肺がん治療薬のイレッサの副作用で死亡した患者の遺族らが国と販売元のアストラゼネカ社を提訴した損害賠償請求訴訟で、同社は「副作用の警告は十分しており適切に対応してきた」として和解勧告を拒否する方針を裁判所に回答した。国も拒否する方向で調整している。たしかに添付文書に副作用の間質性肺炎は記載されている。しかし、患者や現場の医師に危険性が十分伝わるものだったのか。医療における情報提供のあり方が問われているのだ。
訴訟の焦点は(1)承認審査(2)販売時の情報提供(3)副作用が多発した後の対策--が適切だったかどうかだ。裁判所は(2)について「添付文書や説明文書に副作用に関する十分な記載がなされていたとはいえない」と指摘した。現在のイレッサの添付文書は冒頭に「警告」で致死的な間質性肺炎の副作用を赤字で目立つように囲ってある。だが、販売開始直後は2枚目の目立たないところに黒字で記され、「致死的」の記述はなかった。ほかの肺がん治療薬では化学療法に十分経験のある医師や緊急時の措置ができる医療機関に使用が限定されているが、それもなかった。
一方、販売前からイレッサは「副作用の少ない新薬」と宣伝され、ほかに治療方法がない患者や現場の医師には「夢の新薬」の期待感が高まっていた。同社はそうした状況を作ることに関与しながら、重大な危険性に関する情報提供をこの程度で果たしたとはいえない、というのが裁判所の判断なのである。
この和解勧告に対して日本肺癌(がん)学会など医療側からは「不可避的な副作用の責任を問う判断は医療の根本を否定する」「医療崩壊を招く」などの批判が起きている。一方、承認審査や使用ガイドラインの作成に携わった医師や、訴訟の中で被告側の証人に立った医師の中に、同社から寄付や講演料などの金銭を受けている人が何人もいると原告側は主張する。企業との経済的関係が医薬品の評価をゆがめるおそれがあることは国内外の各種指針で指摘されている。厚生労働省や医療関係団体が肺癌学会に対して同社との経済的関係について公表するよう何度も求めているが、いまだに公表していない。
新薬に関しては製薬企業や審査する専門医らには膨大な情報があるが、患者側には審査や安全対策が適切だったかどうかを検証しようにも情報が少ない。結果的にイレッサは800人を超える副作用死を出した。同社や肺癌学会には自らに都合が悪い情報についても詳しく公表する責務があるのではないか。被害者救済を求める裁判所に対し「副作用は不可避」「医療崩壊を招く」と批判するだけでは通らないだろう。
毎日新聞 2011年1月28日 2時30分