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社説:人工光合成 夢見る気持ちを大切に

 「できるかどうかの問題ではなく、いつできるかの問題だ」。クロスカップリング反応でノーベル化学賞を受賞した根岸英一・米パデュー大特別教授が、このところ「人工光合成」について力強く語っている。

 植物は太陽光をエネルギー源に、水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を作り出している。根岸さんはこの植物の力を人工的に再現する研究を旗印に、新しい化学反応の探索プロジェクトを「オールジャパン」で進めようと旗振り役を務めている。先週は文部科学省に出向き協力を求めた。すでに全国120の研究室が参加を表明しているという。

 光合成は何段階ものステップが関わる非常に複雑な反応だ。そう簡単に実現できるとは思えない。「ノーベル賞学者の言うことだからと、うのみにはできない」「そんなことに予算を費やすのはもったいない」と感じる人もいるだろう。

 しかし、根岸さんも単なる思いつきで提案しているわけではない。ノーベル化学賞の対象となったクロスカップリング反応にはパラジウムという金属が触媒として使われている。「dブロック遷移金属」と呼ばれる性質の似た金属グループのひとつで、鉄や銅、ニッケルやチタンなども同じ仲間だ。

 根岸さんはこの仲間の金属の触媒作用をさらによく研究することで新しい化学反応の手がかりが得られるはずだとみる。人工光合成はその象徴的な目標だ。

 科学の歴史を振り返ると、まさかと思うところから大きなブレークスルーが生まれることはよくある。人工光合成が実現すれば二酸化炭素の増加に伴う地球温暖化やエネルギー問題、食料問題の解決に役立つ可能性がある。研究が医薬品などの新しい合成法開発につながることもあるだろう。真剣に検討する価値のある分野ではないだろうか。

 研究体制も予算もこれからだが、お金がつきそうだからと群がるだけではだめだ。研究戦略や成果をきちんと評価し、本当にやる気とアイデアのある人に投資する。その過程を透明化し、国民に示す。既存の権威に頼らず、若い人をどんどん起用すれば新しい研究環境も開けるはずだ。

 そうした中で人工光合成自体への疑問が生じる場合もあるだろう。そうなったら、オープンな場で徹底的に議論すればいい。いずれにしても、太陽光を有効利用する方向性に間違いはないはずだ。

 根岸さんは「永遠の楽観主義を持って夢を追いかける」という恩師の言葉を大事にしている。こういう時代だからこそ、日本の得意分野で、夢見る気持ちに懸けるのもひとつの選択ではないだろうか。

毎日新聞 2011年1月26日 2時30分

 

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