余録

文字サイズ変更

余録:街のかたち

 街には、さまざまな表情がミルフィーユのように幾重にも塗り込められている。播磨出身の作家、玉岡かおるさんは50代で1人暮らしを始めた大阪を「歴史のミルフィーユ」と呼び、街歩きを楽しんでいるという▲近世の大阪の枕ことばといえば、まずは「天下の台所」だろう。その陰で知識や情報の集積地の側面が長らく見過ごされてきた、と以前の小欄で触れたことがある。たとえば、豪商たちが不況のさなかにつくった私塾「懐徳堂」だ。町人が生き方を学び、ほどなく半官半民の「大坂学問所」になる▲幕府直轄の城下町である。少なくとも8000人の武士が城の内外で暮らしていた。約40万人の町人人口に比べれば、わずか2%に過ぎないとはいえ、行政を担い西国にもにらみを利かせていたのは間違いない。「武士の町」の顔がなぜ、抜け落ちたのか▲歴史学者の藪田貫さんの仮説が面白い。城代や町奉行らは人口のほぼ半分を武士が占める江戸の転勤族だ。町人ばかりが目につくのは当然で、彼らが「町人の都」の言説を生んだと推測する。また町衆の祭礼には禁足令を出し、町人とのいさかいを避けた。いきおい錦絵などにも武士の描写が少なく、記憶から消えたらしい(「武士の町 大坂」中公新書)▲いま「大阪都」構想が春の統一地方選を控えて耳目を集めている。大阪、堺両市を解体・再編し、府に代わる都が広域行政を担うもくろみだ。橋下徹大阪府知事はこれで住民の信を問いたいという▲ただ都市再生の将来像の中身が煮詰まっているわけではない。ここは「わが街」のかたちを選ぶ住民への丁寧な説明がやはり欠かせまい。

毎日新聞 2011年1月23日 0時05分

PR情報

余録 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報

注目ブランド