選挙と男女平等 三井マリ子
【第4回 スクール・エレクション - 若者と政治】
国政選挙を目前にして、もし、日本の高校の生徒会が議員候補者を招いて政治討論会を開こうとしても、なかなか難しいのが現状だ。ところがノルウェーは全く逆で、国をあげて、政治的に目覚めさせる学校教育を行っている。それが、スクール・エレクション(skolevalg)と呼ぶプロジェクトである。
私がノルウェーを訪ねる10日ほど前の2009年9月1日、ヘードマルク県エルヴェレム高校で政治討論会が開かれた。エルヴェレムの事情に詳しい友人の話や報道をもとに、その討論会を再現してみる。※。(※Østlendingen -Onsdag 2. September 2009-、Magni Melværからの聞き取り)
エルヴェレム高校の体育館は生徒で超満員。政党は、労働党、左派社会党、中央党、自由党、キリスト教民主党、保守党、進歩党という主要7党の他に赤党、環境党、年金党も加えた計10党が候補者を出席させた。司会はなんと校長である。
女の子たちが質問攻め
討論会で生徒側から出た質問は、こんな具合である。
「イスラム嫌いが増えていると私は思うが、あなたがたは、どういう対策を考えていますか」(イスラム式スカーフで頭をすっぽり被っている女子高生)
「同性愛カップルが養子をとることに、皆さんはどう思いますか」(女子高生)
「ロックバンドが、スポーツクラブのように公的助成金を受けられないのは、おかしいのではありませんか」(女子高生)
「進歩党は、なぜ、学生ローンを廃止しようしているのですか」(女子高生)
こんな風景を翌日の地方紙は、「女の子たちが質問攻め」と第1面で報道した。別面にも、「辛らつな質問、大きな拍手」という見出しで特集が組まれ、生徒たちの質問や、参加した政治家たちの感想がルポ風に書かれている。「勝利はだれに? 最も良い討論をしたのはどの政党?」というコラム欄には、高校生7人が顔写真と実名入りで回答している。たとえば、ある女子高校生は、「左派社会党と労働党がよかった。女性問題と男女平等問題に関しては、この2党とも優れていましたが、どちらかといえば労働党の勝利でしょう」。
ノルウェーの高校生は16歳から19歳だ。選挙権は18歳からだから、多くの生徒には選挙権がない。しかし、こうした討論会を経て、生徒たちは堂々と支持政党を表明し、新聞もそれを報道する。さらには生徒自身が選挙運動を展開し、本番さながらの模擬投票まで行う。ノルウェーでは、中高生の10人に1人が、すでに政党の党員になっているのである。しかも、男子に比べ女子が活発なエルヴェレム高校の様子から想像できるように、女子の政党所属率の方が高い ※。(※www.youth-partnership.net)
高校の8割が参加
今年のスクール・エレクションの投票日は9月7日と8日。8月31日―9月4日の事前投票もOKだった。投票は、本番同様支持政党のリストを投票箱に入れる。本番と違うのは、今年から電子投票もできるようになったことだ。投票が締め切られると、ただちに集計され、ノルウェー社会科学データサービス(NSD)という調査機関にインターネットで送られる。NSDは、全国規模で政党ごとの獲得票と当選者数を出す。すると、待ってましたとばかりにメディアが公表する。
今年は、全国489高校のうち390校、81%がエントリーした。17万392人の高校生が参加し、有効票は13万998票。投票率は76.9%。4校に1校が電子投票を採用した。得票結果をみると、最も右寄りとされる進歩党が169議席中45議席を獲得し、進歩党の若年層への浸透ぶりが浮き彫りになった。
スクール・エレクションは20年前に始まった。国政選挙ばかりでなく、地方選挙やEU加盟の是非を問う国民投票の前にも行われた。参加するかどうかを決めるのは学校の生徒会だ。NSDが集計の対象とするのは高校生のみだが、中学校も参加することができる。
私は、以前中学校のスクール・エレクションを取材したことがある。その時に訪れた教室では、生徒が数人ずつで政党グループを作って、討論していた。担当教師は「どの政党に入るかは、生徒まかせです。親しい友人が同じ政党になる傾向がありますね」と言った。生徒たちは、自分の町の支持政党事務所にフィールドワークに出かけて選挙公約を聞き、パンフレットをもらって勉強する。その後、クラスに戻って、それぞれの政党の党員になったつもりで、「・・・というわけですから、わが党をぜひ支持してください」といったスピーチを披露する。全党のスピーチが終わった後、どの政党が優れているかについて生徒同士で討論をする。
本番の投票動向を占う
NSDは、投票結果を集計するだけでなく、生徒の政治意識を高めるためのアンケートや、政治家との討論会についてアドバイスをし、資料の提供もする。政党側も、スクール・エレクションに備えて研修をする。学校に出向く政治家は、政党青年部の“若葉マーク”の候補者が多い。誰でもはじめはあがったりするのだが、高校生からの容赦ない質問のつぶてを浴びるうちに、表現力が磨かれていくのだそうだ。
スクール・エレクションは、もちろん模擬選挙だ。しかし本番さながらの運動が展開され、マスメディアもこれを「若者の投票動向」として正面から取り上げる。専門家は、本番の投票動向を占う指標として、若者の意見を大事にする。
NSDの専門相談員アトレ・ヤースタさんによると、スクール・エレクションはいくつかの高校が自主的にやっていたが、1989年からは、全政党の賛成を得て全国プロジェクトになったのだという。「民主主義の大きな課題は、政治システムにいかに市民を参画させるかです。言い換えれば、投票率の低下や政治への無関心は、今も昔も民主主義の危機なのです。若い世代に、政治的に目覚めさせ、政治的能力をつけてもらい、さらには、初めて投票する18歳の若者の投票率をあげよう、というのがプロジェクトのねらいです」。
若者を政治に目覚めさせよう
スクール・エレクションを始めたのも、このための予算を拠出しているのも教育省(日本の文部科学省にあたる)である。NSDは、教育省から実務を委託され、全てを運営する。NSDは、その意義をホームページでこう述べている。「生徒たちは具体的政治行動を通じて、選挙、政党、選挙事務の仕組みを学び、この国の政治制度がどのように動いているかを身をもって知ることになります」
こんなスクール・エレクションによって、未成年の政治への参加意欲は、確実に醸成されてきた。ノルウェーの一部の地方自治体は、2011年の地方選挙から16歳に選挙権を引き下げることを決めた。若者を政治的に眠らせている社会と、積極的に政治に目覚めさせようとしているノルウェーのような社会。民主主義社会とは、老若男女すべてが政治に目覚めている社会のこと。すなわち男性だけに政治を任せてはならないとする社会でもある。だから私はノルウェー社会にひかれる。
「イェンスが好きなので労働党が勝ってうれしい」と言う高校生たち。投票日の翌日、オスロの国立劇場駅前にて. 写真: M.Mitsui
エルベレム高校の政治討論会を報じるウストレンディンゲン紙。質問する高校生(中央)。拍手喝采をあびた進歩党候補(左上). 写真: Mariko Mitsui
テキスト・写真:三井マリ子