余録

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余録:雪下ろし事故

 万葉集では貴族も雪かきをしている。天平年間の正月某日、平城京に十数センチの積雪があった。左大臣の橘諸兄ら群臣は太上天皇(元正天皇)の御所にかけつけ雪掃きを行った。終わると酒宴を賜り、雪にちなんだ歌を詠めという詔があった▲「降る雪の白髪(しろかみ)までに大君に仕へまつれば貴くもあるか」はすでに雪のような白髪の左大臣が大君をたたえた歌。「大宮の内にも外(と)にも光るまで降れる白雪見れど飽かぬかも」は大伴家持が見飽きぬ雪の風情をめでた歌だ▲寒気が居座る列島では、予想外の積雪で慣れぬ雪かきに戸惑った方もいよう。万葉の昔にあやかり、その後は久々の雪景色をさかなに一杯という向きもおられよう。しかし降雪続く日本海側の豪雪地ではそれどころでない▲「雪を掃(はら)ふは風雅の一つとし、和漢の吟詠あまた見えたれども、かかる大雪を掃ふは風雅の状(すがた)にあらず」とは江戸時代の越後の生活誌「北越雪譜」だ。雪を下ろさねば家は埋まり、つぶれる。雪掘りに「いくばくの力をつひやし、銭をつひやし、終日掘りたる跡へその夜大雪降り夜明けて見れば元のごとし」▲屋根の雪下ろし中に転落したり、落ちた雪に埋もれるなどの事故での死者は、今季すでに全国で40人を超えたという。前年を大きく上回るペースで、とくに1人で作業するお年寄りの事故が目立つ。自治体などは命綱を用い、2人以上で作業するよう呼びかけている▲雪を楽しむ暖国に対し「雪を悲しむ寒国の不幸」を嘆いた「雪譜」だった。だが高齢者世帯を見舞う豪雪による窮状を聞けば、昔よりもむしろ「不幸」が深まったように見えるのはどうしたことか。

毎日新聞 2011年1月20日 0時15分

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