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[20619] 【習作】星は夢を見る必要はない(クロノトリガー・キャラ崩壊)
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:b6d60857
Date: 2010/12/23 03:41
 キャラ崩壊注意! クロノトリガーの正式なファンの方は避けて通るのが無難です。













 夢を見た。


 それはそれは酷い夢だった。


 どれくらい酷いかというと幼馴染であるルッカの親父さんの頭を指差して
「黒光りしてるー!」
 と大声で喚いた時の親父さんの顔を見た時に匹敵するくらいの寝汗をかいていたことから想像できよう。


 さて、その夢の内容だが、さっき俺が名前を口に出した、ルッカが関わってくる。


 夢の中で俺は磔にされているのだ。


 辺りは暗い。右には大量のビンが置いてある棚があり、ビンの中には見たこともない生き物が詰め込まれていた。


 左を見ればなにやら複雑そうな機械が多々あり、所々に赤い液体が付着している。
 その液体が何かは深く考えないようにした。きっと鉄分が多く含まれているんだろうな、という思考は遥か彼方に葬った。


 しばらくそのホラーな空間で磔られていると、暗闇の奥から高笑いが聞こえてくるのだ。


 小さな頃は、その声を聞くと元気が出た。最も昔はそんな下品な高笑いなんかせず、いつも大人しそうにクスクスと笑うものだったが。


 幼い子供ながらに、その声が悲しそうに響いていれば悲しむ理由を聞き出して、その原因を取り除こうと、その子の笑い声を取り戻そうと躍起になった。


 その子が嬉しそうに喋りだすと、俺も嬉しくなって、その日はずっと笑顔になれた。転んでも、母さんのお使いが上手くできなくてやたらめったら怒られても、胸の中が暖かかった。


 幼少期の俺にとって、ルッカは俺の全てだった。


 しかし、そんな彼女と俺の甘酸っぱい関係はいつしかすっかり変わってしまった。


 彼女が悲しそうにしていれば「大丈夫かよ?」と口にはするが心の中でガッツポーズを取るようになり。


 彼女が嬉しそうにしていれば脇目も振らず逃げ出したり。


 彼女と町の中で出会おうものなら俺は神を呪い、その日一日を後悔と絶望の感情で塗りたくられるのだ。


 ……話がずれたな。


 とにかく、今ではキンキンと耳障りな笑い声を出しながら、ルッカは動けない俺に近づく。


 手を伸ばせば届く、という距離まで近づくと、ルッカは急に笑うの止めて、嬉しそうに、本当に嬉しそうにこう呟くのだ。


「実験、しよ?」




「あ、ああああああああぁぁぁああぁぁ!!!」


 思い出した瞬間、俺はベッドから飛び起きて、壁に立てかけてある木刀を掴み振り回した。


「殺せ! 殺せよ! おおお俺は実験動物じゃない! 俺にだって男としてのプライド、いや、人間としての矜持があるんだぁぁぁ!!」


 いつまで暴れていただろうか?
 俺の中では永遠とも思える時間を見えない敵と戦っていたのだが、母さんが俺にフライパンを投げつけて気づいたときには、二分と経っていなかった。
 ていうか母さん、息子に鉄の塊をぶつけるのはどうかと思うのだよ。


「だったら毎朝奇声を上げるのは止めて頂戴。いつ我を忘れて私の体を求めてくるか、分かったものじゃないわ」


「マジ、それ親子間で交わされる会話じゃないかんね。どう我を忘れたら四十前のおばさんに飛び掛るんだよ。とうが立ってるなんて問題じゃねえよ」


「今日のびっくりどっきりニュース! あんたの朝飯庭に生えてる雑草ね」


「はっは、それは豪勢だな。食べ放題なのか?」


「デザートは虫の活け作りね。ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと下に下りてきなさい」


「へいへい……ねえ、朝飯抜きってのは冗談かな?」


「ああ、リーネの鐘があんなに気持ちよさそうに歌ってる」


「いつ頃だったっけ? 俺と母さんの間で会話のキャッチボールが不自由になったの」


 呟く俺を無視して母さんはスタスタと階段を降りていく。
 仕方なく俺は溜息を吐きながら木刀を腰に差して、下に降りる。


 台所に向かうと母さんは優雅にモーニングコーヒーを飲んでいた。
 机の上にある空き皿と、バターの匂いが立ち込めていることから今日の朝ごはんがトーストだったことを悟る。俺の分が無いことも。


 俺の腹がキュウキュウと鳴り出し、自分でも表情がひもじそうになっていくことを自覚する。
 そんな俺を見て母さんが眉をひそめて、


「今日は建国千年のお祭りよ、屋台も出てるでしょうし、そこで何か食べてきなさい」


 あくまで朝飯は作らない気だな、上等だこの野郎、今度あんたの寝室に大量のバッタを仕込んでやる。


「……分かったよ、じゃあ母さん」


 俺は右手を母さんに向けて、掌を開いた。


「……何?」


 さっさと用件を言え的な感情が半分。残りは急に何だよ気持ち悪いなこいつ的な感情が半分。そんな表情でした。


「いや……俺、お金ないからさ」


 しかし俺は諦めない!
 折角の、千年に一度の祭り。
 軍資金無しで出かけるなど愚の骨頂!
 そう、ココだ! 今日の祭りが楽しめるものになるか、それとも帰り道で「祭りなんて、結局カップルが公然とイチャイチャするだけのイベントなんだよ」と唾を吐くことになるか、その分岐点!
 今日の肝なんだ、今、この瞬間こそが! 肝……!!


「……?あんたにお金がないのと私に何の関係があるの?」


 やっべえ……母さんの守備力は三千以上だな……
 しかもこれ多分素だな。とぼけてるとかじゃないや。


「ねえ母さん、俺、なんだかんだ悪口とか言っちゃうけど、やっぱり俺は母さんのこと尊敬してるんだよね……」


「何よ急に、どうしたの?」


 さりげなくお金をねだるのは不可能、こうなれば三つある奥の手の内の一つ、情に訴えるコマンドだ。
 デメリットとしてこっ恥ずかしいセリフを言わなければならないが、その効果はデメリットを補って余りあるものとなる!


「ほら、俺父親いないじゃんか。けどさ……けど俺辛いなんて思ったこと無かったよ、だって俺が寂しいと思ったとき母さんはいつも俺を慰めてくれたよね」


「あんたが何で父親がいないんだよ! お年玉が半分になるじゃんか! とか言いだした次の日にあたしゃパレポリの船で一週間くらい旅行に行ったけどね」


「毎朝俺を起こしてくれたり、布団を干してくれたり、少しは休みたいだろうに、いつもいつも俺のために体に鞭打って働いてくれてる……」


「あんた勝手に起きるじゃない。毎朝あんたの部屋に行くのは放っておくと延々頭のおかしな叫び声を撒き散らすからでしょ。布団だって昔私が間違ってあんたの布団を燃やしてから自分で干してるじゃない」


「……俺が、苛められてる時に助けたりとか……したことありますかね?」


「苛めって……ルッカちゃんにって事? うーん、あんたのケツに爆竹詰められてた時は爆笑したけど……助けたことあったかしら?」


「あんた、何で俺の母親やってんだくそばばああああぁぁぁ!!!」


「あんた、母親にむかってくそばばあって言った?ねえくそばばあって言った? ぶち撒けられてえか糞餓鬼ぃぃぃ!!!」


 こうして、第百八十七次トルース大戦が幕を開けた……








「あ、これ絶対顎外れてる。うん、もう戻りそうに無い」


 俺と母さんの運命の戦いはあっけなく幕を閉じた。
 俺の振り下ろした木刀をスウェイで交わし俺の顎にネリチャギ。
 俺は気を失って、気づけば家の前に大の字で寝ていた。


「くっ、まさか奥の手の内二つが破られるとはな……」


 ちなみに、奥の手の二つ目は暴力による強奪だ。
 結果は見ての通り。
 ここまできたならば仕方ない。奥の手の三つ目を使わざるを得ないな……


 体についた砂を払い、近くに転がっていた木刀をまた腰に差して、祭りが行われているリーネ広場に目を向ける。


「……諦めよう」


 『クロノ奥の手が内の三つ目、妥協
 あらゆる人生において最重要スキルともっぱらの噂である』


 俺は母さんとの戦いの後遺症で痛む頭を無視して、リーネ広場に足を向けた。








「おお、若者よ! 今日は我が王国の千年祭じゃ! 存分に楽しんでゆかれよ」


「ああ、はい。まあそれなりに……ところで」


「どうした、分からぬ事があるならば、この老いぼれが力になろう」


「無料で何か食べることができるお店ってありますか?」


「おお、若者よ! 今日は我が王国の千年祭じゃ! 存分に楽しんでゆかれよ」


 じいさんはまた新たにリーネ広場に入ってきた男に声をかけた。
 祭りといえど、人は人に優しくなれるものではないのだろう、俺はこの年にして真理を垣間見たのかもしれない。


「しかし……やたらと賑わってるな、流石は千年に一度のお祭りってわけか」


 屋台からは威勢のいい客引きの声、どんな所からも聞こえる楽しそうな笑い声、鼻をくすぐるなんとも良い匂い……


「ああ、あれは焼いた肉にタレを付けてもう一度焼いているのか。お、あれはパイにクリームと果物を挟んでる……んん、あれはジャガイモにバターとバジルを振りかけてサイコロステーキと一緒に売ってるんだな。いやー……腹減った……」


 クルルクルルと俺の腹が「補給を要求する! でなければ動かん!」とストライキを起こしておられる。
 このままでは楽しい祭りもブルーな気分で過ごさなくてはならない……


 俺は意を決してじいさんにもう一度話しかける。


「あの……」


「おお、若者よ! ……ってあんたか、なんじゃい、祭りに来る前に物の売り買いの常識を学んでくるとええぞ」


「いや、そこをなんとか……折角の祭りですし、俺も楽しみたいんですよ……」


 そこまで言うと嫌味ったらしいじいさんも哀れに思ったのか、顎に手を着けて何か考え出した。


「そうじゃなあ……おお! 確かココをまっすぐ行った所、ほれ、もろこしを売っている店の前にある……そこでシルバーポイントを金に換えてくれるはずじゃ」


 シルバーポイント? 何だそれ。


 俺の疑問が分かったのかじいさんは引き続き話し始める。


「シルバーポイントとはこの祭りの中にあるゲームに成功すれば貰えるポイントでな。例えばそこ。四人の男たちがレースをしているじゃろう?」


 じいさんの指差した方向を見れば確かになにやらレースらしきものが行われているのが分かる。
 ……ただ、じいさんは四人の男たちと言ったが、そのメンバーはまず鉄のよろいを装備した城の兵士。
 次にお前レースとかする気ないだろと思う全身甲冑のフルアーマー状態の男? 鉄仮面をしているので性別の確認もできない。じいさんは男と言っていたし多分男なんだろう。
 三人目は肌が緑色で、所々に黒い斑点がある化け物。こんなもんのどかなトルース町に現れたら大騒ぎだ。今は祭りだからか知らないが、皆その化け物を応援している。人間ってテンションによって馬鹿になるよね。
 最後のメンバーは猫です。それ以外に説明できません。こいつに賭ける奴とかいるのか? いたとしたらそいつ頭大丈夫か?
 ……この三人プラス一匹で構成されている。


「……ええと……」


「この四人のうち誰が優勝するか賭けるんじゃよ」


「……まあいいです。突っ込んでたら祭りが終わるんじゃないかってくらい長くなりそうだし」


 ここに着いた時には大分収まっていた頭痛がさらに酷くなってきた為、額を押さえる。じいさんはそんな俺を怪訝な目で見つめながらさらに話を続ける。


「じゃが、このレースに参加するのにシルバーポイントが五ポイント必要になる。あんたはシルバーポイントを一ポイントも持ってないんじゃろう?」


「そうですね、来たばかりですし」


「じゃから、お前さんはまず向こうにある飲み比べで勝負するか、ルッカの発明品と勝負して勝つかしてシルバーポイントを貯めることじゃな」


「ルッカの発明品?」


「ああ、なんでも自信作らしい。銃弾でも傷一つつかない! と豪語しておったわ」


「誰がそんなロボコップみたいなもんと勝負するか馬鹿が」


 ありがとうございましたとじいさんに礼をして、俺は飲み比べの会場に走り出した。


 そこには道の端で吐いたり、あー、あー、といいながら濡れタオルを顔に置いてベンチで寝ている人が大勢いた。
 その中で一人の大男が「だらしねえなー! トルース町の連中はよお!」と大声で話していた。
 どうやらトルースからではなく、橋を越えた先のパレポリから来た男のようだ。


 俺はおっさんの肩に手を置き、
「勝負してくれよ、いいだろ?」
 と声をかけた。


「はっ! ガキか。話にならねえな」


「どんな奴からの挑戦も受けるんだろ? そこの張り紙に書いてある」


「……はああ、分かったよ、そこの椅子に座りな」


 言われたままに椅子に座る。するとその隣におっさんが座り、椅子の前にある机に缶ビールを十六缶置いた。
 その内八缶、つまり半分をおっさんが自分のほうに持っていく。


「いいか? 先に自分の分、八缶の缶ビールを飲んだほうが勝ちだ。良いな?」


「オッケー、飲み比べっていうか、早飲みだな」


「まあな。……さて、用意はいいか? ……ヨーイ、ドン!」


 合図とともに俺とおっさんが同時にビールを飲みだす。
 アルコールと思うな炭酸と思うなビールと思うな水と思えいやそもそも何かを飲んでいるということすら忘れてただ喉を動かせっっ!!!


「うーい、まずは一杯……って何いっ!」


 おっさんが一杯目を飲み干した時、俺はすでに三倍目のビールを飲み始めようとしていた……




「空は青いなあ」


 空はいい。こんなにも快晴、そしてこんなにも俺たちに力をくれる。
 空が明るいから俺たちは前を向ける。歩き出すことに不安を生み出させない。


「本当に……空は……良い………ううう……」


「お母さーん。なんであのお兄ちゃん泣いてるのー?」


「それはね、自分の力ではままならぬ大きな壁にぶつかってしまったからよ」


「へー、私とお母さんが実は血が繋がってないことと同じくらいままならないのかなー?」


「ユ、ユカちゃん!? 何処でそれを……!!」


 なにやら遠くで聞こえる喧騒も、全ては空しい……


「あそこで……あそこでてっかめんランナーがスイートキャットを踏み潰して失格にならなければ……!」


 飲み比べに勝った俺は初めて手にしたシルバーポイントをレースの賭けに使ったのだ。
 なんでもシルバーポイントを金に換えるためには十ポイント必要らしく、飲み比べで得た五ポイントではどうしようもなかった。
 そのためレースの勝敗に文字通り全てを賭けたのだが……


「くそお……やっぱりいざとなれば甲冑を脱ぎ捨てて真の力を発揮するはず! とか馬鹿なこと考えずに普通にほいほいソルジャーにすべきだった!」


 ちなみにほいほいソルジャーは色物揃いのレーサーの中で比較的まともそうな城の兵士っぽい格好の男だ。


 ……こうなれば、最後の手段。


「ルッカの発明品を……叩き壊す!」


 レース観戦の時近くにいた人の話ではルッカの発明品に勝てばシルバーポイントが十五ポイント貰えるらしい。
 それだけあれば金に換えられる。液体ではなく固体を口に入れられる……!


 正直俺は酒の飲み比べで腹はもう減っていなかった。だが……


「次こそ……次こそレースに買ってみせる!」
 レースの魅力、いや、魔力に囚われてしまったのだ。


「ハッハッハッ! いいぜ、ルッカ。テメエの発明品なんぞ俺のクロノ流剣術で粉々にしてやる! アーッハッハッハ! おおっ!?」


 酒を飲んですぐに興奮したからだろうか?
 いつもならなんら問題は無いのだが、俺は急にふらついてこけそうになってしまった。
 たたらを踏んで転倒は免れたのだが、後ろからなにやら必死そうな声が聞こえた。


「ちょちょちょちょ! どいてどいてー!!」


「え?」


 振り向くと、金髪のポニーテールの女の子が、俺にダイビングしていた。


「うごえ!?」「きゃあ!」


 どういうつもりか知らないが、女の子は膝を前に出し、その膝は俺のみぞおちにクリーンヒットしていた。


「おっ、おっ、おっ、おぼえええぇええ……」


 盛大に胃の中のものを吐き出しながら、リーネ広場の鐘が楽しそうに鳴り出した……





 星は夢を見る必要は無い
 第一話 悔いの残る人生でした








 ようやく吐き気もおさまり、辺りを見回すとさっき俺に飛び膝蹴りをくれた女の子は何かを落としたらしく近くの床をキョロキョロと探していた。
 急に飛び出した俺も悪いけど、見知らぬ他人に膝いれといてなんにもないとか嘘やん。


 思わず殺意の波動に目覚めそうだったが、俺の足元にペンダントが落ちていることに気づいた。


 絶対教えてやんねーと思ったが、そのペンダント、妙に輝きが鈍かった。
 あんまり良いペンダントじゃないのかな、と思ったが、良く見るとその訳が分かった。


「……臭っ」


 俺の嘔吐物が付いているのだ。中々豪快に。


 女の子が気づく前に俺はそれを拾いダッシュで水場に向かう。
 念入りにペンダントを洗い、ついでに口もゆすぐと走って元の場所まで戻る。
 よっぽど大切なものなのか、女の子はまだペンダントを捜していた。
 俺はできるだけ自然を装い、笑顔で彼女に話しかけた。


「やあっ! 君が探しているのはこれかい!」


 俺の声を聞き、女の子は俺を見る。そして俺が握っているペンダントを見ると満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとう! そのペンダント私のよ。古ぼけてるけどとっても大事なものなの。返してくれる?」


「勿論さ、困っている女の子を助けるのは当然だしね! それじゃあこれで!」


「待って!」


 ペンダントを渡し、何かに気づかれる前に立ち去ろうとすると女の子は俺の服の袖を掴んできた。
 え、バレた? バレてないよね? そうだといってよ顔も覚えてない父さん!


「私お祭り見に来たんだ。ねえ、あなたこの町の人でしょ? 一人じゃ面白くないもん。いっしょに回ろうよ! いいでしょ? ね? ね?」


 君文法おかしくない?と言おうとしたが、ひとまずそれは置いといて……
 え? 逆ナン? 逆ナンですかこれ?


 えええー……嬉しいけどさー、嬉しいけどさぁ……
 きっかけが相手の子の持ち物にゲロ吐いたから始まる出会いってどうよ?
 何より後ろめたさが尋常じゃないし、ここは申し訳ないけど……


「あれ? なんかペンダントからすっぱい臭いが……」


「行こうか! 俺も一人でつまらないな、と思ってたところさ! 君みたいに可愛い女の子の誘いなら乗らない訳にはいかないね!」


 バレちゃ駄目だバレちゃ駄目だバレちゃ駄目だ……!!


 そういうと女の子は少し不安そうな顔だったのがまた嬉しそうな顔になり飛び跳ねて喜びを表現した。


「わーい、やったー!」


 罪悪感からの了承だったとはいえ、ここまで喜んでくれると、なんだか俺も嬉しい。
 ここまで大げさではなかったけれど、ルッカも昔はこんな風に可愛く正直に感情を見せてくれたんだよなー……


 少し物思いに耽っていると、女の子の顔が目の前にあり、驚いて一歩後ろに下がってしまった。


「な、何?」


 俺が少しかすれた声を出すと、


「私マールって言うの。あなたは?」


 笑顔のまま彼女は自己紹介を行う。ここで俺が自己紹介をしない理由がない。お前に名乗る名などない! と一蹴する、という選択肢が出たが意味がないので普通に名乗る。


「クロノだ。よろしくなマール」


 自己紹介をしただけなのに、マールはまた嬉しそうに笑って、飛び跳ねた。
 なんか知らんが、えらく元気な子だな。
 知らず俺の顔もまた笑顔になっていた。


 それから、マールは俺を色んなところに連れまわした。
 最初は俺に案内させるのかな、と思ったが何かしらの店を通るたびに


「あ! ねえねえクロノあれ何?」

「クロノクロノ! 凄いよあれ! ウネウネ動いてるー!」

「凄い凄い! 皆踊ってるよ、私も踊る! クロノも一緒に踊ろうよ! いいでしょ?」

「行けー! てっかめんランナー! 頑張れー!」

「クレープって言うんだこれ、美味しいよ! クロノ!」


 とまあ、はしゃぎにはしゃいでくれて、落ち着く前に俺の手を引っ張って行った。


 お金が無いのは男として辛すぎるので、まず最初にルッカの発明品、ゴンザレスをスクラップにして、ゴンザレスの持っているシルバーポイントを根こそぎいただいた。(本来はある程度戦えば降参して、十五ポイントをくれるらしい)
 そのシルバーポイントをある程度お金に換えて、二人で祭りを満喫した。
 途中、猫を探している女の子がいて、マールが「探してあげよう!」と言い出したので嫌々探しているとその猫が俺の顔に飛んできて、無事女の子の元に連れて行ってあげたり、置きっぱなしの他人の弁当を俺が食べようとするとびっくりするくらい冷たい目でマールが見てくるので断念したり、残ったシルバーポイントでレースを見たり、お化け屋敷みたいなテントでワーワー叫んだり興奮したりと、本当に楽しい時間だった。


「あー、楽しかったねクロノ!」


「ああ、こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ」


「私も! こんなに楽しかったのは生まれて初めてだよ!」


「ははは、大げさだな、おい」


 それでも、随伴した俺としては男冥利に尽きる言葉だったので、なんだか嬉しかった。


 ……ただ、祭りを回っている途中に一組のカップルが話していた言葉をにマールが興味を持ったのは誤算だった。


「ねえプラス? なんでもルッカの発明品が完成したらしいわよ?」


「本当かいマイナス? それは是非とも見に行かなければ!」


「ええそうね、広場の奥で見られるらしいわよ」


「よーし、いっくぞー!」


「ああん、待ってよプラスー!」


 と頭の悪い説明的な会話を聞いたマールが
「私たちも行こう!」
 と言い出したのだ。


 俺はごめん、盲腸が発狂して異がはしかにかかったんだ……と嘘をついて帰ろうとしたが、マールがほほを膨らまして、目に涙をためて俺の服の袖を掴んで離さなかったので断念した。


 ルッカのいる所まで後少し、というところでマールがキャンディ買って行く! と言って店に走っていった。


 ……これは、逃げるチャンスなんじゃないか?


 ここから俺とマールの距離は五メートル。
 俺が全力で逃げ出せば元気の塊のマールでも俺に追いつけはしないだろう。


 ……ごめんマール。
 俺、お前の悲しむ顔は見たくないけど、俺が辛い目にあうのはもっと嫌なんだ。


 思い立ったが瞬間、俺は力いっぱい祭り会場の入り口に向かって走り出した。
 後ろから「ああっ!」というマールの声が聞こえたが、華麗に無視して走り続ける。
 何が悲しくて楽しい祭りの日に実験オタクのサディスト元根暗女に会わなければならんのだ。
 そう、俺は自由の男、クロノのクは孔雀のク! (意味なんかない)


 マールには悪いけどなー、と考えていると、耳のすぐそばでヒュン、と高い音が聞こえて、思わず立ち止まると目の前の床に鉄の矢が突き立っていた。


 ぎぎぎ、と音が鳴りそうなくらいゆっくり振り向くと、マールがボーガンを構えて俺を見ていた。


「マアルサン、ソレハナンデスカ?」


 思わず機械的な口調になるのは仕方ない。


「私ボーガンが得意で、いつも持ってるんだ。護身用ってやつかな」


 笑顔のまま、それでもこめかみに青筋が浮かんでるのは恐怖を二倍にする。マール、倍プッシュだ! みたいな。
 つか、護身用にボーガンはおかしい。防衛になってないもん、間違いなくちょっかいかけようとした奴を無力化させる物じゃないもん。悪・即・斬の構えじゃん。
 世の中に信じられる奴なんかいないという境地に立たないとそんなもん護身用に持ちませんよ。


「ソ、ソウデスカ、ソレハステキデスネ」


 想いとは裏腹なセリフを吐く僕、クロノ。悪い人間じゃないよ、優しくしてね。


「ありがと。……で、クロノは私を置いて何処に行こうとしたのかなぁ……」


 ボーガンの側面をトントン叩きながら一歩ずつ近づいてくるマール。右手に見えるかわいらしい柄のキャンディが不似合いで怖いです。


「と……トイレ……もう、限界でしたので……」


「……ふーん」


 ドンファンの愛のささやきくらい信じてませんよという顔で見るマール。
 ……まあそうだよねえ。


 結局、俺はマールに襟首を掴まれながらルッカの発明を見るハメになった。
 せめて腕を組むとかで拘束してくれよ……




「さあさあ、お時間と勇気のある方はお立会い! これこそ、せいきの大発明! 超次元物資転送マシン一号だ!」


 ルッカの親父さん、タバンさんが大きな声でルッカの発明品の説明をしている。
 そのルッカの発明だが、青い色の床の上に、傘みたいなものが付いて、その横にゴチャゴチャしたチューブやらレバーがくっついている。そんな機械が二つある、なんとも言いづらいデザインの機械だった。
 まあ、あえて一言で表現するなら、非常に胡散臭い。


「早い話がこっちに乗っかると、」


 タバンさんが左側の装置を指差す。


「こっちに転送するって夢のような装置だ!」


 その後右側の装置を指差し、自慢げな顔をする。


 ……正直、その説明を聞いても何が言いたいのかさっぱりだった。


「こいつを発明したのが頭脳めいせきさいしょくけんびの、この俺の一人娘ルッカだ!」


 頭がいいのは認めるが……才色兼備!? どこがやねん。
 まあ、服装は研究大好きな為それ用の服を着ている。それはまあいい。紫がかった髪をショートカットにして、それも勝気そうな顔に良くあっているから文句は言わないし、顔の造詣も……まあ町の奴らから隠れてアイドル扱いされているから良いとしよう。ぶっちゃけ眼鏡は外したほうがいいと思うけど。
 ……まあ、可愛いのはまあ、良いとしても、性格鬼畜、有限不実行、天上天下唯我独尊女と付け加えなければ納得できない。


「へー……面白そうだね、クロノ!」


 うん、一応面白そうだと言っているが、途中までのローテンションを見る限り、マールもイマイチ理解できなかったみたいだ。


「マール、多分想像よりもずっとつまらないものだから、戻ろう。あれだ、なんたらケバブー買ってやるから」


「やだ、何が入ってるか分からないから気持ち悪い」


「オオゥ、タカ派だな」


「クロノ!」


 クソッ!マールの説得に手間取って悪魔に見つかるとは!


「待ってたわよ! だーれも、このテレポッドの転送にちょうせんしないんだもの」


 そりゃあそうだろうさ。昔空を飛ぶ機械とやらで無理やり俺に実験させて、俺の両足が骨折した、なんて前科があればな。


「こうなったらあんたやってくれない?ていうかやれ」


「こ……! このメスぶ」


「面白そう! やってみなよ。私見ててあげる!」


 あんまりにも理不尽な言葉に切れかけた俺がルッカに暴言を吐く前に、マールが本当に楽しみだという顔で笑いかける。
 ……頭の中身は少々残念な危険っ娘だが、こうしてみると確かに可愛いんだよな……


「左のポッドに乗るの」


 俺の話を聞く前にルッカは装置の様々なボタンが付いているところに移動していた。
 ……やるしかないのか。


 ゴルゴダの丘に登るような気分で俺はテレポッドだか超次元何とかだかの装置に乗る。


 ……やばい、泣きそうだ。


「スイッチ、オン!」


 空気を読まないタバンさんがなんの躊躇いもなく装置を動かす。それと同時に空気を読む気がないルッカもエネルギーがどうとか言い出す。


「……え?」


 ふと気づけば、俺の手が透けていく。
 いや、手だけではない。足が、体が。どんどん透けて……いや、無くなっていく!?


「おい! やめ」


 俺の声は最後まで口に出せず、俺の意識は消えた。







「「「「おおーッ! グレイト!」」」」


 次に意識が戻ったときには、観客たちの歓声が聞こえた。
 周りを見ると、どうやら無事、テレポッドは成功したらしい。左の装置の上にいたはずの俺は、右の装置の上に座り込んでいた。


「……良かった、良かったよぉ……」


 不覚にも、俺はマジで泣いていた。
 車椅子の女の子が友達にいくじなしと言われながらも立ち上がったときくらい泣いた。


 生きて帰れたことに対する喜びに震えながら、俺は装置を降りた。
 マールの所に戻る途中、ルッカが情けなっ! と言ってきたが小さく死ねっと返しておいた。


「帰ってきたよマール……俺、青ざめた顔してるだろ? ……生きてるんだぜ?」


「面白そうね、私もやる!」


 俺の感動のセリフはガン無視して、興奮で少しほほが赤みがかった顔でとんでもないことを言う。


「へ? えええぇえぇ!?」


 俺がマールに命とは何か? 人生とは何か? 存在価値とは何か? 漢とは何かをマールに教えようとする前にルッカが馬鹿でかい声を上げた。
 と思ったら俺のほうを睨みつけて胸倉を掴んで首を締め出した。


「ちょ、ちょっとクロノ! あんたいつの間に、こんなカワイイ子口説いたのよ! ねえ!何処の子!? 私町の女の子には全員釘刺したはずなのに!」


 女の子に釘を刺すなんて、俺の知らないところでバイオレンスなことやってんだなぁと思いながら、俺は今日何度目か分からないが、意識の消失が近づいているのを感じた。


「ね、いいでしょクロノ! ここで待ってて。どこにも行っちゃやだよ!」


 俺の生命の危機が見えないのか意図的に無視しているのか、マールは楽しそうに声を上げる。
 どこにも行っちゃやだよ! のあたりでルッカの首を絞める力が増す。メディーック! メディーック!


「さあさあ、ちょう戦するのは何とこんなにカワイらしい娘サンだ! ささ、どーぞこちらへ!」


 今まで空気を読んだことなんて一度も無かったタバンさんが張り切った声を上げる。
 それを聞いてルッカは一度大きく俺を持ち上げて床に叩きつけた。


「……後で話、聞くから」


 ヤク丸さんみたいな声で呟くと、ルッカはさっきと同じように装置の操作盤に向かった。


「エヘヘ、ちょっと行ってくるね」


 マールが可愛らしく笑いながら、俺に手を振る。
 あ、ルッカ、操作盤の一部壊しやがった。


「だいじょうぶかい? やめるんだったら今のうちだぜ」


 俺の中で脳の一部が麻痺しているに五千ガバスなタバンさんは娘の奇行に気づかずマールに話しかける。


「へっちゃらだよ! 全然こわくなんかないもん!」


 そういいながらマールは装置の上に乗る。
 最近の女の子は勇気があるなあ。
 所詮俺なんか草食系男子さ。


「それでは、みなさん! このカワイイ娘サンが見事消えましたら、はくしゅかっさい」


 その後は俺のときと同じように二人が装置を作動させる。


 その時、マールを見てみると、マールのペンダントが光りだしていた。


「……何だ、あれ」


 マールも気づき、ペンダントを触って不思議そうな顔をしていた。


 ……何故だろう。


 俺は、何故かその顔を見ていると……


 もう、彼女に会えないんじゃないか、と。


 そう思ってしまったのだ。


「えっ!?」


 ルッカなのか、タバンさんなのか。


 どちらが叫んだのか分からないが、その声が聞こえた瞬間、装置から電気が洩れ始めた!


「うわあ!」
「きゃあ!」


 二人は同時に倒れて、それを見て俺は「大丈夫か! ルッカ、タバンさん!」と駆け寄るべきなのだ。


 それでも……俺は、いや、観客も含めて俺たちは……


 マールの体が消えて、その粒子が黒く、ゆがんだ穴に吸い込まれていくのを、ただただぼーっと見ているだけだった。


 ……どれほど時間が経っただろう。
 数秒か数腑十秒か数分かはたまた数十分か。
 今は閉じられた、穴があった場所に視線を注いでいた。


「おい、ルッカ。出て来ねーぞ?」


 一番最初にタバンさんが言葉を放った。


「ハ、ハイ! ごらんの通り影も形もありません! こ、これにてオシマイ!」


 観客たちを散らせるために、半ば追い払うようにタバンさんは声を上げた。
 俺以外の観客は何が起こったのかよく分からないまま広場を出て行った。


 俺以外誰もいなくなったのを確認すると、タバンさんは座り込んでいるルッカに話しかけようとする。……でも。


「おいルッ」「おいルッカ!!」


 タバンさんの声を遮り、俺は怒鳴りながらルッカの胸倉を掴んだ。
 まるで、さっきの焼きまわし。ただキャストが代わっただけ。でも、その内容の重みはまるで違う。当然だ、人が一人消えているのだから。


「マールはどこに行った? どこに消えたんだ! おいルッカ!」


「わ……分からない」


 本気で怒っている俺に怯えたような顔を見せるルッカ。
 でもそれで遠慮できるほど俺は冷静じゃない。


「ふざけんな、人が一人消えてるんだぞ、分からないで済むか!」


「だって! あの子の消え方はテレポッドの消え方じゃなかった!」


 俺に負けじとルッカも声を上げる。


「あの空間の歪み方、……ペンダントが反応していたように見えたけど……もっと、別の何かが……」


「だから、何かって何なんだよぉぉぉ!!」


「分かんないってば! ちょっと黙っててよ!!」


「っ!!」


 ああくそ! 頭がおかしくなりそうだ……
 ルッカから離れて少しでも頭を冷まそうと深呼吸する。


「……マール」


 落ち着くと、マールと遊んだ今日一日を思い出す。
 ゴンザレスと戦っているときに一生懸命応援してくれたマール。
 猫を探しているときの真剣なマール。
 クリームを顔につけながら幸せそうにクレープをほおばるマール。
 レースに勝った時の嬉しそうな声を上げるマール。
 ……消える瞬間、辛そうな顔をしているように見えた、マール。


 勿論、体が消えた後で黒い穴に吸い込まれたのだから、表情なんて分かるわけがない。
 だけど、それでも……


「最後がそれなんて……あんまりだろ……生まれてきて、一番楽しい日だって言ったじゃねえかよ……」


 地面に座り込んで頭を掻き毟る。
 どうしようもない無力感。
 土の上に突っ伏して何もかも、今日のこと全てを忘れたいという思いに駆られる。


 目の端にキラ、と光るものが見えた。それは……ペンダント?


「マールが消える瞬間に落としたのか」


 近づいて拾おうとすると、ルッカが俺の腕を掴んでいた。
 邪魔された上に、まだルッカのせいでマールが消えたんだという悪意が残っているので、反射的に睨みつけてしまった。
 ……睨みつけようとした。


「……ルッカ」


「クロノォ……」


 ルッカは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたのだ。


 ルッカは、正直控えめに言っても優しい人間じゃない。
 見知らぬ女の子が消えても別にそれほど心を痛めはしない。
 そう、自分の発明が原因でなければ。


「わ、私、またやっちゃったのかな? あ、あの子、おか、お母さんみたいに、私が、私が殺しちゃったのかなぁ……」


 ……ああ、なんて馬鹿だ、俺は。


 知っていたはずだろうクロノ。
 ルッカが発明ばかりしている理由。
 まだまだ子供である時分から科学に全てを捧げた理由。
 ……彼女に母親がいない理由。


 詳しい話を知っているわけじゃない。
 知っているのは原因と結果。
 単純な話だ。
 ルッカが、発明を、科学を知らない頃のルッカが、自宅の機械を誤作動させた。
 そして……その結果、ルッカの母さんは死んだ。


 その日からルッカは発明に青春をかけた。科学に命を捧げた。
 でもそれは決して機械が好きだからじゃない。
 彼女は、世界で一番科学を嫌っている。
 だからこそ誰よりも科学を知りたがる。機械に触れたがる。
 そうしていれば、もう機械で誰かを傷つけることは無いから、機械に触れていれば、彼女は彼女の罪を忘れないから。



 そうだ、だから俺は誓った。約束した。
 昔々の話。
 本当に、頭がおかしくなったんじゃないかという時期のルッカ。いや、あれはもうおかしくなっていたのかもしれない。研究、発明、実験。延々と繰り返し、もうルッカが外に出ることは一ヶ月に一度も無かった。
 それはまだ良い。本当にルッカがおかしいのはその後。
 ルッカは実験をすることができなかった。
 自分自身は実験の結果を見なければならないから実験対象にはできない。かといって彼女の作るのは人間を対象にしたもの。
 でも、彼女は自分の作った機械の実験で誰かを傷つけることはできない。どれだけ安全で、理論的には怪我の仕様が無くても、誰かに実験させるということが、自分で誰かに機械を触れさせるということができなかったのだ。


 けれど、俺は例外。
 俺のみがルッカのモルモット足りえる。
 理由はなんのことはない。
 俺が立候補したのだ。その時のセリフは……覚えているが、言いたくない。恥ずかしいどころではない。


 でもその時誓った想いはいつでも言える。


 俺は、ルッカを悲しませない。


「……約束は、守らないとな」


「……え? あ……」


 ルッカの手を離させて、俺はテレポッドに近づく。その際にとても悲しそうな声をルッカが出すが、そこは我慢してもらう。だって、もうルッカが悲しむ理由はなくなるのだから。


「このペンダントが怪しいんだよな、ルッカ!」


 テレポッドの上に立ち、俺は俯いているルッカに声をかける。
 弾かれたように顔を上げたルッカは「え?」とビックリしていた。


「俺はさ、馬鹿だからマールが消えた理由は分かんねー。でもよ、ルッカがこのペンダントが理由でマールが消えたってんならさ、俺もこのペンダントを持ってれば……」


「そうか! 嬢ちゃんの後を追えるって訳か!」


 いやあ、そこは俺に言い切らせてほしかったかな。
 まあ、今まで口を挟まなかった分、タバンさんにしては空気を読んだほうか。


「クロノ……」


「大丈夫だルッカ。お前の発明品で誰も傷ついたりしねえ、マールは絶対俺が連れて帰る。だから、心配すんなよ」


「……あ」


 もう一筋、ルッカの頬に涙が流れる。


「……っ! 分かった! あんたもしっかりね、私がいない間にマールとイチャイチャしてたら、頭に風穴開けてやるわよ!」


「え? マジで?」


「マジよ!」


 はあ……まあ、これでこそルッカだよな。


「ルッカ! 準備は良いか!」


「ああ、ちょっと待って! ……ありがとね、クロノ」


「え?」


「スイッチオン!」



 聞き返すも、タバンさんが装置を動かし始めて、続きは聞けなかった。


「エネルギーじゅうてん開始!」


 二人は出力を限界まで上げていき……
 マールが消えたときと同じように、装置から電気が飛び出してきた。


「ビンゴ! うまくいきそうよ!」


 マールを吸い込んだ穴が現れ、体が分解した俺を吸い込んでいく。
 完全に意識が途切れる前に、ルッカが何か叫んでいた。


「私も原因を究明したら後を追うわ! たのんだわよ、クロノ!」


 ……ああ、頼りにしてる。


 それは言葉にはならず、目の前が完全に黒一色となった。











「さあて、クロノの奴上手くやるかね?」


 クロノが消えて、父さんは心配そうな声を出した。
 なんだかんだで、父さんはクロノを気に入ってるからね、心配するのも無理ないか……


「うちの婿候補なんだ、なんかあったら困るしなぁ……」


「おべっふ!」


 口の中にある唾液という唾液が体外に放出。残弾ありません!


「むむむむ、婿って誰の!? 誰がどうしてアイツはコイツの世紀末!?」


「いやいや、うちの婿って言ってお前のじゃなけりゃあ俺の婿ってことになるぜ? いいのかよ」


「駄目、絶対許さない」


 一瞬おかしくなったかなと思うくらい茹った頭は一瞬で冷め、私は父さんに改造済みのエアガンの銃口を向けていた。


「じょ、冗談だよ。怖いなあ……ああ、そういえば、さっきの女の子。心配だなあー」


 あからさま過ぎる話題のそらし方だったが、一々突っ込んでまた冷やかされるのはごめんだったので乗っかっておくことにする。にしても、婿って、婿って……


「あの子…気のせいかもしれないけど、何処かで見た気がするのよね。町の中で、って訳じゃなくて」


 何処だっただろう、町じゃないとするなら、もしかして……


「そうだよな、町の子がクロノをデートに誘うわけ無いよな。町の子にはルッカがクロノは私のだから、ちょっかい出さないで! って言い回ってるもんな」


「あきゃーーー!!!」
 私の思考は父さんの発言で遠く向こうに飛んでいった。
 いやいや、なんで父さんがそのこと知ってるのよ!?


















「……ええと、すいません。知り合いでしたっけ?」


 リーネ広場から消えた俺は、何故か見知らぬ山奥で、見知らぬ背は小さいが顔は老けてるとっつぁんぼーやに絡まれていた。
 ……ルッカ、もしかして失敗した? 毎度のことだけどさ。











 あとがき


 今回SS初執筆ということで誤字脱字が半端ではないと思いますが、お許し下さると幸いです。


 かの名作クロノトリガーをベースにしているのに完全なキャラ崩壊をしてしまい、ファンの方々には刺されるだろうな、という一種の諦観にも似た覚悟はしております。


 完全に不定期である本作ですが、末永く見守って頂ければ幸いです。



[20619] 星は夢を見る必要はない第二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 00:21
「はあっ、はあっ、はあっ!」


 ありえへんありえへん! そりゃ確かに見知らぬ人間が急に現れたらビックリすると思うよ! でもいきなり襲い掛かりますかね普通!?
 あと何で脛ばっかり蹴るんだ中学生の初めてのいじめみたいな事しやがって畜生!


 あー、あー、ただ今アホのルッカのあほな実験に巻き込まれたマールを助けに阿呆のルッカの言うことを信じてマールを追いかけたらはい! とっつぁんぼーやに追いかけられてます!


 ……超展開過ぎるだろ!? なんだよそれ? たまたま拾った女の子が実は魔法の国からやってきたお姫様だったくらい超展開だよ! 俺自身がついていけませんよ! ちゅーかたまたま拾ったってなんじゃい! 女の子はたまたま拾うものじゃねぇ! 空から降ってくるんだ! 事件は現場で起きてるんだ!


「あだっ! なになになにさ!?」
 あっ、ねるねるねるねみたいな言い方になった。どうでもいい。果てしなく。


 後ろを見ると俺を「ヒャッハー! あいつは俺たちの晩飯だぜぇぇ!!」みたいな顔で見ているとっつぁんぼーや達の一人が野球投手の新浦みたいにきれいなフォームで石を投げていた。
 凄いねそれ。走りながらよくそんなことできるね、何処の通信教育で教えてもらえますか?


「いたいよいたいよ! あかんわあれ絶対百三十キロは出てる! あいつら子供みたいな体格なんだからガキ大将剛田位の投球スピードにしとけよ!」


 俺の文句が聞こえるたびに「エケケケケ!!」という笑い声が聞こえる。
 多分訳すと「今夜の獲物は活きがいいな! 今から捌く時の悲鳴が楽しみだぜ!」みたいな感じなんですかね。狂ってる。


「はあ、はあ、痛いししんどいし疲れたし、もう走れねえ……」


 途中の岩壁に体を預けて、深呼吸を繰り返す。当然俺を追いかけていたとっつぁんぼーや(一々そう呼ぶの面倒くさいし青色丸でいいな、肌青いし。ていうかあいつセルゲームの時に何匹かいなかったっけ?)は俺に追いつき周りを囲み始める。


「エケッ、エケケケ!!」


「あー、もう。俺ガチの戦闘嫌いなんだよ。見たら分かるだろ、腰に木刀ぶらつかせてる奴は自分に酔った可哀想な奴か、俺と喧嘩売れば容赦なくこれを使いますよって牽制してるんだから。どっちにしても喧嘩なんかしたくないビビリなんだよ」


 ちなみに俺は二つのうち両方当てはまる。


 言いながら俺は木刀を両手で持ち、青色丸達を見据える。数はそれほど多くない、一人一撃で倒せば特に怪我も無いだろう。きっと、多分。恐らくは。


 青色丸たちは「お、俺達とやろうってのか?」と言わんばかりに顔を見合わせて笑っている。
 そりゃあ、今まで泣き言を叫びながら逃げ回っていた奴が急にカッコつけても笑えるだけだろうさ。


「笑え、笑え。何にもできないただのアホと思ってればその分俺の勝率は上がる」


 ついでに俺も休憩できる、と心の中で呟き一瞬、ほんの一瞬だけ俺も気を抜いた。


 ……それがいけなかった。


 顔を見合わせていた青色丸たちは打ち合わせでもしてたんですかというタイミングで同時に俺のほうを向き、閃光の如きスピードで俺に襲い掛かった!


「う、うわあっ!!」


 とっさに木刀を右になぎ払って俺にダメージは無かったが……それ以上に最悪な事態となってしまった。


「おおおお折れたぁぁ!!!」


 そう、青色丸三人分の蹴りとパンチに耐え切れず木刀が半ばから叩き折られたのだ。一人一撃で倒す? 夢見てんじゃねえ!


 呆然としている俺に、青色丸の一人が実にいやらしそうな顔で近づいてくる。
 途中で地面に落ちている折れた木刀をバキッと踏み潰しながら。


「エケケケケ……」


 無駄に訳してみると「小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミで以下略」ってなところかな。なんともアメリカンな野郎だ。


「……フッ」


 ニヒルな笑みを浮かべ、背中に手を伸ばす。その動作に青色丸たちは怪訝な顔をして、すぐにまた警戒態勢へと戻り、俺から少しずつ離れていった。
 どうやら、奥の手のさらに上位に位置する奥義を使わねばならんようだ。
 驚くなよ? 俺はこの手でルッカの追撃を五回も振り切ったんだからな! (捕縛回数千前後)


「おらあああああああぁぁぁぁぁ………」


 俺は全力で青色丸たちに走り出す、と見せかけて明後日の方向に力の限り走る。
 奥義、「ハッタリ」である。


 いやいや、背中になんかなんも隠してないし、木刀が折られた時点でまともに戦うなんて選択肢存在しねえんだよ。誰だって好き好んでタイガー道場になんか行きたくねえよ!


 クロノ、心の俳句、と締めた後に数秒遅れて青色丸たちが走り出すがもう遅い。俺の逃げ足は弾丸より速いとと学校のホームルームで俺自身が宣言したのだから。


 青色丸たちの声がエケケという笑い声からゴガッゴガガッ! という怒声に変わる頃には俺は風と一体化していた。気分はボルト。








 青色丸たちから無事逃走を果たした俺は、山の途中から見えた町に向かうこととした。
 山を降りる間にもう無駄に色々あった。
 宝箱があったのでパネえ! パネえ! と喜びながら空けてみると二週間くらい洗ってなかった靴下みたいな臭いのする手袋。崖下の滝に宝箱ごと叩き落した。
 気を取り直して歩き出すとまた宝箱があったのでもう騙されるかと中身を見ずに崖下に蹴り落とした。落ちていく途中で蓋が開き、中からポーションが出てきたことを覚えている。(ポーションとは体力回復の薬である。勿論あって困るものではない)
 買ってきたプラモを帰り道で落として壊してしまった時のような感覚に襲われていると、下からグギャア!! という鳴き声が聞こえた。
 え、なに? どういうイベント? と戸惑っているとなにやらバサバサと大きな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
 大鷹でもいるのかね、と思っていると下から俺と同じくらいの大きさの鳥が二匹現れた。
 片方は頭から血を流しており、なるほど、俺の落とした宝箱が当たったのかと推理する。どうかねワトソン君!
 まあ、その鳥だけでもまずいのだが、もっとまずいのは鳥ではない。
 その鳥の足を掴んで一緒に現れたのが……そう、青色丸である。
 俺の顔を見るなりグゲエエッ! と叫んだところを見るとさっきまで俺を追いかけていた奴らに違いない。
 ふざけんなよ! 鳥の足を掴んでやってくるとかガッシュかよ! と悪態をつきながらリアル鬼ごっこが再開された。
 喘息の発作なみに息を乱していると、なんだか急にテンションが上がってきた。ランナーズハイというやつだろうか?
 少しランラン気分で歩いているとなんだろう、青色丸二人が人間の胴体くらいありそうなアルマジロでサッカーをしている。
 控えめに言っても冷静ではなかった俺はその光景を見て「よーしーてー!」と声をかけてしまったのだ。
 こうして、俺は他人とは適度な距離を持って接するべき、と学んだ。


「とにかく……たいへんだったんですよぉ……分かります?」


「分かるよ兄ちゃん。とにかく飲みねえ飲みねえ!」


 無事下山することができた俺は喉の渇きを潤すため町の宿屋に入り、現在酒をバカスカ飲んでいるところである。


「はい……幼馴染の女の子はなにかっちゃあつっかかってくるし、折角のお祭りで知らない女の子に飛び膝蹴りかまされるし、あげくその女の子はスカタンの幼馴染の実験に巻き込まれて消えちゃうし、後を追ったらあの山の中にいるし……もう散々です……」


 隣に座っている気の良い親父に愚痴を聞いてもらい、放しているうちに両目から涙が溢れてきた。
 俺の人生にいつ幸福期が来るのだろうか?


「うん、裏山? そこは確かリーネ王妃が見つかったところじゃねえか」


「え、女の子がいたの!?」


 どっぷり漬かった酒気が覚め、親父さんに話を促す。


「こらこら、王妃様に女の子ってのは無礼だぜ? ……まあ確かに久しぶりに王妃様の顔を見たが、確かに女の子って言えるほど若々しい人だったな。前に見たときよりさらに若返って見えた」


「王妃? ……まあいいや。あのさ、その子の特徴教えてくれない!?」


「だから……もういい。ええと、王妃様は美しい金色の髪の髪を後ろでくくってらっしゃった、服装は見つかったときはラフな白い服だったな。そして、これは見間違いかもしれねえが、背中にボーガンをつけてた気がするな」


「……ビンゴだ! サンキュ、親父さん! 最後にもう一つ。その王妃様には何処で会えるんだ?」


 そう問うた俺に親父さんは眉をひそめて、


「はあ? 王妃様に会うなら、城に行くしかないだろうが」


 ……なるほど、道理だ。ところで……


「あの、お城って民間人でも入れますかね?」


 親父さんの答えは何言ってんだ? お前大丈夫か? だった。



 星は夢を見る必要は無い
 第二話 急展開ってなんだかんだで必要な要素なんだよね








「着いた……ここがガルディア城か……」


 宿屋からここに来るまで、まあ無難に色々あった。
 肌が緑色というだけで、青色丸と姿形が全く同じの緑色丸が城にいく道筋の途中にある森で闊歩してたり。
 草むらで何かガサガサ動いてるから何かなー?と思って除いてみると中から化けもんたちがウジャウジャ出てきたり。
 草むらで何か光ってるからお金かなー? と思って近づくとモンスターがアメフトなみのタックルをかまして逃げて行ったり。
 単行本にして三分の一は描写できそうな冒険だった。
 まあ基本俺はワーワーキャーキャー言ってただけなので大層つまらない本になるのは間違いない。


「……しかし、こっからが問題なんだよな」


 途中の立て札に用の無い者は来るな! 乗らないのなら帰れ! とにべもない言葉が書かれていた。乗るって何に?


 まさかいきなり「すいませーん? 王妃様います? それ多分俺の友達なんで返してくれません? まじ、迷惑なんですけどー」
 と言ったところで返してくれるわけが無い。
 多分「そいつは悪かったねー。よいしょい!」
 と言いながら槍を突き出してくるだろう。
 そして俺はバッドエンド~宿命はいつまでも~とかロゴが出てきて終わる。何か良い案は無いだろうか……?


「……奥義を使うべきだな」


 またの名をはったり。


 俺は威風堂々と城の門を開けた。






「どうも、天下一品です。ご注文の品を持ってまいりました」


「待て! 何者だ!」


 まあ、何食わぬ顔で入っても城の門番が許すわけが無い。普通に俺の肩を掴み尋問する。


「いや、ですから天下一品です。ご注文の品を……」


「……そのご注文の品はお前の懐の中に入ってるのか?」


 懐疑的な目で見てくる兵士。にしても訳の分からんことを言う。天下一品といえばラーメンか餃子かチャーハンか。とにかく懐に入るような物でないと何故分からないのだろう。


「懐になんか入るわけ無いじゃないですか。頭働いてます?」


「じゃあ何でお前手ぶらなんだよ! 注文の品って何だよ!」


 ……なるほどね、それは盲点だったぜ。確かに両手に何も持っていないのにラーメン屋の出前のフリをするのは難しかったか……


「じゃあ税務署の方からです」


「いやあ……もう無理だよお前……修正効かないよ」


「……やっぱり駄目ですかねえ?」


 俺が聞くと二人の兵士は同時にこくりと頷き、俺の腰に蹴りをいれてきた。とても痛い。


「ほら、とっとと帰れ! あんまりウロチョロするようならひっ捕らえるぞ!」


「蹴りを挟んだ理由は何だ!」


 涙目になりながら講義する俺。暴行罪で訴えてやろうか、なおかつ勝ってやろうか。


「おやめなさい!」


 騒々しい城の入り口に響き渡る凛とした声。
 それは醜い争いをしていた俺達の動きを止めるには十分すぎる力を持っていた。


「リ、リーネ王妃様!」


 兵士達が動作を再開し、跪く。
 俺は何がなんだか分からないという顔で声の聞こえた方向を見る。


 そこには、荘厳なドレスを纏った、マールがいた。
 触れれば折れるのではないかという細身の女の子に、無骨な兵士達が傅いている。
 本で何度も見たことのある光景。それがこんなに神々しく見えるのは、マールの力なのか、城という舞台に影響されてなのか。


「その方は私がお世話になった方。客人としてもてなしなさい」


「しかし、こんな怪しい者を……」


 兵士の一人が、抗議ともいえない意見を放つ。
 もう一人も口にはしないが、同じことを思っているようだ。


 それを感じたマール……いやリーネ王妃は二人を交互に見て、口を開いた。


「私の命が聞けないと?」


 ゾクリとした。
 声を荒げているわけではない。
 刃物を突きつけられているでもない。
 ただ、その声の平坦さ、感情の不透明さが怖かった。
 まるで、見えない手に心臓を軽く握られたような……


「め、滅相もありません! どうぞお通りを!」


 急いで言葉を繋ぎ、視線を下に戻す。
 俺が言われた訳じゃないのに、あれほどの恐怖が生まれたんだ。
 言われた本人達の心情は押して知るべし、ってやつだ。


 リーネ王妃は「フフ……」と妖艶に笑い、城の奥に戻って行った。


 妖艶、恐怖、荘厳。
 俺の知っているマールとかけ離れた印象を持つリーネ王妃。
 ……本当に、本当に、リーネ王妃は……


「マール、なのか?」


 俺の小さな呟きは、城の大広間に響くことは無く、俺自身に向ける疑問として残った。


















 おまけ



 それは今から六年ほど前のこと。


「ルッカ! もうちょっと優しい実験にしよう? でないと俺若い身空でこの身を散らすことになってしまう……」


「駄目よ、この実験が成功すれば私の理論は飛躍的に進むんだから。そう、時を越えることもできる……かもね」


「嫌だぁぁぁ!! 時を越えるのにどうして俺が十万ボルトの電撃を浴びなきゃなんないんだよぉぉぉ!! ただの拷問じゃん!!」


「うるさいわね! 私だって結構この実験の必要性に疑問を持ってるんだから! 覚悟を決めなさい!」


「うわあああ本末転倒の支離滅裂だぁぁぁぁ!!!」


─────春のことである。





「ルッカよお、まぁたクロノを苛めたのか?」


「苛めてない。実験よ実験。科学の進化に犠牲はつきものなのよ」


「実験ねえ……」


 それから二人の間に会話が途絶える。
 二人とも、別に気まずいとは思わない。互いが互いに研究をしているときには会話なんてもっての外だし、会話が無くても相手が何を考えているのか分かる。
 ルッカとタバンは普通の親子よりも強い絆で結ばれているのだ。


「やっぱあれか。普通に遊ぼうって言うのが恥ずかしいんだろ? やっかいな娘に惚れられたなクロノは」


「っっ!! あいたあ!!」


 急なタバンの発言に驚き、ルッカは手に持ったトンカチを足の指に落としてしまった。
 顔が赤いのは羞恥か、はたまた痛みの為か。


「ととと父さん! ぜっ、全然そういうんじゃないし! クロノとか、クロノとかもうそういう風に見る対象としてありえないっていうか、いやむしろクロノって誰? みたいな! そんな奴いたかなぁ……? って悩むくらいの存在よ私の中では!!」


 一息で言い放つ娘に「ほーほー」と聞き流すタバン。今も昔もルッカは父親には勝てないのだろうか。


 また、先ほどと同じような沈黙が降りる。
 ルッカも気を取り直し、作業に戻る。
 タバンは何やらトンテンカンテンハンマーで何かを叩いているようだ。
 それは然程時間のいる作業ではなかったらしく、二分程度で手を休める。
 ルッカは電線と電線を繋ぎ合わせ溶接するという極めて集中力の要る作業を行っていた。
 当然、そんな時に話しかけるなど言語道断、初めてのアルバイトにメモを持ってこないくらいの暴挙だった。


 が、残念ながら、タバンに空気を読むというスキルは備わっていなかった。


「クロノ目覚ましの調子はどうだ? ほら、数百種類のクロノの声が録音されてるやつ。あれのおかげでお前朝起きるたびにニヤニヤしてるもんな」


「ななななんで知って! ってあつううううぅぅぅ!!」


 タバン家は、トルース町の名物一家として町に様々な話題を提供している。



[20619] 星は夢を見る必要はない第三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 00:30
 城に着いた俺は王様に謁見し、「疲れただろう、地下の騎士団の部屋で休みなさい。後風呂にも入りなさい。とても臭い」とありがたい言葉を頂いたので柔らかいベッドで熟睡する。勿論風呂にも入る。食堂で飯も食べる。無料だったし。


「うーん、お城ってもっと煌びやかな所かと思ってたんだが、なんか置いてあるもの全部が古臭いな。レトロブームなのか?」



 そもそも、この国はガルディアではないのだろうか? トルース町の雰囲気から見るに、俺が今まで住んでいた所と違うのは一目瞭然。まずリーネ広場があった所に山が鎮座している時点でおかしい。
 あと、この国なんか臭い。変な靄が立ち込めてて前が見辛い。
 しかし、元の世界(俺が生まれ育った場所)とこの世界(ルッカの機械で飛んできた今いる場所)で類似点が多々存在する。


 まず、町や城の位置。
 海沿いに町が並んでいる点や、森を抜けたら城があるのも元の世界とまったく同じ、遠くから見ただけなので詳しくは分からないが、城の南西に橋があるのも確認済みだ。
 次に地名。
 城に来る前に立ち寄った宿屋から、ここはトルース村だと聞いた。
 村か町かの違いはあれど、『トルース』という共通点は見逃せない。
 それだけならば偶然で済むかもしれないが、どうやらこの城の名前も元の世界にあった城と同じ名前、『ガルディア』城らしいのだ。


 疲れて碌に頭が回っていなかったとはいえ、ここがどういう所なのか考えていなかった俺は中々大物のようだ。


「うん、何事もプラス思考で生きていくべきだ。決して自分を卑下してはいけない」


 独り言を呟きながら何度も頷いている俺を見て兵士達が


「医者呼ぶ?」「手遅れでしょ」


 と失礼極まりない会話をしている。
 これだから田舎者は困る。セレブリティな俺を見習うが良い。セレブリティって何だっけ?


 ちなみに俺がここに着いたのは六時間前。
 風呂に入って飯食って寝たらまあそれくらい時間が経つよな。
 最初の一時間はリーネ王妃がチラチラとこの部屋を覗いてきたが、まずは寝かせてほしかったので無視していた。
 いやあ、あれがマールじゃなかったら今までの苦労無駄だなー……と考えると確認するのに多大な勇気が必要だったので、まあぶっちゃけ後回しという名の現実逃避である。


「……そろそろ行くか? でもなあ……」


 それも度を越えれば後悔に早代わり。
 人を待たせといて風呂入って寝るってどうなの?やばいなあ、あれがマールでもリーネ王妃でもやばい。
 マールなら「待たせすぎだよクロノ、息絶えろ」とか言いながらボーガン乱射しそうだし、リーネ王妃なら「私をこれだけ待たせるとは、不敬罪です。裁判などいらぬ、斬って捨てよ」とか言われそうだし。


「いや、マールは優しい子だ。きっと『焦らせ過ぎだよクロノ! そんな貴方にフォーリンラブ!』とか言い出したり……しますかね?」


「知らねえよ気持ち悪い」


 隣のベッドで横になっている兵士に声をかけると冷たい言葉を返された。
 これだから田舎者は。コミュニケーション力が足りない。コミニュケーションだったっけ?
 てか、よく見ると貴方ほいほいソルジャーにそっくりですね。家族の方ですか?


「……行くしかないよな。これで帰ったら馬鹿だもんな」


 そもそもルッカが迎えに来てくれない限り帰る方法なんてない。
 やだやだ、なんだろこの怒られるが分かってて学校に行く気分みたいなの。


 ベッドから降りて城の大広間に向かう。そこから王妃の部屋まで行くらしい。
 溜息をつきながら階段を上がり、大広間に出るとなにやらメイドやら兵士やらが騒いでいた。
 少しでも怒られるのを先延ばしにしたい俺は右往左往しているメイドの一人に話しを聞いてみることにした。


「あの、どうしたんですか? おなか痛いんですか?」


「リーネ様がいなくなったのよ!」


 なるほど、リーネ王妃がいなくなった、と。
 そういえばちょっと前まで姿を消していたらしい。なんともお転婆なことだ……って!


「お転婆とか古っ! じゃなくてリーネ王妃がいない!?」


 え?どうするの? いやいやリーネ王妃がマールだとしたら俺の目的が消えたって事ですか?
 俺が悪いのか!? 俺がグータラして中々会いに行かなかったのが悪いのか!?


「誰か怪しい人間はいなかったのか!」


「王妃様の部屋には誰も入ってません!」


「何? 客人が来ると仰っていなかったか!?」


「それが、その客人の方が中々現れなかったので度々部屋から出ておりましたが……」


「……となると、怪しいのは……」


 ……何で俺のほうを見ているのだろう。
 あれだろうか、無料だからといって食堂で肉ばかり食べたからだろうか?栄養バランスを考えろ!みたいな。


「貴様ぁ、よくも王妃様を!」


 違うね、俺の健康を心配してる感じじゃないね、これ。剣抜いてるもん。ツンデレにしてもおかしい。


「ちょちょ、違うって!俺は騎士団の部屋で寝てただけですよ!? 証人! 証人を呼んで下さい!」


「確かにお前が騎士団の部屋にいたことは確認されている。だが、お前がここに来てからずっとお前を見張っていた人間はおらん。我々はずっと部屋で休んでいる訳ではないのでな」


 つまり騎士団の部屋は入れ替わりが激しいので俺のアリバイを完璧に証明してくれる奴はいないと。
 何だよその疑わしきは罰する構え。


「は、話し合おう! 話せば分かる! 何事も!」


「そういうセリフは悪役が言うものだ。尻尾を出したな貴様!」


「だああ! ゲームのやり過ぎだあんた!」


 どうやらリーネ王妃は随分慕われていたようだ、兵士達は王妃の危機に冷静さを失っている。外部の犯行という可能性の前に俺という不審人物の存在に目が奪われ短絡的な発想に帰結する。浅はかな!!
 ……いや、確かに急に城に現れた奴を疑わない訳はないか。しかも現れてすぐ王妃が消えたらそりゃあもう。
 おまけに俺はリーネ王妃に客人としてもてなせ、と言われたのだ。犯行は容易、そう考えるのに何の不思議があろうか。


「……詰んだな」


「さあ極悪人! 王妃様を何処に……」


 ドガァ!!!!


「ぐふっ!」


 もう言い訳できませんねこれ、と諦め、両手を上に上げた瞬間、城の扉が爆発し近くの兵士が吹き飛んだ。


「クロノ! いる!?」


 その犯人はタイミングが悪いか良いかで言えば悪いに三万ペソのルッカだった。


「あ、ああ、います」


「ああいた! もう何回叩いても扉を開けてくれないから思わず吹き飛ばしちゃったじゃない! 門番の奴ちゃんと仕事しろって感じよね!」


 思わず吹き飛ばすなんて行動ができるのは古今東西ルッカだけだと思う。
 しかし、今回ばかりは助かった!


「とりあえず、無事でよかったわ! それよりあの子は?」


「それどころじゃねえ! 逃げるぞルッカ!」


「ちょ、ちょっと!」


 ルッカの手を握り吹き飛んだドアから逃げ出す。我に返った兵士達が追えー! と叫んでいる。
 普通の服しか着てない俺達に、鉄製の重たそうな鎧を着込んだ兵士達が追いつけるわけはなかった。
 一つ怖かったのが逃げている最中ルッカが何も言わなかったこと。
 口には出せないけど、ルッカの手汗が気持ち悪かった。びっしょびしょなんだけどこいつの手。


 森から抜け、今分かることは、俺はマール救出に失敗したということだけだった。






 星は夢を見る必要はない
 第三話 爬虫類は実験対象








「で、どういう訳か説明してくれる?」


 全力で走ったせいか顔の赤いルッカがそう切り出したのはトルース村の宿屋だった。
 兵士達に追われているので長居はできないが、ルッカ曰く「森の途中で振り切ったからね、多分今は森の捜索中。村にまで捜索がかかるのはまだ先よ」の言葉を信じて、ここで休憩することになった。


 二人で水を二杯ずつ飲み、俺はルッカに何があったのか説明した。
 俺がグータラしたことは言わなかったが。


「何ですって、リーネ王妃がいなくなった!?」


 驚いて大声を出したルッカの口を慌てて塞ぐ。
 まだ村の人たちはいなくなったことを知らないのだ。ここで騒がれたら兵士達が来るかもしれない。


 俺の考えていることが分かったのだろう、ルッカは一つ頷き、俺は手を離す。
 何でちょっと残念そうなんだよ。


「……やっぱりね」


 何事かを考えていたルッカは何か自己完結していた。


「おい、何が分かったんだ? 俺にも説明してくれ」


 身を乗り出す俺を手で制して、ルッカは話し出す。


「あの子が消えるとき、どこかで見た顔だと思ったのよ」


 ふんふん、と何度も頷いて先を促す。
 ルッカは人に何かを教えるとき焦らす傾向がある。教師には向かない性分だ。


「ここは王国は王国でも随分と昔の王国みたいね」


 辺りを見回して電波な事を言い出す。
 ……あれ?妙な方向に話しが向かってませんか? ルッカさん。


「あの子は昔のご先祖様に間違えられたって訳よ。あの子は私たちの時代でもお姫様、そう……」


 ルッカは一度言葉を区切り、立ち上がってさあ驚けといわんばかりに両手を掲げて話し出した。


「マールディア王女なのよ!」


「……ああ、そう」


 やばいぞ、頼りにしていたルッカがおかしくなった。
 あれか、この前二人で見に行った紙芝居に影響を受けたのだろうか?
 時を駆ける幼女だかなんだか。


 俺の薄いリアクションを見て恥ずかしくなったのかルッカはしずしずと椅子に座りなおし、俺を睨みつけた。


「で、マールは何処に行ったんだ? さっさと結論を言えよ」


「……いなくなった、というのは間違いじゃないけど、正確じゃないわね。いなくなったんじゃなくて、『消えた』のよ」


 メーデー! メーデー!
 電波領域急速に拡大していきます!


「つまりマールディア王女はこの時代の王妃の子孫なの」


 やばいぞ、黄色い救急車を呼ばなくてはならない。


「そして、この時代の王妃がさらわれた……本当はその後、誰かが助けてくれるはずだった。でもね、歴史は変わってしまった。マールがこの時代に現れて、王妃に間違えられてしまい、捜索が打ち切られたのよ。……もし、この時代の王妃が殺されてしまったら……」


 真剣な顔で俺を見るルッカ……
 これほどにマジなら、過去に来たとかいう話も本当なのか?
 ……ああ、こいつお菓子の当たりを確かめるときもこんな顔してるわ、結論、信じられるか。


「その子孫であるマールの存在が消えてしまう……でもまだ間に合うわ! 今からでも王妃を助け出すことができれば、歴史も元に戻るはず!」


 熱弁しているルッカの横で俺はマスターにチョリソーを注文する。
 この辛さがたまらない。


「おそらく、この時代の王妃に何かあったんだわ。だから、子孫であるあの子の存在そのものが……」


「あっマスター、香辛料ドバドバいれて。味が濃ければ濃いほど好きだからさ、俺」


「とにかく、本物の王妃の行方を捜さなきゃって聞いてるのクロノォォォ!!」


「あっつい! 鉄板に俺の顔を押し付けるのは駄目ぇぇぇ!!」


 こうして、二度目のマール捜索改め、王妃捜索が始まった。







 何の手掛かりもなしに王妃を探すのは無理だ。城の兵士達が探しても見つからなかったんだ。
 俺達二人で無闇に探しても見つかるわけがない。
 兵士達に追われている俺達は急いで行動を開始した。早く手掛かりを見つけないと牢屋に入れられる過程を飛ばして死刑かもしれない。
 ルッカは宿屋を出てグッズマーケットや家の外に出ている人たちから聞き込みを開始するらしい。
 俺はまた走り回るのは嫌なので、宿屋で酒を飲んでいる酔っ払いたちに話を聞くことにした。

「王妃様? もう見つかったんだろう?」

「うーん、兵士達が探しても見つからないような場所? そんな所この国にあるかねえ? 強いて言えば魔王城かな?ハハハ!」

「そりゃあもう、うちの母ちゃんは王妃様に勝るとも劣らない美女よ、ガハハ!」

「何だ? 色んな人に聞き込みをしてる? ルサンチマン気取りか!」


 とまあ多様な話を聞いたがこれといって重要そうなものは何一つなかった。はっきり言って時間の無駄だった。


「おい」


「え?」


 肩を叩かれ、振り返ると頭にバンダナをつけた男が立っていた。


「王妃様のいる所だろ? 一杯奢ってくれれば教えてやるぜ?」


 男がそう切り出すと、近くにいた酔っ払いが口を挟んだ。


「おいおい、王妃様はもう見つかったんだぜ? 裏山でな」


「何? そうだったのか」


 ちぇ、酒代が浮くと思ったんだけどな……とこぼしながら椅子に座る。
 俺はそいつの隣に座り、マスターに酒を注文し、それを男に渡す。


「おいおい、いいのかい? 俺の情報はもう無駄になっちまったんだぜ?」


「いや、俺にはそれが重要なんだ。あんたはどこに王妃様がいると思ったんだ?」


 男は眉をひそめながら、酒を口に含み、飲み下してから口を開いた。


「俺は城の西に立てられた修道院が絶対に怪しいと思ってたんだ。まあ、的外れだったみたいだがな……」


 ……修道院か、そこに賭けるしかないな。
 村の中なら村人が気づくだろうし、裏山は捜索隊が探した。城の中なんて馬鹿なことはないだろう。
 探せるところなんて追われる身の俺たちには限られてるんだ。


 席を立ち、ありがとうと男に言い残して、店を出ようとする。
 すると、後ろから情報を教えてくれた男が俺に声を掛ける。


「俺の名前はトマ! 世界一の冒険者さ! 坊主、お前の名前は?」


 世界一の冒険者とは大きく出る。
 それに触発された俺は、振り向いて、親指を自分に向けて高らかに宣言した。


「俺の名前はクロノ! 世界一の色男だ!」


 店を出るときに聞こえた声は、宿屋にいる人間の爆笑だった。
 二度と来るもんかこんな宿屋。


 グッズマーケットで店主を締め上げていたルッカを見つけて、二人で修道院に向かう。
 店主を締めていた理由は「商品が割高だったから」だそうだ。割高くらいなら勘弁してやれよ……
 とはいえ、俺の折れた木刀の代わりに青銅の刀を買ってくれていたのは嬉しかった。
 ありがとうと久しぶりに本音で言ったら「これであんたに借りてた借金はチャラね」だった。
 ……これ、四百ゴールドもするんだ。









「これが修道院か。俺、初めて来たよ」


「私もよ。私達の時代に修道院は……あるのかもしれないけど。船でも使わないと行けない所にあるからね。トルースに住んでる人達は見たこともないんじゃないかしら」


 中に入ると、石製の床に赤く長い絨毯が入り口から奥まで敷かれてあり、六つの長椅子が置いてあった。
 そこに三人の修道女が座って何かしら祈りを捧げていた。
 はっきりと言うのは失礼かもしれないが、とても口が臭かった。何食ったらあんな口臭になるんだろう。


「さあ、貴方達もかわいそうな自分達のために祈りを捧げてはいかがですか? ククク……」


「友達いないからってそういうことばっかり言うのやめたほうがいいですよ、性根まで悪く思われますから」


「……どうかこの愚かな者に裁きの雷を……」


 これだ。
 口が臭いだけに飽きたらず、口が悪い。
 ここに来てから思ったんだが、この世界はとことんまともな奴が少ない。
 トマくらいのもんじゃなかろうか?
 あと俺に無料で飯をくれた料理長。テンションは大変うざったかったが。


「結局手掛かり無しか」


「あんたね、これだけ怪しいところも早々ないってくらい怪しいじゃない、この修道院。ここにいる人たち絶対何か悪どいことしてるわよ」


「こらこら。人を言動と口臭で差別するもんじゃないぞ、犬みたいな臭いのする人がいてもいいじゃないか」


「犬、っていうか下水臭いのよねここの人たち。修道女なんだったら歯くらい磨きなさいよ」


 俺達の会話が聞こえるたびに修道女の皆さんの口が大きく横に裂かれていくのは気のせいだろうか?


「なあルッカ……あれ?」


「どうしたの、何か見つけた?」


 床に何か光っているものがあったのでそれを拾い上げてみた。


「……それって」


 後ろからぎぎっ、と音が聞こえる。
 修道女たちが椅子から立ち上がったのだろう。


「これ、ガルディア王国の紋章じゃない!」


「え?」


 俺が聞き返すと、修道女が素早い動きで俺達を囲む。
 ……なんかデジャヴだな、これ。


「よくも気づきましたね、この場所の秘密に」


 修道女Aがサスペンスの犯人みたいな雰囲気を出す。


「まあ、あれだけ罵詈雑言を重ねてくれた貴方達を帰す気はさらさらありませんでしたが……」


 修道女Bが憤怒の表情で脅す。


「とにかく、貴方達二人は私たちの美味しいディナーに……」


 修道女Cが舌なめずりをしながら俺とルッカを見る。


「スパイスは……貴方たちの悲鳴よ!!」


 修道女Dが叫ぶと、四人の体から青い炎が噴出してくる!
 数秒の間に炎は彼女らの全身を燃やし、急速に炎が消えると、そこに立っていたのは下半身が蛇の、舌の長い化け物だった。


「! モンスターよクロノ、気をつけて!」


 ああ、ルッカがシリアスな顔になってる。
 じゃあ言っちゃ駄目なんだよな。
 戦隊物の悪役みたいだって。
 心にしこりを残しつつ、俺は青銅の刀を抜いた。


 ルッカは右側の蛇女に改造エアガンを撃ち、蛇女はそれを右手で叩き落す。その隙に俺とルッカは囲まれた状態から脱出して、壁を背にして向かい合う。
 ルッカはここからどう動くかシュミレートしているが、その前に重大な問題をルッカに告げなくてはならない。
 これは、俺達の生死にかかわる問題だ。


「なあ、ルッカ。大変だ」


「何よクロノ! 大事なことなんでしょうね!」


「ああ、実はこの青銅の刀なんだが。重くて振り回せない、どうしよう」


「………」


 ルッカがあまりに冷酷な目で俺を見るが、仕方ないじゃないか。
 今まで木刀しか振り回してなかった俺が青銅なんて物を扱えると思うほうが間違いだ。
 鞘に入れて腰につけてた時から辛くてしょうがなかった。


「今言う? ねえクロノ。それ今言わなきゃ駄目? もうすこし前に言ってくれたら私も対処できたんじゃないの?」


「だって……格好悪いから」


「あんたのその変なプライド、帰ったら実験で粉々にしてやるからね」


 帰りたくないなあ。
 いっそここで蛇女に投降してルッカを叩きのめすというのはどうだろうか。
 淡い希望を持って近づいてみると右手で一閃された。駄目ですか。


「ああもう! 肩に乗せて叩き切るならできるでしょ! 一撃必殺の気持ちで挑みなさい!」


「はいはい、……ああ、重たいし肩が痛い」


 これ以上文句を言うとルッカがぶち切れそうなのでやめておく。
 今もチラチラ銃口が俺の方を向くのだから。


「シャアアアア!!」


「「うわあああ!!」」


 俺とルッカが同時に右に転がり避ける。
 転がりながらも蛇女に何発か銃を撃つ根性はすばらしい。っていうか良いな飛び道具。俺も弓とかにすれば良かった。木刀なんか持ち歩かないで。


「クロノ! あんたが前に出ないと私にも攻撃が来て照準が合わせられないでしょ! とっととつっこみなさい!」


「だから青銅の刀が重たすぎて振れないんだって! 俺今肩に乗っけてるけどこっから振り下ろすのやっぱり無理だわ! もう腕が痺れてきてるもん!」


「役立たず! ……ああ、仕方ないなぁ…これ凄いレアなのに……」


 ルッカはポケットを探ると、中から小指の第一関節程の大きさのカプセルを取り出した。


「なにそ、んぐっ!!」


 取り出すや否やルッカはそのカプセルを俺の口に突っ込んだ。
 凄いイガイガする。喉が痛い。これ口の中に入れていいのか?


「げほっ、げほっ!! ……何するんだよルッカ! 殺す気か!」


 右手に刀を持って切っ先をルッカに向ける。ああ、これをルッカの頭に振り下ろせたらなんと快感だろうか。


「もう重くないでしょ? その刀」


「え?」


 言われてみると確かに軽い。
 さっきまで引きずりたいくらい重たかった青銅の刀が今では木刀と同じくらい、下手をすればそれよりも軽いように感じた。


「パワーカプセル。古代文明の遺産とされるもので、飲めばその人の力を上げてくれるって代物よ。……言っとくけど、とんでもなく珍しいんだからね? 感謝しなさいよ」


「なるほど、これなら……」


「シャアアア!!」


 再び襲い掛かってきた蛇女の腕を左に避けて、後ろ首に思い切り刀を叩きつける。
 嫌な音が響いて、一匹目の蛇女が崩れ落ちた。


 バンバンと銃声が鳴り、俺を後ろから襲おうとした蛇女の腕から血が流れていた。


「「闘える!」」


 夜の修道院に、俺とルッカの声が調和した。








「ふー、ビックリした」


 俺が戦えるようになると戦いはあっけなく勝負がついた。
 決め手は俺が昔開発した技、深く息を吸い、息を吐きながら相手に回転しながら何度も切りかかる回転切りだった。
 たまたま近くにいた蛇女二匹を葬り去った俺はもう神と言えよう。
 残りの一匹はルッカが持ち歩いている小型の火炎放射器でケリがついた。
 何で火炎放射器なんか持ち歩いてるの?とかそれ最初に使えば俺が戦う必要なかったんじゃ? とかは言えない。
 燃えながら絶命していく蛇女を見てニヤ……と笑ったルッカは人外の者と契約していると言われても納得できた。凄い怖かった。


「まあ、思ったより手強くはなかったな、むしろ楽勝?」


「あんた、最初の体たらくを忘れてよくそんな……」


「シャアアアッ!!」


「!?」


「ルッカ! 危ない!」


 呆れたように俺を見ていたルッカは急に後ろから現れたモンスターに気づくのが遅れてしまった!


 俺は刀に手をかけて走るが……間に合わない!!


 モンスターの右腕がゆっくりとルッカに迫り………


「やめろ、やめろ! ぶっ殺すぞてめええぇぇぇぇ!!!」


 無情にも、その腕は止まらず、ルッカの体を引き裂……かなかった。


「ギシャアアアァァァ!!!」


 修道院の天井から現れた俺より少し背の高い……かえる? 男がモンスターを切り伏せ、ルッカに怪我はなかった。……かえる?


「最後まで気を抜くな、勝利に酔いしれた時こそ隙が生じる」


 何か言ってる。かえるのくせに。
 かっこいいこと言ってる。かえるなのに。


「お前達も王妃様を助けに来たのか?この先は奴らの巣みたいだな。どうだ? 一緒に行かないか?」


「あなたは……!?」


 ルッカは俺の後ろに回り、顔だけ出してかえる男を見る。


「クロノ、知ってるでしょ。私カエルは苦手なのよ……」


「俺はお前が俺の後ろにいる今の状況が怖い。何をされるか分からんからな」


「……」


 無言で俺の首を絞める。
 ほら、こういうことをするからお前に背中は見せられない。


「まあ、こんなナリをしてて信用しろといっても無理か……いいだろう、好きにしろ、だが、王妃様は俺が助けに行かなければならないんだ……」


 言い終わるとかえる男は俺達の前から離れていく。
 ……なんでかえるなんだろう?


「ま、待って!」


 立ち去ろうとするかえる男にルッカが声をかける。


「わ、悪いカエ……人ではなさそうね……うーん……ねえ、どうするクロノ?」


「何が? 実験用に捕獲するかどうかって事?」


「ほ、捕獲?」


 俺の発言に動揺するかえる男。
 心持ち頬がひくついている。


「……そうか、そういうのもありよね、考えてみれば間違いなく新種の生き物なんだし」


「おい! 人を珍しい生き物扱いするんじゃねえ!」


「よし、クロノ。捕獲よ」


「ええー、触ったら粘つきそうだし、嫌だよ」


「こいつら助けてもらった恩も忘れて……!」


 剣に手をかけるなよ、最近の奴は脅せばなんでも済むと思いやがって。


「じゃああれよ、このかえるを捕まえたら、帰ってもあんたを使って実験しないわ。どう?」


「抜け、爬虫類。テメエは俺を怒らせた……」


「怒るのはこっちだろうがドアホ!」


 いくら喚こうと無駄だ。ルッカの実験から逃れられるなら俺は鬼になる。俺自身が笑えるなら、俺は悪にでもなる。


「今、俺の脳内でかかっているBGMは~エミヤ~だ。何人たりとも俺を止めることはできない……」


「……あー、なるほど。ちょっと痛い目を見ないと礼儀と常識が分からんらしいな、お前ら!」


 戦いの結果はあえて語らない。
 ただ、三合ももたなかったことだけは記しておこう。
 ……いけると思ったんだよなあ。







 結局、目的が同じもの同士で戦って馬鹿じゃないの?という理不尽という言葉では図りきれない暴言を吐いたルッカの言葉で、かえる男が仲間になった。


 かえる男の名前はカエルというそのまんまな名前だった。
 それを聞いたルッカはやっぱりカエルなんじゃないと発言し、カエルとルッカの間で言い争いが起こったというのはしごくどうでもいい事だ。


 場が落ち着いて、カエルのこの部屋のどこかに隠し通路があり、そこから奥に行けるはずだとの言葉から、部屋の中を調べてみることにした。


「ねえ、クロノ?」


「なんだよルッカ、急に後ろに立つなよ。怖いだろうが」


「あんた、何でちょっと不機嫌なの?」


 絶対に殴られるだろうと覚悟して言ったのだが、ルッカは心配そうに俺を見つめて、疑問を口にした。


「……別に。気のせいだって」


 そう、気のせいだ。
 ルッカが危険な目にあって、そして助かった。
 不機嫌になる理由なんてない。
 あるはずがない。
 カエルにも感謝すべきなのだ。


 ……ルッカを守るのは俺の役目なのに、という独占欲にも似た嫉妬に、俺は気づかない振りをした。


 立ち上がり、ルッカから離れて別の場所を調べる。
 その間、背中に感じるルッカの心配そうな視線は、今日起こったどんな出来事よりも痛みを感じた。



[20619] 星は夢を見る必要はない第四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 00:35
 俺とルッカとカエルで部屋の捜索を続けたが、隠し部屋の入り口が一向に見つからない。
 この爬虫類ホラ吹きやがったなとルッカが切れて俺もそれに便乗しようとしたところ、ルッカは軽く流して俺はカエルのワンパンで吹き飛ばされた。男女差別反対。俺はジェンダーに生きる男。
 俺が吹き飛ばされた先にパイプオルガンがあり、盛大に、めちゃくちゃな音が響く。
 音が収まると、部屋の奥の壁がズズズズ……と下がり中から扉が現れた。
 ルッカとカエルはついさっきまで喧嘩してたのにハイタッチをしていた。ぶっちゃけカエルは嫌々やってる雰囲気だったが。
 ルッカさんカエル嫌いなんじゃないんですか?と言いたくなったが、俺の服で手を拭きやがった。ふざけろ。


「広いな……」


 隠し扉をくぐると、そこは外観からは想像できないような広さで、カエルが少し呆れたような声を出す。
 もう一つ付け加えるなら、モンスターが跋扈していて、見つからずに進むのは困難に見える。


「っていうか、見回りのモンスター多すぎるだろ」


「でもこいつら全員を倒すのは無理よ。どうしても倒さなきゃいけない敵は倒して、後は見つからないように進むのが一番だわ」


 ここからは隠密作戦という訳だ。
 ……にしても、何で見回りのこうもり男みたいなモンスターはすり足で移動してるんだろう?鉄骨渡りの練習でもしているのだろうか?まともに定職についてお金を貰ったほうがいいですよと忠告してやりたい。


「俺もルッカの意見に賛成だ。王妃様を救うためにも雑魚相手に時間はかけたくないしな」


 言葉が終わるとカエルは足音を立てずに死角から死角へ移動する。
 ルッカもそれに倣いモンスターから身を隠しながら移動を開始する。
 俺はそれについて行こうとして締め付けの緩かった青銅の刀が廊下に落ちてモンスターに見つかる。
 結果モンスターと戦うことになったが、カエルもルッカもモンスターと戦う前に俺の頭と腹に拳をめり込ませていった。
 あんまり人を殴らないでほしいものだ、可愛く言うならもうクロノはプンプンなんだからね! という感じだ。


 次はねえからな……というカエルの脅しをはいはいと投げやりに返す。かえるの顔で凄まれても怖いより気持ち悪いが先に立つ。
 ただその後ルッカが後頭部に鞄から取り出したハンマーを振り下ろすのはいただけない。ここ最近ルッカのDVは目を見張るものがある。怒りとか怖さとかを超えてなんだかワクワクするくらいだ。パネえ。


 気を取り直して進んでいくと階段の上にアナコンダみたいなどでかい蛇が数匹いた。
 俺の本能があれは駄目だと叫んでいた。先ほどの戦いでもほとんど一人で敵を倒したカエルも蛇には勝てまい。生物とは食物連鎖には勝てないのだ。


 さっきのような失態は犯すまいと慎重に動いたら俺の後ろからグワンゴン! という音が鳴る。
 すぐさま何があったのか確認すると、ルッカがてへへ、と舌を出しながら自分の頭を叩いていた。どうやらハンマーを床に落としたようだ。
 それからの展開はご想像の通り。とりあえずカエルでも蛇に勝つことは可能なのだという奇跡を見ることが出来た。
 蛇足だが、何故かカエルはルッカを強くしからず、気をつけろよの一言だけだった。そうか! これが殺意なんだ!


 その後もこれ隠密じゃなくて殲滅じゃねえの?という勢いでモンスター達をバッタバッタと倒していく。
 途中、モンスターたちとの戦いで俺が腕に傷を負いもう帰ろうと進言したら「お疲れ」とのことだった。疎外感は人を殺すのだと何故分からない。


 あんまりにも俺が煩くしたのでカエルが回復してやると言いながらやたらと長い舌を出して俺の傷口を舐めだした。
 いきなりのことで俺は硬直しされるがままになってしまった。気分は陵辱ゲームのヒロイン。その光景を見ていたルッカはドン引きだった。


 ちゃんと話を聞いてみると、カエルの唾液には微量ながら治癒効果があるそうなので、他意は無いとの事。あってたまるか人外め、俺からすればお前もここのモンスターも大差はないんだ。


 どうにも納得のいかない俺にルッカが「怪我したまま戦闘をするわけにはいかないでしょうが」と背中を蹴られしぶしぶ了承する。


 ……まてよ? 怪我をすればカエルの舌に舐められるのか。
 名案の浮かんだ俺はモンスターとの戦いでわざとルッカに攻撃が向くように仕向けた。
 しかし、その度にカエルがフォローして難無きを得る。何故だ! 何故分からないカエル! 見ているだけの俺よりもむしろお前の方が喜ばしいことだというのに!!
 正直、今ほどカエルになりたいと思うことは無いというくらいお前が羨ましいんだぞ畜生! なのに!
 薄々俺の企みに気づいたルッカは俺に火炎放射器を向け、俺は地獄の業火に身を包まれた。その後きっちりカエルに全身を舐められた。なにこれ、癖になりそう。 カエルはものすんごく嫌そうだったけど。


 ある程度進むと、部屋の中に兵士が一人と王妃様と王を見つけてやったぜ! とルッカと二人で喜んでいたらカエルが違う! こいつは王妃様じゃない! と言い出す。
「何を根拠に言ってるの?」とルッカが問うと「全てが違う!あえてその理由を一つに絞るなら、そう、匂いが違う!」と断言した。俺はドン引きした。ルッカもドン引きした。本当にモンスターの変装だったのだが、モンスター達もドン引きしていた。


 偽王妃がいた部屋で隠し部屋を見つけ、入ってみると大きな銅像の前でサバトが行われていた。カエルはそれを見てチッ! と舌打ちをする。反悪魔崇拝主義なのだろうか? 上手くやれば教祖になれそうな外見の癖に。
 その部屋の中には宝箱があったが大量のモンスターがいる部屋からそれを回収する気にはなれなかった。


 宝箱といえば、これまでにも色々と拾った。まず俺の武器が青銅の刀から鋼鉄の刀になった。パワーカプセルを飲んでいなければ持つこともできなかっただろうが、青銅に比べれば重いというだけで、戦闘に支障はなさそうだった。これでようやく叩く武器から切る武器に変わったわけだ。
 さらに女性用の防具、レディースーツも手に入れ、防具としては中々優秀そうだったのでルッカが着替えたのだが、哀れなことに胸がぶかぶかで着ることが出来なかった。
 あれほど悲哀の表情を浮かべたルッカは久しぶりだった。俺とカエルは一度ルッカから離れて声の聞こえないところまで来ると腹の中から笑った。
 地獄耳でそれをルッカが聞きつけたときは、カエルの舌がからからになってしまった。
 もう先行きの不安で頭の中の警鐘が金属バットでガンガン打ち鳴らされていた。もしかして、偏頭痛なのかもしれない。



 星は夢を見る必要はない
 第四話 蛙って両生類であってますよね?











「はあ、本当思ってたよりも全然広いんだな、ここ」


 モンスターとの連戦で疲れきった俺たちはモンスターの見回りが来なさそうな場所を見つけ、少し休むことにした。


「休憩は五分だけだぞ、あまり休むと王妃様に危険が及ぶ」


「まあまあカエル、貴方が一番戦ってるんだから少しは体を休ませないともたないわよ?」


「……そうだな、まだ余力があるとはいえ無理は禁物か……」


 だからなんでカエルはルッカの意見には素直なんだ、タラシが。爬虫類の癖に。


「クロノ、勘違いしているようだから言っておくがかえるは爬虫類じゃなく両生類だ」


「あ、そうなんだ」


 お約束のように俺はカエルに肘を叩き込まれた。こんだけ殴られて記憶が飛んだらどうしてくれる。ああ、もう平方根の定理を忘れてしまった。元から覚えてたかどうか怪しいけれど。


「にしても、広いだけじゃなくモンスターの数も並じゃないわね。流石王妃を監禁するだけあって警備が厳重だわ」


「これでも少ない方だ。ここの連中は度々人間に化けて城に侵入しているからな」


「ええ!? それってかなりヤバイんじゃないのか? 例えば王様に化けたりしたらもうこの国終わるじゃん!」


 驚いて大声を出してしまった。幸いこの近くにモンスターはうろついていなかったのか、あたりには俺たち以外の気配は無かった。
 カエルが気をつけろ、と一睨みして、話を続ける。


「大概の変装には門番達が気づくさ。余程高位のモンスターじゃない限り、城の人間全員を騙すなんてことはできやしない。身分の高い人間には厳重なチェックがあるしな」


「? 身分の高い人間の方がチェックが厳しいって……理由は分かるけど、よくそんなことが出来るわね」


 ルッカの言葉にカエルは肩を落として、


「こんなご時勢だ。王も王妃様も納得してるさ」


「……なあ、ずっと気になってたんだけど、この国では戦争でも起きてるのか?カエルの話では随分物騒に聞こえるんだが……」


 俺が質問すると、カエルは目を見開き(それはそれは気味が悪い)声は抑えているが、驚いた声を出した。


「お前、ガルディアと魔王軍が戦っていることも知らないのか!?」


「「魔王軍?」」


 え、そのファンタジーな設定は何? 剣と魔法! みたいな。


 それからカエルは十年以上前に現れた魔王率いる魔王軍と、それに対抗する人間との戦いを教えてくれた。
 九割以上どうでも良かったが、この世界では常識らしいのでまあ覚えておくこととする。


「しかし、随分変わった奴らだ。魔王軍の存在を知らんとは」


「いや、私達はこの時代の……」


「待て、モンスターに気づかれた!」


 カエルが剣を抜き、飛び出してきたこうもり男を横なぎに切り払い両断した。見慣れたとはいえ、凄まじい剣速だな。
 俺も鋼鉄の刀で大蛇を斜めから切り、残ったでか蝙蝠をルッカが打ち落とす。ここにくるまでの連戦は三人のチームワークを高めるという意味では無駄ではなかったようだ。


「少し休みすぎたな。そろそろ進もう」


 俺とルッカは一つ頷いて、先に歩き出したカエルの後を追う。
 ああ、もう戦闘は御免なんだけどな……


 それからの探索は順調だった。
 無駄に多いモンスター達はカエルの脅威ではなかったし、モンスターの攻撃パターンも大体読めてきた。
 例えば大蛇は噛み付くことしかしないので不用意に近づかなければいいとか、蝙蝠男は飛び込んできて蹴るのがほとんどなのでタイミングを計ってカウンター。ふっふっ、所詮人間様の頭脳には敵わんのだよ。
 探索の最中に床で寝ているモンスターがいて、「んあっ!」というでかい声に驚いたルッカがまともに戦闘をせず頭を打ち抜いたというハプニングがあったが、特別問題は無かった。
 また隠し扉のギミックがあったが、一番最初の部屋でやったとおりパイプオルガンを弾けば扉が現れた。今度は俺もハイタッチに参加した。いいね、この仲間との連帯感! 俺へのハイタッチは一回だけでルッカとカエルは数回やってたけど関係ないぜ!


 隠し扉を抜けると、長い渡り通路があり、手すりの下を見ると五、六階分はありそうなくらい深かった。……あと五、六階も下に行かなきゃ駄目、なんてことはないよなぁ……


「それはないな。……この先から王妃様の匂いがする、近いぞ!」


 かっこつけてるつもりか知らんが本当に気持ち悪いなこのかえる、勘弁してくれ。ルッカも王妃様のことを言わなければカエルを頼りにしているのに、カエルの王妃様フェチが出る度に俺の背中に隠れるんだから。


 カエルが走って渡り通路を駆け抜ける。微妙に気が削がれたが、俺とルッカも一拍遅れて走る。モンスターの姿も見えないし、このままいけるか……? と思っていれば、後ろからモンスターが二匹現れ、俺たちを追ってくる!
 立ち止まって相手をしようと構えるが、俺たちの走っていた方向からもモンスターが現れて、挟み撃ちされてしまった。


「敵は六匹か……挟まれた状態じゃ迂闊には動けないな……」


 冷静に状況を観察するカエルだが、俺からすればどどどどないするの!? である。タマランチ会長も大騒ぎだ。
 ルッカもエアガンを構えるが、その目は不安そうに揺れている。せめて、俺たちの内誰か一人でも敵の後ろをつければいいのだが……


「……仕方ねえ、舌が痛むんであんまりやりたくないんだが……」


 策がありそうなカエルにどうするのか聞こうとすると、カエルは目いっぱい舌を出していた。
 あ、ボケたねこりゃ。


「ちょ! なんでこの状況で舌出してるのよ!? 舌自慢でもしたいの? ○ロリンガとでもやってればいいじゃない! あれ? でもベ○リンガって長い舌を自慢したいのかしら? もしかしたら長い舌にコンプレックスを抱いてるかも……そしたらベロ○ンガは舌自慢に乗ってくれないわ! ああ、どうしようクロノ!」


 ルッカもルッカで冷静さを欠いて頭の弱い突っ込みをしている。というか突っ込みなのか?


 俺とルッカがテンパっていると、カエルは天井の梁に下を伸ばして絡ませて……跳んだ!?


「遠くの物に舌を絡ませて、自分を引き付けて跳ぶ……スパイ○ーマンみたいな奴だな……」


 うん、自分でも言い得て妙だと思う。


 天井に跳んだカエルはそのまま落下し、前にいたモンスター二匹を切り倒した。 これで、挟み撃ちの状態から抜け出し、残るモンスターは四匹となる。
 舌を使ってあちこちに飛び回るカエルのトリッキーな動きに戸惑っているモンスター達は、俺たちの敵ではなかった。






「本来はこの舌に敵を絡ませて、引き付けた後切る技なんだがな、こういう使い方も出来るって訳だ。難点は舌が汚れることと負担が強いから、多用できないって訳じゃないが、好んで使いたくはないのさ」


 カッコいい。カッコいいし、危機から抜け出せたことは嬉しいのだが、縦横無尽に人間の大きさのカエルが飛び回る様はトラウマものだった。
 現にルッカは戦いが終わると表面上はなんともないような顔をしてるが、俺の袖を掴んだまま離してくれない。小刻みに震えているのが分かる。
 俺は夢に出るのは確定だな、と半ば諦めてさえいる。


 俺たちの変化に気づいていないのか、カエルは気合十分に渡り廊下の先にある扉を開こうとしている。
 ……やはり、人間と他種族は相容れないのだろうか?
 どこかに、もっと全てを包容してくれる世界があるんじゃないのか?
 哲学的なことを考えてしまう僕クロノであった。














 おまけ

 一年前の、茹だるほどに暑い夏のことである。



「母さん。暑いね」


「そう? でも我慢できないほどじゃないでしょ? 夜になればきっと涼しいわよ」


「うん。でも夜まで我慢できそうにないや」


「まあ、それだけ聞くと卑猥ね、このエロ息子」


「だからなんで母さんは俺が母さんの肉体を狙ってると過信するの? 頭おかしいの?」


「向こう三日間あんたのご飯素麺だからね、文句言ったら飛ばすわよ」


「そんな事言ったって、ここ二週間ずっと素麺じゃんか。飽きたとかもう見たくもないとかじゃなくてむしろ中毒になりそうだよ」


「食事の度に白いの、白いの下さいいぃぃぃ!! って言えばいいわ」


「それは結局、牛乳ってオチにしてよ。素麺じゃ無理があるよ」


「それはそれは」


 口に手を当てオッホッホと笑うクロノの母。四捨五入で四十歳。低血圧で最近慢性的に肩こりがするらしい。それでも町の男からの人気は上々という魔性の女である。


「……だからさ、もう毎食素麺でも俺文句言わないからさ、お願いだからそれ返してよ」


「嫌よ、私はもうこれが無いと生きていけない体になってしまったの」


「だから何で一々そっち系の言葉を選ぶんだよ! 言葉を選ぶならそういうことを言う相手も選べよ! 俺息子だよ!?」


「んふふ、あんたもこういうの好きなくせに……」


「くそ、これだから自分の年も考えないおばさんは嫌いなんだ」


「あんたの素麺、つゆ無しね」


「味のしない素麺って食事としてどうなの?」


 クロノの言は無視する母。体脂肪率16%。息子には「あんたは知らないでしょうけど、グラビアアイドルの女の子と同じぐらいのスリムボディなのよ」と嘯く策士である。


「あああ! だからそれ返してよ! 俺のウォータープール!」


「あんた今いくつよ? その年でウォータープールとか恥ずかしくないの?」


「俺の年齢で入るのが恥ずかしいならあんたの年齢で入るのはもう処罰の対象になるよ!」


「クロノ、この夏家に入るの禁止ね」


「軽い死刑宣告じゃねえか!」


 クロノの母、ジナ。
 かつて「お金がないなら盗ってくればいいじゃない」とクロノの貸した金返せ発言をを跳ね除けた剛の者である。
 この時ばかりはルッカもクロノで実験するのをやめて家で紅茶を淹れてあげたという。
 これが後に語られる格言『鬼に情はあるが母に情は無い』の元になる出来事である。近々この格言をタイトルにしたCDが出るとか出ないとか。


「もうこの暑いのにグダグダ煩い。ちょっとクロノ、あんた山篭りかなんかしてきなさいよ。折角の夏なんだし。直球で言うなら夏中は消えて」


「……俺は女子供に加え母親に手を出すのは決してしないと心に決めていた」


「今時フェミニスト気取り? マザコン世代が」


「……が、今日この日はその誓いを破る! そのたるんだ体を屍として晒せくそばばあああぁぁぁ!!!!」


「誰の体がたるんでるんじゃこらあああぁぁぁぁ!! 極彩と散れ馬鹿息子おおおぉぉぉぉ!!」


 結局クロノは一度も自分の拳を当てることが出来ずに町の広場に放り出されたのだった。
 クロノの母ジナ。その昔彼女は遥か遠くの国で、格闘技大会のチャンピオンとして二百人抜きをしたとされる、霊長類最強の女である。






 余談だが、町の広場に落ちているクロノを見て「これ拾ってもいいの!? これ貰ってもいいの!?」と鼻息を荒くしたルッカが確認されたとかどうとか。



[20619] 星は夢を見る必要はない第五話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 00:39
 この先に王妃様が……という緊張感を持って、カエルが開けた扉の先を覗いてみると、大臣らしき男が疲れた顔でリーネ王妃に話しかけていた。


「覚悟はいいかなリーネ王妃? この世にさよならを次げる時間だ……って、リーネ王妃? 今大事なところだからこっち向いて? そのお菓子ならあげるから、ね?」


「よろしいのですか? では私としては心苦しいのですが、こちらのアーモンドチョコレートも所望したいのです」


「分かった、なんなら袋ごとあげるから、今だけ、今だけこっちむいてー……よし。では覚悟はいいかなリーネ王妃……リーネ王妃? お願いだから話を聞いてリーネ王妃、ちょっと、聞いてるのかリーネ王妃!! ああ、ぐずらないでぐずらないで、大臣が悪かった。確かにこんな所に連れて来られて怒鳴られたら怖いだろうな、うん。ヤクラ反省。……うん、分かったよそのマカデミアナッツのチョコもあげるから、ちょっとだけでいいから話を聞いて? ヤクラこういうのムードを大切にしたい奴だから」


「わーい、これほどの菓子は城では食べさせてくれませんでした。皆とうにょうびょうがどうとか言って止めるのです。その点最近の大臣は優しいですね、何を食べても怒らないのですから」


「わーいて。王妃がわーいて。あとリーネ王妃、そなた糖尿病の気があるのか? ならば与えるお菓子も控えねば……ああしないしない! だから泣くのはやめろ! ああ、私は駄目な親になってしまうのだろうな……」


 カオスだった。
 和訳すれば混沌だった。
 俺はこのほのぼの空間についていけず、ルッカに助けを求めて視線を向けた。
 ルッカは首を振って目の前の現実から目を背けるな、これが全てだ、という顔をした。
 カエルは王妃様の姿を見たときから鼻血が止まらない。


「なあ、俺達いつ飛び込んだら良いんだ? いっそこれ俺達が帰っても良いんじゃないか? 王妃としても城に帰るよりここで大臣と暮らすほうが幸せなんじゃないか?」


「状況はさっぱりだけど、このまま放っておくと大臣のストレスが溜まって胃潰瘍になるかもしれないわ」


 おいおい、それを理由に飛び込んだら俺達は王妃様を探すためじゃなく、大臣の胃を救うべくモンスターたちと戦ったってことになる。
 どうやってテンション上げればいいんだ。
 俺達が悩んでいる間にカエルは鼻血を出しすぎて貧血になりそうだった。もう俺はこいつに何も期待しない。


「!! お前達は! よくここまで潜り込んだな!? さては王妃を助ける為に来たんだろうそうだろう! やったぜ!」


 大臣が驚いたような喜んでいるような、俺の気のせいではなければその割合は2対8位のようだが、そんな様子で俺達に気づいた。とりあえず顔のニヤニヤを止めてくれないか?ずんずん俺達のやる気が落ちていく。


「カエル! 一緒にお菓子を食べませんか? 大臣を誘ってもワシは甘いものが苦手で……と断るのです。一人で食べるより皆で食べたほうが美味しいのに……」


 先ほどの王妃様と大臣の会話からすれば、多分大臣が王妃様をさらった張本人なのだろう。なんで一緒にお菓子を食べるなんて選択ができるのか? これが王族というものなのか? ローヤルセレブリティの欠片も見つからない。


「お、おおう……王妃様、御下がり下さい! 今からこいつをかたづけちまいますので」


 王妃様に声を掛けられて悶えたのは丸分かりなんだからな? モンスターもどきが。


 気だるそうに俺とルッカが前に出て大臣を囲む。今の気分は犯人の知っている推理映画を見るような気分に近いな。
 カエルは剣を抜き、俺とルッカも各々武器を構える。準備は十全いつでも来いという状態なのだが、どうやら大臣と王妃様がなにやら言い争っている。


「ほら王妃、あいつらの言う通りこの部屋から出ていなさい」


「嫌です! ここから出れば私はまたお菓子を我慢しなくてはならない地獄のような生活に戻らなくてはなります!」


 王妃様の中では地獄はえらく寛容的な所の様だ。
 想像すると黒々とした金棒を持った鬼達が「お菓子が食べたいか……? ふん、ならばまずその食生活を改めるがいいわ! ハッハッハッ!!」とか言いながら緑黄色野菜を勧めるのだろうか? 頭が腐ってる。


「カエル! そしてその他のお二方!」


 誰がその他だ。


「恐らくですが、私をここから連れ出そうというのでしょう! そんなことはさせません! もしどうしてもと言うのなら……私も、大臣とともに貴方達と戦います!」


「お、おおお王妃いいいぃぃい!?」


 カエルが濁流のような涙を流し、膝から崩れ落ちる。
 俺とルッカはその光景を見てやっとれんわと部屋から出ようとする。
 なんだっけこの展開、バハムートラグー〇で見た気がするよ。


「待てええぇぇぇい!!」


 扉に手を掛けようとすると、その前に大臣が息を切らしながら扉の前に立ちふさがる。老年ながらにそのスピードは素晴らしいんじゃないでしょうかね。


「お前達がいなくなればわしはこの空間に取り残されてしまう! あんな王妃マニアと頭のネジが飛び散った王妃をわし一人で相手しろというのか!?」


「私たち疲れてるの。そんな理由で立ちふさがらないでよ。ガチでダルイ」


「じゃあ分かった! そこのソファーで座ってて良いから! コーヒーも淹れるから! 大臣の淹れるコーヒー凄く美味しいから!」


「大臣がコーヒー淹れるの上手いってどうなのよそこのところ」


 ルッカと大臣が言い争いを始めて一人残された俺はソファーで寛ぐことにした。 あ、この煎餅旨い。


「とにかく! 私は断固ここに残る決意を崩しません! 大臣、変身です! 早くモンスターの姿になって下さい!」


 あの王妃大臣がモンスターと気づいていてもお菓子やらなんやらを要求してたのか。ああいう人間が王妃なんてやってるからフランス革命が起きるんだ。「パンがなくてもお菓子は食べなければなりません!」みたいな。「お菓子だけで十分ですよ」みたいな。後者は関係ないか。


「……ねえ、王妃もああ言ってることだし、変身して私たちと戦ったら?」


「た、戦ってくれるのか!?」


「そうでもしないと収集つかないでしょ。戦ってもつくかどうか分からないけどね」


「そ、そうか! 恩に着るぞ娘!」


 大臣は扉から離れ、カエル、ルッカ、俺の三人を見据える位置まで走っていった。


「キャハハ! 無駄無駄! ここからは誰一人として帰さぬぞ!!」


 ほっとした顔からやおら凶悪そうな表情に変わり、俺達に宣戦布告の言葉を吐いた。


「そうです! 今日から皆でこの修道院で遊んで暮らすのです!」


「違うのです!!」


 王妃の言葉遣いがうつりながら大臣が否定する。やめてくれないかな、ここまできてグダグダな感じを出すのは。


「ねえクロノ、これ本当に王妃様とも戦うのかしら?」


「多分。まあ怪我させないように適当に気絶させればいいんじゃないか? 不敬罪とかそんなん知ったこっちゃねえよ」


 ソファーから立ち上がり刀を抜きながら大臣達に近づいていく。


「王妃いいいぃぃぃいぃいぃぃ!! リーネたああぁぁぁん!!!」


 この生ごみ何曜日に捨てればいいんだっけ?臭い上に煩いとか工業廃棄物もんだよ。


「ハッ! カエルふぜい……ええと、お前の名前を教えてくれ」


「あ、クロノです。はい」


「そうか! クロノふぜいが! きさまらから血祭りにあげてくれるわ!」


 カエルと会話するのは無理と判断した大臣は俺とルッカを相手にする事を決めたようだ。不憫な。


「大臣チェンジ!!」


 大臣は手に持った杖を高く掲げ、朗々とした声を張り上げる。
 すると、大臣の背中が盛り上がり、肌の色がどんどん黄色になっていく。
 爪は鋭くとがり、皮膚という皮膚がデロデロと溶けていく……もう、お好み焼きは食べられない。


「ヤクーラ! デロデローン!」


 その言葉はギャグなのか切ないくらいにセンスがないのか、とにかく大臣の変身は終わった。
 背中が盛り上がって、四足歩行で、全体的に楕円形の体格で……亀とモグラを足したみたいだ。
 そして、なによりでかい。
 今までのモンスターは大概俺達と同じくらいか、少し大きいくらいだったが、この亀モグラ、俺達の二倍はある。人間時の印象で弱いと思ってたのだが……これやばくないか? 勝てる気がしない。
 俺とルッカが戦慄していると、カエルはまだ「リーネたまぁぁぁ!! ……ハァハァ」とか言ってたのでルッカがハンマーを投げてこっちの世界に呼び戻した。
 近づいてきたカエルの言葉は「王妃に当たったらどうする!」だった。お前が俺の仲間だったときなんて、一度もなかった。なかったんだ。
 俺の沈痛な表情に気づかず、リーネ王妃捜索隊と、大臣・リーネ王妃タッグとの戦いが始まった。何か矛盾してるよね、絶対。





 星は夢を見る必要はない
 第五話 プライドは安ければ安いほど良い。けれど、決して無くしてはならない。











「行くぞ貴様ら!」


「ええ! 私たちの未来の為に!」


 王妃が大臣の言葉を引き継ぐと、とても悲しそうな顔をしたが、大臣は大きく跳躍しルッカに圧し掛かろうとした。
 すぐにルッカは今いる場所から右に転がり避けたが、大臣の圧し掛かりは石製の床を砕き、破片を辺りに散らばらせる。


「こ、こんなの当たったら即死ね……」


 ルッカは喉を鳴らし、隙を作らないように大臣の一挙一動に注視した。


 さて、俺とカエルはどうしているかというと……


「はっ! てや! せえい!」


 王妃の格闘に手一杯だった。


「おいカエル! これ本当に王妃か!? どう考えても今まで戦ってきたモンスターより強いぞ!?」


「本物だ! 言っておくが王妃はガルディア城の中で騎士団長とタメを張るほどの戦闘力を持っているんだ! 特に対人戦においてはガルディア一と言われる……」


「そんなもんを王妃に据え置くなっちゅーんだ!!」


 相手は王妃。流石に殺すわけにはいかないと武器は鞘に入れて戦っているが、それを差し引いても強い!ルッカの援護どころか、二人掛かりでも勝てるかどうか……
 なにより、カエルの奴が今一つ本気じゃない。こいつの王妃第一主義は分かっているが、このままではあの化け物大臣にルッカがやられてしまう……こうなったら。


「カエル! お前はルッカと協力して大臣を倒せ! でないと全員この修道院で暮らすことになっちまう!」


「……王妃様と一つ屋根の下……ハアハア」


「この戦いが終われば次は貴様の命の灯火を消し去ってくれるからな」


 俺の説得が通じて、渋々隙を見てカエルがルッカの加勢に回る。
 さて、ここからが問題だ。俺と王妃では覆しがたい力量の差がある。
 ここは勝つことではなく凌ぐ事を第一に考えて、カエル達が大臣を倒すことを期待しよう。


「遅いですよその他の方!」


「あんべらっ!! ……げほ、げほっ!」


 掌底一発、俺は一メートル程吹っ飛び咳き込んだ。


「スピード、経験、予測、腕力。その全てが勝っている私に武器を持っていようと貴方が勝てる道理はありません。諦めてこの修道院で暮らしましょう。ちょうどトランプをする相手が欲しかったのです。あ、私ばば抜きしかルールを知らないので教えて下さいね」


「……残念だけど、俺はセブンブリッジしかルールを知らねえんだよ!」


 出来るだけ低姿勢からの突き。飛んで逃げても左右に避けても後ろに飛んでも追い討ちは可能! さあどう出る!
 王妃は俺の考えを読んだのか、少し失望した顔を浮かべた。


「左側面に隙、続けて右下半身にも隙」


「がっ!!」


 俺の突きを左右上後どの方向にも避けず、左前に飛び込んで避け、俺の左目に虎爪、右膝にキック。それをほぼ同時にこなしていた。
 ちっ、左目はしばらく見えないな……右足は動けないほどじゃないが、走るのは無理か……つまり距離を稼ぐのは不可。


「次で決めますね、その他の方」


「……クロノだ、いつまでもエクストラ扱いは凹む」


「はい、その他の方」


 どこまでも苛々させる王妃様だ。
 ちら、とカエル達のほうを見ると、劣勢ではないが、優勢でもない。勝負はまだ決まりそうにないか……


 王妃が腰を落とし、左手を腰に、右手を前に出す。……拳法の型、か?


「案ずることはありません。ただの縦拳です。崩拳や、散拳といった高等技術ではありませんよ、ただの基礎です。ですが……」


 そこで一度区切り、ずっと笑顔のままだった王妃の顔が、真剣に、相手を倒すものへと変わった。


「私はこれだけなら、縦拳だけならば、あらゆる世界で私が、私こそが極めたと豪語出来ます。加減はしますが、当たり所が悪ければ内臓が弾けますので、頑張って下さいね」


 頑張って下さいね、の部分だけ笑顔になられてもこちらとしては反応に困る。
 しかしこの王妃、本当に化け物だ。この腕前なら今まで俺達が戦ってきた修道院のモンスターを蹴散らし、一人で楽々と帰ってこれるだろう程に。
 ……帰らなかった理由がお菓子食べ放題とは、頭がおかしくなりそうだが。


「……俺も一つ、必殺技ってやつを見せようかな」


 俺の得意中の得意技、回転切り。
 遠心力と斬撃の速さで、今まで戦ったモンスターに反撃を許さなかった自慢の技だ。万一、これが破られたなら……


「……万一なんて考えてる場合じゃねえな」


「覚悟は決まりましたか?」


「ああ、……かますぞ、王妃ぃぃ!!」


 深く息を吸い込み、右薙ぎに剣を払う。
 初速は完璧、足の置く位置も、腰の使い方も、肩の力の入り具合も全てが上手くいった。


 ……しかし、それら全てを上回る、拳速。
 気づけば俺は、部屋の壁に叩きつけられていた。
 最初痛みは何も感じなかった。ただ、立ち上がろうと体に力を入れた途端、激痛という言葉ではあまりに優しすぎる痛みが俺を襲う。


「あ……あ、あ……」


 吐きたい。頭がそう命令しているのに、体は言うことを聞いてくれない。
 そもそも俺に体が付いているのか? 腕も足も、胴体ごと吹っ飛んだんじゃないのか? その前に、俺は生きているのか? 生きているなら何故俺の思うように動かないのか?
 自身問答を繰り返していると、王妃が上から俺を見下ろしていた。
 その目は冷たく、弱者に向けるそれそのものだった。


「カエルが連れてきたことだけはありますね。よく頑張りましたよその他の方。ですが……貴方は戦いを知らない。幾度モンスターと戦っても、何度となく生死をかけた戦いを繰り返そうとも、貴方は、戦うという行為を知らないのです……貴方は今この戦いに何を賭けていますか?」


 何を? ……確か、マールを助ける為に……


「マール? ……その子のことは知りませんが、そうですか。マールという子の為にですか。でもそれはこの戦い限定の目的ではないでしょう?」


 何言ってるんだ? 分かりづらいんだよ。王妃様ならもっと分かりやすく言えよ……


「貴方がこの戦いに負ければどうなりますか? ……そうですね、マールという子を助けられなくなりますね。……でもそこには他人の為の理由しか存在しない。貴方自身、それのみの目的、理由がない。もう一度考えてみて下さい。貴方はこの戦いに何を賭けていますか?」


 マールの為、それ以外の理由? ……ルッカを守る為? それは『誰か』の為であって、俺『だけ』の理由じゃない。カエルははなから除外。
 ……なら、それは……


「このまま戦いが続けば、大臣はカエルたちに負けて、私も戦う理由がなくなり降参するでしょう……そうすると、負けたのは誰でしょう? 大臣は負けた。でもそれは二対一というハンデを背負ったものです。……フフ、人間とモンスターという種族間の優劣を無視してますけどね」


 なんだよ、何が言いたいんだテメェ……


「貴方は私と『一対一』で負けた。互いに『人間同士』で。……貴方は私に負けたまま、マールという子を『助ける』ことになるのですね」


 …………ああ、そうか


「ごめんなさい。もうお菓子食べ放題の夢が閉ざされるからと、意地悪を言ってしまいました。それでも貴方はその年齢にしては頑張りました。そこでゆっくり休んでいて下さい」


「………待てよ、王妃」


 かすれた、弱弱しい声をカエルたちの方へ歩いていく王妃に飛ばした。
 あまりにか細い声は四メートルという果てしない距離を泳ぎきって、王妃の耳に届く。
 王妃はまだ喋れるのですか、と少しだけ驚いた顔を見せた。


 覆しがたい力量の差?
 凌いで時間稼ぎ?
 カエルたちが大臣を倒すのを待てば良い?
 ……無様だ。ダサ過ぎる。


「王妃……俺がこの戦いに賭ける物……それは」


 刀を支えにして立ち上がる。
 右手が痛くても問題ない。
 足ががくがく震えていても問題ない。
 視界は揺れるし、今更になって喉の奥から血が溢れ出てくるけど、一切問題ない。
 刀の鞘の切っ先を王妃に向けて、俺『だけ』の答えを進呈してやる。


「俺だけが持つ、俺だけのプライドだ」


「……そうこなくては。楽しくなりそうですよ、クロノ」


 さあ、これからが『戦い』だ。
 今からこそが『戦い』なんだ。



[20619] 星は夢を見る必要はない第六話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 00:45
 体中に響く痛みを無視して動けるのは一度だけ、あと一回の攻防で勝負が決まらなければ、俺は負ける。
 俺たちが勝っても、俺が負けては、俺の中では意味がない。
 そんな形でマールを助けられたとしても、どうやって顔を合わせればいいか分からない。……どう戦うか……
 思考を重ね、一つ、策ともいえない策を思いつく。悪ガキの発想に毛が生えたような策。それでも無手で挑むよりはマシだ。


「ルッカ! あれを返してくれ!」


 戦闘中のルッカに声を掛ける。
 ルッカは戦闘の最中でありながら、すぐに背中に付けてあった物を投げ渡してくれた。


「……刀ですか」


 王妃が確認するように言う。
 俺がルッカに渡してもらったのは鋼鉄の刀を手に入れたときから、後援のルッカに預けておいた青銅の刀だ。
 身軽でないといけないスピードタイプの俺は前衛の俺たちよりも比較的安全な位置にいるルッカに持たせておいたのである。


「二刀流だ。問題ないだろ?」


「構いませんよ。二刀でも私に当てることは無理でしょうし」


「分かってねえな。俺は宮本武蔵ファンクラブに入ってる位なんだぜ?」


 無駄口を叩きながら、後ろ手に青銅の刀に細工をする。
 油断しきっている王妃は俺のやっている事に気づきはしない。


「もう、始めましょうクロノ。時間はそう残されていないようです」


 王妃が大臣とカエル達の戦いを横目で伺い戦いの再開を催促する。
 見れば大臣の右腕にカエルの剣が突き刺さっているところだった。暴れまわった大臣はトドメを刺されることは無かったが、倒れるのはそう遠くなさそうだった。
 ……モンスターとはいえ、人間時に会話をしたこともあり、その凄惨な光景に目を背ける。
 視線を逸らした先に見えた王妃の手は、何かを堪えるように強く拳を握り、酷く震えていた。表情が変わらないのは、王妃としての意地だろうか?


「優しいのですね? クロノは。……敵であり、モンスターでもある大臣がやられている様を嫌がるとは」


「……これが普通の反応だろ? 敵だろうが……なんだろうが、関わった事がある奴がやられるのは、嫌なもんだ。甘いと言われても、さ」


 あえてモンスターという単語は避けた。
 その口振りから、きっと王妃にとって大臣がモンスターであったことはどうでもいいことで、俺たちがモンスターという理由だけで大臣を倒すのは、目を背けたい事実なのだと分かったから。


「さあクロノ、貴方の体力ではこれが最後なのでしょう? 全ての力を込めてかかって来なさい」


 王妃があの縦拳の構えを取る。
 俺の細工も完成した。
 王妃に向けて合掌し頭を下げる。戦いに礼儀なんていらないんだろうけど、この人にはそれを見せておきたかった。


「……行くぞ、リーネ王妃」


 言い終わると同時に右足を蹴りだし、俺に出せる最高の速度で距離を縮めていく。
 距離、五メートル。
 まだまだ、加速は乗り切ってない。残り四メートル。
 ……そろそろ良いか? 残り三メートル。


 俺は走るスピードを乗せて左手の青銅の刀を振る。当然当たるはずもない距離で刀を振った俺に王妃は怪訝そうな顔をして、次の瞬間硬直する。
 まあそうだろうさ、飛んできたのだから。青銅の刀の鞘が。


 一瞬の硬直から抜け出した王妃は、それでも冷静に飛んできた鞘を叩き落す。


「少し驚きましたが、ただの子供だま……!!」


 次に王妃が見えたものは、青銅の刀の刀身だった。
 これが、俺の細工の意味!
 あらかじめ二刀流だと宣言しておくことで、王妃の経験から作られるシュミレートにこのような使い方をするという想像を作らせない。
 あくまで相手の虚を突くだけの、嘘とハッタリの作戦。俺にしては上出来だ。


「……くっ!」


 鞘が飛んできたときには崩さなかった縦拳の構えを、刀身を叩き落すために右足で蹴った為、崩さざるを得なくなった。
 その大きな隙に回転切りをねじ込んでやろうと残り僅かな距離を詰める……それでも。


「言ったでしょう? 私は縦拳を極めた、と。構えを再構築するのに、私は瞬きする時間すらかけません!」


 王妃という壁は、なお高い。


 俺の予想を遥かに上回るスピードで縦拳の構えを取る王妃。
 俺は回転切りを中断して、王妃に突きを繰り出す。


「遅すぎる!」


 王妃の体に届く前に拳が前に突き出され……俺の刀の切っ先に当たった。


「な!?」


 はなから王妃に当てようなんて考えてはいない突き。これは王妃の縦拳を防ぐためだけの攻撃だった。
 青銅の刀の鞘、刀身、それらの策は成功すればそれまで、もし防がれても次に繋がる布石として活用される。


 鋼鉄の鞘は砕け、剥き出しの刀身が姿を現す。
 手が痺れて、刀を投げ出したい衝動に駆られるが、歯を食いしばり、そのまま王妃の右側に左足を置いた。


「回転切り……!!」


 元々、この回転切りという技は先制に使うものではなく、相手の攻撃をいなした後に使うよう作った技だ。
 本当なら側面から膝裏、背中、後頭部に一撃ずつ入れていくのだが、俺にその体力は無い、だから、一撃。この一撃に全ての力を乗せて……!!


「くたばれ! リーネ王妃ぃぃぃ!!」


 刀の峰を王妃の後頭部に当てた後、なんだか悪役みたいだなあ、とぼんやり思った。





 星は夢を見る必要は無い
 第六話 プライドとは、口にすれば容易く崩れさるだとかなんとか











「良いですか王妃様? そいつは貴方を、つまりガルディア城王妃を攫ったんですよ? 今ここで切り殺すのが道理であって」


「駄目です! 大臣は、大臣は優しい人です! コーヒーだけでなく紅茶も淹れるのが上手いのです! ですからどうか許してあげて下さい! お願いしますカエル!」


「しかしですなあ……」


 厳格な人物を演出したいのかどうか知らんが、王妃様に懇願されるのが嬉しくてたまらないという顔をしているカエル。
 ストーカー気質の上サドとは、救えねえ、砕けろ。


 王妃を気絶させ、俺も役には立たないかもしれないが、それでも……! と足を引きずりながらカエルたちの加勢に向かおうとすると、その前にカエルたちと戦っていた大臣が「うううおおおお王妃いいいぃぃぃぃ!!」と叫びながら走りより、人間時の姿に戻って倒れた王妃を揺さぶっていた。
 頭を打った人間を動かすのは止めたほうが良いですよと声を掛ける暇も無かった。
 ちなみにカエルは「出遅れただと! この俺がか!? リーネたんでムハムハしたい委員会名誉会長の俺がか!?」と慟哭の叫びを放っていた。俺は言っても分かる奴なら言うが、そうでない奴には何も言わないと決めているスパルタなので、何も言わないことにした。カエルが何か叫ぶたびにルッカが火炎放射器の燃料をチェックしていた。とりあえずウェルダムでお願いしますルッカさん。


「もういいじゃないカエル。さっきの反応を見た限り大臣は王妃様を傷つけようとか、危害を加えることは絶対にしないはずよ。それに私としては大臣よりあんたを処罰したいわ腐れかえる」


「ルッカの言うとおり、自分が戦ってるのに王妃の心配をして駆けつけるなんて、中々出来ることじゃないだろ。俺としても大臣は憎めない奴だって分かってるしさ。後いつお前珍生物捕獲研究所とかに捕まるの?電話番号教えてくれたら今すぐ連絡するんだけど、この下種両生類。略してげっ歯類。」


「誰がねずみ科か!」


「おお、流石はクロノとお嬢さん! この緑の化け物ゲコロウと比べてなんと大きな心でしょう!」


「げ、ゲコロウ……」


 王妃の言葉に落ち込みソファーの上で丸まってしまったカエル。妙なサドっ気を出すからだ。それはそれとして王妃様、ゲコロウって何? どこからの引用?


「わ、ワシを助けてくれるのか!?」


 縄で縛られた大臣が驚きの声を出す。
 だって、あんたを助けないとまた王妃様とのバトルが始まるんだもん。無理だよ。
 俺と戦ったときはずっと加減してくれてたみたいだし、本気で戦ったら一発で意識消失、縦拳にいたったら確実に内臓破裂、まあ間違いなく死ぬだろうな。俺薄々感づいてたけど、生物学的に男より女のほうが強いんだね。ルッカとか母さんとか王妃とか。


 その後、大臣は城から去ることになり、王妃は泣いて嫌がったが、過程はどうあれ王妃を攫ったのは事実。大臣が城に戻れば極刑は免れないというルッカの説得が通じてしゃくりあげながら王妃も納得した。
 ちなみに、この作業で二時間使った。ルッカのストレスは横で萌え萌え言ってたカエルにぶつけられた。理不尽にも俺にもぶつけられた。なんでやねん。


 長い長い戦いを終えて、王妃捜索に決着がついたのだった……








「心配したぞ、リーネ」


「うあっ、大臣が、大臣が何処かに行ってしまったのですー!!」


「リーネ様! わしはここにいますぞ!」


 城に帰り、王と対面してもリーネ王妃は泣きっぱなしだった。森に現れるモンスターや、まだ俺たちがリーネ王妃を攫ったと勘違いして捕まえようとする兵士達を殴り倒しながらの帰還だった。凄い楽なのに凄い疲れるという矛と盾の関係。
 至極どうでもいいのだが、本物の大臣はリーネ王妃が捕らえられていた(捕らえられていた?)部屋の宝箱の中に押し込まれていて、それを救出した。驚いたルッカがエアガンをぶっ放したことは可愛いお茶目である。とはルッカの言だ。大臣の服は赤く染まっている。カエルの舌も疲れている。


「しかしあれですな、あのヤクラの奴、大臣であるワシになりすましリーネ様を攫うなど、ああいう輩を厳しく罰するためにもこのガルディア王国にも裁判所や刑務所を作らねばっそい!」


 腰に手を当てて偉そうなことを言っている大臣にリーネ王妃のドロップキックが炸裂した。擬音はさしずめメメタァ!! だった。
 吹き飛ばされた大臣の二次災害で高そうな壺が二、三割れて、王様がしょぼくれた顔をした。マルチーズみたいな顔になるんですね。


「大臣の悪口は許しませんこの偽大臣! 大臣(仮)!」


「リーネ様!? 偽大臣はともかく大臣(仮)とはこれいかに!?」


 大臣(仮)が論点の違う抗議をする。
 正直あのヤクラって奴のほうが俺は好感が持てたな。帰る前に淹れてくれたコーヒーはえらく美味かった。一緒に出してくれたバームクーヘンも美味だった。リーネ王妃が言うにはお菓子の類は全部ヤクラの手作りだったそうな。お前が真の大臣だ、ヤクラ。


「リーネ様を守りきれず、面目次第もございません」


 喧々囂々としている王の間にカエルの声が通る。
 王妃に馬乗りになられて頬を引っ張られている大臣を羨ましそうな、殺したいようなという目で見ながら。
 謝ってる時くらい真面目になろうよ、面接で落ちるよ?そういう所プロの人は見抜いちゃうんだから。


 そのままカエルは王の間を立ち去り、城を出ようとする。……のだが、ちらちらこちらを見てうっとうしい。去り際に王妃様から何か言われるのを期待しているのが見え見えだ。最初から最後までうざいなこいつ。


「あっ、カエル!」


 ようやく声を掛けられてパアッと花開くような明るい顔で振り向くカエル。しかし、王妃の顔は無表情で、


「恨みます」


 の一言だった。花の命は短い。


 俺たちは王様達に頭を下げて、カエルの後を追う。まあ、心の底から嫌いでも、一応仲間だったかもしれないような夢を見たのだから、別れの挨拶くらいしてもいいだろう。


 俺たちの足音が聞こえたカエルは立ち止まり、声を掛ける前に先に話し出した。


「俺が近くにいたため王妃様を危機にさらしたのだ……俺は旅に出る」


 何でやの?と聞けるムードではなかったのでここは静かに聞いておくことにする。
 ていうかお前王妃様のことしか喋れないのか?


 そのまま歩いて、城の扉に手を掛けた時、カエルが振り返った。
 その顔は敵と戦っているときの精悍なものではなく、王妃様にデレデレしている時の顔でもない。優しく微笑んで、ほんの少し嬉しそうでもあった。


「クロノ!お前の太刀筋は中々見込みがあったぞ」


 そのままカエルは城の外に姿を消した。
 ……一瞬、カエルの横に髪の長い人間が見えたのは、気のせいだろうか?


「……かえるも悪くないもんね」


 カエルの後ろ姿を見送ったルッカは、ぽつりと俺にだけ聞こえる程の呟きを漏らした。


「……本当にそう思ってるか?」


「…………」


 最後だけ決めたからって今までの失態は覆い隠せない。
 どれだけ伸ばしても、風呂敷で家を包めはしないのだ。


「………そうだわ! すっかりマールディア姫の事を忘れてた!」


 誤魔化し方が下手なのは御愛嬌。ここで突っ込んだらハンマーが飛んでくるので何も言わない、俺は今まで生きてきた人生で何も学ばなかったわけではないのだよ。


「ねえクロノ! マールディア様はどこで消えた? もしかしたらそこに……」


 いるかもしれないと……だが、俺はそもそもマールの消えた場所を知らない。
 騎士団の部屋でグータラしてたら消えたということしか知らないのだから。
 が、ここでそれを暴露すれば間違いなくルッカは俺を殴る。それはもう、大きく振りかぶって殴る。
 やっべ、今日一番のピンチじゃね?
 ……一か八かだ。


「王妃様の部屋だ。そこでマールが消えた。うん、そうに違いない」


 王妃様が部屋でお待ちですと寝ている俺にしつこいくらいメイドが話しかけてきたので覚えている。
 おそらく王妃様の部屋で延々俺を待っている間にマールが消えたのだろう。でなきゃ俺は滅入る。


「……? まあいいわ、急ぐわよクロノ!」


 突っ立っている兵士に王妃様の部屋の場所を聞き出し、二人でそこに向かう。王妃様の部屋に行くには階段を上らなくては行けないようで、その階段が長すぎて発狂しそうだった。
 あと行く道行く道に落ちている宝箱の中身を回収するルッカはこいつの子供は盗賊になるんじゃないかと心配するほどだった。










「「………」」


 王妃の部屋に着いた。これは良い。
 中にマールがいた。これも良い。
 マールが椅子に座って机に足を投げていた。良くない良くない良くないよー。女の子のマナーは男のマナーより重視される時代だからね。


「……ああ、クロノ。何か用? すっごく待たされたけど、今更私に何か用? 私のことなんて忘れてたんじゃないの?」


 おお、グレてらっしゃる。
 この待たせたというのは最初に待たせた六時間前後のことなのか、王妃様を助けた後の王妃様説得にかけた二時間なのか。後者は俺の責任じゃないんだが……


 しどろもどろになっている俺に小さく溜息を吐いたマールは「もういいよ」と答えて、俺に近づいてきた。


「……怖かった」


「……ごめんな、本当に悪かった」


 いきなり知らない場所に飛ばされて、いきなり他人に間違えられて、いきなり城に連れてこられて、怖くないはずは無いよな……六時間はやり過ぎた……


「意識が無いのに、冷たい所にいるのが分かるの。……死ぬってあんな感じなのかしら?」


 ……答えづらい。そうだ! というのもおかしいし、違う、死とは完全な無なのさ! と思春期みたいなことを言う気はしない。そもそもマールの問いは答えを求めたものじゃないんだろうけど。


「マールディア王女様、ご機嫌麗しゅう……」


 ルッカが跪いて、マールになにやら御大層な言葉をかける。キャラおかしくねえ? お前。


「貴方も来てくれたの! ……マールディアって……え!?」


 深刻な顔をしているところ申し訳ないのだが、俺の後ろにいたルッカに今気付くってのはおかしくないだろうか? ルッカもルッカで小さく「二人の世界になんて入れないんだから……」とかブツブツ言ってるし。


「バレちゃったみたいね……」


 マールは悪戯がばれたみたいにあーあ、と両腕を前に伸ばして、ベッドに座る。


「ゴメンね、クロノ。騙すつもりはなかったの」


 ここからはマールの独白。
 そう感づいた俺たちは、俺もルッカも口を挟むことはなかった。


「私はマールディア。父はガルディア王33世……」


 悲しげに顔を伏せて、マールの右手はズボンの裾を掴んでいた。


「けど、私だってお祭りを男の子と見て回りたかったんだもん。私が王女様だって分かったら……分かったらさ……」


 最後は涙声が混じり、次の言葉を紡ぐのに少しの時間を要した。
 俺たちからすれば僅かな時間でも、マールにとっては酷く長い時間に感じただろう。大事なことを言う時、時間はその流れを止める。


「ク……クロノは、一緒にお祭り見てくれなかったでしょ?」


 マールは顔を上げて、出来うる限りの笑顔を浮かべていた。
 別にそれでいいんだよ、それが普通なんだからと、自分に言い聞かせるように。
 俺が肯定を示しても、泣き出して俺を困らせないように、精一杯の笑顔を虚勢で固めて。


 ……俺はどうだろう?
 口先だけではいというのは簡単だ。それで女の子の涙が止められるなら言うことはない。
 けれど、良いのか?
 そんな簡単に答えを出しても良いのか?
 涙って、そんな理由で止めて良いのか?
 マールは本心を俺に曝け出してくれてる。なら俺も本音で返すべきだ。
 だから、俺の答えは……


「……分からない」


「ちょっと! クロノ……」


 そこは嘘でも違うと言え、とルッカが俺を責める声を出す。
 でも、駄目だ。それじゃあどこかで綻びが生まれる。
 俺がマールを助けた理由。それははっきり言えば義務感、さらに言えばルッカの為。マールが、『マール』だから助けた訳じゃない。
 勿論一緒にお祭りを回れて楽しかったし、可愛いと思ったし、深く突っ込んだら守ってあげたい女の子だとも思ったけど……
 そもそもそれ以前に、お祭りを一緒に見てない初対面の時に「私はこの国の王女です、私と一緒にお祭りに行きましょう」なんて言われて了承するか、と言われればいいえとしか言えない。
 だから、『分からない』は俺が最大限に譲歩できる答え。


「そっか……ありがとう、クロノ。ごめんね、急に変なこと言っちゃって」


「……いや、別にいいよ」


「………さて! 本物の王妃様も戻ったことだし、そろそろ私たちの時代に帰りましょう!」


 ルッカがなんとも言えない顔で俺たちを眺めていたが、この空気に耐えられなかったのか手を叩いて大声で場を仕切った。


「うん、そうだね! 行こうクロノ!」


 笑顔で俺を促すマールに悲しみの色は見えない。でも、それは奥深くに取り込んだだけで、決して消えたわけではない。


 城を出て、森に入ろうとする前に俺はふと夢想した。
 今まで同年代の友達も作れず、遊びらしい遊びも経験してこなかったこの少女に、嘘でもあの時王女でも関係ない、俺たちは友達だろう? と言った場合の未来を。
 きっとこの天真爛漫で、無垢で、純粋な少女は思いっきり両手を上げて飛び跳ねるのだろう。そして、彼女は言うのだ。


「さっすがクロノ! 私たち友達よね!」


 私たち友達よね。
 この言葉を言える時を、マールはどれほど心待ちにしているのだろうか?
 それを考えると、じくじくと胸が痛み出し、それを無視するように森に落ちている木の葉を強く踏みながら歩行を再開した。











「……? どこから帰るの?」


 裏山に着き、俺が最初にこの世界にやってきた場所まで歩くと、先導していたルッカが立ち止まり、マールが疑問の声をあげた。ルッカよ、何か聞かれるたびにフッフッフッ、って笑うのやめてくれないか。怖いったら無いんだ。
 ああ、凄い今更なんだけど、本当にマールってお姫様だったのね。この分だとこの世界が昔のガルディア王国だってのも本当なのかもしれないね。自分でも遅すぎる真実の発覚だと思うけど、無理だろ、いきなり過去に来たんですよとか言われてもさ。なんせルッカの言うことだし。


「恐れながらマールディア王女……いやさ!ここまでくればもうマールと」
「マールでいいってば!」


「………」


 あ、こいつら言いたいことが被ったな。
 ルッカに至ってはちょっとウケを狙ったのが裏目に出てすっごい恥ずかしそうだ。


「「………」」


 二人とも何かしら気まずくなって黙り込んでしまった。
 こういう場合一番気まずいのは第三者なんだから早く切り替えてくれないと困るよ。いつだってワリをくうのは無辜の民なんだ。


「……で、ではマール。これをご覧下さい。そおい!」


 その掛け声は婦女子としてどうなのかねコロンボ君。


「きゃっ!」


 ルッカが妙ちくりんな機械を掲げると、空中に大きな黒い穴が出現した。確か、マールが吸い込まれた時に出た穴と同じように見えるが……


「ルッカ、すごーい!」


 純粋なマールはよく考えずルッカを持ち上げる。そこから叩き落してくれんかね。
 いや、普通に凄いんだけどさ、なんかルッカの機械が上手くいけば大概後から嫌なことが起こるんだよ。


 それから先はルッカが調子に乗って、それを恥じて、マールが気にしないでいいよ! と可愛らしい抗議を上げて……と、大変男子のいづらい空間を形成された。
 先生、クロノ君が仲間外れにされてます!


「私は、この歪みをゲートって名づけたんだけど……」


 ルッカが黒い穴を指差して説明を始める。
 歪み? 穴でいいじゃないか、なんでちょっと難解な言葉を使うんだ、俺の学力を舐めてるのか? 俺は体育の成績以外全部がんばろうだったんだからな。
 本来数字の1~5で判定するのだが、俺の成績表だけなぜか手書きでよくできましたとかがんばろうだった。いじめかな?と思う反面俺だけ特別なんだ、とちょっとした優越感を感じた。


「ゲートは違う時代の同じ場所に繋がっている門のようなものなのよ」


 ……あ、マールが髪を弄りだした。


「出たり消えたりするのはゲート自体が不安定だからなの。そこでテレポッドの原理を応用してこの……あれ? どこだったっけ? ……あ、あった」


 ハムスターのグルーミングのように体中をまさぐるルッカ。マールや、一人○×ゲームは止めなさい。見てて痛々しいから。


「ゲートホルダーを使ってゲートを安定させてるってわけ、分かった?」


「「はーい」」


 俺とマールは二人揃って返事をして、ルッカはよろしいと頷く。そういう専門的なことは貴方に一任しますよドドリアもとい、ルッカさん。


「けど何で、このゲートがあの時突然開いたの?」


 あれだけ一人遊びに夢中だったのに、きっちり話を聞いていたのか?恐ろしい娘っ!


「テレポッドの影響か、あるいはもっと別の何か……」


 腕を組んで思案するルッカをみて、マールがそれを真似して腕を組み、難しい顔をする。可愛いね、おじさん興奮してしまうよ。


「何だかムヅカシイんだね……とにかく帰ろうよ! 私たちの時代に!」


「うん、そうね! 帰りましょうクロノ!」


 おう! という前に二人はゲートの中に入って行った。
 肩落ちしながら、俺もゲートの中に入ろうとする。しかし、その前にある事実に気付いてしまった。


「俺、城からここまであいつらと一切面と向かって会話のキャッチボールしてねえ」


 マールとは気まずい空気になったからしょうがないとしてもルッカさん、俺を構ってあげようよ。知ってるだろ?クロノ族は一定時間人とのコミュニケーションが無いと孤独死するんだって。そのくせ自分から話しかけられないシャイ野郎なんだって。


 この世界から出るときに浮かんでいる感情は、寂しいだった。
 ……両生類でも、近くにいれば話し相手にはなるもんだな。
 目をつぶり、思い浮かんだカエルの姿は王妃様を見て鼻血を垂らしている所だった。あいつのことは忘れよう、二度と会うこともあるまい。


 ゲートが閉じて、俺たちの意識は急速に薄れていった……











「それでは被告人を連れてきます!」


 俺は両手を前に縛られたまま、暗い廊下を歩く。
 明かりのある部屋にでて、大勢の人間が見ている中、証言台の前に立った。


「この男をどうしましょう……火あぶり? くすぐりの刑? 逆さ吊り? ……それとも、ギロチンで首を……」


「オーディエンスを使います」


「駄目じゃ、潔く死ね」


 ……俺が一体、何をしたというのだ。


 私クロノは、裁判にかけられ、若い命を散らすかもしれない瀬戸際に立たされています。
 ……あれえ?



[20619] 星は夢を見る必要はない第七話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 00:51
 事の成り行きはこうだ。
 現代(俺たちの住んでいた時代)に帰ってきた俺たちは、各々行動を開始した。
 ルッカはゲートの発生した原因を調べるべく自宅に帰り、研究。
 俺はマールを城までエスコートをすることになり(そう決まった時何故かルッカは清水の舞台どころか、エッフェル塔から飛び降りようとしているような、断腸の思いで決意する、という顔だった)、俺としてもそう反対する理由もないので了承した。
 中世(カエルと出会った時代)の時から微妙に続くギクシャクした空気を背負いながら、俺はマールをガルディア城に連れて行った。途中の森に生息するモンスター達は俺が戦うまでも無く、どこかボンヤリとした表情のマールが次々に打ち抜いていった。だから、男の俺に花を持たせてみようという気概はないのか。最近、男よりも女の方が活動的で頼りがいがあるという風潮があるが、それは決して間違いじゃないのかもしれない。火の無い所に煙は立たぬのだ。


「マ、マール様! ご無事でしたか? 一体今まで何処に!?」


 城に入るなり大臣らしき男が(過去も現代も大臣の服は同じのようだ)俺の存在を無視して、口から唾を飛ばしながら走ってくる。言葉にする気はないけど、馬糞の次に嫌いな匂いが老人の口臭である俺なのでそういう嫌がらせは止めて頂きたい。


「何者かに攫われたという情報もあり、兵士達に国中を探させていたですぞ! ……ん? そこのムサイ奴! そうかお前だなっ!? マールディア様を攫ったのは!」


 誰がムサイんじゃシティボーイクロノに向かって。


「違うよ! クロノは……」


「えーい! ひっ捕らえろ! マールディア様をかどわかせ王家転覆を企てるテロリストめっ!!」


 マールが誤解を解こうとすると、意図的に無視したかのように大臣が大声を被せる。王家転覆を企てるだって? 困るなあ、こんな日の高いうちからお酒なんて飲んじゃあ。そんな奴が大臣になんてなるから内閣支持率が低下するんだ。何だよ非実在少年って。俺は断固としてジャン○を応援するぞ、購読してないけど。


「や、やめてー!」


 マールが悲鳴を上げて、俺に近づく兵士を押し留める。事ここに至っても俺は自分の身に起きてる危機に現実感を抱けずにいた。あれでしょ? ヤラセでしょ?


「やめなさーい!」


 分かってますよ、俺は騙されませんよとニヒルな笑顔で口端を持ち上げているとマールが城中に響き渡るのではないかという声で一喝した。
 ……ドッキリなんですよね? マールは演技派だなぁ……ドッキリですよね? ね?
 マールの声に驚いた兵士達は膝を床に付けて跪いた。演技指導が行き届いてる、素晴らしい。


「な、何をしておる!」


「しかしマールディア様が……」


 俺を捕まえようとしない兵士達に動揺した大臣は額から汗を流しながら兵士に詰め寄った。兵士も大臣と王女の命令、どちらを優先すべきかと悩んでいる。俺としては王女優先に一票。はらたいらさんに三千点。


「かまわーん! ひっ捕らえーい!」


 大臣の言葉のごり押しに負けた兵士達は俺を取り押さえた。いつだって勢いのある人間が場を動かすのだ。勢いのある奴が間違ったことを言っているケースの方が高いのだけれども。
 俺を床に押し付けながら兵士達が小声で


「貴様、マールディア様と何をしていた!」

「どこまでいった? どこまでいったんだ!」

「あの陶器のような白い柔肌に貴様の穢れた手が触れたというのか? どうなんだハリネズミ頭ぁぁぁ!!」

「何色? 何色だった?」


 と語りかけてくるのはたまらなかった。


「クロノーッ!!」


 マールの叫び声を聞いて、あ、これマジなんだ。ガチンコなんだ、と気づいた。









 星は夢を見る必要は無い
 第七話 彼の犯した唯一の罪とは











「この男をどうしましょう……火あぶり? くすぐりの刑? 逆さ吊り? ……それとも、ギロチンで首を……」


「オーディエンスを使います」


「駄目じゃ、潔く死ね」


 そしてここに戻る。


 大臣は俺に死ねとこの場においては冗談になっていない言葉を残して俺から離れていく。


 そう、今俺がいるのは裁判場。そして俺が立たされている場所は証言台。俺のポジションは被告。俺はレフトしか任された事はないのに、こんな奇抜な位置に置かれるとは中々ヨーロピアンじゃないか。


「さて、私が検事の大臣じゃ!」


「私が弁護士のピエールです」


 傍聴席の人間に聞こえるよう、裁判場に響き渡る声を出す大臣。それに比べてのほほんとした雰囲気の弁護士。あんた言う時は言うんだろうな? ちゃんと相手を指差して意義有り! って言うんだろうな?


「それでは被告人クロノ! 証言台につきなさい」


 髭をもふぁもふぁ生やした裁判長の言われるまま証言台に近づく。
 ……なんだこれ? 現実なのか? 俺の理解を遥かに超えた現状にもう漏らしそうです。頭が熱暴走を起こしてますよ、医者を呼んでくれ。
 俺の右脳が真っ赤に燃える! 理解が出来ぬと轟き叫ぶ!


「まず私からいきましょう。クロノに本当に誘拐の意思があったのか? ……いや無い。検事側は被告が計画的に王女を攫ったと言いますがそうでしょうか? ……いや違う。二人は偶然出会ったのであって決して故意ではありません」


 何度も何度も弁護士に話したことを繰り返させられる。計画的に犯行しといて祭りを一緒に回るってどういう思考回路なんだよそれ。


「果たしてそうでしょうか? どっちがきっかけを作りましたか?」


 大臣が俺の隣まで偉そうに足音を鳴らしながら歩いてきて問いかけてくる。


「……いや、どっちって言われても。説明すると酔ってふらついた俺にマールが跳び膝蹴りを」


「よろしい! 聞いての通り偶然を装って被告は王女に近づきました!」


「どの通りだよ! 人の話し聞けよ! このファシストが!」


「被告人、許可無く喋らないこと」


 裁判長が俺を睨んで注意する。碌に生徒の言うことを聞かず一方的に悪者にする教師みたいな奴だ。時代遅れなんだよ、モンスターペアレンツ舐めんな、給食費出さねえぞコノヤロー。


「そして王女は誘われるままルッカ親子のショーへ足を運びます。その姿は何人もの人が目撃しています。そして二人は姿を消した……これが誘拐じゃなくして一体何でしょう?」


 待て待て俺が誘ったんじゃねえぞ、俺は嫌だと何度も言ったんだ!
 そう叫ぼうとすると裁判長がギヌロ、と俺を見る。くそっ! 何処が目か分からねえ顔の癖に!


「被告の人間性が疑われる事実も私はいくつか掴んでいます」


 大臣はそんな俺をみて薄笑いを浮かべながら饒舌に話を続ける。弁護士、お前さっきから何にも役に立ってねえぞ? お前もカエルと同じがっかり属性持ちか?


「意義有り!」


 怨念の篭った眼差しを送っていると弁護士が真上に顔を向けながら勢い良く右手の人差し指と左手の人差し指をそれぞれ上下に向けてポーズを決めた。何それカッコいい。今度俺も使っていい?


「それは今回の検証に関係あるのでしょうか? ……いや無い」


 弁護士の話を聞いて裁判長がゆったりと顔を動かして大臣を見る。


「関係あるのかね? 大臣」



「はい。証言の正しさを示す為にも被告の人間性を知らせておく必要があります」


「……いいでしょう」


 弁護士は両手で三角を作り喉の奥鳴らし、悪そうな顔になった。何そのポーズ、あんたネタの宝庫だね。
 コツコツと裁判場の中央まで歩き、おもむろに体を回転させながら裁判場の扉を指差した。カッコいい! もしあんたが戦隊物のヒーローに抜擢されたら毎週欠かさず見るようにするよ!


「では証人を連れて来ましょう。被告の誠実さを証明する実に私好みの可愛い証人を!」


 体を曲げた状態でキープしながら宣言する弁護士。あんたがホテルを取るなら、俺、構わないぜ……


 扉を開いて裁判場に入ってきたのは俺が祭りの時に猫を探してあげた四、五歳の女の子だった。
 あ、弁護士さん定位置に戻るときに僕の近くを通らないでくださいますか? ペドフィリアがうつるので。このアリスコンプレックスが。


 あの時は助けてくれてありがとうね、お兄ちゃんとお礼を言いながら女の子は帰っていった。


「どうです? この若者の行動は? 勲章物ですよ」


 両腕をばたつかせながら周りを見渡す弁護士。……くっ! 悔しいが、今はお前の方がカッコいい!
 宙に浮けると信じて疑わないきらきらした顔で俺に近づいてくる弁護士。近いよ近い。あと抹香臭い。



「くくっ。きいてるみたいよんっ」


 よんっ!? ええ年しててよんっ!?



「弁護士、よんっ。は気持ち悪い、やめたまえ。裁判長昨日鼻風邪が治ったばかりなのに寒気がした」


 コンコン、と木槌を叩いて注意する裁判長。ここのシステム良く分からないけどさ、そういう事の為に使うものなのその木槌。
 弁護士は一言すいません。ちょけましたと謝罪し、また傍聴席を向く。


「問題は動機です。この一市民にマールディア王女を誘拐する動機が何処にありましょう?……いや無い」



「お言葉を返すようで悪いが、財産目当てというのはどうかなクロノ君? 王女の財産に目が眩んだのだね?」


「違います」


「ほうら! 裁判長聞きましたか? この者は」


「違うっつってんだろーがあああぁぁ!!!」


「はみゅううぅぅぅ!!」


 人の話を曲解し過ぎる大臣に俺は思わず後ろ回し蹴りをみぞおちに叩き込んだ。妙に萌えな声を出すなこの大臣。


 またコンコン、と木槌を叩く裁判長。まずい、やり過ぎたか……?


「被告、裁判長は暴力が嫌いだ。何故なら怖いからだ。やめて下さい」


 えらく低姿勢な裁判長だ。こいつのポジション、別にその辺を歩いてるおっさんでも十分できるんじゃね?


 ともあれ、裁判の雰囲気は無罪に持っていけそうな空気になっている。弁護士も俺にサムズアップしているし、俺は胃のキリキリ感が収まっていくのが分かった。


「げほげほ……待ってくれたまえ、被告人。最後に聞きたいことがある」


 腹を押さえながら俺を恨みがましそうに見ながら話しかけてくる大臣。ぼとぼと唾を落とすなよ、ボケが始まったのか?


「……君はマールディア王女のペンダントを奪って逃げたね?」


「はあ? 俺はマールにちゃんとペンダントを……!!」


 しまった、やられた。
 こいつは……あの時の俺の行動を言っているのか!?


「思い出したようじゃな……お前はマールディア様の落としたペンダントを先に拾い、すぐさま何処かに走り出した! マールディア王女が探しているのを見たくせに! これはつまりマールディア王女のペンダントを狙ったと解釈するしかない! どうです皆さん!? こんな男の言うことを信じられますか? 間違いなくこいつは王家転覆を狙うテロリストなのです!」


 やばいやばいやばい! 確かにこいつの言っていることは真実! 祭りの中だ、証人も大勢いるだろう! なにより、俺はコイツの言うことを否定できない! もし否定してその根拠を問われれば、俺はマールのペンダントをゲロ塗れにしたことを暴露しなくてはならない!
 背中から嫌な汗がブワッと溢れ出る。その様子を見て弁護士のピエールもどういうことだとこちらを見る。
 ……誤魔化せ……られない!!
 ……いや、いっそ正直に言ってしまおう。このまま王女誘拐を目論んだ男として罰せられるよりも、王女の持ち物を嘔吐物の海に叩き込んだ男として罰せられる方が幾分減刑できるだろう。


「違う! 俺があのペンダントを持って逃げ出したのは……」



「待って!」


 え? この声は……


「お、王女様……」


 まままマールさああぁぁぁん!! 一番来てほしくない時にいいいぃぃぃぃ!!
 俺は言いかけたことを言葉に出来ず、放心してしまった。


「いい加減にしなさい! マールディア!」


「父上! 聞いて下さい!」


 赤いマントを纏い、金色の冠を頭に載せて、威風堂々たる佇まいで裁判場に現れたのはマールの父、つまり国王ガルディア33世だった。
 そのオーラは見る者を圧倒し、王たる風格を見せつけていた。


「私はお前に王女らしく城でおとなしくしていてほしいだけだ。国のルールには例え王や王女でも従わなくてはな……後のことは大臣に任せておきなさい。マールディアも町での事は忘れるのだな」


 いつのまにか両隣に立っていた兵士が俺の腕を掴み、歩き出す。
 俺は抵抗する気力は無く、だらりと体を動かした。


「待って! クロノを、クロノをどうする気なの!?」


 必死に王に取りすがり俺の安否を気にするマール。……止めてくれ、俺のことをマールが気にする必要は無い。そう思う理由がまた酷い。


「決まっておるだろう、王女誘拐の罪ともなれば、終身刑以外にはあるまい」


「そんな!?」


 国王を説得するのは無理と判断したマールは兵士の腕に掴まれだらしなく崩れている俺に話しかける。


「ねえクロノ? 一度私のペンダントを持っていったのには理由があるんだよね? だからそれを言って! そうすればクロノは無罪になるかも……だから!」


 駄目なんだよマール……それは、それだけは君の前で言うことはできない。
 マールの声に反応しないマールは、少しずつ顔色が冷めていき、一歩ずつ俺から離れていく。
 きっとこの距離は、肉体的だけの意味じゃない。


「そんな、そんな、なんで答えてくれないの? ……本当にクロノは、私を誘拐しようとしたの? ねえ、何とか言ってよ!!」


 最後の叫びは涙交じりで、怒りよりも悲しみが強くて。彼女の笑顔がどんなものだったかまで忘れてしまいそうな、悲しい顔だった。


 何を言っても無反応である俺を見ているのも辛かったのか、マールは走って裁判場から出て行ってしまった。
 バタバタと走る足音と、泣きながらの言葉だったので、大半の人間には去り際の言葉は聞き取れなかったに違いない。けれど、俺には分かる。だって、マールがこれ以上俺にかける言葉なんて一つしかないのだから。





「だいっきらい」





 これほど腹に重たく響く鈍痛は、生まれて初めてだった。















 俺は城から直接繋がっている刑務所まで長い渡り通路を後ろから兵士に押されて歩かされ、刑務所の管理人に会い、衛兵に気絶させられて、目が覚めるとそこは牢屋の中だった。
 牢屋の中は正方形型で、部屋の隅から隅まで三メートル弱という広さだった。
 微かに開いた穴から外の光が洩れて、そこから吹く風が体を縛る。床にコケが生えていない場所は珍しいくらいで、ベッドの布団から見たこともない虫がチロチロと生息していた。天井にはくもの巣が張り巡らされており、壁は黒ずんで、血のような染みが点々とついていた。俺の為のご飯はカビの生えたパンが一欠けら。用意されている水はコップの中に泥が入っていた。衛生面なんてまるで考えられていない環境。……こんなところに一週間もいれば発狂するか、病気になって死んでしまうだろうな。


 鉄格子の向こうに衛兵が二人立っている。衛兵たちが立っている先に俺の武器とポーション等の道具が無造作に置かれている。恐らく後で正式な場所に保管するのだろう。


 ……当然、俺はここで生涯を終えるつもりは無い。
 若い間に遊んでおけと町の老人に言われたが、青春の途中で人生を退場するなんて有り得ない。
 俺は、必ずここから出る。そして自由を手にする。こんな汚ねえ牢屋で一生を終えてたまるか。


 体の痺れが取れた俺はすぐに行動を開始した。
 まず窓。老朽化しているので頑張って壊せば外に出れるんじゃないかと空のコップで叩いてみた。結論、壊せるわけが無い。あほか。
 次に床。何かの本で床下に穴を掘り脱獄するという話があった気がする。空のコップで試してみた。結論、掘れるわけが無い。ばかか。
 残るは……


「ねえねえ衛兵さん。背中がかゆいんだけど、手が届かないの、かいて下さる?」


「気持ち悪いの時空を超えてお前が魔の眷族に見える。やめろ」


 衛兵さんを誘惑しよう作戦失敗。


「お、お腹が! お腹が痛い! 医者を呼んでくれぇ!」


「そこで漏らせ」


 仮病で衛兵さんを騙そう作戦失敗。


「神が、神の声が聞こえる! 貴方はまさか! ヴィシュヌ様ではありませんか!?」


「おーい、後で麻雀やろうぜー」


「おー、三時間後に交代だからその時になー」


 神の声が聞こえる御子を牢屋に入れておくなんてとんでもない作戦はよその担当の衛兵に俺の見張り担当の衛兵が声をかけられて失敗に終わる。
 ……万策尽きたか。
 一日目終了。明日こそはきっと、お天道様が俺の味方をしてくれるはずだ。





「ハッハッ! こいつは驚きだ! 俺はなんてご機嫌な踊りを編み出しちまったんだ! おいあんたもどうだい!? こいつは神父の説教を聴くより何倍もノリノリになれるぜ!」


「ふぁっきん」


 フレンドリィにダンスに誘う作戦失敗。後から考えれば成功したとしてどうする。


「……そうして彼の名前が決まりました。それはとてもとても長い名前で、全部話すと……」


「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけだ。寝ろ」


 お腹の底から笑わせてみよう作戦も衛兵が落ちを知っていたので断念。もうなんでも良くなってきた。


「見てくださいこの輝き。落として傷ついたコップもまるで新品のようです。勿論コップにしか効果が無い訳ではありません。布に多めに付けてサッと一拭きするだけで壁の汚れもほら、簡単に落ちちゃうんです。今ならこのクロノ印の唾液を一リットル二十ゴールドで提供させて頂きます。おっ得ー! ほらほら先着順ですよ? そこのカッコいい衛兵さん! 貴方もお一つお求めになっては?」


「カッコいい衛兵さん以外は妄言として扱うことにする」


 俺の唾を服に付けてその洗浄力を売り込む作戦も水泡と帰したか……こうしてみるとここの生活も様々なアイディアが溢れてきて悪くないかもしれない。
 二日目終了。明日はどうしようかな、口笛でクロノソロライブを決行してみようか。今の内に作詞作曲しておかないと。





「あーけーてー! あけてー! あけてよー! あければあけるし開かざる時!」


「ああもううるせえ! 黙ってろ馬鹿!」


 段々頭が弱ってきていると自覚した俺は散々牢の中で騒いで衛兵のストレスを溜めることにした。上手くいけばこれで脱出が可能かもしれない。


「馬鹿? 馬鹿って言った? 腹立つなーその言い方。はらたつのり。なんちゃって」


 自分で言ったギャグで爆笑していると衛兵の一人が「おい牢を開けろ! 黙らせてやる!」と鼻息荒く命令した。カルシウムが足りてないね、君。


 ゴゴゴゴ……と鉄格子が上がり衛兵が俺に近づいてくる。俺の間近に来た衛兵は剣を抜き、峰で俺の頭をぶん殴った。痛い、痛いがルッカのハンマーには遠く及ばない。


 倒れた俺を見て気を失ったと勘違いした衛兵が牢から出ようと俺に背を向けた。……さあて、脱獄劇の始まりだ。


 飛び起きて衛兵の剣を後ろから奪った俺は剣を鞘に入れたまま衛兵の喉に突きを入れる。悶絶して倒れた衛兵は無視して牢の中から出てもう一人の衛兵に剣を振りかぶる。初撃で兜を落とし、相手の攻撃をいなしてから相手の側面に飛び込む。王妃を倒したときの要領だ。その時に比べて迫力、難易度ともに比べるべくもないほど低いものだったが。
 後は回転切りできっちり膝裏、背中、後頭部に一撃を入れて昏倒させる。
 人間を殺すわけにはいかないので二人とも牢屋の中にあった鉄鎖で縛り、牢の中に入れて鉄格子を降ろした。これで俺が脱獄したことはしばらくバレないだろう。






「……これで俺の装備は全部か」


 鋼鉄の刀を腰に差してから、廊下を走り出す。
 牢屋の中ほどではないにしろ決して清潔ではない廊下は下を向く度に黒い虫が這いずり回っている。……俺ゴキブリが出ただけで悲鳴を上げるのに、昆虫図鑑でしか見たことが無い虫がうじゃうじゃいる所を走り回るなんて拷問だ。


 すぐにでも日の光を浴びたい、その一心で俺は脚に力を入れて前へと進んでいった。


















 おまけ





 ヤクラと王妃




「大臣、チョコレートです。私はチョコレートが食べたいのです。チョコレートがあれば私は城に帰らず修道院の中にいますから、急ぎチョコレートを持ってきて下さい」


「いや王妃、わしはお前を殺すために連れてきて……ああ、分かった! チョコレートだな! 待っておれ今すぐこのわしが作ってやろう! だから泣くのはやめて? お前の泣き声でわしの部下の鼓膜が破れて三人戦闘不能に陥ったのじゃから」


 大臣は優しい。
 この大臣が本当は本物ではなくモンスターだと分かっているが、それでも私にとっての大臣は目の前で私の我侭に四苦八苦している大臣なのだ。
 この前はクッキーが食べたいという私の要望に応えようとお菓子の作り方という本を読んでいたのを覚えている。きっと今回も本を見ながら美味しいチョコレートを作ってくれるに違いない。
 私はそれを想像するだけで、はしたなくも唾が溢れてくるのだ。


「大臣、それが終われば遊びましょう。前みたいにモンスターに変身して私を乗せて下さい。修道院内を走り回るのです」


「いやいや王妃、わしはここのモンスターを取り仕切っておるのだぞ? そんなわしが情けない姿を部下達に見せては示しが……うぬ! 全てこのヤクラに任せるがいいぞ!」


 チョコレートを作りに部屋を出る大臣は少し落ち込んでいたが、私はワクワクしていた。大臣の背中に乗って走ってもらうと建物の中なのに風を感じてとても気持ちが良いからだ。


 こんなに遊んだり好きなものを食べたりという生活は今までにしたことがない。城の中の生活は別段苦しくはないし、むしろ快適であったが、こんなに毎日が楽しくて、高揚感溢れる日々は無かった。


 それに、こんな風に年上の男の人に甘えることなんて今まで一度も無かった。
 私の父上は厳しくて、娘の私よりも国の方が大事という御方だった。
 それは為政者としては立派だし、私自身そんな父上を誇りに思っている。……けれど、私も誰かに甘えてみたいと思うのは傲慢だろうか?
 私はいつも誰かに思いっきり我侭を言って、誰かに思いっきり甘えたいと常々思っていた。それは、決して叶わぬ夢だと諦めていたのだけれど……


 だから私はあの本物ではないけれど、私にとっては本物以上の大臣は私の夢を叶えてくれる為に私に会いに来てくれたのではないかと思う。
 都合の良い想像だとしても、私がそう思うなら、私にとってそれは真実なのだ。


 出来るならば、少しでも長くこの生活が続くよう、それが今の私の願いである。
 ソファーの上に置いてある、この前大臣が私の為に作ってくれたぬいぐるみを抱きしめながら、私の未来を想像した。



[20619] 星は夢を見る必要はない第八話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 01:01
 牢屋を出た俺は右往左往しながら迷路のような刑務所を歩き回る。所々に突っ立っている衛兵は暗闇に紛れて近づき後ろからクロノ式ブレイバーを叩き込むとあっさりと昏倒していく。気分は伝説の傭兵。大佐! 現在の状況は!?
 倒れた衛兵が必ず一つは持っているミドルポーション(ポーションの高級品)を懐に入れてホクホク顔で歩く。悪くないかもね、獄門生活。
 ちょっと探検気分で楽しくなっていると明るい部屋に出て、奥に刺付きの棍棒を誰もいないのに振り回している変態を見つけた。萎えた。早く出たいこんな所。
 Uターンしてまたカビ臭い通路を歩いていると今度はギロチン台に首を乗せて縛られている青年を見つけた。足掻こうとしているのは分かるのだがケツをふりふりするのはやめろ、妙な想像をしてしまう。
 無視して先に進もうとすると俺を見つけた青年が大声で「ヘルプ! 助けて! ボーノボーノ!」とやかましく、このままでは衛兵がやって来てやらなくていい戦闘をしなければならなくなりそうなので縄を解きギロチン台から開放してやった。


「もっと早く助けてくれればいいじゃないか」


 信じられないがこれが助けてやった後の第一声である。唇を尖らしてぶーぶー、と聞こえてきそうな顔は肘鉄をめり込ませても許されそうだった。というか、めり込ませた。


「本当は言いたくないけど、これ以上前歯を不安定にしたくないから言うよ。助けてくれてどうも。ケッ!」


 これ以上ないくらい癪に障る謝られ方だったが、これ以上こいつをどついていると衛兵に気づかれそうだったので抑えることとした。だってこいつ殴られたときの声でかいんだもん。
 女の子座りになって「殴ったね!? 父さんにも殴られたこと無いのに! いやあるけど!」
 と叫んだときは反射的に刀を抜いていた。衛兵は殺しちゃ駄目だけどこいつなら許されるのではないか?


 あっかんべー! と舌を出しながら去っていく青年を見てあいつまた捕まるんじゃないいか? むしろそうあれと願う今日この頃。俺は間違ってない。
 気を取り直してまた刑務所内を探索していく。牢屋の中の骨が動いたりした気がしたが、俺は非科学的なことは信じないリアリストなのだ。これから俺のことをバンコランと呼んでも構わない。


 階段を見つけたので登ろうとすると、上から黒い泥団子みたいなものを投げられた。ぺっ! ぺっ! 口の中に入った!
 何があったのかと階段を駆け上がると俺の身長と同じくらいの大きさの盾が二つ置いてあった。
 随分でかいな、暴徒鎮圧用かな? としずしず見ていると、その盾が動き出し裏から人間が顔を出した。俺より頭一つ分小さいその人間は俺の顔を見るなり「ひっ!」と悲鳴を上げて盾の後ろに隠れてしまった。失礼にも程がある。俺の顔を見て悲鳴を上げるなんて二日前以来だ。その時悲鳴を上げたのは俺と同年齢のカヨちゃんである。母さんを通して理由を聞くと、「クロノ君に近づくと、ルッカちゃんにお仕置きされるの……」だそうだ。何故ルッカは俺を孤立させようとする。女子は皆俺を避けるし、男子は男子で半端に人気のあるルッカとよく一緒にいるという理由から俺を毛嫌いしている。ルッカという存在はどこまでも俺の人生を捻じ曲げていくのだ。悪魔め。


「……ああ、また明かりだ」


 階段を上がってすぐの扉から人工的な明かりが漏れている。電球のある生活がどれほど贅沢か骨身に染みるよ。
 しかし、油断は出来ない。中を見ればまた変態が我が物顔で棍棒の素振りをしているかもしれない。ああいう輩がいる所を見ると、もしかしたらここは元々アルコール中毒者の隔離施設だったのかもしれないな。酒は飲んでも飲まれてはいけない。


 恐る恐る扉に張り付き、中を覗いてみる……おや?なにやら靴の裏がこちらに近づいて、


「クロノーッ!!」


 蹴り開けられた扉で鼻を強打した俺は、その反動で階段から転げ落ちて気を失った。

















 初めは、偶然私にぶつかり、ペンダントを拾ってくれたから。ただそれだけだった。あとまあ、同い年の男の子と遊ぶという、女の子らしい遊びがしたかったからというのもある。
 お祭りを巡って、初めて見るお菓子や食べ物を奢ってくれた。いくら世間知らずに育てられた私でも、そういう商品を買うにはお金がいるということくらい分かっていた。会ってから全然たってないのにお金を出してくれるなんて、良い人なんだなあと思ったことを覚えている。
 一緒にはしゃいでみて、気を使わないで良いことも分かった。クロノは女の子の私に気を使って楽しんでいるのではなく、心の底から夢中になったり興奮しているのが手に取るように分かったから。
 だって、私が凄いよ凄いよと興奮しているのに、クロノはそうかあ?どこにでもあるトリックだよ、と全然乗り気になってくれなかったり、逆に私が怖いからやめようというサーカスのテントに聞く耳持たず入ったりした。
 でも、それは稀なケースで、大概私もクロノも周りの人の迷惑も気にせず(これはちょっと反省)二人して騒いでいた。
 本当に楽しかった。こんなに興奮したのも、笑ったのも、また同じ人に笑顔を見せ続けていたのも初めてだった。
 そうして、今度は私がルッカの実験に挑戦して、ゲートに入った時。迎えに来るのは遅かったけど、ちゃんとクロノは私を助けに来てくれた。
 ……なんだろう?私がクロノに抱いている……抱いていた感情は。
 男女間の愛?クロノのことは素敵な男の子だと思うけれど、それは違う気がする。だって、時々訳の分からないことを言うし、私が本で読んだような恋愛ができそうには思えない。……ちょっぴり情けないし、ね。
 けれど、私はクロノと一緒にまたお祭りを巡りたいと思った。
 出来ることなら、クロノと一緒に色んなところを巡りたいとも思った。
 ……もしかしなくても、私は、クロノと……


「友達に、なりたかったんだ」


 私は自室の天蓋付きベッドに仰向けで寝転がりながら、一人でぼうっと呟いた。




 マールがクロノに抱いていた感情。
 それは恋慕といった甘酸っぱいものではなく、また興味があるという程度の軽いものではない。
 マールと同じ年齢ならば誰もが持つであろう、友愛であった。




「……なら、私がすべきことは……」


 私は壁に立て掛けたボーガンを手に取り、比較的丈夫なロープのようなものを探して部屋を飛び出した。








 星は夢を見る必要は無い
 第八話 プリズンブレイクをそのまま訳したら牢獄破壊って、なんかアクション映画っぽいよね







「まあまあ俺も男の子だし、あんまりネチネチ言いたくないけどさ、俺を助けに来てくれたのは嬉しいよ? 純粋に。でもね、その結果俺の頭を割ってたら目的がおかしいよね? 手段と目的が入れ替わってるなんてのは良く聞くけどさ。ルッカのやったことはあれだよ、電車の中で若者が騒いでるのを止めようとして大声で歌いだす蛮行と同じだからね? なんで被害拡大に一役買うのかが俺には理解できないなあ、最先端過ぎて俺がついていけないよ。これは俺が時代に取り残されてるのかルッカが時代をぶっちぎってるのか、その辺を重点的に説明してほしい」


「もういいじゃない。幸い怪我もたいしたことなかったんだし、さらっと流しなさいよ」


 ルッカが言う流すのは水的なものなのかもしれないけれど、俺の中ではその液体重油的な何かだからさ、どろっとしてからみつくぜ?


「……まあ俺の手助けをしようと善意に行動したんだから忘れてあげないでもないけどさ。一体どうやってここまで来たんだ?兵士達だってわんさかいただろうに」


 俺が抱いたごく当たり前の疑問にルッカは得意気な顔をして肩から下げている鞄から茶色いダンボールを取り出した。ルッカの鞄って何でも入ってるのね、魔法の鞄みたい。


「これぞ伝説のスニーキングアイテム、ダンボールよ」


「あ、そのネタもう俺やった」


 ちきしょう……とおよそ一般的な女の子の悔しがり方ではない反応を示すと、ルッカはその場で体育座りになり指で床を弄りだした。爆砕点穴の練習ですか? ルッカがそういう可愛らしいと見られがちな行動をするとどうも破壊に繋がるのではないかと邪推してしまう。


「でもこれはそう馬鹿にできるアイテムじゃないわよ? 私だってこれで何回あんたのお風呂を覗いたか……私は何も言ってないわ」


「……そうか」


 分かる。どうせここで俺が追求すればルッカがハンマーを振り下ろすんだろう? さながら大海賊時代のバイキングの持つ戦斧のように。
 俺の名前はクロノ、テンプレートを回避する男。……でもきっちり言い切ってから誤魔化せると思えるルッカには良い病院を紹介すべきだろうか?俺の家から二件隣に住んでいるバイアン・ジャーニーさんが経営する病院なんか良いんじゃないか?略称BJとしてトルース町の皆さんに好評の。顔に縫い後があるのと料金が割高なのが玉に傷ではあるが。


 とりあえず階段で休憩してても始まらない。俺が突き飛ばされた扉をくぐり、中に入る。そこは俺が衛兵に気絶させられた所長室だった。最初はマールのだいっきらい宣言とこれからの俺の将来を考えてどん底に落ち込んでいたからよく見てなかったけど、中々良い部屋じゃないか。適当に罪人を牢屋まで案内しているだけでこんな良い部屋を割り当てられるのか。これだから公務員は。
 ここにいない所長に毒づきながら軽く部屋を見て回ると、机の下に青い服を着た、所長殿が倒れていた。


「おううううわああぁぁ!!! 人が……人が死んでる!?」


 ごめんなさい! よく知りもしないで楽そうだとか簡単に金を稼げるとか言っちゃって! きっと俺たち国民の与り知らぬ所で膨大なストレスを溜め込んでたんですね! まさか死んでしまうほどの心労だったとは! ……もしくは俺と同じ想像に達した人間による犯行なのか!?
 ガルディア刑務所殺人事件~夜風が目に染みやがる。
 じっちゃんはこの中にいる!


「色々混ざってるけど、犯人は私よ。動機はあんたを助ける為で、ついでに殺してないわ。この使い捨て人体破壊専用ドッカンばくはつピストルを使ったから。勿論のこと非殺傷設定よ」


 ついでにで命の有無を扱うのかという突っ込みの前に、何かえらく禍々しい単語が聞こえたのだが。
 流石巷では『黄昏よりも暗き者』または『血の流れより赤き者』と呼ばれるだけのことはある。名付け親は俺だ。


「お前が犯罪を犯して俺が涙を流しながら『あんなことする子じゃなかったんです……』と言う光景が目に浮かぶよ。少女人体実験による精神破壊とかの罪状で」


「今罪人なのはあんたよ。ほら、いいからさっさとここからオサラバしましょ、ここ臭いのよ。ついでにあんたも臭いのよ」


「お前は女子が男子に言う臭いはどれだけ鋭利な刃物になって胸に突き刺さるか分かってないんだ」


 刑務所に風呂なんてなかったんだから仕方ないじゃないか。俺だって頭が痒くてしょうがないんだ。後、頭を掻く度に毛が抜けるんだけど俺この年にして若はげ確定なんだろうか? 消費税アップとかより衝撃の事実なんだけど。


 俺の結構マジな注意を無視して部屋を出た。あいつとは何処かで真剣に決着をつけないと、俺は先に進めないのかもしれないな。例えばしゃべり場とかで。


「……あれ、なんだこれ」


 ルッカの自称非殺傷兵器で気絶している男(顔面が識別できないほど潰れているのは置いといて)の近くに数枚の紙が綴じてあるファイルが落ちていた。
 中を見ると達筆な字で


 『ガルディア王国刑務所所長殿へ ドラゴン戦車の設計図 ドラゴン戦車の頭には、本体が』


 ここまで読んだ時に、ファイルから一枚の写真が落ちた。
 拾って見ると、そこにはバニースーツを着た女の子がこちらにピースサインを送っている写真だった。裏側を見ると、
『今日のわしのお気に 大臣』
 と書かれていた。仕事しろよとは言わんがこういう形で性癖を暴露するのは大臣からしてもどうなんだろうか?
 ファイルをもっと調べてみると他にも大量に写真が綴じられていた。むしろちゃんとした書類よりも量が多かった。この国は一度滅びなければならない。


 とはいえ、何か脱獄の手がかりが書いてあるとも知れないので全てチェックすることにする。ほら、万が一ってあるじゃない? 変な意味は別にないんだよ? 青い好奇心みたいな感情は全然。俺ってば解脱するかしないかみたいな領域に来てる聖人君子だからね。


 俺の精一杯の自己弁護をさらりと無視して戻ってきたルッカが写真ごと火炎放射器で俺を焼き払った。お前躊躇いなく人の事燃やすけど、全身の三分の一を火傷したら死ぬんだからね? その辺のこと分かってやってんの?
 俺が衛兵達から回収したミドルポーションはここで使い切ってしまった。
 ……あのチャイナ服の女の子、名前はユイちゃんか。今度お店に行って指名しよう。


 部屋を出ると手すりもついていない渡り通路。下を見れば地面まで数十メートルはありそうだ。ここから飛び降りて逃げる、というのは無理そうだな。
 激しい風に晒されて、年中半袖の俺には辛い、ルッカを見ると寒そうに身を縮めている。一番重要なのは後ろから見ればルッカの上の服が風で持ち上がり腰の上部分が見えていることだ。フッ、とはいえ、悪いが俺はその程度で興奮する時期なぞとうに越えている。俺を興奮させたければその六倍のエロさを見せてみろというのだ。


 いやあ、にしてもびゅんびゅかびゅんびゅかと風の音がやかましい。
 おかげで前でルッカが持ち上がっていく服を抑えながら顔を赤くして何事か叫んでいるが聞こえやしない。いやあもう全く。
 ……しかし、何故ルッカはスカートの下にズボンを履いているのだ、見られるかもしれないという緊張感から女の子は気を使い安定した姿勢を得られるというのに、ズボンとは全くけしからん、最悪スパッツならば色々妄想もできように。
 ここは一つ、一家言物申さなくてはならない。


「おいルッカ、パンツ見せろ」


「こっち見るなって言葉を無視してる挙句何言ってんのよおぉぉ!!!」


 西部劇のガンマンみたいにパカスカ俺を撃つルッカ。甘い、現在進行形で賢者の域に片足を突っ込んでいる俺に銃弾の軌道を読むことなど造作もないのだ。さっさと全部脱げ。……あ、妄想してたら足に当たった。
 こうして俺は中世で拾ったポーションを全て使い切ることになった。
 ただいまの持ち物、鋼鉄の刀、青銅の刀鞘なし(青銅の刀の鞘は鋼鉄の刀を納めるために使っている)のみ。


 この後上の服をズボンにインするという暴挙を犯したルッカと俺の壮絶なバトルが展開されたのだが、ここは端折ることにしよう。
 ただ、痴漢と言われようが何をされようが……それでも俺は、見たかった。


「はあ、はあ、はあ……何であんたはいつどんな時でもエロいことしか考えられないのよ!」


「知らなかったのか? 男の性の欲望からは逃げられない……」


「完全に性犯罪者の台詞よね、それ……時と場所を考えれば私はいつでも……なのに」


「? おいルッカ今度はマジで聞こえない。何て言ったん……おい、ルッカ」


「分かってる。何この音? まるで大きな歯車が回るような……それが近づいてくるような……」


 渡り通路の先から聞こえてくる奇怪な音に、俺とルッカは軽口を止めてその正体を探るべく目を凝らす。
 ……何だ? あの不細工な乗り物は?


「ハーッハッハッハー!!! 脱獄犯めが! このガルディア王国刑務所から逃げ出そうなど、そうは問屋がおろさぬわ!! ゆけいドラゴン戦車! ……寒い、この場所服がバタバタ揺れて凄い風が入り込む」


 愉快な笑い声をBGMに大臣がドラゴンを模倣したというよりは妊娠中のコモドオオトカゲに似せましたというような戦車に乗りながら登場してきた。
 顔の部分はラグビーボールを半分に切ってまたくっ付けたような造詣で、胴体部分はなすび型。今時おもちゃでももう少し精巧に作れそうな尻尾。動くたびに不穏な音が鳴る車輪。……まさか、こいつを俺たちに戦わせる気じゃないだろうな? 適当に作った機械に過度な期待はやめてください。成長に著しい悪影響を及ぼします。


「ルッカ、俺、お前の作る機械って大概駄作だと思ってたけど、お前やっぱり天才なんだな」


「認めてくれるのは嬉しいけど、今この状況で言われるのは物凄く不快だわ」


 俺もルッカも武器を取り出しさえせずに大臣御自慢のドラゴン戦車を眺める。ああ、背中の鉄板が一枚外れましたよ?


「さあ! お前達にこのドラゴン戦車を倒せるかな? さっさとかかってこい! できるだけ早く掛かって来い! 長期の稼動は想定しておらんのでいつ止まるとも知れんのじゃ!」


 知ってるか? あんたみたいな奴がいっぱいいる病院の名前。そこで友達百人目指せばいいじゃない。


「な、何をしておる! さっさと来んか腰抜けめ! さてはこのドラゴン戦車に圧倒されて足が竦んでおるな? ……ああもう本当寒い。鼻水出てきた。今夜はトルース町のガールズバーで豪遊する予定なのに困った」


 あんたみたいな奴ばかりだと、きっと戦争なんて起こらないに違いない。十中八九滅びるけど。


「いかんぞ、鼻水を垂らしたままじゃとユイちゃんに嫌われる。今日こそわしはあの子とアフターを決めるんじゃから」


「貴様ァァ!! そこに直れ、今すぐこの場で切って捨ててくれるわぁぁぁ!!」


「ちょっと!」


 ルッカの制止を振り切り俺は走りながら刀に手をかける。
 ごめん、ルッカ。でも俺は男だから、命を賭けなきゃいけない時がある。倒さなきゃいけない敵がいる。……例え、それがどんなに強大な敵だとしても!


「ユイちゃんとのアフターは譲れねええぇぇぇ!!」


 前方のみを直視していた俺は、後ろから飛来するハンマーの存在に気づかず頭をドヤされる。アイテー。
 足幅大きく俺に近づき、ルッカは俺の首元を掴んでがくがく揺らす。少し前のことなのに懐かしいこの感覚。



「ユイちゃんって誰?」


「え……いや、別に」


「ユイちゃんって誰?」


「だからね、ルッカさんちょっと聞いて?」


「ユイちゃんって誰?」


「……」


「ユイチャンッテダレ?」


 いよいよ言葉の発音すらおかしくなってしまった。
 前方の竜後門の悪鬼状態だ。竜ははりぼてだし悪鬼はすでに俺の命を握っているけれど。


「あっ! わしの服が! ああっ、下も!?」


 なにやら一人芝居を続ける大臣を目だけ動かして窺うと、大臣の服が全部飛ばされ、風から大臣を守るものがふんどしだけとなっていた。
 誰がお前のお色気シーンを期待したのか。乳首を隠すなゲテモノ。
 ……しかし良い事を知った。


「ルッカ。お怒りのところ申し訳ないが、さっきの大臣の服と同じ服を着てまたここに来てくれないか? ああ、下着は着けなくてもいい。むしろ着けるな」


「本当に申し訳ないわねそのお願い!」


 俺の首を絞める強さが増した。ふむ、あと数秒で俺の頚動脈が破裂すると知っての行動なのだろうね?


 溜息をついたルッカは俺を解放し、瀬戸際で俺の頭が破裂する事態にはならなかった。
 敵前で味方の首を絞めるとは、ルッカの頭の中を見てみたいものだ。そしてそれ以上に服の中身を見てみたいものだ。


「もういいわよ……クロノの浮気性。今度ユイとかいうあばずれ、実験と称してこの世から消し去ってやるわ……」


 ルッカが怖い顔をしているので俺はそっぽを向く。情けなくない。こういう時のルッカの顔は下手なホラーゲームよりよっぽど怖いのだから。


「いにゃああぁぁぁぁ!!」


 叫び声が聞こえて、ドラゴン戦車を見ると背中に乗っていた大臣の姿が見えない。……そうか、大臣は星になったのか。汚いものを見せてくれたが、今後の楽しみとして大臣ルックという引き出しを増やしてくれた恩義は忘れない。来世で幸せになってくれ。そして末期の時の言葉すら萌え声なんだな。


 運転する者がいなくなったので、俺たちはドラゴン戦車を素通りしようとする。……が。
 そもそも、戦車を運転するのに背中に乗っているわけは無い。
 中に誰かが乗って操縦するか、もしくは……


「る、ルッカ! 動いてるぞこのぽんこつ!」


「……そうか、外見の構造上、中に誰かが乗るスペースは無い……つまりこのドラゴン戦車、へっぽこな見た目の癖に……」


 無人で作動する、自動型かのどちらかだった。



「ドラゴンセンシャ、ミサイルハッシャイタシマス」


「「ミサイル?」」


 俺たちが同時にハテナマークを頭の上に浮かべると、ドラゴン戦車の背中が開き、中から八発のミサイルが……俺たちに向かってくる!?


「ううう撃ち落せルッカ! お前なら出来る! 君に決めた!」


「無茶言わないでよ! こんな改造エアガンなんかでなんとかなる訳……キャアアアアア!!」


 俺たちは二人して全力で後方に走る。……背中からボカンボカンと聞こえる音は爆発音だろうか? くそ、なんであんな間抜けな見た目なのにミサイルなんて高性能なもんを打ち出せるんだ! テロリスト対策ったって限度があるだろ! あああ耳元を破片が掠めたぁぁ! 助けておばあちゃーん!


「こ、こうなったら仕方ない、奥の手ルッカスペシャル三号、テロ行動時専用反逆丸を使うときが来たようね……」


「何か秘密兵器的な物があるのか!? テロ行動時専用ってそういうことしようと考えてたのかとか無粋なことは言わん! 早く使ってくれ!」


 含み笑いをしながら取り寄せバッグに手を入れるルッカ。その手に握られていたのは拳大程の大きさで、形状はピンの付いたパイナップルのような形だった。……うーん、ジェド○士?


「これは万が一クロノが死刑になり殺されていた時に王族諸共吹き飛ばそうと考えて作った最終兵器よ。まさかこういう形で使うとは夢にも思わなかったけどね」


 なんでお前は南米の傭兵達みたいな方法を取ろうとするのかが不思議で仕方が無い。


「さあ! 火薬を入れすぎて広めの空き地で使っても周りに被害が及ぶであろうこの反逆丸の爆発を受けてなお原型を留めることができるかしら!?」


「ねえルッカ。俺凄い嫌な予感がする。外れないんだ俺の嫌な予感。良い予感は当たった試しがないんだけどさ」


 スルー上等、ピンを抜きドラゴン戦車の足元に反逆丸を投げつける…………何も起こらないぞ?


 床に伏せて耳を塞いでいるルッカに不発か? と聞こうとした矢先に、脳天を突き抜ける轟音が辺りを支配する。こっ、鼓膜が! 鼓膜がああぁぁ!!


「ふう、予想通りの威力ね」


「時間差で爆発するならそう言えよ! 耳の中でアラ○ちゃんが走り回ってるじゃねえか!」


 キーン、キーンとね。


 火薬の煙と、爆発で舞い上がった砂埃が晴れると、そこにドラゴン戦車の姿は無かった。なるほど、ルッカが納得するだけのことはある。素晴らしい破壊力だ。うん。本当に凄い破壊力でしたよ。


「で、どうするんだ」


「何よ? 謝れば許してくれるのかしら?」


 渡り通路の三分の一が吹き飛び、助走をつけて飛んだところで消えた通路の半分にも届かない距離で地面に叩きつけられるだろう。悪いと思ってるならその尊大な態度を改めて申し訳なさそうな顔をするのが筋だと思うよ。僕の人生経験からすれば、さ。言っても無駄なのは分かってるけど。後額からどばどば出てる汗は拭いとけ、唇が真っ青になって震えてるのは寒さのせいだけじゃないよな?


 どうするべきか、この刑務所を出るルートが他にあると期待して引き返すか? ……いや、出口がいくつもある刑務所なんて存在するのか? 俺はこの刑務所の中をかなり歩き回ったが、他に出口らしきところは無かったぞ?
 いっそ運よく生き残れることを信じてここから飛び降りるか……? いや、自殺行為でしかない。奇跡的に生き残っても大怪我をしたままじゃまた兵士達に捕まってしまう。……どうする?


 光明の見えない状況で、俺は女の子の声が聞こえた気がした。
 気のせいかと思ったが、ルッカも辺りを見回していることから聞き間違いや幻聴の類ではないと確信する。
 今この場に現れる可能性がある女の子といえば……まさか。


 カツンという音がして、足元を見ると向こう側の通路からロープが括り付けられたボーガンの矢が落ちていた。
 ボーガンの矢……もうこれは間違いないな。あのお人好しの王女様め……


 ロープを近くの柱に縛り、何度か引っ張ってみる。これなら途中で縄が切れることも無いだろう、限界突破に怖いが、俺たちは縄を伝って向こう側に辿り着くことが出来た。


「おかえり、クロノ」


「ああ……ただいま、マール」


 きらきらと輝く金髪をポニーテールにした、純白の服を着る少女、マールが俺たちを見てニッコリと微笑む。
 牢獄に入れられた時の虚無感も、衛兵の為すがままに気絶させられ、物のように扱われた屈辱。一生外には出られないのかという絶望、それら全てを消し去ってくれるその笑顔を俺は忘れないだろう。
 そうだな、もしも彼女を何かに例えるなら……それは決まっている。
 俺は、念願の日の光を見つけることが出来たのだ。


 俺とルッカだけでは脱出不可能な状況から脱して、その場に座り込みほっと一息つく。


「ほらクロノ、こんな所で座り込んでないでさっさと逃げるわよ。ここはまだガルディア城の中なんだから」


 ルッカが俺の背中を膝で押してくる。
 確かにそうなんだけどさ、気が抜けたんだよ。
 そう言いかけた時、俺は声を出せなかった。
 その時のルッカの顔は、一瞬だけど憎憎しげにマールを睨んでいたから。


 俺とマールを置いて走り出したルッカを見て、俺に手を差し伸べるマール。
 その手を取って勢いをつけ立ち上がる。「行こう、クロノ!」と笑いかけてくれるマールに分かった、と返す。
 ……ルッカ、お前はマールに対して何を思ってる?
 足が前に動かない俺を、扉から吹く風が背中を押してくれた。




「だ、脱獄だー!!」


 階段を降りて城の玄関まで辿り着くと、外に出るまで後少し、という所で兵士達に見つかった。
 一度餌をあげた鳩みたくわらわらと俺たちに掴みかかる兵士達。……心なしか俺の体を掴む奴が少ないのは気のせいか?


「や、やめなさーい!!」


「ま、マールディア様でしたか!」


 さっきまで二の腕やら足やらを触っていた癖にマールが声を張り上げた途端わざとらしく「気づきませんでしたなー」とか「やっちゃったぜ!」とか「超ふわふわ。極すべすべ」とか抜かし出す。特に三番目、俺の前にその首を出せ。


「この方たちは私がお世話になったのよ! 客人として、もてなしなさい!」


「し、しかし……」


 それは正に中世でマールと出会った時の再現だった。
 マールの言葉に納得のいかない兵士はなおも抵抗しようとするが……きっとこの先の展開もあの時と同じ。


「私の言うことが聞けないの?」


「いえ! 滅相もございません!」


 兵士達からは見えない角度で俺にチロ、と舌を出すマール。即興の悪戯心で作った演出にしては洒落が利いてるじゃないか。


「そこまでじゃー!」


 このまま城から逃げられるかと思いきや、城の奥からちゃんと服を着た現代のストリーキング、大臣が走って姿を現した。あれだけの高さから落ちて、俺たちより早く城に戻り服を着替え、なおかつ走れるのかよ、お前人間じゃないなオイ。


 アメーバ並みの再生力を持つ大臣が控えい控えい、控えおろーうと時代劇みたいな口調で兵士の頭を下げさせる。本当やりたい放題だな、聞きたくないけどあのドラゴン戦車とかどれだけ予算を使って作ったんだよ、国民の血税をほとばしるほど無駄にしやがる。


「ガルディアーーーー、三世のぉーーー、あ! おーーーなぁああーーー!」


「父上……」


「いい加減にしろマールディア。お前は一人の個人である前に、一国の王女なのだぞ」


 大臣が時代劇から歌舞伎にシフトチェンジすると痺れを切らした王が大臣を後ろから蹴り倒して前に出る。大臣は階段から落ちて頭から床に叩きつけられた。死んだかな? と期待していると「いったー、絶対赤くなってるぞいこれ。後でムヒ塗っとこう」だそうだ。頭蓋を完全に粉砕しないと死なない類の生き物なんだな、多分。


「違うもん! 私は王女である前に一人の女の子なの!」


「城下などに出るから悪い影響を受けおって!」


「おいそこの犯罪者兼脱獄者と、貧乳眼鏡女。どうじゃったわしの登場の仕方? 自分で言うのもなんじゃがイケとったじゃろ?」


「影響じゃない! 私が決めたことだもん!」


「マールディア!」


「痛いぞ娘、何故わしの頭を撃ち抜くのじゃ……ああ、そういえば胸の大きさと度量の広さは比例するという。然りじゃな」


「こんな所もうい居たくない! 私城出するわ!」


「待たんかマールディア!」


「何? 私はCカップよだと? ふむ、確かにCカップじゃな、そのカップを着けたままならば、の。ほっほっほっ」


 ああ、大臣がでかい声でアホな会話するからマールと王様の大切な話が逆に浮いてしまう。お前の登場シーンなんぞどうでも……ええっ! ルッカ胸のサイズ誤魔化してたの!? え? じゃあ本当は何カップなの? B? まさかAは無いよね? 俺巨乳好きなんだけど! ところで大臣なんで見抜けるの? その技術俺にも教えてくれない? 経験の差とかならぶち殺す。


「早く行こう二人とも! もう一秒だってこんな所に居たくないの!」


「ほら、マールもそう言ってるから行くぞルッカ。俺だって大臣に聞きたいことは沢山あるけど我慢するんだから、耳の穴にハンマーの柄をねじ込むのはやめなさい。若干その大臣喜んでるから」


 親の仇いや世界の仇といわんような顔で大臣に拷問をかましているルッカ。鼻をすんすん鳴らしながら涙を流している姿に兵士達数人が「俺も踏まれたい……」とか寝ぼけてる。嫌だもうこの城。碌な奴がいない。今さっきまで喧嘩してたマールには悪いけどまともな奴王様だけだ。この中で一緒に酒を飲むなら誰と問われれば断ットツで王様だわ。


 ルッカを羽交い絞めにしながら扉から外に出る。
 逃亡する側の俺だけど、今なら簡単に俺たちを捕まえられますけど、いいんですか、見送って。


「待てー!」


「マールディア様がいなくなれば誰がこの城の萌えを担当してくれるのだ!」


「せめて、せめて何色だったか教えてくれー!」


「豚と、豚と呼んでください! 出来たら踏んでください! 器具や衣装その他諸々は僕の家に揃ってますから!」


 ルッカが涙を拭い自分の足で走るようになると急に兵士達が走って追いかけてきた。つまりあれだね、こいつらルッカの泣き顔を堪能したかっただけなんだね。
 中世も酷かったけど、現代は輪をかけて酷いな、そこで生きてる人間の頭。
 俺たちのようなまともな人間が住みやすいユートピアはないものか。


 町に出る道は兵士達で封鎖されており、仕方なく今まで通ったことの無い道をひた走る。マールのボーガンやルッカの威嚇射撃のおかげで距離はひらいていく。
 このままなんとか森を抜け、リーネ広場に着けばほとぼりが冷める迄中世に潜んでいる、これが最良の選択だと思う。本当は船で違う大陸に行くのが一番なんだろうけど、そこまで本格的な高飛びはちょっと決心がつかないし、無事逃げ切れるとも思えない。港はガルディア領なのだ、俺たちが森を出るとすぐさま封鎖するに違いない。
 そうだな、まず中世に着くと城に行こう。仮にも王妃を救い出した国の恩人なんだ、何年住もうが追い出したりはしないだろう。魔王討伐やらに力を貸してくれとか言われたらまた逃げれば良い。俺たちは放浪者になるのさ!


「行き止まり!?」


 俺がある程度逃亡計画を練っていると、ルッカが絶望したような声で絶望的な事を言う。ほらね、地に足をつけて生きていこうとしない人間はこうして天罰をくらう羽目になるのさ。


「……いや、待って。ゲートがあるわ!」


 ゲート? こんな所になんとまあ都合よく。
 ……が、これは安易に飛び込んでいいのか? ゲートの先が魑魅魍魎がそこら辺を歩いてないとも言い切れない。


「行こう! どんな所でも、私の為にクロノが捕まっちゃう世界よりはよっぽどいいもん!」


 俺の迷いを断ち切るように、マールがそうしよう! と体を動かし全身でアピールする。
 なんとまあ、思い切りがいいというか、考えなしというか……でもまあしかし。


 後ろを見るとすぐそこまで追ってきている兵士の群れ。その中に大臣も混じっているが、背の低い大臣は兵士の足にぶつかりよろよろになっている。やはり位が高かろうと無能な人間には敬意を払わないらしい。


「行くしかなさそうだな、ルッカ!」


「……ああもう、こうなりゃどうにでもなれね。行くわよ!」


 ルッカがゲートホルダーを掲げると、ゲートが俺たちを包み、その場所からワープするのと走りこんできた兵士達とはタッチの差だった。
 最後に大臣の呆然とした声が聞こえた気がした。










 ……長い。
 ゲートの移動も三回目になり慣れたのか、体は動かずとも意識だけは残るようになった。
 この場合の長いは、現代から遠く離れた過去、もしくは未来に繋がっているという解釈でいいのだろうか? 中世との行き来では意識が無かったのでその度合いは分からないが……
 無意味に考察していると、少しづつ目の前が明るくなってきた気がする。
 そうか……着いたのか。
 俺は薄ぼんやりと目蓋を開いた。




 ゲートは心持ち高い場所から俺たちを吐き出した。
 まずは俺。思い切り背中から落ちた俺は肺の中の空気を吐き出し、新たに酸素を補給しようとすると腹の上にマールが落ちてきた。それだけでは飽き足らず、ルッカは俺の顔面に膝を叩きつけていく。こういうのラブコメ漫画とかで見たことある。見てるときは羨ましかったけど、いざ体験してみるとかなりの悶絶物なんですね。この鼻からでる血液はやったぜ! エロハプニングゲットォ! 風味な血液なのだろうか? 必死になって否定するのも馬鹿らしいので一言言っておくが、俺は痛みで興奮するようなマゾじゃない。どちらかとSっ子である。


「いったー……ちょっとクロノ、もうすこし柔らかい顔になりなさいよ、痛いじゃない」


「俺の顔の惨状を見てそういうことを言いますか貴様」


 手で押さえようと指の隙間から絶え間なく血が溢れ出る。気の弱い子なら卒倒するレベルだぜこれ。


 どれだけ顔が痛かろうとまずは周囲の確認をする。周りを見ると、壁の所々に穴が空いており、その隙間から精密機械らしき物が埋め込まれ、隙間を覗き込んでみれば底の方になにやら酸えた臭いのする液体が充溢している。空気は視認出来るほどの塵?が浮遊しており息を吸うだけで咳き込みそうになる。床、壁、天井全てが鉄製という、現代ではごく稀な建物のようだ。もしかしたら今回は未来に来たのかもしれない。ゲートの後ろには顔のような模様のついた扉があり、蹴ってみたがビクともしなかった。
 ……現状確認短いが終了。とにかく紙かなんか無いか?この勢いで鼻血が出続けたら貧血で意識を失うかもしれない。


「ほらクロノ、こっち向いて」


 マールが俺の肩を叩き自分の方に向かせる。何ですか? 顔面血だらけの人の顔なんて珍しいからしっかり見ておきたいんですか? ……マール、君だけは綺麗なままでいてほしかった。


 被害妄想に囚われていると、マールが俺の鼻に手をかざし、優しく触れた。すると、信じられないことに俺の鼻血が急速に止まっていく。
 十秒もしないうちに血液は凝固して、固まった血がポロポロと落ちていく。


 驚いている俺をマールは心配そうな顔で見つめてくる。ちょっと、瞳を揺らすのは駄目だよ、おいちゃん彼女いない暦イコール年齢なんだから、勘違いしちゃうよ。


「もう痛くない? 私の力はお母様みたいに強くないから、ちゃんと治らなかったらごめんね」


「い、いや、大丈夫だよ。もう全然痛くないから……す、凄いなマール。こんな力を持ってたのか!」


 どもりながら必死に言葉を探してマールと会話する。うわ、絶対今の俺顔真っ赤だわ。ところでなんでルッカも顔真っ赤なんですか? マールに見惚れて、とかなら俺嫌だな、幼馴染がレズビアンとか。


「ガルディア王家の人間は、時々私みたいに軽い治癒能力を持つ人間が生まれるらしいの。昔はそれで次代の王を決めたとかって話もあるんだよ、まあ今は廃れた因習だけどね」


 顔が赤いことをバレないようにする為の話題だったのだが、上手く隠せて良かった。俺はクールがウリなんだから、そんな無様な姿は見せられない。今年の夏はクールな男がモテるっ! て何かの週刊誌で書いてあったから、俺はそれを日々実践している努力の男。


「私が乗っちゃったお腹は痛くないよね、私は軽いから」


「……ちょっと、それはどういうことなのかしらマールディア王女」


「気づいてないと思ったの? お城であったときからルッカ、ずっと私のこと睨んでるよね、これ位の意趣返しはあって然るべきだよ」


 ……あれ? さっきまでの青春空間は何処? なんかギスギスしてる。何だろ、売れ込みの仕方が似通ってるアイドルが二人で会ってるときみたいなこの空気。


 ルッカはチッ、と舌打ちをして壁際のマールに近づき、顔のすぐ右側の壁を力強く叩いた。バン! という音がこの小さな空間を支配する。もう怖いよやめようよ折角三人で違う時代に来たんだからもっと楽しくしようよ、遠足気分でさ。ほら、ウノやろうウノ! 俺強いんだぜウノ。来る手札によっては。


「じゃあ言わせて貰いますけどねマールディア王女。貴方は何でクロノが刑務所に入れられたのを止めなかったの? 貴方ならできたはずよね、なんせ王女なんですから」


「それは……最初、クロノのことを信じ切れなかったから……でも、今は違う。だってクロノは私の友達だもん! だから私はクロノを助ける、そう決めた。だから私はここにいるの! 違う!?」


 うん、マールが俺を信じられなかったのも無理は無い。俺はペンダントの件を話してないんだから。……正直、今となってはうやむやにしといたまま終わりたいのだが。あれだけシリアスやっといて原因はゲロとか。俺どういう顔で話せばいいんだよ。


「だからクロノ。今はまだ、貴方が何でペンダントを持って行こうとしたのかは聞かない……でも、いつか、いつか話してもいいと思えたら私に話して……約束」


 そんなはかない願いですら叶うことはない。
 それを教えてくれたのは、笑顔の可愛い女の子でした。
 小指を俺に差し出すマール。俺も小指を突き出し指きりをした。ああ、ちゃんと歌も歌うの? ……ごめん、俺それは歌えないわ。


「まだ話は終わってないの! 勝手にイチャイチャしないでよ! 鬱陶しいのよ!」


 壁を蹴ってマールの指切りを中断させるルッカ。そうかな、俺はほっこりできたけどな、恥ずかしかったのは否めんが。
 マールは最後まで歌いきりたかったのか、むっとした顔でルッカに向き直る。口挟んでいいのかどうか分からないけど、顔近くない? マジでキスする五秒前みたいな距離なんだけど。ここで百合展開とかもう……してもいいけど俺、覗くよ?


「まだ不満があるの? しつこいよルッカ」


「しつっ!?」


 ありゃあ、ルッカさんこめかみに青筋が浮かんでますね、これは非常に危険な兆候です。私はこの状態のルッカに昔背中にゲジゲジを入れられたことがあります。絶叫なんてものでは優しすぎるものでした。凄い腫れたしね、背中。


「……二日、二日よ」


「?」


 急に何を言い出したのか、と困惑するマール。それがあんたの残りの命よ! とか言い出したらちょっと面白いけどこれから俺はルッカの行動を逐一チェックしないといけなくなる。単純に言えば外れろ、この予想。


 ルッカは何を言ってるのか分からないという様子のマールをせせら笑い、そんなことも分からないのかという顔をする。結果、面白いはずが無いマールの機嫌も直滑降。富士急のジェットコースターの如く。


「クロノが捕まってた日数よ……貴方はその間何をしてたの? ねえ、貴方のために危険を顧みずゲートに飛び込んでくれたクロノが牢屋で苦しんでいる時! 貴方は何をしてたのよマールディア王女!」


「そ、それは……」


「クロノを信じられるようになるまでの準備期間? 随分ゆったりしてたのね、その間クロノはずっと辛かった! 貴方が豪華な朝食を食べている時クロノはおよそ人が食べるようなものではないものを口に入れてた! 貴方が優雅に読書を楽しんでる時もクロノは衛兵の苛めに歯を食いしばって耐えてた! 貴方が当たり前のように浴びていたシャワーにも入れず虫が蠢く汚い牢屋で苦しんでたのよ!」


「そんな……私は、私だって沢山悩んで、沢山苦しんで……」


「私はね、そういう精神的な曖昧なものの話をしてるんじゃないのよ、貴方が苦しんだ? それは誰が証明できるの? 貴方しかいないでしょう? ……ああ、貴方の大好きなお父さんに相談してたかしら? だったらここに呼んでみなさいよそしたら少しは信じてあげるから!」


「もうやめてよぅ!!」


 えええもう怖いよもう女子の喧嘩って本当怖い。なまじ喧嘩の理由が俺なものだから肩身が狭いし耳を塞ぐわけにもいかないし。あとさ、ルッカ俺のこと凄い良いように言ってくれてるけど、俺は助けに行く前に爆睡したり、牢屋の生活もルッカが思ってるより苦しいものでもなかったよ? 確かに食事は酷かったけど水は言えばくれたし汚いベッドも慣れたら気にならなくなるし、衛兵の苛めってどっちかというと苛めたの俺っぽいし、最後にシャワー云々って言ってるけどお前俺のこと普通に臭いって言ったじゃん。いや、今口挟んだら絶対ややこしくなるから黙ってるけどさ。


「私はクロノが捕まったのを知ったのは二日後のことだった。それから私は二時間で全ての準備を整えてすぐに助けに向かった。……この差が分かる? 私はただの平民、貴方は王族。貴方なら比較的容易にクロノを助け出せれた貴方はクロノを救えるのに最後の最後でしか助けに来なかった! 私が貴方ならすぐに助けた! どうして!? 何故クロノを助けてあげなかったの!?」


 気のせいだろうか? ひぐらしの鳴き声が聞こえる……そして何故か一人っ子のルッカが双子の妹に見える……それも実は姉みたいなややこしい設定で。


「貴方には分からない! 王族である苦しみは! どれだけ重いものを背負わされているかも! 私だって……私だって貴方の立場ならすぐに助けに向かったもん! それも最後の最後でポカなんてしない! ルッカはクロノを助けたっていうけど、結局出口を壊しただけじゃない!」


 それを言っちゃあお終いだよマールさん。まあ、ドラゴン戦車が本当に放っておいたら勝てる代物だったなら、牢屋からは脱出してたルッカのやったことはマイナスでしかないけども、そういうのはやっぱり心意気じゃない?


「……よくも言ったわね! もう王女だからって遠慮なんかしないんだから!」


「よく言うよ! 最初だけじゃない遠慮なんかしてたの!」


 そうしてここに始まるキャットファイト……あかんあかん! 手は出したらあかんでえ! 昔から喧嘩は手え出した方の負けと言うでなぁ! ここ、ここはおっちゃんの顔に免じてええぇぇぇ!!!


 二人のガチバトルは互いのクロスカウンターが俺の顔に爆誕して一先ずの終結を迎えた。燃え尽きたぜ……真っ白にな……








「ごめんねクロノ……ごめん」


 鼻を鳴らしながら俺の顔を治療してくれるマール。いや、凄い有難いし痛みも消えていくんだけど、顔近くね? 君のATフィールド狭いね、もしくは無いよね。
 ……いや、正確には今さっき築かれたんだよな、心の壁。
 ルッカはもうマールの存在を完璧に無視している。一方マールもルッカを無視しようとしているのだが、やっぱり自分を無視するルッカに苛立ってしまう。第一回戦はルッカに軍配が上がりそうだ。勝負の決め手はあれか、ルッカの性格の悪さ……もとい…………うん、ルッカの性格の悪さが功を奏す結果となったようだ。
 しかし、これは俺も意図してのことではない……つもりなのだが、やられっ放しのマールに心持ち優しくしてしまうのがルッカの機嫌を損ねている。このように両者互いに拮抗して、そのせいで二人の仲はグングン悪くなっていく。かといって俺がマールの味方をせずにいるとマールがやられっ放しで壊れてしまうかもしれない。……まあ、心情的にルッカの言うことも俺のことを思ってのことだし、理解したく無い訳ではないのだが、やはり俺はマールの言い分で良いと思う。結果的に俺たちを助けてくれたんだし、マールのことだから俺が牢屋の中にいた二日間、本当に悩んでくれたのだろう。多分俺自身よりも辛かっただろうし。
が、だ。ここで俺がマールの言い分を完全無欠に認めてルッカに謝れ! と言えばどうなる? 本心から自分のことを助けようと発言した友達の頭をしばいてごめんなさいしろ! と言うのと同義じゃないか。優柔不断と言われようが、俺にはどうすることもできない。


 ……まあ長々と心境を綴ったが、本音を言えば勘弁してくれ、だ。
 あれからゲートのあった建物を出た俺たちは当ても無く歩き続けた。
 それだけならば良い。しかしルッカは完全にマールを無視しているから俺にだけ話しかける。変に対抗心を燃やすマールは負けじと俺に話しかける。二人が二人とも相手の声に負けないような声量で話しかけるので最後には言葉なのかどうかも分からない叫び声を響かせる。もう俺頭痛いよ泣きたいよ。
 それで息切れするまで叫んだ二人は深く息を吸いげほげほ咳き込むのだ。先述した通り、この未来(ルッカが俺にだけ向かって文明が発達した世界だと話してくれたので、確たる証拠が見つかるまでそう呼称する)は非常に空気が悪い。その上外は風が強く、赤茶けたサビが混ざった砂が舞っているのでそりゃあ咳き込むさ。
 すると二人は咳き込みながらどちらの心配をするのかと俺を睨む。最初は二人とも近くにいたので右手でルッカの背中を、左手でマールの背中を擦ってやったのだが、どうしても勝負をしたい二人は咳き込むと互いに離れるようになった。どちらかの背中しか擦れない距離に。
 俺が出した答えはどっちの背中も擦らないだった。こういう時になんで選ぶ側がどちらかを見捨てるというリスクを背負わなくてはならないんだ。だったら俺はどっちも見捨てる。外道じゃない、これが正解なんだ。


 未来に着いてまだ三十分と経っていない。
 俺たちは、いやさ俺はこの時代を無事に生き抜けるのだろうか?



[20619] 星は夢を見る必要はない第九話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 01:11
 空に太陽の姿は無く、黒雲が立ち込めた光景はこの世界に生ける者など無いと通告されるような世界で、俺たちは廃墟と言っても差し支えなさそうな半球型の建物を見つけて、その中で俺たち以外の人間と出会うことが出来た。
 彼らは一様に項垂れて、その姿は薄汚れ、体からは腐臭がする。目は何も映してはいないような光の無い目つきで、話しかけても大半が「ああ」とか「うう」と、正しく死人のような反応だった。
 一人、こんな荒廃した世界でも物の売買を行っている人間がいたが、俺たちが金を持ってないと知るや否やまた汚い床に座り込んだ。……何かごめんなさい。
 さらに、聞き取りづらい声で男が人間が二人ほど入れそうな機械を指差し、聞いてもいないのにどういうものなのか説明してくれた。恐らく、話し相手が欲しかったのだろう、ここにいる人間達は満足に会話をできる状態には見えないし。


「この機械はエナ・ボックス。中に入って数秒で体力、怪我を治してくれる優れものだ……だが、空腹感だけは治しちゃくれねえ……ここにいる奴らはこれで体力を回復させて生きながらえてるが、常に頭が狂いそうな空腹感に責められて、生きる気力を失ってるのさ……」


 こんな空気の汚れた世界では作物も育たないのだろう。それ以前にここまで疲れきった表情の人間達に何かを育てられるとも思えないが。
 ともあれ、疲れている俺たちはエナ・ボックスで体を休めようとまず俺が一人で入ろうとしたが、それを男が止めた。いつバッテリーが止まるか分からないので、入るなら三人一緒に入ってくれだそうだ。
 まあ、中が二人程度の広さしかないエナ・ボックスでも、詰めればなんとかなりそうだ。しかし、ここでトラブルが起こった。
 俺が一番奥に入ると、二番目に誰が来るかでマールとルッカが騒ぎ出す。正確には、騒いでるのはマールだけで、ルッカはいち早く中に入り込んだのだが。
 ルッカの服を掴んで外に引きずり出そうとするマールだがルッカは微動だにしない。その様子を見て呆れた男は「しゃあねえ、バッテリーがもったいないが、お嬢ちゃんは後な」と言いながらマールを一度外に連れ出してから、エナ・ボックスを作動させた。体の到る所に機械が装着されて、体の痛みや疲れがグングン消えていくのが分かる。……同時進行で空腹感が促進していくのも分かるが。


「多分、体力の回復や傷の治療の為に体の再生速度を上げている分、カロリーなんかを消費させてるんじゃないかしら?」


 状況を分析するルッカ。あのさ、二人しか入ってないんだからそんなに体をくっつけなくていいよ? 満員電車で痴漢されてる女子高生の気持ちになる。


 外に出ると目を赤くしたマールが俺を睨んでくる。ルッカの見下すようなどや顔を見て頬が限界まで膨らんでいく。こんな魚いるよね、ハリセンボンだかなんだか。


 さて、後はマールがエナ・ボックスに入れば良いだけなのだが……何故に俺を引っ張るマールさん? 後マールのすることに我関せずだったルッカさんも俺を引っ張るのは止めて頂きたい。「彼は私のよ!」みたいな構図だけどそんな可愛い力じゃないからね、二人とも。肩からごりごり音がしているのを感じる。やめて、ちょっと冗談じゃすまないからこれ。
 結局俺の両肩が脱臼してまたマールとエナ・ボックスに入ることになった。ああ、平安時代の都の平民はこんな空腹感を耐えていたのか。
 後さ、外から鬼のような形相で睨むのは勘弁してくださいルッカさん。マールも煽らないで、向かい合わせになって抱きつかないで。っていうかこんなことされたら普通に勘違いするですよ俺? 若いんだから俺。


 体の疲れは癒えても、心の疲れ及び空腹感に俺の生きる気力はドリルで削り取られるようだった。天元突破しんどい。


 数少ない会話の出来る人間の話だと、東の16号廃墟という所を抜けると、もっと人がいるアリスドームという建物があるらしい。ここにいても何も始まらないし、そこに食える物があるかもしれない、まずはそこに向かった。


 さて、問題の16号廃墟だが、暴走した機械だかミュータントだかモンスターだかが有名な歌手でも来てるんですかという程集まっていた。
 踊り狂いながら襲い掛かってくるキチ○イみたいなモンスターもいれば「ななななんですか!? 僕何も悪いことしてないよ!」みたいな顔で太腿くらいの大きさの鼠がそこらを駆け回ってたり、なおかつその鼠ときたら人のポケットからここで拾ったエーテル(精神力を回復させる高価なお薬。売れば宿屋を百回くらい利用できる大変高価な代物)をスリやがる。なんでそんなに驚いた顔をしながら人の物を平然と取れるんだよ、何だよその二面性。ペルソナか。
 他に装備類以外一切アイテムを持ってない俺たちから(流石に刀やエアガンやボーガンのような重いものは取れないらしい)鼠はとんでもないものを盗んでいきました。マールのブラジャーです。どうやって盗ったのか分からんが、気づけば鼠がしてやったぜ見たいな顔でブラジャーを口に咥えていた。
 マールが絶叫をあげる頃には俺はフガフガ言いながらその鼠を追いかけていた。途中でモンスター達が何匹か俺の前に立ち塞がったが刀を一閃して薙ぎ払う。俺の前に立つ者は、何人たりとも切り捨てる!
 爆走中の鼠が、一度だけ俺を見る。
 ────ついてこれるか?
 ────馬鹿言え、テメエが俺に
 俺と鼠の熱い視線の交わしあいは鼠に銃弾、俺のケツに矢が当たり終わった。
 ルッカよ、今まで喧嘩していたマールの手助けをするのはおかしいじゃないか。
 聞いてみるとあの子のためじゃなくて、あの子の下着に執着する俺に腹が立っただそうな。
 マールよ、俺は君の下着を取り戻すべく鼠を追ったのに何故このような仕打ちをするのだ?
 聞いてみると俺は走りながら「そのブラジャーをクンカクンカするのは俺だああぁぁぁぁ!!」と叫んでいたそうな。
 マールの機嫌が直り、治療してくれるまで俺はケツから血を流しながら歩くことになった。
 16号廃墟を歩いていると、鼠に盗られたエーテルの他に日本刀のような形の白銀の剣と、同じく白銀で出来た弓矢を見つけた。弓矢を使える人間は他にいないのだし、俺が持って近距離中距離を戦える万能戦士になろうとしたら、マールが弓の心得を得ているらしく、ボーガンを捨て白銀の弓を持つことになった。ちぇっ、レゴラスって呼ばれたかったのにな、指輪物語の。
 最後に妙な指輪を拾った。英語表記でバーサクと彫られたそのデザインを気に入ったマールが指につけた途端はっちゃけだすという出来事があった。「何で!? 何でクロノは半ズボンを履かないの!? どうして背の高い精悍な男の人と抱き合ったりしないの!? 妄想出来ないじゃない!」と詰め寄られたときには間違いなく俺とマールの間にベルリンの壁が出来た。俺はもう、笑えない。
 後さ、マールの話に心持ち頷くのは止めろルッカ。お前はそういうんじゃないと信じていたのに。お前らもう仲直りすればいいじゃん、趣味合うじゃん。俺を肉体ともに精神的に苛めるっていう。それから下品なことは言いたくないけど、俺は突っ込まれる側じゃねえ。



 そうこうしている内に、俺たちは無事(俺のケツ以外)16号廃墟を突破した。
 ……しかし、三人で戦っていると、ルッカとマールの連携に不安が残る。
 なんだかんだでルッカが危ないときにはマールはルッカの援護をする。しかし、ルッカは一切無視。マールの後ろに敵がいても声をかけたりすらしないのだ、そのため俺はマールの近くに敵がいないか細心の注意をしなければならず、そのことに気づいたルッカは「えこ贔屓よ!」と怒る。
 その上、マールに助けてもらってもありがとうどころか目も合わせない。
 ……これは流石に怒るべきだとルッカを怒鳴れば、それをマールが止める……いいのか、マール。


「いいよ、ルッカなんかと話したくないし、お礼なんか言われても嬉しくないもん」


 そういいながらも、マールの声は暗く、笑顔が見えることは無い。
 きっと、マールは口では悪く言いながらもルッカと仲直りがしたいのだろう。マールにとって初めて出来たと、そう思えた女友達なのだからそう簡単に気持ちを切り替えられる訳が無い。
 ……俺は、これ程健気なマールを無視し続けるルッカに、強い憤りを感じた。ルッカ、お前、本当にこのままで心が痛まないのかよ……







 星は夢を見る必要は無い
 第九話 男同士の喧嘩は見てて笑えるけど、女の子同士の喧嘩は見てて辛い








 荒野を歩き続けていると、遠くにまたドームを見つけた。多分、あれがアリスドームだろう。俺たちは早足で近づいていく。口にはしないが、腹減り度がもうえらいことになってるのだ。ダンジョンRPGなんかだと今すぐリレミトを唱えないと死んでしまうくらいに。
 しかしこのアリスドーム。近づいてみると最初に着いたドームと大差ないほど崩壊している。食料の自給自足なんて到底できるとは思えない。……いや夢を信じよう。俺たちは、俺たちだけはここに食べ物の類があると信じなければならないのだ。でないとやってらんない。


「あ、あんた達どっから来なさった……そして食べ物の類はどこにある? もし持っているならわし達に分けるがいい……いやさ、わしじゃ、わしが貰うんじゃ! わし以外の愚民に米粒一つとて分けるわけにいくものかあぁぁぁ!!」


「ドンじいさん! てめえ自分だけ抜け駆けしようってのか!?」


「うるさいわい! この御時勢、人のことを思いやること程愚劣極まるものはないわ! さあ旅人さん、わしに食べ物を! ……そうか渡さん気じゃな! よろしい、ならばその身で知るがいい! 我がドン流拳法鷹の舞を!」


 食べ物を分けて貰うという事は、どれ程辛いことなのか、俺は思い知った。ゆーか、あんたら元気じゃん。あのドンとかいう爺さんめがっさ元気じゃん。デンプシーロールが中々様になっている。左右に上体を揺らすって結構体力使うのに……  あ、近くのおばさんに蹴り倒された。側面からの攻撃には滅法弱いのがデンプシーロールの弱点だよね。


 アリスドームに着いて俺たちの最初の行動は食欲に全てを捧げた暴徒の鎮圧兼説得だった。








「なんじゃ、食べ物は何も持っておらんのか……しけておるの、変に期待させおってからに」


 全員をど突き倒してから、俺たちは食べ物を持っていない、西の廃墟からここまで食料を求めてやってきたと説明すれば、ドンは忌々しそうに俺たちを見回し、痛烈な舌打ちをかました。
 最近は迷惑をかけても謝らない、というのが流行っているのだろうか? ギロチンにかけられた青年といい、このじいさんといい、人間がいかに汚く醜い生き物なのか痛感させられる。人生の先達として俺たちにもっと誇れる行動をして欲しい。


「食料ならほれ、そこの梯子から地下に行けば大型コンピューターに食料保存庫があるぞい。しかし、警備ロボットが動いていて近づけん……皮肉なもんじゃよ、わしら人間が作り出したロボットに遮られるとはな……そこの警備ロボットを倒せば食料を分けてやるわ。まあ、お前らみたいな若造ではまず無理じゃろうがな」


 けっけっけっ、と人間らしからぬ笑い声を嫌味に響かせるドン。気づいていないのか? ルッカの指が引き金に掛かっていることを。


 俺やルッカが無言でドンたちアリスドームの人間を睨んでいると、マールが一人地下に繋がる梯子に手を掛けて、下ろうとする。
 それを見て慌てたドンがマールに近づいていく。


「おまえさん、地下に行く気なのか!?」


「もっちろん!」


「血肉に飢えた私らが何度挑んでも地下には行けなかったのだぞ?」


 その言い方はリアルで嫌だな、もっと言い方は無かったのか?血肉とか言われたら危ない想像しかできないよ。


「そんなの、やってみなきゃ分からないもん!」


 梯子を下りながら睨みつけるマールと上から見下ろすドン。何だこの構図、もしかしてちょっと良いシーンなのか?


「……お前さんのような生き生きした若者を見るのは久しぶりじゃ。気をつけてな、そして生きて戻って来いよ」


 力強く頷き、マールの姿は地下に姿を消した。
 それを追おうと俺も梯子に近づき、ルッカもそれに倣う。
 俺たちが梯子に手を掛けた時、ドンが放った言葉は「わしらの分の食料もきっちり持って来いよ」だった。頼みごとをするならもう少し低姿勢であるのが自然の摂理だと思う。この世界ではそれが一般的だとか抜かすなら仕方もあるまいが。


 梯子を下ると、奥に二つのドアがあり、そのうち一つは途中で道が無く、もう片方にしか行けないようになっていた。それぞれのドアの間に複雑そうに絡み合った機械が鎮座されており、機会に貼り付けられた紙にはパスワードを入力してくださいと書かれていた。


「多分、ここにパスワードを入力すればもう片方のドアに続く道が出来るんでしょうね……パスワードの解読かあ……実家の機械があれば出来ないこともないんだけど、工具しかないこの状況じゃあお手上げかしら」


 進むことの出来るドアの上にはプレートが付けられてあって、そこには食料保存庫と書かれていた。良かった。大型コンピューターとやらには全く興味はないが、食料保存庫への道がないのならアリスドームに来た意味は無い。うっとうしいじいさん達を殴るためだけに来たという途方も無い馬鹿をやりに来ただけとなってしまう。危ない危ない。


 食料保存庫へ続くドアを開けると、いきなり鉄骨の上を渡らなければ食料保存庫には辿り着けない構造になっていた。鉄骨の下はアリスドームの最下層まで続いており、落ちれば即死、死神がスワッ、と現れる仕組みだ。
 恐る恐る四方に繋がった鉄骨を渡っていると後ろにいるルッカが「押さない……私は、押さないわ」と呟いている。当たり前だ。早く渡ったからってチケットを貰えるようなもんじゃないのだから。お前の考えだとこの先にいるであろう警備ロボットとの対決方法はEカードになってしまう。


 鉄骨の上にあの下着泥棒鼠が座っているのを発見したマールは先頭のポジションを俺に譲る。俺だって下着が取られたら困るんだけどな。
 しかし近づいても反応しない鼠を見て不思議に思い、触ってみても感触は本物だがやはり逃げようとも物を盗もうともしない……置物のようだな。


 死の鉄骨渡りを終えて、俺達は次の扉を開き、中に入るとビーッ! ビーッ! とけたたましいアラーム音が聞こえる。何々? 煩いよ、今何時だと思ってるのさ? 俺も分からんけど。


「警備ロボットが近くにいるみたいね。戦闘準備よ、気を抜かないで」


「この近くに!?」


 ルッカの言葉に反応してしまったマールは思わずあっ、と口を押さえる。それも、ルッカは完全にシカト……これから戦いが始まるってのに、こんなので良いのか?


「おいルッカ、お前さ、いい加減に……!?」


 俺の言葉を遮り、天井からとてつもない大きさのロボットが落ちてくる。
 その大きさはあのヤクラの三倍はありそうな巨体。中央には目玉のような機械が俺達を見据え、遅れて左右に球型の機械が浮遊しながら下りてくる。その光沢は俺達を威嚇して、中央の機械上部から吐き出される蒸気は攻撃準備態勢に入ったという狼煙のようだ。表面に張り巡らされる電気の線は幾筋にも重なり、中央の目玉に集まって、どこからか機械的な声が聞こえる。


「ヨテイプログラムヲ ジッコウセヨ」


「く、クロノ! 何が起こったの!?」


「これがドンの言ってた警備ロボットなんだろ! くそ、なんてでかさだよ、予想外だ!」


 こんな規格外の大きさ、黒人のお兄さんじゃなくても予想外デス!


「行くわよクロノ、ドラゴン戦車の時とは違って、真面目に作られた警備ロボットだからね、気を抜いちゃ駄目よ!」


「あんなもんと比べるかよ、これとあれじゃあ月とすっぽん、岡崎に誠だ!」


 マールの岡崎とか誠って誰? という質問には答えず、俺は刀を抜き払った。
 ……こんな奴に刀が通るのか?








「よさこおい!」


 中央の巨大マシンに俺の振り下ろしは思ってた通り刃が通らず、代わりに左右の小さなマシン(これからはビットと呼称する)から同時にビームが俺目掛けて放たれた。直撃は避けたものの、やべっ、俺の髪が蒸発した音がした。これは当たれば死ぬな……
 その隙を狙いルッカが右のビットを、マールが左のビットに攻撃する。マールの弓矢はビットに突き刺さり、かなりのダメージがあったと思われるが、ルッカのエアガンはビットの装甲に弾かれて、ものともされなかった。


「ちっ! おいルッカ、お前あの反逆丸とかいう物騒な爆弾まだ持ってないのか!?」


「あれは自爆テロ用なんだから、何発も持ってるわけ無いでしょ! あれっきりよ!」


 こういう時のルッカの秘密兵器には期待してたんだが……今更嘆いても仕方ないか!
 俺は白銀剣を鞘に収め、巨大ロボットを使い三角飛びの要領で右ビットに切りかかるが、刃先が掠めただけで、切り壊すには及ばなかった。
 すると右ビットが俺目掛けてレーザーを放とうとする。俺の顔が青白く光り、危うく脳天に風穴を空けられるというところでマールの弓矢が右ビットを貫き、完全に破壊する。


「助かった、サンキューなマール!」


 マールは俺の感謝に親指をぐっ、と上げて応え、今度は右ビットに狙いを付ける。
 右ビットにはルッカがエアガンを撃ち引き付けているが、一向にダメージを与えられる気がしない。当たった銃弾は反射して辺り飛びかっている始末だ。


「ルッカ! お前のエアガンじゃダメージは与えられない! 跳弾が危ないし、攻撃は止めて後ろに下がれ!」


「嫌……嫌よ」


「ルッカ!」


 俺の制止を聞かずエアガンを撃ち続けるルッカ。何意固地になってんだよ! お前が悪いわけじゃ無えんだから、後ろに下がれよ馬鹿!


「だって、マールばっかり役に立って、私何にもしてないじゃない! 私だって、こんな奴一人で倒せるんだから!」


「ルッカ……お前……」


 白銀の弓という強力な武器を手に入れたマールと違い、今も改造のエアガンを使っているルッカは確かに、今に限らず16号廃墟においても決め手に欠けていた。
 どんどんルッカの苛々が溜まっていったのにはそういう理由があったのか。
 ……劣等感。
 ルッカは昔から、同年代の女性よりも、群を抜いてプライドが高かった。それは自分がどんな人間よりも努力していると自負しているから。
 実際、町に繰り出して彼氏を作ったり、美味しいケーキ屋巡りをしている女の子達に比べ(それが悪いなどと言うつもりは毛頭無いが)ルッカは常に研究に力を注いでいた。お洒落に身を投じてみたいときもあっただろう。カッコいい彼氏とデートに行ってみたいと思っただろう。それらを全て母の死という呪いに阻まれて、ただ一つ、科学という魔物に囚われ努力を惜しまなかったルッカ。
 そんなルッカが生き死にの危険がある旅に同行する、マールというある意味自分にとってライバルとなった少女に対抗心を持ったのは、決しておかしなことでは無かったのか。
 戦いという科学が関係ない土俵においても、ルッカはマールには、マールだけには負けたくなかったのだろう。……そして今、その感情が爆発して、マールが倒せたのならば、自分に倒せないわけが無いという強迫観念に突き動かされている。
 ……普通ならば、俺はルッカの考えを尊重してやりたい。しかし、これは戦いだ、生死の危険がある戦いなんだ。そこで冷静さを失うということがどれだけ危険なことか、分からないではないだろう!


「ルッカ、お前の気持ちは分かるけど、今はそんな時じゃないんだ、早く後ろに下がって援護を……」


「じゃあ、いつがその時なのよ!」


「……!」


 そりゃあ、俺の言葉も止まる。
 ……何度見ても、女の子の、それもルッカの泣き顔は慣れるもんじゃない。
 ルッカは涙も鼻水も溢れさせて俺を見ていた……


「これから先がある? 今は仕方ない? そんな台詞はね、弱者が使う言い訳よ! 私はルッカ、科学は勿論、全てに置いて誰にも負けるわけにはいかないの! それは戦闘だってそうよ! 何より……」


「危ない、ルッカぁ!」


 遠くでマールが、ルッカの身を案じる叫びが聞こえた。


「クロノがいる所で、他の女の子に負けるわけにはいかないのよ!」


 バシュ、という音とともに、ルッカが巨大マシンの放ったレーザーに打ち抜かれた。


「……ルッカ?」


 ゆっくりと、床に体を打ちつけるルッカ。
 俺の目はその様子をしっかりと捉えて離さない。
 体から赤い何かを撒き散らして、その目は何も映していない。ルッカの涙がきらきらと宙に広がって、その水滴が床に着くよりも早く、赤い染みが床を濡らしていく。ルッカの体から円形に広がるそれは……もしかして……


「……血?」


 一歩一歩ルッカに近づく。その行為すら認めぬというように巨大マシンが俺にレーザーを放つ。肩を掠める。焼けた肌から血があふれ出す。痛くない。


 ビットが俺に直接体当たりを繰り出す。俺は回し蹴りを当てて、壁に叩き付けた。邪魔をするな、俺が彼女に近づくのに邪魔をするな、今も彼女は苦しんでいる。声は出していないけれど彼女はきっと痛がってる。
 小さな頃からそうだった、ルッカはどんなに悲しそうにしていても、どんなに苦しい思いをしていても、俺が近くにいれば笑っていた。笑ってくれた。その度俺は救われた。
 そう、ルッカが俺を救ってくれたんだ。俺に人を守るという事を教えてくれたんだ。きっとルッカは今回も笑ってくれる。クロノがいれば痛くないよって笑ってくれるんだ。きっとそうなんだそうでないとおかしいだって辻褄が合わない今までそうだったんなら今回もそうであって然るべきでそこに嘘は無いはずいやそうに違いないそこに疑いは無い疑いはいらないほらもうすぐルッカの体に触れることができるもうすぐルッカの顔が見えるもしかしたら今彼女は笑顔なんだろうかそうだったら嬉しいないやきっと笑ってくれている俺が心配してしまうから彼女はきっと笑ってるだってルッカが笑っている様子が思い浮かぶんだそんな未来が見えるんだだったらこれは勘違いなんかじゃなくて真実であれあれルッカもうお前の顔が見えちゃうよ早く笑ってよ目を瞑ったままじゃ笑ってるなんていえないよほら早く早く口を結んで目を開けていつもみたいに世界で一番綺麗な声で笑ってくれよ大きな声で誰の耳にも聞こえるくらいにそうすれば俺は自慢するんだあの気持ちのいい声で笑うのが俺の幼馴染なんだってだからほら早く


「……笑って……くれよ……なあ」


 腕の中にいるルッカが少しづつ冷たくなっていく。
 俺の幼馴染のルッカが、俺のルッカが冷たくなっていく。彼女の体温はとても高いのに。彼女近くにいれば俺は笑えるのに。どうして俺は今笑ってないんだろう?


「クロノ……」


 マールが心配そうに声をかけてくれる。その顔はルッカのことだけを考えていることが分かる。
 そうだ、彼女を守れない俺の事なんか一切考えなくて良い。そんな俺に存在意義は無い。


「マール、ルッカを外に連れ出して治療してくれないか?」


「分かった、必ず助けるよ」


 ルッカの体をマールに預けて、マールが部屋から出るのを阻止させまいと巨大マシン達に向かい合う。こちらの様子を窺っているのか、攻撃は無かった。


「マール、弓矢を一本貸してくれ」


「え? ……分かった。頑張って、そいつを叩き壊して。原型も残らないくらいに」


「言われるまでもないさ、ルッカをよろしく」


 マールが投げた弓矢を後ろ手に受け取り、刀を抜く。
 マールたちが部屋から出た後、理解が出来るか知らないが、俺は巨大マシンどもに宣言する。


「お前達が傷つけたのは、俺の幼馴染だ」


 一歩踏み出す。こいつらはまだ攻撃してこない。分かる、これは直感ではなく、確信。


「ルッカは俺にとって何か?」


 もう一歩踏み出す。まだまだ、ここはまだあいつらにとっての防衛ラインじゃない。


「俺の全て、そんな簡単な答えじゃない。それでも複雑なものでもない」


 さらに一歩。ここが、境界線。あいつらが俺に攻撃を開始する、最後の。


「ルッカという存在は、俺を内包する世界程度で収まる人間じゃないんだ、分かるか? つまり、ルッカを傷つけたお前達は……」


 右足を強く蹴り出して、同時に俺のいた場所に閃光が走る。


「俺のいる世界、俺のいない世界、俺が生きているこの瞬間、俺が死んでいるその瞬間で、その姿を現すべきじゃねえんだよ!!」


 切り壊す。お前がいることは、俺が作る世界で有り得ることじゃない。存在、意味、意義。その全てを破壊する。お前の罪はそれでも飽きたらねえ。無機物風情が、俺の世界を侵した事を後悔させてやるぞ……!











「ルッカ、ルッカぁ!」


 幸い、ルッカの傷は肩を貫いただけで命に別状はなさそうだ。……ただ、それは現代のように薬が揃う時代においての話。
 この荒廃した世界では満足に治療もできないだろう。私の治癒能力で助けることが出来ないなら、ルッカは……


「考えるな、助けるんだ私が。クロノに頼まれた、私がクロノにルッカを助けてくれと言われたんだ!」


 ……本当にそれだけが理由? ……いや、それはきっと違う。
 有り得ないことだけど、もしクロノにルッカを助けてくれと言われなければ私はルッカを見捨てていたのか? この憎たらしい、自慢好きで説明が分かりにくいこの女の子を。
 ……それこそ有り得ない。だって、ルッカは、多分私を嫌ってるこの女の子は……


「私の、初めての女友達だもん……」


 誓おう。私はルッカを治療する。この約束が破れた時、なんて仮定の話はしない。そんな可能性は存在しない。
 私が治すと決めたのだ、マールディア王女である私ではなく、マールである私が。


「ごく普通の女の子が決めたんだから、それが破られるはず、ないもんね」


 私は、目を閉じて、精神を集中させた。
 思い浮かぶはルッカの嫌味そうな顔でも、私を無視している冷たい顔でもなく、私に笑いかけてくれた綺麗な笑顔。














 レーザーが来るだろうと予測した場所に注意を重点的に置いて、その予想は的中し、高熱の線が俺の脚を掠めて後ろの壁に焦げ後を作る。次にビットが俺の頭を吹き飛ばそうとミサイルを至近距離でぶっ放す。俺は刀の横腹で軌道を逸らし、返す刀でビットに切りかかるが、ビットは空中に逃げた。……埒が明かない。このままじゃジリ貧だ。せめてビットを壊さないと、巨大マシンを相手に出来ない。
 ビットがもう一度体当たりをしてきたのを見計らい、俺は壁にマールから貰った弓矢を突き立てた。これだけ深く刺せば、抜けることは無いだろう。
 ビットの体当たりを刀の鞘で受け止めると、また空中に逃げようとする。……させるか、このイタチごっこにはもう飽きたんだ。
 壁に突き立った弓矢に足をかけて、高く跳躍する。そのまま上段の構えで逃げるビットの真正面まで飛んだ。これなら、テメエは避けられねえだろうが!
 間違いなく両断できるタイミング、俺が渾身の力で刀を振り下ろすと、巨大マシンが俺にルッカを貫いたレーザーを放ち、それを右腕に食らった俺は体制を崩され、ビットを取り逃がしてしまう。


「くそ、うざってえんだよ一々!」


 ここからはまた無策。王妃のときのような心理戦は機械のコイツには無意味。体力の消耗を狙うなど愚の骨頂。


「まあ、それでも俺が勝つけどな……」


 こいつはルッカを傷つけた、そんな奴に俺が負けるわけにはいかない。誰が負けても、俺だけは負けられない。
 もう一度刀を構えて巨大マシンとビットを見据える。
 巨大マシンの目が光り、またレーザーを俺に放つ。初期動作から見ていれば、避けることは出来ないことじゃない。俺は横っ飛びでレーザーを交わす……が。


「追尾!?」


 レーザーの軌道が途中で変わり、転がった俺を狙って追ってくる。不味い、この体勢じゃあ避けれない!
 刀を構えて、どうなるとも知れずレーザーの軌道上に刀を置く。しかし、レーザーを刀なんかで防げるのか?
 不安な気持ちを抑えて、レーザーが迫るのを待つ。すると、予想に反して、刀に当たったレーザーがあさっての方向に反射した。すかさず刀の向きを変えて、ビットに当たるよう調整する。レーザーの当たったビットは煙を上げて地上に転がる。まだ、俺はついている。これならなんとかなる!


「さあ、これで一対一だぜデカブツ!」


 転がった体勢から立ち上がり、巨大マシンに走って近づいていく。タイマンなら、俺一人でも勝てるはずだ!
 ……そう思ったのだが、右から俺の体に猛烈な勢いで何かが当たり、俺の体は壁に叩きつけられた。口からごぼ、と嫌な音を出しながら血を吐く。肋骨が折れたか……? 息を吸うたびに猛烈な痛みを感じる。もしかしたら内臓もやられたかもしれない。
 俺は何にやられたのか、と俺に体当たりをした物体を見ると、それはマールが倒したはずのビットだった。そうか、一定の時間が経過すると、ビットは復活するのか……となれば、時間がたてば俺が倒したビットも復活する、と。だったら、大本を叩くしかないわけだな……


 ビットが満足に体を動かせない俺にミサイルを撃ち込んでくる。立つ力はまだ回復していない俺は床を転がって直撃を避けるが、爆風に体を持っていかれ、床に叩きつけられる。大丈夫、まだ立てる。痛むけど、まだ息が吸える。俺はまだ戦える!


「そろそろ最後にしようか、俺ももう疲れたし、ルッカのことが心配なんだ」


 刀を両手で持ち、顔の横に持ってくる。狙うは一点、突きのみの構え。失敗すれば即死確定の分の悪い賭け。しかし、それはあくまで表向きの話だ。だって……


「今の俺が負けるわけ無いんだ」


 ルッカを苛めた奴らと五対一の喧嘩をした時だって俺は勝ったんだ。三対一くらいのハンデで、俺が負けるわけ、ない。


 ビットが再び俺に向かって飛来する。もうその攻撃は慣れた。いつどのタイミングで動けば避けられるかは身に染みて分かっている。
 ……まだだ、まだ動けない、今走っても早過ぎる。
 ビットが近づいてきた事を風が教えてくれる。回避行動をとらなければ当たる、というところまで近づいた時、巨大マシンがレーザーを放つ為、目玉部分が光り、電力がそこに集中する。それを視認した瞬間、俺は自分に取れるギリギリの低姿勢になり、地を這うように走り抜ける。これにより、ビットの体当たりは俺の頭の上を通過した。
 目玉に十分な電力が集まって、一際強い光が暗い室内を照らす。


「ドンピシャだ……がらくたマシン!」


 俺の白銀剣が電力をレーザーに変換している目玉に深く突き刺さった……電力が溜まってレーザーを放つ前というタイミングは成功したが、白銀剣がこいつを貫けるかという不安はあったのだが……最初こいつに傷をつけられなかったことから考えると、ビットの再生を行っていたのは巨大マシンで、復活直後、または復活させようとしている間は防御力が落ちるのか? ビットを復活させる前には表面に薄いバリアが張ってあったとか……


「まあ、難しいことはいいか」


 剣を巨大マシンに突き刺したまま、俺は歩いて部屋の隅まで遠ざかる。目玉部分に溜め込んだ電力は暴走し、変換されたレーザーは内部に入り込んだ白銀剣によって乱反射し、巨大マシンを中から破壊していく。
 壁に背を預け、その様子を眺める。ビットと巨大マシンは連動していたようで、巨大マシンから火が上がるようになると勝手に地面に落ちて機能を停止させる。
 巨大マシンは騒々しくアラームを鳴らしながら、体の中心から爆散した。圧巻されるほどの爆発でも、俺は眼を閉じることはしなかった。俺を怒らせたんだ、その結末を見るのは当然だろう。


「……はあ、はあ……くそ、喉の奥からぐいぐい血が溢れてくる……」


 目の前にぼんやりとしてきた。痛みのせいか血が減りすぎたのか……あばらを抑えながら、俺は部屋の扉を開けた。……もしルッカが死んでいたら、俺も後を追う形になるのかな、それも良いかもしれないな……








「もういいってば! これ以上惨めにさせないでよ! 気持ち悪いの!」


 人の一大決心を気持ち悪いで終わらせるなよ、ルッカ。
 俺の悲壮な決意を目を覚ましていたルッカが切り捨てた。あれ? 目の前がはっきり見えるようになったけど、今度は涙が止まらない。


「まだ完全には傷は塞がってないんだから、ちゃんと治療させてよ! そのまま歩いたら……何だっけ? バイキンが傷から入って……とっても痛いんだから! ルッカ泣いちゃうよ!?」


「泣くわけないでしょ! それにもしかして破傷風って言いたいの!? 何でそんなことも知らないのよ馬鹿王女!」


「ば……馬鹿ってそれは言い過ぎだよ! アホとかならなんとなく許せるけど!」


 関西地方ではそういう意識を持っている人が多数存在するらしいな、マール。
 どうやらルッカは俺に対して気持ち悪いと発言したのではなく、マールの治療を拒否してのことだったようだ。本当に良かった。流石にあれだけ格好つけて落ちがそれでは立ち直れない。二週間は家に引き篭もるレベルですから。


「とにかく、もう私のことは放っておいて! 私のドジが招いた傷なんだから、あんたなんかに治して欲しくないのよ!」


「……分かった。そこまで言うなら、仕方ないね」


 ようやく分かったかとルッカが傷の痛みに顔をしかめながら立ち上がろうとすると、マールが服を掴んでもう一度無理やり座らせる。ルッカがマールを怒鳴ろうとして、マールは先を制しルッカの肩の傷を思い切りひっ叩いた。やば、見てるだけで痛い。


「っ! ……何するのよ!」


「ごめんね、ルッカ」


「はあ?」


 人のことを叩いてすぐさま謝るマールにルッカは眉をしかめ、意図が分からぬという声を出していた。棒読みの謝罪を終えたマールは引き続きルッカの傷を治療しようと手を肩にかざす。ルッカは慌てて「止めろって言ってるでしょ!」とがなるが、マールは首を横に振り治療を続ける。


「あの機械にやられた傷を治すんじゃないよ、私がルッカを叩いて痛くなった所を治すの」


「……何よ、それ。馬鹿みたい」


 虚を突かれた顔でルッカが力なくうなだれて座り込む。それから、ルッカはマールの治療を素直に受け続けた。


「馬鹿でもいいもん……友達を助けるのが馬鹿なら、私はずうっと馬鹿でいい」


「……あんた、その治癒能力を使うのに、かなり精神力を使うんでしょ? 私なんかの為にさ……あんたの顔、真っ青じゃない」


 えへへ、と誤魔化し笑いを見せながらもルッカの治療を止めようとはしない。ルッカは床に視線を向けながら小さく「ごめんなさい……」と呟いた。離れた俺でも聞こえたんだ、マールが聞こえないはずは無い。
 友達思いの優しい女の子は、はにかみながら「いいよ」と許す事を告げた。
 ……良いんだ、とても良いシーンなんだけど……俺の治療は出来ますかね? そろそろお迎えっていうか、二人に流れる優しい空気と綺麗な女の子二人が寄り添っている様がルーベンスの絵に見えて仕方ない。僕は今とっても幸せなんだよ……





 その後俺がボロボロで倒れているのを見つけた二人は悲鳴を上げて俺の治療に専念してくれた。マールは残り少ない精神力で俺の体に治癒を試み、ルッカは梯子を昇りドンたちに助けを求めた。
 もし薬の類があれば、私の仲間を助けてくださいと懇願したルッカにドンたちはあまりに辛い一言をルッカに告げる。


「そこのエナ・ボックスを使えばいいじゃろうに」


 ここにもあったんかい! じゃあさっきの私とマールのやり取りはなんだったのよ! という突っ込みは置いといて、ルッカは俺の体を持ち上げて地下を抜け、エナ・ボックスに放り込んだ。骨とか折れたり内臓を痛めてたりで重症なんですよ、俺。
 傷の深さに比例して空腹感が上がるシステムからさっきの体中が痛い状況と今とならどっちが辛いのか吟味しながら俺は五体満足わっしょいしょいという状態でエナ・ボックスから出た。そしてほんのり後悔した。


「……ええと、その」


「な、なあに? ルッカ」


「あの……なんでもないわ……」


「そ、そう……」


 何やら妖しい会話というか雰囲気を作り出している俺の仲間達。あれだ、中学生のときに初めて彼氏彼女との初デートみたいな感じ。手を握ってもいいのか、まだ早いんじゃないのか? という葛藤がよく滲み出てますねえ。
 こういうこと言うのもあれだけど、俺も頑張ったんだよ? マールもよく頑張ったのは分かるけど、もう少し俺にも何かあっていいんじゃないかな? 心配そうに駆け寄るとかさ、瀕死だったんだぜ俺。エナ・ボックスの方を見ることもしないというのは何か違うんじゃないかな?


「……あ、クロノ」


 何だよ何なんだよその昔の同級生に会った時みたいな反応。正直今お前と話したくは無いって空気が漂ってるよ。絶対もうちょっと優しくされても良いと思うんだよな、俺。再度言うが、頑張ったんですよ?


「あ、私の傷ならその……マールが治してくれたから、心配しないでいいわよ」


「ルッカ、今マールって……名前で呼んでくれた……」


 そうか、俺はお前の心配をするけどお前は俺の心配はしてくれないんだな? 覚えてろよ、今度お前がダンプカーに引かれても俺は運転手の人と和気藹々とした会話をこなしてやるからな。マールさんお願いだから頬を赤く染めないで。冷たかった人が急に名前を呼んでくれたからって好感度がぐいぐい上がるそのシステムは何だよ、少女マンガの典型じゃないか、ヒロインがマールでルッカが主人公か。さしずめ俺がモブなんだな。三話くらい出しゃばって外国に夢を追って飛び出してそれから一切出てこないようなキャラなんだな? くっくっくっ、なんだか興奮してきちまったぜ……ジャイアン現象なんて大嫌いだ。


「おいお前さんたち……ここに戻ってきたということは、まさかあの警備ロボットを倒したのか?」


「あ? ああ。満身創痍ながらなんとか、な」


 ドンが一人ぼっちの俺に話しかけてくる。ていうか本当に大丈夫? とか聞かれないんですね、俺。


「ということは、食料保存庫に入れる、と……食いもんはわしが独り占めじゃああぁぁぁ!!」


 豹のように機敏な動きで地下に飛び降りるドン。「出し抜かれたあぁぁ!!」と叫びながら地下の梯子に押しかける住民達。しまった、俺だけの俺だけによる酒池肉林の夢が! (肉林はいやらしい意味合いで非ず)
 住民達を剣の鞘で殴りながら地下に降りる寸前に見えた光景は、この阿鼻叫喚の中でもピンクな空気を放ちながら座って手を繋いでいるマールとルッカの赤い顔だった。悲しくなんか、ない。泣いてなんか、ない。


 俺たち(ルッカとマール除く、俺とアリスドームの愉快な仲間達)が食料保存庫に着くと、そこには腐った食べ物を必死に胃に放り込んでは吐くを繰り返しているドンと見知らぬ男の姿があった。この世で見たくないものベスト3には入るはずだ。ベストハウス図鑑に載せましょう。
 見知らぬ男の正体は昔警備ロボットの隙を突いて食料保存庫に辿り着いたという運の良いアリスドームの住人だった。何故帰らなかったのか? 例え腐っていても他人に食べ物を渡したくなかったらしい。聞けばこの男妻子持ちだそうだ、人として軸が腐ってる。
 その男を締め上げていると、男は俺たちに何かの種を差し出し、途中の鉄骨にあった鼠は置物ではなく、大型コンピューターへの道を進めために必要なパスワードを知っていると教えた。
 んなことはどうでもいいから食い物はどこだと詰め寄れば、大型コンピューターを使えば食べ物の場所が分かるかもしれないと答えた。
 そしてここに、俺をリーダー、ドンを副リーダーとするアリスドーム勢全員を含む鼠捕獲本部が爆・誕! した。
 何度か鼠を捕まえようと突撃したが、思ったよりもかなり早い鼠に翻弄され幾度も取り逃してしまった。俺たちは様々なフォーメーションを作り上げ、各々ポジションを定めて鼠を追い詰めるようになった。


「そこだフォワード! 突撃だ!」

「サイドバックに穴が開いているぞ、ディフェンスフォローに回れ!」

「4-4-3から3-3-2-3に切り替え! グズグズするな! 敵は待ってくれないぞ!」

「西側! 人幕薄いよ、何やってんの!」


 最終的にドン曰く「わしらなら、ベトナムのゲリラ部隊に匹敵するやもしれん」と言わしめるほどの連帯力を得た俺たちは、ついに鼠からパスワードを手に入れることが出来た。終盤の山場は追いかけてるうちに愛着がわいたという理由で鼠の捕獲を妨害しだした白虎部隊の裏切りだろうか? おかげで守備重視の朱雀部隊が壊滅、突撃重視の青龍部隊が半数まで減らされた。残るは俺をリーダーとする遊撃隊の玄武部隊と、連携に不安の残るドン率いる大和部隊だけだった。
 感動シーンは士気に陰りの見えてきた大和部隊をドンが「諦めるな! 元ラバウル搭乗員のわしらの底力を見せ付けてやるのじゃ!」という一括で目覚しい活躍を見せだしたときだ。不覚にも俺は涙した。ドン、あんたこそ永遠の0の名を受け継ぐにふさわしい……!


 生傷を体中にこさえながら俺たちは女子供の待つ地上に這い出てきた。
 最初、食料を持っていない俺たちを見て落胆した顔だったが、男達の久しぶりに見る明るい顔を見て子供と妻も微笑んだ。
 男達は自分の武勇伝を自慢げに話し、俺の指揮能力とドンの勇気を褒め称えた。子供はそれからそれから? とわくわくしながら話を促し、妻は男達の自信に満ち溢れた姿に感涙する者さえ現れた。
 たかが鼠狩りと馬鹿にするものはいない。俺たちは本気で戦った。生きるために、その本能に自分を埋没させ、仲間との連帯感を十二分に味わった。
 ドンは周りからの感謝や尊敬に「いやいや、わしのような老兵はなにもしておらんよ」と謙遜していたが、そんなことはないと俺たち男勢は全員分かっている。
 この歓声はあんたに向けられるべきものだ。
 そう、あんたはこの陰気で生きる希望の無かった町に活気を作り上げたんだ。救ったよ、ドン。お前が救ったよ。


「え? 鼠狩りで遊んでたの?」


 皆が肩を抱き合い喜んでいる中、場を盛り下げることこの上ない発言をしたのはマールだった。


「こういう状況で手放しに喜べるなんて……結構おめでたいのね」


 痛烈な皮肉を口にするのはルッカ。
 まあつまらないことと言われればそうかもしれないが、さっきまで女同士でイチャイチャしてた奴らに言われるのは我慢ならない。
 今日は皆も俺も疲れたので就寝することになったが、アリスドームの仲間達はマールとルッカをよそ者を見る目で冷たく当たることにした。俺は名誉国民としてアリスドームの第二番権利者となったので俺の仲間と楽しく会話することにした。マール達は仲間じゃないのか? 少なくとも今ここにいる仲間はドンや一緒に戦った男達に守るべきアリスドームの女子供だけだ。今日一日はマールとルッカなんて名前の人間と会話する気にはならん。


 次の日目を覚ますと、昨日一日無視していた二人が目蓋を腫らして俺に土下座をしていた。
 まあ、反省するなら別にいいさ。ただお前達がやったのはライブハウスで盛り上がっているファン達に「このバンド全体的にしょぼいよね」と言って回ること、それと同義だと知れ。


 起床した俺は俺たちも連れて行ってくれ! と頼み込む住人達を抑えてマールとルッカを連れ、大型コンピューターの場所まで行くことにした。「危険な場所に行くのに戦闘経験の無い皆を連れて行くわけにはいかない。俺を信じて待ってくれ! 皆が信じてくれたなら、俺はどんな所からも生還する!」と説得したときはクロノコールが鳴り止まなかった。マールとルッカにはお疲れの一言だった。俺の服を掴むなよルッカ、この場所において俺はお前達を擁護する気は全く無いから。


 梯子を降りて、地下に入ると皆の声が聞こえなくなる。
 ……大丈夫、皆の声は聞こえなくても、皆の心は俺に届いてる。この繋がりは解けることは無い!
 疲れた顔をしたマールとルッカを従わせて、俺は大型コンピューターまでの道を出現させる機械に手を触れた。
 そう、俺たちの物語はまだ始まったばかりだ!



[20619] 星は夢を見る必要は無い第十話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/12/22 01:21
 鼠から得たパスワードを入力し、大型コンピューターまでの道を作る。最初はルッカに頼んだのだが、少し前まで冷たい反応を返していたせいかむくれて俺の言うことを聞かなかった。さっき土下座したのにその掌の返しようは何ですか。驚いて噴出しましたよ。
 扉を開けた先にはまた鼠が徘徊しており、四本足の蜘蛛のような形をした機械や脚部に車輪のついた一つ目の機械が我が物顔で歩いていた。思ったんだけど、この鼠たちは何を食べて生きてるんだろうか? 実は他に食料保存庫があってそこから食べ物を調達してるんじゃないか?
 俺たちは見つからないようにこそこそと移動を開始した。止むを得ず戦闘になった時、ルッカとマールの連携が炸裂した。ルッカの銃で敵の気を逸らし、後ろからマールが撃つ。またはマールが持ち前の運動量で辺りを跳ね回りルッカの脅威のハンマー捌きが敵を葬る。俺はといえば後ろのほうで女の子怖え……と恐怖しているだけだった。
 今更だけど、あのリーネ王妃の血を継いでいるだけあってマールの体の動かし方は素人のそれではない。素手の勝負なら前衛の俺でも敵わないかもしれない。ここに男女の力の差など存在しないのだ。いや、俺が情けないんじゃないよ? ここに集う女の子二名が異端なんだよ。今なんか蜘蛛型メカの足をマールが蹴りでふっ飛ばしましたよ? 鉄の機械を生身の足で壊すってどういうことだよ、元気いっぱいの可愛い女の子かと思えばその正体はオランウータンか何かの変化だったとはな、全く騙された。場末のメイド喫茶くらい騙された。
 大方スムーズに戦闘が進むが、途中一つ目メカの撃ちだすマシンガンに俺の足が撃たれるという事件があった。
 半ば以上本気で泣いた俺にマールが子供をあやすように治癒をかけてくれたが、完治した後ルッカに怖い顔で睨まれて「あんまりマールを疲れさせないでよ、何度も治癒を使えばマールが疲れて動けなくなるでしょ!」と怒られた。おかしいからね、銃で撃たれた人間に説教とか。特に役に立ってない俺だから言い返すことは出来ないけどさ。


「……思ったんだけど、私がクロノに近づくと、ルッカ怒るよね。もしかしてクロノのこと好きなの?」


 その様子を不思議そうに見ていたマールさんが核弾頭を落としてくれた。俺からすれば「え? それマジ話?」である。


「ちちち違うですたいよマール! わた、私どっちかって言うとクロノのこと嫌いだし! ランク付けするとスイカの皮の次くらいの好感度だから!」


 ルッカよ、お前幼馴染よりもクワガタの餌の方が好きなのか……知りたくなかったその事実に俺は膝を抱えたくなった。


「え? え? 何でそう思ったの? そんなに分かり易いの私?」

「分かり易い? ってルッカ、それ認めちゃってるよ。それとあれで分からないのはクロノくらいだよ」

「そ、そっか。クロノにはバレてないんだ。良かった……待って、そんなこと聞くって事は、マールも……?」

「ん? 私はちょっと違うなあ。異性の対象として見るとかよく分からないし、考えたこと無いや」

「そ、そう。なら良いんだけど……それと、私別にクロノのことなんて好きじゃないわよ! 勘違いしたら駄目だからね!」


 何やら二人で俺に聞こえないように内緒話を始める。あれだろ? どうせ「クロノってウコンみたいな臭いがするのよねー」とか「飲み物で例えればタ○マン」とか言ってるんだろ? タフ○ン舐めるな! 意外と美味いんだからな! ○フマン!


 無駄すぎるやり取りを経て、俺たちはドンたちの言っていた大型コンピューターのある部屋に辿り着いたのだった。


「凄い、こんな設備が揃ってるなんて、昔ここは相当重要な施設だったのね……」


 ルッカが部屋中に転がっている機械を見て周り感嘆の声を出した。
 俺とマールには何が凄いのかよく分からず、部屋の中央でルッカの行動を目で追うことしかできなかった。ふむ、確かにルッカの家の中よりも凄い機械設備があるというのは分かる。部屋の奥にあるモニターなんかヤクラくらいの大きさがあるんじゃないか?
 ちょっと触ってみたいという欲求から機械に手を置こうとした瞬間ルッカの銃弾が頬を掠めた。やりませんよやりません、下手に素人が触ったら大変ですもんね、持ち主に非があったら保険ききませんしね。でもマールが触ろうとしたら親切に説明してるのは何でなんですか? 俺の中でルッカ×マール説がどんどん濃厚になってきてるんですけど。


「……食料の場所は検索できなかったけど、この世界には私達が来たところ以外にもゲートがあることを確認できたわ。モニター画面を見て」


 ルッカの言うとおり画面を見ると、そこには俺たちの通ってきた廃墟やアリスドームが映っていた。


「ここが私達のいるアリスドームね。ここからこの廃墟を抜けて……」


 画面が東に移動して、ルッカの言う廃墟を越えた先にあるアリスドームに似た形の建物を映し出すと、そこで画面移動が終わった。


「ここ。このプロメテドームにゲートがあるわ」


「凄いね! そんなことも分かっちゃうんだ! ……じゃあ、このボタンを押せばどうなるのかな?」


「あ、こらマール勝手にいじっちゃ……」


 マールが丸い大きなボタンを押すと、画面にノイズが走り、もう一度映像が戻ると、廃墟は無く、ドームも崩れていない、太陽の光に当てられた景色が見えた。


「A.D.1999?『ラヴォスの日』記録……? どういうことよこれ?」


 画面は何度もノイズが混じり、俺たちは画面から目を離さなかった。
 ……何だ? 地面が赤く染まり、ひび割れていく……


「……ねえ、ルッカ……あれ、なに?」


 マールの問いにルッカは答えられない。そりゃあそうだ、あれは、この世に存在しない、存在して良いものじゃない。
 大きく裂けた大地が高く浮かび上がり、地面の下から赤い、きっとこの世界のどんなものより赤い、巨大な化け物が姿を現していた。そいつは地上に顔を出した途 端、背中から無数の針のような物を空に向け発射する。
 その針の雨は地上に降り注ぎ、爆発する。大地は砕け、人間の建造物を粉々に粉砕し、森林を消滅させ、大量の砂埃を空中に巻き上げる。
 砂埃は高く舞い上がり、太陽を覆い隠し、世界は暗闇に包まれた。
 ……この惨状で、生きている者などいるのだろうか? 海も空も大地も赤く染まり死んでいく光景に、俺たちは息を呑み、画面がぶつりと消えた後もしばらく声を出せなかった。


「な……何、これ」


 マールの、誰に向けたとも分からない疑問の声を、ルッカがかろうじて拾う。


「ラヴォスって……これが私達の世界をこんなにした大災害のこと!?」


「……らしいな。正直、こういう風に見せられても、本当にあったことなのか、信じ難いけど……」


「じゃあ、やっぱり……やっぱりここが私達の未来なの!? 酷い、酷いよ! こんなのってない! これが……私達の未来だなんて……」


 長い髪を振り乱し、頭を抱えて狂ったように泣き叫ぶマール。その姿は痛々しく、この世界の悲しみを一身に背負っているかのようだった。


「クロノ……そ、そうだよ! 変えちゃおう! クロノが私を助けてくれたみたいに! ね、ルッカ。ね、クロノ!」


 未来を変える……? ……うん、それは良い考えだな、マール。でもな……


「ルッカ、俺たちの時代って、何年だっけ?」


「? リーネ広場のお祭りが建国千年記念のお祭りだって知ってるでしょ? つまり、A.D.1000年よ」


 だよな。それってつまり、少なくとも俺の生きている間はこんなことに巻き込まれるって事は無いんだろ? だったら可哀想とは思うけど、別に良いんじゃないか?


「……クロノ、あんたまさか」


 俺の考えていることが分かったのか、ルッカが俺を驚いた目で見る。……え? 俺の考えてることおかしいか? どう考えてもあんな化け物に俺たちが勝てるわけ無いだろ?


「……クロノ? どうしたの?」


 不安げに俺を見つめながら俺の手を握るマール。……え? 俺がマイノリティなのか? 俺の意見が間違ってるのか? たかだか警備ロボット相手に手こずる俺たちに何ができるって言うんだよ。


「冷静になろうぜ、お前ら。俺たちだけが未来を知った。それだけでちょっと英雄気分になってるだけなんだって。ほら、今でも増えすぎた人間の数が問題視されてるんだぜ? 多分こうして滅びるのも仕方ないと言わざるを得ない感じでして……あのマールさん? 何故に拳を引いて俺に照準を付けて……えぶうっ!!」


 数百キロのメカをもぶっ壊すマールの拳が俺の顔に突き刺さる。痛いなんてもんじゃねえ、もっと恐ろしい激痛の片鱗を感じたぜ……


「クロノ……それ、本気で言ってるの? 自分には関係ないから、だから世界がこんなになっちゃって良いの? おかしいよ! ドンや皆はクロノの事をあんなに慕ってたじゃない! そんな彼らを見捨てることができるの!? ねえ!」


 いや……正直見捨てられるけどさ、それ今言ったら第二弾が来るんでしょ? 衝撃のぉぉぉ! セカンドブリットォォォ! が。


「ルッカ! ルッカは違うよね! こんな未来は嫌だよね!」


「え? ……あ、うん。勿論よマール」


 嘘だっ! あいつ絶対俺の意見に賛成派だ! 今マールに逆らうと痛くされちゃうから従っただけだ! 何が他の女の子に負けるわけにはいかないだ! 戦う前から降参してるじゃねえか! そういう風にころころ自分の意見を変える奴が一番男に嫌われるんだ! ……まあ女の子内のコミュニティはそういうルールが暗黙の了解としてあるらしいけど。


「わ、分かったよマール。うん、よしやろう! 俺たちの手で人造人間を倒すんだ!」


「分かってくれたのね! ……人造人間って?」


 ロマンチックを貰いに玉を捜してインフレする漫画を知らないとは、流石お姫様。君にZ戦士の資格は無い。
 ルッカの目が「何で止めないのよ!」と語っている。自分に出来ないことを相手に押し付けるとは、バブル世代で碌に仕事が出来なくても昇進していった上司みたいな奴だ。まあそういう人たちはリストラの対象に入れられるので可哀想ともいえる。


「はああ……まあ、私達はゲートを使って時代を超えられるんだから、まあ、ちょっとは頑張ってみても良いのかもしれない事も無いのかもしれないわね。それじゃ早いトコ現代に戻ってラヴォスについて調べないと。行くわよ! プロメテドーム!」


「おー!」


 小さな手を握り締めて頭上に掲げるマール。俺はおざなりに手を上げながら、苦笑をもらした。苦手なんだよな、こういう皆で何かやるぜ的な雰囲気。文化祭のノリは特に嫌いなんだ。男女の仲が悪くなるから。






「おお、クロノ! どうじゃった? 何か成果は?」


 地上に戻ってきた俺たちをドン達が俺の名前のみ呼んで近づいてくる。ほらマール、お前が救いたいと言ってるこの世界の住人はお前のことが嫌いっぽいぞ? それでもいいのか?


「ここは……私達の未来なの!」


「「「「「はあ?」」」」」


 アリスドームの住人一同は怪訝そうに首を傾げて、俺の前に出たマールを見つめる。マールさん、いきなり過ぎる発言に皆引いてるから、ちょっと落ち着こうぜ、ジャスミンティーでも飲んでさ。そんな洒落たもんねーけど。


「それより、食料は? 他に見つからなかったのか?」


「……地下の大型コンピューターで調べてみたけど、無かったわ……そこにあるエナ・ボックスもいつまで動くか分からない。その食料保存庫にいた男が持っている種子、その種子を育ててみてください」


「とにかく生きて! 頑張って! 私達もやってみるから!」


 なんだかなあ、後ろからルッカやマールの姿を見てると、分かるんだよな、勢いで元気付けて昨日の自分達の失言や鼠狩りを手伝わなかったことをうやむやにしようって魂胆が。この世の善意と見られる行動は全て私欲で構成されているのか。




 それからドン達にプロメテドームに行きたいと伝えれば、32号廃墟に置いてあるバイクのキーを貸してくれた。若い頃に乗り回していたらしい。……? バイクって何だ?
 他には……そうだな、マールの元気という言葉をドンが気に入ったらしく、アリスドーム内で流行した。今年の流行語大賞は元気になりそうだ。
「元気? 聞いたことの無い言葉じゃな」というドンの台詞には驚いた。あんたくらい元気な老人は現代にはいな……大臣くらいしかいないのに。
 未来に来てすぐの頃は、人々は暗いし、マールとルッカは喧嘩するしで良い事なんか全く無かったが、このアリスドームに着いてからドラバタして疲れたし、体中ボロボロになったりしたが……うん、楽しかった。ここの人たちにはまた会いに来たいな。
 後ろ髪引かれる思いでアリスドームを出ようとすれば、ドン達が何やら騒いでいる。耳を傾けてみるとドンが大声で「この種子が早く育つように、女は皆祈祷を捧げるのじゃ! 男はこのような日のために暖めていたとっておきの創作ダンスを披露するのじゃ!」と住人達に命令していた。……うん、元気なことは良いことだよね。全然気持ち悪いとか思ってないよ。
 さよならアリスドーム、また50年くらいしたら来るよ……
 俺たちは清清しい顔でアリスドームを出た。








「見た感じ、これがドンの言ってたバイクなのかしら?」


「そうみたいだね、他に何にもないし。大きいな、私達三人とも乗れそうで良かったよ!」


 アリスドームから東北に歩いていくと、遠目から見ても16号廃墟とは比べられないほどに大きな、32号廃墟の入り口に着いた。これは乗り物でもないと越えられそうにないな、助かるぜドン。しばらくは会いたくないけども。
 入ってすぐの場所に置かれていた鉄で出来た機械。見た目は自転車のタイヤを大きくして、前方部分にガラスの付いたような代物だった。これがバイクで間違いはないんだろうが……ふうむ。


「んー、しかし動かし方が分からんな、この鍵どこで使えばいいんだ?」


 バイクの周りを一周すると、前方部分のメーターやらなんやらがごちゃごちゃついている部分に鍵穴を見つけた。……多分、ここに差し込むのが正解なんだよな? 自爆装置関連とかじゃないよな? そんなB級な展開は待ってないよな?


 鍵穴にキーを入れた途端、バイクが振動を始めて、辺りからアラームの音、音、音! あ、これマジで自爆します的な? 今シルベスタスタローンの気持ちがよく分かるよ。


「クロノ敵よ! 気をつけて!」


「敵か!? 本当に良かった!」


 俺の言に首を傾げるルッカはこの際放置! だって説明したら一人で想像して一人で怖がったなんて馬鹿を知らさなければならないし。そんなの誰が得するんだ。


 アラームを鳴らしながらアリスドームで見た一つ目メカが四体現れ、俺たちの周囲を囲む。俺は刀を抜き払い、ルッカがエアガンの引き金に指をかけて、マールが背中から弓を取り出す。
 一つ目メカの瞳がギラッ、と光り、俺たちにダッシュをかけてくる……その時だった。


「待チナ!」


「ア、アニキ! ウホッ!」


 一陣の風がメカと俺たちの周囲を駆け抜けて、たまらず目を閉じる。……目を開けるとそこには今までに見たことが無かった三輪車みたいな形のロボットが妙に格好つけて俺たちを見据えていた。ウホッてなにさ。
 二の足にホイールの付いた形から驚くような速さで人型になり立ち上がったそいつは頭髪を逆立てて、シャープなサングラスを掛け、腰の部分に煙の出る筒をつけた男……筒とそこから出る煙を無視すれば、人間だと言われても信じそうな外見のロボットに無骨な一つ目メカが敬意を払っていた。


「俺ノ名ハジョニー。コイツラノ頭ダ。テメエラムコウノ大陸ニ行キタイノカ? ソレナラコノ先ノハイウェイ跡デ勝負シナ……俺ニ勝テタラトオシテヤルヨ……ソコノ『ジェットバイク』ヲ使ワセテヤル」


 使ワセテヤルも何もこれお前らのものじゃないだろーが、ドンの所有物なんだよ。何で不良って拾ったものは自分のものだと思うのか。道徳の時間寝てたからか。俺もだ。
 しかし、勝負だと? あれか? レース勝負ってことか? 面倒くさいなあ、ここで戦ったほうが話が早いんじゃないか? ……駄目だ、こいつらの頭ってことは強いに決まってる。俺は怪我をせずに生きていきたい平和主義者なんだ。


「勝負? いいわよかかってらっしゃい!」


 出たよルッカの勝負好き。こいつ幼稚園くらいの女の子とドッチボールしてもおもくそ顔面にボール投げるからね。なんでこいつが町で人気があるのか分からん。そして何で俺が嫌われるのか分からん。不条理こそ抗えぬ現実だ。


 楽しそー! とマールが喜んでいる中、俺はジョニーにバイクの運転の仕方を教えてもらった。「これな……こうすんねん」と教えてくれるジョニーには感謝ではなく、お前普通に喋れるんかいという想い、素だと結構おとなしい声なんだというちょっとした失望だった。






「ゴールラインハズット先ニアル青イテープガ目印ダ! 一緒ニ風ニナロウゼベイベー!」


 スタートラインでスタンバイし、ジョニーの合図でグリップを廻し、加速した。スタートはやや俺が遅れたか。練習無しにしてはよく出来たほうだな。
 テクニックは圧倒的に俺が劣るが、期待の性能は俺のジェットバイクに分がある。しかし、直線の多いこのレース場で勝負を仕掛けたということは、ジョニーは自分の足に相当の自信があるようだ。
 直線で差を縮めていくが、レース中にあるコーナーで一気に離される。こちらが三人乗りというハンデを無視しても、そのコーナーリングは素晴らしい。あんた鈴鹿にでも行けばいいじゃない。参加できるかどうかは別としても。


「ク、ク、クロノ! もうちょっとスピード落として! マールもはしゃいで動かないで!」


「いや無理だって、ここでスピード落としたら絶対追いつけないぜ?」


「わー涼しい! 楽しーい! 風の上に乗ってるみたいだね!」


 ちなみに運転しているのが俺、俺に捕まってるのがマール。最後尾にルッカという乗り方である。俺が運転するのは決定だったが、俺に捕まるのが誰かで二人が揉めていた。マールが後ろだと前の景色が見えないから嫌だと言っていたのでそういう理由だろう。
 あれだけ勝負に乗り気だったくせに、ルッカは何気にスピード恐怖症だったのか、自分が捕まってるマールがふらふら動いたり立ったりを繰り返すからか、恐怖で声が震えていた。マールはスピード狂、と。とはいえ、俺も同じ部類かもしれない、この風を切って走るこの感覚はやみつきになるかも……いやもうなってるな。下手したら今まで生きてきて一番楽しいかもしれない。
 バイクかー、現代に帰ったらルッカ作ってくれないかな? そんな風に、俺は初めての体験に浮かれていた……そして悲劇は起こったのだ。


 ジョニーと俺のレースも中盤に入った頃だろう、ジョニーが俺の方を見てヤバイですよみたいな顔をしていた。何だ? ガソリンでも切れたのか? お前が燃料で動いてるとは思えないが。


「ね、ねえ、クロノ……」


「ああ!? 風の音でよく聞こえないよ! もうちょっと大きな声で喋ってくれマール!」


 何事かを伝えようとマールが俺に話しかけるが、声が小さすぎて何も聞こえない。怒鳴るくらいじゃないと風の音が邪魔をして届かないのだ。


「……ルッカが……落ちた。ぽてっ、て」


「………………全然聞こえないや、風の奴、今度叱ってやらないと」


「へ、ヘイブラザー。ユーノオ仲間ノハニー、遠ク後ロデ転ガッテ……」


「聞こえねー! 今俺が何か音を拾うとしたら世界破滅のラッパくらいのもんだぜはっはー! あー、バイク楽しいなっ!」


 無理やりテンションを上げて叫ぶ。良いね! このハングオンがまた良いぜ! もう本当に! ハングオンとかよく分からんけどっ!


「ク、クロノのせいだよね、私悪くないよね、うん。クロノが悪いで判決完了」


「いやいやマールがぶんすか動くからじゃんか! 何責任転嫁してんだよ!」


「全然聞こえてるじゃん! それに私ぶんすか動いてないよ! ぴょんぴょん跳ねただけだもん!」


 バイクの運転中に跳ねるな! そりゃあルッカも落ちるわ!


「……ヘイブラザー、ユーノオ仲間ノハニー……何カ凄イスピードデ走ッテキテナイカ……?」


 ……え? ちょっと待って、ジョニーお前何言って……


「「追いかけてきてるー!!!」」


 体中砂だらけで服が所々破れているルッカが背中にブースターのようなものを背負いそこからロケットみたいに火を噴きながら前傾姿勢で走ってくる。もうお前なんでもありだな。そしてお前の鞄なんでも入ってるんだな。どうみてもそのブースター鞄に入る大きさじゃないけど、それはどこの狸に貰ったのか。
 青いハリネズミみたいな速さで俺たちとの距離を詰めてくるルッカ。正に音速(ソニック)。


「謝れ! ルッカに謝れマール! もしくはバイクから飛び降りてルッカの足止めをしろ!」


「私悪くないもん! ていうか私が悪いとしても私が悪いと認めたら私が殺されるから私のために私は逃げることをお勧めするわっ!」


「私私って我が強過ぎるだろ! どんだけ自己アピールしたいんだよ! 最近の中高生か! そして自己防衛本能旺盛過ぎる! 人に迷惑が掛かる前にちゃんと謝ることはしろ! 誰に迷惑が掛かるって間違いなく俺なんだから!」


「…………ヘイブラザー、ユーノオ仲間ノバケモノ……俺ノ見間違イカモシレナイガ……何カ飛ンデナイカ?」


 おいおいジョニー。人は翼を持ちたいと願うけれど、何故願うか知ってるか? 人は飛べないから翼を望むのであって……


 バックミラーで背後を伺うと、ルッカが両手を腰に当てて頭を前に突き出しながら飛んでいた。


「「舞空術だーっ!!!」」


 さっきといい今といい、俺とマールの奇跡のシンクロ。シンクロ率が高いのは俺とマールなのに暴走してるのはルッカという皮肉。


「マール、後ろの、後ろの悪鬼をその弓で撃て! そして討て!」


「嫌だよそうしたら完全に標的が『マール』になるもん! それなら今の見敵必殺モードの方がまだマシだよ!」


 くそっ! 騙された! 今まで元気いっぱいで天然の入ってる可愛く優しい女の子だと思ってたが違った! マールの奴は筋肉たっぷり空気の読めない根性が醜い汚い女だった! この売女が!


「お前は女だから顔面陥没くらいで許される! 俺は男だから冥府の奥底に叩き込まれるのは間違いないんだ! さながらキャンサーとピスケスのように!」


「顔面陥没なら大丈夫とか、女の子に言う言葉じゃないよ! クロノなら冥府からでも生き返られるでしょ! さながらフェニックスのように!」


 俺たちが言い合っている間にもルッカはぐんぐん近づいてくる。もうマールと話している余裕は無い……ただ、前を向いてアクセルを握り締めるのみ!
 ジェットバイクの最高速度を出してルッカからの逃亡を試みる。死ねぬ、俺はまだ、生きていたいんだ!
 冷静になれ、冷静になれ、と頭の中で念じていると後ろから「ひっ!」というマールの短い悲鳴が聞こえた。「どうした?」と問おうとすると、世にも恐ろしい笑顔でルッカがマールの肩を掴んでいた。……冷静? なれるかどあほう!


「うおぉぉぉおおぉぉお!!!」


 ジョニーに教えてもらったジェットバイクの機能、ターボを使い、ルッカとの距離を離す。体が引きちぎられるほどの風圧を耐えて、空気の壁を越えて、音の壁を追い抜く。
 何も言わずにターボを行ったのでマールが途中で後ろに飛ばされたが、大丈夫、無問題。むしろ軽くなって有難い限りだ。今度線香でも上げてやるさ。


「ハーッハッハッハ!! マールという重りを捨て、俺は風となった! 俺を捕まえることは例え神とて不可能! 何故? 俺は今生きている! ああ、ああ、生きているということは何故こんなに嬉しいんだ! どうして大地は暖かいんだ!? ハレルヤ! グローリー! デウス! ハレルヤアンドマリア!」


「……テンションノ上ガッテイルトコロ悪イガ……ソレデ良イノカ? ブラザー……」


「ジョニーよ、メカのお前には分からないかもしれないが俺たち人間は生存本能というものがあってな? 俺はそれに従っただけだ。そしてルッカという俺の命を脅かすものから逃げるために俺は最善の行動を行った! 誰にも、それこそ神にも俺を罰する権利など無い!」


「ソ、ソウカ。シカシマア、コレデヨウヤクマトモナレースガデキルナ! 何処マデモ走リヌケヨウゼベイベー!」


「ああ! 俺とお前で地平線の果てまで……」


 ジョニーの顔を見ようと左を向いた時、低く飛びながらマールを肩車しているルッカの姿。上に乗ったマールは今までに無い程冷たい顔で俺に弓の照準を合わせていた。


「「フュージョンなさったー!!!」」


 俺とジョニーの叫びは遠く、アリスドームの人々にも届き、今年の流行語大賞は『元気』か『フュージョン』で揉めに揉めたそうな……










 星は夢を見る必要は無い
 第十話 永劫の闇の中から世界を救えと神から啓示を賜った彼の名前は












 ジョニーとのレースはどっちが勝ったかという枠を越えて、ゴールラインを過ぎ去り32号廃墟を出たところで、俺が捕まりその幕を閉じた。
 俺は有難いことにロープでジェットバイクと結び引き回しされながらマールの弓を避けるという優しい罰ですんだ。勿論終わってもマールの治療はされない。おや? もしかして俺の右腕折れてない? 動かそうとすると凄い痛むんだけど、これ気のせい?


「生キテレバイイコトガアル、ソウ思ッテレバ願イハ叶ウサ……頑張リナ、ブラザー」


 別れ際のジョニーの言葉を胸に、俺は二人の鬼の後ろを歩いている。後ろから首を跳ね飛ばしたら俺はこの先幸せに生きることが出来るんじゃないか? ……落ち着けよ俺、勝てるもんか勝てないもんか、心でなく魂が知ってるじゃないか……



 それから特に問題も無く無事プロメテドームに到着した俺たちは中にいたロボットを鼻歌交じりにぶっ壊す。鼻歌を歌っていたのは、マールだ。最近この子のキャラが分からない。
 中で見つけたエナ・ボックスに入り(何処にでもあるのな、この便利マシン)右腕を治療する。治療中、敵にやられるダメージよりも仲間にやられるダメージの方がでかいんじゃないかなと黄昏てしまう。
 そこから先に進むと、奥に扉があり、通せんぼするみたいに扉の前でやけに大きなロボットが座り込んでいるのを発見する。刀を抜いて警戒しながら近づくも、そのロボットは沈黙したままだった。


「な、何これ?」


「壊れてるみたい……けど凄い、完全な人型のロボット…………これ、直せるかもしれないわ」


 まじまじと見つめていたルッカが、急に頭の悪いことを言い出した。いやいや、意味無いし、さっさとゲートを探そうぜ? お前はどうか知らんが、俺の胃はさっきのエナ・ボックスの治療で暴れだしてんだよ、お腹と背中がくっつくを越えて重なりそうな気分なんだよ。


「え? ……直すって、また他のロボットたちみたいに襲ってきちゃうよ!」


「勘弁してくれよ、こんな所でも自分の能力を自慢しようとするの。そういうルッカの自慢癖にはもう食傷気味なんだから」


 次の瞬間俺の顔が凹む。何故俺だけ殴られる。


「そうしないように直すの。ロボットたちは自分の意思で襲ってきてるんじゃないのよ……人間がそういう風に作ったの。ロボットたちの心をね……」


「……ルッカにはロボットの心が分かるんだね……」


 ルッカの言葉に心なしか感動しているマール。
 ……でも、ルッカは機械が嫌いなはずだろ? なんで一々直してやったりするんだよ。
 俺の目を見て、ルッカが首を振って否定を示す。流石幼馴染、言いたいことは目を見れば分かるってか。


「私は確かに機械は嫌い。でも、その私が機械を使って誰かの役に立たせることが出来るなら、それは贖罪になるんじゃないかなって思うの」


「……ルッカがそう思うなら、俺は反対しないよ、そのロボットを直すことに、さ」


 マールが何の話か分からず目を丸くして俺たちを見ている。わざわざ聞かせるような話じゃないし、これでこの場は終わりだ。俺はその場で座り込み、ルッカは鞄や服の裏から修理用の工具を取り出し壊れたロボットの近くに座った。


「じゃあ、とりかかるわ」





 二時間程経って、ルッカは額から汗を流しながらまだ修理に集中している。ルッカが決めたことに口を挟む気は無かったが、ロボットの状態よりも俺の腹具合を気にして欲しい。もうそろそろひもじさで泣きそうなんだ。というか数回泣いた。その度にマールが頭を撫でてくれた。その度にルッカの手元から破壊音が聞こえた。お前確かそのロボットを直すんだよな?


「扉、開かないみたい」


 暇をもてあましたマールがぽつりとこぼして、ルッカの修理音しか聞こえなくなる。ごめんなマール、相手してやりたいけど、俺もう動けないし喋れないや。今はカロリーを一切消費したくない。


「うーん、おかしいわね……」


「? どうしたのルッカ?」


 難しそうに唸るルッカに、マールが話しかける。珍しいな、ルッカが何かの修理中に行き詰るなんて。ルッカと言えど、流石に未来の技術は理解できないか?


「このロボットなんだけど、中央部分に溶接された鉄で囲まれた部分があるの。どうしてもその中が覗けなくて……まるでこの形状、中に人が入るためのような……それをこの外側の機械で保護しているみたいな……」


「うーん、よく分からないけど、直せないの?」


「動かすことは出来ると思うけど、うーん……」


「とりあえずやるだけやってみたら? 分からないことは後回しにしちゃって」


 楽天的なマールの言葉に頷き、ルッカは六角レンチを握り再度修理を再開する。未来でも六角レンチは使うのか、知らなくても良かったけど、ちょっとしたトリビアにはなった。
 ……早くしてくれよルッカ、俺、もうその六角レンチが食べ物に見えてきた。フランクフルトに見えてきた。もう六角レンチでもいいからそれ食べちゃ駄目かな? 駄目だろうな……
 幻覚が見え始めた俺の限界は、もうすぐそこだった。




「……これでよし! 動かすわよ!」


 それからさらに一時間、ルッカが汗を拭いながら修理完了を教えてくれる。マールはワクワクして見ているが、正直俺はどうでもいい。いっその事息もしたくないくらいダルイ。


 ルッカが背中のボタンを押すと、ロボットが痙攣を始めて、体から電流が走り、目の部分に光が点った。
 座った上体から勢い良く立ち上がり、両手を上げてぐるぐる回りながら部屋の中をうろつき始める。……本当に直ったのかそのぽんこつ。
 しばらくロボットの様子を見ていると、脈絡無く奇怪な動きが止まり、その場に立ち尽くす。


「お……おはよう!」


 ロボットにおはようって、別に良いんだけど、やっぱりずれてるよなマールって。
 ビビッ! と目玉が光り、マールの方を向いておじぎをするロボット。


「お……おはようゴザイマス、ご主人様、ご命令を」


「私はご主人様じゃなくて、マール! それにクロノと、貴方を直したルッカよ!」


 俺とルッカを手を伸ばして紹介するマール。にしても凄いなルッカ、本当に未来の技術で作られたロボットを碌な道具も無く修理したのか。 現代の大臣とはえらい差だな。


「了解シマシタ。ワタシを直して下さったのはルッカ様ですね?」


 そう言ってルッカにも頭を下げるロボット。おいそこのぽんこつ、俺には挨拶も無しかい。


「ルッカでいいのよ」


「そんな失礼なことはデキマセン」


「様付けで呼ぶ方が失礼な時もあるのよ。ねえマール?」


 えへへ、と照れくさそうに笑うマール。いやだからさ、俺のことは無視なのかよ?


「了解シマシタ、ルッカ」


 以外に素直なんだな、俺をシカトする所以外はまともそうな奴に見える。本当に、俺を無視する以外は。いい加減にしないと、起きたばかりでまた眠ってもらうことになるぞこの野郎。


「よーし、で、貴方の名前は?」


「名前? 開発コードの事デスネ。R66-Yデス」


「R66-Yか……イカスじゃない!」


「えー? ダメよそんな可愛くないの! ね、クロノ。もっといい名前、つけてあげようよ! 何がいいかしら?」


「スクラップでいいんじゃないか? もしくはげろしゃぶとか」


 俺の目を見ようともしない失礼な奴にまともな名前なんかつけてやるもんか。捨てちまえそんな動く粗大ごみ。
 吐き捨てるように呟いた言葉を聞いたそのロボットは右腕を俺に向けて、その右腕から火花をとばし俺にパンチを発射した。すこぶる痛いっ!


「申し訳アリマセン、そこのお方から敵性を感知シマシタ」


 感知シマシタじゃねえ、ちょっとカッコいい能力なのに、無駄に俺を標的にするなくそが! あ、目を光らせて俺に腕を向けないでください。ちゃんと考えますから、ね?


「……ロボットだからロボ、なんてどうかな? ……あああ安易ですよね! ちゃんと考えるからその物騒な右腕を俺に向けないで……」


「ロボ……ロボか! 悪くないね!」


「エエ、ワタシも大変気に入りマシタ」


 いいか、お前が俺に対して注意を外したときがお前の最後だ鉄クズ……!!
 俺が必殺の誓いを立てていると、今まで黙っていたルッカが、組んでいた腕を外してくそったれメカに話しかける。


「ねえロボ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


「……コレは、どうしたのデショウ? このプロメテドームには多くの人間やワタシの仲間がいたはずデスガ……」


 ルッカの質問には答えず、ロボは周囲を見渡して呆然とした声を出す。まあ機械的な声だから呆然としてるかどうかはっきりとは分からないけど。


「言いにくいんだけど……ロボ、貴方が倒れている間に、ここにいた人たちは、もう……」


「……ソウデスカ……では、アナタ方は何故ここに?」


 それから、マールとルッカが交代しながら今までの経緯を話した。喋りたくないから別にいいんだけど、俺にも話す機会を与えてもいいんじゃないか? ロボとのコミュニケーションが殴られただけって、バイオレンスな関係にも程がある。とりあえず仲間としてカテゴリーはされない。


「ふむ、現代に帰りたいけれど、この扉が動かないので立ち往生していると……」


 言いながらロボは扉の前に立ち、扉を押したり引いたり叩いたり蹴ったり爆発させたり(爆発?)したが、一向に開く気配は無かった。


「どうやら、ココの電源は完全に死んでしまっているようデスネ。北にある工場に行けばここに連動する非常電源がありマス。ワタシなら工場のセキュリティを解除できマス」


「ホントー?」


「修理して下さったのデス。今度はワタシがお役に立ちマショウ。しかし、いつまで非常電源が持つかワカリマセンので、ドナタかここに残って、電源が入ったらすぐにドアを開けないと……」


 胸を叩いて頼もしさアピールをするマメなロボット。いやに人間臭いな、本当にロボットか?
 ……にしても誰が残るかだと? 今の全員の状態を見ろ、俺が残るしか選択肢が無えだろうがボケ。


「じゃあ私かマールが残るわ。どっちが残るべきか決めてクロノ」


「何でだよ!? どう考えても俺が残るべきだろーが! もう一歩も動きたくねえんだよ!」


「何言ってんのよ、工場にはきっと暴走したロボットもいるでしょうし、男のあんたが行かないでどうすんの」


「ふざけろ! ルッカもマールもゴリラ並に、いやそれ以上に強いんだから女とか、いやメスだからとかが理由になるかこの筋肉おん」


 結局もう一度エナ・ボックスを使った後俺とルッカとロボが工場に行くこととなった。ねえねえ、脳みそ耳から出てない? マールのこめかみパンチではみ出した気がするんだ、後俺の名前クロノで合ってる? 微妙に自信ないんだが。


 ルッカを選んだ理由として、機械関連に強いルッカがいた方が工場でも役に立つかな? という理由だった。俺が行く理由はあれだよ、か弱い女の子だけを危険に晒す訳にはいかないからだよ。そう言わないと俺が死ぬからとかそういうワイルドな理由じゃないんだよ。








「へえ、これが工場跡……人間がいなくなっても作動しているなんて、ここはまだ電源が生きてるってことね」


 工場跡の中は電気が付いていて明るかった。空気も空気清浄作用が働いているためか、清清しく、久しぶりに深呼吸ができる。床の色は淡い肌色、天井にはクレーンが置かれ、忙しなく動きコンテナ等を運んでいる。少し奥に入っていけば、前や後ろに動く床があり、ルッカがそれを見て「ベルトコンベアって言うのよ」と説明してくれた。これの用途は主に荷物や機材を運ぶために使われるらしい。未来とは俺の予測も付かない程進んだ技術が開発されてるんだな。


「何言ってるのよ、ベルトコンベアなんて私の家にも実装されてるわよ?」


「……お前の家ってやっぱり22世紀のロボットが住んでるだろ? でなきゃ説明つかねえぞ、それとも俺の想像以上にお前とタバンさんは凄い奴なのか?」


「私と父さんが凄いのよ、あんたじゃ想像もできないくらいにね……あれ、赤外線バリアがある。ロボ、これ解除出来る?」


「お任せ下さい。この機械にパスコードを入力スレバ、バリアは解除できマス」


 アリスドームの地下にあったような機械を動かして、目の前の画面に見たこともない文字が並んでいく。少しの時間でロボは赤外線バリアとやらを消すことに成功した。


「セキュリティシステム00アンロックシマシタ」


 中々やるじゃねえか、とロボに声を掛けようとすると、頭上から何か見たこともないゲル状の生き物が落ちてきた。頭の上に落ちてきたそれを振り払い、刀で切りかかるが、硬すぎて刀にヒビが入った。嘘だろ、巨大ロボですら切り裂ける切れ味なのに!


「コイツらはアシッド! 並の武器では歯が立ちマセン! ワタシに任せて下さい!」


 前に出るロボの背中がひどく頼もしく見える! 頼むぜロボ! さっきまで腐り落ちろとか思ってたけど、それについては謝るぜ!


「行きマスヨ! 回転レーザー!!」


 ロボの体から全方位に向けたレーザーが放たれて、周りの床、壁、天井に一筋の線を作り出す! ……ていうか、これ俺たちも危なくね?


「「うわわわわあぁぁ!!!」」


 俺とルッカが転がって、または跳んでそのレーザーの束を避ける。なんかこれバイオハ○ードの映画でこんなのあったぞ! てか止めろこのスクラップ以下の鉄屑そして役立たず! アシッドとやらには全然当たってねえじゃねえか! ずっとニヤニヤ笑ってこっちを見てるぞ! 見世物扱いだ!


 ルッカが鎮静用のハンマーを投げてロボを止めた後、苦戦したが俺とルッカの長期戦でアシッドを倒した。やばいな、白銀剣の刃こぼれが凄い、後何回戦闘に耐えれるか……
 にしても、問題はロボだ。ここまで戦闘に使えないとは……
 それからバリアを越えて先に進むと、エレベーターという階を移動する機械があり、それを使って工場の中にあるだろう非常電源を付ける場所を探した。
 それからもロボの馬鹿は色々とやってくれた。レーザーが当たらないだけでなく、近づいてパンチするもそれがミスるミスる。酷いときなんか戦闘中俺にパンチをかました時もあった。何で俺にはパンチが当たるんだよ。
 他にもマールのように治癒効果がある光を出せる、と胸を張って言うので、俺に使用させると光に当たった右手を火傷した。途中の宝箱でミドルポーションを見つけていたから良かったものの、こいつに何かやらせると悪いことしか起こらないというのは明確になった。
 しかし、ここに来て悪いことばかりではなかった。モンスターとの戦闘で今まで使っていた白銀剣が折れてしまったのだが、新しく雷鳴剣という刃に電流がほとばしる剣を手に入れたのだ。さらにルッカの使えそうなプラズマガンという強力な銃を見つけたことで、ルッカの攻撃力が跳ね上がった。今まで敵の気を逸らす程度のことしか出来なかったルッカが一撃必殺の活躍を見せることになり、ルッカが喜んでいた。
 ああ、ロボも新しい武器を手に入れたんだが、その凶悪な攻撃は俺にしか当たらなかったので俺の判断で捨てた。常時メダパニのかかったお前に武器を持たせては駄目なんだ。馬鹿に刃物を持たせてはいけない。
 マールの使えそうな武器もあったのだが、ロボに「戦闘が不得意なら、荷物持ちくらいやれ」と俺が持たせて十歩も歩かないうちに落として壊しやがった。なあなあお前何が出来るの? どんなことなら人並にこなせるの? ロボットの癖にその不器用さはなんなのさ?
 ロボが役に立ったのは道を遮る防護システムを解除するだけだった。いつも中途半端に失敗してモンスターを出現させるのはもういい。お前ならそんなもんだろ。







「はあ、はあ、はあ……」


「オオ! ココです! ココで非常電源を付ける事が出来マス!」


「な、長かったわね……特に戦闘が中々上手くいかなくて、随分苦戦したわ……」


「ルッカ、お前本当にちゃんと直したのか? あいつ、役に立たないどころか俺たちの足、むしろ体全体を引っ張ってたぞ……」


 自信無いかも……と少し意気消沈しているルッカ。可哀想だが、少しくらい当たらせてくれ、一番被害を被ったのは俺なんだから。ああ、まだあいつに後ろから殴られた背中が痛む。あいつ実は俺を殺そうとしてるんじゃないかと思ったことは一度や二度ではない。戦闘の度に感じたものだ。工場を制覇する頃には俺は敵よりもロボに注意を向けていた。何がムカつくってロボは敵の攻撃は避けないくせに俺がキレて切りかかったら素晴らしいカウンターを見せるところだ。
 ロボが大きな柱に組み込まれたパスコード入力装置を操作している間、俺とルッカは後ろに立って肩で息をしていた。ルッカの奴、自分で直したから怒ってないが、ロボが人間だったら銃を乱射してるぞ、絶対。


 壁にもたれて座っていると、壁から点灯ランプが飛び出してきて、赤い光が点りサイレンが鳴り始める。……おいおいまさか、こんな最後の場面でも失敗するなんてことは……


「非常事態デス! セキュリティが暴走してマス! 早く脱出しなくテハ!」


 あ、やっぱり? もう驚かないよ俺。期待して無いと腹も立たないや。ただ、お前と話すのはもう嫌だ、知ってるか? 好きの反対は嫌いじゃなくて無関心なんだぜ。


 ロボを置いて俺とルッカは来た道を走って入り口を目指す。ロボの奴逃げ遅れてくれないかな、そしたら俺家に帰った時とっておきのシャンパンを開けるぜ。


 逃げている間も隔壁が閉まっていき俺たちの退路を防ごうとする。
 俺とルッカが最後の隔壁を閉まる前に抜けて、ほっと一息。ルッカはまだ逃げ切れていないロボを急かしているが、俺はもう来なくていいよアイツ、閉じ込められるか壁に潰されればいいんだ、と暗い念を送る。
 すると、願いが通じてロボが最後の隔壁に挟まれて心の中でソーラン節を踊っていると、ロボが奇妙な動きで脱出する。こいつ俺を攻撃する時と自分を助ける時には良い動きするね。よくいるんだ、こういう人を陥れる時や保身のためなら火事場のくそ力を発揮する奴。


「サア、早くココから脱出しましょう!」


「ええ! 急ぐわよクロノ!」


「ああ……ちっ」


 誰にも聞こえないように舌打ちをかまして、ルッカたちの後ろを走る。この流れだとこれから先もロボと旅するんだろうな……嫌だなあ、ポンコツと旅するの。俺のたんこぶがどれだけ増えるか分かったもんじゃない。


 赤い光に包まれた廊下を走りぬけ、エレベーターが使えないので非常用の梯子を使い脱出を目指す。もう大分入り口に近づいたな、モンスターも暴走したロボットもいないし、無事逃げられるか? と気を抜いていたときだった。
 床下から点滅した光を放つ廊下を走っているとき、左の壁にあるダストシュートに似た形の穴から、ロボの全身がカーキ色というのに対し、全身青い色という相違点はあれど、他はロボとそっくりのロボットが六体落ちてきた。……うわ、こいつと同類の機械? じゃあ全部馬鹿なんだろうな。


「オ…………オオ。皆ワタシの仲間デス! R-64Y,R-67Y,R-69Y! 生きていたのか、良かった!」


 近づいて握手を求め右手を差し出すロボ。エセロボたちは自分からは近づかずに、差し出されて手を見つめて、次の瞬間鉄の腕を振りかぶりロボの頭部を殴りつけた。隣でルッカが悲鳴を上げてるけど、エセロボA!展開は分からんがよくやった! 感動した!


「な……何を……」


 殴られて倒れたロボは困惑した声を上げて、エセロボAを見る。きっとお前は友達だと思ってか知らんが相手はそうじゃなかったんだよ。よくあることさ、もう一回殴られて俺の溜飲を下げろ。


「ケッカンヒンメ、オマエナドナカマデハナイ」


「……!? ケッカンヒン……」


 エセロボが実に正しいことをロボに言い放つ。ロボ、驚いてるけどさ、俺も全く同じ意見だ。あれだけドジこかれたらフォローできんよ。


「ソウダ、ケッカンヒンダ」


「ケッカンヒン……ワタシは……ケッカンヒン……」


 ロボが頭を押さえて苦悩している。欠陥品って、あいつらそれでも大分優しい言い方してると思うぜ? だってお前を形容する的確な言葉っつーか悪口、もう俺の頭では思いつかないもん。


「ワレワレノ、ニンムヲワスレタノカ? コノコウジョウニフホウシンニュウスルモノハマッサツスルノダ!」


「!! ワタシはそんな事をする為に作られたと?」


「キエロ、ワレワレノツラヨゴシメ!」


 エセロボが言い終わると、全員のエセロボたちがロボにリンチを始める。殴る、蹴る、体当たり、ジャイアントスイング、パイルドライバー、みちのくドライバー。バリエーション豊かだな、こいつらプロレス好きか?


「あ、あんた達ー!!」


 その光景を見てルッカがキレてプラズマガンをエセロボたちに向ける。
 だが、その引き金が引かれる前に、ロボ自身からの制止の言葉が飛ぶ。


「やめて下さい……このロボット、私の仲間デス……」


 ……おい、何で助けを求めないんだよお前。あれだけ戦闘ができないくせに、これだけボコボコにされてるくせに……
 バキバキと部品が飛ばされ、鉄の体に傷やへこみ、さらには腕や足が飛んでも、ロボは自分の仲間へ攻撃することを許さなかった。その仲間たちから壊されようとしているのに。
 頭部の右半分はひしゃげて、右目の部分から赤い眼球が床に転げ落ちた。胴体の部品もぼろぼろ床に飛び散り、飛ばされていない左足もなんとかくっついているが、それも時間の問題に見えた。
 ……確かに……確かにロボにはムカついてるし、二、三発殴り飛ばされるなら良い薬とも思ってたが……


「これは、やり過ぎだろうが……!」


 仲間と言えるほどロボが活躍したわけじゃない。足を引っ張ったし、ロボのせいでモンスターに見つかったのは数え切れない。
 腹が立つし、右腕を焼かれたりしたけれど、かつての仲間達にここまでやられる程か? これだけ仲間を思ってるのに、その仲間達に体を破壊されるのは、一体どういう気分なんだろうか……?


「クロノ……私、もう我慢できない……出来ないよ……ロボが、ロボが壊されちゃうよぉ……」


「……俺もだルッカ、これはお仕置きにしても度が過ぎる、行くぞルッカ! 後でロボに恨まれようが関係無え! 全部ぶっ壊してやる!」


 俺は雷鳴剣を鞘から抜き、ルッカはプラズマガンの狙いをつける。
 一太刀目でまず一体、そのままの勢いで二体、それから先は……そのとき考える!!


 腰を落として走り出すために後ろ足に力を込めて、目標をエセロボの一人につける。まずは……テメエからだ!


 ドカッ!!!


 ……え? 俺、まだ何もしてないよ?


 ロボを袋にしていたエセロボたちが四方に飛ばされて、壁に叩きつけられる。ルッカが何かしたのかと振り返れば、ルッカは目を見開いてロボが倒れている場所に視線を注いでいる。
 ──そう、ロボが倒れている筈の空間に。


「どうやら、少し調子に乗ったみたいだね、君たち……それも、、僕が永劫の闇の中から神の啓示を賜った闇と光の力を併せ持つ選ばれたエデンの戦士とは知らなかったからだろうけど……」


 ロボの体から、小学生くらいの、銀の髪をたなびかせ、右手で左目を隠した男の子が立っていた。






 ────このロボットなんだけど、中央部分に溶接された鉄で囲まれた部分があるの。どうしてもその中が覗けなくて……まるでこの形状、中に人が入るためのような……それをこの外側の機械で保護しているみたいな……────





「……まさか、本当に人が入ってたのか? 人間がいた頃から、ずっとロボの体の中に……?」


 俺の声を聞いて、ロボの体から出てきた男の子は首を曲げて俺の方を向く。
 瞳の色は深い青色、顔の造詣は女と間違えそうな、美少年を体現したルックスだった。


「違うよ、僕は人間じゃない。デウス・エクス・マキナに選ばれたアンドロイドだよ、このボロボロになった機械は僕の強すぎる力を抑えるための、枷のようなものさ。……こうでもしないと、僕の力は世界に与える影響が強すぎる……全く、自分の力ながらに恐怖するよ、流石神に選ばれた、いや、選ばれてしまっただけのことはあるね……ふふ、悲しい宿命だよ……」


 ……やばいぞ、こいつの力量もロボの体に入っていた経緯も話し方や雰囲気が違う理由もさっぱり分からないが……一つ分かったことがある。隣で口を開けたまま動かないルッカもきっと共通の意識を持っている筈だ、証拠に、俺と同じようにいきなり出てきた少年を指差している。


「ちなみに、僕の左目には邪気が封印されている。正式な名称は邪気眼って言うんだけどね……」


 もう間違いない。おかしな単語の用い方、頭の悪いその台詞……こいつは、このガキは……


「「中二病だーっ!!」」


 俺とルッカの渾身の叫びは遥か遠くプロメテドームまで届き、ドアを開けた後寝ぼけて船を漕いでいたマールを起こし「たっ! 食べてないよ! ちゃんとクロノの分も残してあるよっ!?」という微笑ましい寝言を呟かせたという……



[20619] 星は夢を見る必要はない第十一話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2011/01/13 06:26
「エターナリティー・エンシェントレクイエムブラスター!!」


 ロボの体から出てきた中二の少年が『ぼくのかんがえたひっさつわざ』を叫び、右手と左手を交差させながら青いレーザーを縦横無尽に走らせる。その光線は倒れていたエセロボ三体をバラバラの鉄屑に変えて、左手で前髪を掴み、「辛いね……僕の力に耐え得る存在が神以外にいないというのは……僕の本気が発揮できるのは、幾億年経とうと無いというわけか……あの最終戦争、ラグナロクが懐かしいよ、まああの頃は僕もエインヘリャルの尖兵でしかなかったんだけど……」とか戯言を口にしながら自分に酔っていた。未成年の飲酒は禁止されています。


「アンドロイドダト、バカナ、イママデソノヨウナソブリハミセテイナカッタ!」


「当然さ、その為にあの鉄の枷を体に纏っていたんだから。つまり君たちが壊してくれたあのボディは僕の力を封じ込めるだけでなく、偽装としての意味もあったんだね。僕くらいの洞察力がないと見破れないから、恥じることは無いよ」


 一々ムカつく言動の少年の言っていることはさっぱり分からない。あくまでムカつくということしか。
 残る三体のエセロボが少年を軸に三対に並び、同時に襲い掛かる。しかし、少年が「俊雷・ソメイヨシノ!」とまた頭の悪い技名を声に出すと、コンマ一秒以下で逆さに天井から立っていた。……よく分からんが、その技名なのかなんなのかは一々言わなければならんのか? ぶっちゃけ聞いてるこっちも恥ずかしいんだが。


「釈迦に会ったら言っておきなよ、僕を殺すつもりなら運命程度では覆せない大いなる災厄を持って来いってね。ティータイムがてらに相手してやるからさ」


 カッコいいと思ってるんだろうなあ、俺はお前をカッコいいと思うくらいなら弁護士のピエールのファンになる。いや、絶対。
 痛々しい台詞とは裏腹に、地上に降りる瞬間、少年は真下に立つエセロボたちの一人を踵落としで沈黙させて、次いで右側に立つエセロボに闘牛の如き勢いで肩からぶつかり、廊下の奥にすっ飛ばす。残る一体に後ろから殴りかかられるが、その場でしゃがみこんだ後そのまま逆立ちの要領で空中に飛ばし、ソバットを叩き込む。
 この少年、頭はとことん悪そうだが……強い! この格闘技能、技の破壊力、加速機能に状況判断の的確さ。もしかしたら、中世の王妃以上の戦闘力かもしれない。……最初っからお前が出てたらこの工場楽に突破できたんじゃねえのかよ?


「あれよ、流石私が修理しただけのことはあるわね。納得の戦いぶりだわ」


「じゃああのウザイ性格もお前譲りという風に帰結するが、いいんだな? 吐いた唾は飲み込めないんだぞ」


「……保留にしとくわ」


 ルッカでもあの性格は嫌なんだな、分かるよ。ていうかああいう意味も無くでかい事言う奴が一番嫌いなはずなんだけどな、ルッカは。自分が直したってだけでそれほど愛されるのか、俺もロボットとして生まれてくれば良かった。そうすればもう少し優しく応対してくれるだろうに。


「ふふっ、これで終わりか……虚しいね、戦いは虚しい。強すぎる力はこういった弊害を生む。僕が心から高揚感を得る日は来るのかな? この純然たる魂を開放する日、それが世界を混沌の渦中に飲み込まれる時だと分かっていても、そう望んでしまうのは僕のような選ばれた者故のエゴなのか……」


 尋常じゃなくうっとうしいな、いいからさっさとこっちに来て事の説明をしろよこのなんちゃってボーカロイド。


「ああマスター。紹介が遅れたね。僕の名前は……いや、ロボで良いよ、遠い昔に僕は自分の名前を捨てた、そう、あの日の罪を掻き消すために……」


 こういうミステリアスな過去が人の厚みを増させるのさ、とか演技掛かった台詞を続かせて、ロボが遠くを見る眼でこちらを見る。あれだな、お前は前形態でも現形態でも俺に絡もうとしないな。


 説明を聞く前に一発どついたろ、と前に歩き出す。俺の拳がロボ(で良いんだよな?)に届く前に後ろからエセロボの腕が飛んで来てロボの頭にごづ、と嫌な音を立てて当たる。廊下の奥から仕留め損なったエセロボが腕を飛ばし攻撃したようだ。
 だが、それは脅威にはなりえない。先ほど拝見させてもらったロボの活躍を見た後では当然、何よりかろうじて起動しているだけのエセロボに何が出来るというのか? この糞ガキの戦闘力は53万です……やー、流石に地球破壊はできないだろうけどさ。


「…………ふ、」


「あん?」


「ふえええぇええぇえ!! 痛いよおー!!!」


「うぞぐふうっ!」


 振り向いてまた似合いもしないことを言いながら超スピードで走り出すかと思いきや、この糞ガキ俺の腹に猛スピードで飛び込んできやがった。これは凄い、お前アメフトにでも転向すれば? 俺の腹が受けた衝撃はルッカのボディーブローを超えるぜ? んで、その超加速無駄なことに使うなよ、お前のその技は誰がなんと言おうと皮肉を込めてロボタックルと命名してやる。


「ちょっと、どうしたのよロボ! ……クロノ、これどういうこと?」


「お、れ、が、きき、たい……!!」


 俺の腹に顔をうずめてごりごり押し込んでくるロボを少しでも遠ざけようと頭を両手で押さえて力を込めるが一向に離れる気配が無い。機械の力は世界一を実践するな、俺の腹相手に。


「痛いのやだあ!! 怖いよおおぉぉお!!」


「痛みに過度の恐怖を持っている、と解釈すればいいかしら?」


 役に立たない分析ありがとうルッカ。とりあえずこのガキの頭にプラズマガン撃ちこんでくれない? クロノのライフポイントはとっくに0だよ。


「くそ……ルッカ、とりあえず前にいるエセロボを倒すぞ……いや、悪い倒してくれ」


 俺に纏わり付くショタっ子が邪魔で何も出来そうにない。アンドロイドってもっとカッコいいものだと思っていたよ、映画の見過ぎだと言われようと、こんなキャラでそんなセンセーショナルな存在だなんて納得出来るか!


 各関節から火花を散らしながらもエセロボは果敢に戦ったが、ルッカの必殺技『近づいてハンマー』で完全に沈黙した。必殺技の名前なんぞこれくらいシンプルなのが良いんだよ。


 戦いが終わっても泣き喚くロボをルッカの頼みで俺が背中に背負って、さらには元ロボの残骸も持たされて、プロメテドームまで運ぶ。元ロボの残骸は当然のこと、このしゃっくりを繰り返してるガキだって体格が小さくても重たいんだぞ。ドラ○もんだって確か100キロくらいあったんだからな。いや、流石にロボが100キロの体重だったら俺に持ち上げることなんてできないけどさ。
 ……でもこいつは何で近くにいたルッカじゃなく俺に抱きついたんだ? いやルッカに抱きついてたら一刀両断の刑に処してたけどさ。俺に対して好印象は絶対持ってなかった筈なんだが……あれか? ツンデレという奴か?
 俺という超絶美男子に惚れたのなら、もしかしたらこいつはショタではなくロリなのかもしらんと背中を動かして胸を捜したが、やっぱり無い。男確定。……俺はロリコンでは無いが、ショタ好きの要素なんぞ毛ほども無いからな、そういった告白をかましてきたらこいつの首をねじ切ってくれる。


 これはまあ余談だが、後になってロボ本人に聞いてみると「僕が泣く? ははは、貴方は奴らのモルガナティックファオルダー。通称幻惑の堅牢により幻覚を見たんですよ、ああ、奴らについては聞かないでください。これはあくまで僕が背負うべき業で一般人の貴方には」
 ここで羞恥心の無い十代にすかさず水平チョップ。
「あ、あのね……僕男の子だから、女の人に頼ったらね、は、恥ずかしいからね、だ、だから……ふああん!! 痛いよお!!」
 まあ、見た目にふさわしい可愛い理由だった。ただその後俺の頭をスリーパーホールドをかけているかのように抱きかかえて泣くのは勘弁。それを見たマールが兄が死んでその亡骸を持ち嘆いている少年の絵に見えたと教えてくれた。悪くない興行収入が得られそうだな、その設定なら。






 プロメテドームまでの道中で血を吐き、ルッカはその心配をせずにスイスイ先を歩くというショッキングな出来事があったが、生きてマールの笑顔を見ることが出来た。血を吐いた理由はロボタックルにより肋骨が折れ肺に刺さったことが原因だった。工場内で負った怪我の類は全てロボによるものだった。仲間ってなんですか? 共闘するってどういう事ですか? 家に帰ったら辞書を引いてみよう、きっとこの謎が解けるはずなんだから。
 俺の背中にいるロボを見て驚いたマールが「まさか……クロノが攻めなの!? ……うん、まあ贅沢は言えないよね。良いよ、クロノ」と苦渋の顔で何かしらを許可してくれたが、やっぱり俺に仲間はいない気がする。だってこいつら俺の心に黒髭危機一髪のようにナイフをドスドス刺してくるんだよ? 弱っている時なんかハイエナの如く。


「……それで、さっさと説明しろよ。何でお前はこのロボットに入ってたんだ?」


「良いよ、まあ少し難解ではあるけれどね。まずは僕の過去から話そうか、そもそも僕はとある領主の子供だったんだ。けれどある日大帝ルシフェルが闇の深淵から屈強なヘルビジニア、通称霧の驟雨大隊を引き連れて」


「知ってるか? 俺子供の耳を引きちぎるのが得意なんだ」


「……僕はこの世界でも希少な人間とほぼ同じ感情を持つアンドロイドというロボットなんだ。僕を含めて二体しか現存しない。だから盗賊なんかから僕自身を隠し、守るためにそのボディに入ってたんだよ、だからちぎらないで?」


「なるほどね、まあその辺は工場でも聞いたわ。それで、その機械から出てきた途端貴方の言動や能力が一変したのにはどんな理由があるのかしら?」


「マスター、僕の能力が増加した理由。それはもう知ってるはずだよ? 僕という器に秘められた大いなる力を抑えるため、とね。僕の性格が変わったことについては僕の創造主たるデウス・エクス・マキナが僕の存在を恐れ破動の力を用いて僕という個を消し去ろうと」


「知ってるか? 俺子供の腹に蹴りをかますのが趣味なんだ」


「……僕の能力が増したのはあくまでそのボディは防御用で、速度や攻撃面はあまり重要視されてなかったからなんだ。その点僕は攻撃面速度面を重視された型だから、それを脱ぎ捨てれば防御力は下がるけど、他の面では跳ね上がる。性格が変わるのは僕を作った人が『お前の性格がウザイ』って言って、そのボディに性格矯正機能をつけてたからなんだよ、結構無茶な機能だから、状況把握能力なんかが極端に下がっちゃうのが難点なんだ。だからお腹叩かないで、ポンポン痛いのやだ……」


 常にそういう風に臆病なら俺としても優しくしてやらんではないのに、なんですぐ調子に乗るかなこいつは。それと、言うまでもないが俺にそんな特技や趣味は無い。だから引かないで下さいルッカ。そしてしおらしいロボを見て萌え萌え言うのは止めて下さいマール、どこぞのカエルを思い出すので。


 戦闘中以外は比較的まともだった前ロボに戻すため、ルッカはロボが着ていた(この表現が正しいかは分からないが)壊れたボディを現代に持って帰ることにした。今は道具が足りず修理するには心許ないので、実家に帰り本格的に取り掛かるらしい。


 さて現代に帰るかと仕度を終えて開けたドアの中にあるゲートに入ろうとすると、ロボが俺のズボンを掴んでいた。……やめて、何度も言うけど、俺にその気は無いから、上目遣い止めて、お前見た目だけは凄い可愛く見えるんだから。


「僕は……どうすればいいでしょうか……?」


「……お前の好きなように生きろよ、やりたいこととか無いのか? あればそれに向かって突き進めばいいさ」


「……僕は、できれば皆さんと一緒に行きたいです。皆さんのやることが人間、この星の生命を何処に導いていくのか見届けたい……後一人でいるのはつまらないし、寂しいです……」


 嫌だ御免だ勘弁だいいから離せテメエはこの世界のロボットなんだからこれ以上俺に関わるなぶっちゃけお前と話してると腹が立つし時に危機感を覚えるほらさっさと離せ!
 俺の長い長い罵声を聞いてロボが何か言う前にマールが俺の背中に肘鉄、左頬に裏拳、それは見事なミドルキックという三連動作を流して「一人は寂しいもんね! 一緒に行こう!」とさわやかに言い切ってました。ああそうだよな、念願の半ズボンが似合いそうな男の子だもんな。ホモが嫌いな女の子なんていません! ってどこかの教科書に書かれてるもんな。釘刺しとくけどな、クロノ×ロボなんて永久にこないからなクソが。


 マールの誘いを聞いて物凄く嬉しそうに顔を輝かせた後「僕という世界に抑止力をもたらす存在が時を越える、か。この顛末がいかなる結果を歴史に刻むのか。皆さん安心して下さい、僕達に敵意を向ける生物は全て物言わぬ屍となり自然に還ることでしょう……」とこき出したロボが果てしなくウザイ。どうなのかねこういう自分の空気しか生産しない奴って。


 様々な障害や喜劇に悲劇、まっっったく仲間と思いたくないアンドロイドを連れて、俺たちは未来と別れを告げた。中世といい未来といい、なんでもっと良い気分で別れられないのか、そう思うのは俺だけなのか?










 星は夢を見る必要は無い
 第十一話 魔法特性は自分で選びたかった














 ゲートの闇を抜けて、目を開けばそこは俺たちの予想していた太陽の光はなく、かといって未来のように空気が荒れてはいないし、耳を不快にさせる風切り音も無い。石畳の上に寝ていた体を起こして体に付いた微小な砂を払って立ち上がる。俺たちが倒れていた近くに細長い柱があり、その上に電球がついていて、そこから心許ない光が灯っているが、辺りを見回すにはあまりに弱い光源。近くの暗がりに何か恐ろしい魔物が潜んでいるのではと思い、メンバーに緊張を強いさせる。部屋の中央には幾筋の淡い光の柱が床から伸び、その存在感を知らしめている。光が出ている原理はルッカやロボでも解析できず、またこの場所がどういう場所なのかも分からずじまいだった。


「ここは……まさか、エインギルモアの」


「ロボ黙れ、これ以上喋るならパソコンにインストールするぞ」


 自分でも意味の分からない脅しだったが、ロボの妄言を黙らせることに成功した。ただでさえ状況が分からず混乱してるんだ、そこに訳の分からん具材を入れてさらに引っ掻き回すのはやめろ。


「ねえクロノ、あっちにも道があるよ? ……それに、人の気配も」


 マールの指差した方向に暗くて分かりづらいが細長い道があることを確認した。人の気配? 俺には分からんが……半分王女半分野獣のマールが言うなら間違いないだろう。ホント、常識人が俺しかいない。


 細長い道を進み、西部劇に出てきそうなボロボロのドアを開けると、街灯にもたれながら鼻ちょうちんを出している老人の姿があった。全身黒一色、ダッフルコートに身を包み帽子を顔の上半分を隠すほどに深く被った姿はまあ、控えめに見ても変質者だった。


「スルーしようか、あれは多分近づいたらコートを脱いで恥部を見せ付けるタイプの変態だ。露出狂ってやつだな。気をつけろよマール、お前なんか狙われそうな外見なんだから。ロボも気をつけたほうが良い、むしろ男の娘の方が良いなんて奇特な奴もいるんだから。ルッカはやられたら滅殺のカウンター魂がデフォルトだからあえて注意もしない」


「おーい」


 今まで寝ていた老人が俺の的確なアドバイスを聞いて左手を俺に伸ばして手首を曲げた、分かりやすい突っ込みの構えを取っていた。なんか、シュール。


「お前さんたち、というかそこの赤毛の御仁は大層な言い方をなさるのお……」


 しょうがないだろう、根が正直なんだ。俺の長所は嘘をつかない、短所は嘘をつけない。


「あの……ここは?」


 おずおずと後ろからルッカが老人に話しかける。こらこら、あんまり近づくと襲い掛かってきますよ? 猿山の猿みたいに。


「ここは時の最果て……時間の迷い子が行き着く所さ……お前さんたち、どっから来なすった?」


「私たち……こっちの赤毛と金髪の女の子、そして私が王国暦1000年から来たんです」


「僕はA.D.2300年の世界からゲートで顕在したという訳さ」


 ルッカとロボが老人の質問に答え、老人はそれを聞いて小さく首を縦に振り得心をえたという顔を見せる。いや、よく見えないけれども。


「違う時間を生きるものが、4人以上で時空の歪みに入ると、時限の力場が捻れてしまう……しかし、この所、時空の歪みが多くてな。お前さんたちのようにフラリとここへ現れる者もいる……何かが時間全体に影響を及ぼしているのかも知れんな……」


「って事は、誰か一人ここに残ったほうが安全ってことね」


 ルッカが老人の話を引き継ぐが、俺は何が『って事は』なのか分からん。量子力学は苦手だ。シュレディンガーの猫だとかなんとかさっぱりだ。


「ええ、こんな所で置いてけぼりなのー?」


「こんな所は酷いな……何、心配いらんよ。ここは全ての時に通じている……お前さんがたが願えばいつでも仲間を呼び出せる。だが時の旅は不安定じゃ。常に三人で行動することじゃ」


 じいさん、多分マールはこの場所が薄気味悪いから嫌がってるんじゃなくて、あんたみたいな得体の知れない人間と二人きりになるのが嫌なんだと思う。ちゅーか、自己紹介してもいいんじゃないか? そこまで親切に色々教えてくれるんならさ。


「じゃあ、誰か残らないと駄目だね」


「誰が残る? クロノ。私を残すつもりなら別に良いわよ? それはそれであんたの意思だしまあこんな所に私を残す気ならまあ特に思う事は無いけれどそうなるとマールやロボみたいな過ちを犯しやすそうなメンバーで行くことになるからまあねー私としてもそういった危険を無くすためにもあんたの×××を潰すのはやぶさかではないというか……で、どうするの?」


「よーし、ルッカは連れて行こうか。頼りになるし、俺の相棒だからね」


「……ルッカずるい、クロノの臆病者……」


 なんと言われようが一向に構わん。俺は俺の道を行くのだ。俺の大切な肉体を潰させるわけにはいかん。TSとやらが流行っていようと俺自身でそれを体現したくないし、そんな乱暴な性転換聞いたことねえ。


 まあ順当に行って残りの一人はマールを仲間に入れるべきかと発言したらロボがまたぐずりだした。おまえもうどっちかのキャラにしてくれないか? 苛々が百倍になってパーティーの主役になれそうだ。
 結局とりあえずは俺、ルッカ、ロボのパーティーメンバーになり、マールがすねるという事態になった。仕方ないだろう、ロボが万力の握力で俺の手首を握りつぶそうとするんだから。
 まあ、現代に帰った後早急にコイツのボディを直して装着させるためにもこのメンバーは妥当といえるかもしれない。


「決まったか。Yボタンでわしを呼び出せばいつでもここに残った仲間とメンバーチェンジが」


「じじい、Yボタンって何だよ」


「……仕方ないのお、こいつを持っておくが良い」


 じいさんは小さなマイクのような機械を手渡し、そこに喋りかければわしと繋がっているのでメンバーチェンジをさせてやろうとのことだった。
 ……まだ理解できない。何処の時代のどんな場所でも仲間を送り届けてくれるのか? そう聞いてみると「いつでもというわけではない。そう度々メンバーの入れ替えをされるとわしの魔力が尽きてしまう。戦闘中も止めておいたほうがいい。激しく動かれている状態では時代間の転送は不可能じゃし、転送された側も一定の時間帯硬直状態になってしまう。安全が確保された状況のみ活用することじゃ……」との事。……魔力?


「私たちの時代に戻るにはどうすればいいの?」


 俺が質問する前にマールがじいさんに話しかけた。まあ、老人の戯言だろうから別にいいんだけどさ。


「お前さんたちがやってきた場所に光の柱があるじゃろう? あれはあちこちの次元の歪みとここ、時の最果てを繋ぐものじゃ。一度通った事のあるゲートからはいつでもここに来られるじゃろう。光に重なり念じればゲートに戻れる……じゃが、そこのバケツから繋がるゲートには気をつけるんじゃな……」


 じいさんが指差す方向には奇妙な光を底から溢れさせている古ぼけたバケツがぽつ、と置かれていた。


「そこはA.D.1999……『ラヴォスの日』と言われる時へ繋がっとる……世界の滅ぶ姿が見たいなら行ってみるのもいいが……お前さんたちまで滅びちまうかもしんぞ」


 そんな悪趣味なもん誰が見たいか! 自傷癖どころの騒ぎではない。M? Mというのは自分を傷つける存在が同じ人間であるから生まれる特殊な……どうでもいい。


 じいさんの話を聞いた後に光の柱に向かおうとすればまたじいさんが俺たちを呼び戻す。一回で言いたいことは言えよ。二度手間三度手間をかけさせる人間は職場で嫌われるんだぞ。
 そう急がずに奥の扉に入ってはどうだとじいさんが勧めてきたが、「面倒くさえ」の一言でまた光の柱に戻ろうとする。すると今まで動かずを貫いていたじいさんが恐ろしい瞬発力で俺に飛び掛りジャーマンスープレックスをかまして定位置に戻った。頚骨が折れたら歩けなくなるんだぞ? その危険性を知った上での行為というならば俺も刃物を出さざるを得ない。
 顔を真っ赤にして怒る俺を抑えてルッカとロボが俺を奥の扉まで引っ張っていく。これでつまらなかったらどうなるか覚えてろ。
 中に入ると白い毛むくじゃらの生き物が「なんだおめーら? 俺か? 俺はスペッキオ。獣の神! こっから色んな時代の戦見てる!」と聞いてもいないことを朗々と語りだす。その上自分のことを強そうに見えるか? と聞いてきたので「鼻くそレベル」と返してやれば「そうか、俺の強さお前の強さ。つまりお前鼻くそレベル。ダサイ」と答えてきた。どうですかねこの会話。おかしいよね。
 スペッキオとしばらく口げんかをしていると、スペッキオが「ん、お前らも心の力を持ってる」とか言い出した。あれ、こいつロボと同じ病気? ああ変なものに絡まれたなあと溜息をついた。
 それから魔法が使いたいと念じながらこの部屋を三周走れとかスポーツのコーチみたいな命令を俺たちに下し、やる気無しにその命令をこなした。俺だけ三回やり直せと言われた。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。ストレートでぶっ飛ばす……


「よーし! そっちのツンツンの鳥頭は微妙だけど、お前ら良く出来た! よくやった!」


 ……腹へって機嫌が悪いときに、この毛むくじゃらの狸が……言うに事欠いて鳥頭? ふざけんな! これは別にワックスとか使って髪が尖ってるんじゃねえ! 天然なんだよ畜生!


「ハニャハラヘッタミターイ!」


 それが魔法なら俺でもホグワーツで主席を取れそうなしょうもない魔法? の言葉を高らかに叫びスペッキオがいい顔をしていた。何もやりきってねえよ、と馬鹿にしていたのだが……


「……!? 体から、電流が流れてくる!!」


「わ、私も、右手から炎が……!」


「……僕は?」


 俺とルッカに異変が起こる。俺の体の周りに電撃が走り、俺の意思で自由自在に動き出す。その電撃は俺の体に触れても一切俺を蝕まず、戯れるように宙を舞う。
ルッカは左手から轟々とした火が溢れ出し、部屋の中に熱気を作り出していた。勿論、服や体を燃やすことなく、神話の炎の神のように左手を動かし炎を操っていた。
 ロボはきょとんとして自分の体を眺めていた。


「魔法は天、冥、火、水の四つの力で成り立ってる。ツンツン頭は天。こっちのメガネのねーちゃんは見たとおりの火の力。てな具合に魔法だけでなく全てのバランスはこの四つで成り立ってる」


 それからスペッキオの話が始まり、それによるとずっと昔、魔法が栄えた国があり、そこでは全ての人々が魔法を使えたそうだ。しかし、魔法に溺れ滅びた今では、魔族以外に魔法を使える者はいなくなったそうだ。最後に、魔法は心の強さ、それをスペッキオは念入りに教えてくれた。
 ちなみに人間ではないロボは魔法の力を使えなかった。悔しいだろうな、ロボみたいな中二が魔法を一人だけ使えないなんて。むしろ自分だけは使えるはずなんて思ってたに違いない。その幻想をぶっ壊す。
「まあ、僕だけ使えないというのもまた選ばれた素質ゆえの物ですからね、きっと天地魔界の創立者達が僕の力に妬んだんですよ」と口では強がっていたが、ずっと肩が震えていた。ほんのり可哀想だと思った。
 とはいえ、ロボのエンシェント……回転レーザーは冥に似た力を持つとの事で、決して悲観したものではないとスペッキオにフォローを告げられる。まあ、俺がロボに何か言えることがあるとしたら、ざまあ。


 その後マールを連れて来てみると、マールは水、それも氷寄りの力を持っていた。ほらほらロボ、後でチョコレートあげるから俺の背中にすがりつくのは止めなさい。
 一度俺、ルッカ、マールでスペッキオと戦ってみたが結果はボロ負け。まだ自分の能力を操りきれない俺たちでは自在に全ての属性を操るスペッキオに歯が立たなかった。悔しいのは悔しいが、新しい自分の力を得たことに対する喜びが勝り、怪我の痛みも忘れるほどだった。ただ、俺の力、天だが、天は雷を操る力が主らしく、相手に雷を落とすというのが最も簡単な技だと分かったのだが、どうにも敵に落ちず俺に当たることが多い。別にダメージは無いんだが、かっこ悪いことこの上ない。何度隣でスペッキオと戦うマールやルッカに笑われたことか。スペッキオには指を指されて爆笑された。唯一俺を慰めて「格好良かったですよ」と言ってくれたのはロボだけだった。ごめん、お前の事ウザイとか言って。時の最果てでロボが俺のフラグを立てた。後好感度150以上で俺とロボの濡れ場が発生する。


 部屋を出る際にスペッキオがまた新しい仲間が出来れば連れて来いと告げる。出来れば、ね。
 外に出た俺たちにじいさんが「ほれ、わしの言うことに間違いは無い」と自慢げに言う。そういうことを言わなければ普通に感謝できるのにな、そんな性格だよあんた。
 じいさんはとりあえず自分たちの時代に帰ってみては? という助言と何か分からんことがあれば力になると頼もしいのかどうか境界線なじいさんに言われてしまった。まあ、たまには寄ってみてもいいか。


 短い間ではあったが、俺たちは時の最果てを後にすることにした。
 光の柱に触れると、頭の中でA.D.1000年『メディーナ村』と浮かぶ。自分の思考以外が浮かぶって、妙な感覚だな。
 他の光の柱にも触れるが、現代に帰れそうな所はこのメディーナ村という所しかない。聞いたことが無い場所だが、時代が同じならなんとかなるだろうと光の中に飛び込むことにした。




 次に眼を覚ませば、目の前で懐かしの青色丸と緑色丸が驚愕の表情を浮かべて俺たちを見ていた。
 後ろを見て、俺たちが出てきたところを確認すると、どうやら俺たちはこのモンスター達の家の中、それもタンスの中から出てきたようだ。そんな状況で驚かないわけは無いわな……おや? この嗅覚を甘く刺激する匂いは……?


「たたた食べ物だぁああぁあ!!」


 モンスター二匹が囲んでいるテーブルの上に果物ケーキ何より肉! が所狭しと並んでいる。パーティーでもするつもりだったのか知らんが、とにかく食べる、後でこのモンスターたちに襲い掛かられようが知ったことか。今俺が捉えるは己が体を動かすエネルギーの塊のみ!


「ルッカ! それは俺の狙っていたバナナだ! 汚え手で触れるんじゃねえ!」


「あんたはそこのキウイを食べれば良いでしょうが! 私だってあんたを助けようとした日から朝ごはんも食べてないのよ!」


 俺が食事を始めて数瞬後、ルッカが俺の食卓に入り込み俺の食べ物を蹂躙してくる。止めろ! 俺は愛しているんだ、その果物を! その野菜を! そして肉を!
このまま二人で食べていればどちらも満腹になれないのは必至。俺はルッカに勝負を挑むことにした。


「ルッカ、今すぐ俺と決闘しろ! 俺が勝てばお前はこの食事に手を出さずひもじそうに外で指を咥えていろ!」


 俺の発言に食事を止め、レモンソースを口端に付けたままニヤリと笑みを浮かべた。いいね、そこで乗らない奴はルッカじゃねえ。


「いいわよ、私が勝てば私以外のメスに近づかず話しかけずを一生貫いてもらうわ。そして貴方は私と一緒の墓に……」


「重たいな、一生かよ。それに一緒の墓? 心中しようってことか? やっぱり重たいな。つくづくお前の発想は怖い」


 覚えたての魔法を俺に使うのは良くないぞー? と思っている俺はただいま絶賛炎上中。気分は原作オペラ座の怪人。




 正気を取り戻した俺たちはモンスターたちに警戒態勢をとるが、青色丸の「お腹が空いてるなら、まだたくさんありますし、一緒に食事でもどうですか」の一言で世界は分かり合えると知った。
 蛇足だが、黒焦げの俺を治療してくれたのはロボのエンジェルストラブト……もうケアルビームでいいや、であった。この胸に飛来するときめきはもしかしなくとも恋だろうか?


 青色丸と緑色丸の話を聞くに、ここメディーナ村は400年前、つまり中世の時代人間との戦いに敗れたモンスターたちの末裔が集まる小さな村だとのこと。いきなり襲い掛かったりあからさまな蔑視の眼で見てくる者がほとんどだろうとも教えてくれた。西の山の洞窟の近くに住む変わり者の爺さんを訪ねれば良い、きっと力になってくれると最後を締めて俺たちを送り出してくれた。いきなり現れていきなり食事を平らげたのにここまで親切にしてくれるとは、人間なんかよりよっぽど人が出来てる。いつかこの旅が終わればここに住まわせてくれないだろうか? ……どうせルッカが追いかけてきて終わりか。まいったねどうも。


「教えてくれたのは嬉しいけど、何で私達にそんなことを……?」


 ルッカが不思議そうに、そして訝しげに眉を歪めて二人に問う。当然か、俺もここまで丁寧に教えてくれればなにがしかの罠があると見てしまう。すると緑色丸が肩をすくめて一言「信用されないのは当然だろうが……」と前置きする。


「人間と魔族が戦ったのは400年も昔の事だ。いつまでも過去にとらわれていても仕方が無い。まあ、私達のような考えを持った魔族はほとんどいないが……それでも、我々魔族全てが人間を殺そうと考えているわけではない。どこかで禍根を断たねば、憎しみは消えないのだよ」


 緑色丸の言葉には、言外に人間への憎しみは消えたわけではないと告げている。ただ、いつかは拳固にされたその拳を解かねば終わらないのだと考えている。それはただ許すということよりも辛く、誇りあるものなのではないだろうか。
 ちょっと含蓄のあることを思っていると横でロボが「言ってみたいな……ロボ台詞集に入れておこう」とメモとペンを取り出しペンの先を舐めていた。取り上げるしかあるまい。
 ちょっとした騒動が起こったが、俺たちはその家を後にして二人の言う爺さんの家に向かった。最近爺さんに縁があるよなあ。ヤクラといい大臣といいドンといい最果てのじじいといい。





「おお! 訪ねてきおったか。ワシの自慢のコレクションでも見て行くと良い」


 青色丸たちの家を出て西の山の麓にある家に入ると、どこかで見たような顔の爺さんが馴れ馴れしく声をかけてくる。ごめんなさい、俺初対面とか凄い苦手なんで。合コンとかでも女の子達にトイレで「右端に座ってる赤毛の男、なんか暗いよね」とか言われるくらいなんで、いきなり手とか握らないで、男とフラグが立っても嬉しくないし。ロボ? あいつは男の娘だから良いんだよ。


「おや? わしの顔を覚えとらんか? ほれ、リーネの祭りで会ったじゃろうが」


「……ああ! マールのペンダントを見せてくれとか言いながら胸の谷間を覗き込んでた爺さんかあんた。確か名前はボッシュだったか?」


「うわ、最低ねこのジジイ……」


 俺の発言にルッカが胸を両手で押さえて後ずさる。おいおいお前は谷間が出来るほど無いだろう? パット入れてるくせに、と茶化したら壁に掛けてあった大剣を振り回して俺を二分割しようとしてきた。それ、ドラゴン殺しって銘が彫られてるんだけどさ、良く振り回せんね。ガチでお前剣士に転向しろよ。


「全く下らんことを覚えておるのう……そこのお嬢ちゃんもその辺で止めときなさい。あんたもあのポニーテールのお嬢さんには負けるが良い尻をしとる。安産型じゃな。胸はみそっかすじゃが」


 俺とボッシュが最後に聞いた言葉は「斬刑に処す」だった。その後はご存知ロボ君大活躍。やっぱりヒロインはお前のようだ。今度モロッコに連れて行ってやろう。


「そうじゃ、ワシの作った武器でも買ってゆかんか? 安くしとくぞ」


 頭からだくだくとピナツボ火山みたく血を吹き出させながら笑顔を崩さないボッシュは男っちゃあ男である。ただルッカの20ゴールドで全部売りなさいという恐喝には汗を流していたが。
 商売人の意地なのか、顎にナイフをぺたぺた擦り付けられても値下げはしなかった。あのさあルッカ、ロボが怖がってるから。マスターであるお前にレーザー撃とうとしてるから。その辺にしたげて? それ以上すると俺はお前を警察に突き出さなくちゃならんくなる。
 結局武器の類は買わずポーションを五つほど購入することにした。ボッシュの作った武器とやらは手にすることが出来なかったが、一つの生命には変えられない。「武器はな……生命をうばうための物ではないぞ。生かすための物であるべきじゃ」と言うボッシュの言が命乞いにしか聞こえず哀れだった。
 家を出る前に「そうじゃ、おぬし達。トルース町に帰りたいのであれば、この家の北にある山の洞窟を抜けて行くが良い」と教えてくれたのには感謝だ。俺なら絶対教えないね、家の中を滅茶苦茶にしたあげく脅してくるような奴らに。


 驚いたのは西の山に向かう途中でルッカが急に座り込み「胸、小さくないもん……平均だもん」と泣き出したこと。どうやら現代の大臣といい今回といいかなり気にしていたらしい。俺がマジ泣きだと気づかず「いや、平均以下だと思うぜ? それでパット入れてるならさ」と突き放したことも相まって号泣してしまった。 後ろから睨みつけるロボの視線が痛いわ怖いわレーザーの稼動音が聞こえてくるわで俺も泣きたくなった。
 俺が「胸なんかでルッカの魅力は変わらないよ、むしろそんなことを気にする男の方が器が小さいんだから。少なくとも俺は気にしない」と出来るだけ優しく諭してあげる。まあ、本音は巨乳が好きなんですけども。大概の奴は巨乳の方が良いと思うけども。
 ルッカが赤い目で「ほんとに?」と聞いてきたときには思わず「全てはフェイク!」と言い放ちたかったがロボの右手が赤く光っているので「勿論さ!」と答えておいた。言いたいことも言えないこんな世の中。
 機嫌が直ったルッカは山道にもかかわらずスキップで先を進みだした。俺を追い抜く折にロボが俺の肩を叩いて「男は女の涙を止めるために生きている……分かってるじゃないですか、クロノさん」としたり顔でサムズアップを見せてきたのにはちょっとイラりと来た。今までお世話になったのでまあ、今回は目を瞑ろうか。


 しばらく歩くと山道に看板が立ち、その後ろに雑草が生い茂っていて中を覗きこみ辛い洞窟がひっそりと存在していた。看板にはヘケランの巣と記されていた。これがボッシュの言っていた洞窟で間違いないだろう。


「ヘケラン? 僕の内臓コンピューターで登録されている名前には該当するものはありませんね」


「そりゃあロボは未来のアンドロイドだし、現代ではその機能あまり役に立たないかもよ? 現代のみに生息した生き物、もしくは地名ならお手上げでしょう?」


「確かに……まあどんな障害であれ、僕の前では塵芥程の困難にも成り得ませんが」


「おーい、馬鹿なことやってないで先に行こうぜ? あんまり長い間家を留守にしてるから母さんが心配してると思うんだ。早く帰って顔を見せてやりたい」


「大丈夫よ、ジナさんならあんたが刑務所に入れられたって聞いたときにも笑ってビールを吹き出してたから」


「? ジナさんとは?」


「覚えとけよロボ。ジナという名前の人間はお前の最優先抹殺対象だ」


 心温まる会話を経て俺たちはヘケランの巣に足を踏み入れた。あのババア、マジで脳天叩き割ってやる……






 洞窟内部は水源か海に繋がる場所があるのか、水の流れる音が遠くから聞こえる。その為空気が湿って、床にはコケやキノコが生えて、天井から水滴が滴り落ちてくる。全体的に青みがかった石の壁は清涼感というよりも冷たい印象を与える。床に流れる数センチ程度の水の流れ付近には小さな水草が点在し、その形は苦痛から逃れるように捩れて、見る者に不安をもたらせる。


「なんだか居心地の悪い場所だな……」


「それに肌寒いわ、外の気温とは大違いね」


 俺もそうだが、半袖のルッカが二の腕を擦り体を震わせる。何も言わずに俺は青い上着を脱いでルッカに手渡した。フェミニストクロノ、此処に在り。


「ありがとうクロノ、でもごめんあんたの服汗臭い」


「人の優しさ及び純情をボロ布のようにしてくれてどうもありがとう。とっとと返せ!」


 こいつは人の心を何のためらいも無く傷つける。それを悪いことと思ってない辺りが凄いよ、ちょっと尊敬するよ。むしろ畏怖の念に到達するね。
 ルッカの握る服を取り返そうと腕を伸ばせばルッカが「良いの、クロノの汗が付いてるなら、それはそれでいいの……」と拒否する。なんだ? 道中臭い臭いと言って俺をさらに傷つける魂胆か。こいつのサドっぷりには頭が上がらないよ。
 そのまま俺は白い肌着一枚で薄ら寒い洞窟を練り歩くこととなった。ロボが暖めてあげましょうか? と服を脱ごうとしたので慌てて止めさせる。今の傷心状態でそんなことされたら本格的に落ちてしまう。そして堕ちてしまう。あくまでプラトニックにいこう。


 ヘケランの巣を歩いていると、物陰から突然現れたモンスターたちが「魔族の敵に死を!」と叫びながら襲い掛かってくる事がよくよくあった。最初は焦った俺たちだが、進化系ロボの格闘能力に強力なレーザー。俺とルッカの新しく得た魔法という力の前では特に苦戦することも無く先に進むことが出来た。特に、ルッカの新しい技、ファイアはこの洞窟内で恐ろしいほどの力を発揮した。数匹のモンスターもその業火に為す術も無く倒れて炭となる。俺の天の力、相手の頭上に雷を落とすサンダーは全く当たらないが、雷鳴剣に電撃を流し込みさらに電力を増させるという試みが成功してその切れ味は今までの剣とは比較にならないものとなった。カブト虫のような外見の甲殻虫はロボの回転レーザーで硬い外殻ごと焼き切って一掃する。……もしかしたら、俺たち最強なんじゃないか? この洞窟に入ってからそれなりに戦闘をこなしたが、誰一人怪我をすることなく先に進んでいる。
 戦闘をある程度続けていたら気づいたのだが、魔法の力、つまり心の力は使えば使うほど強力になるようだ。その変化は一度の使用では微々たる物だが、俺もルッカも使い続けていくうちに炎や電撃の量が増えたり、変化のバリエーションが増えたりなど、確かな進化を遂げていた。これはマールも積極的に戦闘に参加させたほうが良いかもしれない。難点は魔法を使うたびにロボが俺やルッカを睨むことか。


「魔法ね……覚えるまでは半信半疑な能力だったけど、使いこなせれば役に立つどころじゃないわね……これなら本当に私達が未来を救えるかも……」


「流石ですねマスター。本当、気持ちいいんでしょうねそういう不思議な力が使えるって。ケッ!」


「もうすねないでよロボ、あんただって十分凄い力を持ってるんだから」


 この通りだ。ちょっと悪いなーとは思うが、戦闘の度にへそを曲げられてはスムーズに行く旅も鈍重なものとなる。やっぱりある程度役に立たないとは言ってもロボボディは必須だな、なんなら戦闘中だけあのボディを脱ぐという方法を取ってもいいんだし。


 旅を続ける上での問題点や変化を確認しているうちに、俺たちは今までに無い広い空間に出た。先を見るにどうも行き止まりのようだが、今までの道のりで他に奥に進める道は無かった。まさかボッシュの爺さん、耄碌して勘違いした情報を俺たちに流したんじゃないだろうな……


「……奥の湖に飛び込めば水流に乗って海に出られるようですね……多分あそこに入るのが正解なんじゃないですか?」


 ロボが目玉を光らせてこの部屋の構造を解析する。こいつの利便性は計り知れない、次はこいつとマールで旅に出ることにしよう。穏やかで快適な旅が出来そうだ。


「湖に入って海に出る? ……ロボを疑うわけじゃないけど、何か信じられないわね……」


「でも他に行くところもないんだ、腹を括るしかないだろ?」


 立ち止まるルッカの背を押して、ロボの言う湖とやらに近づいてみる。覗き込んでみると小さな渦が水面に浮かび上がり、波がかんなで削れて行くように重なり合って流れている。海に通じているというのは間違いなさそうだ。
 俺は後ろを向いてルッカたちに先に飛び込むぞと声を掛ける……が、二人は青い顔をして少しずつ俺から離れていく。何だよ、レディファーストも守れないのかっていうタイプの引きか? 別にいいじゃねえか誰が先でもさ。


「クロノ……後ろ」


「志村なんかいねえよ」


「違くて! 水! 水の中からほら!」


 必死な形相で俺の後ろに指を向けるルッカと、何で気づかないのこの人という顔で戦闘準備に入るロボ。何だよ俺一人分かってないのか? 身内ネタで盛り上がってるところ知らない名前の子の話題だからついていけず愛想笑いを浮かべている状況に酷似している。


「あー……しくった、今日はボウズだわ。魚一匹も捕まえられねえ……」


「え?」


 後ろから野太い声が聞こえたので振り向くと、今俺が飛び込もうとしていた海に繋がる湖から体中に刺が付いた大きな青色のモンスターが這い出てきた。


「……え? 人間? ……ちょ! ちょっと待ってこういう時のために台詞を用意してあるんだ!」


 モンスターは両手を前に出して何事かブツブツ言いながら頭をポンポン叩いていた。凄いビビったけど、なんだかほんわかさせるモンスターだなあ。
 俺たちはモンスターから距離をとり、各々の得物を取り出す。魔力はまだ残ってる、ルッカもまだまだ戦えそうだし、ロボのエネルギーも充分。どうもこの洞窟の主のようだが、今の俺たちなら負けることは無いだろう。


「あ、そうだ。魔族の敵に死を!」


 ……思い出すほどの台詞かよ。




 先手はモンスター。口から大きな泡を吐き出し俺たちに向けて放つ。そのスピードの遅さに気を抜いた俺が無視してモンスターに攻撃を仕掛けようと走り出す。その瞬間ロボが「危ない!」と俺の飛び出しを阻止して岩陰に引っ張る。走り出していればちょうど俺が近くにいただろうという位置で泡が弾けとんだ。空気の表面を囲っていた水が飛び散り、その水滴はまさに弾丸。地面に転がる石や岩を穿ち、散弾銃のような破壊力を見せ付けた。


「あ、危ねえ! 助かったぜロボ」


「泡の内部に高密度の空気が確認できましたから、流石魔族ですね、並の威力の魔法じゃないです」


 ロボが戦闘中なのにおかしな言動をしない。これはつまり、相当やばい敵だということか? 俺以上に力量のあるロボだからこそ分かる青トカゲの力……爬虫類恐るべしっ! ……あ、もしかしなくてもあいつがヘケランなのか? ……多分そうだろ、ていうかアイツ以外にこの洞窟の主がいるとは思いたくない。


 俺とロボが隠れている間にルッカがヘケランの側面からファイアを唱える。これまでの敵を触れただけで燃やし尽くしたファイアをヘケランは雄たけび一つで掻き消し、目に映ったルッカにその鋭く尖った爪を迫らせる。
 その腕に向けてロボがレーザーを収束して打ち出し軌道を変えてルッカがその隙にヘケランの背後に回りもう一度ファイア。背中に直撃を貰ったヘケランは一瞬その巨体をぐらつかせたが、すぐに体勢を戻し離れた場所にいるルッカに掌を向けた。


「ネレイダスサイクロン!」


 ヘケランが魔法を唱えると、ルッカの立つ地面から水が噴出して意思を持っているかのように水が体を締め付ける。ルッカはその体を捻らされて体から血飛沫が舞い上がる。傷ついていくルッカの姿に目の前が赤くなるが、ロボが俺に目配せをした後先に飛び出してルッカにケアルビームを当てる。優しい光に照らされてルッカの傷は癒えていく。
 その隙を狙いヘケランが右腕を振りかぶり二人を引き裂こうとするが、ロボに少し遅れて飛び出した俺の刀が巨椀を止める。これ以上やらせるかっ!
 雷鳴剣に迸る電流を嫌がりヘケランは俺の刀を力任せに弾いて後ろに飛ぶ。ルッカの治療も終わり、立ち上がってプラズマガンをヘケランに構えている。ロボがいて助かった。ルッカが倒れて俺の頭に血が上った状態で勝てる相手じゃない。戦闘において治療役は重要なキーパーソンだと理解した。


「厳しいな……俺たちの魔法は効かないわけじゃねえんだろうけど、あいつの魔法は一度食らえばロボの治療が無ければ戦闘不能。バランス悪いぜ」


「僕のエネルギーも無限じゃありません……そう何度も治療は出来ませんよ……?」


「あの大きな泡はともかく、ネレイダスサイクロンとやらは出も早いし、見切るのは厳しいわね、とにかく動き回るのが正しい避け方かしら」


 俺たちが攻略法を探ろうと相談していると、ヘケランが顔の半分を占める大きな口を真横に広げてその場に座り込んだ。……なんだ? どういう作戦だ?


「攻撃してみろ! そうしたら……」


「「「………」」」


 アホだな。間違いない。アホだ。
 呆れながらヘケランの頭を剣で貫いてやろうと近づくが、ルッカがそれを止めて、素晴らしい案を提案する。ロボにそれで良いかと確認を取れば一も無く頷いて賛同する。


 俺とルッカが右側、ロボが左側からヘケランの後ろに回りこみ、それを見ながらヘケランが不敵な笑みを凶悪な顔に張り付かせて俺たちの動向を探る。座り込みながらもその何者をも切り裂く鋭い爪を擦り合わせ、ヌラリと唾液で光る牙がかちかちと音を立て、俺たちの体を引き裂き噛み千切ることを楽しみにしている。背中に生えた突起は心なしか天井に向かって伸びているように見えて、俺たちが近づくその時をただ静かに待ち続けている。


「……じゃあ、お邪魔しました」


 俺たちはヘケランの後ろに位置していた湖に飛び込み、ヘケランの巣から脱出を果たした。やっとれんよ、あんなバケモノの相手なんぞ。


 水流に飲み込まれる前に後ろから「ええ!? 嘘ちょっと待てええと確か……そうだラヴォス神を生んだ魔王様が400年前に人間共を滅ぼしておいて下されば今ごろこの世界は我ら魔族の時代になっていたものをクソーッ! っていうかマジで逃げるのお前らーっ!?」と早口で悔しそうに怒鳴っていた。やられた時もしくは逃亡されたときの台詞まで用意していたとは頭が下がるね。そういう人間は出世するよ、いや本当に。




 ヘケランの巣から抜けて俺たちはトルース町近海に顔を出すことになった。水流に飲まれて体力が残り少ない状態でも泳いで陸に着ける距離だったことに安心して大地に足を着ける。驚いたのはロボがアンドロイドのくせに一番スイスイ泳げたことだろうか? おぼっち○ん君くらい万能なんだな。


「ヘケランの口ぶりからすると、中世の魔王がこの星の未来をメチャクチャにしたラヴォスを生んだのね……」


 陸地に着いた後膝に手をつけて呼吸を整え、そのまま大の字になり寝転んでいるとルッカが深刻そうな顔で去り際にヘケランがこぼした言葉を解釈する。


「僕達の手で中世の魔王に猛き制裁を下せば、未来を救うことが出来るのでしょうか? 


 それに便乗してロボが微妙になりきれてない中二発言を繰り出すが、今の俺は疲れている。突っ込みはセルフでお願いしたい。


「千年祭広場のゲートを使えば中世に行ける筈……ほらクロノ、いつまでも息を乱してないでさっさと行くわよ! 目指すは打倒魔王! ……柄じゃないけど、なんだか王道な展開に燃えてきたわ!」


「ええ、世界に崩壊の種を撒き散らさんとする魔族の王、奴に振り下ろすべき鉄槌を握りまたその権利を持つ僕達が、世界終焉の鍵を砕き世に輝きと安穏を齎せましょう!」


 ロボはスルーとして、俺の幼馴染殿はどうもとんとん拍子に謎が解明していくのが楽しくなってきたようだ。あれか、ドラク○4でトルネコの章まできたらノンストップになる性質だな。
 ……駄目なんだろうな、ここで「え? お前らマジで世界救うとか言ってんの? 臭っ!」とか言ったら。ルッカもマールの言葉になんだかんだで流されちゃったのか……ロボはそういう話の流れは大好物だろうし、俺と同じ気だるく生きようとする奴はいないのか……


 ルッカの催促を耳にしながら、俺は仰向けで空を見上げた。青く澄んだ空に太陽の光が合わさりその色彩は自然界独特のものとなって俺たちを包む。時間はゆっくりと進んでいくものなのに、何で俺たちだけせかせか時空を移動して戦いに明け暮れなければならないんだろう……
 太陽に手をかざして、俺は肺の奥に溜まった暗い息を外に吐き出した。たまらんね、こんな人生。


 ずぶ濡れの体を起こして、手を振り回すルッカとロボに追いつくべく強めに地面を蹴り上げた。


















 おまけ







「お前が大電撃部隊隊長サカヅルか、ふっ、まあ俺の敵ではないが、かかってこい!」


 サカヅルはとてつもない動きで閃光の覇者並びにボルケーノまたは天より舞い降りた闇の宿業を背負うものの二つ名を持つ、俺、テンペストリア目掛けて走り出した。
 俺は全力の100000000分の1の力で動いて攻撃をかわした。凄まじい威力だった。しかし俺のさらに1000000倍の力で粉砕した。


「なんて強いんだ! ぜひ私を連れて行ってくれ!」


 サカヅルの仮面の下から美しい女性の顔が現れた。


「俺という究極の力を持つ戦士にして選別者の俺に仲間などいらんが、ついてくると言うなら止めはせん」


「な、なんて男らしい! 惚れた!」


 また俺の力に魅せられた女が増えたか……だが俺の行く道は修羅、女に構っている暇は無い。


 俺は次の城に向かい、城の扉を開いた。


「お前が超絶火炎部隊隊長イマドケか、ふっ、まあ俺の敵ではないが、かかってこい!」


 イマドケはあり得ない動きでラグナロクの再来並びにモノデボルトまたは地獄の底からやってきた正義の使者の二つ名を持つ、俺、テンペストリア目掛けて走り出した。
 俺は全力の10000000分の1の力で動いて攻撃をかわした。えげつない威力だった。しかし俺のさらに1000000倍の力で粉砕した。



「素晴らしい力ですわ! 私を連れて行って下さいまし!」


 イマドケのマスクの下から例えようもない可憐な顔の美少女が現れた。


「俺というアルティメイトな力を持つ剣士にして武闘家の俺に仲間などいらんが、ついてくると言うなら止めはせん」


「な、なんてたくましい御方! 惚れましたわ!」


 また俺の力に魅せられた女が増えたか……だが俺の行く道は修羅、女に構っている暇は無い。


 俺は次の城に向かい、城の扉を開いた。


「お前が超級大銀河天絶無限大魔王のルインガーか。ふっ、まあ俺の敵ではないが、かかってこい!」


 ルインガーは愉快な動きでジェダイの騎士並びに黄金聖闘士または結構気配り上手の二つ名を持つ、俺、テンペストリア目掛けて走り出した。
 俺は全力には程遠い力で動いて攻撃をかわした。お下劣な威力だった。しかし俺はさらにお下劣なので倒した。


「わ、私が黒幕ではないただの三下だという事実があったとしても、パーフェクトな力である! 私を連れて行け!」


 魔王と思っていた人物の被っていた兜が外れ、中から文字に出来ない煌びやかな美しい女性の顔が視線に晒された。


「俺という完全無欠な力を持つサラリーマンにして営業部長の俺に仲間などいらんが、ついてくると言うなら止めはせん」


「な、なんて広い心を持った人間なのだ! ハグして欲しい!」


 また俺の力に魅せられた女が増えたか……だが俺の行く道は修羅、女に構っている暇は無い。














「どうですかクロノさん、僕の書いた小説は。不死身ファンタジアの新人賞に投稿しようと思うのですが」


「え? こんなのが60ページ以上あるの?」



[20619] 星は夢を見る必要はない第十二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2011/01/13 06:34
 トルース町に帰ってきた俺たちはリーネ広場に行く前にルッカの家に寄り、ロボのボディを修理することにした。家に入った途端タバンさんがタバコを咥えながら豪快に笑い迎えてくれた。研究者とは思えない太い腕で何度も背中を叩かれて咳き込んでしまったのは笑える話だ。
 俺が刑務所に入れられたことについては何も聞かずにいてくれたのは有難い。兵士を呼ばないだけでも嬉しいことなのに、歓迎してくれるとは……思わず涙腺がゆるんでしまった。俺もタバンさんみたいな父親が欲しかった、外道な母親はもういらないから。
 タバンさんにロボの壊れたボディを見せると「むはっ!」と妙な声を出した。奪い取るように家の奥に持っていき、俺たちのところに戻ってきた後「安心しな! 俺が責任を持って直してやるぜ!」と答えてくれる。本当はルッカが直す予定だったのだが、タバンさんが俺たちが旅をしている間一人で直してくれるならそれは喜ばしい。ボディの修理中ルッカの戦力は失くすのは惜しいものがある。
 タバンさんは純粋に研究欲に火がついたようだ、未来の技術は見る人が見れば垂涎ものらしい。こういう変わったところがないと何かを作り出すなんて出来ないのかもな。
 ロボが人間でなくアンドロイドであると教えれば服を剥ぎ取りにかかって診察しようとしたのでルッカがハンマーで撃沈させる。父親が幼い少年を襲っている姿なんぞ見たかないんだろう。禁忌過ぎるわな、そんな場面。


 ルッカとタバンさんで積もる話もあるだろうが、俺たちはこの国の兵士に追われている、見つからないうちに広場に行こうと話を切り上げて外に出る。しかし、家を出て数分としないうちにタバンさんが追いかけてきて装飾の激しい赤い派手なベストを持って来た。曰く、これはルッカ専用の装備で並大抵のことじゃ傷もつかない防具なのだそうだ。
 ルッカは趣味の悪い赤一色のベストを喜んで貰っていた。まあ趣味云々は良い。ただ、ここで言う気は無いが、なんでタバンさんは娘の服のサイズを知ってるんだ? 物陰に隠れて着替えたルッカが私にピッタリと話していた事であっちゃいけない犯罪の臭いが漂ってきた。うん、俺父親はいらないや。
 すこしぎこちない別れの言葉を交わして再度広場に向かうと、タバンさんが俺の肩を掴み耳元に口を寄せて内緒話を俺に持ちかけてきた。
 内容は「クロノ……避妊はしてるんだろうな? ほら、コレをやるから娘の体にも気を使ってくれよ?」との事。その真意を尋ねる前に地獄耳のルッカがプラズマガンでタバンさんを痙攣させてしまった。タバンさんが握っていたカップルのお供をポケットにねじ込みながら。なんで貰うんだよそんなもん。年頃の女の子が持ってると印象悪いぞ。


 ようやく中世に行けるはずだったのだが、途中で運の悪いことに母さんが買い物に出かけていて、ばったりと出くわしてしまった。母さんは驚いた顔で「クロノ……あんた、刑務所にいるはずじゃ……良かった、出てこれたのね」と笑っていうものだから、「母さーん!」と泣きながらその胸に飛び込もうとしてしまった。まあ、「あんた臭い、海中で死んでいった生き物たちの臭いがする。有り体に言って潮臭い、近づかないで」の言葉に冷めたが。いや、ここは覚めたというべきか。
 この母親、雷を落としてくれようかと殺気を放てば感づいた母さんが躊躇なく長渕キックを連発、俺の抱いた反抗心などでは何も成し遂げられぬのだと教えてくれた。確か家族間での暴力ってこんなに簡単に起こるものじゃないと思うんだけどな、良いけどさ別に。


 ゲートについてようやく現代から出ることになる。もしかして俺現代にいるときが一番辛い境遇なんじゃないか? 詮無いことを思いつつ、二度目の中世来訪となったのだ。……中世でも良い事無かったし、どうせ今回も無いんだろうな。人生苦もありゃ死もあるさ。楽なんか一回だって訪れやしねえ。
 ゲートに入る前に楽しそうな祭りの喧騒を耳にして、頭を掻きながらゲートに足を入れる。今回の旅は長くなりそうだ、と覚悟を決めて。









 星は夢を見る必要は無い
 第十二話 ゼナン橋防衛戦(前)










 中世に着き、時の最果ての爺さんにメンバーチェンジを頼むことにした。まずは城の王妃様たちに挨拶をしようと考え、中世時のメンバーで会いに行こうと思ったからだ。ロボは育児放棄したくなるほど駄々をこねたが、こういう時の我侭を聞いてしまっては、我侭を言えば何でもしてもらえると認識するのが子供の原理だ、断固として譲らん。
 時の最果てに行くことを嫌がっているロボを見たルッカが「なら父さんの所でボディの修復を手伝ってくれない? ロボが装着するボディなんだから、ロボが近くにいた方が色々都合がいいでしょ?」と妥協案を出した。
 まあそれにも嫌がったが、とりあえずどついて大人しくさせた後ロボをゲートに放り込んだ。後は勝手にルッカの家に行くだろう。修理が終わるまではロボとメンバーチェンジが出来ないのは痛いが、ボディは早急に修理してほしい。俺の精神安静のため。





「ふわー、ようやくあそこから出られた。これからは私も頑張るね!」


 伸びをして体を解すマールに癒された後、ルッカの提案で山に生息するモンスターたち相手にマールの修行をすることにした。魔法を持ってからの実践はマールはまだ体験していないので、本格的な戦闘を迎える前にある程度慣れておくべきだというのだ。
 マールの魔法は氷寄りの水。アイスというシンプルな魔法で、効果は敵対象を氷付けにして、砕けさせる、彼女の性格に似つかわしくない凶悪な魔法だった。アイスは山の雑魚モンスターたちを悉く氷塊に変えて砕け散らせた。……こうして見ると、俺の魔法の力が一番弱いんじゃないかと思う。天なんてご大層な名前の属性だから凄いのかな、とか思っていた時が懐かしい。
 攻撃としても優秀なマールの力だが、その真価は治療にこそあった。山の中腹にある釣り橋の板が外れて崖から落ちた俺をマールは魔法の力を用いた回復呪文で、瞬きするほどの間に完治させたのだ。今までマールが使っていた治癒やロボのケアルビームと比較してもその回復速度には驚かされた。恐らく折れていた右腕までも直っていたのだから。
 これなら充分に、むしろ俺よりも魔物たちと戦えるとルッカのお墨付きが貰えた時のマールの顔ときたら嬉しそうだったな……で、ルッカさん、俺はいつ貴方に認めてもらえますかね。あんたは雷鳴剣が無ければ役立たず同然じゃない? なるほど素晴らしい評価ですね、よく俺を見ていらっしゃる。


 山を降りると、どうも村の様子がおかしい。てんやわんやと慌てている村人に事情を聞いてみることにした。すると、


「魔王軍が攻めてきたんだ! ゼナン橋まで攻め込まれてるらしい!」

「なあに、心配することはないさ! なんせ勇者バッチを持った勇者様が現れたんだからな!」

「勇者様なら魔王軍何ざ一捻りにしてくれるぜ!」

「ちょっちゅね!」


「勇者? なんだか分からないけど、絵本なんかでよく見る救世主様みたいな人のこと?」


 マールが村人の話を聞いて出した感想はまあ間違いではないだろう。おおよそ似たようなものだから。


「うーん……ゼナン橋って言えばトルースの西、ガルディア城の南にあって、パレポリ村がある大陸に繋がる大きな橋のことよね? ……国王軍の踏ん張り所ね……もしここを魔王軍に取られれば相手は何処からでも攻め放題になるわ」


「……嫌だぜ俺、そんな激戦地を潜り抜けるなんて……」


 戦々恐々としながらもう少し村人達から情報を集めているとどうやら勇者とやらは今城に向かっているようだ。勇者なんてものがいるなら俺たちはもう帰ろうぜ、魔王はそいつが倒してくれるさと進言してゲートのある山に足を向けるとマールとルッカが俺の腕を片方ずつ掴んで城に向かう。俺この星の人間だからさ、グレイみたいな扱い止めてくれる?


 森を抜けて、ガルディア城の中に入ると中は不安と期待に溢れた火薬庫の雰囲気に満ち満ちていた。なにかきっかけがあれば爆発し、霧散する、そんな緊張感に包まれながら、兵士は武器を磨き、次々と城の扉から出て行く。給仕の人間はそんな戦場に向かう兵士達を心配そうに、辛そうに見送り何か出来ることは無いかとしきりに声を掛けている。出て行った人間と比例して俺たちの後ろから怪我人が運ばれて、騎士団の部屋に運ばれていく。血の臭いが大広間を覆い、その場にいる人間の鼓動が早鐘を打つように早く強く鳴っている。……これが戦争ってやつなのか?


「クロノ、私……」


「ああ、王妃様たちには俺たち二人だけで会ってくる。マールはやりたいことをやれ。ここを出る前に声を掛けるから」


 俺が許可すると、マールは走って騎士団の部屋に向かった。回復魔法が使えるマールなら幾人かの人たちを救えるはずだ。頑張りすぎて倒れないかが心配だが、マールの性格を考えると止める事は出来ないし、俺も何もせず見捨てろなんてわざわざ口に出しては言いたくない。
 ……放っておいても文句は言われないんだぞ、という言葉は飲み込んでおこうか。


「……行きましょうクロノ。早く王妃様たちに話を聞いて勇者様とやらに会わなきゃ」


 新たに運ばれてきた腕を失った兵士から顔を背けてルッカは階段を上がる。……この魔王軍との戦いで何人死んだんだろう、いや、考えたくも無いな……


「おお、クロノたちか、もしや、勇者の話を聞いて来たのか?」


 玉座に座る王様が疲れた顔をして立ち上がり俺たちを迎えた。歓迎してやりたいが、今は切羽詰った状況でな、あまり構うことができぬ。と前置きして王様は言葉を並べていく。


「勇者は今ゼナン橋に向かい魔王軍と戦おうとしておる……行き違いじゃったな」


 王様の話を聞いて、残念ではあるがここでモタモタされていても腹が立つだろうし、仕方ないかと自分を説得してルッカにどうするか目で訊ねる。ルッカは「勿論後を追いかけるわよ!」と気合を入れて王の間を飛び出して行った。熱血だなぁ……兵士たちが死んでいく今に焦燥感を感じているのだろうか? 俺だって思うところが無いではないが、それよりも恐怖が勝り関わりたくないというのが本音である。
 鈍く前に歩き出す足で俺も退室しようとすれば、王妃様が俺に「クロノ!」と場にそぐわない陽気な声を出した。


「もうすぐヤクラが城に帰りチョコレートを作ってくれるのです。一緒に食べませんか?」


「や、流石にデザートを頬張るほど明るい気分でもないですし」


 残念です……と言いながら項垂れるリーネ王妃。あんた凄いよ、戦争の最中でもヤクラの作るお菓子優先とは、いつかクーデターが起きると俺は睨むね。そもそも魔物との戦いが激戦化してい今この時にモンスターのヤクラを城に招くって……なんつーか、天然って怖い。
 王様は了承したのかな、と視線を送ると首が思いっきり左を向いていた。ふむ、中世の王様は根性無しで妻に逆らえない、と。おおかた王妃様に泣いて頼まれて(ついでに暴れられて)押し通されたんだろうな……まあ、ヤクラなら心配は要らないか。


 王の間から出る扉に手を掛けると王様が「ゼナンの橋に行くのなら、兵士達の補給が遅れておるので、料理長から食料を貰って持って行ってはくれないか?」と頼まれた。そういう結構重要な仕事を部外者に頼むなよと正直に言えればどれだけ人生楽しいか。


 ルッカもマールも怪我人の治療を手伝っているようで、料理長の所には俺一人で行くことにした。まあ、俺は初対面じゃないから良いけどさ、一対一で会うのも。
 大広間から騎士団の部屋とは反対に歩き、階段を下りるとそこが大食堂。大きな机が並べられて、主に兵士たちが食事を取るところなのだが、今は机に誰も向かっておらず、最初に俺が訪れた時に聞こえた兵士たちの楽しい笑い声は静寂に移り変わっていた。
 料理長に会うため、厨房に向かうとようやく声が聞こえてきた。あの料理長、根は悪い奴でもないんだが、テンションが気持ち悪いのが難点だ。



「うえっさああぁっぁ!! 餃・子! 干し・肉! に、ぎ、り、め、しいいぃぃぃい!! お待ちいいいぃいぃ!!」


 誰に話しかけているのか分からんが常に血管を浮かび上がらせて料理を作る料理長。この人料理が出来なかったらバーサーカーとして人間社会に溶け込めなかったんじゃないかと思ったのはそう遠くない過去のこと。


「あの、前線の兵士達に食料をですねー」


「おい! しい! パン!! おい! しい! パンを作るぜぇぇぇ!! そう! 俺はあの光り輝く十字星に誓いを立てた! 俺はこの両腕が動く限り食事を作る作り続けるとおおおぉぉ!!」


「いやですから王様に頼まれてですねー?」


「今俺の右手には神が宿っている! 左手が俺に叫んでいる! 俺の包丁は! 肉を切る刃物だああぁぁぁぁ!!」


 ミッション失敗。魂のステージが低いと相手にしてくれないようだ、もっとコミュ力を上げてから出直すことにしよう。
 厨房に背を向けて食堂から出て行こうとすると、後ろから雄たけびと石の床を踏みしめる荒々しい足音。「へあ?」と間抜けに声を上げて振り向けば俺よりも大きな布の包みが飛んで来た。……え? 何コレどういう事?
 包みに押しつぶされるというより押し倒された俺は腰に手を当てて目から火を出している料理長を見た。


「これを! 持ってきなっ! それから、こいつはお前にだ。持ってけ! ……それから、俺の兄貴の騎士団長、あのバカに伝えといてくれ。生きて帰って来ねえと承知しねえってな! べらんめぇ!!」


 このでかい包みを俺に向けて投合したらしい料理長が俺の顔に以前ルッカが俺に飲ませたパワーカプセルをへち当てて、何やら言いたいことを言い切った後、がに股で厨房に引っ込んでいった。


 ……現代ではルッカに苛められて裁判にかけられておまけに母親は俺に愛情を全く注いでなくて、未来では女の子の喧嘩の原因にされて妙ちきりんなロボットに頭をどやされるわ肋骨折られるわ懐かれるわ、あげく中世では両生類と魔物退治をして助けに来た王妃にボコボコにされて、今は王様の頼みを聞けば会話の出来ない料理長に数十キロの荷物を投げられて下敷きにされる。俺は前世で何かとんでもない悪事をしでかしたのだろうか? 出て来いよ前世の俺、他の誰でもない俺がその罪を罰してやる。


「……もう嫌だ、限界だ……」


 中世について早々、俺の精神は崩壊しようとしています。助けてゴッド。


 城を出るときにマールとルッカを呼びに行くと、魔力切れを起こしたマールを背負ってルッカが騎士団の部屋から出てきた。二人に感謝した兵士たちがエーテルをくれたのでそれを飲ませて少しだけ休憩する。まだ体がふらつくが時間がたてば治るというマールの言葉を信じてゼナン橋に向かった。あんまり行きたくないなあ、今俺過去に類を見ないくらいナーバスだからさ。


「戦場に行く、か。はあ……なんでこんな事になってるんだろ、今すぐ帰ってまたお祭りでも楽しみたいよな」


 俺の愚痴は二人には届かず、ふと俺だけがなあなあでこの旅を続けてるんだなあと自分を省みた。






 ゼナン橋に着くと、まさにそこは戦場だった。
 橋の中央で骸骨の魔物たちと兵士が切り結び、鎧が砕けさびた鉄の槍が肉体を貫き、動きを止めれば四方から迫る槍に串刺しにされる。死体はそのまま槍に突き刺された状態で魔物たちが楽しげに振り回している。その異常な行動を目にした兵士の一人が喉から悲鳴を吐き出し逃げ惑う。悲鳴を上げて走り回る兵士にかたかたと骨ごと剥き出しの歯を鳴らし骸骨の群れが飛び掛る。命乞いなど、耳の無い奴らには無意味だと分かっていても、自分の体が少しづつ喰われていく様を見て行わない者等いるだろうか? そんな状況は橋のそこかしこで起こっている。……が、それを助ける者などいない。一人それを見た近くで戦っていた兵士が助けようとして骸骨の群れを追い払おうと剣を振り回し近づくが、そこを後ろから貫かれて絶命する。これが一度や二度でなく確実に繰り返されたなら、誰が他人を助けようとするだろう? 優しさや人間性の問題ではない、ただただ無駄なのだ、この魔物たちとの戦いで他人を気遣うというその行為が。
 さらに気づいたこと、それはこの戦場を少しでも見ていれば分かる。魔物たちの攻撃は正確に兵士の命を奪い取ることに対し、兵士達の攻撃はほとんど役に立っていない。力を溜めて、剣の大振りを当てれば骸骨の魔物を砕くことは出来る、だが小さな隙を突いた攻撃程度では傷を与えることしか出来ない。加えて骸骨のモンスターに痛覚などあるわけが無いし、その体力は無限。これは戦いではなくもはや虐殺へとその容貌を変えていた。


「うう、血の臭いが凄い……」


 ルッカが座って、手を口元に当てその臭気に耐えていた。この光景を見て気を失ったり吐かないだけ凄い精神力だよ、俺なんか足が震えて動けそうも無い。
 マールは目を大きく開いて戦場を眺めていた。唇からは強く噛み過ぎて血が流れ、ふー、ふー、と息を荒くしていた。……怒り、なのか?


「! もしや王妃様を救ったクロノ殿ですか?」


「あ、ああ、そうです。あの、これ食料の補給を頼まれて持ってきました……」


 金色の甲冑を纏った兵士……その風貌から恐らく騎士を束ねる階級、騎士団長だろう、に声を掛けられて俺の竦んだ体が動き始めた。
 俺のまだ震えている手で渡した食料の入った包みを見て、騎士団長が「こ、これは!?」と驚きの声を上げた。


「そうですか、あいつが……クロノ殿、もし私がここで死んだならば、弟に……何事だ!!」


 俺に何かを伝えようとした騎士団長が、息を乱しながら走りこんできた兵士に大声を出した。血相を変えたその兵士は呼吸を整えることも忘れて現在の戦況を報告し始める。


「はあ、はあ、ま、魔王軍が、と、突撃を始めました! もう支えきれません!」


「弱音を吐くな! ガルディア王国騎士団の名誉にかけ、魔王軍を撃退するのだ!」


 騎士団長の激励にも兵士の士気は上がらず、涙と鼻水でまみれた顔で首を振る。


「し、しかし、もう兵の数が……騎士団長! もう、もう終わりです! 第一騎士団も第二騎士団も皆死んでしまいました! 残っているのは第三騎士団が半分以下、第四騎士団も瓦解するのは目に見えています!」


 兵士は逃げさせてくれ、もうこんな狂った場所から解放してくれと叫んでいるように見えた。
 騎士団長も戦列の立て直しは不可能だと悟り、苦々しい表情で歯軋りを鳴らす。


「ここが最後の防衛線なのだ。もう一頑張りしてくれ!」


 騎士団長はきっと分かっている。自分は兵士たちに死ねと命じているということに。
 兵士もまた分かっている。自分は死ねと言われていることに。
 枯らした声で、足も震えて、鎧も兜も剣もボロボロで、戦いに耐え切れそうも無い装備で、ぐしゃぐしゃになった顔を振り、兵士は「分かりました」と応えた。
 ……何でだ? 逃げればいいじゃねえか、今戦いに行っても勝てるわけねえのに……


 よたよたと死地に向かう兵士を見送り、騎士団長は俺たちを見回して、兜を脱いだ。……なんだ? まさかあんた……


「クロノ殿、そして御仲間の皆様。どうか、どうか我々に力を貸してくださいませんか? どうか私の部下を助けてくださらんか?」


「言われなくてもそのつもりよ! クロノ行こう!」


「武器の類は効かなくても、私達には魔法があるしね。それでも油断はしちゃ駄目よ二人とも!」


 騎士団長の頼みに二人は自分を鼓舞させて戦いに挑もうとする。
 ……お前ら、本気なのか? それ、冗談とかじゃないんだよな?
 俺がいつまでたっても動かないことに二人が不思議そうな顔をする。不思議なのはお前らだよ、ふざけるな。


「クロノ殿……? あの、どうか」


「……冗談じゃねえ」


「……? あの、今なんと?」


「冗談じゃねえって言ってるんだよ!」


 俺の出した大声に騎士団長はたじろぎ、ルッカとマールはどうしたのかと驚いて俺を見る。だから、俺からすればお前らの行動に驚いてるんだよ。


「俺たちにはここの橋がどうなろうと関係ない! そりゃあ可哀想だと思うし同情もするけどさ、騎士団長さんの部下がどうなろうと俺たちには関係ないんだよ! それに、ここに食料を持ってくる時も思ったけど、俺たちは一般人なんだよ! 本当、いい加減にしろよな、俺たちを巻き込むなよ! 俺たちはこんな戦争なんかで死にたくないんだよ!」


 そりゃあ、今までだって死ぬ危険がある時はいくらでもあった。王妃捜索の時だって、刑務所内での戦いでも、未来で巨大マシンと戦ったときも死ぬかもしれないと思ったさ。でも……今回は間近で見せられた。死ねばどうなるのかをじっくりと見てしまった。こんなの戦えるわけがない、俺たちに魔法の力があるからって他は普通の人間なんだ、まだ子供なんだ、あいつらの槍に刺されたら死んじまうんだ! だから……


 パァン! と音が響き、俺の頭が強制的に捻られる。頬が火傷したみたいに熱い。思わず掌を当ててみれば、痛みが顔中に広がり、そこでようやく俺は叩かれたのだと気づいた。


「俺たち俺たちって、勝手に私を入れないでよクロノ。少なくとも私は関係ないとは思わないし、巻き込まれて迷惑とも思わない。私たちだってこの橋が魔王軍に占領されたら、この旅が終わっちゃうんだよ?」


 マールが俺を睨んでいる。その顔は、現代で城を飛び出したときに国王に向けていた敵意の顔。今までマールには色んな顔を見せられた。笑顔にむくれた顔、悲しい顔に裁判のとき見せた泣き顔。でも、こんな風に敵意を見せたことがあったっけ?


「クロノはこの戦いを見て何とも思わないの? 私たちに力が無いなら、それでいいかもしれない。でも私たちには時の最果てで得た力がある! 私たちなら戦えるの、ううん、私たちだからこそ戦えるの! あの人たちを殺させないですむんだよ!? クロノは……クロノはそんな自分勝手なことを言って、恥ずかしいとは思わない!?」


 ……段々腹が立ってきた。何でそんなに責められなきゃいけないんだ、俺は間違ったことなんて一つも言ってない。別に俺は力なんて欲しいと思っちゃいなかった。そもそも、この旅の目的にだって俺は納得してないんだ、それを……!


「この旅が終わる? 清々するね、最初から未来を救うなんて大言壮語には嫌気が差してたんだ。元々マールの我侭で始まった旅なんだ、この辺で止めてもいいんじゃないか? どうせ王女様の遠足感覚で切り出しただけなんだろうが!」


 マールの顔が蒼白になり息を呑む。ルッカもおどおどと俺とマールを見比べてどうしようと悩んでいる。マールに叩かれて口が切れたので、口内の血を地面に吐き出す。その唾液交じりの血液が地面にへばりついた途端、マールが突然目を怒らせて俺の襟首を掴んだ。


「遠い未来のことだから自分には関係ない? 未来のことは未来? 賢いんだねクロノ、保身第一な考えって楽だもんね! 遠足感覚? 馬鹿にしないでよ、私はちゃんと考えてる! 頭が悪いからあんまり意味無いって思うかもしれないし、関係ない人たちも助けようとする馬鹿って言われてもいいよ! だったらクロノは助けられる力を持っていても使わない、場の雰囲気に怖がっちゃったただの臆病者じゃない!」


「……! お前なんか……」


 場の雰囲気に怖がった? ああ確かにそうだよ、そこらに死体が転がってる今のこの状況が怖くて仕方ないよ、だからってわざわざ指摘するか普通? ふざけるなふざけるなよこの女!!


 ──どこかで冷静な自分が止めろと叫んでいる。


 マールに襟首を掴まれたまま俺は右手の拳を握り持ち上げる。


 ──俺は何をしようとしている? 俺は何を口にしようとしている? それは駄目だ、それは決定的になってしまう。たとえどちらを彼女に放っても。


 俺が何を言おうとしたか分かったルッカが俺の言葉を遮ろうと言うな、と大声で叫ぶ。
 俺が何をしようとしたか分かった騎士団長が俺の右腕を抑えようと両手を伸ばす。
 でも、それらは全て間に合わなかった。


「助けるんじゃなかった!!」


 俺が振りぬいた拳はマールの綺麗な顔に当たり、彼女はその大きすぎる心とは正反対の軽い体を地面に横たえた。


 ──もう、戻れないや。


「マール!」


 絹を裂くようなルッカの悲鳴で、俺は我に返った。マールは信じられないような顔で俺を見上げて、騎士団長がその体を起こして立たせる。……違う、俺は、こうなりたくて今まで戦ってた訳じゃない。だからそんな目で見るな。


「クロノ殿、貴方の助けはもう必要ありません。勿論恨みもしませんので、どうぞお引取り下さい」


 言葉は礼儀を形作っていたが、俺を見る視線には軽蔑という悪意しか見られなかった。騎士団長の言葉に何も言えないでいると、今度は立ち上がったマールが俺を通り過ぎて橋の入り口に立つ。走り出す直前、聞かせるつもりはなかったのかもしれない小さな声が、風に乗って俺に届いた。


「……もう、クロノの友達になんか、なりたくないよ」


 走り去るマールの背中はもう震えていない。足もしっかりと前に動き出せているし、手を大きく振って少しでも早く兵士達の下に向かおうとしている。
 ……ただ、彼女が俺に聞かせた最後の声は、震えていて、聞く者の胸を締め付けるものだった。
 続いて立ったまま動き出さない俺を一瞥して騎士団長がマールの後を追う。
 最後に、両腕を胸の真ん中に置いたままルッカが俺に歩を進める。どうせ呆れてるんだろ? 罵声の一つも浴びせればいいじゃないか。
 俺の考える、いや、望む反応をルッカはせず、俺と同じようにただ俺の前で立っているだけだった。
 何をやってるんだよ、と怒鳴ろうと顔を上げれば、ルッカは泣くでもなく、怒るでもなく、ただ微笑んでいた。それは……いつ頃以来だっけ? そんなに優しい顔をしたのは。
 俺が何か喋ろうと口を動かせば、ルッカはいつも通り、いやそれ以上に感情の見えない顔で俺を見据えていた。


「もしかしたら、これがあんたに見せる最後の笑顔になるかもしれないから……でも本当は……待ってる」


 それはこれから先俺に笑顔を見せるつもりなど無いという意味か、この戦いで死ぬかもしれないという暗喩なのか……両方なのか。最後の言葉の意味は? 俺が聞きだす前に、ルッカもまた俺が逃げた戦場の中に走っていった。


「……俺は……間違ってない、はずだ」


 誰だって死ぬのは怖い。歴戦の戦士だとか、何かの悟りの境地に至ったとかなら分かるさ。でも俺はつい最近まで命のやり取りなんかしたことなかったんだぜ? 今まで潰れなかっただけ俺は凄いじゃないか、偉いじゃないか。マールもルッカも褒めろよ、俺を褒めてくれよ。
 ……あれ、俺ってマールとルッカを褒めたことあったっけ?
 助かったとか、サンキューとか、凄いなお前とか、戦闘で活躍したときとかに感謝したり褒めたりしたことは何回かあったと思う。でも、命を賭けて戦うなんて凄いなあなんて言ったか? 言うわけないよな、俺だってそうだったんだから。でもそれなら逆説的に言って、


「……あいつらが俺を褒めてくれるわけ、ないよな」


 一人思考に没頭していると、いつも曇り空だった中世の空が泣き出して、俺の体を責め立てる。いいぞ、そうして俺を責めてくれるなら俺は俺の罪悪感を薄れさせることができるんだから。
 ああ、でもこの雨はあいつらの体にも降り注いでいるはず。なら結局あいつらは俺を褒めてくれない、慰めてくれない。どうすればあいつらは俺を認めてくれるだろうか?


「……もうマールは、俺と友達になってくれないのかな?」


 あんなに明るく楽しそうに笑う子なんて、俺の周りにはいなかったなあ……
 雨が降ってぐずぐずになった地面に寝転がる。気持ち悪い感覚だけど、これはこれでいい。
 俺は目を閉じて、マールが俺に笑いかけてくれた記憶を思い返すことにした……








「騎士団長! ボスクが、俺の部下が!」


「落ち着け! 冷静さを失うことが戦場では命取りだと教えただろう!」


 騎士団長さんが恐慌状態の兵士の皆に声を掛けるけど、効果は薄い。多分だけど、今回みたいに本格的に魔王軍と戦うのは初めてなんだと思う。小競り合いは頻繁に、けれど総力戦は極力避けていたのかな。
 私は息のある人たちに回復魔法、ケアルをかけて戦場に復帰させる。本当は後方に待機させたいんだけど、皆自分からまた剣を取り戦おうとする。ルッカは先頭に立って炎で骸骨達を焼き払う。あいつらは魔法の力に極端に弱く、裏山のモンスターたちと変わらないくらいにあっさりと倒していった。
 私も治療の合間に攻撃魔法アイスを骸骨の群れに叩き込むけれど、ルッカ程の威力が無い私の魔力を攻撃に回すよりも回復に専念しなさいとルッカが炎を撒き散らしながら言う。あいつらに手を下せないのは悔しいけれど、私は私の出来ることをする!
 ……ただ、何でだろうか? 兵士の皆が前衛として戦ってくれてるのに、今までに無い数の仲間がいるのに、どうしても前衛の壁が薄く感じてしまう。
 その疑問の答えを私は捨てた。その度また心許なさを全身で感じてしまう。
 口ではなんと言おうと、彼は強かった。彼自身は「俺ってこのメンバーに必要?」と皆に聞いてしまうくらいだから強いとは思ってなかったんだろうけど、彼がいればどんな敵にも勝てる気がした。
 未来では途中で抜けた私だけど、大きなミュータントや暴走した機械たちが私たちを狙って大勢現れても、視線の先に彼がいるだけで、彼が刀を抜くだけで負けるわけがないと無意識に感じていたのだ。
 巨大マシンとの戦いでもそう、彼一人を残してルッカの治療に専念したのは、彼ならどんな相手でも勝ってしまうと思っていたからだ。
 ……私自身が気づかないうちに、私は彼のことを……


「ヒーローみたいに……思ってたのかなぁ……」


 治療中の私を守る声が辺り一帯に聞こえる。でも、どれだけ声が重なろうと、私の背中の寂しさを消すことはできない。








 モンスターたちが兵士をターゲットから外し、私に狙いを集中して襲い掛かってくる。骸骨たちの持つその槍が私やマール、兵士達全員に届く前に燃やしてればまあ、当然かしらね。
 結構な数の魔物を焼いたとはいえ、まだまだ敵の戦力は残っている。私はメンバーの中でも一番魔力量が多いため、まだ戦っていられるが、このペースでは尽きるのも時間の問題。しかし、怪我人は増える一方の状況でマールに回復と攻撃を両立して行えというのは酷過ぎる。


「ちっ! ロボがいれば一発で消せたかもね!」


 ──本当に? 本当に私が望むのはロボなの?
 ……一々うるさい、分かってるわよ自分の考えなんだから。
 ふと浮かんだ思考に一人で噛み付く。ああ、疲れが溜まっておかしくなったのかしら? そう思いながらも私は手を休めず詠唱を続けてファイアを唱える。急いで唱えた呪文に、私の魔法の威力じゃ一度に四匹くらいが限度か……それ以上は巻き込んでもダメージはそれほど与えられずにまた襲い掛かってくる。
 ……あいつがいれば、単身敵陣に切り込んで場を引っ掻き回したりするんでしょうね。
 そうすれば私は落ち着いて練った魔法を唱えられるし、兵士達に攻撃も行き辛いでしょうからマールも攻撃に参加できる。なんならあいつの武器に電撃を纏わせる技を兵士達の武器にかければかなり戦局は動くはず……


「……いない人間を当てにするとは、ルッカ様も落ちたわね!」


 炎を走らせている内に、目に見えて力が弱まっているのが分かる。短い間隔での連続魔法詠唱、精神集中だってモンスターたちの攻撃を避けながらじゃ落ち着いて出来るわけがない。
 ……だから? それがどうした、私はルッカだ。相手がモンスターの軍勢であろうが魔王であろうがロボ風に言えばそれこそ運命をつかさどる神様だったって私を負かすことは出来ない、私が負けるのはこの数ある時代の数ある世界の中で唯一人。


「さっさと立ち上がれってのよ……あの鈍感ツンツン頭が……!」


 戦局は劣勢、攻撃も回復も追いつかないこのゼナン橋防衛戦。人間達は思い思いの感情を抱くが、統括すればそれは絶望と呼べるものだった。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2011/01/13 06:46
 しとしとと雨が降り続く中、ルッカとマールが戦闘に参加して一時間が過ぎ、ゼナン橋では今だ剣戟の音が遠く彼方まで鳴り響いていた。


「はあ、はあ、はあ……フ、ファイア!」


 魔法の力は心の力、なるほど、今の磨耗した精神力ではまともな魔法など出るわけがないか、と掌から微かに生まれた炎を見てルッカは自嘲する。倒しても倒しても現れる骸骨の群れ、対してこちらは兵士達の武器が大半破壊され、中には手甲を武器に殴りかかる者までいる。ルッカと同様にマールの魔力も底を尽き、回復呪文の詠唱を口にしても魔法が顕在することは無い。


(ボッシュから買ったポーションも無くなったし、兵士たちが携帯しているエーテルやポーションのような回復薬なんてとっくに無くなった……厳しいわね、ちょっと楽しいくらいよ!)


 魔力が残っていないのならばとルッカは魔法を使うことを止めて今まで敵に向けていた掌にプラズマガンを握らせて連射する。僅かなりにも属性効果のあるプラズマガンだが、兵士たちの攻撃よりは効いているという程度のダメージ。それだけの攻撃で魔物の行進は止まらない。ましてやルッカ以外の人間は騎士団長以外腰が引けて打ち合うということすら避けている状況、王手詰みは近い。


「まだだ! まだ逃げるな! 我々の本分を思い出せ! 我々の名を思い出せ! ガルディア騎士団とは名ばかりの臆病者たちか貴様ら!」


 騎士団長が部下たち全員に発破をかけるが、皆反応は同じ。一様に項垂れて、挑発染みた言葉に何も言い返すことは無い。
 彼らは思考する。俺たちは頑張った、だからもう逃げていいんじゃないか? 今まで魔王軍なんてバケモノたちと戦ってきたんだから、城に帰還してもいいんじゃないか? その結果村が襲われ民が殺されても誰が俺たちを責められる、俺たちは褒められるべきだ、称えられるべきだ、と。奇しくもそれは、対岸で目から光をなくしているクロノとよく似た考えだった。


「はっ、はっ……もう……魔力は使えない……なら!」


 眩暈を気力で我慢して、マールは未来で拾った白銀の弓を手に取り魔物の軍勢に矢を放つ。ルッカのプラズマガンとは違い、マールの弓に属性付与は無い。骸骨たちの骨を折ることはできるが、全身をバラバラにさせるには到底至らない。足を狙い速射するが、一、二匹倒れこんだところで行進スピードに影響は無い。マールは自分の無力さを恨めしく思いながら、それでも愚直に弓矢を打ち続けた。


 一人、また一人と兵士達が血の海に沈む。騎士団長の近くにいる兵士が「これで第三騎士団は全滅だ……もう駄目です! 逃げましょう団長!」と逃亡を求めたことを皮切りに、兵士達が団長の制止も聞かず各々うろたえて騒ぎ出した。その声は「逃げないならいっそのこと投降しよう!」「馬鹿、モンスター相手に何言ってるんだ! 笑って殺されるのが目に見えてる!」「もう嫌だ! 勝てる訳無かったんだこんな戦い!」と言葉の形に違いはあれど、思いは一つ、もう戦いたくないということだった。残った第四騎士団の中には少年兵も数名在籍していたようで、今は遠い父や母の名前を叫ぶ者もいた。


 それらの嘆く声に騎士団長は笑う。楽しいからではない、悲しいからでもない。もう悟ったからだ、これ以上戦い続けるのは無意味、そして無理だと。


(確かに、部下たちはよくやった。私は団長として、サイラスの代わりとして逃げるわけにはいかんが、こいつらはもう逃亡させるも、そして両親の元に帰らせるも自由にさせてやるべきか……)


 腹を決めた団長が退却を宣言しようと息を吸う。もう充分だ、これ以上何が出来る? これはもう戦いではない、蹂躙だ。我々がこれ以上命を賭けようと、散らそうと何の意味も無い。ならば短い間とはいえ生を選ぶのが当然ではないか……


「違うよ」


 騎士団長の、呼吸が止まる。


「全然違うよ、そんなの私たちガルディア王家の者が選ぶ道じゃない」


「マール殿? 貴方は一体何を?」


「控えろ!」


 その号令を耳にした途端、敵がすぐ傍まで近づいて来ているのに、今まで逃げろ逃げろと騒いでいた兵士達ですら反射的に膝をつき頭を垂れた。


(……何故? 何故我々はマール殿に、いや、このような小娘に気圧されて膝をついているのだ?)


 理解が出来ない。事実上壊滅してしまった今では体裁も整えられないが、仮にも自分達は誇りあるガルディア騎士団。何故先ほどまで名も知らなかった娘に騎士にとって最大限の礼を捧げているのか?


「……リーネ王妃」


 さっきまで騎士たちの筆頭となって喚いていた兵の一人が思わず口にしてしまったという顔でマールを見上げていた。その言葉につられて周りの兵士も伝染するように顔を上げて「リーネ王妃?」「リーネ王妃だ!」「リーネ様なのか? ただ似ているだけじゃなくて?」「でも……あの威圧感、堂々たる振る舞いはどう見ても……」と口々に疑惑の声を上げる。それらの声を全て断ち切るようにマールは橋の木板に強く足を叩きつけて場を静寂とさせる。その覇気、その迫力に物言わぬモンスターたちですら立ち止まりマールに圧倒されていた。


(マール……貴方)


 動きを止めていたのは兵士やモンスターだけではない。マールの友人であるルッカもまた彼女の豹変に気を取られ、銃口を下げていた。ルッカは感じる、背中に何か熱いものがぞくぞくとこみ上げてくるのを。何かがこの場で起きることを確信していた。


「私の名はマール。ごく普通の女の子であるただのマール。でも、今だけは違う!」


 右手を広げて演説をするように兵士達を見渡す。その数20弱。マールたちには知る由も無いが、残るモンスターたちの三分の一程度の数だった。
 マールの眼には光が溢れ、見る者に力を与える。もしかしたら、自分は立てるのではないか? と思わせる。もしかしたら自分はまだ剣を握れるのではないか? と思考させる。もしかしたらまだこの戦いに…………と希望を見せてくれる。


「聞けガルディアの誇りある騎士たち! 私の名はガルディア家34代目王女、マールディア! 私の後ろで逃げ惑い生を謳歌するならばそれも良い! 私を置いて各々の思い人の元に走りたければ止めはしない! だが……」


 一拍置いて、マールはもう一度兵士達の顔を、目を見る。もしかしたら…………自分達は最強の騎士団なのだと思わせる何かが、その大きな瞳に灯っていた。
 兵士達は幻視する。目の前の少女が美しい純白のドレスを纏っている姿を。その姿は見るものを昂揚させ、自分達が騎士である事を思い出させた。


(……なんと勇ましく、そしてなんと神々しいのだ、この少女は)


 騎士団長の口からもれる音は言葉ではない。戦場において無駄な口を叩く騎士などいないのだから。
 騎士団長の目から溢れるものは涙ではない。戦場において涙を流すことほど無様な事はないのだから。
 騎士に必要なものは敵を圧砕する力と技、何者にも負けぬ強い心。残るは一つ、入団試験のときから胸に留めている基本にして最も重要なもの。


「私の隣で戦うならば! 私の前で敵を切り裂く刃と化すならば! そなたらは誇れ! 自分はあらゆる歴史において比べることの出来ぬ天下無双の騎士であると!」


「うおおおおおおおおおお!!!!!」


 国に使える、忠義のみ。







 星は夢を見る必要は無い
 第十三話 ゼナン橋防衛戦(後)










「ギガガガガガッ!!」


「砕けろバケモノどもがっ!!」


 醜い悲鳴を上げる魔物を一刀のもと切り伏せて、兵士たちは前進する。訓練もせず、ただ魔物の身体能力だけに頼った攻撃など受ける理由が無い。敵の伸ばした長い槍を掴み振り回して橋の下に叩き落す。武器が砕けてしまった兵士は敵の槍を拾い、奪い、果敢な動きで敵陣に突撃を続ける。
 止まるなかれ、止まれば王女様に追いつかれてしまう。彼女の隣に立ってともに戦う、それが悪いこととは思わない。ただそれでは騎士とは言えぬ。彼女の後ろで敵に背中を見せて逃亡するなど男とすら言えぬ。目の前で奇怪な音を鳴らすバケモノどもは怖くない。怖いのは後ろで自分達を追いかけて、王女の身でありながら魔物と戦おうとする彼女の存在。
 追いつかれるな、彼女が触れる前に魔物を切り、砕き、叩き落せ、彼女に魔物の汚い手が触れることなど言語道断、彼女の美しい手が魔物に触れることなどあってはならない。


「足を止めるな! 我々が恐れる事は死ではない! 我々の恐れるものは何か!? 自分で思い出せ!」


「おおおおおっっ!!!」


 騎士団長の激励が兵士達の前進速度を上げる。魔物の群れはあまりの早さに対処が遅れて後手に回り、反応する前に骨の破片となって海に落ちていく。
 ゼナン橋防衛戦、この終盤で人間達の猛反撃が始まった。








 雨足が緩み、騎士団の叫びが橋の外まで響き渡ってきた。それほどまでにマールの言葉が胸を打ったのか。
 ……完全に部外者となった俺でも胸が熱くなったんだ、騎士団の奴らが燃えない訳はねえよな。
 いつのまにか俺は立ち上がってマールたちの戦いに見入っていた。騎士団は猪突猛進、自分達の命をマールに捧げるという勢いで剣を振るい槍を払って体を弾に変えて雪崩れ込んでいる。あいつらは普通の人間なのに、魔法も使えないのに、戦いを生き抜き誰かを守っている。


「……俺は、一体何なんだよ?」


 人とは違う魔法という力を持っている。あいつらが魔法に弱いのは実証済み、その上俺の仲間があそこで戦っている。
 なのに……俺は何もしていない。俺がやったことはマールを傷つけて殴り飛ばしただけだ。一つだって役に立ってない、むしろあいつらの戦気を削いだだけじゃねえか。
 マールやルッカが危なかったことは両手じゃ数え切れないほどあった。その度俺は走り出そうとするが、近くに転がる兵士の死体が俺を金縛りにさせる。問いかけてくるんだ、「お前は死にたくないだろう?」って。体が動かない間に危機は去って、安堵する。また敵の凶刃が迫り動き出そうとするが、足が根を張ったように動かない。俺は……あいつらみたいに死ぬという恐怖から抜け出せない。
 俺はどうやって戦ってきた? 王妃や巨大マシンという強敵を相手に俺はどういうことを考えていた? 今や俺にプライドは無い。仲間のいない今の俺では誰かにすがる理由も無い。俺は何を思ってあの死地に赴けばいいんだ?


「誰か……誰か教えてくれ」


 返事は返ってこない。本当に誰でも良いんだ、誰か俺の背中を押すだけで良いんだ、そうしたら俺の足や体を縛る縄が解けるんだ。胸を張ってまたあいつらと仲間でいられるんだ。
 俺がこの旅に納得していないのは変わっていない。未来なんかどうでもいいし、魔王がラヴォスとかいうバケモノを召還したって全然構わない。ただ……ただ、あいつらと離れるのは嫌なんだ。
 いつも近くで俺を守り俺が守ってきたルッカと離れるのが嫌だ。
 太陽みたいに笑っておっちょこちょいで時にとんでもない芯の強さを見せ付けるマールに嫌われるのは嫌だ。
 いつも変な妄想ばかりしてるけど優しくて泣き虫なロボと笑い合えないのは嫌だ。


「何だよ、俺、嫌だ嫌だ言ってるだけで何にも出来ねえのかよ?」


 近くに転がる兵士が俺を睨んでいる気がする。何でお前が生きてるんだ、俺みたいに勇敢な人間が死んで何でお前みたいな臆病者が生きてるんだ、この恥さらし、としつこく責めてくる。
 ……もういいや、別に何言われてもその通りなんだから、反論のしようがねえよ。


 溜息を吐いて、今度こそ立ち上がれないくらいに深く座り込む。半端にやろうなんて思うから駄目なんだ、もう見捨てよう、あいつらならきっと勝てるさ、そうしたら一人でゲートを使って家に帰るんだ。母さんと一緒に暮らして、つまらない職業に就いてぼんやりした毎日を送る。幸せなことだろ?


「……死にたい」


「それは困ったの、人数分作ったというのに余ってしまうわい。じゃから止めとけ」


「……え?」


 俺の独り言を拾い上げたその人物は、にっと笑って橋の上を歩いていった。






「よし、この勢いなら橋の外まで魔物を追い出せそうね!」


 これだけ喧騒としている中で、誰かに聞こえるとは思わず私は言葉を口にした。
 マールは本当に凄い、あれだけ意気消沈していた兵士達をここまで高ぶらせて戦局をひっくり返せるのだから。……彼女、現代みたいな平和な時代じゃなくて、中世とか戦争のよく起きる時代に生まれてたら世に名を轟かせたんじゃないかしら? 言葉は拙くとも、あの迫力はそん所そこらの兵士には出せないわよ?
 魔法を使わずプラズマガンだけで応戦していたお陰で魔力が少しづつ回復していった。ぶつ切りに私は敵のど真ん中目掛けてファイアを打ち込み敵の混乱を誘う。その隙を兵士達がかかさず突撃で活用していく。いや、マジでこれだけ勢いのある騎士団はガルディアだけじゃないのかしら?
 兵士達は致命傷は避けて、小さな怪我をものともせず突き進むのでマールも治療に魔力を裂かずにすみ、私と交代しながらアイスを放つ。俗っぽく言うなら、パターンにハマッたわねこれは。


「ぬーん、人間風情が生意気じゃー!!」


「え?」


 がらがらのだみ声が聞こえたと思えば、私たちが来る前に死体となった兵士達が立ち上がり、私に剣を振りかぶってきた。


「ルッカ殿!!」


 危うく脳天を割られるところで騎士団長が兵士の剣を手甲で遮り事なきを得た。でも何で? 相手側に死体を操る魔物がいたってこと!?


 騎士団の皆がいきなり立ち上がってきた戦友たちに戸惑っていると、骸骨たちが端に移動して、列が出来る。その中から随分と高級そうな服を着た緑色の鯰みたいな魔物が下品な笑い声を上げて現れた。……全く、高笑いのなんたるかを分かってないわね。


「ワシは、魔王様第一の部下魔王三大将軍の、ビネガー。偉大なる魔王様の敵に、死を! ワシのかわいい息子達よ! こやつらに死を与えるのだ!」
 

 ビネガー? なんかそんな名前の調味料だかなんだかがあったわね。
 下らないことを考えていると、ビネガーが腕を振るい、また死体だった兵士達が立ち上がり私たちに攻撃してくる。
 マズい、騎士団の皆は死んで敵の傀儡となったとはいえ、自分の仲間を攻撃するのに躊躇い士気が下がってきている! しかも乱戦になれば誰が生きている兵士で誰が死んでいる兵士か区別できない! ビネガー、腹の立つ笑い方だけど結構いやらしい効果的な方法を使うじゃない……!


「んふふふふ、わしの魔力に恐れ入ったか人間どもめ! さあ、大人しく死ぬがいいわー!」


 くそう、性格的に残念そうな奴が一人加わっただけでまた劣勢に塗り替えられたわ!
 騎士団もさっきまでの勢いがまるで消えうせて、疲労が溜まってきてる。……無理も無いかしらね、さっきまでの勢いが奇跡だったんだもの。


「……ルッカ」


 マールが難しい顔をして私の近くに立つ。やっぱりマールにも分かるみたいね、騎士団の状態も、今の状況がどれだけ悪いかも。
 ビネガーの魔法がどんなものかは分からないけど、多分この橋の上に倒れている騎士団全員の死体を操れると思って間違いなさそう……今すぐ全員の死体を操ってこないところを見る限り、ある程度の距離内にある死体しか操れないみたいだけど……仮に今から引いたとしても、ビネガーが追いかけてきて後ろにある死体を動かせば退路が塞がれる。……考えろルッカ、私は天才なのよ、どんな状況でも突破口を見つけ出せるはずなんだから……!


「何、簡単じゃよルッカ。わしがこやつらを全員蹴散らせば良いんじゃ」


 どこかで聞いた老人の言葉に振り向こうとしたその時、後ろから巨大な針が飛んで高笑いしているビネガーの眉間に突き刺さる。うわ、あれで死なないんだ。


 ビネガーに攻撃が当たり魔法が解けたのか、騎士団の死体は動くことを止めてその場で倒れ始める。続けて人間の力で飛ばしたとは思えない槍の投合が始まり、骸骨たちを槍一本に突き三匹ほど巻き込んで骨塊を作り出していく。


「ふむ、ちいと物足りないが、さっさと終わらせんと王妃が拗ねるでな、早めに決着をつけようぞ」


 右手を異形の形に変えて、他の部位を人間の老人に変化して、杖をつきながら悠然と魔物の群れと対峙する。
 私たちの後ろから現れたのは過去、王妃を巡って戦った偽大臣、ヤクラだった。


「チョコレートが雨で溶けてしまう。時間は掛けたくない、行くぞ娘っ子。騎士団は下がっとれ、ここから先は魔法の使えん人間には厳しいものとなる」


 言うが早いがヤクラは老人に変化している脚力とは思えない速さで骸骨の群れに突っ込み、その中ほどで真の姿を現した。その巨体を生かした強力な突進で魔物をバラバラに、凶悪な腕力で骸骨を橋の外に叩き飛ばす。ヤクラめ、私たちと戦ったときは手加減してたわね? あの時の比じゃないわよその強さ!


 まだ戦おうとする騎士団の説得はマールに任せて私はヤクラと一緒に魔物の掃討を手伝う。正直何もしなくても片付きそうだけど、最後に出てきて美味しいところを掻っ攫おうなんてずるいのよ!
 私は自分の口が持ち上がっていくことを知りながら、今日一番の炎を出すべく精神を集中させた。








「ヤクラ……お前まで戦うのかよ?」


 あいつはここに一人でいる俺を責めず、ただ生きていろと言ってくれた。あの様子ではその後に行うだろう王妃要望のお茶会ならぬお菓子会にも俺を招待する気だろう。
 ああ、あいつの作るお菓子は美味かったっけなあ。きっと今みたいなどん底の気分で食べても美味いと思うんだろう。
 ──今更と言われるかもしれない。安全が確保できてから現れる屑と言われるかもしれない。だけど、前は敵だった奴ですら、魔物のヤクラですら人間たちのために戦っているのだ。……ああそうだ、俺が戦う理由が今見つかった。というか今決めた。ヤクラの登場が俺の背中を押してくれるなんて、なんだか癪だけど、感謝しよう。戦う理由もヤクラに関連することだけど、恥なんて思わない。俺の戦う理由なんて俗っぽいもので充分だ。


「精一杯動いた後で食べるお菓子の方が、美味いもんな」


 俺は雷鳴剣の柄に手を置き、風のように走り出した。








「くう~、なかなかやるな」


 私とヤクラのコンビに全ての骸骨が倒されたビネガーは後ろを向いて私たちに背中を向けて走り出した。こいつを生かしておけばまた戦いが続く、こいつの魔法は面倒くさいし、敵に残しておきたくないわ!
 ヤクラと一緒に逃走を始めたビネガーを追う。後ろからも騎士団を説得したマールが後を追いかけて走ってくる。マールったら、あれだけやる気溢れる騎士団を説得できるなんて、流石は私の友達ね!


「残るのはあの鯰じいさんだけ? へへっ、私たちの勝ちが見えてきたね!」


「安心するのはまだ早いわよ、あの緑鯰、見かけ通りにうっとうしい魔法を使うからね!」


「お主等、もう少し言い方というものを考えるべきではないか?」


 額から汗を流すヤクラ。いいじゃない、事実なんだし、あいつも自覚はしてると思うわよ? さっきから文句を言おうと振り返るけどモゴモゴ口を動かすだけで結局逃げてるし。


「あーんもう! 待ちなさいったら!」


「逃げ足だけは早いわね」


 いい加減覚悟を決めて欲しい。というか逃げるなら逃げるで一気に空間移動とかしてほしいものだ、中途半端に走って逃げるから私たちも本気で追わなくてはならない。いや、逃がすつもりは全く無いけどね。


「少々、お前達を甘く見過ぎていたようだ。しかし、今度はそうはいかんぞ。殺っちまえ! ……え?」


 振り返りざまにまた兵士の死体を動かし私たちを襲わせようとさせるが、死体が動き出した瞬間ヤクラがそれを弾き飛ばし海に放り込んだ。……可哀想だとは思うけど、ビネガーなんかに操られるくらいなら良いのかしらね……?


「下らんのう、これがわしの仕えていた魔王軍の幹部とは。これならこの金髪のお嬢さんに仕えていた方がずっと誇りを持てるわい」


「ち、ちくしょー! こ、今度こそお前達もお終いだぞ! ホントだぞ!」


 まさか瞬殺されるとは思っていなかった大臣が頭からカッカッと湯気を出してヤクラの挑発に腹を立てる。まあ、私もこいつが自分の上司なら仕事先を変えるわね、go○gleとかに。


「ふん、負けおしみね。顔に赤みが差して気持ち悪い色になってるわよあんたの肌。ナメック星人でももうちょっと分を弁えた色をしてるわよ」


「お前なら良いトコ最長老かの? ああ、勿論肌の色だけじゃが」


「二人が何言ってるか分からない……」


 今度貸してあげるわマール。中盤の展開は本当に燃えるわよ、尻下がりスロースターターの投手ゴクウが右投げ左打ちに変えようとする所なんか泣かせどころね。


「ぬううん! 行け、ジャンクドラガー! 魔王様の敵を叩きのめせ!」


「えっ!?」


 ビネガーが体中から魔力を放出すると、私たちの後ろに積み重なってあった骸骨モンスターの破片が動き出し、私たちの前で合体していく……その隙にビネガーはこの場を離れていった。


「あくまで自分は戦わずか……大した幹部じゃ、尊敬するわい」


 明らかな嘘をついて大臣は合体して人の形を造っていく魔物を凝視する。その大きさは私たちを越えて、ヤクラさえも越えて……背高五メートル程で合体が終わり、巨大な骸骨、ビネガーの言うジャンクドラガーが降臨した。
 上半身は人間のそれに酷似していて、時々肋骨の部分が開き呼吸をしているように見える。頭蓋の部分には一つ一つは小さいが数の多い歯がずらりと並び、目の部分には水晶のようなものが付いている。下半身にも眼球が存在し、腰骨の部分から牙のようなものが生えてあり、骨の癖にぐじゅると唾液のようなものを垂らしている。なにより理解しがたいのは下半身と上半身が連結されておらず、上半身のパーツが少し浮遊しているところか。重力の法則を無視するのは機械だけで充分なのよ!


「これは……モンスターのわしが言うのもなんじゃが、薄気味悪いバケモノじゃな……」


「どうしようルッカ、対策法は?」


「まだ戦ってないから分かんないけど……とにかく私とマールで全力の魔法を唱える、ヤクラはその間時間稼ぎをお願い!」


 心得た、とヤクラがジャンクドラガーに向かって突進を実行する。私とマールはすぐに魔法の詠唱を行い精神集中……するはずだったのだが。


「グガアッ!!」


「ヤクラ!?」


 迫ってきたヤクラにジャンクドラガーは伸ばした肋骨を突き刺し、そのまま天高くまで持ち上げた。その後何度か地面に叩きつけてこちらに投げ飛ばす。不味い、あの出血量は命に関わる!


「マール! ヤクラの治療をお願い! 私はなんとかこいつを抑えてるから!」


 私が言うまでもなくマールは体中から血を流しているヤクラに近づき、今まで唱えていた詠唱を破棄、すぐに回復呪文の詠唱へと切り替えた。
 私はジャンクドラガーに視線を移し、あの伸びる肋骨に注意する。とはいえ、私の瞬発力であのスピードを見切れるか? 小さな骸骨だった時に効果の薄かったプラズマガンがこいつに効くとは思えないし……


 敵の攻撃、私がすべき攻撃を分析する。少しの間睨みあって、長い連戦で切れかけていた集中力が途切れたのか、自分でも気づかない知覚の空白を縫ってジャンクドラガーが私に肋骨を猛スピードで伸ばしていた。
 ……駄目だ、この速さは私じゃ対処できない。例え細心の注意を向けていても、避けきるのは無理だろう。
 そのまま目を閉じてしまおうとする目蓋を意地で開きつつ、私は誰かが走る足音を聞いた。








 走りながら途中で落ちていた一際長い槍を拾う。長さは二メートル半。その光沢からモンスターたちの持っていた槍ではなく騎士団の誰かが持っていたものだと考える。


(……ここだな)


 近づいてくる俺の姿にマールが小さく驚きの声を出す。悪いな、いつまでもねちねち怖がっててさ、でも、今戻ったから。まだ怖いけれど、もう逃げたりしないから。
 手に持った槍を棒高跳びの要領で床に刺し、しならせながら反動で高く飛び上がる。視点はちょうどでかい骸骨のバケモノと同じ。随分高いところから人を見落としてるんだなお前、俺がお座りを教えてやるよ。


「だああああっらああぁぁぁぁ!!!」


 槍を手放した後すぐに雷鳴剣を抜き空中兜割りを叩き込む。真っ二つとは言わないが、ルッカに伸びる骨は止まり、地面に倒れさせることに成功した。俺の仲間に触骨プレイしようなんて性質が悪いんだよ。


「ク……クロノ?」


 呆然としながら俺に問いかけるルッカ。まあ、色々と言いたい事はあるがまずこれだけは言わせて貰う。


「ルッカ、チョコレートケーキは俺のだからな」


「え?」


 分からないだろうな、まあヤクラも気を失ってるみたいだし、この場で俺の台詞の意味が分かる奴なんていないだろうさ。
 でも良いんだ、俺の登場台詞はこれくらいがちょうど良い。決め台詞なんて用意出来るほど余裕のある人生送っちゃいねえんだから。さあ、ヤクラのお菓子会が待ってるんだ、王妃様が拗ねない内に終わらせちまおう。


「ルッカ! お前の出来る最っ高のファイアをぶつけてやれ! 俺が時間を稼ぐ、むしろ遅かったら俺一人で倒す!」


「な……! あ、あんたこそやられるんじゃないわよ! 後で治療するにもマールの精神力は限界近いんだから、あんたなんて回復してやらないから!」


 それ良いな、一発でも食らえば応急処置もしてくれねえのか、面白すぎるだろ。
 会話中に骸骨親分が肋骨を伸ばして俺を刺し殺そうとするが、俺は右側に避けて肉薄する。もうちょっと楽しませろよ、俺からすれば久しぶりの会話に感じるんだから!
 側面に立って下半身部分に回転切り。何処が急所だか分からねえんだ、とにかく滅多切りを敢行してダメージを与えてやる!


「ガアアアアッ!」


 ダメージを受けて、というよりうっとうくて吼えた様子だな、やっぱり雷鳴剣単独じゃあ効果が薄いか……? だったら。


「サンダー!」


 相手の頭上に雷を落とすタイプではなく、俺自身の体から電流を放出させる形で魔法を発動する。俺の体を伝って雷鳴剣に流れる電力がさらに増す。……今まで、これで切れなかった敵はいないんだ。お前にも効くだろうぜ!
 ザリッ! と嫌な音を立てて雷鳴剣が骸骨親分の左足を切り取る。本当は両足とも切り落とすつもりだったんだが……文句は言ってられねえか。


「ギグアアアア!!」


 骨でも痛覚があったのか、人間にやられて悔しいという感情があったのか、骸骨親分は耳を塞ぎたくなる奇声を発し、下半身が上半身から分離して治療中のマールに近づく。マズイ! 俺を無視してそっちに行くとは思ってなかった!
 焦って走り出そうとするが、骸骨親分の下半身はルッカの万全のファイアに焼かれて三歩と歩けず地面に炭を残した。俺に満面の笑顔でサムズアップをするルッカに俺は苦笑いを返す。
 お前、そんなトンデモな威力のファイアを俺に当ててたのかよ?


「なにはともあれ……残るは上半身だけだな、イリュージョン骸骨!」


 俺の近くに浮遊する上半身。しかしどうしたものか、俺の刀じゃ浮遊しているこいつには届かないし、相手に浴びせるタイプのサンダーも命中率は悲しいほど低い。ここはルッカのファイアを待つしかないか?
 ほぼ真下にいる俺に骸骨親分は口から火炎を吐きだして距離を取った。こいつ、火炎魔法が使えるのかよ!? 万能じゃねえか!


「クロノ! 距離を取られたらまた肋骨を伸ばして攻撃してくるわよ!」


「分かってるけどさ! 間近で火炎魔法ってのは辛いぜ!? どっちが厄介かって言えばまだ肋骨の方が避けれる分始末が良い!」


 火炎に服や腕を軽く炙られながら俺は転がって火を消す。ああ、一発も食らうつもりがなかったんだけどな……まあ、これくらいならマールの回復魔法じゃなくてもポーションで治るだろ。
 ルッカの言うとおり離れた位置まで移動した骸骨親分は肋骨を伸ばして俺とルッカに攻撃を仕掛ける。俺はともかくルッカにこれを避けるのは厳しいだろうと、雷鳴剣で肋骨を弾き飛ばす。……? 弾き飛ばす?


「おいルッカ! 多分この上半身には俺の魔法が効かねえ、切り飛ばすつもりで弾いてるのに傷一つつきゃあしねえんだ! お前の魔法が頼りだぜ!」


「……分かったわ、と、今完成したわ、があんたに言う言葉ね! さっきよりでかいの行くわよ! ファイア!」


 ルッカが呪文を唱えた瞬間、地面に生えている雑草が枯れて、俺も呼吸が苦しくなる。あの馬鹿、辺りの水素を蒸発するくらいの炎を出しやがった! 離れててくらい言えっつーの!
 その炎は形容するに業火球。上に掲げたルッカの掌の先でちろちろと炎の舌をちらつかせているそれは、業火球そのものよりもそれを作り出しにや、と笑っているルッカの方が恐ろしかった。赤く染まった大地の上で顔を歪めたお前って、正に魔王だよな。


「吹き飛びなさい! この三下アアアァァァ!!」


 骸骨親分に着弾した途端炎の竜巻がその場で生まれ、小さなきのこ雲を空中に浮かび上がらせた。飛び散った火の粉の一つ一つが骸骨親分の吐き出した火炎と同じレベルって……魔族を圧倒する魔力を持つ女。次代の魔王は決定したかもしらん。


「……クロノ、私たち、失敗した、かも」


「ああ? 何言ってんだよ。あんだけ凄い火炎だぜ? バラバラに吹き飛んだかドロドロに溶けたか、とにかくこれで俺たちの……」


 着弾地点を見ると、全魔力をつぎ込んだルッカのファイアを受けて、骸骨親分は無傷のまま浮遊していた。……おいおい、こいつ、俺の天の属性だけじゃなく、火の属性まで耐性があるのかよ!?
 完全に決まったと思ったんだけどな……とこぼしながら刀を構えると「私だって全力を出したのにこれなんだから、結構へこんでるわよ」と文句というか、愚痴を言われた。
 しかし天の属性、つまり雷関連の攻撃が効かないとなれば俺の雷鳴剣は勿論、ルッカのプラズマガンだって効くとは思えない。残るはマールの氷魔法だけだが、マールはヤクラの治療にかかって手が離せない。
 いっそ、そこらに落ちている普通の武器で切りかかるかなと思っていれば、マールの制止を聞かず傷だらけのヤクラが背中を起こしていた。


「マ、マール。わしのことは今は良い、まず先にあいつを倒すことを考えい……」


「駄目だよ! 貴方凄い傷なんだよ!? 私の回復魔法でもまだ完全には治せてないの! 早く寝て治療を続けさせて!」


「はあ、はあ……今ここでジャンクドラガーを倒さねば、どの道全員死ぬのじゃ、ならば、わしの治療よりも先に奴を倒すことを優先せんか……」


 何度も拒否をするマールだったが、ヤクラの説得に根負けして、俺たちの近くに走ってきた。……あいつ、ジャンクドラガーっていうのか。途中参戦だからその辺の情報全然知らないんだよな。


「……あの……クロノ」


「話は後だ、今はあいつにアイスを唱えてくれ。魔力はまだ残ってるか?」


「う、うん。あの人にかけるケアルの魔力を残しても、あと三発は撃てるよ」


「充分だ、頼んだぜ」


 詠唱に入ったマールを守るのが俺の仕事だ。とにかく動き回ってジャンクドラガーを俺に注目させる!
 地面を蹴り、時には石を投げたり雷鳴剣の鞘を投げたりととにかく俺だけに注意を集中させる。さっきの火炎で足をやられてなくて良かった。俺から移動力を取れば何も残りはしないんだから。俺にとって数少ない自慢の足で引っ掛き回せ!


「……!?」


 まだまだ体力が残っているはずなのに、体が重く感じる。意識も混迷としてきて、頭に血が入ってこない。まるで貧血のような眩暈が起きる。
 よく目を凝らしてみれば、俺の体から赤い光が漏れて、その光がジャンクドラガーの口の中に入っていくのが見える。これも魔法なのか? くそ、足に力が入らねえ……


 今が好機とジャンクドラガーが口を開き俺に迫る。肋骨を伸ばす遠距離攻撃じゃなく確実を期して直接噛み砕くつもりか!
 体を横に飛ばそうと左に飛ぶが、力が入らずに地面に倒れるだけとなる。あいつめ……最後まで切り札を隠してたのか……
 俺の体がジャンクドラガーの口に砕かれる寸前、マールと目が合った。その顔は頼もしそうに笑っていて、こんな状況でも俺は笑ってしまった。だって、これで俺たちの勝利が確定したんだから。


「アイス!」


 悲鳴を上げる暇も無く全身が凍りついたジャンクドラガー。氷塊となりながらもまだ氷の中で動いている生命力には感心するよ。
 俺は倒れたまま最後の力を振り絞り近くに刺さってあった槍を抜き、下から突き出して粉々に砕く。……これで、ゼナン橋の戦いは終わりだ……。


「やったわねクロノ!」


「ああ……あとは大臣を治療して……! マール避けろぉ!」


「ふぇ?」


 飛び上がって喜んでいたマールに体を砕かれながらも頭だけで動くジャンクドラガーが歯を伸ばして迫る!マールはまだ自分の身に何が起こっているか分かっておらず、ルッカの速度じゃ間に合うはずも無い! 俺は体の力が抜けて立ち上がることさえ……


 そこから世界がスローモーションとなる。
 御都合的に俺だけが動くなんて奇跡は働かない。
 ゆっくりと、ゆっくりと、マールの体にジャンクドラガーの鋭い歯が近づいて……


「どかんかリーネー!!!」


 そこで世界はクリアとなる。


「……え?」


 後ろからマールを押しのけたヤクラが、ジャンクドラガーに串刺しにされている光景を鮮明に見せるために。
 数十はあるジャンクドラガーの歯が、ヤクラの体を貫き、地面に咲く草花を赤く彩っていた。ヤクラから流れる血は止まるはずも無く、ジャンクドラガーが死んで塵と消えた後でもヤクラの傷だけは消えないまま、ドシンと地面を揺らしてヤクラが倒れた。


「ヤクラーっ!!」


 ルッカがすぐに駆け寄り、俺も力の入らない足腰を𠮟りながら這ってヤクラに近づく。マールは回復魔法を使うことも忘れて呆然と自分の顔に付いた血を手で拭い、倒れているヤクラを見つめていた。


「マール! 早く回復呪文を!」


 ルッカの声が耳に届き、マールはヤクラにケアルを使う。確かに傷は塞がっていくが、全ての傷穴が塞がるのには長い時間がかかると予想できた。ヤクラがそれまで生きていられるとは思えない。ただでさえ血を失っていたのだ、さっき動けたのも気力のみで自分の体を立たせたのだろう。


「な、何で……? 何で私を助けたの……? 貴方は、貴方はこの時代の王妃様を愛してるんじゃなかったの?」


 瞳から大粒の涙をこぼしながら、マールが何で、何で、とカラクリのように繰り返す。目を瞑っていたヤクラが、その大きな手でマールの涙を拭おうとするが、顔まで手を持ち上げることすら叶わず、残念そうに笑った。


「何で、じゃろうなあ……あんたがリーネ王妃にダブって見えた。そうすれば、体が勝手に動いてしまったんじゃなあ…………ううむ……困るのお、いや……全く困ったわい……腕が、上がらん……」


「ヤクラ!」
「ヤクラさん!」


 ルッカとマールが消え行くヤクラの存在を繋ぎとめようと必死に声を掛ける。戦いが終わったことを知り、足を引きずりながら到着した騎士団も、今の状況が分かったのか、痛ましそうに顔をゆがめる。それはそうだ、ヤクラはモンスターだけど、彼ら騎士団のために戦った。正確には王妃の為なんだろうけど、それは彼らにとっては同じこと。王妃を守るというのは、彼ら騎士団の目的でもあるのだから。


 うっすらと開いた眼で、ヤクラは小さく、本当に困ったように笑った。


「これでは……チョコレートが……作れ……ん……わ……」


「……ヤクラ?」








 ゼナン橋防衛戦にて。
 死者98名。
 重傷者12名。
 軽傷者23名。
 生き残った兵士達が、皆口を揃えて言う事がある。
 我々は、本当の意味で稀代の英雄を見た、と。
 後の世でモンスターであるヤクラの名を知るものは少ないが、ガルディア王家に代々伝わる宝物庫の中に彼を描いた絵画があると言われている…………














 少し遠ざかっていた雨が、また強くその存在を強調し始めた。
 誰もその雨を防ごうとは思わない。誰も城に帰還しようと言い出さない。誰もがまだ帰るべき人数が揃っていないと感じているのだ。王妃様が心待ちにしている者がいないのだ。


「あんたがいないなら、誰が王妃様を笑顔にしてやれんだよ……」


 俺の言葉に答えを返すものはおらず、ヤクラの体は塵となり、海の向こうに流れていっても、誰もその場を動けなかった……






























 王妃とヤクラ








 王妃の部屋を出て修道院の台所に向かう。まさか、怖がらせるだけ怖がらせて殺すつもりだった王妃の我侭を聞くためにお菓子を作るハメになるとは……これが終われば王妃を背に乗せてお馬さんごっこ……悲しいを通り越してなんだか笑えてしまう。


「大臣ー、早くしないと私はお腹が鳴って泣き出してしまいそうです……」


「泣いては駄目じゃ! 泣く子は鬼に攫われてしまうぞ!? すぐに作って持って行くからちょっとだけ待つのじゃ!」


 いかんいかん、早く調理して王妃がぐずるのを防がなくては! わしは駆け足で台所に向かった。


「しかしヤクラ様はいつあの王妃を喰らっちまうのかね?」


 その途中わしの部下のモンスターが何か話しているのを聞き、物陰に隠れて会話を聞く。


「さあな、自分で食べる気がないなら、俺たちに譲ってくれないもんかね? あんな美味そうな人間はそうそういねえぜ?」


 やれやれ、わしが捕まえた人間が美味かろうが不味かろうが関係ないじゃろうに……
 おっと、こんなことをしていて王妃が泣き出してはいかん。早く厨房に向かわねば……


「なんなら、俺たちで勝手に食っちまうか?」


 走り出そうとした足が止まる。


「良いねえ、どの道殺すつもりなんだし、俺たちでヤッちまうのも悪くない」


 ……気にするな、あの王妃がこの程度のモンスターにやられるわけはないし、仮にやられたとしてもわしにすれば万々歳じゃ。むしろわしはこの部下どもにエールを送って……


「どうせあの王妃はお頭がイッちまってるんだ、適当に騙せばサクッと殺せるさ」


「そうだな、あいつの好きなお菓子に毒でも混ぜるか? 簡単に食っちまいそうだぜ」


 耳障りな笑い声が頭に響く。それが何故か、今とてつもなくわしの機嫌を損ねる声に聞こえて、腹の底にマグマが溜まっているような錯覚を覚える。


「ん? ヤ、ヤクラ様!? ど、どうなさいました?」


「…………消えろ」




 ふう、これでまた部下を補充せねばならなくなった。全く面倒なことじゃ。それもこれもあの王妃が悪い。全くどういう教育をうけたらあんな我侭な娘になるのか。


「うむ、後は形を作るだけじゃの」


 エプロンを腰につけてお菓子を作る姿、これはわしの子供達には見せられんのお。そもそもお菓子などという嗜好品をモンスターは好まんからな。人間とはつくづく不思議じゃ、こんなチョコレートとやらであれほど満面の笑みを浮かべられるのじゃからな。
 昔一度、わしも口にしてみたことがあるが、どうやらモンスター全体に合わないのか、わしの種族に合わぬのか、食べて飲み込んだ途端吐き気が収まらんようになった。よく王妃が一緒に食べようと誘ってくるが、わしはすぐに断るようにした。
 ……ただ、最近王妃の誘いを断るのが辛くなってきた。あいつめ、わしがいらぬと断れば酷く悲しそうな顔をするのじゃ。理解できん……理解できんが、何故かそれを見ると悲しい気持ちになる。
 ……悲しい気持ち? 自分で言ったがよく分からんな、そもそもわしらモンスターに感情などあるのか? いや、決して無い訳ではない。人間を食べるときに嬉しいと感じ、人間を殺すとき楽しいと感じ、人間に抵抗されると怒りを感じる。うむ、無感情というわけではない。
 話は戻るが、何故王妃はあのようによく笑うのだろうか? わしがお菓子を作るたびにあいつは笑う。一緒に遊ぶたびに声を上げて笑う。夜寝るときに本を読んでやると、やっぱり笑う。分からん。
 ……わしの子供たちを、わしは何度笑わせてやったじゃろうか? 魔族ならこんなことを考える必要は無い。家族間とはいえ、基本的に不干渉が基本。礼儀はあれど、そこに愛情など無いのだから。


「……愛情……」


 わしが王妃に感じるものがそれだとしたら? 王妃が笑うたびにこの胸が温かくなる理由がそれだとしたら?


「ふん、馬鹿馬鹿しいわ」


 だが、時々考えることがある。もしわしが人間で、リーネの父親だったら、と。
 きっと厳格な父親になろうと躍起になるが、結局今と同じでリーネの我侭を聞いてしまうのだろう。その光景が容易に目に浮かぶ。
 お菓子も沢山買ってやるし、終いには今のように好きなお菓子を自宅で作るようになるだろう。
 おもちゃを沢山買い与えて、終いには今のようにぬいぐるみを作ったりするのだろう。
 そしてリーネは笑うのだ。初めて作った苦いチョコレートでも口いっぱいに頬張って美味しいと言って笑うのだ。
 そしてリーネは笑うのだ。初めて縫い物に挑戦したわしの不恰好なぬいぐるみを抱きしめて、ありがとうと言って笑うのだ。


 わしは本物の父親ではないけれど、あの本物以上に手の掛かる王妃はわしの想像を育てるためにわしに攫われたのではないかと思う。
 都合の良い想像だとしても、わしがそう思う分には問題あるまい。それはわしにとっての真実になる。


 出来るならば少しでも長くこの想像が続くように、そんなことをわしは願ってしまう。
 今わしがつけている、この前王妃がわしにプレゼントしてくれた手作りのエプロンを握り締めながら、自分の未来を想像した。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/08/12 03:25
 雨の中、騎士団長が「この戦いの結果報告は私たちが行います。貴方たちは勇者様を追うのでしょう? 勇者様は伝説の剣、グランドリオンを手にするためデナトロ山に向かいました。今ならまだ追いつけるでしょう」とまだヤクラの死を悼んでいるマールの肩を叩いて言う。
 ……王妃様の泣き顔を見ずに済むのは有難い。俺たちは騎士団長の言う通りそのデナトロ山に向かったほうが良いだろう。ただ、一つ気になることがある。


「騎士団長さん、その勇者様とやらはここで戦わなかったのか? 騎士団の皆が必死に戦ってるのに」


 騎士団長は気まずそうに視線を逸らして「勇者様は我々が盾となり、道を切り開いてこの橋を渡らせました。勇者様とはいえ子供でしたので、近くの人間が倒れていくのは辛かったのでしょう、戦闘には参加できる様子ではありませんでした」


 ? 勇者なのに戦闘に参加できなかった? 馬鹿な、魔王軍を倒そうとする勇者がそんなんでいいのか? 聞いた限りじゃ俺と同じように怖がって騎士団を見捨てて逃げたようにしか聞こえない。とりあえず橋は渡ったようだが。うーむ……


「……デナトロ山、か。マール行きましょう、ここで泣いてばかりじゃ、ヤクラも悲しむだけよ」


 ルッカの都合の良い台詞に、マールは返事をしないまま立ち上がる。俺たちがいくら言っても、ヤクラに庇われたマールの傷は深い。恩を返すことも出来なくなったのだから。


 騎士団と別れる前に、騎士団長が俺に走り寄り、自分の兜を手渡してくれた。これは、俺にくれるってことか?


「クロノ殿、最初は勇気を持たぬ人だと思っておりましたが、それは間違いでした。貴方は挫折しても、そこから這い上がる真の騎士の心を持っています。このゴールドヘルムはそんな貴方にこそふさわしい。どうぞ受け取って下さい」


 尊敬の眼差しで俺に兜を譲る騎士団長に、俺は頭を下げて礼を言う。その兜はずっしりと重く、彼の今まで戦ってきた歴史が詰め込まれているようだった。


 ゼナンの橋を去る俺たちに騎士団全員が、肩を借りたり剣で自分を支えながらも立ち上がって敬礼をしてくれた。少し照れくさいので、後ろを見ずに右手を振り、彼らの応援を胸に歩き出す。


 ……騎士団から俺たちの姿が見えなくなった所まで歩くと、俺はごっつい重たい兜を海に放り込んだ。あの人、善意でくれたんだろうけどさ、今まで被ってたから汗臭いわ色は金色で派手だわ血が付いてるわで使いたいとは全く思えない兜だった。まあ、今度会ったときには魔物との戦いで壊れたと言っておこう。


 このままデナトロ山に行ったところでボロボロのマールとルッカが戦闘をできる訳がない。雨の中戦い続けたおかげで体力の消耗も激しく、特にマールはヤクラの一件で精神的にも憔悴している、俺たちは砂漠のような砂の海の中央に、数本の木が近くに立つ一軒家を見つけ、中に入らせてもらう。
 中にはマールと同じ金色の髪の綺麗な女性、フィオナという女性が一人で住んでいた。彼女は魔王軍との戦いで行方不明となった夫、マルコを待ちながら、一人でこの辺り一帯の荒れ果てた大地に緑を植えようとしているらしい。
急に家に入ってきた俺たちに怪我の治療と布団を貸してくれた優しい女性だ。これで夫がいなければ夜には俺のフィーバータイムが始まったのに。


 その日の夜、夜中になんとなく目が覚めた俺はベッドで寝ているはずのマールの姿が見えないことに気づく。ルッカを起こそうとして肩を揺さぶれば寝ぼけたまま俺にハンマーを投げてきた。天才バスケット高校生みたいなことをするなこいつは。
 ルッカはそのまま起こさずに雨の止んだ外に雷鳴剣を持って飛び出した。あいつ、まさか妙なことを考えてるんじゃないだろうな……えらく落ち込んでたみたいだし……
 

 別に俺もルッカも気にしていない訳じゃない。何度か会話もしたし、ヤクラが良い奴だということも知っている。きっと今も王妃様が泣いていることも想像できる。だからこそ、俺たちは俺たちでできることをしなければいけないんだ。落ち込みっぱなしではこれから先の激戦を耐え抜けるわけがないのだから。


「くそ、何処に行ったんだよマール……まだちゃんと仲直りしてねえんだぞ!」


 外は建物の類は一切ない砂漠、視界を遮るものは無い。ここから見えなければ、マールは随分遠くに行ったことになる。


「とりあえず、家の周りを一周してみるか……」


 ざくざくと砂を鳴らしながら、家を中心にぐるりと周る。すると、雲の隙間から漏れる月明かりの下、穏やかな光に照らされながら、マールが木にもたれて座りながら小さく囲まれた星空を見上げていた。月光に当たる金色の髪は風になびいてその美しさを一層際立たせる。薄い色素の白い肌は透明感を増して今にも消えそうな儚さを演出している。ただ一つ、不満があるとすれば、頬を伝う一筋の涙。


「……マール」


 俺の呼びかけに首を動かして、俺を見る。その眼には初めて出会った時のような輝きが、無い。


「クロノ……ごめん、心配させちゃった?」


「……いや、まあいきなりいなくなればさ」


「ごめんね、ちょっと一人で、静かに考えたくて」


「そうか。ルッカの寝言は煩いからな、静かに考え事をするなら外に出るのは正解だ」


 たはは……と細く笑いながら涙を拭うマールが、酷く無理をしているように見えて、俺はマールの隣であぐらをかいた。せっかく水洗いしたのに、また汚れちまったな。まあ、マールの服も汚れちまってるんだし、別にいいか。


「私ね……ヤクラさんとちゃんと会話したこと無いの」


 二人で夜空を見上げていると、マールが俺に聞かせているのか曖昧な声で話を始める。俺は目線を空に向けたまま、耳を傾けた。


「助けてもらったのに、こんなこと言ったらあれだけど、ずるいよね。ヤクラさんにどういう気持ちを持てばいいのか分からないの。だって、私たちを助けてくれたけど、どういう人なのか知らないんだもん。名前だってルッカがヤクラって呼んでたから分かっただけ。あの人から直接聞いたわけでもないの。……なのに、いきなり私を庇って、死んじゃった」


 堪えようとしている涙がマールの眼から溢れて、自分の服を濡らしていく。今度はそれを拭うことはしなかった。


「ねえ、私のために命を捨ててくれた人がいた。私はどうすればいいの? どうやって笑えばいいの? もう私は笑っちゃいけないのかな? クロノ、教えてよ」


 俺に問いながら、上を見続けるマール。涙を流さないようにするためだろうか? 例え手遅れだとしても、それがマールの意地なのか。俺の手を握りながら縋るマールは、それでも自分のプライドを捨てない。


「……忘れろとは言わない。それが出来れば一番かもしれないけど、そんなことはマール本人が許さないだろ? だから……ずっと覚えていればいい」


 俺に触れている手がピクリと震える。本当に正しい言葉なんか知らないし、俺を守って誰かが死んだなんて経験が無い俺にそんなものを期待されても困る。でも、俺の想像で出した答えなら、マールに伝えることが出来る。


「ヤクラっていう魔物がいて、そいつは俺たちのために戦ってくれた仲間だったって、ずうっと覚えてればいいんだ。多分、それだけでヤクラは笑ってくれるから」


 あいつは、王妃が泣こうとすると困った顔をしていた。だったら、王妃と間違われるくらいに似てるマールが泣いてたら、あいつは喜ばない。だから……


「笑おうマール。今すぐじゃなくて良い、明日からいつもみたいに見る人全員を元気にしてくれる笑顔で、胸を張って生きよう。俺もルッカも勿論ヤクラも、そうすれば一緒に笑えるから」


 時間は丁夜を過ぎる頃。月まで響く大声でマールは号哭し、俺の体を抱きしめた。


 マールの体温を感じながら、俺は口に出せば必ず殴られるだろうな、という考えを頭の中で浮かべていた。
 ……これ、フラグ立ったんじゃねえ?


 地平線より太陽が覗くまで、俺たちは一本の木の下で影を重ならせていた。







 星は夢を見る必要は無い
 第十四話 恐怖のグランドリオン回収









「御世話になりました」


「いえ、こんなところで一人住んでいると誰かの声が聞きたくなるものなんです。またいつでも来て下さい」


 朝になり、眠たい眼を擦りながらフィオナさんにお礼を言って家を出る。俺たちが向かうのはデナトロ山、ではなく、山村のパレポリ村となった。フェイオナさんが昨日の夜近くのサンドリア村に買い物に行った際、勇者は一度実家のあるパレポリ村に戻ったと聞いたのだ。あいつの出身地ってサマルトリアじゃなかったんだ。こんだけ色々連れまわしておいて。


「……クロノ? 随分眠たそうじゃない?」


 パレポリに向かい、森林が見え始めた頃ルッカが口端をひくつかせながら俺の肩にぶつかってきた。何だよ、龍が○くならバトルところだぞ。


「なんかね、マールも眠たそうなのよねー……あんたら昨日の夜何してたの? フィオナさんから聞いたんだけど、二人して外に出てたらしいじゃない? ……それもなんか泣いてるマールを? あんたが? 優しく抱きしめてたーみたいな話をね? 聞いたのよねー」


 ちょいちょい疑問挟んで間を空けるなよ、あと歯軋りしながら顔を近づけるな、大変怖い。教師の顔に馬糞を投げつけて捕まった時も教師がそんな顔をしてた。そっくりだよお前、50間近の男の教師に。


「何か勘違いしているようだから言っておくが」


「……何よ? どんな弁明をするのかしら?」


「……マールルートに入っただけだ」


「濡れ場経験をしたのか貴様ァァァァァ!!!」


 今日のファイア
 三連発、追加としてプラズマガン五発、ハンマーで殴打、速過ぎて計測不能。
 右腕が動きません。左足が焦げてちょっと良い匂いがします。上手に焼けましたー!


「……ケアルで治るのかな? あれ……」


 俺のハートを一番傷つけたのは、昨日あれだけ良い感じだった俺をあれ扱いしたマールの言葉だったという。真の敵は思わぬところにいるのだよ。
 ルッカの誤解は俺の股間に業火球を投げようとしたところでマールが解いてくれた。もう無理だこのパーティー。俺が生存できる可能性が著しく低い。ていうかもうルッカおかしいよルッカ。人をハンマーで殴るとか鬼畜の所業だもん。むしろその域を超越してる。


「ねえ、クロノ?」


「何だよマール。もう貴方の右腕は動かないとか言われたら俺は復讐の悪鬼と化すから言葉には気をつけろよ」


 俺にケアルをかけながら、妙にそわそわしているマール。買ってもらったおもちゃの袋を開封する時のように眼が輝いている。


「私たち、友達よね!」


「……今更だろ、そんなの」


 曇り空は深く、太陽はその姿を隠しているけれど、想像よりも風が湿気を帯びず、軽やかに舞う。
 うん、今日は悪くない天気だ。




 パレポリ村に着いた俺たちは、勇者の家を探し中に入る。村人達は躁状態でこの村から勇者が、勇者がとやかましい。お前達が勇者って訳でもないんだ。便乗してテンションを上げるなうざったい。
 家の中には勇者の父親しかおらず、本人はもうデナトロ山に向かったとのこと。言わないようにしてたけど言うわ。勇者とかもうよくない? 必死こいて子供の勇者を探してる俺らって多分馬鹿だぜ? 別にそいつがロトの血を引いてるわけでもあるまいし。
 二人もそう思っていたようで、気分直しに一杯引っ掛けようぜと酒場に向かう。マールが「大人にならないとお酒は飲んじゃいけないんだよ!」と委員長みたいなことを言うので「子供は大人になる前の通過儀礼として何度か酒を飲まないといけないんだぜ? もしかして知らなかった?」と馬鹿にしたように言うと「しし、知ってるもん!」と少しどもりながら返す。良いね、騙されやすい子は大好きさ!


 酒場に着くと嫌な噂、というか話を聞いた。


「この前この酒場に大きな蛙がここに来て酒を注文してきたんだ、ぶつぶつと王妃様萌え……と呟きながらな。まったく気持ち悪いったら」


 絶対あいつだ。もう二度と関わらずにいようと思っていたのに……こんなところでその存在を知らされようとは、つくづく運が悪い。
 酒を飲まずに出ようとすれば、ルッカが「カエルか……ねえクロノ、久しぶりに会ってみない?」と言い出した。ルッカ、もしかして熱でもあるのか? 座薬入れてあげようか?



「マニアック過ぎるわよど変態。これから辛い戦いがあるんだから、カエルみたいに凄腕の剣士がいればこの先楽になるんじゃないかと思うのよ」


 嫌だなあ、あいつスペックは高くても基本屑だぜ? 本当に嫌だなあ、公衆便所で財布を落とすくらい嫌だなあ。
 マールは「私を助けてくれた人でしょ? 会いたい!」とわくわくしてるし。断れないよなあ、何で勇者を探すためにここまで来たのに大きな蛙なんか見ないといけないんだよ。
 ぶつぶつ文句を言う俺を引きずってルッカは酒場を出る。歩くから手を離せ、お前握力エグイから痛いんだ。


「その蛙お化けに会いたいなら南のお化けカエルの森に住んでるみたいだ、モンスターがいるから気をつけるんだな」


 酒場から出る前に俺たちに余計な情報を提供してくれたおっさんが声を掛ける。どこまで俺を不快にさせるんだこの男は、臭い口臭を撒き散らしやがって。
 マールがありがとー! と手を振れば、汚い髭面をゆるめて手を振り返す。マール、お前水商売的な仕事とか向いてるんじゃないか?




「うわ暗っ! 前見づらっ! クロノ、あんた先頭に立ちなさいよ、それで虫とかを追い払って、もしくは体につけて離さないで。私虫とか嫌いなんだから、こういう薄暗い森は嫌いなのよ」


「お前の理不尽さにはほとほと愛想が尽きた。残るは殺意唯一つ」


 ルッカの人間の底が見える発言には思わず刀を抜きかけたがその前にルッカの抜き打ちが早かった。そういう星の元に生まれたのさ俺は。諦めるのには慣れている。


 お化けカエルの森はガルディアの森ほど広くは無いが、それ以上に道が荒く、森の木々が邪魔をして光が入ってこない。カエル以外の人間が通らないので木の伐採はおろか、舗装さえされていないのだろう。かろうじて人が通った形跡のある道を進んで奥に向かう。流石は人外。住んでいる所からして違う。
 
 俺たちの前に現れたモンスターだが、ルッカが目に付いた瞬間焼き払うので大変楽だったと言っておこう。俺たちと一緒に戦ったカエルほど大きくは無いが、蛙型のモンスターが大半だったのでルッカが悲鳴を上げながら魔法を唱えるのは痛快だった。いいぞ、もっとルッカを怖がらせろモンスターども。
 
 マールもルッカの傍若無人ぶりに思うことがあったのか、俺と一緒にルッカが慌てる様を見て笑っていた。この子は本当に良い子だ、今度またキャンディを買ってあげよう。
 ただ、蛇のモンスターがその蛙モンスターを食べだした時は思わず凍ってしまった。うわ、カマキリが他の虫を捕食するところは見たことあるけど、これだけでかいと迫力あるなあ。ルッカを見るとジャンクドラガーにぶつけた時ほどでかいファイアを作り出していた。
 そうして傷ついた心を癒していると、半泣きになったあたりでルッカが笑っている俺とマールに気づき、炎を仕掛けてきた。真顔で逃げる俺たちを炎が追いかける、まさか追尾型? どんどんレベルアップするなあルッカの魔法は。
 
 俺たちの逃走劇はマールに「ごめんクロノ……貴方のことは忘れない!」という言葉と同時にかけられた足払いで終了となった。うわ、炎ってこんなに赤いんだ。とりあえずマールは俺の呪うリストのトップを飾ることになった。あのビッチまじありえん。




「……さあて、ここに来るよう言ったのは誰だ? 俺は終始反対してたよな? じゃあ俺を丸焼けにしたルッカか? それとも俺を裏切った挙句逃げ切ったマールか?」


 二人は俺の言葉に顔を逸らして汗をたらりと流していた。こら人の話を聞く時はちゃんと相手の顔を見なさい、そんなんじゃ内申書に傷が付くぞ? 俺は全然怒ってないんだから、いや叩っ斬りたい衝動が生まれつつあるけど、全然怒ってないよー?


 草むらに隠れた梯子を見つけ、恐らくカエルの住む所だろうと梯子を下ると、下にはベッドやタンス、食料や水など誰かが住める環境があり、間違いなくカエルの住処なのだろうが……テーブルの上に一枚のメモが。


『留守です。勝手に物を取ったりしないように。王妃様は可』


 間違いなく留守だった。
 俺たちは中の食料を丸ごと頂き、持ちきれない分はぐしゃぐしゃに潰した。水は飲めるだけ飲んで、残った分は水の入っているタルに穴を開けて地面に浸透させた。服の類はルッカの裁縫技術を駆使して腕や足が入らないようアレンジした。お洒落過ぎてもう町が歩けなくなれば良い。
 全ての悪戯を終えた後、悪いのはカエルではないと思い至ったが、もう今更だよな、と三人で笑いお化けカエルの森を後にした。ちょっと、スッキリしていた。




 森を抜けてデナトロ山に向かう。村で聞いた話では、フィオナさんの家から北に山の入り口があるとのこと。一度フィオナさんに会おうかと家に着くが、ちょうど買出しの時間だったようで留守だった。仕方なく俺たちはまたデナトロ山に進路を向ける。最近歩いてばっかりだ。無駄足も多い、お百度参りかっつの。


「ねえクロノ!」


「何だマール、もといビッチ」


 全力全開なパワーで俺に膝蹴り。諦めるなよ! もっと頑張れよお! と自分に言い聞かせて胃の中のものを吐きながら立ち上がる。こいつが王女だなんて認めねえ、何が何でも認めねえ……!


「あのね、勇者様ってどんなのかなあ?」


「お前みたいな悪人以外を救う優しい人のことだよ」


 ファンタスティックな肘鉄が脳天を貫く。幸せを掴め夢を語れ! 未来への切符はいつも白紙なんだ! と自己暗示を完成させて鼻から脳みそが出そうな気分を抑えて両足で立つ。


「まだ子供なんだって! 凄いなあ、どんな子なんだろ!」


「お前の薄汚れた性格じゃあ想像もできない立派な子なんだろうな」


 天はざわめき地は恐れる、世界よ謡え! これが武というものだ! なモンゴリアンチョップ降臨。もう……ゴールしていいよね? と儚げに笑いながら倒れる俺。両肩脱臼は免れない。


「楽しみだなあー」


 鼻歌まじりにスキップスキップ。もし世が幕末ならば、お前なんか問答無用に切り捨てていたものを……
 理不尽な世界を呪い、俺は両腕をだらりとぶら下げながらデナトロ山を目指して歩き出した。




「うっひゃ~ッ!」


「誰だよこの御時勢でそんな古い叫び声をあげるのは? ルッカか?」


 俺は寝言でもう食べられないよとか言う奴が大嫌いなんだ。そういうよくあるネタみたいなことをされると股裂きをしてやりたくなる。小学校の時カーテンに巻きついて遊ぶ? 誰もしねえよそんな馬鹿なこと!


「クロノ、上、上」


 ルッカが人差し指を上に向ける。何だろうかと顔を上げると小さな、ロボくらいの子供が半べそをかいて何かから逃げていた。まあ逃げるのは良い。だが逃げながら子供は手を振り回している。それもいいだろう。ただ一つ問題があるのは、振り回した手が木や岩にぶつかるたび粉々に砕き、その残骸が俺たちに向かって落ちてきているということだ。……落ちてきているぅ!?


「うっひゃ~ッ!」


 思わず子供と同じ叫び声を出しながら逃げ回る。いや、小学校でカーテンに巻きつく、確かにあったわそんなこと、うん。
 逃げ回って岩や木が俺にぶつかっているのを横目にルッカは落下物をファイアで焼き払い、マールはアイスで氷柱を作り防御壁としていた。おまえら良いなあ、俺もそんな風に色々応用の効く魔法が良かったなあ。


「な、なんだよあのガキ、人間じゃねえだろあの力!」


 上から何も落ちてこなくなると、俺は体中に痣を作って文句を言う。あ、左の二の腕紫色になってる。


「もしかして、あれが勇者なのかしら?」


「あの逃げ回ってた小僧が!? 確かに規格外の腕力を持ってることは認めるが、ふざけんな! 勇者ってのは勇ましい者と書いて勇者なんだよ! クロノと書いて美しいと読むように!」


「キショイねクロノ。でも、あれが勇者様なんて、ちょっと複雑だなぁ……」


 流れるように溢したその言葉、俺は忘れんからなマール。


 勇者? が逃げた方向を見ていると、また勇者が走って現れる。次、俺たちに危害を加えるようなことがあれば仮に勇者だとしても制裁を与えてやる。斬殺凍死火あぶりのどれかは選ばせてやるが。


「こ、ここは、とんでもないトコだ! あ、あんちゃん達も、アブナイぜ とっとと、ズラかんねーと」


 小物臭満載な台詞を残して、子供はまた走り去っていく。……勇者ェ……
 そのまま何も考えることが出来ず立ち尽くしていると、山の道、その奥からモンスターが三匹現れた。正直、今の気分は戦うようなもんじゃないんだけどさ、そういうことを言っても戦わなきゃいけないんでしょ? そういう空気が読めない所を改善できたらもっと愛されるようになると思うよモンスター君。


 モンスターはオレンジの髪を揺らし、二メートル以上ある巨体で地面を揺らして俺たちに近づいてくる。弓形に曲がった口から先の尖った牙が見え隠れして、腕と足は丸太のように太く、岩でも砕きそうな力がありそうだった。
 三匹の内真ん中のモンスターは身長と同じくらいの長く大きな木槌を持ち、ぶんぶんと振って落ちている木の葉を舞い上げていた。なんていうか、もっと穏やかにいこうぜ、な。


 モンスターたちは俺たちが武器を取り出すと立ち止まり、その笑みを深くした。木槌をもつモンスターはその巨大な武器を回転させて、地面に叩き付けた。瞬間小さな石は一斉に飛び上がり跳ねた。モンスターのくせに力をアピールするとは、さては目立ちたがりだな?


「グオオオオオオオ!!」


 リーダーらしい木槌を持つモンスターが吼えると、残りの素手のモンスターが飛び掛る。マールがアイスを使い凍らせようとするが、その巨体から想像できない機敏な動きでかわし、俺に自慢の腕をぶつける。咄嗟に雷鳴剣を抜いて受けるが、モンスターの皮膚が硬く、切り飛ばすどころか少しづつ押されてしまう結果となった。


「くっ! こいつら強いぞ、マール、ルッカ! 早く魔法で援護を!」


 後ろに飛んで膠着状態から抜け、助走を加えた切り込みを当てようとするが、残る一匹が俺にタックルを仕掛けてきたので中断、回避する。
 硬い、速い、強い、全体的に強いモンスターってのは初めてだな……俺の魔法を使って切れ味を増せば切れるかもしれないが、どうにもそんな隙は無さそうだ。詠唱を唱えた途端またさっきのタックルを当ててくるに違いない。


「まだ充分な詠唱はできてないけど……ファイア!」


 ルッカのファイアは自分で言った通りまだ完全では無かったのか、少し火力が弱いように見えるが仕方が無い。このままなら俺が倒されその勢いで後衛の二匹もやられてしまうだろう。
 炎は素手の二匹の頭上を越えて、リーダー格のモンスターに襲い掛かる。なるほど、上を倒せばこいつら二匹は無力化できると踏んだのか!
 いきなり自分を狙うとは思っていなかったのだろう、木槌を持つモンスターは襲い来る炎に驚いて武器を手放してしまった……しかし。


「あ、ああ!」


 ルッカが短く叫んだ理由、それはファイアが木製の木槌を標的にして、モンスターには当たらなかったこと。ルッカでさえ、まだ使いこなせてないってのか、魔法ってやつは!


 俺たちが後ろずさり、ここは一度引くべきか? と考えているとリーダー格のモンスターの様子がおかしい。燃え尽きた木槌を見てなにやら泣いているように見える……あれ?


 モンスターたちは三匹集まり、木槌を燃やされたモンスターを他の二匹が慰めている。


「え? これってあっちゃんが徹夜で作った奴やろ?」

「うん……お母さんも手伝ってくれて、お父さんも良くできたなって言うてくれてん……」

「嘘やん、もう跡形もないで……どうする?」


 子供だったの? とかお前ら人間の言葉喋れるのかよ、とは言わない。今それを言うと無粋な気がしたし。てかなんだろ、友達とふざけてたらおもちゃを壊して静かになったようなこの空気。ミニ四○とかで遊んでるとよくあったよね。


「ルッカ……酷いよ」


「え! 私が悪いの!?」


マールが眼を細めてルッカを睨み、非難する。正直俺はルッカが悪いのかなあ? と思うが、ルッカを堂々と責める機会なんて早々ないからここは乗らせてもらおう。


「ああ、いくらモンスターとはいえ誰かのものを燃やすとはまともな人間のやることじゃないな」


「クロノまで! だってあいつの木槌って、どう考えても武器だったじゃない!? 燃やして何が悪いのよ!」


 あくまで自分の非を認めない(非?)ルッカがモンスターたちに指を向けるとすすり泣くような声が大きくなった。 


「武器ちゃうもん、これ、折角作ったからいっくんとゆうちゃんに見せたかっただけやもん……」

「あっちゃんの木槌持ってる姿、格好良かったで? また作ろ? 僕らも手伝うから、な?」

「うん、一緒に作って、出来たらまた遊ぼ、今度はもっと大きいん作ったるやんか」


 これ何ていうタイトルの友情ドラマ? 『木槌・オークハンマー~貴方は、今まで泣いた事がありますか?~』みたいな感じ? 売れる気がしねえ。


「ルッカ、あっちゃんに謝ったほうがいいよ」


 マールよ、あっちゃんて。


「マール、お願いだから眼を覚まして。あいつらはモンスターなのよ!」


「ルッカが人だのモンスターだので差別するような奴とは思わなかったよ。幻滅だぜ」


「ううう……あ、あっちゃんごめんなさい……」


 僕らも悪かったから……いきなり遊ぼうとしてごめんなさい……と胸の痛むような言葉を残してトボトボと去っていくモンスターたち。あれって戦いを挑んだんじゃなくて、じゃれてただけなんだ? 
 すっごい後味悪い戦闘だったな、ルッカの奴は目が死んでるし、マールはまだルッカに怒ってるし。俺はいつ笑えばいいのか分からない。怖いところだぜ、デナトロ山……!


 俺とマールの言葉の集中砲火をくらって意気消沈しているルッカを見て、戦闘は無理かもなと考え時の最果てのじいさんに連絡し、タバンさんの手で修理を終えたロボを呼び寄せることにした。いつものルッカなら絶対に反対しただろう決定に今のルッカはただ頷き交代に賛成した。……いつもあんななら俺が平和なんだけどなあ。


「デハ、これからはワタシが皆サンをサポートします」


「ああ待てロボ、これからは戦闘が続くだろうから、そのボディは脱げ。デナトロ山を出ればすぐ着せるけどな」


 俺の言葉に頷いて、ロボはボディを脱ぎ、ルッカの元に転送させる。いいねこの機能、あの時の最果てのじいさん結構役に立つじゃねえか。


「とうとう僕の出番ですか……それで、僕の力でこの山を薙ぎ払えば良いんですか? 僕としてもこの山の生物を蒸発させるのは辛いですが、正義という大いなる大儀のためには価値のある死、王業を背負う僕だからこそ下せる決断かもしれませんがね……」


「お前の発言には一々うんざりする。これから先無駄口は叩くな。そこら辺に生えてる草でも咥えてろ」


 しゅんとなりながら素直に雑草を抜き取りその葉っぱだけを咥えるロボはとても滑稽だった。でもなんだかマールが怖いから止めなさい。あの子基本的にお前に甘いから。あの子お前みたいな可愛い系の男の子が好きなアレな子だから。


 俺、ロボ、マールの三人パーティーは何気に初めてだったが、中々上手く回るパーティー構成だった。マールが飛び出してくる魔物を氷で足止め、立ち止まった敵をロボのレーザーで消して取り逃しを俺が片付ける。いまいち俺が活躍してないけど、俺の役目も大事なはず。ロボが取り逃したことないから、俺何もしてないけど。

 デナトロ山の宝箱はアイテムが豊富に入っていた。ミドルポーションにエーテル、エーテルの高級品ミドルエーテルにどれだけ深い傷を負っても意識を取り戻せるアテナの水まで手に入れた。アテナの水という名称を聞いてテンションの上がったロボがまた病気な言葉を使いだしたが無視、無視。
 他にはロボの新しい武器が落ちていたり、銀色のピアスやイヤリングを手に入れたが、マールは耳に何かを付けるのは嫌だということでイヤリングは捨てて、俺はピアスを付けたが二人が「似合わない」と言うのでポケットに入れた。俺だってアングラな男になりたいと思う時だってあるのに……
 山を登っていく中分かれ道に出くわした。右側に進めば行き止まりだが、宝箱が置いてあり、左側はまだまだ先に続く道が見える。先に宝箱を回収しようと右側に進めば草むらの中にデナトロ山入り口で出会った木槌三人組がせっせと太い丸太を削っている姿が見えたので見つかる前に戻る。宝箱を取るためにあんな気まずい思いをするのはごめんだ。どうせしょうもないアイテムしかない、そう心に言い聞かせて。


「なあマール。ここまで登ってから言うのもなんだけどさ」


 俺はさっきから、正確にはデナトロ山を登りだした時から感じていた疑問をマールにぶつけてみようと声をかける。


「何? クロノ」


「勇者らしきガキがここから逃げ出したのに、俺たちは何をやってるんだ?」


「……そういえばそうだね。どうしよう? ここまで山道を歩いてきたのに無駄足なの? 私足に豆が出来て痛いのに……」


「僕が治療しましょうか? このエンジェルビクタードットコムビームで」


 お前のケアルビームは色んな名称に変わるなあ。最初に聞いた名前と随分違って聞こえるんだが。どうせその場で思いついたカッコいい言葉を言ってるだけなんだろう。


 勇者云々は置いといて、この山にあるグランドリオンという剣を持っていこうという話になった。伝説の剣というなら凄い切れ味なんだろう、俺が使わせてもらえば良いさ。ロボが「伝説の剣!? 僕が持つ僕が持つ!」と煩いのは腿キックで黙らせて歩行再開。……あのね、蹴った本人に抱きつくのはおかしいと自分で思わないのかロボよ。


 それからもモンスターは懲りずに現れたがさらりと撃退。下らん下らん、これならロボ一人で倒せそうだ。実際そうだったけどさ。俺のパーティー内におけるレゾンテートルが見つからない、家に帰ってシロップでも聞こうかしら?


 俺の持病であるヘルニアが猛威を振るう中、ようやく頂上に辿り着いた。右も左も谷底、滝の流れる音が嫌に耳に付き、見回せばいかにも妖しい『ここが目的地だよ!』みたいな洞窟があった。もうちょっと分かり辛い場所にあるかと思ってたよ、マスターソードみたいにさ。


 洞窟の中に入ると思わず眼を閉じてしまう。外よりも風が強い、天井に大穴が空いてあり、そこから強風が入り込んでいるようだ。あああ、強い風は腰に響くかららめえ。
 腰を手で押さえながら少し屈む。……なにやら二人の子供が遊ぶ声が聞こえてくる。あれか、あの子供勇者(笑)がここにいるのか? と心なしか顔が怒りに歪むが、俺の予想は外れてロボよりも小さな子供が無邪気に跳ね回り、キャッキャッと遊んでいた。……何か怖いな、こんなところに子供だけで遊んでるだなんて。都市伝説にありそうなシチュエーションじゃないか。


「あははあははー!」

「楽しいね、楽しいねー!」


 イカレとる、右脳も左脳もイカレとるこの子供たち。ここは一つロボの回転レーザーで除霊してもらおうとロボに頼むが青い顔で「何考えてるんですか!」と怒られた。ちっ、何常識人気取ってんだよ。これはあくまで必要悪であって……


「クロノ! あれってもしかして……」


 マールが興奮しながら俺の論理展開を邪魔する。彼女の視線を追うと、そこには大仰な剣が地面に刺さっていた。あれがグランドリオン? あんなでかい剣振り回せる気がしねえ。どっちかって言うとカエルのような本職の剣士が持てそうな……やめよう、思えばそれは形になってしまう。


「とにかくあれは持って帰ろう。最悪城に持って帰れば大金をせびれるはずだ」


 俺のアイデアを聞いて二人が引き気味だが関係ない。偉大な思考を持つ者に世間は冷たいものなんだから。


「ダメッ!!」


 今さっきまでラリっていた子供の一人が剣に近づくと石を握った手で殴ってきた。この子達の親何処ですかー? 礼儀とか云々が足りないどころじゃないですよー? これ殺人容疑ですよー? だから少年法なんか無くせって口を酸っぱくして言ってるじゃないか!


「お兄ちゃん達も、取りに来たの? グランドリオン」


「先にお前の質問に答えるならイエスだ。そしてお前らは兄ちゃんの頭から出る赤いものを見て何か言うことはないか? 無いなら裁判だ裁判。訴訟の準備は出来ている」


「うーん、そーか。ちょっと待っててね……。おーい、グラン兄ちゃ~ん!」

「どーした、リオン? やれやれ、またか……グランドリオンを手に入れて勇者としての名声がほしいんだろ? くだらないよ……」


 俺の! 俺の! 俺の話を聞けえ!


「人間って、バッカだねー。手にした力をどう使うかが大事なのに……」

「そんな当たり前の事も分からないから人間やってんだよ」


 打ち合わせでもしてたのか、テンポ良く会話を続ける二人組み。無視されて落ち込む俺に半笑いで肩を叩いてくれるマール。もうお前のルートなんて行かない。六週位してもお前のルートなんて選ばない。フラグが立ったような気がしてたけど気のせいだったぜ!


「どーする、兄ちゃん?」

「決まってるだろ、試すのさ。少しばかり、遊んでやろう!」

「うん! 行くぞー!! ぴゅぴゅ~ん!」


 ガンジャでも使ってるのか? と心配するような奇声をあげて糞ガキ二人がその場で回りだす。やばいやばいこれ末期症状だ。サナトリウムにぶち込むだけじゃ駄目臭い。やっぱりロボにレーザー発射を命令するが、今度は無視される。俺の仲間は何処にもいないのか。


「ウ、ウ、ウウウウ!!」


「クロノ! この子たちモンスターだよ!」


 二人の姿が小さな子供から豹変していく。耳は尖り、肌は黄土色へ、目蓋が広がり眼は横長に。身長は俺とロボの中間程に伸びて服装も垢抜けない汚れたものから白く胸の部分に十字架のマークが付いた神官服に変わっていく。強い風をバックに俺たちを見る姿は確かに、人間のものではなかった。
 ……だからレーザーを撃っとけば良かったんだ。半端な道徳心は時に己を滅する銃となる。


 戦闘は二人の糞ガキ、グランとリオンのペースだった。一発一発の打撃はそれほどではないが、そのスピードはロボの照準でも捕らえきれない程で、正に風と化していた。
 俺の刀は掠りもせず、ロボの加速付きタックルですら軽くいなされる。マールの弓は巻き起こる突風に煽られてまともに飛ぶことすらできない。一度俺の腕に弓矢が当たってからマールは魔法に切り替えた。まず俺の腕を治療しろ!
 俺は自分の腕に手持ちのミドルポーションを乱暴にぶちまけて、がむしゃらに剣を振り回す。眼で追えないんだ、とりあえず攻撃を食らわないように、と考えた結果だが、常に背後から殴られて意味を為さない。腰は! 腰はやめんか!


「ジリ貧じゃねえか……」


 ついに膝を突いて肩で息をする俺に糞ガキは殴るわ蹴るわのやりたい放題。楽しいか、お前ら。そうかそうか。絶対斬る!
 痛む体を無視して立ち上がり二人の体を面でなく線で捉える。俺の動体視力はメンバー1なんだ、必ず当ててみせる!
 気合を入れて鞘に入れた剣を居合いで抜き、左から刀を払う。俺に近づいていたリオンに雷鳴剣が甲高い唸りを上げて迫る。


「遅いよ、お兄ちゃん」


 捉えた気になっていたのも束の間、リオンの誘いだった隙に斬り込んだ俺はあっさりと避けられて顎を膝で持ち上げられて宙を飛ぶ。一度バウンドして倒れこんだ俺に踏みつけの追撃。くそ、速さに特化した敵がここまで厄介とは……


「アイス!」


 マールの魔法でリオンは飛び上がり俺から離れる。さらにダメージを負う事は無かったが、さっきの流れで大分体力を削られた。刀を握っているのが精一杯だ、とてもじゃないがあいつらに当てられるほどの斬撃を放てるとは思えない。
 ロボもなんとかくらいつこうと懸命にグランとリオンに迫るが、タックルは当たらず、レーザーも出すだけ無駄になってきた。……あ、あいつ頭を蹴られて泣き出しやがった。勘弁しろよ結構やばい状況なんだから……!


「うわあああんグロノざあんー!!」


「グロノって誰じゃい! っおい馬鹿引っ付くなって!」


 ロボに足を掴まれた俺は格好の的。俺の上半身を眼に見えないパンチやキックで揺らしていくグランとリオン。だるまさんはこんな気持ちで子供達に殴られてたのか、今度街中で見かけたら拝むことにしよう。


「ぐええ、ろ、ロボ! とにかくレーザー、レーザーを出来るだけ全方位に撃て! 避ける空間も無ければあいつらにも当てられるだろ!」


「い、一度にぞんなにいっぱいレーザーは使えません、え、エネルギーが、ぐすっ、足りないですよぉ」


「ええい泣くなうっとおしい! そういえば……お前のエネルギーって、電気だよな? えぐふっ!」


 話している最中も容赦なく、間断なく拳の嵐が俺の体を通り過ぎる。こいつら……動きを止めた後のことを覚えてろよ、児童相談所に駆け込むことも出来ないような体にしてやる……!


「うえ、僕のエネルギーですか? そりゃあ、電気ですけど……」


「だ、だったら俺の魔法で電気を供給してやる! だからそれで特大のんぐっ! れ、レーザーを作れ……」


 俺の顔が膨れ上がり服の下から血が滲み出していく姿を見てロボは唇をかんで涙を堪え、力強く頷き俺に背中を預けた。いいか、眼にモノ見せてやるんだぜ!


「ぐ……サンダー、全開だ!」


 詠唱なんて悠長なことは言ってられない。だからその分俺の少ない魔力を全部消費して体から最大の電流をロボに流し込む。ロボの顔が苦痛に歪むが、今だけは我慢してくれ、痛いのが大の苦手なのは分かってる。後ろ手に俺の手を握っている力が強まっていく度に罪悪感が広がるが、もうお前のレーザーに頼るしか無いんだ……


 なおも魔法で俺たちの援護をしてくれているマールに目線で離れろと合図を送る。何をしようとしているかは分からずともマールは走って岩陰に隠れた。出来れば洞窟から出て欲しかったが、そこまでするとグランとリオンも避難するかもしれない、そこが妥協点か……


「ク……ク、ロノさん……そろそろ、限界です」


「そうか……ならぶちかませ、なるだけ派手にな!」


「は、い!」


 俺の許可を得たロボから、青白い閃光が四方八方に線となり飛び出していく。その光線は合計十六本、岩石を吹き飛ばし壁を穿ち天井の石錐を落として洞窟内の自然物を破壊する。グランとリオンは上下左右から迫る熱線から身を捩り避けようとするが徐々に増えていくレーザーの嵐に体を焦がし地に伏せることとなった。


「はあ……はあ、魔力消費が早すぎるが、出たとこ勝負で編み出したにしては悪くない戦法だったな、頑張ったぞロボ」


「うう……ま、まあ僕の力はアカシックレコードですら計測できない永劫の記号ですから、ただ飛び回るしか能が無い輩に僕が敗北の一途を辿るなど、釈迦如来ですら想像できませんよ……痛い……」


 ロボの意味不明な言語も今は聞き流して頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてやる。ちょっとした痛みでも心が折れるロボが電流の痛みに耐えて頑張ったんだ、今はとことん労ってやろう。


 マールも俺たちに近寄ってロボを思い切り持ち上げて抱き締める。ロボの奴顔を真っ赤にしやがって、初心なことだな、俺と代われ。


「くっ……兄ちゃん、コイツら、やるね」

「ここまで手こずったのはサイラス以来だ」


「何いっ!? まだ立てるのかよお前ら!」


 三人でロボを持ち上げて胴上げしていると、さっきまで曙みたく倒れていた二人が立ち上がり、よく分からない奴と比較をしていた。どっかで聞いたことがあるような無いような……いや、やっぱり無いな。


「どーする、兄ちゃん?」

「決まってるだろ。本気でいくんだよ!」

「よーし! 今度は……」

「遊びじゃないぞ!」


 一々交互に話すなよ、どこまで台詞を決めてるのか知らんが、実に面倒くさい。もうどっちがリオンでどっちがグランかさっぱり分からん。マナ○ナよりもそっくりなんだから見分けが付かねえ。


「勇気のグランと……」


 あ、お前がグランね、どうせすぐ忘れるけどさ。


「知恵のリオン!! コンフュ~ジョ~ン!!」


 二人が片手を天に掲げて大仰な台詞を回しあい、互いの体をくっつけて気持ち悪い色を発光させる。あれか? もしかして合体とかいうやつか? ふざけんなもう戦えるような状態じゃねえんだ特に俺は!


「おら」


 合体中の二人に大き目の石を投げる。片方の顔に当たり合体が中断して、二人で俺を睨む。何だよ、合体とか名乗りの最中は攻撃しちゃいけないなんて法律は特撮物だけなんだよ。俺たちはショッカーじゃねえんだ。


「コンフュ~ジョ~ン!!」


「てい」


 今度はマールが弓矢を撃つ。片方の額に直撃、顔から血をだくだくと流しておられる。効果はばつぐんだ!
 真っ赤な顔で俺たちを睨むのは血のせいか怒りゆえか。謎は深まるばかりである。


「コンフュ~」


「いけー」


 言い終わる前にロボがすかさずロケットパンチ。今首120°は曲がったよな? エクソシストみたいだ、アンコールアンコール。
 両手を使って戻らない首を無理にごきりと矯正して血の涙を流しながら俺たちに負のオーラを流し込む二人。何その顔? なんか文句あるの? だったら口に出せばいいじゃない。言葉にしないと届かないことってあるよ? この現代社会の風潮なら尚更ね。


「コンフ」


「消え去れえええっ!」


 三人で突撃蹂躙撲殺上等。鞘に入れた雷鳴剣を麺棒でうどんを叩く時と同じようにひたすら打ち付けてロボは連続ロケットパンチ、マールは倒れた二人に叩き込むヤクザキックが堂に入っている。ずっと俺たちのターン!


「やられちゃったね、兄ちゃん。これ以上ないくらいしこりが残るけど」

「中々楽しかったな。あくまで途中までは」

「この人達なら、ボクらを直してくれるかな? ちゃんと持ち主を見つけてくれるかな? 期待はしないしそうなっても感謝はしないけど」

「ああ、大丈夫さ。ていうかそれくらいしないと祟る。むしろぶっ殺」


 人聞きの悪い、純粋に正々堂々と戦いその結果負け犬となったくせして俺たちに文句でもあるのか? だから子供は嫌いなんだ、ゆとり教育反対! 俺もその中の一人ではあるが。まったく、お前らみたいなガキがよく聴きもせずに邦楽は死んだとか抜かすんだ。オリコン外のランキングも注視しろ。


 アンパンを無理やり食わせる外道ヒーローみたいな顔になった二人が折れた歯を吐き出しながらグランドリオンに近づいていく。……おいまさかそれを持って持ち逃げするんじゃないだろうな? もしそんなことを決行する気ならフクロタイムが再発動することになる。 


「……あれ、二人とも消えちゃいましたよ?」


「馬鹿言うなよロボ、隠れるスペースも無いのに消える訳が……」


 グランドリオンに近づいて見るとロボの言う通り二人の姿が見えない。あれえ? もしかして、これもしかするの?


「クロノ……やっぱり、あの二人って……まさか」


 歯をかちかち鳴らしながらマールが怯えた声で語りかける。待て、それを言うな。頭で思っているだけと、耳にするのでは全然違うんだから。抑えろ、マールは出来る子なんだから、足が震えてるのは俺も同じなんだから。


「おおお化け怖いよぉー!!!」


 禁句を口走りながらロボが加速装置全開で洞窟から逃げ出す。続いてマールも「祟るならクロノを人柱にしますー!!」とかスイーツこら。俺はグランドリオンを引っ掴み(半ばで折れていることには気付いたが今はとことんどうでもいい)足を前へ前へと進めて二人の後を追う。ふざけんな、まだ彼女も出来てないのに死ねるもんか、まだ○けてないのに死ねるもんかああぁぁぁ!!


 後ろから麓まで送ってあげる……と遠くから響いてくる声が聞こえて恐怖心さらにアップ。ここに来てまさかのアタックチャーンス! 恐怖のレートを上げようぜ!
 とにかく前に見えるマールの背中に空のミドルポーションの瓶を投げつけて転ばせる。立ち上がろうとするマールの頭を芸術的な俺のジャンプ&着地が成功し距離を広げる。はははこれで生贄は確定! 後はロボと二人でバカンスにでも出かけよう! マールは俺たちの思い出の中で爽やかに笑ってくれればいいさ! 俺はクロノ、誰よりも命の尊さを知る男!


 計ったなクロノォー!! というマールの絶叫を卓越したスルースキルで無視! 吠えろ吠えろ脱落者! 誰かを思いやりゃ仇になり自分の胸に突き刺さる、これ常識! 来世ではもう少し頭を働かせるがいいさ!


「逃がすか、アイス!」


 マールの魔法は俺の左足を凍らせて逃亡を阻止させる。あああこうしている間にも怨霊が迫っているかもしれないのに!


「おのれマール、貴様そこまで腐っていたのか!?」


「私は自分が生きるためなら他を蹴落として生きろ、そう貴方に教えてもらった。ありがとうね、また教えてもらったよ。人は誰かを見捨てなければ生きていけないってさ!」


 立ち止まっている俺を笑いながらマールが爆走、逃走。唯一残っているミドルポーションを足に掛けて氷を溶かす。これで回復アイテムは無い。これからマールのアイスは意地でも避けなければ……!


「待て女! 今なら左足を切り落とすだけで許してやる、だからこれから始まるクロノ王国の礎となれ!」


「秒単位で破滅していく王国なんか建国しなくていいよ! 安心してクロノ、私は未来を生きて貴方の銅像を作るから! 二百年後ぐらいに!」


「絶対お前死んでるじゃねえか! 誰が作るんだ誰が!」


 くそ、このままでは俺がこの山の自縛霊となり悠久の時を彷徨うこととなってしまう……こうなったら……!


「じいさん! 今すぐ俺とルッカを交代させろ! 今すぐだ!」


 立ち止まり時の最果てに送られるのを待つ。前でマールが「まさか……そのようなああ!!」と驚愕している。この勝負、始まる前から俺の勝利は約束されていた……! 貴様は俺の掌で踊っていたに過ぎんのだ!


 俺の体が急速に消えていく。悪いなルッカ、お前と過ごした時間、悪くなかったぜ……
 俺たちの代わりに呪われるであろうルッカにさよならを告げる。どれだけ虐げられたとしても、案外寂しいもんなんだな、別れというものは……今度お前が好きだった沢庵を墓標に置いてやるからな……








「……あれ? ここ、何処なの?」


 デナトロ山に現れ辺りを見回す。前を見るとオリンピック選手のようなフォームで手を振り走っているマール。私には状況が全く把握できず途方に暮れてしまう。


「ルッカ、短い間だったけど、私たち友達だからね! いつかお参りしてあげるからね! お化けに食べられてもクロノを恨んでね!」


 気の置けない女友達であるマールがえらく不吉なことを言う。お化け? そんな存在を彼女は信じているというのか? やはり彼女の純粋さは貴重だと思いくすっ、と笑いがこぼれる。後ろから送らなくてもいいの……? という言葉を聞くまでは。


「……え、誰かいるの? ロボなの? それともクロノ?」


 後ろを見ても誰もいない。声は今も響いている。送らなくてもいいの? 送らなくてもいいの? と延々続いている声は段々薄気味悪く聞こえ、声の年齢からすると子供のようなのがたまらない。
 不安になった私はマールの姿を目で追うが、彼女は既に山道を下り視界から消えてしまっていた。今や足音すら耳に入ってこない。……お化け? 


「……クロノ? 何処にいるの、近くにいるんでしょ? 私はお化けとか幽霊とか、そんなリアリティの無いものは信じたりしないわよ、だからそろそろ出てきなさいよ。怖がらせたいんでしょ、全くあんたはいつまでも子供みたいなことをするんだから……」


 声が聞こえる。声が聞こえる。送る? 何処へ送るというのか。具体的には現世のどこかなのか……はたまた別の何処かなのか……


「……クロノ。充分、分かったから、こんな声まで用意して準備が良いのも分かったから、早く出てきなさいよ。……出てきてよ……」


 数分後、置き去りにされたルッカが手で顔を覆って山を降りて来たことに驚いたマールとロボが平謝りをして、「クロノが悪い」と宣言するのはそう遠い未来の話ではない。
 ただ追記するならば、時の最果てから呼び出されたクロノにルッカが起こした行動は悲惨という言葉がよく似合うものとなった、ということはお約束ではある。
 ただ、心細さや目に見えない恐怖からえぐえぐ嗚咽を漏らしながらハンマー無双を開始した後ボロ雑巾のようになったクロノに抱きつきながら至近距離でファイアをぶつける彼女の姿はマール曰く「微笑ましくはあるよね」とのこと。
 星の未来は、存外に明るいのかもしれない。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十五話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:32692395
Date: 2010/09/04 04:26
 デナトロ山を下山してルッカに半死半生の身にされながらも、とりあえずグランドリオンを手に入れることが出来た。腕とか足とか顔とか頭とか全身が満遍なく痛いけど。
 時間はすでに深夜。デナトロ山に入る頃はまだ夕刻だったというのに、トルース町の裏山に比べて随分と大きい山だったから仕方は無いが。消費した時間の十分の一はルッカの制裁だったのは公然の秘密。
 マールの気乗りしない治療を受けて立ち上がれるようになった俺は開口一番、


「あのどっひゃー勇者を殴りに行こうぜ」


 と、殺気を露に口に出した。
 時の最果てに帰ったルッカを除き、ロボ、マールは深く頷いた。戦闘はともあれお化けの恐怖は忘れられるものではない。あのくそったれ勇者が真面目に勇者してればわざわざ俺たちが災難に巻き込まれることは無かったのだと考えると、肛門に火付け棒を突っ込むくらいでは許せない程の怒りを感じる。「らめえ!」とか言わせてやるからな。


「ルッカの私刑中にらめえ! って言ってたのはクロノだけどね」


「忘れろマール。後冗談でも女の子がらめえとか言うな。それも感情込めて」


 チームワークに定評無しの俺たちは心持ち早歩きでデナトロ山を離れ、パレポリ村へと歩き出した。




 未明にパレポリ村に着いた俺たちは真っ直ぐ勇者の家に向かい鍵のかかったドアを蹴倒して中に進入した。
 家主のじじいが驚きながらフライパンを片手に現れたがマールのハイキックで沈む。俺たちの行動にロボはおろおろしていたが、お前も俺たちのパーティーの一員なんだからこういうことにも慣れてくれ。


「お、親父!?」

「じいちゃん!?」


 じいさんが壺やら机やらを巻き込みながら倒れた音で二階から勇者とその父親らしき男がばたばたと降りてきた。ナイトキャップを付けている辺りがとても気に入らない。


「あれ? 兄ちゃんたちは山で見かけた……」


「おう、オフザケ勇者。貴様はここで朽ちろ」


 迷わずサンダーの詠唱を始める俺の頭にロボのパンチが飛ぶ。だから、いつ俺が「ご自由にお殴りください」と言った。


「落ち着いてくださいクロノさん。そりゃあ最初は僕も怒りという名の記号に惑わされましたが、まずは彼がどのような境遇にしてかの行動に出たか、そしてその信念を聞き出さねば僕たちの取る道に光明というコンパスは舞い降りはしないんで」


「ごめんねロボ、大事な話の時はちょっと静かにしててね」


 ロボの体を反転させて部屋の奥に追いやるマール。流石、俺なんかミドルキックを入れようと構えていたところなのに。


「ねえ勇者さん、貴方は魔王軍を倒すためにグランドリオンを取りに行ったんだよね? ならなんで逃げたの? モンスターが怖いのは分かるけど、貴方は勇者なんでしょ、皆に希望を挙げるんでしょ?」


 勇者の小さな肩に手を置いてこんこんと語るマール。ここだけ切り取れば優しい少女キャラに見えるが、彼女は今さっき老人を蹴り倒し昏倒させている。俺に彼女を理解出来るときは来るのだろうか。


 マールの一言一言に肩を震わせて、下を向いている勇者。思うことがあるのか、それとも自分の祖父を気絶させた不審者に怯えているのか。後者臭いなあ。


「おいタータ! こいつら何言ってるんだ? お前が逃げ出したって……嘘だろ、こいつらがデマカセ抜かしてるだけなんだよな!?」


 そのまま根気強く語りかけるマールに無反応のまま黙っている子供に痺れを切らしたのか、父親がマールの手を振り払って勇者……タータに脅すように話しかける。
 その声から、そうであろうがなかろうが、勇者であることを強要させるような、脅しめいたものを感じた。
 父親の言葉に一層強く体を震わせたタータは、暗い目で俺たちを見て、小さく呟いた。


「そうだよ、この兄ちゃんたちが嘘ついてるんだ。グランドリオンは明日取りに行くんだよ」


「てめえ、ガキだからって俺たちは優しくねえぞ!」


「クロノ!」


 言うに事欠いて俺たちを嘘つき呼ばわりするタータに腹を立てた俺をマールが体で止める。
 

「何で止めるんだよ! 何発か入れねえとこういう奴は反省しねえんだよ!」


 俺の言葉を無視して、マールは尚もタータに口を開く。


「勇者……いえ、タータ君。君は勇者なの? それとも、そうでありたいの? もしくは……そうでなければいけないの?」


「!?」


「なんだあ小娘! お前何が言いてえんだよ!」


 ずっと俯いていたタータががば、とマールを見る。するとタータとマールの間に割り込んで父親が焦った様に怒鳴り始めた。彼の目を見てマールは、一つため息をつき、父親をいないもののように後ろのタータを見た。


「タータ君、周りが勇者であれと願ったのかな。勇者じゃないと……許されなかったのかな」


「お、オイラは……」


「もしそうだったんなら……」


 一呼吸分会話に空白を混ぜて、父親の罵声をBGMに、マールの哀れむような、悲しむような、澄んだ声が生まれた。


「……辛かったね」


「……あ」


 もうだめだ、と零して、タータの目から涙がつう、と落ちた。きっとそれには、悔恨と後悔を含まれていて。
 その姿を見た父親が戸惑いながら「認めるなタータ!」と叱るが、今まで黙っていたロボが父親の腕を取って外に連れ出した。騒ぐ父親に数発文字通りの鉄拳を加えて。


 それから、タータは一頻り泣いた後、勇者になった経緯とその後を話し出した。
 タータの持つ勇者バッジは酒場で酔いつぶれていたカエルが落としていたのを見て、高く売れるかと思って町に出れば、町の皆が勇者様だとチヤホヤしてくれるから引っ込みがつかなくなった、という子供らしい理由だった。
 町の住人も子供ではあるが並外れた怪力を持つタータならば……と考えたのだろう。実際俺だって最初にあの石や木を拳で割るタータを見ていれば勇者だと納得していただろう。
 しかし、事が大きくなり怖くなったタータは正直に成り行きを父親に話してみたのだという。が、


「馬鹿が! それが本当だってばれりゃあこんな裕福な生活は出来なくなるんだ、いいかタータ! 誰にもその事は言うなよ、お前は勇者なんだ、俺の為に勇者じゃなきゃいけねえんだ!」


 父親の毎日聞かされる言葉に、後ろめたさを隠しながらタータは勇者『ごっこ』を続けなければならなくなった。それは父親だけでなく祖父も同じだったようで、父祖父共にタータを勇者として担ぎ上げた。
 結果、今まで遊んでいた友達は勇者であるという理由で離れていき、ほのかに恋心を抱いていた女の子と話すことさえ出来なくなったという。


 今まで辛かった、と泣きながらマールに自分に起こった出来事を伝えるタータに、マールは優しく抱きしめてあげた。
 それはとても綺麗な光景なんだろうし、世間一般では落とし所というやつなんだろうが……


「……気にくわねえ」


「え?」


「何でもないよマール。そいつが落ち着いたらその勇者バッチとやらを貰っておいてくれ」


 二人に背中を向けて家を出ようとする俺をマールが慌てて引き止める。
 止まる気はなかったが、タータの「何でオイラがこんな目にあうんだ!?」という叫びが俺の臨界点を越えさせた。
 俺はずかずかとタータに近づき、マールから引き離して思い切り殴りつけた。小さな体は勢い良く飛んで台所の壁に叩きつけられた。強く体を打ったタータは悶絶しながら地べたを這いずるが、俺はその背中を踏みつける。マールの制止も、今はうっとうしい。


「……俺が言える義理じゃねえよ」


「ぐええ……」


「そうだよ、俺が今から言うことは全部自分のことを棚に上げた下種の意見だ。でもな、俺とアイツは……多分友達だったから、友達になれたから、言わせて貰うわ」


「クロノ! 何してるの、タータ君は……」


「被害者、とか言うならマール。お前も殴る」


 無機質な声でマールを牽制する。彼女は手を胸に当て一歩、俺から離れた。視線はタータに、心配そうな目を向ける。見れば背中を強く打ちすぎて呼吸がままならないようなので、俺はタータから少し離れて、マールに治療を促す。


「確かにお前が全部悪いわけじゃない。まだ子供のお前に親の強制を振り切れってのも酷かもしれない……でも、お前が、自分は勇者じゃないと言わなかったせいで、何人死んだと思う? その上自分は悪くないみたいな言い方しやがって……」


「し、死んだ?」


 マールのケアルを受けて、立ち上がれはせずとも話すだけの力が戻ったタータが呆然とした声を出す。


「ゼナン橋の事だ。お前が正直に打ち明けてれば誰も死ななかった……そうは言わない。どっちにしろ魔王軍は侵攻してきただろうからな。けれど騎士団長から聞いたぜ、お前に橋を渡らせるために多くの兵士が失われたって」


 ひっ、と区切られた悲鳴。まだ小さいタータでも、戦場を歩いたんだ、不幸にも人が死ぬってのはどういうことか分かっているはず。自分のために人が死んだという事実に正面から向き合ってはいなかったのだろう、今俺に言われてやっとタータはその事に気づかされた。
 マールもゼナン橋で死んだ兵士たちを思い出したのか、沈んだ表情を見せる。


「お前が真実を言っていれば、死なないですんだ人間が何人いたか……」


 こと戦いでは味方の人数で大きく変わる。タータの為に散った兵士たちが何人いたかは知らないが、数人ということはないだろう、壊滅的なダメージとまで言っていたのだから。
 その兵士たちが突破ではなく防衛に徹していれば、死傷者はかなり変わっていただろう。ジャンクドラガーさえ出なければ、俺たちが戦線に加わらずとも退けることは出来たかもしれない。……何よりも。


「ヤクラが……死ななかったかも知れねえんだ!」


「止めてよクロノ!」


 話しているうちにまた我慢が出来なくなった俺がタータを殴る前にマールが抑える。
 ……ヤクラが死んで一番辛いのは、庇われたマールだったはずなのに……


「……悪い、もう俺、外に出てるよ」


 今度は、マールも止めない。俺は早足で荒れた室内を歩きドアを開ける。
 その時、タータが小さな声で「オイラは……どうすればいい?」と聞いてきたので、半開きのままドアを開ける手を止める。


「さあな、無理やりでも、偽者でも、勇者だったんだろ? 自分の道は自分で切り開けよ」


 それが勇者だ、と心の中で締めて外に体を出した。


 後ろ手にドアを閉めて、家の壁に体を預け座ると、視線の先にひたすら殴られて気絶したタータの父親と、その近くに立っているロボが見えた。
 中の会話を聞いていたのだろう、ロボはなんと言っていいか分からないという顔で俺に近づいてきた。


「……あの、クロノさん。大丈夫ですか?」


「……大丈夫だ、ただ腹が立って仕方ねえだけさ」


「やっぱり、タータ君を許せませんか?」


 ロボのか細い、オドオドした言葉に俺は笑って、手で顔を覆う。


「最初は逃げ出してた癖に子供に八つ当たる、卑怯者にだよ」


 自己嫌悪から流れる涙は、弟分のロボには見せたくないから。
 今が夜で良かった、指から漏れるものに気づく人はいない。
 頭上の月が生む光が、無言で俺を責めるのが、とてもとても辛かった。





 星は夢を見る必要は無い
 第十五話 勇者≠勇気ある者





 パレポリ村を出て俺たちはお化けガエルの森に入り、カエルの住処に向かうことにした。
 タータの話で出た酔いつぶれたカエルというのは俺たちの仲間だったカエルで間違いないだろう。あいつの剣の腕前は確かに俺や騎士たちとは比べようも無いほどのものだった、勇者と言われてもまあしっくりこないでもない。王妃マニアの駄目野郎だけど。


 が、ここでまたしても問題浮上。これにはクールダウンしてきた俺が再びボルケノン! となってしまった。


「あの両生類の根本的存在屑ガエル……いつ家に帰ってるんだよ!」


 勇者バッチをタータから貰い、グランドリオンも折れてはいるが柄の部分を手に入れてさあ魔王との御対面ももうすぐだぜえ! とテンションゲージが上がってきた所でこのパターン。ぐちゃぐちゃにした室内が整えられているところを見るにあの後一度は帰ってきたようだが……
 とりあえず苛立ちが募った俺たちはまた家を荒らすことにした。前回は破壊というほどの破壊はしていなかったからな、今度は応用を利かせて殺傷性の高い罠を仕掛けるというのはどうだろう? フォールアウトみたいに。


「むしろ爆発物とかを設置して……よし、ルッカを呼んでここをベトナム地帯に改造してもら……あれ?」


「どうしたのクロノ? 何かあった?」


 タンスを氷付けにする作業に埋没していたマールが俺の声に反応して振り返る。ていうかあれだね、顔を合わせたこともない人の家でよくそこまで好き勝手できるねマール。尊敬するわ。


「いや、写真があったからさ、ちょっと見てただけ。カエルの若い頃かな……?」


「へえ……ねえ、私にも見せてよ!」


「僕も見たいです、僕に勝るとも劣らぬというフォウスを宿しているのですから、魔の根源たる者に姿を変幻させられる前の姿を見ておきたいです」


「まあ待てよ、まず俺が先だ。あとロボは勝手に設定を作るな、何だよフォウスって」


 一々突っ込みを必要とする会話をするなあロボは。ある意味介護が必要だと思うぞ。


 気を取り直して写真を見る。ガルディア騎士団のごつごつとした甲冑を装備して、兜を外したえらくハンサムな男が写っている、これがカエル? ……ちっ、勇者って奴はわざわざ顔が良いんだな、古今東西不細工な勇者ってのは見たことが無いからそうじゃないかとは思ってたが……


「よし、燃やそうかこれ」


「いやいや意味分かんないよクロノ。大丈夫? 結婚する? の流れくらい分かんない」


「理由はカエルが無駄にイケメンだからだ」


「なるほど、そうなるとカエルさんがパーティーに入れば実質男で顔が良くないのはクロノさんだけになりますもんね。そりゃあ不機嫌にもなりますか」


 今小さな命が星に還ろうとしている最中、俺が落とした写真を見てマールが「違うよ、クロノ」とマウントポジションの俺に話しかける。何だよ、今こいつの顔をホンコンみたいにぶくぶくにさせるところなのに。
 渋々ロボの上から退く。「うわああ、本当のことなのにぃぃ!」と泣き出すロボに俺は告げる。来世では幸せになれ、と。


 雷鳴剣を抜き黄忠が夏侯淵にしたように真っ二つにしようと大上段に構えるが、マールの次の発言に俺の動きが止まった。


「この鎧を着た人、カエルさんじゃないよ。下にサイラスって書かれてるもん」


「……そうか。良かったなロボ、カエルがイケメンでない限り、お前の命は保障してやらんでもない」


 剣を収めた俺に安心したロボはどういう原理かそれともパブロフの犬なのか、また俺の腰に抱きつく。だからお前おかしくない? ジャ○アンに苛められたのび○がジャイ○ンに泣きつくようなもんだぜ?「ジャイアー○! また○ャイアンに苛められたよー!」って。弱すぎる、頭が。


 ロボの頭を撫でて宥め、「え、じゃあこの人が?」と戦慄したような声を出すマールを一時無視して藁葺きのベッドに倒れこむ。腰の刀はサイドテーブルに乱暴に立てかけて、一緒に布団に入ろうとするロボは床に蹴落とした。デナトロ山に入って今まで徹夜だったんだ、そろそろ睡眠を取らないと倒れる、とまでは言わないが、十全に戦闘をこなせるとは思えない。
 藁に包まる俺に尚も「ねえクロノ……」とマールが話しかけるので俺は隣のベッドを指差しお前も寝ろ、と示す。汗をかいたので水浴びをしたいところだが、そう贅沢は言えない。


 一向に話を聞く気がない俺に根負けしてマールは静かにベッドに潜り込んだ。ベッドは二つしかないのでロボは床で静かに泣いている。機械の癖に床では不満なのか、生意気な。
 結局、十分後に俺はロボにベッドを譲ってやったのだが。せつせつと泣くし、ロボの奴本当に悲しそうに嗚咽を漏らすもんだから俺の少ない罪悪感がいびられてたまらなかった。


 ロボの体をベッドに置いて床に寝そべると、ロボが驚いた後「クロノさん、一緒に寝ませんか?」と聞いてきたのには発狂するかと思った。色々言いたいことはあるが、とりあえずはにかむな! 終いにゃ襲うぞテメエ!
 ここ最近の願望というか、俺は実はロボが女だった、という展開を心待ちにしているのだが……止めよう、あまりに虚しい。
 

 寝つきの良い二人と違い、下らない妄想をしていた俺は部屋に日の光が降ってくるまで意識を失うことはなかった。






「……おい、…ロノ、クロノ! 起きろ!」


 ああ、母さん、朝飯? どうせその前にトイレ掃除でもしろって言うんだろ? 分かってるんだ、でも今日という今日ばかりは断固朝食優先の構えを取らせてもらう……


「トイレ掃除は良いとして、今はもう昼過ぎだ、朝食なんか用意してない」


 朝飯も無いのに働けだって? はっ、面白くない冗談だなうんこババア。


「おいおい母親に向かって酷い言い草じゃないか、もう少し労わってやれ」


 んん、世の中には尊敬すべき母と唾棄すべき母がいることを貴方で知ったよ、いいからカロリーを摂取させろ。


「自分で金を稼いだことも無い奴が大きな口を叩くな、母は大層悲しいぞ」


 うるさいなあ、大体お前は母親じゃないだろう、水辺に生息する卵産型の分際で偉そうに……


「起きてるんじゃないか!」


 右手を払って布団代わりの藁を飛ばすカエル。中途半端に乗ってもらって悪いが、俺の母さんはお前みたいに枯れた声じゃない。母さんはトルース町美声大会で優勝したことがあるんだ、間違えるわけが無い。母さんの歌う椎名○檎の曲なんか鳥肌ものなんだぜ?


 目を擦りながら腹の減り具合で、七時間前後は寝ていたのだろうと予想する。時計という概念が無い中世では正確な時間は分からないので、あくまでおおよその見当だが。


「起きたなクロノ、じゃあ早速こっちに来い」


 大きなあくびをしている中、カエルは万力のような握力で俺の手首を掴み部屋の中央に連れて行く。なんだよ、そういう強引なアプローチは嫌われるぜ?


 もみくちゃに丸められた絨毯の近くまで移動させられて、カエルは俺の手を離す。顎で指した方向を見ると、まあ、部屋の中が荒れに荒れていた。


 まず生活用具という生活用具はマールの手によって氷付けにされているか、ロボのロケットパンチによって拳大の穴が無数に空いている。壺や額縁のガラスといった割れ物は床で無残に粉々となっている。壁や天井は俺のサンダーによって大きな焼け跡が残り、食料は俺たちが食べ散らかした後そこらに投げ捨てていたので蟻がたかりだし悲惨なものとなっている。しまった、起きた後俺たちが食べる分は残しておくべきだった。


「さて、これはどういうことなんだ、まさかと思うが……お前たちがやったのか?」


「いや知らないな、王妃様が来たんじゃないか?」


「やっぱりそうか! いや、前にも似たように荒らされたことがあったんだが……いやな、置きメモに王妃様は自由に使ってくれていいと書いておいたんだ、そうかそうか、いやはや王妃様はお茶目だな! しかし短い間にこうも訪れてくるとは……くそ、なんで俺がいない時に限って……いや、これはある種の焦らし効果になるか、次に会う時はきっと飛び掛ってくるだろう!」


 飛び蹴り的な意味でな、とは言わないでおく。
 しかし、こいつは王妃様が実は世界の創造主だ、と言われてもやっぱりそうか! と言うんじゃなかろうか。久しぶりに会うのだが、こいつの変態性はなんら変わってはいないんだな。


 今度王妃様と会う時のシミュレーションを俺という第三者がいる前で恥ずかしげも無く披露しているカエルの後ろ頭をはたいてこちらを向かせる。


「いつ俺がご自由にお殴りくださいと言った」


「黙れゲテモノ、理科室のカビたタワシみたいな肌色しやがって気持ち悪い。後俺と思考回路が似ているところがむかつくんだよ」


 一悶着起こってから、人のベッドでよだれを滝の如く垂らしながら寝ているマールと、指を猫のように曲げて枕にしがみついているロボを起こしてカエルと対面させる。
 奇天烈な生き物が好きなマールは好奇心を前に、カエルを見てきゃあきゃあと喜んだ。ロボはロボで人という種が別個の生物に変わることでアルクサスの定理を覆す……とか良く分からんことを寝起きながらに呟いていた。どっちも頭が悪い。


「ほお、あんたがリーネ王妃様に間違えられたという……確かに似ているな、素人なら区別ができんとしてもおかしくはない」


 値踏みするようにマールの全身を観察するカエル。おいそこの性犯罪者予備軍、マールさんの口端がひくついてますよ? 折角さっきまで好印象だったのに。それから素人とか玄人とかあるのか? ああ、そういやリーネ王妃をムハムハしたいだかなんだかの会長なんだっけ、こいつ。


「ロボ……からくりらしいが、信じられんな……随分と技術の進んだものだというのは分かるが。それと、失礼だが性別を伺っても構わないか?」


「僕は当然の如く男ですよ! 未来では第二のシュワちゃんと言われていたんですよ!? その僕になんて失礼な質問を!」


 いや、お前はネバーエンディングストーリーの主人公だ。もしくはターミネーター2の主人公。パッと見男とは思えない、見た目というか、オーラが。


 挨拶を終えて軽く互いに今までどうしていたのか、という話をする。カエルは城を出た後何度かサンドリアやパレポリに出向き時々モンスターを狩ったりして剣の腕を鍛えていたそうだ。もしかしたら何度かニアミスしたかもしれないな。
 俺たちが時空を超えて旅をしているという話を半信半疑ながら頷いてくれた。そこまではカエルも口を挟んだり時々笑顔になったりしていたのだが、ガルディアに魔王軍が侵攻してきたと話し出した辺りから暗い顔になっていった。
 特に、勇者バッチとグランドリオンを見せてから一つも俺たちの話に口を出すことはなくなり、次第に無言の間が生まれることとなった。


「そうか……あのチビに会ったのか……しかし、もう魔王には手も足も出ない。魔王と戦うのに必要なグランドリオンはもう……それに、それを持つ資格は俺には無い」


 空白の時間を動かしたのはカエルだった。なにやら事情のあるような事を呟くが、こっちとしてはそんな急にシリアスな顔をされても……と俺たち三人が顔を見合わせる。すると、カエルが凍った棚の一つを指差した。なんだ、解凍しろってのか?


 魔法で作られた氷は日の光程度では中々解けず、時間の経過と共に少しは凍らされた面積が無くなってはいるが、人力で暖めるのは面倒だとロボと二人掛かりで棚ごと派手に壊す。後ろでカエルが「ちょっ!?」と叫んでいるが今の今まで真剣な顔をしていたのにコメディな事を口走るな、と思いながら無視した。


「これは……折れた剣、グランドリオンの一部か!」


 壊れた棚から出てきたのは太く美しい剣先、今持っているグランドリオンの一部と合わせれば確かな剣として蘇るだろう形状。
 ロボが拾い上げて、その切っ先から何までじっくりと凝視する。


「古代文字で何か書いてありますね、解析します!」


 ビビイ、と機械の駆動音が鳴りロボの両目が赤く光り、剣先を照らしていく。こういう時になって初めてロボがアンドロイドだって気づけるんだよなあ……カエル、後ろで「目が、目がぁ!」と一々驚くなようるさいなあ、人型のロボットなんか見たこと無いんだろうから無理ないんだろうけど。


「ボ……ッ……シ……ュ。ボッシュと書かれています」


「ボッシュ? それってメディーナ村の? ど、どーゆー事クロノ?」


「いや、ただ単に同じ名前ってだけの話だろ」


 俺の至極当然の発言に二人が空気読めてねえなあという呆れ顔を向ける。俺がおかしいのか、俺が悪いのか?


「グランドリオンを直せる者は、もうこの世にはいないのだ……」


 カエルの独白は誰も聞いておらず、俺たち三人は「いや、空気読めとかそういうこと言い出す奴が一番読めてねえんだって!」と延々と言い争いをして、結果メディーナのボッシュに会えば分かるだろうという結論が出るまでカエルを存在ごと忘れていたという。
 蛇足だが、気づけば無視されていたカエルがベッドの上で体育座りをしていたのはかなりキモかった。






 結果から言えばおかしいのは俺だったようで、現代に戻ってボッシュに会いに行けば、ボッシュは俺たちの持つグランドリオンを見るなり驚いた顔で近づき「この剣はグランドリオン!? どこでこれを!」とむさい顔を近づけてきた。なんつーか、都合良いよなあ世の中。
 マールがどうしてこの剣に貴方の名前が彫ってあるの? と疑問を口に出せば、「話せば長くなるから言わん。何より、お主らが聞きたいことはそんなことではなかろ?」と腹の立つ顔で問うてきたのでまあイライラした。何でちょっと上から目線なんだよ。


「これを復元することは可能なんですか?」


 ロボの問いかけにボッシュは修復の仕方を教えてくれた。かいつまんで言うなら、遥か昔に存在した赤い石、ドリストーンというグランドリオンの原料があれば可能だという。万一入手することが出来れば自分がなおしてやろうとも。
 どうせ手に入れることはできないだろうが、まあそれまで剣はお前たちが持っておけと余計な一言のせいでプッツンしたマールがもし持ってきたら無料で修復してもらうわよ! と啖呵を切った、というのはどうでもいいことかもしれない。
 ただ、問題はその後。


「それは別にええが、もし持って来れなければどうするのじゃ?」


「そうね、もし一週間、いいえ、三日以内に持って来れなければクロノを好きにしていいわ!」


 この会話がよろしくない。王家では民を勝手に約束の報酬として扱っていいと教育されているのだろうか? ルッカにテロ用の道具を借りる時が来たのだろうか。


「マール、お前の意思だけで俺を賞品にするな、あまりの身勝手さに興奮するわ」


「ええー?」


 不満たらたらの表情で俺を見るマールは実に不細工だった。心の醜さが表に出ているかのように。
 咄嗟の暴力衝動を抑えつつ、俺は右にいたロボを捕まえてボッシュに渡す。何々? とキョロキョロしているロボに笑いかけて、清々しく一言。


「じいさん、賞品はこいつで決まり。期限内にドリストーンを持ってこなければロボを好きにしていい」


「ほえええええ!? ななななんで僕がこのお爺さんに渡されるんですか!?」


 当たり前だが驚いて言葉を噛みまくるロボに俺は満面の笑みで頭を撫でてやる。大丈夫、今時そういう倒錯した世界を経験しておくのは悪いことじゃないから。
 マールが「ロボは駄目だよー!」と悲しげに訴えてくるが、ロボはってなんだよこんちくしょー。俺のヒエラルキーは限りなく底辺だと再認識出来た瞬間だった。


 まあ、人間の男よりアンドロイドを好き勝手に弄れる方がええしのお、というボッシュの言葉により賭けは成立した。マールは膨れるしロボは泣き喚くがこれがきっと正しい選択だったと俺は理解する。理解させろ。


 グロノざぁーん!! というロボの悲鳴をバックに俺とマールは時の最果てに向かうべくボッシュの家を離れた。ドナドナが聞こえてきそうな気分だな、悪くない。ロボの俺への懐き具合が尋常ではなかったのでこれは良い機会だったのかもな。ていうか、マールの奴ロボのことをあれだけ気に入ってたくせに自分が賞品になるとは全く言い出さなかったな、俺としてはロボよりもマールが離れるほうが良かったといえば良かったのだが。このアクージョめ。


 もう慣れたと言いたげなゲートのある家の家主が冷たい視線を送るが、見ない振りをして時の最果てに旅立つ。さよならロボ、三日以内とか多分無理だけど、強く生きろよ……!






「それでロボを置いてきたの? マールもトンデモなことを言い出したものね……」


「違うよ、最初はクロノを置いていこうとしたの!」


「マール、いつから俺のことが嫌いになったのか聞いていい?」


 時の最果てでルッカと再会した俺たちはグランドリオンの修復方法と馬鹿のせいでロボがパーティーを一時離脱することをルッカに告げた。それから後で聞いた話だが、マールが俺を置いていこうとしたのは自分やロボがあのお爺さんと二人きりになるのは可哀想でしょう? とのことだった。超ど級外道だった。


「しかし、遥か昔ねぇ……ねえお爺さん、光の柱から古代に行くことは可能なの?」


 時の最果てに住む(住む?)爺さんは帽子のつばを指先でつまみ深く被りなおした後、数秒考え込んだ後、小さく口を開いた。


「ああ、確か行けた筈だよ……ドリストーン……そういえば、光の柱から行ける時代で取れた気もするな……」


 ビンゴ! と指を鳴らして早速行きましょう! と急かすルッカ。俺とマールも頷き、立ち上がって光の柱まで駆けていく。正直ここから行けないのならロボとは永久にさようならとなってしまうので、九死に一生ってやつだ。


 幾筋も立つ光の柱に手をかざしていき、その中でB.C.65000000年、原始、不思議山という場所に向かう柱を見つけた。……これだ!


「二人とも、この柱で間違いなさそうだ、行こうぜ!」


「ナイスよクロノ。早く行きましょ」


「遥か昔の世界かぁ、なんだかワクワクするね!」


 想像も出来ない、まだ見ぬ世界に興奮して俺たちは勢い良く光の中に飛び込んだ。
 ゲートに入ると、息苦しいほどのスピードで次元を越えているのが分かる。暗い空間に投げ込まれた俺たちは少し不安になり何も言わず三人とも手を繋ぎ離れることがないように強く力を込めた。


「……長いわね、遥か昔とは言ったけれど、どれくらい過去のことなのかしら? 中世よりも前の時代ってのは分かるんだけど……」


「光の柱から流れ込んだ知識では、B.C.65000000年って出たよな? 分かるかルッカ?」


「え? 碌に調べずに飛び込んだから分からなかったわ。ていうかB.C.65000000年!? 原始の世界ってこと!?」


「ああ、そういや原始とも出たな、場所は確か……不思議山だったか」


「何でもいいよ、それより早く着かないかな……こうもゲートの中に長くいると怖くなってきちゃったよ」


 驚いているルッカを尻目にマールが肩を震わせていると、遠く先に光が見えて、俺たちの体が投げ出された。時空移動もこれで終わりか、今までとは比べ物にならない程の移動時間だったな。


「さあ、ここがっ!?」


 俺が驚いたのも無理はないだろう。なんせ、ゲートから出た俺たちがいる場所は空中。これは空に浮かぶ島とかそんなラピュ○みたいな場所にいたという比喩ではなく、ほんとうに宙に投げ出されたのだ。
 下を向いても地面が無い。つまり、重力の法則にしたがって、俺たちは、落ちていった。


「くくくクロノ! とにかく私の下敷きになりなさい!」


「ふざけろルッカ! 女は男に敷かれる側だ! というわけでお前が俺の下になれ!」


「うわ、クロノってば大胆……」


「エロい意味で言ったんじゃねえ! それなら俺は寧ろ上にいって頂きたい……とか行ってる場合じゃねえ!」


 急な展開に慌てふためきながら、ルッカが下にファイアを放ち、それによって生まれた上昇気流で落下速度を落とすことに成功した。マールは近くの岸壁にアイスを使って落下を止めて難を避ける。問題は俺だ。サンダーをどう活用すれば助かるのか? 本気で役にたたねえな俺の能力!


「うわあああファイトォォォー! いっぱああつ!」


 地面に激突する前にかろうじて岸壁から生えた木の枝を掴み落下を止める。掴んだ右手に落下と体重の付加がかかりびきっ、といやな音を立てるが脱臼は免れたようだ。後でマールに治療してもらえば治るだろう……


「クロノ! どかないでそこにいて!」


「え?」


 比較的緩やかに落ちてきたルッカが俺に当たってそのままぽてくり落ちる。まあ、お約束だよね、俺がルッカの下敷きになるのは世界の理なんだろうね。


「良かった、私が怪我をせずにすんで」


「ねえねえルッカ、俺の右足に刺さった石が見えますか? お前が俺に向かって落ちてこなきゃ無傷だったかもしれない俺の足、真っ赤だよね」


 俺の嫌味を無視して「マール、降りれるー?」と指を丸めて手を拡声器代わりに使いマールに呼びかけるルッカの行動は俺の殺害動機になるには申し分なかった。
 マールは時間をかければ降りれるよ、と答えたので、俺の治療にはしばらくかかることが決定した。仕方なくルッカからポーションを貰い足の怪我と肩を癒す。そろそろパーティー全員の回復薬も底を尽いてきたな……


 足の痛みが治まってきたので立ち上がり今自分がいる場所を確認する。
 辺りは木々が無造作に生い茂り舗装などとは程遠い野道が広がっていた。遠くの太陽が森の緑と赤のグラデーションを作りモザイク模様を照らし出す。後ろの崖は二十メートル程の高さで、ゲートは頂上付近に作られていた。もう少し考えた場所に設置してくれないかね、全く。
 道の至る所に子供くらいの大きさの石が転がり人間が近くにはいないことが分かる。緑の中から聞いたことが無い動物の鳴き声や、山を下る道からも人間ではない何かが走り回る音が聞こえる。
 空を見ると大きな翼をもつモンスターが優雅に旋回していた。その大きさは鷲よりも二まわりは大きく、人が乗ることも出来そうな巨体だった。


「ここが原始か、現代や中世、未来とは全く違うな。今までとは全く勝手の違う冒険になりそうだ」


「まあ、未来はともかく中世はそう大きく現代と違った点は無かったからね、そもそもこの世界に人間がいるのかどうかすら怪しいわ」


 ルッカもこの景色を見て似たような結論に達したようだ。現代との時代が千年単位の差ではないのだから、当然か。
 しかし、人の手が全く掛かっていない場所というのは中々見えるものではないと、俺たちはマールが降りてくるまでぼー、と座り込んでいた。鳴き声がうるさいが、自然に囲まれた場所で落ち着くというのは悪くない。
 目の前を緑のウロコを付けた黒い斑点を体に浮かばせている化け物が右往左往していても、落ち着いているのは悪いことじゃない。


「……クロノ、団体さんのお出ましみたいよ」


「言うなよルッカ。さっきのイベントで大分疲れたから気づかずにいたかったのに……」


 現実逃避を推奨していたのだが、まあ大げさに足音を立ててモンスターが現れては仕方が無い。のたのたと立ち上がり剣を抜き払う……が、その数は計八匹。今まで俺たちのパーティーだけで向かい合う敵の数では一番の大人数だった。


「……多くね?」


「……多いわね、マールも今は戦闘に参加できないし」


「おおーいマール! そんな崖とっとと降りて来い! 戦闘なんだよ、二人じゃ厳しいんだよ!」


「も、もうちょっと待ってー!」


 待てるものなら待っとるわい、と毒づいて、太陽に反射して白光を放つ剣を敵に向ける。崖を背にして挟み撃ちになることは避けられるが、単純計算で俺が四匹ルッカが四匹。分が悪すぎる。俺にしても一人に切りかかったところを側面から攻撃されれば終わり、ルッカも魔法詠唱の最中に攻撃されれば終わり、俺一人でルッカの詠唱時間を稼ぐのは厳しすぎる。


「八対二は酷いだろ……マールの野郎、さっさと戦闘に加われっつの!」


「……クロノ、どうでもいいことなんだけど、ちょっといいかしら?」


「なんだよルッカ、つまらんことならどつき倒すぞ」


「……あいつら、リーネ祭りに出てるうっちゃれダイナに似てない?」


「テンパッてるのは分かるが、もう少し建設的な発言を頼む」


 焦ってるときでも冷静な顔でいられるのはルッカの長所でもあり短所でもある。一言で言うなら紛らわしい。


 意味の無さ過ぎる会話をしていると、俺の近くにいたモンスター二匹が予備動作も無く飛び掛ってくる。剣を横薙ぎに払って遠ざけるが、追ってさらに一匹が後ろから突撃してくる。切った反動そのままに回し蹴りを放つが、俺の蹴りにビクともせず俺の腹に飛び込みの頭突きを当ててきた。


「ぐえ!」


「クロノ!?」


 ルッカの方にも三体のモンスターが飛び掛っており、声を掛けるも援護は到底、といった様相だった。


 追撃をさせないように後転して距離を空け、すぐさま右足を蹴りだして振り下ろし。油断していたモンスターの一体を両断すべく脳天に切りかかったのだが……


「か、硬え!」


 両断どころか剣の刃が通ることすらなく、モンスターの頭に弾かれてしまった。デナトロ山のモンスターの比じゃねえぞ、何食ったらそんな頭になるんだよ!


 よろついた体では反撃も出来ず、左右からの攻撃に俺は吹き飛ばされる。その後すぐにルッカが俺の近くに飛ばされて呻き声を出した。
 ……勝てない、か?


「ゲギャギャギャギャ!!」


 モンスターたちの揃った笑い声を聞いて、もう一度立ち上がろうとした時、金色の風が俺たちの前を通り過ぎていった。
 一つ風が吹く度に一体のモンスターがきりもみしながら飛ばされる。二つ風が通り過ぎれば二体のモンスターが地に伏せて、三度通り過ぎれば三体のモンスターの首があらぬ方向に曲がって絶命した。
 自分の目がおかしくなったのかと目をごしごしと擦って再度目を凝らすと、俺とルッカを守るように一人の女が立っていた。
 彼女はカールした長い金髪を膝裏まで伸ばし、腰巻のような服で下半身を隠し、豊満な胸を動物の毛皮で纏った、太陽に照らされたその姿は戦女神と呼称すべきものだった。
 ちらりとこちらを伺った横顔は彫りの深い美しい造詣で、目は野生を秘めたままぎらぎらと輝き、すらりと伸びた睫毛は自信に溢れたもののように見えた。


「ウウウ……」


 狼のように低く唸りながらモンスターを威嚇する。突然現れた女性に戸惑いながらも、残ったモンスター二匹は左右から同時に飛び掛り、爪を伸ばして彼女の喉と心臓目掛けて右手を突き出す。その速さは俺たちを相手取った時とは違い、風の如くと形容できるスピードだった。
 ただ、彼女は戦女神。その速さは音を超えて後ろに位置取る。
 相手の姿を視認出来なかったモンスターは一瞬呆けた後、彼女に頭を掴まれて互いの頭を叩きつけられた。俺の攻撃では傷もつかなかったモンスターたちの頭が割れて、派手に血を散らしながら沈む。


「凄い……」


 戦いが終わり、ルッカの感嘆の呟きが俺に届く。凄いというしかない、彼女の動きはそんな陳腐なもので終わらせていいのか分からないが、それ以外に言葉が出ないのだ。
 モンスターたちの屍の集まりに佇む光景は凄惨であるはずなのに、一枚の絵画を眺めているような、現実感の無い美しさを醸し出していた。


「ア……」


「「っ!」」


 ようやく俺たちを見た彼女が、ゆっくりと口を開いて何かを言おうとしている。ただそれだけのことなのに、何故か俺もルッカも緊張して体が固まってしまった。
 その様子を見た彼女は少し躊躇った素振りを見せた後、小さな声で話しかけた。


「あ、あたい、エ、エイラ……言う。お前たち……あの……」


「……ああ、俺はクロノ。で、こっちはルッカ、上の崖にへばりついてるのはマール」


 俺が話しかけると可哀想になるくらい驚いて背筋を伸ばした後、手で顔を隠しながらもじもじと会話を続ける。


「その……クロたち、どっから来た?」


「あーっと、何て言えばいいんだろうな……」


「明日の明日の、ずーっと明日から来たのよ」


 ルッカの言葉を咀嚼するようにじっくりと考えるが、目の前の女性……エイラというらしい、は悲しげに眉をひそめて申し訳なさそうな声をあげる。


「エイラ……あまり賢い、違う。ごめん……」


「いやいや! ちゃんと説明できないこっちが悪いから! 気にしなくていいから!」


「……うん……」


 さっきの勇猛な戦いぶりと一転したおどおどした態度にこちらもしどろもどろになってしまう。どう接するべきか計りかねていると、エイラがパッと顔をあげた後、やっぱり顔を隠して聞き取りづらい声でボソボソと何かを伝えてくる。


「新しい人間、仲間なると良い、キーノなら、そう言う。だから、村、案内する……」


 途切れ途切れに喋るため要領を得辛いが、恐らく自分の村に来ないか? という誘いだと思う。
 村の場所を教えてくれるのは有難いのだが、その前に一つ聞いておくべきことがあるので先にその確認をしようと俺が口を開く。


「あのさ、ドリストーンって石を探してるんだけど、エイラ……さんの村にあるのかな?」


 またもや驚いて縮こまるエイラに戸惑うが、辛抱強く質問に答えてくれるのを待つ。若干面倒くさいなあとは思うけれど、そこは恩人だからと我慢する。


「石、イオカの村にたくさんある……キーノ聞けば、分かるかもしれない……」


「あのさ、キーノって誰?」


 今度は質問に答えることなく山道を降りていくエイラ。思わず「ええっ!?」と叫ぶとびゅんびゅん走るエイラが硬直して前のめりに転んでしまった。コントみたいだな。


「エ、エイラ……先、行く!」


 脱兎のように走り出したエイラに呆然としながら俺とルッカは急いで追いかけることにする。ここにきてようやくマールも地面に降り立つことができたので、「待ってよー!」と言いながら走り出した。


 ルッカと並行しながら走る俺は、ルッカに確認として質問を投げた。


「なあルッカ?」


「何よ、口を動かすより足を動かしなさい。エイラって人もう見えなくなっちゃったわよ?」


「エイラってさ……かなりの恥ずかしがりって事でいいのか?」


「……の割りには戦闘はワイルドだったけどね、そういう解釈で間違いじゃないと思うわ」


「そうか……パネエな、原始」


 ある程度のドタバタは覚悟していたが、これは予想外だったな……


 太陽の沈む方角に向けて走り続けながら、戦女神のようだと思っていたエイラの事を思い出す。
 常人とは一線を画す動きと腕力を兼ね備えながら、対人の会話は満足に行えない気の弱い女性……アンバランスとはこのことだ、と体現するかのような在り方は、その、なんというか……


「うん、可愛いな、エイラ」


「……ああ? なんか言ったクロノ?」


「いや別に。……怖い顔するなよ、般若みたいになってるぞルッカ」


 エイラとは短く無い付き合いになりそうだな、と独り言を呟いて、俺は蹴りだす足の力を上げた。太陽の光が目にしみるが、悪くない気分だ。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十六話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e
Date: 2010/09/28 02:41
 両手を地に着け獣のように走り去るエイラの後を懸命に追うが、道を二、三曲がるとその姿はとうに消え、見えるのは頭部の発達した恐竜と呼ばれる化け物が群れをなして砂煙を立てているもの、または体の大きな動物を異様に牙の発達した虎のような獣が捕食しているといった弱肉強食の原点だった。


 ルッカは太古の歴史を肉眼で見ることが出来ると鼻息を荒くして、マールは原始の生き物達の生存競争におっかなびっくり足を進めていた。
 俺はルッカのように興奮するでもなく、マールのように怖がるでもない、ちょうど中間の気持ち。つまりは太古の時代ってこんななのか、という歴史博物館にいるようなどこか現実味を感じていない状態だった。


 そもそも物珍しいとか、怖いとか云々の前に、最初は崖から落ちたり、自然を感じてほんわかしたり、化け物と戦ったりで気にしなかったが……ここ、原始は暑いのだ。
 エイラが露出の高い服を着ているのは何もサービスの為ではなく、長袖なんかで外出するのはこの時代において間違っているのだろう。体感温度では四十度を越えている。多分ね。


「ルッカ……水は持ってないか? 浄水器的な科学アイテムでもいいぜ」


「無いわよ、今忙しいから黙って」


 結構辛そうな顔をしている俺にこの言い分。女性は男性よりも慈悲の心を持っているとかマジ幻想。草食系とか引くよねー、って会話してんだよ女の子って奴はさ。


 だらだらと肩を落としながら歩を進めて山を降りる。それから真っ直ぐ歩くと竪穴式住居が二、三十程密集している集落を見つけ小走りで近づく。
 恐らくエイラの仲間達の家であろうものは近目で見ると造りは粗く、藁に似た葉をしばりそれを屋根代わりに。その為小さな穴が点々と空いて風が吹く度にぱらぱらと飛んでいく。


「昔の家ってこういう感じなんだね……レンガとか使われてないんだ」


「そりゃそうよ、レンガなんて中世の時代でようやく普及されてきたんだから。と言っても、中世でも庶民では手が出ない代物だったけど」


「どうでもいいよ、俺は水が飲みたくて仕方が無い。ちょっと分けて貰おうぜ」


 村の中心から少し離れた一つの家の中に入ると半裸の男性が「ふんっ、ふんっ!」と荒く息を吐きながら腕立てを繰り返している光景が見えた。汗が気化して多少靄がかっているように見えるのは幻覚なのか。


 恐る恐る俺が話しかけると「うぇいあー!」と返し、「水を分けてほしいのですが……」という俺の問いに「をうえー!」
 歯軋りしながらくたばれ! と罵ると「だいたいやい!」との事。原始の人間には意思疎通の可能な人間と不可能な人間がいるようだ。エイラは奇異なパターンだったのかもしれない。


 これからの原始の旅に一抹の不安を感じて外に出る。それから何件かの家を巡るが会話が出来ても水は貴重品なのでまだ正式な仲間ではない俺達に分けることは出来ないとのこと。
 俺が地獄の餓鬼のように「水ー、水ー……」と呟いているとマールが「私の魔法で氷を出してそれを溶かせば水になるよ」とあっけらかんに言う。これで俺の問題は氷解したのだが(あ、上手いこと言った)だったら最初から言ってくれよ。道理でマールとルッカは涼しい顔してたわけだ。俺の見てないところで氷を食べてたのだろう。最近気づいたけど、こいつら俺が嫌いなんじゃない、無関心なんだ。好きの反対は嫌悪ではない。


 喉の渇きが癒えたところで、落ち着いた目で村を見回ることが出来た。人の数こそトルースに劣るがここに住む人々の活気はその比ではない。女達は土器を焼きながら木の実を割り、男は獣の皮を身に付けて鍛えられた筋肉をさらけ出し先端に尖った石を付けた槍を片手に自分を奮い立たせる歌のようなものを大勢で叫んでいる。勿論定められた歌詞など無いので各々好き勝手に歌っているがその顔は充実しているように見える。


 度々好奇の目で見られたが、しばらくすると慣れたようで片手に持ったぶどうのような果物をマールやルッカに手渡すということが幾度かあった。真に有難いのだが、俺に水を分けることは渋るのにその扱いの差はなんだと思ったのはやぶさかではない。


「あの、エイラって人の家が何処にあるか分かりますか?」


 マールに掌くらいの綺麗な石を渡して去ろうとする腰蓑の男を呼び止める。少々時間が掛かりすぎたので待ちくたびれているかもしれない。


「エイラ、酋長。大きな家いる、お前ら来たから、今日お祭り!」


「お祭り? もしかして私達への歓迎の意としてかしら」


「歓迎! 歓迎!」


 野生らしい動きを見せた後男は軽い足取りで何処かに去っていった。
 マールが「あの赤い旗が立ってる家じゃない?」と言うのでそちらを見るとなるほど、周りの家よりも一際目立つテントがそこにあった。聞けばエイラは酋長という身分らしいので、確信はなお深まる。


「エイラはこの村のリーダーだったのか。通りで強いわけだ。原始の人間の平均基準があれだとは流石に思ってなかったけどさ」


「まあ、狩りで生計を立ててたらしい原始人が現代の人間よりも強い、ってのは分かってたけどね。いくらなんでもあんな人間離れした動きをこの世界の住人すべてが可能なら色々面白すぎるわよ」


「お祭り……楽しみだねクロノ!」


 三者全員噛み合っているようで噛み合ってない会話をしながらエイラのいるテントに着く。
 暖簾の様な布を開き中に入ると広い部屋の中央に床に敷かれた絨毯を腕に引き寄せながらエイラが横になっていた。


「うわっ、可愛いなあの構図」


「えっ、可愛いって何が? ただ寝てるだけじゃない。床で寝るなんてむしろ行儀が悪いことだと思うわよ。それとも何絨毯を引き寄せてるのが可愛いの? だったら私だって布団を引き寄せて寝るけど? ていうか大多数の人間がそうして寝てるけど? ねえねえどこが可愛いの教えなさいよ参考にするから」


「お前が参考にしてどうする。あれはエイラという人間がやるから可愛いんだ。お前がやってもそりゃ行儀悪いなあしか思わん」


 俺の至極最もな意見にルッカは歯に物が詰まったようななんとも言えない顔をした後、寝入っているエイラに近づき顔の近くにハンマーを落とす。確かそれ八キロくらいあるんじゃなかったっけ?


「……!? 地震! 危ない、逃げる! ボボンガ!」


「地震なんか起きてないしボボンガもいないわ。ごめんねえ私の不注意でハンマーを当て損なっちゃって」


「ルッカ、当てるつもりだったんだ……」


 マールの顔が引きつるのも無理は無い。もし当たってたらこの村の人間全員に追い回される覚悟はあったのだろうか。


「あれ、お前ら……山にいた……」


「ルッカにマールにクロノよ。何で忘れるの? ちょっと寝たからって忘れるようなもの? すいませんね印象に残らない顔で!」


「落ちつけルッカ。エイラがひきつけを起こしかけてるから。怖がってるから」


 剣幕に押されて、エイラが握っている絨毯が破れだしている。怖かったのは仕方ないけれどえらく馬鹿力だな。だが……嫌いじゃない、そのギャップ。
 震えているエイラの目を見て笑顔を作る。敵じゃないよー、というアピールだ。昔から俺は泣いている子供にはこうしてなだめてやったものだった。
 エイラの目に涙が浮かび始めた。逆効果だったかもしれない。そういえばこの方法で泣き止んだ子供はいなかったな、しくしく泣いている子供を何人号泣させたものか。一度衛兵を呼ばれた事もある。


「エイラ、安心していいよ。ルッカはちょっと虫の居所が悪いだけだから。あの時は助けてくれてありがとう。ほら立って、もうすぐお祭りが始まるんでしょ?」


 マジで泣き出す五秒前状態のエイラにマールが頭を撫でて、ね? と笑えばようやくエイラの震え(痙攣といっても差し支えない)が収まった。女の子を宥めるのは男の役目だって言ってたんだけどな、フラグ建築士の人が。


「も、もうすぐ夜来る! 宴の用意出来た、こっち、マール!」


 赤い目を拭い、エイラが比較的明るい声で喋りマールの手を取って外に連れ出していった。


「……現時点ではマール、友達。俺、気持ち悪い男。ルッカ、恐怖の権化ってなところか。好感度が低い状態のスタートとは燃えるじゃねえか」


「恐怖の権化って何よ、私は当然のことを言っただけじゃない」


「いいか? お前にとっての常識は他全人類にとっては危険以外の何者でもないんだ。いかに自分が外れすぎた人間か理解してから物を言え」


「あんたに言われたくないのよ大変な変態」


「そう褒めるなよ。男相手に性欲が強いなあと示唆するのは究極の褒め言葉になる」


 ちみちみと嫌味を言い合って俺達はテントを出る。日が沈み始め、灼熱のような気温が下がり赤すぎる太陽が遠く果てで沈下を始めていた。








 星は夢を見る必要は無い
 第十六話 酔いつぶれた女の子を介抱した後楽しいイベントが待っているかと思えばそうでもない




 




「みんな聞け! 新しい仲間出来た! 強い女マール! その仲間クロ! なか……仲間? ルッカ!」


「「「ウホホー!!」」」


「さ! ボボンガ踊る! お前らも踊る!」


 ステージの上からの号令で人々は一斉に陽気なダンスを始める。単調ながらも耳に残る音楽が始まり太鼓の音が腹の奥に染み込んでいく。果物を熟成して作り上げた果実酒が脳を揺らし、豪快に焼いた肉の匂いが辺りを漂い否応無く気分を高めてくれる。
 マナー等無く手づかみで肉を果実を齧り床を汚す。現代や中世なら目をしかめるその光景も今この場では威勢の良い、気持ちの良い食べ方。何処までも解放感のある宴。
 さっきまではルッカとの小競り合いで節くれ立っていた俺だが、今は人の声や太鼓の音の波に流されて自由という宴を楽しんでいた。


――ボボンガ コインガ
   ノインガ ホインガ
    歌えや踊れ 風達と
  ボボンガ コインガ
   ノインガ ホインガ
    歌えや踊れ 山達と
  ボボンガ コインガ
   ノインガ ホインガ
    歌えや踊れ この一夜――


「ねえクロノ、この歌って……」


「ああ、リーネ千年祭でも歌われてたな」


「凄いね……ずーっとずーっと未来まで受け継がれてきたんだね、この歌は……」


「感傷に浸っちゃうわね……時の流れに風化されないものって、やっぱりあるものなのよ」


 酒を片手に地面に座り、俺たち三人は宴の喧騒を眺めていた。
 ……良いものだよな、誰かが楽しんでるってことは。


「楽しんでるか、お前ら?」


 先ほどまで壇上で俺達の紹介をしてくれていた男……キーノが話しかけてきた。
 本来はエイラが仕切るべきなのだが、大勢の前に立つのは恥ずかしいと彼女は辞退したそうな。毎度のことだ、と頭をかいていたキーノは見た目のひ弱そうな外見と違い実に頼もしそうに見えた。


「うん! こんなに楽しそうなお祭り初めてかも! あっ、でも王国祭も負けてないかな……」


「王国祭? キーノ分からない。でも楽しんでるなら良い! マール達も飲み食い歌い踊れ!」


「あっ、ちょっと!」


 マールの手を引いてキーノは皆が踊る場所まで連れて行きダンスを始めた。
 最初は戸惑っていたマールも雰囲気に呑まれたか好き勝手に踊りだす。順応性が高いのはマールの凄いところだよな。


「……私の紹介に不満があったから文句言ってやろうと思ってたのに、強引だけど、気持ちの良い男じゃない」


 叱るに叱れなかったわよ、と口を尖らせて俺に愚痴るルッカを小さく笑い、俺もその場を離れ宴を楽しむことにした。いやはや、この時代の女性は露出度が高くて良いね、たまらん。


「……うう……」


「え、誰かいるのか?」


 ぐひひと笑っていたことを誰かに聞かれたと思った俺は声の聞こえた方を見た。


「キーノ、楽しそう……マール、可愛いから……うう……」


「……エイラ、さん?」


 暗がりで座り込んだエイラは酷く悲しそうにキーノとマールが踊る光景を見ていた。何度も何度も目を擦っているので目蓋付近が赤く腫れ上がってしまっていた。


「ク、クロ!?」


 声を掛けられたことに驚いたエイラは俊敏な動きで草むらの中に入り遠くまで走り出す足音が聞こえた。


「……ああ、つまりあれか」


 俺のほのかな恋が終わったということか。へえー……


「……キーノ、許すまじ」


 エイラの思い人であるキーノがマールと楽しそうに踊っているのが辛かった、と。可愛いねえ、可愛いねえ。俺にヤキモチ焼いてくれる女の子なんざ生まれてから一切いねえよチクショー。


「ようやく……ここ原始で普通に可愛い女の子が見つかったと思ったら……そうだよな、エイラだって女だもんな、好きな男の一人や二人いたっていいよな……」


 さっきまでエイラが座り込んでいた場所で俺は体育座りになり腕の中に顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた。
 良かったんだって、まだ思いっきり本気だったわけじゃないんだし、これで良かったんだって! 傷が浅いうちに終わって良かったんだって!


 自己暗示完成まで三十分ほどかかったが、なんとか立ち直ることができた(そう思い込むほどまで回復した)俺は立ち上がり宴の様相を再度眺めだした。


 マールは酒が回り始めたのか踊りがハイテンションかつエキゾチックになっている。後で近づいてじっくりと見ることにしよう。
 ルッカは酒ダルの中の酒を飲み干さんばかりにピッチを早く、がぶがぶと飲み狂っている。見物人がいるところを見ると中々面白い余興のようだ。ここで選択肢を出してみようか。


 1、マールの艶かしいのかアホ臭いのか分からないダンスを見に行く。
 2、ルッカの黒歴史になるっぽい場面を間近で見て後でからかう。
 3、ロボを迎えにいってまさかのプロポーズ。俺にはお前しかいないんだ! と叫ぶ。(好感度90以上が条件)


「もしかしたらルート分岐かもしれない。ここは慎重に行こう」


 精神の弱っている俺はカーソルを三番に合わせて……


「……クロ?」


 脳内の決定ボタンを押す前に後ろから森の中に消えたエイラの声が聞こえたので踏みとどまることにした。


「どどどどうしたんだエイラ!? お、俺は決してベーコンレタスな選択をしようとなんてしてないぞ!」


「クロ……泣いてた……何で?」


「え? ……いやあ、その、まあ……失恋、かな。いやそんな大層なもんじゃないけど!」


 本当は誤魔化そうと思ったのだが、エイラの目があまりに綺麗で、澄んでいたから、思わず本音を晒してしまった。
 すると、エイラは驚いたように目を開いて俺の両手を握り締めてきた。……おやあ?


「クロも!? ……エイラも、その……」


「……言わないでも分かるさ。……キーノ、だろ?」


「!」


 何処と無く刺々しい声音になってしまったのはご愛嬌。いや、まだ好きになってたとは言わないけれど気になってた子の好きな奴を嫌いになるのは許して頂きたい。


 エイラと俺はどちらも話す言葉が見つからず、そのまま黙り込んでしまった。耳に入る盛り上がっている宴の音が今は腹立たしい。


 そのまましばらく時が過ぎると、エイラの手の力が強まり驚いた。……まさか、これは……


 4、エイラと楽しい一夜を過ごす。という選択肢が浮上してきたのか? 時間がたつと生まれる隠しルートなのか!?
 決定ボタン連打! 間違いねえよ決定ボタン連打ぁぁぁ!! セーブの準備しといて! 後十八歳未満はご購入できませんってタイトルに書いてといてぇぇぇ!!


「クロ! キーノと勝負する!」


「回想モードは充実させておけよ……ってえ? 勝負?」


 そのとおり! とエイラは元気良く頭を振った。分かりやすいボディーランゲージありがとう。


「クロ、マール好き! エイラ、キーノ好き! だからクロとエイラでキーノ達と勝負する! 奪い取る!」


「それ、何て名前の青春漫画? それと流れがさっぱり分からない」


「決まった! すぐ行くクロ! クロマール好き! だから行く!」


「引っ張るな! そんで俺はマールのことがそんなに好きじゃねえ!」


 俺の言葉にエイラは分かってる分かってると微妙に優しい表情を見せる。俺のことを理解してくれる奴なんていねえのさ、それこそマトリックスの向こう側でも無い限りな……
 しかし……俺の失恋の相手をマールと間違えるとは。自分がキーノを取られたと思ったからって、俺の好きな相手をキーノに取られたと決め付けるのはなんでだ? 変な四角関係を形成するなよ。女の子は自己完結する生き物だという定説があるが……当たってるものなんだな。
 

「ああ、おとなしい子に限ってこういう時強いんだよな、お約束ってやつだ……」


 背中をごりごろ削られながら引っ張られる俺を、村の人間は楽しげに見つめていた。






「勝負? キーノとか?」


「そ、そう! クロとエイラ、キーノとマールで勝負、勝負!」


「ええと、どうなってるのクロノ?」


「分からん、分からんほうが良い」


 きっぱりと不思議そうな顔で見ているキーノとマール。そりゃそうだ、踊っている最中に勝負! 勝負! と怒鳴り込んでくる人間を見たら誰だってそーなる。片手にへばった人間を捕まえてるなら尚更だ。


「岩石クラッシュ、飲み比べ! キーノ、逃げるか?」


「キーノ、別に構わない。でも、マールどうする? 酒、飲めるか?」


 いつも大人しいエイラがここまで堂々としているのは珍しいのだろう。キーノは探り探りという感じで会話を返す。その中でマールを気遣う台詞が出たことでエイラのボルテージが更に上がり、マールの言葉を遮り大きな声で勝負! 勝負! とおたけぶ。


「分かった、でも飲み比べは一対一でやる。キーノ、クロと。エイラ、マールと勝負する!」


 正直あんたらだけでやってくれないかなあと思うのは俺だけではないだろうとマールを見れば俄然乗り気なようでちょっと面白い。この子はどんなトラブルも楽しめるんだね。羨ましいやらアホみたいだわ。


「それでそれで? 勝ったら何が貰えるの?」


「う……それは……」


 何も考えず勢いで勝負を仕掛けたエイラは口ごもり、チラチラと俺のほうを見る。助け舟がほしいということだろうか? 何が悲しくて気になっていた子が自分以外の他人に焼くヤキモチに手を貸さなくてはいけないのか。いや、助けるけども。


「あーっと……エイラが勝てばキーノをエイラにプレゼント、ちゅーか告白させてや」


「クロ!!」


 エイラの八卦掌! みたいな突きをどてっぱらに当てられて俺はきりもみしながら料理の並んだ机に突っ込む。照れ隠しか、流石の俺のポジティブシンキングでも可愛いとは言えねえなあ、だって今俺吐血してるからね。
 口から流れる血を拭いながら一言エイラに文句を言おうとするが、彼女は血色の良い顔を真っ赤に染めて俺を睨む。拳が震えてるのはまだ殴り足りないということか? 俺が泣くまで殴るのを止めないつもりか? すぐさま泣いてやるぜ。


「クロ勝てば、マールはクロの物、なる!」


「「……え?」」


 エイラは暫し迷った後、摩訶不思議な事を宣言した。あれか? 俺がマールのことを好きだと勘違いしてるからの発言か? 自分の恋心を暴露するよりも他人の恋心を暴露するほうがましだからって……そりゃあないぜエイラさん。


「ええと……何で私がクロノの物になるの? ていうか、物って……何か過激だね」


 少し照れながら言うマールにそこ突っ込むところなんだ? とは言えない。だって喋るだけで激痛が走るんだもの。これ現代なら訴訟物だからね、エイラさんはもう少し抑えるって事を知らないと俺の幼馴染みたいになっちゃうよ。


「そ、それは……クロ、マールのこと好き! だからマール、キーノに取られる、嫌! だから勝負する!」


 マールが反応する前に遠くで「今何と言ったああぁぁぁ!!!」という怒声が聞こえたがまずは無視。そもそもさっきも言ったが勝負までの流れがさっぱりだ。エイラのテンパリは加速を続けている。いるいる、こういう何か思い立ったらそこまでのプロセスを無視して暴走する奴。


「ええ? クロノ、私の事好きなの?」


「そんなあからさまに嫌そうな顔をするな。いくらなんでも傷つく。お前は俺の心をダイヤモンドか何かと勘違いしてないか?」


「クロ、マール好き!」


「エイラ、ごめんちょっとうるさい。収集つかないから黙ってて」


 少し前まで好意を持っていた女性に申し訳ないが、ここまで適当な扱われ方をされては不満も募る。正直、うざい。


「面白そう! キーノ、この勝負受ける! 賞品はマールでいいか?」


「そんなもんいらん。さっきのやり取り見てなかったのか? それよりも……」


 今自分たちがドリストーンという赤い石を探していることを伝え、できればそれを貰えないかと頼むとキーノは赤い石たくさんある! それならやる! と快く了承してくれた。良かった、キーノはちゃんと俺の話を聞いて理解してくれる。俺の味方は男しかいないのかもしれない。ロボ然りドン然りキーノ然り。ああ、カエルは除外だ。あんなもん性別という概念が存在するのかどうかもあやふやなんだから。


「それで? エイラ勝てば、何貰う?」


「エ、エイラは……か、勝ってから言う! だから、今、言わない!」


 事情を知る第三者から見れば甘酸っぱい光景だが、応援したいとはびた一文思わないのは何故だろう? 不思議だ。いや、そうでもねえか。


 俺たちは壇上に上がり、腰を据えて準備が出来るのを待つ。


「じゃあ始める! 皆、岩石クラッシュ、どんどん持ってくる!」


 今まで成り行きを見守っていた人々がキーノの言葉に「ウホホー!」と叫ぶと石製の大きな杯の形をした物をいくつも持ってきた。中にはなみなみと注がれた黄色い液体。嗅いでみるときついアルコールの匂いがする。これを飲めってことだよな? ……度数いくつだよ、ウォッカだってこうは匂わねえぞ……? 五十前後ありそうだ……


「どうしたクロ? 酒は苦手か?」


 少し心配そうにキーノが聞いてくる。相手を気遣えるってことは、キーノはこの酒を余裕で飲める自信があるわけだ。……今までほとんど飲まずにいてよかった。酔いきった状態で勝てる相手じゃなさそうだ。


 心配するなとジェスチャーして、杯を自分の前に持ってくる。
 エイラとマールは俺たちの後で勝負するようで、観客席から見守っている。マールはどっちも頑張れーと気の抜ける応援を寄越し、エイラは心配そうに胸に手を置いて勝負の開始を待つ。


「この勝負、飲めば勝ち! 相手よりもたくさんたくさん飲めば勝ち! 単純! 用意は良いか?」


「ああ、俺もざるのクロノと言われた男だ、そう簡単に勝てると思うなよ!」


 景気良く返すものの内心俺なにやってんだ? という声が止まない。が、勝負は勝負、やると決めたらとことんが信条の俺に油断は無い!多分!


「それじゃあ……始め!」


 キーノの言葉が終わると同時に一気に杯を傾けて岩石クラッシュを飲みだす……が。


「おぶへぇっ!!?」


 喉を通した瞬間の熱に驚き口に入った酒を噴出してしまう。
 ごほごほと咳き込む俺にキーノは一杯目を飲み終えた後、心持余裕のある顔で話しかけて来る。……なんかむかつくな。


「この酒キツイ。無理、やめる」


「ばっ……げほっ! 馬鹿言え、おぶへぇが口に入っただけだ。一瞬水かと思ったぜ」


 気を取り直してもういちど口に運ぶ。強い酸味が焼けた喉を刺激する。こんなもん嗜好品じゃねえよ、なんかしらの毒物だと言われても納得するわ!


 悪態をつきながらも時間を掛けて一杯目を飲み干す。既に明日に響きそうだな、程度に酔っている自分が不甲斐ない。キーノは俺が飲み干したのを見ると頷いて二杯目を傾ける。マラソンで次の電信柱まで先に行って待ってるね? みたいな偽善行為しやがって……


 水が欲しいところだが、そんなペースではキーノには勝てないと踏んで俺も二杯目を攻略する。くそ、喉がヒリヒリして感覚が無くなってきた……まだ二杯目だぞ!?


 キーノに少し遅れて二杯目終わり、早速三杯目……というところで俺の手が滑り杯を落としてしまった。おいおい……もうベロベロじゃねえか俺の体。八岐大蛇だってこうはならなかっただろうに。


「もう降参するか? クロ、顔色悪い」


「………」


 キーノの降伏勧告を無視して次の杯を貰い喉に運ぶ。幾らなんだって、そうも簡単に負けられるか、相手のキーノは素面同然じゃねえか!
 それからキーノの制止やマール、エイラの応援を背に意地だけでアルコールを摂取し続けた……






 二十分も経っただろうか? 現在、俺が飲んだ杯の数十一、キーノ十六と逆転不可能とは言わないが、明らかな劣勢であることは一目瞭然だった。
 俺のグロッキー状態に比べてキーノも辛そうではあるがまだ余力があるように見える。ポーカーフェイスである可能性も否めないが……楽天的な思考は止めよう。
 何より……仮にキーノが限界だとしても俺は後五杯以上飲まなければ勝ちにならない。今俺は喉まで熱い濁流が迫っている現状、一滴も酒なんか飲みたくないのだ、いや、飲めないのだ。


「おぶっ……」


「クロ、よく頑張った。キーノ、ここまで酒、強い奴初めて見た。恥じる、無い」


「ふざけんな……トルース町のクロノっていやあ……ルッカと母親以外には負けねえって……逸話、が…あるくらい………」


 そこで俺の意識が薄れ目の前に積まれていた空の杯を倒しながら前のめりに横たわった。
 観客のキーノの勝ちだ! という声とマールとエイラの大丈夫!? という声がステレオに聞こえる。もう、どちらの言葉が誰の声なのか、その判別すらつかない。
 もういいだろ、俺は頑張ったよ。ぶっちゃけこんな勝負どうでも良いことこの上ないんだし、キーノだってマールの事が好きなわけでもない。だったらこのまま俺が倒れてても……


「キーノ、勝った! これでお前、キーノの物!」


「え! そんなの聞いてないよ!?」


「負けた人間、勝った人間に奪われる! これ、大地の掟! お前、それ破る、ダメ! ダメ!」


 観客の一人がトンデモ理論を弾き出すと周りの人間もそれに呼応してソウダソウダと騒ぎ出す。エイラやキーノがそれを止めようとしているのは救いだが、程よく酒の入った集団はその程度では止められない。熱気は増して、どこか不穏なものさえ感じられるようになった。
 ……そうか、この勝負はマールを賭けたものだったのか……そういえば、そんな気もするな。
 ぶつりぶつりと途絶えていく考えを一度全て外に追い出して俺はぐにゃぐにゃになったみたいに言うことを聞かない体を無理やり起こして、立ち上がる。
 観客も、キーノも、エイラも、マールも驚いて俺を見る。何だよ、俺がこの程度でくたばるもんか。


「……マール、は……」


 ああヤバイ、これ絶対ヤバイ。言ったら駄目なことを口走りそうな気がする。凄い勘違いされそうな気がする。
 でも、これ以外に上手い言葉が見つからない、それに自分を奮い立たせる為には仕方が無い。そう、仕方が無いんだ。


「さ、ねえ……」


 そうだな、はっきり言って最初は素敵な女の子だな、と思ったよ。元気一杯で、屈託が無くて、見るもの全部珍しそうにみて、そして……笑うんだ。皆を包み込むような暖かい声を鐘のように鳴らして、大きく口を開けてさ。


「渡さねえ……」


 でもしばらく一緒にいればそりゃあ酷い女の子で、俺のこと嫌いなのかな、と思ったし、その前向き加減がイラついたこともあったよ。世の中信じれば乗り切れると思ってる辺りがさ、わずらわしいっていうか。
 俺のこと見捨てて逃げようとすることも度々あったし……だけど……


 いつだって、マールは笑うんだ。俺の近くで、笑ってくれるんだ。
 勝負自体はしょうもないものだし、観客も煽ってはいるが、所詮酒の勢い、実の所面白半分で騒いでるに過ぎない。分かってるよ、そんなこと馬鹿でも理解できる。
 だからって……それでもやっぱり負けたくない。
 恋愛感情じゃない。父性精神とか、独占欲とか、嫉妬とかの類でもない。……もしかしたら、その中のどれかかもしれないけれど、そんなの認めない。大体そんな付加理由は必要ない、ただ、マールは、この王女様は……


「マールは、俺の物だ! ぜってえ、誰にも渡さねえぇぇぇ!!」


 他の誰にだって、渡すわけにはいかないんだ。友達なんだから。


 ここにいる全員のリアクションを見る前に近くの酒を持って一気に飲み始める。頭痛はするし手も震えるし目の前が赤くなってきてるし寒気もしてきた。今自分が立ってるかどうかもあやふやで息を吸っても吸っても酸素が足りない、心臓が爆発しそうなくらい暴れてる、それら全てが自分にとって有利に働くと考えろ、思い込め! 勘違いでも充分で、勝てさえすりゃあ良い!


「次ぃ!!」


 空いた杯を後ろに投げて酒を受け取る。慣れたものだ、一杯目は溶岩を口に入れてるみたいだったが、今じゃ最初に言ったみたいに水のように感じる! これもランナーズハイに似たものなのかもしれない。十杯でも百杯でも飲み干してやるさ! ……百杯は無理か。


「次の杯持って来い! 村中の酒飲み干してやらぁ!」


 この時からほとんど記憶は無い。ただ、村人達の歓声だけが耳に残っている。後、誰かが残してくれた温もりと、感謝の言葉が。
 その誰かは金髪だった。だから、きっとエイラが俺を抱きしめてくれてるんだろうと思ったから、名前を呼ぼうとしたけれど……何故だろう、俺は違う名前を口にした気がする。






 目を開けると、視界に青すぎる空。白い雲は太陽を遮らず、ただあるがままの姿を目に焼き付けさせた。余りの眩しさに目を背けると、そこには頭から酒をかぶって寝こけているルッカが大いびきをたてて爆睡していた。あー寝起きから見たくねえもん見ちまったぜ、慰謝料を請求して良いくらいだ。


 体を起こしてみると強烈な頭痛に頭を抱えてもう一度地面に横たわる。誰か! 誰か優しさの半分を俺にくれ! もしくはキャベジ○!
 動かずにいると頭痛が収まってきた代わりに体の節々に痛みを感じる。胃は心臓の鼓動の度に「動かすんじゃねえ! タリイんだよ!」と説教かましてくるし、顔全体がこけているのを理解できる。やべえ、有給三日は貰わないと死ぬ、これ。


「……まあ、あれだけ飲めばこうなるか……いてて、喋るだけで辛い……誰か殺してくれ……」


「嫌だよ、介錯役より観客側が良いもん」


 俺の体に影が降り、日光を少しだけ和らげてくれる。他人の声は聞くだけで悶絶するほど痛む筈の頭も、この声だけは鼓膜内の進入を許してくれる。むしろ、頭痛が軽くなる錯覚まで。


「……趣味悪いな、せめて他人にやらせるよりは……みたいな悲痛な決心とかはそこに無いのか?」


「決心してほしいの?」


「いや……それはそれでぞっとしないな。てか、それ俺の質問に答えて無くないか?」


「へへ、女の子はズルイの! ……って、何かの本に書いてあったよ」


「……当たってるよ、それ。真理だわ」


 俺の言葉を聞いて喜ぶマールは、遥か遠くで輝く太陽なんかよりもよっぽど眩しく見えた。
 お早う、王女様。


 マールのケアルで体が動くようになり、感謝を告げる。二日酔いも治せるなんて万能過ぎるだろ、食中毒とかも治せそうだな。
 酒臭さ満載の女の子らしさ皆無であるルッカにもケアルをかけてやり体を揺さぶって起こす。うわ、近づけば近づくほど酒くせえ、水被せて起こしたほうが一石二鳥で良いかもしれない。
 目を覚ましたルッカはしょぼしょぼとする目を開き「クロノ、酒臭い」とのたまう。良いか? うん○がう○こに臭いと言った所で不毛なんだぜ。


 結局三人で水浴び場に向かい(期待したのだが男と女は別の場所だった。何故原始の時代にこんなシステムがあるのだ、口惜しい)酒臭を消して再集合。これからどうするか相談して、キーノの持っている赤い石がドリストーンなのかどうか確認しようという結果に。


「なあマール、結局昨日の飲み比べ、俺が勝ったのか?」


「覚えてないの? キーノの飲んだ分、十六杯を越えて十七杯目を飲み干した後クロノ、倒れちゃったんだよ? 心配したんだから」


「そうなのか……いや、正直昨日のことはほとんど忘れちまっててさ」


 そう言うと、マールは何故か少し落ち込んだ後「まあ、いいか」と開き直ったかのように呟き「ありがとうね!」と笑ってくれた。何の感謝だか知らんが、礼を言われて何も言わないのは不実なので、「おう!」とだけ返しておくことにする。


「私もさ、昨日の記憶ほとんど無いんだけど、確か誰かを殺そうとしてたのよね……誰だったかしら?」


「ええか? 人の命はかけがえの無いものなんだから突発的に誰かを殺そうとしてはいかん。誰か思い出すな、ノリで殺人を犯すな」


「いや、なんだか信じてた友達に裏切られたっていうか、大切にしてた油揚げを掠め取られたっていうか……うーん」


「何だその例え? とにかく忘れとけ。それからマール、汗凄いぞ? あんまり近づかないでくれるか」


 辛辣にマールを遠ざけると肩が震えているのが分かる。ああ、何か知らんがやっちゃったんだなマール。あんまり動揺してると横のクリーチャーに気づかれるぞ? そいつやると決めたら絶対やる奴だから。悪い意味で。
俺が何がしかに気づいたと感づいたマールは俺に何度もアイコンタクトを送りお願い黙ってて! と懇願している表情を見せる。俺がどうしようかなー? と少し意地悪そうに唇を舐めるといいから黙ってろって言ってんだろがコラァな目にシフトしたのでちょっとばかり勘に触った。


「ルッカ、マールの奴がさ何か隠して」


「わーわーわー!! ぼぼぼボブサッ○のハンマーパンチは尊敬できるものだと私は思うようん!」


「? ごめん私あんまり格闘技明るくないから分からないわマール」


 まあ、概ね平和な感じの朝である。あくまでもここまでは。


 変なマール、とルッカが笑い伸びをした所で、彼女の顔色が見て取れるほど変わる。最初は赤色、次に青色、少しづつ血色が戻ったかと思えば白色に。信号もかくや、という次第である。……信号ってなんだ?


「どうしたルッカ、便秘か? それともあれか? 月の」


 後ろにいたマールから両肩に手刀、流れてドロップキックのコンボで俺の体力ゲージを五分の一減らしていく。アーケードなら咥えていた煙草を消して本腰を入れるレベルだ。……アーケードって何だ?


「……ヤバイかも」


「? ヤバイって何が? クロノのデリカシーの無さ? そんなの生まれる前から分かってたことじゃない。あんなんだからモテないんだよねクロノは」


 すぐ脇に倒れていた俺はマールに足払いを行い後ろ足に砂をかける。肉体的ダメージは薄くとも屈辱感は中々のものだ。現にマールは両手を地面につきながら「恨まぬ道理は無し……」と口惜しそうにしている。何て気分が良いんだ! これが勝者の優越というものか!


「……ゲートホルダーが……無い……」


「「…………」」


 公衆トイレの便器に財布と携帯と車の鍵を落としたみたいな顔でぽつぽつと語るルッカに俺とマールは固まってしまった。心なしか鳥の声も遠くから響く猛獣の雄たけびも途絶えた気がする。
 こうした沈黙の時間もルッカの顔色は七変化していきちょっとしたエンターテインメントにすらなりつつある。実際今ルッカの顔見てて面白いし。
 ……が、こうしてルッカの顔を見て楽しんでいるわけにもいかず、意を決してルッカに話しかけてみることにする。


「なあ、ルッカ……」


 俺の声に反応してルッカは絶望的状況といった顔で俺を見る。


「どうしようクロノ……私達、私達……」


「多分、俺もマールも思ってたことだと思うけど……ゲートホルダーって何だ?」


「うん、私も分かんない。何だっけルッカ」


「あんたらを愛しく思うべきか憎むべきか半々だわ」


 もしくは切なさと心強さか。


 重い重いため息を吐いてからルッカは頭痛をこらえるように目蓋の上から眼球を押さえて口を開いた。


「あのね……ゲートホルダーが無いとね……原始から帰れないの。元の時代に戻れないのよ!」


「……ええー! どうするの!?」


「ロボの貞操が危ういな。あいつの精神および肉体的権利はあの変態爺いボッシュの手に堕ちるのか……」


「気楽に言うけど、これマジなのよ? あんた原始の生活に対応して生きていけるの?」


「なんかその方が平和に終わりそうな気がしないでもないんだなー」


 なんていうか、トゥルーエンドには辿り着かないけどグッドエンドには到達できそうというか……作品によってはグッドエンドの方が幸せなこととか一杯あるし。U○Wとか。あくまで主観だけど。


 それからルッカとマールが頭を抱えてどうしよう、どうしよう! と転がりまわっていたのがちょっと面白かった。腹を抱えて笑っていたら殴られたけれども。何かあったら俺を殴っとけばいいや的な考えは止めようって。とりあえずマック集合、みたいな。
 その場は俺達が寝ていた場所付近に人間外の足跡が多数見受けられたことを俺が指摘してエイラ、もしくはキーノに話しを聞いてみようという結論になった。手がかりを見つけた俺に感謝の言葉は無し。クックックッ、あー触手モンスターとか出ねえかなぁマジで。もし出たら鬼畜ルート一択だぜ! 『冷静に見捨てる』とかさ。







 酋長のテントに入り中を見ればエイラの姿は見当たらないが、キーノが中でせっせと粘土をこねくり回している。どうやら土器製作に精を出しているようだ。昨日あれだけ酒を飲んで魔法無しに立ち直りなおかつ仕事を出来るとは……原始最強の人間はエイラではなくキーノなのかもしれない。
 

 俺達が来た事に気づくとキーノは木で出来た歪なコップに水を入れてもてなしてくれた。朝の挨拶を交わし本題に入る。寝ている間に大事な物が盗まれたこと、近くに人間ではない足跡が多数あった事を説明すると、キーノは血相を変えてそれは恐竜人の仕業に違いないと断定した。


「恐竜人、緑色! あいつらとキーノ達、戦ってる! 恐竜人、リーダー、アザーラ言う。アザーラとても頭良い……きっと、アザーラ命令した!」


 恐竜人とイオカ村との戦いや、その戦いを避けた人間達の村、ラルバ等様々な事を鼻息荒く教えてくれた。ぶっちゃけ、んなことはええからその恐竜人は何処におるんじゃいと言いたかったが、一通りの話は聞いておくことにした。
 キーノは村の中に恐竜人を見た人間がいるはず、まずは聞き込みを開始しようと提案し俺たちは頷いた。






「俺見た、恐竜人。南のまよいの森、入った。お前ら、まよいの森行くか? モンスターたくさんいる。気をつける」


 村の人間に聞いて回るとすぐにドンピシャ、頭に動物の牙で出来た飾りを乗せた男が忠告も載せて情報を提供してくれた。キーノに聞くとまよいの森の場所は知っているそうなのでそこまでの案内を頼むことにする。キーノは勿論! と日に焼けた笑顔を見せて先頭を歩き始めた。頼りがいのある男はモテる……実に理解が出来るな。その点俺はバーベキューの時もドンジャラで遊んでいるというインドア具合。そりゃあモテねえさ。


「キーノ、そういえば、エイラどこ、行った? 朝から姿見ない」


「エイラ? キーノも見てない。多分狩り、違うか?」


 遠ざかる俺たちに男がエイラの所在を聞く。俺たちは当然、キーノも知らないようでかぶりを振って予想を男に渡してまよいの森を目指す。
 そういえば、エイラの名前を聞いて思い出したのだが、昨日のエイラとマールの勝負はどうなったのだろう?


「なあマール、お前とエイラの飲み比べはどっちが勝ったんだ?」


「飲み比べ? 私が勝ったよ。エイラったら一杯目の半分も飲まずにダウンしちゃったから。ちょっと可愛かったよ」


 マールは二十杯飲んでこれ以上は明日に響きそうだから止めたそうな。マールは良く分からないところでとんでもなくハイスペックということか。……何故か悔しいのは男のプライドが原因だろう。
 にしてもエイラ、そんな簡単に負けたのか。落ち込んでなければいいのだが……
 彼女の泣き顔を思い出して胸が痛む。彼女の泣き声は誰かに聞こえないように低く抑えられていて、赤子のように心底悲しそうに泣くのだから。
 そういえば、俺は彼女の笑い声を聞いていないんだなあ、と寂しい現実を思った。











 おまけ




 余りにもどうでもいいキャラ紹介


 クロノ。
 好きな上がり方は誰かが大きそうな役のリーチを掛けた後の喰い断。アリアリはデフォルト。


 マール。
 愛読書はテニプリ。次いで復活。最近は真田が熱いとのこと。得意な上がり方は天性の引きから生まれるツモ。


 ルッカ。
 表の好きな漫画はハチクロ、君に○け、荒○アンダーザブリッジ等。真山君とかいいよねー? 深くまで関わってこないってゆーかー? みたいな会話が好き。
 裏の好きな漫画はフリー○ア、闇○ウシジマくん、古谷○全般等。っちゃけんなでかい事出来なくなってるけどね、警察の介入半端無いから。みたいな会話をしてクロノを引かせている。
 得意な上がり方は一色オンリー。我が道を遮る者無し!


 ロボ。
 BLEA○Hで基盤は出来た。最○記で仏教を斜に見るようになる。Fa○eで全ての準備が整った。中二とは恥に非ず、称えよ我が人道を!


 エイラ。
 喫茶店で大きな声で話しているグループがいたら店を出る。コンビニに入ろうとして店前で煙草を吸っている学生がいたら通り過ぎる。注文と違った品物が来ても文句を言わない、言ったこともない。現代に生まれたらこういう女の子になる。大学生になっても合コンは都市伝説。


 王妃。
 尊敬する人。範馬勇次○。少し離れて倉田○南。これがいわゆるギャップ萌え。


 ヤクラ。
 エックス斬り練習ポケ○ン。


 カエル。
 SでありM。これをP(ピュアー)と呼ぶ。救済措置的な名称。後、蛙。



[20619] 星は夢を見る必要はない第十七話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e
Date: 2010/10/21 15:56
 思えば、昔はこうではなかった。
 昔は今と違って自分に自信があった。どんな苦境にも負けない、負けるはずが無いという自負があった。
 まだ自分が狩りに出たての頃、自分は経験も無しに初めての狩りで最強の戦士として認められた。勿論少なからず批判ややっかみもあったし、中には酋長の娘だから選ばれただけの能無しとさえ言われた。毎夜毎夜村の人間に「デテイケ! デテイケ!」とテントの前で叫ばれた。
 父さんが病気で死に、母さんが恐竜人の襲撃で亡くなっていた自分を守ってくれたのはキーノだったと、気づいたのはもっと後のことだった。
 村の人間にほとんど村八分のような扱いを受けていた私はキーノの支えもあり(その頃はそんな風に考えてはいなかったが)実力で自分の存在を周りの人間に認めさせた。


 ……告白しよう、私は天狗になっていた。村の娘から得られる尊敬を、男達の目に写る畏怖の感情を、快感に変換させていたのだ。
 表向きは気さくな酋長として振舞っていたが、本音は自分以外の人間を役立たずとしか思っていなかった。正直、戦の際も自分の盾になるなら良いか、程度の、到底仲間に向けるものではない『信頼』しか感じていなかった。


 特にそれが表れていたのは男。女勢は非力であり狩り等の戦闘は不向きであることは分かっていた。しかし男はどうだ? 本来女である自分よりも強くたくましくあるべきではないか?
 今となってはそれが自分の傲慢の押し付けである意見だと分かっている。しかし、当時の自分には女である自分より非力な男たちが情けなくて、嫌悪の念さえ抱いていた。


 その負の感情をぶつけていたのは、キーノだった。
 もとより幼馴染という遠慮の要らない関係だったことも相乗して、自分は村の人間がいないところでキーノを怒鳴りつけ、殴り倒して、自分に溜まっていた理不尽なストレスを発散させていた。時には鼻を潰したり、奥歯を折ったことも度々だった。


 言い訳をするつもりは無いが、本当はそこまでするつもりはなかった。ただ……キーノは笑うのだ。私がどれだけ罵倒しようと、殴ろうと。私を宥めるように笑うのだ。その度に私の胸の奥にある黒い塊が大きく膨れ上がり拳を止める機会をことごとく消し去った。
 苛立たしかった。これではまるで、自分が駄々をこねているようではないか、と。癇癪を起こした娘に対する父親のつもりか、と。それにしては、被害が度を越えているが。


 ……男達は弱いと言ったが、その中でもキーノは強かった。戦でも狩りでもキーノは私の補助を勤めていた為目立ちさえしなかったが、その動き、判断力、指揮の正確さ、それら全てが自分を上回っていると知ったのは恐竜人との最初の戦いから二つほど季節が回った頃だった。


 恐ろしかった。もし村人達が私よりもキーノの方が強くたくましいのだと気づけばどうなるか、それは火を見るより明らかだったからだ。
 私が心の底では村の人間を見下していると感づかれるのにそう時間は必要ではなかった。生死を共にしているのだ、いつまでも騙しきれるものではない。
 それに比べてキーノはどんな人間にも優しく朗らかに勇気付ける言葉を送っていた。村の人間が私に疑心を抱く頃には村の士気を高めるのはキーノの役目と化していた。


 ……もし。もしも、自分が酋長で無くなってしまえばどうなるのだろう? その肩書きごと私も無くなってしまうのではないか?
 ――エイラという人間は、消えてしまうのではないか?
 そんな、強迫観念に酷似したものが、ムクムクと膨れ上がってきたのだ。
 だって、自分は力だけで村を従えて来た。それが大地の掟だと疑わなかったから。強い者が勝ち、強い者が奪い、強い者が従わせる。強い者だけが全てを手に入れる。……けれど……


 もし、自分が酋長で無くなれば? 強い者で無くなれば? 私は何を奪われるのか。
 答えは……無かった。見つからないのではない。文字通り無かったのだ。
 私には大切な人間も大切な物も何一つ手に入れていない。持っているのは私自身がハリボテにした仲間だけ。私が消えても誰も悲しまないナカマだけ。


 夜中にそんなことを一人で考えていた私は気が狂いそうになった。自分が何処に立っているのか分からない。地面が柔らかく沈んで平衡感覚が掴めない。空は暗いのか赤いのか透明なのか、色彩感覚も狂ってきた。私の体に詰め込められるだけの不安を捻じ込まれた。


 クラクラする頭を抑えながら私はテントを出ておぼつかない足取りで村の中を歩き回った。
 気づけば私は村の広場にやってきた。パチパチと爆ぜるたき火を数人の男達が囲み談笑をしていた。
 男達は私に後ろを向ける格好で座り込んでいたので私の姿には気づかない。私は混乱した頭で(私も話に入れてもらおう、皆と仲良くしよう、だって、キーノにだってできるんだから、自分が出来ない訳はない)と考えて、少しづつ男達に近づいていった。


 後は話しかけるだけ、と声を出そうとした瞬間、私の体は凍りついた。なぜなら、彼らは言った、確かに言った。
 ――そろそろ、酋長を変えるべきではないか、と。
 私は気配を隠して近くの暗がりに身を潜めて盗み聞きを開始した。……会話の内容は私の想像通り。


 エイラは情が無い。だが、キーノには情がある。
 エイラは鼓舞能力が無い、だがキーノには鼓舞能力がある。
 エイラは冷静さが無い、だがキーノには冷静さがある。


 ――エイラは男ではない、だがキーノは男である。


 悔しかった。今まで見下げていた男たちにこうも好き勝手言われる現状に。自分の力が足りないせいで追い込まれた事に。……キーノの存在自体に。


 沸騰した頭で私は単身恐竜人のアジトに向かった。先日の恐竜人との戦いで敵首領、アザーラが今拠点を離れ村の近くに出向いているという情報を掴んだのだ。
 一人で戦うことに恐怖は無い、あるのは自分の酋長としての座が脅かされていること。自分の存在価値が消えようとしていること。だって、自分には力しか無いのだ、その自分が力の象徴たる酋長という立場を奪われれば、そこに何が残るというのだ?


 息を荒くして、暴風のように恐竜人たちを薙ぎ倒して私はアザーラと対面した、そして……そして……


「……ごめん、キーノ……キーノ……」


 私は今日、二度目の過ちを犯したことになった。







 星は夢を見る必要は無い
 第十七話 KINGDOM COME







「いやあ、晴天だ、まさしく晴天だよ、これは晴天と言わざるを得ない。なあそうだろ?」


「クロノってさ、前から思ってたけど語彙量少ないよね? 今度勉強机買ってあげようか? もしくは広辞苑」


「マールは王女様の癖に悪口の幅が広いよな、やっぱり育ちが良くても中身が決まるわけじゃないんだなぁ」


 互いにアハハと笑いながら鋭く目を尖らせて睨み付ける俺とマール。いやいや仕方ないんだって、熱気は人の怒気を募らせるものだから。マールとは今朝からかれこれ三回くらい喧嘩してるけどまだ怒りが収まらない。何がむかつくって、喧嘩のたびに俺の怪我は畜産されていくけどマールは回復魔法を自分だけに掛けて快適に歩行してるのがたまらない。擦り傷とか凄いのよ、今の俺。


「あんたらねえ、暑くて苛立つのは私も同意見だけど、近くで暴れられたらこっちまで腹が立つのよ、息を止めるか死ぬかしてちょうだい」


 究極過ぎるだろその二択。理不尽な選択を強いられるのは慣れっこだけどさ。


「そんなこと言うルッカもさ、その頭の帽子取ってくれない? 見てるこっちまで熱くなっちゃう。趣味も悪いしさー」


「だよなあ、帽子のセンスも悪ければ服のセンスも悪い。いっそ全部脱いじまえ」


「……熱いなら見なければいいじゃない? まあ、マールのその服は涼しそうよねえ、露出が多くて。王女様なのにそういう趣味があるのかと勘繰っちゃうわぁ」


 ルッカの言葉に一つきょとんと瞬きをした後マールは外気の為だけでは無く、羞恥から顔を赤く染めた。


「わ、私は変態じゃないもん!」


「いや、ルッカの言う事も一理あるな……確かにマールの服は露出が多い。良し、いっそ全部脱いじまえ」


「ああら、ごめんあそばせ。でも変態さんじゃないとしたらその肌の見せっぷりは……なるほど男を魅惑してるのね? なら露出狂じゃなくて痴女って言うべきかしら? オーッホッホッホ!」


 口に手を当てて高笑いをするルッカは絵になっている。流石はトルース村女王様決定戦で準グランプリを獲得しただけのことはある。グランプリはうちのおかん。


「むうう……ていうかさ、私がクロノに告白紛いな事されたからって八つ当たりしないでよね! ヤキモチ焼くだけの女ってサイテー!」


「わ、私はヤキモチなんて……告白? ……そうか、昨夜私の殺人ターゲットに選ばれたのはあんたかぁ……選びなさいマール? 炎に悶えて焼死か、私の秘密道具による拷問で恥死するか」


 恥死!? なんかわからんがそこはかとなく卑猥な匂いがする……折角だから俺は後者を選ぶぜ!


「恥ー死っ! 恥ー死っ! つかもうお前らまずは裸になろうぜ! アダルティーなキャットファイトの始まりだ! ヒャッハー!」


「ああそう、そういう脅し使っちゃうんだ? だったら私もルッカの運動神経を冷凍して裸にして広場に置いて行くってのも良いよね? 動けないけど意識だけは残してあげるよ?」


 それイタダキッ! アリアリアリーデ○ェルチ! 決まったね今日のハイライト決まっちゃったね! もう序盤にしてサヨナラホームランだね!


「怖いわぁ、王女様ったらそんな過激なこと思いつくんだー? 本当、どんな淫蕩な生活してたらそんなアイデアが浮かぶのかしらね?」


「あーもうあれだよ、お前ら四の五の言わずに抱かせ」


「お前ら、うるさい! ここまよいの森! 怪物うようよ! 静かにする!」


 俺が殺し文句をバッチリ決めようとしたところでキーノが俺たちを怒鳴りつける。それを聞いてマールとルッカがしゅんとなり「「はぁい……」」と返事を返す。くそ、もうちょっとで俺主体によるお色気シーン勃発だったのになあ……


 分かれば良いとキーノは二人に笑いかけたが、俺を見るときに何処までも冷たい目をしていたのは何故だろう? ……ああそうか、キーノも俺の企画するムフフイベントに加えてほしかったんだな? 言い出せなかったのか、初心な奴め。


 俺たちは今キーノに案内され、まよいの森の中を右往左往しているところであった。本当はモンスターのいる場所の案内はエイラに任せるつもりだったようだが、朝から姿が見えないので戦闘の出来ないキーノがついてきてくれている、という訳だ。
 しかし、やはり線の細いキーノに戦闘は無理か、と納得していればなんのその。キーノは確かに敵を倒しこそしないが、エイラ並の俊足で敵を翻弄させたりルッカ以上の頭の回転で的確な指示を出したりとここでも俺が活躍することは無かった。時々キーノが気を使ってくれたように俺に止めを任せたりするが、そういうのが逆に辛い。
 実際の所、モンスターの質が低いのもあり、(体格や力は並外れているが知能が少ない)まよいの森を抜けるまでそう時間が掛かるとも思えなかった。


 ふと会話が途切れたので、俺はキーノの攻撃力だけがすっぽり抜け落ちた状態について考えてみた。
 キーノの判断や度胸、戦闘を知り尽くしている行動などを見てエイラ程ではないにしろかなりの修羅場を潜っていると思うのだが……もしかしたら狩りや恐竜人との戦いで乱波の役でもやってたのだろうか? 軍師的な役割かとも思ったが、前線に出ていても全く違和感が無いことからそれも違う気がする。まあそもそも原始の時代に軍師やら混乱陽動部隊なんて概念があったかどうかははなはだ疑問だが。


 まじまじとキーノを見ていると、先程の戦闘で少し乱れた服の下に肩から背中にかけて大きな傷跡が見えた。今はある程度治っているようだが、その傷は周りの肉が盛り上がり骨が露出していてもおかしくないほどの溝が作られていた。……単純に言えばグロい。


 俺が見ていることに気づいたキーノは自分の傷を一度見たあと「ああ」と納得してから俺に向き直る。


「この傷、深い。俺、両腕、あまり上がらない。だから、戦闘、ムリ」


「そうなのか? でも昨日は石の杯を持ち上げてたじゃないか」


 キーノは少し顔を崩して、


「俺の杯、木で出来てる。クロ、石。俺、木」


 なるほど、日常生活に支障は無いが戦闘に耐えられるほどではない、と。ヒ○ンケルみたいなもんだな。とは口に出さないでおこう。絶対分からないだろうし。
 マールのケアルで治せないか聞いてみた所、怪我をした直後なら分からなかったが、不完全に肉が覆った今では効果が無いだろうとのこと。謝るマールにキーノは「仕方ない。マール気にする、無い」と笑って返す。


「やっぱり、マール良い奴。ありがとう!」


 純粋な善意と真っ白な笑顔で言われたマールは仄かに顔を赤らめて、どういたしましてとボソボソ言う。他人から見る青春ってこんな感じなのかな? なんかムカムカする。キャベ○ーン!


 それからも数回戦闘をこなしふと思ったのだが、キーノは腕が使えずとも脚力は並々ならぬものがあるので足技主体で戦ってはどうか? と提案する。それに返ってきた答えは「出来なくはない、けど、腕、イタイイタイ! 動けない……」だった。蹴りという全身を激しく使う動きをすると腕に負担がかかり激痛が走る。結果、行動不能になる為その案は使えない、そう介錯した。
 ちら、とルッカを見るとキーノの腕を痛ましそうな目で見ている。体の部位に障害を持っている事に自分の母とダブらせているのだろうか? そう思いついてから注意して戦闘中のルッカを見ていると分かりづらい範囲でキーノを庇っているのが分かる。


「……なんか、俺浮いてね?」


 気のせいだと何度も頭を振るがどうもルッカ、マール共々俺との会話はおざなりに、積極的にキーノと絡んでいる気がする。もし今セーブするとセーブ画面タイトルは『ヤキモキ』だ。『ヤキモチ』でも可だな……何を言ってるんだ俺は。


 なんとも言えない胸のモヤモヤは解消されず、気づけば俺たちはキーノの案内の元まよいの森を出ることに成功した。


「………」


「どうしたのキーノ? 何かあった?」


 鬱蒼とした森を抜けからからした空気を吸い込み体をほぐしているとルッカがなにやら難しい顔をしたキーノを案じる声を出していた。
 思い悩んだ表情のキーノを慮ってマールも近づき怪我をしたのか? と聞いている。マール、それがお前の優しさであることは分かっているがそれは小さい子供に「お腹痛いの?」と聞くのと同義だ。


「違う、エイラ、何処にもいない。ここにいるかと思った。でも、いない……」


「んー、俺達が寝てた間に狩りにでも出たんじゃないか?」


「違う! エイラ、キーノに何も言わず狩り、行かない。心配……」


「心配って……エイラの事だから心配なんて必要ないんじゃない? 彼女、えらく強いわよ。正直私たちが束になっても勝てるかどうか……」


 ルッカが怪訝そうに顔を歪めてキーノを見るが、キーノは顔を横に振るばかり。


「エイラ……そんなに、強くない」


 風のように駆け火のように敵を打ちのめすエイラが強くないというキーノの言葉は、その真意を得る前にキーノ本人が話を断ち切るように早足で先頭を切る。戸惑いながらも俺たちはキーノに近づいて後続を進む。もうすぐ恐竜人のアジトに着くというのに、何処か漂う不安が背中を通り過ぎた。







 父は言った。私に強くなれと。
 私は答えた。分かったと。
 キーノは首を傾げて答えた。強いとは何だと。
 父は驚いた顔をしていた。私は当然だと思った。強くなるという意味も分からないキーノに呆れているのだと。
 キーノは、ただただ不思議そうに、子供の頃は丸みがかっていた瞳をさらに真ん丸くして父の言葉を待っていた。私は瞳を細くして軽い軽蔑を含ませて隣に座っているキーノを見ていた。
 父はすぐに驚いた顔を引き締め、しかしそれは数秒と持たず破顔して、焼いた魚を丸呑みしていた大きな口を顎が外れんばかりに大きく開けて、笑い出した。
 今度は私とキーノが驚き、それを見た父は愉快そうに、でも悲しそうに、「ワシにも、分からんのだ」と呟いた。
 私は少し怒りながらより多く、より強い敵を倒すことが出来れば、それが強いことなんじゃないかと叫んだ。父はそれも一つだ、と長い立派な髭を撫でながら答えた。
 キーノはそれが答えなのか? と問う。到底納得している様には見えなかったのが、さらに私を苛立たせた。
 それが、今から十年以上前のこと。私はあの頃に戻って、今一度キーノに問いたい。そして父を糾弾したい。
 キーノには『強いとはどういうことか、キーノはどう思っているか』を問いたい。
 父には『何故そんな間違った答えをあたかも正解の一つであると答えたのか』と責め立てたい。もしそこで私の間違いを正してくれたのなら、私はこうも間違えはしなかっただろうに。
 ……例え、責任の転嫁であると分かっていても、そう考えずにはいられないのだ。


 暗く湿った部屋で、私は膝を抱えて涙を流す作業に戻る。それが何の意味も持たないと知っていようとも。







 森が囲う形で一つの洞穴を見つけたキーノは恐らくここに恐竜人が、ひいてはゲートホルダーがあるはずだと当たりを付けた。まよいの森の中に恐竜人らしきモンスターはいなかったのでもしここが外れていればふりだしに戻るという緊張と期待を持ち合わせながら中に入るとああらどっこい、四方三十メートルはある大部屋に恐竜人たちがわさわさわさわさ三十体以上の大人数でぎゃんぎゃんと人間には喚き声にしか聞こえない会話を広げていた。


「……帰るわよ」


「ああ、帰るべきだ」


「そうだよね、帰るしかないもんね」


「……何しに来た? クロ達」


 一人冷静そうに俺たちに突っ込みを入れるキーノだがあえて言おう。今この場においてトチ狂っているのはお前だ、と。
 何しに来た? という問いからキーノはつまり「この恐竜人たちを倒してゲートホルダーを取り戻さないで良いのか?」と聞いているに違いない。そして俺はこうも考える! キーノは俺たち四人でこれだけの大人数相手の戦闘をこなすことが可能であると疑っていない! 実質的に自分が撹乱の役割しか果たせず戦闘主体の動きが無理だと理解しているにも関わらず、だ。
 結論を急ごうか……キーノはアホだ。どれだけ俺達が強いと勘違いしているか知らんが、俺、ルッカ、マールの三人では前回の戦闘を思い出す限りでは恐竜人相手に一度に五体がぎりぎり、キーノを入れても六人が良い所である。七人になれば誰かが怪我をするのは必須。脱落すら有り得る。ロボと交代が出来るならまだしも、悲しい理由でロボは途中参戦が不可能。もう逃げの一手しかないのだ。


「キーノ、若いうちは無茶をしたがるものだが、お前のそれは勇気ではない。蛮勇だ」


 優しく諭す俺の顔を見る前にキーノは俺達が隠れている岩陰から身を乗り出そうとするので現代パーティー三人が必死で止める。こういうことを言ったら駄目なんだろうけど、キーノの腕が使えなくて良かった。本当に良かった。


 体を押さえつけても大声を出そうとするキーノにちょっとばかり堪忍袋の緒が緩んだマールが下半身を氷付けにしてルッカが口に布を巻きつけて黙らせる。うん、このスピードなら誘拐も可能かもしれない。


「しかしどうする? 特攻するのは論外だとしてもいずれはあの中を突っ切らねえと俺たち現代に帰れないぜ?」


 俺の意見にマールとルッカは胡坐をかいて腕を組みうーんと考え込む。


「よし、とにかく作戦を練ろう。という訳で作戦その1」


「早いわね、あんた適当に思いついただけでしょ?」


「否定はしないが数撃ちゃ当たる戦法だ。アイデアはあればあるほど良い」


 ルッカは道理ね、と頷いて俺の話を聞こうと軽く前のめりになる。


「では気を取り直して、作戦その1、ルッカの秘密兵器である手投げ爆弾通称『リトルボーイ』で中にいる恐竜人達を滅殺。この作戦名はガジェット、またはマンハッ○ン計画とする」


「私はイーゴリ・クルチャ○フ博士じゃないの。今それ関係で色々ごたついてるんだから冗談でもそういうこと言わないの」


 俺の素敵アイデアは一蹴されてしまった。正直一番期待していた案だけあって結構へこんだ。


「じゃあ作戦その2、マールが奇天烈な動きとBGMで恐竜人たちに姿を現す。恐竜人たちが呆気に取られている隙にお得意の演説でチャップリン張りの感動を生む。その間に俺たちはゲートホルダーを奪取。作戦名またはタイトルを独裁者とする」


「言葉も通じないのに演説してどうやって感動が生まれるの? ギャングが世界を廻す本で似たような方法使われてたし。後今の言葉なんか悪意を感じたんだけどなー」


 俺の名案は採用されるどころかマールの怒りが高まっただけのようだ。いっそその怒りゲージをマックスにさせてから爆発。ロック○ンのボディパーツ機能みたいに敵を一掃してもらえんだろうか。


「……作戦その3、キーノを放り込んで恐竜人たちが捕食している隙に」


「むー! むー!」


 今度はキーノが却下か。ふむ、どれもこれも珠玉のアイデアだったと思うんだが……我侭な奴らだ。


「……私も作戦を立案するわ。クロノが『ここは俺に任せて先に行け!』とか人気取りに走って奮闘している間に私たちが」


「深夜になるのを待とう。そうすれば中にいる恐竜人の数も減るかもしれない」


 ルッカの不吉なアイデアを聞き終わる前に俺が妥協案を提示してその場を終える。こいつはやるといったらやるんだ。そしてマールも俺を犠牲にする策は嬉々として乗りやがるからな。


 ルッカもマールもそれしかないか、と項垂れて地面に横たわる。やることがないとなれば余った時間を体力温存に使うとは、中々サバイバーな女の子たちだこと。
 キーノは消極的な案に不満を見せていたが、何とか説得して不承不承ながらも夜が深まるのを待つことにした。







「さて、増えたわけだが」


 正確な時間は分からないが日が落ちてから随分な時間が経ち、そろそろ頃合かと大部屋を覗き込んだ俺の感想である。シンプル過ぎて説明はいらないだろう。言葉のとおり恐竜人の数が増えたのである。おおよそ7~10匹ほど。


「だからキーノ言った! はやく進もう! 言った!」


「キーノよぉ、だからあの時言っただろうとか人の過去の失敗を穿り返す奴は嫌われるんだぜ? 今回は見逃してやるけどよぉ」


 コミュニケーションの基本を弁えてないキーノに一つ説教をかまして、これからどうするかを相談する。気のせいかキーノが睨んでいるような顔だが、常識を教えるという役割は辛いね、相手の為を思ってのことなのに恨まれるんだからさ。まあ後々キーノは俺に感謝するだろうさ、あの時俺に正されて良かったって。


「ていうか本当にどうするのクロノ? 私たちこれじゃあゲートホルダーを取り返せないよ? もう帰れないのかなあ」


 この状況に慌てているのがキーノの他にもう一人、マールだ。彼女もいよいよ危機感を覚えたらしい。気持ちは分かるが。例えるなら船に乗って何処か遠くの大陸に来たのは良いが帰りの船賃が無かったような状態だからな、今の俺たちは。


「さて、ルッカ。これからどうするべきか……お前に何か考えはあるか?」


「…………」


 我がパーティーの参謀役(勝手に決めた)である彼女は難しい顔で唸っている。かく言う俺はこれからすべきことは大体見えている。根本的な解決に繋がるかどうかはともかくとして、確実にやらねばならないことが。
 ここで一つ言っておくことがあるだろう。今の今まで俺たちは何も寝転がって時間を潰していただけではない。恐竜人の群れに見つからないように外に出て食料や水を補給していたのだ。


 つまり今は腹も膨れ喉も潤っている。そして今の時刻は深夜、俺たちがやるべきことは既に決まっている。


 ルッカは億劫そうに目を開いて、口も目と同じようにゆっくりと開き、それでも口調ははっきりと。


「眠いわ」


「だよな、寝るか」


 夜になれば眠い。眠いのなら寝る。これは自然の摂理、人体の常識、当然のことなのだから悩むことなど無いのだ。


 体を横たえて睡眠を取ろうとする俺たちをマールとキーノが騒いで止めようとしてきたのでルッカが荷物の中から催眠を促す波長を出す催眠音波装置を取り出し強制的に眠りに尽かせる。静かになった空間で俺とルッカは顔を見合わせてから頷くとゆったりとしたまどろみに堕ちていった……







 時は前後する。クロノたちが寝息を立て始める数十分前のことである。
 彼らが尻ごんでいる恐竜人たちが大勢集まる大部屋を越えた先の細長い通路。そこに、一人の女性が座り込んでいた。
 美しく太陽の光を帯びていた金の髪は土ぼこりで黒く汚れ、早朝から開いていた目は疲れ瞬きの数は増える。それでも後ろめたさと罪悪感から眠りにつくことは出来ず、昨晩洗ったばかりの服は汗と近くを徘徊する恐竜人特有の体臭ですえた臭いがこびりついていた。
 彼女の名前はエイラ。つい先程まで昔のことを思い出しながらぽつぽつと独り言を呟きながら自分の行った行為を懺悔していたのだが、流石にほぼ丸一日飲まず食わずでいたのでその体力も無くなってきたのだ。


 重複するが、彼女はさっきまで懺悔していた。……反省と後悔がひしめき合っていた。ただ、それだけが全てではなかったのだ。
 中には打算とも言えない、可愛らしいといえば可愛らしい計算が働いていた。自分の中にシナリオを組み立てていたのだ。
 そのシナリオはこうだ。自分が悪事、今の場合クロノたちの持ち物を盗み出すこと、そしてそれがキーノにばれる。勿論キーノは自分を叱るだろう、何故こんなことをしたのか問いただすだろう。その時自分はこう言うのだ。「エイラ、キーノ好き! でもキーノ、マール好き言う。エイラ、それ嫌……」と。全ては嫉妬、ヤキモチから生まれた行為だったのだと告白するのだ。


 エイラは考える。……最高のムードが完成するのではないか? と。男の心理は良く分からないがこれでキーノが自分を嫌うだろうか? 表向きは怒りを露にするだろうが、必ずどこかで愛らしいという感情が生まれるのではないか?
 ……この計画を始めるにあたって無関係であるクロノたちに迷惑をかけてしまう事に葛藤はあった。しかし乙女の恋心はグングニル、どんな障害も穿ち貫くのだ。理性や常識といった道徳観念など煩悩の最たる感情の前には遮るという概念すら存在しなくなる。迷いは光の速さで霧散した。
 早速行動に移そうとしたエイラだったが、ここで自分の計画にさらに一捻り加えてみようという欲が浮上した。もう少しドラマティックにしても良いのではないか? と。


 筋書きはこうだ。恐竜人たちにクロノたちの持ち物を盗ませる。これでキーノたちは恐竜人が盗んだと考える。恐竜人たちのアジトに向かい奪還しようとするがここでエイラ登場、真相を話す。キーノ驚きとショックに打ちひしがれる。まさか恐竜人たちの仕業かと思えば仲間のエイラが犯人だったなんて……!? (キバヤシタイム)エイラ尋問。そして涙と淡い恋心暴露。盛り上がらない筈がない。二人の絆が深まる。ハッピーエンド。エピローグにて男ならエイノ、女ならキーラと名づけようじゃないかとかそういう幸せなシーンが流れてスタッフロール。


 その光景を想像した後、エイラの行動は早かった。森をうろつく恐竜人を締め上げて「エイラの言う事聞く。嫌か? ならお前の手足、別れる」と説得、成功。恐竜人と人間が一時とはいえ手を取り合った世紀の瞬間だった。方法はどうあれ。
 そこからも順調に事は進んだ。気づかれないようにクロノたちの持ち物を盗ませてこの恐竜人のアジトまで運ばせたのも全て計画通り。後はこのアジト内でキーノ達が来るのを待つだけだった。
 恋心が暴走してクロノたちの持ち物を盗んだが、やはり後悔の念に駆られて取り返そうとしていた、という設定にすれば健気さが強調される。何もかも上手く行く筈だった。……しかし。


「……遅い……ぐす」


 待ち人が一向に現れず、かといって外に出て様子を伺うわけにも行かず(鉢合わせになるのを避ける為)、エイラは悶々とした時間を無為に過ごすしかなかったのだ。
 暇つぶしに乙女心満載で過去の出来事に浸り悲劇のヒロインを演出しようと独り言を呟いていたもののもう思い出せる出来事は限られて気づけばキーノのノロケというか自慢を延々垂れ流している痛々しい女になっていた。
 その姿を見たエイラに脅されていない恐竜人は侵入者を捕まえようと飛びかかりかけたが『こいつこわいわ』の考えの下存在をスルーすることに決めた。恐竜人は頭の良い種族である。


「ごめんなさい……うえっ、ごめんなさい……悪いことした、エイラ、悪い子……ごめんなさい……」


 予想以上に過ぎた時間のお陰か熱しきっていた恋心も少しは収まり自分がいかに悪いことをしたのかを再認識することが出来た。そう、ここにきて彼女は本当の意味で懺悔をすることが出来たのだ。
 今ここで自分がひたすら待ちぼうけをくらっているのも天罰の類であると考え、とはいえど何が出来るわけでもなくただ涙を流すことしか出来なかった。
 またも重複するが、これは、クロノたちが就寝する前のことである。







「減らないなあ」


「一向に減らないわね」


 朝、今日も元気に勤労勤労と太陽が昇り鮮やかな緑を映えさせて、流れる川の水しぶきを強調させる。その優しくも力強い光は鳥のはばたきを優雅に、地を這う動物に自信と安心を。纏めるならばすばらしい朝だった。ただ恐竜人のアジトには恐竜人が朝でも夜でも大量に蠢いている。もう虫扱いで良いと思えるくらいの数がわさわさと。
 そもそも恐竜人に睡眠はいらないのだろうか? どういう生態機構なのかさっぱり見当がつかないので断言は出来ないが、もしそうだとしたら時間を見計らって襲撃という考えが全くの無駄となる。


「クロノ、ルッカ。果物採ってきたよ。朝ごはんにしよう」


 食料調達に出ていたマールが両手にバナナやら木の実やらを抱えて戻ってきた。隣になんかどうでもいいと吹っ切れたキーノを連れて。キーノもマールも強引に進んだとて何にもならないと気づいたようだ。キーノに関しては一番焦らなくてはいけない当事者の俺たちがのったりしているので感化されたのかもしれない。


 果物の皮を器用に剥きながらキーノが口を開いた。


「今日、どうする? これ食べたら、戦うか?」


 もぐもぐと豪快にバナナを口に放り込んで問うキーノに俺もルッカも首を振る。まだ機ではないと。
 やっぱりか、という顔で然程気にした様子もなく食事を続けるキーノ。手早く食事を終わらせた俺たちは持て余した時間をどう活用すべきか考えていた。
 すると、マールが唐突に手を上げて元気良く「はいっ!」と声を上げる。この子は俺たちが隠れていると自覚しているのだろうか?


「暇だから、お昼過ぎまでかくれんぼしよう!」


「良いわね、昨日みたいにだらだら過ごすのはごめんだし」


「トルース町の麒麟児クロノ様にこと遊びで勝てるかな……?」


「キーノ、どんな勝負でも、負けない!」


 まあ、この時点で全員頭は悪くなっていた。手詰まりに過ぎるこの状況に飽き飽きしていたとも言える。そして常識人だったキーノも色々吹っ切れた今ではこの通りである。後からルッカに聞けば昨晩の催眠音波の効果が残っているかもしれないとのことだ。面白いので追求はしないでおいた。


 キーノにじゃんけんを教えて鬼を決め、散会する。最初の鬼はマールだった。地の利のあるキーノに分があるように思えたが、俺とルッカの裏切りにより最初に脱落。制限時間まで逃げ切った俺とルッカが勝利を飾った。
 しかし続く鬼ごっこでキーノ覚醒、その俊足で見る間に俺たちを捕まえて開始二十分というスピードタイムで王者に返り咲いた。
 それから高鬼、遠投(女子ハンデ有り)、財宝探し、ドロケイと様々な遊びを楽しんだ結果、全員のスコアが横並びになるという結果になった。ちなみに、この時点で太陽は赤く染まり地の果てに沈もうとしていた。


「……疲れた。もう何もしたくない」


「非労働者みたいなこと言わないでよ、あー気づいたら恐竜人の数全然見てなかったわね。遊びすぎたわ」


「私お腹ペコペコだよ……クロノ、何か採ってきて」


「俺さっき何もしたくないって言ったばかりだろーが」


「キーノ……採ってくる……」


 どうやら催眠音波が切れたらしいキーノは敵前でありながらはっちゃけたことに絶望し消沈しているようだ。面倒だからもう一度催眠音波を当ててやろうとルッカと相談しているのは内緒。キーノだけに。


 それから夕食を食べて腹も満ち、マールが舟をこいでキーノもひとつあくびをしたところで今日は就寝するかというルッカの発言が通る。今日は十年前に戻った気分だった。明日も遊ぼうぜ、と皆に声を掛けてから俺は深い眠りの中に……


「あかんあかんあかん!!」


「なな何よクロノ!? 夜に大きな声を出したら泥棒さんが来るのよ!?」


「それは口笛だ!」


 すやすやタイムに入ろうとした瞬間俺はとんでもない事実を思い出した。良かった、もし今思い出さなければ確実に間に合わなくなる所だった。
 さっき脱いだ靴を履き傍らに置いた剣を腰に付けて戦闘の準備をする。これにはルッカもマールも戦いたがっていたキーノまでもが驚いていた。いや、お前は驚くなよ。喜べよ。


「どうしたのよクロノ、もう寝るってことで全員一致だったのに……」


 眠たい目を擦りながらルッカはメガネを付けて不満そうに声を出す。キーノはトイレか? とデリカシーのない事を言い出しマールは大きいほう? と最っ低なことを言う。それら全てを否定して俺は汗をかき出した顔を皆に近づけてぼそ、と呟いた。


「……今日で三日目なんだ」


 これだけでキーノ以外の人間は全て分かるに違いない。そう、ロボをボッシュのじいさんに預けてから今日で三日目。明日の朝までにボッシュのじじいにドリストーンを持っていかなければロボがあのじじいのモノになり禁断の道を歩むこととなってしまうのだ。詳しい描写は冬に出るだろう薄い本とかで。


 予想通りルッカは忘れてた……と顔を青色に、マールはやっべえと顔の前に手をやり汗を流す。キーノは首を傾げて俺たちの動向を見守っている。


「……行くしか……ないわね」


 悲痛な決心そのままな声でルッカが覚悟を促す。なんだかんだでロボは俺たちの仲間だ。忘れたまま期限を過ぎたのなら「ま、しゃーないか」ですむが一度気づいてしまえば行動を起こさざるを得ない。さっきまでの行楽気分は何処へやら、今は姫を助けるアーサーの気持ちである。まあ、それは言いすぎか。


 全員がもう一度岩陰から大部屋の様子を探る。湿気でコケの生えた岩を少しどけて見えた光景はやはり恐竜人の群れ。無意識にため息がこぼれるのは仕方が無いというものだ。
 それからもう一度身を隠し皆で作戦会議。マールやルッカは堅実的に、キーノは強攻策を提案して俺は生贄方式を発案するが全て現実的ではない。俺の案に至っては頭をはたかれて終わった。
 やはり戦力が足りない、というのが全員の見解だ。たかだか四人では一か八かの特攻という賭けに出ることも出来ない。もしここでエイラという恐竜人相手に慣れた前衛がいれば話は違うのだが……
 同じことをキーノも考えていたようで、キーノは一度村に戻るべきではないか? と切り出す。もしかしたらエイラが村に戻っているかもしれないと言うのだ。
 だが、俺たちは首を縦に振るわけにはいかなかった。もし村に戻ってエイラがいなければタイムアップは確定。仮にエイラを連れてくることが出来ても時間があるか怪しい物となる。今から村に戻りゲートのある山に戻るだけで結構な時間を使うのだ。無駄足を踏んでいる暇は無い。
 八方塞がりな現状に俺とルッカは頭を抱える。マールとキーノは突撃しかないと鼻息を荒くさせていた。無茶無謀でもそれしか方法は無いのだろうか……


「……仕方ないか、お前ら、合図と同時に飛び出すぜ。 キーノは今までどおり撹乱。マールは俺の援護、俺は敵を直接撃破、ルッカはここからでかい魔法を乱発して火の雨を降らせてやれ」


 作戦とは言えない行き当たりばったりな戦闘形式。それでもこれが最上だと信じて身構える。後はどのタイミングで飛び出すか……


「クロノ、ねえクロノ……」


「なんだよマール、今機を計ってるんだから話しかけるな」


「そうじゃなくて……聞こえない?」


 しつこく話しかけてくるマールに俺は不機嫌を滲ませて少し乱暴に「なにが」と答える。すると彼女は耳をすませて真剣な面持ちで言う。


「……恐竜人の、悲鳴」


 そんなもんがなんで聞こえるのだ、とあしらおうとするが……たった今、確かに聞こえた。ギギャア! という人間では発生できない悲鳴が、俺の耳に届いた。
 その声の発生源は、大部屋の奥。ぽっかりと作られた縦穴の先から低く通る化け物の鳴き声が。その声は少しずつ、それでも確かに俺たちの方に近づきつつあった。
 それがどういう事態なのか、すぐに知ることとなったが。







「ああああああ!!!」


「ギギッ!? ギャ、ギギャアアア!!」


 どちらが人間でどちらが恐竜人の叫びなのか。その判別もつかない怒号が狭い縦穴にぶつかり反響して洞穴全体に響いていく。人間が振るう腕は恐竜人の鉄のごとき表皮をたやすく貫き、破り、体を土の壁に叩きつけて緑の血をばら撒いた。
 彼ら恐竜人に悪魔という言葉は生まれていなかったが、もしも悪魔という意味を知っていたならば間違いなくその人間に形容していただろう。だからこそ恐竜人たちは自分たちの同胞を屠っていくその人間の女をこう呼んだ。狂戦士と。
 戦いの手順や駆け引きなど無く、ただその手に掴んだ生き物を吹き飛ばし、噛み付き、バラバラに引きちぎるその様はなるほど、それそのものだった。
 人間の女……エイラは怒り狂っていた。
 その怒りは理不尽である。発端は自分が他人の持ち物を盗ませたのが原因なのだから。それでもエイラは怒っていた。理性など粉々になるまでに。
 ただ、理由はある。遅すぎたのだ、キーノが自分の所に来るのが。遅くなった理由は恐竜人たちの数が多すぎたのとクロノたちが無邪気に遊んでいたせい。前者はともかく後者の理由は納得できない。


 そう、エイラは太陽が真上に昇った辺りの時間に意を決して恐竜人のアジトを出て、キーノたちが近くに来ていないか確かめていたのだ。洞穴を出たそこで見た光景は、自分が昨日の朝から何処にもおらず行方が知れないというのに遊びまわっているキーノたちの姿。その顔には笑顔が貼り付けられて人生謳歌してますよ、な雰囲気で。有り体に言えば楽しそうだった。
 茫然自失としたエイラはまたアジトに戻り姿を隠しながら移動するなんて小器用な真似をすることもなく堂々と大部屋を抜けて元の場所に座り込んだ。恐竜人たちはエイラに気づいても声を掛けることなどしなかった。出来るわけがなかった。誰が好き好んで虎の尾を踏みたがろうか?


 それから数時間、ぐるぐると頭の中で多種多様な思考がエイラの脳内を渦巻いた。それはもうどえらいスピードで。そして出た結論がこうだ。あいつらなにやっとるんじゃい、と。
 エイラは激怒した。必ずやあの馬鹿者どもに怒りの鉄拳を振り下ろし場合によってはその命を散らしてやると誓った。それは自分の思い人であるキーノですら例外ではない。


 つまり、彼女は今恐竜人たちを倒そうとしているわけではない。ただ目に付いた動くものがうざったいのでクロノたちを潰すついでに恐竜人たちを片付けているのに過ぎないのだ。
 今エイラは動く台風と化してクロノパーティーの撲滅またはぶっ殺を目標に死を撒き散らしていた……




 クロノ勝利条件、ゲートホルダー奪取。それに兼ねてエイラとの接触回避。







「……エイラ!? エイラここいた! 助ける!」


 縦穴の先から憤怒という言葉では生易しい形相で出てきたエイラを見てキーノはすぐに飛び出そうとする。ただ俺は、何故か悪寒が体を越えて魂すら凍りつくような嫌な予感を感じキーノを思いとどまらせようと躍起になった。
 俺の行動にキーノは当然、ルッカやマールですら驚き俺をなじり始めた。まさか、エイラを見捨てるつもりなのか、と。


「クロ、見損なった! もうお前、仲間、違う!」


「キーノの言う通りね。女のエイラに全部任せてあんたは一人楽しようっての? どこまで腐ってんのよ!」


「……クロノ……」


 キーノとルッカは怒り出し、軽蔑を表に晒してマールは悲しそうに俺を見つめる。いや、これ多分シリアスする雰囲気じゃない。むしろバイオレンスな展開だと思うんだ、だから真面目な顔で俺を責めるのやめて。


「いや……多分、俺たちが出て行けば何かが終わるというか……追跡者的なモノに追われるような気がするというか……」


「うるさい! ルッカ、マール、行く!」


 俺のぼんやりした説得を無視してキーノはその場を飛び出して行く。それに続いてルッカとマールも走り出してエイラの援護をする為に呪文詠唱を始めるが……


「……ミ、ツ、ケ、タ」


 エイラの鳥肌がたつような声を聞くと韋駄天もかくや、という速さで三人は俺の下に戻ってきた。知らなかった、本当に怖いと人間って泣きそうな顔になると思ってたけど、凄い真顔になるんだね。面接会場にいる新卒の人間みたいな顔になってやがるこいつら。


「……ほらキーノ。お前の仲間であるエイラが待ってるぞ、早く行ってやれよ」


 キーノは心外だ、とでも言いたげに首を振り俺の目を見て「僕の仲間に化け物はいません。クロは僕の仲間です、これは偽りの無い事実なのです」と今までのキャラを根底から覆すように流暢に喋りだした。
 同じくルッカも「確かに、化け物同士が戦ってるからって私たちが手を貸す必要は無いわね。私ったらどうかしてたわ」と頭を掻いている。マールは本当に怖かったのだろう、表情は変えないまま静かに涙を流している。


「デ、テ、コ、イ。コロシテヤルゾ……」


 先程よりも近くからエイラらしき物体が多分俺たちに向けて何か恐ろしいことを言っている。いやもう、本当誰だよアレ。どんなクラスチェンジしたらああなるんだよ。


「おい誰かあのゾー○様を止めてこいよ」


「あんた、可愛い可愛い言ってた女の子に偉い言い様ね」


「ゾ○マで悪けりゃクリーチャーだ。俺は人間以外の者に愛情を感じるほど落ちぶれてねえ」


 結構、というかかなり酷いことを口走っているのは自覚しているが俺の言葉に突っ込みやエイラのフォローをするものは誰もいない。正鵠を乱す必要は無いからだ。


「……どうするの? 幸い恐竜人の数はかなり減ったけど、このままじゃ次は私たちがターゲットになりそうだよ?」


 マールがしゃっくりを我慢しながら出来るだけ平静を装って現在の状況を説明及びこれからの展開予測をしてくれる。大分確定的な。


「よし、キーノ。お前はシーダ役だ。ナバール役のエイラを説得しろ」


 男女逆転しているのは皮肉なのか笑いどころなのか。


「無理。僕には、出来ることと出来ない事があります。それは全人類共通の、真実なのです」


「その喋り方うっとうしいな、もう分かったから黙れ」


 キーノを除いた三人で話し合った結果、とにかくバラバラに分かれてエイラに近づかないように大部屋を抜けようということになった。恐竜人は恐慌状態なのでただ走り抜けるだけのはずだが、何でだろう? さっきまでの恐竜人と戦うほうが楽に思えるのは。


 俺の合図と共に今度こそ俺たち全員が飛び出しエイラが出てきた縦穴目指して走り出す。俺たちの姿を視認した瞬間エイラが甲高い笑い声を上げたが気力で無視、ただ足を前に向けることだけに全力を尽くした。
 結果は俺の予想通り。エイラはキーノ目掛けて走り出したので犠牲は一人で済んだ。少なくともキーノが捕食されるまでの間俺たちが襲われることは無いだろう。エイラがあそこまでぷっつんするのはキーノが原因だろうと思っていたが、その考えは的中したようだ。言葉にならない叫び声を上げて逃げ出したキーノはなんだか、コメディチックで面白かった。
 マールとルッカもキーノを心配していたが、俺の「じゃあお前らあのエイラと立ち向かう勇気があるか?」と聞いてみた所原始に住む気の良い男友達の冥福を祈りその場を後にすることとした。


 さて、それからの道中だが、特に記すことは無い。一度行き止まりに当たったこともあったが、その時は地面に空いた人間大の穴を見つけて、そこに飛び込むことで先の道が見つかり、順調すぎる程に先に進むことが出来た。理由? 戦闘が無いからだ。
 アジト内のモンスターはエイラが倒してくれたようで道の先々で魔物の死体が見つかった。正直、黙祷くらいはしてやろうかとさえ思った。挽肉状態の魔物の姿が散乱しているのを見て、道中でマールが二回吐いた。旅が始まって一番マールの体調を気遣ってやった。それから俺がマールを背負っての移動。マールの気分が少し晴れてきたところで俺の体調悪化。モンスターの死臭に加えて、言いたくないがマールの口から漏れゆく酸っぱい臭いが気分をどんぞこに変えていく。一度、吐いた。このダンジョン最大の敵はモンスターではない。


 洞穴内部は一本道。曲がり角は無くただ延々と穴を潜り途中にあった宝箱を開けて血の臭いで鼻を押さえる。今ほど嗅覚がいらないと思った事は無い。
 ただ、その辛いだけでは包めない酷なゲートホルダー奪取も終わりが見えてきた。何度も穴の中に飛び込んでいるうちに、最初の大部屋ほどではないがかなり広めの部屋を見つけることが出来た。慎重に中を覗いてみれば、奥に赤い豪華なマントと凶悪な棘のついたショルダーガードをつけている白い髪が生えた恐竜人が、ゲートホルダーを手で握り、動かしながら色んな角度で眺めていた。


「あった! ゲートホルダーよ」


 すぐにも飛び出そうとするルッカを俺は抑えて時間が無いのは分かるが、少し様子を見ないか? と言ってみる。


「多分、今までと雰囲気の違うあいつがアザーラだ。キーノが言ってただろ? 恐竜人のリーダーがいるって。考え無しに出て行けばどうなるか分かったもんじゃねえぞ」


「でもクロノ? もう時間が無いよ? ロボがあのおじいさんのおもちゃになって四六時中恍惚した顔をするようになっちゃうよ」


 恍惚とか言うな。


「これは一体……本当に、あのサル共がこんな高度な物を……?」


 俺たちがどうするかを相談していると一人でいるくせに(恐らくは)アザーラは比較的大きな声で何かを喋りだした。友達いない子だな? あいつ。


「ふむ……ふむ……高度だ。これはきっと高度なものだ……高度って何だ?」


「恐竜人はアホなのか」


 ちょっと賢そうな雰囲気でゲートホルダーを眺めていたくせにそれら全てが振りだと分かり思わず突っ込みを入れてしまった。アザーラは一度こちらを見て視線を戻し、今度はがばっと俺たちを凝視した。二度見スキルがあるとは驚きだ。


「きききき、来たなサルが……ほう、お前達、エイラ達とは少しばかりデキが違うようだな……フフ、ちょうど良い。この装置は何に使うものだ……? 教えてもらえるかな?」


 今更取り繕われても威厳など感じない。それでも頑張ろうと背伸びする様はむしろ微笑ましいといえよう……微笑ましいといえば。


「ちみっこいな、お前」


「小さくない! もう十六だ! 明後日で!」


「十六でその身長か、コロボックルさんか」


 (恐らくは)恐竜人のリーダーであるアザーラは俺のへそより少し高い位の背丈しかなく、威圧的な空気を発出しながらも声は高く小学生のように甘ったるい声だった。顔も今までであった恐竜人と違い人間よりのものとなっている。もしかしたら恐竜人はオスメスで造形が変わるのかもしれない。肌の色さえ違えば人間の女の子で充分通じるのではなかろうか? 現にマールなんかちょっと萌えている。ルッカは鞄を探り飴玉まだあったかしらと餌付けの準備。久しぶりの戦闘かと思えばこんなものか。最初から最後まで抜けてたな、原始の旅は。
 ……回想を巡っている最中にふと、思いついたことがあった。声と顔で勝手にアザーラをメスだと認識してしまったが、本当にそうだろうか? ロボという例外もあるので油断は出来ない。 


「コロボックルとかうるさいわ! とにかく、この装置は何か教えるのか!? どうなんだ!」


「……教えても良いけど、お前オスメスどっち? 胸囲で判断できないので口頭で教えて欲しい」


「女で悪かったな、無くて悪かったな!!」


 地団駄を踏んでいる姿はさっきまでの悪の親玉オーラは無く「このおもちゃ買ってよ! 隣のみいちゃんだって持ってるんだよ!」と騒いでる子供にしか見えない。マールがどこかしらから取り出した麻縄を手に持って帰って良いよね、と自分に言い聞かせている。こら、落ちてる恐竜人は持って行っちゃいけません。メッ!


「ふ、フン! どうせ、そう簡単に話してもらえるとは私も思ってはおらなんだ……変に誤魔化しおって……」


「いや、良ければ、私が教えてあげてもいいけどさ。あなた理解できるの?」


「馬鹿にするな! 私は仲間内で行うしりとりで負けたことが無い!」


「……そうなの」


 ちょっと疲れた顔でルッカがアザーラに近づき時空間移動の際に放出されるエネルギーを……とかその場合カオス理論、ああ、カオス理論っていうのはタイムパラドックスに少し似た現象で……とか専門的なことを話し、アザーラはほへーという顔で何度か頷いていた。絶対分かってるわけない。俺、下手すれば今まで生きてきた中で一番頭が悪い十六歳(近日)を見たかもしれない。年上なら結構いるんだけどね、大臣とか両生類とか。


「……という訳、ここまでは基礎だからまだ知りたいなら応用と原理の段階に入るけど……どうする?」


「いやもういい。私には全て分かった。恐竜人のリーダーたる私は一を聞いて十を知るのだ」


 どうせ無駄なものだ、とか、私に必要なものではないとか言って誤魔化すのだろう。知らずため息が出る。


「つまり、これは食べ物だな」


「どういう理論か!」「どういう理論よ!」「可愛いなぁ……」


 俺、ルッカ、マールの順番でほぼ同時に発言。若干一名病んでいるがそのあたりは忘れることとする。
 アザーラは真剣な顔で「何味だ? 今流行のマンゴーか?」と少し時期の遅れたことを抜かす。目だけは輝いているのが腹が立つ。


「食べられるわけ無いでしょ!? あんただって装置だって言ってたじゃない! 機械なの、き、か、い!」


「むう……どうやら本当のことを話す気がないようだな……」


 目上の人間の話を聞かないから子供だっていうんだ。年上の人の言うことは大概間違いないんだから。人生経験が物を言うんだから。こいつと俺と少ししか年変わらないけど。


「では、しかたない……。話したくなるようにしてやろう! 出でよ ニズベール!」


 アザーラが小さな手を上に上げて誰かしらの、きっと部下だろう名前を呼ぶ。幼い声は部屋中に響いて数回木霊する。ルッカとマールに背中合わせでくっつき敵襲を待ち構える。奇襲になることだけは避けるように、だ。
 左右は土の壁しかないが恐竜人たちのパワーを考えれば突き破ることも考えられる。それを言うなら上から天井を壊して来ることも。床下を突き抜けて登場なんてされれば対処の仕様が無い。くそ、敵のアジトというのがここまで来訪者に辛く当たるとは……


 緊張漂う空間が作られて……数分。背中を流れる冷や汗が止まり、開いていた瞳孔も収まって眼は細く、おのずと呆れた目でポーズを決めたアザーラを見ることになる。


「…………ニズベール?」


 不安げに瞳が揺れながら、アザーラは辺りを見回してよたよたと歩き回る。ああ、やっぱりそのくそ長いマント邪魔だったんだ。歩き辛そうだなあ。


「なあ、ニズベールってお前の部下だよな? ザムディンみたいな架空の魔法とかじゃないよな?」


「違う! ニズベールは私の護衛というか、部下というか……友達だ!」


 喉が揺れた不安定な声でアザーラはニズベールとかいう友達を探している。敵である俺たちを置いて、部屋から出て探すわけにも行かないので同じ所をぐるぐる回るだけなのだが。


「……お姉ちゃんが、一緒に探してあげようか?」


 見かねたマールが出しちゃいけない助け舟を出して、アザーラと一緒にニズベールを探す。なんだか暇なので俺とルッカも部屋を出てニズベールの名前を呼んだ。敵の親玉と一緒に敵の増援を探すとはシュールな気分というか……あほくさ。


 それから十分程度探した後で、ニズベールがいないよう、と泣き出したアザーラをマールの「可哀想だから、外まで一緒に連れて行ってあげよう」という言葉の下、俺たちはアザーラを背負ってアジトを出ることにした。ゲートホルダーはきっちり返してもらった。
 またあの死体だらけの道を通るのかと沈んでいると、アザーラが抜け道を知っていたのでそこを使わせてもらう。少し坂になっている一本道を進み、しばらくも歩かないうちに外に出ることが出来た。背中で俺の服に涙と鼻水と涎を染み込ませているアザーラにほんの少し感謝だ。







「カカカ、流石は太陽の申し子エイラ、そしてその相棒先見のキーノ! たかだか二人でここまで俺と戦りあえるとはな……少々見くびっていた……」


「はあはあはあ……エイラ、まだいける、違うか!」


「大丈夫! キーノこそ、疲れたか!?」


「まだまだ! 来る! 気をつけろ!」


 外に出て最初に目に入ったものは爛々と輝いている月でも仄かに空を彩る星でもなく、二足歩行の喋るトリケラトプス相手にいつのまにか怒りが消えているエイラとキーノが暑苦しい戦いを繰り広げている場面だった。


「おいアザーラ、あのモンスターって、お前が呼んでたニズベールって奴じゃないのか……」


「知らん。あんな馬鹿者、見たことも無い」


 拗ねてしまった。まあ自分の危機に侵入者を撃退するという名目があっても、あれだけ楽しそうに戦ってれば腹も立つか。バトルジャンキーとは怖いものだ。
 しばらくキーノたちの戦いを観戦していると、いつまでたってもニズベールがこちらに気づかないことに悲しくなったアザーラがまたべそをかき出した。仕方ないので俺の膝の上に乗せてあやしてやるとすうすうと寝息を立てて夜空の下深い睡眠に入り込んだ。どうして俺はロボといいこいつといい小さな子供に好かれるのだろう。それも人間じゃない奴ら。


 アザーラが寝入ってすぐに決着がつき、勝負は引き分けとなった。いつまでたってもアザーラの保護者である(多分)ニズベールが遊んで(戦って)いるのでマールが怒って「やめなさーい!!」と大音量のシャウトを叩き込んだのだ。ニズベールは人間の腕の中で眠っている自分の主に気づいて戦闘を中断。マールにくどくどと説教をされて小さくなっていた。きっと、種族の差を越えて、皆仲良くなれるんだ、と分かった。


 それから、ニズベールは眠っているアザーラをだっこしながら俺たちに一つ頭を下げた後、キーノたちに「良い勝負だった……またいつか、戦おう。命を賭けて」とカッコ良い台詞を残して森の奥に消えて行った。


「……よく分からない終わり方だったな。俺、原始に来てからあんまり戦った思い出が無いんだが」


「終始貫徹してグダグダしてたわね……まあ、結構楽しかったけど」


 俺とルッカは眠たくてぼーっとしている目をこじ開けながら感想を言う。いいのかなあ。


「クロ、盗られたもの、取り返したか?」


「ああ。最後はあれだったけど、サンキューなキーノ。エイラも恐竜人の群れを蹴散らしてくれて助かったよ」


 キーノとエイラに礼を言うと、キーノは笑ってくれたが、エイラはどこか顔が暗い。何があったのか聞こうとすると、キーノがそれを止めた。どういうことなのか知らないが、キーノの様子を見る限りあまり詮索して欲しくないことなのだろう。俺は頷いて村に戻るために歩き出した。


「クロ……マール、ルッカ……ごめん」


 まよいの森に入る前に、何故かエイラが謝り出したので、俺たちは何のことか分からず一瞬動きが止まるが、俺は深く聞かないと決めたので一言返して終わりにした。


「上手くいくと良いな、エイラ」


 その時初めて、花開くような、明るい笑顔をエイラが見せてくれた。
 本当に、キーノが羨ましいね。








「クロ、行くか……。キーノ、つまらない」


「ありがと、キーノ。そしてエイラ。あんたには色々教えられたわ。そりゃあもうたくさんね」


 皮肉も込められたルッカの言葉にエイラは落ち込みかけたが、隣に立つキーノを見て、胸を張り「ルッカも頑張る!」と元気な声を出した。驚いた顔のルッカもすぐに笑って「勿論よ!」と威勢良く返した。


 ボッシュとの約束を守るために急ぎイオカの村に戻り、キーノから赤い石を貰って、それがめでたくドリストーンだと判明した後すぐさまゲートまで戻ることとした。
 エイラもキーノも寂しそうな顔をしていたが、仲間が待っているのだと聞いて快く送り出すことにしてくれた。


「また来い、クロ! 宴やる。飲む。食べる。踊る。楽しい!」


 キーノの声を聞いて手を振り、俺たちはイオカの村を後にした。
 ……キーノ。今度は嫉妬心抜きにお前と話すよ。そしてまた来るまでに酒に強くなっとくから、また勝負しようぜ。
 心の中で再戦を誓い、ちょっとだけ清々しい気分になった。


 それから、ダッシュで現代に戻りボッシュの家に行きドアを開けると半泣きでメイド服を着せられていたロボが時速八十キロオーバー!! な体当たりを俺にぶち込み肋骨を三本折られるという事態になった。マールが治療しようにもメカパワー全開で俺を抱きしめるロボが邪魔でケアルをかけることすら出来なかったのだ。なんでこんなデストロイマシンの為に急がなくてはならんかったのか。このまま爺の愛玩品として生きていけばよかったのに。
 ……まあ、メイド服は確かに似合ってたけれども。でもそれこそエイラに着て欲しかったけれども。


 口から血の泡を吐きながら空を見上げると、原始の空は綺麗だったんだ、と思った。現代も未来に比べれば星が見えるが、原始の空は両手を突き出せば握り取れるのではないかと思うほど、空が近かったから。


「……また、会えると良いな、あいつら……に……」


「クロノー!!」


 俺の旅は……ここで……おわ……………




 俺の屍というかまあそういうニュアンスなアレを越えてゆけ 完













 おまけ
 長すぎるし意味分からんしつまらないので没になった場面。
 後半のクロノ、マール、ルッカ、キーノ達が時間つぶしに遊んでいた所から派生する。
 読み飛ばし推奨。








「暇だから、お昼過ぎまでかくれんぼしよう!」


「良いわね、昨日みたいにだらだら過ごすのはごめんだし」


「トルース町の麒麟児クロノ様にこと遊びで勝てるかな……?」


「キーノ、どんな勝負でも、負けない!」


 まあ、この時点で全員頭は悪くなっていた。手詰まりに過ぎるこの状況に飽き飽きしていたとも言える。そして常識人だったキーノも色々吹っ切れた今ではこの通りである。後からルッカに聞けば昨晩の催眠音波の効果が残っているかもしれないとのことだ。面白いので追求はしないでおいた。
 キーノにじゃんけんを教えて鬼を決め、散会する。最初の鬼はマールだった。地の利のあるキーノに分があるように思えたが、俺とルッカの裏切りにより最初に脱落。制限時間まで逃げ切った俺とルッカが勝利を飾った。
 しかし続く鬼ごっこでキーノ覚醒、その俊足で見る間に俺たちを捕まえて開始二十分というスピードタイムで王者に返り咲いた。
 それから高鬼、遠投(女子ハンデ有り)、財宝探し、ドロケイと様々な遊びを楽しんだ結果、全員のスコアが横並びになるという結果になった。ちなみに、この時点で太陽は赤く染まり地の果てに沈もうとしていた。



「そろそろ日も沈む……次がラストゲームにしようじゃないか」


「賛成ね、そろそろ足が痛いし、疲れたわ」


 三人とも俺の提案に意義は無い様で、俺は次のゲーム内容を説明しようとする。が、ここでキーノが口を開いた。


「次、勝者決まる。だから、キーノ、馴染みある勝負、したい」


 今までキーノの知らない遊びで勝負をしていたので、確かにキーノには不利だったかもしれない。それではフェアではないので今回は原始らしい勝負方法にしようと言う訳か。このタイミングでそれを切り出すとは……こいつ、勝負というものを理解している。それも、骨の髄まで……!!


「…………ならばこうしよう、制限時間までにどれだけのまよいの森の魔物を狩れるか、という勝負はどうだ? それならキーノに馴染みがあるし、分かりやすい」


「でも、狩った魔物の数はどうやって確認するの?」


 マールは挙手の後当然の疑問を挟む。


「まさか自己申告じゃないでしょうね?」


「そんな訳ないだろう? 狩った魔物は自分の作った場所に運ぶ、結果発表のときに全員で見回れば誤魔化しは出来ないだろう?」


 それを聞いてルッカもマールも納得した様子で頷く。俺はそのまま説明を続けた。


「質問は後から受け付ける。一気に説明するぞ。制限時間は一時間、各プレイヤーにはルッカの鞄に入っているタイマーを持ってもらう。十五分ごとに鳴るようにしてもらえば分かりやすいだろう。各々の狩った獲物を置く場所……名称はポジションとしよう。はスタートと同時に自分で好きな所に作ってくれ。まよいの森の中なら何処でも良い。ああ、ポジションには自分の名前を書いた立て札を刺してくれ。それが自分のポジションである証拠になるからな。最後に、ポジションは一つしか作成できないからな。それ以上作っても二つ目のポジションにある獲物は換算されない……で、質問は?」


 逸早くルッカが手を上げたので指を向けて質問に応ずる。


「大きい魔物小さい魔物でポイントの加算はされるの?」


「それは無しだ。一々計算が面倒だしな、あくまで単純なゲームにしよう」


 答え終わると今度はキーノが手を上げる。なんだか質問の際には手を上げるという現代の常識を覚えている原始人って、どうなんだろう?


「獲物置く場所、変える、良いか?」


「………良いだろう、魔物の群れが近くにいる。そんな所に作成するのがベストだしな。コロコロ場所を変えていくのもいいさ。……でも狩った獲物と立て札を一緒に移動するのは無しだ。それと、ポジションに持っていく時に持ち運ぶ獲物の数は一体にしてくれ」


 この野郎、もうこのゲームの内容に気づきやがったか。まあ、どの道すぐに分かることだろうから、別に良いんだが……


「えっと、この勝負に勝った人は何が貰えるの?」


 マールがほけっとした、疲れた顔で聞く。


「そうだな……負けたプレイヤー全員に何でも一つだけ言うことを聞かせるとかどうだ? 勿論その人の一生を変えるようなそんな酷いのは無しで、だ。あくまでもゲームだからな」


 その言葉を聞いてマールもよし、頑張る! と聞いている側は気合の入らない気合の入れ方をこなして、拳を握った。


「じゃあ、ちょいと疲れたことだし少しの休憩を入れてからスタートしようか。狩ろうとした魔物にやられるなんてのは冗談にもならんしな」


 これにも異議はなく、俺たちは各々スタートの間までばらけて疲れた体を休ませることにした。
 少しの時間を置いて、俺は全員がばらばらになったことを確認した後キーノのいる所に歩き始めた。……もうゲームは始まってるんだ。


「なあ、キーノ? ちょっといいか?」


「どうした、クロ」


「あのさあ………手を組まないか?」







 全員が持つタイマーがゲームスタートを知らせる。その音が響いた瞬間、俺たちは四散した。近くにいて魔物の取り合いになるのもつまらないから……というのが表向きの理由だ。本当の理由は簡単、自分のポジションの位置を知らせたくないから。
 このゲームで最初にやらなければならないのがポジション作成、この場所は決して誰にも知られてはならない。何故なら、奪われるからだ。自分の狩った獲物を。


 これは単純に魔物を多く倒した人間が勝つのではない。より多く他人から獲物を奪えるか、という勝負なのだ。奪ってはいけない、というルールは組み込まれていない。
 ルールの穴を突いたとは言えない、誰でも気づく事だ。だからこそ俺はさっきキーノに交渉を持ちかけた。共同戦線を張る、というのだ。
 このゲームはいかに相手のポジションを知るかが重要になる。だがそれが全てではない。仮に相手のポジションを知ったとて一回で運べる数は一体。獲物を取られた人間は数が一匹減った時点ですぐにポジションを変えるだろう。
 ……ちなみに一度に一匹しか運んではいけないというルールもばれなければ違反にはならない。勿論一度に数匹運んでも良いのだが、運搬の最中に他プレイヤーに見つかればその時点で失格。終盤に点差が開いているなら賭けに出ても良いが余りにリスキーな方法だろう。


 話を戻そう。何故キーノと手を結んだか? これは実は表向きは余り意味を成さないのだ。この同盟の条件は1、マール、ルッカのポジションを二人で探し見つければ教えあう。そうすれば二人の獲物を一度に二匹持っていけるので俺とキーノが有利になる。勿論、見つけた所で教えるわけがない。いずれは敵対するのだから。
 そして条件2、これが重要。片方が狩りに出ている間はもう片方が自分達のポジションを見張る。これが真骨頂。
 このゲームは奪う、守るが最も重要な要素になる。狩りに出ている最中、またはポジションを探している間に獲物を取られるのは最悪の事態なのだ。
 しかし二人ならこの奪うと狩るに加え守るまで可能になるのだ。これは同盟を組む理由として最適……表向きは。
 本当は互いのポジションを知ることが最重要。キーノと俺はお互いのポジションをすぐ近くに置くことで裏切りが容易になる。相手の獲物を奪ってポジションを変えれば良いのだから。問題は裏切るタイミング。
 序盤は裏切るには早い、だが終盤では遅すぎる。半ばで裏切るのがベストだろうがそれでは相手に先を越されるかもしれない。これはキーノにも分かっているはずだ。だからこそ俺はこう提案した。


「アラームが二回鳴るまでは俺が狩りに出るよ。キーノはその間ポジションの守りに入っててくれ。後半からは俺がポジションの守り役になるから」


 これでキーノは二回目のアラームが鳴る前に俺を裏切れば良い。守りに入っているのは自分なんだから、クロノの獲物を横取るのは簡単だ、と考える。それどころか俺に裏切る意思が無いのかとすら考えるかもしれない。これは運がよければ、だが。
 ちなみに最初の約束では俺たちは三回目のアラームが鳴れば同盟を解消するという約束をしている。口約束なので信用などかけらも無いが。


 俺自身の裏切るべきタイミングを完全に逃す俺の提案。キーノは二も無く乗った。この時点でキーノが裏切るのは確定。再認識のような作業だが、確信出来て良かったと考えるべきだろう。
 しかし、これではキーノを裏切ることは出来ないんじゃないか? いや、そんなことは無い。この提案を俺自身がしたということが後半になり生きてくるのだ。


「さて、ここにポジションを作る、それで良いかキーノ?」


「分かったクロ、立て札立てる!」


 最初の休憩時間にあらかじめ作っておいた小さな立て札を刺してルッカに借りたペンで名前を書き、それを中心に円形に線を描く。これでポジション作成は終わり。後は俺が狩りに行くだけだ。
 キーノは俺に激励を託して二つのポジションの間に座り手を振ってくれた。腹の中ではケタケタ笑い声を上げているに違いないが。




 スタートからアラームが一度鳴り、キーノと俺のポジションに獲物を連れて帰った時の事だった。(今までに計三匹の小さな獲物を狩り、俺のペースが遅いことからキーノのポジションに二匹、俺のポジションに一匹という形となった)


「クロ、ペース遅い! 負ける、負ける!」


「だから言ったろ? ルッカとマールが組んで邪魔して来るんだよ。あいつら一人が俺の妨害、もう一人が狩るって戦法を取ってやがるんだから……でもまあ、俺たちに勝機が見えたぜ?」


「? ショウキ?」


 俺は少し間を置いてからキーノににたりと笑いかける。


「見つけたぜ、マールのポジションを!」


「!? 本当か! クロ、スゴイ!」


 機嫌の悪そうなキーノの顔が輝いて飛び上がる。今から案内する、だから一時守りは中断と告げてからその場を離れる。
 ……まず第一段階は成功。後は流れに乗るだけだ……!


 最初は地形が分からず右往左往していたまよいの森だが、午前から思い切り遊んだ為地形はおおよそ頭に入っている。俺たちは迷わずマールのポジションまで進むことが出来た。マールのポジション内には獲物が四匹。まあ、そこまでは良かったのだが……


「……ちっ、マールの野郎、ポジションから動きやがらねえ……」


 そう、マールは何を思っているのか、自分のポジションから一切動こうとせずじっと座ったままなのだ。狩りにでようとする気配すらない。キーノも悔しそうに犬歯を見せている。


「どうする? クロ。いっそ二人掛かりで突っ込むか?」


「……いや、待て。……あそこ、見えるか?」


 俺がマールを挟んで対角線になる草むらを指差し、そこには体を伏せたルッカの姿が見えた。俺たちと同じようにマールがポジションを離れる瞬間を狙っているのだろう。


「あいつら、仲間、違うか? なんでルッカ、マール狙う?」


「ルッカが裏切るつもりなんだろ? あいつらは俺たちと違って二人とも攻めの姿勢だったはずだから、マールが自分のポジションを動かないってことはマールもルッカの裏切りに気づいてるのかもしれないな。それこそ今この瞬間も狙ってるのでは? ってさ。かといってポジションを移動すればその場に置いた獲物が取られるかもしれない……だからマールはその場を動けないんだ」


 しかしこれでは俺たちも動けない。キーノがマールを抑えていても俺は獲物を奪う前にルッカと戦わなくてはならない。リスクの伴う判断になってしまうのだ。
 どうしたものかと喉を鳴らすキーノをよそに俺は至極冷静にこの状況を見ていた。


「……チャンスかもしれないな」


「? クロ、何か考え、あるか」


 大きく体を動かせないので頭だけを動かし、不思議そうに顔を覗き込んでくるキーノに名案を思いついたという風に答える。


「よく見ろよ、今この場にはルッカ、マール、俺にキーノがいるんだ。これがどういうことか分かるか? 誰も獲物の数を増やせないんだ。しかし俺たちは二人、キーノがマールを監視しているうちに俺が獲物を狩れば良い。あいつらの妨害も無く、楽して勝てるんだよ俺たちは」


「そうか! ……でも、ならキーノも狩り、参加したほうが良い、違うか?」


 キーノの判断は正しい。どの道マールもルッカもここで釘付けになるのなら二人で思う存分狩りを楽しめば勝てるのだから。……ただ、それはもう遅い。


「駄目だ、ルッカが俺たちの存在に気づいてる。恐らく組んでることもな。今ここで俺たち二人が動けばルッカもマールのポジションを狙うのを諦めてしまう。それどころか最悪もう一度マールと同盟を組んでしまうかもしれない」


 キーノがばっとルッカを伺うと、確かに二人の視線が交差した。コンマ一秒にも満たない時間とはいえ、互いの目的が同じであることは疑うまでも無いだろう。


「……な。ここで俺だけが消えてもいつかはルッカもマールのポジションを諦めるだろうが、キーノがここに留まる事でルッカに躊躇いが生まれる。今自分も狩りに戻ってしまえば、キーノにマールのポジションの獲物が奪われるかもしれないってな。少しの間だけでもあいつらをここに引き付けておければ上出来なんだ」


 俺の考えを聞いてキーノは少し考え込んだ後、訝しげな顔で俺を見る。


「……キーノ、どれくらいここにいれば良い?」


「ルッカが動き出すか、まあそこまで留められるとは思わないが、三回目のアラームが鳴れば自分のポジションに戻ってくれ。そこで獲物の分配をしよう。そういう約束だったろう?」


 俺は肩をすくめてキーノにそう答える。今、キーノは今日一番に頭を使っているはずだ、どちらが得か? と。
 もしこの提案を呑めば俺を裏切ることは出来ないが、有利に勝負を進める。果たして俺を裏切るのとマールとルッカを沈めるのとどちらがいいか? キーノはしばらく苦い顔をしていたが、結局俺の考えに同意した。


 ……ここでキーノの間違いは俺の言うことに従ったからではない。そもそもどちらの方が得なのか? という葛藤が間違いなのだ。
 疑うべきは、俺が裏切らないのか? ということ。キーノのはその疑惑が一切浮かんでいなかった。この状況ほど俺が裏切りやすい状況は無いのに!
 何故俺の裏切りを思いつけないのか? それは前半の俺の提案。キーノが裏切りやすい環境を俺が作ったことがそもそもの始まり。これで俺に裏切る意思は無いのだろうか? と思い始め、そして止めはこれ、マールのポジションを教えること。
 終盤には敵同士になる関係なのに、他プレイヤーのポジション位置という重要な情報を教えることでキーノは俺を『裏切らない』仲間だと思ってしまった。
 勿論これがもっと重要なゲーム、よくある負ければ一億の負債を得るとかそんなハイリスクなゲームならそう簡単には信じたりしないだろう。だがこれはあくまでもただのゲーム。そこまで相手の心理を探らずとも良いだろうと、何よりも俺という人格を信用してしまった。キーノの人柄が成せる業、だな。人が良いと言えば聞こえは良いが……馬鹿だ。
 だがまあ、俺の罪悪感はなんら反応はしない。恐らくだが、キーノはルッカが帰らずとも三度目のアラームが鳴る少し前には自分のポジョンに戻るはずだから。理由は俺を裏切る為。俺はただ騙し返すだけ、正当防衛だ。


 それじゃあ狩ってくるぜ、楽しみにしてな、という台詞にキーノは笑って頑張る、クロ! と背中を押してくれる。俺は後ろを向きながら大笑いしたい衝動を抑えてなんとかキーノ、マール、ルッカの三人が集まる場所を離れた。


「……悪く思うなよキーノ? なんせ俺は常識を教える役割だからさ」


 同じ人間に騙されるってことも知っておいたほうが良いんだよ、多分ね。







 ……おかしい。いくらなんでも時間が掛かりすぎる。
 そもそもプレイヤーはクロノを除き全員ここにいるのだから、一度に一匹ずつ運ばなくてはならないなんてルールは無視できる。それなら十分弱で仕事はこなせるはずだ。


 そう、キーノのポジションから獲物を奪う作業が。
 私は二回目のアラームが鳴り三回目のアラームまでもう少しという時間までマール、引いてはキーノを見張っていたが肝心のクロノが作業終了を伝えに来ない。
 ……私はまさか、という思いが膨らみ、冷静になろうと勤める。
 ……その時間僅か五秒。自分の目の前が真っ暗になるのを感じた。……何故、感づかなかった? 何故、信じたのだ私は?
 私は立ち上がって草むらを飛び出しマールとキーノを呼び出した。……もしかしなくても、詰みの状態だろうが。







「あいつら、そろそろ気づいたかなあ?」


 近くの木からもぎりとったりんごをまる齧りしながら俺は自分のポジション内に座り込んでいた。
 ……種明かしをするが、俺はキーノと形だけの同盟を結んでいた。そしてそれはキーノだけに限ったことではない。最初の休憩時間で俺は他の二人とも、つまり全員と手を組んでいたのだ。
 その同盟内容はベースは同じ。ただ所々で与えていた情報量が違う。役割も違う。
 最初に俺が狩りをする、と言い出すのは同じ。狩った獲物を共有するのも同じ。……ここからが各グループで違う所。
 キーノに与えた情報は前述していたのでいう必要は無いだろう。省略させてもらう。


 ルッカと組んでいたときに、彼女には俺がキーノとも組んでいることを教える。勿論キーノのポジションの場所も教えた。
 さらにこのゲームではポジションを複数作成することが可能であること、そのことから他プレイヤーを騙すことができることも教えた。
 複数のポジションを持っていても一つしか結果に含まれないが、グループごとに自分の作ったポジションの場所を提示することで最低限の信頼を得ることが出来るからだ。
 この方法を使って俺はキーノ、マール、ルッカに教えたポジションと今俺が座っている最終結果で使うポジションの四つのポジションを作成していたことになる。
 さて、ついでに前半で俺が狩りを担当、もう一人に守りを担当させたのは何も信頼を得る為だけに提案したのではない。他のプレイヤー同士の情報交換を防ぐ為だ。途中で俺が全員のプレイヤーと組んでいることがばれては計画がおじゃんになる。一粒で二度美味しい作戦なんだなあ。後半に繋がる策というのはこのことである。


 そしてルッカにキーノと手を組んでいることを教えたのにも意味がある。偽の同盟をしていることをルッカに教えて信頼を得る、というのもあるが、三竦み状態を作る必要があったからだ。
 まず、ゲーム中盤に差し掛かる頃、俺はキーノと同じようにマールのポジションの場所を教えた。偶然見つけたように装って。
 マールのポジションに着いて、マールが自分のポジションを離れないようにしているのを見た後俺はこう言った。チャンスだ、と。


「俺が今からキーノをここに呼んでくる。そしてあいつをこの場に留まらせれば二人を無力化できるぜ? なんせ俺たちは二人一組なんだから」


 この言葉を聞いてもルッカはそう簡単に頷かない。キーノと違って疑りやすいからな。
 ただ、ルッカは正論に弱い。


「キーノは俺と組んでる、そう信じてるからルッカがここに留まらなくてはならない。俺が引き止め役になっても何の効果も無いからな。敵対勢力であるルッカがこの場にいることによって効果が生まれるんだ」


 この言葉を聞いて不承不承ルッカは了承して俺の思うままに動き出した。


 そしてマール。彼女に与えた情報量が一番多い。まあ、要だからな。
 まず俺がキーノとルッカ二人と別々に手を組んでいることを話した。
 さらにポジション複数作成の方法も教える。
 後はキーノやルッカと同じように前半に俺が狩りをすることに立候補して、獲物は共有。
 最後に三竦みを作る為に彼女にはこう話す。


「俺がキーノとルッカをこのポジションに縫い付ける。マールはただこのポジションを見張ってくれるだけで良い」


 まあ、もう少し交渉はしたが骨組みはこんなものだ。当然ながらマールにはこの捨てポジションの他に別の場所に本当のポジションを作らせている。俺の仮ポジションもそのすぐ近くに。ルッカとキーノから奪った獲物はそこに置いて分配しようと約束して。
 そうそう、俺の狩りのペースが遅かったのは三グループそれぞれに獲物を置きに行ったからだ。全員に「他の二人が結託して妨害してくるからペースが遅い」と言い訳して。


 纏めるが、三竦みの状況を作ろうと提案した順番はマール、ルッカ、キーノの順になっている。この順番が狂えば全てが台無しになるのだから、単純ながら最重要な事柄。そもそも、単純というならこの計画や一連の流れ全てが単純なのだ。


「……まあ、全部成功したから、もうどうでもいいんだけどな」


 今俺のポジションにはキーノとルッカのポジション全ての獲物を奪い更に途中何度か獲物を狩ったので計十七匹。これで、俺の勝ちは揺らがない。


「三度目のアラームが鳴って結構経ったな……残り時間五分前後か?」


 ふあ、とりんごをまるごと入れれそうな大きなあくびをしたところで木陰から人の姿が現れた。……どうやら、怒り心頭といった御様子のルッカのようだ。顔を真っ赤にしてよくも裏切ったわね! と切れていた。


「おいおい、お前だって虎視眈々と俺を裏切ろうと狙ってたじゃねえか。分かりやすいくらい目がぎらついてたぜ? そんなんじゃ俺を責めれねえよ」


「っ!!」


 歯をぎりぎり鳴らして俺を睨み付ける。その視線は言葉にするなら「コノウラミハラサデオクベキカ……ツーカハラス、ゼッタイコロス」としておこう。内容は一緒だ。


「ああ、ルッカの罰ゲームは俺に危害を加えない、怒らない、だな」


 俺の言葉にルッカは目を丸くして「ちょ、ちょっと!?」と取り乱した。あああ、敗者の足掻こうとする姿はなんて面白く感動するんだろうな……


「あんた、一生を変えるようなことはしないって言ったじゃない!」


「別に俺に危害を加えたり怒ったりしなくても人生は変わらないだろう? それに一生じゃないよ、俺が良いと言うまでだからさ? まあ、何十年先か知らないけど」


 ゴゴゴ……と擬音が出そうなくらい赤い顔に変わっていくルッカを俺は愉快な気持ちで見ている。いやいや、こうしてみるとルッカも可愛いものじゃあないか。もう少し懐けば優しい扱いをしてやるのにさ。


 優越感を満たしてくれるルッカの顔を眺めていると、今度はキーノが身軽な動きで木の枝から飛び降りてきた。ルッカと同じように怒気を纏いながら。


「クロ! キーノ、裏切るか!?」


「やあやあ人の好いキーノ君。そんな簡単に人を信じちゃ駄目だぜぇ? こうやって根元からすっ転ばされるんだから」


「ク……クロ……!」


「うーん……正直お前にもむかついてたんだよなあ……クロクロクロクロ、って。ノ、位言えるだろうが。罰としてあれだ、お前への罰ゲームは毛を剃る事な。上も下も」


 ニンマリと自分でもいやらしいと自覚できる笑い方でキーノに死刑宣告にも似た言葉を放つ。キーノは「し、下も……」と呟きながら膝から崩れ落ちていく。その目に生気は、無い。


「……で、マールはそこでなにやってるんだ?」


 俺の後ろの木に姿を隠していたのは、マール。えらくすました顔だが、もしかしたら自分は酷いことを命令されないかもしれないとたかをくくっているのだろうか? だとすれば……甘い。
 どうせ今まで様付けされて敬われていたのだろう。ならここは俺の名前を呼ぶときは様付け、話すときは敬語、間違えたら折檻。語尾には愛してますご主人様とでも言わせようか……ハッハッ、バラ色の生活だな!


「言っておくがお前ら全員がこのポジションから獲物を持っていっても無駄だぜ? 一応獲物の残っているマールの所に持って行ったとしても一度に三匹しか奪えねえ。一度に一匹ずつしか獲物は持っちゃあいけねえんだから!」


 ルッカとキーノの顔が悔しさでさらに歪む。はりぼてと化したルールでも決まりは決まり。俺という監視人がいる限り一匹以上の獲物を運んではいけない。ただ適当に思いついたルールじゃねえんだ。運よくお前らが最終局面で俺の真ポジションを見つけたときの保険も掛けてるんだよ!


 他二人と違いあくまでにっこりと笑い続けるマールを見て高笑いを響かせる。それに少し遅れて響くアラーム音。これは終結の鐘。俺を苦しめようとする運命の神、その嘆き、断末魔。これから俺はあらゆるヒエラルキーのトップに君臨するのだ!


「俺の……この俺、クロノの勝ち「私の勝ちだー!!」だ……ぁ?」


 俺の勝ち鬨をぶっ飛ばしてマールが思い切り上下運動。うわお、これだけならなんかやらしいね。


「……いや、俺の勝ちだろ? 何言ってんのマール?」


 マールは満面の笑みで(ごっつ腹立つ笑顔で)地面を指差した。そこには俺のポジションであることを示す立て札が……立て札が……あるのだが……


「……ま。……まーる? あれ? 俺の名前じゃないぞー?」


 ぷるぷると震える俺の体とその言葉に反応して固まっていたルッカとキーノが俺を蹴飛ばして立て札の名前を見やる。そこには確かに『マール』の名前が、黒いペンでしっかりと書かれていた。
 こんなものトリックや計画なんてものでは無い。単純で愚直である意味純粋で……つまり……


「入れ替えたの。私の名前が書いてある立て札とクロノの立て札を。ゲーム終了前に入れ替えたんだから有効だよね」


 ……なるほど。今まで駄目と言われてないことはいくらでも行った俺だ。文句を言うのは筋違いだ。筋違い。うん、それは分かる分かるけど……


「そんなの無えだろーーーー!!!!」


 まあ馬鹿なりに色々考えたり、騙し騙されて進行したこのゲーム。結局最後は力技のごり押しなんだなあ、と痛感しました。ライアー○ームの椅子取りみたいな。








 ゲーム終了から半刻。ルッカとキーノの逆襲により腫れてない部位? あるわけ無いじゃんな俺にマールが近づいてきた。心なしか満足した……ああ心なしじゃねえや、完全に満足しきった顔ですわ。腹立つ。
 体を起こすことも出来ない俺を上からニコニコと笑顔で見下ろして、マールは俺の目を見つめている。なんだ? 唾でも吐きかけますか? いいよ別に、今ならゲロ吹きかけられても納得してやる。どうせ俺は一生最下層の人間なんだ。


「惜しかったね、最後に私たちに見つからなかったらクロノの優勝だったんだから」


「……ああ、やっぱり最後に俺のポジションを見つけたのは運かよ。まあ、そこまで広い森じゃねえし、地形が分かれば有り得ることだとは思ってたけどさ」


 痛む顔を我慢して会話をする。口を開くたびに腫れた頬と切れた口内がじんじんと響く。下手すれば明日には歯が二、三本取れるんでは無かろうか? なんてため息が出る予想が頭をよぎる。


 マールは唾液を飛ばすわけでもなくただすんなりと倒れている俺の隣に腰を下ろす。月明かりとたき火の光に挟まれてなお彼女は際立っていた。
 ……なんだか、彼女に負けたなら、まあしょうがないというか、道理かもしれないな、と落ち着いてくるから不思議だ。


「ねえクロノ、私が負けたらさ、私にはどんな罰ゲームをさせる気だったの?」


 まだ、マールは俺に罰ゲームを告げていない。ここで「肩を叩いてほしかったのよさ!」とか軽い内容を言えば彼女も簡単な罰にしてくれるのだろうか?


「……様付けさせて、俺と話すときは敬語にさせて、愛してますご主人様を語尾に付けさせようと思ってた」


 まさか。俺の嘘を彼女が見抜けないわけが無い。さっきのゲームでも、マールだけは俺の企みに気づいていたんじゃないだろうか? 確証は無くても、確信があった。だったら、保身の嘘をつくよりも、最低の真実を告げたほうが体裁がたつさ。あれば、だけど。


「……愛してます、ご主人様ねえ……男の子って、そういうの好きなの?」


「……一括りにするのはどうかと思うけど、結構当てはまるんじゃないかな」


 ふーん、と興味なさげにマールは遠く星の空を見上げて腕枕を作り横になる。近くが森の為か、瑞々しい風が通り抜けて行く。痛む体も疲れた心もどこか遠くまで運んでくれそうな、そんな風。
 その風が途切れる前に、マールは風に紛れるように、でも紛れきれないような声で呟いた。


「私は、クロノにそう言われたいよ」


さあ、と風は遠く彼方へ。五メートルも離れていないルッカとキーノの声がぽつぽつと消えていく。マールの声以外の音をパズルに例えるなら、そのパズルはボロボロとゆるやかに、確実に崩れ落ちて、零に変わる。


 俺が今ここで何を言えば言いか。
 洒落た言葉は似合わない。きっと彼女には煌びやかな宝石なんて似合わないのと同じ理屈。
 誤魔化すべきじゃないし、その必要もない。きっと彼女には化粧で誰かを騙す必要がないのと同じ帰結。
 だから俺は単純に、こう言うべきなんだ。


「……ご主人様は男相手だ。女のマールをなんて呼べば良い?」


――なんて呼んで欲しい?


「そうだなあ、じゃあ……」


――王女様じゃなくて……


「……分かった。必ず呼ぶよ」


 いつのまにか痛んだ体は軽く、飛べば空にも届きそうな気分。もしかしたら、これが幸せなのかもしれない。
 原始の夜は暗く、少し先も見えない闇の中。伸ばした手は除けねど、響く声は遥か、遥か。
 いつ呼ぼう? 明日だろうか一年後? 死んでからでは勿体無いし契約不履行は寝覚めが悪い。末期の時では遅すぎる。何より我慢が出来そうもない。だって今この瞬間にも叫びだしたいのだから。
 小さく息を吸って、準備が整う。大声である必要はない。過剰に彼女の顔を赤く染めるのは、面白そうだけどそのままの彼女が一番美しいのだから。
 さあほら、彼女の顔を見て、瞳を除いてそこに自分がいるのなら、臆すことはない。魔法の言葉が降り注ぐ。


――愛してるよ、マール…………











 反省点・キャラも違うし荒が目立つしテンポはぐだぐだなによりしょうもない。つまりは全部。
 予め言っておきますが、こんなサブイボたつような展開は本編では書きません。途中から没だな、と確信したので調子こいてラブストーリーを添えてみました。薄っぺらいったらありゃしない。



[20619] 星は夢を見る必要は無い第十八話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e
Date: 2011/01/18 06:41
 ドリストーンをボッシュに渡したところ、これならばグランドリオンを修復できるわいという言葉を聞いて胸を撫で下ろす。ここまでやっといて「無理だよー出来るわけないよー」と言われたら惨殺空間に招待しなければならなかった。斬刑に処す。


 ボッシュが折れたグランドリオンとドリストーンを持って階段を下りていくのを見たルッカが私も手伝うわ! と意気込み、助手を名乗り出た。マールは私は寝るー、と勝手にソファに潜り込む。俺は近くに落ちてた週刊誌を手に椅子に座って作業が終わるのを待つことにした。ロボは時の最果てに叩き込んだ。恐慌状態のあいつと一緒にいては体がもたない。未来の巨大ロボの戦闘から、俺が負った怪我らしい怪我はロボやルッカなど、仲間から与えられているという事実はもう少し省みるべき事態なのかもしれない。


「へー……やっぱりあの女優枕営業してたんだな。まあ実力の割りに舞台への露出が多いとは思ってたけど……」


 芸能欄のスクープを見ながら独り言。これは俺が旅に出る前に好んでいた、数少ない趣味だ。今この瞬間だけは俺だけの空間を造ることが出来るから。


 それから三冊の週刊誌を読了した所で徹夜したことが響き俺も椅子に深く体を落として目を閉じた。溜まっていた疲れが程よく睡眠を促してくれる。うむ、ボッシュのじいさん、結構良い椅子じゃないか。心地良いぞ。


 地下から聞こえるルッカとボッシュの声が耳障りだが、次第にその物音も薄れていった……




「待たせたの。見るが良い! これこそが、グランドリオン……」


「……寝てるわね。私たちがこんなに苦労してグランドリオンを再生させたっていうのに」


 俺とマールが寝息を立てているのを見た二人が、八つ当たりという名の制裁を加えたことに俺とマールはいつかやってやろうぜ、と復讐を企てた。だからマッドサイエンティストって奴は嫌いなんだ。完成したものはすぐ誰かに見せたがる。


 ボディパンチ二回を叩き込まれた俺と服の中にロックアイスを入れられて強制覚醒させられたマールは不機嫌! どん底! 低血圧! な状態でボッシュの家を後にした。でもまあ、俺は艶かしいマールの慌てた声が聞けたので満更でもない。


 一度時の最果てに着いた俺たちはロボに見つからないようそのまま中世へ。これ以上無為な時間を過ごしている場合ではない。こうしている間にもあの変態はちゃくちゃくと王妃観察日記なんかを更新しているに違いないのだから。
 中世の地理はほとんど網羅しているので迷うことなくカエルの家に着くことができた。寝ていないルッカの為に宿屋で一泊してからにしようかとも思ったが、どうせならカエルの家で寝たほうが無料でお得だという結論に。少し足早に歩を進めていく。


「また、お前達か……何の用だ? 俺の王妃観察日記は絶対に見せてやらんぞ」


「ほんまに書いとったんかい」


 カエルの家に入るや否や不愉快な事実を聞かされちょっとナイーブになる。こんな奴が使う武器の為に俺たちは色々奔走する羽目になったとは。鬱の兆候すら見えてくる。


 警戒心を見せるカエルだったが、ルッカの持っているグランドリオンを目に入れた途端、顔色が変わり飲んだくれの表情から一変、目を大きく開け口を小さく震えさせた。


「まさか、その剣は……グランドリオン……!? ……少し考えさせてくれ。今夜はここで休むといい……」


 ベッドの上に散らばっていたものをテーブルの上に持って行き、何かを考え出したカエルはそのまま動かなくなった。
 冬眠準備か? と聞いても反応が無かったのですごすごと言われたとおりに寝ることにする。今回はロボをメンバーに入れてないので俺が床で寝ることに。ルッカが「よよよよ良かったらわっ、私のべべべ、でいいいっしょに、ねりねりねり」と壊れかけのレディオのような音を発していたので合掌してやる。科学者というのは脳の破裂というリスクを背負っているものらしい。頭が壊れた幼馴染を哀れに思って就寝。 






「行ってしまうのですね。サイラス……」


 それは、過去のこと。まだガルディアが魔王軍と対等とは言わずとも、完全な劣勢とは言えない程度に戦いを繰り広げていた、世間ではまだ記憶に新しい程の。俺にとっては、遥か、遥か昔のこと。
 我が友、サイラスと俺が遠征に出る際の記憶。心配を露にする王妃と、城の大広間での会話。
 それは、俺が生死を賭けた戦いにも慣れてきた頃だった。


「ええ。 そろそろ誰かがゴールデンフロッグのヤツからあのバッジを奪い返してもよいころかと……それに伝説の剣とやらもこの目で確かめてみたい……」


 サイラスは不敵に、それでいて王妃を安心させようと優しく笑った。
 それでもまだ不安だった王妃はもう二、三声を掛けようとするが、それを隣に立つ王が止めて、サイラスに声を掛けた。


「サイラスよ、お前はこの国にとって必要な男……また、私とリーネにとってもかけがえのない友人だ。きっと、戻って来るのだぞ」


「命あるかぎり、必ず。たとえこの身に、何があろうとも……それでは、これにて……」


 敬意の姿勢をとっていたサイラスは立ち上がり、身を翻して大門に向かう。通路の左右に並んでいた兵士達が敬礼をしながら、はっきりとした声で合唱のように言葉を合わせながら、その背中を押していく。


「サイラス様!!


「我等、王国騎士団一同! みな団長の旅のご無事を祈っております……!!」


「……お前達。……後の事は、頼んだぞ」


 顔を伏せながら、別れを惜しみつつ、サイラスは兵士達の間を通り過ぎた。


「待たせたな。さあ、行くとするか」


 門に背中を預けてそれらを見守っていた俺にサイラスが出発を告げる。


「グレン! あなたも気をつけてね」


「王妃様も、どうかお元気で……」


 追ってきた王妃に崩れた敬礼を示し、俺たちは城を出た……




「この勇者バッジが欲しくば力ずくで取ってみよ、王国の騎士!! グギャギャギャ……!!」


「むろん、そうさせてもらう。行くぞ、G・フロッグ! ニルヴァーナ・スラーッシュ!」


 ガルディアの広大な森、その三分の二を支配下に置いていたG・フロッグを見つける為、俺たちは五十を越える魔物たちを切り払い、その親玉を見つけることが出来た。その支配力や進行速度は目を見張るものがあったものの、G・フロッグ本体に力は無く、サイラスの刺突を一度当てただけで致命傷を与えることが出来た。


「ハギャーッ……!!! や……、や……やりやがったな、このヤロー! なんでい、こんなバッジ! お、覚えてやがれよ、チクショーめ!」


 あからさまな捨て台詞を残してG・フロッグは暗闇の向こうに姿を消した。
 突出した力が無いとは言え、仮にも魔物を束ねるG・フロッグを一撃で退けたサイラスに俺は尊敬を隠し切れなかった。いつか、こんな男になりたいという思いと、いつまでも追いつけはしないという諦観が交じり合っていた…………






「うわっ!?」


「危ない、グレン!!」


 勇者バッジを取り返し、伝説の剣、グランドリオンを手に入れた俺たちは、デナトロ山を舞台に魔王との決戦を挑むこととなった。
 立ちはだかる魔物を一刀の下に切り伏せ、かすり傷すら負わないサイラスを見ていた俺は確信していた。魔王ですら、いや、それを越える化け物がいたところでサイラスが負けるはずは無いと。
 ……そして、確信は妄信だったと知る。


 山の頂上には魔王とビネガーの二人が立っていた。
 ビネガーは俺が抑え、魔王はサイラスが相手をしていたのだが……結果は、火を見るより明らかだったように思える。
 魔王は火を、水を、氷を、雷を、死を操りサイラスを近づけさせない。ビネガーは奇怪な魔法を駆使して俺を相手にすることすらなかった。
 そして、俺の体がふらついた所で、魔王が俺に向け高密度の魔法を放ったのだ。
 形相が変わったサイラスは全力でその魔法を受け止めた……だが。


「サイラス! 剣が……!? グランドリオンが……!!」


 人々の希望が、魔を断ち切る光の刃が、半ばから、半分に……


「ギャハハハ、どうしたあ、もう終わりなのかあ? 伝説の剣が折れてしまっては、手も足も出まいがあ!!」


 ビネガーの不快な笑い声が山彦となって山を支配する。その声を聞いただろう山の麓にいる騎士団から悲鳴と混乱の声が。


「クッ、まだだ……!」


「サ、サイラス……俺は、もう……」


 いまだ闘志の折れないサイラスと違って、俺はもう限界だった。血も、体力も、心も……全てを失い、いまや立つことすら困難となっていた。


「聞け、グレン。俺がヤツらの足を止める。その隙にお前だけでも逃げろ」


 俺の状態を察したサイラスは俺の方を掴んで勇気付けるように力強く言い聞かせた。


「し、しかし……!」


「このままでは、二人ともやられる……。行くんだ、グレン」


「余裕だな、サイラスとやら。人の心配などしている場合か……?」


 何処までも高みから聞こえる魔王の声。赤い瞳は、俺たちの命そのものを狙い定め、犬歯を剥き出しに、静かに威嚇を行っていた。


「いいか、グレン。行くぞ!! うおお……ッ!」


「……命を賭けて、その程度か」


 サイラスの必死の特攻も、魔王の手が一振りされることで巻き起こる爆発に行く手を阻まれ、体を地面に叩きつけられた。
 サイラスの体は胴体の右半分が吹き飛ばされ、右足は膝から下が滝底へ消えていった……


「サ、サイラスーッ!」


「に……、逃げろ……グレン……王妃を……リ、リーネ様のことを……たの………………」


「サ……、サイラス!? サイラスーッ!!」


「フン、どうした……。貴様は来ないのか?」


「くッ……!」


 自分では、魔王を睨み殺すような顔をするつもりだった。……しかし、声は振るえ、涙が途方も無くあふれ出る。胃液が喉まで逆流して、鼻水も汗も、狂ったかのように垂れ流していただろう。そして、多分、俺の顔に浮かんでいたのは、懇願。殺さないで、と言葉にせずとも明白な表情だったに違いない。


「ギョヘヘ……。ヘビににらまれたカエルってとこだな。若造。魔王様、どうです? この腰抜けを、似合いの姿に変えてやるってのは?」


「フッ、よかろう……。我が前に立ちはだかる者は一人残らず消す」


「!! う……、うわーッ!!」


 魔王たちが何を話していたのかは知らない。けれど、魔王がサイラスを屠った時の様に右手を払った動作を見せたときには、自分の体の変調に気がついた。


(熱い! 体中が熱い! 油をかけられて火を付けられたみたいだ! 息が出来ない! 腕が、足が細く、顔が盛り上がるのが分かる!)


「ぐあああああ……ッ!!」


「ギャーハハハハ……! いーくじなしの虫ケラめがあ……!」


 目の前が見えなくなった俺は、崖下に落ちて気を失った……俺と一緒に、勇者バッジが落ちてくるのを、感じながら。








「あれから、もう10年にもなるか……やれるか……この俺に……? サイラス……」


 夜は更けて、森の生き物達も活動を止めた深夜。聞こえるのは、カエルが洩らす悔恨と後悔の歴史。
 ……とても良いシーンなんだ。多分泣き所なんだ。ただ……


「地の文まで喋るなよ、感情付けてよぉ……」


 俺が寝る寸前にカエルは一人芝居のように体を動かしてその時の事を再現するように、事細かに説明をつけて過去に浸りだしたのだ。どっすんばったん動くだけでなく、「この時! 思いもよらぬことが起きたのだ!」とか時々芝居がかったでっけえ声を出すから寝るに寝れねえ、悲しむに悲しめねえときたものだ。
 この一人劇団のせいで俺だけでなくマールやルッカも苛立たしそうに歯を鳴らしている。最初は悲しげにカエルの話を聞いていたマールも、寝かせろゴラァなオーラを出している。
 ついでに気になったのだが、こいつサイラスとかいう男の名前を出す時だけいやに優しい声になる。まさかとは思うが、この化け物一丁前に両刀ということは無いだろうな? もしそうなら俺は今すぐこの家を出て実家に引きこもる構えだ。もう世界を信じられない。


「……そうだ。忘れる所だった。サイラスがグランドリオンを手にした後、麓の村での出来事だ。門をくぐり、子供達が不安げな顔をしていることに目を付けたサイラスはおもむろに近寄り、何事か理由を聞き出した。そう、あいつは騎士団長、王国最強の男だというのに決して民の不安を見逃さない男だ……話を戻そう。そこで子供達はある恐るべき秘密を打ち明けてくれたのだ。そう! まさにそれこそかの大事件の始まり……!!」


「うるせぇーー!!! ノロケも大概にしろっ!!」


 振りぬいた拳がカエルの柔らかい横顔を貫き食料保存用の樽まで飛ばし、近くの家具を半壊させた。過去を思い出して己を奮い立たせるのは良いが、一々口に出さないと思い出せないのかあいつは。ことある設定一つ一つが他人に迷惑をかける。
 ちなみに、さっき乱暴な言葉を吐きながら乱暴にカエルを殴ったのは、マールだ。……ノロケ?


 沈黙したカエルを見て、俺とルッカは起き上がり勇気ある行動をしたマールを称えてサムズアップ。えへへ、と照れるマールが可愛らしいやら愛らしい。
 今度こそ、静寂の中俺たちは楽しい夢を見る……








「起きろ、クロノ」


 昨夜、遅くまで起こされていたせいで全く眠気の覚めない俺を、カエルが体を揺さぶって起床を進める。なんでこいつが一番最初に起きてるんだよ。両生類に睡眠は不要なのか?


「俺にどこまでやれるのかわからないが……行ってみよう、魔王城へ……」


 なんだか知らんが吹っ切れた御様子のカエルさん。シリアスな顔をしていても右頬がぽっくり腫れているので様にならない。なるわけが無い。


「奴は強いぞ……。覚悟は良いか……?」


 だるい体を起こして、大きなあくびを一つ。頭を掻きながら、カエルの清涼そうな顔を見て、ため息混じりに


「そんなもん、無くても勝つときゃ勝つんだよ」


 カエルは数瞬の後に、腹を抱えて笑い出した。
 天井から差す光が、グランドリオンの鞘を照らしていた。






 カエルの覇気も戻り、いざ魔王城という時にまたもカエルの馬鹿がおかしな事を言い出した。「お前達に、魔王に挑めるほどの力があるのか試させてもらう」とかのたまったのだ。さっきまで一緒に行こうぜ、相棒。みたいなノリだったのにこの掌の返しよう。驚いてセルライトが溜まりそうな予感がする。
 当然俺とルッカ、マールはふざけんな化け物と盛大な罵倒をぶつけるが、カエルは泣きそうになりながらも自分の意思を変えなかった。


「仕方ねぇ……分かったよ。俺がお前と打ち合って合格点をもらえりゃ文句無いだろ?」


「ああ、ここはお前が来ると思ってたぞ、クロノ」


「本当、お前は王妃様以外では硬派な奴だよ、面倒くさいことにな」


 全員が了承した所で、マールとルッカの声援を受けながら二人でカエルの家を出る。その途中、ふと思い出した俺がカエルの背中に声を掛けた。


「よく考えたらさ、お前が勝てば俺たちはどうなるんだ?」


「知れたこと、あまりにふがいない結果であれば、俺は一人で魔王城に行く。足手まといはいらん」


 無機質な声で突っぱねるカエルに少々イラッときた。どこまで上から目線だ、こいつ。俺は見下されることがすっげえ嫌いなんだよ、男には。


「ふーん、じゃあ俺が勝てばどうなるんだ? まさか魔王城に一緒に行くだけじゃないよな? それじゃあ割に合わない」


 カエルは鼻で笑って、「もし俺が負ければなんでもしてやるよ」と絶対の自信を含ませて宣言した。


「……分かった。じゃあ俺が勝てば……そうだな、お前の姿が人間に戻った次の日の朝、俺が目覚めた時、メイド服を着て『おはようございますご主人たまぁ!』とでかい声で言ってもらおうか。勿論それはルッカのビデオで撮影させてもらおう」


 俺の勝利賞品を聞いて前を歩いていたカエルは昔の漫画みたくすっ転んだ。手を前に出して。擬音は『どひゃー』って感じで。


「お前……ほんっとうにそれが見たいか!? いや、そもそも何でメイド服なんか持ってる!?」


「いやあ、多分カエルが一番嫌がりそうなことだと思ったから……入手ルートはロボが着せられてたのを強奪した」


 絶対に負けられん……と呟いているカエルは無視して、周りに障害物の無い程よい広場に着く。そこでお互い四歩分の距離をとり、礼をして剣を構えた瞬間、俺は手を上げてこの決闘を中断させる。気を削がれたカエルは不機嫌な顔を作って「どうした?」と尋ねた。


「よく考えたら、お前は伝説の剣、グランドリオンを使うわけだろ? そりゃあ卑怯だ。武器の差で負けちまう。お前の家に木刀とか無いのか? お互いそれを得物に戦えばフェアな勝負ができるだろ?」


「……まあ、そうだな。悪かった、二本くらいなら家に置いてあるはずだ。ちょっと待ってろ」


 カエルが剣を鞘にしまい、俺に背を向ける。そう、勝負相手である俺に。


「……………」


「ああ、確か脇差形の木刀と長刀形の木刀があるんだが、クロノはどっちを……!」


 至極どうでもいい理由で俺の方を向いたカエルは、俺の体から放たれる電気に目を見開いた。バチバチと爆ぜる電流が発光し、落ち葉を砕く。ありがとうカエル、お前が人を信用する性格で良かった。


「はじけ飛べ! サンダー!!」


 伝説の剣を持つ英雄と、未来を救おうとする一般人の勝負は一分と経たずその幕を閉じた。
 プスプスと地味に良い香りを放つカエルに近づくと「キ……サ……マ……」とあれ? 怒ってるの? ねえねえ怒ってるの? な声を出していたが、気にせず引きずって移動することになった。あるよねー、こういうこと。





「認めん」


 当然なのか、カエルはさっきの勝負結果に不満があったようで、一緒に魔王城に乗り込むのは良いにせよ(俺の魔法は魔物に有効であると悟ったか)メイド服着衣の刑だけは納得いかないと駄々をこねだした。
 正直、野郎のメイド姿なんかつま先分も見たくは無いので「まあ、どうでもいいよ」と返した瞬間のカエルの笑顔はピカイチだった。その後ルッカの放った「あら、勇者ともあろう御方が約束を破るなんて、王妃様に報告しなくちゃ」という言葉の弾丸に沈んだ時のカエルの表情はさながら真実を知ったときのジュリエット。この旅の溜飲をおおいに下げてくれた。
 涙と鼻水を流し、苦痛では生ぬるい、恥辱では到底辿り着けない悔恨の果てにカエルは俺との約束を行うことを約束した。本当に、どうでもいい1コマ。


 それから、魔王城に向かう前にカエルを時の最果てに連れて行くことにした。スペッキオから魔法を授けてもらえるかもしれないというルッカの提案に俺たちは勿論、カエル自身も「その魔法があればクロノを……行こうか」という不穏な発言の元了承した。この旅が始まってから、俺は敵を作ってばかりな気がする。
 


 それから、一度マールを仲間から外し俺、ルッカ、カエルのメンバーで時の最果てに向かい、カエルは見事水の魔法、ウォーターを覚えることに成功する。これは過去、ヘケランと戦ったとき、ヘケランが使用した魔法。高密度の空気を閉じ込めた泡を相手にぶつける事で、空気の衝撃と、その衝撃により弾丸と化した水滴で攻撃するえげつない技だ。
 数回の練習を経て使いこなせるようになったカエルは度々「なあクロノ、練習相手になってくれないか」と誘いかけてきたのはうざったかった。冷静に考えて、魔法が使えるようになったカエルと俺が勝負すれば、隙をついたところで勝てるわけが無いのだ。例えるならフリ○ダムとザ○レロくらいの差がある。
 幾度と無く断っても「クロノ勝負だ勝負。右腕一本くらいなら貰っても構わんのだろう?」と勝つ負けるの次元ではない話をするので怖いやらなんやら。


 さて、カエルの復讐紛いの決闘を断り続けて、ようやく本題。どのパーティーで魔王城に挑むか?
 皆示し合わせたように俺は前線に出ろとか言い出したので、俺が行くのは決定。ほんと、いい加減にしてほしい。戦闘面でのパラメーターを見れば俺が一番弱いのは誰の眼にも明らかだというのに。多分。
 勿論カエルも出撃。魔王に挑むのに、勇者が補欠とか笑えないし。残る一人を誰にするか、それが問題。
 

 まずロボは除外。魔法が使えないのは魔王城で戦うのに致命的だとカエルが教えてくれた。
 続いてマール。回復なら随一の彼女だが、回復魔法はカエルも使えるとのことで保留。
 そしてルッカ。攻撃魔法のスペシャリスト。魔法攻撃に欠ける俺とカエルにルッカを入れるのは最適なパーティーになると思われた。が。


「嫌です! 今度こそ絶対僕が出ます! 冷静に考えて、僕クロノさんたちに会ってからほとんど戦ってません! なにより魔王が相手なのに運命に選ばれた籠戦士(デスペニア・リドゥナメルト)である僕が戦わないなどトロイの木馬の焼き回し、デロイカの蓋がもげましょうに!」


 ロボがとち狂いだしたので、話がまとまらず途中交代させるぞ、という条件付で魔王城攻略のスタメンが決まった。俺、カエル、ロボである。戦略も何もあったもんじゃねえ。


「……勝てるかしら?」


「ルッカ。それに対する答えは『勝てるだろう』というあやふやなものしか返せない。後、不安げに言うな」


 俺とルッカが、喚くロボを宥めるカエルを見ながらため息をついてはんなりと洩らした。







 魔王城に続く道、魔岩窟。グランドリオンのあったデナトロ山を海沿いに東に進むと、小山程度の岩山がある。町の人々の噂やカエルの話ではそこが魔王城に繋がる唯一の道だとか。
 しかし、そこまでの道中、まして魔岩窟に着いてからも魔王らしき姿はおろか、魔物の一匹も現れない。ロボと俺でカエルを不審げに見ると、カエルは瞑目して、何かを思い出していた。







「あれはまだ俺が子供の頃……」


「もういいよ面倒臭い。サイラス最高ーッ!! ってことだろ」


 またカエルの長ったらしい回想シーンが始まりそうだったので中断させる。カエルは一度不満げな顔をした後、何も無かったかのようにまた目を閉じて過去を思い浮かべだしたのでさらに中断させる。それを数回繰り返して、ロボがラジオ体操を始めた辺りで決着がついた。


「何故、俺の邪魔をするんだクロノ!」


「長いからだ。後、お前がサイラスの話を始めるとやたらと感情をこめて気持ちが悪いからだ。俺の中でお前はホモだという疑惑がひしひしと膨らんでいく」


「……ホモ? 何故俺がホモになる」


「悪かった。バイだったな、お前は」


「あの、まだその話は終わりませんか? そろそろ僕の右腕が疼いてきたんですが」


 ロボの声で不毛すぎる話しを終わらせる。それからロボ、腕が痛いなら内科に行け。


 一度咳払いをして、カエルが岩山に近づき、手を当てる。深呼吸を繰り返し、そこから三歩下がり、ゆったりと体の力を抜いた。
 強い風が吹き始め、その強さに俺とロボは目を覆う。ようやく風が止んだ時、目を開ければカエルは流れるようにグランドリオンの柄に手を伸ばしていた。
 抜刀の音はスラリと高く、されど力強く。剣自体が放つ光は闇の類を追い払う。それは沈むような、猛るような剣光。今まで見た事が無い美しい刀身はただただ銀。他の彩色は無く、寒気がするほど純粋な単色。剣の長さはおよそ一メートル半。それでも、振れば三里は届きそうな錯覚を覚える。
 ……これが、グランドリオン。魔王を貫く唯一の、剣。


「我が名は……」


 顔を落としたまま、か細く、消えるようにカエルが呟いた。
 数瞬後、何かを振り払うように強く上を向き、グランドリオンを天に突き立てる。


「我が名はグレン!」


 響く彼方。その声は中性的でありながら、太く、清らかに。


「サイラスの願いと志!」


 鍛えられた戦士の足は、再度去来する強風に揺るがない。数多の戦を潜り抜けたその腕は、握る剣と同化したが如く。


「そしてこのグランドリオン……」


 カエルの言葉に呼応するように、グランドリオンは千里先まで見えそうな光を、徐々に空へと伸ばしていく。


「今ここに受け継ぎ、魔王を討つ!」


 覚悟の声を機に、グランドリオンの光が、力が空を穿ち、雲を払う。発光が終わり、聖なる力を溜め込んだグランドリオンを、カエルはただ、愚直に、


「人間の未来を託せ、俺に、俺の仲間たちに!」


 振り下ろした。


「……魔岩窟が」


 ギギギ、と嫌な音を立てて、魔岩窟が割れていく。いや、斬られていく。岸壁から崩れた岩は無造作に落ちていけど、勇者の行く手を阻むまいと、カエルを避けるようにその破片を飛散させていく。
 ……そうか、今グランドリオンを鞘に入れて、堂々とその場に立っているアイツが。今まで馬鹿にしたり、でも剣の腕だけは認めたり、俺の頭を殴ったり、たまに撫で回したりした、アイツこそが。


「……勇者」


 俺の声が聞こえたのか、カエルは振り返って、口端を上げて親指で魔岩窟を指差す。そこには人間大の大きさの洞窟が見えた。


「行くぞ……伝説になろうじゃないか。俺たちでな」


「カッコイイ……」


 ロボが陶酔した顔で、ぼんやり声に出す。そりゃあ、少しは悔しいとか、かっこつけ過ぎだとかいう思いもあったけれど。


「……歴史の教科書に載るのか? 照れるなそりゃ」


 概ね、ロボと同じ感想だったから、文句もつけられなかったさ。








 魔岩窟に入った途端、様々なモンスターが俺たちに牙を剥いた。巨大な吸血蝙蝠や、魔王の僕と自称する怪力、硬い皮膚の化け物等、今までの俺たちなら苦戦は間違いない強敵ばかり……だが、それらの脅威をカエルはグランドリオンの一振りで捌いていった。
 カエルの腕前ならモンスターに避けさせることは無い。必中の剣技。受け止めることはグランドリオンが許さない。一度振れば全てを斬るまでその剣筋は止まらない。構えた腕や武器、防具をバターのように切り裂いていった。
 その間、俺とロボも何もしていなかったわけではない。ロボは巧みな動きで敵を翻弄し、時にはレーザーで相手の動きを止めてカエルの援護に回り、一対一なら自分ひとりでモンスターを沈めるといった活躍を見せた。
 俺も俺でカエルのウォーターで散らばった水に電撃を当てて敵グループを麻痺させる補助的な役割は出来た。時々カエルも感電させたのでぶん殴られたけど。俺、カエルのそういうところ嫌いだな。


「どうした、そろそろへばったかクロノ?」


 戦闘が終わり、息一つ乱さずカエルが問いかけてくる。……一番戦ってるのにその様子、勇者の名前は伊達じゃないな。
 かくいう俺もさして疲れた状態でもない。最近戦闘らしい戦闘はしてなかったのだが、もしかしたら原始でのキーノ達と遊び呆けたのが体力上昇に繋がったのかもしれない。それだけじゃなく、原始では走り回ったからな。あくまで、戦闘はこなしていないが。


「いや、まだまだいけるぜ。……しかし、まだ魔王城に着いていないって事を考えると少し気が重いけどさ」


「そうですね、僕も限界はまだまだ先ですが、場合によってはクロノさんに充電を頼むかもしれません」


「……痛いぞ? 良いのかロボ」


「……静電気くらいの力でお願いします」


 一体何時間かかるやら。


「……仲が良いな。お前達は」


 俺たちのじゃれあい? を見たカエルがどこか遠い目で俺たちをそう評する。まあ、そう長い間ではないとはいえ俺とロボは一緒に旅をしてきた仲間だ。ある程度気心が知れるのは当然だろう。


「……あの、そういえばカエルさんとサイラスさんも仲が良かったんですよね?」


 何故か沈みかけた空気を持ち上げるべく、ロボが明るく話題を提供した。
 ロボ、気持ちは有難いが、もう亡くなったサイラスさんのことを出すのはどうだろうか?
 俺の不安は必要なかったようで、悲しそうな雰囲気も無く、カエルはそうだな、と顎に手を当てて考え出した。


「俺とサイラスは小さい頃から幼馴染でな。といっても、少々年が離れていたから、俺はサイラスのことをどこかで兄のように慕っていた。サイラスも同じように振舞ってくれた」


「へえ、なんか、良いですね」


 なにやら話が弾みそうなので、俺も加わることにした。サイラスさんのことだからか、少し誇らしげなカエルに俺は質問を投げかける。


「幼馴染ってことは、生まれた時からサイラスさんと一緒にいたのか?」


「ああ、いや。初めて出会った時に、俺が近所の子供達に苛められていたのをサイラスが助けてくれたのがきっかけだ」


「え? カエルさん、苛められてたんですか!?」


「うむ。……俺の姿が人間の頃、俺の髪の色が緑色でな、当時、珍しい髪色だったことが原因でよく苛められた。俺が内向的で臆病だったことも理由の一つだがな」


「……聞けば聞くほど、今のカエルからは信じられないな……と、お前の本名はグレンだったか」


「いいさ、その名前は俺が人間の姿に戻ったとき呼んでくれ」


 破顔して言うカエルに、俺は分かった、と了承の意を告げる。
 だがまあ、カエルとサイラスさんの関係はおおよそ分かった。そんな出会いなら、少々度が過ぎた親愛の情が湧くのも理解が出来る。俺はもしかしたらコイツ、ニュータイプ(両刀使い)か!? な懸念事項が杞憂に終わったことで胸を撫で下ろした。
 しかし、そうなると俺の中で沸々と悪戯心が生まれてくる。ちょっと不謹慎だろうが、カエルの豪胆さや今の雰囲気なら言えるだろうと考えて、俺はにやにやしそうな顔を抑えて、カエルに声を掛けた。


「いやいや、それにしてもカエルは随分サイラスさんが好きだったんだな。……恋愛感情もあったのか?」


 当然否定するだろう。まずは牽制球。からかわれていると分かって、ネタ気味に肯定する可能性もあるが、その場合ならその場合で反応は決めてある。さっきの戦闘で、俺がカエルを誤って感電させた際に殴られたことは忘れない。今ここでその借りを返してやる。


「バッ! ……馬鹿を言うな! お、俺は戦士だっ! そのような不埒な考え……し、痴れ者めっ! 恥を知れ、恥をっ!」


「…………」


 俺の牽制球をカエルさんたらまさかのホームラン。ドームの天井を突き破り大気圏突入。回収不可能。その勢いはロンギ○ス。もしくはマス○ライバー。照れながら否定とか、俺のシナリオには無かったぞゲンド○。


 やおらロボに向き直った俺は真摯な声で話しかける。


「良いか、ロボ。カエルに背を向けるなよ。勿論二人きりになるなんて言語道断だ。便秘知らずになりたくなければモンスターよりもカエルに注意を配れ。目先の敵より背後の変態。はい、復唱」


 ほええ? と疑問顔を浮かべるロボに俺は後悔する。何故、こんな二刀流がいるパーティーにロボというその道の人からすれば垂涎ものの食材を入れてしまったのか、と。
 お前は、俺が守る!


「おいクロノ、何か不穏な言葉が聞こえるんだが、もしかしてお前、俺が変態と思っていないか?」


 危険察知教育を施している俺の肩に、カエルが手を置いてきた。……この変態野郎、まさかターゲットは俺なのか? ふざけるな、俺は童貞の前に貞操を散らす気なんざさらさら無え。
 カエルの手を振り払い、驚いているカエルを見ながら剣の柄に手を置く。


「触れるな下種、これからお前は俺の背後に回るな、半径十メートル以内に近づくな、息を吸うな、むしろ死ね」


「……お前、何か勘違いしてないか? というかブッチギリに失礼な想像をしてるだろう?」


「そうですよクロノさん。カエルさんは……」


「ロボ、お前はまだ若いからそういう考え事態できないだろうが、世の中には病気を持つ人間が吐いて捨てる程いるんだ。お前には純粋でいて欲しかったが……あいつは女の胸でもまた男の尻でも興奮できるある種この世の全ての強欲を潜めた変態野郎、生きる価値の無いミュータントであり、」


「そうかクロノ、貴様、死にたいんだな」


 俺の言葉が終わる前にカエルがグランドリオンを抜く音が聞こえた。こいつ……! まさかこの場で俺たちを手篭めにする気か!?


「力づくとはな……読めたぜ、お前の狙い。お前は魔王討伐なんて二の次、本当の狙いは俺とロボの体だったんだな! 真の魔王はテメェだ! この排泄物が!」


 緑色の肌が真っ赤に染まり、カエルの表情が怒りから笑顔に変貌していく。本性現したってとこか。良いぜ、例え勝つ見込みが無くても、俺には男として生まれた義務がある。神様は不毛な生殖行動を取らせるべく俺を男に産ませたんじゃねえんだ!


「残念だよクロノ、お前とは良い友達になれるかもしれないと思ってたんだが……流石にそこまで無礼な言動を取られると、元ガルディア騎士団として放置するわけにはいかない」


「お友達だと? おホモ達の間違いだろうがっ!」


 かくして、俺とカエルの貞操を賭けたアルマゲドンが勃発した。力量の差はあれど、俺は良く健闘したと思う。一時間もすれば俺は舌を噛み切るだろうが、天国で俺は自信満々に言い放つ。俺は闘った、足掻いた、最後の瞬間まで俺は自分を捨てなかった、曲げなかった、と。




「はあ、はあ、どうだクロノ、いい加減観念したか? 今謝れば、この剣を引いてやってもいいぞ?」


 倒れた俺に剣の切っ先を向けたカエルが、今まで乱さなかった呼吸を荒く変えて、俺に降伏勧告を告げた。……満足だ。あの勇者サマにここまでてこずらせたんだ。ただの一市民に過ぎない俺が。……快挙じゃないか。


「……もう、俺が思い残すことは無い……」


 きっと、今の俺は儚く見えるだろう。死ぬ覚悟は出来た。さあ、ロボ。出来るならお前の手で俺を焼き払ってくれ……


「いや、何故そこまで思いつめる!?」


「あの、カエルさん。多分クロノさんは思い違いをしてるんじゃないかと……」


 そういって、カエルとロボはボソボソと話を始めた。やめなさいロボ、感染りますよ。マスクと防護服を着用しないと危ないんだから。
 薄ぼんやりした視界の中、カエルが「そういうことか」と納得し、ロボが俺にケアルビームを当てた。まあ、斬られた所はないし、俺が勝手に転んだり壁にぶつかったりしただけだからダメージらしいダメージは無いんだが。


 起き上がって、転んだときに打った肩を回して完治していることを確かめている俺にカエルが近づいてきた。正直、俺の顔は引きつっていたと思う。


「な……なんだよ」


「……お前、何か勘違いしてるらしいから、一応言っておく。本当は人に話すつもりはないんだが、お前は命を預ける仲間だし、そういう勘違いで連携が狂わされるのもたまらんからな」


 長い前置きの後、カエルはあー、とどう話すべきか迷った様子で、首を傾げていた。が、少し紅潮した顔で、カエルは俺の顔を見て口を開く。


「何で、俺が男だと思った?」


「……ええ?」


「まあ、言動がそれらしい……というか、そうしてるから仕方は無いんだが」


──過去、二度目のカエルの家に行った際。
 カエルが留守だった。その時、写真を見つけた記憶が蘇る。確か、マールがその写真についてしつこく何かを話そうとしていた覚えがあった。『え、じゃあこの人が?』という台詞を記憶の奥底から引きずり出す。
 ……思い出せ、あの時の写真には何が写っていた? マールは誰を見つけた?
 ……写真には騎士団のごつごつとした甲冑を装備して、兜を外したえらくハンサムな男が写っていた。間違いない。それは覚えている。えらく迫力のある男だった。写真でありながら、見るものを寄せ付ける魅力があった。最初、俺はそいつがカエルの本来の姿だと確信したのだから。だから、つまらなくなった俺は碌に見ずに写真を手放したのだ。
 それでも、一度は全体図を見たはずだ。そこにはそのサイラスさん以外に誰がいた? 誰かがいたのだ。
 ……それは、サイラスさんの大きな体の後ろに隠れるように、顔は思い出せないが……そうだ、王妃救出の際にカエルの後ろに見えた幻影、長い、緑の、髪の……


 思い出せば、昨夜、マールはカエルのサイラスさんへの思いをこめた回想を聞いて、ノロケるなと叫んだ。気にしていなかったけれど、マールの写真を見たときの様子を考えれば、その表現が出るのは妥当と言えるだろう。修道院での戦いで、蛙嫌いのルッカがカエルを頼りにしていたのは、本能で悟った同性への安心感があったのか。ロボは機械だからか、マールから真相を聞いたのか、俺がたどり着いた答えを持っていたように見える。
 ……などと、こじつけの様な理由を幾つも思い出してみたものの……


「……お前、王妃様のことが好きだよな?」


「勿論だ、古今東西、俺の王妃様への愛を上回るものは無いと断言できる」


 ……この王妃様への重すぎる偏執的な愛。
 ……誰が分かるんだ、そんな隠し設定。ふざけるな……


「……そうか、お前は、ホモじゃなくて……」


「レズなんですよ、クロノさん」


 俺の言いたいことを先に口にしてくれたロボに、小さな感謝を。そして、カエルの正体に気づいた俺は、立ち上がって、カエルを見据えた。


「誤解は解けたか?」


 息を大きく吸って、丹田に力をこめて、足を踏み出し、右手を腰に引き上体を半回転させて……


「どっちにしても変態じゃねえかーっ!!!」


 頭を吹き飛ばすつもりで撃ったパンチは、今までに無く柔らかいカエルの顔を変形させて、きりもみ回転させた。
 ……そういうことは初対面で言えよ、ボケが! という想い。それに次いで女性であろうがなんだろうがぶっ飛ばすことに躊躇いが無い俺は良い男に違いないという自負が生まれた。ああ、女性じゃなくて、メスだな。







 星は夢を見る必要は無い
 第十八話 ファリス展開は好きじゃない







 顔が変形したカエルから怨念の篭った目で見られつつ、俺たちは魔岩窟を後にした。出口付近でガルディア兵士の死体を見つけた俺たちは土葬しようとするカエルを止めて、近づく無いように外に出た。妙な騎士団精神は鬱陶しいだけなのだ。それでなくても俺はまだ若い身空なので、人の死体なんて見たくないし近づきたくない。ゼナン橋でのことはトラウマである。アリスドームの死体も。


「おいクロノ。別に俺は男が女を殴った、なんて事で怒ってるわけじゃない。生物学的に女なだけで、俺は自分を男だと思ってる。ただな、お前が俺を変態と断じたのは納得いかん。俺の王妃様への愛は純粋で澄み切っている。決して変態とかそんな言葉で括れるものではない崇高な」


 一騒動終えた後思い出したように後ろからナチュラルな変態が不躾にも人間様である俺にいちゃもんをつけてきた。人語を解するならば礼儀は知っておくべきだろうに。


「良いから黙れよ。お前がどう思おうが俺はお前を女扱いする気はないし人間扱いする気もない」


「後半が不満だな。せめてホモサピエンスとして扱え。これは命令だ」


 せつない命令もあったもんだ、とは口に出さず、遠くに見える城へサクサク歩き続ける。後ろで「ロボ、何故クロノが怒ってるんだ? 俺が怒るべきじゃないか?」と相談しているのがイラつく。女らしくは無いが男らしくも無いあいつの態度は非常に癇に障る。どっちつかずは嫌われるというが、正しくその通りだ。


「うーん、多分クロノさんは照れてるんですよ。カエルさんが女の人だと知ってどう対応していいか分からないんです」


「そうか、困ったな。男所帯の騎士団にいた頃から、そういったトラブルを避ける為にも、男として生きてきたんだが……」


「大丈夫です。最初はクロノさんも僕に冷たかったですけど、どんどん優しくなって、今ではベッドで一緒に寝ても怒らなくなりました」


 ……我慢だ。無視しろ。どんなツンデレだよ! お前と一緒に寝たことなんか一度も無い! と突っ込みたいし、カエルがメスでもオスでも気持ち悪いのは同じだし目に見える違いは無えと言いたいが、それではまたさっきのように無駄な体力を使いそうで怖い。目と鼻の先に魔王城があるのだ、こんなところで時間を浪費したくない。


「なに? クロノはお前と寝所を供にしているのか?」


「はい。クロノさんが夜一人で寝るのは怖いと言うものですから。ようやくデレてきたんです」


 素数と足音と星の数を数えながら心頭滅却して歩き続ける。両手の爪が割れそうなほど拳を握り締めているのは、昂ぶる気持ちを抑える為だ、と自分に言い聞かせて。


「そうか……おい、クロノ」


「…………なんだよ」


 少し離れた距離を埋めるべく走って近づいてきたカエルがそっと俺に耳打ちをする。


「ペドは良くないぞ。人の性癖をどうこう言う気は無いが、お前はまだ若すぎる」


「テメェが俺を変態呼ばわりするのかぁぁ!!」


 結局、俺たちが魔王城に訪れるのは三十分後となった。
 そのうち二十五分は嘘をついたロボをしばき倒した時間とロボが泣き止むまでの時間だった。下手に手を出せば面倒くさいロボ。ああ、俺こいつのこと嫌いかもしんない。気心なんか知れてないよ。




────魔王城。
 その姿は何者からも孤立して、しかし他の風景を圧倒、屈服させ、見るものに嫌悪感を植えつけるも目を話させない魔力を作り出していた。
 蝙蝠が窓にへばり付き、遠くから狼の遠吠えが聴こえる。辺りの土は黒化して、近くの木々は苦痛を耐えるように捻じ曲がり禍々しさを二乗させる。手入れなど微塵も感じさせない赤茶けた壁はされども老化など無く、頑強な作りとなって来訪者に圧迫感を見せ付ける。屋上の時計台のような柱の天辺には竜を模した彫像が不気味さと荘厳さを演出する。


「これが、魔王城だ……!」


 カエルのやや緊張した声を聞いて唾を飲む。萎縮する体を動かして俺は城門を開ける。呻きのような音を立てて扉はゆっくりと開かれる。まるで、俺たちを食べる為の口のように。思わず上下に視線をやりそこに牙や涎が垂れてこないか確認をしてしまう。当然、そこには床と木で出来た枠しか無く、有りもしない想像なのに安堵を感じてしまう。勝手に緊張して、勝手に安心する。馬鹿みたいだ、と自分を笑う余裕は、今の俺には無かった。





 中に入ると、一人でに扉は閉ざされた。あながち、口と表現したのは間違いじゃないのかも、と思った。なるほど、俺たちは今化け物の口の中に入ったのだ。魑魅魍魎、不可思議現象、それら全てが内包された魔の国に。そりゃあそうだ、今この場所は魔王城。世界で最も恐ろしく危険な場所なのだから。


 魔王城の中は想像よりも暗かった。大広間にある階段の上の大きな窓から漏れる月明かりでかろうじて物の判別が可能な程度である。床には魔王城には不似合いな高級な赤い絨毯が敷かれて、天井のシャンデリアは時折揺れて不快な音を出す。入り口から階段まで等間隔に置かれている燭台には蝋燭が置かれているが、今は一つとして火が灯っていない。


「一度ルッカを呼んで明かりをつけてもらうか?」


「いや、あまり近くの物に手をつけるべきじゃない。何が起こるか分からんからな」


「そ、そうか……」


 さっきまでボケた会話をしていたカエルと全く違う様子に戸惑う。ロボもいつもより緊迫した様子で辺りに気を配っている。


「お前達、これだけは覚えておけ。今から俺たち三人以外で、俺たちに味方をしてくれるものは無い。……唯一あるとすれば」


 カエルは一拍ためて、目を細め、窓の外に指を向けながらもう一度言葉を紡ぐ。


「月明かり、くらいのものだ」


 魔王城探索が、始まった。
 まず大広間を調べてみると、左右に奥へ続く道があることを発見する。まずは右の通路を調べていこうと俺たちは先へと進んでいく。
 途中、宝箱の周りに立っている子供たちを見つけて、警戒しながら話しかけるが、何を言おうと「遊んで……」としか言わない。背筋から這い上がる恐怖を気力で払い飛ばし、その場は無視して先に進んでいく。すると……


「ルッカ!?」


 時の最果てで待機している筈のルッカが、俺たちを出迎えた。


「……何故ここにいる? 時の最果てで俺たちを待っている筈だろう?」


 いぶかしむ目でルッカを見据えるカエルに、ルッカは笑顔を崩さず朗らに話し出した。


「ロボが心配になってね」


「え、僕ですか?」


「そう、あんまり無茶しちゃ駄目よ」


「あ、有難うございます、マスター」


 ……何故だろう。笑顔なのに、優しい内容の言葉なのに。抑揚無く、淡々と、決められた台詞を読み上げるように話すルッカが、酷く怖い。


「……どうする、カエル?」


「……いや、まずは先に進むべきだ。今はまだ動くべきじゃない」


 そのままルッカを通り過ぎる。その際も、ルッカは横を通る俺たちに見向きもせず、今は誰もいない暗い通路を眺めていた。
 ずっと、笑顔のままで。


 それから、中世の王妃が俺たちの前に現れ、流石に罠だと気づいた。確信を得たのは、カエルが興奮しなかったから、というのは悲しいが。「カエル、無事でしたか」という台詞に何の反応もしないカエル。それに気を悪くした様子も無く「無理はしないで下さいね」と告げる王妃に、やはり警戒心が強まる。
 しかし、俺の警戒心が決定的になったのは、これだ。


「クロノ、お祭りから帰ってこないと思えば、こんな所にいたのね」


「か、母さん!?」


 そう、現代に住み、時間移動の術も知らない母さんがここにいたこと。……いや、そんなことは良い。何よりも俺の不安を露にさせたのはこの母さんの言動。


「心配したんだから。早く帰りましょう? ご飯が冷めちゃうわ。……本当に寂しかったのよ」


「………っ!!」


「落ち着いてくださいクロノさん。こんなところにクロノさんの母親がいるわけが……」


「そんなことじゃねえっ!」


「!?」


 宥めようとしてくれたロボが俺の怒声に驚き、伸ばしていた手を引っ込める。


「母さんなら時間移動したって驚きはしないし、ひょっこり魔王城にいたってまあそういうこともあるだろうさ! しかし!」


「どういう人なんだ? お前の母は……」


 カエルが呆れた声を出すが一切無視! 今は俺の感情を吐き出すことが先決!


「母さんが……母さんが俺の心配をするわけが無えっ! ましてや、アイツが食事を作ってくれるなんて、万に一つも無えんだっ! いつだって自分の分だけしか作らないし買わないんだっ! 俺がいなければ家が広くなって助かるという理由で半年間家に入ることを禁じた鬼畜女なんだ! おっお前なんか、お前なんかっ! ……うっうっうっ……」


「……ああ、今まで感じたことは無かったが、もしかしたらこれが母性本能なのか? 今お前が愛しく思える」


「カエルさん、多分それ、何か違うと思います……」


 膝を落とし、床に涙を落とす俺をカエルが引きずって俺たちは先に進みだした。俺だって……俺だって、心配してくれる母親がいれば、そんな人がいれば……っ!


 それから次の部屋に入ると、そこはぽつんと椅子があり、行き止まりとなっていた。
 人のトラウマほじくっといてなんじゃそらこらと椅子を蹴飛ばすと、何処からついて来たのか蝙蝠が俺の頭をはたいていった。良いことなんかまるでありゃしない。
 その蝙蝠をなぜかカエルがじっと睨んでいたので「捕食したいのか?」と聞くと殴られた。心なしか、蝙蝠が遠く離れたのは気のせいだろうか?


「……何も無いな。大広間に戻って今度は左の通路を進むとするか」


 暴れる俺を尻目にカエルは冷静にそう告げた。そうですね、とロボもそれに追従していくのを見てあれ? このパーティー俺だけ浮いてねえ? と思うのは無理ないことだと思う。


 場所は変わり大広間。……さっき訪れたときとなんら変わらないその場所が、今この時酷く気分の悪い空間となっていた。


「……クロノ、ロボ、気をつけろ。いるぞ……」


 言われずとも、俺もロボも既に戦闘態勢になっている。ロボは体から僅かに放電し加速化の準備を、俺はいつでも剣を抜き払えるように刀を水平に下ろしていた。


「……そろそろ出てきたらどうだ? なあ、ビネガー!」


 カエルの威勢の良い声が広い空間を木霊する。遠くから響く笑い声が、僅かに聴こえて、次の瞬間、高笑いがその場の音を支配する。声の出現元に目をやると、大きな窓の月明かりから、ゼナン橋で姿を見せた魔物、ビネガーがその姿を浮かばせた。


「よーく来たなグレン! いや、今はただの蛙か……ふん」


 ビネガーは俺とロボに視線を散らし、何処にあるのか視認は出来ないが、鼻を鳴らせた。


「今度はそいつらがサイラスの代わりか? 尻軽だなぁ?」


「…………」


 ビネガーの挑発にカエルは表面上何も動じない。それでも、分かる。これでも何度か生死を賭けた戦いをしてきたから、カエルの殺気が、鳥肌が立つほど溢れ出るのを。


「だが、魔王様は今大事な儀式の最中。魔力だけならば魔王様をも凌ぐ、天地魔界最高を誇るワシが相手してやろう」


 ただの緑親父と侮っていたビネガーから、本来目に見えるはずの無い魔力が赤い線となって吹き上げていた! 逆巻き、魔王城を揺らすその魔力は、魔王を凌ぎ天地魔界最高という言葉を信じさせるに足るものだった。


「外法剣士ソイソー! 空魔士マヨネー!」


 その言葉と同時に、さっきまで感じなかったビネガーに勝るとも劣らない殺気と魔力が魔王城の中に充満した。カエルはその厳しい表情を変えずに立っていたが、俺はその重圧に息苦しさすら覚え、立っているのがやっとという、情けないものだった。
 ……くそ、俺は本当に役に立てるのか……?


 弱い考えがよぎり、ふと前を見るとカエルが笑って俺を見ていた。
 その時、そうだ。確かに見た。ガルディア城で別れた時に見た幻影よりもずっとはっきりした、幻影。


「大丈夫だ」


 カエルの顔と並行して、その幻影は口を動かす。


「お前は自分が思うよりも、遥かに強い」


 長い緑髪を揺らし、力ある笑顔で、女性は確かに、そう言った。


 嘘のように緊張が解けた後、ビネガーがそして、と前置きして最後の言葉を残した。


「この魔王城の全ての魔物を倒せたならばな!」


 言い終わった瞬間、階段下、空中、左右に一体ずつ計六体の魔物が俺たちを取り囲む。ファファファ……と笑い声を置き土産にビネガーは影の中に消えていった。


「前哨戦だ、二人とも気負い過ぎるなよ!」


「戦闘モード、飛びます!」


 カエルの激励を背に、ロボが空中の二体に近づき乱舞する。カエルは左右から迫る魔物を挟まれながら的確に攻撃を裁いていく。俺は階下に飛び降り二匹の魔物と対峙する。
 人間型の魔物は連携を好むようで、引く時も攻撃時も同時に繰り出してくる。どちらかに狙いをつければもう片方が飛び出し、同時に相手取れば不規則に動き攻撃のタイミングを掴ませない。流石魔王城の番兵、今までとは戦闘の場数も技術も違うようだ。


「でも、まあ負けられねえさ」


 攻防一体の回転切りを叩き込み、二人の距離を離す。どちらの魔物も紙一重のタイミングで交わし反撃を試みるが……甘い!


「ギエッ!!」


 刀身に電流を流し込み、刃の距離プラス電流の刃分の斬撃。反撃が可能なギリギリの回避距離では、避けられない。僅かな時間、モンスター達の動きが止まる。一瞬、されど、戦闘中にその静止時間は致命的。
 回転切りを止め、捻られた体で渾身の突きを首元に叩き込み絶命させる。返す刀で逆方向に横薙ぎ。思ったとおり、もう一匹が俺に飛び掛ってきたが、一瞬のタイムラグが功を制し間一髪で攻撃を受け流し、敵の腕を切り飛ばした。


「ギ、ギギギ……」


 敵も流石魔物の精鋭。あさっての方向に飛んでいく自分の腕を気にせず、一度後ろに飛びふりだしに戻る。


「どうする? その腕で俺とタイマンするか?」


 言葉が通じるかどうかは知らないが、刀を肩に預け、人差し指を数回曲げて挑発する。魔物は鋭い牙を剥き出しにして怒りを露にした。
 じりじりと俺の周りを摺り足で移動し、俺の位置から丁度右斜め四十五度の位置で体を伏せて、バネのように飛び込んできた。


「チェックメイトです」


 すでに戦闘を終えたロボが自分の腕を射出して敵のわき腹に鋼鉄の拳を叩き込んだ。奇怪な声をあげて体勢を崩した魔物の隙を俺が見逃すわけが無い。魔物の伏せた体勢より更に深く沈んだ構えで居合い。上体と下半身が分かれた魔物は二、三回体を震わせて命を消した。


「……勇者様に認められたんだ。無様な戦いは見せられねえさ」


 カエルも剣を納めて戦いの終わりを告げていた。それから言葉はいらず、俺たちは左の通路を歩き始めた。


 通路を抜けると、左の部屋と同じような作りの部屋に出て、中には骸骨の集団が各々錆びた槍を手に互いに争っている。それらを支持している魔物との戦い。骸骨集団も俺たちの敵として戦ったが、先程の魔物達より幾分劣る動きは脅威には成り得なかった。リーダー格の魔物も目を見張る腕力を持っていたが、カエルの風のような剣舞についていけず、その巨体を地に伏せた。
 魔物の群れを一掃させて、俺たちはまた行き止まりの部屋に辿り着いたのだ。


「また行き止まりか……左の通路と全く同じなんだな」


「ですね。……ただ、どこからか鋭い気配が感じられます」


 そう、さっき訪れた行き止まりとは違い、ここには押さえられながらも漏れ出してしまう殺気が、肌を刺すように充満している。到底、雑魚モンスターに出せるものではない。これは、先程感じた殺気。確か、外法剣士ソイソー、または空魔士マヨネー。どちらかのもの。


「……危ない、クロノ!」


 カエルの叫びと同時に天井から人影が落ちてくる。え? と洩らす俺をカエルは突き飛ばしグランドリオンを横に持った。カン! と小気味良い音を鳴らし、そこに見えたのは青い頭の、武闘服を着た素手の男の姿。……待て、あいつどうやってグランドリオンと打ち合ったんだ?金属と金属がぶつかった音が、確かにしたはずなのに……


「流石よな、グレン。気配を消しきれているとは思わなんだが、俺の不意打ちを完全に読みきるとは」


「貴様の手口は読めている。小手調べに奇襲を仕掛けるのは昔から変わらん様だな、ソイソー!」


 ヒュン、と消えたソイソーは部屋の奥に姿を現していた。……移動したのか!? 軌跡すら見えなかった……
 フォン、と独特の音で風を切りソイソーは指を伸ばした掌を俺たちに向けた。……それが、武器? まさか!


「分かったかクロノ。あいつは手刀でこのグランドリオンと打ち合ったんだ……並の相手ではない!」


 素手でグランドリオンと打ち合う!? そんなこと聞いて誰が雑魚と勘違いするか!


「当然だ。覚えているだろう? あのサイラスの左腕を使えなくさせたのはこの俺、ソイソーだ。まあ、止めをさす前に逃げられたのは心残りだったが……サイラスの腰巾着であるお前が、この俺に勝てるかな……?」


「……まさか、クロノさん! あいつの肉体強度、腕だけでなく、全ての部位が僕のボディより硬い……あんなの、マシンガンだって傷一つつけられませんよ!」


「グランドリオンに手刀を当てて傷一つ無いから、防御力も尋常じゃねえだろうなとは思ってたけどよ、そこまでか!?」


 ロボの体は並みのロボットとは格が違う。何千年も未来に作られた金属を加工したロボのボディよりも生身の体の方が強固だと、誰が想像できようか? 鋼鉄、もしかしたらそれ以上の強度。……俺の雷鳴剣で刃が通るだろうか? サンダーで電力を割り増ししても可能性は薄い気がする。


「……御託は良い、とっとと来い。先がつかえてるんだ、貴様に構う時間が惜しい」


「……吐いた唾は、飲み込めんぞ、か弱き人間がっ!!」


 俺とロボの戸惑いを他所に、カエルとソイソーが戦闘を始めた。その速さは目で追えるかどうか、その境界線。とてもじゃないが、俺がその中に入ることなんか出来そうにもない。ロボですらタイミングを計らねば援護が行えない有様なのだ。
 にしても、当然ながらカエルは俺との喧嘩では手を抜きまくっていたのが分かる。そう、言わばじゃれている猫をからかう程度の力で俺と相対していたのだ。……カエル、どう考えても俺はそこまで強くない気がするよ……


「クロノさん! 早くカエルさんに手を貸さないと!」


「いや……やる気云々の前に、それ不可能じゃね? ブ○と闘うゴ○ウの勝負に気を操れないヤム○ャが加わるようなもんだぜ?」


「…………そんなこと無いですよ! クロノさんは弱くありません!」


「お前一回納得したじゃねえかこのやろー。無理やりポラギノール塗るぞテメエ」


 馬鹿な事を言い合いながらもソイソーとカエルの戦いは続く。良くは分からないが、恐らくカエル優勢……だと思う。いくら手刀で剣と打ち合えても、そのリーチの差は大きい。流石にソイソーも手の部分以外をグランドリオンで斬られればダメージを受けるようで攻撃の手がカエルよりもいくらか少ないように思える。


「どうしたソイソー、このまま負けていいのか?」


「クッ、人間如きが偉そうに……」


 高みから見下ろすようだったソイソーの目が、赤く燃えるように変色していく。すると、一度大きく距離をとり、ソイソーは左手を前に、右手を腰に。右足を引きカエルと応対した。……あの構えは……中世の王妃の得意技、正拳突き?


「ただの突きでは無い。極限まで鍛えぬいた俺の手刀、その狙いを一点に定めて貫く。体に当てれば吹き飛び、例え剣で受けども砕く。故に私はこの技を単純に、シンプルに! 『穿』と名づけた。放った後の、ただありのままの結果だけを言葉にしたのだ」


 恐らく魔王軍最高峰の力を持つソイソーの、絶対的な自信。その言葉に嘘はないのだろう。きっと、今までにその技を破られたことは無く、技名どおりに全てを穿ってきたに違いない。腰に引いた拳の指を一本ずつ伸ばし、ターゲットであるカエルを指し示している。指先にソイソーの無造作に撒き散らしていた殺気が収束されていく。
 ……まるで、その殺気も、いやそもそもこの場の空気、いや、魔王城そのものが叫んでいるようだ。ただ、穿て、と。


「同じ事を言わせるな」


 それらの空気、気配、オーラを遮断してカエルは落ち着き払い口を開いた。


「御託は良いから、とっとと来い!」


「……飛べ」


 二文字の宣告を捧げて、ソイソーの体がブレた。次にソイソーの姿が見えたのは、コマ送りのようにカエルに指を突き立てているソイソーの姿。


 心臓が止まるかと思った。カエルがゆっくりと倒れる様すら、幻視した。……けれど……


「……なるほど、このままでは勝てんか」


 血を流していたのは、ソイソーの方だった。とはいえ、手の爪が割れただけの傷だったが。
 カエルが目の前にいるのに、飄々と手を払い痛みを和らげようとするソイソー。カエルはその姿に剣を振ることなく、目を閉じてその場に立っている。


「もう一度言わせて貰おう。流石だグレン。存外にやるものだな」


 部屋の奥に歩き出したソイソーは、後ろにいるカエルに何ら注意を払わずいる。今のソイソーなら俺でも切り倒せるのではないか、と思うほどに。


「久方ぶりに本気で行かせてもらうぞ……だがな?」


 暗くて気づかなかったが、奥の壁には一振りの刀が掛けられていた。いや、小刀と言うべきか。
 その長さは五十センチに届くかどうか、という短いものだった。武闘家らしいソイソーに似合った武器ではある。


「クロノ、あいつは武闘家じゃない。剣士だ」


 俺の考えを読んだように、カエルが背中越しにこちらを見て訂正した。そういえば、外法剣士だったか。王妃様を越えそうなくらいとんでもない野郎だったけどなあ……


「サイラスのいないお前に、見る限り脆弱な仲間しかいないお前に……私がやれるか?」


 神速。そうとしか表現出来ない正に目にも止まらぬ早業で鞘を投げて抜刀したソイソー。その剣は五十センチ前後、そう、五十センチ前後だったはずだ。でなければ計算が合わない。だって、刀の全長が五十センチなのだから。
 なのに、何故刀身が俺に迫っている!?


「受けろ! クロノ!」


 カエルの声で現状を把握して、俺は出せる全速で刀を抜きソイソーの剣を受け止める。


 ……バ、キッ。


 かろうじて受け止めたものの、横っ腹に受け止めたためか雷鳴剣が鈍い音とともに砕け散った。さらに、ソイソーの剣の勢いは止まらず、俺の右肩を貫いていく。


「ア、アアアアアアアア!!!」


 肩を剣が通っている為座り込むことも出来ず、俺は立ち尽くしたまま無様に悲鳴を上げた。ロボが俺にケアルビームをかけようとするが、刀身が通ったままでは治療も出来ない。オロオロと泣きそうな顔を見せるだけだった。


「まさか、この程度も受け止められんとはな。グレンよ、数合わせにしてももう少しマシな人間はおらんのか? これではまだ今の騎士団長の方が骨がある……!」


「貴様!」


 カエルの跳躍力を全開に、弾丸のように切りかかったカエルを対処すべく、ソイソーは剣で受け止めた。つまり、俺の肩を切り落とした……はずなのに、俺の肩は穴は空いていても、切り裂かれた跡は残っていなかった。
 そうか……あいつの刀は……


「伸縮自在、なのか……?」


 ロボのケアルビームを傷口に当てられながら、俺は歯を食いしばり呟いた。漫画や小説でしかない、魔力の篭った刀、ってことか……
 俺の呟きを耳ざとく拾い上げたソイソーは鍔迫り合いの状態から力任せに脱出し、嬉しそうに俺に語りかけた。


「御名答! これぞ俺の愛刀、持つ者から流れ込む魔力に応じてその刀身の長さを自在に操る魔刀よ! その名もソイソー刀!」


「……だっせえ……」


「ダサいですね……」


「ソイソー、貴様は相も変わらずネーミングセンスが無いな」


「……所詮、人間に俺の美学は分かりはしない」


 心なしか凹んだソイソーにカエルが躊躇無く切り込んだ。ソイソーも待っていたとばかりに応じ、剣戟の音が派手に響きあう。あのソイソーが選んだんだ、今までの手刀よりも強度、切れ味共に上回る代物なんだろう。さらにさっきまで有利だったリーチは逆転している。カエルも劣勢とは言わないが、その戦いは無手だった時と比べて拮抗している。……いや、もしかしたら、ソイソーが有利かもしれない。魔族という肉体の有利がある分、疲労の溜まるカエルでは時間が経つだけ不利になるのだから。


「……ロボ、もういいぞ。治療を止めてくれ」


「そんな! 肩を貫かれたんですよ、まだ治るわけないじゃないですか!」


「良いんだ、痛みが残ってないと、多分やる気が持続しない」


 そうだ、この痛みは教訓のようなもの。カエルに任せようという甘えや、勝てそうに無い相手には一歩引いて観察する、冷静とはまるで違う臆病を絶つための覚悟。
 ここは魔王城、ここに存在する百の魔物の一匹相手ですらまともに立ち会えば俺は負けるかもしれない。そんな奴らと戦うんだ、元々勝機なんて針の先も無い、ミクロ単位の希望だったはずなんだ。今更博打も打てないで、何故俺はここにいる? ここにいられる?


「……当たって砕けろ、なんて言わないけどさ、当たらないでいるのは何もしないのと同じだもんな」


 勇者様御一行だぜ? サポートくらいこなしてやるさ。


 ロボの治療を無理やり止めさせて、落ちた雷鳴剣の刀身を握る。指に食い込む刃の感覚が愛おしい。流れる血が、ようやくやる気になったかと叱咤しているようだ。
 雷鳴剣に流れる電流はまだ生きていた。そのうち半分を磁力に変換。威力は低くても、小手先のコントロールはルッカに次ぐ自信があった。


「ロボ、前にやったみたく、思いっきりレーザーを部屋中に散らばせてくれ。当てる必要は無い」


 仮に当たったとしても、あのソイソーの体に傷一つ付けられるとは思わないけれど。


「……分かりました。クロノさんの考えも。だけど、その雷鳴剣の破片を当てた所でソイソーにダメージがあるとは思えません」


「普通のやり方ならな。それと、お前の電力を借りていいか? 悲しいかな、俺だけの魔力じゃ出来そうにない」


 ロボが神妙に頷き、それで会話はお終い。後はロボの充電時間を待つのみとなった。
 俺の作戦が成功したとして、俺の右手が電力に耐えられず焼き焦げる可能性もある。失敗して怪我するだけの馬鹿になることも十二分に。そもそも、今は劣勢に見えても勝負は時の運、カエルがソイソーを倒してしまうかもしれない。でも逆だって有り得るんだ。何より、魔王を倒すってのに、中ボス相手に何も出来ないんじゃ話にならない。


「……クロノさん、充電完了です。クロノさんに電力を回しても、レーザーの広範囲放出は可能です」


「分かった。後は俺に電力を流す為に肩にでも手を置いてくれ」


「はい、分かりました」


 言うと、ロボは肩に手を置かず、俺の腰に後ろから手を回してきた。……こいつも、とことん人の言うことを無視するなあ。


「ロボ……」


「やめません。クロノさん、怖がりで面倒臭がりのくせに無茶するから、こうして僕が繋ぎ留めるんです。それと、こうしてると僕も安心するからです」


「……まあ、勝手にしろよ」


 こうなったのはむしろ良かったかもしれない。下手すれば、俺は後ろに吹っ飛ぶ可能性もあるんだ。この状態ならロボが支えになってくれるかもしれない。
 合図を決めて、ロボに発光目的のレーザーを放たせる。勿論、カエルにそのことを大声で伝えて。


「……全開! 全方位レーザー!!」


 言って、ロボがレーザーを両腕から発射する。上手い具合に俺に当たらないよう腕の外側からのみ太いレーザーを。殺傷目的で無いので当たった所で火傷が関の山の、中身の無いレーザー。キイン、と鼓膜に響く音が部屋の壁に反射して平衡感覚が狂っていく。


 ……光が消えて、部屋の中はまた暗闇が集まり郡を作る。目を開けると、ソイソーも目を閉じて網膜が焼かれることを避けていた。当然だろう、カエルに伝えたのだから、ソイソーもまた同じ行動を取るに違いない。


「……一瞬でいいんだ、お前のやたらと素早い動きを止められるなら」


 更に言えば、視認出来て、ソイソーの近くにカエルがいなければそれだけで良かった。今カエルはソイソーと距離を開けている。少なくとも、俺の攻撃に巻き込まれることが無い場所まで。


「……電磁気砲、とでも言うのかね」


 ロボの体内電力を借りて、雷鳴剣に与えた磁力と逆の磁力。くっつく性質ではなく離れる性質を掌に集める。簡単に言えば、雷鳴剣の刃にS極の性質を固定させ、掌にN極の性質を固定させた。
 当然刃は俺の掌から離れる為に飛んでいく。自然には生まれようの無い速さで。俺の魔力のほとんどを駆使しての発射。正確にソイソーへ飛んでいくよう、その道筋を形成する貯めに使う電力はロボから拝借した。
 磁気力というのは、何千トンのものすら浮かび上がらせるとルッカから聞いたことがある。魔力という超自然存在の力で生み出された力量は弾丸などというものでは計れない莫大な力を生み出す。


「ソイソー、テメエにこれが受け止められるかよ!」


 俺の発射した砲弾代わりの刃はその形を保てずすぐにボロボロに砕けただろう。何故確定ではないかといえば、飛んでいく様を見ることなど不可能だったからだ。俺の体はロボごと後ろに吹き飛んだし、仮に注視していても何かが通ったことすら、空間に漂う電流の光を見なければ理解できなかったはずだ。
 ……そう、人間ならば。


「……流石だな、人間。あれが当たれば流石の俺とてひとたまりも無かっただろう。……そう、当たれば、な」


 外法剣士ソイソーは、受け流すでもなく、耐えるでもなく、確かに避けた。雷光の速さを越えた、とでも言うように。


「見て避けたわけではない。貴様の殺気に応じて体を逸らしただけだ。さらに言えば、お前の技量不足も原因となるだろう。僅かだが、着弾点に誤りがあった。体の中心から右にずれていたぞ」


 余裕綽々という様子で講釈を垂れるソイソー。ソイソー刀の切っ先を俺に向けて固定する。お前のように、自分は外したりはしないというように。


「……だよなあ、いきなり俺みたいな凡人が必殺技を決めるなんて、似合わないよなぁ……」


「そう謙遜するな、貴様は良くやったさ。俺に冷や汗をかかせたのだ、浄土で誇るが良い」


「そりゃあ良いな、死んだときの楽しみが増えたってやつか? ……でもさ」


 まだ僅かに残っている魔力を操る為、発射の衝撃でボロボロになった右手を上げる。必殺技ってのは、必ず決めるから必殺技なんだ。


「……あんた程度のお墨付きじゃ、井戸端くらいしか盛り上がらねえよ」


 俺の雷鳴剣は、まだ死んでないんだから。
 床に散らばる、電磁気砲で砕けた雷鳴剣の欠片を魔力で操り、もう一度飛ばす。その欠片の数は七十から百を越える。
 勿論、そんなものではソイソーに傷を残せない。さっきの勢いも、今の魔力では作れない。けれど、スピードなんか不要。いくらお前の体が驚異的に丈夫だからって、弱点はあるんだから。


「……光が、浮かんでいく?」


 月光が照らす刃の欠片は、闇夜に浮かぶ星のように充満していた。そのどれもがソイソーを倒すには及ばないか細い力。けれど、確かに力なんだ。


「感動もんだろ? 弱くたって、集まれば強い、なんてさ。何処かの国のサーガみたいだ」


 浮かび上がった光はソイソーの周りに集まっていき、そして。


「!? 貴様ら、何処へ行った!?」


 ソイソーの、目を潰した。
 何も、刃を目に入れて直接的に潰したわけじゃあない。そもそも、潰したというのは比喩表現である。  
 電磁波。これもルッカの受け売りだが、電場と磁場の変化によって生まれた電磁波は、光を屈折させるらしい。今ソイソーは俺たちの姿だけが屈折現象により消えたように思い込んでいる。ロボの演算機能や電磁波の動きをモニターで見る機能を活用してそうなるよう磁場を形成した。俺の頭で複雑な計算は不可能である。しかし、鬱陶しいくらい聞かされたルッカの科学談義が役に立つとはな……
 つまりは、雷鳴剣の欠片は武器として使ったわけじゃない。電磁波の発生と増幅のために活用したのだ。
 恐慌したように俺たちを探すソイソー。俺もロボもその場を動いていない、というより痛みで動けないのに。
 ただ一人、この状況で動けるのは……


「終わりだソイソー。貴様が負けたのは……」


 高く、部屋の天井まで飛んだカエルが戦いの終わりを締めくくってくれる。


「俺の仲間を甘く見たから、だ」


 上段から迷いの無い振り下ろし。重力との相乗で、その威力は鋼の硬度を誇ったソイソーの体を難なく切り裂いた。


「あ、ガアアアアアアァ!!!」


 咆哮をあげて、俺の魔力が切れ、視界の戻ったソイソーは目をぎらつかし、カエルから距離を取った。……間違いなく絶命の一撃だったはずなのに、まだ動けるとは……そのしぶとさ、頑強さはビネガーの魔力と同じく、魔王を上回るのではないか?
 だが、それでももう闘うことなど不可能な筈。出血は止まることなく、肩から腰まで開かれた傷は治療魔法をかけつづけたとてそう治るものではない。


「……見事だグレン。そして赤髪の男に不可思議な力を持つ童よ……まさか俺が破れるとはな……」


 口から溢れ出す血を拭い、痛みの為曲がった背中を伸ばし、荒くなった息を気合で戻し、堂々たる態度で俺たちを見据えるソイソー。最初に不意打ちを仕掛けたり、外法剣士と言われていることからさぞ卑怯な男だろうと思っていたが、意外にもその姿は騎士のようにすら見えた。


「……全く、あの頃からそれほど強ければ、俺が求婚したものを……」


「ふざけるな。貴様も俺と同じ、剣に捧げた人生だろうが」


 ソイソーの投げやりとも思えるいきなりな告白に、カエルは一寸たりとも動じず、笑みすら見せて応えた。
 ……悪いけど、その前に俺の回復してくれないか? ロボもエネルギー切れでケアルビームも出せないんだから。


「剣に、か。……サイラスにだろう? グレンよ」


「……っ!?」


 ラブコメ展開は良いんだ。いいから早く俺に治療を頼む。あの気持ち悪いベロの感触も今だけなら我慢するから。というかポーションプリーズ。


「ククク……全く惜しい。……とはいえ、心残りは無い。負けたとはいえ、魔王様の為に散るのだから……」


 ソイソーは抜き身の刀を納め、それを床に置いて椅子の上に飛び乗り、姿を消していく。これが、魔族の死に方なのだろうか?
 何処か見送るつもりでそれを眺めていると、ソイソーがふいに俺を振り返り、口を開いた。


「そこの小僧、俺の刀をくれてやる。……見事だったぞ」


「……訂正するよ。あんたのお墨付きは、ありがたく貰っとく」


 最後に見たソイソーは、確かに笑っていた。心残りが、無いなら、俺に言える言葉はもう無い。


 魔王城に入り一時間弱。早くも俺たちは、その強大さをその身に刻むことになった。



[20619] 星は夢を見る必要は無い第十九話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e
Date: 2010/12/01 04:53
「譲れないの……私はクロノが好きだよ? そう、好きだからこそ、貴方を倒す!」


「いつの時代でも、ガルディア王家ってのは俺の邪魔をするみたいだな。その穢れた血、この俺が絶ってくれる」


 そうして俺は、ガルディア王家マールディア王女に魔刀を向けて切りかかった。





 時は戻り、ソイソーを倒して新しい武器を手にした時のこと。


「ク、ロノさん……もう充電が切れました。体内回路も焼き切れてますし、自己修復にもかなり時間がかかりそうです……」


 ロボが悔しそうにリタイアを宣言。見栄っ張りのロボが口にしたことを重く見た俺たちはメンバーチェンジを行うことにした。魔法が使えずとも多大な戦闘結果を挙げてくれたロボに感謝と、労りの言葉をかけて。
 時の最果てから交代で現れたのはマール。理由は怪我を負った俺に回復魔法をかけて欲しいから、という単純な理由。最初はカエルの舌で治癒を行ってもらおうかとも考えたが、何が起こるか分からない魔王城の中で長々と舐められているのは危険だと判断。カエルのベロで嬲られるのは勘弁だなあ、というのが本音。
 俺の尽きた魔力はエーテルを飲むことで回復。「俺とルッカを交代させればよろしいやん」という意見は無視。どんだけ俺を酷使させるんだよ、今まで休んだこと無いじゃねえか。冒険はトライアスロンじゃねえんだぞ。似たようなものかもしれないけど。


「はい、治療完了。……クロノって、生傷絶えないね。もうちょっと自分を労わらないと」


 マールのケアルで数分と経たず俺の肩や打撲は完治した。体を動かして、体操がてらに不調が無いか調べていると、マールが心配そうに声を掛けた。かなり真面目に気遣ってくれている顔なので、一つふざけてみる。


「労われるならそうするんだがな……どうにも、仲間たちが俺を休ませてくれないんだ。パーティー内暴力も無視できないし」


「アハハ……でもさ」


「でも?」


 言葉を継いで先を促せる。


「やっぱり、クロノが隣にいると安心するんだもん。戦うのが強いからってだけの理由じゃないよ。……心に芯があるっていうのかな」


 今一つ分からない理由だったけれど、純粋に褒めてくれているのだと分かり、照れてしまう。
 首を振って否定するも、マールはおろかカエルですら頷いているのでなんだか居心地が悪い。


「心に芯って……いやいや、よく分からないけどさ、多分根性があるとか、諦めないとか、そういうニュアンスなんだろ? それなら俺は全然だ。いつもびびってばっかだし、弱音なんかぼろぼろ吐いてる。ゼナン橋だって……」


 そこまで言って俺はゼナン橋のことはそう口にして良いものではない事を思い出し咄嗟に口を閉じる。まだマールが引きずっているかもしれないのに、なんて馬鹿。
 心配する俺を他所にマールは目を綻ばせて、そんな事無いよ、と否定を挟む。


「確かに、クロノは弱いかもしれない。根性とか、勇気とか、あんまり持ち合わせてないかもしれない。ゼナン橋の時だって、ね。……でも、」


 そこで一拍置いて、マールは胸に両手を当て、嬉しそうに目を閉じて口を開いた。


「いつでも、助けに来てくれたじゃない」


「……それは」


「クロノの芯はね、硬くないの。いつでもゆらゆら揺れて、まるで雑草みたい。ちょっとした風にも揺らいでしまう。でもね、絶対に折れないの、根っこから飛んでいかないの」


 なんだか照れくさいのは変わらないけど、こうまで言われると、その、嬉しかった。初めて、本当の意味でマールに褒められた気がする。ゼナン橋での願いが今叶ったのだ。


「クロノの芯は強くない。なのに、皆の為に頑張ってくれるから、私たちを守ってくれるから、私たちはクロノを信頼しちゃうんだ」


 勝手だよね、と舌を出してマールが埃を払いながら立ち上がる。ここで話は終わり、さあ行こう、と声を掛けて。
 後ろから見えるマールの頬は紅潮していたから、自分で言ってて恥ずかしくなったのかもしれない。それにつられて、俺の顔の熱がさらに高まった。……言い逃げは、ずるいだろうが。
 ちょっとしたロマンスを体感している最中、今まで頷くしかしていなかったカエルが俺に近づき、笑顔で語りかけた。


「うむ。お前は中々見所のある男だ。どうだろう、俺と共に王妃様をムハムハしたい会副会長になってみるのは」


「いつだってお前は汚れた存在だよ」


 日常という素晴らしい世界に戻った暁には、こういうゲテモノとは一切手を切ろう。それが俺の戦う目標。




 ちょっと甘酸っぱい一時と気が狂いそうな苛立ちの一瞬を終えて、俺たちは再度、右側の通路に向かうこととした。頭の頂点に大きなたんこぶを作ったカエルがシリアス顔で「恐らく、この先にはソイソーと同実力の魔法使い、空魔士マヨネーが待ち構えているはずだ、気を抜くなよ」と気の抜けそうな雰囲気で仰ってくれた。戦闘以外の場ではランプの中に入ってるみたいな便利機能をつけてくれれば俺はコイツのことが嫌いじゃないかもしれないのに。


 前回同様、遊ぼう遊ぼうと生気の無い目で呟く子供集団は無視。そのまま次の部屋へ。
 中に入ると、先程まではルッカがそこで俺たちを待っていたのに今度は現代のガルディア王が厳かな衣装を纏い立っていた。まあ、分かってたけれど魔物の扮装だろう、いくらなんでもここに現代の王様がいるなんて有り得ない。
 とはいえ、実の親の格好をした魔物とマールが戦えるのか……? と不安になっていると、マールは何の躊躇も無く偽王の脳天に弓矢を突き立てていた。びっくりして、「えへぇ!?」と取り乱してしまうのも仕方が無いことだろう。歴戦の勇士カエルですら戦慄の汗をだくだくと流していた。
 額を貫かれた偽王は元の姿に戻り醜い正体を現した。まあ、死んでたけど。
 マールに「……凄いな、マール」と引きつりそうな顔を必死に戻しつつ喋りかけると「えっへん!」だそうだ。ようやく分かった。マールは天然と計算とバイオレンスが同居した躊躇という文字を知らない女の子なのだ、キャラが掴めて良かったのか知らずにいたほうが平和なのか。


 続く王妃もカエルは物言わず瞬殺。これ以上王妃の姿を真似るなど、不敬にも程があるとの事。こいつらとなら、モラルの無い町でも生き抜くことが可能かもしれない。ロアナプラとか。
 さあて、問題は残る一人、俺の母さんを模倣した魔物だ。


「クロノ、お祭りから帰ってこないと思えば、こんな所にいたのね」


 ふざけた魔物だ、真似るならばせめて俺の母親の性格をきっちり把握してから出直して来いというのだ。温もり、慈愛、情、それら全てを抜き去り闘争心と略奪心と欲望のみを内に秘めるマイマザーが俺にそんな優しい言葉をかけるなど……


「そんな悪い子は、死になさい!」


 一際強く叫んだ後、辺りに魔物が数体現れ俺たちを囲む。宙を浮かぶ化け物や、大広間で戦った魔物たちがまた現れた。


「行くぞクロノ、例え母親の姿を真似ていたとしても、躊躇など微塵も残すな。肉親に手を上げるようで心苦しいかもしれんが、お前の母君はあのような暴言を」
「母さん!? まさか本当に母さんなのか!?」
「……うぉい」


 俺は手にした刀を落として思わず駆け寄る。後ろから「いやいやいや無いって無いって!」と止めるカエルを無視して、ちゃんと母さんの顔を見る。


「ああ、やっぱり母さんなのか? 俺を殺そうとするし、その人間離れした表情! 目が赤く充血しているのも口が割れて牙が鋭く尖ってるのも、母さんの心の内を表に出したとすれば納得だ。いや、むしろ今の顔の方が自然だ!」


 戸惑ったように「ギギ!?」と声を上げる母さん。やっぱり、その汚らしい声質ですらしっくり来る! きっと天変地異的な力を用いて時代を渡り群がる魔物を手先一つで追い払ってここまで来たんだ!


「ク、クロノ! そこ退いて! そいつ殺せない!」


「殺すだって? いくら人畜有害、全行動他者迷惑、悪食暴飲我侭天災の母さんでも、俺の肉親なんだぞ!? たった一人の家族なんだ、殺すとか言わずせめて止めは俺に刺させてくれてもいいじゃないか!」


「……ああ、頭が痛い。すまんがマール、回復魔法を頼んでいいか? 後状況を教えてくれ」


「かあさん、ほら立ってくれ! ていうかまた家の事放っぽりだしてきたのか? 回覧板を回すのが遅れて文句を言われるのは俺なのに!」


 それから事態の収拾がつくのに、ソイソーを倒した時間と同じ時間を費やした。






 周りに出現した魔物をカエルとマールが倒し、いつものように気の狂った母さんを俺が押し留めて、戦いは終わった。カエルが「分かれクロノ! そいつはお前の母君ではない!」と叫び母さんに肩から袈裟切りの刃の跡を残して。
 

「か……母さん、まさかあんたは、あんたこそが、本当の母さんだったのか?」


「ギ……ギイ」


 先程の戦いの最中、俺に攻撃しようとしてきた魔物を、母さんを守るため(止めは俺なので)体を張って守っている最中、そういった出来事が数回続き、いつか母さんの赤く輝いた目が元に戻っていった。
 ……そして、カエルに斬られるその瞬間、身を乗り出して盾になろうとした俺を押し飛ばして母さんは、酷い致命傷を負ってしまったのだ。
 ……本当の母さんならば、そんな自己犠牲精神を出すわけが無い。そんなことは分かっている。あいつはいざとなれば息子の俺を犠牲にして高笑いをするタイプだ。昔大地震の時小さな俺を頭に乗せて落下物を防いだことがある。
 だから、これは現代にいる母さんじゃない。……なら、もしかしたら、彼女はなんの間違いか中世に飛ばされた母さんの本当の心、それを具現化した存在なのでは……?


「いや、そんな面倒くさい設定は無いぞ」


「母さん! 貴方が、きっと貴方が俺の真の母親なんだ! 母さぁーん!!」


 後ろでカエルが訳の分からないことを抜かしているが、今正に母さんの命が散ろうとしているのだ。……例え、魔王を倒すために必要なこととは言え……これは、あんまりじゃないか!!
 大粒の涙を流す俺の顔に、暖かい温もりが触れた。それは、壊れ物を扱うように優しく、慎重に、死のうとしている母さんが俺の涙を拭ってくれたのだ。
 その顔はさっきまでの鬼の顔とは違う。慈悲と、俺に悲しむな、と告げるような綺麗な笑顔。あんたには、まだやることがあるんだろう? と背中を押してくれるような。


「ギギ……イ、キ、ロ」


「母さん? …………うわぁぁぁぁぁ!!!」


 慟哭の涙とは、悔恨の涙とは、決意とは。それらが均等に込められた塊が、俺の目からとめどなく流れていく。世界の音が聞こえない。今だけ、ほんの少しだけ、泣いていいのだと、母さんが力をくれたのではないだろうか?


「……この茶番はいつ終わるんだ」


「クロノ……辛かったよね……」


「そうか、そう見えるのは俺だけか。まいったな。もう俺一人で先に行っていいだろうか」


 俺の泣き叫ぶ声は、城中に流れた。時代を越えて、現代まで届けばいいのに。
 こうして、俺は母との別れを経験した。





 そうして今。二時間前に一度見た行き止まりに俺たちは辿り着くことができた。ソイソーの部屋と同じ、行き止まりの細長い部屋の奥に俺が倒した椅子が一つ。蝋燭の点っていない薄暗い部屋はむせるような魔力が漂っている。
 二時間前と違う決定的な相違点。それは、部屋の中央で待ちくたびれたというようにあくびをかみ殺す、ピンクの髪を後ろに縛った美しい女の姿。


「……ああ、来たのネー。あんまりにも遅いから仮眠でも取ろうと思ってたのネー」


「ああ。少々酷い馬鹿騒ぎがあったのでな。少々待たせたか、空魔士マヨネー! ……それにしても酷かった」


 妖艶な空気を作り出している女が流し目で俺たちを視線に入れて、余裕を見せる。それに犬歯を見せながらカエルが剣を抜いて応えた。馬鹿騒ぎ? ああ、お前が靴紐が解けたとか言い出した事な。確かに時間がかかった。十秒くらい。


 しかし今はどうでも良い。今の俺は母さん(両親ver1.0)を亡くして気が立っている。今すぐケリをつけて黙祷に励みたいのだから。


「本当は、影武者で力を試そうと思ってたんだけど、ソイソーを倒したならその必要は無いのネー。それに、あたいものんびりするのは飽きてきたし……ちょっと暴れたいのネー」


 不穏な言葉と共に、今まで霧散していたドロついた魔力がマヨネーの体に集まっていく。空間中に充満していた魔力全てがマヨネーの物という訳か……無造作に垂れ流していた分だけで優に俺の全魔力を超えている。魔力合戦では話にならないか……


「気をつけろ、空魔士マヨネーは見た限りの、ただの女ではない! 人心を惑わせることだけならば、魔王をもこえ」


「ああ? 今なんつった」


「……何?」


 一変。
 その言葉は今この時を表現するのに実に正しい、正しすぎる言葉だった。
 今までのらりくらりとした雰囲気のマヨネーが、カエルの話を遮り瞬く間に表情、魔力の質、闘気、全てが一変したのだ。表情は悪鬼羅刹の如く、顔面に力を入れて生まれた皺が幾筋も顔に刻まれ、魔力はドロドロとしたものから刺々しい針のようなものに。闘気は満遍なく殺気へと変貌する。その変わりようにはカエルですら驚き、つるりとした頭の天頂部から玉のような汗が零れ落ちた。


「今テメエ、あたいのこと女ではないっつったよな? そう言ったよな? 聞き間違いなら良いんだ聞き間違いなら。で、どうなんだ?」


「いや、確かにただの女ではないと言ったが……それが」


「どうせあたいは男だよ男女がっ! お前みたいな女だけど男の心を持ってるますー。みたいななんちゃって野郎が一番嫌いなんだよ! 何? 男ウケ狙ってるの? いつもは堂々としてるけどストレートな告白とか、ベッドに入った時の初々しい反応がたまらないみたいなギャップで男を誑かそうとしてんでしょ? あーあーいるわあんたみたいな性格不細工! あんたみたいな気取った奴が夜中にこそこそバストアップ体操なんかやって『やった! 一カップ上昇!』とか無駄な努力やってんだよ!」


 ダムの放水を見た事があるだろうか? 俺は無い。けれど、多分今目の前の光景がそれに酷似しているんじゃないかなぁとうっすら思った。
 マールはマヨネーのマシンガンどころか機関銃、いやさパニッシャートークに呆けて目を丸くしているし、カエルは言葉の集中豪雨に身を晒されて俺やっちゃったのか? と助けを求めて俺を見る。無理無理、俺ホモとオカマだけは無理なんだ。ほとんど同じだけどさ。


「お前あれだろ? 好きな奴を思い浮かべて○○○ーするタイプだろ!? 週五ペースとかだろ? 言い当てられてきょどったりするけどそれすら演技なんだろぉ! 良いか、世の中で一番純粋な女ってのはあたいみたいな遊んでそうに見える女なんだよっ! 私遊んでますよーみたいな鎧を纏ってそれでも自分を愛してくれる一途な王子様を待ってんだよっ! もしくは男と思ってたのに、女だったなんて! みたいな揺さぶりを仲間内にかけてコロッと騙してやろう的な魂胆なんだろうがこの○リ○ン!」


 こらこら、マールはまだ子供なんだからそういう過激な言葉は止めて貰えんかね。それからあたいみたいなって、あんた男なんだろうが、ちゃっかり偽るなよ、油断できないなあ。
 ただ今マールは話についていけず所々の分からない単語を俺に聞いてくる。興奮するっちゃあ興奮するけど、今この状況でそれは勘弁して欲しい。なんだろうな、この詰問される女子中学校男性教師みたいな感覚。
 カエルは傍目には冷静に見えるが、恐らく内心きょどっておられる。まあ、根も葉もないこと言われりゃあそうなるかもしらんが、勇者様なんだからそこはきちんとしてくれんかね。


「ちゅーかさ、そもそも今の男どもが騙されすぎなんだってそういうなんちゃって硬派女子に! 御淑やかに見えても夏休み明けには金貰ってギットギトのおっさん達に股を」


「あー! すいません、そろそろ話戻してもらって良いですか!? 多分カエルも反省したと思うんで!」


 泣き言は言わないという顔でマヨネーを凝視していたカエルだが、小さく「うう……」と辛そうに喉を鳴らしていたので多分やばかった。下手したら土下座しそうなくらい追い詰められていたかもしれない。ついでにマールの「ねえねえクロノ○○○○ってなーに?」という詰問が辛かった。無理のある企画ビデオみたいな事はされてる側はとても辛いということが分かった。知りたくも無かったけれど。


「ああん!? 何勝手に話に入り込んで……あらあ?」


 閻魔もかくや、という形相だったマヨネーが俺の顔を見た途端初対面時の営業面(笑顔)に戻った。……なんだろうか、この背中を走り抜ける悪寒は。そして胸を切りつける嫌な予感は。
 マヨネーはいやにクネクネと体を揺らしながら俺たち、というか俺に近づいてくる。当然警戒したカエルが剣を抜き牽制するが「引っ込んでろぶりっ子」の一言に退散、道を開ける。聞いたことねえよ、魔王を倒す勇者が敵の幹部に言われて道を譲るなんて。誇りも無ければ勇気も無い。
 俺まで目測二メートルまで歩いてきたマヨネーは何処か妖艶な目で俺をじろじろと、品定めをするように見つめてくる。もしかするともしかするのだろうか?


「あらいやよネー。いるじゃないのあたい好みの良い男が!」


「帰ります。従弟の犬が産気づいたとテレパシーがきたので」


「ユーモアとエスプリがきいた男は尚好みなのネー!」


 あきませんて。あきませんてこの展開は。確かにパーティー唯一の男なのに(ロボ? あれは男ではなくどっちつかずと言う)イッサイガッサイモテないからちょっとフラストレーションが溜まっていたのは認める。でもこれは無い無い。こんなのケーキを作るのに砂糖が無いからってガーリックを生クリームに入れるような暴挙じゃないか。


「カエル! 色々言われて凹んだのは分かるがそろそろ元に戻れ! マールも呆けてないで弓を構えろ! 今すぐこの化け物を退治しないと俺の貞操が危ないスペシャルがオンエアされる!」


 危険な展開になっていることを肌で感じた俺は正しい言葉を選べず訳の分からないことを口に出したが概ね理解はしてくれたはずだ。伝えたいことは一つ、助けて。
 胃の躍動が危険信号となって心臓の活性化を促し汗腺が刺激され体からサウナに入ったみたく汗がどぶどぶ流れていく。寒気か恐怖か歯はカタカタとリズムを刻み頭髪が立っていくのを頭でなく肌で感じる。考えるまでも無く理由は後者、汗をかいているのに寒いわけが無い。いや、気温は肌寒いのかもしれないが、とにかく理由はそれではない。この世で一番怖いのは死ではない、痛みではない。男としての尊厳が奪われることこそが真の恐怖なのだ。


「照れなくてもいいのネー。じっくりたっぷり舐ってあげるのネー」


「舐るとか言うなっ!」


 危険、危険、危険! 俺の頭の中で浮かぶたった二文字が落ち着きとか冷静とか平常心とかそれらの要素をかき消していく。消しゴムで消すとか、修正ペンでなぞるとか、そういった大人しいやり方じゃない。その上に墨汁をぶっかけて無かった事にするようなものだ。全部黒くなれば、それは元から黒いものだったのだと言わんばかりに。


「……舐る? クロノを、この男の人が?」


 今の今まで心が飛んでいったようにぼーっとしていたマールが極悪な変態の言葉を聞いて心を取り戻す。起きたかマール、とりあえず永久氷壁にでもこのカマ野郎を放り込んでくれ。ああ、氷の強度は黄金聖闘○数人どころか神にも砕けないように頼む。


 俺の願いを聞き届けたのか、マールはスタスタとマヨネーに近づいていく。弓を構えた様子は無いが、マールの内から漏れていくのは間違いなく闘志。……拳一つでも暴走マシンを砕いたマールのこと、ソイソー程の耐久力は無さそうなマヨネーの顔をばらっばらに四散させてくれるだろう。
 対するマヨネーもマールから湧き上がる気迫に目を細め、俺から注意を離す。マールの一挙一動を決して見逃さぬように、集中を切らすことなく。


「……えいは、良いの?」


「? よく聞こえないのネー。もっとはっきり喋りなさい」


 ぼそ、と呟いたマールに片眉を上げて再度問うマヨネー。そのやり取りを俺とカエルは唾を飲み込み見守る。マールが闘いの鐘を鳴らすその瞬間が、俺たちの同時攻撃の合図なのだから。
 カエルを目配せをして、俺が右から、カエルが左から切りかかるとアイコンタクト。正面はマールが陣取っている。僅か0.3秒の間マールがマヨネーを足止めすれば決着が着く。後ろに逃げてもカエルのバネからは逃げられまいし、空中に避けても俺のソイソー刀は獲物を逃がさず伸び続け、標的を串刺しにする。
 知らず刀を持つ手に力が入る。魔力を送り込む方法も何度か試してコツは掴んだ。この土壇場で失敗することは許されない。必ずあの気持ち悪い口意外に大きな風穴を空けてくれる!
 闘いの段取りを頭の中で構築し、マールの初撃を待つ。数分にも感じた長い時を終えて、マールがはっきりと、口を開いた。


「貴方がクロノを舐っている様は、撮影して良いの?」


 時が、止まった。


「……別に、いいのネー」


 呆気に取られたマヨネーは僅かの間を作り、マールの要望に了承を託した。真剣そのものだったマールの顔が崩れ、爆発した歓喜を抑えず顔を崩す。大げさに拳を握りガッツポーズを決めると、マールは高らかに宣言した。


「クロノ! 私は、今だけこの人の味方になる!」


「……この女、腐ってやがる……」


 腐女子とは、様々な目的を無視し、利害を忘れ、本分も良識も常識すら捨て去って生まれる反逆の使途である。






 そうして、冒頭に戻る。
 俺に拳を向けて薔薇の空間を創造しようと企む裏切り者に制裁を加えるべく俺はソイソー刀を野太刀の長さまで伸ばして横薙ぎに払う。クリーンヒットしてマールの体が両断されようと知ったことか。いいか? 俺は怒ってるんだぜ?
 俺の一太刀は難なくかわされ、追い討ちとして刀を伸ばし突きを試みたが弓で弾かれてそれも避けられる。かろうじて反撃はいなすことができたが、肉弾戦限定の身体能力ではマールに一日の長がある。距離を詰められれば中世の王妃との戦いと同じく、リーチの差という優位を崩され一撃で形勢を逆転される。
 状況が掴めないカエルとマヨネーは不承不承ながらも俺たちを忘れて互いに闘うことにしたようだ。しかし……


「なんであたいがあんたみたいな半端者と闘わなきゃいけないのネー。あっちの生意気そうな可愛い子ならまだしも、さっき言ったけれど、あたいはあんたみたいな奴が一番嫌いなのよネー。今すぐ元の姿に戻って性転換して、またカエルの姿に戻ればいいのネー。笑ってあげるから」


「お、俺は貴様の言うような人間ではないし、大体なんでそこまで遠回りしなければならんのだ!」


「その男言葉も今一つなりきれてないし、気持ち悪いのネー。どこの引用か知らないけど、さっさと泣きながら這い蹲ればいいのネー」


「こ、この言葉遣いはサイラスから教えてもらったもので……他意は……」


 どうにも闘いというよりは口喧嘩に様相は変化している。それも、カエルが押され気味のようだ。あんなに口の悪い相手と関わったことが無いのだろう、俺だってあんなやつと口撃しあって勝てる気がしない。王妃様以外では真面目でからかいやすいカエルでは勝てるわけが無いだろう。つまり……


「この勝負、俺とお前、どちらが勝つかで全てが決まるな……」


「そうだね、でもどの道私が勝つからその予想は無意味だよ」


 ソイソー戦にて傷を癒してもらった時の優しさは何処へやら。今ではマールは俺を甘美な世界(マールが勝手に思ってるだけだが)に誘おうとする悪の手先、北欧神話で言うロキのような極悪人である。悪は絶たねばならない。悪は斬らねばならない。悪は滅せねばならない。


「ほらほら、ぼーっとしてると凍っちゃうよ!」


 刀を構える隙も、ましてやソイソー刀に魔力を送る時間など作らせずにマールは辺り一体を氷付けにしていく。吹雪、氷雨、凍気を舞わせて攻防一体の攻めを乱舞する。腕一本を犠牲に特攻して切りかかっても、マールは魔力で自分の体に氷の鎧を造り傷一つ負わせることを許さない。対する俺は凍傷を抱えた左腕を押さえながら苦悶の声をあげる。
 最も、俺の呻き声ですら何かしらのスイッチがオンになったマールには興奮という薪をくべるだけの結果になり、よりハイテンションにアイスを放たせることとなった。仲間に対する遠慮なんか一片も無い。どこまで俺を攻め立てるのか。そして攻められる絵が見たいのか。


「くそ、無茶苦茶じゃねえかマール! 豹変にも程があるだろ!」


「あはは、女の子は二つの顔を持ってるんだよ、クロノには難しいかもしれないけどね!」


「二面性で済むか! お前こそ百面相の二つ名にふさわしいわ!」


 ノリノリで緩急付けず襲い掛かる氷岩に身を逸らしながら、カエルに助けを請おうと目を向ければ欝のように体を丸めたカエルの姿。……おかしいだろ、幾らなんでもおかしいだろそれは!? お前勇者だろ? 親友の仇を討ちに来たんだろうが! 哀愁漂わせて膝を抱えるのはおかしい!


「いっ、痛え!!」



 驚愕している俺の右太腿にマールの弓矢が突き刺さる。肉を掻き分け半ば以上入り込んだ矢じりが痛覚を起こして立つことを禁ずる。
 ……やっぱりおかしい。いくら頭がおかしい霊長類頭のマールだって、ここまでするか!? いつもはふざけててもあいつは仲間を思いやる事だけは忘れない奴だったじゃないか。恐らく多分希望的観測では!


「もう動けないねクロノ。大丈夫、きっと痛いことも忘れるくらい気持ち良くなれるよ……」


「ふざけろ……そういう危機はロボの専売特許だろうが……!」


 強く怨念を秘めた視線で睨み付けると、マールはありゃりゃ、と苦笑いを浮かべて頬を指先でかいた。続いて矢を背中から同時に三本取り出して、濁った眼差しを俺に返し、「じゃあ、しょうがないよねえ」とデッサンの狂ったような笑顔で口を開く。


「残った左足と両腕が動かなくなれば、大人しくなるかもね」


 笑う事すら武器に変えたマールに、俺は言葉を失う。もう、仲違いとか、趣味の押し付けなんて可愛いものじゃない。マールは俺を仲間以前に人間として認識しているのだろうか? マールはもう路傍の石、いや、命の有無を気にせず扱える実験動物として俺を眺めていた。
 マールが弓を引いて俺の右手目掛け矢を射る。甘んじて受ける気は無い、ソイソー刀を払い迫る危険を遮る。マールはちっ、と舌打ちを零した後、氷で出来た氷柱を三本作り打ち出して、俺の刀を奪う。掌に円形の空間を穿って。


「ぐっ……おいおい、マジで、洒落になってねえぞ……?」


「そりゃそうだよ、洒落じゃないもん」


 刀は無い、魔法を使っても氷の塊に遮られマールの意識を奪うことは出来ない。せめて氷が溶け出したなら、それに伝導するように電流を流せるのだが、魔力で作られた氷はそうそう溶かすことは出来ない。ルッカのように火炎を扱えるなら話は変わるのだが……
 飛ばされた刀を見やると、俺から約二メートル弱。足の動かない今の俺にとっては果てしない距離となる。何か方法は無いか、と辺りを見回す俺を「諦めが悪いなあクロノは」と笑いながらマールは足音を近づけて来る。


「はっ、絶対に折れないのが俺なんだろうが!」


 勿論強がり。皮肉のつもりでついさっき言ってくれた言葉をマールに返す。……本当に、ついさっきまであんなに俺を認めてくれてたのに、何処まで腐ってるんだっつの。


「そういえばそうだったね」
 もしくは
「ごめん、口からでまかせ言っただけなんだ」
 そんな言葉が返ってくると、俺は思っていた。見たくない笑顔を貼ったまま。
 それらの予想とはまるで違う、決定的な一言をマールは空虚な顔で口にした。


「何それ? そんな事言ったっけ?」


 ……忘れた? まさか、何度も言うけど、ついさっきなんだぞ? 戦闘を数回行ったからって、忘れる訳が無い。それとも、まるで記憶に残らないような、どうでもいい会話だったのか?
 違う。違うはずだ。あの時のマールの顔も、声も全部覚えてる。言い終わった後の恥ずかしそうに顔を逸らす動作だって、網膜に残って消えない。マールは心無い言葉でそんな風に感情が込められる人間じゃない。そんなに器用な人間じゃないんだ。
 倒れた人を見れば放って置けなくて、落ち込んだ人間を見れば励ましたくて、無謀だって分かってても他人の為に命を賭けてしまう、たかが一般人の俺の為に王女の地位を捨ててしまう、そんな女の子なんだから。


「そうか、俺はそんなに駄目な人間だったのか……もう死にたい。それが駄目ならいっそ開き直って媚キャラを確立してみようか……いや、きっと男に媚びる姿こそ本当の俺なのか……?」


「そうネー、ただ死ぬだけじゃ面白くないし、そうやってとち狂うのも悪くないかもネー」


「そうなのか……? よし、なら早速クロノで実践してみよう。いやしかし、カエルの姿でもあいつは嫌がらないだろうか?」


 もう一度カエルたちの会話に耳を向けると、同考えても有り得ない帰結と至った様子。いつもなら『カエルは極彩色の脳みそだから仕方ない』で納得するが、あいつは本当に危ない時はボケない筈だ。……筈だ。
 待てよ俺、落ち着け。あのカエルが魔族の言うことに真を受けてあそこまで腑抜けるか? なによりマールがここまでおかしくなるだろうか? 長い付き合いではないけれど、命を預けて背中を向き合わせてきた俺に、あのマールが?


────人心を惑わせる。
 マヨネーがぶち切れる寸前にカエルが教えてくれた一言。
 もし、あの時マヨネーが怒り出したのが演技だとしたら。言わせたくなかっただけじゃないのか? 自分の手口を。警戒させたくなかったんじゃないか? これからの戦いを。
 ……あの時ぶちぎれてやたらと口を動かしたのは俺たちの気を引き付けるものだとしたら。自分の魔法が完成するまでアクションを起こさせない虚偽の怒り。
 もしそうなら。いや、そうだろう。そうに違いない。今この瞬間、マヨネーからすれば隙だらけのカエルとマールを後ろから攻撃しないのは何故か? それは、わざわざ自分の操り人形を壊す理由が無いから。飽きたおもちゃは、使う必要が無くなったときに壊せ(コロセ)ばいいのだから。


「……そうだ、そうに違いない。でなきゃ、マールがこんなに不細工になるわきゃ無えよ」


「不細工? 酷いなあクロノ……そんな事言うなら、今すぐ殺しちゃおうかな? うん、そうしよう!」


「映画でも見ようみたいなノリで決めるなっつーの……」


 俺の独り言を聞きつけたマールが頭上に大きな氷塊を作り始める。大丈夫、むしろ鋭利な氷柱で脳天を狙われるよりずっと良い。死ぬのが確定でも、発動までに僅かな時間があるんだから。
 俺はソイソー刀の落ちている場所を探して、刃先が何処を向いているのか確認する。……駄目だ、角度が違う、このままではカエルに当たってしまう。
 すぐさま手の届く位置にある氷を握り、ソイソー刀に当てて角度を調整する。刃先が……マヨネーに向いた。離れた距離からソイソー刀に魔力を送るにはまず電力を伝導させなければならない。伝導するためには水が必要、いや、電気を通すもの。


「あるぜ、俺の手にたっぷりとな……」


 穴の空いた掌から溢れ出す血液、これを伝って、ソイソー刀に電流を送り込めば……


「伸縮自在、か。流石魔王幹部、便利なもん持ってるよな!」


 満遍なく血の通り道を作る必要は無い、これはコントロールの悪い俺の魔力を正確に刀に届かせる為の道標。……本当は、俺に魔力コントロールが備わってればこんな事しなくてもソイソー刀を伸ばせるんだけど……今更自分の力不足を嘆いても仕方ない。後は、サンダーを放てば、俺の思い通りになる筈だ。


「……なにをしようとしてるか分からないけど、無駄だよクロノ。もう出来上がったから」


 マールの声を聞き目を向けると、天井に届くかどうかという巨大な氷の塊。あれに押し潰されれば、人間の小さな体など蟻を潰すようにあっけなく散らばるだろう。純粋な魔力量なら、ルッカを超えるかもしれないな、マールは。


「そうか……そりゃ残念だな」


 何が残念って、そりゃああれだ。この戦いが終わった後マールの奴が自分を責めそうなことが残念だ。妙な所で頭が固いからな、塞ぎ込みそうで怖いぜ。


「まあ、よ、く、頑張った、よね。クロノ……に、して、は」


 途切れ途切れに言葉を繋ぐマールは、酷く歪な印象を作り出し、僅かに震えていた。寒さからか、我慢の果てに生まれたのか。


「そうだろ? 意外と頑張りやなんだよ俺は。マールがそう教えてくれたんだぜ」


 喋りながら、頭の中で魔力の構成を練る。あてずっぽで作り出したサンダーではソイソー刀に充分な魔力が通らずマヨネーに届かないかもしれない。……届いたとして、あいつのマールやカエルを惑わせる魔法が解けるかどうか分からないけれど、もし無理ならここでゲームオーバーだ。いざとなったらそんな風に諦められないだろうけどさ。


「じゃあね、クロノ。たの……し、かっ……」


「……無理に笑顔作るなよ、強く噛み過ぎて、歯茎から血が出てるぞ」


 マールの口橋から溢れる血の泡は、操られたマールの心が反発しているのか。瞳から漏れる涙は、もしかして俺の為に流してくれているのか。だとすれば、それだけでいい。俺の為に泣いてくれたなら、戦いが終わった後の謝罪はいらない。そういっても、マールは頭を下げるんだろうけど。出来れば、その時は泣いて欲しくないなあ。本当に、俺の願いは呆気なく散るものなんだ。


「……どうなるかは分からねえけど、一矢報いるのが男だよな。……目ん玉開けよ、オカマ野郎!」


 俺の体中の痛みと、マールの悔しさを乗せて電流が蛇のようにのたうち回り、血の筋道を伝ってソイソー刀に魔力が灯った。
 伸びろ、床に置いままじゃ致命傷にはならないだろうけど、少しでも気がそれたなら、ほんの少し魔力が途切れたなら……アイツが終わらせてくれる。


「もう飽きたのネー。そろそろあんたも死んで……!?」


 無様に這い蹲るカエルに、右手に宿った魔力の炎をかざしたマヨネーが驚いて言葉を切る。そりゃあそうさ、自分の足元に刃が近づいてきたんだ。例え当たっても死なないとはいえ、急な出来事に心を奪われない訳が無い!


「……こんなの、無駄なのネー!」


 左手に生んだ氷の魔法で剣先を凍らせて刀の進行を止める。その速さは瞬き以下の速さ。流石、魔王軍随一の空魔士様、魔法発動に淀みは無く俺が幾ら魔力を送ってもソイソー刀はピクリとも動かなくなった。魔力を送る機能か、伸縮機能を停止させたのだろう。凍らされただけでは魔刀たるソイソー刀が止まる筈が無い。一つの魔法にそこまでの能力を付加させるとは、並みの魔法使いでは到底及ばないキャパシティ、いや、心底尊敬するよ。でも、


「俺たちの勝ちだ、マヨネー」


 今の台詞は、俺が放ったものではない。
 その声の主は、今の今まで頭を床に付けて負の言葉を呟いていたカエルのもの。一瞬の気の緩みでほんの僅かに弱まったマヨネーの呪縛から解けた、勇者の勝利宣言。
 止めを刺そうと近寄っていたマヨネーに鞘から抜き出したグランドリオンの、閃光のような切り払いは、マヨネーの体に真一文字の切り傷を残した。


「……え? 嘘」


 信じられないという顔で自分の傷とカエルとを見比べる。自分がやられるなどと、夢にも思っていなかったのだろう。夢の中にいるのではないかと疑うようにふらふらとおぼつかない足取りで倒れた椅子の足に腰を据え、傷の部分に手を当てた。


「熱い、熱い……嘘、あたい、負けた? もう勝負は決まってたのに? あんな坊やの悪あがきが原因で?」


 こめかみを震わせて、自分の敗因を探るマヨネーをカエルは静かに、見下すように冷たい目線を投げた。


「坊や? ……アイツは戦士だ。誰よりも頼れる、本当の、な」


「嫌……嫌……魔王様ァァァーーー!!!!!」


 断末魔を俺たちに聞かせて、マヨネーは白い光となり魔王城の暗闇から姿を消した……







 星は夢を見る必要は無い
 第十九話 魔王の真髄







 満身創痍の俺を治療してくれたのはカエルだった。その際はベロによる治療ではなく、ウォーターと同じく覚えた回復魔法、ヒールによるものだった。治癒増幅の効果を持つ水をばら撒きそれに触れたものの体力と傷を癒してくれる、今までに無い全体回復魔法。いやはや、勇者様は庶民の覚えるものとは格が違うね。嫉妬で茶が沸きそうだ。


 マールについてだが、彼女はマヨネーが倒れた瞬間意識を失い(それと同時に巨大氷塊も消えた)倒れた。仮に目覚めても戦闘続行は困難だろうというカエルの言葉にメンバーチェンジ、ルッカをパーティーに加えることに。
 先程の戦いの真相をカエルの口から教えてもらった。説明すると、カエルとマールはやはり操られていたそうだ。空魔士マヨネーの十八番、テンプテーション。正常な判断を狂わせ、徐々に自分の思う通りに操るという趣味の悪いものだったらしい。
 万能に見えるその魔法の弱点は一つ、マヨネー自信が気になる男性には効果が無いということ。その為過去サイラスと戦った時も、勇者サイラスには効かず、退散したそうな。……つまり俺のことを可愛いとかぬかしてたのはマジだったという事実が分かっただけ。聞かなければ良かった、なんて逃げに過ぎない。だから俺は聞いたけど忘れることにする。二、三日は夢に見るかも知らん。


「ところでさ、カエルは媚キャラなのか?」


「すまないが、テンプテーションにかかっている最中の記憶は無いんだ」


 すぐさま俺の言ったことを理解した時点で覚えがあるんだろうが、と突っ込むのは容易い。しかし、さっき危機一髪で俺を助けてくれたことの恩を使って苛めるのはやめてやろう。何よりそんなことに体力を消費したくない。連戦に継ぐ連戦で熱が出そうだ。ちなみに俺が前に熱を出したのはルッカの実験以来。あいつがいなければ俺は健康優良児として生きていけた。
 しかし、カエルの言葉からマヨネーに操られていた間の記憶はハッキリと覚えているのかは謎だが、多少なりとも残っているのが確定した。マールが気にしなければいいのだが……


「……優しいのね、敵の魔法にかかってたからって、あんたボロボロにされて殺されかけたのよ?」


「別にいいよ。命張って戦うんだ、そういうことだってあるさ。……ルッカ、未来の時みたくマールを責めるなよ」


「心得てるわ、あの子は誰よりも自分で自分を責める子だって分かったから」


 肩を落とし、「やれやれ、可愛い子には甘いんだから……」と口を尖らせルッカが会話を終わらせる。続けて「それにしても、」と新たに話し出すルッカの目はもうこれからの事を見据えていた。


「これからが思いやられるわね……中ボス二体を倒して、まだビネガーと魔王が残ってるのに、クロノは全快には程遠い状態で、ロボとマールは戦闘不能。メンバーチェンジは無理……と。一度引き返したい所だけど……」


「不可能だな、魔王城は一度入れば全ての出口が封鎖され結界が施される。グランドリオンとて、その結界を破れるかどうか……万一破れたとしても、恐らく罅の一つや二つではすまんぞ」


 苦い顔でカエルの予想を受け止めるルッカ。つまるところ、逃げ道は無く、あるのは前進あるのみってことか。いわゆるファイナルファイト、ハガー市長が一番強いあれだ。


「まあ、なるようになるさ。カエルとルッカが頑張れば」


「あんたも戦力に数えてるんだから、自分は後方待機なんて思わないことね」


 ソイソー戦に続きマヨネー戦でも大怪我を負った俺を労わる発言は無い。労働基準法違反なんてものじゃないな。アラブの兵隊さんみたいな扱いをしやがる。ユニセ○は今窮地に陥っている俺を助けてはくれない。それでも、世界は回っているのが不平等というかなんというか。


「悪いなクロノ、お前が抜ければ魔王を討つことが出来そうに無い。頼ってもいいか?」


「……良いけどさ。俺を頼りにすると悪い目が出るぜ? 賭け相撲で俺に賭けた奴は例外なく破産してるんだから」


 ふと昔を思い出して軽口を叩いてみるも、ルッカもカエルも声を出して笑ってくれないのが不安だった。いや、俺は駄目だよ。俺を頼れるナイスガイだと持ち上げたら良いことないんだから、本当に。





 こうして左右の長い通路を突破して魔王軍幹部を二人撃破したわけだが……考えてみるともう先に進む場所が無い。どうしようもない怒りをちびちびカエルを苛めながら、なおかつ俺がルッカに苛められながら時間が過ぎる。因果応報とは真理なのだよワトソン。
 さあてどうしたものかなと悩みながら一同は大広間に戻ることにした。途中でまた子供たちが「遊ぼう……」と誘ってきたが、「子供は寝なさい」というルッカの発言に数回頷きその姿を消した。結局、あの子供たちが魔物なのかどうか分からないまま、という解けない謎を残すことになった。あれだよ、展開を作るのが面倒になった漫画家がセカイ系に逃げたときのモヤモヤ感。一歩違えば独特の空気を作り出す名作家に成り得たのに惜しい、という作品は吐いて捨てる程ある。
 そうして大広間に戻ると、時の最果てにあった光の柱似た、光の粒が大窓の前に湧き上がっていた。
 敵の罠かもしれない、というルッカとカエルの言を無視して俺は光の流れ、その中に飛び込む。仮に罠だとしても延々こんな薄暗くて埃臭い城を右往左往するのはごめんだ、服のクリーニング代だって安くないんだから。母さんは俺のことに関してはお金をくれないんだから。かろうじてあいつが俺にくれたものは虫歯になった時に渡してくれた保険書くらいのものだから。治療費は子供ながら自分で稼いだ。というか、同情してくれた近所のおばさんがくれた。
 光に飛び込んだ先の光景は今までいた大広間とは全く違う風景。長方形の長い部屋に座り込んでいた。やはり時の最果てと同じ、何処かにワープさせる代物だったようだ。


「よくやったクロノ。だが何の準備も無く走り出したのは減点だ!」


 剣を振るい続けて鍛えられた腕で俺にハンセンラリアットを行使するカエル。声帯に異常ができたらどうするのか尋問したいけれど、ルッカも俺を睨んでいるのでここは大人しくしておく。数の暴力には勝てない。一対一なら勝てるのか? と聞く人間と俺は友達になりたくない。正論は時に友情を遠ざける。


「マヨネーとソイソーを倒すまで現れなかった事を見ると、あの光の流れはあいつら二人が封印していたのかもしれないな……二人を倒したことで道が開かれたか」


「限定的にとはいえ、人造で瞬間移動ゲートを作るなんて流石は魔族ってところかしら?」


「もういいよそんなこと。良いから早く行かないか? 俺トイレ行きたくなってきた」


「我慢なさい。最悪その辺の柱の影で出しなさい」


「それでもいいならそうするが、その前に紙をくれ」


「大の方なら気合で我慢なさい!」


 理不尽だ、生理現象は忍耐力でカバー出来るほど生易しいものではないのに。そして我慢しすぎると肌が荒れる原因になるのに。女の身でありながらそんな基本美容法も知らないのか? この俺、クロノは毎晩化粧水を使うのを忘れない。お陰でもっちもちの肌で赤子肌のクロノとトルース界隈のおばさんたちから尊敬の目で見られているのだ。ファンデーションは使ってません。


 ルッカに懇切丁寧にお肌の手入れ方法を教えてやろうと思い、胸ポケットに常備している『クロノお手入れグッズ・携帯用』を取り出してやると有無を言わさず撃ちぬかれた。これで二か月分の給料がパーだ! かっけえ!
 悲しげに香水を入れていた瓶を拾い集めていると、カエルが「なんだその液体は? 鼻が曲がりそうな臭いだ」と顔をしかませた。一応コレ、売り上げナンバーワンの香水なんだけど……ああ、こいつ硬派っていうより田舎者なんだな。謎が解けていく。コナン・ドイルのように。


「あああ……コレ一つでポーション二十個分の値段なのに……」


「だったらポーション買いなさいよ……アホ臭い」


 今言うことじゃないかもしれないが、ルッカはこういったお洒落関係のアイテムを蔑ろにしすぎる。マールだって蔑ろにするというか、興味が無い。カエルはそれ以前。俺がショッピングを楽しめる相手はロボしかいないのか? 今度古着屋を回る時はロボを誘うことにしよう。そうしよう。


 と、脱線が過ぎたところで魔王城探索を再開。落ち込んだ俺を鼻をつまみながら励ますカエルの存在がまことしやかにうっとうしい。このうっとうしさを表現するならあれだ、ザボ○ラのよう、というのが近いんじゃなかろうか。いつかコイツの部屋でアロマ香を五種類くらい同時に焚いてやる。蜘蛛を散らすように家を飛び出せばいいんだ。
 ぬるい歩調で前を歩くカエルとルッカについていきながら、部屋を見回すとやっぱり趣味が悪い。大広間で置かれていた燭台は無く、その代わりに甲冑と牙を見せ付けた、翼のある化け物の石像が隣り合わせに置かれている。
 とはいえ、壁に火のついた蝋燭が設置されているのは嬉しい。視界良好とは言わないが、壁際に明かりがあれば、暗がりから魔物が襲い掛かってきても意表を突かれることなく対処が可能だからだ。


「場所の把握もいいがクロノ、残る魔王軍幹部のお出ましだ」


 カエルの緊迫感の滲む声に振り向き、指差す方向を見れば、高密度の魔力の為か、蜃気楼のように歪む視界の奥に皺の少ない大仰なローブで緑の肌を覆う鯰親父、ビネガーが俺たちを見据えていた。


「ソイソーとマヨネーを倒しここまで来るとは……彼奴らも鈍ったか?」


 ゼナン橋で見せたコミカルな言動はなりを潜め、内には凶悪な気迫を込めた眼光が暗い室内を彷徨うことなく俺たちを捉えていた。侮る無かれ、奴はたった一人で王国騎士団を相手取り……そう、ヤクラを殺したのだ。


「ある意味、こいつとマールが会わなくて正解かもな」


「そうかもね。あの子があいつの姿を見たら考え無しに突っ込んで行きそうだもの」


 が、俺たちも内心穏やかとは言えない。正直俺だってようやくビネガーを斬れると、心は猛っているのだから。
 それをしないのは偏にカエルのお陰だろう。俺たちよりもずっとビネガーを恨んでいるカエルが取り乱さず相手の出を伺っているのだから。


「次は貴様だビネガー。最後は魔王軍幹部の誇りを持って、散れ」


 剣を腰の後ろに回し、渾身の抜き払いを当てようと構えるカエル。遅れながら俺たちも剣を抜き、銃を構えるが、ビネガーは高笑いをするのみ。……ただ、その余裕が不気味に映り、俺たちの背中を引っ張ってしまう。
 もう少しの切っ掛けがあれば、いつでも飛び出せる覚悟が出来たというのに、その一押しが現れない、作れない。息を吸うのも苦労するその場で動いたのは、ビネガーの口。厳かに、けれど大きくは無い声量でビネガーはこの場の空気を変えた。


「ビネガー、ピーンチ」


 あくまでも、真顔である。真顔での一言である。朝食の和気藹々とした場で告げられるお父さんの「あ、そういえばパパ、昨日リストラされたから」みたいなもんである。朝のホームルームで先生が「今日の体育が中止の代わりに今から皆で殺し合いをしてもらうぞー」と近いものがある。葬式の相談を坊さんとしているのに大黒柱の長兄が「ところで、通夜に出すお寿司はわさび抜きがいいんですが……」と弟妹たちの泣いている前で宣言するのに……もうやめよう。
 とにもかくにも、俺たちが拍子抜けして構えを解いたのも納得できるだろう。ビネガーは一瞬の隙……いや多分放心時間はもう少しあったと思うが……を突いて逃走した。そりゃあもう、走るのに邪魔なローブの裾を持ち上げながら風呂場で火事に気づいた爺さんのように、みっともなさを前面に押し出して。


「ああ、そういうことしていいんだ。俺、魔王城だから流石にふざけるのはやめようと思って我慢してたけど、別にちゃらけてもいいんだ?」


「今この場でなんちゃって行動を取ってみろ。誰とは言わぬ、俺が貴様を狩るぞクロノ……」


「もう無理だよ。この空気を元に戻すにはどこかで編集点を作ってカットする以外ないよ」


 分かった事がある。この世界でまともな老人はいない、ということ。老人ほど無茶をする奴はいないということ。流石、年金を馬鹿ほど貰っている人種は違う。特に政治に近い人たち。


「魔王城の戦いって、激しいものだと思ってたんだけどこんなもんなんだ?」


「違う! さっきまでは、少なくともソイソーとマヨネーと戦っているときは手に汗握る男の戦いで……ああ! どうしてくれるクロノ!」


 折角格好つけて挑んだ魔王城の戦いがコメディになるのが耐え切れないカエルはぼんやりしたルッカの一言に噛み付き、巡り巡って俺に怒りをぶつける。このパーティーは理不尽な事態に陥ると俺に当たるという悪癖が形成されつつある。教えておいてやるが、男の子だって泣く時は泣くんだ、あまり俺に精神的負荷を与え続けるととんでもないことになるぞ? 膝を抱えて泣くぞ?






 てんやわんや、という言葉を知っているだろうか? それからの俺たちは正にそれだった。
 魔王城の奥に進むたびにビネガーは直接対決を避けて陰湿な罠を仕掛けていった。
 例えば、狭い通路にぶら下がっているギロチンを遠隔操作で落として攻撃してきたり、(ここでルッカが苛々を募らせ始めた)魔王城の生活で溜まったのだろう生ごみを階段の上から投げてきたり、(ここでカエル二度目の爆発、俺が嘔吐したところで進行再開)落とし穴を設置した部屋で俺たちの行く手を遮ったり、(そこでルッカも爆発、便乗してカエルも俺に当り散らし出したのは目を見張った。二人は俺が泣くまで殴るのをやめなかった)大部屋で急遽作ったのか大変出来の悪いモンスターキャバクラに俺たちを誘い込んだりした(ルッカの投げたナパームボム一つで歌舞○町ナンバーワンの夢たちが消えていった)。


「やばいわ、これじゃ流石に持たないわよ。主にクロノの体が」


「確かに、いつ壊れたとておかしくはないな……主にクロノの心が」


「俺、現代に帰ったらハローワークに行こうと思うんだ。どんなブラックでも生きていける気がする」


 月給十五万くらいで全然良い。なんなら時給二百五十円でもやってやる。ふとした拍子に殴られて文句を言えば燃やされる職場でなければどんなところでも天国なんだ。頭のさびしい上司の愚痴なんか二時間三時間優に聞いていられる。未来は俺の手の中には無い。
 俺が練炭を買うべきか悩みだした頃かなあ、ようやくビネガーを追い詰めたのは。どうでもいいけど、天国では人は人を殴ったりしないのだろうか? もしそうなら俺は切符を買う。むしろ指定席で飛んでいくのに。


「来たか……」


「『来たか……』じゃねえよ。てめえの意味深な台詞には飽き飽きだ。お前のせいで俺は生きる希望を失いだした、償え」


「正直、貴様の待遇には同情するがワシとてやられとうない。痛いのは歯医者だけで充分なのだからなっ!」


 えらく可愛い思考回路だが、仮にあいつの正体が銀河アイドルで、緑色の肌と顔はボディースーツによるものと言われようが、顔ぱんっぱんにしてやるという俺の目的は変わらない。誤差修正は一ミリも無い。


「グゲゲ……とはいえ、確かに貴様らはよくやった。だが遅かったな、もう魔王様の儀式は終わる……ラヴォス神を呼び出しておるわ!」


 あくどい顔を晒し、ビネガーはタイムリミットを過ぎた、と伝える。ああ、そういえばラヴォスを呼ぶ儀式を止めるのが目的だったっけね。忘れてたよ、だってどうでもいいんだもん。今はお前を殴りたい、蹴りたい。蹴りたい顔面という本を出版したいくらいに。


「やられはせん……やられはせんぞ! わしのバリアーはどんなものでも」


 この辺りだったかなあ、ルッカのハンマーがビネガーに当たって、その後俺が窓から突き落としたのは。
 そういえば、ビネガーってどんな戦い方をするんだろう? と疑問に思ったのは二十分後のことだった。


 それから、大広間と同じくワープポイントがあったのだが、そこに入る前に各々の体力回復を図ることにした。ルッカはともかく俺とカエルはまだソイソー、マヨネーとの戦いの疲れが色濃く残っている。カエルが持っていた一時休憩用アイテム『シェルター』を使い消耗した体力、魔力の回復に勤しむ。なんせ、これから魔王と戦うのだ。万全の準備をしておくことは間違いじゃない。


「ねえカエル。魔王ってどんな戦い方をするの?」


「そういやお前は魔王と戦ったことがあるんだよな」


 ルッカがこれからの戦いに備えて魔王の攻撃パターンや魔法をカエルから聞き出そうとする。俺も興味がある。正直ビネガーみたくやる気の無い豚野郎ならその情報は無駄になるが、それは甘い期待だろう。多分。
 剣を研いでいたカエルはその腕を止めてルッカの言葉を噛み砕くようにじっくりと吟味して、思い出しながら答えを出す。


「どんな戦い方……か。武器なら分かる、身の丈を超える大鎌だ。魔法の種類は氷、炎、雷……確か、天というのか? それにスペッキオの言うところの冥を扱う。しかし、戦い方は分からない。というよりも……そう、全てだ」


「全て?」


「そう、全て。肉弾も、武器を扱うことも、魔力を操ることも、地形を変えて、天候を意のままに、感情を操作して、必ず屠る。あいつを何かの予想に当てはめて相手取ろうとするな。常識など無い……グランドリオンですら、奴を貫けるのか確信は無いのだから」


 剣を研ぐ手を再び動かして会話が終わる。ルッカも気を引き締めたように頬をはたいて手からを炎を出しては消してを繰り返し魔力量とコントロール力の再確認を始めた。俺は……これといって何もすることはなくぼーっと二人の作業を見守った。


「あのさ……考えてみれば、これで俺たちの旅は終わるんだよな?」


 沈黙を嫌ったわけではないが、何となく思った事を口にする。言葉は緩いスピードで泳ぎ始め、二人に到達する。


「そう……ね。ラヴォスを蘇らせた魔王を倒したなら、未来は救われるんだもの」


「そうか……いや、別に感傷に浸ってるわけじゃないぜ? ただぼんやり思っただけだ」


 手を振って、ここで終わりと伝える。カエルもルッカも気にした様子は無く、また戦闘の前準備に戻った。
 そうだ、感傷なんかじゃない。そんなものは持ってないし、それを感じるのはロボかマールだけだ。
 短くも長くもなかったこの旅の終焉。ただ、一つの不安があるとすれば……


「実感は、無いよな」


 そんなもの、何の根拠も無いのだから、いちいち二人に聞かせないよう、小さく呟いた。






 ワープゾーンの先には、ただただ長い下り階段。天井の見えない暗闇から数十以上の蝙蝠が下りてくるが、自分から襲い掛かることは無い。贄を待つようなその在りように、寒気が這い上がり首元まで侵食する。それが、階下から上る冷気のせいだと気づくのは、カエルが俺の肩を叩いた時だった。


「……俺は、どうあっても魔王を討つ。それだけが俺の生き甲斐となったから、な。でも、お前達は違う。そうだろう?」


 少し痛いくらい俺の肩を握るカエルはほんの少しだけ申し訳なさそうにしていた。もしかしたら、自分の復讐に似た今回の戦いに巻き込んでしまったと思っているのだろうか? だとしたら、とんでもない思い違いなのに。


「だから……生き延びろ。何が何でも、な」


 ……思い違いなのに、その重い期待に俺は何も言えなくなってしまった。
 星の運命が、決まる。






「ダ・ズマ・ラフア・ロウ・ライア……」


 階段を下りきり、錆び付いた扉を開いた先。床に立たされた蝋燭が、中を歩く度に侵入者を歓迎して火を灯す。響く声は低く擦れたように流れ、歓喜。その対極の感情を否応無く俺たちに植え付ける。
 室内は蝋燭以外何も置かれておらず、寂しい光景と言えるだろうに、何故だか猥雑な印象を受ける。それは、この空間に充満する、言ってみれば魔の気配から来るものだろうか?
 紫煙のくゆる空気は喉にはりつき、それでも不快とは一概に言えないこの矛盾。有り得ない心象を刻むこの揺さぶりは、意図されたものなのか、それとも、この矛盾こそ魔王の放つ気配なのか。


「リズ・マルア・サバギ・テニアラ・ドウ……」


 蝋燭の置かれた位置は来訪するものをこの城の主に案内する。風に揺られても灯火を絶やすことの無い炎は力強さよりも無機質さが際立ち、火の概念にすら不安を覚えさせる。


「紡がれよ、天と地の狭間に……」


 カエルもルッカも、そして俺も。左右の暗闇から魔物が襲ってくるのでは、と不安に思うことは無い。何故なら、今ここで呪を唱えているものに、護衛の類は不要なのだから。魔を司るとはすなわち死を司るということ。それはきっと魔物のみでありながら平等に与えられる。具現化した死に守りなどいらないだろう。


「この、大地の命と引き換えに……!」


 部屋に敷き詰められた蝋燭が、明かりを引き連れて一斉に姿を現す。
 ……見えたのは、異形の顔を持つ人間の像。大きさは部屋の天井に頭がついていることから、五メートル前後。
 奇怪な文様の魔方陣。赤い線は鉄の匂いが含まれている、予想だが、血液を使用していると思う。
 青い、長い髪。黒いローブ。分厚い皮の靴と手袋。……特に珍しいものではないその人間こそ、異様に存在感を放ち、呼吸を忘れさせた。


「……魔王……っ!」


 動いたのはカエル。いやそれでは少し間違っている。動けたのが、カエルなのだ。


「……いつかのカエル、か。どうだ、その後は?」


 呪文を止めて、魔王は広げていた両手を戻しこちらを一瞥もせず応えた。


「感謝しているぜ……こんな姿だからこそ」


 鞘を放り、高らかに剣を掲げて、右手で握り魔王の背中に向ける。その切っ先に、殺意と想いを乗せて。


「ほう、貴様がグランドリオンを……なるほど、道理で。……だが、今度は他の者が足手まといにならねばいいが……な」


 ひゅおお……と、風も無いのに、風音が耳を通る。肌には感じないその風は、悲しそうに、誰かの嘆きのように胸を締め付け離さない。
 その嘆きは、その内容は、なんだったのだろう? 嘆願? 悲鳴? 悔恨? 憤怒? 感傷恋慕快楽贖罪懺悔憐憫情熱狂気嫉妬絶望?


「黒い風がまた泣き始めた……よかろう、かかって来い」


 きっとそれは、


「死の覚悟が出来たならな」


 生人を誘う、死人の咆哮。





 三者同時に足を動かし、魔王を支点に囲む。動いた! この魔王城に来て一番自分を褒めたいところだ。あの尖り狙う殺気の渦から抜け出せたのだから。
 ルッカは早くも魔法の詠唱を開始する。カエルも同じく印を組み最高の魔力構成を作り出した。俺はソイソー刀を刺突に構えて魔力を送り、剣を伸ばそうとする。魔王はまだ動かない。全員の同時攻撃準備が六割、いや八割を終えたこの瞬間になんのアクションも無い。


「燃えろ」


「……え?」


 油断は無かった。あらゆる瞬間で魔王の動きを見逃さないように集中は怠っていない。瞬きすら死に直結するかも、とまで目を見開いていた。そこが間違いだった。死に直結するかも、ではない。繋がるのだ、それはもう、酷く密接に。
 魔王の『燃えろ』。ただその一言で俺たちは地に伏せることとなった。
 魔王を軸に広がる円状の炎の壁。恐らくそういったものだったと思う。一瞬炎の舌が魔王の足元で発生し、次の瞬間には俺たちは炎の中に身を投じていたのだから。


「か……はあっ!」


 磁力全開、それにより浮かべた石の床でかろうじて防御した俺は喉にダメージを負ったが、まだ体は動いた。かろうじては、という程度ではあるが。
 一度倒れたカエルも詠唱破棄したウォーターでダメージを軽減。ルッカは同じ火属性だったことが幸いし、爆風に投げ出された体を起こした。


「ほう、立てるか女。それなら」


 魔王が指を鳴らした瞬間、ルッカの悲鳴が一瞬聞こえて、その体を見失った。黒い半円の幕がルッカを包んだのだ。天頂から徐々に幕は削がれていき、残った場所には無残にへこんだ床と、ルッカが体中から血を流し気を失っている姿。


「……! ルッカ!」


 嗄れた声で呼びかけて動かなかった体にむりやり力を入れて走り出す。制止するカエルの声を振り切って近づく俺を、氷のような目で見つめる魔王が掌を突き出した。
 瞬間、俺の腹に練りこまれた円柱状の電撃の柱。俺が天属性だから体は繋がっている……もし、俺が火属性や氷属性なら、上半身が蒸発したか、遠く後ろに放り出されただろう。


「くっは……! ……まだ、まだ動ける!」


「随分と頑丈なのだな、いや貴様らも魔法を使えたか。ならば相性が良かったに過ぎん、か」


 歯を食いしばりもう一度駆け出す俺に魔王は一瞬感嘆の声を上げ、すぐにタネを理解する。足をふらつかせながら走る俺に指先で照準を合わせてまた指を鳴らす。……ルッカを倒した魔法か!?
 俺の周りにルッカの周りに現れたものと同じ半円球の幕が作られていく。身構えた俺を襲ったのは、天から俺の体に降る、単純な力。堪えることなど出来ない重さが圧し掛かり、堪らず膝を突いて床に押し付けられる。その力は幕が消えていく瞬間瞬間で増していき、床と体が同化するのではないかとまで思えた。
 暗幕の消えた頃、俺は走るどころか立つことすら困難な体となり、意識を保つことで精一杯となる。


「先の女もそうだが、息絶えていないとは流石、魔王城を越えただけのことはある……なら」


 魔王が下手投げをするように腕を下から頭上に持ち上げる動作を繰り出すと、俺の周りに体の無い顔が次々に浮かびだした。その顔の一つ一つが俺を羨むように、蔑むように見てくる。不気味な光景に目を閉じようとするが、どうしても目蓋が動かない。いよいよその顔は俺に近づき、体の中に入っていった。
 不意に俺を縛る力が消えて目を閉じると、猛烈な吐き気と心臓の痛みが始まった。頭は脳みそをかき混ぜられているような不快感を訴え、口からは止められない吐血が体の危険を知らせる。鼻や耳、果ては目からも流血が起こり爆発するように早鐘を打っていた鼓動は徐々に途絶えようとしていた。


「ごぼ……え? あ?」


「理解できぬ、という顔だな。今貴様に放った魔法はヘルガイザー、貴様の命を少しずつ、確実に削り取るものだ……遅々と死ね、上出来な凡愚」


「ヒール!」


 横から飛び出してきたカエルがヒールをかけて俺の体力を回復させてくれる。それでも戻った体力からすぐに血液として体から流れていくのは止められない。無間地獄とはこのことか……


「大丈夫かクロノ? ……安心しろ、あの魔法は対象が魔法をくらった時点での全体力しか奪わない。もう少しでその症状は治まるはずだ」


「ぼ……ぼんどう、が?」


 喉に血がからみ濁音しか発生できない俺の聞き取りづらい声を理解し、カエルは力強く頷いてくれた。


「そのままでいろクロノ……あいつは、俺が倒す」


「断定したな。力の差が分からぬ程矮小な人間とは思っていなかったが」


「……問答は無用」


 俺を励ましつつ詠唱していたカエルのウォーターが魔王に飛び、それに追随してカエルが電光石火の突きを放つ。ウォーターは魔王の作るより強い水流に消え、突きは容易く横にかわされた。しかしボッ、という音が遅れて聞こえる音速の蹴りをカエルは手で受け流し首元を狙い再度突く。グランドリオンは空を切るも魔王の攻撃もカエルには届かない。至近距離が過ぎる今では魔王も魔法を練れず肉弾戦のみの戦いとなっていた。


「これが、魔王と勇者の戦いなのか?」

 ヒールにより一時的に治った喉で身震いした声を落とす。
 互いに一進一退。魔王の攻めはカエルの剣を越えず、カエルの猛撃は魔王にいなされる。時間は僅か数分足らず、けれど濃縮されたそれは確かに激闘と呼べるものだった。


「ふむ……かつてに比べ格段に腕を増したな……だが」


 一度距離を置いた魔王はいぶかしむカエルを笑い、その凍えるような顔を動かして、今だ動けない俺に向けた。……まさか、嘘だろ?


「ヘルガイザー」


「ひぎっ……がああぁぁ!!?」


 地獄の苦しみが再来し、俺の体以上に心が殺されていく。もういいから、殺してくれと言いたいのに口は悲鳴以外の音を鳴らさない。涙や鼻水が血に混じり薄紅色の化粧を顔に塗りたくる。カエルが俺の名前を叫ぶが、耳を閉ざすように血が満ちている鼓膜はじゅくじゅくという水音を優先的に脳に届けてしまうのでよく聞こえない。


「甘いな、グレン。仲間の悲鳴一つで貴様の気は乱れ途絶える。勇者とは心魂を強靭に保たねばならんのだろう?」


「クロノ! ……おのれ、魔王!」


 グランドリオンを正眼に構え、魔王との距離を詰めるカエル。その俊足は風の如く、流星のように剣光を繋いでいた。


「何より……サイラスにも劣るその剣技で俺に迫るか」


 魔王は何も無い空間から闇よりも黒い大鎌を呼び出す。その黒は今この場にあって尚目立ち、その存在理由を愚者に思い知らせる。
 跪け、と。


「ぎっ!?」


 カエルの剣が届くよりも速く魔王の鎌の先端がカエルのわき腹に入り込んだ。魔王は右手以外なんら動かしていない。ただ持ち上げて、振っただけだ。技術など無い、単純な攻撃。それが、あのソイソーと斬りあったカエルを破ったのだ。
 鎌をカエルの体ごと持ち上げて、俺の近くに投げ捨てた。「あ……が、ああ……!」と苦悶の叫びを押し込めるカエルの顔に、確かに見えた。絶望という結果が。


「か……かて、ない」


 自分の声が涙交じりだったことに驚きはない。今までにも負けそうになったことはあった。王妃、警備ロボ、ジャンクドラガーやソイソーにマヨネー。……でも、ここまで圧倒的だったか? ここまでの屈服感を味合わされただろうか?
 そうだな、俺は今この場に来るまで負けを意識していなかった。もしかしたら怪我するかもしれない、というどこか第三者的な、観客のような緊張感しか持ってなかったんだ。『死ぬ』なんて、意識してない。ゼナン橋だって、いざ戦いに向かった時俺は『死ぬ』なんてこれっぽっちも思ってなかった。でも、今は違う。
 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。遊びじゃないんだ、だれもタイムなんか宣言しない。夢でもないんだ。誰も俺を起こしてくれない。だって、ここが現実なんだから。


「ぐ……ヒール……」


 痛みでぐらつく精神で回復魔法を完成させたカエルは俺とルッカに回復の水を振り掛ける。それを見た魔王が「まだやるのか……?」と手袋をきつく付け直していた。


「はあ、はあ……完治には程遠いか……」


 ゆっくりと傷を負った場所を押さえながらカエルが立ち上がる。そこを狙い魔王が氷の槍を飛ばし肩を削られたカエルがまた床に沈む。起き上がっても、勇気を見せてもさらに強大な力で這うことを強制されるその姿は、悪夢としか言いようがなかった。


「なんだ? これ……こんなの、ただの遊びじゃねえか……」


 どこまでも、限りなく悪意溢れる遊び。ルールは殺すこと。いたぶってもいいし、魔法も鎌も使っていい。相手がどれだけ痛がろうと、怖がろうと冷酷に殺せるかがゲームをスムーズに進めるコツ。対象が足掻く様を見るのがゲームの目的ってところか、畜生……!
 俺の自棄な台詞を聞いた魔王の耳がピク、と動き地面を這う俺の姿を視界に入れた。

「遊び? なるほど、確かにこれは遊戯と言えるだろう」


 言って、先程の儀式のように両手を広げた。世界を牛耳るように、地上を覆いつくすように。


「だが、往々にして世に生きる全ての生き物が起こす行動は快楽に繋がっている。すなわち、遊び。世界の隅で行われている幼子たちが遊戯により得る連帯感、充足感と、今貴様らが死ぬこの瞬間の絶望、嘆きは全て誰かの遊びにより生まれ出でる。悲しむな、悔やむな、ただあるがままを受け入れよ、生あるものの一生など、それらの繋がりでしかないのだ」


 この時、今この時だ。俺が、魔王の声を心地よいと思ってしまったのは。縋りたいと願った、その思想、哲学にも近い何かに。何もかもがゲームだとすれば、俺は痛みを感じる必要も無いし、怖がる必要も無いんだ。誰かと別れる悲しみも口惜しさもなんら、なんら。
 死ぬのが怖い? それは妄想、想像、夢想の類で、本当は何も感じる必要はないのだと思わせる何かが、その声と言葉に縫い付けられていて、毒が回るように俺の人生観を書き換えて、生きる意志のようなものが壊れていく。
 どのみち、生き残る術はない。『もしかしたら』と『かもしれない』が消えていく。
 もしかしたらこの旅を終わらせられることが出来るかもしれない。もしかしたら魔王を倒せるかもしれない。もしかしたら生き残れるかもしれない。『もしかしたら』が絶対に代わり、『かもしれない』がわけが無いに変化する。
 絶対にこの旅を終わらせられるわけが無い。絶対に魔王を倒せるわけが無い。絶対に生き残れるわけが無い。暗い想いはそこには無い。ただ、無色な感情が浮遊するだけ。気力とか、成し遂げようとする意思を作り出すその根本の部分が麻痺してしまう。


 本当ならそりゃあ、もっと足掻いて足掻いて最後に散る、なんて格好付けてみたいさ。死にたくないけど、何もせずに死ぬか? と聞かれれば勿論何かをして、残して死にたい。でも無理なんだ。
 力とか、魔力とか、そういう単純な部分じゃあない。手も足も出ないから諦めるとか、表層部分で諦めたんじゃないんだ。簡単にあしらわれたからって心はそう折れるものじゃない。
 『魔王』、その重荷にしかならない称号を俺たちと変わらぬ背丈で背負い続ける魔王。覚悟も、命の使い方も、精神的な剛健も。勝てる要素が無いと、数秒向き合って分かってしまった。中途半端に力量をつけてしまったせいかな、俺たちの力を合わせても、いや相乗しても魔王には及ばない。それこそ、足元どころかその足を支える床でさえ手が届かない。


「もう……勝てない……」


 体も、心も動かない。……動きたく、無いんだ。


「諦めがついたか。ならば死ね、風がお前を誘っている」


 死神を従える魔王が持つ、正真正銘のデスサイズ。あれに斬られれば魂ごと刈り取っていくのだろう。魔王はしゃおん、と澄んだ清流のような音を立てて、その断罪の刃を振り下ろした。





 それを許さない人間は今この場で、この世界でただ一人。





「臭いのよ、台詞が!」


 魔王の放った火炎壁と比べて随分ちっぽけな灯火。その熱量の塊をルッカは渾身の力で振りかぶり、投げた。
 魔力が出血の痛みと体力消耗の為上手く練られず、風が吹くだけで掻き消えそうな弱い炎。コントロール制御は対象に直接放ることによりカバー。彼女の攻撃は、確かに弱者の足掻きでしかなかった。
 そのまま寝ていれば、戦うことで得る痛みや苦しみ、無力を味わうことは無かったのに……何故?


 魔王は虫を追い払うように片手を振り炎をかき消す。間を置かず打ち出された弾丸は視線一つで地に落とし、ナパームボムを同時に三つ投げられた時も氷を操り爆弾を凍らせる。ルッカは火炎放射器を向けて火を放つも、電撃を打ち出されて機械が爆発しその余波を間近で受けたルッカはさらに傷を負う。それでも意識を留めながらハンマーを投げて応戦、これには魔王も瞳を揺らし、魔力で防御することなく左手で受け止めた。
 彼女愛用のハンマーを手で遊びながら、魔王は不思議そうに問う。


「諦めないのか? ……随分と無様な。最後まで生きようとする心は否定しない。だが抵抗も度が過ぎれば悪質となる」


「無様で良いわよ、それが私だから。諦める? このルッカ様の人生で一番縁遠い言葉ね」


 魔力の直撃を受けて体から血を垂れ流し、帽子につけたゴーグルはレンズは吹き飛び、フレームは曲がりくねって半ばから取れている。左手の骨が折れているのだろうか、だらりと宙に浮かせ、時折体に触れた時「ぐっ!」と呻く。足だってもうボロボロで、立っていることが奇跡に思えた。
 ……違う、立っていることが奇跡なのは、怪我のことだけじゃない。何故立とうと思えたのか、生きようと願えるのか。


「あんたさっき言ったわね。あるがままを受け入れる? それは良いわね、きっとどんな不幸が起きてもそう思ってれば楽でしょうよ……運命なんて都合の良い敵役がいれば舞台は整うわ、主人公は自分自身で、絶対に勝つことが出来ない喜劇。誰でも思い浮かぶ材料で、誰でも入手可能な舞台装置で、生きている限り誰でも扱える役者がいれば成り立つ舞台……でもね」


 彼女は魔王に語りかけている。その声は刺々しく、忌み嫌うような声音だから。見たくも無い、そんな奴に聞かせる感情を込めているから。
 ……なら、何でルッカは俺を見てる?


「その舞台を、誰が見てるの?」

 いつだって俺が諦めそうになったとき、ルッカは俺の頭をはたいてきた。
 逆上がりができなくて、ふてくされてしまった時。算数の公式が理解できなくて宿題をサボろうとした時。飼っている猫が病気になって医者にも見捨てられた時。……そうだ、昔見た演劇が原因で俺が街の子供たちから孤立していじめられてる時だって。思い切り脳を揺らして俺を正気に戻してくれた。
 ……ああそうかい分かった。分かったよ。皆まで言うな。


「自分が客席で見てる、なんてつまらない三文小説みたいな事は言わないでね。自分は役者なんだから、観客席にいるわけが無いの。じゃあ観客は誰? 自分以外の誰かでしょう?」


 だから言うなって……ああ、俺が倒れてるから続けてるのか。それなら……
 右手に力を入れる。不思議だ、ルッカの姿を見るまで神経が全部ブチ切れたんじゃねーかってくらい動かなかったのに。指先が動くじゃねーか。さっきまで指先も動かなかったんだから、次は体全体動くだろうさ。早くしないとあの幼馴染が叩き起こしてくる。それは寝覚めが悪い。
 寝覚め……そう、俺は寝てたんだ。じゃなきゃあんな気持ち悪いニヒリズムな考えを持つわけが無い。


「そんなだらけた一生を見せられて、観客の誰が拍手を送るの? 少なくとも私は送らないわね、そんなもの途中で劇場を出るわ。カーテンコールまで耐えられないもの。さっさと幕を下ろせって話よね」


 それ、つまり死ねって言ってるんだよな? ……励ましてるのかと思えば、それと真逆なこと抜かしやがる。けどまあ、ルッカの言うことは正しいよ、そんな盛り上がりの無いシナリオなんかくそ食らえだ、脚本家をすぐにクビにしたほうが良い。


「婉曲に過ぎるな、つまりお前は何が言いたい?」


「分からないの? じゃあ分かりやすく言ってあげるわ。なんてことないのよ、私が言いたいのは一言だけ」


 剣はどこにある? 俺のすぐ近くだ。握れた。なんだか、凄く軽いように感じた。倒れたまま持ち上げても、羽よりも、空気よりも、軽い。
 さて、魔法はどうやって使うんだっけ? そうだ、ただ叫べばいいんだ。力を込めて、あるがままの心をぶちまければ定型句を使わなくても応えてくれる。スペッキオが言ってたじゃないか。魔法は心の力だって。
 でも、ここは定型句を使わせてもらおう。その方が、なんだからしいじゃないか。さて、『サンダー』と言えば俺の体から電撃が迸るんだろう? ……でも、それじゃああまりに無粋。折角彼女が啖呵を切って場を沸かせているんだ。観客が歓声を上げるにはもう少し足りない。じゃああれだ、もう一段階パワーアップさせればいいんだ。そうだろ? こういう時に新技披露、なんて英雄譚によくあるパターンだけど、王道は守らないと観客は呆けてしまう。奇を衒うのは悪くないけれど、魔王を倒すなんて場面はもう少し過去の物語をなぞった方が良い。


 ルッカが息を吸う。俺も息を吸う。そして、グランドリオンが命を吹き返す。きっとその持ち主が柄を握ったから、喜んでいるんだ。
 ……本当、俺をここまで奮い立たせるのはお前くらいだ、ルッカ……そんな彼女はいつまでも寝転がる俺に顔をしかめている。俺は、ルッカに怒られるのが一番怖いと知ってるのに、何故怒らせた? 一番の理由は俺の不甲斐なさ。けれど、その原因を作ったのはお前だ、魔王。
 そう、だから俺はお前に……


「とっとと起きなさい! クロノ!」


 メにモノ見せてヤル。


「サ、ン、ダ、ガッッッ!!!!」


 俺の腹部から飛び出す光電球。その光は増して、暴君の再来を待つ。線香花火のように電流を散らばらせて、大渦のように電撃の巨腕を回転させた。
 爆ぜて、燃えて、消し飛べ。その願いから現れた雷爆は天井を吹き飛ばし、部屋の壁を削り、石像を砕き、蝋燭を吹き飛ばした。


「……ぐっ」


 魔王は腕を交差して俺の電撃に耐える。手が届く距離から数億を超える電流を当てられているのに、難なく防ぐとは、正直少し自信をなくす。俺の最高傑作なんだけどなあ、とぼやき、嵐のような轟音が響く中その言葉を拾ったルッカが口だけを動かして「あんたらしいわよ」と伝えてくれる。予想通りと言えば予想通りだから別に構いやしないけどさ。それに、俺の役割はサンダガで魔王を倒すことじゃない。魔王の魔法と両手を塞ぐだけ。……そう。


 魔王を倒すのは、勇者だってのが正史だろうが。


「魔王ーーーー!!!!!」


 勇者は大上段からに剣を構えて、今は無い天井を越えた先にある空の月を背に飛んでいた。その背にあるのはなにもそれだけではない。親友の仇、王国と民の悲しみ、剣士としての誇り、勇者の使命。重力に加えてその重すぎる人生を加重に魔王