1.はじめに
民主党政権が「税と社会保障の共通番号制度」(以下「番号制」)の創設へと動き出した。菅直人副総理兼財務大臣が旗振り役となり、今年一年かけて議論を行い、来年の通常国会に法案を提出する方針だ。
平成22年の税制改正大綱には「社会保障制度と税制を一体化し、真に手を差し伸べるべき人に対する社会保障を充実させるとともに、社会保障制度の効率化を進めるため、また所得税の公正性を担保するために、正しい所得把握体制の環境整備が必要不可欠です。そのために社会保障・税共通の番号制度を進めます。」とされた。
このように番号制の目的は「所得の把握を確実に行う」ことを挙げており、低所得者に現金を支給する給付つき税額控除の実現に必要で、税金や保険料の未納を防ぐ効果もあり、国民の不公平感も解消されるという、まさにいいことずくめの制度とされている。
税理士会も、「給付つき税額控除に賛成であるので番号制は仕方がないのでは」との意見が増えてきている。東京会の平成23年税制改正意見書にも「個人所得税と社会保険料は課税ベースが重複しているため、一元化をはかり、納税者の利便制の向上並びに電子申告を含め事務の効率化を進めていくことは、本会も主張してきたところである。一体化を図る場合の課題は、まず、所得等の把握が必要で、適正な給付を行うには共通番号が必要となる。」としている。
2.番号制の問題点
我々は以前から番号制と同じように国民全員に付される納税者番号制に危機感を持っており、「納税者番号制は、警察などの国家権力によって国民のプライバシーが監視されかねないもので、実態は『国民総背番号制』。脱税防止の目的もほとんど期待できないのでは。」と指摘していた。そこで、番号制が導入されてしまう前に問題点を検証したいと思う。
1.民間に番号を提示する制度が予測されること。
番号制の導入の目的の一つが所得の正確な把握なので、株や預貯金など利子や配当所得を生む金融商品の契約には必要になると予想されるし、譲渡所得の把握にも使われる可能性が高い。具体的には、銀行の預金口座を開設するとき、株を買うとき、生命保険の契約の際、不動産の売買の際等に共通番号を記載することを義務付けられると考えられる。
「個人情報もれや悪用の危険をどう防ぐのか」という国民の不安をぬぐえない住民基本台帳ネットワークでも、住基法で民間事業者(給与の支払者や金融機関等)が、住民票コードの告知を求めることが一切禁止されている官と民の制度である。番号制は、住民票コードとは違い、オープンで使う番号であり、民、民、官の制度である。
オープンで使う番号は、暗号化でセキュリティを高めること、罰則を厳しくする等では「成りすまし犯罪」が防げないのは、アメリカの実情を見れば明らかであろう。
2.強制参加の番号制の根本問題
共通番号は、税や年金のほかに、医療や介護にも利用する方針とのことだが、カバーする情報の範囲が広がると流出の恐れがあるプライバシーも広がる。とくに医療は病歴や治療歴といった「他人に知られたくない情報」を含む場合も多い。低所得や障害といったことまでわかってしまう可能性もある。
住民票コード、共通番号のように、生まれた時から誰とも重複しない1個の背番号を強制的に割り当て、国があらゆる情報を一元的に管理するシステムは、国家が各人の番号で国民をトータルに統制・監視できることにもつながり、人間の尊厳に関わる重大な問題をはらんでいる。
一旦番号制が導入されると行政側の意向しだいで、納税者・国民のプライバシーは無制限に侵害される恐れがある。そうなる前に、我々は「自由」が持つ計り知れない価値を再確認する必要がある。
3.番号制導入と給付つき税額控除
給付つき税額控除は、以前から言われていた「負の所得税」であり、一定の所得額以下の人にはマイナスの税負担である現金給付が行われることになる。
ただ、この制度を1970年代に導入したアメリカでは、番号制はあっても所得把握が難しく、全体の2~3割が不正受給や誤った支給だったとの報告もある。
給付つき税額控除はそもそも税制と社会保険制度の異次元の混同であり、所得税の負担はゼロで止めるべきで、マイナスを生じさせてはならず、低または無所得者への救済は別途社会政策の一環として予算を立て、国会の承認に委ねるべきものである、とする考えもある。
3.結びに変えて
給付つき税額控除のためには→所得の正確な把握が必要→番号制の導入という流れが一人歩きをしていないか。給付つき税額控除について、所得の把握について、番号制の導入について、切り離して議論する必要がある。
平成22年4月7日に開かれた国家戦略室の「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会(第4回)」で、(株)野村総合研究所の安田氏が、「番号制度がなくてもできないことは、実はほとんどない。」と述べている。
番号制導入の目的の一つに公正な税制があげられているが、憲法で定める租税法律主義のもと、公正な税制は立法で解決するのがルールである。
申告納税制度の理念にそって納税者の権利を擁護する使命をもつ税理士として、番号制について慎重に検討し提言していくべきである。