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[17930] 【習作】フロースガノレさん転生日記(世界樹の迷宮2×リリなの)
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/08/21 07:23
大陸の遥か北方に広がる高地、そこには巨大な樹を街の神木と崇めるハイ・ラガード公国があった



その公国の神木は世界樹と呼ばれ、その天高く伸びる樹は空飛ぶ城へと繋がっているという伝説がある



そんな伝説の樹の中に、あるとき謎の遺跡群と未知の動植物を内包した巨大な自然の迷宮が見つかったのだ!



公国を治める大公は、その迷宮を調べ空飛ぶ城の伝説の真偽を確かめるために大陸全土に触れを出す



……しかし、どんなに多くの冒険者が集まろうと、その迷宮を踏破し伝説を解明する者は現れなかった



迷宮に生息する動植物は、その殆どが凶暴な化物……モンスターだったのだ



多くの冒険者達は迷宮の中で命を落とし、そこを徘徊するモンスターの餌となる



生き残った者も大半が心を折られ迷宮から去っていき、今までに崩壊して行ったギルドは既に100を超えていた



一瞬の油断や一寸の慢心が即座に死へと繋がる……熟練の冒険者でもそれは変わらない



崩壊していったギルド、散って行った冒険者達の中には、豊富な経験を持つ屈強な冒険者も多数含まれていた












――――――ギルド【ベオウルフ】も、そんな熟練ギルドの一つだった







■ ■ ■






世界中の迷宮、第一層地上5階

5階毎に層の分けられる迷宮、その第一層の最終階【百獣の王の吼え声】と称されるその階は、この迷宮に挑む者たち最初の難関と言ってもいい


第二層……地上6階に進むためには、百獣の王キマイラとの戦いが避けられないからだ


一つの獅子の頭と二つの羊の頭、獅子の体に鋭い爪、背には鉤爪の生えた大きな翼……と、魔獣の半身を持つキマイラはその見た目通りの凶悪な戦闘力を有している
しかも周りには常に僕を従え、集団で襲い掛かって来る

何人もの冒険者が、第二層に進むためにキマイラに挑み……そして返り討ちに遭い喰われて行く

その被害は連日止む事が無く、ついには公国側が討伐ミッションの触れを出すまでに至った



【ベオウルフ】はその討伐ミッションに挑み―――そしてミッションに参加できなかったメンバーを残し壊滅してしまったのだ



残されたメンバー……聖騎士風の男とその相棒クロガネは復讐に燃え、一人と一匹だけでキマイラを倒す事を仲間たちへの手向けとしようと考える






……しかし当然の事ながら、熟練の冒険者を何人も葬って来たキマイラがそんな少人数で倒せる筈も無く―――















―――大きな風きり音を立て、キマイラの爪が振るわれる

「!」

それに対する聖騎士風の男は咄嗟に盾を構え、爪に叩きつけて勢いを殺す

……が

「―――ぐッ!?」


完全に勢いを殺しきれず、その衝撃は防御の上から聖騎士風の男を貫き、とんでもない勢いで彼を吹き飛ばす
何度も地面をバウンドしながら転がり飛び、その勢いのまま周りに散らばる大きな瓦礫に轟音と共に激突

「がふっ……がぁ……ッ!」

背中から地面に崩れ落ち、ダメージで大きく咳き込む
だが悠長にへたり込んでいる時間は無い、震える膝を叩き無理矢理立ちあがって右方へと転がる


――ヒュパァン!!


……先程まで倒れていた所に獣王の僕が音速で突っ込み、瓦礫ごと爆散

少しでも転がるのが遅れていたら、聖騎士風の男の命は無かっただろう



聖騎士風の男は転がった勢いのまま近くに有った瓦礫の一つの陰に転がりこむ
皮肉にもあの攻撃でキマイラとの距離は大きく開いており、少しなら体を休める事が出来る

瓦礫に寄りかかり、痛みに震える体を抑えつける

「……流石に、キツイな……」

彼の右腕は妙な方向に折れ曲がり、額から流れ出る血は片目に入りこんで視界を奪っていた
着込んでいる鎧の隙間からは、決して少なくない量の血が絶え間なく流れ出ており、立っているのもやっとの状態
加えてアイテムも全て使い切り、剣も大盾もさっきの攻撃でどこかへ投げ出してしまった


満身創痍……その言葉がぴったりと当てはまる姿だった


「は、ははは……これは、死んだかな?」

クロガネだけでも逃がしておいて正解だった……
力無く笑い、目を瞑る

キマイラ達の猛攻により、大きな怪我を負ってしまったクロガネ

しかしその戦意は衰えることなく、再びキマイラに向かって行こうとした
聖騎士風の男はそれを押し止め、戦闘区域から押し出し無理矢理に戦線離脱させたのだ

助けを呼んできてくれ……そう言い含めて

運が良ければ、他のギルドに拾われて生き延びられるだろう

「……クロガネには、悪い事をした」

たった二人でのキマイラ討伐……それが不可能に近い事は分かっていたが、やらなければいけない事だった

そもそも【ベオウルフ】がこんな事になったのは、他メンバー三人が先走った事が原因なのだが、彼はそう思ってはいない


「あの日、自分達がミッションに参加できていれば仲間は死なずに済んだかもしれない」……そう考えていた


「……そうだ、だから私達が――いや、私がキマイラを倒さねば……!」


瓦礫に手をつき、歯を食いしばって立ちあがった……血が足りないのか視界がちらちら明滅する
深呼吸をして息を整え戦闘態勢を作る、と―――


ズシン…ズシン……


―――瓦礫の後ろから、大きなものが地面を踏みしめる重厚な音が響く

その音は男が裏に隠れている瓦礫へと、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる
この小部屋のような地形の中で、こんな音を立てられるモンスターは一体しかいない

「来たか……」

聖騎士風の男は瞑っていた目を開き、鋭く細める




この戦いで、自分は間違いなく死ぬだろう

キマイラやその僕に喰われ奴らの血肉となり、他の冒険者達を襲うための糧となる

そして【ベオウルフ】は今度こそ完全に崩壊する

……だが、逃げる訳にはいかないのだ




「クロガネ……お前は生き抜いてくれよ?」

長年連れ添った相棒に一言だけ捧げ―――瓦礫の陰に隠れる事を止め、颯爽とキマイラの前に姿を現す

その体と長髪は血にまみれ斑に染め上げられていたが、聖騎士としての誇りは失われてはいなかった

キマイラはその巨体の左右に僕を従え、いきなり飛び出て来た男に僅かに警戒した様子を見せる








「私は【べオウルフ】を護る盾!!」









―――聖騎士の男は叫ぶ








「盾を失い、剣を失い! 仲間すらをも失おうと、その誇りは失うこと無く護り切る!!」









―――満身創痍の体、装備は何一つ無く、絶望的な状況でありながらもその眼光は光を保ち、敵を射抜く











「聞け! 百獣の王よ!! 我が名は――――――――――――!」












男は拳を握りしめ、キマイラへと突貫する

キマイラは獅子の前足を地面に踏みしめ、その口を大きく開く
すると口内に赤い光が集い始め、周囲の大気が熱によって歪み始める

―――劫火だ

男は走る速度を上げ、音速で飛んでくる僕を紙一重で避けながら接近する
キマイラの口内からは赤い炎が漏れだし、何時劫火が吐き出されてもおかしくは無い



しかし男はそれを恐れることなくさらに接近し、握りしめた拳を弓の様に引き絞り―――































「――――――――――――フr-sガリュッ」

























噛んだ












■ ■ ■











「ほぎゃぁぁぁ! ほぎゃぁぁぁぁ……あ……ぁ?(ま、待ってくれ! あれでは余りにも締まら……な…い?)」


清潔感のある白を基調とした部屋、そこで聖騎士の男は意識を取り戻した


意識?


疑問が頭をよぎるが―――深く考える前に、あまりの息苦しさに意識が拡散してしまう


「……っぎゃぁぁぁぁ! おぎゃぁぁぁぁ!!(……苦しい! 息ができない……!!)」


上手く呼吸を行う事が出来ず、まるで赤子の様に泣き叫ぶ事で辛うじて酸素を吸い込む
周りで何人かの人間が会話をしている様な気配がするが、何故か閉じた目を開ける事が出来ず、なによりそんな事を気に出来るほどの余裕が無かった


何分か何十分か、しばらくそのまま泣き叫んでいると徐々に呼吸が落ち着いていき……それと同時に先程頭を掠めた疑問が再びよぎる


……意識がある?


おかしい、自分はあの時の間抜けな名乗りを辞世の句として劫火に焼かれて死んだはず


(なのに何故、意識があるんだ……?)


とはいえ自由が利くのは意識だけで、体は自由に動かせない
目が開かないので周りの状況を確認する事も出来ず、音はくぐもって聞こえるため声の判別すらできない


(……何がどうなっている?)


もしや自分はキマイラに殺された訳ではなく、重傷を負いつつも帰還できたのだろうか

この体の不便はその後遺症で、絶対安静の状態?

だとすれば自分は助けられたという事か?

いや、それよりもクロガネは無事なのか?


幾つもの仮説が頭の中で渦を巻きパニック状態になりかけるが、答えは出ず

(……まずは、周囲の状況を確認せねば)

一旦そう結論を出し、とりあえず目を開こうと重い瞼と格闘する事しばし、もう少しで目を開けられる……という段階まで来た所、

(!? な、何だ?)

強烈な浮遊感

抱き上げられるような感覚を感じ、その衝撃であっさりと目が開く


すると目の前に無精ひげを湛え眼鏡を掛けた中年男性の姿が映る


……どうやら、自分はこの男性に抱きあげられているようだ


(貴方は一体何者だ? 私の体はどうなっている?)

疑問を問いかけようとするが、勿論声を出す事も出来ない
それを歯がゆく思いながら見ていると、男性の表情がじわじわと笑顔に変化していく


その表情は恵比寿の如く、幸福に溢れた笑顔だった


(―――ッ!! 何がおかしい!?)


今の自分がそんなに滑稽か!?

聖騎士の男は激高し、激しく怒鳴り散らす……勿論声は出せなかったが
目の前の男はその緩んだ口を開き―――





「⊃●_Α§Π@▼~」





……………………………………………何処の言語かも分からない、意味の分からない言葉を放った



その言葉は今まで聞いた事も無い種類のもので、思わず呆気にとられ男性の顔を凝視して



気付く



男性が掛けている眼鏡、そこには抱えられている自分の顔が反射され映っているはず……むしろそうで無くてはならない


だというのに


今映っているのは自分の大怪我を負っている(はずの)顔ではなく、さりとて傷一つない自分の顔でも無く





(赤子の顔が、映っている……!?)





―――今までに感じた疑問が全て解ける

しかし導かれた答えは余りに馬鹿げた物、それこそ「マスターは混乱しています!!」と怒鳴られてしまうほどに




(……………………私は今、赤子になっている?)




いやいやそんなバカな藩士が……いや話がある訳ないだろう



周りを見回す

ガラス戸に赤子を抱いた男性が映っていた



……いやいやいやいや見間違いに違いな



男性が聖騎士の男の右腕を握り、目の前でふりふりしている

明らかに幼児の腕だった








…………………………………………………………………………ああ、夢か








(………………クロガネ、早くこの悪夢から起こしてくれ…………)

「●Σ/⊃>仝℡? Ω~Ф、☆~Ν……」



―――聖騎士の……元・聖騎士の男は、かっくりと意識を手放す事にした









■ ■ ■









世界樹Ⅲをやってたら衝動的に書きたくなった、反省はするが後悔はしない

ミッションに参加しなかった云々はアンソロから

何故噛んだのか? それは彼がフロースガノレさんだから! 彼の名をどんな形であれ表するのはもはや禁忌である



*ご指摘に基づき題名変更を実施…………止めて! 石は投げないで!



[17930] 1F 名称不明の冒険者が現実逃避する場所
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/08/21 07:24
某月 某日


この世界に転生した、という夢を見続けて今日で六年目

ようやく【日本語】を完全にマスターしたので、今日から日記を書いてみる事にした
体は幼児であるが大人の頭脳を持つ私だ、もっと早くマスター出来ると思ったのだが【現実の世界】の常識が邪魔をして、結構な時間をかけてしまった


全く、妙な所で現実味のあるせか……もとい、夢である

クロガネも早く起こしてくれないだろうか、六年間も夢を見続けるなんて寝坊どころの騒ぎでは無いぞ?
まぁ、夢なのだから大抵の事は起こりうるか。うむ、夢だものな
そう、夢なのだ、夢に違いないのだ

夢夢夢夢はっはっは……



…………分かっている、無理のある理屈という事は分かっている

私とて馬鹿では無い、六年この夢の中で生きてきたのだ……薄々は気付いている


だがそう簡単には受け入れられ無い、受け入れられる筈が無い

だってそうだろう?

簡単に認めてたまるものか












―――「異世界だか未来だかに、前世の記憶を持ったまま転生しました」等と言うふざけた現など









*******







海鳴市

それが私とその家族が住む家がある町の名だ
そこは海に隣接した町で海辺は勿論、山もあれば丘も有り……果ては温泉まで備えた、まさに全色ガードをマスターしたパラディンのような町である

私の(この世界、否! 夢での!)父はこの町で一般衛士……もとい、サラリーマンと呼ばれる平凡な会社員として働いている
母は専業主婦で、兄弟は居ないしペットも居ない


「つまり、今の私は完全なる一人っ子である」

「……どうしたの? いきなりそんな事……」

「あ、いや何でもないよ、母さん」

どうやら日記の内容が口から漏れていた様だ
すると、その言葉を聞いていたらしい父が嬉しそうな声を上げる

「分かった! 暗に妹か弟が欲しいという催促を」

「違うから自重しようよ父さん自重しようよ」


すごいな自重なんて難しい言葉良く知ってたなぁ流石母さんの息子だいえあなたの息子だからようふふ


……中が良いのは結構な事だが、所構わずいちゃつくのは止めて欲しい


私は人目のある所では【子供】を演じている

まだ10にも満たない幼児が、「私」などという一人称を使い大人の振る舞いをするのは流石に無理があるだろうと感じたのだ
最初は自分の素性を素直に話してしまおうかとも考えていたが……六年間、彼らの息子として過ごす内にその考えはきれいさっぱり消滅した


彼らが私を【息子】として愛してくれる内に、私もまた彼らを【両親】として愛していたのだ


「…………いや、だから夢だって……この状況は夢だってば……!」


まぁそんな訳で、私はこの夢が覚めるまで彼らの息子でいようと決めた


そんな他人に知られたら少し恥ずかしい事を考えていると、両親のいちゃつき声が……何と言うか、ピンク色の空気を纏わせている事に気が付いた

……自重して欲しい、本当に

両親の教育上不適切な場面を目撃するのは流石に気が引けるので、そちらに目を向ける事無く2階の自室に向かう事にする

「……じゃあ、部屋に戻ってるから」

「ねぇ、フロントガードちゃんは弟と妹どっちが」

「戻ってるから」

最後まで聞かずに階段を上がる





……これは誠に不思議なことなのだが、会う人会う人その全員が私の名を前世の……しかも間違った呼び名で呼ぶ

両親でさえ自分達が付けた名前で呼ぶ事が無いのだから全く持って意味不明






その日一日、私は世の理不尽への考察を続けながら部屋に籠っていた









■ ■ ■









次の日の昼、私は近所にある公園に来ていた


まだ学校に通っていない私は、毎日公園での自主トレーニングを日課としている
流石に6歳の体では出来る事は限られているものの、長い冒険者生活の中で習慣となっていたので、やらないと逆に調子が悪くなるのだ

薄い木の板を使って工作した自作の盾を構え、パリングやバックガードといったパラディン時代に使っていたスキルを新しい体に覚えさせていく

前の体の時の様には上手くいかないが、それでも迷宮一階の雑魚相手には十分通用するだろう

……まぁ、この夢には迷宮もモンスターも存在しないが

下らない事を考えた、と私は盾を振るスピードを速めていった


ちなみに、フロントガードは意地でも覚えたくない








一通りの練習をこなした後ベンチに座り、一息


「……やはり、一人では効率が悪いな」

それはそうだ、パラディンのスキルは一部を除き「相手の攻撃を防ぐ」ために有るのだ
攻撃役をやってくれる者が他に居なければ、その練習効率は著しく下がってしまう

さすがに両親に「六歳児の子供に攻撃を加えて下さい」などと頼む事は出来ない

前はクロガネが攻撃役をやっていたが……まぁ、クロガネがいない今、それは仕方のない事と割り切るしかないだろう
……友達? はて、何のことだろうか


「……考えてみると、前の体の時も人間の友は少なかったな……」


私の友人、その殆どが人以外の動物だった気がする

人の友人で覚えているのは、クロガネを抜いたギルドメンバーの三人きりだった
それ以外の人物の顔は全く思い浮かばない、浮かんで来るのは迷宮内で仲良くなったリスやモグラばかりである


……何故だろう、私は割と社交的な人間だった筈なのに


「…………クロガネ」

ぽつり、と
相棒であり親友でもあった忠狼の名を呟く

クロガネは私の子供の頃からの付き合いで何時も私と行動を共にし、楽しい事も辛い事も共に経験してきた

もはや私にとっての半身と言っても良かったかもしれない

……結局、私が最期に会ったのもクロガネだった


あの後クロガネは生き延びる事ができたのだろうか?


今となってはどう頑張っても知ることは出来ないが、それが無性に気になった


「…………今日はこれくらいにしておこう」

そっと溜息を吐き、首を左右に振る

全ては終わってしまった事、今更の話だ


ベンチから腰を上げ、大きく伸びをする
背中からパキパキと良い音が鳴り、何となく満足感に包まれる

そのまま上半身を左右にひねり、体操を続けていると

「………………うん?」

体をひねった拍子に、ベンチの陰に目が向いた
そこに何か気配を感じ目を凝らしてよく観察してみると、黒くて丸いビー玉の様な何かが落ちている事に気づく

「何だ、これは……?」

最初は動物のフンかとも思ったが、妙な光沢を放つそれはフンとはまた別種のものだ

気になって手に取ってみると、まるで宝石の様な質感をしており―――その真っ黒な輝きは記憶の中の何かを疼かせる


私はこの球体に懐かしさを感じている……?


しばらくそれを見つめていると、突然その黒い玉がチカチカと明滅し、


<<It is after a long absence, and it is a venturer>>

「うわっ!?」


いきなり聞いた事も無い言語で声を発したため、驚きのあまり黒い玉をとり落としてしまった


<<Treat it a little more carefully>>


黒い玉はその事に抗議するかのように声を発する


「……お前は何者だ?」


盾を構え、黒い玉に向かい警戒態勢をとる

……傍から見るとなかなかシュールな光景だが、気にしている場合でも無い


<<Have you forgotten me?>>

「何を言っているのか分からない! 私にも分かる言葉で喋ってくれ!」


チカチカ


<<我を忘れてしまわれたのですか?>>


黒い玉の発する言語が、私にも分かる言葉に変換される


だが、これは……



「……貴様、その言葉は……!」

<<はい、ハイ・ラガード公国の言葉です>>

「……もう一度問う、貴様は一体何者だ!?」



この夢の中にハイ・ラガード公国は存在しない

それは公国の言葉を話せる者も存在しえないという事だ

だというのに、この黒い玉はいとも簡単にその存在しない言語を操っている


……?




・私と旧知であるような素振り

・ハイ・ラガードの言語を知っている

・主人に接するような敬語

・そしてその黒い色




―――私の中に、一つの仮説が生まれる



もしかすると、この黒い玉は……!


「もしやとは思うが、まさかお前は……」

<<思い出していただけましたか?>>


心なしか黒い玉の声が嬉しそうに弾む




その反応で、確信する




「……やはり、そうか……」


再び出会えた嬉しさで、涙が落ちそうになる

もう二度と会う事は出来ない……そう思っていた

何故こんな姿になってしまったのかは分からないが、その程度では私達の関係になんら問題は無い


「随分と姿が変わっていて、お前がクロガネだと分からなかっ」








<<はい、お久しぶりのキマイラです>>









―――地面に叩きつけ、シールドスマイトで粉々にぶち割った



[17930] 2F 相棒の獣と出会った学びの園
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/04/06 13:19
某月 某日



キマイラが帰って来た


…………意味が分からない、アイツは私が二週間前に粉々にした筈なのに何故家の庭に転がっているのだ

とりあえず地面が陥没するほどの力を込めてキマイラを踏み付けつつ聞き出した話を要約すると


<<いやはや、ボス行脚は地獄でした>>


意味が分からなかったのでそのまま踏み抜いた

その威力は地面が陥没して周囲に放射状の地割れが起こるほどだったのだが、キマイラは体の色が真っ白になるほどのヒビが入るだけに終わった
ちっ、割れなさいよそこまで行ったんなら

<<ごふっ……ふ、ふふ、無駄ですよ、何度破壊されましょうが我は死にません、ええ死にませんとも>>

無性に苛立ったので焼いたり埋めたり沈めたりして遊んでいたら、頼んでもいないのにキマイラが自らの置かれた状況を私に伝えてきた


曰く、前の世界で私を焼き殺した後、とあるギルドに敗北。二週間ごとに殺され続ける日々を送っていた

曰く、ある日殺されたまま復活出来なくなり、ようやく死を迎えられたと喜んでいたらこんな事になっていた

曰く、私より何十年も先にこの世界(夢!)に転生してきたが、何故かこんな体だったので転がるくらいしかできず、暇を持て余していた

曰く、偶々転がって来た公園でパラディンの技を使う私を見つけ、「あの人間は我と同じ世界の者だ」と直感

曰く、いい加減一人で居るのも寂しかったので、同郷なら我の事知ってるよね! とカマをかけて話しかけてみた


最後のに苛立ったので叩いたり刻んだり砕いたりして遊んでいる途中、ふと気になった事を尋ねてみる


「何か謙った口調だが、元からその様な性格だったのか?」

<<……………………毒で殺され続ければ、そりゃあ性格も変わりましょうよ>>


ぷるぷる震えながらそんな事をのたまうキマイラ


私達は一回殺されてそれで終わりだったが、キマイラは何十回・何百回とhage続けてきたらしい
今や私達を殺した時の様な覇気は微塵も感じられない


(……罰を受けた、という事だろうか……?)


―――驚く事に、キマイラに同情の念が湧いてきた

少し前までの私ならば、その様な事は天地がひっくりかえろうとも思う事は無かっただろう
当たり前だ、大切な仲間を殺されてしまったのだから

……しかし、それは前の世界での事だ

この世界……この夢の中では、キマイラは未だ誰ひとりとして殺してはいないのだ
無論まったく思う所が無いという訳ではないが、少し前に「殺された仲間も転生しているのかも」という仮説を得てから、私の復讐心は日に日に減少傾向に辿っている

キマイラに対する憎悪はかなり薄れていた

それに、今の状態もあまり恵まれている物では無いようだ。何十年も一匹で生き続ける、それが相当に辛いという事は容易に想像できる


…………まぁ、寂しいのならこの家に置いてやる事も吝かではない


それをキマイラに伝えたら、ピンピン飛び跳ねて大喜び



何となく苛立ったので、シールドスマイトで叩き潰しておいた







*********








さて、ついに私が学校に通い始める日がやって来た訳だが


私立聖祥大附属小学校……それが今日から私が勉学を学ぶこととなる学校である
何でもとんでもない金持ち学校で、壊滅的な成績をとらない限り大学までほぼエスカレーターで行けるらしい

流石は私立と言ったところか、入学前に試験があったのだが当然通過させてもらった

……少し、というかかなり苦戦したのだが、大人のプライドにかけてそんな事はとてもじゃないが言えない


<<おこちゃまでしょうに>>

「黙ろうか」


ネックレスにして首から下げたキマイラを指で押しつぶしてやる
メシメシと嫌な音を立てて玉が軋み始め、周囲にキマイラの悲鳴が響き渡る

その音量の大きさに、周りに座っている新入生が何事かとこちらを振り返って来たので慌てて手を離し、悲鳴を止めさせる
私も素知らぬふりをしてキョロキョロと辺りを見回すジェスチャーをとっていると、徐々に視線が私から外れて行った


「……いらぬ注目を集めてしまった、少しは気を付けてくれないか」

<<……ベンチャー、貴方は今御自分が理不尽な事を言っている事にお気づきですか……?>>


この黒玉は時々意味不明な事を言ってくるから困る

と、キマイラと小声で会話していると―――背後から視線を感じた

「……?」

後ろを振り返ると、両親がカメラを構えて大きく手を振っていた……鼻から血を噴き出しながら








***************









式が終わって、私の所属する組の顔合わせ

教壇には担任の教師が立ちこれからにおける学校生活の注意をしているが、ほどほどに聞き流しつつクラスメイトを確認する
私の座る席は窓側の列の後方に位置しているので、後姿ではあるが殆どの児童を視認できる

しばらく観察を続けていると、ある事に気が付く

活発そうな男子児童、おそらく地毛であろう金髪の女子児童、栗色の毛をツインテールに纏めた女子児童……皆が皆、幼児ながら驚くほどの美形なのだ

……入学試験には容姿も選抜基準に入っていたのではなかろうか?


<<それは有り得ますまい、だってベンチャーが入学できたのですからぁぁぁぁぁぁぁ……ぁ……ぁぁ―――>>

「フローズンヨーグルト君、窓から何か落としましたよ?」

「いえ、気のせいでしょう」


どうでもいいがキマイラは何故か私の事を【ベンチャー】と呼ぶ、本当にどうでもいいが

先生は私の返答に「そうですか?」と首をかしげつつも話を軌道に戻す


…………色こそ黒に変わっているが、前の体と同じそこそこに長い髪と切れ長の瞳
顔立ちだってそんなには悪くないはず

(自惚れで無ければ、私もそこそこ美形の筈…………だと思うが……)

客観的見るとどうなのだろうか、ナルシストでは無いと信じたいが……うーむ


と、自分の容姿について悩んでいると―――またもや背後から視線を感じた


「入学式の時と合わせて二回目か……」

まさか両親がどこからかストーキングしている訳ではあるまいな

……冗談と一蹴できない所が恐ろしい、愛してくれているのは痛いほどに理解できてますから本当に自重して下さい

先生が黒板に体を向け、こちらに背を向けた隙を見計らい背後へと振り返る
どうか両親ではありませんように……! 本気で祈りながら感じた視線の先に目を向けると―――


「…………………………………(じー)」


―――真後ろの席の女子児童とばっちり目が合った


その子は、真っ黒な髪を少し乱れたおかっぱ頭に切りそろえた、涼しげな顔立ちをした美少女……いや美幼女だった

髪の色と同じ黒色の瞳には不思議な深みがあり、されども無表情ではなくはっきりとした意思は伝わってくる

服装も黒を基調としており、髪と合わさって肌の白さが余計に目立つ

そして何より目を引くのは、左目の下にある黒いイナヅマ型のマーキング…………





………………………………………………………………………………………………………………………………えぇー





「………………」

「………………(じーっ)」

「……………………………」

「……………………(じじーっ)」

「………………………………………所属ギルドは?」

「べおうるふ」


―――とりあえず彼女から目を逸らし、前を向く


視線は変わらず私の背中に突き刺さってくるが、今はとりあえず知らんぷり


「………………………………(じじじーっ」






















「―――ふぅ」


頬に手を突き、窓の外を見上げる

青空は何処までも澄んでいて、見ているだけで心が洗われるようだ

その蒼の中を真っ白な鳥が飛んでいく…………よく見ると、そのクチバシには黒い宝石の様なものが咥えられていた

私はその鳥をにこやかな気持ちで見つめながら、言う












「クロガネが女の子になったのも貴様のせいだ、そのまま喰われてしまえ」


そんな殺生なーーー……!


そんな悲鳴が空に響き渡った気がするが、気のせいに違いなかった







■ ■ ■


クロガネは女の子だと思うんだ



[17930] 3F 混乱と隣り合わせに眠る昼
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/04/09 10:04
某月 某日




やはりと言うべきか、あの女の子はクロガネだった


その無口な性格、左目の下にあしらった黒いイナヅママーク、狼を印象付ける雰囲気、「所属ギルドは?」「べおうるふ」……その他諸々

あそこまでの共通項を持っているのだ、実は何の関係も無い別人でした等という方が逆に違和感がある



最終的にその答えを確信したのは、最初に彼女を「クロガネ」と呼んだ時の事

彼女はその声を聞いた瞬間、無表情の仮面を外し――――――花の様に美しい笑顔を私に見せてくれたのだ

その表情はクロガネとは全く違うものだったのだが、私には分かった

どれほど姿が変わろうと、それは確かに長年見慣れたクロガネの笑顔だったのである



私と別れた後どうなったのか? 私の事が分かっていたのか? 今までどの様に過ごしていたのか?……その笑顔を見た事で、疑問の全ては些末と化した


再びクロガネと出会う事が出来た……その事実だけで十分だという事に気が付いたからだ





<<6・7歳の幼女に出会えただけで十分だなんて…………ロリコンを通り越してペドフィりりりりりrががががががが>>


黙れビー玉イラ、元はと言えば貴様が原因だろうが
とりあえず黒いビー玉と電動鉛筆削り機を合体させてみる


<<だだだって幼女の笑顔で悟るなんてもはやややががががgっがああっががががあがっががgg死し死s止め押しコマッ>>



―――何かが砕け散る音、そして静寂





……話が逸れた


確かにクロガネが人間になっていた事にはとても驚いたが、考えてみるとこれは幸運な事だとも言える

私は例えどんな姿形であろうとも、クロガネはクロガネであり自らの半身の様な存在だと思っている

しかし前世では【人間】と【狼】という種族の違いがあったため、いくら半身と呼べる程に心を通わせようとも【主従】という関係は完全には無くならなかった



だが、ここでは私もクロガネも同じ【人間】なのだ



この世界(夢……)でなら、今度こそ私とクロガネは【対等の相棒同士】になれるかもしれない



その可能性に至った時、誠に不謹慎な事ながらキマイラに感謝しそうになってしまった

もちろんそんな感情を抱く前に自ら頭を壁に叩きつけ脳への電気信号を意識ごとシャットアウトしたが……暫く自己嫌悪に悩まされた



……こうなったらクロガネに慰めてもらう他あるまい



早く明日にならないだろうか、クロガネに会いたくて会いたくてたまらない

流石に前の様に四六時中一緒という訳にもいかないので、会えるのは学校に登校したときのみなのである


嗚呼……元よりここの学問には興味があったのだが、ますます学校に通うのが楽しみになってきた

前世での学生時代は友人もおらず、聖騎士の訓練に明け暮れていたからなぁ……今回はクロガネも一緒だし、今度こそ学校生活を純粋に楽しみたいものだ




とりあえず、友達百人作る事を目標としてみようか







***************







そんな楽しみにしていた学校、その昼休み






――――――居眠りから覚めたら隣の席が修羅場になっていた





何を言っているのか分からないだろうが、私にも何が何だかさっぱりだ
寝ぼけた頭、上手く回らない思考を苦労しながら動かし、現状確認



1・普通に登校、学問を興味深々に学び午前中が終了

2・クロガネと共に昼食を摂る私

3・満腹感と共に襲い来る睡魔、流石のパラディンもこれには敵わず机に伏して少しの間睡眠を取っていた

4・隣からの怒声で目が覚めたら隣の席で大喧嘩が勃発していました



―――3と4の間に何があったのだろう……



机に伏し寝たふりをしたまま、世の理不尽に憤る


今回の事と言い私の名前の事と言い……いい加減にしろよキマイラ……!!
日記に「楽しみ」と書いた次の日にこの仕打ち、やはり【全ての理不尽はキマイラに通ず】という格言の示す通り、全く持って悪質なビー玉だ!

……む? 責任転嫁だと? わたしはまだこどもだからそんなむずかしいことわからないんだ


むーんむーんと呪電波をビー玉に発信しつつ、こっそりと隣の様子を観察


喧嘩をしているのは、金髪の女子児童と栗毛でツインテールの女子児童の二人。キャットファイトなんて生易しいものではなく、本気も本気の殴り合いを展開中
本来の机の所有者である紫がかった髪の女子児童は顔を俯け、居心地が悪そうに縮こまっており表情を読む事が出来ない
他のクラスメイトも呆然とした様子で、喧嘩を遠巻きに眺めているのみ

…………やはり、どういう状況なのかさっぱり分からない

(これは…………止めた方が良いのか?)

普通に考えればそうだろうが……止められるタイミングを逸してしまった感がある
流石に幼児と言えども、今まで呑気に眠っていた部外者に諫められるほど単純でも無いだろう


仮に、二人を仲裁する場面を想像してみる




『二人とも止めたまえ! 何が原因かは分からないが、暴力は良くないぞ!!』

『はぁ? いきなり起きだしてきて何言ってんの? 部外者はすっ込んでなさいよ!』

『そうなの! 寝たふりなんかしてた人に説教なんてされたくないの!!』

<<暴力はいけない……? どの口がそんな事を言うのでしょうね>>




駄目だ、私ではどうにもならん


だがこのまま放っておく訳にもいかないか
寝たふりを続けながら、私は必死に解決策を考える



――――――クロガネ



(そうだ、私にはクロガネが居たではないか!)


同じ女の子であるクロガネの言葉ならば、寝たふり男の言葉よりも深く彼女達の心に届くはずだ!

……クロガネが喋るかどうかはさておき


私は机に伏した体勢のまま、教室を見渡しクロガネの姿を探す
体勢的にも眼球的にもかなり辛く背筋がぴくぴく痙攣したが、隣はヒートアップしているので気付かれる事は無いだろう

そのまま眼球を動かす事しばし、


―――見つけた!


教室の隅に座り込んでいるクロガネを発見
彼女はこちらの騒ぎ等目にも留めず、一心不乱に何事か作業をしている
夢中になっているクロガネには悪いが、助けを求める念を送らせてもらおう

私とクロガネは半身同士、テレパシーなど造作もない


(クロガネ……! 彼女たちを止めてやってくれ……!)


切実な願いを込め語りかけようと意識を集中……









「…………………………………♪(ぴんっ ぴんっ)」

<<あっ、やめて! シャーペンの芯を折り飛ばすの止めっ! はうっ!? 何この微妙な痛みっ! あっ! 癖にな―――>>








―――それはもう嬉しそうにキマイラを苛めていたので、テレパスを中止

キマイラへの制裁はどんな事よりも優先されるのである



唯一の希望は断たれ、頼れる者は自身のみ


ちらりと隣に目を向ける

二人の女の子は相変わらず殴り合いを展開しており、紫の髪の子は顔を俯けたままだ
クラスメイトは初めて近くで見るであろう本格的な殴り合いに困惑したまま、教師を呼びに行く素振りすら見せない


……彼女達の喧嘩を止められるのは、私しか居ないという事か



―――ならば、何が何でもやるしかないな



覚悟は決まった

そうだ、たかが幼女達二人の争いごとすら収められずして何が聖騎士か!

私とて樹海では数多の血気盛んな新米冒険者を導いてきた経験と実績がある
時にはいきなり切りかかられ、術式を撃ち込まれた事もあった。それに比べればこの程度の逆境など……!

出来る出来ないでは無く、【やる】のだ

決死の覚悟と背水の守護を用い、彼女達の喧嘩を諫めて見せようではないか!






***************







バァン!!



人目を引くように大きな音と共に手を机に叩きつけ、立ちあがる

喧嘩をしていた二人も、紫の髪の子も、クラスメイトでさえも、突然の音に驚き私に視線を向けてくる


「……もう、喧嘩は止めてくれないか?」


私は金髪の子と栗毛の子に、静かに視線を合わせた


その整った顔は引っかき傷や痣に塗れており、喧嘩の激しさを窺わせる


「な……何よ、アンタには関係ないでしょ?」


いきなり介入してきた第三者

金髪は怒りに満ちる濡れた瞳を向け、そう吐き捨てた
栗毛の子も同意見の様で、怯えた目をしながらも金髪と一緒に私を睨みつけてくる


彼女達の目は、爆発寸前の風船を想起させた


……どうやら、説得には少しのミスも許されない状況の様だ
今は私という横槍が入ったことでギリギリの状態に戻ったが、もし少しでも見当違いな事を言えばその瞬間私を無視して殴り合いを再開してしまうだろう



――――――私はその視線を真正面から受け止め、彼女たちを説得するための言葉を紡ぐ

























「新しい冒険者が公国に訪れたという噂は聞いている、私はフロ<<ベンチャーデンジャー、自主規制>>、ギルド【ベオウルフ】のものだ

 世界樹の迷宮に来たばかりの者は知らないだろうと思ってね、一つ大切な事を教えてあげよう
 
 あの光の柱、ハイ・ラガード公国ではあれを磁軸の柱と呼んでいる

 不思議なものでね、あの光は冒険者をその場まで飛ばすという便利な機能を持っているのだよ

 樹海探索をする全ての冒険者が利用している非常に役立つものだ、君たちも利用するがいい

 何も難しいことはない、あの光に一度触れておけば、街に戻った後一瞬でこの場までこれるんだ

 …誰がつくったか? そんなことは聞かれてもわからないさ

 そうそう、君たちがさらに奥まで樹海を進めば、樹海磁軸というものにも出会うだろう

 それはさらに不思議なもので、街と樹海を自由に行き来できるという効果がある

 とりあえず樹海を旅するなら知っておいて損はない情報だ、覚えておきたま――――――」


















間違えた













「ホントに全然まったく何の関係も無いじゃないのよーーーー!!」

「がふぉッ!?」


金髪から飛び蹴りが飛んでくる


「げほっ……ち、違うんだ! 私はただ一通磁軸の大切さを知って欲しかっただけなんだ!!」

「アンタ本当に何言ってんの!?」


倒れ込んだ私に向かってスタンピングを浴びせかけて追撃

栗毛の子は呆気にとられた表情でこの事態を眺めている、他のクラスメイトも同様である
先程まで辺りを包んでいた緊迫感など、見る影もなく霧散してしまった


「…………結果的に喧嘩出来る雰囲気では無くなったし、これはこれで」

「だからアンタは一体何を――――――げふぅっ!?」


「……………………(ぐるるる……!)」


私が暴力を振るわれているのを見て激怒したらしいクロガネが、金髪を蹴り飛ばす
金髪は多数の机をなぎ倒し、物凄い勢いで教室の端に転がって行った

……おや、何か既視感が


「ああっ!? ……さ、さすがにやり過ぎだと思うのっ!」


すると、それを見ていた栗毛の子がクロガネに詰め寄って行き――――――









そこから先はもう地獄だった








栗毛と金髪に私とクロガネを加えての大乱戦

復活した金髪が私を引っかき、私が机を大盾と言い張りスマイトし、クロガネが栗毛を丸かじり、栗毛がOHANASHIという謎の武術で暴れ回る

しばらくタッグマッチを演じていると、何故か紫の髪の子も乱入してきて状況はバトルロワイヤルに変化





殴り、殴られ、蹴り、蹴られ、叩き、叩かれ、潰し、潰され、沈め、沈められ……







――――――最終的に金髪と栗毛とクロガネは沈み、私と紫はクロスカウンターで同時にノックアウト、勝負は引き分けに終わった







床に頬を擦りつけ、体中を蝕む痛みに苦しんでいると、目の前に黒い玉がころころ……


<<……結局、ベンチャーは何がしたかったんですか?>>








……………………あれ?


■ ■ ■



何だか感想は好意的なものが多かった! フロワロさんてば意外と人気者

この頃の魔王様はサイドテールだったっけ? まぁ細かい事はいいよね!

ナマズのレアは分身殺法で挑戦した、それだと駄目だと分かって絶望したけど



[17930] 4F 事後に負う責に怯え訪れた屋敷
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/08/21 07:25
某月 某日




ふと、昔の事を思いだす


まだこの世界(夢……ああもういいや)に転生して間もない頃、私は両親にかなりの迷惑をかけていた


両親にとっては全く意味の分からない言葉……ハイ・ラガード言語しか理解できず、日本語を覚えるまで意思の疎通において大変な苦労をさせてしまった事

しかも精神が大人の物であったために、前世の中で培われてきた記憶が邪魔をし、日本語どころか生活習慣を理解するのにも多大なる時間を費やしてしまった事

家の中にある電化製品にとても驚き、色々と弄っておかしくしてしまったり、時には攻撃を加えて壊してしまった事……


そう、あの頃の私は自分の知っている【常識】と、この世界の【常識】との違いを上手くすり合わせる事が出来ず、突拍子もない行動を繰り返していたのだ

…………今思い出すと顔から核熱を放出しそうだ、これが黒歴史という奴か!



まぁそれはさて置いとくとして



私は正座をした状態のまま、目の前に転がるキマイラに告げた



「それらを踏まえてみると、あの大乱闘を起こしてしまったのも仕方がなかったと思わないかい?」

<<思う訳無いでしょうが馬鹿ですか貴方は>>



ばっさり一言で切り捨てられてしまった

…………まぁ、苦しい言い訳って事くらい分かってはいたけれども

キマイラは続ける



<<まず仲裁に磁軸の話を持ち出す時点で色々と駄目でしょう。傍から見ればればおちょくってるようにしか聞こえません>>


<<確かに最初はクロガネさんが切っ掛けだったかもしれませんが、一緒になって女の子4人に混じってリアルスマッシュ兄弟やるなんて何を考えているのかと>>


<<あと幼女相手にシールドスマイトはやりすぎです。ギャグ時空結界が発生していたから良かったものの、普通でしたら首まで床にめり込んで大した怪我も無かったなんてありない話です>>


<<それとついでに言いますが、理不尽な事を何でもかんでも我の所為にするのは止めていただきたく―――……>>





くどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくど……





毎日毎日破壊されている鬱憤を晴らすかのように、キマイラの説教が続く


……ギャグ時空結界とは何だろうか


疑問には思ったが口は挟まない
正直『お前が言うな』と粉々に叩き割りたいところだが……この件に関しては100%私が悪いので、おとなしく話を聞く以外選択肢は無いのである

……中々効果的な仕返しではないか……!




<<……―――そもそも、喧嘩を止めるための行動が何故あんな事になったのかと小一時間問い詰めたい!>>




それを最後にキマイラは口を閉ざす


うむ、それは私も疑問に思っていた事ではある
何故あの時の私はあのような行動に出てしまったのか……いくら振り返って考えてみても、自分で自分が理解できな…………






「…………?」




違和感


振り返ってみて気付いたが、何故私は今何事も無く日記を書く事が出来ているのだろうか




あれ程の大乱闘を起こして、教室を滅茶苦茶にしてしまったのだ
説教だけで済む騒ぎでは無いのでは



<<ギャグ時空結界内の出来事にに突っ込むなんて無粋なことしますね>>



それと金髪や栗毛の子達のご両親は、喧嘩の傷を見て何も思わなかったのだろうか?
彼女達は激闘のおかげで傷だらけになっていたはず…………いや待て、さっきキマイラは何と言った?

私のスマイトを喰らって【大した怪我も無かった】……?



<<だからギャグ時空結界のおかげですってば>>



……他にも疑問はある、どうしてあの時私の



<<ビバ ☆ ギャグ時空結界!!!>>






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ありがとう、ギャグ時空結界!!






もういいや


キマイラが何かやったという事でいいや
意味不明な出来事は、全部キマイラの所為にしとくと精神衛生上安定する




<<張ってみて! 結界魔法のバリエーション!>>




何かキマイラが変な事を言っていたが、気にしない







……あの3人には、明日クロガネと一緒に謝る事にしよう



とりあえずそう結論を出して、私は思考を止めた











***************










結果から言うと、余りにもあっさりと許してもらえた




クロガネと共に土下座(クロガネはお辞儀)して誠心誠意心を込めて謝ったら


「最初に喧嘩を始めたのはこっちだし」

「そもそも私がアリサちゃんを叩いちゃったのが原因だから……その、こっちこそごめんなさい」

「何でか分からないけど、怪我もしてなかったし気にしなくても大丈夫だよ」と、逆に謝られてしまう始末


もう少し何か言われると思っていたのだが……良い意味で拍子抜けしてしまった
小学一年生の女の子としては誠に謙虚な対応で、彼女達が良い子であることはとても良く分かった


できればクロガネの友となってもらいたい…………のだ、が



「……流石に、友人関係を結ぶ事は諦めるべきだろうな」



もし私が彼女達の側だったなら、突然意味不明な事を言ってきて殴り合いをした少年と、いきなり人を蹴り飛ばすような幼女などと友人になりたいとは思わない
むしろ出来るだけ関わり合いを避け、関係を『知りあい』程度に留め距離を置きたいと思うはずだ


先程はああ言ってくれたが……もしかしたらそれは表層だけにすぎないのではないか?


乱闘を周りで見ていた他のクラスメイト達も恐らくは……



「……すまないクロガネ、もしかしたらお前には友人が出来なくなってしまったかもしれない」

「……………………?」



きょとん、と
可愛らしく小首をかしげるクロガネ




―――その仕草が私の良心を抉る抉る




クロガネをあんな行動に走らせたのは、完全に私の責任だ……


……その日一日、私の顔には縦線が入る事になり、クロガネに要らぬ心配をかけてしまう事になった














そして放課後、昇降口前

私は相変わらず沈んだまま、クロガネにおろおろと慰められながらも帰路に着こうとしている時だった




「―――ねぇビーフストロガノフ、ちょっといい?」



……一文字も合っていないぞ……?


振り向いてみると、金髪……もとい、アリサ・バニングスがどこか照れたような表情をして立っていた
彼女の後ろには紫とOHANASHIこと、月村すずかと高町なのはが控えており、何か良い事でもあったのかニコニコと笑っている


……何時の間に仲良くなったのだろう?


疑問には思ったが、否、それよりも




―――やはり、私達に何か文句でもあるのだろうか




彼女達三人が揃っているとなれば、十中八九あの乱闘の件に違あるまい
…………気持ち的に渾身ディフェンスを発動、精神のダメージ率を6割に抑えておこうと試みる


戦々恐々とした気持ちでバニングスの言葉を待っていると、彼女は意を決したようにその形の良い口を開き―――





「今からすずか達と私んちでお茶会やるんだけど、あんた達も来る? ……ていうか来なさい!」














……………………………………………………………………、














◆冒険者の登録


【名前を入力してください、タッチで文字を選択できます】



・アリサ・バニングス


・高町なのは


・月村すずか



【職業を選択してください】



・地縛霊


・魔王


・夜の一族



【外見を選択してください】



・金色の髪の幼女


・栗色の髪の幼女


・紫色の髪の幼女



◆このキャラクターで登録します。いいですか?

【YES】/【NO】









<<つまりこう言う事ですね>>


「待て待て待て待て待て」



色々と間違っている!
というか何なんだその職業欄、地縛霊とか魔王とか……彼女達と全く無関係ではないか


<<……あれぇ、知らないんですかぁ? ベンチャーったら情弱ー>>


何か堪らなくイラついたので、黒いビー玉を端の排水溝に押し込んだ


―――昨晩の説教の報復という訳では無い、決して


「…………何一人でぶつぶつ言ってんのよ、私の話聞いてた?」


と、傍から見たら完全に電波な行動をとっていた私に再び声をかけるバニングス


「ああすまない、どうやら私の脳内で鹿が困惑のステップを踏んでいたらしい。聞き間違ってしまったようなのでもう一度言ってくれないか?」


そうだ、聞き間違いだ
彼女達とはあんな事があったのだ、さっきバニングスの言った言葉は聞き間違いに違いない


バニングスは私のその言葉に一瞬「何言ってんのこいつは」という怒りの表情を浮かべる
しかし文句を言う事は無く、呆れた様な溜息をつき…………若干頬を赤らめつつ再び件の言葉を発した






「だから! 『仲直りの印に一緒にお茶会でもしない?』って言ってるの!!」






―――正気か?


……余りと言えば余りに予想外の展開に呆けていると、足元に黒玉が転がって来た








<<クエスト【犬屋敷への訪問】が発生しました>>











*****************







「………………………………(てこてこ)」


「わぅ?」

「ぐるるぅ……」


「………………………………(ぺこり)」


「わうわう!」

「―――グルルァア!」


「っ! ……………………………!(はっ! ―――びしっ!)」


「きゃいんっ!?」

「「「わうっ!?」」」


「………………………………(えっへん)」


「……わぅ! わおーん!!」

「「「わぅ! わぅ! わぅ!」」」


「……………………ねんきがちがうのだ、ねんきが」


『わんっ!』











「―――見るがいい、流石クロガネだ。あっという間にこの屋敷に居る犬達と打ち解けてしまったぞ!」

「わぁ……まるで軍隊みたい……」

「いや色々とおかしいでしょ!?」


バニングスが驚いたようにそう叫ぶ

無理もない、犬というのは忠誠心が強いからな
このバニングス邸に訪れて間もないうちに、クロガネが打ち解けてしまったのが信じられないのだろう


「良く分からないけど、そういう事じゃないと思うの」










私達はバニングスの提案に乗り、彼女の邸宅にお邪魔している

何でも彼女の父親は有名な実業家だそうで、その家はハイ・ラガード公宮に勝るとも劣らない程の豪邸だ

この提案を受けた時……この馬鹿でかい客間にびっしり使用人達が配置さているのを見た時は「もしやお茶会等とは口実で、本当はバニングスのご家族からOHANASHIがあるのでは……」と本気で身構えたものだが

クロガネの命令する犬に楽しそうに追いかけられているバニングスと高町なのは、そしてそれを優しい目で見る使用人達を見て杞憂と知った


「楽しくないっ!」


さておき



「…………しかし本当に良かったのだろうか? 私達が参加しても」


バニングス達が犬とじゃれ合っているのを横目で見つつ、私は隣で微笑んでいる月村すずかにそう問いかける

しつこいようだが、私とクロガネは彼女達と大喧嘩をしてしまったのだ

本来ならば【仲直り】などしたくも無いと嫌われそうなものだが……


「いいんじゃないかな? 私もフロイライン君達と仲直り……っていうか、お友達になりたいって思ってたし」


ニコニコしながら、恥ずかしげもなく口にする

…………それは【お嬢様】の名を冠する槌の名前だ


「……そう言ってくれるのは有難いが、私は君達に暴力を……」

「それを言うなら私だってアリサちゃんやクロガネちゃんを叩いちゃったし、お互い様ってやつだよ」


いやいやそれは違うだろう、私は君達と違って男であり中身は大人で聖騎士としての誇りがあってだな………………うーむ、どう言った物やら

眉間にしわを寄せて悩んでいると、それを見た月村すずかがクスリと笑う


「きっと、フロストガン子君は物事を難しく考えすぎなんだよ」

「……どういう事だろうか?」

「私達はまだ子供なんだから、間違ったり喧嘩したりしちゃった時には【ごめんなさい】って謝れば、それで仲直りできるって事」


そう言って、まるで母親の様な優しい目で私を見る月村すずか


「フルメタルパニック君とクロガネちゃんはもう私達に謝ってくれたし、私やなのはちゃん達も皆にちゃんと謝った……だから、もうお互いに気負う必要なんて無いんじゃないかな?」


―――この子は本当に小学生なのだろうか

明らかに今の言葉は小学生が発するものではないだろう?


「……それに、私としては久しぶりに本気で運動できたから……」


小声で何か不穏当な事を言っている気がするが、思考に没頭している私には届かない



―――そうか、謝ってしまえばそれだけで済んだのか



そういえばこの世界では、私もクロガネもまだ子供だったのだ
大人の理屈ではなく、子供の理屈が適用される小学生


……少々卑怯な思考の気もするが、それは厳然たる事実なのである


聖騎士の心は大人でも子供でも変わらない不動のものであるため、いくらかのしこりは残るが

だが、随分と楽になった


「月村すずかの言う通り、どうやら私は考え過ぎていたらしい」


ありがとう……素直に彼女に礼を述べる

だが彼女は「違う違う」と首を振り


「すずか、でいいよ? もうお友達なんだから」


…………ならば、私も本名で呼んでもらいたいものだ








すずかから目を逸らし、犬から逃げ惑うアリサとなのはに目をやりながら、思った


―――この子達とは、長い付き合いになる気が「アンタ何呑気にすずかと喋ってんのよーーーーーーーっ!!!」


飛び蹴り襲来






■ ■ ■

今回はちょっとおとなしめ、なのは達とお友達になりました

少し展開が強引だった気がしないでもない

ロボ子1は俺の嫁



[17930] 5F 百獣の玉の咆え声
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/04/17 09:33



――――――どうしてこんな事になった?






毎日のトレーニングに使用している近所の公園


その裏手にある山の中を全力疾走しながら、私はそう心中で呟いた

山中には木々がランダムに乱立し、足元には所々大きな枝が落ちていて走りにくい事この上ない
さわさわと周りから響いてくる葉の擦れ合う音は、この状況だとただの雑音でしかなかった


「全く……ハイキングだったらさぞかし良い音色だったろうに……!」


そう愚痴る私の顔は緊張に強張り、体は冷や汗と脂汗に塗れている

横に並走するクロガネを見ると、彼女も同様の有様……いや、むしろ彼女の方が女性の体の分体力的に厳しいかもしれない

このまま全力疾走を続ければ、あと数分も持たずにスタミナ切れに陥ってしまうだろう


「――クロガネ、お前は……」 

「……!…………!(ふるふる)」


私を囮にして逃げろ……言葉を全て口にする前に首を振られてしまう
既に長い全力運動で息も絶え絶えになっているというのに……


(相変わらずだな、その頑固な所は前と全く変わっていない)


苦笑しながら、そう思う


(そうだ、あの時も……私達がこの世界に転生するきっかけとなったキマイラとの戦いの時もそうだった)


一瞬、今がどんな時かも忘れ昔の記憶が脳内を走り―――






背後に強烈な殺気






「―――っ!」


隣を走るクロガネを右に突き飛ばし、私自身は左方向へと飛ぶ!

全力疾走中の無茶な機動だったため、踏み切るのに使った左足の腱から嫌な音が響くがそんな事を気にしている暇は無い!



――――――ズバァッ!



直前まで私達が居た場所を、青緑色の長く大きい触手の様なものが通り過ぎ、周りに乱立する木を折り飛ばしていく

その触手の先には鉤爪らしきものが生えており、少し体を掠めるだけでも大きな傷を負ってしまう事は確実だ


触手は木を折り飛ばした勢いのまま突き進んで行き…………いきなり直角に折れ曲がり、私のいる方角にUターン


「なっ!?」


私は咄嗟に木の盾でパリングを繰り出し、触手の進行方向を逸らせようとするが――――――先程無茶をした左足に激痛が走り、その痛みで足を滑らせ体勢を崩してしまった


「っぐあ……っ!? しまっ……!」


―――防御出来ない!


既に触手は私の眼前にまで迫っており、もはや何の行動も間に合わない!

私の思考は焦りに染まり、自身に向かって突き進む触手をただ見ている事しかできず、生の終わりを覚悟する


…………だが、




「――――――ッ!!(がぶっ!)」


「!」


――――――ブチブチブチィッ!!



私の死角から現れたクロガネが周囲の木を足場に物凄いスピードで触手に肉薄、触手を食いちぎり無理矢理に進行を止めてくれた


「す……すまないクロガネ、おかげで助かった」


クロガネは地面に着地すると、口に咥えた触手を「ぺっ」と吐き出し緑色の粘液に塗れた口元を手でぬぐう
その仕草はまるでもののけ姫の様で、ある種の神々しさをも感じるが…………彼女の足元でびったんびったん暴れる千切れた触手が全てを台無しにしていた
彼女はそれを一瞥すると、


「……………………(ぐちゃっ)」

「いやそんな、踏みつぶして止めを刺さなくても……」


何をそんなに怒っているのか

ほっとけばその内動かなくなったのに……粘液が周囲に四散して、かなりグロい光景になってしまったではないか
そんなやり取りをしていると、先端の千切れた触手はうねうねと蠢きながら、山の奥の暗闇へとその身を引っ込めていった

しかし、またいつ触手が飛んでくるかわからない


私とクロガネは油断なく周りを警戒し、背中をあわせて互いの死角を補い合う


……しばらくその体勢を続けていると、暗闇……触手が引っ込んで行った方角から何か大きなものを引きずるような音が近づいてくる


「…………来るぞ」

「………………………(きっ)」


私は木の盾を構え、クロガネは身を低くかがめて音が聞こえて来る暗闇の奥を厳しく睨む





―――そして、暗闇から触手の主が姿を現す






尖った突起が無数に付いた体、そこからは7本の触手が伸び……その内の一本は引きちぎられて6本となっていた

顔に当たる部分には大きな五枚の花弁が付いており、その中心にある鋭い牙が生えそろった大口からは、消火液を断続的に垂らしている







ラ   フ   レ   シ   ア 








ハイ・ラガード迷宮の低層にて、多くの冒険者たちを震えあがらせた巨大な巨大な食人植物がそこに鎮座していた













―――本当に、どうしてこんな事になってしまったのか








「………………………………………………理由は、分かっているのだがな」







ラフレシアがこの山の中に現れた原因も



私達がこんなにも必死になってラフレシアから逃げなければならなくなった訳も



だがラフレシアの猛攻の前に私達は山の出口にも近付けず、半ばクローズドサークル状態の理由も



ついでに私の足が痛むのも全部……全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、全部!!!




私の首元にぶらさがっている、この――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








<<ほらほらほ~~ら! でっかいですよー、強ーいですよー! 絶対敵いませんよー! だからおとなしく叫んどきましょうよセェェェェェェットアァァァァァップ!!>>







―――――――――――――――――――――――――――――この、馬鹿の所為だ……ッ!!!



私はラフレシアの巨大な花弁を睨みつけながら、首から下がっている黒玉を握り締めた












*******************************












<<何か変形とか出来る気がする>>



……全ては、キマイラのトチ狂った一言から始まった



この言葉が放たれた時、私はクロガネに近所の公園の裏手にある小さな山の中で自主トレーニングに付き合ってもらっていた

最初の頃は公園でトレーニングをしていたのだが…………一度、私がクロガネに苛められていると勘違いした大人に注意されてしまったのだ

……まぁ、私とクロガネとのトレーニングは傍から見れば、「幼女が盾を構えて防御した男の子を一方的に殴りつけている」という絵になってしまうため、勘違いされるのも仕方のない事ではあるが
とにかくそういう理由もあり、クロガネとのトレーニングは人目に付かない山の中で行うようになったのである



…………で、何の話だったっけ?

ああそうそう、クロガネ人間形態に関する私なりの考察についてだったか



<<ちょっと「セットアップ」って叫んでもらえません? それで何か変形っぽい事が出来そうな感じが>>

「てやっ」


首からキマイラを外し、遠くへと投げ捨てる

黒玉は木々の間をピンボールの様に跳ねまわり、森の奥へと姿を消した


……アイツはいつもこうだ、突然何の脈絡もなく意味不明な事ばかりをして周囲に混乱を振りまく…………迷宮に居た頃は、キマイラがこんな変態だったなどとは夢にも思わなかった
真面目に相手をすると大抵碌な事にはならないので、こんな時は放置するのが一番である


「クロガネ、今度はビーストダンスで攻撃してきてくれないか? 連続攻撃に対する防御を……」

<<無視しないでくださいよー、ほんのちょこっと「セットアップ」って言ってくれればそれだけで良いんですから~>>


―――このビー玉、段々と復活速度が早まってきていないか?

かなりの力を込めて遠くまで投げ捨てたはずなのに、いつの間にか私の足元に転がっているキマイラを見て、そう思う


「断る。 変形だか何だか知らんが、どうせまた意味不明で卑猥な事を企んでいるのだろう?」

<<そんなひどい! いつ我が意味不明で卑猥な事をしましたか!?>>

「前にクロガネの口の中に飛び込んで内側から卑猥な言葉を連発したのは何処の誰だ!?>>


そう、前にこの卑猥玉は<<何か我って飴玉みたいですよね>>と意味不明な事を口走り、クロガネの口内に飛び込み口の中から喘ぎ声を発したという前科があるのだ


―――あの時は大変だった


何しろ知らない人が見ればクロガネが喘いでいるようにしか見えず、まるで私が何かしたかの様な空気が辺りに広がってしまったのである
アリサ達からは「アンタって……」と白い目を向けられる事となり、何時もの飛び蹴りより数段上のダメージを味わったものだ

クロガネもその時の事を思い出したのか、少し離れた場所で顔を真っ赤にして俯いている


…………おや、何だか涙が流れて来たぞ? 私の頬に


<<あれは我の所為じゃないでしょう!? クロガネさんの舌使いが激しすぎたのがいけなかったんです!!>>

「それ以前に突発的に人の口内に飛び込むことからして変態的な行動だと言う事を理解しろ!!」


あと舌使いが激しいのは当たり前の事だ! クロガネの傷舐めの威力を舐めるな!!




……ん?





―――傷舐めの威力を舐めるな―――





「…………………………………………………………」

<<何上手い事言った、みたいな顔してるんですか気持ち悪いですよ>>



さておき



「とにかくだ! これより私は、お前の意味不明な発言その全てにパリングを使用させてもらう」

<<完スルー宣言とか大人気無くないですか>>

「残念、私は子供だ」


それを最後にキマイラから意識を逸らし、未だ赤くなって俯いているクロガネの元へと歩きだす

少々邪魔が入ってしまったが、盾術トレーニングの続きをしよう
……このトレーニングが終わったら、お礼としてクロガネにシュークリームの一つでも買ってやろうか


私はそんな事を想いつつ、キマイラを投げ捨てた時に地面に置いた木の盾を拾おうと腰を屈める


<<………………………良いんですか?>>


背後からキマイラの声が聞こえるが、無視無視


<<これだけ言っても我のお願いを聞いてくれないというのなら、こっちにも考えがありますよ?>>


フッ、ただ転がる事しか能の無い黒玉が何を言う

お前が持っている力など、強い再生能力と【なんたら結界】とか言って変な空気を作り出す事くらいではないか
いやまぁ十分意味不明な怪しい力だが、その効果を見る限り脅威は感じない


<<良いんですね? ホントに良いんですね? 後悔しても遅いですよ!?>>


その程度で恐怖を煽れるとでも思っているのだろうか
…………ギャーギャー煩く喚かせるのもトレーニングの邪魔になるか、スマイトで砕いて置こう


<<……言っちゃいます、言っちゃいますよ? 迷宮を登る冒険者、その全員が怯え恐れるあの言葉を!!>>


ここには迷宮は無いのだから、その脅しこそ意味が無いというのに


<<よし! 言う!! 言っちゃう!! 「セットアップ」と叫ばざるを得ない状況を作り出す!!>>


そこまでして変形だか変態だかをしたいのかあいつは……
心中で溜息を一つつき、私はあの馬鹿玉を叩き割るために木の盾を拾い上げ――――――――――――


































<< ! !  あ あ っ と  ! ! >>




































盾の下からラフレシアが湧いた









********************










「―――本当に何なんだ貴様は何がしたいんだ貴様はぁぁぁぁッ!?」

<<いやぁぁぁぁぁ痛い痛い痛い爪を立てて抓まないで痛い痛い痛いぃぃぃぃ!!>>


目の前に居るラフレシアの事も忘れ、ぎりぎりとキマイラを締めあげる


「大体何でラフレシアが出て来る!? ここは迷宮では無いのにおかしいだろう!?」

<<何をおっしゃるベンチャーさん! そこに【!!ああっと!!】があればラフレシアと恐竜が湧いてくるのは万国共通、自然の摂理じゃ>>

「私と会話してくれ頼むから――――――、っ!?」


視界の端に触手……蔓の姿、横っ跳びに転がるようにしてラフレシアの蔓を避ける

そうだ、今はキマイラと漫才を繰り広げている場合では無い、目の前の事を何とかせねば


「クロガネ! 本体よりも先にまず蔓を叩くぞ!!」

「………………………!(こくりっ!)」


クロガネに注意を促し、二手に別れる

本当なら一目散に逃走するのが一番なのだが、私の足の状態を見るにそれも難しい
ラフレシアは私達という食料を諦めるつもりは無いだろうし、クロガネだけでも逃げるように言ってもおそらく彼女は私を見捨ててはくれないだろう


よってこの戦い、二人とも生き残るには戦って勝つしかない


だがこんな足ではラフレシアに近づくことすらできないため、攻撃に加わっても足手纏いにしかなるまい
ならばこの場に留まり、ラフレシアの蔓を引きつける囮となりクロガネのサポートに徹するのが最善の策

クロガネもそれを理解しているのか、少し躊躇する素振りを見せたが心強く頷いてくれた


<<セットアップすれば一瞬で蹴散らせますってば!! だからほらほらア・キ・ラ・メ・テ!! ア・キ・ラ・メ・テ!!>>


キマイラからの言葉は黙殺
何をそんなに拘っているのかは知らないが、キマイラがここまで執着するのだ……確実に碌でもない事に違いない


<<男の子たるもの、変形合体は永遠の憧れでしょう!?>>

「お前は本当に迷宮第一層の王だったのか?」


前々から密かに思っていた疑問を口にしつつ、先程クロガネが踏みつぶした蔓の欠片を掴み上げ投擲
蔓は粘液を撒き散らしながら宙を舞い、ラフレシアの花弁に当たりその粘液を付着させる

これによってラフレシアは私を蔓を千切った犯人だと思い込み、こちらを中心に攻撃を加えて来る事だろう
その証拠にラフレシアの体からは怒気の様なものが立ち上がり、眼球が無いにも関わらず殺気を込めた視線の様なものが私に突き刺さって来る

しゅるしゅると6本の蔓が鎌首をもたげ、それぞれの先端がこちらを向いた


「挑発成功……! さぁ、来るが良い!!」




―――その叫びに呼応するかのように、音速を超えるかのような速さで私に向かって蔓が殺到してくる




「まず一本!!」


正面から迫る蔓をパリングで弾き、上空へと打ち上げる
するとクロガネが木を駆けあがってに空中に飛び上がり、蔓に飛びつき噛み千切って切断

クロガネは地に落下する前に蔓を蹴り、近くに生えている木に張り付き山の緑の中に姿を暗ましヒットアンドアウェイ


「次ッ!」


二本目も同じく上空に弾きクロガネに切断してもらい、三本目は私がスマイトを喰らわせ地面に埋め込むように無理矢理断裂させる

すぐに盾を引っこ抜き、次の衝撃に備えるが…………予想していた衝撃は来ない



――――――今の一瞬の攻防で3本の蔓を破壊した



……流石にラフレシアも警戒したのか、残りの3本を引き戻し周囲に滞空させ、私の様子を窺ってくる



<<……くっ、なかなかやるではないですか……!>>


キマイラが悔しそうに呻く

それもそのはず、迷宮では大の大人5人パーティでも苦戦するほどの強敵なのだ
子供二人……それも片方は怪我をした状態でここまで相手できているのは、私達の経験に因る所もあるだろうが、まさに奇跡としか言いようが無い

静寂を保っているラフレシアに意識を向けたまま、視線だけをキマイラにやる


「……というか、お前はどっちの味方なんだ」

<<だからセットアップしてくれたら即効で味方になりますって!!>>


分かった黙れもう聞かん


<<大体何でそんなに嫌がるんですか!? セットアップしたら我が変形してベンチャーはバリアジャケットを纏って強くなれるんですよ!?>>

「また良く分からん単語を出してきた……!」


前にキマイラが使った【なんたら結界】も大概に意味不明なものだったのだ、【バリアジャケット】が何かは知らんが、それもどうせ意味不明な物に決まっている

キマイラにそう文句を言おうと、痛むコメカミを抑えながら口を開く……が






「……が……………っく…!」


―――突然胃の中身が暴れ出したかのような激痛が走り、言葉を発する事が出来なかった


(な………なんだ…………!?)


胃からせり上がって来る鉄の匂いをした物を抑えながら、焦る思考でこの激痛の原因を考える

まさか私は持病でも持っていたのか? さっきの攻撃が体の何処かにダメージを? それともキマイラからのストレスか?


(違う……この痛みは……!)


震える瞳を苦労して動かし、地にうつ伏せに転がった状態から、ラフレシアを見る




その牙の生えそろった大口から、カビの様な緑色をした花粉を撒き散らしていた




「…………毒の、花粉………!」



迂闊だった

奴の攻撃方法はあの蔓だけでは無かったのに……動きを止めたのはこのためか……!


「この様子では、クロガネもやられたか……?」


私が倒れたにも関わらず姿を見せないという事は、その可能性が極めて高い

盾の扱いよりも先にリフレッシュを覚えていれば良かった……強く後悔しても、もうどうにもならない


ラフレシアは私が動けない事を確認すると、残っている3本の蔓を、私に向けて打ち出した

…………絶体絶命の状態なのに、激痛の所為で私は指一本動かす事が出来ない


<<しまった! こんな状態じゃ叫んでもらえない!!>>


やはり大馬鹿物だ貴様は

そんな事を思いながら、体を引きずって射線上から逃れようと足掻く
だが私の体は僅かに震えるだけで一向に動いてはくれない


(……万事休すか)


今更事の深刻さに気付いたのか、首元でギャーギャーと焦った声が聞こえる

その声を鬱陶しく思いながら、私は静かに目を閉じ―――




―――強烈な浮遊感を感じた



突然何かに強い力で引っ張られる感触
私の体は宙を舞い…………一瞬の間をおいて、地面に叩きつけられる


「!? っぐあ!」


一体何が起きた?

目を開いて周囲の様子を確認すると、直前まで私が転がっていた場所……そこに放置されていた木の盾を貫通している三本の蔓と―――私をそこから引っ張り上げてくれたらしいクロガネの姿が見えた


…だが、様子がおかしい


クロガネはぐったりとした様子で手足を投げ出し、その顔は苦痛で歪み額には玉の汗が浮かんでいる


「……クロ、ガネ……?」


声をかけるが、僅かに身じろぎをするだけで反応が返ってこない
……やはりクロガネも、あの花粉の毒にやられていた様だ

今彼女の体には、私と同じく相当の激痛が走っている事が手に取るように分かる

動く事は勿論、呼吸をするのにも大変な苦痛が伴うはずだ




「……それなのに」




――――――そんな激痛が蝕む体で、私を助けてくれたのか




……ラフレシアに目を向ける


奴は地面に刺さった蔓を引き抜き、再び滞空状態にさせていた

その巨大な口からは、白い冷気が漏れ出している


<<……どうやら確実に仕留めるために、捕食の冷気を使用する気みたいですね>>


……植物の癖に何と賢しい事を

憎々しげにラフレシアの口内に集まる冷気を見つめ…………ふと気付く


「……まるで、あの時のようじゃないか」



キマイラとの最期の闘いを思い出す

あの時も私は怪我をしていて装備も無く、満身創痍の体を無理矢理動かしキマイラに抵抗していた……シチュエーション的にそっくりである


相違点を上げるとするならば、相手がラフレシアである事と、敵が放とうとしているのが劫火と真逆の冷気である事






―――そして、私の後ろに毒に苦しむクロガネが居る事だろうか






「……キマイラ、お前が変形すれば、本当に一瞬でラフレシアを何とか出来るんだな?」

<<! ええYESですとも!!>>


なんとも場違いな、陽気な声で答えるキマイラ

…………正直不安は拭えないが、今はコイツの言う【セットアップ】に賭けてみるしか無い


「キマイラ、幼子さんに全裸で突貫するよりももう本当に嫌で嫌でしょうがないんだが、この危機的状況を乗り切るためにはお前の企みに乗るしかないようだ」

<<ぃぃぃいいいいやったぁぁぁぁぁ!! なんで幼子さんの事知ってんスかなんてどうでも良い!! ついに、ついに変形合体装神が我が手に!!>>


…………正直果てしなく不安は拭えないが、まあいい

クロガネを助けるためなら何だってやってやろうではないか



相変わらず体を蝕む痛みを根性でねじ伏せ、ラフレシアを睨みつけながら立ち上がる

左足が悲鳴を上げ、少しでも気を抜いたら血を吐き倒れてしまいそうだが、やせ我慢




「……クロガネ、少し待っていてくれ」





私は首元に掛けてあったキマイラを掴み、ひもを引き千切って天に掲げる


ラフレシアは冷気を放つために大きく息を吸い込み、その身をのけぞらせる




そして――――――







「――――――セットアップ!!」








――――――私がそう叫ぶのと同時、ラフレシアの口中から冷気が放出された









************************









<<ふおおおおおおおおおおお!! 変・形ッ!!>>





―――セットアップと叫んだ瞬間、私の体に異変が訪れた


私が着ていた服が光となって消え飛び、代わりに鎧の様なものへと変貌を遂げる

金色の胸当て、膝上までを覆う鎧足、ソードブレイカ―機能の付いたガントレット……
その姿は、冒険者時代に私が愛用していた鎧と瓜二つだった

…………両の肩当てが羊の頭を模した悪趣味な物に変わっていた事と、腰の部分から蛇の様な形をした金属パネルが垂れ下がっている事を除いて


これが【バリアジャケット】なのだろうか?


本来ならば体を隅々まで確認したい所だが、毒と前方から飛んでくる冷気のプレッシャーのおかげでそんな余裕は無い


(本当に何とか出来るんだろうな!?)


一人焦りながら、私のすぐ前方で宙に浮いているはずのキマイラを見る
…………念のために断っておくがこの行動はキマイラの事が信用できなかったからであり、決して【変形】という言葉に釣られた訳ではない、決して


前方に視線をやると、どういう理屈か知らないが宙に浮いたキマイラの周りに4つの金属片(らしき物)が現れ周囲をくるくると旋回していた

ご丁寧にも周辺に緋色のケバケバしい光を撒き散らしながら、金属片は徐々に旋回するスピードを上げて行き―――


<<コネクションッ!!>>


―――キマイラの言葉に従いドッキング、2メートルを超えるほどの巨大な長方形の金属板へと合体する

するとその金属板の表面に獅子の頭……キマイラの頭部を象ったレリーフが浮き上がり、キマイラ自身はその右目の部分にメカメカしい音を立てて収まった



<<変形合体! シールドキマイラ!!>>



どどーん!!

緋色の爆発がキマイラのバックに発生、同じ色の煙を大量に噴き出させる



盾?



私がそう呆気にとられていると、キマイラは冷気が飛来してくる方角に宙に浮いたまま向き直り


<<フリーズガード!!>>


―――魔法陣の様なものを展開させ、飛んできた冷気を迎え撃つ

冷気は魔法陣に触れた瞬間淡い緑光となって消滅し…………その光は私に向かって飛んできて!?


「な、おい! これは一体どういう……!」


何故この光は私に向かって迫って来る!?

私は碌に動かない体を捩り光から逃れようとするが、当然逃げられる筈もなく

そのまま緑光は私の体に吸い込まれていった

私は慌てて体の様子を確認するが……


「………………む?」


気付けば、左足の痛みが消えていた
それと若干ではあるが体力も回復している……?


<<忘れたんですか? 三色ガードレベル10の属性吸収効果ですよ!!>>


……ああ、あったなそんな追加効果
というか何故パラディンのスキルをお前が使えるんだ

貴様の前では、三色ガードは使う機会も話した事も無かった筈だが


<<良いじゃないですか細かい事は、ほらほらリフレッシュしてあげますから>>


跳ねるような声色で、リフレッシュを発動させる

私とクロガネの体を再び緑色の光が包む
全身からきれいさっぱりラフレシアの毒が消え去り激痛が嘘の様に引いていく

後ろを振り返ると、クロガネの顔からも苦痛の影は消えており、何事かと目をぱちくりさせていた


リフレッシュもお前の前では…………いや、良いか。クロガネが助かれば細かい事は


……ちらりとラフレシアの方角に視線をやる
奴は大口をだらしなく開いたまま、驚いたように固まっていた


…………まぁ、それはさて置いて



「だが、どうやってあのラフレシアを倒すつもりだ?」


そう、この【セットアップ】が大変遺憾な事ながら物凄く便利なものだと言う事は分かった……だがそれは防御に限っての話
私達パラディンは、シールドスマイト以外に攻撃スキルという物を持っていないのだ

クロガネも今までの戦闘と、先程までの毒の影響で体力は殆ど残っていまい

所詮鎧を着込んだとしても、子供は子供だ。力は弱い

防御の方は何とかなるにしても、攻撃面では……


「……これは、長期戦になるな」


何が「一瞬で蹴散らせる」だ、全く持って嘘八百ではないか


<<いやいや、まぁまぁ見ていて下さいよ>>


だと言うのにキマイラは悪びれもせずそう言って、盾の表面のレリーフがにやっと笑顔に変わる
…………はっきり言ってかなり怖い


キマイラはくるりと反転、私にその背を向ける


―――するとキマイラの目の前に魔法陣が展開され、その中心部分……丁度キマイラの口の真正面に緋色の光が集まり始めた


光はどんどんとその勢いを強めて行き、最終的に炎の様な灼熱の輝きを発する
目も開けていられない程の光量、そしてその熱気に思わず目を瞑る


そしてキマイラのレリーフが、大口を空けてまるで咆哮するかのような物に変わり



…………………………………………………………………おい



「待て貴様もしかして、」


キマイラのやろうとしてる事に気づき、慌てて止めようとするが一歩及ばず








<<劫火>>









――――――――――――緋色に輝く炎が放たれた









――――――――――――その緋色の奔流は、キマイラの直線状に有る物……そのすべてをラフレシア諸共消し墨に変える







周囲の木々は炭化し、ぶすぶすと真っ黒い煙を上げ、地面はその威力に抉れ飛び二度と草木を生やすことは出来ない程の焦土と化す


呆然と立ち尽くしていると……上空から一枚、ラフレシアの物と思われる大きな花弁が降って来た


手に取って見てみる

根元の部分が融解していた










――――――――――――キマイラはその惨状に満足げに頷いた後、あっけらかんと言った








<<やっべ、非殺傷に設定するの忘れてましたわ>>










************************






そこからの私の行動は迅速だった


<<あっはっは、まぁ別に良いですよね! どうせ死んだのラフレシアだけ――――――>>


そんな寝惚けた戯言を抜かすキマイラを蹴た繰り倒し粉々に破壊して変身を解き、背後に倒れているクロガネを担いで走り出す

あれだけの目立つ事をしでかしたのだ、絶対に誰かが様子を見に来る筈

何があったのか聞かれても、何と答えたらいいのか分からん


「というかそもそも私達が原因だとばれたら……!!」


―――この世界には少年法という物があるらしいが、それでも流石にただでは済むまい

全力逃走をするのは正しい判断と言えよう



道中黒玉の欠片を山中にランダムに埋め込みながら、改めてキマイラの意味不明さを再確認





「……もうこいつ棄てたほうが良いかもしれんな」





とりあえずクロガネには、私のお小遣いで買えるだけのシュークリームを買ってやろう……




そんな事を考えつつ、背中のクロガネを背負い直した










■ ■ ■



盾ビームはドリルやロケットパンチに続く男のロマンの1つだと思う

何? 展開が苦しい? それはきっと気のせいさ



[17930] 10エン宿屋通い 【くろがねのきもち】
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/06/28 18:12
深い深い樹海の中、世界樹の迷宮、第一層の5階

そこは沢山の木と緑に溢れ、天からの木漏れ日が幻想的な雰囲気を生み出していた

生い茂る木々は青々とした葉をその身に纏い、葉を齧る昆虫たちの存在もあってか濃い植物の香りを周囲にまき散らし、生命というものを強く印象付けている
……にも関わらず何処となく血の匂いを感じさせるのは、数多の冒険者の命を奪ってきた迷宮の中だからなのだろうか


その樹海の片隅にある袋小路の中で、金色の髪をした聖騎士が一匹の獣と向かい合う
聖騎士の少年の鎧には無数の傷と血痕がへばり付き酷い有様だったが―――対する黒い狼はそれに輪をかけて酷く傷ついている



狼は力無く四肢を投げ出し体は血と傷跡に塗れ、もう長くは持たない事は誰の目にも明らかだった


「ごめん……君のご主人様は助けられなかった……」


聖騎士の少年は申し訳なさそうにそう告げ、目の前に転がる黒い狼へと手を伸ばす
無数の細かい傷が付いたグローブが狼の体に触れるが……うっすらと瞼を持ち上げるだけで、狼の体はピクリとも動かない

狼は、生気の薄れた目で話の先を促すように聖騎士の少年を見上げる


「……僕達がキマイラの元に辿り着いた時には、もう彼は……」


目を閉じて、吐き気を堪えるように深く息を吐き出す
何か酷い物を見たのだろうか……彼の後ろに控える他4人の冒険者も同じような動作をしていた


「でも、キマイラは何とか倒せたよ。……きっと、君達が奴の体力を削っておいてくれたおかげだね」


泣きそうな顔でそう言って、狼に優しく笑いかける


「君たちの悲願は僕達が果たした…………だから、」



震える声を押し殺し、溢れそうになる涙を無理矢理堪えて、彼は言う



「だからもう……安心して眠れるよ」



―――その言葉を聞いた瞬間、黒い狼の心に大きな安堵感が訪れた


今まで張り詰めていた緊張の糸がぶつりと切れ、何か大きな物から解放されたかの様な感覚

体から力が抜けて行くのを自覚しながら、狼は自分の訴えを聞いてくれた少年に感謝するように一声鳴く
そして自分の付けていた首輪を外し、そっと少年に差し出した


聖騎士の少年は驚きながらもそれを受け取り――――――それに満足したかのように、狼は崩れ落ちる


狼の意識は急速に冥い闇の底に落ちて行くが、不思議と嫌悪も恐怖も無く、安らぎが体を包み込む


「…………ありがとう」


狼を優しく抱きよせ、その耳元で少年は囁く

……意識が完全に落ちる間際に見た少年の顔が、自分の主の顔と重なって見えたのは気の所為だろうか?










「天国でご主人様と逢えると良いね……クロガネ」










――――――それが、【狼の】クロガネが最期に聞いた言葉だった










クロガネは幼いころから「彼」と一緒に人と混じって暮らしてきた

彼と共に笑い、彼と共に泣き、彼と共に育ち、彼と共に戦い……何をするにも彼と一緒


クロガネにとって「彼」は、自らの半身であると同時に、生涯を賭けて仕えたいと思える唯一の人間だったのである


出来る事ならば、死ぬ時でさえも共に在りたいと願っていたのだが……それは叶う事は無かった


自らが死を迎える切っ掛けとなった、百獣の王キマイラとの戦い

その最中に大怪我を負ってしまったクロガネは、他でもない「彼」の手によって戦闘区域から無理矢理脱出させられてしまったのだ

……クロガネは自分では無く彼を生かしたいと想っていたが、彼も自分の身よりも我が相棒―――クロガネの事を想っていたらしい

彼の思いは嬉しかったが、碌に別れのあいさつも交わせないまま別れてしまった事が心残りだった


もしあの世と言う物があるのならば、せめてもう一度だけ彼に逢って別れを言いたい……そう思っていた






―――だから、この世界で「彼女」が意識を取り戻し、自分が転生したのだと理解した時、「彼女」は自身が人間になっている事に驚くよりも先に、とても大きな歓喜を抱いた





どうして自分が「クロガネ」のまま、この世界に産まれてしまったのかは分からない

ただの偶然かもしれないし、自分のあずかり知らぬ所で何かがあったのかもしれない

だが、自分がここにこうして存在している事は確かだ

ならば、もしかしたら彼もまたこの世界のどこかに転生している可能性もある


―――もう一度、彼と出会えるかもしれないと言う希望


彼女は喜びに打ち震え、いるかどうかも分からないニーノ神に感謝した







…………だが、その希望はすぐに大きな落胆へと変貌する






広い広いこの世界で「彼」と再会できる確率が、天文学的な数字である事に気付いたのだ




まず始めに人間に転生しているかも定かでは無い
また人間だったとしても本人かどうかを確かめる機会も方法もほぼ無く、記憶を無くして「彼」では無くなっているかもしれない

いずれにしろ、自分が生きている内に彼に逢う事は絶望的……不可能と言っても良い


もしかしたら、転生したのは自分だけかもしれない―――その答えに至った瞬間、彼女は自棄になり自らの命を棄てようとさえしてしまった


…………この時の年齢は満2歳


クロガネ自身も【あの時の自分は頭が如何かしていたとしか思えない】と語る、突拍子もない行動だった

彼に出会う事が出来ないのならば、自分が自分である意味が無い
だったらもう一度死を通過し、今度こそ完全に生まれ変わった方がマシだ……その時のクロガネはそう思ったのだ


しかし、それを実行に移すことは出来ずに終わる


確かに彼と再会できる可能性は絶望的だ……だが、ゼロでは無いのである
もし命を絶ってしまったのなら、その瞬間本当にゼロとなってしまう



―――否、それよりも大きな理由は、命を断とうとすると「この世界での」両親の顔が頭を過ぎる事



それを考えると、刃物を持つ手が止まった



「私が護るべき物は、大切な人々の笑顔だ」



……彼女の一挙手一投足に笑顔を浮かべる彼らの顔を思い出すと、彼の言葉が浮かんでくるのだ









――――――結果として、クロガネは彼の事を諦め現状を受け入れる事にした



その考えに至るまで、どれほどの葛藤や苦悩があったのか……それは彼女にしか分からない


この世界での常識や知識を学び、身につけ、周囲に適応する
元が獣だったため不安は有ったのだが―――むしろ獣だった事が幸いしたのか、余計な事を考える事無くすんなりと知識やその他諸々を吸収する事が出来た
(この辺りの事をプロイセン憲法は自分なりに考察などをして真剣に心配しているのだが、実を言うと今のクロガネは彼よりもずっと優秀だったりする……所謂無駄な心配)


両親は仕事が忙しくよく一人で留守番をさせられているが、決して放任されている訳ではなく愛情は感じている
家のある町も住みやすく良い場所で、町に居る人間達もその殆どが優しい心を持つ良い人たちだ
あとシュークリーム、シュークリームが凄く美味しい


なぜか逢う人会う人その全てが自分の事を「クロガネ」と呼ぶのが疑問だったが、6歳になる頃には人間としての人生を謳歌出来るまでになっていた


…………それでも彼への執着を振り切る事は完全に出来ずに、目印にと一抹の期待を込めて常に左目の下へ黒いイナヅマ型のペイントを入れているのだが



彼もこの世界の何処かで生きているのかもしれない
ならば、それだけで十分ではないのか? ……そう、思えるようにもなっていた

























……………………だから、


























「フローズンヨーグルト君、窓から何か落としましたよ?」

「いえ、気のせいでしょう」
























彼との遭遇は、余りにも大きい不意打ちで、思わず思考が停止した





その髪型、その瞳の深み、その雰囲気、そして気配……色や年齢など変わっている物も多々あったが……そんな物は彼女には関係無い




一目見た瞬間、彼女は視覚では無く魂で直感したのだから




――――――――――――彼こそが自分が想い続けた主である、と
















*******************









<<突然だが、全力逃走とは真に便利なスキルである


一部を除いた戦闘からほぼ確実に離脱する事が出来る上、なおかつ前のフロアへと戻る事が出来るのだ
……後者については時と場合によっては邪魔にもなりうる機能だが、それでも便利である事には変わりないだろう

さて、そんな超便利スキルを使ったにも拘らず、浮かない顔をする少年が一人

その少年は背に同い年くらいの少女を背負い、道端に沿って整列しているコンクリート塀に手をついて眉間にしわを寄せている
……良く良く見てみると少年たちの服には、何かで掠ったような裂傷が出来ており、ズッタズタでボロボロのありさまだった

一体この少年達に何があったn>>

「………………………………………地の文気取りとは随分といい度胸ではないか、こっちはお前の気まぐれで酷い有様だというのに」

<<やめてよね、山中に破片をバラバラにして埋めるなんて我で無かったら復活できずジエンド確定だったじゃない>>


いつの間にか首元にぶら下がっている黒い玉が、チカチカと明滅
その丸い体にはヒビ一つ無く、つい直前までバラバラに砕け散っていたとは到底思えな―――いや、やめよう
もうこいつに常識を当てはめるのは止そう、パリングだパリング

少年は心中で結論、それよりも考えねばいけない事がある


「それよりも問題はあの山火事だ、一応消防車は呼んでおいたが……やはり、説明に赴いた方が良いだろうか?」

<<まー取りあえず変形は出来たので満足満足、これからは思う存分秘密兵器として出し惜しみしましょうかね!>>


こちらの悩みなど気にする風もなく、呑気にそんな事をのたまうキマイラ

きりっ

……少年の頭の中で、何かが軋む音がする


「……しかしこの大きな花弁は一体どうするべきか……棄てるのも何か不安が……」

<<確か花の首輪の原料でしたよ! 早く作って! そしてクロガネさんにプレゼンツ!! 調教! 調教!!>>


ぎりぎりっ


「…………いや待て、もしかしてこれから先、物を拾おうとするたびに【ああっと】の恐怖に怯えなければいけないのか?」

<<それはそれとして、ねぇベンチャーさんベンチャーさん>>


ぎぎぎぎ……


「………………あ、ああそうだ、クロガネへの礼もあったな……なのはに交渉してシュークリーム代をおまけして貰うか? ……いやいや聖騎士たるものそんなセコイ真似は」

<<あの出来事は全て結界内での出来事であり、実際の人物・場所・致命(誤字に有らず)とは何の関係も有りませんって言ったらどうします?>>


ぷっつん


「――――――OK分かった、スーパー滅殺タイムの始まりだ」






べしっ


ズグシャァッ


メキメキメキメキメキィ…………ッ!!




アスファルトにヒビが入るほどの力で黒玉が踏みつぶされ、いくつもの白い筋が入る
周囲に壮絶な絶叫が響き渡るが、黒い玉を潰している少年は欠片も力を緩める事は無い

少年が力の段階を1つ上げるたび、その悲鳴は声量を増していった




……クロガネはその少年の背に背負われつつ、ぼんやりとその悲鳴を耳に入れる

ラフレシアの毒による痛みはきれいさっぱり引いており、今は体力の減少により倦怠感が纏わりつくだけに留まっている
本当はもう自力で歩けるまでに回復しているのだが……少年の背が余りにも心地よく、その事を中々言いだす事が出来なかったのだ


「私は! お前が!! 砕けるまで! 蹴るのを!! 絶対に!! 止めないッ!!」


アリサも真っ青のスタンピング
まだ純粋だったあの頃、デマに踊らされた怒りとやるせなさを込めての秒間16連打


<<ぐげががががががっがっがががががががっがががががががが>>


連続的に響くキマイラの悲鳴を聞き流しつつ、こうなる事が分かっているのによくも飽きずにおちょくれる物だと感心半分呆れも半分

少年の体がその動作で小刻みに震え、クロガネの頭も良い感じにシェイクされる
しばらくその状態を受け入れていると……ふと、思いつく


……もしかしたら、キマイラは彼に構ってもらえて嬉しいのかもしれない


クロガネは少年と再会するまで、一時は死を選択肢に入れてしまうほどに情緒不安定になってしまった事もある
しかし彼と再会できるかもしれない……と言う希望があり、また自分には両親が居たためにそれを選ぶことは無かった

だが彼からの話によれば、キマイラは何十年間も一人(?)で生き(?)続けてきたという


加えて自由に動けるような体では無く、他人と意思疎通をするのも難しい環境だったらしい


おそらく、あの黒玉は自分よりも数倍もの辛い思いをしてきたのだろう
……が、しかしまぁ


「…………………かといって、どうじょうするつもりはかけらもないのだけれど」


そもそも彼と自分を殺し、自分と彼を引き離したのは奴なのだ
今まで共に過ごしてきたおかげで多少の理解はできてきたが……彼の仇を完全に許せるほど、彼女の忠義は薄くはない


―――もっとも、今彼女は彼と共に在れて満足しているので、あと数年もすればこの心のしこりも消えてしまうかもしれないが


目の前に広がる彼の背中に意識を向ける
体が変われば見方も変わるのだろうか、その背中は子供の物ながら前よりも広く感じられた

……ぎゅー、と

彼の背に自分の頬を押しつけてみた
心の中に何とも言えない充実感が広がる


「? どうかしたのか、クロガネ?」

「…………………(ふるふる)」


するとその行動を心配したのか、彼は作業を止め振り向き問いかける
……何となく気恥かしさを感じて、何でもないと首を振る


「……そうか? もし調子が悪くなったらのなら直ぐに私に言いなさい、良いね?」

「…………………(こくん)」

<<がふっ……! ぐおぉう……ベンチャーは753に成り得る素質が>>


連打再開、轟く悲鳴


――――――ひょっとして、余計な事を言って殴られる事を罪滅ぼしとしているのではなかろうか


…………そんな訳無いか

こんな下らない事を考えるとは、余程自分は疲れているらしい




クロガネは彼の首筋に顔を埋め、ゆっくりと目を瞑った












アリサ達3人娘は最初は気に入らなかったが……付き合ってみると凄く良い子達で、今では親友と呼べる仲になりたいとさえ想っている

バニングス邸に居る犬達とも仲良くなれたし、この町の動物達の殆どと友好を結ぶ事が出来た

キマイラに抱く思いは複雑だが、嫌悪は既に浮かばない

……三人程、その存在ごとまるまる忘れているような気がして何かモヤモヤするが


そんな事よりも、彼と一緒の毎日が物凄く楽しい






クロガネは今、とても幸せなのであった





■ ■ ■




いらっしゃい!

おや、見ない顔だね。アンタたちウチは初めてかい?

良いんだよ、良く来て来れたね! この街には宿屋が沢山あるケド、何てったってウチが1番さ!

アンタたち冒険者だろう? 他の客もみんなアンタたちと同じ冒険者だからね、仲良くおやり!



◆【忠義の心】が【忠義の心……?】に変化しました

◆金髪の聖騎士の少年は所謂主人公、フローダークネスに憧れていたという設定



[17930] 6F 気づかぬ同郷とを繋いだ小花
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/06/28 08:15
某月 某日







最近、クロガネの拾い物が常軌を逸した物へと進化してきた


……何を言っているのか分からないだろうが、私にも何が何やら(ry


いや、前々からクロガネには採集癖……所謂【拾い癖】はあったのだ


自主トレの最中、散歩の最中、登校中に休み時間…………不意にフラッといなくなり、数刻後小さな両手に必ず何かを握りしめ帰って来る

そして、それら収穫物を私に嬉しそうに見せ、差し出して来るのだ

どうやら狼たっだ頃の素材採集技能が、人間となった際に拾い癖となって表れてしまった様なのである

拾い物は綺麗な小石からガビガビになった×××本まで実に多岐に渡り、役に立つ者も有れば「これ何に使うんだ……?」と思わず呟いてしまうような物もある


もしかしたら、狼時代の野生の勘がこの世界での【アイテムポイント】的な何かを感じ取っているのかもしれない


決してほめられた癖ではないのだが、私もその恩恵に預かっていたりするので余り強く咎める事が出来なかった

具体的には以前使っていた木の盾、あれの原料に彼女の拾ってきた木の板が使われていたり、あとはガビガビ…………何でも無い、何でもないぞ?

それらの類は私がちゃんと責任を持って処分しているからな、うむ


ともかく、流石に大人になってもこの癖が抜けなかったら困りものだが、今のクロガネはまだ子供

何より大した実害は無いし、また彼女は拾い食い等をするような子でもないので放っておいても平気な筈だ……当時の私はそう思い、楽観視していた



だが、今思えばその考えは甘かったと言わざるを得ない



……あのラフレシアとの戦いが終わった辺りだったろうか

クロガネの拾ってくる物が、どんどんと予想の斜め上を走った物へとランクアップしてきたのだ


電柱の裏を調べていたと思ったら、サボテンの幹らしき物を引っ張り出し

校庭のグラウンドを掘っていたと思ったら、びちびちとうごめく球根を引っこ抜き

山の中に駆けて行ったと思ったら、でっかい亀の甲羅を引きずって来る

その他にも何か良く分からない鉱石やら羽やらリンプンやら紫色の花やらエリマキ状の皮やら氷でできた花やら挙句の果てには「私の中の大統領がセクハラを止めてくれない」とか意味不明な事を言う剣を掘りだした事もあった

流石に私もおかしいと思いキマイラに問い詰めてみたのだが、何も知らぬ存ぜぬの一点張りで埒が空かない

そんな訳が無いだろうが、絶対お前が何かしたんだろ? ん?
【!!ああっと!!】と言い意味不明な力と言い……何でそんなに私を困らせたいの? ねぇ何で?


<<いやだから! 今回だけは何もしてませんてば!?>>


そう叫ぶ球体の表面には【I do not participate】という英語らしき文字
学校での授業のおかげでちょっとは分かるようになったが……これは読めんな、何と読むのだろう

……ああなるほど、そうやって煙に撒くつもりか

はっはっは、全くそんな事をしちゃ自白している様なものじゃないか
しょうがないなぁ、その正直さに免じて特別に1分の1殺しで済ませてやろう


<<分からない!! ベンチャーが何を言っているのか我には全く分からない……ッ!!>>


大慌てでピンピン飛び跳ね弁解を始める黒玉
多分リンカーなんたらが活性化したとか、きっとレアスキルが云々とか必死に何か言っているが適当に聞き流す

まぁとりあえずそれはさておいて、拾い癖の話だ

私としては、部屋の容量的にそろそろ限界なので自粛して欲しいと思ってはいる…………のだが

しかし癖というのは一朝一夕で治る物ではないからなぁ

クロガネも私に喜んでもらおうとして色々と珍しい物を探して拾ってきてる様だし、その気持ちを無下にする事もできまい

…………うーむ、どうしたものやら


……とりあえず、クロガネからの【拾い物プレゼント】で埋まったこの部屋を掃除してから考えようか


<<ガビガビの隠し場所も再考しなくてはいけませんしねー>>


おい止めろ馬鹿










******************








「ねぇクロガネ、ちょっと相談事があるんだけど、いい?」

「……………………なに?」

「ええ、最近私の家の飼い犬がちょっとおかしくて……あの子達、最近何か変な事ばっかりしてくるのよ」

「……………………うん」

「何て言うか動きが常軌を逸してきて、この前悪戯をした子を捕まえようとした時なんか陽動やら撹乱やら使ってきて、家の腕利きメイドと互角の勝負を繰り広げてようやく捕獲成功……おかしいと思わない?」

「……………………へぇ」

「挙句の果てに家の廊下や庭から巨大生物っぽい何かの爪とかうねうねする球根とかを掘り出してくるのよ? 意味不明だし訳が分からないわ」

「……………………ふぅん」

「まるで野生の狼みたいな雰囲気も漂わせてくるし……どうしたらいいと思う?」

「……………………………」

「…………ねぇクロガネ? アンタいつも家に来る度あの子達と会話してるけど、一体どんな事話してるのかしら?」

「……………………(ついっ)」

「あら? どうして目を逸らすの? 私と目を合わせなさいよ、ねぇ……!」

「ア、アリサちゃん? ちょっと落ち着いて……」

「……………………アリサ」

「…………何よ?」



「――――――むしゃむしゃしてしどうした、いまははんせいしている」



アリサのこめかみから、【ぶっつん】と音がした


「―――やっぱりアンタが原因かぁぁぁぁぁぁ!!」

「じえいのほんのう……!」


机を足がかりに光にも匹敵する速度で飛び蹴りをかますアリサ、だがその攻撃はクロスされたクロガネの腕に阻まれる
アリサは瞬時にそれを蹴り上げ、空中で一回転して後方に着地。勢いを失う事無く再びクロガネに突撃していき―――


―――武舞の幕が開いた


二人は拳撃に覇気を纏わせ、踊る様に戦い合う


「ええええ!? ちょっ! アリサちゃんもクロガネちゃんも落ち着い―――にゃぁぁぁ!!」

「なのはちゃん!?」
















「うむ、クロガネも大分彼女たちと打ち解けてきたようだな」


なのはがバトルの余波で窓の外に吹き飛んで行く姿を見ながら、私はひっそりと安堵のため息を吐いた

あの子は私や動物に対しては割と感情豊かなのだが、こと他人に関しては無感動な所があるので、私はちゃんと彼女達と仲良くなれるか心配していたのだ

実際彼女達と出会った初期はあまり良い感情を持っていなかったようだが…………それがどうだ、今やあんなにも楽しそうに彼女達のグループに混じっているではないか!


「ふふ……全く持って喜ばしい事だ」

「……いや、あれを見て喜ぶのはどうなのか」


彼女達から少し離れた机に腰掛けクロガネ達のじゃれあいを満足げに見ている最中、背後から不意に声がかかる
振り向いて見てみると、眼鏡をかけた男子児童―――クラスメートのキタザキが、私を呆れたような表情で眺めていた

キタザキは男子との交流が薄い私にとって唯一と言っても良い男友達であり、またあんな乱闘をやらかした私達に分け隔てなく接してくれる「良い意味」での変人だ
流石に子供とはいえ女四人の中に混じり続けるのは私も辛いので、彼の存在はかなり有難いものがある

それに何故か彼からは私と同じ―――否、それ以上に老成した雰囲気が放たれており、中身大人な私でも無理なく会話できるのだ


「何を言うかキタザキ、あのクロガネが私以外の人間と友好を結んでいるのだぞ? これを喜ばずして何を喜べば良いというのだ」

「あーまぁ……確かにクロガネちゃんは君にべったりだったけどさ、あれは友好って言うのかな」

「ああ、クロガネは本気で戦えばすずか以外なら五秒もかけずに倒せる実力を持っている、あれはわざと互角を装っているのだよ

 確かに少し不器用かもしれないが、あれは彼女なりの愛情表現なのさ」


そう言って、クロガネ達の元に意識を戻す

彼女達の騒ぎは既に終息しており、クロガネはアリサの前に正座させられガミガミと説教を受けていた
クロガネの頭にはたんこぶが一つ出来て、その瞳にはうっすらと涙が溜まっていたが―――その顔には嫌悪の感情は浮かんでいない


「……なるほどね、確かに見様によっては楽しそうともとれるかな?」

「だろう?」


私達は男二人で笑い合い、そのまま何となくクロガネの様子を眺め続けていた





……無表情な娘が目に涙を溜めている表情というのは、案外よいものなのだな……


<<もしかして我の毒電波に犯されてやしませんか、ベンチャー>>







************










そんな感じでキタザキと共に生温かい目でクロガネを愛でていると、キタザキが思い出したように聞いてくる


「でも、なんであんなに怒ってるんだろうねぇアリサちゃん」

「…………………………ああ、何でもクロガネのおかげでアリサの飼い犬が変な物を拾ってくるようになってしまったようだ」

「変なもの?」


クロガネの指導のお陰で、バニングス邸の飼い犬達が立派な冒険者になりました!!


……なんて事を正直に言える筈もなく

流石にキタザキと言えども、これ以上一般人離れした私達の能力について知ったら疎遠になってしまうかもしれないので、「もしかしたらあるかも」というレベルにまで真実をぼかす

一応アリサはあれでもいいとこのお嬢様なので、屋敷の犬達がペットのスキルを覚えれば何かと安全だろうとクロガネを放っておいたのだが……まさか拾い癖まで伝染するとは思わなかった

すまないアリサ、その犬達が拾ってきた素材は危険物に分別して問題無く棄てられるから勘弁してくれ……!
アリサに向けて手を合わせて合掌、心の中でアリサやバニングス邸のメイドさん達に土下座した

キタザキはそんな私の様子を気にすることなく世間話を続ける


「変なものねぇ……例えばエロ本とか?」

「何を言っているんだ君は」


まぁある意味それも危険物と言えなくもないがな


「? ねぇ何でそんな脂汗を(ry

「変なものというのは……そうだな、例えばこんな物だ」


懐をまさぐり、今日の朝登校中にクロガネから渡された氷花を取り出して見せる
何も知らない人から見れば、ただの青い水晶で出来た花細工にしか見えないので、大抵は「綺麗だけどそんなものか」と拍子抜けしてくれるだろう

……私に何か言いたい事がある者は前に出たまえ、スマイトで真っ赤な花を咲かせて見せようではないか

ともかく氷花をキタザキの机の上に置き、彼に見えやすいようにする――――――と




「……え?」




彼は何故か呆けた声を上げて驚いた様子を見せ―――そして氷花を凝視したまま、フリーズしてしまった


「……どうした?」


訝しげに思った私が声をかけるも彼は反応を返さず、ただじっと氷花を見つめ続けたまま動かない
良く観察してみると、「これは水晶花……?」とか「いや細部が異なって……」とかぶつぶつ呟いている

もしかしてどこかおかしな所でもあったのだろうか


「……キタザキ? おーい」


そう言いながら彼の肩をゆさゆさと揺するが、やはり反応は無い
一体何がどうしたのかと疑問に思っていると――――――突然その瞳が焦点を合わせ、眼鏡が反射によって激しく光る
その余りのフラッシュに怯む間もなく、キタザキは何処か興奮した様子でずいっと私に詰めよってきた


「…………なぁブロッケン伯爵君、ひょっとしてクロガネちゃんが拾ってくる物とはこういう物ばかりだったりするのかね?」

「あ、ああ……大抵は」


キタザキの言葉遣いが激しく変わっているのだが、この時の私は彼の気迫に圧されてそれに気づかなかった
……というか近い! 顔が!! 近いっ!!

私の答えにキタザキは一旦体を離し、顎に手を当て何やら考え込み始める


今の彼の姿は、何故か老齢な医師の姿をイメージさせた


…………もしかしたら、彼は悪い意味でも変人かもしれない…………

ボロボロになりながらも教室に戻って来たなのはを見ながら、私が心中でキタザキのイメージを崩壊させていると、やがて彼は決心したように顔を上げ――――――









「ブリックズの砦君、もし良ければクロガネちゃんが掘り出した物を全て見せてくれないかな?」










――――――口調を元に戻して、そんな事をのたまった













……………………とりあえず【クロガネの砦】とか堅そうな感じがするなぁ……と、如何でもいい事が頭に浮かんだ














■ ■ ■


素材を加工できる人間が欲しかったんだ……!

シリカにするかキタザキにするか、それとも厚化粧姉妹にするかでギリギリまで迷った……が、良く考えると直接素材を加工(調合)できるのはキタザキ先生だけだったという罠

2のひまわりや月森は、絶対フロさんに面割れしてるだろうから除外


エトリアの樹海の神が都知事なのは当たり前だろうが――――――ッ!!

* と、思ってたけどよく考えたら世界樹の神って言ったらニーノ様とコモリ様だったよ! 俺が間違ってたよ難でもさん!



[17930] 7F 成績と英語を秤にかけたら鬱だ死のう
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/05/15 18:43
某月 某日








「ほ……本当に……! 本当にあったんだ……!!」


…………私が教室に持ってきた【拾い物】……その一部を見たキタザキのセリフである


彼の隠された一面を目撃したあの日、キタザキはやたらしつこく「拾いものを見せてくれ」と要求して来たのだ

私としては身内の恥をさらすような気がしてホイホイとひけらかしたくは無く、断り続けていたのだが…………彼の執念は凄かった


『頼むよ、お願いだから見せてくれってば!』『分かった、全部じゃ無くて一部分だけ、ちょっとで良いから!』『もしかしたら本当に調合ができるかもしれないんだよ!』


休み時間ごとに私の机の元に赴き、常に眼鏡をフラッシュさせながらそう頼みこんでくるキタザキ

……何がそんなにも彼を駆り立てるのかは分からないが、そんな押し問答が一日中続き、果てには我が家にまで押しかけてこようとしてきたのだ

いくら防御と意思と口の堅さに定評のある聖騎士といえども、友人にそこまで頼まれては断りきれる訳が無い

済まないクロガネ…………だが仕方がないのだ、友情はとても大切なものなのだから。うむ仕方ない、嗚呼仕方ない、仕方ないったら仕方がない




…………………………………………、




「決して。決して私の自室の中に疚しいものがあり、いくら同性の友人と言えど部屋の中を探られる事に危機感を抱いたと言う訳ではないぞ?」

<<何も言ってないんですがね>>


さておいて


だが流石にクロガネの拾いものを全て見せるとなると色々といらぬ騒ぎが起きる可能性が高いので、まず一部だけを学校に持ってくると言う事で妥協してもらった

勿論水晶の眼球だのうごめく球根だのといった、学校に持ってくるには余りにリスキーな代物は除外

興味を失ってもらおうと、小さな花や姫リンゴといった見た目普通の物ばかりを中心に選んだのだが……何故か予想外に感激されてしまった

否、感謝どころか「これらを俺に譲ってくれ! 頼む!」と土下座までされてしまう始末

…………一体何が彼をそこまで駆り立てるのか、本当に分からない

だがまあこれらの素材には危険は無いし、欲しいと言うのならば別に拒否する理由もない

クロガネからも許しを貰ったので、快く譲渡させていただいた


すると彼は満面の笑みを私達に向け、一言


「もし調合に成功したら、お礼として君たちにはタダで提供するからさ!」


そして背中に背負った風呂敷包いっぱいにドロップアイテムを詰め込んで、スキップしつつ下校して行ったのであった




……………………いや、くれるって……何を?

<<さぁ?>>








************








「海鳴市には翠屋という喫茶店がある


 傍から見ればごく一見何処にでもあるただの小さな喫茶店にしか見えないのだが――――――そこで出される料理の味、そして店が纏う雰囲気は、店を訪れる客に望外の居心地の良さを与えてくれることだろう

 おそらく、この町に住む人々に知らぬ人など存在しないと言っても良い程の人気店なのではなかろうか

 洋菓子類の販売も行っており、何でもその美味しさは海鳴市に住む女性の約7割がリピーターと化してしまう程の物であるらしい


 我が相棒であるクロガネも、そのリピーターの一人である


 ……彼女も女の子という事なのか、甘いものに目が無く特に翠屋のシュークリームがお気入り

 両親から貰ったお小遣いを握りしめ、上気した頬で翠屋へと向かう彼女の姿を初めて見た時には不覚にも萌え死ぬかと思った物だ



 『……しかしシュークリーム如きでそんなに必死になるとは……シュークリームなんぞ何処の物でもあまり変わらないと思うのだがなぁ』



 そしてクロガネにうっかり漏らし、ビーストダンスでズタズタにされてしまった時には不覚にも死ぬかと思った物だ


 で、激怒したクロガネ曰く


 『普通のシュークリームは皮がふにゃふにゃ、クリームの甘さがきつすぎて美味さはそれ程でもない

  でも翠屋のシュークリームは皮が冷めてもカリカリで、カスタードクリームの程良い甘さ、そしてほのかに香るバニラの香りが絶妙にマッチしていて、頬が落ちる程の美味しさ』……らしい


 薄れゆく意識の中、私は流石にそれは言い過ぎだろうと思っていたのだが……クロガネに翠屋に引きずられて実際に食べてみると、その認識は粉々に吹き飛んでしまった

 何せ焼き立てという事を差し引いても、クロガネの言う通りそこらのスーパーで売っている市販のものより物凄く美味しいのである

 いやはや……日本には有名無実などという言葉があるらしいが、そんな事は無かった。あれは人気が出るのも頷ける味だ


 ……余談だが、それ以来クロガネと私の間には「お礼やお詫びなどには翠屋のシュークリーム」という暗黙の了解が築かれる事となった



 さて、そんな翠屋だが、実はなのはの実家だったりする



 店長は高町家の大黒柱である高町士郎殿。とても大きな器を持ち包容力のある人物で、外見だけなら20代前半に見えるがその実30代後半のナイスミドルであるらしい。彼の入れるコーヒーはまさに至極の逸品だ
 …………しかし、のほほんとした人当たりの良さそうな気配の残滓に、歴戦の冒険者の影が見えるのは私の思いすごしだろうか?


 翠屋のパティシエ及び経理を担当しているのは、なのはの母である高町桃子さん。とっても優しくて、とっても強い最高のお母さん……とはなのはの弁
 士郎殿の年や子供の年齢からして30代で有る事は確実なのだが……とてもそうは見えない。士郎殿と合わせて人体の神秘とでも言っとけば良いのだろうか
 夫婦二人そろっての様子はまさに新婚さながらで、我が家の両親を彷彿とさせる


 ウェイターとウェイトレスをやっているのが長男と長女のコンビ、高町恭也さんと高町美由希さん
 恭也さんは寡黙ながらも責任感が強く良くも悪くも真っ直ぐな性格で、美由希さんは悪戯好きの活発な娘であるようだ
 ちなみに私と恭也さんとは初対面時に一悶着あったため、クロガネは彼に対して強い敵意を向けているのだが…………それはまぁ関係ないな


 そしてマスコットの位置には我が友、高町なのは
 明るく優しい性格で強い正義感を持つ、おそらくボディランゲージを発達させたと見られる謎の武術【OHANASHI】の使い手である
 私にとっては、文武両道で嫌になるほど完璧超人なアリサやすずかとは違い、勉学の面ではどっこいどっこいの良い勝負が出来る好敵手―――ライバルとも言える存在だ


 ≪≪……言ってて悲しくなりませんかね≫≫

 『クロガネにも負けてしまった現在、そんな事を気にしている余裕はない……!』


 同い年の子をライバル視して何が悪い! 何にも問題も矛盾も無いだろう!? 無いじゃないか!! 無いんじゃないかなぁ!!
 ちくしょう! 国語も英語も大っ嫌いだ…………ッ!!


 ≪≪涙ふけよベンチャー≫≫


 ともあれそんな背景もあって、私とクロガネを含めたアリサ達仲良しグループの5人は、結構な頻度で翠屋へと遊びに行っている

 ……遊び場としてならアリサやすずかの家が広くて良いと思うのだが、【皆が集まる際にはなのはの家に】という不文律が女の子の間では出来あがっているらしい

 まぁお茶請けとして必ず翠屋製のお菓子が出て来るし、偶に試作品の味見を任される事もある、きっと女の子にとっては魅力的な条件なのだろう、それに」



「―――いい加減に鬱陶しいわ!!」



死んだカボチャの目をして現実逃避をしていた私の後頭部に衝撃、目の前の机に広げられている英語のテキストに顔から突っ込んでしまった

感触からしてアリサ印の飛び蹴りであると推定、反撃のため立ち上がろうとして目の焦点を合わせてみると目の前に英語の訳のわからんスペルが眼前にアルファベットが視界いっぱいに悪魔の言語が展開してあばばばばばばば





「ア、アリサちゃん!? ブルストム君が痙攣して訳のわからない事言いながら気絶しちゃったよ!?」

「訳わかんないのは始めっからでしょ? むしろ寝てた方が良いわ、静かになるし」

「あはは……プリシラ君の英語嫌いは知ってたけど、まさかここまでだったとは……」

「おお丁度良かった、実はここに昨晩徹夜して試作したネクタ……もとい、気付け薬があるんだが試してみても良いか?」

「え……それって今キタザキ君が持ってる、緑色の粘液の事……?」

「それより【OHANASHI】って何なの!? 私そんな物使った覚え無いのに!!」

「はいはいはい、そんな事はどうでも良いからテスト勉強の続きをしましょ」

「……………………………(もくもくもくもく)」

「待てクロガネちゃん!! それは俺の作りかけメディ……回復薬だ! 君のお菓子はあっち!!」







―――時は定期テストの5日前


私とクロガネと三人娘、そして男一人が寂しかったので強引に引っ張り込んだキタザキを加えた私達6人は、件の翠屋にて共同テスト勉強を行っていた

………………英語なんてこの世からきえてしまえばいいのに








************







「男なのに【私】、それとその長い髪……前から思ってたんだけど、もしかしてプロイスト君ってオカマさんなの?」

「よしその挑戦受けて立とうか。クロガネ、弁護士を呼んでくれ」

「………………………104でおしえてくれる?」

「まぁまぁ落ち着いて」



一時間後、勉強にひと段落が付いたので休憩時間をとった

下らない事をぐだぐだと喋りつつ、桃子さんの持ってきたゼリーを食す

勉強で疲れた頭にゼリーの甘みが沁み渡り、ささくれ立った心を癒してくれた


「でもなのはの言う通り、髪の毛はともかく私達の年の男子でそんなに偉そうな態度で自分の事を【私】って呼ぶ奴は珍しいわよね」

「うん、私も社交場に連れられて行った時には周りの人たちが使ってるのを良く聞くけど、流石に男の子が使ってるのは見た事無いよ」

「……社交場? もしかしてすずかちゃんは良いとこのお嬢様なのか?」


私と同じく勉強に疲れていたのか、アリサとすずかもなのは発の馬鹿話に乗り、キタザキはその言葉に目を丸くする

キタザキは私より深く彼女達と接点を持っていなかったようだから、すずかの両親がかなりの資産家だと言う事を知らないのも当然か


「あ、そうか。キタザキ君は私達の家の事知らないんだっけ」

「別に知らなくても良いと思うけどね、ただおっきいってだけだし」


……いや、そんな何でも無さそうに言うべきことではないのだが

しかしよくよく考えてみるとアリサは【実業家の娘】ですずかは【資産家の娘】、そしてなのはは【超人気飲食店の跡取り娘】か……コネ的には錚々たるメンバーだな

……うん? そう言えばクロガネのご両親が何をしているのか聞いたことが無いな。というか逢ったことすらない

そっとクロガネの様子を観察する。ゼリーの美味しさに無表情で幸せオーラを放出していた


「っていうか私達の事は良いのよ、今はプロ子♂の話でしょうが」

「お前いつも私が傷ついていないとでも思ったら大間違いだぞ、ふたなりか私は」


さておき


「……私とて自らが用いる一人称や態度については変だと言う事を理解している、始めは猫をかぶって普通を演じていたしな」

「ああ、そう言えば初めて挨拶した時はそんな感じじゃ無かったよね」


学校では隣の席であるすずかが相槌を打つ

そう、ごく短い間だったが無邪気な子供だった時代が私にも有ったのだ。

それに私がこの喋り方を披露しているのは、クロガネとうちのクラスの人間だけだ。それ以外はちゃんと子供を演じている


「じゃあ何で私達には猫かぶりしてないの?」


不思議そうに聞くなのは

……いや何でって……そんなの一つしか理由は無いだろう


「君達と大乱闘をして本性がばれたからに決まっているだろうが」

「「「あぁ成程」」」


成程と納得する皆、クロガネは食事に夢中


「今思えば、あれが一つのターニングポイントだったのだろうな」


良くも悪くも重要なイベントだった

彼女達と友人となるきっかけの出来事で…………そういえばキマイラがはっちゃけだしたのもあの辺りだった気がする


「あー……じゃあ俺も喧嘩に参加しとけばよかったかな」


しんみりとそんな事を思っていると、キタザキがそんな事を呟いた

その言葉にクロガネを抜いた4対の視線がキタザキを見る、すると彼は慌てたように手を振り


「い、いや、そうすりゃもっと前から君達と親しくなってたかなー……なんて」


照れたようにそう笑い、その頬を赤く染める

……はて、こいつは私とは違いクラス内の友達は多かったと記憶しているが……何故あの乱闘の件でクラスから浮き気味の私達と親交を深めたがるのだろうか

やはりこいつも良く分からんな、あの素材も一体何に使っているのやら


キタザキに意識を戻すと、彼はさっきの発言をアリサ達に弄られわたわたと狼狽していた


…………まぁ良いか、私もキタザキと仲良くできるのならば是非そうしたいからな


私はどこか心の中に嬉しさを感じ、机の上に置かれたゼリーの入っているグラスを持ち上げ、僅かに残っていた中身を口内に流し込んだ


































――――――まさかこの十二年後、私達六人がミッドチルダと呼ばれる異次元世界で名を馳せる事となろうとは、この時の私はこれっぽっちも思わなかった



































ぐに

傾けたグラスの中からグミの様な何かが零れ落ち、私の歯に当たる


「…………………………」


吐き出して見てみたそれは、とても奇麗な赤い色をしたゼラチン質の物体だった

……というか、これはどう見ても【ゼラチン質の核】―――まだキマイラの出現する前、樹海の第二層で見かけた【レッドゼラチン】という不定形モンスター……そのドロップアイテムである


「………………………」


クロガネを見る、幸せそうな無表情でイスの背もたれによっかかっていた


「………………………………キマ」


キマイラ、お前私に何かしたのか―――そう問いかけようとして、気付く


―――そういえば、今日はキマイラを外して来たんだった


きっと今頃は私の自室の机の中でころころ転がっている事だろう

……………………………………………クロガネでも、キマイラでも無いとすると、つまり、これは、




正真正銘、私が起こした現象という訳ですね?




「……ホント止めてくれよもぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!」




拾い癖、感染






■ ■ ■



【キタザキ】


転生者。しかし完全に記憶を引き継いでいる訳では無く、素材や調合方法に関しての記憶が残っている程度

しかしそれでも精神年齢や思考能力は高く、興奮すると「前」の性格が無意識に飛び出ちゃう。前回興奮したのは、記憶の中の【水晶花】と【氷花】が似通ってた所為

世渡り上手で友達は沢山居るけども、当たり前だが皆子供。フロさん達みたいに大人顔負けの精神年齢を持つ子達と居るのは居心地が良い様子

元がレベル100超えの化物だった所為か、割と強い


次から無印開始……かな?



[17930] 8F 結界に包まれしああっとの棲家
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/05/27 23:52

最初に感じたのは、圧倒的な浮遊感

耳元では風の舞う音が煩く響き、目を開け眼下を見渡せば……私が慣れ親しんだ第二の故郷―――海鳴市の夜の町並みが広がっている

どうやら今私は、海鳴の遥か上空から地面に向かって落ちているらしい


「………………………………あれ?」


間抜けな声が漏れる

普通に考えれば割とのっぴきならない状態の筈なのだが、妙に心は落ち着いており、まるで額縁を通して絵を見ている様な感覚しかしないのだ

どうしてこのような状態になったのか考えようにも、意識はふわふわと霞がかかったかのように一定以上深く思考が出来ず、加えて体もピクリとも動かない

……そんな絶望的な状況の中でも、私の心はのほほんとしたままだ

現実感が欠如している


(……ああ、夢か)


そうか、これは夢なのだ

この余りに唐突すぎるこの展開、夢以外の何で説明が付くと言うのか

いやしかし夢を夢と認識できたのはこれが初めて――――――否、二回目か?


(……それにしても、私がこんなロマンチックな夢を見るとはな)


私の視界は満天の星空の中を回り飛び、海鳴の街を移ろいゆく

そこには数多の光が灯っており、幻想的な光景を生み出していた

まぁ上空から落ちているという点を除けば、ロマンチックな部類に入る光景であろう

私はその光景に見惚れ、しばらくぼけーっと見ていると……急に視界が回転、上方へと強制的に視線を引き上げられる


―――視線の先、何も無いはずの空間がガラスが割れるかのようにひび割れ、その隙間からは青い光が漏れ出していた


「…………ェルシー……が……!!」


その光景を視認した瞬間私の口が勝手に動き、切羽詰まったような声が放たれる……が、それは風切り音に阻まれ私の耳に届く事は無かった

一瞬の後、口と同じく勝手に私の左手が動き、その青い光へと伸び――――――


……おかしい、これではまるで誰かの行動をトレースしているようではないか


夢だから、と言えばそこまでなのだが……何なのだろうか、何か違和感が拭えない


まともに働かない頭でそんな事を考えていると――――――突然、青い光がはじけ飛んだ

その衝撃は私の体(?)を弾き飛ばし、光もまた流れ星の様に地上へと降り注ぐ


「しまっ…………でき……かった……!!」


再び声が発せられるが、今度も私の耳には届かない

衝撃の影響なのか周りを流れる景色のスピードが速まり、私の体はくるくると回転しながら物凄い勢いで海鳴へと落下していく


(……このスピードのまま地面に激突すれば、死は確実だろうなぁ)


呑気にそんな事を考えながら、回転し続ける

そしてそのままぐんぐんと地面との距離が近づいていき――――――


「………………っ!」


――――――私は緑色の光を放つ魔法陣……らしきものを足元へと展開させて、


















ぱちり、と

何だかとっても良い所で目が覚めた


「……………………」


うっすらと朝の光が差し込む自室、窓の外はまだ薄暗くチュンチュンと雀が鳴いていた

部屋にかけてある振り子時計を見ると、現在時刻は朝の3時半。日課の朝トレをするにもまだ早すぎる時間帯だ

私はベットからむっくり起き上がり、寝惚けた頭で先程見ていた夢の内容を何となく整理してみる


・海鳴に散らばる青い光

・それらを追う【誰か】

・【誰か】が使った、キマイラのよく使う魔法陣の様なもの


「…………何なのだろうね、この虫の知らせの様な不吉極まる感覚は」


胸の奥にある何かがジリジリと引っ掻かれるような感覚

2年前、小学一年生の時からキマイラの奇行に付き合ってきた経験が、私に警鐘を響かせている気がする

……とりあえず、机の上に置いてあるキマイラに目を向ける

奴は何時も通りのその黒い体に、わざわざ【Zzz】の文字を浮かびあがらせ眠っていた


<<キン……キンクリ……むぞーん>>

「寝言なのかそれは」


…………なんかもう、考えるのが面倒になって来たな……


「…………………………………私はなーんも見て無い、知らない、聞いてない」


ぼすんとベットに背中からダイブ

私は今見た夢を全て忘れる事にして、再び夢の中へと旅立つことにした

何せあと2時間後にはクロガネとキマイラとの実戦特訓が控えているのである

寝不足の状態で相手をするのはちとキツイものがある


「……まぁ、何かあったらその時に対処すれば良いな」


行き当たりばったりとも言うこの思考

やはり私も冒険者なのだなぁと再確認しながら、私は再び瞼を閉じたのだった















************













【!! ああっと !!】……それは迷宮へと挑む冒険者、そのすべてが恐怖する地獄への呼び声だ

その声は迷宮で素材収拾をしている最中、何の前触れも無く天から響き、どこからともなくモンスターを呼び寄せる

幾ら周囲を警戒し、どれだけバリケードを張り巡らせようとも意味は無く

声が響いたその瞬間、気付けば冒険者たちの目の前にモンスターが現れているのだ

当然その奇襲に即座に反応できる物は少なく、殆どの冒険者たちは一瞬で>>14へ行く事になる

現れるモンスターは上層に行けば行くほど強くなるため、その危険は新米ルーキーから熟練のベテランまでをも貫く共通事項

それ故「全ての冒険者」が恐怖せざるを得ない、F・O・E―――フィールドオブエネミーと並ぶ樹海の脅威の一つとなっているのである



……かく言う私も、【!! ああっと !!】には何度も辛酸を舐めさせられてきた

ラフレシアの毒に犯され、サウロポセイドンに跳ね飛ばされ、サイミンフクロウに脳内をお花畑にされた事もある

【!! ああっと !!】とは、私達にとって害悪以外の何物でもないのだ




…………そう、思っていたのだが





「まさかこんな形で役に立つようになるとは、誰が想像したであろうか」

<<想像力貧困~……とか馬鹿にできやしねっすなぁ>>


もはやすっかり訓練場として定着している公園の裏山にキマイラが張った結界内

そこに乱立する木々の隙間を縫うようにいくつも飛んでくるラフレシアの蔓……それらを全力逃走でかわしながら、私はシールドモードに変形したキマイラと二人囁き合った

全長2メートル以上の大盾を持ち、走り回る……二年前なら息も絶え絶えになっていただろうが、流石に小学三年生になるまでトレーニングを続けていれば体力にも少々余裕が出て来る

最初にラフレシアと出会った時のクローズドサークルもどきが嘘の様

今ではこの状態のまま5分くらいなら全力疾走を続けられる……と思う、おそらく

バリアジャケットを着ていれば活動可能時間はもっと増えるだろうが今は着ていない。あんな全属性耐性+筋力増強効果のある鎧などを着ていてはトレーニングにならないのだ



……と、そんな事を考えていると前方からも蔓が出現、八方を塞がれてしまった

蔓は勢い良く私の行動を縛りつけようと殺到し―――


「―――フルガードッ!!」

<<あいさー!>>


―――私の周囲に展開した薄緋色のガラスドームにぶち当たり、森の奥へと弾き飛ばされて行った

キマイラを掲げた私の足元からは、緋色の光―――魔力光と言うらしい―――で編まれた魔法陣が展開していた

何かもう色々と気味の悪い現象なのだが、私の放つフルガードの威力を高めてくれる恐ろしく使い勝手が良い光である

……確か魔法とか言う技術だったか? アルケミストの術式やバードの歌の様なものだろうか


<<さぁ? 我も良く原理は分かって無いんで>>

「おい」


ではお前はそんな訳の分からない技術を私に使わせていたのか?

思いがけないカミングアウトに一瞬集中が乱れ、ドームの一部に歪みが生じてしまう



―――すると、その隙を見計らったかのように上空から黒い影が躍り出る




その黒い影は全力逃走中の私をも超える速度で肉薄、鋭い爪を持って歪みの部分に的確に攻撃を加える

私は咄嗟に盾を動かし狙いを逸らそうとするも、敵方のスピードがそれを上回り、爪は深々とドームに突き刺さった


「っぐお……っ!?」


―――パキィィン……!


ドームはガラスの割れるような音を立て消失。足元の魔法陣も跡形も無く消え去ってしまった……!

黒い影はたたらを踏んだ私を逃すまいと追いすがり、左手の爪を振るう

私はその攻撃に合わせるようにキマイラを振りまわし応戦、金属音が辺りに響き渡り、そのまま鍔迫り合いへと移行


「っぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉ……!?」

「……………………!(ぎりぎり)」


……しかし体勢的な不利は如何ともしがたく、私は徐々に押され始めてしまう

黒い襲撃者はそのチャンスを物にするべくもう片方の腕を大きく振りかぶり―――そこだ!


「シー……ルド! スマイトぉ!!」

「!!………………あぐっ……!」


キマイラの左側面からスラスターが展開し、魔力光を噴射。キマイラを爪諸共大きく振り抜く

その勢いは黒い襲撃者を押し除け、背後へ大きく吹き飛ばした

しかし黒い襲撃者は空中で回転、バランスを取って難なく地面に着地する


「………………………やっぱり、その【まほう】はちょっと卑怯」

「ぐっ……いや何を言うか、お前の方は数の点で利があるだろうに」


黒い襲撃者……クロガネは、何処か拗ねたように不満を漏らす

今の彼女の髪型は……ショートボブと言うのだろか? それを適度に浮かせシャギーを入れた物へと変わっており、前の清楚なおかっぱ頭とは印象が180度違っている

かと言って似合っていない訳ではなく、彼女の野性的な雰囲気にとても良く合っていた


―――そう、只今私はクロガネとの実戦形式トレーニング中なのだ




「………………………ラフレシ太、ラフレシ子」


私の言葉を受け、クロガネはおもむろに指笛を吹く

すると森の奥から私を遠隔攻撃していたラフレシアが2体現れ、彼女の左右に着いた

その光景は、さながら姫を守るガーディアンといった風情だ

……ちなみに、大きな花弁が一枚だけ融解した様に無くなっているのがラフレシ太。垂れるほど長い花弁を持つのがラフレシ子である




―――クロガネはなんと【!! ああっと !!】をサポートスキルとして利用しているのだ




その名も【ああっと式召喚術】

【!! ああっと !!】でモンスターを呼び出し、【咆哮】でテラー状態にして従わせるというカースメーカーもびっくりのその手法

これによりクロガネの戦い方はトリッキーさを増し、私はキマイラと一緒に戦わねば彼女に勝てなくなってしまったのである



「まったく、私としてはこんな得体の知れない力など使いたくは無いのだがな」

<<何をおっしゃる、強くなれるんですから良いじゃないですか>>

「まぁそれはそうなのだが……何かドーピングをしている様な気がするだろう?」


まるでズルをしているいるようで、聖騎士として心苦しい

……クロガネに関しては【!! ああっと !!】を使っているのでお互い様かもしれないが


「…………………………ああっと、ああっと」


そんな無駄話をしていると、クロガネはさらにサウロポセイドンを2体呼び寄せ、装備した手甲爪を構える

……どうやら、もうそろそろ決着を付けるつもりらしい

確かにそろそろ登校時間も差し迫っている、シャワーを浴びる時間を考えると時間的な余裕は殆ど無いと言っても良い




「……いくぞ、キマイラ!」

<<試して合点!>>

「………………………全員突撃!」




――――――私とクロガネ+αは同時に走り出し、決着を付けるための渾身の一撃を放ち合った











************










結果報告


クロガネにシュークリームを一つ奢る事になったよ!




……………………何だ? 何か言いたい事でもあるのか? ええコラ










<<はいじゃあ結界解きますねー>>


そんなキマイラの呑気な声が聞こえるとともに、モノクロだった世界に色が戻って行く

灰色の木、灰色の草、灰色の地面……その全てが一斉に鮮やかさを取り戻し、さらに折れた木や草木が焼け焦げた跡が元に戻って行く様はまさに圧巻

何度見てもこの光景には目を奪われてしまう

前のギャグ時空結界とやらも大概だったが、この結界はそれ以上だ

<<ギャグの方が常軌の逸し度は上なんですがね>>とキマイラは言っていたが、ビジュアル的にはこっちの方が凄いと思う

……というか何故私はこんなにも魔法なんて意味不明な力に慣れ親しみ、有効活用しているのだろうか

幾らなんでも精神汚染が進み過ぎだろう


「……クロガネ、私はきっともう駄目だ」


私は自身の精神状態に愕然とし、クロガネに慰めてもらおうと彼女に話しかける

…………が、何故か反応が無い

もしかして無視された? と心配になり、クロガネの方に意識を向けてみると――――――彼女は何かそわそわと落ち着かない様子で、その可愛らしい小鼻をヒクつかせていた


「……………………………(ふんふん)」

「……いや、どうした?」


流石に怪訝に思い、再び声をかけると彼女は何か引っかかる物が有るような目をこちらに向け


「……………………………臭い」



―――私の心を的確に抉った



嗚呼……思春期の娘を持った世の中のお父さん、私は今あなた方の気持が痛いほどに理解できました……!

目の幅ナイアガラを作りがっくりとうなだれる私を尻目に、クロガネは言葉を続ける


「………………………うまく言えないけど、何か変なにおいがする」

「……分かった、分かったから」

「………………………そう、何か嫌な感じが」

「シャワー浴びて来るから……っ!!」


目の端に光る何かを浮かべつつ、私は脱兎のごとく全力逃走。クロガネの前から一瞬で姿を消した






************






<<……あれじゃあ言葉数が足りませんよ、ちゃんと「この町から」を入れなくちゃ>>

「…………………………何か知ってるの?」

<<ええまぁ、何か大きな力がこの町にばら撒かれたことぐらいは>>

「………………………………」

<<……良いじゃないですか、ほっときましょうよ>>

「…………………………何故?」

<<どんな物が落ちてきたのか分からない以上、ベンチャー達が関わった時の命の保証は出来ませんしね>>

「…………………………」

<<…………なんですかその目は? 我だってそれなりに今の生活は気に入っているのですがね>>

「……………………………へぇ」

<<……………………………>>

「……………………………」

<<……………………………>>

「……………………………」

<<……さ、さて、そんな事は誰かが何とかしてくれるのを待つとして…………取りあえずベンチャーには後でフォローを入れとくように>>

「…………………………?」

<<いや流石に開口一番「臭い」は傷つくと思いますよー? 何せベンチャーってば見かけは子供でも中身はアレですからして>>

「…………………………何で?」

<<いえですからね、幾ら汗まみれでアシッドスメルが酷かったとしても、そう言うのはオブラートに―――>>

「彼の汗は臭くなんて無い、むしろ何だか良いにおいがする」

<<……………………………>>

「……………………………」

<<……………………………>>

「……………………………」

<<……………………………>>

「…………………………聞かなかった事に」

<<恥ずかしがる位なら言わなきゃいいのに>>








■ ■ ■



すいません、リアルがごたごたしてて中々更新できませんでした

何で現実なんてものが存在してるんだろね



そして七誌様、こんな勢いが殆どのネタ作品をイラストに起して下さって本当にありがとうございます

「ルイズさんが飛ばされました」楽しみにしております



本当ならば七誌様だけではなく、感想をくれた皆さまには個別にレス返しをさせて頂きたいのですが……何せ時間が足りない

しかし皆さまの応援は確実に私の力に変換されております故、これからも応援よろしくお願いします




……と、偶には真面目に書いてみた後書きでした



[17930] 9F 影で目覚し魔法少女
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/06/28 20:44
昼休み、ぽかぽかとした春の日差しが降り注ぐ学校の屋上

午前の授業を終えた私達いつもの六人と一個は、その青空の下で共に午後のひと時を過ごしていた
設置されたベンチに並んで腰掛け、仲良く談笑しながら親御さんの手作り弁当を突っつき、時には分け合う
嫌いなおかずや好きなおかずに一喜一憂し、他愛も無い話で盛り上がり、時を忘れて語らい合う

傍から見ればとても子供らしく、微笑ましい光景の事だろう



「いい? 今のうちから将来のヴィジョンをしっかり見据えておかないと、人生と言うゲームで成功を収める事なんて出来ないんだから!」

「えぇぇ……でも私達まだ小学生だし、そう言うのはまだ早いんじゃ」

「甘い! そんな事言ってると、なのはも直ぐにニートの仲間入りよ!?」

「うーん、まぁ全部を決めるにはまだちょっと早いと思うけど……取りあえず方針は決めておいた方が良いかもね」

「そんな事より見ろ! これを見ろ!! 貫徹する事5日目にして、やっとこさ呪いのこ……逆アロマが完成し―――ぉぶぅっ!?」

「………………………ドクター、貴方は疲れてる」

((ノーモーションからの無拍子打ち……ですって……!?))



…………まぁ、話の内容に目を瞑ればの話だが


私は逆立ち姿勢での腕立て伏せを続けつつ、そっと溜息を洩らす

将来のヴィジョンだのニートだの貫徹だの……明らかに9歳児がする様な話題では無いだろう
この子達以外のクラスメイトが話す事など、遊びの事か下ネタ系の事しかないぞ? 落差が大きすぎる
流石にそれを見習えとは言わない、言わないが…………


「もう少し、子供らしい振る舞いは出来ないものか…………」

「さっきから常軌を逸した筋トレやってるアンタにだけは言われたくないわよっ!!」


私の呟き声を耳聡く拾ったらしいアリサから、怒鳴り声と共に輪切りにされたレモンが飛来

それはまるで流れ星の様な軌跡を描き、私の右目へアジャストインッ!


「!!~~!~~~~~ッ!~~~~!!」


目の奥を駆け抜ける激痛
思わず目を擦ろうと体を支えていた両手を地面から離して―――支えの無くなった体は地面に落下、脳天を激しくコンクリートに打ち据えた


「―――ぬぎぃおおおぉおあああああああああッ!?」


目と頭の痛みにのた打ち回り、屋上を縦横無尽にごろんごろん転げ回る
回転により長髪が体に巻きつき、ついでに屋上の汚れをも巻き込んでいく


「アンタのその【自分だけは真人間】とでも言いたそうな口ぶりが気に食わない」


ぺっ

人間コロコロカーペットと化している私を見て、アリサはそう吐き捨てた




<<話の内容に目を瞑るまでも無く、子供らしさからは縁遠い集団であった>>


傍から見ていたキマイラが、ぽつり







************






「そうだ、ちょっと聞きたいんだけど、フロースノヤド君も何か将来の夢とか持ってたりする?」

「なぁすずかよ、もしかしてわざと間違えて無いか」


散々コンクリートを転げ回ったおかげで埃と砂で汚れた制服を叩いていると、すずかがそんな事を問うて来た

詳しく話を聞いてみると、何でも先程から今日の授業で教諭から言われた将来の事について話し合っていたらしい
で、なのはが何も考えていない事が分かったため、啓発を促してたとか何とか

…………君たちはまだ小学三年生なのだから、そう言う事について考えるのはもう少し大人になってからの方が良いと思うのだが…………まぁ、夢や目標があるのは良い事か

さておき、私の将来の夢……か


「…………そうだな、出来る事なら聖騎士になりたいとは思うが――――――」


この世界にはパラディンと言う役職が無いのだよなぁ
初めてその事実を知った時にはかなりの絶望と虚無感に打ちひしがれたものだ


「――――――強いて言うなら自衛隊……か?」

「自衛隊?」

「うむ」


【護る】事に主眼を置いたその組織理念は、何処となく聖騎士を彷彿とさせるものがある
流石に冒険者時代の様に自由な行動は出来なくなるだろうが、個人で活動をするよりかは遥かに人を守ることのできる機会は多いだろう

……警察官やレスキュー隊というのも良いかもしれんな


「自衛隊かぁ…………うん、フルボッコ君のイメージにぴったりだね」

「ああそうだな、そろそろ私は怒っても良いのかもしれないな」

「え、えーと……そういうすずかちゃんはどんな夢を持ってるの!?」


瞳からハイライトを消し、キマイラを握りしめた私に不穏な物を感じたのか、なのはがわたわたと手を振りながら話題を逸らす


「私? 私はそうだなぁ……機械とかの工学関係の道に進みたいかな」

「そういえばすずかって機械いじりとか好きだったわね」

「うん、今でも少しは勉強してるけど、もっともっと勉強して知識を身につけて…………そうだ、キタザキ君のお手伝いをするのも楽しそうかも」


そう笑って、未だクロガネの一撃で沈んだままのキタザキを見る
徹夜でよっぽど疲れていたのか、彼は白目をむいて涎を垂らしつつ泥の様に眠っていた


「キタザキ君が作る薬って不思議なものばっかりだし、私もちょっと興味があるから」

「……アレは不思議って言うか、もはや不気味ってレベルじゃない?」


正直あんまり関わりたくないんだけど

すずかの言葉にアリサは苦い顔をする

どんな傷をも一瞬で癒しどんな状態異常も一瞬で回復する、効能は馬鹿らしいほどに凄まじいキタザキ印の回復薬
今まではその材料である素材がクロガネの気まぐれ頼み、加えて調合に必要な機材も用意できなかったために余り数が作れなかった

それに業を煮やしたキタザキは、調合に必要な機材関係を月村家に、さらに材料関係をバニングス邸の飼い犬達に協力を求め、なんと謎薬品の量産体制を築き上げる事に成功してしまったのだ
しかもすずかの姉の忍さんはノリノリで協力してくれているらしく、バニングス邸の犬達も……否むしろメイド達が【得体の知れない物】を引き取ってくれると協力的

『俺は将来、この薬品を足がかりとして会社を立ち上げようと思う』と目の下を真っ黒に隈取り宣言した彼の後光はドドメ色、将来大変な事をしですような気配がビンビン

アリサもその姿に何かを感じたらしく、なるたけ関わるまいと非協力的な姿勢を見せているのだ


「でも、アリサちゃんはお父さんの会社を継ぐつもりなんだよね? なら将来のためにコネクションを繋いでおいても損は無いんじゃない?」

「内側に爆弾を抱え込む気は無いわよ」


にべも無く一蹴
というか重ね重ね言うが君たちは本当に子供なのかと以下略

ちなみにクロガネは会話に参加する事無く、隅で愛用の手甲爪(銘・わん2クロー、駅前のゲームセンターでモグラ叩きをしたら何故が手に入った【土竜の剣爪】を材料として作った【にゃん2クロー】をさらにカスタマイズした物。その時にキマイラとの間に起こった【イヌミミVSネコミミ論争】はこれを語るに外せない話なのだが真面目に語ると5時間は掛かるのでここでは割愛)を布で磨いている

大方どこまでも私について来るつもりなのだろうが……自立心を育てさせるべきだろうか、うーむ


「ふぇぇ~……皆色々考えてるんだ……」


なのはが感心したように溜息を洩らす
……ああ、そういえばこの子は何も考えていないのだったか


「そうよ、だからなのは、アンタも今の内に将来の事について少しは考えておきなさい」


さも当たり前の様に言っているがそれは子供の思考では略

するとなのははアリサの言葉に困ったような笑顔を浮かべる


「そんな事言われても、私には取り柄って呼べるものが無いから……」


すこし落ち込んだように心中を吐露するなのは


「私に何が出来るのかも分からないのに、将来の事なんてまだ早いよ」


…………何も考えていないなどとんでもない
ちゃんと自分自身の事を省みて、真面目に考えているではないか

……その自己評価には納得がいかないが

ちらりと横を見てみると……予想通り、アリサが怒りによって肩を震わせていた


「―――このバカチン!」

「にゃ!?」


やはり先程の言葉はアリサの逆鱗に触れてしまったらしい、いきなりの怒鳴り声になのはは肩をすくめる


「自分に取り柄が無い!? アンタどの口でそんなこと言うのよ? なのはにはなのはにしか出来ないことが絶対にある筈よ!!」


そう言ってアリサは立ちあがり、なのはのツインテールを左右に引っ張り始めた


「いたたたたた!? 脳が! 脳が左右に割れちゃうよアリサちゃん!?」

「大体理数系の成績なら私よりも上じゃないの! それなのに何の取り柄も無いって結論に行くのはこの頭!?」

「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ぎりぎりと音を立ててツインテールを引っ張り続ける
……流石にこれ以上は本気で左脳と右脳が泣き別れしてしまうかも知れないな、そろそろアリサをなだめるか


「アリサ、もうその辺で止めておこう…………だがなのは、私もアリサと同意見だ。取り柄が無いとは些か自分を卑下しすぎだ」


ついでになのはの事を激励しようと、アリサの言葉に追従して立ち上がり――――――


「そうだよ、アリサちゃんとフリチン君の言うとおり、取り柄が無いなんて事は」

「その喧嘩買った!!」


―――右足を勢いよく足元に叩きつけ、畳一畳分の大きさに捲れ上がったコンクリート片を引っ掴みすずかに投擲
コンクリート片は物凄い勢いで回転しすずかに迫るが―――当の彼女は眉ひとつ動かさず、涼しい顔をして片手で受け止めた

受け止めた際の衝撃は周囲に暴風を巻き起こし、私の長髪や女子勢のスカートをはためかせ、バタバタと耳障りな音を立てさせる

―――風が止み、静寂の帳が周囲に落ちる


「……はっ!」


静けさを吹き飛ばすかのような掛け声一発、すずかは受け止め掴んでいたコンクリート片を粉々に握りつぶした

そして小首を傾げ、私に笑顔を向ける

その瞳はいつもの人を安心させる深みを持った黒色ではなく、まるで血の様な紅色へと染まっていた


「……………………………」


……私は制服の襟元を緩め、動きやすいように調節。両腕を垂らし、少し広げて戦闘態勢を取った

女の子だからと侮るなかれ、瞳が紅く染まった時の彼女は通常時の何倍もの身体能力を発揮するのだ
片手でコンクリートを破壊したことからもそれは確定的に明らかである

私達の間に濃密な殺気が流れ、こちらの様子に呆気にとられたアリサ達を観客として、キタザキを挟み見つめ合う


―――嗚呼これより先は素晴らしきかな惨殺空間、本気でやらねば骸と化す


「……ぅん……?」

「「………………………ッ!!」」


充満する殺気に中てられたのか、キタザキがもぞりと身じろぎをして――――――私達はそれをスタートコールとして同時に駆けだした

ぐんぐんと縮まる彼我の距離

疾風の如く迫るすずかはその心なしか先程より爪が伸びている気がする腕を振りかぶり、私は進路上に落ちていたキタザキの首根っこを鷲掴み、それに合わせるように「……ぇぇぁぁぁあああああ!?」ぶん回す



紅い瞳に私の姿、黒い瞳にすずかの姿が互いに映る

私達は今、完全に二人だけの空間に居るのだ――――――!










「……相も変わらず良くやるわね、あいつら……」

「ちょっ! そんな落ち着いてる場合じゃ無いの! ああキタザキ君がボロ雑巾みたいに……!」

「いい加減に慣れなさいよ、なのはったら…………クロガネ? キタザキ印は余ってる?」

「……………………ん」

「なら特に心配する事無いわね、収まるまでほっときましょ」

「……………………(こくん)」

「ええええ……い、良いのかなぁ……?」

「そんな事よりなのはの話よ! 良い? 大体アンタには翠屋の二代目店主になるっていう選択肢が――――――」

「ふぇぇぇ……まだ続けるの……?」





************






で、その放課後

塾に行くと言うなのは達と別れた私に突然<<助けて!>>という声が聞こえた…………頭の中で

私とテレパス出来るクロガネとキマイラに確認を取って見たが、二人は特に何も言っていないらしい
…………どうやら、すずかとの激闘の余波でへろへろだったために幻聴を聞いてしまったようだ

私は家に帰宅した後ベットに直行、心配する母への良い訳もそこそこに今日はもう寝る事にした


睡眠中、また何か変な声が聞こえて、今度は映像も頭の中に流れ込んできた気がするが…………朝に目が覚めた時には何も覚えていなかった

何故かふと前に見た青い光の夢を思い出したが…………まぁ、忘れると言う事はそんな大切なものでもないのだろう

私はベットから立ち上がり、大きく伸びをする


筋肉痛か体の節々に鈍い痛みを感じるが、十分に睡眠を摂ったおかげか頭はスッキリと冴えわたっていた


さぁ、今日も元気に朝トレだ






■ ■ ■





何かもうこのままフロ兄さんの日常だけでも良いかもしれん

これ書き始めたきっかけも「フロ兄さんの幸せな生活を書きたい」って理由だったし

以下何の脈絡も無くおまけ↓





◆ ◆ ◆







[おまけ]


【がんばれバーロー君】







「その偉そうな態度が私を苛立たせてならないんだけれど」

「え? 何? 我は神ぃ? ……頭湧いてんじゃないの、コイツ」

「永遠の命をやるから帰れだ? 命乞いするんだったらもーちっと下手に出ろよコラァ!!」

「えーマジ第二形態とか言ってんの!? キモーイ! 【真の力】設定が許されるのはゼロツー様までだよねー、キャハハハ!」


(……好き勝手な事を言いおってからに)


トイレの個室の中、蹲る我を踏み付け拳を振るう人の仔らの煩い声を聞きながら、我はそっと歯を食いしばった
拳や足が振り下ろされるその度に、我が体の至る所が悲鳴を上げるが……怨嗟の声を上げる事すら億劫だ

しばらくその状態を続け、堅く目を閉じて痛みと屈辱に耐え忍んでいると、やがて飽きたのか唾の一吐きと共に人の仔らの気配が消える
多数の足音が話し声と共に離れていき、トイレの入り口が閉まる音が響く
しかしすぐに行動は起こさず、蹲った姿勢のままたっぷりと余裕を持って5秒数え……本当に誰も居ない事を確信した後、大きく息を吐いた

痛む体をゆっくりと起こし、床に打ちつけた痛みを振り落とすかのように頭を振る
色素の薄い赤色……桃色の髪が左右に揺れると共に、ぼんやりとしていた意識が元に戻った

まったく…………無知蒙昧かつ野蛮な、仮初の命しか持たぬ土に堕ちた者ども風情が……神たる我を足蹴にするとは何たる無礼!
我はただ、如何に汝らが愚劣で愚かな種であるのかを懇切丁寧に教授してやっただけだと言うのに! 
いきなりトイレに連れ込み殴る蹴るの暴行を加えるとは……やはり人の仔は人の仔、神の考えなど理解できる筈も無かったか……


「……ならば、だ」


我はよろめきながらも立ち上がり、個室に設置されている便器の後ろ側の暗闇に手を入れる
ライトが手元に無いために少々てこずったが―――我の手は何とか目標の物に到達、それをしっかりと掴み、勢い良く引き上げる

青痣に塗れた我が右手に掴まれていた物、それは自作の隠しカメラ

近所の廃棄物置き場から少しづつくすねて行ったパーツで作った、全長10センチにも満たない超小型隠しカメラである
もう少しマシなパーツがあればもっとサイズを縮小出来たのだが…………否、高望みはすまい

我はそのカメラを手に、にやりの神の微笑を浮かべた


「奴らに神の天罰を下す時が来たようだ」


これを見せれば、いくら愚鈍で無能な猿教師であろうとも、ここで何が行われていたのか理解できる筈だ

クツクツクツ……口の端から、神の美声で構成されし笑い声が漏れ出る

我は大きく両手を広げ、その端正な顔に美しき笑顔を浮かべ―――そして叫んだ



「―――さぁ、愚かなる人の仔どもよ、退学の恐怖に怯え震えるが良い―――!!」









申し遅れた


我は江戸川、魂の名はオーバーロード

私立聖祥大附属中等部の一年A組に属する、完全無欠且つ眉目秀麗なる13歳の男子中学生である

今は故あって人の身に堕ちてはいるが、かつての我は滅んだ世界からの脱却……そして新たなる世界の創造を夢見た、全ての命を統べる神であった


――――――さぁ、畏敬するが良い








◆ ◆ ◆







「おのれあの猿教師どもがァァァァァ!!」


完璧なる均整を保つ我が右腕、そこに握りしめられた紙の束―――10枚以上にも及ぶ書き終えた「反省文」の原稿を教卓に叩きつけ、我は激昂した

あの後我は意気揚々と猿教師にカメラを持って行ったのだが、意味の分からない事に奴らは罰せられる事は無く、我だけが反省文を欠かされる事態となってしまったのである

何故だ!? 何故あの下等生物どもが罰せられず、被害者である我が罰せられる事になるのだ!?
我は確かにあのカメラを手渡した筈だ! 奴らがしでかした事の証拠を収めた映像を!

なのに何故!? 何故あの猿教師はその映像を見る事もせずに溜息を吐く!?

…………何? 『学校に隠しカメラを仕掛けるなんて何考えてるの?』だと?

神たる我が自分の居城の事を把握するのは当然の事であろう! そこにどのような疑問を挟む余地があるというのだ!?

……完璧なる理論で持って相対するも猿教師が下した決定は覆らず、こうして閉門寸前まで学校に居残り、反省文を仕上げる羽目となってしまったのだ


「新世界を創造した暁には、汝らの居場所など無いと思えぇぇぇ!!」


誰も居ない教室の中、絶叫を上げてもなお誰もが聞き惚れるであろう美声が響く
……しかし誰もいないので惚れてくれる者は現れなかった


「……くっ、もうこの様な時間か」


教室にかけられている時計を見ると、針は既に大分遅い時刻を示している

別に心配をしてくれるような上等な親を持っている訳ではないが、早く帰る事に越した事は無い
未だ収まらぬイライラした気持ちを胸に鞄を引き寄せ、早く下校するべくその長く美しい美脚で教室を後にした





下校途中の道がすら、我の聡明なる脳裏には「どうしてこのような状況となってしまったのか」という疑問が絶えずリフレインしていた

始まりはまず、前の世界であの忌々しい冒険者どもに敗北を喫した事であろう
我はそのリーダー格であろう金色の髪をした聖騎士の少年、彼の持つ大盾に殴り抜かれ、無念の想いと共に光の粒子となり消滅したのだ

……そして、気付いた時には神であった我が体は脆弱なる人の仔のものへと姿を変え、何の冗談か遥か過去―――前の世界の十数世紀も前の世界に再び産まれ落ちていた

無論、再び人の仔へとなってしまった事については激しい憤りを感じ、胃が溶け落ちるほどの怒りをも感じたが…………それと同時に、これはチャンスだとも思った

未だ人類が生み出す科学力に犯され切っていないこの時代ならば、遥か未来に置ける文明の滅亡を回避する事が出来るかもしれない


ならば今度こそ我が新世界を創造し、新たなる秩序の神となる!


そう思い立った我は、世界を救うために行動を起こすことにしたのだ




………………………………………しかし、だ




「まさかこれ程までに神に楯突く輩が存在するとは思わなかった……!」


そう、行動を起こしたまでは良かったのだが、返ってその行動が周囲から不気味に見られ、気付いた時には周りは敵だらけになっていたのだ

生命の研究に再び着手しようにも、子供の体となっている我に必要機材を集める手立ては無く、端末を創ろうにもパーツを揃える事が出来ない
ならば遺憾ながらも協力者を作ろうともしたが、やはり子供と言う事がネックとなり自称『分別ある立派な大人』共は真面目に取り合ってくれはしない
……子供? ふん、我が欲しいのは優秀なサポートをこなせる即戦力だ、脳内で戦隊ヒーローが常に闊歩している様な馬鹿どもに用は無い

結果としては孤軍奮闘せざるを得なく、ある程度の信頼(人の仔との信頼関係など信用できないが)と権力を得る事のできる年齢に達するまで、具体的な行動―――我の得意とする生命の研究すら満足にできない状況が続いているのだ

神とは孤高であるもの……それは理解していたが、敬うどころか見下してくる人の仔の何と多い事
嗚呼腹正しい、腹正しいったら腹正しい。せめてこの脆弱な身体で無かったら我の神スキルでどうにでもできるというのに……!
孤独そして孤独を使いこの世のすべてに呪いを! そして天罰を!


「大体何だというのだ! 神たる我の教えに聞く耳を持たないとは、蒙昧にも程がある!!」


せっかく我直々にこの世の摂理を説いてやったと言うのに、暴力で返されるとは流石の我も予想GUYだ!!
特にあの巣暮井と当凛とか言う女子生徒! あ奴らの攻撃は全て急所狙いだったぞ!?


「ああああAACVMACVAACVMACVAACVMACV!!!」


無意味だとは分かっているが、物理・術式カウンタスペルを口ずさみながら歩く速さを速める
一刻も早くこの不快な出来事を過去としてしまいたい!!


「AACVAACVMACVMAC……、む……?」


そして歩みを進める事しばし

海鳴市に唯一の神社の前、街頭に照らされるを長い石階段の前を通り過ぎようとすると――――――どこからか視線を感じた


「……………?」


周囲を振りかえり人影を確認をしてみるが……人影どころか植物以外の有機物は見当たらない
……だが、確かに何処からか視線を感じる


「……ふん、この神にここまで高レベルのストーキング行為を出来る者が居るとはな……!」


辺りへの警戒を怠らずに、気配以外を感じさせる事の無い人の仔へと称賛を贈る
どこの人の仔かは知らぬが、この神たるオーバーロードにここまで言わせたのだ、さぁ誇るが良い!

そのまましばらく周囲に視線を這わせていると……石段の下に目が向いた

街灯の光が届かない、薄暗い闇の中…………そこに何かが落ちていた

何故かいたく興味をひかれた我は、警戒もそのままにその場所へと近づいて行く
普段の我ならばこの状況で得体の知れない物に近づくという愚は犯さないのだが――――――今感じている視線は、その物体から発せられている気がしたのだ


「…………………これは」


そして近づき、手に取ったそれは…………一体の50センチほどの日本人形だった

おそらく、石段の上にある神社から落ちてきたのだろうが……それにしては傷が殆ど無いのが気になった
まさに大和撫子と言っても良い端正な顔立ち、そのつややかな黒髪は腰の部分まで垂らされ、少し薄汚れてはいるが質の良い着物を押し上げる、ふくよかな胸元

……しかし何より目を引いたのは、その額

形の良い額の上から2本、黒髪を押し退けるように天に向かって鋭い角が生えているのだ


……神社の前、薄暗い夜道、纏わりつく視線、そして角の生えた日本人形……


健常なる人の仔ならば、すぐさま人形を投げ捨て無様に悲鳴を上げつつ逃げ出す所なのだろうが――――――我はこの人形に懐かしさを感じていた


「……炎の魔人……」


……そう、この人形は前の世界で我が創りし神種、炎の魔人を彷彿とさせるのだ



―――余程酷い恨みを買ったのか、何度も何度も冒険者どもに殺され続け謙った性格になったキマイラ

―――戯れに材料にした冒険者の意識が残ってしまったのか、創造主である我にやたらと反抗的だったスキュレー

―――その金きり声で、天空城の計器類を何度も破壊してくれたハルピュイア

―――そして鼻が狂う程に息の臭かったジャガーノート



その悪い意味で個性の強すぎる我の子供達の中で、炎の魔人は唯一のまともな性格を持っていた
他の姉弟達のフォローをしてくれ、研究が上手くいかなかったときには励ましてくれたりもした

……正直、彼の子が居なければ、我は神でありながら育児放棄をしていたかもしれない

我にとって心の癒しとも言える存在、炎の魔人と同じ雰囲気を持っているのだ、この日本人形は


「………………………む、むぅ?」


―――ふと気づけば、我の目元から神の聖水が流れ落ちていた

我が体液は神の水、無闇に垂れ流す訳にはいかぬと、とめどなく溢れ出るそれを止めようとするが……


「何故だ……? 何故、止まらない……?」


はらはらと流れ出る涙を止める術が見つからぬまま、我が御心は困惑に揺れる

そして何気なく手に持つ人形に目をやり――――――


――――――その我を気遣うような澄んだ瞳と目線が合い、我の中の何かが決壊した




一人ぼっち


           やるべき使命


    振るわれる暴力


                 理解の無い猿教師



「う、ああああ、ぁぁあああぁ……」


今まで耐え忍んできた全ての負の感情が吹き出し、頭の中がかき乱され真っ白になる
我は手に持っていた人形を抱きしめ、思わず地面に膝をついてしまった

……そして、その姿勢のまましばらく呆然としていると―――


ぽつり、と

胸元から、声が聞こえた気がした




『お父様、あまり気負うことの無いよう―――』





…………この世に再び産まれ落ちて13年

我は人形……否、炎の魔人を胸に抱きしめ―――初めて大声で、泣いた












がんばれバーロー! 負けるなバーロー!

今より10年後、ミッドチルダと言う異次元世界で恐れられる『管理世界の三大マッド』の一人に名を連ねられるその日まで!




[17930] 10F 影尽く小児の集い此処に完成す
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:e0e67ef2
Date: 2010/06/29 06:03
その少女は、実に平凡な小学生であった


喫茶店の実家を持ち、心の優しい家族達と共に仲良く暮らしている小学生の女の子

家がお金持ちでも、吸血鬼の血を引いている訳でもなく

妙な薬を調合出来たり、この世界の何処で役に立つかもわからない盾術に命を賭けて居る訳でもなく、前世が狼だったりもしない

少し……というかかなり大人っぽい思考回路をしている事を除けば、ただの心優しい、自分に自信が持てない事をコンプレックスに持つ普通の美幼女だ


彼女は非常識な友人たちに振りまわされ、将来への不安を裡に抱えながらも、家族や友人達との平和な日常を楽しんでいた






——————しかし、そんな日常はある日突然終わりを告げる




<<僕の声が聞こえますか!? 誰か! 誰か僕に力を貸して下さい——————!>>




———何の前触れも無く響いた、切羽詰まったような少年の声

———そして脳裏に送られてきた、神社で何かが襲われている映像と共に……











「な、何なの……これ?」


海鳴市に唯一存在する神社、八束神社の境内にて
日の沈んだ暗闇の中、少女は震えながらそう呟いた

辺りを照らすは月明かり、その柔らかな明かりは境内の中を神秘的に彩っている
周囲に人の気配は無く、聞こえて来るのは虫の鳴き声のみだ



———そして、月明かりの届かぬ境内の影、光のない暗闇の中にそれは沈んでいた



『……ト……マ……ーサマ……』


その異形の存在はくぐもった声で何事かを呟きながら、ゆっくりと少女の元へと近づいてくる
ズシン、ズシンと足元の石畳にひびを入れながら歩くその姿はとても不気味で、この世のものとは思えなかった

早く逃げなければ……がたがたと小刻みに揺れる異形の影に浸食されつつある視界の中、少女は必死に足を動かし逃げようとするが……

———恐怖のためか足が竦み、満足に動かすことができない


「あ、う、あ……」


逃げる事も叶わず、ただ震えるしか出来ず
徐々に少女と異形との距離が縮まって行き、彼女の目じりに涙が浮かぶ


「やめて……来ないで……!」


嗚咽の混じる声で懇願するが、しかしそんな訴えを聞く筈も無く、異形は大きな足音を響かせながら月の明かりの下に身を晒す


「……………っ!?」


まず最初に現れたのは———二本の巨大な角
本来ならば眼球のあるべき場所から生えているそれらは、まるで天を突くかのように聳え立ち、頭部から生え出る黒髪の長髪……の様なものを押し退け、月明かりを反射し怪しい光沢を放っていた

次に現れたのは、分厚い肉に覆われたその体
その大きさは少女の身長の優に6倍以上はあり、短い脚と鋭い爪のはえた巨大な腕がアンバランスにくっ付いている

そして最後に現れたのは悪魔の様な翼
薄く血管の浮き出た膜の様な質感、そして両端に生えている鉤爪はまさに悪魔としか言いようがない


——————魔人


月の明かりの元へとその全身を晒したにもかかわらず、何故かその体は全て真っ黒に染まっている
その禍々しい様相は、心優しい少女にとってしてもそう呼ぶにふさわしい雰囲気を放っていた


「あ……ぁぅ……」


もはや声も無く、近づいてくる魔人をただ見つめ続ける
魔人も少女のすぐ目の前で立ち止まり、その眼球の無い顔で何かを確認するかのように彼女の顔を見つめ続ける

そして——————


『……チガウ……チガウウウウゥゥゥゥゥ!!』


突然その大きく裂けた口から凄絶な叫び声を上げ、大きく腕を振り上げた

少女は余りの声量と突然の挙動に身をすくめた。そして今更ながらに逃げようとするが、足は碌に言う事を聞いてくれず尻もちを突いてしまう
絶体絶命の状況の中、少女はこれから起こる事を想像して瞳に涙を浮かべたが———少女は自分の中の勇気を精一杯振り絞り、目の前の魔人を睨みつけた

目を瞑って現実逃避をしたい……死の恐怖にそんな声が思考を侵食する中、それだけは絶対にしてはいけない———そう心で感じたのだ

だが魔人はそんな少女の心を体ごと砕き散らそうと、その鋭い爪の生える腕を振り下ろして——————




「———プロテクション!!」




———突如割り込んできた緑色の障壁に弾き飛ばされ、たたらを踏み数歩後退した



その直後


「……………………え?」


一体何が起きたのか——————突然起きた出来事に目を丸くし、呆然とする少女の前に一つの影が降り立つ


「だ……大丈夫ですか!?」


その影は巨体を誇る魔人とはまるで真逆
少女の膝元にも及ばない小柄な体には無数の傷跡が見え、その茶色の毛皮を血でまだら色に染め上げている

そう、毛皮である

……毛皮?


「…………放課後に会ったフェレット……さん……?」


茶色い体に白い鼻先、そして翡翠色の瞳

———自分を助けてくれたらしきその影は、放課後に少女が助けたフェレットの物だった









これが少女とフェレット———高町なのはとユーノ・スクライアとの本当の意味での初邂逅



そして、後の魔王が誕生した瞬間であった








************








「ねぇ、ちょっとクロガネに聞きたい事があるんだけど、何処にいるか知らない?」

「おい、何故流れるように私の席に腰をかける。その机の主は私なのだが」


朝のSHRが始まる前のだらだらとしたひと時
私が何時もの通り空気イスを実行しながら読書をしていると、アリサが私の席に腰掛けながらそう問いかけてきた

私達六人が教室で会話をするときは、大抵私の席の周りに集まっている
隣にすずかの席、背後にクロガネの席、そして左ななめ後ろにキタザキの席を配置する絶好の位置関係のため集合するには都合が良いのだ
……だが、人の許可なく机を使用するのは淑女として如何なものか


「アンタ空気イスやってて椅子使って無いんだからいいじゃないのよ」

「そういう問題では無い、いや使ってもいいのだが、使うのならばせめて一言断りをだな」

「いいからちゃっちゃと質問に答える!」

「うぐお!?」


どすん、と音を立ててアリサが私の腿の上に飛び移って来た

突然の行動だったために危うくバランスを崩しかけるが……足に力を込め持ちこたえる
パラディンの安定感はそう容易くは崩れないのさ


「っとと……いきなり何をする、危ないではないか」


私が聖騎士で無かったらバランスを崩し、床に放り出されていた所だ
注意する意味も込めて抗議をしようと視線をアリサの物と合わせて———


「…………………………」

「………………何だ?」


アリサは何とも言えない表情で私の顔を注視していた
今は私の腿をアリサの太腿が挟みこみ向かい合っている体勢のため、彼女の表情の機微が非常によく分かる状態なのだ


「……どうした、そんな素材収拾クエストで依頼を受けた後に限って該当素材が集まらない事に疑問を抱く博識持ちメディックの様な顔をして?」

「いや……こんな状態でも色々と動じないアンタは色んな意味で凄いわねぇ、と……」

「? まぁ聖騎士だからな、色々と凄いのは当たり前だ」


よく分からんが、もっと褒めてくれても構わんぞ?
私がそう答えるとすずかは苦笑、アリサは何か呆れた様子で溜息を吐き、くるりと体の位置を変えて本格的に私を人間イスとして使用し始めた

……おいコラ、私を物扱いするとは何様なん……ああ、そういえばお嬢様だったか


「君の体重だと軽過ぎて重りにもならんし、邪魔なだけだから早く退いて欲し———ガッ!?」


アリサは結構な勢いで私に向かってもたれかかり、その後頭部が丁度顎の部分に直撃
彼女の髪の毛が鼻孔をくすぐり、ふわりと何か甘い香りを感じて……思わずキョロキョロと周囲を見回し毒アゲハを探してしまった


「で、さっきの質問だけど、クロガネは何処行ったの?」


私の顎に後頭部を押しつけながら、再びそう問いかけるアリサ
ごりごりと顎が圧迫されて物凄く喋りにくい


「ぐ……クロガネならば先程ふらりと教室を出て行ったぞ、おそらく拾いものセンサーに何か引っかかったんじゃないか?」


何せ鼻をヒクつかせながら居なくなったからな、十中八九それで間違いあるまい
ちなみになのははまだ登校しておらず、キタザキは後ろの席でのノートパソコンをカタカタしながらぐふぐふ笑っている。正直不気味な事この上ない


「……相変わらずよく分からない部分で野性的ね」


感心している様な呆れている様な様子で呟く


「まぁホームルームが始まる前には戻って来るだろうが……一体クロガネに何の用だったんだ?」

「え? ああ……うちの子達の事でちょっとね」


うちの子達……ああ、バニングス邸の飼い犬達の事か


「ほら、うちの子達ってクロガネに色々仕込まれたじゃない? 戦闘技術とか拾い癖とか集団作戦行動技術とか拾い癖とか拾い癖とか拾い癖とか、あと拾い癖とか」

「……………………いやもう、本当にすまない」

「それ自体は別に良いのよ、今じゃ素材のほとんどはキタザキが引き取ってくれるし、この前危うく誘拐されそうになった時にはその戦闘技術に助けられたし」

「……それは何でも無い事のように言う事ではない気がするのは気のせいか?」


そう実はこのアリサ、二か月前になんと誘拐されかけたのだ
……実際は標的にされたのはすずかで、アリサはそれに巻き込まれただけだったのだが

あの時は大変だった…………誘拐犯達を捕まえるのが、では無い
すずか達を止めるのが、だ

明らかに致死ダメージを超える攻撃を誘拐犯達に叩きこむすずか、その標的をキタザキに変えさえて何とか宥めすかし
アリサの危機に何処からともなく表れた何匹もの犬達に噛みつかれ「何で上位種たるこの俺が下等種の人間以下である犬畜生なんぞにぃぃぃ!!」と叫び転げ回る誘拐犯のリーダーらしき男をスマイトで地面の彼方に埋め飛ばしたり

…………まぁ、それはさておくか


「じゃあ一体何が問題なんだ?」


私がそう問うと、アリサは何故か「う」とたじろぎ口ごもる
そして、変な事を言うようだけど、と前置きをして


「……最近、あの子達が屋敷の中を散歩している時間に、【ああっと】って声が響いてくるのを良く聞くのよ」


……そんな事をのたまってくれ申した


「…………………………………………………………………ほう」

「最初はメイドが何か驚いただけと思ってたんだけど……メイド達に何か聞いても【さぁ知りません】としか答えなくて、何が起こっているのかさっぱり」

「………………………………………………………………………………………………」

「もしかしたらクロガネがまた何か妙な事を教えたのかと思って——————、? 何よ、突然肩なんて叩いて?」

「……いや……うむ、あー……そのー何だな、うむ、うむ」

「……煮え切らないわね、言いたい事があるならハッキリ言いなさい!」

「………………………まぁ、これから色々と苦労する事になるだろうが、めげずに頑張って欲しい」


今の話を聞く限りでは、きっと今まではメイドさん達がアリサから危険を……ラフレシアやその他諸々の存在を隠してくれていたのだろうなぁ……そして奴らの処理も担っていたのだろう
私はバニングス邸のメイドさん達に敬意を表して、涙を一筋

しかしアリサが気付く……否、疑問を持ってしまった今、完全に隠し通す事はほぼ不可能であろう
彼女の行動力は6人の中で一番に飛びぬけている。ほぼ確実に犬達の素材探索に首を突っ込んでくる事になるはずだ


「そうだな、とりあえず私からも【アリサにああっと式召喚術を教えてやってくれないか】とクロガネに一言口添えておこう」

「……アンタ何言ってんの……?」


いや首を突っ込んでくるつもりならば、自衛の手段位は覚えておかねばなるまい?
大丈夫だ、君のツリ目から発せられる殺気は結構な迫力と威力があるから、ラフレシア程度ならば余裕でテラー状態を与えられるだろう

これでアリサもまた一つ一般人から遠のく訳だ、はっはっはっはっは
……笑えんて

ふと思ったがこのグループは凄まじすぎるだろう


・ 私 【聖騎士兼魔法使い】

・ クロガネ 【ペット並に戦闘能力のあるモンスター使い】

・ すずか 【私とタメを張れるほどの強者】

・ キタザキ 【果てしなく頑丈な天才薬師】

・ アリサ 【お金持ちのモンスター使い二代目(ほぼ確定)】



しかもその全員が9歳児
流石に非常識な出来事が常識としてまかり通っていた前の世界とて、これ程ぶっ飛んだパーティは見た事が無い
これで後はなのはが異能の力を手に入れれば、完全にトンデモ人間の集まりになるな

……まぁ幾らなんでもそれは有り得ないだろうが

あの優しい少女に戦闘が付きまとう世界は似合わない、素直に桃子さんの後を継ぎ、我々のグループにとって唯一の癒しとなって貰いたいものだ
それに何より運動音痴である彼女に戦いは無理だろう


……私は「話を聞きなさいよ!」と雨の様に連打される後頭部をかわし続けながら、そんな事を思ったのだった






*****************






少年がそんなもうあらゆる意味で今更な事を考えていた頃
彼を主と仰ぐクロガネは、校庭の花壇に上半身を突っ込みその植え込みの中を漁っていた
何故彼女はこんな事をしているのか? それは彼女の人並みはずれた嗅覚が教えてくれるからだ

『この植え込みの中にとんでもないものが埋まっている』…………と

がさごそ、がさごそ

彼女の高くあげられた小振りなお尻がぴこぴこと揺れる度、花草の擦れ合う音が響く
その姿たるやまさに【頭隠して尻隠さず】、校舎に向かう生徒たちの殆どはその奇行を困惑を共に見つめ、関わり合いにならないように見ない振りをしていった
……一部、劣情のこもった視線を向ける男子生徒もいたのだが、そんな物はどこ吹く風
クロガネは親しくもない人間にどのような視線を向けられようとも、それが主への敵意でなければ基本的にどうでもいいのだ


「……………………うぐ」


植え込みの中、目的の物に向かって精一杯……必死になって手を伸ばす
「それ」は花壇に生えている植物の隙間、彼女の手が届くか届かないかの所に落ちていた
クロガネは腕の根元から指の先までピーンとのばし、ぷるぷると体を痙攣させて頑張っている


「……………………あと、すこし」


このままでは埒があかない

そう思った彼女はさらに深く体をつき入れ、スパートをかけた
すると腕が吊ってしまうような違和感を右腕に感じながらも、徐々に距離は縮まっていき、そして−−−


「……………………! とった!」


「それ」が指先に触れた瞬間彼女は勢いよく指を丸め、「それ」を自らの小さい掌の中に転がし込んだ
そして「それ」を握りしめたまま植え込みから上半身を引き抜き……ほっと一息をつく


「……………………ふぅ」


ぺたんと尻餅をついた姿勢のまま、クロガネは改めて握りしめられた拳を開く


……彼女がここまで頑張って手に入れたもの、それは−−−



「……………………奇麗」



−−−四角錐を上下反対に引っ付けたような、中心にⅩⅠの刻印を持つ菱形の青い宝石だった










「………おはよう」

「ああなのはか、おはよう」

「おはよう、なのはちゃん。どうしたの? 今日は遅かったけど」

「…………」

「……どうしたの、アンタ顔色悪いわよ?」

「……ねぇ、アリサちゃん」

「何よ?」

「…………日本人形って、願い事とかあるのかな…………?」











■ ■ ■


ち、違う! 違うんだ! 俺は悪くない!
筆が進まなかったのはゼノ剣が面白すぎたのが悪いんだ!!

ちくしょうかっこいい! かっこいいんだよライン!!


◆ ◆ ◆




【頑張れバーロー君】



〔海鳴ローカルネット・本日のニュース〕


昨夜未明、海鳴市にある八束神社の境内が破壊されるという事件がありました

その破壊痕には規則性が無く、恨みからなる犯行と見られているとの事

また神社の近くには市内の男子中学生が蹲り錯乱状態に陥っており、海鳴市警はこの少年が何らかの事情を知っている物と見て、重要参考人として話を−−−



「おっと、もうそろそろSHRが始まるな」


キタザキはそう呟き、ノートパソコンの電源を落とすために画面に開く幾つものウィンドウを閉じ始める

薬品調合の計算式、志を同じくする研究者たちが集まるチャットルーム、時たま助っ人として駆り出されるサッカークラブのHP、紳士用杖の製品一覧……その全てを手際よく消していく
海鳴ローカルネットが映るウィンドウも、何の躊躇いもなく消去されてしまったのだった


−−−ただ、それだけの話



[17930] 20エン宿屋通い 【きまいらのきもち】
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/07/04 10:13
我の初めての死因は撲殺でした




あの頃の我は世界樹の迷宮……簡単に言えば超巨大ダンジョンですね、その第一層のボスをやってましてねぇ、それはそれはブイブイ言わせていた物ですよ
ま、俗に言う「黒歴史」って奴ですか? 一回文明滅んじゃってたとこなんかもそっくりでしょ?

まぁどうでもいい話ですがね




……一回目の死に様の話でしたっけね、あれは今思い出しても体の震えが止まりませんよ



なんてったって思い切り盾で頭を殴り抜かれて、頭蓋とその中身をまき散らして果てるという醜悪な死に様を晒しちゃったんですから

ボス部屋に設置されてる体細胞修復機能のお陰で、二週間後には元通りのイケメンライオンフェイスに戻れましたけども、あれはもうトラウマ物でした
なんたってこの我がしばらく冒険者を食べる事も出来なくなっちゃったほどでしたからね




いやー、あん時は我も若くて、それを実行したあの金髪の聖騎士に深い恨みとか屈辱とかを持っちゃいましてね?

「単なる餌の分際で我を下した等認められるか!!」なんつって、恐怖心を隠して強がって……今考えると本当馬鹿な事考えてましたよ

これが若さ故の過ちって奴なんでしょうね、きっと





んでそんな感じでグルルル言いながら再び冒険者狩りをしてたら、またあの金髪の聖騎士少年のパーティがやってきまして


おっしゃリベンジだ餌ども覚悟しとけやーって立ち向かったんですよ、馬鹿な事に
そしたら今度はオートだけで殺られちゃって、通常攻撃のみでワンターンキルですよ? もう体どころかプライドまでズッタズタにされましたよ


今まで負け知らずで調子こいてたのも悪かったのか、加えて心もポッキリ折れちゃって、肉体だけでなく精神的にもhageたのが二回目の死に様
個人的に最も印象に残ってる死に様ですね






そんでこっからが最悪なんですよ

何でも丁度その頃、人間たちの町で我のレアドロップの事が噂になってたらしくてですね、我に挑む冒険者が増え始めたんですよ

まぁ基本あの金髪聖騎士少年のパーティ以外は有象無象の集まりだったんで、食事の回数が増えてきたなーってぐらいしか思ってなかったんですけど
そん時はまだ人を喰う事に罪悪感とか感じてなかったのでね



それはともかく、そんな呑気に冒険者を襲ってたある日、たまたま仕留め損なった冒険者が居まして
そいつが去り際に「話が違う」と我の噂の事に悪態ついていったんですよ

それで我も噂を知って、ちょっと気になったんで我の僕に偵察にいかせたんですけど


…………

…………えーと、あのー、出来ればこっから先はあんま思い出したくないんですけど…………あ、気になりますかそうですか




あー、その噂の内容が、ですね…………………「キマイラを毒状態のまま倒せば高価な素材が手に入る」という…………………

…………………あ、オチが読めましたか

はい、次に金髪聖騎士少年のパーティと出会った時、カースメーカーとダークハンターが仲間に加わってました

それから二週間ごとに確実に毒殺されるようになっちゃった訳ですよ





……今だから言える事なんですけどね、毒ってものすんごく痛いんですよ

苦しんでるうちはそんな事思える余裕なんて無くて、早く死なせてくれーとしか考えられないんですけど
冷静に思い出してみると、やっぱり激痛を感じてましたね





人間に恐怖を覚えたのが、死亡回数が10を超えた辺り
もうこの頃になると、我の心は許されたいがための人間への謝罪で埋め尽くされました

多分これくらいの時に今の我が形成されたんだと思います、よく覚えてませんが



で、人間=餌という認識から、我=餌という認識に変わったのが20回目くらいで、30を超えた頃にはもう精神が廃されてましたね
それから「苦しみ」意外の何の感覚も感情も浮かばなくなりましたから





苦しい


苦しい


苦しい……




永劫に続く苦しみの中、絶望さえも感じられなくなって
ただただレアを産み落とす機械となり、死と再生を繰り返す……いやー今の我が自我を保っている事って奇跡じゃね? みたいな



ともあれ、前の体の時はそんな狂気の日常に身を置いていた訳ですね





そしてそれに耐え続けていたある日、ふと体を蝕む激痛が消えている事に気づいたんですよ
まぁ精神状態がアレな感じになってたんで、実際にはずっと前から痛みが止まってたんでしょうけどね




そんな訳で痛みが止まっている事に気づいた我は、何事かと周りを見回そうとしたんですけど―――何故か体がピクリとも動かないじゃないですか

しかも視界に映る景色もボス部屋とはまるっきり様子が違っていますし



おお、もしかして死ねたのか?と喜んで、自らの体に意識を向けたんですよ




そうしたら―――












************












<<―――死んでおらずにこんな体になっていた、という訳ですね>>

[いや違う、それはそんなに軽い感じで語っていい過去じゃない]


ベンチャーの部屋、子供の部屋とは思えないほど奇麗に整頓された室内
我ことキマイラはその窓際に設置されている勉強机の上で転がりながら、得意げにビー玉のような体を輝かせました


その部屋は白を基調として清潔感を感じさせる色合いに統一されており、かつてクロガネさんの拾い物に埋め尽くされていた時の面影は微塵もありません

部屋にあった素材の殆どはキタザキ医師に献上差し上げましたからね、ベンチャーは意外な事に奇麗好きなので、物がなくなればこんな物なのです



そんな小奇麗な部屋に、まるで電話機を通したかのような、くぐもった音色をした二つの声が飛び交います


<<えー……? だって我の過去が知りたいって言ってきたの貴女じゃないですか>>

[ああ悪かった、本当に悪かった! まさかそんな超ヘビーな話を聞かされるとは思わなかったのだ!!]


一つは男性とも女性ともつかない、中性的な声
ベンチャー愛用の机の上で転がっている我の美声ですね


そして、もう一つは小さい女の子の様な声
そのかわいらしい声色は、尊大な口調とのギャップで我の心を萌やします


[うう……痛みが無かっただけ、我輩の受けていたセクハラ被害など大したこと無かったのか……?]


そうぐったりと呟きながら、部屋の隅に立てかけられている大剣がその装飾をカチカチと揺らします



―――紹介しましょう、彼女の名前はヘイズたん

クロガネさんの拾い癖が始まった初期に拾われてきた【変な物】の一つにして、キタザキ医師の手に渡ることの無かった唯一の物

一見すると竜を殺せそうな程のオーラに包まれた普通の剣ですが、何とびっくりご覧の通り意思の疎通も可能という驚きの高性能。デル何とかも目じゃないぜ!


……あれ、ただのネタだと思ってたでしょ? 残念、ちゃんと反映されてたりしたんですよこれが


何でも彼女の本当の姿は武器を司る神竜というモンスターだそうで、かつての我と同じく人間を家畜として捕食していたそうな

しかしその人間から手痛いしっぺ返しをくらい、生きたまま剣の形に体を構築し直され、おまけに核としてドリスとか言うオヤジの魂を入れられてしまったらしい

さらに最悪なことにこのオヤジ、少々アブノーマルな趣味を持っていた様で……
心理世界での彼女は幼女の姿をしているらしいのですが、それにも関わらずセクハラを繰り返されていたとか



…………明らかにこの世界でも前の世界でもあり得ない話ですよね、一体クロガネさんは何処から彼女を拾ってきたんでしょうか
とりあえず恐るべきニーノマジックとでも言っとけば解決しますか、しますよね



あ、ちなみに今はもうそのオヤジの魂は彼女の裡には存在しませんよ?


少し前、我が魔法を弄くって遊んでいたらうっかり暴発させてしまい、テリヤキB(キタザキ印の万能薬)その他諸々を彼女に浴びせかけてしまった事があるのですが、どうやらその時にオヤジの魂だけが消去されてしまったようで
バットステータスと見なされてしまうなんて、どんだけ駄目な……まぁいいや


ヘイズたんはそれ以来我に感謝の念を抱いているらしく、ベンチャーに置いてけぼりを食らった時などによく話し相手になってくれているのです

お互い自由に動けない身ですしね


<<まぁまぁそんなにお気になさらず、我も今はそんなに気にしてませんし>>

[いやいやいやそんな訳あるか! 普通に発狂ものだぞ!?]

<<本当ですって、ただあの時の事を考えると何故か体中にヒビが入りますけど>>

[それ絶対トラウマによる拒否反応だよ!!]


体に付けられた装飾品をじゃらじゃらと揺らしながら、我の体を気遣ってくれるヘイズたん
彼女は憎き人間を含む有機物全てを殲滅したがってますが、その分無機物には優しいのです


そしてそのままじゃれ合って、そろそろヘイズたんの突っ込みに切れが無くなってきた頃……彼女はぽつりと零してきました


[……疑問なのだが、どうしてそんな目にあっているにも関わらず、お前は家畜どもと一緒にいる事が出来るのだ?」


家畜……ベンチャー達人間のことですかね
彼女は納得がいかないと言う風にその刀身を鈍く光らせます


[……お前は、家畜どもに復讐をしたいと思わないのか?]


その可愛らしいロリータヴォイスが憎しみと殺気を内包し、より低く沈む
どうやら、過去の仕打ちを忘れたように人間と安穏に暮らしているという事に、何か思う所があったのでしょう


刃の煌めきが鋭さを増し、強大な殺気が我に向かって押し寄せます
それはまるで竜の如く、巨大な顎に喰われるようなプレッシャーを叩き付けられました


……が、


<<まぁ我の場合は復讐よりも恐怖心の方が大きかったんで。 言ったでしょ? 心は許されたいがための人間への謝罪で埋め尽くされた……ってさ>>


何度も何度も死の苦しみを味わってきた我にとって、その程度の殺気はマイナスイオンを含んだ扇風同然

我はその質問にのほほんと返しました

するとヘイズたんは嫌味ったらしく鼻を鳴らし


[ふん、成る程な。つまりお前は家畜への恐怖に負けた訳だ]

<<セクハラ、怖かったでしょう?>>

[はいスキップ!!]




チャプター飛びまーす
人の事を言えるような立場じゃないのにね





<<そんで、この体になった当初はまだ人間の事が怖くて怖くて仕方がなくて……10年? いや20年くらい? 外界との接触を断ってたんですよね>>


えーと、我があの変な閉鎖された研究所みたいなとこで自我を取り戻してから……何十年あそこに居たっけ? あかん忘れちった

というか出たくても出られなかった、というのが正しいかも


<<あの時代はマジでキツかったっすわー……狂いそうな程の恐怖を感じながら、ずっと一人で過ごさなきゃならなかったんですから>>


周りには人間もモンスターも存在せず、誰かに救いを求めようともそれは不可能
しゃべれる事は分かっていたので叫び声をあげて誰かを呼ぼうにも、もしそれで人間がきてしまったら…………と考えると怖くて実行に移せず

ただひたすらに震える事しか出来なかった日々……まさに第二の暗黒時代ですな


[……………………]


我の独白を聞いていたヘイズたんも、納得のいかない顔と痛ましい物を見るかのような顔を混ぜ合わせた珍妙な表情をしていました
顔無いけど


<<とにかくそんな生活を続けていたんですが…………ある日突然地面に穴が空いて外に放り出されまして>>

[…………………………………………は?]


いきなりの展開に呆けた声を上げるヘイズたん
気持ちは分かるが事実なのでしょうがない


<<いや冗談等ではなく、突然地震が起きたかと思ったら足下にでっかい穴が空いたんですよ>>


今思っても訳の分からない現象でしたねぇ
落ちてる最中に見えたあのぐにゃぐにゃした景色は何だったのか……

まぁともかく


<<そんな事もあって、ようやく我は人間界への輝かしくもおぞましい一歩を踏み出したのだった!>>

[……細かい事は気にしないでおいてやるが……お前の家畜への恐怖心はどうなったのだ?]

<<え? んなもん即効で精神崩壊起こしたに決まってるっしょー?>>

[だから何故お前はそんな鬱な事を朗らかに言えるんだ!?]


かんらかんらと笑う我
最初に人間の姿を見た瞬間からしばらくの間の記憶が飛んでるんで、多分そういう事なんだろうと思ってます


で、


<<またたび自我を取り戻した時には、何故か人間の事がそれほど怖く無くなってたんですよね>>

[一体記憶のない間に何がおこったんだ……]

<<さぁ? 多分ですけどそれでまた感情の一部分が死滅したのかも?>>

[………もういい、もう聞きたく無い。話すな、むしろ話さないでください]

<<あれ、良いんですか? これからが面白いのに……ベンチャーと出会うまでの珍道中>>

[即興でタイトル付けてみろ]

<<「我と抉る17のトラウマ達」>>

[もう黙れお前]









************









<<でも我は、ベンチャー達に逢えて幸せでしたよ>>

[どうした突然]

<<いえ、きっと彼らと出会えなければ、我はもっともっとダメになっていたでしょうから>>


いい加減に一匹で過ごすのも寂しくなってきたけど、まだ人間に話しかけられる程の度胸も無く……
しかし公園で運動をする彼の動きは記憶に残るパラディンのもので、「我と同じ世界の者だ」という事を直感


同じ世界の出身ならば、もしかしたら我の事を知っているかもしれない……


パラディンという部分にはいろいろとトラウマを刺激されましたが、何にも知らない一般の方々よりは我を受け入れてくれる確率は高いと踏みました
そして【一人に飽きたから】と自分をごまかし、半ばヤケクソで話しかけてみた訳ですね
流石にもう一人きりというのは耐えられなかったんですよ

……まさか我が殺した冒険者だったとは思いませんでしたがねー


[ほぅ……お前とあのロン毛は殺し殺されの仇敵同士だったという訳か]

<<ええまぁ……我の方が一方的に殺したんですけどね>>


その事を言われると凄まじい罪悪感が胸に飛来しますね……

あの頃の我は、もうちょっと殺される側の気持ちを理解すべきでした
……
まぁ父さんからの命令だったんで、どのみち逆らえはしないんですがね


その言葉を聞いたヘイズたんはガチガチと装飾を揺らしながら、「転生だとか何だかは完全に信じてはいないが」と前置き
嘲るような調子で言葉を紡いで来ました


[だったらお前がどう思っていようと、あのロン毛達はお前を許さないんじゃないか?]

<<……はい、我もその通りだとは思うんですけどねー……>>


実際、初対面時に割られちゃいましたし……
我が前と同じく死んでも復活できる体だと知ったのは、この時でしたねぇ


[ならば……もう一度聞く、何故お前はあの家畜達と一緒に居られるのだ?]

<<……………………>>


ヘイズはそう言って、もう一度我に問いかける

初めの言葉と同じ文面…………しかし、それに含まれる意図が少々異なっている

彼女の放つ気配は先の物とはまた別種の鋭さを持っており、とてもおちゃらけた回答でお茶を濁す事は出来そうに無かった


……我はため息を一つ吐き――――――ベンチャーに出会ってから何度も考え、そして出した結論を曝け出す



<<確かに我には負い目もあるし、恐怖もあります。それは、おそらく決して消す事は出来ないでしょう>>



一回殺した分は、初対面で粉砕された事でトントンだー……等と考えてはいけない
我は何度死んでも復活は可能だが、ベンチャー達はそうはいかない

我ら神の仔と、その他の生物との認識する「死」には大きなズレがあるのだ


<<我と彼との関係を考えれば、今共に居る事がとてもおかしい事だという事も分かってます>>

[当たり前だ、お前の話が本当ならばあり得ん事だ]


全く持ってその通り


……【ですが】



<<ベンチャーは言いました、寂しいのならばここに居ても良いと>>


がくっ

立てかけられた状態から、倒れかけるヘイズたん


[…………お前な]

<<別に、我が行ってきた事を忘れるつもり等ありません、ありませんが―――>>



一息



<<居ても良いと言ってくれるのならば、別に意地を張る必要もないでしょ?>>



ベンチャーがそう言ってくれたとき、我がどんなに喜び、救われ、そして感謝をしたか……
あの時は冗談抜きでベンチャーが天使に見えましたよ


<<……それに我は、彼らに贖罪をしたいんですよ>>


アンニュイな顔をしてニヒルに呟く
顔無いけど


[……もしかして、いつもロン毛にちょっかいかけて破壊されているが、まさかそれが贖罪のつもり……とか考えていたりするのか?]


ぎくり


身を固くする(元から固いけど)我の様子を見たヘイズたんは、呆れたように装飾を左右に揺らしました



[お前……そんな事で贖罪になるとでも思ってるのか……? 見当があさっての方向を向き過ぎなのだ]

<<しょ……しょうがないでしょう!? 自己潜行して魔法の事に気がつくまでは、ただの喋る黒いビー玉でしかなかったんですから!>>


我が魔法の事に気づいたのは、あの三人娘との乱闘の時でした
アリサさんに向けて飛び蹴りを放つクロガネさんを見て「ポスケテギャグ時空」と願った時に初めて発動


つまりそれ以前の我はただの無限シリーズ「ビー玉」君
ストレスの発散道具になる以外にどーしろとおっしゃる!?


[いや……ああまぁ、良かったな、魔法を使えるようになって]

<<厳密に言えば、使えるのは我じゃなくてベンチャーですけどね>>


我はアレですね、作動基盤的な感じ?
単独で使える物もありますが


<<……まぁ、せっかく魔法が使えてもトレーニング以外では使えませんから余り有用ではないんですが>>


なんせ使える魔法の殆どが戦闘用ですからね
目立った悪の組織も居ないこの町じゃ宝の持ち腐れも良いとこですよ
日常で使えるのなんかギャグ時空結界くらいしかありませんし


[……ん? いやそう言えば、数日前に散らばった大きな力は放っておくのか? 上手くすれば活躍のチャンスだとも思うのだが……]

<<あー、あれは我の見立てだと少々シャレにならない感じなんですよねー>>


強大な未知の力に不用意に近づいて死ぬなんてマジ勘弁
我はともかくベンチャーとクロガネさんが危ないですし

ぶっちゃけ正直言って生死をかけるような事態はもう二度と経験したく無い
マジリアルにご勘弁願いたいので、丁重に知らんぷり且つスルーさせて頂く所存



ベンチャーと漫才をして、彼を想うクロガネさんに萌え、アリサさん達とのじゃれ合いを微笑ましく見守り、我が適当に馬鹿をやって……


そんな日常を進んで壊さなくても良いじゃないですか、ねぇ?


<<……あれ、てか貴女も魔法の気配とか分かるんですか?>>

[ふふん、我輩は世界を創りし真なる竜、数多の武具を司る六番目・神体ヘイズ様なのだぞ? それくらい分からいでか]

<<わぁい何だかお父さんみたーい>>




―――空気が緩んだ物に戻った事に内心ホッとしつつ、我はこれからの事について思いを馳せていた









…………さてさて、どうやってベンチャー達を「力」に近寄らせないようにしましょうかね










************












「―――ふぅ、今帰ったぞ」

<<あ、お帰りなさーい>>

[お帰り]

「ああ、ただいま。……おいキマイラ、余計な事していないだろうな?」

<<相変わらず信用ねーっすね、我…………ん? ベンチャーさん、何ですかその青い宝石は?」

「む? ああこれか……いつも通りのクロガネの拾い物だ」

<<ありゃ、キタザキ医師には渡さなかったんですか?>>

「うむ、これを私に渡す時にクロガネが名残惜しそうな表情をしていたのが気になってな、今回はキタザキには渡さずに首飾りにでもしてプレゼントしてやろうかと」

<<ほうほう、これは何とも朴念仁鈍色唐変木ベンチャーらしくない気の使いよう、さてはついにロリに目覚めて―――がるりゃりゃらややりゃりゃりゃ>>

「違う! いつもの感謝の気持ちを形にしようと思っただけだ!!」

<<そして我のデザインと色違いのお揃いにする訳ですね分かります。 良いんじゃねーの? もう将来誓いあっち・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ>>

「だからどうしてお前はそう――――――!!」








[(やっぱりアホなのだな、あいつは……)]








■ ■ ■





ごめんなさい大統領、ホントごめんなさい

ヘイズたんはこのためだけに6Fで拾わせました
なので本筋には係わらず、これより先見せ場なんて、ないっす

レッツニーノマジック!





壁|

壁|ω・)

壁|( ・ω・)つhttp://ux.getuploader.com/furokuro/download/1/フロガネ.jpg

壁|三3





[17930] 11F前 逃げる事叶わぬ、
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/07/04 10:09



聖騎士


それは自分にとって大切な【何か】を守ろうとする者達、失いたく無い【何か】を守りたいと強く願う者達

彼らは片手に盾を、片手に覚悟を握りしめ、【何か】のために戦い…………そして、時には【何か】のために命を落とす
守りたい【何か】が存在する限り聖騎士は諦めずに足掻き、例えどんな傷を負っても何度だって立ち上がる事が出来る


つまり、命を賭けてでも守りたい【何か】が在れば、どんな身分の誰であっても聖騎士と成れるのである




―――では、【何か】とは一体何なのか?




そう問われても、明確な答えを出せる者は居ないだろう

何故ならば、その答えは個人よって違い、聖騎士の数だけ答えがあるのだから
守りたいもの――――――例えば家族、例えば友人、例えば恋人、例えば誇り…………俗な所では金や名声なんてものもあるだろう


ある者が守るべき【何か】は、他の者にとっては何の価値もない物かもしれない
【何か】の価値は、自分にしか推し量る事が出来ないのだ


それは国を買える程の金や財宝よりも優先すべきものであり、自らの命を差し出してでも守りたい【宝】なのである



……勿論、私もその聖騎士の一人として、絶対に失いたく無い守るべき【宝】を持っている



具体的にはクロガネや両親、アリサやすずかになのはにキタザキ……後はまぁ、ついでにキマイラも入れてやっても良いだろう

……勘違いしないで欲しいが、あくまでついでだ。 ついでだぞ。 ついでだってば! ついで以外の何ものでもないと言っているだろう!!
―――だからそんな嬉しそうに体を光らせるなビー玉が!!



……げふんげふん

まぁとにかく、彼女達こそが私にとっての【宝】……命を投げ打ってでも守りたいと思える、大切な【宝】達だ

彼女達が存在すればこそ私はどんなに辛い試練でも諦めずに挑戦し、戦う事が出来るのだ
また、彼女達が見ている限り私は倒れる事を許されず、試練に打ち勝つまで戦い続けなければいけない義務を課せられるだろう

たとえ立ちはだかる試練がどのような物であろうとも、聖騎士に成った者達はそれらに立ち向かわなければならないのである




…………そう、たとえ――――――

















「ハハッ……どうしたんだいフリーズヴェルグ? そんな苦しそうに地面に膝をついてさあ」

「っかは……キタザキ…………っ!!















――――――たとえ、その試練が守るべき物からもたらされる物であろうとも











「俺の一撃を受けきった事は評価するが……何だ? 一回でダウンか?」


先ほど私を打ちのめし、足下に転り戻っていった「武器」を踏みつけながら、犬歯をむき出し獰猛に笑うキタザキ
その笑顔は目の下に縁取っている隈と合わさり、何とも不気味な様相を呈していた

……私は今現在、とあるのっぴきならない事情からキタザキとの死闘に身を置いているのだ


否、あまりにも一方的に展開するそれは、死闘と呼べる戦いでは無いのかもしれない
何しろ私からは一切の攻撃が出来ず、ただ守りに徹する事しか出来ないのだから


「武器」を受け止めた腕と腹部がじくじくと痛む
盾も持たず、キタザキからの攻撃で私の体は大きなダメージを負っているが、逃げ出す事はできない
……何故ならば、私の背後には絶対に守らねばならぬ物があるのだ、それをほっぽり出して逃げるなど聖騎士がやる事ではない


「まだまだ俺は全く本気なんて出してはおらんぞ! 仮にも聖騎士を名乗るのだ、よもやこの程度ではくたばるまい――――――!?」


闘争本能を前面に押し出した獣の様な表情を浮かべ、興奮している証である老人言葉になっているキタザキ
彼は際限なく高揚する精神を押さえきれないように雄叫びをあげ、その右足を大きく振り上げた



―――それが振り下ろされたとき、おそらく私はここに立っては居ないだろう



(くっ……所詮インテリ派だと舐めていた! まさかこいつがこんなにも高い攻撃力を秘めていたとは……!)


流石にすずかのあのラッシュを受けて生きていられるだけの事はある、という事か
私は自らの観察眼の弱さを強く後悔したが、反省するには遅すぎた


キタザキの足が振り下ろされ、私の視界を流れる景色が速度をなくし……

そして、脳裏にこれまで歩んできた人生の道のりが映し出される


―――これが、走馬灯という物だろうか?


……どうやら、私はこれで終わるらしい

目に映る物全てがゆっくりと動く世界の中で私は覚悟し、少し離れた場所で呆然とこちらを見ているクロガネ達女子グループの姿を見た


……すまないな、クロガネ


私の背後にあるものさえ守りきれず、君たちに情けない姿を見せてしまった……

まぁ唯一の救いと言えば、私を打ち破るのが親友であるキタザキだったと言う事くらいか


私はその謝罪を最後に瞼を閉じ、襲い来るであろう痛みと衝撃を受け入れ――――――








「…………………負けないで」







耳に届く、鈴の音色をした、声


それは呟くように小さな声で……だが、はっきりと私の鼓膜を揺らす

もしかしたら私が生み出した幻聴だったのかもしれない

窮地に立たされた私の脳が、誤作動を起こしただけかもしれない


しかし、


――――――彼女達が見ている限り、倒れる事は――――――


「…………!」


そっ、と

クロガネに渡すため、ポケットの中に入れてきた青い宝石で作った首飾りの存在を思い出し、ズボンの上から触れる





「―――ヘヴィィィィ!! ストライッ―――クゥゥぅぁぁぁああああッ!!」


ッドパァァァァンッ――――――!!


キタザキの足が振り抜かれ、轟音と共に衝撃波が発生。彼の目の前に置かれていた、白と黒で構成された球状の「武器」を阿呆みたいな速さを持って打ち出した
奴の蹴り飛ばしたそれは、軌道上にあった全てを吹き飛ばし、地面を捲り上がらせ、「イパァン! ヒュパァン!!」と空気を破裂させながら私に迫ってくる

そんな物を受け止めれば体がどうなるか、それは想像に難く無い

……が、しかし!


「―――ふん!!」


私は力の抜けかけた体に気合いを入れ直し、地面にしっかりと足を立てて受け止める姿勢をとる

そうだ……どれだけ絶望的な状況の中でも、大切な存在を前にしてそう易々と絶望に屈する訳にはいかないではないか!!

それに!




「―――どうせならこの首飾りも、勝利と共に格好良く渡してやりたい事だしな!」




私は強くそう叫び、自らの掌を盾であると強く認識させる。それと同時に精神を落ち着け、今一度聖騎士としての心構えを……すなわち覚悟をも構築させる



「左手に盾を……! そして右手に覚悟を!!」



私は聖騎士としての基本を叫びながら、大きく広げた左手を天に向かって勢い良く掲げる
するとその掌は緋色の覇気を纏い始め、掲げた左手の先―――空を見上げる私の頭上に、突き出した掌をそのまま大きくした様なガラス状の幻影が現れた



―――緋色の覇気を立ち上らせ、天に向かって手を伸ばす巨大な掌



それはまるで、太陽を掴まんとす神の掌に見えた


「はぁぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」


気合い一発
私は固く拳を握りしめ、その幻影を振り払うかのように体ごと大きく引き絞る
しかし視線だけは前を向き、常軌を逸した速度で突き進み、破壊をまき散らしつつ迫る球体から逸らさない




そして――――――




「―――完ッ!!」




握りしめた掌をさらに固く握りしめ、体全体に漲る力を幻影に供給、その力を溜める




「全!!」




私の体は溜め込んだ力のオーバーフローに小刻みに震え、脳の芯から熱い何かが溢れ出す

そして一歩、地面が陥没する程の力を込めて足を踏み込み、体を前傾姿勢に移行させ、




「―――防御ッ!!」




迫りくる球体が間合いに入るのに合わせ、握りしめられた拳を開きながらバネのように体を解放
私の眼前に緋色の幻影を突き出し――――――大きく開いた緋色の掌に、とんでもない勢いですっ飛んできた球体が着弾


衝撃を力で押さえ込み、その指を閉じようとする緋色の掌
そしてそれを突き破ろうとする、ソニックブームを纏いし黒白色の球体


飛ばされまいと踏ん張る私の足は地面にめり込み、突き出す左手に強い負荷がかかる

しかし私はそれら全てを気合いでねじ伏せた


力と力
キタザキが放った「叩き潰すための力」と、私が展開した「守るための力」が鬩ぎ合い、周囲に光と暴風と衝撃を吹き荒らす
それらは半径20メートル範囲に存在する物を粗方吹き飛ば<<ぎぃやああああぁぁぁぁ…ぁ……ぁぁ……ぁ……―――!?>>したが、中心地に居る私とキタザキだけは飛ばされる事は無く、必死になって踏ん張っていた


私は土煙を挟んで向かい合っているキタザキに視線を向ける


すると彼の方も私に意識を向けていたらしく、視線がかっちり噛み合った

共に強い意志が込められた視線

私とキタザキはそれから目をそらさずに見つめ合い―――そして、互いの想いを吐き出し合った



























「いつもいつも俺をすずかちゃんの盾として使いやがっていくら医術防御があって被ダメージを殆どカットできるからって痛いもんは痛いんだよすずかちゃんからの致死量を超えたダメージは耐えきれねぇんだよ俺の体はもうボドボドなんだよそれもこれも全部お前の所為だ日頃の恨みを込めた必殺シュートを大人しくそのドタマに喰らってやがれよファアブレェェェェッ!!」

「貴様こそ危険物の調合に成功する度に毎回知らぬ振りして薬に偽装し私たちに渡して臨床実験しおってそれで何度死にかけたと思ってるんだブレイ万荼(筋力増強剤)と偽ってラウダ南無(衰弱薬)を渡してくるとか馬鹿かお前は一体何を考えているんだ素直に薬渡せよそして貴様は今私の名前に関して一番してはいけない間違いを犯したぞ分かっているのかキタザキィイィイッ!!」





















――――――私が今全力で押さえ込んでいるもの、それは白と黒とのツートンカラーが映えるサッカーボール
――――――私の背後に鎮座する、絶対に守らねばならぬもの……その物の名はサッカーゴール
――――――フィールドから少し離れたベンチ、そこに腰掛けるクロガネ達はチアガール姿




……私は今、なのはの父である高町士郎殿が監督を務めるジュニアサッカーチームに、GKの助っ人として臨時参加中
そして同じく相手方のチームのMFに助っ人として入っているキタザキを相手に、超次元サッカーを繰り広げていたのであった



どっとはらい





*********







「今度の日曜日、俺が監督を務めるサッカーチームの試合があるんだけど……良かったら皆、応援に来てくれないかい?」


事の始まりは、そんな士郎殿の何気ない一言だった


いつもの通り、学校の放課後に集まった翠屋


クロガネはアリサに召還術の基礎を(無理矢理)教授し、私は天井の縁にぶら下がって懸垂
キタザキが(瞳を紅く染め拳の関節をパキパキ言わせている)すずかにすり寄られ、なのはが肩に乗せたフェレットと何やら見つめ合いにらめっこをしている


そんな普段と変わらない、平和で普通な日常を…………


…………


……………………


……………………………………



へ……平和、で普通……?な日常を過ごしていると、お茶菓子を運んできてくれた士郎殿が人好きのする笑顔を浮かべながら、そう提案してきたのだ


何でも士郎殿は町内の子供達で構成されたサッカークラブの監督を務めているらしく、彼がオーナーを務める翠屋はそのスポンサー的な役割をしているらしい
まぁスポンサーとは言っても資金提供をしている訳ではなく、店のお菓子や飲み物を差し入れたり、祝勝会の会場として店を貸し出す位だそうだが


ともあれそのチームの試合が日曜に行われるらしく、もし良かったら観戦に来てみないか?との事


「たくさん可愛い女の子達が応援に来てくれれば、チームの子達もやる気が上がって強くなるかもしれないからね」


笑いながら冗談を言う士郎殿、しかしアリサとすずかは割と本気として受け取ったらしく顔を紅く染めながら了承


<<士郎氏の必殺技、「ニコポ」が発動!>>


キマイラがそんな意味分からん事を言っていたが、まぁ言いたい事は伝わる

士郎殿の容姿は実年齢よりも数段若く見え、顔も美形だからなぁ。その笑顔は老若男女から男を引いた広範囲を難無く撃墜できる事だろう
クロガネは我関せずとスルーしたが


さておき


「あー……悪いけど俺は無理だな。実はその対戦相手のチームに助っ人として呼ばれててさあ」


キタザキはそう言って誘いを断り、残るは私とクロガネのみ
しかし彼女も「祝勝会では店のお菓子が食べ放題だよ?」という一言であっさり了承

クロガネが行くなら私も拒否する理由は特に無く、次の日曜の予定はサッカー観戦に決定したのだった

私は余りスポーツには詳しく無いが、興味が無い訳ではなかったので、それなりに楽しみだった事を覚えている


そして試合当日、近所にある公共グラウンドで行われる、士郎殿率いる翠屋チームVSキタザキが助っ人に入っている相手チームとの一戦


士郎殿の下す評では、相手は攻守共にバランスのとれたチームであるらしく、翠屋チームは互角……もしくは少し不利な戦いを強いられるかもしれない、らしい
私はサッカーに関しては無知であるためによくは分からないが、まぁ監督である士郎殿がそう言うのならば、きっとそうなのだろう


……というか、そんなにサッカーの事について熱心に語られても、曖昧な相槌を打ちつつクロガネのチアガール姿を眺める事しか出来ませんよ、私は
男友達が少なく、遊びと言えば女子とお喋りをするか狂戦士と激闘するくらいしかない元冒険者の修行馬鹿なので、感性が普通の男子のものに比べ70°近く捻られてるんです




…………まぁとりあえずチア達の姿を描写しておこうか



クロガネが装備するのはノースリーブのオレンジ色をした合成素材の服、そして短いプリーツスカートに黒いニーハイからなる絶対領域コンボ


普段は制服か黒い私服で隠されている白い肌は大きく露出されており、その薄めの生地はささやかな胸部の膨らみをひっそりと主張させている


手に持った真っ赤なボンボンで必死になって体を隠す仕草は、いつものクロガネとはかなりのギャップが有りとても可愛らしい


……可愛らしいのだが、私としてはもう少し露出を控えめにして欲しかった


こんな衆人環視の中でこんなにも大胆に肌を晒させるなんて…………嫁入り前の娘の格好としては、少々賛同しかねる
おそらくコーディネートしたのは桃子さんだろう、後で上申書を提出してみようか? クロガネにはもっと慎み深い格好が…………(略)



アリサとすずかとなのはについてもそうだな
やはり彼女達もまだこのような格好は控えるべきだ。見ろ、なのはの肩に乗っているフェレットすら君たちの姿を見て鼻血をたらしているぞ?



バードやブシドー、カースメーカーといった多くの冒険者の女性がその肌を晒すのは、それが自身の能力を最大限に活かすことの出来る格好であり、樹海を生き残るために必要な事だからだ
……ダークハンターに関しては何とも言えないが、それはあくまで例外であり、妙な性癖を持っていない限りは無闇矢鱈に肌を晒す事はハシタナイ事だと云々



そんな事を彼女達に告げたら、何故かアリサとクロガネにhageられ、ついでにすずかとなのはからは乙女心がどうだのと逆に説教を受けてしまった



………………な、何故……?







閑話休題






試合が始まった当初は、キタザキの様なインドア派が戦力になるのか?と思っていたが、なかなかどうして奴は優秀だった

MFのポジションに就く彼は攻撃と防御の両方を地味ながらも確実にこなし、さらにその行動範囲の広さから至る所に指示を出し、上手く連携してくる
常に一歩引いた所で暗躍する奴の姿は、まさに影の指令塔と言うに相応しい


しかしチーム翠屋も負けてはおらず、キタザキの出す指示の裏を突く様な動きでかく乱する
チームワークはキタザキのチームに引けを取ってはいないだろう


時々何をやっているのか分からなくなる状況も有ったが、レベルの高い攻防戦だと言う事は私にも分かった


そして一進一退の攻防が続き、一点差で翠屋側の優勢のまま後半に突入したとき――――――それは起こった



何とチーム翠屋のゴールキーパーが、相手チームからのシュートを受け止めようとして失敗してしまったのだ
なんとか点を入れられる事は防いだ物の……左手首を捻挫してしまった様で、退場を余儀なくされてしまう事に



困ったのはチーム翠屋である



こちら側にはキーパーは一人しか居ないそうで、その子に抜けられるとゴールががら空きになってしまう
かといって他の子に急造のキーパーを頼むにしても、まともにキーパーの練習をしていた子など存在しないため、それでは今の均衡状態が崩れてしまう


さてどうするか……と悩んでいた所―――すずかが不意に、ぽつりと漏らしたのだ
士郎殿に聞こえる様な、良く通った声で




「――――――そんな事問題じゃないくらい動ける男の子なら、そこに一人居るけど……」








************







「……で、GKとして臨時参戦した私を『日頃の恨みを晴らしたらァーーー!』と隠していた全力を出しても倒せなかった事についてどう思われますか、キタザキ薬師どの」

「くっ……後少し時間があれば絶対抜けてたね! 君は時間切れに救われた事を感謝すべきだと思うがね!!」



超次元サッカーによる激闘により、見るも無惨な有様となったグラウンド
私とキタザキはその修復のためにトンボがけをしながら、軽い調子で会話をしていた




―――結局、キタザキのヘヴィストライクは私の完全防御ハンドを抜く事が出来ず、膠着を続けるうちに時間切れにより試合終了

一点の優位を守りきった翠屋チームの勝利に終わったのだ

……まぁその勝利の代償は大きかった訳だがな

死屍累々……そう表現するに相応しい他の選手達の状態を思い出し、キタザキ印があって良かったなぁと思わず遠い目をしてしまう


「……というか私は勝利の立役者な筈なのだが……なぜ祝勝会に参加できずに、お前と二人でこんな泥仕事をしているのだろうか」

「文句はアリサちゃんに言いなよ、俺は知らんし」

「いやお前がトンデモシュートを撃ってきたのがそもそもの原因だろうが」


そう、試合終了後に私たちはアリサからの鉄脚制裁を受け、罰として二人だけでグラウンドの整備をしろと命じられてしまったのだ

クロガネ達と士郎殿は自分たちも一緒に手伝うと名乗り出てきてくれたが、アリサはそれを丁重に却下
「自分のお尻は自分で拭きなさい!」とえらくおっとこらしい言葉を残し、クロガネ達を引きずり祝勝会の行われる翠屋へと帰還して行ったのだった


………あ、そう言えば首飾りを渡し損ねた


「今頃みんな楽しんでるんだろうなぁ……ああくっそ徹夜はするもんじゃないな、些細な事でテンションがおかしくなる」

「医者の不養生をこれほど体現した存在も居ないだろうよ、まったく」


がしがし、がしがし
空に輝くは日の光、清々しい青空に二つのトンボをかける音が木霊する


「いやこれでもまだ大人しい方だぜ? この前12日間連続徹夜を成し遂げた時なんかそれはもう」

「寝ろ」

「あの時は……確か全裸で」

「寝ろ」


がしがし、がしがし


「……ところでフォン・ファブレ、さっきから俺のセンサーが君のポケットの中にビンビン反応を示しているんだが、何持ってんの?」

「……音素乖離起こしてやろうかこの野郎、といか何だそのセンサー」

「俺は博識だからな!!」


意味わかんね


別になんでもないと誤摩化すが、キタザキの視線は私のポケットにロックしたまま外れない

……私はしょうがない、とため息を吐き、トンボがけの作業を一旦中止。ポケットから一つの首飾りを取り出す
それは菱形の青い宝石をあしらった小さな首飾りで、紐を通す縁枠の部分がキマイラの物と同一の形をしていた


宝石の形を除けば、殆ど一緒
本当はキマイラと同じ形に丸く削りたかったのだが……相当の硬度をもっているらしく、手持ちの道具では傷一つつかなかったのだ


……はて、何故かは分からんが命を救われた様な気がするぞ?


「へぇ……奇麗じゃないか」


キタザキは手に乗せてある首飾りを興味深い物を見る目で観察し、感嘆したかの様なため息を一つ漏らす


「うむ、クロガネのために以前から少しづつ制作していてな、今日になってようやく完成したのだよ」

「……ほー、これって素材は何なんだ? サファイアか何か?」

「いや、良くは分からん。何たってクロガネの拾い物だからな」

「拾い物!? よし、ならば喜んで引き取ろう!」


クロガネのためだっつってるだろが

どうやらキタザキは徹夜で疲れていた様なので、とりあえずトンボで均して夢の世界に送ってあげた


……首飾りと言えば、キマイラは何処に飛んでったのだろう
ま、その内戻ってくるだろうが

私はあっさりとそう結論付け、トンボがけを再会
再び地面を均す事に集中し始めたのだった






************






そんなこんなでぼっこぼこに荒れ果てた地面と格闘する事数十分


惨々たる有様だったグラウンドをようやく完璧に……とはとても言えないが、元に近い平坦な地面に戻す事には成功した
空を見上げれば、幾分傾いた太陽が先ほどより弱くなった日差しを向けている


「あー…………まぁこんな物だろう」


私はトンボを地面に突き刺し、ほっと一息

一人での作業は結構時間がかかったが、ようやくなんとかする事が出来た
結局あの後キタザキは目を覚ます事はなく、私一人で作業をする羽目になってしまったのだ


……ちらり、とキタザキの様子を見る


私から少し離れた場所で、例によって例の如く白目と涎の溢るる酷い顔で眠っていた


「……今度からあいつに気絶ダメージの突っ込みをする時は、時と場合を見ないとダメだな」


突っ込みにも気を使わないといけないとか何なんだろう


<<頑丈かと思ったら変な所で脆弱ですよねー、マジ面倒くさっ!>>

「はいお帰り」


気がつけば足下に転がっていたキマイラを拾い上げ、首にかける
……いろいろと突っ込み所が有るのは分かるが、パリングパリング


私は左手でうつ伏せで死んでいるキタザキの片足を引っ掴み、右手で二本のトンボを抱えて歩き出した
ずるずると引きずる様な音や何かがぶつかる音、そして「あっ」「がごっ」「あべっ」といった声が聞こえるが、全て無視


<<……いやはや、ベンチャーもお強くなりましたねぇ……>>

「ああ、主にお前のお陰でな」

<<んー……よし、ここは照れるべき場面と見た>>

「お前は少し頭の引き出しの歪みを直せ」


そんなとりとめの無い事をつらつら話つつ、グラウンドの出入り口へと進む
少々遅れてしまったが、まだ祝勝会には間に合うだろう


「それはともかく……目下の問題はキタザキだな」

<<ああ、そういえば敵チームの助っ人でしたっけか>>

「そのチームもこいつを人身御供にしてさっさと帰って行ったのだがな」


キタザキも私たちと仲良くするようになってから、何だか壊れ始めてきたからなぁ
もしかしたらダース単位で友達が減って行ってるのでは無かろうか


<<ベンチャー達のグループに入る条件は変人になる事か何かですか?>>

「んな訳有るか!…………と一蹴できない所が辛い…………!」


捨てて行くか、連れて行くか
キマイラとあーでもないこーでもないと議論しながら歩いていると―――


<<……ん? ねぇベンチャー、あれってクロガネさんじゃないですか?>>


キマイラがふと気づいたようにそんな事を言ってきた
その声を示す方角を見ると、グラウンドの出入り口近くにある大きな気の根元に、クロガネが立っているのが見えた


クロガネはチアガール姿から黒を基調とした私服に戻っており、両手で小さなバスケットを抱えている

……服が変わっていると言う事は、どうやら帰還せずにずっとここに居たと言う訳では無い様だ。少し安心


彼女はこちらを見る私たちの視線に気づくと、ひらひらと小さく手を振ってきた


……………………………、


「………………ふむ」

<<ベンチャー?>>


私はキタザキとトンボを引きずっていた手を離し、地面に横たえる
そして未だ昏睡しているキタザキの背中の上にキマイラを投げ捨てた


「せっかくの良いシーンで茶化されたくは無いからな、少しの間そこでキタザキを見ていろ」

<<信用度30以下ですか>>

「残念、10にすら達していないぞ」


…………「信頼度」はその限りではないがな

そう言葉にはせずに呟き、私は不満げに声を上げるキマイラを放置してクロガネの待つ木の根元へと急いだ









「……………………どうしたの?」


クロガネの元にたどり着いた私に向かって、彼女が放った第一声
彼女の目線は置いてきたキタザキ達に向いており、どうやら私一人が駆けてきた事に疑問を持っているらしい


「いや、お前に少し個人的な話が有っただけだ、別に大した事ではない」

「……………………話?」


こてん、と首を傾げるクロガネ
私はそんな彼女の可愛らしい仕草に思わず笑みを浮かべながら、ポケットに入れてある首飾りに指先を触れさせ…………











「っ」











―――一瞬




一秒にも満たない、ほんの一瞬の間に…………何か、とてつもない違和感を感じた気がした



「―――……………、………?」



……しかしその違和感はその残滓すら残さず跡形も無く消え去り、残ったのは胸の奥がかりかりと引っ掻かれた様な感触のみ



クロガネの顔を見てみても表情に変化は無く、この違和感の様な何かを感じたのは私一人のようだった



―――気のせい、か……?




「……………………?」

「……おっと、そういえばクロガネは何の用だったんだ? まだ祝勝会は終わっていない筈だが……」


突然黙り込んだ私にクロガネは怪訝な表情を浮かべ始めたので、あわてて誤摩化す事にする

自分でも苦しい誤摩化しだとは思ったが……クロガネは何か引っかかる様な表情をしながらも、その質問に答えてくれた


「……………………様子を見に来るついでに、これ」


そう言って、彼女は手に持ったバスケットを開く
中に入っていたのは、おそらく桃子さん製のフルーツジュースとお菓子が幾つか


「これは……差し入れと言う事か?」


私が聞くとクロガネはこくりと頷き、私にジュースの内の一本を手渡す
……渡されたのはグレープ味、さすがクロガネ……私の好みは把握済みか


「……………………アリサが、様子を見に行くのなら持って行け、と」

「ふっ……素直じゃないな、あの子も」


私はそう言って笑いジュースを一口飲んで、空を見上げる




別に少し可哀想だったかなとかそんな事思ってないんだからねっ―――!




青空にはそんな台詞を言うアリサの姿が克明に映っていた


……私とクロガネの会話が途絶え、沈黙の帳に辺りが包まれる
そのままのんびりとした時間が過ぎ、穏やかな空気が私とクロガネの間に流れていく


―――それはとても居心地の良い物で、いつまでも浸っていたい……そう、思える物だった



「……さっきの違和感は、気のせいだな」

「……………………??」


再び小首を傾げるクロガネを尻目に、私はポケットから首飾りを取り出し、彼女の目の前に掲げる
青い宝石が振り子のように揺れ、クロガネの視線をその身に受けた


「……………………これ」

「ああ、この前お前が拾ってきた宝石だ」


私はクロガネの手を取って、首飾りを握らせる

彼女の白魚の様な手は柔らかく儚げで、私より少し低めの体温をしているらしく、仄かにひんやりとしていた
それはクロガネが女の子だと言う事を強く感じさせ、私との特訓で細かい傷がついている事に罪悪感を抱かせる


……私がそんな唐突に訪れたTPダメージに胸を押さえるのを他所目に、彼女はいつもの無表情を崩さないままゆっくりと手を開き、深い黒色の瞳で首飾りを視界に収めた


「これを私に渡す時、お前は物欲しげな目をしていただろう? それが少し気になってな、キタザキには渡さずに首飾りとしてみた」


彼女は掌の上にある首飾りをじっと見つめながら、私の言葉を静かに聞いている

…………聞いている、のだよな?
あまりに反応が無いので、少々不安になってくる


「で、だ……日頃の感謝とお礼を込めて渡してみた訳だが…………あー……その、気に入って……くれただろうか?」


話しているうちにだんだんと自信が無くなって、言葉が尻すぼみとなって行く
だがそれでもクロガネは私の答えに答えず、ただただ首飾りを見つめ続けている


その顔は黒い前髪が垂れ、伺い知る事が出来ない


……お、おや……? もしかしてどこか的外れな事をしてしまったか?

首飾りに等せず、宝石のまま渡した方が良かったか? いやでも宝石自体には傷を付けられず、ただ縁枠に嵌め込んであるだけだし……


私はそんな事を思いつつ、おろおろと落ち着き無く頭を抱えていると―――





「――――――ありがとう」






―――クロガネは突然そう告げ、見つめていた首飾りを握りしめて、その拳を胸にかき抱く


……優しく、まるで大切な宝物を抱きしめるように


そして俯いていた顔をゆっくりと上げ――――――






「――――――とても、嬉しい」







――――――初めて「クロガネ」と名前を呼んだ時の様な…………それはそれは美しい笑顔を、私に向けた


……私はその笑顔にしばし見蕩れ、直ぐに反応を返す事が出来ず
また体が硬直してしまったかのように、その表情から視線を外す事が出来なかった


「あ、ああ……そうか」


……辛うじて返せたのは、この一言のみ
しかしクロガネはそれを気にする風でもなく、私にも滅多に見せない嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、頷く


「……………………うん、絶対に、大切にする」


その様子は本当に嬉しそうで、桃子さんのお菓子を食べている時以上に幸せそうに見えて……
……私は訳も無く気恥ずかしさを感じ、かゆくも無い頬をぽりぽりと掻き、ついでとばかりに目を大きく逸らしてしまった

すると、そんな私の様子が可笑しかったのか、クロガネはもう一度小さく笑う


「……………………ふふ」

「…………ははっ」


……私もそれにつられて笑ってしまい、二人の笑い声が風に乗って響いていく

先ほどまでの穏やかな空気とはまた別の空気が私たちを包み込むが、それは嫌悪を催す物ではなく

―――私とクロガネは、そのむずかゆいような……優しく暖かい空気を共有したまま、楽しそうに笑い合っていた――――――




















































――――――その時だ







クロガネの持つ首飾り―――否、嵌め込まれた宝石が強い光を発し始めたのは




「―――!?」

「っ…………クロガネ!?」




私とクロガネはその青い光に飲み込まれ、その余りの光量に目を開けている事も不可能




「…………………………っこの感じ、匂い、まさ、か…………っ!」




青い光の洪水の向こうから、クロガネの切羽詰まった声が微かに聞こえてくる
私はその声を頼りにクロガネの元に手を伸ばすが―――光が圧力を持っており、上手く体を動かす事が出来ない!

それでも諦めずに手を動かそうとするが……手が動いているのかどうかすらも分からない
むしろ光は私を絡めとるように蠢き、少しずつ体が光に解けて行く様な錯覚を――――――


―――錯覚?




いつか見た、青い光が散らばる夢


胸を引っ掻く様な不安


先ほど感じたとてつもない違和感





最近感じていた警鐘とも言うべき何かが、脳裏を過っては消えて行く
その断片的な記憶を繋げれば、何かが分かるかもしれない


……だと言うのに、必死になって思い出そうとする度に私の思考は散 逸し、上 手く考えを纏める事が できな く






<<ベン――――――す―――て!>>


「んあ?―――眠れ―――い」


「フロー――――――何―――な!!」


「な―――やく封――――――!」








光 の外か  ら   何 か  声 が聞こ え





意   識




  が        光 に
       


     溶     け






―――ク ロ
    

  

 ガ




           ネ……















■ ■ ■




この作品はコメディ7割、シリアル2割、なんちゃってシリアス1割で構成されています

THE 続く!

30Fで収まらなかった場合、サブタイってどうしようね




◆ ◆ ◆




【がんばれバーロー君】




「ああ、何なんだ? 我が一体何をしたと言うのだ……?」

海鳴市の中にある唯一の図書館、そこはこの我が学校を差し置いて最も利用する頻度の高い、栄誉ある公共建造物である

その一階にある蔵書庫の中心、本棚に囲まれた読書空間に存在するソファーの一つに腰掛けながら、我はフローラルな神の溜め息を吐いた



溜め息を吐くごとに幸せが逃げるとは良く聞くが、絶対神たる我はむしろ幸せを作る側である故、いくら溜め息を吐こうが無問題

よって我はソファーをまるまる一個占領し、その美しい御足を組みガラス張りのテーブルの上に優雅に乗せた完璧なるナルキッソスポーズのまま秒間60連射の溜め息を


『……あの、申し訳有りませんがそれはダメです、それでは格好いいポーズをとりながらもの凄い勢いでハァハァする駄目な人に見えます』

「む、そうか? ならば止めておいてやろう、我は神だがな」


突然我に諌言を発する若い女の声

それは我が美足を乗せるテーブルに置かれた、全長50センチ程の日本人形から放たれていた



彼女はその澄んだ瞳をこちらに向け、我の脳内へと念話を送ってきているのだ



本当ならば大天罰がくだされてもおかしくは無い愚行だが―――家族からの意見を聞かぬほどに我は狭量な神ではない


『……お父様、落ち着いてください、ね? 私はいつもお父様と共にありますから、落ち着きましょう、ね?』

「何を言っているのか分からんが、我ほど正気を保つ神はちょっと他所には在らぬぞ? まぁ我は唯一神であるため当たり前の事ではあるが」

『……し、深呼吸しましょう? 一回深呼吸して精神を落ち着けましょう?』

「神呼吸なら常にしているぞ? 汝はさっきから一体何を言っているのだ?」


すまんが何が言いたいのか分からぬな、神の頭脳にも分かるようにもっと高尚且つ高雅に語ってはくれぬか?
我は何度目かも分からぬ溜め息を吐き、組んでいた足を組み直した



おっと! チラリズムを期待した者も在るかもしれんが、それはDO-DAY無理な相談だ! 
確かに我の性的魅力はメスのみならずオスさえも引きつけてしまうが、残念な事に今の我は男子用の制服を着用しておる故、チラ出来る隙間が無いのだよ



まぁこの神の下着を見た瞬間、その美しさに焼かれて眼球が細胞死滅を起こすだろうがな!!


「フ、フフフフ………フハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――!」

「図書館では静かにお願いします!」

『…………お、お父様ぁ…………』


分かっている! 神たる我が今現在錯乱状態にある事は分かっている!
だが仕方が無いのだ! 少々現実逃避でもしなくてはやってられぬのだ!!




本当に何だと言うのだ!? 何故我がここまで堕ちねばならぬ!?






何故、何故我が――――――









――――――何故我がホームレスにまで堕ちねばならぬと言うのだッ――――――!?











申し遅れた

彼女名前は炎の魔人、我が愛し子にして火炎の王女

艶やかな黒髪と涼やかに整った端正な顔立ち、額から生えた二本の角がチャームポイントの日本人形である

今は故あって日本人形の身へと堕ちてはいるが、かつての彼女は樹海の炎を全てを統べる獄炎の女王、サラマンドラの後継者であった



―――さぁ、畏敬するが良い







************







よくわかる転落神生



1、八束神社の前で日本人形と化した魔人を抱いて泣いていた所、突然警官がやってきて保護された


2、その当初は何らかの事件の被害者として見られていたらしく、人の仔としては珍しく礼儀を弁えた態度で接してきた


3、しかし我が神である事を知ったとたん態度が一変、「お前が神社を荒らしたのか」等といった謂れなき罪を押し付けてくる


4、やはり人の仔はどこまでも低能だな! と如何に人の仔が最下級レベルの存在であるかを優しく、また理解できるように幼児の言葉を用いて教授してやった所、何と警察の一人から殴り飛ばされかける


5、はっ、神を殴り飛ばそうとするとは官憲の風上どころか風下超最底辺風下にすら置けん屑どもだな! と神の教えを説いていると我の両親が襲来、講義の途中だと言うのに家へと連れ去られる


6、家族会議…………とは名ばかりの魔女裁判開廷、我の下す天言も意に介す事無く、勘当を言い渡され家を追い出される


7、仕方が無いので屈辱を耐えてその日は魔人と共に野宿、今日は学校をサボって図書館に入り浸っている ← 今ここ!






「ふむ、何度思い返しても理不尽な対応であるな」

『……………そうかなぁ』


魔人の甲斐甲斐しい世話もあり、何とか復活を遂げた我

しかし復活を遂げた所で現状に変わりはなく……
流石にこのまま何の考えなしにその日暮らしを続ける訳にはいかないと思い立ち、魔人と共にこれからの生活計画を立てる事にしたのだ


ついでなので此処に至る経緯も書き出してみたのだが…………嗚呼、何と愚かなるは人の仔か


警官達もそうだが特に両親、神を囲う権利を自ら放棄するとは……


「まったく、我には奴らの様な下等な者どもの考えはさっぱり理解できんよ」

『……お父様……』


魔人が首をこちらに向けて、何か言いたそうに見てくる
なんだ? 伝えたい事があるなら我を恐れずにはっきり言うがよい

汝は我が神の血を継ぐ愛娘であるのだからな、遠慮なんぞしなくとも良いのだぞ?


『……変わってませんね、お父様は……』



はぁ、と
テーブルの上に置かれた魔人は我の脳内に流麗な声を響かせ、そっと溜め息を吐いた







何故炎の魔人がこのように喋り、僅かではあるが動く事が可能なのか?
……魔人と出会ったその日から考え続けているのだが―――我が神の頭脳を持ってしても、自らを納得させる答えが用意できなかった




そもそも最初にこの世界で目覚めた時、魔人は普通の日本人形として一般家庭に飾られていたらしい


当時はまだ喋る事も動く事も出来ずたいそう暇を持て余しており、唯一できる事と言ったら額から角を生やす事だけだったとか


そんな事を続けていたある日、調子に乗って角を伸ばし続けていたら呪いの人形と勘違いされ、除霊のため八束神社に送られて安置される事に


我と出会ったあの日の夜、ふと空を流れる青い流れ星に「お父様と会いたい」と願った所、気づけば我と再会しておりこんな体となっていた


Q 何故我が神だと悟った?

A 『自分の事を神なんて言う御人は、お父様しか居ませんからね』





…………魔人の過去を聞いてみても、何が起こったのかさっぱり分からん


ふん! 勘違いするでないぞ! 今回は情報が足りなかっただけだ!
我が得意とする生命の研究、その術論を構築するに辺り太古の医学から最先端のオカルトテクノロジーまでを手広く習得した我に知識の抜けがあるとは考えにくいが、我がその全容を把握できなかったという事はそうに違いあるまい

ちなみに本人は『きっと、私の願いを叶えてくれたあの青い流れ星が、力を分けてサービスしてくれたんだと思います』等と言っていた







「まぁ過去の事等今はどうだって良い、重要なのはこれからの話だ」


我はソファーの背もたれにギシリと体を預けつつ、目下の問題に目を向ける

……どうでもいいが平日の昼間から魔人(日本人形)と向かい合い、これからの生活について真剣に議論している神(超美形且つ神の高貴を溢れ出る(略)の少年)

ふふ、何と絵になる光景だろうか? 見よ、我を見る周りの地に落ちた者どもが神を崇め奉る目をしているぞ!


『……(いえ、私の声って多分一般の人達には聞こえないみたいなので……アレは人形に向かって一人で喋る可哀想な子供を見る目だと)……』


魔人が一人でなにやらぶつぶつ言っているが、良く聞こえん
……おっと、話が逸れる所だったな


「まず大前提として生きるためには金が必要だ…………しかし我の全財産はこの通り」


制服のポケットから小銭を幾つか取り出し、テーブルの上に神のサイコロの如く放り投げる



その額、467円



神が持つには余りに少ない端金だ



財布を持っていれば少しは違ったのであろうが、荷物を纏める暇なく追い出されたため、財布どころか碌な物も持っていない
所謂、着の身着のままという奴である


「くっ……かといって金を稼ごうにも年齢がネックだ……!」

『仕事は勿論、物を売るにも13歳じゃ無理ですからね……』


そう、例え我が1000年以上を生きる神であろうとも、外見・書類的には13歳なのである

いくら我が全知全能の存在で、そこらの【自称有能な大人】どもと比べる事すらおこがましい能力を持っていようとも、その事実が足を引っ張ってしまう




……ならばアンダーグラウンドにでも潜れば良いと思う輩も在るかもしれんが、今のご時世「そちら側」に行くにも足がかりが必要なのだ


『……あの、じゃあ、家に戻るっていう選択肢は……』

「ある訳がなかろう」


奴らは神の世話をするという栄誉を自ら捨てたのだぞ?
そのような無礼極まりない奴らの元に戻る等、激しく悔い改め五体投地をしようとも許される物ではない


「それに我もいい加減あの厚顔無恥どもと共に居るのは苦痛だったからな、良い機会だったとも言える」


まだ幼子だった頃から我の話を碌に聞かずに神を「嘘つき」と罵り、この年に至るまで我を理解しようとしなかった両親!

神の教えを全く聞く事なく、「バーローwww」だの「神性の中二病」だの不名誉な呼び名を造り、挙げ句の果てには暴力まで振るいそしてそれを容認する学校関係者!





何という不敬! 何と言う天に唾する愚劣な行為!!






しかし勘当されたと言う事は、前者と縁を切ったと言う事
……ならばいっその事、このまま学校からも離れて奴らと完全に縁を切っても良いかもしれぬ




この世界を救う土台を作るためにも大学まで出ておきたいと思っていたが…………不敬な輩を遠ざけられるのならば、一考するに値する




「どの道奴らがこれから我の授業料を収めるかどうかも分からぬしな、ならばこのまま退学となった方が賢い選択かもしれぬ」

『で、でも……お父様の話じゃ、この世界は学歴が重要なパラメータという話では……』

「せやで、学校は出といた方が良いと思うわ」

「ふん、我を誰だと思っている? 世界を統べる神だぞ? この神の頭脳さえあれば大抵の事は」

「じゃあ何で今困ってるん? 神様なら困る事なんて無いんやない?」

『そうですよ! 前ならともかく、今はお父様もただ神の知識を持った全知の存在であるだけで、「全能」は失われているんですよ? 出来ない事もありますよ!』

「いやいやいやそういう事で無くてやね?」

「だからといってあの無礼者達の元へ再び下る等言語道断! 神を敬えない者……な……ど……………?」

『…………あれ?』






……何か一人、増えてはおらぬか?






我と魔人は顔を見合わせ、同時に声が発せられていた方角に顔を向ける
するとそこには――――――








「わー……ほんとにお人形さんが喋って動いとるわー……腹話術か何かやと思っとったんやけどなぁ」








――――――車椅子に乗った人の仔の少女が、我らの動きを見て目を丸くした驚きの表情を浮かべていた




















これが、後の我が愛妹

夜天の主と呼ばれる、八神はやてとのファーストコンタクトであった





















[17930] 11F後            桜色の柱
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/07/20 07:39
「なぁなぁ! あの二人の最後のやり取り凄かったよな!?」

「あれ丸っきりゴッド掌だったよなー」

「あー、何か赤かったけどねぇ」

「じゃぁキタザキってやつが出してたのは……炎トルネード?」

「いや火ぃ纏ってなかったし、翼竜ストライクじゃね」

「待て、ドラゴンのイメージが見えなかったからそれは無いんじゃ……」

「てか俺らあんだけ空高く吹っ飛ばされたのに何で生きてんの?」



喫茶店、翠屋


「祝・勝利!」とそれはそれはカラフルな色合いをした横断幕が掲げられた店内に、まだ声変わりもしていない男子児童達の話し声が飛び交っている
その声色は皆が皆自身に満ちあふれる楽しげな物で、店内の雰囲気を明るく彩り活気ある空気を作り出していた


……会話の内容はまぁ、さて置いておくとして


よくよく見ればその児童たちの体には至る所に絆創膏が貼られており、少々痛々しい様を見せているのだが、彼らの声に澱は無く
あの年頃の男の子にとっては、自身の怪我や吹き飛ばされた事による恐怖体験と言った些細(……かぁ?)な事よりも、試合で勝利した事が……そして自らの目の前で繰り広げられた超次元サッカーの方がよほど興味があるらしい

少年達は友人達とはしゃぎ合い、桃子の作る絶品の料理に舌鼓を打ち、美由紀のウエイトレス姿に鼻を伸ばし、監督である士郎の激励に心を震わせ……
あの死合(誇張表現でもなんでもなく)を生き抜いた選手達は、皆思い思いにこの騒ぎを楽しんでいた



―――つい数刻前まで行われていた、チーム翠屋とキタザキチームとの一戦

その色々な意味で常識の斜め上を走り、次元を軽く一つは超えたその試合
辛くも激闘を制した士郎率いるチーム翠屋は、監督である士郎がオーナーを務める翠屋にて祝勝会をあげていたのだった







…………が







「……………………遅いわね」


そんなどんちゃん騒ぎに感化されず、憮然と言った表情で呟く女の子が一人


店内の隅に置かれている、もはや彼女達の指定席と言っても良い六人がけのテーブル席

そこに座っている彼女の姿は腕を組み、足を組み、口の形は「へ」の形
大きな瞳を切れそうな程に釣り上げて、おまけに眉間にしわを限界まで寄せている

彼女の幼いながらも美人と評する事の出来る端正な顔立ちは今や不機嫌に顰められ、周囲には大気が歪む程の怒気がメラメラと放たれていた


その迫力たるや正に殺気と言うに相応しい


女の子――――――アリサ・バニングスは、数刻前に送り出したまま帰ってこない親友……クロガネに
そして先ほど「ごめんね! ちょっと用事が……!」と慌てた様子で飛び出して行ったなのはに対して苛立を募らせているのだ

修行馬鹿と変態薬師もおらず、対面に座るすずかだけとの二人きり
決して居心地が悪い訳ではないのだが、このような楽しい雰囲気の中では少し……いや、かなり物足りない

要するに正直に率直に偽る事無く忌憚なく所憚る事無く何一つ包み隠さずに言うと、寂しいのである


「ったくあの子達は何してんのよ! さっき出てったなのははともかく、クロガネはもう帰って来ても良い頃合いでしょうに……!」





ご……ごごごごごごごごご……っ!





アリサの言葉尻に力が込められるのに合わせ、周囲の大気がより激しく歪み、たわみ、ねじ曲げられる
誰か管理局を呼んでくれ、今此処に次元震が発生した


「まぁまぁ落ち着こうよアリサちゃん、ほら皆怖がってるから」


そしてそんな気迫をものともせずにニコニコと笑顔を浮かべながらアリサを諌めるすずか

実は彼女の言う通り、周りで楽しそうに話している男子達は彼女との接触を避け、半円を描くようにしてその空間に近寄らないようにしていたりする
冒頭での描写が途端に嘘くさくなる光景だ


「だってここからあのグラウンドまで10分くらいでしょう? 往復で20分だとしても時間かかり過ぎじゃない!」


壁にかかっている時計を見ると、クロガネが出て行って既に一時間
差し入れを持って行くどころか、ブロンズガード達が地均しの作業を始めた時間を考えると、彼らも一緒に帰って来てもおかしくは無い時間が過ぎている


「もういっその事鮫島にでも迎えに行かせようかしら? このままじゃパーティが終わっちゃうわ!」




パチン!



―――そう言ってアリサが指を鳴らすと、彼女の背後に影が揺らめくエフェクトが発生




しかしその影は刹那の内に消え去り―――その後にはいつの間にか一つの人影が音も無く立っており、アリサの背後にぴったりと寄り添っていた
現れ出たるその影は、口元と顎に蓄えたヒゲを三つ編みにした鋭い雰囲気を持つ老紳士






バニングス家の専属運転主兼メイド達を束ねる執事長、鮫島 雷出である






常に白目を剥き、胸元で両腕をクロスさせると言うどこぞのファラオの様な構えをとっている不気味としか言いようが無い風体
執事と言うよりはヒットマンと言った方が余程しっくりくるだろう



だがその不気味さとは裏腹に、彼はあらゆる事を完璧にこなす有能な人材であるため、バニングス家の人間は外見を除外視して彼に全幅の信頼を置いていたりする



アリサも幼い頃から忙しい父親の代わりに面倒を見て貰っていため外見等は気にならず、また彼自身も見た目はアレだが本当は優しいおじいちゃんなのだ
彼女達の関係は主従関係という枠に収まらず、むしろ祖父と孫といった風情である



……ちなみに、彼には当凛というオカルト好きの中学生の孫が居たりする



「じゃあ鮫島、そう言う訳だからパパッと――――――」

「ちょっと待って、アリサちゃんの言う事も分かるけど……そこはほら、お迎えを出すのはもうちょっと待ってあげようよ」


鮫島に指示を出し、フルバーニア達を迎えに行かせようとするアリサをまぁまぁと押しとどめるすずか
出鼻を挫かれた形になるアリサはどういう事かとすずかに訪ねようとして―――気付く

すずかの表情はいつもの穏やかな笑みでは無く、ニヨニヨと意地の悪い含み笑いを浮かべていた


「……何よ? その変な笑い方……」


怪訝に思ったアリサがそう聞くと、すずかはその笑みを一層深めながら言葉を紡ぐ


「ふふ……アリサちゃん、少し考えてみようか」

「考えるって何をよ?」

「まず最初にフレミングの法則君は今、人の殆ど居ないグラウンドに居ます」

「地面の後始末は元凶のアイツらに全部押し付けたものね」

「多分だけど、キタザキ君はいつもみたいに突っ込まれて気絶してるだろうから……実質一人きりって事になるよね?」

「……いや、キタザキが気絶するのは確定事項な訳?」

「そして差し入れを持って行ったまま、まだ帰ってこないクロガネちゃん………さぁアリサちゃん、ここから導きだされる答えは何でしょう?」

「え? 何って……………」






――――――言いかけて、何かに思い当たったのか尻すぼみになって行くアリサの声







「…………え、あ、まさか」

「そうそう、だからちょっとだけ遅れても何も言わないでおいてあげようよ、ね?」


先ほどからの物と同じ、意地の悪い笑みを浮かべたままそう進言するすずか

いくら彼女が夜の一族と呼ばれる吸血鬼で、最近周りの影響から戦う事に快感を見いだしちゃってるグラップラーと言えども、やはり多感な女の子
「その手」の話題に関しては人並み以上に興味はあるのである


「もしかしたら、なのはちゃんも二人の所に行ったのかも……?」


……実際にはそんな微笑ましい理由ではなく、かなり切羽詰まった事態により慌てていたのだが
何も知らないすずかからしてみれば、その慌てっぷりと二人の不在を結びつける事はそう難しい事ではない


……彼女達の会話にひっそりと聞き耳を立てていたとある一人のウエイターが、持っていた盆にひびを入れた事に気付いた者は居なかった


「…………………………」


アリサの何処か焦りを感じる曇った表情には気づかず、すずかは脳内で桃色の妄想を展開させる
ブルーメタル君とクロガネちゃんとなのはちゃんの三角関係なんて昼ドラの様な事になってたらどうしようかな~……等と呑気に考えていた


「皆が帰って来たらそこの辺りを詳しく聞いてみないとね!」

「……そうね」


この手の話題に一番興味のありそうなアリサが、何故かどうでも良さそうに素っ気なく返す
しかし彼女の目線や足はそわそわと忙しなく動いており、落ち着いていない様子が丸分かり


何処となく必死さをも感じさせる動作だが、すずかはそれを「興味を隠そうとして隠しきれてないため」だと判断
鮫島は一抹の寂しさを含んだ白眼で、何も言わずにそっと見守る


(ふふふ……さてさて、今頃二人は一体何をしているのかなぁ~?)


すずかはそんな事を思いながら、友人達が帰ってくるのを心待ちにするのだった








**********************









さて

所変わってサッカーの試合が行われた件のグラウンド
すずかの予想では甘酸っぱい青春の一ページ、もしくは泥のようにねっとりとした昼ドラが紡がれているはずのそこは今――――――






――――――まさに地獄と呼ぶに相応しい状態となっていた






周囲に生えていた木々はその全てが折り飛ばされ無造作に散逸し、いくつかは地面に突き刺さり
とある聖騎士が必死こいて整備した地面は何かが突き出たような跡を残して盛り上がり、捲れ上がり、決して小さく無い地割れを起こしていたりと惨々たる有様だ

そこは最早試合の影響など問題にならない程の被害を出しており、直前まで整備作業をしていた少年の努力が無駄になったと言っても過言ではない

しかもその被害はグラウンドだけに収まらず、近景の町中にまで広がっていた






―――何故こんな事になってしまったのか?


―――一体誰がこんな酷い所行を行ったのか?





「……私の、所為だ……」

「なのは…………」


そんな酷い有様となっているグラウンド……それを上空から見下ろしながら、高町なのはは強く後悔していた

その服装は彼女の通う小学校の制服をベースとした戦闘服に変わっており、踝の辺りから生えている桃色の羽の様な物で飛翔している
手には大きな紅い宝石が目立つ杖を握り、その肩もとには茶色の毛皮のフェレット―――ユーノがちょこんと座り、彼女を気遣うように見上げていた


「あの時……フィジカルモア君がキーパーになった時、ちゃんとジュエルシードの気配を感じていた筈なのに……!!」


血を吐くように声を絞り出し、下唇をかむ
肩に乗っているユーノはそんななのはを痛ましげに見ているが―――いつまでも沈んでいるわけにはいかないと、頭を振って気持ちを切り替える


「なのは、君の気持ちは分かるけど……」

「……うん、分かってる。今は―――あの二人を助けないと」


なのはは俯いていた顔を上げ、真正面を見据える

後悔と使命とを内包した強い視線が、彼女の目前にある「存在」を貫いた








―――荒れ果てた地面から生え出る、緋色の光を纏ったその巨体





―――周囲に存在するもの全てを切り裂く、鋭いかぎ爪のような突起が三本づつ生えた7本の触手





―――顔に当たる部分は大きな漆黒の花びらで覆われ、そして消化液らしき物を断続的に垂らし続けている鋭い牙の生え並んだ大口








それは最早植物と呼ぶにもおこがましい程の禍々しい気配を放ち、建物や地面を切り裂き、殴り壊す

そのビルよりも大きい食人植物は、なのはの事等気にも留めずに暴れ回り周囲に破壊を撒き散らしていた






―――否、破壊をまき散らすだけではない







暴れ回る植物の蔓が破壊した痕……崩れ落ちた瓦礫の隙間や地面に開いた大穴から、【!!ああっと!!】という得体の知れない声と共に新たな食人植物が生れ出ているのだ

それは本体の3分の1にも満たない大きさだが、同じく周囲の物を破壊して回っている
そしてその破壊痕から再び植物が生れ出て、また新たな植物を呼び出し、周囲を壊し、【!!ああっと!!】……まさに地獄の倍々ゲーム


「…………ねぇユーノ君、一体クロガネちゃんは何を願ったのかな……?」

「……ごめん、正直さっぱり分からない……」


ジュエルシードに何かを願ったのは絶対に間違いないのだが、何を願ったらこんなとんでもないモンスターに変化するのか全く予想できない
最初に戦った呪いの人形が変化した魔人も大概だったけど、コレはそれ以上…………


「……………………」

「……………………」


自らが魔法少女となった出来事を思い出し、ブルリと小さく震える一人と一匹
……いや落ち着いて考えてみれば、幽霊とかオカルトとかが絡んでないだけまだマシかもしれない


彼女はユーノと頷き合い、その小さい手に握りしめる杖を構え直す




「―――いこう! レイジングハート、ユーノ君!」

<<yes. my master>>

「封時結界!―――周りの小さい奴は僕に任せて、なのはは本体を!!」 




―――周囲の景色が灰色に染まりきるのを待たずに、なのははその植物に……「親友」に向かって突貫して行く

願いを歪んだ形で叶える宝石……ジュエルシードの暴走に巻き込まれ、とんでもないモンスターと化してしまったその姿から解放するために




「……待っててね、フィーリングカップル君、クロガネちゃん……私が絶対に助けてみせるから―――!」



























「…………んぁ、なのはちゃんが空を飛びつつ桃色のビームを撃っている……彼女は何時の間に機動戦士に」

<<うるせぇそんな事いいから寝惚けてないで早く起きて頼むから頼むからマジ起きてぇぇぇ!!>>


なのはが決意を固めて突貫しているその頃
同じくグラウンドに居合わせていたキタザキは、頭元でピンピン跳ねるキマイラの言葉をぼんやりと聞きながら、グラウンド端のフェンスの側でなのはの戦いをひっそりぼけーっと眺めていた

クロガネ達がジュエルシードの暴走に巻き込まれたあの瞬間、それまで昏睡していたキタザキは彼女達の体が変化する際の衝撃波で吹き飛ばされ、背中に乗っていたキマイラと共にフェンスに叩き付けられたのだ
……普通ならばその痛みに転げ回るか気絶する所だろうが、善くも悪くも普通ではないキタザキはかなり頑丈な体を持っているため、大したダメージは負っていなかった

それどころか、ダメージよりも襲いかかる眠気を優先できる程に余裕がある始末
魔力を帯びるキマイラに触れていたために結界内に引き込まれてしまったにも拘らず、周囲の景色が灰色になっている事を気にも留めない

彼は今日で徹夜6日目、脳は今眠気によりアッパッパーになっているためそれも仕方の無い事であった



<<もおおおおこういう事には絶対に関わり合いになりたく無いっつってんのにもおおおおおおお!!
  ベンチャーの馬鹿ー! クロガネさんのうっかりちゃーん!! アレに気付けなかった我の迂闊者ー!! 教えてくれなかったヘイズたんのいぢわるぅぅぅぅぅ!!>>

(…………あれ、いつもアイツが付けてる首飾りだよなぁ……)



それに周囲の風景が白黒のモノトーン調だし、何か変な植物がうねうねしたりしてるし、さらには同級生が空飛んでますよ
あらやだ最近の世界ってば意外にワンダーじゃない?


そんな事を呑気に考えていると、首飾りがその体に付いた紐を鞭のようにしならせ、キタザキの頬をぺちぺちと叩く


<<早く起きて逃げてください我持って!! 何でか知りませんけどなのはさんが魔法使って頑張ってますから巻き込まれないうちに! ねっ!?>>

「あー…………?」

<<キタザキ医師は魔力が皆無なんで魔法も我も使う事は出来ませんし!! このままじゃあのボスカラーラフレシア達に食べられちゃいますから!!>>

「……まほう……?」

<<良いからとっととエスケープ!! ベンチャー達は……きっと、なのはさんが何とかしてくれると信じて見捨てましょう!!>>


さらっと外道な事を口走るキマイラ
……本人的にはかなりの葛藤があり、今の自分が出来る事としてギリギリ一般人に当たるキタザキの避難を優先させようとした故での発言なのだが―――キマイラの纏う軽い雰囲気のお陰で外道以外の何物にも見えなかった




対するキタザキはその言葉に何か感じる事があったのか…………何やら「まほう…………魔法?」と顔を俯けてぶつぶつと呟いている
そして空を見上げ、ボスカラーラフレシアに桃色光線を放ちつつ死闘を繰り広げているなのはを見る



彼女から撃ち出される光線は、ラフレシアの纏う緋色の光に阻まれ全くダメージが通っていないようだった
弾かれて消える桜色の残滓を眼鏡のレンズに反射させ…………キタザキの瞳は徐々に光を取り戻し―――








―――そして、




<<だからキタザキ医師! お願いですから我を持って早く―――>>





「――――――興味深い!!」





カッ!!



彼はキマイラの意見を遮り、突然目を見開いた


<<…………え、あのキタザキ医

「魔法、魔法、魔法……! 首飾り君、それは錬金術とはまた別個の秘術なのかね!?」


今までの寝惚けた姿が嘘のよう
打って変わった機敏な動作で頭元のキマイラを掴み取り、倒れた姿勢のまま顔を近づけ迫りだす


<<れんき……って、いえ、あの今はそんな事よr

「錬金の起動回路が分からなかったため作れなかった術式起動符シリーズ……もしかしたらその魔法とやらで代用が…………!」


しかし諭そうとするキマイラの意見を聞く暇もなく再び思考に没頭してしまう
その顔は水を得た魚のように生き生きとして、目はギラギラと危ない光を放っていた


「というか何なのだねこの状況は!? 周りは廃墟で首飾りが言葉を介し大きな木が蠢きなのはちゃんが魔法とやらを使っている!! 何という非常識!!」

<<で…………ですから早く避難を

「真に面白い事この上ない!!」



予備動作は一切無し
キタザキはいきなりブリッジの要領で体を跳ねさせ、空中へとその身を踊らせる



跳んだ高さは10メートル以上、明らかに人体の構造と限界を無視したその所行
彼は空中で姿勢を制御し―――太陽の光を浴びながらライダーキックのポーズ、いつの間にか近くまで忍び寄っていたらしいノーマルラフレシアを落下と共に踏みつぶした



轟く轟音割れる地面、びちゃぐちゃめちゃっとグロい音を立てて圧死するラフレシア
その緑色の体液をレンズと衣服に大量に付着させながら―――キタザキは十人に見せたら百人がトラウマになるであろう歪んだ笑みを浮かべた


<<…………き、きたざきいし?>>

「あは……あはあははあはははあはあはあは!!」


狂ったように笑い声を張り上げて
懐から手榴弾に似た卵形の陶器を取り出し、その登頂に刺さっているピンを勢い良く引き抜き天高く放り投げた




「―――医術防御」




バカンッ!

その言葉と共に陶器が爆散、周囲に薬品で出来た白い霧がぶちまけられキタザキの姿を覆い隠す
そしてその霧が止む事を待たずに、霧を突き抜け風の様に走り出した


<<ちょっ待っ―――ああああああああぁぁぁぁぁ……ぁぁ―――ぁ――!>>


片手から聞こえるキマイラの悲鳴も何のその
いつもは顔の左側に上品に流している灰色の髪の毛を振り乱し、途中を遮る小型ラフレシアを蹴り殺し殴り殺しながらある一点に向かって走り続ける







―――目標は大型のラフレシア…………に、相対する高町なのは





―――目的はこの災害を何とかするため…………では断じて無く、なのはに魔法の事を詳しく聞くため





―――ラフレシアに自分の親友が取り込まれている事もつゆ知らず、ただただ自らの医術を発展させるべく疾風の如く駆け抜ける








「そのビーム魔法の発動回路を教えてくれたまえなのはちゃぁぁぁん!! 行き詰まっていた起動符の制作のためにぃぃぃ!!」

<<ベンチャー達の事はどうでも良いのかよこのマッドドクターがぁぁぁ!!>>










海鳴市私立聖祥大附属小学校三年、北崎威一郎

……ここ二年間の彼は、睡眠時間が足りずに常時錯乱気味である












************









「ぬぐおおおおおおおおおおおおおっ!!」






―――光一つ入らない、真っ暗な空間





「はぁあああああああああああああっ!!」





―――目を開いているのか……閉じているのかも分からない、完全なる暗闇





「ふぅぉおおおおおおおおおおおおっ!!」




―――上、下、左、右、前、後……距離感や空間を認識する事も満足に出来ず、更には体の感覚さえ断たれている

普通ならば気が狂ってもおかしくは無い闇の世界……私はその黒の中を漂いながら、自由の無い体を動かそうとただ只管に力み、叫び続けていた

……もしかすると声帯を震わせる事も出来ておらず、上げている叫び声は私が生み出した錯覚かもしれないが―――止める事は出来ない


何も感じられない牢獄とも言える世界
しかしそんな物など関係無く、私の脳裏に直接映像と情報が送り込まれてくるのだ






私が、青い宝石の力によりクロガネと融合してしまったという情報を


私が、クロガネと共に超巨大なラフレシアに変化してしまったという事実を


……私が、自らが慣れ親しんだ故郷を破壊している光景を





…………そして、それを止めようと私に戦いを挑む親友の姿を





「うぐああああああああああああ――――――ッ!!」





―――聖騎士が!




誇り高き聖なる騎士パラディンが! 守護と言うその本分を成さずに!
全く逆ベクトルの破壊行動を行う等許される行為ではない!!
加えて親友に攻撃を加える等……!! 何か知らんが魔法らしき物を躊躇い無くポンポン私に向かって放っているその親友の事は気にはなるけどさて置いて!!




……否、私の事はまだ良い




何よりも問題なのは今のこの体が「私一人の物ではない」という事だ
今のこの体はクロガネと融合してしまっているため、「私」がしでかした事は「クロガネ」の起こした行動とも言えてしまうのである

心優しいクロガネのことだ、例えどのような事情があれ「町や親友に攻撃を加えた」という事実は彼女の心を深く抉る事だろう

しかし地獄に仏と言うべきか
あの青い宝石が発動した時中心地に居た為かは分からないが、今現在彼女の意識は無い




体が一つになっているおかげで、間違いなくクロガネが私の中に存在する事は分かっている
しかし私が話しかけてもテレパス(本来は念話と言うらしい)を試みても返事が無く……意識が無いというよりは眠っている状態に近いように感じる

ともかく、これならば彼女が受けるTPダメージは若干程度ではあるが少なくて済むだろう。 意識が無かったのだから不可抗力だ、と励ます事も出来る
……まぁそれに甘えて悠長にしている暇など無く、何より体を元に戻せる事が前提条件な訳なのだが







…………まさか、一生このままという事は無い……よな?







………………………………………………考えるのは後回しにしよう
今はこの体を制御する事が重要だ




「と・ま・れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




私はこれ以上被害を拡大させない為に、体の自由権を取り戻そうと必死に抗い続ける
……しかし、ただ力むだけではいけないのか、私の体―――ラフレシアになっている肉体はピクリとも反応を返さない

そうしている間にも私の腕……触手は地面を穿ち、建物を破壊する
相対するなのははそれを止めようとしてくれているらしく、桜色の魔力光を放ちつつ私に攻撃を加えてくる


君は魔法使いだったのか、その馬鹿みたいに巨大な力はどういう事だ、もしかして肩に乗ってるフェレットも関係者なのか……
聞きたい事は山ほどあるが、今はそんな事はどうでも良い


私としてはさっさとその攻撃を喰らって行動不能になりたいのだが―――どうやらこの体には私の聖騎士としての特性が備わっているらしく、なのはの攻撃が一切通らないのだ
彼女から飛んでくる桜色の劫火……その全てが私の周囲に漂う緋色の魔力光に阻まれ、拡散して散って行く


つまり私を力ずくで止める事も侭ならない、絶体絶命的な状況だ
……まさか聖騎士としての防御力の高さが仇になる日が来ようとはな


私はこのような状況を招いてしまった自分自身への情けなさに激しい憤りを覚えた




「くっ……! 私が、私があの宝石をクロガネに渡さなければ!!」




海よりも深く後悔するが、もう遅い




今冷静になって考えてみれば、危険へのシグナルは事あるごとに発せられていた筈なのだ
青い光の散らばるあの夢や、胸を引っ掻く不安感、そして先ほど感じたあの違和感……


その全てを尽くスルーした結果がこのザマだ





「ッ止まれ! 止まってくれ!」





どうやら、常時命の危機に晒されていた樹海から平和な世界に舞台が変わり、冒険者としての勘が日和ってしまっていたらしい
一見平和な場所に見えても選択肢を間違えれば地獄と化す……花畑を見てそれは学んでいた筈だったというのに!





「……止まれっ! 止まるんだ!!」





いくらクロガネ達と激しい訓練を行おうと、これでは意味が無いではないか!
私は何の為に今まで訓練を続けて来た!?





「………止まれ…………!」 





常に自らを律し、破壊から【宝】を守る事こそが聖騎士の存在意義だろう!?
……だと言うのに、私は何をやっている!!





「……止……………まれ!!」





本来ならば守るべき対象であるなのはに全てを委ね、自身は囚われのヒロイン気取りか?





―――そんな事、許容出来る訳が無いだろう!!






「――――――――――――」










――――――もしこのまま何も出来なかったら、私には聖騎士を名乗る資格など無い――――――!!









「っがあああああああああああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」








―――滾る激情が私の胸裏から漏れ出で、渦を巻く様に激しく暴れ狂う




その力は周りの闇に浸食し、掻き乱し―――そして、振り払った




私の視界が光を取り戻し、触覚が、嗅覚が……失われていた五感が次々に元に戻って行く





「―――あああああああああああああああああああああああああああ―――!!!」





光に溶けて行った筈の腕が再構築される感覚
否、腕だけではなく私の「体」……その全てが再び形を取り戻して行く




―――私はその拳を握りしめ、胸元でクロスさせる様にして大きくぶん回した




するとその動きに合わせて周囲に衝撃波が発生
私の周りの空間が歪み、軋み声を上げ―――そして、砕け散って行く








ガラスの様に甲高い音を立てて割れた空間、その中に―――
















―――まるで胎児の如く体を丸め、眠る様に目を閉じたクロガネの姿を見つけた















「クロガネぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




大声をでクロガネの名を叫ぶが、ピクリとも反応しない
私は彼女に向かって「体」を投出し、必死の思いで手を伸ばす




徐々に彼我の距離が縮まって行き、私の指が彼女の「体」を捉え―――



―――私は彼女の体を引き寄せ、しっかりと抱きしめた






「…………………すぅ、すぅ」


……定期的に息をして安らかに眠る様を見て少し気が抜けたが……即座に気合いを入れ直す
私が成さねばならない事はまだ終わっては居ない


決して手放さない様にもう一度クロガネを抱え直し、周囲の状況を確認


視界は先ほどまで存在した暗い闇が最早一欠片すら残さず消滅し、ラフレシアが見ている景色が展開している
すなわち、町中を破壊しながらなのはと戦い合っている光景がパノラマに映し出されているのだ


その映像を自らの目で捉えながら―――苦い思いと共に、クロガネを抱える腕に力が籠る


私は心を落ち着け、ゆっくりと目を瞑った
そして今までの様にただ力むだけではなく、自らの意識をラフレシアに染込ませる様に力のベクトルを変える



―――今ならば、いける



腕の中に眠るクロガネが小さく身じろぎをするのを感じながら、歯を食いしばった


……すまないな、私が不甲斐なかったばかりに
この騒動を起こしてしまった責任は全て私にあると言っても良い、私はどんな罰でも―――いや、駄目か

真面目なクロガネの事だ、私一人が悪いと言っても認めてくれはしないだろう
罰を受けるなら自分も一緒に……そう告げる様がありありと思い浮かぶ


私は自分の想像に苦笑しながら、体に力を込める
なのはの方に目をやると、何か大技を繰り出すつもりなのか馬鹿でかい桜色の魔法陣を展開していた


……恥ずかしい話だが、私が完全にラフレシアを掌握するよりも、なのはに任せた方が速いだろう


私は体のコントロールよりも先に体を覆う緋色の魔力光を抑える事を優先し、集中する
精神と体に強い負荷が掛かるが、全てを無視
噛み締められた歯がギリギリと不快な音を立てる


すると徐々に緋色の燐光がその力を弱めて行き―――それに気付いたなのはが驚いた様な顔をした

……しかしそれも一瞬、彼女は表情を引き締め、その手に持った杖をこちらに向けた


まさか私の意思が伝わったのか?―――私はその表情を見て、にやりと笑う

燐光が弱まったとは言え、私の高い防御力は未だ健在だろう
それら全てをぶち抜き、君は私に攻撃を加えられるか?


なのはの強い意志の籠った瞳と、体を襲う負荷に朦朧し焦点の合わない私の瞳が噛み合った




―――さぁ、ラフレシアの暴走を止め、青い宝石の呪縛を解き放ちたまえ!




その言葉か聞こえたかどうかは分からないが、杖の先に展開する魔法陣がひときわ大きく脈動し―――








「はっはっハー!! 喰らえラーウダー南無ーー!!」







……空気を読まない変態の声が聞こえて来たのは、私になのはの劫火が撃ち込まれる直前だった






ガシャーン!と、ラフレシアの体に叩き付けられ粉々に割れる瓶



中に入っていた液体を浴びた瞬間、根こそぎ力が失われて行く感覚



周りを覆う緋色の光が完全に消滅し、丸裸同然となったラフレシア







―――そして、そんな事等関係無しに私たちを飲み込む桜色の奔流






「―――おごあああああああああああああああああああああ!?」






本来ならば、あの緋色で幾らかは削ぎ落とされる筈だったダメージが余す事無く全直撃

私の体をあり得ない程の激痛が舐め上げ、神経が焼き切れそうになる



―――しかし、私はクロガネを抱きしめ、その激痛から守る様に胸にかき抱き、その流点に背を向けた



背中を中心として溶け落ちるかと見紛う程の激痛が走るが、この体勢を崩すわけにはいかない!



私は強く、強く、強く彼女を抱きしめる



意識はとっくの昔に焼き切れ、ただ感じるのは桜色の世界と激痛のみ
彼女の事を離さないでいられたのは、ただの意地だった






そして遂には痛みさえも消え、体が完全に桜色に飲み込まれ―――










「      」










胸の中で、何かの囁き声を聞いた―――気がした










■ ■ ■ 


なんちゃってシリアスですらこんなに難しいのに、完全なシリアスなんて…………頑張ります

え? フロさんが今一締まらないって?

ゲーム中では盾の装備を忘れちゃって、聖騎士「風」の男なんて呼ばれちゃってる人だからこんなもんですよ


◆ ◆ ◆





【頑張れバーロー君】



「え……名前が炎の魔人って言うん? 種族名とかそんな感じや無くて?」

『ええ、良い名前だと思いませんか?』

「うーん……炎ちゃん自身は気に入っとるん?」

『はい! お父様が付けてくれた名前ですから』

「……そか、うん、私も良い名前やと思うわ」

『ありがとうございます! はやて様もとても良いお名前で……』



メスが三人寄らば姦しい……未来において我が知人であったヴィズルが治めるエトリアの地、今の時代では日本と呼ばれる国に伝わる諺の一つだ
何でも生物学上メスに分類される生物が三人程集まると、その場所は言葉という弾丸が飛び交う超一級激戦区へと変貌を遂げるという事らしい

何故三人という数字が設定されているのか?
それは会話を行う生物において、三人というのが一番話が弾みやすい人数であるからだ



『えと、そういえば確か今は学校の時間でしたと思いますけど…………はやて様は如何なさったのですか?』

「あー、それはほら、私は足がこんなやから……」

『あ……す、すいません……』

「いやええんよ、そんな気にせんでも……私は慣れてるし」

『そ、そうですか? …………そうですよね、私も生まれて七年くらいは身じろぎ一つ出来ませんでしたし、出歩けるだけ幸福ですよね!』

「……いや、何や…………そう言われてもどう反応すればええのか―――って、七年?」



一人では会話自体を行う事が出来ず、二人では会話は出来るだろうが……一人が聞き役に回るとそのまま一方的な会話になる可能性が高い
かといって四人以上では高確率で話題に参加できない者が一個体は出て来てしまう

だが三人ならばそれらが無い
誰か一人が聞き役に回り一方的な言葉の弾丸に晒された時には、残ったもう一方がそのキルゾーンに介入し打ち砕く事が可能であり
会話の話題に関しても、三人と言う人数ならば気後れする事無く質疑応答が…………



『へー……じゃあよくこの図書館に来てるんですか?』

「うん、毎日って訳やないけど、ちょくちょく来とるよ」

『まだ十歳にもなってないって言うのに……勉強熱心ですね、感服いたします』

「別に勉強だけって訳や無いんやけど……」

『いえ、凄い事だと思いますよ? 私がまだはやて様くらいの年頃の時なんか、勉強そっちのけで人ばっかり燃やしてましたから(殺戮的な意味で)』

「ほほう燃やす事に夢中な8歳児……炎ちゃんも相当な悪女さんやなぁ(恋の鞘当て的な意味で)」



……………………何?
今喋っている連中は「二人」で一方は無機物だろう……だと?


―――ほほう? 神に意見するとは中々自愛の精神が低いと見えるな
我の放つ美しき陽光に脳細胞を焼かれ廃人にでもなってみるか? ん?



「……ところで、なんや空を見上げてブツブツ言っとるけど、どうしたん? あのお兄さん」

『あー……特にお気にせずともご心配ありませんよ? 一人になるといつもあんな感じになってましたから』



大体三人という人数の構築パターンは太古の昔から現代まで伝わる究極の高効率を誇る組み合わせパターンであってだな
例えば織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らが天下を取る事に成功したのは三人組だった為だという事は周知の事実だが、家の世界樹にいつの間にか住み着いた三竜共があんなに強いのも



『あの……お父様、話が関係ない所から、全く全然これっぽっちも関係ない方向へと脱線してます』

「私らのお話に混ざれなかったからって、そんな拗ねへんでも……」

「!! ……何を馬鹿な! 神たる我が拗ねる等と言った低俗な行動を起こす訳が無いであろうが!!」

『…………(涙目でちょっと嬉しそうに口端がにやけてるのは…………)』

「(……スルーしといてあげるのもまた優しさや)」

「聞こえておるぞバカ娘と土に堕ちた愚か者がぁ!!」

「館内では御静かに!!」




―――このイントネーションのおかしい人の仔と出会って数時間


我らをパフォーマーだと思っていたらしく、議論を邪魔した事の謝罪を受けたのが数時間前


そして何やら馬があったのか我が愛娘である炎の魔人と意気投合し、我の事をほっぽり出して話を始めて数時間


その会話に乗る事が出来ず、楽しげに会話をする娘達を横目で眺めて数時間


我が難解なる理に対し深遠なる推察を初めて数時間





…………我らのこれからの展望は、全く決まっていなかった










―――申し遅れた


彼女の名前は八神はやて、脚部に不自由を持つ事を除けば何処にでも居る人の仔である

…………他には何も言うべき所は無い


――――――さぁ、畏敬……する必要も特には無い。むしろ蔑んでくれて大いに結構!!


「ひどっ!?」




************






現在の神のステータス



・持ち金は500円以下


・持ち物も役に立ちそうな物は特に無し


・今晩を過ごす宿の当ても無い


・というか食事の当てすら無い


・アルバイトを始めとした金策は年齢的な問題もありNG


・かといって我が不敬な輩に頭を下げ、許しを請う等言語道断


・我が配下は炎の魔人(日本人形)一体のみ



…………ふむ



「何て言うか、見事な八方塞がりや」

「ええい黙れハッキリと言うでないわっ!!」


さて、改めて現状をどうにかする為の会議を始めた訳だが……何という希望の無い状況か
住処も無く、金も無く、金を稼ぐ方法も無い……何故神がこのような苦行を強いられねばならぬのだ!

まぁ住処の問題はまだ良い、屈辱さえ我慢すれば新聞紙があればどうとでもなるからな

しかし食事の問題が……何より金を手に入れる方法が無いと言うのが痛い
いくら若くとも有能であればそれで構わんだろうが!
未来では能力さえあれば大金を手に入れる事の出来る実力主義が主流となっているのに、この時代の連中と来たら体裁などという下らぬ鎖に縛られおって!


『いっその事、廃材置き場の物を使って何かを作って、露天商でも開いてみたら……』

「却下だ、人通りの多い場所で子供が店を開いていたら、先ず間違いなく警察を呼ばれてしまう」


無許可営業に義務教育の放棄……補導されるのは確実だ
あのような神を敬わない不敬の巣にもう一度舞い戻る等、いくら金を積まれようが我慢ならん!


「というか……結局学校には行かない事になったん?」

「当たり前だ、何を好んであんな屑共の巣窟に戻らねばなるまい」


……給食という食料補給制度が存在すれば少しは考えたやも知れぬが、残念ながらあの学校にはその様に上等なシステムは存在しない
まぁどちらにしろ今の我は勘当された身、両親が授業料を払わぬ可能性が高いため直ぐに退学扱いになる事だろう
行くだけ無駄と言う奴である


「……ならやっぱり、お兄さんの両親に謝って……」

「愚問。そのような愚かな選択肢を選ぶつもりは一ミクロンも在りはしない、それと我は兄ではない、神だ」


奴らが我を信用していなかった様に、我もまた奴らの事を信用していない
何より奴らは神の親として不相応の救いようの無い愚か者どもだ、そのような芥共に頭を下げる等あり得ん話だ、神格が汚れる

我がそう告げると、八神はやてはほんの一瞬だがその表情を歪めた
……何やら琴線に触れてしまったらしいが発言を撤回するつもりは無い、人は人、神は神だ

そう不遜に構える我に何か言いたい事が在るらしく、八神はやてはその幼いながらも形の良い眉をひそめた表情を浮かべ、唇を開き……



ぐぅぅぅぅ………



……その腹部から随分と可愛らしい音が響いた


「……あー……うー……」


顔を真っ赤にして俯く八神はやて……を、完全に無視して室内の時計を見やると、既に12時を大きく過ぎていた
まぁあれだけ長話をしていれば時間も過ぎて行くだろう……我はちらりと幼女を見やり、


「……ふん、行くぞ魔人よ」


鼻を鳴らして席を立ち、魔人の頭を鷲掴んで歩き出した


「え、あの……どこ行くん?」

『お父様?』


すると我の背後と腕の方角から戸惑った様な声が聞こえて来た
正直に言っていちいち鬱陶しい事この上ないのだが、我が愛娘に問われたならば答えぬ訳には行くまい


「決まっているだろう、昼食を摂りに行くのだ」

「お昼ご飯って……お金は?」

「500円在れば一食分くらいは何とかなる、まぁそれで終わりだろうがな」


これ以上話す事は何も無い
我は再び八神はやてに背を向けて、歩き出した


「汝も早く昼食を摂りに帰るのだな、そしてもうここに来なくてよいぞ」

「な、ちょっと!」


歩みを止めずにそう吐き捨てる
後ろの方で「待って」だの神を引き止める声が聞こえるが、無視する

この町に住んでいる以上、顔を合わせる機会はあるだろう
ならば空気が悪くなってしまったようなので、話は次の機会に回せばよい
……それまで我が餓死していなかったらの話だがな

我は神の心中でそう結論付け、すたすたと歩みを止めずに―――





『……えい』





魔人がその体から炎を噴き出させ、彼女を掴んでいた腕が燃やされてしまった






「―――ズギャアアアアァァアアアアアァアアアアアァァアアムッ!!」


我はたまらず手を離し、腕を包む炎を消す為にゴロゴロと転がる
その熱さたるや将に炎の魔人に相応しく―――って熱い! 熱い!!


『偶には人の仔のお話を聞いてあげる事も神様のお役目です!』

「え、これ大丈夫なん……?」

『はやて様はお気になさらず。 ささ、お話をどうぞ』


未だ燃え盛る腕を消火の為に振り回している我を他所に、ひそひそと囁き合う♀二人
神たる我に何たる仕打ちを……!


「えーと、じゃあ……お兄さん?」

「兄ではない! 神だ!! というかしばし待て! 我がガンダールヴの左腕が炭化し始めて―――」





「もしよかったら……私の家で一緒にお昼にせぇへん?」





…………は?

何を言っているのだこの人の仔は……?
我は燃え盛る左腕の熱さも忘れ、ぽかんと彼女の顔を見つめる





――――――我が視界に映りし八神はやての顔は、台詞の気軽さとは裏腹に真剣さを感じる目つきをしていた












そして騒ぎ過ぎで図書館から追い出された






************






八神はやての家は大き過ぎず小さ過ぎずの上品な雰囲気を持っていた


……まぁこの描写で分かるだろうが、結局我は八神はやての家で昼食を馳走になった
炎の魔人がどうしてもと懇願して来たのだ
我は心の広い神でもある為、愛娘の頼みを断る事が―――否、それをダシになんぞしておらぬぞ、真に真に


さて置き


初め彼女一人だけで暮らしていると言う話を聞いた時には料理の味に大きな不安を覚えた物だが……それは杞憂に終わった
八神はやての作る料理は小学生とは思えぬ程に美味であり、我が神の舌を満足させる出来映えであった



―――神たる我が人の仔に感謝の念を抱いたのは、これが初めてであった



…………だが、まぁ
その感謝の念は既に粉々に吹き飛んでしまったが




「せやから両親て言うのはとても大切な物で―――」

「何度も言うが我はアレらを神の親とは認めておらぬと―――」

「学校に行きたくても行けない人もおるんや! だから行けるのなら―――」

「ハッ! そも我は勘当の身で在るが故に学校等―――」

「なんて分からず屋な人なん!? もうええわ、お兄さん達ここに住みい! 家族がどれ程大切なもんか時間をかけて教え込んだる!!」

「我には炎の魔人と言う歴とした家族が存在するわ!! どの神が汝のような不敬な愚か者の家に宿る物か!!」



…………我と八神はやては「家族」と「学校」という議題に対して太田総理もかくやと言う大激論を展開中
炎の魔人はおろおろと我と八神はやての激論を見守るだけで、どう止めたら良いのか手を出しあぐねているようだ


そう、八神はやてがわざわざ神を召還したのは、我の考えに我慢ならない所が在ったからの様なのだ
彼女曰く「両親は健在のうちに孝行せなあかん」「学校には絶対に行っといた方がええ」だそうだ


…………彼女の様な幼女がこの家に一人で住んでいる、という事からも、八神はやてには何か込み入った事情が在るようだが……正直知った事ではない
人の仔が神に自らの考えを強要しようとするとは……なんという罰当たりな!!





―――人の仔はそれを善意の押しつけ、スモール親切ビッグなお世話と言う





「ふん、話にならんな。 所詮人の仔は人の仔という事か」

「……さっきから人の仔人の仔て……一体何なん!? お兄さんは何様なん!?」

「神様だ」



全くこの人の仔は我の話を聞いていないのか?
先ほどから会話で神であると言っているではないか、人の事は真に愚かであるな




ふーやれやれ、と肩をすくめて見下す様に首を振る




…………それを見た八神はやてのコメカミから、血管が千切れた様な音がした





「―――ッ!! いい加減にせんかい!!」




バンッ!!


テーブルに両手を叩き付け、大きな音を立てる
車いすに乗っている為に立ち上がりはしなかったが―――その迫力は凄まじい物が在った


が、しかし

神たる我にとってはそんな物、我が開発した超極地リス型生物兵器「アリアドネ意図的に回収くん」が向けるつぶらな瞳と同程度



ふん、汝がいくら凄んでも我は一切動じな―――






「さっきから神神神て……! お兄さん【どう見ても人間】やないか!! 【居もしない神】を名乗るなんてちょっと頭おかしいんちゃう!?」







―――我のコメカミの血管が、荘厳なる音を立てて千切れ飛んだ




「ッッッ汝は今!! 決して言ってはならぬ言葉を発したぞ!!」

「だからどうしたん? 天罰でも下るん?」

「この神たる我を人間と言い、あまつさえ神の存在を否定した事……その罪万死に値する!!」

「はんっ、本当にお兄さんが神様言うんなら、私を殺すよりも先に足を直してみい!! そしたら喜んで無様に殺されたるわ、絶っっっっっっ対っ無理やろうけどな!!」

「吠えおったな八神はやて……! 汝程に不敬な輩は神生1000年間で初めてだ!!」



御心に渦巻く激しい怒りの中、我は拳を固く握りしめた

それを見た炎の魔人が慌てて我らの間に仲介に入る
何気に魔人は飛んでいたりするのだが―――この時の我らは頭に血が上っており、それに気付く事はなかった



『お、お父様もはやて様も落ち着いて……!』

「……………………(ガンをくれている)」

「……………………(メンチを切っている)」



我らは互いに炎の魔人を挟んで睨み合い、視線の斜線上にスパークが発生
バチバチと派手に音を立てながら、ただただ睨み合っている

しばらくその状態が続いた後―――我は、徐に口を開いた



「…………よかろう」

「…………何がや?」

「汝が抱える脚部の病……神たる我が治したまいて希望を与える。そして汝の死によってそれを奪い、絶望の底に叩き落としてやろう!!」

「ほー……まぁ無理せんでええよ? どうせ不可能やろしな」

『ちょ、お父様……はやて様……!』

「ではその為に大変遺憾であるがこの家の一室を借り受け、研究拠点とさせてもらう……まさか異論はあるまいな?」

「どうぞどうぞ、お好きにどうぞ」

『え、あの……』

「ハッ!! では精々神に―――否、悪魔にでも祈っておけ! 足が治りません様にとでもな!」



汝に見せてやろう、神の次元さえも超越せし高貴にして聖天の証、神が神たる所以をな―――!!



我はその言葉を最後に八神はやてに背中を向け、空き部屋へと向かって行った
さぁやる事は沢山在るぞ……! まずは知識中に在る医学関係の技術を写本し、機材関係は……廃材置き場からかっさらってくるか、あぁそれと…………










『あうううう……はやて様ぁ、どうするんですかぁ……?』

「……………………」

『………はやて様?』

「……………………お、」

『お?』

「………お、おかしいなぁ……? ……どうしてこんな事に……?」

『………はやて様に分からないのなら、私にも分かりませんよぅ……』

「……まぁ、これからよろしく……?」







[17930] 12F 物話描かざれば通りえぬ交渉の儀
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/09/30 11:32
死者0名、怪我人32名


昨日の騒ぎ、海鳴公共グラウンドを中心として発生した大規模な破壊事件、その被害者の概要である

怪我人の内重傷者はおらず、殆どの被害者が打撲や捻挫等で済んでいるらしい
……その結果を軽いと見るか、それとも重く見るか? それは個人の裁量によるだろう


「…………まぁ、死者が出なくて良かった―――と、私が言えた義理ではないがな」


海鳴市にある大学病院、その待合室にて
革張りのソファに身を沈めながら私はそう溜め息を吐き、病院内の売店で買った【怪奇!】や【新種の生命体か!?】との見出しが躍る新聞を折り畳んだ


「……あー……」


無意味に情けない声を上げながら、より一層ソファに体を深く押し付ける
……端から見れば今の私は徹夜の続いたキタザキもかくや、という酷い顔である事だろう


ちらり、と
隣にちょこんと腰掛けているクロガネを見る


「……………………(どよーん)」


普段は四六時中共に過ごしている私でさえ感情を読めない時もある程の無表情
その鉄仮面と紙一重とも言えるクールビューティな横顔に―――私と負けず劣らずの、沈んだ表情が浮かんでいた


……どうやら、彼女も私と同じく罪の意識に囚われているようだ


私も何度も何度も励ましているのだが……全く効果が見られない
昨日、意識を取り戻して事情を聞いた後からこちら、ずっとこの調子だ


「あ―――、」


……私は彼女にかける言葉を見つけられず、向けていた視線を元に戻し、手に持っていた新聞を握りしめた
紙面に皺がよってしまうが……今はそんな事はどうでも良い

せめてキマイラが居てくれれば、こんな重い雰囲気にはならなかったのだろうか
……非常に不本意ながら、キマイラの空気を読まない減らず口が恋しくなった

現在おそらくキタザキが持っているのであろう黒いビー玉を思い出し、訳も無くむかっ腹が立つ


「…ああそうだな、こうしてグダグダするくらいならまず動けと」


―――苛立った感情のまま、新聞紙を握りしめた左腕の反対側……ポケットに突っ込んだままの右腕を引き抜く

トレーニングのし過ぎなのかどうなのか
子供ながらに傷だらけの指に掴まれたそれは、赤い色をした携帯電話。ちなみにクロガネが持っている物と赤と黒との色違いでお揃いである

これを受け取った当初は絶対に使いこなせないと思っていたが……いやはや、私もまだまだ若いようだな
このようなハイテク機器を使いこなせる様になるとは誰が想像したであろうか

……どうでも良いが、これほど傷だらけになるまで頑張っていると言うのに指が細いまま、しなやかなままなのは何故なのだろう
未だ子供だからなのか、それとも体質なのか……聖騎士としてはゴツい方が色々と有利なので、できれば前者であってほしいが……


さておき


半ばヤケクソの境地
私は恐怖……もとい、疲労による手つきで親指を動かし、カチカチとボタンを押し込んで行く

病院内で携帯電話を使っても良いのかと不安が脳裏を過ったが―――部屋の隅、薄桃髪のモノクルをつけた少年と車椅子の少女が何やら言い合っているその隣に「携帯電話使用可区域」と書かれた張り紙を見つけて一安心
そのまま目的の画面を開き、最後の発信ボタンを押そうと、


「…………」


ふと、冷静になった

受付に目をやると、何やら係員の方と言葉を交わしている母の姿が見える
海外に出張中らしいクロガネのご両親の代わりに、私と一緒に検査入院の退院手続きをしてくれているのだ


……私はその姿に感謝の念を浮かべつつ、心の中で謝罪した


―――すみません、母さん。私は今日、果てるかもしれません―――


握りしめた、その電話
アドレス帳が開かれているその画面には、一つの名前が表示されていた
















―――グループ/友人 高町なのは















ぶるり




あの激痛を思い出して体が大きく震えた

……勿論痙攣しただけだ、他意は欠片も無い





絶対に無い

無いったら無い










***********************************








<<……………………>>

[……お、お帰りキマイラ]

<<……………………>>

[た、確か昨日の騒ぎからずっと、メガネの所に居たそうだな?]

<<……………………>>

[……い、いやあ話を聞く限りじゃあのメガネは大層な変態家畜だそうじゃないか……変な事されてないみたいで良かったではないか……なんて……]

<<……………………>>

[は、ははは……実は我輩も心配していたりしたのだぞ? ……ははは……]

<<…………………………………………>>

[ははは……はは]

<<…………………………………………>>

[…………は…………はは]

<<…………………………………………>>

[……………………………………は……]

<<………………………………………………………………>>

[…………………………………………正直、済まんかったと思ってる]

<<…………やっぱり、貴女はアレが何だか分かってたんですね?>>

[……………ああ、まぁ。変な魔力は感じておった]

<<……何で、あの時言ってくれなかったんですか?>>

[…………いや、まさかこんな大事になるとは思っていなかったと言うのが、先ず一つ]

<<ええ>>

[……………で、もう一つの理由が―――]

<<理由が?>>



[―――放っておけば、家畜に……ロン毛にとって嫌がらせになるような出来事が起きるかと期待していた……]



<<…………………………………………>>

[………………………………のだ]

<<……………………………………………………>>


ぱしーん ぴしーん


[あ、やめっ、刀身を紐でぺちぺちするのは止めるのだっ]


ぺしーん しぱーん


[ごめっ、謝る、謝るのだ……謝るからぁ……っ!]


すぱーん ぺちーん











「……ねぇ、あの二人……人? とにかく何とかできないかな、なんか緊張感が湧かないんだけど……」

「いや、済まない。あれらは風景だとでも思って頂きたい」


私とクロガネがラフレシアと化し、なのはにぶっ飛ばされた事件の翌日

事件の当事者たる私とクロガネ、事件を解決した(と思われる)なのはとそのお供のフェレット……そして場を引っ掻き回しただけのキタザキは、私の部屋に集まっていた
騒動の最中に露見してしまった互いの秘密……その説明会を行う為である

昨日なのはにぶっ飛ばされた後は私は気絶していたし、担ぎ込まれた病院で目が覚めた後には検査入院が待っていたり、警察の事情聴取を受けたりアリサ達への説明で忙しく、彼女と顔を合わせる暇はなかった
そのため事件から一夜明け、騒ぎの影響で臨時休校となった今日、検査を終え退院した私は「昨日の事について話がある」と彼女達に説明を求めたのだ

決して、勇気が起きなかったからという訳ではない


……あの青い宝石の事、ラフレシアへ変化してしまった事、魔法の事……追求したい事、言いたい事が山ほどある
なのはは私にラフレシアとなっていた時の記憶がある事に驚いていたようだが、どうやら彼女達も私に聞きたい事があったようで直ぐに了承してくれた


……ああ、キタザキについては私も予想外だった
なんせ呼んでも居ないのに勝手になのはにくっ付いて来たのだ

聞く所によれば彼は私が気絶した後、なのはとフェレットに「魔法の事について教えてくれたまへ」と、もの凄い勢いを持って迫ったそうで
私より一足早く事情を聞き、無理矢理なのはが行っている「何か」の協力者となったらしい

いきなり断りも無く私の部屋に突入してきたキタザキに対して私は胡乱な視線を向けてやったのだが、彼は偉そうに胸を反らして、
「ふふふ、魔法なんて面しろ……興味ぶか……危険な事をほっとく訳にも行かないだろ? 今や俺も関係者だからな」と、灰色の髪を流しつつメガネを押し上げイケメソポーズ
なのはが持つキマイラの様な……レイジングハートだったか?を俺の物にならないか等と真剣に口説き始めた


何かもう色々と面倒だったので、昨日のお礼も兼ねて盾を投げつけ沈ませた予定調和


ともかくそんな理由で私はクロガネと共になのは達を部屋に迎え入れ、今こうしてなのはとその肩に乗るユーノ・スクライアという喋るフェレットと向かい合い、話し合う姿勢を作っている訳だ


……いる訳なのだが


「……………」

「……………」


……何なのだろうね、この気まずい雰囲気は
何と言うか……そう、娘を嫁にください!という婿(予定)と、それを受ける姑(仮)のような……

テーブルを挟んで向かい合う、私・クロガネとなのは・ユーノ
さて、どちらがどちらだろうか


「…………あの、フェイタルハウンド君……だったっけ?」

「それを抉るのは止めてやってくれないか、あの人あれでも25歳なんだ」


くだらない事を考える私にユーノがおずおずと言った様子で話しかけてくる
私と同じ、未だ声変わりを迎えていない男子のようなその声は困惑を含んでおり……少なく無い猜疑心をも感じられた


「……何だろうか、ユーノ……殿」

「え? あ、いや、殿なんて付けなくても良いよ」


私がそう返すと、わたわたと慌てた声音になるユーノ
……助けられた事もあり、立場としては私達が下だと思っての接尾だったのだが、お気に召さなかったようだ

ユーノは「そんな事より」と咳払い、再び困惑と猜疑を内包した空気を私に向ける
肩をお立ち台として貸しているなのはも私に同じ様な視線を向けている事だろう



「えっと……さ、そろそろ突っ込みたいんだけど」



するとおもむろにユーノは私に声をかけてくる

その声はやはり困惑に揺れ―――どこか哀れみをも感じさせる、優しい声だった




「何で……何で君は―――」
















一息























「………………僕たちがこの部屋に入って来た時からずっと、土下座の姿勢で居るの…………?」























ラフレシアに変化して、町を破壊し人を傷つけてしまった事

それの処理をなのはにほぼ丸投げしてしまった事



……私は、申し訳なさから彼らの顔をまともに見る事が出来ないでいたのだった















――――――――――――決して



決して、吹っ飛ばされた時の激痛による恐怖感につき、なのはの顔を直視する事が出来ないと言う訳ではない事を明記しておく






「えっと……フェイタルハウンド(キリッ 君、本当にどうしちゃったの?」

「っル、ルミナスファイブとか言っちゃう人だが25歳―――い、いえ何でも」







決してったら決して!!














***********************************









流石にあの状態では話もままならかったので、リフレッシュで無理矢理状態異常を解いた


いやはや全く……一体私は何のバットステータスを煩っていたのだろうか、さっぱり見当がつかないな
少なくともテラーではない事は確かだがな、うむ


むしろテラーな訳が無い、正義の為に引かぬ聖騎士が、守る対象を……【宝】である親友を恐れる事等ある訳が無い!
ましてやそれがなのはなど……うむ、無い無い
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは……


……念のため、とりあえずもう一度リフレッシュしておこう







まぁそれは置いておくとして






「……まず始めに、君達に礼を言わせて欲しい。 私達を止めてくれた事に……被害の広がりを防いでくれた事に対して」

「…………ありがとう」



私達をあの悪夢の様な状況から救い出してくれた事に対して、最大級の感謝を


私はクロガネと共に深々と頭を下げる
聖騎士たる者、礼節を軽んじるべからず―――聖騎士の教えの一つだ、まぁ騎士だけではなく全ての人間に言える当たり前の事だが

今回の騒動……なのはとユーノの二人が居なければ、私達は未だにラフレシアのまま暴れ続けて死者を出す最悪の事態にまで至っていた可能性が高い
……もしそんな事になってしまったら、私は聖騎士云々以前に、一人の人間としてその事実に―――罪の意識に耐えられなかったかもしれない



クロガネも同じ想いを抱いていたらしく、真摯な表情を持って頭を下げていた



「え、あ、頭を上げてよ! なのははともかく、僕は殆ど何にもしてないしお礼を受け取る資格なんて―――」

「違う……違うの! クロガネちゃんのジュエルシードを見逃したのは私だから……お礼を受け取る資格が無いのは、私の方で……」



ジュエルシード……話の流れから察するに、あの宝石の事だろうか

慌てた様に頭を左右に振りながら、自分を卑下するなのはとユーノ
……なのはの自意識が低すぎる事は前から分かってはいたが、どうやらユーノも同じ様な思考をしているらしい



「君達にどんな理由と考えがあるのかはまだ分からないが、私とクロガネが助かったのは間違いなく君達のお陰だ。そう過剰に自分を卑下しないで欲しい」

「…………お礼は素直に受け取っておくべき」

「……いや、でも……」

「私達が今感じている感謝の念は、確かに胸の裡に存在している。君達が受け取ってくれなければ想いのやり場に困ってしまうぞ?」

「…………廃棄処分など出来はしない」

「……でも私は、」



再びネガティブな発言を放とうとしたのであろうなのはの眼前に無言で手を翳し、無理矢理言葉を止める

私のその行動に、納得のいかない影のある表情を浮かべつつも口を噤むなのはとユーノ

……善意の押しつけ―――もとい、感謝の押しつけと思われたかもしれないが、これだけは譲れない
何としてでも感謝の言葉を受け取って欲しかった


―――私は、彼女達に相当の恩義を感じているのだ



「……さて、それはそれとして、私は君達に聞きたい事がある」



唐突に話題転換
我ながら少々強引と思わなくも無いが仕方が無い、放っておけばまた礼を受け取れないとでも言い兼ねないだろうしな


「……うん」


なのはは私の「聞きたい事」の予想がついているのか、未だ納得のいかない雰囲気を引きずりつつも真剣な表情を浮かべる
ユーノも心無しか背筋を伸ばし、表情を引き締めた……ように見えるが、はてさて


私はクロガネが隣で頷くのを確認
その後視線を二人に戻して、口を開いた



「―――君の魔法の事、ユーノの事、そして君がジュエルシードと呼んだあの宝石の事……一体、君は何に巻き込まれているんだ?」



―――差し支えなければ、事情を聞かせて欲しい―――


……やはり、その質問が来るとを予想していたのだろう
なのはは私の言葉に欠片も動揺を見せる事無く、真っすぐに私に向かって視線を投げ掛けてくる



「……うん、話すよ」


一瞬の躊躇いの後、なのはは答える

そして私から視線を外し―――部屋の隅で真竜の剣とじゃれあっているキマイラを見た
……その表情は厳しく、肩の上のユーノも私に向ける視線を幾分険しくした



「だから、私も教えて欲しいの。 フ  ースガ  君の事を」

「穴空き……だと……?」





――――――私となのは、そしてクロガネとユーノの視線が互いに交錯する





恩義、罪悪、困惑、疑惑……幾つもの対立した感情が視線に乗って、互いを行き交う




私達はその視線を受け止めつつ―――どちらからとも無く口を開いた


互いの持つ情報を伝え合い、互いの境遇を理解するために









―――彼女達から伝えられたのは、今この町の水面下で起こっている事件の発端




―――この町にばら撒かれた、21個のジュエルシード




―――それらが引き起こすと予測される数々の惨劇




―――そして、愛する町を……大切な人々を守るべく戦う事を決めた、心優しき親友の決意











……私はそれに呼応して、私も自らの事を伝える
流石に迷宮云々に関しては口を噤んだのだが





それでもキマイラを拾った、と言う所でユーノから「嘘だっ」と食って掛かられたり

クロガネがラフレシアを自由に呼び出せる、と言う所でユーノから「魔法無しで召喚術!?」と食って掛かられたり

例によって例の如く、余計なことを言ったキマイラを砕いた所でユーノとなのはから「何て酷い事を!!」と食って掛かられたり

いつの間にか復活して二人と一緒に私を吊るし上げていたキマイラを見て「ばんなそかな!?」と食って掛かられたり

私が習得している魔法……というか盾術を見て「なんてデタラメな……!」と食って…………





……まぁ、とにかく話は進み、互いの全てを語り終え―――










―――結果






「……もし良ければ、私達も君達に協力させてくれないだろうか?」

「…………犯した罪の、償いをしたい」





私とクロガネが協力を申し出たのは、聖騎士として―――恩を受け、罪を犯した冒険者として当然の帰結だった訳である















ふがっ

……部屋の隅で放置されていたキタザキのイビキ
それが、嫌に脳裏にこびり付いた











■ ■ ■



ヘイズ=真竜の剣、でも装備しようとすると凄く嫌がるから、紳士なフロさんは装備できない
つか全能力プラス20なんてされちゃったら、最早それはフロさんではない。 別のおぞましい何かや


NPC組はなのはさんサイドに行くようです → フェイトさんサイドとの人数比がえらい事に


感想にある通り、名前の呪縛がある限りシリアス系は無理だ!! 真面目なシーンでもフロさんが居る限り名前ネタが! 名前ネタが!!
……フロさんが居ない所ではシリアスが沢山起こってるよ! きっと!




◆ ◆ ◆






【頑張れバーロー君】





「何故だあああああああああああぁぁああぁああああああッ!?」



八神家
その家主である八神はやてから借り受けし一室

おそらく数百枚に及ぶであろう書類が散乱したその部屋で、全知全能且つ真理が崩壊せしめる程の美しい容姿を持つ神
絶対神ことオーバーロードである我は、その黄金で出来たかの様な握りこぶしを眼前の机に叩き付け、空を舞う天使も聞き惚れるであろう美声を張り上げた

そして、



「―――おぐまぁぁああぁぁあああぁぁッ!?」



その余りの激痛に悶絶
腕を股に挟んで床に転がり、ノヅチの如く体を丸めて痙攣

びくんびくーんと繰り返す事数分間



「ぐっ……何故、何故分からない!」



目尻に神の聖水を浮かべつつも、机に齧り付く様にして立ち上がる

ハ! つ、机よ誇るが良い! この神に齧り付かれるとは、まっこと幸運な事この上無し!!

我は机上に置いてある書類を一枚、その白魚の様な手に取った
そしてそれを皺が寄る程握りしめ、チェーンソーを見るかの如き殺気を込めた視線を向けてやる


そこに記されるのは、脳と神経系、そして暗示における麻痺の関係性をオカルトを通じて説明した、人体の傀儡化に関する論文であった
これは人の仔の界隈ではインチキとして蔑まれていたものではあるが、実の所呪言の祖と言っても良い理論であり……この教えを崇拝した少数によりカースメーカーの体系が築かれた

カースメーカーの長い歴史の中で失われた禁呪言の原文も載っており、その手の問題ならば多少のリスクはあれど解決できない事は無い筈なのだが―――



「全く持って役に立たんとは有り得んぞ!? これは呪言を通し直接脳と魂に命令を送る完全傀儡の術! だというのに何故八神はやてには効果がない!?」




手に持った書類を力に任せてぐしゃぐしゃに丸め、壁に向かって叩き付ける
この体では大した速度も出す事が出来ず、ぱしん、と間抜けな音を立て壁にぶつかる

最早紙屑となったそれは数刻も立たずに床に落ち、部屋に敷き詰められた書類の上を転がっていった

……我は机に手をつきながら、裡に滾る不条理への憎しみを込めつつその光景を睨みつけていた




―――部屋中に散らばる幾千もの書類、そこには古今東西遥か過去から果て無き未来、超科学からオカルトテクノロジーまでの医療知識が手書きで記されている




そう、我が脳内より写経せし医学に置ける全知識
この世の全ての人の仔の医者にとっては、喉から醜き手が出る程に渇望するであろう宝の山である


……しかし、そのどれもがこの問題の役には立ってはいなかった



「おのれ……! 何処までも忌々しい……っ!!」



我が1000年以上も積み重ねて来た、全知とも言える知識が役に立たない……
此れ程の屈辱は三日ぶりくらいだ!!

我は並びの良い真っ白な歯を食いしばり、その手が白く変色する程に強く握り締める

―――売り言葉をトイチで買って早数日

憎き八神はやての麻痺を治し、その後死を与え絶望を与える―――そう神託を下したまでは良かった
……しかし、我は未だに彼奴の病を治せては居ない……否、それどころか何故八神はやての脚部が麻痺しているのか、その原因さえも突き止められては居なかった



「この神をここまで手子摺らせるとは……【神は居ない】発言と良い、我を人間と呼んだ事と良い……一体何処まで神を虚仮にすれば気が済む!?」


というか八神はやては本当に人の仔なのか? 本当は人の仔の皮を被った別生物なのでは無いのか?

ここまで人の仔に対する医学が通用しないとなると、それも現実味を帯びてくる
……よもや人の仔ではなく、我が知人であった禍神やルゼラの様な宇宙生物とでも言うつもりでは無かろうな?



ぽふん、と
我がクリスタラスな脳裏に、炎の魔人と楽しく語らう彼奴の姿が浮かぶ



……ふん、汝など良いとこ子狸が精々だ馬鹿者が!!




「ぐぬぬぬ……!! 認めてたまるか! 我に……神に―――汝の病が治療できぬなどと!!」



我は腕を振るい、机上の書類や廃材から作った機材全てを床に振るい落とした

床に落ちた器物が喧しい音を立てるが、我はそれらを気に留めず
机に体重を預けた姿勢のまま虚空を睨みつけ―――そして、叫んだ







「―――汝は……汝は一体何者なのだ、八神はやて――――――!!」













―――申し遅れた




この神たる我をここまで苛立たせる存在、その名は八神はやて

神たる我でも解析不能な病を脚部に持ち、存在からして神に反抗して来よる人の仔の少女

地に堕ちた者共の中でもトップクラスに位置する愚か者であり、もはや我が理解の遥か下を行く森マイマイ以下の超低級生物である




―――さぁ、蔑視するが良い









*******************************









「……なんや、えらい言われようやな」

『申し訳ありません、本当に申し訳ありません……!』

「や、別に気にしとらんよ? お兄さんが面白い人なのはここ数日でよ~っく分かっとるから」

『うう……』



家の中に響く、数々の奇声

件の少女―――八神はやては、ギャーギャーと喧しく喚き立てるその音をBGMとしながら、初めての友人と言っても良い炎の魔人と語らい合っていた

その奇声の中には彼女への暴言や的外れな推測なども含まれているのだが……彼女はそれらを苦笑と共に受け流し、逆に話の肴とする
通常ならば怒髪天を突いてもおかしくは無い言葉の嵐も彼女は全く意に介しておらず、むしろ面白いものを聞いているかの様に楽しげな雰囲気を出していた

……当人とは逆に、炎の魔人は自分たちの恩人と言っても良いはやてへの余りに恩知らずな行為に顔を真っ青にして恐縮していたりするのだが



『宿だけには留まらず、食事や浴槽までも提供して下さっていると言うのに……あのお父様は本当にもう、本当にもう!』

「いやー、ホノちゃんは真面目でいい子やなぁ。 でも燃え移ると大変な事になるから、頭から出す火はもうちょい大人しめにな?」』



ホノちゃん……炎の魔人がぷりぷりと怒る度にポフンポフンと頭頂部から飛び出る炎を注意しつつ、はやての目は戸棚に置いてある置き時計に向く
現在の時刻は11時を少し回った辺り、もうそろそろ昼食の準備を始める時間だ



「ホノちゃん、そろそろ準備しよか?」

『しかし神様が半分ニート状態なんてどうするのかと―――って、はい? ……あ、昼食の用意ですね』


そう返事をすると同時、魔人の纏っている黄色と黒からなる着物……その背の部分から翼の様なものが飛び出す
翼はかぎ爪の付いた棘棘しい青い骨組みと、生物の皮を想起させる赤紫の薄い膜で構成されており、その形と色合いはまさに魔人の翼に相応しい

悪魔の如く禍々しい翼を背負った魔人は、その流れる黒髪、整った顔立ちと合わせて魔性の美しさを放っていた



「その羽、最初の頃はちょっと怖かったけど……見慣れると案外奇麗やねぇ」

『えへへへ……お褒めに預かり恐悦至極』



炎の魔人はそんな雑談を交わしながら、翼をはためかせて宙に浮く
そしてソファに座っているはやての背に回り込み、彼女の両脇に手を入れて、


『やっ!』


かけ声と共にはやてを持ち上げる
……そのサイズ差からか、よたよたとバランスが不安定になる
しかし持ち上げられているはやての指示を頼りに空中を進み―――すとん、と車椅子に座らせた

そしてはやてがしっかりと車椅子に座った事を確認した後、魔人は後ろに回り込み、車椅子の背面に突いている取手…………の中間部分の金属パイプに手を押し当て、車椅子を前に押し始めた
全長50センチしかないので、二本の取手には同時に手が届かないのだ



「ありがとうなー、ほんま助かるわぁ」

『いえいえ、力にはちょっと自身ありますから』



背後を向き笑顔を浮かべながら礼を言うはやて、それをはにかみながら受け取る炎の魔人
その姿は仲の良い姉妹……若しくは親友同士を彷彿とさせ、もしここに第三者が居れば、周囲に点描が飛んでいる様を幻視できる事だろう

他愛も無い雑談、互いの顔には優しい笑顔

二人は和やかな空気を放ちながら、楽しげにキッチンへと向かって行くのだった







―――この八神宅に一人と一体が訪れて、早数日




エゴの塊、神騙りとの呼び声が高いオーバーロードが学校にも行かずに部屋と廃材置き場を行き来しつつうんうん悩んでいる間
炎の魔人ははやてのヘルパーもどきの仕事をしていた


当初はオーバーロードを火だるまにしてでも家から連れ出すつもりの彼女であったが、はやて自身が「自分が撒いた種だから」としてオーバーロードを受容してしまったのだ


いくら魔人が父親の危険性を、我が侭さを、傍若無人な性格を説いてもはやては引かず、なら私が矯正したるとまで宣う始末

むしろ炎の魔人がある程度の事情を話した事により、両親の事や学校の事については納得とまではいかないまでも、ある一定の理解をはやてから得られてしまったのだ
流石に自分を「神様」と呼ぶその傍若無人な言動は矯正する気満々な様だが、もう無理に考えを押し付ける様な事はしないとも言ってくれた

だが魔人も生来の生真面目さ故に引く事は無く、ならば炎の魔人は父親がかける迷惑の償いとして、はやての日常生活の補助を買って出たのである
宿だけではなく食事まで出してくれると言うはやてに対し ならせめてお礼ぐらいはさせてくださいと必死に頼み込んだのだ

その結果、今や魔人は父親よりも多くの時間をはやてと共に過ごす事となり―――今でははやてから「ホノちゃん」と呼ばれるまでに仲良くなったのである






『本日のメニューは何でしょうか?』

「今日は……そやなぁ、とりあえず揚げ物でもしようかなと―――」












――――――ぴぎやぁああぁぁぁああぁぁあぁああああああ――――――ッ!!








「………………」

『………………』

「……タンスに小指をぶつけたに100円」

『……おそらくテーブルから落としたのであろう何か尖った機材を踏みつけた、に私の鋭い剣爪を』






……その代わり

父親に多少幻滅してしまい、彼女のオーバーロードに対する扱いが些か悪くなってしまったのは、完全に余談である








********************************








キッチンにある流し台、その直ぐ隣にある調理スペース
そこに置かれているまな板に相対し、翼をはためかせながら飛んでいる炎の魔人の目の前で、一玉のキャベツが踊り狂っていた


一閃、二閃、三閃、四閃……
彼女の振るう腕の軌跡に合わせる様に、中空を滑る様に動き回り、浮き上がり、回転する

小さく息を吐き出しながら魔人は腕を振るい続け……そして、



『―――はっ!』



一際大きな声と共に腕を振るったのを最後に、唐突に動きを止める
キャベツは重力に従い、予め下に置いてあった皿へと落ちて行き―――



―――皿に着地した瞬間、ばらりと音を立てて崩れ去った



『キャベツの千切り、出来ましたー』

「はい、ありがとー。 後は……うん、休んでてええよ」



……よく見ると魔人の手の先からは鋭い爪が生えており、光を反射してその切れ味を誇示している
これこそがかつて魔人の【抱きつき】を恐怖に陥れた原因、鋭い剣爪の姿である


……よもやキャベツ刻みに使われる事になろうとは、彼女に屠られてきた冒険者達もさぞ驚いている事だろう



『……ふぅ』



与えられた仕事終え、ホッと一息
少し周りに飛び散っている刻みキャベツの一つを手に取り、ぱくりと齧る


なんとびっくりこの体、食物を食べる事も出来るのだ

羽を生やして空を飛んだり、体から炎が飛び出したり、ころころと表情を変える事が出来たりした時も思ったが、最早この体人形ではなく一種の生命体と化しているのでは無かろうか
まぁ、動ける様になる前も額から角を生やす事が出来たので、口が裂けても普通の人形だったとは言えない訳だが


……ちなみに、食べたものが何処に行ってどのように消費されるのかが魔人の抱える目下最大の謎



魔人はしゃくしゃくと音を立ててキャベツを咀嚼しながら……ぼんやりと、隣で揚げ物の様子を見るはやてを眺めた


はやては鼻歌を歌いつつパチパチと音を立てる鍋に菜箸を差し入れ、揚げ物をひっくり返している
その姿はとても楽しそうで、遠目から見てもその穏やかな雰囲気を感じ取れる事だろう




その姿を見ているうち―――ふと、疑問が脳裏を過った





『(……何で、あのお父様の暴言を流せる程に器の大きい人が、こと御両親と「神様」って発言についてはあんなに激怒したんだろう……?)』





この家に自分とお父様が居候する様になって数日
初日での印象では、彼とはやてとの相性は最悪であり、幾ら約束してくれたと言えども、この家に二人が居る限り怒鳴り合いが絶えない程に険悪な雰囲気になるだろう……と、魔人は戦々恐々としていたのだが……

よく彼が口にする「神」という単語に少し眉を顰めるものの、あの初めの大口論以降目立った諍いは起きていないのである
……オーバーロードの方は、顔を合わせる度に人の神経を逆撫でする台詞を吐いているにも拘らず



『(……何が、琴線に触れちゃったのかな……)』



「両親」と「神様」……やはり、一人で暮らしている事や足の麻痺に関係があるのだろうか……?
にこにこと笑顔を浮かべて揚げ物をつついているはやてを見ながら、魔人は物思いに耽り始めた







―――炎の魔人


かつて公宮より5000エンもの高額賞金が賭けられた、迷宮第二階層の最後に待ち受ける紅の怪物である


しかし人間達からは恐れられてはいたものの、その性格は魔物達の中では破格的に温厚
細やかな気遣いや的確なフォローを得意とし、迷宮に住む魔物や姉弟達からは「樹海の良心」「姫子を超える大和撫子」と呼ばれ親しまれていた

第二階層の表のアイドルが彼女の師匠である幻獣サラマンドラならば、炎の魔人は裏のアイドル
樹海を生きる魔物達にとっての清涼剤とも言える存在であった





……そんな性格をしている彼女だからだろうか

自らを愚弄されたと思い、割と陰湿な手口で見返してやろうと躍起になっているオーバーロードとは違い
炎の魔人は心の底から……本心からはやての力になりたいと考えていた









「さ、お昼ご飯食べよか?」



……と、悩んでいる内に昼食が出来たらしく、はやてから声がかかる



『あ、承知しました。 ではお父様を呼んできますね』

「うん、頼むなー」



……話は変わるがあの神
普段あれだけ愚痴愚痴言っているにも関わらず、食事の際には必ず一階に降りて来るのである

そしてはやてと険悪にならない程度の言い合いをしながら彼女に病状、気になった疑問点を聞きつつ三人で食事を摂り、必ず一回はおかわりをする
で、食べ終わったら食べ終わったで


「神たる我に治せぬ病など存在しない! 精々ニャルラトホテプにでも祈ってみっともなく震えておるが良い!」


と励ましだか脅迫だか分からない捨て台詞を残し、再び二階へと引き籠りに行くのだ
それが憎しみから来ていると理解している魔人はともかく、その言葉を受けるはやてからは変なツンデレと認識されていたりする


……超神ヒキ・コ、極神ニートスをその身に従えしオーバーロード。残るは絶神パジャマーン、彼は一体何処へ行く




炎の魔人は配膳を手伝った後、翼を使って二階へと飛ぶ
目指すは父親が研究室として使っている一室だ



『……でも、お父様がここまで手間取るなんて、一体はやて様はどんな病気に掛かられているのでしょう……?』



ぽつり、と
翼をぱたぱた動かしながら、疑問の表情でそう呟いた


オーバーロードは普段はアレだが、その能力はまさに神と呼ぶにふさしい物を持っていると魔人は考えている
人の仔の体に堕ちた今でもその膨大な知識は健在であり、足の麻痺程度ならば一瞬で治療策を見つけられる筈なのだが……



『……うーん……』



分からないなぁ……と首をひねる
黒髪がさらりと垂れて額の角に引っかかった



『……後でお父様に詳しい事を聞いてみましょうか』



とりあえずそう結論付け、その思考を脇に置く
今しなくてはならない事は、オーバーロードを連れてくる事だ


近づく度に大きくなる奇声を耳に入れながら、魔人は自らの父親が引き蘢っている部屋に向かうのだった



―――心無しか、勢いの増した翼をはためかせながら












[17930] 13F 惑いし心断ち切るは蹴りの一撃
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/09/14 20:07
朝の日差しが葉に遮られ、大地が斑に照らされている森の中

そこは青々とした葉の匂いと、朝露のおかげで程よく湿った土の匂い
そして海に近い所為か流れてくる潮の香りが充満し、何とも言えない……自然の深み、とでも言うのだろうか?
人工物に囲まれた町の中ではとても味わえない、大きなものに包まれているかの様な精神を癒す雰囲気を放っていた

通常ならばハイキング等のコースとして人気の出そうな場所だが、ここへと訪れる人間は数える程しかいない
町の中には他に目立つ施設が数多く存在するためか、意外な事にこの場所を知る物は少ないのだ



……さて、そんな人気の無い森の中を動き回る小さい影が二つ

一つは真っ黒い髪を背にまで垂らした少年の影
もう一つは、少年と同じく黒色の髪を野性的に跳ねさせた、背の低い少女の影


それらはまるで何かを探すかの様に身を屈め、地面から生え出る葉を掻き分け緑の中を散策し、次々溢れ出る異形達と戦闘をしていた





……まぁ、もったいつけて言ってはみたが、例によって例の如く日課である朝のトレーニングに来ていた私とクロガネの事なのだが






何時もより早めにトレーニングを終えた私達が探していたのは、この町にばら撒かれたというジュエルシード

全ては少しでもなのは達の助けとなる為、一刻も早くこの町を平和な状態に戻す為
ユーノから事の子細を聞いた私達は、毎日のトレーニングの時間を少し削り、ジュエルシードの捜索に当てる事にしたのだ


なんでもジュエルシードに秘められた魔力は、暴走すればこの町どころか世界そのものが崩壊してしまうと予測される程に強大らしい
……そんな事を聞いてしまったら、呑気に戦闘訓練をしている場合では無いではないか

焼け石に水、大海の中のコイン……そんな言葉が胸裏をよぎるが、何もしないよりはマシだろう?


そんな訳で、まずはトレーニングで慣れ親しんだこの森の中から手を付ける事にしたのである
勝手知ったる他所の家……とは少々意味合いが異なるかもしれないが、二年間毎日訪れているこの場所は私達の庭と言っても良い


なので私達は手慣れた手付きで虱潰しに森中を散策し、目的の青い宝石を探しているのだ―――













「―――シールドスマイトッ!」

<<んぎゃああああクローラーの汁が顔(レリーフ)にいいいいい!>>

「…………小さな鉄爪、げっと」

「こ、今度はフクロウか! よし、かかってこい!!」

<<あさっての方向むいて何言ってんですか!? 即効で混乱してんじゃねーよ敵は後ろですよバカー!!>>

「…………大鳥の羽、げっとげっと」

「くっ、次はモグラ×5―――違う! 似てるけどこれ全部地中の襲撃者だ!!」

<<ぎゃああああ全力逃走ーーー!!>>

「…………わん2クロー、見てご覧。 あれがあなた達のご両親の姿」

「気に入ってくれているのは嬉しいがそれの材料はモグラ叩きから出て来たのだからな!?」













……しているのだが…………










「うぬおおおお!? 服の中にゼラチンが入り込ん―――はぐぉあっ!? 止めろ……! 服の中で動き回るな……っ!!」

<<アンタ空気読めよ! そういうエロハプニングは女の子の専売特許でしょうが!?>>

「…………」

「ええい、このっ! 離れ、ろっ!? や、止めろ! 溶解液を出すな! 服が! 服が溶ける!!」

「…………(どきどき)」






―――結果を見ればこれこの通り
目的の宝石は見つからず、諸事情から探索が全くと言っていい程進まないのであった


……

…………

………………諸事情は諸事情だ、別に大した事では、







 
!  !  あ  あ  っ  と  !  !







「うわあぁあああぁああぁあああッ!? 更にゼラチンが降って来たあぁぁあああぁ!?」

<<だから空気読めよぉおおおぉぉぉぉおおおおお……!! 常識的に考えてここはクロガネさんであるべき―――べぎゅっ>>

「…………!(どきどき!)」






……ああそうさ! 結局は私達の体質の所為さ!!

調べる所調べる所モンスターが現れ、落ち着いて探索が出来ないという落とし穴が待っていたのだ!!





草影を調べれば昆虫と共に飛び出す ! ! あ あ っ と ! !


木を蹴って揺らしてみれば葉と一緒に落ちてくる ! ! あ あ っ と ! ! 


川に手を入れれば水飛沫と共に ! ! あ あ っ と ! !





どうやら【探す】という意識を持っている間は常時【採集】していると見なされるらしく、アイテムポイント……この場合は森の中だな、に居る限り一定確率で【ああっと】の声が降り注ぐのである
クロガネも覚悟を持って自分から呼び出す際はともかく、突然現れるモンスターには【咆哮】で対応出来ずになし崩し的に戦いへと移行するしか無い

そのお陰でどうだ、数分置きにエンカウントするモンスター達とバトルを繰り返す事となり、全くと言って良い程に探索が進まずグダグダ風味、トレーニングを早めに切り上げた意味が全く無くなってしまった

私達にとっての物探しとは常に危険と隣り合わせ……もはや鬼門と言っても良い程に相性が悪いらしい



―――嗚呼、何と言う……何と言う厄介な体質なのだろうか……!!



いくらクロガネの嗅覚が優れており、探索能力に長けていると言ってもこれではジュエルシード探索の力になれる筈も無い……!
私は身体に纏わりつくゼラチンの核を握りつぶしながら、強く憤る

荒事が起こった際には力になれるだろうが、荒事が起こったと言う事は後手に回ってしまったと言う事
つまりジュエルシードの暴走により町が危険に晒されている事を意味するのだ、それは聖騎士としての職務を全うしていると言えるのだろうか?

ユーノもそれを防ぐ為になのはが学校へと行っている間独自に動いているそうで、なのはも空いた時間があれば魔法を使って探索しているそうだ
私達も聖騎士として、この町を守るためにも彼らの力となりたかったのだが……



「……ふっ、どうやらこの件に関しては、私達は役立たず―――むしろ足を引っ張りかねないお荷物であるらしいな……」

<<何かアンニュイな空気出してますけど、トランクス一丁のその姿じゃギャグにしか見えませんよ>>

「…………きゃー…………(じじじじーっ)」

「…………………………」



……ふ、ふふふ
もういい、無駄な事は止めよう

このままでは時間が取られるばかりで成果など得られそうに無い
確かに探索では役に立てない事は分かったが、戦闘ではきっと役に立てるんだ……何も出来ないよりは数倍マシでは―――


……否、戦闘を望んでどうすると言うのか


役に立つ為に危険を望む……何と言う本末転倒、聖騎士の思考ではない




……私は情けないやら恥ずかしいやらで沈んだ気持ちを抱えつつ、【探す】と言う意識を切りながら歩き始めた
おそらく、トランクス一丁で肩を落として歩く私の姿は惨めである事だろう

大体あの戦闘を見た限りではなのはもかなり出来る部類に入るだろう、何せ薬で弱っていたとは言え数十メートルもの大きさの怪物を吹き飛ばしたのだ
なのはの劫火の威力は身を以て体験したのでよく分かる、あのものすんげえ痛みは私のスマイトを遥かに超えている

空も飛べるし攻撃も痛い、しかもキタザキの薬品があれば怪我すら怖く無……おや? 私達って必要か……?


「…………はふぅ」


私が行き着いた答えに愕然としていると、直ぐ後ろを歩くクロガネから溜め息が聞こえてきた
……やはりクロガネも思う所があるようだ


「……クロガネ、お前も自分が情けないと―――」


流石私の相棒、お前も同じ悩みを抱いているのか……

私はクロガネとこの問題を共感出来る事に不謹慎ながらもホッとして、安堵の表情を持って後ろを振り返り―――



「…………(キュィィィィン)」



―――私の身体にうっすらと浮き出る筋肉のラインにギラギラと狩人の如き視線をはわせ、頬を紅く染めているその姿を見てそのまま360度一回転して背を向けた




「…………………………」

「…………(じじじじじーーーっ)」







……余談だが



見かけにはそうとは分からないだろうが、私の身体は毎日のトレーニングの成果で鍛え上げられており、この年齢にしてはしっかりと筋肉が付いている
子供だからなのか体質なのかは不明だが、幾ら鍛錬しても筋肉が膨らんでくれずパッと見細身にしか見えないのだ

……聖騎士としてはゴツい方が色々と有利なのでゴツくなりた(略)



余談終了










―――さわさわと風の吹き抜ける深い森の中、存在する人間は4分の3裸の私とクロガネの二人きり






……何故か身の危険を感じた私は、一刻も早くこの森を出て衣服を装備するべく早足で駆け出したのだった








************************







「と、言う訳で私達はジュエ……落とし物の探索には力になれそうも無い事が発覚した」

「…………ごめんなさい」

「……えーと、どこから突っ込めばいいのかな……」

「ではとりあえず罵ってみては如何か、役立たず、ノータリン、大言壮語の有名無実と……!」

「…………ただし愛を持って……!」

「え、あの、わ、分かった、分かったからそんな悲しそうな顔して泣かないで、ね?」

「いっその事断髪をして謝罪を……っ!!」

「…………ダメ、既に黄色いキツネオブTHE詩に先達者が……っ!!」

「だ、大丈夫だから! お願いだからそんなに思い詰めないで!?」


ラフレシア事件の煽りを受け休校となっていた学校


当初は長引くかと思われた措置だったが、意外な程に早くその処分は解かれた

何せ怪我人はあれど明確な【犯人】がおらず、町中に顕現したラフレシアも少しの時間でユーノの結界の中に消えた為、あれを映像に収められた者も居ないのだ
そのため警察も事件をどう扱うかに困っているらしく、事に巻き込まれた【被害者】として事情聴取された際に耳にした話では小型竜巻と集団幻覚による自然災害扱いとなったらしい

……私達が犯人だと名乗りを上げても「幻覚だ」で片を付けられ実質何のお咎め無しだったのは罪悪感を助長させたが、まぁ休校が解けたのは良い事だ
あれもこれも全てなのは達のお陰である


一方こちら、被害を起こしておきながら役に立たない私のこの体たらくを見よ
改めて今朝の出来事を思い出した私は、登校一番にクロガネと共になのはの机に肘を付き目の幅ナイアガラを作りつつ乾いた笑いを漏らした


「いや……しかしだな? 手伝いを申し出たのはこちらだと言うのに、ラフレシア事件に続いてこの体たらく……」

「…………お荷物以外の何だと言うのかと」

((見て見てー、あのお兄ちゃん誇り高き聖騎士とか言ってるのにぜぇんぜん役に立ってないよー?
  あらあら本当ねぇ、あれの一体何処が聖騎士(笑)なのかし))


私はキマイラの破片を窓の外にはたき落としながら再びなのはに振り返った
彼女のきょとんとした顔を見ると、ジュエルシード捜索の役に立てない事への無念、憤り、罪悪感が浮き上がる


……私はそれら全てのお詫びを口にしようと口を開き、





「―――フィストバンカーーーーーーーーーーーッ!!」






側頭部にアリサの飛び蹴りが着弾
バットステータス【スタン】効果発動、衝撃が私の意識を刹那の時間刈り取った






「s 」


右の側頭部か左方向へと抜ける真空波、声帯から言葉にならない悲鳴が漏れる

意識を失った私の身体は踏ん張る事も出来ずに宙を飛び、錐揉み回転をしつつ教室後方の壁に激突
ついでに「一校一家」と書かれた一筆染めが入っている額縁が落下、角が頭に突き刺さり私の脳裏に星が散って意識覚醒


その威力、正に杭打ち機―――!


「ぬぐおおおおおおお……! フィ、フィストと付いているのに……これではむしろフットバンカーでは―――フが付いてるじゃないか!? 何故これを言わなかった!?」

「そんな事よりアンタ! あのグラウンドの事件に巻き込まれたってどう言う事!? 入院したって!? 警察って!? 結局三角関係は!?」


三角関係って何の事だ

床に崩れ落ちる私の襟元を捻り上げ、マウントポジションを取りがっくんがっくん揺さぶってくるアリサ
彼女の後ろにはすずかが立っており、いつも通り困った様な笑顔を浮かべてクロガネに「目立ったけがは無いみたいだね」等と話かけていた


グラウンドで別れて以来、事件が起こってから実に三日ぶりの再会である


「一昨日に電話がかかって来たっきり何の連絡もなしってどう言う事!? 詳しい説明とかも何にもしないで!!」


余程心配してくれていたのか、周囲のクラスメート達の視線を気にせず半ば涙目で叫ぶアリサ

……そう言えば彼女達には電話でしか事情説明をしていなかったなぁ
入院やら事件の事情聴取やらで忙しく、その合間に連絡を入れたきりだったか

後から詳しい事情を説明するつもりだったのだが、先にジュエルシードの件を聞いてしまったお陰でその事もスッポリ頭からアリアドネしてしまった

事件自体の事はニュースで散々放映されていたらしいし……


グラウンドから帰ってこない私達、グラウンドで災害があったと言うニュース、「入院する」「警察から事情聴取を受ける」という連絡……


……これはダメだ、早急に連絡をするべきだった……!
私はアリサ達にかなりの心労を掛けてしまっていたようだ


―――こんな所でも、私は……




「―――ふふふふふふっ、どどどどうやややららららわわたっ私は」

((何かアンニュイな空気出してますけど、そんな状況で言ってもカッコつきませんよ))

「聞いてんの!? ねぇちょっと!!」

「………………………」





がっくんがっくん

激しく上半身をシェイクされ、頭蓋の中で脳が暴れ回り意識が朦朧THE頭封じ
はっはっは、何やらいい感じに目の前が霞んでまいりました


(…………カッコ付かない、か)


がっくんがっくんがくんがくん
徐々に視界が狭まり、遠のいていく意識の中でふと思う




…………………………別に、格好悪くても良いのではないか?




そもそもこの件に関して私がしなくてはいけない事は、【ジュエルシードの暴走を止める事】だ
なのは達の役に立つ事が最終的な目的ではない……はず

私の目的……贖罪とけじめはこの町を平和にする事で果たすと決めた、ならば格好いい姿など見せる必要がどこにあるのか



「……………………」



捜索に協力出来ない? 出来ない事はしょうがない、他の方法を探せばいい



「……………………」



ジュエルシードの暴走時にしか出来る事が無い? 違う、【対処出来る力がある】のだ、後悔する事等無いではないか



「……………………」



どうやって役に立つか、では無い
成さねばならぬ事は何なのか……それを考えろ



「………………………………………………………………うむ」



――――――その答えに辿り着いた瞬間、私の心を覆っていた暗雲の様な何かが嘘の様に霧散していった

吹き飛ぶは焦燥、罪悪から来る悲壮を気取った義務感
心の奥底から生まれ出るは、やる気に満ちる使命感



聖騎士とは

それは自分にとって大切な【宝】を守ろうとする者達、失いたく無い【宝】を守りたいと強く願う者達
片手に盾を、片手に覚悟を握りしめ、【宝】のために戦い…………そして、時には【宝】のために命を落とす

守りたい【宝】が存在する限り諦めずに足掻き続け、例えどんな傷を負っても何度だって立ち上がる事が出来る者


【宝】の前に立つ限り、彼らは倒れる事を許されず、試練に打ち勝つまで戦い続けなければいけない義務を課せられる

たとえ立ちはだかる試練がどのような物であろうとも、聖騎士に成った者達はそれらに立ち向かわなければならないのだ




―――そして、私もその端くれ





汗に、泥に塗れても決して歩みを止めるな

出来る事が少ないのならば、増やせ

例え足を引っ張る存在だったとしても身を引くな―――私にはこの事件に関わり抜く義務がある!



【宝】を傷つけてしまった罪は、【宝】を守る事でしか償えないはずなのだから―――












「……アリサ、礼を言わせてくれ」

「……はぁ?」

「私の頭を蹴ってくれて―――脳を揺さぶってくれて、本当に有り難う」


お陰で大切な事を思い出す事が出来た


「………………」

「「「「………………」」」」


その言葉にアリサは潤んだ目を半眼にして私を睨みつけて、なのははじりじりと私から距離をとる
すずかは瞳を紅くしてにっこりと笑い、クロガネはおろおろと拳を握ったり閉じたりしている

しかし私も揺すぶられっこ症候群になってもおかしく無い程カクテルされ朦朧しているため、その様子には気付けない


「フェティシズム……」

「【どうやって役に立てるか】では無く【何を成さねばならないのか】で考えろ、か……ふふ、アリサもなかなか」

「―――この変態!!」


アリサの額と私の額がごっつんこ、砕けて散った私の頭蓋


「あいっ変わらず訳の分からない事ばっかり……! 心配するだけ無駄だったみたいね!」


アリサは今度こそ再起不能となった私を放り捨て、目を擦りながら立ち上がる
そして、小さな声で繰り返した



「……本当に、無駄だったわ……!」



……気の所為かもしれないが、安心した様な声音
床に突っ伏したまま……申し訳の無い気持ちで一杯になりながら、私はその言葉を聞き―――










―――そして、深く感謝するのだった








































((と、カッコ付けてますけども。 過程とか切っ掛けとか考えると、ぜぇんぜんカッコ付いてないんですがねぇ))


聞こえんなぁ








――――――――――――ミッション【災厄を招きし宝石の種を回収せよ!】を受領しました――――――――――――







■ ■ ■



超が付く程クソ真面目なフロースガノレちゃんは自分のした事を考えるとすぐ自己嫌悪しちゃうの
……心理描写って難しいね、納得出来る理屈を納得出来るように表現するのが

と言う訳で主人公・悩むの回でした、遅くなりましたが―――え? てめぇもう少し更新スピード上げろこのゴミ屑野郎がディスプレイに頭叩き付けて脳割ってシネ、ですって?
そうしたいのは山々だがすまない! 努力はしていくつもりだがきっとこれからも亀更新さ!

ルミナスアークシリーズは3がゲームとして純粋に好きだよ! 1、2はネタゲーとして大好きだよ!!



◆ ◆ ◆


【頑張れバーロー君】





*八神はやて絶望への記録*








―――マッサージによる麻痺治療

血行促進、神経緩揉、反射鋭敏、骨格整体……ほぼ全ての種類を試したもののそのどれもが効果を見られなかった

最終的に炎の魔人にセクハラ扱いをされて燃やされ断念




―――ツボ押しによる麻痺治療

首筋から足の裏まで、針に灸にカップに棍……ほぼ全ての種類を試したものの効果見られず

三点(乳首、肛門)指圧をしようとした際にセクハラ扱いされ燃やされた




―――脳神経への物理的アクセス治療

長針を頭に突き刺そうとしたら怯えて逃亡、追跡している最中に魔人に見つかり燃やされる




―――脳神経への音波アクセス治療

廃材置き場にあった壊れたMDコンポとラジオとPC端末、そしてパラボラアンテナから組み上げた音波装置を使っての超々劣化版REPAIRを試みる

しかしPCがウイルスに冒されていたのか装置が爆発し失敗、爆炎に巻き込まれる




―――脳神経への電子的アクセス治療

シナプスへの干渉装置が材料不足で作成不可能、断念

苦し紛れにエネルギー信号を視覚化出来るモノクルを作成したが、八神はやてに向けた途端に爆発、壊れてしまった

とりあえず修理して再び八神はやてに向けてみたが、また爆発
……不可解な事だと気にはなったが、今は目に感じる凄まじい激痛に転げまわるのに忙しい。 とりあえず心の片隅に留めて置くだけで勘弁してやろう




―――呪言による肉体完全傀儡による強制治療

全く効果無し。 それどころか精神に弾かれた呪言が逆襲、強烈な呪い返しを受け自らが傀儡化してしまった

危うく廃人になる所であったが魔人に狂乱の咆哮を放ってもらい、バッドステータス【混乱】を上書きしてもらい無事生還

……しばらく錯乱状態に陥ってしまったが




―――歌術による精神治療

ただ歌うだけに終わる
だが我の美声からなる歌唱力を魔人と八神はやてに讃えられ、アンコールまで要求された

……べ、別段嬉しくも何ともなかったがな!!




―――薬品治療

前の身体の時は肉体の再生能力と治癒能力に頼りきりだった為、材料は知っていても作り方を覚えていなかったと言う【うっかり】が発覚

メディックに関する知識に抜けがあると言う事に愕然、あまりの屈辱に気絶してしまった




―――ペットによる治療

炎の魔人にイヌミミを付けて八神はやてに抱かせ、傷舐めをさせてみたが効果無し
今考えるとどうしてこんな意味の無い行動をしたのか分からん、疲れていたのかもしれない

……一人(魔人)と一匹(八神はやて)がじゃれ合う姿を眺める内に、何らかの萌芽が神の御心に芽生えたような……




―――気功による治療

南海のモンクに伝わるバインドリカバリと気功リフレッシュを試みるが、この人の仔の身体が使えなさすぎる
気を練る事も出来ず、無理矢理集気させたところ体内の気が爆発。 内側から大きく吹き飛ばされ、窓を突き破って庭に墜落し気絶した




―――巫術を使っての治療

先日作ったモノクルを掛けて近所の海辺を散策していたら、海の中によく分からん強力なエネルギー体が沈んでいる事が発覚した

実験体としてかなりの興味をそそられたが、流石に今の身体では力尽くで捕獲する事など命を捨てるに等しい行動だ
位置的な問題から触れる事すらも不可能という有様だったので、仕方なく回りに漂うエネルギーだけを電池を利用した装置を使い集め、我に奉納させてやるという栄誉をくれてやったのだが……雀の涙程の力しか溜める事が出来なかった 


あれ程の力を前にしてこの程度の力しか利用出来ないとは……と嘆きつつも巫術の力に転用し、治療と称して巫術ヒーリングを八神はやてにかけてみた

少々調子は良くなったと言ってはいたが、やはり失敗。 全く役に立たず
……治療の最中、カタカタと八神はやての自室の方から音がした気がしたが、一体なんだったのだろうか……?


とりあえず、期を見てあのエネルギー体と改めてコンタクトを取ってみよう



―――特殊弾頭による銃治療

リカバリバレットは巫術を用い何とか作成出来たものの、実銃は材料の関係で作成出来なかったので改造モデルガンを使うことにした
しかし例によって例の如く魔人に燃やされる

仕方が無いので弾頭を座薬に見立て八神はやての肛門に押し込もうとした
今度は燃やされるどころではなく焼却された




―――何処何処による治療


………不可能である





………………………………………………………………


…………………………………………


……………………


…………


……






「と、言う訳で今度は外科手術をしてやろう。 おとなしく我に頭蓋を切開させろ」

『ご、御飯時なのに……』

「嫌に決まっとるやろ、阿呆ちゃうんかバーロー兄ちゃん」

「あ、阿呆……っ!? 汝は麻痺を治したいのでは無いのか!?」

『あの、流石に失敗続きの現状を省みると、お父様にじゅぢゅ……手術を頼む人は居ないかと……』

「ぐっ……! そ、それにその名で我を呼ぶでないわ! 愚鈍なる人の仔風情が……兄ではない神であると何度言ったら分か―――」

「はん、私に神様って呼ばれたいんなら足を治してみてからゆーてみ、って何度言ったら分かるんかなぁ?」

「―――」

「わ・か・る・ん・か・な・ぁ………?」

「……くおおおおおお!! もういい! 魔人、醤油!」

『手元にあるのですから、自分でお取りなってくださいよぅ……』

「あ、ホノちゃーん、お醤油取ってくれへん?」

『はい! はやて様―――あっ』

「あー、何するん? 私が取ってって頼んだ醤油やで?」

「黙れ小狸!! ―――魔人よ何故!? 何故父親の我よりもこの小狸の言う事を聞く!?」

『え……?』

「―――何だ、何なんだその『何を当たり前の事を……?』みたいな顔は……!?」

「むっふっふ、そりゃあホノちゃんはお利口さんやからなぁ、この家でのヒエラルキーを良ーっく分かっとるもんねー?」

『ねー』

「……んぬがああああああああああああ汝らぁぁぁぁぁ!!」









「……あ、そうや。 ねぇバーロー兄ちゃん、明日って何か用事ある?」

「あるに決まっておろうが! 汝に絶望を与えるという研究がな! それと我をその名で」

「うん暇やね? じゃあちょっと病院行くのに付き合って欲しいんやけど」

「神の信託を聞け汝ッ! 大体何故病院などに行く必要がある!? 我が汝の病を治してやると言っておるでは無いか!」

「………………」

『………………』

「……何だその神を崇め奉る目は、我を讃える言葉があるなら言うてみよ。 宇宙よりも広い度量を持つこの我が発言を許可してやる」

「………………」

『………………』

「さあ! 言うて見よ! 我を讃える賞賛の声を! 神を崇める畏敬の声を!!」







「大言壮語」

『有名無実』






「――――――――――――」





『……でも病院とは、ご検診ですか?』

「うん、毎週一回行っとるんよ。 本当は今日検診の予定やったんやけど……近所で事故か何かがあったみたいで、先生が忙しいから明日にして欲しいって」

『事故……ですか?』

「話では結構大きな事件やったみたいで……あんなに疲れた石田先生の声、久しぶりに聞いたわ」

『石田先生……はやて様の主治医の方でしたね」

「うん、とっても良くしてくれる良い先生でなぁ……」










「…………げぼぁ…………っ!」





[17930] >>14F 大獣の誘う禿への一本路
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:fcaea049
Date: 2010/09/30 11:48

――――――最初から、嫌な予感はしていたのだ



何時もなら早朝4時30分には目が覚める筈だったのだが、その日は何故か7時まで寝過ごしてしまった

クロガネとのトレーニングは毎日朝五時から行っているというのに……!
慌てて身なりを整え、毎日クロガネと待ち合わせている裏山へ急行しようと玄関先で靴を履き―――走り出そうとしたその瞬間靴ひもが8つに断裂、頭を地面に打ち付ける
しかも打ち付けた頭の先にはピンポイントに尖った小石が鎮座しており、しばらくは額を穿つ痛みで動けなかった

何とか激痛を堪えつつスペアのスニーカーに履き替え、勢い良く扉を開けた途端―――その扉が何かと激突
何だ何だと半開きになった扉から頭だけ出してみて見れば、玄関の直ぐ前に真っ黒な塊が蹲っていた


……あまりに遅い私を心配して自宅まで来てみたけれど、朝早くにチャイムを鳴らしても良いのかどうか迷って玄関前でおたおたしていたクロガネだった


額を抑えてしゃがみ込み、涙目を讃えた無表情でぷるぷると震えているクロガネを見て、私もどうしたらいいのか分からずに両手を中途半端に上げつつおろおろ
彼女を宥めるためにかなりの時間を費やし、機嫌を悪くしてぶすくれた頬を萎ませる為に私の野口先生もかなりの枚数を費やす事になってしまった
翠屋のシュークリームは味は確かなのだが、その分ほんの少しお値段設定が高めなのである

しかしそれも我が身が招いた結果だ、クロガネの機嫌が直るのならば諭吉先生でも快く見送ってみせよう
嘘だ、言い過ぎた。せめて樋口女史までにして欲しい


その後も黒猫の大群が目の前を横切ったり、カラスの大群が頭上を飛び去って行ったり、羽の生えた車椅子が音速もかくやと言う勢いで飛行している姿を目撃したりしつつ学校へ登校
嫌な予感はこの時点でもう阿呆みたいに感じていたのだが、小学生であるこの身には義務教育なる鎖が巻き付いているため、「嫌な予感」程度では欠席する事は許されないのだ

そして自教室

教室に入った途端アリサが突進、私を何時もの様に飛び蹴りで吹き飛ばしクロガネに詰め寄って来た
見事なまでに壁に頭をめり込ませた私は抗議の声を上げようとしたが、彼女の目の下には濃い隈が浮かんでおり、その整った顔には隠しきれない疲労が浮かんでいたために見送ざるを得なかった

……話を聞いていると、どうやら【!!ああっと!!】の秘密に近づき、ついにラフレシアとの初遭遇を果たしたらしい
え? 初遭遇ってまだだったの?と驚く私を尻目に、余程ショックを受けたらしいアリサはクロガネに【!!ああっと!!】の事を問いつめ、散々喚き散らした後にクロガネの襟首を掴んだまま教室から出奔。……いいのか?
アリサに引きずられながらも「心配するな」とぱたぱた手を振っていたクロガネの姿が、いやに印象に残った

おそらくクロガネから色々と説明を受けるつもりなのだろう。アリサは土煙を上げつつ全力逃走、もの凄まじい勢いで走り去っていったのだった


アリサの戦いはまだ始まったばかりだ! クロガネ先生の次回作にご期待ください!!






さて、授業中にも英語と国語の時間に私が当てられたり、体育の時間にどこからか現れたゼラチンにまた服を溶かされたり
理科の時間に先生の目を盗みキタザキが設計していた錬金、じゃなかった魔法回路が暴発。桃色の爆風が私を包み込んだりと警告の様な細かい不幸が続き―――






<<後半分を細かいと言ってしまうベンチャーは一回カウンセリングか何かを受けた方が>>


さて置き







そして、放課後

アリサと一緒にクロガネが居なくなってしまったので久々の私一人、放課後の時間をどう使うか……と思い悩んでいると、キタザキが私に話しかけて来たのだ



「これからすずかちゃん家で忍さんを含めての薬品製造についての会議があってさ、良かったらちょっと一緒に付いて来てくれないか?」




―――そう、それがおそらく




「……会議? 言っておくが私はグループ内での成績順位はどんけつだぞ? 何か益になる様な意見を出せるとは思えないのだが……」

「いやさ、今ちょっと製薬に行き詰まっててさぁ……使用者の生の意見が聞きたいんだよ」






――――――おそらく、朝から続いた私の不幸の全ては、この一言の為

この提案に乗るな、という天からの警告だったのだ

……まぁ、この時の私にはそんな事など欠片も理解出来なかった訳なのだが






「ふむ……まぁ良いか。クロガネは居ないが、それでも良いなら構わないよ」







………嫌な予感は、していたのになぁ…………








************************








「で、とりあえずこの気付け薬についてはこれ以上の改良は望めないって事で良いのね?」

「ですね、これ以上匂いを薄めてしまうと気付け薬として機能しなくなってしまうみたいっすよ」

「匂いが無くなると同時に薬効も失われる……ここまで匂いと薬効成分が深く結びついてるって言うのも凄いよね、飲み薬なのに」

「それを言うなら飲み薬なのに粘液の形を取っている事に突っ込むべきだね。俺が言うのもなんだけど何この緑色のドロドロ、絶対飲み薬じゃねぇよこれ」

「そもそもこの薬ってどんなに深く気絶していても一発で起こせるのは凄いんだけど、欠点が多すぎるのよ」

「匂いは臭いし飲み難い、戦闘不能からの体力回復も3%程度が限界だし……嗅覚はヤられるわ満身創痍の身体だわで暫くまともに動けなくなると来たもんで」

「そう考えるとこの薬って本当に【意識不明から回復させる】事しか考えてないのねぇ」

「シリーズ2以降のナンバーならこの欠点も克服されていくと思うんですけど……」

「……製薬法がまだ分からないって言うのが辛い所だわ」

「素材は多分集まってると思うんだけどなぁ……何を使ったら良いのか、肝心の構成式がまだ分かんないんですよねぇ」

「まぁ一応アリサちゃん家のワンちゃんのおかげで素材関連は充実してるし、色々試行錯誤してみてもいいんじゃない? 別に時間制限が設けられてる訳じゃないんでしょ?」

「……そうね、別に【取引先】からせっつかれてる訳でもなし。 焦る必要は無い……か」

「…………前々から気になってたんですけど、俺の薬は一体何処に売られてるんですか…………?」

「じゃあ次は起動符シリーズの件だけど、錬金回路とかの代わりが見つかったって話は―――」



























「…………ご、ごげ、ごげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげ……!」

「えーっと……ブリーフ君、大丈夫?」

「き……気絶と、気付けの、往復コンボを何回、も、受けて……大丈夫な訳が、あるものか……っ!!」

<<ちょ、止めて離れて、ベンチャーの全身からジャガノ兄貴の息の匂いが……>>

「……良かったぁ、今日クロガネちゃんが居なくって。丈夫なブリブリざえもん君がこれなら、きっとクロガネちゃん耐えきれなかったよね」

<<ええ、クロガネさんの嗅覚じゃ一発でKOでしょうな。 いやいや贄がベンチャーだけで済んで良かった良かった>>

『ねぇなのは、前々から思ってたんだけど君達は彼の事が嫌いなの?』



何の疑いも無くホイホイと付いて来てしまった月村邸の客間
キタザキ・すずか・忍さんの三人は、横で倒れ伏す瀕死の私……何も知らない無垢な心を持っていた私を罠に嵌めて得た結果を基に討論に花を咲かせていた


……そう、キタザキの言った会議とは実は建前、本音はキタザキ印臨床被験者を確保する為の実に巧妙なる罠であったのだ!!


「これからは自分たちもキタザキ印にお世話になると思うから見ておきたい」と言って、付いて来たなのはとユーノを引き連れて月村邸へ訪れたその直後
隣を歩いていたキタザキは、私が客間に入るや否や何か変な薬品の染込んだ脱脂綿を私に押し付け意識を刈り取り、戦闘不能状態に追い込んだのだ

そして戦闘不能復帰薬のネク……もとい【気付けタル】を飲まされ、その強烈な匂いに強制的に意識を覚醒されられる
で、何事か記録を取らされた後にまた気絶させられ、少し匂いの薄まった【気付けタル】を飲まされ、また気絶させられの繰り返し。どれもこれも犯罪ではないか畜生!!


『ねぇなのは、前々から思ってたんだけどこれってかなり非人道的な所行じゃないのかな』

「……ユーノ君、これはキタザキ君とフニャチン君にとっては当たり前のスキンシップなの。早く慣れた方が良いよ」

<<なのはさん、何か今日やけにシモ方向に走りますがどうしたんですか一体>>


こんな物がスキンシップであってたまるか
私は気絶と気付けの地獄サイクルを経て残り3%に減った体力を振り絞り、倒れ伏した床から這々の体で起き上がる


「ぐ……一体何だと言うのだ、今日は朝から……!」


今日は全く持ってツイて無い
寝坊から始まりクロガネに粗相を働いてしまい財布が軽くなり、アリサに蹴られるのは何時もの事だがその後も色々不幸が続きとどめに臨床被験体扱いだ
もはや呪われているのではなかろうか


『というか、それを「ツイて無い」で片付けるのはおかしいと思うんだ』

「? いやどう見たってツイて無いだろう?」

『うん、確かにそうなんだけど、それで表現するのは何か違うっていうか』

<<ですよねぇ、お約束で言うなら「不幸だー!」と叫んでもらわないと>>

『いや、あのね、そういう問題じゃ無くてさ……ああもう! どう言ったら僕の気持ちを君達に伝えられるんだろう!?』



くしゃくしゃ、と
短い前足で茶色の体毛に覆われた頭を掻きむしるユーノ
何やら苦悩している様な仕草だが、そのちんまい姿から発せられる雰囲気はほんわかとしている

……その可愛らしい姿を見ているうちに、ほんの少しだけ私のささくれ立った心が癒された気がする


<<ユーノ少年、あなたは是非そのままの感性を維持したままで居て頂きたい。我らに毒される事無く>>

『毒電波出してる筆頭の言う事じゃないでしょ!?』


ちなみにユーノは自分が人の言葉を喋れる事を隠し、念話を通してこっそり私達と会話しているのだが、こちらはフェレットと堂々と喋る事に気を配る必要が無い
何故ならばクロガネが既に動物達と会話している姿を大々的に見せつけている為、その程度で訝しむ様な人間は私達の周囲には居ないのである


『そもそも何なのさあのキタザキって人! どんなに深い傷でも一瞬で治る様な薬品作ったり、魔法を回路図で表してしかもそれを使ってなのはの魔法を再現したり!! リンカーコア持ってない一般人とは思えないよ!?』

「はっはっは、何を今更。キタザキが常規を逸している事など周知の事実だろうに」

『それだよそれ!! 何で君達はこういう出来事を「常識」として処理出来るのかが僕には理解出来ないの!!』


前足と同じく、これまた短い後ろ足で大地(テーブル)をぴこぴこ踏みしめ二足歩行
しっぽの毛を大きく膨らませて、まるで私達を威嚇する様なポーズを取る


<<それを言うなら「魔法」なんて原理も良く分かんないものを「常識」としているユーノ少年の方が我らには理解が難しいんですが>>

『だーかーらー!! それをデバイスである君が言っちゃう事がおかしいのぉぉぉぉ……!!』


絞り出す様にして目の前に置かれたキマイラへと声を荒げる
「常識」が半ば麻痺している私達と違い、自分の中の「常識」を曲げる事無く……さりとて妥協する事も無く必死に抗うユーノ


その姿を見て、ふと思う

……うむ、あの会談の時から分かっていた事だが、ユーノの生真面目さは筋金入りだ

どうせ言葉を紡いだ所で特に問題が無いと言うのに、すずかや忍さんら一般人の方々の前では声を出すことは無い
一応キマイラも配慮はしているらしいが、ユーノの方はそれが徹底されている
そして自分の世界とは全く関係のないこの世界を捨て置く事無く、ジュエルシードの脅威から救おうと必死になってくれるその誠実さ

心に一本しっかりと芯の通ったその生き方は、まるで聖騎士としての姿を体現しているように思え―――その素質を感じさせた


……気付けば、私は未だキマイラに食って掛かっているユーノの肩に、思わずそっと人差し指を置いてしまっていた

彼はぴくりと耳を揺らし、何処となく疲れた目つきでこちらへと振り返る
フェレットの小さい瞳が私を捉え、私の姿がその鏡の様な曲面に反射し写っている

……私は彼としっかりと視線を合わせ―――心の赴くままに、言った


「―――もし良ければ、君も聖騎士として盾術を学んでみないか?」

『……そしてこの場の流れを読まない唐突さ加減…………もう、何なの……?』


おや、どうした事だろうか
私が親指を立ててサムズアップし、朝昼夜と毎日三回磨く事によって保たれている真っ白な歯を輝かせ、クロガネに「まるで呪われし飛南瓜のよう」とまで言わしめた純度100%の笑顔を向けた途端ユーノの身体が崩れ落ちる
そしてそのままごろんと寝転がり、何処からか小さい毛布を取り出して身体に巻き付けふぅやれやれどっこいしょとふて寝してしまった

麻痺も妥協もしなかったが、諦めはしたようだ



「……ユーノ君……!」


小動物のごろ寝風景……かなり微笑ましい光景の中で、何故かなのはが瞳を涙に潤ませていて―――


―――ゾワリとした感触が胸の奥を撫で上げたのは、その時だった



「―――ッ!! これは一体……!」

『なのは!!』

「うん、ジュエルシードの反応だよ!!」


私がその感覚が何なのかを特定するよりも先に、飛び起きたユーノがなのはに向かって念話を送る
そしてその声が聞こえた途端、なのはもまた切羽詰まった声を上げた


「この反応は……すずかちゃん家のお庭からなの!!」


二人が何処でジュエルシードが暴走しているのかを突き止めたとき―――私はこの時点に至り、漸くこの感覚があの青い光に飲まれた時と同系等の物だと言う事を「理解」する


「……くっ」


……どうやら、魔力探知の精度ですらも私はなのは達に劣っているらしい
私は自らの不甲斐なさに、先日の様に再び気分が沈み込み―――


「―――フンコロガシ君、早く止めに行こう!」


まさにジャストタイミング、私の名を呼んだと思われるその一言が、私の中の何かを完膚無きまでに叩き砕いていった
がっくりと、床に対して膝をつく


「きゅ、きゅー!!」

「あ、まってーゆーのくーんー」


いきなり部屋を飛び出す事に対して不自然に思われないよう、逃げるユーノを追う振りをしてなのはが棒読みの言葉を叫びながら走り出していく
別にそんな事をしなくても、あの三人は討論に夢中でこちらに気を配っていないから平気だと思うのだが……

……っと、私も打ちひしがれて逃避をしている場合ではない

沈む思考を無理矢理打ち切り、なのは達の後を追って走り出す

そうだ、この事に対してはもう自己完結をしただろう!
例え私がなのはよりも能力的に低い存在だったとしても、全てをなのはだけに任せっきりにする等許されない!
自分の力不足を嘆くのは事が終わった後にしろ!!

私はそう自らを奮い立たせ、客間の扉に手をかけ勢いよく開こうとして―――


「おげぁッ!?」


ごぼんッ! とまるで頭蓋骨が陥没した様な音を立てて側頭部に何か固い物が着弾! 衝撃! そして激痛!!
結果開こうとした扉に額を激突させさらに激痛! 側と前のダブルコンボ、奇しくも朝のクロガネと同じポーズで蹲ってしまった


「ぐぉ、ごごごごごごごごご……っ!?」


痛みを堪え、涙目で何が起こったのかと周りを確認してみると……足下に手榴弾の様な陶器が転がっているのが目についた

キタザキ印最高峰の一つ、どんな被ダメージをも大激減させる散布薬が詰まった【猿でも使える医術防御弾】である

どうやら側頭部の衝撃はこれが頭に直撃したもののようだ
飛んで来た方向……キタザキの方を確認してみると、すずかと忍さんとの熱い討論をしながら後ろ手でひらひらと右手を振っていた


<<どうやら餞別みたいですね>>


…………一発スマイてやりたい所だが、今はそんな事をしている暇はない

後で覚えておけよこの野郎……!!
私はしっかりと手榴弾を握り締め、ふらつきながらも今度こそ客間を後にしたのだった





***************





そして、なのは達を追って着いたのは、月村邸の敷地内にある雑木林
流石はお金持ちの豪邸とでも言うべきか、そこはとても広い場所だと言うのに抜かり無く整備されている





―――その、入り口に





『な……何なんだ、この威圧感は……っ』

「身体が、身体が震えて……止まってくれない……!?」






―――今日の私の不幸が集約されたと言うべき「モノ」が、鎮座していた






―――そこに居たのは、あまりにも強大な獣


私達の3倍以上はある、黄金色の体毛に覆われた巨大な体躯
鋭い爪のある四本の足の一部としっぽの先が漆黒に近い濃紺の毛に覆われており―――さらにその大きな耳から顔に掛けては、その濃紺が鬼を彷彿とさせる模様を描く

まるで血の様に真っ赤な色をした鋭い双眸は私達を油断なく睨みつけ、動けなくなる程の殺気を絶え間なく放出している
口元からチラチラと覗く唾液にまみれた牙がさらにそれを増大させていた


「う……」

『……くぅっ』


……殺気慣れしていないのか、バリアジャケットを纏いレイジングハートを構えたまま一歩も動く事の出来ないらしいなのはとユーノ
なのは達に追いつきそれを見た私は、咄嗟に彼女達を庇えるように敵と彼女達の斜線上に身体を割り込ませた

そして、殺気を撥ね除ける様に大声で叫ぶ


「―――全く! 今日はツイていないにも程があるっ!!」


目の前に居る大型の【猫】はおそらくジュエルシードが生物と融合して生み出されたモンスターなのだろう……が
先程から身体に叩き付けられる威圧感が半端ではなく、猫と呼ぶには余りにもおこがましい

……今日は不幸だ不幸だとは思っていたが、まさか止めにこんな奴が出てくるなんて予想がつかなかった!!

動物である以上、獣の類いと会話出来るクロガネが居れば交渉も可能だったかもしれないが……
くそっ!! 彼女が連れて行かれたのもこの不幸の布石だったと言う訳か……!!

歯咬みしつつも私は首から下げていたキマイラを握り締め、なのはに遅れてバリアジャケットを展開しようと口を開き―――


<<…おお……お………おおお>>


―――キマイラが小刻みに震えている事に気がつき、一旦動作を止める


「……? どうした?」


キマイラは私の問いかけには答えず、ただただ震えるのみ
……もしや、殺気が何度も殺されたトラウマを呼び起こしてしまったのだろうか

そんな事を考える間にもキマイラの震えは大きくなっていき、それに伴い声も大きくなっていく




<<ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!>>

<<おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!>>

<<おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――おッ!!!!>>




……これは流石に不味いか?
キマイラの様子に不穏な物を感じた私は、キマイラを落ち着ける為に話しかけようとして―――


































<<オオヤマネコだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――――――――ッ!!!>>


























【>>14へ】


キマイラの表面にそんな文字と共に植物の萌芽の様な文様が浮かび上がり
そして状況とは裏腹に憎らしい程晴れ渡った青空に、キマイラの絶叫がエコーを引きながら響き渡ったのだった




……マップデータ、保存できるのか……?




■ ■ ■



ステータス的にはクローラーレベルなんだけどね、オオヤマネコ。 でも食いちぎりhageの洗礼は怖かったよね! いつ奴とエンカウントするかとビクビクしてたよね!って事でラフレシアよりも強敵設定
色を黒く染めてボルトキャット~とかやろうとしたけど其処まで行っちゃ強敵なんてレベルじゃないから止めといたよ、命拾いしたな

フロさん編とバーロー編、色々と対応してたり繋がってたりするけどちょっとだけ時間軸にズレがあります
……あ、分かってますかそうですか

何? 展開が早すぎるって? ……文章力が上がるよう努力していきます……



◆ ◆ ◆

【頑張れバーロー君】



春の穏やかな日差しが降り注ぐ、ここ海鳴の住宅街

全ての平行世界平行宇宙平行次元における奇跡の頂点、世の理の具象存在である絶対神オーバーロードたる我は、神とは生まれも品位も何もかもが真逆である薄汚い小狸、八神はやての乗る車椅子を押しながらゆっくりと歩いていた
我らは昨日八神はやてが話していた、昔からかかり付けているというヤブ医者の元に定期検診のためわざわざ足を運んでやっている最中なのである

……ちっ、我が直々に治療して命を絶ってやると言うておるのにまるで聞かん。 まっこと不敬である

カラカラ、と車輪の音を響かせながら、何故か所々建物が壊れている景色の中を進んでいく

ニコニコと呑気な笑顔で車椅子に腰掛けている八神はやての膝元には炎の魔人が抱きしめられており、これまた同じくニコニコと笑顔を浮かべながら八神はやてと楽しげに談笑している
人形が(とはもはや言えぬが)言葉を発する事はこの世界では異端なのであろうが……魔人の声を聞くは某か条件があるらしく、周囲を通り過ぎるその条件を満たさない衆愚共には「お気入りの人形に話しかける幼女」としか映らない事であろう


……何? 普段ならば「この我を召使い代わりにするとは良い度胸ではないかド低脳な畜生風情がミミズと生体融合させひっかきモグラに捕食されるような雑魚モンスターに改造してやろうか!!」とでも叫び研究に没頭すべき所であろう、だと?
ふん、神の御心は宇宙よりも広いのだ。 例え相手が分子よりも小さい存在だとしても……そうであるな、原子程度の情けぐらいはかけてやっても不思議ではあるまい?

―――決して、決してやれニートだやれ無能だやれ紐だと魔人と小狸からチクチク言われ、何か役に立てと言う圧力に屈した訳ではないぞ。 真に真に


「……と、言うかだ。 この車椅子は自動走行も可能だった筈であろう、わざわざ我が押していかねばならぬ理由は無いだろうが!」

「知っとる? 手元のレバーをずーっと倒し続けたままでいるのって、か弱い九歳の美少女には集中力・体力的にちょっぴり負担がかかるんよ?」

「美少女? ああ美の少ない♀の事か。 何だ汝は知恵と力だけでは無く美すら無に等しい程少ないと自覚していたのだな、まぁ自己理解は大切な事だ、これからも身の程を弁える事に尽力せよ」

「後半にもの凄いブーメランを見た」


八神はやては何が嬉しいのか、我の言語制裁すらにも笑顔を浮かべ、クスクスと笑う
こいつはマゾか、気色悪い事この上無し
 
そんな実りの無い無駄話をぐだぐだしつつ、病院への道のりを歩いて行く


「……そういえば、何でこんな建物が壊れとるんかなぁ」

『あ、本当ですねぇ。 まるで何か、大型のラフレシアが地面から抜け出て来て暴れ回った痕みたいです』


ふと思いついた様な八神はやての言葉に、我も改めて周囲を見回す
民家の屋根瓦が吹き飛び、壁やフェンスには爪で引っ掻かれた様な傷跡、そして所々アスファルトすら盛り上がり剥げていた


「……さてな、おそらくニュースでやっていた小型竜巻の余波ではないのか?」


……そうは言ったものの、おそらく事は自然災害等という単純な話ではないだろう
左目に掛けたエネルギー視覚化モノクル(小狸を見ても壊れないように改良したが、奴の表示は何時もエラー……どれだけ我を虚仮に以下略)から、その壊れた場所の周辺に薄らと緋色と桃色と青……そして本当に微かだが黒の光の粒子が舞っている様子が見えるのだ
青い粒子はこの前海辺で集めた物と同一の物のようだが、残りの三つは未確認のもの

推測だが、おそらく複数の高エネルギー同士の何かがぶつかり合ったものだと思われる
特に教えてやる必要も無いので言わぬがな

興味を引かれた我は電池型エネルギー収集装置をこっそりそこに向かって放り投げ、起動させる
電池におけるマイナス極の部分から三本の支足が飛び出し、地面に直立しプラス極から粒子を吸い込み始めた

どうせ集まるのはごく僅かだろうが、研究分には困るまい。 帰りがけにでも回収すれば良いだろう


「ああ、あれなぁ……あ、もしかして石田先生が言ってた事件てこれの事かも」

『確か怪我人の方もかなり出たらしいですし、病院もてんてこ舞いだったのでしょうね』


成る程成る程
魔人と小狸は得心が言ったかの様にうんうんと頷いている


……ハ


『―――む、何ですか? その「分かってないな愚か者どもが」みたいな笑い方』

「めっちゃ感じ悪いんやけど」

「はん、いや何、その石田というヤブ医者はどのような下衆かと想像していたのだ」


別に優越感の感じるままじっくりとっくり説明してやっても良いのだが、小狸と最近の魔人はどうも我の事を舐めている節がある
ならばこちらもそれ相応の対応をするは自明の理、検討はずれの納得の仕方をしている一人(魔人)と一匹(小狸)を心の中で馬鹿にする為に説明は一切してやらぬ事にして話を逸らした

フハハハハ! 何と言う優越感だろうか!!


「ヤブってあんな……石田先生はそんなんちゃうよ? 腕のいいとっても優しい先生やで」


小狸はそんな我の話題逸らしに乗ってきより、少々ムッとした表情で我に歯向かって来た
我の言葉に関しては、どのような罵倒でもあっさりと流す小狸にとって少々珍しい反応だ……それほどにこの小狸は石田ヤブに対して多大なる信頼を寄せていると言う訳か?

―――面白く無いな

この神には一切の信仰を寄せぬくせに、たかが人の仔の……しかもヤブ医者の事を信仰するとは。 目が曇っているにも程がある
しかし神の御心等つゆ知らず、初日と同じくまたもや何かの琴線に触れてしまったのか、小狸はこちらを振り向き如何に石田先生が良い医者なのかを熱弁し始める……嗚呼、鬱陶しい


「ええか? 石田先生はちょっと前に両親を亡くした私にとっても優しくしてくれてな? そんで遺産とかの問題でゴタゴタしとった時も、グレアムさんっていうお父さんのお友達だったおじさんと一緒に助けてくれたんや
 それで絶対に足を治してくれるって約束もしてくれて……何年もたった今でも私の為に頑張ってくれとるんよ。 それに一人きりだった私に、一緒に暮らさへんかって言ってもくれたんやで? ……まぁ流石にそこまでお世話になる訳にもいかんかったし
 丁度良くグレアムおじさんが援助を申し出て来てくれてたんで断ったやんやけど。 …………とにかく、石田先生はとっても信頼出来る優しい人でな――――――」























「と、言う訳で八神はやてから話は聞いている。 両親が命を落とし孤独に苛まれている子狸の心につけ込み半ば詐欺のやり方で信頼を掴み取り、グレアムミラーだかフォートだか知らんが胡散臭い男と手を組み
 トラブルから助けたという印象を刷り込ませ遺産関係を小狸に独占させる為に暗躍。 そして自分が足を治療してやるという甘言を弄し主治医の地位に治まり、その癖有効的な治療策が見つからないと何だかんだ言い訳を……
 ……否、言い訳では無いか、神であるこの我にすら未だ原因を特定させぬ奇病であるからな。 ともかく時間を稼ぎ、小狸が孤独死、衰弱死もしくは麻痺が進む事によって引き起こされる某かの事故死を期待し 
 バリアフリーの行き届いておらぬ一般的な一軒家での一人暮らしをするよう思考誘導。 それと同時に小狸にとっての「一番近い人の仔」として遺産関係を自分たちの手に入れる為に、週一回検診と称した洗脳を行っている
医者の風上にすら置けぬヤブ、石田とやらだな。
 我の名はオーバーロード、一応この世界では江戸川上帝という名があるがそれはどうでも良い、汝には我の事をオーバーロード神、もしくは絶対神と呼ばせてやる栄誉をくれてやり更に我が御前に存在する事を受容してやる
 感謝するが良い、汝の様な人の仔の最底辺に置ける屑が我が網膜にその姿を焼き付けさせる事は、汝の畜生道にとって大いなるボギャァアアァアァァアァァァアアァアアッ!?」

「いやぁここまで人の言う事を悪し様に曲解してこき下ろせるのはもはや才能かも分からんね」

『とりあえず極炎撃で灰にしときますね』

「……え、あの……はやてちゃん……? この子は一体―――って燃えてる!? ちょっと待って? え? ヤブ!? 何なの!?」






―――申し遅れた


この哀れな程に狼狽える女の名は石田、八神はやてこと小狸かかり付けの大学病院勤務の女医である

人の仔の癖をして小狸の信仰する対象であり、こやつもまた我に存在からして喧嘩を売ってくる許され難き存在の一匹だ

医者と言う肩書きを持ってはいるが、数年もの間小狸の病を診ているにも関わらず治療らしい治療を施す事の出来ていない医者として全くの無能者、所謂ヤブ医者である


―――さぁ、嘲笑うが良い



「いやバーロー兄ちゃんは石田先生の事悪く言えないやろ」

『とりあえず王の炎でタールにしときますね』





***********************



どうやら小狸が我らをこの場所に連れて来たのは、このヤブ医者に我らの事を紹介するという目的があったかららしい
何でも「石田先生は私のお母さんみたいな人やからな、兄ちゃんと妹が出来た事を報告せなあかん」との事―――兄ではない神だそれと炎の魔人が妹だ?
戯けた事も大概にしろ汝の様な下賎の輩が我ら神族の家族を名乗る等1000年どころか1000不可思議年程(略)


……流石に小狸も我との間に交わされた【契約】の事は黙っているつもりの様であったが



「……成る程ね、江戸川君とその……ホノちゃん?のふた……二人は今、はやてちゃんの病気を治す為に居候して一緒に住んでいる訳ね?」

「うん、バーロー兄ちゃんは面白いしホノちゃんは優しいし、毎日楽しいですよ」

「江戸川では無いオーバーロードだ! バーローではないオーバーロードだ!! 兄ではない神だッ!!!」


数刻後、海鳴中央大学病院の第三診察室にて
小狸からの神とその愛し子の紹介と【境遇だけの】説明を受け漸く落ち着きを取り戻した石田ヤブは、ぱたぱたと飛び回る魔人に呆気にとられながらそう小狸に問いかけた
ボブカットの髪が乗った、人の仔の中でも端整に整っているのであろう顔が間抜け面を晒す

小狸はその言葉を受け笑みを浮かべ、嬉しそうに肯定
……何故そこで嬉しそうな表情をするのか理解できぬ。 魔人はともかく、最終的に汝に絶望を与え命を奪ってやると言う我の言葉を忘れたのかこの畜生は?

神にもよく分からぬ感情に突き動かされるまま小狸を睨みつけ、モノクルに映るエラー表示に憤っている間にも、ヤブは飽きずに魔人を観察している

……どうやらヤブは魔人の念話を聞く「条件」を満たしていないらしく、彼女の意思を自身で認識出来無い為にまだ疑ってかかっているようだ
空中を無軌道に飛び回りつつ意思を伝える為に自己アピールを続ける魔人を眺め―――しかし先程とは打って変わった鋭い目つきで睨みつけたまま、我に宛て声を紡いだ


「…………実際に見ても信じられないわ、日本人形が意志を持って飛び回るなんて……本当にラジコンとかじゃないの?」

「我が愛娘を錆臭い無機物と同列に並べるなド戯け流石ヤブ医者だな汝は。 脳は虫食い、目は節穴、何故汝の様な無能極まりないヤブがこのイヌ科に信仰されておるのか理解できぬ、やはり汝洗脳か何かでもしたのであろ?」


現実を受け入れられない脳など豆腐以下の生ゴミ同然、そんな使い物にならぬ脳を持っていながら良く医者を続けていられる物だ
……まぁ、確かにこの時代の常識に基づいて考えれば機械仕掛けというのが一番納得出来る可能性だろう。 実際にはこの時代の科学力は魔人の動きを再現する事さえ出来ないのであるが


「否、そんな事はどうでも良い、早くそこな小狸の検診を終わらせろヤブ。 どうせヤブには何も見つけられぬわ、神がこんな無駄な事にこれ以上時間を取られる事は許されぬのだヤブ。 というかもう帰るぞヤブ」

「……ねぇはやてちゃん? どうもこの子は脳に重大な疾患を抱えているようだから、先にちょっと治療してあげても良い?」

「あかんて石田先生メスはあかんて、これは先生が手を汚す必要も無いですから!」



おお、始めて我の為に行動したな小狸、褒美にドッグフードの一粒でも恵んでやろうでは無いか


メスを取り出したヤブの白衣の裾を掴み、割と必死に刃傷沙汰を食い止める小狸

小狸のその行動にコメカミを引きつらせつつもメスを収めるヤブ

その光景を眺め、満足げに頷きヤブに糞尿を見る目を向ける我

そして流れる様に自然な動きで極炎撃を我に叩き込み、一体の火だるまを作り上げる魔人


「―――ギィエェェェエエエエエェエェエエエエェエェッェェエエエエエッ―――!!」


最後に壮絶な断末魔を上げる我


「な?」

『ね?』

「……ねぇ……私がおかしいのかしら……?」


ヤブは目の前の刃傷沙汰を超えた残虐な行為に頭痛を抑えつつ、嘆息
ころころと表情を変える魔人と抱き合い、仲良く会話している小狸を横目で見、また嘆息


(……はやてちゃんが騙されてて、「ホノちゃん」で何かいかがわしい事をされてるのかも、とも思ったけど……)


ついでとばかりに床で黒こげになって痙攣している我にチラリと視線をやり、またまた嘆息


(……演技、には見えないわよねぇ……)


……そして、何かに安心したかのようにホッと一息

そしてオカルトって怖いわねぇ、と思考を放棄した様な声で呟きそのまま我を放置
何やら疲れた目をしながら机よりカルテを取り出し、小狸に向き直り病に関しての質疑応答を始めたのだった


……まぁ、その検診はすぐに下らない世間話へとシフトしていったのだが


やはりこいつは最低のヤブに違いなし
ぺふっ、と焦げ臭い息を吐き出しつつ、我はそう結論付けたのであった





***************************





「それじゃあ輪切りにされて来るわー」

「よし、ならば八神家の土地を我に奉納してから逝け。 自らの家を神が城として神に使用させ給う事が出来ると言う輪廻転生末代までの栄華を噛み締め死んでゆけ」

「いやCTスキャンやっちゅーの」


検診―――質疑応答、触診の二つの過程が終わり、残るは最後CTスキャンを残すのみ
前二つと違いスキャンは二週間に一回受ければ良いそうで、今日がその一回に当たる日らしい

……これまでに何度もやって、結果は出ているだろうに……無駄な行動ご苦労と労ってやる気にならなくも無い


「それじゃあはやてさん、CT室に行きましょうか」


ヤブはそう言って備え付けの電話で何処かへ連絡をし、装置の手配を行う
そしてと子狸をCT室に案内する為に、ペンを置き立ち上がる―――が、

魔人がヤブの目の前に飛んで来たのを見て、行動を中断した


『あ、石田先生様、はやて様のお付き添いならば私が行きますので大丈夫ですよ』

「―――ってホノちゃんが言うとりますけど……」



魔人はどうやらヤブの机に置いてある書きかけの書類に目を付けた様で、おずおずといった調子で挙手をする
ようするに「この小狸は私が棄てて来ますから、どうぞその役に立たないカルテを完成させといて下さい」という事だろう

……嗚呼、どうして魔人はこんなにも慈愛の心に溢れているのだろうか


「あ……あらそう? ……それじゃあお願いしようかしら」


未だ慣れないのか少々引き気味に答えるヤブの答えに一つ頷き、魔人は悪魔の様な翼をはためかせつつ飛び診察室の扉を開け、支える
その間に小狸は車椅子を進め―――車椅子が完全に外に出たのを確認し、最早定位置となった小狸の膝に治まった。 そしてお互いに何事かを話しつつ車椅子は廊下を進んでいき―――扉が閉まる


……そして


「…………………………ふん」

「…………………………」


後に残ったのは、神たる我とヤブ医者のみ
何となく目が合ったので、ヤブの無能さを鼻を鳴らして嘲笑ってやった

……しかし、ヤブはその行動に我を一瞥した後一言も会話する事無く机に向き直り、書類への記入を再開


沈黙の帳が、降りる


「………………………………」

「………………………………」


……ちっ、不敬な態度だ

一々行動が癪に障る、気に入らない、面白く無い、存在自体を否定したい


大した知識も無く、技術も無く、数年かけても病を治す事が出来ない
ただ小狸に対し優しく接しているだけの、医者としては絶対の無能者

人の仔同士では信頼に値するのだろうが、医者として見てみると信頼等欠片も出来ぬ♀

ヤブは医者として信頼を失うに相応しい結果しか出してはいない、なのに何故奴は未だに小狸に「先生」と信仰されておるのだ?
何故ヤブは懲りずに小狸の主治医を名乗っていられる? 何故小狸は奴を「医者」として否定しない?

昨日の食事時、ヤブの事を嬉しそうに語っていたときの、小狸の笑顔が脳裏を過る
あの時の小狸の顔は、我に向ける時の皮肉気な苦笑とは違い―――心の底からであろう笑みを浮かべていたのだ

一点の疑いも持たない、曇りの無い笑みを


「………………っ」


我よりも長く失敗を続かせている癖に…………! 同じ条件であるはずの我は、小狸に肯定されておらぬと言うのに……っ!!

―――我よりも、このヤブの方が信仰されている

……その事実が、たまらなく我の自尊心を傷つけるのだ


「………………っ!!」


自己中心的? 見当違い? 八つ当たり? 比べる対象が違いすぎる? だから何だ、気に入らぬ者を嫌って何が悪い!
全知全能であるはずの神を信仰せず、役立たずのヤブが信仰される等あってはならぬ事だろうが!!

まぁ、とどのつまり


「―――ちょっと小狸に気に入られているからと言って、調子に乗るでないぞ塵芥が…………ッ!!」

「…………いきなり、何の話?」


ああ気に入らない、妬ましい、恨めしい、憎い、天罰を下したい、これ以上は顔も見たく無い

我は訝しげな表情を浮かべるヤブから無理矢理視線を引き離し、診察室の扉を乱暴に開け放つ
こんなヤブとはもう一時も長く同じ空間に居たく無い


「江戸川君、何処に―――」

「オーバーロードだ!!」


反射的に叫び返し、診察室から飛び出した後扉を乱暴に閉める

よく考えれば顔見せとやらは既に済んでいるのだ、ならばわざわざ我がここに留まる理由も無い。 小狸には魔人が付いておるしな
病院の待合室ででも待ってやっておればそれで済むはずだ

苛々とした気分で廊下を歩きつつ、我はポケットからジャンクパーツで作った携帯型端末を取り出す

そしてゴツゴツした不格好な端末とモノクルとをケーブルで接続、端末とモノクルを同規させる
一階の待合室に付いた頃には、我の左目にかかるレンズに無断アクセスした電脳空間が広がっていた


「……さて」


正規のアクセス方法ではない為に画面に少量のノイズが走るが、気にせずにブックマークしているサイトへと飛ぶ
我が開くページはとあるチャット掲示板。 住人が狂気漂う者ばかりで中々に雰囲気良い、人体実験や人体消費に関して情報交流・議論ができる憩いの場であった

気分が悪くなったときは、ここに気に入らぬ人の仔の身体数値を材料とした人体改造論を書き込み、人の仔の中でも見所のある奴らと共に語り合うに限る

……余談であるが、ここでの子狸はおっぱいミサイル搭載型の改造人間であるが抉れ胸の為おっぱいミサイルを打つと身体の内側に発射され自爆すると言うポンコツ仕様
両親の数値には蝿、学校の屑共の数値には蛆、中でも特に気に入らなかった巣暮井と当凛の数値はそれぞれタコとゴキブリと配合させるが吉という事で落ち着いた。 どうでも良いな


とりあえず今日の材料はヤブの数値に大決定だ、光栄に思うが良い


―――そして、待合室に何やら考え事をしている様子の魔人と小狸が現れるまで、我は住人達と盛り上がる事となったのだった














「……オーバーロード君、ねぇ

 はやてちゃんから話を聞いた時には、あの子にとって害があるかどうか見極めようと思ったのだけれど

 ……………………

 ダメだわ、全然あの子の人間性が読めない……

 はやてちゃんの病気を治すって言ってたけど、だったら何であんなに嫌ってるのかわからないし……

 何で私にあんなに突っかかってくるのか……

 日本人形を娘なんて言ってるのも……いえ、そもそも何なのかしら、あのホノちゃんって

 それに止めの神様発言、一回精神科にでも行った方がいいんじゃないかしらね

 ……というか、あの神様嫌いのはやてちゃんが良く居候を認めたものねぇ


 ………………

 …………………………

 ……………………………………………………



 ……まぁ、口は悪いみたいだけど、悪い子じゃ無い……のかな?

 ―――はやてちゃん、あの子たちの事話してる時、もの凄く嬉しそうな顔してたし……

 ……とりあえず保留かしら? ホノちゃんが居れば妙な事も起きないでしょうしね。 はやてちゃんが良いならまぁ……大丈夫なのかしら?







 でも、それにしたって神様っていうのは…………うーん……」




[17930] 15F 撒かれる桃色の果て
Name: 変わり身◆bdbd4930 ID:44badce3
Date: 2011/01/22 20:27
―――バニングス邸


実業家デビット・バニングスとその家族……そして住み込みで働く使用人含む30名以上の人間が生活をしている、ここ海鳴の町において月村邸と一、二を争う大豪邸である

何処なく洋館を想起させる外観、豪奢な造りの玄関の大扉を開けた先には一流ホテルのロビーと見紛う大広間、天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がり、煌煌と明かりを放っている
先が見えない程に長い廊下、そして等間隔に立ち並ぶ無数の扉。 軽く50は超えるだろう部屋の中には、数は少ないが20畳以上もの広さを持つ物もある

下手な国営自然公園よりも広い敷地の中央には噴水が設置されており、絶えず水が吹き上げ其処ら中にマイナスイオンを放射している
勿論豪邸の代名詞と言われるプール設備も完備、それも一年中季節関係なく遊泳出来る温水プールだ


そこはまさに、誰もが夢見る豪邸をそのまま具象化した様な屋敷だった
これほど実業家というイメージに相応しい住処も中々無いのではなかろうか


……ちなみに、海鳴市における名物観光スポットのトップ10にひっそりランクインしていたりする







さて、その様な一般人の内9割近くが憧れや妬みを向ける屋敷だが―――今現在、屋敷の内部で起きている出来事を知れば、一般人の内9割近くの人間は哀れみや忌避感を浮かべる事だろう




―――何故ならば






「鮫島執事長! 二階の廊下から更に二体のラフレシアが出現したとの報告が!」

「今ここに居るメイド部隊の内、足の速い者を三名向かわせろ! 急げ!!」

「【もつれ糸】―――! ……くっ、キリが無い!!」

「当凛様はワンちゃん達を捕獲して下さい! ここのラフレシア達は私達がお引き受けします!!」





―――何故ならば、今このバニングス邸は【!!ああっと!!】で何処からとも無く大量に湧いたモンスター達の暴れ回る、パニックホラーの舞台となっているのだから












「…………何が、どうして、こんな事になったのだろうか」



【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】
【!!ああっと!!】―――……






バニングス邸、二階廊下に際限なく響く【!!ああっと!!】の声
その性別不明・正体不明の声を耳に入れつつ、クロガネはそうぽつりと零す

タン、タン、タン

端が霞んで見えない程に長い通路の床を蹴り、壁を蹴り、時には天井すらをも蹴り飛ばし、まるでピンボールの様に廊下の中を跳ね回る
そして【!!ああっと!!】の声に誘われうじゃうじゃと湧き出るラフレシアやサウロポセイドンをすれ違い様にわん2クローで切り飛ばす

飛び散る食人花の粘液、宙を舞う恐竜の首、血液、【!!ああっと!!】に混じり轟くアリサの悲鳴

黒のタンクトップとスパッツという極めてラフな格好をした彼女の華奢な身体には、至る所に返り血の様に(事実返り血なのだが)粘液が飛び散っており、今までに多くのモンスターを屠ってきた事を伺わせた


そう、取り乱したアリサに半ば拉致に近い形で連れて来られたクロガネは、屋敷内で連続して起こる【!!ああっと!!】への対処に現在進行形で追われているのだ



―――ぼとり

クロガネが床に着地したと同時、宙を舞っていたサウロポセイドンの首が重力に従い地面に落ちる
そして彼女は止めとばかりにぴくぴく細かく痙攣している頭部をえいっと可愛く踏み砕き、完全にオーバーキルしてから、一言


「…………全く持って、理解不能」

「―――訳分かんないのはこっちよバカァァァァァァァ!!」


クロガネの後頭部に襲撃、何をいわんや目の前で行われた惨殺ショーにドン引いたアリサによる飛蹴りである

それはまさに突っ込みとしての究極形
聖騎士の彼をも簡単に昏倒させる事の出来る、頭縛りとスタン効果の付いたアリサの特有スキルだ





しかし涙と共に放たれたその一撃は、クロガネのオートガード・自衛の本能の前にはあまりに無防備
彼女は飛んで来たつま先を右方にステップして交わして、


「なっ!? 外っ」

「…………いってらー」



そのまま足首を掴んでフルスイング
前方数メートル先にウゴウゴ密集しているクローラー(超巨大芋虫)の大群へと放り投げた


「―――ぃいやああああぁあぁあああっぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「…………獅子は子供を崖から突き落として強くする……!」


いやまぁ自分はオオカミだけども
とにかく頑張れ我が弟子よ、その鋭い目つきで奴らを従わせ今日こそ召喚術をマスターするのだ!


……というか、ここに連れて来て事態を収束させるよう頼んで来たのは彼女では無かったか
確かに結局は自分の手には余る事態だった訳だが、親友の頼みに精一杯頑張って答えているではないか
何故突っ込みを入れられねばならないのだろう


さておき



「…………普通ならば、こんな大量に【!!ああっと!!】しないはずなのに」


ぶるぶると身体に纏わりつく液体を振り払いつつ、自問する

迷宮時代も、普段アイテムポイントを漁っている際も、この前訓練場の山中を散策した時にもこんなに暇なく連続して【!!ああっと!!】する事は無かった
確かにそこそこ頻繁に【!!ああっと!!】していたが、大体五分に一回のペースだったはずである


……はずだったというのに、今日のこれは一体何なのだろうか。 LUK悪すぎではなかろうか


この状況を引き起こしているのは、十中百千この家に居る数十匹の犬達だろう。 それは確実に間違いない
何せこの家に遊びにくる度メイド達から「ワンちゃん達が屋敷の中を散歩中によく【!!ああっと!!】してしまうのだがどうにかならないのか」と、皮肉と愚痴を言われていたのだ
それくらい簡単に予想はつく……のだが

いや、だとしても何故今日に限ってこんなに?



「……………………」



鉄甲爪に付着した粘液を振り落とし、辺りを見回してみて見る

鮫島が2丁拳銃でラフレシア達を蜂の巣にして、その孫らしい女子中学生が刀の付いた棒でサウロポセイドンを切り裂き、メイド達がアースブレイカーでどっかんどっかんフクロウを叩きのめしている
今この状況を生み出した原因である飼い犬達は、一歩踏み出す度に降ってくる【!!ああっと!!】の声に混乱し、屋敷中を走り回って更に被害を拡大させている
戦闘に参加していないメイド達はそれを捕まえようと躍起になっているが、湧き出るモンスターに阻まれそれも叶わない



………………



ああ、今ごろ我が主は何をしているのだろうか
何だか今日は朝から不幸が続いていたけれど、自分が付いていなくとも大事は無いだろうか? >>14な目には遭っていないだろうか?
いやまぁ不幸と言えば自分たちも大概不幸だけれども。 あーあ、15に入ったんならさっさと運気回復してこれ収束してくれないかなー



「……たす……ぎゃぁぁあぁあぁあああぁぁああぁぁっぁぁぁぁぁ………!!」



涅槃の彼方に思いを馳せ現実から目を背けていると、例のクローラーの群れの中から女の子の物とは思えない悲鳴が聞こえてきた
音源に目を向けてみるが、しかし声は聞こえども姿は見えず、視界に映るは蠢く緑色の塊のみ。 アリサの姿は欠片も見えない


……とりあえず、早い所この騒ぎを終わらせよう
そして彼が無事なのかどうか、さっさと確かめにいこう

ちゃりん、と

首もとに掛けてあるネックレス―――宝石も何も付いていない歪んだ縁枠のみのそれが、音を鳴らした


―――クロガネは再び鉄甲爪を構え、アリサの埋まっている巨大芋虫の群れに突貫して行ったのだった




「…………アニマルパーンチ」

「きゃあああああああ汁が、汁がーーーーーー…………っ!!」




********************




私がまだこの世界に生まれ変わる前、私は女性と言うものに全く興味がなかった男だった

幼少期の頃の私は、自分の身を盾にして人々を守る聖騎士に憧れており、身近に居た女の子達へ反応を示さなかった
何故ならまだ子供である以上そっち方面への興味が薄い事は仕方のない事であり、男児たる以上可愛い物よりカッコいい物に反応するのは至極当然の事
全ての男児がそうである、とは言わないが……流石に10にも満たない様な年で性の方面に旺盛な男児は少ないのではなかろうか

そんな様な訳で、その頃の私はまだ「花より団子」「色気より食い気」「アワビよりグラッドンソード」と言った諺の似合う普通の幼児であったのである


次に少年期
齢10を越えた男児の中に一人か二人、性に興味を持ち始める輩が発生してくる時期だ

少し早めの10代の代名詞とも言える思春期に突入し、女性に興味が出始め、しかし気恥ずかしさを感じてまともに受け答えをする事すら難しなっていく……
男女の間に甘酸っぱい様な、悶々とした雰囲気が漂い始める。そんな年頃
聖騎士になるべく私が入学した硬派で有名だった育成学校にもそのような空気は少なからずあった

当然私もそんな甘酸っぱい空気の中に放り込まれる事となった訳だが―――当時の私が何をしていたかと問われれば、修行という汗臭い一言しか答えられない

朝にはその頃から相棒であったクロガネと共にトレーニングを行い、昼に学校で聖騎士となる為の授業に集中し、夜には朝と同じくクロガネと共に筋力トレーニングを行う。その繰り返し
今思い返してみれば、共に学んだ級友達から遊びの誘い……今で言うナンパか? まぁそんな物を打診された様な覚えもあるが―――私はその全てを断った

「遊び? 女性? ……君達は何を言っているんだ、私達は聖騎士になるべくここに集っている筈だ。そんな事に現を抜かしている場合では無いんじゃないのか?」

……うむ、そうだ。確かこんな感じで断っていた筈だ
このような受け答えを何度も続けているうちに、何時しか級友達から声がかからなくなり、少年だった私はただ只管に先ほどのサイクルを毎日繰り返す充実した日々を送っていたのだ

……おや、おかしいな。今思い返してみればモノクロでしか回想が流れない、どういう事だ

ともあれ少年だった私も、女体の神秘には欠片も興味を持っていなかったという訳である


そして最後、青年期
この頃に至れば男性にとって女性に興味を抱くと言う事はデフォルトの状態となり、まさに十八女と書いて盛りと読む、そんな時期に突入する
そして私もここに至り、ようやく女性に興味を抱く様になった訳だ

……が、これまでがこれまでと言う事もあり、私はその辺りの情緒が未発達であった
よって悶々とする気持ちのやり場が見つからず、その気持ちを抑える為にさらに修行に身を入れる事となる

そして私は幼少の頃より夢であった聖騎士の心構え・技術を身に付け、育成学校を首席で卒業
親しかった元冒険者の教師の勧めでハイ・ラガードへ向う事となり―――相棒のクロガネと共に、迷宮への挑戦が始まった

最初は既存のギルドに新入りとして加入した
そして後にそこで出会った仲間達、葉っぱを口元にくわえたバード、口の悪いガンナー、クールビューティなドクトルマグスの三人と共に独立し、ギルド【ベオウルフ】を発足
私達よりも後から来る新人冒険者を手助けしつつ、四人と一匹で迷宮を順調に踏破して行き、ギルド【エスバット】と並ぶ一線級のギルドとして知られる様になったのだ

……結果としては残念なものになってしまった訳ではあるが―――その命を散らすまでの数年間、私は自らの全てを賭して世界樹の裡を走り抜けた
全てを賭して。 全てを賭けて。 全て……全てである、文字通りの意味で「全て」

……そう、例によって例の如く。女性に脇目を振る事なく、だ

別にその事を恥じている訳では無い。私のこの姿勢は聖騎士にとって相応しい、模範的な物だと自負している!
私自身は特に後悔は……、……、…………していない。ああ、していないともさ


――――――さて、長々と語ってしまったが、まぁつまり……何だ
何が言いたいのかと言うと、私には「そっち方面」の知識と経験が圧倒的に少ないのである



だから――――――



……だから、誰か教えて欲しい




私は今まで輪廻の彼方に飛ばしていた意識を元に戻し、現実を直視する

木々の生い茂る月村邸の庭、学校の制服を基にした魔法少女服を身に纏っているなのは、その肩の上に乗るユーノ
キマイラの身体と聖騎士のブレストプレートを無理矢理引っ付けた悪趣味な鎧に身を包み、彼女達の傍らに控える私


そして―――





「シャ……んにゅ……ぺろ……っふ……」

<<止めっ……ぴちゅっんゆ……ぁむ……助けちゅるっ……!!>>





―――私達が見つめる、少し離れた地面に突き建ったキマイラ……その、向こう側

前面にあしらわれたキマイラのフェイスレリーフに向かい、貪る様に吸い付いているらしきオオヤマネコ。そしてそれを嫌がるキマイラ
……キマイラ達は裏側を向いているため決定的な未だ場面は見えていないが……ぴちゅぴちゅと響く淫らな水温が私達の想像を掻き立て、脳裏を真っ白に染め上げる

……そう、キマイラとオオヤマネコは私の目の前で、おそらくディープ且つフレンチブルなキスシーンを展開していると思われるのである


「…………………………………」

「あわ、わ、わあわわわ……!」

「……うわぁ……」

「…………へぅ」


私はキマイラの裏側に向かい、走り出そうとした姿勢のままフリーズ中
なのははレイジングハート女史を構えたまま、耳の先まで真っ赤に染まってあわあわと狼狽している
ユーノはなのはの肩に乗ったまま引いていた

……もう一人。何やらなのはの物ではない女子の声が響いた気もするが、この時の私はその事にまで頭が回らなかった


シン……と静まり返った景色の中で、オオヤマネコの唾液とキマイラの―――何だろう、少なくとも唾液ではない事は確かだ―――分泌する何かが絡まり合う水っぽい音が木霊する


ぴちゅ……ぴちゃ……
        ちゅる……ちろ……ちゅぅぅぅぅ……


「……………………………誰か」


誰か、教えて下さい
このピンク色に染まった空間の中で、私は一体どのような行動をとれば良いのですか


んちゅ……いやぁぁぁんむ……
              たっけてヘイズた……ぁむちゅるるるる……



「…………………………………誰かぁ」


……教えて下さい、切実に

ええ、切実に



**********



そもそも何故このようなハートマークが飛び交う事態となってしまったのか
事の始まりは、まず私達がオオヤマネコと相対した直後に遡る


ジュエルシードの気配を感じ、一足先にその現場へと急行……しかしオオヤマネコの放つ殺気に当てられ、一歩も動けなくなってしまったなのはとユーノ
遅れて現場に突入しそれを見た私とキマイラはすぐさま戦闘態勢に移行、彼女の前へと割り込んだ

その結果オオヤマネコの細長い獣の瞳孔と私の視線がぶつかり合い、事態は膠着
しばらくお互いに睨み合いを続けていたのだが―――何やらキマイラが発した妙な叫び声が引き金となり戦闘が開始されたのだ

「―――シャァアァアアアアアア!!」

庭に轟くは獣の雄叫び―――オオヤマネコはその鋭い牙を歯茎と共に剥き出しにし、こちらへと飛びかかって来た
私はそれに応え黒玉を展開。後ろに控えるなのはを庇うため、シールドモードに変形したキマイラをしっかりと眼前に構える

そしてこの場に来る際にキタザキから渡された(投げつけられた)白い陶器を懐から取り出し―――ピンを外して上空へと高く放り投げた

『医術防御弾』―――キタザキが作り出した薬品の最高傑作の一つだ
セトモノの様なつるっとした陶器の中に入っている白い薬品には周囲から受けるダメージを大幅にカットする効果があり、ピンを引き抜く事によって周囲に噴霧される仕組みとなっている
しかも一体どういう事なのかは分からないが、効果が齎されるのは自陣営のみという壊れ性能。戦闘の際に使えば一方的なワンサイドゲームを展開する事が出来るのだ
以前試しにクロガネとのトレーニングに使ってみた所、その身を以て思い知らされた………ん? ああ、勿論私の方がだが何か問題でも?

ともかく私もこれには流石に疑問に思い、何故こんな物を作れるのかキタザキを問いつめた事があるのだが―――

『ふっ……知っているか? ここは北方じゃなくでヤーパンなんだぜ……? この地限定でしか使えない……そーな、刻印でしか使えない時間移動みたいな』

シールドスマイトが炸裂しただけだった
まぁ出所は怪しくとも使える事には変わりはないし、まぁいいや


閑話休題


医術防御弾が空中に滞空し、その発動の時を待っている間にもオオヤマネコは迫り来る

私はキマイラを両手で押さえて渾身ディフェンスの上でのチョイスガード、防御する対象になのはを指定しダメージに備えた
パリングを使えばノーダメージで済むのだろうが、なのはの位置的にそれは得策ではない
攻撃を受け流された勢いのまま、なのはに攻撃が加えられてしまうかもしれないからだ


―――そして、金属音が響く


「―――ぬぐぉぉっ……!!」


オオヤマネコの鋭い牙と、私の構えるキマイラが激突。二の腕にもの凄い衝撃が襲い掛かり、踏ん張った足が土を抉りずりずりと身体が後退する


「ぐぅぅッ!!」


私は押し負けそうになる腕に更に力を込め、同時に腰を深く落として地面に足を食い込ませる
四肢の筋肉が膨張し、噛み締めた歯が耳障りな音を立てた

全身全霊でキマイラの裏側に身体を押し付けてオオヤマネコの力に抵抗するが―――しかし、オオヤマネコの勢いは止まらない


「……ぐ、ぐぐ、ぐっ!!」


確かに先程よりは身体が後退する速度は遅くなった物の、私の全力よりもオオヤマネコの力の方が高いらしく後退は止まらない
私も必死に力を込め続けるが……9歳の子供と大型の獣との力比べではどちらが有利かは自明の理だ
このまま一人で頑張り続けた所で勝敗は決まっているだろう

―――そう、一人なら


<<ベンチャーッ!>>


私の持久力が切れ、あわや吹き飛ばされるかと言った瞬間―――キマイラの叫びと共に盾の四隅からスラスターが飛び出し、四機の噴射口から緋色の魔力光が吐き出された
その勢いはこちら側の推進力となり、オオヤマネコの牙を押し返そうと轟音を立てる

そして徐々にオオヤマネコからの圧力が弱まっていった
この間5秒足らず、医術防御弾は未だ滞空中である

―――このまま行けばオオヤマネコを弾き飛ばす事ができるだろう―――

私は眼前へ注意を向けたまま、ちらりと背後に視線をやった
背後のなのはは目の前で行われている一進一退の攻防に呆気に取られていたようだが、私の視線に気付くと慌ててレイジングハート女史を構えた

(弾き飛ばした所を狙え! 流石に空中ではまともに防御出来まい!!)

私の念話を受けたなのはは声を出さないまま大きく頷き、足下に巨大な魔法陣を展開させる
それを最後まで視認する間もなく、私はキマイラに命じて魔力の噴射を強めスパートをかけた


「は、が、れ、ろ…………ッ!!」


私の推進力がオオヤマネコを上回り、力の優劣が反転。キマイラに押し付けた腕が徐々に伸び、力を込めやすくなっていく

……が、


「…………ッ!!」


―――しかしオオヤマネコも、なのはの足下に展開する桜色の魔法陣に言い知れぬ脅威を感じたらしい
安易に空中に飛退るという選択をせず、吹き飛ばされまいと更に力を込めて来た


「シャァァァ……ァァアアア―――ッ!!」

「っぐぅ……!?」



私・キマイラとオオヤマネコの力量は拮抗し、弾く事も弾かれる事も無くなった
砲撃のチャンスを伺うなのはとユーノも、私とオオヤマネコとの距離が近すぎるらしく手を出せないでいた
ここに来て戦況はほぼ互角、膠着状態に陥ったと思われたが―――


バガン、と

その時、空中で何かが弾ける様な音が聞こえた


―――そう、滞空していた医術防御弾が破裂したのだ


(―――勝った!!)

その音を聞いた私はそう確信した

医術防御弾の効果は「味方が受ける被ダメージを大幅にカットする」と言うもの
つまりダメージなら何でも軽減すると言う事だ―――それが例え、なのはの劫火であったとしても


(なのは! 私ごとオオヤマネコを撃て!!)

((えええええええええええ!?))


私の念話を受けたなのはとユーノが驚愕


(大丈夫だ! 直ぐにキタザキの薬が散布される! 私が受けるダメージは大幅にカットされるから安心して撃つんだ!!)

(えええ、いやでも、えええええ!? いやいやいや、えええええ!?)

(い、痛いよ!? なのはってバカみたいに魔力持ってるし、収束に加減出来ないから砲撃の威力は半端じゃないよ!?)


どうやら突然の提案に混乱しているらしく、私の脳内に一人と一匹の慌てる声が響く

薬品の効果を考えれば―――同じなのはの劫火を受けたとしても、私とオオヤマネコが受けるダメージの量には天と地程の差が出る筈
いやまぁ確かに痛い事は痛いのだろうが……私は既に先の事件でその威力を味わっているのだ
その時の激痛に比べれば、今回受けるであろう痛み等余裕で耐えきれる自信がある

そう……周りに漂うこのピンク色の薬品さえあれば!!

少し私が痛みを我慢すれば、それだけで決着が付くのだ
私は再びなのはたちに砲撃を促すべく、自信を声に含ませて―――……




………………うん? ピンク色?




ふと、疑問が頭を過る
ピンク……だったか? 確か前に医術防御を使った時に噴霧された薬品の色は白色だったような……?

と、そこまで考えた時―――ぼとっ、と
上空から私の直ぐ足下に何かが落ちて来た


「…………ッ?」


私はオオヤマネコを押し返す力はそのままに、先ほどと同じ様に素早く視線だけを移動させる
……すると、そこにピンク色の煙を漂わせた白色の陶器……医術防御弾の欠片が落ちていた
どうやら空中で弾けた陶器の欠片が落ちて来ただけの様だった

それを確認した私は戦場に影響を及ぼす物ではないと判断
オオヤマネコとの戦いに集中するべく視線を『魅惑の』と書かれているそれから引き離し――――――






痛烈な違和感






「何だとぉぉぉッ!?」


戦闘中にも関わらず大きな叫び声を上げグリンと音がする程に首を回し、目をかっぴらげて二度見をしてしまった私に非は無いだろう
思わず頭からオオヤマネコの事がすっぽ抜けた私がやった視線の先。一本の雑草すら見当たらない手入れの行き届いた芝生の上に転がるそれ
私の掌の半分程の大きさの欠片は、ピンク色の薬品の飛沫で汚れていたが―――よくよく見てみると、隅っこの目立たない場所にマジックの様な物で小さく……本当に小さく微細な文字が書かれていた

割れた場所が悪かったのか文字は途切れ完全に読む事は出来なかったが……周囲の景色が灰色一色だった事もあり、一部分だけは何とか読解する事が出来た




曰く、『新薬 臨時 器 入:魅惑の』









「―――なぁのはァァァァーーーーーーッ! 全力で煙をレジストしろォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーッ!!」


辺り一帯に私の叫び声が轟いた


「あんの変態メガネェェェーーーーーー!! 粋な事するじゃないのと偶に褒めたらこれだよ!!!」

<<餞別に見せかけた新薬の臨床実験とかやり口がエグイ!! 流石キタザキ薬師、痺れるどころか血の気がどん引く鬼畜外道!!>>


『魅惑の』の後にどんな言葉が続くのかは定かではないが、字面で分かる。きっとこの薬はこんな場面で使用しても、絶対に碌でもない結果しか起こさない!
なにせ『魅惑』だもの! 『魅惑』だもの!! きっと惚れ薬とか発情薬とかバイ何ちゃらとか、そんな系統に決まってる!

キタザキが作った物だ、おそらく効能は凄まじい物がある筈だろう! だがしかし今この状況で使ったところで一体何になると言うのか!?


「なのは! 大丈夫か!?」


私はなのはの無事を確認するため、直ぐさま背後を振り向いた
いくら9歳の子供と言えども、彼女とて女性の一人である。この薬が私達に如何なる効果を及ぼす物かは分からないが、もし「そっち方面」に効果を及ぼす場合とても面倒且つ大変な事態になる可能性が高い


「はぁぁぁ……!」


……どうやらユーノが頑張ってくれているようだ
何が起こったのか分からないらしく、きょときょとと落ち着きの無い彼女の周囲に展開された翡翠色の防御結界がピンクの煙を防いでいるのを見て、私はホッと一安心

―――そして、

ηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηη


「―――あがはぅぉッ!!!」

「フ、フライトプラン君!?」

<<ちょ、ベンチャー!?>>


電撃、そして過呼吸

なのはの可憐な姿を見た私の心臓がいきなり早鐘を刻み、ハァハァと呼吸が荒くなる
周囲に漂うピンク色の霧を吸い込む度に心臓の回転数が上昇し、血の巡りによって一瞬で顔が真っ赤に染まった
私を呼ぶなのは嬢の美しい声の一つ一つが心の中心を撃ち貫き、がくがくと膝が震え立っている事すらおぼつかなくなる


「ねぇ、どうしたの? 大丈夫!?」


更に追い討ちをかける様に、なのは様が私を心配する声が容赦なく全身を穿ち―――そのあまりに甘美な喜びに思わず足が崩れ落ちた
なのは姫が、私の身を案じてくれている―――それは、まさに聖騎士冥利に尽きる出来事である!!

私はふらつきながらも持ちこたえ、キマイラに展開している四基のスラスターの内上方にある二つの向きを変えキマイラが地面に突き刺さる様に調節
推進力がキマイラを下方に押しやり、轟音。杭の如く地面深くにキマイラが突き建った


<<! 今そんな事やったらオオヤマネコが―――ぁむう!?>>


そして、ゆっくりと振り返る

まず始めに映るのは、この年にして既に女性として完成されている質感をもつ栗色の髪櫛を通せば僅かな引っかかりも無く末端まで流す事の出来るであろうその美しき御髪は頭部の正中線に合わせて均等にツインテールで纏められているそして少し視線をおろせば勇気と優しさに満ちた深い深い黒曜石の様な瞳と目線が合いそれを始めとしてシュッと通った鼻筋とサクランボの様な薄い唇に目が行き不敬とは分かっているが思わず吸い付きたくなる衝動が身を襲うそしてそれらが滑らかな肌が覆う美しき輪郭線に奇跡的な造形を持ってして配置されておりそれはまさに過去現在未来それら全てを通す美の化身と言えるだろうそしてさらに視線を落とせば細く華奢な首そして色気漂う鎖骨が見えいくら鉄壁の意志を持つ聖騎士と言えどもエロティシズムを感じずにはいられないそしてバリアジャケットに包まれたささやかな膨らみを持つ胸部には小さな赤い宝石がブローチの様に鎮座しており天使ナノハエルのもつ勇気を象徴しているようにも見受けられるそのまま御身体のラインに沿う様に衣服により膨らんだ肩から続く鉄甲の様な質感の服に包まれしほっそりとした二の腕はまるで失われたミロのビーナスの腕が生え出ておられる様な錯覚を受けるウエストは9歳とは思えない程に細くバストとヒップと合わせ非常にメリハリが付いている姿勢を落とし下半身を見てみると小振りなヒップから生え出る足は見事な流線型であり太ももから脹脛におけるラインが何とも言えない神々しさを秘めそれと対応するかの如く理想的なバランスを讃えた足が



『………………………………ぺっ』



「違う! これは違うんだぁぁぁぁあぁあっぁぁぁぁぁぁ!!」


―――何故か汚物を見るかの様な視線のクロガネの姿を突発的に幻視

そのあまりにショッキングな映像に錯乱した私は、腰を落とし頭を垂れ視線をなのはの足に向けた姿勢から流れる様に頭を地面に叩き付けた


ηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηηη


「ご、ごふっ……り、リフレッシュ……リフレッシュ!」

頭部に受けた衝撃により、一瞬、理性が戻る

私はその隙を突き、だくだくと額から流れ出る赤い血潮を気にも留めず必死になってリフレッシュを重ねがけ
手を付いた地面に緋色の魔法陣が浮かび上がり、そこから湧き出る緑色の粒子が私の身体に入り込んだ

―――精神が沈着、正気を完全に取り戻す

先のクロガネの幻を思い出し、私はまるで何かの中毒患者のように激しく身を震わせた
やはり、このピンク色の薬品には惚れ薬のような……否、それをもっと酷くした催淫効果のような物があるらしい
私が生んだクロガネの幻想のおかげで完全に絆されずに済んだ物の――――あ……危うくなのはに完全に心を奪われ彼女の虜となる所だった……!

私は再び霧を吸い込まないようインナーを口元にまで引き上げ、衝撃でふらつく頭を引きずりつつハザード区域を離脱
ユーノが展開する結界の恩恵にあずかるべく、ゴロンゴロンとなのはの元に転がり込んだ


「ひっ!?」


なのはが酷く怯えた!
50のTPダメージ!!


「フェンネル技師! さっきなのはを猛禽類みたいな目で見てたけど一体何があったの!?」


ユーノが自らの背になのはを庇いながらそう問いかけて来た!
100のTPダメージ!!

……私は二人のそんな反応にぱったりと崩れ落ちた

違うんだ……!
さっきの私はおそらくキタザキの薬でおかしくなっていただけなんだ……!

弁解と共に注意の意も込め、私は周りを漂う霧に付いて説明しようと―――


「って違う! そうだオオヤマネコ!!」


血の気が引いた
がばちょと立ち上がった私に対して二人が警戒した視線を向けて来る(TPダメェーーージ!!)が、今は反応している暇がない

先ほどは妙な気分に惑わされるまま全てをキマイラに丸投げしてしまったが、奴一個だけでオオヤマネコを抑えきれるとは到底思えない
というか……私はキマイラを地面に突き刺してしまった気がする。これではその場に刺さったまま動く事も出来ずに抜かれ放題も良い所ではなかろうか
更に加えて、私達は戦闘中だと言うのにも関わらず現在進行形で大きな隙を晒してしまっている。何時襲い掛かって来てもおかしくは無い

私は自分が打ってしまった悪手の酷さに歯咬みしつつ、焦りのままに振り向いたが―――しかし、どう対処すれば良い?

私はキマイラを失い、なのはの盾と言う役目を満足に果たす事は出来ない
周りは催淫効果か何かがあるピンクの霧で覆われている。今はユーノが結界を張って抑えてくれているから平気だが、結界の外で戦おうとしようものなら……おそらくその瞬間私達は終わる。ある意味では始まると表現しても良いかもしれないが

となれば残る手段は空中からの狙撃か、私の『完全防御』でオオヤマネコを押さえ込むか
しかしなのはとユーノは空を飛べる手段を持っているが、私はその手段を持っていないため、二人が空中に行ってしまえば私は必然的にこのピンクの霧の中に取り残される事になる
一応囮になるくらいならば可能だろうが……果たしてまともな判断能力がその時点での私に残っているかどうか。下手すると空中に浮かんでいるなのはを崇め奉り、二度とこちら側に戻って来れなくなるかも知れない

かといって私と一緒にユーノを置いて行くとする
おお……囮をしているうちに結界の範囲からはみ出しなのは信者が爆現する光景が目に浮かぶ様だ
そして私の完全防御は先程のTPダメージイベントでフォースゲージがガリッと削れてしまった為今直ぐには無理

結論
何とか出来ない事も無いが、その場合は私達三人の内いずれかの社会通念的羞恥心・モラル、あるいは貞操を捧げなければいけない


「何と酷い対価……!」


おのれキタザキ……! 私にも責任の一端はあるのだろうが、そもそもお前が素直に医術防御弾を渡していればこんな混沌とした事態にはならずさくっと終わっていたと言うのに……!!
もし私が死んだら化けて出てやる前にクロガネにバラバラに引き裂かれるぞ!!

心の中でこの事態を引き起こした元凶に呪詛を吐きつつ、両手を軽く開いて戦闘態勢
そして何時襲い掛かって来ても良い様に警戒を高め、オオヤマネコが佇んでいるキマイラの前に目をやって――――――








「シャ……んにゅ……ぺろ……っふ……」

<<止めっ……ぴちゅっんゆ……ぁむ……助けちゅるっ……!!>>






激しい愛の形を見せつけられ、ピシリと音を立てて固まった


そして、冒頭に至る訳である





********************



「……………………」

「あわわわわ、わあわああ、あわ」

「………どうするの、この状況……?」

「……………………むぅ」

「わわ、あわわわ、あわ、あわ、あわ」

「………………」

「……、とりあえずなのはよ」

「あわ、わわわあわわわ……?」

「女性に聞くには些か恥ずかしい事ではあるのだが、目の前でこう……恋人同士のアレやソレがハッテン状態の時、居合わせてしまった男性はどのような反応を返すのが正しいのだろうか?」

「待って、着眼点がおかしいと思うんだ」

「あわわあわ、わわああわわわあわ」

「……とりあえず、祝砲の一つでも叩き込んでやるべきだろうか……」

「いやその理屈はおかしい」

「あわわ、あわ、あわあわ」

「そしてなのはも砲撃準備しない様に」


とりあえずリフレッシュ
まともな思考能力を失っていると思しき私、そして真っ赤になって「あわあわ」しているなのはの精神を落ち着ける
この技は盾術とは違い、盾を持っていなくとも簡単に発動出来るのが便利で助かる。まぁ今はどうでも良い事だが

それはともかくとして、オオヤマネコの事である

今はキマイラに気を取られており(まさしく読んで字の如く)私達に襲い掛かっては来ない様子な訳だが、いつまでもこのままでいる訳にも行かない
私、ユーノ、正気に戻ったなのはの三人は、ユーノが張った結界の中、円陣を組んでひそひそと対策を練る

まず話すのは、やはり霧の事からである


「……私が思うに、やはりこの霧には強い催淫効果があるようだ。それも生き物ならばその尽くを対象とする凄まじい効果が
 薬品を吸引した後に見た同系等の生物に対し強い好意を抱かせ、正気を奪う……具体的に言えばそんな所だろうか。異性のみか同性のみか、単体で終わるのか複数人に渡るのかは分からんが
 オオヤマネコがあのような……その……なんだ、あれみたいな、……な行動に出てしまっているのもその影響と考えられる」

「ああ……あのジュエルシードモンスターって元は猫っぽいもんね、盾の表面の自称『イケメンライオンフェイス』のレリーフに一目惚れしちゃった訳か」


ユーノが納得する様に頷いた

一応ライオンもネコ科の動物である。私達には分からないが、似た様な種族から見てみればキマイラは美形に映るのだろう
そもそもオオヤマネコとキマイラはほぼ頭突きの状態に近い体勢だったのだ
薬で正気を奪われてしまった思考の中で、目の前に魅力的な美形の顔が存在すれば、思わずその唇に吸い付いてしまってもおかしくはなかろう


「…………」

「……え、えっと……何かな?」

「いや別に」


無意識のうちになのはの唇を見ていた私がそこに居た気がしたが絶対に気の所為だと言い張りたい
……というかキマイラは無機物の筈なのだが、そこの辺りは関係無いのだろうか


「……あれ? でもそれじゃあ、さっきまでの君の奇行はもしかしてなのはに」

「さて私としては今のうちにキマイラごと吹き飛ばすのが最善の一手だと思うのだが如何だろうか」


ユーノの言葉を遮ったのに特に深い意味は無い、本当だ。ただ結論を急ぎたかっただけである
すると、私の言葉になのはが非難する様な声を上げた


「それはちょっと酷いと思うの! だって、この霧ってさっきフィッシング詐欺君が言ってた……いじゅつ何とかって奴じゃ無いんでしょ?
 だったらあのモンスターと一緒に吹き飛ばしちゃったら……」

「うん、なのはの砲撃のダメージを諸に受ける事にだろうね」


なのはの言葉をユーノが引き継ぐ
いや、その砲撃を私は過去に諸に喰らっている訳で


「何、大丈夫だ。 経験したから分かるが、直撃を受けても脳神経が焼き切れ皮膚を剥がされる程の痛みが全身を包み込むだけだ、発狂はするかもしれんが死にはしない」

「いや安心出来る要素が欠片も無いよ!」

「それにキマイラはああ見えても殺されまくっているからな。 昔は何十回と毒で悶え苦しみのたうち回りながら死に続けた経験もあるらしいし、痛みと発狂には慣れっこだろう」

「一体彼の過去に何が!?」


その後もキマイラを捨て駒に……否、見捨てるよう……否、否。尊い……何だろう?まぁそんなものにするべく説得を続けるが、二人は頑として首を縦に振る事は無かった
いくら私がキマイラは壊れても復活出来るのだと言ってもそれは変わらず、BGMとして湿った音とくぐもった悲鳴が響き続ける

たっけてー、たっけてー、たっけもちゅろろろろ……


「……それに、酷い方法にしろ何にしろ、いい加減解放させてやった方が幸せな気がするのだが……」

「うぅ……それは……まぁ、そう言われちゃうと……」


私は哀れみの視線で持って、なのはは再び顔を真っ赤に染め掌で顔を隠しつつキマイラの方に首を振る
奴はオオヤマネコに襲われながらも、地面に刺さった状態から必死に抜け出そうとしていた
しかし地面に突き刺さっている為に身体に付いているスラスター四基の内下部にある二つが使用出来ず、更にオオヤマネコに抱きつかれている為に身を攀じる程度の動きしか出来ていない
こちら側からは視認出来ない物の、おそらくそのライオンフェイスはオオヤマネコの涎でベットベトになっている事だろう

……キマイラを黒玉に戻せば奴を救い出せる事が出来るのだろうが、それをやってしまうとオオヤマネコのターゲットがこちらに移ってしまう可能性があるのでそれは出来ない相談だ


「……そ、それでも! それでも大事なお友達を見捨てる訳には行かないよ!」

「……そうか。 君にとって、あいつは友か」


無機物であるキマイラを友と呼ぶ……か
キマイラがその事を知れば泣いて喜ぶのではなかろうか

……そう言えば、私にとってのあいつはどのような存在なのだろう?

(…………)

……まぁ、考察はまた後だな
私は気持ちを切り替え―――なのは達の意見を尊重する事にして、キマイラを見捨てる事を諦め違う方面から対策を考える事にする


「では、一体どうする? 周囲にこの霧が満ちている以上、一撃で仕留めなければ戦闘出来る範囲的に少々厳しい事になるが」

「え、えーと、それは、その……ユーノ君?」

「うーん……とりあえずアクセルシューターを使うにも、一撃で確実に仕留められるかと言われると……
 ……とりあえずアクセルシューターで周りを爆撃して、霧を吹き飛ばして―――」


そして、ユーノがなかなか良さそうな案を出しかけた―――その時だった



「―――キシャァアァアアアアアアッ!?」

<<え、ちょまぎぃやぁああああああああああ―――!!>>


―――ズガガガガガガガガガがガガガガガガッ―――!!


突然、無数の金色の光弾がキマイラとオオヤマネコの元に降り注いだのだ

それはまるで、嵐の際の豪雨の如く
空気を切り裂き、地を抉り、キマイラ達の身体を穿ち抜いて行く


「な、何だ!? これは一体―――うおっ」

「きゃあっ!?」

「うわっとっとっと!」


光弾が着弾した際の衝撃により発生した土煙が突風の様に吹き荒れ、私達を襲った
突然の出来事に集中が緩んでしまったのか、ユーノの結界ごと吹き飛ばされそうになる
ユーノは何とか一瞬で立ち直り結界を強化し事なきを得たが……外の様子は土煙が酷く、その様子を把握する事は不可能であった


「……なのは?」

「ち、違うよ!? 私は何もしてないよ!?」

「うん……あの光弾、魔法だったみたいだけど……なのはの魔力じゃなかった」

「……では、一体誰が? この町には私達以外に魔法を使える者が居たと言うのか……?」

そんな事を話している間にも光弾の音は続く

それは時間にして5分程にもなるだろうか
地面を激しく叩くその音は永遠に続くかとも思われたが―――突然、音が止んだ

そして、静寂と共に徐々に土煙が晴れて行く

周りを見渡してみると、先程の衝撃で全て吹き飛ばされてしまったのかピンク色の霧の姿は何処にも無く、ただ灰色の景色だけが広がっていた
私達はそれを確認した後、まだ僅かに漂う土煙を気にする事無く結界を解きキマイラ達が居た筈の場所へと向かい―――そして、見た


金の光弾が降り注いだ爆心地であるそこはクレーターとなっており、その中心に一匹の子猫がぐったりと倒れ伏して居た
状況から言っておそらくオオヤマネコの元となった子猫だろう。消耗してはいる様だが命に別状は無いらしく、しっかりと胸が上下に動いている

クレーターの周りにはキマイラと思われる幾つもの金属片がバラバラに散らばっており、それらには尽く傷や歪みが出来ていて光弾の勢いがどれだけ激しかったのかを伺わせた
なのははその凄惨な様子に口元を抑え震えていたが……私は感想も感慨も特に無い
こいつの持ち主としては怒り狂うべき所なのだろうが、ほっとけはどうせすぐ復活するのでそういった気持ちはあまり起こらなかったのだ
むしろなのはの反応を見て「これが普通な反応だよ。ああ、自分も染まったなぁ」と何やらもっさりとした気分になった

そして最後に―――その、クレーターの上空

子猫の身体から引きはがされたらしいジュエルシードが浮かんだ中空に、その少女は滞空していた


―――流れる様な艶のある金髪

―――見つめていると吸い込まれそうになる、冷たさを帯びた真っ赤な瞳

―――西洋人形の様に整った顔立ちと、真っ白な肌

―――そして、まるで死を予告する死神の如く黒ずくめの格好


年の頃は私達と同じ9、10歳と言った所だろうか
どこか儚げな雰囲気を持つ見目麗しい容姿を持つ彼女は、思わず見蕩れてしまった私達を他所に、その手に携えた黄金に光る刃を持つ大鎌と斧が混ざった様な武器を振りかざしジュエルシードに切っ先を向ける

そして一言「封印」と呟く様に魔法を行使。ジュエルシードをその武器の中に吸い込んだ


「! ジュエルシードが……!」


それを見て我に返ったユーノが声を上げ、空に浮かぶ少女を見る目に不信の色を含ませる
まぁそれも当然の事だろう、自分たちが収集しようとしていたジュエルシードを見ず知らずの他人に横からかっ攫われたのだ
状況から言って、先程のあの光弾もジュエルシードを得る為に彼女が放ったものだと思われる

何の目的でジュエルシードを手に入れたのかは分からないが、あの宝石はとても危険な物なのだ。私としても彼女を見過ごす事は出来ない


「そこの君! 何がしたいのかは分からないが、それは早く手放した方が良い!!」

「そう! それはとても危険な物なんだ! 僕たちが責任持って処理するから、それを渡してくれないかな!」


地上から私とユーノがそう呼びかけると、少女は初めて気付いたかの様にゆっくりとこちらを振り向き―――目の色とは真逆の凍てつくが如く冷たい視線を向けてきた
そしてしばらく私達を観察した後、投げかけたこちらの言葉には答える事無く静かに武器を構え、臨戦態勢をとる


「……邪魔をするなら、倒す」


……どうやら、私達と言葉を交わす気は無いと見える

私はキマイラが早く目覚めるよう鉄片を蹴っ飛ばした
何が目的かは知らないが少女の態度は決して友好的とは言い難い、いつ戦闘が始まっても良いよう腰を落とし、動きやすい体勢を作っておく

……しかし


「……………」

「……? っおい、なのは?」


突然、今まで黙ったままだったなのはが何かを決意したかの様に勢いよく顔を上げ、一歩前へと踏み出した
そして強い眼差しを少女に向け、威勢良く声を張り上げる


「ねぇ! 私達ともっとちゃんとお話ししよう! あなたは誰で、ジュエルシードを集めて何をしたいのか、どうしてこんな事をするのか教えて欲しいの!
 そうすれば喧嘩なんてしないでも済むと思うし、きっと……あなたと仲良く出来ると思うから!!」


……それは、何ともなのはらしい純真で無垢な願い
胸元に手を握り締め、真摯な表情で少女にそう訴える


「私、高町なのは―――あなたの、名前は?」


なのはは最後にそう締めくくり、口を閉じた

言葉が向けられていない私にも伝わった、その想い
大抵の者ならばそれに応えるべく、小さくとも歩み寄りの姿勢を見せてくれる筈だ

……だが、


「…………」

「……なのは……」


だが、その願いは聞き入れられる事は無いだろう
先程少女が私達に向けた冷たい瞳を思い出し、そう確信する
ユーノも私と同意見なのか、なのはを眩しそうに見ながらもその目には何処か悲しみが感じられた

あの種類の瞳は、迷宮での冒険者時代に何度も見た事がある
自分と自分が信ずる者以外を切り捨て、自らが成すべき事を貫き通す……そういった、固い決意を持った戦士の瞳だ

……私は一歩踏み出し、なのはの横に並んだ。そして肩に手を置いて言葉を紡いだ


「なのは、恐らく何を言っても無駄だ。あれは成すべき事がある戦士の―――」



「は……はい! 私はフェイト・テスタロッサ、この子はバルディッシュ。 この町には母さんが撃ち落としたジュエルシードを回収する為にやって来ていて、後一人使い魔のアルフが居るけど今はジュエルシードの捜索中で留守にしてます!」




―――それはもう盛大にずっこけた


「……ッんな馬鹿なァーーー!!」


今まで割と緊迫していた様な気がする空気が一気に弛緩。緊張感が限りなく0に近づいた
そしてさっきまでクレーターの中心で寝ていた猫が今の絶叫で目を覚まし、ぱたぱたと慌てて何処かに逃げ去っていく
見ればユーノも「やった!」と無邪気に喜んでいるなのはの肩から落ち、アクロバティック且つ前衛的なポーズで地面に突き刺さっていた

……これは、何だ、一体どうした!?
さっきの私達と交わした「言葉よりもこっちで甲乙つけようぜ……?」的なやり取りは何処行った!

私はそんなやるせなさ、やりきれなさを堪えつつふらふらと立ち上がる。そして、件の少女―――フェイトをじっとりと見上げた

するとどうだろう
先程まであれだけ冷たい空気を私達に叩き付けていた真っ赤な瞳、それが今や冷たさではなく熱を帯び妖しく潤み揺らめきなのはを見つめている
髪の毛と同じ金色をした形の良い眉はハの字に寄せられ、雪の様に白い肌に覆われた頬は奇麗なピンク色に染まっていた
武器―――フェイト曰くバルディッシュを持った腕は降ろしたまま片手だけを口元に当て、もじもじと太ももを擦り合わせて内股気味

…………何と言うか、こう……妙な色気を感じさせる仕草をしていた

……それを見た私は直前まで感じていたやるせなさを忘れ、何となくドキドキしながら再び声をかける


「あー……何だ、とりあえず君の反応についてはさて置いておくとして。君は母の命でジュエルシードを回収しに来たと言っていたが」

「あなたと話す事なんて無い」

「      」


一閃、即死


「ちょっと良いかな? さっき母さんが撃ち落としたって言ってたけど、もしかしてそれって僕の乗ってた次元輸送船の事じゃ」

「あなたと話す事なんて無い」

「      」


一刀両断

私とユーノが彼女に話しかけた途端、今まで浮かべていた恥ずかしげな表情は形を潜め、人を寄せ付けない冷たい雰囲気に戻ってしまった
そして視線を我ら男衆からなのはに戻すと、途端「へにゃっ」と雰囲気が弛緩。再びもじもじと恥ずかしがる様子を見せ始めた


「…………」

「…………」


……私とユーノは、お互いに視線を交わし合う


これは、ひょっとしてひょっとするまでもないですね?

うむ、キタザキの薬の影響をばっちりしっかりモロに受けていると思われる

い……良いのかな、女の子同士なのに……

……まぁ良いんじゃないか? してるよな的な感じで

というかそもそも、薬の影響を受けるって言う事は結構前から僕たちの様子見てたって事だよね? 一体何時から居たんだろ

多分戦いが始まった前後からじゃ無いか? 今思えばキマイラの……、……の時には既に居た様だしな

というか、そもそも何でなのは?

薬が噴霧された時の状況。 私=2メートル近い大盾を構え、自分の方角に魔力光を噴射していた なのは=遮蔽物の無い場所でぽつねん ユーノ=イタチ

把握。だが一つ言っておくと僕はイタチじゃ無くてフェレットだ。いや違う、人間だ

またまたご冗談を


そんな感じで男二人の間で電波を飛ばし合っていると、フェイトが顔を真っ赤にして何やら身を乗り出し始めた
そして腰元で拳を握り、口をぱくぱくさせている

……一体何がしたいんだ?

もう何が起こってもずっこけないぞーと何となく身構えていると―――両目をぎゅっと強く瞑り、勇気を振り絞って


「た―――たか……まち……さん」


……そう、叫んでいるにしては随分と小さい声で、なのはの名前を呼んだ


「にゃ? なーに? フェイトちゃん」

「! っふぇ、ふぇい……ちゃ……! た、たかまちさん、そんな……!」

「私の事はなのはでいいよ? フェイトちゃん」

「うぇえ!? あぅ、その……」

「お名前を交換し合えばお友達。 フェイトちゃん、私とお友達になろっ」

「―――お、おと、おとも、お友達――――――!?」


なのはの言葉を聞いた瞬間、フェイトはただでさえ真っ赤だった顔を更に赤く染め、もう爆発するんじゃないかという程に赤面
そしておろおろと落ち着き無く辺りを見回し、指先をこねこねする


…………私の名誉の為に明記しておくが、この時私は断じて「何故フェイトに最初に見られたのがなのはで私ではなかったんだ」等と憤る事は無かった
ああ、無かったとも。 無かったんだ。 無かったんだよ。 無かったんだって。 無かったと言っている


フェイトはそのまま小動物の様な仕草を続けていたが、やがて観念したのか拳を更に強く握り締め(この時バルディッシュ殿が「tap! tap!」と叫んでいた)なのはに向き直った

そして―――


「―――な、な、な……っ!」


「な、な、なの、なのっ!」


「なの! なの! の、の、のののーーーーーーーっ」



……何だろう、何故か私まで緊張して来てしまった
ふと隣を見ればなのはも同じ気持ちの様で、「フェイトちゃん……」と小声でエールを呟きながらはらはらと見守っていた

ユーノは何故か毛布に包まってふて寝中


「のはっ! な、な――――な……な……の……っ!!:


フェイトが声を張り上げ、より一層顔が赤く染まる
彼女は一つ、大きく息を吸い込み―――



「―――そ、そんなの! そんなのやっぱりダメだっ……っ!!」



何と言う肩すかし!
フェイトはマントをはためかせながら、目にも留まらぬ早さで宙域を離脱。ユーノが張った封時結界に体当たり、自分の身体の大きさにピンポイントの穴を開け去って行ってしまった


「ええええええ!? そんなぁ!?」


なのはが悲しげに声を張り上げる
まぁあれだけ呼ぶか呼ぶかと期待させておいてのこの結果だ、嘆きたい気持ちも分かる
私も少なからずもう少し頑張って欲しかったと思った。思ったが―――


「リフレッシュ……掛け損ねたな……」


これはもしかしなくても不味い事ではないのだろうか

あのフェイトと言う少女がなのはに向けている好意は、薬の影響によるものと見て良いだろう
人工的に作られた好意を土壌に、友人の契りを交わす……それは、少々歪んだものではなかろうか?
ならば彼女が去る前にリフレッシュしておいた方が良かったのでは……


「……いやぁ、しかしなぁ……」


彼女が私達に向けた、冷たい視線を思い出す

……でも、かけたらかけたでその瞬間戦闘が始まって居たかもしれないしなぁ
かといってこのまま放置しておくのも……うーむ

私が悶々と悩んでいると<<That jewel seed has been taken……>>と、レイジングハート女史が何やら呟いてきた
が、しかし。私は英語に関してはさっぱりなのであしからず


何はともあれ、更に一人魔法少女が増えてしまった訳だ
しかも彼女の話を信じるならば、相手はジュエルシードをばら撒いた一派の一人であり本来ならば敵対する立場らしい。現にジュエルシードを一個持ってかれて…………


……………………………………


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「ダメじゃないかぁぁぁぁああああああああ!! 黙って見送ってしまってはぁぁぁぁあああああぁああああああッ!?」


我に返った私の叫び声が、月村邸に木霊したのだった







■ ■ ■


えー……遅くなってしまい申し訳ございませんでした。待ってくれてる人には本当に申し訳ないと……え? いない?
多分これからも亀更新となりますでしょうが、気長に待ってやっていただけると嬉しいです


そして本編どうしよう、詰め込みすぎた感が否めないよ! 
もう止めよう……! 階数(話数)に合わせてボスキャラを出そうとするのは今回で止めるんだ……! 敗因はそれだけじゃないだろうけど!!
そしてフロさんごめんね! 過去捏造して童貞にしちゃったよ!
しかし私は反省はすれど後悔はしない! そこらへんの妄想が自由なのが世界樹の良いところ……のはず


>けいん◆f4d3f5abさん

(´・ω・`)<……いいの? 本当にいいの?
(´・ω・`)<……ラフレシアの触手って、でっかいよ? 鉤爪みたいなの、ついてるよ? 抉れちゃうと、思うよ?
(´・ω・`)<ひぎぃ、とか。ぼこぉ、とか。じゅぽじゅぽ、とか。そういう次元じゃ、ないよ?
(´・ω・`)<…………………………それでも本当に、いいの?

(´・ω・`)<…………………………………………………………


(*‘ω‘ *)



◆ ◆ ◆




―――………………………………………

―――…………ん……………

―――……………あ、……おーい! そこの君ー!

―――えーと……そこの車椅子の女の子ー! お人形持ってるー!

―――……そーそー君君、車椅子の可愛い女の子。 ……え? いやぁお世辞じゃなくマジにマジに、キャハハ

―――で、急に呼び止めちゃって悪いんだけど……うん? うんそーそー、ちょっと君に聞きたい事あるんだけどぉ……今時間とか平気? や、すぐ終わると思うけど

―――君は……何? 昨日の騒ぎで足怪我でもしたの? もしあれだったら……ああそー? 大丈夫? んじゃーちょっとお時間ちょーだいね

―――えーと、さ。アタシが聞きたいのはね? ……んー、いやさっきさー、ちらっと見たんだけどさー。一緒に居んの

―――……君、もしかしてバー……いや、えーと、何だっけアイツの本名……まぁいっか、バーローの身内かなんかだったりすんの? って事なんだけど

―――うん、そー。自称神の。あの薄らピンク頭の。 …………兄ちゃん? え、なに、妹さん?

―――……あ、違うの? まぁそだよね、ぜんっぜん似てねーもん。 むしろ似てるなんて言われたら、君に失礼だよねぇ

―――……んー、あン? じゃあ何で兄ちゃん? 何、あの馬鹿が呼ばせてるとか? …………へ? いそーろー……?

―――…………は? え、マジで? 居候ってアンタ……君のご両親とかも賛成して? …………あ、居ないんだ……………あー、ごめんね。無神経な事聞いちゃって

―――! え゛、ってー事は何? 君もしかして今あの馬鹿……バーローの奴と二人暮らししてんの!? ……あ、あー何だ、違うん? はー、成る程。もう一人居ると。頼りになるまともなのが

―――なーんだ、じゃーまー安心かしらねー……じゃなくて。 っていうかさ、何でアイツが君んとこに転がり込んでんの? 不法侵入でもされたん?

―――うんうん……ふんふん……ほーほー……ははんははん……

―――はんは……はぁ? 退学になってて……ついでに勘当!? え、うっそ、うっそマジでぇ!? アイツそんなおもろい事になってんの!? 馬鹿じゃねーの!? 阿呆じゃねーのぉ!?

―――ぶっほ! 神様が、神モドキが落ちぶれちゃってまーッャハ! キャハハ! キャハ! キャハハハハハハハハハハハハ!!

―――キャハハ、はー…ひー…何だ何だもー、びっくりしちゃったよまったくよー……あ、君もびっくりしましたかー? キャハ、大声出ちゃってごめんねー? キャヒ 

―――……ん? んー、んー、うん。 どうしてそんな事聞くのかってぇ? あー……アタシさ、実はアイツとクラスメイトやってんだぁ。 いんや、もう元が付くっぽいけど。 ぶふっ

―――んで、ここで待ってたら偶々あの馬鹿と一緒に居る君を見かけたから……うん、好奇心で声かけてみた訳ー

――― ……ん? アタシが何で病院にいるかって? あー……昨日さー、事件あったじゃん? そ、グラウンド近くであったやつ。 ちょっとあれに巻き込まれちってねー

―――あーアタシは怪我は無いんだけどさ、友達……当凛っちゅー娘がね? うん、足をグッキリね? そん時は平気だったんだけど今日になって痛み出したって言うからさ、その付き添い

―――……いやーアタシもすぐ病院逝けっつたのよ? でも「私には描かれた花がある」なんて言ってたからさー……え? 意味分からん? そりゃごもっとも

―――とりあえず随分前に呼ばれてったから、多分もーそろそろ終わると思うんだけど……ん

―――……お? おー! 噂をすれば何とやら? あれあれ、あの子―――っとヤベェ、足やってんだよ足足。 荷物持ってやんねーと

―――っちゅーわけで、なんか、ごめんね? 呼び止めて聞きたい事あるって言ったのこっちなのにさ、アタシばっか喋っちゃって

―――まーともかくさ、あの馬鹿には気をつけときなよ? 気を抜くと変な生物と合成されちゃったりするかもだから、前のアタシみたいにネ! キャハ! 

―――どう言う事かって? キャハハ、ひみつーのなーんちゃらほーい! そんじゃぁまた会えたら―――

―――っとと、アブねアブね。言い忘れるとこだったわ


―――――――――――――――アタシさーぁ、前はあんなんだったけどさーぁ? 今はすっげー幸せなんだよね

―――――――――――――――友達ともまた会えたし? 普通の生活送れてるし? グラウコスっつー彼氏も出来た。 良い男だよー、彼。 きっと年寄りになっても変わらずアタシの事想っててくれるよ

―――――――――――――――だからー……ねぇ、聞いてる? いや君じゃなくて……そこの「頼りになるまともなの」の方


―――――――――――――――もし、これ以上アタシの周囲を事を何か面倒な事に巻き込んだら、触手陵辱の刑だから


―――まー? 今回はアイツの仕業じゃないっぽいけど、一応ね? ……つかアイツには言うなよ? 何かやりそげな時、アンタが覚えといてブレーキになる事期待してんだから、さ

―――そんじゃ! 今度こそさような―――え? 名前? アタシの?

―――……………………………………ま、いっかな

―――アタシの名前……、アタシの、今の名前はねー――――――?



******************




「―――遅い!! まったくもって遅すぎる!!」

「…………」

『…………』

「一体何をやっておったと言うのだ! どうせここでの検査等何の意味も無いと言うのに! 何故無意味な事にここまで時間をかけねばならぬ!!」

「…………」

『…………』

「大体あのヤブ医者も馬鹿と言う他無い! 何年も同じ検査しかしていないとは、奴は本当に汝を治すつもりがあるのかと―――」

「……なぁ、バーロー兄ちゃん」

「―――その名で呼ぶな! それと我は兄ではない神だと何度言えば分かる!!」

「うん、私な? ちょっと聞きたい事があるんやけど」

「無・視・と・は! 良い度胸ではないか小狸ぃ……! 汝いい加減にせぬとその内神罰が」




「―――巣暮井さんて人に、昔なんか破廉恥な事でもやったん……?」




「……かつての愚民No.1の名を今更持ち出してきて、何をトチ狂った事言っとるのだ汝は」








その後
はやてとバーローの二人は、『陵辱……! お、犯される……!』と震える魔人を他所に、セクハラについて言い合いしながら帰宅の途に着いたそうな




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