレースの外への流出を防ぎ、徴税によって都市の財政を潤すためだった。
実際、迷宮探索者を志して集まる者達は多いが、街の外に戻れる者は一握りである。
程なくしてアランも、門警備兵の詰め所に辿り着いた。
「あんたも、サーチャー志願者かい?」
警備兵が、アランの姿を見て聞いた。
如何にも農民出らしい着古した服に、護身用の小剣を腰に提げている。
肩に背負った小さな荷物袋だけが、アランの持ち物だった。
長い、旅をしてきたのだろう。
薄汚れた質素な外見が警備兵の意識を引き付けたようだ。
手際よく書類を記入していく警備兵の様子から、アランのような者には毎日顔を合わせているのだろう。
そして、生きて街を出ていけるものは、一握りにも充たないに違いない。
「まずは、サーチャーズギルドで登録を済ませるこったな。通りの東側に入会を請け負ってる支部がある。剣の看板がある三階建ての建物だ、すぐに解る」
「有難」
数枚の銀貨を渡したアランは、礼を言って一枚のコインを上乗せた。
警備兵は軽く驚いてアランを見直した。
何百人というサーチャー志願者を扱ってきた警備員だったが、まともな返答を受けたのは初めてといって良かった。
サーチャー志願者は、わざわざ普通の暮らしに見切りを付けてやってくる者達だ。
数少ないまともな連中も、これからの冒険に心ここに在らずになるのが普通だ。
だが、目の前の若者は、何を考えているかわからない。
褐色の瞳が、門の向こうに向いている。
「死に急ぐなよ」
驚いて振り返ったアランだったが、そんな忠告を口にした警備兵自身も驚いていた。
アランは、ただ手を振り城門を潜っていった。
サーチャーズギルドの第三支部は、赤煉瓦造りの洋風館だった。
人の出入りも疎らだが、途切れる事はない。
帯刀し鎧姿のままで歩く人の姿は、アレースだからこそだった。
サーチャー協会の本部は都市の中央に位置し、アレースの行政を管理している。
本部に出入りが許される上級サーチャーは、一騎当千の英雄クラスといえた。
アレース迷宮に降りるためには、必ずサーチャー協会に所属しなければならない。
とはいえ数百人を数えるサーチャーを統括するのは難しく、ランクに応じた免許証を発行する形式を取っている。
総てのサーチャーは月に一度協会に出頭し、会費納入と能力鑑定を受ける義務がある。
死亡、又は行方不明となったサーチャーは、一切の財産を協会に没収される。
アレースへの入植者は多いが、大半が迷宮から帰らぬ人となる。
第三支部の一階は、アランが思っていたよりは混んでいた。
カウンターは幾つかの窓口に分かれており、能力鑑定の部署は列をなしていたが、新規入会の窓口は暇そうに見えた。
興味深く見回していたアランも、案内板を見つけて窓口に向かう。
「あら? いらっしゃい。初めての方ですね」
お茶と煎餅を噛っていた受付嬢は、いささか慌てて顔をあげる。
一日に何十人も入会希望者が来るわけではなく、入会窓口は閑職に近い。
「それじゃあ、えーっと。お名前は? そうそう、入会金は準備してあるかしら?」
砕けた口調に、アランは面食らって年若い受付嬢を見詰めた。
サーチャー協会の制服を着た娘は、外見上では16、7歳に見える。
だが、微かに尖った耳の形から、エルフと人間の混血児である事が解る。
エルフは、不老長寿と繊細な容姿から、人間に迫害された種族だ。
大陸では、普通の人間がエルフに会う事は皆無だ。
彼女は亜麻色の髪を後ろで結い、大きな眼鏡をかけていた。
胸のネームプレートに、第三支部所属カリナ=カッセルと見て取れた。
じぃと自分を見詰める男に、カリナは大袈裟に溜息をついた。
「ハーフエルフを見るのが珍しい?」
「後免」
不作法に気づいて俯くアランに、カリナは門番と同じようにちょっと驚く。
「別に、私は慣れてるから気にしないんだけどね。君、気をつけた方がいいよ。アレースには、いろんな人間以外の種族が住んでるからね。血の気が多いのも、居るから」
素直に首肯するアランに、カリナは余計かなとも思える忠告をしてしまった。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。