オバマの一般教書演説の論理矛盾 - 「小さな政府」への政策妥協
オバマの一般教書演説は1時間に及ぶ長いものだった。久しぶりに中継を最初から最後まで見たが、オバマらしい華麗で雄渾な弁論術が冴え、2年前の興奮を思い起こさせる中身だった。中盤からはやや退屈になったが、前半と終盤は聴衆を引きつけるオバマ節の世界で、米国人に米国の理念を訴えて迫り、ぐいぐいと感動を盛り上げていく。テーマは米国の競争力と教育で、オバマらしい哲学と表現が満載された演説だった。目線が一般市民のところにあり、米国の普通の市民感覚に内在している。演説の中で具体的に米国の市民を取り上げ、努力し挑戦する姿を全国民に紹介していた。米国の理念が、厳しい環境の中でも、名も無い市民の日常で生きていることを証明し説得する。素晴らしい。官僚が書く日本の首相の施政方針演説とは雲泥の差。中国とインドの技術と教育に注目し、数学と科学の教育の重要性を訴え、優秀な教師を集めなければならないと言い、テレビを見ている若者は教師になることを志望してくれと呼びかけていた。この言葉は、日本の指導者に日本の国民に向かって言って欲しいものだ。もし米国のテレビが、ニコ動のように画面にツイートを流せたなら、「日本が駄目になったのは、ゆとり教育をやったからだよ」と書きこんでやりたかった。しかしながら、演説は素晴らしかったが、共和党の「小さな政府」に妥協した政策の中身については首を捻る。例えば、5年間の財政支出の凍結など、公約して実行できるとは到底思えない。
そう考える理由の一つは、米国の地方自治体の深刻な財政難の現状である。1/25の日経（9面）に記事があり、全米50州の2011年度の歳入は2008年度を6％下回る見込みで、その影響で、州政府は教職員や警察官や消防士を削減、公園やプールなど公共施設の閉鎖や休止が相次ぐ惨状だと言う。カリフォルニアの小中学校では授業時間が短縮され、図書室の閉鎖に踏み切った学校も出ているとある。オバマの演説の方針とは逆の動きであり、そして、茶会運動の「小さな政府」路線は、まさにこうした方向を加速させようとするものに他ならない。オバマが提唱するように、理数教育に投資して教育水準を底上げし、生徒の大学進学率を向上させようとすれば、当然、連邦政府は州政府に補助金を入れなくてはならない。財政支出凍結の政策方針とは根本的な齟齬がある。同じ記事中で、米国で話題の金融アナリストのメレディス・ホイットニーの不気味な予測が紹介され、今後18か月間に50-100の都市で地方債がデフォルトになるという指摘があった。「向こう半年間で州財政が大幅に悪化し、地方債市場からの資金流出が加速する」と言う。商品市場や株式市場の過熱は、ファンドの地方債からの流出を動機づけるだろう。誰が地方債を買い支えるのか。この予測が的中し、地方債が次々と破綻すれば、次の金融危機の爆発に繋がるリスクはきわめて高い。1998年の拓銀の破綻と夕張の悪夢を想起する。米国も日本と同じで、地方が痛めつけられている。
経済の状況は跛行的で、回復基調は全国一様ではない。地域間格差が開く構造になっている。1/8の日経（3面）に米国の雇用情勢に関する記事があり、それによると、米国の製造業では2008年から2009年にかけて220万人も雇用が減少している。2010年には10万人が増加したが、夥しい数が製造業の職場を離れた。全体では、2008年から2009年に840万人が職を失い、2010年に110万人が職を得ている。この雇用の増減が、そのまま失業率の5％から10％への急増と9％台への回復の中身をなす。そして、日本と同じく、製造業からサービス業への人口移動は、正社員から派遣社員への移行を意味していて、2010年には「人材派遣業」が30万人の雇用増を達成し、米国の失業率改善に大いに貢献しているのだ。日本経済と同じ現象が起きている。これは、当然ながら家計所得と生活水準の切り下げに直結するし、個人消費に影響を及ぼさないはずがあるまい。さらに、失業状態が半年以上の「長期失業」が増えて全体の44%にまで上昇、昨年12月の失業率改善も、就職を諦めて統計上の「非労働力人口」が増えた要因が大きいと推測されている。全米主要27都市での緊急の食糧支援の受給申請は、これが日本の生活保護に相当する制度だろうが、この1年間で24％増加し、過去最高の4320万人となった。国民の8人に1人が食糧支援を受ける貧困状態に陥っている。茶会運動の要求に妥協したオバマ政権は、財政支出の凍結を宣言したが、貧困対策の予算を増やす必要を感じてないのだろうか。
「小さな政府」への妥協を政策化しながら、同時に教育向上による国家競争力の強化を国民に約束するのは欺瞞だ。論理的に矛盾している。フィンランドの例を見るように、教育水準の向上は政府の投資拡充によってでしか実現できない。法人税の減税は、日本と同様、国内投資や雇用増大には回らず、先物や株式の金融市場に回り、新興国への投資に流れ込むだろう。だが、こうしてオバマのように国家の未来や構想を言葉にする指導者がいて、国民的合意が模索されるだけ、米国は恵まれている。日本にはそんな政治家は一人もなく、国民は誰からも夢のある将来の話を聞くことができない。希望を持つことができない。子供たちに聞かせられる政治家の発言がない。消費税を払えの一点張りで、後は自分で何とかしろという捨て台詞だけだ。日本人が日本経済を語らなくなった。本屋の店頭にも、そのニーズを満たす商品が並んでいない。ドラッカーのブームを見ても察知できるとおり、関心は経営学であって経済学ではないのだ。全体ではなく個だ。キーワードは「生き残り」で、その論理が全てを支配している。生き残るにはどうするか、それを個人も企業も自治体も自己責任で考えて行動しろと言い、中国へ行って事業で儲けろと言い、タイから安い部品を輸入しろと言っている。英語と中国語を覚えろと言い、日本で作ったり売ったりするなと言い、日本での商売は諦めろという話になっている。日本という泥舟から早く逃亡しろと勧めている。再建のための分析や提案の議論はないのだ。全体を再生するという発想や視点が完全に失われている。
クローズアップ現代の1/17の放送では、中国で起業して活躍する「和僑」の特集をやっていた。「和僑」という言葉と実在がすでにあり、それをNHKが積極的に宣伝し、日本の若者に後に続けと発破をかけているのである。「和僑」を奨励する言説は、昨年の報ステでの浜矩子の暴論を思い出すが、クローズアップ現代までがそれを推奨するようになった。2年半前、世界金融危機のときは、寺島実郎や榊原英資や金子勝がテレビに出て、今後の日本経済の選ぶべき骨太の針路について、あれこれ持論を展開していたものだ。環境だ、エネルギーだ、農業だ、教育だと言い、これまでの新自由主義の路線を揚棄したところで、新たな地平を切り拓く展望を熱弁していたものだ。「これから日本人は何でメシを喰うか」と立論し討論していた。論者たちの口から断片的に飛び交ったものは、種子や萌芽として少なからず民主党のマニフェストの中に収まり、国民に期待を寄せさせるところとなっていた。そうした空気がいつの間にか消え、誰も言わなくなり、言論空間の関心でなくなり、政策論としてテーマにならない状況になっている。これから日本人が何を生業として稼ぐかは、具体的な姿が見えないまま、中途半端に議論が廃れてしまった。国民全体の合意も収斂できないまま、単に個々が自ら生き残りを考えろという要請に変わり、政府や政党はその回答を見つける責任から逃げている。今、まさに日本にビジョンが必要で、オピニオンリーダーが必要なときなのに、オピニオンリーダーの存在がない。理念と構想を提示して国民に問う知識人がいない。政治だけでなく論壇に人がいない。
競争力から教育を論じた一般教書演説の前半は秀逸だったが、外交政策については特に見るべきものがなかった。中国政策の輪郭もなかった。「核兵器なき世界」への言及もなかった。アジアの国々については多く論じ、殊更に韓国を持ち上げつつ、日本については無視するというのも、われわれに対する一つのメッセージではある。就任以来、オバマはこの「日韓戦術」の愚弄が際立っている。韓国を持ち上げれば、日本人が焦って米国に忠誠競争をし、TPP加盟に前向きになると思っているのだろうか。見え透いた手口だが、国内を媚米勢力が覆い尽くしている植民地的現状では、そうしたオバマ批判は、報道はおろか論壇からも一つも上がらず、われわれは米国の思うように凌辱されている。凌辱されながら嬉しがって喜悦している。NHKの7時のニュースは、オバマの演説について10分間も時間を割いて放送していた。1/24の菅直人の施政方針演説の報道よりも長かった。法人税減税と共和党との融和を強調し、それを礼讃する姿勢に徹したニュースだった。経済の状態も日本と同じだが、政治の現場も日本と瓜二つで、「ねじれ議会」をやり、大連立的な政権運営へと舵を切っている。何から何まで腐ったところがよく似ている。日本のマスコミは、この絵を利用して米国を見倣えと言い、自民党に解散要求は控えろと要求している。だが、見たところ、オバマの支持回復は脆弱で、少しでも景気が傾けば、再び茶会運動の勢いが増し、再選が危うい情勢になるに違いない。私は、来年後半にホイットニーの予言が的中すると予想する。循環器系障害の第二弾が米国を襲うだろう。
金融緩和も財政出動も、金融危機が大恐慌の破局に至るのを防ぐ手術と治療だったが、心臓のバイパス手術は、完全に健康な身体に戻るということを意味しない。バーナンキは腕のいい医者だが、その投薬は副作用の歪みを靜かに蓄積している。血管は硬化して破れやすくなっているし、血液中のコレステロール濃度も高いままだ。バブルと戦争にハングリーな生活習慣は変わっておらず、それをしないとストレスが溜まる病み荒んだ心身を抱えている。よくないのは、病める心と体を米国の本来性だと倒錯的に自己認識し、「小さな政府」の政策へと引き摺られていることだ。さて、一般教書演説があった同じ日、エジプトでの民衆のデモに対して、クリントンはエジプト政府への支持を表明していたが、それを大越健介が伝える言い草が噴飯だった。チュニジアとは違うと言い、米国政府はエジプトの動揺を歓迎しないと言い、日本人にもエジプトの反政府デモを「民主化」だとして積極視するなと釘を刺すのである。同じ独裁政権に対する民衆の不満の爆発だが、エジプトに対してはそれを眉を顰めて見よと誘導するのだ。大越健介の説明では、ムバラク政権は米国の進める「中東和平」の重要なパートナーで、そのムバラク政権が転覆すれば、「中東和平」が頓挫してよくないからと言うのである。「中東和平」とは何なのか。パレスチナの抵抗を圧殺し、イスラエルの暴力でパレスチナを殲滅するのを正当化する国際社会の枠組みのことを、それを肯定する者が「中東和平」と呼ぶのではないか。それに与している日本も国連も罪深いが、最も罪深いのは、同胞をイスラエルに売って殺戮させているアラブ諸国の親米政権だろう。ムバラク政権とサウド家の王制、そして、米国の軍事力で地位を保ち、石油のカネで享楽し放蕩している半島の王族たちである。彼らこそ、アラーの神の怒りの鉄槌を受けて滅びなくてはいけない存在なのだ。
