BBC番組がいかに二重被爆者を取り上げたか 彼らは何と言っていたのか

gooニュース・JAPANなニュース2011年1月25日(火)17:10

○彼らは何を言っていたのか

24日朝まではYouTubeやBBCサイトで観られていた動画が、その後、削除されてしまったので、もはや実際に画像とテキストをつきあわせて各自が自分で検証するわけにいかなくなってしまいました。とても残念です。削除される前に私が動画を観て、(複数の方のご助力を得て)確認していた内容の一部を抜粋して、ご紹介します。

司会者の名前はスティーブン・フライ。「SF」と表記します。その他のイニシャルの人たちは回答者(みんなコメディアンです)。(略)としているのはその間に言葉のやりとりなどがあったことを意味します。

SF: 世界で一番不幸な男の何が幸運なんだと思う?(略) えーと、この人は見方によって、最も不運とも最も幸運とも言えるんだ。(略) 彼の名前は、ツトム・ヤマグチ。2010年1月に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね。
(略)
AD: 爆弾がその人の上に落ちて、跳ねとんだとか。
(会場笑い)

SF: この人は原爆が爆発したときに商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ(略) 次の日、彼は汽車に乗って、ということは驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ汽車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ。
(会場笑い。回答者の一人ははすごいな……と言いたそうな表情で首を振っている。背景には、二つのキノコ雲の写真とその間に山口さんの大きな写真)
SF: 彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われて、でも二度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは90代になってからだった。
(略)
RB: 要はあれだね、杯は半分空だというか半分入ってるというかで。でもどちらにしても、放射能を帯びてるわけだ。だから、飲んじゃダメだよ。
(会場笑い)(略)
SF: でも僕が何に驚いたって、広島に原爆を落としたのに次の日には鉄道がもう動いていたっていうのが。だってこの国だったら……。
(略)
BB: 枯れ葉が何枚か落ちただけで、もう終わりだ。
(訳注・イギリスでは英国鉄道が列車遅延の理由として、落葉や「the wrong kind of snow(雪の種類がダメ、違ってる)」と説明して国民に馬鹿にされるので。これに引っ掛けたジョークが以下続く)
(略)
BB: 爆弾の種類がダメなんですよ(It's the wrong kind of bomb)、爆弾の種類がダメなんです。
(みんな大笑い、以下ずっと笑いが続く)
SF: (駅アナウンスを真似して) 明らかに、爆弾の種類が合ってましたから(It was the right kind of bomb)。大丈夫ですよみなさん、心配しないで、爆弾の種類は合ってますから。

——などなどです。もっとほかにもやりとりはありますが、引用の範囲にとどめようと思います。

イギリス人が「だってあれはイギリスの鉄道をバカにしてたのに」と当惑する理由が、これで少しでも伝わったならいいな、と思います。

この番組内容について、日本では「二重被爆者を嘲笑」(時事通信)し、「被爆者を愚弄」(日経新聞)し、「二重被爆者を笑いのタネ」(共同通信、読売新聞)にした、「被爆者を笑った放送」(朝日新聞)だったと報道されました。対して私は、嘲笑や愚弄というよりは、日本人が被爆体験に抱き続けるヒリヒリした痛みと悼みに対して無理解で無神経だったことによる、過ちだったと思っています。過失です。過失だからと言って免罪にはなりませんが、悪意はなかったと。悪意がなかったからと言って免罪にはならないが、それでも悪意はなかったのだと。擁護と言われれば擁護でしょう。でも無罪判決を勝ち取ろうとしているのではなく、少しでも情状酌量してもらえないかと思っているのです。

二重被爆者の体験をこういう番組でこういう形で取り上げるべきではなかったと私も思うし、一部の回答者の軽口や会場の笑い声はとても不快でした。日本人がこの件でBBCを叱るのは当然で必要なことだと思う。それでも尚。被爆者に対する嘲笑や愚弄ではなかったと思うのです。少なくともスティーブン・フライについては。

スティーブン・フライという人は、イギリスでは誰もが知っているコメディアンであり知識人です。英コメディの大傑作と世代を超えて評価される『Blackadder』というシリーズにレギュラー出演していたほか、自分のヒット番組をいくつも持ち、自伝や小説や書評など著作も多く、博学で、社会問題についても深い見識と洞察を示してきた人です。そして(イギリスでは周知のことですが)彼は同性愛がまだイギリスで犯罪だった時代に生まれ、その中で自分が同性愛者だと自覚しながら少年時代を送った人です。学校になじめず詐欺罪で逮捕・投獄。自分を必死に立て直してケンブリッジ大に入学しスターになったものの、双極性障害に苦しむようになる。自分が生まれる前に親類がアウシュビッツで殺されていたことも、後から知るに至る。つまり彼自身が色々な意味でマイノリティであり、そういう姿を世間にさらしながら、自分の才能と知性で身を興した人です。

そういう彼の言動を以前から見ていた私は正直いって、このニュースを最初に聞いたとき、「スティーブン・フライともあろう人が、被爆者を笑いものにするはずがない」と強く思いました。そして日本で騒ぎになっていると知った複数のイギリス人知人が「彼はまともな人間だ。被爆者を嘲笑するつもりなんて絶対なかったよ」と私に連絡してきました。彼に対する信頼があるから、多くのイギリス人は「嘲笑じゃないのに」と思い、日本人の反応に当惑しているというのがまず一つあります。

そしてもう一つ。これは日本とイギリスでの「笑い」に対する感覚の違いだと思うのですが、イギリスのコメディというのは、世の中の現実をありのままに赤裸々に語ろうとする表現方法です。世の中の様々な「負」を、バカバカしく奇妙でネガティブなものを、アイロニーを通じて浮き彫りにしようとする手段です。日本で思われているほど、題材そのものがアンタッチャブルだというタブーはありません。弱者・被害者をわざと傷つける表現方法は、もちろんタブーですが。

「笑い」というものはそういうもの、スティーブン・フライと言えばそういう人——と思っているイギリス人は、だからあの番組に多くの日本人が怒り悲しんでいると言われても、なかなかピンと来ないようなのです。このギャップをどうやって埋めたらいいのか、両国の心ある人たちの感情が不要にこわばらないためには、自分に何ができるのか、ずっと考えています。日本人として。イギリス生活経験者として。イギリス・コメディを愛する者として。そして再び、日本人として。


◇本日の言葉いろいろ

・quite interesting  = なかなか興味深い
・is the glass half empty or half full = コップは半分空か半分入っているのか
・quip = 軽口

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◇筆者について…
加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊や爆笑問題と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼でイギリス英語も体得。オックスフォード大学修士課程修了。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。最新の訳書に「策謀家チェイニー 副大統領が創った『ブッシュのアメリカ』」(朝日新聞出版)。


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