東京都豊島区のJR目白駅で今月、全盲のマッサージ師、武井視良(みよし)さん(当時42歳)がホームから落ち、電車にはねられ亡くなった。全盲の人の3人に2人がホームから落ちた経験をもつとの調査もある。なぜ事故は防げないのか。【清水優子、木村葉子】
目白署によると武井さんは16日、全盲の妻(55)とスポーツクラブの新年会に出席した。帰宅のためJR山手線に乗り、大塚駅で降りる予定だったが乗り過ごした。
乗り換えに選んだのが二つ先の目白駅で、階段を上り下りせず同じホームで反対行きの電車に乗り換えることができる。
白杖(はくじょう)をついた武井さんが前を、後ろから妻が夫のリュックをつかみ進んでいた。午後5時17分すぎ。誰かの「危ない」と叫ぶ声が聞こえた瞬間、妻の手からリュックが離れ、ホームから線路上に落ちたとみられる。
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全日本視覚障害者協議会(全視協)が94年、東京都内に住む視覚障害者100人に聞いたところ、50人が「ホームから転落経験がある」と答え、全盲者66人では65%に上った。
ホームはどれほど危険なのか。全盲の織田津友子(つゆこ)さん(59)=豊島区=ら視覚障害者4人に同行して目白駅を訪れた。
「電車が近い!」。外回りの電車が入ってきた瞬間、ホーム中央に立っていた織田さんは思わず声を上げた。風圧で長い髪が逆立つように舞い上がった。
転落現場はホームの南端近くで、幅は3・7メートル。目白駅で最も広い部分は7メートルで、半分しかない。「用地上の制限のためで、このくらいの幅のホームは他にもある」(JR東日本)。両側に電車が止まる目白駅タイプのホームの幅は、狭い所で2メートル以上が基準だという。織田さんは「武井さんが普段使う大塚駅はもっとホームの幅が広く、幅の感覚を誤ったのでは」と推測する。
ホーム上の点字ブロックも、突起が多すぎて気づきにくいとの声が上がる。
「すり足で進んでも、ゴツゴツした感じがほとんどなかった」。武井さんが卒業した埼玉県立特別支援学校塙保己一(はなわほきいち)学園の荒井宏昌校長は、現場を歩きそう指摘する。
目白駅の点字ブロックは30センチ四方に36個の突起が並ぶタイプ。他駅の主流は、01年に日本工業規格(JIS)化された、25個の点状突起。01年以前に作られた目白駅の突起は間隔が狭いうえ摩滅も進み、「足裏には平たんに感じてしまう」と全視協の山城完治・総務局長(54)はいう。
転落を防ぐ有効策は、ホームドアしかない。しかし設置は私鉄などを含む全国9484駅のうち449駅(10年3月)。JR東日本は約500億円をかけ山手線の全29駅に設けるが、工事完了は17年度の見込みだ。
全視協など41団体は24日、JR東日本に全駅へのホームドアの早期設置と駅員のホーム配置を求めた。
東京都内で22日行われた告別式には、武井さんが考案したブラインドテニスの愛好者ら数百人が参列した。筑波大付属盲学校中学部3年時の担任だった伊藤忠一さん(80)は「とても活発だけど慎重で、事故とは一番縁遠いと思っていた」と無念そうに話した。
父の武井力(りき)さん(74)によると、視良さんは埼玉県内の実家に正月休みに帰り、1泊した。「今生の別れになるとは思いもしなかった。ブラインドテニスをパラリンピックの競技種目にしたいという希望のともしびを、消さないようにしてほしい」と声を震わせた。出棺時には参列者から「ありがとう」という声がいくつも響いた。
事故を防ぐには、周囲の人の助けも欠かせない。市民団体「駅にホーム柵を!日本会議」会長で全盲の青山茂さん(61)は、駅で迷ったり、歩きにくそうな視覚障害者を見かけたら「いきなり体をつかんだりたたいたりすると驚くので、まず声をかけて」という。「点字ブロック上に立ったり、荷物を置くのは絶対やめて」とも訴える。
毎日新聞 2011年1月27日 東京朝刊