チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22637] 【ネタ】聖なる泉の枯れた戦士【仮面ライダークウガ(オリ主)×リリなのsts(原作終了後)】
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/10 01:31
注意点
まず真っ先に言わせていただきますとオリ主です。五代雄介や小野寺ユウスケは出てきませんので、あらかじめご了承下さい。
突発的に思いついただけですので、続いていく自信はほとんどありません。
グロンギ語が出てきます……が、一応某サイトで見つけた翻訳所で翻訳はしているのですが完全ではないと思いますので、そこのところのご理解をよろしくお願いします。










全てが紅く染まっていた。

家も……

畑も……

そこに生きる人達も……。
そこに住んでいたはずの人達は、村を焼き尽くすように暴れる炎とは逆に命の炎を失い、その骸を晒している。

「こ、これは?」

そんな村に、一人の青年が自分の息が切れるのも気にせずに駆け込んでくる。
駆け込んできたのは、この村でただ一人の村を守るために戦う戦士。
しかし、今はその守るものすら存在していなかった。
心優しい村人たちが戦い続ける青年のために、ほんのわずかな時間でも休んで欲しい……そんな願いを込めて体を休めるために外に出る彼を送り出した。
そして、それからたった小一時間で村は壊滅した。

彼にわずかな時間の休息とは言え、戦いの疲れを癒すように言ってくれた心優しい村長。

戦うことしかまともにできないと悩む青年に、村を守っているという誇りを持てと言ってくれた友。

大きくなったら、いつか青年のような戦士になって村を守りたいと言ってくれた子供たち。

身寄りもなく、村人とは明らかに違う異質の力を持つ青年に、それでも怯えずに別け隔てなく優しく接してくれた多くの人々。

彼とともに幾度の苦難を乗り越えてきた愛馬。

彼とともに天を翔け、ときに愛馬の鎧ともなった生きた鎧。

その全てが引き裂かれ、斬り刻まれ、穿たれ、砕かれていた。

「だ、誰かいないのか!!!」

誰でもいい、返事をしてくれ。
そんな青年の願いにも似た叫びが村に木霊するが、それに答える村人は誰もいなかった。

「ゴゾバッタネ、ムラザモグバギレズギチャッタヨ」

そう、答える『村人』は誰もいなかった。

「お前は……グロンギ!!!」

グロンギ……青年らが暮らすリントの地を襲う戦闘種族。
炎の中に立っているのは、白と金を基調とした洗練されたある種の神々しさと禍々しさを兼ね備えた一体のグロンギだった。
青年はこのグロンギと呼ばれる戦闘種族と戦い、数々の困難に遭いながらも辛くも勝利してきた。

あるときは誰かを犠牲にして……

あるときはリントの住む村が壊滅するような被害をもたらして……

それでも何とか戦い抜いてきた。彼らとまともに戦えるのは青年だけだったから。
そして青年は知らないことだが、グロンギの方でも最後に残ったのは、このグロンギの王ただ一人だった。
しかし、そのグロンギの王の力で青年のもっとも守りたいと思っていた村は、小一時間も経たずに壊滅した。

「あ、あああ……」

守りたい……青年の戦う理由の全てが小一時間で失われた。
なら、自分は何を理由に戦えばいい?
守るべき……守りたいものもない。
そんな自分がどうして戦わなければならない?
……いや、一つだけある。

「ゾグギタン?タタバワバギン?」

全てを失ったと思われた彼にも、たった一つだけ戦う理由はあった。

「お前が……お前がぁああああああ!!!」

それは本来の彼なら戦う理由にすらしなかった感情。
しかし、その感情は彼が体内に宿す『アマダム』に作用し、本来なら鮮やかな色彩を放つアマダムを漆黒へと変化させる。
彼の中に燃え上がるたった一つの黒い感情……それは憎しみ。
気がついたときには、彼は今までの戦う姿とは全く違う、頭部に四本角の触覚と、全身を黒い鎧に包み込み、黒い瞳をした戦士へと変貌していた。
その姿はグロンギの王が何者にも染まらない白とするなら、青年が変貌した姿は全てを飲み込む闇と言うに相応しい。

「ゴラエガリンバゾ!!!リンバゾボソギタ!!!」

青年が変貌した黒い戦士は、先程までの言葉とは全く違う言語を発して、グロンギの王へとその拳を叩きつける。
しかし、その拳はグロンギの王に軽く受け止められ、次の瞬間には青年の体が一気に炎に包まれて燃え上がる。

「ゾグギタン?ボグオゴバジビバッタンビボンデギゾバン?」
「ザ ラレ!!!」

馬鹿にしたようなグロンギの王の言葉に、青年は燃え上がる自分の体を気にもせずに苛立ったように叫ぶ。
そして、青年の叫びが響くと同時に、グロンギの王の体も炎に包まれた。
しかし、互いの炎をもってしても、両者には大したダメージにもならなかった。
そして、結局はお互いの四肢を駆使しての接近戦へと変わっていく。
青年が拳を振るうたびに凄まじい衝撃が発生して、崩壊した村をさらに壊していく。
グロンギの王はそれを笑いながら受け止め、自身もその拳を青年へと叩きつける。
そして、グロンギの王の拳から発生する衝撃も村を破壊する嵐となる。
今は骸となった村の人々が発生した衝撃の嵐に巻き込まれようとも、それを気にする存在はこの廃墟には存在しなかった。





一人が笑い、一人が狂ったように叫びながら拳を振るう中、それぞれの身を守る鎧のようなものは砕かれ、血にも似た液体が燃え盛る村の中に飛び散る。
そして、ついにはそれぞれの力の源ともなる腰……丁度へそにあたる部分に互いの拳が叩きつけられたときに、ついに決着がついた。

グロンギの王の腰につけられた紋章のようなものは完全に砕かれ、青年の腰にあるアマダムは直撃こそ避けられたものの、受けた衝撃によって罅が入っていた。

「ボンバギザキリンバチザ ネ」

いつのまにかグロンギの王は、変貌する前の青年と同じような人間の姿へと変わっていた。

「ボレデバッタオゴモワバギボオザ ネ、クウガ」

それが最期の言葉なのか、それを言い終わると同時にグロンギの王は凄まじい光を放ち、青年の立つ崩壊した村を包むような轟音があたりに響いた。





グロンギの王を中心とした爆発が収まって、かなりの時間が経った。
グロンギの王がいた場所には、爆発前は崩壊していたものの村らしきものの跡があったが、今は巨大なクレーターができているだけだった。

いや、一つだけ残っているモノがあった。
クレーターの中でただ一人立ち尽くしていたのは、グロンギの王と殴り合っていた青年だった。
しかし青年は気を失っているのか、立ち尽くしたまま動き出す気配はない。
そこに村があったという証はどこにもなく、その場にあったのは人の姿をしたナニカだけだった。

こうして、グロンギとの戦いが終わった。しかし、青年が守ろうとした存在もまた姿を消し、ただ一人の勝者と呼べる者がどこへ行ったのかを知る者は誰もいない。









それから長い年月が過ぎた。
夜のネオンが輝く街に、誰もが避けたくなるようなぼろ布を頭から被った、男なのか女なのかわからない人物がフラフラとさまよっている。
そのおぼつかない足取りは周りの通行人にとって迷惑だったが、それに関わり合いたくないのか誰も話しかけるようなことはしなかった。
そんなとき、酒に酔っていたのか一人の男がふらふらした人物とぶつかる。

「おい、気をつけろ!!!」

酒に酔っているのか、男はその不気味とも言える人物に気にすること無く怒鳴りつける。
ぶつかったことで止まった人物は、人とぶつかったことを気づいたのか、謝罪の言葉が……

「ゴレビ……チバズグバ」

出なかった。ここミッドチルダでも聞いたことのない言葉を発した人物に、酒に酔った男は絡むように睨みつける。

「はぁ?何言ってんだ、兄ちゃん」

声の様子から男とわかったのか、酒に酔った男はぶつかった男に掴みかかろうとしたが……

「ガワスバ!!!」

急に叫ぶと、掴みかかってきた腕を振り払うようにして、その場から逃げ出した。
酒に酔った男が文句を言いながらも、得体の知れない存在がいなくなったことで、街はそれまでの活気を取り戻すような喧騒に包まれた。










それからまた時間が進み、場所はどこかの波止場へと移る。
その波止場には先日の夜の街で、小さいとは言え騒ぎが起きたときにその中心にいたぼろ布を纏った一人の男が、何をするでもなく海を見続けていた。
どうやらこの場所を気に入ったのか、この場所を見つけてからは人が来る気配があると姿を隠すものの、一日中海を見ることが男の日課のようになっていた。

「ザヒーラ、こっちこっち」

そんな男の耳に楽しそうな誰かの声が届く。
誰とも関わらないと決めているのか、声が聞こえた瞬間に男は立ち上がる。

「ぶべっ……いちゃい」

そのまま立ち去ろうとしたときに、先程の誰かの声がまた聞こえてきた。
しかも、さっきまでと違って、何かに我慢しているような声だ。
それがつい気になってしまった男は、無意識に声の聞こえた方向に振り向いた。
そこには白いセーターにピンクのスカートを履いた金髪の女の子が前のめりに倒れていた。

「……ザ ギジョグブバ?」

倒れたまま動かない女の子に、つい声をかけてしまった男だが、すぐにその場から離れるべきだとも考えた。
しかし、生来の彼の性格ゆえか、そのまま女の子を放っておくこともまたできなかった。
しかたなく女の子を起こしてから立ち去ろうと考え、男が女の子に近づこうとしたそのとき、いきなり蒼い影が女の子のすぐ前に走りこんできた。

「グルルルルル!!!」

蒼い影……蒼い毛並みの狼は男を警戒しているのか、今にも吠えかかりそうな勢いを保っている。
しかし、そんな狼よりも男は後ろで倒れている女の子が気にかかった。

「ゾンボ……ザ ギジョグビバンバ?」

女の子に視線を向けながら言ったから伝わったのか、狼も後ろにいる女の子に視線を移して、ようやく女の子がまだ立ち上がらないのに気がついた。





「……いちゃい」

それからしばらくして、女の子はなんとか立ち上がったものの、擦りむいた膝がまだ痛いのか、そのままヘタりこんでしまった。
今は狼が出血している膝の怪我を舐めているところだが、少し深く切ってしまったのか血が止まる様子は見えなかった。
男は本当ならそのまま離れようと考えていたのだが、そのまま放っておくこともできずに、どうしようかと考え込む。
出血を止めるために狼が傷口を舐めているが、それもそこまで効果はない。
となると、別のもので血を止めるしか無い。しかし男にそういったものを持っている覚えは……あった。
いや、正確には身につけていた。
男は自分が頭から被っているボロ布を裂いて、包帯の代わりにしようとして……動きが止まった。
自分が纏っている布が綺麗な布だったら気にしなかっただろう。しかし、彼の纏っていた布は幾日も風雨にさらされて汚れている。
唯一褒められる点があるとすれば、二重に重ねて纏っているので内側は少しは綺麗かもしれないということだった。
そういうわけで……なのかはどうかは知らないが、男は纏っていたボロ布の内側の部分を包帯代わりに使おうとそのボロ布を脱ぐ。
そして、脱いだボロ布の中で一番綺麗な部分を切り取ると、女の子の前でしゃがみこんで膝の傷を覆うように巻きつけた。

「バギデバギンザ バ、キリザズヨギバ」

包帯を巻いている最中に、男は思ったことを女の子に言ったのだが、言葉はわからないらしく、女の子は首を傾げるだけだった。
しかし、男はその反応を気にもせずにその場を離れていった。










「ほんと~に不思議な人だったんだよ~」

膝を擦りむいてしまった少女……ヴィヴィオはその日の夜に、散歩に行ったときに出会った男のことを母親である高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに話していた。

「不思議な言葉を話す男の人……ねぇ」
「ねえヴィヴィオ、他に何か変わったところはなかった?」

母親の一人、高町なのはがヴィヴィオの言葉を反芻し、フェイト・T・ハラオウンは執務官としてなのか、その人物について詳しいことを聞こうとする。
これが言葉のわかる人物だったならそれほど問題でもなかったが、言葉が通じないというのはもしかしたら次元漂流者という可能性もある。
フェイトはそういった可能性を考えていた。

「ん~、あ、海を見てたよ」
「海……それだけ?」
「うん!!!」

たった一つだけ見つけた男の特徴とも言ってもよいかわからない特徴。
捜査とかそういったことを詳しく知らないヴィヴィオにとって、母親も知らないことを知っているというだけでそれは自慢になった。

「ちょっと、ヴィヴィオ?」
「それじゃあお休みなさ~い」

フェイトが止めるのも気にせずに、寝る時間になったヴィヴィオはベッドへと向かう。
明日もあの男に会いに行こうと考えて……









翌日、ふたたびヴィヴィオはバスケットを持って、ザフィーラと呼ばれるボディガード兼遊び相手を連れ、昨日出会った男に会うべく波止場へと向かった。

「あ、いた」

そして、目的の場所についたときには、目的の相手が座って海を見ていた。
ヴィヴィオはその男に近づいていく。
そして、もう少しで声が届くところまで来て……男は急に立ち上がった。
立ち上がった男は、ヴィヴィオが近づく方向から離れるように歩き出す。

「え?ちょっと待ってぇ~」

そんな男の行動に一瞬戸惑ったが、ヴィヴィオはすぐに追いかけることを思い出し、男へと向かってザフィーラを連れて駆け出す。
そして、男に追いつくと、その男の手を取った。
その瞬間、

「ガワスバ!!!」

昨日会ったときとは違う、感情を剥き出しにしたような声で腕を振り払われた。
そして、それを見たザフィーラが、二人の間に入るように駆け込んで唸る。
しかしヴィヴィオはそれに構わずに

「あ、あの……昨日はありがとうございました」

と、お礼を言って頭を下げた。
そして、男もようやくヴィヴィオが昨日会った女の子だと気がつく。
怪我をした膝には、帰ってから治療したのか、真新しい絆創膏が貼られていた。
それを見た男の表情が若干ではあるがほころぶ。
それを見たヴィヴィオは、男の隣に座って黙って海を見始めた。

「わ~、やっぱりきれ~」

ザフィーラは男を警戒するものの、唸るようなことはせずにヴィヴィオの隣へと移動して、ヴィヴィオと同じく海を見始める。
男は完全にここから離れるきっかけを失ったかのように、しばらく立ち尽くしてから、結局は好きな海を見続けることに没頭した。





それからしばらくして

「はい、どうぞ」

海を見続けていた男の目の前に、温かい湯気が出ているカップが差し出された。

「なのはママが作ってくれたキャラメルミルク、美味しいですよ」

ヴィヴィオは海を見るのに没頭している男を見ながら、母親であるなのはが作ってくれたキャラメルミルクをカップに移して男に渡した。
ザフィーラにはあらかじめ温めておいたミルクを皿に移してあげている。
男がカップを手にとったのを見て満足すると、ヴィヴィオも自分のカップにキャラメルミルクを注いで一口飲んだ。

「ん~、おいし~」

ヴィヴィオがその味を楽しんでいるのを見て、男もカップに注がれたキャラメルミルクと言う飲み物を口に含む。

「……アラギ」

口に含んで喉を通過したキャラメルミルクという液体。しかし、それは子供用に作られたせいなのか、それとも男自身が甘い物が苦手なのかはわからないが、とりあえず男の好みにあってはいなかった。

「そうだ、これもどうぞ」

そういって次にヴィヴィオから差し出されたのは丸くまとまったパイ生地、その中にクリームが入っているシュークリームという食べ物だった。
ヴィヴィオが食べるのを真似するように、男もそのシュークリームにかぶりつく。

「アラギベゾ、グラギ」

先程飲んだキャラメルミルクとは違って、甘さが控えめなシュークリームは男にとってよかったのか、すぐに食べ終わってしまう。
強く握っていたせいで中のクリームが飛び出して手を汚してしまったが……

「あ~、しょうがないなぁ」

ヴィヴィオはやれやれとお姉さん振るようにウェットティッシュを取り出して、男のクリームで汚れた手を丁寧に拭き上げる。
警戒が緩んでいるのか、子どもに警戒する気はないのか、男が叫ぶようなことはなかった。

「でも、食べるのはや~い。もう一つどうぞ」

結局ヴィヴィオはその男の食べっぷりが面白かったのか、バスケットの中に入っているシュークリームのほとんどを男に食べさせたのだった。





これは一つの物語の終わりと、そして新たな物語の始まり。
聖なる泉は……まだ枯れたまま。
男が聖なる泉を取り戻す日は来るのか、それは誰にもわからない。










申し訳ございません、勢いでやってしまいました。
クウガ役にオリ主を使うというクウガファンの方には叩かれそうな内容。しかも初っ端からブラックアイの登場、さらに他のフォームの出番一切無し。リリカル側はヴィヴィオとザフィーラしか……というより、ヴィヴィオとしかまともに接点無し。
こんなのに需要を求める人はいないでしょうね。まあ、続くかどうかもわからないシロモノではあるんですが……。





今回出てきたグロンギ語

ゴゾバッタネ、ムラザモグバギレズギチャッタヨ
訳:遅かったね、村はもう壊滅しちゃったよ

ゾグギタン?タタバワバギン?
訳:どうしたの?戦わないの?

ゴラエガリンバゾ!!!リンバゾボソギタ!!!
訳:お前が皆を!!!皆を殺した!!!

ゾグギタン?ボグオゴバジビバッタンビボンデギゾバン?
訳:どうしたの?僕と同じになったのにこの程度なの?

ザ ラレ!!!
訳:黙れ!!!

ボンバギザキリンバチザ ネ
訳:今回は君の勝ちだね

ボレデバッタオゴモワバギボオザ ネ、クウガ
訳:これで勝ったと思わないことだね、クウガ

ゴレビ……チバズグバ
訳:俺に……近づくな

ガワスバ!!!
訳:触るな!!!

……ザ ギジョグブバ?
訳:……大丈夫か?

ゾンボ……ザ ギジョグビバンバ?
訳:その子……大丈夫なのか?

バギデバギンザ バ、キリザズヨギバ
訳:泣いてないんだな、君は強いな

……アラギ
訳:……甘い

アラギベゾ、グラギ
訳:甘いけど、美味い


追記:こうした他の言語を使うキャラクターが出る場合、言葉の訳を台詞の後に付けるべきなのか、それとも今回のように終わりのほうに書くべきなのか……どうしたほうがいいのでしょう?

前者だと読んでいる皆様には会話の内容がわかりますが、キャラクター間ではお互いの言葉がわからないという表現が少し弱いかなと個人的には思います。

後者だと互いの言葉がわからないという表現にも繋がりますが、何を言っているのかわからないと思っています。

勝手なお願いではありますが、もし何かご意見などがございましたら、お手数ですがよろしくお願いします。








[22637] 第2話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/24 00:54





ヴィヴィオが謎の男と再度関わったその日の夜、すでに眠りについたヴィヴィオを余所に、ザフィーラが高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに今日起きたことの報告をしていた。

「得体の知れない感じはあるが、今のところあの者がヴィヴィオに危害を加えるようなことはなさそうだ」

ヴィヴィオのボディガードとして、ザフィーラは男の行動を観察していた。
ヴィヴィオは古代ベルカの聖王女、オリヴィエ・ゼーゲブリエトの遺伝子を元に作られた人造魔導師であり、その力を狙おうとする邪な思いを持つ者がいないとも限らない。
今現在はJS事件のこともあってか、そういった大規模な行動に移るような者はいないものの、ヴィヴィオの知り合った男がそれに当てはまらないとは決して言えない。

「ヴィヴィオは明日もあの者の元へ行きそうなのだが……どうする?」

ザフィーラの言葉で、なのはとフェイトは明日の仕事はデスクワークしかないことをいいことに、ヴィヴィオを尾行することを決めたのだった。





「ふんふんふ~ん」

楽しそうな鼻歌を歌いながら、ヴィヴィオはザフィーラを連れて散歩に出かける。
今日はなのはにおやつとは別にお弁当を作ってもらったので、それをこの前知り合った男の人と食べようと、弾んだ足取りで今日も彼がいるだろう波止場へと向かった。
そんなウキウキ顔のヴィヴィオを尾行するべく、なのはとフェイトは少し離れてヴィヴィオの追跡を開始したのだった。





「いたいた、お~い」

波止場についたヴィヴィオは、この前一緒に海を眺めた場所に変わらず座っている男を見つけて声をあげた。
彼はその声に気がついて振り向くが、逃げるようなことはせずに再び海へと視線を移す。
そんな彼の行動を見たヴィヴィオは、昨日のように逃げ出さなかったのが嬉しいのか、嬉々として彼と一緒に海を眺めようと彼の元へと走りだした。

「……キリバ」

男はヴィヴィオとザフィーラが来ると、ヴィヴィオ達の方を向いて一言何かを言うと、また海を眺めることに没頭した。
ヴィヴィオもそれを気にするでもなく、男の隣に腰掛けて男と同じように海を眺める。
ザフィーラはそんな二人を見守るように、しかし男への警戒も怠らずに静かにその場にしゃがみ込んだ。





「ねえフェイトちゃん、あれ……なに?」
「なにって、海を見ている……だけ?」
「……だよねぇ」

そこから少し離れた場所では、なのはとフェイトがヴィヴィオ達の様子を盗み見していた。
娘同然の女の子が得体の知れない男と会っている……それだけを聞けば大変な状況なのだが、当の二人を見ているとその穏やかな空気にどう答えていいのかわからなかった。
しばらくは様子を見るしかないと感じた二人は、ザフィーラに念話で今しばらくは現状維持のままと伝え、今頃たくさん溜まっているだろう書類を片付けるべくその場を後にした。





「じゃ~ん、今日はお弁当を持ってきたんだよ!!!」

なのはとフェイトが心配してるのも知らずに、ヴィヴィオはなのはに作ってもらったお弁当を広げて男に見せる。
男は色とりどりに詰まった弁当箱を見て、目を輝かせる。
男のその様子を見たヴィヴィオも、満面の笑みで男にこれが美味しいとか言っておかずを皿の上に載せていった。

エビフライを食べては……

「おいし~」
「グラギ」

ヴィヴィオはそのプリプリしたエビの歯ごたえに舌鼓を打ち、男もまんざらでもない表情を浮かべる。

玉子焼きを食べては……

「甘くておいし~よ~」
「グラギ」

意識しているわけではないが、それぞれに味についての感想を言い合いながら食事が進んでいく。

ピーマンの肉詰めを食べては……

「……にがいぃ」
「……ビガギ」

何故か二人とも似たような反応を見せた。
こうして、外から見ると二人で仲良く……とは見えないかもしれないが、少なくともヴィヴィオは男と食事することを楽しんでいた。

それからしばらくの間、ヴィヴィオはお弁当とおやつを持って男の元に行っては二人で……二人と一匹で海を眺めて過ごすのが日課となっていた。

男がシュークリームのクリームをこぼさずに食べて、その手を誇らしげに見せるなどの海を眺めるだけじゃないことも起きるなど、それなりのイベントもあった。
しかし、なのはやフェイトに今日は何をしてきたのかと聞かれると、海を眺めたと答えるのが一番しっくりするのも事実だった。
ザフィーラにはそんなヴィヴィオと男の行動が、飼い主(ヴィヴィオ)がペット(男)に餌を与えるように見えていたのは誰にも語りはしなかったが……。
そんなことが続いたある日……

「そういえばヴィヴィオ、その人の名前ってなんていうの?」
「名前?」

その日も男といつものごとく海を眺めて過ごしたヴィヴィオからその日の話を聞いているときに、なのはが突然ヴィヴィオに聞いてきた。
フェイトは仕事が入っているのか、部屋にはいない。
ヴィヴィオはそういえば聞いたことはなかったなと思いつつ、明日にでも聞いてみようかなと考えて、眠りについた。





機動六課隊舎にある、データ解析室。そこではフェイト・T・ハラオウンがモニターに映された映像を見ていた。

「やっぱり……今日もいる」

そこはどこかの波止場の映像……いや、正確に言うとヴィヴィオが連日会いに行く男を監視するべく設置したサーチャーの映像だった。

「どういうこと?全然動く気配がない」

フェイトがおかしく思うのもムリはない。
この男、一日中のほとんどの時間を同じ場所に座って海を眺めているのだ。
動きがあるのはヴィヴィオが来た時と、その場所に誰かが来るときに前もって姿を消すときだけだ。
それ以外はほぼ例外なく座って海を眺めている。
サーチャーを勝手に配置していることにやりすぎという感はあったが、こうした男の異常な様子を見ると、それも仕方ないかもという思いが強まる。

「この人……一体何者なの?」

誰かが答えるわけでもないのに、フェイトはそう呟かずにはいられなかった。





翌日、ヴィヴィオは今日こそは男の名前を聞き出そうという意気込みを持って、波止場へと向かう。

「おはよ~」

波止場にはヴィヴィオを待っていたのか、男が既にヴィヴィオが来る方向を見ていた。
それに気がついたヴィヴィオはザフィーラを連れて、男の前まで駆けていく。

「キョグモキタンバ」

相変わらず何を言っているのかわからなかったが、それでも拒絶されているわけではないと感じ取ったヴィヴィオは男に返事代わりの笑顔を返すのだった。

「いただきます」
「イタダキ……モス」

弁当を食べるときに、男はヴィヴィオの挨拶の真似をする。そんな仕草もおかしかったのか、ヴィヴィオは笑う。
男はそれに気を悪くするでもなく、むしろ嬉しそうな表情でヴィヴィオを見ていた。

「あ、そうだ」

お弁当を食べ終えてご満悦のヴィヴィオは、そういえば今日は名前を聞くんだったと思いだした。
しかし、どういえばいいのだろうか?
向こうの言葉がわからないように、こちらの言葉も向こうはわからないだろう。
そんなわけでウンウン唸っている中、ヴィヴィオは光明を見出した。

(そうだ、身振り手振りを一緒にすれば通じるかも?)

そんな光明を早速実践するヴィヴィオ。

「私、ヴィヴィオだよ。ヴィ~ヴィ~オ~」

ヴィヴィオは自分を何度も指さして、自分の名前を連呼する。





男は突然ヴィ~ヴィ~オ~と言い出した女の子が、何を言っているのか考え込んだ。
ヴィ~ヴィ~オ~と自分を指さしているのを見た男は、それが女の子の名前だと考え、女の子を指さして……

「ヴィヴィゴグ?」

とりあえず女の子が言った言葉を、その男が聞こえた通りに答えた。

「う~ん、何か違うような気がするんだけど……ま、いっか」

ヴィヴィオも何かの違いを感じ取ったのか一瞬悩むが、それでも大きな間違いではないだろうと感じ、そのまま流した。

「グゴグズヨゾグババラエザ」

名前に対する感想なのだろうか、男はヴィヴィオに通じないとわかっているかは知らないが、表情をほころばせて言葉を贈る。

「えっと……なんて言ったのかわからないけど、褒めてくれてるのかな?」

なのはと出会ったときに、ヴィヴィオは自分の名前を可愛いと言ってもらえた。
おそらく、彼も同じような感想を言ってくれたのだろうと、勝手に解釈する。

「えへへ、ありがと~」

名前を褒めてくれたと勝手に感じたヴィヴィオは笑顔で男にお礼を言い、男もヴィヴィオの笑顔を見て再び顔をほころばせた。

「それで、あなたのお名前は?」

今度は男の番とでも言うように、ヴィヴィオは男を指さして聞く。
しかし、男は何を言っているのかわからずに首を傾げるだけだった。

「えっとね、私はヴィヴィオ。あなたのお名前は?」

ヴィヴィオはもう一度自己紹介して、男にも同じように名前を聞く。
そして、ここに来てようやく男も自分の名前を尋ねられているのだとわかった。
しかし、男には簡単に名前を言うことができなかった。
リク……それが彼の元々の名前である。
しかし、その名前を持つ男は、彼の守るべき存在が全て消滅したのを機に消滅した……と考えている。
だから……

「クウ……」

リントの戦士を意味する『クウガ』……それを言おうとしたところで思いとどまる。
自分は……戦士などではない。
守ると決めたものを守れずに、むしろ守ると決めた人達が暮らす場所すら滅ぼした化物。
そんな自分がクウガなどと名乗れるはずもない。
今の自分に相応しい名前は……グロンギ。それしか思い浮かばなかった。
でも、それを言うのにも躊躇する。
それは、言ってしまえばそれで自分の中にある全てが終わるとでも感じたからかもしれない。
だから、男は何も言えなかった。

「……クウがお名前?」

そんなことをお構いなしに、ヴィヴィオは男が名乗った途中までの言葉を名前と感じたのか、男へと質問する。
しかし、男はヴィヴィオが『クウガ』と言ったと思い、それを否定するかのように首を横に振って否定の意味を示した。

「チガグ、ゴレザクウガジャバギ。ゴレザクウガバンバジャバギンザ !!!」
「違うの~?それじゃあ、お名前はなんなの?」

カッコいいと思っていた名前は、男の名前ではなかったことがヴィヴィオのテンションを低くさせた。
その様子を肌で感じ取った男はどう答えたらよいか悩むものの、結局答えは出なかった。

「もしかして……お名前憶えてないの?」

ゼスチャーを交えた結果、自分の言いたいことは伝わったと感じたヴィヴィオは、男の反応から名前を知らない……つまりは記憶が無いのだろうと思ったらしく、その表情に曇りが見え始めた。
男はそんなヴィヴィオの様子を感じたのか、ヴィヴィオの両脇を両手で持ち上げて上へと持ち上げた。
なぜそうしたのかは……きちんと思い出せない。
でも遠い昔に、相手はヴィヴィオより小さい子どもだった気がしたが、それをすると喜んでくれた。
それはかすかな記憶だが、男にとっては喜んでくれたこと、その事実が重要だった。

「ボゾモガバグンザザ レザ 。ボゾモザヨグアゾンデ、ヨグタベデ、ヨグネムッデゴゴキグバス。ワラッデグラグンガボゾモンギチバンンギゴオ」

今にも泣きそうなヴィヴィオに必死に何かを伝えようと、でも優しい口調で男はヴィヴィオの目を見て話す。
男の言葉はヴィヴィオには通じていない。いや、ヴィヴィオの言葉も男には正確には伝わっていない。
しかし、両者は意識していないが心の奥底では確かにつながっていた。
ヴィヴィオは男が名前を言わないことに何か深い寂しさのようなものを感じ、男はヴィヴィオの表情が自分のことを心配していると感じるように、言葉に繋がりはなかったかもしれないが確かに根本的な部分ではつながっていた。

「わぁ、たかいたか~い」

ヴィヴィオは先程までの感情はどこへ行ったのか、男が自分を抱き上げたこと、そして泣きそうな自分を見て行動を起こしてくれたことを嬉しく感じて、落ち込むのをやめる。
そして、母親であるなのはが抱きしめてくれるのとは別の嬉しさにヴィヴィオは包まれた。
男もその嬉しさを感じ取ったのか、降ろしては上げるという行為を繰り返した。

この日、海だけを眺めていた男とヴィヴィオは、初めて海ではなく二人で遊ぶということを楽しんだ。





「……そっか、記憶が無いかもしれないんだ」

その日の夜、満面の笑みで帰ってきたヴィヴィオからなのはは何か良いことがあったのかと聞いたところ、男と初めて海を眺めるだけじゃなく二人で遊んでいたことを話した。
そして、結局男の名前を聞けなかったという話になり、その話になるとヴィヴィオは表情を曇らせた。

「それじゃあ、ヴィヴィオがお名前をつけてあげたら?」
「ヴィヴィオが?」

そんな曇った表情の娘を放っておけないのか、なのははヴィヴィオが男を呼ぶための名前を自分で考えてあげたらどうだと提案する。

「お友達なら、やっぱりお名前を呼んであげないとね」
「……うん!!!」

こうして、ヴィヴィオの新しいミッションが決められた。





一方、そのころの機動六課隊舎にあるデータ解析室では……。
そこには先日と同じように、あの波止場を監視しているサーチャーからの記録映像を確認しているフェイト・T・ハラオウンの姿があった。
ザフィーラがいるから危険はないと思うが、離れたところから見ることで、もしかしたら男の行動の意味がわかるかもしれないと感じたからだ。
しかし……

「あああ、たかいたかいなんて、私もしたことないのにぃ……」

完全に監視の意味を成していなかった。





次の日、結局ヴィヴィオは男に呼ぶ名前が思いつかず、結局はなのはに頼み込んで、今朝どういった名前がいいのかを相談した。
なのははそんなヴィヴィオに、その人が好きなものからそれに連想する名前を付けてあげたらいいんじゃないかなとアドバイスして、ヴィヴィオとザフィーラを送り出した。

「おはよ~」

男を見つけると、小走りで近寄って挨拶し、ヴィヴィオは男の横にチョコンと座って、男と同じように静かに海を見ることに没頭した。

そして、海を眺めながらもヴィヴィオは男の名前を考える。
彼が好きなものと言ったら海しか無い。それがヴィヴィオの出した結論だった。
そこで、海を眺めながら何かいい名前はないかと考え始めた。

さかなクン……却下。

海ちゃん……いい感じだけどなんか違う。

さんま……出っ歯じゃない。

しめさば……あまり好きじゃない。

たまご……いくら……まぐろ……いわし……あじ……サーモン……えび……って、寿司屋さんは関係ない。

タンノくん……絶対却下。網タイツなんて穿いてない。

「……はぅ」

いい名前が思いつかない。思いつくのはどうでもいい名前か、微妙な名前だけ。

「ゾグギタ?」

悩んでいるときに男がヴィヴィオを心配そうに覗き込んできた。

「ううん、なんでもないよ」

ヴィヴィオは心配させたかと思うと、何でも無いとでもいうように首を振った。
そして思う、やっぱり優しいな……と。
今のところ男の名前で一番の有力候補は『海』だった。ただ、どう考えても女の子につけるような名前に感じる。
そんなことを考えていると、唐突にあることを思い出した。
それはJS事件が終わってしばらく経ったころ、なのはとフェイトの三人でなのは達の故郷である海鳴に遊びに行ったときのことだ。
そこで母達の幼馴染みのアリサやすずかに会ったことは今回の件では重要なことではない。
重要なのは海に連れていってもらったときのことだ。
なのは達の故郷『日本』はいくつもの海で囲まれている。
その中に『日本海』という海があったのだが、初めヴィヴィオは『日本貝』と勘違いした。
それでなのはに聞いたところ、海という字は二つの読み方があると聞いたのだ。
『うみ』と、そして……

「……決まった!!!」

こうして、ヴィヴィオは彼の名前を決めた。ヴィヴィオにとってこれ以上はないというような、彼に似合う名前を……。





「カイ、はい、どうぞ」

ヴィヴィオの言う『はい、どうぞ』は、男にとってご飯の意味を示していた。
ヴィヴィオもそうとは考えていなかったが、この言葉がいつしか二人(ザフィーラを含めると二人と一匹)で何かを食べる合図となっていた。

「……カイ?」

しかし、今回はいつもの言葉の前に聞き慣れない言葉が出てきた。
その聞き慣れない言葉を男はヴィヴィオに問いかけるように繰り返した。

「そうだよ、カイ……カイのお名前だよ」

ヴィヴィオがそう言うものの、男には通じていない。
だからヴィヴィオは新たにゼスチャーを交えて伝えようとした。

「私、ヴィヴィオ……あなたは、カイ」

ヴィヴィオは自分を指さしてヴィヴィオと言い、男を指さしてカイと言う。
そして、海を指さして告げた。

「カイは海、海はカイだよ」

『海』という漢字の『うみ』とは別の読み方。それが男の新しい名前としてヴィヴィオに選ばれた。

「カイは海が大好きだもんね」
「グリ……カイ」

カイと名付けられた男は、海を指さして再び自分を指さした。

「そうだよ、海のカイ」

ヴィヴィオは何度もカイと名付けた男に言って聴かせる。

「カイ……ヴィヴィゴグ」

カイは自分を指さして自分の名前を言い、ヴィヴィオを指さして名前を言う。

「そうだよ、ヴィヴィオだよ!!!」

ヴィヴィオは未だに何かが微妙に違うとは感じながらも、カイとの名前の交換に成功したことを喜んだ。

こうして、陸を意味する『リク』という名前と空を意味する『クウ』という名前を持つ男に、新たに海を意味する『カイ』という名前が与えられた。





その日の夜、毎度おなじみかはわからないが、機動六課隊舎にあるデータ解析室では……

「ヴィヴィオ……なんていい子なのぉおおおおおおおお!!!」

とある執務官が娘の優しさに号泣しているのは誰も知らない……気づかなくてもよい……気づかない方がよいことであった。










今回のグロンギ語

……キリバ
訳:……君か

グラギ
訳:美味い

……ビガギ
訳:……苦い

キョグモキタンバ
訳:今日も来たのか

ヴィヴィゴグ?
訳:ヴィヴィ王?

グゴグズヨゾグババラエザ 
訳:すごく強そうな名前だ

チガグ、ゴレザクウガジャバギ。ゴレザクウガバンバジャバギンザ !!!
訳:違う、俺はクウガじゃない。俺はクウガなんかじゃないんだ!!!

ボゾモガバグンザザ レザ 。ボゾモザヨグアゾンデ、ヨグタベデ、ヨグネムッデゴゴキグバス。ワラッデグラグンガボゾモンギチバンンギゴオ
訳:子どもが泣くのはダメだ。子どもはよく遊んで、よく食べて、よく眠って大きくなる。笑って暮らすのが子どもの一番の仕事

ゾグギタ?
訳:どうした?

グリ……カイ
訳:海……カイ
*カイという名前部分はグロンギ語ではなくて、誠に勝手ながら普通の言葉とさせていただきました。

カイ……ヴィヴィゴグ
訳:カイ……ヴィヴィ王





ネタがあったので、恥ずかしながら更新させていただきました。忘れるとマズイんで……。
今回の話にタイトルをつけるとしたらリリカル的には『名前をあげる』でクウガ的には……『餌付』とでも言いましょうか。
ちなみに、主人公(カイ)の食事するときの挨拶については知っている人だけわかっていただければと……。
次回、白いグロンギ(?)とカイの激突……ネタはあれど、それを文章として書ければですが……。
それではこのような思いつきで申し訳ありませんが、読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。厳しいご意見、ご批判、何でもかまいませんのでもし何か感じましたらお手数ですが感想のほうに一言いただけると嬉しいです。








[22637] 第3話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/10/24 11:55





知り合った男にカイという名前を付けた翌日も、ヴィヴィオはカイのところへ遊びに行く。
出かける前にフェイトが目を赤く腫らしていたことが心配だったが、フェイトに気にするなと言われたことで、ヴィヴィオは気にしないことにして出かけることにした。
また機動六課隊舎内で、夜勤の職員が夜な夜な泣いている女の幽霊を目撃していることに、フェイト・T・ハラオウン執務官は全く関係ないはずである。
とりあえず……JS事件が終わってからの機動六課はおおむね平和だった。





「どうかな、ユーノ君」

ヴィヴィオが遊びに行ってすぐに、高町なのはは友人であるユーノ・スクライアへと通信をつないだ。
ユーノ・スクライア、若くしてミッドチルダにある無限書庫の司書長を務めるのと同時に考古学にも精通していることから、なのははあることの相談に乗ってもらおうと考えていたからだ。

『……うん、まだ完全とは言えないけど、もう少しデータがあれば解析することはできると思うよ』
「……そっか」

なのはの相談に、ユーノは考古学者的な興味にもそそられて送られてきたデータを確認するものの、完全に解析するだけの結果は得られていない。
しかし、これから先のデータを見ることができたら、もしくは実際に相手に会ってみれば解析はより進むとユーノは感じていた。

『また何かあったら連絡してよ』
「うん、わかった。ユーノ君も司書のお仕事がんばってね」
『なのはこそ、教導に力を入れすぎて無茶しないでよ』
「うっ……」

JS事件での無茶が知れ渡っているのか、会う人会う人に同じように注意を受けてきたなのはは、ユーノの言葉に言葉をつまらせるしかなかった。





「じゃじゃ~ん、今日のお弁当は……」

カイのところに来て、早速お昼のお弁当を開くヴィヴィオ。
今日のおかずは……

「ピーマン……ばっかりだよぉ」
「ゴレ……ボレキラギ」

ピーマンの肉詰め、チンジャオロース、ピーマンと人参ともやしの炒め物、そして……ピータン。
それとは別に白いご飯が今日のお弁当の内容だった。
ちなみに、最後のピータンはピーマンじゃないことは本人たちも理解している。

「ピーマンづくし……じゃなくて、ピーづくしだぁ」

お弁当のおかずにピーマンだけは嫌だと言った答えとして、今日はなのはではなくフェイトが用意したお弁当がこれだった。確かにピータンがある以上、ピーマンづくしではない。
ヴィヴィオの、そしてカイの試練の始まりである。

「カイ、はい、どうぞ」

ヴィヴィオはカイが使う皿に、ピーマンを多めに取り分けてカイに渡す。

「ボレ……ゴゴギ」
「カイのほうが体大きいんだから、たくさん食べないとダメだよ」

ヴィヴィオはカイに諭すように言うと、自分の皿にはチンジャオロースの肉を少し多めにピーマンを少なめに入れる。

「それじゃあ、いただきます」
「イタダキ……モス」

ヴィヴィオの嬉しそうな声と、カイの少しだけ落ち込んだ声を合図に食事が開始された。
カイの試練の始まりである。

「お肉おいし~」
「ボレ、ビガグデキラギ」

笑顔のヴィヴィオと若干涙目のカイを、ザフィーラは哀れんだ目で見ていることしかできなかった。





それからしばらくして、今日もカイのところへと行こうとするヴィヴィオは、出かける直前になのはに呼び止められた。

「ねえヴィヴィオ、今度カイ君……だっけ?ここに連れてこれないかな?」
「カイを?なんで?」

突然のなのはの言葉に、ヴィヴィオは聞き返した。
カイをなのは達母親に紹介するのは構わない。でも、連れてきて大丈夫かなとも思っていた。

「できたらでいいんだけど、私もヴィヴィオのお友達に会ってみたいなぁって」
「……うん、わかった」

とりあえず連れてくるだけなら問題ないと思って、ヴィヴィオはとりあえず明日カイを誘ってみようと決めて、その日はベッドに入るのだった。
なのはだけじゃなくて、みんなにもカイのことを紹介しようと決めて……。





そして、その日の夜の機動六課隊舎内にあるデータ解析室では……

「ううう、私も仕事ばかりじゃなくて、なのはとヴィヴィオと三人で旅行したいよぉ、遊びたいよぉ」

ヴィヴィオとカイが仲良く遊んでいる映像を見て、モニターを涙で濡らす某執務官がいたことは誰も知らない。

「カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい、カイずるい……」

機動六課所属の局員が知っているのは、夜な夜な旅行に行きたいとシクシク泣き、呪詛のような言葉を呟き続ける女の幽霊が隊舎内にいるという噂だけであった。





「カイ、今日はね、カイを案内したい場所があるんだ」
「ヴィヴィゴグ?」

お弁当を食べ終えてから唐突にヴィヴィオから提案された言葉に、カイは何を言っているのかと問いかけるように、ヴィヴィオの名前を言う。

「う~ん、なんか微妙に違うような気がするんだけど……まあ、いっか。あのね、ヴィヴィオのママをカイに紹介してあげる」

そう言ってヴィヴィオは立ち上がるが、やはりカイには何を言っているのかわからずに、ヴィヴィオの行動に戸惑うしかなかった。

「モギバギデ……ゴレンボオガボワグバッタンバ?」

戸惑いから出た言葉なのか、カイは自分が口に出した言葉に驚く。
自分はそう思われることを受け入れていたのではなかったのか?
それなのに、自分は何に恐怖しているのだろう……と。
カイの言葉はヴィヴィオには何を言っているのかがわからなかったが、何かに怯えるような、そんな心細さがあった。
それだけはヴィヴィオにはわかった。
それは初めてなのはに出会ったときに感じた、ママがいない寂しさと似たような感じだったのかもしれない。
だからヴィヴィオは、カイが感じていると自分が勝手に思っている寂しさを紛らわせるにはどうしたらいいのか、自分はどうされたときが安心できたかを考える。
言葉は簡単には通じない、なら別の手段……行動で自分の心を伝えることだけしかヴィヴィオにもカイにもできなかった。

「あのね、ママのいるところに行こ。そこにはカイのお友達になってくれる人がたくさんいるよ」

ヴィヴィオはカイを安心させるように、カイの手をとって立ち上がらせた。
カイもヴィヴィオが自分の手を握ってくれたことが嬉しかったのか、落ち込んだ表情は消えて、ヴィヴィオがどこかに連れていこうと考えていると感じて、その行動に身を任せる。

「ゴレ、ヴィヴィゴグンデ、グキ」
「ん?……私もだよ」

カイが何を言っているのかわからない。しかし、楽しそうな表情のカイへの返事としては何も問題ないと感じたヴィヴィオは、大した意味を考えずに直感的にカイに自分の思いを言葉にした。
こうしてカイはヴィヴィオに手を引かれ、ザフィーラとともに機動六課へと向かうことになった。
カイにとって、数週間ぶりの大移動の開始でもあった。





そうして訪れたのは、ヴィヴィオが住んでいる機動六課の寮。
しかし、今の時間のなのは達フォワードメンバーは教導の真っ最中である。
つまり、ここにいても意味はない。

「えっとね、今度は向こうに行くんだよ」

ヴィヴィオはカイを案内するように手を繋ぎながら行くべき方向を指差す。
その指さした方向までは、カイみたいな青年と言ってもいい年齢には問題ない距離だろうが、まだ子どものヴィヴィオには距離が長いかもしれなかった。

「え?うわぁ」

カイはそんなことも考え、ヴィヴィオの体を持ち上げて肩車する。

「ボレデムボグビギグ。ボレバラヴィヴィゴグザズバレバギ」

相変わらずカイが何を言っているのかわからないものの、ヴィヴィオが指さした方向にカイが歩き出すのを見て、ヴィヴィオはカイが連れていってくれるだろうと感じた。

「うわぁ、ザヒーラよりたか~い。よ~し、カイ、ママ達のところに向かってしゅっぱ~つ!!!」

ここにヴィヴィオを王様にして、馬(カイ)とペット(ザフィーラ)がなのは達のいる陸戦用空間シミュレーターへと出発した。





(シグナム、ヴィータ、シャマル、少しいいか?)

陸戦用空間シミュレーターへと行進するヴィヴィオとカイを余所に、ザフィーラは夜天の書の守護騎士達へと念話で呼びかける。

(ザフィーラか?ヴィヴィオと一緒ではないのか?)
(わりいけど、今は資料の整理で忙しいんだ。話は手短にしてくれよな)
(私は暇だから問題ないわよ)

シグナムは交代部隊へ渡す資料を作成しながら、ヴィータは将来進むであろう教え子達の進路先へと渡す資料の整理をしながら、シャマルは医者は暇が一番とでも言うような感じでザフィーラからの言葉にそれぞれ答えた。

(今シャマルを一番ぶっ叩きたいアタシは悪く無いと思うんだけど、シグナムはどう思う?)
(同感だ)
(え、なんでそこで私は二人にそんなことを言われるわけ?)

忙しい中、一人だけ暇だと言ったことから、シグナムとヴィータは報告書やら資料作成で溜まったストレスを発散するべく、攻撃目標をシャマルへと移す。

(すまん、こちらも重要なのでな、手短に要件を説明する)

そんな女が三人寄ればかしましいとでも言うべき状況を無視したのか、それともただ一人大人の対応とも言うべきか、ザフィーラがマジメな声で話を切り出す。

(……どうした?)

そのザフィーラの雰囲気に何かを感じたのか、シグナムはすぐにマジメな口調で先を進める。
言葉を発しないヴィータとシャマルも何かを感じ取ったのか、黙ってザフィーラの言葉を待った。

(今、ヴィヴィオが知り合った男と一緒に、フォワード陣の教導場所へと向かっている)
(ああ、そういえばなのはがヴィヴィオに紹介してくれって言ってたっけ)
(それで何か問題でも?)

前もってカイのことをザフィーラやヴィヴィオから聞いていたのか、シグナム達はすぐにカイという男のことだとわかった。
しかし、それのどこが重要な要件になるのかはわからなかった。

(勝手な推測だが、カイはヴィヴィオには心を開いている。しかし、他のことではどういった反応をするのかがわからない)
(……私たちすぐにそっちに行ったほうがいい?)
(いや、すぐにではなくてもいいのだが、もし可能ならば見学という名目ででも来てもらいたい)

ザフィーラが心配するのは、カイが慣れない環境に出たことで何らかの危険を招くのではないかということだった。
ヴィヴィオに対して危害を加えることはないとは感じつつも、彼の中に感じる危うさがザフィーラの心中に、必要以上の警戒を抱かせていた。

(わかった、すぐ動けるようにしておく。何かあったらすぐに連絡してくれよ。書類がある程度終わったら行く)
(すまんな)

ザフィーラは何も起きなければよいと思いつつも、何か大変なことが起きると感じていた。
その勘が外れることを祈るものの、不安は減るどころか増すばかりで意味がないかもしれないが……。





そんなザフィーラの心配を他所に、今日も機動六課新人フォワード陣への教導は進んでいた。
その日の教導は都市部での訓練だったのか、シミュレーターで都市部を再現した訓練場でその日の最後の締めが行われようとしていた。

「さて、それじゃあ今日の仕上げの模擬戦と行こうか。みんな準備はいい?」
「はい!!!」

なのはの言葉に、教え子であるスバル、ティアナ、エリオ、キャロの威勢の良い返事が響く。
その様子を満足そうに見るなのはは、訓練服から愛機であるレイジングハートを起動させてバリアジャケットを纏う。

「さて、それじゃいつものよう……」
「なのはさん、後ろ!!!」

突然のスバルの警告とも聞こえる叫びに反応して、なのはは後ろを振り向く。
そこで見たのは……黒いフルフェイスのヘルメット、巨大な目にも似た複眼、金色の角を持った異形が、今にもなのはへと拳を振り下ろそうとしていたところだった。





フォワード陣の訓練場所に着いたカイは、ヴィヴィオを肩から下ろす。
ヴィヴィオはまだ肩車をしてもらいたいと思いつつも、母親であるなのはへとカイを紹介するべくなのはのところへ行こうとした。
しかし、なのはがレイジングハートを起動させて、バリアジャケットを纏ったことから、これから模擬戦が始まることを知り、紹介は後にしようとカイと一緒に少し散歩でもしようと思って振り向いた。
しかし、そのときヴィヴィオの頬を何か風のようなものが通り抜け、いるはずのカイの姿はどこにもなかった。





カイがヴィヴィオを肩から下ろし、ヴィヴィオが視線の先にいる人のもとへ歩き出したとき、女の人が光りだした。
それを眩しそうにカイは見つめるが、光が消えたときにその場にいた姿に驚愕する。

「ギソギ……ジャズ」

光を纏って姿を変えた人物……バリアジャケットを纏った高町なのはの姿を見て、カイに頭の中に過去の過ちが色を持ったように映し出された。

どこまでも消えることの無い紅。

引き裂かれた大切な友、村長、子ども達。

苦難を共にした愛馬とその鎧。

全てを奪った存在。

その全てを奪った存在を簡単に現すことのできる色……それが白だった。

「グロンギ!!!」

気がついたときには、カイはなのはへと駆け出していた。
ヴィヴィオに見せたことのない、人とは違う異形として……。
その心に白への恐怖と、混乱だけを抱えて……。





突然現れ、なのはへと拳を振り下ろす異形。

『Round Shield.』

咄嗟になのはは防御魔法を展開する。
しかし……

「シールドがかき消された?AMF?」

ラウンドシールドと異形の拳が触れた瞬間に異形の腕についている金色の腕輪がかすかではありが光を放ち、シールドは跡形もなく消え去った。

「ガァアアアアア!!!」

そのまま異形は拳を押し込もうとする。

「させん!!!」

その異形の体を横からぶつかるかのように現れた一つの影。

「ザフィーラ?どうしてここに?」

なのはは人間態になったザフィーラがここにいるの驚いたが、次のザフィーラの言葉に更に驚くことになる。

「やめろ、カイ!!!」
「カ……イ?」

それはヴィヴィオから紹介されるはずの友達の名前ではなかったのか?

「なのはさん、援護します!!!」
「ダメ!!!」

スバルの言葉に咄嗟になのはは拒絶の言葉を出していた。
サーチャーから見た映像と、実際にヴィヴィオを尾行して見た姿とは明らかに違う姿に一瞬だが思考が止まる。
思考が止まる……それはある意味で行動も止まることを意味する。
そして、そんな隙を見逃すほど、かつて戦士を名乗っていた彼は甘くない。
声をあげることもせずに、前にいるザフィーラを無視してなのはへと襲い掛かる。
ザフィーラはなのはとカイの間にいる自分を無視するわけにもいくまいと感じ、あとは自分がカイを抑えるだけと考えていたがそれは見事に裏切られ、それに反応することに一瞬だが遅れる。
しかし、その一瞬でカイはなのはへと肉薄して、右拳を叩きつける。
その拳が今にもなのはに到達しようとしたそのとき、カイの左腕が動いた。
そして……

「カイ、だめぇえええええ!!!」

彼の始めての友達の叫びが聞こえた。





カイの拳がなのはに届く直前、カイの左腕がその進路を妨害するかのように拳の前に突き出された。
そして、カイの初めての友達、ヴィヴィオの声はカイの拳の速度を鈍らせた。
しかし、拳の動きを完全に止めることはできず、カイは左腕に自分の拳を叩きつけることになった。左腕は、右拳の一撃を受けた衝撃によって血が吹き出す。
カイの拳はその威力がそがれ、カイの左腕に阻まれたものの、完全に勢いを無くすことはできずに、なのはへと左腕が当たる。

「なのはさん!!!」

後ろから見ると拳を叩き込まれたと感じたスバル達は、なのはに殴りかかったカイに対峙する様に立ちはだかる。
しかし、カイの目にはそんなスバル達の姿は見えていなかった。

「ボレガ……ゴレバンバ?」

カイの目は、都市部を再現した空間にある、自分の映るガラスに釘付けられていた。
そこには、彼が漆黒の戦士になる前の戦う姿があった。
しかし、似ているのは基本的な形だけで、大きかった黄金の角は短く、その鎧も灼熱の炎を思わせる赤ではなく、白だった。

「ゴレ、アギズオ……ゴバジ?」

白……かつて全てを失うきっかけとなった色と同じ色になったことで、カイの心はどのように形容してよいのかわからない混乱へと包まれた。

「ゴレ、アギズオゴバジ……ゴレ、アギズンヨグビグベデボワグゾンザギビバス。ゾンバン……ギジャザ !!!」

なのはのことなど忘れたかのように、カイは自分の姿が映るガラスに拳を突き立てる。
スバル達は突然襲撃してきたが、今はあたりを闇雲に破壊するだけのカイの姿に当惑し、どう対処するべきなのかわからずにカイの行動を見ているしかできなかった。

「高町、今のうちにカイの動きを止めるんだ」
「うん」

ザフィーラは今のうちにカイの暴走を止めようと、言葉が通じない以上は力技で対処するしか無いと判断し、なのはのバインド魔法で動きを拘束して解決しようとした。
しかし……

『Error.』

発動するはずのバインド魔法が発動しなかった。

「え?なんで?」

なのはは再度魔法を発動しようとするが、レイジングハートからはエラーの反応しか出ず、結局魔法が発動するようなことはなかった。
それを見たスバル達は、なのはの前に出て不測の事態に備える。
スバル達でバインドをしかけようとも考えたが、なのはのシールドを簡単に消滅させたことを考えると、スバル達の魔法が簡単に効くとは限らない。
そのため、こちらに攻撃を仕向けてきたときにすぐに対処できるようにフォーメーションを組む。

「しかたない……鋼の軛!!!」

ザフィーラはバインドによる拘束が難しいと判断し、暴れるカイをなんとか止めようと、『鋼の軛』を檻のように張り巡らせる。
カイは突如自分を囲むように現れた檻に驚くものの、そのまま檻に自分の拳を叩きつける。
しかし、檻は破壊することができずに、衝撃だけがカイの拳に残った。
そして、簡単には壊れないと感じたカイは、拳に意識を集中するかのように構えると、腕についた金色の腕輪が光りだす。

「あの光って……なのはさんのシールドを消した光?」

ティアナは先程なのはのシールドを破ったカイが放つ光を見ていたのか、今カイが拳に纏っている光も同じものと認識していた。
そんな周りの状況など知らないまま、カイはその拳を檻へと叩きつける。
すると、まるでそれまでの抵抗が嘘のように檻はかき消されてしまった。

「……やむを得ん、こうなれば実力行使で無力化させてもらう」

魔法というものが全く無意味な状況になったと直感したザフィーラは、格闘戦でカイを止めるべく構えを取る。
しかし……

「おらぁああああああ!!!」

突然カイの死角から飛び出してきた紅い弾丸……騎士服を纏ったヴィータが、グラーフアイゼンをギガントフォルムにしてカイを叩き飛ばした。
そして、吹き飛ばされたカイはそのまま壁に叩きつけられた衝撃によって、ヴィヴィオのよく知る姿に戻り、そのまま気を失った。
そんなカイのもとに、ようやく先程起きたできごとのショックから立ち直ったのか、ヴィヴィオが駆けつける。
ザフィーラもヴィヴィオを守るべくカイの傍へと近寄る。
しかし、ヴィヴィオの声は届いていないのか、カイは完全に気を失っていた。
そんな中……

「……どうしよう」
「どうした、なのは」

突然つぶやきだしたなのはに、ヴィータは何かあったのかと聞く。

「魔法……使えなくなっちゃった」
「えええええええっ!!!」
「カイ~、目を覚ましてよぉ~!!!」

なのはの言葉にヴィータを含めたフォワード陣が驚きの声をあげ、ヴィヴィオのカイを起こそうとする声が空に響いた。





一方その頃、とある用事で陸士108部隊に出張していた某執務官は……

「なんだろう、今の私って、なんだかすごい蚊帳の外みたいな感じがする」

あながち間違っていない感想を口にしていた。





そして、機動六課隊舎の隊長室では某部隊長が……

「えっと……私って近くにいるはずなのに蚊帳の外なんか?」
「はやてちゃん、何を言ってるですか?」

何かの事件に関わることもなく、末っ子と一緒に黙々と書類整理をしていた。





続いて、某医務室では……

「もしかして、私って出遅れた?」

優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいた某医務官がいた。





某副隊長は……

「くっ、だから私はデスクワークがあれほど嫌いだと……」

何やらブツブツと文句を言いながら、慣れないデスクワークを牛歩並のスピードで進めていた。





今回のグロンギ語

ゴレ……ボレキラギ
訳:俺……これ嫌い

ボレ……ゴゴギ
訳:これ……多い

ボレ、ビガグデキラギ
訳:これ、苦くて嫌い

ヴィヴィゴグ?
訳:ヴィヴィ王?

モギバギデ……ゴレンボオガボワグバッタンバ?
訳:もしかして……俺のことが怖くなったのか?

ゴレ、ヴィヴィゴグンデ、グキ
訳:俺、ヴィヴィ王の手、好き

ボレデムボグビギグ。ボレバラヴィヴィゴグザズバレバギ
訳:これで向こうに行く。これならヴィヴィ王は疲れない

ギソギ……ジャズ
訳:白い……奴

ボレガ……ゴレバンバ?
訳:これが……俺なのか?

ゴレ、アギズオ……ゴバジ?
訳:俺、あいつと……同じ?

ゴレ、アギズオゴバジ……ゴレ、アギズンヨグビグベデボワグゾンザギビバス。ゾンバン……ギジャザ !!!
訳:俺、あいつと同じ……あいつのように全てを壊す存在になる。そんなの……いやだ!!!










今回のリリカル的タイトルは「勃発!!!ママとカイの大喧嘩?」でクウガ的タイトルは「白魔(なのは)」といったところでしょうか。

クウガ的タイトルですが、これから先は漢字二文字で造語みたいな感じになることがあるかもしれませんので、そこのところのご理解をいただけると嬉しいです。
たとえば『脱魔(フェイト)』とか、『空気(はやて)』とか、『凍惚(ティアナ)』とか、『忠犬(スバル)』とか、『猛獣(キャロ)』とか、『獲物(エリオ)』とか……。『凍惚(ティアナ)』は流石に苦しいかも?ツンとデレみたいな感じが……しませんね。

なお、タイトルは毎回考えつくとは限りませんので、思いついたときは各話の最後にちょこっとだけ載せさせていただきます。







[22637] 第4話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/10/30 14:46





カイの暴走によって、なのはは魔法が突如使えなくなってしまった。
幸い機動六課のメンバーで怪我をした者は誰もいなかったが、その代わりにカイが自らの拳によって左腕にケガを負った。
なのは達フォワードメンバーは今回の件を話し合うべく部隊長室へと向かい、ヴィヴィオとザフィーラはカイの治療をするべくシャマルの根城である医務室へとそれぞれ移動することになった。

そして、機動六課部隊長室では……

「なのはちゃん、本当に魔法使えんようになったの?」
「うん、あれから何度か試してみたけど、全然使えないよ」

なのはは自分の手のひらを見て、魔力を放出しようとするが全く反応がない。

「なのはさん、怪我のほうは大丈夫なんですか?」

カイに殴られたと思っているスバル達は、現在シャマルから治療を受けているカイよりも先に治療するべきなのではと感じていた。

「え?私は怪我なんてしてないけど」
「そうなんですか?」
「うん、カイが……私に当たるはずの拳を、自分の左腕で受け止めたから……」
「あの人が?」
「でも、なのはさんはあの人の攻撃で魔法を封印されたんじゃないんですか?」

エリオとキャロはカイの攻撃を直に受けたことで魔法が使えなくなったと考えていたため、なのはの言葉に驚いていた。

「それじゃあ、何が原因で……」
「もしかして……あの光?」
「ティア?」

ほとんどの者がどうしてなのはが魔法を使えなくなったのか、その原因を考えるが思い当たることがなかった。
しかし、ティアナだけは何かに気がついたのか、ポツリと呟く。

「私見たんです。なのはさんを攻撃するとき、アイツの腕が光ってたんです」
「それって見間違いじゃないの?」

ティアナの言葉に、スバルは反論する。それはティアナを疑っているわけではないが、腕が光る……そのことにどんな意味があるのかと聞いているようなものだった。

「アイツの腕が光った攻撃で、なのはさんのバリアは消滅した。でも、ザフィーラの鋼の軛で作った檻に攻撃したときは腕が光ってなかったから破れなかった。でも……」
「ティア、それってつまり……腕が光ったときはそれを破れたってこと?」
「……そうよ」

ティアナは現状までの自分が見た情報で、カイの攻撃そのものではなくカイの放つ光に魔法を封じる何かの要因があると結論付ける。

「なら……カイをこのままにしておくわけにもいかんよなぁ」
「そうです、カイは魔導師の天敵と言ってもいい能力を持ってるです」

はやてはカイの持つ能力に危機感を感じ、リインフォースⅡもその言葉に同意する。

「せめてカイ君がこっちと意思疎通できればええんやけどね」
「そうです、そうすればカイがどうしてなのはさんを襲ったのか理由がわかるです」

なのはの体に異変が起きて、それがカイの力だと感じたはやての狙い。
それはカイをこちらに引き入れることで、その力がむやみに発揮させないこと。
そして、万が一の事件のときに相手魔導師の魔法を強制的に封印することで事件解決を狙えるのかもしれない。
そのためには、彼がどうして今回のようなことをしたのかを知る必要があった。

「なのはちゃん、あの件……できるだけ早くすることってできへんか?」
「あの件……うん、今日来る予定だよ」

はやてが何らかの提案があるのか、なのはに何かを聞く。しかし、なのははそれに答えるものの、あまり乗り気な返事はしなかった。

「こんなことのために……連絡したわけじゃないんだけどね」
「それは……そうやね」

なのはの言葉にはやては自分のしようとしていることを思ってか、表情を曇らせた。

「はやてちゃん、いいかしら?」

そんな落ち込んだ空気の中、カイの治療に医務室にいるはずのシャマルが部隊長室に入ってくる。

「シャマル、どないした?」
「あの子の治療が終わったから、今度はなのはちゃんを診ようと思って呼びに来たの」
「それだったら通信でもよかったんやない?」

時空管理局局員は、基本的に個人で携帯端末を持っている。連絡などは携帯端末を使って行うことがほとんどである。
持っていないとしてもデバイスをその代わりとして使えばよく、わざわざ呼びに来る必要など無い。

「本当はそうしたかったんだけど……」
「何かあったの?」

シャマルはなんと言って良いのかわからずにお茶を濁す。

「えっと、カイ君が目を覚ましたんだけど……」
「それがどうかしたん?ザフィーラが一応見張りをやってくれてるんやろ?」
「今……ヴィヴィオにお説教されているの」

シャマルの言葉に部隊長室にいる全ての者が、ヴィヴィオの姿と先程のカイの姿を思い出してヴィヴィオがカイをお説教する場面をシュミレートする。
白い鎧を纏った異形がヴィヴィオの前に正座して、ヴィヴィオはその異形に指を立てて先程その異形がやってしまったことを怒る。

「……何かのコント?」

誰が言ったかはわからないが、それは言い得て妙な光景だろうというのがその場にいる全員の答えだった。





一方、シャマルの治療を受けたカイは……。
シャマルは報告のため一度部隊長室に向かい、医務室には毎度おなじみのヴィヴィオとザフィーラ、そしてカイのトリオが揃っている。
そして……

「カイ、そこに正座!!!」

ヴィヴィオは床をビシッと指差す。

「ヴィヴィゴグ、グデガギタギ」
「いいから、せ~い~ざ~!!!」

ヴィヴィオによる、カイの躾のためのお説教が始まろうとしていた。
どうやら座れと言われているらしいので、カイはシャマルに治療された左腕をさすりながら、シュンとした表情で床に正座する。

「いい、あのね、人に向かってグーパンチするのはいけないんだよ」
「ヴィヴィゴグ、アギガギタギ」
「言い訳しな~い!!!」

カイが何かを訴えようとするも、ヴィヴィオはそれを遮るかのように声を出してカイの言い訳……らしきものを却下する。

「なのはママが来たら、ちゃんとごめんなさいするんだよ?」
「ヴィヴィゴグ、ボワギ……ヴィヴィゴグ、ワラッタホグガギギ」
「わかればいいんだよ、わかれば」

ヴィヴィオの言葉に、カイは怯えながら何かを呟き、それが了解の意志を示していると感じたヴィヴィオは満足そうに頷く。
そんな光景をザフィーラは、なんとも言えない表情で黙って見つめていた。
おそらく話が噛み合ってない、そう感じながら……。

「三人とも、少しいい?」
「カイくん、怪我は大丈夫?」
「グロンギ!!!」

一通りの話(お説教)が終わって、シャマルがなのは達を連れてやってきた。デスクワークが片付いたライトニング分隊副隊長シグナムも、途中で合流してきたのかその中にいた。
なのはを見つけたカイは、どこか身を隠す場所がないかと探してヴィヴィオの背中に隠れる。
成人男性並みの身長の男が、5歳の女の子の背中に隠れるという光景は何かシュールなものがあり、それを見た機動六課の面々は先程感じた驚異などどこ吹く風のようにカイを見るしかできなかった。

「あ、ママ!!!」
「ヴィヴィゴグ、キベンザ !!!」

ヴィヴィオはそんなカイの行動など無視するかのように、母親であるなのはのところに行き、カイを紹介しようとする。
しかし、ヴィヴィオが紹介しようと思ったカイは、次の避難場所とも言えるザフィーラの後ろに隠れてしまった。

「ゴレ、グロンギボワギ、ギソボワギ」

そして、なのは達にわからない言葉を呟きながらザフィーラの背中の後ろで震えだした。

「カイ、なのはママにごめんなさいしないとダメだよ!!!」

ヴィヴィオがカイに近づいてなのはに謝るように言うが、カイはザフィーラの後ろで震えながらなのはを見て、再びザフィーラの背中に隠れるだけだった。
そんな中……

「……かわいい」

異様な保護欲にとり憑かれた誰かのつぶやきがあった。

「そんなことより」

パンパンと手を打つ音が聞こえる。

「シャマル先生、どうかしたんですか?」

白衣を着たシャマルが皆の注目を集める中、シャマルはカイに近寄ってしゃがみ、視線をカイと同じ高さにする。

「カイくん、シャワー浴びてきなさい」
「ギャワー?」
「あれ」

シャマルはカイの言葉に答えること無く、医務室の隅を指差す。
シャマルが指差したところには、気絶するまでカイが纏っていたやや異臭のする布が、水の張ったバケツの中に沈められていた。
バケツの中の水は既に布に染み込んでいた汚れのせいで汚れていたことから、カイがどれだけの長い時間を不衛生に過ごしていたのかを知るには簡単だった。





カイは自分は何をすればいいんだろうと悩んでいた。
突然白い上着を着た女の人に身ぐるみ剥がされ、とある部屋に強制的に入れられた。
ヴィヴィオも他の人と一緒に行ってしまったので、何をすればいいのかもわからない。
その部屋に入れられる前に

「そういえばシャマル、男子用シャワー室って、この前の模擬戦でなのはちゃんのバスターが直撃して修理中だったんやない?」

とか

「それなら女子用を使わせればいいでしょう、扉に張り紙しておけば入る人もいないでしょうし」

などと言われていたが、カイには何を言っているのかわからなかった。
部屋の中は半分が通路のように一直線に伸び、その横には扉のついた小さな部屋のようなスペースがある……と、カイは思っている。
試しに個室の一つに入ってみた。

「ボレ……バンザ ?」

長い管が伸び、その先端には無数の穴の空いている太い部分がある。
カイはその部分を持って振る。

「アラリズヨゾグジャバギ」

とりあえず思ったものとは違ったのか、今度は敵がそこにいるように思って、手に持ったものを構える。
構えると、無数の穴が目の前にいると想定した敵に向かっているのをカイは知った。

「ボレ……ユリジャ?」

とりあえず一通りのことをしたカイはこれが何らかの道具、もしくは武器と結論づけた。
しかし……それと自分が入れられた理由については理解できなかった。

「ゴレ、ボボデバビゾグス?」

シャワー室の通路の真ん中に座って、カイはそれから約一時間近くの間頭をひねることになる。





一方その頃、シャマルによって医務室でなのはの体を検査していた。

「シャマル先生、どうですか?」
「う~ん、よくわからないのよねぇ」
「そうなんか?」

付き添いというわけではないが、機動六課が誇るエースのなのはに突如起きた異変を知るため、はやても医務室にて検査の立会をしていた。

「ええ、リンカーコアはあるのよ。でも、魔法は使うことができない」

シャマルはなのはに向けたリンカーコアを診るためのスキャナーをなのはから離し、はやてに説明する。

「そうだ、はやてちゃんのリンカーコアと比べて見れば少しはわかるかも」

シャマルはいいことを思いついたとでも言うように手を叩くと、はやてのリンカーコアを診るためにスキャナーをはやてに向けた。
そして、改めてなのはのリンカーコアを診る。
そうして得た結果は……

「なのはちゃんのリンカーコアが……止まっている」
「止まっている?」

シャマルの言葉になのはは首を傾げる。
止まっているというのはどういう意味なのだろうか。また、それがどんな意味を持っているのだろうか。

「これを見比べてみて。右はなのはちゃんの今のリンカーコアで、左ははやてちゃんのリンカーコアよ」

スキャナーからのデータをモニターに転送して、なのはとはやてのリンカーコアが同じモニターに映る。

「大きさを見るんじゃなくて、大きさ以外のそれぞれのリンカーコアの違いを見て」
「違いって……色と大きさが少し違うくらいしか……」

もともとなのはより魔力の大きいはやては、なのはより大きな白いリンカーコア。
なのはは大きさははやてに及ばないものの、それでも一般的な魔導師よりも大きな桜色のリンカーコア。
大きさと色以外に大きな違いはあまり感じ取れない。

「待ってはやてちゃん、私のリンカーコア……動いてない」
「動いてないって……ほんまや」

なのはの言うとおり、はやてのリンカーコアは点滅や心臓が鼓動しているように動いているのだが、なのはのリンカーコアははやてのリンカーコアに見られる点滅や鼓動が感じられなかった。

「おそらくだけど、カイ君の光でなのはちゃんのリンカーコアは封印されたんじゃないかって言うのが私の見解」
「リンカーコアの消滅じゃなくて封印……治る可能性は?」

シャマルの見解を聞いたなのはは、それが治るのか、治るとしたらそれにはどれだけの時間がかかるのかを心配し、シャマルに詰め寄る。

「……わからないわ。ただ、あの時の状況となのはちゃんの状況から言えるのは……」
「ん、シャマルなんかあるの?」

なんとなく真剣な表情のシャマルに、はやても姿勢を直して言葉を待つ。

「もし、カイが全力であの光を使ったのだとしたら……いえ、あの光を何かを盾にしないで直接相手に打ち込んだとしたら……」
「リンカーコアは……破壊されるっちゅうことか?」
「じゃあ、カイ君は私を守るために自分の腕を犠牲にしたんですか?」

シャマルの言葉に続くようにはやては答え、それを肯定するようにシャマルは頷いた。
しかし、なのはの言葉にはやや否定したような表情で言葉を続ける。

「カイ君があのとき自分の腕を盾にしたのは、光のことじゃなくてなのはちゃんを傷つけないようにしたからかもしれないわね」

そう言ったシャマルはモニターに誰かの腕が怪我した状態の画像を出した。

「これが、治療前のカイ君の左腕よ」

モニターに映っていたのは、自分の拳で痛めた血に塗れたカイの左腕だった。

「なのはちゃん達が見たあの姿のカイ君が魔導師で言うバリアジャケットと同じようなものだとしたら、彼にもそれ相応の防御力を持っていると言ってもいいかもしれないのに、それを超えるダメージを受けている」
「バリアも張らないであんなんまともに受けたとしたら……」
「怪我だけじゃ……すまなかったかもしれない」

事実、なのは達はカイの動きに虚を突かれ、反応できた者がいなかった。
つまり、カイが自分の腕を盾に出さなければ大変なことが起きていた可能性が高い。

「カイ君とは……一度よく話してみる必要がありそうやな」

結局、それが機動六課部隊長の八神はやてが出した結論だった。





カイが悩み始めてから一時間後……カイのいるシャワー室に誰かが近づいてくる気配がする。

「そういえばヴィータ副隊長が言ってたけど、カイって人、まだシャワー室にいるのかなぁ?」
「そんなわけないでしょ、あれから一時間以上経ったのよ?」
「そうだよね……あれ、ティア……まだ張り紙張ってあるんだけど」
「まだ?……外し忘れたんじゃない?流石にこんな時間まで入っていることはないでしょ」
「ん~、そうだね。何か重要な何かを忘れているような気がするけど」
「それより、私たちも早くシャワー浴びちゃいましょ。流石に汗だくのまんまじゃ気持ち悪いわ」
「そうだね」

そんな会話がカイの耳に届く。
しかし、その内容がカイに理解できるわけなかった。

「ゾグザ 、グスヒオビキギデリヨグ」

カイはいいことを思いついたというように立ち上がって扉が開くのを待った。





シャワー室の扉が開く。
本来なら女性専用のシャワー室のため、無防備に室内に入るスバルとティアナ。
そして、それを出迎える明らかに部外者とも言えるカイ。

「ボレ、ゾグジャッデズバグ?」

笑顔でスバルとティアナに何かを伝えようとする、シャワーヘッドを持つ全裸のカイ。
女性専用のシャワー室で尚且つここ数年コンビを組んでいる気安さからか、前を隠さずにタオルを片手に持ってスバルとティアナは中に入ってきていた。
そして目の前のあるそれを直視する、こちらもタオルを手に持っている以外は全裸と言ってよいスバルとティアナ。

「ゴレ、ボレンズバギバタワバラバギ」
「えっと……あれ?」
「な、なんで……」

スバルとティアナは目の前の光景が間違いであると思いたかった。
しかし、目の前にいるのは先程ヴィヴィオに怒られていた一人の男。
それも全裸。スバルとティアナは少し視線を落とすと、そこには……男性のシンボルがあった。





それから数十秒後、二人の女性の悲鳴が響いた。





「カイ、そこに正座!!!」

そして、再び始まるヴィヴィオのお説教。
場所は先ほどと同じシャワー室。
そこではタオルを体に巻いたスバルとティアナの他に、少し遅れてシャワーを浴びに来たキャロ、そして悲鳴を聞きつけたヴィヴィオとザフィーラだった。
ザフィーラはスバルとティアナが体にタオルだけを巻いているのを見ると、顔を横に背ける。
他にもギャラリーがいたものの、ティアナの見たら殺すとでも言いそうな視線を受けて男性局員は全員が立ち去った。
たった一人だけそれでも中を覗こうとしていた男がいたようだが……。
しかし、カイはそんなことをお構いなしに怒っているヴィヴィオの顔と、誰か助けてくれる人はいないかというような視線で周囲を見渡す。

「バンデゴレ、ボボビグワスンザ ?」

カイは自分がなんでこんな目に会っているのかがわからない。
自分は手に持った物の使い方を知りたかっただけなのだが、それを聞いた二人は悲鳴をあげてしゃがみ込んでしまい、話ができなかった。

「ヴィヴィゴグ、ボレゾグジャッデズバグ?」
「反省してるの!!!」
「グン、ボレンズバギバタギリタギ」

ヴィヴィオの言葉にカイはすぐに返事をする。
それを聞いたヴィヴィオは、カイが分かってくれたと思い、気を良くする。

「わかればいいんだよ。いい、女の子がシャワー浴びているときに中に入ったらいけないんだよ」

人差し指を立ててヴィヴィオはカイに言い聞かせるように言う。
そんな中……

「もしかして、カイさんってシャワーの使い方知らなかったんじゃないのかな?」

キャロのそんな一声がシャワー室の中に響いた。





それからしばらくして、ヴィヴィオとキャロによるカイの洗濯が行われることになった。

「カイ、ここをひねるとお湯が出てくるんだよ」

ヴィヴィオは、シャワーヘッドを持ったままのカイに言い聞かせるようにレバーをひねる。

「あ、ヴィヴィオ、カイさんがシャワーを自分に向けているから今お湯を出したら」
「アズッ、ボレブキ、キベンバブキ!!!」

キャロの忠告も既に遅く、シャワーのお湯を顔面に受けたカイはその場に転げ回った。
そんな光景をカイ達が入っている個室とは少し離れた場所で、スバルとティアナが暖かいというか、生暖かいというかなんとも形容しがたい視線でカイの股間以外を見ていた。
その日から、カイはシャワー室の前を通る、もしくはシャワーと聞くたびに怯えることになる。





一方その頃……

「なんだろう、今とてつもなくヴィヴィオが誰かと楽しそうなことをしている気がする」

ムダに直感の鋭い執務官がいたとかいないとか。

「早く仕事を終わらせて、なのはとヴィヴィオと一緒に晩御飯食べられるようにしないと」

その言葉を実行するべく、車で移動していた執務官はアクセルを更に踏み込む。
執務官がその日の仕事を終えるには、あと十ヶ所以上の場所を回る必要がある。





カイ達がシャワーを浴びているころ、部隊長室ではなのはとはやてがとある来客を迎えていた。

「こうして直に会うのは久しぶりやねぇ、ユーノ君」
「そうだね、僕も無限図書に入り浸りだったし」
「でも、本当によかったの?」

やってきた来客は無限図書司書長のユーノ・スクライア。
なのははとあることをお願いしようと思い、暇なときにでも来てくれないかと前もって連絡していた。
しかし、なのはが思った以上に早く、ユーノは時間を作って機動六課にやってきた。

「うん、僕としても久しぶりに本の整理じゃなくて興味深いものを知ることができるからね」

ユーノはなのはのすまなそうな言葉を気にすることもないとでも言うように笑顔で答える。

「ありがとう、ユーノ君。早速だけど、これが新しいデータだよ」

なのははユーノにお礼を言うと、一枚のディスクをユーノに差し出した。
ユーノはそれを受け取ると、持ってきた携帯端末とは違う少し大きめな端末を取り出してディスクを入れて、中のデータを再生する。
そこに映し出されたのは、ヴィヴィオがいつもカイと遊んでいる波止場の映像だった。
しかし、ユーノはその映像そのものには興味を抱かず、二人の会話がよく聞こえるようにボリュームを上げた。
そして、別の端末を取り出してデータを呼び出し、それとヴィヴィオとカイの会話と照らし合わせていく。

「……どうかな?」

画面に見入るユーノの邪魔をしないように、でも興味はあるのか少し小さな声でなのはは聞く。

「……うん、完全じゃないけど、ヴィヴィオとカイの話の展開とか、食事をしている時の反応、そういったものから少しずつデータを集めていけばカイの言っていることがわかるかもしれない」
「ホントに?」

ユーノの回答はなのはにとって良い知らせだったのか、弾ませた声が出る。

「それなら、カイくんに私たちの言葉を教えてヴィヴィオとちゃんとお話できるようにできる?」

それが、なのはがユーノにカイの言葉の翻訳を頼んだ本当の理由だった。
ヴィヴィオが自分で見つけた友達と、少しでもちゃんと話ができるようにと思っての行動だった。
カイから話を聞いて、どうして自分に襲いかかってきたことを聞くというのは想定外の出来事でしかなかった。

「うん、カイにその気があって、それなりに練習したらできるかもしれないね」
「まあ、それもちゃんとカイくんとお話できるようにならんと意味ないけどなぁ」

とりあえずはカイと会って、直接話をしないことにはどうにもならないということで、なのは達はカイのいるだろうシャワー室に向かうことになった。
そして、またもやヴィヴィオにお説教されているカイの姿を目撃することになった。










今回のグロンギ語

ヴィヴィゴグ、グデガギタギ
訳:ヴィヴィ王、腕が痛い

ヴィヴィゴグ、アギガギタギ
訳:ヴィヴィ王、足が痛い

ヴィヴィゴグ、ボワギ……ヴィヴィゴグ、ワラッタホグガギギ
訳:ヴィヴィ王、怖い。ヴィヴィ王、笑ったほうがいい

ヴィヴィゴグ、キベンザ !!!
訳:ヴィヴィ王、危険だ!!!

ゴレ、グロンギボワギ、ギソボワギ
訳:俺、グロンギ怖い、白怖い

ギャワー?
訳:シャワー?

ボレ……バンザ ?
訳:これ……なんだ?

アラリズヨゾグジャバギ
訳:あまり強そうじゃない

ボレ……ユリジャ?
訳:これ……弓矢?

ゴレ、ボボデバビゾグス?
訳:俺、ここで何をする?

ゾグザ 、グスヒオビキギデリヨグ
訳:そうだ、来る人に聞いてみよう

ボレ、ゾグジャッデズバグ?
訳:これ、どうやって使う?

ゴレ、ボレンズバギバタワバラバギ
訳:俺、これの使い方わからない

バンデゴレ、ボボビグワスンザ ?
訳:何で俺、ここに座るんだ?

ヴィヴィゴグ、ボレゾグジャッデズバグ?
訳:ヴィヴィ王、これどうやって使う?

グン、ボレンズバギバタギリタギ
訳:うん、これの使い方知りたい

アズッ、ボレブキ、キベンバブキ!!!
訳:熱っ、これ武器、危険な武器






今回のタイトル、リリカル的には『カイの光の秘密?』、クウガ的には『説教』といった感じでしょうか。……相変わらずカイに容赦無いクウガ的タイトルのような気がします。

追記:シャワーシーンでの出来事で、戦闘でシャワーヘッドをペガサスボウガンに変える光景を思いつきました。……もちろんやりません。バットをタイタンソードとか、ストラーダをドラゴンロッドとかになんてしませんよ?……きっと。








[22637] 第5話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/11/03 12:33





機動六課のブリーフィングルーム。
そこは、本来なら作戦説明や会議に利用されるはずの部屋である。
しかし、現在は機動六課に所属する者が二人と一匹、それ以外に三人いるだけである。
今回の件の中心人物として、ヴァイス・グランセニックから借りたジャージに身を包むカイがいる。
もっともそのジャージをカイに渡すとき、何故かヴァイスの顔が誰かに殴られたようにボロボロになっていたことにカイは驚き、気にはなったが……。
ちなみに、ヴァイスの顔がボコボコになるきっかけとなったシャワー室での出来事を間近に見たキャロは黙秘を続けているので、どういった経緯でヴァイスがこうなったのかを知る者はこの場にはいなかった。
ちなみにカイはそのときヴィヴィオに怒られていたため、騒ぎを知らなかった。
カイを怒っていたヴィヴィオも、カイが反省したと勝手に感じているため、今は笑顔でカイの傍にいる。
三人のうちの最後の一人として、無限書庫から来たユーノ・スクライアがカイと向かい合うように椅子に座っている。
そして、機動六課の代表として、部隊長の八神はやて、ヴィヴィオの母親として高町なのは、護衛としてザフィーラの合計六名が集まった。
全員が集まったことでユーノは携帯端末を開き、何かを入力してそこに映った何かを見ながら声を出す。

「えっと……ザジレラギデ、ボグンバラエザユーンデグ。キリンバラエザ?」
「ユーノ先生、カイと同じような言葉使ってる」

そんなカイの前に少し離れた位置に座ったユーノは、少し辿々しい言葉だがカイに自分の名前を聞く。
ヴィヴィオはユーノがカイと同じような言葉を使ったことに驚いていた。
そんな光景をなのはとはやては少し離れたところで見守る。
カイはそんなユーノの言葉に驚いたのか、一瞬目を見張るがその言葉にすぐに答えた。

「ゴレンバラエザバギ。ヴィヴィゴグガズベデグレタ」

ユーノはカイの言った言葉をまた端末に打ち込み、それを翻訳する。
そこで奇妙な部分が出てきた。

「……ヴィヴィオウ?」
「ユーノ先生、どうしたの?」
「……いや、何でも無いよ」

おそらくヴィヴィオのことを言っているのだろうが、少しだけ違う部分が出てきたことでユーノは少し焦りだす。
自分がヴィヴィオとカイの話から翻訳したデータは間違っていたのか。
そんな考えが浮かぶが、それを押しとどめて話を続ける。

「グボギザバギゾギデリタギンザ ベゾ、ギギババ?」
「ワバッタ」

ユーノの言葉に頷くのを見て、ヴィヴィオ達も今のカイが何と言ったのかわかったようだ。
ユーノとカイのコンタクトが成功したのを笑顔で見ている。

「バギ、キリザゾグギデバンザゾボグゲキギタンザ ギ?」
「バンザ?」

ユーノの質問のような言葉に、カイは首を捻る。

「ああ……ヴィヴィゴンゴバアガンデ、アゾボビギスヨ」

ユーノはヴィヴィオを指さしてからその指をなのはへと向ける。

「チガグ、アレザグロンギ」
「……グロンギ?」

ユーノはカイの言った言葉を端末に打ち込んで翻訳する。しかし翻訳しても『グロンギ』となるだけで別の言葉に訳されることはなかった。

「……グロンギッデバビババ?」

ユーノは自分の言いたいことを端末で翻訳し、再びカイに話しかける。
しかし、カイはユーノのその言葉を聞くと沈痛な面持ちで黙り込んだ。

「話を変えたほうがいいかな。……バギ、ジズザキリビデギアンガアスンザ 」
「デギアン?」

ユーノの言葉に何かを感じ取ったカイは、首を傾げながらもユーノの言葉を待った。
ヴィヴィオ達も話が進んでいるのを見守っている。

「バギガヨベレババンザ ベゾ、ボグタチンボオバンレンギュグゾギデリバギバギ?」
「ボオバ?」

ユーノの提案のような言い方に、カイは悩み始める。

「バギガボグタチンボオバゾリバギデキスヨグビバレバ、ヴィヴィゴオモモッオゴザバギガデキスヨ」
「……ジャス」

ユーノの言葉に何かを決意したのか、カイは一度ヴィヴィオを見てからユーノに返事をする。

「そっか、よかった」
「ユーノ君、カイ君はなんて?」

ようやく話が終わったと思ったのか、なのはが話の結果を聞こうとユーノに話しかける。

「うん、カイは僕達の言葉の練習をしてくれるってさ」
「ユーノ先生、それって本当?」

ユーノの言葉にヴィヴィオは嬉しそうな声を出してカイを見る。
カイもヴィヴィオの様子を見て、自分の出した答えがよかったと感じる。

「ゴレ、ヴィヴィゴグオザバギグスタレガンバス」
「ゾグザ ネ、ギッギョビガンバソグ」
「ヴィヴィオも一緒にお勉強する~」

こうしてカイとヴィヴィオの家庭教師となったユーノ。
そのおかげで無限書庫の図書検索業務が通常より遅れてしまい、某提督が苦労することになる。





その日の夜、カイは外にテントを出してもらって、しばらくそこで暮らすことになった。
最初はどこか空いている部屋に住んでもらおうとなのは達は考えていた。
しかし現代の生活に不慣れなカイが、ヴィヴィオくらいにしか心を開いていない状態で他の人間と共に過ごすのは難しいと感じたのと、カイ自身が外のほうが気が楽だということで外にテントを張ってそこで寝ることが決まった。
そんな中……

「やっと仕事が終わった。急いでヴィヴィオとなのはのところに行かないと」

とある執務官がカイの寝泊まりするテントの前をものすごいスピードで通過する。

「ザジャギ」

入り口から顔を出したカイは、フェイトのスピードに感心したように声を出した。
そして、通り過ぎた人物が自分の友達の名前を言ったのが聞こえた。

「ヴィヴィゴグ、モグネデギス」

しかし、その言葉を聞く前にとある執務官はものすごい勢いのまま家族の待つ寮へと入っていったため、カイの言葉が届くことはなかった。
もっとも、聞こえていたとしても意味が通じなかっただろうが……。





次の日からカイの言葉の勉強が始まった。
最初はユーノがカイの言葉を翻訳して、それが今の言葉ではどのように言うのかを改めて説明するという内容が基本的な流れである。
そして、カイが使う言葉とユーノ達が使う言葉は発音の仕方が違うだけで、基本的な用法は同じであるということがわかったのか、カイもそれを理解してからの勉強はかなり早く進んだ。
ヴィヴィオはユーノから出された別の課題をカイの隣でやりながら同じ時間を過ごしている。
そして、勉強を開始してから一週間後……

「俺の……名前……カイ」
「うん、正解」
「わ~、カイすご~い!!!」

辿々しいながらも、カイは自分の名前をヴィヴィオ達の言葉で話す。
ユーノはその辿々しい言葉を特に気にすることなく褒め、ヴィヴィオも今まで練習したカイの努力が実を結んだことを喜んだ。
しかし……

「俺の……友達……ヴィヴィ王」

次にカイが自分の友達の名前を言うところで問題が起きた。

「やっぱり、ヴィヴィ王なんだね」
「ヴィヴィ王?」

ヴィヴィオはついにカイが自分のことを何と呼んでいるのかを知る。

「カイ、ヴィヴィ王ってどういう意味?」
「ヴィヴィ王……すごく強そうな……名前」

強そうという言葉を聞いて、目が点になるヴィヴィオ。
ヴィヴィオは以前カイが自分の名前を教えたときに、カイがかわいい名前と褒めてくれたと思ったので、ありがとうとお礼を言った。
つまり、以前に自己紹介した時の話の展開は……

ヴィヴィ王、なんて強そうな名前なんだ。

ありがとう、ヴィヴィオはとっても強いんだよ~。

このような感じで話が進んだと言ってよい。

「ち、違うよ、ヴィヴィオは王様じゃないもん!!!」
「……違うのか?」
「そうだよ、ヴィヴィオの名前はヴィヴィオだもん!!!」

改めて自分の名前をカイに教えるヴィヴィオ。
しかし……

「ヴィヴィオゥ?」
「なんか……微妙に違う言い方だね」
「ううう、違うのに~」

こうしてヴィヴィオは『ヴィヴィ王』から、新たに『ヴィヴィオゥ』というたいして変わっていない呼び名を手にしたのだった。





そしてとある日、改めてカイの紹介をするために主だった機動六課メンバーが集まった。

「それでは、しばらくの間ここで過ごすことになったカイ君の紹介や。あとでみんなも自己紹介してもらうからな」
「さあ、カイ」

はやての挨拶とユーノの促しで、カイは一歩前に出る。

「俺の名前……カイ、よろしく……おねげえします」

最後が少しだけ変な感じだったが概ね意味は伝わり、集まったみんなからカイは拍手を受ける。

「さて、隊長陣の紹介は最後として、まずはフォワード陣の自己紹介からしとこか」

部隊長であるはやての言葉に四人の男女がカイの前に出る。
そして青髪の元気そうな女性が最初に自己紹介を始めた。

「スバル・ナカジマ、スバルでいいよ。よろしくね、カイ」
「……スワル」
「え?……うん」

カイの言葉に素直に頷いてその場に座るスバル。

「いや、それちゃうやろ」

それを無視するように、今度はオレンジ色の髪の強気な感じのする女性がカイの前に出る。

「ティアナ・ランスター、よろしく。あとスバルも立ちなさい」

素っ気ない言葉にやや気後れするものの、カイは言われた言葉を反芻する。
その間にスバルは立ち上がって後ろに下がる。

「……テアカ」
「母音は微妙に合ってるな」
「……ティアナよ、汚いわね。……はぁ、次はキャロね」

ティアナは訂正するものの、まだ言葉使いが不慣れなカイにしばらくは『テアカ』と呼ばれるだろうと溜息をつきながら次へと促す。
次に前に出たのは桃色の髪の少女。

「キャロ・ル・ルシエです。カイさん、よろしくお願いしますね」
「……ギャオ」
「猛獣やないって」
「そ、そんな怖そうな名前じゃないですよぅ。エリオ君、バトンタッチ」

続いて、赤い髪の活発な少年がカイの前に出る。

「う、うん。エリオ・モンディアルです。カイさん、よろしくお願いします」
「……エロ」
「違います」

前もって予想していたのか、エリオはカイの言葉にすぐ反応する。
しかし……

「でも、前に海鳴に出張に行ったときに銭湯で女湯に入ったやろ」
「それはみなさんが連れ込んだんでしょう!!!」

エリオははやてのツッコミにすぐさま自分のせいではないと主張する。

「エロ!!!お前、なんでそれを黙っていた!!!」

そんなエリオの言葉を無視するように掴みかかるカイと同じくらいの体格の緑色のジャケットを着た男。

「え、エロって……ヴァ、ヴァイスさん?」
「なんで俺にそん時の様子を詳細に渡って教えなかった?いや待て、今からでも遅くはないぞ。ほら、俺にそん時の様子を詳しく教えろって。具体的には姐さんのスタイルとかフェイトさんのスタイ……ぐはっ!!!」

ヴァイスがエリオの肩を揺さぶるように色々なことを捲し立てる中、突然ヴァイスが床へと崩れ落ちる。

「安心しろ、峰打ちだ」
「いや、本気で頭ぶっ叩いたら峰打ちもクソもねーから。あとヴァイス、もちろん大人なアタシのことも聞くつもりだったよな?」

ライトニング副隊長が取り出した剣型デバイスを構え、スターズ副隊長がそれに呆れるようにツッコミを入れる。
槌型デバイスでヴァイスの頭をいつでも砕けるように構えながら。

「ついでだ、ヴァイス、次はお前が自己紹介しろ」
「そーだな、アタシ達は最後みてえだし」

そして、ボロ雑巾のように倒れたヴァイスを気にするでもなく無情に言い放つ。
そんなヴァイスを誰も哀れむことなく、さらには冷たい視線をヴァイスに向ける。
そんな光景をカイは少し怯えた表情で見ていた。

「いつつ……ヴァイス・グランセニック。ジャージ貸したときに会ったから顔くらいは憶えてるだろ?」

今もカイが着ているのはヴァイスから借りている服であり、カイはヴァイスの顔を憶えている。
そして、今度は新たに知った名前を……

「……ファイブ」

言わなかった。言えなかったのかもしれないが……。

「いや、名前ちげーし。たしかに自己紹介、五番目だけどさ」
「……ツッコミ先に入れられてもうた」

現在のところ、カイがまともに名前を呼べる人物は存在しない。
そして、それ以降も……

「あ、紹介が遅れちゃった。この子はフリードです」
「……オニク」
「餌なんかい」
「食べ物じゃないですよぅ!!!」

とか

「私は整備員のアルト・クラエッタです」
「……アウト」
「惜しい!!!」
「な、なんかダメダメな女の子って感じがする」
「気にすんなって、そのとおりじゃんか」
「ヴァイス先輩、ヒドイです!!!」

とか

「シャリオ・フィニーノ、シャーリーって呼んでね」
「……ジャーキー」
「食べ物シリーズ第2号や」
「私、ずいぶん美味しそうな感じになってるわね」
「シャーリーさん、フリードと似たような扱い?」
「食べられんように気をつけんとな」

とか

「ルキノ・リリエ、通信士です」
「……ススキノ」
「……どこの歓楽街ですか」
「なんでルキノが知ってるんや?」

とか

「グリフィス・ロウランです。部隊長補佐をしています」
「……グレテル」
「そんなことないよ。グリフィスはお母さんのお腹の中に反抗期置き忘れてきたくらいヘタレなんだから」
「ちょっとシャーリー、いきなり何を言い出すんだ!!!」
「グリフィス君がグレてるのって、あんま想像つかんなぁ」

などと、まともな会話が成立しなかった。





「……コホン、それじゃあ次はリインな」
「はいです。カイ、リインフォースⅡです。リインでいいですよ」

いきなり現れた30cmくらいの大きさの女の子にカイは驚く。
以前からリインフォースⅡはカイの前に姿を現していたものの、それ以外の人物に怯えていたためその存在をちゃんと見たことがなかった。
そのため、改めて見たリインフォースⅡの大きさに驚いた。
それでも自己紹介されたからには相手の名前を言うべきだと感じて、カイはリインの顔を見て……

「……シビン」
「リイン、そんな名前じゃないですよぉ!!!」
「う~ん、母音的には合ってるからなぁ」
「なんで……怒る?」

名前を言ったら、カイはリインに怒られた。
しかし、カイはどうして怒られたのか理解出来ていない。

「つ、次はシャマルな」
「はい。カイ君、ここで医務官……お医者さんをしているシャマルです」
「……マーシャル」
「いえ、ただのお医者さんで元帥とかじゃないのよ?」

シャマルはカイの言葉に何とかにこやかに答える。

「名前組み替えただけで一気に出世したなぁ、シャマル元帥。私の二佐よりも上やんか」

シャマルは後ろにいる主の視線にビクビクする。後ろを向いて主の顔色を確認したいところだが、下手に向くと大変なことが起きそうだと感じてそのまま後ろに下がることにした。

「次は隊長陣やね。まずはシグナムからな」

気を取り直したはやての言葉で、陸士部隊の制服に身を包む紫色の髪をポニーテールの凛とした雰囲気が漂う女性が前に出る。

「ライトニング副隊長のシグナムだ」
「……シグナル」
「惜しい!!!一文字違いや」
「カイ、シグナルがレッドシグナルになったら怒られるから気をつけろよ」
「ヴィータ!!!」
「ほら、レッドシグナルになったら怒った」
「レッドシグナルは……怖い」

ヴィータがシグナムを茶化すものの、誰も笑うことができない。
それはシグナムが怖い……わけではなく、自分達もカイに言われた名前によって大なり小なりダメージを受けているからだ。
そんな中、今回の件の張本人のカイだけがヴィータの言葉に素直に頷いていた。

「んじゃ、次はアタシの番だな。スターズ副隊長のヴィータだ」
「……ベータ」
「ギリシャ文字かいなって」
「ベータじゃねえ、ヴィータだ!!!」

多くの者が自分の呼び名の訂正を諦める中、ただ一人だけちゃんとした名前を呼ばせようとヴィータは抵抗を始める。

「ベータ?」
「ヴィータ!!!」

カイとヴィータの問答が少しだけ続く。
そしてついに……

「ピータン!!!」

カイの中でヴィータの名前が決定した。

「もう『タ』しか合ってねえじゃねえか!!!」
「ベータのほうがまだ近かったなぁ」
「もうそれでいいではないか、ピータン」
「そうよ、かわいいわよピータン」

信号機と元帥の名前をつけられた仲間達が顔を背けながら、赤い顔で怒るピータンを宥める。
他のメンバーも顔を背けているが、みんな口々に……

「か、かわいいかもしれない」
「副隊長かわいいです」

などの言葉を小さな声で言っていた。

「つ、次はフェイトちゃんいこうか」

はやての言葉でピータン……もとい、ヴィータは後ろに下がり、カイの目の前にヴィヴィオの母親が出てくる。

「こうして挨拶するのは始めてだね。ヴィヴィオのママのフェイト・T・ハラオウンです」

フェイトは何か恨みがましいような目付きでカイを見る。
それというのも、カイが機動六課に来てからヴィヴィオがいつもカイの相手をしているため、フェイトやなのはと一緒に行動する機会が減ったためでもある。
しかし、そんな事情をカイは知らない。

「フェイトさんは私やエリオ君の保護者でもあるんですよ」

フェイトのややどす黒いオーラを感じたのか、キャロがそれを緩和しようと間に入る。

「カイ、これからもヴィヴィオと仲良くしてあげてね」

しかし、そんな気遣いお構いなしにフェイトはどす黒いオーラを纏ったままカイに握手を求める。
カイはそんなフェイトの手を握って、キャロが教えてくれた『フェイトさん』の名前を……

「エイトマン」

結局ちゃんと言えなかった。
カイは本人とは全く違うどこかのヒーローの名前を言った。

「なんかメッチャ速くて強そうやなぁ」
「……速くて強い」
「確かにフェイトさんに合ってるけど……」

どこかのヒーローの名前を言われて、あながち間違いではないと感じてしまった被保護者の二人。
ヒーローの名前を付けられたフェイトから目を逸らす友人や部下達。
そんな微妙な空気を全く気にしない……いや、感知することすらできないカイ。

「ん、んんっ。それじゃ、次はなのはちゃんの番やね」
「え、えっと……そうだね、はやてちゃん」

はやては咳払いをすることによって話題を逸らそうとし、なのははそれを理解したのか少し慌てたもののカイの前に出る。

「カイ君には何度か会ったことがあるよね。ヴィヴィオのママの高町なのはです」
「なのはちゃんはどないやろ?菜の花やろか?それとも魔王やろか?それとも冥王やろか?」
「いえ、ここはあえて一番近くて遠い『なのちゃん』という選択肢もありえますね」
「なんか色々気になることを言われた気がするんだけど……」

はやての期待を補足するようにシャマルは言う。なのはは理不尽な何かを感じつつ、カイの言葉を待つ。
そして……

「グロンギ」
「それって全く名前も母音も関係ないよね!!!」

全ての期待は裏切られた。

「なんでなのはだけグロンギなんだろう?」

なのはの叫びの中、ユーノはどうしてなのはだけが『グロンギ』と呼ばれるのかを不思議に思い、はやては……

「か、かわいい名前やと思うよ?」
「何で疑問形なの!!!それ以前にどこがかわいいのかな?」

はやてはなのはから顔を背けてフォローする。

「あ~、うん、カイにでも噛まれたと思っとけって……かわいいんじゃねえの、たぶん」
「ヴィータちゃんは確かにかわいい名前だからいいよね!!!」

ヴィータもげんなりした表情でフォローするが、なのははそのフォローを受け付けない。

「高町、私達は別になんとも思っていないぞ」
「それはシグナムさんは一文字違いなだけですからいいですよね、私なんか一文字も合ってないんですよ!!!」
「やっぱり……グロンギ、怖い」
「私はそんなに怖くないよ!!!」

カイはザフィーラの後ろに隠れて怯える。
なのははそれをフォローしようとするものの墓穴を掘るだけだった。

「ううう、私は怖くなんてないのにぃ」

部屋の隅にしゃがみ込んでいじけるなのはをみんなは無視し、いよいよ最後のトリを務めるべく、機動六課部隊長がカイの前に出る。

「カイ君にはちゃんと名前言っとらんかったな。機動六課部隊長をやっとる八神はやてや。はやてでええよ、は・や・て、やからな」
「部隊長ずるい!!!」

はやては何度もカイに言い聞かせるように名前を言うことによって、まだ言葉に不慣れなカイに自分の名前を教え込もうとする。
そんな考えを知ったのか、ここにいるほとんどの人間がはやてのことをズルイなどと文句を言う。
しかしはやてはそれに対してそっぽを向いて口笛を吹くことによって無視した。

「ほなカイ君、私の名前を言ってみようか、は・や・てって」

さらに自分の名前を強調するようにはやては言う。
そして、カイははやての名前を……

「……ハナゲ」

言わなかった。
はやてはカイの言葉を聞いて呆然とし、他の者も何と言って良いのかわからずに言葉を発することができない。
そんな中、カイだけはその空気を気にすること無くヴィヴィオやザフィーラに声をかけた。

「ヴィヴィオゥ、ザヒーラ、俺がんばった」
「うん、カイはよくがんばったよね」
「ああ、この短い期間にしては驚くべき上達だった」
「俺、もっとがんばる」

はやての名前での出来事で誰もが沈黙を続ける中、カイとヴィヴィオとザフィーラは話を続ける。
そんな話が聞こえたのか、誰かが気になったことを口にした。

「……ヴィヴィオゥ?……ザヒーラ?」

ここにいる全員が、カイがちゃんと名前をそれなりに言えるヴィヴィオに対しては、そこまでズルイとは感じてはいない。
カイにとってヴィヴィオは友達であり、カイが機動六課に来てからはよく遊んでいる光景を見ていたから名前をちゃんと言えるのは当然だと思っていた。
しかし、ザフィーラまでとは予想外だった。
ザフィーラはあくまでヴィヴィオのボディガードであり、そこまでカイとの関係は深くないと思っていたからだ。
しかし、実際のところ、カイとザフィーラはそれなりに友好的な関係を結んでいる。
他の者は知らないが、カイとヴィヴィオとザフィーラは波止場で会っていたときから三人で弁当を食べたり、黙って海を見ていたりと同じ時間を過ごすことが多かった。
しかしほとんどの者がそういった理由を知らないので、ヴィヴィオとザフィーラ、そしてとある一人を除いて全員がこう思った。

ザフィーラずるい……と。

しかし、次のカイの言葉で事態はさらに悪化する。

「ユーノ先生、俺、もっと勉強がんばる」
「ユーノ……先生?」

カイの言葉でみんなの視線がユーノに向く。
この中でちゃんと名前を言われた人物。
それはユーノ・スクライアだけだった。
そのせいか、不本意な名前を付けられた者がユーノに詰め寄るように近づいてきた。
カイやヴィヴィオはそれを後ろで黙って見ている。
エリオとキャロはそれに参加するべきか悩んだが、結局は少し下がった位置で成り行きを見守ることに決めた。

「ユーノ君、どうしてカイ君はユーノ君の名前だけちゃんと言えるのかな?」
「あのね、それって少しズルイと私は……ううん、みんな思うんやけど変かな?」

なのはとはやてが代表としてユーノに詰め寄る。
そんなユーノの答えは……

「ぼ、僕だって最初は間違えられたんだよ!!!」
「なんて?」

ユーノの訴えをなのはは何故か恐怖を感じるような笑顔で聞き返す。
そしてユーノはカイに最初の頃に言われていた名前を小さな声で言った。

「…………ウーノ」

ウーノ、JS事件の首謀者であるジェイル・スカリエッティの生み出した戦闘機人の一人。
戦闘機人個人の名前は一般市民には知られてはいないが、管理局やそれとつながりのある者、しかも事件捜査の当事者や地位の高いクロノとも面識のあるユーノはある程度のことを知ることができた。
そして、ウーノは戦闘機人の中でも情報処理能力に優れていることから厳重監視の中、無限書庫への奉仕活動による刑期短縮という提案もあったので、ユーノはウーノの名前を知っていた。
ウーノという実際にいる人物の名前はまずいということでユーノは早急に教育して、カイが自分の名前をちゃんと言えるようにした。
つまり、ユーノ自身が先にちゃんと名前を言えるように教育したという部分はあるものの、ここにいるほとんどの者の怒りの矛先がとある人物へと向けられた。





一方、第17無人世界の「ラブソウルム」軌道拘置所11番監房では・・・・・・

「くしゅん!!!少し寒気がするわね……戦闘機人も風邪を引くのかしら?」

ここに収監されているとある戦闘機人が、くしゃみをしながら自分の身に感じる寒気に首を傾げていた。










今回のグロンギ語

えっと……ザジレラギデ、ボグンバラエザユーンデグ。キリンバラエザ?
訳:えっと……初めまして、僕の名前はユーノです。君の名前は?

ゴレンバラエザバギ。ヴィヴィゴグガズベデグレタ
訳:俺の名前はカイ。ヴィヴィ王が付けてくれた

グボギザバギゾギデリタギンザ ベゾ、ギギババ?
訳:少し話をしてみたいんだけど、いいかな?

ワバッタ
訳:わかった

バギ、キリザゾグギデバンザゾボグゲキギタンザ ギ?
訳:カイ、君はどうしてなのはを攻撃したんだい?

バンザ?
訳:なのは?

ああ……ヴィヴィゴンゴバアガンデ、アゾボビギスヨ
訳:ああ……ヴィヴィオのお母さんであそこにいるよ

チガグ、アレザグロンギ
訳:違う、あれはグロンギ

グロンギッデバビババ?
訳:グロンギって何かな?

話を変えたほうがいいかな。……バギ、ジズザキリビデギアンガアスンザ 
訳:話を変えたほうがいいかな。……カイ、実は君に提案があるんだ

デギアン?
訳:提案?

バギガヨベレババンザ ベゾ、ボグタチンボオバンレンギュグゾギデリバギバギ?
訳:カイがよければだけど、僕達の言葉を練習してみないかい?

ボオバ?
訳:言葉?

バギガボグタチンボオバゾリバギデキスヨグビバレバ、ヴィヴィゴオモモッオゴザバギガデキスヨ
訳:カイが僕達の言葉を理解できるようになれば、ヴィヴィオともっとお話できるよ

……ジャス
訳:……やる

ゴレ、ヴィヴィゴグオザバギグスタレガンバス
訳:俺、ヴィヴィ王と話するためがんばる

ゾグザ ネ、ギッギョビガンバソグ
訳:そうだね、一緒にがんばろう

ザジャギ
訳:速い

ヴィヴィゴグ、モグネデギス
訳:ヴィヴィ王、もう寝ている





今回のリリカル的タイトル『自己紹介は難しいの』でクウガ的タイトルは『勉強』ですね、安直ですけど。
本当はもっとカイの勉強シーンを入れたほうがよかったのかもしれませんが、その部分だけを詳細に書けそうになかったので、どういった勉強をしたのかだけの描写になってしまいました。
グロンギ語で『カイ』と入れたら『バギ』と出ました。……どこの真空魔法でしょう?

それにしても、オーメダルってどこにも売ってないですね。甥っ子にプレゼントしようと思ったんですけどねぇ。
なんかCMにあった、あの『メ・ダ・ル・集めま・く・れ!!!』よりかは『メ・ダ・ル・売ってな・い・ぜ!!!』が正しいような。まさか……子供たちによるメダル争奪戦をやらせようという何者かの意志?

次回、サプライズゲストの登場……かも?







[22637] 第6話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/11/09 15:52





カイの紹介が終わった日の夜、高町なのはは八神はやてに呼び出され部隊長室に来た。
部隊長室で待っていたのは、既に仕事が終わっていたのかリインフォースⅡの姿はなく、部屋の持ち主である八神はやて一人だけだった。

「はやてちゃん、お話って何?」
「ああ、実はな……」

そうしてはやての言った言葉は……





次の日の朝、テントの中で熟睡していたカイの腹部の上に突然伸し掛る重み。
その重みにカイは目を覚ますと、彼の腹部の上にはヴィヴィオが笑顔で乗っかっていた。

「ヴィヴィオゥ、どうした?」

突然のボディアタックに怒ることもなく、カイは笑顔のヴィヴィオが気になって話を聞く。

「えっとね、今日はなのはママとザフィーラと一緒にお出かけするんだよぉ」
「俺カレー?」
「違うよぉ、カレーじゃなくてお出かけだよ」
「ヴィヴィオゥ、今日は……いないのか?」

お出かけ、つまり今日はヴィヴィオと遊べない。その事実がカイを落ち込ませる。

「カイも一緒に行くんだよ」
「俺も?」
「ヴィヴィオ、カイ君の準備できた?」

どうして自分も出かけるのかを聞こうとしたところで、またもやカイの寝ているテントに来客が来た。

「なのはママ」
「グロンギ」

笑顔のヴィヴィオと対照的に怯えた様子を見せるカイ。
そんなカイの様子を見てなのはは落ち込むのだが、それを何とか表に出さずに今回のことについての説明をしてきた。

「お休みが取れたからこれからヴィヴィオとザフィーラを連れて私の実家に遊びにいくんだけど、カイ君も一緒にどうかな?」
「そうだよ、ママの住んでたところはね、海がきれいだからカイも一緒に行こう」

なのはは魔法が使えないため、教導内容が訓練や模擬戦の内容を見ての助言しかできない状況なため、ヴィータ達が教導は自分達に任せてしばらく休みをとるように言われた。
それなら一旦実家に帰ってはどうかというはやての提案もあり、なのはは骨休みとしてヴィヴィオを連れて海鳴に帰ることにした。
ただ、カイに海鳴の海を見せたらという提案には何か裏があるような気がしていたが……。

「綺麗な海……行く」

しかし、カイはそんな裏に何かあるかもしれないことなど知らずに、ただ綺麗な海が見れるということのほうが重要だった。
こうして、カイはヴィヴィオに連れられて第97管理外世界へと出発することになった。





カイ達が機動六課から海鳴へと行くために、転送ポートのあるところへ出発したそのころ部隊長室では……。

「主、カイも出発しましたか」
「うん、今なのはちゃん達と一緒にな」
「よかったのですか、カイをこのまま行かせて」

部隊長八神はやてのもとを訪れたシグナムからはやては質問される。
本来なら魔導師のリンカーコアの活動を停止させるカイを、管理局としてはこのままにしておいて良いはずがない。

「いいわけやないんやけどな。でも……これで確認できる」
「確認……ですか?」

シグナムは、はやての真剣な表情から何かを感じ取った。

「もし、カイ君がいない間にまた事件が起きたら……」
「事件?」

事件の言葉を聞いてシグナムはそんなことが起きたかと、ここ最近の過去の記憶を辿る。
しかし、なのはのリンカーコアがカイの力によって封印されたくらいのことを除けば、既にほぼ解決しているジェイル・スカリエッティが起こした事件しか思い浮かばなかった。

「主、その事件というのは?」
「……まだ下の局員には通達されてへんから、みんなには内緒にしたってな」
「わかりました」
「……シグナム達にはあんまり言いたくないんやけどな、その事件言うんは……魔導師だけを狙っている人間がいるってことなんや」

シグナムの真面目な返答にはやては思い口を開く。

「魔導師だけを狙う?」
「うん、特徴として被害にあった魔導師全員のリンカーコアが消滅している以外の被害は一切なし、襲撃も突然の不意打ちみたいで犯人の姿を見た局員もいない」
「リンカーコアが消滅?」

はやての言葉を聞き、シグナムは10年近く前に起きた……起こした事件を思い出す。

闇の書事件。
闇の書の呪いに侵された闇の書の主である八神はやてを助けるために、シグナム等4人の守護騎士が主であるはやての命を無視して魔導師のリンカーコアを蒐集し、主にかかる呪いを解こうとした。
しかし、それは闇の書の暴走を活発にさせることにも繋がり、はやて達の住む場所すら消滅する危険があった。
それを管理局やその協力者が阻止して事件が解決した。

消滅と蒐集という部分で違いはあるものの、似たようなことをしてきたからこそはやてはシグナム達にはあまり思い出してほしくはなかったから、何人かにしか事件について話していなかった。

「ですが、消失というのは……」
「うん、私のときみたいな蒐集だけやったら時間が経てば回復する。でも、被害者にはその回復の兆しが見られん」
「カイのあの光……ですか?」

高町なのはに起きた現在の状況を考えると、カイの力が事件に関係していると考えるのは難しくない。

「うん、なのはちゃんのリンカーコアは回復の兆しが見えてるけど、まだ以前のように魔法を使えるほどやない」
「確か……カイが自分の腕を盾にしたのでしたね」
「だからカイ君が関係しているのかがはっきりせん。そんなわけでカイ君が海鳴に行っている間に……」

カイが自分の左腕を盾にしたからなのはのリンカーコアが消滅しなかったのかもしれないし、そうではない別の要因かもしれない。
そのため、カイがこの事件に関わっているとも関わっていないともどちらとも言えなかった。

「事件が起きたとしたらカイは白……ということですか」

シグナムの言葉にはやては頷く。
この魔導師襲撃事件が起きたのはヴィヴィオがカイと知り合うよりも前のこと。
そして、機動六課にカイがテント暮らしとはいえ寝泊りしてからは、カイの周囲にサーチャーの設置などもしていなかった。

「う~ん、私の勘やとカイ君やないんやけどな」
「それは……わかります」

はやてとシグナムはカイが犯人ではないと考えている。
しかし、カイの力が今回の事件において重要な要素であることは否定出来ない。
だから、はやてはカイを事件の起きるミッドチルダから遠ざけることを考えた。
生まれ故郷である海鳴に行かせることに抵抗はあったが、地球には強大なリンカーコアを持つ人間は少ない。
そこならば襲撃されるようなこともないと考えていたのと、今のカイの様子ならヴィヴィオがストッパーになるかもしれないという期待もあった。

「そうなれば、フォワード陣に事件の詳細を言うことはできませんが、それとなく注意を促す必要はありますね」
「そうやね、今は最高評議会があんなことになったのとスカリエッティの起こした事件で地上も海もガタガタや。もしかしたら私達がこの事件を担当することになるかもしれんよ」

もともと機動六課が設立された理由ははやてが過去に起きた空港火災事故での対応の遅さを嘆き、それに対して迅速に行動できるような部隊を作りたい。
そのテストケースのようなものとしてロストロギアの捜査と保守管理を目的とした機動六課が設立された。
もっとも他にも別の意味があったが、その別の意味に関係する部分の事件は解決しており、現在は部隊が存続する残りの時間を新人たちの訓練や、今後の進む先を探す以外にはとりたててやるべきことがない。
それに対して他の地上部隊は地上本部において大きな力を持つレジアス・ゲイズ中将が殉職したこともあり、今はそれに対する引継ぎやら何やらで忙しい。
もし、事件に対して何らかの対応が必要になった際、自分達に回ってくる可能性が高い。

「あとは……今後どうなるかやね」

事件が起きればカイの疑いは晴れる。しかし、事件が起きなければカイへの疑いは晴れないが被害者は出ない。
はやては事件に進展があってほしいのか、これ以上事件が起きないでほしいのか、どちらを期待しているのかわからなかった。
そんなとき……

「はやて!!!」

突然現れた機動六課に所属している某執務官。
何か興奮しているのか鼻息が荒い。

「フェイトちゃん、どうしたんや?」
「私にも今すぐお休みちょうだい!!!ヴィヴィオを追いかけなくっちゃ!!!」

そして突然の休暇申請が部隊長へと告げられる。
しかし……

「無理や」
「どうして!!!」

はやての容赦無い却下にフェイトが詰め寄る。

「フェイトちゃんには今回の魔導師襲撃事件の捜査をしてもらわなあかん」
「それは……そうだけど」

はやての言葉にフェイトは平常心を取り戻したかのように……

「なら、私の能力限定解除して!!!」

取り戻してなかった。

「限定解除?テスタロッサ、そんなことをしてどうするんだ?」

突然の限定解除申請をするフェイト、それを不思議に思うシグナム。

「どうするって、真ソニックフォームで一気に捜査を進めるだけだけど?」
「……移動くらいにしか使えないだろう」
「そんなことに貴重な限定解除なんてできへんよ」

捜査というからには現場検証や被害者からの情報収集が必要になる。
限定解除すれば移動は早くなるかもしれないが、それでも空を飛ぶには飛行許可なども必要になってくることもあり、それが通るにも多少の時間がかかることがある。
しかも限定解除には制限時間もあり、捜査をやるにはあまり……というより、解除する必要性は全くなく役に立たない。
そんなわけで……

「私もなのはやヴィヴィオと一緒に海鳴に行きたいのに!!!」
「捜査がんばってな~」
「カイは無視なのか」

泣きながら部隊長室を飛び出すフェイトをはやてはハンカチを振って見送った。





それからしばらくして……。
第97管理外世界地球にカイは訪れていた。
カイは知らないことだが、転送ポートによって転送された場所はなのはの友人の一人『月村すずか』の家である。
前もって連絡しておいたことによって、そのすずか本人ともう一人の友人がなのは達を出迎えるようにして待っていた。
そして、カイを見るなり……

「なのはちゃんが男を作って帰ってきた!!!」

ヴィヴィオを肩車し、少しなのはと離れた位置に立つカイに視線が集中した。

「さて、説明してもらいましょうか」
「なのはちゃん、あの男の人は誰?」

なのはの友人の一人『アリサ・バニングス』の質問に乗るようにすずかも見たことのない男への興味を示す。
それをなのはは説明しようとするが、どうやって説明すればいいのかわからない。
ヴィヴィオの友達であることに変わりはないのだが、どちらかというと同年代に見えるなのは達と関係があると思うのは当然だろう。
ヴィヴィオとカイは隣のテーブルで、すずかの専属メイドであるファリンに出されたお茶とケーキを食べるのに夢中で話には参加していない。

「えっと、カイ君は……その~」

……言えない。
カイに襲われて魔法が使えなくなったなんて言ったら、アリサ達にどんなふうに受け止められるかわかったものではない。
例えば……

実は……カイ君に襲われちゃって魔法使えなくなっちゃった、テヘ。

襲われたってなのは、あんたもしかして……ヤラれちゃったの?

なのはちゃん、ヤラれちゃったって本当?

それならもう責任取らせるしか無いじゃない!!!

以上、シミュレーション終了。
子どもの頃からまともに男性に関する話で盛り上がることがなかっただけに、想像以上に大事になりそうなのがなのはにはなんとなくわかった。
というわけで、

「……最近知り合った男の子?」

とりあえず当たり障りの無い言葉で切り抜けることにした。

「激気、甘くて美味い」
「激気じゃなくて、ケーキだよぉ」

話題の真ん中にいるはずなのに、隣のテーブルで話しに全く関わらずにケーキを食べるカイになのはは恨むような視線を向ける。
しかし、それを理解できるカイではないことを知ってもいるのでため息を付くことしかできなかった。





アリサとすずかの魔の手から一時的に逃れたなのはと、その後をついていくカイとヴィヴィオとザフィーラは、なのはの両親の経営する喫茶店『喫茶翠屋』へと移動するべく歩く。
なのははアリサやすずかからの追求を、とりあえずヴィヴィオ達を両親のところに送ってから詳しい話をするという口上で逃げ出した。
後はのらりくらりと躱していけばいつかは二人とも忘れるだろうと淡い期待をしながら……。
しかし、ここ『喫茶翠屋』でも同様の試練がなのはを待っていた。


「いらっしゃいませ」
「ただいま、お姉ちゃん」
「なのは?」

店内に入って真っ先に出迎えてくれたのがなのはの姉である高町美由希。
今の時間はそんなに客もいないのか、フロアに出ているのは美由希一人でも充分なのか他に働いている人はいない。
カウンターのほうにも休憩を取っているのか、マスターであるなのはの父、高町士郎の姿も見えない。
突然の帰郷に美由希は驚くが、さらに入り口から入ってきた人物を見てさらに驚くことになる。

「お父さん、お母さん、なのはのお婿さんが来た!!!」
「え?」

美由希の叫びになのはは後ろを見てみると、ヴィヴィオを肩車したカイがポカンとした表情で立っていた。
ちなみに、ザフィーラは店の前で待っていることにしたようだ。

「そうかそうか、ヴィヴィオのお友達なのか」

それから慌てて出てきたなのはの父である士郎と同じく母である桃子、仕事が休みなのかくつろぎに来たリンディ・ハラオウンへのカイの紹介が始まった。

「そうだよ~、ヴィヴィオが自分で見つけたお友達なんだよ」

そんなヴィヴィオにとっての祖父母にあたる人達に、自慢するようにヴィヴィオはカイを紹介した。
ヴィヴィオの母親のなのはは、そろそろ紹介も終わっただろうと翠屋にやってきたアリサとすずかに拉致られて、今は遠いどこかにて尋問されていることだろう。

「カイ、紹介するね。なのはママのママの桃子さんとママのパパの士郎さん」
「よろしく、カイ君」
「ヴィヴィオと仲良くしてあげてね」

二人はヴィヴィオの紹介に笑顔でカイに声をかける。

「隣にいるのがなのはママのお姉ちゃんの美由希さん」
「あはは、さっきは間違えちゃってゴメンね」

美由希は先程騒いでしまったことを言っているのか、カイに頭を下げる。

「最後にフェイトママのママのリンディさん」
「カイ君ね、フェイトから話は聞いているわ」

リンディも孫のような存在が連れてきたカイを歓迎する。
カイは紹介された四人の顔を見て……

「……ミュッキー」
「うん、色々アウトな感じだから」

最初に美由希の名前を言えず……

「ヴィヴィオゥのママのママ、ヴィヴィオゥのママのパパ」

ヴィヴィオの言葉から、考え出された結論。
カイは士郎を指さすと……

「士郎爺ちゃん」

間違いではない。ヴィヴィオにとっては確かに高町士郎はお爺さんだ。
しかし……

「カイ、だめ!!!」
「それは禁句だよ」

ヴィヴィオと美由希が次に言うだろうカイの言葉を止めようとする。
だが……

「桃子婆ちゃん、リンディ婆ちゃん」

その努力は無駄となり、ここ『喫茶翠屋』の時間が止まった。
カイが三人の名前をちゃんと言えたことを気にする者は誰もいなかった。

「ん?みんなどうした?」

カイはなんとなく変な雰囲気になった店内に戸惑う。
しかし、桃子もリンディも笑顔のまま……

「士郎さん、少しこっちに来てくれる?」
「桃子さん、手伝うわ」
「美由希、少しだけお店お願いね」
「あ、うん、わかった」

桃子が士郎の右肩を掴み、それを習うようにリンディが左肩を掴む。
美由希はとりあえず触らず神にたたりなしと思ったのか、深く追求することはやめた。

「え?あれ?なんで俺が連れ出されるの?」

カイが不思議に思う中、桃子とリンディが士郎を確保して奥へと引っ込む。

「二人ともしばらくお外で遊んでおいで」
「カイ、お外……行こうか」
「うん、海、見に行く」

美由希はこれから起こるだろう惨劇をヴィヴィオに見せないために遊んで来いと送り出し、ヴィヴィオもこれ以上ここにいたら危険だという思いがして外に行くことにした。
カイだけはそんなことを気にせずに先に行くヴィヴィオの後を追う。

「カイ君、せめてこの誤解を解いていってほしいんだが」

奥から士郎の悲鳴らしきものが聞こえてくる。
しかし、カイは奥で何が起きているのかわからない。士郎の身に起きていることの理由が自分にあることすらわからない。

「ここ、一階」
「そうだね、翠屋には五階も六階もないよね」
「カイ、そういうわけじゃ……まあ、いっか」
「ヴィヴィオ、カイ君、桃子達を、桃子達を説得してから出かけてくれ!!!」

美由希がカイの言葉に同意し士郎が助けを求めるものの、その助けを求める声に誰も答えない。
ヴィヴィオもカイに説明するのを諦め、ザフィーラを連れて外に行くことにした。





カイとヴィヴィオとザフィーラが海岸沿いでの散歩を続けていくと、近くで子供たちの笑い声が聞こえてきた。
カイがキョロキョロあたりを見渡すと、少し離れた場所にある建物から聞こえてきたのだろう、子供たちが前にいる男のやっていることを笑顔で見ていることがわかった。

「ヴィヴィオゥ、あれなんだ?」
「あれ?……あ、保育園かな」
「……ホイクエン?」

ヴィヴィオにとっては聞き慣れた言葉だとしても、カイにとっては現在の教育システムなど知るはずもない。

「……あ、保育園っていうのはね、子供たちが集まって遊んだりするところなんだよ」
「子ども……遊ぶ」

なんで子供たちが集まるのかは知らないが、子どもと遊ぶという言葉だけはカイにも理解できた。

「カイ、どうしたの?」
「ヴィヴィオゥ、俺の肩に乗る」
「乗るって、きゃあ」

すかさずカイはヴィヴィオを肩車して保育園と言われる場所に足を向ける。
ザフィーラはそんな光景を特に止めるでもなく、黙ってついていくことにした。





閉じられていた門を飛び越えて保育園と言われる場所に侵入したカイ。
そして、集まっている子供たちの後ろから前でやっていることを覗き込む。
そのとたん、カイの目には見たこともない光景が映し出された。

カイの目の前にはまるで魔法でも使ったような光景が広がる。

目の前でいくつものボールが踊るように舞い飛ぶ。

そして、飛んだボールは重力に逆らえなくなり下へと落下する。

しかし、落下したボールは一人の青年の手に収まり、再び力を取り戻したかのように空へと舞い上がる。

ただ一つのボールも地面に落ちることはない。

永遠に……そう、永遠とも感じてしまうほどの光景をカイはただ黙って見つめていた。





ボールの舞が終わる。
それと同時に子どもが前に立つ青年に拍手する。
ヴィヴィオもそれに釣られたように拍手をして、ザフィーラも声には出せないものの感嘆する。

「……すごい」

しかし、カイは拍手するのも忘れ、目の前に広がった光景をただ言葉にすることしかできなかった。





ヴィヴィオとザフィーラの目の前でボールが空を舞う。
しかし、先程の青年がやっていたときに比べて数は少なく、三つのボールしかなかった。
そのボールはそれを操っている人物の手に……

「ワン」
「つぅ~」
「きゃん」

戻ることなく、ザフィーラが落ちてきたボールを口でキャッチし、カイとヴィヴィオの頭の上に落下した。

「もう一回」

カイは拾ったボールをもう一度上に放り投げる。

「いつっ」
「にゃ~」
「ワン」

今度はカイ、ヴィヴィオ、ザフィーラの順にボールが頭の上に落下する。

「カイ、ヘタッピ~」
「これ、難しい」

先程やっていた青年のマネをして、カイはボールを操る。しかし、思ったようにはいかずボールはあさっての方向に飛んでいくだけだった。

「やっぱり、最初から上手くはできないよね」

何度も失敗するカイの様子を見ていた青年は、カイからボールを受け取って手本とでも言うように先程やったパフォーマンスを行う。
しかも、カイは三つでも苦戦していたのにボールを五つ使ってだ。
なぜカイがこんなことをやっていたのかというと、カイが先程のことを熱心に見ていたのを知った青年がカイに少しやってみないかとボールを貸したのだ。
しかし、結果として散々な結果が出てきただけだった。

「俺、お前みたいにできない。子どもたち笑わせられない」

カイは落ち込んだような言葉で青年に声をかける。

「それはそうだよ」

しかし、青年はカイの言葉を肯定するが明らかに違う意図を持ってカイに話しかけた。

「あなたが俺になれないように、俺もあなたにはなれない」

青年はまるで言い聞かせるようにゆっくりとカイに何かを伝えようとする。

「それに……俺のようにできなくても、ちゃんと誰かを笑顔にできてる」
「ん?」

青年の言葉にカイは首を傾げた。
自分は何も成功していない。青年のやったように上手くできなかった。
それなら子ども達が笑顔になるわけないと思っている。

「ほら、見てみなよ」

青年はカイに辺りを見るように視線を向けた。
カイも青年の視線を追うように後ろを見た。
そこでカイは信じられないものが見えた。
青年のパフォーマンスが終わって、子どもたちはヴィヴィオとザフィーラを除いてみんながそれぞれ遊びに行っていたはずだった。
なのにいつのまにか、全ての子どもたちではないが、何人かの子どもたちがカイを見て笑っていた。
ヴィヴィオもカイの失敗がおかしかったのか笑っている。
笑わせたというよりは笑われているといったほうがいいのかもしれないが、それでも確かに子どもたちは笑っていた。

「ほら、人を笑顔にするのにコレは関係ないよ」

青年はそう言って左手に持ったボールを上に放り投げながら、右手で親指を立ててカイに向けた。

「それ……なんだ?」

カイは見たこともないその仕草に疑問を持つ。

「あれ、知らない?古代ローマでの納得できるような行いをした人に贈るサイン……みたいなものかな?」
「……納得できる行い」

青年はカイのやったジャグリングもどきを賞賛する意味でカイに向けてサムズアップをした。
しかし……

「俺、そんなことできない」

そう言ってヴィヴィオを連れて保育園を出て行くカイを、青年は心配そうな目で見送ることしかできなかった。
それから『喫茶翠屋』にカイとヴィヴィオとザフィーラは戻る。
戻ったところでは何かに怯える士郎と、それについて全く気にしない桃子とリンディ、父親である士郎を可哀想な目で見る美由希だけだった。
その後に先に仕事を上がった美由希と一緒に高町家に向かい、なのはの休暇が終わるまではそこで過ごすことが決まったのだった。





「はぁ、やっと開放された」

アリサとすずかに尋問を受けてたなのはは、疲れた様子で玄関で靴を脱いだ。

「ご飯はすずかちゃんのところで食べてきたし、今日はお風呂に入ってもう寝ちゃおうかな」

本当ならヴィヴィオと一緒に遊ぼうと考えていたが、そんな余裕は今はない。

「お母さんただいま。お風呂湧いてる?」
「お風呂なら今ヴィヴィオと……」
「ヴィヴィオが入ってるんだ。なら私も入ってくるね」

桃子が最後まで言おうとしたところで、なのははヴィヴィオが入っているという言葉を聞いて自分も入ろうと脱衣所に行って服を脱ぐ。

「ヴィヴィオ~、なのはママも入ってい~い?」
「なのはママ?おかえりなさい、入ってい~よ」

一応愛娘からの了解を得て、なのはは扉を開ける。
そこで見たのは……

「カイ、ちゃんと体洗わないとダメだよ」
「俺、お風呂嫌い」
「ダ~メ~、ちゃんと洗わないと汚いんだよ」

ヴィヴィオによって風呂に強制連行されたカイの股間だった。




「ふう、いいお湯だった」

先程の不意の遭遇からしばらくして……。
突然のなのはの乱入にカイが風呂から脱出した。また、裸を見られたことはとりあえず忘れたことにした。
カイも体や髪は洗い終わっていたので、ヴィヴィオはそれ以上は逃げるカイを追うようなこともせず、少しだけなのはと一緒に風呂に入った。
風呂に入っている最中、なのはが何故か赤い顔になっていた理由をヴィヴィオはわからなかったが……。

「あら、もう上がったの」

リビングに来たなのはを向かえる桃子。
その両腕には一枚の毛布があった。

「お母さん、それどうするの?」
「これ?カイ君のところに持っていこうと思ってね」
「カイ君のところ?そういえばカイ君はどこで寝るの?」

ヴィヴィオは今も残してあるなのはの部屋で寝ることになっているが、カイも同じというわけにはいかない。

「カイ君ならザフィーラと一緒に道場にいるわよ。なんか落ち着くんですって」
「道場に?……お母さん、それ私が運ぶよ」

そう言うとなのはは桃子から毛布を受け取り、道場へと足を向けていった。

「カイ君、起きてる?」

道場の扉を少し開いて、尋ね人が起きているか聞いてみる。
しかし、返事がない。

「入るよ」

扉を自分が入れるくらい開いて中に入る。
暗い道場の中を少し目を凝らしてみると、道場の真ん中でザフィーラを枕がわりにしているのか、カイが穏やかな表情で眠りについていた。
なのははそんなカイを起こさないように足音を忍ばせて近寄っていく。

(高町か)
(ザフィーラ、起きてたんだ)
(ああ、あまり声を出すとカイが起きる)

念話でザフィーラが声をかけてきた。ザフィーラの言葉に従って、なのはもあまり声を出さずにカイに近づく。
ザフィーラの方もカイを起こさないように気を使っているのか、あまり身じろぎすることもなくその場にしゃがみこんでいる。
とりあえず本来の目的である毛布をカイの体にかける。

「ん……ガド……ル」
「……寝言かな?」

穏やかな寝顔だったのだが、ほんの少しだけ悲しそうな表情でカイが何かを言っている。
もちろん、なのはにはその言葉の意味はわからない。

「カイ君、今までどんな世界で生きてきたんだろうね」

誰に聞かせるでもなく、なのははただ思ったことを口に出して道場から出て行った。





それから数日経ち、なのはの休暇が終わってミッドチルダに戻る朝。

「ヴィヴィオ、お休み取れたから一緒に遊ぼう」

何やらいろいろ遊び道具を抱えた某執務官が、これから出発しようと家を出るところだったカイ達のところへやってきた。
どうやら事件に進展はなく、一応の捜査が終了したこともあって休暇を取って飛んできたらしい。

「あ、フェイトちゃん。私は今日で休暇が終わりなんだ。それでカイ君と一緒に戻るようにってはやてちゃんから連絡があって……」
「ヴィヴィオも一緒に帰るんだよ。カイ一人だと遊び相手いないもん」

その言葉を聞いてフェイトは、背中に背負った荷物や手に持った遊び道具を落とすことしかできなかった。










今回のリリカル的タイトルは『喫茶翠屋は一階だけのお店です』でクウガ的タイトルは『疑惑』でしょうか。……始めてクウガ的タイトルがまともになった気がします。







[22637] 第7話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/24 00:56





「カイ君が帰ってくるまで事件は何も起きんかった」

なのはの少し長めの休暇が終わり、ヴィヴィオとカイと共に(傷心の某執務官含めて)帰ってくるのを見たはやてはため息をついた。

「これで、カイ君は黒に近い灰色から変化なし……か」

ここ最近ミッドチルダで起きる魔導師だけを狙ったリンカーコア消失事件。
その容疑者として目をつけられているのがカイだった。
理由はカイが以前なのはを襲ってしまったときに、なのははカイの攻撃でリンカーコアを封印されてしまったからだ。
その封印のメカニズムは解明されていないが、カイが放つ光が関係しているという予測は立っている。
そして、なのはのリンカーコアが消失ではなく封印されたのは、カイの放つ光がそのままなのはに打ち込まれたのではなく、カイが自分の腕を盾にしたから消失まではいかなかったというのが機動六課としての見解だった。
そんなことを考えていると、突然通信を知らせるコールがはやて一人の部隊長室に響く。

「通信?クロノ君から?」

最高評議会が無くなり、現状の管理局の立て直しが急務となったことにより、事件関係以外の連絡をまともに寄こさなくなった友人からの通信が入り、はやてはまたもや事件が起きたのかと考える。

「こちら機動六課部隊長の八神はやてや。クロノ君、お久しぶりやな」

事件かもしれないということで、はやては真面目に通信をつなぐ。

『久しぶりというほど久しぶりではないだろう、はやて』
「そうやね、それで今日はどうしたの?」

やつれた表情をしたクロノに労いの言葉をかけるでもなく、はやては先を促す。
それというのもクロノがなんでやつれているのかを知っているからだ。
以前、はやてはなのはに頼んでカイとコミュニケーションを取れるようにするべく、無限書庫の司書長であるユーノ・スクライアに言葉の翻訳やカイの言葉の教育を頼んだ。
それによって無限書庫の業務が通常より遅れ、そのしわ寄せにクロノが苦労していたことを理解していた。

「実はな……」

クロノから語られた話に、はやてはまた面倒なことが起きたと感じずにはいられなかった。





はやてがクロノから連絡を受けているとき、フェイト・T・ハラオウンは至福の時を過ごしていた。
近くにお邪魔虫(カイ)がいるものの、久しぶりの休みを取ることができ、ヴィヴィオと同じ時間を過ごしているのだ。
そのフェイトにとってお邪魔虫なカイは、フェイトが前もって買っておいたシュークリームを渡してあるので、カイはそれを食べるのに夢中になり二人の時間を邪魔するものはいない。
なのはも新人フォワードの教導を見に行っているため本当に二人きりだった。
そんな幸せの絶頂にいるフェイトのところへ……

『みんな、少しええかな』

突然通信が入った。

『みんなには悪いけど緊急事態や。フォワード陣は全員急いでブリーフィングルームに集合してな』

全員、しかも緊急事態、これではさすがに休暇中と言ってサボるわけにもいかない。
そんなわけでフェイトは泣く泣く愛娘のもとを去らなければならなかった。
背後で……

「フェイトママお仕事だって」
「エイトマン変態だ」
「それを言うなら大変だよ。それじゃカイ、今日は何して遊ぶ?」
「う~ん、ヴィヴィオの好きなことでいい」
「それじゃ~ね~、お医者さんごっこ」

などという、フェイトにとって羨ましいような会話を聞きながら……。

その数分後、機動六課内でブリーフィングルームに続く通路では……

「私だってヴィヴィオの診察したいのに!!!患者さん役で何枚でも脱いであげるのに!!!」

涙を流して疾走する某執務官がいたとかいないとか。
そして、某執務官の叫びを聞いた男性局員が、しばらく前かがみになって動けなくなったとかならなかったとか……。





「テロ……ですか?」

はやては高町なのはを含めた機動六課フォワード陣を、クロノからもらった情報を伝えるべくブリーフィングルームへと集めた。
本来なら休暇中のフェイトもヴィヴィオと遊べないと泣いていたが、テロのことを伝えるとすぐに佇まいを直して執務官としての顔を取り戻す。

「うん、犯行予告時間は明日の24時、襲撃場所はミッドチルダ地上本部」
「どこでそんな情報を?それに、テロというからには相手側の主張もあるんじゃないですか?」

ティアナは前もってテロの情報を手にしたことを不思議がる。
確かにテロには二種類のやりかたのようなものがある。
前もってテロを予告して自分達の主張を伝える者。
テロを起こしてから自分達の目的を伝える者。
この場合は前者と考えていいだろう。
しかし、そのどちらにも当てはまらなかった。

「クロノ・ハラオウン提督がとある情報源から入手したんで、犯行声明もなんもない。そんでもって、その情報元は……ジェイル・スカリエッティ」
「スカリエッティから?」

終わったはずの事件関係者の話が出て、前もって話を聞いていなかった者が驚く。

「なぜスカリエッティからそのような情報が?」
「それはな……」

ティアナからの続けての質問に、はやてはクロノから聞いたことを思い出すように口を開いた。
もともとスカリエッティとテロを行う人物に直接の面識はなく、その人物がスカリエッティに接触したときもスカリエッティは相手にしなかったらしい。
その人物も管理局には恨みがあったのか、スカリエッティのことを調べ上げて協力して地上本部を襲撃しようと思っていたらしい。
そのためにスカリエッティと接触しようとしたのだが、スカリエッティからは無碍にあしらわれた。
ただ、あまりにもしつこく接触を求めてくるため、スカリエッティは適当なものを作って渡したというのが大まかな内容だった。

「スカリエッティが言うには、管理局が今のこの混乱した状況でどれだけ踏ん張れるかを見るために管理局に情報を渡したみたいやけどね」
「なんて迷惑な奴」
「いや、そう悪い話だけでもないんや」

みんながスカリエッティに文句を言いたそうになっているのを尻目に、はやてはまだ出していない情報を提示する。

「スカリエッティの作った物がちょっと問題あってな、それについての情報も一緒に入手できたんや」
「スカリエッティの作ったもの?」
「うん、えっとな、持ち主のリンカーコアの影響を受けて爆発する特攻兵器……らしいんや」
「……どういうことですか?」
「それはな……」

はやての説明を簡単に説明するとこうだ。
その兵器というのはスカリエッティが冗談で作ったものなのだが、設定された持ち主のリンカーコアを動力源にしている。
兵器そのものに魔法を強くする要素などは全くなく、持ち主のリンカーコアに著しい消耗などが出た場合に起動し、広範囲を破壊するような威力を持った爆弾のようなものになるという物らしい。

「えっと……つまり魔力ダメージを一定以上与えたら爆発するんですか?」
「そうなるな」

スバルが少し考えて出した結論は的を得ていたようで、はやては特に否定することなく頷いた。

「となると魔力ダメージでのノックアウトは不可能……捕縛するしかないね」
「ああ、それもストラグルバインドとかの魔力に作用するバインドじゃなくて、ただ相手の動きを止める普通のバインドくらいしか使えねえ」

現状の状況から完全な武力制圧では被害が出ると感じたフェイトは、すぐさま捕縛による無力化を考え、ヴィータもそれに必要となる要素を提案する。
しかし、ここで一つ問題ができた。

「問題は……今のウチの戦力で相手を無力化できるだけのバインド魔法を使える魔導師がいないっちゅうことや」
「え、でも、バインドならなのはさん……あ」

そう、はやての言うように現状で前線を支え、なおかつ強固なバインドを使える魔導師が機動六課にはいなかった。
エリオがただ一人思い当たると感じたなのはは魔法を封印されている。
無論、他のフォワードメンバーでもティアナやキャロ、フェイトらも使うことができる。
ただ、前者二人は地力においてまだ未熟であり、後者はどちらかというとバインドに頼る戦いをするタイプで無い以上、今回の件で決定的な有効打とするには不十分だった。

「シャマルは後方支援タイプやし、ザフィーラも攻撃的な防御やもんな」

サポート主体のシャマルなら可能性はあるかもしれないが前線に出るには不安がある。
ザフィーラはバインドというよりは相手の攻撃を受け止めて、尚且つ攻撃に転じるという『鋼の軛』が主体なので、相手にも魔力ダメージを与えてしまう可能性が高い。

「私のほうでもう少し考えてみるから、みんなはとりあえず明日に向けて準備したってな」

このまま集まっていてもいい案が出ないと感じていたのか、はやてはミーティングを早々に切り上げ、ほとんどのメンバーがブリーフィングルームから退室する。
そんな中、はやては示し合わせたように残った隊長陣と続けて対策を考える。

「魔力ダメージは起爆する可能性が高い」

スカリエッティの言っていたことが本当かはわからない。
しかし、聞いてしまった以上そのことを考慮しないと行けないことも事実だった。
これを犯罪者のただの戯言で片付けてしまっては、もしものとき大変なことになる。

「シャマルの旅の鏡でのリンカーコアの蒐集もダメ」

シャマルのあれはリンカーコアを徐々に奪うようなもののため、蒐集途中で起爆する恐れがある。

「バインドでの拘束は現状の私らの戦力じゃ難しい。なのはちゃんの魔法は封印されてもうたし……」

機動六課内で誰よりも強固なバインドを使えるなのはは現状前線に立つことができない。

「……封印?」

はやてが先程自分で言った言葉に、何かを思いついたのか黙りこむ。
魔法を……リンカーコアを封印できる人物がこの機動六課内にたった一人いる。
でも、その人物はこちらで保護しているようなものであり、機動六課の隊員でも管理局の局員でもない。
そんな人物を勝手に作戦に組み込むわけにもいかないと考え、はやてはその考えを飲み込んだ。
こうして、翌日のテロに備えて対応するべく機動六課はできるかぎりの準備を進めることとなった。





ブリーフィングルームでの会議が終わり、機動六課新人フォワード陣も明日の準備をするため、その日の教導は中止となった。
スバルとティアナと別れたエリオとキャロは準備といっても教導の疲れを取るくらいで、特に急いでしなければならないこともなかった。
それならというわけでもないが、普段からフェイトに時間があればヴィヴィオの相手をしてほしいと言われていたこともあったので、ヴィヴィオのところへ向かうことにした。
フェイトがヴィヴィオの相手をエリオとキャロの二人に頼み終わったときに、カイ一人にヴィヴィオを独り占めさせないとか言っていたような気がしたが、それはとりあえず忘れておいた。
そして、普段ヴィヴィオとカイが遊んでいる芝生に覆われた敷地に来ると……

「待て~、せんせ~の言う事聞きなさ~い」
「やだ!!!これ脱いだら俺寒い!!!それに、それ怖い!!!」
「ヴィヴィオ……じゃなかった、せんせ~は痛くしないし怖くしないってば!!!」

シャマルから借りたのか、白い白衣を引きずりながらカイを追いかけるヴィヴィオ。
白衣に怯えて逃げるカイ。
それを木陰で平和そうに見守るザフィーラという光景が見えたのだった。

「エリオ君、あれ……なんだろ?」
「えっと……なのはさんのアクセルから逃げる僕達……かな?」
「ヴィヴィオがなのはさんで、カイさんが私達なんだ」

エリオの解釈に遠い目をしてキャロはその光景を見続けた。

「私達っていつもあんな感じなんだねぇ」
「そうだね」

エリオもキャロの言葉に遠い目をしながら同意することしかできなかった。





それからしばらくして、本気で逃げてなかったのか、それともヴィヴィオが泣き出しそうだったからなのかはわからないが、カイはヴィヴィオに捕まり服を脱がせられた。
そこに来てようやくエリオとキャロも二人がやっていたのがヴィヴィオの『なのはさんごっこ』ではなく、『お医者さんごっこ』で患者のカイが医者のヴィヴィオから逃げているということに気づいたのだった。

「ん~、これはあれですね~」
「ヴィヴィオゥ、俺……寒い」
「シュークリームの食べ過ぎですね~。あと、せんせ~ですよ~」
「俺……寒い。お腹……冷える」

聴診器をあてるマネをしながらヴィヴィオはカイの診察を続け、エリオとキャロはそれを少し下がったところでザフィーラと一緒に見学していた。
しかし、本来なら微笑ましいはずの光景にも二人は笑うこともできずにしょんぼりしていた。

「エロ、ギャオどうした?」

そんな二人の様子を気付いてか、カイが海鳴へ旅行に行ったときになのはの兄である恭也からお下がりでもらった服をヴィヴィオから無事奪還して聞いてきた。
エリオとキャロは今回の作戦のことを言ってもいいのか悩むが、作戦内容まで言わなければ問題はないだろうと考えカイに言うことにした。

「えっと、明日の夜なんだけど、ルーちゃんのお母さんが治療を受けているところで大変なことが起こるかもしれないの」

はやてから言われてキャロ達が最初に思ったことが、地上本部の近くにある医療施設に収容されている今も眠り続けるルーテシアの母親のことだった。
ルーテシアは現在、海上隔離施設にて更生プログラムを受けながら母親の目覚めを待っているところだった。
しかし、カイにはそんな細かい事情を知るワケもなく……

「……ブータン?」
「違うよ、ルーテシア」
「ルーちゃん怒っちゃうよ?」

やはり人の名前をちゃんと言えないカイにエリオは訂正するが……

「……プータン?」

それを簡単に理解できるカイではない。

「えっと、とりあえずルーちゃんのお母さんが入院している施設の近くで大変なことが起きそうなんです」
「プータンのママの近くで大変なこと」

それだけは伝わったのか、カイもなんとなく落ち込んだ表情をした。
ヴィヴィオはまだよくわかっていないのか、カイの背中に飛び乗って喜んでいる。

「あ、カイさんが気にしなくても大丈夫ですよ。僕達がそれを食い止めればいいだけですから」
「そうですよ、カイさんはヴィヴィオと一緒に遊んであげてください」

そう言ってエリオとキャロはその場を離れたが、カイはエリオ達の話を忘れることができなかった。





それから次の日、その日も夕飯近くまでヴィヴィオと遊んでいたものの、カイの頭には昨日のことが頭から離れていなかった。

「カイ、明日も一緒に遊ぼうね」
「うん、明日もヴィヴィオゥと遊ぶ」
「明日はおままごとするからね」
「……わかった」
「じゃあ、おやすみ」

ヴィヴィオが手を振って寮に戻るのを、カイも手を振って見送る。
そして、ヴィヴィオが見えなくなるまで見送った後……

「エロとギャオの友達のママが大変……俺、行く」

ヴィヴィオの友達と言えるエリオとキャロのために何かを決意したカイが行動を開始した。





「ほんじゃあ、内容を説明するよ。恐らくテロリストは地上本部の破壊を企ててるやと思う。それを前もって捕縛するんが私達の役目や」

雲一つない月明かりの下で移動するヘリの中、はやては全員に向かって今回の作戦内容をもう一度確認するべく話しだす。
ヘリに乗っているのはスターズ分隊はヴィータとスバルとティアナ、ライトニング分隊はフェイトとシグナム、エリオとキャロとフリード、ロングアーチははやてとリインフォースⅡとヘリパイロットのヴァイスを合わせて10人と1匹だけである。
なのはは機動六課本部からの情報管制を担当し、はやてとリインフォースⅡは現場での指揮をとることになっている。

「八神部隊長、どうして地上本部の破壊だと思うんです?」

そんなはやての話に何か疑問を感じたのか、ティアナがはやての言葉の意図を確認する意味の質問を投げ返す。
フェイトもそれを考えていたが、あくまで新人達が少しでも自分達で考えるクセをつけてもらおうと考えていたため、はやてに質問しなかった。
もし誰も質問しなければ自分で説明していただろうが……

「うん、あのあとクロノ・ハラオウン提督からの連絡があってな、どうやらテロリストはスカリエッティの作ったもんを高性能な爆弾か何かと勘違いしているようなんや。それを地上本部に設置して爆破、混乱を起こそうとしてるんやないかな。今の管理局の現状なら、地上本部を破壊……そこまではいかなくても、被害が出るようなことになれば大きな混乱が起きると言ってもええやろ」

地上本部のカリスマ的存在とも言えたレジアス・ゲイズ中将がいない今、地上本部全てを統括できるような者が存在しない。
そのため、建物とは言え地上本部が破壊されるような事態は避けなければならない。

「そんなわけで、スターズとライトニングの2部隊に分けて周辺の警戒や。陸士108部隊も応援にきとるから、そっちとも連携してな」
「情報管制はリインがしっかり務めるですよ」

こうして大まかな方向性を決めて、残りはヘリが現地に到着するまでの時間を待つだけになった中、突然通信がつながってきた。

『こちらロングアーチ、八神部隊長よろしいですか?』

はやての目の前に現れた空間モニターにはグリフィスが焦った表情で出てきた。

「グリフィス君、どないした?」
『実はカイが……行方不明になりました』
「なんやて?」
『現在なのはさんとザフィーラ達が探しているのですが、ザフィーラからの話だと機動六課から出ていった可能性があるとのことです』
「なんちゅうこった」

魔導師襲撃事件のカイへの容疑はまだ晴れていない。
これでもし今日魔導師襲撃事件が起きたら、カイへの容疑は余計強くなる可能性が高い。
しかし、カイの捜索だけに手を回すことも難しかった。

「それならカイ君の捜索は後回しや。みんなは今回の作戦のバックアップをしっかりやってや」
『わかりました』

はやての言葉が終わるころにヘリが目的地に到着し、そのままヘリを降りて各分隊に分かれてそのまま周辺の警護へと移っていった。




機動六課と陸士108部隊が協同して付近の警護をしているころ、目的のテロリストは地下水道を通って地上本部の真下まで近づいていた。

「まさか地下水道から地上本部に出るなんて思ってもいないだろう」

テロリストは自分の考えが当たったと感じているのか、辺りに誰もいないと腹をくくったかのように独り言を言いながら梯子を登る。
ここを登れば地上本部のすぐ近くに出ることができる。
しかも、あまり人目につかない位置に出るのは確認しているし、地上本部付近の警備も調べが付いている。
後は地上本部にスカリエッティからもらった爆弾を設置すればいい。
そういった考えがあり、機動六課やその他の部隊が前もってテロリストの行動を把握できたことに気がついていないこともあり、特に警戒せずに地上へと躍り出た。

「よし、後は……」
「お前……何してる?」

地上本部に向かうのみと言おうとしたところで、背後から声をかけられた。

「誰だ?」

テロリストが振り向いた先には、ポカンとした表情のカイが一人立っていた。
とりあえず嫌な予感がするところに向かって走って、偶然なのか必然なのかここにたどり着いた。
テロリストは最初は管理局に見つかったかと思っていたのだが、目の前のカイはどう見ても管理局の魔導師ではなさそうだった。
カイも突然マンホールの下から人が出てきたのに驚いていた。
マンホールの下はカイにとっては寒さをしのげるような場所ではあるが、あまり人が来るような場所ではない。
そんな理由もあって、マンホールから人が出てきたことを疑問に思っていた。

「お前、なんでここから出てきた?」
「んなもんお前は知らなくていいんだよ。それより速くここから離れな」

カイにそう言い残すと、テロリストは誰にも気付かれないように地上部隊へと近づいていく。
そして、地上本部のすぐ傍までくると、身につけていたスカリエッティ特製の爆弾を体から外そうとして……動きが止まった。

「……外れない」

テロリストの身につけている爆弾は黒い金属製の部品の中央に青く輝くクリスタルが埋め込まれている。
本来なら装着者のリンカーコアの変化に合わせてクリスタルが点滅し徐々に赤くなって、それが限界まで達すると爆発する仕組みになっているので、装着してから簡単に外れるわけがない。
しかし、テロリストにそのことはわかっていない。
設置すればいいものと考えていたため、そこまで使い方を気にしていなかった。
そんな彼のすぐそばでは……

「それなんだ?」

テロリストに興味を持ったのか、カイが興味深げにテロリストをすぐそばで見つめていた。

「な、なんでお前がまだいるんだよ」
「それ、なんだ?」

テロリストの言葉を無視するように先ほどの質問をカイは投げかける。

「しょうがねえな、いいか、これはこの前ミッドチルダを揺るがしたあのスカリエッティの作り出した高性能な爆弾だ。こいつを使ってここを吹っ飛ばすんだよ」
「吹っ飛ばす?」
「そうよ、これで俺を見下した連中に仕返しするってわけさ」

他の人が聞いたらその低レベルな逆恨みに呆れることだろうが、テロリストはそのことを全く考えていないし、カイもそこまで話の内容を理解しているわけではなかった。

「ここ……壊れるのか?」

しかし、ここが大変なことになるということはわかったのか、カイの表情がやや険しくなる。

「ん?ああ、まあな。ここら一体は火の海になるんじゃないのか?ほら、そこの管理局が関係している医療施設も吹っ飛ぶと思うぜ」

テロリストが向かいにある大きな医療施設を指差すと、カイはエリオとキャロの言っていた友達の母親のいる場所だとすぐにわかった。

「それ……ダメだ」

そのことがわかった以上、カイはそのテロリストの行動を止めるしかない。

「ここ壊したら……プータンのママが大変だからダメだ」
「はぁ?お前、何わけのわかんないこと言ってるんだ?」
「ダメったらダメだ!!!」

テロリストの行動を止めようとするかのように、カイはテロリストの体を押さえつける。
しかし、テロリストも一応は魔導師である。
すぐさまデバイスを起動すると同時にバリアジャケットも展開して、カイから距離をとる。

「お前、さっきから聞いていればいい気になりやがって……俺の邪魔をすんじゃねえよ!!!」

叫んだテロリストがデバイスから魔法を放つ。
カイはそれを何とか回避するものの、テロリストとの距離が開く。
そして、テロリストの体に装着されているある物体の変化に気がついた。
体に装着された物体のクリスタルにあたる部分が点滅を始めたのだ。

「おらおらおらおら!!!」

テロリストはそんなことお構いなしに連続して魔法をカイに打ち込む。
それと同時にクリスタルの点滅も徐々に速くなり、色も変化してきた。
カイはなんとなくそれが大変なことが起きる元凶と感じたのか、それを止めようとテロリストの魔法を回避しながら近づいていく。

「お前、攻撃やめる。嫌な予感がする」

カイが何とか攻撃をやめてもらえるように話をするが、テロリストのほうはカイが生身で魔法を回避し続けることに動揺したのか、より激しく魔法を放つ。
それによってクリスタルの点滅より速く、色もかなり変化してきている。

「……ゴメン」

ついに説得するのは無理だと感じたのか、カイはテロリストに一言謝ると、その姿を以前なのはを襲撃したときの姿へと変える。
テロリストも突如姿の変化したカイに恐怖を感じたのか、より激しい攻撃を仕掛けるがそれを回避しながら接近したカイは左腕でテロリストの体を壁に押さえつける。

「ゴメン、お前の力の源……砕く」

カイはそう言うと、光を放つ右拳をテロリストの腹部に押し付けて光を直接叩き込んだ。
その光が収まると同時に、テロリストの体についている爆弾のクリスタル部分の点滅が消えて色も黒くなり、爆弾はその機能を停止する。
そして、停止と同時にテロリストも自分の体に起きた変化のせいか、そのまま気を失って倒れこんだ。
それを見たカイはもとの姿に戻ると、自分の右拳を見て震えだした。

「俺……リント傷つけた」

地上本部周辺が被害にあうかもしれないという理由はあるにせよ、カイにとって人を傷つけるのは自分が力を得た理由と相反するものだった。

「俺……ヴィヴィオゥと会えない」

会うといつかヴィヴィオを傷つけてしまうことがあるかもしれない。
そんな思いがカイの心に重くのしかかる。

「俺……グロンギと同じだ」

ヴィヴィオと接していけば、いつか自分は以前の自分に戻れるのではないかという期待があった。
しかし、その期待は最悪な形で破られた。
他ならぬ守ると決めた存在を傷つけるという行為を以って……。





カイが自らの行いを後悔しているころ、少し離れたビルの屋上からカイを見つめる一つの視線があった。

「リク……永き時間を流れ、腑抜けとなったか」

呆れているような、それとも何かを心配しているようにも感じる声。

「いや、それは俺にも……」
「そこの君、こんな時間にこんな場所で何をしている」

ビルから下を見下ろして何かを言おうとした男の後ろから声が聞こえる。
男が振り向くと、杖型のデバイスを構えた魔導師が男に少しずつ距離を詰めてきた。

「私は陸士108部隊所属の……」
「ゴゾギ」

機動六課と協力して今回のテロを防ぐべくやってきた陸士108部隊の魔導師が、未だ確保出来ていないテロリストが目の前の男だと思ったのだろう。
無力化するにも魔力攻撃が厳禁なため、とりあえず時間を稼ぐ意味で警告しようとしたところで、魔導師の目の前にいた男が何かを呟いた瞬間に消えた。

「消え……っが!!!」

そして、その行動に反応しようとした瞬間、魔導師は自分の10mほど後ろにある壁にいつの間にか顔面を掴まれて叩きつけられていた。

「う、ぐああああああ!!!」

まるで万力のような力で顔を鷲掴みにされ、魔導師は全く抵抗できないまま悲鳴をあげることしかできない。
これが恐らく魔法による戦闘で圧倒的に負けるのならまだよかったのかもしれない。
この魔導師のランクは現在陸戦Bで、それ以上の魔導師は掃いて捨てるほどとはいえないが、決して少ないわけではない。
だからこそ、相手が高ランク魔導師とわかれば圧倒的な大差がついても混乱することはないだろう。
ただ、今の状況はわけがわからない。
魔力も感じない。ただ、純粋な力だけで追い込まれている。
それが魔導師に異様な恐怖を植えつけていた。
そして……

「ゲゲルザラザ ザジラッデギバギ。キガランチバラ……ワガバデオガセデモラグ」

この異様な……聞いたこともない異質な言葉が余計に恐怖を煽らせる。
そんな魔導師の心情など関係ないとばかりに、男は左手で魔導師の頭を掴んだ状態で右拳を魔導師の腹部に添えて打ち込んだ。

「ぐはっ」

その拳を打ち込まれた衝撃のせいか、魔導師は肺にある空気を全て吐き出したかのように息を吐くと、一瞬体が痙攣したあとにそのまま崩れ落ちるように倒れた。
男は崩れ落ちた男をそのまま放り出すと、先程叩きつけた右拳を開いてから再び握り、何かの感触を確かめる。

「ボレデザラザ タリン。ギラザタザ ……チバラゾタグワエスンリ。ベッチャグザギズレズベスゾ、リグ……ギジャ、クウガ」

男は何かを伝えるように言葉を紡いでビルの下を見下ろしたが、それを伝えるべき相手はすでにその場から姿を消していた。





その日、テロリストによる地上本部の襲撃は起きなかったものの、テロリストと思しき人物と陸士108部隊の魔導師が襲われ、リンカーコアが破壊された。
この事件は同一犯の犯行とされて調査が進められることが後日決定する。





テロがあると言われていた翌日、ヴィヴィオはなのはとフェイトと一緒に食事を済ませていつものようにカイと遊ぶべくバスケットにカイの朝ごはんを詰めてカイの寝泊まりしているテントへと足を運ぶ。

「カイ、今日の朝ごはんはパンケーキだよ。これ食べたら昨日話したとおりにおままごとやろう」

テントの中に入って、カイに今日の遊び内容を伝えるヴィヴィオが見たのは……

「……カイ、どこ?」

誰もいないもぬけの殻となったテントだけだった。










今回のグロンギ語

ゴゾギ
訳:遅い

ゲゲルザラザ ザジラッデギバギ。キガランチバラ……ワガバデオガセデモラグ
訳:ゲームはまだ始まっていない。貴様の力……我が糧とさせてもらう

ボレデザラザ タリン。ギラザタザ ……チバラゾタグワエスンリ。ベッチャグザギズレズベスゾ、リグ……ギジャ、クウガ
訳:これではまだ足りん。今はただ……力を蓄えるのみ。決着はいずれ着けるぞ、リク……いや、クウガ



今回のリリカル的タイトルは『月明かりの夜』クウガ的タイトルは『後悔』です。

お医者さんごっこでカイがヴィヴィオの白衣姿に怯えたのにシャマルには怯えなかったのは、ヴィヴィオは体が小さいのでシャマルの白衣では顔以外全身真っ白になるためです。
シャマルは一応下に陸士部隊の制服を着ているので白一色ではないという理由……ダメですか?
書くことがあるかわからない設定ですので、ここで補足させていただきます。








[22637] 第8話 *やや15禁?
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/11/16 15:53





テロ騒動の次の日の朝、陸士108部隊に所属するギンガ・ナカジマは、仕事場へと出勤するべく近くの公園を通っていた。
昨日の任務は未だリハビリ中の身であるため参加できなかったが、父であるゲンヤからは特に何か起きたとは聞かされていないし、ニュースに大きく取り上げられることもなかった。
ただ、地上本部で同じ部隊の魔導師一人とそれとは別に一人の魔導師が事故か何かに巻き込まれたということがだけが報道されたため、捜査官としてその確認と必要なら調査をしなければと足を無意識に急がせていた。
そんななか、

「……今、何か聞こえた?」

小さな、本当に小さな声のようなものが聞こえてきた。
ギンガは辺りを見渡すが周囲には誰もいない。

「……気のせいかしら?」

空耳か何かと思って先を急ごうとしたときに、また何かが聞こえてきた。
どうやら傍にある茂みの奥から聞こえてくるようだ。
聞こえてくる声もどうやらすすり泣きのような感じがする。

「しょうがない……か」

聞こえてしまった以上、無視するわけにもいかずギンガは茂みの中へと入り込む。
茂みと言っても、そこまで木や枝がそこかしこに張り巡らされているわけではないので進むのは容易だった。
ただ、このまま進んで大丈夫なのかという不安を何故か感じた。
それというのも、最近詳細不明な魔導師襲撃事件が多発している。
犯行時刻は深夜で、治安維持のために周辺パトロールする魔導師が被害にあっているのだが、そこまで細かいところはギンガも知らない。
魔導師を襲撃する何者かがいるというくらいだ。
もしかしたら、この先にいるのが魔導師襲撃事件の犯人かもしれない。
そんなことを漠然と感じたギンガは、首から下げている待機状態の自分のデバイス『ブリッツキャリバー』を握りしめた。
未だにJS事件の後遺症によるリハビリの途中で危険があるかもしれないが、魔導師襲撃事件の犯人だとしたら確認しないわけにもいかない。
とりあえず気配を消して、声のするところまで少しずつ接近する。
そして、ついに声の主のすぐ近くまで近づいて、草むらから静かに覗き込んだ。
そこで見たのは……

「これ……苦くてマズイ」

その場でしゃがみながら、地面に生い茂っている雑草を引き抜いて食べている一人の男だった。





「……なんなのよ、あの人」

ギンガは気配を消したまま、草を食べている男を観察し続ける。
しかし、突然男は草を食べるのをやめると、その場に足を投げ出すように座ってしまった。

「……シュクーリム、食べたい。ヴィヴィオゥと食べたい」

最後のほうは聞き取れなかったが、何かを食べたいと言っていたことだけはギンガにもわかった。

「ご飯、食べてないのかしら?それに……シュクーリムってなに?」
「……ぐすっ、ヴィヴィオゥと遊びたい」

とりあえず魔導師襲撃事件の犯人とは思えないことは確かだった。





一方、場所は変わって機動六課の部隊長室では……。

「それって本当なの、はやてちゃん」

昨夜の地上本部の警護から戻り、フォワード陣はその日は交代部隊と勤務を交代し、それぞれ休むべく自室へと戻り、残ったのは隊長陣だけだった。
なのはは、はやての言った言葉を確認するかのように聞く。

「うん、昨日の深夜、カイ君に似た子が地上本部に姿を見せたのが確認されとる」
「監視カメラの映像がこれです」

リインフォースⅡの言葉と同時にモニターを出すと、そこには以前なのはを襲ったときの姿をした黒いスーツに白い鎧のようなものを纏ったカイが、昨夜捕縛したテロリストから遠ざかる姿が確認できた。

「108部隊の魔導師も一人やられて、リンカーコアが消失しとる。となると……」
「今の映像からも考えると犯人は……」

カイしかいない。事実、テロリストが攻撃される瞬間が確かに映し出されているのだ。
カイを疑うなと言うほうが無理だった。

「でも、ここに映っとるのは姿を変えたカイ君らしきもんや。もしかしたら他にもカイ君のような姿をした人がいるかもしれん」
「でも、その可能性は……」

フェイトはカイ以外にもそういった人物がいる可能性は低い……と、言おうとしたが、それはあまりにも都合の良すぎる解釈だった。
魔導師のリンカーコアを破壊するような力を持った人物が一人いるのでも厄介なのに、それが複数人いるとなったら大変なことになる。
そして、結果的には少なくともカイがなのはに対してはリンカーコアの封印を行い、テロリストにはリンカーコアの破壊を行った。

「これはまだ確定やないけど、カイ君の確保が決まるかもしれん」
「そんな……でも」

はやての言葉になのはは反論しようとするが、言葉が詰まる。
カイはヴィヴィオの友達でもあるが、それ以外にもミッドチルダに災いを引き起こす存在かもしれない。
そんな思いがあって何も言えなくなった。

「とりあえず、他の部隊が確保に移る前にこっちでカイ君の身柄を確保して話を聞かせてもらう。ティアナ達にも今後の任務はそれになることを伝えておいてな」

こうして機動六課は、今後起こりうるだろう可能性を考慮して、少しでも早くカイを確保するべく動き出そうとしていた。





「……そうか、わかった」

ゲンヤ・ナカジマは昨夜襲われた自分の部隊の魔導師の容態を部下であるラッド・カルタスから聞き終わり、受話器を置く。

「魔導師としての再起は絶望的……か」

ランクとしては娘のギンガよりも1ランク下のBランク。しかし、前線で行動できる貴重な魔導師だった。
ここ最近の事件の被害にあった魔導師は、リンカーコアの消失によって魔導師として引退しなければならない。
一応、前線で動けないとはいえ実務作業やその他の仕事もあるのでそのまま職を失うということはないが、部隊という面から見れば戦力不足になるというデメリットがあるのも事実だ。

「せめてどういった奴が犯人なのかわかればいいんだがなぁ」

108部隊の魔導師の話では陰になっていて顔がわからなかったが、大柄の男というだけである。
一方ではテロリストの証言では一般的な成人男性くらいの体格というので食い違いがある。
この発言はテロリストがやや混乱していたのか、不明瞭な言い方だったため信憑性が薄いとされているので、大柄の男というのが一応犯人と思われる者の特徴だった。
そして、もう一つ特徴もある。それは聞いたこともないような言葉をしゃべるということだ。
これは情報としては大きいだろう。

「どっちにしても、これから忙しくなるな」
「失礼します」

椅子に座ってコーヒーを飲もうとカップに手を伸ばしたとき、ノックの後に声がかかり中へと一人の女性がドアを開けてきた。
陸士隊の制服を着た青いロングヘアの女性、ゲンヤ・ナカジマの娘であるギンガ・ナカジマがいつもより遅れてやってきたのだ。

「遅かったな、ギンガ。珍しいじゃねえか、遅刻なんて」
「すみません、えっと……」

ドアのところから何か困ったような顔のギンガがなんと言うべきか悩み、やがて一言で今の状況を説明した。

「実は……迷子を保護しました」
「……迷子?」

迷子と聞いてゲンヤは首をかしげる。
今の時間は朝であり、子ども達が外に出るにもまだ早すぎる。

「こんな時間から迷子とは珍しいな。んで、その子どもの名前と歳は?」

ゲンヤはデータベースを開いて、付近での迷子関連の情報をピックアップする。
もし何らかの届け出さえ出ていれば簡単に片がつくと思ったんだろう。
しかし、10歳くらいまでのデータベースを見ても、迷子の届け出は出ていない。

「えっと男の子で年齢は私と同じくらい……かな?」
「そうか、ギンガと同じくらいなら17歳くらい……なんだって?」

ギンガの答えでゲンヤは17歳くらいのデータベースを開こうとして……手を止めた。
そのくらいの歳になれば、ミッドチルダでは成人として扱われている。
それで迷子になるというのはほぼありえない。

「とりあえずそいつを中に入れてくれ」

結局は直接会って話をするしかないと感じたのか、ゲンヤはギンガとその迷子に中に入るように促す。
その瞬間……

「ソンチョー!!!」

ギンガの陰から飛び出した迷子が椅子に座っているゲンヤにしがみついてきた。

「な、なんだぁ?」
「え?ちょっと、カイくん?どうしたのいきなり?」

いきなりゲンヤに抱きついたのは、ギンガに保護された迷子ということになってしまったカイだった。
その行動に驚いたゲンヤとギンガはカイを引き剥がそうとするが、しがみついて離れない。
そして……

「ソンチョー、俺の父さんみたいなもの」

ナカジマ家にとっての爆弾が落とされた。

「と、父さん?」
「父さんって、まさか……お父さんの隠し子?」
「ん?」

ゲンヤはカイの言った言葉に普通に驚き、ギンガはまさかとでも言うような顔で言葉を言う。
カイは二人が何をそんなに驚いているのかがわからない。
カイに以前『リク』という名前を与えてくれた村の村長にゲンヤは良く似ていた。
だからカイはそれを思い出して『ソンチョー』と呼んだのだ。
しかし、二人はそのことを知らない。

「お父さん、私お父さんに隠し子がいるなんて聞いてない!!!」
「俺だって知らねえ……ってか、隠し子なんていねえぞ!!!」

親娘が言い合う中、平和そうにゲンヤにしがみつくカイ。
そんなカオスな空間ができあがっていた。
それからしばらくして……

「カイ君……ううん、弟みたいなものだからカイって呼ぶわね。お父さんにはちゃんと責任とらせるからね。今日から私がカイのお姉さんになってあげるからね」

ギンガが何か勘違いをしたままカイに優しいことを言う中、この問題を起こした張本人のカイは……

「むぐ、むぐ……シュクーリム、甘くて美味い」

親娘喧嘩を見かねた108部隊員の一人が、お茶請け代わりに用意したシュークリームを頬張っていた。
それからしばらくして……

「頼むから俺の話を聞け」
「言い訳なんて聞きたくありません。カイ、もっとシュークリーム食べる?」
「んぐんぐ……食べゆ」
「いや、本当に話を聞いてくれないか?」

陸士108部隊の部隊長室ではシュークリームを頬張るカイと、その姿に保護欲でも抱いたのかカイの世話をしながら大量のシュークリームを一緒に食べるギンガ、そのシュークリームを用意するために今月の小遣いのほとんどを失ったゲンヤの姿があった。





カイがギンガと一緒に大量のシュークリームを食べているころ、機動六課にいるヴィヴィオは……。

「ヴィヴィオ、今日はフェイトママと一緒に遊ぼう」
「……うん」
「何をして遊ぶ?おままごと?それともお医者さんごっこ?それともなのはママごっこ?」

改めて休暇となったフェイトがヴィヴィオと一緒に遊ぼうとしたが、ヴィヴィオはカイが行方不明になったことが気になって上の空だった。

「カイ……ヴィヴィオのこと怒って出ていっちゃったのかな」

ヴィヴィオは一昨日やったお医者さんごっこでカイの服を脱がせたのがいけなかったと思ったのか、ザフィーラに抱きつきながら落ち込んでいた。

「そんなことない、そんなことないよ」

カイが指名手配されるかもしれないということはヴィヴィオには伝えていない。
伝えたとしてもどうにもならない。なら、今は少しでも早く機動六課でカイを確保するしかない。
だから、ヴィヴィオにはカイのことを黙っていることが決まった。
そのためフェイトは落ち込んだヴィヴィオに何も言えず、ただヴィヴィオが落ち着くまで抱きしめていた。





そして、また場所は変わって一方カイは……

「そういえばカイの名前は聞いていたけど、私達の名前は言ってなかったわね」

大量にあったシュークリームの約7割を食べ終えたギンガと、残りの3割を食べ終えたカイ。
すっからかんになった財布に涙するゲンヤ。
陸士108部隊の部隊長室では以上の三人が改めて話をしていた。
他の部隊員も何度か報告のため足を運んだのだが、中の様子を見ると回れ右をして立ち去るため、中に人が入ってくることはなかった。

「私はカイのお姉ちゃんのギンガ・ナカジマ……お姉ちゃんでもギン姉でもいいからね」
「……キンカン」
「なんだか酸っぱそうな名前だなぁ」
「お父さんは黙っててください。まあ、しばらくはそれでいいわ」

相変わらず間違えて名前を呼ぶことしかできないカイと、それにツッコミをいれるも愛娘に冷たくあしらわれるゲンヤ。
とりあえずナカジマ家に一人家族が増えたということになった。
増えた本人にその自覚はなかったとしても……。

「……そういえば高町の嬢ちゃんの保護したヴィヴィオにできた友達もカイって名前だったか。……まあ、そんなわけねえよな」

ゲンヤははやてからヴィヴィオに友達ができたという通信を聞いていたがヴィヴィオと同じくらいの年齢だろうと思い、カイがヴィヴィオの友達かもしれないという考えはすぐに消えた。





カイがナカジマ家に保護された翌日、ゲンヤとギンガに連れられてカイは海上隔離施設へと車で向かっていた。

「ごめんねカイ、本当はゆっくりしていきたかったんだけど、今日は施設であの子達の更生プログラムをすることになってるの」
「俺も顔を久しぶりに出すことにしようと思ってな。そうなると隊舎にはお前が知っているような奴は誰もいなくなるからこうして連れてきたってわけだ」
「ようやく父親としての自覚が出てきたみたい」
「……だから隠し子じゃねえって」

いまだカイが『ゲンヤの隠し子説』は存在していた。





そんなこんなでカイはギンガが更生プログラムの教官を務め、そのプログラムを受けるJS事件関係者の戦闘機人『ナンバーズ』の更生組と対面することになった。
プログラムに移る前に、最初はゲンヤとギンガの連れてきたカイの自己紹介から始まり、続いてナンバーズの自己紹介へと進む。

「さて、今度は私達も自己紹介せねばならんだろう」

代表者であるチンクの言葉に従うように、茶色のロングヘアのやや感情の起伏が乏しそうな女性がカイに自己紹介をするべく立つ。

「ディードです」
「……デッド」
「いや、生きてるぞ」

カイの間違いに少し離れたところからツッコミを入れるゲンヤ。
それからも……

ディードと同じような顔立ちだが、髪は短いオットーでは……

「オットー」
「……おっとっと」
「菓子かよ」

次は赤い髪を後ろでまとめている人懐っこい表情のウェンディでは……

「ウェンディっす」
「……生んで」
「求婚されちゃったっす!!!」
「いや、違うだろ」

茶色い髪でなんとなく眠そうな表情をしているディエチでは……

「ディエチだよ」
「……ディーエッチエー」
「惜しいんだが……違うな」

赤いショートカットで勝気そうな表情のノーヴェでは……

「……ノーヴェだ」
「……ノンベ」
「酒飲みかよ」

水色の髪で明るく、ウェンディと同じように人懐っこい表情のセインでは……

「あたしはセイン、よろしく」
「……キャイ~ン」
「お笑い芸人かって」

結局のところ、カイはナンバーズの名前をちゃんと言えずに、ゲンヤは離れた場所でツッコミを入れる。
そして、ナンバーズ最年長の自己紹介の番がついにきた。

「私が姉妹の一番上の姉のチンクだ」
「……チン○」
「いや、それはまずいだろ」
「ちょ、カイ、チン……って」

カイの言葉にゲンヤは呆れ、ギンガは顔を赤くする。

「お、チンク姉は一番名前が近いっすね」
「ああ、ところでチン○ってなんだ?」

ウェンディとノーヴェが話す中、ゲンヤはそそくさとその場から離れる。

「そうだな、私も知らんな。ギンガ、もしよければチン○という意味を私達に教えてはくれないか?」
「そういえば、聞いた事がない」

ギンガが驚いていることから、カイがチンクを呼んだ言葉には何か意味があると感じたのか、チンクは新たなる知識を手に入れるため教えを請う。

「えっと……あの……それは……」

ギンガは助けを求めようとゲンヤのいる方向を見たが、すでにその場にゲンヤはいなかった。
どうやら自分に災難が降りかからないように逃げたようだ。

「チン○のこと早く教えてほしいっす」
「チン○とはいったいどういったものなのでしょう」
「ドクターからもチン○なんて言葉は教わらなかったし……」
「なあ、チン○ってなんなんだ?」
「……チン○とはなんなのでしょう?」
「チン○って何?」

今まで数々のことを教えてきてくれたギンガにさらなる教えを請うナンバーズ。
ギンガはナンバーズに詰め寄られるものの、どう説明すればいいのかわからない。
いや、その言葉の意味がわかるかと聞かれればわかると答えられる……答えるのには恥ずかしいが。
つまり、年頃の娘として説明するには抵抗があった。

「キンカン」

そんな悩みの中、カイが一歩前に出てギンガの前に立つ。

「……カイ」

ギンガはカイが代わって説明してくれると思い、その優しさに涙ぐむ。
しかし……

「チン○って……なんだ?」

カイに説明できるわけがなかった。
結果、総勢8人に『チン○』について教えてくれと詰め寄られるギンガの姿があった。
一方、海上隔離施設のとある休憩室では……

「ナカジマ三佐、あの子達の様子を見に行かなくてもいいのですか?」

とある部隊長がコーヒーを飲んでくつろいでいるところを、施設の職員がナンバーズの相手をしなくてもよいのかと訪ねてきた。

「ああ、今日はもうあそこには近寄らねえって決めてんだ。……ギンガ、がんばれよ」

全てをギンガに丸投げしたとある部隊長の姿があった。





「チン○とはいったいなんなんだ?」
「チン○、チン○、チン○、チン○、チン○って一体なんのことっすか?」
「あう……あう……はう……」

チンクの質問に悪乗りするように『チン○』を連呼するウェンディ。
他の者も言葉には出さないものの、更生プログラムの教官でもあるギンガからの説明を待っている。
ギンガはその視線を受けて困惑することしかできない。

「キンカン、早くチン○教えてくれ」

そして、カイの言葉についにギンガが切れた。

「チン○っていうのはね……チン○っていうのはね、おちん○ん!!!ち○ぽ!!!ペ○ス!!!男性○!!!肉○のことよ!!!」

ついに乙女が口にするべきものではないことを大声で叫んでいた。
最初から四つまでの単語は性教育の都合上言うこともあるかもしれない。
しかし、最後に言った単語は基本的にその単語使うようなことはないと思われるが、それについて言及できる者はこの場にいなかった。





そして、それからしばらくして……

「ううううう、結婚前なのにあんなはしたないことを大声で言っちゃうなんて……」

更生プログラムを行う部屋の隅で三角座りをしながら『の』の字を書いて落ち込むギンガの姿があった。

「……ギンガ」

そんなギンガを憐れに思ったのかはわからないが、代表してチンクとカイがギンガの傍にやってくる。

「すまない、聞きたいことがあるんだが……」
「……何?」

チンクのすまなそうな言葉に一応応えるギンガ。
そして……

「つまり、おちん○んとか、ち○ぽとか、ペ○スとか、男性○とか、肉○とは結局なんなのだ?」
「俺、わからない」

さらなる爆弾が落とされた。
その爆弾が爆発し、ギンガの頭の中は真っ白になる。
あれだけ恥ずかしい思いをしたのに、その説明は全く意味をなさなかった。その事実がさらにギンガを落ち込ませる。

「う、ううう、カイの……カイの……」
「俺?なんだ?」
「カイのばかぁあああああ!!!」

そう捨て台詞を残して、ギンガは泣きながら部屋から出て行った。

「俺、ばかじゃない」

後にはギンガが泣いているきっかけが自分にあるとも知らないカイと、なぜギンガが泣いて逃げ出したのかがわからないチンク達が取り残された。





リリカル的タイトル『エッチなのはいけないと思います』クウガ的タイトルは『保護』です。クウガ的タイトルは『更生』でもよかったかも……。

おまけ『なのはママごっことは何か』
なのはママごっことは、なのはママに扮したヴィヴィオが「少し頭冷やそうか」と言って新人たちを追いかける鬼ごっこのことである(嘘)







[22637] 第9話 *ギン姉の災難続いています
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/11/18 02:51





「……ルーテシア・アルピーノ」
「……プータンだ」
「いや、違うだろ」

ミッドチルダ地上本部近くにある医療施設、そこへギンガに連れられたカイは紫色の女の子と名前を交換していた。

ルーテシア・アルピーノ。

JS事件において管理局と敵対行動をした召喚士だが、一連の行動には母親の治療のためにレリックが必要などの事情があり、情状酌量の余地ありとのことで、現在は海上隔離施設にてナンバーズと同じく更生プログラムを受けている。
そして、相変わらず名前を間違えるカイにツッコミを入れるのは、ゲンヤではなく赤い髪をした身長30cmくらいの羽の生えた女の子だった。

「あたしの名前は烈火の剣精アギトだ」
「……ショーイチクン」
「全然違うじゃないか!!!」

カイの明らかに間違った呼び方にアギトが叫ぶ。

「しぃっ」
「ここは病院だから静かにするのよ」

そんなアギトをたしなめるようにルーテシアはアギトの目の前に人差し指を立て、ギンガは静かにするように注意する。
ギンガに本局近くの医療施設に連れられてきたのは、カイをルーテシアに紹介するためだった。
前回海上隔離施設に行ったときはルーテシアが母親のお見舞いに行ったことで会うことができなかった。
今回もルーテシアが母親の見舞いに来ていると知ったので、海上隔離施設に行く前に立ち寄ったわけである。
そして、一応の紹介が終わったことでギンガはカイを連れて海上隔離施設に向かうためにゲンヤと合流すべく戻ろうとしたときに、ゲンヤがリンカーコア消失事件の被害者である108部隊の魔導師を連れてやってきた。

「そろそろ出発するか。それじゃあ、嬢ちゃんのことは頼んだぜ」
「了解しました」

ゲンヤは現在は検査入院中の108部隊の元魔導師にルーテシアのことを頼むと、ギンガ達を連れて医療施設から海上隔離施設まで移動するべく車の置いてある駐車場へと足を進めた。





そして……ギンガの地獄が始まった。

「チン○姉、ギンガが来たっす」
「チン○姉、そろそろ更生プログラム始まるってさ」
「わかった、すぐに行く」

未だに『チン○』の言葉の意味を理解していないナンバーズが、ギンガのメンタルをガリガリと削っていた。
ギンガは顔を赤くしながらも何とか上手く説明できないかと考えるが、それは無駄な努力だった。
ちなみに、その『チン○姉』を聞いたゲンヤは……

「確かに……あいつらにはついてねえな」

こう漏らしたという。





「ナカジマ三佐、通信が入っています」
「ん?わかった、少し外す」

いつものようにギンガによる更生プログラムが行われる中、職員の呼び出しがあったゲンヤは更生プログラムが行われている部屋から出ていく。
カイもナンバーズと一緒に更生プログラムを受けているのを気にする者は誰もいなかった。
それから数分もしないうちに、海上隔離施設の近くにある展示場にて火災が発生したという連絡がゲンヤからギンガのもとへと届けられた。





「うちの部隊の他のもんは全員出払っている。付近の部隊に応援を頼むつもりだがいつになるかわからん。ギンガ、悪いが先行して様子を見てきてくれるか?」
「わかりました」

ゲンヤの言葉からギンガはすぐに飛び出し、カイ達を含む全員が取り残された。

「さて、俺も現場に行くんでな、お前らはおとなしくしてるんだぞ」

ギンガを見送った後はゲンヤもカイ達にその場に待機しているように行って、車を止めてある場所へと急ぐのだった。





火災現場である展示場では、未だに消防隊の到着まで時間があるのか、展示場を囲むように野次馬が集まっていた。
ブリッツキャリバーを起動したギンガは近くにいる展示場の職員から事情を聞くと、出火原因はわからないが、まだ内部に数名の職員とたまたま展示場を見学に来た魔法学院の生徒たちがいるとの情報を得ることができた。

「今から他の部隊を待っていたら人的被害が増える可能性が高い……なら!!!」

ギンガは燃え盛る建物の内部へと突っ込むようにブリッツキャリバーを加速させた。
自分でできるかぎりのことをするために。





ギンガが展示場に突入してしばらくして、ゲンヤが大型自動車を運転して現場へと駆けつけてきた。
しかし、未だに消防隊は到着せず、他の部隊も来る様子がない。

「やっぱり……頼むしかねえのかな」

ゲンヤは止む無く後ろに乗せてきた人物達に協力を要請するべきか迷う。
他の部隊が来ていれば頼る必要がなかったかもしれないが、未だに現場で活動しているのがギンガただ一人である以上、一刻も早く増援が必要なのも確かだった。
だから海上隔離施設に無理を言って連れてきたのだ。

「すまないがお前達も出てくれ。ギンガとの連絡方法は知っているな。まずはギンガと合流して、そっからはギンガの指示で行動してくれ。カイは俺と一緒にここで待って……」
「……ヘンギン!!!」

ゲンヤがカイにその場に残るように振り向きながら言おうとしたときに、何かが叫びを上げて飛び出した。
飛び出したものを追うように前を見ると、黒いライダースーツに海の青とも言える鎧を纏った何かが展示場の内部へと翔け抜けていく姿を、ゲンヤはただ呆然と見つめていた。





ギンガは火の海の展示場を要救助者がいないか確認しながら先を急ぐ。
話によれば展示場に残っているのは数人の展示場職員と魔法学院の生徒数名。
全員が同じ場所にいれば捜索そのものの問題はない。問題があったとしたらそこからの脱出方法だけだ。
しかし、それぞれがバラバラにいた場合は捜索する工程も含まれ、危険度はより高くなる。

「一刻も早く見つけて安全な場所に連れていかないと……あれは!!!」

焦るギンガの視線の先に蹲っている人影が見えた。
周囲に他の人影はない。おそらく避難してきた内の一人だろう。
体格から見て大人のため、展示場の職員だろう。

「大丈夫ですか?」

ギンガが体を抱き起こして声をかけるものの、煙を吸いすぎてしまったのか意識が朦朧としている。
そのためギンガの言葉にまともに受け答えができそうにもない。
それに今はこの人を先に安全な場所に連れていかなければならない。
だが、明らかにまだ展示場内に要救助者が複数いる。
今の状態で外に戻るのは要救助者を見殺しにする可能性が十分高い。
ウイングロードで時間の短縮はできるかもしれないが、それもほんのわずかな時間だけだ。
ギンガはどうすればよいのかわからず、その場で一瞬ではあるが立ち止まった。
しかし、その場で一瞬立ち止まったのが間違いだった。
突如天井から軋んだ音が聞こえてきたかと思うと、その天井がギンガ達を埋め尽くそうと落下してくる。
回避や落下してくる天井を破壊しようにも、自分はしゃがみ込んで要救助者を抱き起こしている。
すぐに行動に移ることはほぼ不可能。
ギンガは落下してくる天井をただ見上げることしか……いや、落下してくる天井から少しでも要救助者を守ろうと自分の体を盾にするように覆いかぶさることしかできなかった。





「……ん?」

何時まで経っても天井に潰される痛みがこない。
もしかしたら痛みも感じないくらいに一瞬で潰されてしまったのだろうか?
では、この周囲から感じる熱はなんなのだろう?
痛覚だけは失って、温度覚だけは残っているというのは変だ。
ギンガは恐る恐る要救助者の上に覆いかぶさった状態から目を開く。
そこに映っているのは……





火の海の展示場。





崩れ落ちてきた天井の瓦礫。





そして……足首の部分に金色のアンクレットを付けた黒い二本の脚だった。

「だ……誰?」

他の部隊の増援だろうか?しかし、念話ではそんな連絡はなかった。
徐々に意識のはっきりしてきたギンガはそのまま視線を上に向ける。
そこには……





銀と紫の装飾の施された鎧を纏い紫色の巨大な眼をした異形が、落ちてくるはずの天井をその両手で受け止めていた。

「キンカン……無事か?」

意識がはっきりしてきているとはいえ、未だに回復途中のギンガはその声が誰のものなのか一瞬わからなかった。
しかし、ギンガを『キンカン』と呼ぶ人物は今のところ世界では一人しかいない。

「……カイ?」

その言葉に異形は受け止めていた天井を頷いてから放り投げることで答えた。
そして、倒れているギンガの目の前にひょっこりと空色の髪をした女の子が地面から顔を出していた。

「ちょっとカイ、先に行くとみんな置いてけぼりになるだろ」

地面から顔を出した女の子、セインはカイを怒るように言うと地面から飛び出す。
その体にはかつてJS事件でジェイル・スカリエッティ側に属していたときに着ていた青と紫のボディースーツに身を包んでいる。

「……あれ?カイ、色変わった?」

セインはカイをもう一度見ると、飛び出したときとは色が違うとわかったのかカイに聞いてきた。
そんな言葉にカイは……

「こっちのほうが力……強い」

そう答えたのだった。

「セイン!!!」

それからすぐにディエチとオットーを除いたナンバーズの面々が合流する。その全員がセイント同じようなボディースーツに身を包んでいる。
みんなはカイの姿がさっきと違うことに驚いていたが、そんなことは後とでも言うように現状の把握へと移る。

「ゲンヤさんに頼まれてな。増援が来るまで私達も救助活動に参加することになった」
「ディエチはイノーメスカノンを使って外からの消火活動、オットーは私達との連絡と探索係っす」

チンクからどうして自分達がここにいるのかの理由をギンガに説明し、ウェンディがここに来ていない二人のことを補足する。

「それと、ここに来る前に展示場の職員は救助したから後は魔法学院の子ども達だけだよ」

セインも自分のIS『ディープダイバー』で先行し、他の職員の救出に成功したことを伝え、残りは魔法学院の生徒達だけとなった。

「その生徒達も五人を残して全員脱出しているみたいだ」
「となると、生徒達ですから一緒にいる可能性が高いです」

そして、ノーヴェとディードの言葉で、さらに詳しく状況を知ることができた。

「なら、後は子ども達だけね。それで子ども達の居場所は?」
「それは……」
「オットーも捜索中だがわからんらしい」

最後の詰めの部分で止まってしまった。

「……セイン、悪いけどこの人を連れて先に脱出して」

ギンガはここで話していても意味が無いと感じ、現状でもっとも優先するべき確保した要救助者を避難させることを優先する。

「はいは~い、お任せあれ」

セインもそれが自分の本領発揮とでも言うように返事をすると、要救助者を抱えて地面へと潜っていった。

「さて、これで後はどこに子ども達がいるかよね」

要救助者を避難させたことによって落ち着きを取り戻したのか、ギンガは改めて今後の探索方法を練ろうとするが、特にいいアイディアがあるわけではなかった。

「オットー、お前のほうでは何かわからないか?」
『……無理だね。火が回っていて熱センサーはまともに働かないし、リンカーコアの反応もみんな以外は見当たらない』

チンクはオットーの探索能力を当てにしようとするが、オットーのほうでもお手上げの状態だった。

「……ちょっと待って、リンカーコアの反応もないってどういうこと?」

ギンガが何か気になったことがあったのか、オットーへと自分から通信をつなぐ。

『現状展示場のリンカーコアの反応はギンガとカイ、ディード達の反応だけ。後は何も感知されていない』

オットーも現状でわかるだけの情報を出し、それを救助活動に役立てるべく余すことなく情報を確認するがそれが今の状況を打破することはできなかった。
そんな中……

「カイ、何をしてるっすか」
「……産んで」
「何人産むっすか?野球チームができるくらいっすか?ちょっと時間かかるっすよ」
「……黙る」
「……はいっす」

何やら集中しているようなカイにウェンディが声をかけるが冷たくあしらわれた。
しかし、次の瞬間にはそこにいる全員がカイの変化に驚愕する。

銀と紫の装飾の鎧は弓兵の胸当てを連想させるような緑色の鎧へと変化し、眼も紫から緑へと変化する。

「また変わった」

カイの変化を代表するようにチンクが声を漏らしたが、カイが静かにするように人差し指を口元に当てると、その場の全員が訳がわからないものの押し黙った。

「……どこだ?」

カイは周囲の気配を、音を感じるように自分の五感を研ぎ澄ます。
この姿の持続時間は他の姿に比べて遙かに短い。
しかし、すぐにこの姿をやめるわけにはいかない。
まだ探し出すべき存在を見つけていない。

炎の燃え盛る音がカイの聴覚を乱す。

燃え盛る炎が陽炎のように揺らぐことでカイの視覚を乱す。

状況は最悪だが、ここで諦めることはカイにはできなかった。
カイが戦っても守れなかったもの……それがカイにとっての後悔の始まりだった。
そして、カイが仕方なかったとは言え守るべき存在を傷つけてしまったこと。
それらのことがあってカイは自らの力を使うことを恐れた。
だが、今は違う。戦うわけじゃない。
これは子ども達を助けるだけだ。
そのことに迷いはない。
カイの耳にそばにいるギンガ達とは違う音が入ってきた。

「子供の声……一つ……二つ……三つ……四つ!!!」

聞こえてくる音を確信したカイは、今度は赤い鎧と赤い眼をした姿に変わりとある方向を指差す。
流石に今の状況で色が変わったことを追求する者はいなかった。

「向こうに子ども、四人いる」

その言葉に一瞬戸惑うギンガ達だったが、他に手がかりはあるわけではないのでその言葉を信じることに決めた。
残りの一人はどこなのかなど聞く余裕はない。もしかしたら数え間違えただけでいるかもしれない。

「なら、私がそこまでの道を切り開こう」

カイの言葉を信じたチンクはコートのポケットに手を入れると、数本の投げナイフ『スティンガー』を構えて瓦礫の山へと投げつけた。

「IS発動、ランブルデトネイター」

チンクの言葉と同時に投げたスティンガーが爆発し、瓦礫が吹き飛ばされる。

「ノーヴェは私と一緒に一気にその場所まで駆け抜けるわよ」
「わかった」

ギンガとノーヴェはそれぞれの機動力を生かして先に進み、カイ達はそれを追うようにギンガ達の後をついていった。





それから数分もしないうちにギンガ達は目的の場所にたどり着いた。
しかし、そこは異様な光景としか言えなかった。

「これ……なんなの?」

たしかに子ども達はカイの言うとおり四人いた。
しかし、その異様な光景にギンガは疑問の声を出すしかなかった。
子ども達は全員が何か白い糸のようなもので壁に固定されていたのだ。

「今は早くこの子達を助けるっすよ!!!」

あまり物事を深く考えていないのか、ウェンディはその異様な光景を無視して優先するべきことを叫ぶ。
ギンガ達は一瞬思考が停止したかのような状態になるものの、すぐに自分達がすることを思い出して糸に絡まれた子ども達の救出へと移った。
それからすぐに子ども達の救出が終わったが、本来なら五人いるはずの子どもは四人しかいない。
子ども達は助けが来てくれたことに安堵したのか、全員が糸から救出している途中で気を失っている。

『そこからなら壁を壊してすぐに外に行ける』
「……わかったわ。まずはこの子達を外に連れていきましょう」

オットーからの連絡でその場からの脱出が簡単だとわかったギンガは、先に救出した子ども達を安全な場所へと連れていくことを決断する。
他の者もその決定に特に異を唱える事なく従い、チンクが壁を吹き飛ばす。

「ノーヴェ、ウェンディ、ディードは子ども達を一人ずつお願い」

ギンガの言葉で呼ばれた三人が子ども達を一人ずつ抱き上げる。
ギンガも一人抱き上げてウイングロードを展開、ノーヴェもそれに習うようにエアライナーを発動して地上への道を開く。

「これに乗って脱出するわよ、ついてきて」

ギンガの指示のもと、全員がその場を脱出するべく空を飛べる者は飛び、それ以外のものはウイングロードやエアライナーを渡ってその場から脱出した。
カイだけは子ども達を縛っていた糸に何か不吉なことを感じていたが、それを誰かに言うようなことはしなかった。





「一人足りない?」

展示場から脱出してすぐに救助に成功はしたものの、全員が救助されたわけではないことをゲンヤの口から直接伝えられた。
そして、他の場所でも事件が起きており、増援の来る可能性が未だに不明なことを言われ、ここの現場を自分達だけで何とかしなくてはならないということも伝えられた。
セインもISを使って内部を探しているが見つけることができていなかった。

「でも、これ以上は……」

ギンガは燃え盛る展示場のほうに視線を向ける。
すでに完全に火の海となった展示場ではディエチが賢明に消火活動に当たるものの、それも微々たるものだった。
カイもギンガと同じように展示場に視線を向ける。
未だにカイは人間の姿に戻っていないが、災害対策用のバリアジャケットだとゲンヤが周りの野次馬に適当に言いくるめているのでそこまで騒ぎになることもなかった。
またマスコミも燃え盛る展示場に目を奪われてカイの姿が映し出されることもなかった。

「産んで、それ貸す」
「体を貸せって……野球チームじゃたりなくてサッカーチームっすか?」
「黙る」

カイはまたもやウェンディを冷たくあしらってウェンディが持つライディングボードを奪い取ると、赤い姿のままそれに飛び乗って展示場へと突撃していった。

「それ私以外でも使えるっすけど、私以外じゃちゃんと使えな……使えてるっすね」

ライディングボードはウェンディのIS『エリアルレイヴ』の力を得ることによって複雑な軌道でも特に制限なく正確に飛ぶことが可能になる。
しかし、他の者が使う場合はそこまで正確な動きができるわけではなかった。
だからウェンディはカイがライディングボードを手足のように扱うことを驚いていた。
だから誰も気づかなかった。
カイの足首にある金色のアンクレットが光り輝いていたことを……。





「もう一人……どこだ?」

カイは子ども達を助けた場所に戻ると再び緑色の姿へと変わる。
今後は誰一人見落とさないと決心して展示場全体を感じ取るべく集中する。
そして、ついにどこかで泣き叫んでいる声を感知することに成功した。

「必ず……助ける」

カイは再び赤い姿に戻ると、ライディングボードに飛び乗って叫び声のしたところへと突き進んでいった。
瓦礫の山を越え、崩れ落ちる天井を回避しながらカイは突き進む。
そして、ついに展示場の最奥部へと到着した。
そこには何かが飾られていたのか、中央に大きめな台座があるだけで他に展示物は見当たらない。
その台座にあったはずの展示物も天井が落下した際に壊れてしまったのか、その姿は見えない。
そして、台座より奥の壁に子どもが白い糸のようなもので壁に縫い付けられているのをカイは発見した。

「待ってろ。今、解く」

カイは子どもに近づくと、泣き叫んでいる子どもを縫いつけている糸を引きちぎる。
そして、自由になった子どもを抱き上げると……

「もう大丈夫。もう……泣かない」

子どもを安心させるかのように優しく声を出した。
そのとき、最奥へと入るために通ってきた出口が天井の崩落によって閉ざされ、脱出口がなくなった。
子どもはそれがわかったのか、少しだけ涙ぐむ。
しかし、すぐに天井を貫いた光でその涙が引っ込む。

「カイ、ここにいたんだ!!!」

今度は地面の下から声がしたと思ったら、セインが下から顔だけを出していた。

「今ディエチが天井部分を吹き飛ばしたから、そこから脱出……できる?」
「わかった」

カイもセインの言ったことがすぐにわかったのか、赤から青へとその身の色を変えて跳躍する。
青の姿となったことで増した跳躍力は余裕を持ってディエチが突き破った天井の上へと踊り出ることに成功する。
しかし、その屋上とも言える高さから飛び降りることを感じた子どもは震えだした。

「大丈夫、俺、信じる」

カイはそう言うと一気に跳躍し、間の壁を蹴るようにして衝撃を殺しながら地面へと降りていった。





全ての要救助者を助け、奇跡的に人的被害は最小限に食い止められた。
その功労者とも言えるカイは、現在ギンガから勝手に行動したことによるお説教を変身した姿のまま正座で受けている。
しかし、カイは最後に助けた子どもが近くにいたのを見ると、その子どもに駆け寄って右手の親指を立ててその子供へと向けた。
子どもは何を意味しているのかわからないと言うように首を傾げるが、カイはそれに気にせずに子どもにこう言った。

「これ、すごいことできた子にやるサイン。お前、怖かったはずなのに泣かなかった。これ、とてもすごいこと」

別の世界で出会った青年から教えてもらった言葉とサイン。
自分にそのサインをもらう資格はない。でも、この子にはその資格がある。
それがカイの感じたことだった。

「カイ、まだお説教は終わってないのよ!!!」

そんな感動もつかの間、ギンガに腕を取られたカイはそのままズルズルと引きずられる。

「俺、やっぱコレ似合わない」

カイは先程のサインはやっぱり自分には似合わないと感じながら、ギンガのお説教を受けることとなった。










今回のグロンギ語

……ヘンギン!!!
訳:……変身!!!





リリカル的タイトル『四色の光』クウガ的タイトル『復活』です。

ついに今回で本当の意味で初変身……長かったでしょうか?
前回の話を更新してすぐに海上隔離施設にルーテシアとアギトいないじゃん!!!ってことに気付きました。
よって、最初はそれを何とか取り繕う形になっております。ごめんなさい。
以前にもライダークロスSSを書いたし他の二次創作を読んだのですが、戦闘以外で全フォーム使う二次創作ってそんなに無いかな?なんて思ったり。
なんか戦うためにマイティフォームとかに変身するのは、ちょっとカイには似合わないかな~なんて思いましたのでこんな形になりました。
クウガ・マイティフォームではウィキペディアの情報を参考に、素手での格闘戦及びマシン関係の扱いに長けているという設定なっています。これも今後明らかになるか少し不明なのでここで補足させていただきます。
そして、トラブルメーカー(かもしれない)のカイは感情高ぶっちゃうとグロンギ語になっちゃいます。
それにしても……こんな主人公でいいんでしょうか?








[22637] 第10話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/24 00:56





カイが展示場にて救助活動をしていた頃、本来なら率先して災害現場に向かうはずの特別救助隊の隊舎では……

「ボンデギゾバ、グザ ラン」

赤いマフラーをした男がバイクに跨って、倒れている者達を見下ろしていた。
倒れているのは特別救助隊の魔導師であり、全員のリンカーコアは既にバイクに跨った男によって失われている。
男はそれを気にすることなく一瞥すると、ヘルメットもかぶらないままでバイクを操って何処かへと走り去っていった。





「今回は特救の魔導師……か。それに……」

連絡を受けたはやてはここ最近の魔導師襲撃事件による魔導師のリンカーコア消失の頻度が増加する傾向になっていた。
おかげで機動六課も付近で起きた火災に対処するべくフォワード陣が出動した。

「ただいま戻りました」

部隊長室に入ってきたのは、ライトニング副隊長のシグナム。
高町なのはは未だにリンカーコアの封印が完全に解けていないため前線での指揮は不可能。
フェイト・T・ハラオウンも現在『魔導師襲撃事件』の捜査のために外部捜査、そのため今回の急な出動の部隊指揮はできなかった。
そのため各隊副隊長であるシグナムかヴィータが指揮を担当することになったので、守護騎士達の中でもリーダー格であるシグナムが指揮を執った。
慣れない災害での指揮ではあったが他の部隊のフォローもあり、災害現場指揮が不慣れなシグナムでもそこまで大きな問題もなく解決することができた。

「ご苦労様、それで……被害は?」
「要救助者に若干の負傷者が出ましたが死者はありません。ただ……」

シグナムは負傷者が出たことを悔やんでいるのか、やや事務的な言葉で報告する。
しかし、何かを思い出したのか戸惑いのような表情を浮かべた。

「ただ?」
「まだ検査をしていないのでわかりませんが、負傷者の中でリンカーコアを消失してしまった者がいるようなのです」

シグナムの報告にはやては少しだけ動揺する。
今までリンカーコア消失という被害を受けたのは魔導師だけである。
なのに今回の現場では魔導師は救助側なのに要求所側の一般人がリンカーコアを消失されたのかもしれない。

「……その検査結果が出たらすぐに報告してな。それと……フェイト隊長が戻ってきたら隊長陣はもう一度ここに集合するように連絡を」
「わかりました」

はやては簡単にシグナムに説明する。シグナムもそれを連絡しようと部隊長室から退室していった。

「まさか……な」

はやてはデスクについているコンソールを操作していくつかの画像をピックアップしていく。
そこには、以前なのはを襲ったカイと同じような姿……いや、角の大きさと眼の色と鎧の色以外は全く同じと言ってもいい異形が、108部隊が担当したとされる火災現場で活動している姿が映し出されていた。
そして、その火災現場での要救助者の内の魔法学院の生徒達が、リンカーコアを消失しているという情報をマスコミからの情報で入手できた。

「ほんまに……カイ君なんか?」

事実ではあってほしくないという希望。
しかし、どう見ても本人にしか見えない証拠とも言えそうな画像。
少なくとも、はやての勘では画像の異形はカイであると感じていた。





開いた冷蔵庫の中にある七つのシュークリーム。
それを見たヴィヴィオはため息をついた。

「……一週間だ」

カイと一緒に食べるためにおやつとして用意しているシュークリーム。
カイが戻ってこないから用意された二つの内の一つはその日にヴィヴィオが食べて、カイの分は冷蔵庫に閉まっていた。
それが、いつのまにか七つも貯まっていた。
日持ちする物を用意したとはいえ、食べないとそろそろ賞味期限が過ぎる。
しょうがないのでヴィヴィオは古い日付のシュークリームから食べることにした。
袋を開けてシュークリームにかぶりつく。
しかし……

「おいしくない」

カイと知り合う前、なのはの故郷で食べたシュークリームは手作りだったこともあってとてもおいしかった。
それ以外でも他で食べたシュークリームもおいしかった。
でも、なんで今はこんなにおいしくないんだろう……と、ヴィヴィオは思いながらシュークリームを食べていく。

「こんなの残してても……嬉しくないよね」

ヴィヴィオは残っているシュークリームの処理をするべく、シュークリームを袋に入れてザフィーラと一緒に当てもなく外へと歩き出した。





新人フォワード達に……

「いいの?ありがとう」
「それならさ、ヴィヴィオもお茶飲みながら一緒に食べない?」
「あ、僕を席取ってきますね」
「エリオくん、私も行く」
「えっと、まだ行くところあるの」





途中で会った副隊長達に……

「私は甘いものは苦……いや、ありがたくいただこう」
「いいのか?じゃあ、アタシはアイスおごってやるよ。シグナムも飲み物ぐらいいいだろ?」
「えっと……ザヒーラと遊びに行くから」





こうして、全てのシュークリームを配り終えた。
残っているのはヴィヴィオが最初に開けたシュークリームだけ。
口をつけて袋の中に入れっぱなしだったせいか、いつの間にか中のクリームが飛び出して袋の中に溢れている。
それも気にせずにヴィヴィオは袋の中のシュークリームを食べ続ける。

「手……汚れちゃった」

何も考えずにシュークリームを食べ続けた結果、クリームで手が汚れていた。

「カイも初めはちゃんと食べられなかったよね」

以前不器用にシュークリームを食べる友達を思い出してしまい、ヴィヴィオはさらに落ち込んでいく。
そんな落ち込んだまま、クリームで汚れたヴィヴィオの手をザフィーラが舐めとる。

「帰ってきたら……謝らないといけないよね。でも、帰ってきてくれるかな?」

いつのまにかヴィヴィオはカイと出会った海まで来ていた。
もしかしたらここにカイがいるかもしれないという期待は砕かれ、その日もカイがヴィヴィオのもとへ戻ることはなかった。





海上隔離施設では、今日もカイがギンガとゲンヤに連れられて更生プログラムを受けていた。
ちなみに、JS事件に関係した戦闘機人達のための更生プログラムに、なぜカイが参加しているかを聞くような者はいなかった。

「いいかカイ、アタシの名前は……ア~ギ~ト」
「……キノサン」
「……アナザー」

ルーテシアとアギト、カイのゲンヤ命名『お子様三人衆』は今日も名前の交換を行っていた。
相変わらずカイはルーテシアのことを『プータン』と呼び、ルーテシアは既にちゃんとした名前を呼ばれないことを諦めていた。
しかしアギトは明らかに違う名前を言われているため、なんとかしようと無駄な努力を続けていく。

「違うっての、アギトだ!!!」
「……アシハラサン」
「……アギトとは別」

ルーテシアのツッコミに何かを言うものは誰もいない。

「ア~ギ~ト~」
「……ヒカワクン」
「……アギトじゃない」
「ア~ギ~ト~!!!」
「……オムロサン!!!」
「……一番遠い」

本日の『アギトのお名前講習会』の結果、アギトの名前は最初の『ショ~イチクン』に決定された。
呼ばれた本人曰く、これが一番アギトらしいとのこと。
最後までルーテシアのツッコミに何かを言うような者は誰もいなかった。





一方、お子様三人衆が遊んでいるころ、ギンガとノーヴェはもともと戦闘スタイルが似たようなものだったのか、久しぶりに体を動かすということでスパーリングをしていた。
他の者もその様子を少し離れた場所で見学するべく二人から距離をとる。
ギンガとノーヴェはお互いに距離をとって構え、少しずつすり足で距離を詰めていく。
ギンガは打撃、ノーヴェは蹴りを主体にする戦闘スタイルだ。
リーチの面では蹴りを使うノーヴェに分があるかもしれない。
しかし、蹴りを主体に戦うということは一時的にせよ片足だけでバランスをとるようなものでもある。
それに対して打撃をメインに使うギンガは、蹴りを使うノーヴェに比べて安定したバランスをとることができると言ってもいいだろう。
リーチ及びバランスの面ではほぼ互角、スピードもそこまで大差はないだろう。となると、勝敗を分けるのは両者の経験と言えるかもしれない。
みんなが見守る中、ギンガとノーヴェが互いに距離を詰めてスパーリングが始まった。





ギンガ達がスパーリングをやっているころ、ゲンヤは一人別室にてこの前の展示場火災事故のことを考えていた。
……いや、展示場火災事故と言うよりはそのときのカイのことを考えていたといえばいいだろう。

「ギンガ達から聞いた話だと……あれだけの力……動き……探査能力」

ゲンヤはそのときの記録も合わせながらカイのことを考えていく。

「どう考えても災害救助のための力……なんていう理由じゃ済まされない」

ただ能力が変わるだけならそこまで気にはならなかったかもしれない。
しかし、能力と一緒に姿も変えたことにゲンヤはカイの力が別にあるものと感じていた。
まるでその能力を特化させることによって何かを成し遂げる力とするとでも言うかのように……。

「今は俺のところで情報を止めているから問題ないかもしれねえが、もしこれが上に知られたとすると……」

考える意味すらないほどの答えを簡単に想像できた。
このような人外とも言える力を持った存在をそのままにしておくことはないだろう。

「一応、息子ってことになっちまってるからなぁ」

カイは明らかの自分の息子ではない。それだけははっきりしている。
しかし、『ソンチョー』と呼んで懐くカイを邪険にできないのも事実だった。

「しかたねえか」

ゲンヤはカイの情報を隠蔽して、展示場火災事故の報告書の作成にとりかかった。
火災現場の陣頭指揮をとったのはゲンヤであり、救助隊のリーダーにはギンガ、増援としてジェイル・スカリエッティの創りだした戦闘機人の更生組から協力を得て事件解決へと尽力する。
それによって被害を最小限に抑えることができたと記し、カイのことが書類に載ることはなかった。





ゲンヤがカイの処遇に悩みながら書類を作成しているころ、ギンガとノーヴェのスパーリングは終わっていた。
結果はノーヴェがバランスを崩したところに、ギンガの攻撃が顔面への寸止めでギンガの勝ちが決まった。
しかし、その間の攻防は凄まじく、観客のほとんどが熱中して見ていた。
そんなスパーリングも終わりを告げて、今はみんなで簡単な運動をするという理由でギンガの指導のもとシューティングアーツをカイ以外の全員でやっていた。
カイはそういったことをやるのが嫌いだったのか、ゴムボールで遊んでいる。

「1、2、1、2」

ギンガの指導のもと、ナンバーズとルーテシア、アギトがギンガの動きを真似する。
そんな中……

「スキヤキ」
「きゃっ」

突然のカイの言葉と同時にギンガの頭にゴムボールが当たった。
当たったゴムボールは跳ね返って再びカイの手に戻る……ことなくカイの頭に直撃した。

「カイ、いきなり何するの?」
「……スキヤキ」

ギンガはいきなり運動の邪魔をしてきたカイに怒り出すが、カイはそれを気にした様子はない。

「今は邪魔したらダメよ。それじゃ続けるわよ」

ギンガの号令で再びみんなが構えをとり、再び拳を打ち込む。
それが何度か繰り返され、ギンガが右の正拳突きを出して次に左正拳突きをやろうと右拳を引いたときに……

「スキヤキ」

またカイの投げたゴムボールがギンガの頭に当たった。
そして、今度は跳ね返ったボールがルーテシアの頭の上に跳ねる。

「……カイ!!!」
「……いた……くない」

ギンガは再び怒り、ルーテシアはボールが当たったことを……特に気にしているようではなかった。

「スキヤキ」
「スキヤキが食べたいの?わかったから今は邪魔しないで」

ギンガはカイに言い聞かせるようにして再び運動を開始しようとしたところで……

「え?ボール当てた人の好きなモノが食べられるっすか?」

何かを勘違いしたウェンディが運動そっちのけでカイのところへとやってくる。

「そうなのか?ならアタシはハンバーグだな」

アギトもウェンディの言葉で勘違いを起こし、カイのところに行って融合騎が持つには大きすぎるゴムボールを持ち上げる。

「今日は……お子様ランチ」
「ふむ、ルーお嬢様もお子様ランチを食べたいのですか」

アギトに続いてやる気を出しているルーテシアと、何やら含みがありそうな言葉を発するチンク。
こうして、その日の晩ご飯の決定権を賭けて『ギンガに向かってボール当てゲーム(優勝者は晩ご飯のリクエストが可能)』が何故か、どういうわけなのかわからないが開始された。
ちなみにこのゲームのきっかけとなったカイは、ギンガの動きを見てギンガの動きの違和感を突くように『隙あり』と言ってボールを当てていただけである。

ちなみに、その日の晩ご飯はすき焼きになり、ゲンヤのヘソクリがまるごと消えたことは被害者であるゲンヤ以外は誰も知らない。





ゲンヤのヘソクリが肉へと変わった次の日、海上隔離施設にいるチンクはゲンヤに呼び出されていた。
ゲンヤは更生組のナンバーズのリーダー格であるチンクに、とある取引をするために来てもらったのだ。

「私達をゲンヤさんの部隊に組み込む……ということですか?」
「ああ、この前の展示場火災事故で逃げ遅れた魔法学院の子ども達がいたろ?その子達のリンカーコアがな、キレイサッパリ消えて無くなった」

以前の展示場火災事故、そこで魔導師ではない展示場の職員は逃げ遅れただけだった。
しかし、魔法学院の生徒達は別だった。
生徒達は何者かによって気を失ったあと、気がついたときには何やら糸のようなもので体を拘束されていたらしい。
その間の記憶がないことから、その気を失っている間に何者かが生徒達のリンカーコアを奪ったというのがゲンヤの導き出した答だった。

「このまえの火災事故以前にうちの魔導師も一人やられてな、その被害が一般人にも広がりつつある。しかもその被害のおかげで地上の魔導師の数がさらに減っちまった」
「なるほど、だからこそ私達姉妹……というわけだな」
「察しが早くて助かるが、まあそういうことだ」

ゲンヤがチンクに108部隊の協力してもらう理由は、彼女たちが魔導師とは違う戦闘機人というところにある。
チンク達は魔導師のようにリンカーコアを使って魔法を使うのではなく、それとは別の力を使うことによって魔導師と同等以上の力を出すことができる。
それならもし襲撃されるようなことがあったとしても魔導師のような被害は受けないかもしれないという考えである。

「しかし、いいのですか?私達は一応犯罪者です。こう言ってはなんですが、外に出たとたん逃げ出す可能性もあるかもしれませんよ?」

チンクの言うことはもっともだ。
今まで以上に数が少なくなっている魔導師だけでは今後の事件に対処しきれない可能性があるのは事実だ。
だからといって、元犯罪者を部隊に組み込むというのは流石に無理があるだろう。

「まあ、それはそうなんだけどな。どうも俺はお前さん達がそこまで悪い奴には見えねえんだ」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが……」
「いずれは俺が引き取ることにもなってるからな、それが少し早くなったとでも思えばいい」

そんなゲンヤのいかにも信頼しているといった雰囲気に何も言えないチンクは、その日に答えを出すことは難しいことと、妹達にも意見を聞きたいということを理由に返答を先延ばしにすることしかできなかった。

チンクが出ていって一人になったゲンヤは持ってきた携帯端末から一つの画像を出す。

「未確認生命体……か。できるだけ規制したつもりだったんだがなぁ」

ゲンヤが操作する携帯端末には青い目と青い鎧を纏った、展示場火災事故で人命救助に活躍したカイの画像が映しだされていた。
本来なら出来る限りで情報の流出を防ぐはずだった。
しかし、結局のところ全ての情報を食い止めることは叶わず、カイのあの姿が一部にバレてしまっていた。
しかし、ゲンヤはそのことを他の局員に言うようなことはしなかった。

「これでカイがこれだってバレたら、面倒なことになるだろうからな」

結局は姿を変えない限りは問題がないだろうと認識したゲンヤは、未確認生命体に対する地上本部の対策を記載している部分まで確認することはなかった。





展示場火災事故が起きてからしばらく経ち、機動六課ではフォワード陣を集めて最近多発している『魔導師襲撃事件』改め『リンカーコア消失事件』の捜査を進めるべくブリーフィングルームに集まっていた。
全員が集まったところではやてが立ち上がり、今回集まるきっかけとなった事件の説明へと移る。

「みんなにも以前話してたとは思うんやけど、魔導師襲撃事件のことは覚えてる?」

具体的な被害であるリンカーコア消失という被害までは伝えてはいなかったが、事件として新人達にも伝わっていたのか、その場にいる全員が肯定の頷きで返す。

「実はな、事件に進展が出てきたんで、そのことについての報告とこの事件の容疑者らしき人物が特定できた。せやから、今後はその容疑者の確保がみんなの任務やと思ってほしい」

それから今回の事件の詳細がはやての口から全員に伝えられる。
魔導師だけの襲撃がいつの間にか一般人にも被害を与えていること。
魔導師襲撃の場合と同じく、リンカーコアを持つ人間が狙われていること。
犯人の姿を見たものはなく、その全てが謎に包まれていること。
簡単に言うと以上のようなことが説明された。

「それで八神部隊長、容疑者の確保って……誰が襲ったのかわからないのに容疑者なんているんですか?」
「まさか……その容疑者って」

スバルの言葉にフェイトは、被害にあった人物とやや似たような状態になった親友を思い出した。
リンカーコアに直接関与する力を持った存在。
その存在によってリンカーコアの活動が停止し、今も魔法が使えない機動六課のエース。
その機動六課のエースの力を封印した者。

「……みんな、これを見て」

はやてはスバルやフェイトの言葉に答えずに、前にある大きなモニターにとある画像を映す。
そこには炎に包まれた建物……展示場と一緒に黒い体にフィットするスーツと青い鎧を纏い青い巨大な目をした異形が映っていた。

「これって……カイなのか?」

ヴィータは映った人物が、以前自分が倒した相手と同じ……似たような姿をしていたことでそれが誰なのか少しだが予想がついた。

「色が違うってのは……どういうことなんだ?」
「それについては何もわからん。もしかしたらカイ君やないのかもしれん」

今のところ、カイと似たような姿をしているというだけで、画像の人物がカイという証拠はどこにもない。

「でも、明らかにカイ君と関係あると見てええやろ。そういうわけで……」

はやては、今まで何も口を挟まないなのはをできるだけ見ないようにして今後の方針を全員に伝える。

「この異形、これを未確認生命体と呼称する。そんで、以前高町隊長を襲った白い方を未確認生命体第1号、この画像の青い方を未確認生命体第2号として指名手配することが今回決まったことや」

最後までなのはは、この決定に対しても何かを言うことはなかった。










今回のグロンギ語

ボンデギゾバ、グザ ラン
訳:この程度か、下らん





リリカル的タイトル『陸士108部隊長の懐に寒波が通過しました』
クウガ的タイトル『手配』
……タイトルが全然リリカルじゃない。

未確認生命体の番号が違いますが、そこのところはご容赦下さい。いまだにグロンギの存在をちゃんと認識して出会った人が誰もいないので。







[22637] 第11話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/24 00:57





カイの……未確認生命体の指名手配が決まった翌日、ゲンヤ・ナカジマは機動六課の八神はやてのもとへと訪れていた。
未確認生命体とは、以前起きた展示場火災事故において目撃された、人とは違う姿を持った異形を指している者を未確認生命体と呼称されている。
高町なのはを襲った者は未確認生命体第1号として認識され、展示場火災事故に現れたのは第2号として認識されている。
ゲンヤは第2号と呼ばれる存在がカイであることを知っているため、少なくとも第2号は人に仇なす存在ではないことをはやてに相談するために来ていたのだ。

しかし、カイが……第2号が人に仇なす存在ではないという証拠、つまりカイが第2号だと証明することは下手をすればカイが管理局上層部に利用されてしまう恐れがあった。
第2号……青い鎧を纏ったときは俊敏性、銀と紫の鎧を纏ったときは強大な腕力、緑色の鎧を纏ったときは遠くにいる子どもの悲鳴すら聞き取ることのできる常人離れした感覚、赤い鎧の時はウェンディしかまともに扱えないと言っていたライディングボードを、本人と同等に扱うといった、色によって特性が変わっている。
つまり、第1号もカイの持つ姿の一つとも考えられる。これではカイの疑いを晴らすことはできないだろう。
現にこの第1号になのはのリンカーコアは封印されているし、第1号がいたとされる現場で自分の部隊の魔導師はリンカーコアを消失させられた。
これでカイが犯人ではないと疑うなというほうが難しい。
そして疑いが晴れたとしても、その力が誰かに利用されかねないと思ったゲンヤは、はやてに第2号のことを知っていると言うことができなかった。
はやてのことを信頼していなかったわけではない。
ただ、言うことができなかった。

一方のはやても、ゲンヤが第2号は人に仇なす存在ではないという言葉に驚きを隠せないでいた。
ゲンヤが第2号のことを知っている限りのことを話さなかった理由もあるが、はやてはカイが……第2号がその鎧の色を変えるということを知らない。
だからはやてとしても第2号はともかくとして、第1号に関しては人に仇なす存在ではないと断言することもできなかった。
そして、カイにその気がなかったとしてもなのはのリンカーコアを封印したのは事実であり、以前の地上本部へのテロ事件ではテロ事態は未然に防がれたものの、近くでカイに似た人物が発見され陸士108部隊の魔導師のリンカーコアが消滅するという被害があった。
はやてはこれらのことを考えて、現状で多発している魔導師だけではなくリンカーコアを持つ全ての人間が狙われている事件にカイが大きく関わっていると考えていた。





機動六課から戻る途中に一度海上隔離施設を訪れたゲンヤは、ルーテシアとアギトを連れて時空管理局の地上本部近くにある医療施設へと訪れていた。
理由はルーテシアに今も眠っている母親と面会させることと、ここで検査を受けているリンカーコアが消失した自分の部隊の魔導師にとあることを確認するためである。
今はルーテシアはアギトを連れてルーテシアの母親、メガーヌ・アルピーノの病室へと向かい、ゲンヤは自分の部隊の魔導師の元へと足を運んだ。
そして、検査の終了した魔導師に携帯端末に保存してあるデータを見せる。

「それじゃあ、こいつじゃないんだな?」

ゲンヤが見せたのはギンガと一緒にいるカイの画像で、以前この魔導師を襲った存在とされる第1号とカイが同一人物なのかを確かめるためだ。
そして、はやてから入手した第1号の画像も見せて確認を取る。

「はい、俺が見たのは……ギンガと一緒に映っている奴よりも大柄で、軍服のような衣装の男でした。顔は……その、影に隠れててよく見えませんでしたけど、こいつのような体格じゃないのだけは確かです」

魔導師の答えから結果として、少なくともこの魔導師を襲ったのはカイではないことはわかった。
となると考えられるのは、この第1号と第2号……つまり第1号とカイは全くの別人なのか、第1号と第2号は同一人物だがリンカーコア消失事件の犯人は別にいるということかもしれない。

「しばらく情報を集めていくしかねえか」

今のところ有力な手がかりを何も得られないまま、ゲンヤはルーテシア達を迎えに行き海上隔離施設へと向かうことにした。
自分達が着く頃にはギンガもカイを連れてそこにいる頃だろう。

「なんか……土産でも買っていくか。嬢ちゃん達は何がいい?」

いつもというわけではないが、ときどきナンバーズ達にケーキなどを差し入れしているのを思い出したのか、時間もあるから何か買っていこうと思ってルーテシアに声をかける。
それというのも、ルーテシア達の好きなおやつを買っていけばいいだろうとゲンヤが思ったからだ。

「ならゲンヤさん、シュークリーム買ってこうぜ!!!」

ゲンヤの質問にすぐ答えたのはアギトだった。

「ケーキとかじゃなくていいのか?」

シュークリームならケーキ屋などで買えるが、なぜシュークリームが真っ先に出てくるのか不思議に思ったゲンヤは以前のアギトとカイのやりとりを思い出した。
以前からアギトはカイから全く別の名前を言われている。
他の皆がなんとなく元の名前に一応は似たような名前なのに対して、アギトは全く別の呼び方になっている。
自分も『ソンチョー』などと呼ばれているが、それはカイの知っている人物と似ているからだろうと考えているためカウントされていない。
そんなわけで、アギトはここで少しでもポイントでも稼いでカイに自分の名前を呼ばせようとしているのかもしれない。

「そうさ、シュークリームで買収してカイにちゃんとアタシの名前を言わせるんだ」
「アギト……フレイムフォーム?バーニングフォーム?」

とりあえず真っ赤に燃えているアギトは別として、ルーテシアのつぶやきには何も触れないほうがいいと感じたゲンヤはそのままルーテシアの言葉をスルーした。





結局シュークリームを買っていったものの、カイのアギトへの『ショ~イチクン』は変えることはできず、アギトは隅でブルーな気分になって落ち込むことになる。

「アギト……ストームフォーム?」

相変わらずルーテシアのつぶやきにツッコミを入れる者はいなかった。





アギト達が土産として持ってきたシュークリームを食べ終わり、チンクはゲンヤのもとへ向かって他のみんなが思い思いくつろいでいるころ、カイはそこから離れて以前の展示場火災事故のことを思い出していた。

「……おかしい。俺、緑の力を長い時間使えないはず」

以前子ども達を探すために使った緑の力、それは感覚や集中力を研ぎ澄ませるものだが、それにかかる負担は他の青や紫の力に比べて大きく、1分も持たせることはできない。
しかし、その時は気付かなかったが、今思えば以前使っていたときに比べて明らかに負担が減っていた。

「金の力は無くなったのに……これ、俺があいつと同じになったから?」

カイの心のなかにかつての惨劇の記憶が蘇る。
ある相手と戦い、それによって磨耗した心が少しでも回復するようにと休息の時を与えてくれた暖かい村。
それをたった小一時間で壊滅させた白いグロンギの王。
そのグロンギの王と同じ存在となり、その全てを破壊する力で壊滅した村をさらに破壊しつくした自分。
その力は自分の体内にある霊石が、グロンギの王によって直撃とまではいかないが攻撃を受けたことで罅が入った。
それの回復には時間がかかり、今では完治しているものの以前偶然手に入れた『金の力』は回復するに当たって消え失せた。
それと同時にあの力も失われたと思っていたが、そのときに得た……得てしまった凄まじき力がまだ自分の中にまだ残っているのか?
そんな不安がカイの頭の中によぎる。

「俺……いつかみんなを傷つけるのか?」

カイは自分のその問いに答えを出すことができなかった。





他のみんなが思い思いの時間を過ごしているとき、チンクはゲンヤのところへと訪れていた。
それというのも、以前ゲンヤの話していた陸士108部隊に協力するかどうかの返答をするためだ。

「答えは決まったってことでいいんだよな?」
「ええ、私達姉妹全員がゲンヤさんの部隊に協力することにしました」
「……すまねえな」

ゲンヤとしても本当ならこんなことはさせたくなかった。
しかし、現状では以前のJS事件による被害も完全には収拾することはできず、ここにきて魔導師襲撃事件も起きていることが人手不足に拍車をかけていた。
これで不足した人材がデスクワーク主体な者達だけだったらチンク達に頼むことはしなかっただろう。
しかし、今人手不足なのは前線に出ることのできる魔導師だった。

「ですが、ルーお嬢様達に協力させるのだけはやめてほしい。それが私達からの条件だ」

もともとチンク達は本人たちの意志はどうであれ戦闘用に生み出された。
また、自分達に心を砕いてくれているゲンヤ達に協力したいという思いもある。
だが、ルーテシア達までそれを強要するのはいけないと感じ、ナンバーズだけが部隊に協力するという結論になった。
そして、ゲンヤはチンクの提案を受け入れ、それから数日後ナカジマ家でルーテシアともども居候させることが決まった。





チンク達がナカジマ家へ居候するようになって数日後、カイはギンガに連れられてショッピングモールへと買い物に出ていた。
それというのも、チンク達は携帯端末の扱いに慣れているし、それがなくても連絡手段に困ることはない。
しかし、カイは陸士108部隊などで使う官給品の携帯端末の操作をちゃんとすることができないでいた。
そのため、操作の簡単な携帯端末をカイ用に与えるべく買い物に出てきたのだ。
チンク達は現在これからの自分達のことについて108部隊にて様々な説明を受けているころだろう。
もっとも、馴染みのあるギンガと共に行動するようになることは前もって決まっているので隊舎内の案内などで時間をつぶす事になるだろうが。

「カイ、これなんかどう?」

ギンガはできるだけ操作の簡単そうな少し型遅れの携帯端末をカイに渡して操作方法を教えていく。
そして、数分後には眼をグルグル回しながら頭から煙の出ているカイが出来上がっていた。





それから数十分後、一旦ショートしたカイの頭を何とか再起動させて、ギンガはカイと一緒に悩みながらとある携帯端末を購入した。
そして、今は他の人のアドレスをギンガが代わりに登録しているところで、ギンガは少しだけ不審に思うことがあった。

「ねえ、どうしてわざわざ『000』を空けてあるの?」

アドレスを携帯端末に登録する際、特に番号を付けない限りは『000』から順番に登録されていく。
しかし、カイはギンガの番号を『001』で登録していき、他の人の番号もそれ以降の番号で登録するように頼んできた。

「ここ、特別」

ギンガの言葉にカイは簡単に答えたが、その悲しそうな表情から何も聞くことができなかった。





「んで、買ってきたのがアレなのか?」

陸士108部隊の隊舎では、戻ってきたカイが買ってきたはずの携帯端末の話になっていた。
戻ってきたカイはどうしたのかというと……

「すごい、これ、ちゃんと聞こえる」

紙コップを耳に当て、その紙コップから伸ばされた糸の先にはもう一つの紙コップ。
そのもう一つの紙コップを持っているのはウェンディだった。

「すごいっす。カイ、もう一回やるっす」
「わかった」

通称『糸電話』と呼ばれるものを物珍しく見るナンバーズ。
その糸電話を指差すゲンヤ。

「違います。お父さん、これ」

そんな糸電話で戯れているカイ達を余所に、ギンガはカイ用に買ってきた携帯端末を見せる。
それを見たゲンヤは……

「おい、俺はまだコレを使うほど老いちゃいねえぞ」

げんなりした声でギンガの差し出した端末を評した。

「……コレしかカイの使えるものがなかったの」
「……マジか?」

困ったように言うギンガの差し出したのは、お年寄りでも簡単に操作できる最近発売されたばかりの通信をすることだけの通称『ラクラク端末』だった。

「これ、簡単」

しかし、そんな二人の呆れた声を無視するようにカイは糸電話をまるですごい発明品のように見ていた。





カイ達が糸電話で戯れている頃、機動六課のブリーフィングルームでは最近頻発している事件について話し合いがされていた。

「蜘蛛の糸?」
「うん、正確に言うと蜘蛛の糸に限り無く近いモノが火災現場で目撃されてるってことや」

集まったフォワードメンバーを前に八神はやてが現在持っている情報を伝えていく。
火災現場で逃げ遅れた人が蜘蛛の糸のようなもので拘束されていることが多いこと。
蜘蛛の糸のようなものではあるが、明らかに蜘蛛の糸以上に強靭なため一般人が引きちぎるのは難しいということ。
付近に魔力反応のようなものはなく、蜘蛛の糸にもそのような力は検出されていないということだった。

「これって明らかに魔導師がやるようなことじゃないですよね」

はやてから聞いた情報から、ティアナはありえないと思いながらも自分の考えを述べる。

「魔導師じゃないって……まさか未確認生命体?」

ティアナの言葉でフェイトは今のミッドチルダの状況で、一番ありえそうな答えを言う。
魔導師の力とは違う。でも、普通の人間には明らかにできそうにないこと。
それらから未確認生命体という答えが出てきても不思議ではない。

「おそらく、せやから今後は自主的に機動六課も未確認生命体関連の調査に移っていくから、みんなも覚悟していてな」

以前は注意のみに終わったものの、これ以上一般人の犠牲を抑えるためにも今後は積極的に動くことを伝えて解散となった。
そして、みんながいなくなった後、なのはは一人残ってはやての言っていた言葉のことを考えていた。

「蜘蛛の糸……カイ君じゃないよね」

なのはは異形へと変わったカイの蜘蛛とは似つかない、どちらかというとクワガタ虫のような顔を思い出して呟いた。





その日の夜、ギンガやカイ、チンク達はゲンヤに呼び出されていた。
それというのも陸士108部隊の隊舎付近で火災が発生したからだ。
ゲンヤは急いでギンガ達を連れて救助活動をするべく車を出す。
そして、しばらく後に現場へと着いた。
そこへ先に現着していた局員からまだ逃げ遅れた人がいると聞くやいなや、ギンガはチンク達を連れて飛び出し、救助活動へと移っていった。
しかし、救助活動を行う前に……

「カイ、お前は行かなくていいからな」

カイだけはゲンヤに止められていた。
ギンガ達も前もってそれを知っていたのか、特に何も言わない。
ゲンヤはカイの力なら多くの災害に役立てることができるだろうと考えていた。
しかし、現在未確認生命体として追われている以上、カイの力をむやみに使わせることはできない。
そんなこともあって、カイを常に自分達の目の届くところにいさせることにして、できるだけその力を振るわせないようにするしかなかった。

「んじゃ、俺は指揮に回るからカイは静かに待ってるんだぞ……って、カイ、どこ行った?」

ゲンヤが指揮に回るから少し相手ができないことをカイに伝えようと後ろを向いたとき、カイの姿はどこにもなかった。





ギンガ達が火災現場で救助活動をしているころ、そこから少し離れ雲に隠れて月明かりもまともに届かない裏路地では、人とは明らかに違う異形が火災現場から逃げるように走っていた。
人の肌とは明らかに違う色を持ち、頭には蜘蛛の脚のような飾りが付き、口元も蜘蛛を思い起こせるような怪人と言ってもいい姿。
それが人気のないところを駆け抜けていた。
しかし、その怪人は前方に人の気配を感じて立ち止まる。
そして、物陰から現れたのは……

「グムン、お前の仕業……だったんだな」
「ザ レザ !!!」

グムンと呼ばれた存在の前に現れたのはカイだった。

「ゴレゾギッデギス?キガラザ……」

そして、グムンと呼ばれた怪人はここの世界の人間が使う言葉とは明らかに違う言葉を話しながらも、カイのことを警戒する。
しかし、警戒しながらも人間など取るに足らない存在とでも思っているのか、いつでも飛びかかれるように徐々に距離を詰めていく。

「お前、子ども襲った……許さない」

カイは両手を腰の前で合わせる。それと同時にカイの腰には真ん中に赤い宝玉のようなものがついたベルトが装着された。

「ゾンベスオザ!!!」

グムンもカイの腰に巻かれたベルトに見覚えがあったのか、驚きを隠せないでいた。
カイは左手をベルトの真ん中の上に載せ、右手を左上に伸ばして構えをとる。
そして、右手を左から右に、左手をベルトに沿って左に動かす。
最後に右拳を左拳に合わせるようにして、カイは静かに言葉を紡いだ。

「……変身」

カイの言葉と同時にその姿が変わる。
黒のインナースーツのようなものに赤い鎧、赤い眼、黄金に輝く二本の角。
かつてグムンを封印した存在が、その姿を再び自分の目の前に現したのだ。

「クウガァ!!!」

それを思い出したのか、グムンは怒りの雄叫びをあげ、カイへと跳びかかる。
しかし……

「俺は……クウガじゃない」

瞬く間に赤から青へと姿を変えたカイはその跳躍力を持って、グムンの突進を回避する。

「ガアっ!!!」

グムンが口から蜘蛛の糸を吐き出し、カイの両腕と体を締め付ける。

「俺の名前……カイ」

しかし、カイは絞めつけられたことなど気にもしないように言葉を続ける。

「ヴィヴィオゥからもらった……大切な名前」
「オゾレザ」

しかし、グムンもカイの言葉など知らないとでもいうように腕の爪を身動きのできないカイへと向ける。
しかし、その爪が今にもカイの心臓に届きそうな瞬間、カイの鎧の色が青から銀と紫へと変わり、その爪がカイの心臓に届くことはなかった。

「俺の……新しい名前!!!」

そして、その怪力を使って糸を引きちぎり拳をグムンへと叩き込む。
グムンはそれを受けて吹き飛ばされ、カイも再び赤い鎧の姿へと変わる。

「グムン……これで終わりにする」

カイは自らの右拳を構えて、攻撃のタイミングを図る。その拳にはなのはのリンカーコアを封印したときのように光が溢れ出す。
グムンも同じ考えなのか、右腕の爪をカイの心臓に向け必殺の一撃を放つべく隙を窺う。
そして……





両者が同時に動いた。

カイはグムンの腹部に、グムンはカイの心臓に向かってその拳と爪を突きつける。
一瞬の激突、そして次に起こったのは静寂。
もし、今の激突を他の者が見たとしても月明かりもまともに届かない裏路地では何が起きたのかも判別がつかないだろう。

そして、丁度雲が流れ月明かりが両者を照らし出すことによってその決着がついたことがわかった。

「グムン……お前、封印する」

グムンの爪はカイが体を捻ることで紙一重で回避し、体をひねりながら突き出したカイの拳はグムンの腹部とその腰にあるベルトのような装飾品を巻き込むように当たっていた。
そして、グムンの腹部にはカイの光によってできた印のようなものが輝く。
カイはそのまま後ろに跳んでグムンと距離をとる。

「俺の……勝ち」

最後にカイが宣言すると同時にグムンは爆発し、グムンの立つ場所には何も残らなかった。





カイとグムンの戦いを見下ろす一つの影。
それはカイがグムンを倒すのを見届けるとつまらなそうに呟いた。

「拳でグムンを倒したか。リク、お前の戦い方は……そうではないだろう。それとも、俺へのあてつけか?」

まるでカイのことを昔から知っているような口ぶりで話す男はカイに興味を失ったのか、それとももはやここにいる必要がないからなのか、カイの右足を一瞥するとその場を離れるべく歩き出した。

「今のお前では……このゴ・ガドル・バには勝てん。本来の戦い方も、金の力も失ったお前では……な」

絶対的な自信を持ってガドルはカイとの力の差を確信する。
しかし、何かを思い出したかのように足を止めると

「しかし、ゲゲルが始まってもいないのにリントを狩り始めようとしていたグムンを倒したことは……感謝しておこう」

聞こえはしないだろうがそう言うと、再び歩き出した。





「なんで……爆発した?」

カイはグムンを封印するはずだった。
カイのいた村では人を殺すという概念はなかった。だからグロンギと呼ばれる種族を封印することで村を守ってきた。
そして、今回もグロンギであるグムンを封印の力を打ち込んで封印するはずだったのだ。
しかし、それができずにグムンは爆発した。

「これ、やっぱりあいつと同じになったから?」

全てを滅ぼす凄まじき力を手にしてしまい、霊石に変化が起きたからなのか?
そんなことを自分の右手を見ながら考えていると、急に誰かに足を掴まれた。

「カイ、こんなところで何してんの?あんたはその姿を見せたらダメなんだからとっととここから離れるよ」

カイの足を掴んでいたのはIS『ディープダイバー』で地面に潜っていたセインだった。
セインはカイを地面に引きずり込むと、そのまま地面の中を通ってゲンヤ達の待つ場所へと戻っていった。
それから数分後、カイが消えてグムンが爆発した場所にちょうど付近を巡回していた機動六課のフォワード陣が通報を受けて到着したが、すでにその場所には誰もいなかった。










今回のグロンギ語

ザ レザ !!!
訳:誰だ!!!

ゴレゾギッデギス?キガラザ……
訳:俺を知っている?貴様は……

ゾンベスオザ!!!
訳:そのベルトは!!!

オゾレザ
訳:トドメだ





今回のタイトルは……なんでしょう?『変身』それとも『月下』
今後修正をする際に話数の横にタイトルも一緒に入れるかもしれないので、もし何らかのアイディアとかがありましたらお手数ですが感想の方に一言お願いします。
最近ヴィヴィ王分が足りない気がします。








[22637] 第12話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/24 00:58





カイはセインによってギンガ達が救助活動をしていた場所に連行された。
そして、そこにいたのは……

「カァ~イ~、どうして勝手に出歩いたりしたのかしら?」

それはもう、後ろにいるウェンディ達が、そのあまりの可憐さに震え上がるような笑顔のギンガがいた。

「キンカン……俺、足痛い」

しかし、そういった事情に疎いカイはその可憐な笑顔をスルーして自分の現状を少しでも理解してもらおうと声を出す。
カイの現状、それは変身を解いてギンガの目の前で正座しながら、ギンガの言葉を傾聴していることだ。
何気に過去に同じようなことをした……されたような気もするが、そんなことを気にするようなカイではない。
なぜなら、その時もどうして怒られたのか未だに理解していないのだから。

「静かにする!!!あのね、どれだけみんなが心配したかわかってるの?通信しても出ないし、ちゃんと端末持っているの?」
「……持ってる」
「なら、どうしてちゃんと通信に出ないの!!!端末に連絡が来たら音がなるように設定してあるでしょ!!!」

ギンガはそういうと、自分の端末を操作してカイの『ラクラク端末』に通信を繋げる。
しかし、持っているはずのカイの傍では端末の呼び出し音が鳴らなかった。

「ほら鳴らない……端末持ってないじゃない」
「俺持ってる!!!」

ギンガの冷たい眼差しがカイを射抜く。
しかし、カイはそれにも動じずにポケットに手を突っ込んで何かを出した。
カイの手に握られていたものは……

「あ、糸電話っす」

ポケットの中で潰れてしまい残骸と成り果てた糸電話だった。

「……なら、それで私に通信してごらんなさい」
「わかった……キンカン、聞こえるか?」

呆れたような声で話すギンガに、カイは何も気にしないように意気揚々と糸電話を口元に当てギンガの名前を呼んでから耳に当てる。
しかし、糸電話からギンガの声は返ってこなかった。
もっとも、こんな近距離で使うのなら端末越しじゃなくても聞こえるんじゃないかというツッコミを入れられる者は存在しなかった。

「キンカン、これ壊れてる」

カイは見当違いな主張をし続ける。確かにぐしゃぐしゃになった紙コップの現状を考えればカイの言葉は正しい。

「壊れてるんじゃなくて……あ、それはもう壊れてるんだけどね、糸電話じゃ端末に通信はできないわよ」
「何?そうだったのか?」
「これ、使うの簡単だったのに……」

ギンガの疲れきった説明を聞いて、後ろにいるとある姉妹達の中で一番の年長者が驚いていた。
カイもせっかくみんなと話ができて簡単に扱える道具を見つけたはずだったのが、実はそうでないことを知って凹んでしまった。





一方、これより時間が少し前になるが、陸士108部隊の隊舎で留守番をしていたルーテシアとアギトは……

「また鳴ってる」
「なあルールー、カイは糸電話を持ってったんだよな?」
「うん、これの操作が難しいんだって」
「……光ってるボタン押すだけだぜ」
「……難しいんだって」
「そっか、難しいのか」

カイの頭の弱さに呆れていた。





カイがグムンと戦った場所には、市民から通報を受けてやってきた機動六課のフォワード陣が現場検証をしていた。

「はやて、これが通報してきた市民が撮った写真」

フェイトは市民がその戦いの光景を少し離れた位置から撮った写真を証拠として提出してもらい、そこに映ったモノを見て今回の事件が未確認生命体関係であると考え、上司であるはやてに伝える通信を繋ぐ。

『そっちの蜘蛛みたいな顔……一応第3号が今回の事件の容疑者として、そっちの……カイ君の変わった第1号みたいなのはホンマに鎧の色が違うだけやね』
「うん、あとは角の大きさも違うくらい……かな」
『そっちの赤いのは第4号ってところやな。で、第3号の行方は?』

通報してきた市民は最後までカイとグムンの戦いを見ることなくその場を離れてしまったので、フェイト達は第3号と呼称されたグムンが倒されたことは知らない。

「わからない。第4号もどこに消えたのかわからないから、付近の捜索を続けているけど……」
『そっか。なら、一通りの操作が終了したらすぐ戻ってきてな。これとは別の事件が起きたから』

はやては事件現場をそれ以上調べても何もないと感じたのか、それとも別の事件のほうが重要度が高いと感じたのか、別の事件のことの話をするときにやや沈痛な面持ちで声を出した。

「新しい事件?まさか……」
『それは戻ってきたら話す。ただ、今の時間が一番危険や、気をつけてな』

そうして通信が終わり、フェイトは空を見上げて最近起き始めた事件を思い出そうとする。

「今の時間が一番危険?そうか、夜だと……」

見上げた空には闇夜の中に月だけが輝いていた。





「フェイトママ、遅いね」

本来なら隊舎に戻り、今はもう寮の部屋で休んでいる時間なのだが、未だにフェイトが戻ってきていないことを心配するヴィヴィオ。
なのははヴィヴィオの相手をしながらはやての言葉を思い出していた。

「吸血鬼……か」

なのはが思い出しているのは、最近頻発している火災事故の他に、深夜に多発している首筋に牙のようなもので噛まれて命を落とすという『吸血鬼事件』のことだった。
被害者は全員死亡していることから、その全てが火災事故の被害者のようにリンカーコアを持っている人物とは限らないが、魔導師にも被害が出ている者も多い。
そういったことから、最近は深夜の外出等は控えるように市民への警告もされている。

「……なのはママ?」

話しかけても何も返答がなかったのを気にしたのか、ヴィヴィオがなのはの顔を覗き込んできた。

「ん?なんでもないよ。フェイトママももうすぐ戻ってくるから、もう少しだけ待ってようか。それとも、もうおねんねする?」
「ん~、待って……る」

フェイトの帰りをヴィヴィオは待とうとするが、流石に眠気に負けてきたのか、眼がトロンとしてきている。
なのはもそろそろヴィヴィオが限界なのを知っていたのか、背中をゆっくりと軽く叩きながら眠りへと誘う。
そして、遂には睡魔に耐えられなくなったのかヴィヴィオは眠りに付く。

「そういえばヴィヴィオ……最近カイ君のことを話さないな」

カイのことを忘れたのかとも思ったが、それは違うだろうとなのはは考える。

「声に出すと余計に寂しくなっちゃうからかな。カイ君……本当に今までの事件に関係しているのかな?」

今のところ第1号は地上本部へのテロ事件以外では姿を見せていない。
そのため第1号と第2号、第4号が同じ存在だと気付いていないなのは達は、この事件にカイが大きく関与していることを全く気付くことができなかった。





カイへのお説教が終わり、陸士108部隊の隊舎に戻ってきたギンガ達は、今回の出動でかいた汗を流すべくシャワー室へと向かった。
ルーテシアとアギトは戻ってくるのを待ち疲れたのか、戻ってきたときにはすでに眠っていたので、ゲンヤが先に家へと連れて帰った。
そして、ここで一つだけ問題が起きる。

「俺嫌だ!!!シャワー怖い!!!」

以前シャワー室で、不意打ち気味に顔面に熱湯を浴びるという惨劇に見舞われたカイがシャワーを使うことを拒否した。

「ダメよ。カイってば家でもお風呂にそんなに入らないでしょ。今日はちゃんと入りなさい」

ギンガはまるで子どもを躾けるお母さんのようにカイを説得する。

「でも、シャワー怖い。あの武器……強い」
「武器?」

みんながカイの訳の分からない主張に頭を捻る。

「いいから、ちゃんと入るのよ。もし入らなかったら今度からおやつのシュークリームは無しよ!!!」
「そんな!!!キンカン非道!!!」
「……ヒドイって言いたかったのよね?ともかく、約束したわよ」

カイの訴えに少しだけ戸惑ったものの、要件を伝えるとギンガ達は女性用の赤いマークの入ったシャワー室へと入っていった。





「う~」

カイは悩む。

「シャワー怖い。でも、シュクーリムは食べたい」

カイは恐怖に打ち勝ってご褒美を得るか、ご褒美を諦めてその恐怖から永遠に眼を背けるかで悩んでいた。
そんなことを5分程考え、ついにカイは腹を決めた。
そして……

「シュクーリム……食べる。俺、シャワー行く」

意を決したカイは決戦の場へと赴くべく扉を開く。
以前、機動六課でシャワー室を使ったときと同じのように、赤い女性用のマークの入ったシャワー室へ続く扉を……。





「なあギンガ、カイは一人でシャワーを浴びることができるのか?」

カイを外に置いて、一足先にシャワー室に入ったギンガ達はそれぞれが個室に入って、今回の出動でかいた汗を流す。

「大丈夫よ、カイだって子どもじゃないんだし、一人でシャワーくらい浴びることはできるわよ」

すらっとしたスレンダーな体のチンクの質問に、ギンガは頭からシャワーを浴びながら答える。
事実、カイはナカジマ家で普通に風呂に入ることはできていた。
シャワーに対する恐怖のせいか、あまり自分から進んで入ろうとはしないが風呂にはいることに関しての問題は何もない。

「そうっす、そういえばギンガに聞くのを忘れていたことがあったっす」

そうしてシャワーを浴び続ける中、それまで静かにシャワーを浴びていたウェンディがタオルで前を隠すこともせずに、思い出したかのように話題を提供してきた。

「聞きたいこと?何かしら?」

ギンガも突然出てきたウェンディの疑問に答えるべく、大した用心もせずに聞き返す。
そして……

「チン○って結局なんなんっすか?」

爆弾が落とされた。

「ち、ちん……」
「そうだ、私もそれを聞いておきたかった。なんせ私の名前にもなっているからな」

それに乗じてチンクもカイによって名付けられた言葉の意味を確認するべく話に乗っかる。

「確か……おちん○んとか、ち○ぽとか、ペ○スとか、男性○とか、肉○と同じ意味なんだよね。でも、それがなんなのかわからない」

ディエチも以前の話を思い出したのか、話に加わる。

「おちん○んとちん○とち○ぽは言葉的には似ている部分が多いです」
「ペ○スと男性○と肉○は全然違うけど、これも同じ意味なんだよね?」

ディードとオットーも興味を引かれたのか、今までで得た情報をまとめるようにギンガに聞いてくる。

「う~ん、アタシ達が聞かなかったってのもあるけど、ドクターも教えてくれなかったしなぁ……ノーヴェ、なんか顔が赤いよ?」
「うっせぇ、なんとなくだけどその言葉聞くと恥ずかしいんだよ」

セインがノーヴェの様子の変化に気がつき、ノーヴェはそれを悟られないようにツッパる。

「えっと……あの、その言葉はね、あの……その……なんていうか……」

ギンガは突然の強襲に何と答えたらよいのかもわからずに顔を真赤にしていることしかできない。

「キンカン、ちん○ってなんだ?」

そんな混乱しているギンガのすぐ傍で、カイがシャワーを浴びるべく意を決してシャワー室に入ってきた。

「あ、やっと入ってきたっす」
「ちょうどいい、私が体を洗ってやるから来るといい」

カイが入ってくるのをウェンディが見つけると、チンクはここぞ姉の本領発揮とでも言うようにカイの背中を流そうとする。

「えっと、ちん○っていうのはね、カイのこか……ん?」

ギンガもカイの質問に答えようとして思いとどまる。





今自分のいるところはどこだ?





女子シャワー室だ、間違いない。なんせ自分は今裸になってシャワーを浴びているところなのだから。





つまり私は女だ。ここにいて問題はない。





なら、カイの性別はどっちだ?





男の子のはずだ。普段の話し方はやや子どもっぽいところもあるが、体つきも立派な男だ。





でも、なんでここに、女子シャワー室にいる?





もしかして、カイは実は女の子だったんじゃ?





なら、それを確認しないと。





以上のことを考えつくまでほんの一瞬。その一瞬で判断したギンガはカイが女であると勝手に認識し、その股間を覗き込む。
そこには自分が子供の頃に、父親であるゲンヤのモノを見た以外は馴染みのない物体が……

「……ある」

馴染みのない物体が……あった。

「キンカン、どうした?」

カイの言葉に反応するように股間から視線を上にあげると、不思議そうにギンガを見るカイの姿があった。
そのカイの様子をシャワーを浴びた状態のまま、つまり裸のまま見つめたギンガは、それから数秒後に顔を真赤にしてシャワー室で気を失った。

「キンカン、のぼせたのか?」

気絶する前、ギンガはカイの心配したような声を聞いた気がした。





それから一時間後……。
夢でも見ていたのか、うわ言のように『ちん○、おちん○ん、ち○ぽ、ペ○ス、男性○、肉○』のことを説明しようとしながら、結局何も言えずに『あうあうと』唸っていたギンガは意識を取り戻すと同時に……

「カイ、そこに正座!!!」
「わかった」

ギンガはタオルを体に巻いた状態のままで、カイを床に正座させた。
そんな素直な反応のカイにギンガは呆れるが、思い直すように厳しい顔を作るとカイを見下ろすように問い詰める。

「言いたいことは……わかるわよね」
「わかる」

カイも何かを感じているのか、どこか嬉しそうな表情で返事をした。

「……そう、なら私が何を言いたいか言ってごらんなさい」
「うん、明日のおやつはシュクーリム」

嬉しそうに言うカイについにギンガの堪忍袋の緒が切れた。

「なんでそうなるのよ!!!」
「俺、シャワー浴びた」

ギンガの抗議にカイは何を言うのかとでも言うように返事を返す。

「だから、なんで女子用のシャワー室に入るのよ!!!」
「ん?俺、いつもあのマークのシャワー室入ってる」

カイはギンガの怒りがどうして起きているのかわからずに、赤い女子用のマークを指さす。
それから数十分の間、ギンガによる男子用と女子用の区別を教える講義が行われることになった。
ナンバーズはそんなカイとギンガを見ながら……

「結局今回もちん○のことはわからなかった」

今日も以前から知りたいことを知ることのできなかったことによる落胆した声が聞こえてきた。





ミッドチルダにあるとある場所では、以前カイとグムンの戦いを見つめていた男が赤い薄手のドレスのようなものを身に纏った女と出会っていた。
深夜となった今、ほとんどの人間が眠りについているこの時間にここに寄り付くような者は存在しない。
そんな閑散とした場所で二人は特に親しそうな素振りも見せること無く要件だけを伝えるかのように話しだす。

「ゴオマには困ったものだ」
「ゲゲルは始まっていない。グムンにはできなかったがガドル、お前が制裁を加えるか?」

たいしたことでもないとでも言うように女はガドルへと今後の対応を問いかける。
しかし、ガドルはつまらなそうに息を吐く。

「しばらく様子を見よう」
「……クウガの出方でも見るのか?……まあいい、ダグバが滅んでいる今、我らの頂点にはガドル……お前が立っているのだからな」

女はそれで話は終わりとでも言うようにガドルから離れる。

「もっとも、ダグバのベルトを受け継がない限りは『ン』を名乗ることはできないがな」

そんなつぶやきを残して立ち去った女にガドルは視線を送る。

「リクを……クウガを倒す。今度こそ俺の手で……万全の奴と戦い……」

改めて決意するかのようにガドルもつぶやくと女とは別の方向へと歩き出した。
ガドルの言葉の最後はあまりにも小さい声で聞こえた者は誰もいなかった。





ガドルが何者かと話をしている一方では、深夜の空を飛ぶ一匹の蝙蝠の姿があった。
いや、蝙蝠と呼ぶには明らかに巨大で、人のような足を持つ存在を蝙蝠と呼ぶには難しいかもしれない。
どちらかといえば蝙蝠人間とでも言うべきか、そんな存在が夜の空を獲物を探すかのように徘徊する。
そして……

「リズベタゾ」

蝙蝠人間は見つけた。
深夜の暗い道を歩く仕事帰りの女性の姿を……。

「キガラザゴレン……エモンザ 」

蝙蝠人間は何かをつぶやくと同時に、飛ぶ速度を上げて女性を背後から襲いかかった。










ミッドチルダから遠く離れたとある田舎では、吸血鬼事件など知らないかのような穏やかな日々が続いていた。
そんな田舎に白い服を来た青年が、何か面白いことでもあったのか笑みを浮かべながら歩いている。
もっとも、田舎であるため人は少なく、青年がどこかからやってきたとしても誰とも出会うことがなければ彼がよそ者かなんてわからないだろう。
そんなどこからやってきたのかわからない青年の前に、一人の女の子が遊び相手を見つけたとでもいうように飛び出してきた。

「お兄ちゃん、コレあげる」

突然そんなことを言うと、女の子は青年に向かって持っている白い花の中から一本だけ青年に差し出した。

「……くれるの?」
「うん、キレイでしょ?」

青年の言葉に女の子は笑顔で答える。
青年はもらった花を一度見ると、少しだけ不満そうな表情をする。

「……足りないな」

ほんのつぶやきにしかならない言葉だったが、女の子の耳には入ったようで少しだけ女の子は困ったような表情になる。

「あ、これはダメだよ。お母さん達にプレゼントするんだから。……そうだ、私がいいところに連れてってあげる」

女の子は自分の持っている花を後ろに隠すようにしてそう言うと、青年の花を持っていない手を掴んで引っ張るように歩き出した。
そして、来年にはミッドチルダにある魔法学院に入学することや、それと一緒に家族も引っ越すことなど、青年が聞いてもいないことを話しだす。
ここで女の子は気付くべきだった。
青年が持っている花がいつの間にか枯れ果てていることを。
しかし、久々にできた遊び相手が見つかったと勝手に思い込んでいる女の子は、それに気がつくことはなかった。

「ここだよ」

しばらくしてたどり着いたのはここで一番広い花畑だった。
一面に咲き乱れる花をいくつか摘んで、部屋を飾ることが趣味な女の子が見つけた秘密の場所。
ここに住んでいる人すらろくに知らない場所だった。今の季節は白い花が咲き乱れている。
ここなら青年も満足するだろうと思い、女の子は連れてきたのだ。
しかし……

「……足りないな」

青年は何も感じていないかのように自分の手のひらを見つめてつぶやく。

「これでも足りないの?それならねぇ、お兄ちゃんにいいもの見せてあげるよ」

女の子が青年に背中を向けると、とある場所に向かって歩き出そうとする。
しかし、目の前に広がっているはずの白い花が紅く染まっていた。

「足りないからさ、君のアマダムの欠片を……僕にちょうだい」
「あ、え……お……兄……ちゃん?」

女の子の胸から青年の腕が真っ赤になって生えていた。

「い……たい、いたいよ……ママ……パパ」

青年が腕を引き抜くと、女の子は青年から離れるように前へ前へと進む。
溢れ出る血は、真っ白な花の中をまるで青年と女の子を繋ぐかのように、一際映える赤い絨毯を作りだす。
狩る者と狩られる者を繋ぐ橋のように……。

「まだ……足りないか。同族は封印されたせいで大した糧にならないからね。君の……今で言う……なんだったかな……リンカーコアだっけ?そのアマダムの欠片で少しだけ力を取り戻せたよ」

青年は今にも命を失いそうに倒れている女の子へと歩み寄る。
そして……

「だから、これはお礼だよ」

腕を一閃。
それによってできた衝撃が女の子の体を砕くと同時にその体だけ焼き尽くす。
そして、その衝撃によって起こった風によって、白と赤の花弁がまるで女の子との別れを哀しむかのように舞い散った。
惨劇の中を最後まで笑顔でいる青年という、いかにも場違いな存在を恐れるかのように……。




今回のグロンギ語

リズベタゾ
訳:見つけたぞ

キガラザゴレン……エモンザ 
訳:貴様は俺の……獲物だ





リリカル的タイトルは「カイに常識を期待するのはダメなの」もしくは「災難は忘れた頃にやってくるの……字余り」
クウガ的タイトルは「惨劇」
……温度差ありすぎます。

風呂場シーンの第三の被害者のギン姉。次の被害者は果たして誰か?
ちなみに第1の被害者はスバル&ティアナで、第二の被害者はなのはです。
ナンバーズ(ノーヴェ除く)やヴィヴィオやキャロは見られても気にしてないのでノーカウント。

追記:どうでもいい話ですが『なのは』と『タトバ』って語呂が似てる。つうか、オンドゥル語みたいな感じ。








[22637] 第13話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2010/12/24 23:47




カイによる『女子シャワー室乱入事件』のために発生した、ギンガによるカイのための教育的指導が行われた次の日。

「……眠い」

ギンガは目の下に隈をつけた状態で洗面所までやってきた。
結局、カイが理解できたのはシャワーを浴びるという約束を一応守ったことによって、今日のおやつがシュークリームになったということだけである。
恐らく、昨日の説教も『明日のおやつはシュークリーム』ということしか頭にないカイが、その内容を覚えていることはないだろう。

「……はぁ」

ギンガは落ち込んだようにため息を吐く。
あまりにも話を理解出来ないカイに呆れていないわけではないが、それは大きな理由ではない。
おそらくストリートチルドレンとして生活してきたカイには、そこまでの常識がないのだろうとギンガは勝手に思い込んでいるからだ。
落ち込んでいるのは、夢でとある自分の姿を見てしまったことだ。
その夢とは、チンク達に向かってカイの股間にあるイチモツを参考にしながら自信満々に説明する自分の姿。
そこで恥らいを持って説明していれば、まだ落ち込まなかったかもしれない。
だが、そんな恥らいはどこ吹く風とでも言うように、全く気にすること無く説明している自分の姿を夢見てしまった。

「どんな顔してカイに会おうかな」

これでカイと自分が恋人同士なら、まだよかったのかもしれない。
だがギンガは、自分とカイの関係を姉弟か、親子のような感覚で接している。
ギンガが本当の母親だったとしたらそこまで気にならなかったかもしれないが、ギンガも年頃の女性でもあるため、気にするなという方が無理だった。

「……はぁ……あれ?」

再度ため息をついたところで、ギンガは庭から何か空気を斬るような音を聞き取った。

「何かしら?」

こんな早朝に誰かが起きているとは思えない。
とりあえずギンガは顔を洗ってから、風切り音のした庭へと向かって歩き出した。





ギンガは庭が見えるリビングに辿りつく頃と、そこには既にゲンヤが庭からこちらが見えない位置に隠れるようにして、庭のとあるところを見つめていた。

「……お父さん?」
「おう、ギンガも起きたのか。あれ、見てみろ」

ゲンヤに促され、ギンガはゲンヤの傍に向かうと指差されたところへと眼を向ける。
そこには、何かの拳法の型なのか、一心に打ち込みを続けているカイの姿があった。

「もう……一時間以上くらいになるか、俺が起きたときにはもう始めていたみたいだしな」
「一時間?」

一時間もただ打ち込みをしていたのだろうか?
そんな考えがギンガの頭の中によぎる。

「それにしても、どうしていきなり……」

カイが拳法の練習をしているところなど、ギンガは今まで見たことがなかった。
それはゲンヤも同じだが、ゲンヤは何か思い当たることでもあったのか、ただ黙ってカイの練習を見続けていた。
ギンガもゲンヤのその様子に何かを感じたのか、カイの練習を影から見ていることに決めたのだった。





それからしばらくカイの練習を見ていたのだが、不意にある不思議な部分にギンガは気付いた。
カイはどうやらボクシングで言うところのシャドーボクシング、つまり目の前に相手がいると想定して拳を打ち込んでいるのだろう。
しかし、途中でおかしな部分があった。
カイが拳を出した次の瞬間に、足が出そうになったところで動きが止まったのだ。

「……なんで?」

拳打に続くようにして蹴りを出す……と思っていた。
しかし、実際はそれを強引に止めるような形でカイは動くのをやめた。
ギンガは、もしかしたらこの不自然なカイの動きをゲンヤは心配しているのかもしれないと感じ、カイのほうも何か悩みを持っているのではと感じていた。





一方で、ゲンヤはギンガの思いとは全く別のことを考えていた。
火災現場から姿を消したカイ、今朝早くはやてから連絡を受けたことで知った『第3号と第4号の戦闘らしき行動』のことを聞くことができた。
それを聞いたゲンヤは、その戦闘の決着がついたかどうかは別として、カイが……つまりは第4号が、火災事故に残された蜘蛛の糸のようなもので取り残された救助者を襲った存在だと思われる第3号と戦ったことを考えていた。
以前から考えていたカイの人とは明らかに違う能力、なおかつ能力を根本的に変えることでどんな状況にも対応できる汎用性、これら全てが第3号のような存在を相手するためだとしたらカイと第3号にはどのような関係があるのかをゲンヤは心配していた。





そして、みんなが起きて朝食のテーブルにつく。
ギンガとゲンヤはカイの突然の行動を心配していたが……

「気のせいね」
「……だな」
「うぅ……約束と違う」

涙目で訴えるカイのおかげで、その心配はどこかに飛び去ってしまった。

「約束って何かしたかしら?」

ギンガは何か朝食のことでカイと約束したかと考えたが、それらしいことに覚えはなかった。

「今日のおやつ……シュクーリムじゃない。俺、シャワー浴びたのに……」

昨日のシャワーで、熱湯が眼に入るかもしれない恐怖を思い出したのか、カイは涙声で言ってくる。

「……シュークリームはおやつに出してあげるから、まずはご飯を食べなさい」

ギンガはカイが未だにおやつとご飯の区別もついていないのかと少し呆れるものの、一応約束したので今日のおやつにはシュークリームを出すと言ってなんとかその場を収めることに成功した。





カイとナンバーズ、そしてルーテシア達は、いつものように陸士108部隊の隊舎に足を運び、そこでいろいろな雑務を手伝いながら必要なときは出動する、それが本来の流れである。
しかし、その日は少しだけ違っていた。

「お前ら、今日は買い物に行って来い」

突然部隊長室に呼び出されたカイ達は、ゲンヤからそれぞれ何かの入った封筒を受け取った。

「ゲンヤさん、これは一体なんですか?」

居候組の代表者でもあるチンクがこれはなんなのかを問いただす。
他の面々も中を覗いて、そこにいくらかのお金が入っていることを確認した。
そんな中、カイだけは……

「これ、燃やしても暖かくない」

とんでもないことを考えていた。

「燃やすなよ、俺のポケットマネーなんだからな」

そんなとんでもないことを言うカイに呆れながらも、ゲンヤは話を進める。

「一応生活に必要なモンは揃えてはいるが、お前達もそれ以外に必要なモンでもあるだろ。今日はそれを小遣い代わりにそれぞれ必要なモンでも買ってこい」
「私はデスクワークがあるから一緒に行けないけど、大丈夫よね」

ギンガは昨夜の出動の報告書をまとめるため、カイ達に同行することができない。
そんなわけで、保護者のいないカイ達による初めてのお使いが今、始まる。

「みんな、道草食っちゃダメよ?」

流石に保護者のいない状態でお使いに行かせるのは心配なギンガは、みんなに気をつけるように忠告するために声をかけた。
そして、代表してカイが大丈夫だとでも言うように振り返ってギンガに答える。

「大丈夫だキンカン、道の草マズイ。公園の草のほうが苦いけど、まだ食べれる。だからお腹へったら公園の草食べる」

カイはギンガの注意をそのままの意味にしか捉えることができなかった。
そして、そのまま買い物にいく全員が部隊長室から出て行った。
そんなみんなの様子を見たギンガとゲンヤは……

「……ギンガ」

ゲンヤはカイ達が出て行った扉を指さす。

「……いってきます」

それだけで何を言いたいのかわかったギンガは、カイ達の後を追うべくため息をついて出て行った。





それから小一時間後。

「……奇跡が起きたわ」

ギンガはみんなを引率して、ショッピングモールまでやってきた。
普段ならカイとか、カイとか、カイが何かしら問題を起こして頭痛がするのだが、今回は特にトラブルもなく目的地に来ることができた。
これも日頃の教育の賜物かと感激しているギンガのところに……

「キンカン、キンカン」

現在のナカジマ家で一番の問題児が声をかけてきた。

「どうしたの、カイ?」

しかし、機嫌のよいギンガは優しい笑顔で返事をして、カイの方向を見て表情が凍りついた。

「みんな……いない」

連れてきた全員で店を見ながら買い物をしていこうと言っておいたはずなのに、ギンガの傍にはカイしかいなかった。

「みんなはどこ行ったの?」
「俺、知らない。キンカン、シュクーリムどこにある?」

どうやらカイのほうも、シュークリームがどこに売っているのかわからないからギンガに黙ってついてきただけらしい。

「……ちゃんとケーキ屋さんにもよるから、まずはみんなを探すわよ」
「……わかった」

疲れたような感じでカイに告げるギンガと、そのギンガの様子などお構いなしに落ち込むカイは、当てもないもののみんなを探すべくショッピングモールの中へと入っていった。





一方、そうそうにギンガから離れた者達はというと……
チンクとノーヴェ、ウェンディはとある洋服を売っている場所に来ていた。

「あ、これならチン○姉も着れる」
「ここにある服だと、チン○姉はともかく私達は着れないっすね」

ノーヴェが姉であるチンクに差し出したのは、頭からスッポリとかぶることができ、汚れても大丈夫なように体全体を覆う服と、黄色いつばのついている帽子だった。
ここで売られているのは洋服……ではなく、ジュニアスクールや幼稚園、そういった場所で使う制服専門の店なのだが、この三人が知るわけがない。
そのため、チンクの体格に合う服を見つけたノーヴェが特に気にするでもなく店内に入っていったのだ。

「ふむ、ゆったりとしてなかなか動きやすそうだな」

チンクのほうも渡された服を広げて、思いの外動きやすいのを気に入ったのか、表情をほころばせている。

「なら、これを買っていくっすか?なら、早く買って次は他の店に行くっす」

満更でもないチンクに、ウェンディは次こそは自分の番だとでも言うように急かす。
そんなウェンディの後ろから誰かが肩を叩いてきた。

「ねえウェンディ、勝手に行動しないようにって……言ったわよね?」

何か疲れているような口調。
掴まれたウェンディの肩にミシミシと力が込められる。

「い、痛いっす。一体なんなんっすか?」

いきなり肩を掴まれ、それを握りつぶすような痛みを訴えてウェンディは後ろを振り向く。
そこにいたのは……

「どうして何も言わないでこんなところにいるのかしらね?」

瞳のハイライトが消えた更正プログラムの教官の姿と……

「俺、これ着れない」

明らかにサイズの合わない服を頭から被っているカイだった。





それからアクセサリーショップを頭だけ床から出して物色しているセインを引きずり出し、黙々と本屋の本を読みあさっているディエチとオットー、ディードを確保することに成功する。
その途中でカイがアクセサリーショップでサングラスをかけて真っ暗だと騒いだり、本屋で無造作に取った本を見てギンガが顔を赤らめたりすることがあったが、何とか無事に合流することができた。
そして……

「ルーテシアとアギトはどこ?」

残りの迷子は二人だけとなった。
一応、案内センターで迷子の呼び出しをしてはもらっているのだが、チンク達は買い物に夢中であったため、その呼び出しが耳に入ってこなかった。
つまり、ルーテシアとアギトも同じようなことが考えられるだろう。

「キンカン、俺が捜すか?」

カイは変身して緑の力を使おうと集中すると、腰に緑に輝く石が埋め込まれたベルトが現れる。

「カイ、それはダメ!!!」

ゲンヤからカイの力はできるだけ他人の眼には触れさせないほうがよいと言われていたため、ギンガは慌ててカイを羽交い絞めにして変身を止めさせる
ギンガに羽交い締めにされてカイは変身するのを諦め、ならどうするとでも言うようにギンガを見た。
しかし、ギンガとしてもそうそういい案があるわけでもない。
そんなわけで……

「みんなでグループを組んで、それぞれ手分けして捜しましょう」

無難な方法しか思い出せなかった。
こうしてチンクとノーヴェ、ウェンディとディエチ、セインとオットーとディード、ギンガとカイに別れてルーテシアとアギトを捜すべく行動を開始した。





一方、そのころのルーテシアとアギトはというと……

「アギト、決まった?」

ショーケースに並ぶケーキを見て唸るアギト。
そんなアギトを見ながら、自分も食べたいケーキを探すルーテシア。
二人はカイが行きたい場所に既に先回りしていた。

「いや、シュークリーム買ってカイにあげるのはいいんだけど、どうやってアタシの名前をちゃんと言わせるか……ルールーはどうしたら良いと思う?」

いまだに無謀な挑戦を続けようとするアギトだった。

「思うんだけど、一気に勝負をつけようとするのが間違いなんだよな。まずはゆっくりとカイと話をしていって、少しずつアタシの名前を言えるようにすればいいと思うんだよ」

ルーテシアに相談しながらも、結局は自分なりの結論を出したのか、ルーテシアも聞き取ることができないほどの声でブツブツと話を続ける。

「そう、まずはどっしりと構えて、そこから冷静に、かつ熱心に教えてやればきっとカイもわかってくれるさ。……でも、もしまた散々な結果になったら……」
「……トリニティ?」

ルーテシアを無視するようにブツブツとつぶやき続けるアギト。
そんなアギトの落ち着いたような、それでいて何かに燃えているような感じから一転して、何か未来を想像したのか青ざめている様子を一言で表すルーテシア。
それから10分間、ギンガ達に見つかるまでアギトは結局ウンウン唸るだけで、シュークリームを買うことはなかった。





機動六課部隊長の八神はやては、部隊長室でとある人物からの通信を受けていた。

「え?クロノ君、地上に降りてくるんか?」
『ああ、本局はJS事件による被害は地上に比べて軽い。それにリンカーコア消失事件は今後の管理局のあり方にも関係するような重大な事件に発展する可能性も高い。だから、こっちは一段落ついたからそちらに僕が出向することになった。まあ、あくまで機動六課に協力するという形だけれどな』

はやてが通信をしていた相手は時空管理局本局に所属するクロノ・ハラオウン提督。
この機動六課設立に関係する一人であり、本人も機動六課部隊長であるなのはやフェイトに勝るとも劣らない実力を持っている魔導師である。

『それに、なのはのリンカーコアが未確認生命体第1号に封印されて前線で動かせる戦力が低下しているだろう?』
「それは……まぁ」

はやてにとってクロノの申し出はありがたい。
確かにスバルら新人フォワードも成長してきている。
しかし、それだけでなのはの抜けた穴を埋められるかといえばそうではない。
JS事件を終えてから新人達のランクを測定してはいないが、それでもせいぜい陸戦Aランクくらいだろう。
ティアナが4人のリーダーとして動くことはできるが、それでもまだ経験が浅い。
それならクロノに協力してもらうのは悪い提案ではない。
それにティアナに指揮官適性があるのなら、今のうちに艦隊を指揮するだけの能力を持つクロノに何かを教えてもらうこともできるはずだ。
それは自分にも言えることで、クロノが機動六課に協力してくれることで全体的な戦力の向上にもつながるだろう。
そして、これが一番重要かもしれないが、地上にはなのはやフェイトはやてのような高ランクの魔導師の数が少ない。
オーバーSのランクを持つ魔導師がいない部隊があることを考えれば、能力限定を受けているとは言えオーバーS、ニアSが5人もいる機動六課がこういった不可解な事件を担当する可能性が高い。
しかも、今はエースとも言える魔導師が戦力としてカウントすることができない以上、クロノの申し出は本当にありがたいことだった。

「……お願いするわ」
『うん、こっちもすぐに向かえる準備はできている。急げば今日の夜には到着する予定だ』
「わかった。寮に部屋の準備しとくから、泊まる場所は気にせんでええよ」
『ああ、助かる。それじゃ準備があるからこれで失礼するよ』

クロノからの通信を終えて、はやては一つだけクロノに言い忘れていたことを思い出した。

「第1号の正体を私達が知っているって言うの忘れてたなぁ……まあ、ええか」

流石に到着早々カイと接触することはないだろうと考えたはやては、クロノに説明するのは来てからで問題ないだろうと考えてそれ以上のことを考えるのをやめた。





買い物から帰ってきたカイ達は、それぞれが買ってきたものを互いに見せ合っていた。
その間のやりとりが以下である。

「私は水着を買ってきたっす」
「これで夏には海で泳げる」
「ウェンディ、セイン、それは下着で水着じゃないわよ」
「そうなんっすか?」
「まあ、似たようなもんだし、これでも問題ないね」

ランジェリーショップで買った下着を水着と勘違いしていたセインとウェンディ。
しかもそのことを特に気にする様子はない。

「まさか……これが子供用の服だったとは……」
「だ、大丈夫だよ、チン○姉。チン○姉なら何着ても似合うよ」
「そ、そうか?いや、しかしこの服でこの眼帯はまずいだろう」
「なら眼帯を取れば問題ないんじゃないかな?」

買ってきた洋服が学校の制服だとは知らずに、どうしたらより似合うのかを真剣に悩むチンクとノーヴェ。

「今日、本屋でこんなのを見つけてきた」
「肉棒奉仕in陸士1○8部隊……この表紙、ギンガさん?」
「これで長年追い求めていたチン○の真実が遂に明らかに……」
「没収!!!っていうか、なんでうちの部隊が出てるのよ!!!……これ私?」
「これは陸士1○8部隊の話で、108部隊の話じゃないよ?」

ディエチとオットー、ディードが見つけてきた黄色いマークが入り、どことなく艶っぽい表情のギンガらしき人物が描かれたA4サイズの薄っぺらな本を、ギンガは問答無用で取り上げる。
そんな中、一番の問題児であるはずのカイは、お子様三人衆の仲間であるルーテシアとアギトと集まって、何かを企んでいた。

「これは俺の分、これはキンカン、これはソンチョー、これはプータン、これはショ~イチクン、これはチン○、これはキャイ~ン、これはディーエッチエー、これはノンベ、これはウンデ、これはオットット、これはデッド」

カイはもらったお小遣いを使ってシュークリームを大量に買い込んでいた。
それをみんなでおやつとして食べようと、ルーテシアとアギトと一緒にお茶の準備をする。
そんな中、アギトがとある物を見つけた。

「なあカイ、箱にまだシュークリームが一個余ってるぞ」

そう、カイが買ってきたシュークリームの箱の中には袋に分けられた一つのシュークリームが残っていた。

「それ、あとで使う。プータン、あとで頼みある」

カイはそう言うと、皿に分けたシュークリームをみんなに配るべく、騒いでいるギンガ達の輪に入っていった。





その日の夜、ナカジマ家に帰り、家族全員で夕食を食べてみんなが寝静まるころ、カイはとある目的を実行するために家を抜け出していた。
できるだけ長い時間外に出ているわけにはいかないため、変身して青の力を使うことによって、時間の短縮をするべく、目的の場所に急ぐ。
そして、目的の場所に着く。
カイは小さな紙袋と折りたたまれた紙をその場に置くと、どこか嬉しそうな表情を浮かべながらその場を離れた。





深夜であるが首都クラナガンに到着したクロノは、本来ならどこかに泊まることを考えていたが、最近頻発している深夜の吸血鬼事件のことを思い出し、巡回替わりに付近を見回りながら機動六課の隊舎へと足を進めていた。
夜も遅いからなのは達は寝ているだろうが、夜勤の局員が待機いるだろう。
それなら着いたらその局員に事情を話して、ソファーにでも寝させてもらおうと考えてのことだった。
その道中、はやてからもらった情報を端末を使って確認しながら見回りを進めていく。

「第3号の被害は最近は聞いていないな。だとすると、今のところは第1号と第2号、それと第4号、この吸血鬼事件の容疑者も未確認生命体だとすれば第5号までいることになる」

今のところクロノが危険視しているのは、第1号と第3号、これから第5号と呼ばれるかもしれない吸血鬼事件の容疑者だけだ。
第2号と第4号は、第1号と外見が酷似しているが、同一人物とは言えない。
第2号は火災現場にいただけであって、何か被害を出したという報告は聞いていない。
第4号も第3号と同時に通報され、しかも第3号と争っている形跡があった。
そのため、現状で人を襲った、もしくはそう考えられる候補はなのはのリンカーコアを封印した第1号、蜘蛛の糸のような物で火災現場に拘束していたとされる蜘蛛のような外見の第3号が要注意とするべき存在だと考えている。

「とりあえず、今の時間に出てきそうなのは吸血鬼事件の容疑者だな」

クロノは気を引き締めると、すぐにも自分の愛機『デュランダル』を起動させられるようにして夜の街を再び歩き出した。





帰り道、家に戻るだけのカイは青の力を使ったまま駆け抜ける。
そんな中、誰かの悲鳴のようなものがカイの耳に入ってきた。
その悲鳴を聞いた瞬間、カイはそのまま聞こえた方向へと駆け出す。
しばらくすると、両腕に蝙蝠の翼のようなものを持った異形の怪物が、今にも女性に牙を剥こうとしていたところだった。

「やめろ!!!」

カイは加速した勢いをそのままに、異形へと体当りして女性から突き放す。

「クウガ!!!」
「お前……ゴオマか?」

カイは速さや瞬発力に優れる青の力から、もっとも平均的な能力を持つ赤の力に切り替えて目の前の敵と相対する。
かつて封印された者と封印をした者。
その両者が再び相まみえる。
しかし、そんなことを気にするより、カイは襲われていた女性を逃がすことを考えた。

「お前、ここから逃げろ」

無力な女性を守りながらの戦いは困難である。
それなら先に逃がしてから相手と戦ったほうがいいと考えたカイは女性にそう告げるものの、女性は恐怖に腰を抜かしたのか震えるだけで動こうとはしなかった。
それならと、カイは女性を守りながらゴオマと戦うべく、女性との間に入って構えをとる。
しかし……

「ラザ バンレンジャバギ。ベッチャグザラタンオキビズベスゾ、クウガ」

そう言うとゴオマは翼を羽ばたかせて空へと身を翻す。
そのままカイから離れるように飛び去り、あとにはカイと襲われていた女性だけが取り残された。

「……完全……じゃない?」

ゴオマの残した言葉を反芻して、カイは襲われた女性の姿を見る。
そして、女性の中にある小さな光の輝きを見つけることができた。

「アマダムの……欠片」

それはカイとグロンギが持っているのとほぼ同等の力であり、今の時代の人間は大なり小なりその力を持っている。
無論、カイとグロンギの持っている霊石アマダムは、今の世界でいうリンカーコアに比べて内包される力も桁外れに違う。
しかし、似通っている性質を持つ以上、封印されたことによって力を失ったグロンギ達には、失われた力を取り戻す絶好の餌でもあった。
カイは知らないことだが、今までの不可解な事件は、グロンギがその力を取り戻すためにその姿を隠しながら力を蓄えるために起きていたことだった。
そんなことは知らないカイは、とりあえず襲われた女性を助け起こそうと近寄ったときに……。

「その女性から離れるんだ!!!」
『Struggle Bind.』

突然現れた黒い軍服のような服を纏った黒髪の男性の声が響いた。
それと同時に水色の光が、カイを簀巻きにするように締め付け、いつの間にか拘束されてしまった。

「時空管理局本局所属、クロノ・ハラオウンだ。未確認生命体第4号、君に少し話を聞かせてもらう」
「う……え?……グロクテ……ハラグロイ?」
「……君は僕を馬鹿にしているのか?」

カイのいつも通りな反応を知らないクロノは、若干呆れながらも今にも女性を襲うように見えたカイを無力化するべくデュランダルを向ける。
しかし、カイは人に手を上げるつもりはさらさらない。
こうしてカイはクロノの手によって抵抗することもなくお縄となってしまった。





クロノが第4号と接触し、確保した次の日の朝。
ヴィヴィオはいつものようになのはと一緒に朝食を食べてから、いなくなってしまったカイのテントへと歩を進める。
それは、カイが行方不明になってから毎日続けている行為だった。
もしかしたら帰ってきているかもしれないと、ほんの小さな希望でしかないが、初めてできた友達が勝手にいなくなったことにショックを受けないわけがない。

「……カイ、戻ってる?」

テントの入り口を開ける前に、ヴィヴィオはカイがいるかどうか声をかける。
最初は声もかけずに入り口から中に入ったが、カイがいないことでのショックを緩和する……などと考えていたわけではないが、無意識のうちに最初に声をかけるようになっていた。
このように、前もって声をかけておけば中にカイがいないと考えられるため、以前ほどのショックを受けない。
そして、確認のためテントの中に入る。
そこにはカイがいなくなったときのまま……と言っても、何か物があるわけでもないので、中には何も無い……はずだった。

「……なんだろ?」

ヴィヴィオはテントの真ん中にポツンと置かれている紙袋を見つけた。
少なくとも昨日見た段階ではこんなものはなかった。
ヴィヴィオは袋を開けて中に入っているものを見ると、最近は食べないようにしたあるお菓子が入っていた。

「シュークリームだ。あれ?他にもある」

拾った紙袋のすぐ傍に置かれていたのは、折りたたまれた紙だった。
それを開くと、何かミミズがのたくったような線が書かれている。
ようく眼を凝らしてみると文字に見えなくもない。

「……お手紙かな?」

もしかしたら誰かからの手紙かもしれないと思い、ヴィヴィオは以前カイが言葉の勉強をしていたときに、ユーノに教えてもらった文字と照らし合わせて解読していく。

「えっと……ヴィ……ヴィ……オゥに……あげ……ろ?」

何とか解読していくと『ヴィヴィオゥにあげろ』という言葉が出てきた。

「ヴィヴィオゥ……あっ!!!」

ヴィヴィオのことを『ヴィヴィオゥ』と呼び、なおかつこんな下手な字を書きそうな人物をヴィヴィオは一人しか思いつかなかった。

「今度はヴィヴィオが字を教えてあげなくっちゃ」

ヴィヴィオは母親であるなのはに、やや季節外れのサンタクロースのプレゼントを自慢するべく、なのはが教官として見ながらスバル達が訓練している陸戦シミュレーターに向かって歩き出した。
その足取りは友達がいなくなってからは久しぶりの弾んだ足取りだったことに、ヴィヴィオが気付くことはなかった。





一方そのころ、季節外れのプレゼントをヴィヴィオに贈ったサンタクロースは……。

「カツ丼……食うか?」
「グロクテ・ハラグロイ、俺、シュクーリムがいい」
「……用意する。食べたらちゃんと知っていることを話してもらう。それと、僕の名前はクロノだ」
「……グロクテ?」

簀巻きから解放された後、機動六課の取調室の中で某提督に事情聴取を受けている……はずである。










今回のグロンギ語

ラザ バンレンジャバギ。ベッチャグザラタンオキビズベスゾ、クウガ
訳:まだ完全じゃない。決着はまたのときにつけるぞ、クウガ





リリカル的タイトルは『季節外れのサンタさん』
クウガ的タイトルは『簀巻』

リアルでは時期的に見ると季節外れではなくど真ん中ストライクなのですが、クリスマスを元にした話を考えつかずこういった話になりました。
いえ、やろうとすればできたかもしれませんが、そうなったら本当にタイトル通り季節外れになりそうでしたので、今回は諦めます。
いずれやれたらいいなぁ。







[22637] 第14話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/01/04 23:07





目の前の皿に山のように盛られた、サクサクのパイ生地の中にカスタードクリームが入った洋菓子。
人はそれをシュークリームと呼ぶ。
しかし……

「シュクーリム美味い」

局員とそうでないものを含めて、現在機動六課の敷地内にいる人物の中で、もっともシュークリームを愛するカイは、やはりその名前を正確に言うことはできなかった。

「それを食べ終わったら話を聞かせてもらうからな」

満面の笑みでどうしてここに連れられたのかわからないカイはシュークリームを食べ続ける。
その食べる姿を甘い物が苦手なクロノは、山のようなシュークリームがいつ食べ終わるのかを呆れながらも待っていた。





一方、クロノがカイから事情を聞くためにシュークリームの食べ終わるのを待っている頃、新人フォワード陣が訓練している場所ではヴィヴィオに続いて、別のとある来客が来ていた。
ヴィヴィオは季節外れのサンタクロースがプレゼントしてくれたシュークリームをおやつの時間に食べるために、シュークリームを冷蔵庫に入れに寮に戻ったためここにはいない。
そんなわけで、ここには訓練を行う者と訓練を受ける者、そして来客だけだった。

「なのはさん」
「ん?ギンガじゃない。どうしたの?」

早朝訓練の最後の締めとして、ヴィータとの模擬戦をしているのを少し離れた位置で評価しているなのはの元にギンガがやってきた。
ギンガも最初は模擬戦の評価をしているだろうなのはに声をかけるのをためらったが、こちらも重要な用事があるため、あえてそのためらいを抑えこんで口を開く。

「あの……家のカイ、知りませんか?」
「……はい?」

まるで家のペット知りませんか?とでも言うようなギンガの言葉に、なのはは一瞬新人達の模擬戦の評価を忘れてギンガの顔をポカンとした表情で見つめる。
ギンガが機動六課にカイを捜しに来れた理由、それはこんなこともあろうかと全てのカイの衣服に取り付けてある発信機の信号を辿ってきたからだ。
ナカジマ家の中で一番フラフラしている者は誰だ?と聞かれたら、まず全ての面々がカイと答えるほどに、カイは常日頃からフラフラと出歩いている。
昨日の買い物ではナンバーズやルーテシアが勝手に行動していたが、もしカイが自分の行きたい場所を知っていたら真っ先にいなくなっていただろう。
そんなわけで、ギンガはゲンヤの許可も取らずにカイの衣服に発信機を取り付けたのだ
つまり、今までセインがカイのところに都合よく来ることができたのはこの発信機の成果でもある。
その発信機の反応がここらにあることでギンガは機動六課へとやってきたのだ。

「えっと……ペットとかは見てないけど」
「あ、ペットじゃなくて弟です。最近できたばかりの」
「弟?」

とりあえず当たり障りの無いペットだと考えて、なのははギンガに告げるものの、ギンガの返事にさらに混乱する。

(ちょっと待ってよ、ナカジマ三佐の奥さんは殉職してるし再婚しているなんて聞いてないよ?そこでなんで弟なんて言葉が出てくるのかな?ねえ、私の考え方ってそんなに間違ってる?)

流石に家庭の事情を他人が聞くのも問題だと思い、ギンガに何も聞けずに脳内で今の状況から考え出される推論を繰り返すことしかできなかった。

「最近引き取った子なんですけど、あの子ったら好き勝手にフラフラするから心配で……」
(それはもう弟というよりはむしろ息子なんじゃないかな?それよりスバルはそのことを知ってるの?)

ヴィヴィオという娘がいるなのはにも思い当たることがあるのか、ギンガの心配の仕方が姉と言うよりも母親に近いと心の中でツッコミを入れる。
そして……

(カイ?あれ?そういえばカイ君と同じ名前だけど……ギンガの弟っていう感じじゃないし……気のせいかな?)

なのははギンガの弟という言葉とその弟への心配の仕方から、その弟が10歳にも満たないだろうと考え、行方不明となってしまったヴィヴィオの友達のカイとは別人だと考えてしまった。




一方、機動六課部隊長である八神はやては、早朝からクロノがカイを連れてきたことにも驚きつつ、本日来る予定だったデバイスの整備などを行う技術官マリエル・アテンザからの話を聞いていた。
本来ならカイが見つかったことをなのはやヴィヴィオに伝えようとしたのだが、なのはは教導中であり、ヴィヴィオにはカイへの最近の事件に関与しているかもしれないという嫌疑が晴れるまでは知らせないように考えたため、カイのことを知っているのははやて一人ということになる。
そして、マリエル・アテンザからはまさに最近頻発している未確認生命体関連の捜査のことだった。

「最近頻発する未確認生命体追跡用の試作ビークル、開発コードTRCS2000はもうじき完成するわ。それでなんだけど、機動六課でデータ取りに使ってもらえないかしら?」
「TRCS2000って、確か空戦魔導師より機動力に遅れをとる陸戦魔導師用に開発されてるバイクのことやね。でも、うちの部隊で使ってもええんですか?」

確かに機動六課とマリエルは、マリエルがレイジングハートやバルディッシュ、はやての使うシュベルトクロイツを整備していることもあり関係も深い。
しかし、だからと言ってそれが現在開発中の新型ビークルのデータ取り用に使わせてもらうまでの好意を受けていいわけでもない。

「うん、本当なら上の方にちゃんと聞くべきなんだけど、地上部隊も今のところ各部隊の連携がまともに取れない状態だし、今後の未確認生命体関連の事件が起きるのを考えると、現状でもっとも戦力のある機動六課に廻したほうが良さそうだなっていうのが開発陣の考え」

マリエルははやてのTRCS2000を託す理由を話し、その大まかな運用方法を提案する。

「今のところの考えでは、TRCS2000のライダーにはティアナにお願いしようと思うの」
「ティアナに?」

機動六課前線メンバーでバイクを運転できる魔導師はそんなにいない。エリオとキャロに渡すなんてもっての外だ。
そのことを考えればマリエルの言う提案ははやての予想の範囲内だった。

「でも、なんでティアナに?」
「新人達の中でもっとも機動力という面で遅れを取っているのはティアナよね?スバルはウイングロードがあるし、キャロの傍にはフリードがいる。エリオは高速起動型の騎士だからティアナよりは機動力が高い。それにエリオだとまだバイクは速いでしょうし、コンビを組んでいるキャロと一緒ならそこまで問題じゃない。でも、スバルとティアナでは機動力という面で大きな差があるから、それを補う形になればと思って」

マリエルの言葉にはやてはそれも一理あると思いながらも、別の方向に思考を巡らせる。
最近の未確認生命体関連に関わるカイが、もし機動六課に……管理局に力を貸してくれる事になった場合は、カイの力を当てにして新型バイクを渡すことになるかもしれない……と。

「そうそう、聖王教会で何か新しいロストロギアが確保されたそうよ」

はやてが思案中なのを余所に、マリエルが思い出したかのように別の話を切りだしてきた。

「ロストロギア?」

はやても突然の話題に少し興が削がれたが、機動六課が元々はロストロギア関連の調査に組織されたということもあって、その話を詳しく聞くために身を乗り出す。

「ええ、なんでも拳大の緑色の綺麗な石で、それが嵌めこまれている台座に見たこともない古代の文字のようなものが掘ってあったんだって」
「古代の文字……古代ベルカの?」

現状で古代にあったとされるベルカという文明、それと同じものなのかとはやては思っていた。

「ううん、少なくとも古代ベルカの文献に書かれているような文字じゃなかったみたい。だから今はそれの解読にユーノ君が聖王教会に行っているみたいよ」
「そっか」

はやてはロストロギアも気にかかるが、今はそれのことを考えていてもわからないというのが現状であり、マリエルからTRCS2000の詳細なスペックを確認することに意識を向け始めた。





一方、機動六課の取り調べ室では……

「君に聞きたいのは、未確認生命体のことについてだ」
「味覚院生明太子?」
「……どんなの明太子だ、それは」

ようやくシュークリームを食べ終えて満足そうな表情をしているカイに対して、クロノによる事情聴取が行われようとしていた。

「昨夜の件で、君があの被害者の女性を助けたことは女性の証言で確認された。僕が知りたいのはそれとは別のことだ」

クロノはカイの理解力が低いことをなんとなく察し、出来る限り分かりやすく言葉を選んで説明していく。
その工程で、今まで確認されている他の未確認生命体の写真などを見せることで、少しでも聞き出せる情報を増やすべく慎重に話を進めていった。
こうして……

「それでなんだが、君がこの写真と同じ人ということで間違いはないんだな?」
「これ、俺だ」

カイから聞き出したことで、クロノは第1号と第2号、第4号が目の前にいるカイ本人だということを確認することができた。

「こっちの3号……君が言うにはグムンという存在は君が倒して、昨夜の……第5号、ゴオマは逃げられた。そして彼らのことはグロンギという種族名で間違いはないんだな?」

クロノの再度の確認にカイは頷く。

「そして、人を殺すゲゲルというものをしている……と。なぜ今になってこんなことを……」

カイからの説明でも未だに納得できない部分がクロノにはあった。
なぜ今頃になってなのか。
そして、どうしてミッドチルダでこういった事件が頻発しているのか。
今まで……少なくとも、クロノの知る限りではリンカーコア消失事件に今回のような未確認生命体が姿を現したということは過去に例はない。
闇の書関係の事件ではシグナム達……少なくとも人の容姿や獣の姿をした存在だった。
そんなこともあって、目の前にいる人物にも疑いの眼を向けないわけにはいかなかった。

「君は……一体何者だ?」

未確認生命体……グロンギという種族を知っている、現在でただ一人の人物。
その彼も雰囲気は別として、人とは違う姿となる時点で無関係とは言えない。
いつしかカイも雰囲気を察したのか、うつむいている。

「俺……グロンギ封印する存在……だった」

うつむきながらカイは自分がどういう存在なのかを改めて考え直され、それと同時にその役目とはかけ離れた存在になってしまったことをも思い知らされる。
封印する者から……殺す者へと。

「……封印?……だった?君がそのグロンギを封印したのか?なら、どうして……」

その封印が破られたのか?
そのことを聞こうとしたが、それが今は意味を成さない状況であると気付いて何とか言葉を押し込む。
封印から目覚めた以上、破られた理由を聞く必要はない。
むしろこれからどうするべきなのかを考えるべきだった。
そして、その対処としてもっとも有効であるのは、出自は別として過去にグロンギを封印したカイに協力してもらうことである。
クロノは咳払いをしてから、再び話を仕切り直すように改めてカイを見つめて話しだす。

「話を戻そう。これからもグロンギは出てくると考えられる。カイ、もしよければ君に力を貸してもらいたい」

実際にグロンギとの戦いにカイが前に出て戦ってくれるのなら、今まで封印したことのあることも踏まえて最も的確な手段となるだろう。
そうではなくても過去の戦いから分かる弱点なり、相手の長所を知ることが出来れば有効な作戦を得ることもできるだろう。
そんなこともあってクロノはカイに力を貸してくれるように頼む。
しかし……

「いやだ」

カイはすかさず拒否の意を示した。

「グロンギと戦うのは……俺一人。ガドルのようなことは……もういやだ」

そう言うとカイは椅子から立ち上がり、扉に向かって歩いて行く。
元から話を聞くためだったし、ドアの外には使用中の立て札を下げているから、いきなり誰かが入る心配もないので鍵をかけていない。
そんなカイを無理やり拘束するわけにもいかず、クロノはせめて少しでも情報を得ようとするが、何を聞けばいいのかがわからない。
そのため……

「ガドルのようなこと?それは……一体どういう事なんだ?」

何かの言葉なのか、それとも名前なのか、カイの過去も何もわからないクロノには聞くことしかできなかった。
しかし、その言葉は耳に届いたのか、カイは扉を開く前に立ち止まると……

「ガドルは俺の……友達だ」

そう言い残すと、カイは扉を開いて取調室から出て行った。
あとにはカイの言葉を聞いて、それでも意味がわからないクロノが取り残されただけだった。

「とも……だち?」

カイの言葉の意味はわからなかったが、クロノはすぐに気を取り戻すと、外に待機しているだろうある者へと念話で連絡をとる。

(ザフィーラ、カイがそろそろここから出ていくようだ。すまないが尾行を頼んでもいいか?)
(わかった)

協力を得られたらしめたものと考えていたが、無理な場合は少しでもカイの所在を知っておけばいざという時の備えになるだろうと考え、人間の姿ではないザフィーラに後を追ってもらう。

「……まあ、これ以上事件が起きないのが一番なんだけどな」

クロノはこれから起きるかもしれないことが起きないように祈るばかりだった。





こうしてクロノとの話を終えたカイは、シャワー室の前を自分の頭を押さえて震えながら通過し、自動販売機にあったシュークリームを買うべきか悩み、自動販売機の使い方がわからないことを知り……もとい、なんとかシュークリームの誘惑を振り切って外に出る。

「……ここ、どこだ?ソンチョーの家……どこだ?」

そして、隊舎に来たのは久しぶりであること、一応自分の家であるナカジマ家への道もわからず途方にくれて歩き出すことしかできなかった。

「ぐすっ……緑の力使えば、ソンチョーとキンカンのいるところわかるのに」

こうして再び放浪の旅に出ようとしてところで……

「あ、松明」

思い出したように以前ギンガに買ってもらった携帯端末である、通称『らくらく端末』を思い出してポケットに手を突っ込む。
そしてそこから出てきたのは……

「キンカン、聞こえるか?」

ただの糸の付いた紙コップ……壊れた糸電話だった。
そんなカイを遠くで見つめる一匹の守護獣は……

(何をしているんだ?カイの奴は)

カイの奇っ怪な行動を呆れながら見ていた。





ミッドチルダの外れにある、人が寄り付かなくなった建物の地下では……

「ゲゲルも始まっていないのにリントを狩り始めるとは……どういうつもりだ、ゴオマ?」

黒い服を着てやせ細った男が、軍服を着る大柄な男に殴り飛ばされていた。
周囲にはその黒い服の男をあざ笑うかのような表情を浮かべる人間が何人かいる。
そして、体のどこかにタトゥーのようなものをしているのがここにいる全員の特徴とも言えた。

「ガドル、もうよせ。お前の力でこれ以上殴ってはゴオマが死ぬ」
「……バルバ」

殴った大男……ガドルを止めたのは赤いドレスを着たバルバという女だった。
ゴオマは殴るのをやめたガドルから逃げるようにバルバの後ろに隠れる。

「まあいい。ゲゲルが始まってもいないのにリントを狩った貴様にゲゲルを行う資格はない。だから……」

ガドルはバルバの後ろに隠れるゴオマを睨みつける。

「ダグバのベルトを探せ。そして俺の元へと持ってこい」

それをゴオマに告げるとガドルはゴオマを見下すような視線を向けてからその場を立ち去った。

「ボン……ザンマモンガ」

そんな立ち去るガドルの背中に、ゴオマは侮蔑するような視線で何かをつぶやく。

「……メビオ」

バルバはそんなゴオマのことを気にするでもなく、近くにいる者へと声をかける。
そのバルバの声で前に出てきたのは一人の女だった。
ヒョウ柄の服に黒い革の半ズボンを履いた女は自信あり気な表情をして、バルバの後ろに隠れているゴオマに視線を向ける。

「お前が最初のゲゲルを執り行え。数は……」

バルバの言葉を聞き、メビオと呼ばれた女はその闘争本能を剥き出しにしたような笑みを浮かべるのだった。





一方、機動六課からナカジマ家に帰る道を忘れてしまった迷子のカイは……

「どこだ……ここ?」

機動六課の隊舎から出て二日後、カイの目の前にあるのは今まで見たことのない大きな建物だった。
その上には十字架のような置物がある。
そんなことをお構いなしに、カイの腹からは大きな音が鳴る。

「お腹……空いた」

二日間の間、何も食べていなかったカイは今更になって自分が何も食べていなかったことを思い出し、その視線が地面に生えている草に向かう。

「これ……美味いかな?」

カイはとりあえずギンガに言われたように道に生えている草ではなく、それ以外の芝生の中に入ってそこに生えている草を毟って口に入れだした。

「……うん、苦いけど……食べられる。道の草……ジャリジャリしてマズイ」

少なくともギンガの言っていた『道草を喰うな』という言葉をそのまま捉えているカイは、その言いつけ通りにしているので周りに人がいても気にせずに草を毟って食べ続ける。
そこから少し離れたところでは、尾行の差し入れにあんパンと牛乳をヴィータからもらったザフィーラが隠れてそれらを食べていたが、それに気付いた人間は誰もいなかった。
誰もが草を食べているカイに眼が向いていたからだ。
ちなみにあんパンと牛乳の差し入れは、機動六課所属の某執務官が張り込みの必須アイテムとしてヴィータに渡したものらしい。

「あの~」

そんな困惑しているカイに向かって、後ろから女性が声をかけてきた。
振り向くと、そこには紫色の短い髪の修道女が心配そうにカイを見ていた。

「そんなのを食べているとお腹壊しますよ?」
「ん?でも俺、お腹空いた」

カイは修道女の心配を余所に、再び毟った草をパクリと口に含めて咀嚼する。
草を噛むごとに口の中に苦味が広がるが、そのまま食べるほうがお腹に悪いと既に経験しているのか、カイはその苦味を敢えて耐えながら口を動かす。

「……わかりました。食べる物はこちらで用意しますから、とりあえず草を食べるのはやめてください。本当にお腹を壊しますよ」

修道女はため息をつきながら、なんで子どもの相手をしているような感じなんだろうと思いながらも、カイを食事のできる場所へと連れていこうとする。
しかし、途中で立ち止まると……

「申し遅れました。私の名前はシャッハ・ヌエラ。ここ、聖王教会に所属している修道女です。あなたのお名前は?」

カイのいる方に顔を向けて、自分がまだ名乗っていないことを謝りつつ、自己紹介とカイの名前を聞く。

「俺の名前……カイ。……ヒャッハー」
「……そんなに愉快な名前ではないのですが……今はまあ、いいでしょう。付いてきてください、簡単な物ではありますが食事を用意します」

こうしてシャッハに連れられ、カイはいつの間にか聖王教会の世話になることとなった。





一方、同じ聖王教会の敷地内のとある一室では……

「これが発掘されたロストロギアなんですね。でも……こんな材質は初めて見るよ」
「そっか、ユーノ先生でも初めて見るようなものなのか」

発掘されたロストロギアを調べるために無限書庫の司書長を務めるユーノ・スクライアがヴェロッサ・アコース査察官の案内で金色の台座に埋め込まれた緑色の綺麗な宝玉の調査をしていたところだった。

「この台座に彫られた文字……これが重要なものだとは思うんだけど……」

悩み始めるユーノを余所にヴェロッサは窓から外を見ると、幼なじみのシャッハが誰かを教会内へと連れていくのが見えた。
そのことを声に出そうとしたそのとき……

「解析は順調ですか?」

黒い騎士服を纏った長い金髪の穏やかな印象を持つ女性が、両手に持ったトレイにティーセットを載せて部屋に入ってきた。

「あまり根を詰め過ぎるとかえって効率が悪いですよ。少し休憩でも入れたらいかが?」
「ありがとうございます、騎士カリム」

部屋に入ってきたのはヴェロッサ・アコースの義姉であり、聖王教会の教会騎士団所属の騎士であり、時空管理局の理事官、機動六課設立の立役者の一人でもあるカリム・グラシアだった。

「シャッハにお茶の用意を頼もうと思ったんだけど、いなかったから私のほうで用意したの。シャッハみたいに美味しくできないと思うけど、そこのところは勘弁して下さいね」
「義姉さん、シャッハなら今さっき外に……」
「……あら?」

カリムは自分がお茶の用意をしてきたことを説明し、ヴェロッサがお探しの人物が外にいたということを告げようとしたときに、カリムが何かに気がついたのかとある方向に視線を向けた。

「騎士カリム、どうかしたんですか?」
「いえ、今……そのロストロギアの宝玉が光った……ような気がしたので」
「え?」

カリムの答えにユーノは再びロストロギアを見てみるものの、カリムの言うような反応は見られなかった。

「見間違い……だったのかしら?」

カリムは自分の見た光が幻だったのかと思うが、それもまた違うとも感じていた。
なんとなくだが予感がしたのだ。
あの光は、このロストロギアが待ち望んでいた何かを感じたことで放たれた光なのかもしれないと……。









今回のグロンギ語

ボン……ザンマモンガ
訳:この……半端者が





リリカル的タイトル『ザフィーラは二日間カイをちゃんと尾行してました』
クウガ的タイトル『進展』:ようやくクロノに対してのみですが未確認生命体関連で話が進んだので。

カイとガドルの関係はこの話でのオリジナルの関係になるかと思います。それがどのような話に繋がるのかはこれから先の展開次第と言う事で。







[22637] 第15話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/01/10 23:27






カイがクロノからの事情聴取を終えてから吸血鬼事件は起こることは無く、ミッドチルダに平和が戻った……と思われた。
しかし、次の日からはまた別の事件がミッドチルダに降りかかることになる。

辻斬り事件。

マスコミではそう呼ばれる事件。
被害者の傍を風が通り抜けたかと思うと、被害者は斬り刻まれて血まみれになることを例えた事件。
以前までの事件がリンカーコアを持つ人間に被害が集中していたが、今回の事件ではリンカーコアの有無や大きさについては全く関係なく、被害を受ける人間にも共通点のようなモノは見当たらなかった。
そして、吸血鬼事件は別として襲われたものの、以前の事件では命には別状がなかったものの、被害者全てが死亡しているという事実もあった。
時空管理局は以前とは手口が違うものの、その事件の犯人を未確認生命体と考えて操作を進めていたが、とある地上部隊の局員が偶然被害の場に居合わせたときに未確認生命体らしき存在を追跡したのだが、そのあまりの速さに追撃を断念することがあった。
しかし、それにより事件が未確認生命体関連であるという確認にもなった。
それゆえに時空管理局は市民への危険を訴えることと、それに伴う地上部隊の戦力増強を考えていた。
しかし、地上部隊の戦力増強という部分で問題が浮上することになった。
……戦力となる人材がいないのだ。
いや、全く人材がないわけではないが、JS事件後に起きた謎の魔導師襲撃事件。
これも今は未確認生命体の仕業と考えられているが、それが判明したところで戦力の増強にはなんにも繋がらない。
本局から戦力を送ってもらおうとしても、今の管理局の現状では前線で活動できる魔導師の決定的な不足によりそれも困難。
打てる手立てが殆ど無かった。
それにより、地上本部の上層部ではある部隊にその問題を投げ捨てることを考えつく。
その部隊の名前は……

「ちゅうわけで、機動六課は新たに未確認生命体対策本部となることが決定した。……はぁ、なんでうちの部隊なんやろ?」

機動六課のブリーフィングルームには、ロングアーチの面々を始めフォワード部隊、ヘリパイロットのヴァイスとサブパイのアルト、そしてミッドチルダに来ていたクロノが集まり、はやてが今後の部隊方針の話を進めていた。
最後のため息は面倒なことを自分達に放り投げられたことに対する呆れも入っている。

「それにともなって一年という活動期間も延長されることになって、未確認生命体関連の事件が落ち着くまでは六課はこのまま残るっちゅうことになる」
「本来の解散後のみんなの進路については先方に連絡を通しているから今のところは問題ないよ。まあ、出来る限り早い段階で事件を解決出来ればいいんだけどね」

はやてはみんなが一番気になるだろう機動六課の活動期間の延長を説明し、フェイトがそれに補足する形で話を進める。

「んで、これからの指揮系統なんやけど……」

はやてはそこまで言ったところで視線を六課の面々から少し離れて見ているとある人物へと移す。

「クロノ・ハラオウン提督にお願いしとこうかなぁ~と」

JS事件の際にジェイル・スカリエッティに出し抜かれたことや、六課が壊滅寸前までいったことがはやてにとってこれ以上部隊を指揮することに不安を持たせていた。
そしてクロノも前もってはやてからその悩みを聞いていたのか、それを承諾していた。
しかし、他の面々にはそういったことを事前に言っていなかったため、若干の混乱が訪れる。

「我々はハラオウン提督のことを知っていますから問題はないのですが……」

みんなを代表するようにシグナムが、クロノのことをあまり知らない新人達へと視線を向ける。
エリオとキャロはフェイト経由でクロノとの面識はあるが、それはフェイトの家族としての面識だけで管理局の局員としての面識はない。
ティアナは元執務官で艦隊艦長の提督という肩書きから、クロノが優秀な魔導師だということはわかるし以前に会ったこともあるが、それでいきなり言われて『はい、そうですか』と答えられるわけでもなかった。
スバルもクロノのことを知っていたが、ティアナとは違って面識もないのでどう反応していいのかわからなかった。
そんなこともあり、どのように反応してよいのかわからない新人達を思ったのか、なのはが代案を提案してきた。

「だったらさ、しばらくはクロノ君には私の代わりをしてもらうってのはどうかな?」
「なのはさんの代わり……ですか?」

スバルはなのはの提案の意味の確認を乞う。

「そう、今の私は魔法を使えないからみんなと一緒には行動できないし、戦力も減っている。だからクロノ君には私の代わりにスターズに入ってもらうのと、はやてちゃんの指揮のお手伝いをしてもらえばどうかな?」

なのはの提案はいきなりクロノに指揮を執ってもらうのではなく、新人達と現場で実際に行動することで徐々に打ち解けさせようという考えだった。
今後の作戦では、未確認生命体がどういった能力を持っているのかわからない以上、個人での行動は厳禁となるだろう。
それならばクロノとの行動に慣れていない新人達も、フェイトやシグナム、ヴィータのフォローがあればなんとかなるという考えもある。
また、はやてにとってのアドバイザー的存在になることで、ロングアーチの面々にもクロノとの接点はあるし、その指揮能力の片鱗を垣間見ることができるだろう。

「それにクロノ君は魔導師としてはオールラウンダーな実力を持っているからみんなにも勉強になることがあるかもしれないしね」

こうしたなのはの提案もあって、クロノは前線で行動することが決まった。
もっとも……

「これからよろしくね、お兄ちゃん」
「フェイト、その呼び方はやめろと……」
「だってお兄ちゃんだし」

フェイトの言葉に顔を赤らめるクロノを見た新人達は、提督と言っても普通の人間なんだなぁと感じ、堅苦しい印象はほとんど無くなった。





そして話は今回の未確認生命体に関係する話へと続いていく。

「それでクロノ、どうやって未確認生命体と戦うの?」

そうなると自然に今回の事件でもっともウェイトを占めるだろう未確認生命体との戦い方を考える流れになる。
今回の事件に関わっている未確認生命体は、常識を越える速度で地上を走ることが他の部隊からの情報で確認されている。
フェイトは自分の速さには自信がある。だから、もし必要であれば自分が未確認生命体の相手をするべきだとも考えていた。
しかし、クロノはその必要はないとでも言うように……

「そうだな……10年前と似たようなやりかたが有効かもしれないな」

頭の中である作戦をシミュレートしていった。





一方、聖王教会所属のヒャッハー……もとい、シャッハに保護されたカイは……

「これ……苦くてキライだ」

出てきた食事に入っていた緑色の悪魔……ピーマンを見て涙目だった。

「好き嫌いしていては大きくなれませんよ。それに、ピーマンも大地からの恵みです。残すとバチが当たりますよ」

そんな涙目のカイを見たシャッハも、カイの異様に子どもじみた感じから、子どもを嗜めるような言葉使いで話す。

「あらシャッハ、そちらの方は?」
「あ、騎士カリムそれにロッサ、こちらは迷子……でしょうか?」

シャッハの後ろから声をかけてきたのは、ユーノと別れて食堂にやってきたカリムと上着を腕に抱えたるヴェロッサだった。
流石にカイのような外見の男を迷子と呼んでいいのかわからないシャッハは若干言葉を濁らせる。

「迷子……ですか?」
「……おそらく」

カリムの言葉に自信の持てない返事しかできないシャッハ。
そして、そんなことをお構いなしに……

「ヒャッハー、おかわり」
「ぶっ」

飯粒を顔につけたままで茶碗をシャッハに差し出したカイと、その呼んだ名前に吹き出したヴェロッサの姿があった。





そして、初対面同士での自己紹介がいつものように始まる。

「カイ……ですか。私はカリム・グラシアと申します」
「ガルル」
「どちらかというとドッガのほうが好きよ」
「カリム、一体なんのことを仰っているのですか?」

にこやかにカイへ返事するカリムに、何を言っているとでもいうような視線を向けるシャッハ。
カリムの自己紹介が終わり、次は緑色の長い髪の男性、ヴェロッサの番だった。

「そしてカリムの義弟のヴェロッサ・アコース。言いにくいならロッサでいいよ」
「ボッサ」
「そうですよね、やはりあの髪型はボッサが似合いますよね?」

先ほど吹き出された仕返しなのか、シャッハはここぞとばかりにやり返す。

「こ、これは僕のトレードマークだよ?」
「ロッサ、男性ならクロノ提督のようなサッパリした髪型のほうがいいと思いますよ。正直に言うと、私も少しどうかなと思っています」
「……グロクテ」
「そこまで言われるほど?」

突如明らかになった髪型への不評にヴェロッサは落ち込む。
何気にトドメはカイのクロノの呼び方だったが、ヴェロッサ達にそれがわかるはずもない。
ここにいる全員が、ヴェロッサの髪型に対してカイが『グロイ』と言ったと思っているだ。
そして……

「時代はやっぱりアフロかなぁ」
「グンソー」
「そっか、やっぱりアフロなのか」

とんでもないことを呟いていた。
そんな中……

「カイ、ピーマンも残さずに食べるのですよ」

食べ終わったということにしてフォークをテーブルに置こうとしたカイは、シャッハの鋭い視線に射抜かれた。
カイの皿には緑色の物体だけが残されていた。





「そうそう、未確認生命体関連のことなんだけど……」

カイが緑色の悪魔を片付けるべくフォークを武器に皿と向かい合っている傍では、カリムが管理局から受けた未確認生命体関連のことをシャッハに話しているところだった。

「どうやらミッドチルダに非常事態宣言が発令されるかもしれないわ」
「非常事態……そこまでですか?」
「ええ、それに伴って騎士達もそれぞれのデバイスの調整を受けるようにという指示が来たわ。シャッハも近いうちにヴィンデルシャフトの整備をしておいて」
「かしこまりました」

カリムとシャッハの間でこのような会話が交わされていた。
そして、カイはその話の内容を少し冷めたような眼をして聞いていた。





一方、ナカジマ家の食卓では行方不明となったカイの話題で持ちきりだった。

「まったく、カイは勝手に行動して……」

ブツブツといなくなったカイに文句を言うチンク。
もともとカイのことを弟のように接していたこともあり、姉として弟の行方が心配だった。
また、常識をナカジマ家の中で知らない存在というのも全員の思いが一致していることもあって心配の種は尽きなかった。

「ショ~イチクンって言われないのも……なんか張り合いがないなぁ」
「ついに悟った……シャイニング」

アギトも今まで突っかかる相手がいなくなったことで落ち込んでいる。
ルーテシアだけは落ち込んでいるのかよくわからない。
そんな中……

「やっぱりアレっす。あれがまずかったっす!!!」
「どうした、ウェンディ?」

いきなり大声を上げたウェンディに何が起きたのかとでも言うようにチンクが尋ねる。

「いきなりサッカーチームとか野球チームを作ろうとしたのがいけなかったっす。こういうのはやっぱり一人ずつ産んでいくのが正解っす!!!小さなことからコツコツとっす!!!」

ウェンディのこの言葉を聞いた全員が、ウェンディは無視しておこうと言葉に出さずとも意見が一致した。





クロノが機動六課へ所属するようになった翌日、機動六課は通報を受けてフォワード陣が現場へと急行しているところだった。
すでにクロノとフェイト、シグナムはデバイスを起動させて空から未確認生命体が出現したと思われる地域へと飛ぶ。
スバル達新人とヴィータもアルトの操縦するヘリに乗り込んで現場に急行しているところだった。

「でも提督、俺も前線に出るって正気ですか?」
『ああ、ヴァイスの狙撃は今回の未確認生命体に対応する作戦に必要だからな』

そう、正規のヘリパイロットであるヴァイスは、クロノの指示によってスバル達と行動することが決まっていた。
そのため、急遽アルトがヘリのパイロットとして抜擢されたのだ。
そして、ヘリの中にはマリエルから送られてきたTRCS2000『トライチェイサー』がティアナ用として搭載されている。

『作戦を説明する。僕達は未確認生命体を発見し次第、このまま追撃、ポイントAのトンネルへと追い込む』

クロノの説明を補足するように、スバル達の前に空間モニターが現れ、ポイントAとなす場所が点灯する。

『そこのトンネルだが、未確認生命体非常発令ということで、陸士108部隊の協力により市民の通行は禁止されている。そして、道は一本道で未確認生命体の突入と同時に、入ったところから僕達も追撃に出る』
「そこの出口……ポイントBから出てくる未確認生命体の眼なり足なりを俺が狙撃して動きを鈍らせる……ってわけですね」

クロノの説明を引き継ぐようにヴァイスは今回の作戦で最も重要になるだろうポイントを確認する。
ポイントとなるトンネルはポイントB……未確認生命体が脱出してくるだろう場所は直線の一本道であり、背後からクロノ達が弾幕を張ることによって後ろへの退路を閉ざすことによってポイントBへと誘導できる絶好の場所でもあった。
今回の作戦の原案は、10年前に行われたフェイトの嘱託魔導師の資格試験でのクロノとの模擬戦があった。
その模擬戦で速さに勝る未確認生命体をフェイトと仮定し、機動六課側をクロノとした場合を考えてみるとよいだろう。
フェイトは総合力に優っているクロノと戦うために、自分が最も得意とする速さを武器に戦うことを選んだ。
格上の相手と戦うには、自分が最も優位となるだろう要素で対抗するのは間違いではない。
しかし、模擬戦の結果はフェイトの敗退という結果に終わった。
その理由は、クロノによってフェイトは最も有効な速さという要素をバインドによって潰されたからだ。
相手が反応できない速さで死角からの一撃を入れることを考えたフェイトに対して、自分の死角となる場所に前もってバインド魔法を仕掛けるという作戦に、フェイトがまんまと嵌ってしまったことが明暗を分けた。
そんなことを思い出したクロノは、未確認生命体を倒すのではなくて、先ず最初に未確認生命体の機動力を奪うことを目的に作戦を立てたのだ。

『ああ、だから君達は先にポイントBに急行してくれ』
「わかりました、こいつらのことはあたしに任せて下さい。そろそろポイントBに到着します」

隊長陣の中でただ一人、ヴィータは未確認生命体の追撃側には参加していない。
それというのも、ポイントBに新人だけで対処させるのは難しい可能性もあり、隊長陣の中でも防御が厚く、スバル達に信頼もあるヴィータを配置するためだった。
そして、トライチェイサーは万が一未確認生命体を逃がした際に、追撃用にティアナが使われることになっている。
これによってヴィータとスバルだけではなくティアナも追撃に回すこともでき、エリオとキャロもフリードという移動手段もあるため、六課のフォワードがほぼ総力を持って未確認生命体を追撃することが可能になる。

『……こちらも未確認生命体を発見した。これより作戦を開始する』

クロノの号令により、未確認生命体を打ち倒すべく作戦が開始された。





一方、未確認生命体関係とは大きく離れている聖王教会では、カイが今日も食事に出された緑色の悪魔から逃げ出して、のんびりと原っぱに横になっていた……ように見える。
しかし、それはカイの心境を何も知らない者にとってそう見えるだけで、実際にカイは考え事の最中だった。

(グロクテなら……グロンギと戦うことできるはず)

リントに手を出さないと誓ったとはいえ、クロノと初めて会ったときにカイは為す術も無く捕縛された。
本来ならこうもあっけなく捕縛されるなんてことはなかったはずだ。
しかし、クロノはカイの手足を封じることで、カイが拳や足に纏う光をまともに扱えないようにして無力化を図っていたのだった。
それにより、光の力で魔法を無力化することもできずに力技で引きちぎるしか無かった。
不意打ちというものではあったが、クロノは確かにカイの無力化に成功していたのだ。
しかも、クロノがまだまだ余力を残していたのを感じていたこともあり、カイはクロノならグロンギとまともにやりあえるかもと考えていた。
しかし……

(ガドルとの相手は……ムリだ)

未だに引きずっている心の傷。
今でも自分で封印したグロンギへの対処法は覚えている。
しかし、ある者……ガドルに関してだけはどのように封印したのかカイ自身も覚えていなかった。
グロンギの中でも上級と言えるゴ族との戦いは過去でも熾烈なものを極め、対処法を知っていたとしてもギリギリの戦いとなるだろう。
しかし、ガドルの場合はそれもまた別の問題だった。

(グロクテでも……ガドルには……勝てない)
「……ここにいたのか」

そんな悩んでいるカイのもとへやってくる一匹の青狼。

「……ザヒーラ」

カイを尾行するようにクロノやはやてに頼まれ、聖王教会にたどり着いたカイをそのまま監視するように指示されて、ザフィーラはカイの動向を見続けてきた。
しかし、はやてから未確認生命体に対して作戦を展開すると聞いたことによって、カイの力が必要になるという勘があったザフィーラは、クロノやはやての命に背いてそのことを伝えるためにカイの元へとやってきたのだ。

「お前の戦うべき相手が出てきたそうだ」

ザフィーラのこの一言でカイは全てがわかった。

「お前はどうする?」

その言葉でカイが出す答えは一つしか無かった。





一方、スバル達がポイントBにたどり着いたとき、スバル達はギンガの他に見知った面々と遭遇していた。
その相手はジェイル・スカリエッティが作った戦闘機人ナンバーズの更生組であり、このときになって初めて陸士108部隊に編入されたことと、ナカジマ家に暫定的ではあるが引き取られたことがスバルに伝えられた。
しかし、それよりも驚いたのは……

「お父さんに隠し子?」

未だにカイがゲンヤの隠し子であるという誤解が解けていないギンガから伝えられた驚愕の事実だった。

「詳しいことはこの事件が終わったら説明するわ。それよりも今は……」
「あ、うん、そうだね」

ギンガの言葉にスバルは気をとりなおしてポイントBとなるトンネルの出口へと意識を集中する。

「いいか、アタシとティアナとディエチ、ウェンディ、オットーで未確認生命体の回避場所を潰す。それからヴァイスの狙撃だ」

ヴィータの他に、オットーのIS『レイストーム』とディエチのイノーメスカノン、ウェンディのライディングボードの砲撃とティアナのクロスミラージュによる弾幕で周囲への退路を断つ。
そして退路を制限された状態でヴァイスによる狙撃。
それ以外の近接戦やサポートを得意とするものは狙撃の成功、失敗に関わらずクロノ達とともに未確認生命体を撃破するべく接近戦を挑んだり、サポートへと回る。
ヴァイス達も狙撃終了後は近接戦闘のメンバーのサポートに行動する。
それがポイントBにいる者達の役割だった。

「……来るぞ!!!」

ヴィータの言葉を合図に、トンネルの奥から一人の人間らしいシルエットがものすごい速度をもって駆け抜けてくるのが見えた。
しかし、背後からクロノ達の攻撃のようなものは見られない。

「なんだ?提督達はどこ行った?」

一瞬だがヴィータはクロノ達が未確認生命体に追いついていないのかと考えたが、それは違った。

「ヴィータ副隊長、未確認生命体の後ろ!!!」
「あ、あれは?」

ヴィータはスバルの言葉にようく目を凝らして見ると、未確認生命体の背後のトンネルの壁がとてつもない冷気によって地面もろとも凍りついていた。

(ヴィータ、こちらでトンネル内部を凍結しつつポイントBに誘導している。狙撃の指示を!!!)

凍った表面をよく見てみると、人が一人駆け抜けられるだけの幅だけが凍結を免れ、未確認生命体はそこを駆け抜けているようだった。
クロノが10年前に闇の書の闇を相手するときに使った魔法『エターナルコフィン』の冷気だけを制御することによって、未確認生命体の進路をある程度限定させることができた。
それを見たヴィータはすぐさまティアナ達による援護射撃を取りやめさせるとヴァイスへの狙撃を指示する。

「なるほど、これなら弾幕を張って動きを止めるよりも狙いやすいな」

ヴァイスはストームライダーを起動させてスコープから未確認生命体の顔を捉える。
ポイントBに抜けて伸びる一直線の道を真っ直ぐに駆けてくる未確認生命体の眼を狙撃するなど、この状況のヴァイスから見れば簡単なことだった。
そして、少しの間の後にトリガーが引かれる。
緑色の光弾が真っ直ぐに未確認生命体の右目に向かって伸びていく。
それを未確認生命体が認識したのは、出口付近に近づいたことによる太陽の光が逆光になり、右眼を撃ち抜かれた直後だった。





「ガァアアアアア!!!」

右目を撃ち抜かれた未確認生命体、メビオには一瞬自分に何が起きたのかわからなかった。
突然の衝撃の次に感じたのは想像を絶する激痛。
そして、残った左目で見た……自分に向けて何かを向けている緑色のジャケットを着た男の姿を。

「アギズバ!!!」

自分をこんな目に合わせたこと、自分達に狩られるだけの存在に牙を剥かれたこと、それがメビオの怒りに火をつける。

「ズギンモグヒョグザ……アギズザ !!!」

その左目に怨嗟を宿してヴァイスへと向かって勢い良く駆け出す。
メビオの戦い方はその速度を生かしたすれ違い様、もしくはその速度で強襲して相手の喉元を爪で掻き切ることだ。
しかし、空からそれも複数の魔導師による不意の襲撃によって一時撤退を余儀なくされた。
狩られる側に背を向けるのすら屈辱なのに、狩られる側に手傷を負わされた。
それもあり、余計に目の前の傷を負わせた男……ヴァイスの存在が許せなかった。

「奴も怯んでいる。一気に行くぞ!!!」

ヴィータの号令にそれぞれのデバイスや武器を構えてメビオへと向かう。
メビオもそれを迎え撃つように体勢を低くして、まるで痛みを無視するように走りだす。
両者の距離がゼロになる。しかし、ヴィータ達とメビオの激突は起きなかった。
メビオは華麗なフットワークでヴィータ達を翻弄すると、一気にヴィータ達から距離を離して目指す目標へと突き進む。
その進路上には、ヴィータ達を援護するようにそれぞれの武器を構えていたティアナやヴァイス達がいた。

「クウガゾタゴグラエビ……ラズザキガラザ !!!」
「な、なんだ?」

メビオは恨みを込めるようにヴァイスを睨みつけると、その勢いを殺さないままヴァイスに飛びかかる。
飛びかかられたヴァイスもその勢いに耐えることができず、そのまま後方へと倒れこんだ。
そして、メビオの爪がヴァイスの喉笛を掻き切るように向けられる。
ティアナ達も何とか援護しようとそれぞれのデバイスを向けるが、下手に撃てばヴァイスに当たることを考えると簡単に手出できなかった。

「うらあああああああ!!!」

しかし、突如ヴァイスの横から飛び込んできたヴィータが、ギガントフォルムに変形させたグラーフアイゼンでメビオの頭を横から叩き割るように振り抜く。
しかし、それを神がかり的な反応で回避したメビオは、その回避する反動を利用して一気にヴィータ達と距離をとる。

「無事か、ヴァイス」
「な、なんとか」

メビオに視線を移しつつも、横目でヴァイスに大きな怪我がないことを確認したヴィータは安堵する。
今の状態は明らかに未確認生命体が単純に人間を襲うだけの存在だと考えていた自分のミスだった。
おそらく眼を撃ち抜かれた恨みを晴らそうと考えたから、ヴァイスに狙いを絞っていたのかもしれない。
そう考えると、未確認生命体にも人間と同じような知性があるとも考えられる。
しかし、ヴィータはその考えを頭から閉めだした。
メビオが新しい動きを見せたからだ。
距離ができたこととメビオの道を阻むものがいなくなったことで、再びメビオが逃走を開始し始めたのだ。
クロノ達も追ってはいるのだろうが、この一分にも満たない出来事の間に追いつくことはできず、ヴィータ達で追跡をしなければならない。

「未確認生命体を追うぞ!!!ティアナはトライチェイサーを出せ」
「は、はい……え?」

ヴィータの命令にティアナが待機させていたトライチェイサーを起動させようとしたそのとき、ティアナのすぐ傍で赤と青の風が吹き抜けた。





駆け抜ける。カイを自らの背に跨らせたザフィーラは、いつも以上に溢れ出す力に驚愕していた。

「これ……赤の力」
「赤の力?お前の体の色と関係しているのか?」

ヴィータ達のところから逃げ出したメビオを追跡するカイとザフィーラは、追跡の合間にザフィーラの体に起きていることを説明していた。

「この力、グロンギと戦うときに馬に力をあげられる」
「……俺は馬か?」

かつてのグロンギとの戦いで、カイは自らの愛馬と一緒に戦場を駆けた。
しかし普通の馬ではグロンギに恐怖し、ロクに動かすことが出来なかった。
カイの愛馬はグロンギに対する恐怖に打ち勝てるように教育したのもあるが、赤の力による愛馬自身の能力が底上げされたのも理由の一つだった。
それを証明するように、カイの手と足を通して光がザフィーラの体を覆っている。

「まあいい、このまま奴を追う。しかし、どこに誘導する?」
「狭い場所」

ザフィーラからの質問に間髪入れずにカイは答える。
メビオへの対処、それはクロノの考えていたようにメビオの動きを制限することにある。
しかし、カイの考え方はクロノよりも少しだけ違っていた。

「狭い場所で動きを制限させる」
「……わかった。ならば、この先の廃工場がちょうどいい」

クロノが眼や足を狙って相手の動きを制限させようとするのではなく、カイは戦場そのものをメビオにとって不利な状態を作ろうと考えていた。

(シグナム)
(わかった、我らも未確認生命体を廃工場におびき寄せるように追撃をしていこう)

ザフィーラはカイの意志をシグナム達に伝えると、メビオを追撃するべく雄々しい雄叫びをあげてさらなる加速を開始した。





「見つけたぞ」

クロノとフェイト、シグナムはザフィーラからの指示通り、メビオを廃工場におびき寄せるべく攻撃を開始する。

「ハーケンセイバー!!!」

フェイトのバルディッシュから飛ばされる光刃がメビオの進路を妨害するように地面へと激突する。

「直接攻撃するほうが楽なのだが……飛竜……一閃!!!」

シュランゲフォルムへと変形させたレヴァンティンを使った技がメビオの退路を絞る。
そして、ついにカイの思惑通りに、メビオは廃工場の内部へと身を隠すように飛び込んだ。





今は使われていない廃工場、そこでメビオはその傷ついた体を休めるべくその場に跪いた。

「リントゾモレ」

狩られるだけのはずの人間によるまさかの抵抗。
それの怒りがメビオの頭から離れない。
かつてクウガに敗れたメビオは、クウガにも及ばない人間にここまで追い込まれたこと、その事実が自らのプライドを地に落としているにも等しいと感じていた。

「セレデギッギムグギバベレバ」

外にいる人間どもだけでも殺そうと痛む右目を押さえて立ち上がる。
しかし、それを行おうとするメビオの周囲に、白とも灰色とも似つかない光の刃が全ての出口を塞ぐように突き出した。

「バン……ザ ?」
「……お前、ここから出さない」

何が起きたのか困惑するメビオのすぐ後ろで、何者かの声がする。

「ザ レザ !!!」

振り向いたメビオの目の前には……

「……クウガァ」

赤い戦士の姿となったカイが、メビオを戦うべく姿を現していた。
ザフィーラは鋼の軛をカイとメビオのいる部屋の出入口を塞ぐように張り巡らせ、それの維持に力を割いている。
クロノ達もカイの援護に向かおうと考えていたが、カイ自身が拒否していたこともあり、外から成り行きを見守るしか無かった。
カイはクロノ達が援護をしようと言ってきてくれたことが素直に嬉しかった。
しかし、自分自身の危険性を考えると、それをしてもらうわけにはいかなかった。
いつ自分が暴走するかわからない以上、一緒の戦場にいるのは危険だと考えたからだ。

カイとメビオは互いの拳を構える。
メビオもこのような狭い空間では一気にトップスピードを出すのは難しい。
必然的にそれぞれの体術だけでの戦いになる。
そして、それぞれが一足一刀の間合いに入るように、すり足で徐々に距離を詰めていく。
速さではメビオが上を行っている。
となると、カイはその動きを見切って、カウンターで先に拳を当てるしか無い。

「……せっ!!!」

先にカイが動く。
それに反応するようにメビオも爪を突きつけるべくカイに向かって突進する。
一気にトップスピードを出せないとは言え、速度ではやはりメビオに軍配が上がる。
カイが拳を打ち込むべく大きく振りかぶった瞬間……





カイは前に出るのを強引に止める。
しかし、メビオはカイの動きに合わせて爪を突き立てようと考えていたため、途中で止まったカイの動きに反応できずにそのまま爪を突き出す。
しかし、その爪は間合いを外したカイには刺さらない。
カイはその間合いを外れたメビオの攻撃を掻い潜るように改めて一歩踏み出すと、自分の体重を乗せた一撃をメビオの腹部に打ち込んだ。

「ア……アア?」

メビオの腹部にめり込んだ拳。
それはメビオの腰にあるベルトの紋章を砕いていた。
砕かれたベルトを中心に、メビオの体にも罅が入る。
その罅からはカイの拳に宿る光が見える。

「ラガバ……ゾラゾバベバギクウガビ……ジャブレスオザ」

その言葉を最後に、メビオの体は爆発し、その爆風によってザフィーラの鋼の軛による檻が破壊された。




元の姿に戻ったカイが廃工場から出てくる。
それを向かえるのはクロノとザフィーラ、フェイトとシグナムだった。

「あれが第4号の姿のカイだったんだ……初めて見た」

実際にフェイトはカイの変身した姿を画像でしか見たことはない。
メビオとカイを見比べてみると、外見が明らかに違うということがわかる。
しかし、自分達は未確認生命体とカイを同列と見ていたのだ。

「少なくとも……今は敵ではないと判断して良いのだろうな」

シグナムもカイの力に疑念は尽きないものの、現状では驚異はないだろうと判断する。
そして、カイがクロノ達のところに到着するその時……

「カ~イ~」

地の底から響くような声をした修道女が鬼の形相でやってきた。

「シスターシャッハ、一体どうしたんだ?」

この場所では場違いな人物のいきなりの登場に、クロノ達はそろって驚く。
何気にその表情にも驚いていたが……。

「クロノ提督、うちのカイが何か迷惑をかけたようで申し訳ありません」

ペコリと丁寧に謝罪の意を示す。
しかし、クロノ達にはそれが何の意味を示しているのかわからなかった。

「カイについては非才ながらも私がしっかりと教育しますので」

そういうとカイの首根っこを掴んでズルズルと引きずっていく。

「さあ、残したピーマンをちゃんと食べるまで許しませんよ」
「俺、あれ苦いからキライだ、ヒャッハー」
「そんなことではせっかく育ててくれた農家の方に申し訳が立ちませんよ」

カイが何を言っても馬の耳に念仏なのか、シャッハは取り合わない。
しかし、クロノ達はそれよりも気になることがあった。

「……ヒャッハー?」
「まさか……シスターシャッハのことか?」

クロノ達はそのあまりにもあんまりな名前に吹き出しそうになって思いとどまる。

「私は……エイトマンだったよね」
「それを言うならテスタロッサ、私はシグナル……信号だぞ?」
「僕は……グロクテ・ハラグロイだそうだ」

誰もシャッハの呼ばれ方を笑えなかった。





クロノ達がカイがシャッハに連れ去られるのを見届けていたころ、そこから遠く離れた場所ではある男が、ここでは明らかに見えないはずのカイの戦いに思いを馳せていた。

「未だにクウガは空を翔けず……か」

男は呟くとカイ達が戦った戦場に背を向ける。

「リク……翔ばぬクウガに価値はないぞ」

誰も聞いてはいないだろうが、その言葉を残して……。










今回のグロンギ後

アギズバ!!!
訳:あいつか!!!

ズギンモグヒョグザ……アギズザ !!!
訳:次の目標は……あいつだ!!!

クウガゾタゴグラエビ……ラズザキガラザ !!!
訳:クウガを倒す前に……まずはキサマだ!!!

リントゾモレ
訳:リントどもめ

セレデギッギムグギバベレバ
訳:せめて一矢報いなければ

バン……ザ ?
訳:なん……だ?

ザ レザ !!!
訳:誰だ!!!

ラガバ……ゾラゾバベバギクウガビ……ジャブレスオザ
訳:まさか……空を翔けないクウガに……敗れるとは





クウガ的タイトル『疾走』

颯爽とトライチェイサーを駆るカイを想像した皆様へ一言。

……カイがバイクに乗れると思いますか?私は思いません。

ところでメビオ戦ですが、速さに優れるドラゴンフォームに変身したほうが……もしかしてよかったのでしょうか?








[22637] 第16話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/01/18 10:43





想像した。
未確認生命体を追うべく、トライチェイサーを華麗に操り風のように疾走する未確認生命体第4号ことカイの姿を。
幼少期の男の子達に大人気だった特撮ヒーローのようなシチュエーションを想像した。

カッコイイ……想像しただけだが、素直にそう思った。
まるで仮面ライダーみたいだと……。
本当なら男の子が見るようなテレビ番組だったが、体が不自由だったため娯楽が少なかったから、本を読む他にもテレビをよく見ていた。
しかし、政治やらなんやらのニュースを見るよりはやっぱりアニメやドラマ、クイズ番組やバラエティーのほうが面白かった。
そのため、仮面ライダーという明らかに男の子向けの特撮番組も見ていた。
高町なのはを襲った未確認生命体第1号、そしてその1号の姿の色が変わった第4号。
色が変わるという仮面ライダーはいなかったが、その姿は仮面ライダーにとても酷似しており、いつしかカイの変身した姿をそれと重ねるようなこともあった。
そして、開発されていると聞いたTRCS……『トライチェイサー』の話を聞くと、その思いは一気に加速した。
だから未確認生命体第4号に……カイにトライチェイサーに乗ってもらいたかった。
自分が夢見たヒーローが現実になるその瞬間を見たかった。
けど、それは……

「けど、それは……ただの夢や」

そう、夢に過ぎなかった。
人の夢と書いて『儚い』と読む。
夢は儚く散ったのだ。
機動六課の司令室で作戦の行く末を見守っていた八神はやては、不謹慎ながらもヒーローの誕生を見ることを楽しみにしていた。
しかし、ヒーローの必須アイテムと考えているバイクを素通りした一陣の赤と青の風。
その風となったカイとザフィーラが全てをぶち壊した。
あそこで未確認生命体を追うにはバイクしかないとはやては思っていた。
しかし、よく考えてみてほしい。
携帯端末をまともに扱えないカイにバイクのようなモノを扱うことができるのかということを。
以前カイが使ったウェンディのライディングボードは、言ってしまえばサーフボードのようなモノである。
複雑な動きをするにはウェンディのIS『エリアルレイヴ』が必要だが、ただ扱うだけならそこまでの知識は必要ない。
極端に言ってしまえば、そこまで難しい操作は必要ないのだ。

「もう未確認倒したんやろ?なら私は戻るわ」
「は、はい、わかりました」

気落ちしたはやての声に副官のグリフィスがどもりながらも返事をする。
しかし、はやてがどうして落ち込んでいるのかまったくわからなかった。
そして傷心のはやては……

「……ザフィーラ、今晩ご飯抜きや」

自分の夢を奪った守護獣へのお仕置きを考えていた。





カイが未確認生命体第6号……メビオを倒した翌日、なのはとフェイトはヴィヴィオと一緒にニュースを見ながら朝食を食べていた。
なのははトーストにサラダ、ベーコンエッグとコーヒーを、フェイトはトーストをクロワッサンに変えた以外はなのはと同じものを、ヴィヴィオはパンケーキをその日の朝食に選んでいた。
なのは達の見ているニュースは女性キャスターが先日の事件の大まかな情報を視聴者に伝えるべく話を続けている。

『先日起きた未確認生命体第6号はJS事件解決の功労者とも言える機動六課により、その活動を停止し、このミッドチルダに未確認生命体の驚異がまた一つ消えることとなりました』

メビオを倒したのが第4号……カイだということは関係者を除いた全ての者に伏せられている。
現状で変身したカイは未確認生命体と認識されるため、無用な混乱を避ける意味合いもある。

『しかし、未確認な情報ではありますが、その未確認生命体第6号との戦闘に未確認生命体第4号も姿を現したという情報もあります』

その話が出てきたところでなのはとフェイトの動きが止まる。
そしてニュースを見てみると、第4号に変身したカイの姿が映されていた。
情報を提供する当初は、カイも人間に仇なす存在かもしれないということで一応第4号の姿を写した画像をマスコミ関係に提示したことがある。
それがニュースに出てしまったのだ

「あ、カイとおんなじだ~」

そう、そしてヴィヴィオが第1号と似た姿のカイを見て声を上げる。

(……しまった)

なのはとフェイトが同じタイミングで同じことを思う。
カイがいなくなってからのヴィヴィオの落ち込みはヒドイものだった。
今はそれからある程度は持ち直しているが、それがいつぶり返すかもわからない。
クロノの話では先日の事件でカイが乱入したことから、カイを機動六課に連れていこうと再度思ったようだが、突如現れたシスターシャッハに嵐のようにカイが拉致された。
いきなりの出来事に呆然とカイを見送るしかクロノ達にはできなかった。
何気に『ヒャッハー』のことで心ここにあらずといった方がよかったかもしれないが。

「ねえ、なのはママ、フェイトママ」

なのはとフェイトがカイのことを考えていたときに、ヴィヴィオが落ち込んだ口調で話しかけてきた。

「どうしたの、ヴィヴィオ」
「カイも……やっつけられちゃうの?」

ヴィヴィオの言葉になのはとフェイトの思考が一瞬止まる。

「カイも……未確認なんだよね?」
「それは……」

世間からは第1号と第2号、第4号も未確認生命体として認識されている。
現状ではカイがどういった理由で行動を起こしているかわからない以上、カイが安全であると世間に公表するわけにもいかなかった。
そして、それはヴィヴィオに対しても言える。
こういった仕事をしていると担当する事件に関して守秘義務というものも存在する。
その中でも今のところトップクラスで秘匿するべき情報がカイのことだった。

「大丈夫だよヴィヴィオ、第1号……カイ君は最近事件の現場とかに出てきてないから」
「そうなの、フェイトママ?」
「そうだよ」

カイが第4号である以上、同一人物である第4号が倒されるとしたら、それは他の未確認生命体によるものだろう。
しかし、今のところカイは未確認生命体に対して第5号のゴオマには逃げられたものの、その全てを倒している。
楽観視しているわけではないが、簡単にやられてしまうとも考えられない。
それが説明出来ればいいのだが、それができない以上ヴィヴィオを何とか安心させることしかなのはにもフェイトにもできなかった。





一方、シャッハに聖王教会に連行されたカイは……

「俺ピーマンキライだ!!!」
「カイ、待ちなさい!!!」

聖王教会内の敷地をシャッハと、彼女が引き連れる教会騎士10名を相手に逃走を続けていた。
その日の朝食のおかずに出されたのはピーマンと牛肉の炒め物。
牛肉を食べて、残りのピーマンを残したところに現れたのは、聖王教会の自称カイのお目付け役兼教育係のシャッハだった。
シャッハは愛機であるアームドデバイス『ヴィンデルシャフト』を整備してもらうために、朝食前にデバイスをメンテナンスルームに置いてきたところ、ピーマンを残して食堂から逃げ出そうとしたカイに遭遇したのだ。
メンテナンスルームには他にも教会の騎士達が未確認生命体への対処のために各自でデバイスの整備をするために持ち込んだデバイスに溢れかえり、今ではデバイスの山が築かれている。
もっとも、今はそんなことは関係なく、カイはピーマンの残った皿を持って追いかけてくる鬼から逃げることで精一杯だった。
そして、カイは適当なドアを開けて部屋の中に滑り込む。
何かに呼ばれたような気もするが、ピーマンの魔の手から逃げることに必死だったカイは何も気付かなかった。
そして、その呼んでいる何かとの再会を果たす。
カイの目の前にあるテーブルの上には、金色の台座に輝きを失ったような緑の宝玉が静かに主との再会を待ち望んでいた。

「ゴウ……ラム?」

カイもかつての仲間の変わり果てた姿を見て、驚きながらも近寄っていく。
ゴウラム……かつてのカイの愛馬の鎧ともなった甲虫型のしもべ。
しかし、グロンギの王にコアである宝玉が破壊されることはなかったものの、その体を破壊されて活動を停止した。
そして、カイが聖なる泉を枯れ果てたときになってしまうという凄まじき戦士になると同時に、その力を悪用されないため自らを砂へと還す……はずだった。
しかし、カイがグロンギの王と戦ったときにはすでに活動を停止していたせいか、自壊を免れたしもべは再び主の元へと戻ってきた。
共に戦うために……。
しかし、このままでは共に戦うことはできない。

「ゴウラム……ご飯必要」

体を構成させる物質が無い以上、それを調達しなければならない。
部屋の外には今もシャッハが騎士達を引き連れてカイにピーマンを食べさせようとしているだろう。

「そうだ、ゴウラムにピーマン」

いいことを考えついたと思ってゴウラムのコアへと視線を向ける。
しかし……

「ゴウラムも……ピーマンキライか」

なんとなくゴウラムが拒否したように感じたカイは、ゴウラムの食事を探すべく慎重に部屋を抜けだした。





シスターシャッハの包囲網を掻い潜り、騎士達の死角を回りこみ、ついにカイはゴウラムに食べさせる食材を見つけ出した。

「ゴウラムのご飯……たくさん」

入った部屋にあるのは剣や斧、槍といった鉄製の武具。
それぞれの柄や刃の付け根に宝石のようなコアが埋めこまれている。
これだけの武具の山は、今のカイにとっては宝の山だ。
カイは一対のトンファーらしきものを手に持つ。

「たくさんあるから、ゴウラム喜ぶ。これなんか、ゴウラムすごく喜びそう」

カイは笑顔で手当たり次第に抱えられるだけ、背負えるだけの武具を持って部屋から出る。
出た部屋の入口には『メンテナンスルーム』と書かれていた。





ピーマンを残して逃走するカイを追跡するシャッハとそれに付き従う騎士達以外は平和な時間。
しかし、その平和は長くは続かなかった。

『緊急事態発生、何者かの手によってメンテナンスルームから整備予定のデバイスが盗まれました。重要な任務を受けている騎士以外は急いでデバイスの発見に努めるように。繰り返す……』

カイと入れ違いにゴウラムのコアのある部屋に入ってきたのはカリムとユーノ、ヴェロッサの他に、カイと話をするべく聖王教会にやってきたクロノだった。

「教会内で盗み?どういうことだ?」

突然の放送にクロノはカリムに何が起きたのかとでも言うように視線を向ける。

「さ、さあ?」

しかし、カリムも事情がわからない以上、何も言うことができない。

「騎士カリム!!!」

そんな中、シスターシャッハがピーマンの乗った皿を持って慌てて部屋に入ってくる。

「シャッハ、そんなに慌ててどうしたの?」
「わ、私の……私のヴィンデルシャフトが!!!」

シャッハは今にも泣きそうな声でカリムに捲くし立てる。
愛剣であるヴィンデルシャフトが無くなったことを。
そんな中……

「ゴウラム、ご飯持ってきた」

犯人が何を気にするでもなく現れる。

「カイ?なんでここに?……え?」

機動六課からいなくなって行方不明だと言われていたカイがいきなり出てきたことに驚きを隠せないユーノ。
しかし、カイの姿に目が点になる。

「カイ、丁度話をした……か……った?」

目的の人物が入ってきたことで、カイに視線を向けて、その背中と腕に抱えるデバイスを不思議な面持ちで見入るクロノ。
そして……

「あら可愛い」
「そう……なのかな?」
「あ、あああああああ!!!私のヴィンデルシャフト!!!」

頭にヴィンデルシャフトをウサギの耳のように巻きつけているカイを見て、それぞれの感想を言うカリムとヴェロッサ、シャッハの姿があった。





「カイ、それを返しなさい!!!」
「ダメ、これゴウラムのご飯!!!」
「デバイスがご飯になるわけないでしょう!!!」

部屋の中をかけずり回るカイとシャッハ。
それを無視してユーノとカリム、ヴェロッサはカイがゴウラムと呼んでいるロストロギアの話を進めている。

「えっと、カイはこれのことを知っているのかな?」
「まさか……もしかしたら古代ベルカの時代よりも昔の物なのかもしれないんだよ?」

ユーノ達もカイが永い時間放浪を続けてきたことを知らないため、カイの言葉をにわかには信じることができなかった。

「私のヴィンデルシャフトを返しなさい!!!」
「ダメ、これゴウラムのごちそう!!!」

ゴウラムのコアを調べるユーノ達の耳に、カイとシャッハの追いかけっこがBGMとして流れる。

「……デュランダル」
『Start up. Struggle Bind.』

カイとシャッハの追いかけっこにあきれ果てたクロノが、自分のデバイス『デュランダル』を起動させて、バインド魔法でカイとシャッハの手足を拘束する。
ついでにカイとシャッハの体をストラグルバインドとは別のもう一つのバインド魔法で固定する。

「また……これか?」

以前と同じような状態になったカイがまたかとでも言うような表情で動きを止める。

「二人とも、その状態で思いっきり話しあうといい」

クロノはそう言い残すとカリム達を引き連れて部屋から出ていこうとする。
そんな中……

「グロクテ」

カイがクロノを呼び止めた。

「だから僕の名前はクロノ・ハラオウンだと……まあいい、なんだ?」
「シュクーリム食べたい」
「な?ダメですよ、クロノ提督。まずはピーマンを食べさせないと!!!」

カイの空気の読めない主張を切り捨てるシャッハ。

「えっと……お茶のときに用意しておきますね」

クロノがため息をついて無言で部屋を出る中、とりあえずカリムはそう言い残してカイとシャッハに向かって軽く手を振るとユーノとヴェロッサを連れて部屋から出て行った。





こうしてゴウラムのコアと一緒に取り残されたカイとシャッハ。
今は背中合わせにバインドで縛られているため、まともに動くことも難しい。

「まったく……どうして私のヴィンデルシャフトや騎士達のデバイスをご飯なんて言うのですか?」
「ゴウラムのご飯、普通と違う」

縛られている以上は追いかけることもないため、必然的に大きな声を出す必要はなく二人して普通に話し始めた。

「ですが……」
「今のゴウラム、体無い。その体作るご飯必要」

ここまで聞いてようやくシャッハにもカイの言いたいことが少しだけ分かった。
デバイスでなくてもよいのだ。
そして、カイの言うゴウラムは人間と違う以上、人間にとってのご飯ともまた違う意味を持っているということだ。
とりあえずゴウラムというものの出自を脇に置き、カイの言葉にだけ耳を傾ければ、それが真実なのかは別としてカイのやったことに少し納得はいく。

「それなら私がその……ゴウラムのご飯を準備します」
「ホントか?」
「本当です。ですから今回持ち出したものは返してくださいね?」
「うん、返す、ヒャッハー」
「……シャッハです」

……簡単に問題が解決してしまった。
さっきの追いかけっこは一体なんだったのだろう?
そんなことを考えたがまあいいだろうとシャッハは思い直す。
少なくとも今回の騒ぎは悪意から来るものではない。
それならいつまでもグチグチいうのは自分の性に合わない。

「カイのご飯もついでに用意しますね」
「俺……ピーマンいらない」
「おやつにシュークリームが出るんですからピーマンもちゃんと食べなさい」
「む~」

背中合わせにバインドで拘束されているものの、カイが明らかにふくれっ面をしているのが容易に想像付いたのか、シャッハは声を出すこともなく微笑んだ。





そして、それから少しだけ時間が流れ……

「えっと……本当にこれがカイの仲間だったの?」

再びゴウラムの置いてある部屋に戻った一同は、カイからゴウラムのことについて話を聞くことになった。
現在この部屋にいるのは、カイ、ユーノ、クロノ、カリム、ヴェロッサの5人だった。
シャッハはとある用事がるので、ここにはいない。

「ゴウラムは、俺の馬の鎧で友達」
「友達……ですか?これが」

カリムも流石にカイの言葉を簡単に信じられないのか、やや困惑した視線でゴウラムを見つめる。
そんなことをお構いなしに、カイはゴウラムのコアに近づいて右手でゴウラムの緑色の宝玉に触れる。

「あ、ちょっと、勝手に触っちゃ……え?」
「な、これは?」
「光った……あの時と……同じ?」

ユーノがカイを止めるのも遅く、カイはしっかりとゴウラムの宝玉に触れる。
クロノとヴェロッサはその後に起きたゴウラムの変化に目を見張った。
そして、唯一カリムはこの前見た光が再び見れたことで、あれは自分の思いすごしではないことがわかった。
カイが触れた途端に宝玉がまるで生きていることを告げるように点滅を繰り返す。
そして、カイの言ったことが完全な嘘では無いということも証明された。

「カイ、持ってきましたよ」

みんなが黙りこむ中、部屋にシャッハが大きな箱を抱えて入ってくる。
そしてゴウラムの傍に箱を置く。
その箱の中には鉄の廃材がぎっしりと詰められていた。

「これでいいですか?」

カイが箱を覗き込んでいるところを、シャッハが確認する。
しかし、カイは少しだけ不満そうな顔でシャッハに告げた。

「あれ……ない」
「あれ?」

何か入れ忘れた物でもあっただろうか?シャッハはそんなことを考える。

「あれ、俺の頭に巻いてたやつ」
「ああ、あのウサギ耳の」

カイの言葉に合点がいったのか、カリムはあのときのカイの姿を思い出す。
シャッハの愛機『ヴィンデルシャフト』を頭に巻いてまるでウサギの耳のようにして入ってきたカイのことを。

「あれはダメです!!!」
「……ヒャッハーのチゲ」
「……ケチと言いたかったのか?」
「今日の夜はお鍋もいいですねぇ」

シャッハがどなり、カイが不満を漏らし、クロノがカイの言いたいことを補足し、カリムがのほほんと関係の無いことを話す。
それをゴウラムは、まるで楽しそうな点滅を繰り返して静かに見ていた……ように見える。





その日の深夜、未確認生命体第6号……メビオの撃破が確認されたことによって、その日の繁華街は夜になっても大きな賑わいを見せていた。
一時期は未確認生命体関連のことがあって夜は閑散としていたが、メビオが撃破されたことで気持ちが緩んだのか、管理局の非常事態発令が解除されてもいないのにこのような賑わいを見せることになった。

「お~い、次の店に行くぞ~」

そんな繁華街のストリートをどこかのサラリーマンか何かが一緒に来た同僚を呼ぶように後ろに向かって手招きを……できなかった。
いや、手招きをしたのだが、それは……自分より遙か下にいる同僚たちに向けてだった。
背中から誰かに抱えられている気がする。
そう感じた男は後ろに誰かいるのかと振り返る。
そこで見たのは……

「ガギギョンエモンザ……キガラザ 」

バッタのような顔をした異形の姿だった。
その後に感じる浮遊感。
そして地面に引き寄せられる感覚。
それから少しして、男は地面という堅く、冷たい場所に受け止められた。
その代償として、裂けた肉から溢れ出す血でその身を真っ赤に染めて……。

「ググビゴギズグゾ、バダ ー」

ただ一人なんなく着地したバッタ男は何かを呟くと、次の獲物に向かうべく再び跳び上がった。










今回のグロンギ語

ガギギョンエモンザ……キガラザ 
訳:最初の獲物は……貴様だ

ググビゴギズグゾ、バダ ー
訳:すぐに追いつくぞ、バダー


今回のタイトルは『兎耳』

……バニーボーイカイ?








[22637] 第17話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/01/20 17:26





謎のバッタ怪人による高空から人間を地面へと落すという殺人事件が起きた次の日。
クロノは自室で今までの情報を元に考え事をしていた。

「やはり現場で見た住民からの情報を考えると、この犯人も未確認生命体と考えるのが一番だな」

聖王教会にカイがいることだけを確認したクロノは、ユーノにそこにカイがいることを他の者達には口止めさせて機動六課に戻ってきた。
今のところカイが人間に危害を加えるようなことはないだろう。
そしてザフィーラがカイに未確認生命体が来たことを教えたとは言え、その未確認生命体を倒すべく行動を起こしたのは他ならぬカイなのだ。
それならこちらのほうでカイに情報を渡していけば、カイと共闘することも少なくはないだろう。
そう考えたクロノは、ザフィーラを聖王教会に向かわせてカイの足となるように頼んだ。
その際にザフィーラに覇気がなかったのが少しばかり気がかりではあったが……。

「未確認生命体……第7号か」

これで人間に危害を加えたのは第3号、第5号、第6号、第7号の計4体。
なのはを襲った第1号……カイも含めれば計5体。
明らかに人間に対して友好的ではない未確認生命体への対応、それにこれからも苦労することになるなとクロノはため息をついた。
しかし、それとは別によいことがあったのも事実だ。

「なのはもリンカーコアの回復がだいぶ進んだ。これなら近いうちに戦列復帰も難しくは無いだろう」

そう、カイによって封印されたなのはのリンカーコアが回復を始め、簡単な魔法なら使うことができるようになった。
しかし、まだまだ前線に出るには不十分であり、ある程度以上の訓練をしてからになるだろう。
だが、分隊長が戦えないという今までの状況と比べれば大きな違いがある。
時間がかかるとはいえ、新人達にとって頼もしい隊長が来るというのは、それだけでも心に一本強い芯を通す。
そして、隊長が帰ってくるまで自分達でがんばろうという気持ちも強くなるだろう。
もっとも、リンカーコアの回復を知ったなのはがそんなことを考えていたかはわからないが。

「でも、なのはが復帰する……それだけでどうにかなるものでもないだろう。やはり……」
『クロノ君、緊急事態や』

そんなふうにこれからの状況を考えていたときに、クロノへとはやてから通信が入った。

「どうした?」
『未確認生命体第7号がサードアベニューに出現。フェイト隊長達を連れての出動お願いできるかな?』

部隊長であるはやてからのお願いのような命令の仕方に少しだけ苦笑するも、すぐに意識を切り替える。

「わかった。陸戦戦闘要員はヘリで、空戦魔導師は空から直接現場に向かう。飛行許可を取っておいてくれ」

はやてに素早く告げると、クロノはすぐさま現場に向かうべく自室から飛び出した。
今回の事件とその殺害事件から、未確認生命体の能力を頭の中でシミュレートしながら……。





一方、聖王教会には……

「あら、ザフィーラではないですか」

一匹の守護獣がフラフラとカイの元へと訪れていた。
しかし、用のある人物からの声はない。
その用のある人物は……

「ピーマン、苦い。ピーマン、緑。ピーマン、キライ」

シャワーとは別のもうひとつの天敵と相対している真っ最中である。

「カイ、ピーマンにも栄養が一杯入っているんです。残しちゃだめですよ」

相変わらずのカイの教育係のシャッハ。

「ゴウラム、これ……食べるか?」

カイはシャッハの声を無視して、フォークに刺したピーマンをゴウラムに突きつける。
そう、カイはゴウラムのコアが安置されている場所で過ごすことが多くなった。
しかし、ピーマンを差し出されたゴウラムはいらないとでも言うように宝玉を点滅させた……ように見える。

「ゴウラムのご飯は責任持って私が準備します。ですから……」

シャッハが言葉を続けようとしたところで、どこからかとてつもない大きさのお腹の音が聞こえてきた。
シャッハは青い守護獣へと歯車が錆びついたような動きで顔を向ける。

「……ザフィーラ?」
「……面目ない」

音の発生源に視線を向けるシャッハに静かに謝罪するザフィーラ。

「えっと……ご飯を食べてないのですか?」
「……うむ」

なにせ、昨夜は主であるはやてから夕飯抜きという罰をなぜかもらったことと、その後すぐにクロノから聖王教会に行ってもらいたいという要請を受けたため、朝も何も口にしていなかった。
ちなみに、夕飯抜きを言い渡されたとき、はやてがなぜか涙目になっていたため、ザフィーラは反論することも何もできなかった。
主であるはやてにあんな目をされて、自分が悪くなくてもすまない気持ちになってしまったザフィーラは反論すること無く、甘んじてその罰(?)を受け入れたのだ。

「それなら何か用意しましょう……時間がかかりそうですけどかまいませんか?」
「……すまん、限界かもしれん」
「でも、今すぐに用意できるのは……」

そう言ってシャッハはカイが食事をしているテーブルに視線を移す。
そきにはザフィーラに食べさせる物が……あった。確かにザフィーラが今すぐに食べることができる物がそこにはあったのだ。

「えっと……ピーマン、食べます?」
「……いただこう」
「それを食べている間に他のものも用意しますね」

テーブルに置かれている食器の上に残されているのは、緑色のカイの天敵だけだった。





サードアベニューへと向かうクロノは、ヘリに乗っている新人達と今回の未確認生命体に関しての対処を連絡しているところだった。

「被害者への殺害方法や未確認生命体の動きから、今回出てきたのは跳躍力や瞬発力に優れているようだ」
『それって第6号と同じってことですか?なら……』

クロノの言葉に、スバルは前回と同じような方法をとればいいと言おうとしたところで、クロノとは別の人物から言葉が出てきた。

『いや、前回がスピードに特化……横の移動力が高いとすれば、今回は横の移動力ももちろんだが、それだけではなく縦の移動力も高い』

シグナムの言葉でスバルは押し黙る。
前回の第6号……メビオが地面だけを舞台に走るのに対して、今回の第7号は地面だけではなくて壁も使った移動をしたという。
トライチェイサーのようなバイクだけでは追跡も難しい。

『現状は第6号のように狭い限定空間に閉じ込めての対処が一番なんだろうけど、それも簡単にいくかわからない』

フェイトが前回メビオに行ったカイの対応を今一度行おうと考えたが、逃走経路を比較的誘導しやすい地面だけを駆けるメビオに比べて、移動範囲が広すぎる第7号に対しては有効な手段とは考えられなかった。

『となると、現場でぶっ倒すしかないってわけだ』
「そういうことになるな。ヴァイス、君は今回はヘリの操縦に専念してくれ」

ヴィータの結論にクロノは賛同して、ヴァイスへと指示を飛ばす。

『了解です。さすがにそんだけ素早いと狙撃するにも難しいですしね』

ヴァイスも今回は自分の役割はないと思って歯がゆかったのか、握ったヘリの操縦桿に力を込める。

『動きが速いから……ティアナの誘導弾で牽制しつつ、私やクロノ、シグナム達で接近戦を挑むしかない……かな?ティアナ、みんなの指示をお願いね。みんなはチームなんだからね』

遠距離からの一撃は致命的ではないと考えたフェイトは接近戦で挑むしかないと結論づける。
そして、あえて新人達はチームであるということを告げる。
それは自分達は管理局のエースだから……という意味ではなく、あくまで今までの教導はチームを意識しての教導だった。
そして、チームとして動くことがもっともフェイト達のようなエースに近づく……いや、場合によってはエースを凌ぐことに繋がるだろうと思っての言葉だった。
ついには機動六課はサードアベニュー……未確認生命体第7号が現れた現場に到着した。
そして、到着したスバル達の目の前で……新たなる犠牲者が地面へとたたき落とされた





「貴様!!!」

その惨劇を見て激昂したシグナムが、着地した第7号へと斬りかかる。
しかし、第7号はそれを驚異の脚力で避けると、ビルの壁を使って一気に距離を取る。
他の者達が戦闘態勢に入る中、ティアナだけが何かを考えるような表情を見せ、それを見たスバルとエリオ、キャロも前線を隊長達に任せて何かを企もうとしているティアナの言葉を待った。
自分達はチームである。
その教えを忘れないように……。

『Sonic move.』

そんな新人達を余所に、背後からのフェイトによるバルディッシュの一撃も、第7号は壁を地面に見立てたジャンプで空を切らせる。

「これでも……くらいなさい!!!」

ティアナのクロスファイアシュートが第7号を追うように追尾する。
ヴィータもシュワルベフリーゲンを撃ち出し、第7号へと攻撃を仕掛ける。
しかし、それを第7号はギリギリのところで躱すということをやってのけ、誘導弾は全てかき消された。

「ゴラエタチ、ギビタギンバ?」

まるで驚異にもなっていないとでも言うように第7号は油断したように何かを言う。
しかし、このときの油断こそティアナが待っていたものだった。

「提督!!!」

誰もいないはずの第7号の背後に向かって叫ぶティアナ。
そして、第7号の肩に鋭い痛みが走る。

『Break Impulse.』

そして機械音声の後に響く衝撃。
それを受けた衝撃によって肩から血が溢れ出す。
第7号の背後に姿を現す漆黒のバリアジャケットを纏った魔導師。
時空管理局提督、クロノ・ハラオウン。
ティアナの幻術魔法、オプティックハイド不可視の状態になったクロノが隙を作るべく背後からの一撃を狙っていたのだ。
そしてクロノはこの攻撃が今後を左右すると考え、密かに非殺傷設定を解いて魔法を使った。
相手に直接ダメージを与えるために。

「スバル、エリオ、今!!!」
「オッケー、ウイング……ロォオオオド!!!」
「行きます!!!」
『Stahl messer.』

スバルの足元から伸びる空色の光の帯。
エリオのストラーダから発生される、キャロによってブーストされた桃色の光の刃。
それぞれの武器を持って第7号へと龍が天に昇るように突き進む。

「ジャラザ !!!」

第7号も突き進むエリオとスバルに気がついたのか、自慢の脚力を使っての回し蹴りでクロノを追い払おうとする。

『Protection.』

しかし、クロノはその動きを読んで回し蹴りをシールドで受け止める。
もとから魔力の高速運用に自信を持つクロノにとって、次に取るだろう相手の行動がわかっていれば、今のようなとっさの対処にも遅れをとることはない。
そして、自分はこの攻撃を完全に防ぎきればいいわけではない。
短時間で作り上げたシールドは今にも砕けそうに罅が入り、ついには砕け散る。
その勢いに乗った第7号の蹴りを受けてクロノは吹き飛ばされるものの、自分の役目は終わったとでも言うようにクロノは素直に壁へ激突することによって発生するショックを緩和させることに集中する。
そしてすかさず射撃魔法を放ち、さらなる注意を引きつける。
クロノの射撃を第7号が体をムリな体勢に捻るということで何とか躱したが、その後に見たのは今にも自分に拳を叩き込もうとしている青髪の少女と、桃色の光の刃を持つ槍を突き刺そうとしている赤髪の少年の姿だった。





「勝った……か?」

スバルの拳が顔面を捉え、エリオの槍が腹部を貫いたことで第7号は地面へと落下した。
ピクリとも動かない第7号の姿に倒したという安堵とともに、クロノはデュランダルに付着した血液を用意していた清潔な布で拭きとる。
もとから何もかもが不明な未確認生命体を少しでも解明するべく、未確認生命体の体の一部を調査しようとしたからだ。
そして、この倒れた第7号が確実に死んでいれば、未確認生命体の生態を解剖することにより、より深く知ることもできるだろう。

「よし、トドメを……」

一番近くにいたエリオがストラーダを構えて第7号へと進む。
そしてストラーダを第7号の腹部に今一度突き刺そうとしたその時、第7号が突然動き出してストラーダを受け止めた。

「な?」
「ヨグモ……ジャッデグレタバ?」

第7号の……いや、未確認生命体の力の源である腹部のアマダムを、結果的に貫こうとしたエリオへの憎悪の声。
第7号は掴んだストラーダをそのまま振り上げるとエリオごと地面に叩きつけた。

「うわあっ!!!」

バリアジャケットによってある程度の衝撃は緩和されたものの、その衝撃でストラーダを手放したエリオは吹き飛ばされる。
そして……

「ジブンンブキデ……ギネ!!!」

そのように言うと、第7号はストラーダを構えて、槍投げのように投げつけた。
叩きつけられた衝撃に動けないエリオを何とか庇うべく、フェイトがエリオの元へと飛ぶ。
しかし、今の距離ではたとえストラーダがエリオの身を貫く前にたどり着いたとしても、そのままエリオを連れて離脱するのは不可能だろう。
クロノ達も突然のことで、ストラーダを叩き落すという判断をすることができなかった。
ならばこそ、エリオの盾になればいい。
そんな覚悟にも似た思いを抱いてフェイトは進む。
そして、フェイトがエリオの前に立つと同時に、ストラーダがフェイトの身を貫く……ことはなかった。
フェイトの前を赤と青の風が通り過ぎたからだ。

「ザフィーラ……それに、カイ」

クロノは待ち望んでいた人が来たのと同時に、その人が掴んでいるストラーダを見て安堵する。
フェイトの前を突き抜けた赤と青の風。
カイがザフィーラに跨って、その右手にストラーダを握っていたのだ。

「……クウガ!!!」

第7号も突然の乱入者が過去に自分を封じた存在であることに怒りを燃やす。

「ザヒーラ、ゆっくり休む」

しかし、カイは第7号に見向きもせずにザフィーラの背中から降りて労るように声をかける。
事実、未確認生命体が出たという情報を知ったのは、ザフィーラが今にもピーマンを食べようとしたその時だった。
しかし、ミッドチルダの平和と自分の空腹、どちらを取るのかと言われればザフィーラの出す答えは決まっている。
だからこそ、全力でカイを背負ってここまで来たのだ。
ザフィーラから離れるようにカイは第7号へと歩き出す。
そして、第7号ともっとも適した能力を持つ姿……瞬発力と跳躍力に優れた青い戦士へと姿を変える。

「あれは……第2号?」

以前、カイに第2号も自分であるとは聞いていたものの、クロノは実際にカイが第2号になるところを見ていなかった。
ということは、これで第1号、第2号、第4号が少なくとも人に仇なす存在ではないことが証明された。
都合のいい話かもしれないが、少なくともカイが人に危害を加えるような人間だとは思えなかったからだ。
なのはを襲った時も何か錯乱しているようだったという話もあり、事情を聞くことが出来ればその誤解を解くこともできるだろう。
もっとも、カイはクロノのそんな考えを知ることもなく、ゆっくりと第7号へと歩を進める。
第7号も一気に距離を詰めて、目の前の怨敵を打ち倒すべく襲いかかる。

「……来たれ」

カイは第7号の拳を避けると何か言葉のようなものを呟く。

「海原に眠れる……」

さらなる第7号の攻撃を、まるで流れる水のようにいなして言葉を紡ぐ。
ストラーダがその言葉に呼応するように青く輝く。
そして……

「水竜の棒よ!!!」

言い終わると同時にストラーダが一本の棒へと変化する。

「す、ストラーダが……変わった?」

カイはそれを構えると、一気に距離を詰めて第7号を殴打する。
たまらず第7号が距離を離そうとすると、カイはその棒の先端を伸ばして遠心力を利用しての重い一撃を放つ。
そして再び接近しては棒の長さを短くして連続して叩き込む。
いずれの攻撃も、棒の先端から光が放たれているのをクロノは見た。

「あの光じゃないと……未確認生命体を倒せないのか?」

自分達の攻撃が効かなかったことに対する一つの結論。
クロノは、カイが自分達と一緒に戦おうとしなかったのは、自分達では未確認生命体を倒せないからだったのではと思った。
そして、実際には自分達の魔法は確かに未確認生命体に大した効果をもたらさなかった。
いや、クロノの最初の一撃は確かな手応えがあった。
非殺傷設定を解除して確実に一撃を入れる……言ってしまえば殺す可能性を持った一撃でなら……。
そんな考えを持つ中、ついにはカイと第7号の戦いにも決着がつこうとしている。
カイの流れる水のような棒さばきに翻弄された第7号は、対した抵抗を見せること無くメッタ打ちにされ、今にも崩れ落ちそうな状態だった。
そしてカイは青い戦士の特徴でもある跳躍を見せ、その後に背後の壁を蹴って第7号に向けて棒を構えての急降下攻撃を繰り出す。
第7号に真っ直ぐに迫るカイに、第7号は反応することもできずにその棒の強烈な一撃を胸に受けた。

「バヅー、いずれバダーも……お前のところ、連れて行く」

カイは第7号……バヅーにそう告げると、飛び上がってその場を離れる。
綺麗に着地を決めて、戦いが終わったとでも告げるように棒を構え直す。
そして、バヅーが胸に受けた一撃はそのままバヅーの腰のベルトへと届くと同時に砕け、バヅーは光を放ちながら爆発した。





戦いが終わり、カイがエリオを中心としてみんなが集まっているところへと歩く。

「エロ、これ返す」
「あ、ありがとうございます……うわぁっ!!!」

カイが赤い姿になると同時に、ストラーダは元の姿に戻った。
刃先をエリオに向けた状態で……。

「……少し、いいか?」

しかしそんな状況も、とある守護獣には関係なかった。

「ザフィーラ、どうしたんだ?」

ヴィータがいつもとは明らかに違う弱々しいザフィーラの言葉を不思議に思う。

「……腹が減った」

ザフィーラはその一言を言って倒れ、ザフィーラが昨日から何も食べていないだろうことを思い出したシグナムとヴィータは、ザフィーラの腹の虫の音を聞きながらザフィーラの冥福を祈った。





「龍の力は使えたか」

またもやカイの戦いをガドルは遠くから見つめていた。
しかし、今日は他にもその戦いを見ている者がいた。

「バヅーが死んだ。バダー、兄であるお前はこれでよかったのか?」

ガドルの言葉は、バヅーを助け出すこともできたのではと聞いているようにも見える。
しかし、バダーはそれを気にすることもなく、簡単に言葉を残して立ち去った。

「弱いグロンギに価値はない。それに、双子でありながらズ程度の奴に興味もない」

まるで兄弟の情など持ち合わせていないとでも言うように……。
そしてガドルはカイとは別のある人物を見つめる。

「あの黒髪の男……一時とは言えバヅーを怯ませた」

背後からの一撃とは言え、明らかにバヅーが反応できなかった動きを見せたクロノにもガドルは興味を引かれた。
実際はティアナの作戦もあったが、バヅーに仕掛けたクロノの背後からの一撃がその先の流れを作ったと言ってもいいだろう。

「だが……やはり俺が戦うべき相手はリク……クウガだけだな」

今のクロノ達では抵抗されるのが面倒ではあるが驚異にはならないと感じたのか、ガドルはクロノに移した視線を戻すとその場から離れた。





ザフィーラを復活させるべく、カイ達は聖王教会にやってきた。
何も教会の神父様に守護獣を復活させる呪文を聞きに来たわけではない。
ザフィーラがピーマンを食べようとする前に、シャッハが何か食べ物を用意すると言っていたのをカイが思い出したからだ。
そして……

「みんな……ズルイ」

突然の来客にシャッハは驚くものの、用意したお菓子を戦い終えたみんなへと配った。
カイの大好きなシュークリームを。
しかし、カイの目の前の白い皿にあるのは、シュークリームなどではなく残していったピーマンだった。

「カイの分も用意してあります。まずはそのピーマンを食べましょう」

何気に同じことばかり言っているなと思いつつも、シャッハは心を鬼にしてカイの好き嫌いをなくそうと頑張っていこうと改めて誓う。

「なんか……好き嫌いするキャロみたいだね」
「はうっ」

そんなカイの様子を見て苦笑いをしながらのフェイトの感想に、一人落ち込む召喚士の姿があった。





そしてとある場所では……

「せやから……なんであそこでバイクで出てこんのや」

最適なタイミングで子ども(エリオ)を助けたヒーローに、全く見当違いな愚痴をこぼす某部隊長がいた。

「これは……あれやね?ヒーローにはバイクに乗る特訓がないとあかんのやね、やっぱ」

何か、明らかに見当違いな方向へと思考が向いているのを指摘する人は誰もいなかった。





次の日、機動六課の食堂では……

『今朝の未確認生命体速報です。昨日の昼、サードアベニューにて出現した未確認生命体第7号を向かい打つべく、時空管理局の機動六課が第7号と交戦、その途中に第4号が戦闘に乱入して、第7号を撃破するという事件がありました。また、その際に第2号も姿を現したという情報もありますが、その情報の真偽は確認されていません』

昨日起きた未確認生命体関連のニュースを見るなのはとフェイト、ヴィヴィオの三人。
そして第7号の前に立ちはだかる第4号の姿も映っていた。
しかし、最後まで撮ることができなかったのか、第2号……青い戦士のカイの姿は出てこなかった。

『このように第4号は未確認生命体第7号と交戦し、第6号とも戦ったという情報もあり、未確認生命体同士による抗争があるのか、それとも第4号とそれ以外の未確認生命体は敵対しているのか、理由は未だに判明してはいませんが気確認生命体速報では引き続き調査、公表を続けていく予定です』
「4号すごいね、未確認倒しちゃったんだ」

現場に向かったなのはを除いた前線メンバーでも勝てなかったということもあり、ヴィヴィオの中で第4号の強さの株が急上昇している。

「ママ、カイは人を襲わないから大丈夫だよね?」

そして、なのは達に確認するように言う。
それを聞いたフェイトは昨日の様子を思い出す。
涙目でピーマンを食べて、一秒でも早くご褒美のシュークリームをもらおうとするヒーローの姿を。
……どう見ても自分の被保護者であるエリオを助けた第4号には見えなかった。
しかし、明らかにカイは未確認生命体第4号と呼ばれる存在である。
でも、戦っているカイとピーマンを目にして涙目になるカイ、どちらも同じカイなのだと思うと、フェイトは何かおかしなものが込み上げてくるのを我慢することはできなかった。





そして、同じ頃の聖王教会では……。

「よかった……今日はピーマン無い」

スープの中に細かく刻まれたピーマンが入っていることを知る由もないカイが喜びながらスープを飲んでいる姿を、シャッハが微笑みながら見ていた。
しかし……

「ピーマンないから、ザヒーラに俺のご飯あげないぞ」
「これもどうぞ」

カイの言葉にすかさずシャッハがテーブルの上に載せられたのは、ピーマンを串に刺して焼いただけの焼きピーマン。
肉も玉ねぎも刺さっていないそれは、バーベキューにすらなっていなかった。
唯一バーベキューの名残があるとすれば、それはバーベキューのタレを付けていたくらいだろう。

「……ザヒーラ、これ食べるか?」

カイはすかさずピーマンの刺さった棒をザフィーラに差し出す。

「不要だ」

しかしザフィーラは、カイの言葉に素っ気無く答え、普通に用意された食事を食べていた。

「ゴウラ……」
「ゴウラムにはもうご飯をあげていますからね」

シャッハはカイの逃げ道を無くすように、ゴウラムの傍に持ってきた鉄の廃材を指差す。
ゴウラムはそれを自分の体とするように融合を行っていく。
未だに体のほとんどが構成されていないが、明らかに少しずつ大きくなっていくゴウラムも、カイの差し出したピーマンをいらないとでも言うようにコアである緑色の宝玉を輝かせた。





今回のグロンギ語

ゴラエタチ、ギビタギンバ?
訳:お前達、死にたいのか?

ジャラザ !!!
訳:邪魔だ!!!

ヨグモ……ジャッデグレタバ?
訳:よくも……やってくれたな?

ジブンンブキデ……ギネ!!!
訳:自分の武器で……死ね!!!





タイトルは原作通りに『青龍』です。思いの外、早く書きあがったのはよいことなのか、悪いことなのか。







[22637] 第18話
Name: ナシ◆11a3e1c6 ID:4b5435e4
Date: 2011/01/22 23:21




ミッドチルダの首都クラナガン、そこのショッピングモールに存在するとある喫茶店。
機動六課ヘリパイロット兼狙撃手のヴァイス・グランセニックは、休暇を利用してとある人物と待ち合わせていた。
頼んでいたコーヒーはすでにカップの中には存在せず、それなりの時間待っていることがわかる。

「おかわりはいかがですか?」
「あ、いや、結構です」

さすがに5杯目をお替わりするのは気が引けたのか、ヴァイスはウェイトレスに愛想笑いを受かべながら丁重にお替りを断る。

「……くそう、これもみんなあいつのせいだ」

ウェイトレスがいなくなってから、ヴァイスは待ち合わせしている人に悪態をつくも、それは冤罪というものだ。
待ち合わせの時間にはまだ30分もあり、こんなに早く来るほうがおかしいのだ。
だが、ヴァイスにはそのことを気にするほどの余裕がなかった。

「お待たせ、お兄ちゃん。めずらしいね、待ち合わせの時間より早く来るなんて……もしかして待った?」

そんなふうにヴァイスが待ち人に恨み言をブツブツと言っているときに、ようやく(それでも待ち合わせ時間より早く)妹であるラグナ・グランセニックがやってきた。

「ん?いや、コーヒー一杯飲み終わったくらいだからな、そんなに待ってないぞ」

……嘘だ。既にヴァイスの腹の中には4杯のコーヒーが収まっている。

「もう、そういうときはついさっき来たところっていうもんだよ?」

しかし、ラグナがそれを気付くこと無く文句を言う。

「んなもん、彼氏にでも言ってもらえって」
「いないんだからしょうがないじゃない」

そんなふざけた言葉を交わしながら、ヴァイスはひさしぶりに妹と休日を過ごすことになった。





「そっか、今はどこもかしこも未確認……か」

互いの近況を話したところで、やはり現在ミッドチルダを騒がせている未確認生命体関連の話題になった。

「……うん、友達の家族も未確認生命体の犠牲になったって」
「……そうか」

今のところ、ヴァイス個人の知り合いに未確認生命体の犠牲者になった者はいない。
しかし、もし自分の知人が犠牲になったとしたら、目の前のラグナのような表情になるのか……とも考えた。
……いや、もしラグナがその犠牲になったとしたら……自分はどうなるのか、といったほうがいいかもしれない。
ようやく回復した自分と妹の関係。
それが妹の、もしくは自分の死で終わる……そんなことはどうしても認めるわけにはいかない。
しかし、現状の未確認生命体の行動では、このミッドチルダ全域が危険区域であることも事実だった。
リンカーコア消失事件の頃なら、強大なリンカーコアを持たないラグナは安全だと思っていたかもしれない。
しかし、今起きている未確認生命体関連の事件は犠牲者に共通性がない。
ラグナが狙われたとしてもおかしい状況ではなくなったのだ。

「機動六課が未確認生命体対策をしてるんだよね」
「まあな」

他の部隊も未確認生命体関連の事件を追っていないわけではないが、未確認生命体出現時には基本的に機動六課が対処している。
それの危険性を考えているのか、ラグナの表情には明らかな曇りが見られた。

「大丈夫だって、俺は遠くから撃つことしかできないから、未確認生命体に近づくことなんてないし」

嘘だ。以前にヴァイスは第6号、メビオとの戦いで懐に潜り込まれている。
しかし、妹を安心させるにはそう言うしか無かった。

「でも……」

もっとも、そう言ったところで簡単に安心出来るものではない。

「もう、その話はやめようぜ。せっかくの休暇だしクラナガンまで出てきたんだ、色々と見てまわろうぜ」

そう言ってヴァイスは妹を強引に外へと連れ出すことに決めた。
しかし、時折考えることがある。
自分は狙撃しかできない。
そして、その狙撃は未確認生命体に対して必ずしも有効な手段とはいえない。
パワーのあるスバルや、速度と鋭さを持ったエリオの一撃でさえ第7号に致命傷を与えるに至らなかった。
なら、威力が大きく落ちる自分に未確認生命体にダメージを与えるのは、それこそ目といった訓練しようにも簡単に訓練することのできない、急所となるべき場所をピンポイントに撃ちこむしか無い。
しかし、それを未確認生命体は理解しているのか、射撃の回避率は異常に高い。
小細工なしで当てるのはほぼ困難だろう。

「それでも……なんとかするしかねえんだよな」

ヴァイスはラグナに聞こえないくらいの小さな声で決意を語ると、その決意を伝えるかのように上着のポケットに入れている相棒『ストームレイダー』を握りしめた。





一方、クロノ・ハラオウンはシャーリーを連れてマリエル・アテンザのもとを訪れていた。

「マリー、調査結果はどうだった?」
「クロノ提督、これが分析班から送られてきた報告書です」

連れてきたシャーリーを無視してクロノは渡された報告書に目を通す。

「……ここに書かれているのは確かなのか?」
「ええ、間違いありません。信じられませんけど……」

マリエルに依頼したのは、第7号との戦いで手に入れた未確認生命体の血液成分の解析だった。
本来なら体組織の一部があればより詳細なことがわかったかもしれないが、今のところ撃破された未確認生命体は第4号、カイに倒されて爆発している。
血液だけだが、手に入っただけでもマシとも言えた。

「えっと、その報告書にはなんて?」

あまりにもわからない話題についにしびれを切らしたのか、シャーリーが何の話をしているのかを聞いてくる。

「これは……いや、後で話すよ」

クロノは血液成分の分析結果を告げようとして言い淀む。
この血液成分の結果が正しいとしたら、自分達のやっていることは見方によっては人間同士の殺し合いと同じことなのかもしれない……とは言えなかった。
人間と同じ成分を持つ血をその身に流している、人間を殺す未確認生命体を殺さなければならない……それを簡単に口にすることはできなかった。

「……そうそう、もう一つのことなんですけど」

そんなクロノの心情を理解したのか、マリエルが話を変えるために明るい口調で話を切り出す。

「例のアレ、フレーム自体の開発は結構簡単にいきそうです」
「例のアレ?」

開発という言語に心を動かされたのか、シャーリーが速攻で話に食いつく。

「そうか、やはり災害対策用のパワードスーツを使うことができるのか」
「もっとも、本来の用途とは完全に別物になりますしダウンサイジングにも時間がかかるので、まだまだ完成にはほど遠いですけどね」
「いや、それだけでもありがたい。戦力の増強はこちらとしても願ってもないことだからね」
「災害対策用?パワードスーツ?」

マリエルとクロノの話に意味のわからないシャーリーは頭の中で疑問符を浮かべるだけである。
しかし、その後すぐにマリエルから話を聞いて、すぐにも興味を示したように瞳を輝かせた。





機動六課の訓練場では、新人達の他になのはがリンカーコアを封印されたためにできたブランクを埋めるべく、新人達とは少し離れて訓練をしていた。
周囲に浮遊するターゲット、それをアクセルシューターで撃破していく。
本来はティアナの訓練用に用意されたメニューを、再度自分のトレーニングメニューとして選択したのだ。
しかし……

「やっぱりまだまだだなぁ」

新人達もその日の教導を終え、なのはのトレーニングの見学をしているところでなのはは訓練を切り上げた。

「お疲れ様、なのは」

フェイトが訓練の終わりを悟ったのか、なのはにタオルとスポーツドリンクを渡す。

「ありがと、やっぱまだまだみんなと一緒には戦えないねぇ、足手まといになっちゃうよ」
「いえ、そんなことは」

なのはの言葉にスバル達はそろってそんなことはないと言ったり、首を横に振ってなのはの言葉に否定する。
しかし……

「そうだな、今の高町は足手まといに他ならない」

ライトニング分隊副隊長、シグナムはなのはの言葉を否定するどころか肯定した。

「シグナム副隊長、それは……」
「事実だ」

スバルが反論しようとするのを、シグナムは鋭い視線を向けてその反論を制する。

「そんな中途半端な魔導師が前線に出たところで邪魔にしかならんし、背中も預けられん」

シグナムは厳しくそう言うと、他の者の意見など知らんとでも言うようにみんなから背を向けて隊舎に向かって歩き出した。
そして、新人達の間に重苦しい雰囲気が立ち込める。

「まあ、シグナムの言う事にも一理あるしな」
「ヴィータ副隊長」

さすがにヴィータも同意見とは思えなかったのか、新人達がさらに落ち込む。
しかし、なのはとフェイトはシグナムの言葉にも、ヴィータの言葉にも特に気を悪くする素振りは見せなかった。

「今のなのは隊長じゃ昔のお前達も使い物になんねえぞ?それなのに前線に出ちまったら簡単にやられちまう」
「それは……でも……」

ヴィータの言葉に新人達は他にも言い方があるだろうと感じていた。

「それにシグナムは、今のなのは隊長じゃ邪魔にしかなんねえし、背中も預けらんねえって言ったんだ」
「えっと……」

ヴィータの言葉に何を言いたいのかわからない新人達、それとは別にヴィータの言おうとしていることに感づいたなのはとフェイト。

「お前達のことは何も言わなかった。つまりだ、お前達には背中を預けているって言っているようなもんなんだぞ?」
「……あ」

ヴィータに言われて、ようやくシグナムの言っていた言葉の隠れた意図に新人達は気づく。
普段の接し方にもあるが、なのはやフェイトは若干スバル達に甘い部分があるといってもいい。
どちらかというよりは上司といった感じよりも、少し上の先輩、もしくは頼れる姉のような存在といってもいいだろう。
しかしそれは、その分の厳しさをヴィータとシグナムが補っているからこそできることでもあった。
その厳しいタイプの副隊長から、遠まわしとは言え自分達のことを認めてもらえたというのは、スバル達にとっての自信に繋がる。

「まあ、なのは隊長が戻るまでは、お前らが気張れば問題ないってことだろ」

そう言い終わったヴィータも慣れないことを言ったとでも思ったのか、シグナムの後を追うように背中を向けて歩き出した。
何気にその顔は新人達の成長を嬉しく感じているのか、少しにやけていたのかもしれない。
もっとも、それを人に見せるようなことをするヴィータではないが……。





昼下がりのクラナガンショッピングモール。
そこでは今にもスキップしそうなほどに機嫌の良いラグナと、ところどころに紙袋がついてる物体が歩いていた。

「お兄ちゃん、次はあのお店見ていこう」
「……ちょっと待て」

ラグナが振り向いて得体の知れない物体に声をかけると、得体の知れない物体から声が返ってきた。

「お前……いくらなんでも買いすぎだろう?」
「そうかな?」
「しかも全部俺持ちって変じゃねえか?」

ラグナの買い物に付き合った得体の知れない物体……ヴァイスは、抱えている買い物袋を一旦下ろすと、恨みがましい目を向ける。

「あ、そうだね、荷物一つ持つよ」

そう言ってラグナは兄に預けていた紙袋を一つ取る。
しかし、ヴァイスの言いたいことはそれだけではない。

「荷物のことだけじゃねえよ!!!なんで俺がお前の買い物の金を全額払わなくちゃいけないんだ?」

ヴァイスは、これじゃ金も荷物も全部俺持ちじゃねえか……と言おうとしてやめた。
こんなことを言ってもギャグにすらならない。

「またまたぁ、妹とデートできて嬉しいでしょ、お兄ちゃん」
「誰がお前みたいなチンチクリンと……どうせなら姐さんみたいなナイズバディな人と……」

姐さん……シグナムのことを思い出し、ヴァイスはシグナムとデートする自分を想像する。
そのデートの光景は……





寺に行って坐禅。





山奥での滝行。





限界を超えた真剣勝負。

「……妹よ、俺はお前と出かけることができて本当に幸せだ」

キリッとした表情でヴァイスはラグナに告げる。
心で涙を流しながら……。

「……変なお兄ちゃん。まあいいや、次のお店行こ」

ヴァイスの行動を若干不思議に思いつつも、ラグナは先店へと足を運ぶ。
しかし、前を見ていなかったのか、すぐに人にぶつかってしまった。
その時に何か小さな音が聞こえたが、ラグナはそれを気にかけなかった。

「あ、ごめんなさ……え?」

自分の不注意に目の前にいる人に頭を下げて謝るが、次の瞬間ラグナのぶつかった人が倒れた。

「どうした、ラグナ」

ヴァイスも何か違和感を感じたのか、荷物を抱えながらラグナの傍にやって来る。

「お兄ちゃん、この人がいきなり倒れて……」

ラグナは目の前で起きたことを説明するものの、目の前で人が倒れたことしかわからなかった。

「マジかよ、大丈夫ですか?」

ヴァイスは荷物を降ろして倒れた人に声をかけるものの、反応がない。

「……まさか」

ヴァイスはもしやと思って、倒れた人の首筋にしゃがみ込んで手を当てると、その人の脈を測る。
その手には人の脈を感じることはできず、既に生き絶えていることを証明していた。

(なんだ?どうしていきなり死んでいる?顔も特に苦しんでいる表情じゃねえから、病気ってわけでもなさそうだ。どこからか撃たれた?……いや、それらしい魔力反応なんて何にもなかった。それに、ここからこの人を撃てる場所は……)

ヴァイスはこの人が撃たれたと仮定しつつ自分の狙撃の経験を活かして、どこならそんなことができるかをイメージする。

(……だめだ、隠れて狙撃するにも遮蔽物が多いし、人の目につきやすい)

屋根の上から狙撃しようにも角度的に難しく、他の場所でも人の目につきやすいことから、もっと遠い位置からなのかと辺りを見渡す。

(それとも……上か?)

ありえないとは思いつつも、ヴァイスは倒れた人の上……空を見上げる。
そして感じる違和感。
なんとも無い空に何かを感じる。
それは狙撃屋としての勘なのかわからないが、この上空に確かに何かいるのを感じたのだ。

「……お兄ちゃん?」

ラグナに声をかけられて、ようやくヴァイスはラグナを危険な位置に置いていることに気がついた。

「……ラグナ、今すぐに建物の中に入れ」
「え?」

ラグナにそう指示すると、ヴァイスは待機状態のストームレイダーを出し、今の状況を画像として保存していく。
そして、それをやりながらヴァイスは周りの人に聞こえるように声を張り上げた。

「時空管理局未確認生命体対策班の機動六課の者だ。たった今、未確認生命体の仕業と思われる殺人事件が発生した。今すぐに建物の中に避難してくれ」

未確認生命体という言葉が効いたのか、その場に居合わせた全員がある者は悲鳴を上げ、ある者は我先にとヴァイスの指示したように建物の中に避難していく。

「お兄ちゃん、私達も早く中に入ろうよ」

震える手つきでヴァイスの腕にラグナは抱きつく。
それもしかたない。もしかしたら今死んだ人ではなくて、場合によってはその傍にいたラグナが死んでいた可能性があったのだ。
死という恐怖に震えないほうがおかしい。

「ああ、今はそうしたほうがいいかもしれないな」

ヴァイスもラグナを安心させるべく、犯行現場を残すためとは言え遺体をこのまま放置するということを遺憾に感じながらも、ラグナの肩を抱いて建物の中に避難していった。





「ラズザヒオリ」

クラナガンショッピングモールの遥か上空、自らの針を撃ちこんだのはヴァイスの想像したとおりに未確認生命体によるものだった。
背中に昆虫のような透明な羽を持ち、顔の形も額から2本の蜂のような触覚がある。

「ジャズレ……ゴレガリエタザ オ?」

誰も見えない、届かない位置からの一撃必殺。
それがこの未確認生命体……バヂスの戦い方だった。
ありえないはずの自分を見つめているように見えたヴァイスの視線に、バヂスは一瞬だが驚愕した。
しかし、すぐさまにそれは気のせいと思い直して、次の獲物を探すべく移動を開始した。





クラナガンで新たなる事件が起きている頃、聖王教会のとある部屋では……

「カイ、そんなところでどうしたんだい?」

ヴェロッサが調べ物をしている部屋にいきなり飛び込んできたカイが、ヴェロッサの机の下に入ってくるなり隠れだした。

「ロッサ!!!」
「シャッハ、一体どうしたんだい?」

恐らくカイを探しに来たのか、シャッハが息を切らせて駆けこんでくる。

「カイを見ませんでしたか?」
(やっぱり)

シャッハの言葉にヴェロッサは声に出さないものの、心の中で苦笑する。
そんなヴェロッサの真っ白いズボンを引っ張る者がいた。
その犯人は言わずもがな、カイである。
ヴェロッサを涙目で見つめて、カイは何かを訴える。

「カイがどうかしたのかい?」

そんなことを言ってからヴェロッサは自分の言った言葉にまたもや苦笑する。

(カイがどうかしたのカイって、ダジャレにもならないよ)
「おやつに用意したシュークリームを持って逃走しました。ピーマンを残したままで!!!」
(やっぱり……それならシュークリームを用意するのをやめればいいのに)

あいも変わらずな二人の行動にやれやれと思いながらも、どうしたものかと考える。
しかし……

「僕は見ていないよ」

心苦しいながらも、少しだけカイと二人きりで話をしてみたかったヴェロッサは、シャッハに悪いと思いながらも嘘をつく。

「そうですか、なら私はカイを探しますので」

シャッハは、そのように言い残すと同時に再び烈風となって走りだした。

「……もう大丈夫だよ」
「ボッサ、ありがと」
「まだ僕の名前はボッサなんだねぇ」

ヴェロッサはカイの呼び方にはもう慣れてしまったのか、今ではそこまで嫌な感じを受けなくなってしまった。
それより本題に入らなくちゃと思ってから、ヴェロッサはどう話を切りだそうか悩み始めた。
ヴェロッサがカイに聞こうとしたことは、どうしてなのはを襲ったのかということだ。
これはクロノとユーノにももし機会があれば聞いてほしいと頼まれていたのと、ヴェロッサ自身も興味があったからだ。
未確認生命体としか戦っていないカイが、なのはと地上本部を爆破しようとしたテロリストにだけ拳を振るった理由。
テロリストに関してはある程度の予想がついたものの、なのはのことに関してだけは何もわからなかった。
話によると錯乱していたようだが、何かカイをそうさせたのかもわからない。

「ボッサ」

そんな考え事をしているときに、カイのほうから声をかけてきた。

「どうしたんだい?」
「これ、あげる。さっきのお礼」

そう言ってカイが差し出したのは、シャッハの元から盗み出したシュークリームだった。

「いいのかい?カイの大好物だろう?」
「一人で食べてもおいしくない。一緒に食べる」

子どもっぽい理論ながらも、そう言われて悪い気がしないのもまた事実。
しかし、シュークリームだけというのも少し寂しい。

「なら、お茶の準備をしようかな。シャッハには黙っていなくちゃいけないから、僕の方で準備するとしよう」

ヴェロッサはそう言って立ち上がると、ハンガーにかけてあった真っ白い上着を羽織るべくハンガーから外そうとして、動きが止まる。
カイが明らかに怯えた表情を見せたからだ。
怯えた視線はヴェロッサの持つ上着に注がれている。
試しにヴェロッサは上着をハンガーにかけ直した。
それをするとたちまちカイの中に巣食っていた怯えが見えなくなる。
そして再び上着を取ると、カイは怯えた表情を見せて震え上がる。

「……まさか」

ここでヴェロッサは一つの仮説を立てた。
高町なのはが襲われたのは、新人との模擬戦で真っ白なバリアジャケット姿になったときだったという。
カイが自分に怯えを見せたのは、既に真っ白いズボンを履いている自分が真っ白い上着を着ようとした瞬間。
カイの怯えの全てが、簡単に言ってしまえば全身が白くなっている存在に向けられているのでは……と。

「カイ、大丈夫だよ」

カイに安心させるようにヴェロッサは白い上着ではなく、青い上着をクローゼットから出して羽織る。
その、白いズボンと青い上着のヴェロッサを見て、ようやくカイは怯えを湛えた瞳ではなく、いつものような無邪気な瞳に変わる。

「飲み物の準備をしてくるから、少し待っていてくれよ」

カイにそう言い残すと、ヴェロッサはお茶の準備をするべく部屋から出ていく。

「白が嫌いなのか……どういうことなんだ?」

嫌いな色というだけであそこまでの怯えを見せるようなことはないだろう。
だとしたら、白という色がカイの過去に何らかの影響を与えていると考えられる。

「流石に僕の力をカイに使うのは気が引けるし……どうしたものかな?」

ヴァロッサの他の人間は持っていない特殊な力『思考捜査』を使えば、カイの心の中を見ることができるかもしれない。
しかし、犯罪者で捜査に非協力的ならともかく、ただカイの過去を知るためだけにこの能力を使うほどヴェロッサは割り切れるだけの非情さを持っているわけでもなかった。

「とりあえず仮説ではあるけど、連絡だけはしておくべきかな。……おっと、それよりもシャッハに見つかる前にお茶の準備でも……」
「……誰に見つかる前に、ですか、ロッサ?」
「それはもちろんシャッハに……は?」

ヴェロッサの後ろから感じる禍々しい気。
振り向いてはいけない、今すぐここから立ち去るべきだ。
そう思うものの、それを簡単に実行するにはヴェロッサは既に後ろからの気迫に飲まれている。
もっとも、逃げたところですぐに追いつかれるだろうし、その後の報復がさらにレベルアップするのは目に見えている。

「ロッサ、カイがどこにいるか、知りません?」

もはやロッサに抵抗できる意志はなかった。
それから数分後、聖王教会内部に一人の男の悲鳴が響き渡った。
しかし、もはやいつものことなのか、その悲鳴を聞いて驚く人間は教会に巡礼に来る者達だけだったという。





今回のグロンギ語

ラズザヒオリ
訳:まずは一人

ジャズレ……ゴレガリエタザ オ?
訳:やつめ……俺が見えただと?





今回のタイトルは『焦燥』
機動六課の中でももっとも未確認生命体に対しての戦闘能力が乏しい(と感じている)ヴァイスの魔導師としての焦りと、もしかしたらラグナが死んでいたかもしれないという焦り(恐怖?)がタイトル名の理由です。

それにしても今回はヴァイス目立ちすぎ?……おかしいなぁ、リリカルなのはの世界なのにザフィーラとかゴウラムとか、ヴァイスとかクロノとかヴェロッサとか目立つなんて、人選を間違っている気がしてきました。






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.308177948