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社会保障と所得や資産の個人情報をまとめる共通番号制について、導入に向けた基本方針を政府がきょうにも示す。必要性や利点を説明するだけでなく、国民の不安を減らして実現できるよう、議論を尽くしてほ[記事全文]
エジプトでムバラク大統領の退陣を求める市民のデモが広がった。治安部隊との衝突で死傷者も出ている。カイロで衝突があったのは、ツタンカーメンの黄金のマスクで有名なエジプト考[記事全文]
社会保障と所得や資産の個人情報をまとめる共通番号制について、導入に向けた基本方針を政府がきょうにも示す。必要性や利点を説明するだけでなく、国民の不安を減らして実現できるよう、議論を尽くしてほしい。
基本方針は、番号を利用する範囲や管理手法などの具体的な姿を示すことによって利便性を強調し、国民に理解を求める内容になりそうだ。
番号制で国民ひとりひとりの所得や資産がわかれば、効率的できめ細かい社会保障が実現できる。支援を必要とするひとやその度合いを判断するのに役立つからである。
少子高齢化のひずみが目立ち、所得格差が広がることへの不安や、困ったときに十分な行政サービスが受けられないことへの不満が高まっている。だが財政は苦しい。こうした状況下で福祉の機能を強化していくには、番号制の導入が欠かせない。
菅政権は、6月に社会保障と税の一体改革案をつくる方針だ。番号制はそこでも重要な柱になるだけに、早く論議を深め、国民の不安を少しでも取り除く必要がある。
何よりも、個人情報の漏出防止など安全性確保の対策が重要だ。
番号制の実務検討会が昨年末にまとめた中間報告では、個人情報を守る方策として、自分の情報をいつ誰が閲覧したかわかるようにする仕組みや、利用を監視する独立した第三者機関の設置、目的外利用を禁止する法律の整備と罰則の強化などを掲げた。
データが勝手に使われないようにすることはもちろん、問題が生じた場合に素早く救済にあたり、被害を最小限にとどめる仕組みをどうつくるか。
論点は多く、難しいテーマも含まれるが、それを理由に実現を遅らせたり、番号つぶしの動きにつけ込まれたりしてはいけない。問題点と対応策を整理し、それを国民にていねいに説明していかねばならない。
導入を急ぐあまり、番号の効用ばかり強調して負の側面についての議論をおろそかにするのは論外だ。
富の再分配をきちんとおこなうためには、所得だけでなく資産の情報も管理できるようにしなくてはならない。番号制を採り入れている国も、所得や資産の把握の仕方には違いがある。とくに金融などがグローバル化した時代に、海外の口座についてもどこまで目配りできるか、は重要な課題だ。
ネット上で個人情報をやりとりする機会はぐっと増えた。番号制の利便性に対する国民理解も進んできた半面、ネット社会の怖さもよく知られるようになっている。
「何のために、どう使うか」「公正で安全な仕組みを、いかにつくるか」をとことん議論することこそ、国民の理解と合意への必須の条件である。
エジプトでムバラク大統領の退陣を求める市民のデモが広がった。治安部隊との衝突で死傷者も出ている。
カイロで衝突があったのは、ツタンカーメンの黄金のマスクで有名なエジプト考古学博物館のそばである。
日本人にも観光地として人気があるエジプトで、このような騒ぎになっていることは驚きである。
しかし政治的には、軍人出身のムバラク大統領が5期30年に及ぶ長期の強権体制をしいている国である。
1981年に前任のサダト大統領の暗殺直後に出された非常事態宣言が今も続く。そのため人々の集会は規制され、言論の自由も制限され、政権を批判すれば逮捕状なしで拘束される。
昨秋にあった人民議会選挙では、警察の露骨な選挙干渉によって、主要野党勢力が選挙を途中でボイコットし、与党が議席をほぼ独占している。
非民主的な体制に加えて、10%近い失業率、年率20%近い物価上昇で貧困や貧富の差が広がる。さらには大統領周辺の腐敗に対する不満も強い。
市民のデモで大統領が国外に脱出して強権体制が崩れたチュニジアと似たような状況がエジプトにもある。
エジプトの民衆の窮状はより深刻である。人口8千万を抱えるエジプトの1人あたりの国民所得は、人口1千万のチュニジアの6割しかない。
ムバラク大統領は今秋に改選を迎える。息子への世襲のうわさもある。国民の間では、82歳の高齢で健康不安を抱える大統領の続投にも、世襲にも批判が強い。
このように見ていくと、ムバラク体制を取り巻く状況は、危機的と言わざるをえない。
エジプトはイスラエルとも国交がある親米国家で、中東和平やアラブ諸国間の仲介役、調整役でもある。そんな地域大国の政治的混乱は、中東の不安定化につながりかねない。
エジプトを最悪の事態にしないためには、治安部隊や軍が市民に銃を向けるような流血の悲劇は何があっても避けなければならない。
そのためには、ムバラク大統領が任期満了で引退を表明し、次の大統領を選ぶ自由で民主的な選挙の実施を宣言するしかないのではないか。
政府が暴力を使えば、イスラム過激派のテロが人々の心をつかむ。民主主義による解決を進めれば、選挙参加を支持するイスラム穏健派を政治に取り込むことができる。
ムバラク大統領には民主化をつぶした独裁者としてではなく、エジプトに民主化をもたらした指導者として歴史に名を残してもらいたい。
日本はエジプトに対する主要援助国の一つである。欧米諸国とも相談しつつ、国と国民の将来のために賢い選択をするよう働きかけたい。