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2010年12月19日(日) 表現規制反対運動に足りないもの。

[]表現規制反対運動に足りないもの


東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案に対する表現規制反対運動は全くと言って良いほど実らなかった。

河合幹雄桐蔭横浜大学教授に拠れば都知事選と都議会選挙を巡って条例案がパワーゲームの材料にされてしまったようで、可決はある程度不可抗力である面もあったようです。

都条例改正は今回で終わりでは全くなく、遅くとも数年後には再度の見直し作業(再度の改正)が発生する上、今回と類似した案件児童ポルノ法問題(規制対象に二次元(マンガやアニメーション)が入るかどうか)や青少年有害環境対策基本法案(青環法)等がある。規制反対運動に足りなかったものを速やかに補う必要がある。


今回の表現規制反対運動には何が足りていて、何が足りなかったのかを考えてみた(全てが満ち足りていたからといって必ずしも勝てる訳ではありませんが)。

【1】足りていたもの

1.アクティブに行動している人の数

規制に反対している人の全体数は不明だが、12月初頭に行われた集会「『非実在青少年規制』改メ『非実在犯罪規制』へ、都条例改正案の問題点は払拭されたのか?」は急な開催にもかかわらず約1500人を動員した。

また、参考にして貰う為に拙サイトに書いておいた「陳情書の書き方(11月分)」を参照した人数(11月26日〜12月12日までの集計・ユニークアクセス・延べ人数)は約18000人だった。他にも陳情書の書き方を載せているウェブサイトは複数あったので、実際に陳情書を書こうと思ってくれた人数はこれよりも多い。関心を持つだけでなく実際に動こうとしてくれる人がこれだけいるのは非常に大きく、心強い事であるはずだ。

備考:3月の条例改正問題で拙著「陳情書の書き方(3月分)」を参照してくれたのは約3500人(19日間の延べ人数)。今回の方が5倍程度多かった。


2.情報網

twitterが極めて効果的に活用され、有志による活動によって都議会の動きや政治家の挙動、公開情報の全般をほぼリアルタイムでモニタリングする事が出来ている。情報の伝播と共有が速やかに行われており、申し分ない(もちろんデマも確認された事を記録しておく)。


【2】足りなかったもの

何が足りなかったのか論じる前に。最初にも述べたが、今回の都条例は少なくとも数年後には再度見直し・改正が行われる。その他にも児童ポルノ法問題(規制対象に漫画およびアニメーション等が入るかどうか)、青少年有害環境対策基本法案(青環法)等が遠くない未来に国政の場で議論される見込みにある。その時に規制反対運動が今回と同じ陣容で同じ動きしか出来ないならば、今回と同様の結果を招く可能性は高い。

では、何が足りなかったのか。


1.規制に対して常に反対する大規模な団体

米国のように日本でも規制反対運動の専門の団体を作るべきだ(参考:日本とアメリカの現状比較http://tokyo.cool.ne.jp/jfeug/siryou/comic_bouei.html)。

今回の規制反対運動はコミック十社のような大企業等が大規模にロビー活動を繰り広げていたのだろうと思っていたが、実際には違ったようだ。夏目房之介http://blogs.itmedia.co.jp/natsume/2010/03/post-2eeb.html)によれば「マンガ、アニメ関係の現場はロビー活動のノウハウも蓄積もない」という。要するにこれまできちんと対策をやって来ないで、追い詰められてTAFボイコットという手段に出た、と。出版各社に対して決定を一方的に押しつけてきた東京都は論外であるが、出版側もやるべき事を全然やっていない。

政党・政治家に対して日頃からまともに接触していないのに、いざ条例案が出されてきてから政治家の所に行って「反対しろ」とだけ言ったって効果があるはずがないし、都合の良い時だけ何を今更、とボロカスに言い返されてもおかしくはない。何故最初にすべきだった事を何もやってこなかったのだろう。

そもそもこれだけ出版業界や関連業界にとってクリティカルな事象であるのに、きちんと真っ向から反対運動を繰り広げる団体がほとんど無い事の方が不思議だ。陳情やロビー活動の大部分は個々人有志任せで、出版各社やアニメーション各社は特に大したことをやってこなかったというのはおかしいだろう。出版各社にある法務部は何をしていたのだろう。

規制反対活動は個人任せにしていても限界があるし効率も悪い。そもそも自分たちの飯の種なのだから出版社や関連業界で一丸となってやるべきだと思う。関連業界だけでなく一般人も参加出来る団体を作って欲しい。個々人に負担を強いるような現状には未来が無い。


それに加えて、現時点ではこの他にざっとこれだけの事が足りない。

(1)一般層への周知・啓蒙

テレビや新聞では都条例問題は「児童ポルノ規制条例」という触れ込みになっていた為、それに反対している漫画家はまるで児童ポルノに賛成しているかのような印象を持たれているのにこれを是正させる術がない。その上今回の改正案は「売り場分離の強化」ではなく、「新たな項目の追加による規制圧力」であることは新聞やテレビのニュースを読んでいるだけでは絶対に判らない記事を好き放題に書かれている。こんな状態を払拭する為には啓蒙活動が必要だし、マスコミにも変な事を書かせないようにしないといつまでも同じ事の繰り返しだろう。


(2)不健全図書・有害図書に関する研究

日本図書館協会によれば『「有害」図書類に接することが逸脱行動の原因であるという結果は得られていません。表現と行動の因果関係が科学的に証明できないのですから、どのような表現が逸脱行動の原因であるかを科学的に定義することは不可能で、このことも規制する表現対象の恣意的拡大を可能にします。』とのことだが、「表現と行動の因果関係が科学的に証明できない」と二、三行の文章でそう言われても、そんなものを誰が信用するのだろう。漫画やアニメーションが青少年に及ぼす影響に関して、Authenticな研究データを集積して理論武装しないと誰も信用してくれない。

そしてデータを積み重ねた上で自分たちの自主規制の妥当性を示すべきだ。

(3)ロビー活動

例えば国政の場では日本ユニセフキリスト教団体その他諸々が「児童ポルノには二次元も含むように法律改正して下さい」と強くロビー活動をしているのに出版関係等は何も運動をしていないのは常識的に考えられない。何もしていないのは反対していないのと同じ。一部の表現規制反対運動に好意的な議員(例えば有田芳生)に依存しているだけではこれも先が無い。

(4)圧力団体

今回の都条例改正の流れで一番足りないと思ったのがこれ。

規制推進派である(ごく一部の)PTAや宗教団体は小さくてもSolidな団体であって票が見込めるのだけど、規制反対派は条例が問題になった時だけ現れて普段は存在自体が定かではないほど漠然としているため、「票にならないからどうでもいい」と見なされ、「声無き多数派へ配慮する」と一蹴されて負けた。

「おまえらは票にならないから無視」と事実上突き放されて今までの反対運動のあり方が根底から否定されたのだから、次回からはきちんと圧力団体として具現化し、自分たちは票田であると主張し続けるのが筋だろう。出版社などが主導したきちんとした大規模な団体があればロビー活動が出来るだけでなく陳情などの効率も格段に向上するし、忙しいなどの理由でコミット出来ない人は資金協力等によって後方支援しやすくなる。

団体に人数が集まれば力は自動的に出てくる。出版関連・アニメーション関連・同人関連だけでなく既に規制の荒波に晒されつつあるネット関係や電子書籍関係等の団体やユーザーを包括的に取り込めばかなりの人数になる。関連業界に従事している人数だけでも一万人単位になるだろうし、今回の条例の改正劇に怒りを覚え、この現状をどうにかしたいと考えている人は数え切れないだろう。

今の日本に存在する圧力団体のやり方を基本的に踏襲すれば人数に正比例した力を持つ団体になるはずだ。

「若者は選挙に行かない」というのは統計的事実だが、わざわざ自ら圧力団体に入っている人はそうは見なされない。


【3】おわりに ここまで文句ばかり書いてきましたが、今回の騒ぎを俯瞰していたら規制反対側の粗と穴、効率の低さがあまりに目に付いてしまって、簡単だけども足りないと思われた事をまとめておきたかった次第です。