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著作権法改正案:違法状態拡大の懸念 政府は通常国会提出目指す

 政府が24日開会の通常国会に提出を目指している著作権法改正案に対して、著作権者に不安が広がっている。楽曲や映像、新聞記事などを、著作権者の許諾を得ないで利用できる範囲が拡大する内容だからだ。ネット上に違法なコピーがあふれ返る中での法改正。著作者側からは「違法状態を一層、悪化させかねない」との懸念が上がっている。【内藤陽、臺宏士】

 著作権法の改正による利用範囲の拡大を提言するのは、文化庁の文化審議会「著作権分科会」(分科会長=野村豊弘・学習院大法学部教授)。今月25日、同分科会の法制問題小委員会(主査=土肥一史・日本大大学院教授)が昨年12月にまとめた最終報告を了承する方針だ。現行の著作権法は「公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図る」と目的を規定している。例えば、同法は著作者が著作物を複製(コピー)する権利を専有することを認め、複製には許諾を必要とする一方で、私的な利用のほか、教科用図書や試験問題、事件報道などの利用については、例外扱い=表参照=としている。

 最終報告は、インターネット時代を迎え、著作物利用の促進による新事業の創出などを狙い、(1)主たる目的としない著作物の付随的な利用(2)合理的に認められる著作物の利用(3)著作物の表現を享受しない利用--については、利用者自身が判断して例外としようという内容だ。現行法では例外行為を個別に示しているが、最終報告では具体的に定めておらず、「一般規定」と呼ばれる。

 なかなか分かりづらいが、文化庁著作物流通推進室によると、(1)はテーマパークでの撮影の際に、キャラクターが写り込んだ写真や映像を個人のブログに掲載すること、(2)は漫画のキャラクターを商品化する際の企画会議用に、そのキャラクターを複製した資料を配布すること、(3)は映画・音楽の再生録音可能なAV機器を開発する際に、録音・再生を検証するためのDVDやCDの複製--などの利用例を想定しているという。こうした行為は現行では、著作権法違反に当たる。

 最終報告案の一般規定については昨年11月2日に開かれた法制問題小委員会で、法務省刑事局の中村芳生参事官が「刑事罰との関係で、極めてあいまいな言葉が並んでいて、本当に運用できるのか」との疑問を投げかけている。「主たる目的」「付随的」「軽微」などの文言があって、罪刑法定主義の「明確性の原則」の観点からの指摘だった。そこで、最終報告では一般規定の適用について「不明確な基準で適否が決められると、刑事罰の適用に支障を及ぼすおそれもあり、十分配慮して考える必要がある」とされている。

 ◇「フェアユース」の危うさ

 今回の見直し議論は、政府の知的財産戦略本部の「米国著作権法に代表されるフェアユース(公正使用)規定を日本の著作権法にも導入すべきだ」との提言を受け、09年からスタートした。背景には、インターネットによる情報アクセスが広がる中で、著作物を円滑に利用するには「著作権の例外(=できること)」を個別に示して厳格に適用するより、概念だけ包括的に定めた方が柔軟に対応できるという考えが台頭してきたことがある。

 ただ、くしくも同年、インターネット検索サービス大手の米グーグル社が米国の「フェアユース規定」を根拠に、著作権所有者の許諾を得ないまま、書籍全文のデジタル化を進めていることが社会問題化した。このことは、日本を含む全世界の出版社、作家を巻き込んだ論争に発展し、同規定の危うさが浮き彫りになった。しかも、著作権を巡る争いが起きた場合に、その解決を裁判所に委ねてきた米国に対し、例外を具体的に明記した形で利用範囲を広げてきた日本は、判例の積み重ねがない。日米の著作権文化には違いがあるのだ。フェアユース規定について、同小委員会事務局が米政府機関に照会したところ、「技術革新に応じて柔軟に解釈できる一方、具体的にどのような行為が該当するのか明確性に欠ける面がある。それを不満に思う人、事業者もいる」との回答があったという。

 包括的であいまいな規定が導入されれば、適法かどうかの判断をめぐり混乱。裁判所の決定や判決を通して判断基準が固まるまでに10年間はかかるという見通しもある。これに対し、IT・知的財産権などに詳しい北岡弘章弁護士は「一般規定が導入されても、権利者側に実際に被害を与えている多数の事案について正当化されることはなく、訴訟が頻発するとも思えない。権利者側としては、一般規定に対する正確な理解の広報に努めることが重要ではないか」と話す。

 一方、日本でも著作権法違反事件は後を絶たない。警察庁によると、インターネットなどを悪用した著作権法違反事件の検挙は、09年は前年比44件増の188件。10年上半期は前年同期比108件増の160件で増加傾向にある、という。

 ネット上で違法な状態が放置され続けている現状については、09年秋の政権交代前から規制強化を図る声も上がっていた。例えば、著作権法違反事件は著作権者の告発が必要な「親告罪」だが、摘発を容易にするためにそれを必要としない「非親告罪」にしようという動きだ。07年、当時の政府の「知的財産戦略本部知的創造サイクル専門調査会」が出した「知的創造サイクルの推進方策」には、「非親告罪の範囲拡大を含め見直しを行い、必要に応じ法制度を整備する」と明記していた。しかし、文化審議会・法制問題小委員会でも論議されたが、言い回しは「慎重な検討が適当」(09年1月の同小委報告書)と決着。その後、民主党政権でもこの議論は起きていない。

 ◇著作権団体、反対の意見書

 こうした著作権法が守られていない現実に直面する中で“利用側主導”の形で法改正が進むことについて、著作権団体側の不安は大きい。

 日本音楽著作権協会(JASRAC)、学術著作権協会、日本雑誌協会、日本新聞協会の4団体は昨年12月に連名で、吉田大輔・文化庁次長あてに一般規定導入に反対する意見書を出した。反対理由について意見書は「『これはフェアユースだ』と意図的に抗弁する『居直り侵害者』や知識・理解不足による『思い込み侵害者』が増大する懸念もある。侵害行為が蔓延(まんえん)している現状に鑑みれば、曖昧な『一般規定』を拙速に導入すれば、侵害行為を加速するのは間違いない」と指摘。「権利保護と公正な利用のバランスに十分に配慮した個別規定を必要に応じて整備する方が合理的だ」と提言する。

 JASRACの北田暢也(のぶや)理事は「実際の運用は条文がまだ示されていないので分からず、不安感はぬぐいきれない。しっかりと見定めていきたい」と話した。

 こうした指摘に対して、文化庁の川瀬真・著作物流通推進室長は「最終報告は、利用者側からは『不十分だ』との意見がある一方、権利者側の懸念にも配慮した、微妙なバランスに立った結論だ。一般規定の導入後も運用について検証し、もう一段柔軟な対応を検討していきたい」と話し、さらなる改正による利用推進を目指すのだという。

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 ◇著作物の無断利用が例外的に認められている主なケース

 <印刷物など>

○自分や家族などで使う限られた範囲でコピー

○公立や大学の図書館などでのコピー

○学校で、授業の過程で使用するコピー

○本を書く際、正当な範囲内での引用

○試験問題としてのコピー・送信(営利を目的にしない場合)

○新聞・雑誌の社説などは、「転載禁止」と断りがなかったら他の新聞・雑誌への掲載、放送は可

 <音楽の演奏会など>

○営利を目的とせず、演奏者は無報酬、また、観客から料金を取らない場合

<演説・裁判>

○公開の場で行われた政治上の演説、裁判での陳述は、ある1人の著作者のものを編集する場合を除き可

 <絵など>

○名画の盗難事件を報道するためにその絵の写真は可

○公園などにある銅像などの撮影、テレビ放送は可

○展覧会の開催者が、解説・紹介用の小冊子にする場合

 <ネット・ITなど>

○ネットオークションなどの商品紹介(一定の条件付き)

○パソコンなどの保守・修理の際のバックアップ

毎日新聞 2011年1月24日 東京朝刊

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