――閃光が爆(は)ぜる。
大切な仲間(ひと)がその光に飲み込まれていく。オリジナルハイヴの核と共に――
たくさんの戦友(とも)と共に出撃した横浜基地。
そこに無事帰還したのは社霞と白銀武、2人だけであった。そして、白銀武を因果導体としてしまった原因である鑑純夏が息を引き取ったことで、白銀武は因果導体ではなくなっていた。香月夕呼と社霞に見送られながら、白銀武は光につつまれ “元の世界”へと戻った。
戻ったはずだった――
◇ ◇ ◇ 《Side of 白銀武》
暗い深海からゆっくりと浮上するように、かつて“恋愛原子核”はたまた“因果導体”と呼ばれた男、白銀武は目を覚ました。
――ん・・・んぁ?
目を覚ますと、見慣れた天井があった。・・・・・あれ?
なぜだかとても懐かしいと思っている自分に気が付いた。おかしいな、と思いつつ体を起こした瞬間――
「――っ、ぐっ!?」
とてつもない頭痛が襲ってきた。そして流れ込んでくる大量の情報―――
「っくぁ・・・つぅ~・・・」
それは、何度目になるかも分からぬループ、“BETA”という生物と戦っている世界、オルタネイティヴ計画、訓練生として入隊したこと、12・5事件、横浜基地防衛戦、甲21号作戦、横浜基地防衛戦、桜花作戦。たくさんの人間が死んだ。そして大切な仲間、かけがえのない戦友である彼女たちもまた・・・
いつの間にか、目の前が涙で霞んでいた。
「――なんだ、今の・・・夢なのか?」
夢にしてはやけに鮮明に覚えているな・・・と思ったが、あまりにも大量の情報が流れ込んできて混乱しかけていた頭を落ち着けるため、とりあえず起きようとベッドに手をつくと―― むにゅっ、とベッドではない柔らく暖かな感触があった。
「んぁ?」
なんだ?と思いつつ、その感触がした方を向くと(もちろん、ムニュムニュと感触を確かめながらである) 見知らぬ少女が、寝ていた。
・・・・・
「いやいや、見知らぬじゃねぇっての。この顔はさすがに知らないはずが無いだろ・・・」
隣で寝ていたのは、ガキの頃から一緒で家が隣で部屋も向かいの幼馴染“鑑純夏”であった。起きる予兆なのか、悩ましげに体を動かしている。
「純夏~?・・・爆睡中か」(まだムニュムニュしている。無意識に)
なんで純夏が俺の隣で寝てるんだ?昨日なんかあったっけ?いきなり一緒に寝ちまうようなイベントは何もなかったはずだ――
『んぅ・・・ん~・・・・・・・へ?』(無意識にムニュムニュ)
『・・・タ、タタタタタケルちゃん!?』
つーか、何で俺たちは制服を着たまま寝てんだ?
『はわ・・・はわわわ・・・・・』(ムニュムニュ)
てことは何?さっきのは夢じゃない?もしかして、また戻ってきた?いや~・・・そんなバカな。あれ?それに確か、あの世界じゃ純夏は・・・ってことは夢?
などとブツブツ独り言を言っていたが、俺は何かを感じていた・・・
が、俺は気付いていなかった。こうして一人考えを巡らせているうちに、情け容赦の無い明確な殺意が迫ってきていることに――
「――っ!!」
『な・・・な・・・なな・・・』(ムニュムny・・・)
急に悪寒のようなものを感じ、全身に鳥肌が立った瞬間――
『なにするかぁぁぁぁ~!!!』
「へ?」
まったく予期していなかった怒声&凄まじい衝撃が襲った。
「チョバムッ!?」
不可解な悲鳴を残し俺は星になっ・・・・・・・てたまるか。
錐揉み回転しながら吹っ飛んでいたが運よく背中から壁に激突したものの、後頭部をしたたかに打ちつけたがダメージはほとんど無いようだ。
「あがぁ~~~~~・・・・・って、あら?あんまり痛くない?」
心なしかガッシリとした体になっている気がする。だとしたら俺は・・・・・・いや、今はそれより――
「す、純夏・・・さん?」
いつの間に起きたのか、全身から禍々しいオーラを出し先ほどからこちらを睨み付けている幼馴染に恐る恐る声をかけてみる。
「――ッ!!」
「――うぉっ!?」
もの凄い形相で睨まれた。マジこえーヨ・・・内心ビクビクしつつも、俺は標的との接触を試みる。
「い、いきなり何しやがる純夏!」(あ、どもった・・・)
「うぅ~~~~~。それはこっちの台詞だよっ!起きたら隣にタケルちゃんが居るし、タケルちゃんはその・・・む、むむむむ胸をも、揉ん・・・触ってるんだもんっ!」
「は?・・・あ~・・・」
そういえば起き上がるときに何か触った気がする。まったく意識してなかったから、正直なところ覚えていないのだが、微かな感触が手に残っている気がする。俺はまた無意識に、その感触が残る手を握ったり開いたりしていた。
やはりアレは言っておかなければならないな、と思い純夏の方を見ると、純夏は布団を手繰り寄せ、それで体を隠すようにし涙目で頬を紅く染めて「うぅ~~~~~」と唸りながら睨んでいる・・・・ちょっと可愛いのがムカツク。
「なぁ純夏、念のため確認しておくが、それが不可抗力だって分かってくれるよな?」
「・・・・・」
「あ、そーそー。これもお約束だから一応言っておくな?オマエ、もう少し胸は大きくなっ――」
ここまで言って初めて俺は気付いた。純夏から出ていた禍々しいオーラが先ほどよりも膨れ上がり、今にも爆発しそうなことに――
「タ~ケ~ル~ちゃ~~ん・・・?」
ついに純夏がユラリと立ち上がった。
「――!!ちょっ、ま、待てっ!落ち着いて話し合おうぢゃないか!暴力で解決なんて良くないっ!や、やめっ――」
直後、BETA突撃級顔負けの直線機動で、距離を詰めた純夏から繰り出されるは、伝説の――
「バカ――――――――!!!」
「ファント――――――――――――ッム!!!」
断末魔の叫びは、かつて封印された“左”の名だった――
ドスッ!という音と共に腹に伝説の左が直撃した。この衝撃にはさすがに耐え切れず、俺の意識は急速に闇の中へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
懐かしい声を聞いた気がする――
『―戦って生き残ったことを誇りなさい』
それは、自分を一から鍛え育ててくれた人の声に似ていた。
『・・・白銀は強いな・・・・・』
それは、戦場での別れの間際、互いの胸の内を語り合った上官の声に似ていた。
『あんたなら大丈夫・・・しっかりやんなさい!』
それは、未熟だった自分を叱咤激励し、背中を押してくれた先任の声に似ていた。
『私の弱さを・・・許せ・・・・』
それは、死の間際に抱えていた思いを伝えてくれた、大切な人の声に似ていた。
俺は―――
『―――あんたは“この世界”の救世主よ』
それは、親友を犠牲にしてまで、人類の未来のためにずっと苦しんでいた人の声に似ていた。
俺は救世主なんかじゃ・・・・・・
ただ、誰かを失って進む道じゃなくて、みんなで進んでいける道を――――――――
◇ ◇ ◇
「――ちゃん・・・タ・・・・――タケルちゃんっ!」
「―――んぁ・・・・・・あ?」
ユサユサと体を揺すられる感覚で、ゆっくりと意識を取り戻した。ズキズキと痛む腹をさする。パンチで気絶するって・・・・
「いたたたた・・・・・・」
「あははは・・・・だいじょ~ぶぅ~?」
さすがにやりすぎたと思ったのか、申し訳なさそうにこちらを覗き込んでいる純夏の顔が目の前にあった。
「さ、さすがにファントムはきついぞ・・・っと――」
「まぁ自業自得だよねぇ~。あ、ほら、なんか落としたよ~」
壁に手を付きノロノロと立ち上がると、その拍子に制服のポケットから何かが落ち、気付いた純夏がそれを拾い上げた。
「これ・・・・・・」
「ん?それって――」
落ちたそれは、幼き日の俺が純夏にプレゼントした“サンタウサギ”だった。
「?――っ!う、ぐぅっ!?」
拾い上げたサンタウサギを眺めていた純夏の様子が突然変わった。――苦しそうに頭を抑え、崩れ落ちそうになる純夏を慌てて支える。
「おいっ、純夏っ!どうしたんだ!?」
「うぅ、ううううっ・・・・」
純夏は呻くだけで返事はしてくれない。
「急にどうしたんだよ・・・おい!純夏っ!!」
純夏をベッドに座らせると、俯いた拍子に長い髪に隠れて見えなかったうなじの辺りが見えた。首筋には少しだけ肌と違う色になっている部分があった。
「ん?コレって――――・・・・・・――っ!?」
と、何かを思い出しかけたとき、再度強烈な頭痛が俺を襲った。そしてまたも流れ込んでくる大量の情報―――それは戦いの記憶であった――
「つぅ~~~~~っ!?・・・・・嘘だろ・・・まさか、また―――」
俺はそこで思考を中断し、本来なら初めに確認すべきだった事を思い出した。
閉じられている窓の前に行き、深呼吸をする――
カーテンと一緒に勢いよく窓を開け放つ。と、最初に飛び込んできたのは埃っぽい空気と強い風だった。強い風で思わず目を閉じてしまったが、目を開くとそこにあったのは見慣れた幼馴染の部屋ではなく、壊れた戦術機に押しつぶされた家と廃墟と化した街並みだった――そして先ほどより鮮明に蘇る記憶――
「はは・・・はははは――夢じゃねぇ・・・ははは・・・・」
何故か、笑いが込み上げてきた。アレは夢じゃなかった。
何回もループして――BETAと戦って――そして皆は・・・・でも、これなら――
「ははは・・・やり直せるのか・・・ははは・・・・なら、今度は――」
今度は、皆を護る――前は夕呼先生に迷惑かけまくったからな・・・今回は本当の救世主になって護ってみせる。
―――みんなが居なくちゃ俺が幸せじゃねぇんだよ!
そう考えたとき、不意に後ろから抱きしめられた。今この場所でこんな事を出来るのは一人しかいない―
「す、純夏!?」
「あははは・・・やっぱりタケルちゃんはタケルちゃんだね~」
「――え?いや・・・んな事より、お前・・・」
言葉を続けることが出来なかった。純夏が人差し指で唇にそっと触れたからだ。
「解かってるよ、タケルちゃん。自分の体の事は自分が一番よく―――」
「・・・・」
「でもね・・・大丈夫だよ、今度は――」
そこで純夏は言葉を切り、もう一度ギュっと抱きしめてきた。そして――
――ありがとう、タケルちゃん。今度は大丈夫だよ――
「――っ!?」
純夏の声が聞こえた。いや、正確には聞こえたわけではない――声は、頭の中に直接響いてきた。俺は純夏の方に振り返ろうとしたが、純夏はガッチリ抱きついて、背中に顔を埋(うず)めていたので表情は見えなかった。
「今の・・・プロジェクションか?・・・・・じゃぁ、やっぱり純夏は――」
「うん。首のパーティション見たでしょ?」
あぁ――と、頷いたが動揺が隠せないでいた。その動揺は、純夏には手に取るように分かってしまうのだが。
そんな俺に純夏は静かに、だが、しっかりとした口調で武に語りかけた。
「タケルちゃんは確かに前の“この世界”を救ったんだよ。それは間違いないことなの――タケルちゃんは救世主だったんだよ、本当に。」
純夏の言葉は温かく、心に染みるようだった。
「でも、その代償は武ちゃんにとってとても大きいものだったんだよね?」
そうだ・・・まりもちゃん、伊隅大尉、速瀬中尉に涼宮中尉と柏木、207のみんな、そして純夏も――みんな死んでしまった・・・・
「でもタケルちゃん、本当はみんなを助けたかったんでしょ?だからまたここに戻ってきたんだよ、きっと」
(――?俺は因果導体じゃなくなったはずじゃ・・・・確か、あのとき霞が)
「うん。タケルちゃんを因果導体にしちゃってたのは私だったから。私が死んじゃったから、タケルちゃんは因果導体じゃなくなって終わるはずだったんだけどね~。あ~あ、戦いを終わらせてあげたかったのに・・・・もう、ホント我侭なんだからタケルちゃんは~~~」
それまで少しシリアスな口調で話していた純夏が、急に呆れたような口調に変わった。
「へ?」
この変化に対応できずマヌケな声を出してしまい、それも加えて更に純夏は呆れたようだった。
「も~~・・・・しっかりしてよぉ~。タケルちゃんたちが、みんなを護りたいって強く思ったからループが起きたんだと思うよ?」
「え――俺、たち?」
「うん。他の並行世界のタケルちゃん達だよ。どこに居てもタケルちゃんはタケルちゃんだよね~~~考えることが一緒だもん」
あはは~、と純夏は笑っている。なんかよく分からんが、やり直せるというのならやってやろうじゃないか――
「そうそう、それでこそタケルちゃんだね!」
(純夏よ、頭の中の言葉にまで突っ込まないでく――「ふっふっふ~」れって・・・はぁ~~~・・・・あ、そういえば――)
「なぁ、さっき何で倒れたんだ?」
色々あってすっかり忘れていたが、それは最初に聞こうとしていたことだ。
「あ~~・・・うん。アレはサンタウサギを見たら記憶の流入が起きて、量子電導脳に一時的な負荷が掛かったみたい。もう平気だよ~」
と純夏は武から離れて手をパタパタ振りながら答えた。
「そうか――」
良かった――と続く言葉を飲み込んだのだが、純夏がニヤニヤしながらこちらを見ていたので、俺は無言でスペンっ!と脳天に軽いチョップを喰らわせてやった。
「った~・・・・・んふふ――」
チョップを喰らった純夏は頭を押さえたが、すぐに笑い出した。それに釣られて俺も笑い出した。
少しの間お互いに笑っていたが、笑いが収まり深呼吸をした純夏が俺を呼んだ。
そして――
「それじゃ、行こうよ――」
と告げた。ただ簡潔なだけの言葉だが俺には十分だった。俺は純夏のその言葉に静かに、けれど力強く頷いたのだった――