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[20064] 【ネタ・習作】 あの夏の戦争 【サマーウォーズ】
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/07/11 22:37
 ※これは、サマーウォーズのSSです。大人になった健二のモノローグです。
 公式とは違う捏造設定が満載ですが、そういう仕様だと思っていただけると幸いです。











 私の半生には、何度かの大きな転換期がある。

 それはきっと、誰にでも訪れるモノ。

 最初の転換期は、両親の離婚。

 私は父に引き取られ、母は当時住んでいたアパートから出て行った。

 父は黙って私を育ててくれた。

 朝早くから夜遅くまで休む事無く働いて、せめて暮らしだけでも豊かであるようにと思っていたそうだ。

 当時の同年代の子供よりも多少、そこら辺の機微には敏感だった私は、そんな父に我儘を言えなかった。

 いや、言えなかった。それに、周囲に敏感にならざるを得なかった。

 言い換えれば、私は常に周囲の人間を観察していたのだ。

 大人しい性格だった私。しかし周囲の環境に恵まれていながら、私は知り合い以上友人未満の関係しか構築出来なかった。

 何故恵まれていたと思えるのか?

 当時のクラスメートは皆元気ではあったが、苛めなどは無かったからだ。引っ込み思案だった私など、ちょっと乱暴なクラスメートがいれば格好の玩具になっただろう。

 まあ、それから私は空気のように学生生活を送った訳だ。

 私を育ててくれた父だが、私が中学二年になる頃から海外出張に頻繁に出掛け始めた。

 後で知った話だが、どうやら会社に掛け合って私が一人でも大丈夫な年齢になるまで海外出張は延期されていたそうだ。

 最も、それを知ったのは本当に後になってからなので、当時は『父に疎まれているのでは?』と思っていたものだ。

 お陰で内気な性格に拍車が掛った。……いや、例え父がいたとしても内気ではあっただろうが。




 次の転換期は、親友との出会いだ。

 友人の名は佐久間 敬(さくま たかし)。

 出会ったのは、中学時代最初の冬。『OZ(オズ)』と呼ばれる当時から全世界を繋ぐツールとして利用されていた地球規模の巨大コミュニケーションサイトだ。

 同時期に小遣い稼ぎのつもりで『OZ』の保守点検に応募したのが切っ掛けだった。

『キミ、中学生?』

『え、キミも?』

 最初はそんな事を話したように思う。

 そこから私たちは意気投合した。

 プログラムは敬が、演算は私がほんの少し上だった。

 そして、自分たちの長所を伸ばしたり、短所を改善していった。思えば、負けてなるものかと思っていたように思う。

 その間に『彼』と出会ったのは、佐久間(当時私はそう呼んでいた)と私にとっては僥倖だった。

 彼は、独自にAI(人工知能)を作成していた。

 彼の友人たちは『JIN』と呼んでいたので、私たちもそう呼ぶと、彼はどこか恥ずかしそうに、

『侘助(わびすけ)ってのが俺の名前なんだよ』

 そう教えてくれた。

 つまりそう呼んでくれという事だろう。

 彼は佐久間のプログラムの師匠であり、私にとっては頼れる兄貴分だった。

 しかもポツリと零しあったのだが、お互いに家庭環境に問題があった事も、親密になる切っ掛けだったように思う。



 

 そして、高校に入学して――私は『愛しい女(ひと)』を見つけた。

 名前は篠原 夏希(しのはら なつき)。

 剣道部に所属する、我が高校のアイドル。

 その快活な笑顔に魅了された男子は数多い。

 無論、私もだ。

 しかし、だ。

 いくらそう思った所で我々に接点など無い。そう、思っていたのだが、ここでも大きな転換期が訪れていた。

 彼女が私と佐久間が所属していた物理部(オタク部、パソコン部と揶揄されてもいた)に彼女がやって来たのだ。理由は覚えていない。舞い上がっていたから。

 それから私たちは彼女と交流するという当時のクラスメートからしてみれば最高峰の栄誉を手に入れた。(尚、彼らがソレを知ったのは二年の夏が終わった頃なのだが)

 そして私は更に一つ年上の彼女に魅了されていった。

 そしてその言動から、彼女が古き良き大和撫子のような気質を持っているように思われたのだ。(現に当時の彼女の『OZ』のアバター(分身)は鹿の角を持った大正時代の女学生の格好をしていた)

 彼女と接していく度に私は彼女を見ていた。

 しかし私は彼女にアプローチをかける事は無かった。

 生来の引っ込み思案(所謂ヘタレ)な私には、彼女に話しかけられてしまうと流暢な会話が出来ぬ程に舞い上がってしまうという悪癖があったからだ。

 幸い、彼女はそんな私に気付く事無く普通に接してくれたお陰で、一年かけてある程度改善出来たのだが……






 そして最大にして最高の転換期が訪れる。

 夏希先輩に乞われ、長野県の田舎にある上田市に向かう事になったのだ。

 そこで私は、家長たる老女、強い女性陣、穏やかな自衛隊員、気弱な電気店店主、ファンキーな漁船の船長、こんな私を慕ってくれる中学生、憧れの先輩を想う青年、元気一杯の子供たち、そして――『彼』といった個性的な面々に出会う事となった。







 そう。

 これはたった二日間の戦争。

 現代における合戦。

 槍や弓矢の代わりに、知恵と手先とコネを使う戦い。

 共通するのは、絆と縁、そして度胸。

 


 ――サマーウォーズ。

 


 私はあの二日間の合戦を、そう呼んでいる。



 そして敵は――画面の『向こう』にいた。








(あとがき)

様々な作品を放置しといて何をしているんだ自分……!

いい加減、再開の目処が立たないヤツは更新停止ときちんと書くか、削除する予定です。




[20064] 01 家族 ~集う人々~
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/08/08 22:37
「とりあえず……もう少し考えましょうよ夏希先輩」




 意気揚々と夏希との待ち合わせに行くと、大量の荷物を持たされ、新幹線に揺られて長野県上田市に着き、彼女の親戚である女性陣の荷物まで持たされ、気付けば彼女らの玩具にされながら彼女の曾祖母の古式ゆかしい和風屋敷に着いたと思うといきなり家長であるらしい『陣内 栄(じんのうち さかえ)』の前に連れて来られ、彼女はとんでもない爆弾を投下した。



『おばあちゃん。紹介するね、アタシの彼』



 時が止まるという例えを、小磯 健二(こいそ けんじ)はその時初めて理解した。

 栄もまた驚いた顔で彼女と健二の顔を往復する。

 だが、すぐに今回の裏を読めたらしく呆れたような顔をした。

 夏希はバレっこないと思っているようだ。ならば何故そんな『大丈夫大丈夫』といったニュアンスの手をそんなあからさまに振るのかと健二は問いたかった。

 そのせいで栄が溜息を吐きたそうな顔をしているのだ。……ああ、これは十中八九バレてるなぁ。そう健二は瞑目する。

 だが、そこから栄の取った行動に健二は更に混乱した。



『確か……健二さんと言ったね』



その声にはある種の迫力があり、自然と背を伸ばさなければならないような気分になる。



『この子は我儘で世間知らずだ。それでも……ちゃんと幸せにする自信はあるかい?』



 彼女から『何か』を感じる健二。

 産まれてこの方武道など一切齧った事の無い彼であっても気が付く明確な威圧感。

 それこそ、只者ではない証拠だろう。

 しかしそれにしても、その視線には何故だか既視感を覚えた。

 だがすぐに気が付く。自分の交友関係はそこまで広くないのだから。(事実はどうあれ彼はそう思っていた)

 『彼』だ。

 何故『彼』とこの栄という女性、共通点の無い二人に似た感覚を感じるのか、健二には判らなかった。

 だが、栄はそんなこちらを気にする事無く、ただ黙って見据えている。

(これは……きちんと答えないとなぁ)

 だから、言う。本来ならば、きちんとした恋人として言いたかった言葉を。



『――はい。幸せに、してみせます』



 キッパリと。

 そんな健二に驚いた顔を見せる夏希。そういう態度を取る健二を見た事が無かったからだろう。

 逆に栄の方がそんな彼の態度を面白そうに見ていた。



『夏希、何か健二さんと話したい事があるんだろう? こっちの事はいいから、行くといいよ』



 それは言外に『アンタの企みは全部判ってるんだからね』と言っているようなものなのだが、それに気付かない夏希は、『うんっ、ありがとうおばあちゃん!』そう言って健二を引っ張って行くのだった。









 さて、夏希に屋敷の外の人気の無い場所まで引っ張られた健二。

 そこで夏希から今回の彼氏というか『婚約者役』の名目でここへ連れて来られたのだと教えられた。

 どうにも親戚との電話であの『栄おばあちゃん』が病気がちらしいと知らされた夏希が、そんな彼女を元気付ける為に彼氏を連れてこようと思い立ったという事らしいのだが……その架空の彼氏のカバーストーリーが笑えない。

 旧家の出で東大卒でアメリカ留学の経験がある天才。

 それが健二が演じる役だというではないか。まるっきり『彼』の事ではないか。

 なんというか……笑えない。

 確かに東大の理学部を目指そうかとも思っているし、アメリカの大学にいる兄貴分からの紹介を貰えば佐久間と二人でそちらに行ってみようか、と冗談半分で語った事もあるが、それもまだ未定なのだ。

 そこで健二は冒頭の言葉を吐いた。

 『彼』との交流でこの健二、『史実の健二』よりも多少皮肉を吐けるようになっていたのだ。それが良いことなのか悪いことなのかは別にして。

「あのですね、夏希先輩? 明らかに僕は先輩の後輩かもしくは同学年でしかない顔や身長ですよ。しかも大学生でアメリカ留学の経験あり、ですか? 無理にも程があるでしょう? それと……なんでしたっけ? 旧家の出? この僕のどこら辺に旧家の風格がありますか? ただの会社員の息子ですよ僕は」

 そう説教してしまう。

 内心では憧れの先輩になんて畏れ多い事を……! などと自分自身に戦慄していたが、そんな内心とは裏腹に説教を言い切ってしまう自分の口。

 どうやら、緊張やらストレスやらで少し自分でも知らず知らずの内に溜まっていたらしい。

 そんな健二に頭を下げる夏希。

 そこまでされてしまったら仕方ない。惚れた弱みだ。

 だから、こう言ってしまった。

「……判りました。出来る限り頑張ります。……まぁ」

 ――そうは言っても、あのおばあちゃんは気付いていたみたいですけど、ね。

 そう小さく呟いて。











 その日の夕食時。

 夏希に親戚一同を紹介された健二。

 一応紙に書いて渡されはしたが、その多さに顔の筋肉が引き攣るのを感じた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 家長 【陣内 栄】 御歳九十歳

 栄の子 長男・【陣内 万蔵】(夏希の祖父 五年前に他界)

 同上 長女・【陣内 万理子】 七十一歳(本家筋)

 同上 次男・【陣内 万助】 七十歳(新潟港 漁師)

 同上 三男・【陣内 万作】 六十八歳(上田市 内科医)※親族の中で一番夏希たちの『そういった事』に興味津津。『ところで婿殿、二世の方は……』

 万蔵の子 【篠原 雪子】 四十七歳(夏希の母 篠原家に嫁ぐ)

 雪子の夫 【篠原 和雄】 五十五歳(夏希の父 東京都水道局員)

 万理子の子 【陣内 理香】 四十二歳(上田市役所勤務 独身)

 同上 【陣内 理一】 四十一歳(陸上自衛隊員 東京都市ヶ谷駐屯地勤務)

 万助の子 【陣内 太助】 四十五歳(陣内電気店店主) 

 同上 【三輪 直美】 四十二歳(離婚歴あり 派手な美人)

 同上 【池沢 聖美】 三十九歳(名古屋市内 介護福祉士 池沢家に嫁ぐ)

 聖美の夫 【池沢 佳主夫】 三十九歳(子煩悩 会社員)※現在赴任先のハワイより帰国中。

 万作の子 【陣内 順彦】 四十五歳(松本市内消防署勤務 救急救命士)※明日到着予定

 順彦の妻 【陣内 典子】 三十七歳(専業主婦)

 万作の子 【陣内 邦彦】 四十二歳(諏訪市内消防署勤務 消防士長)※明日到着予定

 邦彦の妻 【陣内 奈々】 三十二歳(新婚)

 万作の子 【陣内 克彦】 四十歳(上田市内消防署勤務 レスキュー隊員)※明日到着予定

 克彦の妻 【陣内 由美】 三十八歳(長男の高校野球の結果に一喜一憂)

 和雄・雪子の子 【篠原 夏希】 十八歳(健二の想い人 久遠時高校のアイドル 剣道部所属)※尚、久遠時高校は健二、敬、夏希の通う東京都立高校。

 太助の子 【陣内 翔太】 二十一歳(上田市内の交番勤務 警察官)※夏希に好意を抱いている為に健二に不信感と嫌悪感を抱いている。

 聖美・佳主夫の子 【池沢 ○○○】(格闘ゲーム好き 特技:太極拳、少林寺拳法)※名前が醤油の染みで滲んで読めない。

 順彦・典子の子 【陣内 真緒】 九歳(髪を頭の横で左右対称に纏めている)

 同上 【陣内 真悟】 六歳(翔太に瓜二つ 知らない人には兄弟と間違われる)

 邦彦・奈々の子 【陣内 加奈】 二歳

 克彦・由美の子 【陣内 了平】 十七歳(上田高校野球部キャプテン ピッチャー)

 同上 【陣内 祐平】 七歳(オカッパ頭で眼鏡をかけている)

 同上 【陣内 恭平】 零歳


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








 そうして、一部(金髪警官)除いて和気藹々と話している間に、健二は庭先に出た。

 東京では見れない満天の星空を見ながら、健二は敬に連絡を取る。

「……佐久間、こうなるって判ってた?」

 そう、本来なら佐久間が来る予定だったのだ。バイトをしないかと夏希に誘われた時、健二と敬はジャンケンをしたのだ。

 結果は佐久間の勝ちだったが、その夜に夏希が『敬が来れなくなった』と連絡があった。

『当ったりー。俺はね、親友の為なら一肌も二肌も脱げるんだぜ?』

「……全く。まあ、そこはいいんだ。たださ……この『空気』は、ちょっと苦手かなぁ」

『…………ああー……まぁ、四日もすりゃ帰って来れんだろ? なら、さっさとヤる事ヤって恋人同士になっちまえ』

 テレビ電話の画面の向こうの敬が親指を突き立ててウィンクする。

「下品だっての」

 それから二言三言話して通話を切ると、それを見計らってか健二の父から連絡が入った。

「……ん、父さん?」

『ああ、健二か? 今はどこに……』

 そう訊いてくる父にむず痒さを憶えるものの、婚約者云々は端折って高校の先輩の曾祖母の実家にお邪魔していると話した。

 そう言うと、父がその人の名前を訊いてきたので答える。陣内 栄と。

『……そうか。お前、あのヤバい『妖怪』の家にいるのか……』

 携帯の向こうで父が目を手に当てて天を仰いだのだが、通常の通話をしている健二には見えない。

「妖怪って、父さん……」

『いいか、健二』

 真剣な声で息子の言葉を遮る父。

『そこに九十を超えた老女がいるだろう? その女はな、この日本の政財界を始めとした殆どの組織に顔が利く化物だ。電話一本するだけで日本経済が動くとさえ言われてる。下手に眼を付けられたら、洒落にならん事になる。気を付け――』

「全く、こんなばあさん捕まえて妖怪だなんだと失礼な話じゃないか、小磯の小僧」

 いつの間にか、健二の横にいた栄が、電話から聴こえてきた健二の父に話しかける。空気を読んで健二は通話のボリュームを上げる。

『……よく言う。おい妖怪、ウチの息子に要らん手を出すなよ。もしウチの息子の将来に傷を付けるような真似をしたら、俺と俺の伝手全てを使って、アンタと戦うぞ』

「ふふふ。そんな気は毛頭無いよ。始めはまさかとは思ったけど、随分とアンタとは性格が違う息子じゃないか。礼儀正しい子だし、アタシに気押されもしなかった。正直言えば、ウチの婿に相応しいと思ってるよ」

 そう言うと、父は絶句したらしく、少し黙った。

 しかしすぐにこう言う。

『ウチの健二が、アンタん所の婿に、ねぇ。……悪いが却下だ。……おい、健二』

「な、なに?」

 いきなり話しかけられ、戸惑いながらも健二は父の言葉を待つ。

『お前が前に話していた例の子が、この妖怪の親族だとは知らなかったが……お前がその子に惚れてるのなら、奪ってでもウチに嫁入りさせろ』

 かなりの爆弾発言だ。

「なぁ……っ!?」

「そういった話は当人たちが決めるもんだろ? アタシら外野が囃し立てるモンじゃないさ」

『……そうだな。つーか、妖怪。言質は取ったからな?』

 手は出さない、という所だろうか。

「はいはい。アタシも小僧の戯言に構ってやれる程暇じゃあないのさ。さっさと息子と話でもしてやりな」

『おう。……妖怪』

 声のトーンが低くなる父。

「……なんだい?」

『身体、大事にしろよ』

 それにどんな意味があるのか、健二には判らなかったが、それを聞いて栄は微笑む。

「あの無頼漢な営業が随分と丸くなったじゃないか。……その調子で家族を護りなよ」

 そう父に告げて、栄は座っていた座布団のある上座まで戻っていった。

「父さん……栄おばあちゃんと――」

 何かあった? と訊く前に父が話し出す。

『あの妖怪にな、父さん新人の頃こっ酷くやられてな。それで母さんとの縁も出来たんだが、まあ、お陰で頭が上がらなくてな。あ、コレ内緒だぞ? 俺の尊敬する人の一人だよ。まあ、昔っから悪態を吐き合う仲さ』

 そう言って苦笑する父。

 変な所で自分の父と栄が繋がっていた事に健二は驚いていた。そして父は更なる爆弾を投下する。




『ああ、それとな……父さん、近々母さんと逢う事になったんだ』




「………………は?」

 その発言に痴呆のように返すしかない健二。

『…………まあ、そういことだ! じゃあ、詳しい話は帰ってからしよう!!』

 そう言って通話を切る父。

「は? え? えーと……? つまり? …………えぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 混乱する健二。

 健二の両親は離婚している。

 もう七年は前だ。

 確か理由はお互いの海外出張が多くなってお互いに擦れ違ったからだとか。

 しかも健二が覚えている限りでは、二人とも凄く意地っ張りだ。

 なのに、そんな両親が二人で逢う?

 これには健二は驚いた。



「どっかで聴いた声だと思ったら健二じゃねぇか。どうしたんだよ」

 そんな耳慣れた声が聴こえると、健二は混乱のままにその声の主に話しかける。

「たっ、大変なんだ侘助(わびすけ)さん! う、ウチの両親が逢うって……!!」

「あ? あの意地っ張りってお前が言ってた両親か? ……そりゃ驚くわ」

「そう! そうなんだ!! こんな驚いたのは初めてだよ!? っていうか、コレってどういうコト!?」

「まあ、一般的に言えば縒りを戻すってコトじゃねぇか? どっちがそれを言ったのかは知らんが」

「……ですよねぇ。え? もしかして、まさか、ねえ?」

「いや、何がだ」

「えっと……実は離婚してからも度々ウチの両親、僕だけじゃなくてお互いに連絡を取り合ってたみたいで……もしかしたら七年かけて縒りを戻そうと決めたのかな、と思いまして」

「……あー、その……スマン。マジで意地張ってたんだな」

「……いえ、いんです」

 そんな事を話していると、



「……侘助?」



 栄が庭先で騒いでいた二人を見て呆然としていた。

 いや、栄だけではない。

 夏希以上の年齢の者全てが、二人の仲の良い会話を聴いて唖然としていた。

「シシシ。なんだよ、一族勢揃いじゃねぇか。……いや、まだ来てないのもいるか」

「え? じゃあ、ここが侘助さんの実家!?」

 驚く健二。それと同時に納得もした。

「ああ、似てるわけだ。侘助さんと栄おばあちゃんの雰囲気」

 そんな健二の呟きに反応する二人。

「おいおい、俺とババアが一緒とか何言ってんだ?」

「全くだよ」

 そう言ってお互いを見やる二人。

「……素直じゃないなぁ」

 そう呟くと、二人は異口同音に言う。



「「誰が」」





(あとがき)

さて、実はここでもいくつかの設定が変わっています。

それどころか、これからの展開次第では性別すら変わるキャラクターも出てくるかもしれません。……まあ、誰なのかは明白ですが。

しかし……そうなると、ここ理想郷でのSWのSS先達であらせられる某SSと似た名前になってしまいます。どうしましょう?

まあ、要はヒロインを増やすべきか、それとも夏希だけでいくかの違いなんですけどね。……どっちも書きたいので、両方書くやもしれません。……でも、本当に名前どうしよう(汗)


尚、このSSでは漫画=映画>小説の順に参考にしています。



[20064] 02 深夜 ~蠢く影~
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/08/08 20:25
「何でここにお前がいんだよ」

「何でって……夏希先輩に呼ばれたからですよ。婚約者(役)だからって」

「……ほぉ。婚約者ねぇ。っと」

「あっ」

「これで俺の勝ち。まだまだ甘いぞ、健二クン」

「……おっかしいなぁ。前は勝てたのに……」

「そりゃお前、あの時はそっちの運が良くて俺が本調子じゃなかった。それだけだろ」

「うわ、今ナチュラルに僕が侘助さんにコレじゃ勝てないって言いましたね。それに勝負なんてのは時の運って聞きますよ?」

「馬ぁ鹿。三桁も負けていてその癖勝ち星が増えないお前は俺より下だ」

「……相変わらず、思っていても普通は言えない事を言うなぁ」

「そんな俺に普通に話しかけられるお前や敬も大概変人だとは思うがな」

「酷いなぁ」

 花札をしながら和気藹々と話す健二と侘助。

 それを横で驚いた顔のまま眺めている夏希。

 既に家族の殆どは夕食の後片付け等や何やらで縁側の座敷にある人影は三つ。

 健二と侘助、そしてそんな二人を見る夏希。

 二人のまるで兄弟のような気安い会話を聞きながら、夏希は先程の事を思い出していた。






 侘助と健二が知り合いだった。

 これを聞いた陣内家の反応は様々だった。

 困惑する者、驚愕する者、そして――更に嫌悪と不信を深める者。

 しかし、唯一栄だけが、詫助と健二のやり取りに目を細めていた。

 そこにあったのは――安堵と寂寥。

 栄にとって、侘助はある意味『特別』な子供だった。

 いかに他の子と平等に扱おうとしても、自分があの子に甘いという事実だけは変わらなかった。

「侘助」

 一旦会話が途切れたのを見計らって栄が呼び掛ける。

 その瞬間、侘助の肩が一瞬震えた。

 視線を合わせない『息子』。

 だが、それでも栄には侘助の表情が見えるようだった。

「御飯、食べたのかい?」

 それだけで充分。

 訊くのは、それだけで充分なのだ。

「いらねぇよ」

 拒絶にも取れるその言葉。

 万助たちが少し険しい顔をしているが、それはそれ。

 しかし栄には判っていた。

 その言葉に隠された意味を。

 だから言う。

「……そうかい」

 手酌でビールを近くにあったコップに注ぎ、勝手に飲みだす侘助。

「おう健二、お前も呑め」

「ちょ、侘助さん!? 僕はみ――じゃなくて、呑めないって知ってるでしょう!?」

「固い事言うなっつーの。ホレ、呑め呑め」

「……いや、本当に勘弁して下さいよ」

「……ぷっ」

 爆笑。

 情けない顔をした健二を見て侘助が笑う。

 だが、その笑いは気安い人間に見せる親愛の笑顔。

 夏希は驚いた。

 この家族の中で最も侘助に気安く接してきた自分も知らない笑顔。そんな彼に釣られて健二も苦笑する。

 爆笑しながら健二の背を叩く侘助。

 十年の月日が流れているのだ。

 それこそこの叔父にもいろいろあったのだという事は理解出来る。

 だから――嫉妬してしまう。

 誰に?

 夏希は驚く。

 一体自分は『誰に』嫉妬していた?

 十年振りに逢った大好きな叔父と婚約者役を頼んだ――恐らく自分が最も身近に感じる異性である――彼。

 そのどちらに嫉妬していた?

「夏希?」

 そんな自分を心配してか、翔太がそう呼び掛ける。

 それを聞いて侘助がこちらに顔を向ける。

「おお、夏希か。随分デカくなったじゃねぇか」

 爆笑しているものの侘助は翔太の声を聞き逃さず、そちらに振り向いた。

 憧れの叔父さんが十年振りに目の前にいる。

 それをやっと実感すると、夏希は嬉しくなって小走りで近付いてゆく。

 そして彼と他愛の無い会話を交わすのだが、夏希は心の奥底で首を傾げていた。

 何故自分は『こんな気持ち』を抱いているのだろう、と。








「…………眠れない」

 有耶無耶の内に夕食が終わり、侘助たちとの会話も一段落着いたので、健二は幼い子供たちと風呂に入った。

 そのせいか、真緒を始めとしたチビっ子三人組みからは「ケンジ兄ちゃん」と呼ばれるようになった。

 嗚呼、弟や妹ってこんな感じなんだ、と変な感慨に耽る健二。

 一人っ子の健二にしてみれば、その「兄ちゃん」という呼ばれ方は新鮮だった。

 しかし、健二が眠れない理由はそれではない。

 夏希の事が気になるという訳――それは常である――でもない。

 侘助が別れ際に気になる事を言っていたからだ。



『知らんヤツからのメールに気をつけろ。それと――“スイッチ”は入れるなよ?』



 それは、侘助と敬、そして健二だけに通じる言葉。

 分野は違えど類稀なる技能を誇る健二と敬。

 侘助という『天才』と交流し、その技能や考え方に触れ、彼に手解きをされた二人は、史実よりも若干ではあるがその才能を伸ばしていた。

 それ故に“スイッチ”と呼ばれるモノ(侘助命名)が彼と敬には備わっていた。

 要は自分のスペックをフルで扱えるように『切り替える』自己暗示のようなモノだ。

 しかし欠陥が無い訳ではない。

 使い過ぎれば鼻血を出して気絶してしまう。

 要はPCで言うところの熱暴走だ。

 しかもこの“スイッチ”、健二の場合は時折勝手に入る時がある。

 気が緩んでいる時に自分の得意な分野の問題が出されると、それが難しければ難しい程、熱中してそれにのめり込んでしまうのだ。

 敬も“スイッチ”が入るとプログラミングに没頭して寝食を忘れてしまうが、健二よりは比較的軽度ではある。

 侘助に言われた事が気になり、健二は寝られなかった。

 仕方なく『OZ』内の伝手を頼り、何か変わった事は無いか調べた。

 結果――アメリカに住む侘助の知人が、彼に政府の関係者らしき人物がコンタクトを取っていた事を教えてくれた。

 彼は研究者だ。

 そして専攻は――『AI』。

 政府関係者が侘助と逢う。

 しかも彼が作成している『AI』の性質を考えると――

「…………嫌な予感しかしないなぁ」

 彼が作ろうとしている『AI』。それは少し構成を弄れば瞬く間に世界を牛耳る存在になってしまう。

 彼が作成していたのは、『他者との交流を通して自己を進化させるAI』。

 故に『AI』に『好奇心』を組み込んだと彼は語った。

 自己の好奇心の赴くまま交流する他者の思考ルーチンや行動ルーチンを学習し、自分の糧として成長――つまり『自己進化するAI』。

 それが侘助の目標だ。

 そう、健二と敬は聞いていた。

 言いようの無い不安を感じてしまう。

 ふと、携帯を見る。

 『YOU GOT MAIL(メールが届きました)』

 某国の人型鼠のような耳を着けた健二の姿をしたアバターがメールが届いた事を知らせる。

 宛先は、知らないアドレス。

 先程侘助に言われた事を思い出し、不安がマッハで急上昇している。

 しかも題名が『Solve Me(私を解いて)』。

 不安に思い、それを削除しようとするが――

「あ、ヤバ――」

 間違えてそのメールを開いてしまう。

 そこあるのは、規則性の無い数字の羅列。

 いや、これは――ある規則性に沿った暗号だ。

(マズ――)

 そう思いながらも“スイッチ”は勝手に入る。

 止めろ、解くな。

 そう思っているのに、健二の手はゆっくりとリュックサックからノート大のメモ帳を取り出し、シャープペンを握る。

(いいさ。解いても返信しなけりゃいいんだ……)

 そう開き直り、健二は嬉々として暗号を解いていく。

 カリカリとシャープペンが紙面を走る。

 そして――事態は急展開を迎えるのだった。









 小惑星探査機「あらわし」。

 数年前に地球を出発し、五十六億年前から存在すると推測される小惑星「マトガワ」の資源採取が目的だった。

 その資源を採取し、「あらわし」は地球に向かっていた。

 そして、採取した資源を入れたカプセルを砂漠に投下するのが「彼」の目的であった。

 だが――「彼」はその任務を計画通りに全う出来なくなった。






 その原因は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州南部のピッツバーグという都市にあるロボット工学研究所にあった。







(あとがき)

うーん……まだ性別が決まらない。

と、取り敢えず次回までに決めます。






[20064] 03 焦燥 ~走る四十一歳~
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/08/09 23:23
 陣内侘助。四十一歳の無精髭を生やした敬の師匠。健二の兄貴分。

 趣味は酒にゲーム。特に花札。

 交遊関係は以外に広いのだが、表向きは非社交的な研究者として知られている。

 約十年前にアメリカに渡米。

 以後は国内を転々とし、三年後に『とあるAI』の基礎理論を引っ提げて、ペンシルバニア州ピッツバーグにあるロボット工学研究所に研究員として落ち着く。

 ロボット工学の研究、それもAIに関する研究では時に異端とさえ呼ばれるくらいに奇抜な発想を周囲に発表し、新しい刺激を与える男として他の研究者たちからは好かれていた。

 だが、それと同じくらいに嫌われてもいた。

 いつの世も、最先端を走る人間や異端と呼ばれる人間を毛嫌いする者はそれなりに多くいるのだ。

 彼が目的とする完成形、それ自体が気に入らないという者もいた。

 限りなくヒトに近く成長する人工知能(AI)。

 それを嫌悪する者、出来ないと否定する者、夢物語だと嘲る者はいくらでもいた。

 だが、彼の基礎理論に触れた優秀な科学者たちは、叶わない理想ではないと思い、彼は成功するだろうと思っていた。

 だが、彼の研究には莫大な資金が必要だった。

 彼がどこからか調達した潤沢な資金――日本円で数億という額だった――も底を突き、スポンサーを探していたある日、彼はアメリカ政府から接触を受けた。

 彼らはどこから仕入れたのか、彼が研究所の酒の席で語った『試作AI』について興味を持っていたのだ。

 史実において彼が全額を注いで作成したAIではあるが、彼は自分を慕う少年たちとの交流で自分の理想を追う事を決めた為に凍結させていたのだ。

 ソレを政府関係者は求めた。

 だが、彼はそれを拒んだ。

 確かにアレはあと少しで一応の完成を迎えた。

 しかしそのAIには必要なモノが、大事なモノが抜けていたのだ。

 彼は思う。

 アレは、確かに優秀だが欠陥品だ。

 しかし、そう言いながらも削除出来ないのは、彼の中にある小さな親心のせいだろうと彼の友人たちは証言する。

 彼は研究所のスパコンを用いてそのAIが引き起こす事態をシミュレートした事があった。彼のAIに興味を持っていた研究者仲間たちもそれを見学した。

 結果、満場一致で改良が加えられない現状でこのAIを野に放つのは危険すぎるという反対意見が上がった。

「スカイネットかコレは?」

 侘助の友人の一人であるダグラス・サンダーソンが呆れたようにそう言ったのが印象的であった。

 だが、成程。彼の発言は的を射ている。

 辿る過程は違っていても、行き着く先は人類滅亡という結果なのだ。

 それを政府関係者に伝えたのだが、その反応はとても好意的に受け止められる物では無かった。

 彼らは軍事利用出来る兵器が完成間近なのにそれを封印しようとする侘助たちの発言が理解出来なかったのだ。

 あまつさえ、彼らは侘助たちが資金が欲しがっていると勘違いし、潤沢な資金を持って侘助本人を説得に来る始末。

 そうなると、掌を返す者も現れた。今までとは百八十度違う意見を出されて途方に暮れる侘助。

 彼らは裏で侘助を説得すれば資金の援助を確約すると持ち掛けられたのだ。

 ついには、侘助の友人たちを除いた研究所の職員の殆どに説得される事になった。

 そして、侘助はついに折れ、そのAIの開発を再開した。

 そして、AIの開発を進めながら侘助は思う。

 最初あった資金だけでは足りず、それ以上の莫大な金が必要だったのだが、試作AIが完成すれば本来の目標の開発資金に目処が立つどころか、恩人である『彼女』に貰った金を倍、いやそれ以上にして返す事が出来るのだ。

 だが、その為には実証実験が必要だった。

 『人様の役に立つ男になれ』と言われて育った自分が、規模はどうあれ世間を騒がせるモノを野に放つのだ。

 恐らく、絶縁されるだろう。

 そうでなくても金の件で良い顔をしている親族はいないのだ。

 あの人が何も言わなくとも、あの家に戻るのはもう無理だろう。

 そう思うと、あんなに煩わしかった広い家も懐かしく思えるのだから不思議だ。

 そして、『完成した』と政府の関係者に連絡を入れて、彼は日本に飛んだ。









 例のAIが、研究所のサーバーから脱走した。

 侘助がそれを知ったのは、自分の弟分がとある暗号を解く数時間前。

 丁度花札が一段落着いた時期だった。

 そして、政府から実証実験の場が知らされる。

 『OZ』。

 もう一つの現実とさえ呼ぶくらいに現実(リアル)と密接に関わっている地球規模のコミュニケーションサイトだ。

 あのAIの特性の一つに、自分では解けない問題を他者に質問するというモノがある。

 もしそうだとすれば、目の前のこのお気楽そうな顔をしている弟分は、嬉々として問題を解くだろう。

 計算速度だけでもこの弟分は、世界トップクラスをひた走る怪物なのだ。

 自分の弟子もまだまだ自分には敵わないが、発想という点では他者と隔絶したモノを持っている。

 閃きが違う、とでも言うのだろうか。








 そして、事件は明け方に起きた。

 問題を解いてくれという文を受け取って一時間後、弟分のアバターがマントを羽織って悪戯を始めたではないか。

 やがて混乱は津波の様に広がっていく。

 始まったのだ。実験が。

 侘助は別に使っている予備の端末を引っ掴んでPCやiPhoneが入っている鞄に突っ込む。

 こうなるんだったら屋敷に泊まるんだった。

 そう舌打ちしながら、侘助はホテルが用意してくれたタクシーに飛び乗る。

 慌ただしく山頂の屋敷(陣内家)に行くように指示を出す。

 出来ることなら早朝の七時くらいのニュースが始まる前には着きたい。

 そうしなければ機械や電子の世界に詳しくないあの連中の事だ。

 テレビを鵜呑みにして、健二を逮捕しかねない。特に翔太が不味い。

 そうじゃなくとも健二に夏希の件で悪感情を持っているのだ。

 証拠無しで逮捕する可能性が高い。

 内心小躍りして手錠をかける様が眼に浮かぶようだ。

 冗談ではない。

 自分の不甲斐無さのせいで健二に要らない迷惑を掛けて堪るか。

 iPhoneを操作して自分の一番弟子を呼び出す。早朝だが構うものか。

『……ふぁい。どちら様ですか……?』

「……俺だ、敬」

『あれ? 師匠?』

「前置きは無しだ。すぐに『OZ』に入れ」

『はぁ?』

「いいから入れ!! 健二を犯罪者にしたいのかお前は!?」

『はいィ!? ちょ、ちょっと待っ――――はぁあああっ!?』

 半分寝ぼけ眼でも言われた通りに『OZ』にログインしてみれば、見知ったアバターが暴れているではないか。

 しかもそれが自分の相棒のアバターなのだから驚くなというのが無理だ。

『ちょ――なんスかコレ!?』

 一瞬で思考をクリアにした敬が師に問う。

「……さぁな」

 俺のAIの実証実験に健二が巻き込まれたんだよと言えたらどれだけ良いか。

 だが、結果がある程度出る迄、侘助には守秘義務が発生するのだ。

 それを掻い潜って真相を語るには、誰かに自分がこの騒動の原因の一つだと自力で辿り着いて貰わなければならない。

 そして、侘助はその役目を師匠の贔屓目を抜きにしても優秀な敬に任せたのだ。

『……判りました。つまり、健二がこのアバターを使っていないって証拠と犯人を挙げろってことですね』

「ああ、任せた。俺は健二の泊まってる屋敷に向かってるからすぐに代えの端末を貸してやるつもりだ。アドレスはお前の携帯に送っておくから健二の親御さんとかに伝えてやれ。心配してるだろうからな」

 腕時計に眼をやる。

 時刻は、六時十分。

 普段なら到着まであと二十分程度だが、祭りの関係で道路が多少混んでいるのでもう少し時間がかかるだろう。

 本格的に混み出すのはもう少ししてからだろうが、そう考えると非常にギリギリだ。

 だから、侘助は焦った。

 こんなことなら、夏希やあの甥っ子の連絡先だけでも聞いておくべきだった、と後悔すらした。

『なんで師匠が健二が泊まってる屋敷を知ってるんですか?』

 スピーカーの向こうで、ガチャガチャガチャとキーボードを高速でタイプしながら敬が訊く。

 尤もな意見だ。

「アイツがいるのは俺の実家。以上」

『あぁ、なーる。……って、はぁあああっ!?』

 敬、再度絶叫。

「そろそろ俺も車から下りれそうだから切るぞ。詳しい話はアイツを交えてからだ。それと、健二の仮アバターは、『仮ケンジ』って名前で俺が作っとくから」

 それだけ告げて侘助は通話を切る。腕時計に眼を落とせば七時の文字。

 それと同時に運転手が到着したと告げる。

 窓を見ると、昨夜はよく見えなかったが、確かに古くなっている懐かしい門があった。

 運転手に万札を一枚手渡す。

 釣り銭を渡そうとする運転手にいらないと告げて、侘助は開かれたままの門を潜り駆け出す。

 山道を走りながら、侘助は庭へと向かう。

 玄関を通るだけ時間の無駄だ。

 時刻は七時過ぎ。渋滞に捕まり過ぎた。

 昨夜夕食を食べていた縁側に通じるその広間には、家の皆が観るテレビがあるのだ。もし健二のニュースを観るとしたらそこしかない。

 台所にもテレビはあるが除外。健二がこの家の『女の聖域』で料理をしている筈がない。

 確かにあの弟分は一人の時間が長かったせいか、人並み以上の料理の腕を持っている。まぁ、そう焚き付けたのは侘助本人なのだが。

 息を切らしながら目的の場所に辿り着くと、そこには真悟と裕平に連れられてテレビを観ている健二がいた。

 案の定、思考が追い付かずに呆けた弟分の顔があった。

 だから言ってやる。



「――ったく、何やってんだよ。折角注意してやったのに」



 その言葉の裏に、安堵を隠して。



(あとがき)

とりあえず今回は侘助おじさんオンステージです。

名前だけですが、オリキャラがいます。

もしかしたらまだ出るかもしれません。



次回、やっと『キング』を出せます。




[20064] 04 冤罪 ~辿り着く元凶~
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/08/17 13:04

「……なに、コレ」

 朝食の準備をしていてふとテレビを見ると、自分がちょっと気になっている後輩の男の子の顔が映し出されているではないか。

 画面には、『OZ』の管理塔に侵入して乗っ取り犯罪行為を愉しんでいるアバターがあった。

 よく知ったアバターだ。

 現実の彼と同じどこか自分を安心させてくれる顔をそのアバターはもうしておらず、デフォルメされたギザギザの大きな歯を常時剥き出したままの、なんとも性根が悪そうな顔をしていた。

 テレビの解説者やコメンターが訳知り顔で、彼の事を愉快犯と読んでいた事に夏希は衝撃を受けた。

 それと同時に、テレビの向こうの彼らに反発心が沸き上がる。

 何故なら、判っているからだ。

 あの心優しく――だけども時々ちょっと言い方がキツい――自分の一番親しい男の子が、こんな事をする筈がない、と。

 理屈も何もない唯の感情論。

 だが、彼の性格や気質を知る者からしてみれば、それこそが正しかった。

 恐らく彼ら全員が世間の反応が間違っていると主張するだろう。

 そう――彼を知る者ならば、だ。

「夏希っ!」

 どこか使命感に満ちた顔をしている従兄が息を切らして自分に話しかける。

「あのガキはどこだ!?」

 その顔は、彼が犯人だと疑っていない顔だった。

「……知らない」

 だからだろう。

 翔大の問いかけに不機嫌そうに返したのは。

「なになに、ケンジ君がどうかしたの?」

 由美を先頭に料理を作っていた女性陣が近付いてくる。

 それに翔大が健二が犯罪者だったと説明すれば、もうどうしようもない。

 テレビでもその線でしか報道されていない。

 まるで生贄だ。

 だから、夏希は健二を探すために駆け出した。

 背後から呼び止める翔大の声を無視して。











 さて、その頃。

 健二は盛大に困惑している間に侘助に連れられて、狭い納戸のような場所に連れて来られていた。

 そこには、先客がいた。

「……誰?」

 夏希とは対照的な日焼けした小麦色の肌、短いショートカットの黒髪、赤いタンクトップと短パンを着た中学生くらいの子供がそこにいた。

「……あん? お前、カズか?」

「なんでボクの名前知ってるの、おじさん?」

「まぁ、そりゃそうか。お前と逢ったのも十年以上前だしな。――俺は侘助。お前のおじさんだ」

「――ああ、あの」

 納得したその子は、次に健二を見る。

「あ、僕は――」

「知ってる。『OZ』に喧嘩を売ってる人――でしょ」

「なんで知っ――ああ、成程」

 驚いたが、すぐに納得する。

 その子が見ていたサイトに、目線は隠されていたが紛れもない自分の顔があったからだ。

 こうなるとネットの住人の行動力は凄い。

 恐らく、自分に関するデータは粗方出尽くすだろう。

 だが、それを気にしている場合でもない。

 どうせ聞き入れはしないだろうが、一言自分の分身を奪った相手に言いたい事が出来たのだ。

 今はそちらが先だ。

「ホラ、健二」

 アカウントを再設定された携帯を渡される。

 画面には、何の権限も無いなんだか美的センスを疑う不細工な黄色い狸(上半身Tシャツ装備)がいた。

 少々兄貴分の美的センスを心配しながら、健二はソレでログインする。

 周囲の声を拾えばどこにソイツがいるのかなど簡単に判った。

 場所は管理塔前の広場。

 そこでは、様々なアバターが群れを成しているではいか。

 それを指揮者のように指揮する自分のアバター。

 自分に気付いたソイツがー振り返る。

 その顔を見た瞬間、納得してしまう。

 ――ああ、コイツはヤバい。

 理屈云々ではなく、直感で判った。

 放っておけば、行き着く所まで突っ走る、と。

 周囲に整列していたアバターもこちらを見る。

 同じ顔だった。

 確かにアバターは千差万別だが、そのどれもが口が一昔前のー口裂け女宜しくギザギザな歯を生やして嫌らしく笑っていたのだ。

 それを見た瞬間――冷や汗が吹き出た。

「逃げろ!!」

 兄貴分の忠告通りにすぐに離脱しようとする。

 だが、ソレは追ってこない。

 興味を失ったようにアバターたちを使って犯罪行為を加速させていく。

 いや、これは挑発だ。

 笑うような効果音が聴こえている。

 「キシシシ」と笑って、ソレは被害を拡大していく。

 既に現実でもパニックは起きている。

 なのに、愉快そうに笑っているのだ。

 だから、健二は咄嗟に動いた。

 何も考えずに反転。

 その短い手を振りかぶって自分のアバターを奪った相手へと殴り掛かった。

 例え無駄な行為だとしても、自分の顔を模したアバターが嫌らしく笑っているのが我慢ならなかったのだ。

 だが――

「――ヘブッ!?」

 華麗な胴回し回転蹴りが『仮ケンジ』の顔面を襲う。

 カウンターだ。

 まるでお手本のようなソレを食らって吹き飛ぶ黄色い狸。

 後は蹂躙だった。

 殴り掛かった自分が言えた義理ではないが、いつの間にかここら一帯が『OZマーシャル』という格闘ステージのフィールドへ変更され

ていたのだ。

 一方的に殴られ蹴られ叩き付けられ、そろそろ体力ーゲージがマズいという状況で――救いの手が伸ばされた。

『ケンジっ!』

 猿のドット絵の頭に首から下は普通の人型のアバターが、『仮ケンジ』の手を掴んで逃げ出す。

 そのアバターは、自分の相棒であり無二の親友が使用するアバターだった。

「佐久間っ!?」

『お喋りは後だ! 逃げるぞ!!』

 しかし、ソレは逃げ出す二体のアバターを追って跳躍する――が、横から跳んできた蹴りにより迎撃された。

 頭にはゴーグル、上は赤いベスト、そしてジーンズを着た人型ウサギのアバター。

 それは、『OZ』という世界において、最も有名なアバターの内の一体。

 観客を魅了する軽妙な格闘戦を繰り広げ、その強さに敵う者はおらず。

 『OZマーシャル』という参加者数万人規模の格闘ゲームにおいて、二年前から徐々にその名声を広げていった、決して喋らずチャットでのみ会話する孤高の兎。

 しかしその者は現在において、ある称号を持っていた。

 曰く、最強。

 『キング・カズマ』。

 使用を憚られる王(キング)の称号を誰に遠慮する事無く使える――最強のアバター。

 それが、目の前にいた。

「なんで……キングが――って、ええっ!?」

 ふとこの納戸の先客である子のPCを見てみれば、そこには自分と親友を救ってくれた件の最強がいるではないか。

「黙ってて」

 真剣な声でそう言われる。

『おい、どうした?』

「いや、なんでもない」

『そうか? まぁ、今はいいや。師匠、そこにいます?』

「おう、いるぜ」

 ハンズフリーにした携帯に話し掛ける侘助。

『見付けましたよ、健二が無罪だっていう理由の材料』

 それを聞いて、健二は驚き、侘助は満足そうに頷く。

「流石俺の弟子だ」

『――どうも』

 久し振りに褒められた敬は、そう言って画面の向こうで頭を掻く。

 詳しい話を続けようとしたが――彼は気付く。

『ちょ――マジかよ!?』

 敬の視線の先には、カーチェイス宜しく空中で追いかけっこを繰り広げていた二体が地面のある場所に降り立ったのだ。

 そして、ソレは健二のアバターから仏像を模した姿へと転じた。

 すぐに敬がソレを調べる。



『――やっぱりだ。コイツ、今まで奪ったアバターを使って処理速度を上げやがった!!』



 その言葉を証明するかのように、今まで防戦一方だった相手が、徐々に『キング・カズマ』を追い詰めているではないか。

 蹴りも拳も防がれ、徐々に攻勢が転じるのが素人の自分たちにも手に取るように判った。

 拳は止められ、蹴りはかわされ、フェイントは全て見切られる。

 荒い手付きでキーボードを叩いている姿を見れば一目瞭然だ。

 荒い息遣いには、隠しようの無い焦燥が込められていた。

 そして――

「あっ」

 仏像を模したアバターの蹴り上げた右脚が、常勝無敗の代名詞だった『キング・カズマ』を地に這わせたのだ。

 これには、観客たちも呆気に取られる。

 そんな彼らを尻目に、ゆっくりと仰向けに力尽きている兎のアバターにソレは近付いていく。

 そして、敗者へ向ける指が光り出す。

『マズい! アイツ、キングを『奪う』気だ!!』

 それを聞いて健二は動く。

「ちょっとどいて。――佐久間」

『おう』

 呆然自失となったその子を横に無理矢理寄せて、キーボードをタイピングする。

 強制ログアウトを施行。

 『OZ』のアルバイトとして長くやってきた健二や敬は、有事の際に『OZの管理者』としての権限が――全体のたった一割未満ではあるが――使えるのだ。



 それを駆使して、健二は本人に無断だがアカウントに関する全ての情報のバックアップを取り、『キング・カズマ』の強制ログアウトを佐久間の権限で実行。

 そして、『キング・カズマ』は消えた。

 それと同時に指から伸びた光が一秒前まで彼がいた場所を貫く。

 残っているのは野次馬と、先程まで追い掛けようとした獲物が二匹。

 健二/黄色い狸は言う。



『次は、敗けない』



 その言葉を残して、黄色い狸とドット絵の猿は消えた。















「……ふぅ」

 こちらの足跡を特定されないように隠蔽プログラムやら防衛プログラムにリソースを注ぎ込んだ隠れ家にアバターを潜ませると、健二は溜息を吐いた。

 相手が人間であるならば、特定するのに時間が掛かる筈だ。

『こっちも終わったぞ』

 敬も敬で、『OZ』内で信用の置ける者たちに隠れ家の場所を教えがてらに至る所にダミーの隠れ家をいくつか設けていたのだ。

 しかもご丁寧に、中には自分達の姿を模したダミーデータまで入れる徹底振り。

「でも佐久間、本当にここまでする必要があるの?」

『それがあるんだなー。ちょっとヒットした内容が内容でさ。ちょっとヤバい可能性が出てきたんだ』

「どんな?」

『まず――そうだな。お前さ、昨日の夜から深夜にかけてで、なんか変なメール受け取ってないか?』

 その言葉にギクリとなる。

 『OZ』に関連する一切の操作は出来ないが、昨夜というか早朝に自分がしでかした事はハッキリと覚えている。

「メール? そんなの受け取ってないけど……」

『多分、夏希先輩は迷惑メールのフォルダに入ってるんじゃはいですかね? 俺の今使っている物理部のPCにも似たようなメールが来てますし、多分アカウントを持っていてメールを受け取れる人全員に来てると思いますよ』

「おおー本当だ」

 夏希が自分の携帯の迷惑メールフォルダを覗き込みながらそう感心する。

「……って」

 そこで健二は気付く。

「なんで夏希先輩が、ここにいるんですか!?」

『ああっ、本当だ!? すっごいナチュラルに会話に参加してたから気付けなかった!!』

 驚く二人。

 そんな弟分と弟子の反応にくつくつと侘助は笑う。どんな状況であれ、普段通りに行動出来るというのはこの二人の長所であって短所だ。

 そこまで黙って会話を聞いていたその中学生――髪や言動を鑑みるに男の子だろう――は、健二の服の裾を引っ張って先程の強制ログアウトについて説明を求めた。

「ねぇ、なんであんなコトしたの?」

 まだ声変わりしていないであろうどこか女の子のようにも聴こえる高い声でそう質問する。

「うん、佐久間が変なコトを言ってたから――かな。『奪う』……だっけ? 何を奪われるかは判らないけど、なんだかヤバそうに思えたからね」

『事実ヤバかったぜ。なんで健二がキングのアカウントを操作出来たのかはなんとなく察しが付くけどお前なんて羨ましい――っと、そこは後にしようか。あのままだったら百パーセントの確率で、キングは『OZ』における権限の全て――つまりアカウントを奪われてた』

 その言葉に絶句する。

「……え?」

『ソイツの名前は『ラブマシーン』。アメリカのピッツバーグにあるロボット工学研究所で作成されていた試作型のハッキングAI。コイツがその研究所のサーバーから脱走したらしい。んで、ソイツがある問題をバラ撒いたせいで『OZ』の管理塔から全員が締め出されてる。まだオフレコだけど、多分今日の夜にはその情報が出回るだろうぜ』

「…………えっと、つまり?」

 余りそういった事柄に詳しくない夏希が首を傾げる。

「つまり犯人はAIで、このお兄さんは冤罪だってこと?」

『その通り。でも、なぁ健二?』

 敬の半眼から視線を逸らし、言う。

「……はい。『解いてくれ』って書いてあったから、僕がその問題を解きました」

『そう。この馬鹿と同じように例の問題に挑戦した連中の全員がアカウントを奪われてる。正解不正解問わずにな』

 夏希はそれのどこに健二が罪の意識を感じるのか判っていないようだったので、敬が説明を続ける。

『えっと……先輩は、『OZ』のセキュリティについてどれくらい知ってますか?』

「え? そんなには知らないよ。私が知ってるのは、『OZ』のセキュリティは世界最高で、そうそう簡単に破られるものじゃないってくらいで…………え?」

『そう、世界一高度なセキュリティなんです。二千五十六桁の数字からなる暗号。しかもその暗号は時間によって変更される。そんなモンを解けるヤツなんてそうそういませんよ。でも、その解ける馬鹿がそこにいた』

 横にいる後輩に眼を向ける。

『そこの馬鹿が言ってませんでした? ソイツ、数学のオリンピックで最終選考に残るくらいには計算に関しては強いんですよ。んで、その馬鹿はホイホイとその怪しい問題を解いてしまった、と。多分、あのAIがそこの馬鹿のアバターを使ってるのは、一番最初に返信してきたからでしょうね。――しかも不正解だったんだから余計に救えない。アカウント取られ損じゃねーか』

「ええっ!?」

 驚く健二。

「そんな、だってあれで合ってるはずなのに……」

 自分の計算にそれなりに自信を持っていた健二は、その言葉にガックリと肩を落とす。

「でもさ、なんで不正解だって判るの?」

 褐色の肌の少年が問いかける。

 どこか少女を思わせる仕草で健二に身体を寄せる。暖かい体温を感じて少し頬が熱くなる健二。

「…………」

 それにどうしてだかムッとした夏希は反対に陣取り健二が使っている端末に顔を近付ける。

『健二……お前、帰ってきたら高いメシ奢れよ』

 それを画面越しに見た敬が眼鏡をギラリと輝かせてそう低い声で言う。

 その余りのプレッシャーに健二はコクコクと頷くしかなかった。

『……話を戻すけど、健二が何時頃返信したのか判るよな?』

 そう言われたので、携帯の送信ボックスに入っているメールを見直してその時間を告げる。

『ああ、やっぱ違うわ。『ラブマシーン』が管理塔に侵入して事を起こしたのはそれから十分後だ。AIが、閉じられてる門を開ける鍵を持っているのに十分間も入らなかったっていうのは考え難い。なら、当たってなかったって考えるのが妥当でしょ?』

「「……成程」」

 感心したように頷く親戚二人。

 そして次に敬は侘助に向き直る。

『で、師匠』

「なんだ」

『師匠、知ってましたよね? ラブマシーンの事。師匠が今いる研究所から脱走したAIがいるなんて……知らされていないワケがないでしょう』

「……ああ、知ってた。言いたかったんだが、ちょいと言えない理由があってな」

『守秘義務ですか。……だから俺に調べさせたんスね?』

「……悪いな」

 侘助の視線に何を感じたのか、敬は再度嘆息する。

『いいですよ。弟子が師匠助けるのは当たり前ですからね』

 そう言って、再度情報を集め始める敬。

 そんな弟子の態度に侘助は、

「馬ぁ鹿、生意気言いやがって」

 そう言って笑うのだった。


















「……ねぇ、どういうこと?」

「さあ?」

 納戸の扉の向こうで中にいる彼らの会話を聞いていた残りの家族たちは怪訝そうな顔でお互いを見つめる。

 奈々が今まで起きていた事を整理するように口を開く。

「えっと……つまり、健二くんが犯人っていうのは、ただの冤罪で……」

 続いて直美が。

「本当はその『AI』が犯人で、今の混乱はソイツのせい」

 その次に理香が。

「……それなのに、翔太ぁ? テレビの発言や回覧板とかを鵜呑みにしたアタシたちが言えた義理じゃないかもしれないけど――っていうか、その手にある手錠は何?」

 そう問われて翔太が声を荒げる。

「う、ウルセェ!! 犯人ってああも大々的に報道されりゃほぼ罪状が確定してんのと同じなんだよ! それを捕まえんのが俺の仕事だっつーの!!」

 そう言った翔太に理一が。

「だが、翔太。結果を見ればお前がしようとしていた事は誤認逮捕だった。昨今の警察だと、お前もしそのまま逮捕してたら責任取らされてクビだぞ」

 それに翔太の父である太助も追従する。

「それ以前に夏希ちゃん、健二君が犯人じゃないって信じてたからね。もしお前がそんな夏希ちゃんの前で逮捕なんかしたら、ただでさえお前を見てない夏希ちゃんが余計に離れていくぞ」

 容赦の無い言葉を父と伯父から受けて、更に声を荒げようとする翔太が口を開く前に納戸の戸が開けられる。

「……なぁ、覗き見すんなら、もうちょっと声を落とせよ」

 呆れた顔で親戚を見下ろす侘助たち。

 それについて弁明しようと誰かが口を開く前に、



「まったくだね。一体これはどういう事だい?」



 彼らの背後から栄が現れた。

 彼女の手を引いているのは真緒たちだ。

 どうやら栄を呼びにいっていたらしい。

「それと……夏希?」

 呼びかけられ、夏希がビクリと身体を震わせる。

 何故なら、栄が厳しい顔で自分を見ていたからだ。

「健二さんについて皆に話さなきゃいけない事があるだろう?」

「な、なんの事だか……」

「言いたくない気持ちも判らなくないけどね。健二さんの嘘の経歴についてと、婚約者っていうデマについてさ。本当は彼、アンタの一つ下だそうじゃないか」

 そう言われて、ほぼ全員の視線が自分に集まる。

「……あ、う……」

「まったく。誰が嘘の婚約者を連れてこられて嬉しいもんか。アンタ、アタシにならともかく健二さんに恥をかかせるのも大概にしな」

 そう言われて、漸く夏希はその事に気付けた。

 バイトとはいえ、夏希の婚約者。

 しかし、それが健二にとって果たして良かったのだろうか。

 もし彼が他に好きな人がいたとして、その人ではない女と婚約者になって嬉しいだろうか。

(――あれ?)

 健二にもしかしたら好きな女の子がいるかもしれない。

 そこに思い至った夏希は胸が苦しくなり、少々腹の底がムカついているのを自覚した。

「お兄さん――」

「あ、健二でいいよ」

「じゃあ、健二さん。夏希姉ちゃんの恋人って嘘なの?」

 自分の感情が酷く不安定な事を自覚した隣で、和気藹々とした会話が続く。

「うーん。まぁ、そうだね。婚約者じゃないよ。僕はただの後輩」

「それなのに、こんな田舎まで来たの?」

「そうだね」

「昨日由美叔母さんたちが言ってたけど、お土産が沢山入った重い荷物を担いで?」

「うん。まぁ、ちょっとインドア派な僕には辛かった……っと、冗談冗談。あの程度なら軽かったよ」

 年下の子がいるのだ。ここは嘘でも虚勢を張りたい健二。

 そんな親友を見て、携帯の向こうの敬が忍び笑いを洩らす。

「で、屋敷についてみれば、おばあちゃんの目の前で婚約者だって初めて聞かされて、翔太兄に服を掴まれて『夏希をお前なんかに渡さねぇ!』なんて言われて、ちょっとした不注意が祟って今は全国に顔が知られた犯罪者? ……健二さん、怒る時は怒った方がいいよ」

 誰に、とは言わない。

 恥じ入る顔と憮然とした顔があったが、どちらが誰を指しているかなどは明白だった。

「……えと、つまり東大生ってのも嘘なのね?」

 由美が最後の確認を取る。

「………………はい。私がおばあちゃんを喜ばせようと後輩の健二くんに婚約者役を頼みました」

 羞恥に頬どころか顔全体を紅くした夏希がそう事の真相を告げる。

 それを聞いて、翔太の顔が安堵で緩む。他の者はどこか詰まらなそうな顔をしている者がほとんどだった。

 翔太の顔を見て、健二は思う。

 ――ああ、この人は本当に夏希先輩が好きなんだな、と。

 誰に憚る事無くそんな気持ちを吐き出している翔太を健二は羨ましく思った。……実際は隠し通そうとしていたが、家族や親戚のほぼ全員にバレていただけなのだが。気付いていないのは当人である夏希ただ一人だけだったりする。

「……あら?」

 それに気付いたのは万理子だった。

 テレビには由美の長男である了平が甲子園出場をかけた準決勝に対する意気込みを語っていたのだが、そこには臨時ニュースが流れていた。

 日本どころか世界の至る箇所で水道管が破裂したり、誤情報のせいで医療関係者たちがフル稼働しなければならなくなったり、道路情報が滅茶苦茶になっている等と大小様々な混乱が起きていたのだ。

 それに気付いた他の家族も、夫や仲間に連絡を取り始める。現在の状況を知る必要があったからだ。

 残っていたのは、どこにも連絡をする必要が無い栄と真緒たちチビッ子三人組と、夏希と翔太が残った。

『あー……成程ね。おい健二、健二!』

 端末からではなく、侘助のノートPCの画面から敬が呼んでいる。

「佐久間、何か判った?」

『ああ。あのAI、管理塔の中のデータを滅茶苦茶に引っ掻き回してやがる。お陰で『OZ』に関連してある施設は大打撃。休日返上でほとんどの職員が出て事態の鎮圧に乗り出してるけど、状況が掴めなくて浮き足立ってるみたいだ。つまりほとんど焼け石に水ってコト。まぁ、コレが今の現状だな』

 どうやら各地で被害が出始めているようだった。

『これを含めたAIの情報を『OZ』や警察に送りたいんだけど……今のままじゃ無理だ』

 そう言われて、健二は愕然とする。

「ど、どうして?」

 夏希が訊く。

「『OZ』の運営側が健二さんが犯人じゃないって言わないと、容疑者として逮捕される可能性があるから、でしょ?」

『その通り。だけど、それにはこの混乱がある程度収まらないといけない』

 そう言って、『OZ』の混乱に拍車がかかっていくのをただ見ているしかないかと思われたその時。

 今まで黙っていた栄が口を開く。

「つまり、この騒ぎが静まれば健二さんの容疑は晴れるって事かい、侘助?」

「ああ、それでいいぜ」

「そうかい。なら――」

 そこまで言って踵を返す。

 自室に戻ると彼女は、様々な手帳を引っ張り出し電話をかけ始めた。

 まずは孫たちに。

『はい、こちら――』

「頼彦! くじけないで一軒でもお年寄りの家を訪問するんだ。いいね!?」

『え? ばあちゃん!? なんで専用電話にかけてんの!?』

 それには応えずに再度念を押して栄は次に次男の邦彦に連絡を取る。

「邦彦!」

『ばあちゃん!?』

「へこたれるんじゃないよ、意地を見せな」

 次に、三男の克彦。

「いいかい克彦、これは戦だよ。アタシもなんとかしてみるからアンタも頑張んな」

『なんとかって……』

 そして次は友人知人に連絡を取る。

「お久し振りねぇ勘ちゃん。同じ武田家家臣団のよしみで聞くけどね、国土交通省はどんな手を打ってるんだい?」

「曽根やん、引退した人でも構わないで沢山の医療関係者に呼びかけて消防庁に協力して欲しいんだよ」

「飯富さん、大事なのは昔みたいに人と人とが声を掛け合ってコミュニケーションを取る事でしょう?」

「千さん、アンタの決断にかかってるんだ」

「新田さん、先生はよして下さい。ただの年寄りのお願いです」

「昔の事を蒸し返しなさんな。アンタをぶん殴ったのは半世紀も昔じゃないか」

「柳ちゃん、そう不安そうな声を出しなさんな。上のアンタがそんなんで一体誰が纏めるんだい?」

「よっちゃん、それでいいからやっておくれよ。何もしないってのが、今回は一番駄目だからね」

 次々と電話しては、浮き足立って言った組織のトップたちの頭を冷やしていく栄。

「小幡くん、こんな時に警察が率先して動かなきゃ無駄飯食らいって叩かれても文句言えないよ」

「おい、今の小幡って警視総監……」

 翔太が呆気に取られた声を出す。他にも有名政治家や大企業の社長など様々な人たちに連絡をいれていく栄。それは全て、彼女の教え子たちや友人たちであり、長い月日をかけて育んだ絆の成せる業だった。

「渾身戦えば悔い無し! ここで頑張らないでいつ頑張る!?」

「これはアンタだから頼んでるんだ」

「お前さんにしか出来ない事だろう?」

 そして、誰にも最後にこう言って締め括る。



「諦めなさんな。諦めない事が肝心だよ」




「アンタなら出来るよ」



 そして、健二もまたその言葉に胸を打たれた。

 すぐに納戸へと戻る。

 侘助のノートPCで通話状態のまま待っててくれた相棒に話しかける。

「佐久間、管理塔に入れないっていったよね。どういう事?」

 そう訊かれると、敬はあるパスワードの入力画面を出した。

『なんか適当な数字入れてみろ。そしたら暗号が出る。――任せた』

 確かに敬が言った通りに、昨夜自分が解いたのと同じ二千五十六桁の数字が現れた。

「任せてよ」

 相棒にそう応え、健二はメモ用紙を取り出すと“スイッチ”を入れる。

 カリカリカリカリ――とシャープペンが紙面を走る。

 何枚も何枚も書いては次の紙面に走らせる。

 大丈夫。そう、大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 好きな夏希がいるのだ。兄貴分の侘助だっている。自分より年下の子だって見てる。

 下手な姿は見せられない。

 そして――

『諦めなさんな』

『アンタなら出来るよ』

 脳裏には先程聞いた栄の声が響く。

 そうだ。

 諦めてはいけない。

 それに先程自分は『ラブマシーン』に言ったではないか。

 『次は敗けない』と。

 ならば、その言葉を嘘にしてはいけない。

「――――よし」

 解けた。

 慎重に文字を入力していく。

 解読したパスワードを入力すると――管理塔へのゲートが開いた。

『よっしゃあ! ……ってあら?』

 敬が何かに気付いてくつくつと笑う。

『健二、朗報だぜ』

「コイツが犯人じゃないって証拠か?」

 侘助にそう訊かれ頷く。

『はい。健二、世界であの問題を解いたのは五十人近くいる。んで、そこにお前の名前はやっぱり無かった』

「……やっぱり?」

『お前の答えと解答を照らし合わせてみたら理由が判ったぜ。――最後の文字が間違ってた。タイプミスだなこりゃ』

 ご丁寧に間違っている部分を点滅させるという芸の細かさで間違いを指摘する敬。

「うわあ……」

「健二、お前ってヤツは……」

 恥ずかしい。こればっかりは恥ずかしい。

 何故なら、これと同じような失敗をしたせいで数学オリンピックの日本代表に選ばれなかったのだ。

 その時と同じような間違いをしていた事を知った健二は頭を抱えてしまう。侘助も落選した理由を知っていたので苦笑いを浮かべてる。

 しかしそんな阿呆には目もくれず敬は話を続けた。

『しかしこれでお前への嫌疑は晴れたワケだ。すぐにコレを警察と『OZ』に送っとくよ』

「うん、ありがとう佐久間」

『いいって事よ。んじゃ、何かあったらまた連絡しろよ』

 そう言い残して、敬は通話を切った。

 それを見越していたかのように、健二が借りていた端末が鳴る。

「はい、もしも――」

『健二!?』

 父だった。恐らく敬から聞いていたのだろう。

「あ、父さん」

『ちょ、おま、なんでそんな慌ててねぇ…………ゴホン。――んで、何があった?』

 自分の息子を信じている父は、慌てる自分を抑えて事の顛末を訊く事にした。

 だから健二はきちんと応える。 

 父親の心配を完全に払拭してやるために。













 圧巻だった。

 ただそれだけを二人は感じた。

 一方は、一年前から知っている男の子が本気を出す姿に見惚れていた。

 一方は、今日初めて逢った年上の少年の凄さに肌を奮わせた。

 それは、戦う男の顔だった。

 剣や拳ではなく、ペンと紙束を武器に戦う姿。

 それは自分たちの周りにはいない男の姿だった。



 だからだろうか。こんなにも自分の胸が熱くなるのは。



 彼女『たち』は、改めて『小磯 健二』という少年に眼を向けようと思った。

 その理由は違えども、その根底にある感情は同じだと気付かずに。






(あとがき)

な、難産でした。

とりあえず、『キング』の性別を決めました。

判る人には判ります……よね?






[20064] 05 急転 ~彼が願った事~
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2011/01/22 23:16
「……ふぅ」

 脱力したのか、そのまま仰向けに倒れる健二。

 父親の後は、母親までもが息子の安否を気遣って連絡してきたからだ。

 いくら両親が離婚していても、健二との交流は頻繁に取っていた母。

 離婚の理由も健二は知っていた。

 お互いに同時期に仕事が忙しくなって、すれ違いが続いて――それが爆発したせいで離婚したらしい。

 しかし、お互いに相手を離婚しても想っていたというのは両親との会話お節々から感じていた。

 それとなく『父さんと逢うんだって?』と確認すると、慌てた様子で言い訳を聞かされた息子は事実だと確信する。

 恐らく、電話の向こうの母の顔は真っ赤だっただろう。

「健二さん、あのさ……」

 赤いタンクトップに短パンの少女が話し掛けてくる。

 周囲に散らばった紙を拾いながら、問う。

「何者なの?」

「偉く唐突だね」

 苦笑してしまう。

「ただの高校二年生――じゃ、納得しないよね?」

 当たり前だとばかりに頷かれる。

「うーん……人より数学やプログラミングが得意な高校生、かな? 得意なのは数学」

「ふーん。どれくらい得意なの?」

「そう、だなぁ……」

 どう言おうか迷っていると、頭上でしゃがみ込んで自分の顔を覗き込んだ夏希が言った。

「え? 佐久間くんがさっき言ってたよね? 数学オリンピックの日本代表に選ばれたんじゃなかったっけ?」

 かなり近い距離にある夏希の顔に混乱しそうになるが、“スイッチ”を入れたせいで脳が上手く回らないからか健二は普通に返した。

「……に、なりそこねた人間です。まぁ、代表メンバーは初戦敗退したらしいんで、僕もそこまで凄くはありませんよ」

 そう言う健二だが、オリンピックと名の付く大会のしかも日本代表を選ぶ選ぶ最終選考にまで残ったという事は、その分野にかけては上から数えた方が早い人間なのだと二人は理解した。

 更に侘助が補足する。

「同年代って括りで言えば、ソイツは天才の部類に入るぜ。数学のな。誤字とか無けりゃ、とっくに代表に選ばれてたのになぁ?」

「あ、あははは……」

 侘助にそう言われて苦笑するしかない健二。

 この兄貴分に健二は、誤字のせいで代表の座を掴み損ねたと敬が教えた時、散々からかわれたのだ。

 どうやらまだまだイジる気らしい。

「……ふふっ」

 そんな二人を見て、『カズ』と呼ばれた浅黒い肌の少女が小さく笑う。

「――ああ、そうだ。そう言えばキミの名前、聞いてなかったね?」

 その少女に顔を向けてそう言う健二。

 彼としては特別な意味は無かったのだろう。

 だが、それでも『彼女』は嬉しかった。

「池沢、佳主美(かずみ)」

 女である事がちょっと嫌で、男として振る舞っていた。

 外で名乗れば『佳主美ちゃん』と呼ばれるので、それさえも嫌だったのだが――目の前の彼は違った。

「えっと、佳主美ちゃ――どう呼ぼうかな?」

 アバターが男性型、一人称が『僕』、服装や髪型も男の子が着ていてもおかしくない格好。

 そんな彼女に呼び方を確認する健二。『ちゃん』という呼び方は嫌かもしれないと空気を読んだ。

 気遣ってくれるのは嬉しいが、佳主美は少々不機嫌になっている自分を感じて戸惑う。

「――呼び捨てで」

 自分の事を『ちゃん』付けされるのは基本的に嫌なのだ。

 だが、女扱いされるのも何か違う。

 だから、呼び捨てというのが一番良いと思った。

「えっと――佳主美?」

 そう呼ばれて、少女の頬が少し朱に染まる。

 存外、衝撃が強過ぎた。だが、悪い気はしない。

「うーん……女の子を呼び捨てにした事は今までないからなぁ。ちょっと違和感が……」

「なら、どう呼ぶの?」

「うーん……」

 つい、と視線を唸っている健二から外すと、不機嫌な夏希が視界に入る。

 これまで生きてきて一度も働かなかった『女の勘』とやらが最大級の警報を鳴らす。

 理屈ではない。

 ただ、お互いに判った。

 相手は『敵』なのだと。

 そんな夏希と佳主美の放つ異様な空気を受けて半歩下がる翔太と、面白そうな顔をする侘助。

 だが健二は、そんな事に気付きもしなかった。

「カズ君、いや、カズちゃん? いやいや、むしろそれなら佳主美ちゃんでいいしなぁ。でも女の子扱いは嫌がりそうだし……こうなったらカズとでも呼ぶ――ってどこのサッカー選手だって言われそうだし――」

 どう佳主美を呼んでいいのかで悩んでいたからだ。

「よし、なら佳主美くんで」

 そして、最終的にそう呼ぶ事を健二は決めた。

 それを聞いてちょっと不機嫌になる佳主美。

 だがそれも、健二の苦笑混じりの言葉で霧散してしまう。

「女の子にくん付けなんて今までした事なかったけど、キミにはその呼び方が合ってるしね」

 自分に合った呼び方をしてくれる。

 ある意味これはとても嬉しい。

 言い換えれば、これは自分だけの『特別な呼び方』となのだ。

 確かに従姉の夏希の呼び方も『特別』ではあるだろう。

 だが、それが気にならないくらい嬉しかったのだ。

 だから、少し頬が熱くなってしまうのは仕方がないのだ。

「あ、ありがと……」

 精一杯気持ちを込めてそう言う。

「え? あ、いや――どういたしまして?」

 頬を染める佳主美、困惑する健二、そして――笑顔で背後に般若を背負う夏希を見比べて、侘助は面白い見世物が始まった事を知って更にニヤニヤしていた。

「……どうなってんだ?」

 ただ一人、なんだか異様な空気を感じながらもそれが何なのかを理解出来ない翔太はそう言う。

 誰も知らないが、この時に奇しくも健二と翔太は同じ気持ちを抱いていた。

 それこそ、何がどうなっているのか全く判らないが故の戸惑い。

 その空気は、連絡が一段落着いた万助たちがやって来てやっと有耶無耶になった。

 そして――話はその日の夜に急変する。












「ふんふん……」

 所変わってここは久遠寺高校物理部部室。

 学校に許可を得て、敬は部室で寝泊まりしているのだ。

 既に空は薄暗い。

 ほとんどの生徒が帰宅している中、たった一人で敬は『OZ』の関係者等と『ラブマシーン』への対応を話し合っていた。

 しかし、上位権限者たちも既に半数以上がアカウントを奪われているらしく、対応は絶望的に遅れそうだ。

 しかし敬は諦めずに様々な海外にある情報交換掲示板を覗いていく。

 とある人物にメールを送って、返信が来るまでの時間潰しのつもりだったが、集中して読み進める。更に事態が大事になっていたからだ。

 海外でもアカウントを強奪された人間は数多くいた。

 既にかの『ラブマシーン』に挑んでアカウントを強奪された者は億を越えても勢いを落とさずに増え続けている。

 既に判っている被害者だけでも二億人を突破している事が判明した。

 有名な大学で教鞭を取っている教授でさえも歯が立たずに完敗している。

 名の知れた格闘派、知能派のアバターたちは上位の人間から次々に奪われているのだ。

 だが、それだけではない。

 『ラブマシーン』は、現実でも要職に就いている人間のアバターのアカウントでさえも無作為に強奪している。

 このままでは、アメリカ大統領のアカウントですら強奪されかねない。

 かの人物のアカウントには、核ミサイルの発射への最終認証システムが組み込まれていると噂になってるのだ。

 様々な職種のアカウントを所持している現在の『ラブマシーン』ならば、様々な手順をすっ飛ばして大統領のアカウントのみで核ミサイル打ち上げを強行する事など造作もないだろう。

 だが、そうだというのにアメリカの軍部が然程混乱していない。敬はそう感じた。

 いや、大多数の軍部の人間が混乱しているが、慌てていない高官がいるらしいのだ。

「まさか――」

 嫌な予感が敬の頭を走る。

 そんな映画のような話なんてあるワケが無い。

 だが、あの国にはそういった陰謀が得意な機関があった筈だ。

 映画や漫画でも『かの組織』の暗躍はよく登場しているが、実際は違うだろう。

 いや、しかし、事実は小説よりも奇なりとはよく聞く話だし、親友兼相棒である健二が全国に指名手配された事だって映画みたいな話だ。

 そう思ったが、敬は冷や汗が背中に流れるのを無視した。

 あるワケが無い。

「……いやいや、無い無い」

 この事態を引き起こしたのが米軍だなんて――

 その瞬間、師匠繋がりで交流のある黒人の友人からメールが届く。

 読み進めていく内に、自分の懸念が真実味を帯びてきた。

 掛けていた眼鏡がズリ落ちているのを直しながら、嘆息する。

「……うわぁ……ビンゴかよ。悪い予感は当たるなよなぁ」

 差し出し人は、ダグラス・サンダーソン。

 侘助の同僚で、友人である。

 侘助を説得する為にバラ撒かれた金に手を着けなかったが故に、研究所の人間でも守秘義務に囚われずに全てを話せる人間なのだ。

 それ故に監視されているが、隙を見て情報を敬に渡してくれた。

 その資料は様々で、音声データから、書類のコピー、更には『ラブマシーンの行動予測』と銘打たれたレポート等々。

 それら全てには、『ある事実』が書かれていた。

 政府関係者が、侘助に『ラブマシーン』の作成を周囲に圧力を掛けて作らざるを得ない状況に追い込んだという事実が。

 そして、それの追伸には『JINが動けばこっちも動く』とあった。

 それに感謝の返信を入れながら、敬は不審に思う。

 確かに普段は飄々とした男だが、彼が筋を通す男だという事を自分は知っている。

 このメールや資料が事実なら、日本に帰ってきたのは理由がある筈だ。

 一瞬、逃亡目的かとも思ったが、それは余りにも彼のイメージに反していた。

 むしろ、身内に被害がいかないようにする為に帰ってきたという方が説得力がある。

「……そういや師匠、今実家なんだよな。――――って、まさかっ!?」

 慌てて健二に連絡を取る。

 相手の顔が見える『OZ』経由の通話で、だ。

 繋がる。

 画面には、少々引きつった顔をした親友。

『……なに、佐久間』

 緊張で小声になってる親友に違和感を感じながらも、敬は叫ぶ。

「おい! そこに師匠はいるか!?」

『いるよ。いるけど――今は話すのは無理、かな』

「はぁ!? なんだよそれ!?」

 混乱している敬に健二は説明する。

『ええっと、まずは……そう、侘助さんが――』

「師匠が『ラブマシーン』の開発責任者だってのはダグラスのオッサンが教えてくれた! そんでオッサン言ってたぞ。もし反対してたら、政府に罪状を偽造されて捕まってた可能性があるって!!」

 その叫びに、健二は驚く。

 それどころか、夏希が画面を覗き込んで確認している。

『佐久間くんっ、それ本当!?』

 その剣幕に気圧されながらも、敬は『侘助の事情』について憶測も交えてだが、話し出そうとするが――

『いい。喋るな敬……!』

 厳しい声で侘助が遮った。

 いつもならば、ここで敬は引き下がる。

 だが、今回ばかりは違った。

 敬は激昂し反論する。

「ンな事言ってる場合じゃ無いだろ!? もしこのままいったら師匠、どうなるかなんて余裕で想像がついてるんでしょうが!? 俺は嫌だからな、師匠が全部の罪を被って捕まるなんて!!」

 そう言ってやる。

 空気を読んだ健二がカメラを侘助のいる方向に向けてくれたので、彼がどんな状況なのか理解出来た。

 栄が薙刀の刀身を侘助の首筋に添えていたからだ。

「……っ!?」

 これには敬も驚いた。

『……確か、敬さんだったかい? 詳しい話をお願い出来ないかね?』

 添えられていた薙刀を外さず、栄がこちらを見ながらそう言った。

 勿論願ってもない事だ。

「――はいっ」

 そして――敬は話し出す。

 侘助が何故『ラブマシーン』などという人工知能を作り、それが何故『OZ』を騒がせているのかという理由を。





(あとがき)

今回は短いです。
ちょっと物足りないかもしれませんが……


次回は、侘助と栄おばあちゃんをメインに書く予定です。
勿論主人公である健二くんもこの二人に絡ませます。
と言うか、絡ませないとそのままお別れになってしまいますんで。




[20064] 06 和解 ~そして彼は往く~
Name: SRW◆173aeed8 ID:993140f7
Date: 2011/01/22 23:17
 事態は急変する。

 頼彦たちがやってきて、今日の騒動を労う宴会の最中の事だった。

 佳主美が説明した『ラブマシーン』というAIを造ったのは、なんと侘助だというではないか。

 これには侘助と仲の良い健二も驚愕を隠そうともしなかった。

 淡々とそのAIのスペックを解説する。

 彼曰く、『試作AIに知識欲を組み込んだ』そうではないか。

 そして、それを造っている事を政府に知られ、高額で買われたと言う。

『今日どれだけの人が被害にあった? どれだけ人様に迷惑をかけた!?』

 人を救う仕事を生業にしている頼彦たちはそれを聞いて激昂。

 だが、それを受けても侘助は動じない。

 その掴み合いの様相を呈してきた口喧嘩を尻目に、佳主美は健二を盗み見る。

 そこには、不可解という顔をする少年がいた。

 それを見て、どうかしたのか問い掛けようとした瞬間――



『逃げてっ!!』



 突然、夏希の悲鳴が耳に入る。

 視線を戻せば、無表情に侘助の首筋に薙刀を突き付けた栄がいたのだ。その眼だけが苛烈だった。

 だが、侘助はそれを凪いだ視線で見下ろす。

『……侘助』

 静かな声。

 だがそこに込められた迫力に背筋が震えてしまう。

『何を隠しているんだい?』

『…………別に、何も』

『嘘吐くんじゃないよ』

『……嘘じゃねぇよ』

 そんな押し問答を繰り返し、空気が更に張り詰める。

 既に真緒たちは訳も判らずに泣きそうになっていた。

 その時だった。

 健二が現在使っている携帯が鳴り出したのだ。

 どうやら『OZ』を経由してのテレビ電話で、佐久間敬と名乗った健二の友達だった。

 彼は慌てた様子で健二に話し掛ける。

 そして、彼は侘助の事情を話そうとするが、それを本人に止められた。

 だが、今回は佐久間という少年に軍配は上がった。

 栄がそれを促したからだ。














 そして――彼は全て話した。

 何故侘助は凍結させていた『試作AI』の開発を再開したのか。

 何故そうしなければならなかったのか。

 何故――今更帰って来たのか。

 それらを憶測も交えながら説明される度に、彼の顔は不機嫌になってゆく。

 それこそ図星だからだろう。

 人の機微にはまだ疎い中学生の佳主美にだってそれは判った。

『それもこれも全部、栄おばあさんの為だったんですよね、師匠?』

「――ったく。ああ、そうだよ。もう殆ど俺が『アレ』を創るのは確定時事項みたいなモンだった。だったら縁を切られる前に、せめて金だけでもばあちゃんに返そうかと思ったんだよ」

 それが悪いのか、とばかりに言われて、気炎を上げていた頼彦たちも口を閉ざした。

 勿論万助たちも何も言えない。

 彼は十年前に渡米する際、栄より数億の金を持たされていた。

 それを侘助に与えたと知った当時の万助たちは良い顔をしていなかったが。

「まぁ――ちょっとばかし契約違反されてっけどな」

 そう言って、苦々しげに吐き捨てる侘助。

「『ああ、やっぱり』」

 そう言いながら納得の顔をする健二と敬。

『だよなぁ。師匠って、自分が造ったモノへの強制介入コードかリミッターを着けてないんだからおかしいと思ったんだよ』

「うん。いつもならもう少し性能を落として安全性や確実性を上げるよね」

『そうそう。大体このAI、カタログスペックより高性能だしな。ってコトは……』

「……安全装置、全部外されてる?」

 弟子と弟分の頼もしさに眼を細める侘助。

 こんなに優秀な奴らが育っているのだ。

 それを成す要因の一つが自分だと考えると少し嬉しくなる。

「そうみたいだぜ。さっき強制介入コード打ち込んでも、効かなかったしな。多分、奪ったアバターのプログラムを使って防御してんだろうよ。――お陰でこっちの言う事も聞きゃしねぇ」

 最後は嘆くようにそう言った。

『『『…………』』』

 重たい空気が流れる中、そこでやっと薙刀を下ろした栄が言う。

「侘助――――風呂、入ってきな」

「は?」

「今日は、一緒に寝ようじゃないさ」

 そう言って、栄は笑うのだった。

 前歯の無い、だが見た者をほっとさせるような暖かな笑顔。

 それには流石の侘助も逆らえず、渋々と従うのだった。













 それから、宴会はなし崩しに終了してしまった。

 健二が渡り廊下を歩いていると、曲がり角で誰かがしゃがみ込んでいるのが見えた。

 栄だ。

 慌てて駆け寄って身体を支える。

「――いやぁ、悪いねぇ。長物ちょっと振り回しただけですぐガタがきちゃってさ。本当、歳は取りたくないねぇ」

「――いえ」

 肩を支えながら栄の部屋に連れていく健二。

 栄が座った事を確認して、片付けの手伝いに戻ろうとすると――彼女に呼び止められた。

 対面に座らせられ、あれよあれよという間に花札をする事になったのだ。

「健二さん、アンタに花札を仕込んだのは侘助かい?」

「ええ、この前初めて勝ちました。今日すぐにまた負けちゃいましたけどね。――こいこいです」

「ほほぉ、やるねぇ。あの子に勝てたのかい? 夏希たちはアタシと侘助には勝てた試しは無いんだけどねぇ」

「まぁ、『OZ』のカジノステージっていうネットでの対戦でしたから。リアルで対戦したのは数えて数回ですけど、全敗してます」

「成程ねぇ。健二さんはあの小僧と同じでそっち関係(パソコン)には強いのかい?」

「小僧って……父さんですか? ……どうでしょう? 僕は父さんみたいに海外で活躍しているシステムエンジニアじゃないですから」

「なぁに、今日の混乱を止めたのはお前さんだって話じゃないか。もっと自信を持ちなさいな。アンタは出来る子なんだから」

「……はい。ちょっと自信はありませんけど、頑張ります」

「うん、良い返事だ。ウチの孫娘たちの事だけど、宜しく頼むよ。許婚の代役を頼む馬鹿な子やちょっと人と話すのが苦手な子だけど、根は良い娘なんだ。アンタみたいに芯の強くて優しい男の子が近くにいれば、きっと二人にとって良い変化があるだろうからね」

「えっと……そう、なんでしょうか?」

「なんなら、どっちか気に入った方を嫁にしたらいい。それとも……大昔の武将宜しく両方を娶るかい?」

「ええっ!? か、からかわないで下さいよ――って、あ」

「はい、これでアタシの勝ち」

 彼女の役は『五光』。

 健二を見据えて、彼女はまた笑う。

 そして、それが健二が彼女と過ごした最期の時間となった。


















「侘助」

「なんだ、ばあちゃん」

 天井を見上げ、二つ並んで敷かれた布団。

 その中で決して眼を見合わせない母と子。

「……どうするつもりだい?」

「……その事なんだけどさ、明日になったら俺、ちょっと昔通ってた大学まで行って来るわ」

 何をしに行くのかは言わない。

 言わなくても栄にはしっかりと伝わっているからだ。

「……ケリを着けられそうかい?」

「どうかな。こっちの命令を受け付けないから……かなり強引な手段を取る事になると思う。最悪、アイツを解体じゃなくて消去しないと、な……」

 そう言う侘助の横顔はどこか寂しそうだった。

「アタシにはその違いが判らないけど……この騒動の発端を開いたのがあちらの国だとしても、手段を与えたのはお前だ。ケジメだけはしっかりと取れば、いつ帰ってきてもいいんだよ」

「…………そういうワケにもいかねぇだろ。俺ぁばあちゃんから億って金を借りてんだぞ。それを返すまではおいそれと帰ってこれるかよ」

「……相変わらず頑固だねぇ。本当、死んだ爺さんにそっくりだ」

「うっせぇ」

 ぶっきらぼうな侘助の態度に栄は面白そうに笑う。

「……お金の事は気にしなくていいさ。どうせ爺さんが蓄えてた泡銭なんだ。無くなった所で、助けてくれる人がいなくなったワケじゃないのさ。気にし過ぎだよ」

 そう言われ、驚いた顔で栄を見る。

「……いいのか」

「いいさ。それにアタシも年だ。あと十年も待ってられないからね? すぐ帰ってくるんだよ」

 そう言って、暖かな手が侘助の頭を撫でる。

 それに泣きそうな顔をするものの、されるがままだった。

 図星だった事も原因だ。

 彼は、栄が寝静まった頃に翔太から借りた車を飛ばして近くの大学まで行くつもりだった。

 近くでは使えるスパコンがあるのは大学だけにしか無いらしいのだ。

 だから彼は深夜に車を飛ばすつもりだった。

 しかし今はお祭り一色の町内だ。

 観光客で車の渋滞が予想される。

 今から出ても夕方か夜くらいにしかならない。

 だがそれでも、侘助は行く。

「…………おう。すぐ帰ってくるよ」

 そして、侘助は部屋を出て行く。

 振り返りはしない。

 そんな様子もまた栄に死んだ夫を思わせる態度だとは知らずに。

「……まったく。これでやっと肩の荷が下りた」

 彼が行ってしまったのを確認してそう呟く栄。

 そこには、寂しさと嬉しさが混ざった複雑な笑顔があった。

 そして思い返す。

 思えば、生まれからして不幸な子だった。

 夫とは交流は無く、生母との過ごした時間は短く、そして良いものでは無かった。

 引き取られた先にいたには、年老いた義理の母となった自分と余りに歳の離れた腹違いの兄弟たちや同年代の甥や姪。

 家庭環境が健全だったとは間違ってもいえないが、それでも良い子に育ってくれたと彼女は確信した。

 捻くれていて口も悪く協調性も欠ける――それでも優しい子。

 安堵したせいか、酷く眠くなる栄。

 ほとんど落ちた目蓋の裏側に、先に逝った夫の姿が見えた。

 隣にはあの子の母親が。

「……なんだい、古女房見限って若い子と向こうにいるのかと思ったら、待っててくれたのかい? はいはい、アタシだってお爺さんには言いたい事が沢山あるんですからね。アンタにだって言いたい事はあるんだよ。自分の子にあんな名前をつけて……」

 そう言いながら、彼女は眠った。

 その顔はとても満足そうな顔だった。














 そしてその日の深夜、彼女のアカウントは奪われた。

 奪った存在の名は『ラブマシーン』。

 彼女のアカウントに登録されていたものは二つ。

 友人たちや家族に連絡を最短で取れる事と、彼女の身体の異変を担当医に送信する事。

 何故強奪されたのか。

 それは、彼女のアカウントが発端となって事態の収拾が始まったからだ。

 二度と自分の行動を妨げさせない。

 そう考えた『ラブマシーン』が奪ったのだ。

 しかし、この判断は間違いだった。

 彼女のアカウントを奪ったせいで――『ラブマシーン』は敗北する事になる。













 そして話は翌日の朝へと進む。

 その日、健二はこの家で飼われているハヤテという犬の鳴き声で眼を覚ました。

 夢で栄が薙刀を振り上げて『ラブマシーン』と対峙しているというなんとも不安に駆られるモノを見たせいか、すぐに飛び起きた。

 不安が彼の中を渦巻いている。

 そして、それは現実となった。

 



(あとがき)

ここからようやくラストに向かっていきますが……これですれ違いは解消出来たと言えるのでしょうか。

少々不安ですが、ここの栄おばあちゃんは満足して逝けたのではないかと思っています。

そう書けているでしょうか……?

不安です。





[20064] 07 決意 ~涙が流れる五時二十一分~
Name: SRW◆173aeed8 ID:993140f7
Date: 2011/01/23 00:01

 陣内栄。

 各界の著名人を友人に持ち、教育者として多種多様な人物を世に送り出した女性。

 女傑、才女、烈婦、そして優しい人などと友人知人教え子問わずに評された。

 そんな彼女は生前紫綬褒章すら貰っていたらしく、その人脈や影響力の高さが伺える。

 私個人としては、『家族や友人知人を大事にする優しくも怖いおばあちゃん』となるのだが。

 後日、私が父にそれとなく彼女の噂を訊ねれば、電話一本かけるだけで政財界が動くという噂があったと教えてくれた。どうやらその噂は限りなく真実だったらしいが。

 実際に彼女が電話を掛けた直後から、あの戦争初日の混乱は鎮静化していった。

 しかし、皮肉なことにそれこそが彼女の命を奪う要因になるとは――ついぞ私たちは誰も気付けなかった。

 あのAIの産みの親である彼でさえも。










 『ラブマシーン』という当時世界中を混乱の渦に叩き込んだAIと彼女が対峙するという奇妙な夢を見た瞬間、私は布団を撥ね飛ばして飛び起きた。

 嫌な胸騒ぎを感じていると、侘助さんから借りていた端末が眼に入る。

 まだ普段ならば寝ている時刻だ。

 ふと、外に眼を向ける。私が泊まっていた部屋は縁側に面しており、よく聴こえた。

 当時、陣内の屋敷で飼われていた老犬ハヤテが屋敷に向かって吠えていたのだ。

 それに混じって誰かが叫んでいるのが聴こえた。

 それは、『おばあちゃん』と呼んでいるようだった。どこか焦ったような声色で、ともすれば泣きそうな声。

 嫌な予感が更に強くなった。

 侘助さんに借りた端末と自分の携帯を引っ掴んで声のする方に駆け出す私。

 そこには――『栄おばあちゃん』に心臓マッサージをしている頼彦さんたちの姿があった。

 今マッサージをしているのは克彦さんのようだ。

 口々に彼女を呼ぶ。

 ふと横を見る。

 呆然とした翔太さんがいた。

「代われ克」

 兄にそう言われても、それにすら無視して彼は手を動かしていく。

 聞こえていなかったのだろうか? いや、聞こえていたのだろう。

 彼は代わる時間さえも惜しんだのではないだろうか。

「――もういい」

 万作さんがそう力無く呟く。

「駄目よ、続けて!!」

 誰かがそう叫んだ。

「……無駄だ」

「続けてぇっ!!」

 そんな冷静で残酷な言葉を掻き消すかのように夏希先輩が叫んだ。

 しかし――

「……皆、揃ってるな」

 その言葉が、全員の耳に響く。

 万作さんがゆっくりと自分の腕時計に目を落とす。

「五時二十一分」

 八十九年と三百六十四日。午前五時二十一分。

 陣内栄という女性が誕生して、そして永遠に眠った時間である。












「狭心症でな」

 死んでしまった彼女の周りで泣き崩れる女性陣から離れ、縁側に腰を下ろして万作さんは言った。

「ニトロ処方してた」

 携帯には彼女のバイタルデータに異常があればすぐに連絡が入るのだが、その情報が昨晩から送られていなかったらしい。

 私は『OZ』の奪われたアカウントの中にシステムの管理者の物もあったから、情報が送られて来なかったのだと推測した。

 それを聞いて兄の万助さんが問う。

 いつも通りなら助かったのか、と。

 しかしそれにも万作さんは首を横に振る事で応えた。

「いや、元々調子は良くなかったんだ。……寿命だろうなぁ」

 遣る瀬無い思いを紫煙に乗せて、彼は遠くを見た。

 万作さんは医者だ。

 恐らく最もこの家族の中で長く深く様々な人の死に触れている。

 だからこそ、比較的冷静に受け止められたのだろう。

 だが、それを認められない人物もまた、存在した。

 万助さんは周囲の人間に侘助さんの所在を聞く。

 一発殴るつもりだったと彼は後に語っていた。

 しかし、既に彼はここから少し離れた場所にある有名大学の研究施設で使われているスパコンを使用して『ラブマシーン』を解体しようと翔太さんの車を借りてこの家を出ていた。

 だが理由を知らない皆は彼が『おばあちゃんに怒鳴られて出て行ったのだろう』と思った。

 しかし私は彼らの知らない侘助さんを知っていたので、そうは思わなかったのだ。

 彼に借りていた端末を使用して連絡を取ればそれはすぐに判った。

 数回のコール音の後に通話は繋がる。

「侘助さん? 今ドコに――え? なんでそんな事――ケリを着けるって……?」

 彼は『自分がこれからさっさとケリを着けて来るから、ばあちゃんには心配するなと伝えてくれ』と言ってすぐに通話を切った。

 運転中であったのだから、それは正しい。

 正しいのだが……今回はそれが裏目になった。

 元々運転中の携帯やPCの操作は交通違反だ。

 しかも現在の道路では祭の準備で警官も多数いた。

 そんな中、それらを運転席で操作するのは捕まえてくれと言っているようなものだろう。しかも後で知った事だが渋滞に巻き込まれていたらしい。

 彼が持っているのはPCだ。

 いくら膝に乗せても窓から見えないが、それでも視線は下を向いてしまう。

 それでは何かをやっている事など簡単に判ってしまう。

 だから私は言われた事をそのまま伝えようと振り返ったのだが――見てしまった。

『…………』

『…………』

『…………』

 無言。

 誰も彼もが屍のように様々に座り込んでいたからだ。

 泣く人。

 沈み込む人。

 受け入れようとする人。

 そして――何かを決意した顔の少女。

 そんな中、縁側で呆然としている人がいた。

 夏希先輩である。

「……先輩」

 その隣に座る。

 別に何かしたい訳ではなかった。

 ただ、あの時は『そうするべき』だと思ったのだ。

「…………握って」

 どこをとは聞かない。

「こぼれちゃう」

 ただ優しく、脇に置かれてあるその右手の小指に触れる。

 すると、彼女の眼から大粒の涙が零れ落ちた。

「……先輩、聞いて下さい」

 嗚咽する彼女に言い聞かせるように、言う。

「栄おばあちゃん、優しかったですね」

「…………うん」

 指が絡む。

「格好良い人でしたね」

「…………うん」

 ぎゅっと少し力を込める。

「お誕生日、お祝いしたかったですね」

「…………うん…………っ!!」

 そして、彼女は泣いた。

 誰に憚る事無く大声で。

 泣きじゃくる彼女を抱き締める事が出来れば良かったのだが、生憎と純情だった当時の私には無理な話だった。

 だから私はただ黙って、覚悟を決めた。

 大切だと思っている人が泣いている。

 それで充分だ。

 ヘタレていても、情けなくても、体力が無くても、それでも私は男なのだ。

 侘助さんは既に動いている。

 だが、大学のスパコンを使用するにしてもまだ時間が掛かるだろう。

 その間、他にこういった事態が起きないと誰が言えるだろうか。

 そして、彼はその事を知らない。知らせる必要があった。

 だがそれをするのは自分ではない。

 夏希先輩を始めとした『家族』がするべきだ。












 そして、先輩を連れて居間へやって来た私は聞いた。

 万作さんが『敵討ち』を訴え、女性陣は現実的なアレコレを見据えて冷ややかに反応していたのだ。

 理一さんや太助さんは黙ったままで、翔太さんは呆然としたままだ。

 佳主美くんは……手元のPCを見ている。

 ゆっくりと息を吸い、宣言する。



「僕も賛成です。『ラブマシーン』を、叩きましょう」











(あとがき)

短いですが、やっと形に出来ました。




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