余録

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余録:寒ブリ大漁

 「(木曽では)深い森林に住む野鳥を捕え、熊、鹿、猪(いのしし)などの野獣の肉を食い、谷間の土に巣をかける地蜂の子を賞美し、肴(さかな)と言えば塩辛いさんまか、鰯(いわし)か、一年に一度の塩鰤(しおぶり)が膳につくのは年取りの祝いの時ぐらいにきまったものである」▲島崎藤村の「夜明け前」の一節だ。その昔、この年取りの塩鰤として珍重された「飛騨鰤」だ。もちろん飛騨でブリはとれない。日本海側の氷見のブリが塩漬けされて飛騨高山に集められ、そこから「鰤一本米一俵」の天下の名品として信州や美濃の各地に運ばれた▲寒ブリ漁で名高い富山県の氷見地方の方言で「かぶし」とは分け前のことという。昭和初めには寒ブリが1万本揚がると、水夫1人にまるまるブリ1本のかぶしが与えられたそうだ。一冬約5万本が豊漁記録だった時代だ▲その氷見港で今季すでに10万本以上の寒ブリが揚がる豊漁という。近年では7年前の約6万7000本が記録で、平年は2万~4万本である。とくに昨季は5000本に満たない不漁だったのが一転、歴史的大漁となった▲この盛況、石川県沿岸や京都府の舞鶴湾からも聞こえてくる。今冬の強い寒気や荒天の影響で沿岸部や湾内まで群れが南下したともいわれるが、むろん実際のところは分からない。確かなのは豊漁のおかげで東京・築地でも天然ブリが昨季の半値以下になったことだ▲「塩打ちし寒鰤の肌くもりけり 草間時彦」。塩焼きに照り焼き、ブリ大根に昨今はやりのブリしゃぶ……居座り続ける寒気もまた季節の恵みと思えばいい。甘みを増すという寒中のブリ大漁の「かぶし」にあずかりたくなる冬である。

毎日新聞 2011年1月26日 0時01分

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