2011年1月28日
父は商社勤めのサラリーマンで、私が1歳から7歳のときまで家族で旧西ドイツで過ごしました。平日はもちろん、土日も出張や接待でほとんど家にいなかった。
当時のイメージは、トレンチコートにパイプ。少しキザなところがあったんです。たまに早く帰って来るとうれしくって、「おかえりー」と玄関まで走っていって抱きつきました。コートに染みついたたばこのにおいが、父の最初の記憶です。
家に仕事は持ち込まないタイプでしたが、日本に戻ってからは、年末に500枚以上の年賀状を書くのが恒例でした。大掃除をしている私や2人の姉は「何で仕事の人ばっかり大事にするの」と不満でした。
私が高3の夏、定年を間近に控えた父に腎臓がんが見つかりました。発見が早く、手術と3カ月余りの入院で完治しましたが、職場に戻ると自分のポストに後任がいたそうです。つらかっただろうと思います。
でも社会人になって、父の仕事ぶりを知る機会が増えました。最近も、緊張しながら財界の大物に取材に行くと、「昔、お父さんにお世話になって」と笑顔で迎えられました。酒に弱くて家ではほとんど飲まない父が、顔を真っ赤にして宴会を盛り上げていたそうです。
仕事中心だった父ですが、いつも家族を気にかけてくれていました。大学時代、友達と遊んで夜遅くに帰ると、父はいつも風呂から上ったばかりのような格好で「お帰り」と声をかけてから自分の部屋に入るんです。偶然を装ってましたが、今思えば心配して待ってたんでしょうね。
ニュースキャスターという仕事柄、プライベートなことで騒がれることもありました。心配する母とも感情がぶつかり、精神的につらかった時期、父は「仕事のマイナスも含めて引き受けるなら、自分の思うようにすればいい」と冷静に声をかけてくれました。
75歳になった今も、かつての仲間との集まりを企画したりしているそうです。人付き合いを大切にする姿勢は見習いたいと思います。(聞き手・相江智也)
*
ぜんば・たかこ TBS系「NEWS23X(クロス)」のキャスター。1997年、アナウンサーとしてNHKに入り、「おはよう日本」「プロジェクトX」などを担当した。2006年に退局。35歳。