色は匂えど 散りぬるを
我が世 誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔いもせず
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2011-01-18 21:51:19

「文字だけ」という世界ほど難しいものも無かった

テーマ:無属性製品
どうもけんいちろうです。
皆様寒い中どうお過ごしでしょうか。

ところで二年前からちらほらと言っていた事ですが、
この「手抜きしましたね、神様。」を畳む事にしました。

本日まで本当に多くの御客様がお越しになり、
本当に嬉しかったです。
ですがいかんせん書き過ぎなのか、それとも老化なのか、
いよいよ書く物語も面白くなくなってきまして。

突然の終わりを迎えましたが、
人生なんて往々にしてこんなものです。
幕の引き際なんてドラマの様に上手く行く筈がありません。
大抵人生の幕の引き際と言うものは思いがけずやってきます。

しかし私自身これは余りに突然だと承知していますので、
この状態のまま土曜日一杯まで保持した後、
日曜日にオハナシ全てを撤去する予定です。


ブログをやっていて、
良い事もありました、悪い事もありました。
人生そのものじゃないですか。

どうも皆様、この大体総計1500話、
私の息子、娘達をご愛読頂き、どうもありがとうございました。

楽しかったです。
無駄な時間なんて一つもありませんでした。

感謝します。

私のオハナシを読んでくださった事のある皆様に、感謝を。
けんいちろうでした。
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2011-01-15 12:53:03

花は枯れる事を知らず

テーマ:アナタの為に
昭和58年は生活に慣れずに終わった年でした。
私はその年の春に山が両側にそびえ立つ田舎に引っ越したのですが、
それまでアメリカはアトランタに住んでいた私が日本の田舎に突然順応出来る筈も無く、
その年は最後までどこに気持ちを落ちつけて良いのか判らないまま。
年もまだ二桁に達していない子供だった私。
随分と、下痢をしたのを覚えています。
神経性のものでした。

白人に囲まれての暮らしが一変、
突然両親と同じ日本人ばかりが集まった場所と言うのは面白いもので、
自分の両親で見慣れている筈の日本人が、
まるで別の生き物の様に見えて慣れませんで。
それに田舎というと、本当に『大和の人』といった顔つきの人が多く、
それまで(日本人と比べて)鼻が高い白人の顔を見慣れた私は、
彼らの顔にどうにもなれなかったのです。

同い年の子供達は外で陽気に遊ぶ。
私はその様をじっと遠巻きに見つめる。
物珍しさからか数人の女の子が私に構いに来てくれたのですが、
私は珍しがられている事がとても億劫で、
そんな彼女達からのお誘いを断る日々。
そんな私を見て御年配の方々は、

「やっぱり、金髪で目の青い女の子の方が良いか?へっへっへ。」

とからかって、
私はそれを聞いて子供ながらに嫌悪感を抱いていました。

何故か、大人達は私をからかう時に下品な事を言う事が多かったのですが、
一人だけ、上品な物腰で私に接して下さる大人がいました。
彼は恐らくその時すでに齢70を超えていたでしょう、
名前を大次郎さんと言いました。
私は彼の事を「だいさん、だいさん」と呼び、
大人達は時折からかいで彼の事を「いじろう」と呼んでいました。

私が余りにも子供達と遊ばず、
女の子にも何食わぬ顔をしているので、
心配してくれたのか、それとも他の大人と同じように言ってみたかったのか、
だいさんは私に、

「日本人の女の子は好きじゃないか?」

と。
月、火、水曜日に大人から同じ文句でからかわれ、
木、金、土も同じような日々が来たり、
日曜日は家に籠って耳を塞ぎ、

それでも、だいさんの横に居たらそんな言葉は聞かずに済むだろうと思っていたのに、

「だいさんまでそんな事を言うの?
 もう、そんなんじゃないよ!」

だいさんは、よく人の事を見ていました。
私がだいさんに言われた言葉で気が悪くなったのも、
直ぐに判ったらしく、

「おお、すまんすまん」

と大きな手で私の頭を軽くぽんぽんと叩きました。

「いやいや、人には好みというのがあるでな。
 ここの女の子達の顔は好きではないのかと思って聞いてしまった。」
「好きでも嫌いでも無い。」
「そうかそうか。
 そう言えば、水牧様の話は聞いた事があるか?」
「みずまき?」
「夜の12時を過ぎたら家の外に出てはいけない、
 というここの掟があるだろう。」

右に、左にそれぞれ大きな山が一つずつ。
道端も整備が整っておらず、
あちらこちらに草や花が生えているのが住んでいた場所の景色の構え。
てっきり、私は山から熊や狼が降りてきて夜は危ないので、
外に出てはいけない、
そういう道理の掟だと思っていた。

「12時から朝まで出てはいけないのは、
 水牧様のお食事の時間だからだ。」
「へー、なにそれ。」
「御花をお食べになるんだよ。
 お前、ここに来て枯れた花を見た事があるか?」
「あるよ?」
「家の中に飾ってる花だろう、それは。」
「うん。」
「道の上に生えている花で、枯れた物を見た事は?」

そんな事を急に言われても。
どうだったか、見た事があった様な気もするが、
そう改めて言われてみると、見た事が無かったような。
出口がなかなか見つからない記憶探しにうんうん言っていると、
だいさんがこう答えを言ってしまいました。

「水牧様はな、花をお食べになるんだ。」
「花を?蜜だけ吸うの?」
「全部だ。」
「お腹壊すよ!」
「壊すかどうかは知らないが、それでもお食べになるんだ。」

水牧様は花をお食べになる。
枯れる前の花を食べるので、枯れた花と言うのはこの地域の道の上には転がらない。

水牧様の話はそれだけではなく、
夜の12を回って外に出てはいけないと言う真意は、

「家の中で寝る方向が決まっているだろう。」
「そうなの?」
「上野さんの家と十二村さんの家は判るか?
 あの二軒が挟んだ道に向かって、皆頭を向けて寝ているんだ。
 お前も方向を調べたら、そうなってる。」
「でもなんで?」
「水牧様に足を掴まれてしまったら、
 牛と間違われて喰われてしまうんだ。」
「花だけじゃ無くて牛も食べるの?」
「そうだ。
 それで寝ている時に間違って足を掴まれてはいけないから、
 水牧様が通る道に向かって足は向け無いんだ。」

上野さんの家と十二村さんの家に挟まれている道、
あれが水牧様が御通りになる道だよ。
毎夜毎夜あの道を通って、
それであの道は水牧通りって呼ばれてるんだ。

「昔に一度、水牧様を見てな。」
「! 
 本当にいるの?」
「いるとも。昔、まだやんちゃな頃に夜中に家を抜け出して、
 水牧様を見た事がある。
 いいか、ここの女の子達が気に入らないと言うのなら、
 一度水牧様を見てみると良い。
 水牧様はとても綺麗でたまげるぞ。

 でもな、」
「?」
「   いや、そうだな。
 水牧様は綺麗だ。
 とても綺麗だ。」

だいさんは三回呟いた。

水牧様は綺麗だ、とても綺麗だ。

(続きます)
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2011-01-14 00:01:25

おぼれることをしっているか(後)

テーマ:悪魔のお仕事
彼が先ずした事は玄関に行く事でした。
玄関の前に立って下をじっと見ているんです。
靴を探していたんですね。
私の靴でした。

身体を約四割密着させる。
それ自体は別に問題では無く、
そして重要ではない。
その行為によって錯覚する現象が面白く、そして重要なのです。

私は彼がシーツの上に寝息をかいて転がっている頃、
ペンと紙とで手紙を一通書きました。
朝になって彼がその手紙を見て、そして玄関へと向かったのです。
走ってましたね、足元をヨロつかせながら。
まぁ、寝起きでしたから、走れただけでも凄いものです。

そして彼が次にした事は携帯電話をいじる事でした。
暫くいじった彼は言いました。

「なんで?」

それもそのはず。
そこに私のメモリーはなかったんです。


情報化社会と言うのは面白いじゃありませんか。
何でもかんでも『機械』に覚えさせるものだから、
その機械が忘れた時にはもうお手上げなんですから。
可哀そうに、彼の携帯は私の情報を全て忘れてしまって、
ほら、だから言うでしょう。
大事な事はちゃんと自分でしなきゃいけないって。
覚える事も一緒です。
私は今でも覚えてますよ、色んな事。
忘れはしませんよ、一度惚れた相手の事なんて。
誕生日、とかね。

玄関に走って、
携帯を見て、

そうしてようやく彼は始まったんですよ。
私が始めさせてあげたんです、手紙によってね。
手紙にはこう書いてあげました。

「おはよう
 これを読んでる時に私はもうこの部屋にいないけど
 これから先 ここに現れる事も無いから
 それじゃあさよなら」


さて、皆さん。
溺れた事はありますか?
経験の無い方は溺れてみて下さい、それがどういう事なのか、
正しく知る事が出来ます。

溺れると言う事は水の中に限りません。
陸の上でも、水の無い所でも溺れる事はあります。

私達人間は水の中で溺れますが、
魚たちは陸の上で溺れるのです。

溺れる、と書くと文字のせいで錯覚を起こしますが、
これは別に水の中に入る事では無いのです。

溺れると言う事がどう言う事かと言うと、
それは必要不可欠な事から隔絶される、と言う事です。

私達は空気を吸います。だから海の中で溺れるんです。
魚は水中の酸素を取り込みます。だから陸の上で溺れるんです。

あ、もう話の流れが判りましたか?
話の要を掴む方が多くて有難いですね。
言うに及ばず、私が付き合っていた彼が私に、

「溺れている」

と言った時、
彼は『まだ』溺れてはいなかったんです。

でも溺れるって苦しいでしょう。
だから「でも苦しいよ?」って言ってあげたのに。
私って優しいですね。
それでも彼は望んだんですよ?

体験させてあげないと。

そう思ったんですよ。

何も知らなかったからね。

そして私は彼を『私がいない世界』に放り込んであげました。
もう私が居ないと生きていけないとまで言った彼ですから、
彼にとっての海は私である筈がありません。
だって、私がそばに居ても、彼は苦しがらないじゃないですか。
必要不可欠なものから隔離されないと溺れる事は出来ません。

私は、そこで人間の姿から元に戻りました。
久しぶりに食べた物の中ではアイスクリームがお勧めですかね。
それも秋ぐらいに食べるアイスが。
彼と二人で食べたんですけどね。なかなかどうして。

いやあ、それにしても彼は見事に溺れましたよ。
ジタバタと手足を一生懸命動かしながら。
私を探してあっちこっちに行ったり来たりしてましたよ。
言葉の泡を沢山吐きながら。
マキ、マキって。
それはもう長い間。

あ、その時の私の名前です、マキっていうのは。

いやぁ、よく溺れてましたよ、本当に。

それで、
その男がどうなったかって?
御冗談を。
溺れ続けたらどうなるか、


ご存じでしょ?
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2011-01-13 00:00:33

おぼれることをしっているか(中)

テーマ:悪魔のお仕事
実はあなたのことが好きなんです。

何て言葉が書かれた恋文は過去に結構貰いました。
あれはやはり嬉しいものですね。
何が嬉しいって、四苦八苦してくれた事ですよ。
手紙と言うのはまず渡す相手よりも先に自分が読むでしょう。
それで気に喰わない文章になったら破り捨ててしまうでしょう?
最近は携帯でメールですか?
ボタンひとつで全部消えちゃうんだから情緒がないですね。
手紙の時は「破く」という動作があるから、
結構面白いものですよ。

それにしても、

「溺れてる」

なんて事を言われるのは初めての事でした。
この前の話の引き続きになるのですが、
相手の男が溺れてるって言うんですね。
私に。

こいつは気障な事を言い始めたな。
そう思った私が思わず笑うと、
それを見た男の顔は照れるどころかニヒルに。
それがまた面白くて。
それでこんな事を言うんですよ。

「これが恋に溺れるって事なんだな。」

でも、
彼はまだ何も判っていませんでした。
だから私は聞いてあげたんです。
本当に溺れてるとしたら大変だけど、良いの?って。

「このまま溺れ死んでも良い。」

死んでも良い、だなんて。
生きてるやつは皆そう言う。
特にピンピンしてる奴らは。
死に際の裾も踏んだ事が無い輩なら尚更。

「溺れたら苦しいよ。」
とわざわざ教えてあげました。
それでも男は

「何に溺れるかにも因る。
 こうやって溺れるのなら、
 もうずっと溺れていても構わないに決まってるだろ。」

それを聞いて、思わず鼻から息が「ふふっ」と出てしまって。
いや、勿論私の鼻からですよ。
だって、おかしかったんですもの。
「可愛い」とか思ったんじゃないんですよ。
可愛いって、そう思ったんです。
だって彼、まだ何も判って無かったもので。
その「無知」がとても可愛かったんです。

身体の接触面積を、全体の約四割も合わせる様になった仲ですから、
じゃあこの縁を用いて教えてあげようと、私はその夜笑ったのでした。

ところで何を教えるかって?
そりゃあ勿論、

恋や愛に溺れる事を。
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2011-01-12 00:06:16

おれぼることをしっているか(前)

テーマ:悪魔のお仕事
どうも、悪魔です。

最近寒くなってきたと思いませんか?
それも結構急に。
冬は心が若いですからね。
子供が驚かしに来るように当然やってくるんですよ。

私はたまに人間の姿になって皆様の中に入り込む事があるんですが、

なに、別に珍しい事じゃないですよ。
だて神様もした事ですから。
あおれでね、ある日女の姿になって皆様の中に紛れ込んだんですよ。
そしたら一人の男の子が私に恋をしましてね。
男の子と言ってもどのくらいの年齢でしたかね。
すいません、私から見たら皆様どなたも「御坊ちゃん」に「御嬢ちゃん」ですので。

それでね、付き合ったんですよ。
私は決まってそういう時は付き合うんです。
決して断る事はしません。
付き合い始めたのが夏に入る前の事で、
秋が過ぎてそのまま冬がやってきました。
そう、今の様にね。

夏前に使い始めたからか、
私達は当初そんなにベタベタとくっつく事はありませんでした。
相手が奥手だったのかもしれませんね。
しかし秋が深まり冬になる頃には、
それまで一緒に過ごした時間の助けも相まって、
人目も気にせずにイチャイチャするようになりました。

身体の接触面積も増えました。
瞬間最高接触面積は約四割と言ったところでしょうか。

皆様の中には、もしかして「子供」がいらっしゃいますか?
隠れて私の話を聞いているお子様が居るかもしれないのでこう言っておきますね。
約四割。

約四割の時間は徐々に増えていきました。
それは冬の寒さが増していくのに比例していたのかもしれません。
そしてある日の約四割の最中に、
彼が私にこう囁いたのです。
耳元でした。
私は耳たぶを甘く噛まれていました。

「俺、溺れてる。」
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2011-01-09 17:04:42

私はアナタのカーテン

テーマ:大人のオハナシ
ある所にカーテンが一枚いました。

カーテンは魔女の下で働いていたのですが、
ある日突然魔女の家を飛び出しました。
魔女には妹が一人居て、
その妹が手際良くカーテンに指名手配をかけたのですが、
カーテンは逃げ足が速かったので、直ぐに捕まりはしませんでした。

魔女の家は山の中だったので、
人間達がいる町へは少し時間がかかりました。
町に着いたカーテンは仕事を探す事にしました。

職業安定所に向かったカーテンは、窓口のおばさんと話をしました。

「職に就きたい。」
「今まで職歴は?」

魔女の所で働いていたとは言わない方が良いだろう。
「前職:魔女の下働き」なんて聞こえが悪い。
カーテンは嘘を吐きました。

「王宮で働いていた。」
「仕事は何を?」
「しごと?」
「王宮で何をしていたの?」
「紅茶を淹れてた。」

世の中を生きるには器用が良いと思ったカーテンはそう答えました。
勿論嘘です。
窓枠にぶら下がって日光と視線を遮っていただけではまずいと思い、
機転を利かせたのでした。

「でも、見た所あんたはカーテンに見えるよ。」
「安心してくれ、カーテンの仕事もやってた。」
「カーテンの仕事と、紅茶を入れる仕事をやってたのかい?」
「ああ、そうだ。」
「判った、その条件で探してあげよう。」

職業安定所の椅子の上で待ってる間、
カーテンは新聞を読んでいました。
しかし経済新聞は全部他の人が読んでいて、
カーテンはゴシップ新聞しか手に取れませんでした。
そうして昨今のゴシップに隅から隅まで目を通して二時間後、
やっと声がかかりました。

「受付番号67番さん。」
「はいはい。」
「あなたの条件で雇いたいという人が見つかったよ。」
「その見る目がある人はどこのどいつだ?」

カーテンは渡された地図を見ながら待ちの中を歩きました。
しかし町中では目立ちます、指名手配の役人が歩いているかも知れません。
カーテンは地面に寝そべって絨毯の真似をしながら進みました。
これなら自分の事をカーテンだと思う奴はいないだろう。

「こんにちはー。」

尋ねた所は小さな家でした。
中では時計職人が時計を作っていました。

「君はもしかして職業安定所から来たカーテンかね?」
「そうです。」
「名前は?」
「オオモリ。」
「大盛り?なかなか景気の良い名前だ。」

時計職人は動かなくなった大時計を棺桶に作りかえる作業の途中でした。

「早速で悪いが紅茶を淹れてくれ。」

そう言われてカーテンは取り敢えず台所へ案内されました。
しかしカーテンは紅茶を淹れた事が一度もありませんでした。
思いつくままに紅茶を淹れてみました。

「なんだこれは、酷く渋い。」

時計職人は職業安定所に文句を言いに行こうとしました。
慌てたカーテンは言いました。

「待ってくれ、紅茶を淹れたのは初めてだったんだ。
 誰でも初めてが上手く行く訳じゃない、そうだろう?」

話が違うぞ。時計職人は言いました。

「お前が紅茶を淹れる事が出来るから雇ったんだ。」
「まてまて、見ろ、俺はカーテンだ。
 俺にはもっと得意な事がある。」
「カーテンなんて、夜にしか使わない。」
「それは外からの視線を遮る為だろう。
 駄目だ、お前は判っていない。カーテンの本質は別にある。」
「カーテンの本質なんてしった事か。」

カーテンは自分の力を過信して思わず自慢げな口調になっていました。
それに気が付いて慌てて二回せき払いをして、
カーテンは時計職人の手を引っ張りました。

「カーテンの本質をご覧にいれましょう。」

女優のアンナ=バリーの話はご存知ですか?
カーテンがそう言うと時計職人は顔をしかめて言いました。

「最近噂の女優だろう。知っている。」

そうだろうな、とカーテンは思いました。
職業安定所で読んだゴシップ新聞の一面がその話題だったのです。
時計職人は続けて言いました。

「というか実は俺とアイツは昔からの知り合いでな。
 家もこの向かいだ。」
「なんだって。
 そいつは良い、私が一つ面白い事をお見せしましょう。」

カーテンは時計職人に女優の家を訪ねる様に言いました。
カーテンと一緒に女優の家を時計職人が尋ねると、
ドアが開きました。

しかしそこには誰の姿も見えなかったのです。

「あら、後藤じゃないの。」
「うわ!アンナの声がする。」
「何言ってるの、目の前にいるじゃないの。私の事が見えないの?」

カーテンがすかさず口を挟みました。

「カーテンの本質は『遮る』事では無く、『隠す』事にあります。
 私はカーテンの中でも特別な部類ですので、
 こうやって人の姿を変わった方法で隠す事が出来るんです。」

カーテンが裾をビラビラとはためかせると女優の姿が見えるようになりました。

「お前凄いな!」
「お願いです、どうか私をこのまま雇い続けて下さい。」
「後藤!アナタこのカーテンを雇ってるの!?」
「ああ、今日からな。」
「私に譲って!」
「ええ!?」
「知ってるでしょ、最近カーテンの隙間を狙ってくる程にパパラッチが熱を上げてるの。
 だからカーテンに触れるのも怖かったんだけど、
 でもこのカーテンが居てくれたら私は家の外の視線なんて気にしなくていいわ!
 ねぇ、おねがいー!」

女優は時計職人を家に招いて夕食を御馳走しました。
それでも時計職人はなかなか折れません。
そこで女優は漫画家尾田栄一郎の直筆サイン色紙を取りだしました。

「これ、あげるから!」
「本当か!?」

昔からの知り合いなので、
女優は時計職人の好みを熟知していたのが勝負の決め手でした。
そうしてカーテンは女優の家で働き始める事にしたのです。
しかし暫くして女優の耳に指名手配の詳細が入ってきました。

「オオモリ、あなた魔女の所で働いていたの?」
「いや、きっとカーテン違いじゃないですか?」
「でも書いてるわよ、青い生地にオウムの刺繍が白い糸で入ってるって。
 ほら、オオモリと一緒じゃない。」
「いや、そんなカーテン、他にも結構いますよ。」
「でも、下の方にコーヒーをこぼした跡があるって。」
「こ、これはコーラです。」
「それに、くしゃみもするカーテンだとも書いてるわ。
 流石に普通のカーテンはくしゃみなんてしないわ。」
「うう」
「ほら、こっちきなさい。コショウを振りかけてみるわ。」
「やめて!洗うの大変なんだから!繊維に入り込んじゃう!」
「ほら、やっぱり魔女の所から逃げて来たのはオオモリなんでしょ?

 大丈夫、安心なさい。別に突き出したりしないわ。
 でも、なんで出てきたのかを教えて?」

 この国に住んでる魔女の事は知ってます?」
「勿論、この国の者なら誰でも知ってるわ。
 彼女がこの国に居るお陰で他の国も迂闊に手を出そうとしないのよ。」
「今彼女が何歳かご存じで?」
「?さぁ?結構なお歳でしょ。」
「生きていたら178歳になります。」
「生きてたら?」
「36年前に死にました。」
「えっ!?」
「私は彼女の死に際に頼まれたんです、
 『お前の力で私の死を隠しておくれ』
 私はひたすら36年間彼女の死を覆って隠してきました。
 彼女がそう言った意図は判ります、
 アンナが言った様に他の国に付け込まれないためでしょう。
 私も彼女の意思を汲んで隠し続けました。」

けれど妹がどうしようもない欲浸りなのです。
自分の姉の名声を笠に被り、王宮から多額の援助を請求する始末。

「ようするにズルしてるって事?
 ごめん、アタシそんなに頭良くないから、簡単に言って?」
「ズルです、ズルしてたんです。
 国は、私の下ご主人様の為になら金を出すんです。
 でも彼女が死んだらそれを受けられない。
 でも私がそれを隠してる。
 それで魔女の妹が悪い事を考えて、ズルしてお金をくれと国に」
「なにそれズルイ!」
「私は嫌気がさして家を出ました。
 魔女が死んで既に約40年。辛うじて集めた情報で最近は平和だと言う事も知りました。
 だからもう、良いかなと。
 今はまだ妹が往生際悪く隠しているみたいですが、
 そのうち魔女の死も公になるでしょう。」
「   それで良かったのよ。」
「え?」
「だって、それじゃあ御葬式もまだなんでしょ?

 御葬式、あげてあげなくちゃね。」
「    」
「ちょっと遅くなっちゃったけど。」
「……結局、
 他の誰がどうなろうと、私は良かったんですよ。
 あの人が言ったから、私はあの人の死を隠してたんです。
 あの人の為に、コーヒーの作り方を覚えようとした事だってありました。
 でもその最中に手元が狂ってこぼして、
 ……これはその時の染みです。
 あの人が言いました、
 「折角綺麗な身体なのに、汚したらいけないわ。」
 私はその日以来、
 コーヒーを作ろうとはしませんでした。
 また汚してはいけないから。」
「…だから、職業安定所で淹れられるものは『紅茶』って言ったの?」
「え」
「紅茶はコーヒーじゃないから?」
「  そうですね。でも結局、紅茶もこぼしたら染みになるんですけどね。」
「……そういう些細な事が、大切なのだと思うわ。」

オオモリって思いの外 人間臭いのね

匂いは手強いですからね
長い時間をかけて染みついた匂いは
なかなか取れないものですよ
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2011-01-06 00:07:34

それぞれの代償

テーマ:大人のオハナシ
無口な女は嫌いな筈だった。

どちらかというと賑やかな女の方が良い。

俺はそう言う男だった。

筈だった。


「地獄行き。」
「だと思った。」

死んで神様が目の前に現れた。
正確に言うと死んだ俺が神様の前の前に現れたんだけど、
そこで俺は案の定地獄行きの沙汰を下された。
まぁ、そうなるだろうとは思っていたけどね。
だって俺悪い事しかしてこなかったもん。
良い事って難しいじゃん、するのが。
でも悪い事は簡単でしょ?
怠けた結果だよ、生きてるうちにこういう流れは薄々勘付いてた。

そこから地獄のフルコース。
取り敢えずガストのメニューよりかは種類が多かったような気がする。
次から次へと、まぁ神様も手の凝った造り様で。
お陰様で入って一か月経っても地獄には飽きない。
でもこれはあくまでバリエーションの話ね。
正直拷問を受けるのにはもう飽き飽きだ。
皆地獄の拷問の中でうぎゃーとか、ひぃーとか言うんだ。
その悲鳴にも聞き飽きた。
人間の悲鳴ってのは思いの外種類が乏しくて面白くない。

一か月経っても同じメニューに放り込まれない。
まだ新しい地獄が御出迎え。
おいおい神様、一体何個地獄を作ったんだよ。
もう最初に入った地獄がどんな物だったか思い出すのも怪しいよ。
そして、はいはい、どうせ今日も皆でぎゃーぎゃー言うんだろ?
何かもう飽きてきたんだよなぁ。
って思って入れられたのが氷雨地獄っていう所。
三秒毎に針が身体に刺さっていくの。コレ凄いよ?
最初の方は只痛いだけなんだけど、
時間が経つにつれて身体に刺さってる針の数が増えるでしょ?
しかもこの針抜けないの。
それがどんどん増えるものだから、
身体を下手に動かすと身体の内部で刺さった針同士がぶつかるの。
それが痛いの、死ぬほど痛いの。
でも地獄では死ねないのね。死ねたら良いのに。
それでやっぱり皆でぎゃーぎゃー言ってるんだけどさ、
その時に一人だけぎゃーぎゃー言ってない奴がいたの。
女だったんだけどさ。
唇から血が出る程食いしばってて、叫び声一つあげないの。
見た瞬間、視線を他に移す事が出来なかったね。
だってそんな奴今まで見た事無かったもの。

そこそこ綺麗な女だよ。
でもそれじゃねぇんだよ。
最近じゃ綺麗なんて価値がねぇンだよ。
整形すれば顔なんていくらでも変えれるだろうが。
でも世の天才医者達は心や根性を成形できる技法を編み出したか?
無理だろ?
だからそこに価値が生まれるんだよ。

声をかけたね。
誰にかって?おいおいお前今まで何をきいてたんだよ。
その女に決まってるだろ。他に誰に声かけるってんだ。
「いやー、さっきの地獄も酷かったなぁ」とかそんな言葉から始めてよ。
それで俺の事を見てさ。ニカって笑ってやったんだ。
掴みは完璧だったね。

それで仲良くなったんだよ。
なった筈なんだよ。
拷問の時も横にいたし、
拷問の後も横にいたし、
俺が笑いながら話をすれば、アイツだって笑うんだ。ニコってな。
でもなぁ、
アイツ、一度も喋らねぇンだよ。

話が下手だとかそういう事は断じてない。
話は上手い方だぜきっと。
それにアイツも笑ってるしな。
いや、声を出して笑ってるわけじゃないんだ…。
いや、でも楽しんでると思うぜ、絶対。

でも、一度も声をださねぇんだ。
拷問の時もそうだ、絶対叫ばねぇ。笑い声もあげねぇ。
それでなんかよぉ、俺はどんどんハマっていってな。
なんでコイツ喋らねぇんだ、なんで声をださねぇんだ、ってな。
なんかしらねぇけど夢中になってたぜ。
必死にはならなかったな。
だって、惚れた腫れたは焦った方が負けだろ?

「無口な女は嫌いだよ。
 だって楽しくないじゃねぇか。
 それなのにどうしたんだお前ってば。
 正直女の趣味が悪いぜ。」

そんな台詞を昔の俺に言われそうだ。
ある拷問の後に二人で岩の上に座ってな。
その日は特殊な拷問でな。
性的拷問でイキたくてもイケないって状況が20時間も続いてな。
その後だったのか、俺の隣に座ったアイツをどうにかしたい。
そう思った事をそのまま素直にしてやった。
だってここは地獄だぜ?天国ならまだしも。
これ以上誰が俺達の事を指さして卑下するってんだ。
そんなの当たり前の事で、今更どうってことねぇよ。

押し倒したんだ、岩の上で。
ムードも必要かと思ってよ、キスから始めたんだ。
それで舌まで入れてよ。
それで口の中からアイツの舌を引っ張ってやろうと思ったんだ。
でもなかなか引っかからねぇんだよ。
あれ、おかしいなって思ってそのまま口の中を舌でぐりぐり探してると、
思いっきり突き飛ばされてな。
舌で探すのに夢中で、身体の力を緩めてたんだ。

思いっきり、目ぇ開いてたな。

そのまま動かなくてよ。アイツも俺も。

考えたんだ。

もしかしてコイツ、舌が無いのか、ってな。

思わず聞いちまったよ。
「お前、舌、無いのか?」って。

泣かれた。
泣いて置いていかれちまったよ。
生きてる時にもあんな感じは覚えが無かったよ。
かつてないほどにマズイなぁって。
座ってた岩を二三回殴ったね。

次の拷問に入る前に、
アイツが俺の所にやってきてさ。
でもアイツだけじゃないんだ。しらねぇ男がもう一人居てよ。
俺はてっきりそいつに殴られるんじゃないかと思った。
アイツに無理やり色々したから。
でも違った。
アイツが地面に文字を書き始めてな。
俺はそれが読めなかった。
で、アイツが連れてきた男が俺に何かを話しだすんだ。
そのテンポがアイツが地面に文字を書くタイミングと同じでな。
それでピンと来たぜ。ああなんだ、コイツは唯の通訳かって。

アイツが地面に書くんだ。

「私の舌が無いのは嘘を吐き過ぎたせい。
 だって、本当の事を喋るより嘘を吐く事の方が簡単だった。
 それで沢山の人に迷惑をかけたし、自分でも苦労した。
 でも最後まで嘘を吐かなくなる事は無かった。
 それで死んだ時に神様に舌を抜かれた。」

そこまで素直に読んでいた男が、
口笛を鳴らした。

「なんだよ。」
「なんだお前らできてんのか。」
「ああ?」
「『キス出来なくて御免ね』」

何言ってんだよ。
何やったんだよ。
キスならしただろ。

「何言ってんだ、キスならしただろ。」
「………『でも私の舌は無かった』」
「いや、舌が無くてもキスはキスだろ。

 おい、おいそこまでだ、もう書くのは無し。」

地面に突いているアイツの両手を万歳させて、
地面の文字を踏み消した。

「何言ってんだ。
 何が無いからって?
 口はあるだろ。
 キスってのはどこでするのかしらねぇのか。
 キスってのは口がありゃあ十分なんだよ。
 舌なんて別にいらねぇよ」

舌を入れるのは駄目だ。
だから啄ばむように楽しんだよ。
それなら二人で出来るだろ。不公平無くできるだろ。

「おーおー、よくもまぁ俺の前で」
「お前はもう用済みだよ。どうもありがとう。」
「とんでもねぇ言葉の組み合わせだなぁオイ。
 まぁそれにしてもお前の言う通りだぜ。
 キスをするのに舌は必要ねぇみてぇだな。」


人を愛するのに天国が必要無い様にな

その気になれば女の好みも変わるんだ

地獄でも恋は出来るさ
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2011-01-04 00:32:34

私が君の周りを

テーマ:大人のオハナシ
時計に騙されてる恐れがある。
そう気が付いたのは六時十分。
と言いたい所だが、「気が付いた」というのは少々偉さが過ぎる。
そこで「思いついた」と言い直したいと思います。

正月のテレビ番組は今年良い仕事をした。
それは詰まらない番組ばかりを放送してくれた事に他ならない。
お陰で視覚は貪欲に「面白い事はないか」と周囲を見渡し、
(しかしそれは炬燵を基準点とした限られた範囲で)
そこで時計と睨めっこをしてみる遊びを始めるに至った。
時計と睨めっこをしてみる。
こんな行為の発想に至るのは、
今の年齢ではなかなか困難であったので、
この機会を生み出した正月のテレビ番組には礼を言わねばならない。

にらめっこに付き合ってくれた相手は針を有する方だった。
デジタルでは無くアナログで、英数字で書かれた1から12の文字がある。
長針、短針、秒針の三本の針がそれぞれのペースを崩す事無く動いている。
三本は非常に近い距離で動いているにも拘らず、
お互いのペースに惑わされる事は無く、
それぞれの仕事を堅実にこなす優れた方達だった。

私が彼らに睨めっこを仕掛けたのは、
(睨めっこではなく、ただ彼らの仕事を見学していただけかも知れない)
六時五分だった。
そこから五分間、ひたすらに時計前身を眺めたのは、
先ほどにも述べたとおりに正月のテレビの功績である。
そして見つめ続けて五分後、
視線はそれまで針のみを追っていたが、
そこで初めてその『奥』へと、一歩踏み出した。

そこには文字盤。
黒の下地に金の文字。
それは動いていない。動いているのは針のみ。

これ、
逆になったらどうなるの。
そう思ったのが、六時十分。

動いているのは先ほども言った様に針。
文字盤というのは基本的に動かないのがアナログの主な仕様である。
これが逆になるという事は即ち針が止まり、文字盤が動く事を意味する。
もはやそこに針は無くてもいいのだが、一本の線が必要になる。
その線に当たっている文字盤の位置が『時間』になる。

針と文字盤、どちらを動かす方が低燃費なのか。
そんな数秒で答えが出るような下らない話しはどうでも良い。

どちらが『人間』に近いのか、というのが問題だと思った。

人が時計を見なくてもそこには必ず『時間』がある。
アナログの時計は針が動くが、
時間と人では一体どちらが動いているのか。

時は流れだと思っていた。
時の流れに身を任せ。
時は流れて数千年。
これまで耳に入った言葉が形になって心に錯覚を引き起こす。

しかし時が只の道だとしたら。
時が『流れ』で、所々に立ち尽くしている私達の間をすり抜けていく『場合』と、
一本道になっている時間の上を『私達』が動いている『場合』。

もう、どうしようもない。
動けない私達の間を時間が只すり抜けていってるのだとしたら、
もうどうしようもない。
けれど私達が時間の上を歩いているのだとしたら。

そこで時間に聞いてみた。
もしもしすいません、私って重くないですか?
いきなり

「私とあなた、どっちが動いてるんですか?」

と聞くのもぶしつけだ、ちょっと遠目から当てに行く。
最近腹六分目くらいにしか食べないので、
前より三キロは痩せたんですがね。
それでもやっぱり大人ですから、重いんじゃないんですか?

これで判るな、と思った。
時間の上を私達が歩いているなら、重さに関する話題が返ってくるだろうし、
時間の方が私達の間を動いているとしたら、
「それはなんの事を言ってるんですか」と不可解さを指摘する言葉を言われるだろう。
これは勝負がつく。
そう思って時間が返事をくれるまでの短い時間をじっと待った。
すると時間が、

「人間は重さを気にするが、実はその事は余り重要ではない。
 自分の現在よりも、自分の欲が結実するかどうかが重要だという事を、
 私は良く知っている。」

全てを見通されているようで、
私はそれ以上知りたい事を聞きだす手段を行使できなかった。

時間はなかなか口を開いてくれない。
知りたい事を言ってはくれない。
だからあの手この手で彼の口を開かせようとする。
そして彼の一部を、私達の『過去』をどうにか出来ないものかと。

人の言動は欲にちなみ、
人の自制は他者の言葉にちなみ。

結局、気が付いただけで、
なんの結論も出ないまま、
私の意識は足が食われている炬燵の中に引きずり込まれていったのでした。
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2010-12-26 15:12:21

他には何も求めません(後)

テーマ:大人のオハナシ
断食の最中にこうも身体がコントロール不能になると、
もうどうしようもない。
何かを食べたくて身体を動かそうとしても動かない。
取り敢えず携帯で誰かに連絡を取ろうと思っても充電が切れている。
充電しようと思っても充電器が見当たらない。
充電器を探そうと思ってもなかなか見つからない。
そして身体が思うように動かない。
いや、もはや自由がほぼ利かない。
脳から発射された命令伝達物質がなにかのカーテンで遮られ、
なかなか円滑に身体全体に行きわたらない。
非常に苛立ちを覚える。

もう駄目だ。
そう思った人間は身体をベッドの上に転がした。
頭が痛い。おなかへった。頭痛い。でもおなかへった。
コンピューターは1と0で動いているという。
ならば今の俺の頭は空腹と頭痛の認識信号のみで動いている。
それにしてもこれはヤバいぞ。
如実に死を感じ始めてきた。

嗚呼、思い返せば下らない事でこんな事になったんだ。
うんこの量が多いとかそんな事に気が付いて、
それで食べる物の量を調整したりしてうんこの量を検証したりして、
そして断食もしちゃって。俺はユダヤ教徒か。
そして折角喰ったものを吐き戻してフェイントなんぞもかける手の込みよう。
この地球の何処かで今日のご飯も満足に食べれない子供達がみたらどう思うのか。
本当に下らない事をやっていると思う。
だから日本は平和だ、とか言われるんだ。
平和が馬鹿を量産する事は今自分が身を持って立証中である。
コンビニで大量に弁当が廃棄されているこの日本国において、
断食の末に身体の免疫力が低下し、
そして風邪をひいて一人暮らしの部屋で死にそう?

アフリカの子供達は人差指を突き立てて俺の事を笑うが良い。
こいつ、馬鹿だぜ、とな。

それにしてもおなかへった。
うんこの事に気が付いた時は不思議と空腹感と言うものが遠ざかっていた。
空腹よりもうんこの謎。
俺のうんこはどうなってるんだ。
未知の追求が空腹を凌駕していたのは間違いない。
普段は好んで口にするチョコレートも欲しいとは思わなかった。
ああ、そうだ、チョコレートだ。チョコレートが食べたいなぁ。
チョコレートの何が良いって、味も食感も全てが素晴らしい。
チョコレートを下の上で転がし溶かし、味わいながら食べたい。
特に冷蔵庫の中で冷やしたチョコレートが美味しいんだ、また。
あのヒンヤリ感が口の中の温度で徐々に溶けて行く感じがたまらないね。
ひんやりしたチョコが舌の上にのってさぁ。
そうそう、丁度こんな感じのヒンヤリ感ね。
この今おでこの上に乗っているこのヒンヤリかんなんですけ

え、何このヒンヤリしてるの。

「ああ、良かった!
 これ、何本に見えますか!?」

寝起きにしては視界がさっぱりしている。
いや、言うべき言葉はきっとこれでは無い。
風邪っぴきの後にしては気分がさっぱりしている。
いや、それにしても、

「何本に見えますか!?」

このおばちゃん、だれよ?

「………三本ですか?」

気が付いたら目の前に指が三本立っていた。
風邪をひいて寝込んでいる状態からは体勢が変わっておらず、依然としてベッドの中。
そのベッドの中で寝ている俺の横で、おばちゃんが座って指を三本立てていた。

「じゃあこれは!?」
「……五本?」
「ああ良かった!元気になりましたね!」

窓の外にも随分青い空がある。
今日は良い天気になりますね。
天気予報士がそんな事を朝のテレビで言ったに違いない。

「……。」
「あ、身体起こされて大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫……。」
「良かった、もう死んじゃうんじゃないかって思っちゃいましたよ。」
「……あの」
「はい?」
「どなた?」
「そうですよね、そう思いますよね。
 説明しなくてはならないとは思っていたのですが、
 一体何処から何を話し始めれば良いのか。
 あの、大変申し上げにくいのですが、」

あなたのうんこで御世話になっている者です。


そらが、
あおい。

「あの、お茶入りました。」
「あ、どうも……。」
「はい。
 そら、青いですね。」
「ええ、良い天気で……。」
「本当に。」
「……で、俺のうんこが……?」
「いえ、厳密にはうんこが凄いのでは無く、
 腸壁から分泌される腸液の成分が素晴らしくて。」
「ちょうえき?」
「それがうんこに混ざって出てくるので、
 相乗効果で土に良く混ざり合い、
 土中の有機的肥料栄養が素晴らしい状態で拡散していくんです!」
「はぁ……うんこが?」
「そうです!」
「俺の……うんこが。」
「ええ、素晴らしいんです!」

おばさんが言った事を、割愛して説明。

と思ったのだが、
話をしている時のおばさんの目が、とても真っ直ぐで硬かった。
だからそのまま書こうと思う。

何処の世界にも理不尽と言うものは存在するらしい。
おばさんは、俺が住んでいる場所からは遠く離れている場所に住んでいて、
(と言う風におばさんは言った。それを聞いて宇宙圏外の場所だと直感した。)
随分昔に特殊な宇宙線が降り注ぐ事件が起きたらしい。

「宇宙船?」
「ロケットとかじゃないです。宇宙線です。
 この星にも、紫外線とか電磁波とか降り注いでいるでしょう?」
「ああ。」
「それの事です。
 どの星から発生したのかは全く判らないのですが、
 とある特殊な宇宙線が私達の住んでいる星に降り注ぎました。
 それが問題だったのです。
 宇宙線は非常に透過力が強く、衝突した惑星表面から、
 その裏側まで付き通る程の威力を持っていました。
 科学を専門に扱っている機関はその事を逸早く察知したのですが、
 誰もそれを問題視する事はありませんでした。」
「どうして?何か問題は起こったんじゃないの?」
「その通りです。起こりました。」
「……直ぐ気付く様な事じゃ無かった?」
「御明察。」

降り注いだ宇宙線の効果は直ぐには表れなかった。
効果が表れ始めたのは、降り注いで二週間後の事だった。

「みみず?」
「こちらでいうところのミミズです。
 土を食べて肥やす生き物がいたのですが、
 それが軒並み全滅しました。
 どの国のミミズでも同じ事です。
 気が付くのに二週間もかかりました。正直遅かったと思います。」
「そ、それで?」
「地質調査団が乗り出し、事の全てが判りました。
 土中の栄養素が完全に分解されていたのです。」
「それはもしかして分子レベルで?」
「残念ながら原子レベルでした。
 陽子と中性子のサイズレベルで分解され、
 惑星の土中の有機物や栄養素は完全に破壊されていたんです。
 それだけではなく、全く別の物質に変化している物もありました。
 ミミズはそれを食べて、早い話が食中りを。」
「あらー。」
「問題はそこからでした。」

土中の栄養素が無くなった。
と言う事は、植物が育たなくなった。
穀物、野菜を生産する事が最早出来ない。
生産不可能になったのは植物性の食べ物だけでは無く、
それを餌としていた家畜にも影響が出始めた。

「全てに影響が出始めたのは、二年後の事でした。
 それまでは化学肥料等で何とか出来ると世界各国は思っていたのですが、
 自然の生産力に人工の物が勝てる筈も無く、
 いえ、もしかしたらそれは可能なのかもしれませんが、
 私達の惑星の科学ではそこまでの生産力を維持できず、
 生産コストも跳ね上がり、
 最終的には、食べ物に関する値段が馬鹿みたいに高くなりました。」
「……うわー。」
「何が起きたと思います?」
「え?」
「そして何が起きたと思います?」
「……戦争?」
「……どこの星でも、大体同じ事を思うのですね。」

そう言ったおばさんの目が黒く冷えた。

科学力のある国は維持可能。
しかしそれを持たない国々は飢え、苦しみ。
その差によって人の中の不満は更に肥大化、そして争い。
皆、生きたかっただけ。

「みんな、生きたかっただけなんです。
 自分の国の力ではどうする事も出来ないから、
 でも、科学力を持っている国にも限界はあって、
 それに自分の国も守らなければいけなくて、
 その戦争が鎮静化するのに、7年かかりました。」
「7年……。」
「その間にも土中の栄養素の回復手段は見つからず、
 軍事力に裂いた資金で食物の生産が陰り、
 飢えで死ぬ人間も多数出ました……。」
「……科学が発展している国でもって事だよね?」
「そうです。」
「そっか……。」
「結局、惑星全体の人口は20分の1まで落ち込みました。
 宇宙線が降り注いで9年後の事です。
 それから細々と更に三年の月日が流れましたが、
 完全な打開策も無く……。」
「でも、有機物はまた何らかの形で土に戻るでしょ?」
「え?」
「いや、だからその…うんこみたいにさ。
 生き物が出すものによって再び肥料みたいな成分が土に戻るんじゃないの?」
「……恐ろしい事はその点に尽きます。」
「?どう言う事?」
「土が全て殺すんです。」

宇宙線によって新たに生まれた物質が、
土中に入ってくる有機物と反応して分解してしまう。
だからいつまでたっても土が潤わない。

「……それに気が付くのにも、また随分と時間がかかりました。
 その間に大量の資源を土によって失い、
 状況は切迫するばかり。

 でも!」

空を見ていた。
おばさんと二人で空を見ていた。

「奇跡の様な物質が存在する事が判ったんです!」

青い空を見ていたおばさんの顔がぐるりと回って、
隣に座っている僕を見た。
ドキッとしてしまう。
おばさんと言っても、きっと40を過ぎたばかりだ。
どきっとしてしまう。

「土中にちゃんと根付いて栄養素になる物質があるって、判ったんです!」
「も、もしかしてそれが僕の?」
「そうです!腸壁から分泌される腸液が!
 どういう化学変化で生成されているのかも判らないんですが、
 でも確かに、その、アナタのお腹から!」

切羽詰まった声を出す。
おばさんのその声で、文字だけでは笑ってしまいそうな会話も、
まるで葬送曲で歌われる言葉のように、耳に入る。

「判った時、感激しました…!
 腸液だとか、うんこだとか…!そんな事はどうでもいいんです……!
 私達が生きる道が見つかったんです…!
 真っ暗な夜の中に光が差し込んだようなものでした…!
 どれほど、科学者達が歓喜した事か……!!」

しかし、問題もあった。
空間転送を使って俺が出したうんこを奪取するにしても、
一日の獲得量が本当に少ない。
そりゃあそうだ、だって人間が一日にするうんこの量だぞ?

「……やな予感がするんだけど。」
「……申し訳ないとは思ったのですが、
 腸内に……」
「……他の人のうんこを!?」
「いや、違います!うんこに似た有機物を作って、それで転送を!
 そうして腸液が染み込んだうんこを作為的に増やして……すいません!」

いや、まぁ、もういいけどさ。
他人のうんこじゃ無いだけ良かったよ。

「…僅かな歩みになるとは判っていました。
 でも、やはり欲が出て…それで出して頂くうんこの量を増やして…。
 それでも、惑星全土を潤すには時間がかかる事は明白…。
 大勢の批判も浴びました。
 でも、他に道が無くて、
 でも、本当に凄いんです!
 宇宙線によって生み出された物質も分解して、
 本当に凄いんです、アナタの腸液!」
「そ、そう。」
「お陰でこの二十余年、随分と持ち直したんですよ!」
「(…俺の二十年分のうんこでねぇ……)」

お願いです、他には何も求めません。
ですからどうか、アナタのうんこをこれからも私達に下さい。

「………いいよ。」
「本当ですか!」

そうして、おばさんは帰った。
空間を裂いてその穴の中に消えて行った時、
本当に地球外から来たのだとあっけにとられた。
そのおばさんが帰り際に映像を一枚見せてくれた。

「私の息子です。今年で七歳になります。
 あなたのおかげで、ここまで大きく育つ事が出来ました。
 今なら、ちゃんと食物も十分に補給できます。」
「俺のおかげだなんて、そんな……。」
「でも真実です。」

どの世界にも、理不尽というものは起きる。
ここでも起きる。
あっちでも起きる。
きっと何処でも起きる。
理不尽は時と場所を選ばない。

そんな理不尽に踏みつけられているばかりが生き物では無い。

勇猛果敢と言う言葉は生きようとする者の為にある。

思考錯誤と言う言葉は諦めない者の為にある。


気分は、大分良い。
普通に食事もできそうだ。
今日は沢山食べよう。
ヨーグルトも忘れずに。
誰かの為に出すんだ、うんこを。
なるべく臭いウンコを出さない様に、
今日もヨーグルトを食べよう。
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2010-12-25 23:08:55

他には何も求めません(中)

テーマ:大人のオハナシ
栄養士の友人が私にこう言った事があった。
人間の身体は徐々にうんこになっていくと。
私はそれにすかさず反応したのを覚えている。

「おいおい、それじゃあ人間はうんこになって死んでしまうのか。」

当然これは間違いである。
人間の身体は確かに徐々にうんこになるらしかった。
しかしそれは別に死への行進曲に繋がる訳ではない。
人間の身体と言うのは日々作りかえられていく。
詳細を開くのを割愛するが、
人間の全身が新しい細胞に置き換わるのにも確か一か月かからなかった筈だ。
もっと短い時間だったかもしれない。
要するに、置き換えられてしまった身体はうんこへ。
そう言う訳だ。

しかし今回の事がこれにどう関連しているのかは判らない。
食べた物がうんこになる。
置き変わった身体がうんこになる。
そこまでは良いだろう。

しかし、事態は違う。代謝とかそういう生理的現象ではない。

フェイントをかけたらうんこが出てきたのだ。

「はぁ?」
「いや、本当に。」

栄養士の友達に連絡するのは実に一年半ぶりの事だった。
お互いに便りが無いのは良い便りと言わんばかりに音信不通の状態。
その沈黙が、よりにもよってうんこによって破られるとは。

「いや、だからうんこが」
「フェイントをかけたら出て来たって?」
「そう。」
「要するに何も食べて無いのに、うんこが?」
「そう。」
「待ってたんじゃないか?」
「はぁ?」
「いや、身体の中で待ってたんじゃないか?」
「うんこが?」
「うんこが。」

友人の言葉を要約するに、
早い話が冗談を言う位しか術が無い程に判らない、と。
冗談を言ってしまう程に有り得ない状況だ、と。
よく判ったよ兄弟。

それまで続いていた断食も、
昼夜問わずに襲ってくるようになった空腹感によって終結を見た。
やはり人はパンのみで生きる訳では無くとも、
何かを食べねば生きていけない。
食べる事、そして寝る事。
この二つが生きる理として人間には必須なのである。

しかしうんこである。
やはりうんこの量がおかしかった。
そこで試しにヨーグルトを食べてみる事にした。

私は昔にヨーグルトに随分と執心した事があり、
その時期に出ていたうんこは匂いがほぼ無かった。
御偉い人が仰るにそれは善玉菌の働きらしく、
例えば、屁が臭いのは善玉菌の比率が少なく、悪玉菌の比率が大きい、と。
しかし今は屁の話では無い、うんこの話である。

人間の身体の機能がフェイントに引っ掛かるとは思えない。
これは明らかにフェイントという人為的工作が通用する相手が、
何処かに存在していると言う事である。
と言う事は、他の誰かに私が見られている、という推測が生まれる。

しかし誰に見られていると言うのか。
他の誰かにこっそり見られている等、
正直気持ちの良い事では無い。

「なんでそう言う話に?」
「いや、だってフェイントだよ?」
「フェイントか。確かにフェイントだね。」
「フェイントにひっかかるなんて、実は結構高度な技術だよ。」
「ほう?」
「ほう?って……だって植物がフェイントに引っ掛かるか?」
「やっべ!今はまだ冬だった!」
「…なにそれ?」
「フェイントに引っ掛かって冬に開花しちゃった桜の気持ちになってみました。」
「いや、それは無い……。
 だから俺が何を言いたいかって言うと、」
「要するに考えたり見たり聞いたり出来ないと、
 フェイントには引っかからないってことでしょ?」
「そうだよ。
 だからこれは第三者が俺の事を見ているって事じゃないか!」
「なんでそうなる。」
「お前は今の話の流れを聞いていたのか?」
「いや、だから。

 お前の考え方だとその結論に辿り着くかもしれないけど、
 俺の考え方だと違うね。」
「なによ。」
「お前の中にもう一人いる。」

妊娠?
いいえしてません。そもそも私は男ですから。
じゃあ分裂?いやぁ、そんな忍術も身体の構造もしておりませんで。
さもなければ、なによ?

「移植されたな。」

コイツ本当に栄養士なのだろうか。
本当は生物学者か何かの類になるのが夢だったんじゃないのか。

「いしょく?」
「手術はした事無いのか?
 他のドナーから受け継がれた臓器がお前の中で何かに目覚めた。」
「そしてうんこ?」
「うんこは単なる手段に過ぎない。
 他の誰かと連絡を取り合いたくなった時、
 現代の世の中であるにも関わらず、お前が送ったのは手紙だった。
 それは手元に携帯もパソコンも無く、紙と封筒しか無かったからだ。
 
 なぜ、うんこなのか。」
「な、なんでだ?」
「……いや、うんこしなかったんだろうな……。」

てっきり固い信念の様な返答が返ってくるかと思っていた。
しかし栄養士の友人は最後の最後で調子の狂った声で。
こいつ、俺と会話している時何を考えてたんだ。
きっと途中から妄想が暴走してちゃんと収まる話から逸れて行ったに違いない。
しかし友人を責めてはならない。
なにせ話題はうんこである。
まともな返答なんて最初から期待しては無かった。
寧ろここまで一緒に考えてくれてありがたい限りだと思わねばならないだろう。
そう思って友人別れを告げた。

以前答えは出ない訳だが、仮定のパターンは増えた。

第三者が見ている。
それは自分の身体の中にあるパターン。
もしくは外から見ているパターン。
一体どっちだ。それとも全く別のパターンか。
便意に逆らう事無く便座の上に座り用を足しながら考え込んでいる最中も、
うんこは出てきた。
やはりいつもと同じだ、量が多い。
量が多い事を「普通」と言ってしまうなんて。
もうこの生活を初めて随分経った。

ヨーグルトの色は白では無い。
その事に気が付いたのはそんな生活を初めて二カ月が経とうとした時である。
ヨーグルトの色は何色かと問われるならば、きっと大勢の人間は白だと答えるだろう。
私もそう思っていた。ヨーグルトは白色をしている。

しかし厳密にはヨーグルトは白では無い。
これはヨーグルト色なのである。
聞いて欲しい、ヨーグルトの色は白と言うより、寧ろ黄色に近い。

色が二つ混じった場合、
その二つの混ざった色を想像して混ざった比率を考えるだろう。
ヨーグルトの色。確かに白に近い。
しかしよく見れば黄色も混じっている。
この場合、大きな比率を誇っている白よりも、黄色の方に注意が行くのである。
それまで白だという認識に混ざり込んできた黄色の認識が威力を発揮する。
隠れていた物の方が大きく見える。
声を大にして言おう、ヨーグルトの印象的な色は寧ろ黄色である、と。

この事に気が付いた瞬間に、ある事が頭の中でパンと弾けた。

言わずもがなうんこである。
これまでやんややんやとうんこの「量」にのみ注目して騒いでいたのだが、
これは実は重要な事では無いのではないか。
これまでの事でも第三者が見ているかも知れないと言う予想段階まで至った。
実のところ量よりもこちらの理論の方が重要だ。
その事は私自身も判っている。
しかし、誰がどこから?
その事が判らない。
だからこの方向への思考は一旦停止してしまっていた。
通行止めである、と。

だがしかし行けないからと言って諦めてはこれまでの人類の発展は無かった。

うんこである。
このうんこの量の裏側に隠された真実を見つける事こそ、
自分が人類として生きている重要な証であり、甲斐では無いのか。
私はまた断食生活を始める事にした。

フェイントをもう一度かけてみよう。
今度こそ、胃の中にも腸の中にもなにも入れて無い状態で。
出てきたうんこに声を大にして

「お前はどこから来たのか!」

と堂々と言える状態にしてやろう。
今度はもう負けない。
食べることへの欲を大地の岩盤の下へ、
もしくは大空の青色の彼方へ葬り去り、
そして断食の日々は始まった。

腹が減る。当り前の事だ。断食だ、腹も減る。
うんこの量が徐々に減って行く。
これは以前と同じだ、ここまでは確かな事だ。
そしてウンコが出るのが止まった。
いいぞ、これも以前と同じだ。
あとは大量の食物を口の中に放り込み、吐き戻してフェイントをかけるだけだ!

と思いつつ、絶食準備万端の状態で就寝したある日の事。
次の日の朝に起きて、その昼を迎えないまでにバカ食いしてやろう。
そう思っていた。
しかし、次の日の朝に起きてみれば頭が重い。
身体も熱くないか?これはきっと布団のせいではない。
自分の体内から放出されている熱である。

人間の身体と言うものはエネルギーが足りないとどうなるか。
免疫力が著しく低下するのである。
要するに衛兵に飯を食わせないと防御力が下がる。
下がるとどうなるか。
勿論言うまでも無く外界からの侵攻を防ぎきれなくなり、城内へ攻め込まれる。
人間の身体で言うとどういう事か。


風邪をひいたのである。
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