余録

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余録:「なりすまし」の変わり身

 自然界には「なりすまし」の名人、いや名虫がいる。体長3~5ミリのアリヅカコオロギは、アリの巣の中でアリの食べ物を横取りして暮らしている。どうやらアリに仲間だと思わせているのだ▲この虫、姿形は明らかにコオロギなのに、体表物質の組成が家主のアリそっくりという。驚くべきは別の種のアリの巣に移すと初めはそのアリに攻撃されるが、逃げまわるうちに1週間ほどで仲良くなる。体表物質の組成をそのアリそっくりに変えてしまうのである▲どうもアリの世界では見た目より体表物質のにおいか何かで相手を識別するらしい。状況に応じた変わり身も早いアリヅカコオロギのなりすまし術である。もっとも、人が悪事に用いる「なりすまし」の変わり身の早さも決してそれに劣らないのが困ったところだ▲警察や金融機関の被害防止策の効果もあって減少傾向にある振り込め詐欺である。だがその中でも昨年のなりすまし犯によるオレオレ詐欺は前年比4割も増えたという。とくに目立ったのは、警官を装ってキャッシュカードをだまし取り、現金を引き出す手口という▲カードを持ち去る犯行の増加は、詐欺に使われてきた匿名口座の規制が強化されたためと見られている。これまでも振込金額が制限されると口座間送金を利用した還付金詐欺が増えるなど、新たな被害対策に対抗して素早く手口を変えてきた詐欺犯グループであった▲もっぱら子や孫を装って肉親の情を揺さぶってきた「なりすまし」も、今や警察や役所の権威を利用する手口をはじめ何が出てくるか分からない。人の悪知恵の進化の早さばかりは生物界に比類がない。

毎日新聞 2011年1月21日 0時04分

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