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天声人語

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2011年1月27日(木)付

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 三島由紀夫は酒食もおしゃれで、文壇バーや居酒屋を避け、きらびやかな店に正装で出没した。〈「プルニエの舌平目のピラフ」などは、何度となく食べて、一寸(ちょっと)間をおくと又(また)食べたくなる〉。プルニエとは、皇居お堀端にある東京会館のフランス料理店だ▼シャンソン喫茶の銀巴里(ぎんパリ)ができた頃、三島は出演中の美輪明宏さんを伴い、近くの洋食店、銀座キャンドルに通った。今でも名物のチキンバスケットを好んだという。以上、『作家の酒』(平凡社)から拝借した▼文豪のつまみから台所まで、鶏肉ほど融通の利く食肉はなかろう。宗教上の禁忌が薄いので、国際線の機内食でも重宝される。カラ揚げが苦手という人はそういまい。和洋中なんでもござれのこの食材に、にわかの暗雲である▼鳥インフルエンザが、とうとう養鶏どころに広がってきた。42万羽を殺処分している宮崎県に続き、鹿児島県や愛知県でも大量死があった。大産地の受難は、鶏肉や鶏卵の供給に響きかねない▼鹿児島の現場に近いツル越冬地では、先にウイルスが検出されていた。野鳥は環境省、養鶏は農水省、動物園は文科省、人の感染は厚労省と、国の守りは分かれる。攻める病は縦割りの垣根などお構いなしだから、総力戦の態勢づくりが急がれる▼ウイルスをしのばせて好きに飛び回る野鳥は、さしずめステルス爆撃機だろう。地上にひしめく鶏たちが、おびえて天を仰ぐ図である。英語のチキンには臆病者の意味があるという。ここは細心に徹し、姿を見せない敵から鶏舎と食卓を守りたい。

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