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余録:鳥インフルエンザの魔

 平安時代の貴族には1000羽も白い鶏を飼った者がいたという。なにも人々に安い値段で卵や鶏肉を食べてもらうためではない。家で1000羽の白鶏を飼うと、娘が皇子を産むと言われたからだ▲「源平盛衰記」にある話で、史実かどうかは知らない。ただそれによると藤原信隆が飼った白鶏がどんどん繁殖して5000羽にも増え、田畑を荒らして京の七条八条に満ちたとある。庶民は迷惑したようだが、効験あってかどうか信隆の娘は召されて皇子を産んだ▲この話からも分かるように、昔はその鳴き声が夜明けをもたらすことから魔を払い、幸運を招く霊鳥と思われた鶏だ。それなら数の多い方が効験も大きくなると考えた人がいるのかもしれない。だが今日、その鶏の群れに海を越えて迫る鳥インフルエンザの魔である▲昨秋以降、北海道から九州までの全国に広がりを見せる鳥インフルエンザである。とくに今月下旬には、ブロイラー出荷量で全国1、2位を占める宮崎、鹿児島の両県の養鶏場で感染が見つかったのに続き、採卵鶏飼育農家数1位の愛知県でも鶏の感染が確認された▲何しろ発生地から半径10キロの区域内には何百万羽もの鶏が飼育されている養鶏地帯のことだ。原因は渡り鳥が運んだウイルスとみられるが、鶏舎にはスズメやネズミ、人や飲料水によって運び込まれる恐れがあるという。防疫に懸命の養鶏農家は一時も気が抜けない▲ともあれ卵や鶏肉から人に感染することはないという鳥インフルエンザである。鶏の霊力の及ばぬ相手ではあるが、ここは正確な情報にもとづく人間同士の互助と連帯によって群れを守りたい。

毎日新聞 2011年1月28日 0時21分

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