法医学講義 薬物依存 (総論)
Drug Abuse (1)


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心をあやつる毒:依存性薬物と精神異常発現薬 (厳密には毒ではない)

  1. 薬物乱用 drug abuse:正当な目的から逸脱して、気分の転換や束の間の快楽のため、悪いこととは知りつつ、薬物を使用すること

  2. 薬物依存 drug dependence
    生体がある薬物に対して精神依存 and/or 身体依存にある状態
    薬物乱用≠薬物依存≠薬物中毒、乱用⊃依存 (乱用なしの依存もある)
    薬物依存の結果生じた行動異常・精神障害・臓器障害:一括して“依存症”
     アルコール中毒 (肝障害など) +アルコール依存症:アルコール症

    1. 精神依存 psychological dependence
      強い欲求のためその薬物の使用を意志でコントロールできない強迫状態
       →手に入れるためなら何でもする (行動的、精神的異常を伴う)。
      断薬したり十分量の薬物が手に入らない。
       →1) 強い不安、薬物に対する激しい欲求。2) 客観的には退薬症候 (禁断症状) なし。
      神経化学的機序:不明
      関連語:薬物探索行動 drug-seeking behavior…激しく薬物を求める行動
       例) ヘビースモーカーがタバコ切れで灰皿の中の消しもくをさがす。
      ∴精神依存は薬物探索行動の無限の繰り返しが中核

    2. 身体依存 physical dependence:中枢抑制薬のみ
      断薬/減薬により身体的異常 (退薬症候) を生じる状態
      退薬症候 withdrawal syndrome、離脱症状 (禁断症状 abstinence syndrome)
       薬物の血中濃度の低下で出現する不快な症状 (不眠、不安、振戦、発汗、痙攣発作、妄想、幻覚)
       中断後1〜2日以内に出現、2〜3日でピーク、1週間程度持続
      機序:中枢抑制薬による抑制に順応→代償的に過剰興奮→退薬でバランスが崩れ中枢が興奮
      薬物の再摂取で消失
      反復投与→精神依存→身体依存→精神依存増強 (精神依存の二次形成)
      強制投与で直接身体依存が生じることもある。例) モルヒネ

    3. 交叉依存 cross dependence
      ある薬物の依存が全く別の薬物の依存に継続できる状態 (それぞれの退薬症候を互いに抑制)
       例) アルコール→barbiturate

  3. 薬物依存の治療薬
    退薬症候を抑制し、それ自体身体依存を形成しないもの (完全なものはない)
     例) モルヒネの治療薬: (依存時) メサドン (退薬症候抑制)
       ヘロイン:モルヒネ治療薬の hero としてデビュー。しかし身体依存形成能は最強

  4. 耐性と逆耐性

    1. 耐性 tolerance
      初期と同様の薬物の効果を得るには用量の増加を必要とする現象
      1. 代謝耐性 metabolic tolerance:代謝・排泄の昂進
         例) バルビタール、エタノールによる肝薬物代謝系の機能昂進
      2. 機能的耐性 functional tolerance:薬物の体内動態には無関係
        1. 組織耐性 tissue/cell tolerance:身体組織自体の感受性の低下、代償機能の発達
           →身体依存との関連深い
        2. 行動耐性 behavioral tolerance:運動機能などを障害する効果に対する慣れ
           身体依存を生じる薬物には必ず耐性存在→共通の機序の存在を示唆。しかし耐性≠身体依存

    2. 逆耐性 reverse tolerance、過敏現象、履歴現象、再燃現象 flash back
      薬物の反復投与によって薬物感受性の増強が起こる現象
      症状:断薬後 (しばらくの症状消失期を経て) 数年以内に少量の薬物により、あるいはストレスのみで、依存状態 (精神毒性) が速やかに再現される。
       例) 覚醒剤の分裂病的な被害妄想の再現
      退薬症候:数時間から数週間程度持続 (ピーク数回あり)
      再燃現象:断薬後かなり時間を経過してから (その間消失)

    3. 交叉耐性、交差逆耐性

  5. 薬物の精神毒性
    薬物によって起こる病的な精神状態。意識障害を中心とする外因性精神障害

    1. 精神病・鬱病の誘発、精神病的状態・鬱状態……覚醒剤
    2. 恐慌不安反応 (潜在的な不安の露呈) ……………幻覚発現薬
    3. 動機喪失症候群 (消極的、非生産的態度) ………大麻?
    4. 急性脳症、慢性脳症 (痴呆・人格障害)

  6. 依存性薬物
    分  類中枢
    作用
    精神
    依存
    薬物探索 
    行動による
    問題行動 
    耐性身体依存
    (退薬症候)
    精神毒性
    急性慢性
    1. モルヒネ型* Morphine
     
    抑制+++ ++++++ ++++?
    2. アルコール・バルビツール酸塩型
     Barbiturates and alcohol
    抑制++++ ++++++ ++
    3. アンフェタミン型*
     Amphetamine
    興奮 +++++(++) なし+++++
    4. コカイン型* Cocaine
     
    興奮+++ ++なし なし+++++
    5. 大麻型 Cannnabis
     
    抑制+? なし なし+?
    6. LSD型 Hallucinogen
     (LSD25は日本でのみ麻薬指定)
    興奮 +? なし ++++?
    7. 有機溶剤型 Volatile solvent
     
    抑制 +? +?+++?
    8. カート型 Khat
     (アフリカに生育する植物の成分の総称)
    ++ なし?
      *国際麻薬

    1. 法的取締 (日本): あへん法、大麻取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法
       →法的にはアヘン、覚醒剤は麻薬ではない
       国際麻薬:独立した法律(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)で規制
    2. 依存性薬物による犯罪
      1. 経済的犯罪…ヘロイン (中枢抑制薬): ヘロインを買うために強盗
        薬が欲しくてする行為 (精神・身体依存)。手に入れば満足
      2. 凶悪的犯罪…覚醒剤、コカイン (中枢興奮薬): 他人への理由なき傷害
        薬の作用により生じる行為 (精神毒性、特に慢性)。入手とは無関係
        統合失調症 (精神分裂病) 妄想型に類似した被害妄想→防衛行動→暴力行為
    3. 依存性薬物共通の薬理学的特性
      1. 中枢神経系 (脳) に作用し、精神の変容を引き起こす=向精神作用 psychotropic action
      2. 生体にとって好ましい幻覚:報酬的効果。例) 多幸感、陶酔感、苦痛の軽減
      aでもbでないものは依存性薬物ではない (フェノチアジン系やブチロフェノン系向精神薬)
      依存性薬物の強化効果 (正:報酬的効果、負:退薬症候):飴と鞭
       →いずれも薬物の反復自己投与を促す
      神経化学的機構:アンフェタミン、アルコールの多幸感
       …カテコールアミンの作用が関与。特にドーパミン系

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