1990年から現在のアイドルについても考察していく。
この時代は松田聖子のような「手の届かない遠い存在」というスタンスから
「素人のような共感の持てる身近な存在」がアイドルになるという真逆のアイドルが誕生するようになる。
女子大生アイドルブームを経て、このようなアンチ松田聖子スタンスのアイドルとして誕生したのが
80年代に一世を風靡したおニャン子クラブであり、その系統を引くアイドルグループとして挙げられるのが、
つんく♂(1968-)がプロデュースしたモーニング娘。だったり、秋元康(1956-)がプロデュースした秋葉原を拠点とするAKB48である。
現在でもこのようなアイドルグループは多く存在し、モーニング娘。の所属するハロー!プロジェクトでは
他にもBerryz工房や℃-ute、フジテレビのテレビ番組『アイドリング!!!』内で結成されたアイドリング!!!、
AKB48の姉妹プロジェクトのSKE48などが挙げられる。
このような一般人からアイドルとなった人の特徴としては、
身近な存在であるが故に「私でもアイドルとして脚光を浴びることができるかもしれない」という印象を与えるようになった。
このような印象は外見(美貌)の質を高めることになるが、同時に「手の届かない遠い存在」といった崇拝性は失われてしまった。
そして熱愛報道等によるスキャンダルで所属メンバーの脱退、降格が行われる。
これは、ファンという崇拝者がアイドルという崇拝対象に裏切られた形となる。
熱狂的な崇拝者も中には多く存在するが、崇拝者に裏切られる回数が多くなることでその対象に対する偶像性は薄らいでくる。
このように崇拝対象に裏切られた崇拝者が次にどのような行動に出るか。
それはド・ブロスが定義したフェティシズムに対する攻撃の面である。
崇拝対象が生身の人間であるため古代人のようにフェティシズムを焼いたり叩いたりして壊すことができないため、
空想的に破壊活動を行う。
有名人は自分の情報を発信し宣伝するためにそのアイドルの公式ホームページやblogが運営・公開していることが
ほとんどであるが、そのような場所をいわゆる中傷文で「炎上」させたり、
本人や事務所に向けて中傷文を記載した手紙を送りつけるなどといった嫌がらせという形に
攻撃性を見受けることができるだろう。
見方を変えると、アイドルという対象の捉え方も崇拝ではなくなってきたように感じられる。
先ほどアイドルグループとして紹介したモーニング娘。は結成時のメンバーこそ福田明日香(1984-)の14歳が最年少であり、
所属メンバーの大半が18歳前後であった。
2009年12月6日現在のモーニング娘。の所属メンバーの最年少は光井愛佳(1993-)の16歳であるが、
平均年齢は19歳前後と高校生アイドルとして位置づけられる。
AKB48はメンバー数が多数存在し、研究生をAKB48に組み込んで考えていいのかが不明なため平均年齢は出さないが、
メンバー最年少は藤本紗羅(1997-)で12歳であり、1990年前半の年齢でメンバー構築されている。
Berryz工房や℃-uteは所属メンバー全てが1990年以降に誕生している。
2004年から活動が始まったBerryz工房では最年長でも清水佐紀(1992-)の(当時)13歳であり、
2005年からの活動の℃-uteでも元メンバーの梅田えりか(1991-)が(当時)14歳あるといった低年齢化が進んでいる。
女性アイドルだけが低年齢化しているのではない。
ジャニーズ事務所でもHey! Say! 7やジャニーズJr.に低年齢化が顕著に見られる。
特にジャニーズJr.では小学生から所属して、バックダンサーとして活動することが多い。
自分の年齢より一回りも下回っているアイドルを応援するということは崇拝の意味合いではなく、
「成長が垣間見られた」ことに喜びを感じるようになっていると考えられる。
そのために、成長期を迎え、日々大きくなっていくアイドルをわが子のように見守っていくという
親のような心境で声援を贈っているのではないか。
ジャニーズファンの間ではジャニーズJr.時代から応援し、グループを組んでデビューした古参と呼ばれるファンと、
グループデビューが決まってからファンになったという新参は対立しており、
成人の日に明治神宮で行われていたジャニーズ成人式では古参のファンが前列で、
そこからファンになった人が年度順に前から詰めていくというファンの間でのみ通用する暗黙のルールが存在する。
一見すると、成人式を迎えたアイドルを崇拝しているという構図も成り立つが、
ジャニーズJr.時代に目をつけて応援し、デビューが決まった時にファンになった新参を卑下する。
もはやアイドルに崇拝という意味合いがなくなりつつあるのが読み取れる。
最後に崇拝対象に裏切られた崇拝者がどこに行きつくのか。
それは生身の肉体を持たないアイドルである。
ヴァーチャル・アイドルとして共通して想像しやすいのが『初音ミク』であろう。
初音ミクとはクリプトン・フューチャー・メディアという会社が発売している音楽ソフトのキャラクターである。
パソコン一つあれば自分が作詞、作曲した曲を初音ミクという架空のキャラクターに歌わせることが可能となり、
抑揚やこぶし、タメといった本物の歌手のような歌い方をさせることも可能となる。
初音ミクの声を当てているのは歌手ではなく声優であり、その声優も大人気声優を起用したわけではなく、
この初音ミクのヒットをもって名前を覚えてもらったような人が声を当てている。
森川嘉一郎は初音ミクについて「年を取らず、プロデューサーに枕営業していたりせず、
スキャンダルを起こしてファンの夢を壊したりせず、大金持ちと婚約して現金さを露呈させることもなく、
どこの馬の骨とも知れない男とできちゃった婚をしたりすることもなく、
不眠不休で歌うことのできる、アイドルの理想形である。」 ※1と述べている。
近年のように、すぐ熱愛発覚や妊娠引退による脱退、解散が行われる生身の崇拝対象に比べると、
崇拝者の理想通りに活動し、裏切られることがないヴァーチャル・アイドルに視点が向くことも理解できる。
初音ミクの他にも同種として、アイドルの育成を対象とした『THE IDOLM@STER』 ※2というゲーム
(アーケードゲーム ※3から家庭用ゲームへと移植)が登場し、
各地で「プロデューサー(表記する際には自らを○○Pと表記する)」が
自分の育てたアイドルのランキングを上げるために日夜ゲームセンターの筐体に向かう姿が話題となった。
たかが二次元のキャラクター、たかがゲームソフトという言葉ではもはや片づけられない域にまで達している。
偶像は時代によって変化している。
秋葉原系と位置付けられ「萌え」というスラングを生みだしたオタクと呼ばれる人たちの中には現在、
生身の人間を恋愛や崇拝の対象としないために倒錯と思われているが、
今後はそのような状態が逆転し、生身の人間を崇拝すること自体が倒錯と思われる時代が来るのかもしれない。
※1 森川嘉一郎「オタク文化の現在(12)アイドルの理想形」(『ちくま』)、筑摩書房、2008年、P40
※2 2005年にナムコ(現バンダイナムコ)にて稼働が開始されたアーケード型シュミレーションゲーム。
個性豊かな9人(組)のアイドル候補生から1〜3人を選び、
いかに多くのファンに支持されるアイドルへプロデュースする事が出来るかを競う。
プレイヤーは「新米プロデューサー」となり、ネットワークを使用して全国規模でランキングを競う。
のちにXbox 360やプレイステーション・ポータブル(PSP)といった家庭用ゲーム機にて販売された。
※3 ゲームセンターで稼働するために製造されたゲームのこと。
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