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[21686] 曹孟徳には仕えたくない (ネタ 真・恋姫†無双 オリキャラ主人公)
Name: 空城◆e1a0b394 ID:65c0e2a0
Date: 2010/09/13 17:35
現状を認識したとき、私が感じたのは深い絶望だった。
なぜなら、私がこの世界の住人であるということは、即ち、私は『正史』の人間の空想によって生み出された存在ということ。
物語が終焉し、『正史』の人々が忘れると同時に消え去ってしまう、そんな儚い存在なのだ。今の自分は。
あのゲームの知識が正しければ、であるが。

あのゲームの前作においては、物語に花を添える、単なる敵役に過ぎなかった白装束達。
なるほど、今なら彼らの気持ちを少しは理解できる。

定められた終焉を迎えるよりは、自らの意思で世界を破壊したい。
正史の操り人形ではなく、一人の自立した存在として存在したい。
そんなところなのだろう。
まぁ、あのゲームの内容はかなり忘れてしまっているので、間違っている可能性もあるのだが。

だが、いくら私が絶望しようと、この世界は動いていく。
そして、その流れは否応なしに、私を巻き込んでいくのだった。




この世界は、私にとってゲームの世界だ。
また、世界の管理者達にとっては数多ある外史の一つであり、この世界に暮らす人々にとってはただ一つの世界である。

この世界を簡単に説明するなら、主要な武将の性別が逆転した三国志。
また、その出来事、時系列も正史や演技と異なっている部分が多い。
そんな、ある意味で不完全な世界なのだ、ここは。
そして、正史の人々の幻想によって作られたが故に、何時かは消えてしまう世界でもある。

そんな世界で暮らす私は前世の記憶を持っている。
1990年代から2010年代までを平凡に暮した人間の記憶だ。
その記憶の中で、この世界は恋姫無双・真恋姫無双と言う名前でゲームとして存在していた。
だが、その記憶すらも、正史の人間による想像によって形作られたものである可能性が高いのだ。
「なぜか登場しなかったあの有名な武将が存在して、しかも現代人の記憶を持っていたら?」
なんとも、なんとも、いかにも人々が妄想しそうな内容ではないか。
つまるところ、ここはそういう外史なのだろう。

故に、私は家に引き籠った。
私は正史の人々の思い通りに動きたくなかったのだ。
おそらくではあるが、最も正史の人間達の思惑を外す行動は、私が死ぬまで家に引き籠っているという結末だろう。
前世の記憶をこの世界の知識と共に持たせている以上、正史の人間は私に何かをさせたい筈なのだ。
つまり、私が何もしなければ、それは私が自殺する以上に、正史の人間を落胆させる筈なのである。
動きがない、動きが全く同じな、そんな物語ほどつまらないものは存在しないのだから。

口うるさく厳格な両親も、私が家の侍女達を使って商業で大きな成果を上げると、私が家に引き籠っていることに何も言わなくなった。
これは、私が「これ以上私に文句をつけるのなら、この才能を逆方向に使って、家を破産させる」などと脅したからなのだが。

あの武将の名前をもらっているだけあって、この頭脳はチートだ。
おそらく、情報戦でこの私に並ぶものはこの世界において殆ど居ない。
現代社会での情報に対する感覚と、この優れた頭脳の組み合わせが、そう私を形作っていた。
その結果が、情報を巧みに使うことによる、圧倒的なまでの商業的成功だ。
しかも、情報を使って裏から操作していただけなのだから、私の情報は外には殆ど漏れていない。そのはずだった。

だから、私がミスをしたのだとしたら、それは両親を見誤っていた、それに尽きるのだろう。




「終、貴方にお客様が来たわよ」

私が十六歳になり、それからしばらくの時が経ったある日。私の部屋へ来るなり、姉は私にそう告げた。
勉学に励む、という名目で屋敷に引き籠っている私にお客様?
自慢にもならないことだが、この世界において私の知り合いと言える人間は、家族とその家族に仕える侍女達ぐらいだ。そのぐらい、私は他人と知り合うということを避けてきた。
その上、地位目当てに近寄ってくる(我が家は長い歴史を持つ名門なのである)人間は、父や母が事前に排除してくれるので、私を訪れる人間など居ないはずなのだが。

「誰が来たの?」

大きな疑問と僅かばかりの好奇心を覚えた私はそう尋ねた。

「曹巨高さまの娘さんよ。え~と、名前は何て言ったかしら?」

その言葉に私は眼を見開く。
そんな私を姉は意外そうに見つめた。

「貴方がそんなに表情を動かすなんて珍しいわね。
彼女と何かあったの?」

そんな姉の質問に、しかし私は答えなかった。
…流石、恋姫世界。黄巾の乱の前に、曹孟徳が訪ねてくるとか、時系列が滅茶苦茶だ。
そう、曹巨高(曹嵩)とは、曹孟徳(曹操)の母親(正史では父親だが)なのだ。
そしてこの世界において曹孟徳に姉妹はいない。
つまり、訪ねてきたのは間違いなくあの曹孟徳だということである。

「はぁ」

私は軽くため息を付いた。
そんな私の様子に姉は表情を険しくしてもう一度、質問をしてきた。
そんなに今の私の様子が意外だったのだろうか?

「本当に、彼女と何かあったの?」

「いえ、特には。
私は風邪をひいてしまったので、残念ながら今日会うことはできないと伝えておいてください」

私は仮病を使うことに決めた。おそらく、今、曹孟徳に会っても、私にとって良いことなんて何もないだろうから。
問題は正史補正が入っている場合、刺客が送られてくる可能性があることだが、そこは史実通りずっと臥したふりをしていればなんとかなるだろう。

「わかっ…」

私の言葉に頷こうとした姉は、しかしその視界に新たに入った人物によって、その行動を中止せざるを得なかった。
姉の行動を止めた三人の乱入者。その一人が、全ての者を平伏させるような覇気を撒き散らしながら、悠々と私に近付き、そして言った。

「はじめまして、司馬仲達。
私には貴方が風邪をひいているようには見えないのだけれど?」

そう言って、彼女は獲物を見つけた肉食獣ように笑った。
金髪クルクルのツインテールに、髑髏を意匠した髪飾り、紺と紫を中心とした衣装、苛烈さと可憐さを内包した表情、そして、身に纏っている圧倒的なまでの覇気。
あのゲームで大まかな容姿を知っていなくても、おそらく私は彼女が誰であるか解っただろう。
それほどまでに、彼女、曹孟徳の存在感は大きかった。

「そう?
私は貴方に会いたくないと思ってしまう。そんな病に罹っているわよ」

私はその存在感に負けないように、軽口を言った。
曹孟徳といえども、所詮は彼女も自分と同じ正史の人間の幻想によって作られた存在。
そんな思いが私にそうさせていた。

「貴様!華琳様になんという暴言、生かしてはおけぬぞ」

私の言葉に、曹孟徳の後ろいた女性が怒気を放ちながらそう叫ぶ。
彼女が夏候元譲(夏候惇)なのだろう。姿といい、曹孟徳に心酔しているところといい、ゲームとそっくりだ。

「やめなさい、春蘭」

刀を抜き、それで私に斬りかかろうとする夏候元譲を曹孟徳が止める。

「しかし、華琳様、こやつは…」

「私はやめなさいといったのよ、春蘭。
部下がすまなかったわね。仲達。
それで、貴方の病は何時頃治るのかしら?」

なおも私に斬りかかろうとする夏候元譲を曹孟徳が強い視線と口調で止める。
その上で、私にそんな質問をしてきた。

「残念ながら、治るみこみはないのよ。だから帰ってもらえないかしら?」

私は、軽口を続けた。

「貴方に治せないというのなら、私が無理矢理にでも治すまでよ。
司馬仲達、私に仕えなさい。この世ならざる才を持つと家人から恐れられ、僅か数年の間で司馬家の財をここまで増やしたあなたの才能、こんなところで眠らせて置くには惜しすぎる。
その才、我が覇道の為に役立てなさい」

強大な存在感と全ての者を平伏させるような覇気。流石は、覇王。そう言いたくなるようなカリスマを持ってして、彼女は私にそう述べる。

なぜ、私が司馬家の財を増やしたことを曹孟徳が知っている?
その疑問は即座に私の中で答えが出た。
そのことを知っているのは、侍女と両親と姉のみ。
そして、その中で、侍女と姉にはそのことを隠さざるを得ない理由がある
ならば、答えなど決まっていた。
おそらく、私を恐れた両親が私のことを曹家に売り渡したのだ。
曹孟徳がここまで勝手に入り込んできたこともそれで説明が付く。
あの脅しが両親にとってそれほどに怖かったのか。あるいは、これが正史からの補正なのか。
唐突に私は笑いたくなった。
まさか、物語と関わらないようにと、家の中で引きこもる為に行ったことが、曹孟徳を呼びだしてしまうとは。逆効果にも程があるというものだ。
なんという迂闊さ。どうも私は自分の名前と才能に溺れ過ぎていた様だ。
だが、私は曹孟徳に仕える気はない。そんな、いかにも正史の人間が考えそうな行動を行うなどまっぴら御免だ。
そう思った私は、曹孟徳の後ろに彼が居ることを確認して、早々に諸刃の剣であるジョーカーを切ることに決めた。

「やめた方が良いと思うわよ。
ねぇ、天の御使いさん、貴方もそう思うでしょう?」

私は曹孟徳の後ろに居る、唯一の男性にそう声をかけた。
良く見ると中々にイケメンだ。流石、エロゲーの中でも有数のハーレム主人公、北郷一刀である。
この時期に曹孟徳の側に居るということは、真の魏ルートなのだろう。
しかしそんなことは私には関係がなく、重要なのは、彼が私のジョーカーの効果を何倍にも倍増させるという事実だった。

「司馬仲達は、曹家に破滅を齎す。違っていて?」

私は笑ったような演技をしながら、そう言葉を続ける。
それに対して、北郷一刀は面白いぐらいにうろたえた。

「何で、それを君が…」

彼は私を問い詰めようとするが、その行動は曹孟徳の鋭い眼差しによって止められる。
そして、私はそんな北郷一刀の行動を待っていたのだ。
彼の行動は、私の言葉が事実であると言っているも同然なのだから。

「貴方は、自分が私の国を滅ぼせるとでも言いたいのかしら?」

曹孟徳から発せられる覇気がより一層強まった。
夏候元譲も、今にも斬りかからんとばかりに殺気を放っている。曹孟徳が手で止まるように指示しなければ彼女は即座に私に斬りかかっていただろう。
私の姉などは、気圧されて壁際まで下がってしまった。

「さてね。私はある人物にそう占われただけだし、詳しいことは御使い様が知っているのでは?」

もちろん、そんな占いをされたことはない。
しかし、それは私以外の誰にも解らないことなのだ。
そして、この場合はそれだけで十分。

「占いを信じるなんて、可愛いところもあるのね」

「貴方と同じことよ。孟徳」

占いというのは、信じる人が居るからこそ役立つのだ。
曹孟徳が天の御使いである北郷一刀をそうして利用しているように。
私が曹家を滅ぼすと占われたということは直に曹家内部に広まるだろう。
それを認めるような行動を天の御使いが取ったという事実と共に。
仮に広まらなかったとしても、私が広めればいいだけだ。
そして、その時、曹孟徳に忠誠を誓う人間は間違いなく私を排除しようとするはずだ。
その占いが指し示す可能性を恐れて。
だからこそ、曹孟徳は今ここで私を登用することができなくなった。
私を登用しても、いずれは彼女の忠臣たちに殺されてしまうと解ってしまった以上、人が持つ才能を愛する彼女は私を登用することができなくなる。

「なるほど、そういうこと。
その結果、自分が殺されるとは考えなかったの?」

それは当然考えた。史実の曹孟徳も司馬仲達に登用を断られた後、他所に逃げるようなら殺せと命令した刺客を司馬仲達に送り込んでいるのだから。

「さて、ね。
はたして天はそんな運命を私たちに与えるかしら。
もっとも、それならそれで、私は構わないのだけれどね」

そう、実の所、私は死んでもかまわないと思っている。
占いを恐れられたが故に、殺される司馬仲達。
少なくとも、そんなことをさせる為に私が居るとするなら、私に前世の記憶がある意味がなくなる。
つまり、私に前世の記憶がある以上、正史の人間は私にもっと別のことを期待しているのだ。
ならば、そうやって私が死ねば、それは正史の人間達の思惑を外すという、私が望む結果となる。
私はある意味で壊れているのだろう。正史の人間に対する反逆、それが命よりも優先されることとして私の中に根付いているのだから。あの絶望感はそれだけの傷を私の中に作っているのだ。

「私も嫌われたものね。命を対価とした賭けで、登用を断られるのだから」

「それだけ、貴方を恐れているということよ。曹孟徳」

そう、私は曹孟徳を恐れている。史実を知っている私は、彼女ならば私を任官させてしまうかもしれないという思いを捨てきることができない。

「ふふふ、いいわ、今日の所は引いてあげる。
けれど、何時か貴方を私の下に跪かせてあげるから、覚悟しておきなさい」

そう言って、曹孟徳は供を引き連れて、部屋から出ていく。
これが、私と曹孟徳の初めての出会いであった。




[21686] 第二話 ~司馬仲達は幽州で米転がしを行ったようです~
Name: 空城◆e1a0b394 ID:c5e8dfd4
Date: 2010/09/13 21:40
曹孟徳と司馬仲達が出会って、一週間程が経過したある日。
曹孟徳は数名の護衛と共に洛陽を訪れていた。
自らの恩師であり、司馬仲達の母親でもある司馬建公(司馬防)に、仲達との会談の内容を報告する為である。

「そうですか、あの子は任官を断りましたか」

司馬建公は、曹孟徳の話を聞き、残念そうに呟く。
その表情には、やはりか、という諦めにも似た感情が浮かんでいた。

「ええ、己の死すら厭わずに。
まさかそこまで嫌われているとは思っていなかったわ」

そう言いつつ、しかし、曹孟徳は嬉しそうに笑う。
曹孟徳から見て、司馬仲達は極上の獲物にも等しい存在であった。
あれほどの才を持ち、しかも同性すらも虜にしてしまうような美しさも持っている。
才能的な意味でもそうだが、レズの気がある曹孟徳にとっては、性的な意味でも絶対に手に入れたい人物であった。
他者の思い通りに動くことを嫌う性格があの短い対談の中でもはっきりと見えていたが、だからこそ、手に入れる甲斐があるというものだ。

「華琳を嫌っている、というよりは、自分が表に出ることを嫌がったのでしょう。
あの娘は、そういう存在です。
名声を得ることを望むのではなく、名声を隠すことを望んでいる。
そしてその為には手段を選ばない」

笑みを浮かべる曹孟徳の様子に苦笑しつつ、司馬建公はそう訂正しておく。

「その理由を、母親である貴方は知っているのかしら?」

笑みを止めた曹孟徳が尋ねた。
仲達が抱えているものが解れば、それだけ彼女のことを登用しやすくなる。
情報の重要性、それを曹孟徳は知っていた。

「そうであれば、どれほど良かったことか。
華琳ならばあるいは…
そう思い、貴方に彼女のことを推薦したのですが、結果は御覧の通り。
あの娘は、私達が理解することのできない場所に立っているようです」

時を経ても衰えないその美貌をため息で曇らせつつ、司馬建公は己の心情を述べた。

「それでも、貴方の言った通り、彼女の才能は本物のようね。
私と春蘭と天の御使いを前に、その状況すら利用して、私が彼女を登用できない現状を作りだしたのだから」

対談の様子を思い出したのか、再び嬉しそうに笑いながら、曹孟徳は述べる。
まさか、天の御使いをあのような形で利用するとは、曹孟徳をもってしても予想できないことであった。

「そうでしょうね。
そして、それ故に、華琳、貴方はもう私に関わらない方が良いでしょう。
あの娘は、今回のことで、私があれの目的に反する行動を取り、そしてこれからも取るだろう、ということを知ってしまいました。
もう、あの娘の中では、私は明確な敵となっているでしょう」

そう呟く司馬建公の表情には憂いと少しばかりの恐怖が浮かんでいた。

「実の親を敵とするというの?」

僅かではあるが怒りを含ませながら曹孟徳が尋ねる。

「言ったはずです、華琳。
あの娘は、私達が理解することのできない場所に立っていると。
彼女にとっては、生みの親である私もその程度の存在なのです。
私や夫が何度あの娘に脅されたことか。
彼女は私たちのことを何とも思っていません。
私は真名すら許してもらっていないのですから」

「つまり、貴方が説得しても、仲達を私に仕えさせることはできない、ということなのね?」

当てが外れた、という表情をしつつ、華琳が呟く。
もっとも、それほど落胆した様子はなかった。
あの仲達が親の言うことを素直に聞くような人物ではない、ということは想像できていたのだ。

「そうなりますね。
そう尋ねるということは、貴方はまだ仲達を諦めていないのね?」

「当然でしょう。
あれ程の才能、野に埋もれさせておくには惜しすぎるわ」

それを聞いた司馬建公は、一瞬ではあるが、嬉しそうな顔をした。
尤も、その表情は直ぐに消えてしまった為、曹孟徳がそれについて尋ねることはできなかったのだが。

「ならば、あの娘を紹介した者の責任として、一つ警告しておかなければならないことがあります」

表情を真剣なものへと戻し、司馬建公はそう述べる。
それだけで、場の空気が厳粛なものへと変わっていく様子は、流石はあの司馬仲達の母親といえた。

「へぇ、何かしら?」

曹孟徳は、そんな厳粛な空気を真っ向から受け止めつつ、続きを促す。

「もし、彼女と敵対するようなら風評に気をつけなさい」

「風評に?」

司馬建公の言葉に意表を突かれたらしく、曹孟徳はそのまま聞き返した。

「ええ、本来は『民衆が無責任に流す噂』であるはずの風評に」

曹孟徳はその言葉に意外そうな顔をした。
為政者に取って、民衆が流す風評に気をつけるのは当然のことであり、わざわざ司馬建公が警告するような理由が解らなかったのだ。

「6年前に幽州で起きた飢餓騒ぎはあの娘が引き起こした。
そう言えば、貴方は理解できるかしら?」

司馬建公は、顔に暗い影を落とし、厳かに述べる。

「なんですって…。
あれは漢王朝の無能さが招いた悲劇ではなかったの?
しかも、六年前ということは、仲達はまだ十歳のはずよ」

驚愕を顔に浮かべつつ、曹孟徳はそう問う。
名門の娘とはいえ、官職にすら付いていない子供が飢餓を引き起こした?
そんなこと、到底信じられるものではなかった。
しかし、それを述べたのは、厳格なことで有名なあの司馬建公である。
こんな場面で偽りを述べるとは考えられず、それ故に、その言葉には一定の真実味があった。

「やはり、貴方といえどもあの悲劇の裏側を知ることはできていませんでしたか。
貴方の言うとおり、劉伯安(劉虞)の要請した支援を漢王朝が行えば防げた悲劇ではあったでしょう。
ですが、その原因を引き起こしたのは、あの娘なのですよ。
明確な証拠はありませんけどね」

事の重大さに曹孟徳は何も言うことなく続きを促した。

「そもそもの発端は、私と仲達の教育方針を巡る対立にありました。
将来の為にも娘たちに厳格な教育方針を取ろうとした私と、それに対して反発したあの娘。
尤も、あの娘の場合は、厳格な教育方針そのものよりも、その結果起こるだろう他人との関わり合いこそを忌避していたようですがね。

そんな中、今から九年ほど前ですかね、あの娘は「厳格な教育など受けなくても家を繁栄させられる」と私に啖呵を切り、家の資産の一部を使って商業への介入を始めたのです。

どうせ失敗するだろうと思い、私は仲達のそんな動きを放置しました。
彼女が使おうとしていた資金は、家の総資産に比べれば微々たるもので、あの娘が自分の無知を悟る為の授業料と考えれば、安いものでしたから。

その三年後、私があの娘がやっていることに気が付いたとき、もう幽州は手遅れでした。
情報操作を巧みに使った交易によって莫大な富を稼いでいることは私も掴んでいたのですが、まさか幽州であのようなことをするとは想像すらしていなかったのです。

当時、幽州では漢王朝に反旗を翻した烏桓族とそれを鎮圧しようとする公孫伯珪(公孫瓚)が争いを繰り広げていました。
元々、幽州はそれほど豊かではありません。戦が頻発すれば食料が不足するのは自明の理です。
幽州では、食料の価値が上がり、それを商人が買い占めることで更に値段が跳ね上がる、という悪循環が起こっていました。
そんな幽州に一つの転機が訪れます。異民族に対する穏健派である劉伯安(劉虞)が幽州牧に就任したのです。
この時、民衆の間で「劉伯安様が幽州牧に就任した以上、もう戦争は終わりだ」という噂が『幽州全土で一斉に、不自然なほど早く』広まりました。
そして、事実、烏桓族と劉伯安の間で講和の動きが起こり始めていたのです。

これに慌てたのが幽州で食料を買い占め、高額で売ることで莫大な利益を得ていた商人達でした。
商人たちは戦が終わる前に、少しでも高く食料を売ろうと、噂を聞きつけて劉伯安の動きを見た途端に一斉に兵糧の売却を始めたのです。
『噂が商人たちの耳に入ったのがほぼ同時だった』ので、そうなってしまったのでしょう。
食料を買い占めていた商人たちが一斉にそれを売却したらどうなるか?
華琳なら解るでしょう?」

「当然、食料の価値は暴落するわね」

司馬建公の話の内容を黙考しながら聞いていた曹孟徳は、そう答える。
その顔には、これから語られるであろう、司馬仲達の行動への興味がありありと浮かんでいた。

「そうです。
ちょうど、秋の収穫期であり、食料が多い時期だったのがそれに拍車をかけました。
そして、その価格が暴落した食料をあの娘は買い占めたのです。
それまでの交易で増やした資金を全て使いこみ、莫大な量の食料を買い占めました。

その頃、ほぼ時を同じくして、幽州で新たな噂が流れました。
それは「劉伯安は烏桓族と講和する為に、対異民族強硬派である公孫伯珪を追放するだろう」というもので、この噂もまた『不自然なほど早く』広がりました。しかも、後に劉伯安様に尋ねたところ、その噂は根も葉もない嘘だったそうです。
この噂に驚愕したのが公孫伯珪とその配下です。
公孫伯珪本人は、和平が結べるのなら自分が追放されてもかまわない、と考えていた様ですが、配下はそう簡単には納得できません。
彼らは烏桓族との講和を潰す為に、烏桓族の領地への侵攻を計画します。

その頃、烏桓族の間でも「劉伯安は、講和すると見せかけて、油断している自分達を一斉に滅ぼすつもりだ」という噂が流れていたようです。こちらは流石の私も伝手がないので確実な情報ではありませんけどね。
ただし、劉伯安の穏やかな人柄は烏桓族の中でも有名でしたから、彼らは一部を除いてこの噂を信じてはいなかったようですけど

そして、劉伯安が講和の為に使者を出した時、ついに事は起こりました」

「その話なら知っているわ。
講和の使者が烏桓族の下を訪れるのとほぼ同時に公孫伯珪の軍勢が烏桓族を奇襲。
驚いた烏桓族は劉伯安の使者をその場で殺してしまった。
以前に聞いたときは、劉伯安は公孫伯珪の手綱を締めることすらできない無能だったのかと思ったものだけれど、まさかそんな裏があったなんてね」

以前聞いた情報の裏に隠されていた事実に、曹孟徳は驚きを隠せなかった。
そして、風評に気をつけなさい、と司馬建公が言った真意を曹孟徳は悟った。
司馬仲達は風評を巧みに操れるのだ。戦争の行方を左右してしまえるぐらいに。いや、それどころか…。
曹孟徳の表情が、先ほどとは違い、険しいものへとなっていく。
曹孟徳は知っていた、6年前に幽州で何が起きたのかを。
もし、自分の想像が正しいとすれば、司馬仲達はこの世のものとは思えぬ悪辣な策で、莫大な資金を稼ぎだしたことになる。

「ええ、その上、使者を殺されたことによって面子を潰された劉伯安は、それ以上の和平交渉を行うことができなくなりました。
当然ですね。劉伯安は皇族。その皇族が出した使者が殺された。
漢王朝の権威を守る為にも、烏桓族は倒さなければならない敵となった訳です。

そして、講和が潰れ、再び戦雲の気配がやってきたことで、ついにあの娘が食料を買い占めたことによる問題が表面化します。
あの娘の買い占めによって再び上がっていた食料の値段が、さらに上がり始めたのです。
ここで、あの娘が買い占めた食料を売り始めれば、食料の値段は高値ではあっても、落ち着いたものになったでしょう。
しかし、彼女は買い占めた食料を一切販売しなかったのです。
この時、恐ろしいことに、商人たちの間でも「幽州において食料の値段は収穫期が訪れるまで上がりつつづけるだろう。今は売らない方が更に利益を出せるはずだ」などという噂が『常ではあり得ないほど盛んに』語られていたそうです。
その為、幽州での食料の販売量は極端に減少し、食料の値段は止まることなく上がり続けました。

劉伯安は漢王朝から食料の支援を受けることでこの事態を乗り切ろうとしたようですが、それは先ほど華琳が言った通り、先の見えない宦官たちによって却下されてしまいました。
その上、劉伯安など諸侯は戦いの為の食料を集める必要がありました。
それは、あの娘や商人達のせいで唯でさえ少なくなっていた幽州の食料が、戦の為の兵糧として徴発されることを意味していたのです。

結果として、食料の値段は民衆が買えない領域まで高騰。幽州の一部の地域では飢餓すら発生し、食料を求めた民衆の大規模な反乱が幽州で勃発します。
民衆の間で「このままだと食料が無くなる」「反乱軍は豪族などから食料を奪っているから、参加すれば食べ物に困ることは無い」などという噂がこれまた『不自然なほど大規模に』流れていたのが、反乱が大規模化した最大の原因でした。
尤も、この後の食料の不足は本当に深刻で、あの幽州から馬という馬が食料となり消え果てた、と言われているくらいですから、少なくとも前半の噂は真実だった訳ですけどね。

この大規模反乱によって、幽州への物流は停止し、他州から食料を輸入することすらできなくなった幽州では、全域で本格的な飢餓が発生することになります。
けれども、反乱軍によって食料を持つ商家や豪族などが襲われていく中、なぜか、あの娘が買い占めた食料などだけは襲われることがなかったそうです。
また、食料が無くなったが故に起こった反乱であったはずなのに、反乱軍の主力ではどういう訳か食料が安定的に確保されていたと聞きます。

そんな状況において、あの娘は、買い占めた米を非常識なまでの高値で売りさばくことで、我が司馬家の総資産を遥かに超える利益を叩き出すことに成功します。

ここで悪辣だったのが、ただ米と銭を交換するだけでなく、劉伯安を筆頭とした領主や豪族、そして反乱軍を相手に、物々交換にも応じたことでしょう。
鉄や金銀もしくは財宝や武具など、高価な物品を米が足りない相手の窮状に付け込んで毟り取っていったのです。
これによって領主や豪族が持っていた資産や、反乱軍が略奪した食料と必要な武器以外の貴重品は、ほぼ全てがあの娘の下に転がり込んでくることになりました。
それらのあの娘が手に入れた物資は、なぜか反乱軍の略奪にあうことなく幽州から他州へと運ばれ、そこで売買によって銭や金銀となったのです。

そして、あの娘が米を全て売り捌くのとほぼ同時期、反乱軍は食料の不足から自壊を始め、遂には「漢王朝の討伐軍がやってくる」という『根も葉もない噂が反乱軍内で広まった』ことを切っ掛けとして、散り散りに分裂してしまいます。
そうして、幾つかの野盗集団を残して、幽州の大反乱は誰によって鎮圧されることもなく終焉を迎えました。

その後、この反乱を引き起こしてしまった責任を取って劉伯安は幽州牧を辞任。
野盗集団の討伐、及び、烏桓族への対処で幽州全土を駆け巡ることになった公孫伯珪が、なし崩し的に幽州を治める事となったのは華琳の知る通りでしょう。

あの娘は、風評を使って、幽州の状況を自分が思う通りに動かして見せたのですよ」

「…それは本当なの?
貴方の言うことを疑いたくはないのだけれど、それだけのことをやって、仲達が無名だなんてことはあり得ないのではなくて?
それに、それが本当なら、それこそ「名門である司馬家が幽州の大反乱に関わっていた」という噂が流れるはずよ」

そう尋ねる曹孟徳の表情には、信じたくない、という思いが浮かんでいた。
司馬建公が語ったことは、曹孟徳が想像していた仲達の行動の中で、最悪の部類に入るものだ。
資金を増やす為だけに、異民族との講和を潰し、その上で民衆に反乱を起こさせる?
そんなこと、金と権力に取りつかれている宦官だって行わない。
資金を増やすだけなら、もっと穏便で危険の少ない方法が幾らでもある。司馬家のような名家出身なら尚更だ。
理解ができなかった。
人を人と思っていない、などという話ではない。
まるで、この世界を憎んでいるような、そんな危うさがある。
危険だ。この話が本当なら司馬仲達は余りにも危険すぎる。曹孟徳の本能がそう警鐘を鳴らしていた。

「仲達本人は九年前から一度も家を出ていません。
あの娘は、侍女と情報と風評だけを使って、自分は直接かかわることなく、自分が関わったという痕跡を一切残さず、これだけのことを成し遂げたのです。
だから、あの娘が無名なのは当然です。彼女自身は動いていないのですから。

司馬家云々に関しては、あの娘に言わせれば「情報と人を使って裏から操作しただけなのだから、司馬家がこの反乱に関わったなんていう噂が広まる訳がないでしょ」ということのようですが…。
それと、私が独自に調べたところ、米を買い占めたのも、米を高値で売却したのも、手に入れた物資を運んだのも、表面上は司馬家とは全く関係がない商家が行ったことになっていました。
そして、その商家は、五年前、つまり幽州の大反乱から一年後に、野盗集団に襲われて全滅しています」

司馬建公は、曹孟徳の反論を一つずつ潰していく。
それはこの話が真実であることを物語っていた。

「だから、仲達や司馬家が幽州の大反乱に関わっていたと示すものはない、と?
けれど、その理論には二つの穴があるわよ?」

この質問が重箱の隅をつつくようなものであるということは曹孟徳も解っていた。
現実として、司馬家が幽州の混乱に関わっていた、なんていう噂が流れたことは無いのだ。
そして、司馬仲達があの幽州の悲劇を引き起こしたのだろうということは、既に曹孟徳も認めていた。
そうでなければ、司馬建公が幽州大反乱の裏側をここまで詳細に語れるはずがないのである。
そもそも、司馬建公はこのような場面で嘘をつくような人物ではない。
ただ、それでも曹孟徳は否定したかったのだ。
こんな非道な策を実行する者がいるということを。
だが、この質問は、曹孟徳が想像すらしていなかった回答を引き出すことになる。

「ええ、そうでしょうね。
だからこそ、先ほど私が言った「貴方はもう私に関わらない方が良い」という言葉に繋がるのですよ」

そう述べる司馬建公の表情には諦めと恐怖が浮かんでいた。

「まさか、貴方を脅す為にわざと…!」

それは曹孟徳が初めて感じた戦慄であったかもしれない。
そうだ。確かに司馬仲達の行動は二つの穴がある。
しかも、その一つは、表になった場合、名門である司馬家そのものを破滅させてしまう程、危険な穴だ。
そしてもう一つの穴も、知られてしまった場合、司馬建公は確実に失脚することになるだろう。
逆に言えば、これらの穴を使えば、司馬家を、司馬建公を破滅させることができるのである。
司馬建公を脅す為の切り札としては、これ以上のものはあるまい。
初めから、司馬仲達はこれを狙っていたのか!
お金を稼いで両親を見返すということは、本音を隠すための建前であり、司馬仲達は司馬建公への切り札を手に入れることこそを目的としていたのだ。
母親が二度と自分へ干渉できないようにする為に。
そして、司馬仲達はその切り札を完全な形で手に入れたのだろう。
司馬建公の言葉と様子がそれを間接的に認めていた。

そして、同時に、曹孟徳は安堵もしていた。
司馬仲達がお金の為だけに幽州で悲劇を引き起こした訳ではない、ということが解ったからだ。
司馬建公への切り札を手に入れる為、と考えれば、なるほど仲達の行動は理にかなっている。
少なくとも、先ほどのように理解できないというものではなくなった。
その策が悪逆無道なものであることには変わりはないが、それでも、その有効性は認めざるを得ない。曹孟徳はそう思った。

「居るのね? 司馬家に、仲達の下に。
というよりも、初めから司馬家の人間だったのかしら?」

曹孟徳は自分の想像を確信に近付ける為にそう尋ねる。
誰が、とは言わなかった。それを言った瞬間、司馬建公は家の為に自分を殺すであろうことを曹孟徳は理解していた。

「………」

司馬建公は無言を貫く。
だが、否定も肯定もできない、という状況こそが、何よりも雄弁に真実を語っていた。

「一つ解らないことがあるわ。
貴方は、なぜ、危険を冒してまで私に仲達を登用するように勧めたの?
仲達を彼女の望み通りに放っておけば問題はなかったはずよ」

少しの間が空いた後、曹孟徳はそう尋ねる。
司馬建公は仲達に自分を破滅させられる切り札を握られているのだ。
それにもかかわらず、仲達に逆らうような行動を司馬建公が取った理由が曹孟徳には解らなかった。

「私は親として、娘の才能が眠ったままでいることに我慢ができなかったのです。
あの娘は、本人が望めば、漢王朝を立て直すことも、仕えた人物を皇帝にすることも、自分が皇帝になることも、可能な才能を持っている。
あの娘は天に愛されているのです。
なのに、本人がそれを望んでいない
それほどまでの才能を持ちながら、仲達は家に引き籠ったまま一生を終えることを望んでいるのです。
どうして、そんなことが認められましょうか!」

その司馬建公の言葉は叫びに近かった。

「そうね。確かに、幽州で彼女が見せたその才能を知ってしまえば、そうでしょうね。
ふふふ、私も本気で司馬仲達が欲しくなったわ。
安心しなさい、貴方の娘は、私が全力を持って我が陣営に加えてあげる。
ええ、それ程の才能。絶対に逃してなるものですか。

それと、切り札が司馬仲達の手元にあり、彼女が風評を操れる以上、貴方が洛陽に居るのは危険よ。
我が本拠地である許昌に来なさい。
貴方には恩がある。それを返す前に殺されては困るわ」

「しかし、それでは仲達が動いたとき、貴方にまで悪評が…」

司馬建公は曹孟徳の誘いを断ろうと、そう述べる。しかし…。

「私は曹孟徳よ。悪評など恐れるものではないわ。
それに私の所に来れば、仲達は動かないはず。
貴方が私の所に来た、ということは、私以外に仲達を紹介しない、と言っているようなもの。
いま、貴方を害する意味はなくなる。
貴方を失脚させて自分が司馬家の当主になる、というのなら話は別だけど、彼女はそういう性格ではないのでしょう?

それに、貴方の「仲達の才能を発揮させたい」という願いと、私の「仲達を配下として手に入れたい」という願いは、多くの部分で重なるはずよ。
同じ目的を持つ者同士、協力し合うことは悪いことではないのではなくて?」



[21686] 第三話 ~別れ~
Name: 空城◆1e903e03 ID:c5e8dfd4
Date: 2011/01/23 13:51
私の目的は、私をこんな世界に産み落とした正史への復讐。
その上での、第二、第三の私が生み出されることの予防。
この世界への絶望が、自分が作られた存在―正史の人形―であるという絶望が、私にその望みを持たせた。

その為の手段として最も確実なのが、この物語をつまらないものにしてしまうこと。

外史は、正史の人間の幻想や妄想によって作られる。
そして、作られた外史は、それを想う正史の人間がいる限り派生していく。

私が存在するこの外史が、読んだことを後悔するようなつまらない物語になれば、それは面白い外史を期待する正史の人間への復讐になる。
私が存在するこの外史が、正史の人間の誰の心にも残らないほどつまらない物語になれば、それはこの外史の派生形が誕生することを防止することになる。

そして、その為に私が取ろうとした手段が【この外史の流れを既にある外史と同じものにする】というもの。

幸いというべきか、私が調べた限りにおいて、私がいるこの外史とあのゲームの違いは少なかった。
確かに、あのゲームに登場しない史実の人物は司馬家以外にも居たが、その大半は歴史に干渉するような影響力を持っていないのである。
勿論、その裏には、私が彼らに影響力を持たせないように暗躍したという理由もあるのだが。劉伯安を幽州の騒動で失脚させたように。

現状から想像できるこの外史の存在理由から考えても、おそらくこの推測は間違っていないはずだ。
ならば、司馬家がこの外史に殆ど影響を与えなければ、この外史はあのゲームと殆ど同じ道筋・内容を繰り返すことになるはずなのである。
その上で、私が家に引き籠りながら、世界の流れを監視しつつ、状況を調整すれば完璧。そう考えていたのだ。

ちなみに、私が引き起こした幽州の飢餓騒ぎは、私がそうなるように仕向けたこともあって、物語の流れへの影響は少ない。公孫伯珪は支配領地こそ大幅に増えたが、その土地が飢餓で大打撃を受けているので、動員戦力は殆ど変っていない。劉伯安は元々あのゲームには登場しないので、失脚したことはむしろ好都合。幽州に眼を付ける予定の袁紹とて、その理由が理由だけに土地が貧しくなっていることなんて気にしないだろう。

話を戻そう。
さて、この外史と全く同じ内容の外史が既にあるのなら、この外史を見た正史の人間はどう思うだろうか?
十中八九、失望するのではないだろうか?

違う内容の作品を期待していたのに、それが以前見たもの殆ど同じ作品だった、となれば大多数の人間がその物語をつまらないと感じる。人によっては怒りさえ感じるだろう。それと同じだ。
そして、そうなればこの外史から派生形が生まれる事もなくなるはずだ。既に同じものがある物語にわざわざ想いをはせる人間など滅多にいない。

だから、私は幽州を飢餓地獄に落としてまで、母親を脅す為の切り札を作ったのである。
司馬家の動きを封殺する為に。状況によっては司馬家そのものを滅ぼす為に。

だが、そんな私の目論見は脆くも崩れ去ってしまった。
よりにもよって、私の母親、司馬建公が曹孟徳の下に就く、という最悪の出来事のせいで。

まだ見えない司馬家以外の変化要因に対処する為に、楔を打ち込むだけで、司馬家の力をそのままにしておいたのが完全に裏目に出てしまったのだ。

協力関係程度なら予想していたが、まさかあの母親が曹孟徳の下に就くとは、完全に想定外であった。
こうなると解っていたら、曹孟徳が家を訪れた時点で、切り札を使ってでも司馬家を完全に破滅させて、物語に関われないようにしていただろう。

黄巾党の乱すら始まっていないこの段階で、曹孟徳が司馬家の家名と人脈を手に入れたのである。
これで、物語の流れが変わらない訳がない。

司馬家の当主が配下になったという名声は、宦官の孫という汚名を拭い去るに留まらず、曹孟徳に多大な恩恵を与えることになるだろう。
司馬建公が持つ朝廷及び地方への人脈は、曹孟徳の影響力を著しく強化することになるだろう。
おそらく、曹孟徳は司馬建公を配下に引き込んだことで、あのゲームにおける黄巾党の乱後並みの力を蓄えることが可能になったはずだ。

これは最悪という他ない。
現在においても既に小さな変化が出始めているだろうし、未来においては反董仲穎連合ならぬ反曹孟徳連合が組まれる可能性すらある。

霊帝の崩御時までに、曹孟徳が朝廷から一目置かれる程度にまでその力を成長させていた場合、曹孟徳は洛陽に向かう可能性が高いのだ。
この時点においては、その後に起こる混乱に乗じて霊帝の子供たちを保護することが、大陸の覇者となる為の最短距離なのだから。
事実、史実の曹孟徳は霊帝の崩御後にそれを目的として、袁紹らの宦官排斥に便乗する形で行動を起こしている。
そして、そうなった時、史実と違って、この外史における曹孟徳はそこで政権の奪取に成功してしまうかもしれない。彼女は史実の歴史を知る北郷一刀を手に入れているのだから。

これを確実に防ぐには、司馬建公と曹孟徳を切り離すしかない。
だが、私がその為に動けば、それは確実に外史の流れに影響を与える。
曹孟徳という外史の中心人物が関わっているのだから当然だ。

もはや、司馬家の動きを封じるだけでは、あのゲームと同じ物語の流れにするということは不可能。
そう悟らざるを得なかった。

目的達成の為に、最も簡単にして最も有効な手段を、私は失ってしまったのだ。
母親の行動を読み違えたが故に。

残された目的達成の為の手段は大きく分けて三つ。
あのゲームと同じような物語の流れになるように私が調整していくか。
この外史を、正史の人間が目を背けるような無茶苦茶な物語にしてしまうか。
自害するなどして、私という存在を消すか。

だが、結局の所、この選択肢は殆ど意味がない。
消去法で考えると、一つしか残らないからだ。

二つ目は、それに成功したからといって、目的を達成できるかどうか判らない、という問題点がある。なぜなら、物語を無茶苦茶にしてしまうと、それが正史の人間の印象に残って、そこから新たな外史が派生してしまう可能性があるのだ。それでは、第二、第三の私が生み出されることを予防するという目的が果たせない。

三つ目にも問題がある。今のような状況になってしまった以上、これでは正史の人間に復讐できない可能性が高いのだ。
今までならこれでも問題はなかった。私の死と共に切り札が発動するように仕組んでいたのだから、私の死=司馬家の滅亡であり、その結果、物語の変化要因がほぼ無くなったこの外史はあのゲームの世界と変わらなくなる。正史の人間に嫌がらせをすることができたのだ。
だが、司馬建公を曹孟徳が取り込んだ以上、切り札が発動すれば、それは曹家にまで影響を及ぼしてしまうだろう。あのゲームから推測して曹孟徳は恩のある司馬建公を容易には見捨てたりはしないだろうから。
そうであるならば、その時点で、物語の流れがあのゲームとは変わってしまうのである。
切り札を使用せず、私だけが死ぬ、というのも問題がある。先ほど考えたように、このままだと反曹操連合が起こるかもしれないのだから。
故に、これでは正史の人間に復讐するという目的が果たせないかもしれないのだ。

つまり、私は、目的を確実に達成したいのなら、この外史があのゲームと同じような物語の流れになるように歴史を操らなければいけない訳だ。

何という難易度。
それは世界を操って見せる、ということと同義である。
司馬仲達の頭脳を持つとはいえ、母親の行動すら読めなかった私には厳しすぎる手段だ。

だが、私はそれをやるしかない。
私は、正史の人間に復讐したいのだから。
私は、第二、第三の私を生み出したくないのだから。
例えその為に、好きだった人間を殺すことになっても…。





司馬建公の方針もあって普段は厳粛な空気を漂わせている司馬家の屋敷は、現在、喧騒に包まれていた。
「屋敷の維持及び領地の統治に必要な最小の人員だけを残して、曹孟徳が治める許に引っ越すように」と、当主である司馬建公から命令があったのだ。
勿論、命令があったとはいえ、私は曹孟徳のお膝下である許に行く気などないが。

「ここに居たのね、終」

喧騒を無表情で眺めていた私に司馬伯達がそう声を掛けてくる。
その表情は暗い。悲壮感すら漂っていた。

「どうしたの?姉さん」

何かあったのだろうか?そう思いつつ返事をする。

「忠(司馬叔達の真名)は許に行くそうよ」

悲壮な表情をしたまま、姉は私のそう述べる。
その声には、私に対する懇願が含まれているように感じた。

「そう…
まぁ、そうでしょうね。あの母さんの命令だもの」

私がそう述べた後、場には沈黙が流れた。
何となくだが、気まずい雰囲気になる。
その空気に押された訳ではないが、私は気になっていたことを聞くことにした。

「姉さんは何で妹たちに対して許に行かないように説得していたの?」

そう、司馬伯達は、妹達や彼女と親しい侍女達に対して「許に行かないで、お願いだから」と説得して回っていたのだ。
今の姉の様子から、一つだけ理由を思いついたのだが、それだった場合、今度は何処で彼女がそのことを知ったのかが問題になる。

「貴方に彼女達を殺させる訳にはいかなかったから。
お願い終、忠を殺さないで!
妹を殺すなんて、そんなの間違っているわ」

やはり、それが理由か。しかし、どこから彼女に漏れた?

「何のこと?」

「とぼけないで。私は、貴方が生まれてから今に至るまで、ずっと貴方のことを見ていたのよ。
妹なのに、私よりも幼いのに大人と張り合える貴方は、私の憧れだったから。

貴方は、人を殺すと決めたとき、表情が消える。殺すと決めた人間を見るときも。

そして貴方は、母さんから引越しの命令を聞いたとき、表情が消えた。
最初は母さんを殺すつもりなのかとも思ったけど…
自分では気づいていなかった? 引越しの準備をする人々を見るとき、貴方の表情は消えていたのよ。
終、貴方、許に向かおうとするこの家の人々を殺すつもりでしょ」

私は反射的に顔に手をあてる。
人を殺すと決めたとき、殺すと決めた人を見るとき、私から表情が消える?
そんなこと、私は知らなかった…。

「私は家族を殺したりしないわ。
ずっと家に引き籠っているもの」

「ええ、そうでしょうね。
貴方自信は何もしない。
全てを他人にやらせてしまう。
だから誰も貴方がやったと気がつかない。
例え気が付いたとしても、それを他人に言えないような状況に容易く追い込んでしまう。
あの幽州のときと同じように。
あの強欲な商人を騙しこんで、利用して、そして切り捨てたように。
あえて加担させることで私の行動を縛りつけたように」

「それで、そんな物騒なものを隠し持って、どうするつもりなの?」

私は彼女の胸元を見ながら、そう述べる。
おそらく短刀かなにかを隠しているのだろう、そこだけが不自然に膨らんでいた。
私の声は、なぜだろう、少しだけ笑いを含んでいた。

「終、これは最後の警告よ。
司馬家の人間を殺すは止めなさい。
もし、殺すというのなら…」

私の言葉を聞いた姉さんは、胸元から短刀をとりだし、それを私に向けながら叫ぶ。

「私を殺す?
昔、自殺しようとしていた私を止めた姉さんが?
あはは…あっははは!
私が自殺を止めて、正史に復讐することを決めたのは、姉さんの言葉が原因なのに」

皮肉なことだ。彼女が私の自殺を止めなければ、そもそもこんなことにはならなかっただろうに。
私の口からは止めようもなく笑いが出た。
けれど、それが涙の代わりに思えてしまうのは、どうしてなのだろう?

「ええ、そうなのでしょうね。
だからこそ、私はその責任を取らないといけない。

私には正史だの外史だのなんていうことは解らない。
でも、貴方が間違ったことをしようとしているのは解る。

なら、私は貴方を殺してでも止める。
それが、あの時、貴方に生きるように言った、私の責任だから」

「ふふふ…」

だめだ、どうしても笑いが止まらない。

「な、何がおかしいの」

怒ったように、戸惑ったように、伯達が叫ぶ。
そうでしょうね。短刀を突き付けられているのに笑い転げるなんて普通じゃないもの。

「一週間前だったなら、母さんが曹孟徳の味方に付く前だったら…
姉さんに殺されても良かったのだけどね。
今はもう駄目。

そっか、残念だなぁ。
私は姉さんのことが好きだったんだけど。
姉さんにも死んでもらわないと駄目なのか。
本当に残念。ふふふ…」

自分でも笑う場面じゃないと解っているのだが、笑いは何時まで経っても終わってくれない。
本当に、なんでなんだろう?

「御免」

そう言って、伯達は、私に短刀を突き刺そうとする。
大方、私が何かする前に殺そうとしたのだろう。
姉さんからみれば、私は何をするか解らないところがあるから。

けど、その短刀は私まで届かない。

キン、と金属と金属がぶつかる音が響いた。

「ふふ、姉さん、司馬仲達っていうのはね、将軍なんだよ。
軍師じゃなくて、将軍。それも勇将・名将と呼ばれるほどの将軍。
そのイメージを正史の人間から与えられている私に、司馬伯達である姉さんが勝てるかな?
正史における司馬伯達は、優秀な内政家。武勇に優れるようなイメージはないんだよ?」

私は短刀を剣で防ぎながら、そう言った。

「訳の解らないことを」

短刀を一度引き、再び私に突き刺そうとしながら、姉さんが呟く。
ふふふ、そうでしょうね。私の苦悩はこの世界に住む人間には解らない。

「要するに、この作られた世界では、姉さんは武力で私に勝てないってこと。
幻想の世界では、本人の努力ではなく、与えられた幻想がその強さを決めるのだから。
ほうっら、と」

「くっ」

私の剣が伯達の短剣を吹き飛ばし、私の蹴りが姉さんの体を吹き飛ばした。

「ほらね。姉さんでは私には勝てない」

「私を殺すの?」

床に横たわりながら、姉さんが呟く。

「ふふふ、そんなことしないわ。
正史の人間の幻想によって作られた人形だとはいえ、私は姉さんが好きだもの。
なんで、大好きな姉さんを自分の手で殺さないといけないの?
それじゃあね。姉さん」

私はそう言って部屋を出ていく。

本当に残念だ。
もう、この屋敷に戻ることはないだろう。
もう、優しくて大好きだった姉さんに会うこともないだろう。
予定とは違う上、時期も早いが仕方がない。全て消えてもらうことにしよう。

「ふふふ、あははは」

口からは乾いた笑いが漏れる。
やはり、この笑い声が涙の代わりに思えてしまう。
私はそこまで壊れていたのだろうか? 狂ってしまっているのだろうか?
なんだかんだいって、私はこの屋敷とそこに住む人間に愛着を持っていたのだろうか?
所詮は全て幻想、まやかしだというのに。

「さようなら、司馬家の皆さん。
もし、こんな世界でなかったら、私が前世の記憶など持っていなかったら…
きっと楽しい家族生活がおくれたのでしょうね」

屋敷を出た後、一度だけ振り返りそう呟く。

その後、私は振り返ることなく、街の中に消えた。
司馬家の屋敷が、幽州からの流民集団に襲われる、その前日のことだった。






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